戦車と麻雀のコンチェルト (エルクカディス)
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1話 ―雀士が空からやってくる―

プロローグの位置づけの一話目で14000字越え…
まさかこんな字数になるとは思わなかった(白目)



高校時代と言うのは非常に貴重な時間だ。

子供から大人になっていくこの境目の時期は、気が付けばあっという間に過ぎて行く。

高校に入学したばかりは3年とは長いと感じるだろう。

しかし思春期の若いエネルギーに満ちた少年少女にはあまりに短い。

その若いエネルギーはどこに向けられるのか…?

人によって色々なものに向けられるのだが、多くの少年少女がそのエネルギーを向けるものと言うのが確かに存在する。

ある者は恋愛、ある者は部活、ある者は飛行機。

青春時代の溢れんばかりの情熱をぶつけ、その思い出を宝石のように大事にしながら大人になっていく。

 

部活動と言えば、全国大会。

青春を捧げ己の心技体を磨き上げた少年少女たちが競い合う場所だ。

特に麻雀、戦車道の全国大会は有名だろう。

今や全世界にウン億人ともいわれる競技人口を誇る麻雀。

その規模は他の競技やスポーツを寄せ付けない圧倒的人気を誇っている。

国麻と呼ばれる国民麻雀大会が開催されることからもその人気のほどは推して知るべし。

当然、高校には麻雀部と言うものが無数に存在し、少年少女たちは全国大会優勝と言う栄誉を目指して鎬を削る。

一方で、女性の武道と言われ、競技人口は麻雀に大きく水を開けられるが戦車道も根強い人気のあるスポーツだ。

“礼節のある、お淑やかで慎ましく、凛々しい”女性を育てる精神のもと、ダイナミックな生きた力と生きた力がぶつかり合う武道。

対戦相手の意図を読み、戦術を練り、鍛えに鍛えた鋼の精神をもって進撃する。

全力を出して砲火を交える少女たちの輝きは見ているものを魅了してやまない。

他にも人気のある競技は数多あれど、この2つこそが高等学校全国大会の双璧競技だろう。

 

さて、今は8月も中頃を過ぎた残暑真っ盛り、セミの大合唱がその熱さに拍車を掛け外に出るのが億劫になる時期。

ここ長野県は標高が高い故、東京などに比べると暑さはかなりましだが… それでも暑い。

もっともそんな暑さを気にしていられない事態が、長野県立清澄高校の麻雀部の部室で起こっていた。

清澄麻雀部は男子1人女子5名の弱小と言っていいが、女子団体戦で今年の全国大会を初出場で制覇するという快挙を成し遂げた部だ。

3年の竹井久、2年の染谷まこ、1年は須賀京太郎、片岡優希、原村和と宮永咲、これがこの部のメンバーだ。

ちなみにメンバー同士の仲は良い。

特に京太郎などは天性ともいえるコミュニケーション能力と人当たりの柔らかさから、部の雰囲気の要である。

素直で、努力を惜しまない面もありかなりの好青年。

地毛が金髪なので不良と間違われたりしてチョット損してはいるが、付き合えば付き合うほど彼の人間性に引き付けられる者は多い。

それは、部のメンバーも例外ではなく5人とも京太郎に友達以上の好意、具体的にいえば異性に向けるそんな感情を持っている。

実は、京太郎は麻雀初心者で、女子の5人は全員かなりの実力者。

全国に出場したのも女子の5人だけで、彼は県予選一回戦敗退と言う成績…

それゆえ、彼は県予選以降は自ら完全に裏方に徹し、選手の咲達のサポートに回った。

消耗品の買い出しに始まり、様々な雑用、部長の久や副部長のまこがやるべきである部の運営に関する書類事務・折衝なんかも志願し、勤め上げたのだからその滅私奉公ぶりは推して知るべし。

彼が縁の下を支え続けたので、選手の5人は自分の練習に集中することが出来た。

まさに全国優勝の陰の立役者。

そのことを理解しているからこそ、咲達は京太郎に好意を抱くことになった。

そんな清澄高校麻雀部、今、異様な雰囲気に包まれていた…

 

 

「本当にごめんなさい!」

 

そう言って日本が誇る究極の謝罪法・土下座をするのは部長の竹井久。

謝罪されているのは困り顔の京太郎。

そして、親の仇を見るかのように久を睨んで囲むまこ、咲、和、優希。

いつもは和気藹々と仲のいい6人である、こんな雰囲気になることはまずありえないのだが、いったい何があったのか…

 

「おい、久。そりゃ一体どういう事じゃ? 事と次第によっては容赦せんぞ」

 

「10月に新人戦があるのはご存知ですよね? それと、当然、初心者の須賀君にとって、大会までの2か月近くの時間が持つ意味の重要さもご存知ですよね?」

 

まこと和が土下座中の久に喋り掛けるが、かなり怖い。

まこはその広島弁のせいで必要以上に威圧感があるし、和は無表情で淡々と喋る。

 

「新人戦まで国麻(他のこと)は後回しにしてでも「京ちゃんの練習に時間を割く」って昨日言ったのは誰でしたっけ? ねぇ、優希ちゃん?」

 

「確か部長だったような気がするじぇ」

 

京太郎のことを京ちゃん呼びするのは京太郎とは家が近所の幼馴染の咲だ。

そして「じぇ」っと独特な語尾で話すのは優希。

この2人も久の方を厳しい視線で睨んでいる。

 

「まぁまぁ、皆落ち着いて… で、部長詳しく話してくれませんか?」

 

謝罪されているはずの京太郎が一番冷静で、穏便にことを進めようとしているこの始末。

一体何があったのかと言うと、事の発端は数十分前に遡る。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

「はい、清澄高校生徒会です」

 

『あっ、この声は竹井ちゃん? 私、大洗の杏だよ』

 

生徒会室に備え付けられた電話が鳴り、ちょうど近くにいた久が受話器を取る。

電話の主は茨城県立大洗女子学園の生徒会長、角谷杏である。

 

「ああ、角谷さん、おひさ―」

 

『おひさー』

 

「校長から聞いたんだけど、大洗、大変なことになったわね」

 

『まあね… で、今日電話したのはそれ絡みでちょっと頼みごとがあってね』

 

「ん? 何々? 清澄(うち)で出来る事なら協力するわよ」

 

長野県立清澄高校と茨城県立大洗学園は友好校提携を結んでおり活発に生徒会同士の交流を行っている。

なので、久と杏はかなり顔を合わせているので気安い関係なのだ。

そのまま少し、他愛もない話を続ける二人。

 

「で、世間話をするために電話した訳じゃないでしょう? 大洗が廃校になるか否かの瀬戸際でそんな悠長なことする暇なんて無いだろうしね」

 

『流石に竹井ちゃん、鋭いなぁ… その通り、廃校回避のための布石だね』

 

「ふぅん、で、私は何をすれば良いわけ?」

 

『人手を貸してほしいんだよ。何か飛び抜けた実績を作れば取りあえず廃校の件は考えてもらえるって文科省の学園艦局の人から言質は取ったからね』

 

「役所が簡単に方針を曲げるとは思えないけど… まぁ、何とかするしかないってことね? どんな実績を作るつもり?」

 

『色々探ってみたけど… 戦車道で行こうっていう結論さ。6月あたりからチームつくって準備してきたんだけど… マンパワーが足りなくてね』

 

「単純なマンパワーなら、大洗(そっち)の生徒が山ほどいるでしょ? なんで清澄(うち)にヘルプを?」

 

『なに、スキルの関係さ』

 

「…清澄に求める人材がいるとは限らないわよ?」

 

杏の言葉に少し間をあけて答える久。

それはそうだろう、戦車道はチョチョっと教えて直にできるスポーツではない。

それなりの技術と経験がモノをいう。

杏がどんな人材を求めているかによるが…

そうそう適材が見つかるとは思えない。

 

『なぁに、買い出し雑用炊事経理事務仕事その他諸々が出来てコミュ力があって機械に強い… エンジンなんかを弄り慣れた人材なら最高だねぃ。加えて力持ちならば言うことなし!』

 

「…無茶言わないでよ、どれだけ高スキルな人間を欲してんのよ?」

 

杏の言を聴き、呆れたように返す久。

そんなハイスキルな人材がいたらぜひ清澄の学生議会本部に欲しい。

と言うか「何だ?そのチートは?」と心の中で突っ込む久。

が、事実は小説より奇なりと言い、意外と身近にそういう人材が居たりするのがお約束だが…

 

『ん。清澄の副会長の内木君に事前に連絡入れてね… 居るって言ってたよ? 確か、一年生で須賀京太郎君っていうらしいんだけど?』

 

その瞬間、受話器を握る久の手元からメキョっと嫌な音がする。

表情筋を引き攣らせ、どす黒いオーラを発し始める久。

よく見れば受話器に小さくない罅が入り、持つ手にも青筋が浮かび、かなりの力で握りこまれているのがわかる。

 

「……フフフ、冗談はあなたの身長位にしたらどう?」

 

『ほー… 言うじゃないか竹井ちゃん?』

 

「そもそも、そうハイハイと清澄の生徒を貸せるわけがないでしょ?」

 

『いやー確かにそうなんだけどねぇ… こちとら廃校か否かの瀬戸際なんだ、遠慮なんて出来ないって』

 

しばし久と杏のやり取りは続く。

自身の夢、インターハイ制覇の為に、京太郎に雑用ばっかり押し付け、入学してからの4か月を奪った負い目が彼女にはある。

京太郎は笑って気にしてないと言っているのだが、せっかく麻雀部に入ったというのに数えるほどしか牌に触っていない。

その償い…

いやそんな後ろ向きな理由だけでない。

同じ麻雀部員として、自分たちが体験した勝利の栄光、それを彼にも勝ち取ってほしい。

そんな思いがここ最近の久を突き動かしていた。

その為にも10月下旬の新人戦までの時間は金よりも貴重だ。

自分の時間を最大限彼の指導にあて、自分の持てる限りの技術・知識・経験を伝えるつもり、いや、麻雀部の総力を挙げて彼をサポートするつもりなのだ。

それなのに、京太郎にとっては無関係の高校の為に、その時間が奪われる…

久にとっては絶対に容認できない。

もっとも理由はそれだけではなさそうだが…

 

「女子高の部活の助っ人に、他校の男子とかどうなのよ?」

 

『言っただろ? こっちはカマす余裕なんて無いんだって』

 

おっぱい好きでちょっとスケベ、健全な男子高校生である須賀京太郎。

そんな彼を大洗女子学園(女の園)へ行かせたらどうなるか?

コミュ力の化け物である彼だ、下手しなくても大洗の生徒とデキる可能性は低くない、むしろ高いと言えよう。

実は久、密かに京太郎に想いを寄せている。

まぁ、京太郎にホの字なのは麻雀部員全員に共通しているのだが…

取りあえず、京太郎を取られるわけにはいかないと無意識に危機感を覚えた久は強硬に反対する。

 

「と、り、あ、え、ず… ダメなものはダメよ!」

 

『ふーん… 良いのかねぇ。そんなこと言って』

 

久の強硬な反対に怯むかと思いきや、杏の声からは余裕のようなものが窺える。

と言うかその声の様子だけで、悪魔のしっぽが生えた彼女を容易に想像できた。

 

「…何よ?」

 

杏の声にゾクッとした寒気を感じた久。

聞いてはいけない、そう頭の中の自分が囁くが聞かずにはいられない状況だ。

 

『いやー、私らが初めて会った時だっけ。清澄(そっち)の内木副会長が私を中学生と間違えてナンパしたんだよね』

 

「…は?」

 

『それだけじゃなくて、大洗の小っちゃい娘を中学生と間違えてナンパすること5回。いや~、天下の清澄高校の副会長様がロリコンとは恐れ入ったねぇ』

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

『まぁ、副会長だけだと思うけど… 副会長なんて言う要職の人間がロリコン、世間はどう取るかねぇ』

 

「………」

 

挑発するような杏の声。

暗にこちらの要求を受け入れなければ、このことをバラすぞと言っている。

良くも悪くも内木君は清澄高校の顔と言える学生議会の副会長だ。

下手すりゃ清澄高校の男子生徒すべてがロリコン… 清澄自体がロリコンの巣窟と言われかねない。

風評とはかくも怖い物なのだ。

 

(ま、まだ切り抜ける方法はあるはず… 負けてはダメよ、久! まだチェスで言えばチェックがかかっただけ、チェックメイトじゃないんだから!)

 

そう自分に言い聞かせる久だったが…

無情にも杏が追い打ちをかけてくる。

 

『それに大洗と清澄の校長先生に相談して許可は取ってあるよん』

 

チェックメイトだった。

校長の裁可まであるのなら一介の学生議会長が覆すのは難しい…

止め得るとしたら京太郎本人の拒否権だけだ。

膝から崩れ落ちてorzな久。

目の前が真っ暗になりそうだった。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

「…と言うわけなのよ」

 

時間は戻って清澄高校の部室。

久はちょっと前にあったことを洗いざらい話した。

流石にこの状況で久を責めるのは酷すぎる。

彼女は清澄の学生議会長だ、当然、清澄高校の生徒全員の利益を守る責任がある。

そんな彼女が『ロリコンの巣窟清澄』と言うレッテルが広がるのを容認するわけにはいかない。

部員たちはそのことを分かっている。

だから久への怒りの矛を収めた。

尤もその矛先の向かう先が代わっただけなのだが…

 

「副会長め… ロリコンも大概にせぇよ…」

 

「取りあえず、今度みんなでボコボコにしましょう… 麻雀で」

 

「フフフ… 泣きわめいてもカンは止めないんだから…」

 

まこと和と咲が昏い情熱を燃やしつつ、内木副会長への呪詛を吐く。

目は笑っておらず相当コワい。

優希など、どこからともなく藁人形を取り出し『内木』と書かれた紙と一緒に五寸釘を撃ち込んでいた。

 

「まあまあ、皆冷静に…」

 

苦笑いしながら宥める京太郎。

 

「…でね、須賀君。あなたの意見を聞きたいの…」

 

ため息を吐いて、力のない声で久が言う。

 

「麻雀部員の私としては貴方に行ってほしくない… でも、議会長としての私は貴方に行ってもらった方が助かる…」

 

「ひどい話だと自覚はしてるわ… 後は貴方の意思次第よ。どんな結論であれ、私は須賀君の決断を尊重するし、私は出来る限りの支援をするわ」

 

そういって京太郎の目を見据える久。

京太郎は顎に手を当てて「ふむ…」としばし考える。

そして、考えがまとまったのか口を開き…

 

「わかりました、大洗に出向きましょう」

 

と言った。

 

「須賀君! 新人戦は諦めるのですか!?」

 

目を見開き驚愕の表情で和が京太郎に詰め寄る。

自分たちの優勝の陰には京太郎の尽力在り。

彼女もそう認識していたからこそ、次の新人戦では京太郎に活躍してほしいと願っていた。

同じ麻雀部の仲間として栄光を掴んでほしい、その想いを袖にされたかのような返答なのだから、憤慨してもおかしくはない。

 

「まあ、落ち着け和。俺は新人戦を諦めるなんて一言も言ってないぞ」

 

「へっ?」

 

「どういうことだじぇ?」

 

肩透かしを食った和の間抜け顔。

優希も一体どういうことかと首を傾げている。

 

「何も、大洗に行ったとしても… 麻雀の練習が出来ないとは限らないからな」

 

そう言って、自分の考えを披露する京太郎。

曰く、大洗学園艦にも雀荘はあるだろうからそこで武者修行をする。

曰く、メールやチャット、ネット麻雀などを使って夜に皆と対局や情報の交換が出来る。

曰く、大洗で麻雀を打った場合、牌符をとっておきメールやチャットで指導を仰ぐ。

そして極めつけは…

 

「金曜の夜に向こうを出発して、土日は清澄で麻雀の練習すれば良い」

 

「む、無茶だよ! 京ちゃん!」

 

「そうじゃ! ワリャ清澄から大洗学園艦まで片道どれくらい時間が掛かるんか知っちょるか!?」

 

京太郎の無茶な発言に度肝を抜かれた咲達。

当然、猛反発する。

そりゃそうだろう、大洗学園艦は日本周辺を航行しているとはいえ海の上だ。

移動には船、もしくは航空機の利用が必須。

船の場合だと下手すりゃ1日は掛かるし、航空機に関しても茨城県からしか大洗学園艦行きの便は出ていない。

長野から茨城までの移動を踏まえるとかなりの時間がかかる。

物理的に不可能だし、何より金銭の問題が大きすぎる。

 

「それについては考えがあります。と言うか、当てがあるんですよ」

 

そう言い切る京太郎。

自信満々なその様子に、本当に言葉が無くなる咲、和、優希、まこ。

一方、久はため息をつきつつ…

 

「…須賀君、私や学生議会のことを考えているなら心配は無用よ。それは私が絶対に何とかするから…」

 

そういう久に、京太郎が右手を出して抑える。

 

「確かに部長のことも考えて… この結論にしました」 

 

久の「京太郎が、また、自分以外に配慮しているんじゃないか」と言う懸念を肯定する京太郎。

しかしその後、「だけど…」と言って続きを話す。

 

「どっちの選択肢を選んでも部長は自分を責めるか苦労するでしょ? 行かなければ大洗の生徒会長が仕掛けてくるだろう風評の対策。行けば俺を人身御供にして見捨てたと思い込んで負い目を感じる…」

 

京太郎の言う通りだろう、どちらに転んだとしても久には悪い事態しかない。

こういった読みがサッと出来るあたり、京太郎の頭の回転はそこそこ速い。

そして、その予測は京太郎にとっては許容できるものではなかった。

 

「部長にそんな思いをさせる訳にはいきません」

 

「それで両方選ぶということけぇ? 幾らなんでも無茶じゃ!」

 

「無茶は承知の上です。「淑女を守れる紳士たれ」 我が家の家訓です。それに、親父にはよく言い聞かせられてるんですよ… 「良いか、京太郎。道は一つだ、信念に従い行動する。それだけだ」ってね」

 

そう言い切る京太郎の表情は今まで見たことのないほど凛々しいものだった。

諌めようとしたまこすら、その表情に見惚れてしまう。

そしてその場の全員が悟る。

京太郎の決意を曲げさせることは出来ないということを…

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

「…と言うわけなんだ。父さん、母さん」

 

「はぁ… 今どきの高校生は大変ねぇ」

 

「獣のお兄ちゃんをそんな乙女の園に放り込んで大丈夫?」

 

時刻は午後8時ごろ、須賀家では親子4人水入らずの夕食のひと時だ。

我らが主人公、須賀京太郎。

少しくすんだ金髪の長い髪をポニーにまとめた中学2年生の妹、須賀京子。

ちょっと釣り目な瞳に髪の毛は綺麗な茶色のショート、若々しい母親の須賀(旧姓:永瀬)ケイ。

帰化日本人であり透き通った青い瞳に綺麗な金髪を持つ一家の大黒柱、須賀エイノ。

これが京太郎の家族。

彼と妹の金髪は父親譲りなのだ。

 

「おい、京子… それどういう意味だ?!」

 

「フン! この間、おっぱいの大きい私の同級生見て鼻の下伸ばしてたくせに!」

 

「あらあら、京子はお兄ちゃんにベッタリねぇ。他の子に取られて寂しいのかしら?」

 

突如はじまった兄妹喧嘩。

しかし、母親のケイは微笑ましそうに感想を溢す。

そしてそれに京子が「ちょっと! お母さん! それどういう意味!?」と頬を染めながら突っかかるが、(ケイ)は涼しげな顔でどこ吹く風。

母親の貫録勝ちである。

そんな家族を微笑ましく見つつ、サラサラと締めのお茶漬けを掻っ込んだエイノは茶碗をテーブルに置きながら京太郎に声を掛ける。

ちなみにお茶漬けの添え物は信州名物野沢菜漬けである。

 

「…で、京太郎。足に当てがあると言ったが… アレのことか?」

 

「うん」

 

「…ふむ…」

 

顎に手を添えて何やら思案する須賀父(エイノ)

暫くして考えがまとまったのか、京太郎を見据えて徐に一言…

 

「京太郎、食後に一服したら父さんの仕事場に来い」

 

そう言って食後のお茶をすする父だった。

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

「それにしても親父の奴、いきなり仕事場に来いとか何考えてるんだ…?」

 

ブツクサと文句を言いつつも父の言いつけを守って自宅に隣接する仕事場(ハンガー)へ向かう京太郎。

夕食の後の一服時に京子と口喧嘩と言う微笑ましい一幕もあったりした。

ちなみに2人仲良く母親の鉄拳制裁をもらって元の鞘(仲良し兄妹)に収まっていた

父・エイノの仕事だが、レシプロ航空機の整備、中古機の販売・レストア、整備部品の販売などを手掛けており、自宅横のハンガーも学校の体育館以上の大きさがあったりする。

そんな父の仕事場に足を踏み入れた京太郎、まっすぐに父親の元にはいかずまずハンガーの一角に足を運んだ。

 

「よう、今度から長距離飛行で世話になるぜ」

 

そう声を掛けた先にあるのは複葉複座の単発レシプロ機、主翼と胴体に細白線で縁取りされた日の丸(日本国籍マーク)、垂直尾翼には機体登録番号と所有者のパーソナルマークが誇らしげにペイントされている。

なお、通学に使用していないので清澄の校章は描かれていなかった。

この全体をオレンジ色に塗られた川西九三式中間練習機(赤とんぼ)・K5Yは京太郎の愛機だ。

 

「おう、来たか京太郎」

 

「で、いきなりここに呼び出しって何の用だよ、父さん」

 

まぁ、座れと入り口付近の応接セットを指さすエイノ。

対面でソファーに腰を掛けると早速、エイノが話を切り出す。

 

「K5Yで大洗に通うって話だがな… 止めておけ」

 

「なっ! なんでだよ!?」

 

父親の言葉に突っかかる京太郎だが、とりあえず抑えろと手でジェスチャーされて大人しくソファに座りなおす。

 

「なにも大洗に行くなって話じゃあない、K5Yが適してないって話だ」

 

「…航続距離は足りると思うんだけど…」

 

「K5Yの航続距離は凡そ1000kmだ… 房総半島か伊豆半島の先端あたり、館山か下田で給油すれば確かに小笠原まで届く。心もとないが出来ないことは無いな」

 

「ならどうして…」

 

「最大の理由は速度だ、巡航で150 km/hだぞ? 900 km飛ぶとして6時間… お前、部活で疲れた体で6時間も操縦できるか? おまけにK5Yは中間練習機、洋上航法装置や無線帰投方位測定器なぞ積んでないんだぞ?」

 

「うっ…」

 

「それに対気速度で150 km/hなんだ、風向きによっちゃ短い航続距離が更に短くなる。そんなことが分からんお前ではあるまい。ちょっと頭を冷やせ」

 

そう言ってコーヒーの入ったマグカップを傾ける父。

反発はするが心底慕っている父親の言葉に徐々に冷静になっていく京太郎。

 

「…じゃあ、どうするんだよ…」

 

「アレをお前にやる」

 

そう言って親指で後ろに駐機してある機体を指さすエイノ。

 

「…N1K2? 良いのかよ、アレ、父さんの大切な機体じゃないのか?」

 

N1K2-J、川西航空機が製造した旧海軍最後の量産型戦闘機で紫電二一型とも紫電改とも呼ばれる機体だ。

レシプロ機としてはトップクラスの性能を持っている。

だた、ハンガーに鎮座しているこの機体、ちょっと見には紫電改とは判別しづらい。

その原因は塗装にある。

大戦後期の日本海軍機は濃緑に塗装されているものがほとんどなのだが…

この紫電改は基本色がグレーのロービジ迷彩で主翼、垂直水平尾翼の先端半分が濃いブルーに塗られている。

国籍マークも大戦機よりも小さく、垂直尾翼には機体登録番号である「VL032」と首輪に繋がった鎖を噛み切ろうとしている赤い番犬のパーソナルマークが描かれている。

 

「フフ… お前もようやく一人前の男になったみたいだからな、一人前の男ならそれなりの機体に乗らないと、な…」

 

「あの機体なら増槽を積めば2300 kmは飛べるし、巡航速度も370 km/hは出る… エンジンは最新の誉エンジンを載せ替えた、フレームなんかもチタン合金製に交換してあるし、洋上航法に必要な機材も最初から載せてある。今からでも飛べるぞ」

 

父親からその息子に受け継がれる愛機。

ハンガーの天井の照明に照らされるその銀翼はどこか誇らしげだった。

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

そして日は流れ、京太郎が大洗に出向く日がやってきた。

朝早くから咲たち麻雀部5人娘は松本空港へ京太郎の見送りに来ていた。

 

「あっ、咲ちゃん! こっちこっち!」

 

「おばさん、おはようございます!」

 

京太郎の母親が咲を見つけて手を振りながら呼ぶ。

咲は京太郎の幼馴染なので須賀家の面々とも親しいのだが…

何故か京子は咲のことを警戒している様子が伺えたりする。

 

「それにしても、京太郎がヒコーキの免許もっとるとは驚きじゃ」

 

5人娘+ケイと京子の7人で一般貸出の駐機エプロンに向かいつつ、まこが零す。

それに和優希久はうんうんと相槌を打って同意する。

この世界、レシプロ限定なら試験に合格さえすれば年齢に関係なく操縦士資格が取得できる。

かなりのレアケースだが小学生でも免許を持っている強者も居たりするのだ。

特に通学に時間のかかるド田舎の中学生や高校生なんかは通学に使う目的で免許を持っている割合が高い。

尤も、都会なんかではヒコーキは不良の乗り物と偏見を持たれたりしているのだが。

閑話休題(それはともかく)

女が三人寄れば姦しいと言うが、7人も集まっている… 当然話は盛り上がる。

おしゃべりしている間に目的の場所に到着する。

 

「おう、京太郎! おはようだじぇ!!」

 

久しぶりに大空へ飛び立つ機体だったので、出発前の最終点検を念入りに行っていた京太郎と京太郎父。

もちろんエイノは日ごろの整備を怠っていないので機体の状態は完璧だ。

しかし、念には念をと言うことで二人はオイルまみれに成っていた。

そんな京太郎におはようの挨拶と同時に抱きつく優希。

受け止めようにも両手はオイルまみれ、受け止めることができずに少しよろける。

 

「須賀君、おはようございます。 …やっぱり向かうのですね…」

 

「京ちゃん、おはよう。これ5人で早起きして作ったんだ、途中で食べてね」

 

少々残念そうな表情の和と、アルマイト製の大きな弁当箱を渡す咲。

中身は昨日から仕込みをして5人で作った手作り弁当、中身は当然、パイロットご飯の巻寿司だ。

 

「まあ、気を付けて行きんさい。向こうに着いたら連絡せえよ?」

 

これから遥々1000 kmに及ぶ長旅に向かう京太郎をねぎらうまこ。

ついでに向こうでの生活を報告するように約束を取り付けたのは一年生にはない年上の貫録。

 

「おはよう、須賀君。学生議会本部がしっかりしてないせいで、君にこんな負担を負わせて… 本当にごめんね」

 

挨拶と同時に、申し訳なさから未だに謝ってくる久。

しかし彼女は天下の清澄高校学生議会長兼麻雀部元部長である。

謝るだけの能無しではない。

 

「大洗の生徒会と話を付けたわ、向こうの希望でこうなったんだからね、色々要求をねじ込んだわよ!」

 

「…具体的には?」

 

明るい声でハッスルして宣う久に若干引き気味で答える京太郎。

 

「須賀君が向こうに滞在する時の生活費、毎週週末に帰ってくるときの往復のガス代に消耗品代、大洗学園艦の雀荘の利用料金、それと金曜の17:00から次の月曜までは拘束しないことを呑ませたわ」

 

楽しそうに語る久。

テンション高く「いやー、電話越しの杏の引きつった声が良かったわー」と宣う表情は今日の天気以上に晴れやかだ。

麻雀部面子全員がドン引きしてなければ時微笑ましい光景だったが…

息子たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた京太郎の両親。

エイノがチラッと腕時計を確認して京太郎にそろそろだと促す。

 

「京太郎、そろそろシャワー浴びて着替えてこい、後は俺がやっておく。それと航空管制部に行って悪天予想図(FBJP)離陸用飛行場予報(FCST)は確認しておけよ?」

 

「ああ、分かったよ父さん」

 

返事をしてターミナルビルの方へ歩いていく京太郎。

そんな彼を名残惜しそうに見つめる麻雀部の面々。

そこへジッと黙っていた京子が声を掛けた。

 

「私、ヒコーキで上空まで飛んで兄さんを見送るのですが… もう一人だけなら乗れますよ」

 

ただちに第一回清澄高校麻雀部大じゃんけん大会が開催されたのは言うまでもない。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

『Victor Lima 032, Runway 18, Runway is clear, wind calm.(VL032、ランウェイ18上に障害物なし、風は無風)』

 

『Roger, Runway is clear, Victor Lima 032, Thank you.(了解、ランウェイに障害物なし、VL032、ありがとう)』

 

レディオとの交信で滑走路上に障害物がない事を確認した京太郎。

ぐっとスロットルレバーをゆっくり押し込むと、搭載された星形18気筒エンジンがそのパワーを開放する。

エンジンによって機体が加速し、その心地よい加速感とエンジンから響く独特の誉サウンドが気分を高揚させる。

スピードが乗り離陸決心速度(V1)を越え、機首引き起こし速度(VR)に近づくにつれ迎角を取っていた機体が次第に水平になっていく。

VRを越えて機体が浮き上がり安全離陸速度(V2)に達したのを確認すると操縦桿を引き、ぐんぐん機体を上昇させていく。

 

「やっぱり、空は良いなぁ」

 

眼下に流れていく故郷の大地を見つめながら空の蒼さを堪能する京太郎。

父親と母親の血の影響か、彼も生まれつきの飛行機乗りのようだ。

 

「さて… 大洗学園艦は小笠原沖を航行中だからな… 南南東に進路を取って… ん?」

 

巡航高度まで上昇して進路を変更しようとした矢先、視界に何かが映った。

 

「おいおい、京子のやつ…」

 

それはオレンジ色に塗られた九三式中間練習機だった、尾翼のマークも見覚えがあると言うか自分の乗っていた機体だ。

父親と母親はエプロンで見送っていたから、誰が操っているかは一発でわかる。

露出した操縦席から愛しの妹が手を振っているのが見える、そして、後部座席にもう一人乗って手を振っているのも確認できた。

 

「あれは… 咲か? ようし…」

 

速度を落とし、ぐっと機体を京子と咲の乗る赤トンボに近づける。

ギリギリまで近づいたら手を振り返し、手信号で京子にメッセージを送る。

そして機体を大きくバンクさせ、速度を上げつつ今度こそ大洗に向けて進路を取る。

目指すは小笠原沖、南南東の空!

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

「京ちゃん、行っちゃったね…」

 

「そうですね…」

 

京太郎を見送った咲と京子。

京太郎機が見えなくなると手を振るのを止めて、伝声管で話をしていた。

 

「さっき京ちゃんがジェスチャーでなんか言ってたけど… なんて言ってたの?」

 

「…秘密です」

 

「えー、教えてよ! 京子ちゃん!」

 

黙秘権を行使する京子に抗議の声を上げる咲。

京太郎が何を言ってきたのか気になって仕方がないのだ。

 

「咲先輩…」

 

「ん? 何?」

 

「私、負けませんから…」

 

操縦桿を握る手に力を込めて、何やら心に決めた京子であった。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

離陸してから凡そ3時間…

途中で皆のお手製の巻寿司で腹を満たし、サイダーで喉を潤した。

もちろん、サイダーを噴出させてキャノピーにブッ掛けるなんて無様なマネはしない。

ちなみに巻寿司、それぞれ作り手の特徴がよく出ていた。

優希の巻寿司などはタコスの味がするある意味ブッ飛んだ代物で、苦笑いがこぼれるのを我慢できなかった。

それなりに食える味になっていたのが不思議ではあったが…

 

「さて… そろそろ見えてきてもいいんだけど…」

 

低く唸るエンジン音を聞きつつ洋上を見渡す。

30分ほど前に学園艦から常時発せられる電波信号を受信しているので進路に間違いはなかった。

 

「…見えた、2時の方向」

 

水平線の先にポツンと艦影が現れたのを京太郎は見逃さなかった。

 

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

 

 

「おーい、全員集合!」

 

午前の10時を回ったころ、大洗女子学園のグラウンドで生徒会長の角谷杏が戦車道履修者に全員集合の号令を掛けていた。

凡そ22人の大規模と言うか小規模と言うか微妙な人数が大洗戦車道チームの全員である。

 

「よし、全員揃ったな。会長から重大発表がある」

 

メンバーのうち生徒会役員を除く19人が集まったことを確認した河嶋桃。

今時珍しく片メガネをかけている大洗生徒会の広報担当だ。

 

「はい! 重大発表って何ですか?」

 

手を挙げて元気に質問するのは武部沙織。

料理洗濯掃除など家事が大得意の女子力の高い二年生だ。

ただ、恋に恋する少女でもあり、モテる為に如何なる努力も惜しまない行動力からついたあだ名が『婚活戦士ゼクシィ武部』…

幸い本人の耳には未だに入っていない、まさしく知らぬが仏と言えよう。

 

「長野の清澄高校って知ってるか? 大洗女子の友好提携校なんだけど」

 

杏の言葉に全員が首を縦に振る。

そりゃそうだろう、麻雀と言えば戦車道よりも広く一般に普及している競技だ。

その麻雀のインターハイを初出場で制するという特大の大金星を挙げた高校、それが清澄高校だ。

当然、全国レベルのニュースで流れていたので、みんな知っている。

 

「その清澄高校から1人だけど助っ人がやってくるんだよね、しかも買い出し雑用炊事経理事務その他諸々が出来て機械に強い人材が。エンジンも弄れるって話だ」

 

皆の口から「おおぉ!」と感嘆の声が漏れる。

聞く限りチートと言っても差し支えない人間が自分たちの味方に加わる、期待が膨らむというものだ。

 

「はい! その御方はいつ来られるのでありますか!?」

 

「もうそろそろ来る頃なんだけどねぇ…」

 

元気に手を挙げて質問するのは秋山優花里。

かなり癖っ毛の二年生で、戦車が大好きな少女、常に鞄の中にサバイバルグッズが入っているなど筋金入りである。

 

「まぁ、どんな人間かは会ってからのお楽しみってことで…」

 

杏がそう締めると、周りからブーイングの嵐。

桃が注意… と言うかキレて喚いたり、副会長の小山柚子が宥めたりと、少女が22人も集まるとまさしく喧しい。

そんな賑やかな空気の中に小さいが異音が入り込んでくる。

 

「ん? なんだ、この音は…?」

 

誰が言ったかは分からないが、確かに「…ゥゥゥゥゥゥゥゥ…」と唸るような音が聞こえる。

 

「…来たねぇ、かーしま!」

 

「はい! おい、バレー部! この旗をもって思いっきり振れ!」

 

桃が元バレー部のメンツに渡したのは蛍光色の黄色と青色の超大型の旗が4つだ。

ハッキリ言って掲げるだけでもしんどいサイズ、これを振るなど普通の女子では無理だろう。

だから比較的体力のある元バレーのメンツに渡したのだ。

渡された方はたまったものではないが…

取りあえず、言い渡されたことはこなさなければいけない。

ぶつくさ文句を言いながらも旗を振り出すバレー部。

その内、異音ははっきり「ヴォォォォォォオ…」と聞き取れるようになってくる。

 

「これって… エンジン音?」

 

戦車道家元の次女、西住みほが呟く。

疑問形なのは彼女が乗る戦車のエンジンは水平対向エンジン、V型エンジン、直列エンジンが殆どで、この独特な音を聞き慣れていないからだ。

誰の耳にもハッキリエンジン音が聞き分けられるようになったとき、音の主が遂に県立大洗女子学園の空に姿を現した。

 

「キャァァアア!」

 

「ええっ! ヒコーキ!?」

 

まるで地を這うかのような超低空飛行で学校に侵入してきた飛行機。

度肝を抜かれた少女たちの中には腰を抜かして尻もちを搗いている者もいる。

 

「ゼロ戦! ゼロ戦だ!!」

 

本当は紫電改なのだが、飛行機… 特に戦闘機に詳しくない一般人には零式艦上戦闘機と紫電改が同じに見えるのは仕方ないのだろう。

一旦、グラウンド上空をフライパスした紫電改はそのまま180°ループを打ちながら上昇し、最高点でハーフロールを打つ…

所謂インメルマンターンで方向転換を行い、再びグラウンド上空に侵入する。

今度は機速を落として、グランドの様子を伺いつつフライパス。

充分に距離が離れたところで旋回し、グラウンドへの最終着陸態勢(ファイナルアプローチ)に入った。

 

「着陸してくるぞぉ!!」

 

徐々に高度を落としつつ、接近してくる紫電改。

もうすでに主脚は降ろされていて、着陸の準備は万端。

そしてグラウンドの端に差し掛かるとさらにエンジンを絞って高度を落とす。

機体が水平のまま主脚が地面に接し、さらに速度を下げて尾輪が接地する。

向かい風を完璧に捉えた、滑らかな美しい着陸だった。

着陸を決めた紫電改は10 ktほどの速度でタキシングし、大洗戦車道メンバーの近くまで移動してくる。

 

「ふわぁあ…」

 

間近でレシプロ戦闘機の着陸を初めて見たためか、誰ともなく感嘆の声が漏れる。

近くに来ると停止し、エンジンが切られプロペラの回転が止まる。

そして、キャノピーが開き中から濃緑の飛行服を着た180 cmはある人物が出てくる。

 

「大洗女子の戦車道の方たちですか? 清澄高校の須賀京太郎です。学生議会の依頼で助っ人に参上しました」

 

飛行眼鏡と飛行帽を脱ぎながら自己紹介する京太郎。

 

「大洗生徒会長の角谷杏、ようこそ大洗女子高校へ。歓迎するよ、須賀君」

 

ここに本来交わるはずのなかった戦車道と麻雀、違った青春を過ごす少年少女たちの物語が始まる。

 




今回はほとんど清澄と移動の話で大洗メンバー出せなかった…
次話からはちゃんと出るから、主砲をこっち向けないでください

京ちゃんと妹ちゃんに操縦技術を叩き込んだのは両親です。
いったい何者なんだ…?

ちなみに作者、飛行機大好きでエスコン信者です。

次話の投下は少し時間がかかるともいますので気長に待っていてください。


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2話 ―甘味処・須賀屋へようこそ!―

およそ一か月ぶり、エルクカディスです。
第2話でサンダース戦行けるかと思ったらまたもや字数1万字越えで断念…

大洗と清澄、それぞれの様子をお楽しみください!


