君と俺と私の名前 ~YOUR NAME is ULTRA〜 (ドンフライ)
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1.プロローグ1・アンバランスゾーン
1.始まりの雨
もしも世界や地球が今にも消えようとしている時、もしも全てが絶望に包まれようとした時、大事な人たちをどこまでも守り通すと言う強い勇気、強い意志を守り続ける事ができるだろうか。
そう問われた時、2人の答えは即「Yes」であった。
勿論、1人じゃ何もできない。彼らはごく普通に暮らし、ごく普通の力しかないちっぽけな地球人にしか過ぎないからだ。でも、もし2人ならどうだろうか。どこまでも大事な存在と一緒なら、どれほどの困難や不可能な事が襲いかかろうとも、乗り越えられないなんて選択肢が思いつくだろうか。
あの時、彼らは間違いなく深い「ムスビ」の力で、この世界に奇跡を生んだ。
だがそれが新たなる困難と奇跡の始まりだった事を、何年も彼らは知らないままだった――。
~~~~~~~~~~
「雨か……」
――オリンピックの賑わいもとうの昔に過ぎ去った大都会の夜に、突然のにわか雨が降った日。新社会人の『立花瀧』は、アパートの中で1人夜空を眺めていた。星が見えず、黒い雲が広がるだけの空であったが、彼はそこに1つの価値を見出していた。空からの光を覆い隠すようなこの街にも、美しく永遠に輝く光が、いつも瀧の側についているのだから。
しばらく経った頃、その存在が彼の元に戻ってきた。
「ただいまー……」
「おかえり……って三葉、大丈夫か!?」
彼女の名は『宮水三葉』。瀧と同じく東京に住み、日々社会を動かす一員として働く女性だ。しかし、扉を開いた彼女の体は、あのにわか雨に濡らされ大変な姿になっていた。
ずっと待ち続け、ようやく共に過ごせる時間を得ることができた存在がこのような事になるのは見ていられないと言わんばかりに、瀧は彼女を急いで自宅の中に入れた。2人が共に同じ時間を歩む空間へ。だが、感謝の言葉を言いながらずぶ濡れの体を何とかしようとしていた三葉は、突然瀧の顔を睨みつけた。
「な、何見つめとるん!?」
「い、いきなりどうしたんだよ…別に濡れてるから胸が……げ!」
想い人同士である彼らだが、その暮らしに欠点がないわけでは無かった。互いに安心し合うせいか、つい口から本音が漏れてしまう時があるのだ。特に瀧の場合、様々な三葉への思いを簡単に口に出しては、このように文字通り自爆してしまう事がしばしばあった。
「変態!変態!もー、昔からずっとこれや!」
「わ、悪かったって……でもあれは昔で……!」
「昔も今も関係ない!絶対覗かんといて、な!」
ふん、と怒ったような素振りで洗面所の扉を閉めた三葉。それを見てため息をつく瀧。
だが、彼らの顔はすぐに笑顔になった。あのやりとりのお陰で、昔何度も経験していた不思議な日々を思い出したのだ。
はっきりここで明言してしまうが、瀧はこれまで幾度となく三葉の胸を揉んだ事があった。別に彼らがそんなやましい関係だからとかそう言う訳ではなく、揉まざるを得ない状況にあったのだ。そして三葉の方も、昔から幾度となく瀧の体をじっと眺めたり弄ったりしていた。
確かに双方にとってはとても恥ずかしい事なのは間違いなかった。だがそれは同時に、彼らが昔から繋がっていたと言う証でもあった。
「お待たせー」
「おう」
パジャマに着替えた三葉からは、先程の慌てぶりはだいぶ薄れ、のんびりと瀧と会話できる余裕が生まれていた。そして、あのずぶ濡れにさせたにわか雨について語る余裕も。
「へぇ……優しい雨か…」
「そうや、瀧くんはあんまりそんなの感じない?」
「うーん……感じるのは感じるけど、冷たいとか生暖かいとかネガティヴな感じばかりだな」
「まあ、それもそうやな……でも、私が浴びた雨はなんだか暖かくて……」
雨宿りをするのも忘れて、つい身体中にその温もりを感じてしまった、と三葉は気恥ずかしそうな笑顔を見せると、瀧もそれと同じような表情を返し、同意の意思を示した。
彼らはあの日から、ずっと繋がっていた。嬉しい時も悲しい時も、そして全てが終わろうとしていた日も、2人は奇跡のような不思議な繋がり……三葉の故郷の言葉で言う、「ムスビ」の間柄だった。でも今は、そんな不思議な日々を体験しなくても、こうやって一緒にいられる。
その日、2人でのんびり寝るまで、ずっと彼らはそう思っていた。
だが、目覚めた時――。
「……へ?」
――三葉の眼下にあったのは、ずっと隣にいた立花瀧でもなければ、宮水三葉自身でもなかった。いや、確かにこれは間違いなく立花瀧そのものである。だが、その体がどうして自分の首から下に伸びているのだろうか。
「……う……嘘……?」
その時、突然どこからか振動音が鳴り響いた。その場所をはっきりと覚えていた『三葉』は、慌ててスマートフォンを取り出し、そこに見慣れた着信先の電話番号を見出した。大学生の時に自分が持っていたスマホの番号そのものだ。
そして、スマホの向こうから聞こえてきたのは――。
『三葉……三葉なんだな!』
――やけに男らしい三葉本人の声だった。
その声の主が誰なのか、『三葉』は既に知っていた。これは間違いなく、自分が知っている『瀧くん』そのものだ、と。
『なあ、まさか……俺たち……』
「うん…まさか……私たち……」
「「また入れ替わってる!?」」
全く同じタイミングで響いた声が、長い長い、ムスビと冒険の日々の始まりだった……。
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2.新たなる出会い
立花瀧と、宮水三葉。
年の差関係なく互いに想いを寄せ合うこの2人には、僅かな人々にしか明かしていないある秘密があった。ずっと昔、彼らは「入れ替わっていた」のだ。比喩でもなんでもない、2人の精神が2人の肉体を飛び越え、互いの体に入り込んでいたのである。
当然最初は互いに困惑し、訳のわからない事態に混乱するしかなかった。だが、その状況を変えたのは、たった1つの単純な行為だった。
互いの名前を尋ねあう。互いの名を、心と目で記憶する。
これを境に、彼らはやがて途轍もない程の繋がりを持つ存在に変わっていたのである。
そんな日々はもう終わったと思っていた。
だがどういう訳か、再び瀧の身体に三葉が、三葉の身体に瀧の心が宿ってしまったのである。しかも今回は、それまで体験した事のない事態が待っていた。
「えーと、つまり瀧くんが今いる私は……」
『そう、大学生の身体だ……三葉の体が高校生ならな……』
瀧と三葉が、『過去の同じ時間』の自分自身と入れ替わるという、非常に複雑な事態に見舞われていたのである。
今回の場合、圧倒的に不利だったのは瀧の方だった。今彼が宿っているのは、大学ライフをすっかり満喫している頃の三葉。彼が知らない彼女の肉体なのである。ただ幸いな事にスケジュールを確認するように言った後に戻ってきたのは、今日は講義もバイトもなくのんびり休める日だったと言う返事だった。大学生の頃の三葉は妹やおばあちゃんと一緒に自宅に住んでいたため、ボロが出るとすぐにばれてしまうと考えた彼女は瀧に取り敢えず近くにある服を着て外でブラブラするように告げた。この大都会は人が多い、そこに紛れ込んでしまえば大丈夫だ、と。
『わ、分かった……三葉、そっちも頼んだ!』
「心配ないよ。こっちは何度も体験しとるから」
『そ、そうだよな…全く……』
「あ、あと瀧くん、念のために言っとくけど……」
大学生のおっぱいの感触は味わうな、以前の禁則事項を思い出してしっかり守れと忠告した三葉は、やけにはきはきした返事をした瀧の様子から、もう遅いという事を察した。
とはいえ、こうなった以上待ち受ける『今日』という時間を何とか乗り越えるしかない。互いに通話を切った三葉と瀧は、この時間の『瀧』や『三葉』を守り通す事にした。
~~~~~~~~~~
「おはよー、司に真太」
「お、瀧!今日は早かったな」
男子高校生の制服を身につけ、瀧の通う高校へと向かった三葉(身体は瀧だが)を待っていたのは、彼の親友である司や真太だった。大人になった彼らとも何度か会っている三葉だが、こうやって高校時代の2人に会うのは久々だ、とつい興味津々の目線を向けてしまった彼女は、不思議がる2人を見て慌ててその視線を隠した。
「ま、仕方ないよなー。今日から教育実習生がこの高校に来るって言うし」
「実習……ああ、そういえばそうだよな!」
「もうしっかりしろよ瀧ー、美人だったら良いななんて言ったのお前だろー?」
「え……あははは……」
やっぱり瀧くんはこんな状況でもこの調子だったのか、バイトが終わったらお叱りの伝言をしておかないと、とつい心の中で怒ってしまった三葉であったが、彼女を待っていたのは予想外の事態だった。
その教育実習生は確かに美人であった。ただし女性ではなく――。
「
――男性の方の美人、つまりイケメンだった。
男女それぞれの生徒たちがそれぞれ素直な反応を示す中、三葉はついそのイケメン実習生の顔を眺めてしまっていた。勿論彼女の心の人は瀧くんたった1人なのは変わらないが、それでも乙女心としてはどうしても気になってしまうものである。ただ、そのような視線をあまりそのイケメンに浴びせる訳にはいかなかった。何せ今ここにいるのは三葉ではなく、男子高校生・立花瀧なのだ。彼の身体で滅茶苦茶な事をしている訳にはいかない、と考えた彼女であったが、そのような結論に至るのもまた少々遅かった。
「なーんか挙動不振だったよなー、瀧」
「美人じゃなかったからってそんなに落ち込むなよ、な」
「う、うん……」
また司や真太を怪しませてしまったからである。
~~~~~~~~~~
『瀧くん、なかなか凄い人に教えてもらってたんやな~』
「あ、あんまり昔のことだしはっきりとは覚えてねーよ……」
夜、三葉と瀧の声のテンションは見事なまでに真反対だった。どこか機嫌がよさそうな三葉の一方、瀧はあちこちを放浪しまくっていたせいかどこか疲れたような声だった。高校時代の瀧の生活を味わいまくっていた三葉にとって楽な状況なのだから仕方ないかもしれないが。
嫉妬しなくても大丈夫、どんな時代でも宮水三葉は立花瀧一直線だ、としっかり念を入れていた時、スマホの向こうから三葉の声である質問が飛び出してきた。暇つぶしのために(大学生の三葉の体に入った)瀧が立ち寄った場所にあったテレビに、こんな単語が流れていたのだ。
「なあ三葉……『ウルトラフレア』って何だ……?」
「え……?」
知らないのも無理はない。
彼らは既に、アンバランスゾーンに飛び込んでいたのだから……。
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3.未知なる巨人
今日、宮水三葉と入れ替わっていた立花瀧が覗いた、東京の彼女の自室の窓から広がっていたのは、間違いなく少し懐かしい大都会の風景だった。たくさんの人々が行き交い、たくさんの生活を乗せた乗り物が走り回る、世界でも屈指の忙しい街並みだった。
だが、その光景がどこかおかしい事に、瀧は少しづつ気づき始めていた。
「やっぱり三葉も知らないか…『ウルトラフレア』って言う単語」
『瀧くんが知らないって事は、私も一度も聞いた事ないな……』
スマホの向こうから聞こえてくるのは、高校時代の立花瀧を乙女っぽくしたような声だった。それも当然、現在立花瀧の精神は、女子大学生の宮水三葉の体に宿っているからである。だが、その状況以上に気になる事が彼にはたくさんあった。見慣れた街並み、見慣れたニュースの中に、聞き慣れない単語が溢れ返っていたのだ。それはあのウルトラフレアだけでは無かった。
「X、I、O……その三文字だ」
『それで『ジオ』って呼ぶんやね……何なんやろ……』
まるで戦争の跡のような場所に存在する、ずっと昔瀧が持っていた玩具のような姿をしたような車や飛行機。それをニュース映像は「
『そりゃ仕方ないか……幸い、スマホっていうありがたいものがあるやね』
「そうだよな……悪い、今から通話打ち切って調べてみるよ」
こちらもすぐに調べて、何かあったら文字と言う手段を使って詳細な情報を送る……スマホの向こうから聞こえた自分の声に従い、一旦通話を切ろうとした時だった。少し待って、と言う声がしたのち、しばらく三葉からの連絡が途絶えたのだ。あちらで何かあったのか、と気になった瀧だが、その直後強い言葉で自分の声が響いてきた。
『通信制限気にせずに、そのスマホにあるテレビのアプリを今すぐ開いて!早く!』
「お、おう……!」
そして慌てて通話を切り、三葉のスマホに内蔵されていたテレビのアプリを開いた瞬間、瀧はそこに映った光景を理解できなかった。いや、正確には信じられなかったと言った方が良いだろう。
「……は?」
もしこれが、映画か何かだと言えば瀧も三葉もすぐに納得しただろう。だが、そこに映っていたのは紛れもなく実際の映像であり、特別番組でもやらせでもなく、真実であった。しかしそれでもなお、2人の脳はスマホの画面の中に映る光景を理解できなかった。
どうして各地に放送されているその画面の中で、都市が巨大な生命体……『怪獣』に踏みつけられているのだろうか。そして何故、その存在に対して果敢に挑む巨人――『ウルトラマン』がいるのだろうか。
「……」
瀧はただ、小さい画面に映るウルトラマンと怪獣の戦いをじっと見守る事しか出来なかった。サーチライトに照らされた怪獣が持つ花のような鬣をそのウルトラマンは再び閉じないように抑えつけ、暴れる怪獣を鎮めるかのように立ち振る舞っていたのである。やがて怪獣側は次第に体力を失ったかのように動きが鈍くなり、最終的に街の中にへたり込んでしまった。
それを見たかのように、ウルトラマンは腕をまるで「X」のような形に組んだ。その途端、腕から闇夜を照らすかのような美しい光が放たれた。それを受けた怪獣は、まるで体が縮んでいくかのように小さくなり、やがて小さな光の玉となって姿を消したのである。残ったのは、ウルトラマンと「Xio」とかいう何かの存在を讃える、テレビ局のアナウンサーの言葉だけであった。
「……やっぱこれ、夢だ」
あまりにも荒唐無稽な展開を見た瀧の結論はこれだった。多分昨晩、寝る前にたっぷり三葉と昔のことを語り合ったせいで心がそれを懐かしみ、自分が昔見た怪獣やウルトラマンの番組とごっちゃになった結果、こんなハチャメチャな展開になってしまったのだ、と。
「……って言うか、もう寝よう……」
もう一度寝れば、元通り自分の精神は立花瀧の元へと戻り、平凡だがとても幸せな日常に戻れるはずだ。彼はそう信じて、三葉のベッドに潜り込み、ゆっくり目を瞑った。
だが、運命は彼を裏切った。
「……はぁ?」
確かに、瀧の精神は無事に瀧の元へと戻った。だが、その「体」は、ようやく仕事に慣れ始めた新入社員ではなく、あの夢の中で三葉が宿っていたであろう高校時代の自分の体だったのである。
そして、近くにあったスマホに映された記事を見た時、彼の顔は困惑や混乱に包まれた。恐らく、この大都会のどこかにいる三葉も同じ感情だろう。
どうしてどのネットニュースも、あの夜の出来事が現実に起きたように取り上げているのだろうか……。
『ウルトラマンX、大勝利!ウラン怪獣ガボラを撃破』
『Xioの働きで人的被害ゼロ!復興への動き早くも始まる』
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4.その名は未来
「よう、瀧!」
「よ、よう……」
立花瀧は、数年ぶりに高校生として自身の母校に足を踏み入れていた。ごく普通に父と言葉を交わし、ごく普通に足を進め、そして懐かしい気持ちを抑えて普通の学校生活を味わおうと考えていた。だが、残念ながらその余韻を味わうだけの時間は彼に残されていなかった。
「昨日のニュース見たか?またウルトラマンエックスが大活躍してたよなー!」
「え、エック……あ、ああそうだな!」
ごく自然に、友人の高木真太の口から昨日日本中に放送されていた荒唐無稽な映像……ガボラとかいう怪獣がウルトラマンに退治されると言う光景の感想が、興奮交じりに出てきたからである。しかも、何とか話を合わせようとする瀧の態度に高木は違和感を覚えていた。もっと乗り気でウルトラマンやXioの活躍を語ってくれるはずなのに、と。
(な、なんだよこれ……俺がウルトラマンを熱く語ってた?そんな馬鹿な……)
確かに、たまにネットのSNSサイトの検索でウルトラマン絡みの事柄が上位に躍り出る事はしばしばある。だが、毎日学校生活やバイト、そしてまだ姿形も知らなかった想い人のことばかり考えていた瀧にはごく普通の、特に気にしない事柄にしか過ぎなかった。そもそもウルトラマンなんて子供っぽいジャンルは、高校に上がる前には卒業していたはずだ。
「あ、やべ、こんな時間だ!おい瀧、席に着くぜ!」
「お、おう……」
一体何がどうなっているのか、俺や三葉がおかしいのか、世界そのものが俺たちを嘲笑っているのか――もう彼には、二度と味わえないと思っていた過去を楽しむと言う選択肢は残されていなかった。そして、昔のようにダラダラしながらも授業を受ける、と言う選択肢も。
先生に促され、クラスメイトに心配されながら保健室に向かうところを最後に、一旦瀧の記憶は途絶えた。
~~~~~~~~~~
瀧は、夢を見ていた。
あの日、三葉と「2度目」の再会をしたあの場所に、彼は立っていた。
しかし、彼の目に映っていたのは三葉でも、緑が続く美しい風景でも、「カタワレ時」の空でもなかった。
どこまでも広がる、不気味に赤く輝く空。どこまでも続く、草も水も存在しない荒れ果てた大地。
彼は叫んだ。大事な者の名前を、何度でも何度でも。しかし、その声は突然彼の目の前に現れた、全く知らない存在によって遮られた。
漆黒の体に包まれた、龍を纏う人間のようなその姿は、紛れもなく悪魔そのものだった。
そうだ、この世界は皆、あの存在に滅ぼされたんだ。父さんも親友も、先輩も、そしてあいつも。
もうじき俺も消え去るんだ。いや、もうそうしてくれ、あいつのいない世界なんてもういらない、だから――。
「……諦めるな!!」
――誰かがそう瀧に語った。
誰だかは分からない、だけどその姿は、まるで未来へ輝く希望、「ムスビ」そのものだった。
彼は、あの存在の名を思い出した。
忘れるわけがない、いや、忘れてはならない、あの名前を。
その名は――!
~~~~~~~~~~
「……はっ!」
――気づいた時、瀧の体は保健室のベッドの中にあった。汗だくになっていたその体が、次第に忘れようとしていく悪夢がどれほど恐ろしいものだったのかを物語っていた。そんな夢を見てしまうという事は、それだけストレスで体が疲れていることの証拠なのかもしれない、と言う彼の予想を裏付けるかのように、保健室の先生は休日のバイトもできれば休み、明日の休日はゆっくり過ごすべきだ、とアドバイスをしてくれた。
「そ、そうですね……ありがとうございます」
とはいえ、大変なバイトでもちょっとした癒しがないわけでは無かった。彼の知っている三葉とも少しづつ仲が良くなっている頼もしい先輩が、あの場所で働いているからだ。
取り敢えず今日は三葉と会話してぐっすり寝て明日に備えよう、と扉を開けた時だった。
「大丈夫かい?」
そこにいたのは、本来の瀧の姿のようにスーツを着込み、優しそうな顔を向けてくる1人のイケメンだった。その顔を見て、彼はつい困惑してしまった。当然だろう、彼の学校にこんなイケメンがいた事なんて覚えていないからだ。つい呆然としたまま突っ立ってしまった彼に向けて、そのイケメンは柔らかい声で話しかけた。
「立花瀧くん、だったね?」
「あ、は、はい……」
「良かった、間違えていなかった。僕の名前は、日比野未来。君のクラスの教育実習に来たんだ」
その名前を聞いた瞬間、突然彼の頭の中で早回しに映像が流れた。ほんの僅かな期間だけ、この学校の中で様々な事を学んでいった、やけに爽やかなイケメン実習生が間違いなくいた、と言う内容の映像が。
「あ、あ……日比野先生!」
「だ、大丈夫だよ……体の様子は大丈夫かい?保健室に行ったと聞いて……」
「何とか大丈夫です……今日はゆっくり休みますよ」
それが良い、元気に過ごすのが一番だから、と日比野先生は瀧を励ました。その様子を見ているうち、瀧はこの先生についての様々な事を思い出していた。よく生徒たちに声をかけたり相談に乗ったり、忙しい時でも真摯に話を聞いてくれたりと、まさに理想の先生になろうと頑張っていた人である、と言う事を。
そして、それに加えて――。
「良かった、それじゃまた……って、あ……」
「どうしたんすか?」
「た、瀧くん……悪いけど、理科室まで案内してくれないかな……」
――やけに天然ボケなところが目立つ、変な先生であった事も。
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5.あるはずのない過去
「良かった……良かった、瀧くんが無事で……!」
『大丈夫だよ三葉、原因の疲れもだいぶ取れたからさ』
それでもやはり心配だった、と女子大生の三葉はスマホの向こう側にいる男子高校生の「瀧くん」に優しく愛らしい声を送った。何年も何年もずっと彼を探し続けていた辛い日々が心から消えないからこそ、彼が保健室で休んだと聞いて気が気で無かったのである。
そして、体調に問題はないと言う報告を改めて聴きつつ、あの時三葉が見たイケメン先生は、やはり瀧の高校にいた教育実習生である事を彼女は知った。どうやら深い理由はなく、ただ単に忙しい日々の中でそのイケメンの事を忘れていただけらしい。だがそれも仕方ないだろう。過去にこの時間を経験していた頃の瀧は、自分と何度も体が入れ替わっていた少女――宮水三葉の方ばかり気になっていたのだから。
「あーそうやね、私も凄い優しそうやって思った」
『まあ、でもおっちょこちょいだった記憶があるからな……暖かく見守ってやってくれ』
「なんか瀧くん、先輩みたいやね」
『だって見た目は学生でも頭脳は立派な社会人だぜ、俺たち』
どこかで聞いたような言葉だ、と笑いながらも、その直後三葉は真剣な声で瀧にある解説を始めた。もう一度経験する事になった大学での日々を縫い、彼女は今日1日でこの時間に時間に潜む自分たちの記憶にはない様々な出来事を調べていたのだ。
ただその中身は、常識では考えられないような日々を経たはずの三葉にとっても信じ難いものばかりだった。その内容がアニメや漫画だったらまだ納得できるが、どうしてそれが現実に現れてしまっているのか、と。
『……三葉、お前の気持ちは凄い分かる。俺も同感だ。だいたい何だよ、ウルトラフレアで怪獣出現って……』
「15年前に起きたそのフレアで出たオーロラを受けて、世界中に怪獣……どこの特撮ヒーローやって思ったんやけど、間違いなく現実みたい……」
その謎のオーロラをきっかけに、世界中にあったという怪獣みたいな感じの形をした人形『スパークドールズ』が本物の怪獣になってしまった。その対策のため、地球防衛の要となる精鋭部隊『Xio(ジオ)』が誕生した。そして今から少し前、そのジオや地球の頼もしい味方として、未知の巨人と言う意味から『ウルトラマンX(エックス)』という存在が現れた――真剣に読んで良いのかどうか悩みそうなほどの過去だが、他の資料を漁っても同じような事しか書いておらず、これがどうあがいても世界の真実だと無理やり三葉に押し付けるようだった。
「一体何がどうなっとるんやろか……」
『うーん……』
これは確かに瀧くんが保健室で寝込むのも無理はない、と考えた時、その本人が三葉にある事を告げた。もしかしたら、そもそも今の自分たち自体が別の何か、それも自分たちが全く知らない何かと入れ替わってしまっているのではないか、と。
それが何かまでは流石の瀧でも分からなかったが、三葉はその考えに大いに納得した。彼女や彼を取り囲む人々は、怪獣やXio、それにウルトラマンエックスが普通にいる世界に当たり前のように馴染んでいる。まるで過去に自分たちが入れ替わり続けた時とは正反対の内容だ。
「じゃ、じゃあ元の私たちに戻れる……かどうかも分からんよね……」
『そうなんだよな……俺と三葉の間は昨日のように入れ替われたけど、俺たちと何かは未だに代わってない……』
結局自分たちに何が起きたかさっぱり分からないまま、三葉と瀧の間に沈黙が流れてしまった。だが、それを解いたのは意外にも三葉のどこか勇ましい声だった。自分たちの力だけで解決するのが無理ならば、頼もしい仲間の手を借りるのが一番だ、と。
「こう言う事に詳しい私の友達、瀧くんも知ってるやろ?」
『ああ……テッシーさん!』
勅使河原克彦、通称テッシー。様々な分野の建築に関わる仕事を親から受け継ぐべく奮闘し、故郷を蘇らせるという大きな夢を持つ、三葉の大親友の1人だ。その彼には、様々な工学に詳しい事に加え、常識を超えた超常現象を扱うオカルトにも明るいと言う特徴があった。もしかしたら、彼の豊富な知識の中にヒントが眠っているやもしれない、と三葉は考えたのだ。
『そうか……確かにあのテッシーさんならなんか分かるかもな!』
「明日は時間あるし、散歩がてらテッシーの元を訪ねてみるよ。住所は記憶通りの場所やったし」
この訳のわからない事態、2人で一緒に乗り越えていこう、と三葉と瀧は互いを励まし合った。そして、この世界に来た意味や抜け出す方法を協力して見つけよう、と。
ところがそう誓った翌日、少しだけだが早速彼女たちに躓きが襲ってしまった。
「な、何でこんな時に……」
三葉が起きた時、その体や声は女性のものではなく、彼女よりも若い男子のものに変わってしまっていたからである。そして、手元にあったスマホには、彼女からのアドレスでメールが届いていた。
何とか頑張ってみる、そっちも上手く乗り切ってくれ、と。
「……ふふ、瀧くん、頑張って」
そう呟きながら、彼女――外見上『立花瀧』は優しく微笑んだ……。
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6.パラレルワールドの記憶
(確かもう少しの駅だったな……うん、間違いない)
三葉と話し合った翌日、その三葉の体をまたもや借りる羽目になってしまった瀧は、そのまま彼女が予定していた通り、彼女の親友であり瀧にとっての良き先輩であるテッシーの元へと向かっていた。スマホに刻まれた道のりに沿って辿っていけば彼が住むマンションに辿り着くというありがたい仕様だ。
ところが、そこへ向かう道のりの中で、彼は何度か目を疑うような光景を目にした。少し混んでいる電車の中から、何か強い力によって破壊されたとしか考えられない建物の跡や、それを復旧しようと動き続けるたくさんの人や乗り物、そして彼らに混ざって動く、どこか自衛隊に似たような雰囲気の服装を着た人々を目にしてしまったのだ。彼の記憶には、そこにあるのはたくさんの建物がごく普通に並ぶ都会の光景だった。
(もしや……これ、マジの怪獣被害なのか……?)
