東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】 (十六夜やと)
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混章 神殺の居酒屋~一周年コラボ回~
一話 東方生迷伝


 最初のコラボはホワイト・ラム先生の『東方生迷伝』です。
 このようなノリでコラボします(`・ω・´)ゞ


 この幻想郷の人里にある、ある店には不思議な客が来る。

 

 

 

 紫苑は諸事情からその店の店主に店番をお願いされた。店主には常日頃お世話になっているので。

 店を任されるとき、店主から妙な話を聞かされる。

 

「――は? 変な客が来ることがある?」

 

「時々ね。人里では見かけたことのない客が、夜に来ることがあるんだよ。紫苑ちゃんなら何かされる心配もないし、ちゃんと金を払って帰ってくれるから心配ないんだけど……」

 

「おばちゃん、『ちゃん』付けは止めてくれ……」

 

 そんなこんなで紫苑は夜の居酒屋を任されることに。

 料理を作るのは慣れてるから心配ないとして、問題は『時折来る見慣れない客』。被害を被ったという話は聞かない上、変でも客は客だからと黒髪の少年対応することになった。

 

 ――少年は知らなかった。

 その店の扉は夜零時に空間そのものが捻じ曲がることを。

 とある悪戯好きの存在により、現在過去未来、あらゆる時空・次元の客が迷い込んでしまうことを。

 

 

 お披露目するは一夜限りの邂逅。

 交わるはずのなかった物語の主人公との出会い。

 その出会いは偶然か必然か。

 

 

 今宵、店の扉は開かれる。

 短い出会いの中、あなたは何を得る?

 ほら、扉を開けたその先には――

 

 

 

 

「――いらっしゃい、お客さん」

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「ふぅ……こんな感じでいいかね?」

 

 戸棚に酒を並べながら自己満足する俺。

 居酒屋だからこそ酒を表に出すのは基本中の基本だろうし、客が『あの酒にしてくれ』と指名もしやすい。我ながら何というアイデアなのだろうか。

 店内には人がいないからこそ整理できたのだが……こんな時間に来る客なんざ少数だろう。おばちゃんに任されたとはいえ、閉店二時は遅すぎはしないか? やることもないのでスマホからBGMを流しつつ、カウンター辺りを掃除する。

 

 そこで俺は『時折来る変な客』の言葉を思い出す。

 人里では見たこともないような人妖が店を訪れる……それの犯人にめっちゃ心当たりがあるのだが、今は文句を言えるような場所じゃないので割愛する。

 アイツなら紫の作った幻想郷に悪影響を及ぼすような奴を呼び込むとは思えないし、来るとしても俺が難なく制圧できる類しか迷い込ませない……はず。こればかりは暗闇の脳ミソ掻っ捌かない限り分からない上、んなことできるはずもない。

 まぁ、今日も変な客は来なかった。いやー、幻想郷は今日も平和でしたな――

 

 なんて思っているとカランカランと扉の開く際に鳴る竹製の板が店内に響く。

 入ってきたのは――なんだか白狼を彷彿させる少女? 若干髪に黒色が見え、その彼女は店に飲みに来たというよりも何かから逃げて来た雰囲気を察知する。

 白狼の少女は店内をきょろきょろと見渡し不思議そうな表情を浮かべた。

 

「あれ? ここは……」

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

 ふむ、これが『時折来る変な客』か。

 あん野郎一切の同意もなしに連れて来やがったな、という感情は表に出さず、カウンター席に水とおしぼりを置いて着席を促す。その反応に白狼の彼女は驚いたように声をかけてきた。

 

「えっと……さっきまで借金取りに追われてて、それで……」

 

「でもその借金取りとやらは入ってこないが、なんかの間違いじゃないのか? まぁ、どうせ居酒屋に入ってきたんだ。何かの縁だろう。その()()()()()()()()()()()で何か注文したらどうだ?」

 

 何言ってんだコイツと言いたげな表情を浮かべた彼女は、ポケットをまさぐって身に覚えのない金を取りだしながら驚愕の顔色を映し出す。俺も昔に暗闇からやられた金銭渡しの手口で、この奇妙な現象があのアホの犯行だということが証明された瞬間である。

 そのことを知らない彼女は、とりあえず場の雰囲気を読んで椅子に座る。

 そうそう、アレに巻き込まれたんなら諦めが肝心だぜ?

 

「ほれ、注文票だ。好きなものを頼むといい」

 

「……じゃあ、この焼き鳥と日本酒で」

 

 残り僅かな串に刺さった生肉を炭火で炙りながら、後方にある酒を手に取った。

 この様子を眺めていたのか、白狼の少女から声をかけられる。

 

「おにぃさん、ボクが白狼天狗の()()だって知ってるよね? 怖くないのかなぁ?」

 

「幻想郷で妖怪なんざ掃いて捨てるほど生息してるだろ? いちいち驚いてたらキリがないと思わないか?」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……まぁ、いいや」

 

 振り返ると呆れ顔のお客さんの姿が。

 俺はグラスを彼女の前に置いて、日本酒を程よい量まで注いだ。

 彼女は酒を注ぐ俺を眺めながら、人懐っこくも裏がありそうな感じで、フレンドリーに話しかけてくる。

 

「ボクの名前は狗灰(ですく)。おにぃさんの名前は?」

 

「夜刀神紫苑だが……机とはまぁ不思議な名前だなぁ」

 

 そうかそうかと含みのある笑顔に、俺は元の街で住んでいた時に交流のあった『切裂き魔』と『詐欺師』を足して二で割ったような妖怪――という印象を受けた。喋り方が切裂き魔のイントネーションに近く、雰囲気があの胡散臭い詐欺師を彷彿させるのだ。

 あの二人よりは可愛いけれどね。あれと一緒にしたら目の前の机ちゃんが可哀そうだ。

 

 塩胡椒を焼き鳥に振りかけて裏返す。

 

「話は変わるけどおにぃさん、君はギャンブルとかに興味はないかなぁ?」

 

「ギャンブル、ねぇ……あんまり好んで賭け事はしたことないぞ。いや、環境的にはそういう施設があったのは否定できないけど、好きでもないし嫌いでもないってのが答えかな」

 

「それまたどうして?」

 

 思い出すのは街にあったカジノ。

 そこそこ大きな賭博場であり、一度だけ詐欺師の野郎に連れられて入ったことがある。スロットにルーレット、ポーカーなどのゲームは面白かったもんだ。特に詐欺師のイカサマなどは注意深く観察しても見破ることが出来ず、驚きを通り越して呆れたのはいい思い出。

 ニヤニヤと笑みを浮かべる机ちゃんを尻目に、俺は苦笑いを浮かべながら出来上がった焼き鳥を彼女の前に置き、質問に答えた。

 

 

 

 

 

「俺、賭け事で負けたことが少ないんだよ」

 

 

 

 

 

 カジノの施設すべてのコンテンツを総なめにして出禁を喰らったくらい、俺は賭け事と称する物に負けたことが限りなく少ないのだ。それこそイカサマ込みの詐欺師や暗闇ぐらいにしか負けたことがなく、金銭は無論のこと、駄菓子一個でも賭けたりすると勝率がおかしな値になる。

 というか昔から『賭け事』――勝敗を決めるものに関しては、妙に運が回ってくることが多い。

 麻雀で四槓子(出現率0.00003%)の役を4回連続で出した時は不正を疑われた過去がある。

 

 能力の元ネタの神様のせいなのか、それ以外の要因が俺にあるのか。

 こうなると賭け事など容易に行えるものではなく、ギャンブルは好きになれない。

 

「……そうなんだぁ、じゃあさ、ここにトランプがあるんだけどポーカーでも少ししてみない?」

 

 という説明をしたにも関わらず、むしろ燃えてしまったのか机ちゃんは自分の懐からトランプを取りだしてシャッフルし始める。トランプ常備しているとは……もしかしてギャンブラーなのかな?

 カウンターに乗り出すように彼女と対峙する俺は、接客中でも他に誰もいないのでポーカーに乗ることにした。俺と机ちゃんは各々トランプの山からカードを5枚めくり、俺は適当に手札の4枚を捨てて、同じ枚数をカードの山からドローす……あ、うん。はい。

 

「ボクはツーペアだよぉ? 君は?」

 

「……ファイブカード」

 

「はぁ!?」

 

 各模様の『K』と記されたカードと『joker』のカードを彼女に見せる。

 もちろん俺は彼女が持っていたトランプに細工もしていないし、この体勢だとイカサマを仕込むこともできないだろう。……俺の体質そのものがイカサマのような気がするが、こればかりはオンオフ切り替えられないからどーしようもないぞ。

 一方で唖然としていた彼女は、ポーカーフェイスを装う。

 

「さ、最初からおにぃさんは運がいいなぁ。で、でもその運、どこまで続くかな?」

 

「動揺し過ぎじゃね?」

 

 そこから始まるカードゲーム。

 結果は……一方的なものだった。

 

「スリーペア!」

 

「俺は……っと、フルハウスやね」

 

 一方的なものだった。

 

「フォーカード……これなら!」

 

「ストレートフラーッシュ」

 

 本当に一方的なものだった。

 

「どうだ、ストレートフラッシュ!」

 

「おー、ロイヤルストレートフラッシュじゃん。狙ってみたけど案外揃うもんだね」

 

「イカサマまでしたのに!」

 

「うん。見てた」

 

 何百戦したのだろうか。

 机ちゃんは定期的に強い手札をドヤ顔で見せて来たり、イカサマを混ぜてまで勝とうと躍起になっていたのだが、俺の体質は敗北を許さないらしく、終始一徹彼女の上をいく手札を引き寄せた。

 イカサマも敢えて見逃していし、途中から俺の持ってるトランプを使っていたのだが……ここまでくるとクソゲーである。

 俺のギャンブルが好きになれない理由を理解できただろうか?

 

 最後の勝負途中でカウンターで項垂れる彼女に詫びの焼き鳥を追加して出す俺。

 仏頂面でそれを咀嚼する机ちゃん。

 

「……美味しい」

 

「そりゃよかった」

 

 納得いかない……と言いたげな彼女を尻目に、俺は時計の時刻を確認する。

 おいおい、俺達一時間もポーカーやってたのかよ。

 

「っと、お客さん。そろそろ閉店時間だ」

 

「……次は負けないよ!」

 

 お金をカウンターに置いた白狼の少女は、なんか負け惜しみを込めて捨て台詞を吐いた後、走って店を出ていった。おそらく――自分の居た世界に戻ったんだろうよ。

 俺は肩をすくめながらカウンターの食器を片付けようとする。

 

「やれやれ、負けず嫌いな娘だった……」

 

 片付けようと最後の食器を手にしたところで、カウンター散らばっていた最後のカードに目を通す。結局のところ両方が疲れていて確認していなかったのだが、手に取ってみる。

 手札は……ジョーカー込みのフォーカード。

 基本的には良い手札なのだが、後半からロイヤルストレートフラッシュを連発していた俺相手には厳しい手札とも言えよう。俺に確立なんて通用しない。

 

 苦笑いして、ふと思い出す。

 あれ? 俺の最後の手札ってフルハウスじゃなかったけ?

 つまり――え、俺負けた?

 

「……ふふふははははははははははっっっ!!」

 

 誰もいない店内で不思議と笑い声が出る。

 ぶっちゃけ彼女の能力は、万能ではないが運を操作する類の能力であったと推測する。この手札にイカサマを用いられた可能性もあるが、後半は諦めの境地にあった彼女がイカサマをしていたとは思えない。

 要するに……そういうことだ。

 

「いやぁ、本当に面白い」

 

 狗灰机、だったか。

 ちょっと犬じみた、可愛らしい白狼の少女を思い浮かべて微笑むのだった。

 

 

 

 

 

「次は……負けねぇぞ?」

 

 

 

 




【名前】狗灰 机(ですく)
    (自称)次世代型白狼天狗
【年齢】100歳程度(本人は気にしていないから不明)
【能力】運を操る程度の能力。無限に運が良くなる訳ではない、むしろ運が良くなるとその後ほぼ同じ量の不運もやってくる。だが、不運を受けるとその後ほぼ同じ量の幸運がやってく。イメージとしては使い勝手の悪いレミリア+早苗の完全下位交換。
【性格】基本だらっとしたいい加減な性格。刹那主義的にその場を楽しむ性格。
【主人公と話したいこと】何かしらのテーブルゲームをさせたい。ギャンブル系のゲームが好きなので、相手をさせてくれると嬉しいです。
【食いたいもの】肉類、焼き鳥が良いですね。

 とのことでした。


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二話 東方刀妖の旅

 今回のコラボはなかじい先生の『東方刀妖の旅』です。
 なんか本編の伏線にもなってる気がする(´・ω・`)


 この幻想郷の人里にある、ある店には不思議な客が来る。

 

 

 

 紫苑は諸事情からその店の店主に店番をお願いされた。店主には常日頃お世話になっているので。

 店を任されるとき、店主から妙な話を聞かされる。

 

「――は? 変な客が来ることがある?」

 

「時々ね。人里では見かけたことのない客が、夜に来ることがあるんだよ。紫苑ちゃんなら何かされる心配もないし、ちゃんと金を払って帰ってくれるから心配ないんだけど……」

 

「おばちゃん、『ちゃん』付けは止めてくれ……」

 

 そんなこんなで紫苑は夜の居酒屋を任されることに。

 料理を作るのは慣れてるから心配ないとして、問題は『時折来る見慣れない客』。被害を被ったという話は聞かない上、変でも客は客だからと黒髪の少年対応することになった。

 

 ――少年は知らなかった。

 その店の扉は夜零時に空間そのものが捻じ曲がることを。

 とある悪戯好きの存在により、現在過去未来、あらゆる時空・次元の客が迷い込んでしまうことを。

 

 

 お披露目するは一夜限りの邂逅。

 交わるはずのなかった物語の主人公との出会い。

 その出会いは偶然か必然か。

 

 

 今宵、店の扉は開かれる。

 短い出会いの中、あなたは何を得る?

 ほら、扉を開けたその先には――

 

 

 

 

「――いらっしゃい、お客さん」

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「………」

 

 シャコッ、シャコッ、シャコッ。

 客のいない時間に俺は包丁を無心に研ぐ。レンガ程の砥石をキッチンに置き、包丁の刃をなるべく水平になるよう心掛けて、ギリギリ目視できるくらいの刃の凹凸をなくしていく作業。

 この包丁は店のおばちゃんが大切にしていたもので、元々は刀造り専門の鍛冶職人が作った業物らしく、こと切れ味に関しては店にあるどの包丁よりも鋭い。俺も刀鍛冶の作った包丁を何本か所持しているが、ここまで使い込まれた刀包丁を見るのは久しぶりだ。

 刺身とか解体するときもスムーズにさばけるんじゃなかろうか。

 

「………」

 

 故に俺は真剣に研ぐ。

 店の明かりに照らしては刀包丁をゆっくり整える。

 あんまり研ぎ過ぎると刀身がなくなっちまうからね。

 

 そして俺が満足する刀身になり、思わずニヤけ顔で包丁を眺めていた時――その現象は起こった。

 

「……ふぅ、今日も疲れたぜ」

 

 まるで風呂上がりのオッサンみたいな声を上げながら、その客は入ってきた。

 瞳を閉じたやや赤みがかった黒い髪をオールバッグに流し、赤と黒の着流しを綺麗に着こなす美男子。俺よりは少し年上の外見だが……外見なんて年齢を計る基準になり得ないのは俺が良く知っている。

 またあの暗闇(アホ)の仕業か。嘆息しながらも、俺は頭をかきながら入店してきたお客さん(異界人)をカウンター席へ促す。

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

「……はい?」

 

 やっと目を開いた男性はきょろきょろと周囲を見渡し、ようやく自分の状況を把握したのか、焦りながら入ってきた扉を開けて外を見る。もちろん彼の居たであろう世界には繋がっておらず、俺の見知る幻想郷の人里の夜特有たる静かな舗装されていない道が広がるだけだろう。

 驚く男性は外と店の中を交互に見て、俺に視線を移す。

 その瞳には疑心が映っていた。

 

「……お前がやったのか?」

 

「さぁ? 俺は君がここに来た理由は知らないし、ただ入店してきた客をもてなす一介の店員に過ぎないぞ」

 

 その言葉に嘘がないと分かってくれたのか、渋々と彼はカウンター席に座った。

 ……うん、嘘は言ってない。連れてきた野郎に心当たりはあれど、()()()()()()()()()までは検討もつかないからだ。

 

「……一つだけ言っておくと、この店には奇妙な客が来るって噂がある。まぁ、適当に飲み食いしたら帰れるってのは確認済みだし、ゆっくり寛いで行くがいいさ」

 

「お前って歳の割には妙に爺臭いこと言うんだな」

 

 男性のストレートな発言に心抉られる爺臭い俺。

 し、仕方ねーじゃん。

 俺の周囲には齢数億年とかいう化物がいたんだからよ。

 

 しかし俺は店員。そのような心の傷を気取られることなく、メニューを黒髪の男性に手渡した。

 男性は適当に魚物の酒のつまみになりそうなものと、最近入荷した珍しい日本酒を注文する。メニューとか言ってるが出すものは俺に一任されているため、魚のカルパッチョを手慣れた手つきで作る。

 この料理は街にいた時の上司『要塞』が好きだったものだ。

 

 鯛の白身の部分を薄く包丁で切っていると、黙っていた男性は不意に声をかけてきた。

 俺は手を止めずに応答する。

 

「なぁ、ここはどこなんだ?」

 

「うーん……分かり易く説明すると、現世で忘れ去られた人間や妖怪とかが細々と生活する最後の楽園ってところかな。ここは人里ってところなんだけど、もちろん妖怪や神様も存在するわけだ」

 

「人間と……妖怪が……共存……?」

 

 信じられないと言いたげに驚愕を露わにする男性に、俺は赤ピーマンや玉ねぎ、黄色いパプリカを薄くスライスしながら、アkレに見えないように苦笑いを浮かべる。

 俺だって言っときながら未だに信じられない。

 紫が作ったと言ってなかったら――それこそ切裂き魔などが発言したのなら「寝言は寝て言え」と一蹴すると確信している。

 

 そのあとも彼は幻想郷の特色や建物、どんな人や妖怪がいるのかなどの質問をしてくる。それに実名は伏せた状態で彼の質問に答えられるものは全て答えた。

 答えながらも手は止めないがな。

 一個のレモンを半分に切り、半分の皮の方を薄く細かく切り刻む。そして大きく平たい皿に、花になるよう鯛の刺身を円を描くよう盛り付け、中央にピーマンや玉ねぎなどをスライスした山を綺麗に飾る。鯛の刺身の上にはレモンの皮を少し散りばめ、パセリを山の上に添えた。

 最後に味付けとして塩とブラックペッパー、オリーブオイルを鯛の上に渦巻き状に描きながらかけて、残った半分のレモンを絞り汁を全体にかける。ほら、完成。

 

「へい、お待ち」

 

「うおっ……こりゃ凄いな」

 

 出された皿に盛りつけられた料理を見て、男性――斑雲陣(むらくも じん)は歓声を上げる。

 料理の見た目も彩に溢れているから、これを若い女性達に振る舞うと喜ばれることが多い。しかも酒に合うし、知人からも人気の逸品だ。

 名前は話している途中に教えてもらった。

 

 それと注文していた日本酒も瓶一本を渡す。

 水割り用の冷や水とコップも一緒に、だ。

 

「いただきまーす……うわ、美味っ!」

 

「作った甲斐のある反応ありがとうな」

 

 これだから料理というのは止められない。

 陣さんの美味しそうに頬張る姿に、微笑みながら料理の後片付けに取りかかった。

 

 

 

 

 

「なぁ、紫苑さん」

 

 こう話を切りだしてきたのは料理が半分になってから。

 ふと真剣な表情で俺を見据える男性に、俺はいつも通りの対応をする。

 

「どうした、お客さん」

 

「人間と妖怪の共存は本当に可能なのか?」

 

「無理に決まってるだろう?」

 

 率直かつ素直に答えてみたが、ほろ酔いの陣さんは目を見開いた。

 ここが『人間と妖怪の共存する世界』なだけに、その間逆のことを俺が言ったからだろう。

 

「確かにここは人間と妖怪の共存に限りなく近い世界だ。それは否定しないし、偽りようのない真実だよ。だが、本当の意味で『共存』できるなんぞ思ったことは一度もないな。実際にここのシステムは『人は妖怪を畏れ、妖怪は人を襲う』だからな」

 

「……それは共存って言えるのか?」

 

「だから言っただろ? 限りなく近いって」

 

 まな板の汚れを水で流しながら持論を語る。

 

 妖怪という生き物が『人の畏れ』から生まれた存在である限り、人間と妖怪は相容れない存在だということは街で嫌というほど理解した。街の妖魔達は幻想郷以上に能力至上主義で、人間を見下す輩と多くで会ってきた上での回答だ。一方の人間も排他的な種族で、自分とは少しでも違うものを過剰なまでに迫害する傾向がある。

 以上の連中が共存? 手を取り合って笑い合う?

 幼稚園児の夢溢れる理想論じゃねぇんだよ。

 

 無論これは俺の見解で完全に正しいとは思わない。

 それでも彼は酒で喉を潤しながら俺の声に耳を傾けていた。

 

「――だが、妖怪も人間がいなきゃ生きられない」

 

「食料って意味でか?」

 

「それもあるけど……もっと重要なことだ。要するに、人間が『妖怪』を認知しないと妖怪は生きていけないってことさ」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 妖怪は畏れにより生まれた。この事実が覆らない限り、人の記憶に『その妖怪』が消えてしまうと妖怪は存在を保てなくなる。

 これが『妖怪も人間がいなきゃ生きられない』って意味だ。

 だから人々に忘れ去られた妖怪は幻想郷に逃げ込んでいる。

 

「人間は妖怪を作った要因であり、妖怪は人間が存在しないと生きられない。これを共存と呼ぶべきかどうかは知らんが、少なくともここでは以上の事実で均衡を保っている」

 

「うーん……」

 

「納得するかしないかは、お客さん次第だけどね。どんだけ悩もうと変えようのない事実だが」

 

 『何を以て共存とするか?』が個々によって違う限り、この問題は延々と平行線を辿ることだろう。実際に紫は幻想郷という共存の場を作り、博麗の巫女というストッパーを置いたけれど、これが共存と呼べるかと自分達の友人に聞いたら様々な見解を得られるはずだ。

 俺は紫の作った幻想郷が正解に近いと思うがな。

 

「紫苑さんは随分と中立的な立ち位置だよなぁ」

 

「俺は人間だけど妖怪が襲ってきたら腕力と権力の全てを以て排除するからねぇ」

 

「……もしかして紫苑さんって結構強い?」

 

「ははっ、俺はか弱い人間様だぞ?」

 

 腕力(自分の持ちうる全ての能力)と権力(霊夢や紫などの人妖関係)に縋ることしかできない一般人だ。伊達に『敵に回してはいけない化物』の中で最弱を誇っていたわけじゃない。

 なんて『何を以て共存とするか?』議論をしていたら閉店時間となった。

 議論とは白熱すると時間を忘れるものだ。

 

 帰り間際に「あ、お金……」と真っ青にした黒髪の男性に、ポケットの中を指摘すると、見覚えのない金が入っていたことに驚いていた。

 これは暗闇の常とう手段だ。俺も前にそういう方法で渡された経験がある。

 

「料理美味しかったぜ、また来るよ」

 

「ありがとうございましたー」

 

 こうして男性は元の世界に戻っていた。

 俺は片付けをしながら彼のことを思い出す。

 

 どうも斑雲陣は『人間と妖怪の共存』は不可能だと思っている節があるよう見受けられる。だから俺に『人間と妖怪の共存』を尋ねてきたのだろう。俺の意見が参考になるのかは彼次第だけれど、彼なら自分の立ち位置を明確に決めるだろう。

 不思議と……そんな気がする。

 

 もう会うことはないだろう異界の彼に届くことはない「頑張れよ」を呟くのだった。

 

 

 

 




【作品名】東方刀妖の旅
【名前】斑雲 陣(むらくも じん)
【年齢】不明(見た目は大学生位)
【能力】刀剣を創り出す程度能力。手から刀や剣を生やす。デメリットは無し。
【性格】温厚で平和主義だが、意地が悪い。睡眠時間が足りないと常にイライラする。
【話したいこと】幻想郷のこと、と人と妖怪のあり方。
【食いたいもの】酒のつまみになるもの(魚介系)。

 とのことでした。


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序章 賢者の願いと叶える師
プロローグ


この作品には以下の内容が含まれております。

・作者の妄想から生まれた作品
・痛々しいまでの中二病表現
・拙い文章力
・達観したオリ主

以上の要素が苦手な方はブラウザバックすることをお勧めします。
それでもよろしければ、ゆっくり楽しんでいってくださいm(__)m


 

 

 

語ろうか、終わる物語を。

語ろうか、始まりの物語を。

 

 

 

気まぐれな存在なき存在によって作られた箱庭を生き抜き、あまねく種族から認められた一人の少年の終わりの話を。

その一人の少年から教えを請い、『全てを受け入れる、忘れ去られた者達の楽園』を作り上げた一人の妖怪の終わりの物語を。

 

 

 

終わりは始まり。

始まりは終わり。

 

 

 

歯車は合わさり、舞台は整う。

 

 

 

後は――物語を奏でるだけだ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

コーヒー豆の香ばしい匂いが充満するお洒落な喫茶店。

その店のテーブル席でコーヒーを飲みながら本をパラパラめくる黒髪の少年がいた。

長めの黒いシャツに、ゆったりとした藍色のカーディガンを纏い、黒い長ズボンを穿いた少年。十代後半だと推測できるが、ハードカバーの有名な文学小説を楽しみながら読む姿は、非常に大人びいている印象を受ける。

 

「ハッピーエンドって最高だよな。心を豊かにしてくれるって言うかさ、世界は何もしなくても勝手に救われるって思わせてくれるところがいいと思う。現実だと、こうはいかないし」

 

店内には人が少なく、少年の独り言は他の客には聞こえることはなかった。

コーヒーカップを手に取り少量口に入れる少年は、また独り言を呟く。

 

「まぁ、理不尽な人生(・・・・・・)を送ってきた俺にとっては、こんな『めでたしめでたし』で終わる物語なんて戯言だろうけど」

 

少年の独り言には周りの客は反応を示さない――否、不自然なほどに少年の独り言は周りに聞こえていない。

そのことに少年は気づいているだろうが、まるで日常生活の一部であるかのようにその摩訶不思議な現象を受け止めている。

テーブルの上にある筆箱から栞を取り出して、本の開かれているページに挟んだ少年は目前にいる誰か(・・・・・・・)に笑いかけながら問いかける。

 

 

 

 

 

「――なぁ、そう思うだろう?」

 

「――そう言われましても、私には分かりませんわ」

 

 

 

 

 

少年の向かいの席に金髪の女性が座っていた。

扇子で口元を隠し妖艶な雰囲気を醸し出す女性は、少年の前には確かに存在しなかったはずである。

まるで――いきなり現れたかのように、少年の目には映るだろう。

しかし、少年は気にした様子もなく女性に笑顔を向ける。

 

「――へぇ、この妖気。紫か」

 

「お久しぶりです――師匠」

 

「師匠、ねぇ……。俺がお前の師匠やってた期間なんて微々たるもんだし、今の力量じゃ圧倒的に紫の方が格上じゃないか?」

 

「ご謙遜を」

 

丁寧に座りながらお辞儀をする女性――八雲紫は緊張した面持ちで問う。

 

「……驚かれないのですね」

 

「そりゃあ、あんな化物連中と年がら年中一緒にいたら驚くも何もねーよ。目の前に人が現れる現象なんて見飽きたわ」

 

「そう、ですか……」

 

「にしても、『久しぶり』と俺も答えたほうがいいのか悩むな。俺にとってはお前と別れたのは3年前って感覚だし……そっちの体感では何千年経ってんの?」

 

「それにはお答えできません。年齢がばれてしまうので」

 

「おっと、こりゃ失礼」

 

何の脈略もない会話を続ける中、終始一徹、紫の緊張した面持ちが変わることがなかった。

恐らく、彼女のことを知る者が今の姿を見たら目を見開くだろう。

『幻想郷の賢者』と称され、最強の一角と恐れられる大妖怪・八雲紫が、たった一人の少年の言動を細かく観察し注意を払うなど想像すらつかないからだ。いつも物事において二手三手先を読み行動する紫が、紫水晶の瞳を揺らしながら、まるで何かに怯える(・・・・・・)ように人間と会話するのは、たとえ彼女の式神ですら見たこともないはずだ。

たわいもない雑談に花を咲かせた少年は、一呼吸おいて小説を自分の横にあったスポーツバッグにしまい、紫に向き直る。

 

「そんで? 俺んところに来た理由は何だ?」

 

「――!!」

 

「まさか雑談しに来たってわけでもないだろ?」

 

黒曜石色の瞳に捉えられ。顔をこわばらせた紫。

少しの沈黙のあと、彼女はテーブルにあるものを置いた。

――錆付いた懐中時計だ。

 

「あんときの時計か。懐かしい」

 

「――師匠、約束を覚えてらっしゃいますか?」

 

「……約束?」

 

「私と別れるとき、『もし人と妖怪が共存する――そんな戯言みたいな世界を作ることが出来たなら、俺のできる範囲内でお前の願いを一つ叶えてやるよ』と」

 

「…………あー。そんな約束したわな」

 

で、そんな夢物語を実現させた、と?

少年の問いに紫は縦にうなずいて肯定し、その世界――幻想郷のことを語る。

その答えに、少年は心の底から感心するように「へぇ」と笑った。

 

「マジで実現させるとは思わなかったな」

 

「……疑わないのですか?」

 

「愛弟子疑うバカがどこにいるんだよ。そんで? 約束は約束だし、お前は俺に何を願うんだ?」

 

「……!?」

 

またもや沈黙が二人の間に流れる。

先ほどの沈黙より長く、少年は『どんな無理難題考えてるんだろ……?』と違う方向で心配する。

紫が沈黙するのには理由がある。彼女の願いが『彼の人生』を大きく――それこそ寿命や環境を大きく変えてしまうような願いであるからだ。自分の内に秘め続けた願いでもあるが、その願いで少年を拘束してもかまわないのだろうか? 紫は約束したあの日から今まで自問自答し続けた願いに答えを出せずにいた。

やがて決心したように顔を上げて少年を見据えた。

 

 

 

 

 

「師匠、私の願いは『私と共に生きて欲しい』です」

 

 

 

 

 

「………」

 

少年は目を細める。

少年が静かに放つ威圧に紫はたじろいてしまう。

 

「それは……俺に妖怪になれってことか?」

 

「い、いえ……ただ、私のそばにいて欲しいというかなんというか……」

 

後半部分のセリフをあいまいにする紫。

少年は大きくため息をつく。

 

「お前は言ったよな? 幻想郷は『外の世界から忘れ去られた者が行きつく場所』だ、と。つまりそこに俺が行けば俺もこの世界から忘れ去られるんじゃないか?」

 

「そ、それは……」

 

「この世界――いや、この街に友人と呼べる者は多い。ここには両親が残してくれたものもあるし、少なくとも俺はここに住んでて不満を持ったことはあるけど出ていこうなんて思うほど嫌いでもない。こんな混沌とした愉快な街、そうは見ないからな」

 

少年が言葉を発するごとに紫の顔色が曇っていく。

 

「さて、そういうことを踏まえたうえで聞こう」

 

少年は声色を低くして、賢者に問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前、俺をこの世界から殺す気か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

責め立てるわけでもなく、ただただ自分の疑問を口に出す少年だったが、紫の耳には自分の行動による少年の今を壊す行いを責めているように聞こえ、絶望的な表情を浮かべていた。うつむく彼女を少年は黙って見つめていたが、紫はぽつりと本心を言葉として紡ぐ。

 

「――わ、私は……この願いを叶えるために幻想郷を作りました。いつか師匠に会えることを信じて、だから、私は師匠と一緒にいたくて、それで、ずっとずっと、死にそうになったこともあるけど、でも、また会えるって……」

 

彼女の心の中をそのまま口にしたかのような、ぐちゃぐちゃで意味を成さない言葉の羅列。

消え入りそうになりながらも顔を上げて語る紫水晶の目には大粒の涙がとめどなく流れて落ちた。

その様子に、少年は何度目かもわからないため息をつく。深く深く。

少年の顔には諦めと苦笑の表情が。

 

「あー……もう、はぁ……。幻想郷に行けばいいんでしょ、行けば」

 

「……!?」

 

「どこに行こうが俺の生き方そのものは変わらん」

 

少年はいつの間にか未知の世界への好奇心が芽生えていることに気付き、それを隠すように笑う。

 

「まったく……明日はスーパーで何を買って帰ろうかなどこ行こうか迷ってたのにコレかよ……。さっきはああ言ったが、街を離れることにあまり未練はないし、ましてや頑張って来た愛弟子の願いを無下にできるほど俺は人でなしではないからさ」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「いいぜ、幻想郷で生きてやるよ。それと――紫、よく頑張ったな」

 

微笑みを浮かべる少年に、幻想郷の賢者は花のような笑顔を少年に向けた。

 

 

   ♦♦♦

 

 

こうして、一人の少年がこの世界から消えた。

彼のことを憶えているものはほとんどいなくなり、少年は幻想となったのだ。

少年の名は夜刀神紫苑(やとがみしおん)

 

 

 

これは――少年達と幻想郷の住人が織り成す軌跡の物語。

 

 

 

 



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1話 夜刀神の幻想入り

紫苑「ってなわけで始まりました! 『東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】』」
紫「これは『東方神殺伝』のリメイク作品よ」
紫苑「いろいろ変わってるところもあるから、神殺伝読まれた方はもう一度読んでみることをお勧めする」


side 紫苑

 

「へぇ、ここが幻想郷か」

 

「どうですか? 私たちの作った世界は」

 

「いや、まだ全部見てねーからわかんねーよ」

 

俺――夜刀神紫苑は古びた神社に下り立った。

神社一つ見せられただけで評価しろって、元弟子も無茶なこと言いやがるなと苦笑する俺。

 

移動方法は至ってシンプルだ。俺のとなりに立っている金髪の女性――八雲紫の能力〔境界を操る程度の能力〕で、本来ならば現世で忘れ去られていない俺をスキマを用いて幻想郷に送ったのだ。

この能力マジでチートだよなー。

 

「んで、このボロい神社は何?」

 

「このボロい神社は現世と幻想郷の行き来を不可能にする結界を担う『博麗神社』です」

 

「ほうほう、けどこの神社からは特に力を感じないぞ? どちらかと言えば周辺の木々や、中に住んでる奴から馬鹿デカイ霊力を感じるんだけど」

 

「さすが師匠」

 

どうやら紫曰く、現世と幻想郷を繋ぐ中継地点的な役割を果たしてるのが博麗神社ということらしい。

そりゃあ忘れ去られた者たちの住むここに、現世の人間がそう来れるわけもないか。それほどの結界の鍵を一人の人間が担っていることには驚くけれど。

幻想郷のセキュリティシステムに不安を感じるのは俺だけか?

 

ここで立ち話をしているのもなんなので、と紫は博麗神社に住む巫女さんに俺のことを紹介したいとして、博麗神社の中に入ろうとする。

しかし、俺は神社の前――賽銭箱の前で立ち止まった。

目の前にある賽銭箱は所々朽ち果てており、少し力を込めて叩けば粉砕できそうなほどボロい。そもそも外見からしてボロくないところがない。

 

「師匠?」

 

「こんなにボロくても一応は神社なんだしさ、参拝ぐらいしといたほうがいいだろ?」

 

財布の中を漁りながら紫に言う。

神様なんてあまり信用してはいないけれど、とりあえず日本人の礼儀として参拝する俺ってマジ日本人の鏡。

日本人じゃないけど。数ヵ月前に日本行ったときに、神社で働いてる人が教えてくれた。

って、

 

「あー、細かいのねーわ」

 

残念なことに小銭が3円しかない。

札にいたっては口座から全額だしてきて万札と数枚の5000円札ぐらいしか入ってない。あとレシートとカードぐらいか。

賽銭で5000円払うってのもなぁ……かといって1円玉は少なすぎるし。

 

「あーもう、いいや」

 

もったいない気もするけど賽銭箱に5000円札と3円をぶちこむ。

さすがボロい神社というべきか、他の小銭と当たった気配はなく、3円玉の虚しい音が響いた。

刹那――

 

 

 

「――っ!! 賽銭いれたの誰!?」

 

 

 

光レベルの速さで神社の奥から一人の少女が飛び出してきた。

俺と紫の前に猛スピードで走ってくる少女は、砂ぼこりと火花が舞うほどに急ブレーキをかけて目前で止まる。

白と赤を基調とした巫女服に身を包んだ、俺より2.3歳ほど年下の少女で、驚くべきは圧倒的な所有霊力だ。少なくとも人間が保持するそれではないし、知り合いにもここまで強大な霊力持った奴なんて数えるほどしか知らない。

少女は辺りを見回して、俺と紫を認識する。

そして、なんとも胡散臭そうな表情で紫を見る。

 

「紫、また外来人を連れてきたの? 返すの面倒なんだけど」

 

「今回は貴女が動く必要はないわよ。それと紹介したいから中にいれてくれないかしら?」

 

「どうせ断ってもスキマで入って来るんでしょ。私は賽銭箱確認するから先に入っといて。そこの人も」

 

諦めた感じの声を出す少女は目をキラキラさせて賽銭箱を漁り、俺は紫に連れられて博麗神社の中にお邪魔することにした。どうやら紫の関係者だろうし、こちらに害は加えないだろうという信頼だ。

後ろから「5000円だああああああああああ!!!!」という声が聞こえた気もしたが、まぁ、気のせいだろう。

 

なぜか涙が出てきたが。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

「どうぞ、お茶です」ニコニコ

「お、おう」

 

やけにご機嫌な少女の手厚い歓迎を受け、俺は神社内の居間に通された。ちゃぶ台の上に茶と和菓子が出される。ちゃぶ台の前に胡座をかくと、当然のように紫が隣に座った。悪くはないけど自然すぎて紫を二度見したわ。

俺は出された茶を遠慮なく味わい、少女は俺を指差しながら元弟子に問う。

 

「で、紫。この人は誰なの?」

 

「彼の名前は夜刀神紫苑、生物学上は人間よ」

 

「え、そうなの?」

 

なんか失礼なこと言われてる気がするんだが。

俺はジト目で紫を睨みながら反論する。

 

「何が生物学上は、だ。どっからどう見ても普通の人間だろうが」

 

「でも……貴方が包容する神力は人間が持てる量の比じゃないわよ? 現人神か何かかと思ったわ。霊力がからっきし無いのにも驚いたけど」

「そこは――まぁ、そうだな」

 

人なら霊力、妖怪なら妖力、神なら神力を少なからず所有しているのは世の理だ。にもかかわらず、俺の力の大部分が神力であることに驚いたのだろう。ぶっちゃけ俺の周りにいた奴らの大半が『普通』とはかけ離れた化け物集団だったから忘れていたが。

神力が多量にあったところで、紫の様な大妖怪を相手にできると思うほど、俺は自惚れちゃいないがな。

 

不思議なものを見るように俺に視線を向ける少女。

 

「彼女の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。この博麗神社の巫女で、例の結界の守護者にして妖怪退治の専門家です」

 

「この年で専門家か!? 博麗さん凄いな……」

 

「そ、それほどでも……。あと私のことは霊夢って呼んで」

 

妖怪退治なんて口では簡単に言えるけど、実際にやってみるとなると難しい。なんてったって妖怪ってのは身体能力において人間の完全上位互換的存在だ。人間の『畏れ』を具現化したような存在だし当然のことではあるが、現代兵器でも太刀打ちできるかも怪しい。

能力持ちなら何とかなるかもしれないが、科学こそ至高とされる現代において能力持ちってのは非常に少ない。

 

そして霊夢は妖怪退治の専門家。俺の知る限り彼女と同じ肩書きを持つ者は知らないし、雰囲気から相当の場数を踏んでるのは俺でもわかる。敬意を抱かずにはいられない。

そもそも妖怪退治の厳しさは身をもって嫌というほど(・・・・・・)知ってる。性格的にも問題なさそうだし、力になりたいと思うのは当然だろう。

俺は霊夢に向き直った。

 

「よし、霊夢。なんか困ったことがあったら俺にも声かけてくれよ? 俺だって能力持ちだし微力ながら力になるぜ」

 

「紫苑さんも?」

 

「当たり前でしょ、霊夢。なんたって私の師匠なんだから」

 

「……は?」

 

なに言ってんだコイツ、という目で紫を見る霊夢。

その言葉をいつまでたっても訂正しないので、冗談で言ってないことが伝わったらしく、今度は俺に確認を求めた。大妖怪が神力高いだけのガキに師事してもらったなんて笑い話にすらならないからな。俺でも疑うだろう。

だが、偶然の重なりによって、俺は紫に戦闘に関する知識や、生きるために必要なことを教えたことがある。

たった半年という大妖怪にとっては刹那のような時間ではあるが。

 

「間違ってはいないんだけどなぁ……。霊夢から見ても分かるだろうけど、今の俺って紫に勝てるほど強くないんだよね。なんで師匠って呼ばれてんのか俺にもわからん」

 

「弟子が師匠を敬うのは当然のことでしょう? ましてや師匠と会わなければ幻想郷は存在しませんでしたのよ」

 

「え!? そうなの!?」

 

黒茶色の瞳を大きく見開く博霊神社の巫女さん。そして、コイツ本当に人間か?と疑いの目を俺に向ける霊夢。

生物学上は人間なんだよ、マジで。

 

「もしかして紫苑さんの能力に関係してる?」

 

「俺の能力?」

 

「私は〔空を飛ぶ程度の能力〕を持ってるわ。地球の重力も、如何なる重圧も、力による脅しも、私には関係ないの。敵がどんなに強大だとしても、私には意味を成さない」

 

「なるほど、そういう特殊な例にあてはまるのかって疑問だな。残念ながら俺は霊夢ほどのチート能力は持ってない」

 

「……私としては師匠の〔十の化身を操る程度の能力〕も十分卑怯だと思いますけどね」

 

霊夢のチートスキルの強大さに呆れながら肩を落とした。

苦笑いをしながら紫がツッコむが、俺としては〔十の化身を操る程度の能力〕は器用貧乏なだけの能力ってイメージがあるなぁ。

 

「どんな能力なの?」

 

「拝火教で崇拝される勝利神と同じような能力だよ。基本的には十の化身の模倣みたいなものだから、紫や霊夢のような物理攻撃効かない相手にはほとんど意味を成さない使い勝手の悪い能力さ」

 

「ふーん……例えばどんなの?」

 

「速く移動したり、蹴りが強くなったり、雷落としたり」

 

「なんかパッとしない能力ね」

 

霊夢の言い方は正直厳しいが、事実なので仕方ない。

俺だって某アニメを見るまで自分の能力の元ネタを知らなかったんだから。

親友が「オマエの能力これじゃね?」と指摘されてやっと気づいたのは記憶に新しい。そしてアニメのせいで俺の能力が全部ばれてしまうという最悪の展開になったりと、あまり良い記憶がない。

切り札ばれるとかマジ勘弁。

 

ふぅん……と俺を品定めするような視線を向けていた霊夢は、いないよりはマシかと笑う。

 

「けど紫の師匠なんでしょ? それなりに強いんだろうし、異変解決を手伝ってくれるのは嬉しいわ」

 

「そりゃ良かった」

 

やっぱり妖怪退治の専門家と言えど年頃の女の子。花のように笑う姿は可愛かった。そんな感想を抱いた瞬間に紫に睨まれた気がするが、たぶん気のせいだろう。うん、たぶん。

 

俺は霊夢に幻想郷のことをいくつか質問して、それを霊夢が答える……なんてことを繰り返すこと数時間。カラスの鳴き声で日が暮れていることに俺は気づいた。

そろそろ自分の家を紫のスキマで送ってもらおうかな、と紫に伝えようとした瞬間、

 

 

 

「霊夢! いるかぁ!?」

 

 

 

ドタドタと音を立てながらこちらに歩いてくる気配を感じ、縁側の障子が乱暴に開けられる。

現れたのは白と黒のデザインの魔女のコスプレをした金髪の少女だった。霊夢とは対照的で、輝く太陽のように明るい活発そうな女の子だ。

金髪の少女は俺と紫を認知する。

 

「お? 紫と……誰だ?」

 

「俺は夜刀神紫苑。幻想郷に暮らすことになった普通の人間だ」

 

「そうか! 私の名前は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)、普通の魔法使いだっ」

 

普通の魔法使いとは何だろうか?

勝ち気な性格なのだろう。年上に見えるはずの俺に対しても敬語を使わずに、まるで友達感覚で接して来る自称魔法使い。敬語うんぬんとか別にいいけどね。

 

「霧雨さんか、よろしく頼む」

 

「魔理沙でいいぜ。紫苑は幻想郷に来たばっかなんだよな?」

 

「あぁ、今日来た。これからは幻想郷に俺も住むことになったが、分からないことが多いし、色々教えてくれると助かる」

 

「ということは……『弾幕ごっこ』も知らないんだよな?」

 

「もちろん」

 

弾幕ごっこ?

なんだろう、それ。

 

なんか嫌な予感がするけど、知らないものは知らないので肯定する。

その答えに魔理沙は金色の瞳を怪しく光らせ、紫と霊夢が『どうなってもしーらね』って顔してるから、あながち外れてない気がする。

魔理沙は俺の手を掴んで、反対の方の手で外を指す。

 

「よし! じゃあ、表出ろ!」

 

喧嘩吹っ掛けられた。

 

「えーと……何するの?」

 

「『弾幕ごっこ』に決まってるぜ。紫苑もそのうちやるだろうし、早めに覚えていた方がいいだろ?」

 

「それもそうだな。その弾幕……ごっこ?は何かコツでもあるのか?」

 

そう聞いてみると、白黒魔法使いは笑顔でこう宣った。

 

 

 

 

 

「――弾幕はパワーだぜっ」

 

 

 

 

 

意味が分からんかった。

 

 

 

 



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2話 弾幕ごっこ

side 霊夢

 

今日幻想入りした人間に弾幕ごっこをしかけるなんて、魔理沙の頭の中はお花畑なのかしら?

スペルカードの説明すらしてないのに、魔理沙と幻想郷にやって来たばかりの男・夜刀神紫苑さんは神社の境内で向き合っていた。境内は無駄に広く、弾幕ごっこもできるだろう、と。

誰が境内の後片付けすんのよ……と頭を抱え、私は隣で観戦しようとする紫に聞く。

 

「ねぇ、止めなくていいの?」

 

「別にいいんじゃない?」

 

「いい、って……。相手は魔理沙よ?」

 

口元を扇子で隠し、いつも何を考えているのかわからない大妖怪は答える。しかし、口元を隠しても隣にいれば分かる。

紫は――笑っていた。

紫曰く彼は師匠であると言っているが、紫苑さんは神力が多いだけの外来人だ。私と一緒に異変解決に乗り出している魔理沙とは戦闘経験の差がありすぎる。ましてや魔理沙が手加減するとは到底思えない。アイツは素人相手でも容赦しないタイプだ。

 

それが分かっていて……なぜスキマ妖怪は止めないのだろうか?

そんな疑問を胸のうちに秘めつつ、私は魔理沙が説明する声に耳を傾けた。

 

「弾幕ごっこってのは、『いかに自分の技を綺麗に魅せるか』が重要なんだ」

 

「いかに魅せる、ねぇ。面白そうだな」

 

「そうだろ!? 紫苑は能力持ちなんだって? なら、私の使う2枚のスペルカードを全て避けたら紫苑の勝ちな!」

 

「スペルカード?」

 

「これだっ」

 

魔理沙は得意げにカードを見せびらかす。紫苑さんも興味があるのか、わざわざ近づいて確認する。

 

私から見た紫苑さんは一言で言えば『物腰の柔らかい好奇心旺盛な外来人』だ。荒事になれているような感じではなく、どちらかと言えば平和主義者?の印象が強い。彼の能力である〔十の化身を操る程度の能力〕も、私の〔空を飛ぶ程度の能力〕や〔境界を操る程度の能力〕を持つ紫に比べたら、幻想郷において破格とはとても思わない。だからこそ、私は未だに紫の師匠が彼だとは思えないのだ。

聞いた感じ中級の妖怪程度なら倒せるかもしれないが、上級の妖怪にはかなわないだろうと判断した。

 

「霊夢、貴女はどちらが勝つと思う?」

 

「魔理沙でしょ? あたりまえじゃない」

 

「それは――貴女の勘?」

 

「考えなくてもわかるでしょ……何よ、その目は」

 

紫は私に面白いものでも見るような目を向ける。

それが気に入らない。

 

「じゃあ、始めようぜっ」

 

「能力使ってもいいんだよな?」

 

「その代わり私も全力でいくぜっ! 私は手加減できないからな!」

 

「そっかー。なら――喜劇と洒落込もう」

 

柔軟体操をしながら、軽いノリで勝負に応じる紫苑さん。

魔理沙もミニ八掛炉を構える。

 

「まさか貴女の勘でも計れないなんて……さすが師匠ね」

 

「……どういうことよ。まどろっこしいのは嫌いだから簡潔に言いなさい」

 

「ヒント、彼を退治するとしたら……貴女ならどうする?」

 

悪戯っぽく笑う紫を殴ってやろうかと思ったが、とりあえずヒントを出されたので考えてみる。

 

「紫苑さんは人間だし、異変を起こすつもりもないんなら退治も何もないじゃない? でも……そうね、彼の〔十の化身を操る程度の能力〕を鑑みて――」

 

夢想封印とかで――と紫苑さんを見ながら言葉を続けようとして違和感を覚えた。

魔理沙と対峙してる紫苑さんは柔軟体操を終えて、ただ棒立ちをしているだけだ。『初めての弾幕ごっこ』に対して緊張する様子もなく、むしろこの状況を心の底から楽しんでいるようにも見える。

だからこそ――私自身のおかしさを理解する。

 

 

 

 

 

「あ……れ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼を……退治す……る……? どうやって(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう? やっと分かったかしら?」

 

紫の言葉で我に帰り、紫に詰問する。

 

「……紫、彼の能力は本当に(・・・)〔十の化身を操る程度の能力〕なの?」

 

そう……私は『彼と対峙して勝てると思えないのだ』。

違和感を感じているのは私だけじゃない。

彼と退治している魔理沙もいつもと様子がおかしく、ただ人間と向かい合っているだけなのに冷や汗をかいていた。

 

「私も違和感に気づいたのは師匠と別れてずいぶん時間がたった後だったわ。あの時の私は疑問にも思わなかったのだけど、私が大妖怪として力をつけた時に思い出したのよ。おかしいってね。だって――彼は4体の大妖怪を相手にしても勝利したのよ?」

 

「4体!? 嘘でしょう!?」

 

「所有する神力と強さが比例しない、矛盾した人間。それを可能にしているのは――彼の能力のせいでしょうね」

 

「能力?」

 

「彼も言っていたでしょう? 自分の能力は『拝火教の勝利神の能力と似ている』って。恐らく彼の〔十の化身を操る程度の能力〕はあくまでも本来の能力(・・・・・)のオマケみたいなもの。私の推測では……師匠――夜刀神紫苑の能力は〔勝利を掴む程度の能力〕、または〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕」

 

「……嘘でしょ?」

 

自慢げに語る紫の言い方だと、前者よりも後者の能力が有力だと判断している様子。

いや、どちらにしても――私も紫苑さんに勝てると思わない。

彼と相手にしようと考えるだけで、得体の知れない正体不明の圧力が私の心臓を激しく圧迫するのだ。〔空を飛ぶ程度の能力〕を所有している私がだ。

なるほど、確かに彼の能力は異常だ。概念すら超越する能力ですら貫通してくるのだから。

 

そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。

 

「けど……どうして紫苑さんは自分の能力を正しく理解してないの?」

 

「え? あ、あー、それはね……」

 

珍しく動揺した紫が冷や汗をかきながら呟く。

 

 

 

 

 

「――彼の周囲が人外魔境すぎて、自分の能力が『強い』と感じないから……かしら?」

 

 

 

 

 

紫苑さんが不憫に思えてきた。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

ここ最近、紫と幻想郷に引っ越す為の準備してたから、ひさしぶりに戦闘するなぁ。最後に能力で競ったのはいつだっけ? あの街に住んでたのに平和だってのは違和感あったけど。

確か……〔全てを切り裂く程度の能力〕のアイツと死闘をしたときだったような気がする。

 

「よし、始めるぞ!」

 

魔理沙は箒に乗って宙に浮く。

普通の魔法使いってのが分からんけど、箒に乗って空中戦もするのか? 随分と古典的な魔法使いだね。

 

「紫苑は飛ばないのか?」

 

「飛べること前提で話してない? まぁ、飛ぶけどさ」

 

俺は自分の所有する化身の1つ――第1の化身『風』を使用する。

ふわりと俺の体に風がまとわりつき、魔理沙と同じ高さまで浮く。この化身は基本的に移動手段として使用するのだが、こうして空を飛ぶことにも応用できる。化身の多くは汎用性が高い。

 

魔理沙は琥珀の目を輝かせ、ニヤリと顔を歪める。

 

「風を使って飛ぶのか。まるで文みたいだな!」

 

「その文って誰なのかは知らんが……っと!」

 

魔理沙はいきなり光る玉のようなものをこちらに放ってきた。

俺は右手で払い除ける仕草で発生した風を使ってそれを弾く。

魔理沙の魔力が込められた、殺傷能力が低そうなあれが弾幕というものだろうか?

 

「どんどん飛ばすぞ!」

 

宣言通り、縦横無尽に空を駆けながら弾幕を大量に放ってくる魔理沙。

風をうまく操り、雨霰のように迫ってくる弾幕を紙一重でかわしながら、俺は胸のなかに込み上げてくるものを感じた。

 

これが弾幕ごっこか。

くっそ綺麗じゃねーか。

こんな芸術的なものを使えるというのなら……是非とも使ってみたい。

 

 

 

 

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

 

 

 

 

魔理沙が一枚のスペルカードを構えて叫び、これまでとは桁外れの弾幕が襲ってくる。つかコレ避けるとか無理ゲーだろ。

 

できれば避けたかったが、濃密すぎる弾幕を全部回避できる自信はない。仕方なく近くにあった木の上に降り、第9の化身『山羊』を使用した。俺の周囲に野球ボールサイズの雷の玉が複数出現する。

この化身は雷を自由自在に操る化身で、魔理沙の放ってきたスペルガードを迎撃するために、こちらも雷の玉で打ち落とす。次々と消されていく弾幕に、魔理沙が驚きの表情を浮かべる。

 

「外来人なのによくやるな!」

 

「そりゃどうも!」

 

弾けるだけの弾幕は全て消滅させ、できないものは雷の薄い幕を目の前に張って防ぐ。

その光景を見た魔理沙は驚き目を大きく開きつつ、太陽よりも眩しい笑みを浮かべた。

 

「なんか戦いなれてる動きだぜ……。外でも弾幕ごっこしてたのか?」

 

「んなわけねーだろ。騒がしく賑やかな平和な世界で遊んでいた(ころしあい)だけだよ!」

 

「面白そうだぜっ! その世界!」

 

「どっから出てきたその感想!?」

 

ツッコミをした俺は油断していたのだろう。

気づいたら、魔理沙が八角形の物体を構えて笑っていた。

その八角形の物体に霊力が限界まで集まっていたのが感じられ、とにかく喰らったらマズイということだけは理解できた。

だが遅かった。

 

「しまっ――」

 

 

 

 

 

「恋符『マスタースパーク』!!!」

 

 

 

 

 

八角形の物体から極太の光線が吹き出し、俺の視界を虹色に染めた。

『風』で避けようにも、もう目と鼻の先。

 

博麗神社の一角を破壊しながら、俺はマスタースパークに飲み込まれた。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 霊夢

 

「ちょっと魔理沙! やりすぎよ!?」

 

「あ、あぁ。少しやりすぎたぜ……」

 

「少し!? 神社壊して少しなわけないでしょ!」

 

魔理沙のマスタースパークで破壊された場所を指差しながら怒鳴る。

神社の塀を壊したのも問題だが、一番は紫苑さんをぶっ飛ばしたことである。

能力持ちと言っても人間。魔理沙の最大火力のスペルカードであるマスタースパークをまともに受けて大丈夫なはずがない。

 

その事を指摘されて、魔理沙は頬を掻いてそっぽを向く。

反省してないわねコイツ。

 

「能力でスターダストレヴァリエを防がれたから、てっきり大丈夫かと思ったんだけどなぁ」

 

「うん、死ぬかと思ったわ」

 

「大丈夫なはずないでしょ!? あぁ、もう! 早く探しに――」

 

ふと、隣を見るとマスタースパークで神社外に飛ばされたはずの紫苑さんが、スキマ妖怪と笑いながら雑談をしていた。もちろん、紫苑さんはどこも怪我をしている様子もない。

 

「し、紫苑!?」「紫苑さん!?」

 

私と魔理沙の驚愕の声が重なり、そこで雑談してた黒髪の少年が振り向く。

紫がスキマで救出したのだろうか?

そう聞く前に紫は首を横に振った。

 

「私はなにもしてないわ。師匠が自分の能力を使って避けただけ」

「まさか『大鴉』の手札(カード)を切らせるなんてな。魔理沙、ナイスファイト」

「「『大鴉』?」」

 

私と魔理沙は首をかしげた。

なぜそこに鴉が出てくるのかがわからない。

 

……そう言えば紫苑さんの能力は〔十の化身を操る程度の能力〕。まだ『どのような化身があるのか?』を聞いてなかったわね。気になったので聞いてみたところ、紫苑さんはアッサリと答えてくれた。

 

「空を飛んだ時は第1の化身『風』、雷出したのは第9の化身『山羊』だ。んで、最後の光線避けたのは第7の化身『大鴉』……動きが速くなる能力だと思ってくれればいい」

 

「動きが速くなる程度で私のマスパがかわせるのか?」

 

「さぁ? 実際に俺は怪我してないし」

 

紫苑さんは腕を広げながら、自分の身に怪我どころか汚れ一つ付いていないことを証明する。

 

開いた口が塞がらない、とはこの事だろう。

弾幕ごっこだったとはいえ魔理沙は全力。紫苑さんは実質的に三つの手札だけで魔理沙を制したのだ。

その紫苑さんが自分の本来の能力に気づかないなんて……彼のいた外の世界というのは、どのような世界だったのか? 気になるとは思ったが、なぜか聞いてはいけない気がした。

 

さて、魔理沙は真剣勝負だと思っていても、紫苑さんは息切れすらしていない。背伸びをした後、紫苑さんは隣の紫に行動を促す。

 

「さて、軽い運動したことだし……紫、帰るぞ」

 

「ちょっと待って、紫苑さん。どこ行くの?」

 

突然立ち去ろうとしている紫苑さんを呼び止める。

魔理沙が「ところで紫と紫苑ってどういう関係なんだ?」と聞いてきたので「師弟関係。紫苑さんが師匠」と簡潔に答えてあげた。魔理沙は目が点になったが気にしない。

紫と一緒なら心配ない――いや、あの何考えているのか分からないスキマ妖怪と一緒という時点で信用ならないけれど、そろそろ日も暮れようとしているので、行き先を聞いてみた。

 

「家を置く場所決めに行くのさ。外の世界にある家を紫に転送してもらおうかと思ってね」

 

「え? もう転送してますよ」

 

「そうなん?」

 

意外そうに首を傾げる紫苑さんに、 紫は笑顔で言った。

清々しいほどに綺麗な笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「博麗神社の下ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

 

 




紫苑「魔理沙マジ鬼畜」
魔理沙「紫苑も大概だぜ」


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3話 二振りの刀

side 紫

 

「いつの間に移動させたんだ? 仕事早いなぁ」

 

私と師匠――夜刀神紫苑は博麗神社の階段横にある2階建ての西洋式の家にやって来た。

現代建築を取り入れた師匠の家は、江戸から明治初期あたりの文化が盛んである幻想郷には異質に映るだろう。……最近、幻想郷に来た吸血鬼共に近いかしら?

 

師匠は自分の家と、高所に見える博麗神社を交互に眺めながら、困ったように頬を掻いた。

 

私の我儘で幻想郷にわざわざ移住してくれた最愛の師。

そのせいで彼は外の世界の人間から完全に忘れ去られてしまい、完全に孤独となってしまった。だからこそ、私は師匠の願いを可能な範囲で叶えようと聞いた。

 

「おぉ、マジで神社の横だな。正月はお参りしやすいから便利だわ」

 

「転送したときに思いましたが……師匠1人で住んでいたのですか?」

 

彼の願いは1つだった。

 

 

 

 

 

『家を幻想郷に持って行けない?』

 

 

 

 

 

私は境界を操り、師匠の家を転移させた。

しかし――師匠の家は1人で住むには大きすぎるのだ。

師匠の幻想入りは私の悲願であったが、師匠の人間関係を無理やり壊してしてしまったことに罪悪感を抱いている私にとっては、少しでも私のしでかしたことを知りたい。

私の素朴な質問に対して、師匠は今日の献立を教えるように軽く答えた。

 

「1人暮らしだったぜ。両親の家をそのまま受け継いだだけだし、だからといってリフォームすんのも面倒だなーって、そのまま暮らしてただけだ。時々……というか頻繁にアホ共が泊りに来てたから、狭いって思ったことはなかったな」

 

「! そうですか……」

 

――もう師匠は親友達とも会えないし、亡くなった両親の元にも戻れない。だからと言って私は今さら師匠と離れるつもりなど毛頭ない。

私はそのことを深く胸に刻み付ける。

 

これは――私の犯した罪だ。

私は俯いたまま師匠の隣に経っていたが、隣から大きな溜め息と共に声をかけられる。

 

「……はぁ。ちょいと紫、こっち向け」

 

「はい、なんで――ふぇ?」

 

顔を上げて師匠の方を向くと、いきなり頭に重く――そして、暖かい感触が伝わった。

黒髪の少年は呆れたような、困ったような、そして私を安心させようとしているかのような表情を浮かべ、私の頭に手を置いていた。そしてわしゃわしゃと頭を乱暴になでる。

乱暴に、しかし私は自然と嫌な気持ちにはならなかった。

 

「なーに辛気臭い顔してんだよ。どーせお前のことだから『俺を無理やり連れてきたから、あっちにいる大切な人たちと会えない』なんて無駄に罪悪感抱いてんだろ? お前って会ったときから責任感強かったし、全く変わんねーなー」

 

「そ、それは……」

 

「俺が消えても世界は何も変わらないぜ? あのアホ共は俺がいなくても暴れまわるだろうし、両親は……逆にココに来なかったら怒鳴り散らされるんだろうなぁ」

 

師匠はどこか遠いところを見るように目を細める。

 

「え?」

 

「父さんと母さんの性格的に絶対こう言うだろうぜ?――『迷わず幻想郷行ってこい。私たちのことなんざどうだっていいから、約束を果たして来い』ってな?」

 

つか、あのアホ共と今生の別れとか想像できないし、俺を忘れてると思えないんだよな……と、師匠は呟いていたが、私は師匠の気遣いに涙を出しそうになった。

師匠は私の背中を軽く叩いて、手を振って中に入るジェスチャーをする。

 

「って、立ちながら話すことじゃないな。中に入るぞ」

 

「――あ、はい」

 

西洋式の住居だろうと、内部は現代の日本と変わらない。玄関で私は履いていたブーツを脱いで、師匠の後を追うようについていく。

家の中はシンプルな家具が一通り並べられていて、これといった特徴もない質素なリビングに通された。しいて言うのなら、黒色の家具が多いのが目にはいる。

そして部屋の中央にいたのはーー

 

「お帰りなさいませ、紫様、紫苑殿」

 

「……誰?」

 

私の式神――八雲藍(やくもらん)だった。

勝手に部屋に上がり込んでいる私の式に、師匠も驚いたような様子はなかったが、九つの尾を視界に入れた瞬間に表情が変わる。

 

「申し遅れました、私は八雲藍と申します。紫様の式です」

 

「――九尾、か」

 

「さすが我が主の師匠様……どうなさりました?」

 

九尾と分かった途端、まるで苦虫を噛み潰したような微妙な表情を見せる師匠。彼がこういう顔をするのは初めて見る。

藍も首をかしげていた。

 

「あー……すまん、藍さん。九尾の狐に関して、ちょっと外の世界(あっち)では良くない思い出しかないんでな。悪い」

 

「何があったんです?」

 

私の問いに師匠が少し悩む仕草を見せ、チラッと藍を横目に見ながら、やがて大きなため息をつきながら言った。

 

 

 

 

 

「九尾とは色々あってな。家を5回ほど爆破されたり、何回か殺されかけたり、仕事の邪魔を片手で数えきれないほどされたり、財布盗まれたり……とにかくもう、トラウマみたいなもんになってるんだわ」

「「………」」

 

 

 

 

 

私と藍は口を開けて絶句した。

師匠は九尾に恨まれるようなことでもしたのだろうか?

 

「さぁな? 俺だって誰からも恨まれずに生きてきた訳じゃない。恨み辛みなんて何が引き金になるかも分からない、理不尽な世界だぜ?」

 

藍が申し訳なさそうに頭を下げたが、師匠は笑いながら手を振った。

私としても師匠と藍の中が悪くなってほしいとは思っていない。

 

師匠が「晩飯でも作るか」と台所に移動しようとしたそのとき、藍は不意に師匠を呼び止めた。

 

「紫苑殿、少しよろしいでしょうか?」

「ん? どした?」

「これのことなのですが……」

 

藍はスキマから大きな箱を取り出した。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 藍

 

私から見た『夜刀神紫苑』という男は、不思議な少年という第一印象だった。

なぜ人間であるにも関わらず霊力ではなく神力を身に宿しているのかは知らないが、少なくとも紫様に害を成すような存在ではないだろうと思っていた。

 

しかし――この少年はおかしい。

人間と妖怪は基本的に相いれない存在。博麗巫女や白黒魔法使いのように、種族関係なく平等に接する人間の方が珍しいのだ。

少年は私のことを『九尾の狐』と知り、一瞬苦手意識を感じたものの、妖怪そのもの(・・・・・・)に嫌悪感というものを一切感じていないのだ。我が主の師匠様だからという問題ではなく、妖怪に畏れを感じていないというべきか。

 

私は理論的に考えすぎなのだろうか?

『何か裏があるのではないのか?』と危惧してしまう。

 

紫苑殿は箱を見た瞬間、眉を潜めて舌打ちをした。

古い木製の箱は細長く、どこか厳かな雰囲気を感じる不思議な物だった。大きさからして棒のような『何か』が入っているように思われる。

 

「あのアホ……今ごろ返しやがったか……」

 

「し、紫苑殿?」

 

「えーと、あー、うん。藍さんありがとう」

 

不機嫌そうな顔をしたのは刹那の時間。私の持ってきた箱を、紫苑殿は何の疑いもせずに笑顔で受け取った。

渡しながら私は考える。紫様から頼まれて持ってきたが、この箱の中に何が入っているのかを聞いてなかった。紫様のことだから、幻想卿に害を与えるようなシロモノではないと思うが……一度気になってしまうと知りたくなる。

 

 

 

――封印の術式が施されていればなおさら。

 

 

 

「これ二階に置いて来るから、二人はそこらへんのソファーにでも腰おろしといてー」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

機箱を脇に抱えながら、居間から離れようとする紫苑殿を引き留める。

 

「その箱には……何が入っているのでしょうか?」

 

「藍」

 

紫様から『余計な検索をするな』と視線で伝えられるが、紫苑殿は隠す気はないのか戻ってくる。

木箱を居間の机に置く。

 

「やっぱ気になるか」

 

「すみません……」

 

「いいって。むしろガチガチに封印されてるわけ分からん箱持って来させられたら、不安になるのが普通だよね。先に言っとけばよかったかなー」

 

箱を机の上に置いた紫苑殿は、箱に張り付けてある紙の上に指を置いて印を切り、封印の結界を解く。

刹那――

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 

 

何の変哲もない大きな木箱から、あふれんばかりの妖力や神力が部屋に充満する。

蒼色に揺らめく妖力と、黄金色に輝く神力。

ごちゃ混ぜになった力にあてられて、立っていた私はふらついてしまう。倒れそうになったところで紫苑殿が私を支えてくれた。

 

「おっと……藍さんには少々きついか」

 

紫苑殿は右手で指を鳴らす。

次の瞬間には妖力と神力の塊は紫苑殿の中に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように、部屋の雰囲気が戻った。

 

今のは……一体……?

私は紫苑殿に礼を言い、木箱に近づいてみる。

 

 

 

 

 

箱の中には――二振りの刀だった。

 

 

 

 

 

微かだが、その二振りからはそれぞれ妖力と神力が感じ取られる。

先ほどのような濃い力ではないが、同種であるのは確か。

 

「紫苑殿、これは一体……?」

 

「藍さんでも名前は知ってるんじゃないかな。こっちが『妖刀村正(ようとうむらまさ)』で、これが『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』だよ。叢雲のほうは本物じゃなくてレプリカなんだけどね」

 

「レプリカ……?」

 

「うん。スサノオが使ってたアレの偽物。まぁ、レプリカでも膨大な神力宿してるから偽物って言うのもおかしいかもな。村正の方だって、正確に言えば『妖力を宿した名刀村正』だから」

 

尋常ではないほどの力。少なくとも、このような『個の妖力』を宿している刀など聞いたことがない。紫苑殿は「レプリカと紛い物だから大丈夫でしょ?」と紫様に聞いているが、二振りは幻想郷の大妖怪と同等の力を持っていると断言できる。

紫様から彼の能力を聞いているが、これは過剰武装なのではないか? 彼は幻想郷をどうするつもりなのだ……?

 

紫様に咎められることを承知の上で聞く。

 

「紫苑殿、この2つの刀は幻想郷に影響を及ぼす可能性があるものです。貴方はこれで何をするおつもりなのですか?」

 

「藍!」

 

「紫、んな大声出すなよ。っても、どうしようかねぇ……」

 

「どうしよう、とは?」

 

紫苑殿は二振りの刀を両手にそれぞれ持ちながら、私に向かって肩をすくめて困ったように笑う。

 

「これ、村正は友人から貰った大切なものなんだよ」

 

「その妖刀が?」

 

「うん。まぁ、これは前まで普通の名刀だったんだけどさ。叢雲だってレプリカでも神器だぜ? 神器ってのは持ち主を選ぶ(・・)から、そう易々と捨てられないんだよな」

 

「は、はぁ……」

 

「――この二振りには何度も命を救われた。ここに永住する予定の俺としては、これを外の世界に残していきたくはなかったんだ」

 

ここまで言われると、私は彼に刀をどうこうしろとは口が割けても言えない。しかし――と汗をかきつつ悩んでいると、紫苑殿は微笑みながら刀を紫様に手渡した。

突然だったので紫様も「え?」と目を丸くした。

 

「けど幻想郷側から危険視されても困る。そんなに藍さんが心配なら……この二振りは預かっていてもらおうかな」

「え? でもそれは……」

「うん、確かにこれは俺にとって大切なものだ。でも……弟子の式神を不安にさせてまで持っておこうとは思わない。俺の相棒、よろしく頼む」

 

――あぁ、私は最初から勘違いしてたのか。

彼は――私や紫様と同じように、幻想郷を優先的に考えてくれているのだ。でなければ大切な刀を紫様に托したりはしないだろう。

 

私は紫苑殿の前に土下座をした。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

「ゑ!?」

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫

 

千五(ゲフンゲフン)――久しぶりに師匠の料理を口にしたが、相変わらず専門家顔負けの味だった。藍も師匠への警戒を解いたようで、味付けの仕方などを一生懸命聞いていた。

 

夕食後、私は居間のふかふかした椅子に座り、師匠の刀の一振り――妖刀村正を抜いて、その刀身を眺める。

僅かながら神力の混ざった妖力が漏れているが、ここまで安定しているのは珍しく、なおかつ純粋な妖力を感じる。

 

「神力が混じっているにもかかわらず、その妖力は純粋な強さを秘めている……。矛盾しているはずなのに、それを正当化させている刀」

 

「珍しい……というよりは、この刀だけでしょう。しかし……紫苑殿は村正を何に使っていたのでしょうか?」

 

隣で腰をおろしている藍が問うてくる。

妖力を持った刀など、基本的には人間に悪影響しか及ぼさない。私が管理する予定の天叢雲剣なら少数の人間にも扱えるが、師匠ほどの能力持ちがリスクを犯しても持つ物なのか? 藍はそう言いたいのだろう。

そもそも師匠の強さならば一振りで事足りる。

 

「確かに師匠には本来不必要なものね。私もこの刀を持つ意味を聞いたことがあるわ」

 

「……つまり理由はあると?」

 

「答えは簡単だったわ。――『対・神力を無力化してくる友人用』って」

 

「………」

 

私の式神は絶句していた。

私も師匠に来たときと同じ反応をしている式神に、思わず吹いて笑ってしまった。やはりそういう反応になる。

 

村正を鞘にしまいスキマに入れると同時に、洗い物を終えた師匠が一升瓶と杯を持ってきた。

洗い物は藍が申し出たが、『客に洗い物させられるか。ゆっくりしときな』と断られたそうだ。

 

「ほれ、祝儀の席じゃないけど祝い酒だ」

 

二人分の杯に酒を注ぎ渡す師匠。

ちなみに師匠は自分の杯に並々と麦茶を注ぐ。

 

「師匠、ありがとうございます」

「紫苑殿、かたじけない」

「俺は悪いけど酒は飲まないぞ。苦手だし」

 

居間の窓を開け、地面――カーペットというものに腰をおろして一息つく師匠。

虫の美しく鳴く音が部屋に響き渡り、満月が雰囲気を盛り立てる。

師匠は自然が奏でる苧とに、瞳を閉じて笑みを浮かべていた。

 

「……いいねぇ。言い方は悪いかもしれないけど、こういう田舎っぽい雰囲気は好みだわ。時間がゆっくり流れていく感じ」

 

「そう言ってくれると幸いですわ」

 

師匠は自分の杯を掲げ、私たちもそれに倣う。

 

 

 

 

 

「幻想入りを祝して――乾杯」

「「乾杯」」

 

 

 

 

 

心地よくも静かな時間が流れた。

 

 

 




紫苑「あんのアホ今頃返しやがって……」
藍「誰でしょう?」
紫苑「街のときの友人。人の物はちゃんと返せよな」
魔理沙「ぎくっ」


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4話 努力の価値

side 紫苑

 

 

 

俺が幻想郷に来て3日が過ぎようとしていた。

 

 

 

紫は幻想郷の管理の仕事で忙しいし、藍さんはそれの補佐を手伝っているため同様に忙しい。

つまり、俺に幻想郷を案内してくれる人物がいないのだ。

 

俺も家の中の整理で慌ただしかった。

地下の書庫やリビング、二階の客間を掃除したり。

水道やら電気やらが存在しない幻想郷で、自分の力でどうにか試行錯誤して繋げたりもした。どうやったのかは秘密ってことで。

 

しかし――3日目となるとやることがない。

 

 

 

 

 

つまり暇なのである。

 

 

 

 

 

ネットも繋げられないし、家の中で過ごすのもいい加減飽きた。現在進行形でテレビゲームの縛りプレイをする始末。

本も読み終わったから、やることもない。藍さんが明日辺りに人里って場所を案内してくれるらしいが。

 

 

 

 

 

今暇なのである。

 

 

 

 

 

他人との交流がないのは辛いな。

街に住んでいた頃は、外を出て2.3分すれば顔見知りと遭遇するくらいの友好関係はあったので、幻想郷でも人里とかで情報の輪を広げようと考えていたが、どちらにせよ今の状況が変わることはない。

 

そんなわけで、縛りプレイしてたゲームを中断して、俺は幻想郷でも唯一知っている観光スポット――博麗神社へと足を運んだ。

玄関から外に出た俺は『風』の化身を利用して飛翔。神社前にある長い階段をショートカットして、博麗神社の境内へと着地した。魔理沙と弾幕ごっこをしたときは狭いと感じた境内は、改めて見てみると無駄に広すぎる。

 

石畳の上を歩きながら寂れた神社を眺めていると、賽銭箱前で雑談をしている少女達を見つけた。

 

 

 

もしかしなくても霊夢と魔理沙だ。

 

 

 

霊夢は俺(と言う名の金蔓)が来たことによる喜びの笑みを浮かべ、一方の魔理沙は不機嫌そうに俺を睨んでくる。

巫女さんの反応に心当たりはあれど、魔法使いさんの反応に身に覚えはない。内心首をかしげつつ、俺は少女二人の前まで歩いて近づいていった。

 

「よう、霊夢と魔理沙。こんにちは」

 

「紫苑さん、今日はどうしたの?」

 

「暇」

 

「ふーん……」

 

たいして俺の来た理由などに興味はなかったのだろう。

俺は財布から500円札(紫から幻想郷で使える金に変えて貰った)を取り出して、賽銭箱――ではなく霊夢に直接渡す。この神社に奉られてる神様はいないし、賽銭は霊夢の生活費になる。直接渡した方が手間が省けて済む。

 

500円札を渡されて小躍りをする霊夢を横目に、俺は気づかない体で魔理沙に面と向かってにこやかに挨拶。

 

「魔理沙、元気してるか?」

 

「……紫苑か」

 

「なんだ、やけにテンション低いな。なんか辛いこととか悲しいこととかあったのか? 相談くらい乗るぜ」

 

「……別に」

 

不貞腐れたようにそっぽを向く魔理沙。

難しい年頃なのかね……と理由をつけて納得しようとすると、ニヤニヤ嫌らしそうに笑う霊夢が理由を説明する。

 

「魔理沙は昨日の弾幕ごっこで負けたのが悔しいのよ」

 

「こら、霊夢! 言うなって――!」

 

「あー、あれかー」

 

そういえば勝敗は『俺が魔理沙のスペルカードを避けるか否か』だったはず。そのルールに則れば、俺は魔理沙との弾幕ごっこに勝利したことになるな。

俺は勝ったとは思ってないけど。

 

反応が薄かったことが油を注いだのか、魔理沙は俺に詰め寄って言葉で責め立てる。

 

「私が数年間頑張って研究して作ったスペルカードなんだぞ! 霊夢も余裕で避けられるとか調子にのって! だから天才は嫌いなんだ!」

 

「結果の出ない努力なんて、所詮は言い訳でしょ?」

 

「なんだとっ!?」

 

怒りの矛先を霊夢に向ける魔理沙と、そっぽを向いて傍観者を演じる霊夢。

でも……なんだか喧嘩慣れしてる印象を持つ。腕っぷしが強いという意味ではなく、いつも二人は喧嘩しているのではないかって意味で、だ。いつものことなのだろうか?

 

いや、二人の喧嘩は必然なのかもしれない。

俺は二人の様子を眺めながら、数少ない交流から推測する。

 

魔理沙はさっきの言葉を受けとるのならば、恐らく裏で努力して成果を出す『秀才』なのだろう。才能がないなら数をこなせばいい、努力は必ず実るの精神で己を高めるタイプ。

霊夢は初見で避けるのは難しいと思われるマスタースパークを「余裕で避けられる」と明言しているのならば、魔理沙とは正反対の『天才』だと思われる。たいして努力せずに秀才と同じかそれ以上の域に軽々とたどり着く、人間ならば一度は夢見るタイプ。

 

そりゃ喧嘩するわけだ。

基本的に『秀才』と『天才』は噛み合わない。

理由なんて簡単――『努力』の価値が全く違うのだから。

 

「はいはい、ストップストップ。喧嘩はそこまでー」

 

ヒートアップして殴り合いになりそうだった二人の間に割って入り、両方の肩を掴みながら無理やり引き剥がす。あまり手荒な真似はしたくなかったが、このままだともっと被害が出そうだった。

もちろん引き剥がした代償はある。

霊夢と魔理沙の怒りは俺に向けられた。

 

「部外者は黙ってろ!」

 

「部外者どころか喧嘩の原因は俺じゃん」

 

魔理沙の言葉にも正論で返す。

子供は元気があっていいな……と俺は大きく溜息をついた。

 

「紫苑だって内心では努力を馬鹿にしてるだろ!? 天才なんてみんなそうだ!」

 

「確かに紫苑さんって私と同じ雰囲気を感じる。というか努力なんてどうせ報われないわ」

 

「俺は別に努力を馬鹿にしてるわけじゃないし、加えて天才ってわけでもない。どこに出もいる普通の人間と変わらないよ」

 

「じゃあ私のマスパをどうして避けられたんだ!?」

 

どうして、か……。

俺は魔理沙に向かって微笑む。その時の俺が笑みが二人にどのように映ったのかは定かではないが、魔理沙と霊夢は目を見開いて息を飲んだ。

 

俺は魔理沙の言葉で確信を持った。

それは幻想郷を侮っているわけではなく、ましてや紫を侮辱しているわけでもない。いや、むしろ幻想郷(ここ)が羨ましいとさえ思った。

紫曰く「博麗の巫女が幻想郷最強」だという言葉、幻想郷において『弾幕ごっこ』が争い事の決着に用いられること、実際に体験した魔理沙との弾幕ごっこ――そして、最後に魔理沙のセリフ。これらから導き出された俺の答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――幻想郷は平和すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、魔理沙に俺がマスタースパークを避けた理由を正直に話した。

 

 

 

 

 

「あの程度の攻撃なんて、初見で躱せないと簡単に死ぬんだよ。俺がいた世界ではな」

 

 

 

 

 

「「――っ!?」」

 

二人は大きく口を開けて絶句した。

無理もない。藍さんから聞いたことだが、幻想郷の住人は外の世界が『物凄い科学技術を持つ、戦争のない世界』だと思っているらしい。確かに間違いではないけれど――俺が住んでいた街は例外だ。あそこは常識にとらわれていたら次の瞬間には屍と化す。

相変わらず考えてみるだけで恐ろしい街だった。よく生きてたな、俺。

 

「天才が努力しない? ダイヤモンドの原石だって磨かなきゃ価値は非常に低いんだぞ。んな加工されたままむき出しで発見されるほど、世の中上手くできてはいないさ。それと同じ。天才だって努力しなきゃ、努力した秀才に劣る」

 

「結果の出ない努力なんて無意味よ」

 

「霊夢は努力に否定的だなぁ。けど――少なくとも、努力しないと結果は出ないよ」

 

「紫苑……」

 

霊夢と魔理沙は何とも言えない微妙な顔をする。

ここまで努力を否定する人間は珍しいが、もしかして『博麗の巫女』と何か関係はあるのだろうか? 俺の知ってる剣の天才(・・・・)だって、化物じみた才能を慢心せずに磨き上げてたからな。

 

まぁ、いつ死ぬか分からん世界だった。

出来るだけ死なないように『生きる努力』をしてたんだろ、きっと。

 

でも、ここは幻想郷。

 

「幻想郷は平和だから、生きるのに必死だった俺にとっては正に楽園だ。努力しないでも生きられる世界なのに、わざわざ努力するのも面倒か」

 

「……紫苑さんって、本当は何歳?」

 

「ん? 17だけど」

 

「私と2歳しか違わないじゃない……」

 

その17年が濃密過ぎたんだけどさ。

しかし、俺の説教じみた談議で霊夢と魔理沙の喧嘩を止めることはできた。霊夢は俺の歳を聞いて呆れているし、魔理沙は俯きながら何か考えている様子。

 

俺はその光景を微笑ましく見つめていると、賽銭箱の下に大きな籠と中に入った色とりどりの野菜が目に入った。

気になったので、霊夢にそれを指差しながら尋ねる。

 

「それ何?」

 

「うん? あぁ、なんか藍が持ってきたのよ。自炊しろって言われたけど、野菜使った料理なんて作ったことあるわけないじゃない」

 

「ふーん……それでなんか作ろうか?」

 

「え、紫苑さんって料理作れるの?」

 

「これでも一人暮らし長かったんだぜ」

 

じゃあ……お願いしようかしら?と霊夢は恥ずかしそうに言った。

霊夢に台所を借りるから野菜を運んどいてくれと指示を出し、俺は『風』で家まで猛スピードで帰宅。台所にあった調味料と冷蔵庫にあった鶏肉を適当に引っ提げて博麗神社まで持っていった。

博麗神社の台所にお邪魔して、なんか昭和どころか江戸レベルの台所に驚きつつ料理を作る。

 

リズミカルに野菜を切る姿を見ていた霊夢と魔理沙は、調味料を目分量で混ぜていく俺に聞いてくる。

 

「何作ってるのぜ?」

 

「鶏肉の野菜炒め。時間があれば他に良さそうなものも作れたんだけど、そんなに待てないって霊夢の顔がそう言ってるから簡単なもの」

 

「だ、だって……」

 

「お、そこに米炊いてあるね。鶏肉の野菜炒め(これ)をおかずにして食べられるな。霊夢と魔理沙は辛いものが苦手だったりする?」

 

二人が首を横に振ったので、俺はピリ辛味にする旨を話す。

慣れない料理場ではあったが、時間をさほどかけずに料理は完成した。一人暮らしで時間がないときにいつも作ってた料理だから、霊夢と魔理沙には手際よく見えたんだろう。

 

家からついでに持ってきた皿に盛り付けをして、俺が幻想郷初日に霊夢と会話した場所である居間のちゃぶ台まで運んで置く。

俺が作っている間にご飯を器によそっていた霊夢は目を輝かせんばかりにちゃぶ台前で正座しながら箸をカチカチさせ、魔理沙も米茶碗を片手に持ちながら鶏肉の野菜炒めを美味しそうに見つめる。

 

「紫苑さん! これ食べていい!?」

 

「もう待てないのぜ!」

 

「どうぞどうぞ」

 

俺はがっつく二人に苦笑しながらちゃぶ台前に座る。

お許しが出た霊夢と魔理沙の食事スピードは早かった。野菜と肉を炒めているときなんて、二人のお腹が鳴る音が聞こえたくらいだ。よほど腹が空いてたのだろう。

 

「美味っ! これ美味っ!」

 

「なにこれ、涙が出てきた……久しぶりに美味しい料理……」

 

「喜んでもらえて何よりだよ」

 

というか霊夢の言葉が切実すぎて泣けてくる。比喩表現なしで鶏肉の野菜炒めを口に運びながら涙を流しているので、余計に俺の心を抉る感想だった。

野菜炒めを口に含んで米も含む。その単純な行動のはずなのに、俺が皿の野菜炒めがなくなりそうな度に追加の野菜炒めを持ってくる行動を二回繰り返す程に、二人の食事ペースは止まらなかった。

 

それでも人には限界がある。

二人は同時に箸を置いた。

 

「「ご馳走様でした!!」」

 

手を合わせて礼儀正しく言う姿に、俺は内心嬉しかった。

自分の料理を残さず美味しそうに食べてくれる姿は、どこの世界でも嬉しいものだ。

 

「美味しかった……今まで食べてきた料理の中で一番美味しかった……」

 

「私も。紫苑さん料理上手すぎ」

 

「研究と特訓の繰り返しさ」

 

いかに料理を美味しく作るか。

一時期それだけを考えて生活していたこともあり、友人達を実験台にして何度も料理を作ったもんだ。そのうち調味料や素材を厳選し始めた時なんかは『料理ガチ勢』なんて呼ばれていたこともある。

みんな美味しいもん食いたいじゃん?

 

特訓の日々を思い返していると、魔理沙は申し訳なさそうにしていた。

どうしたのだろうか。

 

「紫苑……ごめん」

 

「魔理沙何かしたっけ?」

 

「いや、『内心では努力を馬鹿にしてるだろ!』とか言って……本当にごめん」

 

ちょっと捻くれてる感じはするけれど、本当は優しい良い子なんだな(17歳視点の感想)。

こうやって自分の間違いを素直に訂正できるって良いことだし、こういう心を忘れないで生きて欲しいよ。街の役人とか頭の固い老害ばっかりだから、余計に天使に見える。

 

霊夢も何か思うことがあるのか、俺の顔をずっと見ていた。

 

 

 

 

 

何の変哲もない今日の午後の話。

 

 

 

 




紫苑「リメイク版で追加された話、どうだったかな?」
霊夢「感想とかもらえると嬉しいわ」
紫苑「そして次回から紅魔編」
魔理沙「異変だぜ!」


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1章 紅霧異変~少女の祈りと神殺の約束~
5話 人里から見る異変


紫苑「紅魔編スタート!」
霊夢「私の出番ね……面倒だわ」
紫苑「霊夢と魔理沙のシーンはカットしよっか?」
魔理沙「え!?」


side 紫苑

 

次の日。

俺は藍さんと一緒に人里にやって来た。

 

紫も一緒に行きたそうにしていたが、どうやら冬眠時期のようで泣く泣く断念したらしい。妖怪の生活サイクルなんて知らないが、大妖怪には普通のことなのだろうか?

それとも『幻と実体の境界』に関係してるのか?

 

「それにしても……賑わってるなぁ」

 

「ですね」

 

隣で歩く藍さんが同意する。

最初は俺の3歩後ろを歩いていた藍さんであったが、俺の「一昔前の夫婦か」とツッコミを入れたところ、顔を真っ赤にして横を歩き始めた。

ちょっと不謹慎すぎたか。でも俺の推測が正しければ、藍さんって『玉藻の前』のような気がするんだよ。

 

さて、人里の話をしよう。

江戸末期から明治初期を彷彿させる町並みは、近所の商店街の賑わいを連想させた。都会ほどではないにせよ、活気に満ち溢れていると言えば分かりやすいかな。

文献でしか見たことないような店の名前がずらりと並び、初めて見る物や店に一々視線を走らせる俺に否はないだろう。ここに住む住人も現代人から忘れ去られた(・・・・・・)人々なのかな。

 

「ところで……紫苑殿は人里になんのご用で?」

 

「んー? 特にこれといって用事はないよ。ただ、ここに永住するのなら、生活必需品や食材を買いに来ない訳がないからな。生きていくのに人里知らなかったらまずいだろ」

 

「なるほど、私は人里には『油揚げ』を買いに来るしか用事がないので……」

 

ほぅ、藍さんは油揚げが好きなのか。

狐って油揚げ大好きなイメージあるからなー。なんでだろ?

油揚げを思い出している藍さんに、俺は特になにも考えずに提案した。

 

「ふーん……今度、いなり寿司でも作ろうか?」

 

「誠に御座いますか!?」

 

「うぉっ!」

 

俺はいきなり肩をつかんで顔を寄せてきた藍さんに驚く。何も買ってなかったから良かったものを、驚いて持ち物すべて落とすくらい急な反応だった。

 

つか顔近い近い!

 

しかも女性特有のいい香りが、思春期真っ只中の17歳少年の心臓をオーバーヒートさせる。さすが玉藻の前(と思わしき妖怪)。傾国の美女の異名は伊達じゃないな。

人里の道の真ん中で傾国の美女が、不思議な服装の少年に詰め寄っていたら、嫌でも目に入るものだ。

 

 

 

「――藍殿、人里の道端で何をやっている?」

 

 

 

俺達が来た方向とは別の方向から、藍さんとはまた別のベクトルの美女に声をかけられた。

銀髪の真面目そうな長身の女性は見慣れない俺と藍さんを交互に見て、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「逢瀬の最中に失礼したかな?」

 

「そそそそそそそ、そんなことは決して!!」

 

めっちゃ慌てている藍さん。

俺は誤解を解くために言った。

 

「すまないけど俺と藍さんはそんな関係じゃない。俺は気にしないけど藍さんに失礼だろ?」

 

「………」

 

「はははっ、これはすまない。藍殿が殿方と歩いているというのが珍しくてね」

 

藍さん、なんで俺を睨んでるん?

弁明したのに解せないと微妙な顔しかできなかった俺に、銀髪の美女は微笑みながら手を差し出してくる。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな。私は上白沢慧音(かみしらざわけいね)、寺子屋で教鞭を握っている」

 

「教師かぁ。俺の名前は夜刀神紫苑。昨日幻想郷に引っ越してきた外来人だ。今後ともよろしく」

 

外来人という単語に上白沢さんが反応する。

 

「外来人……? その割には随分と落ち着いてるな」

 

「紫と同意の上だから」

 

「幻想郷の賢者が?」

 

へー、アイツ幻想卿の賢者とか呼ばれてるんだ。

紫の評価の鱗片に感心していると、藍さんが横から口を挟んでくる。

 

「紫苑殿は一般人に見えるかと思われますが、我が主・紫様の師であり、幻想郷誕生の立役者でもあります」

 

「なっ!? それは本当か!?」

 

「え? あー、間違ってはいないよ。幻想郷誕生には一切手をつけてないけどね」

 

上白沢さんはルビー色の瞳を大きく見開いた。

人里に来る前は外の世界と同じように神力駄々漏れの状態だったが、幻想郷で人間が神力宿しているのは珍しい事だと藍さんから聞いたので、不馴れではあるが隠すことにした。ましてや、今の俺の神力には微量だが妖力も混じっている。人里で無闇に解放するのもマズイと判断したのだ。

彼女が驚いているのならば隠すことには成功しているのだろう。

 

それにしても……上白沢さんの尊敬の眼差しは何なのだろう?

 

「えーと……上白沢さん、どうしたの?」

 

「慧音と呼び捨てで構わないよ。いや、賢者殿の昔を知る数少ない人物だ。知りたくもなる」

 

「あぁ、なるほどね」

 

アイツも昔のことは無暗に語らないのか。

俺も街にいた時に同じことを友人達から言われたことがあるので、なんだか紫に親近感を抱く。親近感も何も元・師弟関係なのだが。

隠し癖に苦笑していると、慧音の背後から声がした。

 

「――おーい、慧音ー」

 

今度は白い髮の少女が歩いてきた。

モンペ……だっけか? とにかくボーイッシュな感じのする女の子だ。口調に関しては慧音もそうだが。

 

「って、藍と……誰?」

 

「妹紅、彼は外来人の紫苑君だ。紫苑君、彼女は藤原妹紅(ふじわらのもこう)、迷いの竹林の案内人だ」

 

「迷いの竹林ってのはどこか知らんけど……よろしく、藤原さん」

 

「妹紅でいいよ。紫苑って呼べばいい?」

 

別にいいぞー、と軽く言う。

幻想郷の特徴の一つとして分かったことなのだが、自分の名前を相手に飛ばせることが多いな。霊夢然り、魔理沙然り、慧音然り。街ではそんなこと気にしなかった上に、そもそも女の子の名前を呼び捨てにすること自体が非常に少なかった。

それにしても……と俺は3人の顔を見渡す。

藍さん、慧音、妹紅。

 

「まさか幻想郷でも同じ構図が見られるとは思わなかったな」

「?」

 

首をかしげる藍さんに、俺は考えなしに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、人間と妖怪と半妖と――不老不死が一ヶ所に集まってるんだぜ?」

「「「!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性陣が驚愕の表情を見せる。

特に妹紅は『なぜ知っているのか?』と表情を険しくしていた警戒しているようだ。

慧音が言葉を選ぶように尋ねてくる。

 

「……紫苑君、私が半妖だと言ったかな? そして、どうして妹紅が不老不死だと知っている?」

 

「あー……ごめん、つい外の世界感覚で言っちまった。知ってる理由だっけ? 俺の親友に2人ほど不老不死がいるから、妹紅が不老不死だって感覚で分かったんだよ。半妖についても知り合いがそうだし」

 

だから見られるとは思わなかったんだ。

 

 

 

『はァ!? テメェ約束くらい破るンじゃねぇよ!』

『この世界は騙された方が悪いんだよ』

『かかかっっ、お主も油断したな!』

 

 

 

街でよく一緒だった連中との会話を思い出していると、妹紅は『不老不死がいる』という言葉に反応して、物凄い勢いで詰め寄ってくる。

だから近い近い近い近い!

 

「……!? 不老不死が外の世界にもいるの!?」

 

「妹紅と同じ原理かは分からないけど、何人かいると思うぜ」

 

俺の発言に妹紅は少し嬉しそうな顔をする。

もしかして……幻想郷に不老不死の奴ってのは珍しいのだろうか?

俺の知ってる不老不死の一人はあの壊神だし……アレと一緒と考えるのは妹紅に失礼だと思う。

 

「そんなに嬉しいのかねぇ……」

 

「不老不死仲間がいる……というよりは、不老不死である自分を気味悪がらない紫苑君に嬉しいのだろう。妹紅は不老不死で色々辛い思いをしたらしいからな」

 

「そっちかー。たかが老わない死なない程度で人を嫌いになるかよ」

 

「妖怪や人ならざる者とごく普通に接する紫苑君のような人間が珍しいですよ」

 

藍さんにそう言われて俺は首を傾げた。

そういうものかね? 俺にとってはそれが普通(・・)だったから分からないな。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 慧音

 

「それで妹紅、どうしたんだ?」

 

私は珍しく機嫌のいい妹紅に、ここに来た理由を聞いた。

不老不死を理解してくれる者は少ないから、外来人の少年――夜刀神紫苑君のことを気にいったのだろう。私としても、妹紅の理解者が増えることは友人として嬉しい。

 

彼は幻想郷の創造者・八雲紫の師らしい。明らかに紫苑君は十数年そこらしか生きていない人間であるのに、長き時を生きる大妖怪を師事したというのはいささかおかしな話であるが、藍殿が言うのならば本当のことだろう。是非とも彼女の昔を聞いてみたい。

 

妹紅は嬉しそうだった顔を一変させて、真剣な表情で私に報告する。

 

「なんか人里の外の様子がおかしいの。妖精や妖怪が興奮状態にあるとか」

 

「珍しいのか?」

 

「妹紅が気にするほどのことだから本当なのだろう。もしかしたら異変の前触れかもしれない」

 

「異変……あぁ、幻想郷のちょっとした娯楽みたいなやつか」

 

紫苑君の『異変=娯楽』という認識に私含める3人は唖然とする。

藍殿が裏返った声で諫める。

 

「し、紫苑殿。さすがに娯楽というのは……」

 

「紫曰く、幻想郷の異変は人里で死人が起こるようなものじゃないとか聞いたぞ?」

 

「た、確かに死人が出るほどの異変はそうあるものではありませんが……」

 

その言葉を聞いた紫苑君は笑った。

いや、正確には『嗤う』とでも言うべきだろうか? 人・妖怪関係なく、背筋が凍るほどの笑みを浮かべる表情をする外来人を見たことがない。

私は本能的恐怖を目の前に居る少年から覚え、妹紅や藍殿も息を飲む。

 

 

 

 

 

「なら大丈夫じゃねーか。弾幕ごっこの時も思ったけど、死人が出さえしなければ所詮は遊びの範囲を超えないと俺は思うからな。じゃなきゃ藍さんや紫に刀を渡さないよ。死ななきゃ安いってことさ」

 

 

 

 

 

暗い表情で述べた後、次の瞬間には会ったときと同じような優しい笑みをしていた。

「本当に平和だよね、ここは。俺の住んでたところとは大違いだ」

 

「そ、そうですか……」

 

「さーてと、さっさと買い出し終わらせて帰る――ん?」

 

軽い背伸びをした紫苑君はなにかを感じたかのように突然空を見上げた。

私たちもつられて見上げると……

 

「「「な――!?」」」

 

 

 

 

 

空が……赤く染まっていた(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

いや、赤い霧に包まれたと言うべきか。霧からは妖力を感じる。

突然の変化に周囲にいた人里の人間たちから徐々に悲鳴や怒号の声が上がる。

落ち着いている者といえばここにいる4人だけだろう。

 

私は妹紅に叫んだ。

 

「妹紅! 人里に入ってくるかもしれない妖怪に警戒してくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

妹紅が来た方向に飛んでいく。

 

「ふむ、こりゃ妹紅だけじゃ大変そうだな。藍さんも妹紅の手伝いに行ってくれないか?」

 

「はい。……紫苑殿は?」

 

「ちょっくら異変の元凶のところ行ってくる」

 

「「え?」」

 

紫苑君は走って去ろうとするが、私が慌てて呼び止める。

 

「し、紫苑君! 急にどうしたんだ!?」

 

「別に霧が危険って訳じゃあないんだけどさ……嫌な予感がする」

 

「嫌な……予感?」

 

「こういうときの予感ってうんざりするくらい当たるからなぁ。なんか行かないと後悔する気がするんだわ」

 

「分かりました。紫苑殿……お気をつけて」

 

「藍殿!?」

 

小さく礼を言った紫苑君は指を鳴らす。

すると、どこからともなく風が私の肌を撫で、気づいたら紫苑君の姿は跡形もなく消えていた。慌てて周囲を見渡すが、慌てふためく人里の人間しかいない。

 

「行かせても良かったのか?」

 

「紫苑殿なら大丈夫でしょう。紫様も『師匠が異変解決に乗り出すのなら、決して邪魔をするな』と命じられておりますゆえ」

 

つまり、賢者殿は藍殿が紫苑君についていくことは『邪魔になる』と判断したのか。

それほどまでに彼は強いのか? いや、その言葉からは幻想郷の賢者は紫苑君を信用していることの表が感じ取られる。

 

「それに……私は紫様の言葉と、師である紫苑殿を信用してますので」

 

言葉を付け加えた藍殿は、では失礼しますと頭を下げて妹紅とは別方向に飛んでいった。

残された私は誰にも聞こえない大きさで呟く。

慌ただしい人里で、それは誰にも聞こえなかっただろう。

 

 

 

 

 

「紫苑君……無事に戻ってきてくれ……」

 

 

 

 




妹紅「紫苑のいた世界ってどんなのよ……?」
紫苑「そのうち分かるさ」


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6話 紅き館の番人

side 紫苑

 

いやな予感がする。

街でも自分の命を片手で数えられないほど救った感覚を当てにして『風』の化身を使ったところ、人里から霧のかかった湖の近くへと自動転移した。

ここではないが近い。

 

俺は湖を感覚だけで突き進むと、

 

「……うわぁ」

 

思わず呻き声が漏れた。

一番最初に目についたのは、目の前に存在する大きな西洋風の館だった。長時間見ていたら視力が落ちてしまいそうなほど目に優しくない紅。

血を連想させるそれは、館の主の悪趣味さを感じさせる。

黒いペンキ持参して今度塗り替えに行こうかと考えるくらいだ。

 

 

 

だが……『赤い霧』と『紅き館』。

果たして偶然だろうか?

 

 

 

「まぁ、霊夢と魔理沙の霊力を感じるし正解かな」

 

この館は人里よりも博麗神社の方が圧倒的に近いし、もう異変解決に乗り込んでいるだろうと推測する。紅い舘の窓から何らかの光が見えたし。

妖怪対峙の専門家と、弾幕ごっこで見た高火力スペルカードを持つ魔法使いなら異変なんてすぐ解決するだろう。所詮は異変などイベントに過ぎないからな。

問題があるとすれば……

 

「その異変解決のエキスパートの二人が来ているにもかかわらず、俺の嫌な予感が拭えねぇってコトだな」

 

つまり、今回の異変の元凶よりヤバい奴がここにいるってことだ。

そんな冗談みたいな奴いるとは到底信じたくないけれど、いたとしたら霊夢や魔理沙の手に負えないやつだろうし、俺も動くしかない。

彼女等は俺とは違う。

こんなところで死んで良い奴等じゃない。

 

「刀預けるんじゃなかったわ。はぁ……」

 

万全の準備を以て挑むのが俺のスタイル。

俺は紫と藍さんに預けたことを後悔しつつ、トボトボと重い足取りで紅い館に足を運んだ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 美鈴

 

「どうしよう……咲夜さんに怒られるなぁ……」

 

紅魔館の門前で倒れながら、私は紅魔館のメイド長にどう言い訳をするかを考えていました。

人間二人を簡単に通してしまいました。お説教は確実です。

 

お嬢様から『何人たりとも通すな』と命じられましたが、博麗の巫女と白黒魔法使いの猛攻を食い止めることはできませんでした。接近格闘なら負けない自信はありますが、どうも『弾幕ごっこ』というのは苦手ですね。

恐らく目的は紅い霧を出したお嬢様でしょうが……。

 

「どっちにしても体が動かないですし……」

 

霊力と魔力で打ちのめられた体。

ため息をついて仰向けになりながら紅い空を見上げていると、こちらに向かってくる足音が聞こえました。1人の――それも人間の足音に疑問を抱きます。

なぜ人間がここに……?

 

人間は足音の位置からして私を通り過ぎようとしています。

なので私は仰向けなりながら人間に声を掛けました。

 

「――紅魔館に何か御用ですか?」

 

「あ、生きてた」

 

失礼ですね。

こちらに足を運び私の顔を見下ろしている黒髪の少年が問いかけました。

 

「ここの門番か?」

 

「はい、紅魔館の門番をやっている紅美鈴(ホン・メイリン)といいます」

 

「自己紹介ありがとう。俺は夜刀神紫苑、普通の人間だ。そんで目の前に本来なら門を守っているはずの門番が、ボロボロになって倒れているんだが……どうしたんだ?」

 

「あはは……これは霊夢さんと魔理沙さんに……」

 

「あの二人か。容赦ねぇな」

 

納得したような顔を見せる夜刀神さん。

見たことのない服装に、霊夢さんと魔理沙さんを知っているということは……外来人でしょうか? 霊力を感じない――いや、感じさせない辺り、かなりの実力者だとは思いますが。

それなら異変の最中に外に出ていることに納得はできます。

 

「ここは紅き吸血鬼の住む紅魔館ですよ。人間が近寄るには危ない場所ですが」

 

やんわり注意喚起してみたが、夜刀神さんは少し目を見開き、興味深げに笑いました。

少なくとも吸血鬼を恐れる人間の顔ではありません。

 

「吸血鬼か。こりゃまた親しみのある妖怪が出てきたもんだ」

 

「親しみのある……?」

 

もしかして……彼は吸血鬼に会ったことがあるのでしょうか?

私の疑問が顔に出ていたのか、黒髪の少年は訳を説明します。

 

「吸血鬼。ヴァンパイア。生と死の超越者。生と死の狭間に存在する者。不死者の王。もはや西洋では妖怪でも高位存在だよな。俺は知ってるぜ――ヴラドのじーさんとか」

 

「串刺し公を知っているのですか!?」

 

「うん。割とあのじーさんとは交流あったからねー」

 

お嬢様から聞いたことがある串刺し公ヴラド。

かつて外の世界で世話になったと自慢げに語っていた、吸血鬼の中でも上位に当たる不滅の大妖怪。

その大妖怪と交流があるこの少年は……本当にただの人間なのでしょうか?

