少女と廻る非日常 (鈴本暁生)
しおりを挟む

日常編
無冠のアウグスタ


少し設定を変えましたが、基本は前と変わりません。


並盛中学校(なみもりちゅうがっこう)

 

それは日本中探しても、何処にでもありそうな普通の学校。

 

生徒数も他の地域の中学校と変わらない。

 

白塗りのコンクリート製校舎とやや広めの校庭、茶色の男女ブレザーを採用している至って普通の中学校だ。

 

部活動や委員会も並々とあり、大きくも無ければ、小さくもない。

 

只並々とした日常を過ごしながら生徒達は学校生活を満喫しているのだ。

 

だからこそ、何も変わらず平穏な日々を並々に過ごす。どこにでもある中学校だった。

 

そんな学校の三階突き当たりに、学校定番の『図書室』があった。

 

 

図書室は静かだった。

 

調べ物をする生徒、自習室に利用する生徒などごく僅かに限る。

 

殆どの生徒、教師達は部活や放課後のひとときを楽しみ、明日の準備に取り掛かっている頃だろう。

 

昼休みの図書室はやや賑わう程度で終わるが、放課後の図書室は殆ど訪れる生徒は存在しない。

 

現在の図書室は、一人の女子生徒が当番を担当していた。

 

女子生徒の名前は「緒方(おがた)明日香(アスカ)」、愛称は「アスカ」。

 

今年から並盛中学校に通う、どこにでもいそうな中学生である。

 

彼女は所謂「転生者(てんせいしゃ)」と言われる部類の人間で、『家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!』の原作を読んだこともあった。

 

 

 

何故この二次元にいるのか?

 

前世では一体何をしていたのだろうか?

 

自分は一体何者だったのだろうか?

 

それらの記憶は彼女が物心ついた頃には既に稀薄になっていた。

 

代わりに『家庭教師ヒットマンREBORN!』の原作知識や他作品の原作知識は鮮明に覚えていた。

 

もしや前世の記憶を失う代わりに得たものだったとしたら、前世の自分はどれだけ強欲なヤツだったのか、と時々思った。

 

それでも彼女には前世があり、此処は前世で読んだ『家庭教師ヒットマンREBORN!』の世界であることは分かった。

 

アスカは一般家庭に生まれ、平穏な日々を過ごしていた。

 

思考は残念(・・)な部類だが、誰かに迷惑をかけるレベルでもなければ、彼女自身"当たり障り無い"スタイルを取っているので注目も浴びない。

 

入学式から二ヶ月経過したのだが、一向に友好関係を結ぶ人間------所謂「友達」を作ろうとしない。

 

積極的に作ろうと思ったりする訳でもなく、只単に一人でいることが好きなだけだ。

 

そう言う生徒はどこの中学校でも一人ぐらいは存在するので、アスカは平穏な生活を過ごせていた。

 

嘗て読んでいた少年マンガの世界で、活躍出来る機会に興味も関心も持たず、ただ『平和に暮らしたい』と願いを持つアスカからすれば望むべき日常生活であった......これから始まる原作以外は。

 

「........何で、並中なんだ」

 

後悔しても遅い悩みに、本日何度目かの溜息を吐いた。

 

この作品は今日の放課後、つまり原作開始日である6月18日に主人公が自ら「沢田(さわだ)綱吉(つなよし)の家庭教師」と自称する殺し屋と出逢った事で騒動は発生する。

 

他中学とのマフィア抗争、身内同士の後継争い、10年後の世界でのマフィア抗争......どれもこれもマフィアが必ずと言って良い程関わっている。

 

沢田綱吉の性格からすれば別に関わった所で問題無い。

 

寧ろ交友関係を持っても支障は出ない。

 

が、原作を知っている明日香はこの先で起こることも知っている。

 

10年後の未来で沢田綱吉と関わった人間が『ボンゴレ狩り』に会っていることも、全て知っている。

 

単純に言ってしまうと、アスカは原作に関わりたく無かった。

 

勿論白蘭が倒されれば、復活したアルコバレーノのおかげで死んだ人間が生き返ることは知ってる。

 

原作知識を持ってしても、それが100%と聞かれて「大丈夫」とは言い難かった。

 

白蘭と同じ考えを持つ人間が現れてしまった場合の対策は可能なのか。

 

原作が終了してもその先は続く上に、アスカや他の人達も生きている。

 

原作が終わってしまっては生き返ることは不可能だと結論を出していた。全然良くない結果だ。

 

アスカが他人との関わりを最小限にしているのは、厄介事や面倒事を自分に向かないためでもあり避けるためでもある。

 

知識で関わっただけで死ぬと分かっていればますます関わる気になれない。

 

原作にいないイレギュラーが関わればどんな化学反応式を引き起こすか予測出来ない。

 

平穏を望むアスカにとって避けなければならないことだ。

 

幸いにもアスカのクラスはC組。

 

恐れていた沢田綱吉達と同じクラスになるフラグは回避出来たのだ。

 

恐怖の1-AはB組を挟んで昇降口側の階段近くにあるため、入学式の席も、移動教室の時も、合同授業の時も接触は無かった。

 

誰かに原作を話すのは絶対タブーだ。

 

勿論家族も含む、アスカは一人で抱え込まなくてはならない。

 

関わらない様に努力するしか無いだろうが、別の問題が浮かんでしまったのだ。

 

アスカは病気になりやすい、所謂「病弱体質」だ。

 

しかし決して「虚弱」と言う訳では無いので、体調が万全且つ優れている場合、普通に持久走やリレーなども出来る。

 

それでも彼女は目立つ存在では無かった。

 

どうしてなのか?