しかも、これだけの被害が出たにもかかわらず、人々は僅かだけ注目するだけで、後はスマホをいじったり興味なさそうに座ったり立ったりしているばかりであった。つまり、このような大惨事が起きてもそれは最早人々の日常そのもの、巨体で人々の日常を破壊する存在がごく当たり前にいると言う事になるのである。
いよいよこの大都会が、瀧や三葉の知らない世界のように思えてしまった時、電車はテッシーが住むマンションの最寄り駅に到着した。三葉の姿を持つ瀧は、周りの光景から目を背けるかのように急いでテッシーの元へと進んだ。早く理解者に会わなければ心がおかしくなってしまう、そう感じてしまったのだ。
その結果――。
「うお、ちょ、三葉!ど、どしたん……や、柔らかいって!!」
「良かった……テッシーさん……じゃない、テッシーだ!」
つい彼は、三葉の体を借りてテッシーの元に少々乱暴な形でやって来てしまったのである。彼の幼馴染兼恋人がこの場にいない事は本当に幸いだったかもしれない。
ともかく落ち着け、と聞き慣れたテッシーの声を聞いた瀧は自分がやってしまった行為に顔を真っ赤にしながら、何とか三葉から託された相談を始めた。全く別の世界の別の誰かが偶然入れ替わる何ていう事は、本当にあるのか、と。
「……三葉にしちゃ珍しい質問やな……あ、もしや三葉もついに俺の良き趣味の同僚に……」
「い、いや友達!わ、私の友達から託された質問だって!」
ギリギリのラインで何とか誤魔化せた瀧は、少し残念そうな顔をしたテッシー先輩に心の中で謝った。そして、そのまま彼が語る話をじっくり頭の中とメモ帳に記す事にした。
「パラレルワールド……?」
「この世界とは全く別の世界っちゅー……まあオカルトというか科学の世界やけどな」
様々なジャンルの超常現象に明るいテッシーは、それに付随する情報として、その体育系な見た目に似合わず科学にもかなり明るかった。現在の科学の世界では、宇宙は自分たちが住む場所以外にも沢山存在する、と教えてくれたのだ。ただ、そこから続いた話には瀧も驚きを隠せなかった。
「え、う、ウルトラマン……?」
「あー三葉はあんま興味なかったか……ゼットンっつう怪獣とクワイとか何とかいう宇宙人が暴れた時に、エックスと一緒に戦ったウルトラマン、あれもパラレルワールドから来たってXioの人が……」
マックスと言う名前の赤いウルトラマンはもともとこの世界にはおらず、別の宇宙からわざわざ駆けつけてくれた頼もしい仲間だとXioが後にテレビで報告していた、とテッシーは嬉しそうに語っていたのである。あまりに自然なその態度に、瀧は愕然とする気持ちを抑え続けた。やはり自分たちが今いるのは、そのパラソルなんたらではないのか、と。
「なあ、そのパラソル……」
「パラ『レ』ル」
「ごめん、そのパラレルワールドを行き来するのって、そのマックス以外で……例えばただの人間であり得る?」
その問いを受け、しばらく頭を悩ませていたテッシーであったが、しばらく経った後に何かを思い出したかのように山積みの資料を漁り、そこからややこしい文章が書かれた1枚の用紙を持ってきた。
さっぱり分からずこんがらがる瀧の様子を見たテッシーは、笑顔でわかりやすく解説してくれた。パラレルワールド内での行き来とは異なるかもしれないが、別の宇宙の「記憶」が蘇ったと言う話ならある、と。
「ほ、本当!?」
「だいたい7、8年前の横浜で何人かの男性が2つの記憶を持ったなんて話がある。その記憶にあったのは、そっくりだけどどこか違う光景や人々だったらしい」
その後、この記憶は薄れてしまったのだが彼らはそれをきっかけに夢に向かって歩み出すようになった――テッシーが語ってくれた話は、まさに瀧と三葉が経験し続けている不思議な出来事に良く似た内容だった。それも、今回起きている不可思議な入れ替わりに近づきそうな重要な情報である。
「ありがとう、テッシー!」
「どうも……そんなに手を握らんでも……」
三葉の前では恥ずかしがっているテッシーでも、将来は酒を飲む勢いで自分たちに積極的に絡むようになっているのだから面白い、と瀧は心の中で微笑んだ。
今の彼には、それほどの余裕が生まれていた。あの日――ティアマト彗星の日に最悪の事態を脱するきっかけをつかんだ時のように、再び彼の助けが活路を切り開いてくれたのだから……。
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7.ここにいる意味
「なるほどね……流石テッシーや」
『俺もまだまだ三葉の友達には敵わないよ……』
瀧くんには瀧くんの良さがある、と宥めつつも、スマホを手に当て続ける三葉もほぼ同じ意見だった。あの日――彼女の記憶の中でずっと閉じ込められていた、忌まわしきティアマト彗星の日にも、テッシーやその幼馴染であるサヤちんが、自分の身を顧みず懸命に人々の命を助けるために尽力してくれたのだ。良き理解者に恵まれた瀧くんがそう言うのも無理はない、と彼女は誇らしくなった。とはいえそう思っている三葉の体は今、その立花瀧の姿なのだが。
そして三葉は、スマホから聞こえる自分の声を真剣に聞き、自分たちが『怪獣』や『ウルトラマン』が普通にいるという世界に迷い込んだ可能性が高い、という仮説に大いに賛同した。それ以外にこの事態を説明する事は出来なかったからだ。
ただ、まだ疑問は残っていた。それならばどうして自分たちはこの「世界」にやって来てしまったのだろうか、と。
『確か、昔の入れ替わりは……』
「うん、ティアマト彗星から皆を、私を守るために……」
あの時、何度もなんども入れ替わる中手間過去と未来が文字通り結ばれる事で、2人は途轍もない奇跡を生み出す事に成功したのだ。その代償として、長い間その記憶は閉じ込められてしまったのだが、今はその事を思い出す番ではない、と三葉も瀧も気持ちを入れ替えた。
「あの入れ替わりにも意味があるとしたら……今回も?」
『だけど全然分からないぜ……そもそも別の世界にわざわざ行く用事なんて無いよな?』
「うんうん、別に他所の世界に忘れ物なんてしとらんし」
能天気な例えに双方くすりと笑った後、2人は取り敢えず今後も現状維持に努めよう、と約束しあった。いつ元の世界に戻れるかと言う事が分からない以上、あの時のように様々な情報を集めながらこの世界に馴染んでいくしか無さそうだ、と考えたのである。そして、その中で三葉にある思いが浮かんだ。もしかしたら今のようにこの別の世界の中でも双方の入れ替わりが頻発するのは、この「情報収集」をし易くするためのボーナスなのでは無いか、と。
『ぼ、ボーナスって……三葉はそうかもしれないが俺はまだ大変なんだがな……』
「ま、まあ今のところは大丈夫なんやろ?この機会に、私が学んでる分の専門講義をじっくり受けてみたら?」
そうすれば、元の世界に戻れた時に何か良いアイデアの素になるかもしれない、と三葉は前向きな考えを示した。勿論、瀧はそのアドバイスをありがたく頂戴する事にした。
そして、互いに眠くなり、ぐっすり寝る事にした、その時だった。カーテンを閉め忘れた部屋の窓をふと見た三葉は、夜空の遥か彼方を何かが飛び、それを別の何かが追っている事に気がついた。
『……どうした、三葉?』
「ううん、何でもない……」
よく分からないけど、気にするほどの事態ではないだろう――そう考え、ゆっくり眠りについた三葉。だが翌日、元の体に戻った彼女は、スマホを見た途端唖然とした。あの飛行物体は些細なものだったどころか、下手すればこの街に途轍もない災害を巻き起こしかねないものだったからである。
幸い、Xioやウルトラマンの活躍により、遥か遠くにあるアンデス山脈から光輝く都心を襲おうとしていた怪獣ザンバは無事退治され、『スパークドールズ』として確保されたようだが……。
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8.刻まれた戒め
怪獣がいて、宇宙人がいて、ウルトラマンがいる。
そんな当たり前の世界の中に、当たり前ではない異質な存在が2つも迷い込んだ一方、その両者とも知らない場所で、この事態と関連する別の出来事が動き出していた。
「うーん……やっぱり気になるっす……」
地球防衛の要、『Xio』の日本支部にある、様々な最新科学を研究・開発するラボの中で、1人の男がパソコンの画面に映るグラフのようなものを見ながら悩んでいた。彼の名は「三日月マモル」、地球防衛、共存共栄の最先端を行くラボチームの優秀な研究員の一員である。
「マモル、まだこの現象は継続している?」
「そうっすよ大地、本っ当に僅かなんすが、時空の歪みが……うーん……」
彼のパソコンにあったのは、赤いグラフが覆い尽くす都心の様子だった。一見するとどの場所もまったく同じ高さの赤いグラフが立ち並ぶように見えるのだが、よく見れば5箇所だけ、ほんの僅かだが飛び出た場所があると言うのだ。この奇妙な結果が示すのは、この地球を流れる時間の流れとは少し異なる流れ、つまり『別の宇宙』から来た何かがこの世界に紛れ込んでいる、と言う事である。
だが、いくら気にしていても始まらない、これまで通りじっくり状況を見守るのが一番ではないか、と彼のそばにやってきた若きラボチームのメンバー、大空大地は告げた。現にXioの内部でも、今の所異常は見当たらず、凶悪な存在が紛れ込んでいる形跡もないと言う事で、このように日夜観測しておくことで決まっているのだ。
「まあ……そうっすよね、今後も眺めるしかないか」
「それがいいよ……そう言えば、前に玉城博士が発表した論文、マモルも見た?」
「あぁあれ、勿論見たっす」
玉城ツカサ博士。以前Xioの面々と共に、これまで経験した事がなかった大変な事態に立ち向かってくれた、少し天然気味だが知識豊富で活動的な女性考古学者である。あの時、『結びの光』と呼ばれる子文書に残されていた伝説の力を読み解くきっかけを作り、とんでもない奇跡を呼ぶ事となったのは彼女のお陰なのだ。
あの戦い以降、彼女はこの『結び』と言う言葉に纏わる様々な言い伝えや伝説の調査を始めた。あの戦いの中で、Xio、そしてウルトラマンたちが勝利をつかむきっかけになった、空と大地を繋ぐ大いなる力を示したであろう、ごく一般的な言葉である。
そして、これについてつい先日、これまで先人たちが研究していた古文書の中に重要な内容がある事が明らかになった、という。それまでどの有名な文書にも記されておらず、ごく一部の地域にのみ伝わっていたと言う、不思議な経緯を持つものだ。
「あの遺跡以外にも、日本のあちこちに『ムスビ』って言う言葉が残されてた事が分かってきたんだよね」
「その中で、時間や人との絆など重要な要素を併せ持つのが……」
そう呟いた瞬間、大地とマモルの間に少しの沈黙が流れた。その要素を持つ場所は、今もまだ復興すら出来ない危険な状態が続いている地域と化しているのだから。あの時――ウルトラマンエックスと言う強い絆で結ばれた頼もしい相棒が来る前、Xioが苦い勝利を収めてしまった場所である。
あの時はそれしか選択肢しか無かったから仕方ない、とは言いたくなかったが、どうしようもなかったのだ。
「……でも、町は少しづつ戻ってるし、思い出す気持ちも分かるけど塞ぎ込みすぎちゃダメっす」
「ごめん、マモル……でも、あの被害は俺の油断が招いた事態……絶対忘れちゃいけない事だから……」
平和を守るために犠牲はつきものだ、何より君たちは掛け替えのない命を守ったじゃないか――あの時、あの町の偉い人々や長官が自分たちに送った慰めの言葉を、大地は今も心の中で否定し、そしてあの時の自分自身を責め続けていた。
確かに住民の命は全て守りきったが、それと引き替えにXioは、大空大地は、思い出を守り通す事が出来なかったのだから。人間にとって、ともすれば命よりも大事かもしれない、『替える』事が出来ないであろうものを……。
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9.気づかぬムスビ
「お姉ちゃーん!早く起きー……って、うわ、また?」
「う…うーん…」
三葉の体の中に文字通り入った瀧の1日は、大学生になった三葉の胸を揉む事から始まっていた。彼女の妹、四葉が呆れ顔なのも無理はないが仕方ない。この感触を味わう度に、彼はここに何よりも大事な存在がいる事を確かめられるからだ。
とはいえ、そんなに味わってはいられない。今日は大学で講義が詰まっている日だ。しかも三葉ならしっかり分かりそうな講義……つまり瀧の場合なかなか理解できそうにない内容、と言う訳だ。尚更三葉に汚点を作ってはならない、と彼は必死であった。
そんな彼がスマホを見ると、三葉が残した気になる文章があった。
「組紐……あ、これか……そうだよな、ごめん、三葉」
ここ最近、今まで体験した事がない三葉の大学生活に馴染むだけで精一杯だった彼は、あの大事なものを目立つところに身につけると言う余裕すら無かった。最近はあまり『綺麗な飾り』を付けてないんですね、と言われた三葉は、ちょっとチクリとするような言葉で瀧に注意を促したのである。
組紐。幾つもの紐を、文字通り複雑に組み合わせながら縫う、今は無き三葉の故郷の伝統工芸にして、『宮水』の名を守り、糸守と言う場所があった記憶を紡ぐ重要なもの。
「……よし、っと」
これを身につければ、三葉の心がきっと守ってくれる――いや、三葉の心も守り通す事ができる気がする。そう信じた彼は、朝ご飯を早く食べるよう促す声に従い、都会のマンションにある1人部屋を後にした。
~~~~~~~~~~
「あ、先輩、今日はその飾り、付けてきたんですね」
「う、うん……やっぱり大事なものだし」
「宮水先輩はそっちの方が似合いますよー」
大学生だった頃の三葉は、どこか陰があるように見えながらも、普段から真面目に授業に取り組む生徒だった――瀧が知らなかった、三葉の大学時代の後輩がいつか教えてくれた真実だ。そうやって彼女の事を褒めてくれた後輩は、この怪獣やウルトラマンが蠢く変な世界でもしっかり三葉を評価してくれていた。
ただ、まるで組紐に加えて三葉の事が褒められているような気持ちに嬉しくなっていた瀧であったが、ふと気になる事があった。陰があるようで、まるでふらりとどこかに旅立ってしまいそうで、なんだか心配だった、と語ってくれたあの時のように、この後輩もまた三葉を気遣うような素振りを見せたのだ。
(そうだ……この世界が、俺たちとは違う世界だとすれば……)
三葉の故郷、糸守町はどうなっているのだろうか。
少なくとも彼女の妹の四葉やテッシーさんが彼と同じこの都会にいると言う事ならば、やはりこの世界の糸守町にも何らかのとんでもない事態が起きたのではないか、それが気になっていると――。
「もー先輩、また暗くなる!明るく明るく!」
「え、あ……ご、ごめん……ありがとう……」
――しばらくは彼女のようなこの大学での人間関係に慣れる必要がある、そして恐らくここでそれを調べてしまっては、きっと後悔する事になる、と考えた瀧は、この三葉を励ましてくれる後輩の話を聞く事にした。ただしその話は――。
「それで先輩、聞いてくださいよー!この大学に、凄い美形の教授が2人も!来たんですよー!」
「び……びけい……ねぇ……」
――当然というべきか何というか、イケメンの話であった。どうやら、この大学の科学分野の学科に、つい最近別の大学から2人のイケメンがやって来たらしい。しかもタイプが真逆、片や優しくとも熱く、片や厳し目だが気遣いが上手いと言う。
今やこの学校の女子の多くで噂が持ちきりだ、と明るく言う後輩の目的が、彼女から見ても間違いなく美人であろうこの宮水三葉を励ますためであるのは間違いなかった。しかし、瀧はあまり興味を惹く事ができなかった。彼の心が新社会人の男性だから、と言うのもあったが、それ以上に三葉の気持ちを考えれば、例えイケメンとは言え、靡く訳にはいかない、と感じたからである。
まだこの時点で、瀧も三葉もそのイケメンが何という名前なのか、知る事はなかった……。
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10.あの日、空からの光は
「へー、そんなイケメンの教授が…」
『三葉の後輩が熱く語ってくれてさ……』
無事バイトが終わって家に帰り、彼の父と片言交わしてから自室に戻った瀧――いや、瀧の体の中に宿っている三葉は、今日も普段通りに彼のスマホを使い、自分の体を借りているだろう瀧と会話をしていた。
相手の方から出たのは、三葉が通う大学にイケメン教授が2人もいる、と言う話だった。一方は温和そうな感じ、もう一方はどこかクールな雰囲気を持ち、科学分野に非常に詳しいのだという。
以前、三葉から瀧の通う高校にもそのようなイケメン実習生がいる事を指摘された際は、何故そのような事を忘れていたのかと突っ込みを入れた三葉であったが、こちらの場合は事情が異なるのを、彼女の方も瀧の方も知っていた。三葉はずっと、大学生活をただ淡々と、何かを探しながらもその探し物すらわからないと言う状況を彷徨い、何度意味が分からない涙を流したかと言う状況だったのである。そんな時にイケメンなど、尚更気にする余裕は無いだろう。
「なんか、意外と私たちの周りってイケメン多いやね」
『ま、まあ……で、でも俺だって……!』
「冗談冗談、瀧くんが一番のイケメンに決まってるやよ……って……」
恐らく今頃、スマホの向こうで瀧も三葉の顔を真っ赤にさせているのだろう、と彼女は気恥ずかしい気持ちを感じた。しかし、すぐに顔を振り回し、その感情をぬぐい捨てた彼女は、こちらから話すのは大事な話だ、と瀧に伝えた。バイトに行く合間、瀧の友達からの遊びの誘いを敢えて断った上で調べてみた重要な事である。
「……た、瀧くん?」
『いや、悪い、ただ驚いただけだよ……』
「どうして?」
例え運命で結ばれた『カタワレ』同士であっても、時にその考え方や物事の捉え方には差が出てしまうもの。特に三葉の故郷――元の世界では1度消えた故郷については、瀧は遠慮しがちな考えだった。三葉を傷つけたく無いと言う思いがあったからかもしれない。だが、幸いなのか実際は真逆であった。
「瀧くん、私は大丈夫。どんなに壊されても、結局あのド田舎は私の故郷やもん」
『そうか……でも悪いな、時間があまり無いのに……』
「でも、だいたいの事は分かった。この世界の、『糸守町』の事」
結論から言えば、ウルトラマンたちがいるこの奇妙な世界でも、三葉やその親友の故郷である山間の小さな町、糸守町は、現在の日本の地図には掲載されていなかった。2人の記憶にある通り、全住民を残して崩壊してしまったのである。
だが、彼らの記憶と明らかに違うのは、その要因だった。平気で怪獣と互角に立ち向かえるらしいこの世界の人々の力を持ってすれば、三葉の故郷を壊滅させた空からの光など一撃で粉砕できるだろう。だが、問題はその空から落ちてきたものが、彗星では無かった事である。
『……へ……怪獣……?』
「新聞にあった。『あの日』にやって来たのは、怪獣だったんやって」
多分少し前の三葉と瀧なら、そんな荒唐無稽な話をされれば正直頭にきて怒鳴っていたかもしれない。自分たちにとって本当に辛く、そして暖かい思い出を無残に汚されるような気がしたからだ。しかし、今となっては彼らはこれを事実として受け入れざるを得なかった。糸守町を破壊し尽くしたのは、宇宙からやって来た恐るべき生命体だ、と。
「まだその時には地球にウルトラマンはいなくて、防衛隊の人間だけで立ち向かった、って書いてた。で、迅速な判断で私ら住民は全員避難できたけど……」
『まさか、怪獣を止められなかったとか……?』
「ううん、退治は出来たみたいやけど……」
写真に映されていた見た目だけの被害こそ彼らの元の世界よりは少なく、大地こそいくつか抉れてはいたが三葉の宗家である糸守神社を始め、多くの建物が原形をとどめていた。にも関わらず、糸守町はあの戦い以降今もなお全町民の避難を余儀なくされており、糸守湖に至っては、人間と怪獣の戦いの結果美しく描かれていた円形の姿から歪んだ姿に変貌してしまった、というのだ。
『そうか……他には何か分かったか?』
「あの対応で色々あったらしくて……でも何かよくわからん人たちの言葉ばっかり……それで、それ以降は時間が取れなくて……」
『分かった……大丈夫だ……』
形は違えど、この世界でも自分たちが経験したような出来事に近いものは起きてしまっていたと言う事実を、瀧や三葉は改めて認識し、しばし互いの口を瞑った。糸守と言う地が、ここでも消え去ろうとしているのだ。
『……三葉……辛いな……』
「ううん、私はむしろ安心した。おばあちゃんもお父さんも、テッシーもサヤちんもみんな無事みたいやし。命がなきゃ何も出来ないから……」
『三葉……』
その後、すまないという声と共に、スマホの向こうから自分が鼻をすする声を三葉は聞いた。そう、本当にここに命が無ければ、瀧くんにとっても自分にとっても、未来に何の価値も見出す事が出来ないのだから。そして、こちらの世界における瀧にあたるのが、もしかしたらその「Xio」なのかもしれない、と考えた三葉は、同時にほんの少し複雑な気持ちになった。もしかしたら、この世界で暮らしていた宮水三葉は――。
「……あ、しまった!宿題いっぱい出たから今のうちにやらんと!」
『……え、マジか!?すまん、代わりに……』
「最低限だけ。それ以外は瀧くんの分やから、瀧くんが責任持つんよ」
『そ、そうだよなー……わ、分かったよ……』
――慌てて取り繕い、瀧と共に混乱したような声を上げながら、三葉は自身が抱いた嫌な予感を払った。そうだ、宮水三葉と立花瀧は、どんな場所でも、どんな宇宙でも、必ず巡り合う運命なのだから……。
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11.星空のファーストコンタクト
ごく普通の生活を過ごしていた立花瀧と宮水三葉が、怪獣、宇宙人、そしてウルトラマンと言う彼らにとって非現実的な存在がいる世界に迷い込んでから、少しの月日が経った。
時に体が入れ替わったり、時に予想もしない現実を目の当たりにしたり、様々な事態を迎える中、彼らは次第にこの世界に順応し始めていた。確かにこの世界は、ずっと瀧や三葉がいた場所とは違うことも多いが、大事な仲間や大切な思い出はそのまま残っている。それに何より、『瀧くん』も『三葉』もいる。それだけでも、彼らにとっては大きな支えになったのである。
ただ、それはすなわちこの状況を楽しむ余裕が生まれたと言う事であり――。
「ぱ、パンケーキ!?」
「何だよ瀧、昨日あれほど美味そうに食ってただろ~?」
「あのチョコたっぷりの!」
――自分の知らぬところで事態が動く場合もあると言う事でもあった。
瀧にとって、身に覚えのないパンケーキの話題を友達からやけに楽しそうに持ち出されるのは本当に久しぶりであった。だいたい何が起きたのかは、わざわざ友達2人から聞かなくても承知していた。例え滝の昨日の記憶が宮水三葉の体で味わったものだとしても。
(三葉……久々にやりがったな!)
あの時――2人が思い出すまで何年もかかったあの時、三葉は男子高校生の体を得たのを良い事に、彼の体を利用して思う存分夢だったカフェでの日々を味わっていた。パフェやパンケーキなど様々なスイーツを思う存分堪能していたのである。勿論、その分のお金は瀧持ちで。
「と言うか、何で誰も俺を止めなかったんだよ……変な言い方だがな」
「えー、何でって言われてもさー、あの時の瀧、なあ♪」
「すげー楽しそうだったし」
止めるのは申し訳ないと思った、と言う2人の顔からは、あの様子をたっぷり楽しんでいたのが見え見えだった。昨日のうちにまた軽くなった財布に、瀧はため息をつくしか無かった。
~~~~~~~~~~
(全く……三葉……仕方ないとは言い切れないぜ……)
この状況を懐かしがりつつも心の底に少しだけの怒りを溜めつつ、学校が終わった彼は普段通りバイトに励んだ。
幸いこの世界でも瀧の主なバイト先はあの有名なイタリアンレストラン、同僚や先輩後輩も見慣れた顔ぶればかりだった。勿論その中に宇宙人が混ざっている、なんてシュールなコント番組のような状況にはなっていなかった。
そして――。
「あ、今日もお疲れー♪」
「奥寺先輩、こちらこそお疲れ様です」
――瀧とこれから長い付き合いになるだろう頼もしく美しい女性、奥寺ミキ先輩もまた、彼の記憶通りこの場所に勤めていた。どこか弟を見るような表情で自分を眺めるこの笑顔に久しぶりに会えた事も、瀧や三葉にとって別の世界で生きる上での大きな支えになっていた。
そんな彼に、奥寺先輩はある事を告げた。
「なんか最近、変わったよね」
「え……そうですか?」
「何て言うのかな……前よりどこか大人っぽくなったと言うか、私よりベテランって感じ?」
確かに、『この』立花瀧は、目の前にいる過去の奥寺先輩よりも様々な大変な出来事を積んでいる。ベテランといえばベテランかもしれない。
「それに、昨日はどこかお母さんっぽかったし。ふふ、私って変な事考えちゃうのよね」
「そ、そんな事無いですよ……その……ありがとうございます」
昨日、奥寺先輩たちと一緒にこの場所で働いていたのは瀧ではなく三葉だ。あの後互いに電話しあった流れから、間違いなく奥寺先輩に感銘を受けさせる何かを三葉はしたのだろう、と瀧は考えた。とはいえ、あのパンケーキとは異なりこちらはそこまで悪い事ではないし、むしろ褒めたいぐらいである、と心の中で惚気ようとした時、突然奥寺先輩は手を叩き、彼に顔を近づけた。突然の事で反応に困る瀧の耳に入ったのは、予想だにしない言葉だった。
「もしや、今の貴方、立花瀧くんじゃなくて……」
「……!?」
「三面怪人、ダダなんじゃないの?」
「……??」
~~~~~~~~~~
三面怪人ダダ。
宇宙から密かに来襲し、地球人の人々、特に女性を宇宙へ攫おうとしていた宇宙人の事である。幸いその暗躍は防衛組織のエキスパート部隊であるXioによって防がれ、囚われの身となったダダもその計画の全てを白状する事となったが、悪あがきをするかのように証明写真を撮る際に顔を変え、担当者を困らせる最後まで厄介な奴だった――それが、あの奥寺ミキ先輩がごく自然に瀧に語った話であった。
「……やっぱり、ここは微妙に違う時間なのか……」
そう独り言が出るほど、瀧にとってその一言は衝撃的だった。勿論その後、唖然とした彼を見た奥寺先輩は慌てて前言を撤回し、あんなスケベな宇宙人なんかと一緒にしてしまった自分が馬鹿だった、と謝ったが、あの先輩の口からさらりとこのような台詞が出てしまうと言う現実を、瀧は改めて突きつけられた。
考えようによっては、瀧も三葉もその「ダダ」とやらと同格の存在であった。元々この地球――いや、この宇宙にはいない存在である可能性が高いからである。しかし、だからと言って宇宙人が身近にいたとしても、自分はどのような対応が出来るだろうか。
あの先輩の言葉から様々な思いを馳せようとした彼だが、まさかそれをいきなり実戦段階に移行する事になるとは全く思わなかった。
「……?」
ふと、ビルの間に何かの人影が入り、座り込むような動きを見せたのが気になり、覗き込んだ瀧が見たのは――。
「……!!?」
――あの時奥寺先輩が言っていた、おかっぱを思わせる模様がある大きな頭と、シマウマよりもさらに複雑な縞模様を体に描く、自分たち地球人とは明らかに違う存在――三面怪人ダダだったのである!