 

「……ん? 待てよ? まさか紅魔館(ここ)の主って……レミリア・スカーレットって名前か?」

 

「……!?」

 

「あー、その反応で理解した。じーさんの言ってた『スカーレットデビル』の異名を持つ吸血鬼って幻想郷にいたのかぁ。まさか本物に会える日が来るとは思わなかったぜ」

 

まさかお嬢様の名前まで知っているとは。彼とヴラド公の関係が『知り合い』の枠では当てはまらないことを悟りました。

昔を懐かしむように少年は独り言をつぶやきます。

 

「こりゃあ、じーさんの言伝を伝える日が来るなんてなー。世界って広いようで狭いんかね。しっかし、あのじーさんが孫を語るように自慢してた吸血鬼姉妹……だか……ら……?」

 

ふと夜刀神さんは言葉に詰まり、考え込むように眉を顰めます。

大事なことを思い出すかのように必死な姿に、私は声をかけることが出来ませんでした。

 

「レミリア・スカーレット……姉妹……確か……フランドール・スカーレット……じーさん……能力……壊神の下位互換……」

 

断片的に言葉を呟いており意味は分かりませんでしたが、ふと顔を上げて私を視界にとらえます。

 

「――なぁ、紅さん」

 

「は、はい。め、美鈴でいいです」

 

「そうか、美鈴。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

普通の人間の質問。

ただそれだけのはずなのに、お嬢様のカリスマに近い――いや、それ以上の何か(・・)を感じ思わず声が裏返ってしまいました。私を見下ろす黒曜石の瞳は先ほどの優しく人懐っこい雰囲気とは打って変わり、鋭く触れるものを問答無用で切り裂くかのように冷たい。

少年は声色を低くして問いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この館の地下に、フランドール・スカーレットって名前の少女はいないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしてそれを!?」

 

「その様子じゃあ……いるんだな?」

 

夜刀神さんは大きなため息を深くつき、天を仰ぎます。

 

「どーりで嫌な予感がするわけだ……。アイツ(・・・)の下位互換とはいえ、敵対するのならあんまり関わりたくねー相手だぞ? でも、じーさんとの約束もあるし放置してはおけないから……なんとかするしかねーよなぁ」

 

「どうして……妹様の名前を」

 

「――この紅い霧で妖精やら妖怪やらが活発化してる。そしてフランドール・スカーレットが影響を受けると……どうなると思う?」

 

「!?」

 

頭を抱えながら問う夜刀神さん。

つまり彼は知っているのです。妹様の精神状態や能力を。

 

妹様――フランドール・スカーレット様の能力は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕。物資や人間・妖怪にある『目』というものを手に移動させて破壊する規格外の能力。

そのせいか、妹様は自ら地下に引きこもり495年間交流を断ってきました。自らの能力で誰も傷つけないように。

しかし、495年も交流を断ち地下に居たせいなのか、自分がなんなために引きこもったのか分からず、情緒不安定になっていると咲夜さんが言ってました。そのような状態の妹様が暴走でもしたら……。

 

夜刀神さんは頭痛を堪えるように頭を振り、私の前にしゃがんで腹部に手を当ててきました。

同時に彼から尋常じゃないほどの神力が迸り、私の体が瞬く間に癒されていき、数十秒も経たないうちに体が完治してしまいます。思わず立ち上がり、試しに拳を実践と同じように突き出してみますが違和感もなく、むしろ体が軽くなった気がしますね。

 

「これなら大丈夫そうかな? 半妖だし効くか心配だったけど」

 

「夜刀神さん、これは一体……」

 

「紫苑でいい。俺の能力の一部だと思ってくれればいいさ。その代わりといっては何だが……そのフランドール・スカーレットって少女の所に急ぎで案内してくれないか? ここまで大きな館だと案内なしで彼女の場所にたどり着く自信がない」

 

つか妹が暴走する原因作るような異変起こすなよ……と呆れる夜刀神さんを見た私は迷います。

確かに彼は私を治療してくれました。私の能力〔気を使う程度の能力〕でも彼が危害を加えるような人間にも見えません。

しかし、それでも疑問に思うことがあり、彼を妹様の元に通してもよいにか判断に迷うのも事実。人の身でありながら神力を宿し、お嬢様の如きカリスマ性を見せる少年。

考えた結果――私は紫苑さんに拳を構え聞きます。

 

 

 

 

 

「貴方が妹様に会う理由は――何でしょうか?」

 

 

 

 

 

理由なく紅魔館の敷居は跨がせない。

その覚悟の現れを理解したのかは分かりませんが、紫苑さんは目を見開き、納得したかのように「あぁ、なるほどな」と呟くと――全身から怒気を放ちます。

瞳には理不尽に対する激しい怒りと、僅かばかりの悲しみ。

 

 

 

 

 

「子供助けるのに理由が必要か?」

 

 

 

 

 

私はその重みのある言葉に息を飲みました。

あなたの方が年下でしょう?という言葉すら許さないほどに。

 

「イライラすんだよ、マジで。じーさんから彼女の話を聞いた時も不愉快だったわ。実際の歳じゃなく精神年齢の問題だ。俺達がするべきなのは彼女の幽閉じゃないだろ」

 

「………」

 

「俺達が助けないで誰がフランドール・スカーレットを助けるんだ? 会いに行く理由?――救いに行くんだよ(・・・・・・・・)

 

「……貴方なら、妹様を救うことが出来るのですか?」

 

「知るか。できる出来ないの問題じゃない。やる(・・)だけの話だぜ?」

 

まぁ……と少年は怒気を潜め、苦笑いを浮かべる。

 

「串刺し公・ヴラド公爵が普通の人間である俺に託した最初で最後の願いを叶えるためにってのも理由かな。心の隅に留めておいてほしい程度の願いだったけど……それだけが心残りって感じだったし、世話になった分の恩返しをするのも悪くはない」

 

「……分かりました」

 

私は構えを解きました。

ただの勘……そう、勘ですが、彼なら妹様の呪縛を解き放ってくれる。そう思ったのです。

……不思議なものです。今日会ったばかりの人間を信用するなんて。これは彼の魅力でしょうか? 私は外見より精神が大きく見える少年に敬意を払って一礼します。

 

「案内します。ついて来てください」

 

「おぉ、サンキューな」

 

私と紫苑さんは並んで紅魔館の中へと向かいます。

私は黒髪の少年の姿を横目で見ながら、小さく呟きました。

 

 

 

「――妹様を、よろしく頼みます」

 

 

 

とても人間に聞こえるような大きさではありませんでしたが、

 

 

 

 

 

「――あぁ、任せとけ」

 

 

 

 

 

きっと届いたのでしょう。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side ???

 

 

 

寂しい、寂しい、寂しい。

 

 

 

どうシてお姉様は私を閉じ込めタの?

ドうしてお姉様は私と遊んでくれナいの?

どうしテ――私ハ一人なの?

 

 

 

あれ? 私が自分で閉じ籠ったンだっけ?

 

 

 

ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ。

 

 

 

壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊しても壊してもコワシテモ――満たされない。

 

もう物を壊すのは飽きた。

 

 

 

 

ねぇ

 

 

 

 

貴方は楽しませてくれるの?

 

 

 

貴方は――このお人形のように簡単に壊れない?

 

 

 

 

 

ねぇ

 

 

 

 

 

楽しく

 

 

 

 

 

おかしく

 

 

 

 

 

――私と遊びマショウ?

 

 

 

 




紫苑「次話は霊夢と魔理沙の視点だぞー」
霊夢「(/・ω・)/」
魔理沙「(/・ω・)/」
紫苑「追加だから投稿遅くなる……かも?」


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7話 帝王の孫

side 霊夢

 

「アンタが異変の主犯?」

 

「ふん、それがどうした、博麗の巫女」

 

紅魔館の最深部。

門番とメイドを弾幕でボコボコにした私は、そこまで苦労せずに異変の主犯の元まで辿り着いた。

玉座のような椅子に腰掛け、見下すように私を見るちっこい妖怪は尊大な口調で答える。

 

私を値踏みするような眼差し。

気に入らないわね。

 

「さっさと紅い霧出すの止めてちょうだい。洗濯物が乾かなくて迷惑してんの。今日は気分が良いから一発殴るだけで勘弁してやるわ」

 

「……さすが猿。よく喚くな」

 

「はぁ!?」

 

今から洗濯物を干しても、次の日までには乾かないことは承知の上だが、こちらには『浴室乾燥機』という最終兵器を持つお隣さんが存在するのだ。あれがあれば天候気にせず4.5時間で乾く。

私が機嫌が良いのも、昨日の余り物である鶏肉の野菜炒めを朝食として摂取したからだ。

あれは美味しすぎる。

また作ってくれないかしら?

 

まぁ、鶏肉の野菜炒めを食べて幸せな私でも『猿』と言われて黙っていられない。

今日の晩飯を紫苑さんに作って貰うことを心に決めて、お払い棒と札を構えてちっこい妖怪と対峙した。

 

「私の名前は博麗霊夢。アンタは?」

 

その問いに目前の妖怪は嗤った。

椅子から立ち上がった敵は背中の羽を大きく羽ばたかせて宙に浮き、身長の倍はある紅い槍を手に造り、八重歯を覗かせる口で言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「我が名はレミリア・スカーレット。誇り高き吸血鬼の王ヴラド・ツェペシュの孫にして、『スカーレットデビル』の異名を持つ者だ」

 

 

 

 

 

その堂々とした名乗りを聞いて。

私は記憶に引っ掛かるものを感じた。

 

(吸血鬼の……王……?)

 

『吸血鬼』という西洋の妖怪が幻想郷に来たことは紫から聞いていた。付け加えるのならば、今回の異変は『スペルカードを導入した初の異変』ということで、胡散臭いスキマ妖怪が関わっているのではないかと思っている。

しかし、私が引っ掛かるのは『吸血鬼』という単語ではない。

 

 

 

『吸血鬼の王』

 

 

 

どこかで聞いたことのある言葉に違和感を覚えた。

しかも最近の会話から出てきたはず。

 

吸血鬼の王なんて単語を口にするような奴、私の周囲で紫以外に存在しただろうか? 

魔理沙が本で得た知識なら口にする可能性があるが、残念ながらアイツではないのは確か。アリスは最近博麗神社で見かけないし、藍も言うとは思えない。

 

他に誰かいるとすれば――

 

「あー……何となく納得できるわー……」

 

「??」

 

思わず漏れた言葉に首をかしげる異変の主犯。

 

そう、彼――最近引っ越してきた外来人・夜刀神紫苑ならば口にしても違和感が全くない。

他の外来人ならいざ知らず、幻想郷の賢者の師匠であり〔十の化身を操る程度の能力〕なんて規格外な力を持つ少年ならば、吸血鬼の王という単語を言ったかもしれない。

いつ言ったのかは思い出せないけど。

 

まぁ、今はそんなことはいいか。

 

「覚悟しなさい、ちっこい吸血鬼」

 

「その生意気な言葉、いつまで続くか?」

 

獲物を前にして唇を舐める吸血鬼に、私は早く終わらせて帰ろうと肩をすくめた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 魔理沙

 

異変だぜ!

私が解決してやる!

 

そんな意気込みで紅い霧の中を飛び回っていた私だったが、この気持ち悪いくらいに紅い館を霊夢と同時に見つけたときは、この天才肌に絶対負けるもんかといつもの癖が出た。

 

いつも神社の掃除してるか茶を飲んでる、怠け者で面倒くさがり屋の博麗の巫女。なのに私よりも実力は上。

そんな霊夢を心のどこかで尊敬している一方、努力しなくても何でもできるアイツが嫌いだった。いや、嫌いというよりも嫉妬してる。

だから異変も私が解決して見返してやろうと思った。

 

 

 

……そういえば、他にも天才がいたな。

 

 

 

私の脳裏に思い浮かぶのは黒髪の優男。

明らかに戦闘面では素人の雰囲気を出す外来人は、私との弾幕ごっこで新作スペルカードを悉く避けた。その姿は手慣れているようで、初見で全ての弾幕に対応したアイツにも最初は嫉妬した。

それも昨日までのことだったが。

 

 

 

『あの程度の攻撃なんて、初見で躱せないと簡単に死ぬんだよ。俺がいた世界ではな』

 

 

 

『天才だって努力しなきゃ、努力した秀才に劣る』

 

 

 

『けど――少なくとも、努力しないと結果は出ないよ』

 

 

 

アイツは――私の努力を認めていた。

天才であるアイツも努力していた。

 

だから今では嫉妬しようなんて微塵も思わなかった。

生き残るために努力して身に付けた実力ならば――私が文句を言ってもいい奴じゃないと理解した。

 

 

 

おっと、今はそんな話している場合じゃない。

 

 

 

箒で紅い館を散策していたら、大きな図書館を見つけた。

どこを見渡しても本だらけ。これを全て読むのにどれくらいの年月が必要なのか想像もつかないが、本好きの私にとっては宝物庫の如く輝いて見えた。

確か紫苑の家の地かにも書庫があったが、ここはそれの数十倍の蔵書があると思う。ざっと見た感じでそう思ったので、もっとあるかもしれないぞ。

 

その時の私は異変解決のことなど忘れていた。

本棚をざっと確認しながら目ぼしいものを次々と手にとっていく。ちょうど風呂敷も手元にあるし、誰のものかは知らないけど借りていくぜ!

 

なんて本を十数冊戴いたところで――

 

 

 

 

 

「あら、ネズミが入り込んでるわね。こぁは何やってるのかしら?」

 

 

 

 

 

目の前に紫色の女がいた。

アメジストの眼差しが私を捉える。

 

「だ、誰だ!?」

 

「よく考えて質問しなさい。泥棒以外にここにいる者と言えば……管理者ぐらいしか有り得ないでしょう?」

 

「異変の主犯はお前か!?」

 

「私はレミィ――主犯の手伝いをしただけ」

 

紫色の女は淡々と私の質問に返した。

目を細目ながら答える姿は眠たそう……いや、面倒臭そうな印象を受けた。

 

コイツが首謀者じゃないのか。

じゃあ用はないな。

 

「ここはハズレだったか……」

 

「わざわざ前に出てきてあげたのに、ここの管理者を前にしてハズレとは無礼じゃないかしら?」

 

「それを言うなら共犯者だろ? 私は異変解決をするつもりなんだ! もうここに用はないぜ」

 

「さっさと出ていきなさい――その本を置いて」

 

私は図書館から出ようと放棄に股がろうとしたとき、女が不機嫌そうに呼び止めた。女が指差すのは風呂敷から覗かせる大量の本。

私は親指を立てた。

 

「死ぬまで借り――ちゃんと返すぜ!」

 

「『死ぬまで借りてく』って言おうとしたでしょ?」

 

「そ、そんなことない!」

 

ちょっと今までの癖が出ただけだ!

女の指摘に私は首を全力で振った。

 

確かに今までの私なら『死ぬまで借りてくぜ!』と言うだろう。昨日の黒髪の外来人の言葉を聞くまでは。

私は昨日の夜は紫苑の家で晩飯を食べたのだが、その後に本の話をしたら書庫に案内してくれたのだ。ここの図書館ほどではないが、現世から忘れ去られた本しか知らない私にとって、幻想郷では見られない本の数々は魅力的だった。ここでしたように十数冊くらい風呂敷に入れようとしたら紫苑に『おいおい、ちゃんと返せよ?』と言われた。

そして、私はいつもの台詞を口にして――次の紫苑の言葉を戴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫、死ぬまで借りていくだけだぜ!』

『つまり魔理沙が死んだら返してくれんの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時は冷や汗が止まらなかったぜ。

紫苑の言葉は完全に『死んだら』が『殺したら』に聞こえるほどに、黒曜石の瞳が物語っていた。

『じょ、冗談だ。ちゃんと返すぜ……』と生存本能が働き、『冗談か。けど二・三冊くらいにしとけよ』と事なきを得たが、それ以来は死ぬまで借りないようにした。今日もここに来る前にアリスから借りた本は全て返したし。物凄く驚いていたけど。

紫苑に知られたら殺られるからな……。

 

「今返しなさいって……あぁ、もう。力ずくで取り戻す他無さそうね」

 

「お、弾幕ごっこなら大歓迎だぜ! いいぜ、私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ」

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。魔女よ」

 

そうだよ、これがやりたかったんだ!

私は初異変の弾幕ごっこに興奮しつつ、ミニ八掛炉を構えた。目の前の魔女――パチュリーも面倒そうにスペルカードを取り出す。

 

 

 

さぁ、私の英雄譚(ものがたり)を始めよう!

 

 

 

そう意気込んだ瞬間。

 

 

 

 

 

どこからか壮絶な爆発音が聞こえた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side レミリア

 

負けてしまった。

それはもう言い訳できないほどに。

 

「……アンタ、結局何がしたかったの?」

 

「……貴様には関係のないことだ」

 

うつ伏せになって倒れている私に、博麗の巫女は呆れたように問う。どちらにせよ本心を答えるつもりはないので、いつも心がけている尊大な口調で返した。

 

異変を起こした理由は三つ。

 

一つは我等『紅魔館』の力を幻想郷中に知らしめるためだ。

東洋の妖怪が圧倒的に多い幻想郷において、私達――吸血鬼がどのような妖怪なのかを知る者は少ない。それ故に私達は力を示さなければならなかった。誇り高き吸血鬼が他の有象無象に侮られるのは屈辱の極みなのだから。

二つ目は幻想郷の賢者への借りを返すため。

私達を受け入れた八雲紫は、見返りとして『幻想郷で異変を起こすこと』を提案してきた。スペルカードルールの導入として、異変の先駆けとなって退治されてほしいとのこと。

三つ目は――一つ目の理由に近いが、言わないでおこう。

 

私は地下に籠っている妹のことを思い出しながら、三つ目の理由を心に留めておく。

 

「どちらにせよアンタの負け。さっさと霧を消しなさい」

 

「……もう霧は晴れている」

 

「本当にアンタは何がしたかったの……?」

 

主たる私が破れたのだ。

これ以上固執して異変を続かせても、逆に吸血鬼の誇りを傷つけるだけ。潔く敗けを認めることも大切だ。

人間には分からないだろうが。

 

 

 

『負けてもよい。泣いてもよい。誰かにすがっても構わない。だが――誇りだけは失うな』

 

 

 

私の見本であり最強の吸血鬼の言葉は今でも忘れない。

彼の吸血鬼に一歩でも近づくため。今は敗北者の身に甘んじようではないか。

 

くくっ、と気高く笑う私。

 

「……倒れながら笑うって、物凄く格好悪くない?」

 

巫女に指摘されて飛び起きる。

そして急激に頬の温度が増していくのに比例して、巫女のニヤケ面を殴りたくなる衝動に駆られる。外見が幼子に近いだけに、拳を震わせながら睨むが効果が薄い。

 

ほ、誇りはまだ失ってないわ……!

例え巫女に笑われようとも、『帝王と呼ばれし吸血鬼の孫』の矜持は保っているばず!

 

 

 

『いや、流石にそれは無理じゃろ』

 

 

 

ちょ、記憶の中のおじいさま!?

そこフォローするところでしょ!?

 

巫女は私の引きつっている表情の裏で何をしているかを知ってか知らずか、彼女は納得のいかない表情で首をかしげていた。

 

「うーん……なんか引っ掛かるのよね」

 

「ふん、異変は終わったのではないのか?」

 

「そうじゃなくて……何かこう……勘よ、勘」

 

博麗の巫女とは適当なのだな、と笑ってやろうかと思ったが、幻想郷の賢者から『博麗の巫女の勘は異常』なんて言ってたのを思い出す。もしかして妹――フランドール・スカーレットのことに勘づいているのではないだろうか?

まだ確証を持っていないようなので、私はしらを切った。

 

「貴様の勘違いだろう?」

 

「……あの人と会ってから自分の勘が信用に値するのか疑わしくなってきたのよね。あの人のことは勘でも読めなかったし、でもあれが例外だとしたら……」

 

「あの人?」

 

「最近幻想郷に来た外来人よ。化け物じみた能力を持つ、得たいの知れない人間なんだけど。まぁ、悪い人じゃなさそうだし、博麗神社の隣に住んでるから大丈夫だと思うわ」

 

歯切れの悪い博麗の巫女の発言に眉を潜める。

本気ではなかったとは言え、私を打ち倒した巫女が『化け物じみた』と称する人間。只者ではないだろう。

 

私がその人間について問おうとした刹那――

 

 

 

 

 

どこからか壮絶な爆発音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「な、何!?」

 

巫女は慌てたように周囲を見渡すが、私はその妖力の出所を知っており、事の重大さに思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

「フラン!」

 

 

 

 




レミィ「私の格好良いシーンがっ」
霊夢「これが『かりちゅま』なのね」
レミィ「はぁ!? そんなんじゃないし!」
帝王『かりちゅまwwwwwww』
レミィ「おじいさまも草生やさないで!」


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8話 後悔とすれ違う狂気

『――紫苑、あの話を憶えておるか?』

 

『んだよ老害。飯は3日前に食ったでしょ』

 

『ボケた爺扱いするな! 貴様とさっき一緒に食ったではないか! 儂の孫――姉妹の妹の方についてじゃ』

 

『……あぁ、あの胸糞悪い冗談みたいな話がどうしたんだよ?』

 

『儂はな、あの少女を救うことが出来なかったんじゃよ。どれくらい前の話か覚えてはおらぬが、ただそれだけが心残りであり――儂が生涯において最初で最後の後悔じゃった』

 

『……帝王、さすがに仕方ねーんじゃないかな。〔ありとあらゆるものを破壊する能力〕なんて女の子一人が背負える力じゃないだろうし』

『確かにそうじゃ。しかし……悔やみきれんのじゃよ』

 

『………』

 

『――夜刀神紫苑(・・・・・)

 

『なんだ? ヴラド公爵(・・・・・)

 

『もし……その少女――フランドール・スカーレットと会った時は、彼女を救ってはくれぬか?』

 

『……唐突すぎて紅茶吹きそうになったわ。いや、救ってくれないかって……もうちょっと具体的な案をな』

 

『――このとおりじゃ』

 

『……頭下げんなよ、誇り高い吸血鬼はどうした?』

 

『ふん、儂の孫さえ救われるのならば――吸血鬼の誇りなど捨ててやるわ!』

 

『おま――っ! ………………はぁ、期待はすんなよ』

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

紅魔館の中は広かった。

 

というか広いというレベルじゃない。

外観から「相当広そうだなー」とは思ってはいたが、美鈴から聞いた人数が住んでるとは考えられなかった。2階建ての大きな家に住んでる俺が言える立場ではないが、上には上がいると身を持って実感している最中だ。

館というより城の域に達しているレベル。

 

相変わらずの紅い装飾品に悪趣味さを感じながら、俺は美鈴と並んで館の廊下を歩いていた。

 

「ところで紫苑さん、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「堅苦しい敬語で聞かなくていいぞ? ……なんだ?」

 

「あはは、これは癖でして……。紫苑さんが言ってた『壊神』というのは誰なんですか?」

 

「………」

 

……自分で発言した失態なのは確かだが、俺はいったいどんな顔をしているのだろうか?

彼女が知らなくても良いことだし、どちらかと言えば壊神(アイツ)の事は知らない方が今後を楽しく生きられるのは明白だろう。あれは常識あるものが関わってはいけない存在。

 

唸りながら考えること数十秒。

結局俺は教えることにした。

 

「……美鈴、フランドール・スカーレットの能力は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕というのは知ってる。その能力は、形あるものを破壊するって認識で間違いないよな?」

 

「え? えぇ、妹様は物資から生命まで破壊が可能ですが……」

 

「俺が言った『壊神』って奴は、彼女の上位互換の能力――〔森羅万象を破壊する程度の能力〕を持ってる不老不死のキチガイ野郎なんだよ」

 

「……え?」

 

「〔森羅万象を破壊する程度の能力〕……形あるものから見えないもの――精神や幻想すら破壊してしまう、フランドールよりも相当たちの悪い能力だ。加えてアイツは不老不死の体質っていうオプションまでついてるから、外の世界の大妖怪ですら鼻歌混じりに殺せる正真正銘の化物なんだぜ?」

 

美鈴は目を丸くし、俺にはその反応が当たり前なのだと再認識した。あの街にいると感覚が狂う。

よくアイツとも死闘をしたことはあるが、毎度毎度頑張って辛勝するのが精一杯だった。一歩間違えれば死亡なんてザラじゃない。地面やら建物やら壊していく姿を見て良く思ったけど、俺なんで生きてるんだろ?って闘うたびに考えてたわ。

 

それを言い出したら、他の3人も化物だったけどさ。

 

「ふふっ」

「?」

 

笑い声がした隣を見ると、美鈴が楽しそうに微笑んでいた。

俺の話のどこに笑う要素があったのか首をひねって考える。

 

「紫苑さんは、その壊神さんとは仲が良かったんですね」

 

「んー……仲が良かったか……?」

 

「その人の説明してる時、紫苑さん笑ってましたよ?」

 

え? 俺が笑っていた?

俺は唖然としてしまった。あのキチガイ野郎の話しているときに笑ってしまうとは……。

 

「……確かにアイツらとは仲が良かったよ。まぁ、もう会えないけど」

 

「どうしてですか?」

 

「俺が幻想入りしちまったしな。もう会うことなんてないだろうよ」

 

「……あ」

 

失言だったと言わんばかりに謝ってきた美鈴をどうにかして宥めながら歩いていると、紅魔館の中でも広い空間にたどり着いた。

紅いシャンデリアに紅いステンドガラス、紅のオンパレードに目を細めつつ館内の構造を観察していると、美鈴が広間の一角に向かって走っていった。

そこにいたのは、

 

 

 

 

 

「咲夜さん!?」

 

 

 

 

 

広間に散乱する無数のナイフと、先ほどの美鈴と同じようにボロボロになったメイド服姿の女性だった。

銀色のショートヘアーの美女は美鈴の声に反応して体を起こそうとするが、うまく行かずに仰向けに倒れてしまう。美鈴はメイドに駆け寄り、俺は道端にあるナイフを回収しながら進む。

 

「……中国、何やっているの? 早くお嬢様を……うっ」

 

「咲夜さん! ボロボロなんですから動かないでください!」

 

「でも紅白巫女がお嬢様のところに……」

 

霊夢、なんか嫌なことでもあったのかね?

遠くから見る限り致命的な外傷はなく、ただ動けないほどに痛めつけられたって感じだろうか? 異変の元凶に加担したんだし、当然の扱いか。外の世界だと問答無用で抹殺されてたし、幻想卿のほうがマシと言えばマシなんだろうけど。

俺は十数本のナイフを持って美鈴とメイドの傍に近寄る。その気配を察知した美鈴が振り返って助けを求めてくる。

 

「紫苑さん、治療をお願いできますか!?」

 

「俺は医者じゃないんだぞ? 別にいいけどさ……」

 

俺は美鈴の時と同じようにメイドの腹部に手を当てて第8の化身『雄羊』を使用した。

『雄羊』は西洋で『豊穣』の象徴とされ、雄羊の所有数がそのまま国力を示していたと言われるほどだ。第8の化身は『自分や対象の肉体・力の回復』をする事が可能で、十の化身の中でも1・2位を競うほどの使用頻度が高い化身でもある。

普通ならば使用頻度が低そうな化身のイメージだが、あの化物集団の中にいたことを考えれば当然の結果だとは思う。

 

メイドの体は『雄羊』によって10秒も経たないうちに全回復する。

彼女は自分の体にあった傷がなくなったことに驚きながら立ち上がる。

 

「ほれ、こんくらいで大丈夫だろ」

 

「……ありがとうございます」

 

メイドは警戒しながらも俺に礼を言ってきた。

いくら近くに美鈴がいるからって、紅魔館に見知らぬ男がいれば警戒するのも当然か。

というわけで名乗ろう。

 

「自己紹介が遅れたな。俺は夜刀神紫苑っていう普通の人間だ。能力持ちだけど」

 

「……私は紅魔館のメイド長を勤めております、十六夜咲夜(いざよいさくや)と申します。この紅魔館にどのようなご用件で?」

 

「ちょっと昔の約束を果たしに来ただけだよ」

 

最近のメイド長は戦闘もこなすんだな……とナイフが散らばった風景を横目に驚く。

というかメイドというものを見たことがなく、俺のメイド知識はアニメが基本なので、表には出してないけど本物のメイドにハイテンションだったりする。

 

「彼はお嬢様の古い友人の知り合いだそうですよ」

 

それは俺とお嬢様は赤の他人じゃね?と俺は美鈴の説明を聞きながら素直に思ったが言わない。

 

「知り合いからスカーレット姉妹の話を聞いたことがあって、その知り合いからの伝言とか約束やら頼まれてるってコト」

 

「そうでしたか……これはとんだご無礼を」

 

「畏まらなくていいよ。とりあえずスカーレット姉妹の妹の方に会わせてもらえれば――」

 

妹への面会を求めようとしたとき――

 

 

 

凄まじい爆発音と共に広間の床が木っ端微塵に吹き飛んだ。

その破壊のされ方に既視感を覚え、妹様とやらに会う手間が省けたと思うと同時に、これは荒れてるな……と他人事のように溜め息をついた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 咲夜

 

粉塵が舞い上がり、私と美鈴は唖然とする。

バラバラになった床下から飛び出てきたのは金髪の幼子。

 

「あははハ! 見つけタ!」

 

「妹様……!?」

 

瞳に狂気を宿らせた妹様だった。

口が裂けていると錯覚してしまうほど口を歪めて笑い、手に持っている首のない人形を抱えて立っている。

妹様は周囲を一瞥し、私たち3人を確認すると一層嗤う。

 

「咲夜と美鈴と……玩具?」

 

「玩具って酷いな。俺は紫苑って名前だぞ」

 

私の左に立っている黒髪の少年ーー紫苑様が不満そうに訂正する。

美鈴曰く「お嬢様の友人の知り合い」だそうだが……端から見れば普通の人間にしか見えない。他者を回復させる能力を持っているらしいけれど、戦闘に慣れてるような雰囲気には思えなかった。

それでも紅魔館の客人。私は紫苑様に害が及ばぬよう前に出ようとしたが、先に彼が妹様に近づく。

 

「お前がフランドール・スカーレットか?」

 

「そうだよ! よろしくね!」

 

「おう、よろしくなー」

 

妹様の狂気に気づいているのかいないのか、紫苑様は手を振って友好的に接している。

こちらから彼の表情を窺うことはできないけれど、態度からは妹様を恐れているようには見えない。

同じことを考えたのか、妹様も首をかしげている。

 

「紫苑は私のこと怖がらないんだね」

 

「?」

 

「私はね、〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕を持ってるんだ。だから皆は私に近づいてこないの」

 

「ふーん。まぁ、俺には関係ないことだな」

 

「!? あははハ! 紫苑は面白いね!」

 

「そりゃどうも」

 

紫苑様は何かを考えるように妹様に対応する。

そして彼は主の妹との距離を数メートルまで縮めて、妹様をあまり刺激させないような態度で尋ねる。

 

「フランドール、ちょっと聞いていいか?」

 

「フランでいいよ! どうしたの?」

 

「分かった。単刀直入に聞くけど

 

 

 

 

――お前って誰かを殺したことある?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

態度は刺激させないものだったが、質問の内容は地雷を踏むのと同義の威力があるものだった。妹様の楽しそうな表情は一転して、ひどく怯えたように一歩後ずさる。本当に単刀直入だ。

少女にする質問ではないし、妹様の表情からしたことないのは明らかだが、紫苑様は責める素振りもなく質問を繰り返す。

彼が何を考えているのかが分からない。

 

「わ、私は……」

 

「この答えは『はい』か『いいえ』で答えられる質問だぞ? 何を戸惑ってる? 素直に答えてくれて結構だ」

 

「こ、殺してない……けど、私の能力は壊すものだから……」

 

「なるほどなるほど、それで地下に引きこもってたわけか。……壊神よりはマシか」

 

情報を整理するように何度も頷く紫苑様。後半部分の言葉は小さくて聞こえなかったが。

 

この状況をどうすればいいのか美鈴と顔を見合わせたとき、遠くから数人の足音が聞こえた。

振り返るとお嬢様と紅白巫女、パチェリー様に白黒魔法使いが走ってくるのが見える。お嬢様は妹様の姿を確認するな否や、冷たい声で言い放った。

 

「フラン! 地下室に今すぐ戻りなさい」

 

「お姉様……でも……!」

 

「いいから戻りなさい。私の言うことが聞けないの?」

 

「お、おい。いくらなんでも高圧的に言い過ぎじゃ」

 

「人間如きが口を挟むな! これは私たちの問題よ」

 

止めようとした紫苑様の言葉を、お嬢様は覇気を込めて睨み付けて黙らせる。吸血鬼の覇気に思わずあとずさる……ということは全然なく、紫苑様は呆れたように頭を振った。そして「じーさんの言ってたのはコレかよ……」と小さく呟いていた。

お嬢様の言葉に妹様が涙目になり「私は……私は……」と言葉を繰り返しながら壊れた床に踞る。

 

「紫苑さん、何でここにいるの!?」

 

「私用で来た」

 

「今どういう状況なんだぜ!?」

 

「絶賛すれ違い中ってところかなぁ」

 

紫苑様は紅白巫女と白黒魔法使いの質問を一言で片付ける。

あまりにも省略しすぎて、間違ってはいないが肝心なところが伝わっていない。美鈴はパチェリー様に詳細を説明している。

 

お嬢様はいまだに妹様に戻るように命じる。私はお嬢様の言葉を止めることができずにいると、背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

「あははハハ」

 

 

 

 

 

妹様の方を見ると踞っていたはずが4人に分身して、4つの小さなはずの口を大きく歪ませ、8つの狂乱に染まった瞳でお嬢様を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「アハハははははははハハハハははははハハははは!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう地下室ハ飽きタ!」

 

「オ姉様! イッぱい遊びマしょ?」

 

「たくさンたくサん壊しちゃエ!」

 

「アハハ!!!!」

 

狂ったように笑い出す妹様達。広間の壁に亀裂が入り、スタンドガラスや照明が次々と粉砕していく。

お嬢様は手に大きな紅い槍を握り、紅白巫女は札を数枚取りだし、白黒魔法使いは八角形の物体を構える。

 

「人間、さっさと下がりなさい!」

 

「そんなこと言ってる場合かよ!?」

 

「紫苑さん、そこ退いて!」

 

――このままお嬢様と妹様を戦わせてはいけない!

私はナイフを手に、我が主の妹に語りかけた。

 

「お止めください、妹様! 今ならまだ……!」

 

「さくヤ? 煩いよ?」

 

フラン様たちが私に目を向けた瞬間――私は強く吹き飛ばされた。

バランスを崩して盛大に倒れ、ヒビが入り抉れた地面に身を投げる。

 

 

 

な、何が……。

 

 

 

状況が掴めず妹様たちを見ると、唖然としたように、怯えたように止まっている。周囲も呆然と私に視線が集まっていることが分かった。

わけが分からず身体を確認すると――メイド服が鮮血に染まっていた。白と黒のメイド服だったが、もはや紅色の部分の方が多い。けれど私は倒れた痛みを一切感じないし、どこも怪我をしているようにも見えない。

 

――ポタリ、と頬に赤い液体が降ってきた。

横しか見てなかったため上を確認してなかった。

私は視線を上に――

 

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

広がる光景で状況を全て把握した。

 

私を妹様の能力で破壊されないように突飛ばし

 

 

 

妹様の能力を飛ばした右腕で受け

 

 

 

肉片や骨の欠片を撒き散らして

 

 

 

右肘から先を無くした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――紫苑様だった。

 

 

 




紫苑「マジ痛いなぁ」
霊夢「それ痛いで済むレベルなの!?」
咲夜「は、早く手当てを!」
紫苑「いや、後書きで治されると続きが……」


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9話 犠牲にして

side 紫苑

 

利き腕たる右腕が、肘から先が消えた。

内部の繊維がぐちゃぐちゃに破壊されて、肘辺りが血肉をまき散らしながら吹っ飛んだというべきか。俺の右手が十六夜さんの後ろに落ちてる。

 

フランドールのやろうとしていることはなんとなく予想はついたし、壊神と同じであればコンマ0秒で能力が発動できることは知っていたので、十六夜さんには手荒だけどド突かせてもらった。破壊系能力は予測が大事なのは体験済みだったので、ある意味では壊神に感謝だ。

十六夜さんは体がミンチになるよりはマシ……と考えてくれれば嬉しいなぁ。十六夜さんが俺の惨状に気づいて思考停止させてるけど、破壊に巻き込まれた形跡はない。

良かった。

俺は全然よくないけど。

 

「し、紫苑!? だ、大丈夫か!?」

 

「……これ見て大丈夫だと本当に思うか? とりあえず生きてはいるよ」

 

魔理沙の発言にツッコミを入れるくらいには意識があるけど、ぶっちゃけクソ痛い。

脳みそが痛みを遮断して、さっきから冷や汗が全然止まらない。ショック死は免れたものの、出血多量死という言葉が冗談じゃなくなってくる。意識なんて気合と根性で保ってるわ。

こんな状況で他人を気にしている場合はないが、冷や汗をかいた顔を動かしフランドールに視線を移す。

彼女は初めての『肉体の破壊』に相当ショックを受けているようだ。

 

 

 

 

 

これは――チャンスかもしれない。

 

 

 

 

 

俺は床に腰を下ろして服の裾を近くに落ちてたナイフでひも状に切り、口で紐の端を固定しつつ傷口の止血を図る。なんか『死ぬほど痛い』描写をしてはいるが、肉体の欠損なんて初めてではないので器用に血を止めることに成功した。痛いことに変わりはないけど少しの間は大丈夫かな。

 

応急処置を終え破壊されてない腕で支え立ち上がった俺は――フランの元へ足を運ぶ。

おぼつかない足取り。それでも前へ進む。

 

「ちょ、人間! 待ちなさ――」

 

黙れ(・・)

 

「!?」

 

この紅魔館の主・レミリア・スカーレットに呼び止められた気がするが、顔だけレミリアの方を向きつつ俺は3文字の言葉で一蹴する。痛みで一度に多くのことを考えている余裕はないので放った一言だったが、レミリアは肩をビクッと振るわせて黙ってくれた。ちょっと失礼だったかもしれない。

霊夢や魔理沙、美鈴さんに紫色の女性も何か言いたげな顔だったが声をかけてくることはなかった。正直ありがたい。

 

フランドールは4人だった分身を解除し、親に怒られる寸前の子供のように怯えている。

俺より数百倍年上だとは思えない。しかし、年齢と中身が一致しない例なんて街で嫌と言うほど見てきた。特に相手は不老不死に近い存在の吸血鬼だしな。

 

「――おい、フランドール」

 

「ひぃっ」

 

俺の言い方がきつかったか? 金髪幼女は後ろに下がろうとしてつまずき座り込んでしまう。

 

そのためか、悪いとは思っているが俺の脳内は『どういう言葉でフランドールを説得するか?』を全力でまとめているため、フランドールに気を使っている余裕は一切ない。『雄羊』の化身も使う余裕がないし。

後で土下座だな。後があればの話だが。

 

俺は千切れて止血済みの右腕を見せながら言う。

それを見て肩をビクッと震わせる金髪幼女。

 

「これがお前の能力が起こした結果だ。――良かったな。これが十六夜さんに直撃してたら、誰だか分からないような肉の塊を見ることになっていたぜ?」

 

「あ……あぁ……あああ……」

 

「どうだ? 初めて人を壊した気分は。面白いか? 楽しいか?」

 

あぁ、俺はなんて最悪な奴なんだろう。

解りきっている残酷な質問を幼子に問うなんて、自分で自分が嫌になってくる。けど、これをしないと子供は理解しない。口で言うだけじゃ実際の恐ろしさは伝わらない。

残酷な世界だよ、俺が言えたもんじゃないけどさ。

 

フランドールは涙を止めどなく流し、濁音混じりで俺の問いに答える。

 

「――お、おもじろぐないっ。だ、だのじぐないっ!」

 

「そうか。じゃあ、なんで面白くもなく、楽しくもないのに壊そうとしたんだ?」

 

「ごめんなざいっ! こんなことになるとは思わなぐで……!」

 

いや、普通に考えたら分かるだろ……とは思わない。

495年間も地下に引きこもっていた子供の吸血鬼に、『何をどうしたらこんな結果になる』なんて思考能力を求めるほうがおかしい。知らないものを理解することはできないからな。

はぁ……えーと、次はなんて言うんだっけ? 頭が熱くなって思い出せないや。

 

俺が酸素不足の脳をフル回転させていると、ボロボロ涙を流して叫ぶフランドールの言葉が聞こえた。

 

「ごめんなざい! ごめんなざい! もう壊ざないがら! だから……だから……っ」

 

小さな少女の悲痛の声は、静かな広間に、確かに響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――嫌いに……ならないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は壊れた腕を下ろす。

もう……十分かな。

俺はフランドールに触れられるくらい近づいて――怯えた少女の頭を胸に抱き寄せた。

 

「……え?」

 

彼女にとっては予想外の出来事に、小さな吸血鬼は驚いた。

もしかしたらこの少女は――495年間も、こんな風に誰かに抱き締められたことすらないんじゃないだろうか?

 

「〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕か、辛いよな。ただ単に握りつぶすように破壊するだけの嫌悪感しか起きない、精神がガリガリと削られる能力。そんなの持ってて怖くないはずがないからね」

 

「しお……ん……?」

 

「『嫌いにならないで』――お前は能力を制御できないだけだろう? 生きてるもの皆最初は何もできないのが当たり前。これから覚えていけばいいし、俺がフランドールを嫌いになるはずがないだろ」

 

「……紫苑は私を……嫌いにならないの? ずっと一緒にいてくれる?」

 

俺を見上げてくる金髪幼女に、俺は笑いかけた。

冷や汗流しながら。

 

「ずっと……は無理だけど、嫌いになることはねーよ。もうフランドールは自分の能力の恐ろしさをちゃんと理解してるからな」

 

少女にとって、この言葉が限界だったようだ。

 

 

 

 

 

「う、うぅ、うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

安心したのか、拒絶されなかったからなのか、はたまた両方か。

小さな吸血鬼は大声で泣いた。

相当無理をしていたんだろうな。俺には理解しようともできないが。

 

 

 

「ヴラド、これでいいか……?」

 

 

 

たかが17年しか生きてない若造が、495年の孤独を埋められたとは思えない。

それでも――この少女を少しでも救えたなら……あのプライドの高い吸血鬼も安心するだろうよ。

 

どれ程時間が過ぎただろうか。頭にある酸素が徐々に減って、思考能力をどんどん奪われてゆく。

フランドールが泣き止んだので声をかけた。

 

「フランドール、ちょっといいか?」

 

「フランって呼んでいいよ、お兄様」

 

「そっか……お兄様?」

 

「うん! ……ダメ?」

 

「いや……好きに呼んでいいよ、うん」

 

深く考えずに了承する俺。

んな余裕あるかよ。

 

「それでどうしたの?」

 

「俺、もう無理だわ」

 

とりあえずフランに伝えたいことは全部伝えたので意識を手放し、受け身も取らずに倒れる。

何か叫ぶ声が聞こえるが……俺の耳には入らなかった。

 

 

 

 

 

意識が切れるとき、どこからか『かかかっ、上出来だ』という嬉しそうな声が聞こえた気がした。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

『――壊神、人を壊すってどんな感覚なんだ?』 

 

『はァ? どーしたンだ急に。誰か壊してェ相手でもいンのか?』

 

『お前と一緒にすんな。じーさんの話を聞いて思っただけだよ』

 

『……なんて言えばいいンかねェ。人壊すたびに大切なものが死んでいくみてェな感覚だな。俺様も最初は人壊した時に発狂したもんだぜ?』

 

『お前は生まれつき発狂してるわけじゃねーのか』

 

『黙れぶっ壊すぞ』

 

『もしもの話なんだけどさ、お前と同じような能力を年端もいかない幼女が持っていたとしたら……どうなると思う?』

 

『目も当てられねェなァ。少なくとも正気は保てねェだろ』

 

『ふーん』

 

『……でもなァ』

 

『?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その能力を持っていても――理解して受け入れてくれる酔狂な野郎がいれば、少しは変わるンじゃねェの? 今の俺様みたいになァ』

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 魔理沙

 

霊夢を見返してやるために参加した異変解決。

図書館で紫色の魔女を倒して本を借りようとしていたのに。

 

まさか――こうなるとは思わなかったぜ。

 

 

 

「お兄様! 目を開けてよ、お兄様ぁ!」

 

 

 

客室のベッドの上にいる紫苑の体を金髪の少女が揺さぶりながら、涙を止めどなく流し悲痛の声を上げる。

動かなくなった紫苑は血の気がなく、生きているのかどうなのかすらわからない。右腕が壊されたせい……ではなく、見た感じ血の量が圧倒的に不足している気がした。

メイドと紫色の魔女が必死になって治療を施しているが、紫苑が目覚める気配がない。

私たちは部屋から静かに出て、何度目か分からないため息をついた。

 

「……なにがどうなってんだよ」

 

「それは私のセリフよ、魔理沙。どうして紫苑さんが紅魔館にいるのよ」

 

霊夢は廊下の壁に体重を預けながら、腕を組んで不機嫌そうに視線を移す。私も紅魔館の主――レミリア・スカーレットだっけか。そいつを睨んだ。

レミリアは覚えがないと首を横に振る。

 

「私は呼んでないわ。人間が勝手に来たのよ」

 

「というかアンタ口調変わってない?」

 

「今はそれどころじゃないでしょ!」

 

「あの……」

 

すると紅魔館の門番をしていた……誰だ? とにかく門番が手を上げていた。レミリアが発言を促す。

 

「美鈴、何か知ってるの?」

 

「そこの霊夢さんと魔理沙さんが来た少し後に紫苑さんが来たのですが……お嬢様の友人の知り合いから伝言と約束があると言っていました。伝言は分かりませんが、『妹様を救うこと』が約束だったそうです」

 

「フランの事を最初から知っていて来た……? その私の友人が誰か聞いた?」

 

「はい。確か……ヴラド公であると」

 

「おじいさま!?」

 

レミリアは驚愕の表情を浮かべる。

 

「誰だぜ? そいつ」

 

「……外の世界で史実に出てきたのは最近だけど、2000年以上は生きる吸血鬼の中でも最強を誇る大妖怪よ。ただの人間が会えるような方ではないけれど、フランのことを知っているのであれば本当のようね」

 

「アイツそんな大物と知り合いだったのかよ!」

 

ただの外来人じゃないのは知っていたけど、まさか吸血鬼の王様と繋がりがあるなんて……外の世界で紫苑は何をやっていたんだ?

 

その疑問と共に、さっき紫苑がレミリアに放った一言を思い出した。

 

 

 

 

 

黙れ(・・)

「……っ」

 

 

 

 

 

背筋が震えた。あの目は忘れられない。

瞳孔の開いた、抜身の刀よりも鋭いまなざし。少なくとも私の想像していた外の世界の人間が出来るとは思えない殺気(・・)をまき散らしていた。誰も紫苑の行動を止められなかったのはこのためだ。

心臓を直に握られたような苦しみを味わった。

 

 

 

まるで……『黙らなかったら殺す(・・・・・・・・・)』とでも言いたげな殺気だった。

 

 

 

一方、霊夢は納得したように頷いていた。

 

「なるほどね。それが紫苑さんが紅魔館に来た理由か」

 

「霊夢は驚かないのか?」

 

「あの紫の師匠やってた人よ? しかも〔十の化身を操る程度の能力〕なんて私でも勝てるかどうかわからない能力持ってる紫苑さんが、外の世界で大妖怪と知り合いとか驚くにも値しないわ」

 

「霊夢ですら!? それ初耳だぜ!?」

 

周囲の連中も驚きに声にもならないようだ。

幻想卿で八雲紫の名前を知らない人はいないだろうし、霊夢の強さは戦ったことがあるレミリアと門番も知っている。

 

しばらくして顔色の悪い紫色の魔女と信じられないものを見たような顔のメイドが部屋から出てきた。金髪の少女も目元を赤く腫らしながらついて来る。

 

「パチェ! あの人間は大丈夫なの?」

 

「……その前に、そこの2人に聞きたいことがあるわ」

 

紫色の魔女――パチュリー・ノーレッジが私と霊夢を見据える。

そして紡がれた言葉は私が一番本人に聞きたいことでもあった。

 

 

 

 

 

「彼は……本当に人間なのかしら?」

 

 

 




パチェ「あれ人間じゃないでしょ」
フラン「お兄様はお兄様だからねっ!」
パチェ「そういう意味じゃ……もうそれでいいわ(思考放棄)」
魔理沙「あれで『普通の人間』名乗ってるんだぜ?」
パチェ「あんなのが闊歩する世界って末期でしょ」
紫苑「おい」


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10話 紅の邂逅

side 紫苑

 

目が覚めたら紅い天井が目に入った。

つまり俺は仰向けに倒れていることになる。いや、地面が異様に柔らかいから、ベッドの上にいるのだろう。

 

「――ここ、どこだっけ?」

 

上半身だけ起こそうとして、体に違和感を感じた。

腹筋の力だけで起きることも人間には可能だが、基本的には手をついて体を支えながら起きようとしたため、その違和感はすぐに分かる。

 

「……あれ? 右腕なくね?」

 

右腕が肘より先がない。

加えて下半身に重みを感じたので見てみると、そこには金髪幼女が俺の足元を枕にしてうつぶせに眠っていた。宝石のような羽を持った天使のような少女だ。

……コイツ誰?

 

「……あ。あー……」

 

考えること数分、俺の脳は活動する。俺の右腕粉砕した吸血鬼じゃん。

ここでようやく、俺は紅魔館に来てフランドール・スカーレットを救いに来たことを思い出した。十六夜さんを突き飛ばし、レミリアさんに殺気飛ばし、フランを奇跡的に救えたことを。

 

そして出血多量で気絶したことも。

俺は肩を落として項垂れた。

 

「なんて情けねぇ……たかが腕吹っ飛ばされた程度で気絶するなんて……」

 

「普通は腕を吹っ飛ばされたら大変ですよ」

 

いきなり声が聞こえたので振りむいたところ、メイドの十六夜さんがベッドの横にある椅子に座っていた。

なかったはずの椅子もどこから持ってきたのか知らないし、気配すら感じなかった。消えたり現れたりなんて俺達の間では常識なのだが。

十六夜さんは心配そうに俺の容態を聞く。

 

「紫苑様、具合はいかがでしょうか?」

 

「んな畏まらなくてもいいよ。腕がない違和感除けば全然大丈夫。というか倒れてどれくらいたったのかな、十六夜さん?」

 

「咲夜、と呼び捨てで構いません。紫苑様が倒れてから2日経ちました」

 

「へー……思ったより経ってるな」

 

血が止まって千切れた部分が赤黒くなっているが痛みはない。

利き腕が使えないのは不便ではあるが、一人の命と比べれば安いもんだ。正確にはメイドの命と少女の心が救えたというべきか。そもそも本当はフランに左腕を破壊させる(・・・・・・・・)予定だったけれど……後の祭りだな。

 

ただ十六夜さん――咲夜の申し訳なさそうな表情が消えることはなく、立ち上がって俺に頭を下げてきた。

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした。本来ならばメイドたる私が受けなければならなかった傷であったのに……」

 

「気にすんなって、咲夜。あっちでも勝手に首突っ込んで勝手に傷受けてきたし。あとヴラドのじーさんとの約束果たす計画あったしな。元々腕を壊させる予定だったし問題ないさ」

 

「しかし……」

 

どうやら咲夜は納得してくれないようだ。

確かに自分が同じ立場に立たされたら絶対納得しないし……はて、どうしたもんか。咲夜が目頭に涙貯めてるし、余り言いたくはないけどバラしたほうがいいか。

 

「ホント大丈夫だって。2・3週間すれば治るし」

 

「……え?」

 

「俺の能力のことは霊夢とか魔理沙から聞いたか?」

 

「は、はい……。確か〔十の化身を操る程度の能力〕と」

 

「咲夜と会った時に少し話したと思うが、俺の第8の化身『雄羊』は自他の回復もできるけど、本来の効果は『再生』。肉体・力を本来あるべき姿に戻すために、治癒能力を限界以上に上げる能力だ。頭や心臓とかの致命的な傷は無理だし、欠損とかは不老不死以上に時間はかかるけど、いずれ俺の右腕は勝手に生えてくるから安心してよ」

 

頭や心臓のくだりは自己解釈だけど、欠損の直りの遅さからして間違いじゃないとは思う。試してみようとは全く考えない。

そういうこともあり、あまり『雄羊』の効果については他人に話さないようにしている。今回は自業自得だから咲夜に話したが。

 

「しかし……」

 

「もう謝るのはやめてくれ。逆に困る」

 

「そう、ですか。なにかご要望があれば何でもお申し付けください」

 

「真面目すぎるな……疲れないか、それ。 あ、要望ならレミリアさんに会わせてくれない?」

 

さっさと残りの約束片付けて早く帰りたい。

それを知ってか知らずか、咲夜は二つ返事で了解してくれた。

俺は立ち上がろうとしたところで、足元でフランが寝ていることを思い出した。そして俺の脳裏に考えが浮かぶ。

 

「ついでにフランドール連れてくか」 

 

「妹様を、ですか?」

 

「総仕上げってところだな。――おーい、フラン起きろー」

 

気持ちよく寝ているところ悪いけど、俺は左手でフランドールの身体を揺さぶった。なんか寝顔が天使すぎて吸血鬼って印象が湧かない。

やがてフランドールが眠たげに目を擦りながら起きる。

 

「……んぅ……ん?」

 

「おはよう、フラン。何時かわからないけど」

 

「――お兄様っ!」

 

「お、おう?」

 

弾かれたように起きたフランドールが、今はない俺の右腕の付け根をペタペタと触って確認し始めた。くすぐったい。

赤黒い生々しい千切れた部分を見つけた金髪幼女は、しょんぼりと可愛らしい顔を曇らせる。

 

「ごめんなさい……お兄様……」

 

「それはもういいって。今からレミリアさんとこ行くんだけど、フランも一緒に行こうぜ」

 

「お兄様のところならどこでもついてくよ!」

 

さっきの咲夜と同じような顔してたフランが花のように笑った。

咲夜もそうだけど『なんでも申し付け下さい』とか『どこにでもついてく』とか、コイツらは俺の紳士力を試しているのか? 紫苑さんは紛れもなく思春期真っ只中の男だせ?

何もしないけどさ。

 

まぁ、それはいいとして。さっさとレミリアさんとこ行くか。

 

二日ぶりにベッドから降りた俺は、背筋を存分に伸ばした。ポキポキと心地の良い音が鳴り、体が動いてるという実感を取り戻す。

服は倒れたときのままだったようで、長袖のシャツが右だけ半袖というシュールなコーディネートになっていた。割りと気に入ってた色だけど、捨てるしかないようだ。

 

俺は左手を握って隣を歩くフランと、一歩後ろをついて来る咲夜と共にレミリアさんの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて、帝王。約束を果たそう。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 咲夜

 

『彼は本当に人間なのかしら?』

 

『どういうことだぜ?』

 

紫苑様と妹様の後ろを歩きながら、二日前のパチュリー様の疑問のことを考えていた。私も彼の治療を手伝っていただけに、パチュリー様の疑問はもっともであると考えていたからだ。

七曜の魔女は言った。

 

 

 

『――彼、もう傷が塞がっているわ』

 

 

 

正確には『治療をしようとした傷が塞がっていた』だろう。私が見たときにはすでに腕の千切れた部位から血が流れることはなく、青い顔で倒れていた紫苑様も涼しそうに寝ていた。まるで最初から怪我をしていなかったような雰囲気だった。右腕が消えていなければそう錯覚を起こしただろう。

彼は自分のことを『普通の人間』と称していたが、パチュリー様の知っている人間では有り得ない回復速度だったらしい。

 

私は紫苑様と妹様が楽しそうに歩いている姿を見て、私は顔を綻ばせる。まるで――本当の姉妹のように。

微笑ましい姿だ。

 

 

 

しかし――彼の能力はどこまで規格外なのか。

 

 

 

霊夢に聞いたところ、現在判明している彼の能力は、遠くに移動できる『風』、瞬く間に速く動ける『大鴉』、雷を精密に操る『山羊』……そして、肉体を欠損すら回復させる『雄羊』。

まるで幻想郷にいる能力者の劣化版を集めたような化身。ただの劣化版ならばまだしも、彼は敵対するだけで『絶対に勝てない』と敵意を挫く力を持っている。加えて――まだ6つの化身(・・・・・)を彼は隠し持っているのだ。

 

 

 

『彼の本当の能力は〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕よ』

 

 

 

十の手札と精神干渉の能力。

そのような能力、恐らくお嬢様ですら対処するのは難しいだろう。もしかしたら不可能かもしれない。

紅魔館の驚異となる人間。本来ならば排除するのが従者の役目であるが……私的な感情では彼と敵対したくない。

 

 

 

 

 

『――あぁ、無事でよかった……』

 

「――っ!」

 

 

 

 

 

彼が異変で妹様の能力を受けたとき。

私が彼の顔を見上げたとき、紫苑様は無意識だったと思われるが、私のことを心から心配してくれる声が耳に残っていた。この二日間、その言葉を思い出す度に胸が締め付けられる感情に襲われる。

この感情の正体は……いや、分かっている。

生まれてはじめての感情だが、いくらなんでも私は鈍感ではない。

 

 

 

ただ――この感情は紫苑様とお嬢様が敵対しなければの話だが。

 

 

 

どのような感情が芽生えようが、私が紅魔館のメイドでありお嬢様の従者であることに変わりはない。私はお嬢様を優先させなければならない存在。お嬢様に拾われたあの時から誓ったことだ。

そのようなことを考えているうちに、私達はお嬢様の部屋の前まで辿り着く。

 

「ここがお姉様の部屋だよ」

 

「お、ありがとな。フラン」

 

「えへへ」

 

咲夜もありがとう、と笑顔で礼を言う紫苑様の顔を真正面から見られず顔をそらしてしまった。頬が尋常ではないほど熱い。

私は紫苑様とフラン様の前に出て、扉をノックした。

 

「お嬢様、紫苑様とフラン様をつれて参りました」

 

『――入りなさい』

 

私含む3人はお嬢様の部屋の扉をくぐる。

お嬢様はいつものように紅茶を優雅に嗜みながら、紫苑様と妹様を興味深く観察するように目を細める。背後には美鈴とパチュリー様が控えていた。この二人がここにいるのは非常に珍しい。

その間、お嬢様の圧倒的な妖力が紫苑様に向けられる。

妹様はその妖力に少し怯えたけれど、紫苑様はなにも感じないかのようにお嬢様へ挨拶をする。

 

「初めまして……というのは不自然か。聞いているだろうけど、俺はヴラド公の知人の夜刀神紫苑だ。遅くなったけど客室を貸してくれてありがとう」

 

「……なるほどね。私は紅魔館のの主、レミリア・スカーレットよ」

 

何を悟ったのか理解できなかったが、彼を試したのであろうということは分かる。

お嬢様は紅茶をテーブルに置き、妹様を呼ぶ。

 

「フラン、こちらに来なさい」

 

「……はい」

 

妹様は渋々といった感じで頷いた。

まだお嬢様と妹様には決して浅くない溝のようなものがある、そう見える光景だった。

その光景を無表情で見つめる紫苑様。その黒曜石の瞳が何を語っているのか想像すらつかない。

 

「さて――夜刀神紫苑」

 

「どした?」

 

「この度は我が従僕と妹を助けてもらって本当に感謝している。代表して礼を言うわ」

 

「俺はヴラドとの約束を果たしただけだ。礼を言われることじゃな――」

 

「けど」

 

彼の発言を遮り、お嬢様は紫苑様を――赤い瞳で睨みつけた。

『スカーレットデビル』の異名に恥じない『カリスマ』が部屋を侵食し、知っているはずの紅魔館の住人(わたしたち)ですら、その覇気に体が硬直する。

 

「正直――余計なお世話だったわ」

 

「………」

 

「例えヴラドおじいさまの知人であったとしても、フランの問題は我等紅魔館が解決する。たかが人間如きが口を挟んでもいいような問題ではない。腕に関しては我々の落ち度だから紅魔館に滞在するといい。しかし、もしも今後も口を挟むようなら――」

 

――どうなるか分かっているよな?

お嬢様はそう声を出さずに告げ、小さな口を大きく歪めた。不適に嗤う姿は、妹様も肩を震わせている。

紫苑様はレミリア・スカーレットのカリスマ性に畏怖を感じ平伏す――様子は一切なく、

 

 

 

 

 

「――あははははははははははははははっっっっ!!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

いきなり大声で笑い出した。あまりにもの突然の声に部屋にいた全員が目を丸くする。お嬢様からカリスマが失せ、唖然としながら目前の人間を狂人でも見るかのように首をかしげた。

一方の彼は悪意も含みもなく、ただお嬢様の言葉が心の底から面白かったように笑った。目じりから涙が見えるくらいに。

 

「あはははははっっ、やべぇ! こんなの傑作以外の何もんでもないだろ!? 吸血鬼の連中って同じことしか言えないのかよ!? お前ら人間の腹をよじれ殺す気かってんだ!」

 

数分笑いこけた紫苑様は涙をふきながらお嬢様に謝罪した。

それでも腹筋を押さえている。

 

「あー、悪い悪い。あまりにも――懐かしかったもんでな、つい笑っちまった」

 

「……懐かしい?」

 

「――『人間風情が口を挟むな。これは儂ら吸血鬼の問題じゃ』」

 

「!?」

 

お嬢様は目を見開いた。

紫苑様の口調から察するに、ヴラド公の言葉だろう。いや、それよりも笑っていた目の前の人間の雰囲気が突然としてガラリと変わったことも驚くだろう。

その瞳に宿る感情は――懐古。

 

「俺は別にお人好しじゃない。救いの手を求める奴には手を貸すが、払うものは基本的に放置する主義。『勝手に生きて勝手に死ね』ってことだよ。今回だって帝王の頼みじゃなければ動くつもりもなかった」

 

「……何が言いたい?」

 

「紅魔館の主レミリア・スカーレット。お前を見てると出会ったときの史上最高の吸血鬼・ヴラド公を彷彿させるよ。その気高くも冷徹な姿に敬意を表して、かつてヴラド公に言われたその言葉に返した言葉を――そっくりそのまま貴女に送ろう」

 

厳かに、しかし敬意を言葉のまま評しているように、紫苑様は言葉を微笑みながら紡ぐ。

私には分からない。恐らく部屋にいる全員が状況を理解していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周りの状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の表情が強張った。

 

 

 




レミィ「カッチーン」
パチェ「カリスマカリスマ」
レミィ「( ゜д゜)ハッ!」
フラン「お姉様格好悪い」
レミィ「(´;ω;`)ウゥゥ」


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11話 吸血鬼の言伝

side レミリア

 

私の〔運命を操る程度の能力〕は自他に適用される。

しかし、目の前にいる男――夜刀神紫苑という人間には一切効果がなかった。水面に滴を垂らしたように揺らめいており、朧気ながらに形にすらならない感覚。

 

この男は最初からおかしかったのだ。

霊力すら微塵も感じない人間のはずなのに、フランが暴走した時の豹変ぶり、挙句の果てには欠損している部位の異常なまでの回復。幻想郷の賢者の師という肩書を持ち、私を圧倒した博麗の巫女に『絶対勝てない』と言わしめた外来人。

 

そして私たちに放った言葉――否、宣戦布告。

 

 

 

 

 

『――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周りの状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け』

 

 

 

 

 

私はギリッっと柄にもなく歯ぎしりを立てた。

 

「――言語を介する猿が、よほど死にたいらしいな?」

 

「えー、その言葉も同じかよ」

 

目の前の男は殺気をぶつけても動じることはなく、ただただつまらなさそうに欠伸をする。右腕を失っている万全の状態ではないのにも関わらず、私の威嚇を意にも介さない、

紅魔館を敵に回すことを『だから何?』と言っているかのように。

 

一陣の風が舞う。私が吸血鬼の反射速度に相応しい速さで黒髪の男まで移動したのだ。普通の人間ならば目で捉えることすらできないであろうが、その行動にすら表情を崩さない人間に腹が立つ。

私は紅い槍を召喚し、目の前にいる男の首元に突き付けた。

 

「お、実力行使か? ヴラドのじーさんの時もガチな殺し合いに勃発したし……別に構いいぜ」

 

「片腕がないのに随分と余裕だな。我ら紅魔館を敵に回して――生きて帰れるなと思うなよ?」

 

美鈴が後ろで拳を構え、パチェが魔法陣を展開し、咲夜は悲しみの表情でナイフを浮かせ、フランは戸惑ったように私と男を交互に見る。

二人は乗り気ではないのだろうが、それを差し引いても私達三人に外来人如きが一矢報いることすらできないと思った。

夜刀神紫苑は瞳だけ動かして周囲を確認し、肩をすくめた。

 

「ふむ。確かにこれほどの実力者相手に無傷で帰れるとは思えないな。平和ボケした外来人程度じゃ、最高でも最悪でも死ぬかもしれない」

 

その言葉に私は不敵な笑みを浮かべ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――けどな、俺はタダでは死なんぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬きした次の瞬間には――私の首元に輝く金色の剣が皮一枚で置かれていた。

研ぎ澄ました鋼の剣……ではなく、パチェの魔術に近い呪詛で編まれた黄金の剣に、私の頭が熱くなるくらいの警報を告げていた。全細胞が悲鳴を上げ、恐怖で体が硬直する。

この剣はヤバい、と。

 

「ヴラドのじーさんにも言ったけどさ、能力の関係上俺にとって吸血鬼って敵じゃないんだわ。一時期ヴァンパイアハンターとか呼ばれてたし、究極の一だろうが無限の多だろうが、対吸血鬼戦において俺は負けたことがないんだよ」

 

「な……!?」

 

「ここは幻想郷だしスペルカードで決着つけるのが礼儀なんだろうけど……手だしてきたのはそっちが先だしな。俺()を敵に回す奴等は一族郎党動植物に至るまで全て皆殺しだぜ?」

 

夜刀神は心底楽しそうに嗤った。

その言葉からは――外の世界で男は何人もの()を殺してきたことが伺える。

ここで――私は自分の過ちに気づく。

 

何が普通の人間だ!?

前提条件から間違っていた。ヴラド・ツェペシュ――吸血鬼の王たる至高の大妖怪が、種族至高主義のおじいさまが、私達でどうにかなるような他種族の猿を寄越すはずがない。

加えて彼は『帝王の友』なのだ。

 

私が自分の判断ミスに絶望していると、

 

 

 

「――もうやめてっ、お兄様!」

 

 

 

横から炎の斬撃が飛んできて、夜刀神紫苑は後方にステップをして回避する。黄金の剣が首元から離れ、ふらつきそうな体を何とか威厳を以て保つ。

放ってきたのは炎の剣を構えたフランだった。

足を震わせながらも、フランは黄金の剣を持つ男に剣を向ける。

 

「お姉さまは……私が守るわっ!」

 

「……フラン」

 

力強い言葉が私の心に刺さった。

小さな体は確かに地面を踏み締め、私が守らないといけないと思っていた妹は強大な敵と対峙している。衝撃を受けていると、さらに後ろに控えていた美鈴・パチェ・咲夜も私を守るように前に出る。

 

「紫苑さん、お嬢様には指一本ふれさせませんよ?」

 

「私の知人を傷つけようなら」

 

「例え紫苑様相手でも容赦しません」

 

「――ははっ、それが答えかな?」

 

おじいさまの友人は余裕を崩さずに嗤う。

この人間は強い。ヴァンパイアハンターと称する愚かな人間たちを幾度も八つ裂きにしてきた私だが、それらの人間の力を合わせてもこの男の足元にも及ばないだろう。

夜刀神は黄金の剣を高々と掲げた。

その神秘的かつ神々しき姿に全員が冷や汗をかき――

 

 

 

 

 

そして――夜刀神は黄金の剣を地面に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

淡い光となって剣は跡形もなく消え、男は大きな欠伸をする。

 

「「「「「……え?」」」」」

 

「飽きた。めんどい」

 

夜刀神紫苑は面倒くさそうに頭を掻き、私とフランを交互に見る。

フランには『よくやった』と苦笑に近い微笑みを浮かべて。

 

「同じことばっかで飽きるんだよ、毎度毎度」

 

「……何のつもり?」

 

「お前はさっき『余計なお世話だった』と言ったよな? ならさ――どうしてフランのことを認めようとしない? どうして『あなたが大切だから』という言葉をフランにかけてやらない? どうして周りに助けを求めようとしない?」

 

「………」

 

「吸血鬼関連の問題って、いつもいつも『誇り』だの『プライド』だのが原因なんだよな。一瞬でもいいから自分に素直になればいいのにさ、周り巻き込んで結局はしょーもないことで終わる。人間よりも多く歳を重ね、多くの知識を持っているだろう吸血鬼が、どうして簡単なことに気付かないのか今でもわからんわ」

 

「………」

 

「確かじーさんは『フランが自分の能力を制御して、いつか外に自ら出てもらいたい』って理由で地下室に隠してたって話だったはずだが……違うか?」

 

「……そうよ」

 

正確にはフランが自分で引きこもったのだが、それを止めなかったのだから地下室に追いやったのも同義だ。

私の肯定に夜刀神は呆れ首を横に振る

 

「俺から言わせてもらえば時間かければいいってもんじゃねーぞ? ご丁寧にじーさんの救いの手も拒んで喧嘩別れしやがって。〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕って危ないけどさ、人と接しなければ制御のしようのない能力だろ」

 

それぞれ武器を構えているはずの私たちを気にすることもなく近づき、炎の剣を構えていたフランの頭を優しくなでた。フランは驚きながらも、夜刀神にされるがままになっている。

むしろ嬉しそう。

 

「こんな俺ですらフランの狂気を完全じゃないけど取り除けたんだぞ。姉であるお前ならもっと簡単にやれたはずなのにな」

 

「………」

 

私は人間の言葉に反論することが出来なかった。

結局はこの男の言うように……簡単なことだったのだ。数百年前におじいさまの手助けを得られれば、もっと早くフランは狂気から解放されたはずなのに。スカーレット一族としてのプライドが、それを邪魔した。

今のフランの姿を見て思う。

――私はなんて愚かだったのだろうか。

 

男はフランに笑いかけると、私たちに背を向けた。

もう用はなくなった、とでも言いたげに。

 

「俺はそろそろ家に帰りますか。で? そちらの方々は俺と殺りあうか? それなら吝かじゃないけど相手になる」

 

「……いえ、紫苑様がお嬢様を傷つけようとしないならば」

 

「ふーん。それじゃあ、もう紅魔館に来ることは二度とないけど、達者で暮らせよー」

 

「え!? どうして!?」

 

突如の『永遠の別れ』宣言。

フランは目頭に涙を浮かべる。

 

「どうしてって……そこの紅魔館の主に喧嘩売ったからね。――あ、伝言言い忘れてた」

 

私の部屋の扉に手をかけたところで、一番大切なことじゃねーかよ、と夜刀神は振り向いた。

そして、彼はこめかみを右手の人差し指でコツコツ叩きながら、思い出そうと呻く。

 

「一字一句口頭で伝えるから、よーく聞いとけよスカーレット姉」

 

「え? ちょ、いきな――」

 

私の静止もむなしく、おじいさまの知人は語り始めた。

 

 

 

『久しぶりだな、レミリアよ。この伝言が伝わっているということは、神殺がおぬしらに会えたことなのだろうよ。そして――儂はもうこの世には居らぬのだろうな』

 

 

「……え?」

 

 

 

『驚くのも無理はなかろうが、ちぃとばかし伝言を頼んでいるこの人間と無謀なことをしての、寿命の大半を持っていかれたのだ。かかかっ、やはり冥府神を相手には儂ほどの吸血鬼でも荷が重すぎたわい。まぁ、楽しかったがの』

 

 

 

『本来ならば直接言うのが正しいのだろうが、もはや叶わぬことだろうて。だから、儂の生涯の宿敵であり――人生最高の友に言伝を頼んだ』

 

 

 

『レミリア――すまなかった』

 

 

 

『後悔先に立たず、とは正にこのことかと身を以て痛感したわ。儂は自身のプライドゆえ、お主に謝ることすらできんかった。フランドールのことも救うことが出来んかった』

 

 

 

『今なら嫌と言うほど理解できるのだが、儂は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕がどのような能力など知らんかった。すべては無知ゆえ、儂はフランドールや主の苦しみを理解してやれんかった。主にだけ、苦しみを背負わせてしまった』

 

 

 

『今さら許してくれとは言わぬ。ただ――謝罪の言葉を伝えたかったのだ。例え言伝だったとしても』

 

 

 

『こやつは他者から侮られやすいような言動をするゆえ、恐らく主も奴を邪険に扱うだろうよ。かつての儂と同じようにな。これは想像だが……もう神殺と衝突した後かもしれぬな。どうだ? 儂の宿敵は強かろう?』

 

 

 

『敵に回すとどうしようもなく厄介な人間じゃが――味方であれば頼もしい男だ。他種族ではあるが、儂は奴を認めておる。だから神殺にお主のことを任せようと思った。いらぬ気づかいかもしれんが、主の大きな器で死にゆく儂の最後のお節介を受け入れてはくれぬだろうか?』

 

 

 

『最後の儂の言葉じゃ』

 

 

 

『レミリア・スカーレット。フランドール・スカーレット』

 

 

 

『お主らは――血がつながらなくとも儂の愛しき孫じゃ』

 

 

 

『ありがとう――そして――さらばじゃ』

 

 

頬に熱いものが流れた。

それは止めどなく流れ、私の視界を大きく歪ませていく。

他の皆は声をかけてこない。

 

「……昔からヴラドを知ってるお前には信じられんかも知れねぇが、アイツはお前とフランを任せたと頭を下げたんだぞ? 自分の否を認める奴だったが、少なくとも俺はあの吸血鬼が頭を下げたとこなんて今まで見たことなかったわ」

 

「おじいさまが……?」

 

おじいさまが頭を下げた――

私は夜刀神の発言は想像を絶する妄言の類いかと一瞬思ったが、声色から冗談を言っているようには思えなかった。

 

「全く……最後の最後まで迷惑かけるじーさんだったよ。悪い気はしなかったけどな。不思議と」

 

夜刀神の顔は見えないが、生意気に、楽しそうに語る印象を持っていた私にとっては、ひどく優しげで悲しい声だった。

気のせいかもしれないが、私にはそう聞こえる。

 

「……夜刀神紫苑」

 

「フルネームで呼ぶの面倒じゃない?」

 

「……貴方にとって、ヴラド公はどんな存在だった?」

 

私は知りたかった。

帝王が他種族である人間にとってどのような吸血鬼であったのか。至高の王はどのように映ったのか。

涙声で問う私に少しの沈黙の後、目の前の男は語った。

 

「さっき俺が言ったことを憶えてるか? 俺は対吸血鬼戦で負けたことがないって。あれ嘘。大嘘」

 

「………」

 

「ヴラドのじーさんと何度も遊んだ(ころしあった)けど、良くて辛勝、悪くて敗北の繰り返しだったな。さすが最高の吸血鬼だって身を持って教えられたよ」

 

「……さすが、おじいさまね」

 

「だろ? ……いや、んなの当然か。なんたって――」

 

次に紡いだ、消え入りそうな言葉。

小さくとも聞こえた言葉。

 

その言葉を残して――夜刀神は紅魔館を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アイツはヴラド・ツェペシュ。嫉妬したくなるほど格好良い至高の吸血鬼だぜ?

 

 

 

 




紫苑「次で紅魔編終了。皆さんお疲れっしたー」
全員「「「「「お疲れっしたー」」」」」
紫苑「紅魔の皆さんも出番これで終わりだねっ」
レミィ「はぁ!?」
美鈴「マジですか!?」
紫苑「冗談だって……だから泣くなよ……」


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12話 亡き帝王のセプテット

side 紫苑

 

「ありがとな、藍さん。色々家事してくれて」

 

「紫様からも頼まれていることなので」

 

紅魔館での出来事から数日経った。

キッチンの椅子に座ってお茶を飲みながら感謝の言葉を述べる俺に、昼食後の皿洗いをしている藍さんは嫌な顔一つせず答える。

ちなみに隣のリビングでは藍さんの式神である(ちぇん)が、ソファーの上で気持ちよさそうに寝ている。式神の式神ってなんだろう?とは思ったが、あまり深く考えないことにした。

 

本来ならば藍さんたちは「マヨヒガ」という場所に住んでいるらしいが、紫がスキマの中で冬眠しているうえ、紅魔館から帰ってきて食事にすら四苦八苦している俺を見て、今のところは俺の家に住んでいる。というか紅魔館から帰ってきたとき藍さんと鉢合わせて、右腕のことを指摘されて説明したら怒られた。

利き腕がない今、食事を作ることさえ困難なので、藍さんがいるのはとてもありがたい。外の世界ならコンビニやら外食などで解決するが、生憎ここにはコンビニがないのだ。

 

 

 

早くコンビニ幻想入りしねぇかな……。

 

 

 

そんな夢物語を考えていると、皿洗いを終えた藍さんが向かいの椅子に座って茶を自分の湯飲みに注ぐ。

 

「ところで紫苑殿、腕の具合は大丈夫なのですか?」

 

「上々だよ。少しずつ元に戻ってる感じ」

 

ない腕を振りながら笑う俺。

神秘が未だに存在する幻想郷だからなのか、外の世界にいたときよりも治りが早い気がする。

しかしながら、昨日も霊夢が見舞いにやって来た。どちらかと言えば、俺の心配より飯を食いに来た感じだったが。魔理沙や慧音や妹紅も家に来たし、腕の消失は幻想郷では珍しいのだろうか? 街だと珍しいことでもないよなぁ。

 

 

 

じーさんと一緒に冥府神に殴り込みに行ったときも――

 

 

 

「………」

 

「……?」

 

っと、藍さんが覗き込むように俺を見ていたので、慌てて笑顔で返す。

 

「なんでもないよ、別に」

 

「まだ何も言っておりませんし、紫苑殿は最近そのような表情をすることが多いですよ?」

 

「ど、どんな顔してた?」

 

「――大切な友人を懐かしむような、でしょうか?」

 

図星やんけ。

母性溢れる笑みで見つめてくる藍さんに、墓穴を掘ってしまったと苦笑いを浮かべる俺。

 

「紫苑殿、言葉にすれば楽になることもありますよ?」

 

「……ははっ、さすが藍さんだなー。嫁にもらいたい女性ナンバーワンだよ。今のところ」

 

「よよよよよよ、嫁ですかっ!?」

 

あたふたと慌てている藍さんを眺めつつ罪悪感。

九尾という種族だけで苦手意識を抱いていた当初が恥ずかしい。

俺は空になった湯呑みを手で転がしつつ、どっかの傲慢な吸血鬼のことを思い出しながら口を開く。

 

「うーん……お言葉に甘えて、ちょっと昔話でもしようか」

 

「昔話、ですか?」

 

「2年前――妖怪にとっては昨日のような出来事かもしれないけどね。この話は紫にすら話してない、格好いい吸血鬼との物語さ」

 

真剣な眼差しで見つめる藍さんに、俺は昔話を語った。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

ヴラド・ツェペシュ。

史実では15世紀のワラキア公国の君主として登場するけど、齢2000は超える吸血鬼。俺のいた街では『帝王』『七重奏(セプテット)』とか呼ばれていたんだ。

七人目ってのは、魑魅魍魎が闊歩する俺の街では統括者――まぁ、街の管理人みたいな奴を覗いた、化け物じみた強さを持つキチガイ野郎共に『〇重奏』という音楽用語をつけるんだけど、ヴラドがその七人目ってことに準えているんだ。

統括者は格好良い音楽用語が好きだったからね。中二病だったし。

 

中二病?

誉め言葉だよ。うん、誉め言葉。

 

……俺もその七人に含まれてるかって?

んなわけないじゃん! ……って言いたいところだけど、不本意ながら含まれてるんだわ。『四重奏(カルテット)』ってな。

俺はアイツ等ほど強くはないはずなんだけどさ。

 

厳格で気難しくてプライドがやけに高い、二言目には必ず『誇り』って言葉を出すような、吸血鬼であることが自慢のような老害。そして――馬鹿みたいに身内に甘かった。

 

だからだろうね。同胞から凄いくらい慕われてたよ。

 

種族は違ったけど、俺達と帝王が仲良くなるのに時間はあまりかからなかった。人間と妖怪が仲良くするってのもおかしな話だけど、幻想郷に住んでる藍さんなら違和感ないのかな?

まぁ、友人関係になったとしても、時たま殺し合ったり騙し合ったり――そんな歪な関係ではあったけどさ。基本、俺たちの関係は歪だけどよ。

 

……? 俺達ってことは他にもいるのか、って?

 

あぁ、他にも壊神・切り裂魔・詐欺師がいたなぁ。

そいつらに関しては――今度話すよ。長くなるし。

 

 

 

さて、そんじゃあ前置きはこれくらいにして。

俺と帝王は2年前に妖怪を狙った誘拐事件に巻き込まれた。ヴラドの同胞も誘拐されて半強制的に事件解決に乗り出したんだけど、犯人は冥府神っていう人間や吸血鬼が相手にするには荷が重すぎる相手だ。ぶっちゃけ強かったわ。俺の化身なんて冥府神相手にもほとんど効かなかったわ。どうにかこうにか2つぐらいだったかな。冥府神に通用した化身は。

 

善戦したように聞こえるって?

 

そんなわけないだろ。こっちなんて史上最高の吸血鬼がいたのに、俺なんて最終的には左腕と右足を持っていかれたぜ? 今の怪我がかすり傷に思える位にな。

 

冥府神を倒すことはできたよ。誘拐された奴らも無事戻ってきた。

 

 

 

俺の左腕と右足――そして、帝王の寿命を代償に。

 

 

 

戦い方としては、俺よりははるかに頑丈な帝王が前衛で冥府神の攻撃を全ていなして、後衛の俺がダメージをかろうじで与えられる化身で壊していった感じだな。後衛の俺が左腕と右足を失ったのに……前衛の帝王が無傷なわけがない。

 

(のろい)(まじない)は同じ字だけど、帝王が受けたものは明らかに『(のろい)』だったのは確かだ。――帝王の呪いは『1年以内に死ぬ』っていう、シンプルかつ凶悪な呪いだった。俺も何とかして呪いを解こうとしたけど、さすが冥府神が死の瀬戸際でかけた渾身の呪いだ。元々不老不死である吸血鬼に掛けた呪いの解呪なんざ専門外もいいところだからな。アホ共もさじを投げたレベルだったよ。

 

 

 

 

 

……ところで話は変わるけどさ。藍さんは妖刀村正を覚えてる?

 

あ、あぁ。忘れるはずがないか。

うん、あれは『神力の効かない相手用』の武器。

 

 

 

でもさ、よく考えてみておかしいと思わないか?

 

 

 

どうして……んな化物じみた妖力(・・・・・・・)を持つ刀が、ただの人間である俺なんかが持っていると思う? ……普通という言葉に首を傾げないでほしいな。

大妖怪レベルの妖力放つ刀なんて、外の世界でも重要保護文化財並の扱いを受けるはずなのに、俺が持っていること自体が本当はおかしいのさ。本当は。

 

……察しがいいね、藍さん。

 

そう――この妖力は帝王の妖力(・・・・・)だよ。

この刀は切り裂魔から譲り受けた名刀村正に、死ぬ直前の帝王が己の全妖力を流し込んで出来た妖刀なんだ。藍さんに説明するときに『妖刀村正』って説明したけど、実は妖刀にしたときに帝王が新しく名前をつけたんだ。名前をつけた瞬間に死んだってのに、すっげー楽しそうにつけるもんだから、余程信用できる相手じゃないと本当の名は他人に教えないんだよ。

 

紫? アイツは知ってるよ。

由来はまだ話してないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖刀の本当の銘は――『鬼刀・帝』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中二臭い名前で、あのときなんとも言えない顔をしたのは今でも覚えてる。

けど……なぜか俺は気に入ってるんだよな。

 

妖刀を見るたびに、俺は帝王のあの言葉を思い出すんだ。

呪いを解くことができなかった俺たちに言った一言。

あのときの帝王の表情や仕草、部屋の雰囲気なんて今でも忘れられないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あと1年、か。刹那のような時間じゃな。ならば――その1年、気高く面白おかしく生きようではないか!』

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 藍

 

「あの自称『誇り高い吸血鬼』が、面白おかしくなんて柄にもないこと言うんだぜ? いったい誰の影響なんだよって思わず笑ったわ」

 

紫苑殿は懐かしむように笑い飛ばした。

まるで友人の自慢をするような口調。いや、話を聞く限り自慢したくもなる友人だったのだろう。

しかし――表情はなぜか切なさを彷彿させた。

 

「有言実行と言えるのかどうかは解らんが、アイツはその1年を面白おかしく生きて、最後は気高く死んでいったよ。ぶっちゃけ人間の俺からしてみれば吸血鬼の『気高く』の定義が理解できなかったけどさ」

 

お茶の入っていない湯飲みを私に差し出してくる紫苑殿。

私は無言でお茶を注いだ。

感謝の言葉を述べた紫苑殿は、湯飲みに口をつけて喉を潤す。

 

「まぁ、大体はこんな感じかな。昔話に付き合ってくれてありがとう」

 

「こちらこそ、大切な話を聴かせていただきありがとうございます」

 

「俺は話下手だからさ……。じーさんがカッコよく伝えられたかな?」

 

ちゃんと伝えないと帝王に怒られるからさ……と苦笑いを浮かべる紫苑殿。

 

私と紫苑殿は数えられるほどの日にちしか交流がない。

なのに……これほどまでの貴重な話を聞かせてもらえたのは、恐らく『八雲紫の式神』だからだろう。それほどまでに紫苑殿は紫様を信頼し――私を初めから無条件で信用してくれる。それは……とても光栄なことなのだろう。少々危ない感じもするが、紫様の師匠たる人間が『信頼するべき者』を間違えるとは到底思えない。

 

今の話を聞いた限り、最後の2年間は帝王殿は紫苑殿たちの影響を受けたのだろうが、話にも出てきた『帝王が身内に甘かった』という影響を紫苑殿は受けたのではないだろうか? ただの憶測に過ぎないし、紫苑殿が元々身内に絶対的な信用を置いているだけなのかもしれないが。

 

本当に不思議な方だ。

言い方は悪くなるが、たかが17年しか生きていない人間のはずなのに、私たち以上の濃密な人生を送っていたのかもしれない。紫様が師事していることに納得できる。

 

私はスキマの中から――『鬼刀・帝』を取り出して、紫苑殿の前に置く。

蒼色を基調とした柄と鞘。妖力が秘められているはずの刀は、本来の主人を前にして少しだが妖力を滲ませた気がした。

 

「……お返しします」

 

「え? いきなり?」

 

紫苑殿は目を点にするが、帝は私が保管していた刀だ。叢雲のほうは主が保管している。

 

「主にも言われていたのです。『神刀か妖刀は師匠に返したい』と。なので独断ではありますが妖刀のほうをお返しいたします」

 

「……いいのか?」

 

「はい。私は紫苑殿を信用しています(・・・・・・・)ので」

 

「……ははっ、それは光栄だな」

 

それを受け取った紫苑殿は立ち上がり、刀を鞘から引き抜く。

その姿が手慣れているのも一つなのだろうが、ゆっくりと抜刀する紫苑殿は儚く美しい印象を何故か覚えた。妖力が紫苑殿を包み込んでいるからだろうか? そうだとしても硝子(ガラス)の如き脆さを彷彿させるはずがないのに。

蒼き刀身を煌めかせた紫苑殿が呟く。

 

「……あぁ、手に馴染む。俺は神力を内包してるはずなのに、この妖刀だけは自然と馴染むんだよ。不思議だけど――嬉しいっちゃ嬉しい」

 

納刀した紫苑殿は私に頭を下げる。

 

「ありがとう、藍さん。紫にも礼を言っといてくれ」

 

「元々は紫苑殿の所有物です。本来ならば叢雲もお渡ししなければならないのに……こちらこそ申し訳ございません」

 

「形見が帰ってきたんだ。これ以上の贅沢は言わない」

 

紫苑殿は小さく微笑みながら私に背を向け、空間に現れた歪み(・・)に刀を入れた。

紫様のスキマのような、しかし空間そのものが波打つような現象。問い詰めたいところだが、それをやったのが紫苑殿なら自然と納得できた。

 

刀を入れるその刹那――

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

その姿を見て、私は刀を返したことが正解だったと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼色の刀を紫苑殿が手にしていた姿は、なぜか知るはずのない一人の蒼い髪の美しい吸血鬼と重なった気がしたからだ。

 

 

 

 




紫苑「リメイク版で追加の『セプテット』」
レミィ「私の代表曲から?」
紫苑「うん。どうせなら帝王にもその要素入れたいねって思ってね」
レミィ「夜刀神の街には七人いたものね。異名付きの化物が」
紫苑「化物言うな」


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2章 紅霧の宴会~始まりの物語~
13話 初めての宴会


side 霊夢

 

 

 

「宴会か……俺はパスかな」

 

 

 

今日もご飯を食べに――紫苑さんのお見舞いに、神社の隣に建っている家にお邪魔した。

藍の作った晩飯をご馳走になりながら、私は明日の宴会に紫苑さんを誘ったのだが……本人は困ったような顔をして断った。何かしらの苦手意識と遠慮があるように見える。

私は理由を聞いてみることにした。

 

「どうして?」

 

「俺はお酒飲めないからなー。飲めない奴が行ったって周りをしらけさせるだけだし」

 

どうやらお酒へが苦手であることと、周囲の空気に配慮して断ったようだ。外の世界での経験談も含まれているようにも思える。

 

 

しかし――ここで引き下がるわけにはいかない。

 

 

 

幻想郷では異変解決後に宴会が行われる。

その宴会には異変の首謀者や解決した立役者などが参加するけれど――解決したのは博霊の巫女であると周囲は思っている。しかし、実質的に異変を解決したのは目の前に座っている紫苑さんだ。

この前紅魔館に足を運んだが、レミリアと妹のフランの仲睦まじさは異変最中の喧嘩が嘘のような光景だった。紫苑さんがいなければスカーレット姉妹は本当の意味で(・・・・・・)救われることはなかっただろう。

 

というか……昨日、首謀者であるレミリア本人から紫苑さんを宴会に誘ってほしいと頼まれた。ちゃんと謝りたいと言ってたけれど、紫苑さんには内緒だ。

面倒な依頼だったけど、異変時に魔理沙と壊した紅魔館の修繕費を盾にされると断ることはできなかった。払えるか、あんな額。

 

という裏の事情もあり、是非とも紫苑さんに参加してほしいのだが、

 

 

 

 

 

「しかもスカーレット姉を始めとする紅魔館組も来るんだろ? 俺はあの人たちから嫌われてるから、あまり宴会を殺伐とさせたくないし止めとくわ」

 

 

 

 

 

首謀者のせいで紫苑さんが説得出来ない。

あの吸血鬼何したのよ。

どう説得しようかと眉間を揉んでいると、隣に座っていた藍が助け船を出してくれた。

 

「私からも参加をお願い致します。これは異変解決の宴会というだけでなく……紫苑殿の歓迎会も含まれておりますので」

 

「え? マジで?」

 

「宴会の主役がいないのはおかしな話ですし……紫様が明日の宴会のために服を全力で選んでいる姿を見る限り、紫苑殿が参加しないと主が泣きますので」

 

紫……恋する乙女かっ。

鏡の前で服を着回して考えている紫が想像できて、なんとも言えない気持ちになる私。

けれど、藍の言葉が決定打となったようで、紫苑さんは数分考えた後苦笑いを浮かべた。

 

「うーん……そこまで言われちゃあ、参加しないわけにはいかないか」

 

彼が出てほしいという願いは、藍の個人的な感情も含まれている気がするけどね。

藍の表情を見れば勘じゃなくても分かる。

参加するのなら……と紫苑さんは宴会のことについて質問してくる。

 

「その宴会って、どのくらいの規模で開催するんだ?」

 

「人間じゃない奴らが大量に来るわよ。慧音や妹紅も参加するとか言ってたかしら?」

 

「ふーん」

 

というか私と魔理沙ぐらいだ、人間は。

(一応)人間である紫苑さんの歓迎会に妖怪が参加するのもおかしい気がするが、その説明を聞いて「ふーん」で済ませる紫苑さんだから大丈夫か。心なしか嬉しそうな表情だ。

 

「宴会かー……、少人数の飲み会か堅苦しいパーティーぐらいしか出たことないからな」

 

「どうせ理由つけて酒のみたい奴らの集まりだから、そう緊張しなくて大丈夫よ。というか博霊神社で開催するのはいいけど、後片付けするのはいつも私なのよね……」

 

「片付けぐらいは手伝うよ。こんな手だけどさ」

 

紫苑さんはない右手を振った。異変で跡形もなく消えたはずの腕は、ようやく手首まで生えてきている。あと数日で完治するそうだ。

異変で(一応)一般人に怪我人が出てしまったことを再確認して、私の胸がチクリと傷んだ。

 

「本当に治るんだ……その腕」

 

「なんだ? 信じてなかったのか」

 

「そういうわけじゃないけど、普通の人間は欠落した腕なんて生えてこないから、なんだか化け物じみてるなーって」

 

「霊夢、さすがに言い過ぎだぞ」

 

藍は眉を潜めたが、案の定紫苑さんは笑うだけだった。

化け物という言葉に気を悪くした様子はないし、そもそも彼が怒ったところなんて見たことがない。

 

「あははっ、確かにそうかもな」

 

「……紫苑さんって怒らないのね」

 

「図星なのに怒る必要ないだろ?」

 

なんというか……素直な人だなぁと思った。素直というより大人?

こういうタイプの幻想郷の住人なんて霖之助ぐらいだろう。

どうしてこんな立派な師匠から、あんな胡散臭い弟子が生まれたのか、本当に不思議だ。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

霊夢が飯食いに来た次の日。

要するに宴会当日。

 

手ぶらで宴会行くのもどうかと思ったので、片手で頑張って作った稲荷寿司を持って博麗神社にやって来た。作ってるところを藍さんに見つかって怒られたが、稲荷寿司を献上して怒りを納めてもらった。150個あれば足りるだろ、多分。

最近は左手だけで何かをすることに慣れてる自分がいる。

 

夕日を背景にして、博麗神社で楽しんでいる宴会に集まった方々が騒がしい。

指定されていた時間にやって来たけれど、もう宴会が始まっていた。幻想郷の住人は時間にルーズではないらしい。そして人間がほとんどいないな。

 

俺は宴会の空気を物珍しそうに見渡しながら、賽銭箱の前にいる霊夢と魔理沙の元へと足を運ぶ。

 

「よーっす、来たぞ」

 

「あ、紫苑さん!」

 

「やっと主役の登場だぜ」

 

軽く挨拶して、500円玉を霊夢に渡す。

嬉し泣きをしている霊夢を生暖かい目で見守りながら、俺は魔理沙に話しかけた。

 

「遅くなってすまんな」

 

「勝手に酒飲み始めたのはアイツらだから気にしなくていいぜ。それはなんなんだぜ?」

 

「これか? 稲荷寿司だけど」

 

重箱の中身を見せると、魔理沙は顔をほころばせながらガッツポーズをとる。そして霊夢とハイタッチ。

そんなに嬉しいのか?

 

「紫苑の料理だぜ!」

 

「喜んでくれて何より。えっと、これどこに置けばいい?」

 

「――では、稲荷寿司は私の方で配っておきますので、紫苑様は宴会に参加なさってください」

 

「あ、咲夜。久しぶりー」

 

いきなり霊夢の横に現れた紅魔館のメイドに挨拶する俺。

なんの前触れもなく現れる現象だが、驚くことなど一切ない。なんか現れ方からして時間操ってるような気がするが、所詮は『ような気がする』だけだ。

 

「んじゃあ、少し回ってみるか。霊夢、麦茶くれない?」

 

「えー、ここは酒飲もうぜ!?」

 

魔理沙が酒瓶を押し付けてくる。

外の世界ならばまだしも、ここは飲酒の法律がない幻想郷なのだ。別に未成年者の飲酒を咎めるつもりはないが、酒瓶押し付けてくるなよ。

第一、俺には酒が飲めない理由がある。

 

「俺は酒が苦手だから無理だって。酔った時に大惨事になるぞ?」

 

「大丈夫だって! 気にする奴なんていないぜ?」

 

気にする奴はいない、か。

俺は考え込み、なら……と俺は酒を受けとる。

 

「分かった、酒飲むか」

 

「羽目を外すのも大切よ」

 

「飲み比べでもするか!?」

 

「無理なさらないよう注意してくださいね」

 

 

 

 

 

「了解。あ、霊夢。――酔って神社を更地にしたらごめんな」

 

「「「ちょっと待て」」」

 

 

 

 

 

 

酒瓶持って宴会に混ざろうとしたところで3人に呼び止められた。

 

「ん? どした?」

 

「いやいやいやいや、更地ってなんなんだぜ!?」

 

「俺って酔うと何するか分からないんだよ。前回飲んだときは能力で建物一棟全焼させたからさ。どうやら俺はアルコールに弱いらしい。だから博麗神社なくなる可能性大ってことで――」

 

「紫苑様、麦茶です」

 

咲夜が麦茶の入ったコップを渡してきたので、俺は酒瓶と交換する。他人事じゃない霊夢なんか涙目で首を横に振ってる。

やっぱりダメかー。

幻想郷は全てを受け入れてくれるというキャッチコピーがあった気がするが、どうやら俺の泥酔は受け入れてくれないらしい。まぁ、受け入れられても困るのだが。

 

胸を撫で下ろした三人と別れて、麦茶片手に宴会参加者を眺めながら会場を歩く。

ざっと見て2.30人といったところか。

大きなビニールシートを敷き、その上に料理やら何やらを置いている感じだ。日本で言う花見に近い宴会だなーっと感じた。ビニールシートにいくつかの輪が出来上がっていることや、ビニールシートが幻想入りしていることにも驚いたが。

 

あてもなくフラフラ麦茶を嗜みながら歩いていると、俺を呼ぶ声を耳にして振り返る。

 

「師匠、こちらです」

 

「お、紫か」

 

声をした方を見ると、弟子が優雅にビニールシートの上に座っていた。隣に藍さんと膝に猫の妖怪・橙が鎮座していた。八雲一家だね。

呼ばれたからということでお邪魔し、俺は空いていた紫と藍さんの間に胡坐をかいて座った。

 

紫と軽い挨拶をして、近況報告をしながら料理をつまむ。

腕を失ったことは藍さんから聞いていたようで、しきりに心配していたが、俺が大丈夫だと何十回も説明したら渋々納得してくれた。あと、帝を藍さんから返してもらったことも知っていたようだ。

 

重要なことを話し終えて雑談をしていると、慧音と……水色の髪をした少女、緑髪をサイドポニーでまとめている少女、金髪の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。

正確には慧音が三人を連れて来たって図だな。

 

「慧音、どうしたんだ?」

 

「いや、今回は紫苑君の歓迎会だと聞いてね。彼女たちを紹介しようと思った――」

 

「アンタが夜刀神紫苑ね!」

 

「あ、あぁ、そうだけど」

 

慧音の言葉をさえぎって、水色の髪の少女が小生意気に指さしてきた。外見的にはフランと同じくらいだろうか? ただ、ここの連中は外見と年齢を人間基準で考えちゃいけないからなぁ

 

「アタイはげんそーきょー最強の妖精、チルノだ!」

 

「幻想郷最強の妖精、か。そりゃまた凄い。」

 

「チルノちゃん……いきなり失礼だよ……?」

 

「そーなのかー」

 

緑髪の少女が諫めようとするが、水色の髪の少女――チルノは止まらない。金髪の少女なんて何を納得してるのか分からない。

緑と水色の二人の力関係が分かる構図だった。いや、この緑髪の少女が気が弱いだけかもしれないけどさ。

 

「そんで? 君の名前は?」

 

「あ、はい。私は大妖精って言います。皆からは大ちゃんって呼ばれいます。よろしくお願いします!」

 

「そっか。よろしくね、大ちゃん。そこの金髪は?」

 

「ルーミアだよ? 人間さんは食べてもいい人間?」

 

「残念ながら俺は食べられない人間さ。食べてもいい人間自体少ないけどね」

 

そーなのかー、とルーミアは納得した。それでいいのか妖怪。

なぜか紫と藍さんが俺とルーミアが話していたときだけ、警戒するような気配を感じた。横目で見てみるとルーミアとなんか因縁でもあるのかってぐらい、厳しい表情をしている。コイツ何かしたのかな? 人間なら警戒してもおかしくない自己紹介をしてきたが、大妖怪二人がその言葉だけで警戒するとも思えない。

それとも――頭につけてるリボン型の封印が関係してるのかな?

 

「最強、大ちゃん、そーなのかー、って覚えるよ。よろしくな」

 

「紫苑は分かってるわね! アタイの子分にしてあげる!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「そーなのかー」

 

そして俺は生意気妖精の子分となった。

少し離れたところで慧音が苦笑いをしながら頭を下げていた。相手してくれてありがとう的な意味合いだろう。俺は左手をあげて気にしなくていいよと意思表示をしとく。

 

「紫苑は人気者だなー」

 

賑やかな妖精達を微笑ましく観察していると、ほろ酔いの魔理沙も乱入してきた。隣に金髪の美少女もいる。

その少女は西洋人形のように美しく、少女の周辺には本物の西洋人形が2体ほど浮いていた。世の男達なら見惚れる美しさだが、俺は街にいた別の人形遣いを思い出す。

人形……爆発……うっ、頭が。

 

「初めまして、私はアリス・マーガトロイド。魔理沙の近所に住んでるわ。この子達は上海と蓬莱よ」

 

「シャンハーイ」「ホウラーイ」

 

「そ、そうか。俺の名前は夜刀神紫苑。普通の人間だ」

 

どこが普通の人間だ?という視線は無視する。

それよりも俺は聞かないといけないことがある。

アリスさんの近くで人畜無害そうに浮いてる人形に怯えながら、俺は恐る恐る尋ねた。

 

「なぁ、アリスさん。一つ聞いていいか?」

 

「呼び捨てでいいわよ。どうしたの?」

 

お許しも出たので、俺はアリスの人形を指差して問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人形――爆発四散してウィルス撒き散らす大量殺戮兵器とかじゃないよね?」

 

「そんなわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスのツッコミが響き渡った。

 

 

 

 




紫苑「今章から宴会パート」
魔理沙「じゃんじゃん騒げえええええ!!」
アリス「それより大量殺戮兵器って何!?」
紫苑「……まぁ、色々あったんよ」


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14話 一期一会

side アリス

 

面白い外来人がやって来た。

 

昨日、博麗神社に赴いたときに魔理沙から聞いた話だ。なんでも魔理沙のスペルカード勝負で勝ったと耳にしたときは驚いた。スペルカードルールにおいて幻想郷でも上位の実力者の魔理沙に勝てる相手なんて霊夢ぐらいだろう。

しかも八雲紫の師匠らしい。

これで興味を持つなという方が難しい。

 

というわけで会ってみたわけだが……

 

「良かった……」

 

安心している目の前の人間に訝しむ私。

なんというか……噂と実際に会ってみたときとの印象が全然違った。

外見は人里にでもいるような人間。顔立ちも悪くはなく、むしろ良い方だと思う。ただ、霊力というものが微塵も感じられない。

そこまで強そうな人にも見えないけれど、右手が欠落している辺りを考えると分からなくなる。さっきの発言も物騒だし。

彼を一言で表すなら『得体の知れない外来人』だろう。

 

「どういう思考回路してるのよ……?」

 

「外の世界で会う人形遣いは大抵頭のおかしい奴等だから、ちょっと確認したくてね。また家を爆破されたら嫌だし」

 

「一緒にしないで欲しいわ!」

 

肩をすくめながら人形遣いに強い偏見を持つ彼に、私の方こそ頭を抱えたくなった。まずは彼の先入観から改める必要があると思う。

というか彼は家を爆破されたことがあるのか。

 

紫苑さんは近づいてきた上海の頭を優しく撫でる。

その様子から、紫苑さんは先入観がおかしいだけで、人形をちゃんと扱ってくれる人だということが伺える。なかなかそういう人間は少ないので、私は紫苑さんに好印象を持った。

 

「――爆発しない人形は可愛いな」

 

前言撤回。早急に認識を改めさせる必要があると思った。

どう人形遣いへの偏見を矯正しようか考えていると、ぞろぞろと幼女二人と魔法使い風の女性、メイドに異国風の服装の女性が紫苑さんの輪に入ってきた。ここだけで15人も集まっている。

蝙蝠(こうもり)のような羽を持った幼女が口を開く。

 

「――あら、私も話に混ぜてもらえないかしら?」

 

「お、異変ぶりだな。スカーレット姉」

 

「その呼び方は止めなさいっ!?」

 

彼女が今回の異変の首謀者、レミリア・スカーレットか。噂には聞いてるけど初めて会う。

幼い外見とは裏腹に、絶対的な威厳とカリスマをもつ西洋の大妖怪――というイメージを、今さっき紫苑さんの言葉によって破壊された。『うー! 咲夜ぁ!』とか言っている姿にカリスマの「か」の字も見られない。強いのは確かなのだろうけど。

なんというか……紫苑さんってマイペースな人ね。

 

「お兄様ー!」

 

「フランも来たか。元気にしてたか?」

 

「うんっ」

 

彼の人となりを観察していると、紫苑さんに正面から抱きつく金髪の幼女。それに嫌な顔一つせず、頭を撫でてあげる紫苑さん。

端から見れば血の繋がっていない兄妹のようで、金髪の幼女――フランちゃんも嬉しそうに宝石のような羽をパタパタさせている。なぜかそれを羨ましそうに見るメイドと賢者。

 

夜刀神紫苑――彼について一つ確かなことは、

 

「女性に苦労しそうなタイプね」

 

そう確信すると同時に思った。

 

 

 

 

 

 

――あれ? これ私もフラグ立ってない?

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

えーと、紫・藍さん・橙・慧音・最強・大ちゃん・そーなのかー・魔理沙・アリス・スカーレット姉・フラン・パチュリー・咲夜・美鈴……そして俺の計17人か。

 

人口密度たけぇなオイ。

街ならば大抵は過半数が敵なので警戒する必要があるけど、ここは平和な幻想郷。麦茶を飲めるなんて何と贅沢なことか。

ん? どうして敵だと断定するのかって? だってあの街やべぇもん。

 

出来れば遠くで一人寂しく飲んでいる妹紅とかも呼びたいが、これ以上人口密度上がるのも考え物だな……と麦茶を飲みながら周囲を観察していると、上から翼の羽ばたく音が聞こえた。

上を見上げると黒い翼の女の子が落ちてきた。

親方! 空から女の子がっ!?

某名作を思い出したが、この少女は綺麗に着地する。

 

「どうも~。清く正しい射名丸文(しゃめいまるあや)と申します! 夜刀神紫苑さん、少々よろしいでしょうか!?」

 

その場にいる全員が『めんどくさい奴が来た』って顔をするのはなぜだろうか? 女の子版山伏(やまぶし)みたいな恰好をしている少女は、手にカメラを持って参上した。

俺の名前を知っていることに疑問を持つが、敵意もないことだし軽く挨拶をする。

 

「あぁ、初めまして」

 

「あやや、普通に返されるのは珍しいですね。私、『文々。新聞』という新聞を書いておりまして、紫苑さんの取材をしに参りました」

 

「紫苑さん、やめといた方がいいわよ。コイツ、有ること無いことデタラメに書くから」

 

「そ、そんなことないですよ~」

 

いつのまにか輪に入ってきた霊夢が文を睨んでいる。霊夢の指摘に目を逸らす山伏少女。

なるほど、この少女は新聞記者だったか。しかもゴシップ記事を捏造するタイプらしい。

まぁ、俺には捏造されるような噂話なんてないし、別にいいか。

 

「ふーん、取材か。別に良いぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「紫苑さん!?」

 

霊夢をはじめとする幻想卿の住人は心配そうな表情を見せる。外の世界(あっち)の新聞記者とは仲が良かったし、あそこの発行している新聞はユーモアを混ぜつつ真実を的確に伝えてくれていたから、そこまで新聞に関して偏見を持っていない。

ここの新聞記者は知らんが、協力したら何かいいこともあるかもしれないしな。恩を売れるのなら情報の一つ二つ渡せばいいわけだし、もし不利益を被るなら――それ相応の対応をするだけ。

 

心の内で黒いことを考えているのを知ってか知らずか、文さんは嬉しそうにジャンプしていた。

 

「いや~、中々外来人の方々は取材に応じてくれないので、紫苑さんが話の分かる人で助かりました!」

 

「美少女のお願いを無下にはできないだろ?」

 

「紫苑さんはお世辞が上手いですね~」

 

「ホントのことだぜ? こんなところで嘘言っても意味ないし」

 

「ゑ?」

 

文の目が点になる。そこまで驚くことか?