 

アスカは某バスケマンガの主人公の如き極端に影が薄いと言う訳でもない。

 

彼女は周囲は勿論のこと、家族にも言っていない"ひみつ"------原作知識を持っていることとは別ものである------があった。

 

誰にも言っていない、その"ひみつ"を何故持っているのかは自分でも理解していない。

 

恐らく前世と関係しているのだろうとアスカは思っている。

 

だが、深く詮索しなかった。幾ら試行錯誤しても切りがなかったからだ。

 

......知識の代わりに、前世何をしていたのか覚えていないから見当が全く着かないと言うものあるが。

 

率直に言うと、アスカの『ひみつ』にリボーンが目を付けてくる可能性があるからだ。

 

別のクラスだから安心してはいけない。

 

リボーンは沢田綱吉を監視しながら、彼のファミリー候補を同時に探している。

 

心の緩みが最大の油断となる。

 

しかし意地を張り過ぎて、逆に不信感か違和感を覚えさせれば本末転倒となる。

 

やはり、モブキャラを演じるにはA組に近寄らない様にするしか無いようだ。

 

先程も言ったが、C組に割り振られたことだけでも幸いだろう。

 

それだけでも良しとするか、と隣りに隣接する資料室にいる委員会の顧問に図書室の鍵を預けた。

 

 

 

 

下校中に悲痛の様な叫び声に聞こえなくもなかった。

 

しかし「聞こえないふり」を選択したアスカの判断は決して悪くないだろう。

 

それは気の所為だったと言う場合もあるのだから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野次馬≠モブ

翌日のことだ。

 

昨日が原作開始日の「6月18日」だとすれば、今日は憐れな主人公が自己中男(もちだけんすけ)と理不尽に剣道勝負を受ける筈である。

 

その為学校に登校すると、学校内はその話で騒がしかった。中にはトトカルチョや賭け事をやり出す奴等まで出始めた。

 

浮つき過ぎて、さながら動物園にいる様な感覚に落ちる。

 

こいつら発情期の猿か、と一瞬失礼な事を考えたアスカは悟られぬ様に自分の席に座った。

 

元々友人を作っていないので挨拶するクラスメートはいない。

 

少しだけ話したクラスメートは気付いて挨拶していたが、無言で頷き返すだけだった。

 

本当に主人公は憐れだと熟々思う。

 

いや、憐れと言うより「不憫」と言った方が良いかもしれない。

 

彼のご先祖がマフィアの初代ボスだからと言っても、元々自分達の街を護る為に結成した自警団から始まった筈だ。

 

彼の部下、つまりD.スペードが愛する者を失ったのを引き金に起こった暴走が現在のボンゴレ。

 

目覚めることも無かった彼の潜在能力を覚醒させたのは、リボーンも要因の一つだが、やはり延長線上に起きる抗争が大半を占めている。

 

同情はするが、関わろうとは思わない。

 

マフィアは恐ろしい。

 

ぬるま湯に浸っている一般人を予想を斜め上の考えで来るからだ。

 

裏の世界では当たり前なのだろうが、こっちからすれば"異常"にしか見えない。

 

彼だって否定し続けようが何れにしても逃れられないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『                             』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカの脳内をノイズ音が駆け巡ったことで思考を停止させた。

 

そして気付いた。

 

やけに周囲が静かだなと思い顔を上げると、アスカ以外の生徒は教室に残っていなかった。

 

どうやら他の生徒は体育館の方へ向かってしまったようであった。

 

モブキャラを目指す彼女にとって必至な「原作イベント第三者視線」に出遅れてしまったのだ。

 

だが、彼女は慌てることも無く------どこで黒い悪魔が見ているか特定出来ない------状況を把握した。その上で彼女は体育館には向かわず自身の教室に残ることを選択した。

 

但し勘違いして欲しく無いのは、理由も訳も考えた上での判断だ。

 

 

まず、勝負から敵前逃亡しただろう沢田綱吉と遭遇する可能性。

 

彼が持田剣介を前にして逃走したのは、原作でも描かれて居たことなので間違いない。

 

その逃走先が体育館のトイレでも無く、校舎の廊下辺り。

 

しかし、彼が何階にいるのか特定出来ていない。

 

彼は死ぬ気弾を撃たれるので当然そこにはリボーンもいる。

 

偶然による遭遇の危険性を考慮して迂闊に行動出来ない為、アスカは教室から出なかった。

 

次に、アスカのクラス内での立ち位置にあった。

 

アスカの立ち位置は一グループに入らず、あくまで第三者の立場を取っている。

 

誰の味方をする訳でも無く、誰の敵になる訳でもない彼女はクラス内では「空気」の様な存在と化している。

 

体育館へ向かえば今までやってきた事を水の泡に返してしまう。

 

当たり障り無い言動や態度で周囲と接してきた基本スタンスを今ここで崩す訳にはいかなかった。

 

最後に、アスカ自身が体育館のイベントに根本的興味の欠片も向けなかったことだ。

 

原作知識を持っていたとしても"彼等に関わらない"。

 

その選択肢をしている為徹底的に関わりそうなものを現実から排除して、意識上からも排除している。

 

イベントを自身の意識に留めておかない。

 

いや、留めているのかと問われても、即判断出来るか怪しいほど彼女のむk......げふんげふん!淡白さは万能振りを発揮していた。

 

 

個人的且つ不安要素満載の理由等々を説明したが、遭遇するよりマシな選択だとアスカは思っている。

 

実際最強の殺し屋であるリボーンの情報網でアスカの事は簡単に調べられてしまう。

 

家族や交友関係------これに関しては在るかどうか不明------、果ては性格・行動・クラスや家での過ごし方まで完璧に。違和感を与えようと何れ時間も経てば忘れてしまうだろう。

 

彼の性格を考えると、同業者相手だろうと興味の引くものが無ければ三流には興味無い筈だ。

 

 

数十分後、体育館の決闘を見に行っていたクラスメート達がぞろぞろと戻って来た。

 

人権を無視した調査方法をするリボーンの手腕を逆手に取った結果、アスカの目論見は成功したようだ。

 

一番乗りに戻って来たクラスメートに結果を聞けば、原作通りに沢田綱吉が持田剣介に勝ったらしい。

 

 

「おれ、あの人苦手だったんだよねー」

「あぁー、それ俺も思った......」

「あの笹川さんとナルシストの持田先輩が付き合うなんて想像出来るかっての!」

「笹川さんと付き合うなんて可笑しいと思ってたのよね」

 

 

剣道部に所属している男女の生徒数人が愚痴り始めた。

 

新入部員からも遠巻きにされている持田剣介に------同情心は無いが------憐れだと思った。

 

周囲は沢田綱吉を褒めているが、知識保持者からすれば「モブキャラの悲劇」にしか聞こえない結末。

 

丸坊主になって泣いている彼の姿を想像して、少しだけアスカは戦慄を覚えた。

 

持田剣介の一件で、改めてA組により近付かない様にしなければならないと誓う。

 

一歩間違えれば------持田剣介とは違う結末になってほしいが------モブキャラの立ち位置から一気に崩れ去るかもしれない。

 

そして死亡フラグは大幅にアップ。

 

それだけは避けなければならない。

 

内心で誓うと視線を感じた。

 

しかしそれは一瞬だったため視線を向ける前に霧散した。

 

周囲からの視線を考えて見回さず、授業の用意をし始める。

 