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12.3人の迷子と案内人
「……あ……あの……」
立花瀧は、これまで何度も常識を超えた経験を繰り広げていた。全く知らない他人と入れ替わる、壊滅した町の人々の命を全て救う、何年も思い出せなかった記憶を一瞬で蘇らせる、などの奇跡とも呼べる数多くの経験を。だが、流石に今のような状況は、彼にとって初めてだった。
「……」
「……!」
彼の視線の先で、人間の姿と全く異なる存在がビルの隙間に隠れるかのようにうずくまり、こちらをじっと眺めると言う非現実的な光景が展開していたのである。この存在の名は「三面怪人ダダ」、かつて誘拐事件を組織ぐるみで起こしたと言う宇宙人だ。
話すべきか話さざるべきか、それともXioとやらに通報するべきなのか――瀧の脳内は混乱の極致にあった。着ぐるみでもなければCGでもない、本物の宇宙人が目の前に現れたのだから当然だろう。言葉が通じるかすら分からない相手に一体どう接すれば良いのか、こんな時に三葉ならどうするのだろう、何もわからないまま、彼はじっとダダと眺め合う時間を過ごさざるを得なかった。
そして、最初に動き出したのは――。
「……?」
「ひいっ!!」
――三面怪人ダダの方だった。あまりに突然の事で肝を潰した瀧はそのまま腰を抜かし、迫り来るダダの前に動けなくなってしまった。ええいままよ、こうなったら好きにしろ、ただし三葉だけは絶対に守り抜いてやる、と変な覚悟まで生まれていた、その時だった。
「大丈夫かい?」
彼の耳に飛び込んできたのは、どこか爽やかながらも優しい、聞き覚えのある声だった。
「……ひ……日比野……先生……?」
生徒である立花瀧の姿を見て笑顔を見せたのは、彼が通う学校でしばらく教育実習を受けることとなった青年、日比野未来であった。どうしてここに突然先生が現れたのか、さらに訳が分からなくなる瀧の目の前で、さらに予想外の出来事が起きた。日比野先生はそのままダダの方に近づき、互いに何かを話し始めたのである。瀧の耳に入ったその言葉は、日本語でも英語でもない、初めて聞くような不思議な響きであった。
そして、ようやく彼が立ち上がれるようになった時、日比野先生もダダを支えるようにゆっくりと立ち上がり、何を話したのかを彼を落ち着かせるような優しい口調で説明した。
「大丈夫だよ、立花君。悪い宇宙人じゃない、この地球に偶然迷い込んでしまったらしいんだ」
「え……そ、そうだったん……ですか?」
この三面怪人ダダの1人は、何らかの理由で遠く離れた星から地球へ、そしてこの町にうっかり流れ着いてしまい、沢山の地球人に覆われた中でどうする事も出来ず混乱し、そのままビルの隙間で怯えていたところ偶然にも瀧に遭遇してしまった、と言う訳である。
感謝したかのように頭をさげるその様子には、あの時奥寺先輩が言っていた邪悪な誘拐犯人と同じ種族であるとは全く感じられなかった。そして、その様子を見ているうち、瀧は先ほどまでの自分自身が情けなく思えてきた。見た目だけで怖がり、何も出来ずに怖気付いてしまった結果、自分たちと同じような事態に陥っていた宇宙人を敵視までしてしまうこの有様、ずっと自分を勇気ある人だと信じ続けていた三葉は間違いなく軽蔑するに違いないだろう、と。
そのままXioに保護してもらう、と歩き始めた日比野先生やダダに対し、瀧は意を決して声を出した。
「……あの……!」
「「?」」
「その……先程は……すいませんでした……!」
しかし、返ってきたのは意外な反応だった。まるで気にしていないと言うかのように、ダダは優しく瀧に向かって手を振ったのである。その理由は、日比野先生の方が日本語で教えてくれた。あの時瀧がじっと彼を見つめ続けていたお陰で、孤独からの寂しさを少し和らげることが出来た、と――。
~~~~~~~~~~
『そっか……ダダって言う宇宙人と会ったんやなー』
「ごめん三葉……俺、こんな事やっちまって……」
――そんな経緯を、帰宅してから瀧は正直に三葉に伝え、謝罪した。つい見た目だけで物事を判断し、怖がってしまった自分への戒めのために。しかし、スマホの向こうから聞こえたのは、優しいお姉さんの声だった。瀧くんはあの宇宙人さんをずっと守っていたし、しっかり謝罪もした。何より、このご時世に悪いことをやってすぐに心から謝れる人なんて貴重な逸材だ、と。
『だから心配しないで瀧くん。これもいい経験になったって考えれば大丈夫やからね』
「これも経験……そうだな……ありがとう、三葉。それに、明日は日比野先生にもお礼を言わないとな」
『瀧くん、良い先生に恵まれたねー。お姉さん嬉しいよ』
すっかり年上の姉のように振る舞っている三葉の言葉についにこやかになった瀧だが、次の言葉を聞いた途端、ある記憶を蘇らせてしまった。
もし明日『入れ替わって』いたら、自分が先生にお礼を言ってあげる、と言う三葉の発言によって。
「分かった……ただし、カフェで食い過ぎは勘弁してくれ」
『ぎくっ……え、えへへ……気をつけます……』
そう言いつつ、再びやらかしそうな笑い声を聞きながら、瀧もまた苦笑いをした。しかし、そこには昼間抱いていた少しの怒りは微塵もなかった。このやり取りがスマホを用いた伝言ではなく、こうやって声で通じ合える嬉しさを、たっぷりと噛み締めていたからかもしれない……。
『でも瀧くんも胸の揉みすぎは勘弁してくれ、な♪』
「……善処します、三葉さん……」
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13.遥かなる縁ムスビ
瀧が本格的にこの世界を包むアンバランスゾーンへと足を踏み入れた翌日、何度目になるだろうか、またもや彼の体には別の存在が入り、立花瀧の生活を再び楽しんでいた。ずっと昔、予想だにしない形で叶った『東京のイケメン男子』と言う存在にもう一度なれてしまうと言う前向きな気持ちで過ごした方が、この奇妙な世界で過ごすのには最適だ、と考えたのである。
「あちゃー、今日は無理かー」
「ごめん、色んな用事が入ってて……」
「まあ仕方ないか、次に会った時はすげえ美味い新メニュー教えてやるからな♪」
「え、ほんと!?」
こうやって、『瀧くん』の良き友達からスイーツを食べまくる自身の姿を楽しまれるのも久しぶりであった。とは言え、その本人は昨日とんでもない経験をしたばかりと言う事もあり、今回は我慢しておこう、と一応年齢は彼より上のお姉さんである宮水三葉は考えた。
そして、この日も『瀧くん』は例のレストランでのバイトのシフトを組んでいた事もあり、三葉もまた懐かしい同僚や後輩、そして――。
「今日はなんか可愛くなってる、不思議ねー」
「え、いや、あはは……」
――昔から勘の鋭さやどんな事にも動じない頼もしさを持つ奥寺ミキ先輩との、忙しくも懐かしい時間を楽しむ事ができた。
そんな中、同僚に冷やかされつつも彼女は『瀧くん』の体を借り、昨日の事を奥寺先輩にも告げる決意をしていた。勿論宇宙人に出会った、と全てを暴露するつもりはない。あくまで昨日先輩が口に出した言葉に対しての意見だ。
「そう言えば……先輩、昨日確か三面怪人ダダが何とか……」
「あ、そう言えば……やっぱりごめん、凄い気にしてた?」
「あ、いえ違うんです。わた……俺たちって、なんだかんだ言って結局はみんな宇宙人なんだなって、思っただけです」
「へ?」
昨日、瀧が語ってくれた、三面怪人ダダとのファーストコンタクト。あの時瀧はただ怯え、何も出来ずにビルの隙間に隠れていたダダと見つめ合う事しかできなかった。しかし、それがダダにとって不思議な安心を呼び、迷い込んだ地球の中での恐怖や絶望を一瞬でも忘れさせてくれる時間を作る事になったのである。
それはまるで『ムスビ』――人と人、時間と時間、様々なものを繋ぐ言葉通りの出来事だ、と三葉は感じていた。
「奥寺先輩が言うような悪い存在が空からやってくる事だってありますけど、そればかりじゃない、って思うんです。例えば……」
「例えば?」
「うーん……奥寺先輩みたいな、優しくて頼もしい感じの性格の宇宙人とか……」
私はれっきとした地球生まれ地球育ちの地球人だ、と慌てるように言いながらも、奥寺先輩は三葉の心が宿った後輩に、自分をそう評価してくれた事を感謝した。そして、ふとある事を思い出したかのように告げた。あの日、先輩が三面怪人ダダを強烈に覚えてしまった番組内で、もう1つ印象に残った言葉だという。
「敵を、理解する……」
我々はただ単に闇雲に空から迫る存在を敵と見做す事はしない、勿論被害が起きれば立ち向かわなければならないが、その裏にはもしかしたら彼らを突き動かす何かがあるかもしれない、我々はその何かに立ち向かう必要がある、と。
「一言で言うと、愛……ですかね……なーんて♪」
その後に見せたドヤ顔の印象が強くて、そっちと関連して覚えてしまった、と奥寺先輩は照れ笑いを見せたが、瀧の顔を借りて笑顔を見せた三葉には、間違いなく先輩はあの言葉に強い感銘を受けていると言う事が分かっていた。
「あーあ、私の側にもイケメン宇宙人が現れないかなー。瀧くん地球人だしー」
「え、あ、ま、まあきっと会えますよ、いつかは……ね?」
「冗談よ冗談♪」
本当はすぐ側に、宇宙人ではないがこの世界とは違う場所から来たイケメン男子高校生がいる事は、これからも先輩には内緒にしておこう、と考える中、三葉にはある考えが浮かんでいた。
明日は自身の大学も瀧のバイトもなく、双方とも特に予定は入れていない。今日に至るまで、自身と瀧は何度も声をかけ続けていたものの、奥寺先輩のように本当に目と目を合わせて会話をした事がない事に、彼女は気づいたのである。だから――。
~~~~~~~~~~
『ふぇ、で、デート!?』
「何驚いとるん瀧くん、元の体じゃ何度も何度もやったし……」
『いや、確かにそうだけどさ……』
――電話口で慌てるような自分の声に呑気な返答をする三葉であったが、次に出た言葉でその理由、そしてこちらにとっても大変な事態であった事に気がついた。
高校生の頃の瀧と高校生の頃の三葉は、たった1度だけだが実際に会った事がある。新社会人の瀧と先輩格の三葉は言わずもがな。だが、高校生の瀧と大学生の三葉……しっかりとした時間軸の中で目と目を合わせて話す機会は、これが初めてなのだ。
「え、ど、どうしよう……」
『どうしようって、三葉が先に……ああ、何を着ていくべきか全然分かんねえ……』
「だ、大丈夫よ瀧くん、明日になれば身体が元に戻っとるのは間違いないし、準備はその後に……」
『そ……そうだな!分かった、じゃあなるべく余裕ができるように集合時間も明日決めようか』
ある意味ぶっつけ本番のデートになってしまったが、それもまた『ムスビ』だ、と三葉は納得した。それよりも、明日久々に瀧と面と向かって再会できる、そちらの方が彼女にとっては嬉しかったのだ。
「あはは……瀧くんや……久しぶりに高校生の瀧くんと会えるんや……!!」
幸い瀧の父親はぐっすり眠っていたようで、ベッドの中でだらしない笑顔のまま何度も寝返りを打つ息子の奇妙な行動がばれる事は無かった。
だが2人の知らぬ所で、この行動がある異変をもたらそうとしていた。
彼らがデートを約束したまさにその時、都心の2箇所で時空エネルギーが少しづつ上昇を始め、地球防衛のエキスパートであるXioのメンバーが本格的に調査を始めたのである。
そして――。
「……分かった。いつでも動けるように構えているよ」
――雲一つない夜空に、地球人の目には観測できないであろうエネルギー体が瞬き、地上にいる者にメッセージを伝えたのだ……。
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2.プロローグ2・超獣総進撃
14.再会の日
たくさんのビルが立ち並び、毎日のように大勢の人が行き来する大都会から少しだけ離れた、比較的静かな郊外の場所。そこに、少しだけ急な階段が1つあった。バリアフリーを意識してかしっかり手すりはついているものの、意識しなければ少しだけ急だと感じてしまうような所である。
その日、この場所は1組の男女の再会の場所へと変わっていた。
「みつ……は?」
「瀧くん……?」
「三葉!!三葉か!」
「瀧くん!瀧くんや!」
立花瀧と宮水三葉。2人にとって、ここは絶対に忘れてはならない、忘れる事ができない、すべての思い出が詰まった場所。彼らが新たに生まれたと言っても過言ではない所なのだ。
もう1度、互いの名前を呼びあった男子高校生と女子大生は、満面の笑みを浮かべながら手を繋ぎ、改めてこの『別の世界』における最初のデートを始める事にした。
「ねえ、瀧くん、なんかいつもより緊張気味やね」
「そりゃそうだろ……俺、こうやって大学に通う三葉がそばにいるなんて、初めてなんだから」
言葉こそ少し否定的だが、瀧も三葉も顔は満面の笑みであった。彼らは三度出会ってからというもの、今まで忘れていたものを一気に取り戻すかのごとく何度もデートを行い、互いの趣味嗜好をほぼ把握するにまで至っていた。だが先ほど述べた通り、それはあくまで両者とも『大人』であると言う中での付き合い。今回のように、瀧が高校生、三葉が大学生と言う、昨今一部界隈の流行りの言葉で言えばおねショタに近い状態で一緒に歩くのはこれが初めてだったのである。
そして、それは三葉にとっても同じだった。
「三葉も、なんかいつもより顔がにやけてるぜ」
「え、そ、そうなん……!?で、でもお姉さんだって高校行ってる瀧くんとまた会えて嬉しいんだから!」
「お姉さん……まあそうだよな、あははは……」
「あははは……」
互いに繋いだ手を離さず、そのまま歩き続けながら、2人は笑い合いながらこうやってまた出会えた事への嬉しさを共感しあった。
しばらくそのまま目的もなくのんびり街を歩いているうち、話題はそれぞれの家族へと移った。怪獣やらウルトラマンやらが普通にいるこの世界でも、瀧の父親は口数こそ少ないがしっかり息子の事を見守り、三葉の妹や祖母も故郷を失うと言う悲劇を乗り切ったかのように元気に過ごしている。そんな彼らに、今回のデートを上手く誤魔化すのは正直心が痛かったが、何とか互いに友達と1日中遊んでくる、と理解させる事には成功した。
「おばあちゃんも元気そうで良かったよ……あと、四葉もな」
「四葉はどこでも元気やからな、お姉ちゃんやってるのも大変やよ」
凄い分かる、と大いに同感しているうち、瀧にふと気になる疑問が浮かんだ。昨日、またもや三葉と入れ替わった際に、彼女のおばあちゃん……かつてこの世界にあった糸守町の神社を纏める人が、電話で誰かと話していたのである。それも、あの神社に伝わるであろう言い伝えのような内容を。
「あ、あれ?多分あれやろ、どっかの考古学の人」
「考古学?」
「うん、消えた糸守の文化を守りたいって言ってくる……まあ、あんまり良い気分が出ない人々よ」
「まあ、そうだろうな……」
どうせああいう類の人は利益優先だ、と語る三葉の心と、少々面倒臭そうに語っていたおばあちゃんの心は、きっと同じだったのだろう、と瀧は考えた。何かを失うという事に付け込むような連中は、やはりどこにでもいるのである。
「多分おばあちゃんが言ってるのはデタラメやろな」
「で、デタラメ……でも俺にはリアルに聞こえたが……」
「そこなんやろなー。瀧くん以外の外部の連中に、宮水の心は受け継げない、ってかな?」
少し意地悪っぽく笑う三葉の顔に、瀧はあの厳しくも芯が通った良き理解者であるおばあちゃんを重ねた。時にはその伝統を否定的に捉えることもあるようだが、やはり宮水三葉は、今も糸守町を代々守り続けてきた宮水神社の巫女の1人である、と。
ただ、そんな事を気にしていたら、せっかくのデートを楽しめないと言う事にも、瀧や三葉はすぐに気づいた。そして、気づけばかなり歩いたからどこかのカフェに寄って休もう、と互いに提案しあった。
「私の行きつけのカフェで良いかな、瀧くん?」
「大丈夫だぜ。むしろ俺の行きつけなんてあいつらや先輩とほぼ被ってるし……」
秘密のデートというのは面白いが大変なものだ、と再び笑いながら、瀧と三葉は一緒に目的地へと向かう事にした。そして、横断歩道を通り過ぎた時、2人の横を赤と黒で塗られた、やたら派手な車が通り去った。
何故か瀧も三葉も、その車に目線が入ってしまった。
その名前を「ジオアトス」と言う、Xioがパトロールに用いる車である事を知らないまま……。
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15.戦いの予兆
「へぇ……ここが……」
日本最大の都市・東京は、あらゆる所に無限の顔を隠している。たくさんの人が行き交う場所とあれば、長い人生を過ごしている人々の憩いの町もあり、この世の次元とは違う世界を愛する人々が集まる地域もあれば、そのような喧騒を忘れさせてくれる所もある。長年東京に住んでいた瀧でも、知らないところは幾らでも存在するのだ。 今回三葉が案内してくれた、まるで隠れ家のような小さな和風カフェも、その1つであった。
「大学の頃はよく利用しとったんよー。懐かしいわ~」
「あまりはしゃぎ過ぎるなよー」
そして早速彼らは、下側に窓がある2人用の席を確保し、それぞれ注文を決め始めた。最初はそれぞれ好きなものを頼めば良いのでは、と考えた瀧と三葉だが、せっかくの機会なので、それぞれ同じメニューを頼むと言う結論に至った。
そして、三葉がお勧めするスイーツが来るのを待つ間、再び彼らは若い頃の自分たちの体を使い様々な事を語り合った。瀧が大学生活の中で三葉の真面目さに翻弄されている事、三葉が高校生活で瀧の友達の良さに感心している事、などなど。
「やっぱり俺の方が不利なのかな……」
「でも瀧くん、色々学べたやろ?もう一度こうやって大学行けるなんて中々無い事やし」
「それもそうだが……まあ、でも三葉は大学生の頃でも可愛いっていうのは確実に分かったぜ」
ところが、何の気なしに出たその言葉を聞いた途端、三葉は顔を真っ赤にしながら、高校生の瀧くんの方がもっと可愛かった、と反論した。いや、単に批判したと言うよりもむしろ年上の自分が有利に立ちたいと言う思いや突然の言葉への照れ隠しが含まれていたのかもしれない。勿論瀧も、三葉の乱れ髪のしわくちゃさの方が俺より良いじゃないかと言い、三葉も瀧くんのシャンプーの香りの方が気持ちよかったと告げ、互いに良いところをぶつけ合うと言うよく分からない戦いが勃発しかけてしまった。
ただ、幸か不幸か、その仲が良い喧嘩は長く続かず――。
「ご……ごめん三葉……」
「た、瀧くん……こそ……」
――長年の恋人の惚気話を全く気にしないかの如く、店員が持ってきた注文の品を見て、顔の紅潮を最大ゲージにしつつ、戦いは終わりを告げた。お互い、何度かちらりと目線を合わせては背ける仕草を繰り返すうち、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「やっぱり、久しぶりに面と向かって合った訳やからつい……ね」
「そうだよな……この場所に来て、意外と月日が経ったもんだぜ」
隠れ家的なこのカフェからあまり外の景色が見えないのは残念だが、それでも下の方にある明かりを入れるための窓からは、2人がよく知る都会の街並みが少しだけ顔を覗かせていた。
確かにあちこちに怪獣などによる被害の爪痕が残っていたり、まるでテレビのロケにでも使っているような派手な車が普通に行き来していたりと異様な箇所もある。それでも、町の『心』は彼らが知る東京そのものだ、と瀧も三葉も考えていた。
「あんなに悪い怪獣とかがいっぱい出てるのに、あんなに滅茶苦茶にされても、それでも人はこの町に住み続けるんやね…」
「三葉……」
一瞬、三葉の表情に何かが見えた瀧は、突然彼女の手に自分の手を当てた。どうしたのか、と驚く顔の彼女に、彼は言った。どれだけ怪獣やら彗星やらが根こそぎ何もかも消そうとしても、ここに自分たちがいる限り、糸守も東京も、そしてこの世界も決して消える事はない、と。
何名かの客の視線が集まるのも気にせずに言った瀧の言葉に、三葉が感じた不安な気持ちはすぐに消え去った。そして、互いに今度こそしっかりとした笑顔を向けあい、メニューの品を全て食べきった、その直後だった。
「……ねえ、瀧くん……何かサイレンみたいな音聞こえん?」
「何だ……火事でも……あれ、止まった……?」
最初、遠くで何かが起きたのではないかと考えた2人であったが、次第にそのサイレンが鳴っていたであろう場所から足音が聞こえてくるにあたり、明らかに何か大変な事態が起きようとしている事を察知した。そして――。
「皆さん、急いでこの場所から離れてください!」
「怪獣がこの近辺に出現する反応が出ました!すみやかに避難して……」
――突然カフェのドアを勢いよく開け、まるでSF映画のような服装をした1組の男女が大声で避難誘導の指示を出した、その時だった。
突如、カフェの中を巨大な地響きが襲った。辺りの皿やコップが落ちて割れ、立てかけてあったメニューも大きく揺れた。しかも、そこから立て続けに同じような揺れが次々にこのカフェにいた人々に襲いかかってきたのである。
そして、一瞬揺れが収まった隙を見て、カフェの入り口にいた男女――いや、怪獣対策の前線に立つXioの隊員2名は、大声で店内にいる全ての人々に伝えた。
「怪獣出現!怪獣出現!」
「私たちに従って今すぐ避難してください!」
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16.光臨
人々の憩いの空間から恐怖からくる悲鳴が覆う場所に変貌してしまった隠れ家風のカフェから、Xioの隊員たちの指示に従い人の流れに飲み込まれつつなんとか脱出する事ができた瀧と三葉であったが、その外で繰り広げられていたのは、まさに彼らが人生で初めて見るような、『破壊』の光景だった。
「……」
「……」
一瞬だけ後ろを振り向いた彼らの目に映ったのは、東京の町を思い出ごと破壊するような、巨大な獣であった。
まるでヘドロが溜まった下水道のような体に禍々しい赤き突起が覗き、瀧と三葉が見上げるほどの高さにあるその龍の方には、まるで海に生えたサンゴが固まったかのような物体が付着している。この世のものとは思えない異様な姿を目の当たりにしてしまった瀧と三葉は、そこから動けなくなってしまった。
だが、それを見計らったかのようにその巨体から伸びる頭がこちらの方角を向き、そして地響きを鳴らしながら近づき始めては、流石にそのような畏怖のような心に呑み込まれている暇など無かった。今はとにかくあの巨大な存在から逃げなければ、どんなものよりも大事な命、思い出、そして『ムスビ』を守る事はできないのだから。
「瀧くん!瀧くん!」
「三葉!聞こえてるよ、三葉!」
他の避難する人たちの最後尾で、2人は互いの名を呼び合いながら懸命に走り続けた。瀧とのデートに備えて用意した靴がハイヒールで無かった事が幸いし、三葉も懸命に瀧と握った手を離さないまま、あの恐怖から逃げ続ける事ができた。
だがその間にも事態は容赦なく進んだ。彼らの声をかき消すかのように、背後から次々と爆発音が響いたのである。それがあの巨大な破滅を呼ぶものの突起から打ち出され続ける『ミサイル』、そしてその攻撃をかわしながらも懸命に足止めをするべく攻撃を続けているXioの特殊メカによう爆音である事など、2人は知る由も無かった。今まで体験した事がないようなこのような事態から2人揃って生き残ると言う事だけで精一杯だったのである。
しかし――。
「うわっ!!」
「きゃあああっ!!」
――彼らの逃走劇は、度重なる振動によりヒビが入ってしまったアスファルトが逃げる足を遮った事で、同時に中断してしまった。それでも何とか手を握り続け、互いの顔を確認しあった瀧と三葉であったが、立ち上がろうとした時、彼らのすぐ側で、今までより遥かに大きな爆発音が聞こえた。その方向を見た2人が見たものは――。
「……」
「……」
――あの巨大な生命体が発射したであろうミサイルが直撃した事で支えていた柱が破壊され、大地にそびえ立つ姿を維持できなくなったビルの姿であった。
瀧と三葉の時間が、一瞬止まった。
もう間もなく、あのビルの残骸は自分たちの体を取り込むだろう。ここでの楽しかった日々と共に。
あれは彗星ではない。天から降ってきた、彗星のような幻想的な美しさを一切持たない、人間の力で敵うわけがない怪物だ。例え時間を変えたとしても、あの怪物には何の意味も成さないだろう。だが、あの時に比べれば幸せかもしれない。2人の傍には、大事な存在が、最期の時まで――。