幻想郷来て人里以外では女性にしか会ったことがないが、みんな「美」がつくレベルの女性・少女・幼女が多い。というか全員それだ。妖怪だから・人外だからという理由かもしれないが、外の世界で美男美女なんて数えるほどしか会ったことないから、幻想郷の住人のDNAは凄いなと実感する。

あたふたと顔を赤くする文を眺めていると、紫と藍さんの会話が耳に入ってくる。

 

「本当、彼は相手を自分のペースに引き込むのが上手いのよね……」

 

「どいういことです、紫様?」

 

「私なんか相手を意のままに操りやすいように策や仕草を要するけど、師匠はそれを無意識にやるのよ。本人は自覚がないけれど、私にはできない芸当だわ」

 

「ということは……あれも?」

 

「完全に無意識よ」

 

おい、紫。その言い方だと俺が節操のない女たらしみたいじゃないか。

というか女しかいないからしょうがないじゃん。

 

幻想郷は平和で良い場所なのだが、難点があるとすれば女性が圧倒的に多いということかな。

俺の周囲は男が多く、女は――居なかったわけではないがアレを女と称しても良いのかどうか。姉御肌の強すぎる一児の母と、二度と会いたくない害悪、女の形をした超常現象を脳裏に浮かべながら溜め息をつく。

要するに普通の女の子なんて相手にしたことが少ないのだ。

どちらかと言えば同世代の同性と馬鹿やってた方が楽しかった。

 

「嫌じゃないけど疲れるわ……」

 

「――君が幻想郷にやって来た外来人かな?」

 

「え? あぁ、そうだけ――っ!?」

 

あーはいはい、次はどんな美しい女の子かな的な気持ちで振り返ると、そこには20代前半くらいの男性が立っていた。白髪でメガネをかけた好青年に俺はこみあげてくるものを感じる。

最初に言っておく。ホモじゃない。

 

「僕の名前は森近霖之助(もりちかりんのすけ)。魔法の森の近くで『香霖堂』っていう道具屋を営んでいるんだ――って何で泣いているんだい!?」

 

「今超絶的に感動している」

 

ハーレムと言えば聞こえがいいが、女性だけの空間など男にとっては針の筵のような空間だ。やはり同性との交流も大切なことに変わりはない。

最近……というか、幻想郷に来てから男性と会話したことがなかったので、森近霖之助という青年が神か何かに見えた。

 

「それにしても道具屋かぁ」

 

「外の世界の物や珍しい代物とかを扱ってる店だけどね。まぁ、商売は目的ではないから、珍しいものは手元に置いてる感じかな?」

 

「趣味で店を開いてるってわけか。好きなことして生きられるなんて最高の人生だと思うけどなぁ。いや、霖之助さんは半人半妖だから人生って言っていいのかね?」

 

「良く気づいたね……僕が半妖だってことに」

 

「外の世界でつるんでた一人が半妖だったからさ」

 

俺は白髪の化物を思い出す。

あの切裂き魔は人間と妖怪のハーフ……と言っても大丈夫な存在だったはずだ。妖怪の血が大半を占めているらしいが、アイツは人間の血も受け継いでいるとかなんとか。

すると傍観していた紫が声をかけてくる。

 

「切裂き魔というのは……あの男ですか?」

 

「……あぁ、そういえば紫は会ったっけ? 引っ越しの時の荷物整理時に差し入れ持ってきたアイツが切裂き魔だよ。あの、俺よりマイペースそうな奴」

 

「紫苑君よりマイペースな人がいるのか……」

 

慧音が戦慄しているが、あれを見れば納得すると思う。

紫と荷物整理してた時に、いつもどおり(・・・・・・)窓から家に侵入してきた男。壊神と良い勝負が出来そうなくらい化物じみたキチガイ野郎だ。それを言うのなら帝王も詐欺師も並外れた化物だったし、まともな奴なんざ街にいなかったわ。

 

俺は数週間しか経っていないはずなのに、街にいた奴等に想いを馳せた。

 

 

 

アイツ等……今頃どうしてるのかね。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 霊夢

 

「紫苑の奴、楽しそうだな」

 

「ここまで幻想郷に馴染む外来人も珍しいけどね」

 

私と魔理沙はちょっと離れた場所(賽銭箱前)で紫苑さんと彼を囲む集団を眺めていた。

幻想入りした外来人の大半は取り乱すか絶望するかのどちらかで、外の世界とは違って弱肉強食の場所だから、数年も経たないうちに死んでしまうことが多い。紫が連れてきたから、というのも理由の一つかもしれないけれど、元の場所が幻想卿以上に過酷な環境だったのも理由の一つかもしれない。

 

魔理沙と紫苑さんを見ながら会話していると、妹紅が近づいてきた。

何度か紫苑さんの家にご馳走になりに行ったけど、高確率で妹紅も同席していたのを思い出す。彼女は紫苑さんを気に入ったらしいと慧音が言っていて、そのことを知っている魔理沙がニヤニヤ笑いながら尋ねる。

 

「妹紅は紫苑と話さないのぜ?」

 

「人が多すぎでしょ?」

 

妹紅はジト目で紫苑さんの方向を見ていた。

確かに群がりすぎている気もする。

 

「けど……紫苑が馴染めそうで良かったわ」

 

「どうしたの妹紅? ずいぶん紫苑さんに肩入れするじゃないの」

 

「知ってる癖に聞かないでよ。私のような不老不死を気味悪がらない数少ない人間だからね」

 

「確かに……紫苑なら気味悪がらないな」

 

私と魔理沙は納得した。

 

「ホント不思議な奴だぜ……アイツの住んでた所ってどんなところなんだろうな?」

 

「それも気になるけど……私としては紫との関係が知りたいわ。まだ紫苑さんに直接聞いたことはないけど」

 

「ただの師弟関係だろうぜ?」

 

「え?」

 

妹紅が驚いた顔をするので説明する。

以前の私と同じ顔をしたのを見て、私と魔理沙は腹を抱えて笑った。

 

「紫と紫苑さんがいつ出会ったのか(・・・・・・・・)ってのもだし、明らかに紫が紫苑さんを狂信しているのも気になるし」

 

「賢者の式神も紫苑について知らなかった感じだし、よく分からないね」

 

藍が知らないというのもおかしな話なのだ。あの忠臣たる式神が主の師と面識がないなんて、数千年前の話ならまだしも、紫苑さんは17歳の人間だし。

紫と紫苑さんの関係は明らかに矛盾しているし、『ただの師弟関係』の枠に嵌らないと思う。

3人で悩んでいると、背後から気配がした。

 

 

 

 

 

「――あら、遅れたわね」

 

「「「――っっ!!」」」

 

 

 

 

 

その妖力に振り返ると、不敵に笑う緑色の髪の女性がいた。

そうだ、忘れてた。紫苑さんと一番相性が悪そうな奴を。

 

「か、風見幽香っ」

 

「ただ宴会に参加するだけなのに、どうして怯えているのかしら?」

 

クスクスと幽香は嗤う。

その姿に私をはじめとする3人は冷や汗をかく。

 

四季のフラワーマスター・風見幽香。

幻想郷において紫と並ぶほどの強さを持つ大妖怪。危険度が最も高く、友好度は最悪と称されるほどで、無類の戦闘狂だ。幻想郷が出来る前から存在する妖怪で、とにかく『強くて恐ろしい』と周囲の認識がある。私も一回戦闘を仕掛けられたことがあるけど……紫が止めてなかったらと思うとぞっとずる。そのくらい彼女の強さというものは異常だった。

強者との戦闘を何よりも好み、狂ったくらいの強さへの執着心を見せる彼女。

 

もしそんな化物が――〔十の化身を操る程度の能力〕を持つ紫苑さんと会ったら……恐らく起こるは大惨事。紫苑さんが強そうなのは確かだが、さすがにあの戦闘狂に勝てるとは到底思えなかった。

 

(おいっ、どーすんだよこれ! 幽香が紫苑と出会いでもしたら……)

 

(それをどうするか考えてるのよっ!?)

 

(あぁもう! 幽香の奴、明らかに外来人を探してるんだけど!?)

 

「ねぇ、なんか外来人が来たって紫から聞いたのだけれど、どこにいるのかしら?」

 

(((あのクソババアっ!!??)))

 

紫と紫苑さんの関係って本当は最悪じゃないかと疑う。

完全に紫苑さんを殺す気でいるわ……!

獲物を探す獰猛な獣のような目で周囲を見渡す幽香に、どう紫苑さんを隠そうか画策していると、不運なことに黒髪の少年の姿を私達は捉えた。

 

「おー、どーしたー?」

 

(((タイミング悪すぎっ!?)))

 

あろうことか紫苑さんがこちらに歩いて来た。

もちろん幻想郷では見たことない服装の男性ともなれば、頭も切れると噂の花妖怪が気づかないはずがない。妹紅はいつでも戦闘に乱入できるように構えて、魔理沙はあきらめの表情で紫苑さんから顔を背けた。

 

「フランがスカーレット姉にチョークスリーパーホールドかけ始めて、それを観戦している集団から抜けてきたんだけど――っと、初めましてかな?」

 

呑気に歩いてくる紫苑さんは幽香を見てにこやかに挨拶をした。

一方の彼女はというと、

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

鳩が豆鉄砲を食ったような表情で紫苑さんを見つめている。目を最大限まで開き、驚きという驚きを全て詰め込んだような感じだ。

トレードマークとも言うべき白い日傘を落とした時点で、私たちは彼女の様子がおかしいことに気付いた。本来の彼女なら様子見として紫苑さんの首をはねてもおかしくない。それ程のことをしたという噂もあるし、実際に私がやられたのだ。

 

 

 

 

 

「俺の名前は――って、あれ? この妖力……幽香か?」

 

「……………………………紫苑?」

 

「「「え?」」」

 

 

 

 

 

まったく状況についていけないが、紫苑さんが名乗る前に幽香が彼の名前を呟いた上に、彼も彼女の名前を口にした。どうやら紫苑さんと風見幽香は知り合いらしい。

 

「幽香か! ひっさしぶりだな! そっかそっか、紫が幻想郷にいる時点で幽香もこっちにいるかもしれないと推測するべきだったわ。あまりにも大きく綺麗に成長していて幽香だって気づかなかった――うわっ!?」

 

「紫苑っ……本物、よね……!?」

 

「ちょ、せ、背骨がっ。ミシミシ鳴ってるんだけどっ!?」

 

滝のように涙を流す風見幽香と、彼女に抱きつかれて背骨からなってはいけない音が鳴ってる紫苑さん。

どんどん彼の顔は青くなっているが、フラワーマスターは離す様子がない。

 

その光景を見ている私たちの気持ちは同じだ。

 

 

 

(((ついていけねー……)))

 

 

 

 




紫苑「せ、背骨が――」
妹紅「だ、大丈夫!?」
魔理沙「助けっ、霊夢! 誰か呼んで来い!」
霊夢「誰呼べば止められるのよ!」
紫苑「――ガクッ」
三人「「「あ」」」


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15話 だいたいコイツのせい

side 幽香

 

昔から交流のある妖怪・八雲紫が『太陽の畑』に来たのは2日前のことだった。向日葵に水をあげていた私の前にスキマを広げた上機嫌そうな紫は、私を異変後の宴会に誘ってきたのだ。

私は向日葵の世話で忙しいと断ったのだが、

 

『……本当にいいのかしら?』

 

『……何が言いたいの?』

 

珍しく紫には胡散臭さというものが感じられないことに、私はずいぶん昔の彼女を思い出した。

しかし、胡散臭さはなくとも何かを隠している雰囲気は伝わる。

 

『面白い外来人がやって来たのよ、物凄く強い人間が』

 

『――へぇ、貴女が言うのだから骨のある奴なのね』

 

『少なくとも……私程度が太刀打ちできる相手ではないわ』

 

紫の答えに思わず笑みがこぼれた。

なんという行幸。それほどの強敵が幻想郷に存在し、その人間を殺すことができれば――彼との約束(・・・・・)に一歩近づくことができるはずだ。

そこまで考えて私の心に陰りが差す。

 

自分だって分かっているのだ。

もう彼と会うことは二度とないだろうと。

しかし、彼との約束は私の生きる目標となっている。私が存在するのは彼がいたからだ。たとえ幻想郷の住人から敵視されようが……約束を守るためならば別に構わない。

 

『………』

 

『とても楽しそうね』

 

『当たり前じゃない。その人間を倒せば――私は約束(・・)に近づくことができる』

 

『じゃあ断言してあげるわ――貴女がその外来人に勝つことは絶対に不可能よ』

 

その言葉に反応して、私は紫を睨み付けた。

私の強さは彼女も知っているはず。難しいならまだしも『絶対に不可能』と言われるのは心外だ。

 

『……私がその人間に劣ると?』

 

『そういうわけじゃないけれど、実際に会ってみれば分かるわ』

 

含みのある言い方で、紫は去っていった。

 

そして、宴会当日。

人間にしては比較的強い巫女と魔法使い、蓬莱人に会場で問いただしてるときに、その『外来人』が自らやって来た。

まったくと言っていいほど力を感じない平凡な男。人里にいても不思議ではないほどに、これが紫の言ってた外来人だとは思わなかった。

しかし、それは最初だけ。私はすぐ気づいた。気づいてしまった。

 

艶やかな黒髪。

鋭くも楽しそうに輝く瞳。

中肉中背の体格。

 

あの頃より少し成長しているだろうか?

けど私には分かる。同時に私は紫の言葉の意味を完全に理解した。

 

確かに――この人を殺すことなど私には不可能だ。

 

「俺の名前は――って、あれ? この妖力……幽香か?」

 

「……………………………紫苑?」

 

その反応で確信した。

幻想郷にやって来た、賢者から『物凄く強い』と言わしめた外来人。それは数千年前(・・・・)に出会った比類なき強さをもつ不思議な人間。

 

「幽香か! ひっさしぶりだな! そっかそっか、紫が幻想郷にいる時点で幽香もこっちにいるかもしれないと推測するべきだったわ。あまりにも大きく綺麗に成長していて幽香だって気づかなかった――うわっ!?」

 

「紫苑っ……本物、よね……!?」

 

「ちょ、せ、背骨がっ。ミシミシ鳴ってるんだけどっ!?」

 

思わず日傘を落として反射的に抱きついてしまった。

彼の胸に顔を埋めていると甦る暖かい感覚。私が長年求めていたものであり、もう二度と味わうことができないと思っていたものだった。

 

 

 

夜刀神紫苑。

 

 

 

数千年の時を経て――私は最愛の人間と再開を果たした。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

どうも紫苑です。

現在進行形で背骨が召されております。

 

泣きじゃくる幽香をなだめつつ、『マジでお前何者なの?』的な視線を向けてくる霊夢・魔理沙・妹紅に説明しようとしたところで、紫が助け船を出してきた。

正確には『皆疑問に思ってることだし説明ちゃんとしようぜ』って話で、ブルーシートに全員が輪になって座ったところだ。全員とは言っても八雲ファミリーと紅魔館組と人里勢と人間sと妖精と愉快な仲間たちだね。

 

ちなみに幽香さんは俺に背中から抱きついてますよ。

羨ましいだって? 確かに成長した幽香の豊かな胸が押し付けられているが、それより肺が圧迫されて呼吸困難の方が問題だよちくしょう。

誰かが注意しようとしたら睨むし、もう無視することにした。

そして紫、咲夜、藍さん、どうして俺を睨んでるのん?

 

「さーて、紫苑。そろそろ吐いてもらうぜ」

 

魔理沙が本題に入り皆も頷くけれど、俺は何を吐けばいいのか。大妖怪のホールドが強すぎて、違うもの吐きそうなんだけど。

まぁ、分かってはいるが。

 

「紫、説明頼む」

 

「分かりました、師匠」

 

「紫苑さんが説明してくれないの?」

 

霊夢が俺に説明を求める。

師匠である俺が直々に説明するのが道理なのは知ってる。

けれど今は無理だ。

 

 

 

 

 

「肺が圧迫されて長く喋れない」

 

「……何よ」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 

 

 

なるほどね、と皆は納得した。できれば納得するより説得して欲しかったんだけどさ。

誰も幽香に注意を促すことができなかったからな。コイツ、今では幻想郷で最強クラスの妖怪だって聞いたし――あんな約束しなきゃ良かったと軽く後悔している。

 

「それでは……何から話せばいいかしら?」

 

「紫苑君と幽香殿の関係について知りたい」

 

「そこの紫と同じ。師弟関係よ」

 

「ゲホッゲホッ!」

 

慧音の問いに幽香が胸を張って答えた。

その拍子に幽香が離してくれたので、身体が空気を求めて咳をする。咲夜がいつのまにか横に来て麦茶を渡してくれたので、受け取って己の喉を潤すした。

あー死ぬかと思った。

 

「ますます訳が分からないわ。というか矛盾してるし」

 

「アリスの疑問はもっともだな。俺は生物学的に普通の人間であるのに、かつて紫と幽香の師匠をしていた。たかが17年しか生きていない若造が大妖怪に何を教えるのかって話だろうよ」

 

「それは……そうですね」

 

藍さんが控えめに肯定する。

口を開こうとした紫を手で制して、俺が続きを話した。拘束から解放された今なら俺が説明するべきだと思ったからだ。

 

「そんじゃあ、紫と幽香に質問。俺と出会ったのって何年前?」

 

「え!? いや、それは……」

 

「1500年ぐらい前よ」

 

さらっと自分の年齢バラされた紫が、年齢公開になんの恥じらいもない幽香を睨む。

乙女心って複雑だね(他人事)。

 

「ちなみにだけど、俺が二人と会ったのは3年前(・・・)だ」

 

「あれ、ずれてるよね?」

 

フランが首をかしげるのは当たり前。

俺と二人の感覚はずれが生じている。

どうしてかと幻想郷の住人が頭の上に疑問符を浮かべている中、一人だけ紅い目を見開いた者がいた。

 

「――っ!? まさか」

 

「そう、よく気づいたな、スカーレット姉」

 

小さな吸血鬼は気づいたようだ。

他の連中は……まぁ、分からんだろうな。少なくとも普通に生きてれば絶対に起こらない現象だし、姉の方が気づいたのだって、俺が帝王と友人関係だったと知っていたからかもしれない。ルーミアなんて「そーなのかー」って思考放棄してるぜ?

俺のいた場所は幻想郷と同じくらい幻想してたしな。

 

「噛み合ってない時間の感覚。でも俺たちはお互いに知ってる。本来ならば考えられないよな、んなこと。でもさ……種明かしは単純なんだよぜ?」

 

俺は微笑みながら告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は1500年前の世界――過去に飛ばされたことがあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

side 紫

 

「にわかには信じられないが……確かに筋は通るな」

 

「俺だって事故で飛ばされなければ信じなかったさ」

 

驚きの表情を隠せない寺子屋の教師に、師匠は懐かしむように語る。

 

「外の世界で〔時空を遡る程度の能力〕を持つ妖怪が俺の住んでたところで事件を起こして、それを俺と切裂き魔で解決するために乗り出したことがあるんだよ。結局は力ずく(ころしあい)で解決したんだけどね……死ぬ間際に俺を1500年前に飛ばしやがったのさ」

 

本当に事件起こす奴は往生際の悪い奴らばかりだよな……と、師匠は肩を落として愚痴をこぼす。

私も『師匠が生きている時代』を探すのが大変だった。

師匠が『未来から来た』という結論を出すのには時間がかかったし、師匠の服装などから分析して探さなければ、見つけることすらできなかっただろう。どうにか協力者の働きもあり事なきを得たが、見つけた時には亡くなっていたなんて洒落にもならない。

 

「まさか過去に飛ばされたなんて理解出来なかったよ、最初は。だって日本だと西暦500年ぐらいって古墳真っ盛りな時代だぜ? ご先祖様の生活見てビックリしたわ」

 

「まだ人間が妖怪と対抗する術を持っていない時代、だったか?」

 

「やっぱ慧音は歴史に詳しいな。まだ仏教なんてもんが存在しなかったし、もちろん陰陽師や陰陽道なんて確立されていなかったからね。そのせいあってか、妖怪も大して強い奴は少なかったから半年も生き残れたんだ」

 

妖怪とは人の恐怖心から生まれる存在なため、想像力に乏しい古代では強い妖怪は生まれにくい。

特殊な能力を持った妖怪は稀に生まれるけど、最初から大妖怪レベルの化物が生まれることはないのだ。――例えば私のような。

 

「半年も生きられることにもビックリよ」

 

「とりあえずサバイバル生活できるような知識は身に着けていたのが幸いだった。大半は自前の能力のおかげだけどさ。この時ばかりは〔十の化身を操る程度の能力〕に感謝したな」

 

紅魔館の主が驚くのも無理はない。

確かに普通の人間ならば半年経たずに死んでただろう。あいにく、過去に飛ばされた者は人間の域を越えていたが。

 

「お兄様はどうやって元の時間に戻ったの?」

 

「切裂き魔を始めとする仲間たちが頑張ってくれたおかげだな。俺が『別の場所に転送されたのでは?』という可能性もあったから、半年なんて時間がかかったって言ってたよ」

 

「本当に災難でしたね、紫苑様」

 

「まったくだ。……まぁ、紫や幽香と会ったおかげで幻想郷に来れたわけだし、人生なんてどう転がるか分からないもんだぜ」

 

藍の言葉に同意しながら、師匠は私に笑みを向けてきた。

自分の頬が熱くなり、その様子を見ていた幽香に睨まれる。

 

「というわけだ、理解してくれたか?」

 

「紫と幽香と紫苑の関係は分かったけどさぁ、出会いの話とか聞きたいぜっ」

 

この白黒魔法使いがっ……。

霊夢に止めさせろと合図を送ってみるが、本人も聞きたそうに目を輝かせているので意味がない。

 

いや――よく考えてみれば、師匠と私たちの出会いは幻想郷が出来るきっかけとなった話でもある。幻想郷に住む住人が知るのは当然の権利かもしれない。幻想郷を作ったのは私と龍神様ではあるが、提案者は間違いなく師匠なのだから。

隣にいる私の式も目を輝かせているし、話さないわけにはいかないだろう。

私は藍に酒を注がせて、それを口に運んで一口飲む。

 

「はぁ……、なら話してあげるわ。師匠もそれでよろしいでしょうか?」

 

「別にいいよー。あ、ちょっと家に忘れ物してきたから一旦帰るわ」

 

「やったぜっ!」

 

神社を去る師匠とはしゃぐ幻想郷の住人達。

私の勘ではあるけれど……師匠は逃げたわね。そそくさと神社から『風』を使って去って行く師を見送りながら思う。 

 

集まった住人達がある程度収まったのを確認して、私は手元にある扇子を開いたり閉じたりしながら考える。

さて、どこから始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、語らせてもらうわね。私と師匠が出会った時の話。この幻想郷が出来るきっかけとなった出来事で――私の胡散臭さや幽香が戦闘狂になった原因の物語を」

 

「「「「「アイツが原因かっ!!??」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 




紫苑「湿布湿布……」
霊夢「忘れ物ってそれ?」
紫苑「ついでだ。気休め程度にはなるでしょ」
霊夢「また背骨折られる未来しか見えない」
紫苑「それは言わない約束」


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16話 名もなき少女のファンタジア

あれは私が生まれて間もない頃。

名前すらなかった頃。

 

ある小さな妖怪集団の末端として奴隷のように働いていた頃よ。

当時は幻想郷とは比べ物にならないほど実力主義の社会だったから、生まれたばかりの下級妖怪は集団の庇護下に入らないと死んでしまうような世界だったわ。

力のない妖怪だった私は、毎日を『どうやって生き抜くか』ということだけ考えて、集団の長から捨てられないように媚を売るだけの生活だった。

 

その長が最低な奴でね。

私を拾った理由なんて『成長したら自分の女にする』だったわ。

まぁ、集団に所属してないと死ぬし、私は諦めたように奴隷のごとく働いてた。

 

 

 

そんなある秋の日、私たちの集団が人の村を襲うことになったの。

要するに食料確保ね。そこそこの集団だったから、村一つ襲うにも苦労しないほどの戦力はあったし。

 

集団が住んでいた森を下ろうとしたとき、私たちは森のなかで食事をしている人間を見つけたの。川が近くにあったし、魚を取って食べていたらしいわね。どちらにせよ、妖怪が住む森で食事をするなんて自殺行為だけど。

 

私たちは人間が逃げられないように、数十匹で囲んで追い詰めたわ。

相手は一人、しかも人間。難なく包囲できた。

 

 

 

 

 

「え、まさかそれって……」

 

「えぇ、食事してたのは師匠よ」

 

 

 

 

 

大柄な長は食事している小柄な人間に言ったわ。

 

『我等が領域で無防備に食事をするなど、間抜けな人間よな!』

 

『――んぁ?』

 

私は黒髪の人間と目を会わせた。

合わせてしまったのが間違いだった。

触れたら細切れにされるかと錯覚してしまうほどの鋭い瞳からは、静かな殺気が含まれていた。まるで何千の生命体を無慈悲に殺してきた瞳。私たちよりは非力な人間が出すような殺気ではなく、明らかに私の本能が『敵対してはいけない』と告げていた。

服装も見たことがなかったし、明らかに普通の人間ではなかった。

その人間は首を振り、手にしていた焼き魚を投げ捨てた。

 

『何の用だ?』

 

『妖怪と人間が出会えば、一方的な虐殺であろう?』

 

『そうか』

 

下品な笑いを浮かべる妖怪達。

私にはその光景が理解できなかった。なぜ逃げないのか。これ(・・)は私達が食料とする類の枠に当てはまらない人間だと何故気づかないのか。

人間は一言呟くと、地面においていた白銀の刀を手にして抜いた。

 

 

 

『――さて、一方的な虐殺だな?』

 

 

 

刹那――長の首が空中を舞った。

首が弧を描いて川に落ちると同時に、長の体も細切れに分解されて血飛沫を出しながら地面に倒れた。そこにいる誰もが、その光景を理解するのに時間がかかった。

私の反射速度では彼が『斬った』のが見えず、余計に頭で処理するのに時間がかかったのだが。

――まぁ、理解するのが遅かったけど。

 

妖怪の集団は地面から現れた数々の黄金の剣と、人間の持つ神力を纏う刀でバラバラに引き裂かれたわ。成す術もなく、逃げ出す者も泣き出す者も容赦なく、ね。妖怪の反撃も黄金の剣によって弾かれて串刺しにされ、数分もしないうちに私以外が全滅した。

 

仲間がバラバラにされることも恐ろしかったけど、何よりも機械的に妖怪を刺殺・斬殺していく人間が怖かった。

妖怪の血で真っ赤に染めらた地面を歩きながら、歪みから見せる何百の黄金の剣を顕現させながら、黒髪の男は私のほうへ歩みを進める。

 

『――残りはお前だけか』

 

刀の血を払って私に近づいてきた。

 

 

 

 

 

「まてまてまて! 紫を殺そうとしてないか?」

 

「切り捨てるつもりだったのよ……。あの時の師匠はイライラしてたし。いきなり未開の地に飛ばされたあとだったから、そこで自分を殺そうとした妖怪集団に八つ当たりしたらしいわ。襲ったのは私達の方だし、自業自得だけどね」

 

「「「「「怖っ」」」」」

 

 

 

 

 

無機質な表情の人間から逃げようとスキマを開いたけど、どこからか飛んできた黄金の剣によってスキマは切り裂かれて消えた。

腰か抜けて走ることもできなかったわ。黒曜石の無機質な瞳に私を映しながら近づいてくる人間から。

だから――生き残るために私は人間に命乞いをした。

 

『た、たすけ――』

 

『俺を殺そうとしたくせに今さら命乞いか? 冗談きついぜ。――潔くここで死ね』

 

もはや恥や外聞なんて関係なかった。

とにかく生き残りたかった。

だから、私は無様に人間に土下座をした。

 

『い、命だけは助けてください……っ』

 

『………』

 

『………』

 

どれほど身近に迫る死の恐怖に怯えながら頭を垂れただろうか。

頭を下げていて前は見えなかったが、溜息をつくような音が聞こえたのは理解できた。

 

『……はぁ、なんか少女に土下座させてるとか変態かよ』

 

私が頭をゆっくり上げると、黒髪の人間は刀を鞘に戻し、黄金の剣も空間の歪みも霧散して消していた。

困惑の表情を浮かべながら、そこに佇んでいたのだ。

 

『お前だけは最初から敵意なかったし、今回だけは見逃してやる』

 

『……え』

 

『ほら、さっさと行け。助けてやるって言ってんだよ』

 

『………』

 

私は一刻も早く去ろうとして――動きを止めた。

急に止まった私に、人間は訝しげな表情をした。

 

『どうした? 早く逃げないのか?』

 

『わ、私は……』

 

『??』

 

『わ、私は――どこに行けばいいんですか?』

 

『え、そりゃ――あ』

 

 

 

 

 

「森一帯は師匠が潰した集団の支配地域だったから、私の帰る場所は無くなってしまった。悲しくはなかったけど、絶望的だったわね」

 

「他の集団に入るのは無理だってことか」

 

「えぇ、そもそも妖怪自体が珍しかったから、他の集団を探すなんてもってのほかだった。だから私は最後の手段――師匠に弟子入りすることにしたのよ」

 

「なんで弟子入りなんだぜ?」

 

「その人間が私を庇護下に置く理由がないからよ。師匠は最初は断ったけれど……最終的には渋々弟子にしてくれたわ」

 

 

 

 

 

『――仕方ねぇな、少しの間だけだぞ? 俺が仲間を皆殺しにしたから起きたことだし……めんどくせー』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

『こんな血が飛び散ってる場所じゃ眠れねーし、さっさと違う場所に移動すんぞ。あ、そういえばお前の名前は何ていうんだ?』

 

『――え?』

 

場を離れようとした私の師は、振り返りざまに私の名を聞いた。

集団で何の力もなかった私には名前なんて付けてはもらえなかった。下級妖怪によくあることだけれど、生き残ることしか考えていなかった私に名前はどうでもいいもの。考えたことすらなかった。

何も答えない私に、人間――師匠は驚く表情を見せた。

 

『……まさか名前ないの?』

 

『………』(コクコク)

 

『マジかよ……』

 

こりゃ参ったな……と師匠は天を仰いで考えること数秒、不安そうに見つめる私に告げた。

 

『なら、呼び合うのに名前ないと不便だし、俺がつけてやるよ。お前の名前』

 

『私の……名前……?』

 

『何がいいかなー? なんか要望ある?』

 

何度も言うが当時の私は下級妖怪。学があるはずもなく、文字の読み書きなんてできるような知識がなかったのだ。

私が首を振ると、師匠は苦笑しながら近くの木の枝を拾った。

 

『そっかー。あまりひねった名前を付けると時間かかるし、パパッと決めようぜ』

 

『は、はい』

 

『うーん………………………これはどう?』

 

師匠は地面に字を書いた。私には読めなかったけど。

 

 

 

     八雲 紫

 

 

 

『俺の義母親方の旧姓【八雲】が苗字で、俺の名前の一部を取って読み方を変えて【紫】』

 

『やくも……ゆかり……』

 

私は一字一句噛み締めるように呟いて、近くの木の枝で師匠の書いた字を真似した。

生まれて始めて文字なんて書いたから、歪な形になってしまった。

けれど、私は『自分のために考えてくれた自分だけの名前』が心の底から嬉しかった。記憶に何度も刻むように名前を繰り返す私に、師匠は頭をぐりぐりと撫でまわしながら問う。

 

『気に入ったか?』

 

『はいっ』

 

『んじゃあ、今からお前の名前は八雲紫だ。俺の名前は夜刀神紫苑。よろしくな』

 

これが八雲紫と夜刀神紫苑との出会い。

私は最悪の仲間を失って、師と名前を得た。

 

 

 

 

 

「紫様の名前は紫苑殿が考えたのですか!?」

 

「そうよ。師匠曰はく『もう会うことはないと思ったから自分の名前の一部つけてもいいかな』って。気に入らなければ好きに改名してもいいと師匠は言ってたけど、私の中に生まれて初めてもらった名前を変える選択肢は存在しなかったわ」

 

「紫苑さんが名付け親ねぇ……なんとなく紫が紫苑さんを狂信してる理由が分かったわね」

 

「きょ、狂信って。まぁ、否定できないけど」

 

「それで? その後紫苑さん達はどうしたの?」

 

「いろいろ、よ。半年なのに私の生で一番濃かった期間だったわ」

 

 

 

 

 

いつだか覚えてないけど、ある日師匠は私に聞いたわ。

 

『そういや思ったんだけどさ、お前を切り殺そうとしたとき出した裂け目って何?』

 

『えっと……よくわからないけど、色々な物を入れられます。あと、他の場所にも移動できます』

 

『えらく曖昧だな。自分の能力を把握しとかないと後々面倒になるぜ? ……ちょっと、その裂け目を見せてくれないか?』

 

『分かりました』

 

私がスキマを開くと、師匠はスキマを360度から観察したり、裂け目の縁を触ったり、スキマの中に首を突っ込んで様子を見たり、私に開いておくよう命じて中に入ったりした。

しばらくして冷や汗をかく師匠が出てきた。

そして頭を抱えていた。

 

『師匠、どうでしたか?』

 

『……アカンわ、これ』

 

『え!?』

 

『なんか別次元に繋がってるところがあるし、明らかに移動とか保存とか生易しい能力じゃねーぞ。さしずめ――〔境界を操る程度の能力〕って言ったところか。うわぁ、壊神や切裂き魔と同レベルのチート能力だぞ、これ』

 

妖怪数十匹を手玉に取った師匠ですら呻くような能力を持っていたことに私は絶句した。

まさか自分の能力がちーと(師匠が言うに規格外のとこ)だとは思わなかった。説明を聞くと、どうやら私の能力は境界線を操って、自分を世界から隔離したり、認識を起こせない結界を張ることが可能だそうだ。

大妖怪ですら稀に見ない能力。

 

『けど、紫の妖力が少なすぎて移動や保存しかできないみたいだな。――どうせ俺がいなくなったときに一人で生きられないと話になんねーし、ちょっと強引だけど妖力を強制的に上げるか』

 

『え、でも……妖力はそんな簡単に上げられないんじゃ』

 

『あぁ、簡単じゃないぞ。けど短期間で上級妖怪まで上げることは可能だよ。切裂き魔も言ってたけど、あんまり良いやり方じゃないんだがなぁ……そうしないと俺が安心できない』

 

『私が……上級妖怪に……』

 

切裂き魔というのが誰なのかはわからなかったが、今まで虐げられてきた奴等以上の存在になれる。力を得ることができる。

それだけで私は心が踊った。

 

『強制的に上げるって意味から辛いのを察してほしいし、最悪死ぬかもしれない。紫には切裂き魔ほどの化物じみた才能(・・・・・・・)はないから、簡単じゃないのは確実だろう。もちろん無理強いはしないけど、どうする? 紫が決めることだ』

 

『――やります、やらせてください!』

 

即答した私に師匠は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「そんな方法が!? ぜひ詳細を!」

 

「今の幻想郷では出来ない方法だから、新聞には書けないわよ。書いたとしても私が止めるし」

 

「幻想郷では不可能?」

 

「えぇ、だって――片っ端から上位の妖怪に喧嘩を売って殺す、そういう野蛮かつ残虐な方法だからよ」

 

 

 

「「「「「はぁっ!?」」」」」

 

 

 

 




紫苑「これから時々、タイトルに楽曲名を混ぜる予定」
幽香「今回は分かりやすいようで無理やりすぎないかしら?」
紫苑「こういうのはわかりゃいいんだよ」
幽香「なるほどね」
魔理沙「……あれ本当に幽香か?」
霊夢「素直過ぎて怖い」


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17話 会えたなら共に笑おう

『妖力は簡単に増えるものではない』なんてことは私でも知ってる。

 

そもそも妖怪の強さは重ねた年月か認知度に比例する。当時の私は『妖力の反復使用』か『時間の経過』ぐらいの方法でしか、妖力は増えないものだと考えていた。実際、その時代にいた大妖怪の大半は数百年の時を生きる者がほとんどだったからだ。

 

 

 

だからこそ、師匠の言った『格上の妖怪を倒す』という方法に驚いた。

 

 

 

『いわゆる経験値みたいなもんだな。もちろん格下を倒したところで成長はしにくい。俺の友人から聞いた話で、半妖だったアイツもその方法で強くなってたし、効果的だとは思うぜ?』

 

『アイツ、ですか?』

 

『中途半端な妖怪にも関わらず、能力だけで格上の奴を遠慮なしに斬り殺して、一年そこらで大妖怪レベルの力をつけた化け物さ。まぁ、他の妖怪から警戒されやすくなるから、殺りすぎは禁物だぞ』

 

格上の妖怪を倒す。その方法なら半妖ですら最強クラスになる。

言葉で表すには簡単だったが、実際にやってみるとなると怖かった。

それでもやる決心がついたのは師匠がそばにいたからだった。

 

 

 

その日以来、私と師匠は各地を歩き回って妖怪の集団と戦った。

無差別に戦うのではなく、私よりも格上――それも悪行を働いている妖怪を狙って殺し回った。

師匠が側ににいたとしても、戦うのは私だったから負けることもあった。いや、負けることの方が多かった。

そのときは私のスキマか師匠の能力で逃げ、また戦うことの繰り返し。

 

『いやー、負けた負けた! あの妖怪、見た目によらず強ぇな!』

 

『すみません……私が至らないばかりに、師匠まで怪我させて……』

 

『気にすんなって。切り替えて対策練ろうぜ』

 

『はい!』

 

師匠との模擬戦も修行として行った。

ある意味、大妖怪よりも化け物じみた動きや攻撃を行う師匠は、私が格上の妖怪を相手にする上で重要な経験となった。回避不可の理不尽な攻撃も繰り出してくるけど。

それだけでなく、休憩時に知識も教えてくれた。

 

『師匠が怖いものって何ですか?』

 

『人間』

 

『え、でも――』

 

『そりゃ紫が考えてるように人間ってのは妖怪よりも遥かに弱い生き物だ。でもな、アイツ等ほど残虐な思考を持つ生命体は存在しないぜ? なまじ知性があるってのは想像してるより厄介なんだ』

 

『なるほど……』

 

こうやって、私は着実に強くなっていった。

たった一ヶ月で中級レベルの妖怪になったけれど、師匠は毎日口癖のように言っていたわ。

 

『決して驕るな。臆病であれ』

 

『………』

 

『どれだけ強くなっても、上には上がいるんだよな。紫、忘れんなよ。驕り油断する奴に未来はない』

 

『……はい』

 

数百年後に私は驕って月に戦争仕掛けて返り討ちにあったときもあったし、師匠の言うことは的確に当たっていた。

彼の言うことに間違いはほとんどなかった

 

『師匠の言うことには間違いはないですよね』

 

『絶対性はないがな。だからって思考放棄するんじゃねーよ? まぁ、失敗の実体験ほど説得力のある言葉はない』

 

そう言った彼は懐から懐中時計を取り出した。師匠は考え込むときは時計を弄る癖があった。

この頃は何なのか分からなかったけど、師匠の表情はどこか寂しそうだったのは今でも覚えている。

 

 

 

私が師匠と出会って2か月経った頃。

私が負けることが前より若干少なくなるくらい力をつけた頃。いつもどおり妖怪のアジトを襲撃して殲滅した後、アジトを見て回っていた私たちは、とある母屋の中で縄で縛られた緑髪の少女を見つけた。生きているかわからないほど衰弱している、私と同じくらいの中級妖怪だった。

師匠は少女の頬をペチペチ叩きながら反応を見る。

 

『おーい、生きてるかー?』

 

『……何?』

 

『お、生きてた。どうしてこんなところにいる?』

 

『……強くなるために』

 

少女は赤い瞳で師匠を睨み付けた。

どうやらこの少女も私たちと同じようなことをしていたようだ。師匠がいて初めて中級妖怪になれた私とは違って、この少女は一人で妖怪の集団を襲撃したらしい。

少女の睨みも師匠にはどこ吹く風で、あっさりと縄をほどいて解放した。母屋から出ながら、師匠は緑髪の少女の説明を聞いていた。

 

『んで、返り討ちにあって捕まったと』

 

『………』

 

『ここの妖怪は力押しでは厳しい相手だからなぁ。あ、ところでお前の名前は何?』

 

『……風見幽香』

 

『そうか、なら幽香。俺達と一緒に来ないか?』

 

手を差し伸べる師匠に、少女は怪訝な表情をする。

反対に師匠は笑顔だった。

 

『向上心のある奴は好きだぜ、俺。俺もこの弟子を絶賛育成中だから、この際一緒にどうかなーって。失うものはなくとも、得るものはあるんじゃないか?』

 

『どうして私が人間なんかに――』

 

その時だった。私たちの前に4匹の大妖怪(・・・)が現れたのは。

各地を転々としては妖怪の集団を殲滅していた私たちを狙ってきたらしい。ここに留まっていた時間が長かったために起きた不幸だった。

目を見開く私と幽香だったが、師匠は呆れ肩をすくめていた。

 

『……紫、幽香をつれて逃げろ』

 

『で、ですが相手が大妖怪では……!』

 

『大妖怪? あの程度が(・・・・・)? ……まぁ、最近あのアホと遊んでない(ころしあってない)し、肩慣らしついでに――喜劇と洒落込もうか』

 

仕方なく私は幽香をつれて逃げた。

幽香も抵抗することはなかったわ。相手は大妖怪だし、実力差が決定的に違う相手と無駄に戦うほど彼女は馬鹿ではなかったから。

 

そして――私たちは目にした。

師匠の全力を。

人間が持つとは思えない力を。

 

大嵐が森の木々を薙ぎ倒し、人間の体から出されたとは思えないくらいの剛力で敵を殴り飛ばし、己の身体が傷ついても即座に修復させ、敵を森ごと焔の柱で焼きつくし、数千の黄金の剣で敵を切り裂き。

まるで師匠が語っていた『神話』を体現したような光景。

私たちはその雄々しくも戦う師匠に魅入っていた。

 

『これが……師匠の強さ……』

 

『……凄い』

 

一時間後には焼け野原となった森には、大妖怪だったと思われる肉塊と、血を流しながらも立っている師匠だけが残っていた。彼は一息ついて自分が作った光景を無表情で見ていた。

私は師匠に駆け寄った。幽香もあとからついて来る。

 

『師匠っ!』

 

『――紫か。大丈夫か?』

 

『私たちは何とも……でも師匠が!?』

 

『久しぶりに派手に暴れたわ。アジト殲滅に妖怪4体の相手……もう疲れた。寝たい』

 

そのまま師匠は地面に寝転がった。

地面が汚れていることを気にせず、仰向けになって倒れる。

それを見下ろす赤い瞳。

 

『………』

 

『幽香も大丈夫だったか?』

 

『……貴方についていけば、私は強くなれるの?』

 

あの光景を見て幽香も考えを改めたのだろう。彼が人間の枠に当てはまらない猛者であると。

期待と尊敬の眼差しで師匠に問う。

 

『知らん。どうなるかはお前次第だよ。俺は補助するだけ』

 

『……分かった。貴方についていく』

 

『そっかそっか。俺は夜刀神紫苑、コイツは八雲紫。短い間だけどよろしくな』

 

私は幽香に頭を下げた。

幽香もぶっきらぼうに自己紹介をする。

 

『私は風見幽香。花の妖怪よ』

 

『……ほぅ、花の妖怪であるにも関わらず、強さを求めるのか? 別に悪くはないけどさ』

 

『花を守りたいから、私は強くなりたい』

 

『なるほど。俺も花は好きだし、俺の名前もキク科の植物が由来だしね』

 

『……そう』

 

幽香は心なしか嬉しそうだった。

こうして私に弟弟子ができた。弟弟子とは言っても同じくらいに生まれたらしい妖怪だったから、そこまで畏まるような関係ではなかったけどね。

 

『師匠は私と寝るの!』

 

『あら、私が先だったじゃない』

 

『俺は一人で寝たいです』

 

『私が早かったわ!』

 

『昨日も貴女だったじゃないの。今日は私が』

 

『俺の話を聞いてください』

 

仲が良かったわけでもないし。

 

 

 

 

 

「なんか……驚くことが多すぎて……」

 

「まぁ、そうよね。質問は後にして、私と幽香は師匠からいろんなことを学んだわ。そして半年経つ頃には2人とも上級妖怪レベルの力をつけたのよ。すっごく苦労したけど」

 

「その割りには楽しそうに話すじゃない」

 

「えぇ……楽しかったわ。――けど、長くは続かなかった」

 

「? どうし――あ」

 

「時間切れってことよ」

 

 

 

 

 

師匠と出会って約半年のある日。

 

起きると近くに幽香が眠っていた。

けど、師匠がいなかった。師匠が急に居なくなることなんて今までもあったし、そのうち帰ってくるだろうと普通は思う。けど、今日はなぜか嫌な予感がして私は幽香を叩き起こした。

 

『ねぇ、幽香。師匠は?』

 

『……あっちよ』

 

叩き起こされて不機嫌な幽香は自分の能力――花々とコンタクトを取って師匠の場所を特定した。森の中だからこそできた芸当だ。

二人でその場所に行くと、やけに開けた場所に師匠は大きな岩の上に座って、刀の刀身を眺めていた。朝日が森の木々から差し込み、師匠を神秘的に照らしていた。

 

『師匠、探しましたよ』

 

『いきなりどっか行かないで。探したじゃない』

 

『――紫、お前と会って半年。幽香、お前とは4か月だったな』

 

何故そんなことを今聞くのかと困惑する私達に、刀を鞘に納めた師匠は私達と目を合わせた。

優しさに満ちた瞳には、不思議と悲しみも感じられた。

 

『お前ら、強くなったよ。俺が教えることはもうないだろう』

 

『そんなことはありません! まだ教えてもらいたいことが……!』

 

『ははっ、そう言ってくれると嬉しいぜ』

 

師匠は岩から降りて、私達に近づいて――手を差し伸べた。

私と幽香は意味が分からす、とりあえず手を掴もうと――

 

 

 

 

 

『けど――もうお別れだ』

 

 

 

 

 

した師匠の手が結晶化(・・・)して壊れた。

 

 

 

 

 

『『……え?』』

 

『言っただろ? 少しの間、って』

 

『な、んで』

 

『在るべき場所に帰るってことさ。つまり俺は消える』

 

パリパリと音をたてながら腕から消えていく。

結晶は光となって空に浮かび上がり、欠片は零れる水のように消えていった。それを畏れもせずに受け止めている師匠は――自分がこれからどうなるのか分かっているのだろう。

それでも私たちは納得できなかった。

 

『そんな! だって……』

 

『ふざけないでっ!』

 

叫ぼうとしたとき、怒鳴ったのは隣にいた幽香だった。

物凄い形相で師匠に詰め寄る。

 

『え? いや、ふざけてるつもりはないけど』

 

『私は貴方から様々なことを学んだわ。でも、私は貴方に何も返せていない! なぜ消えようとするの!?』

 

『んなこと言われたって。俺にはどうしようもないし』

 

我儘を言う子供にどう対処するか悩む親のような顔をする師。

脚も消え始めた師匠は少し悩んで、思い付いたように言った。

 

『出会いあれば別れあり――人間と妖怪なんざ寿命がそもそも違うし、遅かれ早かれ別れるのは当然だろ? 異種族が共存なんてできるはずもないさ』

 

『妖怪と人間は共存できます! だから消えないで……!』

 

『……面白いこと言うなぁ。それじゃあ、紫に宿題を出そうか? ――人間と妖怪が共存出来る、そんな戯言みたいな世界を作ってみなよ。そしたらお前の願いを出来る範囲で叶えてやるさ』

 

『へ?』

 

『幽香――何人よりも強くあれ、何人にも負けぬ身であれ。そうすりゃ、また会ってやるよ』

 

笑顔で課題を出す師匠に、私と幽香は唖然とした。

後から考えれば、私達は想像以上に師匠に依存していた。そのことを彼が知っていたはずだし、生きる目的を与えてくれたのかもしれない。

 

もう顔しか残っていない師匠は、最後に言った。

 

 

 

 

 

『与えられた課題くらい……ちゃんとこなせよ? また会った時に達成してなかったら拳骨喰らわせてやる。できてたら褒めてやる』

 

 

 

 

 

『そんなわけで、また会えたなら共に笑おう(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

そうして師匠は完全に消えて、光の粒は舞い上がった。

残されたのは――師匠が持っていた懐中時計。私はゆっくりと師匠が消えた場所まで歩み寄り、その懐中時計を拾って胸に抱きよせた。

 

 

 

そして私は泣いた。

幽香も泣いた。

 

 

 

泣いたあと、私たちは別れた。

 

 

 

幽香は強く在るために。

私は世界を作るために。

 

 

 

 




紫苑「シリアスもこれで終わりか」
幽香「この物語はシリアス多めじゃない」
紫苑「だからコメディ入れたいんだよなぁ」
紫「日常編なら存分に入れられるかと」
紫苑「そして異変になるとシリアスに戻る」


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18話 新聞記者の取材

活動報告でとったアンケートの結果報告です。

A1.そのままにしときます。
A2.出します。

以上です(ネタバレにならないように報告した次第ですm(__)m)


side 紫苑

 

時刻は10時ぐらいだろうか? 幻想郷に時間で動くなんて概念は存在しないけどさ。

スマホを取りに帰って戻ってきたら、紫の話が終わったらしくそれぞれがまた酒を飲んでいた。まさかスマホの充電が7%しか残っていないとは思わなくて、どうにか半分まで回復させてきたのだ。充電回復するまで暇だったわ。

俺は八雲ファミリーと神社組と幽香の輪に入った。彼女等は帰りが遅かった俺を温かく迎え入れてくれる。

 

「ただいま、話は終わったみたいだな」

 

「おかえりなさいませ、師匠」

 

俺は紫と幽香の間に座った。

霊夢やアリスも隣を開けていたのだか、なぜか花の妖怪の威圧に耐えられなくて横に座ったのだ。輪にいる皆が苦笑いを浮かべる。

 

藍さんから安定の麦茶を頂き、料理をつまむ。

誰が作ったのだろう。美味いな。

 

「で、どうだった?」

 

「なんか……軽々しく聞いて申し訳なかったわ」

 

俺が紫の話の感想を神社組に聞いてみると、返ってきた反応は想像以上に微妙なものだった。

アリスが気まずそうに頭を下げ、霊夢と魔理沙は目を背ける。

 

「隠すようなことでもないし、幻想郷誕生秘話の一部なんだから、住人には聞く権利はあるだろ」

 

そんな様子に俺は肩をすくめた。

俺が直接的に関わっていないにせよ、紫に幻想郷の創造を促したのは明らかだ。俺が言いふらすのは妙かもしれないけれど、紫が話すのは適任だと判断したから任せた。

あと面倒だったから。

 

「けど2人が紫苑さんの影響を受けてるとは思えないのよね……」

 

「あら、私たちは結構影響受けてるのよ。私は師匠のポーカーフェイスとか策士的な戦い方とか、逆に幽香は師匠の殺気とか力押しでの戦闘とかね」

 

「戦闘面だけかよ」

 

聞いてみるとロクな部分しか影響されてない。

引っ越し時に紫と会った切裂き魔も、紫を見て『胡散臭さは師匠譲りかなー?』とか言ってたし……つか俺は胡散臭いのか? さすがに詐欺師よりはマシだろうに。

 

「ところで紫苑」

 

「うん?」

 

貴婦人が如く酒を嗜む幽香が、俺を――正確には俺の存在しない右腕を見ながら聞いてきた。

霊夢も同じことを感じたのか、すっげー嫌な予感が。

 

「その右腕はどうしたの?」

 

「これか? ちょっと異変の時に、な?」

 

フランに腕を粉々にされました☆とか絶対に言えない。

幽香の黒い表情を見れば分かる。そんなわけで誤魔化したわけだが、昔から頭の回転が早かった幽香は立ち上がりながら迫力のある笑みを浮かべた。

 

「ちょっと待ってて紫苑。異変の主犯と遊んでくるから」

 

「落ち着け幽香っ! お前の笑顔が洒落になってねーぞ!?」

 

「離して、あいつ殺せない」

 

「とうとうオブラートに包まなくなったかっ!?」

 

妖力の量で判断した限りだと、今のコイツは帝王ほどではないにせよ大妖怪の名にふさわしい力を持っていることが伺える。レミリアなんて相手にならないぞ、多分。しかもレミリアが犯人じゃないし。

そんなことより、昔はこんなキャラじゃなかったよな、幽香!

1500年間に何があった!? しかもコイツ力強ぇ!

 

「そ、そうだ! 紫苑って紫と幽香よりも強いのか?」

 

俺を引きずりながら紅魔館の主をボコボコにしようと歩き出した幽香に、魔理沙が強引に話を変えるように話題を振った。

食いついた幽香がやっと俺を伴って戻ってきたので、俺はホッと胸を撫で下ろす。そして咳払いをしながら結果を言う。

 

「んなわけねーだろ。紫や幽香の脚もとにも及ばねーよ」

 

「でも大妖怪4匹を倒したって……」

 

「当時の妖怪なんて今よりも随分弱かったのさ。大妖怪とは称しているが、今の上級、最悪中級ぐらいの妖力だぞ? 逆に魔理沙は幽香レベルの妖怪4匹を相手取れるか?」

 

「出来るわけないのぜ!?」

 

どれだけ能力が特殊だろうと、種族による基礎能力が違いすぎる。

だから人間は『知恵』で対抗するのだが……今の大妖怪なんて『知恵』の塊みたいなもんだし、人間と妖怪との戦いなんて外の世界(あっち)でも数の勝負だった。

それ以前に

 

 

 

「大妖怪4匹を圧勝出来るなんて、それ人間じゃないだろ」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 

つまりはそういうことである。

……いや、俺が本気(・・)を出せば可能かもしれないが――机上の空論に過ぎないだろう。そういう約束をしているし。

 

「なら――試してみる?」

 

「遠慮しとくよ」

 

幽香が妖艶で好戦的な微笑みで誘ってきたが、俺はまだ死にたくない。

彼女も残念そうだったがアッサリ引き下がった。

そして不服だったのは彼女だけではない。

 

「えー、私も見てみたいですねぇ」

 

「あ、バ鴉」

 

「私は鴉天狗ですよ!」

 

輪の中に入ってきたのは山伏少女。確か――射命丸文だっけ?

筆とメモ用紙を携えた鴉天狗の少女は、紫と俺の間に割って入ってあからさまな営業スマイルを浮かべる。紫は不満そうにジト目を向け、幽香は関係ないと無関心を貫く。

 

霊夢のバ鴉発言にツッコんでる文に、どうしてココに来たのかを聞いたら、好奇心の塊が如き輝いた紅榴石の瞳で俺を見る。

 

「も・ち・ろ・ん取材のためですよ! 紫苑さんが会ったときに約束してくれたじゃないですか」

 

「……あー、そうだったわ」

 

そんな約束したな……と今更ながらに思い出す。

約束後に短時間で色んなことが起こったせいで頭から抜け落ちてた。主に背骨にヒビを入れられたり、ホールドで肺を圧迫されたり――原因は正直言って隣の花妖怪のせいか。

 

「約束は約束だ。できる範囲の質問には答えよう」

 

誠意を見せる事こそが、今後の幻想郷で生きていく上で大切だろう。有言実行なんて大層なことは言えないが、文との約束を守ることにした。

文はメモ用紙に筆を走らせながら口を動かす。

 

「お許しも出たので早速……紫苑さんの能力って何ですか?」

 

「ふむ……とりあえず〔十の化身を操る程度の能力〕とでも言っておこうかな」

 

「……とりあえず?」

 

酷く曖昧な答えに首を傾げる文。

その理由を俺は説明する。

 

「幻想郷では能力に『~~程度の能力』なんて言い方をするだろ? まぁ、俺達の街でも同じ言い方をするけど、一部の奴等の能力には別の呼ばれ方があるんだ。あっちの呼び名は好きじゃないから、〔十の化身を操る程度の能力〕って一応名乗ってるわけ」

 

紫から聞いた話だと、幻想郷での能力の名前って自己申告だって聞いた。先程言った俺の能力も、正しくは俺の別名みたいなもんだし、特別な呼び名を持つ奴等というのは化物7人と一部の候補者ぐらいだしね。

そもそも〔十の化身を操る程度の能力〕という言葉で片付けられるほど俺の能力は単純ではないが、あっちでも考えるのが面倒だったという背景もあり今の形に落ち着いたわけだ。

そして文の次の質問が手に取るように分かる。

 

「では紫苑さんの能力は外の世界では何と呼ばれていたのですか?」

 

「やっぱりそう来るよなぁ。街での俺の能力は勝利の軍神(Vərəθraγna)って呼ばれてたよ」

 

まぁ、こう呼ばれるのは2.3年ほど前からだ。それまでは俺が自身の能力を秘匿していたので正体不明(unknown)なんて呼ばれた時期もあった。

文はメモ用紙に俺の本来の能力名を記そうとしたが、どうも上手く記せなかったらしく諦めていた。まぁ、勝利の軍神(Vərəθraγna)ってアヴェスター語だからな。

 

 

 

 

 

「次の質問です。紫苑さんと幻想郷の賢者は恋仲なのですか?」

 

「ななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななっっっ!!!!????」

 

 

 

 

 

 

あ、紫が壊れた。

首元まで顔を真っ赤にして、『な』を繰り返しながら酒を煽ったり料理をつまんでいる。しかし手元が狂っているため、湯呑みが空だったり、箸で何も掴めてないのに口に入れていた。

 

急変した幻想郷の賢者に、文や霊夢と言った面々は口を開けて絶句しており、式神の藍さんですら目が点になってる。

俺は呆れた声で首を振った。

 

「んなわけないじゃん。俺と紫は元師弟関係、むしろ今じゃ紫の方が立場が上じゃね?」

 

「馬鹿なこと言ってると細切れにして殺すわよ」

 

「ひっ!」

 

幽香の割りとガチな殺気に怯える鴉天狗。

どうしてそこまで花の妖怪が殺る気に満ち溢れているのか分からないし、正気を取り戻したスキマ妖怪が恨めしそうに俺を見ているのか知るよしもない。

楽しそうにしてるのは魔理沙ぐらいだ。霊夢も不服そうだし、アリスと藍さんも微妙な表情。女心って本当に分からん。

 

俺は知らん顔で麦茶を煽る。

こういう時に酒が飲めない……いや、酔うことができないってのは本当に面倒だと思う。

飲める奴等が羨ましいよ。

 

「なるほどなるほど、紫苑さんは女難の相アリ、と」

 

「変なこと書くなよ?」

 

「あやや、了解です。それなら……っと、紫苑さんは外の世界では何をなさっていましたか? お仕事とか趣味などを教えてくれると嬉です」

 

メモ用紙を捲りながら問う文に、比較的マシな質問だと思った。さっきの冗談みたいな質問で『俺の質問回答のライン』を試した節がある。ここまでなら答えてくれる、これ以上はNG……みたいな。

まったく、ちゃっかりしてるぜ。この新聞記者は。

 

どっかの詐欺師を文と重ねながら、俺は苦笑して答えた。

 

「何をしてた……うーん、何と言えばいいのやら。文は『警察』って聞いたことあるかな?」

 

「警察、ですか? 人里を警備してる自治集団に似たようなものでしょうか。外の現代知識には疎いものでして……」

 

文の認識は的を射ているが、言った俺も納得していなかった。

俺が所属していたものに法の拘束力なんてもんは存在しなかったし、だからと言って街のルールを破る者を取り締まる仕事をしていたから説明が難しい。

 

悩んでいると紅白衣装の巫女さんを捉える。

そして無意識に納得した。

 

「あ……これだ、俺は街では『博麗の巫女』に近いような仕事をしてたぜ。街のルールを破る奴を退治して、起こる事件を解決する仕事。これを統括する組織に所属してた」

 

「なるほど! 紫苑さんは外の世界で霊夢さんや魔理沙さんと同じようなことをしてたんですか」

 

この説明なら俺自身も納得できる。違う点があるとすれば『退治する=殺す』という意味だろう。

俺達は霊夢ほど慈悲を持ち合わせていない。

 

「趣味は料理かな」

 

「紫苑さんの料理……ぜひとも食べてみたいですね」

 

その感想に異議を唱える巫女がいた。

コイツ何言ってんの?って表情で、酔っているのか少し顔が赤い。

 

「アンタさっき『何ですかこの稲荷寿司は! めっちゃ美味しいんですけど!?』とか言ってたじゃない。あれ紫苑さんの手作りよ」

 

「「え!?」」

 

文とアリスが目を丸くする。

そこまで驚くことか?

 

「でも今の紫苑さんは片腕しか使えませんよね?」

 

「うん、片手で作った」

 

「貴方器用過ぎるでしょ……」

 

アリスは呆れ顔をしているが、片手での生活に慣れ始めている俺としては、そこまで難しいことでもないと思った。慣れればそんなもんだろ。

破壊された方が利き腕だぜ?と左手で箸を器用に使いながら言うと、驚いていた二人も納得した。

 

それからも当たり障りのない程度の質問をいくつかされ、その度に周囲が盛り上がったり幽香が殺気飛ばしたりしたが、鴉天狗が満足するような回答ができたのではないだろうか?

メモし終えた文は俺に頭を下げ感謝の言葉を述べる。

 

「ご協力ありがとうございました!」

 

「出来上がった新聞、今度見せてくれよな? ってか、文の作ってる新聞の定期講読の契約とか可能?」

 

「ゑ? ……えぇ!?」

 

外人顔負けのオーバーリアクションをする鴉天狗。

 

「ほ、本当ですか!? 新聞取ってくれるんですか!?」

 

「あ、あぁ。幻想郷の情報とか欲しいし……霊夢、何で文は号泣してんの?」

 

さぁ?と知ってるようだけど説明しない霊夢をよそに、俺は滝のように涙を流す鴉天狗に困惑していた。

後で魔理沙から聞いたことなのだが、幻想郷の住人は新聞を読む習慣はないらしく、加えて嘘偽り満載の『文々。新聞』を取る者は非常に少ないらしい。そら読んでくれなきゃ気を引くために面白おかしく嘘書こうとするよな。良いことではないが。

 

近日中に契約云々の話をするために俺の家に来ることを約束した文は、上機嫌で翼を羽ばたかせて博麗神社を去っていった。

 

これで一段落ついたな……と思った矢先に、麦茶を飲んでいた俺の背中い強い衝撃が走る。

どうにか湯呑みの中身をブチ撒けずに踏みとどまり、何事かと後ろを向こうとした。そして原因となる人物の第一発声によって誰なのか特定するのは容易だった。

 

 

 

「お兄様♪」

 

 

 

 




紫苑「本当に変なこと書くなよ?」
文「当たり前じゃないですか!」
霊夢「……|д゜)」
紫苑「霊夢が『どーせ書くだろバ鴉が』って顔してるんだけど」
文「そ、そんなわけないじゃないですか~」


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19話 和解?

side フランドール

 

スキップしながら博麗神社の宴会場を徘徊する私は、とある黒髪の少年の姿を追っていた。

お姉様が『ちょっと夜刀神呼んできてくれない?』とお願いされたときは物凄く嬉しかった。お姉様には何か考えがあってのことだろうけど、私にはそんなの関係なかった。

 

 

 

お兄様に会えるのだ!

 

 

 

私を救ってくれた人間。

能力のせいで忌み嫌われていた私に、身内以外で唯一手を差しのべてくれた『初めての兄』。

できれば早くお兄様に会いたかったけど、お姉様が許してくれなかったし、霊夢にも止められたのだ。不満だったけど『紫苑さんの怪我がある程度治るまで待ちなさい』って霊夢が言ってたから我慢した。

我慢したら誉めてくれるって咲夜も言ってたし!

 

だから、お兄様の背中を見付けた瞬間、なにも考えずに飛び付いた。

 

「お兄様♪」

 

「ふ、フランか……いきなり飛び付くのは危ないぜ?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

確かにお兄様は麦茶を溢しそうだった。

すぐに謝ると、お兄様は私の方を向いて頭を撫でてくれる。暖かい手の感触が嬉しくて、私は無意識に羽をパタパタさせていた。

 

「よしよし、ちゃんと謝ることができたのはえらいぞー。今度からは回りを確認しろよ?」

 

「うん!」

 

「知ってるぜ。紫苑はロリコンって言うんだろ?」

 

「魔理沙シャラップ」

 

ろりこん?って何なのかな。

よく見ると金髪の女の人と狐の人が羨ましそうに私を眺めていた。お兄様に頼めばしてくれそうなのに、どうして遠慮してるのかな? あと緑色の女の人が怖い。

 

「ところで俺に用事があって来たんじゃないのか?」

 

「あ、そうだ! お姉様が呼んでたよ」

 

「………」

 

「幽香、ついて来なくていいから。呼ばれてるなら行かなくちゃな……フラン、案内してくれる?」

 

「わかった」

 

緑色の女の人――幽香?が立ち上がろうとしたのをお兄様が制止して、私の右手を左手で繋ぎながら金髪の人に言う。

幽香は複雑そうな顔をしていた。

 

「ちょっとスカーレット姉のところに行ってくるわ」

 

「お気をつけて」

 

ん? もしかして金髪の人って『幻想郷の賢者』なのかな?

お姉様が胡散臭い人だって言ってたけど、そんなに怪しそうな人に見えないなぁ。お兄様のことを本気で心配してるようだし、とってもいい人に見える。

霊夢と魔理沙が手を振って見送ってくれたので、私は手を振り返しながらお兄様と並んで歩く。

 

「スカーレット姉……レミリアは何で俺を呼んだのか聞いてるか?」

 

私は歩きながら質問するお兄様に首を振った。

 

「理由は聞かなかったよ。お兄様に会えるし!」

 

「そっかー」

 

もしかして困ってるのかなと不安になったけど、お兄様はそこまで気にしている様子はなかった。

 

お姉様は優しいからね!

きっとお兄様と仲直りしたいんだよ!

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side レミリア

 

「なぜ妹様を向かわせたのですか?」

 

「私よりもフランの方が警戒されないでしょ?」

 

美鈴の素朴な質問に主らしく堂々と答えたが、本音は私が赴いたらボコボコにされる運命が見えたからだ。

『誰にやられるのか』までは分からないが、遠くから見て目から光が消えているあの花妖怪が犯人になるのではないかと推測。

噂で聞いたことのある四季のフラワーマスター・風見幽香。幻想郷でも五本の指に入るほどの猛者と噂されている彼女ですら、あの男が関係しているとは予想外だった。

さすがおじいさまの盟友とでも言うべきか。

 

夜刀神の評価を上げていると、パチェと目が合う。

本の虫で大図書館とか呼ばれる昔ながらの友人は、ジト目で釘を刺してきた。

 

「レミィ、分かってるんでしょうね?」

 

「う、煩いわね。分かってるわ」

 

あの騒動の後、紅魔館で彼に対する今後の関係を話し合った結果、『彼と友好関係を築く』ということが決まった。何よりおじいさまの遺言でもある上に、なぜか懐いているフランや咲夜までもが彼側についたことが決定打となった。

そもそも相手は帝王が認めた人間。敵対関係を貫くほど私は愚かではないし、ぶっちゃけ敵対したらフランに嫌われそうな気がする。彼のところへ行って来てと頼んだときの妹は誰よりも輝いていた。

ちょうど先日に紅魔館へ様子見に来た博麗の巫女に頼んで、宴会で謝罪の仲介を頼んだのだけれど……。

 

パチェが心配しているのは『ちゃんと私が謝罪できるのか』だ。謝ることなんて人間の子供でもできることだが……果たして、その時になった時に謝れるだろうか? プライドが邪魔しそうな気がしてならない。

まだまだ私も子供なのだろうと己に呆れていると、別方向を見ていた咲夜が報告する。

 

「お嬢様、紫苑様がお見えに」

 

「「「!?」」」

 

私やパチェ、美鈴が急いで姿勢を正し迎えの準備をする。違和感のないように吸血鬼としての矜持を保ちながら、おじいさまの旧友を待つ。

そして――

 

 

 

 

 

「そーれ、肩車だぞー」

 

「わぁ! 高い高い!」

 

 

 

 

 

フランを肩車したや夜刀神が現れた。

物凄く楽しそうである。似ている部分などないはずなのに、本当の兄妹に見えるから不思議だ。

夜刀神は私を視界に捉えると手を挙げて挨拶をした。

 

「あ、スカーレット姉こんばんは。で、殺し合いを所望?」

 

そして帝王の友人は壮大な勘違いをしつつ、とても馴れ馴れしそうに聞いてきた。さらっと『殺し合う』ことを前提に聞いてくるあたり、彼が本当に普通の人間なのか疑問に思えてくる。ぶっちゃけ私の知ってる普通ではないと思う。

私はプライドを損なわないように意識しつつ、しかし相手に不敬だと思われないような態度で話す。

 

「私たちはお前と戦いに来たのではない事を先に言っておこう」

 

「そうなの?」

 

「お姉様はお兄様に謝りに来たんだよ」

 

「マジで?」

 

「ちょ――」

 

威厳をもって夜刀神と語っていたが、妹がまさかの暴露。言っていないのにバレた!?

美鈴は苦笑いを浮かべ、咲夜は目を背け、パチェは笑いを必死にこらえている。とりあえずムカついたから美鈴の給料は来月までカットしておこう。

 

そんなことを知ってか知らずか、夜刀神は心底不思議そうに首をかしげていた。

 

「俺、なんか謝られるようなことしたっけ?」

 

「お姉様がこの前、お兄様にひどいこと言ったでしょ? それについてちゃんと謝って仲良くしたいって、みんな思っているの!」

 

フランが私の言いたいことを、言わなくてもいいことまで織り交ぜて夜刀神に伝えた。フランには伝えてないのに。

穴があったら入りたい気分だ。

しかし夜刀神の反応は私の予想の斜め上を行った。

 

「スカーレット姉の言ったことは正論だろ?」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「ぶっちゃけ俺の発言の方が煽っているようにしか聞こえないし、家族の問題に首突っ込んだのも俺が悪いだろうよ。俺部外者だぜ? いきなり武器を突き付けてきたのは……あっちではいつものことだし謝られる要素は何一つないと思うけど」

 

「しかし! お前は私に――」

 

「俺は敵意を向けてきた奴らには容赦しないつもりだけど、ここは幻想郷だぞ。俺の住んでた街ならいざ知らず、ここで殺し合いするわけないじゃん。弟子が作った世界のルール守らないで、どうやって師匠名乗ればいいんだよって話」

 

なんだろう、この笑っている男と話していると調子が狂う。

つかみどころがなく、威圧してもどこ吹く風のごとく躱され、相手の行動を肯定しつつ自分の意見も述べる。そして力は桁違い。ある意味では『幻想郷の賢者』と似ているようで非なる存在。胡散臭さがない分、本当に厄介な相手だ。

 

そんな私の考えを知ってか知らずか、フランに催促されて私達の輪に入ってきた。それを咎めるつもりは一切ないけれど、なぜ輪にいることに違和感がないのだろうか。

 

「ちょいと隣失礼するよ。あ、紫色の魔女さんお久しぶり」

 

「パチュリー・ノーレッジよ」

 

「んじゃあ、パチュリーさんでいい? 魔理沙から『たくさんの本持ってる紫もやし』って聞いたから、読書好きの身としては会話したかったんだよ」

 

「後で魔理沙をシバくとして……貴方、本に興味あるの?」

 

パチェと会話を始めた。

本が好き、という言葉で親友も興味を持つ。パチェは本が好き過ぎて、宴会に誘っても中々出たがらなかったぐらいだ。だから先程まで不機嫌だったのだが……。

 

「うちにも本があるけど、図書館レベルの蔵書を持ってるって耳に挟んだから、ぜひとも本を借りたいと思ってさ。あっちの世界で魔術師共から押収した魔導書とか読み始めて本好きになったし――」

 

「外の世界の魔導書、ね。それは見せてもらいたいわ。他にどんな本を持ってるの?」

 

「薬学書とか政治学系統の本、哲学・数学の教科書やら兵法書の原本まで揃ってるぜ」

 

「――いいわ、図書館の本を貸してあげる。その代わりとはなんだけど、貴方の蔵書を貸してちょうだい。私の図書館は現世で幻とされた本しか置いてないから」

 

「そうなのか。俺の本でよければいくらでも貸すぞ」

 

何かしら、この疎外感。

今までにないくらいパチェが楽しそうだ。幻想入りしていない本を持っているということで、紫紺色の瞳をキラキラさせていた。

 

「――とにかく! この前は申し訳ないことをしたわ。ごめんなさい」

 

「律儀だなぁ」

 

個人的には置いてけぼりに納得いかないけど、なし崩しに謝ることでこの前の件を終わらす。私がこの疎外感に堪えられない。

パチェが『話のいいところで邪魔するな』という視線を向けていたけれど……謝れって言い出したの貴女でしょ? 私悪くないわよね?

すると、夜刀神は手を差し出してきた。握れということだろうか?

 

「ほれ、仲直りの握手」

 

「え、えぇ」

 

「これからもよろしくな、スカーレット姉」

 

「その呼び方をやめなさい、夜刀神紫苑」

 

握手を交わす私と夜刀神。

そして彼の中から僅からがら亡き帝王の妖力が感じ取られた。懐かしくも力強い、圧倒的王者の妖力。

だからだろうか。男の手は大きくて暖かく――おじいさまに似ていた。

 

 

 

 

 

「お兄様、肩車して!」

 

「紫苑、魔導書はどんな種類が……」

 

「紫苑さん、ところで格闘術を嗜んでいると聞いて」

 

「紫苑様、こちらの料理はどうでしょう?」

 

私より人気なのが腹立つわ。

 

 

 

 




紫苑「『幼女視点の心情描写難しい!』って作者が言ってた」
フラン「そうなの?」
紫苑「難しそうな熟語とか使いにくいから、どうしても文字数が減るって嘆いてたぜ。その点、姉の方は書きやすいって」
レミィ「ふふ、それは私が大人だからよ。私視点なら詩的な描写を展開――」
紫苑「どっちもガキなのに不思議だよな」
レミィ「オイ」


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20話 宴の後

side 紫苑

 

幻想郷の宴会は本当にフリーダムだってことを身を以て体感している。

こうやって霊夢と紫と一緒に片づけをしているが、俺自身いつ宴会が終わったのか覚えていない。ブルーシートを畳んだりゴミを回収している現在は夜中である。これ以前までの宴会の片付けは霊夢がいつも一人でやってたらしいけど、今回は紫も片付けに参加していた。

紫曰く『師匠もやっているなら弟子の私も後片付けをする』とか。

ちなみに藍さんと橙は博麗神社の台所で皿洗い中だ。

 

他の連中はどうしたのかって?

みんな帰ったわ。

 

紅魔館組はレミリアが酔いつぶれて先に帰った。妹であるフランが呆れ返ってたし、どっちが姉かわからなくなる光景だった。

慧音と妹紅は妖精達と一緒に帰った。小さい子には遅すぎる時間かもしれない。

アリスは人形制作に戻ると言って、爆発しない上海と蓬来を連れて帰った。今度、その人形を見せてもらいたいところだ。

マイフレンド霖之助は自分の食べたものは片付けて戻っていった。素晴らしい心がけだと思う。

幽香は背後霊の如くついてきていたが、流石に自分の巣に戻ると言っていた。去り際の『紫苑の家を拠点にしようかしら?』という言葉が聞こえたけど幻聴に違いない。そうだと言って。

 

左手で持った箒で境内を器用に掃いて塵取りに集めていると、ゴミ捨てに行っていた紫がスキマから上半身を出す。

俺もちょうど掃き終わったところだ。

こうして博麗神社の境内は何もない広いだけの空間に戻った。

 

「ゴミ捨てお疲れー」

 

「お疲れ様です、師匠」

 

スキマから期待した眼差しを向ける紫を労いつつ、俺は縁側に座って一休みをする。

霊夢に頼まれたことは全てやり終えたから大丈夫だろう。

肉体的には全く疲れてはいないが、今日一日で様々なことがありすぎて精神的に疲れている。

 

「本当に何もせずに帰りやがったな、宴会参加してたメンバー。全員が協力すれば早く終わったのによ」

 

「普段もそんな感じです」

 

「お前も普段なら帰るって霊夢から聞いたぞ? 1500年前に後片付けはちゃんとしろって教えただろ」

 

「そ、そうでしたわね……」

 

頬をかきながら明後日の方向を向く弟子。

忘れてたな、コイツ。

こういうところは昔から面倒臭がりだった紫。十数世紀経った今でも健在とは、筋金入りと言っても過言ではないだろう。

 

弟子の無変化に呆れつつ、俺は夜空の星を見上げた。

 

「にしても……楽しかったなー。異変解決の度にどんちゃん騒ぎやってるのか?」

 

「花見の時期もやりますね。理由があれば酒が飲みたいか騒ぎたい連中が多いので」

 

「頭の中がお花畑かよ」

 

俺は星が輝く空をボーッと眺める。

住んでた街よりも綺麗に見える星は、俺が思っていた以上に美しい。

 

「――まぁ、嫌いじゃないけどさ」

 

「紫ー、紫苑さーん? 終わったー?」

 

「終わったぞー」

 

「なら神社の中に入ってきてー。お茶淹れたからー」

 

ちょうど水分が欲しかったところだ。

紫はその言葉を聞いてスキマから出てきて、俺は靴を脱いで神社内に入った。

 

幻想郷に初めて来たときにも入ったことのある居間には、お茶をちゃぶ台の上に置く霊夢と、先に座っていた藍さんがいた。橙は藍さんの膝でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。

俺は紫と藍さんの間に座った。向かい側に霊夢がいる。

なんと珍しいことに茶菓子も用意してあった。これは……おはぎか。

 

「紫、紫苑さん、お疲れ様」

 

「あら、霊夢が労いの言葉をかけるなんて珍しいわね」

 

「片付けしたアンタの方が珍しいでしょ」

 

ちゃかす紫とジト目の霊夢。

刺々しい言い方だけど、仲が良いのだろう。あっちでの俺とアホ共の会話を第三者視点で見ているようだ。

 

その光景を微笑ましく見守りながら、俺が茶をすすっていると、心配そうに藍さんが話しかけてきた。

手のない右腕を己の手で包み込みながら。

 

「手のない状態で境内の掃除をしていましたが……お怪我はありませんでしょうか?」

 

「掃除程度で怪我するほど脆くはな――」

 

確認してみると手に切り傷があった。片付けている最中に紙とかで切ったのだろうか? ちょうど腕の先あたりが血で滲んでいる。

どうやら俺の手は脆かったらしい。

何らかの化身を使いながら掃除すれば傷一つつかなかったのだろうが、そんな一々能力を使う程でもないと判断したのが失態だったかね。

 

「いつの間に怪我したっけ……?」

 

「あの、血が出てますが」

 

「気にしなくていいよ。どうせ唾でもつけとけば治る程度だし」

 

笑って誤魔化すけど、実際に能力使えば唾つけるより早く治るのは目に見えている。

ただ余程のことがない限りは怪我を自然治癒力に任せているため、切り傷かすり傷は放置している。細菌入らないように洗って消毒するぐらいかな?

 

どーせ治る治る。

なんて笑っていたら、思いの外藍さんは難しい顔をしていた。どうして彼女の顔を見ていると嫌な予感がするのだろうか。

 

「唾をつければ治るのですか?」

 

「え? いや、それは言葉のあやで――っふぇいっ!!??」

 

後半部分が日本語ではなかったが、それは仕方ないことだろう。

藍さんが俺の右腕の先を舐めていた。

細かく描写すると、右腕の先の傷口を藍さんが艶かしく舐めているのだ。唾でもって言ったせいで、ペチャペチャと音が聞こえるくらい濡らしている。

 

「……どう、れすか?」

 

どうって、逆に何て言えばいいんだよ。

思考停止していて『(俺の腕洗ってないし)汚いから止めて』なんて言えるはずもなく、上目遣いで聞いてくる傾国の美女に成されるがまま。R18タグ追加しないとヤバいんじゃね?と思う光景。

これは青少年には刺激が強すぎる。

 

「ら、藍! 何やってるの!?」

 

顔真っ赤の紫のツッコミにようやく思考回路が再稼働する。

霊夢なんて顔そらしてるじゃん。

俺だって鏡がないから確認のしようがないけど、十中八九顔を真っ赤にしているに違いない。

 

「紫苑殿の傷口を舐めていたのですが……?」

 

藍さんが紫に説教されてある間、俺は頬を赤くした霊夢からタオルを受け取って、藍さんの唾液を拭く。別に汚いというわけではないけど……霊夢から『さっさと拭けよ』ってオーラが出ていた。

 

 

 

俺は悪くないはずなんだけどなぁ。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 藍

 

博霊神社から紫苑殿の家に戻ってきた日の夜中。草木も眠る丑三つ時。

マヨヒガが私たちの家であるはずなのに、紫苑殿の家に帰ってくると安心してしまう自分がいる。妖怪には一瞬のような時間しか滞在していないのに、どうしてこうも落ち着くのか。

 

紫苑殿は帰ってくるなり二階の自分の部屋に戻っていった。

現在、居間にいるのは私と紫様、寝ている橙だけだ。

テーブルに向かい合うように席につき、紫苑殿から自由に飲んでいいと言われた酒を二人で飲んでいる。

 

何気もない雑談をしていたのだが、話は私が紫苑殿の傷口を舌で舐めたことの話題になる。

 

「まったく……いきなり師匠の腕を舐めていたときは驚いたわ」

 

「も、申し訳ございません……」

 

彼の傷口を見たとき、心中では柄にもなく焦っていた。

だから、紫苑殿の『唾をつければ治る』という言葉に反応して、深く考えもせずに舐めていた。あとから思い出すと、頬が熱くなるくらい恥ずかしい。

本当に自分はどうかしていた。

 

反論の余地もなく項垂れていると、紫様は溜め息を溢しながら鋭い目を私に向ける。

 

「……まさかとは思うけど、師匠に懸想をしているんじゃないでしょうね?」

 

「そ、そのような……こと……は……」

 

私は紫様の疑問を咄嗟に否定しようとして――出来なかった。

なぜだろう、これで否と言ったらいけない気がした。胸に何とも言えないモヤモヤとした感覚が残り、それは苦しくのしかかる。

いつまでも続きを言わない私に、紫様は驚きつつもため息をついた。

 

「……やっぱり、貴女もなのね」

 

「紫様も、ですか?」

 

私の方は驚きはしなかった。

むしろ紫苑殿と会ったときに、紫様がなぜ最初から幻想郷を創ることに拘っていたのか氷解した。主の言っていた理想郷のために無謀なことを行うほど、彼女は幻想郷創造に固執していたから。

紫様が紫苑殿を見る目は、霊夢が言うような『狂信』ではなく『愛情』だと。そういえば四季のフラワーマスターも紫様と同じように紫苑殿を見ていた気がする。

 

そのようなことを考えていると、紫様は呆れながらも口を尖らせて拗ねたように呟く。

 

「まぁ、別にいいけどね」

 

「……すみません」

 

「謝ることじゃないわ。むしろ貴女が人間を本気で愛したことはないでしょう? 嬉しいくらいよ」

 

「………」

 

確かに……私が本気で人を愛したことはないだろう。

玉藻の前と呼ばれていたときも、『政治の道具』としてしか男に抱かれたことはないし、紫様の式神となってからは異性と関わったことがほとんどない。そもそも私は妖怪だ。

運命の殿方――という妄想をしたことはあれど、出会いがなかった。

ある意味では初恋なのかもしれない。

 

黒髪の少年は私の妄想した『運命の殿方』に限りなく近い存在だった。

優しくも芯はまっすぐ。社交的で私を支えてくれるような男性。幻想郷に彼ほどの男が何人いるだろうか? 恐らく存在しない。

 

「まぁ、打算的な思惑もあるけど」

 

「??」

 

「師匠は異性に好かれやすいから、私と藍で固めておけば大丈夫かなって思っただけよ。現在進行形で師匠を狙っている女性はいるし」

 

「そうなのですか!?」

 

紫様はグラスに酒を注ぎながら衝撃発言をする。

私が思い当たる節といえばフラワーマスターぐらいだ。

 

「えぇ。幽香は確実として、まず紅魔のメイドがいい例ね。吸血鬼の妹と大図書館も怪しい感じかしら? 今日見た限りだと人形遣いと竹林の案内人も数えた方がいいわ。そして――霊夢ね」

 

「霊夢ですか? 彼女が一番ありえないかと」

 

博霊の巫女ほど他人に興味のない人間はいない。

紫苑殿の家を訪ねてくることは多々あれど、あれは食事目当てであるのは明らか。

しかし紫様の考えは違うようだ。

 

「霊夢の能力が幻想郷でも上位レベルの力よ。それを恐れる人間は多いし、何より彼女は『博霊の巫女』でもある」

 

「えぇ」

 

「他の妖怪も、私たちでさえも霊夢を『博霊の巫女』として見てしまうのよ。そして巫女は妖怪から嫌われ、人からも畏怖される。けど――師匠は違う」

 

「………」

 

霊夢の〔空を飛ぶ程度の能力〕は、『何者にも縛られない』と言う意味でも強力だ。それを恐れる人間や妖怪も多い。

だから『博麗の巫女』は孤独であり、彼女にとって魔法使いや人形遣いは貴重な友人なのだ。

しかし――紫苑殿は違う?

 

「霊夢の能力は異常だわ。でも――それ以上に師匠の能力は桁外れ。だからこそ、師匠は霊夢を恐れず接する。彼女にとっては白黒魔法使いと同じくらい貴重な存在となるはずよ」

 

「紫苑殿の能力は……それほどのものなのですか?」

 

「師匠にとって霊夢は『普通』に見えるくらいは強力なの。師匠のいた街で重要職に就くくらい、彼の強さは有名だったらしいわ」

 

「博麗の巫女に似た仕事、でしたよね」

 

「そうそう。まぁ、彼は『何者にも縛られない』霊夢の能力ですら意味を成さないことを考えると……霊夢が師匠に恋心を持つのも可能性としてある」

 

本人は妹感覚で見てるかもしれないけど、と紫様は笑う。

紫苑殿から能力のことは聞いており、その時は『そこまで強くはないけどさ』と笑っていたが、霊夢すらも凌ぐ能力だったのか。

 

彼は霊夢すらも変えてしまう。

だが疑問に思うことが私にはあった。

 

「肝心の紫苑殿は……どう思っているのでしょうか?」

 

「………」

 

黒髪の少年は私達のことをどう思っている?

その質問をしたところ、紫様は黙ってしまった。

とても珍しい光景だ。いや、紫苑殿が関わると大抵いつもと違う。

数分の後、重々しく主は口を開いた。

 

「……分からないわ。異性に興味がないわけではないらしいけど、幻想郷の住人の誰かが気になっている様子はないし。ほら、師匠っていつもあんな感じだから」

 

「……なんというか、ありのままを周囲に曝け出す人ですが、本心を読みにくい人ではありますね」

 

「直に聞いてもはぐらかされるわ、絶対」

 

つまりは紫苑殿の本心が分からない今、『どうやって紫苑殿を振り向かせられるか』ということが重要課題となってくるか。

……マズい、一番の難問だ。夜伽なら経験で何とかなるけれど、純粋な恋愛はからっきしな私である。まさか本当に恋するとは思っていなかったため、私に恋愛知識など微塵もない。

 

紫様も初恋(1500年間続く)であるからして……大丈夫なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、森近霖之助も候補に入るかしら?」

 

「さすがにそれはないかと」

 

 

 

 




紫苑「酷い風評被害を受けたような」
紫「そんなことありませんわ」
紫苑「こっち向いて言え」
紫「………」


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閑話 出会い

帝王と主人公の過去編です。
ここに出てくる新しい名前などは覚えなくても問題はありません("´∀`)bグッ!


午後0時を過ぎた辺りか。

 

妖力を始めとする力が混じる空間の中。

近代的な摩天楼が聳え立ち、爆発音と怒号が混じり合う世界で、明かりが僅かばかりしか届かない街の片隅。

人気のない道路の道端に、三つの人影があった。

 

日本の旧式軍服を着た蒼髪の青年に、金髪の青年と朱髪の老人が頭を垂れている不思議な光景。

言葉で表すと異様な光景ではあるが、それを間近で見たものならば納得するだろう。威圧を常時放ち、立っているだけで他者を種族問わず屈服させる絶対的カリスマを纏う蒼髪の青年。

王者たる貫禄を金揃えた男は、頭を垂れる二人を見下ろす。

 

「申し上げます、王よ。犯人とおぼしき者達の巣を特定しました。すでに我の配下が周囲を包囲しております」

 

「――ご苦労」

 

老人の報告を一言で答える青年。

年上にかける態度ではないのは確かだが、それすらも当然と思わせる風格の前では蛇足な感想だろう。

この三人の中では青年が長寿なのだから。

 

朱色の老人は顔を上げようとするが、青年の琥珀色の瞳を直視して再び敬服して頭を下げた。

金髪の青年が発言の権利を求める。

 

「よろしいでしょうか、ヴラド公」

 

「許す」

 

「この街の守護者なる者達――街を統括する組織、独立治安維持部隊に協力を仰ぐ……というのはどうでしょう?」

 

「ほぅ、儂等では力不足だと?」

 

蒼髪の青年の放つ怒気に、失言だと悟った金髪の青年は早口で理由を説明した。

 

「忌まわしき犯行者は我等が同胞を殺害しました。相手は並大抵の妖怪ではありません。確固たる復讐のためにも。独立治安維持部隊と連携して効率的な――」

 

「誇り高き吸血鬼たる儂等の問題であるのに、雑種の集まりである独立治安維持部隊と連携だと? ゼクス、至高の種族たる儂等の名を貶める諫言は慎め」

 

「……はい」

 

蒼髪の青年は二人に背を向ける。

彼は夜空を見上げるが、曇っているため月が隠れており、ネオンの僅な明かりのみが三人を照らす。

その様子に満足し、蒼髪の青年は笑った。

 

「だが同胞にわざわざ被害を出すのも考えものだな。よろしい、ならば儂自らが戦地に赴こうではないか。それで貴様の憂いも消えるであろう?」

 

「王が直々に……?」

 

朱色の老人が破顔する。

その表情に己が崇める王が危険に飛び込む心配もなく、むしろ王の出陣に歓喜するような様子だった。それは金髪の青年も同じで、『王に危険が及ぶ』等という感情は一切なかった。

 

当然だろう。

彼等の崇め奉る王は最強なのだから――

 

「モーゼル、吸血鬼の威光を示さぬのは王の名折れ。現場へ案内するがいい」

 

「御意」

 

名を呼ばれた老人は頭を垂れながら王の発言を了承し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案内してくれんの? そりゃ有難い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張感のない声が人気のない道に響き渡った。

朱色の老人と金髪の青年は振り返る。

 

そこには黒いコートを身に纏う少年と少女が佇んでいた。

眠たげに欠伸をする黒髪の少年からは不思議なことに神力が感じられ、しかしながら戦闘慣れしているような雰囲気はなかった。両サイドのポケットに両手をつっこみながら堂々とした足取りで、先程社交的な声を出したのはこの男だろうと推測できる。

もう一方は街には不釣り合いの可憐な金髪の美少女だった。腰まである大きな三編みと、特徴的であるアホ毛を揺らし、少年の隣を追いかけるように歩いてくる。守ってあげたくなるようなボーッとした仏頂面の少女だが、それ以上に両手で運んでいる剣――彼女の身長の倍はある大きな剣に目を向けるはず。

 

そんな個性的な二人の出現に、二人の配下はそれぞれ王と少年少女の間に立ちはだかる。

少年はその反応を見て立ち止まり、少女も同じく立ち止まった。

 

「貴様っ、名を名乗れ!」

 

「夜刀神紫苑でーす。以後お見知りおきをっと」

 

「……アイリス・ワルフラーン」

 

老人の乱暴な問いに少年は微笑みながら、少女は安定の仏頂面で名乗る。

朱色の老人は王の御前であるのにふざける二人に腹を立てたが、金髪の青年は考え込むように二人の名を復唱する。

 

肝心の王はというと、路傍の石を見るように、珍妙な二人を横目で見る。

 

「その礼装、見たことがあるぞ。貴様は魔術師か?」

 

「いやいや、元魔術師ね。俺に魔道を極めるほどのセンスは持ち合わせていない。まあ、とりあえず正装として利用させてもらってるけど、俺は普通の人間さ」

 

「ふん、ただの猿か」

 

「人間=猿の図式を持ってる吸血鬼さすがだな。他種族をとことん見下すって噂は本当だったのか」

 

罵倒されたことに反論することもなく、黒髪の少年は苦笑いを浮かべながら大人の対応で返した。

しかし少女は違った。

 

「………」

 

「おいおい、剣構えて前に出るな」

 

「あの吸血鬼が隊長を侮辱したから」

 

「だからって喧嘩売るのは早計だろ。吸血鬼ってのは他人を見下さないと生きていけない可哀想な種族なんだから我慢しなくちゃダメだぞ」

 

「そっか」

 

少女の実力行使を止めながらも挑発する少年に、老人が首筋まで真っ赤にさせて激昂しようとするが、金髪の青年は思い出したように王へ向き直り報告した。

 

「王よ、彼等は独立治安維持部隊の精鋭です」

 

「話せ」

 

「夜刀神紫苑という名には聞き覚えがあります。独立治安維持部隊の特攻部隊……通称【使い捨て部隊】の部隊長にて、ここ数年間で一人の死者を出すことなく任務を遂行する人間。この街に存在する『絶対に敵対してはならない化け物』に名を連ねる男です」

 

「……ふむ」

 

「そこまで警戒されるようなことしてないんだけどなぁ」

 

金髪の青年の言葉に興味を持ったように少年を見定める蒼髪の青年に、黒髪の少年は肩をすくめて溜め息をつく。逆に少女は身長にそぐわない豊満な胸を張って誇らしげに仏頂面をする。

 

信じがたいが目の前にいる少年は化け物の一人。

朱色の老人は警戒体制をとる。

 

「こちらとしては犯人の情報持ってるそっちと情報交換、連携して犯人を撃破……ってのが理想なんだけど」

 

「我等に力を借りなければならないほど、この街の治安維持部隊は人材不足なのかね?」

 

皮肉混じりに老人は笑ったが、少年は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「面倒事は早めに片付けたいし。利用できるものは利用して楽したいじゃん? こっちは定時に帰りたいのに急遽呼び出しくらったんだ。寝たい」

 

「歴史のない誇りすら持たぬ雑種らしい考えだな」

 

「誇りで飯が食えるか」

 

相容れない考えに蒼髪の青年が少年を睨む。

ついでに少年の『誇りで飯が食えるか』の部分に激しく同意して首を縦に振る少女。

 

しかし、王は突如現れた二人(イレギュラー)に対応している場合ではないことをに気付く。同胞を殺した憎き仇を八つ裂きにする使命を思い出した。

蒼髪の青年は配下二人の前に立つと、双方に命じる。

 

「モーゼル、ゼクス。先に行くが良い」

 

「で、ですが――」

 

「ふん、この猿を疾くと始末した後、そちらに参る。それを同胞に伝えよ」

 

「「はっ」」

 

王の命は絶対。それが吸血鬼たる者の掟だ。

老人と青年は背に漆黒の翼を顕現させ、月輝く夜空へと羽ばたく。

 

そして蒼髪の青年が猿二人と始末しようと振り返ると、黒髪の少年は横目で少女を見ながら舞台を束ねる長のように指示を出していた。

 

「アイリス・ワルフラーン。現時点を以て独立治安維持部隊【第一部隊(ファースト)】の全指揮権を、部隊長・夜刀神紫苑の名において譲渡。吸血鬼二人(もくひょう)を追跡し【第三部隊(サード)】と合流してセカンドフェイズを開始せよ」

 

「断る」

 

指示を出していた。

 

「隊長は見てないと無茶をするって切裂き魔が言ってた。私もここに残る」

 

「いや、だから部隊動かせるの俺と副隊長のお前しか――」

 

「却下」

 

指示を出していた。

 

「大丈夫、参謀もいるから第一部隊は放置してもいい」

 

「どっちかの指揮権行使できる奴が現場にいないと――」

 

「嫌」

 

ジト目の少年と仏頂面の少女。

その様子を何とも言えない表情で観察する蒼髪の青年。ちなみに配下はすでに飛び立って目的地に行こうとしている。

 

二人は顔を合わせること数分、少年がボソッと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……明日の晩飯はすき焼き」

 

「復唱、アイリス・ワルフラーンは隊長・夜刀神紫苑からの命を受理。追跡後、第三部隊と合流し、セカンドフェイズに移行する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早口で復唱し、少女は大剣を引きずりながらビルの壁(・・・・)を蹴りあげて走り、蒼髪の吸血鬼の配下である二人の後を摩天楼の屋上を飛び移りながら追跡していった。壁を走っているときも大剣を引きずっていたため、少年の近くにあるビルに屋上まで続く亀裂の後が残っている。

それを見た少年は「……始末書面倒くさっ」と誰にも聞こえない声で呟いた。

 

溜息をつきながら、少年と青年は対峙した。

一陣の風が二人を撫で、軍服と黒コートが翻る。

 

 

 

片方は圧倒的カリスマを醸し出す吸血鬼の王。

片方はカリスマを受け流す自称普通の人間。

 

 

 

少年は琥珀色の瞳で睨みつけられながらも、苦笑いを浮かべながら世間話と洒落込む。

 

「そっちの部下は素直に命令を聞くようで羨ましいよ。こっちの第一部隊なんか一癖二癖あるような奇人変人の寄せ集めだから、一つ命令を飛ばすのに時間がかかる」

 

「雑種と儂の部下を一緒にするな。貴様等ほど無能ではない」

 

「……無能と言われるのは心外だな。あんなんでも仕事はちゃんとする良い奴等だぜ?」

 

部下を無能と言われたからなのか。

今まで何を言われようとも受け流していた少年が初めて……そう、初めて眉間に皺を寄せた。蒼髪の青年の発言を心の底から不快だと思ったように。

青年はこれが少年の怒りのトリガーなのだと悟る。

 

「つかマジで協力してくれない? こっちとら始末書やら報告書とか提出しないと怒られるから、勝手に身内だけで解決されると面倒なんだよ。この街に来るときに暗闇から説明されなかったか?」

 

「――余計なお世話、だと言っておこう」

 

 

 

殺気。

 

 

 

それが二人しかいない道路に流れた。

王が発する明確な殺意の塊。それは一般人でも分かるほどはっきりと認知できる強さであり、吐き気と眩暈を起こす程にどす黒い感情だった。

 

それでも少年は立っていた。

王は感心しつつも警告を促す。

 

 

 

「儂等の同胞が被害に会ったのだ。――人間風情が口を挟むな。これは儂ら吸血鬼の問題じゃ」

 

 

 

その発言を聞いた少年は――頭を抱えた。

堂々と警告している蒼髪の青年に、心底うんざりするように。

 

「誇り誇り誇り、あーもう! 吸血鬼ってこんな面倒な集団なのかよ! くっそ暗闇の野郎、これ知ってて俺に押し付けやがったな!? 次会ったら殺してやるっ!」

 

青年には分からなかったが、自分の上司に叫ぶように罵詈荘厳を吐く少年。

それが数分続き、ようやく収まったかと思うと――真顔で青年に向き直った。黒曜石の瞳に浮かべるは苛立ちと失望。

 

「ヴラド・ツェペシュ、一回しか言わないからよく聞けよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周りの状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリッと歯ぎしりの音が聞こえた。

それはどちらが音を出したのかは表記するまでもないだろう。

殺気が数倍強くなる。

 

「――言語を介する猿が、よほど死にたいらしいな?」

 

「へぇ、蚊蜻蛉風情に人間様が殺せるのか?」

 

少年は獰猛に笑った。

口が裂けるかと思われるほどに歪め、身体中から今まで感じられなかった神力の黄金の流れを身に纏う。それは人間が本来ならば持てるような量でもなく、蒼髪の青年が初めて目を見開きながら危機感を覚えるほどの力でもあった。

 

そして王も嗤う。

 

 

 

「かかかっ、久方ぶりに歯ごたえのある獲物か」

 

「はっ、狩られるのはお前だろ」

 

 

 

次の瞬間――混沌とした夜の街全体に地鳴りが響いた。

 

 

 

 




アイリス」「(-д-)zZZ」
ゼクス「隊長、仕事ですよ」
アイリス「( ゜д゜)ハッ!」
ゼクス「紫苑殿に任されたのですから、ちゃんと報告書を提出していただかないと――」
アイリス「(-д-)zZZ」
ゼクス「……紫苑殿、帰って来ませんかねぇ……」


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3章 夜刀神の日常~冬の巻~
21話 スペルカード


side 霊夢

 

地面を蹴って横に飛ぶが、私の真横を金色の弾幕が掠める。

そして追加されて飛んでくる弾幕。1つ2つならまだしも、それが数十と絶え間なく。

 

「――っ!?」

 

また紙一重で飛びながらかわしたけれど、気づくのが一秒でも遅かったら直撃していただろう。その金色の弾幕は追尾効果もあるようで、掠めた弾幕が私を追ってくる。

負けじと私も赤い弾幕を相手――紫苑さんに投げつける。

 

「おっと……」

 

私の通常弾幕に追尾性はないので、紫苑さんは最小限の動きで赤い弾幕を回避する。

紫苑さんの能力の1つ……確か『風』の化身だったか? それを上手に操って、私の弾幕をギリギリ避けるのだ。私のように必死に避けているのではなく、なるべく神力を消費しないように。

 

彼は楽しそうに笑っている。

しかし――彼の目は冷静な猛獣を彷彿させた。理性的に動く獣という感じかしら? 人間の経験に基づいた行動と獣の勘を頼りに戦っている印象だ。

なるほど、これが風見幽香が影響された目か。あの花妖怪は戦闘狂とか言われていたけれど、今の紫苑さんみたいに理性的に戦っている面もあったことを思い出す。

 

「うーん……やっぱり難しいな。弾幕操作は」

 

え!? これ追尾してるんじゃなくて自分で操作してるの!?

 

驚きとかいう問題じゃない。

スペルカードならまだしも、ただの弾幕を一つ一つ操る芸当。そんなの幻想郷で出来る者がどれ程存在するか。紫苑さんの弾幕は他の者と違って数が少ないと思っていたけれど、操作しているのならば納得がいく。

ただの冗談かと一瞬思ったが、よく見ると紫苑さんの両人差し指を音楽の指揮みたいに動かしていた。

 

まず彼の弾幕を処理するために赤い弾幕で相殺させているが、次々と追加するので数が減らない。

荒事に慣れているような発言に恥じない身のこなし。もはや化け物と言っても過言じゃないだろうか。

 

 

――弾幕覚えて2日の動きならなおさらだ。

 

 

彼が『弾幕ごっこを教えてほしい』とお願いしてきたのは、紫苑さんの手が完治して数日後の昼頃。最初は弾幕ごっこをしたいのかな?と思ったが、どうやら紫が促したらしい。

後日、紫からを聞いてみたところ、至極簡単なことだった。

 

『師匠も幻想郷のルールで戦ってもらわないと』

 

紫の発言は最もなことで、紫苑さんの能力は異常なほど強い。

己の師であっても――いや、師だからこその言葉だろう。

彼が幻想郷の弾幕ごっこルールを守らなければ、幻想郷の秩序が破壊されかねない。そうなれば私が退治する対象になってしまう。私個人としても、数少ない御飯の提供者兼――と、友達を失いたくない。

本人もそのことを紅霧異変以降から気にしていたとか。

 

そんな経緯もあって、日頃お世話になってる紫苑さんに弾幕を教えて見たのだが、彼について一つ分かったことがある。

薄々気づいていたことでもあったのだが、再度思い知らされたとでも言い換えよう。

 

 

 

彼は天才だ。

 

 

 

私も天才と言われたことが多々あるけれど、紫苑さんはその上をいく。加えて戦闘経験も豊富だ。弾幕のシステムを教えた次の日には撃てるようになって、今は弾幕の操作まで試している。

魔理沙が私を嫉妬していた理由が理解できると同時に、これほどの才能がなければ生きていけない紫苑さんの世界に恐怖をおぼえた。彼の友好関係から判断して、恐らく人間が生活出来る環境ではないのだろう。

 

「――っう!」

 

弾幕が左腕に被弾してしまった。

けれど紫苑さんは弾幕が当たったことを喜びもせず、厳しい表情で弾幕操作を続ける。隙も何もあったもんじゃない。

 

生まれて始めて追い詰められる焦燥。

経験したことのない危機感。

巫女として『敗北は許されない』プライド。

 

だから思わず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちゃった☆

 

「霊符『夢想封印』!!」

 

「ゑ」

 

至近距離からのスペルカード。魔理沙のマスパのときのように『大鴉』で回避することもできない。

ぽかーんとした紫苑さんに弾幕の嵐が襲う。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 霊夢

 

「本当にごめんなさい!」

 

「あはは……」

 

墜落した紫苑さんを助け、神社の居間で休む彼に頭を下げる私。

『スペルカードなしの弾幕ごっこ』というルールでやっていたために、明らかに夢想封印は反則だった。

これには紫苑さんも苦笑い。

 

最終的には自分も油断していたと許してくれたが……本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

そして会話は弾幕操作に移る。

 

「え、弾幕の操作とかしないの?」

 

「ほとんどの弾幕は質より量って感じね。というか紫苑さんみたいに自由に操れること自体難しいし」

 

「そうなのか……いや、弾幕ごっこは『いかに魅せるか』がコンセプトとか紫が言ってたし、質重視で操作するよりも大量にばらまいた方が綺麗ではあるな」

 

紫苑さんの弾幕は『華やかさ』という点で見れば、いささか欠けているように感じる。

出された湯飲みに口をつけながら、考えるように唸る黒髪の少年。そこには自分への呆れが含まれているように感じられる。

 

「つい実用性重視で考えちまうな。遊びなのにさ」

 

「そういう弾幕もあっていいと思うけどね。魔理沙なんて対私用のスペルカードとか作ってるとか言ってたわよ」

 

「せっかく余裕のある(・・・・・)決闘なんだし、どうせなら綺麗に魅せたいじゃん?」

 

子供っぽく笑う紫苑さんに、不覚も顔が熱くなる。

 

けど……紫苑さんにとって『弾幕ごっこ』は命を賭けない戦って考えなのね。だから、無邪気に笑えるのかもしれない。

妖怪と人間の力関係の差を埋めるために、私が紫に提案したルールだったけど、こんな風に楽しく笑ってくれるなら考えた私も嬉しい。

 

 

 

誰も傷つかない解決手段が弾幕ごっこなのだから――

 

 

 

「そういえば、霊夢の放ったスペルカードあるだろ?」

 

「えぇ」

 

「どうやって作るんだ?」

 

私は何気ない紫苑さんの質問に少し考える。

まだ弾幕を教えて間もない彼に、スペルカードを作らせてもいいのだろうか? というか、私が彼に教えられることなんてスペルカードの作り方ぐらいしか残ってない。

紫が促してきたから、紫苑さんには早いかもしれないけどスペルカードを作らせるべきか。

 

「……霊夢?」

 

「――あ、え、えぇ、そうね」

 

結局、私は紫苑さんに白色のカードを5枚渡した。 

表も裏も何もかかれていない不思議な素材のカードだ。

それを紫苑さんは首を傾げながら受け取った。

 

「なにこれ?」

 

「スペルカードの大元よ。スペルカードは本人のイメージに左右されるから、自分の思い描いたものを具現化してくれるカードね。妖力とか霊力の範囲内だけど」

 

「へぇ……本人の力量に比例したものを作れるのか」

 

紫が作った(正確には持ってきた)もので、イメージを込めるとカードそのものが本人に合ったスペルカードに変化する。素材とか入手経路とか気にならないって言えば嘘になるが、あのスキマ妖怪が素直に教えてくれるとはも思わない。紫苑さんになら聞かなくても口を割りそうな気がするけど。

スペルカードの変化を私で例えるならお札型のスペルカードになるわね。外見が破れやすい紙に見えるが、どのスペルカードもちょっとの衝撃で壊れるほど脆くはない。

 

そう説明すると、紫苑さんは関心したように白色のカードを裏返したりして観察する。

 

「これに自分のイメージを込めれば、スペルカードがお手軽に生産できるってワケかー。便利だな」

 

「コツとか必要だし、最初は慣れなくてちょっと作るのに時間かかるかもしれないけど、自分の思いが込められた大切なカードになるから――」

 

「よし、3枚できた」

 

「はやっ!?」

 

あっさり真っ白のスペルカード3枚を自分色に染める紫苑さん。

 

誕生したスペルカードはそれぞれ黒の縁を基調とした、幻想郷では見ない不思議なデザインだった。昔、魔理沙が香霖堂から奪ってきた『タロットカード』というものに似ている気がする。西洋の占いに使うアレ。

3枚にそれぞれ、たくさんの金色の剣・太陽が背景にある白馬・後光を放つ少年の絵が描かれていた。

 

「魔理沙とか霊夢のスペルカードを見てたら、自然とイメージは固まっていたから簡単に制作できたわ」

 

「ふーん……」

 

「ベースは『白馬』『少年』『戦士』の化身だから、そこまで時間がかからなかったんだろ。スペルカードに殺傷能力はないんだったら存分に化身を使えると思ってさ」

 

彼は自分のスペルカードを眺めながら宣う。

紫苑さんからまた聞いたことのない化身が出てきた。

『風』以外もそうなのだが、紫苑さんの化身はどのような効果があるのかが見てみないと判断できない。スペルカードの柄を参考にしても、予測は難しいし、『少年』なんてどのような能力があるのか……?

 

「うーん……試し打ちしてみたいけど」

 

「別にいいわよ? 練習くらい付き合ってあげるわ」

 

「いや、そろそろ晩飯の支度をしないと」

 

「あ……」

 

霊夢も食いに来るしな、と苦笑いを浮かべながら帰る準備をする紫苑さん。

紫苑さんの腕が治って以来、夕食は毎日彼の家で頂いてる気がする。そのくらい彼の作るご飯は絶品で、妖怪退治も紫苑さんの食事が食えることを考えられるからこそ毎回頑張っているくらいだ。料亭でも紫苑さんレベルの食事を味わうことは難しいため、彼の料理を知っている魔理沙も食べに来る。竹林の案内人も彼が完治してからも高確率で同席する。

さすがに迷惑かなとは思ってはいるが、紫苑さんは毎日来ても嫌な顔一つせずご飯を出してくれる。

最近は、妖怪退治で人里から報酬で時々貰える野菜や魚を紫苑さんに渡していた。

 

「今日は何を作るの?」

 

「どうしよっかな。カレーでも作る?」

 

「カレー!?」

 

その中でも私はカレーが大好物。

初めは茶色の液体に顔を引きつらせたけれど、あの辛いけど香辛料の効いた美味な料理は素晴らしいと常々思う。しかも時間が経つごとに美味しくなっていくから驚きだ。

私は目を輝かせていたのだろう。紫苑さんは縁側に置いていた靴を履く。

 

「あ、そういえばアリスも食いに来るからな」

 

「アリスも?」

 

「この前の稲荷寿司が大好評でね。また食いに来るとか言ってたけど今日だったはず」

 

まぁ、あの稲荷寿司は美味しかった。

藍が半分以上を食べてしまったけど。

 

「霊夢は境内の掃除をしてから来るんだったよな」

 

「えぇ」

 

「んじゃあ、また後で。遅くなる前に来てくれよ」

 

紫苑さんは地面を蹴り上げて宙に踊り、『風』の化身で転移して跡形もなく消えた。

 

「~♪」

 

私は鼻歌を歌いながら神社の外に出て箒で掃く。

なんか紫苑さんが来てから私は少し変わったと思う。〔空を飛ぶ程度の能力〕を持っているのに変化するのもおかしな話だけれど、彼が相手ならば仕方がないだろう。

ちょっと前までは魔理沙やアリス、紫しか神社に来なかったのに、外来人一人で生活まで変化した。

 

どういい表せばいいのかな? 毎日が楽しくなった、というのが正解かもしれない。

彼には感謝してもし足りないわね。

少なくとも賽銭箱を毎回見ながらため息をつく習慣がなくなった。どうせ一銭も入ってないと思うけど、ここ最近は賽銭箱の中身すら見ていない。魔理沙から病気でもあるのかと心配されたが気にするものか。

 

恩返しをしたい気持ちもあるが……何を以て返すべきか。

現在でも模索中な私だった。

 

 

 

 

 

あ、あと紫苑さんの家に夕食を食べにくるメンバーが増えた。

 

 

 

 




アリス「!!??」
魔理沙「アリスがカレー食った瞬間固まったぜ」
妹紅「当然の反応じゃない?」
霊夢「おかわり!」
紫苑「はいはい」


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22話 香霖堂へ行こう

side 紫苑

 

幻想郷の賢者曰く、幻想郷にも現代のものが流れ着いてくることが稀にあるらしい。霊夢や紫の結界も完全というものではなく、時たま神隠しに会ったかのように人や物が幻想郷にたどり着いてしまうとか。

まぁ、この世に完全なものなど存在しないから、彼女等を責めることは神ですら烏滸がましいことだ。

 

弱肉強食の幻想郷に一般人が流れ着いたならば数日経たずに死んでしまうだろう。俺だって紫いなかったら死んでたかもしれないね、うん。

 

ならば『物』は?