「大洗女子の戦車道の方たちですか? 清澄高校の須賀京太郎です。学生議会の依頼で助っ人に参上しました」

 

「大洗生徒会長の角谷杏、ようこそ大洗女子学園へ。歓迎するよ、須賀君」

 

キャノピーを開放し、操縦席から降りた京太郎が自己紹介する。

それに答えるように杏も自己紹介をして、右手を差し出す。

その右手に自分の右手を差し出す京太郎、2人はガッチリと固い握手を交わす。

 

「遠路はるばるご苦労様だね… まぁ、大洗(うち)が無茶を言ったせいなんだけどね、とりあえず来てくれて助かったよ。ありがとう」

 

「事の顛末は聞いています、角谷会長。まぁ、交渉の手段は褒められたものでは無いですが、事情は理解しています… 納得しているかは別ですけどね」

 

自分たちをここまで振り回したのだ、ちょっとした嫌味くらいは許されるだろうと会話のジャブをかます京太郎。

杏に対する京太郎(一年坊主)の嫌味。

杏を敬愛する… と言うか主人()に忠実な(いぬ)の桃が騒ぐかと思いきや、驚くことに肩を震わせながら耐えていた。

京太郎の派遣で清澄(むこうさん)に多大な迷惑を掛けているのだ、ここでキレて喚き散らせば下手すりゃ全てがご破算である。

杏も杏で「たはは… こりゃ手厳しいね。」と呟きながら背中に冷や汗を流していた。

 

さて、そんな心温まる会話をしている京太郎と杏、桃、柚子以外のメンツはどうしているかと言うと…

 

「ところで他の皆さんはどうしたんですか? やけに静かにこっちを見てますけど…」

 

京太郎の言う通り、京太郎たち4人を遠巻きに見ながら沈黙を保っていた。

と言うか、脳の処理が追いついていないのか皆が皆、半口を開けてフリーズしている。

そして、京太郎が首を傾げておよそ30秒…

長いと取るか、短いと取るか微妙な時間が過ぎて…

 

「「「お、男の子ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?!?!?!?」」」

 

全員が再起動を果たした。

天地を揺るがしそうな大絶叫とともに。

 

「えっ? えっ? 男子? ちょっと私スッピンだ!? やだもーーー!!」

 

「あいいいいい!? だんし!  男子なんでぇええ!?」

 

「エルヴィン… 夢かも知れないから思いっきり殴ってくれないか?」

 

阿鼻叫喚の大パニックである。

この混乱の坩堝にドン引きしながら京太郎は傍にいた柚子に聞く。

 

「ちょ、みなさんどうしたんですか…?」

 

「クスッ、大洗(うち)って女子高でしょ? そこの戦車道の助っ人に男子高校生が来たからみんなビックリしてるの」

 

聞かれた柚子は口に手を当てて可笑しそうにちょっと笑いながら答える。

それを聞いた京太郎は「はぁ… そんなものですか…」と再び混乱している戦車道面子を見渡す。

混乱して大声を上げているもの、目を見開いて未だにフリーズしているもの、各々の反応はそれぞれだが、一致しているのは暫く収まりそうにないということだ。

と言うか吃驚し過ぎて既に全員の目に京太郎は映っていない。

 

「まぁ、落ち着くまでしばらくかかると思うから… 今のうちに校長と職員室に挨拶しておいで。寝泊まりする部屋にはあとで案内を付けるからさ」

 

京太郎の腰をポンと叩きながら杏が言う。

それもそうだと同意した京太郎は、一時的な転校手続きの書類などを貨物から取り出して校舎の方に歩き出す。

が、一歩踏み出して、思い出したかのように生徒会面子の方を振り返って…

 

「先ほどは嫌味言ってすいませんでした。まぁ、こんな自分ですが仲良くしてください。これから2か月よろしくお願いします」

 

と頭を下げた。

そして、今度こそ本当に校舎の方に向かって歩き出す。

 

「なんだ… 良いやつじゃないか」

 

嫌味な奴かと心配した杏だったが、どうやら良い奴そうだと京太郎の評価を改めて、そっとため息を吐いた。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

「改めまして、長野県立清澄高校から来ました須賀京太郎です。未熟な1年生ですが、戦車道全国大会に出場される皆さんのサポートをさせていただきます。全国大会終了までの短い期間ですが、よろしくお願いします!」

 

校長室、職員室と到着の挨拶回りを済ませた京太郎、再び戦車道のメンバーの前に姿を現していた。

何とか大混乱から現実に立ち直っていた19人の少女たちが整列、彼女たちの前に立ち京太郎はキチンとした着任の挨拶をする。

 

「はい、須賀君ありがとね。…女子高に男子が来たんだ、みんな色々聞きたいことがあると思うから質問タイムと行こうか」

 

京太郎の挨拶のあとそう杏が切り出すと、予想通り挙手の嵐。

あまりの想像通りの状況に苦笑いをしながら杏が指名したのは…

 

「ほい、それじゃトップバッターは… 武部ちゃん」

 

「はーい! 2年生の武部沙織です! 須賀君はなんで大洗に来たんですか!?」

 

いきなり核心をついた質問である。

大洗が廃校の危機を迎えていることを未だ大洗女子学園生徒会は公表していない。

この質問を京太郎に答えさせると廃校の件がバレてしまう危険性が大である。

京太郎も先ほど杏から廃校の件は内密にしてほしいと伝えられていた。

杏の顔を伺う京太郎。

杏はコクリと小さくうなずき、口を開く。

 

「それに関しては私の方から説明するよ」

 

そうして説明を始める杏。

曰く、大洗女子が戦車道を止めたのは20年も前の話でノウハウが完璧に失われてしまったこと。

曰く、戦車道履修者が22名集まったが、自動車部の協力を得たとしてもノウハウ喪失の影響は大きくマンパワーが不足していること。

 

「そこで、友好校である清澄に全国大会まで人手の提供と協力を打診したんだ。清澄にロリコン副会長・内木(独自の情報源)が居てね… 須賀君っていう優秀な人材がいるって知ったから、指名させてもらったんだ」

 

つらつらと理由を述べる杏。

協力を打診と言っているが、実態は学校の名誉を盾に取った脅迫だ…

その裏を十分すぎるほど知っているので京太郎は少し苦い顔。

少し腹は立つが… この場で抗議するほどのことでもないだろう。

後で、小言ぐらいは言うつもりだが…

 

「それじゃ次の質問は… 大野ちゃん」

 

「はーい! 同じ一年生の大野あやです! さっきゼロ戦で降りてきたけど、須賀君のゼロ戦ですか!? あと何時からヒコーキに乗ってますか!?」

 

元気いっぱいに大野あやが質問する。

この質問には京太郎が… と言うか先ほどの質問が例外すぎて杏が代理で答えただけだ。

 

「うーん… まず一つ訂正。あのヒコーキは零式艦上戦闘機(ゼロ戦)じゃなくて、紫電改っていうヒコーキです。同じ旧日本帝国海軍の戦闘機でゼロ戦の後継機です」

 

「残りの質問だけど、一週間ほど前は『赤とんぼ』って言われている九三式中間練習機に乗っていました。紫電改(これ)は大洗に行くって言うので父から譲ってもらった機体です。それとヒコーキには小学校のころから乗っています」

 

「じゃ次… 松本ちゃん!」

 

「会長、エルヴィンと呼んでほしい… まぁ、いいか… 須賀君は空戦道をやっているのか?」

 

「いえ、武道としての空戦道はやっていません」

 

「はい! 二年生の磯部典子です! 清澄と言えば麻雀のインターハイ優勝の大金星だけど、須賀君はメンバーの人と顔見知り?」

 

「ははは… 実は俺、その麻雀部の部員なんですよ」

 

「二年生の秋山優花里と言います! 好きな食べ物はなんですか!?」

 

「当然、パイロットご飯の巻寿司です」

 

こんな感じでワイワイと質問タイムは進んでいく。

特に麻雀部部員であることが明らかになった瞬間は大いに盛り上がった。

なんやかんやで19人全員が質問することになった。

そして、やっと戦車道の練習に入ることになったのだが…

 

「んじゃ、須賀君。これ資料だから」

 

そういって手渡されたのはB5サイズのノートのようなもの。

受け取った京太郎は首を傾げつつ…

 

「戦車の整備マニュアルか何かですか?」

 

と聞いた。

 

「いんや、須賀君が乗る38(t)戦車の操縦マニュアルだよ。生徒会チーム(私たち)も一緒に乗るからね」

 

「………………………へ?」

 

杏の返答に固まる京太郎、心の中は大混乱だ。

今、角谷会長は何と言った? 俺()戦車に乗ると言ったか…?

あれ? 俺って戦車道のサポートに来たはずなんだけど…

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺も出るんですか!?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「聞いてませんよ! と言うか戦車道って()()()武道でしょ!? 男子が出るとか有り得ないじゃないですか!!」

 

「ちっちっちっ、世間ではそう思われてるけどね、()()()()()が正解だよ、須賀君。実は男子で戦車道やっているのも本当に極少数いるんだよね」

 

「………」

 

「それに戦車道の大会規定では参加選手は女子のみって規定されてないんだよね」

 

「…つまり、ルールの裏をかくと…」

 

京太郎の言葉にニンマリとした表情で無言の肯定を返す杏。

そして京太郎は思った。

そういえば清澄の久(部長)も相手の心理の裏をかいたり、規定スレスレのグレーゾーン作戦が好きだったなぁと。

生徒会のトップってなんでこんなに策謀を巡らすのが好きな性格をしたのが多いのだろうかと本気で天を仰ぎたくなった。

そして、大洗にいる間は杏に振り回されるんだろうなと悟った。

 

「…でも俺は清澄高校の生徒ですよ、他校の生徒が試合に出るのは許されるんですかね…?」

 

無駄とは悟りつつも… なお抵抗を試みる京太郎。

 

「それについては大丈夫だ。須賀は短期国内留学生と言う扱いになってるから、現在の学籍は大洗女子になっている」

 

桃のこの一言がトドメだった。

もはや退路など何処にも存在しない…

京太郎は観念した表情でマニュアルを読むべく倉庫の近くにあった椅子に向かう。

と、途中で足を止め杏に声を掛ける。

 

「角谷会長! 紫電改を雨曝しにするわけにはいかないので、ハンガーのどこに入れればいいですか?」

 

「すぐに出せる場所がいいよね? あとで自動車部に聞いておくよ」

 

「よろしくお願いします」

 

今度こそ、マニュアルを読むべく深く腰掛ける京太郎だった。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

「…戦車の整備、エンジンの方は問題なさそうだな… 問題は操縦と砲撃か…」

 

ジックリ4時間ほどかけてマニュアルを読み込んだ京太郎。

結果、自分に出来ることと出来ないことの差が激しすぎるという結論に至った。

 

「やあ、どんな感じだい?」

 

本日の練習が終わったらしく、皆が京太郎の方に集まってくる。

かなり集中していたらしく京太郎は練習が終わったことに気付いていなかった。

 

「やはり選手としては役立てそうにもないですね… 整備に関してはなんとか行けそうですが、操縦と砲撃に関してはサッパリです」

 

「ふむ…」

 

杏に現状の自分を分析した感想を答える京太郎。

整備に関しては実家がアレなので自信がある、しかし操縦と砲撃に関しては全くの初心者、如何ともし難い。

が、ここで疑問が浮かぶ…

航空機用エンジンと戦車用のエンジンは別物ではないのか、と…

ところがどっこい、実は航空用の高馬力エンジンと戦車用のそれとは結構共通点がある、と言うか航空用エンジンが戦車用に流用された例と言うのも多数あったりする。

有名どころではミーティアエンジン、こいつはスピットファイアやムスタングに搭載されていたマーリンエンジンを戦車用に改修したものだ。

また、T-34やM4A3シャーマン、クロムウェル戦車などかなりの戦車が航空用エンジンをベースとしたエンジンを搭載していたりする。

航空用エンジンと言えば星形エンジンが有名だが、直列空冷や直列液冷のエンジンも数多い。

この分野は実家でエンジンを弄り慣れている京太郎の独擅場だ。

ヒコーキ乗りは自分の愛機のエンジンの面倒くらい見ることが出来なければ務まらないのだ。

 

「えっ、でもヒコーキ飛ばせるなら地面を走る戦車くらい動かせるんじゃ?」

 

「そうだよ、戦闘機に乗ってるなら銃撃もするんでしょ? なら戦車の主砲も撃てるんじゃ?」

 

梓とあゆみが不思議そうに聞く。

彼女たちにしてみれば「難しいヒコーキに乗れるなら戦車くらい楽勝!」と言った感覚なのかもしれない。

彼女たちのセリフを聞いて深―い溜息を吐く京太郎。

ここはきちんと訂正しておかねばなるまい。

 

「あのなぁ、戦車と戦闘機じゃ機動が違い過ぎるだろ… 2Dと3Dじゃ求められる感覚やセンスってもんが全然違う… あとヒコーキの銃撃ってのは、機銃が固定されていて機体の運動で照準を合わせるんだ。戦車は砲塔で砲自体を動かして照準するから全然違う」

 

長々と京太郎は説明するが…

では、彼自身が考える自分の試合でのベストポジションは何かと聞かれると。

 

「無線かなぁ… 一応、航空特殊無線技士を持ってるからなぁ」

 

この言葉を聞いた杏は即座に京太郎をカメさんチームの通信手に任命する。

一応、京太郎のポジションは決まったが、戦車道の試合中何があるかわからない。

なので、今後操縦と砲撃も一応訓練するという事になった。

 

「じゃあ、練習も終わったし… お風呂で汗を流した後、須賀君の歓迎会と行こうか!」

 

「では1時間後にレクリエーションルームに集合だ」

 

「おーーーーっ!!」

 

「お… おー…」

 

杏と桃の号令にノリノリで答える女子校生多数。

そのノリに流石の京太郎もちょっと引き気味… と言うかこの後絡まれるのが目に見えている。

はてさて、どうやって切り抜けるか考えるだけでも頭が痛い。

 

そんな心配をしつつも京太郎は柚子から教えてもらったシャワー室で汗を流し、紫電改の空きスペースに突っ込んだ荷物から新しい服を取り出して着替える。

再び紫電改の空きスペースに頭を突っ込み、一抱えほどの大きさのクーラーボックスを取り出して校舎にあるレクリエーションルームに向かう。

そこにはすでに様々なお菓子やジュースが用意されていた。

 

京太郎が着いた頃には、既に数人が来ていて仕上げの準備をしているところだった。

その数分後にゾロゾロと汗を流した面々が到着し歓迎会の準備が完了する。

 

「それじゃ、須賀君の大洗女子戦車道参加を祝って… かんぱーい!!」

 

「かんぱーーーい!!」

 

杏の掛け声で乾杯し、京太郎の歓迎会が始まった。

もちろんグラスに満たされているのは当然ジュースである。

 

「ねえねえ、須賀君って麻雀部なんでしょ? 清澄の麻雀部ってインハイで優勝したじゃん。須賀君も結構強いの?」

 

「須賀殿! 須賀殿はどんな戦車がお好きですか!?」

 

で、この催しは京太郎の歓迎会である。

そしてここにはジュースやお菓子が一杯で女の子たちのテンションは天井知らず。

加えて参加者は同年代の男子との交流が殆ど無い女子校生(うえたけもの)

当然、京太郎を囲んでの再びの質問攻めになるのは当然の流れだった。

 

「ちょ、ちょっと! 一気に聞かれても答えれませんって!」

 

女子に囲まれてあたふたする京太郎。

いや、この場合は包囲と言った方が正しいだろうか…

好奇心に火のついた女子高生の迫力は半端なかった。

独り身の男子高生(モテないクン)からしたらリア充捥げろと言われること間違いなしのシチュエーションであるが、楽しむ余裕などとうに吹っ飛んでいて、代われるものなら代ってほしいのが彼の本音である。

 

ひとしきり京太郎への質問攻めが終わると、少女たちはそれぞれグループを作って楽しそうにお喋りを始める。

主な内容が京太郎のことなのはご愛敬。

京太郎もせっかく開いてくれた歓迎会なのだから、ここで皆と交流するために積極的に会話に加わっていく。

もともとのコミュ力が高いため自然に会話に加わって行くのは流石と言えよう。

尤もそんな京太郎が会話するのに苦戦した少女(猛者)もいる。

西住みほ、秋山優花里、丸山紗希の3名だ。

 

「ふえぇぇええ…! あ、あの! そのッ!!」

 

(…あっ、これは咲と同じコミュ障のパターンだわ)

 

京太郎に話しかけられると目に見えて狼狽え、会話が出来ないみほ。

幼いころから戦車道の家元の娘として戦車に打ち込んできた人生、高校も黒森峰、大洗と見事に女子高ばかり。

まともな異性との交流経験など父親くらいと言うさみしい青春、当然異性への免疫など無いに等しい。

おまけに本人のおどおどした性格と些か低いコミュニケーション力も合わさって、京太郎とまともに目すら合わせることが出来ない。

まるで京太郎と初めて会った中学生の頃の咲のようである。

何気に京太郎の感想が失礼だが、男子限定と考えれば案外的を得ていた。

 

「おおっ! 須賀殿はコメット巡航戦車がお好きでありますか!? あれは良い戦車ですね!!」

 

(ゲッ! 火を付けちゃったか!? 長くなりそう…)

 

戦車道のメンバーとの交流会なので好きな戦車の話題を振った京太郎だったが…

振った相手が悪かった。

始まる優花里の怒涛のマシンガントーク、戦車愛ゆえのリビードーが溢れ出ている。

何故か京太郎のことを「須賀殿」と呼ぶ優花里だが、京太郎がその呼び方について疑問に思う隙すら与えない勢いだ。

 

「…………………………………………」

 

「…………………………………………」

 

「……………………………いる…………」

 

(一体何が居るんですか!?!?!?)

 

三人目の紗希に至っては前の2人が霞んで見えるほどだ。

取りあえず喋らない、あと、なんかボーっとして明後日の方向を見ている。

その表情と相まって何か見えてはイケナイものが見えてるようで少々怖い。

と言うか、ボソッと「いる」と発言したので、紗希の目線の先を見る京太郎だが…

そこには当然のごとく何もなかった。

軽くホラーである。

これから紗希と話すときは諏訪大社のお守りを持っておこうと本日で最も失礼な考えをする京太郎だった。

 

「あっ、そうだ…」

 

「どうしたの? 須賀君」

 

紗希との心温まる?会話のあと、京太郎は沙織と料理話で盛り上がっていた。

そのときあることを思い出して、慌てて端っこにおいてあったクーラーボックスに走り寄る。

 

「ん? そのクーラーボックスは須賀のか? 誰のか分からなかったから放っておいたのだが…」

 

「よし、氷は溶けてないし温度も低い。大丈夫だな…」

 

桃の疑問に答えず中身のチェックをする京太郎。

どうやら中身に問題は無いらしく、満足げな表情だ。

 

「これ、皆さんに挨拶代わりと言っては何ですが… ババロアです。お口に合えばいいんですが」

 

京太郎がそう言いながら、中身をテーブルに出すと歓声が上がった。

やはり女の子は甘いものに目が無いようで、みほや紗希も目を輝かせている。

ガラスカップの中のほんのりピンク色の苺風味のババロア、彩りにミントが添えてあるシンプルなものだった。

シンプルでも美味しそうな見た目のソレが皆に配られ…

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

皆そろってスプーンで掬って一口。

 

「………………………」

 

「………あの、お口に合いませんでした?」

 

口に入れた瞬間一瞬にして無言になる大洗の少女たち。

「もしかして美味しくなかった?」と心配になった京太郎が声を掛ける。

が、次の瞬間。

 

「おいしーーーーーー!!」

 

「ええっ! なにこれーーー!?」

 

「やだもーーー! こんなババロア初めて!」

 

大絶賛の嵐である。

一口々々ジックリ食べてウットリとした表情をする娘がいるかと思えば、ガツガツと一心不乱に食べる娘もいる。

反応は千差万別だが、共通しているのは皆ババロアの虜になっていることだろう。

そんな至福の時はあっと言う間に過ぎ去り、カップをテーブルに置いた少女たち。

ゆっくり京太郎の方を向いて…

 

「………………ッ!」

 

余りの迫力に思わず後ずさりする京太郎。

最早その眼光は飢えた肉食獣のそれである。

ジリジリと距離を詰めてくる。

先ほどの質問攻めが、鹿せんべいに群がる奈良の鹿だとするなら、いまの皆は獲物に集まる飢えたライオンだ。

 

「ねぇ、須賀君…」

 

ガシッと両肩を掴まれた京太郎。

これでは回れ右して全速前進すらできない。

出遅れた京太郎に出来ることはただ一つ…

 

「私たちの質問に正直に答えるように… 君には黙秘も事実を偽る権利も一切ない、イイネ?」

 

「アッハイ…」

 

有無を言わさぬ杏の迫力に、蛇に睨まれた蛙状態。

頸を縦に振ることしかできなかった。

どんな無理難題が飛び出るか戦々恐々の京太郎。

まぁ、22人の女の子のただならぬ迫力の前には拒否という選択肢など雲の彼方なのだが…

 

「質問はただ1つだ… このババロア、どこの店で買った!?」

 

「……へっ?」

 

背中に冷や汗を流しながら待っていた京太郎への質問はババロアの出処…

京太郎にとっては拍子抜けもいいところである。

 

「聞こえなかった? このババロア、どこの店で…」

 

「あの… ソレ、俺の手作りです」

 

再びの質問を遮り京太郎が遠慮がちに答える。

が… その答えで場が凍り付く。

今まで口にしたことが無いほどの絶品のババロア、おそらく何処かあまり知られていないが実力はピカ一の洋菓子店の一品だろうと大洗の皆は考えた。

女の子は甘味に目が無い。

このババロアの店を知ろうとするのは当然の流れである。

 

「えっ…? 手作り…?」

 

そこへ齎された衝撃の事実。

このババロアが京太郎の手作りと言うのは想像の斜め上。

と言うか、このプロ顔負けのお菓子が一男子高校生の作だと予想しろと言う方が無茶である。

 

「ほ、本当でありますか!?」

 

「え、ええそうですよ… 秋山先輩…」

 

ズズイっと顔を突き出して問い詰める優花里。

腰が引けながらも肯定する京太郎。

実は京太郎、お菓子作りの経験は長かったりする。

仕事の関係上、両親ともに不在の時が多かったせいで妹の京子がグズることがよくあったのだ。

幼い京太郎は無い知恵を必死に絞り、彼女を宥める手段としてお菓子作りを思いつき実行。

その目論見は大成功で事あるごとに京子は京太郎に手作りお菓子をねだる様になり、それが習慣化してしまった。

結果、三つ子の魂百まで、雀百まで踊りを忘れずとの格言通り、小さいころに付いたお菓子作りの習慣は中々消えず現在まで続いている。

それでここまで腕を上げたのだから凄いと言う他ない。

尤も大洗の面々にとってそんなバックグラウンドなんぞはどうでもいい。

 

「…と言うことは…」

 

「須賀君がいる間はこのレベルのお菓子が食べられるってこと…」

 

それに気づいた瞬間、大歓声が上がる。

少女たちにとって最大の問題、それは美味しいお菓子が食べられるかどうかその一点に尽きる。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

さて、大洗で京太郎が歓迎の洗礼を受けているころ清澄の麻雀部面子、何をしているかと言うと…

まこの実家に集合していた。

なお、パジャマと着替え、咲以外はノートパソコン持参である。

 

「まこ、ゴメンね。急に思いついて押しかけたりして」

 

「別に構わんけぇ、親も友達が来るのは大歓迎ちゅうとったし」

 

何故5人そろってまこの家にいるのか?

京太郎の特訓の為である。

実は毎日、夜にネット麻雀のルームを利用して皆で京太郎と対局する手はずになっている。

で、それだけなら各々の家からパソコンをつなげば済む話であるが、部活中に久が閃いたのだ。

 

 

 

「ねえ、これから須賀君が帰ってくるまで毎日お泊り会しない?」

 

時は少々遡って、放課後の麻雀部部室。

自慢のアホ毛をピコンと跳ねさせて何やら久が思いついた…

と言うよりも突拍子もない事を言い出した。

 

「久… ワリャ、行き成り何を突拍子のないことを…」

 

久の行き成りの提案に「何言ってんだ、こいつ?」と言った表情で言い返すまこ。

ジト目で見られてちょっと腰が引けた久だが、とりあえずは詳しい説明をしないと前に進まない。

 

「だって、アレでしょ? 皆でネト麻で須賀君と対局して、どこを直すべきかチャットやメールで議論して… 面倒じゃない!」

 

だったら5人一緒にいて対局、久たち実力者は頭を突き合わせて京太郎に教えるべき事柄をじっくり議論した方がいい。

悪くない思いつきである。

 

「でも、夜にやるんだじぇ。帰りが遅くなりすぎないかな?」

 

優希の心配も最もである。

京太郎の大洗でのスケジュールを考えれば、ネト麻での練習は最低でも午後六時以降になる。

その時間から始めるのなら終わるのは午後八時… 最悪十時を超える可能性すらある。

嫁入り前の女子高生が出歩くには少々… いや、かなり不適切な時間だ。

治安の良い長野とは言え流石にマズイ。

 

「だからお泊り会って言ったじゃない」

 

出歩くのがマズければ、出歩かないようにすればいい。

単純な解決策である。

 

「なるほどのォ」

 

「確かに良い手ですね、部長」

 

「でも、行き成り泊まるなんて… 準備が大丈夫ですか? お泊りする家の人が…」

 

感心したように頷くまこと和。

一方の咲はお泊りする家の事情の方を心配している。

たしかに、2~3日後ならともかく、今日いきなりお泊り会で泊めてくれと言うのも中々無茶な話だ。

久の方もその心配は頭に合ったらしく少々渋い顔で「そうなのよ…」っと言っている。

 

ここでデキる女・まこがすかさず携帯を取り出し電話を掛ける。

手短に用件を伝え、二三言話してピッと電話を切る。

 

「心配はいらんぞ、ワシの家は大丈夫じゃ」

 

このようなやり取りがあって急遽、染谷家に麻雀部の5人でお泊りが決まった。

ちなみに、このお泊り会は京太郎が大洗にいる日に行われる予定…

つまり、月曜から木曜の平日四日間行われるのだ。

あと金曜日は京太郎がヒコーキで清澄に帰ってくるため部活は休み。

お泊り会場は咲、和、優希、久、まこの家を持ち回り。

よくぞ親御さんの許可が出たものである。

 

 

「とりあえず京太郎がネト麻にインするまで時間があるから、牌譜の検討でもするじぇ!」

 

お風呂でサッパリした後、寝間着に着替えた優希が鼻歌交じりに京太郎の牌譜を持ち出す。

牌譜の分析など優希の勉強嫌いを考えれば驚天動地のことなのだが、京太郎(おもいびと)の為ならなんちゃらと言ったところか、嫌がるそぶりは全くない。

まあ、サポート役に徹していた京太郎だ、牌譜の量などたかが知れているのだが…

 

「それにしても、この牌譜の少なさを見ると… 如何に私たちが須賀君に頼り切っていたかがよくわかりますね…」

 

「和… 胸にグサッとくるからそれは言わないで…」

 

「ううっ… ごめんね京ちゃん…」

 

ため息交じりの和のセリフに久が少なくない精神的ダメージを受け、咲が半ベソになる。

 

「まぁ、だからこそ国麻を蹴ってまで京太郎の新人戦に力を入れようとしたわけじゃが…」

 

「…大洗の横やりさえ無ければ…」

 

どうやら5人の中での大洗の評価はどん底に近いようである。

京太郎の新人戦の為に時間を使うと決めたところでの大洗女子からの横やりだ。

大洗(むこう)の事情は理解するが、当然のごとく納得は出来ない。

更に言うと、怒りは大洗だけに向いているのではなく…

 

「それにしても内木副会長(ロリコンバカ)の泣き顔はスカッとしましたね」

 

仄暗い笑みを湛えて和が言う。

年上… 3年生をバカ呼ばわりなど和らしからぬことこの上ないが、それだけ大洗の騒動に京太郎を巻き込んだ張本人への怒りが深い証拠だ。

 

「ふふふ… トビ無しの役満複合ありのルールだったからねぇ、内木(バカ)の点数合計、-100万はいったかしらねぇ」

 

久の笑顔も相当コワいが、まこ、咲に優希も似たような表情なのでこの場では普通に見えてしまう。

実は内木副会長、今日の麻雀部の部活に連行(およばれ)されたのだ。

生徒会の業務は会長の久の命令で他の役員に押し付けた上で…

当然、異論は出たがニッコリ笑顔で久がお願い(きょうはく)すると、役員たちは高速で首を縦に振って了解の意を示した。

 

で、内木君を部室に連れ込み彼をメインにした麻雀が始まった。

ルールはトビ無し、赤々で役満の複合ありと言う、とんでもルール。

優希が東場で毟りに毟り、まこが内木の上がり牌を完全封殺。

久が悪待ちの奇襲攻撃で直撃を奪い、和がデジタル打ちで格の違いを見せつけ、咲が嶺上開花の責任払いを連発する。

止めに「麻雀って楽しいよね!」とニッコリ笑顔で宣うのだからもはや処刑である。

ちなみに目は一切笑っていなかった。

 

日が傾くころには内木の持ち点はハコ下も下の-100万点オーバーと言う目も当てられない点数。

何より泣けてくるのは10局近く打ったのにヤキトリと言う理不尽さだろう。

白目を剥き、彼の半開きの口から魂が抜け出ていたのが印象的だった。

 

「まぁ、少しは溜飲が下がりましたけど…」

 

「罪を償うにはまだ達していないじぇ!」

 

いつの間にか牌譜の分析からお喋りに変わっていた。

フリフリの寝間着を身にまとい、ポリポリとお菓子を齧りながら宣う和。

それに元気よく同調する優希。

久たちも優希の意見に賛成らしく、後日再び内木君の拉致と対局と言う名の拷問の開催が内々で決定する。

 

「京太郎がネットに接続しよるまで、まだ時間があるのォ」

 

内木副会長の話題をいったん打ち切った咲達。

まこがチラッと時計を見るが、京太郎のログイン予定時間までまだ間がある。

 

「大洗で京ちゃんの歓迎会やってるんだっけ?」

 

咲のその一言で、5人の脳裏に無数の美少女に囲まれて鼻の下を伸ばしている京太郎の映像が浮かぶ。

その場の空気が一段と重くなったようだ。

 

「フフフ… 私たちから離れた場所で京ちゃんに手を出すなんて… イケナイ女狐たちだなぁ…」

 

「角谷さんにはクギを刺しておかないといけないわね… 特大の」

 

嫉妬と言うか怒りと言うかそんな感情が沸き上がる咲達。

感情の矛先が京太郎に一切向かず、まだ見ぬ大洗の面子に向いているのが乙女心の不思議なところだ。

まぁ、咲たちの視点から見れば、大洗の面々は京太郎と言う油揚げを掻っ攫うトンビで京太郎は被害者なのだから妥当なところだろう。

 

「でも、気を付けないと本当に須賀君を取られかねませんよ」

 

「むむっ、それは絶対に許せないじぇ!」

 

和が示す懸念は5人共通の思いだ。

咲を除くと京太郎と出会って半年ほどだが、その間に育んだ恋心は本物だ。

麻雀部のメンバー全員が京太郎をめぐる恋敵という修羅場一歩手前の状況だが、お互いが背中を預け合ってインターハイを戦い抜いたチームメイトだ。

当然、お互いに敬意は持っているし、京太郎に対する思いも知っている。

その辺は5人とも弁えている。

だからこそ、自分以外の麻雀部のメンツ(チームメイト)が京太郎を射止めたのなら納得するし、祝福もするつもりだ。

しかし、どこの馬の骨とも知れないポッと出の人間に掻っ攫われたりしたら死んでも死にきれない。

 

「本格的に何か手を打たないとマズいかもしれないわね…」

 

爪を噛みながら思案する久。

あのコミュ力抜群で人の良い京太郎のことだ、2か月の間に無意識に1人や2人落としていたとしても不思議ではない。

問題は落ちた女の子が京太郎にアタックを仕掛けるかもしれないということだ。

京太郎は一週間のうち5日は大洗学園艦、週末の2日を長野で過ごすスケジュールである。

大洗の女子との京太郎争奪戦ともなれば、付き合いの長さと言うアドバンテージはあれども、しばらくの間は大洗の方が交流できる時間が長い…

 

「みんな、聞いてくれる?」

 

「どうしたんですか? 部長」

 

「大洗の角谷さんには一応特大のクギは刺しておくわ。でも、それだけじゃ須賀君が盗られるのを防げるかどうかわからないわ」

 

「そんな…!」

 

「だから、こちらも積極的にアクションを取らなければならないと思うの。お互い暗黙の淑女協定に従ってたけど… この際、皆で手を組みましょう」

 

そういう久にまこが答える。

 

「ほう… 具体的には?」

 

「大洗に須賀君が盗られないようにすることが第一よ。須賀君が清澄(こっち)に帰ってきたときに5人で積極的にアタックを掛けてガッチリ捕まえるのよ! 須賀君に誰を選ぶか決めてもらうのはその後!」

 

「おおおっ!!」

 

グッと拳を握りながら力説する久。

咲達はパチパチと拍手をしながら盛り上がっている。

 

「はい、部長! 積極的にアタックってどうするんだじぇ!?」

 

ノリノリで優希が質問する。

 

「そうね… スキンシップとかどうかしら?」

 

「おおっ、それならのどちゃんが京太郎に胸を触らせるとかいいじぇ!」

 

「ちょ! ゆーき! 何てこと…     それ、ありかも知れませんね…」

 

調子に乗った優希の悪乗り発言に最初は抗議の声を上げる和だったが…

途中で考えが変わったのか最後にボソッと不穏なことを呟く。

取りあえず変なテンションになっていることは確実、異性の目が無い女子会でこんなテンションになると、あとは暴走するだけだ。

キャアキャア言いながら盛り上がっていく5人娘。

聞き耳を立てると「5人まとめて」とか「既成事実を」などの物騒な単語が聞こえてくる。

本当に実行はしないと思うが、京太郎が聞けばドン引き間違いなしだ。

 

で、この女子会の会話を聞き耳立てて聞いている人がいる。

まこの母親だ。

愛娘に好きな男子がいること、チームメイトと一緒だが積極的にアタックを掛けると言う会話を聞いて安堵のため息をつく。

家の家業のせいもあるが麻雀にのめり込んだ愛娘のまこ。

女性雀士は結婚が難しいという都市伝説があり密かにまこの将来を心配していたのだ。

良い人を捕まえられずに、愛しの一人娘が嫁ぎ遅れや行かず後家…

娘の幸せを願う親としてはあまり歓迎できる事態ではない。

それが回避出来る、少なくとも恋愛に関して一歩引いてチャンスを逃すような人生を送ることはなさそうなので少し安心材料が見えたのだ。

「赤飯を炊けるのはいつ頃かしら?」と呟きつつまこの部屋を後にする。

なお後日、竹井家、片岡家、原村家でも同様の光景が見られた。

件の都市伝説、かなり業が深いのか真実なのか判断に迷うところである。

 




《人物紹介》

須賀京太郎

年齢:15歳
所属:清澄高校
部活:麻雀部
家族構成:父、母、妹

割と色々なことがそつなくこなせるハイスペック人間。特にコミュ力は抜群。
特筆すべきことは、実家の家業の影響で飛行機全般に非常に高いスキルを持っている。
両親に鍛えられた操縦の腕はホンモノ。
現在、事情により大洗に短期留学扱で出向し、戦車道のお手伝い中。
音痴なのが欠点だが、開き直っていてカラオケではそれをネタにして笑いを取っている。




今回の投稿は以上です。
次話も一ヶ月くらい先になると思います。
気長に待っていてください。

感想、評価は大歓迎です。
どんどん書き込んでください。


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3話 ―サンダース大戦車隊―

お久しぶりでございます。
2か月も放置して申し訳ない……

リアルがいろいろ立て込んでましてこんなに期間があいてしまいました。


『お尻に響くV12(マイバッハHL120TRM)の振動、慣れれば結構心地良いんだよ!』とは誰が言ったのか記憶からは抜け落ちているが、ヒコーキ乗りの京太郎からすれば肯ける意見ではある。

彼自身も九三式中間練習機(元愛機)の日立『天風』や紫電改(現愛機)の中島『誉』の奏でるエンジン音とその振動にウットリとすることがある。

液冷V字型と空冷星形では振動も音も大分違うが、それでも同じ内燃機関を搭載した乗り物を操る同志としてその意見に大いに賛成だ。

だが、そう思ったことすら記憶の向こうへ放り投げ、今の彼の頭の中を占めているのはただ一つ、「戦車なんてロクなものじゃない!」と言う感想だけだ。

何のことは無い、現在進行形で彼の乗る38(t)戦車が限界に近いスピードで悪路を爆走していて、エンジンの振動以上の衝撃が襲い掛かっているのだ。もちろんサスペンションはあるのだが、それですらショックを相殺しきれていない。

 

「まるでッ! 未舗装滑走路でのッ! 離陸ッ! みたいだなッ! うおォッ!!」

 

ガタンとどでかい衝撃が戦車に加わり、京太郎の体を一瞬宙に浮かせる。彼の体は回転翼機(ヘリ)ではないので当然浮いたままにはならず、次の瞬間ドスンと座席に落ちる。

乗っているのは戦車であるからして、座り心地の良いシートではなく硬い座席だ。

こればっかりは仕方ないが、彼にとっては大誤算もいいところ。

最近の飛行機のシートは人間工学に基づいて設計されたパイロットに負担を掛けない座り心地の良いものが多い、おまけにハーネス型のシートベルトでガッチリ体を座席に固定する。それに比べて戦車はハーネス型ではなく2点式のしょぼいベルト、飛行機の座席に慣れ切った京太郎にとって座席の硬さは拷問に近いうえ体が不安定で心細いことこの上ない。座布団を用意しておけばと後悔するがすでに後の祭りである。

しかも……

 

「うおぉぉぉぉおお!! 入ったぁぁあ!! アナにはいったぁぁああ!!」

 

なんの穴とは言わないが、着座した瞬間に衝撃が穴に入ったようである。手でお尻を押さえて悶絶する京太郎、不幸なことに次の瞬間にまたもや大きな衝撃が来て今度は頭をゴチン。

踏んだり蹴ったりとは当にこのこと。

愛用の鍔付きの飛行帽を被っているとはいえ鉄の塊に頭を打ち付けたのだから痛いものは痛い。

さて、いったん京太郎のことは放っておくとして、38(t)戦車B/C型戦車と言うのは4人の乗員で運用する。京太郎はその通信手だ。

では、他の3人はどんな様子かと言うと……

 

「もうダメだぁ…… お終いだぁ……」

 

「…………………………」

 

「…………クッ!」

 

砲手の桃が泣きそうな顔で泣き言を言い、冷や汗を浮かべた難しい顔で干し芋を齧る杏に、歯を食いしばりながら必死に戦車を走らせる柚子。

共に共通しているのは焦りと悲壮感がその背中からありありとにじみ出ている点だろう。

 

『きゃぁぁああ! 掠った 掠ったぁぁあ!!』

 

無線からは他の戦車に乗っているメンバーの悲鳴のような声が聞こえてくる。何より、チームメンバー全員が相手のプレッシャーに呑まれてしまっているこの現状はよろしくない。

 

(初戦のサンダース戦からこの調子か…… まぁ、相手が優勝候補の一角ってことを考えれば妥当なところ…… か)

 

そんな中、お尻のダメージから復活した京太郎だけは冷静に状況を見ていた。隊長になったみほですら悪い状況に頭の整理が追いつかないのに、この男、なかなか肝が据わっている。

さて、今一体何が起きているのかと言うと……

全国大会一回戦の対サンダース戦の真っ最中である。

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

 

 

時間を少し遡ろう。

京太郎が大洗に来てから数日後に戦車道全国大会の開会式と対戦日程の抽選が開催された。全国大会はトーナメント方式で1ヶ月半にわたる。みほが隊長として籤を引いたのだが、1回戦の相手はなんと優勝候補のサンダース大学付属高校……

初っ端から優勝候補の一角と当たるなど、大洗女子学園も不幸と言うか籤運の無さも大概である。本音を言えば知波単学園あたりの手ごろな学校と当たって自信をつけておきたいところだがコレばっかりはどうしようもない。

そして始まった戦車道全国大会、大洗女子学園は戦車道家元の娘・みほの指揮の元、状況を開始する。

 

サンダース戦に参加している大洗の戦車は5両。

まずⅣ号戦車、チーム名はあんこう。乗り込むメンバーは車長の西住みほ、装填手の秋山優花里、通信手の武部沙織、砲手の五十鈴華、操縦手に冷泉麻子の2年生5人。

次にⅢ号突撃砲F型、チーム名はカバさん。車長兼通信手にエルヴィン、装填手はカエサル、砲手が左衛門佐で操縦手がおりょうとソウルネームで呼び合うなど少々痛々しい一面がある2年の歴女4人組だ。

京太郎を大洗に引き込んだ諸悪の根源たる生徒会のメンバー、角谷杏、河嶋桃、小山柚子の3人は38(t)戦車に乗り込んでいる。チーム名はカメさん。京太郎が乗っているのもこのチームの戦車だ。

残るはアヒルさんチームとウサギさんチームの2チーム。

アヒルさんチームに所属するのは、バレー部の磯部典子、川西忍、近藤妙子、佐々木あけびの4人。2年生の典子以外は1年生の編成で操る戦車は八九式中戦車甲型。

ウサギさんチームは最もメンバーの数が多い6人で澤梓、山郷あゆみ、丸山紗希、阪口桂利奈、宇津木優季、大野あや。戦車はM3中戦車リー。

以上が大洗女子学園の全兵力なのだが、M4シャーマン9両とシャーマンファイアフライ1両で編成されたサンダース大付属と比べれば、正直言ってしょぼい。

指揮官のみほは戦術と個々人の腕でどうにかするつもりのようだが、どうなることか……

何はともあれ、試合は始まってしまっているので今ある戦力でやりくりするしかないのも事実だ。

 

『試合開始!』

 

アナウンスと共に両チームの戦車が一斉に動き出す。大洗チームの隊長になったみほはまず右翼にウサギさんチームを左翼にアヒルさんチームを偵察に出す。

今回のルールはフラッグ戦と言い、各校の戦車の中から一両をフラッグ車に指定し、その戦車を撃破するか、相手の戦車を全滅させれば勝ちだ。

このルールならこちらのフラッグ車以外が全滅したとしても、相手のフラッグ車を討ち取れば良い。

大洗にも勝ちの目があるルールである。

 

さて、偵察に2チームを派遣したわけであるが、行き成りウサギさんチームが敵戦車6両に包囲されるという急展開となる。

偵察隊を見捨てるわけにもいかず、みほは、あんこうチームとアヒルさんチームで急造の救援隊を編成しウサギさんチームの援護に向かう。

が、救援に向かう途中で救援隊そのものがシャーマン3両に囲まれてしまう。

 

「北東から6両、南南西から3両…… すごい! 全10両中9両をこの森に投入ですか!!」

 

「ずいぶん大胆な戦術ですね……」

 

優花里と華がのんきに言うが、全戦力の10両中9両が突っ込んできたのだ。みほたちが何処にいるか完全に分かったうえで、叩き潰す為に戦力を集中投入したのは火を見るより明らかだ。何とかしなければ一気に戦力をすり潰されて敗北してしまうだろう。

その後、何とか合流に成功し森を脱するために南東に進路を取って逃げようとしたが、再びサンダースの戦車2両に行く手を阻まれる。

何とか森の出口で待ち伏せていた2両に正面から反航戦を仕掛けることで包囲を脱し、一両も欠けることなく撤退に成功したのは不幸中の幸いと言えよう。

 

(……変だな、9両の集中投入は戦力の分散を嫌ったからで説明はつくけど…… 森の出口での待ち伏せは、予めこっちの行動が分かっていないと出来ないはず…… 西住先輩が戦車の進行方向を変えるのを見てからじゃ遅すぎるし…… まさか!?)