『……諦めないで!』
――突然脳内に響いた、誰のものとも分からない響きにはっとした直後、2人の体は別の何かに引っ張られながらその場を離れ、1台の車の中へと突っ込まれた。その直後、瀧や三葉がいた場所に、崩れ落ちたビルから飛び散った人間の背丈ほどの残骸が飛び散った。
「……あ……あれ……」
「お……俺たち……」
何が起きたのか混乱する2人であったが、運転席から聞こえる声は彼らに救難信号を与えるかのごとく急かした。
「早くシートベルトを着けて!ここから脱出するから!」
「「は、はい……!」」
その声に従い、急いで近くにあったシートベルトをつけた、まさにその直後であった。突然彼らの背後に、まるであの絶望を消し去るような眩い光が走ったのである。頑丈なベルトに阻まれ、あまり体を曲げる事はできなかったが、少しだけ後ろを見る事ができた瀧と三葉の目に映ったのは、直前まで彼らの背後で蠢いていた凶悪な存在とは全く違う、太陽のような赤色、人々に安らぎを与える夜を思わせる黒色、そして全てを照らす銀色に彩られた、文字通りの『光の巨人』であった。
2人は、その名前を知っていた。
今からずっと昔、彼らが生まれる何十年も前から、テレビや映画のスクリーンの向こうで、人々の平和を守り続けている勇者であった。だが、今やそれは架空の存在ではなく、彼らの側に確実にいるものである。
そして、2人は同時にその名を呟いた。
ウルトラマン、と。
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17.燃える超獣地獄
「イクサ!」とも「エクサ!」とも聞き取れる勇ましい声を合図に、その戦いは始まった。
次々に襲いかかる振動を物ともせずに戦場から逃れるべく全速力で走り続ける車の後部座席で、1人の男子高校生と1人の女子大生は、何が何だかさっぱり理解できない、といった様相で、前方で運転し続けている1人の若い女性と、後方で繰り広げられている戦い――今までテレビの中でしか見た事がなかった激闘を、ただ唖然と見続けるしかなかった。
そんな2人の集中力を回復させるかのように、車を運転する長髪の女性は、瀧や三葉に尋ねた。怪我など分かる範囲で体の不調はないか、と。
「そ、そっちは……?」
「わ、私は、大丈夫です……」
「お、俺も……」
互いを気遣うように声を発した事がきっかけで、次第に瀧や三葉の中に判断力が戻ってきた。そして、今起きている状況がさっぱり理解しきれていない、と言う現状とも改めて付き合わざるを得なくなった。
「あ、あの……!」
「い、今一体何が……」
「「起きてるんですか!?」」
声を文字通り『ユナイト』させて尋ねた2人に、まるでSF映画で見る以上のような格好をまとった女性は、三葉の体から発する声と同じくらいの年齢を思わせる声で、冷静に応対した。
突然この街に現れ、破壊の限りを尽くそうとしているあの怪獣――いや超獣の名前は、Xio内部の分類でタイプGに分類される『ミサイル超獣 ベロクロン』。あの時2人を襲ったビルも、あの超獣が全身から放ったミサイルの影響で崩れたものだ――その応対からは、一切のおふざけも騙しも感じられず、ただ任務を遂行する1人の戦士のように感じられた。
「今現れたのはあなた達も知ってるでしょ?ウルトラマンエックスよ」
「え……エッ……クス?」
「た、瀧くん……エックスって……何……?」
「お、俺も名前しかわからないよ……」
混乱しきって思い出す暇もない2人の回答に対し、えっ、と一瞬その女性が驚いたような声を上げた、その時だった。突然彼女が運転し続けている車の左側から、巨大な爆音とともに衝撃波がこちらに向かい襲いかかってきたのである。もしシートベルトを締めていなければその勢いで座席から投げ出されるような勢いだった。
一体なんなんだ、何がどうなってるん、と恐怖が口から漏れ出すまでに至った2人だったが、その状況を知るためにはこの爆撃を何度も耐え抜くしかなかった。後部座席の2人の混乱とは対照的に、必死の顔になりながらも女性は懸命にハンドルを離さず、何度も急カーブを繰り返しながら次々に捲き起こる攻撃を交わし続けた。
そうこうしているうち、次第に坂道に入った車の後ろ側を覆うマジックミラー越しに遠くで何が起こっているのかその目で確認できるようになっていた。
だが、瀧と三葉の瞳が映し出したのは――。
「……!?」
「そ、そんな……!!」
――女性が『エックス』と呼ぶウルトラマンが、ベロクロンという名前がつけられた超獣の前に苦戦を余儀なくされている様子であった。口から放つ火炎放射はその銀色に輝く腕で防いだり、パンチの勢いでそのまま消火したりしながら耐えていたが、ベロクロンが放ち続けるあの無数のミサイルによる一点集中攻撃に対しては、まるで町の破壊をこれ以上起こさないかのように防戦一方になっていたのだ。
勿論、2人の視界には、暴れまわる邪悪な存在を食い止めようとする人類側の武装も懸命に援護しているのが見て取れた。その軽やかな動きを駆使し、エックスとは別に放たれたミサイルを交わし続けていたのだが、こちらも決定打は浴びせられないままの状態が続いていた。
そして、運転席に座る女性までもが驚きの顔をみせる事態が起きた。
突然ベロクロンは、虚空の一箇所めがけて大量のミサイルを放った。次の瞬間、まるでその衝撃を受けたかのように、空が砕け散った。比喩でもなんでもない、本当に青空の中に赤く光るもう1つの空――あの『カタワレ時』とは似て異なる禍々しい色の空が覗いたのだ。そして、まるでその時を待っていたかのごとく、不気味な空からもう1体、ベロクロンと同じ背丈をした、地球のどの生命体とも似ていない巨体の怪物が姿を現したのである。
『エリアC-F1に新たな怪獣出現!タイプG、グルマン博士の資料に基づき、一角超獣バキシムと思われます!』
『ワタルとハヤトはエックスの援護、アスナは救助者の保護をそれぞれ続行!』
「了解!」
突然入った通信から聞こえた声は、演技でもなんでもないエキスパートのやり取りそのものだった。最早瀧も三葉も、雰囲気に威圧されて何も口に発する事が出来なくなってしまった。
しかし、それでも彼らの視界の中で状況は悪化の一途を辿っていた。オレンジ色と青色の毒々しい体に、まるで鳥の頭蓋骨のような顔を持つ、バキシムと呼ばれた生命体のような何かもまた、エックスを苦戦させるににふさわしい力を持っていたのである。しかもベロクロンの攻撃も収まる気配を見せず、迫り来る2つの巨体を前にあの光の巨人は追い詰められていった。
そして――。
「……あ!!」
――瀧が大声をあげ見上げた空の上で、エックスを援護し続けていた空の戦力が、バキシムの放った一撃を受けて煙を上げ、そのまま墜落しようとしていた。
「ハヤト!!」
あの女性が必死な形相で叫び、まるで助けを求めるような声を上げた、その瞬間だった。
車に乗っていた3人全員が、突然誰かが自分たちと真反対の方向に走っていくのを確かに見た。急いで車を止め、避難のために急いで載せようとした時、窓に映ったその人物の姿を見て瀧と三葉は同時に叫んだ。
「「ひ、日比野先生…!?」」
「えっ!?」
だがその瞬間、3人の目の前でさらに信じられない出来事が起きた。日比野先生と呼ばれたその青年が徐ろに道路に立ち、腕を曲げるような仕草を見せた瞬間、突如そこに新たな輝きが生まれた。そして、彼は左腕を大きく上げながらこの場にいる者たちとは全く異なる名前を叫び――。
「メビウゥゥゥゥス!!」
――その真の姿、赤く輝く光の巨人の雄姿を、瀧、三葉、そしてあの女性――山瀬アスナに見せながら飛び立った……。
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18.無限大の未来
今、瀧と三葉の目の前で繰り広げられている光景が『夢』である、と言われたら、恐らく2人はギリギリのところまで信じてしまうだろう。夢というのは、大概のところハチャメチャなシナリオに何が起きてもおかしくない乱雑さを極めた記憶なのだから。しかし、2人は『現実』の中にしっかりと引き留められていた。彼らの頬に当たる、遠くから流れる風や音は、確実に感触として伝わるものだからである。
だが、もしこれが夢でも現実でも、ずっと続いて欲しいと、2人はその光景を見ながら思い続けた。その雄姿が、無限に続くであろう2人の未来を守り続けているようにも見えた。
「……」
「す……凄い……」
彼らが住む街を蹂躙していた、あの彗星のような抗えない恐怖が、人間の姿に似た2つの大いなる存在の手により少しづつ追い詰められていたのである。
方や、赤や黒、銀色に彩られた、どことなくサイバー感がある巨人。名前を『ウルトラマンエックス』と呼ぶらしい。そして方や、友情を深めるキャンプファイアのように優しく、だが強く輝く炎を思わせる赤色の体に、温和そうだが悪は決して許さないという強い信念を現したかのような瞳を持つ、もう1人の巨人である。
「こちらアスナ、K-33地点!逃げ遅れた一般市民は無事、エックスともう1人の巨人の戦い、こちらからも確認できます!」
車を運転していたアスナと名乗る女性がそれを途中で止め、坂の向こうで繰り広げられている戦いの様子を報告する中、瀧と三葉はずっと2人の巨人……ウルトラマンが恐るべき超獣相手に奮闘する様子をじっと眺めていた。あの時、彼らの前で実習生の日比野先生にしか見えない男性が変身した新たなウルトラマンのお陰で、超獣に撃墜された戦闘機のようなメカは無事助けられた。そこから、2人のウルトラマンによる反撃が始まったのだ。
華麗なキック、的確に相手の体力を奪うパンチなど、まるで教本に乗りそうな鮮やかな身のこなしで動く赤い巨人の一方、エックスの方もその巨人からエネルギーを分け与えられた事がきっかけとなったのか、次第に勝負を有利に進め始めた。怒りを具現化したかの如く次々に飛んでくるベロクロンのミサイル攻撃も巨大なシールドの力で無力化してしまうほどだった。
そんな戦いをじっと見ていた時、瀧が何かを思い出す仕草をしたのを三葉は見逃さなかった。一体どうしたのか、と尋ねられる直前、彼は大声である名前を叫んだ。
「……メビウス!!そうだ!!ウルトラマンメビウスだ!!」
「た、瀧くん……?」
「三葉!思い出したよ!あのウルトラマン、俺が子供の頃にテレビで見たウルトラマンだ!」
「ほ、本当!?」
それならば、自分たちはやはりその瀧くんが言うテレビの世界にやってきたのか、と考えを述べようとした三葉だったが、彼女より先に瀧に問いただす声があった。
「ちょっと待って……君、何であのウルトラマンの名前知ってるの!?」
運転席にいたアスナと言う女性が体を捻りながら後ろを向き、2人に驚きの表情を見せたのである。グルマン博士に聞かなければわからない内容なのに、どうして初めて見るあのウルトラマンの名前を知っているのか……今度は逆に、滝や三葉が相手を混乱させる番になってしまった。
「な、何でって、テレビでその……」
「どういう事?エックス以外にウルトラマンがテレビでやってた?そんなの全然知らないんだけど……?」
「い、いやその……」
「あ、見てくださいあれ!」
困り果てる瀧に助け舟を出してくれたのは、隣に座る三葉だった。彼らが困惑している間に、メビウスとエックスは二大超獣を反撃できないほどに追い詰める事に成功していたのである。そして、両者のカラータイマーが赤く光り、間も無く活動限界である事を示していた。これが意味する事は、つまり――。
「あっ……!」
――3人の目の前で、2人のウルトラマンが世界を脅かす脅威に向けて必殺光線を浴びせる、と言う事である。
いつの間にか赤や黒から虹が体から覗くような複雑かつ神秘的な体に変わったエックスは、上に伸びた額をまるで磨くように擦り、そこから虹を思わせる光線を繰り出した。一方、メビウスと呼ばれたウルトラマンの方は少し前屈みになりながら両手を『十』の字に構え、内側にある右手から、どこか懐かしいような感じの光線を発射した。
「あれは……メビウスなんとか……?」
「瀧くん、覚えてないんやね……」
「光線技の名前まで知ってるなんて……」
そして、2大ウルトラマンが発射した光線は、ほぼ同時にベロクロンとバキシムを直撃した。その途端、当たった場所からまるでガスが抜けるかのようにどす黒く濃い煙状の何かが噴出して消滅し、そして残された体は大爆発を起こし、跡形もなく消え去ったのだった。
もう、あの決死のドライブを繰り広げる必要はない。運転席にいるアスナ以上に、瀧と三葉は安心しきったかのように車のシートに身を委ねた。
青いボディを持つXioの特殊車両のシートの心地は、意外と悪いものではなかった……。
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19.交わり始めたムスビ
「良かった……ウルトラマンが勝ったよ、瀧くん……」
「おう、本当だぜ三葉……」
地球防衛のエキスパート、Xioの大型ワゴンタイプの特殊車両『ジオアラミス』。つい先程まで緊張と困惑に包まれていたはずのその座席は、互いを思いやる安心感に包まれていた。深く腰掛ければ意外と乗り心地がよいと言うのもあるだろう、瀧と三葉は疲れたような顔を見せながらも、あともう少しだけこの座席、そして運転手のお世話になる事にした。
「大丈夫?だいぶ落ち着いた?」
そんな2人に声をかけたのは、瓦礫が散らばりながらも何とか最低限の被害で済まされた町の中でジオアラミスを駆る山瀬アスナと言う女性だった。戦いが無事勝利に終わった事を受けてか、次第にその表情は三葉の肉体と同じぐらいの年代の自然さを取り戻しているようだった。
「ありがとうございます……」
「えーと……あ、名前は……」
「山瀬アスナ。アスナでも大丈夫よ」
「あ、ありがとうございます。アスナさんに助けて貰わなかったら……私たち……」
そんなに恐縮しなくても大丈夫、皆の大事な宝物を助けるのはXioの隊員にとって当然の事だから、と彼女は『一般市民』の2人に優しく、しかし凛々しさも交えた声で告げた。そして、お礼を言うならもう1人、避難誘導を行ってくれたあの隊員にもしっかりと思いを伝えた方が良い、とアドバイスめいた言葉を言った。
そして、車が止まったタイミングと同じぐらいの時間に、誰かがあの超獣をウルトラマンが倒したところから走ってくのが見えた。高校生の体を持つ瀧よりも背が高く、アスナと似たようなデザインの服を纏っている1人の男性だ。
「おーい!」
「大地!」
その名で呼ばれた男性――いや、三葉と同じぐらいの大学生のような雰囲気もある青年は、装着していたヘルメットを外しながら運転席に座るアスナの元へ向かい、復旧作業やらその後の展開やら、何やら複雑な言葉を交わし始めていた。あの人も防衛隊員の1人なんだろうか、とぼんやりしながら瀧や三葉が眺めていると、その青年隊員が偶然向けた瞳と目が偶然あった。
「あ、あの……!」
「俺たちを助けてくれて……」
「良かった、2人とも無事で」
2人に見せた男性隊員のその笑顔もまた、人々の平和を日々守るエキスパートそのものであった。疲れの中でも、瀧と三葉にはこの2人に守ってもらえるという安心感が生まれていた。
『良かったな、大地。あの2人も無事で』
「しっ、静かに!」
『おっと、すまない……』
腰に装着していたどこか派手なスマホのような何かから聞こえた声に男性隊員が応対している一方、アスナは瀧や三葉からそれぞれの家の場所を聞いた。2体の超獣が無事倒された後の復旧作業は、そのプロに任せるのが一番。こちらに託された任務は、瀧や三葉を無事な形で平穏な生活へと戻してあげる事なのである。
だが、2人がその答えを言うまでに、少しだけ互いの顔を見合う沈黙時間が訪れてしまった。確かにこのまま家に帰るのもアリかもしれないが、出来ればもう少しだけ2人で一緒にいたい。迷惑承知でそのわがままを言ってしまうか、それとも正直に伝えてこのデートの成れの果てを終わらせてしまうか、悩んでいた時だった。突然アスナの前にあるたくさんの機材から何かを受信したような音が聞こえ、それに合わせるかのように大きなスマホ状の物体を耳に合わせたのである。彼女の声が明らかに驚きを見せている状況に、瀧も三葉も気になるような表情を見せた。
そして、再び体を後ろに向けたアスナは告げた。申し訳ないが、少々事情が変わってしまった、と。
「申し訳ないんだけど、どうしても貴方達に詳しく聞きたい事があるの」
「く、詳しく……?」
「な、何ですか……?」
あの『ウルトラマンメビウス』というのは、一体どんなウルトラマンなのか。それを尋ねたい、と告げた瞬間だった。
「だったら、僕からも詳しい事を教えます」
「「「……え?」」」
アスナ、瀧、三葉、その三者全員が、何の前触れもなく突然現れた1人の青年……あの大地という名の青年とまた同じぐらいの年齢の外見を持つ私服の男性に驚きの表情を向けた。特に瀧も三葉が一番驚いたのは、その青年に見覚えがありすぎる事であった。
「「え……ひ、日比野先生……」」
あの『入れ替わり』の秘密を忘れ、つい声をユニゾンさせてしまった2人の事を全く気にしていないかの如く、ジオアラミス内部に聞き応えの良い中年男性の声が響いた。『あの方』もぜひご一緒にさせて欲しい、ここにいるゲストは地球の言葉で言えばVIP級の存在だ、と。
そして、日比野先生は全く違和感を纏わないまま、大地と呼ばれた青年に従うかのようにこの車に乗った。男性3人女性2人と言う大所帯になりながらも、瀧や三葉は意外と狭さを感じなかった。
中央の座席に座った先生は、後部座席に座っている『生徒』に気付き笑顔を向けた。だが、その向けられた方は、ただ頷きを返し、お互いの顔を見合うしか無かった。一体何がどうなっているのか、どうして日比野先生がこの瓦礫の町にいるのか、そもそもどうして突然自分たちはウルトラマンについて語る事になってしまったのか。
様々な疑問を乗せながら、ジオアラミスは一路2人の家とは全く別の方向……緑が生い茂る郊外へ向けて発進した。その車内の中で、疲れが限界に達したかのように瀧と三葉は次第に意識を別の世界へと移し、互いの体を寄り添いながら眠りに就いた。
この時点で、ある事実に気づいていたのは『ウルトラマンメビウス』と『ウルトラマンエックス』だけであった。
この車の中にいる人々のうち、はっきりと地球人と呼べる存在は大空大地と山瀬アスナしかいない、と言う面白い状況になっている事を……。
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3.プロローグ3・4人の来訪者
20.カタワレ時の残骸
「んっ……」
目が覚めた時、瀧は非常に懐かしい光景に囲まれていた。まるで昔ながらの民家のように畳敷きの部屋に、整理された諸々の家具や勉強道具、そしてあちこちに丁寧にたたまれたりぶら下がっている服――ただし、男子高校生ではなく女子高校生が着るような服。かつて彼が何度も何度も見続け、記憶の中に刻まれたそのままの景色である。
「……?」
だが、1つだけ違ったのは彼の体だった。
あの時彼が経験していた記憶の中では、この場所にいると言う事は、その体の胸の方には2つの膨らみがあるはずだった。体つきもほっそりとしているはずであった。しかし、今の彼の体は現在お世話になり続けている高校生の『立花瀧』のものだったのである。
しかも、少しづつ意識が覚醒していくにつれて、彼はどんどんおかしい点に気づき始めた。そもそも先程まで自分がいたのは、大暴れする怪獣にウルトラマンが立ち向かうというまるでテレビの世界のような異常空間の中のはずである。それがどうして、そこから遠く離れた緑豊かなド田舎にある大きめの家の中にいるのだろうか。それに、何故自分は私服ではなく『制服』で、女子が眠る布団の中で目覚めたのだろうか。
何が起きているか理解できず、不審そうな顔をしていた時――。
「あ、瀧くん起きたー?」
「……三葉?」
――彼の元に現れたのは、瀧がずっと昔、幾度となく記憶していた『女子高校生』の姿をした宮水三葉であった。既に大学生、社会人になったはずの彼女までもが既に過ぎ去ったはずの過去の体を持っているという事で、瀧は確信した。
これは『夢』の世界なのだ、と。
「やっぱり瀧くんも気づいたかー」
「当然だぜ、いきなり糸守町のあの部屋で目覚めるんだからな……」
自分の頬をつねり、あまり痛くない事を知った彼よりも先に、三葉の方は既にここが『夢』の中の故郷、糸守町である事に気づいていた。先に起きて広い家の中を彷徨っても、瀧くん以外に誰も人がいなかったからである。
奇妙な事だが、彼の目の前にいる彼女は滝の夢の産物ではなく、あの時Xioの特殊車両に揺られながら隣で共に眠りについた宮水三葉本人であった。証拠はないが、不思議な事に互いに目を合わせた瞬間、直感でその事を知ったのだ。
「こんなに広い家や町に、俺と三葉だけか……」
「まあ、私たちの『夢』やからね。たまにはこういうのもありかなって」
それに、せっかくこのような『夢』を見る事が出来ているのだから、一緒にこの町を楽しもう、と三葉は瀧に提案した。脳内の電気信号が生み出しているであろう幻想の光景ながらも、その中でしか味わえなくなった故郷を思いっきり楽しみたい、と言う気持ちで彼女はいっぱいだった。勿論、瀧もそれに賛成しない訳がなかった。
「俺も『立花瀧』として、この町の雰囲気を楽しみたかったからさ」
「瀧くん……うん、じゃあ早速色々案内……しなくて大丈夫やね」
「いや……念のためお願いしますよ、三葉『先輩』」
「えっへん!」
そして、たった2人だけの糸守町へと2人は飛び出していった。
~~~~~~~~~~~
「……改めてみると、本当に何も無いな……」
糸守町は、かつて典型的な山間の町として、丸い湖に見守られながら存在していた。たくさんの緑が太陽に照らされ、田んぼが恵みの雨に濡れ、沈む夕日に湖面が照らされる、美しい光景に恵まれ続けていた。確かに都会に住む者からすれば、ゆったりした時間が過ぎるユートピアかもしれない。
ただ、それは外部から見た意見であった。この町に結び付けられていた三葉にとって、この場所はどこへ行っても何も無い、物足りない場所だったのである。
「夢の中とは言え、なんでスナックが2軒もある事まで再現してるんだ……」
「私だけのせいじゃない、瀧くんだってこの夢の……」
「まあそれもそうだけどさ……でも、懐かしいな」
「うん……」
両側が緑に囲まれるアスファルトの道を駆けたり、近くの木に体を委ねて一休みしたりしながら、2人は『故郷』の思い出を確かめるように楽しみ続けた。そして、彼らが昔『カフェ』と洒落た名前で呼んでいた――と言うより勝手にそう名付けられた自動販売機の元へと向かい、特に喉は乾かないが気分で缶ジュースを飲もうとした時であった。
「……あれ?」
「どうしたん、瀧くん?」
ずっとこの町に住んでいたはずの三葉よりも先に、瀧はある違和感に気づいた。彼の記憶では、自動販売機の傍に三葉の親友と共に製作した木造りの簡易なテーブルやいす、そして日よけのパラソルがあったはずである。しかし、何故かこの夢の中の自動販売機には、そのような居心地の良い設備が存在しなかったのだ。
彼の指摘で気付いた三葉は、『夢』の中で想像し忘れたのかと感じ、目を瞑ってそこにお馴染みの光景を再現しようとした。夢の中ならば何でもできる、と考えたのである。ところが、いくらテーブル出ろ、椅子飛び出せ、と念じても、そこには何も現れる気配は無かった。
「……宮水神社の巫女の力でもダメか……」
「その肩書きやめて、この状態で言われると少し恥ずかしい……」
「悪い悪い……どうした?」
もう一度目を開いた時、三葉は何かに気づいた。
「……違う……」
「え?」
「……見た目は同じなんやけど……何かが違う、何かが違う!」
同じ言葉を2度繰り返し、自分の中の考えを固めた三葉は、瀧の手を掴んで言った。今から急いで『宮水神社の御神体』が眠る山へと登り、この光景を上から眺めてみよう、と。先程までごく普通にいた夢の中の町の様子に、三葉は強烈な違和感を覚えてしまったのである。最初は突然のことに慌てた瀧も、彼女の掌の暖かい感触が強くなるにつれ、次第に同じ思いを抱き始めた。
歯医者が無ければ24時間営業のコンビニも無く、その癖何故かスナックは2箇所――そんな懐かしいド田舎なのに、明らかにここは自分たちの知るあの場所ではなくなっている、と。
