モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜 (亜梨亜)
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第1章 空を舞う剣
prologue


 亜梨亜と申します。

 モンハンはあまり詳しい方では無いのですが、ハンター達の生活に少しでも触れて頂ければと思います。

 それではどうぞ。


 後に、「荒々しくも眩しかった数世紀」と呼ばれるこの時代。大自然の中で人間は正しく、荒々しくも眩しく生きていた。それは大自然を狩るか、大自然に狩られるか。それこそが世界の真理であり、大自然と人間が調和している証でもあった。

 

 大自然の中で社会を作り、文明の下に自分達の世界を作り出し、その世界を守る為に生きる、人間。それとは逆に、大自然の中で様々な進化を遂げ、個人の世界を守る為に生きる強者、モンスター。人間の脅威となり得るモンスター達は人間よりも「強く」、常に「狩る」立場にあった。しかし、そのモンスター達を逆に「狩る」人間達がいる。

 

 人は彼等をハンターと呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元を流れ続ける川は、数分前までは綺麗な蒼色だったのだが、今は少し赤みがかった水が時たま流れて来る。

 その理由は至極単純。目の前で二本の足で立ち上がり、両手を大きく広げ威嚇行動を取っている、青色の巨大な熊のモンスター、アオアシラが傷を負っているからだ。

 

 渓流。大昔の人々の暮らしの跡や、豊かな緑、そして澄んだ水が流れる滝が存在する、風情のある狩場だ。一般人も林業の為に足を踏み入れることも多々ある、比較的安全な狩場でもある。

 そんな比較的安全な狩場のエリア6。滝をバックにアオアシラと対峙するハンター、ヤマトは自らの得物である、太刀「鉄刀『禊』」の鋒を青熊獣に向け、眼光を鋭く光らせていた。身にまとった防具、「ユクモシリーズ」に傷跡はない。

 

「ヴォォォォ!!」

 

「!!」

 

 突如アオアシラが両手を大きく振りかぶった。攻撃が来ることを予想したヤマトは横に飛び退く。さっきまでヤマトがいた場所を、アオアシラの鋭利で凶暴な爪が襲った。

 アオアシラの攻撃はそれで終わらない。更に体をひねり、躱した先にいるヤマトを再度爪で攻撃する。ヤマトはそれを掻い潜るように躱し、太刀を横に振り抜いた。アオアシラの脇腹をスラリと切り裂き、アオアシラはうめき声をあげる。

 

 そのまま転がり、急な反撃を受けない為に距離を取り、アオアシラに向かうヤマト。黒い髪の毛と頭を守るユクモノカサが濡れてしまったが、そんなことを気にしてはいられない。

 

 アオアシラは怒り心頭といった様子でヤマトめがけて飛びかかる。その跳躍力はとてもその大きな図体からは予想もつかない。

 ヤマトは思い切り横に飛び、その攻撃を間一髪で躱す。しかしアオアシラはそのまま四足歩行の姿勢でヤマトに突っ込んで来た。

 

「しまっ……」

 

 思い切り飛んでいた為姿勢が良くなく、その突進を避けきれないヤマト。ダメージを少しでも減らそうと体をひねった瞬間、ヤマトの全身を強い衝撃が襲った。

 勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がるヤマト。全身が軋むように痛み、立ち上がった瞬間に顔を顰めてしまった。

 

 アオアシラはそれを見て再度二本の足で立ち上がり、雄叫びを上げる。そしてもう一度飛びかかりの姿勢を取った。

 

「アオアシラなんぞにやられてたまるかよ……!」

 

 ヤマトの目が鋭く光る。アオアシラが今にも飛びかかろうかとしている所、ヤマトは太刀を構えてアオアシラに向かって飛び出した。そしてアオアシラの最大の武器であり最も硬い部位、腕甲に狙いを付け、太刀を振り抜いた。それに合わせてヤマトは腰を綺麗に引く。

 

 するとどうだろう、アオアシラの部位の中で最硬を誇る腕甲をいとも簡単に斬り落として見せたではないか。アオアシラは突如自分の武器を斬り落とされたことに驚き、そしてその痛みに怯み、後ろに仰け反った。

 

「オオオオオ!!」

 

 その隙を見逃さず、アオアシラに何発もの斬撃を浴びせるヤマト。やがて、アオアシラは力尽き、渓流の流れる水の下へ沈んだ。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、ヤマトさん!」

 

 渓流にてアオアシラの狩猟依頼を終え、村へ戻って来たヤマト。頭防具を取り、少し長めの髪の毛を露出させながら集会所の受付嬢に達成報告をし、報酬金を受け取る。

 

「毎度のことながら速いですね!今回移動時間の方が長いんじゃないですか?」

 

「そうでもねえさ。特に今回は最後の最後にヘマしたし」

 

 受付嬢、ミクは笑顔で話しながら、アオアシラ狩猟依頼用紙に済のハンコを押し、綺麗に分けられた依頼用紙入れの中の、達成済みの紙を入れる場所に入れていた。

 

「どうします?お飲み物の注文ならここでお受けしますよ?」

 

「じゃあビールを一つ」

 

 小銭をミクに渡し、空いている席に腰掛けるヤマト。ハンターの集会所はクエスト斡旋所でもあり、酒場でもある。周りの席は半分程埋まっており、ハンター達の喧騒が鳴り響く。

 

「よお!ヤマト!お前いつまでユクモシリーズ着てんだよ!」

 

「てめえ、今度はアオアシラ行ってたんだろ?一人で行って余裕そうに帰ってくんじゃねえか、おい!」

 

「うっせえな、ユクモシリーズが好きなんだよ。動き易いし」

 

 顔見知りのハンター達がヤマトに気付き、騒がしくヤマトに絡む。ヤマトも軽く言葉を返していると、ウエイトレスからビールが運ばれてきた。さして高い、物の良いビールという訳では無いが、きめ細やかな泡立ちが狩猟後のヤマトの喉を唸らせるには十分過ぎるのだ。

 ビールをぐっと呷るヤマト。ハンターになってまだ一年にも満たないヤマトだが、この喧騒の中のビールは最早快感だった。

 

 

 

 

 

 ハンター達の談笑を聞きながらビールを飲むヤマト。そんな中、集会所からハンター達が狩場に赴く為の扉がガタン、と開いた。誰かが狩りへ赴くか、或いは誰かが狩りから帰ってきたのか。何れにせよ、ハンター達は何の気無しにそちらを見る。

 

 ──そこにいたのは、雌火竜の素材を使った装備、レイアシリーズに身を包んだ、傷だらけの女ハンターだった。

 

「アマネさん!!どうしたんですか、その怪我!!」

 

 膝を付きぜえぜえと息を上げているアマネと呼ばれたハンターに駆け寄るミク。ハンター達もその傷だらけの様子を見て、騒ぐのを一度止め、その様子を伺う。勿論ヤマトもジョッキを机に置き、傷だらけのハンターを注視するように様子を伺っていた。十中八九モンスターにやられたことは間違いないのだろうが、全身を覆う鎧に自らの血と思われる赤黒い液体がこびり付いているのが、戦いの壮絶さと痛々しさを物語っている。

 

 女ハンター──アマネは息を上げながらなんとか立ち上がり、カウンターに腰掛けている小さな竜人族、ギルドマスターの元へ向かおうとする。ギルドマスターはその状況を見て酒を飲むのを止め、髭を弄りながらアマネの方へ向き直った。

 

「おお、アマネじゃねえか。チミがその怪我......何があった?」

 

 ゲホッと咳をしてからアマネが傷だらけで立つことがやっと、という風貌には似合わない程の目付きで話し始めた。

 

「見た事も無いモンスターに乱入された。流石にジンオウガを相手にしてからあんなのはゴメンだわ......痛っつ」

 

「見た事も無いモンスター?」

 

 集会所はざわめいた。



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手当て

 見た事も無いモンスター。

 

 アマネという女ハンターが満身創痍になりながら集会所に帰ってきた理由はそのモンスターらしかった。

 

「ふむ、新種ってとこかぁ?ここに住み着いたらちとマズイが……アマネ、チミの怪我も相当マズイな。まずは家に帰って手当てするべきだ……ヤマト!酔ってねえな?家まで送ってやってくれぃ」

 

 酒の入った瓢箪を振りながら、急にヤマトを呼ぶギルドマスター。ただ様子を伺っていただけのヤマトは急に指名され、驚きと呆然の表情を見せた。

 

「悪いわね、お願いしていいかしら」

 

 心底辛そうな表情でヤマトを見るアマネ。その表情は苦痛に歪んでいるが、なかなかの美人であることが見受けられた。ギルドマスターの指名となれば断るわけにもいかない為、ヤマトは席を立つ。

 

「構わないけど、おんぶ位しか出来ねえぞ」

 

「充分よ、ありがとう」

 

 アマネの目の前まで歩き、背中を向けて腰を下げる。アマネはゆっくりと体重を預け、ゆったりとヤマトの背中に乗っかった。

 ぐいっとアマネを背中に上手く持ち、腰を上げるヤマト。背中から道は私が案内するわ、と声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 集会所を出て、石造りの階段をゆっくり下りる。背中に怪我人がいるのだ、ヤマトはゆっくりと、静かに降りていった。

 

「俺、ヤマト。ハンターにはまだなったばかりだ。あんたは?」

 

「私はアマネ。ハンター歴はそこそこよ……痛っつ」

 

 少しの衝撃でも痛みを感じるらしく、アマネは時たま苦痛に顔を歪め、声を上げる。その声を聞く度にヤマトはより静かに、ゆっくりと歩こうとする。

 

 西日が石段を照らし、ゆっくりと下りていくヤマトを照らす。アマネは少し眩しいらしく、目を閉じた。

 

「見た事も無いモンスターって、どんな?」

 

「そうね……海竜種に属するのかしら。泡を使うモンスターだった」

 

「泡を?確かに聞いたこともねえな」

 

 アマネの瞼の裏には、その泡を使うモンスターとの戦いがフラッシュバックしていた。

 

 身体から分泌されている滑らかな液体。それを利用した、滑りながらの突進は軌道が読めず、上手く避けることも出来ず吹き飛ばされる。そしてあのモンスターの周りを漂う泡に触れると身体中に液体が付着し、思うように動けなくなる。奇妙で、しかし強力な攻撃を攻略出来ず、元々クリアしていたクエストの達成報告、という形で一度帰ってきたのだ。

 

「あ、そこの道曲がって。……あのモンスター、とんでもない強さだったわ」

 

 風に吹かれて紅葉が落ちる。小さな橋を渡り、分かれ道を右へ曲がる。落ちていく紅葉を眺めながら、ヤマトはその未知のモンスターを想像していた。

 

「あんたも災難だな、そんなモンスターと出会うなんて。……この道、どっちだ?」

 

「真っすぐでいいわ。……いつか誰かが戦っていたわよ、遅かれ、早かれ」

 

 指示された道を真っ直ぐ進むと、やがて小さな家が見えてきた。瓦の屋根に木製の扉。隣には庭らしきものがあり、木刀が何本か転がっている。庭には大きな木が一本生えており、やはり紅葉がひらひらと風に舞っている。

 

「着いたぜ。いい家だな」

 

「ありがとう。……悪いんだけど、手当てまで手伝って貰っていい?」

 

 ヤマトは少し考えた。初対面の異性の家に上がり、傷の手当をする……あまり良いこととは思えない。

 しかし、相手は満身創痍の同業者だ。ここで手を貸してやらないと、後々大変なことになるかもしれない。

 

「ああ。……構わないぜ」

 

 

 

 

 

 

 アマネの家の中は良く言えば機能的、悪く言えば殺風景だった。

 大きな部屋が一つだけ。キッチンとベッドが端に置かれ、真ん中には机が一つ。ベッドの近くに棚が置いてあり、その隣にはハンターにとって必要不可欠なアイテムボックス。そしてその隣には武器と防具を飾る衣装立て。それだけだ。

 

 ヤマトはアマネをベッドの上に下ろし、アマネの指示のもと棚の二段目を開ける。そこには包帯や塗り薬等、所謂医療キットが置いてあった。

 

「あったぜ……っておい!なんて格好してやがる!」

 

 医療キットを持って振り向いたヤマトが見たのは、鎧を脱ぎ、インナーのみとなったアマネの姿だった。引き締まった身体は逞しくもどこか女性的で、そこはかとないエロスを感じさせる。しかし、その体は痣、傷だらけで、痛々しいものだった。

 

「脱がないと手当て出来ないでしょ……痛っ!別にインナーを男に見られるくらい何とも無いし気にしなくていいわ」

 

 そう言いながら傷口を確認し始めるアマネ。女性側にそう言われると、男性側が躊躇するわけにもいかず、ヤマトは医療キットを開け、塗り薬を手に取った。

 

 塗り薬を塗るのは流石にアマネが自分で塗った。塗る度に傷口がひどく痛むらしく、うめき声を上げながら時間をかけて塗っていく。特に脇腹の傷はひどく、少し抉れている位だった。

 

「ダメ、めちゃくちゃ痛い。悪いけどヤマト、机の上にあるコップに水注いでくれる?」

 

 悶えながらヤマトに水を頼むアマネ。ヤマトは見ているのも痛々しかったので、それで楽になるなら、と言いながらコップに水を注ぐ。水はいいものを使っているのか、澄み切っていた。

 

「ありがとう。……久々ね、こんなに怪我したの」

 

「包帯巻いてやるよ。……こんな怪我、前もしたのか」

 

 先ずは右腕から包帯を巻き始めるヤマト。アマネは天井を見つめながら、以前怪我をした時を思い出していた。

 

「こう見えて修羅場潜ってるからね、私は。……もうちょっと強く巻いても大丈夫よ」

 

「……一緒に狩る仲間とか、いないのか」

 

 もし今回も一人じゃなかったら、こんなことになってないかもしれないだろ。暗に、ヤマトはそう言っていた。

 

 そんなヤマトの真意を知ってか知らずか、また天井を見つめながら考え始めるアマネ。

 

「そうねぇ……たまに仲間と行くのよ?でも彼、ここのハンターじゃないから」

 

 次は左腕を巻き始める。今度はアマネから質問が来た。

 

「ヤマト、あなたは普段チームとかでハンターしてるの?」

 

「俺はまだ新米だからな。先ずは邪魔にならないよう、自分を鍛えてる……包帯、きつくないか」

 

「大丈夫よ。……へえ、面白いわね。じゃあ、傷が癒えたら私と行こうか、クエスト」

 

 突如アマネから提案された、チームハント。ヤマトは今までチームハントをした事が無い。ハンターになってまだまだ新米。大型モンスターを狩った頭数もまだまだ両手で数えられる程度だ。その状態の自分がチームに居ても、足を引っ張る可能性が高い、と考えていたからだ。

 

「……さっきの俺の話、聞いてたか」

 

「私ならあなたが足を引っ張ってもその辺のモンスターなら狩れるわよ……痛った!……このナリじゃ説得力無いわね」

 

 自嘲気味に笑うアマネ。脇腹に包帯を巻きつつ、ヤマトも笑ってしまった。

 

「……じゃあ、怪我が治ったら、宜しく頼む。ご教授願うぜ」

 

「楽しみにしてるわ……痛たたた!痛い痛い!!そこ、傷口深いから気を付けて」

 

 暫く、二人は無言で傷の手当てをしていた。

 

 



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幼馴染み

「はっ!」

 

 歯切れの良い叫び声が聞こえる。

 

「せいっ!」

 

 気持ちのいい風を切る音が聞こえる。

 

「せぁっ!」

 

 威勢のいい地面を踏む音が聞こえる。

 

 ユクモ村には商店区、居住区、農業区、そして狩猟者区の四つの区域に分けられている。商店区は商店が立ち並び、居住区は村民の家が立ち並ぶ。農業区はその名の通り農場だ。では狩猟者区は何があるのか。ハンター達の家、ハンター達が使う店、そして加工屋、集会所。

 

 その狩猟者区のハンター居住エリアに家を構えるヤマト。アマネの家より小さいものの、一人で住むには十分だ。

 そのヤマトの家の近辺では、早朝からヤマトの修行の音が聞こえてくるのは最早目覚まし替わりである。

 

 修行用に自作した、太刀と同じ長さの木刀を持ち、家の前でそれを振る。ヤマトが狩場に出てから毎日続けていることだ。

 

「おっはよー。やってるねぇ」

 

 ヤマトが修行しているこの時間帯に彼を訪ねて来る人物は一人しかいない。赤く長い髪の毛をポニーテールにして、服の上から前掛けをしている少女、リタだけだ。

 彼女はヤマトの幼馴染みであり、農業区で野菜を栽培している。時たま、その野菜を朝早くからヤマトへ配達しに来るのだ。尚、お代はきっちり取っていく。

 

「リタ、いつも悪いな。上がってくか?茶くらい出すぜ」

 

 木刀を振るのを一度止め、汗を拭きながらリタの持っている野菜の入った篭を受け取る。リタはにっこり笑いながら、じゃ、上がろうかな、と答えた。

 

 ヤマトの家はアマネの家を殺風景だと笑えない程殺風景である。ベッド、机、椅子、キッチン、アイテムボックス、食料保存庫、武器立て、本棚。たったこれだけしかない。いや、寧ろハンターの家などこれだけあれば十分なのだ。

 

「なんかもうちょいオシャレすれば?」

 

「ほっとけ」

 

 その必要最低限のものしか置いていない家がお気に召さないらしく、リタはヤマトの家に上がる度にこの言葉を口にする。そしてヤマトの返答もお決まりだ。二人にとっての簡単な挨拶のようなものだった。

 ヤマトはお茶を入れる為、コップを取り出し、ヤカンを手に取る。リタは椅子に腰掛け、前髪を弄り始めた。

 

「どう、ハンター稼業。上手くいってる?」

 

「それなりにな。……ほれ、茶」

 

「ありがと。……お母さんが、たまにはウチにも遊びに来いって」

 

 リタの家は自家栽培した野菜を売っている傍ら、武術の道場を開いている。ヤマトとリタは幼い頃から、リタの母に武術を教えこまれているのだ。

 

「そういや武術、役に立ってたりする?ハンターに」

 

 パッと思い出したようにリタが尋ねる。ヤマトはニヤッと笑い、当然さ、と答えた。

 

「ハルコさんがよく言ってたろ、突きは腕じゃなくて体全部使って打て、とか骨盤をうまく使え、とかさ。あとは押すより引け!とか」

 

「あー、言ってる言ってる。今でもよく言ってるよそれ」

 

「それが役に立ってる」

 

「は?ごめん、ちょっと意味わかんない」

 

 ヤマトの話はリタにはさっぱりだった。いや、リタ以外が聞いてもさっぱりだろう。

 

「実演してやるよ。ちょっと来い」

 

 そう言いながらヤマトは外へ出る。リタもその後を追う。

 ヤマトは先程まで振っていた木刀を持ち、上段に構えた。そしてそれを振り下ろす。ブンッ、という音が鳴る。

 

「今のが普通の斬り下ろしな」

 

 そう言いながらヤマトはもう一度上段に構えた。そして目を閉じ、深呼吸を始める。リタは何を見せてくれるのか聞きたかったが、今は何故か話しかけてはいけない気がした。

 

 そしてヤマトが目を開き、木刀を振り下ろす。と同時に、腰を思い切り木刀の進行方向に引いた。

 するとどうだろう、先程のブンッという音ではなく、ヒュンッ、という音に変化した。リタもその変化に気付き、おっ、と声を上げた。

 

「今のが役に立ってる、って斬り方。全身を使って「斬る」んじゃなくて「引く」ことをイメージするんだ。そんで腰をしっかり引けばモンスターの鱗も簡単に斬ることが出来る。でも相当集中しねえと出来ないから、戦闘中のテンションによるけどな」

 

「なるほどねー、頭ではわからんけどなんとなく理解した。ま、役に立ってるんならお母さんも喜ぶよ。私なんか手合わせすら最近してないのに、こりゃもう今やったらぼろ負けかなー」

 

 幼い頃、同年代で武術を習っていたのはヤマトとリタの二人だけ、ということもあり、二人はよく手合わせ、試合をしていた。リタの武術の腕は相当であり、女性ながらも戦績は五分だった。

 

「最近はモンスターしか相手にしてないからな、人間とは俺も手合わせしてねえよ。……なんだったら今からやるか?」

 

「お、いいね。じゃあ早速……はっ!」

 

 ヤマトが提案した途端、リタは不意打ちとも取れるような拳を繰り出した。それを紙一重で躱し、木刀を捨てるヤマト。

 

 二人の手合わせはいつも唐突に始まる。先手必勝。ルールなど無いに等しい。

 

 リタは姿勢を落とし、次々とキレのある突きを放つ。ヤマトはそれを後ろに退きつつ、躱し、いなし、被弾を避ける。簡単に当たってはくれないと判断したリタは突きからの流れで蹴りを繰り出した。急な攻撃の変化に驚いたヤマトは咄嗟に防御するが、腰を落とした蹴りの威力は思った以上に高く、腕がしびれた。

 

「スキありっ!」

 

 それをチャンスとみたリタが更に回し蹴りを放つ。それも受けるわけにはいかないヤマトは後ろへ飛び退き、痺れた腕を振りながらリタへ肉薄した。

 

「それこそスキありだぜ!」

 

 回し蹴りという大技を躱されたリタの姿勢が崩れている所に、ヤマトの小さな突きが繰り出される。その突きで転んでしまったリタ。起き上がろうとしたその瞬間に、耳元でズドン、という音が鳴った。リタの耳元をヤマトが踏み抜いた音だ。

 

「勝負あり、だ」

 

「……やっぱりボロ負けだねー」

 

「いや、ぶっちゃけあの蹴りは結構痛かったぜ。お前もハンター、目指せばいいのに」

 

「ハンターねぇ......ま、考えてみるさ」

 

 二人はその後茶を飲みながら、話に花を咲かせた。

 




 武術の件の話ですが。

 私はあまりその系統には詳しくありません。が、腰をしっかり引きながら刀を振ると骨まで斬ることが出来る、という話は本当です。

 日本人は押すより引く動作の方が力を入れやすいらしく、腰を引くと自然とその力が入るそうです。

 と言ってもにわかの知識。「へぇそうなんだ」位に覚えておいてください。これが正しい、とは言いきれません。


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恋心

 ヤマトがアマネの手当てをしてから五日。

 

「せいっ!」

 

 相も変わらず朝早くから木刀を振り、稽古に励むヤマト。朝早くに目が覚めて暇だったらしく、その風景をボーッと眺めるリタもいる。

 

「……ほんっと、よくやるわ……」

 

 鳥の鳴き声を聞きながら欠伸をするリタ。朝日がヤマトをぼんやりと照らし、そのまま道を真っ直ぐに照らしていた。

 

 その照らされた道を歩く影が一つ。こんな朝早くにこの辺りを歩くのはヤマトかリタ位しかいない。リタは人影に気付き、そちらへ目をやった。

 

「へぇ、ほんとにこんな朝からやってるのね」

 

 その声に気付き、ヤマトは素振りを一度止め、声のした方を向く。そこには痛々しい包帯が左手に巻かれた女性、ヤマトが五日前に手当てをしたハンター、アマネが立っていた。

 

「きちんとお礼が言いたかったからね。マスターに家の場所聞いたの。そしたらこの時間から修行してるって聞いたから」

 

「怪我、大丈夫なのかよ」

 

「まだ左手と脇腹は痛い。でもやっぱり回復薬って凄いわね、大体の傷口は塞がったわ」

 

「……ヤマト、この人誰?」

 

 アマネの事を知らないリタが不審そうな表情でアマネを見る。ヤマトは同業者、とだけ言い、木刀を置きリタとアマネを家に招いた。

 

「治ってねえなら座れよ。家入んぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、見事に何もないわね」

 

「お前の家も似たようなモンだろ」

 

 家に入るなり開口一番に失礼なことを言ってのけたアマネ。それに取り合わずとりあえず座れ、と言いながら人数分のコップを取り出し、水を注ぐ。

 リタは座ってからアマネをじーっと見ていた。長い髪はハンターとは思えない程美しく、体も鍛えられているからかスタイル抜群。顔も整っており誰もが美人と言うだろう。

 

「……ハンターさん、お名前は」

 

「あら、ごめんなさい、言ってなかったわね。アマネよ」

 

「どうも、アマネさん。リタです」

 

「リタちゃんね。ヤマトの彼女?」

 

「……そんなんじゃないです」

 

 何故だろう、リタは機嫌が悪かった。その理由はリタ本人にも解っていない。ただ、ヤマトの彼女と間違えられることはよくあるが、彼女に間違えられるのは少しイラッとした。

 

「ほら、水」

 

「ありがと」

 

「……サンキュ」

 

 ヤマトがコップを机に置き、椅子に座る。三人同時に水を飲み、暫し喉がゴクリと鳴らす音だけとなった。

 

「……で?何の用事で俺の家まで」

 

「そうそう、まずはありがとう。手当てを手伝ってくれて」

 

 しっかりと頭を下げるアマネ。リタは顎を机に乗せ、欠伸をしている。

 

「いや、礼は別にいいんだが」

 

「私の気が済まないの。……で、貴方、怪我が治ったら一緒にハント行くって言ったの覚えてる?」

 

 それを聞いてリタの顎が上がった。

 

「あー……言った気もする」

 

 それを聞いてリタの目がパッチリになる。

 

「前会ったきりだけど、絶対貴方、私から言わないと行きそうになかったし。お誘いに来ました」

 

「ちょっと!?」

 

 ガタン!と椅子から立ち上がるリタ。その顔は何故か少し不機嫌そうだ。

 

「どした、リタ」

 

「……ごめん、なんでもない」

 

 急に立ち上がってしまった事への恥ずかしさか、はたまた別の感情か、顔を赤くしてしぼむように座るリタ。ヤマトは首をかしげながらアマネの方を見た。

 

「まあ、否定は出来ねえな。……で?何のモンスターを狩りに行くんだ」

 

 え、行くの!?と叫びそうになったが、心の奥でしまうリタ。表情に出ていないだろうか。

 

「水獣ロアルドロス。最近孤島周辺で被害が出てるみたいよ。報酬は山分け」

 

 水獣ロアルドロス。海竜種に属する、水辺をテリトリーとするモンスターだ。ヤマトが知っているのはそれくらいで、まだ戦ったことはない。

 

「今日の昼頃には出発したいんだけど、用意とか大丈夫?」

 

「それは問題ねえけど……お前その怪我で行くのか」

 

「これくらいはいつもよ、私」

 

 じゃあ、後で集会所で会いましょ。そう言い残し、家を出るアマネ。お邪魔しましたまできちんと言ってから家を出ていった。

 

 アマネがいなくなってからも、機嫌が悪いのはリタだ。ヤマトもリタの機嫌が悪いことには薄々気付いているが、しかし何が原因なのか、どうすればいいのかわからない。

 

「ねえ」

 

「……何だ?」

 

「ただの同業者なんだよね?」

 

「そうだけど」

 

 そうは見えなかったんだけど。ふと、そんな言葉がリタの脳裏をよぎったが、それも胸の内に留めておく。

 

「……今日狩るモンスター、強いの?」

 

「解らん。戦ったことない相手だからな」

 

「……あの人みたいに怪我しないでね」

 

「は?」

 

「返事は!?」

 

「お、おう。サンキュ」

 

 ハア、と溜め息を付きながら水を飲み干すリタ。ヤマトはやはりリタの心の中が解らない。

 

 リタはと言うと、不機嫌から不安という感情へシフトしていた。それは当然初めて戦うモンスターを狩りに行くヤマトを心配しているのが主なのだが、もう一つあった。

 

 ーー手当てって何?てかヤマト、アマネさんの家に行ったの?

 

 自分の知っているヤマトが、ハンターとしての交友関係を持ち、遠くなっていく感覚に不安を覚えていたのだ。

 今までリタはヤマトがハンターをしていて、その中で出来た友人を見たことがなかった。恐らく友人はいるのだろうが(実際居るが)、ハンター達の集まる場所と言えば、当然ながら集会所。リタがヤマトの同業者を見ることなど無いに等しい。

 

 それが初めて見たヤマトの同業者の友人、それがあんな美人だとは。しかもこの手当てを手伝った。リタの頭はパニックだ。

 更にリタを不安にさせているのは、ユクモ村の集会所には温泉があることだ。それも混浴の。

 

 リタはヤマトのことが好きなのだ。友人として、幼馴染みとしてではなく、異性として。

 

「やっぱ私もハンター目指そうかな……」

 

 不意に口から零れた言葉。ヤマトはさっきまで機嫌が悪そうにしていたのに急にそんなことを言い出すリタを見て、更によくわからなくなっていた。

 

「……まあいいや、準備するか」




 今 の 所 狩 猟 描 写 ほ ぼ 無 し

 いや本当に申し訳ないです、次回からきっと狩猟シーンが現れますので!きっと!

 どうでもいいですが恋愛系は新鮮ですが難しいですね、読みづらくないか心配です

 よろしければ感想、評価、宜しくお願いします。


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水獣

 孤島の狩猟BGM大好きです。それだけです。


 午前十一時半。ヤマトは少し早めに到着しておくべきかと考え、この時間に集会所へ到着した。まだ昼時だというのに酒を飲むハンター達が騒ぐ集会所だが、この時間帯は流石に人が少ない。

 

「あら、早いわね」

 

 ヤマトが到着して数分も経たないうちに、雌火竜の防具、レイアシリーズに身を包んだアマネが到着した。尚、当然だがヤマトも彼のお気に入りの防具、ユクモシリーズを着用している。背中には愛刀、『鉄刀「禊」』を携えている。

 

「……防具変えたら?」

 

「一応、ハンターシリーズも揃えてはいるんだけどな。こっちの方が動きやすいし、気合いが入るんだ」

 

「ふーん……まあいいや、期待してるわよ」

 

 アマネはヤマトに話を持ちかける前にマスターから依頼書を受け取っていたらしく、それを受付嬢のミクに渡し、クエスト受注状態にする。当然ながらメンバーにはヤマトも含まれている。

 

「契約金は私が払っといたわよ」

 

「悪いな。……そういえばアマネ、お前武器は?」

 

 よく見るとアマネは武器を携えていない。アマネはそれを聞いてあ、忘れてた!と思い出したようにマスターの方へ走って行った。

 

「そうだった、あの時怪我してマスターに武器預かってもらってたんだよね」

 

 暫くして戻ってきたアマネの背中には、短めの剣が二本、ぶら下がっていた。両手に一本ずつ剣を持ち、その手数でモンスターを切り刻む武器、双剣。防御を捨て、ひたすら動き回り、攻撃する武器である。

 

「さて、太刀に双剣。こりゃとんでもない防御系統無視パーティになったね」

 

 アマネの双剣は勿論の事、ヤマトの太刀も防御に長けた武器ではない。寧ろ防御を捨てた武器である。その長く、細い刀身は相手を「斬る」ことに特化しており、攻撃を刀身で受け止めようものなら折れてしまうだろう。

 

 アマネの双剣は「ツインフレイム」。防具にも使われている雌火竜の素材と、その番となる火竜リオレウスの素材から作られる双剣だ。強力な飛竜達を倒した証となる双剣。それはアマネの強さを物語っていた。

 

「用意は終わってる?」

 

「ああ」

 

「オッケー。じゃあ行こうか」

 

 以前傷だらけの状態で開けた外へ繋がる扉を開け、外で待っている竜車に乗り込む二人。手綱を持つアイルーに向かってアマネがお願いね、と言い、竜車はガタゴトと出発した。

 

「あ、はいコレ。私の主観だけど、ロアルドロスの攻撃法と対処法、危険な動きとかまとめたメモね。もし良かったら読んどいて」

 

「サンキュ」

 

 紅葉がヒラヒラと揺れる中、ヤマトはアマネから渡されたメモを読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜車で港まで進み、その後船に乗り到着した狩場、「孤島」。狩場のいくつかのエリアは水が流れており、自然も豊かなこの狩場は、飛竜種の巣等も存在し、多種多様な生物、モンスターが存在する。

 そんな場所だからこそ生息する植物や、そんな場所だからこそ存在する鉱物も幾つか存在し、商人等はそれを目当てに訪れる事も時たまある。

 

 そんな商人からの依頼が今回のロアルドロスの狩猟である。二人はベースキャンプに到着するなり必要な荷物をまとめ、支給品ボックスに目を通した。

 

「携帯食糧は持ってた方がいいわね」

 

「応急薬、多めに貰っとけ。傷口、いつ開くか解んねえだろ」

 

「ふふ、ありがとう。……さて、ロアルドロスが何処にいるかだけど……エリア5か9かしら」

 

 ヤマトは基本、狩猟は近場で危険度も高くない渓流をメインに行っていた為、孤島の地理に関しては詳しくない。支給品に入っていた地図を見ながら、アマネの言うロアルドロスの居るであろうエリアを確認する。どうやらどちらのエリアも足下が水浸しらしい。

 

「準備いい?」

 

「ああ。お前こそ携帯食糧食べなくていいのか」

 

 殆ど味のしない携帯食糧を口の中に入れながらヤマトが応える。アマネはニヤリと笑いながらとっておきの食べ方があるのよ、とだけ言った。

 

「じゃあエリア2を経由して取り敢えずエリア5まで行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、ホントこれ美味しい!」

 

「理解出来ねえ……」

 

 孤島エリア2。そこには蜂の巣があり、そこからハチミツを採取することが出来る。アマネはそこでハチミツを採取し、それをたっぷりと携帯食糧にかけたのだ。

 そう、アマネの言うとっておきの食べ方とは、携帯食糧にハチミツをかけること。彼女曰く、「携帯食糧は味がないからハチミツクッキーみたいな感覚で食べられる」とのこと。ヤマトからしたらただ甘ったるく、パサパサしているだけだろうと思う。

 

「ヤマト、本当にいらないの?」

 

「いらねえ。……てかこんなとこでこんなことしてていいのか」

 

「それもそうね。あー美味しかった!じゃあ行きましょうか」

 

 本当に大丈夫なんだろうか。本当に隣にいるハンターは強いのか?そんなことを考えるヤマトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、エリア5に着いたわけだけど。……静かね」

 

「ここに居ないとなるとエリア9か?」

 

 エリア5に到着した二人だったが、そこにロアルドロスの姿は無かった。いや、モンスターも殆ど居ない。アマネの言う通り、静かなのだ。

 

「いや、多分……もうすぐ来るわよ」

 

 モンスターが居ない、ということは何か危機を感じてこのエリアから離れている、と考えることも出来る。アマネは経験から、それを感覚的に感じ取っていた。そしてそれは確信へ変わる。

 

 突如何匹かのモンスターが現れてきたのだ。黄色い体。青い瞳。水生獣ルドロスだ。非常に目が良く、獲物を見つけると四本の足で接近し、飛び掛り爪や牙で攻撃する小型モンスター。ヤマトも何度か狩猟したことがある。

 

「この子達がいるって事は群れのリーダーであるロアルドロスも居るはず。来る前にルドロスの数、減らすわよ」

 

「ああ。……いざ、参る」

 

 得物を手に取り、ゆっくり近付いて来るルドロス達に向かって走り出す二人。獲物が戦闘態勢に入ったことを感じ取ったのか、ルドロス達も吠えながら二人に飛び掛った。

 爪を振りかざしながらヤマトに向かって飛び掛るルドロス。ヤマトはそれを走る勢いそのまま体を横にずらし、綺麗にかわす。そしてルドロスが着地した地点は、体をずらしたヤマトの正面。

 

「せぁっ!!」

 

 スパァン、と振り下ろされた太刀はルドロスの首と体を分け、一瞬で絶命させる。飛び散る血飛沫が水を汚した。ヤマトはルドロスの首が離れたのを見るや否や次のルドロスに狙いを定める。体を少し後ろに引き、噛み付きの姿勢を取るルドロス。次の瞬間、ヤマトに向かって飛び出し、牙を剥き出しにする敵を正面から見据え、ヤマトは口の中に正確に突きを入れた。

 

「グゴォ!?」

 

 口の中に鱗や甲殻があるはずもなく、いとも簡単に串刺しにされるルドロス。ブンッと太刀を振るとルドロスは地面に落ち、太刀に付いた血が払われる。

 

「あら、二匹も倒してたの。意外と早いのね」

 

 急に後ろから聞こえてきた声にバッと振り向き、太刀を構えるヤマト。しかし後ろにいるのは敵ではなく、当然ながらアマネだった。彼女の後ろには五匹のルドロスの死骸が転がっている。

 

「あれ、全部お前か!?」

 

「そうよ?よかったわ、ロアルドロスが来る前に全部倒せて。……そしてタイミングの良いことに今ご登場ね」

 

 そのルドロスの血の臭いにつられて来たのだろうか。はたまた群れのピンチを野生のカンで察知したのだろうか。エリア9へと繋がる道から、何か大きなモノが走って近付いて来る。少しずつ、近付くにつれその姿は顕になっていく。

 

 まるで獅子のような黄色い、巨大なたてがみ。

 

 人間の何倍だろうか、その巨体。

 

 生半可な刃物では傷一つ付けられそうにない、鱗に覆われた爪。

 

 水獣、ロアルドロスだ。

 

「グギャオォォォオ!!!」

 

 ヤマト達を見つけ、威嚇の咆哮をあげるロアルドロス。その雄叫びの声の大きさ、猛々しさはその巨体に相応しい。孤島の水が震えた気がした。

 

「来るわよ!!」

 

 アマネの声と共にいつでも動けるように下半身に体重を乗せ、足に力を入れるヤマト。太刀を扱う上で忘れてはいけない事は無闇に突っ込まないこと。確実に生まれるチャンスでしっかりと敵を斬り、それ以外は機を伺う事が大切だ。

 

 体を震わせたかと思うと、唐突に全身をひねり地面を転がるロアルドロス。二人に当たる距離ではなかったが、水しぶきが視界を奪う。ヤマトが左手で水を払おうとした瞬間、アマネが動き出した。

 

 鎧を着ていることを感じさせない程のスピードで走り出し、武器を両手に持ちロアルドロスに肉薄するアマネ。射程内に入るや否や、右手の剣でたてがみを切り裂き、左手の剣で右手で切り裂いた部分をさらに斬る。たてがみは柔らかいらしく、簡単に切り裂かれた切り口から血が吹き出す。ロアルドロスは叫び声をあげた。そしてすぐさまアマネは後ろに引く。

 しかしやられっ放しでは気が済まなかったのか、ロアルドロスはたった今自らを傷付けた相手を目で捉え、長い尻尾を振るった。鞭のように振るわれた尻尾はアマネを狙って正確に飛んでいく。

 

「甘いわね、そんなのお見通しよ!!ヤマトが!!」

 

「んなこと言わなくていいんだよ!!」

 

 ここで少し遅れたヤマトが追い付き、アマネを狙う尻尾の根元を上から斬る。叩きつけるように放たれた太刀筋が尻尾の軌道をズラし、アマネの頭上を通り抜けていった。

 そしてすぐさまヤマトはロアルドロスの攻撃範囲から外れようと後ろに素早く引く。一瞬後、先程のロアルドロスの転がり攻撃が目の前で繰り出された。少しでも引くのが遅れたら、ヤマトはこれに巻き込まれ吹っ飛んでいただろう。

 

 そしてすぐさま攻撃に移っているのはやはりアマネだ。逆手に持った右手の剣を尻尾に突き立て、それを支点に飛び上がる。リーチが短く、軽い分ダメージが入りにくい双剣の、火力不足を補う為にアマネが考えた技。

 

「メテオォォォ!!」

 

 後ろ足を狙って落下し、着地と同時に思い切り後ろ足を斬り付けるアマネ。火力不足を、空からの落下速度と重力を足して補う、アマネの得意技。それがロアルドロスに命中し、またもや血が吹き出した。

 

「なんだありゃ?無茶苦茶だろ……」

 

 初めて見る戦法、しかし確実に実力のあるハンター。ヤマトはロアルドロスへの驚きより、アマネへの驚きの方が大きかった。




 ようやく狩猟開始ですね。まあ今回はロアルドロス君ボッコボコにされてますが笑
 
 次回から本格的に狩猟が始まります。二人のハンターの仕事ぶりをどうぞお楽しみください。

 感想、評価等、宜しくお願いします。


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VSロアルドロス

 どうでもいいですけど孤島の5番エリアって綺麗ですよね。


「ギァァァ!?」

 

 片方の剣を支点にして飛び上がり、落下の勢いを利用したアマネの攻撃。

 それはロアルドロスにしっかりとしたダメージを与えることに成功したものの、もう一つ大きな引鉄を引いていた。

 

「あれ、これはやっちゃったかな?」

 

 小さく体を縮め、猛然とアマネに飛び掛るロアルドロス。それを大きく躱したアマネだったが、その表情はあちゃー、やってしまったかなー、という表情であった。その理由とは、

 

「ギィアォォォァア!!」

 

 その理由とは、ロアルドロスの怒りの引鉄を引いてしまったこと。ロアルドロスは「狂走エキス」という特殊なエキスを体内に持っており、他のモンスターと比べてスタミナ量が多く、活発に動いていられる時間が長い。さらに怒ったモンスターは動きが活性化し、ただでさえ厄介なモンスターが更に厄介になってしまう。

 ましてやスタミナ量の多いロアルドロスだ、疲れ切るまで時間がかかるからこそ怒り状態ではない状態の間に出来るだけダメージを与えておきたかったのだが(ヤマトが慣れるまで、という理由もある)。

 

「キレたか!?」

 

「ゴメンね、やりすぎた!」

 

 怒りの咆哮と共に口から時たま零れる水蒸気。完全に怒った証拠だ。

 

「やっば、剣の片っぽ刺したまんまじゃん!」

 

 更にはアマネは先程の落下攻撃の為に双剣の片方を尻尾に刺したままだ。これでは双剣の持ち味である両手での連続技攻撃も出来ない。

 その状況を見てヤマトはまずアマネ寄りに位置しているロアルドロスの注意を引くことを第一に考えた。いくら熟練のハンターと言えど、怒り状態の大型モンスター相手に双剣一本では苦しいだろう。

 しかし、「戦う」となるとヤマトが互角に渡り合える自信もない。あくまで「注意を引く」ことだけを考えて。

 

「俺が前に出る!」

 

 アマネに聞こえているのかは確認せずにロアルドロスに突っ込むヤマト。ロアルドロスもすぐにヤマトに意識を傾け、前脚の爪でヤマトを切り裂こうと前脚を大きく振るう。ヤマトはそれを掻い潜るように前に躱し、攻撃に使わなかった方の前脚を狙って太刀を振るった。しかし、