 

京太郎は味方チームの戦況を38(t)戦車の無線通信機器で聞いていたが、疑問を感じ地形図を睨んで考えていた。疑問を感じるのは当然だろう。サンダース大付属の作戦はあまりにも出来過ぎている。と、その時、京太郎は中学時代に母親(ケイ)と交わした会話を思い出す。

 

『母さん、やっぱジェット戦闘機って最新鋭機が勝つことが多いのか?』

 

『そうねぇ…… 一概には言えないわ。新鋭機の方が機体の能力が高いのは確かよ? でも現代航空戦って戦闘機とその支援システムの総力戦だから電子戦(EW)の方が重要よ。それさえしっかりしていれば電子戦支援(ES)のない最新鋭の機体(ハイテク)をローテク機で撃墜することも可能よ。』

 

『私もAWACSには助けられたわ。通信傍受とか支援管制とかで相手の行動を丸裸にすると機体の一寸した性能差なんて吹っ飛んじゃうしね。そういえばサンダーヘッドは元気かしら?』

 

ヒコーキ親子らしい会話である。サンダーヘッドっていったい誰?と言う疑問はあるが今回の本題とは全く関係ないので脇に置いておこう。そう、今回の本題は『通信傍受』と『相手の行動を丸裸』の2つ。この2つの単語が頭に浮かんだ瞬間、京太郎はパズルのピースが全て嵌まったような感覚を感じた。そう、大洗(こちら)の無線が傍受されている……

慌ててキューポラから上半身を出し、空を見渡す。傍目からはただ青い空があるだけで異常があるようには見えないが、両親から英才教育を受けた根っからのヒコーキ乗り(パイロット)の京太郎の眼は誤魔化されなかった。鋭い目で蒼い空をジッと睨み、愛用のNIKON M511双眼鏡で確認すると思った通り、そこには本来あるはずのないものがあった。そうブルー系のロービジ迷彩が施された阻塞気球……

京太郎でないと見つけることすらできなかっただろうソレが、何の為に空に浮いているのかなど一目瞭然。

 

(マズった! こっちの動きが丸裸とか冗談じゃねぇぞ!? 早く西住先輩に伝えないと…… でもどうする……? あれは絶対に通信傍受だ、無線機は使えない…… 手旗や発光信号はそもそも味方を視認できない現状では無理、信号弾は敵に居場所を教えるようなものだし……)

 

深刻な顔で必死に頭をフル回転させる京太郎。

 

(サンダースの隊長、なにが「フェアな戦いをしよう」だよ…… 電子戦支援(ES)とか思いっ切り絡め手じゃねーか! となると試合前のあの態度は通信傍受を悟らせないための布石? とんだタヌキだな……)

 

サンダースの隊長のケイの試合前のフレンドリーな態度を思い出しイライラを募らせる京太郎。こうなると自分の母親と同じ名前と言うのも気に食わない、京太郎の中でサンダース隊長(ケイ)の株は大暴落して完全にストップ安だ。

実際はサンダース副隊長兼フラッグ車車長を務めるアリサの独断。つまり京太郎の評価はケイにとっては完全にとばっちりだが、京太郎にとってはどうでもいい事だし、知ったことではない。

 

(さて、本当にどうするか…… ただやられっぱなしってのも気に食わないけど、まずは通信手段の再構築か……)

 

考えながら京太郎は無意識に手をフライトジャケットのポケットに突っ込む。その時、ポケットの中で固いものに手が当たった。ちなみに京太郎がなぜ愛用のフライトジャケットを着ているのかと言うと、単に杏が京太郎のパンツァージャケットを発注したのだがサンダース戦に間に合わなかっただけ。発注する時に「角谷会長! ズボンですよね!? スカートなんて止めてくださいよ!! 絶対に!!」と京太郎が必死に念押しする一幕があったりしたが、今は置いておこう。

手にあたったものを取り出すとそれは縦15cm、よこ7cmの樹脂製で箱状の物体。片面には液晶画面がついている…… まぁ、たやすく言えばスマホだ。

手に持ったスマホをジーっと見て、何を思いついたのやらニヤリと相好を崩す京太郎。もしこの表情を咲、和、優希とまこが見たなら揃いも揃ってこう言っただろう。

 

部長()が悪巧みした時と同じ顔してる……」

 

須賀京太郎、知らず知らずのうちに竹井久の薫陶をしっかり受けていたようだ。

 

 

 

 

「何にもないよぉーーーーーー!!」

 

チチチっと小鳥の声が聞こえる拓けた丘陵地に少女の声が木霊する。声の主はサンダースの隊長のケイ。周りにはエンジンをアイドリングさせて大洗の戦車を今か今かと待ち構えるシャーマン戦車9両。独断で無線傍受をやっているアリサの誘導に従ってこの場所で待ち伏せをしているのだが……

待てど暮らせど、大洗の戦車は現れず時間だけが過ぎていく。

 

『そんなはずありません!!』

 

無線からは慌てたアリサの声が聞こえるが、現に大洗の車両の影すら見えない現状では説得力はない。

さて、いったい状況はどうなっているのか…… 結論から言うと大洗がサンダース大付属を罠にハメた形になる。

サンダースの無線傍受に気付いた京太郎はスマホを見て対抗手段を思いつく。無線では偽情報を流してサンダースを手玉に取り、重要な情報のやり取りはスマホもしくは携帯で、まさしく情報戦である。

この作戦はうまくハマり、戦力に優れるサンダースを手玉に取ることに成功する。おまけに、シャーマンを一両撃破するという大戦果すら挙げていた。

 

「一体どういうこと? もしかしてハメられた……?」

 

ケイの本隊から大分距離のある竹林の中に停車している一両のシャーマン。アリサの乗るフラッグ車であるが、そのキューポラから上半身を乗り出してアリサがひとりごちる。イライラが溜まっているのか無意識に爪を噛んでいる。と、そのときエンジン音とともに八九式中戦車甲型が柴垣を踏み倒してシャーマンに飛び出してきた。

 

……大洗のアヒルさんチームである。サンダース大付属のフラッグ車を探して偵察に出ていたのだが、間の悪いことに偵察対象と鉢合わせである。

キューポラから上半身を乗り出しているアリサと典子、お互い突然のことに固まって見つめ合うだけ。場の空気を表すかの如く一陣の寒風が吹き抜けた。

ゆーっくりと脳がはたらきを取り戻してきたのか、コンコンと自車の車体を拳で叩く典子。次の瞬間には……

 

「右へ転進! 全速前進!!」

 

脱兎のごとく逃げ出した。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

フリーズから復活したアリサも大慌てで八九式中戦車甲型を追うようにクルーに指示を出した。

 

 

 

『0765地点にて敵フラッグ車を発見! しかし、こちらも発見されて現在追撃を受けています!!』

 

無線機から聞こえる状況報告、これを聞いたみほは表情を強張らせた。

「なるべく敵に見つかりたくなかった……」

大洗の戦車は捕捉されてしまうと、まずサンダース大付属の戦車とはまともに撃ち合えない。こちらが一方的に撃破されるだけである。だからこそ見つかることは避けたかったのだが、見つかってしまったものは仕方がない。チームメイトを見捨てることなどできないみほは、援護&待ち伏せの作戦を大急ぎでまとめ戦車隊に指示を飛ばす。

 

「なんとかするしか……」

 

彼女の首筋に一筋の汗が流れた。

みほが思いつめた表情をしているその時、我らの京太郎はと言うと……

 

「よーーしッ! アヒルさんチームよくやった!!!」

 

ガッツポーズとともにアヒルさんチームをベタ褒め、みほとは違いテンションアゲアゲである。この2人の対応の違いは何なのか……

言ってしまえば性格の違いである。最善手を打てなかったと落ち込むネガティブな性格のみほ、ミッションの必要条件はクリアしたと喝采を上げるポジティブ思考の京太郎。全く持って対照的である。

付け加えると京太郎は、アヒルさんチームの成果は必要条件どころか十分条件すら満たす好ましい結果だと考えている。もちろんベストはこちらが一切捕捉されず、相手の行動を丸裸にすることだが、さすがにそこまで求めては贅沢と言うものだろう。みほはそれを求めてしまった訳だ。

 

そんなこんなでちょっぴりシリアスに陥ったみほの指揮の下、サンダース大付属のフラッグ車を待ち伏せしたわけだが、失敗した。アヒルさんチームが煙幕を焚きつつキルゾーンにシャーマンを釣り出す。まんまと包囲網に飛び込んだシャーマンだが、アリサが女のカンで急停止を発令、これが三号突撃砲の必殺の砲撃をギリギリで躱すという大金星につながった。

圧倒的に不利な状況に陥ったことを理解したアリサは反転し遁走を始める。逃がしはせぬと追いすがる大洗戦車隊、フラッグ車を5両の鬼で追いかける前代未聞の鬼ごっこが始まった。大洗の戦車道のコーチを引き受けている陸自の戦車教導隊所属の蝶野一尉はこの試合展開を見て大爆笑していた。

外野の反応はともかく、このチャンスをものにして一回戦を突破したい大洗は果敢に砲撃を仕掛けるが、ローテクの代名詞ともいえるWW2世代の戦車の行進間射撃が早々当たるわけもなく、中々仕留めることが出来ない。

そうしているうちにアリサの救援要請を受けてスッ飛んできたケイの戦車隊が大洗戦車隊の後方に追いすがってくる。

 

次第に距離を詰めてくるサンダース大付属、凡そ5kmまで距離を詰めると、ファイアフライがその砲門を開いた。ファイアフライの最大射程(11km)内とはいえ命中など期待できる距離ではない。なのにあえて撃ったのは「追いついたぞ、さぁ決戦だ!」というサンダースの意思を告げるためだ。

ズドンと腹の底まで響くその砲声によってみほたちは(サンダース)が迫っていることに初めて気づいた。こうして鬼ごっこは新たな展開を見せる。

逃げるアリサの乗るフラッグ車、それを追う大洗の戦車5両、そしてさらにそれを追いかけるサンダース大付属の戦車4両。1両撃破されているのでサンダースの戦車はあと9両あるはずである。4両ほど数が少ないのはフェアプレイ至上主義のケイが大洗の車両数と同じにする決断をしたからだ。

 

「戦車道は戦争じゃない! 堂々と同じ数で勝負しようじゃないの!」

 

そう言って4両だけを引き連れアリサの救援&大洗との決戦にやってきたのだ。

シャーマンの17ポンド砲弾が雨あられと降り注ぎ、辺り一帯に衝撃波を撒き散らす。みほはアヒルさんチームとウサギさんチームに追いすがってくるサンダース隊の対処を指示、残る3両で敵フラッグ車の撃破を目指す作戦をとる。みほの指示を受けてアヒルさんチームとウサギさんチームは砲塔を旋回させ、後ろに狙いをつけて砲撃するが惜しくも両弾とも狙いを外してしまう。追い打ちを掛けるがごとくファイアフライが八九式中戦車甲型に砲撃を命中させアヒルさんチームを行動不能に追い込む。さらにM3中戦車リーも一発貰い大破炎上。当然のごとく白旗が上がり行動不能になる。

これで戦力差は3対5と完全に劣勢に立たされてしまった大洗女子。チーム全体が完全にサンダースの勢いにのまれてしまい、敗北への道を一直線に歩みかけていた。

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

ここで話は冒頭に戻る。

固い座席に打ち付けたお尻をさすりながら京太郎は、冷静に思考を巡らせる。

正直言って負け確定のこの状況をひっくり返すのは並大抵の方法では無理だ。と言うかチームの士気がどん底なのが痛すぎる。まぁ、京太郎にとってはこの試合に負けた方が清澄に早く帰れるので得なのだが、それはあまりにも不義理と言うものだ。実際、京太郎はこのチームを勝たせるために来ている訳だし、そのためには出来る限りのことはするつもりでいる。今も状況をひっくり返すために色々考えているのがいい証拠だ。

 

(とりあえず、士気を回復させなきゃいけないんだけど…… ふむ……)

 

何か思いついたのか無線機のハンドマイクを掴むと、親指で送信ボタンを押す。

 

「こちらカメさんチーム通信手、須賀だ。全車聞け」

 

 

 

 

 

『こちらカメさんチーム通信手、須賀だ。全車聞け』

 

「えっ? 須賀君……?」

 

あんこうチームでは押し黙り必死に打開策を考えているみほとそれを黙って見つめる沙織、華、優花里、操縦に集中する麻子。雰囲気的にはお通夜に近かった。

が、そんな車内に無線機から京太郎の声が響き、みほがハッと顔を上げる。

 

『なにやら負けたような雰囲気になっているが勘違いするな。こちらも敵フラッグ車を射程に捉えている、状況は五分と五分だ』

 

『先にフラッグ車を撃破すればいいだけだ、それで勝てる。落ち込むのはこちらの負けが決まってからにしろ、大馬鹿者共』

 

なんだかんだ言っていつも優しい京太郎とは思えないほどの厳しい言葉遣い。しかし、それがかえって皆の萎えた心に鞭を入れ奮い立たせる。

 

『なぁに、皆、一生懸命に練習を積んできたんです…… 簡単なことではないが不可能ではないさ』

 

京太郎の言葉を聞いて、皆の表情に生気が戻る。

 

「みぽりん!」

 

「みほさん!」

 

「西住殿!」

 

「西住さん」

 

あんこうチームの皆がみほの方を見る。落ち込んだ情けない表情はすでに消え去り、「やってやろうじゃないの!」と言ったやる気に満ちていた。

みほの表情も力を取り戻し、皆に「うん!」と頷いて目線を返す。そして、無線機のスイッチを入れ、残った戦車に檄を飛ばす。

 

「みなさん、須賀君の言う通りです。私たちは…… まだ負けていません! 敵フラッグ車に全火力を集中させます。必ず命中させてください!」

 

そう言って無線機のスイッチを切る。

 

『どうやらやる気は戻ったみたいですね? じゃあ俺の方からさらにやる気が出る提案をしましょう』

 

みほの通信が終わって間髪入れず、再び京太郎の通信が入ってくる。

 

『敵フラッグ車を撃破したチームには殊勲賞として…… 俺の特製ザッハトルテをご馳走しましょう。この間のババロアよりも得意なお菓子ですから期待してくれていいですよ?』

 

何と京太郎、お菓子でチームメイトを釣りだした。女の子は甘いものに目が無いとは言うが、そんなものでやる気を出すのは某M家のインハイチャンプくらいだろうが……

 

「……須賀君の……」

 

「ザッハトルテ……」

 

どうやら京太郎のお菓子は大洗の女の子を釣ることも出来るらしい……

車内は静寂に包まれていた。彼女たちの脳裏に浮かぶのは、歓迎会の時にふるまわれたあのババロアの味だった。それこそ下手なお店をはるかに上回る味のババロア。口に入れた瞬間、至福の感覚が体中を包み込んだあのババロアの味。それ以上に出来がいいと京太郎自身が太鼓判を押すザッハトルテはどんな(ユートピア)なのだろうか……

一瞬、ほんの一瞬だが彼女たちの頭から試合のことは消し飛んでいた。

が、次の瞬間、彼女たちの目は獲物を狙う獣の……

いや飢えた狼の目になっていた。

 

「秋山さん、砲弾の装填速度を上げてください」

 

「はい!」

 

「華さん! 敵戦車のウィークポイントに確実に当ててください!」

 

「もちろんです!」

 

「殊勲賞、私たちのチームが貰います! みなさん頑張りましょう!」

 

みほの檄に4人そろって「おう!!」とやる気満々の声で返事をする。

カバさんチームとカメさんチームでも同じような光景が繰り広げられていて、テンションはアゲアゲである。一方、撃破されたアヒルさんチームとウサギさんチーム、無線で京太郎に『ズルい!』だの『私たち参加できないじゃない!!』などブーイングの嵐を浴びせる。しかし、京太郎はどこ吹く風で『さっさと撃破される方が悪い。次頑張れ』と無情なお言葉で返り討ちにしていた。

で、士気が天を衝かんばかりの大洗戦車隊の攻撃は苛烈を極めた。発射速度は機関砲と見紛うほどの猛射、射撃精度も信じられないくらいに上がりシャーマンの車内でアリサたち乗員はパニックに陥っていた。

げに恐ろしきは女性の甘味への執念か。

そして、ちょっと小高い位置からあんこうチームが伏角の撃ち下ろし射撃を敢行、見事シャーマンの天蓋を突き破り行動不能判定の白旗がはためいた。

 

「やったよ! みぽりん!」

 

「やりました!」

 

「ふぅ…… ありがとう、華さん」

 

こうして一回戦は大洗女子学園の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

夕焼けで赤く染まる港でみほたちは戦車輸送用の揚陸艦に乗せられていくサンダースの戦車を見送っていた。試合の後、ケイ達が通信傍受の謝罪に訪れたりして親睦を深めるなどのイベントもあった。最初、京太郎はケイのことを胡乱な目つきで見て警戒していたが、アリサが独断だと告白し謝罪したので、グチグチ言っても仕方ないと水に流すことにした。

 

「さーあ、こっちも引き上げるよ! お祝いに特大パフェでも食べに行く?」

 

「行く」

 

サンダースの戦車を載せた艦の出港を見送って、沙織が明るく問いかける。それに夕方になって調子が上がってきた麻子が答える。みほたちの表情も一回戦突破と言う結果を出したおかげか明るい。そんな勝利の余韻に浸る空気の中、突然、猫のニャーニャーと言う声が流れてくる。

 

「私だ」

 

麻子がそう言って自分の携帯を取り出して通話を始める。最初はウンウンと相手の言葉に耳を傾けていた麻子だが、突然携帯を取り落としてしまう。表情は茫然としていて思いもよらないニュースを聞いた時のようだ。

 

「どうしたの麻子?」

 

「な…… なんでも…… ない」

 

沙織の問いかけにも消え入りそうな震えた声でしか答えられない。誰がどう見ても何かあったと思うだろう。肩も震えていてみほたちは只ならぬ事態が起きたことを悟る。

 

「なんでもないわけないでしょ!」

 

「おばぁが…… 倒れて病院に……」

 

「えっ! 麻子、大丈夫!?」

 

「早く病院へ!」

 

「でも大洗までどうやって!?」

 

「学園艦に寄港してもらうしか……」

 

「撤収まで時間がかかります……」

 

俯いていた顔を上げて辛うじてそう言う麻子。どうやら彼女の祖母が倒れて大洗の病院に担ぎ込まれたらしい。それを聞いた沙織たちは大騒ぎだ。急いで麻子を病院に連れて行かなきゃと騒ぐが、戦車道の試合が行われていたこの場所は八丈島だ。すでに八丈島空港発羽田行きの最終便は出た後、端的にいえば足が無い。学園艦には緊急用のヘリが搭載されていて、それを使う手もあるにはある。しかし、元々みほ達の撤収は大洗学園艦が寄港して行うことになっていて、学園艦の入港予定時刻は明日の午前8時。そんなに悠長に待ってなどいられない。かといってほかに手段があるわけでもなく、華が学園艦の運行管理室に一報を入れようと携帯を取り出した。

 

「泳いでいく!」

 

もはや冷静な判断が出来なくなっているのだろう。何を思ったか、そう言って制服を脱ぎだした麻子。当然、泳ぐことの出来る距離ではない、沙織達が全力で止めにかかる。

 

「ちょっと麻子! 泳いでいくなんて無茶だよ!!」

 

沙織がまこを羽交い絞めにして、優花里が何とか落ち着かそうとして宥めるが効果は無い。そんなグダグダしているところに「私たちが乗ってきたヘリを使って」と後ろから声が掛けられた。

 

「えっ、お姉ちゃん……」

 

黒い黒森峰のユニフォームに身を包んだ2人の少女、みほの姉の西住まほとその片腕の逸見エリカだ。何やらエリカが「隊長!こんな娘達にヘリを貸すなんて!」と喚いているがそれをまほが「これも戦車道よ」と諭して宥める。全国大会の抽選の時に戦車喫茶『ルクレール』で睨みあった黒森峰からの思いもよらぬ提案にしばし理解が追いつかないみほ達。まぁ、睨み合ったのはエリカと沙織、麻子、華、優花里であってみほは引っ込み思案の性格で俯き、まほは一歩引いた位置から見ていただけなのだが……

 

「先輩方、どうしたんですか?」

 

そんな一同に別の声が掛かる、それも男性の。

 

「あっ、須賀君…… 実は……」

 

そう、声を掛けてきたのは京太郎だった。本日は金曜日だったので試合会場から直で長野に帰る予定を立てていた彼、もちろん紫電改も学園艦から降ろして八丈島空港のハンガーに駐機してあった。で、帰るための最終チェックをしていて終わったので、帰る前にみほ達に挨拶しに来たのだ。

京太郎に事の次第を説明するみほ。みほの話を聞く京太郎の表情はだんだん険しいものになっていき、説明を聞き終えると顎に手を当てて考え込んだ。

 

「西住まほ先輩…… でいいですか?」

 

「君は?」

 

「大洗女子に戦車道の助っ人として短期国内留学している須賀京太郎です。お聞きしたいんですが、ヘリの機種は?」

 

「……君が噂に聞く大洗に来た男子戦車道選手か…… ああ、済まない。ヘリはドラッヘだ」

 

まほの言葉を聞いた京太郎は「Fa233か……」と呟くと顔をあげて皆を見渡し、ある提案を口にした。

 

「西住まほ先輩のご厚意に割り込むようで申し訳ないのですが…… 俺から一つ提案です」

 

八丈島(ここ)から大洗までおよそ360 km、黒森峰のFa233の速度は120 km/hでおよそ3時間ぐらいですね」

 

「もし…… 冷泉先輩が狭いのや振動を我慢できるなら俺の紫電改で送りましょう。紫電改の巡航速度は370 km/h、燃費を気にしなければ500 km/h以上で飛べるから1時間もかかりません」

 

まっすぐ京太郎の目が麻子を見る。麻子はそんな京太郎に縋るような視線を向ける。

 

「いい…… のか……?」

 

「なに、長野に帰る途中で寄り道するだけです。うまく風を捕えれば45分くらいで着くことも可能なはずです」

 

「戦闘機だから乗り心地はすごく悪いと思いますけど、どうします? 冷泉先輩」

 

「須賀…… たのむ」

 

了解です(ラジャー)! それと、西住まほ先輩、すいません折角の厚意に割り込むような真似をして」

 

「いや、事情が事情だ、気にすることは無い。それと「西住まほ先輩」は呼び辛いし、みほと紛らわしいだろ? 君さえ良ければ名前呼びしてくれて構わない」

 

麻子の返事を聞いた後、まほに向かって横から割り込んだことを謝罪する京太郎。京太郎の謝罪にまほは全く気にしていないと返事する。それどころか京太郎に名前呼びを許してしまう。少し柔らかめの表情を浮かべるまほを見て目を丸くする周囲の面々。まほは普段、鉄面皮で表情を変えることが殆ど無いので、柔らかい表情はかなり珍しい。

それはともかく、京太郎は大急ぎで紫電改の出発準備を整える。操縦席の後ろのスペースに厚手の毛布を2つ敷き、麻子が搭乗できるように整える。

さて、いよいよ出発と言ったところで、いきなり沙織が同行を申し出た。確かにスペース的には少女がもう1人乗るくらいの余裕はある。

 

「……分かりました…… では武部先輩、体重は幾らですか?」

 

「乙女に何てこと訊くのよ!!」

 

沙織に体重を訊ねたところ、怒声とともにビンタが飛んできた。パチーンと小気味のいい音とともに京太郎の頬に見事な紅葉が……

もちろん体重を訊ねたのは機体重量が必要燃料や離陸速度、離陸滑走距離に影響を与えるためで、絶対聞いておかなければならない事なのだ。B737やB747、DC-10みたいな旅客機クラスの機体なら人ひとり分くらい誤差の範囲で済ますことが出来るだろうが、京太郎の愛機は本来一人乗りの紫電改……

到底、無視など出来る訳がない。つまり京太郎に一切非は無い。体重を聴いた理由を告げられた沙織は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、慌てて土下座。真っ赤になりながら京太郎に自身の体重を耳打ちした。ちなみに如何ほどの重さだったかは、京太郎の予想よりも軽かったとだけ言っておこう。

ちょっとしたハプニングはあったが、みほ達が見送るなか、紫電改は夕日が照らす滑走路を走り軽やかに空に浮かび上がった。そのまま所定の離陸経路をたどり進路を北に向けて八丈島を飛び去って行った。

 

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

紫電改が八丈島空港を離陸したころ、長野県立清澄高校の麻雀部部室には少女が6人集まっていた。

 

「ロンですね…… すいません役がわかりません」

 

咲、和、優希、久とまこの5人はいつもの部活メンバーだが残りの1人は意外な人物である。

 

「ええっと…… 清一色一盃口ドラドラだから倍満ね、凄いじゃない京子ちゃん」

 

そう京太郎の妹・京子だ。彼女は中学2年生だが、学校が終わったあと清澄高校に遊びに来たのだ。

 

「でも京子ちゃんが麻雀教えてほしいって言ってきたときはビックリしたなぁ」

 

「高校に入って兄さんが入れ込んだゲームですから。兄さんと楽しさを分かち合いたいですし」

 

「……これまた分かりやすいほどのブラコンねぇ……」

 

和、まこ、優希と卓を囲み、久に教えてもらいながら麻雀を打つ京子。彼女が麻雀を教えてほしいと言ってきたことが意外だったと話す咲。それに対する京子の答えを聞いて久は呆れながらも仲の良い兄妹だなと溢す。

 

「兄さんが好きかといえば、好きですよ。肉親としても男性としても」

 

「あの、京子さん…… 日本では兄妹同士というのは……」

 

「大丈夫です、そのくらいは弁えていますよ、和先輩。兄さんに迷惑をかけては本末転倒ですから」

 

異性として京太郎が好きと公言する京子に、後頭部にでっかい汗を浮かべながら和が窘める。また、日常で京太郎と触れ合う時間の長いライバルが出現かと身構えた5人だが、京子の答えに安堵のため息をつく。

 

「それはそれとして…… 麻雀、奥深いですね」

 

「そうじゃろ? 人によって打ち方も千差万別じゃけぇ、ぶち奥深いんじゃ」

 

インターハイ優勝チーム5人を独占しての麻雀教室。かなり贅沢な麻雀教室だろう。特にまこや久はその経験の豊富さから教え方が上手い。和はその論理的思考能力故の説明が上手い。咲と優希? 麻雀に必要な感覚を教えてくれる良い教師だ。

 

「中学2年だとまだ早いかもしれないけど…… 志望校は清澄(ここ)?」

 

「もちろんです、1年間とは言え兄さんと同じ学校に通いたいですから。麻雀部にも入るつもりです」

 

余りにも堂々としたブラコン宣言である。

 

「そう言えば京子もヒコーキに乗るんだよな? いつ頃から乗ってるんだじぇ?」

 

「そうですねぇ…… 初めて操縦桿を握ったのは小学校に入ってすぐだったと思います。免許を取ったのは小5の時です」

 

「……京太郎もか?」

 

「ええ、兄さんも同じくらいから乗ってましたね、免許取得は私より早くて小3の時のはずです」

 

「……2人そろってとんでもないのォ……」

 

優希が飛行機関係で京子に訊くと、返ってきた答えは結構とんでもなかった。なんと須賀兄妹、小学生のうちにヒコーキの免許をゲットしていたのだ。まぁ、両親の英才教育の成果と言えばそれまでだが、それにしたって早すぎである。

 

「京子さん、ヒコーキの免許って簡単なんですか?」

 

「そう言う訳ではないですけど…… ただ、交通の便が悪いところでは中学で通学に使っている人も多いですね」

 

和がさらに訊く。どうやら小学生で免許取得はともかく、中学生では地域によっては珍しくないとのこと。それを聞いて何やら考え込む清澄5人娘。彼女らの様子を見て京子が声を掛ける。

 

「飛行訓練します? 父や母に頼んでみますけど?」

 

「……いいの?」

 

「構いませんよ。兄さんがやっていることが気になるのは私も一緒ですから」

 

こうして清澄5人娘もヒコーキの操縦にチャレンジすることになった。それと同時に京子が清澄麻雀部に出入りすることになり、ますます麻雀部が賑やかになっていくことが決まった。京子曰く「兄さんのお嫁さん候補はガッチリ固めておかないと…… 変な女性に引っかかられると困ります」とのこと。どうやら咲達は京子のお眼鏡に適ったらしく、京太郎との仲を進展させるための協力をする密約が取り交わされたとか、されなかったとか。

 




冷静な京ちゃんってかっこいいよね!