~~~~~~~~~~~
夢と言うのは非常に自分勝手なもので、何を念じても思い通りにいかない事もあれば、逆に『夢』の方からぴったりの演出をしてくる事もある。
不思議と息を切らすことなく、長い山道を進んだ先にある、まるで天空の庭園のような不思議な場所に辿り着いた2人の背後には、彼らにとってまさに理想的な空が広がっていた。
「カタワレ時……」
「だよな……」
「そんなに時間経ってないのに……」
「一気に朝が夕暮れになっちまった……」
他の地域では『黄昏時』とも呼ばれる、夕焼け空が静かな夜になるまでの僅かな時間。
そのほんの僅かな時の中で、瀧と三葉は『2度目』の再会を果たし、未来と過去を変えるための重要な会話を交わしたのである。そこで互いに言い合った言葉は、戻った記憶の中にしっかりと刻み込まれていた。
「色々と思い出すな」
「口噛み酒とかー?」
「そ、それは仕方ないだろ、もう……」
ちょっとアレだか忘れる事ができない記憶も刻まれている事に苦笑し合いながら、2人は改めてこの山からじっと町の様子を見た。しかし、例の『カフェ』が未開店状態であった事以外に、特に違いは見当たらなかった。
「……気のせいだったんかな……」
「いや、三葉が何か違うって感じれば……なあ……今考えたんだが……」
「え?」
ふと頭の中に浮かんだ『食い違い』の理由が頭に浮かんだ瀧が、それをあの時のように三葉に説明しようとしたその時だった。2人は同時に、ご神体がある方向へと目を向けた。明らかに自分たちとは異なる誰かがそこにいる事に気づいたのである。
その青年は、泣いていた。泥に汚れた白衣を纏いながら、ずっと頭を下げ、涙を流し続けていた。瀧も三葉も、どちらも見た事がないような姿をした、今の自分たちとあまり年齢が変わってい無さそうな姿の青年であった。
僅かな興味を抱きながら、2人はその方向へと駆けた。自分たちだけの『夢』の中なのに知らない人がいるという状況に疑問を抱くことなく、ただあの青年の涙を止めたいという思いだけでそちらへ急いだのである。
「どうしたんですか?」
「な、何かあったんですか?そんなに泣かんでください……」
しかし、2人の言葉が耳に入っても、その青年は泣き続けていた。そして口からはずっと、ごめん、全て俺のせいだ、取り返しのつかない事をやってしまった、と言う謝罪の言葉だけが零れ続けていた。自分のせいで、皆の大事な『思い出』が壊されてしまったのだから、と。
何を言っているのかさっぱり分からず困惑した2人が、ふと街が見える方向と反対側――ご神体が祭られているはずの方向を見た時だった。
そこに、瀧と三葉がずっと抱いていた違和感の正体があった。
「……な……な……!!」
「あ……!!」
この場所に辿り着いた時に見たまるで天空に浮かぶ静かな庭園のような光景は、一瞬で姿を変えた。そこに存在していたのは、石造りの御神体やそれを囲む綺麗な緑、そして斜面ではなかった。
巨大な何かによって無残に抉り取られたかのように瀧と三葉が登ってきた方向とは反対側の斜面が完全に崩落し、御神体の神聖さを犯すかのように大量の紅や白が美しかった緑を奪い取る、まるで廃墟、地獄、悪夢のような光景が広がっていたのである……。
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21.見知らぬ部屋で
「……はっ……!」
目覚めた時、立花瀧の顔や体は流れ出た汗で濡れていた。彼の意識の中にも、正体がわからないなんらかの恐怖の心が残っている。きっと直前まで自分が見た夢は、まるで世界の終わり、三葉との永遠の別れのように恐ろしいものだったに違いない、と確信し始めた彼は、それ以上の違和感に気付いた。
先程まで大事な人と久しぶりに会い、仲睦まじい時間を過ごし、それを打ち破るような邪悪に巻き込まれ、そして夢のようなヒーローが見事にその破壊を打ち砕いた――そこまでの内容は、はっきりと心に刻まれている。だが、彼の目に映っていたのは、それまでの景色とは明らかに異なる、まるで病院の一室のような天井だったのである。
ここは、どこだ。
そう呟いた時、体を横たえていたベッドの近くから、ずっと聴きたかった声が彼の耳に響いた。その途端、彼は反射的にベッドを飛び出し、その声の主の方へと急いで駆け出した。そして意識を次第に取り戻そうと目を開けようとしているその体を――。
「ふえっ……!?」
――大胆にも思いっきり抱きしめたのである。
まったく前触れもないまま男子高校生の肉体の感触を服越しに感じてしまった側は一瞬どう反応すれば良いか分からなかったが、顔を上げないままずっとその姿勢をやめない様子に全てを察し、安心した笑顔を見せつつ、ちゃんとここにいるから大丈夫だ、と彼の頭を優しく撫でた。
それからしばらく後、三葉に無事な顔をようやく見せた瀧の目頭は、少しだけ赤くなっていた。
「すまん、三葉……つい……」
「ううん、今回は許すよ……それにしても、ここどこなんやろ……」
ベッドの形や布団など見た限りは病院のようだが、それにしても明らかにおかしい点があった。周りにそう言った器具はなく、その代わりに小さなタンスや机が置いてあった。まるで簡易的な寮を思わせる内装を見せていたのである。
ところがもう1つ、ここが病院だと言えない理由を同時に思いついた途端――。
「あああ、どうしようー!せっかくデート用に選んだ服なのにシワだらけで滅茶苦茶になったー!」
「お、俺は大丈夫だけど……」
「いやーっ!瀧くんに見せたら恥ずかしい状況やー!」
「落ち着け三葉、その瀧くんはここにいる!」
――自分たちがあのデートの衣装のままでぐっすりベッドの中で眠っていたせいで大変な事になった事に気づき、三葉は混乱してしまったのである。この日のために選んだ俺の服も滅茶苦茶になってしまったからおあいこ、だから心配しなくて良い、と何とか瀧が宥めた事で、ようやく互いにこの不可解な状況を推理するだけの心の余裕が生まれたまさにその時、突然この部屋につながる扉が開いた。
心臓が飛び出そうなほどに驚き、一瞬仰け反り帰りそうになったのを耐えた2人の目の前に現れたのは――。
「気がついた?2人とも」
――あの時、彼らを助けてくれた勇しき女性、山瀬アスナであった。
~~~~~~~~~~
「えっ……!?」
「それ、本当なんですか……!?」
不思議な部屋を抜け、アスナに案内されるように見慣れない廊下を歩き続ける男子高校生と女子大生の耳に入ったのは、予想だにしない事実だった。あの時、がれきに埋もれてしまった東京の一角を抜けてどこかへ向かう車の中で眠りについた2人がその疲れを治し再び目覚めるまで、なんと1日近くからの時間を費やしてしまったのである。その証拠に、窓に映る空には、昨日デートを始めるより少し前の位置に輝く太陽があった。
「あ、あの!俺、学校の方が……あと父さんが!」
「私も大学に妹におばあちゃんに……!」
眠っている間に蓄積してしまった様々な事態を想像した2人は慌ててアスナに問いただしたが、彼女は笑顔でその心配はない、と告げた。2人の関係者にはこちらからちゃんと『事情』を説明し、その身に心配はない事を伝えている、と。
「良かった……いや、全然良くない、良くないです……」
「アスナさん……ここ、どこなんですか?」
「この場所?ここは『オペレーションベースX』。平和を守る要塞、みたいな所かな」
「「へ……?」」
あまりにも自然にヒーロー番組のような単語が出たせいか、瀧も三葉も一瞬何を言っているか理解できなかった。しかし、歩きながらじっくりとアスナは彼らに向けて詳しい事を解説してくれた。昨日現れたあの存在のように、『この宇宙』には平和を脅かす怪獣や宇宙人などの存在が多数潜んでいる。それから人々や自然、そして地球の平和を守るのが、その志を共にした仲間が集うエキスパートチーム『Xio』、そして自分たちの戦いを全力で支えてくれる上部組織『UNVER』の人々である、と。この場所にいる限り、貴方達の身の安全は確実に確保されるから安心して欲しい、とアスナは2人に告げたのだが――。
「あ、あの……ちょっと良いですか?」
「どうしたの?」
「さっき、アスナさん『この宇宙』って言いました……よね?」
――再びさらりととんでもない言葉が飛び出した事に、瀧も三葉も気づいてしまった。確かに自分たちはある意味では別の宇宙……このジオやらなんやらが現実にいない世界からやって来たかもしれない。それを一言も言っていないにもかかわらず、何故既に彼女は知っているのだろうか。
「……その答えは、この部屋で尋ねれば分かるよ」
そう言いながらアスナは2人を応接室のような部屋に招き入れ、そのまま一礼してその場を離れていった。そして、何をすれば良いか分からず唖然とした瀧と三葉は――。
「……緊張しなくてもいい、私たちは決して敵じゃない」
「そこのソファーに座っても大丈夫よ」
――2人の親ほどの年齢に見える男性と、お揃いの制服のような衣装を着込んだ妙齢の美女に誘われるかのように、柔らかいソファーに腰掛けた……。
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22.別宇宙との接触
「「ごちそうさまでした……」」
「ふふ、美味しそうで何より」
1日中ずっと眠り続けた瀧と三葉の腹は、応接室のような部屋のテーブルに用意された、トーストやサラダなどが美味しそうにセッティングされた食事で満たされた。目の前に見知らぬ年上の男女がいたのを気にしないまま食べるにつれ、次第に目覚めた時から抱いていた緊張感は薄れていった。
そして、黒字に赤のラインが幾つも入った服装を身につけた男性が指示すると扉から係と思われる人が入り、一礼をした後に瀧と三葉が食事をし終わったプレートを持ち帰っていった。
そのような形で見知らぬ人たちにまるでおもてなしのような事をされたからからだろうか、瀧も三葉も最初に口に出したのは――。
「あ、あの、すいません……」
「なんか凄い迷惑かけたみたいで……」
――テーブルを挟んで向かい合う男女への謝罪だった。
しかし、意外にも戻ってきたのは彼らの方からの謝罪であった。むしろこちらの方が、更に謝らなければならない、と。その理由はすぐに分かった。どんな時にも冷静に対応しそうな真剣な心に、どんな場合でも必ず大切なものを助けるという意思を混ぜたような視線で、その男性は立花瀧と宮水三葉、2人のフルネームを告げたのだ。
「え……なんで俺たちの名前を……」
「すまない、我々にとって緊急を要する事態だったんだ。君たちを敵だと見なしかけてしまった」
「わ、私たちが……そ、そんな事ないです……私たち!」
「そうよね。貴方たちは何も悪いことをしていない。むしろ、被害者と呼んでも良い立場。でも、申し訳ないけど私たちは貴方たちを即急に調べる必要があったの」
「そ、即急に……?」
2人が眠りについている間、この男女は自分たちの身元などを調べ上げていたという事実を、瀧と三葉は説明の中で知らされた。一体なんの権利があって調べたのか、と言う批判交じりの疑問も当然芽生えたのだが、2人にはその勝手に調べられる理由に対して身に覚えがあった。自分たちが何者か、何故ここにいるのか、その根底的な部分から、瀧も三葉もこの世界にとって『異質』な存在なのだから。
それにしても、こんな2人の事情を既に把握しているような、この2人は一体誰なのか――。
「あの……お二人は一体……?」
「どなたなのですか……?」
――不安そうな瀧と三葉に、男女は優しく微笑みながら告げた。
Xio日本支部隊長・神木正太郎、同じく副隊長・橘さゆり。
あの時、東京を襲った2体の脅威と戦った、勇敢な隊員たちを率いる者だ、と。
「「……!」」
その瞬間、まるで『名前』が持つ力が形を成したかのように、瀧と三葉の心が全てを理解した。Xioと言うのは、恐ろしい災害、いやそれを凌ぐほどの絶望から人々を守るために奮闘し続けている組織。そして目の前にいるのは、あの時自分たちの未来、そして奪われるかもしれなかった明日を守ってくれたアスナさんを含む人々の要石のような存在なのだ、と。
とっさに瀧も三葉も立ち上がり、まるでシンクロするかの如く一緒に頭を下げ、神木隊長と橘副隊長に礼を言った。
「大丈夫、そんなに気を揉まなくて良いわ」
「我々は、我々の仕事をしたまでさ。君たちを始めとする人々の平穏を守るためにね」
その言葉に、防衛隊のトップと言うよりもまるでもう1人の両親のような響きを覚えた瀧と三葉は安心し、そのままもう一度柔らかいソファーの上に腰掛けた。
そして、しばしの沈黙の後、このように4人がこの部屋に集った理由を瀧が尋ね――。
「あの……俺たちに、何が起きたんですか?」
「やっぱり私たち、別の世界から来ちゃったんですか?」
「み、三葉……?」
「あっ……!」
――その勢いで、今まで黙っていた真実を三葉はつい隊長と副隊長に告げてしまった。互いの親友にも家族にも一切伝えずに暮らしていたのに、地球防衛の要というともすれば固苦しく厳しい存在にも見えてしまう2人へとあっさりと告げてしまったのだ。
だが、顔を見合わせて先程の行為に困惑気味の瀧や三葉とは対照的に、神木隊長も橘副隊長も、優しげな表情を崩さなかった。
「……やっぱりそうだったのね。ありがとう、正直に言ってくれて」
「「……え?」」
「実を言うと、我々は以前からこの都会の中で『奇妙な反応』を確認していた。君たちにわかりやすく言えば、別の時間や別の世界から来た存在を示す反応だ」
その反応が現れてから、Xioはずっとその正体や行方を探ろうと各地を調査し続けていた。万が一、その反応を出す者が侵略者やそれに値する存在だとすれば、対応を後手後手に回す事など出来ないから――その言葉には、平穏な生活を守り抜くという強い意志と、それに伴う苦悩が感じられた。Xioの面々にとっても、まさかその反応を出しているのがごく普通に大都会の中で暮らす2人の男女だとは予想していなったからかもしれない。
「勿論、君たちにそのような意思が無い事は知っている。だが、それでも別の世界から来た存在として、こうやって君たちの身柄をこちらで確保する必要があった……」
「……そうですよね……」
「三葉……」
「ねえ瀧くん、考えてみて?『あの日』、私たちが知り合った時、瀧くんは最初どうしようとしたん?私が誰か、知ろうとしたんやろ?」
「ああ……そうか……」
同じ日々を歩み続けているとはいえ、人生経験については彼より長い三葉の的確な言葉に、瀧もようやくXioが何故あの場所から2人をここへ連れ込み、そして本名や先程の事実を知ろうとしたのかを理解した。
ただ、それでもこちら側――公的な組織が他人のプライベートを覗き込むという行為をしたのは事実、許してほしい、と橘副隊長は神木隊長と共に、改めて謝罪した。先程までなら瀧も三葉も困惑してどう返事をすれば良いか分からなかったが、今なら目の前にいる頼り甲斐ある2人の人物なら自分たちの平和を託す事ができると言う思いがあった。
「わ、私は大丈夫です……皆さんに知られたのは本名と別の世界から来たって事だけですし……」
「俺も……って、あの、もう1つ聞きたい事があるのですが……」
瀧が抱いた疑問とは、2人と共にこの場にやって来たもう1人の人物であった。あの時、2体の超獣が暴れ回った場所にごく普通に現れ、そして自ら同行を願った、瀧の高校の教育実習生である『日比野未来』先生である。
一体彼はどこへ行ったのか、と尋ねた時、誰かがこの部屋のドアをノックする音がした。
「……その事については、『彼ら』から聞いて欲しい」
「いいわ、入ってきても大丈夫よ」
その声と共に、この部屋に新たな来客が訪れた。1人は瀧や三葉が気にしていたあの日比野先生、そしてもう1人は、あの時アスナから『大地』と呼ばれていた背の高い大学生くらいの年齢に見えるイケメンの男子だった。
しかし、まだ瀧と三葉は気づいていなかった。いや、気づける訳が無いだろう。大地という名前のイケメンの腰に下がった派手なスマホの中に、3人目の来客がいると言う事実には……。
【余談・瀧と三葉の調査について】
瀧と三葉が眠っている間、2人の素性調査を提案したのは、人類にとって障害となる相手はできるだけ排除すべきという考えを持つXioの橘さゆり副隊長でした。
普通の高校生と大学生じゃないかという反対意見も出ましたが、エネルギー反応より別の宇宙から来ている可能性が高い事や何故か自分たちが知らないウルトラマンの名前を知っていたというアスナ隊員の証言、そして自ら正体を明かしたヒビノ・ミライ=ウルトラマンメビウスからの助言も踏まえ、Xioの神木正太郎隊長はその意見を受け入れる事にしました。
ただし、何も知らないであろう2人にその事を説明する責任があると言う事から、事情聴取には橘副隊長も同席する事になり、本編の流れに至っています。
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23.無限の輪
「日比野先生……?」
「その服……どうしたんですか?」
開口一番、瀧と三葉が揃って尋ねたのは、部屋の中に入ってきた笑顔が似合う青年の服装であった。2人の記憶の中にあるジーンズ生地のジャケットではなく、神木隊長や橘副隊長、そして大地と呼ばれた青年が来ている服にどことなく雰囲気が似た、しかしそちらより派手な色彩の衣装だったのである。
声に出す事は無かったが、三葉はそれをパジャマが何かかと呑気な考えを浮かべた一方、瀧は何かを思い出しかけているよう気持ちが湧き上がり始めた。あの服装を、彼は昔どこかで見たような気がしてきたのである。ただし三葉とは異なり、テレビやドラマで見たアイドルのような印象であったが。
そんな2人に対し、その答えはこちらから言う事は出来ないと神木隊長は告げた。本人の口からぜひ聞いて欲しい、と大地や日比野先生、そしてもう1人の来客に後を託し、一旦隊長と副隊長はこの部屋を離れる事になった。
「「ありがとうございました」」
「どういたしまして」
「ヒビノさん、後はよろしくお願いします」
何故か敬語で語りかけた神木隊長に、日比野先生は聞き慣れた元気そうな声で了承の意思を示した。
そして、この応接室のような部屋の中に、3人の男性と1人の女性、そして瀧と三葉がまだ気づいていない『5人目』が残った。
「……」
『大地、どうした?いつになく緊張しているようだが』
「ごめん、ちょっとね……でも心配しなくても大丈夫だよ」
まるで『X』と言う文字を描くようなカバーに包まれたスマホのようなものから響く声に促されるかのように、改めてその青年は瀧と三葉に向けて自己紹介を行った。Xioラボチーム所属・大空大地、と。
既に2人は、彼の顔を知っていた。あの時、超獣が襲いかかる中でも決して臆することなく、隠れ家風のカフェに取り残されかけた人々を適切に避難させたあのXioの隊員の1人が、瀧や三葉よりも背が高い、この大空大地と名乗った青年なのだ。
「あの、俺たちもあのカフェの中にいたんです……」
「助けてくれて、ありがとうございます……」
再びお礼を言った2人に対し、大地もまた先程の隊長や副隊長と同じような返答をした。自分が行っている仕事は皆の平和や命を最大限守り続ける事、むしろこうやって2人が無事である事を確認できたのが一番嬉しい、こちらこそ礼が言いたい、と。その言葉には、様々な脅威に真っ向から立ち向かうエキスパートの信念と、その内に秘めた優しさが込められていた。
そして、大地の発言に日比野先生も同意した。『絆』が途切れなく続いているのをこの目で見る事は、自分たちにとっては宝物に等しいものだ、と。しかし、その優しい補足に対し、瀧と三葉はほんの僅かだが違和感を感じた。確かに彼は瀧のクラスの先生であり、生徒の身を案じるのは当然かもしれない。だが、今の発言はまるで彼もまたあの2つの脅威に立ち向かう最前線に立っているようにも聞こえたのである。
一体日比野先生は、何者なのだろうか――。
「あ、あの……」
「な、なんでその……パジャマ姿なんですか?」
「ぱ、パジャマ……あはは、これかな?」
――その疑問をつい別の言葉で表現してしまった三葉が顔を真っ赤にしていると、日比野先生は笑いながら、これは自分が一番大事にしている服装、こういう時のために用意していた勝負服のようなものだ、と説明してくれた。だが、それならばスーツ姿の方がこの場には合うはず、一体なぜこのような派手な服を着込むのだろうか――心の中は互いに社会人である瀧と三葉が同じタイミングで疑問に思った時だった。突然、日比野先生の顔から笑顔が消え、2人が初めて見る真剣な表情へと変貌したのだ。
「……これから僕たちが語る事は、この建物に現在いる人たち……つまり、僕らやXioの皆以外には絶対に誰にも言わないで欲しい。とても大事な内容だからね」
勿論、瀧や三葉がその言葉に同意しないはずは無かった。その真剣な瞳を裏切るわけにはいかない、と直感で感じた、と言う理由もあったのかもしれない。
そして、日比野先生はおもむろに体の前方に自らの左腕を見せた。別の宇宙から来た2人の来訪者の注目の視線がそちらに集まった、その時であった。
「「……!」」
何も装飾がないはずの袖に、まるで幾つもの光が集まったように見えた直後、突然そこに菱形の大きな飾りがついたブレスレットが現れたのである。まるで炎のような装飾が施され、その中央には命の塊のような不思議な丸い球が埋め込まれているこの奇妙な物体が、マジックか何かの小物であるとは思えなかった。どう見ても、先ほど彼が行った行為は、このアイテムを無から召喚したようにしか考えられなかったのだ。
何が起きたのか、と目を見開き続ける瀧と三葉に対し、日比野先生はあるヒントを告げた。彼が『メビウスブレス』と呼ぶこのアイテムの力で、昨日の自分はあの恐ろしい脅威――ベロクロンとバキシムに立ち向かう事ができた、と。
「……え……ま、まさか……」
「た、瀧くん……?」
この言葉に真っ先に反応したのは、高校生の年相応、いやそれより一回り年齢が若くなったような表情に変わった瀧であった。彼は直感と記憶で、目の前にいる日比野先生――いや、『ヒビノ・ミライ』先生の姿を模した彼が何者なのか、気付き始めたのだ。
それでもあまりに唐突、そして強烈過ぎる思いから唖然とし続ける瀧の様子を見たヒビノ先生ははっきりと告げた。このメビウスブレスと言うアイテムの力により、彼の体は元の光の巨人…M78星雲・宇宙警備隊員でありウルトラ兄弟の一員でもある、『ウルトラマンメビウス』の姿に戻る事ができる、と……。
「ウルトラマン……」
「メビウス……!」
【余談】
「日々野未来」と言う先生は、原作映画『君の名は。』には登場しないキャラクターです。念のため、ご了承ください。
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24.英雄との遭遇
あの日――ごく普通の階段で偶然すれ違うという本当に些細な出来事がきっかけで、それぞれが長い間ずっと思い出せないまま、ただ悲しさのみを秘めていた記憶を、喜びへと変えることができた立花瀧と宮水三葉。そんな2人が改めて自分たちの思いを伝え会った日、その言葉を言った直後の三葉は、完全に気が動転していた。顔を真っ赤にしながら急いでトイレに駆け込んだのは、用を足すためではなく、『瀧くん』がいない場所で先ほど自分たちが口に出してしまった言葉を整理するためであった。
どれほど深呼吸しても動悸は止まらず、近くの鏡に映った自分自身の顔も涙ぐみ、最終的に我慢できなくなった彼女はそのままトイレから愛する彼の元へと戻り、存分に自分の気持ちをたくさんの涙とともに伝えたのであった。
それと似たような状況が、地球防衛の要であるXioの基地内で起きていた。ただし、今回そのような感情を抱いたのは立花瀧の方であり――。
(メビウスだ……ほ、本物の……ウルトラマンだ……!)
――想いの『恋人』に巡り会えたというよりも、子供の頃のヒーローが目の前に現れたと言う憧れの気持ちが溢れたからであった。今の彼は、本物のウルトラマンが目の前にいると言う興奮で心がいっぱいだった。しかも、よりによってそのウルトラマンの正体――いや、この地球での姿が、現在の自分自身が通う学校の先生だなんて誰が予想しただろうか。
新社会人であるはずだった瀧の心は、ヒーローに憧れていた少年時代の頃に戻っていた。それと同時に――。
(い、今の俺大丈夫かな……メビウスさんに見せる顔か……?)