 

「っ!?硬ぇ!」

 

 しかし、前脚を覆う鱗は想像を上回る硬度を誇り、ヤマトの鉄刀「楔」では刃を入れることすら適わなかった。大きく弾かれ、体勢を崩してしまう。

 

 それを見逃さずに口を大きく開けるロアルドロス。その口の中には雑食に相応しい、尖った歯、臼のような歯、様々な歯が綺麗に並んでいた。ヤマトはその歯を見て直感的に恐怖を覚える。その無茶な体勢のまま後ろに引こうとした。

 そしてその一瞬後、ロアルドロスがヤマトに向かって噛み付こうとその歯をヤマトに突き出し、口を大きく閉じた。無理に回避したヤマトは噛み付かれることは無かったものの、前進する為に前に出ているロアルドロスに軽い頭突きを食らうような形になり、軽く突き飛ばされる。姿勢が悪かったこともあり、受身が取れない。

 

「ガハッ......」

 

 全身が軋むように痛む。幸いにも勢いはあまり無かった為に、そこまで大きなダメージは無さそうに感じた。しかし、ここですぐに姿勢を正さねばロアルドロスが次突進してきた時に回避が間に合わない。すぐに立ち上がり、ロアルドロスを視界に入れようとした、その瞬間。

 

「なっ!?」

 

 目の前の視界に入ったのは、巨大な水の塊。真っ直ぐこちらへと向かってくる。予想外のモノが視界に飛び込んできた為に、ヤマトは思考が一瞬止まり、回避が出来ない。

 ロアルドロスは鬣に大量の水を蓄える。それは元々水棲であるロアルドロスが地上で生活する際のスタミナ供給源となる。そして、その蓄えた水を発射することによって、敵を攻撃する必殺技にもなるのだ。

 その必殺技をもろに受けたヤマト。水球の威力は凄まじく、ヤマトはハンマーか何かで思い切り殴られたのかと錯覚した。思い切り倒れ込み、更に鼻に水が入ったのか、それとも肺の空気を吐き出してしまったのか、思い切り咳き込む。

 

「ゲホッ!ゲホッ!!……ゴホッ!」

 

 ロアルドロスはそこをチャンスと見たのか、後脚を強く蹴り出し、ヤマトを更に追撃しようと突進した。

 

「そうなんどもやらせないわよ!!」

 

 しかし、そこに横槍が入った。尻尾の根元に刺さった剣をしっかりと掴み、ロアルドロスに思い切り蹴りを加えたアマネだ。蹴りの勢いで剣が抜け、傷口からタラリと血が流れる。しかし、その傷口は切り傷、刺傷ではなく、火傷に近かった。

 横槍を入れられたことに苛ついたのか、ヤマトからターゲットをアマネに変更するロアルドロス。ヤマトはなんとか立ち上がり、応急薬を飲んだ。痛み止めと傷の治癒を速める効果のある応急薬を飲み、痛みを無理矢理止める。

 

「少し休んでていいよ!私が注意を引くわ!!」

 

 今度はヤマトに代わりアマネが動き始める。ロアルドロスが体をひねろうとしている所に合わせ、ツインフレイムの刀身を合わせて擦る。それはアマネが本気で攻撃する前に行うルーティン。それを行うと目付きが完全に変わり、全身の体温まで上がるような感覚に陥る。双剣使いが防御を完全に捨て、ひたすら斬ることだけを考える、まさに羅刹の戦法、「鬼人化」。

 

 ロアルドロスがひねった体の勢いで尻尾を思い切り振るい、アマネを薙ぎ払おうとした瞬間、アマネの姿が消えた。いや、消えたように見えた。

 尻尾と地面の間を超速で通り抜け、ロアルドロスの懐に潜り込んだのだ。鬼人と化したアマネの移動速度はモンスター以上となっている。

 

「うあああああ!!!」

 

 そして懐に潜り込んだアマネは一心不乱に両手の剣を振り続ける。飛び散る鮮血。ロアルドロスが懐のアマネをなんとか離れさせよう、攻撃しようとしても先程の超速移動でかわされ、ただ切り刻まれるのみ。

 

「ヤマト!!行ける!?」

 

 しかしこの鬼人化、当然ながら弱点が存在する。物凄く「疲れる」のだ。精神をトランスさせ、目の前の敵を斬り伏せる事だけの為に体中のスタミナを全部使って攻撃する為、鬼人化していられる時間は短く、そして使用後は途轍もない疲労感に襲われる。その為、効果が切れる直前にモンスターの攻撃レンジから外れるか、仲間の援護を受けるのが定石だ。

 

「ああ、問題ない!!」

 

「オーケー、任せるよ!」

 

 ロアルドロスの尻尾に上手く吹き飛ばされながら叫ぶアマネ。鎧の部分で攻撃を受け、受身も取りやすい姿勢だからダメージは少ないだろう。

 アマネの猛攻の間に体を一度休め、痛みも相当和らいだヤマトは再度ロアルドロスに向かう。ロアルドロスは怒り狂っているらしく、水球を至る所に放ち続けている。

 

「リベンジだこの野郎……!!」

 

 水を吸って重くなったユクモシリーズをものともせずに走り出し、正確に尻尾目掛けて太刀を振るう。今度こそはしっかりと刃が通り、しっかりとした手応えを感じた。

 

「せぁぁあ!!!」

 

 先程受けたダメージを返すかの如く、太刀を振るい、攻撃を躱すヤマト。その戦い方はヤマトが得意とする戦法であり、やっとエンジンがかかってきている印象を思わせた。どうやら初めて戦うモンスターだった為、緊張していたらしい。

 

「慣れてきたならそろそろ同時に攻めるわよ!!」

 

「ああ!!」

 

 アマネが竜車の上で話していた作戦、それはまずは一人ずつ戦い、ヤマトがロアルドロスに慣れることだった。慣れないモンスター相手に慣れないチームプレイは難易度が高いからだ。そしてやっとヤマトがロアルドロスを相手にするのが慣れてきた所、そこからチームプレイによる攻撃を始めよう、という作戦である。

 

「行くわよ!」

 




 モンハン始めたばかりの時って、どんな大型モンスターでもビビりましたよね。ヤマトもロアルドロスにビビってた......わけです。

 感想、評価、よろしくお願いします。


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孤島を照らす太陽

 モンスターハンターXXが発表されましたね。ブレイブスタイルかっこいいなぁ……


 エリア5でのロアルドロスとの戦いは熾烈を極めていた。

 

 ヤマトが比較的安全である背後から尻尾を、アマネが注意を引く為に正面からロアルドロスを攻撃する。ロアルドロスも正面のアマネに向かって引っ掻き、噛み付き、水球を放つ。時たまヤマトが邪魔なのか尻尾を振るう。アマネは勿論のこと、ヤマトも次第にロアルドロスの攻撃を躱すことに慣れ始め、二人共大きなダメージは受けずに立ち回っていた。

 しかしヤマトは少しずつ自分の動きが鈍ってきていることに薄々気付いていた。あの水球を受けた時に身に着けている防具がびしょ濡れになっているのだ。ユクモシリーズは鎧というよりは道着。水を吸ってかなり重くなっており、普段よりスタミナが削られる。更にそんな濡れた道着を着ているのだ。先程から体が冷えている。

 

「クッソ……!」

 

 対するロアルドロスは、頭は冷えて怒り状態ではないようだが、疲れている様子が全くと言っていいほどない。竜車の上でスタミナが多いモンスターだとは聞いていたが、あれだけ剣撃を浴びせていてそれでもあの動きというのがヤマトには信じられなかった。

 それでもダメージは通っているはずだ、と信じながら太刀を振るうヤマト。しかしその太刀を振る速度も少しずつ落ちてきている。

 

「クソッ……!」

 

 それでも無理矢理腕を上げ、太刀を振り下ろす。しかし、その攻撃はロアルドロスの尻尾に当たらず、地面を叩いた。足下の水が跳ね上がる。

 

「!?」

 

 尻尾に攻撃が当たらなかった理由。それはロアルドロスが尻尾を振り上げたからだ。そしてロアルドロスが尻尾を振り上げた理由。それはヤマトを吹き飛ばす為である。ヤマトはすぐさま回避に移ろうとした。が、

 

「ガッ……!」

 

 完全に回避し切れずに足に攻撃を受け、転んでしまう。当然のようにまたもや水浸しだ。

 

「ヤマト!!」

 

 アマネがヤマトが転んだのを見て咄嗟に双剣を仕舞い距離を取り、アイテムポーチを探る。そして手のひら大の玉を思い切りロアルドロスの眼前へ放り投げた。

 瞬間、辺りを途轍もない光が包んだ。投げると玉の中に大量にいる光蟲が驚き、一斉にとんでもない光を発し、モンスターの目を眩ませる道具、「閃光玉」だ。転んだヤマトを追撃しようとしたロアルドロスの目を眩ませる目的で投げられたそれは、見事に役目を果たしていた。

 

「んなもん持ってるならもうちょい先に使ってくれても良くねえか……?」

 

 転んでいた為目を潰されずに済んだヤマトはロアルドロスの状況を見て閃光玉を使ったことを理解し、ふとボヤいてしまった。

 当然ながらそんなボヤきはアマネの耳には届いてはいない。目が見えず、あたりをキョロキョロしながら適当に尻尾を振り回しているロアルドロスはアマネからすればカモでしかない。全力で走り出し、両手の剣を抜いてまたもや連撃を浴びせる。ヤマトも重い体を必死に動かしながら、動き回る尻尾をなんとか斬りつけていった。

 

 そしてロアルドロスの目が見えてきた頃、変化が訪れた。

 鬣が萎んでいる。そしてロアルドロスの口からポタポタと涎が滴り始めたのだ。ロアルドロスの鬣は水を貯め、その水で攻撃をする。その水が切れ始めると鬣が萎むのだ。更に涎が垂れているということは、驚異的なスタミナを誇るロアルドロスにもとうとうスタミナ切れが訪れているということだ。

 

「やっとかよ……!」

 

 ロアルドロスは一度スタミナを回復させたいのか、エリア5から移動しようとし始めた。それを追おうとするヤマト。しかし、アマネはそんなヤマトに待ったをかけた。

 

「おい、なんで……」

 

「いいから」

 

 そうこうしているうちにもロアルドロスはエリア5を離れてしまった。恐らく何処かで水浴びをして水を貯め、スタミナ源を確保するのだろう。そうなるとまた厄介になるのは目に見えている。だからこそヤマトは追いかけ、確実にダメージを与えるべきだと考えたのだ。

 

「服、重いんでしょ。ちょっとでも乾かすわよ」

 

 そう言いながらアマネはポーチに入っている細々とした部品を取り出し、組み立てていく。そして長めの鉄の棒に生肉をぶっ刺し、組み立てた装置の上に乗せた。

 肉焼きセット。ハンターの必需品だ。モンスターの生肉を焼く為に使われる装置で、数十秒焼くだけで生肉がこんがりと焼ける程の火力が出る。

 

「肉焼きセットの炎で服を乾かすわよ、あと砥石で太刀研いだ方がいいかも」

 

 アマネはヤマトが服の重みで満足に戦えないことを見抜いていたのだ。ロアルドロスと戦う前まで本当に強いハンターなのか半信半疑だったヤマトだが、今は完全に考えを改めていた。

 チームハントなら仲間の状況を確認することは普通なのだろうが、初めて共に狩りをするハンターの好調、不調を見抜けるハンターはそういない。更になぜ満足に戦えていないのかの原因まで見抜くのだからアマネは相当な実力者だろう。しかも彼女はそれを見抜きながらロアルドロス相手に一歩も引かずに大量のダメージを与えているのだ。更に彼女に目立った大きな傷は無い。

 

「テッテレ、テテテテッテレ、テテテチャカチャンチャカチャン……」

 

 今目の前で肉を焼く時にこんがり焼く為のタイマー代わりとなる曲を口ずさむ彼女は、本当に強いハンターなのだ。

 

「上手に焼けましたっと。どう?乾いた?」

 

「そんなすぐには乾かねえよ。……体は温まった。サンキュ」

 

「いいのよ、お礼なんて。……どう?初ロアルドロス」

 

「正直むちゃくちゃ強え。アンタが居なけりゃもうネコタクシー使ってる」

 

 ヤマトは率直な感想を述べた。予想しているよりずっと強い。まだ渓流の中型とも大型ともつかないモンスターしか狩ったことのなかったヤマトにとってはかなりの強敵だった。

 

「ふふ、そうね。でも大丈夫。アナタの攻撃はしっかり効いてる筈よ」

 

「だといいんだがな。……肉、冷めるぞ」

 

 ヤマトの言葉を聞いて「あ、やば」と呟き肉にかぶりつくアマネ。その光景を見ると、今この空間がついさっきまで大型モンスターとの生死を賭けた戦いが行われていた場だということを忘れてしまいそうであった。

 アマネが肉に夢中になっている間に、ヤマトは太刀を砥石で研ぎ始めた。何発か弾かれたりしているのだ、斬れ味が少し落ちていてもおかしくない。ヤマトは太刀を研ぐと共に、自分の集中力も研ぎ澄ませていった。

 

「ご馳走様。研ぎ終わった?」

 

「ああ、念の為の応急薬も飲んでる。万端だ」

 

「オッケー、行こうか。エリア2で水浴びしてる筈、一気に決めに行くわよ」

 

 荷物をまとめエリア2へと向かう二人。ロアルドロス戦、第二ラウンドが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がエリア2に到着した時、ロアルドロスは既に水浴びを終えていたのか、膨らみきった鬣と共に二人を威嚇した。それはスタミナの回復を意味している。

 

「さて、ここから本気で行くわよ」

 

「今までは何だったんだよ」

 

「常に本気よ、私は」

 

 先程の小さな休憩時間を挟んだからか、ヤマトも軽口を叩くことが出来るくらいには回復していた。文字通り第二ラウンド。二人と一体は同時に走り出した。

 ロアルドロスの突進を咄嗟にヤマトは右、アマネは左に躱す。左右に分かれた獲物のどちらを狙うか、ロアルドロスは一瞬迷った。そして狙ったのはヤマト。前脚の爪を振り上げる。それを見た瞬間、ヤマトは尻尾側へ回避。振り下ろされた爪は届かずに空を切り、ヤマトの反撃の一撃は尻尾に綺麗に決まった。

 そして間髪入れずにアマネが鬣を斬り裂く。ロアルドロスは呻き声を上げながらアマネに注意を向け、噛み付こうとするもすぐにアマネは後ろに引き、ガチン!という歯の音しか聞こえない。

 

「ギァァァアア!!!」

 

 痺れを切らしたのか、ロアルドロスが怒りの頂点に達した。そして何を思ったのか急にエリア2を縦横無尽に適当に走り回り暴れ回り、至る所に水球を放ち始めた。近付くことが出来ず、動きに規則性が無い為、攻撃を躱すことに精一杯だ。

 しかしその水球が乱れ飛ぶ中、ロアルドロスに向かって全力で走り出す何かをヤマトは見た。鬼人化状態のアマネだ。攻撃を正確に躱しながら、確実にロアルドロスとの距離を詰めていく。

 そしてロアルドロスが少し疲れたのか暴れるのを止めた途端、鬣から大量の血が噴き出し、アマネは既にロアルドロスから離れていた。一瞬の内にどれだけ攻撃を浴びせたのだろうか。鬣が所々剥がれ落ちるようになっている。

 

「グォォォア!!」

 

 アマネを狙うのは得策でないと感じたのか、標的にヤマトに絞るロアルドロス。その巨体を跳びあがらせ、ヤマトに向かって突進を繰り出してくる。

 しかし、ヤマトの集中力はここで最大となった。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 ロアルドロスが着地する前に地面スレスレを走り抜け、ロアルドロスの下を潜る。そしてロアルドロスが着地した時にはヤマトは背後をとる形になっていた。そして己の錬気を解き放ち、一回転して尻尾を斬り裂く。太刀の必殺技とも言える、鬼刃大回転斬りだ。

 

「まだまだァ!!」

 

 回転で崩れた姿勢のまま、更に太刀を振るうヤマトのその姿勢は、自然と腰が引かれる形になっていた。「太刀」の必殺技ではなく「ヤマト」の必殺技が炸裂する。その一撃は吸い込まれるように尻尾に向かっていった。

 

 ズパァン、という気持ちのいい音が響きながらロアルドロスの尻尾が斬り飛ばされた。今までヤマトが与えてきたダメージは、無駄ではなかったのだ。体の一部が吹き飛んだ痛みに、ロアルドロスは思わず体をくねらせ倒れ込んでしまう。

 

「行けっ!アマネ!!」

 

「言われなくとも!!」

 

 無理な姿勢で攻撃をしたヤマトはそのまま地面を滑り、華麗に転ぶ。それとすれ違うかのようにアマネが本日何度目かの鬼人化状態で突撃、そしてやっと立ち上がったロアルドロスを踏み付け、飛び上がりながら回転、双剣を振りまくる。ロアルドロスの背中から大量の血飛沫が上がり、アマネの頬が紅く染まる。ロアルドロスは予想外の上からの攻撃に怯み、アマネに隙を見せた。

 

「ヤマト、追撃準備よろしく!!」

 

 そう叫びながらアマネはなんとロアルドロスの背中に乗り、武具の素材となるモンスターの毛や鱗を剥ぎ取る為のナイフを突き刺し、ロアルドロスを攻撃し始めた。なんとか振り落とそうとするロアルドロス。それを無視して攻撃を続けるアマネ。

 ヤマトは本日何度目かの驚きに襲われていた。あんな狩猟法、見たことも聞いたこともない。モンスターを踏み付けて跳躍し、モンスターの上から攻撃。そして隙を見せたら上に乗り、ナイフで突き刺す。出鱈目にも程がある。

 

 やがてロアルドロスの方が我慢比べに敗北、足をもつれさせ転んでしまった。驚きはしたがこのチャンスを逃すヤマトではない。研ぎ澄まされた集中力は太刀筋に現れ、面白いように斬撃がロアルドロスの肉を裂いていく。

 

「これで……止めだっ!!」

 

 横一文字に振り抜かれる太刀。進行方向へ引かれる腰。その一撃は、怒涛の攻撃を受け弱っていたロアルドロスを葬るには十分すぎる一撃だった。

 

「やった……か?」

 

「ええ、やったわ」

 

 迸る水流のようなモンスター、ロアルドロス。それを初めて狩猟したヤマトの心の中は歓喜や頑張った、という達成感ではない。「生きていた」という安堵だった。目の前で息を引き取ったモンスターは俺を狩ろうとした。俺はこのモンスターを狩ろうとした。そしてその結果、俺が生き残ったのだ。

 

 そしてアマネという実力者がいなければおそらく勝てなかったであろう強敵に、感謝と尊敬の念を込めてロアルドロスの素材をナイフで剥ぎ取り始める。

 

 ロアルドロスが水浴びをしていたであろう、小さな滝。そこには、孤島を照らす煌びやかな太陽の光が反射していた。まるで、二人のハンターと一体のモンスターを照らすように。




 水獣ロアルドロス戦、終了。

 第一章はもう少し続きます、お付き合い願います。

 感想、評価、宜しくお願いします。


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狩りを終えて①

 私はお酒飲めないです。年齢的に。


 船に乗り、港へ帰って来た二人。すっかり夜も更けているが、港は酒を肴に騒ぐ漁師達で賑わっていた。

 

「今から村まで帰ろうにも竜車が無いわね、多分」

 

 一度ベースキャンプに戻って軽く手当てをしてから船に乗った為、時間はかなり遅くなっている(クエストの制限時間は余裕たっぷりだった)。この時間からユクモ村まで乗せてくれる竜車を探すのは不可能だろう。

 

「どっかで宿でも取るか?」

 

「あら、真面目ね。私は朝まで飲むつもりだったんだけど」

 

 そう言いながら目を動かし、美味しそうな酒、ご飯を探すアマネ。ヤマトはまじかよ、と溜息を付きながらユクモノカサを取り、首からかけた。

 

「……あんま財布に余裕がある訳じゃねえから。安くて美味い店、紹介してくれよ」

 

 その言葉を聞いてアマネの目が輝いた。一人で飲み歩くより、二人で飲み明かす方が楽しいに決まっている。

 

「いい所があるの、ビールが安くてご飯が美味しいとこ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くこと五分少々。如何にも飲み屋通り、といった通りのうちの一軒に入ったアマネとヤマト。中はかなり明るく、席もかなり埋まっている。客の殆どは地元の漁師だと思われるが、中にはヤマトやアマネの様に武器や防具を携えている者もいる。恐らく、いや、確実に同業者だ。

 

「おお、アマネちゃん!なんだ、ロックスとは別れたのか?」

 

「違うわよ、彼はただの同業者。席空いてる?」

 

「おお、空いてるぞ!好きなとこ座ってくれや」

 

 店主らしき男がひょこっと顔を出し、アマネと軽く話をする。それを見る限り、アマネがこの店の常連であることが解る。アマネとヤマトは奥のテーブル席に腰掛け、ウェイターにビールを二つ注文した。

 

「港の居酒屋はどこも魚が美味しいのよね、お酒が進む進む」

 

「帰り、竜車だからな。飲み過ぎんなよ」

 

 間もなくビールが運ばれ、そのついでにアマネが幾つか食べ物を注文した。ウェイターがペンを走らせる。

 

「さて、ロアルドロスの狩猟成功を祝いまして……」

 

「「乾杯!」」

 

 ジョッキをぶつけ合い、ビールを口に運ぶ二人。狩猟を終えた自分へのご褒美であり、自分から自分へ送る成功報酬。喉を通る冷たいビールは、ある意味回復薬よりも体力を回復させてくれるのだ。

 

 暫し無言でビールを呷る二人。すると食べ物が幾つか運ばれてきた。サシミウオのカルパッチョ、ポッケ野菜のサラダ、丸鶏の唐揚げ。キノコと山菜の炒め物もある。

 

「ほら、ご飯も来たわよ」

 

 そう言いながらサシミウオのカルパッチョを頬張るアマネ。新鮮な魚と玉葱、そして酸味のあるソースが絡み合う。この店で必ず最初に食べるメニューだ。

 ヤマトはポッケ野菜のサラダを箸で一つかみし、口へ運んだ。寒い気候の中、強く育った野菜は普通の野菜よりも甘みがあり、果物ドレッシングがその味を引き立てる。成程、確かにこれは美味しい。アマネが推す理由も理解出来た。

 

「美味い」

 

「でしょ?結構安いのよ」

 

 アマネが注文していた料理はやはり海鮮系が多かった。そしてその一つ一つが新鮮であるため、どれも絶品だ。

 

「この鮭、美味いな」

 

「あ、私が食べようとしてた最後のヤツ……」

 

 二人はしばし料理に舌鼓を打ちながら、喧騒に紛れていた。

 

 腹も膨れ、皿を軒並み空にした頃。おかわりのビールが運ばれ、二人は二杯目を呷った。

 

「前の怪我した時は家まで送ってくれてありがとね」

 

「気にすんな。俺も今回の狩りで助けてもらってる」

 

「それもそうね。……でも貴方、そろそろ防具は変えた方がいいわよ。ユクモシリーズは軽くて動きやすいけど、ロアルドロス級のモンスター相手だと防具の役割をあまり果たせない」

 

「ああ、今回の狩りで実感はしたよ……ただ、他に軽い防具って何があるのか解らねえし」

 

 ヤマトはジョッキを口につけ、軽く傾けた。よく冷えている。

 

「モンスターの素材で作れる防具は、どれも見た目より軽いわよ。例外もあるけど」

 

 ボルボロス、ウラガンキンとかね、と例外のモンスターを挙げながらアマネは自分のハンターノートを捲る。

 

「特に軽いのはナルガクルガとかだけど……これはヤマトにはまだ早いかな」

 

「……まあ、考えてみるさ」

 

 そう言いながらヤマトはまだ皿に残っている酒のつまみを食べる。

 

「そういやお前のあの動き、なんなんだ?モンスターを踏んでジャンプしたり、上に乗ったり……」

 

「ああ、あれね。私が編み出した空中戦法。貴方こそなんかすごい斬り方してたでしょ」

 

「あれはとある武術の応用だ。覚えさえすりゃ誰にでも出来るさ」

 

「いや、あんなの私だって初めて見たわよ……そういえばヤマトはどうしてハンターに?」

 

 アマネもまだ残っている酒のつまみに箸を進める。つまみが無くなった。

 

「ユクモ村にハンターが少ない、ってのが理由。どうせなら村の役に立てる方がいいだろ。アマネは?」

 

 そう言うヤマトの目は嘘をついているように見える。少なくともアマネの目にはそう映った。しかし、あまり詮索するつもりも無かった。

 

 命を賭けてモンスターを狩る、途轍もなく危険な仕事なのだ。何か特別な理由があってハンターをしている者も沢山いる。その理由を話したくない者も今まで何度も見ている。

 

「私はお父さんがハンターだったからかな。その姿に憧れて私もハンターを目指していた」

 

「意外と普通だな。……武器も親父さんと同じなのか?」

 

「普通で悪かったわね。お父さんの武器は大剣だったわ。私には重くて無理」

 

 大剣「だった」。アマネがそう言ったということは、アマネの父は既にハンターでは無いのだろう。引退したのか、はたまた……死んだのか。それを聞く勇気はヤマトには無かった。代わりに無くなった酒のつまみを注文する。

 

「ハンターになってそこそこ歴はあるんだろ?なんか、聞かせてくれよ。狩りの話」

 

 アマネの父について考えていても仕方がない。そう思ったヤマトは話題を変えた。実際、あんな出鱈目は戦法を使いこなす実力者の話には興味があった。

 

「いいわよ。そうね……じゃあ、折角だし私が初めてロアルドロスを狩りに行った時の話をしましょうか」

 

 喧騒に紛れ、二人の狩人は朝まで語り合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、とある竜車の上。

 

「うええええ、気持ち悪いぃ……」

 

「お前マジでバカだろ、マジで」

 

 朝まで語り合った二人は、当然ながら相当な量の酒を飲んだ。アマネもヤマトも酒にはすこぶる強い方なのだが、アマネが軽く酔っ払い、「アタシが払ってやるわよぉ!!」の叫び声と共になんと居酒屋での料金をアマネが全払い。そして竜車か探しているうちに酔いが醒めてきたらしいのだが、竜車は何せ揺れるのだ。案の定気分を悪くして、吐きそうになっているのだ。

 

「てかヤマト、あんた私と同じペースで飲んでたわよね……うぇ、何で大丈夫なの」

 

「酒にやたら強くてな」

 

「羨ましいわ……」

 

 顔を青くしてぐったりしているアマネと全く同じペースで飲んでいたヤマトはというと、驚く程普通の顔をして竜車に乗っている。とんでもなく酒に強いらしい。

 

「もうちょいで着くから吐くなよ?」

 

「努力するわ……」

 

 既にユクモ村の名物である温泉の湯気が遠くに見え始めている。村まであと少しだが、アマネの限界もあと少しである。

 

「早くぅ……着いて……うぅ」

 

 




 あと一話で第一章も終わり。この章ではもう狩猟は......無いかな。

 感想、評価、宜しくお願いします。


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紅葉は相も変わらず

 投稿期間開けて申し訳ないです。第一章終幕。


「ほんと悪いわね……またおぶってもらっちゃって」

 

「背中に吐かなけりゃもういいさ。帰ったら水飲んで寝ろよ」

 

 竜車がユクモ村に到着した頃、アマネはリバース、までは行かなくともほぼ限界だった。歩くことすらおぼつかなく、結局初めて会った時と同じく、ヤマトがアマネをおぶって家まで送る、という展開になっているのである。

 以前も通った橋を渡り、落ちていく紅葉を眺めながら、ゆっくり歩く。以前は傷に響かないように、とゆっくり歩いていたが、今回は背中に吐瀉物がかからないようにゆっくり歩く。

 

「ここ真っ直ぐだったか?」

 

「あー……うん、そう……あら?あの子」

 

「んあ?……あ」

 

 ボーッとした目でアマネが見つけたのは、ヤマトの幼馴染みであるリタだった。ヤマトも気付くが、手は塞がっているから手を振れない。おーい、と声をかけることにする。声に気付き、振り向くリタ。ヤマトを見るや否や走ってヤマトへ近づいていく。

 

「あ、ヤマト!!おかえ……」

 

 しかし、その足はヤマトがおぶっているアマネを見るや否や止まった。

 

「ヤマトのバカ!死んじまえっ!!」

 

 そして途轍もない速度で走って逃げ出すリタ。それを見て何となく察したアマネと、呆然としているヤマト。紅葉は相も変わらずヒラヒラと落ちている。

 

「……なんなんだ」

 

「あんた、結構鈍感なのね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマネを家に帰して、一人家までの道を歩くヤマト。日はかなり昇っており、人通りもかなり多くなってきている。

 この時間から今日の稽古をするのは無理だな。リタはなんであんな怒ってたんだ?そういや完了報告はしたけど報酬はアマネがヤバイからまだ貰ってないんだっけ。

 体はかなり疲れているはずなのだが、頭の中はかなり動いている。防具、また見に行かねえと。

 

 頭の中でそれ程色々なことを考えていたからだろうか。

 

「……」

 

 そこにいたリタに気付くのが遅れてしまった。

 

 紅葉は相も変わらずヒラヒラと落ちている。

 

「……家まで行っていい?」

 

 相当怒っているトーン。ヤマトはその理由が解っていないが、逆らってはいけない気がした。

 

「……おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人で、並んで歩く。

 

 紅葉は相も変わらずヒラヒラと落ちている。

 

 空は青い。本日のユクモ村は晴天らしい。

 

「……怪我は?」

 

「してない……って言っちゃ嘘になる」

 

「強かったんだ、ロアルドロス」

 

「ああ。アマネがいなけりゃヤバかった」

 

「……そう」

 

 なんでコイツはこんななのよ。

 

 リタの心の中は暴風雨である。

 

 しかし、ヤマトの言葉が正しいのであれば、アマネがいなかったらヤマトは大怪我をして帰って来ていたかもしれない。帰って来なかったかもしれない。ヤマトは良くも悪くも平等であり、鈍感なのだ。色眼鏡で物事を見るような男ではない。つまりヤマトの言うことは事実なのだろう。そう思うと、アマネに対する感謝の気持ちも生まれてくるのだ。

 

 リタの心は暴風雨である。

 

「痛む所、ないの」

 

「ハンター御用達、回復薬はすげえぞ。傷の回復がメチャクチャ早い」

 

 ハンター御用達。その言葉すらリタの心をモヤモヤさせる。

 私はハンターではない。アマネはハンターである。ハンター御用達の回復薬の効果を共感することすら、彼女には出来ないのだ。

 

 紅葉は相も変わらずヒラヒラと落ちている。

 

「……機嫌悪いな」

 

「……別に」

 

 ぶっ倒してやろうか、コイツ。

 

「……その、なんだ」

 

「なに」

 

「いつも悪いな。心配かけて」

 

「……」

 

 唐突に言われた言葉。思わずヤマトを見たリタの顔は紅潮していたが、ヤマトはそんなリタの顔を見てはいない。彼も素直に言うのが少し恥ずかしかったのか、ヒラヒラと落ちる紅葉を見ていた。

 

 リタの歩調が少し速くなる。鼓動も共に。

 

「……疲れてるでしょ。朝ごはん作ってあげる」

 

「サンキュ。悪いな」

 

「それくらい全然いいよ」

 

 さっきの言葉で機嫌を直したことを悟られないように、わざとぶっきらぼうに答える。

 

 リタの心に晴れ間が差した。

 

 やがてヤマトの家が見えてくる。おそらく彼の家に大した食材は無いだろう。少しでも私のあげた野菜が残ってたらな、美味しいもの作れるんだけど。

 

 それを確認する為にヤマトより先に家に入る。

 そして家に入った時に思い出した。

 

 まだその言葉をきちんと口にしていない。

 

「おかえり。……無事でよかったよ」

 

 やっとの自宅、という思いがあるのだろう。少し疲れた表情で家に入ったヤマトは、投げかけられたその言葉に笑みを浮かべた。

 

「ただいま」

 

 リタの心は快晴である。

 

「後で温泉行こっか」

 

「おう」

 

 紅葉は相も変わらずヒラヒラと落ち続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かった、野菜割と残ってる」

 

 その日の朝食は彼女にとって、特別な、特別な…




 今回はかなり少なめですね......前と繋げることも考えたんですが、アマネとリタで分けたかったので。

 次回からは第二章。キャラもどんどん増やしていきたいと思います。

 感想、評価等、宜しければお願いします。


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第二章 狩人は何を見る
誇り高き狩人


 投稿期間空いてしまって申し訳ございません。

 私生活が多忙を極めていましたので......何はともあれ今回から第二章、開幕です。




 ロアルドロス狩猟から二週間。

 

「お、ヤマトさん久々の狩猟クエストですね!」

 

 ロアルドロスとの戦いで負った傷を治すこと、そしてアマネが居なければ勝てなかったであろう実力不足の自分を見つめ直すために、ヤマトは採取クエストをこなす日々を送っていた。ハンターは何もモンスターと戦う職業ではない。自然と共存する為の職業なのだ。ヤマトはそのことを再確認したかった。

 

「ドスジャギィの狩猟ですね、場所は渓流。制限時間は渓流到着確認後48時間となります。参加人数は……」

 

「一人で」

 

「かしこまりました。外に竜車を手配しますので、それまで準備でもどうぞ!」

 

「いつも悪いな、ミク」

 

 ユクモ村新米受付嬢、ミクは実はヤマトがハンターになった時期に同じくして受付嬢になっている。そういったこともあり、ヤマトがクエストを受注する際はミクが受けることが多いのだ。

 

 竜車の手配が終わるまで恐らく十五分少々はかかるだろう。それまでに今回の狩猟に持っていくアイテム、愛刀である鉄刀「楔」のメンテナンス等をしようかと集会所の狩猟準備場に向かおうとしたその時だった。

 

「ヨォ!いきがってる酒飲み諸君!」

 

 見るからに柄の悪い(ハンター達も似たようなものではあるが)男達が数人、集会所に入ってきた。それと同時に放たれる挑発。集会所で昼間から酒を飲んでいるハンター達は一瞬、そちらを見た。

 しかし、その後は目もくれず騒ぎながら酒を飲む。男達はそれを見て眉を顰めつつも、受付の方へと向かった。

 

「おい姉ちゃん。ハンター様ってのは外にいる犬っころみてえなのをぶっ殺すだけですんげえ儲かってんだろォ?ンなもん俺らにも出来るからよぉ。俺らにも仕事くれや」

 

 先頭に立っている男がわざとらしく大声で話す。それを聞いて後ろの男達がギャハハ、と笑う。急な招かれざる客に、新米受付嬢のミクは戸惑ってしまっている。

 

「あの、ハンターの仕事はギルドに加入するか、資格を持っていないと受けられない決まりで……」

 

「ンだよ、ここにいる奴らより俺らの方が強いぜェ?ギルドなら入ってるよぉ、山賊ギルド」

 

 どうやらこの男達は山賊らしい。山賊ギルドってー!それはないっすよー!と後ろの男達はまたもや下品に笑った。

 ヤマトは準備場に行くことを一度断念し、適当な席に座る。どうやらミクが受け答えしている間に、後ろで敏腕受付嬢、コノハを呼びに行ったらしい。

 

「よぉヤマト。ミクちゃんが不安なのも解るがな、ほっときゃいいんだあんな奴ら。コノハの奴が何とかする」

 

「ああ。……でもなんかあったらぶっ飛ばすぜ」

 

 隣で酒を飲んでいた顔馴染みのハンターが騒ぎながら、小声でヤマトに話しかける。ヤマトもそれに小声で応えつつ、状況を伺っていた。ミクは同期のようなものだ。同じ新米として仲も悪くない。そんなミクに何かあろうものなら、ヤマトはあの男達を許さないだろう。

 

「オイィ、仕事寄越せっつってんだろォ!?なんならお前が仕事するか?俺らの相手しろよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヤマトの堪忍袋の緒が切れた。いや、殆どのハンターの堪忍袋の緒が切れているだろう。

 ヤマトが立ち上がろうとした瞬間、

 

「おい下衆共!俺達誇り高きハンターを馬鹿にするだけじゃ飽き足らずその子に手を出すとは……ふざけんじゃねえぞ」

 

 男が立ち上がり、山賊に向かって堂々と言い放った。山賊達は(ハンター達も)一斉にそちらを見る。

 

 緑色が強く出た防具。ユクモ村近辺では見ない防具だ。背は高く、赤い髪を後ろで縛っている。一年近くユクモ村のハンターをしているヤマトだが、見たことのないハンターだった。

 

「ンだよ、ハンター様は引っ込んでな!俺らモンスターと違って強えからよォ、怪我じゃ済まないぜぇ?」

 

 あいも変わらず馬鹿にした態度を崩さない山賊。ハンターはそれを見て山賊達のすぐ側まで移動し、ミクと山賊の間に立った。

 

「俺らハンターは例えどんな下衆野郎でも人に武器向けちゃなんねえ。素手で相手してやるからそのハンター様が本当に弱えのか試してみろよ」

 

「んだとォ……?」

 

 逆に挑発を返すハンター。先程まで笑い散らしていた後ろの山賊達も眉をひそめ、一人のハンターを睨んだ。

 

「おいおい、まさかビビってんのか?ハンター様に」

 

「んだとォ!?ぶっ殺してやる!!」

 

 怒り心頭となった山賊の頭が腰に下げていた曲刀を抜き、ハンターに振り下ろす。

 しかしその集会所にいた全てのハンターがこう感じていた。

 

 あんなの、ブルファンゴの突進に比べたら止まっているようなもんだろ。

 

 緑色のハンターも当然同じことを考えており、その太刀筋を見切り、躱すことなど容易い。刀は空を切り、山賊は大きく体勢を崩した。そこに放たれる小さな蹴り。それが当たるだけで山賊の体は大きく飛ぶ。

 

「親方ぁ!」

 

「テメェ殺してやる!!」

 

 一瞬の出来事にキョトンとしていた後ろの手下達も刀を抜き、ハンターに襲いかかろうと刀を振り下ろす。しかしその一つ一つの動きも、群れで襲ってくる鳥竜種に比べたらなんと遅いことか。華麗な足さばき、バックステップで攻撃をかわしつづける。

 

 周りで見ているハンター達はただヤジを飛ばすだけのガヤと化していた。当然である、一人で事足りるのだから。

 

「畜生、馬鹿にしやがって……全員殺してやるァァ!!」

 

 蹴りを入れられ呻いていた親方と思われる山賊が起き上がり、刀を振り上げた。

 しかしその途端に振り上げた腕を何者かに捻られ、刀は地面へ落ちる。そして痛みと共に崩れた体勢に容赦なく払われる足。山賊は再度地面に転がる事となり、脇腹に鋭い蹴りが食いこんだ。

 

「山賊風情がいきがってんじゃねえよ」

 

 静かな怒りと共に山賊を見下ろしているのはヤマトだった。山賊は正常な呼吸すら出来ずに喘いでいる。ふと受付の方を一瞥すると、そちらは半分程が地面に沈み、半分程が逃げ出している所であった。

 

「山賊共、よく聞け。俺達ハンターはこの仕事に誇りを持って生きている!その誇りを軽い気持ちで汚す奴らは許さないぜ」

 

 その言葉を合図に集会所が沸いた。はっきり言って相手にするだけ無駄だと考えていた大半のハンターであったが、馬鹿にされて怒っていなかった訳ではない。緑色のハンターはそれに笑顔で応え、そしてヤマトの方へと向かっていった。

 

「リーダーっぽい奴が立った時、攻撃したのはアンタだな。サンキュ!助けてくれて」

 

 先程までの誇りを掲げた真面目な正義の味方、という印象から少し外れ、気さくに話すハンター。心なしか声の質まで少し変わっているように感じた。

 

「あんたこそ強えさ。あの受付嬢、俺と同期でまだ新米だったんだ。助けてやってくれてありがとな。……それにしても、あんたユクモ村のハンターじゃねえよな?」

 

 ヤマトは疑問に思っていたことをぶつけた。そのやりとりを見ていた周りのハンター達も少し静かになる。その問いを聞いて緑色のハンターは照れくさそうに笑い、鼻を擦りながら応えた。

 

「俺の名前はディン。誇り高き龍歴院のハンターで、今日からこのユクモ村で仕事をすることになったんだ。実は俺もまだまだ新米ハンターなんだが、これからよろしく頼むぜ!」

 

 龍歴院。それはベルナ村に設置されている、各地に存在するモンスター達の生態を調査している機関だ。ハンターズギルドとの連携も強く、生態調査の為に各地の村に龍歴院の専属ハンターが赴き、仕事をすることも珍しくない。

 

「俺はヤマト。同じくまだまだ新米だ、よろしくな」

 

 ヤマトも自己紹介をし、口元を緩める。その時、ちょうどミクがこちらに向かってやってきたところだった。ミクの代わりに今は敏腕受付嬢、コノハが受付をしている。

 

「あの、助けてくれてありがとうございました!私、ミクです。受付嬢始めてまだ一年なので、ああいうの初めてで……ヤマトさんもありがとうございます!あと竜車、準備できたみたいです!クエスト、いつでも行けますよ!」

 

「おう、俺はディン。よろしくな。……ヤマト、今からクエストか?」

 

「ああ、ドスジャギィの狩猟だ。渓流まで」

 

「へぇ、ドスジャギィ!なあミク、そのクエストって俺も付いて行っていいのか?」

 

「「はい?」」

 

 ディンが唐突に言ったその言葉。つまり、これからヤマトが向かうクエストをチームで行きたいと言うのだ。

 

「まあ、一応参加人数に問題はありませんが……」

 

「じゃあ俺も参加するぜ。狩猟許可は昨日ロックラックで貰ってる。 ヤマト、お前も新米なんだろ?これから長い付き合いになるかもしれねえんだ、お前の実力が見たい」

 

 てきぱきとミクに事務的な話をつけ、ヤマトに向き直る。その表情は先程山賊と対峙していた時の表情であった。

 

 そのような表情であるから、ヤマトも真剣に考える。そして真剣に、正面からディンの目を見据える。集会所は喧騒を取り戻しつつあるが、二人の間には静寂が生まれた。

 

「……連携を即興で取れる程のハンターじゃないからな、俺は。自分の身しか守れないし、お前も自分の身は自分で守ってくれよ。三十分後、用意を済ませてここに集合だ」

 

 それを聞いてディンの表情はとても明るくなった。相当嬉しかったらしい。

 

「よっしゃ!よろしく頼むぜ、ヤマト!」

 

 そう言い残すと、ディンは飛ぶように集会所を飛び出した。思い立ったらすぐ行動、はっきりした人間だなぁ、そんなことを考えるヤマトであった。

 

 ミクはディンもヤマトのクエストに参加するにあたり、依頼用紙に書き込む事が増えた為、受付に戻る。ヤマトも準備場で準備をしようと回れ右をした時だった。

 

「ヤマト!!」

 

 背中に浴びせられる自分を呼ぶ声。振り返ると、息を切らせたディンが立っていた。頭にクエスチョンマークを浮かべたヤマトに走り寄るディン。

 

「……道具屋ってどこにあるんだ?」

 

「……お前今日来たって言ってたな、そういえば……」

 

 ヤマトの最初の準備は、ディンの為に地図を書くことと、集会所にも道具屋があることを教えることからであった。




 第二章からはヤマトとアマネの他にも、ハンターが何人か登場する予定でございます。そのうちの一人がディン。彼もまた新米ハンターですね。

 よろしければ感想、評価、よろしくお願いします。


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狗竜ドスジャギィ

今回から投稿ペースを戻します!