最初の授業は理科、球技大会後に姿を消す男の担当する教科だ。

 

関わりたく無いが、あの男の性格からして素行の悪い奴や成績の低い人間にしか目を付けないことを思い出して一安心する。

 

帰宅後の予習復習は大事だと熟々思った。

 

平穏の証拠とも言える正常な思考回路に、あの時感じた視線の違和感を忘れて少し安堵を感じたのだった。

 




アスカはバカではありません。
頭は良い方なんですが、考えなくていい所まで考え過ぎてしまうタチです。
ある意味、残念なキャラなんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

球技大会

あの衝撃的な事件後、周囲の人間の「沢田綱吉」に対してのイメージが変わった。

 

禿げにした事に恐れる者もいれば、逆にその姿にやや尊敬する者もいた。

 

不気味がる人間はほんの一部に過ぎないので、大半の生徒は彼を「ダメツナ」と言わなくなった。

 

彼自身何が起こったのかイマイチ理解していないだろうが、これはこれで結果オーライだったのは間違いない。

 

今回は調子に乗って死ぬ気弾に頼ろうとする沢田綱吉にリボーンが死ぬ気弾について言わなかったことから始まるイベント。

 

表向きには球技大会になっている。

 

このイベントは沢田綱吉の精神的成長も含まれている。

 

だからこそ余計に神経を鋭くさせなければならなかった。

 

 

そう、より警戒心を抱くしかなかったのだが......その必要性が無くなった。

 

アスカは、現在進行形で球技大会に参加していないのだ。

 

 

「はい、今週分の分の薬です」

「ありがとうございます」

 

 

かかりつけの病院で、担当医の近衛(このえ)から処方された薬を受け取る。

 

名前からして察するだろうが若い女性である。

 

艶のある黒髪、黒い瞳は純日本人の特徴を表している。

 

彼女は優しいが、アスカはあまり分かっていない。

 

「かかりつけ」と言っても別に親しいと言う訳でもないからだ。

 

 

「最近はどう?話を聞く限り、発作の方はやや治まっているようだけど」

「はい。最近はそこまで......」

「そう。でも、時期関係無しに気を付けてね。君の"それ"は時々厄介だからねぇ」

 

 

発作と言ってもそこまで大袈裟な病気では無い.....のだが所謂「隠語」と言うヤツで、病弱体質を指している。

 

病気にかかりやすい体質のアスカは幾つかの薬で体調を在る程度まで整えていた。

 

アスカはこの後、遅れながら球技大会に参加する。

 

その為病院には制服姿で来ていた。

 

荷物を持って診察室から出ようとドアノブに手をかけた時だった。

 

 

「今日球技大会って言っていたね。絶対参加せずに、見学していなさいな」

 

 

酷い発作が起きても医者は速攻で駆けつけないよ?、と遠回しに忠告してきた。

 

こう見えて近衛は結構忙しい人物だと思い出す。

 

うっすら目の下に隈のようなものが見えなくもない。

 

「善処しておく」意味を込めて、もう一度頭を下げてから診療室を後にした。

 

 

 

 

 

長い道のり、と言う程でも無い距離を歩いて、学校に到着したアスカはまず見回りをしていた風紀委員に捕まった。

 

強面の容貌の風紀委員に若干怖じ気づきながら、事情を説明するとその風紀委員は職員室まで送った。

 

尚、途中で風紀副委員長の草壁哲也と出逢い、送っていた風紀委員が「風紀を乱した」と罰則を与えられそうに慌てて弁解したのは割愛させて頂く。

 

職員室に向かい、教師の監視の下出席したことを記入して自身の教室へ向かった。

 

担任と保険医には事前に見学する許可を得ているため球技大会の不参加は知っている。

 

だが、念の為体操服に着替えて体育館に来いと言われたのだ。

 

正直面倒だが、一人だけ制服と言うのも周囲から浮いてしまう。

 

目立つことを避けるアスカは従うしかなかった。

 

着替えも終わり、いざ体育館へ向かおうとした途中に、それは起こってしまった。

 

並中の体育館は少し特殊だ。

 

二階の廊下側窓から体育館が見える様になっている。

 

その為体育の授業研修に来る実習生達はここから見ているのだ。

 

ここは体育館の数ある入り口の一つの通り道としても利用されている。

 

アスカのクラスは丁度この入り口を入って直ぐ左の所に固まっていた。

 

担任から事前に聞かされた位置の元へ、アスカは最短距離で向かおうとした。

 

そこまでは良い。

 

 

問題なのは、廊下側窓から体育館を見ている人物が『獄寺隼人(・・・・)』である、と言うことだ。

 

 

何故このタイミング!?と内心パニックに陥るが、それを表情に出さないのは流石と言うべきか。

 

はたまた単に表情筋が働かないだけなのかは不明。

 

兎に角、現在のアスカにとって鬼門がやって来てしまったのは先ず間違い無いだろう。

 

普通に通り過ぎれば良いだけの話なのだが、アスカは面倒事や厄介事には過剰と言うほど敏感------悪く言えば「自意識過剰者(じいしきかじょうしゃ)」------で慎重過ぎた。

 

本人に至っては、生命が関わっているので真面目な案件である。

 

このまま廊下で立ち止まっても埒が明かない。

 

しかし相手は仮にも「スモーキンボム」(アニメでは煙草は取り上げられ「ハリケーンボム」に変更)と言う異名がつけられる殺し屋(ヒットマン)

 

一般人(パンピー)のアスカと総合能力を考えれば向こうに軍配が上がる。

 

下手に刺激すれば何をされるか分からない。

 

アスカは内心おどろおどろになりながらも獄寺隼人の後ろを通って反対側へと向かった。

 

正直ビビッっていたのだが、生憎表情筋は責務放棄していたため、態度や雰囲気に現れることなく、第三者の視点からすれば普通に歩いて通過したようにしか見えないのだ。

 

通過した廊下を振り返らず階段を下りる。その途中で溜息を吐いた。

 

 

「知り過ぎていると言うのも、難儀だ」

 

 

知識があって正直助かっている部分は幾つか存在する。

 

そのお蔭か、今日まで原作イベントフラグが発生することも、遭遇することも無かった。

 

しかし、先程の分かっていて偶然的な遭遇は怖かった。

 

心の準備も無しで遭遇してしまったのだ。瞬時の判断力と遭遇への対応の素早さに磨きをかけなければならないようだ。

 

真面目に反省しているが、その詳細はとても残念でならない。

 

そのスキルを無駄な所で使う事自体残念なのか、そこまで思考回路を回せていなかった。

 

