「わぁ……」
ガラスが割れ、大きな欠片を幾つか枠に残しただけの窓の向こう、水平線へ消えゆく夕日の姿に少年は魅せられた。空の青を茜に変え、全てを染めて行く太陽が作り出した壮大なコントラスト。それは、少年へ一時全てを忘れさせてくれた。
「って、見とれてる場合じゃないよ!」
そう、思わず我に返ってツッコミをいれてしまう程、状況は良くないというのに。夕日が見えると言うことは、これから夜がやってくるのだ。
「……どうしよう」
サバイバルの基本はま夜に備えることだと言っていたのは、何処かのサンドボックスゲームの攻略サイトだったか、それとも別の何かだったか。いずれにしても、何もない場所で一夜を明かすよりはマシと少年が向かったのは、かって鎮守府だったと思われる施設の一部。窓は割れ、あちこちに蜘蛛の巣が張っていたその部屋は随分使われていなかったのだろう。
「まぁ、自分で言うのも何だけどさ、気持ちはわからないでもないんだよねー」
とりあえず、蜘蛛の巣を取っ払い、外の様子を伺おうと窓の外を見た結果、夕日に目を奪われたことを省みて、少年は嘆息した。
「なんで艦これの世界に来ちゃったりしたんだろう」
少年は、気づけば海辺で倒れていた、カーキー色のセーラー服と深緑のキュロットをはいた姿で。スカートでないのは、こんな場所に送り込んだ誰かの情けでもあったのか、目が覚めるなり、男のシンボルを失っていないことにホッとしたりヤケに背中が重いなと振り返ってそこに艦装を見つけて硬直したりもした。そのすぐ後、我に返って絶叫したら深海棲艦が現れて襲いかかって来て、なし崩しに戦闘になったりもしたのだが。
「……どうにかなったのが本当にまだ信じられないけど、無我夢中だったもんね」
かろうじて襲ってきた仮面つきの半人型をしたそれを少年は倒した。
「けどさぁ……」
そこまでは良かった。
「たぶん、あれがドロップ艦ってやつ何だろうけど……どういう事なの」
撃破した敵が沈んだ後、海面に浮かんできた少女の姿を見てたっぷり数秒以上はフリーズした少年は顔をひきつらせたまま、ポツリと漏らす。
「よりによって大井っちって――」
少年の苗は北上。下がキュロットであることを除けば、身を包むのはその名に合わせたかのような服装と艦装。髪も何故かお下げになっていた。
「つまり、球磨型軽巡洋艦の4番艦、大井っちにLOVEられてる球磨型軽巡洋艦3番艦を性別反転させたらこうなるんじゃないかって格好なのがアタシなわけで……」
性別が反転してるなら、原作の行きすぎた好意もないのではないかという甘い期待は、流石に放っておけず回収したそのドロップ艦が目を覚ました直後に轟沈した。
「北上さん? 私を助けてくれたのは北上さんなの?」
起きるなり、即座に北上さん認定され、その後性別が違うしとか色々言い訳したのだが、全く取り合って貰えなかったのだ、その上。
「北上さん、ああ、北上さんと二人きりなんて……うん、二人きり?」
独り言を呟き首を傾げた直後にその少女は鼻血を噴き出し、倒れた。
「ああ、アタシの馬鹿……性別変わってても全然駄目じゃん! これって、やっぱり、あれ? 大井っちが目を覚ます前に現実逃避で本物の物真似とかしてたから? それとも、オリジナルの北上さんって胸部装甲控えめだし、性別変わってても気づかれないんじゃとか失礼な発言したせい?」
倒れた少女を放置して逃げてきたのは男としてどうかと思うが、同時にやむを得ないことだったと少年は自己弁護する。
「あ、あのまま大井っちと一緒だったら、それこそどうなってたかわかんないし……」
この鎮守府跡に残されていた地図によりわかった、ここが小さな島であると言う事実も北上少年に全力で不安を抱かせていた。
「幸いにもこの部屋は鍵がかかるし、窓は廃材か何かで塞げば一晩はしのげる。夜に大井っちと一緒なんて駄目だ、危険すぎる。状態の良いベッドがある部屋もあったから、大井っちにはあそこで寝て貰おう」
籠城する場所を探してこの廃鎮守府を探索した少年は、比較的状態の良い部屋を見つけると部屋の場所を示した簡易な地図と一緒にここで寝るようにと記した置き手紙を複数、残しておいた。
「朝になれば、大井っちも落ち着くだろうし……」
色々なことがありすぎてこっちも考えが纏まらないからと言い訳し、少年は足の一本欠けた木製の椅子に歩み寄ると、残った足を引き抜き始める。
「ふぅん……背もたれとこのお尻のせるところ、両方を板にすれば、行けるかな?」
何も完全に塞ぐ必要はない。艦装を使われれば廃材など一瞬で木っ端微塵なのだから、むしろ最悪の場合、窓を破って逃げられる様、中が見えない程度の封鎖にしておいた方がいい。
「朝になれば……ちゃんとした話し合い、出来るよね?」
漠然と感じる不安を誤魔化すように、椅子の残骸を手にしたまま、北上少年は呟いた。
とりあえず、プロローグ終了。
次からがきっと本番です。
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第一話「そして夜はやって来る」
「ふぅ……」
窓を塞いだことで光源を失ってしまった部屋の中、壁に凭れて床に座り込んでいた少年はため息をつく。
「これで外に明かりが漏れる可能性も低いし、偶然見つけたこれで何か使えるモノがないか部屋の中を探してみるってのも一つの手なんだよねー」
誰が居る訳でもなく、独言と共に持ち上げられた手に乗るのは、一本の懐中電灯。