 渓流ベースキャンプ。ヤマトにとっては見慣れた場所であり、その風景を楽しむような心は薄れてしまっている。

 しかし、この渓流という狩場、各地に存在するハンターの狩場の中でも指折りの風景が広がっているのだ。

 ベースキャンプからでも見える聳え立つ岩山には緑が茂り、所々水が流れているのも見える。また、ベースキャンプはそれなりの高地に存在している為、その岩山の先を雲が覆っているような姿もかなり間近に見ることができるのだ。

 そして聞こえる風の音、水が流れる音。この狩場を初めて訪れたハンターは誰しもこの情景に心を洗われるのである。

 

 そしてそれは初めてこの狩場を訪れたディンも例外ではなかった。

 

「……すげえな。この絶景、ずっと見ていたいぜ」

 

 ヤマトのドスジャギィ狩猟に付いて行くことが決まった後のディンは慌ただしく、少し騒がしいほどであったが、この風景を見て言葉は出てこないらしい。ヤマトも初めてこの風景を見た時は自分がクエストの為に来たことを忘れそうになった程である。

 

「もうちょい見ててもいいぜ。支給品、分けとくし」

 

「いや、一人でやらせるのは申し訳ねえからな、俺もやるよ。あ、砥石ちょっと多めに貰っていいか?」

 

「ああ、砲撃すると斬れ味落ちるんだっけか」

 

 ディンの装備はベルナ村近辺に現れる鳥竜種、マッカォの素材を使った防具、「マッカォシリーズ」に、これまたマッカォの素材を使ったガンランス、「ローグガンランス」だ。ランスの先端に砲撃用の銃口が付いており、そこから砲撃ができるガンランス。しかし、砲撃を行うと刀身が焼け、斬れ味がどんどん落ちていく、中々扱いが難しい武器である。

 必要な支給品をまとめ、ドスジャギィの居場所を探しに出発する。まずはエリア6を目指すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、足踏み外すなよ」

 

「大丈夫だって!……すっげー」

 

 エリア6に向かうにはエリア1からエリア2を経由して向かうのが一番速い。ヤマトとディンもそのルートを通ってエリア6に向かっているのだが、エリア2は中々の高山地帯。ほぼ崖になっているような部分からはこれまた綺麗な水の流れを見る事も出来る為、ディンがギリギリいっぱいまで崖に近付いてその風景を楽しんでいるのだ。

 ディンはひたすらに無邪気な男なのだろう。狩りに来ていることを忘れさせない緊張感を持ち合わせつつも、渓流という狩場の風景一つ一つに素直に驚き、素直に楽しんでいる。

 

「……よし!満足した!さぁ、次もこの景色を見られるように頑張らねえとな」

 

 風景を楽しむのに満足したのか、ヒョイと戻ってくるディン。その表情は子供のようであり、しかしどこかに迫力が感じられた。

 

「次、お前と狩猟する時もこの景色を見るためにここのエリアは通るぜ!……これで今日死ぬわけには行かなくなったな」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ふとしたディンの言葉に、少しハッとしたヤマト。ディンはこうして、「死んではいけない理由」を作っているのだ。

 ハンターの強さ。それは勿論武器の扱いや身体能力、知識による部分が大きい。しかし、最も強さが出る部分、それは「生き抜く」ことへの執着である。例えどれ程強いモンスターが相手でも、生きてさえいればいつか倒せるかもしれない。死ななければ、何度だって挑戦が出来る。そして圧倒的強者であるモンスターを相手にする時、常に付き纏う「死」への恐怖を持ちながら戦うためには、「生き抜く」意思が必要となる。ディンはそれを作っているのだ。

 

「じゃあ、行くか。エリア6」

 

「おう!頼むぜ、ヤマト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狗のようなモンスター、ジャギィは一匹だけではハンターの敵にもならない小型のモンスターである。鋭い爪と歯は脅威ではあるが、しっかりとした防具を着けていれば致命傷になることもほぼ無い。

 しかし、ジャギィは標的相手に複数で挑むモンスターだ。

 多方面から襲い来る爪や歯を躱しながら、確実に息の根を止めるのは中々難しく、一気に厄介なモンスターへと変貌する。

 

 そしてそのジャギィの群れを従えるボス、ドスジャギィはそのジャギィの群れに鳴き声で指示を出しつつ、ジャギィの倍以上ある巨体で自らも暴れ回る、脅威的なモンスターだ。ドスジャギィばかりに気を取られるとジャギィの餌食となり、逆もまた然りである。

 

 そのドスジャギィを二人以上で相手にする際の安全な戦い方は一つ。片方がジャギィの群れの気を引き、もう片方がドスジャギィの相手をすることである。

 ヤマトの予想通りエリア6にいたドスジャギィ。ドスジャギィは二人の狩人を見るや否やジャギィを呼び寄せる独特な鳴き声を発し、二人へ襲い掛かった。

 

「ヤマト!俺が抑える、雑魚処理頼むぜ!!」

 

「わかった、気を付けろよ!」

 

 ドスジャギィの噛みつきを盾で受け止めるディン。そのまま右手で背中のガンランスを引き抜き戦闘態勢を取る。ヤマトはその脇を駆け抜けながら抜刀し、鳴き声につられてやって来たジャギィの群れに突っ込んだ。

 

「さあ!誇り高き龍歴院ハンター、ディンが相手になるぜ!」

 

 

 再度襲う噛みつきを次は後ろに飛び退くことで躱し、ガンランスをドスジャギィの目の前に構えるディン。そしてそのまま引鉄を引く。

 砲口から飛び散る焔。ボウガンのように「弾」を撃ち出す訳では無い為リーチがあるわけではないが、それでもその爆発の威力とリーチは他の近接武器には無いものだ。その砲撃は的確にドスジャギィの額を捉え、一瞬の視界を奪った。

 

「そこだぁっ!」

 

 その一瞬の隙を付き、槍の部分で喉元を突くディン。そして次の攻撃が当たらないよう横にステップを踏む。

 ドスジャギィは視界が開けるや否やディンを探し、顎で噛み砕ける距離にいないことを確認。すぐさま体を捻り、尻尾でディンを薙ぎにいった。

 

「食うかッ!!」

 

 左手を動かし、尻尾を盾の正面で受けるディン。盾により攻撃のダメージは防いだが、体の向きが正面でなかった為に踏ん張りきれず、体勢を崩し後ろに崩れる形となる。

 そこをチャンスと見たジャギィ二匹。勢いよくジャンプし、ディンに飛び掛った。ドスジャギィに気を取られていたディンは少し反応に遅れる。

 

「やべっ!」

 

 直ぐに体を転がし、ジャギィの攻撃を少しでも減らそうとするディン。しかし、ジャギィの攻撃がディンに命中することは無かった。

 

「大丈夫か?」

 

 空中で体を半分にされた二匹のジャギィ。間一髪でヤマトがジャギィを屠ったのだ。ディンは助かった、と一言言いながら体勢を立て直し、すぐさまトリガーを引く。ガンランスの砲口の先にはジャギィが二匹。

 

「このドスジャギィ、かなりデカい。一瞬注意引く、カマしてくれ」

 

「任せな!」

 

 ジャギィの群れの掃除が大体終わったヤマトがドスジャギィに向かって一気に走り出す。ジャギィは倒してもどうせまだまだ現れる。ヤマトがドスジャギィに攻撃が出来るのは今みたいな次の群れが到着するまでだ。

 

「グァオオ!」

 

 突撃してくるヤマトに気付いたドスジャギィは体の向きを変え、タックルを仕掛ける。大きな体を存分に使った重みのあるタックルは、ドスジャギィの必殺技とも言える一撃だ。

 ヤマトはそのタックルに正面から向かい、尻尾側に跳びながら足下を斬り裂く。その一撃は、鱗を通り越して肉を斬った手応えがあった。

 

「今だ!!」

 

 全体重を乗せた一撃を間一髪で躱され、さらに足を斬られたドスジャギィは綺麗に転び、無防備な背中をディンの前に晒す。ディンは盾でガンランスを支え、渾身の一撃を叩き込む準備を終えたところであった。

 

「食らいやがれ!!」

 

 途轍もない熱量。それがドスジャギィの背中を襲った。飛竜種のブレスを想起させるガンランスの必殺技、「竜撃砲」。一度使用すると放熱の為暫くは使えないが、当たればその威力は計り知れない。

 

「次の群れが来るぞ!」

 

「任せろ」

 

 ドスジャギィが起き上がる前に現れたジャギィの群れ、第二陣。先程よりも数が多いのは血の匂いを嗅ぎつけてだろうか。ヤマトはすぐさまジャギィの群れに向かう。

 立ち上がったドスジャギィは竜撃砲を放ったディンしか見えていないらしく、ヤマトに見向きもしなかった。しかし、口から吐き出される息が荒く、目がギラギラと輝いている。紛れもない怒り状態だ。

 

 ジャギィの群れはドスジャギィが怒り狂っていることを察知しているのだろうか。

 野生の勘で巻き込まれることを避けたのか、ディンの方には目もくれず一斉にヤマトに襲いかかる。

 そうなると辛いのはヤマトだ。彼の防具は道着とさして変わらない。攻撃が当たれば普通の防具よりもダメージが通るため、その動きやすさを活かして攻撃が当たらないように立ち回るしかない。

 しかし、ジャギィの数は相当なものであり、多方面から仕掛けてくる攻撃を躱し続けるのは至難の技だ。

 

「邪魔だ!」

 

 袈裟斬りの体で一体を切り裂き、返す刀でもう一体を斬りつける。しかし二匹目は傷口が浅く致命傷にならず、反撃を受けることとなった。反撃をすんでのところで躱すとそこにもジャギィが。ほぼ反射で動かした足がジャギィの足を払い転ばせるが、そこに追撃をかける余裕は無い。

 

「大丈夫かっ!?」

 

 その転んだジャギィに追撃をかけたのはディンだった。ガンランスをジャギィに叩きつけて息の根を止め、牽制しつつ火薬の装填を手早く行う。

 

「あのドスジャギィ、相当デカイ群れ連れてるな。ここは背中合わせで行こうぜ」

 

「ああ。背中、任せていいんだな」

 

「当たり前だろ。俺は誇り高き龍歴院のハンターだぜ?」

 

「そうだった……なっ!」

 

 ジャギィの相手とドスジャギィの相手を分けるのではなく、両方を両方で相手する戦法に入れ替える二人。飛び掛るジャギィをディンが盾でいなし、それをヤマトが確実に屠る。危険な攻撃はディンが受け止め、注意はヤマトが引く。

 今日初めて共に狩猟をする二人は、初めてとは思えない連携を見せ始めた。先程よりも互いに危ういシーンが確実に減っている。互いが互いの苦手な部分を的確に補っているのだ。

 

「大分減ったか?」

 

「親玉がまだ元気なんだよなぁ、これが!」

 

 しかし、この巨大なドスジャギィも伊達に大量のジャギィを従えてはいない。連携を取り始めてからジャギィだけでなくドスジャギィにも確実にダメージは与えているはずだが、苦しい気配を全く見せない。動きのキレが全く落ちない。

 

「でもジャギィの数はこれで頭打ちのハズだ。ヤマト、お前まだ余裕で動けるよな?」

 

「当然だろ」

 

「よし。あいつらの目、潰すから一気に数減らしてくれ」

 

 そう言いながらディンが武器をしまい、代わりに手に持ったのは閃光玉。投げると中の光蟲が一斉に輝き、途轍もない光を発する道具だ。

 

「行くぜ!」

 

 ディンが勢い良く閃光玉を投げる。一瞬後、辺りを包む閃光。二人はその光が来ることを予め知っているから目を瞑ることが出来るが、ジャギィ達はそうではない。その光に目を眩ませ、全員が一斉に視界を奪われた。

 そしてそれと同時に恐ろしい勢いで駆け出すヤマト。日々鍛えているその体はまだまだ駆け出しのハンターとは思えない身体能力を見せる。右も左も分かっていないジャギィの首を、胴体を、流れるような太刀さばきで斬り捨てていく。

 

 ドスジャギィがやっと目が見えてきた時には、子分達は皆息絶えていた。

 それを見て怒り狂うドスジャギィ。近くにいたディンにタックルをしかけようと体を動かす。

 

「かかった!」

 

 その瞬間、ドスジャギィは体が動かなくなった。足元をふと見ると、何か人間の道具が見える。

 地面に設置し、モンスターが踏むと踏んだモンスターを痺れさせ、動きを封じる罠。「シビレ罠」だ。閃光玉で視界を封じている間にディンはシビレ罠を仕掛けていたのだ。

 今こそ好機とみたヤマトもドスジャギィに斬撃を浴びせ、ディンも突きを繰り出す。その間ドスジャギィは痺れて反撃もできない。

 

 しかしずっとシビレ罠も効果があるわけではない。しばらくすると痺れた体を無理矢理動かしたドスジャギィの重みに耐え切れず破壊されてしまった。目は今までにない怒りを表している。

 

「……タフな奴だな」

 

「第二ラウンド、行くぜ!」

 

 怒り狂うドスジャギィに物怖じもせず、二人のハンターは立ち向かった。




 ドスジャギィ戦。久しぶりの狩猟シーンですね。

 時間があれば感想、評価、宜しくお願いします。


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敬意

今回は少し短めです。


「喰らいやがれ!」

 

 何度目かの砲撃がドスジャギィを襲った。

 エリア移動を挟んでエリア2。既に狩りは大詰めとなっていた。ジャギィ達を束ねる王の印であるエリマキはボロボロに崩れ、足取りすら覚束なくなってしまっているドスジャギィ。対するヤマトとディンは疲れこそ見えるものの、目立った負傷は見当たらない。ジャギィ達を掃討してからはディンの盾に阻まれ、ドスジャギィの攻撃は殆ど当たりすらしなかったのだ。

 

 ヤマトは多人数狩猟はアマネとしか行ったことがない為、盾を持った壁役となるハンターとの狩猟は初めてだったのだが、その戦いやすさに驚いていた。壁役が的確に攻撃を防いでくれると、確実に攻撃を仕掛けるチャンスが生まれる。当然、実力が無ければ巨大なモンスターの攻撃を何度も正確に防ぎきることは難しい。それを当然のようにやってのけるディンの実力の高さは相当なものだろう。

 

 一方のディンもヤマトの実力が高いことを感じていた。恐らくヤマトがドスジャギィと相見えることは初めてでは無いだろうが、ディンが作った隙を尽く見逃さない。そして決して牙や爪から身を守れるとは思えない防具で攻撃を躱す為にひたすら動いているというのに、動きが全く鈍らない。その集中力とスタミナは驚異的であった。

 

 そんなまだまだ歴は浅くとも実力のある二人のハンターと戦う巨大なドスジャギィもいよいよ虫の息。しかしドスジャギィも生きることへの渇望から力を絞り出し、最後の猛攻を始めた。尻尾を振り回し、爪を振るう。巨体を活かした体当たり。ただ生きることだけを考えたその猛攻は今までで最も激しいものだった。

 

「ディン、一発凌げるか!?」

 

 相手が瀕死だからといって油断をしなかった二人だが、それでもやはりこの局面での猛攻を前に攻撃のチャンスを作り出せない。次の一撃で決めようとヤマトがディンに向かって叫ぶ。軽やかなステップで上手く攻撃を躱していたディンが当然、というサイン代わりにガンランスを掲げた。

 

「グォォォア!!」

 

 そしてドスジャギィの渾身の体当たり。ディンはステップを踏む足を止め、しっかりと地面を踏みしめる。腰を落とし盾を構え、その体当たりに正面から受ける姿勢を取った。

 

「ナメんなぁ!!」

 

 そして必死に踏ん張り、後ずさりながらもしっかり攻撃を完全に受け止めたディン。盾を持つ腕はその重みに痺れ、足元には後ずさった跡が見える。それはドスジャギィの生への思いの強さが確かに刻まれていた。

 しかしそれを完全に止められたドスジャギィ。渾身の一撃を終えたその体は隙だらけである。それを見逃さずにドスジャギィの懐へ潜り込み、体を一気に引きながら太刀を振るうヤマト。

 

「ッらァ!」

 

 ヤマトの斬撃は鳥竜種の硬い鱗を簡単に引き裂き、ボロボロのドスジャギィの息の根を完全に止めた。巨大なドスジャギィは先程までの生を思わせる激しい動きから糸が切れたように崩れ落ち、どさりと地面に沈んだ。

 

「……ぁあ、」

 

 そして同じように膝から崩れ落ちて大きな息を付いたヤマト。ヤマトの十八番である全身を使った斬撃は途轍もない集中力を要する。更にジャギィ達の相手、巨大なドスジャギィの相手をするのに常に走り回っていたのだ。狩りが終わった途端に疲れが出たのだろう。

 

「なんだよヤマト!今のすっげえな!!」

 

 対して遥かに元気なディンが武器をしまいながらヤマトに駆け寄ってきた。彼も集中力と精神力を削り取られるガードを続けていたから相当疲労は溜まっているはずなのだが、それを感じさせない。それはヤマトの必殺技を目の当たりにしたからなのか、はたまた元々のスタミナが異常なのか。

 

「……まあ日々の鍛錬の賜物ってもんさ。さ、剥ぎ取ろうぜ」

 

「ああ、そうだな!」

 

 ハンターはモンスターを狩猟した場合、そのモンスターの鱗や皮、爪等をナイフで剥ぎ取り、持ち帰る。それは今まで生きていたモンスターへの敬意であり、その強者を自分が倒したという誇りの証である。しかし、根こそぎ剥ぎ取ることは許されない。自然に還す為、ハンター達は最低限しか剥ぎ取ることはしない。

 ちなみに、剥ぎ取られた部位は武器や防具を作る際の素材として使われることとなる。ディンの武器や防具は鳥竜種ドスマッカォから作られている。

 

「強かったぜ、お前。静かに自然の中眠れ……」

 

 ディンは剥ぎ取る最中、常にドスジャギィの亡骸に話し掛けていた。彼は心の底から先程まで生きていたこのドスジャギィという強者に敬意を払っていたのだ。その瞳はベースキャンプで悠久の景色を眺めていた時の、真っ直ぐな瞳と同じであった。

 

「ディン、お前……」

 

「なんだ、ヤマト?」

 

「……いや、俺はお前を尊敬するよ」

 

 その敬意は正に「生」への敬意。ハンターにとって「生き延びる」ことこそが最も大切である以上、それへの敬意を重んじることは何よりも重要なのだ。それを真っ直ぐな瞳でモンスターにも行う彼は、紛れもない「誇り高きハンター」そのものであった。

 

「へっ、何言ってんだよ!俺もお前を尊敬するぜ、あんな動き回りながら正確に相手を斬り続けられるんだ、すげえ腕してるぜホント!」

 

 実力のことを褒められたと勘違いしたディンは(実力のことも尊敬はしているのだが)照れくさそうに頭を掻きながら、ヤマトに素直な尊敬の意を伝えた。恐らくひたすらに真っ直ぐな男なのだろう。

 

「帰ろうぜ!帰ったらさ、ユクモ村のいいとこ!案内してくれよ」

 

「ああ、そうだな。ユクモの名物、沢山教えてやるよ」

 

 狩猟達成。二人は互いに拳を重ね、それを小さく祝った。




 次回から日常編(?)です。ユクモ村を存分に楽しんでいただければ。あ、もしかしたら恋愛もすこし......?

 時間があれば、感想、評価、是非ともお願いします。


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ユクモ村案内

今回は日常回。......日常回?


「帰ってきたぜ!!ユクモ村!!」

 

「んな大袈裟な……」

 

 ドスジャギィを狩猟し、竜車に乗って集会所へと戻ってきた二人。

 

「達成報告しとくから休んどけよ」

 

「まじ?サンキュな」

 

 依頼の達成報告をする為に、ヤマトはカウンターへ。ディンはまだこの集会所の勝手すら解らないので端に避けて壁にもたれかかった。

 

「おかえりヤマト君。狩猟前にミクを助けたそうじゃない、ありがとね」

 

 カウンターで受付嬢をしていたのはミクではなく、敏腕受付嬢であるコノハだった。恐らく件の山賊で少し疲れてしまったのだろう。彼女もまだまだ新米なのだ。

 

「助けたのはあそこにいるディンですけどね。依頼の達成報告、いいすか」

 

「そう、あの子にもありがとうと伝えておいてね。はい、ドスジャギィの狩猟ですね。……はい、証拠となる鱗を確認しました。ギルドの者が只今死骸の回収に向かっています、完全な確認が取れたら報酬金をお渡しします。……多分、夜には帰ってくるんじゃないかしら。夜にまた来てくれる?」

 

「解りました」

 

 テキパキと達成報告を受理するコノハ。夜まで時間が出来た為、その間にディンにユクモ村を案内しようとこの先のプランを立てた。

 

「夜には達成確認が済むらしい。それまで村、案内するぜ」

 

「よし来た!……まずは武器置いて来ていいか?」

 

「ああ、いいけど……お前家どこなんだ」

 

「俺は外からのハンターだからな。集会所からすこぶる近いぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五分後。ディンの家に武器を置き(ヤマトも折角なので置いてきた)、二人でユクモ村を回り始める。紅葉がヒラヒラと落ちる道を歩き、まず向かうは農業区。

 自然豊かなユクモ村には農場が多い。中にはハンター稼業を行いながら自分の農場を持ち、その農場で狩りに必要なものを作っている同業者も存在する程だ。

 

「ここが農業区。野菜だけじゃなくてハチミツを採ったり、近くを流れてる川から魚取ったりもしてる。俺らが使う道具の素材とかも作れるからな、ハンターが持ってる農場もあるぜ」

 

「へえ!ちなみにヤマトは」

 

「持ってねえ。野菜には困ってないし休みの日は鍛錬に使ったりしてるからな」

 

 ディンはその多種多様な農場を素直に目を輝かせながら見ている。遠くで鍬を振っているアイルーがいる農場はハンターが持っている農場だろうか。

 ヤマトはユクモノカサを取り、首に掛けながら農業区を歩く。その後ろに着いて行きながら風景を楽しむディン。農具を直しておいたり、休憩の為にあるであろう小屋も味があるように見える。太陽が沈みかかっている為だろうか、小屋に農具を直したり、小屋の前に腰掛けて茶を啜る村民達をよく目にした。

 

 しばらく歩くと、同じように小屋の前に腰掛けて茶を啜る少女が見えた。足を伸ばし、満足そうに汗を拭きながら茶を飲む少女はヤマトに気付くと立ち上がり手を振る。リタだ。

 

「ヤマトじゃん!こっちの方来るの珍しいね」

 

「よう、リタ。暫くユクモに住むことになった同業者の案内でな」

 

 ヤマトのその言葉を聞いて隣のディンに気付くリタ。

 

「あ、初めまして。ここで野菜作ってます、リタです。ヤマトとは……幼馴染です」

 

「俺はディン。誇り高き龍歴院のハンターだ!よろしくな、リタ」

 

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をするリタと、誰に対しても快活に自己紹介をするディン。

 

「さて、次は商業区だな……リタも仕事終わってんなら一緒に行くか?」

 

「え?どこに」

 

「お前なぁ、話聞いてたか?ディンの奴昨日からユクモに来て暫くここに滞在するんだよ。だから今村を案内してんだ」

 

「あー、なるほど。いいよ、私も行く」

 

 こうしてパーティにリタが加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 農業区から商業区に行く為には居住区を抜ける必要がある。

 ヤマトは当初居住区には特に紹介、案内するものが無いため普通に抜けようと思っていたのだが、リタが汗まみれの服を着替えたいということでリタの家に寄っていくこととなった。

 

「リタの家……でかいな」

 

「ここで道場もやってるからな」

 

 そして当然だがリタが着替える間、男性二人は家の前で待つことに。広いのだから何処かの部屋くらいに入れてくれても良い気はするのだが、リタとしてはそれすら許せないらしかった。

 という訳でディンは居住区の中でもかなり大きいリタの家を眺め、その大きさに驚いていたのだ。

 ヤマトの言う通り、リタの家は道場も兼ねている。ここでリタの母が門下生に武術を教えているのだ。ヤマトとリタも数年前までここで武術を教わっていた。

 

「へえ、道場!じゃあリタって結構強かったりするのか?」

 

「まあ、徒手空拳の武術ならかなりの実力だな」

 

「ヤマトもここで?」

 

「ああ、武術を習ってた」

 

 成程、ヤマトの強さの原因の一つを見つけられた気がしたディンであった。

 

「それにしてもさ、」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

「遅くね?」

 

 

 

 

 

 

 家に到着して早十五分。リタの着替えはまだ終わらないらしい。

 

 遠くで鳥が鳴いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせ!」

 

「おせーよ」

 

 そこから更に五分後。やっと着替えを終えて出てきたリタに対してヤマトは真正面から文句をぶつけた。太陽はもうほぼ沈んでいる。

 

「んじゃ行くか、商業区」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村で一番賑わっている区画は何処か。答えは商業区である。

 村で採れた野菜や特産品を買いに来る行商人や観光客、当然ながら村人やハンターも足を運ぶこの商業区は活気があり、夜も提灯に灯が灯り暗闇にはならない。

 また、行商人はここに野菜や特産品を買いに来るだけではない。当然ながらここで他地方の野菜や特産品を売ることもする為、ここに来れば大体のものが買える。

 

 そんな商業区に相変わらず目を輝かせながらキョロキョロするディン。雑貨屋においてあるあの髪飾りはガーグァの羽を使っているのだろうか。隣の店で売っている卵は何の卵だろう?

 

「ここが商業区。まあ大体ここに来れば欲しいものは買えるよ」

 

 いつの間に買ったのか、リタは丸鶏の串焼きを頬張りながら説明した。甘辛いタレと大ぶりの肉が人気の理由だ。

 

「食料品、狩猟や採集に役立つ物とかもここで買える。まあ回復薬とかは狩猟者区で買った方が安いけどな」

 

「すげえな、どの道通っても周りが店だらけじゃん!おもしれー」

 

「私は貴方を見ている方が面白いわ、なんか」

 

 暖簾がかかっている店の中から男達の笑い声が聞こえる。恐らくあの店は居酒屋だろう。アイルーが店番をしている店もチラホラと見える。あれは人が雇っているのだろうか、それともアイルーの個人経営(個猫経営)?

 

「腹減ったな」

 

 ふと、お腹に手を当ててヤマトが呟いた。確かにディンも空腹だ。

 

「そう?私割と大丈夫」

 

「お前は串焼き食ってただろうに……狩猟者区行くか。集会所で飯食えるし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狩猟者区。ハンターに必要な道具を扱う店と外からのハンターが寝泊まりする場所、そして武器、防具を扱う店とその加工屋。そしてハンターの仕事を斡旋する集会所で成り立っている、最も小さな区である。

 しかし当然ながらヤマトもディンもこの区に一番お世話になることとなり、一番この区にいる時間が長くなるであろう場所だ。夜から狩猟に出かけるハンター、夜に村に帰ってくるハンターもいるため、商業区程ではないが狩猟者区も眠らない場所だ。

 

 まずヤマト達がやってきたのは加工屋だ。小柄な竜人がモンスターの素材や鉱石から武具を作り出す。

 

「ようオッサン」

 

「あぅ!ヤマトじゃねえか、元気か?……後ろの奴は誰だ?見ねえ顔だ……」

 

「俺はディン!龍歴院から派遣されてきた誇り高きハンターだ!」

 

「龍歴院?そーか、オメエのことか!新しくやってきたハンターってのは!武器や防具を作って欲しかったらウチに来な!オイラがイイもん作ってやるぜ!」

 

 どうやらディンのことは狩猟者区の中では少しずつ噂になっているらしい。加工屋は自分の背丈程もあるハンマーをブルンと振りながら肩に担ぎ、ディンと固く握手を交わした。

 

「さて、次は雑貨屋か」

 

 次にヤマト達が訪れたのは雑貨屋。回復薬やトラップツール等、ハンターに必要なものを売っている。

 

「あら、ヤマトじゃないの。……そちらは?」

 

「よう、雑貨屋のねえちゃん。こっちは龍歴院から派遣されてきた、」

 

「ディンだ!よろしくな」

 

「あら、さっき買い物していったハンターが言ってたわよ、貴方中々やるじゃない?回復薬とかはうちで買っていきな」

 

 雑貨屋とディンが話をし始めている隣で、リタは売り物を色々と眺めていた。

 

「ねえヤマト、これ何?」

 

「んあ?……解毒薬。毒を使うモンスターもいるからな、そういう奴を相手にする時に使えるんだよ」

 

「へぇー。これは?」

 

「それはクーラードリンクだな。砂原とか……」

 

 以前ハンター御用達の回復薬の効果について共感出来なかった事が少し嫉妬になってしまったリタ。ヤマトのことが好きな彼女にとって、彼が生きる為に使っているであろう道具等はやはり気になるらしい。

 しかしヤマトの説明を聞くのが楽しくなってきたのだろうか、リタは興味津々に様々なアイテムを指差し、ヤマトに説明を求めていた。

 

「……雑貨屋のねえちゃんって、ここの村の人だよな?」

 

「ええそうよ、どうしたの?」

 

「リタってもしかして……」

 

「ええ、ヤマトに恋心を抱いてるわ」

 

 その光景を見て気付いたディンは雑貨屋に聞く。そして予想通りの答えが返ってきた時、チラリと二人を見た。その顔は少しニヤニヤしている。

 

「成程な……だからあんなに着替えに時間が」

 

 恐らくリタはディンを案内するという用事のためであっても、ヤマトと出掛ける(と言っても村の中だが)ことが嬉しかったのだろう。その為にどの服を着るか悩んでしまい、時間が掛かったのだとディンは結論づけた。

 

「ちなみにヤマトのやつは」

 

「気付く訳ないでしょ、あの子ハイパーストイックだもん」

 

 溜息を付きながらそう答える雑貨屋。まだ出会って数時間であるが、ヤマトの性格がなんとなく掴めてきたディンであった。

 

「ま、私らが出来ることなんて見守るだけだからねぇ……ディン君もそっと見守ってやんな」

 

「何の話してるの、二人共?」

 

 ひとしきり説明は終わったのだろうか、満足そうな表情をしたリタが立ち上がっていた。後ろにはヤマトもいる。

 

「いや、別に大した話じゃないぜ!後は集会所だな!」

 

 急に話しかけられ、少し驚いたディンは少し早口になりながら次の場所へ促す。雑貨屋はブラブラと手を振りながらディンにウインクをかました。

 

「ありがとな、ねえちゃん!また頼むぜ」

 

「あんたこそ、近くにいてなんかあったら報告しな!」

 

 二人の同盟が組まれた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石にそろそろ帰らないと親に怒られる、という理由でリタと別れ、再びヤマトとディンの二人。二人は集会所へ足を運んでいた。

 

「ここが集会所……って、知ってるよな」

 

「まあそりゃな。中がどうなってるかはあんま知らねえ」

 

「んじゃ、飯食ってから案内するさ。とりあえずなんか食べようぜ」

 

 空いてある席に腰掛け、ウエイトレスを呼ぶ。注文をとりにやってきたウエイトレスはなんとミクだった。

 

「あっ、ヤマトさん!ディンさん!お昼は助かりました、ありがとうございます!!あっ、クエスト報酬、届いてますよ!後で取りに来てくださいね!」

 

「ミク、もう大丈夫なのか?」

 

「はい!おかげ様でもう大丈夫です!」

 

「良かったな!」

 

「ディンさん、本当にありがとうございますね!」

 

 そのまま料理を何品か頼み、ミクは注文をしっかりとメモすると受付へと戻っていく。

 

「いい村だな!」

 

「そう言ってもらえると光栄だ」

 

 先に運ばれてきたビールを合わせ、グイッと喉に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事も終わり、腹を満たした二人。ヤマトはディンに集会所内を案内していた。

 

「まあ、解ると思うがここが集会所のメインになってる場所だ。飯食えたり、受付でクエスト受注するのはここだな。多分ここは他の集会所と変わらんはずだ。あ、あそこで回復薬とかも買えるぜ。次は……」

 

 ヤマトは受付の隣にあるドアを指さす。

 

「あそこから狩場に行くための竜車に乗れる……それも昼に乗ったから知ってるか。あとは……」

 

 扉の横を通り、細長い廊下に差し掛かる。そこを抜けると、広い、倉庫のようなものがあった。

 

「ここが準備場。自分のボックスがあって、そこに狩猟道具とか入れとけばわざわざ家で準備しなくてもここで出来るってことだ。多分、お前のも近いうち置かれるだろ。んで最後が……」

 

 準備場を後にし、集会所中心部に戻る二人。そしてディンが少し気になっていた、仕切りの部分にやってきた。

 

「温泉」

 

「温泉!?集会所に温泉があるのか!?」

 

 ユクモ村集会所名物、温泉。通称、集会浴場。

 

「ここが」

 

 




次回は温泉回です!温泉回です!!

時間がありましたら感想、評価等、宜しくお願いします。


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温泉

 温泉回です!


「ここが」

 

「ここが?温泉!?」

 

 ユクモ村集会所名物、温泉。これがあるが為にユクモ村の集会所は「集会浴場」と呼ばれる。

 狩りの疲れを癒すため、はたまた狩りに行く前にリラックスし、英気を養うため。ハンター達はこの温泉を様々な理由で使う。湯の効能も疲れや肩こり等に効くということで、わざわざ他地方から温泉を目当てにやって来るハンターもいる程だ。

 

「そう、ここが温泉。元々ユクモ村は温泉が名物だからな。集会所にもハンターが自由に入れる温泉があるんだ」

 

 そう言いながら男子用の脱衣所に入るヤマト。そわそわした様子でディンも後に続く。

 

「あ、湯浴み用のタオルあるからそれ巻けよ。無料で入れる代わりにそれがルールだから」

 

 慣れた手際で防具を外し、籠に入れながら湯浴みセットを腰に巻く。ディンも防具を外すのに苦労はしないが、少し腰にタオルを巻くのに時間がかかった。

 

「ニャニャッ?ハンターさん、見かけない顔ですニャね。新米さんですかニャ?」

 

 タオルに悪戦苦闘しているディンを見てひょっこり現れたのは番台のような格好をしたアイルー。どうやら本当に番台のようで、タオルの巻き方を手際良く教えてくれた。

 

「サンキュ、番台ネコ。俺はディン、龍歴院から派遣されたんだ」

 

「ニャ、そうニャンですね。じゃあここの温泉も初めてですニャ!是非とも堪能して行ってくださいニャ!!」

 

「サンキュ!行くぜ、ヤマト!!」

 

 待ちきれないという表情で温泉へ繋がる道を指さすディン。ヤマトが着替え終わった頃には既にディンは温泉への暖簾をくぐり……

 

「おお、マジで温泉……うぇっ!?ごめんなさい!間違えました!!」

 

 ダッシュで戻って来ていた。

 

「……あ、ここ混浴だから間違えて女湯に入ったわけじゃねえぞ」

 

 ディンが戻って来た理由をなんとなく察し、呆れ顔で説明するヤマト。その予想は見事に当たったようで、ディンの顔は拍子抜けたような表情になった。

 

「……先言ってくれよ!」

 

「言う暇なくお前が突っ走るからだろ」

 

 気を取り直して再度暖簾をくぐる二人。

 

 溢れる湯気。

 

 透き通る様な湯は如何にも疲れが取れそうに見える。

 

 更にはなんと村の景色を見下ろせる露天風呂。商業区や狩猟者区の提灯が紅く光っている。空を見上げれば、月と、それに照らされた紅葉たち。上を見ても下を見ても、暗闇に紅が彩を加えていた。

 

 ユクモ村名物、集会浴場。それは正にハンター達の疲れと心を癒す浴場であることを物語っていた。

 

「あら、何か元気のいい狩人が来たと思えば......ヤマトの知り合いだったのね」

 

 突如かけられた声。その方向を向くと女性用湯浴みセットに身を包み、露天風呂で疲れを癒す女ハンター、アマネの姿があった。

 湯船に浸かっているので全身は見えないが、武器を振るい、全力で山や丘を駆け、命懸けで闘うハンターである彼女の体には無駄なく筋肉が付いていた。しかし、ごつごつした印象は全く無く、寧ろ健康的で扇情的なラインをしている。タオルで隠されてはいるが、胸の膨らみも小さいとは言えない。そして顔も整っている為、普通の男ならたじろぎ、ダッシュで逃げるのも無理はなかった。

 

「怪我はもう完治したのか、アマネ」

 

「おかげさまでね。……その子は?ユクモの子じゃないでしょ」

 

 元々何度もこの温泉に入っているヤマトは女性ハンターとこの温泉で鉢合わせた事は何度もある。だから何も動じずにアマネと同じ露天風呂に入り、己の疲れを癒しているが、ディンは流石にそういう訳にいかないようで、少し躊躇っていた。

 

 しかし、アマネという名前を聞いた途端に、目が見開かれる。

 

「アマネって、まさか「天空剣」のアマネ!?」

 

「あー……そんな名前で呼ばれたりもするわね」

 

 その瞬間、ディンは飛び込むように露天風呂に入った。

 

「マジっすか!?すげえ、本物初めて見たぜ!!」

 

「……何だその「天空剣」って」

 

「ヤマトお前知らねえのか!?モンスターを踏み台にして空を飛ぶようにジャンプして狩猟をするその姿と実力から付いたアマネさんの二つ名だよ!噂じゃマジな実力者じゃねえとなれない上位ハンターの最有力候補だって」

 

「あー、あのトンデモ狩猟か。確かに天空剣って感じだな」

 

「お前「天空剣」の狩猟生で見たのか!?すげえ、羨ましいぞチクショウ!!」

 

 本日最大級のテンションで捲し立てるディン。その迫力はさながら轟竜の咆哮にも思える。

 

「てか、お前そんなすげえハンターだったのか」

 

「まああんな無茶苦茶な闘い方するのなんて私くらいだしね、すごいかは別としてそれなりに目立ちはしたわ」

 

 ディンに褒めちぎられても特にいつものペースを崩さないアマネ。隣で湯船の上で浮いている盆の上に乗せられた酒を呷り、肩まで一気に湯船に浸かった。

 

「ま、貴方もゆっくりお湯に浸かって行きなさいな、ハンターさん。改めて紹介するわ、私はアマネ。機会があれば一緒にお仕事でもしましょ」

 

「お、俺は誇り高き龍歴院のハンター、ディンっす!今日からユクモ村でしばらくハンター稼業やります、お願いします!」

 

 男二人と女一人。狩人達は英気を養うために露天風呂に浸かり、体を癒しながら紅の光を眺め、心を癒した。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだヤマト、ディン君」

 

 思い出したようにアマネが口を開く。

 

「私が出くわしたあの新種モンスター、タマミツネっていうモンスターみたいね。最近ちょっと渓流で発見数が増えつつあるから、貴方達も気をつけてね。……今のところは狩猟しなきゃ行けない程凶暴だったり害があったりする訳じゃないみたいだけど、私が闘った時は物凄く凶暴で、強かったから」

 

 湯船が月を映した。その月はゆらりゆらりと、揺蕩うように消えて……




 何度か夜に露天風呂に入った経験があるのですが、月を眺めているだけで何故か楽しく思えるんですよねー......私だけでしょうか?笑

 時間がありましたら、感想、評価、宜しくお願いします。


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白兎少女

MHXX、私は発売日に買うことができません。いとつらし。


 ヤマトは悩んでいた。

 

 「……これだとちょっと動きにくいか、いやでもこっちの方が……」

 

 「あんたって結構見かけによらず優柔不断なのね……」

 

 ユクモ村、武具加工屋前。アマネはヤマトのユクモシリーズ装備から新たな装備に変更する所への付き添いに来ていた。

 ヤマトが今まで狩猟したことのある大型モンスターはアオアシラ、ドスジャギィ、ドスファンゴ、そしてロアルドロス。そのモンスター達の素材を使った防具、若しくは今のヤマトなら狩猟出来るであろうモンスター達の素材を使った防具、そして鉱石をメインに使った防具。それらのカタログを見ているヤマトだが、「動きやすそうで軽そうなもの」を決めあぐねているらしく、先程から唸り声しか聞こえてこない。

 

 「なんか、ビビっと来るもんがねえんだよな」

 

 「別に一式揃えようとしなくてもいいんじゃない?視界確保の為に頭だけ着けない、とか結構ある話よ」

 

 「あー、それもアリだな。となるとコレとかいいんじゃねえかな」

 

 そう言いながらヤマトが指差したのは水没林や火山を住処とするフロギィ達の長、ドスフロギィの素材を使った防具、フロギィシリーズだ。異国情緒溢れる装備は割と動きやすそうであり、重さも大した事は無いだろう。しかし頭を守る防具がツバの大きい帽子であった為、視界が塞がるのを嫌い、少し躊躇していたのだ(ユクモノカサも大概だとアマネは思う)。

 

 「いいんじゃない?じゃあ私、そろそろ仕事だし行くわ。ドスフロギィ、毒に気をつけてね」

 

 「ああ、悪いな。仕事の武運を祈る」

 

 ヒラヒラと手を振って村の入口へ向かうアマネ。恐らく竜車を入口に用意しているのだろう。対するヤマトはカタログを返し、加工屋のオヤジに礼を言ってから集会所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありますよ!ちょうどドスフロギィの狩猟依頼」

 

 ミクはそう言うと依頼書を一枚引っ張り出し、ぽんとヤマトの前に置く。

 

 「水没林にてドスフロギィ一頭の狩猟。どうやら行商隊が襲われたみたいですね……あ、これ一応依頼板にも貼ってるクエストなんで、もしかしたら他に行きたい人がいるかもなんです」

 

 「このクエスト行きます、契約金の支払いしていいですか?」

 

 ミクが説明をしたちょうどその時にミクの元へ渡される依頼板に貼ってある依頼書。その内容は……水没林にてドスフロギィ一頭の狩猟だった。

 

 「あ、はい!承ります……あっ、このクエストヤマトさんが今悩んでたやつですね」

 

 「え?もしかしてこのクエスト、ダメでした?」

 

 依頼書を出したハンターは女性だった。いや、女性というかは女子と呼ぶべきなのだろうか。小柄で童顔。白兎獣ウルクススの素材を使った防具、ウルクシリーズを身につけている。ウルクシリーズはかなり厚手の毛布のような防具である為、雪だるまのような可愛らしさを演出していた。

 

 「いえ、全然ダメではないです!ただ、同時に二人から同じ依頼を受ける、と来たものでして……よかったらお二人で狩猟なんてどうですか?」

 

 ミクは少し慌てながら、そんな提案を持ち出した。それを聞いてヤマトと女性ハンターは互いに顔を見合わせる。

 

 ヤマトから見たこの女性ハンターははっきり言ってしまえば、何故この仕事をしているのかと聞きたくなる程頼りなく見えた。童顔であることもそうだが、大きな目は常に涙を貯めているようにも見える。

 対する女性ハンターから見たヤマトは、かなり頼もしく見えていた。低くない身長、鍛えられた肉体。防具は何故かユクモシリーズだが、彼なりのこだわりが何かあるのだろう。

 

 「あの……じゃあ、もし、よかったら、よかったらですけど……このクエスト、一緒に行きませんか?」

 

 恥ずかしそうに目を伏せながら、ヤマトにお願いする女性ハンター。ヤマトとしては別に一人で行こうが二人で行こうが変わらない。そしてアマネやディンと狩猟を行った経験により、彼自身もレベルアップできた。このハンターとの狩猟も、彼にとってプラスになるかもしれない。

 

 「……いいぜ。俺はヤマト。この村のハンターだ。まだ一年目だけどよろしく頼む」

 

 「……本当ですか!?ありがとうございます!私、リーシャって言います!ヤマト君と同じこの村のハンターで、二年目です!」

 

 リーシャと名乗った女性(少女?)は心底嬉しそうに目を輝かせた。ディンといいリーシャといい、ハンターはリアクションが大きいのがデフォルトなのだろうか。

 

 そしてヤマトはリーシャの口から聞こえた言葉に違和感を覚える。

 

 「……え、先輩?」

 

 「貴方が最近噂の新人ヤマト君だったんですね、あとディン君?その人も新人ながらすごいって話ですよ!」

 

 そう、この見るからに年下の彼女は、ヤマトより一年長く狩猟生活を行っていたのだ。そのことがヤマトには意外というか、驚きであった。

 

 「期待の新人の強さを近くで見れるなんて……あ、私準備してきますね!またここに集合でお願いします!」

 

 最初の恥ずかしそうで引っ込みがちな態度や仕草は何処へやら、迅竜のような速度で話すだけ話してそそくさと準備をしに行ったリーシャ。その感情の起伏具合も年下の印象を付けるのに拍車を掛けている。

 

 「あっ!えーっと、リーシャさん、契約金払うの忘れてる……」

 

 ぴょこぴょこと走り去って行ったリーシャの後ろ姿に手を伸ばしながら、そしてうなだれながらミクが呟いた。どうやら代わりにヤマトが払わなくてはならないらしい。

 

 「……えっと、ああ見えてリーシャさん、結構強いんですよ。去年はリーシャさんが期待の新人って言われてたみたいです」

 

 「マジかよ、信じられねえ……まあいいや、水没林だよな?竜車の手配、よろしく頼む」

 

 契約金を払い、ヤマトも自分の支度に向かう。何故か少し疲れを感じた。

 

 「……大丈夫なんだろうか、この狩猟」

 

 

 




 知り合いにいたら面倒くさそうなキャラ、リーシャちゃんです。彼女もまた狩猟者であるわけで。

 よろしければ感想、評価もお願いします。


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毒狗竜ドスフロギィ

ダブルクロスしたいよぉ......お仕事が忙しくて......買えないのです......