丁度良くC組は対戦相手であるA組の試合を、人混みに紛れながら観ることにした。

 

勿論クラス全員でやるには多いので男女各二チームずつ別れている。

 

対戦相手のA組Ⅱチームに沢田綱吉の姿は無かったので恐らく前の試合の時だろうとアスカは内心安堵した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 僅かな可能性

アスカが直接的接触を回避した事に安堵している一方、その様子を見ていた人物が体育館のテラスにいた。

 

その人物......『最強の赤ん坊(アルコバレーノ)』リボーンは、死ぬ気弾に頼らなかったツナをサイレンサー付き狙撃銃で撃ち抜いた後、経過を観察する為気配を消していたのだ。

 

リボーンはツナをボンゴレ10代目に育て上げるために日本へ来日していた。

 

当然周囲の人間も将来役立てるか調査していた。

 

その中には並盛中学校全員.....つまりアスカの事も含まれていたのは勿論のこと。

 

そして今日、アスカに対して違和感を僅かに抱いた。

 

 

(あの日はツナと持田の決闘で大騒ぎだった。こいつのクラスも見に行ったが、こいつだけこなかったな....それに、ツナが勝ってもそんな驚かなかった。もう少し驚くか喜んでも良い筈だぞ)

 

 

あの時アスカが感じ取った視線の正体はリボーンだった。

 

体育館を去った後、一人で教室に残っていたアスカに、そして勝敗を聞いた後の鈍い反応に少し違和感を感じた。

 

数日ほど観察してたが、只単に感情が表に出にくいようにしか見えなかった。

 

事実、アスカの表情筋はストライキ然り仕事放棄をしている。

 

本人も承知済で、直すつもりは今後無いだろう。

 

話は逸れたが、リボーンは「問題無し」と判断した。

 

資料から見ても一般家庭に生まれた只の子供としか記載されていない。

 

そう判断し、見に来ていた獄寺の感想を聞いてから切り上げようと考えていた。

 

先程まで(・・・・)は。

 

 

『知り過ぎていると言うのも、難儀だ』

 

 

獄寺の後ろを通り過ぎて、階段を下りていたアスカが小さく呟いた台詞を、偶然にもリボーンは得意の読唇術で目撃した。

 

いや、この場合「目撃してしまった」と言った方が正しい。

 

ふと、無意識にアスカに視線を送った事で気付いたことだ。

 

知り過ぎている.........それはつまり、アスカが『こちら側』の人間であると取れる様な発言だった。

 

しかし、上記にも記載している通り一般家庭で育った只の一般人。

 

並盛で生まれ、育ち、日本から一度も出た経験が無い、只の子供。

 

イタリアでも別格の部類であるボンゴレの情報網を疑っている訳では無い。

 

リボーンでもこの情報は確かだと分かっている。

 

だが、あくまでも"情報"。

 

殺し屋(ヒットマン)のリボーンは、調べきれなかったことやわざと記載されていない時も想定出来ていた。

 

そして遂に今日、ある予想---------アスカがマフィア関係者だと言う可能性が浮かび上がった。

 

あくまで可能性に落ち着いて居るのは、アスカがマフィア関係者で且つツナを殺そうとするならば殺すつもりだが、動きどころかツナと接触すらしてこなかったと言う現状にある。

 

そして今日も接触は無かった。

 

アスカは必要以上自分のクラスから出ることも無く、淡々と日々を過ごしていた。

 

親しい関係の友人を自分のクラスにも他クラスにもいないと言うのもあるが、プロの目からすれば「ツナのクラス」を避けている様に見えなくもなかった。

 

となれば、アスカにツナを殺す意志はない。

 

つまりアスカはマフィア関係者では無い可能性が出てくる。

 

しかしそうなると、先程の台詞を納得させる要素が無くなってしまう。

 

此処まで考えたリボーンは「ある可能性」に行き着いた。

 

 

「.............まだ様子見ってとこだな」

 

 

確証はなかった。

 

それを裏付ける証拠を、事実となるものを、リボーンは手札に持っていない。

 

あの台詞はどこか勘に引っかかりを覚えさせたのだ。

 

故に、アスカを保留にすることを選んだ。

 

何が起こっても一般人並みの運動能力しか無いアスカは簡単に対処出来る相手だと言うのもあった。

 

しかし油断は出来ないのもまた事実。

 

何時かは本格的に探りを入れなければならない日もやってくるだろう。

 

 

「"あいつ"を呼ぶしかねーな..............分かったら分かったで、ツナを使えば良いしな。ツナも鍛えられるし、オレも探りも入れられる。一石二鳥だゾ♪」

 

 

 

..........とんでもなく物騒な台詞を残して、リボーンはツナの自宅へと帰還した。

 

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

一度は疑いを掛けられたアスカだが、リボーンの優先順位が低かった為に危機をギリギリ回避した。

 

しかし彼女は知らなかった。

 

名前を覚えられた挙げ句、知らぬ所でフラグを建てられていたことに......。

 

彼女の平穏は着々と脅かされつつあったのだ......。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

春が来ない理由

今日は原作で言う、獄寺隼人が並盛中学校に転校してくる日である。

 

転校生の噂をどこで嗅ぎ付けたのかと言う勢いであっという間に広まった。

 

勿論、A組に帰国子女の転校生が来ると言う情報はC組にも届いていた。

 

獄寺隼人の姿を運良く見かけた女子生徒の口コミで瞬く間に広まった。

 

 

「ねぇ見た?A組の転校生!」

「まだ見てなーい」

「すっごく格好良かったよ!イタリアからの帰国子女って言ってたけど、本当にTHE本場って感じね!」

「え!今から見に行ってくる!!」

 

 

普段はそこまで関係を持たない他クラスとの女子と連携を取るのだから「イケメン」とは凄い効果だ。

 

明日か明後日辺りにはファンクラブが出来上がるだろう。

 

しかし「帰国子女」と言うと美少女しかイメージ出来ない。

 

単庫本なら幾つか思いつくのだが、マンガではあまり出てこない気がした。

 

趣味が偏り過ぎているだけなのかもしれないと、アスカは横目で観察してそう結論づけた。

 

 

「あぁ~.....めっちゃ、かっこいい.......」

 

 

獄寺隼人を見に行って来たのだろう女子(モブ)が頬を赤く染めながら教室に戻ってきた。

 

便乗して様子見するべきだろうか。

 

やや危険性は上がるが、一般の女子生徒を演じるには必要な気がしてきたアスカだが止めることにした。

 