 

果たして――生命のない有機物はどこへ往くのか。

 

 

 

 

 

「香霖堂?」

 

その道具屋の話を聞いたのは、晩飯を毎日のように食べに来るようになった魔理沙からだった。

テーブルに出された麻婆豆腐を5人でつついていたある日。魔理沙の家出話をプライバシーに反している程度に教えてもらってるときに、香霖堂という単語を耳にした。反していいのかよと思ったけど、なぜか喋ってくれた。

 

魔理沙は小さいときに実家から無断で飛び出し、今や絶縁状態にあるという。実家との関係は最悪で、香霖堂を経営しているマイフレンド霖之助に一時期世話になったらしい。

そういえば壊神も家出してたような気がする。いや、アイツの場合は追い出されたのか?

 

「外の世界の物とか売ってるのよねー」

 

「へー。例えば?」

 

「紫苑さんが持ってる……えーと……あの遠くの人と会話できる道具」

 

「携帯電話か?」

 

俺は尻ポケットからスマートフォンを取り出す。

それを見て霊夢が『それそれ』と頷き、妹紅が珍しそうにスマホを見る。

 

「それの分厚いやつね。確か……画面?がついてない」

 

「液晶画面のないスマホ……あぁ、一昔前のあれか」

 

妹紅にスマホを渡しながら考える俺。

今でも現役なのかは定かではないけど、恐らく受話器みたいな携帯電話のことだろう。このスマホだって仕事関係で支給されたものだから、詳しいことは知らん。

補足ではあるが、このスマホは電話機能以外は使うことが出来る。というか紫がWi-Fi繋げてくれているんだよな……。どうやってるのかは聞いたこともないし興味もない。

 

古道具屋か。

これには興味をそそられる。

 

「一度は行ってみたいな」

 

「なら明日行く?」

 

味噌汁を飲み終わったアリスが香霖堂行きに誘ってきた。

というかアリスって箸使えるんだな。西洋風の外見だからスプーンしか使えないイメージがあるわ。

 

「いいのか?」

 

「いつも夕食をご馳走してくれるお礼だし、ちょうど私も用事があるからね」

 

アリス、マジ天使。

金髪の人形遣いを崇め奉りながら、麻婆豆腐を食す他の三人にも明日の予定を聞いてみた。

 

「三人はどうする?」

 

「わ、私はツケ払ってないから……」

 

「明日はキノコ採取があるからパスだぜ」

 

「慧音の手伝いに行かないと」

 

目をそらす霊夢と自信満々に答える魔理沙、残念そうに微笑む妹紅。

つまり明日はアリスと香霖堂に行くってワケか。妹紅から返してもらったスマホのスケジュール帳にメモっとこう。今のとこメモしてあるのは一週間後にパチェリーの図書館に行くぐらいか。

 

「それじゃあ、明日どこかで待ち合わせするか?」

 

「紫苑さんの家まで迎えに行くわ」

 

「そうか、それはありがたい」

 

「まるでデートの待ち合わせみたいだぜ」

 

魔理沙の発言に、水を飲んでたアリスが吹く。

見事な虹が出来上がり、俺は関心しつつ台拭きでテーブルに散った水を拭き取る。

顔を真っ赤にしたアリスは魔理沙に噛みついた。

 

「ななななな、何言ってるのよ!?」

 

「お、これは図星か?」

 

「魔理沙、俺とデートとかアリスに失礼だろ。ただ道案内をしてくれるだけだって?」

 

アリスほどの美少女とデートとか、どんだけの幸せもんだよ。

周囲に女性がいなかったわけではないけど、デートなんて人生で一度も経験がないわ。つかデートできる環境じゃなかったわ。

 

「「「………」」」

 

何でアリスと霊夢と妹紅は俺を睨んでるの?

というか、最近睨まれることが多くなったな。霊夢とか紫とか藍とか。主に他の幻想卿の住人の話題を出すと目が笑わなくなるし……かと言って心当たりがないから厄介だ。

今度、本人たちに聞いてみるか?

 

「さて、と。みんな食器を片付けてくれ」

 

「「「「はーい」」」」

 

バタバタと自分の使った食器を片付け始める女の子達。

霊夢と魔理沙は使った皿を台所へ運んで洗い始め、アリスと妹紅は上海と蓬莱と掃除機を用いてリビングを綺麗にする。

素直で良い子たちだね。

あ、そうだ。

 

「デザートにフルーツゼリー作ったんだけど……食べるか?」

 

「「「「――っ!?」」」」

 

冷蔵庫に今日作ったスイーツの存在を思い出す。

女の子はデザート大好きだな。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side アリス

 

魔界から幻想郷に移住してきたけれど――いや、魔界にいたときもそうだったが、私は異性との交流というものが微塵もなかった。

幻想郷では人形製作や魔法の研究が大半で、魔理沙と霊夢を始めとする同性と雑談するぐらいしか交流がなかった。香霖堂の主人は……なぜか異性と感じない。不思議ね。

 

 

 

だからなのか。

紫苑さんの家の前にいるだけで心臓の鼓動が早い。

 

 

 

前にカレーを食べに行って以来、この家に毎日来るようになったけど、一人で食事に来るのとでは感覚がまったく違う。無意識に服装や髪形を確認している自分がいる。

上海や蓬莱も鏡を持っていてくれていた。

 

けど、ずっとこんなことをしている場合ではない。

そろそろ香霖堂へ行かないといけないから、紫苑さん家のインターホン(家の中の人を呼び出せる機能らしい)を鳴ら――

 

ガチャッ

 

「そろそろアリス来るか――お、いた」

 

「ひゃうっ!?」

 

外の世界の服装で家から出てきた紫苑さんと目が合う。

思わずデタラメな声を上げてしまった。

 

「ごめんな、待たせちまったか?」

 

「い、いえ……今来たところよ」

 

まさか2時間前から家の前にいたとか口が裂けても言えない。

 

「………」

 

ふと目を細めた紫苑さんは私に近づき――右手を私のおでこに当てる。

一瞬何をされたのか分からなかったが、理解した瞬間に頭が熱くなった。

もう片方の手を自分のおでこにも当てながら、首を傾げて呟く。

 

「熱は……ないか」

 

「~~っ!」

 

「どうした? 顔赤いぞ?」

 

「な、何でもないわ! 香霖堂へ行きましょ!」

 

「??」

 

紫苑さんは頭上に疑問符を浮かべているが、私は彼と香霖堂まで飛んでいく間、彼と目を会わせることができなかった。失礼かもしれなかったけど、こればかりはどうしようもなかった。

飛んでいる間、『体調が悪いんだったら無理しなくていいからな?』って心配してくれる彼の優しさが痛かったわ……。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、魔法の森近くにある香霖堂に辿り着いた。

人里から少し離れているため、人気が全くと言っていいほどない。彼は人外の客が多いしね。

 

「何て言えばいいんだろ? 裏路地の老舗の名店って雰囲気だな」

 

「それは誉めているのかしら?」

 

「もちろん」

 

紫苑さんは『お邪魔しまーす』と、店の扉を開けて入っていく。

私もそれに続いて入ろうとするけれど、扉を開けたまま私が入店するのを待ってくれている彼は本当に紳士。

 

道具屋……とは言っても、香霖堂の商品は拾ったものである。冥界や魔界、幻想郷から現代のものまで売っているせいなのか、店内は物で溢れかえっていた。私が見たことあるようなものや、一見使い道がわからないようなものまで。

そして店の奥のスペースで帳簿に何かを書き込んでいる店主・霖之助さんの姿があった。

 

私たちの姿を見た霖之助さんは笑みを浮かべる。

 

「やぁ、アリス、紫苑君、いらっしゃい」

 

「霖之助さん、こんちは。俺のことは君付けする必要はないぜ」

 

紫苑さんは本当にフレンドリーね。

その言葉を聞いた霖之助さんは笑って受け入れた。

 

「あはは、そうか。なら僕のことも呼び捨てで構わないよ。ところで、今日はこの店に何の用だい?」

 

「とりあえず見物ってところかな。元々用あるのはアリスだし」

 

「アリスが頼んでたものだね。えーと……これかな?」

 

店の奥に引っ込んでいった霖之助さんが、数分後に綺麗に折り畳まれた数枚の布を持ってくる。

その間、紫苑さんは香霖堂を歩き回りながら商品を物色していた。

 

「これでいいかい?」

 

「えぇ、ありがとう」

 

霖之助さんに頼んだのは『外の世界の布地』だ。

人形製作なら幻想郷にある布でも構わないが、これほど艶のある触り心地の良い布は外の世界でしか手に入らない。加えて、この布は割りと高価なもので、中々手が出しにくい商品でもあった。

今回は特別に仕入れてもらったけれど、これでまた新しい人形を作れる。

 

私は霖之助さんに代金を渡す。

当たり前の光景だけれど、霖之助さんは溜息をついて苦笑した。

 

「毎度ご贔屓に……。霊夢もこうやって払ってくれれば助かるんだけどねぇ……」

 

「たぶん無理ね」

 

……もしかしたら今の霊夢なら返す可能性もあるかもしれないが、どのみち金欠の彼女に返済手段はないだろう。少しずつだが黒髪の少年の影響を受けている気がする。

軽く談笑した後、私と霖之助さんは棚の商品を見ている紫苑さんに話しかけた。

 

「どう? なんか見つかった?」

 

「……懐かしいものから珍しいものまで、興味深いものが多いな。しかも見たことないものもあるし」

 

見たことない、とは外の世界以外で仕入れた商品のことだろう。

逆に私は外の世界の商品が珍しい。1つ手に取ってみる。

 

「これは何かしら?」

 

「マトリョーシカだな。こんな感じで中央から二分割できて、中から同じような人形が出てくる。確かロシアあたりの名物だったはず」

 

ろしあ?というのは地名なのだろうか。

木製の人形を二つに割りながら説明する紫苑さんの手元を覗く。

それにしても……これは人形だったのね。私が作っている人形とは違った趣があるわ。

 

「それにしてもマトリョーシカ置いてあるとかマニアックな店だなココは――」

 

紫苑さんが棚を眺めていると、ある商品の前で視線を止めた。

それは――黒い扇子だった。

 

「それは幻想郷で作られた扇子だね。金箔が所々に施されているから、高値で取引されていたみたいだよ。それを開いたとき桜の花弁が端に描かれているんだ」

 

「へぇ……」

 

それを聞いた紫苑さんは扇子を広げた。

扇子の持ち方から、どこか幻想郷の賢者を思い起こさせる。

彼はパチンと扇子を閉じると、霖之助さんに向き直った。

 

「霖之助、これ幾ら?」

 

「……本当は手元に置いておきたかったけど、君が持っている方が絵になるし――このぐらいの価格でどうだい?」

 

「……高いな」

 

霖之助さんが提示した金額は私が買った布の数十倍の値段だ。

一括で払えるかギリギリといったところか。

 

「これの製作者はもう亡くなっているから、これでも5割は安く提示しているつもりさ。何ならこのブローチもオマケするよ」

 

「OK、買った」

 

その値段にも関わらず、紫苑さんは財布を取り出して一括で払ってしまった。何気にお金持ちなのかしら?

扇子と金色の宝石がついたブローチを受け取った紫苑さんは、ブローチの方を私に差し出してきた。

 

「アリスにあげるよ」

 

「え? そんな、高価なもの……」

 

「俺にブローチは似合わないし、香霖堂に連れてきてくれたお礼として貰っといてくれ。嫌ならいいけど」

 

「い、嫌じゃないわ……」

 

紫苑さんから貰ったブローチを、さっそく胸元をつけてみた。

霖之助さん曰くトパーズという宝石らしく、金色に輝くブローチをつけている私を見て、紫苑さんは満足そうに笑った。

無邪気に微笑む彼の笑顔を直視できない。そのくらい私の顔は真っ赤になっているだろう。

 

「おー、似合ってる似合ってる」

 

「あ、ありがとう」

 

このブローチは大切に使おうと心に決めた。

 

 

 

 




霊夢「アリスがブローチつけてる!?」
アリス「別にいじゃない!」
魔理沙「というか紫苑は金持ちなのか?」
紫苑「これでも仕事やってたんだぜ? そこそこ金はあるんだよ」


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23話 魔術師と魔法図書館

side 紫苑

 

「こんにちはー」

 

「あら、来たのね」

 

乱雑に置かれた本の数々に埋もれながら読書をしているパチュリーさんに挨拶をする。

それは押し入れの奥で栽培できそうなもやしを彷彿させる光景で、魔理沙の『紫もやし』の発言にも納得できるとか本人の前では絶対に言えないな。

 

紅魔館の図書館にやって来たのは昼過ぎのこと。

読書大好き繋がりで図書館に招待された俺は、家で作ったプリンを持って紅魔館に足を運んだ。相変わらずの赤色に黒いペンキを持ってこなかったことを後悔しつつも、門番の美鈴に顔パスで通されて、紅魔館内を咲夜に案内されながら図書館に辿り着いたのだ。

スカーレット姉とフランは絶賛睡眠中とか。

そういえば吸血鬼は寝てる時間だったな。

 

さて、紅魔館の図書館の半紙?になるのだが、俺が今まで見て来た図書館の中で一番大きかった。

ざっと見ただけでも外の世界では見たことのないタイトルの本が多いので、忘れ去られた本が全てココに集まっているのではと錯覚してしまう。あながち間違っていないかもしれない。

子供みたいに未知の空間を見渡していると、図書館の中央に設置されている椅子に腰掛け、本に埋もれながら俺を微笑ましそうに見つめていたパチュリーさんが尋ねてきた。

 

「どう? 私の図書館を見た感想は」

 

「どうもこうも……凄いとしか言いようがないな」

 

上の空でパチェリーさんに答える俺。

外の世界で表すのなら、画像でしか見たことはないけれどアイルランドにある最大の図書館に似ている。生きている間にそこへ行くことはできず、結構後悔していたのだが、それ以上の図書館に来れたことに心の底から嬉しく思う。

 

俺は本の山の間を通り、パチュリーさんの元へ行く。

ちょこんと椅子に座る姿は魔女というよりもお姫様に見えた。可愛らしい外見だし。

 

「想像以上だよ。ここに来れただけでも感激もんだ。あ、これパチュリーさんに頼まれてた本」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 

紙袋に入れていた魔導書や魔術研究関連資料の紙束をパチュリーさんに渡す。

パチュリーさんの近くにあった作業机には大量の本が置いてあったので、それらを少しどかして場所を作り、空いたスペースに魔導書を重ねて置く。

魔術関連資料を一番上に置こうとしたところで、パチュリーさんがそれに手を伸ばす。

それをパラパラとめくった彼女は、視線を資料に向けたまま俺に告げる。

 

「読みたい本があれば何冊か借りて言っていいわよ。等価交換と言うほどでもないけれど、貴方なら大切に扱ってくれそうだし。――こぁ、紫苑さんを案内してあげて」

 

「分かりました、パチュリー様」

 

パチュリーさんの呼びかけに、赤いロングヘアーの悪魔みたいな美少女が現れた。

彼女も吸血鬼の一種なのだろうか? いや、雰囲気的にそんな感じがしない。

 

「お言葉に甘えて見て回ろうかな。あ、その本とか紙束は俺の持ってる魔術関連の本の一部だから、また来るときに他のも持ってくるよ」

 

「……えぇ、ありがとう」

 

もはや本に集中しているのだろう。これ以上邪魔してはいけない。

俺はパチュリーさんの元を離れ、こぁさんと一緒に図書館を見て回る。

 

……とは言ったものの、これだけの蔵書を今日だけで見て回るのは不可能だ。

また来てもいいようだし、今回は自分の好きな哲学・宗教学関連の本を中心的に探してみることにした。それだけのジャンルでも一日で確認できるか分からないけど。こぁさんにその旨を伝えると『こちらです』と、俺の探しているジャンルの本棚まで導いてくれる。その本棚も蔵書の数がえげつなかったけどね。

本棚から本を抜き取ってパラパラめくったり、興味深げなタイトルを紙にメモしたりしていると、その様子を見ていたこぁさんが話しかけてきた。

 

「紫苑様は本が好きなのですね。外の世界の方々は皆そうなのですか?」

 

「様付けなくていいぜ。好きな人もいれば苦手な人もいるけど、俺の周囲にいた奴らは比較的好きな部類だったな。まぁ、何でもかんでもジャンル関係なく読んでいたのは俺だけだったけどさ」

 

「そうなんですか……。――紫苑様、ここからはキリスト教系の本ですよ」

 

「そうか――お、こりゃあ、キリスト教の独自解釈をしたやつの原本か。こういうマイナーな本は外で見ることはないから、本好きにはたまらんなぁ」

 

あのアホ共も悔しがるであろう本の数々。

ここは天国か何かだろうか。

 

そんな感じでこぁさんにサポートしてもらいながら本を漁った。

こうやって本を探している時が一番楽しいよね。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side パチュリー

 

『知識を得ること』は私の生において一番重要なことである。

魔法の森に住む人形遣いや黒白魔法使いも『己の研究』のために知識を欲するし、私はそのために本を読んでいると言っても過言ではない。そもそも魔導を志す者は『知識を得る』というのは共通の理念でもある。

魔法の知識のために魔導書だって何冊読んだか覚えていない。

 

 

 

けれど――

 

 

 

「なんなの……これ……」

 

異変で初めて遭遇し、宴会で軽いやり取りをした外来人の少年・夜刀神紫苑の持って来た資料を読んでいるうちに――彼の異常さ(・・・)に戦慄を覚えた。思わず手に持っている資料を振るわせるほどには、彼の持ってきたものは衝撃的だった。

確かに彼は魔導書を持ってきたし、この資料も魔法に関係していたのは間違いないわ。

 

 

 

しかし――

 

 

 

「どうなされました? パチュリー様」

 

「咲夜……」

 

紅茶を運んできたメイド長の咲夜が、いつもと違う私の様子に声をかけてきた。

彼女達の前で取り乱すこと自体珍しいのだから、咲夜が心配そうにするのも無理はない。

 

「それは――紫苑様のものでしょうか?」

 

「……えぇ」

 

「どのような内容で?」

 

私は震えた声を絞り出した。

 

 

 

 

 

「……人体錬成……邪神召喚……死者の蘇生」

 

 

 

 

 

どれもこれも禁術(・・)に相当される魔法の実験を記した資料だった。中には被検体の観察記録までも混じっている。

恐らくは世界中の魔法使い・魔女が畏怖し、または喉から手が出るほど欲する――只人が持っていることがありえないほどの『知識』であった。幻想郷でこの魔法を行使するには媒介となる素材がないため不可能であるとは思うが、それでも私は震える手を押さえることが出来なかった。

そう説明するとメイド長も目を見開く。

 

「それは……凄いですね」

 

「凄いって問題じゃないのよ。魔導書からも感じるけど普通の人間(・・・・・)が読んで正気を保てるような本ではないの」

 

「………」

 

魔導書とは読んだだけで読者を殺せるようなものもあるし、読者の意識を乗っ取るものもある。私が魔女だからというのも考慮して、ある程度の魔力がある者には影響を受けない魔導書が揃えられてはいるが、それを彼が読んでいることは確かではあるからして、一つの疑問が浮かび上がる。

 

 

 

じゃあ、どうやって彼はこの本を読んだ――?

 

 

 

「パチュリーさーん。本選んだよー」

 

その後も資料を読んでは見たが、途中で本を5冊ほど抱えた紫苑さんが戻って来る。

私は紫苑さんの様子を違う角度から(・・・・・・)観察してみるけれど、どこか精神に異常をきたしているようには見えなかった。異変後にレミィに放っていた殺気も魔導書に影響されていた、というわけではなかったから……少なくとも彼は正常である。

だから、正直に聞いてみることにした

 

「ねぇ、紫苑さん」

 

「どうした?」

 

「この魔導書や資料、明らかに常人が読んで正気を保てるものじゃないわよね?」

 

「うん。魔力がある奴しか読めない本だよ」

 

あっさり紫苑さんは肯定した。

拍子抜けしてしまうほど。

 

「貴方はどうして読めるの?」

 

私の質問に紫苑さんは目を丸くした後、彼はしまったと顔を歪める。

彼の琴線に触れてしまったのでは?と私は身構えるが、彼は苦笑いを浮かべて謝った。

 

「そこを突かれるとは予想外だったな……ごめん、先に言ってなかったから変に勘ぐっただろ?」

 

「……どういうこと?」

 

首を捻る私に、彼は本を紙袋に入れながらサラッと秘密を暴露する。

 

 

 

 

 

「俺、魔術師だったんだよ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

魔術師、とは魔女や魔法使いと同じようなもの……だったはず。

私は目を丸くした。隣にいる咲夜とこぁも驚いている様子。

だとしたら腑に落ちない問題が新たに浮き上がってくる。

 

「けど貴方、魔力が」

 

「うん、魔力があるようには見えないよね? でもさ、魔力がないからといって魔術が使えない(・・・・・・・)わけじゃないのさ。こう見えて魔術師としてはイレギュラーな存在だったし」

 

「そうだったの……」

 

「アホ共に対抗するための魔術だし、幻想卿で使うことはないだろうなって思ったけどね。まぁ、そこまで万能なことはでいないし、俺が魔術師を名乗っていいのか分からないけどさ」

 

つまり彼は元・魔術師だったということか。

納得できるような説明じゃなかったけれど、なぜか彼が言うと不思議と納得してしまう自分がいる。イレギュラーだとしても、あの黄金の剣を見せられたら納得してしまう。

そこで「もしかして」と咲夜が紫苑さんに聞く。

 

「紫苑様はヴァンパイアハンターと呼ばれていたのですよね?」

 

「え? あぁ、まぁ、そうだね」

 

「それも魔術師であったことと関係が?」

 

咲夜の指摘はもっとも。

吸血鬼に効果のある魔法はいくらか存在するので、それの究極形態を紫苑さんが知っていたからこそ『ヴァンパイアハンター』と呼ばれていたのではないか? 資料を見る限り、彼がそのような魔法を知っていてもおかしいことではない。

しかし、彼は首を横に振った。

 

「いや、吸血鬼対策の魔術は知ってるけど、そこまで強力なものじゃない。俺の〔十の化身を操る程度の能力〕が吸血鬼と相性が良いだけ」

 

「そうなのですか?」

 

「俺の能力が拝火教の勝利神が元ネタだってことは話したかな?」

 

「いいえ」

 

私は首を振ろうとして彼の言った単語に引っかかった。

……ん? 拝火教の勝利神? 十の化身を操る神?

 

「まさか――太陽神?」

 

「お、パチュリーさんは知ってたか。そう、俺の能力の元ネタの神様は、勝利神でもあり太陽神の懐刀でもあった。だから俺の化身の中にも太陽に関係する化身があるんだよ」

 

ようやく合点がいった。

まさかあの神(・・・)の能力なんて……。あの幻想郷の賢者が〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕と言った理由が理解できた。確かに、あの軍神の名前は『障害を打ち破る者』という意味でもあったはず。

加えて彼の言っていた『イレギュラー』の意味に気付いた。

 

「もしかして貴方が魔力を使えるのは『山羊』が関係している……?」

 

「……パチュリーさん鋭すぎない? 確かに俺の十の化身の一つ『山羊』のおかげで魔力が使えるんだ。山羊はキリスト教で異端とされてて、魔術や魔法関連で山羊は重要な意味を持つ動物ってことが由来なんじゃないかな。まぁ、拝火教では神聖な動物なんだけど」

 

彼の能力を知れば知るほど、その強力さには舌を巻いてしまう。

普通の人間が持っていいような能力ではないし、彼が比較的良識のある人間でよかったと心の底から思う。悪用されれば手に負えない力だ。

 

紫苑さんは紙袋から本を一冊取り出してページを開く。

 

「俺の化身って多いから知識ってのは重要なのさ。だからこうやって拝火教の本を読んで勉強を――」

 

なるほど、自分の能力を理解するために読むのか。

外の世界で忘れ去られてしまった本なら、もっと勝利神の伝承などが得られると考えたのだろう。

こういう知識を率先して得ようとする姿には好感が持てる。

 

「………」

 

「紫苑さん?」

 

本をめくっていた彼は黙って本を私に差し出した。

そして私にウィンクをしながら口に指をあてるジェスチャーを見せてくる。

なんだろうと思って本をめくって――

 

「――っっっ!!!!!!!????????」

 

「パチュリー様?」

 

「な、何でもないわ!」

 

机の引き出しに乱暴にしまった。

耳まで顔が赤くなっているだろうと自分でもわかってしまう。

 

 

 

 

 

――それは私の書いたポエム集だった。

 

 

 

 

 

恐らく紫苑さんは『黙っておくよ』という意味だったのだろう。

ありがたいと思うと同時に、見知らぬ赤の他人に読まれてしまったことが死ぬほど恥ずかしい。

 

「むきゅう……」

 

私は机に突っ伏したのだった。

 

 

 

 




紫苑「黒歴史って誰でもあるよね」
パチェ「あら、貴方にもあるの?」
紫苑「うーん……あれを黒歴史と呼んでいいのかどうか……」
パチェ「私のも知ったんだから教えなさい!」
紫苑「えー」


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24話 外食

side 紫苑

 

何かに夢中で時間が過ぎてしまった、なんてことは皆様も体験したことがあるのではないだろうか? 興味のあることに時間を費やしていると、時間の流れが早く感じる。

逆に嫌なことや面倒なことをしているときはは時間の流れが遅く感じられる。アホ共や部下の始末書書いてるときや、始末書作ってるときや、始末書制作してるときとかは特に苦痛であった。

 

話を戻そう。

時間ってのは物事に集中していると体感で早く流れるのだ。

そういう俺も、非日常の織り成す幻想郷に移住しても変わらぬことで……。

 

「やっべ、もう13時か」

 

洗い物をしていて、ふと時計を見て気づいた。

今日の晩飯後に出す予定だったデザートを作っていたところ、妙に凝ってしまい昼食の準備を忘れていてしまったのだ。

台所にあるデザートを作るときに使用した道具を片付けている最中ではあるが、今から昼飯を作る気分ではない。腹は減っているけれど晩飯まで待てないほどではないから、昼飯をとるか迷ってしまう。

いっそのことカップラーメンで済まそうかな……とか考えていると、何もない空間からスキマが出現し、紫が顔を出してきた。

 

「こんにちは、師匠」

 

「おう、こんにちはー。今日は何の用だ?」

 

紫は俺が持っているカップラーメンを視界に入れて、なぜか目を光らす。まるでナイスタイミングとでも言いたげな表情だ。

 

「昼食はまだなのでしょうか?」

 

「ちょっとデザート作ってたら昼飯食い損ねたわ。カップラーメンで軽く済ませようかと思ってたんだが……」

 

「なら……人里に外食にでも行きませんか? 藍と橙も一緒ですが」

 

俺は紫の提案を聞いてカップラーメンを見つめる。

そういえば、幻想郷に来て人里で食事をしたことはないな。買い出しで訪れることはあるが、家で作って食べることがほとんどだ。晩飯を食いに来る連中もいるから尚更なので、人里で作られる料理には俺も興味がある。

図ったように食材の備蓄も少なくなってきたし、人里へ買い物行くついでに食事をしてみるのも悪くないか。

 

「いいぜ。買い物ついでに行こうか」

 

「準備が出来たら声をかけてください」

 

「OK、少し待っててな」

 

俺はカップラーメンを戸棚に仕舞って、財布とスマホを取りに行った。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

場所は変わって人里の賑わう通り道。

 

「んで、何食う?」

 

「藍様にお任せします」

 

「紫様にお任せします」

 

「師匠にお任せします」

 

流れ流れに俺に選択権が回ってくる。

決めてないのかよ、と俺は溜め息をついた。

 

人里にスキマで快適に到着した八雲ご一行と俺は、いつも賑わっている人里を並んで歩いていた。

まぁ、歩いてるだけで飯が食えるわけではないので、3人に要望を聞いてみた結果がこれだよ。こんなのアホ共に聞いたら口揃えて『肉!』って答えるのに……なんとまあ謙虚なことか。

 

というか人里で食える場所を俺が知るよしもなく、目測で周囲を見渡す。昼食決定が俺に託された訳なので、人里の飯が食えるところをを探していると……ある定食屋が目に入った。そこそこ人がいる。

 

「あそこにしようぜ」

 

定食屋に入った俺たちは4人用のテーブル席に座る。俺の前が紫、横に橙。紫の隣が藍。

メニューはそこまで多くはないが、簡素に定食の名前が書いてあって逆に迷ってしまう。横目で周囲の人里民が何を食べているのか確認したところ……圧倒的に『きつねうどん』を食している。

 

 

 

……ここ、定食屋だよな?

麺所じゃないよな?

 

 

 

「うーん……無難に『唐揚げ定食』でも頼むか」

 

「なら私は『きつねうどん』で」

 

「『冷し中華』……この時期に?」

 

紫と藍はメニューを決めたようだ。

藍は『きつねうどん』を頼むのは……うん、知ってた。紫の『冷し中華』は物珍しさって感じかな? 冷し中華を冬に出すこの店も相当チャレンジャーだとは思うが。

 

「私は……えーと……」

 

「焦って決めなくていいぞー」

 

自分以外が決まったということで、焦ってる橙の頭を優しく撫でる。

俺はロリコンじゃないけど、橙の頭の撫で心地は表現しずらいほどに気持ち良い。

 

実は橙との交流ってのは意外と少ない俺。

冬が近いせいもあってか、俺の家に藍と一緒に来ても大半は寝ている。俺がリビングのカーペットで雑魚寝してると、俺の腕を枕代わりに使用してることもあるが、会話したことなど数えるほどしかない。

幻想郷に来て1ヶ月経っていて、家にもよく来ているのに交流が少ないのも妙な話だがな。

 

「――紫苑さんと同じものにします!」

 

「そうか、なら店員呼ぶぞー」

 

定食屋で働いている人間を『店員』と呼んでいいのかは分からないけど、俺は近くにいた人を呼んで注文をする。若くて可愛いお姉さんだった。

 

注文した後は待つだけなのだが、俺は無意識にスマホへと手を伸ばして苦笑いを浮かべる。なんというか……外の世界では待ち時間にスマホ弄るのが癖になっていて、ここでも同じようなことをしてしまうな。

というか幻想郷で電話機能が使えないわけなのだが、なぜかSNSは使えるのだ。まぁ、あの上司から渡されたスマホだし、別れ際に『ボクのツイート見てね!』みたいなこと言われたから、SNSが使えるのは予想の範囲内だった。

上司の食レポにクソリプを大量に送っていると、紫が会話を振ってきた。俺はクソリプを中断する。

 

「最近どうですか? 幻想郷に慣れましたか?」

 

「慣れてきた、って言ってもいいのかな。霊夢や魔理沙、アリスと妹紅やらが毎晩飯を食いに来る光景が日常となるくらいには慣れたよ」

 

「れ、霊夢が毎晩?」

 

「うん」

 

引きつった笑みを浮かべる紫に、俺は隠すことでもないので素直に答えた。藍も額に手を当てている。

えぇ、毎日来ていますよ。欠かすことなく。

 

「まったく……あの子ったら……」

 

「ちゃんと毎回おかわりまでするぞ」

 

「すみません、今度厳しく言っておきます」

 

「気にすんな。あんな毎回笑顔で食べてくれると作ってるこっちまで嬉しいし、最低限のマナーを守って食ってくれるから苦にならん」

 

当代の博麗の巫女は面倒くさがり屋と噂で聞いたことがあったが、所詮は百聞は一見に如かずって身を持って思った。家で靴を脱ぐときはきちんと揃えるし、頂きますご馳走様も言う。皿洗いまで率先してやってくれるし、とても良い子だと感じる。

ちなみに彼女にはカレーの日に残ったカレーをタッパーに入れて渡している。

次の日にはタッパーを綺麗に洗って返してくれるのだ。『とても美味しかったわ!』って笑顔で言ってくれるから、こちらも自然と笑顔になるってものさ。

 

「魔理沙は迷惑をかけておりませんか? アリスや妹紅は大丈夫だとは思うのですが……」

 

「え? 魔理沙も食後の台拭きとかしてくれるよ?」

 

「何か盗まれるようなことは?」

 

「藍さんは心配性だなぁ。彼女も手がかからない良い子じゃないか」

 

そういえば地下の書庫から本を借りていくことがあるな。

前に『死ぬまで借りていくぜ!』とか言ってたときに、ついアホ共と同じ感覚で言葉を返してしまったことを少し後悔している。あの日以来から魔理沙が物を返すようになったと報告を受けたし、結果オーライ……なのかもしれない。

ちなみに魔理沙はキノコ系の料理が好きで、余ったものを渡すと上機嫌で帰っていく。

 

アリスは藍さんの言う通り、霊夢の洗った皿を拭いてくれる。上海と蓬莱と一緒に。

家に早めに来る彼女は人形達と部屋の掃除まで手伝ってくれるから、いつもリビングは清潔に保たれている。素晴らしすぎて涙が出るわ。

 

妹紅は……他3人程じゃないけど、週3.4くらいのペースで食事に来る。

幻想郷にとってオーパーツである掃除機を何気に使いこなしている辺り、物覚えが良い子なのかなって感想だ。

 

というか4人とも食材を持ってきてくれることもあるから、むしろ自分が助かってる節があるような。

 

「師匠の手を煩わせないなら別にいいのですが……」

 

「考えすぎだって」

 

「紫苑さんの料理は美味しいのですか?」

 

「なんなら橙も晩飯食いに来るか?」

 

4人からは俺の料理が大好評らしいので、とりあえず食べられるものは出せるはずだ。

妖怪の口に合うかは定かではないが、紫と藍さんも食ったことはあるし大丈夫だろう。……とりあえず猫が食えないものは料理の中から省いておくか。

 

「はいっ」

 

「なら今晩は何を作ろ――あ、料理が来た」

 

それぞれの前に注文したものが運ばれてくる。

ファミレスなら作った順番に来るせいか、バラバラに運ばれてくることが多いが、ここは一気に出してくるのか。

それじゃ手を合わせて、

 

「頂きまーす」

 

「「「頂きます」」」

 

「……ほう」

 

出てきた唐揚げを口の中にいれると、肉汁が口の中に広がった。

外はパリパリ中は柔らかい唐揚げに、思わず感嘆の声をもらす俺。

ぜひともレシピを知りたいところだが、これを商売として出しているのだから、聞くことは不可能だろうな。また来よう。

 

「あちっ」

 

「大丈夫か? できたてだしゆっくり食べないと」

 

橙が舌を冷ましている様子を横目で気にかける。

橙は猫舌か。いや、猫だから当たり前か。

ある意味では紫が美味しそうに食べてる冷し中華が、橙には会っていたのかもしれない。

 

「……70点」

 

藍さん、なんでうどんに乗ってる油揚げを採点してんの?

うどん評価しようぜ?

 

それにしても他人と外食なんていつ以来だろうか?

そうやって、あの化け物連中のことを思い出していたからだろう。八雲一家の食事を眺めていたら、

 

 

 

 

 

『オイ! 俺様の肉取るんじゃねェよ!?』

 

『早い者勝ちだよー』

 

『このピーマンは儂のものじゃぁ!』

 

『店の迷惑になるから静かにして下さい!』

 

 

 

 

 

一瞬だけ――そう、一瞬だけアイツらで行った最後の(・・・)外食を思い出した。まだヴラドのじーさんが生きていたとき。そういえば、あれ以来外食には行ってなかったな。

アホ共のアホ共によるアホ共のための焼き肉戦争。金に困ってない連中が集結しているにも関わらず、俺を含む5人が大人げなく肉を巡って争っていた昔。

あの頃は……本当に楽しかった。

 

そこまで思い出して、俺は頭を振った。ここは幻想郷だ。

所詮は過去の思い出に過ぎない。

アイツらとは違って八雲一家の食事は静かなのに、なんで昔のことを思い出したのか……?

 

「……紫苑さん?」

 

俺の表情がいつもと違うことを察したのか、橙が不思議そうに首をかしげていた。紫と藍さんにはバレているらしく、すっごい不安そうにこちらを見ている。

 

いかんいかん。

俺はすぐに笑顔を向けた。

 

「さ、食べたら買い物だな」

 

「……師匠」

 

「俺は大丈夫さ。ここも楽しいからな」

 

そう、外の世界以上に優しい幻想郷。

不満などあるものか。毎日が充実している。

 

 

 

 

 

なぜか後半に食べた唐揚げはしょっぱかったけど。

 

 

 

 




紫苑「困った時の晩飯・カレー」
霊夢「ひゃほおおおおおおいいい!!」
紫「年頃の女の子が出す声じゃないわね……」


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25話 チルノ最強化計画

side 紫苑

 

冬なのに肌寒い。訂正、冬だからこそ肌寒い。

正確に言えばダイヤモンドダストが現れるくらいには寒い、とでも言うべきか。もちろん、この吹き荒れるダイヤモンドダストは自然に起きた現象ではない。

その空には黄色と青色の弾幕が煌めく。

 

「……ねぇ、紫苑さん」

 

「……言うな、霊夢。俺も反省してる」

 

頭上に響く爆発音。

俺と霊夢は――弾幕ごっこで魔理沙を圧倒しているチルノを眺めながら、大きくため息をついた。

 

 

 

話は一ヶ月前……俺がスペルカードを作った次の日に遡る。

 

 

 

   ~一ヶ月前~

 

 

 

俺は今日の晩飯は魚のムニエルにしようと、川まで釣りにやって来た。

外の世界なら許可やら何やらが面倒だし、そもそも俺の住んでいた街に川は存在しなかったけど、ここでは無断漁業は犯罪にはないと紫は言っていた。

というか人里の外――妖怪に襲われる可能性がある外に、魚を取りに行く方が自殺行為なのだろう。

 

肌寒い中、ボーッと釣りをしている俺。

ふと視線を上に向けると、

 

「ん? 最強と大ちゃんか?」

 

テンションが低い最強と、それを必死にフォローしている大ちゃんを見つけた。あちらも釣りをしている俺に気づいたらしく、俺のところまで飛んでくる。

涙目の最強に、俺は軽く挨拶。

 

「よう、宴会以来だな。どうして泣いてるんだ?」

 

「……えぐっ……ぐすん……」

 

「チルノちゃん、弾幕ごっこで魔理沙さんに負けちゃったんです。それで……」

 

「なるほど、理解した」

 

悔しい、ってことなんだろうな。敗北が死を意味する世界で生きていた俺には縁のない感情だけどね。

俺は釣竿を仕舞って、最強の前まで移動する。

今の最強を見ていると――あの泣き虫妖怪を思い出す。今では賢者とか大層な名で呼ばれているらしいが。

 

「最強は弾幕ごっこで負けて悔しいんだな」

 

「紫苑……アタイ、最強じゃないのかな?」

 

「弾幕ごっこは『いかに魅せるか』だろ? 勝ち負けなんて関係ないたろ、普通は」

 

「アタイは負けたくないの!」

 

最強の子供っぽい理論に思わず笑ってしまうが……まぁ、理解できなくもない悩みでもある。少なからず交流のある妖精達の涙を見て、俺が何もしないわけにもいかないかな。

 

そんじゃあ――俺も一肌脱ごうか。

 

「確かに最強――チルノは最強ではないな。つか弱い」

 

「……っ!」

 

「でもさ……弱いなりにも工夫次第で強くなれるんだぜ? 紫や幽香も最初から強かった訳じゃないし、チルノより弱い奴が鬼神に勝利した例も見たことある」

 

「……え?」

 

その鬼神に勝利した奴――あの仏頂面の言うこと聞かない副隊長の姿が脳裏に過る。

俺はチルノに手を差し伸べた。

 

「二ヶ月……いや、一ヶ月で十分だ。決して簡単じゃないし、辛いとは思うが――今より強くなりたいか?」

 

「……うん! アタイ、魔理沙に負けないくらい強くなりたい!」

 

「そうか――なら、喜劇(とっくん)と洒落込もうか」

 

 

 

 

 

こうしてチルノ最強化計画が始まった。

毎日、暇になる時間帯に川に集まっては、チルノ(と大ちゃんを巻き込んで)、魔理沙より強くするために特訓をした。

その光景を一度だけ目にした幻想卿の賢者は、

 

「……本気に近い攻撃ね」

 

太陽の畑に住んでるフラワーマスターは、

 

「……いつ見てもあれに勝てる気がしないわ」

 

暇なときについてきた博霊の巫女は、

 

「チルノ虐待じゃない?」

 

寺子屋の教師をやっている半人半妖は、

 

「最近、授業中にチルノが寝ているが……これが原因か」

 

取材に来た鴉天狗は、

 

「どうも~、清く正しい鴉天狗の――え、ちょ待、焔がぎゃあああああああああああ!!??」

 

 

 

それぞれチルノを憐れんだらしい。

 

 

 

まぁ、最初の1週間は『チルノが二度と最強と言えなくする』ように、心が折れるまで能力をぶち込むことだった。慢心ほど恐ろしいものはないからな。

そういえば3年前に紫を育成したときに『妖怪より師匠の攻撃の方が鬼畜』とか言われた記憶があるから、この攻撃に慣れさせる意味合いも兼ねている。

ちょっと大地が更地になったけど、チルノの目から光が消えたところで次のステップに移行させる。

 

 

 

次の1週間は『弾幕操作』である。

霊夢からは『華やかさに欠ける』と言われた弾幕だが、チルノが格上の魔理沙に勝つには、無理にでも覚えてもらうしかない。

⑨には無理だって? 無理矢理覚えさせんだよ。

 

「アタイには無理だよ、教官」

 

「弾幕操作なんて慣れだ。これをこうやって……」

 

「チルノちゃん頑張って!」

 

「そーなのかー」

 

1つ疑問に思ったのだが、コイツのことを馬鹿とか⑨とか言い始めた奴は誰なんだ? 確かに要領は悪いけど、ちゃんと教えたら自分のものにしていくぜ?

慧音曰く「妖精という種族は複数のことを記憶できない」と言っていたが、そんなの俺には関係なかった。記憶できないのなら魂に直接刻んでやるだけだしね?

そんなこんなで1週間を少し越えてしまったが、どうにかチルノは弾幕操作を覚えることができた。

 

 

 

お次は新スペルカード製作。

コイツのスペルカード・氷符『アイシクルフォール』は隙が多いことが判明した。ぶっちゃけ能力使わなくても避けられる。

このスペルカード改良と同時平行でのスペルカード製作。

 

 

 

「教官! これなんてどう?」

 

「後ががら空きじゃねーか」

 

 

 

「これは?」

 

「上が隙だらけだぜ?」

 

 

 

「……これは?」

 

「俺のパクリか。悪いとは言わないけどさ」

 

 

 

なんか俺の能力に近いスペルカード(氷ver)が完成した。

 

 

締めは実践あるのみ。

これは俺のスペルカード練習も兼ねていて、『風』の化身で飛びながらチルノと弾幕ごっこを始める。

もちろん対魔理沙戦の練習だから、俺は魔理沙と同じように弾幕をばら蒔いている。スペルカードまでは再現出来ないけれど、似たようなスペルカードで代用した。

 

「氷符『アイシクルフォール』!」

 

「うおっと、防壁『難攻不落の大要塞』!」

 

大量の氷の弾幕を、俺は黄金に輝く外の世界の要塞を彷彿させる建物を権現させてやり過ごす。

スペルカード改良も見事に成功して、俺が持つ防御用のスペルカードで防ぐのが精一杯となった。これならば、魔理沙相手でも優位に立つことが可能かもしれない。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 魔理沙

 

チルノが弾幕ごっこを仕掛けてきた。

別に珍しいことでもないし、ちょうど新しいスペルカードの練習台として相手してやろうと思った。なんか様子がいつもと違う気がするけど、あの馬鹿のことだからどーでもいいかって解釈した。

 

 

 

その筈だったのだが……。

 

 

 

「何なんだぜ……これ……!」

 

箒に乗ってチルノの弾幕をかわしているのだが、おかしいというレベルじゃない。

追ってくるのだ。しかもチルノとは思えないほど正確な攻撃もしてくる。チルノの周囲には自分を守るように、氷の刃らしきものが回っていて隙がないのだ。

弾幕をチルノに放っても氷の刃で弾かれる。

 

というか本当にチルノなのか?

終止一徹『最強』という言葉を発さないし、瞳が氷のように冷たく――それこそ戦闘中の紫苑と同じような雰囲気を感じる。アイツ程ではないけど、あの馬鹿が冷静沈着なのである。

いつもなら『アタイったら最強ね!』なんて隙だらけの攻撃が、『うーん? 修正が必要だわ』なんて分析しながら弾幕を放つ。

 

「この……! 魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

「氷符『アイシクルフォール』」

 

私のスペルカードから黄色の弾幕が放たれるが――相殺するようにチルノのスペルカードで防がれる。このスペルカードは見たことあるが、ここまで威力や精密性は高くなかったはずだ。

 

仕方ないが――私の新作を披露する。

スペルカードをチルノに向けて構えて、その名前を高々に叫ぶ。

 

「星符『メテオニックシャワー』!」

 

「……魔理沙」

 

新作のスペルカードがチルノの襲う。

たとえチルノの弾幕だろうと貫通するスペルカードだから、氷の刃を見事にすり抜けて馬鹿に殺到する。避ける素振りすら見せないアイツに弾幕が当た――

 

 

 

 

 

「――隙だらけよ?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

ふと声のするほう……上を見上げると、そこにはスペルカードを構えるチルノが。

なら目の前にいるのは?と前に視線を移すと、新作スペルカードに当たったチルノは氷となって弾け飛ぶ。まさか氷で作られたダミーか!?

 

 

「嘘だ――」

 

「氷刃『ダイヤモンドダンス』」

 

 

放たれた言葉と共に、私の周囲に氷の剣が形成された。

上下左右前後、どこを見ても蒼く輝く剣が私のほうを向いている。その水晶の如く透明な剣が綺麗に包囲する光景は神秘的で――羨ましいくらいに美しい。

 

私は蒼い剣を受けながら悔しがった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

「まさかチルノの圧勝で終わるとはねぇ……」

 

「紫苑さんが指導したんでしょ?」

 

大ちゃんやそーなのかーに称賛されて照れているチルノを暖かな目で見守っていると、隣でジト目の霊夢に返される。魔理沙は俺たちの後ろに落ちてきた。

雪に埋まって反応しない魔理沙をスルーしながら、俺と霊夢は会話を続けた。

 

「良くて辛勝くらいかなって思ってたよ」

 

「というか戦闘中のチルノが別人なんだけど」

 

「そりゃあ、慢心させないように心折ったからな」

 

スペルカードなんて生ぬるいモノではなく、紫育成の時以上に厳しい攻撃を繰り出してやったからな。それこそ――あのアホ共と殺し合う一歩手前くらいの威力を考えなしに撃ち込んだ。

本気ではなかったけど。

 

「弱者にとって慢心は敵だし」

 

「師匠の言う通りですね」

 

「だろ?」

 

「……幻想郷の賢者と、その師匠の言葉って考えると複雑な気分ね。というか紫さらっと入ってきたし」

 

慢心するのは帝王だけで十分だわ。

いつもと同じようにスキマから現れる紫と笑い合う。

すると、いつもの妖精3人組(妖怪混ざってるけど)が、俺たちのもとへ飛んできた。釣りしていたあのときと違って、チルノは満面の笑みを浮かべている。

 

「教官! 見ててくれた!? アタイ勝ったよ!」

 

「おめでと。お前の努力の結果だ」

 

妖精は飽きっぽい性格だと霊夢から聞いていたら、2日もてばいいかな程度に思っていたけど、コイツは弱音吐きながらも必死に頑張っていた。その結果がこれだ。

 

俺はチルノの頭を撫でる。

 

「よーしよし」

 

「~~♪」

 

「これからも精進しろよー」

 

「うん!」

 

妖精は忘れっぽいとも霊夢から聞いたな。

コイツ(妖精全体的にだが)大丈夫か?

大丈夫であると信じたい。

 

「――おい! もう一回勝負だ!」

 

気絶から復帰した魔理沙が、チルノを睨んでいた。

よっぽど悔しかったんだろうな、様子を見る限り。

 

「もう遅いから、また今度にしなさい」

 

「でも……!」

 

霊夢が諌めるけれど納得できない魔理沙。

負けず嫌いなのは結構だが、これ以上は日が暮れてしまう。

仕方ないが最後の手段。

 

 

 

「――今日の晩飯はキノコパスタ」

 

「キノコ取ってくるぜ!!」

 

 

 

土埃を上げながら魔理沙は飛んでいった。

それを笑いながら見る他の連中。

 

「さて、俺ん家行くぞ」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この日を境に、馬鹿とか⑨とか言われていたチルノは『普段は⑨だけど、戦闘になると紅魔の主以上のカリスマを発揮する』と言われるようになった。後の妖精最強である。

 

 

 

 




紫苑「さて、実はこの話題完結してないんだよね」
藍「と言いますと?」
紫苑「まぁ……そのうち分かるんじゃないかな?」
藍「嫌な予感が……」


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26話 長い冬の一日

side 霊夢

 

物凄く寒い。

もう春が近いのに氷点下ってどういうこと?

 

朝起きた私は、その寒さに身震いした。

外は一面の銀世界。白くない所が見当たらなくて、雪掻きをしようにも寒くて寒くて仕方がない。

足まで冷たくなっていて、急いで居間のストーブに火を――

 

「あ」

 

灯油が切れていた。

箱を逆さに振っても底を叩いても、灯油は一滴も落ちなかった。

 

「……どうしよう」

 

灯油を買うお金はないし、ましてや他に神社内を暖めるものは存在しない。昨日の寒さの比ではないので、恐らく凍死する。

 

考えていると、とある人物の笑顔が横切った。

神社の横に住む年上の少年。最近、年上のお兄ちゃんみたいな関係になりつつあるけど。

けど夕食まで毎晩ご馳走になっているのに、灯油が切れているからって暖まりに行ってもいいのだろうか? さすがに図々し過ぎるのではないのだろうか? 今までの私なら考えずに彼の家へ上がり込むのだが、日頃お世話になっている隣人であることが歯止めとなる。

 

 

 

そこで、すきま風が私の頬を撫でた。

貴様に選択肢があるとでも思っているのかと。

 

「………」

 

 

♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

朝からインターホンが鳴ったので外に出てみると、涙声で切実に訴えてくる霊夢が寒さに震えて土下座していた。

今起きたばかりだけど、クソ寒い。

冷蔵庫の中の方が温かいと思えるほどだ。

 

「お願いします紫苑さん! 何でもするから暖まらせて!」

 

「年頃の女の子が何でもって言うな。早く入って!」

 

この寒さなら霊夢の行動にも納得できた。

俺も起きたばかりで家の中は氷点下。リビングも外ほどではないが寒いので、俺はクーラーの暖房のリモコンを弄って早急に部屋を暖める。ついでにカーペットに搭載されてる保温機能も付けた。部屋が広いから暖房機も持ってくる。炬燵(こたつ)の電気もONにした。

霊夢には膝掛け代わりに毛布を渡す。

キッチンに行ってポットに水を入れたり、簡単なトマトスープを作ったりする。

 

「霊夢、もうちょっと待ってろよ。すぐ暖かくなるからさ」

 

「………」(コクコク)

 

ブルブル毛布に包まれながら頷く霊夢。

少しずつ部屋が暖かくなり、二人してスープで暖まった後、またインターホンが鳴った。俺が玄関に行って扉を開くと、さっきの霊夢と同じような状態で土下座する魔理沙とアリスがいた。

土下座が流行っているのだろうか。

 

「……皆まで言うな。ほら、入りな」

 

「「ありがとう……!」」

 

こうしてリビングにお茶を啜っている3人の美少女達が生まれた。

俺はカーテンを開いて外の様子を眺めながら呟く。

 

「それにしても今日は寒いな」

 

「ごめんなさいね、急に来てしまって……」

 

「気にすんなって。ゆっくりしていくといい」

 

こんなに寒い日は俺ですら出たくないわ。

俺は洗濯物を回そうとリビングから出ようとして、振り返り様に3人に告げる。

 

「あ、暖房器具は魔力とか霊力とかで動くようになってるから、キッチンの機械に注いどいてくれると嬉しい。地下室にある書庫の本は自由に読んでいいし、寝たければ2階のベッドか布団でなー」

 

「「「はーい」」」

 

午前中に洗濯を終えて乾燥。

乾燥した衣類を抱えてリビングに戻ると、霊夢の姿はなく魔理沙とアリスは本を読んでいた。

衣類を畳んだり、部屋の掃除をしたり。あらかた午前中にすることがなくなったときに、またもやインターホンが鳴った。ここまで来ると何しに来たのか俺でも分かるわ。

扉を開けると紅魔館の住人がいた。今回は土下座していなかったが、生まれたての小鹿に見間違えるくらい震えているスカーレット姉に涙を禁じ得ない。

 

「ふふっ、夜刀神。来てや――」

 

「皆入った入った」

 

「私のセリフがっ」

 

寒そうに震えている連中もリビングに入れば、あら不思議。適度な温度の俺ん家に感動していた。

とりあえず先に来た者と同じ説明をすると、美鈴は2階に行き、パチュリーさんとこぁさんは書庫に走った。

やることなくて暇な俺はPCを起動してフリゲを始め、それを眺めるスカーレット姉とフラン。咲夜は紅茶を淹れている。

 

「お兄様、これは何なの?」

 

「フリーゲームってやつだな」

 

「とても楽しそ――」

 

フリーホラーゲームだけどな。

と言おうとしたところでホラーな場面になって、スカーレット姉が悲鳴をあげてフランに抱きつく。フランも少し怖そうにしてる感じかな。俺はフリゲはホラーしかしない。

 

「……吸血鬼って怖いのね」

 

「自分の種族言ってみろよ」

 

怖さのせいか変なことを口走るレミリアに苦笑しながらも、比較的怖くないフリゲをスカーレット姉やフランにさせてみた。悲鳴を上げてはいるが、姉妹の仲は深まったんじゃないかな?見ていて心が暖まる。

 

お次にパチュリーさんとこぁさんの様子を見に行くと、書庫に籠っていたので暖房器具を持っていく。さすが図書館の管理人と言うべきか。筆記用具を所望されたので、ノートを数冊とボールペンを渡す。

ボールペンの機能に凄く驚いていたが。

 

そろそろ昼飯の準備を始めようとしたところで、性懲りもなくインターホンが鳴る。

今度は誰かなーっと扉を開けると、

 

「失礼するわね」

 

幽香が居ったそうだ。

暖まりに来たのなら、コイツ俺ん家来なくても大丈夫じゃね?と思うくらい堂々としている様に一瞬思ったが、よく見たら小刻みに震えていた。寒いのをやせ我慢してるらしい。

俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ほら、手も冷たいじゃねーか。入って」

 

幽香の手を引いて、俺は家の中に入った。

炬燵に強制的に入れさせて、咲夜が紅茶を出す。

 

「ったく、こんな冷えるくらいなら家に早く来い」

 

「……行っていいのか迷ってたわ」

 

ちょうど座っている幽香の頭をポンポンと優しく叩くと、幽香は顔を隠すように炬燵の毛布で顔を隠した。こういうところで素直じゃないのは昔から変わらないのか。

ちなみに、この炬燵は割りと大きくて、魔理沙やアリス、スカーレット姉妹も入っている。まだまだ余裕あるぜ。

 

 

 

さて、昼食を作りますか。

書庫に引きこもってる方々もいるから、手軽に食べられるものがいいな――炒飯作ろう。手軽? 何それ? 俺が食いたかったんだよ。

 

「炒飯、ですか」

 

「まぁ、作り方は簡単だから見てればわかる」

 

咲夜に観察されながら、外の世界で作っていたように玉子とひき肉を炒めたりする。米を次に炒めて、ちょっと茶色くなったら香辛料とウスターソースとかでアクセントをつけて。パラパラになるようにフライパンにスナップ利かせて米を宙に踊らせながら炒める。

えーと、今何人居るんだっけ……俺合わせて11人か。

霊夢と美鈴の分はラップに包んで保存。

咲夜と一緒に盛り付けた炒飯を各場所まで運んでいく。

 

「パチュリーさん、こぁさん、どうぞー」

 

「……そこに置いといて」

 

「ありがとうございます!」

 

2人分の炒飯を置いて書庫を後にする。閉めた扉から『うまっ!』という声が聞こえた気がした。

リビングに戻ってみると、美味しそうに食べる面々。

 

「すっごく美味しいよ! お兄様!」

 

「相変わらず紫苑の料理は美味ね」

 

吸血鬼妹とフラワーマスターからお褒めの言葉を頂いた。

無邪気に笑いながら言ってくれると嬉しいよね。

 

食べ終わったものは咲夜が皿洗いしてくれて、本格的にやることなくなって、この前パチュリ―さんに借りた本を読んでいると、聞き慣れたインターホンが――

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

「「「………」」」

 

「……うん、知ってた」

 

幻想卿で一番暖かいところと思われる俺の家に来るのは、ある意味では賢い選択なのかもしれない。

そう自分に言い聞かせつつ、俺は慧音、妹紅、霖之助を中に招き入れる。補足だが、リビングに入った3人は先に居座っている面子に驚いたらしい。

ちょっとした過剰戦力の集まりだからな。

 

この家には現在進行形で14人がいる。

なんて大所帯。ここにいる全員の家は氷点下なのだろうが……人里の方々が凍死してないか心配だ。

あの新聞記者も生きているだろうか?

 

暇だと言ったが、これだけ暇人が集まればボードゲームとかトランプとか出来そうだが、数時間を潰すのなら――アレをしよう。

 

「暇だからTRPGするかー」

 

「TRPG?」

 

時間が潰せそうな遊びとして、初心者には難易度高いけど有名な『クトゥルフ神話TRPG』のセッションをする。

もちろんGMは俺で、参加者は起きてきた霊夢・本を読み飽きた魔理沙・興味があるのか妹紅・皿洗いがおわった咲夜・マイフレンド霖之助の5人だ。慧音は書庫に行っている。スカーレット姉妹は感動系ホラーゲームのエンディングに涙しつつ、新しいホラゲを開始。幽香はTRPGを見学。

 

実は外の世界でもセッションはよくやっていた。アホ共となら迷わず『パラノイア』か『シノビガミ』の対立型をするのだが、さすがに初心者5人でさせるわけにはいかない。『サタスペ』や『ソードワールド』でも良かったけど、生憎俺はそのルールブックを持っていない。詐欺師が持ってた気がすなぁ。

今回は比較的簡単なシナリオで、3.4時間で終わりそうなものを選んだ。キャラ作成に時間かかるだろうし。

 

「ちょ、咲夜ファンブル出さないでよ!」

 

「ここで『聞き耳』振るのぜ?」

 

「san値を最大値持っていかれた……」

 

「マーシャルアーツ+キックでお願いします」

 

「あ、クリティカル」

 

妹紅が2回ほど発狂したけど、どうにか全員が生還した。運が良かったってのもあるけど、初セッションという背景もあり救済措置が役立った感じだ。アホ共となら問答無用で殺してる。

アホ共とやったときは壊神と帝王がキャラロストして、皆で大笑いした記憶がある。切裂き魔は発狂したな。

そしてセッションが終わる頃には、外は暗くなっていた。

 

「晩飯は鍋だな。ほら、炬燵とテーブルの上を片付けて」

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

鍋の好みは知らないので、キムチ鍋とモツ鍋、野菜鍋をそれぞれ大きな鍋に作る。手伝ってくれたのは咲夜と慧音。

出来上がる頃には、寝室にいた美鈴と書庫にこもっていたパチュリーさん&こぁさんが戻って来た。

 

「寝室貸していただきありがとうございます!」

 

「有意義な時間だったわ」

 

出来た鍋をリビングに持っていくと、リビングが綺麗になっていた。皆が掃除していてくれたらしい。

それぞれの御碗に鍋の具を配膳して配る。キムチ鍋は辛いから注意してね、と先に言っておく。

 

「はい、手を合わせて――」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

鍋も好評だったらしく、綺麗に平らげてくれた。

洗い物は任せてほしいと霖之助に託して、俺は暗くなった外の様子を確認する。

 

外は雪が強くなっていた。

吹雪と表現する方が正しいな。

 

さすがに吹雪の中、皆を外に出すのは鬼畜だと思うので、今日は泊まってもらうことにした。2階の寝室には5つしかベッドがないので、リビングの炬燵を仕舞って布団を敷く。足りない分は隣の大広間に敷いた。

 

スカーレット姉妹は2人で1つのベッドを使うし、紅魔館からお越しの方々は2階に寝てもらうことにした。

俺はソファーの上だな。さすがに女性陣が横に寝るなんて、俺の紳士力が足りなくて無理。流れるように女性陣の布団の端っこで寝ている霖之助さんマジリスペクトっすわ。

 

「……紫苑さん」

 

「どうした、霊夢」

 

「……ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

俺は皆が寝るまで、窓の外で降っている雪を静かに眺めていた。

 

幻想郷の冬は長いらしい――

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

side ???

 

「ここが幻想郷ねぇ……」

 

静かに降る雪の中を歩く。

ザクザクと氷を砕く音が夜闇に響き渡る。

 

「……もう4月のはずなんだけど?……寒いなー」

 

空を見上げた。

曇り空には光源など存在しない。

 

「……これが異変ってやつかな? 確か『博霊の巫女』って役職の人が解決している最中なのか、それとも仕事をしてないのか。――どうも冥界(・・)当たりが怪しいけど」

 

思わず笑みが溢れる。

いや――嗤み(えみ)とでも言うべきか。

 

 

 

「来たけど……目的がないね。うーん、これは一大事だ。暇が潰せそうではあるけれど、ひとまずは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――夜刀神紫苑を殺そう」

 

 

 

 




紫苑「身の危険を感じた」
霊夢「次回あたりから異変再開?」
紫苑「次って春雪だっけ?」
霊夢「白玉楼メンバーのターンね」


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4章 春雪異変~亡霊の初恋~
27話 舞い降りる凶刃


side 霊夢

 

今日の妖怪退治が終わり、紫苑さんの家に行ってみたところ、いつもの魔理沙とアリス、加えて幽香とフランと咲夜が家の前で立ち往生していた。妹紅は珍しくいない。

 

「珍しい組み合わせね」

 

「お兄様がプリン食べに来てって誘ってくれたの!」

 

「私はフラン様の付き添いです」

 

フランは嬉しそうに羽?をパタパタさせる。

幽香は……なんか紫苑さんの家に無断で入っていても違和感がない。師弟関係だからかしら? というか彼女は紫苑さんと会ってから丸くなった気がする。

時々、彼に関係することで別方向に暴走することはあるけど。

 

「紫苑は留守なんだぜ」

 

「いつもなら、この時間には居るはずよね?」

 

アリスが不安そうにしているが、なぜか私も嫌な予感がした。

まるで……現在進行形で大変なことが起こっているような。胸の辺りがキリキリと痛む感覚。そこまで考えて私は首を横に振った。

あの紫苑さんが危機的な状況に陥ってるなんて、それこそ常識的に考えてあり得ない。幻想郷に常識は通用しないが……そんなことが起こったら、それこそ異変だ。

 

「ひとまず紫苑さんが帰ってくるまで、私の神社でお茶でも飲む?」

 

「寒いから有り難いわ」

 

幽香の言う通り、4月中旬なのに春が来る気配がない。

慧音曰く『こういうことは珍しいが、前例がないわけではない』と言っていたので、そのうち暖かくなるだろう。

 

私たちは神社までの長い階段を昇る。

雪が階段に積もっており、雪掻きをしないといけないが面倒なので放置している。春には溶けると思っていたので、この寒さは本当に厄介なのだ。

 

「今日の夕食はなんだろうな……」

 

「お兄様の料理なら何でも美味しいよ?」

 

「ですね」

 

 

 

 

 

 

 

そんな雑談をしながら登ったところで――幽香が眉を潜めた。

 

「……血の臭い?」

 

「霊夢は動物でも狩っていたのか?」

 

「そんな魔理沙みたいな野蛮なことするはずないでしょ」

 

なら、彼女の言っている臭いは何なのか。

新手の妖怪だろうかと神社の境内を慎重に歩き、いつもの賽銭箱のところまで来て――その血の臭いの正体が分かった。分かってしまった。

 

 

 

そこには2人の人物がいた。

 

1人はふーど?(紫苑さんの着ていたものに似ていた)を深く被っていて、顔がよく見えない。男性とも女性とも考えられるような体形で、性別がパッと見判断できない。

その男は振り向いて言葉を発する。

 

「――ありゃ。人が来ちゃったか」

 

声でも性別が分からないわ。

言葉の内容とは裏腹に、その声色は見つかって困っていると言うよりも、この状況を楽しんでいる節すら見えた。

 

けれど、今はそんな問題じゃない。

もう1人の方だ。

 

もう一人は描写の必要はないだろう。

紫苑さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――腹部に剣で刺され、大量の血を流して横たわっている姿で。

 

 

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?????」

 

 

   ♦♦♦

 

 

side アリス

 

「あ、ごめんごめん。驚いた?」

 

霊夢が錯乱しながら泣き叫ぶ様子とは逆に、フードの人物は呑気に訪ねてきた。フードの人物は紫苑さんの腹部に刺さっている鈍く光る鋼の剣を乱暴に引き抜き、大量の血が飛び散る。フードにも血が付着していて、不気味さだけが目立つ。

あまり人体構造に詳しくない私でも、人間には致死量の血が流れていることは分かる。地面の雪に広範囲で紅が染まっていた。

 

私は――思考が追いついていなかった。

 

「紫苑様!」

 

「あれ?」

 

いつの間にか、紅魔館のメイドが紫苑さんの体をこちら側に移動させていた。あまりにもの早さに、フードの人物も目を見開いていた。

が、それも数秒のことだった。

何かに思い至ったような声色でフードの人物は納得する。

 

「……なるほどね、時間操作系の能力か。珍しいと言えば珍しいけど、さほど驚異ではないかな」

 

「――っ!?」

 

「アリス! ボケッとしてないで手伝え!」

 

魔理沙の叱咤に意識が戻される。

そして視界には腹部を赤く濡らした死にそうな紫苑さん。

 

私は彼の腹部に手を当てて、治療系の魔法を限界まで流し込む。魔理沙も苦手ではあるが、できる限りの魔法を注ぐ。

生きていてここまで全力で魔力を使ったことはないだろうと思うくらい、私は一心不乱に治癒魔法を使用した。

 

 

 

死なせたくない。

失いたくない。

なのに。

 

 

 

「……どう……して……! 傷が塞がらない……の……!?」

 

全くの効力がない。

どれだけ魔力を注ごうとも、まるで傷口が強制的に開いているように元に戻ってしまう。

加えて、紫苑さんの能力〔十の化身を操る程度の能力〕には、肉体を自己再生させる化身があったはずだ。それなのに血が流れるばかりで、紫苑さんの目に光がないのはおかしい。

少しずつ確実に紫苑さんの命の灯火が消えていってることが、どうしようもなく怖かった。

 

「あ、もしかして紫苑の傷を治そうとしてる? 残念だけど僕の能力上、紫苑の傷は魔法程度じゃ治らないよ」

 

涙で前が霞んでいるが、私はフードの人物を睨んだ。

フードの人物はケラケラ笑いながら、剣に付着した血を払う。

 

「魔理沙! 咲夜! 糸で紫苑さんの傷を塞ぐわ!」

 

「わ、分かったのぜ!」

 

「私はパチュリー様を連れて参ります!」

 

咲夜は魔法研究の第一人者である七色の魔女を呼びに行こうとして――博麗神社の範囲を出ようとした辺りで弾かれるように飛ばされた。バチッと雷が流れるような音と共に、飛ばされた昨夜がこちらまで戻ってくる。

 

「なぜ!?」

 

「結界……とかいうやつさ。なんか斬るだけ(・・・・)しか取り柄のないように思われてるけど、これでも妖術とかも使えるんだよね」

 

フードの人物の説明は腹立たしいが、パチュリーに応援が呼べないのなら止血してでも時間を稼ぐしか方法がない。

私は糸で紫苑さんの傷を塞ごうと試みる。

 

 

「――ねぇ、紫苑を刺したのは」

 

「……貴方?」

 

「見れば分かるでしょ。他に誰がいるのさ」

 

 

ゾクッと心臓を捕まれる感覚。

吐き気を覚えるほどの――2つの妖力の塊が渦巻いた。

それは、四季のフラワーマスターと、小さな吸血鬼から溢れだしていた。4つのギラギラと輝く瞳が獲物を捉える。

 

「……吸血鬼、邪魔しないでね」

 

「お姉さんこそ」

 

「あはは、もしかしなくても怒ってる?」

 

「「殺す」」

 

幻想郷でも1.2位を争う凶悪な妖怪が、フードの人物の質問を無視して襲いかかった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 幽香

 

今まで何千の妖怪を殺してきただろうか。

もはや覚えていないぐらいには殺め続けたはずだ。それはただ『強くなる』ための手段であり、今の私にはもう必要のないことだった。

待ち望んだ目的は果たされたのだから。

 

だから戦う必要もないと思っていた。

彼の側にいられるのならば、それ以上はナニも望まなかった。

 

 

 

 

 

しかし――これほど相手を憎いと思ったのは初めてだ。

 

 

 

 

 

相手は半妖。けれど妖力が尋常じゃないほと大きい。

少なくとも私と同じかそれ以上に異形の者を殺害してきたのは確か。

恐らく紫以上の妖力を漂わせる相手に、私と隣に居る小さな吸血鬼は身構えた。魔法使い共は紫苑の傷をどうにかして塞ごうとしている。

 

 

 

正直、ありがたい。

 

 

 

よそ見せずに相手をぶっ殺せる。

 

 

 

「僕は君たちと闘う理由はないんだけどなぁ」

 

「黙れ」

 

私はフードの人物――たぶん男の首を薙ぐ。

相手をなぶり殺すなんていう気持ちなど一切なく、とにかくこの男をこの世から永久的に消し去るために、傘を真横に振った。男の生命活動を停止させるならば、嗜虐思考など微塵も浮かばなかった。

けれども捉えたと思ったけれど、男が持っていた剣に弾かれる。ありふれた、特別なものなど付与されていない鋼の剣。

渾身の一撃を半妖に受け止められた。

 

「残念だねー」

 

「――貴方もネ?」

 

男の背後にいた小さな吸血鬼が剣を破壊しようと目に似た模様を顕現させた。確か紫から聞いていたが、〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕だったはず。

それならば、この男の剣だって――

 

「あぁ、そっか。君が例の……」

 

口元をニヤリと歪めた男は――その目を切り裂く(・・・・)

顕現された模様を『形あるかのように』真っ二つに切り裂く。

それには能力の所有者である金髪の吸血鬼ですら想定外だったようで、深紅の瞳を丸くした。

 

「えっ!?」

 

「僕は僕に斬れないものを許さないからねぇ」

 

その剣を握っている腕は銀色に光っている。

さっきまでは普通の肌色だったはず。妖怪としての能力か、持ち合わせている能力なのか、どちらにせよ能力で斬ったのだけは理解した。

吸血鬼は破壊できないと悟り、炎の剣を出現させて男に接近戦を挑んだ。

私も傘で男に切りかかる。

 

私と吸血鬼は初めての連携とは思えないほどの猛攻を男に浴びせる。

なのに、男は全てを避けて受け流して弾く。私達の動きを予測しているかのように、男に掠り傷一つすらつけられない。

 

「僕から言わせれば、戦闘を仕掛けてくること自体が愚行だと思うけど。……紫苑の弟子と劣化壊神風情程度に負けるほど、僕は弱くないんだけどなー」

 

「紫苑を侮辱するな……!」

 

「ふーん。それなら――」

 

男は剣を構えた。

居合いに近いその構えに、剣が銀色に輝き始めた。螺旋状にまとわりつくその妖力は、紫苑の持っていた妖刀を連想させた。半分は人間のはずなのに、外の世界の大妖怪と同等の妖力を宿す。

男はフードからギラリと飢えた瞳で私と吸血鬼を睨む。

そして鋭い声色で一言。

 

 

 

 

 

「――防げるものなら防いでみな」

 

 

 

 

 

刹那、私と吸血鬼を襲う斬撃の嵐。

かつて紫苑にも戦闘訓練でされたものに似ているが、男の斬撃はそんな優しいものではなかった。男は指すら動いてないのに四方八方から見えない(・・・・)斬撃が飛んでくる。

予測しようにも斬撃が絶え間なく飛んでくるので、その思考すら浮かばない。

 

それでも手加減されたのだろう。

私と吸血鬼は皮膚に無数の切り傷を受け、服も無残に切り裂かれている。それでも致命的までとはいかない。

 

しかし――私は諦めない。

諦められるはずがない。

相手も油断せずに剣を居合い状態にしている。

 

「これで分かったでしょ?」

 

「それでも……!」

 

「お兄様……!」

 

 

 

 

 

「霊符『夢想封印』!」

 

 

 

 

 

赤い弾幕が男を襲い、男は驚きながらも弾幕を切り裂いた。

後ろを振り向くと博霊の巫女がいた。目元を真っ赤にしながらもスペルカードを男に向けている。両足は少し震えているが、目に宿る意思は強い。

 

「私は! 紫苑さんを傷つけた貴方を許さない!!」

 

「霊夢……」

 

「………………………………あぁ」

 

男はなにかに気づいたように――構えを解く。居合い状態を解除して、鋼の剣は黒い粒子状となって消えた。

その様子を見て私と吸血鬼、博霊の巫女は怪訝な顔をする。

 

「そっかそっか。ようやく理解した。君たちは紫苑が刺されたことに怒ってたのか」

 

「……紫苑さんと何があったのかは知らないけど、彼は幻想郷の住人で、私が守るべき人よ」

 

「君に守られるほど紫苑は貧弱ではない……って言葉は無粋かもね。まぁ、悪いのはこっちだし謝ろう。ごめん」

 

「「「え?」」」

 

いきなり男は謝ったかと思うと、ゆったりとした足取りで私たちの方……正確には紫苑と魔法使い共の方向へ足を運ぶ。私は阻止しようと動こうとするが、先程のダメージが予想以上に大きかったせいで倒れてしまう。

白黒と博霊の巫女が間に立ち塞がるけれど、男は口調を一切変えずに告げる。

 

「……どいてほしいんだけど?」

 

「紫苑に何するつもりだぜ!?」

 

「そのままだと――紫苑は死ぬよ?」

 

マイペースに残酷な言葉をぶつける男は、呆気にとられた2人を放置し、男は人形遣いに近づく。その人形遣いは紫苑を庇うように覆い被さった。

男は懐から小瓶を取り出して、座って治療している人形遣いに渡す。

 

「ほら、これ使って」

 

「……何のつもりかしら?」

 

「『フェニックスの涙』って奴でね、あらゆる傷を瞬時に治す秘薬さ。これなら僕の能力で治りにくい傷も回復する。傷口にかけてみなよ」

 

人形遣いは一瞬迷ったが、自分の治療では彼の傷は治らないと悟っていたのか、その男から小瓶を受け取って紫苑にかけた。

淡い空色の液体が傷口に付着した刹那、赤い光が迸って紫苑の傷は遠くから見ても分かるくらいに治っていき、顔色も良くなった。服が破れていなければ腹部を刺されたなど気づかなかっただろう。

そう時間が経たずに、呻き声と共に紫苑は目を覚ます。

 

「……んぁ……?」

 

「紫苑さん!?」

 

「うぉっと……」

 

人形遣いが起きた紫苑に抱きつく。

ちょっとイラっとした。

 

「ごめんなさい……!」

 

「何がどうなって――」

 

「紫苑さん、この人は誰なの?」

 

博霊の巫女はフードの男を指差す。

紫苑は困ったような笑みを浮かべる。腹部を刺した男に対する反応ではなく、私は思わず怪訝な顔をした。

 

「あぁ、コイツは――」

 

「僕の名前は九頭竜未来(くずりゅうみらい)。よろしくね」

 

「俺のセリフ取るなよ、切裂き魔(・・・・)

 

紫苑はジト目で男を睨む。

その男――九頭竜は笑って紫苑に答えた。

 

 

 

 

 

「久しぶりだね――神殺(・・)

 

 

 




紫苑「とうとうアホ共が一人。切裂き魔の登場でーす」
未来「いえーい」
フラン「あいつ嫌い」
未来「(´;ω;`)」
紫苑「ざまぁw」


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28話 白髪の半妖

side アリス

 

とりあえず咲夜が念のためにパチュリーを呼んで帰ってきた後、紫苑さんの家に移動した私たちだったが、フードの男――九頭竜という少年を信用出来なかった。

それは現場に居合わせた幻想郷の住人の理解だろう。

フランなんて九頭竜を睨みながら、

 

「あいつ嫌い」

 

「どして!?」

 

ストレートに嫌悪感を出していた。

ここで疑問を持つ辺り、九頭竜の神経の太さに逆に感心した。

 

紫苑さんの家に入ると、九頭竜はキッチンのテーブル席に腰を掛けた。

今はフードを外していて、白く美しい髪に銀色の瞳が視線を引き付ける。紫苑さんほどではないけど充分美少年の部類に入ると思う。しゃべらなければ絵になる人だ。

紅魔館のメイドが紅茶をいれている間、私たちは九頭竜を注意深く監視していた。また紫苑さんを斬り殺さないとは限らない。

 

「ったく……死ぬかと思ったぞ」

 

「それは紫苑の力不足でしょ?」

 

「お前レベルの不意討ちなんて洒落にならねーよ」

 

しかし、先程の殺傷沙汰が幻が如く、2人は楽しそうに会話している。

もし紫苑さんという抑止力がなければ、幽香辺りがまた殺そうとしていただろう。

 

「……どうぞ、紅茶です」

 

「うん、ありがと。――美味しいねぇ」

 

「そうですか」

 

紅茶を飲んで賛辞の言葉を述べる九頭竜だったが、咲夜の表情がとても固い。

命の恩人(他の感情も混ざっているけど)が、目の前で殺されかければ、相手に良い感情は持てないのは当然だ。

 

一息ついたところで、霊夢が話を切り出した。

 

「――九頭竜さん、聞きたいことが山ほどあるのだけれど……大丈夫かしら?」

 

「いいよ。答えられる範囲なら何でも言って」

 

ニコニコ人畜無害そうに笑う九頭竜だったが、霊夢は警戒しているような瞳を鋭くさせながら問う。

 

「まず、どうやって幻想郷に来たの?」

 

外の世界の人間は幻想郷に来る手段はほとんどない。

紫が己の師を傷つける者を率先して入れるわけがないし、何らかの手段を使って来たのだろうと推測。

渋るかと思っていた――が、九頭竜はあっさり吐く。

 

「結界を斬ってきた」

 

「「「「「……は?」」」」」

 

結界を……斬る?

博麗の巫女と幻想郷の賢者が展開する結界を?

 

「そんなこと出来るわけがないわ! それに結界に綻びが生じたら私か紫が気づかないはずが――」

 

「気づかれないように切断したんだよ。僕の能力は〔全てを切り裂く程度の能力〕だからね。結界が自然修復出来るように術式を壊さない感じで斬ったからさ」

 

術式を壊さないように斬る。

そんなの人間はおろか妖怪でも不可能に近い技。

彼はそれを『お腹空いたから林檎を切った』程度の軽さで語ったのだ。

 

……だから紫苑さんは彼を『切裂き魔』と呼んだのね。

そもそも『切裂き魔』なんてレベルの芸当とは思えないが。

 

「相変わらず桁外れなことを平気でしやがるな」

 

「いつものことだったじゃん」

 

はははっ、と2人で笑い会う。

先ほど自分を刺した相手にも関わらず、紫苑さんはとても嬉しそうだ。それだけでも、紫苑さんと九頭竜が友人関係であることが伺える。

少し……嫉妬してしまう。

霊夢は咳払いをして次の質問をする。

 

「貴方はどうして幻想郷に来たの?」

 

「何となく、かな? 特にこれといった理由はないよ」

 

「理由がないのに来たのぜ?」

 

「ははっ、何となく、に理由が必要かい?」

 

魔理沙も同じ疑問を感じたが、九頭竜は笑い飛ばした。

本心を探ろうとする中、その答えに紫苑さんがフォローしてくれる。

 

「あんまりコイツの言動に理由を見出すことはないぞ。外の世界(あっち)の住人ではよくあることだけど、感覚とか直感とかで行動する奴が多い。特にコイツのような化物じみた強さを持つ連中が顕著に表れるな。コイツが理由なく来たのなら本当なんだろうよ」

 

「でも本当の理由を隠してる可能性があるじゃない」

 

「……まぁ、幽香の考えも否定できないが、未来が素直に目的を吐くわけないから無視した方がいいぜ。力ずくはオススメしない」

 

ギリッと幽香は九頭竜を睨んだ。神社での一戦で力の差を思い知ったのだろう。

一方の九頭竜は、「おぉ、怖い怖い」と笑いながら対応する。紫苑さんもそうだけど、九頭竜も妖怪というものを畏れないのね。あ、彼は半妖だったわ。

それでも大妖怪の殺気を受け流すなど正気とは思えない。

 

「最後に聞くけど……貴方はこれからどうするの?」

 

「どうしよっかなー。今のところは幻想郷に滞在するつもりだよ。もちろん幻想郷にいる間は紫苑を殺さないから安心してね」

 

「……まるで外でなら紫苑さんを殺すような言い方ね」

 

「僕はさっきまでは知らなかったけど、『殺人を犯さない』って幻想郷のルールを守ってるに過ぎないからさ。けど外の世界(あっち)では斬った死んだなんて日常風景だよ? 『紫苑を殺してはいけない』わけではないんだよね。……紫苑がココに永住するつもりだし、そんな機会はないだろうけど」

 

あれ挨拶みたいなもんだし、と肩を竦める九頭竜。

彼と話していて分かったことは、外の世界の常識で生きてきた九頭竜とは相いれないということだ。もし彼のようなのが普通(・・)であるのなら……私には想像がつかない。

何とも言えない表情で顔を見合わせている私達を余所に、紫苑さんは立ち上がった。

 

「さて、と。晩飯作るか」

 

「紫苑の晩御飯か。久しぶりだね」

 

紫苑さんはキッチンへと移動し、入れ替わりとしてリビングに九頭竜が入ってくる。

その様子を見ているフランは咲夜の後ろに隠れて、幽香は視線を彼から逸らさない。霊夢も魔理沙もパチュリーも、もちろん私も九頭竜を警戒している。

それを苦笑いを浮かべながら、九頭竜は私たちの前に座った。

 

「そんなに警戒しなくてもいいのになぁ」

 

「……当然のことでしょ」

 

「ふーん。ま、それほど紫苑が信頼されてるってことか」

 

九頭竜はキッチンで料理を作っている紫苑さんに目を向ける。

その銀色の瞳は何を思っているのだろう。

 

「ゆかりんには感謝してるんだよね」

 

「……紫のことかしら?」

 

「そそ。――えーと、霊っちだっけ?」

 

「霊夢! 博麗霊夢よ!」

 

何度言ったところで訂正しなかったので、私は彼が不思議な呼び方をすることを認識する。

私のことは『アリっち』と呼ぶらしい。

 

「……貴方は紫に会ったのかしら?」

 

「うん。引っ越しのときにね。けど、彼女の話は前々から紫苑から聞いていたからさ」

 

「何に感謝してるの?」

 

「――紫苑を変えてくれたことさ」

 

変えてくれた、とはどういうことだろうか?

九頭竜は私たちの疑問を察したのか、遠い過去を思い出すかのような表情で語ってくれた。

――私たちにとっては衝撃的な事実を。

 

「昔の紫苑は今のように他人とかかわることを積極的にするような奴じゃなかったからね。どちらかと言えば僕達寄り――他人を殺すことに何の感情も抱かないタイプの人間だった」

 

「お、お兄様が……?」

 

唖然とするフランに九頭竜は笑いかけた。

安心させるように。

 

「今は違うでしょ? ゆかりんとゆうかりんの師匠をやってから、紫苑は君たちにとっての『普通』になったのさ。彼女達と会う前の紫苑ってギスギスしてたよ、本当に。まぁ、あんな街(・・・・)でまともに生きていける人間が普通なわけがないけど」

 

紫苑さんが普通ではない、か。

それは彼が自分のことを頑なに『普通の人間』と称することと関係があるのだろうか?

 

「そんな紫苑が面白そうな場所に引っ越したらしいから、暇してた僕も幻想郷に来たわけ」

 

「……と言いますと?」

 

「僕が紫苑に斬りかかったから勘違いするかもしれないけど、僕を含めた壊神や詐欺師は殺すことに飽き飽きしてるんだよ」

 

何言ってるのコイツ?という視線が九頭竜に向けられるが、誰もその発言をすることはなかった。

彼の表情――何かに疲弊してしまった表情から、先ほどの発言に嘘をついてるとは到底思えなかったからだ。九頭竜は右手に一枚のカードを私たちに見せた。

無数の剣が描かれたタロットカードのデザインに近いスペルカード。

それに霊夢は気づいたようだ。

 

「それ、紫苑さんのカード」

 

「スペルカードルールによって繰り広げられる『いかに相手に魅せるか』を競う遊び――『弾幕ごっこ』。まったくもって素晴らしいよ」

 

「……あなた方にとっては生ぬるい子供の遊び、かしら?」

 

「そんなことはないさ。僕たちにとって『殺し』はやりたくてやってるわけじゃない。あくまで『仕事』としてやることが多かったし、遊び(ころしあい)も互いが手加減できるような(・・・・・・・・・)能力じゃないから起こったこと。だから神社の一件も僕たちにとっては挨拶(・・)でしかない」

 

霊夢の皮肉としてとらえられるような発言に、九頭竜は悲しそうに笑った。矛盾していると思ったが、「そりゃそうでしょ。僕達の感覚は壊れてるんだから」と九頭竜の言葉に何も返せない。

壊れているのは……もしかして黒髪の少年(かれ)も?

 

「親友と殺し合わない選択肢はなかったのですか?」

 

「咲ちゃん、それは僕たちに『死ね』って言ってるようなものだよ? ある意味で僕たちの殺し合いは『遊び』であり『練習』だからね。僕たちが命のやり取りをするのは、何も味方だけとは限らないし」

 

「………」

 

「だからだろうね……僕たちにとって大切なのは『命』じゃなくて『生き方』に趣が置かれてたなぁ。君たちには理解できない感性かもしれないけど」

 

咲夜は押し黙った。

紫苑さんは何を思って生きてきたのだろうか?

紫苑さんは幻想郷に住む私たちを見て何を思ったのだろうか?

紫苑さんは……。

 

「おーい、料理出来たから運んでくれー」

 

「お、早いね」

 

「簡単なもので済ませたからな。嫌なら食うな」

 

「誰も嫌とは言ってないじゃないか」

 

よっこいしょと九頭竜は立ち上がって紫苑さんの元へと歩いていった。咲夜もそれに続く。

私たちは――葬式のような空気に包まれていた。

 

「霊夢……魔理沙……」

 

「……大丈夫よ、アリス。紫苑さんだって幻想郷に来て良かったって言ってたじゃない」

 

「そ、そうだぜ!」

 

二人は元気づけるように言ったけれど……私には分からなかった。

紫苑さんは紫の願いによって幻想入りした外来人。自分から望んでここにいるのではないし、もしかして外の世界に帰りたいと本当は思っているのでは?と勘ぐってしまう。

 

「みんな暗い表情してどうした? このアホが変なこと言ったか?」

 

紫苑さんが大皿を持ってリビングに入ってきた。

卵焼きを広げたようなものに食欲が増すようなあんかけ?と呼ばれる液体をかけた料理をテーブルの上に置く。紫苑さんはこれを『中華あんかけ』と呼んでいて、霊夢も食べたことがあるそうだ。

咲夜と九頭竜が白米と味噌汁を持ってくる中、紫苑さんは私たちの表情を察して声をかけた。

 

私は聞くべきかどうか迷ったけれど、どうしても気になって聞いてみた。

 

 

「紫苑さんは……幻想郷に来て幸せ?」

 

「アリスの言う『幸せ』ってのは分からんが、少なくとも楽しいぞ」

 

 

紫苑さんは私の頭を撫でた。

 

「アホが何言ったのか知らんけど、俺は幻想郷に来て良かったと思ってる。これほどの楽園はそうそうないぜ」

 

「出た、紫苑の無自覚女たらし」

 

「未来、表出ろや」

 

紫苑さんの笑顔に言葉に嘘偽りはない。

少なくともここにいるみんなはそう感じたんじゃないかなって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、霊っちは異変解決に行かないの?」

 

「え?」

 

 

 

 




未来「裏話を教えよう」
魔理沙「??」
未来「僕の設定って作者が5・6年くらい前に作ったとか」
魔理沙「そんな昔からあるんだぜ!?」
未来「どちらかと言えば紫苑より古いんじゃないかな。僕の設定って」


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29話 隠す思惑

side 未来

 

暇潰しで来た幻想郷だけれど、さっそく名物の『異変』に遭遇した僕は心踊っていた。

面白いことが起こりそうだ、と。

 

僕は霊っち・魔理りん・咲ちゃんと冬の幻想郷の上空を飛んでいた。空を飛ぶよりも地面を蹴りあげて疾走した方が早いんだけど、さすがに霊っちの案内なしでは元凶まで辿り着くのは難しい。

凍てつく冬の風が頬を撫で、僕は紫苑から借りた防寒着に若干感謝しながら移動している。どんどん寒くなっていっていることは、異変(・・)に近づいていることの証拠だ。

ふぅ、と白い息が後方に流れていく。

 

 

 

さて、彼女たちの様子を見てみよう。

 

 

 

霊っちは何か思うことがあるのか、ずっと俯きながら飛んでいる。余所見しながら飛ぶと危ないよ?って忠告したいけど、できそうな雰囲気じゃないのはマイペースと言われ続けた僕でも分かる。

次に魔理りんは気まずそうに箒で飛んでいた。自分を『普通の魔法使い』と称していたとおり、外の世界の住人が一目で分かるような姿。ちなみに気まずそうなのは次の人物のせいである。

最後の咲ちゃんは僕の方に殺気を飛ばしながら飛行中。紫苑やフラぽんの前では我慢していたらしく、僕が紫苑を刺したことが余程許せないらしい。とても器用だね。

 

僕が彼女たちと異変解決に向かっているのは、昨日の僕の発言が原因。

 

 

 

 

 

『異変が起きてる?』

 

『うんうん。恐らく異変は――冥界で起きてるんじゃないかな?』

 

『やっぱりか……嫌な予感はしていたが』

 

どうやら紫苑は薄々気づいていたようだ。

まぁ、紫苑の『嫌な予感』は9割当たるから、外の世界(あっち)でも無視出来ない助言ではあったね。

 

『……根拠は?』

 

『紫苑の嫌な予感が決定的な証拠になるけど、異常なまでの冬の長さとゆかりんの不在かな。あの紫苑崇拝者の化身みたいな彼女が、紫苑の危機に駆けつけないことがおかしいでしょ?』

 

『寝てるんじゃないかしら?』

 

『じゃあ、式神が来ないのは?』

 

『………』

 

紫苑と風呂に入ってるときに聞いたことだけど、式神が来なくなったのは数週間前。2.3日に一度は来ていた彼女が、パタリと姿が見えないのは何かあったと推測するべきだ。

というか紫苑の嫌な予感でほぼ確定なんだけどね。冥界と推測したのも、あの街で起こった誘拐事件と似たような妖力の流れがあったからだし。

あ、僕が紫苑と風呂に入ったのは時間短縮のため。紫苑の家は風呂が大きいからね。

 

『分かったわ。明日には行ってみる』

 

『よし、じゃあ俺も――』

 

『『『『『貴方は(お兄様)はじっとしてて!』』』』』

 

『お、おう……』

 

紫苑の同行に全力で反対する面々。

ちょっとトラウマを植え付けちゃったかな?

 

『けど心配なんだよな……あ、そうだ。未来行け』

 

『こ、コレと行くの!?』

 

霊っちは僕を指しながら言う。

コレはひどくない?

嫌われてるんだろうなって思っていたが、幻想郷の住人にとって紫苑は大きな存在となっているらしい。

 

『このアホなら戦力になるだろ。とりあえずオマケ感覚でつれていった方がいいぞ。――いざという時の肉盾になるぜ』

 

『肉盾は嫌だなー』

 

『散々皆に迷惑かけたお前が何を言う。悪く思ってんなら、ちょっとくらい役に立って死ねや』

 

まぁ、紫苑の言うことには一理ある。最後を除いて。

紫苑に罪悪感は一ミクロも湧かないけど、少女たちの仲間(・・)を傷つけたことに反省はしている。

 

『……紫苑さんがそこまで言うのなら』

 

『なら私も――』

 

『アリスは紫苑さんが無茶しないように見てて』

 

『わ、分かったわ』

 

 

 

 

 

そんなこともあり、僕を含む4人は異変の大本――冥界へと足を運んでいるというわけだ。ボクに拒否権はなかったけど、面白そうだし流れに身を任せよう。

 

しかし……ここまで会話がないと退屈だ。

だいたい僕のせいだけど。

 

「ところで皆――というか霊っちと咲ちゃんに質問なんだけど」

 

「ど、どうしたのぜ!?」

 

この空気に耐えられなかったからなのか、魔理りんが『ナイス!』という目で僕を見てきた。

咲ちゃんマジで怖いけどさ。

だからこんな空気を――ぶち壊す。

 

 

 

「霊っちと咲ちゃんって紫苑のこと好きなの?」

 

「「なぁっ――!?」」

 

 

 

お、こりゃ図星かな。

目に見えるくらいに顔が真っ赤になる霊っちと咲ちゃん。

 

「わ、わたしは……その……」

 

「……はい、私は紫苑様を愛しております」

 

「咲夜!?」

 

「いいねいいね~。修羅場は見てる分には大歓迎さ!」

 

やっぱり紫苑の周囲は面白いね!

アイツの面白い環境を無意識に作るセンスは筋金入りだ。

 

「……それが何か?」

 

アカン、咲ちゃんのあたりがキツいね。

修羅場という状況を楽しんでいるわけだし、睨まれるのは承知の上だけど、これは憎悪・嫌悪が強すぎるなぁ。

そのうち後ろから刺されそうだ。無理だろうけど。

 

「ゆかりんの他にもライバルがいるんじゃない?」

 

「アリスもだぜ」

 

「さすが鈍感野郎だね」

 

「紫苑さんのこと悪く言わないで」

 

むっと霊っちが眉を潜める。

 

「でも本当のことじゃん。でなければ――外の世界(あっち)でも紫苑に彼女が出来ないわけがないでしょ。紫苑のことを好きだった女性が0って訳がないし」

 

「「「……え?」」」

 

「あの料理も出来て顔面偏差値高い優良物件に、彼女がいないことが不思議だよ。まぁ、そんなこと考える暇がなかったってのが理由だろうけど」

 

街に女性が少なかったのは認めるけど、元副官だったアイリスとかは紫苑に好意を寄せていたはず。他にも複数いた。

あのまま居れば彼女が出来たとは思うけど、ある意味自分のフィールドに持っていくゆかりんの戦法は正解だね。アイツはそこまでしないと気づかない。

そこまでしても気づかない可能性もあるけど。

 

「どのくらいの女性が……その……紫苑様に」

 

「僕が知ってるだけでも両手じゃ数えられないな」

 

「………」

 

「ま、頑張ればなんとかなるさー」

 

霊っちと咲ちゃんが複雑そうに俯く。

紫苑のあれは見てて楽しかった。

もはや故意だと思ったさ。紫苑にとっては『なんか俺に好意を抱いてるような気がするけど、そんなギャルゲー展開なんてあるわけねーか』的な発想なんだろうね。

ギャルゲーの主人公みたいな奴なのに。

僕は3人には聞こえないくらいの大きさで呟く。

 

「僕としては誰と紫苑がくっついてもいいんだよね。問題は紫苑が誰を愛するか(・・・・・・・・・)、だからさ……」

 

 

 

僕が幻想郷に来た理由の一つ。

それは紫苑と誰かが相思相愛となることだ。

 

 

 

そうすれば……僕の第一目標(・・・・・・)が達成されるし、紫苑も幸せになる。最高のシナリオだろう。

アイツは僕たち――それこそ僕らの街の住人の誰よりも己の命を軽く見ている(・・・・・・・・・・)

 

幻想郷の住人もいつかは気づくだろう。ゆかりんはもう知ってるかもしれない。なぜ僕や壊神・詐欺師――そして帝王が『紫苑が誰かを愛することを願う』のか。

 

僕はそこまで考えて、小さく笑った。

昨日は紫苑を殺そうとしたのに、今では紫苑の幸せを願っている。壊神も帝王も同じようなことを何度もした。詐欺師は比較的平和主義のペテン師だったけど。

恐ろしいほどまでに歪んだ――もはや友人関係すらどうか分からない歪で怪奇な関係。けど、僕たちは互いに親友関係(・・・・)と呼ぶ。

 

 

 

あの街のせいなんだろうね。

いや、あの街だからこそ、か……。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 霊夢

 

 

 

――九頭竜未来という少年はなにかを隠している。

 

 

 

彼の表情から、勘ではあるが私はそう感じた。

ただ、紫苑さんに危害が及ぶような秘密ではないと思ったので、咲夜と魔理沙にはなにも言わなかった。

 

 

 

それよりも――私は紫苑さんのことを、どう思っているのだろうか?

 

 

 

最初は『紫が連れてきた外来人』という印象で、次に『夕食を食べさせてくれる近所のお兄さん』に変わった。あと『とにかく無茶をする人』かしらね?

 

……なら、今はどうなのか?

紫苑さんほど異性――それどころか他人と接したことはない。魔理沙やアリスも神社に来るけれど、毎日顔を会わせていたわけではないから、最近では紫苑さんと一緒にいることが多い。昼に遊びにいくことも多くなった。

博霊の巫女という立場のせいか、人里の者や妖怪からも畏れられる存在になったから、私の抱いているこのモヤモヤとした(・・・・・・・)感情が何なのか分からない。

 

 

 

けど――

 

 

 

『どちらかと言えば僕たち寄り――他人を殺すことに何の感情も抱かないタイプの人間だった』

 

 

 

私は紫苑さんのことを何にも知らない。

彼が外の世界で何をして来たのか、私は知るよしもなかった。

 

よく夕食で私たちは自分のことを話すけど、私は紫苑さんのこと――住んでいた街や彼の過去を何も教えてもらってない。笑ってはぐらかされると思う。

だから、私は九頭竜さんの言った発言が頭から離れないのだ。

彼は紫苑さんの過去を知っている。

 

 

 

私も知りたい。

聞いてみたい。

九頭竜さんと同じように共有したい。

 

 

 

『だからだろうね……僕たちにとって大切なのは()じゃなくて生き方(・・・)に趣が置かれてたなぁ。君たちには理解できない感性かもしれないけど』

 

 

 

そう語れる九頭竜さんが羨ましかった。

 

 

 

でも――

 

 

 

聞いたら今の関係に戻れなくなるのでは?と考えてしまう。

 

紫苑さんの過去は生半可なものじゃないのは勘ではなくても理解できる。それを知って――私は紫苑さんの顔を真正面から見られるのか。

 

私は紫苑さんを拒絶する(・・・・・・・・・)ことを恐れている。

 

 

 

 

 

「――霊っち」

 

「――っ!?」

 

 

 

 

 

呼び掛けられた方を振り向くと、九頭竜さんが笑っていた。

あの戦闘の時のような相手の背筋を凍らせるものではなく、他者を安心させる慈愛に満ちた笑み。こんな表情もできるのかと魔理沙と咲夜も驚いている。

 

「もしかして昨日のことで悩んでる?」

 

「………」

 

「あんまり深く考えない方がいいよー」

 

私の沈黙を肯定と受け取ったのか、九頭竜さんが語り出す。

 

「もっと自分に素直になりなよ。紫苑に聞きたいことがあれば聞けばいいし、なんなら僕に訪ねてもOKだね。余程踏み込んだ質問じゃない限り何でも答えてくれるさ。――そう、過去のこととか」

 

「でも」

 

「僕が保証してあげる。アイツはどんな質問だろうと相手が真剣なら(・・・・・・・)何でも答えてくれる。そういう奴だよ」

 

……彼は本当に紫苑さんを理解している。

本当に、本当に悔しいわ。

 

 

 

「冥界の門が見えてきました」

 

 

 

咲夜の言葉で我に帰る。

そうだ、今は異変を解決しないと。

紫苑さんの過去はいつでも聞ける。

私たちは気を引き閉めた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて! 霊っちが愛する紫苑の過去を早く暴露させるために頑張るぞー」

 

「霊符『夢想封印』!!」

 

 

 

 




未来「紫苑争奪戦来る?」
咲夜「それより共同して九頭竜様をシバきましょう」
未来「もっとオブラートに包んで咲ちゃん」
咲夜「九頭竜様を×××××しましょう」
未来(アカン、殺される)


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30話 3の空白

side 紫苑

 

やることがないってのは本当に暇なもんだ。

 

「ねぇ、アイツのこと教えて」

 

「未来のことか?」

 

「うん」

 

リビングでゆっくり本を読んでいると、いつもどおりホラゲをしているフランが訪ねてきた。というか、カタカタと慣れた動作でPC使ってる金髪幼女ってすげーな。姉よりも使い慣れているような気がするし、IT機器関係の順応性は帝王譲りなのか。

パチュリ―さんは隣で本を読んで、アリスは人形を作っている。幽香は「ちょっと修業してくる」って帰っていった。よほど切裂き魔に負けたことが悔しいらしい。

しかしフランの質問に二人も動きを止めた。

 

「何が知りたいの?」

 

「お兄様が知ってること」

 

「別にいいけど……」

 

「いつかアイツより強くなりたい」

 

幼女が切裂き魔に対抗意識を燃やしていらっしゃる。

フランも幽香も強いけど、未来は別次元の強さだからなぁ。

 

「九頭竜未来、17歳。半妖。街において『絶対に敵対してはならない化け物』の一人に数えられ、『切裂き魔(Airgetlamh)』とか『五重奏(クインテット)』なんて呼ばれてた。能力は〔全てを切り裂く程度の能力〕」

「それってどんな能力なの?」

「形あるものは勿論、下手すれば次元の壁すら切り裂く能力だよ。とにかく『刃さえあれば斬れないものなど存在しない』なんてチート能力さ」

 

次元の壁すら切り裂き移動することも可能という点で言えば、〔境界を操る程度の能力〕を持つ紫に近いな。

 

しょうもない例で例えるのならば『二次元戦争』かな。

昔、未来が『僕の能力で二次元行けるんじゃね?』とか言い始めて、帝王含むオタク集団がガチでやりはじめて、あちこち次元の壁切り裂いて事件レベルにまで発展したことがある。二次元越えは無理だったけど。

その結論にたどり着いた男、串刺し公・ヴラドの『一度でもいいから二次元の女の子と会いたかった』の名言は今でも語り継がれている。『あの野郎呪い受けてから、頭までおかしくなったンじゃねェの?』って壊神の言葉と一緒に。

 

話を戻そう。

アイツの能力は天変地異や天地開脈を起こせるほどのチート能力である。

 

「その能力に加えて、刀術・剣術に関しては天才の領域だ。戦いの中で無理矢理身につけた俺とは違って、剣道を自分なりにアレンジした奴だから、能力使わなくても普通に強い」

 

というか能力を殆ど使ってない気がする。

それこそ物理的に不可能なものを斬るときぐらいしか能力をしようしないし、能力なしである程度のものは切り裂けるし。

魔法使いの二人の表情が引きつる中、俺はアイツの弱点を許可なしに言う。

 

「逆を言えば……刃さえなければ弱い」

 

「呆気ない弱点ね。斬るものを封じれば勝てるのかしら?」

 

パチュリーさんの推測にフランは目を輝かせるが、俺は即座に否定する。勘違いで化け物に特攻してほしくないからな。

 

「パチュリーさん、手刀って知ってる? アイツにとってはアレも刃の部類なんだぜ?」

 

「「え?」」

 

「それに未来は俺と同じように何もない空間に物を収納できる蔵――虚空を持ってる。その中に剣の二・三十本くらい保存されてるんじゃないか?」

 

俺は藍さんに帝を返してもらったときのように、突然現れた黒い歪みに手を突っ込んで刀を取り出す。虚空は街の統括者から与えられるものであり、街で上位に位置する者なら誰でも使える倉庫みたいなものだ。

それを未来が持っていないはずがない。

フランは期待を裏切られたように肩を落とす。なんかごめん。

 

「気になったんだけど、九頭竜って何の妖怪のハーフなの?」

 

首を傾げながら問うアリスの疑問に俺は答える。

 

「サトリ」

 

「「「……え?」」」

 

「覚妖怪」

 

唖然するのも無理はないだろう。

そう、アイツは『人の心を見透かす』という、江戸時代の妖怪画集『今昔画図続百鬼』の記述や、日本全国の民話などで伝えられている有名な妖怪・覚と人間のハーフである。

だから未来は相手の行動をある程度予測(・・)できるのだ。

 

「そ、それじゃあ……」

 

「補足だけど、アイツは考えていることを『何となく』でしか読めないから、全部相手に知れ渡ってるわけじゃないよ」

 

何を考えているのか『言葉』までは分からないと、アイツは言っていた。それでも充分だけどねーって付け加えて。

それに3人は安心したように胸を撫で下ろした。

 

「〔全てを切り裂く程度の能力〕に剣術の才能、おまけに覚妖怪としての『相手の行動をある程度予測する力』――それがアイツが化物と呼ばれる所以だな」

 

「……ありがとう、お兄様」

 

笑顔でフランは言うと、またPCに向き直ってカタカタとリズミカルに音をたてる。その画面を隣で見ていたアリスが引きつった表情を浮かべていることから、もしかして今の情報をまとめてんのか?

495年も閉じ籠っていた吸血鬼は、史上最高の吸血鬼並みにIT機器を使いこなしているようだ。

 

幼女やべぇな、と俺は遠い目をして外を眺める。

相変わらずの雪。吹雪程ではないにせよ、外出なくて良かったと思えるくらいには降っている。

 

ふと脳裏に浮かぶ異変解決に行った3人+肉盾。

 

「……異変解決組は大丈夫か?」

 

「あの3人なら心配ないでしょ」

 

パチュリーさんは自信満々に答えるが、俺は不安が消えないのだ。

加えて切裂き魔までオマケとして同行してるから、滅多なことは起こらないはずなんだが……なぜか『嫌な予感』を拭うことが出来ない。

もしかして異変って毎度毎度に天災レベルの事件がくっついているのだろうか? 未来までいるのに拭えないとか異常だぞ?

つか冥界ってどんな所なんだ?

パチュリ―さんに聞いてみると、本から顔をあげて答えてくれた。

 

「冥界は幻想郷に存在する、閻魔の裁判を終えて成仏や転生が決まった霊たちがそれを待つ間に滞在する場所。そこには四季が存在して、とても美しい場所だそうよ」

 

「へぇ……そりゃ行ってみたいな」

 

「基本的には亡者以外は立ち入り禁止な場所。貴方でも難しいんじゃないかしら?」

 

死なないと行けないのかー。案外すぐかもな(・・・・・・・)

あ、でも俺は地獄行きなパターンか?

観光スポットを見逃したことに、俺は不貞腐れるように仰向けに倒れる。

 

「くっそー。未来じゃなくて俺が行けば良かったー」

 

「紫苑さんは怪我したばかりなんだから休んでないと。いくら完治してるとはいえ、もっと自分を大切にしなきゃ」

 

アリスの忠告に、フランとパチュリーさんも頷く。

もう完治してるんだけど。

 

「冥界には大きな桜の木があるんだから、もしかしたら異変後の宴会で見れるわよ。白玉楼って所にね」

 

「あ、そっか。異変解決後の宴会があるの忘れてたわ。春が戻ってこれたら桜が見れそうだなぁ。その白玉楼って所に行くのが楽し……み……」

 

俺の言葉は後半部分になって小さくなっていく。

待ってくれ。白玉楼(・・・)だと?