本編をどうぞ。


 水没林。

 

 その名の通り、足下が常に水で覆われた狩猟エリアだ。

 

 ルドロスやロアルドロスのような生活の大部分に水が必要なモンスターは勿論のこと、足下が水で覆われているものの林である以上自然も豊かである為、草食のモンスターも多数棲息する。そしてそれを狩るために肉食のモンスター、稀に飛竜も現れる狩場だ。

 

 そんな水没林に昼間に到着しようと思えば、竜車では夜中にユクモ村を出なくてはならない。

 そんな訳で夜中からガタゴトと竜車に揺られながら到着した水没林。ベースキャンプから既に足下は水浸しだ。

 

 「さて……リーシャさん、どうするんすか」

 

 「あ、いや、敬語じゃなくていいんですよ、ヤマト君。なんか恥ずかしいですし」

 

 本当についさっきまで寝ていたリーシャは欠伸をしながら伸びをする。本当に大丈夫なのだろうか。

 リーシャは目を擦りながら支給品ボックスを開け、地図を取り出す。それをヤマトに見せながら説明を始めた。

 

 「ドスフロギィは10番、もしくは7番にいる事が多いですね。住処は10番にある事が多いのでまずはそっちに行こうと思います。今回私達は初めて組むチームなので、互いの邪魔をしない感じで行きましょう!」

 

 「……お、おう。了解した」

 

 いきなり真面目になったリーシャに一瞬ついていけなくなったヤマト。やはり去年の大型新人の名は伊達ではないらしい。

 

 「ヤマト君の武器は……太刀ですね。じゃあ、まずは私が突っ込むので、合図するまでサポートに回ってもらっていいですか?」

 

 「ああ、構わないが……お前、それ振れるのか?」

 

 ヤマトの疑問はリーシャの背中にあった。彼女の背中に背負われているのは斬るための武器ではなく相手を殴りつけ、頭に当てれば眩暈を起こす打撃武器、「ハンマー」だった。モンスターに眩暈を起こさせる程の打撃を与える為には、武器もそれ相応の大きさ、重さがいる。小柄な彼女がそんな武器を振れるとは思えなかった。

 

 「大丈夫ですよ!たまーに逆に振り回されますけど」

 

 やはり少々不安にさせる少女だ。

 

 「さあ!行きましょ、ヤマト君!解毒薬は常に出せるようにしといた方がいいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水没林エリア10に向かおうとすると必然的にエリア7を経由することとなる。エリア7にドスフロギィは居なかった為、リーシャの予想が正しければエリア10にいるのだろう。

 しかし、それよりもヤマトの頭を占めているのは、足下が地味に冷たく、そして動きにくいことだった。

 

 「絶対帰ったら温泉入るぞ……」

 

 「どうせ竜車で乾きますよ……?」

 

 ユクモ装備は吸水性に優れているのだろうか。染み込んでくる水に不快感を覚えずにはいられないヤマトであった。

 

 「そろそろエリア10に着きます、多分ここにいるので……行きますよ」

 

 いよいよやってきたエリア10。そこには大量の鳥竜種、フロギィが元気に跳ね回っていた。

 そしてその中で一際大きく、そして存在感を放つ個体。毒狗竜、ドスフロギィだ。

 

 「すげえな、ビンゴだ」

 

 「これでも先輩!ですから。さあ、気付かれるのも時間の問題、行きますよ!」

 

 共に駆け出す二人の狩人。それに気付かない野生の強者達ではない。飛び出してくる人間達を見てすぐさま戦闘態勢に移り、開戦の遠吠えをあげた。

 そして最後に吠えたのが彼らのボス、ドスフロギィ。ギョロリとした瞳、細長い尻尾、喉元に存在する紫色の袋のような器官、毒袋。骨格はジャギィ達と同じであるが、その姿形は所々違いが見える。

 

 「私が眩暈を起こします!周りの処理を!」

 

 「解った、頼むぜ!」

 

 全力疾走で駆け抜けるリーシャの行く手を阻めるフロギィはいない。ならば背中から狙おうと牙を剥くフロギィだったが、その口が閉じることは無かった。後ろから突き刺された太刀が貫通し、口から突き出ていたのだ。

 

 リーシャはドスフロギィの正面から突っ込み、右手で背中に携えたハンマーの柄を握り、左手で己の肉体を強化し、攻撃力を高める「怪力の種」をポーチから取り出す。それを口に放り込むと同時に両手でハンマーを掴み、思い切りドスフロギィの顔面に叩き込んだ。

 

 「やぁぁあ!!」

 

 見事にヒットした打面から火が噴き出す。彩鳥クルペッコの素材から作られたハンマー、フリントボウク。火打石が埋め込まれており、殴る度に火が噴き出し、相手にダメージを与える武器だ。

 正面から殴りつけられたドスフロギィは目の前の小柄な少女をギョロリとした目で睨みつけ、ぷくりと毒袋を膨らませた。

 それを見たリーシャは殴りつけた勢いそのままに跳び、地面を転がってドスフロギィの視界から離れる。

 

 その瞬間にドスフロギィが息を噴き出した。すると口から吐き出されたのは紫色の息。毒霧だ。

 毒霧を少し無理な姿勢であるものの回避に成功したリーシャはすぐさま起き上がり、再度頭部に打撃を与えようとハンマーを構える。しかしそこに割って入ったフロギィが二匹。どちらも小さな毒袋を膨らませている。

 

 「っ……らぁっ!!」

 

 今にも毒を噴き出す処のフロギィの首が飛ばされた。恐ろしい身体能力で踏み込み、二匹同時に斬り飛ばしたのだ。ハンマーから片手を放し、解毒薬に手をかけていた手を戻し、代わりにブーメランを持ち、そのまま投げた。

 そのブーメランはフロギィを斬り捨てたヤマトに噛み付こうとしているドスフロギィの喉元を斬りながらリーシャの手元に戻る。急に喉元を斬られたドスフロギィは怯み、ヤマトはその隙にドスフロギィから離れた。

 

 「珍しいもん使ってんな」

 

 「たまーに斬撃攻撃、欲しくなるんです……よっ!」

 

 ブーメランをしまいながら片手で無理矢理ハンマーを振り下ろすリーシャ。その一撃は遠心力も相まってフロギィを潰し、無残な姿へと変化させた。

 

 「貴方こそすごいですね、あんなに速く鋭く動けるなんて」

 

 「これが俺の最大の武器だから……なっ!」

 

 飛び掛って来たフロギィをいなし、着地の瞬間に斬り伏せる。そしてそのまま一気に駆け出し、向かってくるドスフロギィの爪を掻い潜りながら足元を斬り、そのまま射程外へ走り抜けた。

 その素早さに驚いたのはリーシャだけでは無かったのか、ドスフロギィは今自分の脚を斬っていった人間に狙いを定めるべく、ヤマトの方へ頭を向けた。

 

 「こんにちはーっ!!」

 

 しかしそこに待っていたのはフルスイングをかますリーシャの姿。ハンマーは吸い込まれるようにドスフロギィの顔面にヒットした。




ドスジャギィの次はドスフロギィ......次はドスバギィではありませんよ!笑

お時間ありましたら感想、評価、宜しくお願いします。


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超大型ルーキー

投稿ペースが安定しない亜梨亜でございます。申し訳ございません......

お気に入りが増えていたり、評価の色が付いていたり、いつの間にか見てくださっている方は増えているのに、私が投稿してないのはどうなんだ......

評価バーに色が付きました。本当にありがとうございます。しかもかなりオレンジで嬉しい限りでございます。

それでは本編どうぞ。





 力任せにハンマーを振り回す、小柄な背丈からは想像出来ない豪快な戦い方。

 

 リーシャが超大型新人として名を馳せた頃に付けられた二つ名は「白兎少女」。

 

 その名の由来は小さな兎のように可愛らしい見た目をしていることだけが理由ではない。

 

 

 ーーーその二つ名の真の意味は、モンスター相手に跳ねるかのように飛び掛り、ハンマーを振るう姿が、凍土を駆ける牙獣種、「ウルクスス」と遜色ない姿に見えてしまう為である。

 

 

 「やぁぁぁっ!!」

 

 全力で振り抜かれたハンマーが、またもやドスフロギィの頭に叩き込まれる。

 既に数発頭に貰っているドスフロギィ。頭を揺らされ脳震盪を起こし始め、動きが鈍くなっている。

 

 「もう一回!」

 

 勢いそのままに一回転、更なる一撃を浴びせるリーシャ。その一撃が決定打となったのか、ドスフロギィは完全に脳震盪を起こし、フラフラと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 「……なんつーか、俺の周りの女ハンターってみんな無茶苦茶だな」

 

 群れで次々と現れるフロギィを流れるように斬り続けながらふと洩らした本音は、リーシャの耳に届くことはない。

 何故なら倒れ込んだドスフロギィに一気にラッシュをかける前に、周りにいるフロギィを薙ぎ倒しているからだろう。大型モンスターが隙を見せたからといってそこばかりに気を取られると、周りの小型モンスターの猛攻を受けて痛い目を見ることはよくある話だ。そこのケアを欠かさないリーシャは、豪快な戦い方をしつつも頭はある程度冷静なのだろう。

 

 そしてリーシャがフロギィを薙ぎ払ったお陰で、ヤマトがドスフロギィに踏み込むスペースが生まれる。

 

 ーーーここだ。

 

 一度の踏み込みで勢いよく地面を蹴り、間合いを一気に詰めるヤマト。二歩目を踏み出すと同時に太刀を構える。

 

 「捉えたっ!!」

 

 三歩踏み出せばドスフロギィはもう目の前。倒れ込んだ胴体に鋭い突きを繰り出し、そのまま太刀筋を上へ。鱗を貫き肉を捉えた太刀は、天に向かって傷口を大きく広げた。ドスフロギィの鮮血がヤマトの頬や笠にかかる。

 その痛みが引き金となったか、ドスフロギィは立ち上がり、大きく咆哮した。吐き出される息が熱くなったか、白く見える。怒りに満ちた証拠だ。

 

 それを見たヤマトは更なる追撃は行わず、太刀を横に振りながら後ろに飛び退く。軽くドスフロギィの腕を斬り、それが牽制となった。

 

 「キレやがった!一回動ける俺が気を引く!」

 

 「了解です!お任せします!!」

 

 その隙に互いのターゲットを変更することを手短に伝える。リーシャも怒り状態のドスフロギィを相手にハンマーを抱えながら動き回るのは少しキツいと見て、フロギィの掃討に回った。

 

 尻尾による薙ぎ払いは後ろに引いて躱す。その後ヤマトを食いちぎろうとする噛み付きは横に転がって躱す。基本は同じ鳥竜種、ドスジャギィと変わらない。落ち着いて敵の攻撃を把握出来れば、範囲外へずれることは容易いことだ。その隙に剣戟を浴びせることも当然ながら忘れない。

 

 機敏に立ち回り、攻撃をヒラヒラと躱すヤマトに痺れを切らしたのか、ドスフロギィは毒袋を膨らませ、大きく口を閉じた。ドスジャギィとは違う攻撃ーーー毒霧だ。

 

 「っ!」

 

 毒袋の膨らみを視認するや否や一気に飛び退き、息を止める。吐き出された毒霧をヤマトが吸い込むことは無かったが、視界が奪われる。

 

 そしてその一瞬後、毒霧の中から悍ましい形相のドスフロギィが現れた。唐突な攻撃にヤマトは驚き、一瞬判断が遅れる。その結果、繰り出される鋭利な牙による噛みつきを逃れることが出来ない。それでも致命傷は避けるため、すぐさま左手を出した。

 

 「ぐぉっ……!」

 

 左手に容赦無く襲いかかる牙。まるで剣の檻とも言えるその牙は人間の皮膚程度、簡単に食い破り肉を捉える。その痛みは常人が耐えられるものでは無い。

 しかしヤマトは常人では到底務まらない仕事、ハンターをしている人間である。その痛みで一瞬止まった思考を無理矢理動かし、右足を振り上げ、ドスフロギィの顔面目掛けて勢いよく蹴りを叩き込んだ。元々武術を嗜んでいるヤマトだ、蹴りすら馬鹿にならない威力である。少なくとも、ドスフロギィがヤマトを放すには十分な威力であった。

 そして左手が自由になった途端、両手で太刀を構え、鬼の様なオーラを纏いながら一回転し、ドスフロギィを斬り付ける。太刀の必殺技、気刃斬りだ。

 

 そのまま太刀を一度鞘に納め、ドスフロギィと距離を取る。痛み止めと回復力強化のために回復薬を飲み干した。

 

 再度噛み付いてやる、と言わんばかりにドスフロギィが飛び掛ってくる。ヤマトは左手の傷口が足下の水に当たって染みたり、後で膿んだりしないように注意しながら身を躱す。そしてここで集中力が最大限に研ぎ澄まされた。

 

 「決めるぜ!!」

 

 怒りを全てぶつけても目の前の人間は倒れない。ならば毒で地に伏してやる。まるでそう言うかの如く毒袋を膨らませ、口を閉じたドスフロギィ。その動きと同時に、ヤマトは再度全力で一歩踏み込んだ。

 

 そして吐き出される毒霧。しかしその時既にヤマトはーーードスフロギィの喉元まで踏み込んでいた。

 

 二歩目の踏み込みと同時に、腰から引いたヤマト必殺の太刀振り。毒袋諸共、首を斬り裂く。

 

 そしてその勢いのまま倒れないように踏み込まれる三歩目。その三歩目で下半身をしっかり固定し、突き出される突き。それは先程斬り裂いた毒袋に突き立てられた。

 

 「そしてとどめですっ!!」

 

 最後に放たれたリーシャのハンマー。いつの間にかフロギィは掃討されており、ヤマトも気付かないうちにここまで接近していたらしい。三歩決殺。勝負は付いた。

 

 

 

 

 「お疲れ様です!左手、大丈夫ですか?」

 

 「なんとか大丈夫だ。あんたこそ怪我は無いのか」

 

 「えへへ……まあ、ちょろっとかすり傷がありますけど大丈夫ですよ」

 

 クエストクリア。去年の超大型ルーキーと今年の超大型ルーキーのペアハンティングは、無事成功で終わることとなった。



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月灯

国民的狩猟ゲームの最新作、Xが二つついてるやつ買いました!

レンキンスタイル楽しいよぉ(使いこなせていない)


 水没林での狩りを終え、そこから竜車で揺られること数時間。二人がユクモ村に到着したのは丑三つ時を過ぎるあたりか、という時間だった。

 

 「流石にこの時間ともなると商業区も狩猟区も静かですねー」

 

 リーシャがそうボヤく。眠らない区画と言われる商業区、狩猟区の二つもこの時間は流石に提灯は消え、殆どの店が閉まっている。集会浴場は開いてはいるが、クエストの達成報告と契約、そして湯浴みの三つしか出来ない。

 

 「私、達成報告しとくのでヤマト君先に帰って寝てもいいですよ?」

 

 目を擦りながらそう提案するリーシャ。

 

 「いや、いい。温泉入りてえし俺がやるよ」

 

 「あ、そうですか?すみません、じゃあ私帰りますね。また一緒に狩り行きましょうね!おやすみなさい!」

 

 一瞬で目がパチッと開き、深々とお辞儀をして回れ右。居住区目指して歩き出すリーシャ。しかし、三秒後には既に欠伸が聞こえてきた。恐らく相当眠いのだろう。

 

 家に着く前にどこかで倒れて寝てしまうのではないか、と謎の不安を抱えつつ、ヤマトは月の灯のみが照らす石段をゆっくり昇りだした。

 

 こうして石段をゆっくり歩いていると、とある女性と初めて出会ったことを思い出す。あの時彼女は全身に怪我を負って、ヤマトがおぶって西日に照らされた石段をゆっくり降りていた。

 

 「あら?ヤマトじゃない」

 

 突如掛けられる声。そこには、石段を降りてきた件の彼女ーーーアマネがいた。

 

 「アマネ。仕事終わりか?」

 

 「達成報告終わった所よ」

 

 あの時おぶられていた彼女は、無傷で仕事を終えて一人で石段を降りてきていた。二人の間に紅葉が一枚落ちる。

 

 「どしたの、左手」

 

 アマネはユクモノコテが取られていて、代わりに包帯が巻かれているヤマトの左腕に目を向けた。

 

 「あー……まあちょっとヘマして」

 

 「まあそんなこともあるわよね。……今から達成報告?」

 

 「ああ。あとついでに温泉入る」

 

 「そ。じゃあ私も」

 

 そう言うとアマネは先程のリーシャのように回れ右をして、のんびりと歩き始めた。ヤマトもそれに並んで歩き始める。

 

 「お前達成報告終わってんだろ、別に付き添わなくていいぞ」

 

 「付き添いじゃないわよ、私も温泉入りたくなっただけ」

 

 「一緒に入るのかよ……」

 

 「あら、嫌なの?」

 

 二人で肩を並べながら、月灯が照らす石段をのんびりと昇る。時たま吹く風が涼しげで、紅葉達を揺らして囁かな音を鳴らした。

 

 「てか、お前彼氏いるんじゃねえの。怒られるぜ?」

 

 「あれ、いるって話したっけ?まあいいや、大丈夫よ。あの人そういうの気にしないから」

 

 「飲みに行った時店主のおっさんが言ってたぞ」

 

 「あぁ、なるほどね」

 

 集会浴場は何時でも提灯は明るく、石段を昇りきった頃には月灯のみの少しだけ幻想的な道は無くなっていた。中に入ると昼間の三分の一程度の喧騒が聞こえる。

 

 「じゃ、私先に入ってるから」

 

 「……ああ、そうかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドスフロギィの討伐に成功した、と達成報告を行い、ヤマトの分の報酬を受け取ってから集会浴場の男性更衣室に入る。慣れた手つきで防具を外し、湯浴み用のタオルを腰に巻く。そして暖簾をくぐり、どこかいい香りのする湯気に出迎えられ、その先にタオル一枚のアマネを見つけた。

 

 「お疲れ様。どう?一杯」

 

 湯船に胸まで浸かり、岩盤に肘を置きながら徳利を掲げるアマネ。ヤマトは溜息を一つ付き、そして微かに笑った。

 

 「サンキュ。貰う」

 

 かけ湯をしてからゆっくり湯船に入る。アマネの横にゆっくり腰掛け、注がれた酒を呷った。この時間では集会所でビールを頼む事も出来ないため、これが今回の狩りの自分へのご褒美である。

 

 「……美味いな、これ」

 

 「でしょ。私のお気に入り」

 

 温泉には自分で酒を持ち込むことが出来る。この酒は恐らくアマネが持ち込んでいる酒なのだろう。

 

 「何の仕事行ってたんだ」

 

 「渓流に出たリオレイアの討伐。まあ、もう慣れたもんよね」

 

 ちょろちょろと酒をつぎ、ぐいっと呷るアマネ。空は黄金に輝く月が灯を灯していた。

 

 「上位候補筆頭なんだってな」

 

 「あー……まあね。近々なると思うわ」

 

 上位ハンター。狩猟環境が恐ろしく不安定な狩場や新種のモンスターの調査、更には伝説とも言われる古龍種との戦闘をも任される、ハンターの中でもトップレベルの実力者のみが名乗れる称号である。ユクモ村に今、上位ハンターは一人もいない。

 過去にユクモ村にいた上位ハンターは嵐を呼ぶと言われる古龍と戦い、勝利したと言われる。

 

 「ヤマトだってセンスあるわよ。頑張れば上位ハンター、行けるんじゃない?」

 

 「……まだ先の話だな。想像もつかねえ」

 

 二人は暫し無言になる。ちゃぽん、という湯船の音と酒を注ぐ音、そして酒を呷る音のみが暫く続いた。

 

 「そろそろあがるわ。おやすみ、ヤマト」

 

 「ああ。おやすみ」

 

 酒が空になったのだろうか。徳利を持って立ち上がり、ひたひたと更衣室に向かうアマネ。ヤマトもゆっくりと立ち上がり、更衣室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 ヤマトは稽古を少し早めに切り上げ、フロギィから剥ぎ取った素材を手に加工屋を訪れていた。

 理由は至極単純。防具を作ってもらう為である。

 

 「あぅ!こんだけありゃ十分だ、また夜に来な!しっかり作っといてやるぜ」

 

 「悪いな、オッサン。サンキュ」

 

 そのままの足で集会浴場へ向かうヤマトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日(時刻的には今日である)、少しだけ幻想的に映されていた道は、あまりにも平凡な石段と変わっていた。しかし、集会浴場内の様子が平凡では無かった。

 

 いつもより緊迫した騒がしさなのだ。

 

 中央に立っているギルドマスターが咳払いを一つする。そして、あまり大きくは無いもののよく通る声で話し始めた。

 

 「うぃ、ちとまずいことになってる。昨日、アマネの奴が狩猟したはずのリオレイアがまた渓流に現れた。そんでもって孤島にジンオウガとラギアクルスが現れた」

 

 ギルドマスターのその言葉にハンター達は大きくどよめいた。

 リオレイアは言わずと知れた雌火竜、陸の女王とも言われる飛竜種だ。ジンオウガもラギアクルスも途轍もなく強力なモンスターであり、上位相当のハンターで無ければ同時に相手など出来ないだろう。

 

 「そこでだ!コレをワシらは緊急クエストとしてチミ達に頼みたい。まず孤島だがアマネに頼む。そんでもって渓流だが……シルバ、リーシャ、ヤマト、ディン。チミ達に頼みたい」

 

 ギルドが緊急事態の際にギルドから依頼を出すクエスト、それが緊急クエスト。ギルドマスターはこの事態を「緊急」と見なし、ハンター達に依頼したのだ。

 

 「解ったわ、任せて」

 

 「頑張ります!」

 

 「任された!龍歴院の誇り高きハンター、ディン!行くぜ!」

 

 「オッケー!」

 

 呼ばれたハンター達はそれぞれの返事をする。ヤマトも急な指名に驚きつつも、口元を緩ませた。

 

 「ああ!」

 

 五人の返事を聞き、ギルドマスターは満足気に頷いた。

 

 「急なクエストだ、準備もいるだろう?明日の朝に竜車を手配した、存分に準備してくれィ」

 

 彼らの、戦いが、始まる。

 

 




次回から第2章のクライマックスへ向かいます。
そして名前しか出てないけど、第2章最後の新キャラ、シルバ。彼にもご注目下さい。

感想、評価等、お時間あれば宜しくお願いします


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前日準備

モチベがすごく回復しまして......更新ペース上げていきます。

行ける時に、行っとかないと!


 突如舞い込んだ緊急クエスト。

 

 突如組むこととなったチーム。

 

 クエスト開始までのタイムリミットは今日一日のみ。

 

 アマネは早々に集会浴場を出て、何かの準備に向かった。

 そしてヤマト達は一度四人で集まり、改めて各自の得意とする戦法や武器を紹介し、作戦を練り始めた。

 

 「改めて自己紹介しよう。僕はシルバ。弓を使って後ろから援護をするのが得意だ。この中では僕が一番ハンター歴が長い、何かあったら頼ってくれ」

 

 夜鳥と呼ばれる最近発見されたモンスター、ホロロホルルの素材を使った防具に身を包む、銀髪の男性。彼はユクモ村の中ではそれなりの腕利きであり、ギルドマスターやマネージャーからも信頼の厚い男、シルバだ。普段は柔和な顔付きをしているのだが、今の表情は真剣そのものだ。

 

 「私、リーシャです。ハンマーを使って最前線で暴れるのが得意です!」

 

 ウルクススの防具に身を包み、ウルクススの如く暴れ回ることから「白兎少女」と呼ばれるハンター、リーシャ。ハンター歴は浅いものの実力は確かであることはヤマトも共に狩りをする事でよく知っていた。

 

 「誇り高き龍歴院のハンター、ディンだ!ガンランスの砲撃で注意を引いて、盾でしっかり受け止めてやるぜ」

 

 ベルナ村の龍歴院からやってきた大型新人、ディン。マッカォの素材に彩られた防具と銃槍での立ち回りは、新人とは思えない程である。

 

 「ヤマトだ。太刀の剣筋と、足の速さには自信がある。リーシャ同様、前線で暴れられるぜ」

 

 そしてユクモ村の大型新人、ヤマト。岩すら斬り裂く踏み込みの速さと太刀筋、そして武術の心得から繰り出される必殺剣は、恐らく彼以外に真似できる者は居ないだろう。

 各々の自己紹介が終わると、シルバはメンバーをぐるりと見回して、にこやかに頷いた。

 

 「今回のリーダーは僕が務めるようにマスターから言われている。みんな、宜しく頼むよ。そして早速作戦なんだが......」

 

 そう言うとシルバは酒場の適当な席に腰掛け、渓流の簡単な地図を開いた。他のメンバーもその机を囲むように椅子に腰掛ける。

 

 「まず、この中にリオレイアと戦ったことがある人は居ない、と聞いている。恥ずかしながら僕もだ。だから、手分けしてリオレイアの居場所を探り、見つけたらペイントボール、という作戦は少し危険だと思うんだ。だから基本的には四人全員で行動しようと思う。ここまで異論は?」

 

 三人は首を横に振る。

 

 「ありがとう。そして、リオレイアがいると思われるエリアだが、6、7、8の何処かの可能性が高い、と観測隊から聞いている。エリア6か7なら水が流れている場所が多い、リオレイアの吐く炎のブレスの脅威が少し和らぐ分、メインで戦うエリアは6か7にしたい。ここまで異論は?」

 

 「エリア6か7以外で見つけた場合はどうしますか?」

 

 リーシャが手を挙げて質問をした。その目は昨日ヤマトが散々見た少し不安になる涙を溜め込んでいるような目ではなく、ハンマーを構えた時の真剣な目だ。

 

 「その場合はディン君と僕で注意を引き、リーシャちゃんかヤマト君がこやし玉を投げてほしい。遠距離から攻撃出来る僕と盾を持ったディン君の二人なら、手痛いダメージを受けることはないだろう」

 

 モンスターの糞尿が中に入れられ、対象物に当たると激臭を放つアイテム、こやし玉。殆どのモンスターはこれを当てられるとその臭いに我慢出来ず、エリアを一度移動して臭いを取ろうとする。それを利用して、リオレイアを無理矢理こちらの戦いやすいエリアに移動させようというのだ。

 

 「さて、じゃあ次の話に移ろう。リオレイアの厄介な攻撃はブレスだけじゃない、尻尾を使ったサマーソルトだ。尻尾の棘には毒があり、これを食らうと体に毒が回る。だから太刀使いのヤマト君はまず最初にこの尻尾を斬り落としにいって欲しい。そうすればサマーソルト攻撃の脅威も和らぐだろう。頼めるかい?」

 

 「ああ、任された」

 

 「ありがとう。恐らく尻尾を斬り落とすまでサマーソルトの脅威に一番晒されるのはヤマト君だ。ディン君はヤマト君を襲うサマーソルト攻撃を盾でガードしてくれ」

 

 「任せな!ヤマト、安心しろ!俺が全部止めてやるよ」

 

 「期待してるぜ」

 

 サムズアップを作ってヤマトにグッと笑いかけるディン。ヤマトもそれに応えてガッツポーズを作った。

 ディンの実力はヤマトもよく知っている。だからこそ信頼できる。その二人を見て最もほっとしているのはシルバだった。二人になら任せても大丈夫そうだ。

 

 「で、僕とリーシャちゃんだ。僕は常に動きながら弓で攻撃する。恐らくそれなりに気を引くことは出来ると思う。リーシャちゃんはいつも通り、最前線で暴れてほしい」

 

 「得意分野ですっ!」

 

 リーシャの目がキラキラと輝く。シルバも握りこぶしを作って、そして力を緩める。そして柔和な顔付きに似合った、クシャッとした笑顔を作った。

 

 「今回のリーダーとして、僕は君たちの命を預かる。相手は飛竜種、陸の女王と言われるリオレイアだ、とても厳しい戦いになるだろう。……でも、勝つよ。皆で、帰ってご飯を食べよう。いいかい、勝つよ!!」

 

 「「「おうっ!」」」

 

 四人で右手を前に突き出し、全員で拳を合わせる。ディンの快活な笑み、リーシャの無邪気な笑み、シルバのクシャッとした笑み、そしてヤマトの不敵な笑み。

 

 「よし、じゃあ明日の六時にここに集合だ。各自アイテムや武具の調整等、準備があると思う。ここからはそういう準備時間にしよう。じゃあ、解散!」

 

 リオレイア討伐班、結成の瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ディンさん!ヤマトさん!」

 

 アイテム等の準備の為に集会所を一度後にして、雑貨屋へ向かおうと石段を降り始めた二人の後ろから、彼らを呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ってみるとそこにいたのはミク。パタパタと手を振りながら走ってこちらへ向かってきた。

 

 「どうしたんだ?」

 

 軽く息を切らしながらやってきたミクを見て、一度足を止める二人。ミクは二人の目の前まで走ると、不安そうな顔をして二人を見上げた。

 

 「緊急クエスト、危険だと思うんです。だからこれ、持って行ってくれませんか?」

 

 そう言ってミクは懐から小さな袋を二つ取り出す。赤い袋と、黄色い袋。

 

 「御守りです。無事に帰ってこれるようにって今おまじないをかけておきました」

 

 照れ臭そうに笑いながら二つの御守りを掲げるミク。しかしその表情に不安そうな雰囲気は消えない。

 二人は顔を見合わせ、そして頬を緩ませて御守りを受け取った。ヤマトは首から提げ、ディンは手首に巻き付ける。

 

 「ありがとな、ミク!心配すんな、ヤマトは俺が守る!そんでもって俺のことはヤマトが守ってくれる」

 

 どんと胸を叩くディン。それを見てミクは初めて素直に笑った。

 

 「そういうことだ。御守り、ありがとな」

 

 「俺達の帰りを待っててくれよ!!」

 

 「はいっ!お二人共、頑張ってくださいっ!!」

 

 ディンの御守りの方には少しいい紐が使われていることはミクしか知らない。それは山賊に襲われかけた時に助けてくれた礼の意味と、その時にミクが抱いたある心によるもの。

 

 ミクはディンに恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさいね。一人は狩猟経験者を入れたかったのだけど、皆先に仕事が入っていて」

 

 場所は変わって商業区の足湯。白粉を塗った竜人族の女性ーーーユクモ村の村長と、シルバの二人が足湯をしながら会話をしていた。

 

 「いえ、信頼がものを言う仕事ですから。そこはしょうがありません」

 

 今回の緊急クエスト、リオレイアを狩猟したことがないメンバーのみで組まれたことには理由がある。一つはそもそもユクモ村のハンターが少ないこと、もう一つはその中でリオレイアを狩猟したことがあるハンターはアマネを除き、皆別の仕事に向かっていたか向かうところだったのだ。

 ハンターは依頼主から依頼を受けて仕事をする、その為しっかりと仕事をこなす信頼が必要不可欠である。幾ら緊急と言えど、クライアントである依頼主に迷惑をかける訳にはいかないのだ。

 

 「それに、今回集まったメンバーは歴こそ浅けれど、実力者揃いだ。きっと大丈夫です」

 

 シルバの顔は柔らかく、あまり何を考えているか解らない事が多い。しかし、今の顔は心の底からそう思っているであろう表情だった。

 

 「リーシャちゃんとしか一緒に狩りをしたことは無いけど、目を見ればわかる。リオレイアを相手にするっていうのに、高揚感も恐怖心も焦りも見えない、あるのはただ「勝つ」っていう意志だけだった。ヤマト君もディン君も、噂に違わぬ強さに違いない」

 

 村長は少し意外そうな顔をしていた。普段シルバはあまり感情を出さない。話はよくするのだが、この様に他人のことを熱心に話す様は少し珍しいように感じた。

 

 「珍しいですね、シルバさん。貴方が活き活きして見える」

 

 そう言われたシルバは、少し照れ臭そうにクシャッと笑った。

 

 「一番歴が長いとか言っておいて、リオレイア討伐に一番高揚感を抱いてるのは僕かも知れませんね」

 

 果たしてその高揚感はリオレイア討伐の依頼を受けたからか。村長にはそうは見えない。結成されたパーティのポテンシャルに高揚感を抱いているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっほー!元気?」

 

 居住区のとある家の扉が開け放たれ、快活な女の声が聞こえる。小柄な白ウサギを彷彿とさせる少女、リーシャだった。

 

 「まあそれなりにね。リーシャはどうなの?」

 

 その家の主である女性、エイシャは布団から体を半分起こしてそう答えた。それなりに、とは言っていたが、あまり元気、健康そうには見えない。

 

 「私はいつでも元気だよ!......緊急で、リオレイアの討伐に向かうことになったんだ」

 

 エイシャは彼女の姉にあたる。エイシャはリーシャが12歳の頃に病気を患い、それ以来あまり外にも出られていない。その病気が少し厄介なもので、薬を買うのにそれなりの値段が張るのだ。

 その為、父は出稼ぎ、母は少し前までエイシャの看病をしていたのだが、病状が悪化したことにより薬をより良いものに変える必要に迫られ、父と同じく出稼ぎに向かった。

 

 リーシャがハンターを営む理由は、エイシャの薬代の補助になるためである。

 

 「リオレイア?それって陸の女王の!?あんたそんなのと戦うの!?」

 

 リーシャが感情豊かになった理由も、やはりエイシャが関係している。病気を患ってすぐの頃、塞ぎ込んでしまった彼女の分まで感情を解放していた為だ。

 

 「大丈夫!私はいつでもお姉ちゃんのパワーを感じてるもん!それに……」

 

 「それに?」

 

 しかし、リーシャのハンターとしての実力が歴に似合わない高さである理由。それはエイシャが関係している訳では無い。

 

 「とっても頼りになる仲間がいるから!!」

 

 彼女は、素直に他人の、自分以外の強みを受け入れ、自分の強みを理解出来ていたからだ。

 

 「……そっか。頑張りな!お姉ちゃんも応援してるよ」

 

 心なしかエイシャの表情が健康的になる。無邪気で元気な白兎少女の狩人たる理由。そして、白兎少女が白兎少女たる理由。

 

 それは、雌火竜とて簡単に焼き尽くせるものでは無いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「聞いたぞぃ?リオレイアと戦うらしいぢゃねーか」

 

 狩猟区、加工屋。完成したであろうフロギィシリーズを受け取りにやってきたヤマトだった。

 加工屋は一日に様々なハンターと関わる仕事だ。恐らく他のハンターから緊急クエストの話を聞いたのだろう。

 

 「まあ、そういうことだ」

 

 「だったらこのフロギィシリーズはタダでやる。せいぜい頑張ってくれヨ?」

 

 そう言いながら加工屋のオヤジは帽子だけ無いフロギィシリーズをヤマトに向かって放り投げた。ヤマトは戸惑いながらもそれを受け取り、深々と頭を下げた。

 

 「ありがとな、オヤジ」

 

 「あぅ!また帰ってきたらイイもん作ってやる。そんときゃピンキリで代金もらうからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フロギィシリーズを一度家に置き、ヤマトが向かった先。

 

 リタの家である。

 

 家の前に着くと、二階にいたリタが窓からヤマトを見つけ、ヒラヒラと手を振った。

 

 「ヤマト!私の家来るなんて珍しいね。上がる?」

 

 「おう、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





リタとヤマトのお話は次回へ。次回はそこから狩猟開始まで行けたらいいな。

感想、評価等、時間があれば宜しくお願いします。


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不安と安心

久々に、ヤマトとリタの二人の話です。よろしくどうぞ。


 ヤマトがリタの部屋に入るのは久しぶりである。

 小さなベッドが一つ。その上にはプーギーやアイルーを模した彼女自作のぬいぐるみが幾つも置かれている。本棚にはそういったぬいぐるみを作る為の手芸本、そして仕事である農業のノウハウが書かれた本等が主に並んでいる。床に敷かれたカーペットや壁に掛けられた可愛らしい時計。以前ヤマトが来た時と変わらない、リタの部屋である。

 変わったことと言えば……

 

 「ぬいぐるみ増えたな」

 

 「新しいの一個作ったんだよねー」

 

 恐らくガーグァを模しているのだろう。以前来た時にはいなかったぬいぐるみが一つ、増えていた。

 

 リタはそのぬいぐるみだらけのベッドに腰掛け、ヤマトは机の脇に置いてある座布団に腰掛ける。二人でこの部屋に居る時の、お互いの定位置だ。

 

 「どう?殺風景なアンタの家にこの子。あげるよ?」

 

 「要らねえ。可愛がってやれる時間が無いからな」

 

 そしてヤマトがリタの部屋に来た時に必ずするやり取り。リタとしてはあの殺風景なヤマトの家に彼女のぬいぐるみを置いて欲しいのだ。

 

 「えー、可愛いのに……で、今日は急にどうしたの?しかも夜に来るなんて珍しいじゃん」

 

 にひひ、と笑いながらガーグァのぬいぐるみを抱きしめるリタ。例え朝でも昼でも夜でも、好きな人が家に遊びに来るのは嬉しいものなのだ。

 

 「まあ、たまにはな」

 

 「……なんかあったね?」

 

 抱きしめていたガーグァのぬいぐるみを放し、ベッドから少し身を乗り出すリタ。ヤマトはそんなリタを見て少し思案顔になり、そして諦めたように両手をあげた。

 

 「流石幼馴染だな。察しがいい」

 

 「まぁヤマトが私の家来る時は決まってなんかある時かよっぽど暇な時だからねー。大体暇な時だけど」

 

 「……緊急のリオレイア狩猟クエストのメンバーに選ばれた」

 

 ゆっくりと両手を下ろし、さっきまでと特に変わらないトーンでさらりと言ったヤマト。そのせいで、リタは少し反応に困ってしまった。

 そんなリタを見て察したのか、ただ独白したいだけなのか。ヤマトはそのまま話し始めた。

 

 「まあ、選ばれたってことはそれなりに俺の実力も認められてるっていうことだからな、素直に嬉しいぜ。他のメンバーもかなりの実力だから負けるってことも考えてねえ」

 