理由は単純、"好み"でも無ければ"そういう"キャラじゃない。

 

アスカは容貌より性格=美声.........つまり「隠れ声フェチ」だった。

 

しかし他にも理由はある。

 

範囲は分かっていないが、山本武のファンクラブが大半を占めていることは知識で知っていた。

 

勿論C組にも山本武のファンクラブに所属するものは多数を占めている。

 

獄寺隼人が転校してから、半分はそちらに向かったと予想している。

 

というか、予想しなくても誰か見ても明らかだろう。

 

アスカは委員会を除けば特定のグループに所属したことがない。

 

交友グループも然り、部活も然り、ファンクラブも然りだ。

 

「山本武ファンクラブ」に入らなければ、これから出来上がるであろう「獄寺隼人ファンクラブ」も入るつもりはない。

 

無理に入って「きゃー」などと奇声を上げるのも性格上不可能に近く、それ以上にファンクラブに入ったことを家族に知られる(・・・・・・・)と言う状況を作り出したくなかった。

 

よって、今回も烏合の衆作戦に出たのだった。

 

ふと、アスカは手に持っていた本から視線を外して窓の外に向けた。

 

窓の席に座る方々は、テスト後は不憫な思いをする羽目になるのかと少し同情した。

 

テストは嫌だが、受けなければ将来に響くと考えるとその考えは勝手に治まる。

 

が、爆音の中で授業するのは流石に嫌だと断言出来なくもない...........窓から離れた廊下側で良かったと心底思ったのだ。

 

 

 

 

ちなみにテストの手応えは何時も通りに近く、何度も見直したので問題無いだろう。

 

こう見えてアスカは頭が良かったりするのだ。

 

途中で爆音とダイナマイトの震動が伝わってきたが、授業に差し支えるほどでも無かったため教師も仕切り直していた。

 

......この学校の教師のメンタルは日々成長していっているようだ。

 

どちらにしても嬉しくない方向に、だが。

 

 

「アスカ、テストの方はどうだった?」

 

 

夕食中、向かい側に座っているアスカの保護者・真護(まもる)そうやはふと思い出したように聞いてきた。

 

このタイミングでテストの事を話題にするのは確信犯かとツッコミを入れたいアスカ。

 

だが、今回は分からない所はあまり無かったので------お駄賃の前払いだろうが知らないが------取り敢えず「問題無い」と答えておいた。

 

 

「全部書けたんだろう?」

 

 

無言で頷けば、あの人は嬉しそうに微笑んだ。

 

家族もなく身寄りのない幼い私を引き取り、緒方家の家事全般を引き受けるのは主に目の前の彼だ。

 

派遣型の海外企業で働く彼は多忙な日々を送っている。

 

不安要素はできるだけ無くしておかなければならない。

 

頭の良いアスカなりの不器用な配慮である。

 

 

「テストの結果が楽しみだな」

 

 

蕩ける様な笑みを浮かべる彼に、正直期待しないで欲しいとアスカは内心で冷や汗を流す。

 

彼は決して「ドS」な思考回路ではない。

 

ただ、結果がもし残念だった場合アスカ自身が苦しい思いをするから止めて欲しかった。

 

だが、そんな事を口に出せる訳もなく黙々と食事を取るしかなかった。

 

漸く話題が尽きたと思ったアスカは、水の入ったマグカップの淵に口を付けた瞬間だった。

 

 

 

 

「もう友達はできたか?」

 

 

その一言を僅か0.1秒で理解したアスカは、ほぼ条件反射で咽せた。

 

ゴホゴホッ.....と片手で口を抑えながら咽せるアスカの向かい側で、苦笑しながら慣れた手つきで噴き出してしまった水を台ふきんで拭いていく彼に思わず視線を投げ掛けた。

 

投げ掛けたと言うより、睨み付けたと言った方が正しいだろう。

 

実際にアスカの視線はそちらの方に近かったのだから。

 

 

「その様子だといないのか」

「.......まだ、入学式から二ヶ月しか経ってない」

「そんな事も無い。ご近所さんの娘さんなんかファンクラブに入ったって聞いたぞ?それに、『かっこいい帰国子女の転校生』が来たって言っていたからな」

 

 

その情報網は井戸端会議で得たものとは思えないほどの拡散率だ。

 

やはり近所の同年代に同中がいるとなると情報も早く拡散しやすいのかもしれない。

 

昨日転校してきた筈なのに広まるの早くないか、と言うツッコミを今更してはいけない。

 

 

「聞いた話だから信憑性湧かないが、実際の所どうなんだ?」

「興味ないから見に行っていない」

「.........別に好きになれとは言っていないが、枯れ過ぎるのも良くないぞ?」

 

 

たとえ天変地異が起きたとしても、意識もしなかったし興味無かった。

 

後は死亡フラグを建たせたくないと内心で呟く。

 

見たと言うより、原作知識で知っているから見なくても特定出来ている。

 

進んで死地に向かう様な自殺行為をする人間などいないだろう。

 

なぜこのタイミングでそんな話を切り出す彼に疑問を抱きつつ御馳走様をした。

 

食器を片付け、リビングでのんびり緑茶を飲む。

 

食後の緑茶は胃の中を綺麗にしてくれる効果を持っている。

 

苦い味だが慣れれば美味しく感じてしまうので、小学校から飲み慣れたアスカにとっては美味しい飲み物に変わりなかった。

 

部屋に戻って、充電を完了したウォークマンを取り出して曲を選択する。

 

お気に入りの曲を選択すると、小さな本棚から新作の小説を取り出し、ベットで楽な体勢を模索する。

 

無難な体勢になると読書を開始した。

 

こうなると、アスカは就寝時間までずっと読書をしている状態だ。

 

今日も原作キャラと遭遇しなかっただけ良しとしよう。

 

平穏な日々を満喫する反面達観し過ぎる感性の所為か、恋愛方面に全く縁もなければ興味もないアスカだった。

 




モテない訳じゃない。
アスカへの愛情が重過ぎる過保護な真護により排除されているだけというものあるし、目立ちたくない本人が周囲に地味(空気)な印象しか与えていないからである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛べないヒーロー

テストは予想通りの点数を取れてまず良かったと安堵する。

 

心配していた根津銅八郎(ねづどうはちろう)からの嫌味攻撃は受けずに済んだ。

 

赤点を取った者はもれなく補習行きとなるのだが、それも回避されたので良しとしよう。

 

アスカの学校生活は順調な切り出しだと言っても良い。

 

今日は6月28日、山本武の自殺未遂事件の要因となる骨折が起こるイベントだ。

 