――別に気にしないと言っても身だしなみに気を配り続ける三葉の気持ちを改めて察する事が出来たようであった。
~~~~~~~~~~
「瀧くん顔真っ赤やけど……」
「だ、大丈夫……具合悪いわけじゃないからさ……」
用を済ませた瀧と三葉はそれぞれ様々な想いを抱えつつ、ヒビノ先生ことウルトラマンメビウスやXioの大空大地隊員と一緒に話をするべく応接室へと戻った。そして開口一番、大地以上に緊張しきっていた瀧は、もう一度先生に、本当にウルトラマンメビウスなのか尋ねた。
「瀧くん、凄い興奮しとるやね……」
「いや、だって目の前に子供の頃のヒーローがいるんだぜ……!」
まるで新しいオカルトの話題をみつけた時のテッシーみたいだ、と思いつつ、三葉はヒビノ先生と瀧くんの会話を眺める事にした。何せこんな彼の姿を見たのは初めてなのだから。
「なるほど……立花君、昔からずっと僕の事を応援してくれたんだね」
「す、すいません……昔なのであ、あまり覚えてないところも……」
「構わないよ。その『光』、必ず僕の心に届いている」
例え住んでいる場所や空間、時代が違っても、誰かを思う心、誰かを助けたいと思う心は必ず繋がる――宇宙の平和を守り続けるヒーローの言葉を聞いて、まるで眼が覚めるような想いを抱いたのは瀧だけではなかった。まるで目の前の凛々しい笑顔のイケメンが、2人が経験した事をそのまま言い当てているように三葉もまた感じたのである。飾り気や格好つけた心が微塵もない、あまりにも眩しく純粋な言葉であった。
その言葉を反芻するかのように、しばらく流れた沈黙の時間を解いたのは――。
『それならば、私たちも忘れてもらっては困るな』
「「?」」
――大空大地隊員が持ち歩いている、派手な装飾がついたスマホのような何かから聞こえる声であった。
このタイミングで発言して良いのか、と言う大地の問いにも、今のうちに全て伝えた方が良いと言った声の主は、机の上に置かれたスマホ状の機材の映像に――。
「あれ、これ……」
「ウルトラマン……?」
――自分自身の姿を映し出した。
瀧の記憶にしっかりと焼き付けてあったメビウスとはまた違う、まるでヘッドホンのような耳に銀色が目立つどこかサイバーチックな外見。それが、この『エクスデバイザー』と言うスマホのような形をした装備の中に宿っている主だ、と大地隊員は丁寧に説明した。
「あの時、俺はアスナに2人を任せた後に、このエクスデバイザーを使って一体化……俺たちの言葉で言うと『ユナイト』したんだ」
『その通り。そして私たちは、超獣に立ち向かうことが出来る大きさになれたという訳さ』
その言葉が何を意味するのか、瀧も三葉も次第に理解し始めた。あの時、自分たちを始めとする街に暮らす人々の平和を守り通すべく奮闘したのはウルトラマンメビウスだけではなく、彼と共に戦う名前も知らないもう1人のウルトラマンがいた。それが今、目の前に『2人』となって座っているのである。
「ウルトラマンが……2人も……」
「私や瀧くんの目の前に……」
再び驚く別の宇宙からの迷い人の2人に、エクスデバイザーに宿る戦士は改めて自身の名前を名乗った。ウルトラマンエックス、宇宙の調和を守る役目を持つ者である、と。しかし、その言葉を聞いた途端、瀧も三葉もその名を目にしていた事に気がついた。
「エックス……エックス!」
「もしかして、新聞に書かれていた……!」
『私の名を知っていたか。それはありがたい』
既にこの世界において、『ウルトラマンエックス』と言う存在は日常の一部と化していた。新聞だけではない、テレビもネットも、瀧の友達でさえも、ごく普通にウルトラマンの活躍を語るような世界が自分たちの周りにどこまでも広がっている事を2人は改めて感じた直後――。
「……ちょ、ちょっと待ってください!」
「え、どうしたの瀧くん?」
――子供の頃からウルトラマンを応援していた瀧は、ある違和感に気付いた。彼の記憶の中に、ウルトラマンの正体が人間である事は門外不出、もし知られてしまうと様々な不都合が生まれてしまうと言う内容が刻まれていたのだ。確かに2人ともこの世界とは別の世界からやってきた存在かもしれないが、ここまで簡単に明かして大丈夫なのか、瀧は3人の戦士に問い質した。
その答えは、笑顔から真剣な表情へと再び変わったヒビノ先生から告げられた。ここで自分たちの身の内を明かす事は、今後の2人にも大きく関わる事象に繋がるものだ、と。
「……君たち2人がやって来た、元の世界を探すために、ね」
「「……!」」
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25.大いなる帰路
この場所で、2名のウルトラマンと向かい合う立花瀧と宮水三葉の『意識』がやって来たであろう元の世界に戻れる可能性がある――その言葉に、2人が強く反応しない訳は無かった。本当に戻れるのか、その時に元いた自分はどうなるのか、様々な疑問が矢継ぎ早に出かけたが、返ってきたのは今の所全てが未知数だ、と言う大空大地隊員からの現実的な言葉であった。
「ごめん、期待させておいて申し訳ないけど、宇宙の数は無限大にある。君たちがどこから来たのか、今の所見当もつかないんだ……」
「……いえ、俺たちも何をすれば分からなかったですし……」
「そもそも抜け出せるなんて、考えた事も無かったです……」
でも必ず2人が戻る世界はきっとある、と助言をしたのは、大地の隣に座るヒビノ先生=ウルトラマンメビウスであった。その言葉が不思議と確信に満ちていた理由は、彼自身がまさにその証拠に等しいものだったからである。
あの時――メビウスとエックスが力を合わせて恐ろしい脅威に立ち向かった際、真っ先にメビウスの名前を思い出して興奮した瀧に対し、Xioのアスナ隊員は怪訝そうな顔をしながら何故その名前を知っているのか問いただそうとした。その時はむしろ瀧の方にどうしてウルトラマンメビウスを知らないのかと言う感情が湧きかけてしまったのだが、それには明確な理由があった。
「え……じゃあヒビノ先生も……!?」
「別の宇宙から来たんですか?」
『ああ、ウルトラマンメビウスが住む宇宙は、我々とは違う、遥か遠い場所なんだ』
本人に代わってエクスデバイザーの中から解説したウルトラマンエックスによると、彼は『宇宙警備隊』や『ウルトラ兄弟』というウルトラマンたちによる組織がある宇宙からずっと前にこのXioが地球を守り続けるこの場所へと来訪し、地球人の教育実習生として人々の中に溶け込んでいたと言う。それこそ、Xioの面々でもなかなか正体が掴めなかったほどに。
別の宇宙、と言う概念的な要素が、自分たち以外の存在によって現実のものへと還元されていく――その過程の中で、次第に瀧も三葉も、ヒビノ先生たちが何を伝えようとしているのかを理解し始めた。ずっと瀧がテレビの中の架空の世界だと考えていた、怪獣たちが大暴れするこの宇宙も、子供の頃に憧れ続けていたヒーローが実在する宇宙も、全て現実に存在している。そのような荒唐無稽な宇宙があるのだから、2人が飛ばされてしまったであろう『世界』も間違いなく存在し、帰りを待っているのだ、と。
「私たちの故郷があるのは確かなんですね!」
「立花君と宮水さんが僕たちと語り合っている。それが、2人の宇宙がある何よりの証拠だよ」
「ありがとうございます……!」
しかし、安心しきった2人の気持ちを一瞬で不安に変えてしまうきっかけを、三葉自身が作り出してしまった。自分たちのようにヒビノ先生もこの世界に迷い込んでしまったのか、と言う疑問に対し、彼は真剣な目つきでそれを否定しながら、これはエックスたちXioの面々にもまだ詳細を伝えていなかった非常に大事なことだ、と前置きを入れた。
「……この宇宙に、大きな『歪み』が生まれようとしているんだ」
「……!」
『歪み……』
空間の捻れやほつれ、時間の乱れ、重力の異常、そして常識の崩壊――様々な異常事態の根源となるであろう何かの歪みが、ここで生まれようとしている、とヒビノ先生はメビウスとして警告した。自分自身が光の国から指令を受け、この宇宙にやって来るほどの危険な事態である、と。
『し、しかし私たちは何も今まで感じませんでしたが……』
「当然さ、エックス。この歪みは、外部の者でないと認識する事が出来ないからね。例えて言うなら、目の届かない死角に落書きをされた、と言う感じかな」
『な、なるほど……』
「流石先生……分かりやすい……」
そして、今後この謎の歪みが、瀧や三葉にも影響を及ぼす可能性がある、と彼はそのまま続けた。これこそが、ごく普通の暮らしをしていた男子高校生と女子大学生が突然2人のウルトラマンの正体を知ることとなった最大の理由であった。人知及ばぬ存在が次々に現れるこの世界、例え2人の力があってもその危機を乗り越えられない可能性がある。その時こそ、自分たちを頼りにして欲しい――敢えて自らの名を名乗る事で、ウルトラマンたちは瀧と三葉の味方であると宣言してくれたのである。
そして、ウルトラマンだけではない。彼らと共に戦う大空大地隊員もまた、瀧や三葉が元の宇宙に帰れるよう最大限の努力をする、と告げた。
「俺はこのXioのラボチームに所属している。俺たちの科学で、必ず2人を元の宇宙に帰してみせるよ」
『流石だ、大地。2人とも、彼をぜひ頼りにしてくれ』
エックスの鼓舞する声に笑顔を見える彼の姿に、瀧も三葉も一切の噓偽りを感じる事が無かった。何しろ、この宇宙は2人にとってはSF特撮番組の如く、自分たちの想像を超えた様々な技術が闊歩し未知の事が何でも起きると言う、まさにアンバランスゾーンの世界。その中ではっきりと味方になってくれる、と告げてくれる存在がいる事が、非常に嬉しかったのである。
2人の脳裏に、あの日……彼らが2度目の再会、そして2度目の別れを経験した日に、できる限りのことを精一杯こなし、破滅から自分たちや皆を救うために立ち向かってくれた大事な親友がよぎった。
勿論、この宇宙にも三葉の頼もしい友人であるテッシーもサヤちんも存在している。しかし、この部屋にもう1組の『テッシーとサヤちん』が、光を身に纏いながら降臨したのだ……。
「ところで……ヒビノ先生……?」
「その服は、結局何ですか……?」
「これ?これは……僕の大事な思い出さ」
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26.ふたりの宇宙人
「2人ともお疲れ様。ごめんね、長時間になってしまって……」
Xioの特殊車両・ジオアラミスを駆けながらアスナが謝った通り、瀧と三葉は気づけば1日以上、Xioの本部内に身柄を拘束されていた。しかし2人はほとんど気にしていなかった。確かにこの世界の概要を一気に説明された挙句、ウルトラマンを正体込みで知ってしまうというのは非常に頭を使う体験であったが、2人が出会った全ての人物が、自分たちのことを最大限信じ、そして彼らを心から応援してくれる非常に頼もしい存在である事をしっかり認識できたからである。
「良かった……大地とエックスの事も聞いたんでしょ?」
「はい、確か合体してウルトラマンになるって……」
「あれ、ユナイトって言ってなかった……?」
正解は三葉の方、私もちゃんとその事は知っているから心配無用だと告げつつ、アスナからも2人に様々な連絡を行った。今回の一件はそれぞれが無事帰宅した時点で終了であるが、2人に纏わる重大な要素……元の世界への帰還について、今後も何度かXioの本部へお邪魔してもらう事になる、と。瀧と三葉、この2人が揃わなければ、無限にある宇宙から故郷を絞り、そこへ向かわせると言う途轍もなくスケールが大きな事業を成功させる事が出来ないのだ。
「それに、私や大地以外の隊員にもまだ会ってないからね」
「他にもいるんですか?」
「うん、みんな優秀な人たちばかりよ」
どんな人だろうか、もしかしたら美男美女揃いか、など様々な想像を巡らす後部座席の2人の様子にアスナが微笑んだ時、突然背後から三葉の大きな声を聞いた。今の今までずっと拘束――と言うより基地内でゆっくりさせて貰っていた間の言い訳を、全く考えていなかったのを思い出したのである。
「い、言われてみればそうだ……あ、あの!」
「ま、まさかばれてないですよね……私たちの秘密……!」
「大丈夫、貴方達の『秘密』は全て極秘事項にしているから」
それに、こういう時に備えてしっかり先手の『言い訳』は用意していた、とアスナは少し悪戯っぽく告げた。
そう言えば、先に彼女は自分たちがXioの基地内で寝ている間の事は心配ない、とフォローを入れてくれていた。一体何をしたのだろうか、と互いに顔を見合わせる瀧と三葉がそれを知ったのは――。
~~~~~~~~~~
「お姉ちゃん!ほんっとーに、お姉ちゃんなんやね!?」
「だから心配しなくてええって四葉、私はちゃんと宮水三葉だってば」
――帰宅した際に、家族から『宇宙人』に乗っ取られていた体は大丈夫か、と言う奇妙な心配をされた時であった。あの後、Xioは公的機関としての権限を用い、立花瀧や宮水三葉の家族のうち連絡が取れる人々に、2人が侵略目的の宇宙人に乗っ取られた事が判明したため、精密検査を1日かけて行う、と『言い訳』をしたのである。確かにこれならば、しばらく身柄が確保されたとしても納得せざるを得ないだろう。
ただ、三葉の妹である宮水四葉は、それでも心配が拭えない様子であった。
「だいたい最近のお姉ちゃん変やったもん、おっぱい揉み始めたり、昨日閉まったものの場所すぐに忘れたり……」
「え、あ、ああ……そうやったんか……知らなかったわ……きっと宇宙人の仕業やな……」
「え、宇宙人?」
「そう、宇宙人」
とは言え、この四葉の心配事の原因が悪意ある宇宙人でない事は、三葉自身がはっきり認識していた。正確に言えば、その時の宮水三葉はここから遠く離れた別の誰かと体を互いに『侵略』し合っている状態なのだから。
そして何とか妹を宥めつつも、三葉はその推理に乗るように四葉に告げた。確かに体に宿っていた悪い宇宙人は追い払われたが、Xioの科学力でもどうしても『後遺症』が残ってしまうと言われたので、今後もしそういう事態になったらまた宜しく頼む、と。
幸いすぐに納得してくれた妹であったが、不思議とその顔にはどこか呆れ混じりのような感情が溢れていた。しかもその相手は姉では無さそうだった。どういう事なのかと疑問に思っている彼女の元に、共に暮らしているおばあちゃん――かつて宮水神社の要として活躍していた老婆が、安心した顔でやってきた。
「おばあちゃんごめんね、心配かけて……」
「ええ、ええ。これも『ムスビ』やからな」
優しさの中に非常に太い芯を持つおばあちゃんの声は、様々な緊張や興奮で疲れ切った三葉を癒すのに十分なほどの力を秘めていた。やはり糸守の血を引く者は丈夫、空から来た者に負けたりなどしない、と言うおばあちゃんの掌は、いつでも暖かかった。
~~~~~~~~~~
そして、家族を思いやる心は、こちらも同じだった。
「ただいま……」
「おかえり」
アスナに礼を言いながら別れた瀧が家に戻ると、そこには彼の父が待っていた。いつも口数少なく、息子の行う様々な事についてあまり干渉しない父を見た彼もまた、あまり言葉を交わさないまま自室へと戻り、着替えを済ませようとした。
しかし、そんな息子を父は止め、そして低い声で言った。
「……良かったな、悪事に利用されなくて」
そう言いながら、父は滅多に見せない笑顔を瀧に送った。それが何を意味するのか、彼はすぐに理解した。例え言葉をかわす機会が少なくとも、父はいつでも息子の事を見守ってくれているのだ、と……。
「……ありがとう」
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27.プロローグの終わりに
「瀧くん、起きとる……?」
『起きてるぜ、三葉』
Xioの基地から帰宅したその夜、星が瞬き多くの人々に就寝を促す中でも、瀧や三葉はどうしても眠る事ができずにいた。何せあの建物の中で1日中ぐっすり寝てしまったせいで、興奮しきった体がまだ抑えられていないのである。そうなった時、2人がする事はただ1つ。こっそりスマホを片手に秘密の会話をする事であった。
『……本当、物凄い『デート』だったな……2日がかりの』
「4DXの映画館でも味わえんスリルやったな……」
普通に再会を喜び合いながら終わるはずが、超獣とか言う恐ろしい存在に追いかけ回され、そこを防衛隊やウルトラマンに助けてもらい、そこから1日中夢の中の世界に行き、そして起きた後も防衛隊やウルトラマンの秘密をこっそり教えてもらい、最終的にとんでもない理解者を得る事になる――これだけでも大スペクタクル過ぎて映画化間違いなしだ、と未だテンションが覚めやらぬ2人は語り合った。
とは言え、今回の一件で自分たちが別の宇宙からここに迷い込んできた存在である、というのは推測からはっきりとした確証へと移ったのは間違いなかった。
「私たち、ウルトラマンさんみたいに『宇宙人』になったんやね……」
『まさか俺たちがな……』
瀧くんはその事についてどう思うか、と尋ねた三葉の耳に入ったのは、少し意外な言葉であった。不安そうな気持ちが一切ないまま、非常にワクワクしていると言う返答が戻ってきたのである。その理由は、既に三葉側も把握していた。瀧くんは今、テレビの中でしか会えなかったヒーローと面と向かって同じ時間を過ごせるという嬉しさで満ち溢れているのだ、と。
そして、形は違えど三葉の方も似たような不思議な感覚を抱いていた。全く正体が掴めない未知のものに触れるというのは、ともすれば恐怖や不安に支配されかねない行為である。だが、その『未知』のものが自分自身である事に加えて、昔からずっと自分を守ってくれたヒーロー、そしてこの世界を守るヒーローたちが仲間になってくれる事を思えば、どんな事も怖くない、隕石だろうが彗星だろうが弾き飛ばしてしまえる、と言う思いに満ち溢れていたのだ。
何故だかは分からない、しかし三葉に恐れの心が無いのは確かであった。
『そうか……なんか三葉なら、そう言うと思ったぜ』
「瀧くんったらもう……でも今思ったんやけど、テッシーっていつもこういう気分だったんやね……」
『未知のもの、オカルト大好きだからな……やっぱりこう言うのは、自分の身にならないと分からないものだぜ』
「ふふ、瀧くんの言う通りかもね……」
そう笑いあっているうち、ふと三葉の脳裏にある言葉がよぎった。彼女の家族は勿論、テッシーもサヤちんも本当の故郷はこの大都会ではなく、ここから離れた山と緑に囲まれたど田舎の町である事を。だが『この宇宙』でも、その故郷に帰る事は許されていない現実を、両者は認識していた。
糸守町に、何が起きたのだろうか。
「怪獣のせいで戻れなくなった……それだけは確かやね……」
『三葉、やっぱりあの時聞くべきだったかな……』
「ううん、また機会があった時に聞けば良いよ」
真剣さと優しさを併せ持った神木隊長、優しいお母さんのような橘副隊長、どんな危機にも的確に動く頼もしいアスナ隊員、ウルトラマンエックスと共に戦う大地隊員、そしてこの面々を支える頼もしい人々――間違えても、彼らが糸守町を破壊したなんてことはあり得ない、必死に守り抜き最小限の被害に抑えてくれたはずだ、と三葉は語った。
その口調は、まるで2人が過去に体験した話をしているようでもあった。
『……三葉、優しいな』
「ありがとう、瀧くん……ふわぁ……」
『ふわぁ……あ、俺にも移ったぜ……』
いろいろ熱く語り合っているうち、ようやく2人の体は眠気を示してきた。忙しいが明日は平日、ぐっすりと寝て講義や授業、友人との交流、バイトに勤しまなければならないのだ。しかし明日以降、立花瀧と宮水三葉には1つだけ大きな変化がある。彼らは『別の宇宙』という立場から、日常を過ごすことになるのだ。
『……なんだか、ようやくプロローグが終わった、って感じだな』
「そうやな……明日から新しい瀧くんの声が聞ける、楽しみやわ……」
『こっちもだぜ、三葉』
そして、長い長い序章の幕が閉じるように、2人はそれぞれお休みの挨拶を告げてスマホの通話を終わらせ、ゆっくりと目をつむった。
その時に見た夢の内容は殆ど覚えていないが、まるで疲れが癒えるような良い内容だったのは確かだった――。
「お姉ちゃん、朝ご飯……あー!またおっぱい揉んどるー!」
「よ、四葉!」
「さては宇宙人やなー!このー、おっぱい星人覚悟ー!」
「え、お、おっぱい星人……ってうわあああ!!」
――次の日、三葉の身体の中に入った『侵略者』は大変な目に遭ったようだが。
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4.非日常的日常
28.先生はスーパーヒーロー
ごく普通の高校に通い、ごく普通の青春を過ごし、ごく普通の日々を暮らし続けている男子高校生、立花瀧。しかし、彼には一部の地球人や宇宙人以外には家族でさえも一切明かしていない秘密がいくつか存在した。彼には、女子大学生の姿をした恋人、宮水三葉がいると言う事。そして、彼はその三葉と共に、ここから遥か遠く離れた別の宇宙から迷い込んできた、と言う事である。
そう、この事は友達や家族にも秘密のはずであった。しかし自分たちや世界に纏わる真実を知った日から、学校で彼は時々妙な視線を感じるようになった。会話を交わすいくつかのグループの視線が、どう見ても自分に向いているとしか思えないのである。
「まあな……瀧もドンマイだぜ」
「Xioの人に保護されたって感じだからなー、仕方ないよ」
「やっぱりそれか……あの視線は……」
幸い、そんな彼にはいつも応援してくれる友人が『この宇宙』にもいた。眼鏡をかけた知的な同級生の藤井司と、体の丈夫さと運動神経には自信がある高木真太の2人である。
立花瀧が怪獣災害に巻き込まれ、一時的に何らかの理由でXioに確保されていたと言う情報は、やはりと言うか何というか、噂としてこの学校に広まってしまっていた。その話を聞いた生徒たちが様々な憶測を考える余白を大量に残していたのも不味かったかもしれない。友人はそのうち噂なんてすぐに忘れるから気にするな、と励ましてはくれたものの、肝心の噂の張本人はどうしても普段の元気が湧かないままであった。何せ今の自分自身の正体は、噂話の中で誰かが言っていたように、この地球とは別の場所からやって来た「宇宙人」なのだから。
そんな心が顔に出てしまったのか、友人2人は突然立ち上がり、瀧にたまにはこの長い休み時間を使ってバスケでもしないか、と告げた。勿論ゲームではなく1対1のミニ勝負なのだが、暗い時の気分転換には、たっぷり体を動かすのが一番だという事を彼らは知っていたのかもしれない。
「……そうだな、サンキュ、司に高木」
「よし、久々に瀧の名プレイを見せてもらうぜー♪」
「俺はのんびり見させてもらおうかなー」
「司は俺を応援しろよー。応援の分まで勝負は互角にしないと」
「なんだその理屈……」
宇宙を超えても変わらぬ友情に顔を緩ませつつ、瀧は無駄な時間を消費しないように急いで校舎の外へ出た後、倉庫から出されていたカゴからバスケットボールを取り出した。そして、制服に汚れがつかないよう緩めにやろう、と互いに注意しあった後、早速高木を相手に勝負を始めた。
昔取った杵柄と言う言葉通り、バスケの腕には自信がある瀧はなかなか彼にチャンスを与えなかった。
「くそっ……瀧……!」
「悪いな高木」
そして、何とか隙を見つけた真太の投げたボールが見当はずれの場所に飛んでしまった直後――。
「あ、あれ……?」
「日比野先生じゃないですか」
「やあ、みんな」
――そのボールを受け止めたのは、偶然その場を通りがかったという教育実習生の日比野先生であった。普段通り、先生の顔は爽やかそのもの、まるでテレビの中で活躍するヒーローのようであった。
ありがとうございます、と言いながら瀧がボールを受け取ろうとした時、突然高木が日比野先生もこの勝負に加わらないか、と誘った。止めようとした瀧であったが、先程から完全に彼のペースに呑み込まれ、なかなかゴールを決める事ができない高木は、先生相手なら何とかなりそうだ、と考えたのだ。そしてそのままとんとん表紙で話が進み、教師と生徒と言うハンデを考慮した上で、攻めの日比野先生対守りの瀧・高木コンビ、形だけ審判の司と言う形でミニ勝負をする事になってしまったのである。
「おい、本当にいいのかよ高木……」
「大丈夫だって、生徒2人、しかも俺と瀧の連携には勝てないだろうよ♪」
「……ま、それもそうか……」
確かに体育の授業ならばその自信満々な発言もありだろう、と瀧は思った。そう、『地球人』しかいなかった今までの生活ならば。だが、残念ながら現在この場にいるのは、3人の地球人と1人の宇宙人――しかもテレビの中の世界からやって来たヒーローなのだ。
そんな彼に、無謀にも挑んだ場合、一体どうなるだろうか――。
~~~~~~~~~~~
『……そりゃ凄かったんやなあ……』
「ああ、凄いよ……俺でもマジで腰抜かしかけるぐらいのな……」
――その夜、三葉に電話をかけた瀧が、その声を震えさせるほどの出来事として語る事からも、察する事ができるだろう。相手が高校生だったとはいえ、日比野先生――いや、ウルトラマンメビウスはその実力の一端を見せつけ、目にも留まらぬ素早い動きで全く瀧や高木を寄せ付けなかったのである。しかも最後には、後ろ向きで投げたボールが呆気なくネットに入ると言う、パフォーマンス顔負けのプレイまで出る始末だった。次の授業に何とかギリギリで間に合ったと言う苦労を忘れさせるほど、あの勝負は見る価値があったかもしれない、と瀧は熱く語った。
『私もいつか見てみたいなぁ……瀧くんがそんなに興奮するなんて……』
「まあ、その時は……あ、そうだ。もしかしたらって事もあるから連絡するが……」
『?』
本日の放課後、瀧以上に日比野先生へと憧れの目線を向けていた司と高木は、先生にある誘いをした。教育実習生として毎日非常に忙しい事は分かっているのだが、それでもぜひもっと詳しく話を聞きたい、と。そして、そんな前置きを踏んだ上で、瀧も含めた4人で一緒にカフェに行かないか、と誘ったのである。
『良かったやん瀧くん、憧れのヒーローと食事だなんて♪』
「まあそうだけど、司たちもいるから実質いつも通りなんだよな……場所もどうせいつもの所だし」
そんな情報を恋人はいえ何故わざわざ連絡したのか、それには重要な理由があった。今の所この事実を完全に認識しているのは、立花瀧と宮水三葉しかいない、ある意味2人の最重要機密事項なのである。
そして、この情報の共有が、男子4人によるカフェ巡りの日に大いに役立つ事となってしまった。
「あちゃー……何でこんなタイミングに……」
ここ数日起きていなかった『入れ替わり』によって、瀧の身体はこの町のどこかに住んでいる宮水三葉の元に入り、三葉が彼の代わりに日比野先生や友人に会う事になってしまったからである。
少しだけ残念な気持ちもあったが、彼はすぐ気持ちを入れ替え、大学生の三葉としての休日をのんびりと味わう事にした。思い出はまた言葉として共有すれば良いのだから。
「……それに……ふぅ……やっぱり気になるんだよな……これ……」
「あー!またお姉ちゃんがおっぱい星人になりかけとる!」
「げ、四葉!!」
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29.ヒーローの素顔
ごく普通の大学に通い、ごく普通の青春を過ごし、ごく普通の日々を暮らし続けている女子大学生、宮水三葉。しかし、彼女には一部の地球人や宇宙人以外には家族でさえも一切明かしていない秘密が3つほど存在した。彼女には、男子大学生の姿をした恋人、立花瀧がいると言う事。彼女はその瀧と共に、ここから遥か遠く離れた別の宇宙から迷い込んできた、と言う事。
そして――。
「お待たせー、待ったー?」
「よう瀧、なんだ随分緊張してるなー?」
――今日のように、突然1日中その立花瀧と体が入れ替わってしまう、と言う事である。
普段の瀧とは異なり、三葉の意識が宿ってしまうと彼はどこか和らげな雰囲気となり、歩き方や走り方、そして口調も柔らかいものへと変わってしまう。だが幸いな事に、瀧の親友である司も高木も、これもまた親友の変わった特徴であるとあっさり認識してくれた。『元の宇宙』とは異なり、怪獣も宇宙人も平気で歩き回るようなこの宇宙だからこそ、異質なものへの警戒感や違和感と言う概念が薄れているのかもしれない。
そして、そんな宇宙人の1人が――。
「あ、ごめんごめん、皆待たせた?」
「ひ、日比野先生!」
「い、いや俺たち待ってないですよー、大丈夫です!」
――生徒たち3人の憧れの目線を受けながらやって来た。
これで休日を利用し、カフェでたっぷり語り合う面々は揃った。早速面々は集合場所を離れ、少し足腰を鍛えた先にある目的地まで向かう事にした。
「先生、あのバスケどこで学んだんですか!?」
「俺あんなの見たの初めてです!」
「お、俺もです先生……」
以前の興奮が冷めやらぬ様子で日比野先生に語りかける司と高木に違和感を抱かせないよう瀧の口を借りて便乗しつつ、三葉は改めて自分達のそばにいる美形の青年の姿を見た。
温和な顔に優しい微笑み、そしてふわりとした髪型――もし自分がずっと瀧くんに思いを寄せていなければ、確かに恋心を勝手に抱いてしまいそうなイケメンだ、と彼女はおもった。それもそのはず、この美形の先生の正体は、別の宇宙からこの場所に降り立ち、人々の平和を守ってくれる頼もしいヒーロー、ウルトラマンメビウス。瀧くんをはじめ多くの人々に応援される存在なのである。