 リタは黙って聞き続ける。彼はきっと、ただ話したいだけだ。

 

 「でもやっぱり、一人で家で準備してると思い出すんだよな、あの日を」

 

 あの日。

 

 まるで村が丸ごと吹き飛ばされるのでは無いだろうか、という程の風。

 

 まるで村を丸ごと沈めてしまうのでは無いだろうか、という程の大雨。

 

 幼き日のヤマトがハンターになる事を決心した、あの日。

 

 両親はあの大嵐の中で命を落とし、その嵐の元凶となったモンスターを狩猟する為に立ち上がったハンターは半分が死に、半分が息も絶え絶えに帰ってきた。当時ユクモ村で最強だった四人のハンターがそこまでの犠牲を払って、その元凶を討伐することは出来ず、撃退と言えるかも解らない状態までしか持っていけなかった。

 

 ヤマトはその嵐の中、ハンター達がモンスターの狩猟へ向かう直前、見たのだ。

 

 

 

 

 ーーー吹き荒れる風、降り注ぐ雨の中、禍々しく、しかし余りに美しく舞い踊る龍の姿を。

 

 白く、揺蕩う巨大な龍が見せた、無情なまでに紅いその瞳をーーー

 

 

 

 

 「……唯一ヤマトが怖いものだもんねー」

 

 ユクモ村を襲った未曾有の大嵐。それはヤマトの両親を奪い、彼の心に大きな傷を付けた。

 その大嵐が古龍によって引き起こされたものだとヤマトが聞いた時、真っ先に浮かんだのはあの時見た禍々しい瞳だ。あの龍が両親の仇であり、自分の中の恐怖心の根源である。

 だから、ヤマトはハンターを志し、いつの日かあの古龍を倒すことを目標とし、日々稽古に励むのだ。

 

 しかし、恐怖心とはいつ、どのようにして引き起こされるか解らない。ヤマトはリオレイアという名前しか知らない強力なモンスターとの命懸けの戦いを目前にして、あの強者足り得る瞳を思い出していたのだ。

 

 「情けない話だけどな。頭では違うって解ってるのにあのイメージが離れない」

 

 いつもの不敵な笑みとは違い、少し自嘲的な笑みを見せるヤマト。

 彼にとって乗り越えなくてはならないものに対して恐怖心を覚えていることは恥ずかしいらしい。だからこの話は、嵐の日に古龍を見た事も含めて、ヤマトはリタにしか言っていなかった。

 

 リタは黙ってヤマトの顔を眺め、そして手でベッドの上にある一番お気に入りのぬいぐるみを探す。やがて一番お気に入りであるプーギーのぬいぐるみを膝に載せ、ゆっくりと話し始めた。

 

 「あたしさ、ヤマトのこと尊敬してるんだ」

 

 「は?急にどうした」

 

 「まあ、聞いてよ」

 

 そう言うとにひひ、と笑う。

 

 「毎朝木刀振ってさ、アオアシラとか、ジャギィとかそういうモンスターをバサッと倒してさ。ケロッとした顔で帰ってくるじゃん?ぶっちゃけあたし、ヤマトが狩猟行く時、結構不安なんだよね。危険な仕事だしさ。でもヤマトはケロッとした顔で帰ってくるんだよね。あたしの不安返せー!って感じ」

 

 表情豊かな彼女を見て、思わずクスリと笑ってしまうヤマト。

 

 「でもさ、いつも無事なのってやっぱり嬉しいの。ヤマトが怖いっていう気持ちといつも戦ってるのも知ってる。自分は怖いって気持ちと戦ってるのにさ、私を安心させてくれるから、私はヤマトを尊敬してる」

 

 リタは続ける。

 

 「だから、今も怖いって気持ちと戦ってるんだよね。でも私を心配させない為にここに来たんでしょ?で、明日も私を心配させない為に無事に、ケロッとした顔で帰ってくるって私、信じてるよ」

 

 窓の外には昨日石段を照らしていた月が、昨日より一層輝いていた。明日には満月になるんだろうか。

 

 「……死ぬまでお前にはかなわないんだろうな」

 

 またもや自嘲的な笑みを浮かべるヤマト。しかし、先程の笑みとは少し違うもののように、リタは見えた。

 

 「ありがとな」

 

 そして、いつもの不敵な笑みに戻るヤマト。それを見て、リタもにひひ、と歯を見せて笑った。

 

 「頑張れ、ヤマト!あたしがついてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、全員集まったね」

 

 翌日早朝、集会所。まだ人も殆どいない中、ヤマト、ディン、リーシャ、シルバの四人は準備を終えて集まっていた。

 

 「改めて確認しよう。狩猟対象はリオレイア、制限時間は渓流に到着してから48時間。作戦は昨日伝えた通りだ。全力で行くよ」

 

 「勿論ですっ!」

 

 「おうっ!」

 

 「ああ!」

 

 「よし……出陣()るよ!」

 

 戦場となる渓流に向かう竜車の手配は整っている。四人のハンターは、意気揚々と竜車に乗り込んだ。

 

 ヤマトの心に恐怖心はない。

 

 幼馴染を不安にさせないために、ケロッとした顔で帰ってこなくてはならないから。

 

 

 

 

 

 




リオレイア登場まで持って行きたかったんですが......ヤマトとリタの話で切らせて頂きました。

感想、評価等、お時間あれば宜しくお願いします。


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雌火竜リオレイア

いよいよ飛竜戦でございます。


 渓流エリア1、2を経由してエリア6へ。シルバ、リーシャ、ヤマトは勿論、ディンも覚えたエリア6へ向かう最短ルートだ。

 

 「……エリア6にはいない、か」

 

 現在いる可能性が高いと思われているエリアは6、7、8の何処か。彼らはまずエリア6に到着したのだが、そこに目標となるモンスター、リオレイアの姿は無かった。

 ふぅ、とシルバは息を付いた。初めて戦う相手になるのだ、ここに到着するまでに幾らかの緊張はある。エリア6に居なかったことで、一瞬だけ緊張を緩めた。そしてすぐに意識を張り詰めらせる。

 

 「さて、どっちに行く?」

 

 「7に居てくれたら嬉しいんだが……8に行こう」

 

 フロギィシリーズの初陣となったヤマトがそう答えた。千里眼の薬を持ってきているメンバーはいないため、ここはもう完全に勘で考えるしかない。誰もヤマトの意見に反対しなかった。

 

 「オーケー。リーシャちゃん、ヤマトくんはこやし玉の準備を頼むよ」

 

 エリア6の中心を流れる川の上流にある滝。そこを潜ると洞窟になっている。その先がエリア8だ。彼らは川を沿うように歩き始めた。

 

 その時。

 

 「っ!シルバさん、来ましたっ!」

 

 突然、全身が震え上がるような気配を感じたリーシャ。その気配を感じて上を見上げると、青い空に紛れて黒い影が見える。それは少しずつ、少しずつ大きくなっていき、やがて影の形がはっきりと見て取れた。

 

 飛竜種であることをはっきりと示す巨大な一対の翼。

 

 陸を縦横無尽に駆け回れるであろう筋肉が詰まった脚。

 

 堅牢な鱗と鋭い棘に覆われた体。

 

 間違いない。雌火竜リオレイアだ。

 

 リオレイアは降下してくると共に四人のハンターを見つけ、一気に警戒態勢へと入る。そして地面へ着地し、はっきりと敵意を示した。

 

 「来るよ!」

 

 「ギャアォォアォアァ!!!」

 

 そして放たれた、恐ろしい程に巨大な咆哮。強者の咆哮を前に、非力な人間は耳を塞いで蹲ることしか出来ない。例えどんなに経験を積んだハンターであっても、その咆哮から来る恐怖心には勝てないのだ。

 ヤマト達も例に漏れず、リオレイアの咆哮に対して耳を塞いで蹲ることしか出来なかった。やっと恐怖心から開放されたと同時に、強者相手に立ち向かう為、武器を構える。

 

 「作戦通り行くよ!」

 

 「はいっ!」

 

 「おうっ!」

 

 「合点!」

 

 

 シルバは得物である弓、スポンギアを構え矢を番える。そしてリオレイアの頭目掛けて放った。

 弓は堅牢な鱗に守られ刺さることは無かったが、リオレイアははっきりとその攻撃がシルバから放たれたものだと理解し、狙いを定める。

 

 その隙を見て一気に駆け出す三人。シルバはリオレイアから距離を取るように走り出し、次の矢を番え、そして今度は足を狙って放つ。

 しかし矢は当たることは無かった。リオレイアは猛烈な速度でシルバに向かって走り出した為、足の位置がズレたのだ。そして突進の速度も予想より速い。シルバは全力で横に飛び、体を捻ってその突進を躱す。

 

 急に視界から消えたハンターを探すために体を回し、頭の位置を入れ替えるリオレイア。するとそこには、小さな体で巨大なハンマーを構える、もう一人のハンターがいた。

 

 「でぇぇぇい!!」

 

 力任せにハンマーを振るうリーシャ。それは綺麗にリオレイアの頭部にヒットする。急な衝撃にリオレイアは驚き、リーシャを睨み、軽く吼えた。

 

 すると次は足元に衝撃が走る。小型モンスターなら一撃で吹き飛ばすガンランスの砲撃。ディンだ。その隙にリーシャはすばしっこく頭部から離れている。

 そして更に尻尾を襲う鋭い痛み。鱗に守られている為大したダメージでは無いがそれは確かに軽く痛みとしてリオレイアの脳に刺激を与えた。ヤマトの太刀が尻尾を斬ろうと襲いかかっているのである。

 

 イラついたのかリオレイアは脚を支点に体を思い切り回し、尻尾で周りを薙ぎ払った。リーシャは既に離れており、その周りにいるのはヤマトとディンの二人。しかし、その二人に攻撃が届くことも無かった。ディンが盾を使い、尻尾の攻撃を受け止めていたのである。

 

 「ただ尻尾振ってるだけなのに結構痺れるな、クソッ!」

 

 盾を持つディンの手には、尻尾の衝撃が伝わり、痺れが来ている。ただ尻尾を振っただけなのに、ドスジャギィが全体重をかけてタックルしてきた様な痺れがディンを襲っていた。改めて彼女が雌火竜であることを思い出す。

 

 「ナイスだディン君!」

 

 しかしディンは役目をしっかり果たしている。ディンが尻尾を止めたおかげで、ヤマトは一切傷を負わずに二太刀目を振るっていた。

 

 「もう一発!」

 

 そしてリーシャが下から潜り込み、アッパーカットの様にハンマーを振り上げる。それはリオレイアの顎を突き上げ……ることは出来なかった。

 

 「えっ!?重っ!」

 

 力が足りずに不完全燃焼のまま攻撃が終わる。そしてリオレイアが牙だらけの口を開け、リーシャに噛み付こうと首を伸ばした……が、それもまた失敗に終わる。

 

 「させないよ!」

 

 鼻先に突き刺さる矢。間違いなくシルバの放った矢だ。リーシャを襲おうとしたリオレイアは文字通り出鼻をくじかれ、シルバを大きく睨んだ。そして翼を大きく動かし、リオレイアの脚が地上から離れる。

 

 「飛びやがった!」

 

 飛竜種が「飛竜種」と呼ばれる所以。それは文字通り「飛ぶ」からである。巨大な翼を持った彼らは地上以外にも自分の空間を持ち、「空中」という空間を自由に動き回ることが出来るのだ。空中を自由に動けない人間にとって、それは大いなる脅威となる。

 

 リオレイアは大きく息を吸い込み始めた。口からチロチロと覗く紅い炎。その紅さが炎が如何に高温かを物語っている。ブレスだ。

 一気に吐き出された息は火炎の珠となってシルバを襲った。シルバはすぐさま横に転がり火球を躱す。そしてすぐに体制を立て直し、空にいるリオレイアを睨む。

 

 しかしその目前に浮かぶ景色は……二発目の火球だった。

 

 「シルバさんっ!!!」

 

 「しまっ……」

 

 言うが早いか考えるが早いか。自然と体は動いていた。余りにも無理な形ではあったが、体を更に横に転がすシルバ。それによって火球の直撃は避けたものの、爆風に煽られ地面を転がる。

 

 そしてそれを見て足の爪を剥き出しにして急降下するリオレイア。狙いは勿論シルバである。

 

 「シルバっ!!」

 

 そしてそれを見たディンも言うが早いか考えるが早いか。何を考えたのか彼はガンランスと盾をその場に放り投げ、身軽になった体でシルバに向かって全力で走り始めた。

 

 「なっ!?おいディン!!」

 

 あまりに急な出来事で反応が遅れるヤマト。リオレイアの爪がシルバを襲うまであと数瞬……というところで間に丸腰のディンが割って入った。そうなればその爪の餌食になるのはディンである。

 

 「がぁっ!?」

 

 爪に吹き飛ばされ、いとも簡単に地面を転がるディン。リオレイアはそんなディンを足で抑え、ぎらりと並んだ牙でディンを喰い始めた。

 

 「あがァァァ!?うぇっ、ぐぉあっ……」

 

 渓流に響く、ディンの叫び声。耳を塞ぎたくような痛々しい叫び声を肴にでもしているのだろうか、リオレイアは顔を上にあげて満悦そうな表情を浮かべた。

 

 「いやぁぁぁぁ!!!」

 

 半狂乱になりながらリーシャがこやし玉を投げつける。それは運良くリオレイアに命中し、あまりの劇臭にリオレイアはたじろぎ、ディンから離れた。

 

 「嫌!嫌だ!!ぁぁぁぁ!!!」

 

 顔をぐしゃぐしゃにしながらハンマーを振り回すリーシャ。しかしあまりに適当に振り回されるその一撃は、リオレイアにヒットすることは無い。

 

 「ヤマト君、ネコタクっ!!!」

 

 「解ってる!!」

 

 体制を立て直したシルバが独特な臭いのするペイント液を入れたビンを弓にセットし、矢を放つ。この際当たる場所はどこでもいい、当たりさえすれば。

 

 矢は背中に命中し、リオレイアのその部分にピンクの液体が付着した。それと同時にヤマトはネコタクシーを要請する信号弾を空に投げた。肉球のマークを模した煙がポン、と上がり、これで遅くとも一分以内にネコタクシーが到着する。

 

 「リーシャちゃん、落ち着いて!!ネコタク来たら引くよ!」

 

 「はぁ、はぁ、うぅ……お゛え」

 

 暴れ疲れたのか、その場で戻すリーシャ。しかし、彼女がリオレイアの前で暴れたおかげで、軽く時間稼ぎは出来た。

 

 「あとは俺が稼ぐ!シルバ、引く準備頼むぜ!」

 

 そんなリーシャを襲おうとしたリオレイアの首をスラリと斬りつつ、足元に滑り込むヤマト。そしてディンの返り血が付いた脚を横薙ぎに斬り裂いた。

 リオレイアは一度リーシャからヤマトへと標的を移し替える。足元にいるなら蹴り飛ばせばいい、そう考えたのかいきなり走り始めた。

 

 「ぐっ……」

 

 反応が少し遅れ、尻餅を付いてしまうヤマト。そんな彼を更に襲うかの様にリオレイアは少し脚を引き、まるで何か溜めるような仕草を見せた。

 

 「やばっ……!」

 

 リオレイアのことを軽く調べたシルバから聞かされた情報によると、毒の棘を持ったリオレイアの脅威となる攻撃、サマーソルト。その攻撃をする前、少し溜めるような仕草をする……

 

 その時、ヤマトの頭の中にリタの母が昔教えてくれた、「武術の極意」がふと浮かんだ。

 

 

 

 

 

『いいかい、相手の攻撃が読めたらそれを躱そうとしなくてもいい。ただ流れに逆らわず、体の動きを理解して……』

 

 

 

 

 

 

 「一かバチかだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトは太刀を斜めに構えた。それと同時にリオレイアがヤマトに向かってサマーソルト攻撃を繰り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いなせ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 サマーソルトの勢いそのままに襲ってくる尻尾。それを無理に躱そうとせずに、太刀を滑らせるように動きに乗る。そして、足を支点に身体の向きを入れ替え、そのまま納刀。ヤマトは、リオレイアのサマーソルト攻撃を「いなし」た。

 

 そしてヤマトの耳に聞こえてくる、ガタガタゴトゴトという慌ただしい音。ネコタクシーが到着したらしい。

 

 「ヤマト君!引くよっ!」

 

 「解った!!」

 

 そのままエリア2に向かって走り出すヤマト。眼前にはリーシャをおぶって全力で走るシルバと、ネコタクシーで運ばれているディンとガンランスが見えた。そしてシルバが後ろ手に何かを投げる。それは恐らく……ヤマトは目をつぶった。

 

 「ゴォォ!?」

 

 予想通り、それは閃光弾。目を貫く様な閃光に当てられ、リオレイアは獲物が何処にいるか解らない。ヤマト達はなんとか逃げることには成功した。

 

 

 

 

 

 第一ラウンドは余りにも早く、敗北という結果を残した。

 





え?勝てる気がしないですって?

......。

気が向いたら感想、評価も宜しくお願いします。


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クールラウンド

短めでございます。申し訳ございません。


「あれ、ここは……」

 

 ディンが目を覚ますと、そこは渓流のベースキャンプであった。ベッドの上にいるらしいディンは、マッカォ装備を脇に置かれ、包帯まみれの体となっている。

 

「ディン君?ディン君!目が覚めました!?」

 

 ふと声がした方を見る。そこには顔をぐしゃぐしゃにしたリーシャがぴょんぴょん飛び跳ねていた。そのリーシャの声と仕草を見て、視界の外にいたであろうヤマトとシルバもディンの視界に入ってくる。

 

 ここでディンはここに運ばれるまでの記憶を思い出した。シルバが危険になったのを見て、ほぼ反射的に飛び出し、そしてリオレイアに……

 

「痛って!」

 

 思い返した途端、噛み付かれた左肩が痛んだ。それを見てシルバがディンのベッドの上にぽん、と何か小さな袋を置く。

 

「ハンター御用達、秘薬だ。回復力は回復薬の比にならない。使ってくれ」

 

「ああ、サンキュ。……シルバ、無事か?」

 

「無事かどうか聞きたいのは俺達だよ」

 

 横から言葉を挟むのはヤマトだ。確かに、今のディンの様子を見ればそう聞きたくなるのはディンではなく他のメンバーだろう。頭をかいてディンは少し場違いな質問をしたな、と笑ってしまう。

 

「俺は大丈夫だ、心配かけてすまん」

 

「そうか、じゃあ歯を食いしばれ」

 

 

 

「「「え?」」」

 

 

 

 突如そう言い、いきなり拳を振りかぶるヤマト。あまりに予想外過ぎたその言葉に、ディンだけでなくリーシャとシルバも唖然とした。

 

 そして次の瞬間放たれる、綺麗に直線を描くヤマトの右拳。武術の嗜みがある彼の拳は正確に、怪我をしていないディンの右頬を貫いた。その威力にディンは思い切り左を向くこととなり、少し遅れてじんじんと響く熱い痛みを感じ始めた。

 

「お前馬鹿か!?どこに飛竜相手に武器捨てて飛び込むハンターがいるんだ!」

 

「でもシルバが危険だったし、あそこで俺が飛び込んでなきゃ……」

 

「その結果お前が危険になってどうする!お前死ぬ所だったんだぞ!?」

 

 本気で怒っている、直感でディンはそう感じた。ヤマトは本気で怒っているのだ。

 何か言おうとしたシルバも、止めようとしたリーシャも同じ雰囲気を感じ取ったのか、何も言わず見守ることにしている。ヤマトはその剣幕のまま続けた。

 

「お前死なない為の理由作って、誇り高きハンターとして生きてるんだろ?自分から死にに行くやつが誇り高いなんていつの時代の話してんだお前は!!」

 

「……でも、生きてた」

 

「結果論だ!」

 

「いや、皆の力があったからだよ。……サンキュ」

 

 ディンは秘薬を飲み干しながら笑った。それを見てシルバが溜息をつき、同じように笑った。

 

「すまない、元を辿れば僕がヘマしたせいで怪我をさせてしまって。本当に傷は平気?」

 

「ああ、本当に大丈夫さ。サンキュな」

 

「良かった。じゃあ僕も」

 

「え?何が……ふごっ」

 

 いきなりディンの右頬を殴りつけるシルバ。流石にそれもまた予想外だったディンはまたもや左を向くこととなった。

 

「生きてたから良かったものの、あんなこと続けていたら君本当に死ぬからね!少しは僕の生命力を信じてくれたっていいじゃないか!!」

 

「あの……イマイチ意味がわかりませんが……」

 

 ぼそっと呟くリーシャ。

 

「……とにかく、さっき君も言ったけど、ここのメンバーは皆、力を持ってる。それを信用して欲しいんだ。君が全て痛みを受ける必要はないんだよ」

 

 シルバはいつものくしゃっとした笑顔を浮かべる。その真後ろでぴょんぴょん飛び跳ねる少女。

 

「あの!私からも……いや、パンチはしないですよ!?」

 

 話し出した途端に身構えるディンを見てすぐに弁明するリーシャ。

 

 

「私、一緒に狩りする人が危険な目に合うの、すごく怖いんです。実はさっきまでかなりパニクってて……えっと、すごく自己中な話なんですけど、怖い思いをしたくないからディン君も危険な事しないで欲しいです」

 

 至極真剣な顔で少し的外れなことを言うリーシャ。まだ少し混乱しているのだろうか。

 しかし、そのリーシャの言葉に、他の三人は笑ってしまった。

 

「悪い。俺も皆に迷惑かけた」

 

 そして改めて深々と頭を下げるディン。

 

 彼は自分が思い描く「誇り高きハンター」に憧れ、そしてハンターがしてはいけない無謀な行為を行ってしまった。

 それは彼の心に大きく残る出来事から生まれたものであるが、それに今固執する必要は無い。

 

 このチームメンバーなら、俺は誇り高きハンターになれるはずだ。

 

 

 シルバはディンの傷がもう少し癒えてから再度出発することを決めた。ペイントの匂いもまだ微かに追える。

 

 その出発までの時間、シルバは自らを責めていた。

 

 シルバが危険になった瞬間、誰も反応できないスピードで動き出し、シルバとリオレイアの間に入ったディン。

 ディンが拘束された途端、パニックになりながらもすぐにこやし玉を投げ、最前線で真っ先に注意を引いたリーシャ。

 そして見たこともない動きでリオレイアのサマーソルトを躱したヤマト。

 

 三人が稀に見るタイプの天才型であることは解っていた。しかし、一番狩猟の経験があり、今回のリーダーでもある筈のシルバの一つのミスのせいで結果的にここまで打撃を受けることとなったのである。

 

 凡人は天才に勝てないのか。

 

「……いや、そんなことはないさ」

 

 一人そう呟くシルバ。第二ラウンド開始まで、あと一時間である。




ディンの過去の話は......そのうちやれたらいいな。

お時間ありましたら、感想、評価もよろしくお願いします。


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第二ラウンド

リオレイア戦、第二ラウンドです。

こんなチームで狩り行きたいなぁ....野良でいいチームに出会えたことが無くて....いや私のPSも足りてないんですけどねw

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ


「ペイントの匂い、残ってますね」

 

 リーシャが鼻をひくつかせる。渓流はエリア6、先刻ヤマト達がリオレイアと戦闘を繰り広げたエリアだ。

 

「全くわからん……本当に残ってるのかこれ?」

 

 尚リーシャ以外の三人は、彼女曰く残っているらしいペイントの匂いが解らない。それもそのはず、もうペイント液がリオレイアに付いたのは何時間も前の話だ。完全に消えていなくとも、もうほぼほぼ消えていると言っていい。

 

 それをしっかりと嗅ぎ分けているリーシャの鼻はいったいどのような仕組みになっているのか。モンスターの嗅覚とさして変わらない気もする。

 

「残ってますよ、ちょっとですけど。……あっちだ。エリア7ですね、これ」

 

「すげぇ、俺には無理だ」

 

「大丈夫、僕も全く解らない」

 

 ディンも普通に話せる位には回復している。とは言え無理は禁物なのだが。

 

「ディン、お前俺の護衛が今回の作戦だったよな」

 

 エリア7へ向かおうと足並みを揃えた時に、ヤマトがディンに確認した。

 

「ああ、今度はしっかりやるぜ」

 

「いや、俺の護衛じゃなくて自由に動いてくれ」

 

 少しずつ緊迫感が増していく。エリア7に辿り着くまでもうほんの少しだ。

 この緊迫感……リーシャの鼻はどうやら本当にペイントの匂いを嗅ぎ分けていたらしい。間違いなく陸の女王がいる事を感じ取れた。

 

「は?いや、じゃあお前どうするんだよ」

 

「安心しろ。あいつの攻撃は全部躱す」

 

 その緊迫感の中、ヤマトは一人別の空気を醸し出していた。絶対的な自信と覚悟。間違いない。こいつは本当にそれをやるつもりだ……ディンにはそう感じ取れた。

 

「解った。まあ二発くらいは躱し損ねても俺が止めてやるよ」

 

「ああ、頼むぜ」

 

 そして辿り着いたエリア7。背の高い草や足元を流れる水。場合によってはハンター達にとってそれは武器であり、また脅威でもある。

 果たして今回は……どうか。

 

「行くよ、皆。第二ラウンドだっ!!」

 

 シルバが叫び、一斉に武器を構える。幸いリオレイアはまだ草木に紛れたハンター達に気が付いていない。

 

 いきなり飛び出したのはやはりリーシャだった。背の低い彼女は更に姿勢を低くし、草木に完全に隠れるように走り出した。その動きはあまりにしなやかで、大槌を携えているとは思えない程静かだ。静かに獲物へ接近する狩人。それは兎というよりは豹。或いは迅竜か。

 

「やぁぁぁ!!」

 

 リオレイアがリーシャの接近に気が付き、臨戦体勢となった時は、既にリーシャのハンマーが振り上げられており、回避は不可能となっていた。振り下ろされるハンマーはリオレイアの頭を思い切り叩き、威嚇の為の咆哮の出鼻を完全にくじいた。

 

「ナイスっ!」

 

 そしてシルバが草陰から矢を放つ。それはリオレイアの首筋を捉え、追撃手となった。リオレイアは草陰に隠れているシルバを本能で発見し、ターゲットにする。

 ターゲットがシルバに変わり、目線がリーシャから離れた瞬間、リーシャは足元に何かを叩きつけた。叩きつけられた「何か」は地面に着弾した途端、真っ白な煙を噴射させる。

「何か」とはケムリ玉。煙幕の如く煙を噴射し、モンスターの視界を奪う道具だ。既に見つかっているリーシャとシルバは隠れようが無いが、ヤマトとディンの姿は完全に隠れることとなった。

 

「いつでも不意打ちどうぞっ!」

 

「僕ら二人で注意を引くよ!」

 

 ヤマトとディンが二人で話している間に、リーシャとシルバの二人で考えた作戦。砲撃が使えるディンと、動きが機敏なヤマトの二人の不意打ちの成功率をあげる戦法だ。

 ヤマトはともかく、ガンランスは重い為、ディンは奇襲に向かない。しかし、もし奇襲が成功したなら、彼の攻撃力は相当なものになる。その為に二人で注意を引き、ケムリ玉で撹乱する作戦だ。

 

「助かる!」

 

「サンキュー!」

 

 その作戦の意図をすぐに把握した二人は草陰を使い更に身を隠しながら、一気に距離を詰めに行く。

 

「ディン、俺の後ろに合わせろ!デカいの頼むぜ!」

 

「合点!任せな!!」

 

 鋭い踏み込みでディンより数歩前に出るヤマト。背中の得物に手を掛け、シルバに向かって突進しようとしていたリオレイアの足元を横から斬り裂いた。

 急な足元の痛みに驚くリオレイア。そこに居たヤマトはそのまま走り抜け、体を転がしながらリオレイアの正面に向き直る。

 

「ギャオォァア!!」

 

 そのヤマトの動きにイラついたのか、リオレイアはターゲットをまたもや変更し、先刻ディンを襲った牙で噛み付こうとする。しかしヤマトは躱そうという動作を見せず……武器を斜めに構え、骨盤を落としていた。

 

「ふっ!」

 

 そして牙に太刀の刃を滑らせ、体もその流れに逆らわずに牙を「いなす」。ガチン!という牙の音がヤマトの耳元で聞こえた。

 

 そしてその隙に……ディンが竜撃砲のチャージを終えている。

 

「っらぁ!!」

 

 ドゴォン、という爆音と共に発射される飛竜のブレスの如き熱の暴力。それは本物の飛竜にとっても大ダメージは免れない。

 またもや足元を襲う衝撃。リオレイアは耐えきれずにその場に倒れることとなった。

 

「よしっ!」

 

 しかしこれで全員がリオレイアに感知されてしまった。ここからは奇襲は効かない、地力による勝負だ。

 倒れたからといって接近し、追撃するのではなく、一度引いて次の動きに備えるハンター達。相手の体力は有り余っているのだ、ここで欲を出す訳にはいかない。

 

「ここからが正念場だよ」

 

 ゆっくりと立ち上がり、鬱陶しそうにハンター達を睨むリオレイア。口から炎が溢れ出ており、目がギラギラと輝いている。沸点が頂点に達したのだろう……怒り状態だ。

 

「グギァァアアアォア!!!」

 

 耳を塞いで蹲るしかない、途轍もない咆哮。飛竜種であり、陸の女王と呼ばれるリオレイアの、本気で狩りに行く際の合図とも言えるその咆哮。

 

 目を瞑り、耳を塞ぐしかない彼らをよそに、リオレイアは口の中で超高温の炎の玉を作り出していた。

 

「グォァア!」

 

 そして吐き出される炎。目を開けたハンター達はまだ痺れが残る体でその炎への対応を余儀なくされる。

 

 しかし、彼だけは……ディンだけは恐ろしい反応速度で動き出していた。

 

「うぉぉぉ!!」

 

 咄嗟に盾を構え、火球を受け止めたディン。盾越しに感じる熱と勢いに押され、片膝をつき、片目を閉じてしまう。が、確かに、確かに火球を受け止めきった。

 

 そして姿勢が崩れたディンのカバーに入ろうとリーシャが飛び出す。しかしリオレイアは翼をはためかせ、空へと飛び出した。これではリーシャのハンマー攻撃は当たらない。

 

 リーシャの、ハンマー攻撃は。

 

「そこだっ!」

 

 リオレイアの右の翼膜に穴が開く。渾身の力を振り絞って引き絞られたシルバの矢が、空へ飛ぶことを予想された角度でリオレイアに突き刺さったのだ。

 

 リーシャの、ハンマー攻撃は当たらない。しかし、シルバの弓による射撃なら、当てることができる。

 

「ヤマト君、カバーお願い!」

 

「ああ!」

 

 シルバを厄介に感じたか、リオレイアは滑空しながら恐ろしい勢いでシルバに突撃する。しかし、滑空ということは高度は少しずつ落ちていく。そうなるとヤマトの太刀も、届く。

 

「疾っ!」

 

 スラリとすれ違い様に太刀を振り抜くヤマト。またもや右の翼にダメージを受けたリオレイアは軌道が少しズレた。

 そうなればシルバにも余裕が生まれ、安全に回避することが出来る。

 

 着地したリオレイアはすぐにシルバの方を向き、自慢の脚で走り出す。当然、ターゲットはシルバ。

 

「させるかよ!」

 

 その目の前に割って入った人影。大盾を構えて腰を落とすその姿は紛れもなくディンだ。リオレイアの突進を相手に、正面から力比べを挑みに行った。

 

「また無茶をっ!」

 

「んぐぅぅ……っ!ッぁあ!」

 

 両足を踏みしめ、盾で無理矢理軌道をずらす。そして軌道がズレ、リオレイアの頭が向かった先は、リーシャのハンマーが構えられた場所である。

 

「いらっしゃいませぇっ!!」

 

 全力で叩き込まれたハンマーの一撃。そのダメージは確実に脳に響いているはずだ。

 

「安心してくれ、シルバ!俺はお前らを守る壁だ!!」

 

 またもや片膝をついているディンは息を荒らげながらそう叫ぶ。その背中は呼吸を整える為に上下しているものの、恐ろしく逞しく見えた。

 

「……解った!信じていいんだね!?」

 

「当たり前だろ!……ヤマト!お前も信じていいんだろうな!?」

 

「言葉返すぜ……当たり前だろ!」

 

「ヤマト君っ!一緒に暴れますよ!撹乱作戦です!」

 

 第二ラウンド。ゴングはまだ鳴らされたばかりである。

 





飛竜戦、まだ続きます。

宜しければ、感想、評価等もお願いします。


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渓流激戦



そういえばモンスターハンターワールド、あれヤバイですね(語彙力が来い)

PS4持ってないんで出来ないですけど。


 四人の狩人の全力。

 

 四人の狩人のチームワーク。

 

 それを常に出し続けることで、人は、やっと一体のモンスターと互角以上に戦うことが出来る。

 

 渓流エリア7で繰り広げられる四人の狩人と雌火竜の戦いは加速し始めていく。

 

「ギャオァアッ!!」

 

 叫びながら尻尾を振り回し、周りを駆け回るリーシャとヤマトを振り払おうとするリオレイア。しかし二人共そう簡単にその尻尾にぶつかる事はなく、時にはわざと姿を見せ、時には草木に紛れ姿を隠し。狙いの的を一人に絞らせない、撹乱を実行していた。

 

「ヤマト君、右からお願いしますっ!」

 

「解った!」

 

 草木に隠れていたリーシャがリオレイアの目の前に飛び出し注意を引くと同時に、足元を駆け抜けざまに太刀を滑らせる。痛みにリオレイアが顔を顰めた瞬間にリーシャは再び草木に紛れようと全力で走り出す。

 

「グォォァァア!!」

 

 しかし、逃がさない、という意思表示だろうか、リオレイアは雄叫びと共に翼を広げ、空へ飛んだ。そして口から零れる赤い炎。次に繰り出されるのは……ブレス。

 次の瞬間、リオレイアの口から放たれる火球。リーシャはそれに気付き全力で横に飛び、回避を試みた。幸い火球はリーシャに掠ることも無かったが、周りの草木は燃え、隠れられそうに無くなってしまった。

 

「うわっ、もしかしてちょっとマズイですか!?」

 

 隠れる場所が無くなり、リオレイアから丸見えになっているリーシャは格好の的でしかない。リオレイアはまたもや息を吸いこみ、口の中に高熱の塊を作り出す。

 

「させないっ!」

 

 それを妨害するかのように放たれるシルバの矢。数発放たれた矢はリオレイアの首や腹にしっかり命中した。

 しかしリオレイアは構わずに火球を吐き出す。隠れる場所がないリーシャに対して、三発狙い撃ちだ。

 

「下がれっ!」

 

 その時にすぐ後ろから聞こえるディンの声。リーシャは反射的に声の通りに後ろに飛び退き、せめてダメージを減らそうと体を縮こませる。

 するとその小さな体躯を後ろから飛び越え、盾を構えたディンが火球とリーシャの間に割って入る。そしてそのまま空中で火球を受け止め、リーシャが火達磨になるのを防いだ。

 

「痛ってぇ!」

 

 しかしそんな空中で火球を受け止めるという曲芸じみた動きをしたのだ、地面に足がついていない以上踏ん張ることも出来ず、勢いよく背中から地面に落ちるディン。それでも、ブレスが直撃するよりはマシだろう。

 

 リオレイアは標的を地面に伏しているディンに変更。尻尾を後ろに引く。仰向けに倒れる形となっているディンにも、その動きが見えた。

 

「ディン君!!」

 

「心配すんな!」

 

 立ち上がって回避や防御をしようにも圧倒的に時間が足りない。ならば、とディンはガンランスを構え、上体だけ少し起こした。

 そしてその瞬間に放たれるリオレイアのサマーソルト攻撃。その巨体から繰り出される尻尾の一撃は相当な重みと回転も加わり、一撃必殺とも言える迫力を生み出す。

 

 ディンはそのサマーソルト攻撃が当たる直前にガンランスの引鉄を引き、地面に向かって砲撃した。

 

 普通、ガンランスやボウガンは砲撃、狙撃を行うとその威力に相応の反動が身体にのしかかる。その反動を抑える為、ハンターは地面に足を付け、踏ん張ってその場に踏みとどまるのだ。

 しかし、今ディンは踏ん張るために地面に足を付ける暇が無かった。するとどうなるのか。

 

 砲撃の反動で、「無理矢理後ろに吹き飛んだ」のだ。

 

 結果、リオレイアのサマーソルト攻撃をすんでの所で回避することに成功した。

 

「ムチャクチャだ……」

 

 ディンはそのまま吹き飛んだ勢いで地面を転がり、その転がった勢いで立ち上がる。そしてそれと同時に顔を顰めた。

 よく見ると、左脚に棘で引っ掻かれたような傷がついている。どうやら完全に回避できた訳ではなかったらしい。

 

「ディン君、助かりました!一回下がってください!」

 

 ディンと入れ替わるかのように前に飛び出すリーシャ。リオレイアは一度地面に降り、リーシャに向かって突進した。

 しかしリーシャはこの狩猟中、常に前線で暴れ、リオレイアの突進を何度も見ている。何度も見てきたそのスピード、迫力に、リーシャは慣れ始めてきたのだ。

 

「当たりませんっ!」

 

 兎のように軽やかな動きで突進を躱し、ハンマーを構えるリーシャ。狙うはただ一点、標的を見逃すまいと頭をこちらに向ける瞬間。

 

 しかし、その瞬間は訪れなかった。

 

「あ゛っ!?」

 

 リオレイアは目で敵を追わず、適当に尻尾を振り回したのだ。しかしそれが攻撃のみに意識を傾けていたリーシャにヒットし、大きく吹き飛ばされる。

 

「リーシャ!!」

 

 そこでやっと頭をリーシャに向け、息を吸い込むリオレイア。

 

「させるかよ!」

 

「ナメんなっ!」

 

 その首元に全力で滑り込み、太刀を振るヤマト。その太刀筋で一瞬リオレイアが怯んだ隙にディンも首元へ入り込み、顎に向かって砲撃。必然的にリオレイアの頭は上を向くこととなり、火球は明後日の方向へと飛んでいった。

 

「ゲホッ!ゴホッ……助かりました!」

 

 そして更に背中に突き刺さる矢。シルバは草木に紛れつつも的確に矢を当てていた。

 

「グォォァァッ」

 

 流石に少しここで戦うのは厄介と考えたのか、翼をはためかせて大きく上昇したリオレイア。エリア7を離れるつもりなのだろう。

 

「あの方向、エリア2か!?」

 

「多分間違いないです!」

 

 シルバの矢も到底届かない高さを飛ぶリオレイアが向かった方向はエリア2。ヤマト達は武器を納め、エリア6からエリア2へと向かう為、移動を始めた。

 

「シルバ!次はどうする!?」

 

 ヤマトが駆け足になりながらシルバに次の作戦を求める。ディンとリーシャもシルバの方を向き、作戦を求めていた。

 シルバは頷きつつも頭を必死に回し、作戦と言葉を探していた。

 

「やっぱりあのブレスは脅威だ、水場のないエリア2で戦うとこっちに分が悪い。となると当初の予定通り、こやし玉でエリア移動を促すのが一番いいと……」

 

 そこでシルバの足が止まった。自然と前を走っていた三人の足も止まる。

 

「いや、待てよ……さっきエリア2を通った時に…………駄目だ、アイテムが足りてないか?いや、エリア4か5にもしかしたら……」

 

 そしてブツブツと独り言を言いながら頭をフル回転させる。三人は一体どうしたのか、という表情のままじっとリーダーを見つめていた。

 

「でもそれが通じるのか?僕の……の技術も怪しい、でももし成功したら……」

 

 静かになったエリア7に風が吹く。

 

「……いけるかもしれない。でも……」

 

 バッ!とシルバが顔を上げた。

 

「作戦変更だ。2番で戦おう」

 

「おう!」

 

「解った」

 

「了解です!……ちなみに、どうして?」

 

 風がシルバの髪を揺らす。深く深呼吸したシルバは、意を決して作戦を説明し始めた。

 

「先に言うけど、これは「賭け」だ。それも僕が失敗したら状況はかなり悪くなる。それでも、それでも乗ってくれるかい?」

 

「おう」

 

「勿論!」

 

「当然ですっ!」

 

 ノータイムでのレスポンス。三人に迷うような素振りは一切無かった。

 

 普通、ちょっとは悩む所だと思うんだけどなぁ。この天才三人は、凡人である僕が考えた安定しない「賭け」に自分の命すらベットするのか。全く……とても馬鹿で、とても素敵なチームだよ。

 

 シルバの目が輝いた。

 

「じゃあ説明するよ。まず、今から十五分でいい。君達三人でリオレイアと戦って欲しい」

 

 凡人は天才には勝てないのか。

 

 シルバの答えは「経験と知識、努力次第では負けない」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息も絶え絶えになってきている。

 

 渓流エリア5は鬱蒼と茂った木々に囲まれたエリアだ。巨大な切り株や新鮮なハチミツがあり、アオアシラが度々このエリアで発見される。

 

 シルバはそのエリア5で草の根を掻き分けていた。

 

「クソッ、付いてないなぁ……!こっちでは収穫無しか!」

 

 薬草、どくけし草、ネンチャク草。様々な草が顔を覗かせるが、今シルバが求めているものはそれらではない。

 

「ダメだ、無い!あとはエリア4か、急がないと!!」

 

 全力で走り出し、エリア4を目指すシルバ。しかし、眼前にブルファンゴが二頭、こちらへ向かって突撃して来ていた。

 

「リオレイアに比べたら……遅いよっ!」

 

 速度を落とさずに前転し、ブルファンゴの突進をすり抜けるように躱す。武器を構えることもなく、そのまま走って逃げるようにエリア4へと向かっていくシルバ。

 

「君たちの相手をしてる暇は無いんだよ!」

 

 鼻の頭に土が付いているのもお構い無しに全力で走る。早く、少しでも早くヤマト達と合流しなくては。

 

 普段かかる時間の半分以下の時間でエリア4へ到着し、草が伸びているポイントを探す。荒い息を抑え、目に全神経を注ぎ、めぼしい場所をひたすら探す。

 

「あそこか!?」

 

 岩陰に隠れて草が伸びているポイントが少し先に見えた。確認するや否やそこに駆け寄り、草を掻き分け目当てのものを探す。

 

「無い……無い………ん?あっ!」

 