但し、違うクラスなので接触も無ければ遭遇もない。

 

A組を無視して普通通りの生活を送っていれば、巻き込まれずに済むイベントである。

 

アスカは今日もA組に近寄らない努力を惜しまなかった。

 

テストも終わって、このクラスの恒例化?に早々なりそうな「席替え」が行われた。

 

担任・白澤匠(しらさわたくみ)の性格からしてそれを容認したか不明だ。

 

だが、基本的担任の決めた何かしらの基準線を超えなければ自由に意見なり行動なりしてみろと言う感じだろう。

 

普段から授業妨害する生徒は片っ端からチョークを投げつけたり、放課後に廊下掃除をさせたり、用務員の仕事を手伝わさせたり.......学校側も容認している事には驚いているが、最近の体罰問題に触れないかギリギリで罰を与える担任もある意味「度胸あるな」と感心してしまった。

 

そんな感じで席替えは基本的男女に分かれてくじ引きで決める方式だ。

 

時間は担任が受け持つ英語の時間の残り十数分で決めることとなった。

 

結果的にアスカは一番後ろの窓側の席を引き当てた。

 

前回も一番後ろの席で廊下側だったのだが、視力の方が1.0を切っていないので問題無かった。

 

荷物を入れた鞄を持って席を移動すると、丁度授業の終了予鈴が鳴った。

 

次の時間は国語だったのでこのまま教室で待機の筈だ。

 

ちなみに今日も授業妨害した(と判断された)生徒は担任から有り難い呼び出しを喰らっており、その背中には哀愁が既に漂っていた。

 

周囲は哀れみの視線を向けていたが、本人達の自業自得なので声をかける者はいなかった。

 

 

とても平和だった。

 

今日の最後のA組の授業はどうやら体育だったらしく、原作通り野球だったのを窓側から観察した。

 

今日はやけに静かだと思ったが、獄寺隼人が不在のイベントなのだから仕方無い。

 

彼は確か代名詞であるダイナマイトの調達の為に不在なのだ。

 

沢田綱吉からすれば、一時の平穏が訪れたものだ。

 

しかし彼は壊滅的に球技系はダメなようだ。

 

他のクラスメートが決まっている中、一人だけポツンと真ん中に佇んでいた。

 

「ダメツナだから」と言う理由だけで疎まれている図を改めて見ると、何だか憐れに見えてきた。

 

あ、片方のチームの一人が声を掛けて来た。

 

この距離でも、原作で分かっていたが声を掛けたのは十中八九山本武(やまもとたけし)だろう。

 

A組の人気者、所謂「ヒーロー」。

 

野球部の期待の星と言っても過言では無い、一年エースである。

 

中学生にしては大柄な身体付きは、大勢に混じっていても、遠くから見ても、目立っている。

 

性格は海のように寛大で物事の全てをアクティブに解釈する楽天家。

 

且つかなり天然気質で、空気を読まない頓珍漢な発言をすることもある。

 

身体能力も高く、リボーンから「生まれながらの殺し屋」と評されるほど。

 

アスカが最も警戒しているのはリボーンと沢田綱吉だが、その次に警戒しているのはこの山本武だ。

 

山本武の気さくさと言うのはアスカにとって致命的だ。

 

A組だけでなく、他のクラスにもその気さくさは発揮され、誰とも仲良くしてしまう。

 

初対面だろうと話題に出ている人と会えば、高確率で声を掛けられてしまう可能性を恐れている。

 

初対面の相手とも気さくに声を掛けられる恐怖を常に意識して表情筋が強張るくらいとても警戒していた。

 

ちなみに獄寺隼人はダイナマイトと天才的な頭脳を持つ厄介な人物に変わりないが、直接的に関わらず遠巻きにしていれば問題無い。

 

沢田綱吉関連で関わらなければもっと安全だ。

 

図書室に時々通っている為、接触する危険性もあるが訪れる日を決めているらしく、幸いにもその日の当番では無かったのだ。

 

気がつけば授業終了の鐘が鳴った。

 

号令を掛けて挨拶して、帰りの支度をする時ちらっと外の方を見た。

 

どうやら原作通りに彼の入ったチームは負けたらしく、トンボを押しつけられた彼がグランドに佇んでいた。

 

端から見るとただのボッチだ。

 

もう少しで『ヒーロー』が来るだろうから待っていろ。

 

他クラスのアスカには他人事のように見ていた。

 

......ここまで思考が回って気付いたアスカの顔色は徐々に青白くなっていく。

 

 

「........あ」

 

 

明日の日直は、誰が(・・)やるのかを......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突だが、アスカはヒーローは憧れている内が一番の華だと思っている。

 

なってみても絶対碌な事が無いって思うのだ。

 

周囲に好かれるヒーローって結構素敵じゃないかって?

 

世間体や一般の子供はそういう印象だろうし、ヒーローを信じる大人もそういう考えもあれば違うかもしれない。

 

だから山本武がいい実例だ。原作知識を持っているからこそ分かった。

 

 

......好かれるのは、あくまでもその人自身では無く『ヒーロー面を出す人物』だ。

 

 

『ヒーロー』にこだわっているあの男はそんなこと承知の上だろうか。

 

そこまでこだわる理由など知らないが......幾ら天然でも気付いている筈だろうにとは思った。

 

自分ならば今のままが良いと即答すると断言出来る。

 

少なくとも、頑張ろうと思った分だけ努力した挙げ句に自分じゃない「ナニカ」が好かれると言う状況にはならない。

 

そもそもそれ自体が耐えられない。

 

この性格と言動と態度故に、好かれるとは最初から期待していなかった。

 

被っている皮を好かれて、自分が好かれていると思う勘違い系馬鹿にはならずにすむ。

 

アスカの場合、素でやっていることを利用して現状を保っているので、"被っている皮"云々の話以前だろうが。

 

ヒーローの皮を被ってきた山本武は、今日の内が限界(タイムリミット)だろうと分かっていた。

 

そして、原作通りの結末になることを願った。

 

同級生としてもそうだが、彼らが原作通りに進むにあたって死んでもらっては困るのだ。

 

だからこそ、沢田綱吉には頑張ってもらわなくては非常に困るのだ。

 




談でもなく本気だ。本気と書いて「マジ」と読ませるくらいアスカは至極真面目に神頼みをしていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローは死んだ

何度か見たことがあった。

 

 

 

 

 

 

グランドを駆け回る姿。

 

 

 

 

小さな白いボールを追いかけて、屈託に笑う男。

 