 

 

 

 

 

『――ねぇ、紫苑にぃ!』

 

『また遊ぼうね、紫苑にぃ』

 

『紫苑にぃと離れるなんて嫌だよ……!』

 

 

 

 

 

フラッシュバックするは過去の記憶。

ある少女との思い出。

そして――大きな桜の木。

 

俺は腹筋を使って勢いよく身体を起こす。

 

「……なぁ、パチュリ―さん」

 

「――っ!? な、何?」

 

なぜかビクッと身体を強張らせるパチュリーさん。

どうしたのかと疑問に思うが、今はそれどころではない。

 

「その桜の木って名前ある?」

 

もし俺の記憶が正しければ――

 

 

 

 

 

「「西行妖(・・・)」」

 

 

 

 

 

俺とパチュリ―さんの声が重なる。

え、知ってるの?という質問をするパチュリーさんの言葉は耳に入らず、予想が当たってしまったことに舌打ちをしつつ、俺は立ち上がってリビングに掛けていたコートを羽織る。

その行動に3人が慌てた。

 

「お、お兄様!?」

 

「ちょっと出掛けてくる。留守は任せた」

 

「安静にしてって言ったでしょ!?」

 

「あぁ、こんな雪の降ってる外に出るなんて俺でも嫌だわ。――でも、それどころじゃなくなった」

 

俺は3人の声を無視して外に飛び出し、『風』を使って人里に転移した。この化身は一度行った場所じゃないと転移できないし、同時に転送できる人数は3.4人ぐらいが限界。

紅魔館の時は近くの湖にワープしたから早く着いたけど……冥界はどうやら遠いようだ。

 

今回の異変にあの桜が関わっているのは確定だろう。それ以外に未来が処理できない要因が思い浮かばない。

蓋を開けば原因は桜。理由が分かってもアレがあるのなら嫌な予感が消えるはずがないぜ。

 

「よりにもよって……あのクソ桜かよ」

 

俺は大きくため息ついて異変元へと向かった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 魔理沙

 

冥界ってのは気味の悪い場所だな。

薄暗い場所で私は思った。

 

ふよふよ浮いてる光のみが光源となり、どうにか遠くに灯りがあるのが見えるくらいだ。

恐らくあそこが異変の原因だと霊夢が言うから、私たちはそこへと足を進める。足音だけが静かに鳴り響き、いっそう不気味さが増す。

 

「この光ってるやつは――魂かな?」

 

「そのようね。ここは死後の成仏・転生を待つ者の場所だから、薄暗いのも納得いくわ」

 

そっかー、と鼻歌を歌いながら進む未来。

紫苑の所でも思ったけど、本当にマイペースな奴だぜ……。

 

私は神社で紫苑にしたことは許せないけど、アイツが何とも思ってなさそうだから未来に何も言わない。被害者が気にしてないのに私が文句を言う資格はないぜ。他の面子はそうは思わないだろうけどさ。

咲夜は特に恨んでるのは今でもわかる。

それでも背中を刺されるかもしれないのに前を歩く未来には感服する。気にしていないわけでもなく、慣れている印象を受ける。

 

ある程度進むと、長い階段が目の前に表れた。

あまりにも長すぎて……これは飛んでいった方が早いな。

ほんのりと階段の横に灯籠が設置されていて、上へと続く道が迷わず分かるのはありがたい。

 

階段の上を飛びながら、霊夢が未来に質問した。

 

「ねぇ、九頭竜さん」

 

「なんじゃらほい」

 

「貴方はどうやって過去に飛ばされた紫苑さんを、元の世界に戻したの?」

 

「いつもどおり次元を斬った」

 

……もう、何も言わないのぜ。

霊夢も咲夜も唖然としている。

 

「あ、今はできないからね? あれ尋常じゃないほどの妖力を使うから、今の僕の妖力程度じゃ時間の壁は難しいね」

 

「……半年間も紫苑さんは待たされたわけだし、そのくらいの代償があったって訳ね。なんか時間を遡れる道具とかイメージしてたけど、貴方本当に半妖なの?」

 

呆れた表情で未来を見る霊夢……だが、未来の反応は違った。

目を細めて、霊夢の言葉を繰り返した。

 

「……半、年? 神殺は半年も待たされた?」

 

「どうなさいましたか? 九頭竜様」

 

「ねぇ、紫苑は半年って言ったの?」

 

「え、えぇ。そうです」

 

咲夜が言葉に詰まるくらい、未来は真剣な表情で俯いた。

情報を整理しているのかブツブツ独り言を呟く。

 

「何か問題があるのか?」

 

「――間違ってはいない。うん、何も間違ってはいない。確かに僕は紫苑からスキマ妖怪と花妖怪の師匠してたのは聞いた。そのときの話も教えてもらった。……でも、その期間(・・)は聞いてなかった」

 

「「「??」」」

 

「確かに半年だね。半年だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――正確に言えば9ヶ月だけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

「ど、どういうこと?」

 

「僕が紫苑を救出したのに9ヶ月かかったのさ。半年とも言えなくはないけど――はたして紫苑はそういう意味で(・・・・・・・)半年って言ったのかな? それとも空白の3ヶ月(・・・・・・)に何かあったのかな?」

 

紫は紫苑が6ヶ月ほど紫や幽香の師匠をしたと言ってたし、そのあと消えたことも言ってた。紫苑も半年かかって戻れたと言ってた。

 

 

 

――けど、紫苑の口から『紫と別れて元の時間軸に戻った』と言ってないのは確か。

 

 

 

紫苑は自分の過去を聞かれないと応えない。そう未来が言ってたから、恐らく空白の3ヶ月に気づかなければ分からなかっただろう。未来さえも知らなかったのだから。

なら――アイツは何をしていた?

謎は深まるばかりだ。

 

「訳が分からないぜ……」

 

「自分からベラベラと過去をしゃべらないからなぁ、アイツは。隠すつもりもなかっただろうけど、こうなると気になるよね」

 

今度問い詰めてみようか?という未来の提案に、異議を唱える者は一人もいなかった。

紫苑は謎が多すぎるし、隠し事も他にあるような気がするぜ。

 

「やること増えたねー。これは早急に異変解決しないと――」

 

「――止まりなさい」

 

前方から発せられる声に、私たちは動きを止めた。

凛とした少女の声。含まれるは敵意。

 

 

 

 

 

「生者よ、この白玉楼の何の用ですか?」

 

 

 

 




紫苑「冥界どこやねん」
チルノ「あ、教官!」
紫苑「お、チルノ。冥界どこか知らない?」
チルノ「あっちだよ!」
紫苑「そっち人里や」


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31話 庭師vs剣士

side 咲夜

 

目の前に現れたのは一人の少女だった。

その少女は無表情で私たちを見る。

銀色のショートヘアーに小柄な体格、周囲に霊らしきものが彼女の回りを浮いており、彼女が人間ではないことがわかる。長刀と短刀の二振りの刀を携えていた。

 

「白玉楼は生者が気軽に足を踏み入れて良い場所ではない。疾く去るがいい」

 

「それは出来ない相談だね。わざわざ僕達が冥界まで足を運んだんだよ?」

 

少女の忠告に白髪の男――九頭竜……様は否定した。

 

私の愛する人を刺した半妖。

決して許すことは出来ないが、今は私情に流されている場合ではない。加えて紫苑様の御友人。信頼されているような場面をよく見るので、ある意味では嫉妬しているのかもしれない。

 

霊夢は立ちはだかる少女に言った。

 

「私は博霊の巫女。冬が終わらない異変を解決するために来たわ。早く責任者出しなさい」

 

「我が主・西行寺幽々子様に何用だ?」

 

「もし異変の首謀者なら退治するだけよ」

 

「……ならば通せないな」

 

少女は静かに長刀を構えた。

それだけで彼女の剣の腕が常人の域ではないことが、刀を使ったことがない私でも察することができた。この少女は『斬る』と言ったら本当に相手を斬る凄みがあった。

しかし、私たちは3人。スペルカードでなら時間をかけずに突破することが可能であるのも事実。

 

そんな一触即発なムードの中、空気の読めない男が口を開く。

 

「1つだけ質問していい?」

 

「……何だ?」

 

「君の名前は何て言うのかな?」

 

「……魂魄妖夢(こんぱくようむ)。白玉楼の庭師兼幽々子様の剣術指南役をしている」

 

少女――妖夢は眉を潜めながら答える。

私たちも九頭竜様がなぜ今ごろ名前を聞くのかを理解できない。本当にマイペースな人です。

そして緊迫した状況を簡単に壊す。

 

「うーん……どうしよっかなー」

 

「??」

 

「『妖ちゃん』と呼ぶべきか『妖っち』と呼ぶべきか……凄く迷うよね。君はどっちがいい?」

 

「「「「はぁっ!?」」」」

 

思わず全員の声が重なった。

彼の頭の中は花畑なのでしょうか?

 

「私をそのように馴れ馴れしく……!」

 

「あれ? さっき一人称が『我』じゃなかった?」

 

「――あ」

 

「あんまり難しい言葉を使わない方がいいよ。間違ったときに死ぬほど恥ずかしくなるからさ。あ、これ暗闇の実体験ね」

 

「~~っ!」

 

もはや妖夢は涙目である。

肩や剣先を震わせて、どうにか泣くのを堪えているようだ。

 

「あ、それなら『みょん』にしよう。なんか天啓が聞こえた気がする」

 

画面外の人の心からハッキリ聞こえた、と意味不明な呟きをする九頭竜様。彼に言っていることには脈略がなく、恐らく意味すらない。霊夢も魔理沙も頭を抱えていた。

その当の本人はというと、長く続く階段の上にある建物――白玉楼だったか、なぜか(・・・)淡い光に包まれているそこを目を細めて見ている。一通り妖夢をからかった(本人には自覚がないかもしれないが)九頭竜様は、私たちに耳打ちした。

 

「――ここは僕に任せて、君たちは白玉楼に行っちゃって」

 

「「「は?」」」

 

「適材適所ってやつさ。僕がみょんを足止めしておくから、霊っちたちは白玉楼にいる異変の首謀者……えっと、幽々っちだっけ? 彼女をパパッと退治してきてよ。――まぁ、それだけで終わるのなら万々歳だけど」

 

それだけ言うと彼は懐からナイフを取り出し、くるくると手の中で転がした後、妖夢に向かって刃を構えた。私が使っているナイフより刃渡りが長く、相当使い込んでいることに加えて、手入れが行き届いてることを察することが出来る。構え方も様になっており、紫苑様が彼を『切裂き魔』と呼ぶ気持ちが理解できた。

凄腕の暗殺者顔負けのナイフ捌き。

彼の雰囲気が変わったことで、気を取り直して刀を構える妖夢。

 

「……私とそのナイフ一本で戦うとでも?」

 

「あはは、面白いことを言うね。本当なら素手でも勝てるけどあえて(・・・)君の土俵で戦ってあげようとしてるんだよ? これから始まるのは――ワンサイドゲームさ」

 

「馬鹿にしてるのですか!?」

 

不敵に笑いながらナイフを持っていない左手の人差し指でで自分の首筋を叩く九頭竜様。

まさに傲慢という言葉を彷彿させる笑みではあるが、それを許容してしまうほどの威圧(・・)を放っていた。かつて紅魔館で紫苑様が放っていたのとは同種のようでまるで違う、妖怪特有の『畏れ』をまとった威圧だ。

九頭竜様は威圧に強張る妖夢に問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ところで、みょんの首に切り傷あるけど大丈夫?」

 

「え?」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 妖夢

 

私は首筋に手を当てると、ぬめっとした感覚があった。

その手を見てみると赤い液体がこびりついていた。見間違えることのない、自分の血だ。私は手を震わせながら、目の前にいる白髪の男に恐怖を再度覚える。

 

誰がやったのかは言われなくてもわかる。

問題は、一体いつ男が私の首を切り裂いたか、だ。

 

博霊の巫女や魔法使い、メイドが私の横を通りすぎたが、私は目の前にいる敵に釘付けになった。彼女ら3人なら幽々子様でもなんとかなると思ったからだ。しかし、この男は格が違う。

『この男を絶対に通してはいけない』という使命感と、『この男には絶対に敵わない』という恐怖観念に、私の身体が支配される。

 

「……貴方は何者ですか?」

 

「九頭竜未来、外来人。よろしくね~」

 

ふざけたような自己紹介ではあるが、先ほどの事もあり彼の言動を注意深く観察する。

今はナイフを構えていない。だらんと下げたままの姿。

けれど身体の軸が今までずっとブレていないことを思い出した。底知れぬ威圧を放つときや、ふざけたような事をしていたときも、彼は絶えず自分の軸を崩さなかった。

 

 

 

簡単に言えば隙がなかったのだ。

 

 

 

「どうしたの? さっきから黙って」

 

九頭竜未来は覗き込むように私を見た。

 

 

 

 

 

――初めて。そう、初めて自分の軸を崩して。

 

 

 

 

 

(今だっ!)

 

私は自分の最速で動いて、長刀・楼観剣で男の避けられない場所を狙って斬り込む。

銀色に輝く一閃。

致命的な傷を負うであろう一撃。

 

私は手応えを――

 

 

 

 

 

「なんだろうね、ここまで簡単に予測出来る軌道はないなぁ。もしかしてわざとやってる?」

 

 

 

 

 

彼の身体に刀身が触れる直前で、ナイフに火花が飛び散り阻まれる。

ナイフのギザギザした部分で楼観剣の刃を受け止め、それが引っ掛かって刀を動かすことができない。

九頭竜未来は笑った。

 

「見事な一閃だったよ。ここまで美しい型は今まで見たことがないってくらい、完成された剣筋だ。これが神楽的なものだったら思わず拍手してしまうくらいだね。美しすぎて――予測しやすい」

 

「くっ……!」

 

「君さ、自分より強い人との対人経験少ないでしょ? だから僕が適当に体勢崩したら、引っ掛かって攻撃してくる。ブラフだと気づけない」

 

反論できなかった。

私より強い人との手合わせなんて、先代の庭師にして祖父である魂魄妖忌しか記憶がない。そもそも強者との実戦なんて今が初めてだ。

白髪の男は静かに語る。

 

「みょんは僕の友人より剣の才能があるよ。けど、今のみょんじゃ僕の友人に掠り傷一つすら与えられないって断言できる。アイツは実戦で無理矢理作り上げた我流だけど、対人ならみょんの剣術なんて敵じゃない。今の隙だって、アイツなら絶対に引っ掛からないよ」

 

「そんなことはない!私だって……」

 

「だからこうやって……こうすればっとっ!」

 

ナイフを巧みに操って楼観剣を絡めとり、思いっきり上に投げる。

体勢を崩した私は楼観剣を手放したため、慌てて短刀・白楼剣を抜こうとするが、その前に九頭竜未来が私の首筋にナイフを当てる。

回転しながら楼観剣が彼の真上に落ちてきて、九頭竜未来はそれを受け止めた。そしてナイフを当てながらも、楼観剣の刀身を眺めた。

 

鮮やかな一連の流れ。

呼吸するように形勢は彼に傾いた。

 

「……とても良い剣だね。鬼刀よりは劣っちゃうけど、名刀と言っても差し支えないレベルだ。これ貰っていい?」

 

「か、返して!」

 

「と、聞いてはみたものの、敗者に拒否権なんて存在しないからね。これをどうしようが僕の勝手かな?」

 

「そん、な……」

 

目の前が真っ暗になる錯覚。

楼観剣は祖父が残してくれた刀。

それを意図も簡単に奪われて、あまつさえ男からは命を握られている。

頭のなかがぐちゃぐちゃになり、何を考えているのか自分でもわからないくらいだ。

 

「ちょうどナイフじゃ心許なかったから、名刀ゲットはありがたいな。あ、ついでに短刀も貰っちゃおうかな」

 

「………」

 

「――なーんてね。僕は自分の得物は選ばないタイプだから、こんな名刀持ってても宝の持ち腐れさ。ほら、真の剣士はどんな剣だって魔剣の如く扱うって言うじゃん? だからこの刀もみょんに――あれ? みょん聞いてる?」

 

考えてもわからなくて。

でも力でも敵わなくて。

 

 

どうしようもなくて。

どうしようもなくて。

どうしようもなくて。

 

 

 

 

「――うわああああああああああああ!!!」

 

「ゑ!? ちょ、待!?」

 

 

 

泣いてしまった。

泣いても事態が解決しないのはわかってる。でも感情が堪えられなくなって、涙が止まらないのだ。

 

「ほ、ほら! 刀返したよ! ここに置いたからね!? 目の前にあるでしょ!?」

 

「わ、わだじだっで! わだじだっで頑張っでるのに! まいにぢちゃんどげいごしでるもん! うわああああああ!!!」

 

「うんうん! みょんは頑張ってるよ! 一人で身に付けたにしては素晴らしい型だからね! ただ経験が少しばかり足りなかっただけさ! 向上心は大切だよね!?」

 

「ひぃっぐ、おじいさまああああああああ!!!!」

 

「おじいさまカムバアアアアアック!!!!」

 

 

 

 

 

   ~十数分後~

 

 

 

 

 

なんと気まずい時間だろうか。

階段の段差に並んで座る私と彼。

 

「も、申し訳ございませんでした」

 

「………………うん、いいよ」

 

泣き終わってから、私は九頭竜未来……さんに頭を下げた。

彼は私が無様に泣いている最中、ずっと傍に居て泣き止むまで手を握っていてくれた。楼観剣もちゃんと返してくれた。

今の未来さんは何か悟ったように遠い目をして、私と戦っているときよりも疲弊している。本当に申し訳ない。

 

「僕も言い過ぎた。みょんも経験積めばもっと強くなるよ」

 

「そう……でしょうか?」

 

「当たり前さ」

 

未来さんは私の頭を撫でてくれた。

それはどこか祖父に似た温かさを感じて、なぜか心が満たされるような気持ちに――

 

 

 

 

 

ゾワッ!

 

 

 

 

 

「「――っ!?」」

 

私と未来は反射的に立ち上がった。

視線の先には白玉楼。感じたことのないような濃密で邪悪な妖気が、遠く離れているここにまで漂ってくる。恐らく妖気の発生している白玉楼では、吐き気がするくらい濃いのだろう。

その妖気に、未来さんでさえ冷や汗をかきながら苦笑いをしていた。

 

「こ、この妖気は何ですか!?」

 

「僕にはわからないけど……ちょーっとマズイかもしれないなぁ。ひょっとすると大変なことになってるかも。みょん、ここは一度休戦して様子を見に行こう」

 

「は、はい!」

 

休戦も何も私の完敗だったのだが……。

 

二人で白玉楼へと向かった。

 

 

 

 




未来「こうやって……こう!」(スパーン)
妖夢「手刀で酒瓶の口を斬った!?」
未来「これができてこそ剣士なんだよ」
妖夢「ハードル高過ぎません?」
未来「ちなみにみょんの首の傷もこれでやった」
妖夢「いつの間に……」


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32話 無慈悲な世界

side 霊夢

 

階段を上りきった先で――私たちは衝撃的な光景を目の当たりにした。

 

 

 

どす黒い妖気を放つ桜。

それに飲み込まれている女性。

そして――紫と藍。

 

 

 

「紫! どうなってるの!?」

 

「……霊夢」

 

紫はなんとか意識を保ってはいるが、藍は気絶したようにうつ伏せになって倒れている。このような無様な姿を幻想郷の賢者が晒すなんて、過去にあっただろうか?

私たちは走って紫の元へと向かう。

 

「……やられたわ、まさか封印を自ら解くなんて」

 

「ちゃんと説明して!」

 

「あまり複数人に知られたくないことだったけど……そんなこと言ってる場合ではないわ。あれは『西行妖』っていう〔死を操る程度の能力〕を持った桜よ。『春度』を集めて完全体になろうとしている、幻想郷を滅ぼしかねない妖」

 

「「「!?」」」

 

私はその西行妖を見上げる。

妖気で見えにくいが確かに桜が咲いている。

加えて、気の幹に下半身を飲み込まれている、桃色の髪をした女性の姿を確認することができた。その女性に意識はないようだ。

 

「あの方は誰でしょうか?」

 

「冥界の管理者・西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。私の古い友人で、西行妖に唆されて『春度』を集めた、異変の張本人よ」

 

「春度ってなんなんだぜ?」

 

「春が訪れるために必要なものね」

 

「マジか……」

 

紫は悲しそうに顔を伏せる。

力が及ばなかった自分へのやるせなさと、友人の行動に気づかなかった後悔などが入り交じっていた。

 

「幽々子は西行妖に真実を伝えられたのよ。西行妖の下には何が埋まっているのか。その封印を解くとどうなるのか」

 

「桜の……下?」

 

紫曰く、この西行妖の封印には『西行寺幽々子の死体』が使われているらしい。彼女の〔死を操る程度の能力〕に影響されて妖怪となった西行妖を封印するためなのか、その能力に耐えられなくなったのかは分からないが、彼女は千年前に桜の木の下で自害したとか。

その封印で幽々子は亡霊となり、記憶を失ったのだが。

 

「西行妖に唆されて封印を解いてしまった。幽々子は自分を復活させて何かしようと思っていたらしいのだけど……」

 

紫が自分の推測を述べようとした刹那――

西行妖の妖力を吸収する光が止まった。

そして、バチバチと雷を放ちながらどす黒く発光する。

吐き気どころか、まともに立っていられないほどの禍々しい妖気に、思わず足をついた。

 

 

 

 

 

「西行妖が完全体に――」

 

 

 

 

 

『ギェイヤアアアアアアアアア!!!』

 

 

 

 

 

生物の悲鳴に近い音と共に――桜の根本に刺さっている黄金の剣が出現する。神秘的に輝くそれに妖気が包まれるが、侵食される様子がなく黄金の光を放っていた。

恐らく西行妖を完全体にしないための、最後の封印なのだろう。

あの妖気を押さえ込む美しい剣だったが、紫は信じられないような目で剣を見ている。そして、なぜか咲夜も驚いている。

 

「あれは……紫苑様の剣!?」

 

「はぁ!? なんで紫苑の剣がここにあるのぜ!? アイツは自分の家にいるはずだろ!?」

 

よく力の流れを確認すると、紫苑さんの神力が感じ取れた。

弱々しく光っているが、それでも西行妖の強大な力を外に出さない役割を果たしている。

 

「師匠の10番目の化身『戦士』の一部……なぜここにあるの? いや、そんなことより霊夢! あの西行妖に再封印をしなさい! このままでは幻想郷の生命が死に絶えるわ!」

 

「わ、分かった――」

 

「わっしょーい!」

 

不思議な掛け声と共に、あの半妖と妖夢が飛んできた。

そして地面に砂ぼこりが舞うほどのスピードを出していたため、私達の前を少し通りすぎて止まった。妖夢を抱き抱えて全速力で飛んできたのか、少し息を切らしている九頭竜さん。妖夢は顔が真っ赤である。

 

「あー、疲れた。あ、ゆかりん。お邪魔してるよー」

 

「……貴方がどうしてここに?」

 

「そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ? まぁ、そんなことより聞きたいことがあるんだけど……」

 

九頭竜さんは周囲を見渡し、桜と女性に納得したように頷き、黄金の剣に首をかしげて私たちに問う。

 

 

 

「これ、どういう状況?」

 

 

 

私たちは桜と幽々子の状況を簡単に説明する。

時間がなくて本当に伝わったのかは定かではないが、なるほどねと九頭竜さんが納得する。

しかし妖夢の心中は穏やかではなかった。

 

「幽々子様!」

 

自分の主が桜に飲み込まれている光景。

妖夢は桜に駆け寄ろうとするが、九頭竜さんに手を引かれるような形で阻まれた。

妖夢が九頭竜さんに抗議する。

 

「未来さん、どうして!?」

 

「……あれは手遅れだ」

 

目を伏せるように九頭竜さんが説明する。

 

「もう再封印できるような状況じゃないね、これは。たぶん封印程度(・・)だと、また近いうちに桜は完全復活するよ。あれを紫苑の剣がギリギリ押さえ込んでるらしいけど……長くは持たなさそうだ」

 

「あれに攻撃して力を削り、それを霊夢の封印で押さえ込む方法では駄目なのでしょうか?」

 

咲夜の言う通りの方法も私は考えたが、それに対しても九頭竜さんは首を振った。

 

「……魔理りん、あれに最大火力で攻撃してくれない?」

 

「わ、分かったのぜ」

 

魔理沙はミニ八卦開を桜に構えてマスタースパークを放つが――目に見えない力によって反射された。もちろん西行妖は無傷。

魔理沙の実力を知っている私達は驚き、予想が当たっていたのか九頭竜さんは唇を噛む。

 

「嘘だろ……?」

 

「やっぱり、か。どうやら妖力が強すぎて、生半可な攻撃が弾かれてるのかな。紫苑とヴラドが悪戦苦闘して倒した冥府神ににたような状況だね。あれほど強くはないだろうけど」

 

紫苑が悪戦苦闘した……?

それなら魔理沙のマスタースパークが弾かれたことも納得がいく。しかし、ここで新たな疑問が浮上する。

 

「じゃあ、どうやって倒すのよ!? こうなると夢想転生ぐらいしか……!」

 

「お、効果的なやつあるんだ。なら僕が桜の結界を斬り裂くから、霊っちはその『夢想転生』ってやつで桜を滅ぼしちゃって」

 

九頭竜さんは懐のナイフを左手(・・)に持つ。

すると左手が腕まで銀色に変色し、まるで腕そのものが銀で作られているような錯覚に陥る。あの神社で見たときのような、これが〔全てを切り裂く程度の能力〕が発動している姿なのだろう。

 

しかし彼の言葉に妖夢が叫ぶ。

 

「待ってください! 幽々子様はどうなるんですか!?」

 

「そ、それは……」

 

私は言い淀んだ。

私の持つ切り札『夢想転生』は、あらゆる敵の攻撃を無効化し、すべての存在を問答無用で滅ぼすスペルカード。

紫からは使用禁止を言い渡されているが、黙っているということは無言の肯定なのだろう。そのスペカで西行寺幽々子がどうなってしまうのかも。

 

紫は俯き、私は無言。

その様子で彼女がどうなるのかを悟ったと思われる九頭竜さんの溜め息が、不気味に静かな空気の中、私の耳に入った。

 

「……そっか」

 

ぽつりと九頭竜さんが呟くと、妖夢の背中に右手を当てる。そして崩れ落ちるように妖夢が倒れた。

 

「――え?」

 

突然の行動に全員が驚く。

妖夢が目を見開いて九頭竜さんを見るが、無視して私に笑顔を向ける九頭竜さん。

次の言葉で妖夢を倒した理由を含めて。

 

 

 

 

 

「――じゃあ、幽々っちは僕が殺すよ」

 

 

 

 

 

死んでる幽々っちを『殺す』って表現はおかしいかな?と、九頭竜さんは妖夢が携えている長刀を拾って抜く。

ナイフを仕舞って左手に刀を握ると、その刀が銀色に輝き始める。妖力が銀色に輝く姿を見たことはないが、それが九頭竜さんの力の形なのだと理解できる。

 

西行妖に勝るとも劣らない妖力の流れ。

これならば本当に――首謀者を殺せると誰もが感じるだろう。

 

「このままじゃ幻想郷が滅びちゃうし、西行妖を封印できる状況でもない。幽々っちも西行妖に飲み込まれて、もはや僕の切り裂く能力でも繋がりを切れないほど強くなってる。こうなると幽々っちごと(・・・・・・)西行妖を滅ぼすしかないよね。なら――その汚れ仕事。僕が引き受けるよ」

 

「他に方法はないのか!?」

 

「……紫苑が居れば出来ないこともない。けど時間がないんだよ」

 

彼ならば可能なのか。

紫苑さんを連れてこなかったことが今では仇となる。

 

「なら私が」

 

「霊っち、君は幽々っちを本当に滅ぼせるのかい? もしそうだとしても、ここには僕がいるんだから汚れ役は僕が請け負うよ。君が手を汚す必要はない」

 

魔理沙の提案を切り捨てて、私の仕事を取り上げて、九頭竜さんは刀をだらんと下ろした。

その姿は消えそうに儚く、銀を纏う光景は見惚れるほど美しい。

カツカツと靴をならして桜に近づく。

 

「待って……まっ……」

 

「ごめんよ、みょん。恨んでくれたって構わない」

 

……私は静かに『夢想転生』の準備を始めた。

 

「幽々子様っ!幽々子様ぁっ!」

 

悲痛な妖夢の叫び。

それは九頭竜さんの歩みを少し送らせるほどに痛い。

 

その想いが、通じたのか。

 

 

 

「……よう……む……?」

 

 

 

意識がないと思われた幽々子が目を覚ます。

奇跡だろうか? いや、状況が変わってない今、それは奇跡と呼べるものじゃないわ。

 

「幽々子!」

 

「幽々子様!」

 

「妖夢……紫……」

 

亡霊は穏やかに微笑んだあと、申し訳なさそうに謝る。

すぐにでも消えそうに儚く。

 

「ごめんなさい、こんなことになって」

 

紫が地面の土を強く握りしめる中、幽々子は次に九頭竜さんを見る。

九頭竜さんは感情が欠け落ちたように、桜に飲み込まれている亡霊を見上げた。

 

「貴方が……私を殺してくれるの?」

 

「なんか幽霊殺すって意味がわからないんだけど、もうそれでいいや。うん、僕が君を殺すよ。なんか不満でもある?」

 

「……いいえ、自分でも助からないことは分かっているわ」

 

「どうして生き返ろうとしたの?」

 

それは紫ですら知らなかったこと。

幽々子は悲しそうに微笑んだ。

 

「会いたい人が……いたのよ。もう千年前のことだけど、少しの間だけ遊んでくれたお兄ちゃん」

 

「もう死んでるよね、それ」

 

「そう……ね……。会えるかもしれないって、思ったのよ。何でかしらね……? けど、伝えたかった。『貴方のことを愛してます』って」

 

叶うことないのにね、と幽々子は涙を流す。

誰も彼女を責められなかった。

自分の想いを伝えられないほど辛いことはない。紫も過ちを犯した友人を責めることができなかった。

 

 

 

紫は叶い。

幽々子は叶わなかったのだから。

 

 

 

数秒後、幽々子は九頭竜さんを見据える。

何かを決意したような表情だ。

 

「貴方は――」

 

「九頭竜未来」

 

「九頭竜さん、私を早く殺してほしいの。みんなに迷惑をかけられないし、もしかしたら……お兄ちゃんに会えるかもしれないからね?」

 

「……うん、分かった」

 

消えることに不安などないと安心させるように笑う幽々子に、九頭竜さんは刀を構える。西行妖に引けもとらないような大きい妖力を全身から解放させて、彼は瞳を閉じた。

 

 

 

全てを切り裂くために。

 

 

 

桜の結界も――幽々子も――

 

「幽々子様ぁっ!!」

 

「妖夢、紫、さようなら……」

 

 

 

 

 

「西行寺幽々子、僕が君を完膚なきまでに殺してあげる。せめて、あの世でそのお兄ちゃんと仲良く――」

 

 

 

 

 

台詞が途切れた。

目を開けた九頭竜さんは言葉を止めて、ぶつぶつと考えるように呟く。何を言っているのかは微かに聞こえた。

 

「……傑作とでも言えるのかな、コレ。子供に聞かせる童話じゃあるまいし、誰かに踊らされてるって錯覚するくらい出来すぎてるでしょ(・・・・・・・・・)。壊神なら腹抱えて笑うし、帝王なら呆れて声にも出せないや。詐欺師は……こういうの好きだろうなぁ。だからアイツ(・・・)は本当に面白い」

 

静かになる周囲の空気。

そして――九頭竜さんは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「この世にハッピーエンドなんて存在しない」

 

 

 

いきなり九頭竜は厳かに語り始めた。

何が言いたいのか分からない。

 

「この世にご都合主義なんて存在しない」

 

「未来、さん?」

 

「悲劇は悲劇のままで終わり、助けの声なんて誰も聞いちゃいない。しょせんは残酷な世界さ。救い? アホらしい」

 

でもさ、と言葉を続ける。

 

「救いのある話、僕は好きだよ。フィクションだとしてもね。悲劇なんて誰も求めてない。たとえ夢物語だとしても、幻想の産物でしかなくても……僕はめでたしめでたしで終わらせたいな」

 

九頭竜さんは私たちの方に振り向いた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、そう思うでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに好きなら自分で作れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後からする声に振り返り――言葉を失う。

周囲が唖然とするなか、その人物(・・・・)は妖刀を携えて現れた。黒目黒髪の中肉中背に黒いロングコート、いつもの楽しそうな表情は成りを潜めて、その人物は西行妖を睨む。

 

「やっぱり、クソ桜の仕業だったか」

 

そして幽々子に向かって微笑む。

聖母よりも穏やかに笑う姿は、誰もが悟ることだろう。

 

 

 

これから始まるのは大団円であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、幽々」

 

「……紫苑にぃ?」

 

 

 

 




紫苑「ずっとスタンばってました」
魔理沙「それなら早く来るのぜ!?」
紫苑「冗談だよ冗談。ハハッ」
魔理沙「|д゜)」


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33話 語られぬ過去

 

 

昔々、二人の妖怪の師匠をした少年がいた。

後に忘れ去られた者達の楽園を作る賢者と、楽園最強を誇るであろう花妖怪の師たる少年は、彼女達の引き留めにも関わらず結晶となって消えた。そして元の時代へ戻るはずだった。

 

『はぁ、やっと戻って来――』

 

少年の目の前に広がったのは――大きな屋敷だった。その屋敷の造りから、少年は平安時代によく見られる屋敷造りであることを結論付けた。

元の世界に戻れなかったことも。

 

『嘘だろオイ……』

 

絶望的な少年であったが、そこで少年は一人の少女と出会った。

歳は13歳、桃色の髪をした珍しい少女であった。

 

『貴方は……誰……?』

 

『俺の名前は夜刀神紫苑。お前は?』

 

『私は……西行寺幽々子』

 

屋敷の外に出たことのなかった少女にとって、少年は初めて出会った異性であり人間だった。

少年が行く宛のないことが分かると、少女は少年を自分の屋敷に泊めさせることにした。屋敷には少女と庭師しかおらず、その少年を見た庭師の老人が、

 

『幽々子様をたぶらかしおったなあああああああああああ!?』

 

『知らねぇよおおおおおおおおおお!?』

 

ちょっとした殺傷沙汰になったが、最終的には少女の仲介によって事なきを得た。

 

少年は居候させてもらっている身として、屋敷内の家事をすべて請け負った。特に料理に関しては異常で、普段は少食な少女でさえ少年の料理は残さず食べ、少年に厳しい老人も評価せざるを得なかった。

少年が暇なときは少女と遊んだり、老人の修練に付き合ったりした。

 

老人の修練は常人ではないほど厳しかったが、少年は家事の合間にこなすほど余裕であった。

剣術では達人の領域にある老人から見ても、実践で鍛え抜かれた少年の我流の太刀筋には感心し、数日もたたないうちに2人は意気投合した。

 

『中々やるではないか、紫苑よ』

 

『あんたもな』

 

そのような生活が一ヶ月たったある日。

少年は前々から気になることがあったので、剣術の修練の後庭師の老人に尋ねた。

 

『なぁ、妖忌。この桜おかしくないか?』

 

『……お主も気づいたか』

 

屋敷にあった大きな桜。

老人曰く、この桜は少女の父親の愛した桜で、歌人だった父親が『自分もこのような桜の下で死にたい』という意味の句を読み、宣言通り桜の木の下で死んだという。

その句に共感した者が次々とこの桜の下で亡くなり、その精気を吸い取った桜が妖と化したものらしい。しかもこの桜、少女の能力と同じものを備えている、と。

 

『幽々の能力?』

 

『あぁ、お主には教えても良いかもな。幽々子様の能力は〔死を操る程度の能力〕だ』

 

『……んだと?』

 

その話を聞いた少年は、誰もが寝静まった桜の木に細工を施した。

少年にとって前までは興味のないことだったであろうが、二人の幼い妖怪を弟子に持っていた彼には許せなかった。

 

『とりあえず誰にもバレないように、条件式発動型にするか。これが使われないことを願うばかりだが……』

 

少年の持つ〔十の化身を操る程度の能力〕の1つ――第10の化身『戦士』を使用して、桜の根本に黄金の剣を突き刺した。

少年の使った『戦士』は攻防に優れた自立型の(・・・・)化身だが、本来の効果は『能力の打ち消し』である。少年はその本来の効果で、桜が暴走しても一時期だけ時間を稼げる結界のようなものを施した。

 

そして時は流れていく。

 

『おぅ、機嫌悪そうだな』

 

『幽々子様のお見合いじゃよ。まったく! 近頃の若いもんは、根性のある奴がおらん!』

 

『良さそうな奴がいなかったってわけか』

 

『……お主のような者なら、幽々子様を任せることができるんだがなぁ……』

 

『それは無理だな。俺みたいなクソガキと釣り合わないさ。もっと良い条件の貴公子が現れるって』

 

『そうかのぅ……』

 

老人も少年を認めるくらいにまでになった。

 

『紫苑にぃ! 私、紫苑にぃのお嫁さんになる!』

 

『んー……幽々には少し早いかなー。もうちょっと成長したら結婚してあげるよ。(どうせ俺はいなくなるし、俺よりまともな奴と結婚させるだろ。妖忌が)』

 

『うん! 分かった!』

 

少女も少年に恋するくらいに仲良くなった。

 

 

 

しかし。

 

 

 

そんな時間も終わりを告げる。

 

『……そろそろ、ここを出ようかと思う』

 

『え!?』

 

『それは……寂しくなるのぅ』

 

少年の発言に少女は泣きわめき、老人は孫の旅立ちを悲しむような表情を向けた。3か月という短い期間ではあったが、少年は彼女らの生活の一部となっていた。

それに――少年はかつての弟子との別れと同じように、もうすぐ自分がこの時代から消えることを察していたのだった。

 

『紫苑にぃと離れるなんて嫌だよ……!』

 

『って言われてもなぁ』

 

『幽々子様、紫苑を困らせてはいけませぬぞ』

 

少年は別れ際に少女に言った。

 

『もしかしたら――また会えるかもしれないだろ?』

 

『で、でも……!』

 

『じゃあ、約束しようか。また会おうな、幽々』

 

もう会えないことは老人もわかっていたが、それが少年の優しさだった。

 

そして少年は元の世界に戻った。

 

 

 

 

そして現在。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

恐れていたことが現実に――なんて言葉にふさわしい光景が、『風』を全速力で使い『大鴉』まで使ってきた俺の目の前に広がっていた。

 

唖然とする魔理沙と咲夜。

涙を流す紫と銀髪の少女。

なんか倒れてる藍さん。

ニヤニヤ笑う未来。

 

 

 

――クソ桜に飲み込まれている幽々。

 

 

 

……ここまで腸が煮えくり返るのは久しぶりだ。

いいだろう、教えてやる。てめぇ(・・・)が誰に手を出したのかをな。

とりあえず俺は近くにいた紫に話しかける。

 

「紫、叢雲寄越せ」

 

「は、はい」

 

渡してもらえるか不安だったけど、紫はあっさり渡してくれた。

久しぶりに流れてくる叢雲からの神力。自分の体内に存在する神力と合わさっていく感覚に、思わず笑みがこぼれた。これなら戦える。

 

次に俺は未来に説明を求める。

相変わらずニヤニヤ楽しんでやがる半妖に苛立ちながらも、コイツはいつもそうかと諦めの境地で尋ねた。

 

「おい、未来。状況を手短に説明しろ」

 

「幽々っちピンチ」

 

「……OK、だいたい把握したわ」

 

聞いた俺が馬鹿だった。

そんなアホは放置し、俺はクソ桜に飲み込まれている幽々に、安心させるように笑顔で話しかけた。

……ホントに綺麗に成長したもんだ。3ヵ月間の付き合いだったけど、『大人の女性』に成長していることは俺でもわかる。千年の歳月は大きいなぁ。

俺がいるという現状を受け入れられないのか、俺の名前を連呼している。

 

「幽々、大丈夫か?」

 

「どう……して……」

 

「言っただろ、また会おうって」

 

まさか本当に再会するとは思わなかったけどさ。

千年という時を経て、時間を越えた少年と少女の幽霊が再会したというわけだ。さすがは『すべてを受け入れてくれる幻想郷』だな。そのうち死んだ奴にも会えるんじゃねーか?

誰かのフラグ立てた気がするけどよ。

 

幽々は頬を涙で濡らし、静かに泣く。

俺は覚じゃないから幽々子の心は読み取れない。だが分からないわけでもない。

 

「……紫苑にぃ」

 

「どうした?」

 

ポツリ、と。

恐らくこの距離から聞こえない音量。

でも、俺には確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけて……紫苑にぃ……!」

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はリミッターを外した。

己の神力も、叢雲にあった神力も解放する。

こいつは――幽々を泣かせやがった。傷つけやがった。

 

極悪に兇悪に無情に無慈悲に残酷に無道に残忍に非道に陰惨に無残に凶悪に暴虐に無惨に酷悪に惨忍に苛酷に猛悪に、殺してやる。

叢雲を借りたのもコレをするためだ。俺の内包している神力では物足りない。絶対的な絶望を以て西行妖を完膚なきまでに滅ぼさないと気が済まない。

 

「やっぱ幽々っちの言ってた『お兄ちゃん』は紫苑だったんだね。後で過去で紫苑がやらかしたこと聞かなきゃ」

 

「お前には教えねーよ。つか俺が来ること知ってたのか?」

 

「幽々っちの発言と、紫苑の気配が猛スピードで迫ってきて分かったよ。幽々っちが言ってる『お兄ちゃん』が紫苑だってね。3ヶ月も兄やってたのかー」

 

「……ホントに頭が切れるよな、お前って奴は。それを仕事で発揮してくれたらどれ程嬉しかったことか」

 

ヘラヘラ笑いながら歩いてくる未来に愚痴る俺。

俺の神力と未来の妖力が接した瞬間にバチバチと音を鳴らす。

 

「ほれ」

 

「お、帝か。これは嬉しいねぇ」

 

「ちゃんと返せよ」

 

「はーい」

 

俺は妖刀を未来に投げる。

 

 

 

「手伝え、切裂き魔」

 

「あいよ、神殺」

 

 

 

咲くは妖怪桜。

迎えるは神殺と切裂き魔。

 

さぁ、西行妖。始めようじゃないか。

 

 

 

 

 

「手始めに――喜劇(ぎゃくさつ)と洒落込もうか」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 霊夢

 

私は『夢想転生』の術式を解除した。

維持するのも疲れるだけだし――これはもう必要ない。

 

「……なぁ、霊夢。紫苑は人間だよな?」

 

「……本当にそう思ってるの?」

 

目の前に展開される神力と妖力の嵐を見て、もはや立っていること自体が限界だと言いたげに、魔理沙は私に問う。もちろん、私も同じなので質問で返すのだった。

幽々子が紫苑さんに何かを言ったようで、とても小さく聞き取れなかったが、その瞬間に神力が大爆発を起こしたような錯覚に陥る。昔の書物に載っていた『火山噴火』を連想させた。

 

二人の外来人が起こした神力と妖力の嵐。

それは冥界までもを揺るがす災害のようなものであり。

 

 

 

 

 

九頭竜さんと紫苑さんの本気(・・)は――天災の領域だった。

 

 

 

 

 

西行妖を倒すにはそのくらいの力が必要なのは知っていた。私の展開しようとしていた『夢想転生』も、そのくらいの霊力を使った必殺の一撃である。しかし、半妖の九頭竜さんが纏う妖力が尋常ではないのは知っていたが、人間の紫苑さんの神力は異常(・・)だ。

初めて思ったときも感じたけど、あれは現人神の領域に到っている者が持つ力。

 

九頭竜さんは彼を『神殺』と呼んでいた。

恐らく『帝王』や『切裂き魔』と同じような、彼等にとって渾名のようなものだろうけど、私には今の紫苑さんなら文字通り神を殺せるのではないかと錯覚してしまう。

 

吹き荒れる黄金の神力の中央で嗤う紫苑さん。

その声は敵味方問わず恐怖を駆り立て、強大な敵――いや、獲物に立ち向かう姿は『血に飢えた獣』を彷彿させた。

倒せない敵に立ち向かい、そして紫苑さんは勝利(・・)しようとしている。しかも、それを紫苑さんが成してしまうと確信してしまう。――これが〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕。

 

「……やっぱり、こうなってしまうのね」

 

「ゆ、紫」

 

ひどく疲れた眼差しで、紫は紫苑さんを見ていた。

紫水晶の瞳に宿るのは畏怖と畏敬。

 

「西行妖と師匠が対峙したらこうなる予感はしてたけど、西行妖に師匠の剣が刺さっていた時点で確信したのよ。『師匠は西行妖について知ってる』ってね」

 

「……なんか紫苑さんのこと知らなすぎて驚くことばかりだわ」

 

「私でさえ師匠のことについては詳しく知らないのよ? スキマを使えば簡単に知ることが可能だけど……そんなことしたくないし」

 

紫ですら彼のことを知らないのか。

……もっと、紫苑さんの話聞きたいな。

いや、それよりも。

 

「紫」

 

「どうしたのかしら?」

 

私は西行妖と睨み合っている紫苑さんを見て思う。

今までなら面倒なことなどする気もなく、自分の才能だけで異変を解決することができた。自分と同じ力量は魔理沙ぐらいで、弾幕ごっこでなんとかなると思ってた。

 

けれど、それだけじゃダメなんだと紫苑さんや九頭竜さんの在り方(・・・)――腕を失おうとも他者を救おうとする黒髪の少年や、私達のために汚れ仕事を自ら引き受ける白髪の少年の姿を、間近で見て感じた。

最近では私では対応できない異変が起こっていて、現在も紫苑さんに頼っている状況。自分の無力さを嘆きたくない。もう足手まといは嫌。

博霊の巫女として……なのかな? 他の感情も混じってるかもしれないけど、私は紫苑さんの隣に立ちたい。追い越すなんて贅沢なことは言わない。少しでも追いつきたいのだ。

 

「――私、強くなりたい」

 

「霊夢!?」

 

魔理沙はあんぐりと口を開けて叫ぶ。

紫苑さんと会う前なら絶対に言わなかったことだから、魔理沙が驚くのも無理はない。私だって、こんな風に考えたのは始めてだから内心驚いている。

紫も一瞬驚いたが、優しく微笑んだ。

 

「……師匠に聞いてみるといいわ。あの人の修行は厳しいわよ?」

 

「チルノの虐待レベルの修行でしょ」

 

チルノがボコボコにされていた光景が脳裏に過った。

………………ちょっと一瞬迷ったけど、ぐっと堪える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死に晒せ。西行妖」

 

「木っ端微塵にしてあげる」

 

 

 

今、妖怪桜と2人の外来人の戦いが始まる。

 

 

 

 




紫苑「殺して」
未来「解して」
紫苑「並べて」
未来「揃えて」
紫苑・未来「「晒してやんよ」」
紫苑・未来「「ぃぇ━━━ヾ(・∀・。)人(。・∀・)ノ━━━ぃ♪」」


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34話 我、勝利を求めたり

side 幽々子

 

変わらない。

なにも、変わらない。

 

 

 

力強い神力も。

凛々しかった声も。

優しい眼差しも。

 

 

 

私と一緒にいたときと一切変わらない。

 

「神殺ー、飽きたから寝ていい?」

 

「ふざけんなよ穀潰し! 俺が前衛やってんのに飽きてんじゃねーよ! 仕事ぐらいきっちりこなせボケがっ!」

 

「まだ一日しか御飯食べてないのに穀潰しって……。同じことの繰り返しで飽きた。早く幽々っち救って西行妖ぶっ殺させてよ」

 

「んなこと分かって――いぃぃぃぃ!!! やっべぇ! 一ミリずれてたら死んでたわっ!」

 

「死んでくれたら万々歳なんだけどね」

 

「お前こそ臓物ぶちまいて死に晒せ!」

 

ただ……今の紫苑にぃは楽しそう。

紫苑にぃは白髪の少年に憎まれ口を叩いているけれど、笑みを絶やさずに西行妖と対峙している。

 

紫苑にぃは西行妖から放たれる『死の弾幕』を雷の弾で器用に相殺している。妖忌の剣撃を紫苑にぃは全て相殺してたから、たとえ当たったら命を奪われる弾幕にも冷静に対応しているのだろう。

九頭竜さんも口ではああ言ってるけど、私を殺そうとしていたときより断然嬉しそうだ。本当は凄く優しい半妖なのね。さっきから後方で待機している紫たちを死の弾幕から守っている。

 

紫苑にぃは私と一緒に居てくれた。

たった3ヵ月の間だけだったけど、私の孤独を満たしてくれた。

私は――紫苑にぃが大好きだったのだ。

 

会えることを信じて、ずっと待っていた。

西行妖から教えてもらって思い出したが、桜の下には自害して死んだ私の遺体があり、それを使えば復活できると。

よくよく考えればおかしな話だ。数千年前に死んだ私の遺体など、もはや復活できるほどの状態ではないはず。その時点で怪しむべきだったのだ。

 

けど、私は天啓だと勘違いした。

 

 

 

また紫苑にぃに会えるんじゃないかって。

 

 

 

結局は周囲に迷惑をかけるだけの結果となり、私は西行妖ごと九頭竜さんに滅ぼされるはずだった。

私の犯した過ちだ。素直に受け入れようと思った。

 

 

 

そして――紫苑にぃが現れた。

 

 

 

紫苑にぃは少し成長しただけで、昔の優しい紫苑にぃのままだった。

今も紫苑にぃは私のために戦ってくれてる。

 

「あはははははははははははははははははははははははははっっっっっ!!!!!! んなゴミみてぇな弾幕なんざ掠りもしねぇぞ西行妖! もっと俺を楽しませろっ!」

 

「あ、アカン。神殺がぶちギレて壊れた。それでも正確に弾くんだから化け物だよね、ホント」

 

「幽々泣かしたゲス桜に慈悲はねぇよ! 生えてきたことを地獄の底で後悔させてやらぁ! んなこと考える暇なんざ与えるはずもねぇがな!」

 

……紫苑にぃ凄く怖いけど。

目が全然笑ってないのに声は笑っている。いつもの紫苑にぃからは想像もつかないような暴言を次々と吐く。それが西行妖(私のいる方向)を向いているから、紫苑にぃの優しい姿を知らなかったら立ち直れない気がする。

紫苑にぃは的確に弾いているけれど、西行妖の攻撃を防ぐだけ。

端から見れば劣性に思われる。

 

そう思ったが。

 

その間、なぜか紫苑にぃの放出する神力から魔力(・・)を感じた気がした。一瞬だけど。紫苑にぃが自分の足元に何らかの小細工をしたのは明らかだ。

 

「――しっゃあっ!  切裂き魔『戦士』使うぞ!」

 

「へーい」

 

紫苑にぃが後方に下がり、九頭竜さんが弾幕を悉く切り裂きながら前進してくる。手の動きが見えないほど、妖夢の楼観剣と紫苑にぃの妖刀を振り回して斬ってゆく。

そして紫苑にぃは刀の鯉口を切りながら、周囲に放出していた神力を纏った。

 

紫苑にぃの周囲に黄金の渦が立ち込め、服が大きくたなびく。黒かった目が濃い紫色へと変色した。

一瞬私に優しく微笑んで――無表情になる。

 

 

 

 

 

「――俺の世界へようこそ」

 

 

 

 

 

パチンと指を鳴らした紫苑にぃ。

 

 

 

 

 

刹那――世界は黄金(・・)へと反転する。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

〔十の化身を操る程度の能力〕。

 

拝火教の勝利神は王・諸侯の間では重要な神だったらしい。そして、この神はインドの雷神やその他の軍神と酷似している。そりゃ東西でも戦神として奉られた神格だから無理もないだろう。どうして自分がそんな能力を持っているのかは知らんが。

契約神の懐刀としての能力に加えて、太陽神としての姿。

しかし――この神の本領は『戦における勝利』を司る軍神としての姿であり、あらゆる敵を寄せ付けない『常勝不敗の軍神』だとか。

 

化身として有名なのは、「我は最強にして、もっとも多くの勝利を得、悪魔と人間の敵意とを打ち砕く」と詠った『風』、強力な呪力を跳ね返す『大鴉』、契約を破った咎人を裁く『猪』。

 

どれも『勝利神』にふさわしい能力だ。

 

 

 

 

――けど、少なくとも俺の第10の化身『戦士』は、拝火教の勝利神の『軍神』たらしめるものだと思う。

 

 

 

 

他が否定したところで、俺がそう思っているのだ。

そして俺の能力は『自分の使いやすいように適用化する』と、かつての友人が言っていた。

 

金色に輝く世界。

心象風景の具現化。

 

俺が心の底から想像した、『戦士』としての化身の在り方が視界いっぱいに広がる。

白玉楼や地面でさえも金色に変色し、暗い夜空に星が浮かぶ。

その幻想的な光景に――切裂き魔以外の敵味方全てが息を飲むことだろう。かつての俺がそうだった。

 

俺は虚空に手を突っ込み、黄金の剣を引き抜く。

金色の粉が飛び散り、紅魔館でスカーレット姉に突きつけたものとは別格の力を有する、太刀を俺は払った。

それに合わせて、虚空から何百もの黄金の剣が出現し、刃を俺の敵――西行妖に向けられる。

 

第10の化身『戦士』の本質は『能力の無効化』。

己の主に仇為す敵を討ち滅ぼす勝利神の象徴として、これは『敵の能力の一部を無効化する化身』なのだ。対象はひとつにしか絞れないし、神力消費が異常で連続使用ができない、起動に時間がかかる化身だが、間違いなく俺の切り札(・・・・・)の1つである。

 

というか、俺の神力は殆ど残ってない。

全てを『幽々と西行妖の繋がり』を断つための剣製作に使用してしまった。その分強力ではあるが。

 

「覚悟はいいか? 西行妖」

 

答えなんて求めていない。

俺は地面を蹴って、西行妖へ突撃する。

 

人より少し速い程度のダッシュなので、危険を察知した西行妖が寄せ付けまいと弾幕を放ってくるが、浮いている剣が自動的に弾いてくれる。

それでも無理だと悟った桜が妖力の壁を形成する。

 

 

 

「はい、残念~」

 

 

 

そんな壁、切裂き魔の前では無力だけどね。

 

他にもどす黒い弾幕をばらまいてくるけれど、俺がさっき設置した防壁型魔方陣によって阻まれる。先程使用していた『山羊』の化身のときに、簡素ではあるが妨害系の魔術を仕掛けたのだ。

ほんの数秒だけど、それだけで十分。

 

切り裂かれた結界をくぐり抜け、幹の前に到達した俺は、空中に浮いている剣を踏み台にして幽々の前まで飛ぶ。

幽々と同じ視点まで飛び、思わず笑みが溢れる。

 

 

 

太刀に力を込めて。

 

大きく振りかぶり。

 

幽々の埋まっている幹目掛けて。

 

全身全霊で。

 

真一文字に。

 

 

 

 

――斬ッ!!!

 

 

 

 

今までにない悲鳴をあげる西行妖。

物理的なダメージはないはずなのに、身を切り裂かれたかの如く、無様な悲鳴を上げる妖怪。

開放された西行寺幽々子。

 

俺は倒れてくる幽々の体を抱き締めて、自分が下敷きになるように角度を調整しつつ桜の根本へ落下する――

 

「紫苑様っ!」

 

と思ったけど、気づいたら咲夜が俺たちを後方まで運んでくれたようだ。紫や切裂き魔の妖力でスタンした状態から回復した妖夢が駆け寄ってきた。

そこに絶望的な顔など見られない。

 

「幽々子様ぁ!!!」

 

「よ、妖夢……!」

 

妖夢が疲弊してる幽々の胸にダイビングし、幽々はしっかりとそれを受けとめ、二人は歓喜の涙を流す。たとえ幽々が俺とは赤の他人だったとしても、この光景を見れただけでも頑張った甲斐があっただろう。幽々とは知り合いだったし尚更嬉しい。

というわけで俺の仕事は終わり。

俺は仰向けに倒れた。

 

「師匠……! お怪我は!?」

 

「あるわけないだろ。神力空っぽだから疲れただけさ。心配するなら幽々のところ行けよ」

 

もう当分は動きたくない想いに駆られる。

冥府神ほど強くはなかったけど、そのときと同じくらいの力を『戦士』に使ったからなぁ。

なんせ俺は西行妖の知識(・・)がなかった。

 

「紫苑さん! 昨日お腹刺されたんだから無理しちゃダメって言ったでしょ!?」

 

「霊夢それどういうこと!? 師匠、私の居ない間に何があったのですか!? 詳細説明を要求します!」

 

「え? あー、うーん……」

 

紫の剣幕にたじろく俺。

そういや昨日刺されてたな。

いつものことだったから忘れてたわ。

俺が倒れながら頭を悩ませていると、魔理沙が呆れている姿をとらえる。

 

「感動の再会はいいけどさ……西行妖は健在だぜ?」

 

「「「「「……あ」」」」」

 

「いや、あのクソ桜なら大丈夫だろ」

 

皆が『しまった忘れてた』って顔をしているが……そこまで気にかけることでもない。

というか忘れんなよ。

仮にも『幻想郷滅ぼせる妖怪桜』だぞ?

 

「え、どうし――」

 

霊夢がその理由を聞こうとしたところで、地面が大きく揺れた。

地震にしては単発的だった振動。

ズドンと大きなものが光速で地面に激突したような衝撃で、何事かとその発生源に視線を移す。

 

 

 

 

 

そこには――抜刀して帝を振った後の切裂き魔と、綺麗に咲き誇る桃色の桜があった。地面が大きく抉れているけど。

 

 

 

 

 

恐らく西行妖は何をされたのか分からず妖怪としての部分(・・・・・・・・)だけ切り裂かれたはずだ。帝で『帝王の妖力』まで纏っているアイツなら、それこそ斬れないものなど本当に存在しない化け物だろうよ。

行き場を失った西行妖の妖力は切裂き魔に吸収されて、切裂き魔は満足した様子で刀を払って納刀し、スキップしながら戻ってくる。

西行妖切り裂いた分の妖力は吸収することで回復してるわけだし、マジで羨ましい。

西行妖に支配されないかって? アイツが?

 

「お仕事終了~。お疲れ様」

 

「はぁ……お前もな」

 

俺は妖力を失った西行妖に憐れみの眼差しを向ける。

呆気ない最後だったな、西行妖。

幻想郷の『魅せるため』の弾幕ごっことは違って、俺たちの土俵での戦いは時間をあまりかけない。特に切裂き魔や壊神とかが味方陣営にいると、物凄くパパッと終わってしまう。

命懸けてんだぜ?

んな危険なこと長引かせるかよ。

 

俺は体を起こす。

そろそろ歩けるくらいには回復し――

 

 

 

 

 

「紫苑にぃ!」

 

「ゴフッ!?」

 

 

 

 

 

幽々のタックルが俺の鳩尾に直撃。

とりあえずは人間である俺。鳩尾をやられたらどうなるかなんて察する必要すらないだろう……あ、やべぇ。

 

「紫苑にぃ……会いたかったよぅ」

 

「そ、そうか。お、俺もだぜ……」

 

フランも時々してくるけどさぁ……!

別に鳩尾に耐性がつくわけじゃないんだよ!?

 

そして気づいた。

幽々めっちゃ大きいな。

何がとは言わんけど。

 

「幽々子、何してるのよ!?」

 

「あら、紫。この人が紫にも話したことのある、私のお兄ちゃん兼お婿さんよ?」

 

「どどどどど、どういうことですか!? 師匠!?」

 

少しはゆっくりさせてくれよ……とか本当は言いたいけれど、今の彼女等が話を聞くとは思えない。

 

俺に胸を押し付けながら紫を挑発する幽々と、顔を真っ赤にして俺に説明を求める紫。目からハイライトを消してスペカやナイフを構える霊夢と咲夜。苦笑いしながらそれを止める魔理沙。妖夢に土下座してる未来に、慌てる妖夢。

 

全くもって騒がしい。

しかし誰も死んでいない。

 

「一件落着、とでも言うべきかな」

 

俺は静かに目を閉じる。

 

亡者漂う冥界。

生者の俺には居心地の悪い場所のはずなのに、なぜか安心できた。

瞳に光が当たらないから目の前は真っ暗。少女達の笑い声が響く中、どこからか男性の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

『ほとけには桜の花を たてまつれ

 我が後の世を 人とぶらはば』

 

 

 

 

 

悲しさ混じる、羨望の句。

それが俺の心に浸透する。

 

俺は――何て言って死ぬのだろう?

 

 

 

 




紫苑「短期決戦こそ至高」
魔理沙「そういうもんなのぜ?」
紫苑「弾幕ごっこじゃねーからな。さっさと終わらせたいじゃん?」
魔理沙「ふーん……」
紫苑「興味なさそうだネ」


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35話 欠落したもの

side 紫苑

 

起きたら天井が見えた。

2年と半年ほど前に見たような天井で、ここが白玉楼の寝室であることを推理するのは容易であった。

 

「……そういえば寝たんだった」

 

西行妖を倒したあとで眠ってしまったが、誰かがここまで運んできてくれたんだろう。その人には後で感謝しないといけないな。

『戦士』を使った後の弱点とも言えるだろう。神力が枯渇した俺を仏頂面の部下が引きずりながら運ぶってことが多々あったことを思い出す。もっとマシな運び方なかったんだろか?

そう思いながら、俺は満開に咲く外の桜に視線を移した。

 

風に揺られて花びらが舞い散る。

その光景は美しく、クソ桜と呼んでいたことが嘘のようだ。まぁ、あれは人間の精気を吸収して誕生した妖怪だし、桜そのものに罪はない。

俺が一方的に嫌っていただけだ。

 

「あ、紫苑さん。起きました?」

 

頭を空っぽにして桜を眺めていると、ふと寝室の襖を開ける音が聞こえて我に返る。そこには銀髪の少女がいた。

確か――魂魄妖夢だったか?

 

「今さっきな」

 

「そうでしたか……。何か不自由な点などはありませんか? 幽々子様から紫苑さんの要望には可能な限り答えるようにと」

 

「わざわざ部屋まで貸してくれたのに、これ以上贅沢は言えないさ。――あ、でも風呂は入りたいな」

 

「こちらです」

 

俺は妖夢が連れられて風呂場へと向かう。

場所は知ってるけど、勝手に行くのは……ねぇ?

その間に少し銀髪の少女と会話。なぜか白玉楼で世話になった偏屈じーさんのことを思い出したからな。

 

「魂魄……ってことは、もしかして妖忌の孫か?」

 

「おじ――私の祖父をご存じで?」

 

「道理で似てると思ったわ。妖忌には昔、世話になったからな」

 

「そう、ですか」

 

それ以上は聞いてこなかった。

ここに妖忌が居らず、加えて妖忌の獲物を妖夢が持っていると言うことは……何かしらのことがあったのだろう。もしかしたら込み入った事情があるかもしれないし、深くは尋ねん。

そうこう会話しているうちに、見慣れた風呂場へと辿り着いた。全く変わっておらず、むしろ不思議な気分だ。

 

「ここが風呂場となっております。着替えは祖父の着ていたものがありますので、そちらをお使い下さい」

 

「案内ありがとう」

 

「恐らく誰も入ってないと思われますが……ごゆっくりと」

 

俺は脱衣場に入って籠に着ていたものを入れる。

スマホや財布などの貴重品は――って、そんな心配する必要ないか。こんなの盗むような物好きが白玉楼にいるわけがないし、何よりアイツらが人のもの盗むとは思えない。あ、未来がいたわ。

なんか危機管理能力が下がっていくなぁ、とスマホと財布を衣類と一緒の籠に入れて、タオル片手に風呂場へと移動。

 

浴室は物凄く広く、昔も思ったことだけど「二人で住むには大きすぎるだろ……」と呟く。

俺も人のことは言えないけどさ。

 

まずは身体と髪の毛を洗って、湯船にドボーン。

 

「あ゛~。生き返る~」

 

少し熱い程度のお湯加減に、誰も居ないことをいいことに鼻歌を歌い出す俺。やっべ、超気持ち良い。

ふと俺は鼻歌を止める。

 

「………」

 

……懐かしいな。

 

俺の居候時代、こうして妖忌と一緒に入ったっけ。

修練の後とかに一緒に風呂入ってさ、どこが良かったとか悪かったとか語り合ったなぁ。そういえば妖忌はヴラドのじーさんに似てたな。雰囲気とか。

だから後の吸血鬼と仲良くなったのかね。

……妖忌、元気にしてっかなー。

 

「あ、風呂入ってる最中に幽々が乱入してきて、妖忌がめっちゃ慌て――」

 

 

 

ガラガラガラガラ

 

 

 

 

 

「紫苑にぃ、一緒に入っていい?」

 

「あ、はい。どうぞ――」

 

 

 

 

 

ちょっと待てや夜刀神紫苑。

 

なんかナチュラルに流したけど、よく分析してみる。

風呂場のスライド式扉が開いた音、俺が途中まで口にしたフラグ、先程の声……そこから導き出される答えをじっくり考えること数分。

俺は高温の湯船に浸かっているはずなのに、なぜか冷や汗が止まることがなかった。引きつるくらい笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

幽々入ってきてね?

 

 

 

 

 

 

「隣座るね」

 

「Huh?」

 

俺は湯船に座った体勢から、声をかけてくる幽々の姿を見た。見てしまった。モロに見てしまった。

 

……千年という時の流れは恐ろしいものだ。

幼さが残る少女から大人の女性へと成長した幽々は、西行妖から救ったときも可憐ではあったが、一糸纏わぬ姿はもはや『官能的な美』を集約した姿とも言えるだろう。神話に登場する美の女神ですら足元にも及ばないと勝手に決めつける。

水を弾く陶器のように白い肌、すらっと曲線美を強調する足、メロンを連想させる大きく形の整った胸、艶やかに光る桃色の髪、儚く見つめる薄紅色の瞳。

その佇む姿はさっき見た妖力を失った西行妖が霞むほど美しい。

加えて、その肢体をバスタオルで前だけしか隠していないことを踏まえると、視線を逸らすことなど不可能の域だろう。逸らすことが失礼だ。

 

 

 

つか俺が今何て言ってんのか分かんない。

 

 

 

「ん……」

 

色っぽい声色で俺の右横に腰を下ろす美女。

もちろんバスタオルで隠していない。

『湯気』さんが仕事しなかったら、この作品がR18指定となるところだったわ。ナイス。

 

「どうしたの?」

 

「えっ!? あ、いや、その……」

 

俺のコミュニケーション能力が仕事しない。

肝心なときに仕事しねぇな対人能力。

裏返る俺の声に、幽々はクスクスと笑った。

 

「紫苑にぃ、ずっと私の胸を見てるわ」

 

バレとるやんけ。

俺はようやく視線を逸らすことに成功――したけど回り込まれた。

 

「やっぱり大きい方が好きなの?」

 

「お、女の子は胸部で判断しないから……」

 

「本音は?」

 

「大好きです」

 

今日はやけに欲望に忠実だね、俺の口。

ふと帝王の『貧乳こそ至高。巨乳など駄肉』という迷言が発端で、街全体を巻き込んで起こった『第4次胸部戦争』が脳裏をよぎった。ちょうど1年半ほど前だったかな。

巨乳派と貧乳派の戦力が見事に分かれて、1ヶ月は続いてたなぁ。ちなみに切裂き魔は貧乳派、壊神は巨乳派だった。詐欺師は……ちょっと特殊すぎて中立派。

 

くだらないことを思い出していると、上品に笑う声で我に返った。現実逃避すら許されないのか。

 

「ふふっ、良かった」

 

「……お前が嬉しそうで何よりだよ」

 

なんか幽々に弄ばれてる感。

複雑な気分だ。

苦虫を噛み潰したような顔をしていると、俺の右肩に頭をのせる幽々。湯気で分かりにくいが少し顔が赤いか?

 

そして無言となる2人。

口火を切ったのは幽々だった。

 

「……紫苑にぃって、この時代の人だったのね」

 

「まぁな。最初は紫が幼い頃で暴れまわった後、未来の救出が失敗して幽々の時代に飛ばされたんだよ。ちゃんと分析してから救出してほしいよなぁ?」

 

「その失敗のお陰で私は紫苑にぃと会えたわ。九頭竜さんには感謝しなくちゃ」

 

「そう、だな……」

 

全くもって幽々の言う通りだ。

元の時代に戻ったときの「ごっめーん」と舌を出す未来にはイラッときたが、そこまで怒ることはなかった。

つまりは、そういうことなのだろう。

 

「いきなり出ていっちゃって……凄く悲しかったのよ?」

 

「わ、悪いとは思ってる」

 

「妖忌もあの後寂しそうだったし」

 

「あの妖忌が? つかアイツどこ行ったんだ?」

 

妖夢には聞けなかったけど幽々なら聞けるかと思ったが、幽々は俺の腕に手を絡めながら答えた。

 

「行方不明、よ」

 

「は?」

 

「ふらっと何処かに消えたの。楼観剣と白楼剣を妖夢に残して突然居なくなって……」

 

妖忌が行方不明……なんか訳がありそうだな。

あまりにも情報が少ないからなんとも言えないが、あの幽々に仕えることが生き甲斐だったあの老人が、幽々に理由も話さずに消えるはずがない。それか意図的に話さなかった(・・・・・・・・・・)という線も捨てきれないぞ。

外の世界にいる暗闇や土御門の姐さんなら、妖忌の場所を特定する手段を持ってるかもしれないんだけどな。特に暗闇は絶対知ってそうな気がするわ。

 

難しい顔をしていたのだろう。

幽々まで不安そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。

 

「紫苑にぃ?」

 

「あ、悪りぃ――って幽々!? 近い!?」

 

いつの間にか俺の右腕に胸を押し付ける形で、幽々は絡み付いてきた。弾力のある双丘が形を変えて、俺の腕と思春期真っ盛りな俺の男心を刺激してくる。F……いや、Gか!?

幽々も確信犯なため離す気配が一切ない。

 

「幽々子様!? あたってますよ!?」

 

「あててるのよ? 嬉しい?」

 

「いや、そういう問題じゃなくてな!? こういうことは愛し合う者同士ですることであって、嫁入り前の女性が何処の馬の骨かも分からん男に――」

 

「……嫌なの?」

 

「超嬉しいっス!」

 

俺が流している涙は何が原因だろう?

あぁ! 上目遣いで聞いてきてる幽々の質問を否定できる男を見てみたいわっ! こんなのyes以外の選択肢があるわけないだろ!?

なんか2年半前も同じような感じで、泣き落としと上目遣いで振り回された気がするぞ? 幽々の性格は苦手だわ。嫌いじゃないけど。

ったく、誰の影響だよ。

 

 

 

『幽々、いいか? これからの男尊女卑な時代を生き抜くためには、女の武器を最大限に活かすことが大切だぞ?』

 

『おいガキ、幽々子様に何を教えてるのじゃ』

 

『分かった! 紫苑にぃの言うことは間違いないからね!』

 

『幽々子様ェ……』

 

 

 

あ、俺だわ。

壮大な自業自得だわ。

 

千年前に余計なこと教えやがった、幼き俺の顎にスカイアッパーをぶちかましたい衝動に駆られていると、何やら外の様子が騒がしい。

嫌な予感と共に。

 

 

 

ドタドタドタドタ、ザッ。

 

 

 

「幽々子! それに師匠!」

 

 

 

物凄い速度で扉をスライドさせたのは紫だった。

スキマでショートカット出来るはずなのに、わざわざ走ってきたのだから随分と焦っているのだろう。

俺は意味も分からず紫に尋ねる。

 

「どうした、そんなに焦って」

 

「幽々子が御手洗いに行ってから帰ってこないと思ったら……! 師匠と一緒に入浴なんて羨まけしからんですよ!?」

 

「あ」

 

そういえば今の状況は異常だった。

しかも幽々はニヤニヤ笑いながら腕に絡み付く力を強くする。

 

「いいじゃない。私が紫苑にぃと一緒にお風呂入ろうと、ナニをしようと。あ、紫も一緒に入りましょ?」

 

「それだわ!」

 

「それ何にも解決してねぇよ!?」

 

待て待て待て待て待て!

紫もその気になって服を脱いでやがるぞ!?

あぁ、もう! コイツも抜群のプロポーションだから、俺の紳士力じゃ対応しきれねーぞ!?

 

「――紫苑様、長風呂で喉が乾いたでしょう。冷たい麦茶をお持ちいたしました」

 

「あ、ありがとう咲夜ああああああああ!?」

 

タオルを身体に巻いた咲夜が麦茶を渡してくる。

身体の某部分が幽々&紫ほどではないが、女性らしいボディーラインが俺を追い詰める。

 

「紫、そっちの腕に絡めたら」

 

「ナイスよ幽々子」

 

「マッサージはいかがでしょうか?」

 

 

 

 

もう勘弁してくれっ!

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 未来

 

「やってるやってる~」

 

「未来さん、楽しそうですね……」

 

「紫苑の修羅場は見てて飽きないからね!」

 

「全く……いい趣味してるぜ」

 

みょんと魔理りんが呆れているけれど、長い付き合いの僕からして見れば、紫苑が困惑する表情なんて女性関係以外には見ることが難しいから、すっごく楽しい。

録画して紫苑を弄るネタにしたいくらいだ。少女3人の盗撮にもなるから実行しないけどね。

 

僕は隣で難しい顔をしている霊っちに質問する。

 

「混ざらないの?」

 

「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないでしょ……」

 

ホントは混ざりたいくせに、素直じゃないね。

まぁ、僕としては恋愛関係は中立派だから別にいいけどさ。

 

「僕等の街ならまだわかるけど、どうして紫苑は幻想郷の住人に好かれるのかな? あんな気持ち悪い奴にさ」

 

「どういう意味?」

 

刺のある言い方が気にさわったのか、霊っちが眉間に皺を寄せて理由を聞いてくる。

紫苑のハーレム化は僕の目的でもあるが、それでもアイツのことを前々から知ってた僕にはゆかりんの姿は異常に見える。恋は盲目ってやつなのかなぁ?

 

僕はボソリと誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「あんな()()()を好きになるなんて、ここの連中は物好きだよ、本当に」

 

それ以降も理由を聞いてくる霊っちだったが、僕はそれ以上のことを言わなかった。

 

 

 

オブラートに包まずに言おう。

夜刀神紫苑は壊れているのだ。

 

 

 

まぁ、それは街に長く住んでる連中全員に当てはまることだけど、紫苑は重要なもの(・・・・・)が抜け落ちているのだ。そんな人間が普通であるわけがなく、むしろ気味悪く映るはず。

それを分かっているであろう八雲紫がなぜ――夜刀神紫苑を愛するのか。

 

僕は曲がりなりにも覚妖怪。

だからこそ……僕はこう思う。

 

 

 

 

 

「まったく、心ってのはよく分からないもんだよ」

 

 

 

 




紫苑「白玉楼の宴会パートか、間髪入れずにオリジナル異変するか……」
藍「オリジナルを挟むのは決定事項ですか?」
紫苑「うん。どうせ東方二次書くならって、本来なら出て来ないであろうキャラ出したいってさ」
藍「宴会パートなら何を主題として書かれるのでしょう?」
紫苑「未来の最後の言葉を掘り下げるんじゃないかな」
藍「ふむふむ……」
紫苑「迷うからサイコロ振って決めるとか言ってた」
藍「そんな大事なことを!?」


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5章 蒼月異変~秘封の幻想と伝説の再臨~
36話 道化の誘い


side マエリベリー

 

昼過ぎの大学のカフェテリアは本当に騒がしい。

どのくらい騒がしいと言えば――私と蓮子の座っていた席に赤の他人が同席しなければならないほどには賑わっていた。

つまり私達が座るテーブルには私を含めて3人。

 

一人は私の友人・宇佐美蓮子(うさみれんこ)

白いリボンの巻かれた、黒い中折れ帽を被り、白いワイシャツに長めのスカートを穿いている。一見して女の子らしい服装にも思えるが、赤いネクタイをしているせいなのか男の子に見えないこともない。本人はそのことをあまり気にしていないが。

私と同じ、この大学のオカルトサークル――『秘封倶楽部』に所属しており、専攻分野は『超統一物理学』。知能指数の高いこの世界でも、彼女は飛びぬけて頭がいいのだ。普段はそんな風に見えないけれど。

 

もう一人は黒髪の長い少女。

同席しても良いかと尋ねられたので特に何も考えず了承したのだが、改めて考えると彼女は初めて見る顔である。深窓の令嬢と言われても違和感のないほどに上品さを漂わせており、紅茶を飲む姿は小説などで見たことのある「貴族」という人々を彷彿させた。

彼女は紅茶を雰囲気に溶け込むが如く嗜んでいた。

 

 

 

さて、説明はそれくらいにしよう。

それにしても初夏に入ったばかりだというのに暑いにも程がある。

私は夏の暑さともう一つのことで頭を悩ませていた。

 

「――であるからして! 恐らくこの新聞に載ってる神社は心霊スポットだと思うの!」

 

「蓮子、さすがにカフェテリアでは自重してくれない?」

 

相変わらず我が道を行く友人だ。

基本的に蓮子の行動に振り回されている私だが、それを不快に思ったことはほとんどない。

それでも時と場所を弁えて欲しいという本音。

 

私は溜息をつきながら友人を諫めたのが、彼女はどこ吹く風だった。

こんな諫言で直すようなら私は振り回されないか。

 

「だって明らかに『幽霊います』的な雰囲気を出してる神社だよ!?」

 

「分かった分かった。その話はサークル棟で聞いてあげるから、その雑誌を早く仕舞って昼食が来るのを待ちましょ。お隣さんに失礼よ」

 

「あ」

 

本当に忘れていたのだろう。

いかにも怪しそうなオカルト雑誌を私に向けたまま蓮子は固まった。

そして壊れた機械のように同席している少女の方を振り向く。

 

呆れているか他人の振りをしているだろう。私だってそうだ。

オカルトなんて科学が主流の現代には流行らない……なんて思っていたけれど、同席していた少女の反応は違った。

 

「……続けて構いませんよ?」

 

黒髪の少女は不思議そうに首を傾げていた。

私は驚きながらも疑問を口にする。

 

「えっと……もしかしてオカルトとか興味あります?」

 

「私に敬語など使わなくても結構ですよ。……そうですね、興味があるというよりは『神秘』を求める姿勢には心底感心しています」

 

儚げに微笑む少女に、蓮子は目を輝かせた。

これは予想外だった。

蓮子や私の所属しているサークルはただでさえ『オカルト』を掲げている。だから大学の教授ですら私達と極力拘わらない姿勢を示していたから、彼女の反応は蓮子には嬉しかったのだろう。

 

 

 

 

 

しかし――私にはどうにも彼女に違和感を感じる。

 

 

 

 

 

黒髪の少女に嘘をついている様子はない。

けれども彼女の言葉一つ一つに何とも言い現わしがたいような感覚を覚えるのだ。このような感覚に陥ったのは初めてだったため、自分でもどう判断すればよいのかが検討もつかない。

あまり彼女を蓮子と近づけたくない。

この感覚をどう私の友人に伝えるべきなのか。

 

証拠もなく私の感覚だけが頼り。

何か得られるものはないか――と私は彼女を無意識に『視た』。

 

私と蓮子には誰にも言えない秘密というものがある。

それは私達が科学では立証できないような『能力』を持っていることだ。

私は〔結界の境界が見える程度の能力〕。

蓮子は〔星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力〕。

ある意味では私達がオカルトサークルに所属している理由もこれが含まれるかもしれない。

 

「――え?」

 

〔結界の境界が見える程度の能力〕なんて一般人に使ったところで何の意味もないのは私自身が良く知っている。心霊スポットや何かしらの結界の境界がある場合のみに重宝するものであり、人物の正体を見極めるなんて都合の良いことはできないのだ。

それは蓮子の能力にも当てはまることであり、能力なんて地味で日常生活には役に立たない。

 

 

 

 

だからこそ――彼女を『視て』私は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か見えましたか? マエリベリーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓を鷲掴みにされるような言葉に我に返った。

いつの間にか黒髪の少女はニコニコと私の方を観察していたのだ。紅茶のカップを持ったまま上品に微笑む少女。

状況が分かって居ない蓮子は目を点にしていた。

 

「メリー、どうかしたの?」

 

「貴女は……何者なんですか?」

 

震える口が押えられなかった。

本当ならばこの場から逃げ出したかった。

 

 

 

 

 

だって彼女は――いや、彼は人ではないのだから。

 

 

 

 

 

「いやはや……〔結界の境界が見える程度の能力〕を過小評価していましたかね? 私を『視る』ことが出来るとは、さすが賢者(・・)と同系統の能力をもつ者……と賛辞を送りましょう」

 

「!?」

 

ここにきてようやく蓮子も彼女の異常さに気付いたようだ。

気付くの遅い……とは思わない。

私もこの能力を使わなければ違和感の正体に気付かなかったのだから。

 

私の能力越しに見た彼女は――黒髪の長身の男性だった。

これも彼の能力なのだろうか? 私たち以外の能力者に会うのは初めてなのでどう反応すればよいのか分からない。

しかし彼は私の能力を知っていた。私は警戒しながら口を開く。

 

「貴方の目的は……何?」

 

「目的ですか。ふむ、何と申せばよいのやら。私は上から指示されてここに来たわけであり、私個人に目的のようなものはないんですよねぇ。貴女の言う目的が上司のものであれば――貴女方の勧誘でしょうか?」

 

「勧誘?」

 

少女――男性はカップをテーブルに置く。

 

「近代化の進む日本。科学の発展により人口減少が避けられず、私の同胞や友の仲間ですら自我を保てないくらいに夢のない世界。神秘が陳腐な妄想と成り果てた世界に何の価値がありましょう? 私は嘆かわしくて仕方がありませんよ」

 

「……まるで過去から来たような言い草ね」

 

「えぇ、そうですから」

 

私の皮肉にも彼はあっさり肯定した。

時間の平行移動? 蓮子が絶句しているあたり、それは現代科学では不可能の領域なのだろう。

彼は少女の姿を偽りながら、人差し指を立てて振り子のように振った。

 

「確かにこの時代の現代科学では立証不可能な現象でしょうね。なんせ貴女方の目前にいる者は、人類が作りだした神秘の産物なのですから」

 

「私達が作りだした……?」

 

「神話然り都市伝説然り、憧れ、想い、畏れ……人々の感情や空想によって誕生するものです。だから天使や悪魔、妖怪や英雄などは脚色や時代で書き換えられても、結局は人間の想いがなければ存在すら保てなくなるんですよ。故に、この世界は住みにくい」

 

「要するに貴方は神様!?」

 

「ちょ、蓮子!?」

 

貴方は神様!?とかカフェテリアで叫ぶ単語じゃない。

また変な目で見られるじゃないと思って周囲を見渡し――愕然とした。

私が彼女を注視し過ぎたせいでもあるが、まだ彼女の言葉は信じられるものでもなかった。私の目も勘違いかもしれないし、彼女は私のお名前を偶然知っていた可能性もある。蓮子の食いつく話題に合わせていることも否定できない。

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――周囲の人間が一ミリも動いていない現象を見るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どおりで頼んだメニューが来ないわけだ。

パスタを持って来る店員も、本を読んでいる学生も、空を泳ぐように飛ぶ鳥も、もしかしたら頭上に上る太陽でさえも……ある時を境に動く気配すら見せない。

私の能力を使っても見ることが出来なかった。

 

私は立ち上がって彼を睨みつけた。

不安になっている蓮子も私のそばに近寄ってくる。

 

「貴方は何をしたの!? 貴方は誰!?」

 

「ただ時を止めた(・・・・・)だけですがね。これを使って」

 

『少女の姿をした何か』も立ち上がると、懐から鈍色の懐中時計を取りだして開く。

そこには1から12までの数字を刻んだ時計盤……ではなく、天動説に基づいた太陽系があしらわれていた時計。文字盤の中央には地球を表す円盤や球が置かれており、3つの針がカチカチと不思議な音を鳴らす。

それを見た蓮子が「天文時計……」と呟いた。

少なくとも『時を止める現象を起こす時計』という意味ではないと思うが。

 

「後は私の名前、でしたか? そのうち分かるでしょうが今は本名を教えることはできませんね。まぁ、あえて名乗るのであれば――」

 

そこまで言葉を切ると『少女の姿をした何か』は立ち上がり、まるで道化が如く仰々しいお辞儀を披露した。そして顔を上げながらニヤリと綺麗な口を歪ませる。

 

 

 

 

 

「――詐欺師(Προμηθεύς)、と」

 

 

 

 

 

流暢な発音で『プロメテウス』の意の言葉を聞いた瞬間、私の視界は脳を揺さぶられたように歪む。

急いで隣の蓮子の方を確認したが、彼女は意識を保てず倒れてしまう。

 

「……連……子……」

 

最後に見た顔は――少女の微笑む姿だった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side ???

 

「――えぇ、手筈通りに」

 

『ご苦労様。これで面白くなりそうだよ』

 

私はスマートフォンから聞こえる声の主の指示通りにマエリベリー・ハーンと宇佐美蓮子を眠らせた後、仕事上の上司に報告の連絡をした。

そこまで難しいことではなかったが、思惑すら知らされず異方の地に拉致される彼女達に同情はしていた。しかし、私がやらなければ上司は他の者に任せるだろうし、その他の者が彼女達を五体満足(・・・・)で拉致するかも分からない。

だから私は仕事を受けるのだった。

 

彼女達がアレに目をつけられなければ、このようなことにならなかったのですが……。

そう私は思わずにはいられなかった。

 

「……少々、横暴が過ぎませんかね?」

 

『何を言ってるんだい? ボクには彼女達の意思なんて関係ないんだよ。彼女達がボクの()として使われるのは必然であり運命……だと思ってくれないかなぁ』

 

私は上司の言葉に溜め息をついた。

唯我独占的思考に一般人なら憤りを感じるだろうが、アレ(・・)は自然現象のようなものだ。人類が自然現象に逆らうなど不可能に近いし、そのような真似ができるのはせいぜい――神殺ぐらいなものだろう。

 

『まぁ、後はよろしくね』

 

「彼女達は幻想郷に――神殺の元へと送ればよろしいので?」

 

『そんな面倒なことはしなくてもいいよ。幻想郷であれば適当に放置すれば博麗神社の巫女や、私の友が助けてくれるだろうよ』

 

「……旧地獄でも?」

 

『前言撤回。比較的安全なところに』

 

彼女達に死なれたら困るからねー、と何かに集中している風に指示する上司。

 

幻想郷――まだ私が暗躍していることを彼に知られるのはマズいことを慮って、そこらへんに放置という指示を出したのでしょう。

そこは素直に礼を言っておきましょうか。

 

『まぁ、そう彼女達が悲惨な目にあうことはないと思うよ』

 

「そうでしょうか?」

 

『大丈夫。あの幻想郷には悲劇を喜劇(・・・・・)に変えてくれる奴がいるからね』

 

私は黒髪の少年のことを思い出した。

確かに――彼ならば何とかしてくれるでしょう。

 

『ところで詐欺師君。吸血鬼とはどのような存在か知ってるかい?』

 

「帝王のこともありましたから、人並みには知ってるとは思いますが……それが何か?」

 

『いやいや、聞いてみただけだよ。ふふっ』

 

また何かを知って隠しているのでしょう。

いつもアレの手のひらで踊らされている感覚を覚えますが、あまりいい気持ちはしませんよ。まったく。

 

『んじゃ、後は任せたよ~』

 

「はい」

 

できるだけ妖怪に襲われない安全な場所に移動させましょうか。

……いや、あえて妖怪に襲われそうな場所に放置して、彼に助けてもらうような演出を作るのも手でしょうか。吊り橋効果とか私の好みですし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どうして素材ドロップしないの!? もう一時間ぐらい狩ってるのに!』

 

「オンラインゲームしながら報告聞くの止めてもらえません?」

 

 

 

 




紫苑「これから投稿ペース落ちるそうでーす」
霊夢「どうして?」
紫苑「この章は旧作ではなかったエピソードだから、完全なオリジナルなんだよ」
霊夢「まさか秘封が出てくるとは思わなかったわ」
紫苑「キャラ崩壊甚だしいと思うぜ? なんたって神殺伝って作者の妄想をストーリーにしたやつだし」
霊夢「Σ(・ω・ノ)ノ!」


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37話 再臨の兆し

side 紫苑

 

『まさか、こうなるとは思わなかった』なんて言い訳を使う人は、現代でも多いと思う。

こういうタイプには二種類あり、『とりあえず言い訳として使う』と『マジで予想外のことが起きた』のどちらかだと俺は考える。少なくとも俺が生きてきた17年間、その二つしか見たことがなかった。

 

俺自身はこの言葉を使ったことがない。

不規則の事態なんて街に住んでいれば毎日起こるレベルだったし、対応できないようでは死ぬのは当たり前だった。

 

 

 

しかし――その言葉を使うときが来るとは思わなかった。

 

 

 

あれは何気ない日常の中だった。

春雪異変の数週間後、雪が溶けて少し暖かくなった頃。

幽香が俺の家にやって来て「手合わせしてくれない?」とか言ってきたので、本当は乗り気ではなかったけど応じたのだった。ちょうど家にアリスがいて、目をキラキラさせながら期待の眼差しを俺に向けていたからだ。

あの空気で断れって方が難しい。

 

それで所変わって魔法の森近くの草原。

俺と幽香は一定の距離を置いて対峙し、被害が出ないようなところでアリスと人形達が体育座りで観戦している。

俺は頭を掻きながら不適に笑う幽香に確認した。

 

「えっと、ルールは1500年前と同じ?」

 

「えぇ、もちろん」

 

ルールと言っても複雑なことは縛っていない。

というか1500年前に幽香との特訓のルールは俺に対する縛りであり、ある化身を使用してはいけないというものだった。

その化身は太陽神の象徴たる第三の化身『白馬』。あらゆるものを焼き尽くす鉄槌の焔を顕現させる力なのだが、幽香は昔からこの化身が好きではないと言う。『白馬』を使って植物やらを燃やしてしまうことを懸念しているからだろう。

俺も弟子が嫌がることを率先して行うほど性格は悪くないが……堂々とルール適応に頷く幽香に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

だってルール適応は1500年前の話だよ?

あのときは幽香も中級レベルの妖怪だったけども! 今じゃ幻想郷最強と謳われる大妖怪だぜ?

 

俺は溜め息をつきながら妖刀を抜く。

それに合わせて幽香も傘を凛々しく払う。

 

「貴方にボコボコにされたことが昨日のことに感じるわ」

 

「怒ってらっしゃったのか……」

 

「そんな訳ないじゃない。強さの骨頂を見せつけられて、どれだけ私が期待したと思っているの?」

 

「それなら未来のアレはどうなんだ? あれこそ強さの骨頂……ってよりも、もはや完成形の類いだぜ?」

 

未来の名前を出すとあからさまに不機嫌になる幽香。

俺は気絶していて一部始終を見ていなかったけど、確か未来に軽くあしらわれたんだっけか。加えてアイツの性格は俺以上のマイペース。一部の奴には好かれるけど、嫌う奴はとことん理解できない思考回路だからなぁ。

雰囲気からして『負けて悔しい』って彼女からは感情が読み取れるけどさ。

 

俺は苦笑いを浮かべて刀を構えた。

我流ではあるけれど隙はない……はず。

 

「んじゃ、いくぞ~。――始めッ!」

 

刹那、俺は『大鴉』の化身を用いて幽香との距離を詰め、幽香の目の前で第二の化身『雄牛』に切り替える。

『雄牛』の能力は『筋力の向上』。場合によっては外界の鬼とすら素手で殴り合うこともできるほど、人間では考えられない腕力を作る化身。妖怪との接近戦を人間の筋力で行うほど馬鹿じゃない。

『雄牛』で強化された筋力での妖刀の斬撃を遠慮なく繰り出す。

 

昔の幽香なら吹っ飛ばされていたであろう一撃。

1500年の時を越えて、その一撃は幽香の傘に激突し拮抗する。

腕が少し震えているように見受けられるが、それでもしっかりと俺の妖刀を受け止めている姿に思わず笑みが溢れる。

 

「へぇ……! さっすが幻想郷最強の大妖怪。肩書きは伊達じゃないってか?」

 

「貴方ほどの一撃を叩き出す人間なんて……幻想郷には存在しないのよ……!」

 

お返しとばかりに幽香の傘が俺の眉間目掛けて振り下ろされる。

もちろん素直に食らってやる訳にもいかない。俺は妖刀で受け止めるのだが、ズシンと骨の髄まで響く重さに目を丸くした。街の連中でも上位に位置する奴等の一撃に相当する幽香の傘攻撃は、関心と呆れを含んだ笑いしか出なかった。

 

「おまっ、本当に幻想郷の妖怪かよ……!」

 

「私や紫が何もしないで1500年間を過ごしてきたと思っているのかしら……!? あの胡散臭いスキマ妖怪も私も、貴方の在り方(・・・)を目指して生きてきたのよ……!」

 

それから数合打ち合ってみたが、もうコイツあの街で過ごせよってほどの力をつけていた。

あの負けず嫌いの花妖怪がここまで強くなったことを誇りに思うと同時に、これほどの大妖怪が今でも俺のことを師と仰ぐことに物凄い違和感を覚えるのであった。

 

 

 

教えられることはないのに。

師匠面する気はないのに。

俺の弟子なんて肩書きは邪魔だろうに。

 

 

 

どうして俺のことをコイツ等は『師匠』と呼ぶのだろうか。

人間を師事したなんて、妖怪にとっては侮られる原因を作るだけなのに、コイツ等――特に紫は俺に敬意を払うのか。

 

なんて考えていたからなのかは定かではない。

不安や疑念があると剣筋が鈍るなんてよく言われ、それに対して未来は「言い訳乙」と反応していたが、これから起こった事件は本当に予測がつかなかった。

 

 

 

 

 

その悲劇は運命の10合目に起こった。

 

 

 

 

 

彼の帝王の妖力を宿す妖刀と打ち合える傘に若干驚いていたことは否定できない。

これが終わったら聞いてみようと思っていると、幽香は大妖怪に相応しい速度で傘で俺の身体を薙ぐ。

我流の俺の剣技に型はなく、昔は長めのナイフを使っていた名残とは言わないけれど、刀を逆手に持って傘を受け止めた。筋力をフルで使って幽香の一撃を凌ぐ。

 

そこでピシッと何かにヒビが入る音がした。

 

最初は幽香の傘が耐えられなくなったと思った。

しまったと俺が顔をしかめたときは遅く、弾ける音と共に得物は中間部位から折れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鬼刀・帝が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え」」

 

妖刀が折れれば傘は貫通する。

折れた刀の先に『雄牛』で強化されていた腕があったのは幸いだった。もし普通に刀を構えていたら、無防備な胴体に妖刀と打ち合える斬撃が俺を真っ二つに切り裂いていただろう。

銀色の破片を撒き散らしながら、傘が俺の腕に当たって数十メートル先まで俺は吹っ飛ばされた。

 

地面に転がる前に刀を手放し、勢いを抑えながら無様に受け身をとって数メートル転がって停止する。

仰向けに倒れた状態の俺は何が起こったのかを頭で理解するのが遅く、じんじんと痛む右腕を太陽に翳す。化身で強化されていたとはいえ、傘を受けた部分が青紫に変色していた。

 

「マジか……」

 

「紫苑さん! 大丈夫!?」

 

心配そうな表情で走ってくるアリスに、大丈夫であると手を振る。

肉体的には大丈夫だけど、精神的に大丈夫とは限らないが。

 

「って、右腕が腫れてるじゃない!」

 

「んなことはどうだっていい。それより妖刀は――」

 

腕以外は外傷はないので、俺は走って幽香と打ち合った所まで戻る。

顔を真っ青にしている幽香には焦った。

 

「し、紫苑……私……」

 

「ゆ、幽香!? しっかりしろ!」

 

「ごめ、ごめんなさ……」

 

情緒不安定な幽香を必死に宥めつつ、俺は真っ二つに折れてしまった妖刀を横目に観察していた。

 

中間部分は破片となっており修復はほぼ不可能。

それよりも疑問に思ったことは――帝からは妖力が一切感じられなかったのだ。帝王の妖力を失った村正は一般的な名刀でしかなく、幽香の傘で折れたのも頷けた。

 

しかしだ。

 

 

 

なら、帝王の妖力はどこへ消えた?

 

 

 

疑問に思うことは多かれど、あの切裂き魔と殺し合っているときに折れなかったのは幸いだ。

いや、西行妖のときもだな。

それならば腕が腫れる程度の怪我だけですんだのは安い。

 

上海と蓬莱が刀の破片を集めている中、俺は内心で大きな溜め息をついていた。厄介事が起きそうな予感と、一年少しの間は愛用していた得物が失われた虚無感。

壊れてしまったものは仕方がない。

 

 

 

 

 

幽香がどうにか落ち着き、アリスと人形達が刀の残骸を集め終わった頃、森から悲鳴のような声が聞こえた気がした。本当に微かと言えるほどには小さな音で、通夜に近い雰囲気の中では耳に届かなかったんじゃないかな。

いや、んなことはどうだっていい。

もしかして人里の人間が襲われているのか?

 

これには幽香もアリスも気づいたらしい。

俺は上海と蓬莱に妖刀の残骸を託し、『大鴉』の化身を使って地面を駆けた。

 

「幽香! アリス! あとは頼んだ!」

 

「紫苑さん、怪我――」

 

人形遣いに止められた気もするが、人間を襲う妖怪を退治するのは博麗の巫女の勤め。それを手伝うと言った俺には、人里に住まう人間を助ける義務が発生する。

森に生い茂る木々の間を縫うように走りながら、悲鳴が聞こえた場所を算出しつつ現場へ向かう。背景が後ろに飛ぶような『大鴉』を使うときのいつもの感覚。

 

そして視界が開けると大型の妖怪が少女二人に襲いかからんと牙を向けていたのだ。胴体は人間で頭は狼のそれ。強そうに見えるが中級になったばかりの妖怪だと判断した。

被害者である少女二人は……もしかして外来人だろうか? 服装が外の世界で見た現代チックなものだったた。詳しいことは未来とかが知っているだろうが、ここにマイペースな白髪の半妖は不在である。

どう対処するべきか数秒悩んで諦めた。

 

「チッ……」

 

このときの俺は少し苛ついていた。幽香に怒りを覚えている訳ではなく、ナイーブになっていた状況で面倒事を起こしやがった狼モドキが苛立ちの原因。

 

 

 

だからストレスの発散として轢くことにした(・・・・・・)

 

 

 

狼の手前で『大鴉』を解除し、スピードを残したまま『雄牛』の化身で右足を強化し、狼の顔めがけて渾身の蹴りを叩き込んだのだった。

鬼と殴り合える筋力の蹴りを、中級妖怪の顔にめり込んだらどうなっしてまうのか。そんなの人里にいる子供ですら結果なんて分かるだろう。

頭から出てはいけない音が綺麗に響きながら、多くの木を巻き込んで狼は吹っ飛んで消えた。

生死なんて確認する必要もない。

 

「あー、スッキリしたー」

 

渾身の蹴りは個人的に文句のつけようがなかった。

底知れぬ清々しさに酔いつつ、俺は襲われる寸前であった少女二人に微笑みかけた。

 

「大丈夫か? 怪我ない?」

 

「「………」」

 

ふむ、見たところ外傷はないようだ。

濃い茶髪の少女と、金髪の少女。

後者は昔の紫にどことなく似ているような印象を受けるが、妖怪ではないらしい。

二人に共通することは、互いに抱き合って半泣きで俺を見つめている……所だろう。第三者からは完全な犯罪者に見えるに違いない。

 

それだけはアカン。

ひとまず自分の身元を説明する。

 

「俺の名前は夜刀神紫苑。信じてもらえるかどうかは君達次第だけど、生物学上は普通の人間だ」

 

最近は『生物学上は』という単語をつけないと、真顔で「は?」とジト目をしてくる幻想郷の住人が多くなった。

世知辛い世の中になったわ。

 

「あ、貴方は人間……なの?」

 

「うん、マジで」

 

金髪の少女の震える質問に笑顔で答えた。

どうして博麗の巫女様は人間と認識されるのに、俺を見ると高確率で神様と見間違われるのだろうと前々から疑問に思う。神力纏ってるせいかね?

 

ここで俺は考えが浅かったことを次の瞬間には悟る。

ワケわからん未開の地に放り出されて、怖い化け物に襲われる。そんなの普通の女の子が体験して心細かったのは当然なはず。彼女等の悲鳴もそういう意味だったのだろう。

さて、そこで現れる同族が怖い化け物を追い払う。

身の危険は一瞬にして消えた。

 

んじゃ、次に彼女等がとる行動とは?

 

 

 

 

 

「「うわああああああああああ!!!」」

 

「へ? ちょ、待――」

 

 

 

 

 

――この後、駆けつけた幽香とアリスが、不思議な格好の少女二人に押し倒される俺の姿を目撃し、一悶着あったのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、訂正。

ご想像にお任せします。

 

 

 

 




紫苑「接着剤どこー?」
アリス「それで直るの!?」
紫苑「――ほれ完成」
アリス「ゑ」


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38話 スキマホイホイ

side 霊夢

 

紫苑さんに弟子入りする。

 

そう決断するには簡単ではあったが、問題は『どうやってお願いするか』だった。恐らくこれが一番の鬼門であろうと推測する。

博麗の巫女が(分類上)一般人である者に教えを請うなど前代未聞であるからして、ぶっちゃけて言えばお願いの仕方が分からないのだ。こういうとき、魔理沙やアリスしか交流がなかったのが本当に悔やまれる。

紫からどうやって弟子入りしたのか聞いてみたところ、

 

 

 

『え、土下座だけど?』

 

 

 

最終手段を最初から使っていたらしい。

参考にすらならなかった。

しかし、私にも具体的な手段がある訳ではないので、土下座も考慮し始めた今日この頃。

 

 

 

「霊夢ー、外来人拾ったー」

 

 

 

紫苑さんが外来人二人を連れて博麗神社にやって来た。

まるで捨て猫でも拾ったような軽さだった。

 

私はちょうど賽銭箱前で雑談していた相手――紫を反射的に睨む。幻想入りの原因の7割強はスキマ妖怪の気まぐれであることは、博麗の巫女たる私だからこそ知っている。

けれども、紫の反応は違った。

「今回は違うわよ……」と言いつつ、紫苑さんが連れて来た外来人の一人――金髪の少女を目を細めて観察していた。初めて見る様子に私もただ事ではないと気を引き締めた。

 

博麗神社の居間に案内した私は、紫苑さんにお茶を頼みつつ二人に状況説明や私達のことを説明する。私の右隣に紫、左隣に茶髪の少女。向かいに金髪の少女がちゃぶ台を囲むように座ったのだ。

外来人にするお決まりのようなものであり、数ヵ月前に紫苑さんにも行ったことだ。……そこで私は九頭竜さんには説明を一切していなかったことを思い出す。まぁ、あの人なら大丈夫でしょ。

 

「ここは現代で忘れ去られた者達の集う楽園、幻想郷。私の名前は博麗霊夢。で、そっちの胡散臭い奴が八雲紫」

 

「えっと、超統一物理学専攻の宇佐美連子です」

 

「マエリベリー・ハーンって言います。メリーって呼んでください」

 

「質問なんだけど、貴女方はどうやって幻想郷に来たの?」

 

超統一物理学って何なんだろう?と思いつつも、私は自分の無知さを悟らせないように平然を装いつつ幻想郷に来た方法を尋ねる。

紫苑さんが持ってきた茶をちゃぶ台に並べた。

それにメリーが礼を言って説明し始める。

 

「私達は大学のカフェテラスで食事をとるつもりだったんですけど、そこで不思議な人に会って、会話してたら意識を失って……気がついたら森にいたんです」

 

「そりゃ災難としか言いようがないな。その不思議な人って誰なのかは覚えてるか? あと敬語とか使わなくていいよ。俺は君達より年下だしな」

 

「「え!?」」

 

紫とメリーの間に座りながら微笑む紫苑さんに、二人は口を開けるくらい驚いていた。私としても彼女達が紫苑さんよりも年上だということに、少なからずビックリしたけれど。

最初に落ち着きを取り戻した連子が続きを語る。

 

「黒い髪の女の子よ。物凄く綺麗な人で、なんか深窓の令嬢みたいな雰囲気だったわ」

 

「それだけじゃ分からんな。もっと情報があれば特定できるかもしれないぜ?」

 

「あとは……自分のことをプロメテウスって言ってた」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

プロメテウス?

その単語を聞いた瞬間の紫苑さんの黒曜石の瞳は鋭くなり、紫も意味を知っているのか目を見開く。先程まで温厚な対応をしていた黒髪の少年が、人が変わったかの如く冷たい目をしたことに、二人の外来人は小さな悲鳴を漏らす。

 

紫苑さんは声を低くして問う。

 

「そいつは他にも何か言ってなかったか? どんな些細なことでもいいから、教えてくれると嬉しい」

 

「わ、私達に近づいた理由が、なんか上司に言われてとか何とか……」

 

メリーの言葉に紫苑さんは舌打ちして立ち上がる。

そこには温厚な少年はいなかった。

冷徹なまでの鋭く鋭利な刃物を彷彿させる雰囲気を纏い、居間から退出しようとした。

 

振り向き様に紫に言葉を残す。

一方の紫は緊張しているのだろうか? 慌てて姿勢を正していた。

 

「ちょっと席外す」

 

「は、はい! いってらっしゃいませ……」

 

紫の賢者としての威厳なんてそこにはなかった。

紫苑さんが去って微妙な空気漂う居間に、耐えられなくなった私は慌てて話題を変えようとしたところで、連子が小声で聞いてくる。

 

「紫苑さんって……あんな感じなの?」

 

「……あの人があれほど怒っている姿なんて、数ヵ月は一緒に居たけど見たことないわ。魔理沙――私の友人が間違えて、味噌汁を彼の顔面にブチ撒けても、逆に魔理沙に火傷がなかったかを心配するくらいお人好しなのよ?」

 

「そうなんだ……」

 

あれが彼の本性だとは思われたくない。

彼をあそこまで豹変させてしまう『プロメテウス』という人物が気がかりではあった。しかし、それを殺気立つ今の紫苑さんに聞こうとはとても思えず、不満ばかりが募る。

 

やはり私の知らないことが多すぎる。

プロメテウスとは誰か? 彼女等を幻想郷に送り込んだ黒幕は誰か?

もしかして――これも異変なのだろうか?