 そして、ようやくシルバは目当てのものを見つけることが出来た。

 

「あったっ!!」

 

 すぐさまそれを採取し、ポーチからとあるアイテムを取り出す。噴き出す汗を拭い、頭と手先に集中力を注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィァアァアォォッ!!」

 

 エリア2にこだまするリオレイアの咆哮。

 

「嘘だろオイ!さっき涎垂らしたと思ったのに」

 

「もう怒ってるんですかっ!?」

 

 シルバと分かれ、三人でリオレイアの相手をしていたヤマト達。エリア2に到着してすぐにリオレイアは口から涎を垂らし、目に見えて動きが鈍っていた。が、そんな時間も束の間。今は口から炎を覗かせ、目は爛々と輝いている。

 更に状況が悪いことに、ディンの動きが少し鈍ってきている。秘薬を飲んだとは言え、ダメージが完全に引いたわけでは無いのだろう、少し疲れが見えてきていた。

 

「リーシャ、ディンのカバー頼む!俺が前に出る」

 

「ナメんな!まだまだやれるぜっ」

 

 尻尾を斬りつけ、リオレイアの注意を引くヤマト。リオレイアは先刻リーシャを襲った尻尾を大きく振り回し、なぎ払おうとするも、それをヤマトはいなすことで回避。体は疲れを感じ始めているが、少しずつ集中力が増している感覚がヤマトにはあった。

 

「ハァッ!」

 

 そしていなす際に納めた刀を抜き、そのままもう一度尻尾を斬り付ける。そしてすぐさま後ろにバックステップしながら尻尾の射程圏内から外れ、再度来る薙ぎ払いから逃れた。

 

「あれ、ヤマト君もヤバイのでは……?」

 

 リーシャはえも言われぬ不安に襲われた。彼は最初から異常なまでの集中と運動をしている。今はアドレナリンが出ているから疲れをそれほど感じていないが、幾ら何でもあの運動量では何処かで糸が切れると動けなくなるのではないか。

 

 状況は思った以上に良くない。

 

 リオレイアは今日何度目かのブレスを繰り出す為、息を大きく吸い込む。頭の向きからして狙いはディン。本人もそれを理解しているのか、盾を構え腰を落とした。

 

「ガァァア!!!」

 

 そして繰り出されたブレス攻撃。しかし放たれたのは先程まで見ていた火球では無かった。

 

 空気中の酸素が爆発したのか、と思われるような熱量と範囲。先程までのブレスより飛距離は無いものの、放射状に広がる炎はディンだけでなく、ヤマトとリーシャも巻き込んだ。

 

「うわっ!?」

 

「熱っ!」

 

「大丈夫か!?」

 

 盾で防いだディンにダメージは無かったものの、リーシャとヤマトは少しダメージを受ける。リーシャの防具に熱が溜まり、リーシャは体内を焼かれるような熱に襲われた。

 

「熱いっ!熱いっ!」

 

 リーシャは防具から少しでも熱を取ろうと転げ回り、風と地面に防具を晒した。

 その隙を逃す程、陸の女王は甘くはない。リオレイアはターゲットをリーシャに変更し、突撃の姿勢を取る。

 

「クソッ……やっぱシルバの遠距離攻撃は欲しいな!」

 

 

 

 

「そう言ってもらえると光栄だよっ!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、リオレイアの鼻先に数発の矢が突き刺さる。リオレイアは急な攻撃に怯み、突撃が止まった。

 

 

 

 

 

「ごめんみんな、少し遅れた!!」

 

 そこにいたのは息を切らしたシルバ。顔には笑みが浮かんでいた。

 

「シルバさん!!」

 

「ごめん、早速だけど作戦に移るよっ!」

 

 そう言いながらリオレイアに向かって全力で走り出すシルバ。リオレイアもシルバに気付き、ターゲットを変更する。

 

「フォローします!」

 

「安心して突っ込んでくれ!」

 

 そのリオレイアのターゲットを無理にでもこちらに向けようとフォローに入るリーシャとヤマト。リオレイアは鬱陶しそうに尻尾を振り回し、頭を振る。

 しかし恐ろしく集中しているヤマトとリオレイアの動きに慣れたリーシャはそう簡単にリオレイアの攻撃に当たらない。

 

 その隙にシルバはリオレイアの懐に入ることに成功した。すぐさまポーチからあるアイテムを取り出し、リオレイアの足元に設置する。

 

「みんな離れて!」

 

 足元に置かれた「それ」は、シルバが離れると共に「爆発」した。

 

 爆発したものから噴き出したのは、濃い桃色の煙と刺激臭。リオレイアはその煙の中心となった為、臭いがこびり付いた。

 

 その瞬間。地面からボゴボゴボゴ、と何かを掘り進むような音が聞こえてきた。それと同時に地面から土煙が起こり始める。その土煙は真っ直ぐ、リオレイアに向かっていった。

 

「……成功だ!」

 

「ニャニャー!?」

 

「ニャー!!」

 

 突如地面から大量に現れた猫型モンスター、メラルー。メラルー達はハンター達には目もくれずにリオレイアに向かって一斉に突撃を始めた。

 

 シルバが使ったアイテムは「マタタビ爆弾」。アイルーやメラルーがひどく好むマタタビの臭いを撒き散らす爆弾だ。

 シルバは最初にエリア6を目指す途中でエリア2を通った時、メラルーが多数いた事を覚えていた。

 そしてマタタビ爆弾の素材となるマタタビは渓流のエリア4か5に生えていることを「知識」で知っている。

 更にそのマタタビを加工し、小さなタルに入れて調合することでマタタビ爆弾にすることが出来る。その調合は失敗することもあるが、シルバはそれを「経験」で補った。

 

 凡人は天才には勝てないのか。答えはノーだ。

 

 マタタビの臭いに取り憑かれたメラルー達は、たとえ相手がリオレイアであっても嬉々として飛び掛る。予想外に敵が増えたリオレイアはたじろぎ、ただ暴れ回るしか出来ない。

 

 シルバの考えた作戦。それは本人曰く「メラルーを味方につけよう作戦」だった。

 

「よっしゃ!シルバやったぜ、成功だ!」

 

 メラルー達はリオレイアに薙ぎ払われ、次々と倒れていくも、リオレイアは想像以上にダメージを受けている。シルバの作戦は大成功と言えた。

 

 メラルーに紛れてリーシャが突撃する。狙うタイミングは、リオレイアが薙ぎ払った直後。

 

「ギャアォォア!」

 

 そしてリオレイアがメラルー達を薙ぎ払った。その瞬間、リオレイアの視界は吹き飛ぶメラルー達で遮られる。

 

「ようこそぉ!!」

 

 その死角を利用し、渾身の一撃を頭に叩き込んだリーシャ。リオレイアの頭が下がった。

 

「そこだっ!!」

 

 そこに横一文字に振り抜かれるヤマトの太刀。リオレイアは確実に怯んだ。

 更に追い打ちをかけるようにメラルーが飛び掛る。リオレイアは確実に大きなダメージを負っていた。

 

「グギャァァアオアァァア!!!」

 

 怒り心頭、といった叫び声をあげ、目の前のヤマトに食いつこうと口を開け、牙を剥く。

 しかし、その瞬間がヤマトの最高級の「集中」だった。

 

「おおおお!!」

 

 牙に向かって刃を滑らせ、体を頭よりに入れ替える。左脚を軸に体を回し、右脚で踏み込む。それと同時に滑らせていた太刀を引き、軸にしていた左脚を前に。体のすぐ横でガチン!という牙の音が聞こえ、更にもう一歩踏み込む。そのまま太刀を斜めに振れば……カウンターで尻尾を斬りつけることが出来るだろう。

 

「ハッ!!」

 

 全力で振り抜かれた太刀。それはリオレイアの強靭な尻尾を斬り飛ばした。

 

「グォァァア!?」

 

 急に尻尾が軽くなったリオレイアはバランスを崩し、大きく体をブレさせる。それが幸か不幸か、最後のメラルーを吹き飛ばした。

 

 しかし、そこでヤマトの集中が「切れた」。

 

「あ?体が……動かねえ」

 

 へたりとその場に尻をつけるヤマト。リオレイアはそれを見て再度食らいつこうと突撃の姿勢を取る。

 

「やべぇ……!」

 

 必死に脚に力を入れようとするも、思うように身体が動かないヤマト。それを嘲笑うかのようにリオレイアはヤマトに向かって一歩目を踏み出した。

 

「ヤマト君っ!」

 

 二歩目。

 

「逃げてくださいっ!!」

 

 三歩目。

 

「畜生、動けよ……!」

 

 あと三歩。リオレイアの顔が心なしか嬉しそうに見える。

 

 あと二歩。ヤマトはあの日の目を思い出していた。

 

 あの大嵐の日の、古龍の赤い目。ヤマトの全身を寒気が襲う。

 

「ヤマトっ!!」

 

 あと一歩……という所でヤマトの視界に別のものが映った。

 

 それは、最初にシルバを守る為に後先考えずに飛び出した、誇り高きハンター……ディンだ。今度は、ガンランスと盾を、携えて。

 

「やっぱり一、二発はミスると思ってたぜ!俺がいて良かったな!!」

 

 必死の表情でリオレイアの突進を止めながら、しかし心底嬉しそうにディンが叫ぶ。

 

 寒気は引いた。今は仲間がいる。そしてコイツは……リオレイアだ。古龍ではない。

 

「流石だよ、ディン。……助かった!恩に着るぜ」

 

「気にすんな!……んぎぎぎ、うおぉらぁぁあ!!」

 

 ディンはリオレイアの頭にガンランスを叩きつけ、無理矢理相手の力の向きを変える。そしてそのままガンランスの引鉄を思いっ切り引いた。

 その砲撃の威力は、先刻の一撃より遥かに重い。残った弾を全て一気に爆発させるガンランスの必殺技、「フルバースト」。その一撃はリオレイアの鱗を剥がし、大きなダメージを与えた。

 

 堪らずリオレイアは距離を取り、ハンター達に構わず覚束無い足取りで逃げ始める。もう自分の体力が残っていないことをハンター達に知らしめつつも、それでも巣に戻って体力を回復させたいのだ。

 

「あっ!」

 

「逃げる気か!?」

 

 リーシャとディンは慌てて追いかけようとする。しかし、ディンは先程のフルバーストの反動が少し怪我に来たのか、フラリと足元が覚束無くなった。

 

「大丈夫!……逃がさない!!」

 

 そう言いながら矢を番え、一直線に放ったシルバ。飛んでいく三本の矢はリオレイアの首に刺さり……リオレイアは動きを止めた。いや、体が痺れ、動けなくなった。

 

 弓にビンを装着し、矢に特殊な効果を付与させ、モンスターの状態異常を引き起こす。弓でしか出来ない芸当だ。シルバはエリア2に移動する直前、麻痺ビンを弓に装着していたのだ。

 

「リーシャちゃん!」

 

「わかってますとも!!」

 

 そして全力で走り出していたリーシャ。兎のように勢いよく飛び上がり、一撃を振り下ろす。

 

 

「おやすみなさいっ!そして……」

 

 着地と同時に、左脚を軸にクルクルと回転し、遠心力を乗せた最強の一撃をアッパーカットのように振り上げる。

 

 最初の一撃もアッパーカットだった。しかし、最初はリオレイアの重みに負け、振り抜けなかった。

 

 しかし、今は。

 

「さよならっ!!!」

 

 今は振り抜ける。

 

 その渾身の、最強の一撃がリオレイアにぶつかった瞬間。

 

 ゆっくりと。

 

 ゆっくりと、リオレイアの巨体が地面に沈んでいった。

 

「やった……」

 

「やりました、」

 

「俺達の、」

 

「うん。……僕達の勝ちだ!!」

 

 






雌火竜戦、決着。

珍しく少し長めに取りました。

お時間ありましたら、感想、評価も宜しくお願いします。


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狩りを終えて② 狩人編


飲み会だー!!


 緊急クエストの達成。

 

 リオレイアを討伐することに成功した一行はユクモ村へ帰る竜車の中でもれなく爆睡していた。四人全員が限界まで己の力を振り絞ったのだ、その疲れが出たのだろう。

 

 その為、彼等が目を覚ましたのはユクモ村へ到着し、竜車を引くアイルーに体を揺すられるその瞬間であった。

 

「……んあ?もう着いてる」

 

 寝惚けた眼を擦りながらシルバがあたりを見回す。既に外は薄暗く、商業区や狩猟者区の提灯が明るくなっていた。

 

「アイルーさん、ありがとう。……皆起きて、着いたよ」

 

 竜車引きのアイルーにしっかりお辞儀をしてから竜車を降り、他のメンバーを起こし始めるシルバ。ヤマト達もゆっくりと目を開けて身体を起こし、提灯を見て既に到着していることを悟った。

 ヤマト達もアイルーにお礼の言葉を述べつつ、竜車を降り始める。その間、シルバは紙とインクを取り出し、何かをサラサラと書き始めた。

 

「……よし。皆、僕が達成報告をしておくからさ、先にこの場所に行っといてもらえる?」

 

 その紙をリーシャに渡す。そこには丸っこく綺麗な字で何か店の名前らしきものが書かれていた。

 

「あっ、私ここ知ってます。お肉料理が美味しい居酒屋さん」

 

「そ、居酒屋。折角こんな良いメンバーで狩猟達成出来たんだ、皆で楽しまない?」

 

 シルバにしては珍しい、くしゃっとした笑顔ではなく少しいたずらっぽい笑顔だった。そして左手の人差し指を立ててウインクしながら次の言葉を紡ぐ。

 

「そしてこういうのは……先輩が後輩の分までお金を払うものなんだよ?」

 

「行きますっ!!」

 

「本当にいいのか?」

 

「マジでっ!?」

 

 三人は目を輝かせる。お肉料理の美味しい居酒屋で四人で祝勝会。最高ではないか。

 

「決まりだね!じゃあ僕は一度集会所へ向かうから、先に行って席を取っておいて」

 

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商業区のとある飲み屋通りに少し大きめの看板を掲げた居酒屋がある。

 ガーグァの肉や卵を調理した料理が人気の「丸鳥専門店 とりすけ」。ユクモ村のハンターもしばしば訪れる、割と繁盛している店だ。

 

「あー、ここか。一回行ってみたかったんだよな」

 

 看板を見てヤマトがそう呟く。ディンは当然ながらまだユクモ村の居酒屋など知っているはずも無く、まだ知らない味に思いを馳せていた。

 

「じゃあ先に入っておきましょう」

 

「だな!」

 

 暖簾をくぐると中は明かりで昼のように明るく、また人も多いため昼のように賑やかだ。店員が三人を見るなり笑顔でこちらへやって来た。

 

「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」

 

「三人……じゃなくて、後から一人来ます」

 

「かしこまりました!奥の座敷へどうぞ!」

 

 四名様ご来店でーす!せーのっ!

 

 いらっしゃいませぇ!!

 

 店の至るところにいる店員が一斉に挨拶を唱和する。ヤマト達は案内された奥にある座敷の席へ向かい、靴を脱いで座った。

 

「とりあえず先に食べ物だけ頼んどきます?」

 

「そうだな」

 

「リーシャ、ここ来たことあるんだろ?美味しいやつ、幾つか頼んどいてくれよ」

 

「お任せをっ!」

 

 リーシャが店員を呼び、幾つか料理の注文をする。因みに飲み物の注文はまだしない。シルバが来てから全員で乾杯をするのだ。

 

 暫くすると、シルバも到着した。

 

 が、彼はまるで恐ろしいものを見たかのように顔面蒼白だった。

 

「……お待たせ」

 

「え、おいどうしたシルバ」

 

「何かあったんですかっ!?」

 

「……ハハ、うん、信じられないものを見たよ……」

 

 恐ろしくゲッソリした顔で乾いた笑顔を見せるシルバ。その表情はこの明るい居酒屋とは余りにミスマッチだった。

 

「僕が達成報告をしに行ったらね……もう片方の緊急クエスト……もう達成報告終わってたんだ……」

 

「「「……はい?」」」

 

「つまりね、アマネさんは……僕等四人でリオレイアを討伐するより速くジンオウガとラギアクルスを討伐して孤島から帰ってきてるんだよ……あの人天才とかそういうのじゃないよね……ハハ、自信なくすよね……」

 

 シルバの口から魂が飛んでいった気がした。

 

「おおお落ち着けシルバ!あの人はほら、俺らより経験も全然長いし!?やっぱ上位ハンター筆頭候補だし!?」

 

「それにしても私達より速いなんて……実はモンスターなんじゃ?」

 

「おいリーシャ!必死にフォローしてんのに油注ぐなよ!あー……ホラ!俺らがまだ経験浅いのもあるだろ!特に俺やディンなんかほぼ新人なわけだし!!」

 

 どうやらシルバは天才という言葉に拒絶反応があるらしい。

 結局、このやり取りは店員がおつまみを持って来た時に飲み物を頼むことをヤマトが提案するまで続いた。

 

「あ、俺ボコボコーラで」

 

「え?ディン君飲めないんですか?」

 

「恥ずかしながら飲めねえんだよ、俺」

 

「へぇ、飲めそうなのにな」

 

 ヤマトとシルバは麦酒を。リーシャは果実酒を頼み、酒が飲めないらしいディンは炭酸飲料を注文した。程なくして、それぞれの飲み物が運ばれてくる。

 

「では……緊急クエスト達成を祝って!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 ジョッキ(一人は果実酒の為グラスである)を互いに打ち付け合わせ、勝利の美酒を喉へと流し込む。一瞬、四人の喉が鳴る音だけが響き、続いて幸福なため息が吐き出された。

 そして次々と運ばれてくる料理。丸鳥の部位の中でも脂の多いモモ肉を使った唐揚げ、逆に脂分が少なくさっぱりした胸肉と、ユクモ村の農場で採れた野菜を秘伝のタレで混ぜ合わせたもの。シンプルな焼き鳥に、だし巻き玉子。どれも食欲をそそられる。

 

「このタレ、何使ったらこんな美味くなるんだ!?」

 

「それがわかんねえから秘伝なんだよ」

 

「リーシャちゃん、口にタレ付いてる」

 

「え!?ホントですか?」

 

 しばし料理に舌鼓をうつ四人。シルバのお気に入りというだけのことはあり、味は相当なものであった。

 

 

 

「本当に、一時はどうなるかと思ったよ。それに僕は助けられたとは言え、ディン君があんな危険なマネするなんてね」

 

「全くだ」

 

「です!」

 

「うっ……ごめんなさい」

 

 最後のだし巻き玉子に伸ばしていた箸を引っ込め、少し小さくなるディン。それを見て流れるように箸を伸ばしてシルバは最後のだし巻き玉子を口に運んだ。

 

「……なんちゃって。んー、美味しいなぁ」

 

「あ゛!」

 

 またもやいたずらっぽい笑顔を浮かべてウインクするシルバ。彼は最後のだし巻き玉子を食べる為にディンを嵌めたのだ。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

「これも経験の差だよ、ディン君♪」

 

 それを見て小声で話し始めるヤマトとリーシャ。

 

「……もしかしてシルバさん、お酒回ってる?」

 

「ああ……多分」

 

 シルバはあまり酒に強くないのかもしれない。

 

「お待たせしましたー、だし巻き玉子です!」

 

 等とリーシャとヤマトが考えているうちにおかわりのだし巻き玉子が運ばれてくる。それを見たディンの目は輝き、再度シルバはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。しっかり次を注文していたらしい。

 

「まあ、本当にあんな危険なマネするなんて思わなかった。君、あんなこと毎回やってたら本当にいつか死ぬよ?」

 

 麦酒ではなく水を注文しながら、少し真剣味を帯びた表情をして告げたシルバ。

 

「そういえばディン君ってすごく「誇り高きハンター」に固執してますよね。何か理由とかってあるんですか?」

 

 果実酒のおかわりをついでに注文しながら不思議そうな表情をするリーシャ。それを聞いてディンは酒も入っていないのに顔を少し赤らめ、ポリポリと頬をかいた。

 

 一つ、だし巻き玉子を口に運び、もぐもぐと咀嚼する。柔らかく巻かれた玉子はしっかりと焼き上げられており、出汁の味が口の中を駆け回る。誰でも作れる料理だからこそ、昔から慣れ親しんだ味。ディンはその味を噛み締めつつ、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺が産まれる前に親父は母さんを捨てて逃げたらしくてさ」

 

 昔から慣れ親しんだ味は、ディンに過去を思い出させていた。

 

「だからかなぁ、俺の覚えてる母さんのイメージはすっげえ荒れてる人だった。こんな言い方しちゃ悪いかもしんねえけどさ、クソみたいな人だったんだよ」

 

 多分親父が稼いで、母さんは家事をしてたんだろうな、俺が物心ついた時には家はすっげえ貧しくてさ。母さんは自分でも出来る仕事を、って娼婦やってたんだよ。それもそういう娼館と契約するのも金かかるからって、個人でやってた。三日に一回位は、家で仕事やってんだ、嫌なもんだよな。そんでもやっぱ普通よりは全然貧乏なんだよ。母さんはイライラすると俺を殴るんだよなぁ。多分、あの人は母親としての「誇り」ってのは無かったんだ。生きていくのに精一杯で、そんなもん二の次だったんだろうな。

 

 でもある日、母さんは俺を連れてベルナ村まで観光に行ったんだ。美味いチーズ、モコモコのムーファ、すっげえ楽しかった。母さんもたまには遊びに連れてってくれるんだって、すっげえ嬉しかった。でも違ったんだ。

 

 母さんはそのままどっか行っちまった。

 

 俺はその後ベルナ村に二ヶ月程滞在してたハンターに拾われて、そこで色んなことを教わった。まあ、ハンターに憧れたのはそこからなんだけど……その時に俺を拾ってくれたハンターは、俺にはすっげえ「誇り高きハンター」に見えたんだよ。

 

「だから、俺はその人みたいな誇り高きハンターになりたいし、名を轟かせて母親としての誇りを捨てた母さんを見返したいんだ。だから、俺は誇り高くありたい」

 

 ディンの口から語られた、彼が狩人になった理由。それは普段の快活な姿からは想像も出来ない、壮絶なものであった。

 

「やっぱりディン君はダメです」

 

 その時、今までに見たことがない程真剣な顔をしたリーシャが呟いた。

 

「誇り高くても、無茶して死んだハンターなんて、笑い者として名前が轟きますよ。目的があるなら、達成するまで死ぬかもしれない無茶なんかしちゃダメです」

 

「…………ああ、そうだな。なんかすまん!折角こんな所来てるのに暗い話しちまって」

 

 ようやくいつもの調子に戻り、目の前で両手を合わせ、謝罪のポーズを取るディン。そしてそこを通りかかった店員にセセリの湯引きを注文した。

 

「ふふふ、じゃあここから明るい話題にしましょう」

 

 ヤマトの隣で少し黒い笑顔を浮かべながらリーシャがそう言う。明らかに少し悪いことを考えているのが誰の目にも解った。

 

「この中で一番年上なシルバさん!ぶっちゃけ彼女や好きな人っているんですかっ!?」

 

「女子かよ!」

 

 キラキラとした瞳で食い入るようにシルバを見つめるリーシャ。ヤマトとディンは半分引いている。

 聞かれた本人であるシルバというと、真剣に何か考えている様子だった。

 

「うーん……好きな人はいるよ。叶わない恋だから、そろそろ諦めないと行けないけどね」

 

「叶わない恋!?なんてロマンチック……」

 

「おいヤマト、リーシャの目がやばいんだけど」

 

「俺に聞かれても困るんだが」

 

「因みにお相手は!?どんな方ですか!?」

 

 少し酔っている今のシルバなら話してくれるかもしれない、という打算も混ざりリーシャはグイグイ聞いていく。もうヤマトとディンはドン引きだ。

 

 当のシルバはまた少し考えた後、くしゃっとした笑顔を浮かべてこう言った。

 

「うん、素敵な人だよ。……いつか、話してあげる」

 

 リーシャは黄色い声を上げてテンションを上げた。だがそのシルバの返しはヤマトやディンも予想外だったらしく、二人でボソボソ話し出した。

 

「なあヤマト、なんでこんなナチュラルにクソかっこいいこと言える奴なのに叶わないんだ?その恋」

 

「ホントだよ、今のをサラッと言えるのはすげえな……素敵な人って響きが既に素敵だもんな」

 

「そこ、聞こえてるよ。……なんだかんだ言って君達も年相応だねぇ、なんか安心したよ」

 

 ヤマトとシルバは座っている場所が対角線である為、ひそひそ話がどうやらシルバに筒抜けだったらしい。シルバは少し呆れた表情をした後、またくしゃっと笑った。

 

「そう言う君達はどうなんだい?」

 

「全く無いな」

 

「同じく」

 

 即答する二人。ディンはチラリとヤマトを見るが、ヤマトの頭の中にリタのリの字も無さそうに見えた。

 

 こいつ本当になんも思ってないのかよ!

 

 と叫びたくなる衝動を抑え、シルバの呆れた表情を眺めるディンだった。

 

「まぁ、僕が言えたことじゃないけどね……恋愛も割と大事だよ?」

 

 店員がセセリの湯引きを持って来た。

 

「まあ、しないといけないって訳じゃないけどね」

 

「しないとダメですよ!!」

 

「女子は黙ってろ」

 

 その後も、他愛のない話が続き、彼等はひとしきり笑った。

 

「そういえば報酬なんだけど……お金も素材も皆で山分けでいい?」

 

「勿論です!」

 

「異論は無いな」

 

「当たり前だろ!」

 

「オーケイ、解った。……皆、本当に生きててよかった。ありがとう」

 

 昼間のように明るい店内の喧騒に紛れるように、しかしはっきりとした声で……最後のありがとうは誰が言ったのだろうか。

 

 その場にいた四人全員かもしれない。






はい。飲み会です。

次回は久々にあの子が、出てくるかな。

お時間ありましたら、感想、評価、宜しくお願いします。


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狩りを終えて② 待ち人編


久々のあの子のお話です。


 リオレイア討伐を祝い、居酒屋にて宴会もお開きになり。

 

 ヤマトは一人、自宅に向かって夜道を歩いていた。

 

 ディンは酒を飲んでいなかった為心配は無い。シルバも自分がどこまで飲むと潰れるかを理解しているからそれを越えないように途中で茶に変えていた為大丈夫だろう。リーシャは最後までヤマトと同じペースで飲んでいた為少し心配だった。

 

「……まぁ、提灯あるしコケるとかは無いだろうけど」

 

 ふと、こぼれる独り言。よくよく考えてみれば一日中四人でいたのだ、少し寂しいのかもしれない。

 

「……飲み足りなかったかもな」

 

 いっそのこと、酔ってしまえばそんな気持ちも忘れられただろうに。そんな事を考えながら、一人居住区へ続く道を歩いていた。

 

 商業区の外れになればなる程、提灯の数は少なくなっていく。足元も見えにくくなっていく為、歩幅は自然と狭くなっていく。

 商業区から居住区へ移る境界線を越えると、いよいよ灯りは少なくなって来た。大小様々な家が見えるが、どこも明かりが落ちている。時刻は一時を過ぎている、当然だ。

 

 そんな中、ほんの少し、本当にほんの少しだけ明かりが漏れている家があった。

 

 ヤマトの家だ。

 

「……?」

 

 蝋燭を付けて家を出た記憶はない。ランタンを付けた記憶もない。何故ヤマトの家から明かりが漏れているのか、家主のヤマトが理解出来ていなかった。

 

 少し警戒して、家の中へ入る。目に映った景色はいつもと変わらない自宅の風景。本棚、机、椅子、アイテムの収納庫。机の上にランタンが置かれ、小さく灯を作り出していた。

 

 しかし、ただ一つだけ見慣れない光景が映った。

 

 ベッドの上で、スゥと寝息を立ててリタが寝ていたのである。

 

「……俺は何処で寝たら良いんだよ」

 

 ヤマトの家にベッドは二台も無い。心地良さそうに寝ているリタを起こすのも申し訳ない。つまりヤマトは床で寝るしか無さそうだ。

 

「てかなんでお前は俺の家で寝てんだよ」

 

 ランタンの光を頼りにコップに水を注ぐ。取り敢えず椅子に腰掛け、水を飲んで一息ついた。

 そして少し逡巡した後、防具を脱いで私服に着替え始める。リタが起きていたら殺されるだろうが、寝ているのなら問題は無いだろう。それに、出来ることならヤマトも私服で寝たい。

 

「……さて、どうするかな」

 

 シャツとズボンに着替え、何処で寝るかを考え始めるヤマト。幸い毛布は予備があったはずなので、寒くて風邪をひくということは無いだろう。明日(今日?)、目が覚めた時に少し体の節々が痛む程度だろうか。

 

「ばーか……さっさと帰って来い……」

 

 ふと、聞こえた消え入りそうな声。なにか夢を見ているのだろうか、リタが寝言を呟いた。

 それは恐らく……ヤマトの帰りを待つ夢なのだろう。

 

 ふと、ヤマトが再度机に目を向けると、そこにはムーファのぬいぐるみと、恐らく畑から採れたのであろう、新鮮そうな野菜が積まれていた。

 

「待つ方は……辛いんだよ……ばーか」

 

「…………」

 

 何気なくムーファのぬいぐるみを手に取る。モコモコの毛を再現したかったのか、触り心地がとても良い。ふかふかしたそのぬいぐるみは、心なしか少し暖かく感じた。

 

「悪かったな、心配させて」

 

「…………スゥ」

 

 返ってきた返事は寝息。当然と言えば当然か、とヤマトは少し笑って腰を下ろし、ベッドの支柱に背中を預けた。

 

 リタが寝返りを打つ。図らずも、二人は背中合わせの形となった。

 

「……ケロッとした顔で帰って来い、だったな。何とか約束は果たせたぜ」

 

 寝ているリタに向かって話しかける。返事が帰ってこないことは解っていたが、何となく話したくなったのだ。

 

 その理由は酒が入っていたからなのか。

 一人がやはり寂しかったからなのか。

 それとも……シルバの言葉のせいなのか。

 

「恋愛も割と大事だよ?」

 

 その事をヤマトが思い出していたかどうかは、おそらく本人にも解らないだろう。

 

 リタは相変わらず心地良さそうな寝息を立てている。

 

「なんか色々、帰ったら用意してくれてたんだな」

 

「……ありがとな、リタ」

 

「……ばーか」

 

 思わず笑ってしまいそうな返事。ぼやけて消えそうなその声がしてすぐに、また規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 こいつ、どんな夢見てるんだろうな。

 

 そんな事を考えながら、毛布を被り、ムーファを抱えながら、ゆっくりと目を閉じるヤマトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな、心配させて」

 

 その言葉で目が覚めた。

 

 順調ならそろそろ帰ってくる頃かなー、なんて思って、やっと出来たムーファのぬいぐるみと、新鮮な野菜持ってヤマトの家に行って。

 

 きっとあいつのことなんだから、なんだかんだ言ってケロッとした顔で帰ってくるんだって信じてたから。

 信じてたからヤマトの家で待ってたんだけど、中々帰って来なくて。ちょっと不安になったりして。

 気が付いたらしっかりベッドでぐっすり寝ちゃってたみたい。

 

 しかも夢の中で帰って来たヤマトに文句言ってる所で、本当にあいつの声が聞こえて。

 

 それで目が覚めた。

 

 あいつが素直になる時なんて、あの古龍の目に怯えてる時くらいなのに、珍しく素直な言葉が聞けた気がした。

 ……もしかして寝てるから聞こえてないと思って素直なこと言ってるの?……寝たフリしとこ。

 

 あー、やばい。今私、もしかして顔赤いかも。起きてるってバレないよね?

 

 え、ちょっと?何?ベッドにもたれ掛かってきたよこの人。

 あー無理!ちょっと今近付かないで!……寝返りを打つフリして顔隠さないと本当にやばい。

 

 折角好きな人がこんな近くにいて、素直な言葉を紡いでいるのに、恥ずかしさで顔を合わせるどころか寝たフリまでしないとダメな自分にちょっとムカつく。もうちょっと頑張れよ私!

 でも無理。無理なものは無理。

 

 ……こいつ酒臭くない?まさか実はもう少し早くに帰って来てたけど、打ち上げで飲んでましたーってことは無いわよね?

 

 …………。

 

 ……まあ、もしそうなら無事に帰って来てるってことだし、良いことだよね。……私を心配させたままなのはムカつくけど。

 ほんっとに、夢の中でも言ってた気がする。

 待つ方は、辛いんだぞ?ばーか!ばーか!

 

 こんな愚痴も本当は元気よく言ってやりたいんだけど、折角素直な言葉を聞けるのにそんなアホみたいな愚痴で壊したくない。

 

 本当はお互い素直な言葉でお話したいよ。

 

 ヤマトのことを異性として意識し始めてから、何となく私はヤマトに対して素直になれない。ヤマトもハンターになってから、あまり素直な気持ちを私に見せてくれなくなった。

 無邪気な子供の頃は簡単に出来てたことが、大人になっていくにつれて出来なくなっていく。

 それは、すごく変な事に思えて。でも、それはすごく自然な事にも思えて。

 

 私の素直な気持ちってなんだろう?

 

 もっとヤマトと喋りたい。

 もっと一緒にいたいよ。

 好きなんだよ。

 

 そんな簡単なことが、素直に伝えられない。

 

 否定されそうで怖くて。

 

 怖いから、寝たフリをする。

 素直じゃないから、寝たフリをしている。

 素直な気持ちを知られたくないから、寝たフリをするのだ。

 

「ケロッとした顔で帰って来い、だったな。何とか約束は果たせたぜ」

 

 そんな私の心のモヤモヤも知らないように、ヤマトは本当に素直な言葉を紡いでいた。そのケロッとした顔、私も見たいんですけど、今見たらきっと寝たフリしてるのがバレるでしょ。だから見れないのです。

 でも約束は果たしてくれたんだね。流石。

 

 あー、その顔見たいなぁ。あ、でもあんたは私の顔マジマジと見ないでね。今きっと真っ赤だから。

 

「なんか色々用意してくれてたんだな」

 

 そうだよ。用意してあげてたんだよ。

 ムーファのぬいぐるみ。ここ最近じゃ一番の出来だよ?どーせいらないって言うんでしょ!無理矢理でも置いて帰ってやる。

 新鮮な野菜。ヤマト好きでしょ?夜ご飯時に帰ってきたら、なにか作ってあげようと思ってたんだ。あんた飯食べて帰ってきたみたいだけどねっ!!

 

 ……待つ方は辛いんだよ。無事に帰って来てくれるように、いつ帰って来てもいいように色々用意しておきたくなるんだよ。そうしたら、帰って来てくれる気がするから。

 

「……ありがとな、リタ」

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………。

 

 ばーか。卑怯者。

 

 これだから、こんな筋肉バカの鈍感男を好きになるのよ。

 

「……ばーか」

 

 もう、素直な言葉は溢れる程貰っちゃった。

 

 夢はもう覚めていい。

 

 だから、寝言っぽく返事をしてあげた。やっぱり寝たフリってバレたくないもんね。

 

 しばらくすると、気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。寝るの早。疲れてたんだろうなぁ。

 ……ベッド占領してるの、悪かったな。

 

 ばーか。

 

「……大好き」

 

 私の、一言だけの素直な言葉。

 

 ヤマトの寝息のリズムは変わらない。

 

 ……寝たフリじゃないでしょうね。

 






うわぁ、これ今までで一番読んで下さった方の反応が怖い……

読んで下さった皆さん、素直な気持ちで感想を下さい。笑

お時間ありましたら感想、評価、よろしくお願いします。


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番外編 銀色の追憶
前編




第2章も終わり、少し番外編のようなものを書きたくなって。

シルバさんのちょっとした昔話を、書きました。
前後編に分かれております。後編は明日投稿します。

よろしくどうぞ。


「……ふぅ」

 

 弓を背中に仕舞った青年は、疲れの篭った溜息をついた。

 目の前に倒れているロアルドロス。たった今青年によって狩猟され、息を引き取ったばかりである。

 

「なんとか一人でも、狩れたかな」

 

 ジャギィシリーズに身を包んだ銀髪の青年、シルバは一人、そう呟いた。

 新人は卒業した、と言える程度のハンター歴。一般的に成長が早いとも遅いとも言えない、「平均的なハンター」である彼は、自分の実力を試すためにも初めて一人でロアルドロスの狩猟に挑んだ。

 

 結果としては危ない場面もあったものの、ネコタクシーを使うことも無く、制限時間内にロアルドロスを狩猟することに成功し、今に至る。

 

 達成感や高揚感も特にはなく、あるのは疲れと命を奪った血の臭いと弓を引き絞る感覚だけ。さっきまで命懸けのやり取りをしていた遺骸にナイフを突き立て、皮や爪を剥ぎ取る。

 

 モガの村から舟を使って向かう狩場、孤島。さんさんと照りつける陽射しが銀髪を照らす。

 

「……まぁ、平均的なハンターだな」

 

 特に秀でた特技がある訳では無い。

 天才的な狩猟センスがある訳でも無い。

 はたまた、チームを牽引するカリスマも特には無い。

 絶望から生き残れる強運も持ち合わせていない。

 

 だからといって別段苦手なことがある訳でも無い。

 

 シルバは、今の時期ならロアルドロスをソロでも狩猟できる、「平均的なハンター」なのだ。

 

 だから、自分の身の丈に合わない狩猟はしない。

 

 ベースキャンプから何かしらの信号弾が見えた。色は黒色。

 

「狩猟環境不安定。狩場に危険なモンスターが接近している」

 

 黒色の信号弾の意味は確かそうだったはず。

 

 この場合、その狩場に居合わせたハンターは、その新たに接近しているモンスターを狩猟するか、帰還するかの二択を選ぶことが出来る。

 新たに接近しているモンスターは、何が来るか解らない。そのモンスターが自分の実力に見合わない強力なモンスターだった場合、無駄に命を落とすだけとなるので、余程の実力が無い限り、帰還することを推奨される。

 

 シルバが選んだのは、勿論「帰還」だった。

 

「……流石に無理」

 

 現在いる地点はエリア5。急いでベースキャンプに戻ろうとしたその時である。

 

「キョォァアアォォォ!」

 

 空から聞いたこともないモンスターの咆哮が聞こえた。間違いなく乱入者である。

 

 シルバが空を見上げるとそこには晴天の真夜中の空を思わせる美しい藍色。それがモンスターの体毛だと気が付くのに少し遅れるほど、美しい色をしていた。

 まるで梟のような見た目をしたそのモンスターは、シルバの持っている知識の何処を探しても名前すら出てこない、「未知」のモンスターだった。

 

「っ!?なんだあいつ!?」

 

 何も解らない。それは圧倒的な恐怖と不安を掻き立てる要素の一つである。シルバは踵を返し、全速力でベースキャンプへ向かって逃げ出した。

 何せ自分はまだ新人からは卒業した、としか言えない歴の、平均的なハンターなのである。未知のモンスターを相手に立ち回れる技術も実力も運も持ち合わせていない。

 

「とにかく、逃げろ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ベースキャンプ。命からがら逃げ出したシルバは、運良く無傷で逃げ切ることに成功した。

 

「ハハッ、その位の運は持ち合わせていたんだ、僕は」

 

 自虐気味に笑いつつ、クエスト帰還の為の信号弾を放つ。とにかく早々にこの孤島という狩場を離れたかった。

 

 

 

 舟を使い、モガの村まで到着した瞬間、シルバは恐ろしい疲れを感じた。

 初めて観たモンスターから逃げたのだ、当然だろう。

 

 だから、桟橋で同業者が倒れているのに気が付くのに一瞬、遅れた。

 

「!?だ、大丈夫ですか!?」

 

 周りに人は居ない。この桟橋から行ける場所は孤島という名の狩場しかない、ハンター以外にこんな場所に来ることは無いだろう。逆説的にこの倒れている女性もハンターだとシルバは予想した。

 

 ギザミシリーズの防具を身にまとった女性。顔は見えないが、確かこの防具の形は女性用だったはずだ。しかし武器は装備していない。女性は倒れたままピクリとも動かず、生きているのかすら解らなかった。

 シルバは女性に近づき、肩を少し強めに叩く。反応は無い。

 

「あの!大丈夫ですか!?」

 

 もう一度肩を叩く。ほぼ全力だ。ギザミ装備の女性はピクリと動き、呻き声をあげた。声を聞くとやはり女性だと解る。

 

「ぅう……ここは……?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「……貴方は、誰?ここは……思い出せない」

 

 女性の声は酷く怯えていた。シルバはなるべく怖がらせないように語気を和らげ、安心させるように努める。

 

「僕はシルバと言います、貴方は?」

 

「……フローナ、です」

 

 消え入りそうな声で女性はそう名乗った。震える手を動かし、頭の装備を取る。

 兜から現れたのはプラチナブロンドの長い髪と、翡翠のように美しい目。誰もが美人と言うであろう、美しい女性だった。しかし、その美しい顔は恐怖と不安で歪められている。

 

「あの……ここは何処ですか?貴方は何故ここにいるんですか?私は貴方のことを……知っていますか?何も、思い出せないんです」

 

 彼女には、名前以外の記憶が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、僕の家です。狭いですけど」

 

 疲れとパニックで何も考えられなかった。

 

 後に彼はこう言い訳することとなる。

 

 記憶を失い、恐怖と不安に押し潰されそうになっていたフローナを放って置くことが出来なかったシルバは、彼女を自身の家があるユクモ村まで連れて行くことに決めた。

 そしてユクモ村の村長にその事を報告すると、「シルバがしばらくの間面倒を見たらどうか」と笑顔で言われたのだ。

 疲れとパニックで何も考えられなかった彼は、それが「男女がひとつ屋根の下」であることを考えておらず、オーケーを出してしまったのである。

 

 その事に気付くのはこの日の夜なのだが。

 

「シルバさんは優しいんですね。何もわからない私を、助けてくれた」

 

 取り敢えずずっと防具を着けておくのは大変だろう、とシルバの私服の中から女性が着ていても違和感の無いものを渡し、シルバが別室へ移動する。

 

「逆にあの状況で助けなかったら、後味悪いですからね。別段僕が優しいわけじゃないですよ」

 

 そちらの別室でシルバも私服に着替える。

 しばし、二人の着替えの際に聞こえる衣擦れの音だけがシルバの家を包んだ。

 

「……私は、ハンターというお仕事をしていたんですね」

 

 扉越しに不安そうな声が聞こえる。

 