その頼り甲斐ぶりを存分に押し出しつつ生徒からの言葉にも決して舞い上がる事なく、ある意味冷静に対応する彼の姿を見れば、子供の頃に強烈な憧れを抱いたという瀧くんの気持ちも少しわかるような気がした。そして、ちょっぴりだけ「ずるい」という単語も頭の中に浮かんだ。
「……おい瀧ー、緊張し過ぎだってー」
「明日からも会うんだしさー」
「そうだよ、立花君。気になる事があったら何でも言ってごらん」
とてもありがたい助言なのだが、この時点での三葉にはそのような思いはなかった――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「え、チーズがたっぷりあるカツカレーは無いんですか?」
――瀧が行きつけのカフェで、突然日比野先生がメニューに無いカレーライスの種類を注文すると言う行為に出るまでは。
司や高木が呆気に取られるのは勿論、彼の体を借りている間に何度かこの場所で美味しくパフェやパンケーキをこっそり頂いている三葉もまた、突然の光景に何も言いだす事が出来なかった。
しかも、全く悪意が無い純粋無垢な表情のまま、そのメニューは存在しないと告げられた先生はその矛先を三葉=瀧たちに向けてしまった。皆で一緒にメニューにあるカレーを大盛りチョイスで食べよう、と勧めてきたのである。既にパンケーキやパフェを頼み、それで昼の腹を満たそうと注文を完了していたにも関わらず。
「お、俺たち大丈夫です……」
「先生だけで構わないですよ……」
「あ、そうなの?わかった。じゃあこのカレーを……」
一番最後に届いたカレーライスを美味しそうに食べる日比野先生の表情は、確かにとても幸せそうだった。じっくり見ていれば、どこか『今』の瀧に似たようなこの世の幸せを満喫しているような雰囲気を感じる事ができたかもしれない。だが先程の行動のせいで、男子高校生3人はすっかり黙り込んでしまった。店員さんを困らせるどころか、むしろくすりと笑われるまでに至ったのだから当然だろう。
ただ、そんな彼らの心の内を日比野先生――一応正体がウルトラマンメビウスであるはずの人物が知ったのは――。
「「「先生、何やってるんですか!」」」
「え、えっ……」
――店を出て少し経ち、3人に一斉に突っ込まれた時であった。
「もう、カレー屋にすれば良かったな、昼飯の場所……」
「大好きなのは分かりましたけど、やり過ぎですよ……」
「ほ、本当にごめん……つい興奮しちゃって……」
いくら天然ボケ気味なところがある先生と言えどもあれは流石にやり過ぎだという司や高木の痛烈な指摘に日比野先生が平謝りする光景を側から眺める三葉もまた、あまりの天然ぶり、そして瀧の体で甘いものを食べまくった過去がある自分をはるかに凌ぐ食い意地ぶりにある意味感心していた。確かに先生は宇宙人、しかも地球から遠く離れた光の国からわざわざ来てくれたヒーローなのは間違いない。だがそれにしても、まさかあの時都会の事を何一つ知らずに興奮していた自分自身よりも変な光景を見てしまうとは思わなかったのである。
そして彼女も、日比野先生の秘密に触れないよう注意しながら突っ込んだ。そこまでしてカレーを求めているのか、と。
「ま、まあ……色々思い出が詰まっている品だからね……」
「思い出……そうですか……」
返ってきた言葉の中に含まれていた単語に、どこか心揺さぶられるような感触を覚えた三葉は、思い出に他人を巻き込みすぎないように、と先生を注意する生徒の様子をしばし無言で見つめていた。瀧くんが憧れていたヒーローは、単に強くて格好良い存在だけではなく、もっと様々な思いを抱えているのでは無いか、と考えながら。
ともかく雰囲気が滅茶苦茶になってしまったのは間違いない、と言いながらこの面々の主導権を握った司が、皆で一緒にゲーセンかどこかへ向かって気晴らししよう、と先生がいる前で告げた、まさにその時だった。
「……!」
「今の声……高木も瀧も聞こえたよな……?」
「ああ……!」
「うん……!」
悲鳴のような声が、4人の耳に飛び込んできたのは。
皆でアイコンタクトのようなものを取った直後、その方向へと向かった彼らが見たものは、1人の老人が腰を抜かしたかのように倒れこみ、その向こうで何かの影が逃げていくと言う、明らかな『犯罪』の光景だった。
宇宙人や怪獣の侵略や破壊と並んであってはならない事態に高校生の3人が固まっている中、真っ先に体を動かしたのは日比野先生だった。そのご老人の介抱や通報は任せた、こちらはあの犯人を追い掛ける、と告げた後、そのまま走り去ってしまったのである。
「せ、先生……い、行っちまった……」
「だ、大丈夫ですか、おじいさん!?」
唖然とする暇もなく、急いで倒れこんだ老人を支えた司や高木は、瀧に急いで警察に通報するように告げた。幸いこちらの世界でも警察へ繫がる3桁の番号は同じ、急いで状況を報告するべきだと急いだ三葉であったが、その行動を止めたのは、被害者であったその老人であった。警察ではなく、今すぐXioに知らせてくれ、と頼んできたのである。
その理由はたった1つ……。
「わ、わしの宝を奪ったのは……う、宇宙人じゃ……!」
「「「!?」」」
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30.ヒーローは君の傍に
突然現れた宇宙人に、家宝である大事な皿を奪われた――そのような通報を瀧の体を借りた三葉が送ってからXioの車が到着したのはほんの僅かな後であった。偶然にもパトロールを兼ねて通りがかった際に、この通信が入ったのである。
「どんな姿の宇宙人でしたか?」
「い、いきなり現れたもんじゃから……ただ、頭から変な角が生えとって……」
「頭に角……それで?」
被害者である老人に加え、彼を介抱していた司や高木、そしてXioの面々と様々な繋がりを持つ瀧(の体を借りた三葉)もいざという時に備えて一旦身柄をXioの車の中に保護される事となった。近くの駐車場に止めながら後ろを向いたのは、まだ三葉が会った事がなく名前も分からない男性隊員であった。クールそうな外見に似合わず、その言葉はこの老人を追い詰めた悪を絶対に許さない、と言う熱い怒りに満ちているようだった。
そして、その宇宙人はどこへ消えたのか、という話になった時、突然司が大変なことに気づいた、と言わんばかりの声を上げた。相手が何かしらの悪意を持つ別の星からの侵入者だとすれば、それを追いかけていった先生が危険な事態に巻き込まれている、と考えたのである。
「それはまずい……分かった、今すぐそちらへ……」
援護を要請し、先生を無事助け出すと約束した隊員が、他のメンバーにその旨を告げた直後だった。突然、この車を含めた一帯を地響きが何度も襲い、そして車の窓に人間の背丈をはるかに超える巨体が映し出されたのである。あれだ、あの怪物だ、と慌てふためく老人を瀧=三葉たちが何とか抑える中、その巨体は地球人でも非常に分かりやすい声で、自らがこの場所にやって来た理由を豪語した。
『おのれおのれ、こうなればこの姿で、地球の骨董品を根こそぎ奪ってやる!』
あまりにも地球人臭い内容であったが、それでも巨大な姿になった以上、この街に危害を及ぼす存在になったのは間違いない。この状況を見た隊員は、急いでこの場所を離れて安全な所へと避難する事を告げた。
「で、でも先生が……!」
「大丈夫だ、俺たちの仲間が向かっている。信じてくれ!」
「でもあんなデカブツに……うわっ!」
先生を心配してしまう気持ちも確かに分かるかもしれないが、その心を宿す体に危害が及んでしまっては元もこうとない。足音がこちらに迫ってくる以上、為すべき事はこの場所から逃げる事だ、と何とか隊員が司や高木、そして瀧=三葉の説得を続けながらいつでも発進できる準備を整えていたその時だった。突然老人が窓の外を指さしながら、誰かがこちらへ向かっている事を知らせたのである。その姿を見た途端、3人の高校生はすぐにあの人を乗せて車を発進するように要請した。
「言われなくても大丈夫だ!先生、急いで乗ってください!」
「分かった!」
あの巨大な宇宙人に追いかけられるような形になりながらも無事な姿を見せた日比野先生を乗せた直後、車は一気にスピードを上げてこの危険地帯を後にした。命が懸かっていた事態を切り抜けるべく、瀧と司は自分たちの間にいる老人の様子を常に気にかけ、日比野先生や高木も運転の邪魔をしないよう無言でシートベルトを握りしめ続けていた。
そして、そのまま車が現状での危険地帯を脱出できた時、内部にエクサ、イクサ、どちらにも取れる掛け声が響いた。別の宇宙――ウルトラマンが架空の存在であり続け、興味を惹く者でも無かった三葉も、今やその存在の出現に心踊らされるようになっていた。
「あれは……!」
「「ウルトラマンエックスだ!」」
~~~~~~~~~~
三葉も含め、その場にいる誰もが全く気付いていなかったのだが、実はこの宇宙人――遥か彼方の『スチール星』より地球人の大事な宝物を奪おうと来襲した強盗が巨大化するまでに追い詰められた要因は、他ならぬ日比野未来先生ことウルトラマンメビウスの働きあってのものだった。犯人の正体をすぐに見抜いた彼は生徒たちに老人を託した彼は、ウルトラ戦士としての力を駆使した走りでスチール星人にすぐに追いつき、ビルの物陰の中で乱戦を繰り広げたのである。新人戦士だった頃から幾たびもの過酷な試練を乗り越え、歴戦の勇者の称号を得る事となったメビウスの前にスチール星人が敵うわけもなく、破れかぶれで巨大化した、と言う訳だ。
だが、その巨大を活かして大暴れできるほどこの地球は甘くなかった。メビウスに代わってスチール星人の相手をする事になったのは、この宇宙の安定を守るヒーロー・ウルトラマンエックスと、彼と共に戦う勇者・大空大地だった。あの通報を受け、彼らもまたXioの一員として宇宙人に対してすぐ立ち向かえるよう準備を整えていたのである。
当然ながらスチール星人は往生際の悪さを見せつけるかのように、派手な装飾を備えた顔から炎を噴出させてエックスを焼きつくそうと狙い、それに怯んだ隙を見て格闘戦に突入しようとした。だがエックスと大地はすぐに態勢を有利な方向へと変え、逆にスチール星人の巨体を地に着かせてダメージを負わせた。それが効いたのか、じわじわと侵略者の動きは鈍り始め、エックスは勿論援護に駆けつけたXioの地上からの攻撃ももろに受けてしまった。そして、光線を食らうまでもなく、スチール星人はパンチ一発を受けた後巨大な体を維持できなくなり、そのまま姿を消してしまった。
あわよくば、このまま大都会の闇に紛れ込み、再起を図る事も出来たかもしれない。だが、既にこの侵略者の運は尽きていた。
Xioのエキスパートであるアスナ隊員たちが、この宇宙人を窃盗や傷害、器物破損などの現行犯で逮捕するべく待ち構えていたのだから。
~~~~~~~~~~
それから少し経ち、立花瀧やその友人たちは元の日常生活を取り戻していた。いつも通りに授業を受け、いつも通りに語り合い、そしていつも通りに日比野先生との楽しい時間を過ごす、と言う日々である。
ただ、1つだけ今までと大きく変わった事があった。それまで瀧に向けられていた好奇の視線が――。
『三葉……本当にすまん、凄い事に巻き込まれていたんだな……』
「いいって、瀧くん」
――立花瀧本人の預かり知らぬ期間の間に、尊敬の眼差しに変化していたのである。それも当然だろう、あの事件の後、『宮水三葉』の意識のまま友人と共に老人を助け、宇宙人によるひったくり事件の早期解決に貢献したと言う功績をいつの間にか達成していた瀧は、司、高木、そして日比野先生と共に表彰を受けたのだから。
「日比野先生、瀧くんの言っていた通りのヒーローやったな」
『そ、そうだったのか……?』
「うん、ちょっと天然さん過ぎるし、食い意地張りまくりやけど、でも困っている人を絶対に忘れず、悪い奴を思いっきりやっつける……」
なんだか正義感溢れる勇気ある男性、立花瀧くんみたいだ、と元の自分自身の体から感想を述べる三葉に対して、意外な返事が戻ってきた。今後2人の予定が空いている一番近い日に、もう一度デートをしよう、と。瀧と三葉と言う『カタワレ』同士が揃う事は、三葉自身にとっても掛け替えのない幸せな事、だからこそそれを事件解決の真の功労者である宮水三葉に表彰状代わりに捧げたい、と彼は考えたのである。
「瀧くん……」
『それにちょっとだけ、俺もウルトラマンさんたちに負けたくないなって……』
実害はなく、むしろ自分自身を良い方向へと導いてくれそうな嫉妬の心が瀧に芽生えた事を悟った三葉は、喜んでその言葉を受け取る事にした。大スペクタクルに巻き込まれるデートも良かったが、やはり2人で気ままにあちこちを巡るデートも楽しい、とワクワクしながら。
「……『表彰式』、楽しみに待ってるやよ」
『こっちも頑張るぜ』
そして彼女は、いつでも傍にいるヒーローの声を何度も頭の中で反芻しつつ、心地よい眠りに誘われていくのだった……。
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31.キープ・ザ・スマイル
悪の宇宙人が暗躍し、時には怪獣が暴れ、それを防衛組織やウルトラマンが止めると言う、それまでずっとテレビや映画の世界の出来事だとばかり感じていた宇宙に迷い込んだ、立花瀧と宮水三葉。しかしながら、そこで暮らす人々は日常に異質な存在がいる事に普通に馴染んでいると言うところ以外は、2人の記憶にある様子とほとんど違いが無かった。
そしてそれは――。
「四葉ー、おばあちゃーん、朝ご飯出来たよー」
――糸守の町を失い、遠く離れたこの大都会で暮らす三葉の家族――父親以外の2人、おばあちゃんと妹も同様だった。
「最近お姉ちゃん、料理のレパートリー増えたんやな」
「あれ、そうかな?」
味噌汁や焼き魚など、彼女が得意とする和食中心の朝ご飯を食べながら、四葉は最近の姉の料理はこういった和風のものばかりではなく、スクランブルエッグやベーコン巻きなど、洋風のものも交えるようになってきた、と褒めた。そう言えば、三葉自身の記憶の中でも、いまのように『大学生』だった頃は、何かを忘れていると言う思いばかりが募り、その寂しさから逃れたいという奇妙な行動の結果、洋風の朝食が作れなくなっていた。それに、そもそもこういった料理を作るとい事に自信を持てたのは、瀧くんの事を再び思い出した後だ。
大事な人がいれば、料理も更に上手くなる――。
「お姉ちゃ~ん、誰かに教えて貰ったんかな~?」
「え、いやいや……私だって秘密で特訓ぐらいするって!」
「秘密ね~、ふーん♪」
――ただ、その『大事な人』の存在はまだ明かすべきではない、と三葉は考えていた。この宇宙に元からいたかもしれない宮水三葉についてのある意味最悪な想定は勿論だが、そもそも三葉の記憶の中では、まだこの頃の自分は瀧くんの事を思い出せず、毎日塞ぎ込んでいたような状況なのだから。
それでもたまに勘が鋭くなる妹を宥めるかのように、おばあちゃんは優しげな笑みで告げた。それもまた『ムスビ』、宮水の心が様々な食と結びついた証だ、と。
「お姉ちゃん、どんな結びになったのやらね~」
「むー……四葉しつこい……」
ともかく、今なすべき事は疑惑の一件を語り合うだけではなく、早く互いの学校へ向かう事。幸い、この宇宙にいる四葉の通う中学校は三葉の記憶にある場所や名前と同じであったため、準備を済ませた後に一緒に登校する記憶通りの日常を過ごす事ができた。
「「いってきまーす!」」
~~~~~~~~~~
「宮水先輩、最近笑顔をよく見せますねー♪」
その日、大学での講義が終わった三葉は、後輩からそのような言葉を聞かされた。同郷のテッシーやサヤちんのような大親友とは違いこの大学で出会った同性の知り合いで、元の宇宙でもまだあまり瀧くんとは馴染みがない人物だ。
こうやってたまに自分自身に話しかけてくるところも含め、彼女もまた三葉に刻まれた過去の記憶とほとんど変わらなかったが――。
「えへへ……色々とね」
「良かった~!先輩やっぱり笑った方が可愛いですよ~♪」
――確かにあの頃の自分にも積極的に絡んでくれたとはいえ、こんなにテンションが高い後輩だとは気づかなかった。
それにしても、と三葉は心の中でこっそり考えた。目の前にいる後輩は、やはり笑顔の方が似合う、キープスマイルな先輩の方が可愛い、と何度も自分を褒めている。色々とテンションが昂りすぎている気もするが、それほどまでにここの世界の宮水三葉も笑顔を無くしていたのだろうか、と。
あの時、Xioの科学担当の大空大地さんは何もかもが未知数、元の世界の自分たちがどうなったのかも今の所不明だ、と告げていた。でももしその時の自分に会えたとしたら、この後輩の言葉をそのまま伝えてあげたい、と彼女は心の中で思った。
「……ですね……あれ、先輩?」
「あ、ごめんごめん……」
「もー先輩、本当にあの教授たち凄いイケメンなんですよー!しかもよく2人揃って食事するって言いますしー!」
そして、テンションを上げ過ぎるのも考えものだ、とこっそりと顔で訴えつつ心の中でもう一度突っ込んだ。
まだその時、三葉も後輩も、そして別の場所にいる瀧も全く意に介していなかったが、この大都会に奇妙な噂が流れていた。笑い声のような不思議な音が聞こえる、まるでブラックホールのようになんでも吸い込んでしまう不思議な穴が開いた、と。勿論当初は皆単なる噂だとしか考えていなかったのだが、次第に目撃者が続出、Xioもついに本格的な調査に乗り出さざるを得ない事態になっていたのである。
そしてここにも1人――。
「ふむふむ……ようし、こりゃ久々にオカルトの予感や!」
――穴に引き寄せられるかのようなやる気に満ちた男がいた……。
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32.ストップ・ザ・スマイル
大都会の緑豊かな川辺に奇妙な穴が開き、そこから聞こえる笑い声のような音と共に、人々が興味を示す場所になっている――そんな休日のニュースがテレビから流れるのを眺めつつ、未だ帰ることが出来ない故郷から離れ、この大都会に移り住んだ宮水家の朝食は進んでいた。ただし――。
「ど、どうしたのかな四葉……」
「うーむ……やっぱりお姉ちゃん、また宇宙人になっとる……」
――朝からじっと姉の方を見ている四葉を除いて。
あの日――宮水三葉とその秘密の恋人である立花瀧がXioやウルトラマンの真実に触れた日、1日以上家に帰れない状態が続いてしまった事もあり、Xio側から直々に各地の家庭に2人が悪の宇宙人に憑依されその検査を受けなくてはならない、と言う公式の『言い訳』を実行してくれた。怪獣や宇宙人が平気で存在し、彼らとの対峙の最前線にXioの勇敢な面々がいるからこそ出来る、非常に大掛かりな情報隠蔽であった。
ただ、その影響が宮水家で思わぬ形で出てしまった。
あの時、自分たちの現状を知ったりウルトラマンに興奮する事だけで精一杯だった瀧と三葉は、この宇宙に迷い込んで以降、数年ぶりに『体が入れ替わる』という奇妙な現象が再開した事を告げられなかった。そのせいかどうか、件の言い訳と合わせて三葉の妹である宮水四葉は、『立花瀧』と入れ替わった姉を、宇宙人が宿っていた時の行動がそのまま焼き付いてるか、宇宙人がまだ退治されていないと勝手に解釈してしまったのである。
「違うって、私は宮水三葉、地球人だってばー」
「その三葉お姉ちゃんの妹の目は誤魔化せんよ、またおっぱい揉んどったんし!おっぱい星人やろ!」
「え、い、いやその……」
別の宇宙から来たとはいえ一応生まれは地球人である立花瀧は何とか否定しようとしたが、最早言い逃れは不可能であった。健康的なごく普通の男性の意識を持つ彼としては、どうしても想いの人が持つ柔らかい器官を触りたくなってしまうのだ。気持ちを落ち着かせるためだ、と自分の中では色々と言い訳をしていたが、最近は三葉からも注意をされなくなった辺り、完全にその真意を見抜かれ呆れられているかもしれない、と瀧は考えていた。
「おばあちゃんもそう思うやね?」
「まあ、他所の人でも悪い事をしないんならええ。ゆっくりしていき」
「そ、そんなぁ!」
興奮気味の彼女を宥めるかのように、三葉のおばあちゃんは普段通りの優しくも達観した口調で孫娘のような誰かの味方をしてくれた。言葉に出すと色々話がこじれそうだと考え、こっそり瀧が心の中で礼を言おうとした時、突然四葉が立ち上がり、自身の姉の方を向いて言った。こうなったら、不思議な現象のプロフェッショナルに姉の真相を暴いてもらう、と。
「え、え……?」
「四葉、食べてる時に急に立ち上がったらいかんよ」
「ご、ごめんおばあちゃん……でも今日は予定が無いんやろ?だったら付き合ってもらうよ、『宇宙人』!」
思い立つと押しがとことん強くなる辺り、やはり四葉は三葉の妹だ、と思い、『宇宙人』はため息をつくのだった。そして、ほんの少しだけ不安になった。これだけ自信満々に言われてしまうと、一体誰の元に向かわされるのか、つい見当がつかなくなってしまうのである。
ただ、幸いその心配は杞憂に終わった。準備を整えて家を飛び出し、電車に乗って向かうまでの景色を、瀧は以前しっかりと目に焼き付けていたからである。
そして目的地に着くや否や、四葉は事前に連絡を入れておいた『プロフェッショナル』――。
「ほー、三葉が宇宙人……」
「言われてみれば、そう見えるような、見えないような……」
「う……」
――四葉が知る中で一番こういう話に詳しそうな三葉の親友、テッシーさんこと勅使河原克彦と、その幼馴染兼恋人であるサヤちんさんこと名取早耶香に、姉が直面しているらしい出来事を説明した。元から様々なオカルトや、それに纏わる怪獣・宇宙人などの知識が豊富なテッシーたちなら、この事態を解決できそうだと確信したからである。
親友が奇妙な事態に巻き込まれている事に対して、恐怖以上に興味を抱いている事を存分に示すテッシーやサヤちんの視線を受け、つい瀧も三葉のように縮こまってしまった。確かに、元の宇宙で様々な奇跡を体験した彼の記憶の中でも、テッシーとサヤちんの2人は三葉の体に宿った自分に恐怖ではなく興味の反応を示し、上手く誤魔化せたのもあったがすぐに打ち解ける事が出来た。だが、ここまでじっくりと見定められるような事態は初めてだったのである。
ただ、そのテッシーは四葉の方を向き、本当に宇宙人なのかどうか見た目からだと判断がつかない、と意外な反応を示した。それもそうだろう、今の三葉は『心』だけ別人なのだから。
「え、どうしてですか!?だって朝からお姉ちゃん、たまに変になるのに!」
「変になる?三葉が?」
「おお、そういう証言があるんやな……で、どんなん?」
ところがその直後、瀧は元の世界でも経験したことの無い事態に見舞われた。元の世界と異なり、様々な異常現象がごく普通に起きるからこそ、はっきりと毎朝宮水三葉がやっている行動を口にしてしまったのかもしれない。それを口にした途端、言った本人も含めて女性陣は一瞬で顔を真っ赤にし、瀧は吹き出し――。
「な、な、なんつー羨まし……いやスケベな宇宙人じゃ!」
「テッシーのアホ!ドスケベ!!」
「いでででで……ひ、否定したやろ!」
――ついにやけてしまったテッシーは、隣の恋人からどやされる事態にまで陥ったのだった。
事態が収拾するまでの状況を眺めながら、瀧は改めて自分が全く違う宇宙にやって来てしまった事を痛感した。元の宇宙とは比べものにならないほど、ある意味こういう事態に対しての人々の順応性は増していたのだから。しかし、何とか矛先を変えないと話が進まない、と考え、彼は三葉の口を借りながら慌てて告げた。どうしてサヤちんとテッシーが同じ家の中にいるのか、と。
幸い、その言葉は正解だった。落ち着きを取り戻したサヤちんは、別の家に住む2人がここに揃ったのは自身の恋人であるテッシーが原因だ、と告げ、話題の中心がそちらに移ったのである。この事態が解決した後、都心に突如開いたという『謎の穴』の実地調査を兼ねたデートをするべく、彼は恋人をオカルト関連の書籍や情報満載の自宅のマンションに誘った、という訳だ。今朝のニュースでも取り上げられた話題という事もあり、四葉からの反応も強かった。
「でもそこ、今Xioの人たちが調査中だから立ち入り禁止じゃ……」
「いーや、今回こそは神様か妖怪の仕業かもしれん。Xioは科学ばかり頼るから、こっちはオカルトの側面から調査したるって訳や」
「相変わらずそういう時はやる気満々やね……」
そう言って呆れつつも、サヤちんの顔はどこか嬉しそうであった。何かに夢中になる恋人の姿を見るというのは確かに良い気分かもしれない、とつい瀧も現在体を借りている恋人の事を思った、その時だった。
「……あれ、何か聞こえません?」
四葉の声に促された3人の耳にも、少しづつ奇妙な声が響き始めた。まるで他人を馬鹿にしている人間の笑い声のような、あまり良い気分はしない音色である。だが、真っ先にその『声』に疑問を抱いたのはテッシーであった。この音はあの穴から響いているという声と瓜二つなのである。一体どういう事なのか、と考えたその時だった。突然、付けっぱなしにしていたテレビが緊急速報へと変わったのだ。
そちらに視線を移した4人は、驚愕の表情を見せた。
『只今次の地域に緊急避難情報が出されています。案内の人に従い、落ち着いて避難してください!』
あの穴から聞こえる笑い声を上げながら、巨大な腹を持つ1頭の怪獣が街中に現れた様子が映し出されていたからである……。
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33.セーブ・ザ・スマイル
自分の姉の中に未だに宇宙人が宿っている――そんな四葉の言葉を軸に話を盛り上げるはずであったテッシー、サヤちんら4人の会話の焦点は、突然テレビで放送が始まった緊急中継へと移った。以前から噂になっていた『穴』から聞こえていた声と同じような人々を苛つかせるようなけたたましい笑い声を上げながら、巨大な怪獣が大暴れを始めたのである。
すぐさま怪獣の迎撃へと向かったXioの様子が映されるのと同時に、この怪獣が姿を現したちょうど同じ場所にあの『穴』があったとニュースキャスターが語るのを聞き、テッシーは冷や汗を流していた。つい先程まで彼はこの場所にオカルトの予感を感じ、恋人を連れて向かうという無謀な計画を立てようとしていたからである。
「よ、良かったわ……四葉ちゃんの報告受け取らんかったら今頃……」
「すまん、俺とした事がこんな事態に巻き込む寸前になるとは……」
気にせんで大丈夫、結果としてこうやって安全な地域で待機する事ができたのだから、とサヤちんは土手座までして謝る恋人を励ました。あの煩い笑い声はテレビだけではなくこのマンションの外からも聞こえてくるが、幸いXioの地上と空中からの猛攻撃により侵攻は抑えられている状況になっていたのである。気づけば皆、その画面に目が釘付けとなっていた。
「それにしても酷い体の怪獣やな……」
「ダイエットせえ、ダイエット……」
テッシーやサヤちんがそんな能天気な感想を呟いてしまうのも仕方ないだろう。画面に映るXioの猛攻撃にもずっと笑いながら抵抗している二足歩行の怪獣の姿は、デベソが目立つ大きく突き出た腹にアヒルのような口、そして恐らく『穴』の正体であろう巨大な鼻と、笑い声に勝るとも劣らない醜さを露わにしているのだから。そして、画面には臨時ニュースとして、Xio側からこの怪獣は『ライブキング』と言う種類の可能性が極めて高い、と言う結果が示された。
「ライブキング……なんつー名前や……」
「あんな生命の王は嫌すぎるわ……」
そして、一際大きくなった笑い声がいい加減耳障りになりかけた、まさにその時だった。突然ライブキングの声が途中で止まり、画面の中で驚きの表情を見せたのである。何故ならば――。
「ウルトラマンエックスや……!」
「エックス……!」
――瀧と三葉だけがこの面々の中で正体を知っている光の巨人、ウルトラマンエックスが嘲り笑いを止めるかの如く現れたからである。
怪獣の体力を消耗させ被害を抑えるべく動き出したエックスであったが、ライブキングはその名前が示す通りのしぶどさを見せつけ始めた。様々な強敵を跳ね除けてきたはずのエックスのチョップや蹴りをあの怪獣はものともせず、傷を受けてもすぐさまそれを塞いでしまうと言う再生能力を見せつけたのである。おまけにどう見てもメタボ体型にもかかわらず、外敵から身を守るための本能故か、ウルトラ戦士相手に予想以上の素早さを見せつけてきたのである。
「だ、大丈夫かよ……いや大丈夫かなエックス……」
その苦戦ぶりについ元の口調が出かけてしまった瀧であったが、その直後にエックスの体に起きた変化を見たテッシーは、これならもう心配はいらない、と明るい表情を見せた。こんな怪獣被害の中で何を言っているのか、とつい疑問に思ってしまった彼であったが、その瞳に映されたのは、先程とは打って変わって、ライブキングに対して優勢に立ち始めるウルトラ戦士の姿であった。一体どうなっているのか、と言う疑問は、先にサヤちんたちから出た。
「確かこれ……なんて服やったっけ……」
「服やなくて鎧。『ゴモラアーマー』っつー、ジョンスン島の怪獣の力を使っているサイバーの鎧やな」