 

 

 

 

 

「……格好いい」

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

頬を赤く染めながら紫苑さんが去った方向を見て呟く金髪の少女。

ちょっとメリーの言ってることが分からなかった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 紫苑

 

 

 

『街における最強とは誰か?』

 

 

 

このような質問をされたとき、新参者であれば『二つ名持ち』やら『重奏』のメンバーを挙げるだろう。重奏は特に『絶対に敵対してはならない化け物』なんて言われているくらいだからな。

確かに街に住まう奴等は人間から見れば絶対的強者に他ならない。でなければ他国が自治権を認めたりしないだろう。あの街は『街』と呼ばれてはいるが、どの国からも干渉を受けない独立国家と同じようなものである。

 

そんな街における最強。

けど――街の古参ならば口を揃えて同じ名を言う。

 

俺も、切裂き魔も、壊神も、帝王も、詐欺師も、『独奏(アリア)』であり化け物の筆頭の土御門の姐さんですら、苦笑いを浮かべながらこう答えるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『暗闇』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は博麗神社の階段の最上段に腰掛けて、スマホを取りだし電話を掛ける。本来ならば電話機能は使い物にならないのは知っているが、俺は『ある奴』に用があった。

 

数回のコールの後、繋がる(・・・)

もちろん俺は驚かない。

 

『やっほー。紫苑からかけてくるなんて珍しいね~』

 

「……俺だって幻想郷に来てまで仕事上の元上司に電話かけるとは思いたくなかったわ」

 

『あ、ちょっと電話かけ直してくれない? まだ素材ドロップしてなくてクエスト進まないんだよ。運営これ確率絞ってるよね。これは引退ものですわー』

 

「今から真面目な話する予定なのにオンラインゲームしながら聞くんじゃねーよ、このヒキニートが。予想だけとお前が詰まってるクエストの素材って、他のクエストの報酬でゲットできるはずだぜ?」

 

『……ゑ? マジ!?』

 

緊張感のない会話に怒りを通り越して呆れる俺。

これが『最強』だと思うと涙が出る。

 

――暗闇。

街の統括者兼、事実上の独立治安維持部隊の最高責任者。しかし、実は俺もコイツの正体を把握していない。

 

クエストの内容を尋ねてくる奴ではあるが、生命というものが『畏れ』というものを抱いた瞬間に誕生した最古の妖怪。特定の名を持たず、あらゆる神話の頂点に立つ神格の原点たる存在。

能力は『闇』。程度をつけることすら烏滸がましい。

始祖にして原点。頂点にして絶対。

指を鳴らすだけで世界を終らす――なんて噂が真実だと思わせる程の強さを持つ、過去・現在・未来に生きる『自然現象』。

 

ぶっちゃけて言うならば『全次元を司る神様的存在』なのだ。

暗闇を知ってる奴ほど思い知らされる。絶対に勝てないと。

オンラインゲーム嗜んでやがるけど。

 

「つかクエストの内容とか知ってるんだろ(・・・・・・・)

 

知らないよ(・・・・・)? ボクはこのゲームを純粋に楽しみたいからね』

 

暗闇の楽しそうな声。

そう、コイツなら全てを知れる筈なのだ。

それを敢えてしないのが暗闇っていう奴であり、現世の事柄に不干渉を貫いている。街のことは口を出さないし、面白いことがあれば率先して参加しようとする。

快楽主義の絶対者。

 

「なら取引だ」

 

『何をお望みなのかな?』

 

「質問に答えろ。宇佐美連子とマエリベリー・ハーンを幻想郷に送った首謀者はお前だろ?」

 

『うん』

 

あっさり――隠すことなく堂々と俺の質問に答える。

その様子に、俺は肩を落とすしかなかった。

 

長年の付き合いでわかる。

コイツは連子とメリーを元の時代に戻す気が一切ない(・・・・)

詐欺師が彼女等を未来から呼び寄せたのは二人の会話から推測できたし、あのペテン師なら時間の平行移動もできる。できなかったところで暗闇本人が可能だ。

暗闇は一度決めたことは頑なに撤回しない。

彼女等には後で土下座することを心に決め、せめてコイツの考えている意図くらいは聞こうと思った。

 

それでも納得できないことに変わりはない。

柄にもなく悪態をついた。

 

「連子やメリーにだって生活や家族はいるはずだ。なんで先の世界から彼女等のを拐った!? てめぇの自分勝手な余興に巻き込みやがって……二人に罪はないだろ!?」

 

『関係がない――とは一概には言えないけど、確かに宇佐美連子とマエリベリー・ハーンは無関係ではあるね。ボクとしても目的は後者だけだったし』

 

「メリーが?」

 

『君だって彼女の能力に気づいているだろう?』

 

メリーの能力。

二人を博麗神社に連れていく間に教えてもらったが、彼女は〔結界の境界が見える程度の能力〕というものを持っているとか言ってたな。

紫とは似ているとは思ったが。

 

オンラインゲームをしながら語っているとは思えないほどの真剣な口調で暗闇は言う。

 

『マエリベリー君の存在がボクの目的であり、宇佐美君はマエリベリー君のために連れて来たものさ。どちらか欠ければ精神が不安定になりかねないしね。さて、その目的にはいくつかあるけど……君も幻想郷には二つの結界があるのは知ってるはずだ。博麗大結界と――』

 

「――幻と実体の境界」

 

正解、と不出来な生徒に教える教員のように呟く暗闇。

現世で忘れ去られた全世界の妖怪を集め、現世から幻想郷を見えなくする結界だと紫から聞いた気がする。

 

『まぁ、分かりやすく言えば後者の強化が目的ってこと。マエリベリー君はそのために呼んだってワケ。今の幻と実体の境界は不安定だからね』

 

「不安定? んなこと紫から聞いてないぞ」

 

『そりゃ紫苑には言わないでしょ。――原因は紫苑達なんだし』

 

俺は一瞬だが思考が固まった。

俺が原因?

 

『幻想郷ってのは忘れ去られた者達の楽園だ。現世で存在すら保てなくなるくらい朧気な者達の世界。逆に紫苑と未来はどうだい? 普通の人間なら一人二人幻想入りしたところで結界には響かないけど、街でも屈指の存在たる君達だよ? 結界に響くってもんさ』

 

「……なら」

 

『紫苑と未来が幻想郷から抜ければいい……って君なら考えると思ったけど、それは紫君が許さないだろうね。だからボクが彼女の張る結界をサポートする存在――〔結界の境界が見える程度の能力〕を持つ未来人を送った』

 

つまりは俺達のせいか。

俺と未来が幻想郷に来たせいで、連子とメリーは拉致された。その事実が俺に重くのし掛かる。

 

俺の舌打ちに電話の向こうから苦笑いが聞こえた。

 

『まぁ、君達なら数百年経てば存在が忘れ去られるだろうから、一時的な処置ってことだよ。彼女等も幻想になるけどね、うん』

 

「じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ……」

 

『責任とって彼女等を嫁にしちゃいなよyou』

 

「殺す」

 

『やれるもんならねー』

 

暗闇の戯れ言に俺は大きく溜め息をついた。

衣食住の提供以外に、彼女等にしてやれることって何なんだろう? この自然現象が黒幕とはいえ、原因は俺にある。彼女等を元の時代に返せたら……なんて考えるけど机上の空論に過ぎない。

 

行き場のない苛立ち。

だからとりあえず。

 

 

 

 

 

『ほれほれ~、クエスト内容教えて~』

 

「お前M(monster)P(player)K(kill)するから覚悟してろよ」

 

『やめて!? ボクのレベルは紫苑より低いんだよ!?』

 

 

 

 

 

オンラインゲーム内でモンスターけしかけて、暗闇のキャラを妨害することにした。

 

 

 

 




暗闇「アカン! 紫苑しつこすぎ!」
アイリス「??」
暗闇「アイリス君か! ちょっと少女二人を面白半分で誘拐したら紫苑が怒ってボクをMPKし始めたんだ! 助けて!」
アイリス「……紫苑の手伝いしてくる」
暗闇「まさかの裏切り!?」
アイリス「部隊のみんな誘ってMPK」
暗闇「洒落にならんから止め――」

※良い子は真似しないでね☆


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39話 規格外の宣言

side 蓮子

 

昼過ぎ。

霊夢から幻想郷の話を聞いて一段落ついた辺りで、不機嫌そうに紫苑さんが帰ってきた。霊夢からは話の時に呼び捨てで構わないと言われて『さん』をつけないでいるが、彼はなぜか呼び捨てにしようとは思わなかった。紫苑さんが年下なのに不思議と年配者の雰囲気を醸し出しているからか?

彼が帰ってきて最初に起こした行動は――私達に頭を下げることだった。

 

私とメリーを幻想郷に送った人物は彼の友人であり、その根本的な原因は自分にあると紫苑さんは語った。

そして、私達が元の時代に戻れないことも。

 

私達はこれからどうなってしまうのか。

不安で仕方がなかった。

不安どころの話ではなかった。

自分の身体が『不安』という概念に押し潰される様、胸が張り裂けそうなほど怖かった。平然を装ってはいたけれど、錯乱して泣き出したかった。

 

ただ、彼が住む場所を提供してくれると言ってくれたときは、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

ここで放り出されたら……なんて最悪の事態は蹴られたのだから。男の人の家に住むのに抵抗がないとは言えないが、今の私には逆に誰か幻想郷に詳しい者がいてくれることが何よりも重要だった。

彼の家は比較的現代風の内装。

都会出身の私からは時代遅れなものだったけれど、違和感を持つほどの古さではなかった。綺麗に部屋が掃除されていたこともあってか、新築と言われても納得してしまうほど整理してあった。……下手すれば私の部屋より綺麗かも。

 

「上に何部屋か使ってないところがあるから、それぞれ好きな部屋を選んでいいよ。女の子だし、私室くらい欲しいだろ?」

 

リビングに通された私とメリーに、紫苑さんは上――正確には二階を差しながら気を遣ってくれる。

私達は二階へと上がろうとしたとき、後ろから声が聞こえた。

 

「6時くらいには降りてこいよ~」

 

私とメリーは階段を上ってすぐ近くの部屋を選んだ。

メリーの隣の部屋を選び、中に入ると簡素な机とベッドが視界に入る。広すぎず狭すぎず、家具は目立ったものはなく、どこかの安ホテルに似たような光景だった。

 

私はベッドの上に寝転ぶ。

仰向けになると、視界を自分の腕で隠した。白い天井が黒い世界に変わる。

 

「……これから、どうなっちゃうんだろ」

 

先がどうなるかなんて元いた世界でも同じこと。

なのに……どうしてこうも胸騒ぎが収まらないのか。

メリーがいなかったら本当に取り乱していた。

 

 

 

帰りたい。

帰りたい。

帰りたい。

帰りたい。

帰りたい――

 

 

 

そう心の中で繰り返しているうちに、私はいつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「――あ!」

 

目が覚めると外は予想以上に暗かった。

春で日が落ちるのが早いとはいえ、真っ暗になっているということは午後6時を過ぎているはず。私が持っている能力――〔星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力〕で確認したところ……7時を過ぎていた。

慌てて寝ているときに乱れた服装を正し、部屋を出てリビングへと向かった。

 

リビングにいたのは4人。

そのうち私が知っているのは一人。随分と懐かしい家庭用ゲーム機で遊んでいる霊夢だった。

しかし他の三人……霊夢と対戦している魔法使いのコスプレをした少女と順番待ちをしているであろう人形が周囲に漂っている少女、その様子をソファーに座って眺めているマイペースそうな白髪の少年は初めて見る。

私がリビングに入った瞬間に、少年は私の方を向いて微笑む。

 

「こんばんは~。よく眠れた感じ?」

 

「あ、蓮子。遅いわよ」

 

少年の声に気付いた霊夢が振り返り、その拍子にリビングにいる全員の注目を集めることとなった。

彼女等は一度ゲームを中断し、それぞれ自己紹介をしてくれた。

 

魔法使いの人は霧雨魔理沙。

人形遣いの人はアリス・マーガトロイド。

白髪の人は九頭竜未来。

 

最後に彼が自己紹介をし、私はリビングを見渡しながら四人に尋ねた。

 

「えっと……メリーがどこにいるのか知らない?」

 

「メリーなら厨房で紫苑と晩飯作ってるぜ」

 

男の子みたいな口調の魔理沙の言葉通り、キッチンを覗いてみたら紫苑さんとメリーが並んで料理を作っていた。

彼女の姿を確認してホッとしていると、魔理沙もアリスも『何か困ったことがあったら協力する』と私を気遣ってくれた。その言葉に心の底からお礼を言う中、未来が苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

 

「けど蓮ちょんも災難だったねぇ。まさか暗闇に目をつけられるなんてさ」

 

「え?」

 

暗闇……って、確か私達を幻想郷に連れてきた張本人だったはず。

彼はその人物を知っているのだろうか?

そう質問してみると、何も答えない未来はリビングの一角まで移動し何かを取って戻ってくる。取ってきた物を私に差し出して指す。

 

「その紫苑に抱きついてる銀髪のロリっ子が暗闇」

 

「……綺麗」

 

誰が言った言葉かは定かではない。

その写真は八人の男女の集合写真であり、異様な雰囲気漂うメンバーの中でも一番最初に目がいく少女。銀色の長い髪と蒼き瞳、同性異性問わず相手を魅了してしまうような美貌に一瞬だけれど我を忘れてしまいそうになり他のメンバーへと視線を移す。

 

 

 

ドレスを着こなす長身のグラマラス紅髪の女性。

額に二本の角のあるスーツ姿の巨漢。

胡散臭さ満載の燕尾服を着た黒髪の男性。

獰猛な笑みを浮かべる灰色の髪の少年。

何とも言えぬ威圧感を放つ軍服姿の蒼髪の青年。

そして――未来と紫苑さん。

 

 

 

どれも一貫して楽しそうな笑みを浮かべていた。

どこかビルの前で撮影したのだろうか?

 

「……これ、よく撮れたわね」

 

霊夢の言葉に私達三人は激しく頷いた。

この銀髪の少女は写真越しでも正気を保っていられるのか怪しいのに、他の人も一筋縄ではない曲者だと見ただけで分かる。未来は笑うだけだった。

 

「けど暗闇って蓮子を無理やり連れてくるなんて酷い奴だな! というか『暗闇』って偽名だろ!?」

 

「未来さん、彼女の名前は何なの?」

 

それは私も知りたかった。

暗闇という名前が本名だとは思わないからだ。

しかし、未来は首を振った。

 

 

 

 

 

「アイツに本名なんてないよ」

 

「「「「え?」」」」

 

 

 

 

 

私は目が点になった。

 

「ポリネシアの諸神話のポー、ゾロアスター教のアンラ・マンユやアングラ・マイニュイ、ユダヤのカラハブ、新約聖書の悪魔やサタン、インカ神話のスーパイ、エジプト神話のアペプ、ギリシャ神話のカオス、マヤ神話のシバルバー……もう挙げたらキリがないけど、それらの大本となった根源にして原点の存在だよ。だから名前なんて腐るほど存在するし、それが本名とも限らない。だから僕達は『暗闇』って呼ぶのさ」

 

「そ、そんな凄い人だったの!?」

 

「アリっち、アイツは『人』じゃなくて『自然現象』さ。生半可な存在じゃ太刀打ちどころか目視すらできないし、もちろん文句すら伝えられないからね」

 

自分がとんでもない化物に目をつけられてしまったのではないかと恐れるが、アリスと魔理沙は眉を潜めて首を傾げたのだった。

恐らく今挙げた『暗闇』の別名が理解できなかったから、どれ程の存在なのか想像できなかったのだろう。それに対して未来は「こう言えな理解できるかな?」と説明を変える。

 

 

 

 

 

「あの紫苑に『アイツにはどう逆立ちしても勝てない』って言わせた奴だよ」

 

「「はぁ!?」」

 

 

 

 

 

魔理沙とアリスは目を丸くして驚く。

そこから『紫苑さんへの強さにおける絶対的信頼』が窺えた。

 

「盛大なブーメランだろうけど、僕達ですら『暗闇の強さは頭おかしいレベル』って断言できるからね。上には上がいるんだよ、うん」

 

「外の世界って恐ろしい場所なんだな……」

 

そんな場所に住んでて堪るか。

魔理沙の引きつった表情に心の中でツッコミを入れる。

 

けど……メリーはそんな化け物に利用価値を見出だされてしまった。

大丈夫かな? 酷い事されたりとか……。

という友人への心配が顔に出ていたのだろう。未来は私の肩を優しく叩きながら穏やかな口調で励ます。

 

「基本的に暗闇は不干渉を貫いてる。今回が例外中の例外。確かに未開の地で不安はあるだろうけど、どうせ巻き込まれたんなら楽しまなきゃ損だよ? それでも心配なら僕や紫苑を頼るといい。大丈夫、君達が幻想郷で被害に会うことは絶対にないと約束しよう」

 

そこには自分の力の信頼と、確固たる意思があった。

霊夢達も初めて見たのか、意外と言いたげな顔をする。

 

「貴方にそういう面があったなんて意外」

 

「ほら、僕も原因の一つだろうしね?」

 

彼の言葉を聞いて、今まで感じていた重圧が軽くなった気がした。

私達は『秘封倶楽部』のメンバー。こんなオカルト世界を楽しまない方が勿体ないというもの。

せっかく彼等が安全を保障してくれたのだ。

しがらみもなく義務もない、自由な生き方をしてみるのも一興だと私は思ったのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

side 未来

 

日付が変わって少し経った時間帯。

シャワーを浴びてすっきりし、バスタオルで髪についている水滴を吸収させながらリビングに戻ると、ソファーで寝そべって本を読んでいる紫苑の姿を見つけた。

冬が終わって少し暖かくなる季節。紫苑は半袖のシャツを着ているのだが、右腕に青紫色の腫れた跡が残っていた。

 

夕食の時に霊っちに指摘されて、ゆうかりんとの手合わせで受けた傷らしいことが判明した。博麗の巫女さんは口煩く紫苑に説教していたのは面白かった。

 

「あれ? 蓮ちょんとプチゆかりんは寝たの?」

 

「お前が風呂入ってる間になー。疲れたんだろうよ。……つか、蓮子はまだ分かるとして、メリーの呼び方は何とかならないか? さすがに本人に失礼だろう?」

 

「プチゆかりんが止めてって言ったら考える」

 

呆れているであろう紫苑をよそに、僕はキッチンにある冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取り出してリビングに戻る。

それを見た紫苑は体を起こした。

 

「未来」

 

「んー?」

 

僕はペットボトルの蓋を開けて中の液体を喉に流す。

 

 

 

 

 

「帝が折れた」

 

「うごッ……!」

 

 

 

 

 

中身を盛大に吹きそうになった。

気管支にオレンジジュースが侵入し、無様に噎せてしまう。普段ならそんな醜態を見せないよう細心の注意を払うけど、紫苑の発言は予想外過ぎて対応できなかった。

 

何度か咳をした後、僕は上擦った声で問い詰める。

 

「ちょ、はぁ!? 帝折れたって……壊神の能力ですら軽く耐えられる神器レベルの至宝だよね!? 何をどうしたら折れるのさ!」

 

「幽香と打ち合ってたら折れた」

 

「ゆうかりんパネェっす……」

 

紫苑の弟子である花妖怪に戦慄していると、紫苑はアホかと言いたげに虚空から妖刀であったものを取り出す。

最初は何か分からなかったけど、柄を見て悟った。

 

「……それ?」

 

「うん」

 

紫苑から放り投げられた妖刀の柄を空中で掴む。

見事なまでに中央から真っ二つ。刃が二分の一しか残っていない。

 

しかし――問題はそこじゃない。

 

「――神殺、妖力どうした?」

 

「知らん。折れたときには空っぽ。気配すら燐片も残っちゃいねぇ」

 

軽く妖刀だった刀を振ってみるが……うん、普通の名刀。

僕は紫苑に投げ返した。

 

「それで、天下の部隊長様はどう推測する?」

 

「元な。考えられる要因は複数考えられるけど……如何せん、確証が何一つもないからなぁ。妄言に過ぎないし、不確定情報伝えたところで無駄に不安を煽るのも得策じゃねぇわ」

 

「『幻想郷は常識に囚われちゃいけない』か。あははっ、もし紫苑の考えてることが僕と同じなら……傑作以外の何物でもないよね」

 

けれども僕は見てしまった。

『西行寺幽々子』という存在を。

いや、壊神やもこたんの例もあるだろう。常識的ではない推測だが――もし本当ならば。

 

 

 

 

 

「いやぁ……ここは面白い場所だよ」

 

「騒がしくなる、の間違いじゃないか?」

 

 

 

 

 

二人の化け物の笑い声が、春の夜に響き渡る。

 

 

 

 




紫苑「俺も守るんかい」
蓮子「え……」
紫苑「いやいや、ちゃんと責任は取るから」
紫「|д゜)……結婚!?」
紫苑「ちげぇよ!」



紫苑「話変わりまして、今章終わり次第『第一回 東方神殺伝雑談会』を行いまーす」
未来「オリキャラ勢への質問とか、作者への質問とかを活動報告に書いてくれるとうれしいな」
紫苑「なお感想欄に書くと消されるから気を付けてね」
未来「期限は今章終わるまで!」
紫苑「たくさんの質問お待ちしてますm(__)m」


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40話 整う舞台

評価で指摘されたので実験的な回です。
『side ○○』というものを外してみました。
誰の視点か分かるでしょうか?(分かるとしたら全話を修正しなければ……)


 

 

暗闇と通話して以降、街との連絡がなぜか可能となった。

粋な計らいだよ!と舌を出して笑う暗闇を想像して、無性に腹が立ったのは言うまでもない。

外との連絡手段が増えた今日この頃――つまり蓮子とメリーが幻想郷に来て三日経ち、彼女等が少しずつ今の生活になれ始めた頃。街在住のある人物から電話がかかってきた。

 

俺の知り合いにして元部下。

そして――帝王の腹心だった男。

 

「久しぶりだな、ゼクス。元気してたか?」

 

『はい……まぁ、とりあえずは。紫苑殿もお元気そうで何よりです』

 

「そりゃ仕事から解放されれば元気にもなるさ」

 

排他的な吸血鬼という種族の中では、他の種族に強い偏見を持たない珍しい吸血鬼・ゼクスからの電話だった。ヴラドの計らいで俺の部下となっていたが……今では副隊長だったかな?

とにかく有能だったイメージの強い男で、彼が入隊してから仕事が楽になったほど。

心底ヴラドのじーさんを羨ましく思う理由の一つに挙げても何の不思議もない吸血鬼だった。

 

しかも金髪の超イケメン。

爆発してほしい住民ナンバーワンの吸血鬼であり――

 

 

 

 

 

「んで、仕事は大丈夫かー?」

 

『……自分が不死身の吸血鬼であったことを後悔する日が来るとは』

 

「そうなるわな」

 

 

 

 

 

――最近は胃潰瘍(いかいよう)を患ってるとかなんとか。

主に始末書量産機の部隊長(アイリス)が原因だろうけど。

 

「やっぱお前が部隊長やったほうがいい気がするんだけど、どうして俺の推薦を辞退したん? 断る理由がないと思うんだけどさ」

 

『アイリス殿は生粋のトラブルメーカーなのは街にいる古参は全員知っておりますが……戦闘面に関しては有能であることには変わりないんですよね。『重奏』の候補でもありますし』

 

「なら部下として起用すりゃいーじゃねーか」

 

『あー……』

 

帰ってきたのは歯切れの悪い声だった。

まるで『この人は知らないんか』とでも言いたげな声色で、有能な現副隊長がごもることなど稀であり内心驚いた。

 

『紫苑殿はご存知ないんですよね……』

 

「何が?」

 

『あの人は暗闇殿と紫苑殿以外の者からの指図を一切受け付けないんですよ。力で屈服させようにも彼女より上の実力者となると片手で数えるほどしかおりません故、アイリス殿を上司として進言という形を取るしかなかったと言いますか……』

 

「……マジ?」

 

衝撃の事実に目から鱗が落ちた気分だった。

変わり者の集まりである俺の元部隊の中でも群を抜いて話を聞かない奴だったけど、それでも肝心なところでは素直に命令を受理するアイリス。まさか俺と暗闇(ろくでなし)の言うことしか聞かなかったとは。

 

しかし納得がいかないところがある。

 

「あれ? けど切裂き魔や壊神の言うことは聞いてたぞ、アイツ」

 

『はい、紫苑殿を出汁にすれば大抵のことは素直になりますからね。そのトリガーの紫苑殿が街にいない今となっては使えない手段ですよ』

 

「……俺のせいか」

 

俺はアイリスと別れた時のことを思い出す。

最後の最後まで俺の引退を受け入れず、最終的には自分も幻想郷に行くなどといって紫を困らせていたことは記憶に新しい。……アイツが涙を見せたのもアレが初めてだったよな。

 

それでも隊長としての責務は果たしているのだから、本当にアイツには悪いことをしたと思ってる。

俺は肩を大きく落とした。

 

「すまんな、ホント。いろいろ押し付けちまって」

 

『いえいえ。ヴラド公も孫のように気をかけていたのですし、支えること自体は嫌とは思っておりません』

 

もうちょっと街の破壊を自重してほしいですが……と少々の冗談と大半の本音を漏らすゼクスに、ヴラド公という単語で思い出した俺は話題を変える。

 

「一つだけ聞きたいんだけどさ、吸血鬼って不死身なんだっけ?」

 

『えぇ、生と死を超えた者、生と死の狭間に存在する者、不死者の王……なんて呼ばれていたくらいですからね。人間では致命傷となりうる傷でも、吸血鬼ならば自然治癒で大半は治りますよ』

 

「それはヴラドもだったんだよな?」

 

『? はい、我等が王は不死性が異常でしたから。太陽が照る炎天下の往来を悠々と歩き回り、行きつけのラーメン屋でニンニク増しの豚骨ラーメンを食し、聖水をラッパ飲みするほどには破天荒で常識にとらわれない御方でしたので』

 

「俺もあいつを見てると吸血鬼って何なのか分からなくなったからな」

 

弱点らしい弱点が見当たらない化物だったし、伝承の弱点をついても死なない。

だから……あのじーさんは至高の吸血鬼だったんだ。

俺の笑い声が聞こえたのか、電話の向こうにいるゼクスが心配してくる。

 

『そのヴラド公がどうなさいましたか?』

 

「いや、何でもないよ。ただ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そんな化物が冥府神の呪い程度(・・)で死ぬのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を呟こうとして止めた。

所詮は俺と未来の希望的観測に過ぎない。

だから飲み込んだ言葉の代わりに、仕事に関しての手助けを提案した。

 

「殺し合いには参加できないけど、書類程度なら仕事の手伝いするぞ? PCにデータ送ってくれれば」

 

『よろしいのですか!?』

 

「幻想郷は暇だからな。逆に何か収入源が欲しい」

 

『それならばお言葉に甘えて。ちょうど明日までに提出しなければならない書類があるのですが、その二割ほどを手伝っていただけないでしょうか?』

 

「二割と言わず半分くらい寄越してもいいんだぜ?」

 

俺は仕事内容も聞かずに承諾した。

 

 

 

 

 

「メリー、紫苑さんは?」

 

外国の通貨を両替(FX)で持ってるお金全部使ったような顔で『始末書が……終わらねぇ……』とか言いながら、パソコンと睨めっこしてる」

 

「お仕事なのかな? 紫苑さんも大変ね」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「おねーさまー。おじーさまってどんな吸血鬼だったの?」

 

 

 

そうフランが小首を傾げながら質問されたのは、テラスで午後のティータイムを楽しんでいるとき。

『常に優雅で在れ』という亡き帝王の言葉だったが、私個人としては純粋に妹との時間を大切にしているだけだった。異変前は狂気に取り憑かれたフランと、こうして笑いながら紅茶を飲めるとは夢にも思わなかった。

 

こうして雑談をしながらお菓子を小動物の如くポリポリかじっていたフランの素朴な疑問。

私はどうして聞きたいのかを確認する。

 

「だって……私はおじーさまのこと何も知らないんだもん。お兄様もお姉様も知ってるのに」

 

他からの交流を絶っていたフランはおじいさまのことを知らない。

そして妹が知りたい人物はもう存在しない。

なるほど、彼のことを知っている夜刀神や私から聞きたいと思うのは当然の事だろう。

 

「それに悔しいもの」

 

「悔しい?」

 

「九頭竜に負けたくない」

 

ムッとした表情でフランは不貞腐れる。

紅茶を注いでいた咲夜も珍しく不機嫌になる。

 

九頭竜――私は一度も会ったことはないが……出会い頭に夜刀神を斬殺しようとした、おじいさまとも面識のある男としか情報を持っていなかった。

それに咲夜から聞いたことであり、やけに九頭竜を嫌っていた印象を持つ。それはフランも同じで、対抗意識を燃やしているところを多々見る。

公平な立場から判断するために、後からパチェに彼のことを確認してみたぐらいだ。

 

 

 

 

 

『あれは紫苑と同類よ。半妖が至る強さの究極にして完成形。紫苑が自分の強さを謙遜していたのを前々から不思議に思っていたけれど、あんな規格外の化け物が他にいるのなら納得だわ。私も紫苑のことで九頭竜には好印象は持てないわね。悪い人ではなさそうだけど』

 

 

 

 

 

お、おじいさまの盟友って……一癖二癖ある連中が多くない?

人間の慣用句に『類は友を呼ぶ』なんてものがあるが、思わず納得してしまう妙な関係だと思った。

 

話を戻そう。

おじいさまの話か。

 

「……おじいさまは世界各地に伝わる吸血鬼伝説が生まれる前から存在する、世界最古の吸血鬼よ。おじいさま曰く『気付いたらそこにいた』と言ってたし、私ですら詳しいことは知らないわ」

 

伝承がないのに強力な妖怪。

不可思議なのは確かだが、身近な例としてスキマ妖怪・八雲紫がいる。あれは伝承が不明であるにも関わらず、幻想郷でも三本の指に入る実力者だった。『だった』と過去形なのは、今は夜刀神や九頭竜(きかくがい)の存在があるからだ。

 

フランには難しい話かと思ったけれど、意外にもフランは興味深そうにキラキラした瞳で私の話を聞いていた。

 

「そういえばお兄様が『ヴラドと紫は似てるな』って言ってた」

 

「?」

 

「どっちも『伝承で生まれた妖怪』じゃなくて、そこに在った(・・・)からこそ『伝承が生まれた』とか。生まれた時期が似たような伝承よりも古いのは、その後に彼等の姿を人々が伝承として伝えたからって」

 

私は夜刀神の考察に一理あると考えた。

ふむ、吸血鬼の伝承により生まれた妖怪ではなく、彼がいたからこそ吸血鬼の伝承は生まれたということか。それならばおじいさまが強大な存在であるのにも納得がいく。

 

「こういうの『鶏が先か目玉焼きが先か』ってやつだよね?」

 

「卵を焼いてどうするのよ……」

 

それを言うなら『鶏が先か卵が先か』だ。

しかも、この言葉の意味は鶏は卵から生まれる存在として、ならば最初の個体はどのようにして生まれたのか?という『X が Y 無しに立証されず、Y が X 無しに立証されない場合、最初に生じたのはどちらか?』なんて人間の考えた哲学だ。まったく……人間は本当に奇妙なことを考えるものだわ。

まぁ、フランの言葉の使うタイミングとしては間違っている気がするが。

 

おっと、話が逸れてしまった。

おじいさまの勇姿を語らなくては……とは言ったものの。

 

「……ごめんなさい、フラン。おじいさまが比類なき伝説の吸血鬼だってのは周知なのだけれど、私自身が彼の伝説をも目にすることはほとんどなかったの」

 

「そうなんだ……」

 

おじいさまの強さは一言で表すのならば『圧倒的』に尽きる。

それこそ己の能力を使わずとも、至高の吸血鬼は強かった。故に、私はおじいさまの実力というものを直に目にすることがなかったのだ。

というか私はおじいさまの能力を知らない。

 

そう説明するとフランは残念そうに目を伏せた。

昨夜はフランに気を遣うように顔を覗き込み、私も妹の疑問を解決できなかったことが心に残る。

 

「けど……おじーさまが本気を出せないくらい強かったってことだよね?」

 

「そうね。全力を出せないことをおじいさまは非常に悔やんでいたし――」

 

そこまで口にして、私はふと黒髪の外来人のことを思い出した。

あぁ、彼がいた。

 

「私達の義祖父であるヴラド公の強さなら、夜刀神が良く知っているのではないかしら?」

 

「あ、そっか!」

 

異変後に夜刀神は『帝王に良くて辛勝、悪くて敗北の繰り返し』と言っていた。

輝く黄金の剣を見た私からしてみれば、アレに勝てるとか本当に帝王は最強だったのだと誇りに思える。対等に戦えた夜刀神も大概だが。

 

おじいさまの本気、か……。

一度でも良いから私も見てみたかった。

もう不可能なことではあるけれど。

 

「お兄様からは詳しいこと聞かなかったからなぁ……」

 

「少しは聞いたの? 夜刀神は何て言ってたのかしら?」

 

 

 

 

 

「一言で表すなら『救いようのないオタク』だって」

 

「それ貶してない?」

 

 

 

 

 

初めて聞く単語だというのに褒めてるように聞こえないのは気のせいだろうか。

夜刀神と帝王の関係はライバル関係みたいなものだと言ってたし、相手の良いところを素直に言葉にしなかっただけなのかと思ったが、彼の性格からして可能性は薄かった。

オタクとは何なのだろうか?

今度聞いてみようと思う。

 

フランは上を見上げながら足をぶらぶらさせて呟く。

 

「……おじーさまに会いたいな」

 

「フラン……」

 

それは叶うことのない望み。

しかし私はフランの言葉を否定することが出来なかった。私だって心の底では会いたいのだから。

妹や従者の見えない位置で拳を強く握りしめた。

 

些細なすれ違いで別れ。

二度と会うこともなく。

遺言は盟友が運んでくれた時には手遅れ。

 

『どうして』という言葉しか思い浮かばない。

そのような後悔を口にしてしまいそうな瞬間だった。

 

「お嬢様、あれは……?」

 

「どうしたの、さく……や……」

 

私は従者が指差した方向に視線を向ける。

 

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

そこには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼い三日月が大きく輝いていた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

吸血鬼は生と死の狭間に生きる者。

不死身の王にして超越者。

 

 

 

ましてや彼は生粋の王。

同胞の絆を束ね、君臨する至高の王。

『死』の概念すら超えられずして何が『王』か。

 

 

 

 

 

神殺の妖刀。

夜刀神と九頭竜の記憶。

――二人の幼き吸血鬼の想い。

 

 

 

 

 

さぁ、準備は整った。

 

 

 

始めよう、蒼き月の満ちる刻まで。

踊れ踊れ、道化が如く。

示せ示せ、己が力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控えろ、数多の種族よ。

 

 

 

 

 

王の帰還だ。

 

 

 

 




紫苑「読者の皆様お久しぶりです」
霊夢「どうしてこんなに期間空いたのよ」
紫苑「作者が学園祭間近だからじゃないか? なんか絵の〆切がどうのこうのって」
霊夢「文芸勢じゃなかったけ?」
紫苑「学年合同の絵の話。個人製作は別」
霊夢「じゃあ、次も遅くなる感じ?」
紫苑「なるべく早くはなるんじゃないかなぁ。バイト先もリニューアルで今月いっぱいは休みになるって話だし、今章も佳境になりそうだし」
霊夢「異変がヤバイ予感」
紫苑「あ、異変は俺参加しないから。そのための始末書描写だし」
霊夢「ゑΣ(・ω・ノ)ノ!」
紫苑「俺だって書きたくないわ(´;ω;`)」


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41話 異形の軍勢

 

 

暇は僕の敵である。

紫苑のように暇を楽しむのも一つの手だとは思うが、『暇』なんぞに一度きりの人生の大切な時間をくれてやるには惜しくないか? いや、惜しい。反語。幻想郷があの街より混沌としている訳じゃないのは知ってたし、あそこまで騒がしいと疲れるのだが、それでも暇というのは退屈で嫌いだ。

『というかお前人じゃねーだろ』というツッコミは無視する。

 

そんな僕は宛もなく人里をフラフラしながら歩いていた。

周囲の人からは服装が現代チックなために、珍しいものでも見るような視線を時々受けるが、そんなことは一切お構いなしに人里の人が賑わう道を突き進む。

紫苑が目からハイライトを消しながら元部下の仕事を消化しているので、邪魔しちゃ悪いかなと外に出たから目的があるわじゃない。決して紫苑に仕事に巻き込まれそうな雰囲気だったから逃げたわけじゃないのさ、うん。

 

金もなく宛もなく。

鼻歌混じりにスキップしながら、どうせなら自分に向いてる仕事でも探してみようかと足を動かしていると、見知った顔が視線の先にいた。

 

銀髪の少女が水色と青色の中間に位置するような髪をした女性と雑談をしていた。片方は異変の時に遊んだみょんだろうけど……隣のインテリ風の女の人は誰かな?

暇潰しに僕は近づいてみる。

 

「こんにーちはー」

 

「あ、未来さん!」

 

僕が声を掛けると、みょん――魂魄妖夢は花のように表情を咲かせる。

みょんが何歳なのかは聞いたことがないので知らないけど、外見相応の年頃の女の子らしい嬉しそうな笑みだった。彼女の微笑みの前では西行妖の美しい桜でさえ霞んで見えてしまうだろう。

……何というか、声かけただけで満開の笑みを浮かべられたことなんて初めてだから、どう反応すればいいのか分からないや。何となく読める心の中も『やった!』とか『嬉しい』って感情が大半を占めている。

こんなに喜ばれるようなことしたっけ?

 

苦笑いを浮かべる僕に、青い髪の女性が尋ねてくる。

もしかしなくても半妖。既視感がないから見たことのないタイプの半妖だろうね。

 

「どちら様かな? あぁ、私は上白沢慧音という」

 

「自己紹介ありがとね。僕は九頭竜未来。最近だけど幻想郷に来た半妖さ」

 

「君が例の……」

 

その言葉の意味を聞いてみると、妖夢と先程まで僕の話をしていたようだ。

僕の話題で盛り上がるなんて、何と暇なことか。人のことは言えないけどさ。

 

「紫苑殿が私と藍殿と妹紅と会話していたときに『懐かしい』と言っていたのを思い出してね。もしかして彼の言っていた半妖とは君のことだと思ったのだが」

 

「藍しゃまは知ってるけど……妹紅って誰?」

 

「私の友人で――あまり大声では口に出せないけど、迷いの竹林の案内人をしている不老不死なんだ」

 

「……あー、なるほどね」

 

ゆかりんの式神やってる藍しゃまと、けーねの友人の妹紅――もこたんの話に納得する。

紫苑は藍しゃまを傲慢で冷徹な吸血鬼の王、もこたんを狂った女嫌いの破壊神、けーねを僕に置き換えたわけか。胡散臭い詐欺師がいないのは……まぁ、仕方ないね。詐欺師の同類なんて聞いたことないし。

けど紫苑、それけーね達に失礼過ぎない? さすがに僕達に彼女等を当て嵌めるのは可哀想だよ?

 

あの神殺に呆れてながら、僕は会話を繋ぐためにみょんに話題を振る。

けーねは僕の言葉を聞いて「もこたん……今度言ってみようかな」と呟いていた。

 

「みょんと幽々っちは最近元気?」

 

「あ、はい。幽々子様が冥界の管理を大急ぎで片付けているので、宴会を開催するにはもう少し時間がかかるかと……」

 

「そっかー。元気ならいいや」

 

みょんが元気なのは実際に会って確認したし、幽々っちが元気なのを聞いただけで満足。

春雪異変以降、幽々っちとみょんの姿を見なかったから紫苑が気にしてたんだよね。

後で紫苑に伝えてやろう。

 

「しかし……忙しさのせいなのか食費が」

 

「うん、見れば分かる」

 

だから目を逸らすみょんの後ろに食材の山があるのか。

一人の少女が持てるような量とはとても思えず、これを食う幽々っちが想像できない。将来紫苑が食費で頭を悩ませる姿は簡単に想像できそうなのにさ。それはそれで嘲笑ってやりたいが。

けど一人で持つには大変そうだ。虚空に入れてあげようかな?

 

 

 

 

 

なんて雑談をしていると――突然。

そう、あまりにも突然すぎて自然に流してしまうのではないかと思うくらいには突然。

みょんとけーねを映していた視界が不意に暗くなった。電気を消したように闇が空間を支配し、今度は青い明かりが頭上から僕達を照らす。

 

「「……え?」」

 

突如の怪奇現象に二人は疑問符を頭上に浮かべて上を向く。

僕も同じ行動をとった。

二人と僕の決定的な違いは、これから何が起こるのかをおぼろげながら想像出来るところだろう。濃密に辺りを覆う妖力の流れに、僕の頭上を仰ぐ行動は苦笑いを混ぜた表情も含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには――蒼く光る三日月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルームーンよりも鮮やかに写る蒼い月。

それが何の前触れもなく幻想郷に現れたのだった。

目を細めてその現れた月を観察してみると、徐々に――そう、本当に目を凝らさないと分からないくらいの微妙な速度で月が満ちようとしていた。三日月が早い速度で上弦の月になりつつあると言った方が分かりやすいかな? しかし満月になるには少々時間がかかるだろう。

 

加えて懐かしくも濃く力強い妖力の流れを感じた。一つ二つなら考慮するに値しないのだが、それが群れ(・・)となって近づいてくるのであれば話は別だ。

妖怪の大移動とかならば別に無視していいだろう。

けれども、蒼い三日月という怪奇現象の前では、そんな生易しい現象じゃないことはこの場にいる者全員が理解できた。

 

「うーん……ほのぼのタイムは終わりな。異変去ってまた異変? 面白そうな展開だけど――これは厳しいかもしれないぞ……」

 

「未来さん!? これは一体……?」

 

「さぁ? 幻想郷名物の異変じゃない? 恐らく妖力を持った何か(・・)が人里に近づいてきてるね。十や二十じゃないよ、少なくとも千や二千はくだらない」

 

けーねが顔を真っ青にしており、みょんも驚愕の色を見せる。

幻想郷では日常茶飯、という雰囲気じゃない。

ここで立ち止まって議論しても意味がないと思い至り、現場に向かうために妖力がする方へ三人は走った。人々が行き交う人里の大通りを、棒立ちの人々の間をすり抜けるように走りながら僕は考察する。

 

これは間違いなく異変。というか『異変』という言葉で済まして良いのかすら怪しい。

妖力の群れに近づくにつれて最初に予測していた数が誤りであったことを思い知らされた。軽く五千は越えてるよコレ。

果たして主犯は誰なのか。心当たりはあるけれど、もし本当ならば『ありえない』の一言に尽きる。現段階の博麗の巫女には絶対に手に負えない相手であり――僕や紫苑ですら手を焼きかねない妖怪が黒幕なのだから。

 

人里と外との境界線である入り口は人で溢れかえっていた。こんな緊急事態に野次馬根性を発揮するとは恐れ入った。よほど死にたいらしい。

けーねは人里の人間に瞬時に囲まれ、その間に僕とみょんは人混みの間をすり抜けて外を眺めた。

本来ならば草木が生い茂る田舎の平原が映るのだが、みょんは目を見開いて絶句した。

 

「なん……ですか……あれ」

 

「あー……やっぱりか」

 

みょん程じゃないけど僕も言葉が少なくなった。

無理もないだろう。あんな壮観な光景を見れば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に展開するは人ではない何か(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

神話で堕しめられた神々を示す異形の化け物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが隊列を崩さず接近し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数千の規模で人里へと接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七つの頭を持つ大蛇、サソリの尾を持つ竜、下半身がサソリの半人半獣、巨大な獅子……そんな化物集団が、清々しいほどに乱れぬ隊列で接近してくるのだ。

人里に住まう者達は絶望的な声を上げ、それを気に止めず化物集団の足音が重なるくらいに心地良い足踏みが大地にこだます。

唯一その正体を知ってる僕は乾いた笑いしかでなかった。

 

 

 

主を失っても――その誇りは失わないのか。

 

 

 

あれは何なのか。

そのような声が広がる中、僕は思わず声に出た。

 

「あぁ……本当に懐かしい」

 

「未来さん?」

 

僕の言葉に銀髪の剣士が怪訝な表情をするのも無理はない。

「懐かしい」という単語の裏側は『この魑魅魍魎の化け物の正体を知っている』ことに他ならないからだ。大地を揺らす振動が僕の耳には心地よく聞こえ、敵対心をギラギラと撒き散らす数多の瞳に歓喜すら覚えてしまう。

無意識に僕は獰猛な笑みを浮かべているが、当の本人は気づかない。

 

僕は語り聞かせるように昔話を謳う。

そんな場合じゃない? まだ時間はあるさ。

なかったら僕が斬り込んでいる。

 

「――かつて、僕の住んでいた街に〔創造する程度の能力〕を持った奴がいた。『無』から『有』を造り出す……錬金術の法則を完全に無視した、本当にチートみたいな能力だ」

 

「創造する、ですか?」

 

「うん、だから錬金術師には本当に嫌われてたね。アイツは。だって――〔創造する程度の能力〕は命ですら(・・・・)生成してしまうのだから」

 

「!?」

 

ある特定の生物しか造れないとは言っていたが、それでも生命の創造なんて禁術も甚だしい。

それを己の能力を糧にして造り出すことができるのだ。

あまりにも不等価交換過ぎて、能力の持ち主であるアイツでさえも使用を極力控えるくらいだった。

 

絶句する銀髪の剣士にさらに語りかける。

 

「ソイツ自体が万の同胞を束ねる王様だったから、あんまり目にすることはなかったよ。でも、僕や紫苑は何回か目にしたことがある。〔創造する程度の能力〕で何千もの神話生物を生成し、王らしく数の暴力で蹂躙する姿を」

 

「つまり……その人が幻想郷に来ていて、人里を襲おうとしているってことでしょうか?」

 

「うーん、それはどうかな?」

 

みょんの推測に僕は頷くのは難しかった。

短絡的に考えれば〔創造する程度の能力〕を持っている奴が、この異変の主犯だと誰もが思うだろうし、僕だって同じことを考えるだろう。

 

しかし僕は知っている。

ソイツの性格や思考パターンを。

なんの理由もなく無意味に略奪や襲撃を行うような野蛮な発想は論外。寧ろ吐き気すら覚えると言い捨てた生粋の貴族思想の妖怪の性格を。

だからアイツが異変を望んで起こしているとは考えられなかった。

 

というか、それ以前の問題がある。

 

「未来殿、この異変の主犯を知っているのか!? できれば私に教えてくれないだろうか? 早く博麗の巫女に伝えて、この異変を解決してもらわなくては……!」

 

でなければ決して少なくない被害が出る。

半妖の教師は人里から死人が出ることを懸念しているのだろう。僕だって無闇に被害を大きくして楽しむような嗜好は持ち合わせていない。解決できるのであれば口を開いただろうよ。

 

この異変の主犯を知っている。

嫌と言うほど知ってる。

だから――首を横に振った。

 

「……けーね、博麗の巫女は呼ばないでほしいな。この化け物共の相手は僕一人で請け負うよ」

 

「し、しかし――」

 

「でなければ死ぬよ、博麗の巫女が。あの平和ボケした心優しい女の子じゃ、あの軍勢に単騎で突っ込んでも屍が一つ増えるだけさ」

 

命懸けの行動に希望的観測など無意味。

けーねの言葉を僕は無慈悲に切り捨てた。

 

「というか僕が知りたいぐらいだよ。どうやったら蒼い月を消して、目の前にある軍勢を穏便に止めるようなことをできるのかを」

 

「未来さんは知ってるんじゃないんですか?」

 

 

 

 

 

「主犯はね? でも――ソイツは一年前に死んだはずなんだよなぁ」

 

 

 

 

 

大体の予想はついてるし、多分だけど耐えれば(・・・・)時間が解決してくれるはず。

でも数千の神話生物の軍勢を一人で止めるとなると……ちょっと厳しいかもしれない。

 

驚愕の嗚咽を漏らすけーねを横目に、僕は人里から出て化け物の軍勢に向かって走り出す。後ろから制止の声が聞こえるが、振り返ることなく大地を駆けた。

一定の距離まで人里から離れた僕は、虚空に片手を突っ込んで一振りの両手剣を取り出した。西洋のクレイモアと言えば伝わるか。身長と同じくらいの両刃の剣を一振りし、腰を落として構える。

 

この数の相手をするのは久しぶりだ。

現代で神話生物を何千も揃える奴なんて一人しかいなかったからね。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようか――」

 

 

 

 

 

帝王には教えたんだけどなー。

 

――無数の雑魚が、究極の一に勝てる道理など存在しないことを。

 

 

 

 

 




妖夢「かなりヤバイ状況じゃないですか?」
未来「最初は軍勢の数が数万の設定だからね。これでも楽になったほうだよ」
妖夢「と言いますと?」
未来「〔創造する程度の能力〕の元ネタになる神話の神様が出した化物が大型ばかりで修正したとか」
妖夢「あれが数万とか絶望しかありませんからね……」


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42話 共同戦線

 

 

 

「どう……なってんのよっ……コイツ等っ!」

 

「私に聞くなよ!」

 

私が夢想封印を放ち、魔理沙がマスパを目の前にいる妖怪――否、不気味な化け物に炸裂させる。

しかし、私達の攻撃を受けた化け物はというと、少々の傷を負っているようにも見られるが、致命傷とまではいかず私達に襲いかかってくるのだ。これが一体なら時間をかければ済むのだが、三体もいるとなればそれ相応の力が必要。

その力というのが今の私達に不足していた。

 

この化け物が神社に来たのが一時間程前。

いつものように魔理沙と雑談していたのだが、急に前触れもなく夜のように周囲が暗くなり、蒼い三日月が空に浮かんだのだ。

 

「霊夢! 異変だぜ!? 異変だぜ!?」

 

「ちょっと魔理沙、少しは落ち着きなさいよ。……まったく、あの紅魔館の吸血鬼幼女が起こしたんじゃないわよね?」

 

もし上から目線のかりちゅま吸血鬼のせいならば、ボコボコにして賽銭をふんだくってやろうと決意する。

異変の予感に私は溜め息をつき、魔理沙が目を輝かせて私を急かそうとしたとき、感じたことのない濃い妖力が神社に接近してくる気配を覚えた。上位の妖怪だろうか? 面倒だと思いつつ私は懐から札を取り出して、博麗神社に足を踏み入れようとする無礼者を迎え撃とうとした。

 

 

 

 

 

そして――それ(・・)が現れた。

 

 

 

 

 

一般的な人間よりも少し大きいくらいだろう。けど人間とは圧倒的に違う部分が目前の妖怪にあった。

上半身は顎鬚を生やした人間の顔と人間の体なのだが、頭の左右から生えている角冠、鳥の体の後ろ半分と鉤爪が蒼い月で鈍く光り、蠍の尾を持つ。背中には悪魔のような翼。それがゆっくりとした速度で三体ほど境内に侵入してきた。

虚ろで瞳に光のない気味の悪い妖怪は、のそのそと私達に近づいてくるのだ。

 

あんな妖怪なんて見たことがない。

底知れぬ恐怖心で私は一瞬固まり、隣の魔理沙も小さく悲鳴を上げた。

 

「な、何なんだコイツ等!」

 

「知らないわよ。……でも」

 

異形の妖怪が私達の敵であることは理解できた。

私は札を化け物の一体に構える。そしてスペルカードの名を高々に叫ぼうとした。

 

「『霊符・夢想――」

 

「дЬЪУЭнЧ○£νυЦ○■∑щ†∇χμ┝ыэЯ」

 

「――なっ!?」

 

言語を介しているとは思わなかった。

耳障りで眉を潜めてしまう音。

札を向けた相手が悲鳴や金切り声に近い音を出した刹那、瞬きをしたときには私の目の前に巨体を滑るように移動し、大きな鉤爪を私の脳天目掛けて振り下ろそうとしていたのが瞳に写った。

 

勘。

そう、勘だった。

博麗の巫女として持ち合わせている勘。それが生死の境目を分けたと思う。

 

身を投げるように反射的に飛んだ。

受け身もとらずに石畳に体を打ち付ける形となったが、その後に聞こえた轟音に、とった行動は正しかったのだと自覚する。私が顔を上げると、私がいた位置の石畳は振り下ろされた鉤爪によって粉々に粉砕されていた。

もし一瞬でも判断が遅れたらなんて考えるまでもない。

背筋が凍った。

 

それが合図となったらしく、他の二体も雄叫びを月に向かって吠えながら私と魔理沙を襲い始めたのだった。

 

攻撃しても攻撃しても、形振り構わず鉤爪を輝かせて突進してくる。攻撃だけは正確なのに、行動がそれに伴わない。

しかし、それだけじゃない。

この不気味な化け物は妖力と比例した知識がないのだ。

 

微量の妖力を持つ下級妖怪なら分かる。けれども、この化け物共は紫や藍に近い妖力を持ちながら、知性の欠片が見受けられない。これほどの力をもっているならば、普通は言葉を理解して発するだけの知性を持ち合わせているはずなのだ。本当ならば。

しかし人間と同じ口から出るのは不鮮明な音。どう解釈しても知性があるようには思えない。狂気にとり憑かれている様子もない。

 

 

 

じゃあ、コイツ等は何なのか。

私が考えられる要因は一つ。

 

 

 

「……操られてる?」

 

考えられないことでもないが冷や汗が止まらない。

こんな化け物を従える大元が幻想郷にいるという事実に、だ。下手すれば紫よりも強大な黒幕がいるということになる。

つまり……紫苑さんや九頭竜さんと同格の相手なのだろうか? そんなの手に負える訳がない。

 

「дЬЪУЭнЧ○£νυЦ○■∑щ†∇χμ┝ыэЯ」

 

「――っ!」

 

「霊夢!」

 

よそ見をしていたら左腕を切り裂かれた。

浅くもなく深くもなく、傷口から真っ赤な液体が流れる。再起不能という程でもないが、縫わないと治らないであろう深さとでも言うべきか。あの大きな鉤爪から考えれば浅い方だと思う。

でも痛いことに代わりはない。唇を噛み締めて魔理沙の前で醜態を見せないように堪えているが、内心は涙が出るくらい痛くて堪らない。心臓の鼓動が早くなり、深呼吸をして痛みを紛らわそうと試みる。紫苑さんもフランに腕を粉砕されたとき、こんな気持ちだったのかな。

 

魔理沙は私を庇うように前に立つ。

その金髪の魔法使い目掛けて化け物は鉤爪を――

 

「――魔理沙っ!」

 

 

 

 

 

ぐしゃっと肉体を貫く音。

 

 

 

 

 

それは私の友人――からではなく、今にも凶悪な爪を振り下ろそうとした化け物から聞こえた。

腹から突き出た真っ黒い刃が真上にそびえ立ち、化け物を貫いて墓標のように現れたのだ。異形の怪物は刃を抜こうともがいたが、己の身長の三倍はあるであろう刃に貫かれ、地面から浮いているとあっては容易に逃れられない。

緑色の液体が刃を伝うように下へ落ちる。

 

どこから刃は現れたのか。

それは刃が突き出た地面を見れば一目瞭然だった。

正確には地面から突出したものではなく、見慣れている不気味なスキマから飛び出ている。

 

「博麗の巫女とあろう者が情けない……なんて言うのは可哀想かしらね。経験不足の貴女が相手できるほど生易しい存在ではないのだから」

 

ふわりと舞い降りる胡散臭い妖怪。

紫を基調とした着物を靡かせ、私達と化け物の間に降り立った。目標を変えた残りの化け物も、違うスキマから出た真っ黒い手のようなものに阻まれる。

 

「紫! この変な奴等は何者なんだぜ!?」

 

「ある程度予想はついているけど、どうして起こったのかは知らないわ。兎も角、これらを排除しないといけないことに代わりはないんじゃない?」

 

魔理沙の問いに余裕の笑みを扇子で隠すスキマ妖怪。

紫苑さんの前では面影すら見せない胡散臭さを、堂々と発揮させる紫。やっぱり本質は変わらないか。

 

「人里にもこれの集団が千単位で襲いかかってるけど、あれは無視しても問題はないわね。九頭竜未来が食い止めているし、とりあえず彼女にも頼んだし」

 

「九頭竜さんが……大丈夫なの?」

 

「心配するだけ無駄。師匠にも助力を頼んだのだけれど、彼がいれば問題ないと仰っていたわ。街の上位七名の一人よ? 『一人なら優勢、二人なら不敗』なんて格言は伊達じゃないの」

 

優勢で十分と言いたげな口調だった。

私達の方を向いていた紫は着物を翻し、立ちはだかる化け物を前にして大妖怪の名に恥じない威厳を以て対する。

無理矢理スキマの拘束から逃れた化け物は雄叫びを上げた。

 

「дЬЪУЭнЧ○£νυЦ○■∑щ†∇χμ┝ыэЯ」

 

「……噂でなら耳にしたことがあるけど、まさか彼の王の軍勢を前にするなんてね。悪夢そのものだわ」

 

けど――と開いた扇子をパチンと閉じて化け物に向ける。

それが合図となり、紫の背後に大きなスキマが二つ開いて、化け物を抑えていた真っ黒い禍々しい手が顕現する。次に何十のスキマから黒い刃が化け物に向けて顔を覗かせた。

それらが纏う妖力は、化け物を圧倒的に凌駕する。

 

紫がどのような表情をしているのか確認する術はない。

しかし声は怒りを滲ませていた。

そもそも紫が異変解決に参加すること自体が珍しいといっても過言ではない。というか私は前例を知らない。

 

「まぁ、主のいない化け物なんて恐れるに足らず。この程度の有象無象など、夜刀神の弟子を名乗る私の敵ではない」

 

大妖怪・八雲紫は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さぁ、喜劇(ころしあい)と洒落込みましょう?」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「よっ……こらせっと!」

 

外見は何の変鉄もない無骨な両手剣。

普通なら剣の方が砕け散ってしまうはずの一撃を、僕は〔全てを切り裂く程度の能力〕を用いて、襲いかかる異形の怪物達を次々と屠る。屍は塵となって跡形もなく消えてしまうのが幸いし、快適な足場で敵を殺すことができる。まぁ、足場が良かろうと悪かろうと結果は大して変わらないけどね。

西洋の両手剣の特徴は『叩き潰す』ことに特化していること。言わば斧とかと大きな差はないのだ。『斬り殺す』刀と違い、ぶっちゃけ鉄の棒よりは斬りやすいって感覚。

 

けれども僕は能力の恩恵で易々と敵を撫で斬りにした。

蠍の尾を持つ竜を鱗を貫通させて絶命させる。尾に即死性のある猛毒を含んでいるのだが、触れずに殺してしまえば的と同じ。

 

「おっと危ない危ない」

 

言葉とは裏腹に飛びかかってきた獅子をバク宙で回避。

そして落下を利用して先程の獅子に強烈な兜割りをお見舞いする。大地を陥没させながら石榴の如く血溜まりを形成した。

ついでに周囲の敵が多くなってきたから回転斬りで一掃。

 

血肉を飛び散らせ、ひしゃげた骸が地面に落ちる。

それも数えるほどの時間もかからず、淡い光の塵となって風に飛ばされてゆく。

 

「あ、ちょっと待って! そっちは駄目だよ!」

 

僕を無視して人里へ向かおうとする集団目掛けて両手剣を渾身の力をを込めて投擲。

轟音を響かせてクレーターを一つ作り、半人半獣の破片が彼方に消えていった。

 

満足した僕は虚空から新たなクレイモアを取り出す。

ストックだけは無駄にあったからね。今使わないで何時使う?

かいてもない汗を拭って一息つく。

 

「……ふぅ」

 

「дЬЪУЭнЧ○£νυЦ○■∑щ†∇χμ┝ыэЯ」

 

「数だけは多いから面倒だよね、コイツ等。なんか見た感じ減ってるようには見えないし」

 

目測で軽く千体は殺したはずなんだけど、どう考えても減ったように感じない。つか減ってない。

こうなるとジリ貧以外の何物でもないし疲れたし怠い。空を見上げると蒼い三日月が上弦の月へと変わっていた。

 

いっそのこと僕の能力をフル解放させて群がる雑魚共を一掃しようかと思ったけど、そうすると相応の妖力を使わないとダメだし、最悪の場合だと幻想郷の結界ごと切裂いてしまうだろう。んなことしたら紫苑にガチで殺される。

単純作業自体が僕の肌に合わないから当然だよ、うん。裁縫関係だと何時間も続けられるから不思議。

 

満月になるまであと何時間だろうか?

地面に突き刺したクレイモアに寄りかかりながら時間を数えていると、活動を再開した異形の者共が金切声や咆哮を交えながら突進してくる。

やれやれと肩をすくめながら両手剣を引き抜いて払う。

 

「よっこらせ――」

 

 

 

 

 

――ズドオオオォォォォォォオオオオン!!

 

 

 

 

 

背後から聞こえた壮大な爆発音。

両手剣をさっき投擲したような音が世闇に鳴り響き、月の光源によりその姿がはっきりと映し出された。ちなみに爆発に巻き込まれて数体ほど吹き飛ばされる。まるでゴミのようだ。

爆煙が踊る中、化け物同士の乱戦に介入してきた人物の肖像。それは僕が知っている人物であり、そもそも人ではなかった。

 

緑色の髪をした女性。落ちると同時に突き立てた傘を引き抜き、不機嫌そうに僕を睨む大妖怪。ここに来ること自体が不本意であると言いたげで、勢いよく落ちてきたのも八つ当たりのように思える。

落下してきた妖怪――風見幽香は刺のある言葉を吐く。

 

「まだ掃除が終わらないのかしら?」

 

「ゴミが多いと片付けが遅くなるのは必然でしょ? 君は異変解決に乗り出すようなタイプの妖怪だとは思わなかったからビックリしたよ。それともどさくさに紛れて僕でも殺しに来た?」

 

「それは素晴らしい提案ね。時と場所によっては即実行してもいいわ。実行させなさい」

 

皮肉で言えば皮肉で返ってくる。

紫苑と会話しているようだと笑った瞬間、傘を構えたゆうかりんが突進してきて、僕――の背後を爪で切り裂こうとした蠍竜を叩き落とし、傘を振りかぶって遠くに打つ。

野球で言えばヒットかな。砂埃を巻き上げながら吹っ飛ばされたけど。

 

ブンブンと傘の調子を確かめて顔をしかめるゆうかりん。

 

「……無駄に固いわ」

 

「簡単に貫通できるんなら僕が全部斬り裂いてるよ。僕は全力出せないし、知能の欠片もなく全力出せる相手だから余計にさ」

 

「面倒だけど珍しく紫に頼まれたの。引き受けなければよかった」

 

「御愁傷様」

 

アンタに言われたくないわ、と更に顔を歪める花の妖怪。

僕は悪戯っぽく笑いながら両手剣を構え、ゆうかりんに背中を預けるような位置をとる。それに気づいたフラワーマスターは鼻を鳴らして同じように背中を合わせる。

 

共闘、か。

たぶん壊神辺りがこの光景を見たら顎の関節が外れるくらい驚くかも。重奏メンバー以外に自分の背中を任せるなんて初めてだしね。

けど風見幽香は紫苑の弟子。

それだけで任せる価値はある。

 

それに面白そうじゃないか。こういう展開とか。

異形の怪物に囲まれる中、僕は不適にほくそ笑む。

 

 

 

 

 

「後ろは任せた、ゆうかりん♪」

 

「黙りなさい腐れ外道」

 

 

 

 

 

有象無象が二人の戦闘狂に群がる。

 

 

 

 




未来「前半は共同戦線じゃなくね?」
紫苑「それな」
紫・幽香「☆-(ノ゚∀゚)八(゚∀゚ )ノイエーイ☆」
紫苑「まぁ、二人が喜んでるし問題ないやろ」
未来「次回で多分今章終わるよ~」
紫苑「("´∀`)bグッ!」


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43話 時を経て

 

 

 

月は刻々と満月に近づく。

蒼き月は全てを飲み込む様に輝き、忘れ去られた幻想郷に相応しくなく、圧倒的な包容力を以てそこに在り続ける。

 

しかし、その月の蒼い明るさに慣れてしまった私達には気づく様子はなかった。

噂で奇妙な化け物の集団が人里を襲っているという話を耳にしたが、あろうことか紅魔館にも現れたのだ。その噂の提供者――八雲紫は十分に気をつけるよう忠告したが、あの化け物外見を鑑みるに警戒しないはずがないだろう。

 

「ふ――っ!」

 

門前で食い止めている美鈴の蹴りが七つの首を持った蛇を後方に吹き飛ばす。私は門の上でパチェと待機し、美鈴(ぜんえい)のサポートに徹していた。咲夜には他方からの応援を要請しており、フランは紅魔館に待機させている。

パチェ曰く、彼女の推測が正しければ、あの蛇の体内には血の代わりに猛毒の液体が流れていると言った。妖怪でも容易に即死してしまう凶悪な代物であるとも。

だから美鈴を噛み砕こうと牙を向ける蛇に対しては、パチェの魔法や私のグングニルで頭を貫いているのだ。

 

と言っている傍から、牙を出す魔物。

私は手にした赤い槍を投擲して、蛇の頭を粉砕した。

しかし破壊したのは七つある頭の一つだ。蛇の頭は時間をあまりかけずに復活してしまう。

私は舌打ちをする。

 

「あの再生能力は本当に厄介ね……。まるで神話のヒュドラみたいだわ」

 

「近からずも遠からず……って感じね。たぶんアレはギリシャ神話のヒュドラの原点とも言える存在よ。ヒュドラは頭全部を封じれば復活しないだろうけど、果たしてアレに通用する手段かどうか……」

 

「お嬢様~。これ殴っても蹴っても復活しますよ~」

 

悲痛な面持ちで私に抗議する美鈴。

けれども私に顔を向ける隙に攻撃してきた蛇の尾の攻撃を手で受け止めて投げ飛ばす辺り、普段は門前で寝ている怠惰な門番は戦闘面に関しては有能なのだと思った。もうちょっと紅魔館の門番としての自覚を持って欲しいところなのだが。

尾をつかんで他の蛇に投げつける美鈴に、私は門の上から命ずる。

 

「とりあえず耐えなさい。パチェが解析している最中だから、それまで」

 

「はい……」

 

何とも言い難い表情をする美鈴の気持ちは分からないでもない。こんな何度も何度も殺しても復活してくるような奴の相手を永遠とするなんて苦痛としか言いようがないわ。

 

しかし、私たちも門の上で楽観視しているわけにもいかなかった。

月が満月に近づくにつれて、徐々に化け物共の力が増しているように感じたのだ。さすがの美鈴も押され始めて、門をよじ登ろうとする輩まで現れ始める始末。

パチェは顎に手を当てながら呟く。

 

「……レミィが目的?」

 

「美鈴! そこで化け物をできる限り食い止めなさい! 最悪紅魔館の中庭に通してもいいから、貴女と私達で挟み撃ちにするわよ!」

 

「了解しました!」

 

この指示を、後に私の盟友――夜刀神紫苑はこう評価した。

 

『寡兵の状態で兵を分散するなんざ愚の骨頂だろ? ましてや勝算が確実でなければなおさらだ。……ん? 俺ならどうするかだって? 逃げるの一択以外にありえない。無駄に犠牲を増やすような選択よりも、移動速度が遅い相手なら簡単に逃げられるし、他の勢力(じゅうみん)と合流して撃破した方がより安全だと思うな。まぁ、今回は相手が悪かったが』

 

厳しい評価だったが真実であることは確かだった。

私達には彼等を倒しうる手札がなく、実際に美鈴と挟み撃ちにして撃破する構図には至らなかった。

美鈴も門前で三匹食い止めるのに精一杯で、中庭には六匹の醜悪な化け物の侵入を許してしまった。異変の時は博麗の巫女が『スペルカードルール』の範囲で強行突破したが、現在は敵を殺すために全力を出した状態で押されている。

 

赤い霧を発生させて奴等を弱体化させようかと考えた矢先、背中合わせで魔法を連発していたパチェが乾いた咳と共に崩れ落ちる。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

 

「パチェ!? っ! コイツ等……!」

 

友人は喉から『ヒューヒュー』と高音の笛のような音をたてる。喘息が厳しくなったときの発作のようなものだ。すぐに薬を飲ませて安静にさせなければならないが、敵に囲まれている現状況でそれは非常に難しい。

夜刀神の後の評価に「パチュリーさんの発作を出させないためにも、逃げられるうちに逃げるのが一番だったんだよ」と付け加えていたのだが、今の私はパチェを守りながら猛攻を防ぐのが精一杯だった。

 

それだけならまだ良かった。

いや、現段階でも危機的状況なのだが、もっと悪いことが起こってしまったと言うべきか。

 

私に噛みつこうとした化け物の首が突然弾け飛んだのだ。

誰が破壊したかなんて見なくてもわかる。

 

「フラン!?」

 

「私も……戦わなくちゃ! お姉様を死なせたくない!」

 

そこには紅魔館の門前で能力を発動させた妹がいた。

なんという姉妹愛。状況が状況なら涙を流して喜ぶのだが、今は勇敢と無謀は違うものであることを見せつけるだけの結果となった。

パチェを守っている私に群がる敵の半分がフランへと殺到する。

 

私達が苦戦する相手をフランが相手できるかなんて火を見るよりも明らか。私は有らん限り叫んだ。

喉が枯れるのではないかと思わんばかりに。

 

「今すぐ逃げなさいっ!!」

 

「う……あ……」

 

フランには私の声が聞こえなかったのだろう。自分より何倍も大きな敵意ある化け物が目の前にいるのだから。

嗚咽を漏らしながら硬直するフラン。足は目に見えて震えており、目尻には大粒の涙が光る。

私はパチェを抱き抱えてフランの元まで全速力で飛び、パチェをフランの後ろに投げ捨てて、妹を庇うように抱き締める。敵に背後を見せる姿となり、化け物の牙は容易に私の背中を噛み砕くだろう。

 

それでも良かった。

妹を救えるのならば……私の命なんて幾らでも投げ捨ててやる。

 

誇りなんて微塵もなく、敵に背中を見せるなど誇り高き吸血鬼にあるまじき行為だ。

それでも――それでも、おじいさまなら許してくれるはずだ。

彼の王は同胞を何よりも大切にする吸血鬼(ひと)だった。

 

ぎゅっと抱き締めてフランの口許が近いからこそ聞こえた。

か細い悲痛な叫びを。

 

 

 

「助けて……誰が助けてよぅ……。咲夜……お兄様――」

 

 

 

そして――フランは呟く。

会ったことのない彼の名を。

私達にしか許されない呼称で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじーさま……お姉様を助けて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて考えてみれば、それは当然のことだったのかもしれない。

私の自慢のおじいさまは――仲間を絶対に見捨てない。最後の最後まで同胞を守ることを諦めない生粋の王なのだから。

 

ずんと骨に染みるような地面の揺れが姉妹を襲った。

自分と化け物の間に起こったのは分かったが、私達が吹き飛ばされるわけでもなく、不思議に思って私は振り返った。

そこには大きな土煙が浮かび、高身長のシルエットが確認できた。このタイミングで助けに来るとすれば夜刀神辺りだろうが、彼にしては身長が高すぎると感じた。

 

けど私は彼が誰なのか分かった。

分かったけど――脳が理解しなかった。

え、ちょ、待、は?

 

「だ、だれ?」

 

フランは首をかしげた。

土煙が落ち着き、その介入者の全体像が見えてきたところで、その若々しい声が耳を刺激する。

 

「――我が従僕よ、貴様が噛み砕かんとする幼き吸血鬼が、儂の孫娘であると知って牙を向けるのか?」

 

その男――見慣れない軍服のような服を着た、美しく透き通った蒼い髪を風に揺らす吸血鬼の王は一括した。

 

 

 

 

 

「貴様等の王の従僕としての誇りはどうしたァ! 我が同胞に対する不敬、万死に値する!」

 

 

 

 

 

一括する声は紅魔館のステンドグラスを割ってしまうのではないかと思えるほどに響き渡り、久方ぶりの威圧感に言葉すら出ない。

それもそうだ。

あの方のカリスマ性は、そこに在る(・・)だけで他者が膝をつくのだから。けれども私は脳が働いてなかった。だって……。

 

蒼き髪の青年は振り返る。

琥珀色の瞳が姉妹を捕らえ、ゆっくりと微笑む。

芸術の塊とも表現できるような造りをした唇を開いた吸血鬼の王は、感動の再開である言葉を宣う。

 

「久しいな、レミリア・スカーレットよ。見ないうちに成長したではないか。儂は嬉しく思うぞ」

 

「……あぁ……!」

 

偽物である可能性も否定できなかったが、おじいさまの微笑にすべての可能性が吹っ飛ぶ。

紛れもないほどに本物。彼こそ我らが崇め奉る至高の王だ。頬から無意識に涙が流れるけれども、そのようなことを気にする余裕がなかった。高貴な吸血鬼なら余裕を常に持たなければならない。しかし、今だけは許して欲し――

 

 

 

「レミィたああああああん!! フランたああああああん!!」

 

「ちょ、おじいさま! 今シリアスな場面――」

 

 

 

目にも止まらぬ早さで移動した吸血鬼の王は、私とフランを強く抱き締めた。

それは私に夢ではないと思わせる感触を与えると同時に、長年求めていた暖かさを満たしていった。抱き締めながら器用に両手で頭を撫でてくるので、目を細めて感動に浸ってしまう。

うん、感動させてくれる……はずなんだが。

 

「もしかして……おじーさま?」

 

「然り! 儂の名はヴラド・ツェペシュ! 吸血鬼の王にして至高の吸血鬼――って肩書きはぶっちゃけどーでも良いわ! フランたんのおじーちゃんじゃぞ!」

 

そこにはカリスマ性はなかった。

さっきの威厳は何?と思わせるような豹変ぶりに、私は違う意味で頭を抱える。あれ、これ本当に我らが王?

 

「おじーさまが助けてくれたの?」

 

「うむ、レミィたんとフランたんの危機じゃったから、気合いで復活してしもうたわ。まったく、儂の従僕とあろう者達が情けない」

 

ちなみに化け物共は跡形もなく霧散しており、様子を見に来た美鈴が間抜け面で口を大きく開けてる。

うん、分からんでもない。

私がこの状況を説明してほしいくらいだ。

 

しかし、ここにそれをツッコめる人材はいない。

美鈴はアホ面を晒し、パチェは喘息でダウン。咲夜はまだ帰ってこないし、フランはキラキラした目で自分の叔父を称える。私はおじいさまの胸に顔を埋めながら涙を流した。

いろんな意味で。

 

「凄いよ! さすがおじーさま!」

 

「かかかっ、そうじゃろう、そうじゃろう!」

 

 

 

 

 

誰か説明して。

この状況。

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「あの、紫苑様。あれは一体……?」

 

「ヴラド・ツェペシュだろ?」

 

紅魔館の屋根の上で、俺は抜刀していた叢雲を鞘に納めながら咲夜の質問に答える。咲夜の指す方向には、吸血鬼幼女二人とオタクの姿が。

俺は肩をすくめて苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

どっかの誰かさんが増やしてくださった始末書を整理していたときに、咲夜が血相変えて俺の家までやって来たのだ。七つの首の蛇――ムシュマッヘが紅魔館で暴れてると言い、俺は慌てて紅魔館まで赴いた次第。

まさかヴラドの象徴である蒼い月が出てたり、博麗神社で紫が無双ゲーみたいなことしてたり、始末書書いてる間に色々在りすぎだろ……と頭を抱えたくなった。

 

「しかしヴラド公は一年前に」

 

「まぁ、俺もそう思ってた。でもさ、吸血鬼って言わば不老不死と似たようなもんなんだよ。殺しても死なない、生と死の狭間を生きる者……その代表格みたいなアイツが簡単に死ぬことがおかしかったんだ」

 

つまり、俺達はジジイのなんちゃって死にまんまと引っ掛かってしまったというわけだ。あとでアイツ殺すわ。

そもそも何がアイツを復活させるトリガーになったのか、こうして帝王が復活した今でも不明。たぶん前兆として村正が粉砕したのだろうが、分からないことだらけであることに代わりはない。

 

まぁ、考えても無駄だろうな。

ここは常識にとらわれない幻想郷だし。

俺の予測とも言えない予測に苦笑しながら肯定するメイド長。

 

「しかし……お嬢様のあんなに嬉しそうな表情は今まで見たことがありません。ヴラド公の復活は、私にとっても嬉しいことだと考えましょう」

 

「今以上に騒がしくなるかもなぁ」

 

「それは楽しみですわ」

 

違いないと俺と咲夜は微笑む。

あの帝王が満面の笑みを浮かべているのには腹立つけど、レミリアとフランも同じく笑っているのだ。今回ばかりは見逃してやろうかと思う。家族の再会にしゃしゃり出るのも無粋だろうから。

 

「あの化け物共はじーさんの能力で造られた神話生物、蒼い月はアイツの象徴を再現して造られた天体、有力者を襲う傾向にあるのは――それはじーさんが使っていた戦術の一つだから。……ったく、俺も人のことは言えねーけど、少しは自重してほしいぜ」

 

俺はヴラドの様子を眺めながら舌打ちする。

あの頃と……死んだあのときと変わらない姿を視界に納めながら。

 

 

 

「チッ……戻るんなら戻るって言えっての」

 

 

 

蒼い月は三人の吸血鬼を淡く照らす。

その光景を、俺は忘れることはないだろう。

 

 

 

 




紫苑「つわけで今章完結です」
未来「早すぎ」
紫苑「単にヴラド復活の回だったからね」
未来「出番ない秘封倶楽部のメンツが可哀想だね」
紫苑「ほら、次宴会だから」


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閑話 第一回『神殺伝』雑談会

というわけで雑談回です!
キャラ崩壊やメタ発言が酷いので苦手な方はブラウザバックお願いします。
なお、今回はラジオ番組の設定なので台本形式となります。本編には何の関係もありません。



 

 

 

紫「――はい、CMも終わって『幻想郷ラジオ』。引き続き司会は私、八雲紫と」

藍「副司会の八雲藍でお送りいたします」

紫「場所は相変わらず紅魔館スタジオからお送りするわ。長時間続いてる『幻想郷ラジオ』だけれど、最後のコーナーはメタ発言を多分に含んでいるから、そういうのが苦手な方はブラウザバック推奨よ。ゲストはこの方々」

 

 

 

紫苑「なんか紫から呼ばれてきたけどさ、何で紅魔館の一室でラジオ番組みたいなことしてんの?」

未来「この機材ガチじゃん。どこから持ってきたのさ」

藍「紫様の私物です」

紫苑「人様の家の一角を私物化かよ……」

紫「ちなみに幻想郷全体に毎週生放送してますよ」

未来「する必要なくない?」

紫苑「マジかよ!? うわっ、コメント来とるやん」

未来「人里の文明が外の世界に追い付いてる気がするね、うん」

藍「お二方、自己紹介をお願いいただけますか?」

紫苑「あ、了解。えっと、『東方神殺伝~八雲紫の師~』の主人公やってます。夜刀神紫苑です。以後お見知りおきを」

紫「……師匠、もしかしてラジオとか初めてです?」

紫苑「……少し緊張してる」

未来「外の世界では『切裂き魔』とか呼ばれてる九頭竜未来だよ。イエーイ」

紫苑「歪みねぇな、このアホ」

 

 

 

藍「このコーナーは読者様方の質問に私達が答えるものです。早速答えてもらうことになりますが、よろしいでしょうか?」

紫苑・未来「「おっけー」」

 

 

 

紫「では募集して一番多かった質問から。『リメイク前から変わった設定とかありますか?』『リメイク前とリメイク後だと紫苑はどのくらい強さが変わりましたか?』だそうです」

 

 

 

紫苑「読者の皆様に補足するけど、この『東方神殺伝~八雲紫の師~』はリメイク作品。つまり未完の旧作があったことをお伝えする」

未来「僕達の強さのインフレが進んだり、盛大に大筋から逸れて収集つかなくなって、今の作品があるんだよね」

藍「そのリメイクで変わった設定……ということですよね」

紫「体感そこまで変わっていない気がするけれど」

紫苑「実は結構変わってんだよな。まずは俺の設定なんだけど……」

紫「………」

紫苑「なんでお前がメモ用紙を取り出す。リメイク前の作品(=旧作)での俺の違いなんだけど、俺の強さ設定は割りと弱体化されてる。ほら、蒼月異変で妖刀を失ったところとか」

未来「あの異変での目的は『ヴラドの復活』と『妖刀が壊れることによる紫苑の弱体化』だったからね。秘封倶楽部のメンバーを入れたい思惑もあったけど、基本的な目的は上二つだし」

紫「他にも?」

紫苑「あるある。例えば俺の〔十の化身を操る程度の能力〕の一つ『戦士』に関係することで、旧作では俺の頭脳はスーパーコンピューター並みだったじゃん? あの設定だと今後のストーリーには邪魔になってくるからリメイクでは消えたんよ」

藍「作者自身が頭悪いですからね。そういう天才キャラは元々出しにくかったんでしょう」

紫苑「それな。まぁ、俺の知識量がどの程度なのかは後々分かるかと思う。叢雲の能力も『神力の貯蔵タンク』みたいになってるし」

未来「『山羊』の化身の設定で叢雲の魔術干渉設定が必要なくなったのも原因かな? というか『大鴉』の設定って強化されてない?」

紫苑「『化身使用中には自分に害のある魔術の無効化』だっけ? あれは能力の元ネタである神様の逸話に準えてるから勘弁。加えて物語の鍵となる設定も追加されたんだけど……これはネタバレになるから言えないかな」

紫「では『街』メンバーの変更点は」

未来「全体的に弱体化されたけど、僕は妖術使える設定が増えただけで変更点はないよ。そもそも『重奏』で一番弱点が多そうな能力だし」

紫苑「一番の変更点って『ヴラドが肉体ありで復活した』じゃない?」

未来「だね。他のメンバーは……ここじゃ言えないなぁ。ネタバレになりそうだから」

紫「その辺りは第二回雑談会で語られると言うことで」

紫苑「二回目があれば、だがな」

 

 

 

紫「次の質問です。『結末とか決まってるのかどうか。どこまで流れは決まってるのか? 西条、要塞、土御門、他『街』のメンバーはどれくらい、またいつ頃出る予定があるのか?』」

 

 

 

紫苑「……旧作読んでない人から見れば『西条』や『要塞』って誰?って話だよな」

未来「そこら辺は追々分かることでしょうってコトで。いつ頃かは決まっているけど教えられないね。出ることは確かだけど」

藍「つまり先のことはある程度決まっているという認識で構いませんか?」

紫苑「結末は決まってるよ。作品内に出てくる大まかな伏線は回収できると思うし、旧作では出す予定がなかった地霊殿の異変も行う予定」

紫「……いつになるんでしょうかね、地霊殿メンバーが出てくるのは」

紫苑「相当先じゃないかな。まぁ、地霊殿のあるキャラは早々に出すけどね」

藍「あるキャラ?」

紫苑「そこは秘密。ヒントは『流れを無視しても簡単に出せそうなキャラクター』」

未来「紫苑のハーレム増えるんだろーなー」

紫苑「『さとり様は未来の母親』って設定作るぞ」

紫「幼妻ですか? それはそれで一部の層にウケるかと」

未来「いやいやいやいや、それは流石に……」

紫苑「………」

未来「紫苑、マジで悪かったから勘弁して!」

 

 

 

紫「次に参ります。『街から新キャラなどは出てくるんですか?』。これは街の新キャラが増えるのかって話でしょうか?」

 

 

 

紫苑「『重奏』や暗闇(ニート)以外の新キャラが出るのか?って質問なら肯定するぜ。ただ出したとしても一・二話くらいの短い出演になりそうだけど」

未来「主に紫苑の所属部隊のメンバーやヴラドの配下じゃない?」

藍「前回の閑話に出てきた『アイリス』という人物みたいな方が、この先出てくると?」

紫苑「そうなるんじゃねーかな。出るタイミングは地霊殿と同様、当分先の話になる」

紫「次の章は宴会で、その次が日常回……そして次は永夜」

藍「紫様、鬼の異変も忘れては行けません」

紫苑「だな。そう考えると後になるのは仕方ないコトだろ?」

未来「再来年までに完結できるといいね」

紫「来年で作者が大学三年生。就職活動や演習で投稿ペースが今より遅くなる可能性があるからですよね?」

紫苑「そそ。未完で終わりは嫌だろうさ。作者も読者様も」

 

 

 

紫「次は……これですね。『ゆ、ゆうかりんだ!ゆうかりんの出番は増えますか!?』」

 

 

 

紫苑「こりゃまた個性的な質問が……」

未来「増やす予定だよ。そもそも旧作が東方キャラの出番が後半になるにつれて減ったしさ」

藍「私は名前すら出ませんからねぇ(遠い目)」

紫苑「現段階でも藍さんの出番が虫の息じゃん。だから宴会か日常回で出番来ると思うよ」

藍「(無言のガッツポーズ)」

未来「東方ってキャラ数が尋常じゃないから、物語が進むにつれて出番が少なくなるのは悲しいなぁ」

紫苑「だから東方二次創作書いてる他の作者って凄いと思う。多数キャラの乱立を描写って難しいから」

紫「この作者は原作すらやってない『にわか』ですからね」

紫苑「二次創作知識とネットで何とかキャラをイメージして作ってるとかなんとか」

未来「原作すりゃいいのに」

紫苑「金とPCのOSが対応してればな」

 

 

 

紫「次です。『オリジナル異変は何回くらい起こす予定ですか?』」

 

 

 

紫苑「あと三回。場合によっては四回」

藍「場合によっては?」

紫苑「最終章にオリジナルの異変を起こすかどうかで異変の数は変わってくる。ちなみに他のオリジナル異変は物語の大きな鍵となってくるから、騒がしい普段の連中が余計に騒がしくなると思うぞ」

未来「というか原作の異変も所々変わってるから『オリジナル』と言えなくもないんじゃない? 紅魔も春雪もオリジナルに近いし」

紫「師匠が言いたいのは、純粋にオリジナルな異変は三つ四つと決まっている、ということでしょう?」

紫苑「まぁ、現段階での話だから増えるか減るかは作者次第。予定は未定ってことだ」

未来「終わりは決まってるのにね」

藍「終わるんでしょうか、これ」

 

 

 

紫「この質問も多かったですね。『えーと、今後コラボとかの予定とかってありますか?』『オリジナル異変だとしたらコラボは可能ですか?』」

 

 

 

紫苑「あー……」

未来「あー……」

藍「物凄く苦い笑いなんですが、お二方が」

紫苑「えーと、あー……うん。ごめんなさいm(_ _)m」

未来「コラボを聞いてくれるのは『コラボしたいっ!』って思いがあるから来る質問なんだし、物凄く嬉しいことなんだけど……流石に難しいかなぁ」

紫「旧作では狂ったようにコラボしていましたよね?」

紫苑「狂ったようにって……。まぁ、やってたのは確かなんだが、結末や大まかな内容が決まってる神殺伝(これ)では、コラボすると収集つかなくなりそうなんだよ。マジで」

未来「『とにかくチートな主人公』とか相手だと、その他作品のキャラの扱いが非常に難しくなってくる」

紫苑「ましてや言い忘れてたけど、旧作と比べて俺は『好戦的』な設定が追加されてるから、いざバトルとなったら……」

藍「作品崩壊、と」

紫苑「そうなる。俺達の住んでる街では『死ぬまで』とか平気で設定して殺し合いするからな。加えて神殺伝は先が決まってるから書けるけど、作者は『唐突なコラボ』となると書けなくなるし、書いたとしても駄文しか出来上がらない」

未来「だから『コラボできますか?』って質問に対する答えは『無理、書けない』になるね。僕達とかのオリキャラ勢を作品で使いたいのならメッセージとかで送ってくれるのならOKだけどさ」

紫苑「使うくらいなら自分の考えたキャラ使うだろ」

未来「書く側にしても自分の想像した物語を書くから楽しいんだし、それが堅実的だよ。うん」

 

 

 

紫「次です。『紫宛達の中で一番背が高いのはだれですか? あと、今一番気になる存在である土御門さんについて、ネタバレしない程度に教えてください!』」

 

 

 

紫苑「身長か。簡単に説明するなら要塞>ヴラド>詐欺師>俺>土御門>未来>壊神になる。後半部分は誤差の範囲内みたいなものだけど」

紫「『壊神は青年かオッサンなのかと思ってた』って感想がありましたから、読者の皆様の一部の方は驚いてらっしゃるのかしら?」

紫苑「その感想は作者も予想外だった。俺と未来と壊神は全員同じ年齢で書いてたからさ。補足だけど一番背の高い要塞は身長2メートルオーバーだったりする。ヴラドは190だな」

未来「んで、つっちーの話に入るけど……」

紫苑「とうとう来たか。旧作ですら名前しか触れられてない一番影の薄いキャラ」

未来「紫苑、それ一番言っちゃダメな奴や。つっちーに殺されるよ」

藍「私も名前でしか聞いたことがありませんが、どのような方なのですか?」

紫苑「なんと言えばいいのかな……? 旧作では風神録の次の異変で出てくるキャラクターの予定だったとしか言いようがない。結局リメイクで影形すら出てこなかったが」

紫「しかし蒼月異変の39話で外見だけは出てきますよね」

紫苑「まあな。土御門の姐さんは幻想入りしているメンバーの中で、俺に関係する設定だから写真に写ってないと矛盾する可能性があった。ネタバレしない程度なら……俺が『土御門の姐さん』って呼んでるから、どんな性格化は想像つくんじゃない?」

未来「そして一児の母」

紫「人妻……寝取り……」

藍「昼ドラ的展開……」

紫苑「それはない(断言)」

紫「(*´з`)」

 

 

 

紫「次の質問なんですが……『アイリス幻想入りの可能性はありますかー?』。コレ私も気になります」

 

 

 

紫苑「どうしよっか」

未来「どうしよっか」

紫苑・未来「(´・ω・)(・ω・`)ネー」

藍「決まってないんですか!?」

紫苑「出してもいいし出さなくても物語を進めることは可能。でも出してほしいという声が大きければ考える、みたいな?」

紫「結末は考えてるけど、ある程度のキャラが揃っていれば最後まで書ける。だから他のキャラは出しても出さなくても進行に問題ない、と」

紫苑「うんうん。始末書量産機(アイリス)を出すなら、東方キャラの出番が僅かながら減るかもしれないと考慮すると、出しても良いかどうか悩む」

未来「これ東方の二次創作だし、あまりにもオリキャラ出し過ぎるとねぇ……」

藍「というか前々から疑問に思っていたことなのですが、始末書って自分で書く者なのでは?」

未来「始末書ちゃんは文字書けない設定だから」

紫苑「書けないわけではないんだが……それが他人に読めるかどうかと言われると難しい。だってアイツ俺よりも年上だし」

未来「紫苑より年下が珍しい件について」

紫「幻想郷の住人ならまだしも、人が住めない魑魅魍魎の街ですから自然とそうなります……」

 

 

 

紫「次の質問は作者への質問となります。『プロフィール見たんですが、鹿児島県民なんですねw 小説書くときについ方言を使っちゃう事ありませんか?』」

 

 

 

紫苑「質問よりも適当に書いたプロフィール欄まで見てくれている人がいるとは思わなかった。鹿児島県民なのは間違いないけど、作者は『ちゃんとプロフィール欄書こうかな……』って言ってた」

未来「作者は雪よりも火山灰が降る鹿児島県の出身だよ~」

紫「方言の話なのですが……」

紫苑「出さないように気をつけてる。けど出てる時はあるかも」

未来「本人からしてみれば日常的に使ってる単語だから、むしろ何が方言か分かってない節がある」

紫苑「わざと方言使ってみたいけど……そうなるとマジで分からなくなるからさ。まぁ、方言難しいのはどこの県でも同じことだけど」

未来「かごんま弁はむっかしかからね(訳・鹿児島弁は難しいからね)」

藍「……それは理解できるようなできないような」

紫苑「まだましな方だよ、それ。鹿児島の方言ってまとめてるけど、離島辺りは呪文か暗号か区別がつかないし」

 

 

 

紫「さて、『幻想郷ラジオ』も終わりの時間となってまいりました」

未来「文字数だね」

紫苑「ちょっと長くなったな」

藍「紫苑殿、未来殿。この度は御出演いただき誠にありがとうございました」

紫苑「いやいや、俺も楽しかったし」

未来「二回目もあればいいなぁ」

藍「感想や宛先は八雲家まで送ってくださると嬉しいです」

 

 

 

 

 

紫「このラジオは『生放送に出たいわっ!・紅魔館』『次章の宴会には参加します・香霖堂』『はよ出番寄越せ・永遠亭』の提供でお送りしました」

紫苑「提供いたのかよ」

 

 

 

 




紫苑「キャラ崩壊酷いな」
紫「メタOKな回なので」
紫苑「ならいいか」(思考放棄)
紫「幻想郷は全てを受け入れます」
紫苑「受け入れすぎ」


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6章 春雪・蒼月の宴会~欠陥の理由~
44話 宴会の裏舞台


 

 

 

冥界。

四季が明白に彩る亡者達の楽園にして、転生を待つ亡者達の最終地点。

生前の記憶を忘れ、新たな人生を踏み出すまでの安息の地。その楽園は亡者達が転生を見送るくらいに居心地のよい場所だと言う。

天国や極楽があるのなら、きっと冥界のような場所であってほしいと切に祈る。そう思うくらいには冥界は俺の視点でも美しく見えるのだ。

 

その亡者の楽園の中心ぐらいに存在する、静かな時間の流れる冥界の本山たる白玉楼。

しかし――今日は珍しく慌ただしく騒がしい。

 

「やっべ火力が足りねぇ! あ、そこ出来たから持っていって!」

 

「未来さん、そこに大皿ありますよ!」

 

「キャベツ3玉切り終わったよ! 次何!?」

 

「紫苑様、これは出しても良いですか!?」

 

賢者の師、白玉楼の庭師、白髪の切裂き魔、完全で瀟洒な従者の指示が宴会会場に聞こえるくらいに騒がしかった。

台所は小さな戦場と化していたのだ。

 

こんな忙しいのには理由がある。

事の発端は――俺の義妹の西行寺幽々子。

宴会で使うはずだった食材を食い尽くして、それに妖夢が気づいたのが宴会当日という、どこかのギャグ漫画展開が繰り広げられて今に至る……というわけだ。

白玉楼に早めについた俺と未来は慌てて人里から食材を回収、後から来た咲夜を半強制的に拉致って、宴会始まって酒飲んで騒いでる奴等を尻目に、料理という料理を片っ端から思い付いたものを作っている。主に作ってるのは俺と妖夢で、未来と咲夜には料理を表に出してもらったり野菜を切ってもらったりしてるわけだ。

なお、食材を食い尽くした犯人によると、

 

『ムシャムシャしてやった。今は反省してる』

 

全く反省してないらしい。

 

「人参とジャガイモ、松茸と玉葱! それぞれ一ダース!」

 

「はいよっ!」

 

俺の叫び声と同時に、未来は左手で掴んだジャガイモを空中に放り投げて、右手で握った包丁を残像が見える早さで振り回す。危ない使い方だろうけど、やってる奴がプロフェッショナルだから心配ない。

ジャガイモが下の篭に落ちる頃には皮が剥かれ、均等に細分されているから驚きを越えて呆れる。前も見たことあるけど、相変わらず化け物みたいだわ。

その感想を口にすると、

 

「両手でそれぞれ違う料理を作ってる奴に言われたくない」

 

と正論で返された。

不本意だが化け物なのはお互い様らしい。

 

まぁ、これは咲夜にも同じことを言われたが。

白玉楼にある台所のコンロが足りず、我が家からガスコンロを数台持参して使用している。五、六品の料理を同時に作る技術を咲夜は称賛してくれているようだ。

こんなの居酒屋でバイトしてれば身に付くんだけどね。

あと出された料理を片っ端から空にしていく、ブラックホールみたいな胃袋してる土御門の姐さんの相手してたら……そりゃあ、ねぇ?

 

そんなことを考えていたらジャガイモを一ダース切り終わった未来が、こちらに篭を渡してくる。

流れるように受け取った俺は、大鍋に全部入れて炒める。

左手で牛肉のステーキを器用に引っくり返しながら、隣で作業しているであろう妖夢に、顔を向けずに休憩をとるように言う。

 

「よし、妖夢は一時間休憩!」

 

「え!? でも忙しいんじゃ……」

 

「山場は乗り越えたし、台所は俺と未来だけで十分だ。咲夜には申し訳ないけど運んでもらうとして、初めての宴会に行ってきな。あ、ついでにコレ持って行って」

 

「料理長、僕も休んでいいっすか」

 

「黙って人参でも切ってろ」

 

特製ソースをかけたステーキを妖夢に渡しながら、戯れ言を呟く未来の頼みを一蹴する。この半妖は一度休憩を与えたら戻ってこない可能性がある。

妖夢は宴会……大人数で料理を囲むことが初めてらしい。だからこそ、宴会の準備は念入りに前々から行っていて、当日に幽々子に食材を殲滅させられて絶望していたのだ。俺と未来が来たときに土下座してまで手伝いをお願いされたわ。

だから妖夢には一時間――ぶっちゃけ最後まで宴会楽しんでも問題ないけど、休憩という形で台所から離れさせることにした。責任感強いからね、彼女。

 

ん? 未来も宴会初めて?

知らんがな。

 

「あー、疲れたー」

 

「汗すら出ていませんが……」

 

足取り軽く台所から離れる妖夢を見送った後、ジト目で睨む咲夜に、未来は笑いながら手を振る。

 

「精神的にってコト。こういうのは慣れないし、昼からぶっ通しで野菜切ってたら疲れるに決まってるでしょ」

 

「はいはい、黙れ」

 

「うぐっ……モグモグ」

 

五月蝿かったから、白髪の剣王様の口に大きめの唐揚げを突っ込む。

黙って咀嚼するアホを無視して、俺は丼に適当に盛り付けた卵トロトロのカツ丼を咲夜に差し出した。

適当に盛り付けたけど味は保証しよう。

 

「晩飯には遅いけど、お腹すいたでしょ?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

微笑みながら渡すと咲夜は顔を赤くして受け取った。

うーん、ちょっと働かせ過ぎたかな? けど咲夜いないと料理を運ぶ人が減ってしまう。

 

「カツ丼羨ましーなー。チラチラっ」

 

「ほれ、お前にもカツ丼をくれてやろう」

 

「……カツどこいった?」

 

「俺の胃袋の中」

 

涙を流しながらカツのないカツ丼をかきこんでいる未来を煽っていると、台所に金髪の少女が顔を覗かせた。

プチ紫――じゃなかった。メリーだ。

 

「紫苑さん、ちょっといい?」

 

「ん? 料理足りなくなったか?」

 

「はい、目を離した間に綺麗になくなってて……」

 

幽々だな(確信)。

苦笑いを浮かべながら、俺は少し前に作った天ぷらとちらし寿司の皿をメリーに渡そうとする。

一般的な少女が持つには重いので、本当は俺が待っていきたいが、幽々が動き出したとなれば追加で作らないといけない。もしかして幽霊って食材の過剰摂取をしないと消えるのだろうか?

 

料理を渡すと、メリーは首をかしげて俺に質問をする。

 

「紫苑さんは宴会に参加しないの? 霊夢やアリスも貴方が来るのを待ってる雰囲気だったわ」

 

「当分の間は無理そうだなぁ。今回は完全に裏方に回るだろうし、自由になるとしても宴会終盤だろうよ。料理を大量生産できる人材が限りなく少ない」

 

「あー……」

 

俺が参加しない理由にメリーが目を逸らす。初めて会ったときも思ったことだが、メリーは深窓の令嬢を彷彿させる第一印象だった。料理を手伝ってもらったときも『人並みにできる』って感じで、手を見ても綺麗で傷一つなかった。つまり家事をあまりしている様子ではないって訳だ。

悪いとは言わないけど、宴会の厨房を任せられる程じゃない。というか俺が知り合った幻想郷の住人の大半はそんな感じ。んな料理を大量生産するスキルなんざ滅多に使わんだろうけど、宴会をこれからも行うならば一人二人は人材が欲しい。

 

宴会で酒だけ煽るのも味気ないだろう?

酒飲むことを禁じられているからこそ、余計に料理の大切さを実感する俺だった。

 

「あれ? でも宴会って異変を起こした関係者が開催するのよね? 吸血鬼の男の人……えっと……」

 

「ヴラドのことか?」

 

「そうそう、あの人は手伝わないの?」

 

 

 

「「アイツの料理はヤバい」」

 

 

 

メリーの素朴な疑問に俺と未来の声が重なった。

同時に即答したのでメリーと咲夜はやや気圧される。

 

「誰だって苦手なことの一つ二つは存在するわけだ。ヴラドの場合だと、料理を作ることに関して苦手の域を越える。越えるとかいうレベルじゃない」

 

「そ、そんなに?」

 

「プチゆかりんだって美味しいもの食べたいでしょ? 『米研いで』って研磨剤持ってきたり、『野菜洗って』って洗剤使う奴の料理なんて、誰だって食べたくないさ」

 

一番の問題点は未来の挙げた例の問題点を、あの高慢じーさんが今でも理解してないってところかな。

じゃあ運ぶのくらい手伝えって話なんだが……それができるのならば苦労しない。生粋の王は自分に利益のある行動しかやろうとしないし、孫娘との交流を楽しんでいるアイツは梃子でも動かん。レミリアとフランが頼んだら重い腰を上げそうだけど。

 

以上の理由を説明すると、未来から来たお嬢様は困ったように笑う。生意気な餓鬼かよ、とかでも思ったのだろう。街に住んでる野郎共の大半が餓鬼なんだから仕方ない。

説明しながらもフライパンを二つ同時に操っている俺に、今度は咲夜が好奇心を表に出した。

 

「それでは……紫苑様にも苦手なものが?」

 

「ん? あぁ、俺か。俺は――」

 

「絵が描けない」

 

「「……え?」」

 

俺の苦手分野をさらっと暴露する未来(アホ)

別に隠すほどのことでもないが、バラした未来は殴りたくなるような笑顔で語る。

 

「紫苑は出会ったときから絵が描けない……って表現は正しくないね。人類が理解するには早すぎる絵しか描くことができないのさ。似顔絵を描くと地獄絵図、風景画を描くと閲覧注意、なんか知らないけど精神に異常を訴えられる絵を無意識に描くんだよね……」

 

「図形なら難なく書ける。それこそ定規を使わずに寸分違わず綺麗な正方形を書けるぜ。でも昔から絵だけは上手く描けないんだよなぁ」

 

なんか意外、と目を丸くする二人に俺は溜め息をつく。

本人には言ったことないけど、何気に落書き程度の時間で芸術作品を産み出せるヴラドを羨ましく思ったりしてる。油絵やデッサン、デザインや彫刻、それこそ萌え絵すら簡単に書けるのだ。アイツは。

 

「紫苑さんにも苦手なものがあるんだ……」

 

「俺そんなに完璧な人間に見えるか?」

 

「うん」

 

笑いながら返してみるとメリーに即答された。

酒は飲めないし絵は壊滅的。異性に気の利いた発言などできなければ、行動規準は基本的に自分勝手。挙げようと思えば欠点なんて溢れ出てくるような奴なんだけどな。

むしろ街では『気味の悪い欠陥品』なんて呼ばれてたこともあったから、どうにも彼女等の好評価がむず痒い。

 

「じゃあ未来さんにも欠点が?」

 

「あるけど教えないよー。自ら欠点を晒け出すアホがいるわけ――」

 

「コイツは泳げない」

 

「………」

 

やられたら、やり返す。

 

「……はははっ、世の中には『浮き輪』って素晴らしい文明の利器があってね」

 

「お前は浮き輪を常備してんのか。つか浮き輪破壊されたら詰むだろ」

 

「ど、どーせ歩けばいいでしょ!? 水の上くらい!」

 

「どこの聖人男性だよ」

 

涙目で弁明する未来は同情するくらい惨めだった。

昔気まぐれで行ったプールにて、水が苦手なはずの吸血鬼の王が綺麗なクロールで泳ぐ横で、浮き輪が流されて沈んでいった切裂き魔の図は動画として残しているくらいには笑えた。タイタニック号ですら真っ青の沈みっぷりだったね。

けれどもコイツは本当に水の上を歩く術を持ってるから、未来が溺れている姿が貴重なのだ。

 

それを思い出していると、弄りネタを見つけたと換気するように目を輝かせる紅魔のメイド長。

 

「なるほど、九頭竜様を紅魔館近くの湖に捨てれば万事解決ですね」

 

「ちょっと待って咲ちゃん。目が本気なんだけど」

 

「なら湖で一緒に泳ぎませんか? 女の子の水着姿を拝めながら溺れ死――楽しく遊べるのなら男冥利につきるのでは? フラン様も喜んで遊んでくれるでしょう」

 

「アカン……殺る気満々や……」

 

次の瞬間には重石をつけられて水に沈められる、哀れな白髪の半妖の姿が簡単に想像できた。慌てて引き上げようとする半霊の美少女もセットで、だ。

 

 

俺はその光景を他人事のように「平和だなー」と笑いながら幽々が殲滅した料理を補充するのだった。

 

 

 

 

 

俺が宴会に参加できるのは、もう少し後らしい。

 

 

 

 




紫苑「感想少ないなぁ」
未来「返信してないからじゃない?」
紫苑「してるよ。遅いけど」
未来「ダメじゃん(´・ω・`)」

紫苑「話変わって近日中に新作出します」
未来「(/・ω・)/」
紫苑「また東方のほのぼの系二次創作だぜ。あと俺が主人公」
未来「紫苑が主人公……ほのぼのとは?」
紫苑「大丈夫、マジで平和だから」
未来「なら神殺伝の更新遅れるかな?」
紫苑「かもね」


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45話 ホロウなんたら

あけましておめでとうございますm(_ _)m


 初めての宴会。

 本当なら心踊る展開のはずだが、状況が状況だけに心の底から楽しめずにいた。メリーが右隣にいるのに楽しくないのは珍しいが、一番の要因を挙げるとすれば、

 

「――かかかっ、そこまで固くなることもなかろう。ほれ、存分に飲んで騒ぐが良い! 儂が許す」

 

「は、はい……」

 

 左隣にいる吸血鬼の王様のせいだと思う。

 大きな桜の真下にあるブルーシートを陣取り、胡座をかいて日本酒の入ったワイングラスを片手に宴会を楽しんでいた。両方の太股にそれぞれ金髪と紫髪の少女を乗せており、彼の笑顔に拍車がかかっている。

 酒を嗜む姿は優雅で美しく、不適に笑う表情が様になっていた。とても二人の美幼女の祖父だとは思えない。しかも日本酒は水やお湯で割らずに飲んでいるのに、酔う素振りすら見せないのだ。

 

 この外見20代前半の吸血鬼に絡まれる原因は数時間前。

 紫苑さんと白玉楼まで来た私とメリーだったのだが、料理の手伝いをすると私達と別れたのがきっかけだ。

 人妖蔓延る幻想郷の宴会で、防衛手段のない人間がいることが危険なのは彼等から嫌と言うほど聞いた。紫苑さんの友人が合流してくれると聞いて待っていたのだが、待機時間の妖怪からの視線が本当に怖かった。メリーと何気ない話をしながら気をまぎらわせていると、その人(・・・)が現れる。

 

 

 

 

 

『ほぅ、貴様等が紫苑の言ってた娘等か?』

 

 

 

 

 

 とんでもない人が来た。

 蒼い髪が特徴的な美青年。歴史で習ったことのある百数十年前の日本の軍服を身に纏い、手を後ろに組んで歩く様は貴族を彷彿させた。鋭く光る琥珀色の瞳は私とメリーを捉え、ある意味そこら辺で私達を狙っている妖怪よりも恐ろしい。蛇に睨まれたカエルとは、正にこの事だろう。

 彼の後ろには紫髪の大人しい子と金髪の可愛らしい子、それと中華服の女性と本を読んでいる女性が続いている。

 一見モデルの集まりに参加したんじゃないかと錯覚するレベル。

 

 っと、そんな場合ではなかった。

 私は動揺を隠すように肯定する。

 

『そ、そうだと思います』

『レミたん、フランたん、ここで酒盛りをするぞ』

『おじいさま、真剣な表情でその呼び方は止めて……』

『わかった!』

 

 こうして桜の木の下は個性的な面子によって占拠され、私とメリーは平穏と引き換えに安全を手に入れたのだった。

 それから顔見知りの幻想郷の住人が数人集まり、このような状況を形成しているわけだ。そこに在るだけで生命の危機を感じてしまう吸血鬼が近くにいるので、素直に楽しめないのだが。

 

 ちらっと横目でメリーを伺う。

 友人は酒の入ったコップを片手に、霊夢と楽しそうに会話を楽しんでいた。私と違って胆が座っている。

 私はメリーに宴会の感想を聞いてみる。

 

「宴会楽しんでる?」

 

「あら、蓮子は楽しくないの?」

 

 メリーは意外と言いたげに目を丸くした。彼女は隣にいる吸血鬼のカリスマに当てられていないからだろうか?