「恐らく。ハンター以外にモンスターの素材を使った防具を身に着ける人、居ませんし」

 

「……シルバさんも、ハンターなんですか?」

 

 その質問にシルバは何故か詰まってしまった。

 フローナが着けていた装備、ギザミシリーズの素となる鎌蟹、ショウグンギザミは今のシルバの実力では到底狩猟することが出来ない。記憶が戻る前の彼女はシルバよりも優秀なハンターなのだろう。

 

 平均的なハンターでは無いのだろう。

 

 その事実が、シルバの返答を詰まらせた。

 

「……ええ。僕もハンターをやっています」

 

「……ふふ、どうしてでしょうね」

 

「どうしました?」

 

「安心しました。貴方のような素敵な人がしている仕事なら、きっと、素敵なお仕事なんでしょう」

 

 フローナの声は、心なしか嬉しそうに聞こえた。

 対するシルバの心境はと言うと。恐ろしく複雑であった。

 

「……常に死と隣り合わせの、危険な仕事ですよ。でも……」

 

「でも?」

 

 シルバの着替えはとうに終わっている。恐らく、フローナも終わっているだろう。

 だが、シルバは何故か扉越しにしか話せない気がした。

 

 そういえば僕はどうしてハンターになったんだっけ。

 

「……でも、素敵な仕事ですよ」

 

 新人だった頃、何故ハンターに憧れたのか、何故か思い出せなかった。

 

 

 

 

 

「まぁ、美味しそうですね!」

 

 夕飯の時間。シルバは基本的に自炊をしている。この日も台所に立ったのは彼だった。

 

 作ったものはシチュー。温かい湯気と香りが食欲をそそる。

 

「味も美味しい、と思いますよ」

 

 そう言いながら取り皿にシチューを分け、スプーンを二つ用意するシルバ。数時間、二人でいた為、二人共緊張感は薄れてきていた。

 

 合掌し、シチューを頬張る二人。暖かな野菜達が口の中で踊る。

 

「美味しいです!」

 

「良かったです」

 

 心底嬉しそうな表情でシチューを頬張るフローナの表情は、満ち足りた表情に溢れており、ひどく魅力的に見えた。そんな表情に見とれつつあったシルバは、誤魔化すようにシチューを口に運ぶ。

 

 湯気が部屋を暖める。

 

「私考えてたんです」

 

「何を?」

 

「私、ハンターだったのなら、きっとそのお仕事をしていれば、いつか記憶が戻る気がするんです。シルバさんのお仕事、お手伝いしてもいいですか?」

 

 シルバはフローナの翡翠の目を見た。彼女の目は真剣そのものである。

 

 この世界において、「知らない」ということは最も愚かである。自分の記憶すら「知らない」彼女が「知る」為の手助けは、してあげたい。

 

「……いいですよ」

 

「ありがとうございます!私……助けてくれたのがシルバさんで良かったです」

 

 温かいシチューを食べたからだろうか。フローナの顔は少し紅潮していた。

 その表情は、少女のように可愛らしいものであり、同時に赤い頬がひどく扇情的で。

 

 シルバはどう返していいものか解らなかった。

 

「……僕なんかよりいい人は同業者にもたくさんいますよ」

 

 気付けば、そう口にしていた。

 

「何も出来ない訳じゃない。でも、何か出来る訳でもない。周りに胸を張れるほど経験も長くない。他人が羨む程の才能や技術も無い。きっと、記憶が戻る前のフローナさんの方がハンターとしての実力は上です。僕は……中途半端で何処にでもいるハンターその1なんです」

 

「そんなこと……」

 

「あります。いや、それ以下かもしれません。そんな中途半端な実力と精神力だから……俗に言う「天才」や、「才能」っていう言葉が嫌いで……そんな恵まれたものを持っている人が、とても羨ましい。とても妬ましい」

 

 シチューはまだ鍋に残っている。

 

 湯気はもう出ていない。冷めてきたのだろう。

 

「……私は」

 

 倒れていた時のように手を震えさせながら、フローナがぽつりと話し始めた。

 

「私は……自分の名前しか覚えていません。貴方のことを知っていたのか、知らなかったのか……それすらも貴方から聞くまで解りませんでした。私は、自分の名前しか覚えていないんです。それ以外の事は……思い出すか、新しく覚えるしかないんです」

 

 震える手を必死に止めつつ、しかし目だけはしっかりとシルバを見て話すフローナ。その雰囲気にシルバは気圧され、黙って話を聞くしかなかった。

 

「私は貴方のことを、とても素敵な人だと覚えました。それは「ついさっき」覚えたことです。だから忘れたことじゃないし、間違えようがないんです。貴方は、私にとって、とても素敵な人です。とっても」

 

「…………」

 

 ふと、シルバは視界が揺らいだ。滲む目の前でフローナがビックリしておたおたし始める様子が見える。

 その光景が、さっきまでの彼女とあまりにも違い過ぎて。

 

「……プフっ」

 

 つい、シルバは笑ってしまった。

 

「シルバさん、私の前で初めて笑ってくれましたね」

 

「そうですか?」

 

「はい。そのくしゃっとした笑顔、私好きです」

 

 二人の顔が少し赤くなる。シルバは誤魔化す為にシチューをかきこんだ。既にぬるくなってしまっている。

 ふと、フローナの方を盗み見ると、彼女も誤魔化すようにシチューを食べていた。

 

 短くて長い、二人の生活の始まりであった。



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後編



シルバ短編、後編です。

よろしくどうぞ。


「シルバさん、手、怪我してますよ」

 

 シルバとフローナの共同生活が始まって二週間。

 

 フローナは本当にシルバのハンターの仕事を手伝っていた。

 本日は渓流にてドスジャギィの狩猟。ちょうどそのドスジャギィを倒し、ベースキャンプに戻る最中である。

 

「え?……ホントだ」

 

「ふふ、しょうがないですね、キャンプに戻ったら手当しますね」

 

 記憶は相変わらず戻らないままだが、彼女の狩猟センスは目を見張るものだった。

 背中に携えたユクモノ大剣を振り回せる筋力と、的確に攻撃を躱す危険察知能力の高さ。記憶が無くても、体が動きを覚えているのかもしれない。

 

 紛れも無い「才能」、そして経験と技術。今のシルバに無いものを全て、彼女は持っていた。

 しかし、何故かシルバは彼女に対しては引け目を感じず、妬むことも無かった。いや、何故かでは無いだろう。彼は既にその理由に気づいている。

 

 フローナの事が好きなのだろう。

 

 自分の事を正面から認めてくれた、儚くも強い彼女の姿に、シルバは憧れと共に恋愛感情を抱いていたのだ。

 

 そして、フローナもシルバに恋をしていた。

 

 自分の事を助けてくれた、そしてその優しい表情や己の実力を伸ばすために苦悩する彼の姿に、少なからず魅力を感じていたのだ。

 

「さぁ行きましょ、シルバさん!」

 

「そうだね、帰ろう」

 

 いつの間にかシルバは彼女に対して畏まった話し方を止めた。その方が、彼女にとっても楽に感じられるだろうから。

 その方が、特別な気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜鳥……ホロロホルル」

 

「はい。それが以前アナタが遭遇したモンスターの名前だそうです」

 

 フローナと共にドスジャギィを狩猟した後、村長に呼び出されたシルバ。その理由は以前シルバが遭遇した未知のモンスターの正体が解ったからだ。

 

「現在孤島周辺に棲息しているホロロホルルは少々気が立っているようでして……いずれモガの村のハンターが討伐に向かうでしょう」

 

 フローナは先にシルバの家に戻っている。村長に「一人で来て欲しい」と言われたからだ。

 

「で、本当のお話はここからなのです」

 

 白粉を塗った竜人族の彼女の双眸が険しくなった。

 

「この子、鱗粉を飛ばして相手の前後感覚を狂わせるという、少し変わった攻撃方法をお持ちのようで。何せ情報が少ない子だから、その鱗粉がどのように影響を与えて感覚を狂わせているのかわかりませんの」

 

「……どういうことですか?」

 

「その鱗粉が……もし脳に働きかけて感覚を狂わせているのであれば……その時に強い衝撃を受けると、記憶が飛ぶ可能性も否定できませんの」

 

「……!!」

 

 つまり、村長の話によると、フローナの記憶が失われた原因は、そのホロロホルルである可能性が高い。

 シルバの表情が一気に真剣味を増した。

 

「しかし、私はこのモンスターの狩猟を貴方には任せられません。……情報が少ない、危険過ぎるのです」

 

「…………」

 

 それは予想出来ていた答え。

 

 そう、シルバには才能も、経験も、技術も、運も。何も持ち合わせていない。「天才」では無く、「凡才」なのだ。

 

 そんな彼が無理を言ってホロロホルルに挑むとどうなるか。

 それこそ鱗粉の餌食にされ、感覚を狂わされたまま殺されるか、はたまた……フローナのように記憶を失うかもしれない。

 

 そういえば、僕はどうしてハンターを目指したんだっけ。

 

 思い出せない。

 

「……はい、解っています」

 

 悔しかった。

 

 例えそのホロロホルルを倒したとしても、フローナの記憶が戻る訳じゃない。

 それでも、シルバは自分の手であのモンスターを狩猟したかった。

 

 そうしないと、いけない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ!……ケホッケホッ」

 

「風邪だね」

 

「ですね……」

 

 ホロロホルルの話を聞いた、その次の日。

 

 フローナが朝から咳き込んでおり、ぼーっとしていた。不審に思ったシルバがおでこに手を当てると、熱い。風邪をひいて熱を出したらしく、フローナはベッドで横になることとなった。

 

 タオルに水を染み込ませ、よく絞る。それをフローナのおでこに優しく乗せ、ベッドの横に椅子を置き、そこに腰掛けるシルバ。その表情はフローナの言う、「くしゃっとした笑顔」だった。

 

「まぁ、こうして休むのもたまにはいいでしょ?」

 

「そう……ですね。シルバさんがいつもよりもっと優しいですし」

 

 熱のせいで赤くなった顔をさらに赤くしながらフローナがシルバをからかう。シルバは風邪が伝染したかのように頬を赤くした。

 

「シルバさん……私、何か思い出した気がするんです」

 

「え?」

 

 少し笑顔を浮かべながら、そう呟いたフローナ。

 まるで何か遠くの景色を観ているような……そんな表情をしながらフローナは思い出したという記憶をポツポツと語り始めた。

 

「雪……とても寒い場所です。でも、とてもあったかい……そんないい村なんです。私の住んでる村……ポッケ村は」

 

「ポッケ村……」

 

「はい。私、焚火に当たるのが大好きで……とてもあったかい……それだけしか思い出せないですけど」

 

 掘り起こされ始めた記憶に憧憬を感じているのだろうか。フローナの表情は、とても優しく、穏やかな感情で埋め尽くされていた。

 その表情は、まるで明日にもなれば消えてしまいそうな表情で。とても、とても愛おしい表情だった。

 

「シルバさんも、今度いらしてくださいね。このユクモ村のように……素敵な村です」

 

「うん、そうだね……必ず行くよ」

 

「……ふふっ。素敵な人が素敵な場所に来てくれたら……どれだけ素敵なのでしょう」

 

「お世辞ばっかり。……フローナ、もう寝た方がいいよ。風邪は早く治さないと」

 

「そうですね。お言葉に甘えてもう寝ます。お休みなさい、また明日」

 

「うん、また明日」

 

 ふと、窓から空を見るシルバ。

 

 外は、雲一つ無い夕焼けに染められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 窓を見る。まだ真っ暗だ。

 

 ふと、頬が濡れていることに気が付いた。

 

「……思い出してたんだ」

 

 その事に気が付いた途端、涙が溢れていくのが止められなかった。

 深夜も深夜である、その涙でくしゃくしゃになった顔を見る相手など居ない。

 

 一人、ただただ泣いた。

 

「また明日」は、叶わなかったのである。

 

 シルバは、さっきまで見ていた夢の続きを……短くて長い、二人の最後を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、目が覚めたシルバは隣のベッドにフローナが居ないことに気が付き、すぐに外へ出た。

 そこには雲一つ無い朝焼けの空を眺める、金髪の美しい女性が立っていた。

 

 

 記憶喪失とは、総じて記憶が戻る際に二つの可能性が存在する。

 

 全ての記憶を取り戻す可能性と、全ての記憶を取り戻す代わりに……「記憶を失っていた」期間の記憶を失う可能性。

 

 

 

 

 

「……すみません、どなたか存じ上げませんが、私は何故ここにいるんですか?少し記憶が混乱していて……」

 

 

 

 

 

 

 

 記憶が掘り起こされれば掘り起こされる程、掘った分の土を何処かへ埋めなくてはならない。

 その土を何処へ埋めるのか。近くの記憶がある場所へ埋めるのだ。それを、望んでいなくても。

 

 フローナは後者であった。

 

 それが解った途端、シルバはその場で何故か……笑っていた。

 

 それは、奇しくも彼女が大好きだった「くしゃっとした笑顔」だった。

 

 そしてそれを見たフローナの両目から……雫がぽつりと落ちた。

 何故かは解らない。ただ、シルバは笑顔を消すことは出来なかったし、フローナは涙を止めることは出来なかった。

 

「あれ……?何か、大切なものを忘れている気がする……その笑顔、あれ?あれ?どうして涙が止まらないの……?」

 

 その場に崩れ落ち、両手で顔を隠しながら泣き続けるフローナ。シルバの頬を、涙が伝った。

 もう、フローナの記憶にシルバという人間の存在は無い。この二週間の記憶はもう、潰えているのだから。

 

「……いえ、僕は……その辺にいる平均的なハンターその1です。泣かないでください」

 

「嘘。ならどうして貴方は泣いているのですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて答えたんだっけな」

 

 ベッドの上で涙を拭きながら、一人思い返すシルバ。

 

 思い出せない。

 

 もしあの時、もっと経験があったなら。技術があったなら。ホロロホルルに立ち向かい、勝てたかもしれない。

 もし、ホロロホルルを倒せていたなら。フローナは、全ての記憶を失わずに済んだかもしれない。

 

 もし、シルバが「才能」を持った「天才」だったなら。

 

「……はぁ」

 

 今、シルバがホロロホルルの素材を使った防具を着けているのも、彼一人でホロロホルルを倒せたわけじゃない。だが、倒さないと気が済まなかった。

 

 彼が胸の奥で決めていること。それは「彼女を諦められた時、ポッケ村に行くこと」だ。

 

 

「……未だに夢として思い出すなんて、まだまだ諦められないんだろうな」

 

 

 ただ、強さが欲しかった。

 才能や天才という言葉がひたすらに憎かった。

 何故、自分にはその力が無いのかとひたすらに嘆いた。

 

 二週間という短い期間だったが、どうしようもない程にフローナを愛してしまったのだ。

 

 そして、今も……

 

 気付けばまた涙を流していた。

 

 彼女の中にシルバの記憶は無い。

 

 扉越しの会話も。

 温かいシチューも。

 シルバの独白も。

 フローナの赤い頬も。

 二人で行った狩りも。

 

 くしゃっとした笑顔も。

 

 その記憶が無い以上、シルバの恋が叶うことは無い。

 

 叶わぬ恋なのだ。

 

「……本当に、素敵な人だった」

 

 平凡な僕には、釣り合わないよ。

 

 そう呟いてしまえば、本当に釣り合わなくなりそうで。

 今釣り合っているのかは解らない。

 

 だが、それでも諦められないのだ。

 

 夜は長い。

 

 また、シルバは一人涙を拭いた。

 

 

 

 夢の続きはここで終わり。

 

 銀色の追憶。






彼が見ていた夢、として書きたかったので、シーンや風景が飛び飛びなのです。許してくださいなんで(ry

次回からは本編に戻り、第3章を始めていきます。

感想、評価等宜しくお願いします。


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第3章 恋は短し生きよ乙女
強い女も



ご無沙汰しております。亜梨亜です。

短編も終わり、いよいよ今回から第3章となります。

章が進むほど、私の執筆力も上がればなぁ……

はい。それでは本編をどうぞ!


 リオレイア討伐から一晩が過ぎ。

 

 目を覚ましたヤマトはいつの間にかベッドの上にいた。そしてリタの姿が見えなくなっていた。おそらくは先に目を覚まし、家に帰ったのだろう。

 その証拠に、机に目をやると置き手紙とムーファのぬいぐるみが置いてあった。

 

「ばーか。おかえり」

 

 手紙には、その一言だけが記されていた。

 ヤマトは苦笑し、いつもより少し遅いが朝の稽古を始めるために木刀を手に取り、外へ出た。

 

 昨日まで自分が死闘を繰り広げていたとは思えない程普通の朝。普通の空。普通の風。

 逆にそれが気持ち良かった。

 何も考えず集中して稽古に臨めるからだろう。

 

 しかし、ただ一点に置いて普通の稽古風景でない所が見受けられた。

 

「おはよ」

 

 外に出ると、そこには短めの木刀を二本持ったアマネが立っていたのである。

 

「……おう」

 

「ちょっと、何よその返事」

 

「眠いんだよ」

 

 昨日の疲れと眠気が混じってイマイチ頭が覚醒しきっていないヤマトはそこにアマネがいる事実がイマイチ理解し切れていない。そんなヤマトの反応に彼女は口を尖らせた。

 

「折角リオレイア討伐おめでとうって言いに来たのに……もう既に集会所じゃアンタらの話で持ちきりよ」

 

「おめでとうって言いに来た奴がなんで木刀持ってんだよ」

 

「あぁ、これ?どうせ今からあなた素振りするんでしょ、折角だしついでにかかり稽古したいなーっ、て」

 

 そう言いながらアマネはお手玉をするかのように木刀を放っては受け取り、を繰り返す。まるで曲芸師だ。

 少しずつ頭が覚醒してきたヤマトはやっとアマネが言いたいことが理解出来た。

 リオレイアと戦うまで成長したんなら、その証を見せて欲しい。つまりこういう事なのだろう。

 

「まぁ、かかり稽古は構わねえけどさ」

 

「流石、ノリがイイわね。じゃあ……早速!」

 

 突如両手に一本ずつ持った刀を構えて突撃するアマネ。完全に不意打ちそのものだったが、ヤマトはその不意打ちはリタのおかげで(せいで?)慣れている。すぐに後ろにステップを踏み、木刀を構えた。

 

「ていっ!」

 

 右手を振り、先制攻撃を仕掛けるアマネ。ヤマトはその攻撃に合わせて、下から斬り上げるように木刀を全力で振る。リーチも筋力もヤマトの方が上だ、アマネは勢い良く押し戻された。

 その隙にヤマトはアマネの横を走り抜け、家の隣の広場へ移動する。アマネも押し戻された勢いを上手く使い、逃がすまいと体勢を直しつつヤマトの後を追う。

 その瞬間、ヤマトが左脚を軸に回転し、木刀を横に振る。回転の勢いもあり、相当なスピードだ。

 アマネはその木刀の動きを見切り、木刀を踏み台にして宙返り。流石のヤマトもアマネの体重を重ねた木刀を両腕で支えることは出来ず、前のめりに倒れる。

 宙返りでヤマトの頭を越え、ヤマトの背後を取ったアマネがはそのまま両手の木刀をヤマトの背中に向かって振り下ろす。

 

「やらせるかよっ!」

 

 ヤマトもそう簡単にやられる訳にはいかない。転ばないように踏ん張っていた両脚をわざと地面から離し、勢い良く伸ばす。ドロップキックの形となった両脚はアマネの両肘を突き、木刀が振り切られることは無かった。

 そのまま前転し、すぐにアマネに向き直るヤマト。アマネは口元に笑顔を浮かべ、双刀を構えていた。

 

「ほんとにあなたの体術は凄いわね」

 

「お前の空中戦法の方がよっぽど頭おかしいと思うぜ、俺は」

 

 再度突撃するアマネ。ヤマトは腰を落とし、木刀を低く構えた。

 またも初手は右手に持った刀の横薙ぎ。腕が振り切られる前にヤマトは左足から大きく踏み込み、肩に力を入れた。アマネの前腕がヤマトの肩にぶつかり、隆起した筋肉が勢いを殺す。

 

「ちょっ!?」

 

 そのままさらに踏み込みショルダータックル。アマネは咄嗟に後ろに引き少しでも衝撃を減らそうとする。

 

「はっ!」

 

 更にもう一歩踏み込むヤマト。低めに構えていた木刀を振り上げ、姿勢を崩したアマネに決めの一撃を見舞おうとした。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

 しかしアマネもすぐに倒れた姿勢から無理矢理体を回し、足の裏で木刀を叩き、軌道をずらす。そしてそのまままるでダンスを踊るかのように足を振り上げ体を回し、曲芸のように立ち上がった。

 太刀筋が逸れた木刀は地面を叩き、ヤマトはすぐさまその地面を叩いた振動も構わずに木刀を引き、アマネの反撃に備える。案の定、アマネは再度突進し、二本の木刀を勢い良く振り始めた。

 懐に入ってしまえば、太刀より双剣の方が有利なのは当然の摂理である。ヤマトは攻撃を捌くので手一杯となり、次第に後ろに少しずつ押し込められていった。

 

「やっべ……」

 

 しかし、ずっと後退りが出来るわけでもない。ヤマトのすぐ後ろにはヤマトの家の壁が迫って来ている。

 

「だったら……!」

 

 だったら。ヤマトはギリギリまで後ろに引き、アマネの太刀筋を集中力で見切る。そしてその太刀筋に合わせて木刀を滑らせ、体を低く落としたまま、まるで舞踏会のステップを踏むかのように体を入れ替えた。ヤマトの新たな必殺技、「イナシ」だ。

 

「え?嘘っ!?」

 

 勢いを全く殺さずに攻撃をいなされたアマネは逆に目の前に壁がある状態で、更にはヤマトに背後を取られてしまう。文字通りの形勢逆転だ。

 

「貰ったッ!!」

 

 チャンスと見たヤマトが木刀で突きを入れる。

 

「まだよっ!」

 

 しかしアマネはヤマトの予想を超えた。

 すぐに後ろを向く、という動作を捨て、その場で飛び上がり、壁を思い切り蹴ったのだ。

 その勢いでヤマトの頭をまたもや飛び越え、ヤマトの突きは壁に当たることとなる。

 

 そしてアマネは着地と同時に振り返り、両の刀をヤマトに向かって振り抜く。

 ヤマトも突きが外れた瞬間に振り返り、太刀をアマネに向かって振り抜く。

 

 ガイイン!という木刀では普通聞けないような音が鳴り響いた。

 

 お互いの得物は振り抜かれることなく、鍔迫り合いの状態となっている。パワーがあるヤマトの方が若干上手か。

 

「本当にどんな状況でも跳ぶな、お前」

 

「あら、褒めてるの?……余裕ね」

 

 その瞬間、アマネは膝を畳み思い切り体を後ろに逸らす。突如終わりを告げた力比べ。ヤマトの余った力はアマネのすぐ上を通り過ぎ、姿勢が崩れた。

 

「そこっ!」

 

 そして右足をすぐに伸ばし足を払うアマネ。姿勢が崩れたヤマトはなす術もなく転ばされ、その隙にアマネは立ち上がり……首元に木刀を突きつけた。

 

「……フフ、私の勝ちー」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべて勝ち誇るアマネ。ヤマトも木刀を離し、両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「なんでそんな対人特化みたいな技術あるんだよ……」

 

「まぁ、女の子は自衛策が無いと大変なのよ。……あなたの幼馴染だってそうでしょ?」

 

「……あー、確かに」

 

 幼き日、このようなかかり稽古でボコボコにされた記憶が蘇る。

 今でも徒手空拳ならヤマトと張り合えるだけの実力を持つのだ、リタの腕も相当と言える。

 

 勿論、リタやアマネが飛び抜けて強いだけで、普通の女性はヤマトのような鍛えた男性と張り合うなど不可能に等しい。それは女性ハンターであってもだ。

 

「リタちゃんだっけ?女の子は男が守ってあげなさいよ」

 

「アイツは俺が守らなくてもなんとかすると思うけどな」

 

 首元に突きつけていた木刀を下ろし、手を差し伸べるアマネ。その手を掴み立ち上がり、土を払うヤマト。

 

「バカ。強くてもね、女の子は守られなきゃいけない時があるの」

 

「は?」

 

「……あなた、鈍感というかバカね、本当に」

 

 心の底から溜め息をつくアマネ。

 

「どういうことだよ」

 

「いや……いいわ、その内解る」

 

 心底疲れた表情でヤマトの家へと入っていくアマネ。ちなみに家主であるヤマトが入室許可を出した記憶は無い。

 

「……まあいいや」

 

 予想外のかかり稽古で喉が渇いた為、もう特にアマネに何も言う事は無く、ヤマトも家へと入る。

 

 そこで見たのは乾いた笑みを浮かべるアマネと……恐ろしく不機嫌そうな顔をしたリタだった。

 

「あら、リ、リタちゃん……いつからここに?」

 

「あなた達が全力でかかり稽古してる時に声かけるのも悪いかなーとおもいましてかってにはいらせてもらいました」

 

「あ、あぁ、そうだったのか。いや、あーその、悪いな、気付かなくて」

 

 段々言葉に感情が籠らなくなっていっている。

 何故かアマネも怯えていた。

 その光景を見たヤマトは即刻回れ右をして逃げたくなった。

 

 あのリタはヤバい。俺殺される。

 

「まぁ、たかが同業者の、アマネさんも、勝手に入るわけですし?私が入ってても、問題ないわよね?ねぇ、ヤマト?」

 

「…………お、おう、そうだな、別に問題ない」

 

 抱き締めているムーファのぬいぐるみから綿が飛び散りそうになっている。ムーファの首はどんどん絞められ、可愛いはずの顔の部分は膨張し、なんとも言えない不細工で恐ろしい表情をしていた。

 

「私は守られなくてもなんとかする?そうねー、アンタなんかに守られなくったってなんとかするわよ、アンタなんかに守られたら恥よ!恥!」

 

「だよな、それは俺もそう思う」

 

「何でそこだけ無駄に流暢に言えるのよ!!ヤマトのバカッ!!」

 

「………あー、リタちゃん?あのー、その、ちょっと落ち着きましょ?お外でちょっとだけお話しない?」

 

 両手を前に出して抵抗の意思が無いことを示しながら対話を試みるアマネ。早くしないとムーファのぬいぐるみが破裂しそうだ。

 

「お話って大した知り合いでもない私とあなたで何を話すんですか」

 

「あー……うん、どっかの鈍感なバカがやらかしたことについて」

 

 鈍感なバカ、という言葉に少し紅くなるリタ。因みに、当の本人は鈍感なバカというのが誰を指しているのか全く理解していない。

 

「……少しだけお話しましょう」

 

 はち切れそうなムーファのぬいぐるみは首を緩められ、安堵の可愛い表情へと戻る。

 

「……ヤマト、アンタあとで話あるから」

 

 そう言い残し、リタはアマネと共に外へ消えていった。

 

「……なんで?」

 

 何故リタがここにまた来たのか。

 何故リタがあんなに怒っていたのか。

 

 ヤマトには微塵も理解出来なかった。





 以前シルバの短編書いてる時にも思ったんですが、いやぁ新章とかになるとなんとなく新鮮な気持ちで書けますね……!もうヒイヒイ言いながら書いてました()
あと、初の対人戦。まあ稽古ですけど。どうでしたか……?ムズイです。

感想、評価等、宜しくお願いします。


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恋はムカつく


夏終わりましたね。まだまだ暑いです。

それでは本編をどうぞ。
 


「お話ってなんですか、アマネさん」

 

 ひどくぶっきらぼうなリタ。今の彼女なら轟竜すら倒せるかもしれない。

 対するアマネは、二人になった途端いつものあっけらかんな表情に戻った。

 

「リタちゃん、色々勘違いしてるようだからまず言っとくわね。私彼氏いるから別にヤマトは狙ってないわよ」

 

 サラリと言い切ったアマネ。それを聞いてリタの顔は一瞬ホッとした顔になり、その後すぐに紅くなった。

 

「別に私も狙ってないですけど!?」

 

「あら、そうなの?じゃあ彼も頂くわね」

 

「あっダメッ!絶対ダメです!!」

 

「……ヤマトと違って貴女はわかりやすいわね」

 

 耳の先まで真っ赤になったリタはきゅうぅぅ、と小さくなった。アマネはその横にドサリと腰掛ける。

 

「恋ってさ、ムカつくわよねー」

 

「……はい?」

 

 太陽がかなり高くまで昇っている。小さな雲が漂う綺麗な空を眺めながら、ボヤくようにアマネが話し始めた。

 

「ムカつかない?惚れた奴のどこがいいんだか、どこに惚れたのか。解んないんだもん」

 

 リタも同じように空を眺める。

 

「そのクセにさ、「私は貴方に惚れた」っていう事実を認めさせたいのよねー。でも拒絶されたら嫌だから面と向かって言えないのよ」

 

 ふと、昨晩の事が蘇る。

 リタも、素直な気持ちが拒絶されるのが怖くて、寝たフリをしながら、寝言のフリをして幾つかの言葉をヤマトに紡いだのだ。

 

 この人、エスパー?

 

「相手がさ、それとなく察してくれたらどれだけ楽か。ヤマトみたいな鈍感バカは無理でしょうね」

 

 それは私も同感です。心の底で呟いたリタ。

 

「だからね、リタちゃん」

 

 ふと、空を見ていた視線をアマネに戻す。アマネも同じように、リタを見ていた。その顔は優しく、楽しそうな表情をしていた。

 

 あ、これ。

 恋してる人の顔だ。

 

 何故かリタはそう思った。

 そしてその相手は……彼女の言うところの彼氏なのだろう。

 そうであって欲しいという願望も少しだけ。

 

「貴女はいつか、自分の素直な気持ちをアイツにしっかり伝えなさいね。じゃないと……アイツは気付かないから」

 

「…………」

 

 何故かリタはアマネの顔をずっと見ていられなかった。

 少し紅くなりつつ、リタは目を逸らしながらアマネに質問を投げかける。

 

「どうして……彼氏がいるのにヤマトにちょっかい出すんですか」

 

 アマネの表情は変わらない。

 空の雲は少しずつ動いている。

 

「ちょっかい出してるつもりは無いんだけどね……似てるのよ。何か、彼氏に」

 

 リタの顔の色も変わらない。

 いや、少し赤みが引いてきているだろうか。

 

「じゃあ、どうして急に私にそんな話をしたんですか」

 

「それも似てるからよ。私と貴女が」

 

 リタはハッとしてアマネの顔を正面から見た。

 彼女の顔は相変わらず優しそうで楽しそうだ。

 まるで、恋愛を、彼氏との時間を心の底から楽しんでいるような顔。

 

「まぁ、うちの彼氏も鈍感バカだから私ほったらかしてどっか行ってるんだけどね」

 

 それを待つのも楽しいの。

 アマネの表情はそう言っている気がした。

 

 私には、まだその気持ちは解らない。

 私なんかよりずっと大人で。

 私なんかよりずっと恋を知っている。

 私と貴女が似ているなんて……きっとないだろう。

 

 今までアマネを嫌っていた理由が解った。

 

 彼女はリタよりもずっと大人で、恋を知っていたから。本当にヤマトが取られてしまうような。幾ら付き合いの差があったとしても、負けてしまいそうな。

 

 そんな気がしていたのだ。

 

「……まぁ、頑張りなさいな。私も彼氏が帰って来なかったらヤマト貰うけど」

 

「ダメですって!色情魔ですかアマネさん!」

 

「ちょっ、色情魔は無いでしょ!」

 

 急に不服な呼び名を付けられたアマネの顔が初めて紅くなる。その表情は、案外リタに似ていた。

 

 あ、可愛い。

 

 リタは不覚にもそう思っていた。

 

 雲はいつの間にか見えなくなっている。

 

「……彼だってあー言っておきながら、きっとリタちゃんを守ってくれるわよ」

 

「知ってます。だってアイツ、私には死ぬまで適わないんですもん」

 

 さっきリタが不機嫌になった理由は、嘘でも「守ってやらないと」と言われたかっただけなのだ。

 本当にそんな時が来たなら、ヤマトがなりふり構わずにリタを守ってくれる事など、リタが一番よくわかっている。

 

「アマネさんの彼氏はどうして今いないんですか?」

 

「んー?仕事」

 

「何の?」

 

「ハンターよ」

 

 少しだけアマネの表情が曇る。

 彼氏は帰って来ない。

 仕事はハンター。

 

 リタは、それが何を意味するのか解っていた。

 

 だから、似ているというヤマトに面影を感じているだろう。

 

 おそらくヤマトは……そんなことにも気付いていないのだろう。鈍感だから。

 

「ホントムカつく奴だわ、恋って。なんであんな奴が今でも好きなのかわかんないもん」

 

 心底イラついた声音でアマネが呟いた。

 

 それは本当に恋に対してイラついているのか、はたまた何かを隠したかったのか。

 そこまではリタには解らない。

 

「……私、帰りますね」

 

「あら、ヤマトとお話しなくていいの?」

 

「今日は、アマネさんとお話出来たからいいことにします。今日は渓流にタケノコ取りに行かなきゃダメだし」

 

 立ち上がり、尻についた砂を払うリタ。その顔に紅さは無く、少し楽しそうな表情をしていた。

 恋をしている顔だ。

 

「……そう。私も良かったわ、貴女とお話出来て」

 

「はい!じゃあ、また」

 

 リタの背中は、普段より少し女性的に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リタちゃん、帰ったわよ」

 

 ヤマトの家に戻り、家の中で待てを食らっていたヤマトに声をかける。ヤマトは何故か少しホッとした表情で水を飲んだ。

 

「あなた、あんないい子中々居ないわよ?もっと大事にしなさいよね」

 

「……まぁ、否定はしない」

 

「何よそれ」

 

 クスリと笑うアマネ。対するヤマトはまたもや水を飲んでいる。

 

「あー、そうだ。本当の目的忘れてた」

 

 ぽんと手を打ち、ニコリと微笑むアマネ。どうやら掛かり稽古が目的でヤマトの家に来たわけでは無かったらしい。

 

「緊急クエストの達成、おめでとう。これからはあなたが受けられるクエストの難度も上がるそうよ」

 

 本当の目的は緊急クエスト達成に対するギルドマスターからの報酬。それを伝えに来たのだろう。

 クエストには危険度が存在する。ジャギィの狩猟しか行えないハンターがリオレイアの討伐依頼に向かっても無駄死にしかしない。そういった事態を防ぐ為に、一定の実力を持ったハンターでないと一定以上の危険が存在するクエストは受注出来なくなっているのだ。所謂リミッターである。

 つまりそのリミッターの上限が上がったのだ。

 

「ちなみに私は上位ハンターになりました」

 

「は?」

 

「ちなみに私は上位ハンターになりました」

 

「嘘だろ?」

 

「本当よ」

 

 そして緊急クエストを受けていたのはヤマト達だけでは無い。孤島に出現したジンオウガ、ラギアクルスの狩猟も緊急クエストとして扱われていたのだ。それを受注し、達成したのは、アマネである。

 

 因みにアマネは一人でその危険極まりないクエストに挑み、一度もネコタクシーを使うこと無くヤマト達より早く帰還している。ヤマトはその事を思い出し、目の前の女性が若干恐ろしくなった。

 

「シルバじゃねえけどアンタは確かに怖いわ」

 

「え?シルバ君がどうかしたの?」

 

「……いや、何もねえ」

 

 よくよく考えてみれば、ユクモ村で少し問題となっているハンター不足、ましてや上位ハンターは現在ユクモ村には居なかった。アマネがユクモ村唯一の上位ハンターとなるのはある意味必然だったのかもしれない。

 

「一応集会所行けばまたマスターにその事を言われると思うけど、報告に来たの。あ、ちなみにリタちゃんは渓流にタケノコ採りに行くそうよ」

 

「それは別に聞いてないんだが」

 

「ま、なにはともあれおめでとう。私も帰るわね」

 

 ふらっと家から出ていくアマネ。

 コップに目をやると、もう水は入っていなかった。

 

「女ってのはよくわかんねえな」

 

 そういえばまだ朝ご飯を食べていない。

 ムーファのぬいぐるみをベッドに寝かせ、朝食の用意を始めるヤマトであった。






少し短めですね……申し訳ございません。

感想、評価等宜しくお願いします。


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守る者、守られる者

第3章、実は少し短めなんですよ。

はい。それではどうぞ。


 

「ようオッサン」

 

「あう!ヤマトぢゃねえか!リオレイア討伐したんだってな」

 

 朝食を済ませ、ヤマトは加工屋に足を運んでいた。理由は至極単純。

 

「もう知れ渡ってんのな……コイツで新しい武器、作ってくれないか?」

 

 理由は至極単純、リオレイアの素材で新たな太刀を作ってもらう為である。

 現在ヤマトが愛用している太刀、鉄刀「楔」は鉱石を素材とした武器である為、割と製作難易度も低く、万人に扱われる事を目的としている。即ち、軽めで扱い易いが、威力に欠けるのだ。

 しかし、モンスターの素材を使った武器は全て同じ様に作れるとは限らない。だからこそ加工屋の腕が試されるのだが、腕の良い加工屋ならそのハンターの使い易いようにオーダーメイドすることも可能なのだ。

 

 ヤマトはリオレイアの素材で、自分だけの太刀を加工屋に求めたのだ。

 

「あう!初めての飛竜討伐だからな、お代は安くしといてやるぜ!少し待ってな、これだけあれば二時間もありゃ作れるはずだ」

 

 ハンマーをぶんと肩に担ぐ加工屋。助かる、と言いながらヤマトは素材を手渡した。

 

「昼間にまた来な!イイもん作っといてやる」

 

「ああ、また来るよ」

 

 代金を先に払い、加工屋を後にしたヤマト。昨日、リオレイア討伐の報酬金を受け取っていない分を受け取りに行く為、集会所へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ヤマト!テメェやったじゃねえか!」

 

「本当にお前は超大型新人だな、おい!」

 

 集会所に入るや否や、瞬く間に同業者達に囲まれた。そして掛けられる声や小突かれる肘は……驚く程に暖かいものだった。

 

「ヤマトさん、おかえりなさい!!良かった……皆さん無事と聞いて本当にホッとしました!」

 

 そして受付嬢、ミクも顔を覗かせ、潤ませた瞳で満面の笑みを見せてくれた。

 その輪に囲まれて、改めてリオレイアを倒した、ということを実感したヤマト。それも緊急クエストを達成したのだ、彼等の出迎えも大袈裟では無いだろう。

 

「あっ、報酬金ですよね?シルバさんが一人一人分分けていますのでこちらに用意しております、どうぞ!」

 

「……いや、そっち行けねえんだが」

 

 ミクが駆け足で受付へ戻り、手を伸ばしてこちらに来て欲しいことをアピールする。しかし、ヤマトは未だにハンター達の輪に囲まれている為、そちらに移動できそうには無かった。

 しかし、報酬金を早く受け取る必要性も特には無い。少しの間だけ、彼等に付き合うのも悪くは無いな、と感じたヤマトは諦め、彼等と共に席につき、少しだけ語らい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話に花が咲くこと一時間少々。

 基本的にハンターという仕事をしている人間は語らい始めると長い。

 いつ、どんな仕事で死ぬか解らないから、話せる内に色々な事を話しておきたくなるのだ。

 まだまだ午前中だから酒を飲んでいるハンターは少ないが、それでもまるで夜の酒場の様な喧騒に包まれていた。

 

「にしてもディンの奴も中々やるなぁ!アイツは最初からただモンじゃねえと思ってたが」

 

「それって俺は最初は大したことないと思ってたってことか?」

 

「ちげぇねぇ!ギャハハ、すまねえなヤマト!」

 

 

「……ヤマトさん、絶対私の事忘れてる……」

 

 受付でむすっと膨れているミクに気付くハンターは居ない。

 

「ウィぃ、まあそう言うなミクぅ。たまにはあーさせてあげなさいな」

 

 酒樽に腰掛け、瓢箪に入った酒を呷るギルドマスターが、そんなミクを窘める。

 緊急クエストが終わり、正に束の間の休息といった風景だった。

 

 束の間の休憩は、いつまで続くのだろうか。

 願わくば、誰もがそんな時間をずっと、過ごしていたいと思うのだろう。

 

「ん?うい、渓流の観測隊から伝書鳥で手紙が来たな」

 

 しかし、束の間の休憩はあくまでも「束の間」でしかないのだ。

 

「……んん?ちとまずいなぁ……チミ達!ちょっと聞いてくれぃ」

 

 突如大きな声を出したギルドマスター。そのよく通る声に、ハンター達は一度話を止め、一斉に彼の方を向いた。

 

「リオレイアが居なくなった渓流にナルガクルガが入ったらしい。しかもこれが本当に急に現れたみたいでなァ、気は立ってないらしいが村人に渓流への立ち入り禁止を出すのが少し遅れたらしいんだなァ」

 

 渓流に現れた、新たなモンスター。

 ナルガクルガと言うと、迅竜の名を持つ飛竜種のモンスター。素早い動きで木々を飛び回る強力なモンスターだというのがハンター達の共通認識だ。

 

「まあ、昨日リオレイアが討伐されたばかりで渓流に行った村人も居ないだろうし、気が立ってないらしいからとにかく急いで退治せにゃならん訳じゃ無いが……早めの狩猟を頼む」

 

 基本的に村人達はモンスターが討伐されてすぐは狩猟場に入ることは無い。まだ何か危険がある可能性があるからだ。正式に安全だと観測隊から連絡があれば、本当に安全だと感じ、狩猟場で採取等を行うのが主だ。

 

 しかし、ヤマトは今日に限ってとある事を思い出していた。

 

 

 

『あ、ちなみにリタちゃんは渓流にタケノコ取りに行くそうよ』

 

 

 

 

「リタッ!!」

 

 自然と体が動いていた。

 

 何も考えず立ち上がり、何も考えずに集会所を出る。

 何も考えずにそのまま階段を駆け下り始めた。

 

「まさか……ヤマトッ!止まれっ!オメェ1人じゃ無理だっ!!」

 

 後ろから聞こえる、ギルドマスターの静止の声。それすら、今のヤマトには聞こえていなかった。

 

「あのバカ、何で今日に限ってそんな事しに行くんだよ……!」

 

 普段から鍛え上げられている脚力を持ってすれば、階段などあっという間に降り切る事が出来る。まず真っ先に向かったのは加工屋。武器を持たねばモンスターを戦うことすら出来ないのだから。

 

「オッサン!出来てるか!?」

 

「あう!はええな、ヤマト!そう急かすな、出来てるから。ほれ、飛竜刀『翠』だ!受け取りな!」

 

 翠色に輝く太刀、飛竜刀『翠』。それを受け取り、お礼を言うが速いか、またもや全力で駆け出すヤマト。その表情は鬼気迫るものがあり、加工屋は思わず身震いした。

 

「……何があったんだぁ?」

 

 竜車は使えない。依頼を受けて行く訳では無いから。

 だったらどうするか。ヤマトの中で選択肢は一つしか無かった。

 竜車で揺られること三十分。それで渓流に着くのなら……

 ヤマトが全速力で走り続ければ十五分でベースキャンプまで到着出来るはずだ。

 

 逡巡は無かった。

 

 一切の迷いも無く、己の体を最大限奮起させ、渓流への道のりを走り出すヤマトだった。

 

「リタ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んしょっ!」

 

 これで五つ目だろうか。

 特産タケノコは渓流でしか取れない、ユクモ村近辺の名産品である。

 毎年この時期になると母のハルコに頼まれ、リタは特産タケノコを渓流まで取りに出かける。母の作るタケノコ料理は絶品である為、今まで一度も断ったことは無かった。

 特に今年のタケノコ取りはリタにとって楽しかった。

 

「あいつ、仕事の時はいっつもこういう場所で戦ってるんだろうなぁ……」

 

 ヤマトの普段観ているモノを、直に感じることが出来るからだ。

 ハンターであるヤマトは狩場となる渓流に度々出向き、ジャギィやファンゴ、アオアシラ達と命を懸けた戦闘を繰り返している。その中で大自然の風景と出会い、自然を感じているのだろう。

 相手はタケノコで、自分の食卓の豪華さを懸けて戦っているリタだが、それでもヤマトと同じような事をしていると感じるのは楽しかった。

 

 だからだろうか。

 

 

 

「ギャオォォォォォ!!!」

 

 

 

「!?……なに、今の?」

 

 

 

 何か、凄まじい轟音が聞こえた時、瞬間的に命の危機を覚えたのは。

 

 いても立っても居られなくなり、タケノコを袋に入れてキャンプへ戻ろうと走り出すリタ。その足取りは不安げで、今にも消えてしまいそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、でしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 タケノコが生えているのはエリア3。キャンプに戻る為には、エリア2を通らなくてはならない。

 

 そのエリア2では……ケルビを貪る、黒い体毛の巨大なモンスター……ナルガクルガが君臨していた。

 見る影もなく無惨な姿と成り果てたケルビ。それを全く意に介さず屍体を貪り食うナルガクルガ。その情景はあくまでも、残酷な程に、弱肉強食を表していた。

 

 そしてそれは……見つかればリタもそうなる、という意味も込められている。

 

 見つかったら、死ぬ。

 あのケルビと、同じ末路を辿る。

 

 え、待って。ヤマトの奴、いっつもこんな事やってるの?