次話は日常話をお送りする予定です。
感想や評価を頂けると励みになりますのでどんどんお願します!
誤字脱字等の指摘もしていただけるとありがたいです。

では次の話の投下までしばしお待ちください。


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4話 ―戦車と麻雀の中休み―

凡そ1か月半ぶりですかね?
色々リアルも忙しく投下間隔が長くて申し訳ない……
取りあえず最新話が出来たので投下しますね。

今回は日常回になります。
あの人の心に変化が……
それではご笑納ください。


 トン トン トン……

 

 此処は大洗女子学園の大倉庫の中。今現在、倉庫は戦車道に使用される戦車の車庫兼整備場として使われており、5両の戦車が鎮座している。戦車が5両、かなりのスペースを使うのだが大倉庫はかなり大きく、まだまだ余裕がある。と言うか大倉庫の空間の3分の2が空いている。そんな大倉庫の片隅で緑のマットが敷かれた正方形の机を囲む4人とそれを取り巻く人影がある。

 

「うーん…… ポン!」

 

 桂利奈が元気のいい声で啼く。そう、単に麻雀を打っているだけだったりする。卓を囲っているメンツは桂利奈、妙子、あや、そして京太郎。全員一年生である。取り巻きで観戦しているのも全員一年生で上級生は誰一人としていない。何故かと言うと、今日は一年生の授業が半ドンで終わる日というだけである。

 さて戦局であるが、現在東4局。少々落ち着きのない桂利奈が片っ端から啼いて啼いて啼きまくるせいで場の流れはぐちゃぐちゃ、もう少し考えろと言いたい。実際、啼きまくったせいで手牌は役無しの裸単騎地獄待ちだ。そしてその煽りをうけた妙子とあやの手牌も手詰まり感がすごい。何とか聴牌まで持ってきたのは良いがすでに待ち牌は全て(ホー)に出ていて品切れである。

 そんな中、京太郎は不気味な沈黙を保ちつつじっくり手作りに専念していた。

 

「あーあ…… また流局かな?」

 

 あやがそう呟くのも納得である。山牌残り3枚でこの戦況、誰でも流局は確実と判断するだろう。妙子もアガリを諦めているのが表情から分かる。一方の桂利奈は能天気に牌をツモり、手牌から三萬を河に捨てる。その瞬間、京太郎が動いた。

 

「ロン! ダブ東ホンイツ三暗刻ドラ3で24000!」

 

「あいいいぃぃいいい!?!?!?」

 

 桂利奈に倍満を直撃させた。この失点で桂利奈はハコ下になりゲームが終了する。ほぼ流局が確定みたいな状況だったので油断しきったうえでの不用意な振込みだった。

 

「あ゛ー…… やっぱり現役麻雀部は強いわー……」

 

「というか4半荘やって須賀君以外みんなヤキトリって……」

 

 そう、すでにこやつ等は4半荘も打っていたのだ。そして京太郎は4半荘全部で打っていたのだ。現役麻雀部員 vs 大洗女子麻雀素人軍団。結果は一方的なものとなった。京太郎がアガり続ける一方で大洗女子の面々は一回もアガレなかったのだ。イカサマを疑われる状況だが、全自動卓なので積み込みは不可能。加えて後ろから打たない面子が見ているのでイカサマはありえなかった。

 

「須賀君、麻雀弱いって絶対に嘘でしょ!」

 

「いや…… 確かに俺弱いはずなんだけど……」

 

 あゆみの言葉に困惑顔で答える京太郎。それもそうだろう、何せ当の本人が4半荘連続で誰かをトバして1位を獲得した現実が信じられないのだから。まあ、これにはちゃんと理由がある。要は清澄麻雀部の環境が特殊過ぎたせいだ。清澄高校女子麻雀チームは初出場でインターハイ優勝の栄光を掴んだチーム、それだけチームの咲達5人の実力はもの凄く高い。そんな中に1人混じるのが高校から麻雀を始めた京太郎である。清澄麻雀部は京太郎を含めて全員で6人、京太郎以外は全国レベルの雀士。そんな環境にいれば自分の実力を過小評価しても仕方がないだろう。下手しなくても自分の実力すら見誤るのは必定だ。現に、ここ最近京太郎はメキメキ腕を上げてきているのだが全くそれに気付けていない。

 インターハイが終わってからは久、まこ、咲、和、優希が出来うる限り京太郎のレベルアップに協力している。むしろ、それのみに集中していると言っていいだろう。平日の夜はオンライン麻雀とチャットを駆使しての練習、週末は京太郎が長野に帰るのでみっちり部室での練習とかなり濃い内容をこなしている。さらに京太郎の練習に付き合わないときは自分たちの指導力の向上のための勉強までしているのだ。これで京太郎の腕が上がらなければ嘘である。

 まぁ、清澄と大洗と行き来する過密スケジュールを難なくこなす京太郎が一番凄いのだが……

 

「麻雀ってこんなに簡単にアガレるものだっけ……?」

 

 大洗学園艦にある雀荘で武者修行した時の京太郎のセリフである。清澄では最高成績は精々2位、しかもたったの1回だけだったのだが、大洗では1位率が3割を超えているのだ。このギャップは中々すごいと言えよう。いろんな意味でだが……

 

「あぃぃぃぃいぃぃぃぃぃ……」

 

 雀卓に突っ伏しながら唸り声を上げる桂利奈。東一局で京太郎に満貫を直撃され、東二局では倍満を京太郎がツモってさらに点数を毟られた挙句、東三局で三倍満の直撃である。一矢報いる暇さえ無く点を割ってしまったのだ。そりゃ元気印の桂利奈でも凹むのは無理もない。

 

「ええい、女は度胸よ! 負けたままでは大洗生の名が廃るわ!! 須賀君、もう一勝負!!」

 

 前向きな性格の忍が、ちょっと放心気味の妙子を押しのけて卓につく。その目は意地でも勝ってやると戦意に満ちていた。そのメンタルの強さは評価に値するだろう。忍の負けん気に触発されたのか梓とあけびがやる気を漲らせて卓についた。尤も相手をする京太郎にしてみれば……

 

「おいおい、既に四半荘連続で打ってんだぞ…… ちょっとお茶で一服くらいさせてくれよ……」

 

 大分お疲れのようである。

 

「あれ、何やってんの?」

 

 京太郎の求めに応じて妙子がお茶を淹れてくれたので、それで一息ついていたら倉庫に誰かが入ってきた。まぁ、声で誰が入ってきたかすぐに分かった。大洗女子学園の生徒会長・杏だ。杏が来たということは当然のごとくセットで桃と柚子も一緒である。

 

「いやー、全自動麻雀卓が倉庫の隅っこに転がっていたのを見つけたんですよ」

 

「そしたら須賀君があっと言う間に修理して使えるようにしてくれたんです!」

 

「牌も一緒に見つけたので、せっかくだから須賀君を囲って打とうということになりまして」

 

 杏の質問に桂利奈と優季、あゆみが答える。杏がチラッと雀卓を見るが、中々立派な全自動卓である。こんなモノが転がっていたということは、大洗女学園もかつては麻雀部があったのかもしれない。

 

「なるほどねぇー、で須賀君と打ってみんなの戦績はどうなのさ?」

 

「あのー…… それが……」

 

 言いにくそうに梓が口を開くが、聞かれたからには答えねばなるまい。全く歯が立たずにボコボコにやられたと素直に言うと、案の定、杏の忠犬が喚きだした。

 

「四半荘もやって誰も須賀から点棒を一本も取れないとは弛んでるんじゃないか!? 大洗魂はどこ行った!!」

 

「まぁまぁ、かーしま、須賀君は本職の麻雀部員さ、それも天下の清澄高校の。ド素人のうち等じゃ勝てやしないって」

 

 大洗魂って何だろうと首を傾げながら興奮している桃をなだめる杏。だが、相手の土俵とは言え大洗生(みうち)がやられっぱなしなのは面白くないのもまた事実。そこで少し発破と言うか大洗メンバーのやる気を出す陰謀を頭の中で組み上げていく。そんなタイミングで新たなメンツが倉庫に入ってきた。

 

「こんにちはー! 不肖秋山優花里、参りました!」

 

「こんにちはー」

 

「あれ、皆で何やってるの?」

 

 残りの戦車道面子である。少し前に3年と2年も授業が終わっていたので、皆が集まる時間になったのだ。後から来た面々もまさか全自動麻雀卓があるとは思わず、それで麻雀をやっていたと京太郎から聞いて少し吃驚していた。そして麻雀を打つことに興味を持ったようだ。

 その様子を見た杏がニンマリと笑みを浮かべる。

 

「1年生だけ須賀君と麻雀を打ったのは不公平だねぇ……」

 

 杏のその言葉を聞いた京太郎は背筋にゾクゾクとした悪寒を感じる。間違いなく厄介ごとに巻き込まれると……

 

「根詰めて練習ばっかりも何だねぇ…… そうだ! 今日の練習は休みにして須賀君と打つ麻雀大会にしよう! 須賀君より上の順位でゲームを終えたら須賀君のお菓子を食べる権利が貰える特典付きで!」

 

「おおぉっ!」

 

「おい、ちょっと待て! 何連荘させる気だ? おまけに俺に全くメリットが無いぞ」

 

 杏の提案にノリノリで答える大洗戦車道面子。条件を満たせば京太郎のお菓子が食べられる特典付きと聞いてテンションの上がり方は半端じゃない。一方の京太郎は当然抗議の声を上げる。このままだと休憩なしで何連荘させられるか分かったものじゃないからだ。

 

「須賀君の抗議も当然だねぃ、なので須賀君にも特典を付けよう」

 

「……いったい何です?」

 

「女子は須賀君にロンされるごとに一枚脱ぐこと!」

 

「………………はい?」

 

「きゃぁあああああ!!!!」

 

 突然投下された特大の爆弾、つまりは脱衣麻雀である。一瞬理解が追いつかなかった京太郎はポカンと間抜け面を晒し、女子勢からは悲鳴が上がる。が、何故か楽しそうな悲鳴だったが……

 

「鳩が豆鉄砲を喰ったような顔してるねぇ、須賀君。もう一回言うよ、()()()()だよ、()()()()

 

「ちょ! おま!」

 

「ウチ等だけが景品付きはフェアじゃ無いっしょ。当然リスクを背負わないと、須賀君の手作りスイーツと釣り合う賭け金っていやウチ等のストリップじゃないかなぁーと」

 

「流石にマズイでしょうがぁあぁぁああああ!!!!」

 

「好みの娘を狙い撃ちにしてスッポンポンにしてもいいんだよ」

 

 トンデモナイことをニヤニヤ顔で宣う杏。何故か場の雰囲気も箍が外れたようにノリノリになっている。流石にこれは阻止しなければマズイ…… というか実行して外部にバレたら事である。必死に止めにかかる京太郎だが、火のついた女子高生を止めるには些か力不足、焼け石に水の見本みたいな状況である。火消しに必死の京太郎、「なんでみんな嫌がらないんだよ!?」と本気で疑問に感じている。付き合ってすらいない男子に下着姿や裸を見られるなど年頃の少女にとっては絶対避けたい状況のはずだ。なのに、このノリとヤル気は一体…… 京太郎の頭の中で疑問符が大乱舞していた。

 

「さて、じゃあまずは言い出しっぺから行きますかねぇ。私、かーしま、小山対須賀君で始めよっか」

 

「話を聞けぇえええええ!!!!」

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った……」

 

 海がオレンジ色に染まり、水平線の彼方に夕日が沈もうとしている。彼はいま学園艦の中にある左舷公園に来ている。船体中央の左舷の端にある緑地公園で、学園艦で暮らす人々の憩いの場所である。いま大洗学園艦は舳先を北へ向けているのでこの公園から沈んでいく夕日を眺めることが出来る。

 酷く草臥れた様子の京太郎、それも当然である。さっきまで連続で7半荘は麻雀を打ち続けたのだから。しかも杏の余計な提案で脱衣麻雀だったのだから救われない。京太郎は1位を取れなかったら上の順位の女子にお菓子を作る、女子は京太郎にロンされるたびに一枚脱いでいくというルールだ。京太郎にとってお菓子を作るのは別に問題ではない。大した手間ではないしお菓子作りは趣味でもあるのでドンとこいである。しかし、自分は麻雀部員である。麻雀をする以上は勝たなければならないが、ここで立ち塞がるのが脱衣ルールだ。当然、女の子を脱がせるわけにはいかないので、必然的に京太郎の上がりはツモのみに限定されてしまう。このあまりに大きすぎるハンデを背負いつつも京太郎は全ゲームで何とかトップを取ることに成功していた。

 当然、誰一人として一枚も脱がせていない。

 

「いつか必ず仕返ししちゃる……」

 

 事の元凶の杏への仕返しを心に誓う京太郎。何度対局中に杏だけを狙い撃ちしてマッパにしてやろうかと思ったことか…… 湧きあがる報復の欲求は精神力でなんとか抑え込んだ。加えてハンデの大きい麻雀を打ち続けたので精神的にボロボロである。

 荒んだ心を癒すためお気に入りのこの公園までやってきた京太郎。口から出た誓いの言葉が何故か広島弁、どうやらまこの影響を受けている様子である。

 

「きれいな夕日だな……」

 

 疲れた体を公園にある柵にあずけ、顔を照らす夕日を見て呟く京太郎。空の上から沈みゆく夕日を見るのが好きな彼だが、こうやって海を行く船からゆったりと眺める夕日と言うのもオツなものだと思う。サァァァっと穏やかな潮風が彼の綺麗な金髪を撫でていく。不思議な心地よさに体から疲れが抜け落ちていくみたいな気分になる京太郎、すべての生き物の母なる海には不思議な癒しの力があると信じてしまいそうになる。

 

「ん? あれは西住先輩?」

 

 潮風に心を載せていた京太郎、その視界にふと見覚えのある人影が写りこんだ。中肉中背の栗色髪のショートカット、特徴的な後ろ髪を見れば戦車道チームの指揮官を務める西住みほだとすぐに分かった。彼女も左舷公園に来ていて、デッキの端の転落防止用柵に体を預けている。沈みゆく夕日を眺めながら何やら考え込んでいるようだ。

 

「西住先輩、こんなところでぼーっとしてると、夏とはいえ風邪をひきますよ?」

 

「えっ? す、須賀君……?」

 

「はい、皆の雑用係・須賀京太郎ですよ」

 

 先ほどまでの自分自身を棚に上げてみほに声を掛けて注意する京太郎。突然、後ろから声を掛けられたみほの方は一瞬身を竦ませるが、相手が京太郎だと分かってホッとした表情を浮かべる。コミュ障の彼女だが京太郎相手に普通に話せるまでにはなっているらしい。短い期間にここまで彼女を手懐けたのは、京太郎の高いコミュニケーション力の賜物だ。流石と言うほかないだろう。

 

「須賀君はなんでこの公園に?」

 

「……疲れた心を癒しに、ですね」

 

「……えっと、どういう事かな?」

 

「……脱衣麻雀ですよ…… ロン封じでアガるのにどれだけ神経を磨り減らしたことか……」

 

「あ、あはははは……」

 

 みほがこの時間に公園に来た理由を京太郎に尋ねるが、ゲンナリとした表情の彼の答えを聞いて乾いた笑いしか出てこなかった。京太郎がお疲れである理由の一端に自分が入っているのだから、まぁ当然であろう。

 

「それにしても何で皆、脱衣麻雀の参加を嫌がらなかったんだ? 普通は男に下着姿や裸なんかを見られたくないはずだよな?」

 

 ブツブツと愚痴をこぼす京太郎。それを聞いたみほは心の中で「だって須賀君は女の子を傷つける様なことは絶対しないって、皆分かってるから……」と呟く。どうやら京太郎は戦車道のメンバーからかなり信頼されているようである。と言うか戦車道のメンバー全員確信犯らしい。京太郎からすれば、あんなしんどい麻雀打つくらいならそんな信頼はドブに投げ捨てたいだろうが……

 頭をガシガシと掻きつつ、ハーッと大きく息を吐く京太郎。自分の中で幾分か整理を付けたのか少しマシになった表情をみほに向ける。

 

 

「で、西住先輩は何か悩み事ですか?」

 

「えっ? なんで……」

 

「いや、幼馴染が居るんですけど…… そいつ家庭のゴタゴタで悩んで塞ぎこんでた時があったんで…… 今の先輩の雰囲気がその時の幼馴染と同じだったから、もしかしてと思って……」

 

「そうなんだ……」

 

 悩み事を抱えてモヤモヤしていて、気晴らしにこの公園に来ていたことを言い当てられて驚くみほ。「まぁ、余計なお節介なんですけどね」そういってペロリと舌を出しておどける京太郎。言いたくなければ言わなくてもいいというサインだ。そんな京太郎の様子が可笑しかったのかクスッと笑うみほ。どうやら肩の力が少し抜けたようだ。

 

「須賀君、少し話を聞いてくれる?」

 

 そう言ってポツリポツリと話を始めるみほ。以前いた黒森峰が自分のせいで全国大会10連覇を逃したこと、そのことで様々な人から後ろ指を指され家元の母に叱責されたこと、戦車道が怖くなり逃げ出したこと、大洗でできた友達のおかげで再び戦車に乗ったこと、姉のまほのインタビューを見て居たたまれなくなったこと…… 胸にたまった澱を出すかのように少しずつ話していく。

 

「私…… 分からなくなっちゃった…… 西住流の戦車道のモットーは常勝不敗、でも…… 何もかもを犠牲にして勝つことに意味があるのかなって……」

 

 そう言ってじっと聞いていた京太郎に顔を向けるみほ。その表情は笑っていた、しかしその笑みは……

 

「アハハ…… 西住の私がこんなこと言うなんて…… おかしいよね……」

 

 余りにもチグハグで、今にも壊れそうな自分を嗤う嘲笑だった。このまま放って置いたらこの人は必ず心が折れて立ち直れなくなる…… 直感的に京太郎はそう感じた。

 

「後悔してます?」

 

「……えっ?」

 

「川に落ちた戦車の搭乗員を助けて優勝を逃したことを…… そのまま見捨てて戦闘を続けて…… 優勝した方が、助けなければ良かったって」

 

「そんなこと…… そんなことない!」

 

「…………」

 

「あの娘たちが犠牲になっても優勝の方が良かったなんて思わない! そんなの絶対嫌だ! 助けなければ良かったなんてそんなの思わないよ!!」

 

 小さな声で京太郎はみほに問うた、助けたことを後悔しているのかと。その問いに返ってきたのはみほの爆発するような感情。彼女にしては珍しいほどに声を荒げていた。それを聞いた京太郎の顔に微笑みが浮かぶ。

 

「もう答えは出てるじゃないっすか」

 

「……へっ?」

 

 思わぬ京太郎の言葉にポカンと間抜け面を晒すみほ。京太郎はその表情を見て少し吹き出しそうになるが、ここは我慢。そして話を続ける。

 

「即答でそれだけ強く言い切るんですから、それが西住先輩の本心ですよ。もっと胸を張ったらどうです? 私は正しいことをしたんだって」

 

「で、でも……!?」

 

「そりゃ周りは色々言うでしょうけど、そんなの鼻で笑えば良いんですよ。俺は先輩の考えは正しいと思いますよ。もっと自分に自信を持ちましょう」

 

 彼女に必要なのは自身を肯定してくれる人間。みほの中では既に答えが出ている。しかし、事件後の黒森峰にはみほを否定する人間しかいなかったせいで弱っているだけだ。だから京太郎は肯定する。西住みほと言う人間を、その考え方を。彼自身みほの考えは正しいと感じている。だからこそ言葉で彼女を後押しする。

 

「だけど…… 私は西住流の人間だから……」

 

 尚も言いよどむみほ、そんな彼女を見て京太郎は少し考える。顎に手を当てて少し思案した彼は「フム」と零して、再び彼女に話しかける。

 

「西住先輩、黒森峰にいたときは戦車に乗るのは楽しかったですか?」

 

 この言葉にみほは首を横に振る。やはり黒森峰では楽しくなかったようだ。

 

「じゃあ、今、大洗で戦車に乗るのは?」

 

 少し迷いつつも今度は縦に首を振って楽しいと意思表示をするみほ。京太郎はそれを見て「我が意を得たり」と口元を綻ばせる。

 

「スポーツって楽しくなけりゃダメなんです。そりゃ目標や志も必要でしょうけど、楽しく無けりゃ続けられませんからね。俺なんて清澄の麻雀部で麻雀打ったらいつもドベか3位でボコボコにされてるんです。それでも続けてるのは楽しいからですよ。麻雀部の皆と打つ麻雀が楽しいから……」

 

「伝統の黒森峰じゃ西住の名に連なる者として義務で続けていたのかもしれませんが、今年復活したこの大洗じゃ西住流の(しがらみ)は無いでしょ? 先輩なりの戦車道をやっても誰も文句言わないと思いますけどね」

 

「私なりの…… 戦車道……」

 

 京太郎の言葉に感じ入るのもがあったのか小さく呟くみほ。

 

「そうです、武部先輩や五十鈴先輩、秋山先輩、冷泉先輩…… その他のメンバー全員で作り上げていく戦車道です。そうだ、何なら大洗流として新しく立ち上げますか?」

 

「ほら、それなら胸張って言えるじゃないですか。「私の戦車道は大洗流だ! 優勝放棄して人命救助を優先させて何が悪い!!」ってね」

 

「クスッ…… 須賀君、それかなり乱暴だよ」

 

「乱暴上等! こういうのは言い切ったもの勝ちです」

 

 結構な勢いで無茶苦茶言っている京太郎。それが可笑しかったのかクスッと笑いながら突っ込むみほ。もう先ほどの壊れてしまいそうな危うさは無くなり、吹っ切れたいい笑顔になっていた。そして彼女はフッっと一息抜くと群青に染まりつつある空を見上げる。

 

「私なりの戦車道か…… そんな事、考えたこともなかったなぁ」

 

 もう夕日は完全に沈み、体を撫でる潮風も少し寒く感じる。ちょっとした沈黙が二人の間に流れるが、嫌な静かさではない。どちらかと言えば不思議な心地よささえ感じる静かさだ。みほと同じく、京太郎も空を見上げていた。

 

「さて冷えてきましたね…… 俺はネットでの麻雀の特訓があるので失礼しますね」

 

「うん…… あ、あの! 須賀君!」

 

「何ですか?」

 

「色々ありがとう…… 少し楽になった気がするよ」

 

「どういたしまして。西住先輩、苦しくなったり悩んだりしたら一回立ち止まって周りを見渡すといいですよ。先輩には手助けしてくれる人が一杯居るんですから」

 

 京太郎がそういうと、公園の向こう側から「みぽりーん!」と呼ぶ声が聞こえてきた。声がする方に目を向けると、沙織を先頭に優花里、麻子、華がこちらの方に小走りで向かって来ているのが見える。それを横目で見て「ねっ」と言う京太郎。みほはそれを見てクスッと笑う。

 

「じゃあ、先輩。また明日」

 

「あっ!」

 

 踵を返して薄暗がりの道を歩き出す京太郎。そんな彼の背中を見てみほの中にある変化が起きる。

 

「何だろう…… 何か胸がドキドキするよ……」

 

 誰も聞くことが無かった彼女の呟きが宵の空に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 時間は京太郎が公園でみほと会話していた時より少し遡る。まだ太陽は地平線から少し高い位に浮いている。そんな時間の長野の空で1機の飛行機がゆったりと飛んでいた。機首に搭載された最大馬力160 hpを発揮する空冷星形エンジンの瓦斯電(がすでん)神風(かみかぜ)」が軽快なエンジン音を響かせている。100 km/hほどの飛行機としては非常にゆっくりした速度で飛んでいるこの機体、複葉単発の複座機で驚くことに材質は木製布張りである。三式陸上初歩練習機(K1Y2)と言うのがこの機種の名前だ。名前の通り飛行機の操縦を習う際に一番最初に乗る機体である。

 

「じゃあ和ちゃん! 実際に操縦してみましょうか! 右手で操縦桿(スティック)を握って、左手はスロットルレバーに添えてね! 両足はラダーペダルに! まずは直線飛行よ! 真っすぐに飛ばすの!」

 

「は、はいッ!!」

 

 後席で操縦桿を握っていた京太郎の母親である須賀ケイが伝声管に向かって声を張り上げる。それを受け取るのは前席に座っている和だ。返す返事は緊張感のせいか少し震えた感じがする。ケイは敏感にそれを感じ取って再び伝声管を使って話しかける。

 

「大丈夫よ、もっとリラックス! 操縦桿を握る手に力が入るとヒコーキは敏感にそれを感じ取るから、もっと体の力を抜いて!」

 

「は、はぃい! 操縦桿は生卵を握るが如く、ですね!」

 

「そうそう! 私が後席に乗っているんだからもっと気楽にね!」

 

 戦々恐々と両手と両足を操縦装置の所定の場所に持っていく和。ケイがリラックスと言っているがやはり硬さは抜けない。まぁ、これは仕方がないだろう。なんせ実機の操縦に初チャレンジするのだから、直線飛行のみだけとはいえ緊張して当たり前である。

 

「それじゃ、You have control !(君が操縦せよ)」

 

「あ…… アイ ハヴ コントロール!(操縦を引き継ぎます)」

 

 和の復唱を聞くとケイは「You have.」と伝声管に返し、操縦桿から手を離す。この瞬間、機体のコントロールは全て和の手に委ねられる。先ほどまではピシッと真っすぐ飛んでいた機体が、コントロールが和の手に渡ってしばらくすると機首方位(ヘディング)が微妙に左右に振れだしたり、エンジンのカウンタートルクによって少しずつバンクが左へ傾いたりする。まぁ、フラつきはするが10分ほどは何とかコントロールして飛行できていた。全くの素人にしては上出来とケイは評価し、頃合いを見計らってコントロールを自分に戻す。その時に「いい調子、上出来よ! Nice control !」とコメントするのを忘れない。和が操縦桿から手を離し、付けていた皮手袋を脱いでみると緊張のせいか手は汗だらけになっていた。

 

 その頃、地上では先に飛行体験を終えていた咲達4人と京子、京太郎の父エイノが熱いお茶を飲んでいた。まだまだ暑い時期ではあるが、オープンコクピットの機体に乗って飛行していると案外体は冷えるものである。ついでに言うと何故か雀卓も持ち込まれており咲、優希、まこ、京子の4人が闘牌中だ。

 

「須賀のおじさん、本当に何から何まですいません」

 

 久はと言うと、エイノとお茶を飲みながら話していた。若い少女とお茶をしているせいかエイノはニコニコと機嫌がいい。もしこの光景をケイにでも見られでもしたら制裁を受けること間違いなしである。

 

「何、大したことじゃないさ。心の翼を持つものが増えるなら大歓迎さ」

 

 京子から誘いがあったとはいえ、京太郎の両親に操縦訓練の諸々に骨を折ってもらった事に恐縮しきりの久。座学用の教材を用意してもらったうえ、訓練用の機体までハンガーの片隅から引っ張り出してもらったのだ。おまけに2人には教官役までしてもらっている。当然、頭など上がらない。付け加えるとケイとエイノの指導は丁寧で、まず基礎の座学から操縦桿の動かし方まで実物を使ったりして手取り足取りしっかりレクチャーしてくれていた。大洗に教官役で訪れた陸自の某T一等陸尉の「戦車なんてばーっと動かして、だ ーっと操作して、どーんと撃てばいいんだから」と宣い、いきなり実戦に放り出すアバウトな指導とはエラい違いである。

 まぁ、戦車は操作ミスしてもエンストで止まるだけで済むが、飛行機の場合は下手にミスすると地面とディープキスしてそのまま三途の川を渡ることになる。教官の指導方法の違いは、この点も大きいのだろう。

 

「それに、ウチの京太郎や京子が世話になっているしね。これくらいはお安い御用だよ」

 

「それでも…… 特に機体なんて大変じゃなかったですか?」

 

「ハハハ、K1Y2って需要が無くてね…… なにせ用途が初心者の訓練用。趣味や好みで乗る人の多い戦闘機や雷撃機みたいな人気は無いうえ、今はもっといい訓練機が幾らでもあるからね。態々、古臭いK1Y2を引っ張り出すまでもないんだ」

 

「だからあの機体もハンガーの片隅で埃を被っていたんだ。たまにはエンジンを動かしてやらないと本格的に動かなくなるからね。今回のことは渡りに船だったんだ。だから気にしなくていいよ」

 

 実際、いま和が乗っている三式初歩練習機は一応エイノが販売している商品である。まぁ、値段は本当に二束三文で、10年前に手に入れて以来全く買い手がつかない不良在庫の典型なのだが。

 

「あれ、商品だったんだ…… ウチの所有機だと思ってた……」

 

 河に二索を捨てつつ京子が零す。中古レシプロ機の販売・レストアを手掛けているだけあって須賀家のハンガーには多種多様の機体が商品として置かれている。その中に混じって家族所有の機体も幾つか留め置かれているのだが、三式初歩練習機もその中の1つだと京子は思い込んでいたのだ。まぁ、無理もない。京太郎と京子のパイロットとしての第一歩も件の三式初歩練習機だったのだから。

 

「京子ちゃん、そんなにいろんな機体持ってるの? あっ、それポン」

 

「家族で7~8機は持ってますね」

 

「そんなに持っちょるんか?」

 

「ええ、売り物の機体はその4倍はありますよ」

 

 咲と京子とまこが話しながら麻雀を打つ。ちなみに優希は現在点数が一人沈み、次に誰かに上がられたらトンでしまうので話に加わる余裕をなくしている。

 

「そう言えば京子、よく無線で『ブレイズ』とか『エッジ』とか言っちょたけど、あれは何じゃ?」

 

 一番最初に訓練飛行をしたまこは、終わったあと地上でずっと京子と喋ったりしていた。時折、京子が無線で上空を飛ぶ両親と交信していたのだが、その時聞き慣れない単語が聞こえて気になっていたのだ。

 

「ああ、それTAC(タック)ネームです。優希先輩、それチーです」

 

 優希が捨てた三萬を啼いて手に加えつつ、答える京子。

 

「タックネーム?」

 

「ええ、ヒコーキの無線交信で使用される便宜上の名前です。ちなみに『Blaze(ブレイズ)』が父で『Edge(エッジ)』が母です」

 

「京子も持っちょるんか?」

 

「ええ、持ってますよ。私のTACはカピバラを縮めた『Capi(カピ)』です」

 

「それ可愛いね。あっ、優希ちゃんそれカン。もう一個カン…… で、ツモ! 嶺上開花!」

 

「おー、大明槓の責任払いで優希のトビじゃな」

 

「じょぉぉぉおぉおおおおおお!!!!」

 

 点数に余裕のある咲とまこと京子がTACネームについて話しながら麻雀を打ち、優希は負けまいと必死に無言で麻雀を打つ。が、その甲斐も無く河に捨てた五筒を咲が大明槓、そして怒涛の連続カンで嶺上開花を自模、責任払いで優希のドベが決定してゲームが終了した。

 

「ドンマイ、優希。じゃあ、須賀君のTACネームはなんていうの?」

 

「兄さんは『Cipher(サイファー)』ですね」

 

「……何て意味だじぇ?」

 

「ええっと…… 暗号って意味だったと思います…… 確か、小学生の時にお爺ちゃんから貰ったはずです。そうだよね? お父さん」

 

 優希を慰めつつ久が京太郎のTACネームを訊く。それには即答した京子だったが、意味を訊ねる優希には額に手を当てて記憶を手繰り寄せながら答える京子。元々は祖父のTACネームだったらしく今一つ由来とか意味とかを詳しく覚えていなかったようだ。

 

「ハハハ、まぁ皆もその内TACを使うことになるだろうから、今のうちから考えておくといいよ」

 

 ニコニコと愛娘と息子の部活仲間の会話を見ていたエイノが言う。それを聞いてあーだこーだと自分たちのTACネームを考え出して盛り上がる咲達。この後、地上に降りてきた和も加わってまさしく姦しいさまになっていく。ちなみに、優希のTACネームの第一候補は満場一致で『Tacos(タコス)』だった。本人もノリノリだったのでほぼ決定だろう。京子も楽しそうに会話に加わっていて、それを見ていた須賀夫妻は愛息子と愛娘は良い仲間に巡り合えたなと頬を綻ばせたのだった。

 




4話は以上です。
もう一話日常回入れてプラウダ戦に行こうかと思います。

そういえばそろそろ艦これの冬イベントが始まりますね。
もしかしたらイベントのせいで筆が更に遅くなるかもしれませんが、その時はご容赦を。

感想、評価は大歓迎、いっぱい書いてもらえるとモチベーションも上がると思うのでよろしくお願いします!


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5話 ―清澄と大洗、それぞれの日常―

以前の投稿から凡そ2か月……
大変お待たせしました。
あと遅くなり申し訳ありません。

取りあえず最新話が出来たので投稿します。
誤字脱字等あれば報告していただければ幸いです。

では、拙作ながらご笑納ください。


チュンチュンと朝の透明な空気に小鳥の鳴き声が響く。夏は過ぎたとはいえ残暑の熱気を叩きつけてくる太陽もこの早朝の涼しい空気の中では心地よく感じる。本日は土曜日で世間一般ではお休みであるが、ここ県立大洗女子学園にある戦車道用の戦車のガレージとして使われている大倉庫ではゾロゾロと生徒たちが集合してきていた。

 

「おはよーございます」

 

挨拶とともに栗色の髪をショートカットにした女生徒が倉庫に入ってくる。大洗戦車道チーム隊長の西住みほだ。周りにいた女生徒達が「おはようございます」とあいさつを返すなか、茶髪のミドルヘアと黒髪のロングの女生徒がみほに近づいてくる。

 

「みほさん、おはようございます」

 

「おはよー、みぽりん! ……ってどうしたの!? そのお(でこ)!!」

 

2人の名前は五十鈴華と武部沙織。みほの同級生で同じ戦車道の履修者である。華は大和撫子の見本のように優雅に、沙織は今時の女子高生らしい元気な挨拶をするが、沙織がみほの額を見てびっくりして声を上げる。

 

「あははは…… パン屋さんの前でいい匂いにウットリしていたらつい……」

 

「看板か何かにぶつかった…… と?」

 

「……はい」

 

戦車に乗っているときはキリッと凛々しく有能なみほであるが、それ以外では結構どんくさい少女である。成績は可もなく不可もなく平々凡々としているし、今朝みたいによそ見をしていて何かにぶつかることも頻繁にある。現に今のみほの額も赤くなっており、通学の途中で何かにぶつかったのが一目で分かる有様だ。

 

「もー! みぽりん、気を付けないとだめだよ!! 顔は女の命なんだから!!!」

 

沙織がみほに注意しつつテキパキと持っていたハンカチやら消毒薬やらで手際よく手当していく。その様子はまるでやんちゃな娘を心配する母親のようである。ここら辺がお母ん属性といわれる所以だったりする。

 

「西住殿! 武部殿! 五十鈴殿! おはようございます!!」

 

「お…………… は… よ…う…………」

 

元気よく挨拶する優花里に、もはや死体の方が生き生きしていると突っ込まれかねない様子の麻子。2人は今到着したようである。

繰り返すが今は土曜日の早朝、世間一般には休日の早朝である。では何故、大倉庫に生徒たちが集合しているかと言うと、戦車道の朝練の為だ。昨日、無事に2回戦も突破し次はいよいよ準決勝である。優勝候補のサンダース大付属を一回戦で破り、二回戦は危なげなく勝利。順調に勝っている現状がメンバーの士気を大いに高めているのだ。朝練などドンと来いの心意気である。ただ、順調に勝ち進んでいるが故の弊害も生じ始めていたりする。

 

「さて、皆そろったな! では本日の朝練を始める!」

 

メンバーの点呼を取っていた桃が朝練の開始を宣言する。そんな中、みほはきょろきょろと辺りを見渡して首を傾げる。

 

「西住殿、どうかしましたか?」

 

「あっ、うん…… 須賀君が来て無いなと思って……」

 

優花里が声を掛けて、みほがそれに答える。確かに見渡してみれば京太郎の姿が見えない。金髪のせいでちょっとチャラく見える外見の彼だが、その中身は物凄く真面目である。少なくとも無断でサボったりする性格はしていない。そんな京太郎が居ないのだ、気になるのは仕方がないと言える。が、みほはあることを忘れている。

 

「みぽりん、何言ってるの? 須賀君なら昨日清澄に帰ったじゃん」

 

「……えっ?」

 

「昨日のアンツィオ戦が終わるとすぐに紫電改で長野に帰られましたよ」

 

「そうですね、元々須賀殿は平日()()大洗に来ると言う約束ですから」

 

「そっか……」

 

沙織、華、優花里の話を聞いて京太郎が昨日試合のあとすぐに長野に向かって飛び立ったことを思い出したみほ。納得したがどことなく胸の中がモヤモヤする。何となくコツンと足元にある小石を軽く蹴ってみたがモヤモヤは晴れない。

 

「ねえねえ、華にゆかりん。これってもしかして……」

 

「そうですね、もしかするかもしれませんね……」

 

「と言うかほぼ確定のような気がします……」

 

どことなく少し寂しそうなみほの姿を見て3人はヒソヒソと内緒話、もとい相談を始める。というかのっけから三人の意見は一致した。要はみほが京太郎に惚れているんじゃなかろうかと。みほ本人は気づいていないようだが彼女の様子とさっきの発言で丸分かりである。

 

「これは…… 面白くなりそうであります!」

 

「ふふふ、みぽりんにも春が来たんだね!」

 

「これは友人として応援しなければいけませんね!」

 

何やらみほを置き去りに盛り上がっていく三人。まぁ、優花里たちも年頃の女子高生であるからして友人の恋バナは大好物だ。こんな面白そうな話題が目の前に突如として転がり込んできたのだ。放って置くなど論外である。みほと京太郎を引っ掻き回して最終的にはカップルにする、そんな友人への応援と言う名の悪巧みを嬉しそうに練っていく沙織、優花里、華。その表情は物凄く楽しそうである。なお、麻子であるがこの間ずーっと立ちながら寝ていた。器用なものである。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

 

さてもう一方の当事者の京太郎はと言うと、大洗の朝練ほどではないが朝早くから清澄高校の麻雀部部室で仲間とともに練習に精を出していた。今現在卓についているのはまこ、咲、優希、京太郎のメンツである。

 

「リーチだじぇ!」

 

現在東三局、東場に強い優希がグイグイ攻める。現に東一局、東二局と上がって点数を伸ばしている。おまけに今の親は優希だ、ここで連荘してさらに点を稼ぐ気満々である。

 

「ふっふっふー! 京太郎! この優希ちゃんを止められるか!?」

 

無い胸を張って京太郎を挑発する優希、今までの京太郎だったらここでイラッとして自滅していったのであろうが…… 大洗に行ってから武者修行や練習を続け、今まで以上に熟してきたのだ。焦らずに最善手を考えていく。

 

「ぬかせ優希、今の俺は以前の俺とは一味違うぜ!」

 

そう言って自模ったあと七萬を河に捨てる京太郎。確かに優希のリーチには当たらない安全牌だ。そしてその牌こそ上がるための最善手であると根拠がない確信が京太郎にはあった。

 

「カン!」

 

そして、下家のまこが河に牌を捨て、京太郎の対面に座っている咲に自摸番が回った。牌をツモった瞬間、咲が槓を宣言し王牌を引く。

 

「もいっこ…… カン!」

 

そしてツモった牌を加槓し、再び手を王牌に伸ばす咲。周りで観戦していた久、和は咲の上がりを確信する。彼女が連続で槓した時の嶺上開花率はそれこそ異次元の数字、それに従えばこの流れは咲の勝利の方程式の形そのままで疑う余地は無かった。

 

「ロン! 槍槓のみで1000!」

 

「嘘!?」

 

「おおっ、やるのォ!」

 

しかし、その勝利の方程式が一瞬で崩れ去った。京太郎が咲の大明槓を槍槓したのだ。まさに伏兵、いや完全な奇襲攻撃だった。咲は自分の嶺上開花が破られたことに驚愕し、まこは僅か1000点とは言え咲を封じたその手に感嘆の声を漏らした。

 

「須賀君、成長しましたね」

 

和が素直に京太郎を褒めたたえる。それだけ鮮やかなアガリだった。一方で自分の必殺技を完封された咲は頬を膨らませてむーっとしていた。

 

「いや、東場の優希を止めるには俺じゃ力不足だし…… かと言って他のメンツが止めてくれるのを待つのも格好悪いし……」

 

「で、現実的な手段として咲のアガリを横から掻っ攫うのが一番と?」

 

「まぁ、そんなところです。染谷先輩の手は読めませんけど、咲の決め手は嶺上開花。大明槓を槍槓で待ち構えるだけならやり易いですし」

 

頭をポリポリと搔きながら「情けないですよね」と笑って言う京太郎。だが久はそうは思わなかった。確かに優希の連荘を止めるにはまだ京太郎は力不足だろう。その力不足を認めたうえで有効な手立てを考えていたのだ。今までの彼は、力不足を認識しているが故に我武者羅にアガろうとしてドツボに嵌まっていた。それからすると大きな進歩である。

 

「須賀君、謙遜することは無いわ。たった1000点とは言え周りの状況を利用して優希の流れを止めて咲から直撃をもぎ取った。今までの打ち筋から比べたら一皮も二皮も剥けているわ」

 

久にとって京太郎のこの成長は嬉しい誤算だった。調子に乗りやすい優希への釘になるし、槍槓という咲の弱点を再認識する切っ掛けにもなるのだから。そして何よりこの成功が京太郎の自信につながっていく。

 

「ムムム……! おい、犬! まだ対局は終わってないじぇ!! 最後は私の前に跪かせてやるじぇ!!」

 

「返り討ちにしてやるぜ、優希! 吠え面かくなよ!!」

 

傍から見ると暴言の応酬だが、京太郎と優希にとってこれは日常のやり取り。別に仲が悪いわけではない、と言うかこの2人は麻雀部の中でも特に気負いのないやり取りをする組み合わせである。

 

「あっ、そうだ! 11時頃にWeekly 麻雀 Todayの西田さんが取材に来るから、手の空いている面子で順番に取材を受けるわよ。それが終わったらお昼を食べて、ちょっと息抜きに買い物に行きましょう。その後roof-topでみっちり練習の続きよ!」

 

思い出したかのように久が今後の予定を告げて、それに5人は「おー!!」とノリ良く返事する。しかし取材が来るなんて大事なことはもっと事前に言えと言いたいが、たった6人の部活である。お互いの心意気が知れ過ぎていてこの程度は許容範囲だ。

 

「部長、お昼はどこで食べますか?」

 

「そうねぇ…… 『千曲』でお蕎麦なんてどう?」

 

「乗った! 俺、盛り蕎麦の『穂高盛り』!」

 

久がお昼は蕎麦屋にしようと提案すると間髪入れずに京太郎が乗る。大洗への出向のせいで信州人のソウルフード、蕎麦をここ最近口にしていない。食いつきも当然と言えよう。

 

「おいおい『穂高盛り』って900 gはあるぞ、ワシは「白馬盛り」じゃな」

 

「まこ、『白馬盛り』も700 gあるのよ……」

 

ついでに食い盛りの男子高校生らしく超大盛りを頼むと宣言する始末。まぁまこも京太郎に負けず劣らずの大盛りを頼むようだが、その細身の体のどこに栄養が行っているのか大いに謎である。