 

 

 

他人には得られないものを持ち、天性の非凡な才能を秘めるバカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪我をしただけで全部投げ捨てようとする、そんな彼に一言添えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

------死にたければ死ねばいい。

 

 

 

 

 

 

------飛びたければ飛べばいい、ヒーロー。

 

 

 

 

 

 

------だが、"彼"を連れていくのは違うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

憂鬱、その一言が脳内に過った。

 

 

「今日は早いな」

 

 

朝食の準備をしていた彼が驚いていた。

 

何時もなら周囲の人達が登校している時間帯を狙って行くからだろう。

 

理由はA組といえば察してくれるだろうから以下略す。

 

今日は日直だと言えば納得してリビングへ戻った。

 

今日の朝食は出来立てパンらしい。

 

 

「そっちこそ、仕事は大丈夫?」

 

 

時々海外出張をする彼が最近していないことに不思議に思った。

 

この瞬間も彼が何をしているのかさえ把握していない。

 

会社との契約上で家族に話せないこともある。

 

本人に直接聞いても、具体的には話してくれなさそうだ。

 

 

「暫くは出張がない。上の人達が掛け合ってくれたんだ」

 

 

私の中学校入学時点で何となく理解していた。

 

彼の仕事は一応心配しているが、実際はあまり心配もしなくても良いようだ。

 

なんせ色々と人間離れした規格外過ぎて心配するのも馬鹿々々しくなる。

 

彼よりも仕事先の同僚か上司、はたまた後輩辺りの体調面が心配だ。

 

あの規格外にちゃんとついていけるメンタルを持たねば、胃薬を常に持ち歩かなければならない始末だ。

 

 

「今日の夕食は何かリクエストはあるか?」

「......豚の生姜焼き」

「夏バテ対策か。しかし肉ばっかりではつまらないな......こっちでサラダを考えておこう」

 

 

平凡的な日常会話だというのに、これからのことを考えると気が重くなるのは決して気のせいではない......なぜ家でも疲れなければならないのだろう。

 

安息の地が荒らされていく気分になった。

 

 

 

 

 

学校に着けば、朝練をしているグランド予備軍以外いないので静かだった。

 

校舎内は早朝から仕事する教師以外殆どいない。

 

部活を入っていないため、日直の係さえなければこんな早くに来ていない。

 

日直係が早めの登校を義務付けられたのは、主に雲雀恭弥とうちの担任が原因だ。

 

良くも悪くも愛校家な"彼"は毎日学校を綺麗さ・清潔さを保つため、厳格な担任は遅刻者の増加阻止と片付けられていない雑務を手伝わせるためにこの決まりを作ったらしい。

 

周囲からすればとてつもなく有難迷惑な内容だ。

 

職員室に行けば案の定教室のカギと共に大量のノートをプレゼントフォー・ユーである。

 

ついでに配っておいて、という伝言を残してそのまま机に向かい合い、コーヒーを飲みながら事務作業を始めてしまったので、一言告げて職員室を出た。

 

入学式の自己紹介時、コーヒー好きを公言していたが、本当にコーヒーが好きなんだな。

 

コーヒーを淹れるための機器が机の上にさも当たり前かのように置いてあったことにあまり驚きを感じなかった。

 

後でわかったことが、それを雲雀恭弥を始めとした風紀委員会から咎められてたという話もないから驚きを通り越して最早気にしていない。

 

あの担任も彼と同じ「規格外」の分類なんだろうなぁ、とこっそり思った。

 

規格外といえば雲雀恭弥やリボーンも同様だろう。

 

.....いや、考えるはやめよう。

 

自らフラグを立てたくない。

 

それにしてもノートの癖して重い。

 

いやクラス分あれば重いのは当然だろう。

 

重たいのを「女子だから」という理由で押し付けないという選択肢がない担任は良くも悪くも生徒を平等に接するところが気に入った。

 

個人情報はあまり教えたり、生徒のプライベートにはよほどのことがない限り介入したり、暇だとしても自分から接触してこようとはしない。

 

それでも担当する生徒のことはちゃんと見てあげている。

 

......良く分からない先生だ。

 

慎重に階段を昇り切って教室のある階に辿り着いた。

 

教室のカギを開けようとするも両手に持ったノートが邪魔で鍵穴が遮られている。

 

手探りで見つけ出して鍵穴に差し込みドアを開けた。

 

.....一度カバンかノートのどっちかを床に置いてから開けるべきだった。

 

今更だが。

 

ノートを配っていると一つ余っていることに気付いた。

 

クラス分は全部配ったので他クラスのものだろうか。

 

珍しいこともある。あの先生が間違えるなんて......。

 

首を傾げながら名前とクラスを確認するためノートを見た。

 

名前は聞き覚えもないが、クラスは........A組だというのは分かった。

 

タイミングがあり得ない。

 

なぜ今日なのだ。

 

別の日にしろよと内心で担任と、一向に姿を現さない同じ日直係に苛立ちを覚えた。

 

仕方がないので渋々A組まで向かうことにした。

 

さっき通りがかった時もう誰かが教室にいたのは確かだ。

 

その人物にノートを渡してさっさと戻ってこよう。

 

山本武に鉢合わせしたら碌でもないな。

 

そもそもA組の担任が誰なのか把握していない。

 

ぬかった、と反省しながらドアを横にスライドさせた。

 

 

「しつ-------ノート、置いておきます」

 

 

.....よし、戻ろう。

 

任務は完了した。

 

今日の日誌はこの間に来なかった相方にでも押し付けてしまおう。

 

名前は忘れたが、出席番号順で日直は回されているから後で確認しよう。

 

速足で立ち去るとC組へ逃亡した。

 

閉めた時派手な音を立ててしまったが、誰もいないから別にいい。

 

今日何が起こるも知っていた。

 

だが、この時間帯にいるとは思わないだろ!?内心で逆切れするほど動揺したらしい。

 

彼のことだからもう少し遅い時間に来ると思っていた。

 

.....いや、原作知識だけで判断するのは良くないな。

 

知識だけなら行動パターンが読めると思っていたのがそもそも間違いだ。

 

分かりやすい人なら予測できるが、重要キャラなら尚更予測出来にくくなる。

 

原作を知っていること=フラグ回避に繋がると思ってた。

 

実際違うらしい、と今実感した。

 

原作を知っているだけで行動パターンが読めるとか、随分と楽天的な考え方をしたものだ。

 

クラスが違うという前提で迂闊過ぎた。

 

この調子では本当に巻き込まれそうである。

 