「ボロいとは言え、椅子もあった訳だし……鍵がかかることと窓をふさげるモノがないかって事だけ考えてたけどさ」
鍵のかかる部屋に椅子があったと言うことは、誰かの私室だったのではないかと少年が思い至るのは無理もない話であり、同時にあり得る話でもあった。
「って、いけないいけない。こう静かだと、つい独り言が出ちゃうけど、これも拙いよねー」
静かと言うことはこちらの声だって聞こえてしまう可能性があるのだ。今のところ聞こえてくるのは寄せては返す波の音と、虫の声くらいだったが、油断して言い状況でないことを北上少年は知っていた。
(朝まではまだ長いんだし、せっぱ詰まっていない今の内にやれることはやっておくべきなんだろうね、やっぱし)
声を出さず、胸の中で呟くことにして少年は懐中電灯のスイッチをスライドさせる。
「っ」
手元に出現した光源へ自分でやった事とは理解しつつも眩しげに顔を背けると、明るくなったからだろ、再確認出来るようになった部屋の様子が少年の目に飛び込んできた。
(うわぁ、夕日が差し込んでいた時に見えてたはずだけど、本当にボロボロ……)
壁紙なんてお洒落なものもない、以前にはあったとしてもとっくに引っぺがされたとか破られたりしてしまっていそうだが、明るくなって確認出来るようになったからこそ、部屋内の惨状がいっそう際だった。椅子同様、壊れたり欠損した家具が申し訳程度に残る中、本棚であったらしい正面部分を取り払われた長方形の箱は、天井部分の板が斧か何かでたたき割られており。
「って、斧ぉ?!」
流石にこれには少年も声を上げた。
(って、声は駄目だった……けど、なんで、斧? 深海棲艦に斧使う奴なんていたっけ? って言うか、そもそもこんなとこまで押し入ってくるってのも妙だよね。むしろ、艦娘同士とか艦娘と提督の刃傷沙汰の方が……あ)
だが、拙いと思い自分の口を押さえた少年は声に出さぬ独言から、一つの可能性に辿り着く。
(そう言えば、駆逐艦の娘に、でっかい錨を武器にしてる娘がいたよね……まさか本当に内輪もめ?)
北上少年は思わず破損した本棚を見た。それが良かったのか悪かったのか。
(あれ、棚の裏から何か見えて……)
ホンの僅かに露出したモノに気づいた少年は、手を伸ばすと壁と本棚の間に落っこちていたらしいそれを引っ張り出した。モノは手帳。
(こっちも随分ボロボロだなぁ。けど何かの手がかりには――)
徐にひっくり返してみると裏面に書かれていたのは、青葉と言う二文字。
「あー、あのパパラッチ重巡」
納得のいく答えが見つかった瞬間だった。どうも恐縮ですと言いつつ、記者よろしく聞き込みをしまくる艦娘に秘密を曝かれ彼女を追いかけ回す流れは二次創作モノだったか、とにかく少年も幾度となく目にした覚えがあった。
(そうやって押しかけてきた艦娘が暴れたなら、惨状も納得出来るよねー。さて、じゃあ、次は……)
疑問が片づいた北上少年の目が手帳に向かったのは無理からぬ事。未だ、辺りは静かなのだ。風の音、波の音、そして虫の歌。
(鳴き声から虫の名前を当てろとか言われたら困るけどさ、こう、ちょっと安心するよねー。気を抜くと耳を傾けて現実逃避しちゃいそうになるのが難点かな)
虫の音は多様だった。チチチとかジジジと言ったモノもあれば、まるで人の声にしか聞こえないようなモノもあって。
(こう、「キタカミサンキタカミサンキタカミサン」って続くとまるで呼ばれてるような気に……え゛っ)
少年は固まった。
(や、やめてよ、そう言う冗談は……何これ? そもそも、さっきのは一体どこから……)
ガチガチに固まってしまった身体を油が切れたブリキ人形か何かを彷彿とさせる動きで無理に動かした北上少年は、塞いであったはずの窓を見た。
「あ」
「キタカミ……サン」
そして、目が合い。
「っ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ありったけの声で叫んだ。塞いだはずの椅子の廃材がズレ、出来た隙間から何者かの片目だけがじっとこっちを見ていたのだから無理もない。
「キタカミサァァァァン!」
「ひいっ」
所詮は板をはめ込んだだけのもの。緊急時には脱出用にと考えて軽く塞ぐだけにしていたのが失敗だったか、隙間から出てきた血塗れの指がガッと板を掴むとあっさり取り払う。
「う、わぁぁぁぁっ」
少年も無我夢中だった。とっさに近くにあった元本棚を持ち上げ、投げつける。
「キタガッ」
「っ」
もちろん本棚の命中など北上少年は確認しない。懐中電灯と手帳を片手に持ったまま無我夢中で鍵を開けると、部屋の外に飛び出した。
「どっちに……」
一瞬迷う少年だったが、一瞬の躊躇がジエンドに繋がるのは確実。一直線に伸びる廊下は逃げる背中が見えて危険と判断し、ドアが壊れたままの近くの部屋へと飛び込み、懐中電灯の明かりを消す。
「はぁ、はぁ、はぁ」
乱れた呼吸を出来るだけ早く抑えようと自らの胸に手を当て、もう一方の手で口元を覆う。
「いきなり、見つかった」
それが北上少年にとっては衝撃だった。
ホラーは苦手なんですが、それっぽい雰囲気はでてるかな?
果たして、主人公はOOISANに捕まってしまうのか?
あ、OOISANNの指の血は、窓枠に残ったガラスで指を切って出たご自分の血です。
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