「流石テッシーさん……情報に抜かりがないですね……」
オカルト趣味を続ける上でそういった情報収集は当然の義務だ、と嬉しそうに語るテッシーの一方、三葉の体を使っている瀧の意識は、初めて見る形のウルトラ戦士の戦いに夢中になっていた。
あのライブキングのように、ほとんどの怪獣は人間たちに害をなしてしまう事が多い。この世界でも、街並みや人々の生活がその巨体によって押し潰されてしまう例が何度もある。この場にいる立花瀧以外全員の故郷もまた、怪獣によって奪われてしまったと聞いた。にも関わらず、エックスはそんな脅威の力をそのまま自分たちの技に変え、さらなる敵に立ち向かっているのである。怪獣と共に戦うウルトラマンと言うのは、瀧にとって非常に新鮮であった。
「お姉ちゃーん、テレビ近づきすぎよー」
「あ、ごめん四葉……」
「おお!とどめ技の構え!『ゴモラ振動波』や!」
彼らは知らなかったが、今回Xioやエックスが『ゴモラアーマー』を使用すると言う判断に出たのは、より多くの危害を加える相手に対してライブキングが本能的に最も敵意を示す傾向が見られたからであった。敢えてエックス1人に相手を絞り、さらに格闘戦に適したこのアーマーを身につける事で、最小限の被害に抑えると考えたのである。
そしてその策は見事に正解し、長い爪で動きを何度も妨害され、口から放った火炎放射も退けられたライブキングは、見るからに疲労困憊していた。笑い声のような鳴き声も心なしか音量が小さくなり、やがて生命の王はその力が限界になったからのように目を回すような仕草を取った。そして、それを見計らうかのように、画面に映ったエックスはテッシーが言う『とどめ技』を放ったのである。
まるで空気そのものが振動を起こしているかのような強烈な波動が長い爪から走り、ライブキングの体を直撃した直後、その巨体はまるで圧縮されるように縮んでいき、やがて光の玉となり姿を消した。その時のエネルギー量のせいか僅かばかりの爆発は起きたものの、結果的にボロボロになった地域に炎の追い打ちをかける事なく、エックスとXioは怪獣との戦いに勝利を収めたのである。
「良かったー……今回もエックスが勝ったわー」
「サヤちん、Xioも忘れちゃいかんよ……」
「あー緊張した……」
そう呟きながら胸を撫で下ろす3人に、瀧は三葉の体を借りながら呟いた。ああ言う怪獣の対処法もありなんだな、と。返ってきたのは、緊張から解きほぐれたような言葉に秘められた――。
「ま、ほんとエックスが来てから一気に状況が変わったよなー」
「『糸守みたいな』事態にならずに済むんやしな……」
――まだ真相を聞く覚悟が出来ておらず、聞くべきではないと瀧が考えていた言葉であった。その後、すぐさま変なことを口から出してしまった事を謝ったのは、言うまでもないだろう……。
「……で、お姉ちゃんの件ですけど……」
「……!」
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34.ダブル・スマイル
「うーん……」
「……」
テレビの画面の向こうでは、今日も無事ウルトラマンエックスが防衛組織・Xioと協力して怪獣災害を抑え、どこまでも響く笑い声を止める事ができた。だが、肝心の瀧が安心するのはまだ早かった。一件落着と言わんばかりに動き出そうとしたところを四葉に止められ、テッシーやサヤちんに再びじっくり見定められ始めたのである。
正直、ここで自分が『宮水三葉』ではない別の誰かである、という事を敢えてばらしてしまうという選択肢もあったかもしれない。だが、瀧にはそのような手段を思いつく余裕もずるさもなかった。三葉の方も様々な形で体が入れ替わっている事を懸命に隠し続けているのに、自分だけその苦労から逃げ出すのはあまりに卑怯だし、そもそもこちらから明かすなら三葉と共に真相を暴露したい、と考えていたからである。
ただ、中には勘の鋭い人――宮水神社の神主やその『息子』などのように相手の方からその違和感に気付いてしまう例外もいる。もしかしたら、目の前にいる2人もその『例外』に含まれるのではないか、と考えていた時だった。
「……四葉ちゃん、これ調査打ち切りやな」
「「えっ!?」」
テッシーから出たのは、四葉は勿論瀧も驚かせるような言葉であった。彼の記憶にある、あの無茶な事でも最大限努力を続けるあの頼もしすぎる逸材が、あっさりと解決を諦めたのだから。
当然四葉はお姉ちゃんは宇宙人に未だ乗っ取られているかもしれないのに、と反論したのだが、それを優しく諭すようにテッシーは理由を説明し始めた。
「よーく思い出してみい。四葉ちゃんの姉ちゃんが『宇宙人』になった後、何か『悪い事』でもしたか?おっぱい揉む事以外で」
「おっぱい……以外……ご飯が洋食メインになって、なんかこう格好良くなって……」
まるで裁判の中で検察に過去の罪を洗いざらい言われているような感触を瀧は感じ、緊張の色が解けなかったのだが、幸いにも四葉の口から出てきた過去の案件はどれも普段のお姉ちゃんからすればどこか違うと言うものばかりで、テッシーが前もって除外していたあの恒例行事以外は特に悪事は無かった。そもそも三葉の体を借りている身として、そんな事を恋人である彼がする訳はないのだが。
「確かに悪い事一切無いなー」
「で、でも、やっぱり変なのは気になりますって!」
サヤちんも次第にテッシーが言いたい事を理解し始めている中でもまだ納得がいかない四葉であったが、そんな彼女でも理解せざるを得ない例えをテッシーは持ち出した。もし今、自分の姉に宿っているのが今までの悪の宇宙人ではなく、ウルトラマンだとしたらどうなるか、と。
「えっ……」
「ほら、俺らじゃどうにもならん時に色々な力を使って守ってくれる、あのスーパーヒーローや。ニュースでも取り上げとったやろ、ウルトラマンは遠い宇宙のどこかからやって来て平和を守ってくれる『人』やって」
「……あー、テッシーが言いたい事全部分かったわ。四葉ちゃん、変やって思う行動も、もしかしたらそれは悪事を働くためやなくて、単に地球に慣れとらんだけかもしれんよ」
もし本当に三葉の体にまだ宇宙人の意識が残っているのなら、と前置きを入れながらも、サヤちんもまたフォローを続けた。目の前の異質な存在が気になってしまうのは仕方ないかもしれないが、そこですぐそれを排除しようと動き出すのではなく、まず相手と『分かり合う』事こそが一番大事なのではないか、と。
「……分かり合う……私のお姉ちゃんと……」
「四葉……」
犯罪組織を作る宇宙人のように悪意を持つ連中が三葉の体に今も残り続けているのなら承知しないが、少なくとも今の段階では大丈夫、まずは姉妹の仲をもっと深めてそういった互いに知らないところをより確認し合う――Xioの言葉を借りれば、『共に生きる』事が一番大事だ。これが、オカルトのプロフェッショナルからのアドバイスであった。
~~~~~~~~~~
「「……」」
テッシーのマンションを出た後も、しばし宮水姉妹は無言の状態が続いた。相談事が突然の怪獣出現で一時打ち切りになってしまった挙句、結局姉が宇宙人だったのかどうかはっきりした結論が出ないまま、そのまま現状維持と言う結論に至ってしまった以上仕方ないかもしれないが、それ以降、どうしても四葉は姉と目を合わせる事が出来ないかのようにずっと目線を下に向け続けていた。
心の中で煮えくり返らない何かが残っているとき、地球生まれの人々はその対象から逃げるかのような行動を取る――ずっと同じような日々を何年も繰り返し、見えない光をずっと探し続けてきた瀧には、そのような時に一番必要な行動は何か、よく知っていた。誰かが悩みもがいている時、一番必要なのは――。
「……え?」
――その不安な心を癒す暖かさだ、と。
休日の電車の中で突然姉に頭を撫でられ、驚きの表情で見上げた『妹』に対し、瀧は大事な存在の姿を借りながら、自らの、そして宮水三葉の思いを伝えた。
「四葉……色々と、これからも迷惑をかけちゃうかもしれない。駄目なお姉ちゃんだね」
「お姉ちゃん……」
「でも、これだけは信じてほしいの」
例え自分が宇宙人でも、この世界の人間でなくとも、どんな時でも宮水三葉はこの世界にたった1人の妹の味方であり続ける、と。それは単に彼女と入れ替わっている事への責任感だけではなく、あの不思議な日々を初めて経験する中で得る事が出来た『兄』としての自覚でもあった。目の前で大事な存在が悲しそうな顔をしているのはもう見たくない、と言う。
「……お姉ちゃん、ずるいよ……えへへ……」
「えへへ……」
その言葉通り、この方法は効果てきめんのようであった。あくまでも自分はお姉ちゃんにはいまだに宇宙人が宿っていると信じている、これから何か悪事を働いた時には承知しない、と小声でこっそり釘を刺しつつも、四葉はもう少しこの不思議な日々を楽しんでみたい、と言う思いを告げたのである。
そして車内に、2人の姉妹――いや、『兄妹』の笑顔が芽吹いた。
翌日、他人の体を乗っ取る『宇宙人』からごく普通の地球人の高校生男子へと戻った立花瀧に届いたのは、1通のお礼のメールだった。今までよりもどこか妹が優しくなったという事に加え、瀧と入れ替わっている間に起こる様々な出来事について、非常識な事がほとんど起こらなかった『元の世界』よりも親友が理解してくれるようになった、と。
「……それも、そうだよな」
この異質な宇宙、奇妙な世界と共に生きる――また1つ、その良い方法を見つける事が出来たのかもしれない、と考えた瀧は、心の中で『この宇宙』の頼もしい親友にお礼を告げた。ただし、ある1点を除いて。
「……誰がおっぱい星人だよ、三葉……しかもなんか凄い楽しそうな文章でからかいやがって……」
楽あれば必ずそこに苦があるもの。これからは入れ替わった時の確認作業と言う名の楽しみがしづらくなりそうだ、と瀧は自らの良心をいったんひっこめ、笑顔で溜息をつくのだった。画面の向こうで悪戯げな笑顔を見せる『お姉ちゃん』を頭に浮かべながら……。
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35.カタワレ時の追想
「……ん……?」
意識を取り戻した時、立花瀧は見覚えのある場所に立っていた。太陽が沈み始め、少しづつ夜へ向かい始める空――彼が最も大事に思う者の故郷の方言で『カタワレ時』とも呼ばれる時間に包まれた、緑豊かな森を抜けた先にある糸守神社の御神体がある窪んだ大地の縁である。ずっと大都会の中で暮らし、自宅で普通に眠りについた自分の体が何故再びこの場所に移動したのか、と考えた時、瀧は自らの体の異変にも気づくことが出来た。寝巻で眠ったはずの自らの服装が、『あの日』に再会した制服へと変わっていたのである。
一体どういう事なのだろうか、ぼんやりした頭を必死に何とかしようとしていた彼の頭を一瞬で覚まさせたのは――。
「……これ、前の『夢』の続きやね……」
――いつの間にか彼の隣に立っていた最愛の人、宮水三葉であった。そして、彼女の一言で瀧は瞬時に自分が置かれた環境がどうなっているのかを思い出す事が出来た。
何故ここが『夢』の中だとわかるのか、その証拠はいくつもあった。高校生の体である瀧は勿論、大学生のはずの三葉までもが彼と同じ年代の服装に制服姿になっている事。以前も『夢』の中で、2人の元の世界では彗星のせいで、こちらの宇宙では怪獣のせいで立ち入ることが出来なくなっている三葉の故郷に足を踏み入れている事。そして――。
「……そのようだな、三葉……」
――彼女に繋がれてきた宮水家の血や名前を持つ者が代々守り続けていたこの場所が、抉り取られた大地や踏み潰された緑など見るも無残な姿を晒し続けている事である。
起きている間、毎日のように様々なイベントが押し寄せ続けるせいでこの事態のことをすっかり忘れてしまう2人であったが、不思議な事にこうやって現場を目の当たりにすると、以前見た中身をすぐに思い出してしまう。だが、今はその不可解な現象の理由を探るよりも、目の前に広がる信じがたい事態の理由を探るのが先だ、と瀧も三葉も考えていた。幸いにもここが『夢』だと自覚するのが早かったお陰なのか、急な崖もすぐに降りる事が出来た2人は、そのまま崩れ落ちた崖の方向へと歩き出した。
「……瀧くん……前の夢の最後、覚えてる?」
「ああ……誰だかわからない男の人が、俺たちに謝っていたよな……」
この悲惨な現場を知る直前、2人は元の世界の自分たち――社会人として日々の暮らしを過ごしているはずの自分たちより一回り年齢が低めの青年が、白衣を泥まみれにしながら涙を流し、ずっと謝り続けているのを目撃していた。俺のせいだ、俺が未熟だったせいでこんな事になってしまった、とまるで自分がこの事態を引き起こしたと言わんばかりに、ずっと泣いていたのである。
あの見知らぬ青年は、どうしてそこまで自分自身を追い詰めているように泣いていたのだろうか。そもそも、どうして突然そのような人物が、瀧と三葉だけの『夢』の世界に現れたのだろうか。悩んでも考えても、2人には全く答えが出なかった。だが1つだけ、確信を持てる事があった。
「……私、あの人は悪人やないって思うんよ……」
「正直、俺もだ……絶対あの人がこんな事をするなんて考えられない」
その理由を確かめるべく、あの人の行方を探しながら現場へ向かおうとしていた、その時だった。突然三葉がその足を止め、前方を見つめ始めたのである。何があったのか尋ねようとした瀧もまた、全く同じ表情となった。
「……ねえ、あれ……」
「……誰だ?」
2人が向かおうとしていた崩落現場の傍に、三葉は勿論瀧も見た事がない、あの青年とは別の誰かがじっと立ちながらその方向を見上げ続けていたのである。どちらかと言うと痩せ型の理系と言う風貌だったあの青年とは対照的に、そこにいた男性は短めの髪にいかにも筋肉質そうな体格を持ち、服装も白衣ではなくまるでどこかの地球防衛組織を思わせるような、灰色やオレンジ色で構成された派手な色彩を持っていたのである。
夢の中で突然見知らぬ誰かが現れた時どうすれば良いか、2人はしばし互いの顔を眺め合った後、意を決してその男の方へと向かった。
「あ、あの……」
どちら様ですか、とつい恐縮した言葉を出しかけた『誰か』の様子に気づいたその男は、傍に寄ってきた高校生たちを見下ろした。そして一瞬驚いたような2人を安心させるかのように、どこか自信に満ちた笑顔を見せた。
「……安心しな。俺は別に、悪い事をしに来たんじゃねえよ」
ただ、目の前で起きたこの『ボロボロの心』を見舞いに来ただけだ――体育系の風貌の男はそう言いながら、崩落した現場をどこか哀れげな瞳で見つめた。何かを秘めているようなその行動に不思議な感覚を覚えた瀧や三葉は、もう一度目を合わせた後、同時に尋ねた。糸守神社の御神体に起きたこの出来事について、何か知っているのか、と。
「……知っていると言うか、感じてるって奴だ」
「感じてる……?」
「ああ、こいつはすげえ悔やんでるってな。なんて下手くそな戦いをしちまったんだ、周りも見ずに戦って、何も守れないまま終わっちまったのか、って」
「……」
まるで昔の俺が見た光景がもう一度繰り返されているようだ、しかも誰にもその思いを告げられないまま――そう呟きながら、何かを思い返そうとしている不思議な男性に、次第に瀧も三葉も興味を持ち始めた。なぜ突然自分たちの夢の中に現れたのか、その疑問も解決できる可能性があると言う考えもその理由だったかもしれない。
貴方はいったい誰なのか、もっと詳しい事を教えてほしい――不安を克服した心を言葉に乗せた2人の勇気ある者の様子を見た男性は、まるで後輩の活躍を嬉しそうに眺める先輩のような表情を見せながら、自らの身の上話を語り始めた。彼自身に加え、その人生に影響を与えたという出来事について。
~~~~~~~~~~~
「最初は最悪の出会いだった。地球を守れなかった俺たちの前で、『あいつ』は滅茶苦茶な事をしやがったんだ……」
「あの、もしかして防衛隊か何かの人……ですか?」
「お嬢ちゃん、なかなか鋭いな。そう、俺は防衛隊の隊長だった事がある」
「え!?」
Xioとは明らかに違う制服ながらもそのような凄い人が突然夢の中に現れたと言う事実に、少年時代の興奮する表情を見せかけた瀧であったが、そんな彼を止めるように『隊長』であった男性は言った。まだその頃は、地球や人々すら碌に守れない1人の『ちっぽけな星』でしかなかった、と。それは彼だけではなく、『あいつ』を含めて地球を守るため共に戦ってくれた仲間たちもそうだった、と彼はどこか懐かしそうに滝や三葉に語った。
「俺は何もできずに先々代の隊長を『失う』、『あいつ』は町を盾にする、他の連中も喧嘩したりビビったり……あの時は、何を守るとかじゃなくて、とにかく目の前の平和を守るしかなかったんだ……」
彼の言葉からは、意思疎通もままないままただひたすら平和を守るために懸命に奮闘し続ける、新米たちが集まったような防衛組織の様子がまざまざと感じられた。突然世界の命運を任せられ、何をすれば良いか分からないまま、それでも前に向かなければならない『防人』の厳しさが、かつての彼にとっては重圧であり、そして懸命に進み続けるための燃料であった過酷な現場に、瀧も三葉も何も言葉を返す事が出来ず、ただ静かにその言葉を聞き続けるのみであった。
しかし、彼の語る思い出話には、次第に光明が差し込み始めた。
「それでも、俺たちは諦めなかった。少しづつ、大事なことを見つけ始めたんだ。地球や宇宙だって当然大事だ。防衛組織として絶対に守り抜かなきゃならねえ、失敗なんて許されない。でも、それを守るんなら、まず最初に……」
傍にいる仲間との友情を守らなければならない。その事に気づき始めた時から、自分たちの戦いは大きく変わり始めた――男の言葉が、瀧と三葉にはっとした表情を作り出した。まるで自分たちが経験した『過去』――単に自分の体を勝手に乗っ取り好き勝手にする別の誰かではなく、思い出を共有し続ける不思議な存在なのかもしれない、と互いを意識し始めた時こそが、立花瀧と宮水三葉、それぞれの過去や未来を守るための『戦い』の始まりだったのだから。
「……それで、どうなったんですか?」
「地球は、守れたんですか!?」
様々な困難を経ながら、自分たちはこうやって互いに同じ夢を共有し合う所にまでたどり着いた。ならばこの男性が辿った過去はどうなったのか――心配する2人の前に、男性は自信満々な笑みを見せ、小さくVサインを作った。
「地球がぶっ壊されてたら、俺はこんな所にいねえ。安心しな、2人とも」
その言葉には、何度も何度も厳しい戦いを潜り抜けながら戦友たちとの信頼を深め、やがて地球の命運を背負うまでに成長した、1人の防人の厳しくも頼もしい信念が宿っていた。
ほっと肩をなで下ろす瀧であったが、三葉にはどうしても気になる言葉があった。思い出話の最初にこの男性は、ずっと前の『隊長』を最初の戦いで『失った』と告げていたのである。男が語る不思議な話と自分たちが経験した過去に不思議な共通点を見出し続けていた彼女には、その言葉が引っ掛かった。何故『命』と言う言葉を前もってつけなかったのだろうか、と。
まるで重箱の隅をつつくような質問であったが、その問いを聞いた男性は、頼もしい笑みから何かを懐かしむような、そして少し寂しげな顔へと変わった。
「……そうだな。その事は、2人に語っておいた方が良いかもしれない。俺の前の前の隊長……俺がずっと越えられなった壁、『セリザワ隊長』さ」
その表情の理由は、もう2度と会うことができないだろう人だ、という言葉が物語っていた……。
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36.未来を変えた龍
瀧も三葉も記憶に無い、Xioとはまったく別の防衛隊で隊長を務めた経歴がある体育系の不思議な男性。
だが、新人であった彼の初陣は悲惨な、そして非常に苦い結果に終わった。確かに長い間訓練を積み、戦闘技能は抜群だと自負していた彼らだったが、その訓練を活かす場がないまま何年も過ぎ去ったのが仇となり、この男性を残して全隊員が命を落としてしまったのである。
そして、彼がずっと尊敬し続けていた『セリザワ隊長』もまた、この戦いを境に一時的に行方が分からなくなってしまった。
「「……!」」
大事な存在の命が目の前で失われていく、と言う事態を形は違えど目の当たりにしたことがある瀧、その当事者である三葉は、男の言葉に一瞬背筋が震えた。夢の中とは言え、彼らの目の前にある意味自分達より過酷な経験をした者がいると言う事実を知ったのだから当然かもしれない。
だが、それでも『隊長』だけは唯一命を落としたと言わず、行方が分からなくなった、と彼は語った。一体その隊長はどこへ行ったのかと言う瀧の問いに戻ってきたのは、予想外の言葉であった。
「……隊長は戻ってきたぜ。『ウルトラマン』と一体になってな」
「……う、ウルトラマン……!?」
「ど、どういう事なんですか!?」
状況を呑みこめない2人に対し、男はそこに至るまでの事情を丁寧に説明した。
確かに、セリザワ隊長はあの最初の戦いで一度は命を落とし、永遠に姿を現さないものだと思っていた。しかし彼の体は奇跡的にも、宇宙の遥か彼方にあるM78星雲出身の宇宙人――瀧を始め多くの地球人が『ウルトラマン』と呼ぶ存在に助けられ、息を吹き返したのである。だが、それはかつて三葉が経験したような状況よりも遥かに複雑な事情を抱えていた。このウルトラマンは、かつて救えなかった大切な命の恨みを晴らすためにセリザワ隊長の体を間借りし、そのまま復讐に利用しようとしていた、と言うのだ。
「復讐……」
「ああ……ややこしいから詳しい事は言わねえが、俺たちも何度も苦しめられた憎い相手さ」
一度失った命はもう戻ってこない、だからこそこのウルトラマンは自らを復讐の鬼、ウルトラの名を捨てた『宇宙人』へと駆り立て、皮肉にも失われた命を利用する側へと回ってしまったのである。当然、セリザワ隊長をずっと尊敬していたというこの男性にとってもその事実はあまりにも受け入れ難いものだった。彼の望まない形で、変わり果てた憧れの存在が帰って来たのだから当然だろう。
「「……」」
自分達がずっとテレビの中にしか存在しない子供向けの番組だと考えていた宇宙の中であまりにも壮絶な事態が起きていた事を知った瀧と三葉は、何も言葉を出せないまま互いに顔を見合い続け、そこに確実に最も大事な存在がいる事を確認しあうことしか出来なかった。
だが、そんな2人にまるで喝を入れるかのように、男性の口調はどこか勇ましいものとなった。それでも自分は、ずっと『セリザワ隊長』を信じ続けた、と。
「信じられない姿になっても、そこにいるのは俺の尊敬する『隊長』だ。だからこそ、俺は懸命に訴え続けた。絶対に諦めない、って」
そして、それは彼の仲間もまた同様だった。特に先程この男が特に重点を置いて語った『あいつ』は、懸命にそのウルトラマンに対して復讐の心を捨てるように訴え続けた。憎しみの力に囚われていては、目の前にいる敵に絶対に勝つことは出来ない、とわかっていたのかもしれない。
本当に紆余曲折の道のりであったが、次第にその宇宙人は全てを理解し始めた、と男の思い出話は続いた。
「皆の絆を守るため共に戦う、それが『ウルトラマン』と言う存在だ……今思えば、セリザワ隊長と一緒になった時よりも前から、あのウルトラマンはその大事な思いを心にしまい続けていただけかもしれねぇな……」
復讐のまま戦い続けた1人の宇宙人がその辛く悲しい心を開いた時、運命は大きく変わった。
目の前に迫り来る強敵を前に、当時まだ1人の隊員だったこの男性、『あいつ』、そしてセリザワ隊長と共に、彼は『ウルトラマン』として共に戦ったのである。
「ウルトラマン……」
「絆の力……」
瀧と三葉には、この男が単に自分達に対して奇妙な思い出話を語り続けているだけのようには見えなかった。自分たちの夢の中に突然現れた時点できっと何か伝えたいものがあるのかもしれない、壮絶な過去の中に何か今の2人の支えとなる何かを秘めている、と考えた2人は、そのまま彼の言葉を聞こうとした。ここでウルトラマンとして復活したという事は、男が憧れていた隊長もまた復活したかもしれない、と言う希望もあったのだろう。
だが、続いたのはそんな心を砕くような、男の経験した『現実』だった。確かに隊長は蘇ったが、それはあくまでもウルトラマンと一体化した姿。ずっと憧れていた隊長がそのままの姿で戻ってくる事は2度と無かった。というのである。だが、それでも男の表情は明るく、そして優しいものだった。隊長がウルトラマンと共に地球を去った後、『あいつ』の力を借りてもなお平和を守りきれない最悪の敵が迫ったその時、絆の力で結ばれた多くの仲間達と共に、隊長やウルトラマンが助けに戻ってきたのだ。そして――。
「そのウルトラマンは、鎧を纏っていた。ずっと昔、復讐の相手に滅ぼされた星の人々の魂が形となった、な」
「「……!?」」
――最大の危機を迎えた際、その『鎧』が彼を、セリザワ隊長の命を救ってくれた。
そして、その命をこの男もまた一度だけ共有した――分かりやすく言えば、セリザワ隊長と一体化したそのウルトラマンとさらに一体化し、強敵に立ち向かう機会を得た、と言うのである。
「……本当にあれは、今思い出しても凄い経験だったぜ……最後は皆の思いを1つに、宇宙を暗黒に包もうとする奴を倒せたんだからな」
全てを失った最初の戦い、複雑な思いを抱いた再会、様々な強敵との遭遇、そして皆と共に立ち向かった最終決戦――どんな苦難も今やいい思い出だ、と言わんばかりに、地球や宇宙を守り抜いた戦士の表情は安らかなものであった。しかし、『未来』を守り抜いたんですね、と褒めた瀧の言葉を、彼は首を振って笑顔で否定した。守ったのではなく、未来も『過去』も変える事が出来たのだ、と。それは単に過去の形をそのまま変えたのではなく、男の中にあった複雑な思い――2度と返ってこない日々、全てを失った悲しみ、そして『あいつ』への憤り、その全てを別の形へと変える事が出来た、と言う意味も込められていた。
「ここにあるぶっ壊れた光景も、きっと変える事が出来る。俺やセリザワ隊長、そしてあのウルトラマンのように……そう信じてるぜ」
その言葉は、実際に過去を変えた経験を持つ瀧と未来を救った記憶がある三葉の思いを、そのまま形にしているようであった。そして、ふと空を見上げた男は、そろそろこの場所を後にしないといけない、と告げた。もう少しすれば太陽は完全に美しい空の彼方へと沈み、この世とあの世を繋ぐという不思議な『カタワレ時』が終わりを迎えてしまうのだ。
『夢』の時間が次第に終局へと進むかのように、瀧と三葉のお礼の挨拶を背に受けた男はそのまま御神体から姿を消そうとしていたが、突然何かに気づいたような動きをしながらこちらへ戻ってきた。会話の中に何度も出てきた『あいつ』について、2人に大事な用件を伝えるのをすっかり忘れていたのを、この時間になって思い出したのである。
「ここは『夢』だからな……覚えてないかもしれないが、出来れば頼む……」
ただ、その言葉を受け取る前に瀧と三葉はどうしても気になる事があった。今の今まで、この男はずっと自分の本名を名乗らないまま思い出話を続け、そして伝言を伝える相手である『あいつ』の名前も、一切説明していなかったのである。
一体貴方は誰なのか――根本的だが、見知らぬ誰かを知る上で重要な質問をぶつけられた男は、胸にある翼のような紋章に触れながら背筋を伸ばし、防衛隊の隊長として2人の聞き手に自らの名を語った。
「俺の名前は、アイハラ・リュウ。CREW GUYS隊長さ……何千年も前のな」
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「へぇ……随分不思議な夢だね……」
「本当に誰だか分からないのかー、瀧?」
「悪い……ぜんっぜん分からん……」
翌日、普通に目覚める事ができた瀧は自分が昨晩見た不思議な夢を、日々野先生や親友に相談した。姿は勿論名前すら知らない、やけに体育系で熱血漢風な奇妙な男とずっと語り合うと言う、何を意味しているのかすらさっぱり分からない内容である。彼が得意とするイラストの形で思い出そうとしても、肝心の『夢』自体の記憶がほぼ失われている以上、相談された相手も含めてその場にいる全員がこの夢の真相を掴む事ができなかった。
しかし、そんな中でもおぼろげながら、彼には1つだけ明確な記憶があった。
その夢の最後の最後で、男はどういうわけか、自分以外の誰かにこのようなメッセージを残したのだという。
「確か……『俺達の翼』は、永遠だとか何とか……」
何か鳥に関係する夢だったのか、それともサッカー選手か何かか、とより悩み続ける瀧や彼の親友たちは、話に乗ってくれていた日々野先生の顔が一瞬、どこか遠いところを向いているように感じた。何か知っているのか、と尋ねた彼らであったが、先生からの反応は普段どおりの天然そうなものであり、すぐこの行動の疑問はかき消された。
「まー、たまにはそんな夢も見るさ、なぁ♪」
「しかし美女とかそういう夢じゃないのかー。残念だなー」
「お前ら、俺に何を期待してるんだよ……」
最終的に解決を諦め、呑気に語りだす3人は気づかなかった。
日々野先生が教室を抜け出して1人校舎の屋上へと上がり、大空を見上げながらそっと涙を流していた事を……。
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