 

「.......バカだな」

 

 

本日何度目かのため息を吐いた。

 

暫く現実逃避するため机の上で突っ伏することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲が騒がしい。

 

瞼をゆっくり開けて、辺りを見回した。

 

教室には私以外誰もいなかったが、カバンが置いてあったのでいつの間にかクラスメイトが登校してきたのだろう。

 

どのくらい意識を飛ばしていたのだろうか。

 

時間帯も何時も登校する時間帯だったのでうたた寝してしまったことを理解した。

 

ガラ、とタイミング良くドアが開かれた。

 

 

「.......他の人達は?」

 

 

入ってきて早々眉間にしわを寄せながら言ったのは、担任の白澤匠だった。

 

山本を知る生徒は全員屋上に向かっているので、このクラスは私以外いなかった。

 

屋上だろうと返せば、彼はこちらに訝しげな視線を送ってきた。

 

説明した方がよさそうだ。

 

 

「ついさっきA組の山本武が屋上から自殺するって話を聞いた人達が止めようとして屋上に向かいました」

 

 

嘘ではない。

 

さっき騒がしかったのは十中八九山本武の自殺を聞きつけたからだろう。

 

私はこのまま原作通りに進めば未遂で終わるはずなので向かわなかっただけだ。

 

行ったところで屋上の階段で立ち往生するだけだろうし、行っても見たことにはならない。

 

無駄足になるだけなら、担任に事情を説明した方が効率がいい。

 

 

「そうかい。なら、屋上へ行ってC組の生徒は教室に戻ってこいと伝えてきてくれないか?あの人数だと、自殺する山本を確保出来ないし二次被害が起きてからでは遅い」

「わかりました」

 

 

やはり屋上行きは実行するしかないようだ。

 

席から立ちあがって教室を出ると屋上に繋がる階段へ駆け足で向かう。

 

注意されなかったのは緊急事態だからだろうか、それとも単に余裕がないためか通り過ぎても声をかけられなかった。

 

屋上につくと案の定人でごった返し状態だった。

 

どのくらいかというと、誰が誰なのかわからないほどのぎゅうぎゅう詰め。

 

とりあえず人混みを掻き分けるように潜り抜けて、見覚えのあるC組の男子生徒達に声をかける。

 

 

「うおっ、何だ!?」

「『C組の生徒は今から教室に戻ってこい』」

「はぁっ?」

「先生の伝言」

白澤(はくたく)の奴、この状況で戻ってこいとか何考えてんの?」

 

 

予測通りの返答が返ってきた。

 

だが、あの先生の判断は一理ある。

 

止めようとして不用意に近づき二次被害が起きては遅いのは事実だ。

 

......そんな目で見ながらブツブツ文句言うな。

 

あくまで私は伝言係でしかないのだ。

 

頼んだ、と言えば声をかけた男子は他のC組に声をかけてくるため近くにいるC組に手分けして話しかけていった。

 

彼は沢田綱吉ほどではないが断れない性格らしい。

 

要件の済んだため教室に戻ることにした。

 

私がいたところで山本武が助かるわけでもない。

 

原作が変わるわけでもない.....変わってしまうのはダメだな。

 

私もそうだが、原作キャラにが死亡フラグを立たせてしまう。

 

モブより原作キャラが重要なのだ。

 

死んでもらっては本末転倒である。

 

階段を下りながら、ふと疑問に思った。

 

山本武の腕の骨折は原作と同じなら大したほど重症を負っていない。

 

骨折はちゃんとリハビリをすれば、今の医学でも全快だって不可能ではない。

 

だというのに、彼は屋上にいる。

 

彼だってわかっているはずだろう.....野球ができないことへの絶望で冷静さを失っているのだろうか?

 

........いや、それはあり得ない。

 

彼の持ち味は「何事も楽天的思考」で物事を受け止める柔和な頭の持ち主。

 

その程度で死ぬならリボーンがわざわざ目をかける逸材ではないだろう。

 

原作では『野球の神に見捨てられたから』という結論で自殺未遂を実行させた。

 

私からすれば野球を捨てようとしているように見え......なくもない。

 

こちらのほうがしっくりくるな。

 

 

 

 

 

彼は『【野球】が好きなのか』?

 

 

 

それとも『【野球をしている格好いい自分】が好きなのか』?

 

 

 

 

 

もし後者だったらとんだ自惚れか自己中心的な人間になる。

 

しかしこの日が起こるまでの間、そんな噂は一つも聞こえてこなかった。

 

今朝みた彼の顔は間抜け面の一言だ。

 

確証はないがそれはないだろうと思っている。

 

では、彼が一番守りたかったものは何だろう。

 

『野球』か、『周囲から期待される"ヒーロー"としてのプライド』か。

 

 

「...........どうでも良いな」

 

 

そう、考えたところで関係ない(・・・・)

 

私は彼等とは顔を合わせたこともない、赤の他人も同然だ。

 

顔を覚えていても精々同年代で済まされる関係。

 

彼等に関わらなければフラグは立たない、彼等が死ねばこちらに死亡フラグが立つ。

 

私の選択肢次第で状況が変わる、とても壊れやすく薄く脆い関係だ。

 

現状維持が今の目標だ。

 

彼等と関わる勇気や度胸は生憎と持ち合わせていない。

 

私は自分の安全を最優先にする自己中な女だ。

 

友人より家族と自分を選ぶだろう。

 

彼等が何をしようと、私はフラグを立てたくないから彼等に干渉しない。

 

私が教室に戻ってから数分後に屋上から悲鳴が上がり、聞き覚えのある雄叫びが聞こえてきた。

 

原作通りに進んだことを確認できたからか、心身ともに疲労が蓄積されていたのを実感した。

 

窓側に集まっている生徒に紛れて、下着一枚の姿をした沢田綱吉と何か吹っ切れた表情をする山本武の姿を確認すると、アスカは自身の席に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

ヒーローは、ヒーローとしてしか見られていないことに"ストレス"を感じていた。

 

ある日、それは自分の中で爆発し、何もかもがいやになったヒーローは死のうとした。

 

それを止めたのは、不本意な渾名をつけられ虐められていた劣等少年。

 

自分とは正反対の立場にいる少年は、ヒーローに憧れ、好きなことに熱中できるヒーローを羨ましく思っていた。

 

だからこそ好きな野球を諦めて死んでほしくなかった。

 

 

 

 

 

 

そして、『ヒーロー』は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

助かったのは、『野球馬鹿』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はヒーローが死んで、野球馬鹿が助かった日となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。