お昼の事で盛り上がりつつ、対局は南三局に進みさらに白熱していく。と、その時、ドアがコンコンとノックされた。和が対応するとWeekly 麻雀 Todayの記者である西田順子とカメラマンの山口大介が入ってきた。

 

「おはようございます。清澄高校麻雀部の皆さん、今日は取材を受けて頂いてありがとうございます」

 

「おはようございます、まず部活の様子を一枚良いですか?」

 

挨拶もそこそこに写真撮影の許可を窺う山口カメラマン、久が快く「どうぞ」と許可を出すと早速対局している京太郎たちの姿をパチリとネガに収めた。ちなみに使っているカメラは今時珍しいフィルムカメラ、彼のこだわりが窺える。

京太郎たちは対局が残っているので、西田記者の取材にまず対応したのは和と久だった。

 

「原村さん、無理言って取材を受けてもらってごめんなさいね」

 

「いえ、西村さんなら信用できますから」

 

実は部の方針として国麻の辞退を決めた後あらゆるマスコミの取材を受けないことにしていた。初出場で部員は最低限の弱小校の麻雀部がインターハイ優勝の栄光を掴んだのだ。当然取材の申し込みが殺到する。そんな注目を集めているチームが国麻を辞退、しかも理由がたった一人の初級者の特訓のため。下手に世間に情報が流れれば大騒ぎになること必至である。実際身内の話ではあるが、長野県麻雀連盟が清澄高校のメンバー全員の国麻辞退を告げられて大パニックに陥った。和をはじめとした女子メンバー5人全員が国麻の長野県代表選手の第一候補だったのだ。当然、翻意を促す打診が矢継ぎ早になされる。しかし、彼女たちの意志が固いと分かると大慌てで選出メンバーの再選定作業でてんてこ舞いである。

 

「長野県連は大パニックみたいよ? 貴女たち5人は選出メンバーの最上位、それがそろいもそろって辞退なんて前代未聞らしいから」

 

「連盟に迷惑をかけたことは承知しています。でも、私たちにとって国麻なんかよりも仲間の須賀君の方がずっと大切ですから」

 

「ほんと、ここの部は仲がいいわね。羨ましい位だわ」

 

ありとあらゆるマスコミの取材はシャットアウトしていたが、西田記者の取材は受けることにした。西田記者は和と個人的なつながりがあるし、他のメンバーも彼女の人となりを知っていて信用していたのが大きい。実際に、西田記者は色々配慮して取材をしていて、人柄も記者としての腕もそこらの部数の事しかない三流記者とは比べ物にならないくらい優秀なのだ。

 

「まぁ、どっかの三流誌が下種な記事書いたとしても私が叩き潰してみせるから安心して」

 

「頼りにしてます」

 

和の言葉にドンと張った自分の胸を拳で叩くゼスチャーをする西田記者。このあたりの記者倫理と頼もしさが清澄のメンツが信頼する最大の要因だったりする。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

「うえっぷ……」

 

「く、食い過ぎたけぇ……」

 

「きょ、京ちゃん、染谷先輩…… 大丈夫?」

 

「咲、放っておきなさい。自業自得なんだから」

 

お腹を押さえて苦しがる京太郎にまこ、それを見て心配する咲と呆れてものも言えないといった表情の久。いま彼女たちはお昼御飯を蕎麦処『千曲』ですませて、近場のショッピングモールへ移動している最中である。で、なぜ京太郎とまこが苦しがっているかと言うと……

 

「須賀君、染谷先輩。お二人の食欲が凄いのは知っていますが、アレは無謀ですよ」

 

「いくら大食いキャンペーンやってるからって『富嶽盛り』にチャレンジはアホの所業だじぇ」

 

そう、蕎麦処『千曲』で大食いキャンペーンと言う名のイベントがあったのだ。イベント期間の間だけ提供される限定メニュー、盛り蕎麦『富嶽盛り』。麺の重量およそ1.7 kgの頭のねじが3~4本飛んでいるんじゃないかと言わんばかりの超弩級メニューである。で、京太郎とまこの大食いコンビは調子に乗って『富嶽盛り』を注文、(まこと)におバカの極みである。

 

「そ、そうは言うけどな……」

 

「そうじゃ! あんな「食えるものなら食ってみるがいい!!」ってメニューに書くなんてわしらに対する挑戦状じゃけ!!」

 

「そんな下らない挑発に乗ってんじゃないわよ!!」

 

「ひょあぁあ! 久! 止めぃ! 出ちゃう! マーライオンになっちゃう!!」

 

まこの余りにもアホな言葉に、久は額に青筋を浮かべつつハイムリック法のような姿勢でまこの体をホールド。そして、クンクンっとお臍の上あたりを締め付けて刺激し始めた。必死に何かを堪えながら、久の拘束から抜け出そうともがくまこ。1.7 kgもの蕎麦を平らげた直後で鳩尾の周辺を締められるとどうなるかは火を見るより明らか、いくらサッパリした性格のまこでも天下の往来かつ京太郎(おもいびと)の前で粗相(デビルリバース)は嫌なようだ。

 

「マーライオンは綺麗な水を出してるから綺麗なワケでして、蕎麦を吐き出すマーライオンはチョット……」

 

「汚い花火だじぇ」

 

「わ、ワリャぁ等! そんなのんきなこと言っちょらんと助け…… にょわあぁぁあ! 出る! 出ちゃう!」

 

そんな上級生のアホなじゃれ合いを見て乾いた笑みを浮かべる京太郎。普段の対局しているときの凛々しさは一体どこへ行ったのやら。そして囃し立てる咲たち1年トリオ。京太郎は呆れつつも心の中でホッとする感覚を感じる。やはり大洗は京太郎からしてみればあくまで他校だ、心のどこかで無意識に身構え緊張していたのだろう。

 

「おーい、日が暮れますよ。早く行きましょう」

 

京太郎が声を掛けてやっと解放されたまこ、ちょこっと涙目になっててドキッとしたのは内緒だ。

さて、ショッピングモールに向かう京太郎達だが、何を目的にしているのかと言うと……

 

「ねえねえ、京ちゃん! これなんてどうかな?」

 

「おっ、良いんじゃねえか? 似合ってるぜ、咲」

 

黄緑色の清楚なワンピースの水着を着た咲が、試着室から出てきて京太郎の前でくるっと一回りしてみせる。残暑も厳しい9月の中旬、ちょうど水着のバーゲンセールがあって皆で水着を買いに来たのだ。まだまだ海水浴やプールで遊べるほど気温が高いので近いうちに行こうという話まで持ち上がっている。

 

「おい、京太郎! 咲ちゃんばっかり見てないでこっちも見るじぇ!」

 

「そうよ、須賀君! こっちも見なさい!」

 

背後から掛かる声に後ろを振り向く京太郎。そこにいたのは腰にパレオを巻くタイプのビキニを着た久と、こっちもビキニを着た優希だった。女子高生としては平均的な体格の久、そこまで色香漂うと言うほどではないが健康的な肢体のお陰で結構魅力的だ。一方の優希であるが、こっちはちっこい体にほぼ平原ともいえる胸、そのおかげでトップスがただのズポーツブラに見えてしまう。そっと心の中で合掌した京太郎、「大丈夫だ優希、まだ…… まだ成長期は終わってないぞ……」そっと呟いた京太郎の言葉が当たっていることを祈りたい。まぁ、似合ってないわけではないむしろ不思議と彼女の雰囲気に合っている。取りあえず2人の姿を一言褒める京太郎。

 

「……………………」

 

「で、須賀君これはどうですか?」

 

次に京太郎に試着した水着を見せに来たのは和だった。で、彼女の水着姿を見た京太郎は一瞬その思考をフリーズさせる。

 

「和…… さすがにそれは無いと思うぞ……」

 

「やっぱりダメですか」

 

「いや、当たり前だろ? スクール水着なんて……」

 

そう、和が試着していたのは所謂スクール水着。しかもちょっとサイズの小さいものを着ているらしくどこがとは言わないが零れ落ちそうなほど窮屈であった。

ちなみに和曰く、

 

「胸のサイズに合わせたらほとんどの水着がブカブカになってしまうんです。体に合わせたら合わせたで胸がキツク…… このせいで選択肢が相当制限されるんで困るんですよ……」

 

咲や優希が聞いたら激怒しそうな内容である。久やまこですら微妙な顔をするだろう。取りあえず、京太郎は和に他の水着を選ばせ事なきを得る。選んだのは可愛らしい感じのピンクのビキニとパレオであった。

和の次はまこだったのだが、彼女が試着せずに持ってきた水着を見て盛大に噴き出すことになる。

 

「京太郎~、これなんてどうじゃろう?」

 

「ブフッッ!?!?」

 

まこの持ってきた水着、体の隠すべき場所を覆う布の面積は最小限、その布をつなぐ部分は布と言うのも烏滸がましいくらいの細さ…… むしろ紐と言った方が正しいだろう。そう、所謂スリングショットと言うやつである。普段の彼女からは考えられないチョイスだ。

 

「ん~、どうしたんじゃ? 京太郎」

 

「…………………」

 

ニヤニヤと声を掛けてくるまこの表情を見て自分をからかう心算で持ってきたことを悟った京太郎。眉間にしわを寄せて揉み解しつつ、ため息と一緒にまこに声を掛ける。

 

「染谷先輩…… その水着本気で着てみます? ほとんど裸じゃないっすか。下手すると龍門淵の国広さん以上の痴女に見られますよ?」

 

「ハハハ…… 冗談じゃけぇ、本命はこっちじゃ」

 

そう言って京太郎に見せるのは比較的清楚な印象のあるワンピース、ただし背中側のカットは結構大胆なデザインである。笑顔でその水着を掲げるまこだが、龍門淵の一と比較されたせいなのか少々表情が引きつっている。

 

「じゃあ一寸試着してくるけぇ」

 

「はいはい、待ってますよ」

 

「まぁ、京太郎だけならこのスリングショット姿見せても良いんじゃが……」

 

試着室に入る間際にまこがボソッと呟く。幸い京太郎に聞こえることは無かった。

取りあえず5人ともそれぞれ納得のいく水着を買えて(京太郎に選んでもらったという事実の影響が大きいが)ホクホク顔でご機嫌の様子。一方の京太郎が少々お疲れ気味だったのでコーヒーでも飲んでから『roof-top』に向かおうということになった。

ショッピングモールにあるコーヒーチェーン『Star Bugs Coffee』に向かって歩を進める清澄高校麻雀部の面々。が、途中で地元長野の物産展をやっているのを見つけて誰ともなしに:入ってみようという事になった。ちなみにどうでもいいことであるが『Star Bugs Coffee』のエンブレムは☆の中にGの愛称が有名な昆虫のシルエットが描かれたものだ。

 

「へー…… ずっと信州に住んでるけど、こんな特産品があったなんて知らなかったなぁ」

 

「私は中学に入ってからこっちに来たのでもっと分かりませんよ」

 

そこそこに大きな物産展だったので品揃えも豊富、中には生粋の信州人の咲達が知らない産物もあって地元の奥深さを再認識していた。

 

「ねえねえ、和、こんなものがあったんだけど!」

 

「なんですか部長…… ヒィ! な、何ですかそれぇ!?」

 

「ククク、やっぱり和には刺激が強かったけぇ」

 

何やらウキウキとした声を和に掛ける久、その声に答えつつ和が振り向くが久が持っていたモノを見て小さい悲鳴を上げた。それを見ていたまこも可笑しいといった風に笑っている。

 

「何って、信州名物イナゴの佃煮よ。和食べたことないの?」

 

「のどちゃん、信州に住んでるなら一回は食べた方がいいじぇ」

 

「美味しいよね、他にもハチの子とかサナギとか」

 

「熱々のご飯に結構合うからのォ」

 

咲達の会話を信じられないと言った表情で聞く和。ハチの子は知っている、サナギは聞いたことが無いが話の流れから同じく昆虫(ゲテモノ)の類ではなかろうかと予想を巡らせる和。東京で生を受け、小学生の頃は奈良で過ごした和にとってこんな未知の食品は御免だ、と言うかイナゴの佃煮の瓶を片手にご飯のお供を語るのは華の女子高生がする会話なのだろうかと疑っている。

 

「じゃあこれ買いましょう! 今日のおかずの一品はコレね!!」

 

「賛成!」

 

そう言ってレジにイナゴの瓶を持っていく久。「あれ、これもしかして私もイナゴを食べる流れじゃ……」と場の空気を読んだ和は顔を真っ青にしてカタカタと涙目で震え出す。

そんな清澄姦し娘たちのやり取りをにこやかに見ていた京太郎。そんな彼の視界にフッと一つの缶詰が映る。その缶詰を手に取ってしばし見つめた後、京太郎の顔にニヤリとあくどい笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

ところ変わって大洗学園艦にある女子学園寮のある一室、ここに5人の女子高生たちが揃って晩御飯を食べている。早い話がご飯会と言うやつである、メンバーは西住みほ、武部沙織、五十鈴華、冷泉麻子、秋山優花里…… 要はあんこうチームの面々だ。

 

「ごちそうさま、沙織さんのご飯はやっぱりおいしいね!」

 

「ふふん! そりゃそうよ! 男を落とすためにはまず胃袋から!! 練習は欠かさないんだから!!」

 

「……で、その腕前を披露する男は居るのか? 沙織」

 

「…………居ない」

 

今日の夕飯を用意したのは沙織…… と言うかこのメンツが揃ってご飯会をするときは決まって沙織が作る流れが出来上がっている。何故かと言うと、まず華であるが園芸ハサミ以外の刃物を持った経験がほぼ皆無かつ料理の経験がゼロ、確実に戦力外である。みほは自炊しているので出来ることは出来るのだが、長時間コンビニの商品を眺める趣味が災いして惣菜をコンビニで買う悪癖が付いてしまい凝ったおかずのレシピが壊滅状態。こやつも敢え無く戦力外宣告を受けている。優花里は料理が出来る、しかも本人の小器用な性格ゆえ応用も利くので大いに戦力になりそうな人材である。が、如何せんベクトルがサバイバル方向に極振りされている。キャンプでなら大活躍であるが、ご飯会でのオシャレな料理は期待できそうにないのでこの娘も戦力外。麻子? 彼女の性格を考えると期待するだけ無駄と言うものだ。

以上の理由でご飯会の調理担当はいつも沙織である。みほが美味しかったと褒めると胸を張る彼女、鼻高々に料理上手になった理由まで零してしまい、麻子に突っ込まれて凹んでしまう。

 

「まぁまぁ、女子高ですから殿方と接点が無いので仕方ないですよ」

 

「そうですね…… 私たちの周りにある男っ気と言えば、父親ぐらいしかないですね。あと、最近では須賀殿ぐらいですか……」

 

現状、彼女らの周りには釣り合う年齢の男子が殆どいない。戦車道を履修している彼女たちは短期と言え戦車道の助っ人として京太郎が参加しているのでまだ恵まれている方だ。実際に京太郎が戦車道に参加していると聞いて戦車道を履修すればよかったと悔しがっている大洗生が何人も居るくらいだ。

 

「須賀君と言えば…… みぽりん、どうなのよ? 進展あった?」

 

「ふぇっ?」

 

「あっ、それは私も気になります。西住殿と須賀殿、お似合いだと思います」

 

「ふぇぇぇぇぇええ!?」

 

京太郎が話題に上ったとたんに自分に飛び火してきたことにビックリするみほ。しかし恋愛に奥手…… というか経験値がほぼゼロな彼女である。左舷公園での一件以来、京太郎を見ると胸が少しドキドキするとは感じていたがその感覚が恋であると全く自覚していなかった。

 

「私もそう思います。少なくとも須賀君はお優しいですし、真面目な殿方ですから」

 

「確かに…… お婆が倒れたときに飛行機で送ってくれるくらいには優しいな」

 

華と麻子も話に喰い付いてくる。彼女たちもお年頃の乙女という事だろう。ちょっと性格が捻くれ気味の麻子の言葉に沙織が「もう駄目だよ、そこは素直に優しいって言わないと!」と窘めている様子はまさにお母んといった様子だ。で、肝心のみほの反応はと言うと。

 

「わ、私が須賀君と!? あ、あわわわああわ!!」

 

顔を真っ赤にしてあわわと取り乱し中である。

 

「……みぽりん、その様子見る限り自覚してなかったの?」

 

「……端から見てると思いを寄せておられるのは丸分かりなのですが……」

 

取りあえずみほが落ち着くまで間を空けた4人、落ち着いたみほだが顔は茹蛸のように真っ赤に染まっている。

 

「わ、私が…… す、須賀君を、す、好き……?」

 

「みぽりん、本当に自覚なかったみたいね……」

 

「わ、私! 本当に須賀君が好きなのかな!?」

 

「いや、それは西住さんの心の問題だろ?」

 

「と言いますか…… 最近の須賀殿に対する西住殿の様子を見ていると…… 好きじゃないというのは非常に無理があると思いますが?」

 

「ふぇ?」

 

「そりゃ、みぽりん…… あれだけ戦車道の練習中に須賀君の方をちらちら見てたり……」

 

「今日みたいに須賀君がいらっしゃらないときに溜息をつかれている様子を見てしまうと」

 

「まぁ、一目瞭然だな」

 

「はぅっ!」

 

自分すら自覚していない恋心を友人4人に指摘されるみほ。これがトドメとなり机に突っ伏してしまう。初心な彼女にとっては刺激が強すぎるのか耳まで真っ赤である。

 

「とりあえずみぽりん、須賀君と何があったの!?」

 

「そうですよ! 須賀殿を意識する切掛けとなった何らかのイベントがあったはずです!!」

 

年頃の乙女にとって恋バナは甘いものに匹敵する大好物だ、そんなものを無自覚に沙織たち4人の前へぶら下げていたみほは不用心すぎる。どうぞ弄ってくださいと言わんばかりの行為だ。現に普段は飄々としている麻子までカッツリ喰い付いてきている。

 

「あうあうあうあうあうあう……」

 

「はいはい、みぽりん。キリキリ吐きなさい!」

 

「ハリーハリーハリー」

 

4人の押しに押し切られ、ついに先日の左舷公園での出来事をゲロッたみほ。京太郎がらみの出来事で思いつくのはそれしか無かったからなのだが、沙織たちが求めていたものとドンピシャなのが幸運なのか不運なのか……

洗いざらい吐かせた後の沙織たちはさらに盛り上がっていく。

 

「絶対この出来事が切掛けですね」

 

「と言うか私たちが合流する前にそんなことがあったんだ…… 確かにこれは惚れるわ」

 

「くっ! 不詳、秋山優花里一生の不覚! そんな見ごたえのあるシーンに居合わせなかったとは!」

 

「同意だな」

 

こうなったら生贄の子羊と化したみほに選択肢があろうはずもない。沙織たちの欲望の赴くまま、恋バナの肴にされてしまう未来しかない。

 

「しかし…… 急がないとチョット不味いかもしれませんねぇ」

 

「ゆかりん、どういうこと?」

 

「いえ、須賀殿は戦車道の助っ人としての短期国内留学生です。当然、戦車道全国大会が終われば元の学校に戻るんですよ」

 

「そう言われてみればそうですね…… でも連絡先を聞いておけば遠距離恋愛が出来るのでは?」

 

「それが…… 障害が多そうなんですよ。これを見てください」

 

そう言って優花里が背嚢から取り出したのは先月号の『Weekly 麻雀Today』だ。ちょうど、麻雀インターハイの特集をやっている号で清澄高校のこともそこそこ詳しく書かれている。

 

「麻雀女子団体全国優勝、清澄高校麻雀部…… 部員数6名…… 麻雀の団体戦って確か5人で1チームよね。ってことは、男子は須賀君独りってこと!?」

 

「それに優勝した時の写真が載っていますけど…… 須賀君も一緒に写っていますね」

 

「すごく仲好さそうだな6人だな」

 

「そうです、もし西住殿が遠距離恋愛で須賀殿と親密になろうとしたら…… これがネックになる可能性が高いんです」

 

いったん言葉を切って湯呑をクッと呷る優花里、コトッと湯呑をテーブルに置き一同を見渡す。その眼は限りなく真剣そのものだが、話の内容が内容なのでどことなく滑稽である。

 

「須賀殿が大洗を離れた後だと西住殿が一緒に居れる時間はほぼゼロでしょう。一方の清澄の方々は同じ部活なので毎日長い時間一緒に居る、これは大きなハンディキャップですよ? それに下手すると大洗に来る前にかなり親密な関係を須賀殿と築いている可能性もあります…… いや、確実に築いているでしょう。清澄(むこう)が圧倒的なアドバンテージを握っていると想定しないと確実に負け戦です」

 

優花里の話す予想に険しい表情をする沙織、華、麻子。話を聞いてみてみほが結構厳しい立ち位置にいることが分かったからだ。やっと来た親友の春である。素直に応援してあげたいし、親友の思い人は信頼できる人柄のよく知っている人物、この恋には賛成だ。だが、このままではみほの恋は確実に実らない。お互いの視線を絡ませ合う沙織、優花里、華、麻子、そして無言の意思疎通ができたのか4人同時に軽くうなずく。

 

「みぽりん! ここは積極的に攻めなきゃだめだよ!!」

 

「西住殿! 西住流の本質は正面からの突撃による短期決戦です! ここで西住流の本質を発揮しないで何時発揮するんですか!?」

 

「そうです! 大和撫子はお淑やかが信条ですが、攻める時は攻めないといけません!!」

 

「私たちも応援する、西住さんここは攻めろ!」

 

みほの恋を応援する側は気合十分だ、一方で主役と言うべき応援される側のみほはと言うと。

 

「くきゅー………」

 

事態の展開についていけず目を回していた。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

みほたちが恋バナに花を咲かせている頃、大洗女子学園の生徒会室では杏、桃、柚子の三人が書類を黙々と捌いていた。大洗女学園は学園艦に存在する高校、言い換えれば学園艦が大洗女子学園そのものと言ってもいい。航海の指揮は熟練の航海士と水先人、および学園長がとるがその指揮に従って航行の運用を担うのは船舶科の生徒たちである。さらに学園艦に存在する生活に必要なインフラの運営には商業科をはじめ被服科、水産科、情報科、栄養科、農業科の生徒が携わっている。つまりは学園の生徒達が街の運営の一翼を担っていると言っていい。そして、こういった生徒達を取りまとめる生徒会の権限は陸にある高校の生徒会とは比べ物にならないほど強い。一方でその権限の強さに比例して生徒会役員の業務内容は膨大なモノになっている。

 

「会長、良かったんですか?」

 

「なんだい? かーしま」

 

カリカリと書類にペンを走らせる手を止めずに桃が杏に声を掛ける。

 

「その…… 須賀のことです」

 

その一言を聞いた杏はピタリと動かしていた手を止め桃に視線を絡ませ、無言で続きを促す。

 

「先日の脱衣麻雀ですが…… その…… 会長だけに須賀の隔意が向いてしまうのではないかと……」

 

普段見せる強気の彼女ではなく、本当に杏のことを心配する心優しい少女の表情だ。その心配を受けて杏はにこりと微笑む。

 

「ああ、あれね。まぁ、良いんじゃないの」

 

「しかし、それでは会長ばかりが!」

 

声を荒げる桃に、抑えて抑えてと手で合図を送る杏。とりあえずはそれで桃は大人しくなったが、不満そうな表情を浮かべている。

 

「まぁまぁ、2人ともこれを飲んで落ち着いて」

 

そう言って柚子が温めたカフェオレを3つ持ってきてそれぞれの机の上に置いていく。礼を言いつつ杏はカフェオレに口を付けるが少し熱かったらしくマグカップから直ぐに口を離し、「アチチ……」と舌を出しつつおどけて見せた。

 

「まぁ、かーしまの言いたいことも分かるけど、これで良いんだよ」

 

そう言って少し上等な椅子にギシリと体を預けて、ポツポツと話し出す。

 

「須賀君にも大事なこと…… 麻雀部のことやその仲間がサポートしてくれて、目指す大会があるんだ。それをウチ等は強引に大洗に助っ人に来るように仕向け、清澄の麻雀部にも多大な迷惑をかけた…… 須賀君が大洗に良い感情を持つわけがないし、怒ってるだろうね。その怒りは正当なモノさ」

 

「だけど…… 私は大洗の生徒会長として…… 廃校を阻止するために須賀君を強引に連れてくる必要があった。だけど須賀君には大洗女子学園を…… そこに通う皆のことは嫌いにならないで欲しい…… せっかく来てくれたんだ、愛する学園を好きになってほしいからね」

 

「すっごく都合の良いこと言っている自覚はあるさ。だけど、それを成す方法がたった一つだけあった……」

 

そう言って少し冷めたカフェオレで喉を潤す杏。

 

「須賀君の怒り…… それを会長ただ一人に向ける。そうですね?」

 

「その通りだよ、小山。そうすれば少なくとも須賀君の隔意が学園や生徒のみんなに向わずに済む。この間の脱衣麻雀もああいう仕向け方をすれば須賀君のヘイトは私だけに向くだろうからね」

 

「会長! 確かにそうかもしれませんが、それでは会長があまりにも……っ!」

 

「かーしま、私は大洗の廃校を阻止するためには悪魔とすら手を組むって誓ったんだ。今更、私個人の評判が地の底に墜ちようがどうってことないね」

 

そう言って窓から夜空を見つめる杏。その顔に浮かぶのは少しさみしそうで、いつもの自信に満ちた彼女らしからぬ表情だった。

 




今回は京太郎が里帰りしている時を書いてみました。
如何でしたでしょうか?

あと、会長があくどいなと言う指摘を頂いたので少しフォローも入れてみました。
確かにあくどい手を使う策士ですが、杏ちゃん、根はいい子なんですよ。
さて、チキチキ京太郎争奪戦に大きく出遅れたみほは一体どうなるのか……
今後とも本作をよろしくおねがいいたします。

感想、評価等いただければ非常にうれしいです。
作者のモチベーション維持のためにも一言でもいただければありがたいです。

ではまた次作でお会いしましょう!


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6話 ―新戦車・ルノーを発見せよ―

本当にお久しぶりです
リアルが忙しくてかなり遅くなりましたが、6話の投稿です
プラウダ戦まで行くかな? と思ってましたが、行けませんでした……

そして今回、京ちゃんのお友達が少し友情出演します
一体誰なんだろうか……?
そういったネタが苦手な方はブラウザバックをお願いします



「今回から新しいチームが参加するから、皆よろしく~」

 

プラウダ高校との準決勝までもう何日もない、そんな日の午後のことである。練習開始前に戦車道専用のガレージ兼大倉庫の中で突然仲間が増えると告げる杏。寝耳に水の情報に生徒会の桃と柚子を除く戦車道履修者一同がポカーンと呆けている。

 

「あー…… 会長、いったい誰が新たに入られるのでありますか?」

 

いち早く復活した優花里、取りあえず誰が参加するのか聞いてみる。

 

「うーん…… みんなよく知ってる顔ぶれだと思うよ。まあ見た方が早いか。それじゃ入ってきて」

 

 杏がそう声を掛けて、3つの人影が入ってくる。同じようなおかっぱの髪形に似たような顔立ちで同じ背丈の少女達。正直、初見では3人を見分けるのは困難だろう。実際、京太郎は「三つ子? いや、クローンか? イヤイヤ、良く似せて作られたこけしと言う線もあるな……」と相当失礼なことをブツブツと呟いている。よく見れば顔は似ているようで似ていないため、慣れれば間違えることは無いと思われるが「初めまして」の京太郎には少し厳しい。

 まぁ、馴染のないのは京太郎だけで、他の面々はその顔を良く知っている。

 

 「本日から戦車道に参加する三年生の園みどり子よ」

 

 「同じく本日から参加します二年生の後藤モヨ子です」

 

 「……二年生、金春希美」

 

 「なんだ…… そど子、ゴモヨ、パゾ美の風紀委員三羽烏か」

 

新入りの自己紹介が終わると同時に麻子がボソッと言葉を零す。と言うか2年生なのに3年生のみどり子に対して「そど子」と渾名呼び、普通は出来ないことだし褒められたことではない。

 

「ちょっと! 冷泉さん! そど子なんて呼び方しないで!! それと三羽烏なんて纏めないで!!」

 

案の定、麻子に上級生のそど子が喰ってかかる、もっとも当の麻子は飄々としていて柳に風暖簾に腕押しだ。そんな2人の様子を苦笑しつつゴモヨとパゾ美が見守る。

 

「……秋山先輩、あの御三方は一体誰なんです? 皆良く知ってるといわれても俺はピンと来ないんですが……」

 

この中で唯一面識のない京太郎が優花里に尋ねる。聞かれた瞬間は「えっ?」という表情をした優花里だったが、京太郎が最近来たばっかりであること、そして京太郎が来てから今まで三人の顔をよく見る機会である朝の校門での風紀チェックが無かったことを思い出し納得した表情を浮かべる。

 

「そうでしたね、須賀殿は今までお会いする機会が無かったですね」

 

そう言いつつ優花里は風紀委員三羽烏の説明を始める。

 

「まず、勝気そうなおかっぱの人が園みどり子さん。気の弱そうなおかっぱの人が後藤モヨ子さん。少し影の薄そうなおかっぱの人が金春希美さん。3人とも風紀委員のメンバーです」

 

「良く校門前で登校時の風紀チェックをしているので今後よく見かけると思います。ここで仲良くなっておくといいかもしれませんね」

 

「なるほどねぇ…… じゃあ、ちょっと挨拶して来ます」

 

優花里の説明を聞いて大体名前と外見を一致させた京太郎。優花里の言う通り風紀委員のメンバーなら仲良くなっておけば色々融通が利くだろうと考えた彼は、優花里に一言断って三羽烏に挨拶しに移動する。

 

「園みどり子先輩、後藤モヨ子先輩、金春希美先輩。初めましてですね。清澄高校から短期留学で来ました須賀京太郎です。よろしくお願いします」

 

そど子が麻子に突っかかってガミガミ言っているところに、声を掛ける京太郎。悪印象を持たれないようにきちんと敬語を使いつつ、丁寧に初めましての挨拶をする。突然、男子の声がかかったのでビクッと身を一瞬すくませるゴモヨとパゾ美だが……

 

「初めまして、後藤ヨモ子です」

 

「金春希美、初めまして……」

 

ただの挨拶と言うことが分かると直にあいさつを返してくれた。そしてそど子はと言うと……

 

「……あなたが噂の大洗に潜り込んだ男子ね。女の園に何が目的で入り込んだのかは分からないけど、私の目が黒いうちは風紀を乱すような行為を一切見逃すことは無いから覚悟しなさい。それが分かったら淫らな行為は一切しないこt…… ムグゥ!!」

 

強烈なカウンターパンチが返ってきた。

京太郎の表情は思いっきり引き攣る。そりゃ丁寧に初対面の挨拶をしたら帰ってきたのが罵倒ならそれも仕方ない。周りの空気も凍り付いている。特に哀れなのが生徒会のメンツだろう。京太郎には無理無茶を言って態々大洗に来てもらっているのに、風紀委員と言う役職持ちが京太郎への人格攻撃とすら捉えられかねない暴言を吐いたのだ。現に大慌てで桃がそど子の口を塞ぎにかかったし、柚子は一目で分かるくらいオロオロしていて、杏は彼女にしては珍しくヤバイっといった表情を浮かべて頭を抱えていた。

 

「……角谷会長…… これ、俺、今ここで清澄に帰っても許されますよね……?」

 

ギギギっと油が切れた機械のようにぎこちなく杏の方を振り返って、京太郎が一言いう。これには流石の杏も慌てた。当然だろう。全国大会の1回戦も2回戦も京太郎に派手で目立つ功績は無かったが、彼抜きでは負けていたかもしれない……

そう思わせるほどには京太郎は大洗戦車道チームになくてはならない人材になっていた。特に、1回戦での通信傍受を察知、それを逆手に取る作戦の立案、追い詰められた時の士気を鼓舞した功績は大きい。それに女所帯の中での黒一点、メンバーは唯一の異性である京太郎に良いところを見せようと無意識で張り切っていたりするのだ。

 

「ま、まって須賀君!! 今の件は生徒会として正式に謝罪するから!! ちょっと待って!!」

 

まだ皆に打ち明けていないが戦車道の全国大会の成績に学校の存続がかかっているのだ。ここで京太郎に抜けられてしまえばメンバーの士気もモチベーションもダダ下がり、おまけに様々な面で有能な人材が居なくなるという大きすぎるマイナスが生じてしまう。その結果、元々少なかった大洗の存続の可能性がさらに低くなる、杏が必死に引き留めにかかるのも無理は無かった。

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

 

「……………さっきの発言は取り消すし、謝るわ………… ごめんなさい」

 

杏が必死に京太郎を宥めている間に、桃がそど子の口を塞ぎながら物陰へ連行。そして廃校の件は伏せつつ京太郎が大洗に来た経緯を柚子が説明した。凡その事情を理解したそど子。    バツの悪い表情をしつつも京太郎に発言の取り消しと謝罪をする。今回の一件は彼女の真面目さと風紀委員としての責任感が空回りした結果だ。京太郎としては謝ってもらえれば特にこれ以上騒ぎ立てる心算はない。

 

「まぁ、謝ってもらえればそれでいいですよ」

 

それどころか柚子がそど子に説明している僅かの間に、メンバーから彼女の人となりを聞き出し、事情を呑み込んでいたのでここが手の打ちどころと思っていた。

 

「……まぁ、誤解が解けて良かったよ……」

 

あからさまにホッとした様子の杏、柚子、桃。

 

「新しいメンバーが入ったのは良いんですが…… 肝心の戦車はどうするのでありますか?」

 

取りあえずゴタゴタがひと段落したので、優花里が思っていた疑問を口にする。現在大洗が所有する戦車は5両。乗員が不足している戦車もあるのだが、3人の新入り全員分の空きは流石に無かった。

なら、どうする? 杏のはじき出した回答はいたってシンプルだが無茶でもあった。

 

「それなんだけどね…… この前、五十鈴ちゃんにも手伝ってもらって書類を整理してた時に見つけたんだよ。他に戦車があるみたいだねぇ」

 

その杏の言葉を聞いてどよめく一同。

 

「探そうか? 戦車」

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

「全く…… いくら戦車はデカくて目立つからって、空から探せとはなぁ……」

 

蒼空に快調な誉のエンジン音が響く中で京太郎がぼやく。文句を言いながらも操縦桿とフットバーの感触にはいつも以上に気を配りエンジン出力を時折微調整しながら紫電改を飛行させる。

 

「それに茂みや森の中とかだと見つけられないんだけどなぁ……」

 

時折、機体を右へ左へとバンクさせる。戦闘機は左右上方の視界は良いのだが、下の方は別で、特に前下方の視界はほぼ最悪と言っていい。地上を偵察しようと思うと機体をバンクさせないと殆ど見えない。おまけに地上偵察では出来るだけ速度を落とさなければならない。当然対気速度は失速ギリギリ、結構ストレスの溜まる飛行だ。で、何故京太郎が不向きな戦闘機で偵察飛行をしているかと言うと、杏が新しい戦車を探すと宣言した時までさかのぼる。大きいとはいえどこにあるか分からない戦車を求めて広い学園艦の中を探すのだ、当然手分けして探した方がいい。この時、みほが京太郎に恋心を寄せていると知っている沙織、優花里、華、麻子の4人は京太郎とみほを同じチームにしようと画策するが、思わぬところから横やりが入る。

 

「甲板は須賀君に空から探してもらったら効率いいんじゃないですか?」

 

思い付きであやが言ったのだ。大洗学園艦は数ある学園艦の中では小型と言えど全長7.1 km、全幅1.1 kmを誇る超超弩級船舶である。甲板上を探すだけでも相当な苦労だ。

だが、ヒコーキなら高速で移動でき、高い視点から俯瞰的に探すことが可能、ナイスアイディアである。当然、反対意見など沙織たち以外から出るはずもない。その沙織達も大野案の合理性の高さと周りの空気から反対を言い出せずにいたが……

発案者のあやが生徒会からお褒めの称賛を受けると同時に、『みほ京太郎ラブラブ作戦』の第一段階を実行しようとして妨害された四馬鹿から突き刺すような非難の目線を一身に浴びてたじろぐ一幕もあったのはご愛敬である。

 

「こんな廃校舎みたいなところもあるんだな……」

 

虱潰しに上空から戦車探索をしていると、かつての部室棟で今は全く使われていない建物の上空に差し掛かった。「結構荒れてるなぁ」と思ってみていると見覚えのある人影がちらほら見えたので双眼鏡を取り出し見てみると、人影はみほとバレー部のメンツだった。そして何か思いついたのかニヤっと笑って進路をみほ達の頭上の空域へ向ける。

 

丁度その時、みほと麻子、バレー部の四人は戦車を探して草が茫々と生えて荒れた旧部室棟の周りを歩いていた。

 

「戦車だから直に見つかりますよね」

 

「だと思うけど……」

 

「手がかりはないのか?」

 

「冷泉先輩、刑事みたい!」

 

「それが、部室が昔と移動したみたいで…… 良く分からないんだって」

 

「まぁ、とりあえず部室の中を探してみようか」

 

麻子がそう提案してすぐ、彼女たちの耳に唸るようなエンジンが聞こえてきた。

 

「え、エンジン音!?」

 

「やっぱりこの近くに戦車が!?」

 

「嘘!?」

 

「馬鹿者、よく聞いてみろ。この音は星形エンジンの『誉』の音だ。つまり……」

 

突如聞こえてきたエンジン音に、すわ戦車かと慌てて周囲をキョロキョロト見渡し始めるみほとバレー部の5人。よく考えてみれば、まだ見つかってもいない放置された戦車からエンジン音が聞こえるなどおかしいにも程があるのだが、慌てている彼女らにそんな理屈は通用しない。一方の麻子は冷静で音でエンジンの種類を判別すると空を指差す。

 

「須賀の紫電改だ」

 

麻子の指差した先には、こちらに向かって飛んでくる単発低翼のレシプロ戦闘機。スロットルを開けたのかエンジン音はより力強く、尚且つアプローチ速度も速くなっているようだ。

 

「須賀君だ! おーい!!」

 

そのままヒコーキはロールを打ちながらみほ達の頭上をフライパスする。主翼と垂直水平尾翼の先端半分を濃いブルーに染めたグレーの機体、垂直尾翼に描かれた清澄と大洗の校章とパーソナルマークの「首輪に繋がった鎖を噛み千切らんとする赤い番犬」、そして機体番号の「VL032」。間違いなく京太郎の機体だ。