 すると遠くにいた魔理沙が私の前まで移動してきて、会話の輪に私を強制的に入れる。空になっていた私のコップに酒瓶から透明の液体を流し込み、太陽のような笑顔を向けてくる。

 

「なんだ、楽しくないのか?」

 

「えっと……ちょっと緊張しちゃって」

 

「隣にカリスマの化け物がいるから仕方ないぜ。こういうとき紫苑とか未来がいれば、もう少し楽だったのにな」

 

 同世代のように気軽に話せて、しかも実家のような安心感を与えてくれる彼等ならば、肩身の狭い思いは絶対にしなかっただろう。

 溜め息をついているとメリーと霊夢が励ましてくれる。

 

「蓮子の大好きな『神秘』がたくさんあるのに、楽しまないのは損だと思うわ。ほら、あそにいるのとか本でしか見たことない妖怪じゃない」

 

「確かに緊張するのは分かる。レミリアも相当なカリスマの持ち主だとは思ってたけど、ヴラドさんのあれ(・・)は異常よね。近くにいるだけで他者を敬服させるとか、それだけの能力で一つの妖怪として確立できるわよ」

 

 その人と対等に話せる外来人組も大概だけど、という霊夢の付け加えた発言に、その場にいる全員が首を縦に振った。私達も外来人組だけれど、どちらかといえば幻想郷の住人に近いと自負してる。流石に彼等と同類だとは思わない。

 

 そこまで考えたところで、私は思わず笑みが溢れる。

 自分が求めていた『神秘』。忘れ去られた私達の時代には残っておらず、御伽話の世界だけだと思っていたもの。叶わないからこそ追いかけ、メリーと共に語り合った数々の伝承。

 あのとき昼食を頼んでいたときまで、その平凡な日常が続くとさえ思っていたのだ。

 まさか一つのきっかけが、一つの出会いが、私達の持つ用途の定かではない能力が、このような結果を産み出すなんて想像すらしなかった。

 

 今でも不安がないと言えば嘘になる。

 しかし――楽しくないと言っても嘘になる。

 

「お、やっと蓮子が笑ったぜ」

 

「そうそう、蓮子は笑ってる姿の方が可愛いわ」

 

「か、可愛いって!? 茶化さないでよ!」

 

 紫苑さんの家でするような会話で盛り上がり、アリスが屋敷のキッチンから料理を持ってきて更に盛り上がっていく。

 私が狙っていた料理に手を出そうとすると、その料理は違う人の手によって消える。食べたかったものなだけに不満そうにその人を睨――

 

 

 

 

 

「苦味が抑えられおり、旨味が増しておる。この苦瓜が美味になるとは、あ奴の料理の腕は認めざるを得んな」

 

 

 

 

 

 私の真横から顔を覗かせている吸血鬼に息が止まる。

 それは周囲の面々も同じだった。

 

「ヴ、ヴラドさん」

 

「どうした、小娘。儂の顔に何かついておるか?」

 

 割り込んでメリーと私の間に座るヴラドさんは、心底不思議そうに私が凝視している理由を求める。

 そりゃ、私の時代でも歴史の本に載ってる有名人物が目の前にいて驚かないわけがない。私の場合は違う意味でも驚いてるけど。

 

「レミリアとフランは放っておいていいのかしら」

 

「博麗の巫女よ孫娘は儂が独り占めするには出来すぎた者達じゃ。それに紅魔館へ帰れば幾らでも戯れよう」

 

「親馬鹿だぜ……いや、孫馬鹿か?」

 

 確かにのぅ、と豪快に笑う吸血鬼の王様。

 それに物怖じすることなく質問するのは私の友人だった。

 

「ヴラドさんって案外フレンドリーな吸血鬼なんですね。もっと怖くて恐ろしい人だと思ってた」

 

「かかかっ、本来ならば雑種如きが儂と対等に口を利くことは死に値する。だが、祝い事でそのようなことを気にする必要はなかろうて。ましてや今の儂は元・吸血鬼の王」

 

 昔ほど気にする必要はない、と酒を煽る元・王様。

 近いからこそ聞こえたが、この人はボソッと「つか儂と対等に話せる奴少ないし、いちいち処断するとか面倒」と問題発言をしていた。

 なんだろう、このカリスマあるのかないのかハッキリしない吸血鬼は。

 

「昔、ですか」

 

「ふん、あの男と関わってから、儂も丸くなったもんじゃ」

 

「あの男……紫苑さんのことですね」

 

 メリーの推測は正しかったのだろう。鼻を鳴らしながらヴラドさんは肯定の意を示した。

 それに目を輝かせる友人。

 

「紫苑さんのことを詳しく教えていただけませんか? 彼のことについてもっと知りたいんです!」

 

「「「「私も!」」」」

 

「き、貴様等……」

 

 メリーに便乗する女子勢。

 他の面子がどのような思惑で知りたがっているか知らないけど、個人的に彼の過去には興味がある。自分よりも年下なのに、語り聞かせること全てに重みがある理由が知れるかもしれない。

 引きつった表情を見せるヴラドさん。

 勢いで何とかなるかなと浅はかな考えを抱いていたが、嘆息しながらもヴラドさんは答えてくれた。

 

「……よかろう、特別に話してやろうではないか。あの欠陥品の話とやらを」

 

「未来さんもそんな呼び方をしてたわよね? それって彼の住んでた街に居たときの渾名みたいなものなの?」

 

「一部の者だけが、あれをそう呼んでいただけじゃ。人として(・・・・)……いや、生物として(・・・・・)大切なものを、あの男は備えておらぬから欠陥品などと呼ばれる。あれを欠陥と呼ばずして何と呼ぼうか」

 

 そう前置きをして、ヴラドさんは語り始めた。

 吸血鬼の王様から見た『夜刀神紫苑』という人を。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 紫苑と会ったのは何年前だったか。

 2000年も生きておれば片手で数えられるほどの年月など昨日今日とたいして変わらん。人の寿命が刹那とも呼べるくらいにはな。

 しかし儂にとっては死する前の数年間は愉快であった。

 特に人の身でありながら妖魔神霊の巣食う街で生き、人類最強とまで言わしめた紫苑を評価しないのは王として失格であろう?

 

「え、人って紫苑さんだけだったの!?」

 

 ふん、博麗の巫女は勘違いをしておるのではないか? あの街は並みの人間が住めるような地ではない。言わば『世界から隔離された街』じゃ。

 

 街に住まうものは。

 

 

 

 40%は妖魔だった。

 30%は神仏、20%は異界の者。

 5%は混血。

 残りの5%は――知らぬ。

 

 

 

 あの土御門や暗闇のような者であったとだけ述べておこう。知りたいのであれば未来や紫苑に聞け。

 少なくとも儂は街に滞在していたとき、あの欠陥品以外の人間に会ったことないわ。どの世界よりも『生と死』が隣り合わせであった街なぞ、人間が数歩歩いていただけで屍となる。

 

「物騒だなぁ」

 

 そこの白黒。

 貴様等も無関係だと思っているわけではなかろうな?

 

「「「「「え?」」」」」

 

 幻想郷。

 忘れ去られた者達の楽園で、外の世界の科学的発展により切り捨てられた存在の行き着く先。神妖が大半を占める世界。外の世界を『現実』とするならば、幻想郷は正に『幻想』とも呼べるだろうよ。

 八雲紫も酔狂なことをする。忘れ去られたものなど居る価値などなかろうに、それを集めて世界を作るとは。面白い。

 

 そこで貴様等に尋ねようではないか。

 妖魔や神霊が『お伽噺話』の世界となった現代。

 忘れ去られた者達が幻想郷に集うのは納得できよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なら、『忘れ去られておらぬ神秘』はどうする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も全てが忘れ去られたわけではない。

 世界の片隅に追いやられようが、神秘というものは確かに存在する。要するに『幻想郷に行く程には忘れ去られていない』わけじゃ。

 

「……! まさか!?」

 

 そう、察しが良いの。小娘。

 

 暗闇は言った。

 中途半端に存在する儂等に居所などない。

 ならば作れば良い、と。

 

 

 

 魑魅魍魎闊歩する混沌世界。

 妖魔神霊の集い、忘れ去られるまでの安息の地。

 科学と神秘が両立し、現実と幻想の狭間に存在する災悪。

 『虚ろなる支配者の地(ホロウ・ドミニオン)

 

 

 

 

 それが儂等の街の名じゃ。

 

「どうして紫苑も未来もその名前で呼ばないんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? だってダサいって言われたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 儂も暗闇から聞いたときは『やべぇ、超カッコいい』と思ったのじゃが、どうやら外の世界では受け入れられない総称らしいのだ。だから儂等も『街』と呼ぶのじゃ。

 外の世界の者の感覚は分からん。

 一部の人間は共感するらしいのだが……まぁ、雑種の中にも理解できる賢者がいるらしい。

 

 話が大きく逸れたな。

 紫苑の話であったか。

 

 紫苑が化け物の一人として数えられるのは知っておろう?

 確かに奴は人類最強じゃ。あんな人間が簡単にいるわけがない。

 しかし――その実力が儂等に通用する訳ではない。

 

 あの男を真正面から叩き潰すのは容易だ。

 それこそ儂の部下でも容易い。八雲紫や風見幽香でも可能。

 ならば夜刀神紫苑が化け物の一人として数えられるのは何故か? 候補にすら劣る実力で儂等と対等を名乗れる理由とは?

 

 

 

 

 

 夜刀神紫苑は『天才』なのだ。

 

 

 

 

 

 しかも『戦術の天才』だ。

 どのような強大な敵であろうと、どのような劣性であろうと、力量差を『個の才』で食い潰すのが夜刀神紫苑という男なんじゃよ。殺し合いを自分の領域に持っていき、有利な状況を作り出す才能において、紫苑は詐欺師以上の手強さを持つ。

 しかも〔十の化身を操る程度の能力〕は、能力者の想いに合わせて強弱の変化する。

 あれほど奴との相性の良い能力は知らん。

 

 だから奴と初見で殺し合ったときは負けた(・・・)

 あんなん初見で殺せるか!

 

 

 

 力こそ全て。

 実力至上主義の街の住人相手に、これほど相性の悪い相手はいない。

 

 

 

 

 

 そしてあの男は。

 生物に必要不可欠の感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『恐怖心』がない。

 

 

 

 




紫苑「久しぶりの投稿」
ヴラド「新年早々儂参上」
紫苑「『何の話書いてたっけ?』って作者が言ってた」
ヴラド「それな」


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46話 半妖の思惑

 恐怖心がない?

 この白髪男は何を言っているのかしら。

 

 その思考が頭を回ったのは数分前。

 紫苑様が「ちょっと運んでくるわ」と、幻想郷の賢者に似た少女――メリー様と厨房から離れて、私と九頭竜だけで料理を作っていたとき、彼は妙なことを口走った。

 それは入れ替わるように入ってきた妖夢にも聞こえたようだ。

 

「咲ちゃんは、あの欠陥品のどこが好きなの?」

 

「……欠陥品?」

 

「そそ。恐怖心を持ち合わせていない、人間として破綻しているアイツのどこが好きなのかなーって」

 

 自分の愛する人を欠陥品呼ばわり。

 手に持った包丁で切り刻んでやろうかと思ったが、続く言葉に私は疑問を持った。聞き捨てならない単語を、この男が口にしたからだ。

 妖夢も同じ疑問を持ったらしく、小さく首を傾げ彼に近づきながら、野菜を切る九頭竜に問う。

 

「未来さん、恐怖心を持たない人間というのは人として成り立つものなのでしょうか?」

 

「僕達『妖怪』と呼ばれるものは人間の『畏れ』や『恐れ』によって生まれる。例外はあれど、人間が心の底から恐怖を抱く者であるから妖怪として在る(・・)ことが出来るのさ」

 

 リズミカルに野菜をまな板の上で切りながら、いきなり妖怪について語り出す九頭竜。先程のように空中で野菜を細切れにするような真似はせず、料理の手本のように丁寧に切っていた。

 我が主が妖怪なのだ。知ってるに決まってる。

 眉間に皺を寄せている私は皮肉の一つ二つでも返そうかと思ったが、彼の隣にいる妖夢が真剣に聞き入っている。

 

 彼女に説明していたのか。

 白玉楼と人里しか出たことがないと言っていた彼女にとって、妖怪の知識は少ないのだろう。

 私は言葉を飲み込んだ。

 

「人は妖怪を恐れる。それは自然の摂理であり、当然のような現象だ。復讐心とか嫌悪感とか、他の感情もあるかもしれないけど、基本的には人は妖怪に恐れを抱く」

 

「あれ? でも霊夢さんや魔理沙さんは……」

 

「彼女等の場合は『慣れ』でしょ? 後から聞いた話だと、ヴラドの呼び出した化け物には少なからず怖いと感じたんじゃないかな?」

 

 確かに博麗の巫女が妖怪に恐れを抱くようでは話にならない。

 しかし、ヴラド公の呼び出した化け物は恐怖を駆り立てるような姿をしていた。

 気圧されるのも無理はなかった。

 

「けど紫苑のそれは根本的に彼女等とは違う。そもそも人間が感じる恐怖の本質とは、生存本能だよ。恐怖を感じることができない人間は、自分の命に危険をもたらす物や状況、人物を避けることができない。恐怖心のないアイツは生きていること(・・・・・・・)自体が奇跡(・・・・・)なんだよ」

 

 タンっ!

 人参の端の部分を切り落とす音が妙に響く。

 

「アイツは本当に人間として狂ってる(・・・・)。僕は紫苑とは長い付き合いだから断言できるけど、戦闘中の紫苑の気味悪さは異常だ。どんな強大な妖怪だろうと、どんな伝承を持つ神だろうと、アイツのスタンスは変わらない」

 

「……どこが気持ち悪いというの?」

 

 思わず自然な口調で九頭竜に尋ねる。

 言い終わったあとに後悔したが、彼は微笑みながら尋ね返してくるのであった。

 

「ヴラド・ツェペシュに会ったとき、咲ちゃんはどう感じた?」

 

「……流石はお嬢様の祖父だと感じたわ。側にいるだけで、心臓を直接握られるような圧倒的恐怖観念に支配されるような……」

 

「うんうん、それが普通」

 

 もう九頭竜に敬語を使うのは止めた。

 素の口調で答えると、彼は納得するように頷く。

 

「それが普通なんだよ。それが普通じゃなきゃおかしい(・・・・)。……でもアイツは違った。紫苑とヴラドが初めて殺し合った日、その翌日に僕の煽りに紫苑は言ったんだ」

 

 

 

『いやー、あの吸血鬼ヤバかったね。僕ですら歯が立つかどうか分からないよ。さっすが天下の特攻部隊長様!』

 

『……あれは二本足で地面に立つ生物だぞ?』

 

『え? そりゃあ、まぁ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 背筋が震えるように凍った。

 

「紫苑はそれを呆れるように言ったんだよね。まるで当然だって言いたげにさ。あろうことかヴラドにも言ったらしいよ。……ねぇ、これを聞いても紫苑がマトモだと思う?」

 

 気にくわない男の問いかけ。私は全力で否定したかったが、これを正常だとはとても思えなかった。

 俯く私をよそに、妖夢は新しい疑問を投げ掛ける。

 

「なら紫苑さんが今まで奇跡的に生きていた理由って何なんですか? 生存本能のない紫苑さんが、どうやって危険を回避してきたのでしょう?」

 

「そりゃ、立ちふさがる敵全員を排除したに決まってる。恐怖心がないからといって、分からないわけじゃないんだから」

 

 疑問符を浮かべる妖夢に九頭竜は笑いかける。

 

「ちょっと話が難しくなるかな? アイツだって馬鹿じゃない。いや、むしろ天才なんだよ。用兵の天才で、戦術の天才。だからこそ夜刀神紫苑は生き残ることができたんだ」

 

「??」

 

「うーん……やっぱり説明するのは難しいなぁ。こういうの苦手だし。えっとね、紫苑は『恐怖心』を『損害』で補う考え方で生きてきたんだ。『○○をしたら○○を失う。よし、割に合わないし逃げるか』とか『○○なら大丈夫。よし、殺しとくか』みたいな感じでね。感覚じゃなくて理性で今まで生き残ってきたと言い換えてもいい」

 

「それではまるで――」

 

 ――機械では。

 

 そう言いかけた私に頷く九頭竜。

 切った野菜を水にはった鍋へ投入し,紫苑様がここを離れる前に指示していた分量の香辛料を順番に入れてゆく。

 香ばしい匂いが厨房を充満した。

 

「本当に冗談みたいな奴なんだよ、マジでさぁ。『自分より敵が強いからと言って、別に殺して死なない相手じゃない』とか『殺して死なないが、殺し続けて死なない保証はない』なんて迷言を次々と生み出すし、それを有言実行するもんだから」

 

「「………」」

 

「あ、今は違うよ? 僕が紫苑と会った時――ヴラドや壊神が知らない時期の紫苑が言ってたことだよ。ゆかりんと会う前だね」

 

 鍋の中をかき混ぜながら、彼は顔を厨房の入り口に向けた。

 「そうだよね?」と誰もいない空間に声をかけると、何回か見たことあるスキマから幻想郷の賢者――八雲紫が姿を現した。

 ……まさかスキマ妖怪が出てくる場所を予測してたのか?

 

 幻想郷の賢者は警戒するような表情で九頭竜を睨んでいた。

 その気持ちは分からないでもないが、なぜ彼女が彼を警戒するのかが読めない。ちょうど九頭竜と紫の間に立っていた妖夢が気まずそうにオロオロする。

 

「はははっ、ゆかりん顔怖いよ~。僕なんか悪いことした?」

 

「……心当たりがあるんじゃないかしら?」

 

「うーん、思いつかないね。ほら、僕って品行方正だし」

 

 何と白々しい態度か。

 八雲紫の険悪な視線すら、彼の前では効果がなかった。

 

「じゃあ、単刀直入に尋ねるわ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マエリベリー・ハーンと宇佐美蓮子を幻想郷に呼び寄せたのは貴方でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃の発言に思わず私は九頭竜の顔を凝視した。白髪の半妖は一瞬驚いたように目を見開いたが、目を細めて楽しそうに微笑みながら答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが(・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

 余裕を取り繕いながらも、内心は舌を巻いていた。

 まさか幻想郷の賢者に見抜かれるとは。さっすが紫苑の弟子。

 

「その応答は肯定と捉えていいのね」

 

「ゆかりんは確証があるんでしょ? なら隠す必要もない」

 

 おっかしーなー。

 バレないように演技も完璧にしたはずだし、知ってるのはごく僅かのメンバーだけだから、まだ隠し通せると思ったんだけどなぁ。どこから情報が漏れたのやら……まさか紫苑も欺いた演技がバレたとでも!?

 割と真剣に悩んでいると、溜息をつきながらも幻想郷の賢者は述べる。

 

「……暗闇殿から聞いたのよ」

 

「……へ?」

 

 いやいやいやいや、君共犯でしょ!?

 この答えには余裕を取り繕うことはできなかった。笑っていた表情は引きつり、こめかみをピクピクを震わせる。

 ゆかりんの言う通り、暗闇が首謀者として詐欺師が二人を拉致したのは事実だが、それを促したのは紛れもなく僕だ。彼女等をターゲットにしたわけじゃないけれど、間接的に二人の誘拐の原因を作った張本人なのは確か。

 ……異変後からゆかりんの姿を見ないなーって思ってたけど、なるほどそういうことか。暗闇のところに行ってたわけだね。

 

 咲ちゃんはジト目で僕を睨み、みょんは「なぜそんなことを?」と言いたげに悲しそうに僕を見る。

 僕は笑顔を崩して舌打ちをした。

 

「それ言うなら理由も説明しろっての……」

 

「教えて頂きましょうか。貴方が二人を幻想郷に呼んだ理由を」

 

「はいはい、ちゃんと説明するから咲ちゃんも睨まないでくれよ~。みょんも心配しないでって」

 

 小声で暗闇に悪態をついたが、これだと誤魔化しきれない。

 肩を落としながらも半眼で気怠そうに声を出す僕。

 

「紫苑の異常さを説明した後に、また説明とか……」

 

「……師匠の悪口は許さないわよ? 自業自得なんだから説明位しないと納得できないわ」

 

「――何被害者面してんのさ。元をたどれば君のせいだよ?」

 

 悪いのは街メンバーなのは確定であるが、ゆかりんも無関係ではない。

 そこんところも暗闇が説明してくれればよかったのに……と思う面もあり、ゆかりんへ返した言葉は少し棘のあるものになってしまった。

 

 しかし僕の言葉も事実。

 幻想郷の賢者は眉をひそめた。

 

「君が管理している結界、今物凄く不安定なんじゃないの? そりゃ当たり前だ。外の世界出身者が六人(・・)も幻想入りしてるんだから、いくら幻想郷の賢者だろうと耐えられるもんじゃ――」

 

「待って、六人?」

 

 僕のセリフを中断したのは紅魔館のメイド長。

 庭師も指を折りながら確認している。

 

「六人だよ。プチゆかりんに蓮ちょん、紫苑とヴラド。そして僕」

 

「五人じゃないですか」

 

 

 

 

 

「――加えて『壊神』」

 

 

 

 

 

 大きく目を開いたのはゆかりんだった。

 

「なぁ――!?」

 

「どこで何してるのかなんて僕には分からないさ。でも壊神が幻想入りしているのは確かだよ」

 

「かい……しん……?」

 

 みょんは可愛らしく首を傾げる。

 あ、そっか。みょん知らないか。

 

「街における敵対してはならない化物の六人目で、『六重奏(セクステット)』や『壊神(Set)』の異名を持つ、女嫌いの人殺し。街でも火力面ならつっちーの次に強くて、紫苑と同じくらい狂った思考の持ち主だね」

 

「紫苑様と一緒にしないでください」

 

「一緒だよ。というか街出身の連中全員がマトモじゃない。まともな性格で街で生き抜くなんて妄言もいいところさ」

 

 おっと、話がそれてしまった。

 

「そんな化物が四人もいるんだ。結界も不安定になるからプチゆかりんを招き入れた」

 

「私の力不足であることは認めるわ! 理由も知っている! でも不安定だからと言って、今から出も少しずつ安定させれば――」

 

 

 

 

 

「――なんてのは建前。本当は僕等が僅かしか能力を使えないからさ」

 

 

 

 

 

 茶色になった鍋内の液体をかき混ぜつつ、火の調整をする僕。

 もう少しで紫苑が帰ってくるかもしれない。なるべくプチゆかりんに長引かせるように言ったが、アイツに聞かれるのはマズいし、カレーできてなかったら違う意味でもマズい。

 

「僅かって……未来さんは全力を出したいのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどね? ある程度は僕等が力を出せるくらいの結界を維持してもらわないと困るんだ。悠長にしているわけにもいかないし」

 

 せめて……と僕は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――紫苑を殺せるくらいには全力を出したいね」

 

 

 

 




紫苑「そろそろ物語の目標出さないとな」
未来「僕が完全に悪役じゃん」
紫苑「そう言う立ち位置好きだろ?」
未来「早く続き!」
紫苑「おい、作者は三日後にテストだぞ」
未来「あ」


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47話 能力の等価交換

今回は二人の一人称視点で進みます。


 

 さて、幻想郷に住まう魑魅魍魎の諸君。

 光の世界から背を向け、かつての栄光を輝かせていた人妖諸君。今まで疑問に思っていたであろう事柄に答えてあげようじゃないか。

 ずばりコレ。

 

 

 

 

 

『なぜ僕が幻想郷に来たのか?』

 

 

 

 

 

 ……咲ちゃん、そう「誰も聞いてねーよ」って態度をあからさまにされると悲しくなるんだけど。僕一応悟り妖怪だからね? 分かってるからね?

 あーもう。心配してくれるのはみょんだけじゃないか!

 なんて優しい娘! 全僕が泣いた。

 

 僕は君達に『特に理由がない』と言ったよね?

 あながち間違いじゃないのさ。この言葉は。

 わざわざ理由をつけてまで動くことに何の意味があるのだろうか――とまでは思わないけど、本当に何の脈略もなく僕達は動くことが多い。咲ちゃんの言ってた『紅霧異変』や『春雪異変』を気まぐれ(・・・・)で起こすなんて日常茶飯事だ。

 

 話を戻そう。

 僕が幻想郷に来たのは何となく行ってみたかったからって思いもあったけど、他にも理由がある。

 ……うん、ゆかりんの言う通り。僕や――ここにいない壊神が幻想郷まで足を運んだのは『夜刀神紫苑』という欠陥品のため。

 

 なぜなのか? どうしてなのか?

 答えは簡単だ。さっき言ったじゃないか。咲ちゃんに細切れにされかけたけど。

 

 僕が幻想郷に来た理由。

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜刀神紫苑を殺すためだよ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 先程の説明で貴様等も理解したであろう?

 夜刀神紫苑という欠陥品に『恐怖心』という感情がないことを。

 

 それでも魑魅魍魎蔓延る虚ろなる支配者の地を生き延びていた要因は『特異な能力』と『恐ろしいまでの戦術眼』だ。それなくして欠陥品が生き残れるはずもない。

 街に住む人ならざる者達の大半は『神秘が各地に残っている』ゆえ、伝承が未だに顕在していることが多い。もちろん伝承には我々の致命的な弱点も残っている。奴はそのような『弱点』『欠点』とも呼べる部分を的確に突いて来る。なくても奴は強制的に作る(・・・・・・)

 本当に化物みたいな男だ。

 戦術眼と奴が持つ〔十の化身を操る程度の能力〕の相乗効果は洒落にならん。

 

 ほう、そこの白黒は奴の能力を垣間見たか。

 だが貴様は奴の能力を真に理解しておらぬと見える。

 でなければ儂の『九頭竜未来の目的は夜刀神紫苑を殺すこと』という言葉に全力で反論せぬだろう。

 

 ……待てい、巫女。そこに座っとれ。

 全く、大した力もなかろうに、好戦的な小娘だな。

 

 奴の能力の本質。

 幻想郷の賢者が紫苑の能力を〔全ての障害を打ち破る程度の能力〕と言った訳。

 あの男の能力は格上の敵を上回る(・・・・・・・・)のだ。己より強者の実力を強制的に上回り、あらゆる敵を排除する能力。いわゆる下克上の能力じゃな。

 

 本当に厄介にも程がある。

 奴の第十の化身『戦士』の黄金の剣。

 あれは能力の無効化が付与された剣だが、紫苑の能力の本質に上乗せされて大抵の能力を無力化することができる。儂の〔創造する程度の能力〕や未来の〔全てを切り裂く程度の能力〕ですら例外ではない。

 街の妖怪や神仏の持つ能力は絶対的なもの、概念に干渉するもの、次元を超えるもの――例を挙げるのならばキリがないが、紫苑はそれらを全て無効化する。暗闇の能力ですら一部とはいえ無効化したのだから、驚きを通り越して呆れるわ。

 

 本当に人間にしておくのは惜しいほどの特異能力。

 

 ――しかし、貴様等は理解しているか?

 あの男は自分が所有する神力以上の力を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを何の代償もなしに使えるはずがなかろう?

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 あんなチート能力を代償も支払わずに使えるほど、世界は優しくもないし甘くもないよ。そうであって欲しいと願うのは個人の自由だけどね。

 何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。等価交換の法則だよ。

 錬金術の基本だ。どっかのヴラドは過程をすっ飛ばすけど、それでも自分の妖力って代償を支払ってる。

 

 そもそも人間って種族は貧弱だ。

 霊っちや魔理りんみたいな例外はあるとみんなは思うかもしれないけど、それでも僕等にとっては一般人の域を出ないのさ。普通普通、平凡も平凡、街のキチガイ連中に比べれば軽いぜ~。

 人間の想像やら進行が生み出した産物だろうと、どんだけ足掻こうが大妖怪や神様に敵うはずがないんだ。よほどの奇跡(ジャイアントキリング)が起きない限りね。

 

 だって考えても見なよ。

 君達、全力出した神仏に素手で勝てると思うかい?

 

 ……いや、ゆかりん。霊っちなら勝てるって言われても。

 博麗の巫女がどんな手札があるのか正確な情報を僕は持ってない。もしかして博麗霊夢が僕の想像をも超えるような切り札があるのかもしれない。紫苑だって涼しい顔で洒落にならないことを幾度となくやらかしてきた過去があるし。

 今の外の世界は君たちが考えている以上に狂気じみてるのはゆかりんが一番知ってるでしょ。

 じゃなきゃ君が紫苑のことを『師匠』とは呼ばない。

 

 博麗霊夢が〔空を飛ぶ程度の能力〕が、あらゆるものに縛られないという概念的なものだとしても。

 あらゆる攻撃から干渉されない意味での空を飛ぶ(・・・・)だとしても。

 

 

 

 紫苑が能力を無力化しよう。

 僕が概念ごと切裂いてあげよう。

 ヴラドが概念を喰らう生物を生み出そう。

 壊神が概念ごとぶっ壊してあげよう。

 詐欺師が彼女を根本的に欺こう。

 要塞が彼女との根競べをしよう。

 土御門の姐さんが彼女を引きずり出そう。

 

 

 

 つまりは、そういうことさ。

 神秘はより強い神秘に打ち消される。対抗手段なんていくらでもある。

 たかが十数年しか生きてない少女の能力だ。天性の才能でカバーしようとも、平和ボケした彼女が勝てるとは思わないね。

 

 ……と、人間を批判してみたんだけども。

 じゃあ、紫苑の能力は何なのかって話。

 

 再度言うけど紫苑が限界を超えてまで能力を使うときに代償を支払ってる。

 ゆかりんは知ってるよね? 知らなきゃおかしい。

 

 何を犠牲にしてるのか。

 もちろん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――寿命さ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 ここで奴が『恐怖心を持っていない』という問題と合わさって大変な事態が起こる。

 当たり前だろうよ。恐怖心を持たないということは、死への恐怖がないことと繋がる。

 

 端的に言うのならば。

 

 

 

 

 

 紫苑は自分の寿命を犠牲にして能力を使うことに何の迷いもない。

 

 

 

 

 

 あの男には生への執着が感じられん。

 かと言って死にたがりというわけでもない。矛盾しておるだろう? 欠陥品なのだから矛盾してないほうがおかしいのだが。

 

 幻想郷の住人相手ならば能力を過剰に使わずとも大抵のことは切り抜けよう。能力以外にも、紫苑には手札があるからの。幻想郷の賢者もやってくれたものだ。ナイスプレイじゃ。

 街にこれ以上住んでいたのなら紫苑は数年とたたずに死んでいたであろうからのぅ。

 誰に負けるでもなく。寿命という概念にな。

 

 ん? どうした人形遣い。

 奴がどれ程あと生きられるのか?

 未来曰く。

 

 

 

 5年も持たんじゃろう。

 

 

 

 

 ふ、フランたん……!

 だ、大丈夫じゃ! フランたんの婿候補を簡単に死なずわけがなかろう!

 

 儂等だって奴を死なせるつもりはない。

 あの男は存在するだけで愉快な生物だからのぅ。

 

 吸血鬼は排他的な種族。

 レミたんのように人間や他種族を傍に置いておくこと自体が非常に珍しいのだ。無論、昔の儂ならまだしも、今の儂にはレミたんに傍仕えの者に口を挟むつもりはないぞ。儂の孫娘が選んだのだ。尊重するのがカッコイイおじいちゃんというものだろう?

 街に住まう吸血鬼は30000を超える。人間を食料と見る者もいれば、見下し蔑む者もいる。

 儂もその一人だった。

 

 だがな、幻想郷の少女達よ。

 紫苑は数年間だけで儂等吸血鬼の信頼を得た稀有な男なのだ。

 モーゼル――人間に偏見を持つ儂の臣下ですら、夜刀神紫苑という人間を認めたのだからな。つか自分の娘を嫁がせたいと進言してきたときには、吸血鬼の間で大混乱が起きたぐらいだ。あれビックリしたわ。

 

 それほどまでに愉快な男。

 早死にさせるのは惜しい。

 

 ……ふむ、ならどうするかと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの男を人間以外にすればよい。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 僕等……重奏メンバーは昔から計画していた。

 深く考える必要はない。人間には耐えられない能力なら、人間以外……それこそ吸血鬼でも妖怪でも神様でも何でもいい。〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕の神力消費に耐えられる種族になればいいだけの話さ。

 

 そんなことできるのかって?

 壊神がいい例だよ。

 あれは元々人間だったけど、紆余曲折あって不老不死になった。ヴラドも吸血鬼にするなら寧ろウェルカムって言ってたしね。

 

 ただ一つだけ問題があってね……。

 紫苑がそれを良しとしないんだ。

 

 なんでか分からないんだけど、紫苑は人間であることを辞めようとしないんだ。

 うーん……違うな。人間であること(・・・・・・・)に固執している(・・・・・・・)ように見える。

 それを賭けに僕達は何度も殺し合ったけど、紫苑も全力で挑むもんだから、いたずらに寿命を減らすだけの結果になっちゃった。紫苑は重奏メンバーの手札を十分に理解してるから、黄金の剣の前だと意図も簡単に切り裂かれちゃう。僕達も対抗して本気を出そうものなら、街が崩壊しちゃう可能性さえあるしねぇ。

 

 

 

 そうそう、話は変わるんだけどさ。

 幽々っちから聞いたよ。みょんは僕に弟子入りしたいんだって?

 

 ぶっちゃけ面倒だし他人に教えるのは苦手だから無理……って本当は言うつもりだったんだけど、条件付きならいいよ。みょんを弟子にしてあげる。

 条件は話の最初に遡る。紫苑を殺せる程の力をつけて欲しいてこと。

 

 咲ちゃん。待つんだ。待って。待って下さい。

 そのナイフを僕は美味しく食べられる種族じゃないんだ。口に突っ込まないで。

 

 言葉の綾だよ。別に紫苑を殺せっていうわけじゃない。

 街での癖って言うのかな? 『死ね』だの『殺す』だの呼吸するように吐くからさ、過剰反応されることに慣れてないんだよね。ちょっとしたジョーク感覚なんだけど。

 僕は思うわけですよ。あれを『殺してやる!』って気概じゃないと倒せないって。『やっちゃったぜ♪』感覚で倒せるのは暗闇だけで十分だ。

 

 できないって?

 諦めんなよっっっっ!!

 熱くなれよっっっっ!!

 

 ってのは冗談だとして。

 大丈夫、みょんには紫苑に勝てる可能性がある。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 うむ、約束しよう。

 博麗の巫女よ。紫苑に『弟子にしてくれ』と頼んだところで断られるのが関の山。

 だから儂が口添えしてやる。

 

 貴様なら儂等より勝つ見込みがあるだろう。

 夜刀神紫苑の黄金の剣は相手の能力を如何に理解してるか(・・・・・・・・・)に左右される。街で散々殺し合ってきた儂等よりも、貴様の方が可能性があるというわけだ。

 

 ……まさか人間に儂等の計画を託す日が来るとは思わなかった。

 あれほど蔑んできた下等生物に、な。

 カカカッ、だからこそ面白いというもの。

 

 自信がないか?

 ふん、貧弱者が……と言いたいところだが無理もない。

 切裂き魔から聞いたが、貴様等は西行妖という妖怪相手に殺し合う紫苑を見たのだろう? それが本気というわけでもないということも。

 付け加えるならば、あれは勝利の軍神。

 精神干渉は厄介じゃ。

 

 確かに紫苑と真正面から戦えば、幻想郷の住人で勝てるものはいないだろうよ。

 あれも真正面から真っ向勝負なんて柄ではない故。

 

 誇り高き吸血鬼が小細工を弄するなど屈辱の極み。

 だが……贅沢は言ってられぬ。

 他の小娘等よ、貴様等にも協力してもらうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共に外道へ堕ちようではないか。

 

 

 

 




未来「というわけで本作のラスボスから一言どうぞ」
紫苑「マジかよ」
未来「だから作者の大好きな『主人公俺TUEEEEEEEEEE』ができないんだよね」
紫苑「それが原因でリメイクしたからな」
未来「あんまり強すぎると霊っちとみょんが困る」
紫苑「――まぁ、弱体化以外にも俺の設定が増えたけどな( ̄ー ̄)ニヤリ」
未来「ゑ?」


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48話 もう一人の主人公

 

 

 

 あの話を聞かされて、私は彼にどのような顔をすればいいのか。

 

 

 

 戸惑いながらも彼の作った料理を一緒に運びながら、私は人ならざる者達の間を歩く。時折、好意的ではない視線に身が縮こまる想いをするが、隣の彼――紫苑さんは気にする様子もなく突き進む。

 妖怪が(エサ)を襲ってこないのも(ストッパー)がいるから。

 

 私にはそれを頼もしく思うのと同時に――少し、恐ろしい。

 

 理由は語るべくもない。

 吸血鬼の王を名乗る妖怪の言葉が脳裏を過るのだ。

 

「し、紫苑さん」

 

「ん?」

 

 不安定な料理の山を絶妙なバランスを保ったまま歩いていた紫苑さんは、視線だけをこちらに向けながら足を動かす。その歩く速度は私に合わせてもらっている。

 その器用さはどこか手慣れているようだった。

 まるで飲食店のウェイターでもしていたかのよう。

 

 そんな彼に私は出かけた言葉を寸でのところで止める。

 私が今からする質問は本当にしてもよいのだろうか?と理性が働いたからだ。いくら何でも失礼過ぎるとギリギリのところで踏みとどまった私を褒め称えたい。

 だが、声はかけてしまった。

 自然な感じを装う形で質問をすり替える。

 

「なんか妖怪の視線が怖いんだけど……紫苑さんは平気なの?」

 

 本当は『紫苑さんの寿命があと5年って本当なの?』だ。我ながらストレートな疑問を投げかけるところだった。

 質問された彼は周囲を見渡し、首を傾げる。

 

「そんなに怖いか? 襲ってくる様子はないぜ」

 

「いや、それは貴方がいるからだと……」

 

 少し声が震えたのが覚られたのか。

 彼は私を安心させるように微笑みを浮かべる。

 

 あぁ、なんて優しい人なのだろう。

 この笑顔にどれだけ私が救われたか。もう両手では数え切れない。

 

「大丈夫だって。もしマリーが殺されそうになっても、そうなる前に俺がソイツをひき肉(ミンチ)にしてやるからよー」

 

「さらっと怖いこと言ったね……」

 

「にしても『怖い』、ねぇ……」

 

 私の言葉を反復するように呟く紫苑さん。

 彼にとっては未知の感情――だからこそ呟いたのだと私は思ったのだが、黒髪の少年は苦笑しながら懐かしむが如く語る。

 

「懐かしいなぁ……その感情」

 

「へ……?」

 

 思わず素っ頓狂な声がでる。

 それではまるで彼に恐怖心があるように(・・・・・・・・・)聞こえるではないか。

 紫苑さんは呆れを含んだ声色で不服に抗議する。

 

「んだよ……まるで俺が恐怖心のない化物みたいに聞こえるじゃねーか。俺にだって『怖い』って感情くらい存在するさ。……ただ感じにくいだけで」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「他の連中からすればそう見えるかもなー。人生で一度だけだし。なんせ俺がマジで『怖い』って思ったのは――」

 

 彼は足を止めて空を眺める。私も彼と同じ行動を取った。

 夜空は真っ暗。宴会で提灯やら光源となるものが周囲に点在するため、星がを見ることが出来ない。

 どこを見渡しても空は黒・黒・黒。

 そんなの私が住んでいた場所じゃ当たり前の光景のはずなのに――なぜか心臓がきゅっと締まるように不安感が募る。

 

 神秘は存在する。

 ならば私達の知る常識というのは……どこまで幻想郷(ここ)で役立つ?

 

 

 

 

 

「――暗闇と初めて会った時かな」

 

 

 

 

 

 その一度だけ?

 私は声に出したくても言うことが出来なかった。

 

「あれはマジでヤバい。俺もビックリしたぜ。まさか……んな存在すること自体が異質だって在る(・・)だけで理解させる奴がいるなんてよ。あれを見て以来、『怖い』なんて感情なんざ抱かなくなったわ」

 

 私は何と見えなくなった。

 だってそれは壊れてるんじゃなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――壊された、ではないか?

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 私はメリーと紫苑さんが料理を運んでいる姿を妖夢と遠目で眺めながら酒を飲んでいた。

 妖夢にヴラドさんの話をする必要はなかった。彼女はすでに九頭竜さんから聞いてたとか。

 

「霊夢……」

 

「藍、紫のところに行かなくていいの?」

 

「あぁ、紫様は……その、今は声をかけられる様子じゃないからな」

 

 紫の式神が私に声をかけてきた。

 このような藍を見るのは初めてだ。九頭竜さんも紫と何か話してたって隣の庭師も言ってたし、あの胡散臭い妖怪すらも白髪の剣士には敵わないようだ。

 

 私だって彼は苦手の部類に入る。

 心を読まれるから……なんて理由ではなく、彼の呑気な発言は時折私の心を的確に深く抉ってくるのだ。しかも間違ったことを言ってないだけにたちが悪い。

 

「霊夢は……本当に彼等の計画に手を貸すのか?」

 

「……そうなるわね。私だって彼に早死にして欲しくはないもの」

 

「だが――」

 

 それでも尚、藍は言いにくそうに顔をしかめる。

 彼女の気持ちは分からないでもない。

 

 彼等の計画――それは幻想郷の禁忌『人間が妖怪になること』を犯すことに他ならない。

 博麗の巫女というか私が一番危険視しているのは人が人妖になること、つまり幻想郷のバランスを崩壊しかねない『妖怪じみた人間、あるいは人が妖怪に変質した存在』を作ってしまうこと。彼を妖怪にするのならば――博麗の巫女として阻止するのが当然の行動。

 藍はそのことを示唆しているだろう。

 

「私は彼等の行動を止める側の人間。例え彼のために行うとしても、私は九頭竜さんやヴラドさんを退治しなきゃいけないわ」

 

「霊夢さん!?」

 

 過剰反応した妖夢を制して、藍を真正面から見つめる。

 

「でも今回ばかりは私個人の感情で動かせてもらうわ。私だって……ルールばかりを押し付ける無機質な道具じゃないんだから」

 

「霊夢……」

 

 藍は呆れを含みながら苦笑する。

 ……まぁ、それだけが理由ではないが。

 

 

 

 

 

「というか、九頭竜さんとヴラドさんを今の私が退治できると思ってんの?」

 

「「……あー」」

 

 幻想郷のルールを守る守らない云々より、私があの化物集団に勝てる気がしない。

 実質『紫苑さん人妖化』以外に彼等が幻想郷のバランスを崩壊させるようなことをしていないのがせめてもの救いだが、私は彼等を止められるだけの力をつけないといけない。

 博麗の巫女として。

 

 それを考えて内心は溜息をつく。

 彼等を倒せる実力とか、それこそ『人妖』ではないか。

 矛盾してる。

 

「外の世界にも幻想郷と現世の境界線みたいな場所があるんでしょ? そこに住んでる奴等が忘れ去られて幻想郷に来る可能性もあるわけだし、ルールを見直す時期なのかもしれないわね……」

 

「その前に霊夢さんは紫苑さんに勝てると思いますか?」

 

 不安そうに尋ねてくる妖夢に叱咤する。

 私まで不安になってくるじゃない。

 

「そんな辛そうな顔は止めなさい。もう覚悟は決めたんだし、紫苑さんにバレちゃうでしょ」

 

「……そう、ですね」

 

 九頭竜未来の計画。

 

『紫苑が人間に固執してる理由は分からん。其ならば、あのアホが生きたいと思う理由を作ればよい。神殺の限界突破は勝ちたいって想いの強さによって変わるチート能力』

 

『人として死にたいって思わせる以上に、紫苑が生きたいと心を揺さぶれば……勝機はあるんじゃないかな』

 

 私達の勝機。

 それは紫苑さんの『愛情』を利用――要するに紫苑さんや私達(幻想郷の一部の少女達)の恋心を利用した卑劣極まりない作戦。

 

『確かに最悪な作戦だな。儂自身が忌避したかった計画』

 

『まぁ、僕たちは正義の味方でもないし、あの街では卑怯汚いは敗者の戯言。アイツも全力でぶつかって負けたなら本望じゃない? というか、それ以外に方法がないっていうか、あれに勝つ方法なんてほかに思いつかないんだよねー』

 

 反論は出なかった。

 だって紫苑さんのことを異性として好きな女性たちも同じ思いだったからだ。彼に死んでほしくないという共通の想いが。

 

 彼等は言った。

 紫苑を堕とし、紫苑を倒す。

 そして紫苑を人間以外の種族にする。

 本人の意思を完全に無視した下劣で最悪な策を成すために、暗闇に託されて幻想郷に来たと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紫苑は自分の命は自分のものだからって受け入れてるんだけど、僕に言わせてみればアホらしいね。人と繋がってる時点で、その人の人生はその人のものだけじゃない。だから――やってみようじゃないか。紫苑の想いと僕達の想い。どちらが強いのか』

 

「私は――紫苑さんを倒す」

 

やれるかどうかは分からないけど、私は『打倒・憧れの人』を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 宴会が終った夜刀神宅。

 同居している二人の少女は二階で寝静まる中、黒髪の少年は月明かり照らすリビングにて、携帯を耳元に当てながら会話をしていた。

 

 会話の音声が聞こえる。

 

『なぁるほどー。やっぱヴラド復活しちゃったか』

 

「……ふん、知ってたくせに白々しいな」

 

 少年は鼻を鳴らす。

 それに会話の相手はふてくされた声色を出す。

 

『そりゃ自他ともに認める全知全能の神様みたいなもんですよーだ。むしろ幻想郷は今より面白くなったんじゃないかな? あー、ボクもそっち行きたーい!』

 

「止めろ。もっと面倒になる。オレの気苦労も察してくれ」

 

 引きつりながらも溜息をつく少年。

 

「あのイカレ破壊神も幻想郷に来てるって話だろ? 冗談じゃねぇ。あの博麗の巫女の面倒を見る予定も入っちまったし、これ以上は手に余る」

 

『つまんないなー』

 

 ソファーに寝そべりながら反論し、会話の相手は笑いこける。

 

『あー、腹痛い。で、どうだい? 幻想郷は』

 

「どう、とは?」

 

『君は楽しいかい? 平和で退屈な忘れ去られた者達の楽園ってのはさ』

 

 少年はリビングの窓から外を見る。

 星々は光瞬き、昼でもないのに少年を明るく照らす。

 

「……悪くはない、と思う」

 

『そっかそっか。そりゃ幻想郷に送った甲斐があったもんだよ』

 

「つか紫が作った楽園だぞ。化物共が襲ってくることもなければ、家が木っ端みじんに吹き飛ぶわけでもない。そもそも弟子が10世紀近くかけて作った場所にケチつけるわけが――」

 

 最初の感想を打ち消すように言葉を並べる少年だったが、会話の相手はそれを遮った。

 それは只の言葉。

 力がこもってなければ、謂れもない。空気を震わせただけの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは紫苑の感想でしょ? 君はどうなんだい(・・・・・・・・)って聞いてるんだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 しかし会話の相手の言葉は彼の表情を能面のように感情を奪った。

 呆れもなく、苦笑もない。感情という感情を根こそぎ奪い、まるで人形のように無表情となった姿は、見たものに恐怖を抱かせるには十分だった。

 誰もいないのが幸いした。

 

『紫苑に取っては余生の地みたいなもんさ。それはそれは楽しいはず。じゃあ、君は(・・)?』

 

「……いつから気づいてた?」

 

『え? だって――全知全能の神様みたいなもんだしぃ?』

 

 氷のように鋭く研ぎ澄まされた少年の声色にも、会話の相手はふざけて返す。

 

『冗談抜きで僕も少しは驚いてるんだよね。まさかアレ(・・)のせいで君が表側に出てくるようになるとは思わなかったんだよ、いやマジでさ。やっぱり紫苑は面白いね!』

 

「それはこっちの台詞だ。オレだって出てきたくて出てきたわけじゃねぇよ」

 

『えー? 君は自分の身体に未練とかないの?』

 

「馬鹿言うな。この体はオレ(・・)じゃなくて()のモンだ」

 

 舌打ちを打つ少年。

 

「どれだけ取り繕うとしたところで、オレの出番は金輪際存在しねぇよ。特にクソ平和な幻想郷では特に、な。俺に好意を寄せてる奴等もいるようだし、尚更表に出る理由がない」

 

『……その好意、どうして君は感づいてるのに、紫苑は気づかないんだろうね』

 

「オレに聞くな。俺に聞け」

 

 そだねー、と軽く返す会話の相手。

 少年は会話を終わらせるために要点だけを伝えた。

 

「――つまりはそういうことだ。後は連中を信じるだけって話」

 

『君は信じてるの?』

 

「知らん。そんな感情は存在しない」

 

『ふーん。まぁ、紫苑が早死にしないことを祈るよ』

 

 そこで電話は切れる。

 形態を机の上に投げた少年は窓際に移動し、月の光に目を細める。

 

 少年は月を隠すように手を広げる。

 

「オレが知りたい。存在する理由なんざ。あの暗闇(やろう)、どこまで考えてんだ?」

 

 少年は無機質に呟く。

 

 

 

 

 

「夜刀神紫苑、か……。そうだ、オレは俺じゃない」

 

 

 

 




紫苑「つわけで宴会パート終了。次回から日常回だな」
未来「ちょい待て。最後のあれ何?」
紫苑「さぁ? リメイク前を読んだ方なら想像つくんじゃない?」
未来「ややこしいもの抱え込んでるな~」
紫苑「それな」


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閑話 プロローグ・零

プロローグより前の話です。
紫が盛大にキャラ崩壊します。


「――って感じで手配してるから、出来次第そっちに送るよ~」

 

「ありがとうございます、暗闇様」

 

「いいっていいって。ボクと紫ちゃんの仲じゃん」

 

 幻想と現実の入り混じる世界。

 幻想入りするには存在を保っており、現実に溶け込むには異質な者達に残された楽園にして地獄。こうやってカフェテラスでコーヒーを飲んでいる今でも、視界に映る遠くのビルから爆発音が聞こえる。

 

 これもここの日常なのだろう。カフェの客は気にした様子がない。

 私――八雲紫も気にせずに前の人物へ集中する。

 

 目前の彼女……彼? とりあえず目の前の存在(・・)は少女の姿を象っているから『少女』として表記しよう。この世の全ての美を集結したような儚くも美しい姿の彼女だが、彼女に正確な性別もなければ影形もない存在。自然現象とも呼べるだろう。

 なんせ古今東西の神話の原点にして頂点。妖怪の起源とも呼ぶべき方なのだから。

 だから彼女に名前はない。呼称がないのも不便なのは確かなので、私を含む彼女を知る者は畏怖と畏敬を込めて『暗闇』と呼ぶ。

 

 ここに呼ばれたのも彼女からの誘い。

 絶対的な存在といえども、暗闇様は現世への不干渉を貫いている。これも気まぐれで変わるのだろうが、彼女の誘いに強制力はなく、私はこれに応じなくてもいいのだ。

 しかし、彼女には多大な恩がある。加えて彼女からの呼びかけ自体が珍しい。何かしらの思惑があるのは明白。

 

「メールでいいかな? ボクが渡したスマホは持ってるかい?」

 

「えぇ、これのことですよね」

 

 彼女にスキマから取り出した薄い黒い箱状の物を見せる。

 現世のスマホとは異なり、電波がなくとも他者との連絡が取れるとかなんとか。他にもSNSアプリ『Yamitter』などの機能もあるが、私は使っていない。

 

 それに彼女は満足げに頷く。

 続けてハッと顔をこわばらせる。

 

「あ、忘れてた! ちょっと手を貸して!」

 

「え? えっと……こうですか?」

 

「そうそう、そんな感じで――よし、ありがと~」

 

 コーヒーカップの位置を移動して、私と彼女のピースサインをスマホのカメラ機能で写す。

 そして何やらデバイスを呟きながら操作する。

 

「こうやってハートマークで加工して……『ゆかりんとカフェなう』っと……」

 

 さっそくSNSに投稿しているのだろう。

 これを世間一般では女子力が高いというらしい。

 

 俗物的なのは会った時からなのは知っている。

 出会い頭に蹴鞠を『めっちゃ楽しいわコレ』と極めていた辺り、どの生命よりも時代というか現世を謳歌している。面白いことが大好きな方なのだ。

 時代の流れを楽しむのは永久なる命を持つ物の特権だろう。かつて聞いたことなのだが、蓬莱の薬ですら彼女にとっては不完全なものだと。

 

「けど『弾幕ごっこ』ってルールは斬新だね。当代の博麗の巫女は随分と面白い人物のようだ。ボクとしては彼女みたいな発想を持つ人物を待ってた!って言いたいけどね。幻想郷の手助けをした甲斐があったってもんだよ」

 

「その節はお世話になりました……」

 

「相変わらず堅苦しいなぁって感想は置いといて、どうやら幻想郷もある程度安定してきた感じ?」

 

 コーヒーにミルクを注ぎながら笑う彼女に、私は「そうですね」と頭を下げながら答えた。

 藍と私などのごく少数しか知らない事実だが、今の幻想郷が誕生した7割は目前の少女のお陰だと言っても過言ではない。幻想郷建設の場所から『博麗大結界』の術式システムの提供、スペルカードのもととなる素材も彼女の手伝いがなければ、幻想郷誕生すら難しかった。

 

 陰の立役者は頬杖をつきながらティーカップを掲げる。

 ニヤリと笑う姿は、私の思考を読んでいるかのようだ。どっかの悟り幼女でもないのに……なんて考える輩もいるだろうが、彼女ならそのくらいのことをしてもおかしくない。

 

「それにしても『人間と妖怪の共存』ねぇ。紫ちゃんはどうしてそんな面倒なことを計画したの? というか会った時から幻想郷作るって決めてたよね? 所詮、人間なんて君達から見れば下等生物と一緒じゃないか。どして?」

 

「……貴女なら知っているのでは?」

 

「君の口から直接聞きたいのさ。ボクが『暗闇』だからって、言葉を直接相手に伝えることを放棄しちゃだめだよ。コミュニケーションは大切! これ基本!」

 

 わざと大きく手を広げて演説じみた発言をする銀髪の少女。

 彼女なりの流儀かなんかなのだろうか。そうじゃなくても、暗闇様にとってコミュニケーションは『面白い』の部類なのだろう。

 

「……約束、それを果たすために」

 

「ふむふむ、約束ね。誰としたの?」

 

 『誰としたのか?』

 そのような質問であったにも関わらず、私は遥か昔――私が幻想郷を作ろうとした由縁の物語を語っていた。10世紀以上前の出来事を、まるで当時のように鮮明に思い出し、溢れ出すように口から彼――黒髪の少年との思い出が紡がれる。

 紡ぐ度に心臓の辺りがぽっかりとした空間ができるような苦しみを感じる。それでも私の口は動きを止めることはなかった。

 

 どのくらい話しただろうか。

 最愛の師が消えたところまでを話した時、ずっと黙って聞いていた暗闇様が冷たくなったミルクコーヒーに口をつける。

 

「いやぁ……一途だねぇ。ボクもいろんな人間やら妖怪をごまんと見てきたけどさ、種族も違うのに1500年も相手のことを想う妖怪ってのは久しぶりに見たよ。種族が違うから尚更なのかな? 悪く言えば正気じゃない(・・・・・・)ね」

 

 正気じゃないという感想に私は反論することはなかった。彼女の言っていることは真っ当なことであり、自分でも馬鹿げているのは自覚している。

 彼女は含みのある笑みを浮かべながら私を眺める。

 

「死しても彼のことを想う……的な? いくら君でもタイムスリップした君の想い人を見つけるのは難しいんじゃないの?」

 

「……そう、ですね。幽香も諦めているようですし」

 

「君の身の話を聞いた限りだと想い人は人間だ。さすがに現在進行形で死んだ人間を今の時間に呼び起こすのは許可できないかな? 面白そうではあるけど」

 

 私の能力は〔境界を操る程度の能力〕。やろうと思えば過去や未来に赴くことも可能な能力で、彼女は今『死んでいる人間を現在に誘うな』という忠告だろう。

 面白いこと優先で事を成す彼女にしては珍しい発言だと思ったけれど、渋々私は了承した。彼女との亀裂など生みたくない上、私はまだ彼がどの世界の人間なのか知らない。もしかしたら並行世界の可能性も出てきたし、こうなると私程度じゃ見つけられないのだから。

 

 重くなった空気を換えるのは目前の人物。

 どんなに思い空気だろうと、暗闇という自然現象ならば平気で変えてしまう。

 

「そんな頑張ってた恋する紫ちゃんにプレゼント! ……と言う程でもないけど、君に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「はい、暗闇様の頼みならば出来うる範囲ならば微力を尽くしますが……」

 

「そこまで不安にならなくてもいいよ? 何、簡単さ。この虚ろなる支配者の地(ホロウ・ドミニオン)に住む住人の一人を、幻想郷に移住させたいと思ってたところなんだ」

 

 彼女の頼みならば断われるはずもなく、ましてや『幻想郷への移住』という簡単な願い。

 ここの住人は血気盛んで凶悪な人外が多く犇いていることを懸念したが、彼女が簡単だと言っているのだから大丈夫なのだろう。

 

 私は頷き、その移住する者の情報を求めた。

 何も知らぬのに引き入れることはしない。

 

「その者が幻想郷の存続を揺るがしかねない行動を起こすのならば……それ相応の対応をさせて頂きますが、それでよろしいでしょうか?」

 

「いいよー。煮るなり焼くなり殺すなり追い出すなり、君の裁量に全部お任せしよう。まぁ――」

 

 私は暗闇様から裏返しに渡された数枚の資料と写真らしきものを受け取り、同時に首を傾げる。

 渡した彼女は悪戯っ子のような表情をしていて、この後どういう反応をするかを今か今かと待ち望んでいるようだった。

 少し警戒しながら写真をゆっくりと裏返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『やれるもんならやってみな』って言いたいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その写真を見て世界が止まったかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぇ?」

 

 写真には二人の人物が写っていた。一人は目前の銀髪の少女で、もう一人の人物の背後にしがみついて楽しそうに笑っている。もう一人は困った表情を浮かべている。

 外見は平凡な日本人の特徴と一緒。艶やかな黒髪に中肉中背の体格。まったくと言っていいほど力を感じない平凡な男で、本当にこの街に住む者なのかを疑うほどだった。こういう人間なら人里にいても不思議ではない。

 

 普通ならそう思う。

 誰だってそう思う。

 

 しかし、私は一瞬で分かってしまった。少し成長していようとも、私が見間違えるはずがない。

 写真を持つ手が震える。呼吸が止まったことすら気づかない。

 

「この人なんだけど、幻想郷に送ってもいいかな? まぁ、詳しくはその資料に一通りまとめてあるんだけど、とりあえずボクの口から彼を説明した方がいいよね。コミュニケーションって大切だし、あるとは思わないけど君が彼を知っているのだとしても、ねぇ?」

 

 彼女が私の反応にどのような顔をしているのか定かではない。

 それどころじゃない。視界がにじんでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の名前は――夜刀神紫苑。独立治安維持部隊【第一部隊(ファースト)】部隊長兼虚ろなる支配者の地(ホロウ・ドミニオン)東方区域公安最高責任者だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が泣き崩れるのに時間はかからなかった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らああああああああんっっっ!! 服何着ていけばいいぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は主の発狂(こういうとき)に、どのような対応をすればいいのだろうか?

 汚い我が主の部屋が服で散乱して更に汚くなった状況を見て、無意識に大きな溜め息をついた。足の踏み場もない部屋の片隅で、鏡を前に服を片手にして泣き叫ぶ紫様。ぶっちゃけ千年以上仕えてきたけれど、ここまで荒れる紫様を初めて見た。

 

 我が主の様子がおかしくなったのは数か月前からだった。

 時間なんて気にせず一日12時間も惰眠を貪る彼女が、現代の暦を部屋に飾って毎日毎日一定の時間に印をつけていくのだ。どうせ三日も経たずに飽きるだろうと思いきや、二重丸の日にちがつけられた暦に近づくにつれて、おかしさが増していくのだ。

 これには霊夢や魔理沙も「とうとう壊れたか」と言っていたが、私もそう思っていた。

 霊夢が面と向かって「アンタ変なもんでも食べた?」と言われても上機嫌だったのだから。

 後々に私に教えて頂いたのだが、どうやら亡くなっていたと思われていた紫様の師匠が幻想郷に移住するとか何とか。その師匠と呼ばれる黒髪の少年の話は、紫様の式になってから耳が腐るほど聞いたので、彼女がおかしくなるのも頷けた。

 

 今も尚、鏡の前で似たような服を手に持ちながら混乱している我が主。

 というか紫様は外出用の服は和服タイプかワンピースタイプしか持っていないのでは?

 もしかして二択で永遠と迷っている?

 

「どどどどどど、どうすればいいっ!?」

「紫様、落ち着いてください」

 

 二択でここまで悩むのも珍しい。幻想郷か師匠かを二択で選ばせたら悩みすぎて自殺するのではないかと思うくらい悩んでいた。あながち本当になりそうだから恐ろしい。

 どうにか決めさせることはできたが、二択を選ぶまでに三時間もかかったのだから我ながら呆れる。

 恋は盲目というわけか。

 

 そして迎えに行く前日はひどかった。

 夕食を食べながら紫様は、

 

「日にちは明日で間違いないのよね? 時間は○○時の×××××で合ってるわよね? あれ、菓子折りはちゃんと用意したかしら? 化粧ってした方がいいわよね? あぁ、でも化粧とかそういうの師匠は好きじゃなかったような……。あれ、この傘曲がってない? 服はちゃんとクリーニングに出したわよね? んで、昨日取りに行ったわよね? スキマちゃんと開くかしら? あぁ~、老けてるとか言われたらどうしよう!? お菓子って三百円までよね!?」

「………」

 

 

 

 

 

 私は無言を貫き通すしかなかった。

 

 

 

 




紫苑「作者がゲームしてて投稿遅れた」
霊夢「訴訟。ところで紫苑さんの肩書き長くない?」
紫苑「ん? そうは思わなかったなけど」
霊夢「いや、絶対長いでしょ……」
紫苑「その職ついてた時は、略して漢字二文字で呼ばれてたし」
霊夢「何て呼ばれてたの?」
紫苑「社畜」
霊夢「………」
紫苑「一日40時間になんねーかなって毎日思ってた」


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7章 夜刀神の日常~春の巻~
49話 吸血鬼の古戦場(上)


 

 

 

 俺の何気ない一言が。

 彼女の生を狂わせた。

 

 

 

 彼女は〔運命を操る程度の能力〕を持っていたのだから――あるいは、その運命を回避することが出来たのかもしれない。今となっては、後の祭りとも言えるだろうが。

 いや、彼女も誇り高き吸血鬼だ。

 例え先が見えたのだとしても、暗闇(かみ)が面白おかしく変えたのだとしても、彼女が吸血鬼ならば避けられなかったはずだ。彼の吸血鬼の王ですら、その運命を避けることはできなかった。

 

 流れる()が疼くのだろう。

 身体がそう求めるのだろう。

 魂が震えるほどに叫ぶのだろう。

 

 

 

「このクッキー美味しいな。咲夜さんの手作り?」

 

「えぇ、紫苑様のデザートよりは劣りますが……」

 

「咲夜はね、こういうお菓子を作るのも得意なのよ」

 

「へー、少し甘すぎるような――いや、この紅茶を飲むなら絶妙な甘さか。紅茶に合わせて菓子の砂糖の量を変えてるのか?」

 

 

 

 修羅の道だと分かっておきながら、それを止めない吸血鬼の王も人が悪い。

 運命が狂気の沙汰とも呼ばれようが、道を究めたヴラドにとっては楽園に等しいのだろう。レミリア・スカーレットがそうだとは限らないのに。

 彼女にその素質があることを見抜いたのだろうか?

 なくても、その道に引きずり込んでいたのだろうか?

 

 

 

「さすが我が孫娘の従者」

 

「恐縮です」

 

「あ、フラン! クッキーぽろぽろ落とさないの!」

 

 

 

 血が何だろうが定が何だろうが。

 きっかけを与えたのは俺であり、諸悪の根源は俺だ。

 

 先の見えない茨の世界に、俺が落したのだ。

 後悔したって遅い。それは俺の何億ある罪の一つに加えられた。

 

 

 

「パチュリーさん何読んでんの?」

 

「ちょ、顔近っ! むきゅ~!!」

 

「――パチュリー様、このお菓子はどうでしょうか? 美味しいですヨ?」

 

「痛い痛い痛い! アンタが嫉妬してるのは分かったからっ!」

 

 

 

 後の彼女は後悔したのだろうか?

 まさか紅魔館の仲間も巻き込んでしまったことに、罪悪感を覚えたのだろうか?

 彼女等が気にしなくとも、レミリア・スカーレットは責任感の強い吸血鬼だ。俺にはどうすることもできないけれども、彼女を支えることが少しでも罪滅ぼしになるのならば、この命尽きるまで付き合ってやろうではないか。

 

 毒を食らわば皿まで。

 地獄まで一緒に相乗りしてやる。

 

 

 

「そういやさ、ヴラドは最近『Yamitter』見てる?」

 

「うむ? そう言えば見ておらぬな」

 

「んじゃ知らねーか。暗闇がツイートしてたんだけどさ――」

 

 

 

 その世界は戦場。

 (いにしえ)武士(もののふ)共の、己の魂を懸けた最前線。

 帝王と呼ばれた男ですら、血反吐を吐き、全身全霊を尽くす戦域。

 かつて帝王は言った。『我が生き様こそ真の王道。王道を謳い、王道を歩み、王道を世に示す。見えぬ遥か彼方の栄を目指すのだ』と。

 

 俺が何が言いたいかと言うならば。

 要約すれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再来週に『闇マ(暗闇主催のコミックマーケット)』だってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後の『美少女絵師・うー☆』誕生の序章である。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 『吸血鬼』という種族を、読者の皆様がどう認識しているのかは別として。

 俺にとって吸血鬼は『誇り高き一族』であり『流れる血によって結ばれた同胞』であり――『自分の好きな事柄や興味のある分野に、異常なまでに極端に傾倒する種族』だ。

 彼等の名誉のためにも伏せたい事実だが、もうハッキリ言おう。

 

 

 

 

 

 世間一般では『オタク』と呼ばれている。

 

 

 

 

 

 俺の認識の後者はここ数年に新たに生まれた認識なため、街でも知っている者は極めて少ない。

 『自分の好きな事柄や興味のある分野に、異常なまでに極端に傾倒する種族』などと曖昧に言ってみたが、彼等はぶっちゃけアニメや漫画、ゲームなどの日本のサブカルチャーをこよなく愛している傾向にある。老若男女関係なく、俺の知る吸血鬼は何らかのオタクなのだ。

 アニメのOPやらED、ましてやキャラソンのCDを買い漁る。自分の気に入った漫画やラノベは最新刊まで全て買い揃える。もちろんグッズも可能な限り収集する。日本で行われるイベントやらライブなどには独立治安維持部隊(おれたち)の許可まで得て参加する。好みの絵師を神と崇め奉り、自分の興味のない作品であろうと、それを貶すことは絶対にしない。

 そのような(別の意味で)結束の固い一族である。

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 今思えば……もしかしなくても俺が原因なのだろう。

 日本のサブカルチャーたる某アニメをヴラドに紹介したのが全ての始まりだった。現在の吸血鬼(オタク)程でもないが、こう見えて俺もアニメや漫画は好きだった。

 ヴラドと初めて出会って一ヶ月そこらだったか? 暇してたアイツにアニメのDVDを貸してみたのだ。あの頃の俺は、渡した物が吸血鬼という一族を根本的に変えてしまうとは夢にも思わなかったアホだったから許してほしい。

 

『んじゃ、これでも見てみろよ。日本で割と人気のある作品なんだぜ?』

 

『……貴様、馬鹿にしておるのか? 儂がそのような下等生物の作った玩具を視界に映すとでも?』

 

『まぁまぁ、騙されたと思って~』

 

 そしてヴラドは俺から借りたDVDを見た。

 見なければ次の日にクッソ満面の笑みを浮かべて、貸した作品を語るなんてことはしなかっただろうし。

 

 これがヴラドの今後を変えた。ついでに吸血鬼一族も。

 何を血迷ったか自分もイラストレーターを目指した帝王は元より、ヴラドと一緒に鑑賞していた吸血鬼の面々も日本のサブカルチャーを布教し始めた。感染力は凄まじく、数か月後には秋葉原でグッズを買い漁っていても不思議じゃない吸血鬼(オタク)の集団が誕生したのだ。

 串刺し公ヴラドも一年後には日本でも名の知れたイラストレーター『てい☆おう』とデビューし、没する間際までイラストレーター活動を続けていた。

 

 それに感化されたのかは俺の知る由もない。ヴラド公は高いカリスマと人望で一族を従えていた王だ。影響力は絶大だったといっても過言ではない。

 吸血鬼の三分の一が同じように絵師を目指し始め、時には他種族も巻き込み、暗闇が日本の某イベントをオマージュした『闇マ』を開催するレベルにまで発展した。素人から玄人まで、自分の描いた同人誌を売買するのだ。あ、著作権等は心配しなくてもいい。俺や部下が不眠不休で死ぬかと思ったといっとけば伝わるだろう。問い合わせとか俺の仕事じゃねーよな?

 まぁ、素人とは言っても化物じみた連中だ。彼等は闇マに普通に同人誌として通用するものを同士に提供していた。

 

 ここまで説明して俺が説明したいこと。

 それは――

 

 

 

 

 

「――レミリアよ、ここのペン入れを頼むぞ! ――あそこのベタ塗りが疎かになっておったぞ、魔女と門番! ――メイドと蓮子のトーンの貼り方は完璧だ! 褒めて遣わす! ――紫苑は文字の校正は終わったのか!?」

 

 

 

 

 

 急遽、紅魔館の一室に作られた作業場で全員が目の下にクマを作りながら、死んだ魚よりも濁り切った瞳で黙々と作業を続けていた。

 俺の場合は紅魔勢よりマシだ。仕上げされた原稿に指定された文字を打ち込むだけの作業。これと彼女等の食事作りだ。中でも鬼気迫る指示を出しているヴラドに乾いた笑いを室内に響かせながら、俺はPCに文字を打ち込む作業を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺は吸血鬼(オタク)の神聖なる祭典『闇マ』に命を懸ける帝王を甘く見ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「再来週に闇マ」の発言をした瞬間、俺はヴラドに印刷所の手配を命じられた。

 この時の帝王を止めることなど暗闇でも不可能ではないかと思いながら、俺は外の世界の暗闇とかに連絡をとって、同人誌制作の手配を行った。

 数日後に紅魔館に行くと、既に紅魔館メンバーは9割方精神的に死んでた。なぜか作業に人数分ある、絵を描くのに必要なIT機器。液晶タブレットを用いて、物凄い勢いでプロット・ネーム・下書きをしていくヴラド。テーブルに噛り付く勢いで一心不乱に己の仕事を続ける、作業場の面々。

 家で面倒見てるフランに見せられない光景だったとだけ言っておこう。

 

 

 

 締め切り前の絵師は、これほどまでに悲惨なのか。

 

 

 

 俺は過去に目にしたことがあっても尚、その姿に唖然としていた。

 ヴラドは顔を上げずに俺に声をかける。

 

「……紫苑、人手が足らん。あと二作品作るに人手が足りぬ」

 

「それ人手じゃなくて時間の間違いじゃないか? 未来も白玉楼に出払っているし、いきなり絵を描けって言われても応じる奴なんざ――へいへい、探してきますよっと」

 

 何度も言わせるなって睨まれた俺は渋々探しに行く。

 趣味に没頭している重奏に逆らうなんざ、たとえ天地が崩壊しても難しい。

 とは言ったものの、漫画を書いたことがある幻想郷の住人を探すなんて無茶な話。最終的には家に居候している蓮子に協力をお願いした。

 

「私も昔、少しだけ漫画書いたことあるんだ。本格的に同人誌制作に関われるなんて夢のよう! 簡単な作業しかできないけど任せて!」

 

 彼女は作業室に入って刹那、自分の発言に深く後悔したらしいが。

 ついでに俺も捕まった。俺一人逃げるわけにもいかんかった。

 

 昔コイツの同人誌制作を手伝って、俺の画力のなさは露呈している。

 なので絵とはあまり関係ない文字入力・推敲の仕事を任された。こういうのは本来は製作所がやってくれるらしいが、時間が圧倒的に足りない今は俺が高速で原稿に目を走らせる。

 〆切が残り五日の現在でも、それはラストスパートに近づいてる。

 

「……ヴラド、ここの文法間違ってる。×××××じゃないか?」

 

「そこは修正するのじゃ。今すぐ」

 

「了解」

 

 時々俺とヴラドが会話をする以外、作業場は時折出る電子音以外は静か。

 誰も不満を漏らさないのはある意味凄いとは思う。ヴラドの気迫に飲まれて仕方なくやっているのか、自分達の主が作業しているからやらざるを得ないのか。俺が見た限りだと前者ではないのだろう。誰もが真剣に作業をしている。

 その姿はある意味感心する。

 

 

 

 

 

 例え描いてる作品がR18指定だとしても。

 

 

 

 

 

 純愛物の同人誌とはいえ成人指定の漫画。

 黙々と今でも作業しているし指摘出来なかったけど、女の子たちに手伝わせる作品ではないと思うのは俺だけだろうか? 作業場入りした時点では皆が恥じらいもなく自分の与えられた仕事をしているもんだから、蓮子が顔真っ赤にするまで俺がおかしいんじゃないかと思ったわ。補足だが今では蓮子も慣れたようにトーン貼ってる。

 『なんで卑猥なセリフを黙々と打ち込んでるんだろ……?』と思いながらも頑張ってる俺。

 

 驚異的な速さで作品を作り上げる紅魔館メンバー+α。

 すべての下書きが終ったヴラドは手伝うかと思えば、今度は画集の追加イラストを描くなんて場面もあったが、どうにか闇マ三日前に全ての作業が終了した。

 俺が最後の台詞を打ち込んだ後、大声で叫ぶ。

 

「お疲れっした!!」

 

「「「「「お疲れっした!!!」」」」」

 

 喜んだのも束の間、紅魔館メンバーと蓮子は崩れ落ちるように自分の作業していた机の上で寝息を奏で始める。時折休憩していた皆とは違って、作品を作り始めてから今まで一睡もしなかったヴラドは、俺に印刷の指示を出したのちに寝室へと戻っていった。

 その足取りはゾンビのようだった。

 

 寝息しか聞こえない作業場で、俺はスマホを取りだして連絡する。

 相手は暗闇だ。

 

「終った」

 

『マジすか』

 

「後でデータ送る。眠い」

 

『お、お疲れ……すぐに印刷して明日には送るよ。闇マも壁にしといたからね』

 

「ん」

 

 通話時間10秒。

 PCでデータを送った後、俺も皆と一緒に机の上で眠りにつく。

 

 

 

 

 

 闇マまで後3日。

 

 

 

 




紫苑「日常パート最初っからギャグ回」
レミィ「やはり貴様のせいか」
紫苑「しゃーねーじゃん。もともとそういう種族だったんじゃないの?」
レミィ「誇りって何なのか分からなくなってきたわ」
紫苑「知らんがな」


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50話 吸血鬼の古戦場(中)

レミリアの現代入り回です。
東方キャラほとんど出番なし&オリキャラ複数出てきます。


 

 

 

「――はい? レミリア・スカーレットを幻想郷の外へ?」

 

 

 

 師匠の家のリビングで洗濯物を畳んでいると、窓から入ってきたヴラド公が出会い頭に私に相談してきた。師匠は朝から博麗神社に赴いており、現在は私が留守を任されている。

 ヴラド公はソファーに深く腰掛け、足を組ながら尊大な口調で宣う。

 

「明後日に街で闇マがあってな、是非ともレミリアを参加させたいのだ。何、数日の間だ。別に構わんだろう?」

 

 と心底嬉しそうに語るヴラド公であったが、私は苦い顔をする事しかできなかった。

 レミリア・スカーレットを始めとする紅魔館の住人――いや、幻想郷の住人は現世から忘れられた存在だ。この幻想郷に足を踏み入れている時点で、外の世界に戻ることは許されなくなっている。そんなことをしたら存在そのものが消えてしまうだろう。

 虚ろなる支配者の地(ホロウ・ドミニオン)がギリギリのラインだろうが、それでも存在が希薄なレミリアを送るには……。

 

 私の表情で難しいことが理解できたのだろう。

 こんなところで発揮しなくても良さそうなカリスマを漂わせたヴラド公は、懐から封筒を取り出しながら薄く笑う。

 

「貴様ならばレミリアを外に出すための小細工など容易かろう? それ相応の対価は支払うぞ?」

 

「……大変申し訳ございませんが、レミリア・スカーレットを幻想郷の外へと誘うには時間と術式が必要なんです。それを明後日までに用意するとなど不可能ですわ」

 

 不休不眠なら何とか……いや、それでも藍や師匠にも頼まないと時間が足りない。

 彼が『闇マ』を楽しみにしていることは悟り妖怪でなくても分かることだが、今回ばかりは遅すぎた。私は嘆息しながら洗濯物を畳む続きを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに紫苑の水着姿の写真があるじゃろ?」

 

「死力を尽くしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「ここが――おじいさまの住んでいた街」

 

 幻想郷の博麗神社から現代入り――いや、現実と幻想の境目たる地に降り立った私は、目の前に広がる光景に目を奪われた。とは言ってもホテルのロビーに降り立った訳だから、その内装に驚いているわけだが。

 ギリシャ風と夜刀神の家のテレビで見た現代風を混ぜ合わせたような画期的なデザインの内装。紅魔館にも引けをとらない豪華な雰囲気に呑まれている私を他所に、おじいさまは堂々とした足取りで受付まで歩く。それに慌てて着いて行く。

 

 受付の人物はギリシャ彫刻の像に肉体を与えたかのような男。ふさふさの顎髭が特徴的で、盛り上がった筋肉の上に燕尾服を着ているものだから思わず笑いそうになる。

 そのような私の心境など露知らず、おじいさまは口元に笑みを浮かべながら声をかけた。

 

「久方ぶりだな――ポセイドンよ」

 

「先日ご予約のヴラド様ですね、1007号室の鍵をどうぞ。――久方とは言っても、我らにとっては刹那の時間だろう? 紫苑の餓鬼から聞いたときは驚いたが、ワラキアの小僧も元気そうじゃねぇか」

 

 前半は咲夜も顔負けの流暢な対応で、後半は目を見張るほど親しく話しかけた大男。おじいさまを『小僧』呼ばわりすることに怒りすら感じず、むしろ名前だけで嫌な予感(・・・・)がする。

 私の混乱など知ったことかと、二人は親しげに言葉を交わしていた。

 

「ふん、貴様も相変わらずと言ったところか。儂を小僧呼ばわりなどと……ケルトや北欧の連中に言われるよりは幾分かマシだが」

 

「あの連中はプライドだけは高いからなぁ。我等ギリシャ勢よりフランクにやるにゃあ些か経歴が引っ張ってんだろうよ。もちっとお前さんぐらいに柔らかくなりゃいいのにさ」

 

「柔らかくなってなどいないわ。儂等吸血鬼は己が心理を見つけただけのこと。1007号室と言ったが、奴は来ているのか?」

 

「おう、先に1006号室で待機してるぜ。まさか同胞に自分の復活を隠してるなんてな……サプライズみたいなもんか? どちらにせよお前さんの同人誌、楽しみにしてるわ」

 

「刮目せよ――あぁ、そうだった」

 

 急に後ろで唖然としていた私を両手で抱えたおじいさまは、大男に私を紹介した。

 大男は「ほぅ?」と興味深そうに顔色を変える。

 

「儂の孫娘のレミリア・スカーレットだ。マジ天使じゃろ?」

 

「天使じゃなくて吸血鬼だろ……? 可愛らしい嬢ちゃんに違いはねぇけど」

 

「え、あの」

 

 目の前の大男は豪快に笑った後、私に向かって親指を突き立てながらウィンクする。

 

 

 

 

 

「始めましてだな、レミリア嬢ちゃん。我はポセイドン。ギリシャの海洋全域の守護神にして泉の守護神、あのゼウスの兄貴だ。エノシガイオスって名前もあるけど、ポセイドンって名前の方が知名度高いらしいぜ?」

 

 

 

 

 

 本物だったー!?

 おじいさまの対応から薄々感づいていたけど、とんでもない大物に最初から出くわしてしまった。神仏妖魔の街とおじいさまは言っていたけれど、まさかオリュンポス十二神の一柱と出くわすなんて思いにもよらなかった。

 これが『現世から忘れ去られていない神秘』……つまり現世でも色褪せることなく語り継がれた神秘が、この街に集っているということだったのか。

 

 しかし新たな疑問が発生する。

 私が尋ねるのを躊躇っていると、相手がそれを察してくれたらしく顎髭を撫でながら豪快に笑う。

 

「『どうして海の神がホテルの経営なんぞやってる?』って面だな。いいぜいいぜ、誰だって我の姿を見れば自然と疑問に思うってもんさ。経緯を話すにはちと長くなるから割愛するが、簡単に言うとだな――」

 

 海の神は遠くを見る。

 そこに何が写っているのか、私には到底分からない。

 

 

 

 

 

「――これが我の天職だったってコトだ」

 

 

 

 

 

 マジで分からない。

 

「少なくともギリシャの連中は神話(これまで)に囚われることなく好き勝手に生きてる。それこそ我が街一の高級ホテルを経営してたり、ハデスの兄貴がバーガー屋の店長してたりな。ゼウスなんざ女の尻追いかけるの止めて二次元に没頭してるし」

 

 もはや言葉にすら出来ない。私が今どのような顔をしているのか、カリスマのある表情をしていないのは確かだろう。

 慣れているおじいさまは「奴等も相変わらずじゃのぅ……」と呟いている。

 

「じ、自由なのね……」

 

「おうよ、神話の流れに囚われるなんて我々(かみがみ)らしくねぇ! 自由! まったく素晴らしいじゃねぇか!」

 

 と声高々に叫んだ後、声を潜めるポセイドン。

 

「……アテナの奴は自由過ぎるがよ」

 

「……あれは、まぁ、何考えてるのか分からん奴じゃからの」

 

 この自由な神を以てして「ヤバい」と言わしめるアテナは何をやらかしたのか知りたくもなったが、二人とも詳しくは教えてくれなかった。その様子を見て、私も怖くなり追求を止めることにした。

 夜刀神曰く、街の連中は皆等しく狂っていると聞いたし、関わるのは考えものだと心の中で思う。

 

 ポセイドンとも別れ、私とおじいさまは鍵に書かれた番号の部屋に向かうために『えれべーたー』と呼ばれる乗り物に乗る。

 奇妙な浮遊感に驚いたり、私の反応におじいさまがニコニコ微笑んでいたりと、ちょっとしたことが私にとって新鮮な体験となる。いつかフランにも味合わせたい。

 

 1007と書かれた部屋に入ろうとするが、それを祖父に止められる。

 彼の視線は隣の部屋にあった。

 

「まずは奴に一声かけてやろう」

 

「奴……?」

 

「儂等の護衛兼売り子と言ったところか。この時期になると他サークルに取られて、売り子の確保が難しくなるものだが、今回は紫苑が手配してくれたのだ」

 

 おじいさまの趣味に夜刀神は頑張り過ぎじゃなかろうか。原稿の手伝いに印刷の手配、術式製作に加えて人員確保。その仕事ぶりはどこか洗練されたものだったから、前々からおじいさまの趣味(こういうこと)に駆り出されてたのかもしれない。

 夜刀神の働きに祖父の代わりに感謝している私を他所に、おじいさまは1006号室の扉をノックして返事を待たずに開ける。

 これが相手が女性だったらマズいんじゃ? おじいさまなら気配だけで性別を察知できそうだが。

 

 ずかずかと中に入っていく祖父についていくと、ベッドの上に腰掛けて武器の手入れをしている茶髪の青年の姿があった。青年は琥珀の目を丸くしてこちらを見上げている。……身長的に私と視点は同じだけど。

 ひょろっとした身体をしているが、夜刀神のように一般人に見えるわけでなく、どちらかと言えば九頭竜に近い印象を受ける。つまり――どこか油断ならない雰囲気を醸し出しているのだ。九頭竜や魂魄妖夢の同類で、何らかの『武』に精通しているのだろう。

 そして、その答えは彼が白い布で磨いている(げき)が物語っている。

 

 戟は、古くから中国に存在する武器で()(ぼう)の機能を備えたもので、素人が扱うには癖のある武器でもある。それを私でも分かるくらい使い込まれているので、彼が相当の手練れであることは想像に難くない。

 彼の戟は長戟にしては3メートル弱と短め。

 ただ、私の知っている刃の色――銀色の鋼ではなく、深紅と黒の刃が好奇心を刺激する。血の色に似ているからか、私も槍を使うからなのか。

 

「ヴ、ヴラド公ッスか!? 久しぶりッス!」

 

「相も変わらず棒を振り回しているのか、槍使いよ。確かに貴様は儂の売り子を前にもしたことがあったか」

 

「槍じゃなくて戟ッスよ!? いや~、隊長殿の頼みとあっては断れなかったッス。あの人には一生懸けても返せない恩があるッスから。……ところで後ろのお子さんは誰ッスか?」

 

 テンションが新聞記者の天狗に似ている青年は、物珍しげに戟を見ていた私に気づいたらしい。戟を立てながらニコニコ笑う。

 

「私はレミリア・スカーレット。ヴラドおじいさまの孫よ」

 

「あー、ヴラド公の身内ッスか。俺は独立治安維持部隊第一部隊(ファースト)先鋒所属の山田太郎ッス。この戟の刃は緋緋色金(ヒヒイロカネ)製だから紅いッスよ」

 

 山田は自己紹介をした後、自分が知りたかったことを教えてくれた。さらっと神話上の貴金属が出てきたから、それなりの地位の者なのかと疑ったが、聞いてみると「ただの妖怪崩れッスよ~」と否定された。

 戟を壁に立て掛けながら、親しげに説明してくれる。

 

「ぶっちゃけ第一部隊って命懸けの仕事だから給料高いんッス。だから貯金で背伸びしたというか……まぁ、他に金の使い道がなかったッスからね」

 

「そ、そうなの……あなた何の妖怪?」

 

「鴉天狗ッス!」

 

 あぁ、だからバ鴉と同じ雰囲気なのか。もしかして鴉天狗という種族は皆、こんな独特なテンションなのか?

 射名丸文や山田のような鴉天狗が沢山いるところを想像して眉を潜めてしまうが、ふとあることに気づいて山田に尋ねる。

 

「あら? でも翼が」

 

 

 

「もがれたッス」

 

 

 

 さらっと重いことを暴露された。

 

「はははっ、そんな顔しないで欲しいッス。紫苑隊長の引き入れた第一部隊の大半は訳ありの連中の寄せ集めッスから、俺は全然気にしてないッスよ。翼のない天狗の面汚しに第一部隊以外の居場所なんてないッス」

 

「一族から忌避される者、戦闘以外に特化している者や混血を引き入れ精鋭に育て上げた部隊。それが紫苑が率いていた第一部隊だ。同じような境遇の寄せ集め故、団結は固いし紫苑への忠誠も高い」

 

 一部の奴等なんて狂信の領域ッスよ?と笑い飛ばす山田の話を聞きながら、夜刀神は幻想郷のどの住人とでも親しげだったことを思い出す。フランのことを怖がらずに接してくれたことへの背景には、彼が率いていたという第一部隊も関係していたのではと推測する。

 おじいさまの補足も、彼の『紫苑隊長』と幻想入りした今でも慕っているのだから間違いではないだろう。

 

 吸血鬼の王は戟使いと情報を交わし、王は労いの言葉をかける。

 それに山田太郎は敬礼して意を示した。

 

「このような忙しい時期に、よくぞ儂の元に馳せ参じた。明日の活躍期待しているぞ」

 

「全身全霊、頑張るッス!」

 

 王と家臣のような神々しい光景。

 まさか漫画売る契約の話とは誰も思えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリス隊長にも声かけようと思ったんスけどね~」

 

「それ洒落にならん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスって誰だろうか。

 

 

 

 




紫苑「一か月ぶりかな? お久しぶりでーす」
霊夢「リアル忙しくて更新できず申し訳ございませんでしたm(__)m これからは少しずつ更新していく予定」
紫苑「さて、話は変わるがうちの部隊の余談」
霊夢「あんまり触れてないわよね、それ」
紫苑「これから閑話なんかで増やす予定なんだが……実はアテナはうちの部隊に入ってたりする」
霊夢「ゑ?」
紫苑「どんな形で登場するのやら( ̄▽ ̄)」


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51話 吸血鬼の古戦場(下)

辛かった
何というか……その、描写が辛かった(´・ω・`)


 闇マ初日。

 百戦錬磨の人ならざる者達が街の中央区域にある大きな会場に集合する。しかし今回は小さな違和感があった。

 朝早く設営を行う段階で、参加サークルの面々は異様な光景に首を傾げていた。特に自分達の売り子として雇っていたはずのサークルなどは聞かずにいられなかっただろう。

 

 当サークルではなく他サークルが雇った売り子達が、設営を行っていたのだ。それも場所が『壁』ともなれば尚更だろう。そこは有名所の歴戦の猛者達の玉座とも呼べる場所なのだから。

 天使の羽を生やしている者、神秘的な存在感を放つ少女、古老の中でも若き吸血鬼。種族がバラバラではあったが、設営している者達の共通点は、全員があの(・・)第一部隊に所属する精鋭。それだけで大半の者達が「あぁ、紫苑(あれ)絡みか」と興味を無くす。いや、興味を無くすと言うよりも、どうせ何やってるのか考えても分かるわけがないという感情を抱いていた。

 不敗の魔術師はやること成すこと型破り。その共通認識のお陰か、企んでいる者の正体がバレることはなかった。

 

 第一部隊の人外に尋ねても頑なに語らず、力ずくなど神聖な祭典の場である会場で実行するなどもってのほか。

 主催者の暗闇に直接聞いた者もいたが、いつものように悪戯っぽい笑みを浮かべてはぐらかすのだった。

 

 

 

 

 

『ちょっとしたサプライズさ。見てなって』

 

 

 

 

 

 知りたい気持ちは山々だったが、自分達の設営やら審査やらで忙しい現状、変化が訪れるまで壁にある無人のスペースのことなど忘れ去られていたのだった。

 少しの間だけだったが。

 

 各サークルが設営も終わって互いに挨拶回りをしている最中、それが現れた。その時の会場が凍りついたように止まったのは言うまでもないだろう。

 最初に気づいたサークルは、並んで歩く二人に眉を潜めた。

 戟厨の天狗と、街では見たことのない幼女。とうとう鴉天狗がロリコンに目覚めたかと歓喜するサークルだったが、次に二人の後ろを堂々と歩く背の高い青年に驚愕する。

 

 

 

『こっちで合ってるのかしら? というかソレ重くないの?』

 

『鍛え方が違うッスから! 紫苑隊長の仕事手伝ったときとか、これ以上に重いものを毎日持ってたッスよ』

 

 

 

 鴉天狗は描写する必要もない。恐らく同人誌やらグッズの入ったダンボール箱を数個持ちながら歩いていて、街で奴が荷物運びをしている姿など見飽きていたからだ。

 重要なのは鴉天狗の横を歩く幼女だ。街では見たことがなく、彼女の名前は誰も知らない。しかし、彼女の外見は街でも中々お目にかかれないほど美しく、そして可愛かった。高貴な雰囲気漂う紫髪の幼女に、ロリコン共はハイテンションになっている。

 誰も『設営来るの遅せーよ』とは思わない。

 可愛いは正義なのだ。

 

 さて、問題は後ろを堂々と歩く青年。

 前の見知らぬ幼女の可愛さを以てしても、後ろを歩く妖怪の存在感は消えることなく、特に彼の同胞は自分の震える手を押さえることが非常に難しかった。

 格好ならば三人に違和感はない。自分達が売り出すのだろうキャラが印刷されたTシャツ(通称・痛T)をそれぞれ着用し、通気性が良く動きやすそうな服装だった。青年が背負っている鞄からはスポーツ飲料が覗く辺り、この闇マのハードさを知った歴戦の猛者であることが伺える。

 だからこそ――彼等は確信してしまったのだ。

 本来居るはずのない妖怪であることを。

 

 ハッと我に帰ったのは古老の吸血鬼。

 朱色の髪をした老人が、青年の横に跪き頭を垂れて言葉を発するのだった。そこには長年の貫禄があり、魔法少女のコスプレをしていなければ見映えのよいものだっただろう。クオリティーが高いだけに、一般人ならば目を背ける出で立ちだ。

 三人は立ち止まる。

 

「発言を御許しください」

 

 

 

 

 

「許す」

 

 

 

 

 

 この会話だけで皆は理解する。

 『この王は本物だ』と。

 威厳や覇気だけではない、発音から言葉のスピードまで、自分達が何億と聞いてきた王の御言葉を聞き間違える訳がない。

 

「お……おぉ……!」

 

「発言になっておらぬではないか! ……まぁ、此度は目を瞑ろう」

 

 古老の吸血鬼は滝の涙を流す。

 フリフリの魔法少女のコスプレをしたまま。

 

 闇マに参加するであろう他の吸血鬼も、続々と集まって頭を垂れて、目前の吸血鬼のように涙を見せる。

 王が復活されたことに感激しているのか、王の同人誌の続きが見れることに歓喜しているのか、興奮すると語彙力が低下する現代のオタクを忠実に再現しているのか、はたまた美幼女を拝められたことが泣くほど嬉しいのか。

 恐らく全部だろう。

 アニメ・ゲームキャラのコスプレや押しのキャラがプリントされた痛Tを着た老若男女が、頭を垂れたまま一人の青年の前で泣いていた。

 

 これを幻想郷在住の元街住民が見たのなら、『うっわ、ヤバいオタクじゃん。近寄らんとこ』と腹を抱えて笑うだろう。

 まだ(・・)比較的一般人に近い思考を持つレミリア・スカーレットは異様な光景を見て、ポツリと呟くのだった。

 

 

 

 

 

「……何これ?」

 

「レミリアさん、1D6/1D20のSAN値チェックッス」

 

「地味に痛いわね」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 帝王の再臨。

 それは他の妖怪や神仏にとって吉報とも呼べるものだった。

 闇マが開催されて以降、すぐさま帝王のブースは長蛇の列を作り、吸血鬼の同胞達は新刊を手に泣き崩れたり、「尊い……」と祈りを捧げたりする光景を目にすることとなった。

 街の外で暮らしてきた吸血鬼レミリア・スカーレットは、胸に十字架を切って祈りを捧げてる同胞に猛烈な違和感を覚えたが、彼女は少なからず学習しているのだ。この街は幻想郷以上に常識に囚われてはいけないと。そもそも隣で同人誌を華麗に売り捌いている祖父自体が非常識の塊であると。

 

 だから自分は目に見える全てのものにはツッコまず、苦笑いを浮かべながら売り子に徹する。

 例え――今から新刊を渡す相手がフリッフリのスカートが目立つ魔法少女のコスプレをした、自分でも見知っている吸血鬼が相手だとしても、だ。

 

「レミリアお嬢様、お久しぶりですな」

 

「モーゼル……」

 

「少し見ない間にご立派になられた様子」

 

 貴方は少し見ない間に何があったのよ?とは思わなくもなかった。

 彼はヴラド公の配下でも地位が高く、『古老の十二鬼』の一人として名を連ねる誇り高き吸血鬼……のはずだ。昔は自分のことを世話してくれた好好爺であり、フランの能力の影響を受けないせいか、比較的妹もなついていた。あの頃は、こんなヤバい服装をするようなオッサンじゃなかったはず。

 本人が気にしていない様子なので指摘はしないが……しないのだが……。

 

 彼は自分が手渡した新刊とグッズを受け取ると、客の誘導を慣れたように行っている山田に従いながらも、後方の列に向けて買った新刊を掲げる。それに『うおおおお!!』と歓喜する面々。

 なんじゃこりゃ。

 頭を抱えていると、今度の客も濃いオタクだった。

 

「おやおや、闇マは初参加かね? この程度のことで参っていては、吸血鬼として生き残れないぞ?」

 

 モーゼルに劣らず筋骨隆々の大男。スーツケースを転がしながら私の前に現れたそれは、痛Tに加えて何かのアニメかゲームのキャラが印刷された羽織を着用し、『萌え命』と達筆で書かれた鉢巻きをしている老人だった。

 絶句する他なかった。

 なんだこの変な人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ゼウスさん」

 

「ゼウスぅっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのポセイドンが言ってた二次元に生きる神。

 ギリシャ神話の主神……のはずの神の名を山田が呟き、私は思わず叫んでしまった。

 彼は私の反応に気を悪くした様子は一切なく、寧ろその反応が正しいと紳士的な笑みで返してくる。海の神の時にも抱いたが、随分と神話との印象と違いがありすぎて困る。

 

 新刊一つとTシャツを購入したゼウス神は、嬉しそうにスーツケースへと買ったものを仕舞う。

 チラッと他の同人誌が大量に入ってたのを見逃さなかった。

 

「ここの新刊は一人につき一冊しか買えないから、痛んだり風化しないように保存しないといけないし苦労するよ。せめて保存用・観賞用・布教用の三点は欲しいところだ」

 

「後で闇ブックスに委託するから安心せい」

 

「待つことにしよう」

 

 あんぐりと口を開ける私に、ゼウスは紳士的に微笑む。

 女癖の悪さで有名なギリシャ神話の神だったはずなのだが、その面影がないどころか女性に興味がないような気がする。

 というか自由すぎないか?

 

「イメージが崩壊していく……」

 

「神話のイメージが強いレミリア嬢は、私が女ったらしのロクデナシだと思っていたのかな? 確かにその認識は正しい。昔は女見かけると孕ませるレベルのプレイボーイだったからね」

 

 ちょっとしたテロではなかろうか?

 

「でも気づいてしまったんだ、私達は」

 

 そう言ってゼウスは遠くを見る。

 何かポセイドンも同じことをやっていたなぁ、と思うと同時に、恐らくこの後とんでもない迷言が生まれると確信した。

 

 

 

 

 

「二次元の方が神ってるって」

 

 

 

 

 

 何言ってるのか分からないのは私だけではないはず。そうよね? そうと言って。

 後方に列が作られており、ゼウス神の語りは周りに迷惑のはずなのに、誰も注意しないどころか彼の演説に頷いていた。それは祖父も例外ではなく、本当は私が間違ってるのかと錯覚を覚える。

 ただ夜刀神のしでかしたことの重大さだけが、現実として私の前に突き付けられるのだ。

 

「まさか三次元のクソさ加減を人間に気づかされるとは思いもしなかった。私は恥じるばかりだよ。特に日本人の作った『エロゲ』なる物は至高の神器じゃないか」

 

「ゼウスよ、三次元がクソとは聞き捨てならん。二次元を作るのもまた、三次元の人間だということを忘れてはならぬ」

 

「おっと、それもそうだ。私も考えが足りないな。というか人間に知恵の実を与えた蛇ってマジ神じゃね?」

 

「それな!」

 

 ……この後もゼウスの語りや、おじいさまの握手会など、内容の濃いイベントが行われたのだが、割愛させていただこう。私はずっと振り回されるように変わり果てた吸血鬼(どうほう)に会ったりと、精神的ダメージが大きすぎたのだから。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「どうだ、レミリアよ。此度の闇マは楽しかったか?」

 

 心身共に疲れ果てた闇マ初日。

 ベッドにうつ伏せになって倒れている私に、おじいさまは心底楽しそうに感想を聞いてきた。同胞からの差し入れで貰った赤ワインをグラスに注ぎ、それを近くにいた山田に渡す。

 そして自分のワイングラスにも注ぎ、色を楽しんでいるようだ。血のように紅いのだから尚更か。

 

 私は倒れながらも今日のことを考える。

 とにかくヤバかった。自分の知ってる吸血鬼とは別方向に進化しており、神話の神々ですら日本のサブカルチャーに染まっていた。見方を変えれば『幻想』が『現実』に影響されており、狭間の世界と言う夜刀神の説明にも納得がいった。

 それはそうとして、驚くこともあったり、呆れることが多々あったけど、楽しくなかったかと問われれば……忌避するものじゃなかったと思う。

 

 確かに他所から見れば皆おかしかった。

 しかし――皆が真剣だった。

 

 真剣に取り組んだものを世間に公開し、それを評価し合う。同じ志を持った者同士が、切磋琢磨するために種族関係なく感想を参考にして次に生かす。

 私だって今日売った同人誌を夢中になって手伝った。

 地獄ではあったし、辛かったけれども、楽しくなかったわけじゃない。寧ろ面白かった。『おじいさまと一緒に何かをする』という理由もあったけど、純粋に絵を描くことが楽しかったのだ。

 

 だから私は返答する。

 顔を向けず、うつ伏せになりながら。

 

 

 

 

 

「……楽しかったわ」

 

「……ほぅ、そうか。そうか」

 

 

 

 

 

 さて、次はどんな変人と会えるだろうか。

 どのような真剣に取り組む変人がいるのか。

 

 まだ闇マは始まったばかりだ。

 

 

 

 




紫苑「4/28」
未来「ん?」
紫苑「ほら、作者が『東方神殺伝~八雲紫の師~』を投稿し始めた日」
未来「……あー、もう一年たつのか」
紫苑「早いもんだねぇ(*´ω`)」
未来「だねぇ」
紫苑「というわけで活動報告でちょっとしたアンケートをしてる」
未来「興味がある方はぜひ覗いていってね(/・ω・)/」


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52話 神殺の修羅な一日(上)

ここからリメイク祭りです(`・ω・´)


 

 もうそろそろ春が来るかな?と思えるほどになるくらい雪が溶けてきたある日のこと。春雪異変で遅れた春が到来を告げるのも間近、どうせ花見という名の宴会を始めるんだろうなーと思う頃。

 いつも通りの日常を送っていた……のだが。

 

 

 

 とある幻想郷の賢者が言った。

 

「あの……デートしませんか?」

 

 とある四季のフラワーマスターが言った。

 

「私とデートしなさい」

 

 とある冥界の管理人が言った。

 

「私とデートしましょ?」

 

 

 

 

 

 ――同日同時刻を設定して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どーすりゃいーんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ~デート当日~

 

 

「「「………」」」

 

 修羅場、というものをご存知だろうか?

 血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所。または、人形浄瑠璃・歌舞伎で激しい戦いや争いが行われる場所。本来はそのような意味で使われ、今では『男女間のトラブル』として使われる言葉。

 少し前の俺だったら『んな物騒な言葉を男女のトラブルに使うなよ……』とか言って呆れていただろう。

 しかし、

 

 

 

 うん、修羅場だわ。

 超血みどろだわ。

 

 

 

 人里の入口に集合――というわけで来たのだが、俺の目の前に広がる光景は確かに『修羅場』であった。思わず木陰に隠れるレベルで。

 紫は警戒するように二人を観察し、幽香は露骨に不機嫌そうな表情を浮かべ、幽々は目を細めながら何かを策している気がする。幽香はまだ分かるけど、紫と幽々は友人関係だったはず。どうしてここまで不仲になれるのか、俺の脳じゃ理解できやしない。したらいけない気がする。

 ほら、人里の門番している若者が怯えているじゃないか。それでも二本足でしっかり立っていられるのは、門番の鏡とも言えるだろう。

 あんなの街でも滅多に見られんぞ?

 

 

 

 

 

 正直言おう。

 あの中に行きたくない。

 

 

 

 

 

 今すぐ回れ右して我が家に速やかに帰宅したい衝動に駆られる。

 俺は切実に思った。

 

「帰りたい……」

 

 そう呟いてしまった瞬間。

 三人が同時に俺の方へ振り返って、声を揃えて呼ぶ。

 

「あ、師匠!」

 

「遅いわよ」

 

「紫苑にぃ!」

 

 見つかったぜ。

 先ほどの空気が嘘のように、爽やかに俺を迎える3人。見事なまでの手のひら返しに、『女は想像以上に怖い生き物』だと改めて認識するのであった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 師匠との初デートに心を踊らせていたことは否定できない。

 実際に待ち合わせの三時間前に来てしまったし、服選びには一週間を費やした。

 しかし……まさか他の2人まで待ち合わせていたとは。

 

「お、おう。待たせたな」

 

 待ち合わせ時刻の10分前に師匠は現れた。

 相変わらずの現代風ファッションに身を包み、なぜか顔をひきつらせながら謝ってくる。しかも半泣き。

 師匠を泣かせた奴は後で産まれたことを後悔させてやるとして、私は幽香と幽々子に警戒しつつ師匠に話しかけた。できるだけナチュラルに、他の二人に『先を越された!』と思わせないように。あまり彼女等を敵に回したくはない。

 

「今回は私の我が儘でお越しいただきありがとうございます」

 

「……うん、こっちもさそってくれてうれしいよ」

 

 なぜか口調が硬い。こういう師匠は非常に珍しい。

 すると、こういう場面に一番疎いはずの幽香が動き出す。

 

「ちょっと人数が多いけど、行きましょ」

 

「お、おい!」

 

 何ということでしょう。

 あのバトルジャンキーで戦うことと花の世話以外は素人同然の幽香が、あの(・・)幽香が、『女』を師匠に意識させつつも自然と師匠の左腕を抱き寄せる。文句のつけようのない鮮やかな仕草だった。

 私は唖然とした。

 昔から彼女を知っている私としては、幽香が積極的に動くとは予想してなかった。どちらかと言えば強引に連れ出すことも想定していて、幽香よりも幽々子が『女』として注意するべきだと考えていたからこそ、彼女の行動に一歩遅れる形となってしまった。

 それは計算高い幽々子も同じようで、目を見開いている。

 今がチャンスだ。

 

「そ、そうです! 早く参りましょう!」

 

 私は咄嗟に幽香とは反対の腕――右腕に絡み付く。

 『師匠は女性の胸が好き』という情報を切裂き魔――九頭竜未来から得たので、私の持つ全ての武器を使って師匠を満足させる。

 

 というわけで師匠の腕に形を変えるほど胸を押し付けているわけだが……物凄く恥ずかしい。

 幽香の方を伺ってみると、彼女も顔を赤くしていた。

 男性に慣れていないのは一緒か。

 

「む……」

 

 もう師匠に抱きつくところがないからなのか、幽々子が頬を膨らませる。古くからの友人に申し訳なく思っていると、幽々子は大胆な行動に出る。――師匠の腰に抱きつくことで。

 

「ちょ!? 幽々!?」

 

「……ダメかしら?」

 

「いや……さ、さすがに歩きにくいかなーって」

 

そう師匠が呟いた瞬間、幽々子は幽霊特有の浮遊で問題を解消させた。私や幽香には到底できない芸当だ。

 

「これなら大丈夫ね」

「……うん……はい」

 

なぜ師匠は最初から疲れているのだろうか?