その後、インメルマンターンで高度を稼いだ機体は横倒の8文字を空に描くキューバンエイトやスプリットS、バレルロールなどのアクロバットを次々に披露していく。どうやら機上の京太郎、速度を抑えた飛行で相当ストレスが溜まっていたらしく、ここぞとばかりにアクロバットで発散しているらしい。

 

「うわー! 凄―い!!」

 

いきなり始まった頭上での曲芸飛行に大興奮のみほ達。ここまで間近でアクロバットを見たことなどなかったのでその迫力に当てられたようだ。ひとしきりマニューバを披露し終わったのか今度は彼女たちの頭上をグルグル旋回しだす紫電改。そんな紫電改に思いっきり手を振るみほ達。と、その時、紫電改から紅白の長い布付きのオレンジ色に塗られた筒のような何かが落とされる。

 

「通信筒だ!!」

 

そう叫ぶ典子、戦車探しを始める前に京太郎からヒコーキからの通信手段についてのレクチャーがあったので、すぐに投下されたのが文書通信に使われる通信筒だと分かった。

数秒で地面に到着する通信筒、京太郎の紫電改は通信筒を投下するとそのまま何処かへ飛んで行ってしまう。あわててみほ達は通信筒の落下地点に駆け寄り、その皮製の筒を手に取る。

 

「冷泉先輩! 須賀君は何て!?」

 

「まぁ、慌てるな。中に通信文が入っているからな」

 

あけびの催促をマイペースに流し、通信筒を開けて中の通信文を確認する麻子。

 

「じゃあ、読むぞ。『コノ付近ノ上空カラ見エル場所ニ戦車ノ姿ハ見エズ。上空カラ見エナイ場所ヲ重点的ニ探サレタシ』だと」

 

「流石にヒコーキですね。これで私たちが探さなきゃいけない場所は大分絞り込まれましたね」

 

通信文の内容を聞いた忍はこれで捜索範囲が一気に絞りこまれたと喜ぶ。一方のみほは通信筒の落下地点であるものを見つけて一瞬呆けてしまった。

 

「? どうかしたのか? 西住さん」

 

「これって……」

 

そう言いながらすぐ傍にある何故か干されていた洗濯物を指さすみほ。いや、正確には洗濯物ではなく、彼女が指さしたのはそれが干されていた物干し竿だ。

 

「これって…… 戦車の砲身だよね……」

 

「ええええええええっ!?」

 

どうやら京太郎が投下した通信筒、偶然にも物干し竿として使われていた戦車の主砲砲身のすぐそばに落下したようである。

さて、知らず知らずのうちに通信筒を戦車の主砲身の傍に落とすというファインプレーをかました京太郎、紫電改の機首を学園艦の甲板の上にある森林エリアの方へ向けていた。

 

「それにしても、ここって船の上だよな? なんで森とか沼とかあるんだよ……」

 

機体を左に傾けて地上を窺いつつ、独りごちる京太郎。

 

「それにしてもやっぱり空から地上を偵察するのって大変だな…… 自動車くらいの大きさの物がゴマ粒に見えるぞ。戦争で襲撃機や急降下爆撃機の誤爆が多かった理由が良く分かるぜ」

 

京太郎が飛んでいるのは戦場の空ではなく平和な学園艦の空。当然、対空砲火なんぞ撃ってくる訳はないので戦時中の偵察機に比べかなりの低空を低速で飛んでいる。それでも安全マージンを十分に取って飛行高度は100 – 200 mといったところ、この高さだと戦車サイズのモノでも見分けるのは中々に難しい。時折、操縦桿を太腿で挟み双眼鏡で地上を見るが戦車らしきものは発見できない。

 

「この周辺は木で覆い隠されてるな…… 地上の皆に此処の捜索は任せて別のエリアへ向かうか…… ん?」

 

次の空域に移って捜索を続行しようかと思い始めた京太郎の視線に何か引っかかるものが映り込んだ。正体を確認するため機体を緩降下させ地面スレスレまで高度を下げる。

 

「おいおいおいおい…… マジかよ…… マジで戦車があったぜ」

 

京太郎の双眸にはハッキリと沼に嵌まり込んだ戦車が映った、それも結構大きな戦車が。すぐに太腿にベルトで固定するバインダーに挟んである地図で発見位置を確認すると、無線機のスイッチを入れる。

 

『大洗HQ、大洗HQ、This is Cipher(サイファー)。グリッド座標4-Jにおいて戦車を発見。沼に嵌まっているため移動には重機が必要と思われる。Over!』

 

『こちら大洗HQ、サイファーお手柄だね。取りあえず近くに居る秋山ちゃん達を向かわせるから上空で待機してくれる? 燃料の残量は大丈夫かな? オーバー』

 

『大洗HQ。This is Cipher, Roger. 燃料にはまだ余裕がある。目印の発煙弾の支援は必要か否か? Over!』

 

『こちら大洗HQ。サイファー、発煙弾の支援を要請する。オーバー』

 

『Cipher, Roger.』

 

無線機のスイッチを切ると、すぐにスロットルを全開にする。大量の燃料混合気を供給された誉エンジンはその回転数をと出力を大きく上昇させ機体を更に前へ前へと引っ張る。十分に加速したところで操縦桿を引きインメルマンターンで高度を稼ぐ。そして武装の安全装置を解除する。

 

「安全装置、解除…… Target in sight…… 投下!」

 

戦車のある場所に向かってエアブレーキを展開しつつ緩降下でアプローチを掛けていく、そして高度が一定以下になると操縦席左側に備え付けられた爆弾投下スイッチを押し込んだ。翼に吊り下げられていた発煙弾が切り離され放物線を描きながら狙い通りの場所に着弾し、夥しい量の赤色の煙を吐き出し始める。

 

「あそこです! 須賀殿が戦車を見つけたという場所は!!」

 

赤い煙は物凄く目立つ、当然、生徒会からの指令を受け取った優花里たちはすぐに煙を発見し現場に急行する。

 

「見つかりました! ルノーB1bisです!!」

 

現場に到着した優花里、エルヴィン、カエサル、左衛門佐、おりょうの目に映ったのは沼に半分嵌まり込んだフランス製の重戦車だった。

 

「流石はモントゴメリー」

 

「あの…… それはちょっと……」

 

「ではグデーリアンではどうかな?」

 

B1bisの発見に目をキラキラと輝かせる優花里、そんな彼女に左衛門佐がソウルネームを贈り呼んだ。そのソウルネームは英陸軍の名将の名前だったのだが、当の本人は少し不満気だ。それを見たエルヴィンが独陸軍の戦車戦の名将の名前を優花里のソウルネームとして提案する。戦車戦の名将が由来のソウルネームだ、当然、優花里は大喜びする。

 

「……はっ 取りあえず生徒会に戦車確認の連絡を入れましょう」

 

ソウルネームをつけてもらって浮かれ気味の優花里だったが自分たちの成すべきことを思い出してエルヴィン達に携帯で連絡を取る様に指示、エルヴィンも頷いて携帯を取り出し生徒会の番号を呼び出して連絡を始める。

 

「はい、はい、ではそのように」

 

携帯を耳に当て、生徒会とやり取りをするエルヴィン、自動車部が戦車を回収するために必要な正確な位置や戦車の車種が分かったので生徒会はエルヴィン達に戻るように指示を出す。そして支持通り優花里たちは校舎に戻っていった。

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

「ふぅ、次はエンジンだな」

 

戦車道履修者に開放された倉庫の一角でオイル塗れになっている京太郎、新しい戦車探しで飛ばした愛機の整備中である。

 

「フフフ…… やっぱり何回見ても誉エンジンは美しいな」

 

今回のフライトでは長時間の高出力運転を行っていなかったのでエンジンを降ろした本格的な整備などではなく、機首にエンジンを取り付けたまま行う簡易整備を行っていた。それでも点検個所はそこそこあるのだが京太郎はそれを手際よく終わらせていく。

 

「須賀殿! おられますか~?」

 

愛機の整備と言う至福の時間を過ごしていた京太郎に声が掛けられる。大洗女子学園一の戦車マニアの優花里の声だ。

 

「あれ、秋山先輩、どうしたんですかこんな所に?」

 

「いや、今日大活躍だった須賀殿が何をしているか気になりまして、あんこうチームみんなで様子を見に来たんですよ」

 

後ろをチラッと見ながら優花里がそう言う。確かにそこにはみほ、沙織、華、麻子の姿があった。

 

「うわ! これがヒコーキのエンジンなんだ! 初めて見た!!」

 

「戦車のエンジンとは全然形が違いますね」

 

「凄い、おっきい」

 

「これは現代版の『誉』か?」

 

整備のためエンジンカウルが外されているのでエンジン本体がむき出しになっている。戦車のそれとはまったく異なるフォルムを持つ星形のそれを見てみほ達は思わず息を呑む。流石の麻子はそれだけで終わらず、エンジンの種類を聞いてきた。

 

「ええ、そうですよ。これは富士重工製の『NK9-20-C』、通称『誉2000シリーズ』とか『ミレニアム誉』と呼ばれる世界に誇れる傑作エンジンです!」

 

「『誉2000シリーズ』?」

 

「2000年代にフルモデルチェンジして生産された『誉』系列のエンジンのことです。こいつはC型なので2回目のマイナーチェンジモデルですね。『誉2000シリーズ』の中でも最高傑作と名高い名エンジンですよ! 見てくださいこの形状、惚れ惚れしますよねぇ」

 

そう言いながら恍惚とした表情で剥き出しのエンジンシリンダーに頬擦りし始める。傍から見ればドン引く奇行なのだが、あんこうチームの面々は秋山優花里という同レベルの変態を見慣れているので苦笑いを浮かべるだけだ。ちなみに、みほも同じ性癖の気があるので内心同意していたのは内緒だ。

 

「原型は戦時中の『誉』のままなのか?」

 

「まぁ、あながち間違いではないですが…… 原設計は1940年の『NK9』なのでベースの冶金技術や工作技術が段違い、なので1940年のモノと比べると大分かけ離れた代物ですね。ただ基本的には改良型なので、ある程度の互換性は確保してあります」

 

「1940年って…… 100年近く前のエンジンを今でも作ってるの!?」

 

カチャカチャとエンジンを弄りながら麻子と会話していた京太郎。その内容を聞いて沙織が素っ頓狂な声を上げた。

 

「五月蠅いぞ、沙織。私たちの乗っている戦車のエンジンだって似たようなモノだろうが」

 

「そりゃそうだけど、まだ作られてるんでしょ! ビックリだよ!!」

 

大声を上げた沙織を麻子が窘める。苦笑を浮かべて京太郎はその様子を眺めている。

 

「まぁ、中古機や再生産機、レストア機用にかなり需要があるんです。規格さえ合えば元々は違うエンジンを載せていた機体にも載せることがあります。特に現代版『誉』は戦中版と違って信頼性、整備性、汎用性、スペックが同クラスの他社エンジンと比べ物にならないくらい高くて海外でも非常に人気があるんですよ。業者が常に買い漁っているのでいつも品薄です」

 

京太郎の説明を「へー」っと言いながら聞き入るみほ達。

 

「ところで何の用事でここに来たんですか?」

 

「ああっ、そうでした! 本来の目的を忘れていました!!」

 

「……おい」

 

あきれ顔でジト目を優花里に向ける京太郎。流石の彼女もタジタジになったので代わりに華が要件を切り出した。

 

「この後、あんこうチ―ムの皆さんでご飯会をするのですが、須賀君をお誘いしようと思いまして」

 

そう、この後にあんこうチ―ム恒例のご飯会があるのだ。で、なかなか煮え切らないみほの背中を押す為に京太郎をご飯会に招待しようと言う流れである。発案者は沙織、その思惑の中にはモテる為に男子の手料理に対する反応のデータが欲しいと言う魂胆も見え隠れするのだが、気づいてもスルーする優しさがあんこうチームのメンバーにはあった。

この提案に一番慌てたのはみほである。何せ会場は自分の部屋、今まで男っ気の全くなかったみほにとって異性を自分の部屋に上げるというのは些かハードルが高い。もっとも、沙織、華、優花里の三人に押し切られて首を縦に振らされたのだが……

 

「あー…… すいません、この後予定が入ってまして…… せっかくのお誘いなんですが……」

 

で、招待に対する京太郎の返答はお断りであった。どうやら先約が入っているらしく歯切れは悪かったがほぼノータイムの返事だ。

 

「えー、そんなー」

 

「はぁ…… そうですか」

 

「もしよろしければでいいのですが、どのような用事でありますか?」

 

あからさまに落胆した表情の沙織に、残念そうな華、優花里は丁寧な口調ながらもちょっと突っ込んだところまで聞いてきた。

 

「この後、雀荘に行くんですよ。大洗に来て知り合った人達が居まして、その人達麻雀が物凄く強いんですね。で、特訓をつけてくれることに成りまして、今日がその日なんです」

 

用事と言っても何のことは無い、大洗の雀荘での武者修行である。まぁ、わざわざ特訓に付き合ってくれる人が居るのだから予定を変えるわけにはいかないだろう。それに京太郎は現役麻雀部員、本業を疎かにできるはずはない。大事な新人戦が近々あるとなればなおさらだ。

 

「うーん…… どうしますか? 流石にこれは無理に来てくださいとは言えませんよ?」

 

「予想外だよ……」

 

「おい華、まだ食材は買ってないよな?」

 

「はい? ええ、帰りに買って帰る予定でしたから……」

 

「なら、予定変更だ。ご飯会は取りやめて外食にしよう。それなら須賀に付いて雀荘に行った後でも大丈夫だろ? ついでに須賀をご飯に誘えるからな」

 

「おお! 流石大洗の才女、冷泉殿です!」

 

「確かにそれなら行ける! 流石は麻子! ナイスアイディア!」

 

「流石は冷泉さんです!」

 

京太郎の返事を聞いて円陣を組んでヒソヒソ話を始める沙織、華、優花里、麻子の4人。京太郎とみほは置いてきぼりである。で、4人の密談でこの後の予定がどんどん組み替えられていく。

 

「では須賀殿! 我々も雀荘にご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「えっ!? ま、まぁ、別にいいですけど…… 楽しいものじゃないですよ?」

 

優花里たちの唐突な予定変更に戸惑う京太郎、まぁ雀荘に付いて来られても京太郎にとって不都合なことはほとんど無いのでOKを出した。

 

「じゃあエンジンを仕上げて、軽くシャワーを浴びてくるのでしばらく待っていてください」

 

そう言って残りの整備を手早くこなし、シャワーで油汚れを落としてから再びあんこうチームと合流した。整備の時間はともかく、シャワーの時間が僅か十数分と余りの速さに沙織が吃驚する。まぁ、男子のシャワー時間などそんなものだろう。学校から雀荘までの道のりを歩く6人、もうすでに日は落ちて辺りは暗くなっていた。

 

「須賀さん、雀荘というのは遠いのですか?」

 

「いえ、もう着きますよ。ほら、あそこです」

 

そう言って華の問いかけに答える京太郎、彼の指さす先に『雀荘 福本』の看板がかかった建物が見えてくる。見た目は普通の平屋、看板が無ければ民家と思ってスルーしてしまうだろう。

 

「へー、こんなところに雀荘があったんですねぇ」

 

「まぁ、取りあえず入りましょう。先輩方」

 

京太郎は慣れた手つきで入口の扉を開けて中に入る。その様子だけでもここに通い詰めていることが良く分かる。彼について入店していくみほ達は初めて入る雀荘に少し緊張している。中も至って普通の雀荘だ、かなりの数がある卓を老若男女が囲み、皆楽しそうに麻雀を打っている。

 

「へー、雀荘の中ってこんな感じなんだ」

 

キョロキョロと物珍し気にあたりを見渡す沙織、そんな彼女に構わず京太郎は目的の卓に迷わず歩いていく。

 

「すいません、お待たせしました」

 

「ククククク……」

 

「ようやくメンツが揃ったな、早速打つか」

 

「そんなに待っていませんよ、須賀君。まぁ、まずは座ったらどうですか?」

 

「ありがとうございます、傀さん。アカギさん、哲也さん、今日もよろしくお願いします」

 

既に卓には、顎のとがった白髪の初老の男性、黒髪に黒シャツの青年、癖の強い黒髪でどこかニヒルな笑みを浮かべた男性が着いている。この3人が、大洗での京太郎の師匠である。空いた一席に座る京太郎。京太郎が据わると同時に、雀卓のボタンが押されて全自動卓が牌をセットする。

 

「さて、今日こそは…… って、あれ? 傀さん、今日は「御無礼」って言わないんですね?」

 

「フフフ……」

 

「まぁ、京ちゃん、さっさと始めよう。時間がもったいないんだろ?」

 

「はい!」

 

こうして京太郎の第一打で赤木、阿佐田、傀の3名による京太郎の麻雀レッスンが始まった。ついてきたみほ達は京太郎の師匠ともいうべき人物のキャラの異常な濃さに言葉がでず、茫然と成り行きを見るだけだった。

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

「もー、凄い雰囲気の人達が居て驚いたよ」

 

「ははは、でも良い人達だったでしょ?」

 

「そりゃまぁ、見た目とは違っていい人たちだったけど……」

 

雀荘を出てから近くのファミレスに入った京太郎たち、ちょっと遅めの夕食を摂りつつ雀荘での話題に花を咲かせている。ちなみにこのファミレス、安くて(量が)多くて旨いと学生にとっては大変に嬉しい店で大洗生御用達である。

 

「凄く実力のある方たちなのでしょう? 初心者の私達にもすごく分かりやすく教えてくださいましたし」

 

京太郎へのレッスンが一通り終わったあと、赤木から「フフフ…… 嬢ちゃんたちもちょっと打ってみるか?」と、思いもよらない提案があった。で、みほ達はその言葉に甘えて京太郎と同じ卓につき、後ろに控えた赤木、阿佐田、傀からアドバイスをもらいながら麻雀を打った。

 

「まぁ、あれも俺へのレッスンの一環だったんでしょうね。あの人たちはホントに無駄なことはしないですから……」

 

そう言いながら店一押しの看板メニュである600gの爆弾ハンバーグ定食ライス大盛り、税込み650円を食べながら話す京太郎。ちなみに、みほはビーフシチュー、沙織はオムライス、優花里はミックスフライ定食、麻子はミートドリアである。華は京太郎と同じオーダー、正直言って本当に女子高生かと疑わんばかりの食欲だ。

 

「あっ、須賀君飲み物なくなってるよ。入れてきてあげるね。」

 

「あっ、流石に先輩にそこまでさせるのはチョット……」

 

「いーのいーの! 気遣いの出来る女はモテるって雑誌に書いてあったからね~ で何がいい?」

 

そう言って京太郎のグラスを持ってドリンクサーバーのところへ歩いていく沙織、京太郎はその背中に「じゃ、じゃあオレンジジュースで……」と声を掛けるのが精いっぱいだった。

 

「……それにしても武部先輩って、あの面倒見の良さ…… 同年代の女子と言うよりはお母んって感じですよね。あと恋をしたいんじゃなくて、恋に恋したいんじゃないですか? あれ」

 

「須賀もそう思うか?」

 

「恋に恋するとはまた言い得て妙ですねぇ」

 

鼻歌を歌って上機嫌にグラスにジュースを注ぐ沙織を横目で見つつ、ヒソヒソと彼女のことを話す京太郎と麻子と優花里。その内容を聞いて華とみほは苦笑いしつつも心の中で大いに賛同したのは言うまでもなかった。

 




はい、今回の投下は以上になります
京ちゃんのお友達はアカギ・傀・哲也の他麻雀漫画のお三方でした

誤字脱字等あれば報告お願いします
あと、感想などいただけるとすごく励みになりますのでどんどん書いてください、よろしくです!

次こそプラウダ戦に行きます
ではまた次回お会いしましょう!


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7話 ―吹雪と戦車と恋と想い―

本当に遅くなり申し訳ありません。
色々事情とモチベーションの低下が重なった結果遅れに遅れました……

今回はプラウダ戦です。
活動報告にも書きました通り、長くなるので前編と後篇に分けました。
それではご笑納ください。


「ロン、面前清一色一盃口ドラドラ、16000です」

 

「あちゃー…… うかつじゃった、振り込んでしもうたか……」

 

まこが河に捨てた一筒で和がアガリを宣言し、手牌をパタッと倒す。点数は8翻で倍満の大物手、この局でまこの点数は空になり対局が終了した。

 

「まこー、今の振り込み、ちょっと迂闊すぎなかった?」

 

「そりゃそうじゃが…… この勝負手じゃけェ、仕方ないわ……」

 

先ほどの振り込み手に対する久の窘める声に渋い顔で答えるまこ、彼女は久に自分の手を示して見せる。彼女の言う通り確かに勝負を仕掛けるべき手だった。

 

「あー…… 緑一色一向聴、確かに仕方ないかもね……」

 

「じゃろ?」

 

和に直撃を貰う直前のまこの順位は4位、しかも南3局で自分の親番は流れた後である。ちまちま小物手でアガっていては上位など全く望めない、ここで一発逆転を狙うしかなかったのだ。

 

「んんーーー…… 早朝から打ち続けたから体が硬い……」

 

椅子に座りながら大きく伸びをする咲。今日は祝日と言うこともあり朝早くから麻雀の練習三昧と洒落込んだ清澄高校麻雀部、もうかれこれ4時間はぶっ続けで打ち続けている。現在時刻は11時半、朝の苦手な咲は少し眠そうだ。

 

「それじゃ、ここらへんで休憩でもしましょう。和、お茶でも入れてくれる?」

 

「分かりました。あっ、テレビをつけてもいいですか?」

 

そう断りを入れてリモコンで部室の一角にあるテレビのスイッチを入れる。

 

『……突出した大洗女子学園をうまくプラウダ高校が待ち伏せましたが、解説の石動一尉、今後の試合展開はどうなりますか?』

 

『流石は昨年の優勝校のプラウダ学園ですね、一気に試合の主導権を握りました。現状、大洗女子の取れる選択肢は限りなく少ないですね……』

 

画面が映し出されると同時にスピーカーから砲撃音が流れ、続いて雪原を爆走する戦車が映し出された。右下にワイプが出ていて、女性アナウンサーと陸上自衛隊の制服を着た解説員が映っている。

 

「あっ! これ京太郎が出てる試合だじぇ!?」

 

「ええっ! そう言えばプラウダ高校対大洗女子学園って出てる……」

 

京太郎が出場している試合と分かるとズズィと画面に被り寄る咲、和、優希の一年生トリオ。そんな彼女らを年上の余裕と言うかなんというか、苦笑しつつ見つめるまこと久。戦車道の試合の方に気を取られ、お茶汲みのことがすっかり頭の中から抜けた和に代わり、まこが「よっこいしょ」と腰を上げてお茶を淹れに向かう。そんな間にも試合は新たな展開を迎えていく。

 

『おおっと! プラウダ高校、大洗女子学園を完全に包囲しました! 大洗女子は廃教会の中に立てこもっています! 大洗女子学園、早くもピンチを迎えています!!』

 

『これはこれは…… もしかするとこのまま試合が決まる可能性もありますね』

 

試合の状況は大洗女子学園がプラウダの作戦にまんまと引っかかったところ。解説の言う通りプラウダがこのまま一気呵成に押し込めばそのまま試合が決まってしまうだろう。

 

「うーん、何と言うか…… ここで大洗女子が負けてくれれば須賀君が早く帰ってくるんでしょうけど……」

 

「あー、和の言いたいこと分かるわ」

 

「そうだよね…… 京ちゃんが早く帰ってこれるから負けてほしいって思うけど……」

 

「京太郎も出場していて頑張ってるから勝ってほしいって気持ちもあるんだじょ……」

 

和、咲、久、優希が複雑な胸の内を話し合っている間にも試合は進んでいく。

 

『戦車道全国大会準決勝! 大洗女子学園は隊長の力量とチームの結束が試される展開となりました! ところで石動一尉、初出場で準決勝まで駒を進めるという素晴らしい成績を上げている大洗女学園ですが、誰か注目の選手は居ますか?』

 

プラウダ高校に追い立てられまくって、ついに廃教会の中に逃げ込んだ大洗戦車隊。プラウダ高校の隊長・カチューシャは此処で自軍に追撃停止の命令を下す。そのまま試合は両チームとも動かない膠着状態に突入する。

 

『そうですね、隊長の西住みほ選手を挙げられる方が多いでしょうが…… 私は別の選手に注目しています』

 

『と言うと?』

 

『38(t)戦車に乗車している須賀京太郎選手ですね』

 

『本大会の黒一点…… と言うか、戦車道では超珍しい男子選手の須賀選手ですか?』

 

解説員として出演している女性陸上自衛官(W A C)の石動一等陸尉、アナウンサーに気になる選手の話題を振られて京太郎の名前を出した。余りに予想外の名前だったので一瞬呆けるアナウンサー、彼女は隊長のみほあたりかなと予想していたのだ。

 

『ええ、選手名簿に載っている情報によると戦車に乗り出したのは此処1ヶ月からだそうですよ』

 

『ええええッ!? それってほとんど素人!』

 

『そうです、たった1ヶ月の戦車道歴なのに無駄な緊張感が無い自然体、なかなか出来ない事ですよ? それと一回戦、二回戦でのチーム内での様子を小耳に挟んだのですが…… どうやら試合の要所でチームを引き締めたり、相手の策を見破る良い目も持っているようですね。少なくとも大洗女子で最も警戒するべき選手かも知れません』

 

『はへー……』

 

かなりの高評価に続く言葉が出てこないアナウンサー。そんな彼女を尻目に石動一尉は京太郎を推挙した理由を語る。サンダース戦での活躍や、チームのムードメーカーとしての立ち位置、通信内容からその状況把握能力の高さ等々。チームの纏まりを作り上げる選手として高い評価を与えていた。

 

『相手戦車を撃破するような派手な活躍をする選手が注目されがちですが…… こういったチームの纏まりを作り、良い雰囲気を作り出す選手は重要ですよ。それに戦場を俯瞰的に観察する広い視野も持っているようですね。須賀選手のようなメンバーはチームが危機に陥った時ほど真価を発揮します。先ほどは「このまま試合が決まる」と言いましたが…… この危機を乗り越えたら大洗にも勝ち目が出てきますね』

 

『そ、それほどですか?』

 

『ええ、それほどです。 ……それにあの2人の息子が下手こいてむざむざ負けるとは思えませんしね……』

 

石動一尉が最後に呟いた一言は誰にも届くことは無かった。

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 さて、南半球はニュージーランドの会場を借り切って行われている高校戦車道全国大会準決勝、試合開始早々から深々と降り積もる雪の冷気が選手の体力と気力をドンドンと奪っていく。廃教会の中なので風こそマシではあるが、空気自体は痛みを感じるほど冷たい。

 

「ううっ…… どうしてこんな状況に……」

 

 一年生の誰かの呟きが聞こえる。その内容は此処にいる大洗女子学園戦車隊のメンツのほとんどが思っていることだ。しかし、どれだけ嘆いても自分たちがまんまとプラウダ高校が仕掛けた罠に引っかかり包囲されているという現状は変わらない。

 

 (まぁ、1回戦、2回戦と順当に勝ち進んで、皆少し増長してたしなぁ…… 油断はあったよなぁ)

 

頭を右手で掻きつつチームの面々を見渡す京太郎。皆の表情には試合開始前まであった過信ともとれる自信は全くなく、士気は最底辺まで落ち込んでいた。まぁその過剰な自信から慢心を招き、考えなしの力押しに走って今の事態に陥ったのだから自業自得ではある。

 

(無駄に力押ししてこない辺りプラウダのカチューシャ先輩、かなりの策士だな…… 下手な動きをすればあっと言う間にヤられちまうんじゃないか?)

 

ハッキリ言えば絶体絶命の状況だ。実力では格上の相手に包囲されて部隊の士気はドン底、打つ手なしの八方塞がりである。

 

(それにしても、流石は去年の全国大会を制したチームの隊長だな。人は見かけによらないって言葉そのものじゃねぇか……)

 

そんなことを考えつつ京太郎は準決勝が始まる直前のことを思い出していた。

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

「須賀君、君を大洗女子学園戦車隊隊長補佐官に任命するよ」

 

「……角谷会長、藪から棒に何ですか? いきなり…… それにその戒名みたいに無駄に長い肩書は一体……?」

 

試合会場に設けられた戦車の整備ゾーンでエンジンの最終調整と暖機運転をしていた京太郎に杏が声を掛ける。ちなみに、普段学園艦内での戦車の整備は自動車部が行っているが、試合会場での整備は選手しか出来ないことになっている。なので、エンジン整備なんかに精通している京太郎が試合前の最終調整を任されているのだ。

閑話休題(それはともかく)、突然杏から訳の分からない役職を振られた京太郎は困惑気味、そもそも副隊長と言う役職があるので態々隊長補佐官なんて役職を作る意味が分からない。もっとも、副隊長はトリガーハッピーかつノーコンの桃、頼りになるかと言えば首を傾げざるを得ない。

 

「いやね…… ちょっと耳を貸してくれる?」

 

「ほんと一体何なんですか?」

 

文句を言いつつも素直に耳を貸す京太郎。なんやかんや言って女子に優しい京太郎は頼まれごとをされたら余程理不尽なものでない限り聞いてしまう。この性格こそが無自覚に女子を落としてしまう最大の原因だったりする。そして、咲達にとっては知らぬ間にライバルを増やされている悩みの種なのだ。

 

「いやさ…… 西住ちゃんって引込みがちな性格でしょ? 準決勝、決勝ではプレッシャーもすごくなるだろうし…… かと言って補佐役になるはずのかーしまがあの性格だから、もう一人くらい隊長を支えるメンバーが欲しいって思ってさ」

 

「あー、なるほど……」

 

杏の言い分を聞いて思いっきり納得してしまう京太郎。彼の脳裏ではみほとポンコツな幼馴染が重なって見えた。

 

「それに大洗(ウチ)は初出場校で準決勝まで進んだ大穴だからね、今後相手になる名門校が西住ちゃんに突っかからないとも限らないからね、その盾役も欲しいのさ」

 

恐らくそっちの方が本命だろう。戦車道の名門校にとってド素人集団の大洗女子が勝ち上がってきた事実はかなり煙たいものだろう。事実、戦車道名門校の過激なファンの一部からは大洗の躍進に対してブーイングもあるという。下手すれば隊長のみほに嫌がらせぐらいはあるかもしれない。まぁ、みほに向くだろう矛先は、男子戦車道選手という異端中の異端である京太郎が表に出ることで大体吸えるはずだ。京太郎に求められるのは空母『翔鶴』並みの被害担当艦としての役割と言うわけである。

 

「承知しました。まぁ、ポンコツの扱いには慣れていますし、盾役もきっちりこなしますよ」

 

「ありがと、ほんと頼もしいねぇ」

 

かなり損な役割を二つ返事であっさり引き受ける京太郎。礼を言う杏に「いえいえ」と返しつつ、戦車の調整の続きにかかる京太郎。もうすぐ試合開始前の礼なのでそれまでには終わらせないといけない。まぁ、ものの20分ほどで全て終わらせた京太郎はすぐにみほの元に行き、プラウダ高校との開始の礼をする場所まで移動する。杏から京太郎のことがきちんと伝わっていたらしく、桃は京太郎に「よろしく頼むぞ」と声を掛けた。

 

「あら? 西住流の…… あなたが大洗の隊長ね? それとそっちの2人は初対面よね? プラウダ高校のカチューシャよ」

 

「……ノンナです」

 

顔合わせ場所に来てみれば、妙にデカい態度のちんちくりんと冷めた表情の長身女子というアンバランスなコンビがいた。ちんちくりんの方はカチューシャと言いプラウダ高校の隊長、長身のほうはノンナと言いプラウダ高校の副隊長だ。

 

「……あっ、お、大洗女子隊長の…… に、西住みほです! お、お久しぶりです!」

 

「副隊長の河嶋だ」

 

「隊長補佐官の須賀京太郎です」

 

プラウダ側の隊長達とみほは顔見知りだが、京太郎と桃は初対面。なので一応の自己紹介をする訳だが…… 相手校の隊長たるカチューシャに目線を合わせるとどうしても身長差から見下ろす感じになってしまう。それは失礼だろうと思い3人とも屈んで目線を合わせたのだが、それが気に障ったらしい。なにやらいきなりカチューシャがノンナの名前を呼んで、肩車をしてもらった。

 

「貴女達はね、このカチューシャよりも何もかもが下なのよ! 戦車も技術も身長もね!」

 

もしここに継続高校の隊長が居れば「その行為とセリフに意味があるとは思えないな」などと呟いただろう。それだけカチューシャの行動は突飛だった。まぁ、肩車については、知り合いに似たような背丈の先輩が居るので彼女がそんな奇行に走った理由を察していたが……

呆気にとられるみほ達三人を尻目にデカい態度で上から見下すカチューシャ。ただ肩車された上からと言うのがシュール過ぎて今一威厳も迫力もないのだが……

 

「ところでなんで男子が此処にいるのかしら……?」

 

「え、えっと……」

 

「あー…… 俺のことですよね? まぁ、20年ぶりに大洗女子の戦車道が復活したんで、人手不足解消のために友好校からお手伝いで来たんですよ」

 

みほがちょっと答えに詰まったので、とっさにフォローに入る京太郎。その京太郎の返事を聞いて「ふーん……」と言いつつ、ジロジロと値踏みするような視線を京太郎に投げかけるカチューシャ。

 

「気に入ったわ! 貴方、大洗なんかに居ないでプラウダ(ウチ)に来なさい!」

 

ニィッと肉食獣のような笑みを浮かべてとんでもないことを宣った。流石にこの発言は予想外過ぎた。普段、コミュニケーションのアドリブはドンと来いの京太郎でさえフリーズするくらいである。

 

「プラウダなら優勝の栄光すら掴めるわよ? そんな弱小校なんかじゃ100年かかっても無理な栄光をね!」

 

周りの様子を気にせずペラペラと京太郎を勧誘するカチューシャ。さっき会ったばかりなのに、いったい京太郎の何がそんなに気に行ったのであろうか?

 

「ちょ、ちょっと待ってください、カチューシャ先輩! 俺は正式には清澄高校の生徒で大洗女子の生徒じゃないんですよ!?」

 

「あら、プラウダに来るならどっちだって同じじゃない。ねえ、ノンナ?」

 

「ダー」

 

無茶苦茶な理論である。京太郎が反論するもどこ吹く風…… こういった手合いには正面からNOを叩きつけるしかない。

 

「……カチューシャ先輩、折角の誘いではありますけど、俺は清澄も、大洗も離れるつもりはありません」

 

正面からの拒否の京太郎の返答に、「えっ、須賀君プラウダに行っちゃうの?」とか「そんな……」と動揺していた大洗生たちがひとまず落ち着いた。とくにみほは絶望的な表情を浮かべていたが、京太郎の言葉を聞いてホッとした表情になる。

一方でこの返答に不満なカチューシャ。すごくムッとした表情で京太郎に話しかける。

 

「このカチューシャの誘いを断るってわけ!」

 

「はい、そんな要求、呑むわけにはいきません。俺には清澄高校でやるべきことがありますから」

 

バチバチと火花が飛びそうなくらいに睨みあう京太郎とカチューシャ。30秒はそうしていただろうか、突如、カチューシャが笑い出した。

 

「クク…… アハハハハ! ますます気に入ったわ! なら賭けをしましょう! この試合でカチューシャたちが勝ったら、キョーシャ、プラウダに来なさい!」

 

「へぇ…… ずいぶん一方的な賭けですね? そんな賭けに乗るとでも?」

 

「あら? 賭けに乗らないなら乗らないでいいわよ? まぁ、どの道、私たちが負けることなんて絶対ありえないから拒否も当たり前よね。それに勝ってしまえばキョーシャを手に入れることなんてどうにでもなるんだから!」

 

そう言うと笑い声を響かせながら自分の高校の駐車エリアに向かって帰っていくカチューシャたち。地吹雪のあだ名の通り、場をさんざん荒らしてあっという間に去って行ってしまった。後に残されたのは呆気にとられる大洗女子の面々と、難しい表情でカチューシャたちが去って行った方向を見つめる京太郎だけだった。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

思い出すだけでも次第に頭が痛くなってくる。初対面の男子にいきなり自分の高校に転校してこいなど想像の埒外だ。第一、京太郎は助っ人として大洗の戦車道に来ているのであって、本当は清澄高校(きよこう)麻雀部の人間だ。カチューシャの戯言に従ういわれは全くない。それにイザとなれば紫電改で飛んで逃げることも出来る。

 

「まぁ、それでも勝っちまえば話は簡単なんだけどな……」

 

そう言って周りを見渡すが目に入るのは心が半ば折れかけている戦友ばかり。この状況で勝つなど高校戦車道最高峰と言われる黒森峰女学園でも不可能だろう。

 

(拙いなぁ…… せめて士気だけでも持ち直さないと次の攻撃であっという間に敗北だ…… まぁ、降伏勧告なんて遠回りなことしてきてくれたおかげで貴重な時間は確保できたわけだが……)

 

そう、大洗戦車隊が廃教会に逃げ込み戦線が膠着状態に陥ってからしばらくしてからである。プラウダ高校から白旗を掲げた軍使がやってきたのだ。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持ってまいりました『降伏しなさい、全員土下座すれば許してやる』だそうです。また返答の期限は3時間…… 後ほどに返事を伺いに参ります、では」

 

無条件降伏を突き付けたも同然だ。当然、大洗の皆は反発する。伝えることを伝えて踵を返し帰っていく軍使の背中に罵詈雑言を投げかけるが包囲された事態が変わるわけでもない。ついには「特攻して大洗魂をプラウダ(やつら)に見せつけて玉砕しよう!」などと過激な意見が歴女(カバさん)チームから出てくる始末である。

が、隊長のみほがこの流れに懸念を示した。

 

「でも、こんなに包囲されちゃ…… 一斉に攻撃を掛けられたら怪我人が出るかも……」

 

みほの懸念は真っ当なものだった。確かに戦車道に使用する戦車は特殊カーボンコーティングで内張りされており、使用する砲弾も競技用に開発されたモノを使用するのでかなりの安全は保障されている。だが、やはり砲撃競技であるが故の危険性は付きまとう。他のスポーツに比べて致傷率が高いのは否めないのだ。その点からいうと、チームメイトを気遣うみほの心配を一概に弱気の虫と切って捨てることは出来ない。

 

「みほさんの指示に従います」

 

「私も! 土下座くらいどうってことないよ!」

 

「私もです!」

 

「準決勝に来ただけでも上出来だ、無理はするな」

 

みほの意見に真っ先に賛意を示したのはあんこうチームの面々。そして麻子の言う通り大洗チームは大健闘したと言えるだろう。20年ぶりに戦車道を復活させた高校が全国大会に出場し準決勝まで駒を進める、普通ならば十分すぎる実績だ。ここでリタイアして来年の大会に向けて入念に準備をし、より上の成績を目指すという選択肢をとっても誰も批判はしないだろう。だが、全国大会で優勝しなければ廃校と言う大洗女学園の事情は特殊過ぎた…… この場でその事情を知っているのは生徒会の杏達3人と京太郎のみ…… この話の流れに杏、桃、柚子の表情が強張る。

 

「ダメだ! 我が校は優勝しなきゃいけないんだ!」

 

「どうしてです!? 言ってはなんですが、大洗(わたしたち)は初出場校です。準決勝に出られただけでも十分な実績ですよ!」

 

「勝つ以外の何が大事なんだ!!」

 

耐えられなくなったのだろう、突然大声を出した桃。それにみほが反論するが桃は頑なに優勝に拘りを見せる。みほたちから見れば桃の拘りようは妙に映るだろう。が、大洗女子学園の抱える裏事情を知った者からすれば、この桃の態度は仕方の無いモノだと同情するだろう。

 

「私、この学校に来て…… 皆と出会って…… 初めて戦車道の楽しさを知りました。この学校も戦車道も大好きになりました! だからその気持ちを大事にしたままこの大会を終わりたいんです」

 

そしてみほが語ったこの言葉、これを聞いた桃の表情が大きく変わった。

 

「何を言っている…… 負けたら我が校は無くなるんだぞ!」

 

そして遂に決定的な事実を口に出してしまった。

戦車道の選手が委縮してしまうから…… 大会には何も知らず楽しんで欲しいから…… 母校の廃校を阻止したい…… 様々な葛藤と矛盾を飲み込み、杏はあえて廃校の事実は伏せていた。だが、ここにきて桃が口を滑らせた。ただ、彼女を責めることは出来ないだろう。人一倍大洗女学園に思い入れのある桃だ、もはや追い詰められて精神も限界に達していたのは誰が見ても明らかだったから……

 

「廃…… 校…… 学校、無くなっちゃうんですか……」

 

ただ、メンバーにとってこの土壇場で自分たちの双肩に『負けたら廃校』と言う重すぎる荷物が乗っていたなど堪ったものでは無いだろう。実際、生徒会メンバー以外は皆、動揺を隠せずにいた。

 

「おい、須賀。お前は知っていたのか?」

 

そんな中、38(t)戦車の砲塔に腰かけて冷静に成り行きを見ていた京太郎に麻子が声を掛ける。清澄生の京太郎にとっては他人事ではあるのだが、あまりにも反応が無さ過ぎたので麻子が不審に思ったのだ。

 

「まぁまぁ、冷泉ちゃん。須賀君のことに関しては全責任は生徒会(うちら)にあるから…… それにこの状況じゃ、全部話さなきゃならないだろうしさ」

 

そう言って皆の前で全てを語り始める杏。文部科学省学園艦教育局のお偉いさんから廃校の事実を告げられたことから始まり、戦車道を復活させるために東奔西走したり、様々な予算を遣り繰りしたり……

 

「で、人手が足りなくなるだろうから何処かにいい人材は居ないかなって探してたら、情報網に須賀君が引っかかったから来てもらったのさ」

 

「まぁ、相当強引な手段ではありましたけどね」

 

「あはは…… それは本当にすまないと思ってるよ…… だから須賀君に関しては燃料代とか色々融通してるしね。あれで結構予算が圧迫されてるんだよ?」

 

「余所から助っ人を引っ張ってくるんですから必要経費だと思いますけどね」

 

京太郎と杏の一寸したジャブのやり取りもあった。まぁ、京太郎のことに関しても説明は避けられない。杏はそれについても包み隠さず話した。どうやって大洗に引き込んだかとか、麻雀の新人戦が近い中ある種無理やり引っ張って来たとか…… で、この事実に激しく反応した面子が居る。アヒルさんチームの面々だ。

 

「か、会長! 幾らなんでも大会を間近に控えた選手に何てことするんですか!!」

 

バレー部としてメンバー不足で大会に出られない、そのことから大会に出るという事に関してある種の神聖さを感じているのだ。そんな彼女たちから見れば杏のやったことはハッキリ言って許せない行為だろう。当然非難の声が上がるが、それを抑えたのは当事者の京太郎。いきり立つバレー部の面々を宥めながらこう言った。

 

「まぁまぁ、俺と生徒会の間で話はついているから大丈夫ですよ。それに…… 何も俺は新人戦を諦めたわけではないんですから」

 

同時に覚悟を決めた者特有の凄味のある笑みを浮かべる京太郎。そんな彼を見てこの場に居る殆どの少女たちが胸をドキッとさせる。みほはそんな京太郎に完全に見惚れポーっとした表情をしている有様だ。何時もは飄々としている杏もドキッとさせられたのだが、深呼吸して心を落ち着かせて皆に向かって一声かける。

 

「ま、まぁ。幸いまだ時間はあるんだ…… 少し頭を冷やして考えようじゃないか」

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

これがプラウダ高校の軍使が来てからの経緯である。停戦期間は残り2時間ほど。今は一分一秒でも決戦に向けて準備の時間が欲しい所。正直言って、京太郎は落ち込んでいる暇など無いと考えている。

 

(さて…… どうやって士気を回復させるか…… この様子じゃ叱責は効果が薄そうだしな…… ハッキリ前を向けるだけの希望が欲しい所なんだけど……)

 

被っている鍔付き飛行帽の上から頭をガリガリと掻いて思案するが中々いい案は浮かんでこない。一旦考えをリセットするかと深呼吸して視線を別のところに向けると、みほと目があった。

 

「須賀君は諦めてないの?」

 

周りが半分諦めモードに染まっているなか、京太郎の目から闘志の色は消えていない。そんな京太郎の様子をみほは不思議に思い疑問をぶつけてきた。

 

「ええ、ヒコーキ乗りって諦めが悪くて天邪鬼なんですよ。「降伏しろ!」なんて言われるとむしろ反発して「やってやろうじゃねぇか…… 目にモノ見せてやる!」って思うんですよ。それに、大洗を勝たせるために助っ人に来た俺が諦めちゃ不義理も甚だしい……」

 

苦笑しつつみほの疑問に答える京太郎。

 

「それに、信じてますからね」

 

「何を?」

 

「西住先輩が、大洗の皆と作る『大洗流の戦車道』を。あの時、西住先輩言ってましたよね?『みんなが笑顔になれる戦車道』がやりたいって。みんなと楽しく戦車道を続けていきたいって」

 

その京太郎の言葉にハッとした表情をするみほ。

 

「ここが踏ん張りどころですよ、西住先輩」

 

ウインクしながらそう告げる京太郎。見方によったら相当に気障ったらしいのだが、不思議と京太郎はこういった仕草が似合うのだ。

で、みほの方は京太郎のその言葉を聞いて闘志が戻って来たらしい。表情を覆っていた影がスッカリ消えて生き生きとした表情に戻っていた。

 

「ありがとう、須賀君……」

 

そう言って他のメンバーが居る方に向かうみほ。

 

(須賀君…… また助けられたね…… この恩は何時か必ず……)

 

胸に湧き上がる思いを今は一旦伏せて、メンバー全員に声を掛ける。

 

「皆、まだ試合は終わってません。まだ負けたわけじゃありませんから」

 

「西住ちゃん……?」

 

みほの言葉を聞いて、涙を浮かべて半分泣いていたウサギさんチームをはじめとした皆が彼女を見つめる。流石の杏も心の中では最早諦めていたのだろう、みほの言葉に呆けた返事をしてしまった。

 

「頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で戦車道を続けたいから…… みんなと」

 

瞳に強い意志の光を湛えて「みんなと」の部分を強調して話をするみほ。この言葉が大洗戦車隊を支配していた悲観的な空気を洗い流していく。

 

「私も西住殿と同じ気持ちです!」

 

「そうだよ! トコトンやろうよ! 諦めたら終わりじゃん、戦車も恋も!」

 

「まだ戦えます!」

 

「うん」

 

皆がみほを見つめるなか、優花里がいち早く士気を取り戻す。そして優花里に続いてあんこうチームのメンバーも士気を取り戻していく。

 

「降伏はしません、最後まで戦い抜きます。ただし、怪我をしないように冷静に判断をしながら」

 

「修理を続けてください、三突は足回り、M3は副砲、寒さでエンジンのかかりが悪くなってる車両はエンジンルームを温めてください。時間はありませんが落ち着いて」

 

「はい!」

 

みほの出した指示に打てば響くような返事が全員から返ってくる。大洗チームは最悪の状況を脱したのだ。

 

(これなら大丈夫そうだな…… やっぱり大洗の皆は強いな。 さぁて、俺も負けてられないな。やるべきことをやるか)

 

大洗がピンチを切り抜ける切っ掛けを作った男は静かに工具箱を手に取ってエンジンのチューニングの準備を始める。その背中を一人の少女が胸に湧いてくる温かい思いを乗せた瞳で見つめていた。

 

「それにしてもこの吹雪(ブリザード)…… なかなか止みそうにないな……」

 

廃教会の外では極寒の猛吹雪が吹き荒んでいる、まるで戦車道全国大会準決勝の行方を暗示しているかのように。

 




以上です。

まぁ、いつもと比べたら少し短くなってしまいました。
如何でしたでしょうか?
京太郎と言うキャラを絡めつつ、原作の流れをある程度守るのに苦労しました(上手くできたとは言っていない)。

もしよければ感想を、作者は感想に飢えているのです!

あと、誤字等見つかりましたら報告してくだされば大変助かります。
ではまた次話でお会いしましょう。

これからもよろしくおねがいいたします!


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8話 ―決着!準決勝―

おおよそ5か月ぶりです。
ようやっと新話が完成したので投下。
流石に遅すぎて読者のみなさん流石に飽きてしまったかな…… と戦々恐々しつつ投下します。


 深々と雪が降り、厳しい寒さが体に堪える。北海道の方言に「しばれる」と言う言葉があるが、まさしく体が縛られるという感覚を実感できるくらい気温が下がっている。周りには風を遮るものが一切無い一面の雪原だという事も原因の一つだろう。

そんな雪原に一本の鉄道が敷かれていて、その上にシキ180型大物車を改造して大型野外ディスプレイを搭載した「シキ181」と呼ばれる車両が鎮座している。画面にはポリゴン化された地図に、同じくポリゴン化された大洗女子、プラウダ高校の戦力が示されている。その映像を食い入るように見つめる人々は遥々ニュージーランドまで戦車道全国大会準決勝を観戦に来た日本人と、現地のニュージーランド人。その中には当然、大洗女子の保護者の姿もあった。

 

「完全に囲まれてますけど、お、お嬢は無事でしょうか!?」

 

「落ち着きなさい、新三郎」

 

観戦者の中には、華の母親である五十鈴百合と五十鈴家の奉公人の新三郎が居る。大洗女子が完全に包囲され劣勢に立たされている状況をみて新三郎は動揺を隠せなかったが、百合の方は落ち着いた態度を崩していない。華は結構肝の太い性格をしているのだが、母親譲りのようである。

 

「大洗女子…… どうやら持ち直したようね」

 

「そのようですね」

 

さらに雪原の中に設けられた観客席に目をやると西住しほと西住まほの姿もあった。二人はみほの母親と姉だ。

 

「このまま総崩れになって、見る価値もない試合になるかと思ったけど…… どうなるかしら? 流れが読めなくなったわね」

 

第62回戦車道全国高校生大会の決勝においてチームメイトの人命救助を優先し、優勝を逃す原因となったみほの行動、それを厳しく叱責した本人の口から出たとは思えない大洗女子を評価する言葉。その言葉が信じられなくて目を丸くし「お母様……」と声を掛けるまほ。

 

「勘違いしないで、まほ。みほのやっていることは明確に西住流とは相容れないことよ」

 

「はい…… わかっています……」

 

期待を込めた目で母親を見るまほに、切って捨てるような言葉を言うしほ。表情が硬いせいで冷たい性格と見られがちなまほであるが、彼女は妹のことを相当心配している家族思いな少女だ。さらに言うと、母親のしほもその言動から冷徹な性格だと思われることが多いが、内心は全く違ったりする。

 

(大洗女子で良い仲間に出会えたみたいね…… 少し安心したわ。でも…… 戦車道を続けていることで頭の固い連中があの子になんて言うか……)

 

第62回大会の件でしほがみほにきつく当たった理由、それは頑固な西住流の古株や長老の追求からみほを守るためだ。彼女自身はみほの救助行動を当然のものだと思ってるし、よくやったと内心で褒めていたりする。しかし、西住流は巨大な組織だ。その中には当然、みほを非難する頭が固くて自分たちの常識に固執する老害連中が大勢いるのだ。そこで、家元のしほ自らみほを叱責して見せれば少なくともそういった外野が煩くなることは防げる。芯の強いみほとはいえ、大人の汚い社会の(しがらみ)からくる追及に彼女が耐えきれるとは思えない。何と言っても彼女はまだ高校2年の17歳なのだ。圧倒的に社会経験と人生経験が足りていない。

 

(はぁ…… 叱ったあとの十分なフォローを怠ったのは大失敗ね…… 母親として何をやっているのかしら、私……)

 

みほを守るためとはいえ、その行為が彼女にトラウマを植え付け、大洗への転校の切っ掛けとなったのは予想外、本末転倒も良いところだろう。正直言って母親としては後悔しかない。それでも、みほが大洗で良い環境を手に入れたのは不幸中の幸いと言える。

 

「それにしても、大洗でみほは良い仲間に恵まれたようね」

 

「ええ、それに気になる男の子(ひと)も出来たようです」

 

まほの言葉にピクリと反応するしほ。娘二人に浮いた話が全く無いことを気にしていた彼女にとってはある種の朗報だったりする。

 

「それは、誰かしら?」

 

「大洗に助っ人で来ている須賀京太郎と言う男の子です。いま男子戦車道選手として出ている彼です」

 

少々シスコンを拗らせ気味のまほ。妹の現状が気になるので伝手と人脈を使って大洗にいるみほの情報を集めていた。正直言ってストーカー一歩手前の危ない行為だ、一線を踏み越えないか心配である。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

意外と思われるかもしれないが日本と言う国は世界屈指の豪雪地帯だ。日本列島の西にある日本海、この海をシベリアから吹き出す乾いた寒気が渡るときにたっぷりと水蒸気が補充される。そして、その水蒸気を含んだ寒気が日本列島に到着し大雪を降らせるのだ。

準決勝が行われている現在のニュージーランド、そんな日本を上回るような大雪が降っている。ハッキリ言って異常気象だ。そのせいで準決勝を続けるかどうかの審議が大会本部で行われている。少なくともこの悪天候が続く間は試合の停止が宣言されて戦車を動かすことは出来ない。じゃあ、まったく何もできないのかと言うとそうでも無かったりする。

 

「ふむ…… 北西方向、距離500にT-34/76が2両…… 地形は南東方向への駆け上がり、斜度は15%位かな?」

 

雪の中に伏せて愛用のNIKON M511双眼鏡を覗いているのは我らが京太郎。見ている先にはプラウダ高校の部隊の一部が居るのだが、決して双眼鏡を使ってパンツを覗き見している訳ではない。じゃあ何をしているのかと言うと偵察である。廃教会でみほが「敵の情報があれば作戦も立てやすいんだけど……」と呟いたのが切っ掛けである。万全の作戦を練るため偵察隊を出すことになった。偵察に出たのは麻子・ソド子のペア、優花里・エルヴィンのペア、そしてソロの京太郎の合計3隊だ。

 

「後は障害物なんかの位置関係を調べるか…… 先輩方は上手くやってるかな?」

 

移動の用意をしつつ他の偵察隊の心配をする京太郎。もっともその心配は杞憂だ。麻子とソド子は見つかりはしたが逃げながら敵の位置を特定する余裕があったし、優花里たちに至っては「雪の進軍― 氷を踏んでー♪」と調子はずれの歌を歌いながら偵察するほど余裕があった。まぁ、そんなに敵に近づいていないからこその余裕なのだが。

一方の京太郎は白を基調とした雪原迷彩のウェア姿でテレマークスキーを履いている。優花里たちとは違い敵部隊ギリギリまで近づき、スキー特有の機動力で相当広範囲の情報を拾い集めていた。お前は何処の国の正規軍の偵察兵なのかと問いたいぐらいのスキルである。まぁ、京太郎にこんな無駄な技能を仕込んだのはケイ(ははおや)だったりする。彼女曰く、エネミーラインの越え方を知っておいて損は無いとのことだ。妻のこの発言を聞いてエイノ(ちちおや)は苦笑するしかなかったそうであるが……

何はともあれ、こうして有効活用できる場面があったのだから母親の教育は無駄ではなかったという事だ。母の教えを有効活用して京太郎は膨大な量のプラウダ高校の戦力配置と地形情報を持ち帰ることに成功、隊長のみほを大いに喜ばせることになる。

 

「あの雪の中で、こんなに詳細に…… これで作戦が立てやすくなりました! ありがとうございます!」

 

麻子・ソド子ペアと優花里・エルヴィンペアも結構な情報を持ち帰っていたが、京太郎の持ち帰った情報量にははるかに及ばない。4人娘は少し遅れて帰ってきた京太郎の持つ偵察情報を見て驚愕した。

 

「ヒコーキで有視界飛行することもあるから地形読むのは慣れてますし、目が良くなければヒコーキ乗りは務まりませんよ」

 

この場合、目が良いとは単純に視力のことを言っているのではなく、視界に入ったものを瞬時に区別する能力のことだ。特にヒコーキで有視界飛行をしていると地上の対象物や小さなランドマークを見つけるか否かが飛行ルートを外れないためのカギになることが多い。後はスキーの機動力のなせる業であろう。38(t)戦車にコッソリとスキーを積み込んでいた京太郎の行動はまさしくファインプレーだったわけだ。他にも色々と荷物を積み込んでいるようではあるが……

 

「いつまで続くのかな…… この吹雪……」

 

「うううっ…… 寒いね……」

 

「お腹すいた……」

 

「やはりこれは八甲田……」

 

「天は我々を見放した……」

 

「隊長、あの木に見覚えがあります!」

 

「良いコト考えた、ビーチバレーじゃなくてスノーバレーってどうですかね?」

 

「良いんじゃない? 知らないけど……」

 

「寝ちゃだめだよ、パゾ美」

 

索敵の成功と言う吉報が齎されるなか、更なる問題が大洗女子学園を襲った。一度は持ち直した士気が吹雪による低温と食糧不足によって再び低下してきたのだ。皆の顔に不安げな表情が浮かび、話す声にも元気がない。一部は映画の八甲田山のセリフを真似する余裕のあるメンツもいる様であるが……

外は吹き荒ぶ真冬のブリザード、今、居るところは暖房どころか隙間風が吹き放題の廃教会の中。ハッキリ言って我慢できないほど寒い。おまけに着ているパンツァージャケットの下は白のスカート、しかも丈は膝上までしかないのだ。正直言って雪原でする格好ではない。ちなみに京太郎の格好だが、上着は皆と共通の紺のパンツァージャケット。しかし、下は同じ色のセパレートタイプのフライトスーツを穿いているのでそこまで寒さを感じていない。

 

「食料は?」

 

「こういう事態を予測してなかったので、さっき配ったスープ以外は乾パンしか……」

 

「何も食べるもの無くなったね……」

 

「さっき偵察中、プラウダ高はボルシチとか食べてました……」

 

食糧について相談する桃と柚子、沙織、優花里。しかしいくら相談しようが嘆こうが無いモノは無いのだ。こうも希望の持てる材料がないと焦りばかりが募る。

 

(ううっ、お腹すいたなぁ…… でも、何とかして士気を高めないと……)

 

と、頭を悩ませるみほ。黒森峰時代に厳しい練習を経験している彼女ですら気が滅入っているのだから、空腹と言うのが如何に士気を下げるものなのかが分かる。

 

「あれ? なんだかいい匂いがする……」

 

鼻腔を何とも良い匂いが擽り、スンスンと鼻をひくつかせるみほ。匂いが強い方へ視線を向けると、デカい寸胴鍋を鼻歌交じりでかき混ぜる京太郎の姿があった。いつの間にか即席の竈がそこら辺に転がっているレンガで組み上げられている。加えて傍らにはいつの間にか集められた燃料用の薪が積まれている。

 

「……須賀君、何やってるの?」

 

「あっ、西住先輩、もう少しで出来上がるので待っててくださいね」

 

そう言って鍋の中身をお玉で金属製のスープカップに注ぎ、木の枝で作った串に刺して竈で炙った薄切りのフランスパンをスープに浮かべる。仕上げにシュレッドチーズを適量のせてカセットガス用トーチバーナーで焦げ目がつくまで炙って完成だ。

 

「はい、西住先輩。冷めないうちにどうぞ」

 

京太郎から手渡された即席オニオングラタンスープ、湯気と一緒に何とも良い匂いが空腹を刺激する。クーっと可愛らしい音がお腹からなってしまい赤面するみほ。他の面々に次々とスープを配っている京太郎にもその音が聞こえたのだが…… 素知らぬ顔でスル―する。どうやら聞かなかったことにしたようだ。

スプーンで掬ってスープを飲むみほ。出来立てアツアツなので口に入れる前にフーフーと冷ますことは忘れない。パンからジワリと滲みだすタマネギの甘みとチーズのコク。そして何より寒さで凍てついた体にしみこむ暖かさ。さっきまでのネガティブな気持ちは吹き飛んだ。

 

「おいしーーー!」

 

「これは温まりますね」

 

「須賀殿、こんなスープどこに隠し持っていたのでありますか!?」

 

種明かしをすると大洗の自室で炒めタマネギのペーストを大量生産して持ち込んでいたのだ。それを熱湯に溶かして固形コンソメを入れて味を調えれば完成と言う寸法である。水は試合会場に大量にある雪を溶かし、携帯浄水器で濾過して調達。まさにサバイバルそのものである。というか、よくそれだけの準備をしていたなと呆れるばかりである。

 

「お腹が膨れて気分が向いてきたみたいですね…… さて、西住先輩。ここで一発景気づけに檄をどうぞ!」

 

「ふえぇぇぇぇぇええ!?」

 

皆の表情が綻んで気持ちが上向きになってきたのを確認し、突然みほにキラーパスを投げる京太郎、その不意打ちに慌てるみほ。「いきなり何言うの! そんなの無理だよ!」と抗議しようと思ったが…… みほを見つめる一年生軍団の期待に満ちた視線に気づき後に引けなくなった。ここでヘタレて引っ込むと折角盛り上がった雰囲気が再び冷めてしまう…… コミュ障気味のみほでも流石にそれぐらいの空気は読める。何かを言わなければいけないが、何を言っていいのかサッパリわからない。必死になって考えるが何も浮かんでこず焦るみほ。頭をフル回転させるがついにその不可に耐えきれなくなったのか

 

「アアアンアン、アアアンアン、アアアンアン~♪」

 

何やら珍妙な歌と一緒に踊りだした。

 

「あの恥ずかしがりのみほさんが……」

 

「皆を盛り上げようと……」

 

「微妙に間違ってるけどな……」

 

いきなりあんこう踊りを踊りだしたみほの真意を盛大に勘違いする優花里、華、麻子。彼女たちは、皆を盛り上げるために恥ずかしさを押し隠してまでみほはあんこう踊りを踊っているのだと解釈したのだが…… 良い盛り上げ方が思いつかずにヤケクソになっただけだったりする。

 

「私も踊ります!」

 

「やりましょう!」

 

「みんな行くよ!」

 

「仕方ないな」

 

で、友達とは有り難いものでみほに合わせて踊り出すあんこうチーム、そして他のメンバーもどんどん踊りに参加しだす。最終的には京太郎を除く全員が踊りに参加する。ファーストペンギンのみほに全員が同じ方向へ付いていくこの状態、某戦車のゲーム界隈ではレミングスと言う。閑話休題(それはともかく)、25人もの女子生徒がそろって珍妙な踊りを踊り出す。しかも、妙に手ぶり足ぶりがそろっているこの状況、知らない人が見たらどう思うだろうか? ハッキリ言って集団錯乱とみられても不思議ではない。

ちなみに、戦車道の大会は試合会場に仕掛けられたカメラや望遠カメラ、ドローンなどで映像が中継される。 ……で、この映像を見た人々の反応はと言うと……

 

「…………」

 

五十鈴母と新三郎は無言無表情でスクリーンを見つめ……

 

「フフフ、ハラショー」

 

大洗女子学園を応援しに会場に来ていた聖グロリアーナ女学園の隊長・ダージリンは余りの可笑しさに堪えきれず上品に笑い……

 

「あ、あの娘は……」

 

西住母は額に手をやって溜息をつき、西住姉のまほは顔を盛大に引き攣らせた。しほは母親として娘には人並みの幸せを掴んでほしいと願っている。だが、その肝心の末娘、気になる男子がすぐ傍に居るのというに、その男子の目の前でとんだ奇行に走りだした…… 我が娘ながら何を考えているのやら…… もう少しは周りの男子の目を気にして欲しいと思うのは母親として贅沢な悩みなのだろうか? 

 

(……中学、高校と女子校だった弊害がもろに出てるわね…… ハァ……)

 

もっとも、しほのこの悩みはみほの父親の常夫に言わせると「お前が言うか?」と言うだろう。あの娘にしてこの親在り。西住しほ、一体過去に何をやらかしているのだろうか?

で、場面を廃教会に戻す。未だにあんこう踊りを盛大に踊り続けている女子メンバー。どうやら踊り出して少しハイになってきたみたいである。そして彼女らをドン引きしながら見つめる京太郎。こんなカオスな空間がいつまで続くのかと京太郎が頭を悩ませ始めたときに、救いの手は意外なところからやって来た。

 

「アアアンアン、アアアンアン、アアアンアン~♪」

 

「あ、あの~……」

 

「アアアンア……」

 

何やらどこかで聞いたような声がし、それを合図にピタッと動きを止める大洗メンバー。声のした方向を見ると白旗を持ったプラウダ高校の生徒が2人、困惑顔で突っ立っていた。

 

「あの~…… 降伏勧告の回答を頂きに来たんですが…… お取込み中でしたか……?」

 

3時間前にやって来た時の高圧的な態度は何処へ行ったのやら、大洗にお伺いを立てる今の様子は非常に腰が引けている。

 

「あの~…… 回答を頂けると大変ありがたいのですが……」

 

正気に戻ったみほたちは赤面して慌てに慌てるが…… 時既に遅し。彼女たちの痴態は全国に生中継された後である。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

アイドリングさせたマイバッハHL120TRM(エンジン)の振動がお尻に響く。内燃式発動機故の排熱が車内を暖め、外よりもずっと過ごしやすい環境になっている。そんなIV号戦車D型改車内の車長席で手書きの地図を見つつ眉間に皺を寄せるみほ。作戦の最終確認をしてるのだろうか、ブツブツと「ああでもないこうでもない……」と言っている。プラウダからの軍使に「寝言は寝てから言え」と返答を突き付け、すぐに戦闘態勢を整えてからずっとこの調子である。この試合に自分の母校の命運がかかっていることが更なるプレッシャーをみほに与えていた。

 

「西住先輩、肩の力を抜いて。そんだけ力が入ってたら勝てるモンも勝てませんて」

 

「須賀君……」

 

そんなみほに気楽に声を掛ける京太郎。

 

「そうだよ、西住ちゃん。ここまで来たんだ、あとは楽しくやろうよ」

 

「会長……」

 

車外からキューポラを開けて杏もみほにそう声を掛ける。そしてニッと笑みを浮かべて、彼女は自分の乗車である38(t)戦車に乗るべくⅣ号戦車から離れる。その背中を追うかのようにキューポラから顔を出して杏を見つめるみほ。38(t)戦車のキューポラに身を沈めるその時、杏はみほの方を見ずに言葉を紡ぐ。

 

「西住ちゃん、私たちをここまで連れてきてくれて…… ありがとうね」

 

不意打ちに掛けられたその言葉に吃驚するみほ。しかし、違和感なくその言葉は彼女の心の中に染み込んでいく。杏の姿が完全にキューポラに呑み込まれて暫くの間、言葉もない彼女だったが、弾かれたかのように勢いよく車内に身を沈め、Ⅳ号戦車の空きスペースに身を縮こまらせている京太郎に声を掛ける。

 

「須賀君、すごく大変な役割を振っちゃったけど…… お願いします!」

 

杏の言葉で背負っていたものを色々吹っ切ったのか、その声色は弾んでいた。そして、みほに限らずチーム全体の雰囲気が明るい。士気を何度も浮き沈みさせてきたが完全に持ち直しているようだ。教会に追い込まれた時の悲壮な雰囲気は何処にも無く、あるのはただ自分の出来ることを全力でやる、その決意だけだ。

 

「Roger !(了解!) 目には自信があるんで任せてください!」

 

そして、京太郎も力強い声で返事を返す。元々は38(t)戦車乗り込みの京太郎だが、今は四号戦車に乗っている。これも打倒プラウダのための作戦の一環なのだ。そもそも、試合の途中で乗り込む戦車を変更しても良いのかと言う疑問があるのだが…… 実はルール上なんの問題も無いのだ。ルールでは戦車が撃破された瞬間、要は白旗が上がった時点でその戦車に乗り込んでいた選手は戦死状態として扱われ、白旗判定後1分間の無線通信を除いてそれ以降の同じ試合への参加ができなくなる。そして、相手チームの戦車への直接の工作などの反則行為が禁止されている以外は基本的にルール内なのである。つまり、試合の途中で乗員を入れ替えても問題はないし、もっと極端な例を出せば、下車しての単独行動すらOKなのだ。

そんなこんなで、作戦遂行のためⅣ号戦車に乗り換えたのだ。

 

「あっ、そうだ…… 須賀君」

 

「何です? 西住先輩?」

 

なにやら良いコト思いついたと言った感じで京太郎に話しかけるみほ。ちょっとニヤついたその笑顔にイヤーな予感を感じながらも律儀に返事する京太郎。

 

「須賀君には隊長命令でもう一つ仕事をしてもらいます」

 

「……へっ?」

 

「作戦開始前の演説と檄と状況開始の合図をやってもらいます!」

 

「ちょ!?」

 

嫌な予感的中である。みほからの突然な無茶ぶり、当然のごとく京太郎は抗議の声を上げるし、そう言った役割は隊長の役目だと理路整然と反論する。が、みほは隊長命令と引く気配を全く見せない。清澄麻雀部の面々のお陰で意固地なった女子はテコでも動かないことを骨の髄まで身に染みて知っている京太郎。このまま押し問答しても時間の無駄だと早々に悟り、隊長用のマイクロフォンをみほから受け取った。

京太郎にマイクロフォンを渡しながらニヨニヨとご機嫌なみほ。あんこう踊りのときのキラーパスの仕返しが出来たと少しご満悦である。

で、マイクを口元に構えつつしばし頭を悩ませた京太郎。チラッと腕時計を見ると停戦終了時刻まで凡そ7分。それを見て士気高揚の演説の内容が決まったのか一つ深呼吸した後、送信スイッチを押し込む。

 

「諸君、私は戦争が好きだ」

 

「いや、須賀殿…… 流石にその演説は無いと思いますよ?」

 

京太郎が何を言おうとしたのかすぐに察した優花里がツッコむ。そして5対の冷たい視線が突き刺さり肝の太い京太郎も流石にたじろぐ。白けた雰囲気が1秒、2秒と車内に漂う。完全に腰が引けた京太郎、「アハハ……」と誤魔化し笑いをしながらもういちど時計に目をやると残り4分を切っていた。コホンと咳払いをし、仕切り直す為にもう一度送信スイッチを押し込む。

 

「全車聴け、停戦時間も残り3分を切った。間髪入れず、大洗女子(こちら)に止めを刺すべくプラウダの猛攻が始まるだろう。プラウダ高校は強豪だ、去年の優勝校の栄冠は伊達ではない。試合序盤は確かにプラウダ高校に追われるだけだった。しかし、連中はミスを犯した! 我々を実績のない素人の集団と侮り停戦と言う立て直しの時間を与えたことだ!」

 

ついさっき特大のネタ演説をかまそうとした大馬鹿者と同一人物とは思えないほどしっかりした内容だ。

 

「連中の慢心と油断によって得た黄金より貴重なこの時間で、俺たちは戦友との絆を確認し、己の成すべきことを知り、覚悟を決めた。戦う意思を固めた我々はもう追われるだけの獲物じゃない! 傲慢なプラウダに窮鼠は猫を噛み殺すということを教育してやろう! 連中に慢心と油断と傲慢の代償をしっかり払わせてやれ!」

 

ノリノリでメンバーを煽りに煽る。この檄に各車、物凄く殺る気に満ち溢れていく。無線機越しに「ウォォオオオ!」と女子高生らしからぬ野太い喊声すら聞こえてくる。これなら大丈夫、そう確信した京太郎は野太く意思を込めた声で号令を発した。

 

「C'mon. It's pay back time !(行くぞ、仕返しのお時間だ!) All tanks, let's move out !(全戦車、行動開始!)」

 

時計の針が停戦終了時刻を刺したその瞬間に京太郎の号令が無線機を通して全車に伝わった。そして闘志をその身に満たした6両の鋼鉄の獣たちが反撃の牙をむき出しにして一斉に廃教会から飛び出した。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「一体全体どうしたっていうのよ!?」

 

「どうやら大洗女子はこちらの陣形の一番分厚いところを突破したようです」

 

停戦時間終了と同時に始まった大洗の総突撃にプラウダ高校側は一時的な混乱に陥る。プラウダの隊長のカチューシャは包囲網を作るに当たり、防備の薄い部分をわざと作っていた。囲まれて追い詰められている大洗は防備の薄いところを突破しようとするだろう。そこを再度包囲、タコ殴りにするのがカチューシャの作戦だったのだが…… それがものの見事にカスリもしないどころか、一番あり得ない部分に突撃を掛けられたわけだ。

ちなみに圧倒的戦力をもって自軍を包囲する敵軍に対しての前進突撃によるこの無謀な撤退戦、実は戦史上に僅かながら例があるのだ。時は天下分け目の関ケ原、東軍8万に囲まれた薩摩隼人で構成される島津軍約800。その包囲を突破し伊勢街道を使って本国へ退却するため、士気旺盛な東軍正面に突撃を仕掛け敵軍中央を掠めるように撤退、見事成功したいわゆる『島津の退き口』である。ちなみにみほの出身は熊本県、つまりは薩摩のお隣だ。

予想外の突撃に混乱するプラウダだが、流石は去年の優勝校、カチューシャの一喝で態勢を立て直し、大洗女子を追撃する。逃げる大洗、それに追いすがるプラウダ。お互い全力で機動しながらの砲撃なので命中弾はほとんどと言っていいほど無い。このまま弾切れか燃料切れまで千日手が続くのではと思われたが、一刻も早くこの追撃を振り切り、相手フラッグ車の撃破に向かいたい大洗女子が次の一手を打った。

 

『じゃ、西住ちゃん。後は頼んだよ』

 

「……会長、気をつけてくださいね。」

 

カメさんチームの38(t)戦車が徐々に速度を落として隊列から離脱、そして一気に反転しプラウダの隊列に吶喊を仕掛けた。杏達に与えられた仕事は勝つことではなく、追いすがってくるプラウダ高校の足止め、所謂『捨て奸』だ。

 

「それじゃ、追い詰められた大女の意地、見せてやろうかね」

 

砲手席で杏がペロリと唇を舐めて呟く。その顔には不敵な笑みが張り付いていた。ちなみに本来の砲手である桃は装填手に横滑りしている。軽戦車1両で重戦車を含む大部隊に立ち向かうとは無謀の極みだが、杏、桃、柚子の三人は女の意地を見せた。砲手兼車長の杏の指示に的確に応えて戦車を手足のように操る柚子。ほんの一瞬だけ訪れる攻撃のチャンスを逃さず的確に敵戦車に砲弾を送り込む杏。そして、手早く砲弾を装填し杏の砲撃を確実にサポートする桃。歯車がかみ合うとはまさしくこのことだろう、三人が三人とも自分の役割を確実にこなした38(t)戦車は軽戦車とは思えないほどの大立ち回りを演じる。4両のT-34を撃破と言う戦績はみほも予測していなかった大金星である。もっとも、引き揚げようとした瞬間にプラウダ副隊長のノンナの長距離砲撃で吹っ飛ばされるというオチをしっかり付けたが……

なにはともあれ、カメさんチームの大奮闘で大洗女子は金よりも貴重な時間を手に入れることが出来た。そして、プラウダ高校の隊から十分距離を取ったⅣ号戦車は雪原のただ中で停車していた。

 

「それじゃ、西住先輩。行ってきます」

 

「須賀君、気を付けて」

 

キューポラから乗り出したみほが京太郎と言葉を交わす。戦車を下車した京太郎は偵察の時に使った雪原迷彩のウェアとテレマークスキーを装備し、腰には大出力の携帯無線機、首からは愛用の双眼鏡をぶら下げている。どこからどう見ても偵察兵のそれである。

 

「無線はちゃんと私が中継するから心配しないでね!」

 

「須賀殿、御武運を!」

 

「無茶はするな」

 

「須賀君、お願いします」

 

沙織、優花里、麻子、華の4人もハッチから顔を出して京太郎に声を掛ける。それに京太郎は笑顔とサムズアップで答えると、そのまま敵フラッグ車の偵察に適した場所を探して移動を始める。そして集落の中にある時計台を見つけて、双眼鏡で敵フラッグ車を探し始める。

 

「……見つけたぜ」

 

建物の影に上手く車体を隠しているが、車体の一部と赤く染められた旗が見つかった。当然、目標とするプラウダ高校のフラッグ車だ。ニヤリと口元を笑みで歪め、無線機でフラッグ車を見つけたことと、その座標をみほ達に知らせる。

 

「敵フラッグ車発見、座標はGE-2301、一両のみでアイドリング中、over」

 

『須賀君、ありがとう!』

 

京太郎の報告の後、無線機からみほの弾んだ声が返ってくる。敵フラッグ車の発見は逆転勝利への絶対条件、それがこんな早くなされたのだから指揮官としては有り難いことこの上ないだろう。しかし、続いてみほから伝えられる情報は大洗の厳しい状況を伝えるものだった。

 

「カメさんチームが……」

 

『うん、敵本隊の攪乱に成功して撤退すると連絡があった直後に撃破されたみたい……』

 