 

 

 

 

 

「で、どこに行くのか決めてるのか?」

 

 人里で3人の女性を侍らせながら歩く師匠が問う。その間、すれ違った住人が私達を二度見するなど、やけに外部からの視線を感じる。特に人間の男などは殺気に近い。

 外の世界なら『ただのクソ男』のように見えるかもしれないが、幻想郷はすべてを受け入れる。師匠くらいの実力を持った男なら、女の3.4人侍らせていても何も問題ない。

 それ以前に人里の人間全員を敵に回しても、師匠なら鼻歌交じりに一掃できるはず。誰も文句なんて言えないし言わせない。

 師匠の質問に、私が最初に答えた。

 

「師匠の服を買いに行きませんか?」

 

「服? まだ着れるものなら大量にあるぞ」

 

「その服装は人里では浮いてしまいます」

 

 それもそうか……と師匠は了承した。

 本音は師匠の和服が見たいだけである。

 

 近くの呉服屋を探すために3人は離れて探していると、師匠は古着屋(・・・)に入ろうとするのを目にした。3人は慌てて止める。

 師匠は止められた理由がわからず困惑中。

 

「どこ行こうとしてるの?」

 

「え……和服って古着屋に売ってるもんじゃないのか? そこまで詳しくないが……え、間違ってた?」

 

「古着屋は質の低い服を売ってるのよ。外の世界風に言うのならば、確か『りさいくる』って奴ね。上質な和服なら呉服屋で買うのが主流かしら」

 

「ふーん、なるほど」

 

 幽香の説明に相づちを打つ師匠。

 師匠は納得すると――また古着屋に入ろうとする。

 

「紫苑にぃ!? 話聞いてた!?」

 

「いや……別に質が低くても問題ないやろ。どうせ人里に買い物するときぐらいしか着ないんだから、わざわざ高い和服を買わなくても……」

 

「そういう問題じゃないのだけれど……」

 

 さすがの幽々子も眉を潜める。

 師匠の服装は外の世界では『普通』の部類に入るが、当の本人はファッションにそれほど興味がないように思われる。その矛盾におかしいと幽々子は疑問に思っているのだろう。

 物凄く嫌な予感がしたので、私は師匠に尋ねた。

 

 

 

 

 

「まさか……師匠って服を自分で買ったこと――」

 

「ないぜ。基本的には古着か、詐欺師や切裂き魔が選んだ服を適当に着てる感じだから……ファッションとか全然分からん」

 

 

 

 

 

 あぁ、ファッションに無関心なタイプの人間か。

 私たち3人は悟ると同時に、師匠に服を選ばせたら大変なことになる!と呉服屋に手を引く。

 

 様々な衣服が並ぶ、幻想郷でも老舗にして大きな店。

 呉服屋を目の前にして、師匠の感想は

 

「なんか高そうな布使ってるなー」

 

 完全にアウトな人の発言だった。

 

「紫苑にぃはよく動くから、単物がいいと思うわ」

 

「ねぇ、2人とも。師匠に合いそうな服の色って何かしら?」

 

「紫苑なら……黒じゃない?」

 

 個人的には紫色を押したいところだが、なぜか腹黒いイメージがついてしまうので、幽香の意見に賛成する。幽々子は桃色を選択肢の候補に挙げていたが、よくよく悩んだ結果断念していた。師匠はなぜか暗色が似合う。九頭竜や詐欺師という人物なども、それを知っていて今の服を勧めていたのだろう。

 次は良さそうな黒色の単物を3人と、店で働いている人間の娘で探しているわけだが、その間に師匠は店主と雑談をしていた。

 

「お、これは夜刀神さん。この間は商品の搬入を手伝っていただき、誠にありがとうございました!」

 

「いやいや、仕事ついでに手伝っただけだし、お礼を言われるようなことしてないぜ」

 

「着物、お安くしておきますよ?」

 

「それは悪いなぁ。そっちも商売だろ?」

 

 いつのまにか出来つつある師匠の人里におけるコネクションを垣間見た気がする。適当に選んだ呉服屋でこれなら、もしかしたら師匠は人里で結構顔の広い人物なのかもしれない。

 

「これなんてどう?」

 

「……それなら紫苑に似合いそうね」

 

「紫苑にぃなら何でも似合うと思うのだけれど……その色は絶対合うわ」

 

 色々探していくうちに師匠に似合いそうな単物をいくつか見つけたので、雑談していた師匠を呼んで試着してもらうことにした。そして一着目――赤い刺繍の入った単物を着た師匠の姿を見て……私たちの時間が止まったような気がした。

 

「ズボンは着たままでもいいよな? ……なんか男性用のチャイナ服みたいな着こなしになるけど、これなら動きやすいから大丈夫か」

 

 師匠は満足したように飛んでみたり回し蹴りを放っていた。

 着物を着て最初に考えるのが『機能性』な辺り、なんとも師匠らしいとも言える。

 確かに飛んだり跳ねたりしても太腿が見えることはないし、何の違和感もなく人里を徘徊することも可能だ。けれど、私たちが気にしているのはそこじゃない。

 

 

 

(((か、カッコイイ……)))

 

 

 

 日本人のDNAを持っているから、という理由では納得できないほどに似合っていた。

 元々顔立ちが良く、何を着ても絵になるのは分かっていた。だから着物もきっと似合うだろうと軽い気持ちで勧めてみたのだが、私の予想を遥かに超えていたのだ。周囲の音・気配が感知できず、見も魂も奪われるかのように人を引きつけ、心臓が止まるかと思うほど美しい。

 店主も『これはこれは……』と感嘆の声を上げ、その娘も師匠から視線を逸らせない。

 その誰もが見惚れるさまを勘違いした師匠が、眉をひそめて私たちに声をかけた。

 

「お、おい。なんか言えよ。そんなに似合ってなかったか?」

 

「――い、いえ! ものすごく似合ってますよ!」

 

「そうか? ならこれ買おうか」

 

 似たような単物と一緒に買おうとして店主に値段を聞いたのだが、我に返った店主は冷や汗をかきながら「お代はいりません!」と言い放つ。

 

「これ俺が見てもわかるぐらいには高いだろ? さすがにそんな高価な着物を3着もタダで貰うわけにはいかないわ」

 

「夜刀神さんがそれを着て人里を歩くだけで宣伝になります! 貴方のような方が私が取り扱ってる着物を着ているだけで、他所への宣伝になりますのでお代は貰えませんよ!」

 

「そ、そうか?」

 

 店主の必死の形相に引きつつも、師匠は納得して自分の所持品を懐に入れた。

 そして羽織っていたコートや貰った着物を妖刀などを収納している空間に放り込む。私のようなスキマに入れるのではなく、ふわっと手にあったものが虚空に消えていくようだった。前に師匠に聞いてみたのだが、機密事項と答えるだけで詳細は聞けなかった。

 私たちは店主に礼を言うと呉服屋を後にする。

 

「うーん、こんな上等なもの貰っちまったから、これからは買い物の度に着物を着ないといけないのか。簡単に破れたら困るし、今度紅魔館に行ったときにパチュリーさんに魔術でも掛けてもらおうかな」

 

「七耀の魔女にですか?」

 

「うん。あ、この色選んでくれたの紫だろ? ありがとな」

 

 師匠はそのまぶしい笑顔を私に向けてくれた。

 

 

 私は――その顔を直視できないほど顔が真っ赤になっていた。

 

 

 




幽香「紫苑のファッションセンスは皆無なのね」
紫苑「ストレートに言われると傷つく」
幽々子「皆無でいられるほど素材が良いのよ」
紫「霊夢たちの反応も見てみたいわ」


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53話 神殺の修羅な一日(下)

 

 あの憎き切裂き魔に再度挑戦して敗北したのは数日前の出来事。

 強化された植物のツルを避けながらも切り裂いていき、私の切り札たる極太い光線すらも小型のナイフ一本でいなされて、私の妖力が尽きたところで勝敗が決した。仰向けに倒れて息を切らしていた私に、切裂き魔は軽い柔軟体操をした程度の疲労度で覗き込んできた。要するに『まったくもって相手にもならなかった』ということである。

 

『ゆうかりん大丈夫?』

 

『……その呼び方止めなさい』

 

 私は最後の抵抗として、ありったけの殺意を切裂き魔にぶつけた。

 当の切裂き魔は困惑したような表情しか浮かべなかったが。相変わらず、この半妖の底が知れない。

 

『うーん、そんなに嫌われてるのかぁ』

 

『嫌われていないとでも?』

 

『はは、こりゃ手厳しい。それじゃあ、お近づきの証としてこれを贈呈しようかな』

 

 虚空から切裂き魔が取り出したのは一冊の本。

 訝しげに受け取ってパラパラとめくってみたところ――よくわからない単語ばかりの本だった。本のつくりからして外の世界の書物だと推測できる。

 

『なによ、これ。でーと? 女子力?』

 

『デートってのは男女が日時を定めて会うことなんだけど……ゆかりんは紫苑とデートするつもりらしいよ? いつになるかはわからないけどね』

 

『!?』

 

 さすがに色恋沙汰に疎い私でも今の言葉の意味は分かる。

 紫と紫苑がデート。つまりは、そういうことなのだろう。

 

『その本はあげるよ。――ゆうかりんも紫苑とデートしたいでしょ?』 

 

『……礼は言わないわ』

 

 この男が何を考えているのかは知らないが、その本は貰うことにした。不本意ではあったが。

 切裂き魔は含みのある笑顔で去っていった後、妖力がある程度回復した私は家に本を持ち帰り、一晩丸ごと熟読したのであった。

 

 

 

 

 

 あの男の本で成功している、というのは気に食わない。非常に気に食わない。

 しかし――本で予習したおかげで、今の紫苑は私に『女』としての魅力を感じていることは明らかだった。この戦闘には邪魔臭いものだとしか認識していなかった己の胸が、まさか人生の大切な瞬間に役立つとは思いもしなかった。この時ばかりは自分の発育の良かった身体に感謝である。

 紫が選んだ単物を着た紫苑の腕に抱きつきながらそう思った。

 

 しかし――紫苑の和服姿は目の毒だ。

 まともに直視できないせいで紫苑の腕に顔を埋めている状態よ。

 

「次どこ行く?」

 

「……花屋に行かない?」

 

「この季節に花が売ってんの?」

 

「貴方の家に花壇を作りたいのよ。買うのは種や苗ね」

 

「俺の家に作ること前提かよ……まぁ、俺ん家に花ねぇ。ガーデニングをするのも悪くはないか」

 

 紫苑が乗り気になったところで、私行きつけの花屋に移動する。

 さすがにこの季節に花は少なく、その代わりとして苗や種が商品として陳列していた。

 

「何の種なのか皆目見当もつかねぇ……」

 

「私もです」

 

「こういう植物関連は壊神と帝王の得意分野だったから、アイツ等なら詳しいんだろうけどさ。俺は壊神の作った野菜とかを料理する担当だったし。帝王は完全に趣味で放育ててたな」

 

 壊神、とは『私レベルの戦闘狂』だったはず。それに加えて植物を育てる趣味も持っているのか。

 是非とも戦ってみたり、花について語り合ってみたいわね。

 

「育てやすい花ならロベリアやペチュニア、マーガレットあたりかしら?」

 

「花とか育てたことないんだけど……それは俺でも大丈夫なのか?」

 

「この時期に苗が手に入る初心者でも育てられる花よ。私も時々来るわけだし、道具さえ揃っていれば枯れることはないんじゃないかしら?」

 

「へぇ……」

 

 道具辺りも私が貸せる。

 紫苑は興味深そうに私が言った花の種や苗などを観察する。あの切裂き魔の情報によると、紫苑は勧められたものは初見で合う・合わないを見定めるので、今の状況から鑑みて『合う』と思っているのだろう。

とても嬉しいことだ。

 

「ここで家が爆破されることもないだろうし、花を育てるってのもアリかもしれんな。前々から小さな花壇を家に作りたいと思ってたんだよね。幻想郷で願いが叶うとは思わなかったが」

 

「一度は私の畑に来てみなさい。夏なら満開の向日葵が見ることができるわよ」

 

「そういえば紫が言ってたな。幽香ん所は畑一面の向日葵がどうのこうのって。春すら来てないのに夏が楽しみになったぜ」

 

 子供っぽく笑う紫苑。

 切裂き魔と話しているときも同じような表情をするが、紫苑は心底楽しそうに笑うことが多い。

 喜怒哀楽が分かりやすい、と言うべきか。戦闘ならまた違ってくるが、とにかく周囲の人間すら笑顔にするような感じだ。

 

 

 

 人を寄せ付ける魅力かしら?

 私は持ち合わせてないからなんとも言えないけど、そういう人柄に私も惹かれたのかもしれない。

 

 

 

 私は買った花の種を紫苑に渡した。

 

「大切に育ててね」

 

「善処する」

 

 ……本当に1500年前から変わらない。

 弟子入りした後も色んな場所に振り回されてついていったけど、基本的に一人が好きだった私が『紫苑たちと居ることが楽しかった』と心の底から思えたのだ。幻想郷でもそうだったはずなのに、彼が現れてからまた環境ががらりと変わってしまった。いい意味で。

 その頃から……私は……。

 

 そこまで考えて私は小さく笑った。

 

 

 

 

 私も案外、乙女なのね。

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 夢のような気分。

 覚めないでほしい夢だったはずなのに、それが現実となった。

 

 

 私が死んだ身であるとしても。

 

 

 紫苑にぃは目の前にいる。

 

 

 私が夢で見たような、触ろうとすると消えてしまう幻影ではなく、目の前の彼は触ることもできるし匂いを嗅ぐこともできる。先ほどから浮いたまま紫苑にぃの腰に抱き付いているけれど、嫌な顔一つせず時々気遣ってもくれる。

 このような素晴らしい日が来るとは、少し前なら思いもしなかった。

 『デート』というものを紹介してくれた九頭竜さんには感謝しなくては。

 

「なんか腹減ったな」

 

「そう?」

 

「人間は飯食わないと生きていけないの。この前八雲一家で行った定食屋以外のところ行こうか。他の飯屋に行ってみたい」

 

 紫は紫苑にぃとご飯食べに行ったのか。羨ましい。

 博麗の巫女――博麗霊夢が『毎日紫苑さんの家で夕食を頂いているけど、飽きない上に絶品』と言っていた気がする。妖忌がいた頃の白玉楼でも紫苑にぃはご飯を作ってくれたが、あの時も美味しかった。

 また食べたいわ。今度お邪魔しよう。

 

 私たちは近くにあったうどん屋に入る。

 昼をちょっと過ぎた時間帯だったので、人はそこまでいなかった。

 

 店主は私たち――正確に言うならば幽香さんと私を見て怯えた表情をした。

 紫から前に聞いたような気がするけど、彼女の友好関係度は最悪と言われていたような。今の紫苑にぃの腕に絡みついている姿からは想像もつかないけど、彼女は無類の戦闘好きと聞いた。西行妖と戦っていた時の紫苑にぃみたいな感じだろうか?

 その前に、なんで彼は私の顔を見て怯えたのかしら?

 

「おっちゃん、うどん4人前お願い」

 

「あ、あぁ。うどん4人前入りまーす!」

 

 私たちは4人掛けの席につき、適当な雑談を始めた。

 

「この後はどうします?」

 

「晩飯用の買い物がしたい。今日はアホの要望でハンバーグ作らないといけないから、霊夢たちが持ってきてくれる食材だけじゃ足りん」

 

「……あの切裂き魔って完全に穀潰じゃない」

 

「って思うじゃん? 実はアイツここで稼ぎ場所見つけて家賃払ってんだぜ?」

 

 紫と幽香は目を丸くした。

 私は彼が何をしているのか知っているので、彼女等のように驚くことはなかった。

 

 

 

「というか呉服屋で見た高そうな青い着物あっただろ? あれアイツの作品だ」

 

「「は?」」

 

 

 

 信じられないと言いたげで、実際に私もそうだった。

 確か青い着物は売れ筋商品だと店主の娘さんが話しており、呉服屋で扱っている中でも一番高い商品だったはず。それの制作者が身近にいたとは思いもしないだろう。私は彼がその服を白玉楼で作るのを見ていたので知っていたけれども。

 紫苑にぃは言わずもがな、妖夢も何気に器用だし、剣に携わる人って手先が器用なのかしら?

 

「未来は裁縫関連が得意だから、今度服でも作ってもらえば? ブランド品顔負けの大作を片手間に作るような奴だから、快くOKしてくれるさ」

 

「なんというか……想像もつきませんね」

 

「俺も昔同じようなこと言ったぜ。『紫苑の料理も三ツ星シェフ泣かしたじゃん』って正論返されて何も言えなかったけど」

 

 そんな感じで会話をしていると、それぞれの前にうどんが運ばれてくる。

 

 

 

 

 

 ――私のだけ、物凄く大きな皿で。

 

 

 

 

 

「ちょ!? 何その大きさ!?」

 

 少なく見積もっても10杯分のうどんが入っている容器の大きさに、紫苑にぃと幽香さんは目を見開く。

 一方、私のことを昔から知っている紫は呆れ気味に説明した。

 

「師匠、幽々子の食事量は異常なので、人里で営業している店からは『桃色の悪魔』として畏れられています。加えて、白玉楼におけるエンゲル係数は――80%越えます」

 

「は、はち……!? おま、一般家庭のエンゲル係数は20%弱だぞ!? あの屋敷の維持で残りの20%なら……幽々は対食品用の掃除機か!?」

 

「妖夢が月末に毎回頭を抱えておりますよ」

 

「妖夢ぇ……」

 

「だって……紫苑にぃがちゃんと食べないと大きくなれないって……」

 

「師匠ぇ……」

 

 千年前は一日一食しかご飯を食べてなかった私だが、紫苑にぃが『育ち盛りなんだから、たくさん食べないと大きくなれないぞ!』って美味しいご飯をたくさん作ってくれて以来、朝昼晩欠かさずご飯を食べるようになった。

 妖忌も『もう勘弁して下さい』と土下座をしてくるくらい食べるようになったけど……そのころには食べることが楽しくなっていて、妖夢が来た時には通常量では満足できなくなっていたのだ。

 

 

 紫苑にぃ、たくさん食べろって言ったもん……。

 

 

「ま、まぁ、飯食おうぜ」

 

「そ、そうね……」

 

 うどん屋の後は紫苑にぃが夕食を作るための食材を買いに行った。

 ひき肉を買うときや香辛料を選んでいるとき、紫苑にぃは必ず私の方を見て言った。

 

「幽々、食べに来るときは事前に連絡しとけよ」

 

 そうしないと食材が足りない可能性があるからな……と、遠い目をしながら私に何度も言ってきた。

……やっぱり食べ過ぎかしら?

 帰ったら妖夢と相談してみよう。

 

 

   ♦♦♦

 

 

「あ、紫苑お帰り――うわっ!?」

 

「クソ切裂き魔ぁ! お前よりにもよって紫と幽香と幽々のデート時間一緒に設定しやがったなぁ!? こちとら胃がクライマックスだったわ! 殺す気か!?」

 

「それはこっちの台詞! いきなり『戦士』使ってくるとか卑怯じゃないか! ……え、3人同時にデートしたの!? 僕が確かにデートしたら?って唆したけど、時間設定はしてないよ!」

 

「お前に卑怯って言われる筋合いはないわっ! お前のハンバーグ、一口サイズにしてやるからな!」

 

「それだけは勘弁してええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 夕食には美味しそうにハンバーグを食べる少女たちと、ワンコインサイズのハンバーグを涙を流しながら噛み締める切裂き魔の姿があったそうだ――

 

 

 




紫苑「さて、次の回から騒がしくなるぜ」
霊夢「これまでも騒がしかったわよ?」
紫苑「あんなの騒がしいの部類に入らねぇよ……」
霊夢「Σ(゜Д゜)」


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54話 不死と女神

 

 今日は珍しく人里を歩いていた。

 基本的には妖怪の森を中心とする活動範囲を展開する私にとって、人里を歩くというのは珍しい光景だ。久々なだけに少しではあるが人里が少し変わっていた。 仙人という立場にあるので、修行として妖怪の山に籠りっきりなのは仕方のないことだと私は考える。

 

 というわけで、いつも賑やかな人里を歩いていたわけだが……。

 

「――ん?」

 

 珍しい人間を見つけた。

 いや、人間と言っていいのか?

 

 その人間――男は不思議な格好をしていた。

 外の世界の服装に似ているような気もするし……もしかして外来人だろうか。

 年齢は目測になるが、人間ならば成人していないだろう。身長はそこまで高くはなく、灰色の長い髪の毛を一つに束ねており、何かに飢えてるような赤い瞳をのぞかせる男だ。一度その外見を見れば当分忘れることが出来ない出で立ち。

 

 

 

 しかし――私が注目したのは。

 

 

 

 彼の左腕に巻かれた包帯(・・・・・・・・・)だ。

 

 

 

 私も事情により右腕に包帯を巻いているが、彼の左腕からもそのような気配を漂わせるものを感じた。いや、根本的に私とは別の理由なんだろうが、それが『彼が人間なのか』と思わせる原因でもある。

 彼は危険な人物なのか。

 気になって私は彼を呼び止めた。

 

「待ちなさい、そこの男」

 

「――んァ?」

 

 抜身の刃より鋭い瞳がこちらをとらえる。

 少なくとも友好的には思えない。初対面で声をかけただけで、ここまで相手を睨み付けるだろうか?

 

「貴方は外来人でしょうか?」

 

「ンだよ。幻想郷では外から来た人間は人里すら歩けねェのか?」

 

 答えるのすら面倒と言いたげに頭を掻く男。

 その態度に思わずムッとしてしまい、私は説教しようと口を開こうとするが、

 

「……貴方――」

 

「人に質問するンならまず自分が名乗れや。人にいきなり外来人かとか失礼にも程があるだろォ? ったく、幻想郷の人間は無礼な奴しかいねェのか」

 

「……茨華仙と申します」

 

「あァ、仙人の類いか、道理で普通じゃねェ気配がするわけだ。俺様は名乗らンけどよ」

 

 ククッ、と人を小ばかにする笑いを見せる男に、私は怒りをこらえるのが難しかった。思いっきり約束を破られた形だ。

 彼と私は根本的に相容れない存在なのではないか?と、私の直感が告げていた。上手く表すことが出来ないが、行動の一つ一つが相手を挑発するものを含んでいる。幻想郷の住人で例えるなら……四季のフラワーマスター・風見幽香だろうか? いや、あれより酷いかもしれない。

 引きつった顔を隠しつつ、私は男に対応する。

 

「名乗り返すのが礼儀でしょう? 『外来人全員が無礼だ』と、貴方は幻想郷の住人に思わせるのですよ」

 

「無礼で結構。テメェが勝手に名乗ったンだから、俺様が名乗り返す必要性はないだろ? 俺様の言動程度でここの連中が判断すンなら、所詮はその程度の奴等だ」

 

「……屁理屈ですね」

 

「屁理屈も理屈だぜ?」

 

 思わず舌打ちをしてしまうくらいに苛立っている自分。

 こういうタイプの人間は何を説教しても反省することはない。この灰色の髪の少年は、誰からどう思われようが一切の関心がないのだろう。言葉の節々からそれを物語っている。

 

 この男をどうしようか迷っていると、なにやら外野が騒がしい。

 少し離れたところで人だかりができていた。

 加えて大きめの妖力の気配を察知し、男を放置してその人が集まる方向へと走っていく。ただ事ではない。

 そこには――

 

「か、華仙殿!」

 

「慧音さん!?」

 

 妖怪に捕まっている上白沢慧音の姿があった。

 彼女は本来半妖なので、そこら辺の妖怪に捕まるなんてことはないはずなのだが、今の彼女からは妖力を感じない。

 人里に侵入している妖怪は10ほど。

 多くもなく少なくもなく、だが厄介なのは確か。

 

「す、すまない……妹紅は永遠亭に出向いていて、私の妖怪としての部分が消える時間帯を狙われた……!」

 

「くっ……」

 

 つまり人里を襲っている妖怪には知性があるということか。

 慧音を拘束している妖怪は大妖怪一歩手前の強者。恐らくこの妖怪が妹紅が不在で慧音が人間である時期を狙ったのだろう。

 

「グハハハ! こんな上玉がぁ手に入るなんてなぁ!」

 

 不愉快なダミ声を発する妖怪。

 思わず握り拳に力を入れる。

 

「私のことはいい! 早く妹紅に知らせてくれ!」

 

「いえ、この程度なら私がっ」

 

「おい、そこの桃色の仙人! そこを動いたら――この女がどうなるかぁ分かってるよなぁ?」

 

 その妖怪は手触のようなもので慧音を拘束し、警告と共に慧音に絡み付いている手触で強く絞める。慧音の苦しそうな声が響き、私を含めたそこにいる人々が悔しがる。

 

 やろうと思えば目の前にいる妖怪なんて簡単に退治できる。

 けれど、下手に動けば慧音の命が危うい。さすがに長年の付き合いのある彼女を傷つけるのは本意ではないからだ。

 何もできないやるせなさに左の拳をきつく握りしめる。

 

 その時。

 

 

 

 

 

「へェ、おもしれェことになってンじゃんか」

 

 

 

 

 

 あの男が人混みの中から顔を出した。

 この状況を把握してないという足取りで、私のところに近づいてきた。

 何という緊張感のなさか。私は思わず怒鳴りつけた。

 

「貴方はこの状況を理解しなさい!」

 

「うっせェなァ。行きなりお説教か? あの妖怪が人里襲って人質とってンのは見なくても」

 

 男が妖怪の方を見て――固まった。

 正確には妖怪に捕まっている慧音を見て、だが。

 その様子に私や慧音、目の前の妖怪ですら怪訝な表情を浮かべる。

 

「………」

 

「どうしたガキ。この俺の恐ろしさに声も」

 

 

 

 

 

「……綺麗だ」

 

 

 

 

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 何を言っているのだ、この男は。

 男以外の全員が疑問の声を口にする中、男は慧音から視線を離さずに頭を抱えた。

 

「やべェ、やべェよ。超好みなンですけど。うわっ、超会話してェ。女なんて全員クソみたいな生き物だと思ってたけどよォ……あァ、幻想郷最高だぜ!」

 

「な、何を言ってるんですか!? それより早く彼女を妖怪から助けないと――」

 

 そう口にした瞬間――私の横で変なことをブツブツ呟いていた男が消えていた。神隠しのように突如として消えた男を探し、ふと視線を前に移すと男が大妖怪の顔面を右手で掴んでいるのを捉えた。男と妖怪の身長差は大きく、男は飛ぶような形で妖怪の顔を握りしめる。

 彼の表情は見えないけれど、慧音を捕まえている妖怪が震えながら男を見ている限り、あまり想像もしたくない顔をしているのだろう。

 

 

 

 

 

「――そこのねーちゃん離せ、クソ妖怪」

 

 

 

 

 

 それが大妖怪一歩手前まで登り詰めた妖怪の聞いた最後の言葉だった。男が掴んでいた妖怪の顔がミシミシと鳴り、内側から爆発したかのように四散して絶命した。巨体が慧音を押し潰すような形で倒れそうになったが、男が慧音を素早く救出したので事なきを得る。

 人の握力だけで顔を潰せるはずがない。

 何者だ!?

 

 ちなみに慧音は男に抱き抱えられた状態――いわゆる『お姫様抱っこ』と言われる形で救出されたので、彼女は頬を赤く染めていた。

 

「え、えっと……」

 

「ねーちゃん、名前は?」

 

「か、上白沢慧音だ」

 

「慧音さん、か。ちょっとそこら辺の茶屋で話でもしねェか? 俺様が代金全部持つからよォ」

 

「あ、あぁ――って、今はそれどころじゃない! 他にも妖怪が人里に入り込んでいるから、それの対処を」

 

「つまり人里に入り込ンでる妖怪を皆殺し(・・・)にすりゃいいンだな? この俺様に任せろ」

 

 気遣うようにゆっくりと慧音を丁重に下ろした少年は、リーダー格であった大妖怪に群がっている妖怪に嗤いを向ける。

 その時の表情を私は忘れない。あの大妖怪が放った畏れなど小さなものと思わせるくらい、万人に恐怖を抱かせる笑顔。口が裂けているかのように歪めて、獲物を見つけた獰猛な野獣の如く静かに歩く。

 

 

 

 

「テメェらに恨みはねェが――皆殺しだ」

 

 

 

 

 ……そこからは、もはや殺戮であった。

 男が殴れば妖怪の身体が吹き飛び、男が蹴れば半身が消し飛ぶ。妖怪の臓物が舞い、男の狂った嗤いがこだまする。野次馬が恐怖のあまり逃げた後も、男の殺戮は続く。小さな妖怪の体を引きちぎり、中級の妖怪の頭を抉り出す。

 彼に慈悲など存在しなかった。

 皆平等に――悲惨な死を遂げる。

 

 

 その悲惨な姿に私と慧音は戦慄した。

 

 

 全てを殺し尽くした男は、妖怪の死骸の中央に立ちながらこちらを向く。人里を脅かす妖怪は消えたはずなのに、それを素直に喜べない自分がいる。

 

「けっ、手応えのねェ相手だったぜ」

 

「君は……何者なんだ?」

 

 慧音の問いに、男は嗤いながら答える。

 顔だけを私達の方に向け、紅い瞳孔を開きながら妖怪の頭だったものを握りつぶす。

 

 

「慧音さんの質問なら、答えねェわけにはいかねェ」

 

 

 妖怪の血に汚れた顔を歪める少年。

 

 

 

 

 

 

「俺様の名前は獅子王兼定(ししおうかねさだ)。壊神って呼んでもいいぜ?」

 

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「君、クビね」

 

「そう」

 

「――いやいやいやいや、ちょっと待ってよアイリスちゃん! 普通理由とか聞くもんじゃないの!? 何で物凄く自然な形で部屋を出ようとしているの!?」

 

 自分の執務室に呼び出した独立治安維持部隊第一隊長のアイリス・ワルフラーン――通称『ロリ巨乳』に部隊長の任を解いたところ、仏頂面の彼女は軽く頷いて部屋を出ようとしたのだ。

 この展開は全知全能たる暗闇(ボク)ですら読めなかった。千里眼を封じていて不自由な状態を楽しむボクだが、未だに生き年生ける存在の思考を把握するのは難しい。

 それが面白いんだけどさ。

 

 いつも通りの仏頂面で首を傾げる彼女に、何でこうなっちゃったかなぁと溜め息をつくボク。常識外の行動をする点に関してならば、重奏メンバーに引けをとらないだろう。

 

「どうして?」

 

「そこで疑問に持つ辺り、君は本当に第一部隊(もんだいじ)なんだって痛感するよ。紫苑に似たのかな……?」

 

「最高の誉め言葉」

 

「HAHAHA、皮肉すら通じないね!」

 

 最初は意地悪のつもりで、紫苑に問題児達を押し付けて、喜怒哀楽を表に見せなかった彼が慌て困る様を楽しむつもりだった。そのくらい癖の強い異端者を、当時『使い捨て部隊』と蔑まれたところに配属させたはずだった……そう、はずだった。

 それがコレだ。あの個性が強すぎる連中を上手に束ねて、紫苑が独自に加えたりもして、彼が辞めたにも関わらず隊長がこんなんでも統率の取れた集団を保ちつつある。

 さすが『流した血によって繋がる集団』なんて揶揄されるわけだ。

 

 特に初期から第一部隊に所属するアイリスちゃんを含む数十名は、紫苑ですら「どーしてこうなった?」と唖然するほど、隊長の彼を狂信していた。

 新興宗教かな?ってぐらい。

 裏を返せば紫苑がいないと手に負えないんだよね。マジで。

 

「まぁ、この際それは置いておこう。第一部隊の部隊長の任を解くとして、君に新しい仕事を頼みたいんだ」

 

「ん」

 

「お、引き受けてくれるかい?」

 

「面倒だけど、私は貴女だから(・・・・・・・)

 

 そうなんだよね……。

 あらゆる人々が紡ぎ産み出す神話の原点はボクであり、ほぼ全ての神話に登場する神々のモデルとなったのは何を隠そう、このボクだ。この街に住む神々は、人々の信仰心で生まれた存在であり、本人と言えば本人だが、厳格には違うと言っても間違いじゃない。ボクの起こした行動が、人間に影響を与えて産み出された存在たからね。

 目の前の彼女だってそうだ。アイリス・ワルフラーンも某神話の女神だし、今の台詞も本当のこと。だから渋々ながらも彼女はボクの言うことは聞くのだろう。

 

 ……人間は何をトチ狂って彼女をイメージしたのかな?

 こんな頭おかしいことした覚えがないんだけど。

 まぁ、そこんところは置いておくとして、ボクは新しい任務内容をアイリスちゃんに説明する。

 

「君には幻想郷に行ってもらって、紫苑の――」

 

「行ってくる」

 

 『幻想郷』と『紫苑』という単語が出てきた刹那、全貌を聞かぬまま部屋から出ていってしまった。言葉にできない。伊達に『紫苑の弾丸』なんて通り名をつけられた女神じゃないね。

 そして扉の向こう側で第一部隊の他メンバーの喜びの声が聞こえる。何だかんだで皆が紫苑のことを心配し、アイリスちゃんの新しい任務の門出を祝福しているのだろう。

 ボクは嘆息しながら苦笑する。

 

「……まったく」

 

 後からメールで詳細を送ればいいや。

 紫苑がどう反応するのか、幻想郷にどのような影響を与えるのか、ボクはワクワクしながらも新しい部隊長(・・・・・・)を呼び寄せるのだった。

 

 

 

 




紫苑「物凄く嫌な予感が」
ヴラド「楽しみだな(∩´∀`)∩」
紫苑「あ?( ゜Д゜)」


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55話 大きな壁

お久しぶりです。
なんか急性気管支炎が再発しました。
生きてます。


 

 

 身体が動かない。

 動かそうとしても激痛で地面に崩れてしまう。

 

 

 

 咳をすると口から血が地面に飛び散る。

 そこまでの量ではないのに、それを見た瞬間視界が歪んで見えた。

 意識が朦朧とする。霊力も残りわずか。

 

 

 

 筋肉が痙攣しているのも理由かもしれないが――大半は目の前にいる者の猛攻を一身に受けたからだろう。

 

 

 

「――天性の才能、か。羨ましい限りだ。……でもよ、天才でも努力しなかったら所詮は宝の持ち腐れってやつだよな」

 

 

 

 目の前で佇む男は苦笑する。

 

「さぁ――もっと俺を楽しませろよ、博麗の巫女」

 

「――っ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間――私の中の何かが弾けた。

 激痛を訴える体を無視して、全力で地面を蹴って男に突っ込む。

 手には札。

 

「神技『八方龍殺陣』っっ!!!」

 

「うん、これは綺麗な弾幕だ」

 

 男は右腕を私に向けて――指を鳴らす。

 刹那、私の足元に位置する地面が爆発を起こしたように弾け、スペカの弾幕もろとも吹き飛ばす。殺傷能力は低かったにせよ全速力で駆けたため、うまく回避できずにそのまま地面に叩きつけられた。

 受け身も取らなかったので背中から見事に落ち、肺にあったはずの空気を全て押し出された。ついでに血も吐く。

 

「その程度の玩具で俺を殺せるとでも思ったか? 舐められたもんだ。そこら辺にいる妖怪ならまだしも、こんなんで傷つけられるくらいなら、俺は今頃死んでるぜ?」

 

「……っ」

 

「これは殺し合いだ。殺るなら『夢想天生』くらいじゃないと。……その『夢想天生』はさっき切り裂いたけどさ」

 

 男は倒れている私の横にしゃがみこむ。

 

 瞳孔が開いたその男の目がすべてを物語っていた。

 絶対的な勝利をつかんできた現人神の、あらゆるものを蹂躙する獣の、切裂き魔・壊神・帝王・詐欺師と並び称され殺しあってきた者の――本当の実力。

 

 

 

 私は消え行く意識のなかで。

 その男――夜刀神紫苑の悲しそうな表情を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅ……?」

 

「霊夢!?」

 

「起きたか!」

 

 起きた私の視界に写ったのは、心配そうに私を見下ろす魔理沙とアリスだった。どうやら私は紫苑さんの家の二階にある来客用の寝室に寝かされていたようだ。

 起き上がろうとして、その激痛に顔を歪める。

 私は身体中のあらゆるところに包帯が巻かれていることに気づいた。

 

「おいおい、安静にしてないと駄目だぜ? 紫苑に二階にいる霊夢の治療を頼まれたときは何事かと思ったが……お前はどんな妖怪と戦ったらこんな怪我をするんだ?」

 

「……別にどうってことないわよ。紫苑さんと戦っただけ――いや、あれは殺し合いね。私は紫苑さんと殺し合いをしていたわ」

 

「どうして霊夢が紫苑さんと殺し合いなんかしてるのよ!? さっき会ったときの紫苑さんは全くそんな雰囲気じゃなかったけど」

 

 アリスの疑問はもっともだ。

 彼女は私と紫苑さんとの関係を知らない。

 

「私、紫苑さんに弟子入りしたのよ」

 

「マジか!?」

 

 魔理沙は白玉楼での異変で聞いているから、私が弟子入りを希望する経緯を知っているが、それでも目を丸くして驚いていた。

 

「紫苑さんが強いのは知ってたけど……霊夢と戦えるくらい強かったのね……」

 

「戦う? 違うわ、アリス。紫苑さんは完全に遊んでた(・・・・)。私の『夢想天生』も『戦士』で簡単に無力化されたし」

 

 手加減されていたのは自分でも分かってた。

 私が『夢想天生』の起動を待っていてくれたし、息を整えている間も攻撃をしてこなかった。準備運動を兼ねているのではないかと思うくらいには手を抜かれている感じはした。

 

 けど――あの西行妖のときみたいに黄金の世界を作り出すことなく、剣を一振り造って『夢想天生』を切り裂かれたのはショックだった。横凪ぎに一閃ですべてを片付けられた。

 私の切り札は、夜刀神紫苑の驚異となり得なかったのだ。

 

「紫と幽香の師匠だから相当強いのは分かってたが……霊夢を子供のようにあしらうなんて化物すぎるぜ……」

 

「それにしてもやりすぎじゃない?」

 

「……私がお願いしたのよ」

 

 最初の紫苑さんは困惑していた。『俺と――俺たち(・・)と本気で戦うってことの意味を理解してるのか?』と。

 それでも私は頭を下げてお願いしたのだ。

 自分の実力がどれ程のものなのか、紫苑さんの本気とどれくらい離れているのかを確認したかった。

 

『んじゃあ――喜劇(ころしあい)と洒落込もうぜ』

 

 結果は――単純だった。

 

 

 離れすぎて分からない(・・・・・・・・・・)

 人間と言う立場でこれ程の強さに至るのに、どれ程の研鑽を積んだのか想像できないくらいに。

 

「ねぇ、二人とも。ちょっと部屋から出てくれない?」

 

「え、どうし――」

 

「アリス、出ようぜ」

 

 意思を汲み取ってくれた魔理沙が、アリスを連れて寝室から出ていく。恐らく扉の向こうに待機しているだろうけど、私にはそれだけで十分だった。

 

 私はかろうじで動かせる右腕で視界を隠した。

 誰もいない。

 そう脳が理解した瞬間に、私は自分から込み上げてくるものを押さえられなかった。涙腺が崩壊して、嗚咽が静かな部屋に響き渡る。やるせなさ、やり場のない感情、そのようなものが頭の中をグルグルと回る。

 

 

「どう……して……」

 

 

 私はこんなにも弱いのか。

 こんなにも無力なのか。

 溢れて止まらない涙は枕を濡らし、拳をきつく握りしめた。

 

 

 

 

 

 私が生まれて初めての挫折感。

 それは、憧れの人との実力差だった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 紫苑殿がボロボロの霊夢を抱き抱えて帰ってきたときは驚いた。その原因が紫苑殿にあったのだから尚更だ。

 治療を魔理沙とアリスに任せて、彼は何事もなかったかのように夕食の準備をしている間、私はキッチンのテーブルで茶を飲んでいた。食事関係は紫苑殿に一任している。

 私の隣では宇佐美蓮子が茶菓子を切り分けていた。

 

 

 

「ところで、あなたは何なのですか?」

 

「かかっ、今頃か」

 

 

 

 いつの間にか私の向かい側で紅茶を優雅に嗜んでいる蒼髪の青年を睨んだ。いつどうやって入ってきたのか感知できなかった。一度認識すれば、その圧倒的な存在感に心奪われそうになるのに。

 一方の宇佐美殿は「あ、ヴラドさん」と切り分けていた茶菓子の一つを疑いもなく差し出している辺り、この不思議な現象に慣れているように見受けられる。

 

「儂の名くらいは知っておろう。ヴラド・ツェペシュ、紫苑からは『帝王』の異名で聞いておるかね」

 

「いえ、ですから何故ここにいるのかと」

 

「そんなの玄関からお邪魔させてもらったに決まっておろう。そこの蓮子に案内してもらったが、九尾たる貴様が気づかぬとは情けない」

 

 小馬鹿にするように忍び笑いをする姿も様になっている。

 紅魔館の主が最終形態となった姿――レミリア・スカーレットが目指しているものがこれではないか、と思ってしまうくらいのカリスマ性を放つ男だ。

 身体に力をいれていないと無意識にからだが硬直してしまう。小馬鹿にされたことを怒る気にもなれない。

 これが――彼が紫苑殿の言っていた『帝王』だ。

 

「博霊霊夢は派手にやられておったな。神殺の化身を受けて無事であるはずがないのは知っておったが」

 

「え、霊夢が紫苑さんに?」

 

「切裂き魔の言葉を借りるなら『ワンサイドゲーム』と言うところじゃな。何度でも紫苑に喰らいつく根性は評価できるが、あのような弾幕しか使えぬのなら……まだまだじゃのう」

 

「おぅ、俺の弟子にダメ出しするなんて、お前も偉くなったな老害オタク。表出ろや」

 

 準備を終えた紫苑殿があからさまに不機嫌な表情で私の横の席に座る。まだ配膳するには早いと判断してか、手には缶に入った飲料水を持っている。飲み物は珍しく麦茶ではなく、酒と同じような感覚だからと嫌っていた炭酸飲料水だった。

 それを3本ほどテーブルの上に置く。

 

 それを見たヴラド殿が目を細めた。

 面白いものを見るような目だ。

 

「儂と九尾は炭酸は飲まぬぞ?」

 

「うっせぇ。俺が飲むんだよ」

 

「えっと……大丈夫?」

 

「……まぁ、大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

 宇佐美殿の気遣いに一瞬だが不機嫌そうな雰囲気を和らげ、矛盾した言葉を放つ。あまり心配をかけたくないのだろう。

 紫苑殿は1本目を物凄い勢いで飲み干す。

 飲み終わったときの紫苑殿は荒れており、こんなものを飲みたくなかったと言いたげな顔だ。舌打ちもしている辺り、いつもの紫苑殿からは想像もつかないような姿。

 私が見ていることに気づいた彼は、大きくため息をつく。

 

「不機嫌じゃのー」

 

「当たり前だろ。つくづく自分が嫌になってくる」

 

「博霊の巫女をボコボコにしたことかの? あのような傷は街では日常茶飯事だったであろう。お主が気にする必要はないと思うが?」

 

「……お前さ、霊夢が人間だっての忘れてないか?」

 

 紫苑殿はヴラド殿を睨む。

 そして宇佐美殿の心配気な表情を見て、大きく溜め息をつくのだった。

 

「霊夢がガチで強くなりたいと思ってんのは痛いほど分かるけどさ……んな方法を俺が知るわけねーだろ。こちとら人外魔境の連中と殺りあってただけだぞ?」

 

「お主も人間ではないか」

 

「霊夢が不死なら殺す覚悟でやれるけど、霊力がデカイだけの普通の女の子だ。俺みたいに腕もげて足切り裂かれてなんて、そんな実践で覚えろみたいな方法だと死ぬだろうが。ここ幻想郷だから尚更だ」

 

「人の身も難儀だな。知っていたことだが」

 

 紫苑殿は2本目に手を出す。

 私の目から見ても、相当参っているのは感じ取れた。

 

「紫や幽香のように頑丈じゃない、チルノのように消えても復活するわけでもない。頭痛いわ」

 

「それならば霊夢に直接言ってはどうでしょうか? 霊夢を強くするのは無理だと」

 

「真剣に訴えてくるやつの願いを無下にできるほど、俺は人間捨ちゃいねぇ。手探りで分かんないことだらけだけど、何とかして霊夢を強化させるさ」

 

 でもなぁ……と紫苑殿は頭を抱える。

 

「霊夢の心が折れてなけりゃいいけどよ……」

 

「あれ程度で挫折して止めるのであれば、その程度の女よ」

 

「こんのクソジジイがっ」

 

 テーブルに突っ伏す紫苑殿を笑いながら眺めるヴラド殿。

 

 

 

 しかし――私は紫苑殿の考えが杞憂であると思う。

 

 

 

 霊夢は勘の良い娘だ。

 紫苑殿が自分のために頑張ってくれていることは、彼の口から語らずとも理解するはず。

 

「こりゃ霊夢が起きたら土下座だなぁ。それで許してくれると良いけど、自己嫌悪感半端ない」

 

「悩め悩め、小僧」

 

「傍観者だからって……!」

 

「なんというか……紫苑殿も悩むんだなぁ、と安心している自分がいます。長寿の私よりも達観している印象だったので」

 

「達観してるつもりはないけど……悩まない人間は思考放棄してる奴だけだよ。悩んで悩んで、それでも答えがでないこととか星の数ほどあるわ。俺だって人の子だ」

 

 2本目の炭酸飲料水を空にする紫苑殿。

 アルコールで暴走すると本人は言ってたが、炭酸飲料水を飲んでいるだけで気分が悪くなっているようだ。

 

 しかし――こうやって霊夢について真剣に悩んでいる姿を見ると、まるで霊夢の父親のようだ。確か彼女は孤児だったはずで、彼の親など紫様ですら知らないはず。加えて紫苑殿は未成年。父親と呼ぶには早すぎる年齢。

 けれど紫様と同じくらい大切に思ってくれる存在と言うのは、たぶん目の前にいる少年ぐらいだろう。

 

 

 

「霊夢は……強くなれるの?」

 

「さぁ? 不可能ではないと思うぜ、蓮子。俺はそう信じてる」

 

 

 

 その想い。

 きっと――そこの影に隠れている霊夢にも届きますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫苑さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢の囁き声は紫苑殿には聞こえなかった。

 

 

 

 




紫苑「次回が問題」
ヴラド「兼定出すか、始末書出すか?」
紫苑「うん。アイリス回は完全に一からだからなぁ」
ヴラド「兼定側はリメイクになると」
紫苑「(´ー`*)ウンウン。まぁ、お前の出番はないだろうがなw」
ヴラド「(# ゜Д゜)」


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56話 奴が来る

喘息マジで辛いです(´・ω・`)


 幻想郷は今日も平和である。

 俺は霊夢と一緒に人里までの道を歩きながら、時々襲い来る妖怪をシバいていた。もちろん街に住んでいたときのように襲い来る妖怪を片っ端から皆殺しにするわけではなく、ちゃんと幻想郷のルールに則って弾幕を用いて合法的に退治しているのだ。

 最近の『実用性』よりも『面白さ』を追求し始めた俺の弾幕は、弾けたり増えたり回ったりと、不規則な動きをする弾幕へと変化した。いやー、これ綺麗だね。

 そんなわけで通常なら飛んで向かう人里に、俺と霊夢はのんびりと歩いて向かっている。

 

「耐久スペカの精密度も雑にしないとなぁ。初見だと不可能、でも馴れれば何とかなる……みたいな?」

 

「師匠のスペカって鬼畜仕様多いもの。避け続けないといけない耐久スペカで二秒すら耐えられなかったわよ? 綺麗なのは認めるけど、認める前に心が折れる」

 

「未来にも言われたわ、それ」

 

 紫苑の鬼畜外道さが耐久スペカに顕れてるよ、とか未来が煽ってきたぜ? 酷い言いようだ。

 かという未来のスペルカードは一直線上に展開するタイプの弾幕が多く、実用性よりもロマンを追求した仕組みになっており、俺としてはアイツのカードを目指して制作中。斬撃のような光を一直線上に振り下ろすスペカなどは面白かった。

 ヴラドのスペルカードは見たことがないけれど、どうせ派手なシロモノに仕上がるだろう。見てなくても予想がつくわ。

 

 こうやって考えるのはすごく楽しい。

 下手に殺し合いを意識せず、未来やヴラドを合法的にボコボコにすることが可能なゲームという時点で、弾幕ごっこは俺にとっての神ゲーだ。

 

「けど下手に緩くするとアホ共と勝負にならないんだよね」

 

「……貴方達の回避能力が尋常じゃないからよ。一日中ずっと弾幕ごっことか、私や魔理沙でも考えないわ。もうこれからは『先に当てた方の勝ち』なんて言わないで」

 

「さすがに反省してるぜ? 泥沼化するとは思ってたけどさ、面白いを通り越して面倒だった」

 

 先日に行われた未来との弾幕ごっこ。

 スペカを散々ばら蒔き、耐久を意地張って回避し続けた挙げ句、いつの間にか24時間越えてたという頭の悪い結果を叩き出した。夢中だったから気づかなかったけど、よくもまぁ長時間もやってたなと我ながら呆れたのは内緒だ。

 あのアホは面白かったとケラケラ笑ってたが。

 

 っと、また妖怪か。

 前から襲ってくるのは3.4匹の異形の怪物。博麗の巫女や俺から見れば歯牙にもかけないような敵。

 霊夢も肩を落として溜め息をつき、俺はスペカの実験台が来たと新作を構える。さて、せめて昨日実験台として付き合ってもらった魔理沙が涙目にならない程度の威力になってれば――

 

 

 

 ズドンッ!!!

 

 

 

「「……は?」」

 

 目標が百メートルも満たない位置に来たときに、その不思議な現象は起こった。妖怪の居た場所が急に爆発したのだ。

 骨の髄まで響くような振動と共に抉られた地面の残骸が周囲に散り、こちらにも飛んできたので『風』の化身を用いて振り払う。地面が大きく揺れ、霊夢が足を縺らせて俺にしがみついた。地雷でも埋め込まれていたのかと錯覚するくらいの規模に、俺は眉を潜める。

 粉塵が舞い散るなか、霊夢は目を丸くしながら俺に問う。

 

「な、何が起きたの?」

 

「その反応からして、幻想郷の日常ではないってことか。さぁ、俺も詳しくは分からんから……」

 

 空中の物体が地面に落ちるニュートンの法則は適用され、粉塵はやがて晴れて視界が良くなる。

 そこで俺は気づいた。

 中に人影がある。そこには――

 

「あれ誰?」

 

「………」

 

 俺は今どのような顔をしているのだろうか?

 粉塵が晴れた先には、小柄な一人の少女らしき人物が佇んでいた。艶やかに輝く金髪をおさげのように後ろで束ね、紫紺の瞳をゆっくりとこちらに向ける。綺麗に整った顔を台無しにするかのような仏頂面を全面に出し、俺と霊夢をじっと見つめていた。

 これだけなら美少女が目の前に現れただけの王道ラノベ展開。しかもチルノなどの妖精達より少し大きい程度の身長に加えて、メロンを彷彿させる大きさの胸に目が行く。ロリ巨乳だぜ? 普通の男達なら大歓喜間違いなし。

 

 しかし、どうしても俺達は地面に突き刺さる禍々しい黒色の大剣と、肉片を撒き散らせた妖怪の成れの果てに視線が誘導されてしまう。

 明らかに彼女が着地すると同時に、妖怪達を皆殺しにしたようにしか見えない。霊夢は険しい表情で少女を睨む。俺達が歯牙に掛けないとはいえ、相手は地面を陥没させながら現れたのだ。危険視するのも無理はないだろう。

 

「そこのアンタ、何者?」

 

「………」

 

「無視とはいい度胸ね……ねぇ、紫苑さ――紫苑さん?」

 

 金髪の少女は無言でこちらに歩いてくる。

 特徴的なアホ毛を揺らしながら迫り来る少女を警戒しながら霊夢は話しかけてくるが、俺としてはそれどころじゃない。

 なぜ彼女が幻想郷(ここ)に居るのか。どうせ暗闇が余計なことをしたと考えれば辻褄が合うので、この疑問は置いておこう。今重要なのはそこじゃないのだよ。

 

 さて、読者の諸君。

 もしも面倒事が彼方から舞い込んで来て、それは自分がやらなくても良いことであり、逃げる選択肢があるとしたら……そのとき君達はどんな行動をとるだろうか?

 厄介事に自ら立ち向かう勇者もといドMも少なからず存在するだろうが、往来『勇者(いさましいだけのひと)』は早死にすると相場が決まっていると、俺の友人は語っていた。

 この話で俺が言いたいことは一つ。

 

「………」

 

「ちょ、師匠!?」

 

 全力で逃げることである。

 

 

 

「……逃がさない」

 

 

 

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!

 怨嗟のような声が聞こえた気がしたが構わん。俺は『大鴉』の化身まで使用し、彼女から逃げるのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「というわけで匿ってくれ」

 

「どういうわけよ」

 

 そんなこんなで金髪の化け物から逃げてきた俺は、どうにかこうにか紅魔館に滑り込むことができた。門番さんは寝てたので、意外と簡単に紅魔の主の前へと拝謁する。

 咲夜は美鈴をブチのめす……鉄拳制裁を喰らわせるために場には居らず、俺は玉座にいるレミリアを見上げている。レミリアは何か思うことがあるのか嘆息し、頬杖をつきながら俺を見据えた。

 

 一見してレミリア・スカーレットにカリスマがあるかのような描写をしてみたが、間違えのないように正直に言おう。

 服装はジャージである。

 

「貴方が珍しく血相変えて飛び込んでくるものだから、こう見えて焦ってるのよ? ちゃんと私にも分かるように説明しなさい。もう面倒事に巻き込まれるのは慣れたから、一応は協力――」

 

「それ、ぶーん!」

 

「あはは! おじーさま速ーい!」

 

 俺が説明しようとしたタイミングで、金髪吸血鬼のフランを肩車して走るヴラド・ツェペシュが応接の間に現れる。王の威厳やら怪異の主としてのプライドをミクロ単位でも感じ取れない、孫バカの醜態をさらけ出すジジイ。

 両腕を広げて飛行機のように走る姿は、保育園の先生を彷彿させる。吸血鬼の王に抱くイメージではないのは承知している。でも似てるもん、あれ。

 孫と遊べて楽しいのは分かったから、少しは落ち着いて欲しい……って、レミリアは考えてるんだろうなぁ。顔にそう書いてる。

 

「あ、お兄様!」

 

「神殺ではないか。セミの裏側みたいな顔をして困って、何かあったのか?」

 

「おいクソジジイ、表出ろや」

 

 ここに『白馬』でも投下してやろうかと考えたが、フランやレミリアもいるので我慢する。

 その上重要な情報も与えるんだから、俺超優しい。

 

「ヴラド、落ち着いて聞いてくれ」

 

「ほぅ? 貴様が取り乱すなど珍し――」

 

 

 

「――アイリスが来やがった」

 

 

 

 その時のヴラドの表情はなんとも言いがたい。

 だいたいの予想はしていたが、言葉に出さずとも「えぇ……」と表情が物語っていた。吸血鬼の王にこんな顔をさせる『アイリス』という人物のことが気になったのだろう。レミリアが興味半分でアイリスのことを聞いてくる。

 止せばいいのにさ。

 

「アイリスって誰?」

 

「……俺が前住んでた街で仕事してた時の部下だった奴なんだけど、単純な力技なら俺やヴラドも凌駕する化物だよ。とにかく『人の話を聞かない』特攻兵器みたいな、極力関わりたくないタイプの女神様さ」

 

「貴方の仲間って一癖二癖あるような部下ばっかね」

 

「そりゃ寄せ集めの集団だったからなぁ」

 

 街の連中はどこか螺子の外れた妖魔が多かったけど、暗闇が面白半分で集めた屈指の変人が俺の率いていた部隊なのだから、幻想郷の住人以上に常識がないのは仕方のないことだろう。まぁ、俺が引き入れた奴も混じってたけど。

 愛しのおじいさまが頭を抱えているもんだから、暇になったフランは俺の話を聞いて「私もお兄様の部隊に入りたい!」と抱きついてくる。狂気が完全に取り除かれていない吸血鬼の彼女ではあるが……うん、なんか違和感なさそうだ。ぶっ飛んでる奴等も多いし、むしろフランはマシな方かもしれない。

 

 現部隊長のアイリスを筆頭として、鴉天狗の切り込み隊長に、絶対半径(キリングレンジ)20kmのスナイパー大天使。筋力命の森の賢者だったはずのハイエルフや、掃討戦最強のショタ悪魔、菜食主義の狼男など……挙げたらキリがないわ。

 暗闇もこんな変人どこから連れてきた?って思う。類友? 俺はあんな変人じゃないぜ?

 

「それで、貴方はその『アイリス』って娘を女神と呼んでいたけれど、彼女はどこの神話の女神なのかしら?」

 

 俺が遠い目で懐かしんでいると、部屋に入ってきたパチュリーさんが尋ねてくる。恐らく俺達の一部始終を見ていたのだろう。別に勝手に見られてたことに怒るつもりはない。

 それよりも、これは教えてもいいのか悩む。

 曲がりなりにも部下だった者の情報を他者に言いふらしていいのか……とは全然思わず、この名前を教えたことで紅魔館の住人に迷惑をかけてしまうのではないかと考えたからだ。

 厄介なことに神々の真名は、見知っているだけで災いを生む。ソースは俺。

 

 少し悩んだ結果、俺は教えることにした。

 どっちにしろ奴が迷惑を生むのに変わりはないし。

 

「アイツの名前はアイリス・ワルフラーン。神名は『アテナ』。ギリシャ神話において知恵や戦争を司る大地母神。他地域でも名前を変えて奉られる、現代に名を残す代表的な女神だ」

 

「あ、アテナ……?」

 

 どうしてレミリアの声が裏返ったのだろう。

 あ、そっか。コイツはヴラドと街に行ったのか。なら知っていても不思議ではないな。ギリシャ神話で一番やべー奴として。

 やること為すこと全てが型破り。代表的な知恵の女神にも関わらず、本当に脳みそ使っているのか疑うくらいに破天荒な行動をとり、何より人の話を聞かないことで有名。アイツは『知恵と知識は違うもの』という意味を行動で教えてくれた。

 だって文字書けないもん。始末書は俺が代わりに書いてたもん。

 

「『アイリス・ワルフラーン』っつーのは暗闇がつけた名前だ。どうして他神話の名前をつけたのか知らんけど……」

 

「あ、でもお兄様。霊夢を置いてきちゃって大丈夫だったの? そのアイリスって奴、強いんでしょ?」

 

「その点は問題ないだって――」

 

 

 

「――見つけた」

 

 

 

 割れる窓ガラス。飛び散るガラス片。

 非常識な方法で紅魔館に侵入してきたのは、仏頂面をした金髪の女神様。ふわりと地面に着地する姿は、天上から下界に降臨したであろう神々を彷彿させ、キラキラ光る破片は彼女の神々しさを増長させた。

 

「ひぃぃぃぃいいいい!?」

 

 んな描写してる暇はないけど。

 俺は反対方向にある扉から逃げる。

 

「……待って」

 

「だぁれが待つかボケぇ!」

 

 街では日常的だった光景。

 名物『神殺と女神の鬼ごっこ』が幻想入りした瞬間である。

 

 

 

 

 

『あの女神の行動原理は紫苑に依存しておる。だから博麗の巫女に目もくれず、あの男を追いかけるわけだ。まぁ、あれも紫苑に救われた身だ。紫苑の剣にして盾を自称する戦女神。見ている分には愉快なものだぞ?』

 

『……まさか、あれ単純に夜刀神のことが好きなの?』

 

『さすがレミたん』

 

『その呼び方は止めて……』

 

 

 

 




紫苑「とうとう来やがった」
ヴラド「紫苑の不幸で飯が美味い(*´ч ` *)」
紫苑「あ゛?」
ヴラド「‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/›› ‹‹\( ´ω`)/››」


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57話 不器用な初恋

 

 

 

 俺達と壊神の違う点と言えば、それこそ星の数ほど思い付くのだが、その一つとして『意味もなく人を殺す』という点が挙げられる。俺や切裂き魔・帝王とは違って『殺人』に関して目的を持たない奴であった。

 あらゆる行動には理由が発生する。

 しかし、あの破壊の権化は道端を歩きながら気の赴くままに、生きている連中を肉塊にするのだ。

 

 アイツは〔森羅万象を破壊する程度の能力〕のせいで価値観が歪められ、実家からは化け物扱いされて勘当。一時期は『殺人鬼』と呼ばれるくらいには無差別殺人をしていたとか。その後に俺たちの住んでた街に流れ着いたわけだ。

 あの街は無法者や化け物の収容所みたいな節があるからな。街にもルールがないわけでもないし、俺はそれを取り締まる役柄だったが。

 

 俺たちと出会って、一悶着あり、今の壊神になった。

 街に来る前とは打って変わって、だいぶ丸くなった方だ。アイツの外見を目にした奴は信じられないかもしれないけど。

 

 

 

 

 『殺人鬼』の名に恥じない狂気。

 最悪といっても過言ではない経歴。

 俺たちの中で一番気性の荒い男。

 

 

 

 

「かねさだ先生さようならー」

 

「ししおー先生! また明日ね!」

 

「おぅ、気ィつけて帰れよ」

 

 

 そんな歩く災悪が寺子屋で先生やってるとか誰が想像するんだ?

 住み込みで家事してくれる藍さんと途中で会ったアリスと一緒に人里で買い物をしていると、ウザイほど顔見知った面を有り得ない場所で発見して顎の関節が外れかけた。

 開いた口が塞がらない、とはこの事だろう。まったく、閉じなくなったらどうしてくれる?

 あの子供の教育によくない人生送ってきたキチガイ野郎が、子供たちに笑顔で手を振っているのだ。こんなの他の連中……特に一番被害を受けた俺の部隊仲間などが見たらショック死しそうなレベル。

 

「紫苑殿、どうなされました?」

 

「いや……ちょっと寄り道していいか?」

 

「別に大した目的もないし、いいわよ」

 

 二人の了解を得て、俺は寺子屋で働いてそうな殺人鬼に話しかける。近づいて確信する。偽物じゃないわ、コレ。

 

「おい、キチガイ野郎」

 

「んァ? テメェ誰に向か――てめ、紫苑か!?」

 

 物凄く驚いている様子の壊神だが、驚いてるのはこっちも同じだ。なんというか……牙を抜かれているわけでもないのはコイツの瞳で察することはできるけど、いつものイカれた壊神とは違う気がする。

 メンチ切ってきた壊神は俺の姿を見て驚くなり、次の瞬間には破顔する。こんな外見しているけど、仲間想いな奴だから憎めない。

 

「ククっ、数ヵ月ぶりじゃねェか。随分見ないうちに幻想郷に染まっちまったようだなァ。情けねェぜ、オイ」

 

「そっくりそのままお前に言葉を返してやるよ」

 

 壮大なブーメランを見た気がする。

 親しげに変な格好の男と話している俺が気になったのか、藍さんとアリスがこちらに近づいて来た。

 

「この人誰なの?」

 

「コイツは獅子王兼定。外の世界での腐れ縁なんだが、俺や未来が『壊神』って呼ぶ頭のネジ外れたキチガイ野郎だよ」

 

「ふざけた紹介すんじゃねェよ、ぶっ壊すぞ」

 

 兼定の睨みに藍さんとアリスが少し引いてしまう。

 ヴラドの常時カリスマや、未来の真面目にやるときの威圧とは違い、抜き身の刃を振り回しながら歩いてるような危なっかしさを孕んでいるのが兼定という男だ。あんまり幻想郷民に紹介したくないタイプの奴だけれど、会ってしまったのだから仕方なく紹介した。

 この『ぶっ壊すぞ』も昔とは違って本気なわけがないが、この姿のコイツを見ると本当にやるんじゃないかという『凄味』がある。

 

 兼定に抑止力的存在が居れば、もう少し丸くなるんじゃないかとは思うんだが……生憎俺たちではこれが限界だ。

 

「――おや、紫苑君ではないか」

 

 寺子屋前で会話していると、そこで勤務している慧音が出てきた。こんなにうるさくしてたら気づくか。

 俺は頭を下げる。

 

「久しぶり、宴会以来だな」

 

「君も元気そうで何よりだ。あ、兼定、お茶を入れたぞ。君たちも飲むか?」

 

「慧音さんあざーす」

 

 

 

 

 

 慧音、さん(・・)

 

 

 

 

 

 俺は自分の耳を疑った。

 前頭を握り拳で叩き、再確認する。

 

「か、兼定。お前今なんて言った?」

 

「あァ? 麗しの慧音さんに感謝の言葉を述べただけだろうがよ。テメェはお礼すらしないアホなのかァ?」

 

「自分の発言がおかしいと気づけ」

 

 

 いやいやいやいや、おかしいだろ!?

 

 

 あの女嫌い(・・・)で有名だった壊神が女性に『さん』付け、ましてやお礼なんて天変地異の前触れか!? 隕石でも降るんか!? 『老若男女問わず皆殺し』で嗤いながら壊す兼定がだぞ!?

 こんな光景、帝王や切裂き魔に言っても絶対信用しないわ!

 アホ共よりも強かった土御門の姐さんにすら敬意を払わなかったコイツ。それが寺子屋の一教師に頭下げてるとか、この会ってない数ヵ月に何があったのか知りたい。

 

 

 

 幻想郷、明日には滅びるんじゃないかな。

 

 

 

「紫苑さん、行かないの?」

 

「あ、あぁ、今行く」

 

 俺は頭を抱えたまま寺子屋の中に入るのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 物語のような出会いだった。

 『囚われた姫を王子が助ける』……そのような物語(れきし)の一説に近いことが数日前に起こった。まさか――その『姫』が私になるなんて思いもしなかったが。

 

 

 

 獅子王兼定。

 

 

 

 私が彼に持った最初の感情は『恐怖』だったのは間違いない。

 嗤いながら人里に侵入した妖怪を素手で殺していく姿は、まるで『直に人を殺す感覚を味わう』かのようだった。その人の形をした獣に、私を含む周囲にいた者は畏れた。

 あとから来た妹紅は、彼を襲ってきた妖怪と勘違いして燃やそうとしたくらい、獅子王兼定という男は危険な存在だったのだろう。

 そして彼が自分の名前を名乗ったとき。

 

 

 なぜか私には彼が『泣いている』ように見えた。

 

 

 自分でも分からなかった。彼は確かに楽しそうに名乗ったはずなのに、私には『無理して嗤っている』ように見えてしまったのだ。これが自分だと無理矢理言い聞かせるように。

 

 そう見えた瞬間、私は彼に向かって走った。

 考えるよりも先に身体が動いて、私は妖怪の血で染まっていた彼に抱きついた。胸に顔を埋めたので、私は彼の表情を見ることはできなかった。心臓の鼓動だけが私に伝わる。

 『同情』?『憐れみ』?

 分からない。

 こんな感情的に行動したのは初めてだ。

 

「おォ? どうしたよ慧音さん。クソ妖怪の血で汚れちまってるから、そっちの服が汚くなっちま――」

 

「そんな……哀しそうに笑わないでくれ」

 

「慧音さんには俺様が嫌嫌殺してるように見えたのかァ? こちとら殺人鬼なンて呼ばれたこともあるし、妖怪殺したところで悲しくなるわけねェだろ」

 

 ククッと嗤う音が聞こえる。

 その声が――どうしようもなく心に突き刺さる。

 

「……分からない」

 

「なンだそりゃ」

 

「分からない……分からないんだ! 自分でもメチャクチャなことを言っているのは理解している! でも……君が無理してるように笑ってる姿を見ると……心が痛いんだ……!」

 

「………」

 

 私は頬に流れる涙を止められない。

 

 本当にメチャクチャだ。

 自分でも何を言ってるのか分からないのに、彼が知るはずもないのは火を見るよりも明らかなはず。人に教える立場である私が自分の感情すら理解していない。これほど皮肉な話はないだろう。

 それでも――痛かった。

 

 

 

「俺様のために泣いてくれる、そんな酔狂な奴がいるなんてなァ。あの神殺は何て笑うのかねェ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり幻想郷に来たばかりで住むとこもない兼定に、慧音が住居と仕事を提供したってワケか」

 

 私の感情的な行動の部分を省いて、兼定は紫苑君に寺子屋で教師をしている経緯を説明した。教職を勧めてから気づいたことだが、彼は物事を解りやすく説明することに長けている。子供達からも人気なのは、その部分も大きいだろう。

 彼らが親友関係という事実に驚いたが、こう話している姿を見ていると本当のことだと思い知らされる。二人の間でしかわからなさそうな単語を時折耳にする。

 少し……羨ましい。

 

 紫苑殿の隣にそれぞれ座っている藍殿とアリス殿は、兼定と紫苑殿の会話を静かに拝聴している。一言も会話を漏らさぬようにと。

 

「まぁ……とりあえず状況は把握した。ってもお前が寺子屋で教鞭握ってるとはねぇ。この話をしたところで未来とヴラドが信じてくれるかどうか」

 

「……ちょっと待てや。切裂き魔なら話はわかるが、なンでそこで帝王の名前が出てくンだよ。あの偏屈じーさんが生き返ったわけじゃあねェし」

 

「そうよ、そのまさかよ」

 

「……幻想郷はなンでもありだな」

 

 未来……ヴラド……。

 私の記憶が正しければ『蒼月異変』で人里を守ってくれた半妖の少年と、その異変の原因たる吸血鬼の王の名前だったはず。彼等も兼定の知り合いなのか。

 そんな会話をしていると、ふと兼定が真面目な顔で紫苑殿に話題を振る。いつものふざけた態度とは違い、赤い瞳で紫苑殿を捉える。

 

「なァ、神殺」

 

「どうした、急に改まって」

 

「俺様が殺して嗤うときって――泣いてるように見えるか?」

 

 兼定の隣で茶を飲んでいた私の身体がビクッと震えた。

 明らかに私と彼が出会ったときの話だ。

 紫苑殿は目を細めて一瞬だけ私の方を見ると、瞳を閉じながら湯飲みを前の机に置いた。

 

「――知らん。少なくとも俺はお前が嗤ってるときは、心の底から楽しんでるようにしか見えない快楽殺人犯だと思うぜ。泣いてるように見えたことなんて、お前と会って以来一度もないぞ。あの街でも、な。……ただ、あくまで俺から見た感想だから、別に誰とは言わんが俺が間違ってる可能性もある」

 

 紫苑殿は誰が言ったのかお見通しなのか。

 

「なら次の質問だ」

 

「いつから質問方式になった?」

 

「その俺が悲しンでいると仮定して(・・・・)、それを悲しンでくれる奴が存在するって言ったら……テメェは信じるか?」

 

 紫苑殿は目を見開く。呆気にとられた表情だ。

 すると、私にまた一瞬視線を移し――微笑む。

 そして大声で笑い出す。

 

「はははははっっっ、お前は夢物語を語るようなタマじゃねぇだろ。そんな都合の良いお人好しが居たら、それこそ顔が見てみたいわっ!」

 

「……まァな」

 

 兼定はその言葉を肯定したが、紫苑殿は続ける。

 

 

「――でもさ、兼定。そんな馬鹿みたいなお人好しが近くに居るんなら、絶対に大切にしてやれ。お前の人生は長い。お前なんかのために涙を流してくれるような奴だ。せめて一緒にいてやることが、その人への恩返しになるんじゃないかと俺は思う」

 

 

 

 兼定は目を見開いて、いつも通りの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「例えばのハナシだ。マジレスすンなって」

 

「お前が先に言い出したことだろ」

 

 そして、兼定と紫苑殿は雑談に戻った。

 紫苑殿たちが帰った後、兼定が何を呟いたのか聞き取れなかったが、そのようなことを兼定が気にする必要はないので、夕日が沈む前に帰っていった――

 

 

 

 

「外見だけじゃなく中身もいいなンてなァ。こりゃ本気で恋しちまうだろうがよ」

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

「紫苑殿、あれは……」

 

「慧音のことだろうよ。俺には分からなかったが、あのイカれ殺人鬼と何か通じるものがあったのかもしれないしな。別に慧音が殺人鬼だとは思わないけどさ」

 

「通じるもの?」

 

「共感や同情じゃないのは確かだな。もしかしたら、慧音の過去とかも関係してくるかもしれんし、そこまでの領域になると想像になっちまうぜ」

 

「私には兼定殿と慧音殿の気持ちが分かりません」

 

「それが普通だよ。むしろ相手の気持ちがわかることの方が少ないね。気持ちや考えは個人のものだ。他の誰もその領域を勝手に犯すことなんて許されはしない」

 

「そういえば……九頭竜さんもそんなことを言ってたわね」

 

 

 

「覚のハーフである未来ですら、人の心や気持ちを覗いても第三者には絶対伝えない。二人の出した答えは今後を見ていけば分かることさ。焦らなくてもいいだろ?」

 

 

 




紫苑「これで一通りオリキャラ勢は出たな」
兼定「だなァ」
詐欺師「は?」
紫苑「あとは東方キャラだけだなー」
詐欺師「キレそう( ゜Д゜)」


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8章 宴会と異変~生を望む者~
58話 鬼は高らかに嗤う


 

 幻想郷では唐突に宴会が行われる。

 今回は『兼定とアイリスの歓迎会』という建前で行われるが、本来理由なんてどーでもいいのだ。飲んで騒げればいいって連中が多いのは、この数ヵ月で嫌というほど思い知ったからな。

 開催場所は紅魔館。俺はレミリアん家の台所を借りて咲夜や妖夢と一緒に料理を作っていた。

 庭園でのセッティングは皆がしてくれているだろう。

 

 咲夜や妖夢は手際よく料理を横で作っている。

 最近居候が増えて作る量が増加したり、あの歩くブラックホールの幽々の飯を毎日作っている彼女等にとって、宴会料理の量は日常茶飯事なんだろうね。どこぞの繁盛している飲食店のシェフが如く動いている。

 俺も見習いたいものだ。

 

 それにしても……。

 最近思うのだが。

 

 

 

 なんか最近みんな冷たくね?

 

 

 

 なんというか……一部の幻想郷民から腫れ物を扱うような感じで接せられることが多くなったと言うべきか。紫やアホ共は普通なんだけど、例えば横で料理している妖夢とかかな。横目でチラチラ見られながら料理してる俺にとっては、物凄く居心地が悪い。

 霊夢の妖怪退治の手伝いも時折断られるし、料理以外の家事も藍さんが仕事を奪っていくし、アリスや幽々子から体を心配される。極めつけは幽香が戦闘を仕掛けてこない。

 うーん……なんという疎外感。

 

 

 

 というか、もしかして寿命バレてるんじゃね?

 

 

 

 俺の寿命は〔十の化身を操る程度の能力〕の過度な使用の代償として、暗闇から長くてあと5年と言われている。実際にはそれより少ないだろうけど。

 まぁ、余生を穏やかに幻想郷で過ごすわけだし、俺は生き急ぎすぎた感はあるから、平和に生きて死ぬのも悪くはないと思っている。別に死にたくはないけど、人間捨ててまで生きようとも思わないからね。

 

「痛っ」

 

「ほら、よそ見してるから指切ってるじゃねーか」

 

 チラチラ横目で見ながら包丁使ってたら誰でもそうなる。

 妖夢は包丁で指を深く傷つけてしまっていた。咲夜が医療キットを取りに行こうとしたが、俺が制止して妖夢の傷ついた手を握る。

 

「し、紫苑さん……?」

 

「じっとしてろ」

 

 俺は『雄羊』の化身を使用する。この程度の怪我に使うものではないが、衛生上妖夢に料理を任せることが出来ないからして、俺や咲夜の負担が大きくなるのは面倒。

 淡い光が妖夢の手を包もうとした瞬間――

 

「――っ!?」

 

 妖夢はバッと俺の手から逃れて後ずさった。

 彼女の表情は何かに怯えているようで、少女から引かれた俺はちょっとショック。端から見たら俺が犯罪者である。

 

「あー……いきなり手を触ってごめん」

 

「い、いえ! こんな傷程度で紫苑さんの能力を使わせるわけには……」

 

「傷口開いた状態じゃ飯なんて作れないだろ? ここで妖夢がリタイヤしたら俺の負担が増えるし、そもそも切り傷深いんだから放置すると大変になるぜ?」

 

「で、でも――」

 

 妖夢って妖忌と似て隠し事が苦手だよな。

 良くも悪くもまじめな性格って言うかさ。

 

 

 

「――この程度の能力使用で寿命は削れねーよ」

 

「え!? どうし――」

 

 

 

 と妖夢が訪ねようとして両手で口を塞ぐ。己の失言に気付いたのだろう。咲夜も妖夢に「バレたじゃねーか」と軽く睨んでいる辺り、やっぱり皆の反応が変わった理由に確信を持つ。

 俺は深海よりも深くため息をついて、再度妖夢の手を握って『雄羊』を使用する。

 

「どーせ未来が余計なことでも言ったんだろ? 確かに俺の能力は限界超えて使用すると命を削るもんだけど、逆にいえば己の神力の範囲内で使えば命に別状はないんだよ」

 

「……紫苑様は、死ぬことが怖くないのですか?」

 

「……さぁ、どうだろうな」

 

 咲夜の悲痛そうな問いに、俺は曖昧だが本心の回答を述べる。なんで料理中にこんな重い会話してるんだっけ?

 そう思ったけど真剣な咲夜や妖夢の質問に適当に答えるわけにはいかない。俺は料理製作を再開しながら口を動かす。

 

「けど人間はいつか死ぬ。それが60年後だろうが5年後だろうが、俺にはさして違いはないと思うぜ。人それぞれ寿命は違うんだし、俺の場合はたまたま5年しか生きられないってコトだ」

 

「「………」」

 

 咲夜と妖夢は納得していない顔だな。

 けど俺の寿命は俺のもの。

 本人が納得してるわけだし、それを他人がとやかく言えるもんじゃないと思うけどなぁ。心配してくれているのは分かるんだけどさ。

 

 

 

 もしかして未来は全員に話したのだろうか?

 後でシバき殺すか。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 なにこの通夜みたいな空気。

 

 

 

 いや、確かに言い出したのは僕だけど!

 僕としては『まだ5年もあるから大丈夫』的な意味合いで言ったけど、ここまで認識か間違うのか。遠目から見ていて紫苑への扱いが『介護』となりつつある現状に頭を抱えていた。

 隣にいるアリっちも表面上は楽しそうに笑っているが、心の中では紫苑への心配が大半を占めている。これでもマシな方で、咲ちゃんや霊っちの心中なんか言葉に表すことが難しい。

 

 誰がこんな雰囲気にしたんだよ!

 僕ですよね、うん。

 

「どーしてこーなっちゃったかなー?」

 

「言葉って難しいのぅ……」

 

 とある敷かれたブルーシートの一角で、ならんで体育座りで夜空を見上げる僕とヴラド公。最近フラぽんが元気がないって、隣のおっさんも困っているらしい。

 僕等にとって命は彼女等が思う以上に軽いものとなっている。そういう認識の差が生んだ結果が、今のこのような状態を引き起こしたのだろう。紫苑の問題を街の住人は『軽く考えすぎ』て、幻想郷の住人は『重く受け止めすぎ』なのだ。

 面倒だね、ホント。

 

 なんて軽い現実逃避をしていると、ヴラドの死角になっていて見えないが、ガラスのように儚く美しい声で助けを呼ぶ言葉を耳にした。

 その声色には切実に、そして感情が読み取れない。

 

「……これ外して」

 

「「断る」」

 

 声の主は最近幻想入りを果たした、知恵と戦争を司るギリシャ神話の女神様。街において『闇の軍神』『紫苑の弾丸』『特攻兵器』『始末書量産機』の異名を持つ、ギリシャの神々の中では一番頭おかしいと揶揄されたロリ巨乳の美少女。

 それがヴラドの隣で紅蓮の色の鎖に縛られて行動を封じられている。これは彼の能力〔創造する程度の能力〕で産み出された対神用の鎖なので、彼女――アイリスちゃんも抜け出すことができないようだ。

 

 『ロリ巨乳が鎖に縛られている』という文で、エロい描写を思い浮かべた方々も多いかもしれないが、鎖を何重にも肩から足にかけて簀巻きにしているため、コレにえっちい感情を浮かべるには無理がある。

 しかも体をくねくねさせて抵抗しているもんだから、生板で勢いよく跳ねている魚にしか見えない。

 ヴラドの近くを通り過ぎる幻想郷の住人が彼女を三度見していくのを、誰が責められようか。

 

「あ、このまま――」

 

「させるかっ」

 

「……何やってンだよ」

 

 簀巻きにされたまま転がって紫苑の元へ向かおうとしたアイリスちゃんに繋がれた鎖をヴラドが引っ張っている中、久しぶりに不機嫌な不良のような声色を耳にした。振り返って後方確認してみると、そこには寺子屋の教師やってるけーねと、長い灰色の髪を後ろに束ねた不良少年――獅子王兼定がいた。

 けーねは簀巻きのアイリスちゃんに眉を潜め、兼定は全てを悟ったように目を細めた。僕としては兼定がスーツ(・・・)を着崩して着用していることに驚いているけど。

 

「未来殿、そこの少女を縛っている理由を聞いてもいいか? 場合によっては――」

 

「コイツのことは無視していいぜ、慧音さん。逆に簀巻きにしとかねェと奴は何しでかすか分からねェからな。あンなちっこい成りをしているが、れっきとしたギリシャの軍神だ」

 

「ちっこいは余計」

 

 兼定の的確かつ正論に、アイリスちゃんは不満そうな雰囲気を出しながら仏頂面で反論する。とりあえず僕達が少女と束縛プレイしているわけではないと分かってくれたのか、けーねの見る目が幾分か緩和されたから良しとしよう。

 僕は上半身だけを兼定の方に振り向かせながら、いつも通りフレンドリーに挨拶をする。

 

「おひさー、兼定」

 

「ふン、腑抜けた面しやがって。しかも吸血鬼のジジイも性懲りもなく復活してンじゃねェか」

 

「貴様も相変わらず小生意気な態度だな」

 

 明らかに挑発する発言を多く含む挨拶に、僕等の実力を知っている幻想郷の面々は真っ青になっているが、こんな挨拶が日常茶飯事だった僕等はそれぞれ独特の笑いで受け流す。

 

「それなら兼定だって腑抜けてるじゃん。けーねに一目惚れしたって紫苑が言ってたよ。信じられない話だったけ――」

 

 

 

「『さん』を付けろ剣術馬鹿ぶっ殺すぞ」

 

 

 

「え、あ、はい」

 

 マジもんの殺気を僕だけに叩きつける兼定に、反射的に土下座して謝る。首をかしげるけーねに「気にすンな」とにこやかに笑いかける壊神を目の当たりにして、僕とヴラドは遠い目をしながら眺める。

 紫苑の話は本当だったのか。

 兼定が女性に笑いかけるとか、天変地異どころか世界滅びるレベルの異変なんだけど。

 

 幻想郷に来て何かしらの影響を受けているってことか。

 街の住人のほとんどが、ここに来てから変化しているのだ。もちろんよい方向に変化しており、また変化していくであろう現状にワクワクするのは無理もない。

 それに――と、僕は周囲を見渡しながら微笑むのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 今年は宴会というものが少ないな。

 春の期間が少ないというのが原因の一つだろうけど、それにしても宴会の回数が減らされたらたまったもんじゃない。踊れや歌えや、そんな賑やかさをを望む私にとって、宴会の減少は致命的な問題だ。

 私は騒がしいのが大好きだし、酒を飲むのはもっと大好きだ。

 

 

 

 それと同じくらい喧嘩も大好きだ。

 

 

 

 私は紅魔館の宴会の様子を眺めながら笑う。

 1……2……3……4人か。

 他の奴らとは比べ物にならないほど大きな力を感じる。八雲紫以上の実力者が4人も幻想郷にいることに心が躍るさ。

 半妖と不老不死と妖怪と……ん? この力は人間か?

 

 あの白髪の半妖はヘラヘラした態度ではあるが……相当な手練れだろう。一瞬だけれど気づかれそうになった。上手く霧に隠れているはずなのに私の存在に気づくのか。

 どの妖怪と人間の子なのかね。

 

 妖怪は私たちとは遠い同族の『吸血鬼』じゃないか。

 忘れ去られた幻想郷に存在する身で、ここまで意識と妖力を宿した妖怪なんて見たことも聞いたこともない。在る(・・)だけで他者を平伏させる覇気を放つなんざ、並みの妖怪にできる芸当じゃない。

 吸血鬼なんて私たち()に敵う種族とは思っていないが、あれは別格といっても過言じゃないだろう。四天王の全力でも勝てるかどうか。

 

 そして不老不死は……僅かながら鬼の血の匂いがする。

 上手に隠しているが間違いない。あの男は数え切れないほどの鬼を殺したことのある奴だ。鋭い目から伝わる、カタギの奴には絶対に出せない殺気。

 同族として許しがたいが、その鬼を殺すレベルの実力者なのは確か。迂闊に手を出すと返り討ちに会いかねないだろう。

 

 最後の人間。

 コイツは……ヤバいな。

 私は4人の強大な力の持ち主の一人が人間であることに素直に驚き、加えて博麗の巫女以上の力を持つ人間という事実。

 

 

 

 しかし、この人間の恐ろしいところは『喧嘩をしたい』と考えると、本能的に『殺される』と反射的に判断してしまうのだ。

 

 

 

 コイツは何者なんだ?

 能力が関係していることは間違いないが、そんな能力など生まれてこの方耳にしたことがない。そかし、断言できることは一つある。

 あの人間は格上の相手だ。

 本能的に負けてしまうことは分かる。鬼の本能に干渉する能力を持つ人間がどれ程厄介かは見なくてもわかる。……それでも『喧嘩してみたい』と思うのは鬼の性だろう?

 さて、どうやったらあの人間と喧嘩できるだろうか?

 

 私は珍しく策を練るのであった。

 

 

 

 




紫苑「こっから飲んだくれ異変」
紫「その言い方はちょっと……」
紫苑「飲めない俺への当てつけですかねぇ!?」
紫「……気にしてたんですか」
紫苑「( ノД`)シクシク…」


紫苑「あ、それと一周年記念コラボとして活動報告に『東方神殺伝~八雲紫の師~』とのコラボを延長募集してるぜ。下のリンクから飛べるぞ」
紫「応募お待ちしております」

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=153405&uid=149628


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59話 貴方の為だけに

テスト終わった( ゜Д゜)


「「………」」

 

 何コレ。

 何この状況。

 

 向かい合うは霊夢とアイリス。

 ブルーシートに座りながら相対する様は非常にシュールじみていて、不穏な空気を遠慮なく垂れ流すことから、周囲に人間や妖怪の姿はない。本能が『近づいたらアカン』と囁いているのだろう。

 料理担当から解放された俺は、若干白目をむきながら自作の飯をつまんで麦茶を煽る。二人も互いに視線を逸らさずに黙々と食べており、余計に気まずい空気を増長させるのだ。紫までも「師匠、一緒に料理でもお取込み中でしたね失礼しました」と早口に去っていった。

 

 喉を潤すだけにコップを傾けて流し込みながら、俺は二人の様子を確認する。

 片方は幻想郷屈指の妖怪絶対倒すウーマン、博麗霊夢。

 片方は街屈指の暴走破壊女神、アイリス・ワルフラーン。

 

 これに挟まれるとか何の罰ゲームですか?

 神様は俺に何か怨みでもあるんですか? 神様目の前にいるけど。

 

「……それで、アンタは何のようで幻想郷に来たのかしら?」

 

「紫苑の居る場所が私の居る場所」

 

 遠回しに「移住する」と仏頂面で呟くアイリスに、霊夢は苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情を浮かべる。出会いが出会いなだけに、尋ねるときの声色にも刺があったのは仕方のないことだろう。それを気にするような駄女神じゃないさ。

 こんなん来られても困ると言いたげな霊夢を尻目に、始末書量産機は仏頂面で俺を見据える。

 

「紫苑、久しぶり」

 

「今それ言う? それ会ったときに言う台詞であって、出会い頭に切りかかる必要なかったよな? あのときヴラドいなかったら俺死んでたんだけど」

 

 先日レミリアん家に逃げ込んできたときに、何を根拠に襲撃して来やがった目の前のアンポンタン。ヴラドが咄嗟に鎖でグルグル巻きにして、宴会当日まで地下室に放り込んでいてくれなかったら大変なことになっていただろう。食事なんかはこぁさんが持っていってくれたらしいが。

 拉致監禁に見えなくもないが、この際はっきり言おう。

 俺もコイツに同じように監禁されたことがある。

 

 つまり俺は悪くない。

 奴が文句言ってきたところで盛大なブーメランだし。

 

「あの程度じゃ紫苑は死なない。死んだとしたら紫苑の腕が鈍っていたから」

 

「……それで死んだら元も子もないでしょ」

 

「貴女には関係ない」

 

「「………」」

 

 仲悪いなコイツ等。

 睨み合ってる二人に溜め息をつきつつ、俺は自分で作った卵焼きを飲み込み、アイリスの方に向き直る。

 

「お前に第一部隊(あいつら)を任せたはずなんだが、どうして幻想郷に来やがった? 今は誰が隊長格を務めてる?」

 

「私は部隊をクビになった」

 

「I beg your pardon?(もう一度言って?)」

 

 親の顔よりも見た仏頂面で繰り返すアイリスに、俺は本気で頭の中が真っ白になった。

 クビ? アイリスが? 部隊長を?

 

「オイオイオイオイ、冗談は言動だけにしてくれないか? 何をどうしたらお前が部隊長をクビになるんだよ。もしかして街の東方区域を更地にしたんじゃないんだろうな?」

 

「紫苑さん、流石にそれはないんじゃないかしら?」

 

「この脇の言う通り。そんな西条みたいなことはしない」

 

「前例があるの!? つか脇言うな!」

 

 西条のクソババアの話は置いといて、ぶっちゃけアイリスの言ったことは信じられないことなのだ。んなことどーでもいいと仏頂面を崩さないアイリスを尻目に、俺は眉を潜めた。

 

 頭がおかしいけどコイツは街でも屈指の実力者。というか火力面なら重奏メンバー並みの女神様で、部隊長なんて正直言えば反乱分子を制圧できるだけの力さえあれば馬鹿にでも勤まるのだ。書類仕事は他のやつらに任せればいいし、そもそも重奏最弱と謡われた俺が部隊長をやっていたこと事態がおかしいからな。

 加えて、暗闇は『このアホに首輪をつける』意味合いでアイリスを任命させたはず。戦力的にも手放す理由がない上、んなことしたら要塞や土御門の姐さんが黙っちゃいないだろう。

 どう考えてもアイリスがクビになる原因が理解できない。

 

「幻想郷に居る紫苑をなんやかんやしてこいって暗闇が言ってた。だから私は紫苑を守るために来た」

 

 凄いこの子。憶測だが暗闇の『紫苑の――』の発言だけで、ここまで拡大解釈をしたんじゃなかろうか。

 ちなみに後半部分の発言にツッコミはいれない。

 昔の話だが、矛盾という言葉を再現するかのように、皮肉を込めて「最強の矛で最強の盾を刺したら、どーなると思う? お前の言動ってそれに近いんだよ」と尋ねてみたところ、

 

 

 

『最強の盾だから矛を通さない』

 

『それじゃあ最強の矛じゃないよな?』

 

『でも最強の矛だから貫通ダメージが発生する』

 

『貫通ダメージ』

 

『だから盾も砕けないし、矛もダメージを与える。つまり私の行動は全てにおいて正しい』

 

 

 

 コイツの辞書に『矛盾』って世間一般の意味で書かれてないんだなって思いました。

 だからコイツの思考回路が『守る=とりあえず出会い頭に襲う』を導き出したとしても、俺はもう不思議に思うことはないし色々と諦めている。

 

 俺は深海よりも深いため息をつきながら立ち上がる。

 それに霊夢が反応した。

 

「どこ行くの?」

 

「紫んとこだよ。コイツと兼定に関しての処遇を決めないといけないし、なんか結界がどうのこうのってマリーとも話をつけないといけないし。……おい、お前はついてくんなよ? 仕事が増える」

 

 ちゃっかりついて来ようとしたアイリスを制止し、俺は頭を掻きつつ戦線を離脱する。一番の理由は、適当な理由をつけて離れたかっただけ。

 暗闇も余計なことをしてくれたもんだ。もしかしてあの暗闇(アホ)は俺の胃を殺すためにアイリスを送ってきたんじゃなかろうかと勘繰ってしまう。あながち間違いじゃないかもしれないことに心の中で涙を流しつつ、さっき逃げやがった紫を追いかけるのであった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 彼は私にとって()だった。

 

 

 

『……出来損ないの神か。何故ここに?』

 

 

 

 私が生まれたのは偶然の産物だった。

 神の大半は人の信仰心によって生まれた存在。所詮は暗闇(あれ)の逸話の副産物であり、生まれた私そのものに存在意義などなかった。望まれて作られたわけでもなく、目的も意味もなく。

 それは他の神話の神々だって同じだ。存在意義などなくとも、逸話の模倣をするのも然り、新たな生を謳歌するのも然り、どのような生き方をしようとも間違いなどはなかったのだろう。しかし、私が生まれたのは……否、生まれ方(・・・・)は完全にイレギュラーだった。

 何故なら――私は不完全(できそこない)だから。

 

 

 

『生きてはいる、か。目は死んでるが』

 

 

 

 他の神より生まれる時期が遅かったからか。

 歪な空間で生まれたからか。

 

 私には分からなかったが、とにかく私の身体は不完全な状態で地上に生まれた。当時の自分は何者かも理解できず、まるで記憶と思考を取り除かれたような人形のまま、どこか辺鄙な廃墟に放り出されたのだけは間違いなかった。

 打ち捨てられた人形(わたし)は廃墟に一人、無造作に壁に立てかけられている状態で顕現した。衣服を身に纏てはいなかったが、当時の私に羞恥心など感じないため気にはしなかった。

 手を動かす気力も……いや、そのような思考もなかった。

 

 

 

『暗闇から拾って来いとは言われたが……まったく面倒なことを』

 

 

 

 目の前に映るのは一人の人間。

 外套で顔などを確認はできなかったが、鋭い瞳がこちらを捉えているのは確かだろう。

 その後、私は拾われた。自分の外套を剥ぎ取り、私の身体を包んで、彼は私の生みの親の元まで運んだ。

 

 

 

『――は?』

 

『だから、彼女のことは紫苑に任せるよ。ちょっとボクはこれから用事があるからココを離れるし、他に任せられる人がいないんだよねぇ。いやー、君が居てくれてホント助かったよ!』

 

『……コレはお前の残り滓なんだろう? 子守なんて管轄外だ』

 

『管轄内ならそれこそ驚くけどねー。あ、そういえば君は自分の名前は覚えてるかい?』

 

 

 

 首を横に振る。当時の私に記憶はなかった。

 そのうち自分の真名に気付いていくのだが。

 

 

 

『そっかー。ん? なら紫苑に名前を決めてもらおう!』

 

『は? 正気か?』

 

『紫苑も確か彼女の神名は知らないんだったよね? ほら、拾ったものには名前を付けるのが碇石なんだし、とびっきりキュートでチャーミングな名前をつけちゃいなよYOU! ふっふっふっ、紫苑のネーミングセンスが試されるぅ!』

 

 

 

 今の紫苑なら「コイツ完全に面白半分でふざけてやがったな。……思い出しただけでもイライラしてきた。ちょっとアイツ殴り殺してくるわ」とか言いそうだが、当時の紫苑は何故か暗闇の言うことには忠実に従っていた。正確には上司の言うことには無理難題でも素直に従っていた。

 考え込むように視線を彷徨わせ数分悩んだ後、ボソリと短い単語を口にした。

 

 

 

『――アイリス』

 

『ほうほうほうほう、アイリスちゃんか。君にしては上出来な名前をつけたじゃないか。……まぁ、アテナもアナトやアテネなんて多くの別名があるし、割かし近い名前なのに驚いたなぁ』

 

 

 

 後半部分は何を言っているのか聞き取れなかったが、私にとっては『新しい名前』という響きに、記憶がないにも関わらず胸にくるものがあった。

 名は体を表す――という人間の故事があるらしいけれど、この時名前を手に入れた私は確かに視界が開けたような感覚に見舞われた。今まで灰色にしか映らなかった目の前が、急に色彩がつけられた鮮やかな世界に変わったのだ。

 今思うとそれは私――アイリスの始まりだったのだろう。

 それが紫苑が『この前要塞が猫につけてた名前』だったとしても。

 

 

 

『OK、それじゃあ彼女の名前はアイリスだ。……おっと、フルネームじゃないと戸籍作れないじゃん。えっと……そうだなぁ……適当に「ワルフラーン」でいいかな』

 

 

 

 密かにつけられた私と紫苑の繋がりを示す家名。

 そこから私の全てが始まり、私は『暗闇という女神により生まれた残り滓』から『夜刀神紫苑の部下アイリス・ワルフラーン』に変わった。唯一無二の存在となった。

 

 そこからだ。私が紫苑を守ると魂に刻み付けたのは。

 自分に色彩を与えてくれた人……という理由も無論のこと含まれているけれど、彼の傍で生きているうちに感化された彼の在り方に動かされた。街の中では非常に脆弱な種族である人間の彼は、独自の信念を以て狭間の世界で生きてきた。

 私にはそれが――脆くも美しく見えた。

 

 

 

『どんなに立派な存在だろうと、死ぬときはあっさり死ぬもんだなぁ』

 

 

 

『仲間を守るって信条が、弱者の寄せ集めによる下らない集団意識だって言うんなら……俺達は下らない集団で一向に構わん。少なくともアンタ等のように成り下がりたくはないね』

 

 

 

『数は力だぜ、アイリス。俺達は無双ゲーやってるわけじゃないんだ』

 

 

 

『戦ってのは始まる前で九割が決まる。数揃えて万全の準備を整えて、いざ戦ってのが理想的かつ効率的な勝ち方だ。要するに戦略が大事ってコト。……んな有利な条件で戦ったことが少ないから実感がないだろうけどさ』

 

 

 

『――全てだ。こっちに敵意向けてくる命知らずは全て殺せ。俺達に仇成す連中は老若男女関係なく一族郎党全員を皆殺しにしろ。心臓に獲物ぶっ刺せば大概の連中は死ぬからよ、理屈なんて細かく考えなくていい』

 

 

 

 彼の言ったことは全て記憶に刻まれている。忘れることもあるけど。

 紫苑は確かに弱い。けれども彼は自分達……仲間のためなら命すら賭けて私達を守ってくれた。知識と戦術を以て、彼は敵意と畏怖という重圧を一身に背負って生きてきた。あの化物共からの重圧というのはどれほどの重みだったのだろうか?

 だから彼が隊を離れることに誰も苦情を言わなかった。むしろ皆が安堵した――「重圧で壊れる前に離れてくれてよかった」と。

 

 故に私が解任されたときに皆に托された。

 紫苑を守ってくれと。

 

 現在、どっかの脇と一緒に酒を飲みながら、紫苑の去った方を向く。

 いまの彼はとても楽しそうだ。

 その楽しい彼を守ることが――私の役目。

 

 

 

 I don't know why But you saved me.

 So, I live only for you.

 

 

 

 




ヴラド「アイリスの出生の裏話か」
紫苑「他にぶっ込む予定がなかったから……」
ヴラド「それにしても最後の英文はロマンチックだな」
紫苑「だ が 字 は 書 け な い」
ヴラド「読めるけど書けない。日本人『薔薇』や『魑魅魍魎』ってのが良い例じゃの」
紫苑「ちなみに最後の英語は『何故だか分からないけど貴方は私を救ってくれた。だから、私は貴女の為だけに生きる』って訳」


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60話 昇華と考察

コラボ回始動しますよ(`・ω・´)
その合間に本編投稿(*´ω`)


 

 

 未来さん――お師匠様に弟子入りしてからというもの、彼は白玉楼に寝泊まりすることが多くなった。彼は活動拠点を冥界の白玉楼に移し、その事を聞いたお師匠様の親友である紫苑さんは、

 

「よし、邪魔者(あほ)が消えた♪」

 

 と悲しんでいたという。

 

 お師匠様は最初に私の実力を理解するために、数日間は私と全力の手合わせをしていた。手合わせというより、私の攻撃を受け止めている感じだろうか? 一方的な虐殺のような何かと言い換えても違和感がないだろう。むしろ私が生き永らえられている理由が分からない。

 当然の結果だったが、私の攻撃はナイフ一本で的確に処理されて、お師匠様が能力を使うこともなく時間が過ぎた。

 

 お師匠様と手合わせをした数日後、縁側で休憩しながら茶を飲んでいたところ、彼は私に言った。

 冥界から見える月を忌々しそうに見つめつつ、私に笑いかける。

 

 

 

 

 

「みょんの能力を昇華させよう」

 

 

 

 

 

 というものだった。

 

「昇華、ですか?」

 

「うん。だって〔剣術を扱う程度の能力〕って普通だし、ぶっちゃけると使えて当然(・・・・・)の能力なんだよ、剣士を名乗るなら」

 

「能力って昇華できるものなんですか?」

 

「不可能ではないよ。実例を知ってるし」

 

 私の能力を『普通』の一言で片づけられたのはショックだったけど、お師匠様の〔全てを切り裂く程度の能力〕や、紫苑さんの〔十の化身を操る程度の能力〕と比較すると見劣りしてしまうのは確か。

 そもそも幻想郷に来た4人の能力が規格外すぎると感じるのは自分だけだろうか? それぞれ能力以外の仕様――師匠の妖怪としての読心やヴラドさんの吸血鬼の不死性など、正直彼らに対抗できるとは到底思えない。聞いたところによると、紫苑さんは人間であるが魔術も使用できるとのことだ。

 

 

 

 打倒紫苑さん計画。

 

 私たちの力不足も大きな問題ではあるが、それ以上に私たちは『紫苑さんがどんな能力を持っていて、どのくらいの手札があるのか』を知らなければならない。

 情報を集めるのは紫苑さんの弟子である霊夢や幻想郷の賢者が手助けしてくれるとのこと。

 師匠やヴラドさん、この前宴会に来ていた街出身の獅子王兼定さんも紫苑さんの手札を完全には把握していないとか。

 

『僕や詐欺師が紫苑とは長い付き合いなんだけど、それ以前の紫苑は知らないんだよね。紫苑の過去そのものが一番謎と言っても過言じゃない』

 

『あの野郎は自分の過去を頑なに語らねェからな。案外、人間を捨てねェ理由もそこにあるかもしれねェ』

 

『儂らには使っていないだけで、何を手の内に隠しているのか分からぬのが夜刀神紫苑という男。楽観視している間は絶対に勝てぬぞ』

 

 さすがと言わざるを得ませんね。

 力押しなら楽勝であるはずなのに、なぜか勝つことが出来ない。三人は宴会の時に言い方は違えども、同じような内容を語っておりました。幻想郷でも5本の指に入りそうな強さを持つ3人から警戒される人間。そんなのに本当に勝てるのでしょうか? 弱気になってしまいます。

 

 

 

 話を戻しましょう。

 

「僕たちの街に〔早く駆ける程度の能力〕を持った半妖がいた。その少女が持つ能力は文字通り『速く走れるだけ』の変哲もない能力だったよ」

 

「なんというか……微妙ですね」

 

「才能がないわけじゃなかったけど彼女は死ぬほど努力した。それこそ紫苑に勝るとも劣らないほどにね。そして3年くらいだったかな? 能力を昇華させることに成功させたんだよ」

 

「それがお師匠様の知っている事例ですか……どのような能力に?」

 

 そう尋ねるとお師匠様は悪戯っぽく笑って答えました。

 

 

 

「〔雷を纏う程度の能力〕だよ」

 

 

 

 雷を……纏う?

 

「彼女の能力は『光の速さで天を駆け、しかも(いかづち)を攻撃手段として用いることもできる』とうになったのさ。速く走れるだけしか能のなかった少女が僅か3年で鬼神すら屠れるほどに成長したのは、さすがの暗闇も驚いていたよ。元々雷と相性が良かったのも理由の一つだけどね」

 

 私はその少女に敬意を抱かずにはいられなかった。

 努力だけで最古の妖怪すら凌駕する力を得たのだ。

 

「の、能力を昇華する方法とは!?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 肝心の方法を聞くと、お師匠様は目を点にして首をかしげる。とても嫌な予感がした。

 お師匠様は申し訳なさそうに視線をさ迷わせた。

 

「と、当時の僕にはあまり興味のなかった話だからさ……あはは。彼女から昇華の方法を聞いていないんだよねー」

 

「え!?」

 

「ほ、ほら! 努力すればなんとかなるさ!」

 

 根拠のない根性論ほど怖いものはない。

 お師匠様が自分のことをよく口にする『他人に教えることが苦手』という言葉の真意を垣間見た気がする。少しの付き合いで嫌というほど理解したが、この人は基本的に『自分が強くなること』以外に興味がないのだ。

 この前お師匠様に空間を切断する技のことを聞いてみたところ、『妖力をわーっとさせて空をぎゅいーんって切り裂く感じ?』とひきつった表情で答えていた。本人も意味分からないこと言ってることを理解しているのだろう。

 

 とは言っても諦める選択肢はなかった。

 私は先日見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 寝室で紫苑さんの名前を呟きながら涙を流す幽々子様の姿を。

 

 

 

 

 

 私は己の主のためにも、紫苑さんを倒さないといけないのだ。

 例え、この世にご都合主義なんて存在しなくとも。悲劇は悲劇のままで終わり、助けの声なんて誰も聞かない、所詮は残酷な世界だとしても。

 隣に置いている白楼剣を握りしめる。

 

「お師匠様! 手合わせをしましょう!」

 

「元気だねぇ。団子食べてからでいい――ってあれ?」

 

「この団子美味しいわね~」

 

「ちょ、幽々っち!? それ僕の団子ぅ!?」

 

 お師匠様は天に向かって『oh my god!』と叫ぶのであった。

 

 

 

 ちなみに手合わせは私の完全敗北で終わった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 今日は修行はお休み。

 

 そんなわけで紫苑さんの家でくつろいでいると、昼頃にやって来た獅子王さんと紫苑さんはリビングでの机で向かい合って将棋みたいなものを始めた。私は紫苑さんの横で観察する。

 

 獅子王兼定。

 宴会で少し会話した程度の認識だけれど、鞘に収まっていない刀よりも危ない雰囲気を纏う、紫苑さんレベルに強い外の人間。いや、妹紅と同じ蓬莱人か。

 彼の能力は〔森羅万象を破壊する程度の能力〕。他の規格外にも当てはまるのだが、もう『~程度の能力』なんて謙遜する必要がないくらい頭のおかしい能力に頭が痛くなる。これより強くなれっていう九頭竜さんのお願は、私が化物になれってことと同義なのだろうか?

 

 さて、その二人が始めたゲームは紅魔館で見たことあったようなものであり、紫苑さん曰く『チェス』という名のボードゲームらしい。将棋とは違って、取った駒は使用できないとか。

 その理由を訪ねてみたところ、

 

「霊夢も不思議なところにツッコむなぁ。まず将棋とチェスの共通点は『戦争をモチーフにしたもの』だってこと。日本の将棋の表す戦は、同民族内での領地や勢力を拡大するための争いだから、敵だった小軍や倒した武将の臣下や人民が自軍に加わるのは当然だったのさ。一方で欧米で作られたチェスが表す戦争は宗教戦争で、敵を滅ぼすのは当たり前、勝利しても敗者である異教徒を仲間にするって考えがなかったんだろうね」

 

「当時の人間の常識ってのがボードゲームに反映されてるわけだ。面白れェよな。たかが遊び一つで国の文化や考えがわかるなンてよォ」

 

 と私にも分かるように解説してくれた。

 前々から思っていたことだが、紫苑さん達は博識だ。私の質問などに的確に答えてくれる。……まぁ、妖夢から聞いた感じだと九頭竜さんは人にものを教えるのが苦手らしいが。

 言い方は悪いかもしれないけど、いかにも学が無さそうに見える獅子王さんも哲学や算術とかに詳しい。

 

 そんなことを考えていると、紫苑さんは私に手招きして自分の胡座をかいている上に私を座らせた。お尻が紫苑さんの足を組んでいるところにスッポリはまり、紫苑さんの胸に背中をあずける形になる。

 

「し、紫苑さん!?」

 

「ほれ、どうせなら霊夢もやってみよう」

 

 紫苑さんは駒の配置や動かし方などを説明してくれるのだが……顔が近くて少し恥ずかしい。

 その間も獅子王さんは待ってくれて、勝負の時も駒の動かし方を間違えると『そこナイト行けねェぞ』と指摘してくれた。

 一戦目は動かし方を学び、二戦目に入ったところで紫苑さんが私と対戦している獅子王さんに話を振った。私が展開している盤上を真剣に眺めながら、どこか上の空で呟くように、だ。

 

「――兼定、鬼って知ってるか?」

 

「今更だろ。街での反乱で俺様が400匹ぐらい殺したわ」

 

 さらっと日常会話に斬った殺したの話題を出されるのはいまだに慣れない。紫苑さんは慣れなくてもいいと言うが。

 

「お前は鬼についてどれ程知ってる?」

 

「……日本史における鬼が書かれたのは『日本書紀』が最初だ。それには『鬼魅』『魅鬼』と表記され、外来人の海賊を示してンじゃねェかって考えられてる。この文字は『おに』とも呼ぶし、違う文献では『かみ』や『もの』とも読む」

 

「『もの』って読むのは初耳だな。もののけに由来してんのか?」

 

「そうらしいぜ。『かみ』って呼ぶのは……テメェも詳しいか。夜叉や羅刹なんて神も鬼だからなァ」

 

 恐れられている神や悪魔などは、基本的には他宗教の奉る神がベースであることが多い。他宗教の神を貶めることで、自分達の崇める神の格を上げるために用いられ、鬼がそのうち『妖怪』と同一視されたのもそれが原因なんじゃないかと獅子王さんは語った。

 私はクイーンの駒を動かす。

 

「まぁ、それは文献での話だかなァ」

 

「街にも鬼は少なからず存在したしね。アイツ等の特徴はとにかく『腕力』が半端ないってことだよな。共通して勝負事が大好きで、嘘を嫌っていたの覚えてるわ。ビルを何度壊されて、どれだけ事後処理に追われたことか……」

 

「いつも酒飲ンでる奴等だろ? 仲間意識が強ェし、敵に対しては獰猛で容赦がないバカ共だった記憶はあるぜ。殺したら次々と復讐に乗り出して来やがるから、掃討に苦労したァ」

 

 獅子王さんはポーンを動かす。

 ……マズい、追い詰められてる。

 

「俺も人のことは言えないけどさ、お前が考えなしに鬼を殺すからそうなるんだよ。アイツ等の自業自得とはいえ、要塞も落ち込んでたじゃねーか」

 

「そういやァ、要塞も鬼だったな」

 

「要塞って?」

 

 苦し紛れにルークでポーンを取った私は質問する。

 その光景を見ていた紫苑さんは苦笑しながらも答えてくれた。

 

「えーと、未来と兼定、じーさんと同じくらい強い鬼……とでも言うべきかな? 土御門の姐さんと同格の強さを誇る、俺たちの街では五本の指に入る化物さ」

 

「鬼ってカテゴリーに入れるのすら烏滸がましいって感じるくらい、とにかく腕力と防御面に特化した重奏メンバーの纏め役だァ」

 

 紫苑さん達と同格の化物というだけで、その要塞という人が幻想郷でも測れない強者だと伝わった。

 獅子王さんはつまらなさそうにビショップで私のポーンをとり、チェックと呟いて大きなあくびをする。

 

「ところで霊夢に聞きたいんだけど、鬼って幻想郷に存在すんの?」

 

「ほとんど残っていないわね。なんか妖怪の山に居たらしいんだけど、突然姿を消したとか。紫なら知ってるんじゃない?」

 

「俺様は鬼見かけたぜ? 仙人やってたけどよ」

 

「とりあえず残ってるってことか……」

 

 クイーンを戻しながら答えるが、紫苑さんは何かを考え込むように俯いた。

 その理由を尋ねてみると、紫苑さんは肩をすくめながら苦笑いを浮かべるのみ。

 

「どうしたの?」

 

「……さぁ? これから忙しくなりそうだなって」

 

「テメェの忙しいは洒落にならねェからな。チェックメイト」

 

「う……」

 

 負けてしまった。

 将棋で魔理沙やアリスに負けたことのない私なだけに、獅子王さんは異常なまでに強いと心の底から感じた。兼定さんが駒を進める度に『自分の勘』が警報を常時流していたため、それに集中できなかったぐらいだ。

 再戦の為に駒を並べながら余裕の表情を浮かべる彼と、悔しくてもう一戦頼む私を、紫苑さんは微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 

 




霊夢「4人の中で誰がチェス強いの?」
未来「紫苑だね」
兼定「紫苑」
ヴラド「じゃのぅ」
霊夢「そ、即答……」
兼定「こういうボードゲームは頭がおかしいくらいの盤面を作りだす奴からな、アレは。いつの間にか追いつめられてる上に、追いつめられていることにギリギリまで気づかせねェよう駒を運びやがる」
霊夢「嘘でしょ……?」
未来「詐欺師とどっこいどっこいかな? 戦術に関しては容赦ないもんね」


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