廃教会からの強行脱出の際、カメさんチームは捨て奸じみた遅滞戦術のためプラウダ高校の本隊に乱戦を仕掛けていた。カメさんチームの奮戦は凄まじく、敵戦車2両撃破、1両走行不能、1両小破の大戦果を挙げている。最終的には撃破されたとはいえ殊勲賞モノの大武勲だ。ちなみにだが、カメさんチームに引導を渡したのはノンナの長距離砲撃である。

 

『でも、カメさんチームと須賀君のお陰で、どっちがフラッグ車を先に撃破するかというスピード勝負に持ち込むことが出来たし…… 状況は5分と5分だよ。オーバー』

 

「ハハッ…… これは俺にもプレッシャーがかかりますね」

 

京太郎に課せられた役割は偵察による敵フラッグ車の発見、そして、敵フラッグ車を撃破するためにあんこうチームとカバさんチームの誘導・管制だ。京太郎の双肩に大洗女子の勝利がかかっているといっても過言じゃないだろう。ある種の代理指揮官ともいえるその重圧に普通ならビビるのだが、京太郎は薄っすらと笑みさえ浮かべていた。

 

「いいでしょう、清澄高校麻雀部雑用係の実力、見せてあげましょう」

 

そう言って無線機に向かい、各戦車の詳細な座標を伝えながら、あんこうチームの誘導を始める。カバさんチームは起死回生の一手の為に待ち伏せだ。そうやって勝利を掴むために京太郎とみほ達が動いている一方で、他の大洗の戦車は何をしているのかと言うと、プラウダの本隊の追跡から必死に逃げている最中だった。

 

「何よあれ! 反則よ! 校則違反よ!!」

 

キューポラから身を乗り出したソド子が叫んでいる。まぁ大洗の戦車が八九式中戦車、M3中戦車リー、ルノーB1bis、それに対してプラウダがT-36/76、T-34/85、KV-2、IS-2という戦車本体のスペックを見れば反則じみた性能差があるのは間違いない。そんなスペック差がある相手が自分たちのフラッグを掲げたアヒルさんチームの八九式中戦車に砲弾を雨霰と撃ち込んでくるのだから、叫んで罵倒もしたくはなるだろう。罵倒したところで事態が好転するはずもないのだが……

そうこう言っている間に、ついにプラウダの砲弾がM3中戦車リーを捕らえた。エンジンに被弾しそのまま横転、二、三回ほど転がったあと横倒しで止まり白旗が上がった。悪いことは続く。そのすぐあとルノーB1bisにも砲弾が命中、戦闘不能となり白旗があがった。

砲撃の元は重戦車のIS-2、砲手は高校戦車道界屈指の長距離砲撃手であるノンナだ。冷静沈着な彼女は2両の撃破を確認すると砲の照準をアヒルさんチームの八九式中戦車に合わせる。

 

『よくやったわノンナ! この調子で大洗のフラッグ車も叩き潰しちゃいなさい!』

 

「ダー、カチューシャ」

 

隊長のカチューシャからの無線に短く答えた後、彼女は引き金を引くべく照準器に精神を集中させる。意識の中から周りの騒音や振動が消え去り、八九式中戦車に重なろうとしているレティクルのみが彼女の世界を形作る。そして、八九式とレティクルが重なった瞬間、ノンナが引き金を引きIS-2の主砲が火を噴いた。

 

「諦めるな! 諦めたら試合終了だぞ! 廃校だぞ!!」

 

盾となる味方が全滅し単独で逃走をするアヒルさんチーム。車長兼装填手の典子はそう叫びながらチームの士気を必死に維持していた。状況は絶望的、いつプラウダの砲撃が直撃し撃破されてもおかしくは無い。そんな状況であってもアヒルさんチームのチームワークは崩れないし、顔に諦めの色は全くない。元々、彼女たちはバレー部員で、バレー部が廃部になったあともバレー部の復活を目指して活動し、バレーの練習を欠かさなかったのだ。ある意味、大洗戦車道履修者の中で一番諦めが悪い集団と言えるだろう。そして、勝負の女神と言うのはそんな泥臭い連中が大好きらしい。

偶然にも操縦手の忍が戦車を蛇行させたタイミングと、ノンナの撃った砲弾の着弾するタイミングがかち合ったのだ。八九式の後面をほぼ直角で直撃するはずのその砲弾は、左側面装甲を入射角10°で命中し、跳弾となって明後日の方向へ飛んでいった。もっとも、受け流せたと言ってもそこは重戦車の大口径砲、跳弾の衝撃だけで八九式に甚大なダメージを与え、まともな逃走は不可能になった。しかし、このわずかな時間が大洗に大きな福音を呼び込んだ。

 

『プラウダ高校、フラッグ車戦闘不能! よって大洗女子学園の勝利!』

 

一発で仕留めそこなったことを確認したノンナは急いで二発目を撃とうとして引き金に指を掛けたその時、大洗女子学園の勝ちを告げるアナウンスが響き渡った。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「みほ……」

 

「お母さま、みほが勝ちました」

 

試合の決着がついたアナウンスを聞き、少し驚いた表情をするしほ。長女のまほの言葉にも「そうね」と言葉数少なく反応するのがやっとの様子だ。

そもそも戦車道では大番狂わせ(ジャイアントキリング)と言うのはかなり珍しい。特に準決勝や決勝などの試合に使える車両数が多くなればなるほどこの傾向は顕著に出てくる。例は無い事は無いのだがそれもプラウダ、サンダースや聖グロリアーナ等のある程度実力が近いチーム同士での話。大洗vsプラウダの試合と言うのは戦車道を少しでも知っている人間からすれば100人中100人が大洗の必敗と答える試合なのだ。それだけ両者の実力と実績の差は大きすぎるのだ。

しかし、そんな世間の目を嘲笑うがごとく大洗が勝利をもぎ取った。この試合結果は高校戦車道界に大きな影響を及ぼすことは間違いないだろう。

 

「それにしても、勝つとは思わなかったわ……」

 

口元がわずかに綻ぶしほ。試合終了時は驚いたが、なんだかんだ言って可愛い娘の勝利、嬉しくないわけがない。

 

「ええ、悔しい話ですが、団結力と柔軟性、決断力は黒森峰よりも上だと思います」

 

可愛い妹の勝利で嬉しいのだが、次の決勝で当たるチームの手強さも同時に再認識することになったまほは少し複雑な表情だ。そのまま2人は試合の内容について寸評を交えながら話す。

 

「では、お母様、この試合の最大のポイントは須賀君だと?」

 

まほの言葉に軽くうなずくしほ。

 

「そうね、彼が居なければ大洗女子は反撃する前にチームが瓦解していた…… 正直言ってムードメーカーと言うものの役割を過小評価していたわ」

 

脳裏で京太郎の活躍を思い浮かべつつ、今後、西住流でも彼のようなチームの雰囲気を作る選手の育成は急務だと思い至るしほ。

 

「まほ、貴女にだけこんな声を掛けるのは不公平だと思うのだけど、大洗女子に、みほに、西住流の神髄を見せてあげなさい」

 

「……はい」

 

「それと、初めての姉妹同士の対戦よ…… 後悔の無いように、心行くまで楽しみなさい」

 

「……はい!」

 

実に母親らしい言葉をまほに掛けつつ、会場を後にするしほ。雪を踏みしめつつ戦車道とは異なることに思考を向けはじめた。

 

(それにしても須賀京太郎…… 聞いたことない名前ね。恐らく戦車道とは全くかかわりのない子だったのでしょう……)

 

(まほの言う事が本当だとすると、みほは彼に気があるみたいだし…… 幸い助っ人選手になるくらいだから戦車道に理解もあるみたいね。娘の幸せの為に少し情報を集めてみるべきかしら)

 

清澄高校麻雀部部員・須賀京太郎、本人のあずかり知らぬところで西住流の家元にロックオンを掛けられたようである。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「勝ったぁぁぁあああああああ!!!!」

 

大洗女子チームの待機場所は大いに盛り上がっていた。それはそうだろう、絶体絶命の窮地からの大逆転勝利。そして学校存続へ望みを繋いだのだ。盛り上がらない方がおかしい。

 

「せっかく包囲の一部を薄くして、そこに引き付けてブッ叩く心算だったのに…… まさか包囲網の正面を突破できるとは思わなかったわ」

 

そんな中、カチューシャとノンナがやって来た。もちろんカチューシャはノンナに肩車されてである。カチューシャ達がやって来たことで大洗陣営が静かになる。ノンナがみほの前まで歩みを進めて立ち止まり、みほとカチューシャがお互いに見つめ合う。一言、二言少し会話した後、カチューシャが地面に降りてみほに右手を差し出す。

 

「決勝戦、見に行くわ。このカチューシャをガッカリさせないでよね」

 

「はい」

 

カチューシャの右手を握り返しながら、彼女なりのエールに笑顔で返事を返すみほ。二人の間に友情が結ばれた瞬間だった。

 

「ミホーシャのこともだけど…… キョーシャ! 今回は負けたけど、アンタを諦めたわけじゃないわ。もしプラウダに来たくなったらいつでもいらっしゃい!」

 

握手を終えたカチューシャは京太郎を見つけると、いつものデカい態度で堂々と言い放った。まぁ、京太郎にとってこのタイプの少女は優希で慣れているので苦笑いしつつ軽く流す。

 

「あれ、須賀君。それってフライトスーツだよね? なんで着替えたの?」

 

カチューシャの言動で当然皆の視線は京太郎に向く。そこには既に愛用の飛行服に着替えた京太郎が佇んでいた。

 

「なんでって…… これから長野に帰るからだけど……」

 

梓の疑問に「何いってるんだ?」と言う表情で答える京太郎。これには周りの少女たちの方が「お前こそ一体何を言ってるんだ!?」と言う感じで驚愕する。

 

「えっ…… 長野に帰るって、紫電改で? 本気!?」

 

「須賀殿!いくらなんでも無茶すぎますよぉ!!」

 

「そうだよ! 確か紫電改じゃ航続距離足りないでしょ!!」

 

優花里達の言うとおりだった。今、京太郎の紫電改はクライストチャーチ国際空港に駐機されているが…… 当該地点から長野までは大圏航路の概算距離で9,000 kmを余裕でオーバーする。当然、その航路上に島はほとんどなく紫電改の航続距離では飛ぶことは出来ない。となるとオーストラリア大陸やマレー諸島がある西回りのコースという事になるのだが……

 

「オーストラリア、パプアニューギニア、インドネシア、フィリピン、台湾を経由すれば飛べますよ。概算で12,000 kmくらいですね」

 

京太郎の言うとおり、シドニー、ケアンズ、ポートモレスビー、ソロン、ダバオ、マニラ、台北、鹿屋を経由すれば各都市間の飛行距離は紫電改の航続距離に収まるし、時間をかければ可能だろう。離着陸、給油、休憩時間の一切を勘定に入れなければ巡航速度400 km/hで大体30時間あれば到着する計算だ。諸々の所要時間も加味して京太郎は3日ほどかかると考えている。正直言おう、アホの極みである。

 

「駄目ダメだめダメ駄目!! 幾らなんでも危険すぎるよ!!」

 

「須賀君の出向を要請した生徒会としては安全に責任が持てないからねぇ…… 流石に許可できないなぁ」

 

ウサギさんチームの面々が涙目で京太郎にダメ出しをしまくり、生徒会の面々は後頭部にでっかい汗を流しながら流石に不許可と言い張る。他の面々はこの突拍子もない計画にドン引きである。

大洗学園艦はそこそこ速度が出ると言っても経済巡航速度は20 knot、下手すると日本まで10日は掛かる。清澄で麻雀の練習をしたい京太郎にとってこの時間がもどかしいのは確かに分かる。だからと言って単発単座の戦闘機に乗って太平洋を西回りに縦断などという大冒険を認める訳にはいかない。結局、杏が電話で学園長に掛け合って学園艦を最大速力の40 knotで航行させること、長野に帰る予定だった土日の分の埋め合わせは必ずすると生徒会が確約し、京太郎がしぶしぶ譲歩して場が収まることになる。

 

「ねぇ、ノンナ……」

 

「なんでしょう、カチューシャ」

 

「キョーシャってもしかして…… 馬鹿?」

 

「ええ、紛う事無き馬鹿だと思います」

 

一連の騒動を茫然と見ていたカチューシャとノンナの中で京太郎の評価がわずかながら下方修正されたのは言うまでもない。

 




以上になります。
京太郎は出来ると思い込んだら一直線に突き進むある種の突撃馬鹿だと思うんだ。
更新速度がこうも遅いこの作品でこういうのもなんだけど……

感想欲しい……

気が向いたら感想評価、よろしくお願いします。


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9話 ―清澄と大洗、それぞれの日常・Ⅱ―

超絶お久しぶりです。
自分の遅筆ぶりが嫌になるエルクカディスです。
今回は日常回をお送りします。


【注意】華さんがある方面でキャラブレイクしています


華さんファンで「俺の華さんに何てことしやがるんだ!」と言う人はブラウザバックをお願いします!




 天高く馬肥える秋の言葉を表すかのように澄んだ青い空が広がる。そんな気持ちの良い空気の中を幾つもの銀翼たちが飛び交う。高空には旅人たちを乗せた旅客機が、低空には趣味で小型機を乗り回す荒くれ者たちが、それぞれの思いと意味を翼に載せて空を行く。

 そんな中に混じって少しずんぐりとしたシルエットの単発複座機がゆったりと飛んでいる。それは高等練習機T‐6 Texanと呼ばれる機体で、特徴的なのは垂直尾翼のペイントだ。ベースの色は白で黄緑色の帯が3本鮮やかに塗られている。この塗装、免許取得の最終実技試験中を意味する法定塗装なのだ。

 

「それじゃ、試験項目の6つ目のタッチ・アンド・ゴーに行きましょうか」

 

「は、はい」

 

 後席に座っている試験官がクリップボードの挟まれた紙に何かを記入しながら、伝声管を使って前席の受験者に指示を出す。返ってきた返事はやや震え声で緊張しているのが伝わってくる。試験を受けているのだから緊張するのは仕方ない。白髪で人の良さそうな初老の試験官は苦笑いをしつつ伝声管を使ってもう一度声を掛ける。

 

「染谷さん、ここまでの項目は順調ですから大丈夫ですよ。緊張していたら普段の実力を出せませんよ。ほら、リラックス、リラックス」

 

「は、はい! ありがとうございます」

 

操縦桿を握る受験者は、清澄高校麻雀部副部長の染谷まこ。いままでトレーニングで何度も操縦桿を握ってきてその感触にも慣れたとはいえ、流石に試験ともなれば緊張を隠せない。じんわりとかいた汗が手に嵌めたグローブを湿らせている。

 

「染谷さん、松本空港の航空管制運航情報(レディオ)から連絡です。滑走路を南向き(ランウェイ36)から侵入して欲しいという情報です」

 

試験官からの伝言を聞いたまこは試験官に滑走路上の風の情報をリクエスト、そして空路図で自機と空港の位置を確認し、やや躊躇いがちに決断する。

 

「レディオの情報通り、ランウェイ36から侵入しますけェ」

 

了解(コピー)、貴女が機長です自信を持って。良い判断ですよ」

 

試験官とのやり取りの後、機体を進路に乗せるために操縦桿を右に傾けてフットバーを軽く蹴って機体を旋回させ始めた。

 

 

 

………………………………

………………

………

 

 

 

「それにしても、みんな揃って人が悪いなぁ…… ヒコーキを始めたならそれとなく言ってくれればいいじゃないか」

 

ツモった一萬を河に捨てながら京太郎が少し恨めしそうに零す。

 

「吃驚したでしょ? ちょっとドッキリを仕掛けるつもりでみんなで内緒にしてたのよ!」

 

「ええ、それはもう本当に驚きましたよ、部長! ポン!」

 

小悪魔チックな笑顔でのたまう久に鳴きで返す京太郎。これで京太郎の手牌は純チャンイーシャンテンまで伸びる。

 

「それにしても勉強嫌いのゆーきがここまで真剣に教本を読み込むとは思いもしませんでした。ねぇゆーき」

 

「のどちゃん、今話しかけないでほしいじょ…… 覚えたことが零れ落ちちゃうじぇ……」

 

自分のツモ番が回ってきたので山から牌を引きつつ和が優希に話を振る。その視線の先には操縦教本を射殺さんばかりの視線で読み込む優希の姿があった。頭から煙を出しつつ「染谷先輩の次は私、染谷先輩の次は私……」と呟いて鬼気迫る表情で試験直前の追い込みを図る優希。

 

「お父さんとお母さんの訓練でOKが出たんですよね、優希先輩。それなら大丈夫ですよ。ウチの親は空のことに関して妥協は絶対しないですから。それに今日は試問試験じゃなくて実技試験ですよ」

 

ガチガチに追い込まれている優希にアドバイスを送る京太郎の妹の京子。自身もレシプロ機限定操縦士免許(フライトライセンス)試験のときに通った道なので優希の心境も良く分かるのだが、何せ緊張していたら操縦桿が一切言うことを聞いてくれなくなる。やはりリラックスは大事なのだ。

なんとか優希の緊張を解そうと四苦八苦している京子の耳に卓の方から「槓! 槓! もう一個、槓!」と咲の声が聞こえてきた。こうなった咲は始末に負えない。麻雀を始めたばっかりの京子ですら、それが本当に異常な事態であることはよく理解できる。もはや天災と同レベルで対処のしようがないのだ。京子はひっそりとこの状態の咲を『九九艦爆(九九式艦上爆撃機)』になぞらえて『宮永槓爆』と呼んでいる。で、視線を卓の方に向けてみると…… 

卓に突っ伏す自慢の兄と口から魂が抜けかけている和、そしてFXで有り金全部溶かしたような顔をしている久、それらを尻目にない胸を張ってドヤ顔をする咲と何ともカオスな空間があった。

 

「……お前と打ってると上達した実感が全然わかないのは気のせいか?」

 

気力を出して起き上がり咲に愚痴を零す京太郎。全く持ってその通りである。

と、その時、低く唸るような音が聞こえてくる。京太郎や京子にとっては馴染の音。そして最近操縦訓練を受け始めた咲の耳にも馴染み始めた音、ヒコーキの発動機のエンジン音だ。

 

「あー、アレ染谷先輩が試験受けてる機体じゃないかな?」

 

「だと思いますよ。今日、実技を受けるのは染谷先輩とゆーきだけですから」

 

少しヨタヨタとしながらも真っ直ぐ滑走路に進入してくる。着陸操作も最終段階でもう高度は100 ftもないだろう、ほんの数秒すると主脚に滑走路の路面がふれ接地(タッチダウン)を決める。そのまま惰性で少し滑走したあとエンジンの音が大きくなりそのまま離陸上昇していった。

 

「中々なタッチ・アンド・ゴーでしたね」

 

「それにしてもまこと優希に先を越されるとは思わなかったわー」

 

まこのタッチ・アンド・ゴーを見て感想を口にする京太郎と、少し悔しそうに零す久。それよりも、なぜ麻雀していた場所からヒコーキの離着陸が良く見えるのか……

答えは単純である。松本空港のプライベート機用の整備エプロンに雀卓を持ち込みそこで打っていたのだ。そんな暴挙が良くできたなと思わなくもないが、利用者が少なすぎてガラガラのデッドスペース化していた場所なので使ってくれるならと空港側からの許可が出たのだ。雀卓1つ持ち込んだところで迷惑する人間も全くいないうえ、エイノ(須賀父)ケイ(須賀母)がよく松本空港を利用するので顔が利いたというのも大きい。

 

「まぁまぁ、君たち5人の中じゃあの2人のセンスは頭1つ分飛び抜けているからね」

 

久の言葉にエイノが返す。京子曰く、咲達5人の中でまこが一番操縦適正が高いとのこと。その次に僅差で優希が続き咲、和、久の3人は団栗の背比べらしい。

 

「まぁ、こればっかりは仕方ないわよ。ただ操縦はセンスだけじゃないからそんなに落ち込むことは無いわ。まこちゃんと優希ちゃんのセンスが飛び抜けてるだけで、咲ちゃんと和ちゃんと久ちゃんのセンスがないわけじゃないからね」

 

そう言ってケイが慰める。

まこのタッチ・アンド・ゴーを見物後、丁度、キリがいいので休憩を取ることにした清澄高校麻雀部。お茶を一服してリラックスした後、麻雀の練習を再開する。優希が試験前なので練習には加わらず、メンツは久と京子が変わったのみだ。

 

「ふぃー、ぶち疲れたわ。優希、そろそろおんしの出番じゃけェ」

 

「染谷先輩の次は私、染谷先輩の次は私……」

 

「わりゃ、わしより緊張しとらんか?」

 

淡々と麻雀の練習をしていると実技試験を終えたまこが帰ってきた。OD(オリーブドラブ)色のフライトスーツに身を包み、額に薄っすらと汗を掻いている。

 

「まこちゃん、お疲れ様。楽しかったかい?」

 

持ち込んだアウトドアチェアに座り込むまこにエイノが声を掛ける。手渡されたミネラルウォーターで喉を潤して答えるまこ。

 

「ええ、試験中は緊張でそんなこと考える余裕もなかったですけど…… 終わった今考えると楽しかったです」

 

まこの答えを聞いて「そうか、それなら良かった」と豪快に笑う須賀父、須賀母もニコニコと笑顔だ。

 

「おおそうじゃ、優希。空の様子じゃがな……」

 

ふと思いついたような顔をした後、優希に上空の風の様子など自分が感じとったことを伝えていく。当然、相当に有り難い情報なので優希も真剣に聞く。そんな素直な後輩にまこは激励代わりに背中をポンと押して送り出す。

 

「お疲れ様です、染谷先輩。席、替わります?」

 

「いや、もうちょい休憩させちょくれ。流石にこの状態で打つんはしんどいわ」

 

丁度対局が終わったのか京太郎が労いながら、席を進めてくる。もっとも、試験での疲れが出ているのか断られた。それならと再び席について京太郎は咲、京子、久と対局を始める。この頃、メキメキと腕を上げてきた後輩の対局姿を笑顔で見守りつつ、フッと聞きたいことがあったのを思い出したまこは後輩の背中に向かって声を掛ける。

 

「のう、京太郎。ちょいと京子から聞いたんじゃが…… わりゃ、ニュージーから長野まで本気で紫電改で飛ぶ心算じゃったんか?」

 

そう、聞きたいこととはニュージーランドから西回りで長野まで帰ってくるという壮大な飛行計画のことだ。距離12,000 km、予定飛行時間3日という無茶苦茶な飛行計画である。まこの疑問に京太郎は「えー、本気でしたけど」と答え、チームメイトを呆れさせる。

 

「京ちゃん…… いくらなんでもそれは無茶すぎると思うなぁ」

 

「そうですよ、須賀君。実際に操縦桿を握っているので分かりますが、3日ぶっ続けで飛ぶなんて無謀以外の何物でもないです」

 

「ほんと兄さんはヒコーキに関してはバカなんだから」

 

咲と和に続いて京子も中々な毒を吐く。流石に妹のこの言葉にはカチンときたのか顔を引きつらせる京太郎。

 

「おうおう、わが妹よ。免許取りたての初心者マークの時に川西九三式中間練習機(赤とんぼ)F2A(バッファロー)に一騎打ちを挑んだアホなじゃじゃ馬は何処の誰だっけ?」

 

反撃とばかりに妹のお転婆ぶりを大暴露する京太郎。当然、京子も頭に血が上るわけで、

「なによ!」「なにを!」とメンチの切り合いをする須賀兄妹。いきなり始まった兄妹喧嘩(じゃれあい)に咲と和はオロオロとうろたえ、なんとか宥めようとする久とまこ。そんな若者たちを一歩引いた位置から笑顔で見守る須賀夫妻。

 

「フフフ、若いっていいわね。それにしても京太郎と京子の無鉄砲さは誰に似たのかしら?」

 

「ベイルアウトした先の雪山で、小銃担いだ歩兵を拳銃でホールドアップさせた君の血のせいじゃないかな?」

 

「あら、それを言うならあなたの血の方が強いんじゃないかしら? ねぇ、敵機を見れば真っ先に突っ込んでいって殲滅する隊長さん」

 

流石は年の功と言ったところだろうか、お互い皮肉を言っているにもかかわらずニコニコと仲の良さを見せつける須賀夫妻だった。ちなみに、免許取りたてでバッファロー戦闘機に練習機で喧嘩を挑んだ京子だが、ちゃっかり勝ち星を挙げていたりするのが何気に恐ろしい。カエルの子はカエルとはよく言ったものである。

 

 

 

………………………………

………………

………

 

 

 

「で、みぽりん、須賀君とどこまで行ったの?」

 

「ふえ!?」

 

場所は変わって大洗学園艦にあるみほの部屋。この日は戦車道の練習も午前だけなので恒例の仲良し五人組でご飯会だ。沙織謹製の特製オムライスに舌鼓を打ち、インスタントコーヒーで作ったカフェオレでほっこりしている時にいきなり沙織が切り出した。

 

「そうですよ、みほさん。もうすでに須賀君と手くらいは繋ぎましたか?」

 

女三人寄れば姦しいと言うが、5人集まっているのだ、当然雑談で盛り上がる。で、密かに京太郎に思いを寄せているみほが雑談の肴になるのが毎回の流れだ。毎度、同じ流れになるのだから慣れろと言いたいところだが、みほはその度に初々しい反応を返してしまう。その反応が見たくて沙織たちは毎回同じキラーパスを出すのだが……

 

「あうあうあうあうあうあう……」

 

「その様子ではまだ手すら繋いでないみたいですねぇ……」

 

「いくらなんでも奥手すぎないか? 西住さん」

 

みほの様子を見た優花里が大体の状況を察して溜息をついて、麻子は冷静に突っ込む。

 

「みぽりん! なに愚図々々してるの!? 須賀君盗られちゃうよ!!」

 

沙織の言葉にウンウンと頷く優花里、麻子、華。しかし、よくよく考えれば清澄メンバーの中に割り込みを掛けるのはみほの方になるのだが…… 恋は戦争、奪ったもの勝ちだ。こうやって親友たちが発破をかけているにもかかわらず顔を赤くしてもじもじするだけのみほ。普段戦車道で見せる凛々しさや決断力に富む指揮官の面影は微塵も見られなかった。

 

「ええぃ、じれったい! みぽりん! 須賀君のことが好きなのか、そうじゃ無いのか、はっきりしなさい!!」

 

みほの余りに煮え切らない態度に焦れてきたのか、沙織が机をダンと叩きつつみほを詰る。その剣幕の強さに怯えて涙目になるみほ、少し可哀そうになったのか優花里が沙織を宥めにかかった。

 

「まぁまぁ、武部殿。西住殿が完全に怯えてますよ。それに西住殿の性格を考えるとこうなるのも致し方ないと思います」

 

「でもゆかりん! みぽりんがこのままじゃ須賀君と進展なくお別れに成っちゃうよ!」

 

沙織の剣幕が優花里にも向くが、当の優花里は涼しい顔。それどころか「まずは西住殿の気持ちを固めるところから始めましょう。そこがあやふやだと二進も三進もいきませんよ?」と逆に沙織を説得にかかった。

 

「西住殿。実のところ西住殿は須賀殿のことはどう思っています?」

 

「ううっ…… どう思ってるなんて言われても……」

 

「それなら具体的に想像して考えてみましょう。 ……そうですねぇ、新婚で須賀殿を玄関まで迎えに出たら抱きしめられたとか?」

 

優花里に言われるままに目を瞑り、シチュエーションを想像するみほ。エプロン付けて台所で料理をしている自分、玄関からドアが開く音がして「ただいま~」と京太郎の声が聞こえてくる。一旦コンロの火を消してトタトタと玄関に移動するとスーツを着た京太郎が立っている。「おかえりなさい」そう言うと京太郎が再び「ただいま」と言って自分を抱きしめ、接吻を求めてくる……

 

「すごく…… すごく、いいかも……」

 

妄想に浸りきってそう独り言をこぼすみほ。途中から下腹部にポカポカと言うかキュンとした何かを感じて無意識に右手を持って行き摩っている。自分の右手がどこに行っているのか、彼女自身は気づいてないが、友人たちはバッチリ気付いている。

 

「その様子だと確実に須賀のことが好きだな」

 

「ですよね~」

 

娘を見つめる母親のような目の麻子と優花里、そして恋愛大好きなせいで瞳が爛々と怪しく輝く沙織。しかし、彼女らとはちょっと違った様子を見せる女子高生がこの場にひとりいる。

 

「みほさん、ちょっとお耳を貸していただけますか?」

 

「ふぇっ? 何、華さん?」

 

ふわふわと京太郎との新婚生活の妄想に浸っていたみほだったが、すこしトリップしつつも華に言われるがまま耳を貸す。

 

「では、みほさん……」

 

ごにょごにょとまるで内緒話のようにみほに話しかける華。何を話しているんだと首を傾げる3人娘。最初のうちは普通にうんうんと頷いていたみほだが、次第に顔が赤くなっていき……

 

「はぅ!?」

 

茹蛸のように真っ赤になってダウンしてしまった。

 

「み、みぽりんーーーっ!!」

 

大声を上げて沙織がみほの無事を確認しようとするが、襟を掴んで前後に揺すりまくっているのは止めを刺そうとしているようにしか見えない。肝心のみほの様子だが、「あうあう……」と言いながらグルグルお目々、おまけにタラリと一筋の鼻血をだして完全にオーバーヒートしている。

 

「ちょっと、華! みぽりんに何吹き込んだの!?」

 

ヒートアップした沙織はその矛先を華に向ける。まぁ、間違いなく彼女が原因なのでその行為は間違いではないが、肝心の華は「あらあら、どうしましょう?」とどこ吹く風。

 

「いや、五十鈴殿? 冗談ではなく西住殿に何を耳打ちしたんですか?」

 

「普通、耳打ち程度であんな風にはならないぞ……」

 

比較的冷静な優花里と麻子から不審の目を華に向けられても余裕の態度が崩れない華。まぁ、隠すほどのことでもないのでみほに耳打ちした内容を皆にも話すことにした。

 

「そうですねぇ…… みほさんが須賀君との新婚生活の妄想に浸っていたみたいなので、その続きを耳打ちしただけですよ?」

 

「はぁ…… 続き…… ですか?」

 

優花里が不思議そうな顔で華に訊き返す。華の説明を聞く限りでは至って普通の会話に思える。しかし、それだけでみほがオーバーヒートするだろうか? 沙織と優花里が頭の上に大量のハテナマークを浮かべている一方で、大洗女子学園随一の才媛の麻子はどうやらコトの流れが読めてきたようで、げんなりとした表情を浮かべつつさらに詳しい内容を華に問いただす。

 

「で、五十鈴さん…… 一体どんな内容を西住さんに吹き込んだんだ?」

 

「そうですねぇ…… 結婚したばかりのみほさんが須賀君を玄関まで出迎えるところを想像してらっしゃったみたいなので…… その続きをですね」

 

そこから華が語る内容は強烈だった。テレビだと間違いなくピー音がかぶさる言葉のオンパレード…… と言うか、下ネタ全開のお下品バラエティーでもこれほどの放送自粛用語の大名行列は滅多にお目にかかることがないだろう、そんなレベルである。

当然、そんな内容を聞かされて沙織、優花里、麻子の顔が見る見るうちにトマトみたいに赤くなっていく。見た目純情そうな大和撫子の華がニコニコと柔和な笑みを浮かべつつ、その口でピー音連発のお下劣話を紡ぐのだからシュールなことこの上ない光景だ。

 

「で、そのままお布団の中で……」

 

「華ぁぁぁぁぁああああ!! あんた何言ってんのぉおお!! と言うかどこでそんな言葉や話を覚えた!?!?」

 

いち早く正気に戻った沙織が華の胸倉を掴んで揺さぶりつつ華を詰るが、肝心の華道娘は沙織の権幕をどこ吹く風と言った感じで流す。

 

「何処って…… 小説とかDVDとかを見てですね……」

 

「うわーーーん!! 純情な華がどこか知らない遠い場所へ行っちゃったよぉぉおおおお!!」

 

淡々と語る華に沙織は半狂乱、中学以来の友人の見てはいけない側面を見てしまった彼女のショックはいかばかりか…… 恋愛、恋愛と常に言い続けている彼女の方がはるかに純情、と言うか初心であった。

 

「あうあうあうあう…… す、須賀殿は西住殿の思い人…… す、須賀殿は西住殿の思い人……」

 

顔を真っ赤にしてブツブツと呟きながら壁に頭を打ち付ける優花里。最初は京太郎とみほのペアで想像していたのだが、華の話を聞いているうちに自分とみほが入れ替わってしまったようだ。こやつも初心のようで煩悩を振り払おうと必死になっている。ブツブツ呟いていた内容もいつの間にか般若心経に変わっており、壁へのヘッドバットも読経のリズムを刻んでいる。何かの新興宗教のようで少し怖い。

 

「五十鈴さん中々やるな…… 私もまだまだ勉強不足だな……」

 

顔を赤く染めながらも、華に知識で負けたことを悔しがる麻子。意外にもこの方面の知識をそこそこに持っているらしい。普段はクールぶっていてもやはりお年頃の女子高生、猥談に人並みに興味はあるみたいだ。

 

「麻子! そんな勉強しなくてもいいの!! あと、華! そんないかがわしいモノさっさと捨てちゃいなさい!!」

 

「えー…… 結構お値段するんですよ、お小遣いもそこそこつぎ込みましたし……」

 

「一体どんだけ持ってるのよ!! 第一、あんたまだ16歳でしょ! 18歳以下お断わりの品なんか持つな!!」

 

「あっ、みほさん。万が一の時の為に麻縄も用意しておきますか?」

 

「話を聞けぇえええええええ!!!!!!」

 

鬼のような形相でまくしたてる沙織、それをのらりくらりと躱す華。もはや出来の悪いコントである。沙織の方は華のことを思って喚いているのだろうが、傍から見ると不良娘をガミガミと叱り飛ばす潔癖症のお母んみたいだ。

女3人寄れば姦しいとは言うが、5人寄ればもっと喧しいのだろう。そこに下ネタ方面でのツッコミ殺しの天然が混じっているのだ、ご飯会の空気は完全にカオスになってしまった。

 

 

 

………………………………

………………

………

 

 

 

夕暮れ時の信州のファーストフード店、そこの二人掛けのテーブル席で男子高校生がポテトフライを齧りながら小説を読みふけっている。

 

「よう、誠。待った?」

 

「おう、まぁそこそこ待ったぜ」

 

そこへ金髪の長身の別の男子高校生がやって来て、もともと居た男子高生に声を掛ける。ポテトを齧っていた彼は高久田誠、中学以来の京太郎の友人だ。

 

「お前も大変だよなぁ、京太郎。大洗との往復なんて無茶やってんだからよ」

 

「まぁ、俺が自分で言い出したことだからな。言ったことの責任は取るさ」

 

誠の向かいの椅子に座り、手に持っていたトレーに載っているテリヤキバーガーに齧り付く。

 

「うん、旨い!」

 

「で、その忙しい須賀殿がこんなところで油を売っていていいのか? 清澄にいる間にお姫様たちの機嫌を取らなくていいのか?」

 

「んー……」

 

ずいっと身を乗り出して京太郎に問いかける誠、それに京太郎は生返事を返す。

 

「いやまぁ、ちゃんと麻雀部の皆には(おまえ)と会ってくるって言ってあるからなぁ」

 

「俺は勘弁だぜ? 痴情の縺れで大事な親友が刺殺されるなんて展開は」

 

「誠、お前サスペンスの見過ぎだろ……」

 

呆れ顔を京太郎に「ニシシ」と悪い笑顔の誠。明らかに京太郎を揶揄って楽しんでいる。ただ、刃傷沙汰は無くても大喧嘩くらいはあり得るんじゃないかとマジで誠は考えていたりする。

 

「で、行き成り連絡入れてきやがって。何か問題でも起こったか?」

 

「いや、そんなんじゃなくてお前と駄弁りたいだけなんだがな……」

 

「……は?」

 

ほんの2時間ほど前に携帯に電話が来て、急に呼び出された誠は何か緊急の相談事かと少し身構えていたのだが…… 京太郎の口から出たのはただ駄弁りたいだけ。拍子抜けも良いところだし、そんなことでいきなり呼び出されたかと思うと少し腹が立つので返す返事も少し棘のあるモノになる。

 

「いや、誠。お前には悪いとは思うがな…… よく考えてみてくれ」

 

「なんだよ?」

 

「麻雀部のメンツは俺を除いてみんな女子、そして俺が短期留学しているのは県立大洗()()学園だ……」

 

「あー……」

 

「話題の振り方によっちゃセクハラになりかねないからな、結構気を使ってしゃべってるんだぞ…… たまには同性の親友と全く気兼ねしない会話がしたくて何が悪い!!」

 

「あー、分かった分かった。俺が悪かったからそんなにヒートアップするな」

 

どうどうと京太郎を宥める誠。確かに京太郎の境遇を考えれば十分同情に値する。同年代のモテない君たちが激怒しそうな贅沢な悩みだが、女子ばかりの集団の中で男子一人だけというのは存外ストレスが溜まるのだ。

 

「まぁ、愚痴ぐらいは幾らでも付き合うがな……」

 

「流石、小学校以来の親友。頼りにしてるぜ」

 

その後、本当にどうでもいい世間話や馬鹿話で盛り上がる京太郎と誠。世間一般の男子高校生らしい姿と言えばまさにそうだろう。会話を楽しむ2人、しかし、楽しい時間はすぐ過ぎる。

 

「おっと、もうこんな時間かよ。京太郎、俺、そろそろ帰るわ」

 

「了解、俺も帰らないとな…… 大洗の短期留学が終わったら時間に多少余裕が出来ると思うんだが……」

 

「おう、その時はまた一緒に飛ぶか? お前とロッテ組めば向かうところ敵なしだからな!」

 

そう言って暗くなりかけた空の下、軽く手をあげてサヨナラの挨拶をする誠。その背中を見送った京太郎も、自分の家に帰るべく歩き出した。

大洗運命の決勝戦まで後数日に控えた残暑厳しい初秋の夕方だった。

 




第9話は以上です!
次の話も日常回を予定しているのでよろしくです。

誤字脱字等あれば報告宜しくお願いします。
評価感想頂けるとすごく嬉しいです!

ではまた次回にお会いしましょう!



【豆知識】
航空管制運航情報官(レディオ)航空管制官(タワー)の違い

端的に言えば当該航空機に対して指示命令が出来るかどうかです。
情報官は空港の状況に関する情報の提供は出来ますが、航空機への指示命令は出来ません。
一方で管制官は航空機への指示命令権を持っているので、航空機は管制官の指示に従う義務があります。
管制官がいる空港の事を管制空港、管制官は居らず情報官のみが居る空港をレディオ空港、両者とも居ない空港をリモート空港と言います。


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