 

 本当に死ぬかもしれないじゃない。

 

 アマネさんも、他のヤマトの友達も、皆こんなのと戦っているの?

 

 震えが止まらない。

 逃げなきゃ。

 

 遠回りしてもいい。

 逃げなきゃ。

 

 足が動かない。

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ!

 

「あうっ」

 

 心に対して体が付いていかない。リタはその場で足をもつれさせ、転んでしまった。

 そしてその際出してしまった声が、ナルガクルガの意識を傾ける原因となる。

 

 その眼。

 その迫力。

 その存在感。

 

 見られただけなのに、心臓が口から飛び出すのではないかという程の恐怖と絶望感。

 口にこびりついたケルビの血が、より一層リタの死に対するイメージにリアリティを付け加えた。

 

「無理……だめだよ……」

 

 一度転んでしまうと、体の震えはいよいよ止まらず言う事を聞かない。立ち上がりたいのに、這ってでも逃げたいのに、虚しく地面を擦るだけである。

 ナルガクルガは品定めするかのように、ゆっくり、ゆっくりと警戒しつつもリタの方へ近付いてくる。

 

 まだ死にたくない。

 もっと生きていたい。

 

 やり残した事が多すぎるよ。

 

 目から涙が零れ落ちる。完全に、全てを放棄した弱者の姿だ。

 

 誰か、助けて。

 

 お願い。

 

 誰か。誰か……

 

 

 

 

 

「ヤマトォ……助けてぇ……」

 

 

 

 

 

 声もろくに出すことが出来なかった。

 涙で視界が霞む。

 

 少しずつナルガクルガが近付いてくる感覚。

 

 もうダメだ。

 

 

 

 

 

 

「リタァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが私を呼んでる。

 

 誰?

 

 間違えるはずもない。

 

 昔から聞いてる声。

 大好きな声。

 

 

 

 目を開けると、そこには手を伸ばせば届きそうな距離にいるナルガクルガと……そのナルガクルガを斬り付けるヤマトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヤマト……ヤマトォ!」

 

 

 

 

 




実はこの話、最初からずっと書きたかったんです。
当初通りになれば、いいな。

感想、評価等も宜しくお願い致します。


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紅煌流星

 足が痛い。

 ぶっちゃけ言うともう既にスタミナは限界に近づいている。

 そりゃそうだ、いつも竜車でガタゴト三十分かけて到着する渓流ベースキャンプ。まずそこまでに全力疾走で十五分で到着し、そこからタケノコが生えてるエリア3を目指して休まず全速力で走ってきたんだ。はっきり言って間に合ったのは奇跡かもしれない。

 

 でも、間に合った。今、俺の背中には生きているリタが、俺の目の前にはリタを食おうとしたナルガクルガがいる。

 

 リタは、生きてる。間に合った。その事実がありゃ、俺の足が棒みたいなんてことはどうだっていい。

 

「ヤマト……ヤマトぉ……」

 

 本当に、本当にすぐ後ろにいるリタは余程怖い思いをしたのだろう、腰が抜けて顔を見なくても解るくらいに泣きじゃくった声を出した。

 抱えてでもベースキャンプに連れて帰りたいところだが、そんな事してると間違いなく目の前のナルガクルガに狙われて共倒れだ。俺がこのモンスターを引きつけている間に、こいつには自力で逃げて貰わなきゃならない。

 

 ナルガクルガははっきり言って俺の手に負えるレベルのモンスターじゃない。まともに正面から向かって勝てる可能性は無いだろう。ましてや俺は何の準備もせずに太刀だけ提げて走ってここまで来たんだ、便利なアイテムなんてものも持っていない。相当ムチャなことを、今俺はしようとしている。

 

 だが……そんな事知ったこっちゃねぇ。

 

 たった一人の幼馴染だ。

 たった一人の親友だ。

 例えコイツが「俺に守られるのは恥だ」と言おうが、俺もそれを肯定しようが、コイツだけは何としてでも守る。

 

 俺を初めて認めてくれたリタだから。

 死ぬまで俺の心を見透かして勝ち誇るだろうリタだから。

 心を見透かして、俺を精神的に助けてくれるリタだから。

 

 たまには俺にも守らせろ。そして思いっ切り恥かきやがれ。

 

 もう、友達を失いたくないんだよ。

 

「リタ、逃げろ」

 

 ただ一言、それだけ言う。

 顔は見ない。いや、見せない。

 顔を見せたらこのモンスターが俺より遥かに強いことを、コイツは見抜くだろうから。

 そうなりゃコイツ意地でもここを動かずに一緒に戦おうとしそうだし。

 それに俺だって勝算が全く無いわけじゃない。

 だから安心してさっさと逃げろ。

 

「あぅ……ヤマト……」

 

 ナルガクルガは突然の俺の襲撃に驚いてこちらに警戒を送りつつ距離を取っている。もう直に俺を狩猟対象と見なして咆哮し、襲って来るだろう。

 

「ありがとう……帰ってきてね」

 

「ああ、約束する」

 

 つい反射的に言ってしまった。

 本当に、コイツは……俺じゃ一生敵わない。

 背中からリタが立ち上がり、ナルガクルガとは間逆の方へ走っていくのが感じられる。そして視覚からは、そんなリタを逃がすまいと咆哮をあげようとするナルガクルガの姿が見えた。

 俺は太刀を構え、ナルガクルガが吼えるためにその口を開ける瞬間を見極めるべくただただ集中する。

 そしてその瞬間は訪れた。

 

「ギャオォォォォォ!!!」

 

 リタがその驚異的で脅威的な咆哮に怯え、耳を塞いで蹲る。そんな中俺は……耳を塞ぐことなく足に鞭打ってナルガクルガに突撃した。

 

 曰く、居合の達人が刀を抜く時、納める時。その瞬間、一体何を見ているのかという問の答えはこうだったらしい。

「何も見ていないし、何も聞こえていない」

 極度の集中から放たれる太刀筋、神速の納刀は外界の全てをシャットアウトするらしい。

 俺は太刀で攻撃をいなすように……極度の集中で咆哮を、強者への恐怖をいなした。

 

「止まるな、逃げろ!!」

 

 ナルガクルガはリオレイアのように炎のブレスを吐くことは無い。尻尾に毒の棘があるわけでも無い。

 では何故俺達ハンターにとってこのモンスターが強敵となるのか。異常に速いからだ。少しでも止まれば、こいつの射程範囲内。実際俺が突撃していなかったら、ナルガクルガの標的は俺ではなくリタだっただろう。

 

 ナルガクルガは標的を俺に確定させたのか、クソ長い尻尾を振りかぶり、辺り一帯を薙ぎ払うかのように振り回した。アマネなら嬉々として尻尾を踏みつけて跳ぶんだろうが、俺にはそんな芸当は出来ない。太刀を斜めに構え、尻尾の下から舐め上げるように刀身で軌道をずらし、空いた隙間に滑り込む。

 回復薬すらまともに持ち込んでいないのだ、攻撃は極力躱すかいなす。それでこいつのスタミナ切れを狙う。その隙に俺も逃げる。

 これが今回のプランだ。まあ、俺のスタミナが持つかも問題なのだが……やるしかねえ。

 尻尾を掻い潜るようにいなして躱した俺の位置は、丁度ナルガクルガの背後を取った形になる。狙うは後ろ脚。俺は横一文字に太刀を振り抜いた。

 この飛竜刀『翠』は驚く程に俺の手に馴染んでいた。持ち手の安定感、振り抜いた時にしっかり感じる重量感。そしてこの斬れ味も悪くない。飛竜刀『翠』は確かにナルガクルガの後ろ脚に傷を与えていた。刀身から染み出す毒が傷口に入り込む。

 

 とにかく疑わしい行動は全て攻撃が来ると思え。攻撃が来ると思えばすぐにいなすか躱すかの判断をしろ。帰ってきて、と言われたんだ。俺にとってただ一人の幼馴染なら、アイツにとってもただ一人の幼馴染が俺なんだ。生きる選択をしろ。

 

 ナルガクルガが頭をあげて俺の位置を確認し、後ろ脚の筋肉が隆起するのが見えた。そこから予想されるのは後ろ脚で蹴られるか、後ろ脚を軸にして体の向きを入れ替えるか、回転して薙ぎ払うか。だったらどうする?……引くしかない。

 すぐにバックステップ。念のために低めに太刀を構え、いつでもいなせるようにはしておく。

 予想その三が的中。ナルガクルガは後ろ脚を軸足にしてその場で高速で回転し、その尻尾で辺り一帯を再度薙ぎ払った。しかし、その射程範囲内に俺はいない。そのままもう少し距離を取り、一度足を休める。

 

「グォォォッ」

 

 二度の薙ぎ払いが不発に終わったことに対してイラついているのか、地面に尻尾を軽く数回叩きつけ、威嚇するナルガクルガ。挑発のようにも見えるが、それに乗れるような余裕は無い。とにかく時間を稼げ、生きろ。生きる為に集中を切らすな。

 威嚇か挑発か解らないその行動にこちらからのアクションが無いことを悟ったのか、ナルガクルガは左腕(前脚?)で体の半分を隠し、獲物を狙う前の準備体勢の様なものを取り始めた。それはまるで、俊足の人間が走り出す前に両手の指先を地面に付け、尻を上げるような……

 

「ギャォアッ!!」

 

 その表現は正しかったらしい。ナルガクルガは恐ろしい速度で俺との距離を詰め、俺の太刀よりも鋭そうな翼刃で俺を切り裂こうと腕を振るった。あまりの速度と突然の出来事に、俺は太刀で無理矢理その一撃を止めて無理矢理いなすしか出来ない。ヤバイ、腕が痺れる。鉄を殴ったかのような衝撃。骨を伝って上半身が震えるような感覚に襲われた。

 更にまずいのはそのナルガクルガの翼刃は両腕に付いており、もう片方の腕で俺をもう一度切り裂こうとしていたことだ。さっきみたいに無理矢理いなすなんてことも不可能。だったら重い足を無理矢理動かすまでだ……!

 

「っだァ!!」

 

 声を出して無理矢理足を動かし、クソブサイクながらもなんとかナルガクルガの二撃目を躱すことにも成功した。

 すぐに体勢を立て直し、ナルガクルガが飛び掛ってきた位置に視線を移す。しかしそこにあいつの姿は無かった。

 

「どこだっ!?」

 

 咄嗟に背後を向いたのは正直偶然だろう。しかしその偶然が功を奏した。ナルガクルガはその後恐ろしいスピードでステップを踏み、俺の背後に回っていたのだ。そして片方の腕を引き、翼刃で俺を斬る気マンマンだ。

 

「何回も好きにさせるかよ!」

 

「ギァァァ!!」

 

 翼刃の内側に回れるように片脚で踏み込み、翼刃を滑るように攻撃をいなす。そのまま踏み込んでいない方の足を前へ。すると自然に、俺はナルガクルガの懐に入り込んでいることとなる。

 

「うァァァッ!!」

 

 斜めから袈裟斬り。返す刀でもう一太刀。足を一歩後ろに引くと同時に太刀も引き、踏み込めば太刀も同時に突き刺すように突き出す。ここまで近づいてしまえば、尻尾で薙払おうにも前脚が邪魔だ。となるとこいつが俺を引き剥がす方法はただ一つ。

 ナルガクルガが大きく口を開け、俺を視界に捉える。そう、俺を引き剥がす方法、それは……噛み付くこと。

 しかしそれが来ると解っているならその牙は恐れるに足らない。思い切り地面を蹴り、後ろに引けばその牙はガチン!と音を立てて空を切るのみだ。

 その噛み付きが不発に終わったことがイラつきの頂点に達したのだろうか、ナルガクルガの目が赤く輝き始めた。そしてその眼光が残像で遅れて見える程の速さでステップを踏み、俺から少し距離を取ったナルガクルガ。そして……凄まじい咆哮をあげた。

 

「グギャァァァァァァアアア!!!」

 

 余りの轟音に耳を塞ぐ。間違いない、怒ってやがる。

 耳から手を離し、いつ攻撃が来てもいなせるように太刀を構えた……途端、俺は奴を見失った。

 赤い残光が見える分、つい一瞬前までどこにいたかは解る。しかし、「今」何処にいるのかが全く解らない。速すぎる!

 

「ギォォァ!!」

 

 そして気が付いた時には背後に寒気を感じていた。すぐに振り返ると、前脚後ろ脚、尻尾までの全身を大きく広げて俺に飛び掛るナルガクルガの姿だった。直撃ルートだ。

 あの面攻撃はいなせるもんじゃない。かといって躱すことも恐らく不可能。

 

「あ゛ぐっ」

 

 少しでも衝撃を抑えるために思い切り後ろに飛ぶ。しかしその巨体から繰り出される体当たりの威力は相当なもので、口から空気が抜けていく感覚が感じられた。

 そして一瞬後に訪れる鈍い痛み。身体の内部に重りを乗せられたかのようなズシリと響く痛み。足の酷使による痛みなんぞ可愛く思えてきた。

 

 だけど倒れる訳にはいかない。集中を痛みで切らす訳にもいかない。

 

 赤い光を放つ目で俺をロックオンし、またも突撃姿勢で静止するナルガクルガ。その姿勢はさっきも見たんだぜ?そう簡単にやられて……

 

「ギャァアッ」

 

「たまるかよッ!!」

 

 一撃目は後ろに飛んで躱す。二撃目は太刀を滑らせていなす。するとナルガクルガは更にあらぬ方向へ飛び、前脚を軸に体を回し、再度俺を正面に捉える。

 そして先程俺を吹き飛ばした……体当たりをぶつけてきた。

 だから、そう何度も同じ事されたって簡単にはやられねえよ!

 スライディングをするかのように体を低くし、足元をすり抜けるかのように後ろに回る。そして先程奴がやったように足を軸にして体を回し……俺はナルガクルガを正面に捉えた。

 そして振り抜く太刀。それと同時に腰を一気に引く。今日最大の一撃だ。

 

「グギャッ!?」

 

 流石にこの一撃は堪えたのだろう、初めてナルガクルガは怯み、自ら逃げの為に距離を取った。

 ここに来てやっと対等。いや、俺は全身が痛いし極限状態の足をアドレナリンで誤魔化してるだけだから対等じゃねえな。参った……こいつ、マジで強い。

 距離を取ったナルガクルガは、突如翼を大きくはためかせ、勢いよく空に逃げ始めた。まさかあいつ、エリア移動するつもりか!?まずい……大いに厄介なことになった。

 

 最も厄介なのは最初に俺はエリア1からここに来て「後ろから」ナルガクルガに奇襲を掛けたことだ。つまりリタは真っ直ぐエリア1へ逃げていない。あいつは方向音痴じゃないからどっちに進めば最終的にベースキャンプに帰れるかは解っているはずだが、エリア6や7はハンター位しか近寄らない。そっちの方へ行っていたら、自然と足取りは重くなるだろう。そんな所にナルガクルガが現れたら……

 もう一つ厄介なのは俺の足がかなりヤバイ。走るのも辛いのだ。エリア移動されるといよいよもってこっちのスタミナがまずいことになる。

 

 しかし、そんな俺の危惧を嘲笑うかのようにナルガクルガは空を飛び、エリア移動を始めた。あの方向……エリア6だ。頼むリタ、エリア4から逃げててくれよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが何処か解らない。

 

 さっきはあんな怖い思いして、必死に走って逃げてきたのに、そのせいで軽く迷子になるなんて。

 私、結構アホなんだなあとか思ったり。

 そんな事を考えられるくらいには落ち着いた。

 

 ヤマトが助けに来てくれたから。

 

 何よ、結局助けてくれるんじゃないの。

 

 ……すっごいカッコよかった。

 

 はっきり言って今までの人生で一番怖い思いして、一番命の危機を感じたのに、そんな時ですら好きな人がカッコイイ、という気持ちが勝っちゃうのだから私は結構やばいと思う。

 

 でもやばいのはこの状況。こんな所まで来たことないから、どうやって戻ればいいのか全くわからない。

 しかもさっきからちょっと寒気がする。嫌な予感がする。

 

 ……ううん、ヤマトだもん。私が無理なお願い言ったって、いつもしっかり果たしてくれたヤマトだもん。

 

 そう、あいつが負けるなんてない。あいつが帰ってこないなんて、あっちゃいけない……

 

 

 

 

 

 

「ギャオォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 聞きたくなかった。

 今、その悍ましい声だけは聞きたくなかった。

 

 頭の中に再度蘇る、死の強い恐怖と絶望感。私は恐る恐る後ろを振り向き……

 

「いや……いや……ぁぁああァあァァアぁ」

 

 だめだ。もうだめ。

 なにもわからない。

 めのまえのくろいばけものは、しっぽをふりまわし……おおきくほえながらなにかをとばした。

 

 なにかを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬が熱い。

 

 恐る恐る目を開けた。

 

 目の前には黒いバケモノは見えない。見えるのは……大好きな人の背中。

 

 そうか、この熱い頬の原因は涙ね。また私を助けてくれた。

 

「ゲホッ!……ゴホッ」

 

 

 

 

 その背中は……ゆっくり地に沈んだ。

 

 

 

「え?」

 

 何故?

 彼の……ヤマトの腹には、あのバケモノの飛ばしたと思われる大きな針が、二本刺さっていた。

 そこから溢れ出す、どす黒い液体。閉じられた瞳。そこから連想されるものは……

 

「うそ、でしょ?」

 

 何も考えられなくなった私は生きることを放棄した。あのバケモノが飛ばした針を受けて、死を受け入れるつもりだった。

 

 しかし、その瞬間にヤマトは私を庇い……私の生を信じたのだ。

 

 生きることを放棄した私の、「生きること」を願ったのだ。

 私の、大好きな人の、生きることを捨ててまで。

 

「ねぇ……ヤマト?ヤマト……返事してよ」

 

 瞳は開かない。

 血も止まらない。

 そこにあるものが、現実。

 

「嘘でしょ?ねぇ、返事してよ……!ねぇ!!」

 

 涙が落ちた。

 頬が熱かった理由。それは……ヤマトの血が頬に付いていたのだろう。

 

 その時。

 

「ガハッ……」

 

 ヤマトが咳き込んだ。

 

 まだ、生きてる?

 

 まだ、生きてる!

 

 でも、あのバケモノがすぐに私達を殺そうとするのは解りきっていた。

 どうするべきなのか。

 

 ……。

 

 ………。

 

「ねえ、ヤマト」

 

 アンタ、あれだけ私は助けなくても自分で何とかするとか言ってたわね。

 そのクセに、こんな短時間に、二回も私を助けてくれるんだね。

 

 今度は、私が助ける番。

 

 ヤマトの背中に携えられた、翠色の太刀を鞘から引き抜く。

 

 そういえば私、アンタと同じ仕事してみたいって、思ってたんだっけ。

 どこまでやれるかわからない。

 でも、やるしかないんだ。

 

 待っててね。

 

「私が、コイツを倒すから……!」






ちょっと、次回のお話は遅くなるかもしれません。ご了承をば。

感想、評価等、宜しくお願い致します。


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生きよ乙女



割と早めに投稿できたのではないでしょうか(自画自賛)

それでは本編をどうぞ。

 


 いつだっただろう。

 

「やっぱ私もハンター目指そうかな」と考えたのは。

 

 あの時はとても不純な理由で考えていた気がする。

 こんな大きくて、恐ろしいバケモノみたいなモンスター達と命のやりとりをするなんて、あの時は考えてもいなかったんだろうな。

 

 コイツもハンターなんかじゃなければ、今こんな大怪我を負う必要は無かっただろうに。……私が代わりにその傷を受けて、ただ野垂れ死んでいただけだろうに。

 

 ヤマトが持っていた刀は重い。両手でしっかり持っていないとまともに振れる気すらしない。

 手の震えが止まらない。目の前にいるモンスターの輝く眼が怖くて仕方が無い。いつ、その大きな刃のような翼で斬られるのか、いつ、その大きな口で食いちぎられるのか、怖くて仕方が無い。

 身体が重い。命の危機を感じているのだろう、自分の体が自分のものですら無い気がする。

 

 いつもヤマトは、こんな重圧に耐えて戦っていたんだ。

 

「ギャオオオォォ!!!」

 

 怖い……けど、私にだって重圧に負けないだけの理由がある。

 

 バケモノが飛び掛るようにこちらへ突っ込んで来る。幸いにもコイツは目の前の私にしか興味が無い。倒れたヤマトのことなんか考えていないように私に突っ込んできた。

 

 ヤマトが身を呈して繋いでくれた、信じてくれた「生」だ。このバケモノなんかにくれてたまるもんか!

 

 足を動かし、バケモノの視界の外へ逃げる。耳元で風を切り裂くような音が聞こえた。それはつまり……私の全力疾走でやっとあの距離からの突撃をギリギリ躱すことが出来る程度、ということだ。

 すぐに振り向き、バケモノが次にどうして来るかを見極める。バケモノは左の方に体の重心を移動させていた。つまり……

 

「右っ!」

 

 予想通り、バケモノは右へ勢い良く跳んだ。その動きは見えない程に速い。けど、両眼の赤い光が残光のように追いかけていくのは見える。

 

 私はヤマトみたいなトンデモナイ身体能力は持ち合わせていない。狩りのノウハウも知らなければ、知識も無い。経験も無い。でも、ヤマトと同じモノを持っている。

 

 私は……集中力だけはヤマトに負けないと思ってる。

 だって、こんなに一途なんだもん。ずっと一人の人に集中してるんだよ?

 

 神経を研ぎ澄ませて、赤い残光を追うんじゃない。赤い光そのものを追いかけるイメージ。

 光だけじゃない。音も聞くんだ。ミシミシ、という木の枝を勢い良く踏み潰した音。パシャン、という水を叩いたような音。ヒュン、という風を切るような音。

 

 徐々に感じていく、黒いバケモノの気。今どこを、どのように動いているのか……何となく解る。

 

 気付けば、刀は少し軽くなっていた。震えと怯え。私の中の「死」が、刀を重くさせていたのだ。

 

「グギャァァォッ!!」

 

 飛び回り、私を翻弄していると錯覚したバケモノは背後から私を切り裂くようにブレード状の翼を突き出す。それを私は……当たるか当たらないかのギリギリで躱し、横をすり抜けるかのように全力疾走した。

 

「うあぁぁぁぁああっ!!」

 

 そしてヤマトの刀を振り上げる。人生で初めて、生きたモノに殺意を向けた攻撃を加えた。初めての攻撃は尻尾に吸い込まれ、バケモノは一瞬、怯んだ。振りすぎた勢いで私は勢い良く転がった。

 

 既に息は切れそうだ。集中力は研ぎ澄まされているけど、だからといって体力も増えるわけじゃない。当たり前なんだけど、正攻法で戦って勝てるとも全く思わない。

 

 だけど負けるわけにはいかない。

 死ぬわけにはいかない。

 死なさせるわけにもいかない。

 

 もう二度と、友達を失いたくないから。

 

 そして、好きな人を失いたくないから。

 

 刀を低めに構える。バケモノの気はまだまだ感じ取れる。よく見ると、瞳に宿った怒りの光は消えていた。だけどまだまだ元気そうに見える。……出来ればそのまま帰ってほしいんだけどな。

 私はアイツの気を感じ取りつつ、必死に今までの人生で役に立ちそうなことを思い返していた。お母さんとの稽古、ヤマトとの稽古、組手……

 

 そうだ、今まで私はお母さんやヤマトみたいな自分より強い人と組手で戦ってきたじゃない……コイツだって同じよ。自分より強い、組手の相手っていうだけ。

 

 やることは決まった。

 

「来なさいっ!」

 

「グェァァアアァ!!」

 

 またもやバケモノは飛び掛るように突撃してくる。バカね、同じ技を何回もやったって当たりゃしないのよ!

 さっきやったのと同じ要領。ギリギリまで引き付け、生と死の刹那に身体を捻って全力疾走。水辺に足を突っ込み、軸足を使って身体を回し、正面にバケモノを捉える。バケモノも、丁度私を視界に捉えた所だった。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

 その瞬間、私は水を切り裂くように刀を振り上げた。ザッパァン、という音と共に恐ろしい程の水飛沫があがり、一瞬、私とバケモノの間に壁を作り出す。バケモノは一瞬私を見失い、私はその隙にその壁を突っ切って、刀をバケモノの鼻先に振り下ろした。頬を温かい何かが撫でる。その感覚はひどく不快で……ひどく甘美的でもあった。

 でもそんな感覚を気にしている暇は無い。

 

「ぁぁぁあっ!!」

 

 振り下ろした勢いそのままに刀を手から「離し」、鼻先の傷に驚いたバケモノの、文字通り目の前で……思い切り柏手を打った。

 所謂、猫騙し。

 

 生物は目の前で何かしらの衝撃が発生すると、反射的に目を閉じてしまう。それは「目」を持つ生物なら目を守る為にどのような強者であっても反射的に行われる行為だ。

 つまりそれは……このバケモノだって例外じゃないはず。

 

「ギャウッ!?」

 

 一瞬目を閉じたバケモノの隙を見て右足で思い切りバケモノの傷口を蹴る。その勢いで後ろに飛び、左足で刀を引っ掛けて後ろに放る。バケモノが目を開けた瞬間には私は奴から離れ、両手で刀をキャッチした所だった。

 

 自分より強い相手と組手する時の戦い方。それは手段を選ばないことだ。

 昔、ヤマトと組手をしていた時は真っ先に股間を狙い、悶絶した所をボコボコにしていた。

 それが対策され始めると、今度は真っ先に猫騙しをかけて、目を閉じた瞬間に股間を狙い、悶絶した所をボコボコにしていた。

 

 なりふりなんか構っていられない。出来ることは何だってする。女だから、人間だから、自分より強いバケモノに勝つ為にはどんな方法だって使ってやる。

 

「グギャァァォァァア!!」

 

 またもや右へ左へ飛び回り、私を翻弄しようとし始めるバケモノ。しかし集中力を持ってしてコイツの気を感じ取っている私は常にどこを飛んでいるのかが理解出来ている。そんなことしたって……

 

「あうっ」

 

 足が、もつれた。

 あれ?

 アイツが今何処にいるか解らない。

 とにかく立たないと。

 

 今までこんなにも集中したことは無かった。

 だから気付けなかった。

 私の精神力は、とっくに限界をすぎていたんだ。

 

 その瞬間、異様な恐怖心が蘇ってくる。

 アイツは今どこ?

 気を全く感じ取れない。

 ヤバい、私今ちゃんと立ててる?

 

 死ぬかもしれない。

 

 

 

 

「バカかお前……勝手に戦って死ぬんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

 え?

 

 今の声、誰?

 

 反射的にヤマトの方を振り返る。

 

 あいつは……うっすら目を開けて、確かに、確かに私を見ていた。

 

 震えが止まった。

 

 ヤマトと私を遮るように、バケモノがフッと現れる。

 

 

 

 

 

「リタ……!腰引け!」

 

 

 

 

 

「うっ……あぁァァぁぁあぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 何も考えられなかった。

 ただ、思うがままに刀を振り下ろし、同時に腰を思い切り引いた。

 

 その一撃は吸い込まれるように……バケモノの片目を斬り裂いた。

 

「グゥァギァァアォァッ!?!?」

 

 そして精神力の限界の、さらに限界を越えた私は……そのまま倒れ込んだ。

 

 嘘でしょ。

 

 身体、全く動かないんだけど。

 

 感覚だけが研ぎ澄まされていく。でも身体は動かない。

 水がいやに冷たい。いつの間にかずったずたになった服も重い。

 バケモノがブレード状の翼を引く予感がした。

 

 ダメだ、死ぬわ私。

 

「おい、リタ?」

 

 何でだろう。ちっとも怖くない。

 

「おい、リタ……逃げろ」

 

 無理だよ、体動かないんだもん。

 

「聞いてんのか、リタ……おい!」

 

 あんたもそんな声出しちゃダメだよ……傷開くよ?

 

 今思うと後悔まみれの人生だったな。

 お母さんのタケノコ料理ももう少し食べたかった。

 アマネさんともう少し話してみたかった。

 

 

 何より……

 

 

「おい、リタ?リタっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きって、言いたかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったら生きてそれを言いなさいっ!!」

 

 研ぎ澄まされていた感覚が、死が遠のいた事を教えてくれた。

 

 二度目の助け。それは……二本の剣が空を飛んでいるように見えた。

 

 

 

 

 いつもの様に踏みつけ、いつもの様に飛び上がり、いつもの様に上から斬り付ける。

 いつもと違うのは状況。上位ハンターになったアマネの最初の仕事はナルガクルガの討伐及び、ヤマトとリタの救出だった。

 いざアマネが来てみれば状況はほぼ最悪。ヤマト、リタ共にまともに動けそうな状況ではない。しかし驚く事にナルガクルガの片目は潰され、二人共なんとか生きていた。必死に、二人共生きたのである。

 ネコタクシーはベースキャンプに到着した時点で手配してある。もう間もなくここに現れ、すぐにヤマトとリタを連れてベースキャンプまで離脱してくれるだろう。

 

 何はともあれ、二人は生きていた。アマネは、ただそれだけで安心していた。

 

「リタちゃん、よく頑張ったわ。……本当に、本当に。あとは私に任せて」

 

 出来るだけ優しく、安心させるように。アマネはリタの目の前に立ってそう言った。しかし顔は見せない。背中しか見せることは無い。今の彼女の顔は……血を求めるモンスターそのものだから。

 

 ガラガラ、という慌ただしい音が聞こえる。ネコタクシーがこのエリアまで到着したのだろう。

 

「乗って!」

 

 ビクッとしたリタ。なんとかして立ち上がり、ネコタクシーに崩れるように乗り込む。そしてネコタクシーはヤマトの元へ向かい、二匹のアイルーがヤマトを持ち上げて無理矢理荷台に載せた。

 そして慌ただしくエリア6を離れようとするネコタクシー。ナルガクルガの目線がそちらに移動し……飛び掛った。

 

「ヤバッ!ヤマト!リタちゃ……」

 

 しかしその攻撃がネコタクシーに届くことは無かった。

 

 その途中で、ナルガクルガが怯んだのだ。

 

「え?」

 

 飛竜刀『翠』は斬った相手を毒で蝕む。

 

 アマネはそれが今になって効いてきたのだと思った。

 しかし……本当にそうだったのだろうか。

 

 ネコタクシーの荷台で、余りに恐ろしい、古龍種すら怯ませるような迫力の瞳で……ナルガクルガを睨み付けるヤマトの姿があったのだ。

 

 毒か、気迫か。どちらにせよ、ナルガクルガが怯んだお陰でネコタクシーは離脱に成功した。

 

「……助かったわね。さて、黒猫ちゃん……」

 

 ターゲットを逃がしたナルガクルガは、イライラした表情でアマネを睨む。対するアマネは……不敵に笑っていた。

 

「代わりに私が遊んであげる」

 

 その瞬間、ナルガクルガの視界からアマネが消えた。

 そして刹那、ナルガクルガの頭を凄まじい衝撃が襲った。

 

「私ね、他の人と狩りをするのって苦手なのよね」

 

 ナルガクルガは本能的に何かを感じた。

 

 こいつはヤバい。

 

「だって、こんな私……モンスターと変わらないじゃない?」

 

 アマネの眼が、異常に充血し始める。溢れ出る殺気。羅刹のような気迫。

 歪み切った表情は血を求める獣のようで。溢れ出る殺気と闘気は、空腹の獣のようで。

 

「ゴメンね、私こうなったら……止められないから」

 

 二本の剣が、血を求める。それに従うだけの、殺意を唄う人形。

 

 

 獣宿し、餓狼。

 

 

 迅竜の名を持つナルガクルガが、ただの人間に恐怖を感じる瞬間だった。

 





 めっちゃどうでもいいんですが、新しいニチアサも面白そうですよね!

……はい。ヒーローは好きです。

感想、評価等、宜しくお願いします。


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獣宿し『餓狼』


人外ヒロイン、アマネさんの本領発揮です。

てかこの人ヒロインなんですかね。

それではどうぞ。

 


「さァ……ユクモ村の上位ハンターの実力、ミセてあげル」

 

 人では無い何か。

 

 今のアマネを表現するには正にそれである。

 

 目の前のナルガクルガ(いきもの)をどうやって切り刻むか、それしか考えていない。いや、考えられない。

 本来なら強者であるはずのナルガクルガが、人間に圧されているのだ、今のアマネは異常としか思えなかった。

 

 アマネが滅多にチームハントを行わない理由はここにある。

 こんな悍ましい姿を他人に見せたくないことと……味方すら殺そうと剣が勝手に動いてしまうからだ。

 既にアマネの頭に思考というものは存在しない。あるのは生存本能と殺戮衝動。正に獣宿し餓狼。

 

「うぁぁあォぁあッ!!」

 

 両腕に引っ張られるかの様に飛び出すアマネ。ナルガクルガはアマネと直線上に立たないように、横にステップを踏む。

 しかし、それは無駄に終わった。

 

「ギャウッ!?」

 

 アマネはナルガクルガがステップを踏もうとした動きを見切り、片方の剣をその動きのルートに投擲したのだ。その剣はナルガクルガの潰れた目に刺さり、確実に怯んだ。

 

「アハハハハァッ!」

 

 怯んだ隙に人間とは思えない速度で接近し、剣を引き抜くと同時にその潰れた目を踏みつけて飛び上がる。空中で体にひねりを加えて背中から尻尾までを回転するように幾度も斬りつけた。

 アマネが着地した時には背中に付いた切創は両手では数え切れない程である。明らかに人間の動きを超えていた。

 

「あぁぁ……ヒヒッ、えァァアッ!!!」

 

 返り血で真っ赤に染まった全身を捻らせ、軸足も程々に無理矢理ナルガクルガの脚を切り刻む。一度剣を振れば二度切創が付く。手負いの獲物を逃がさないと言わんばかりの無慈悲な攻撃。

 

「ギャオァァァォォォアッッ!!!」

 

 しかし、ここまで一方的に攻められて黙っているナルガクルガではない。瞳から、文字通り耳まで真っ赤に輝かせ、怒り心頭の雄叫びをあげた。

 その雄叫びすら薄ら笑いでのらりくらりと躱し、怒りの迅竜に少しずつ近寄るアマネ。今の彼女にとって咆哮は圧倒的強者の威圧ではない。ただの耳障りな音だ。

 

 ナルガクルガは先程より数段素早い動きでアマネの周りを飛び回り始めた。ヤマトすら残光しか見極めることが出来なかった速度だ。

 アマネの周りに現れては消える赤い光。普通の精神をしたハンターならその速度と、遅れて見える赤い光に恐怖し、それだけで戦意を喪失するようなものだ。

 

「ァァあぁ〜……」

 

 殺意と狂気に満ちた瞳で光を追いかけるアマネ。さしもの彼女であっても、このナルガクルガの動きを見極めることは出来ないらしい。

 赤い残光を追いかけていてもナルガクルガを捉えることは出来ない。ナルガクルガは、アマネの見ている方とは逆側から飛び出していた。

 

「ゲギャァゥァ!」

 

「フゥっ!」

 

 しかし、アマネはナルガクルガが飛び出して来た瞬間を見計らったかのように、ナルガクルガを踏みつけられる最適なタイミングで跳んだ。全く、見えていなかったのに、である。

 獣の生存本能に全てを任せ、生きるが為に自らが人間であることすら捨てる。そしてその本能は、無意識に危険な攻撃を察知し、無意識にそれを回避するのだ。

 完全に不意打ちを透かされたナルガクルガ。その間抜けな頭を踏みつけ、頭が下がった瞬間に首を片方の剣で突き刺す。そしてそれを支点にアマネはナルガクルガの上に乗っかった。そして満面の笑みで……もう片方の剣で狂ったように斬り始めた。

 

「ア〜はァ〜♪ヴァァあ!!」

 

「グギャァァァアッ!?」

 

 最早言葉すら捨てている。今のこの状況を見て、彼女を「人間」と呼べる人間は居ないだろう。

 ナルガクルガは必死に暴れ回り、なんとかしてアマネを引き剥がそうとするが、どれだけ暴れても背中の人間が振り落とされる気配は無い。焦りに焦ったナルガクルガは無理に体を捻ろうとした結果、足をもつれさせ、その場に転げ落ちることとなった。

 

「ハハハはハはッ!」

 

 転げ落ちた勢いで巨体に潰されないように剣を引き抜き、いち早く地面に着陸していたアマネ。無防備なナルガクルガの顔面を嫌という程切り刻む。その腕を振る速度は異常な程に速い。

 もっと。もっと血を見せてくれ。そう言わんばかりの血に飢えた狼の如く、返り血を浴びれば浴びる程、その剣筋は速くなっていく。悪鬼羅刹すら震えるその光景は、滝が流れ緑豊かな渓流には余りにも似合わない光景だった。

 

「ギィァァアァァァォァアッ!!」

 

 それでもまだ反撃を止めないナルガクルガ。一気に飛び上がり、棘まみれの尻尾をしならせ、その遠心力で叩きつけるように振り下ろした。

 

「二ィアッ!」

 

 アマネはそれを、体を思い切り捻って横に飛ぶことで躱してみせた。まるで首がもげてしまうのではという程の捻り方は、普通なら躊躇うような躱し方である。

 そしてナルガクルガの叩き付けられた尻尾は……いつの間にか半分程無くなっていた。いや、斬り飛ばされていた。

 

「ガァァァァッ!?」

 

 無理矢理体を捻って躱した瞬間に、尻尾を思い切り斬り裂いていたのだ。ナルガクルガ最大とも言える武器の尻尾を、攻撃を躱す片手間にやってのけたのだ。

 

 この時点で、ナルガクルガの戦意はほぼ喪失された。

 このままやっても殺される。この人間は自分より圧倒的に強い!

 さっきまで戦っていた人間達よりも遥かに強い、傷を負った状態で戦ったことがそもそもの失敗!

 

 すぐに逃げの体勢を取り、上空へ逃げようとした。

 

「シェアォァァァッ!」

 

 しかし、このモンスターのような人間は、そんな隙すら与えてはくれないのである。

 空を飛ぼうと上空を確認したナルガクルガの視界に映ったのは……忌まわしき殺意剥き出しの人間だった。

 アマネはナルガクルガが逃げる事を予測し、思い切り跳んでナルガクルガの頭上から双剣を振り下ろす準備をしていたのだ。

 

「ヴェアァッ!」

 

 両手をクロスさせるように双剣を振り下ろす。ナルガクルガの両目を潰すと言わんばかりに振り下ろされた双剣は上空に逃げようとしたナルガクルガを地上に縛り付けるには充分すぎた。

 

「ァハハハハハハハハハッ!」

 

 そしてまたもや顔面を滅多斬りにするアマネ。既にナルガクルガの目は両方共赤黒く染め上げられており、黒い体毛も赤く変色している。しかし、何よりも赤いのはナルガクルガでは無く、アマネ本人だった。

 

 もう、いつからナルガクルガの命は絶えていたのだろうか。

 

 動かぬ屍となっても、アマネはまだ血が足りないと言わんばかりに二本の剣を振るい続けていた。

 恐らく……気が済むか、意識が帰ってくるまでそのままなのだろう。

 

「ハァ……ハァ……ウゥぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 おい、折角美人なんだから顔拭けよ。

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 アマネの頭の中にそんな言葉が蘇った。

 それと同時に人間の意識が帰ってくる。

 人間として復活して初めての景色は……獣の自分が先程まで戯れていた、見るも無惨なナルガクルガの屍体だった。

 

「あっちゃー……久々に制御効かなかったのね」

 

 その場にドサッと倒れ込むアマネ。恐らく顔も真っ赤で酷いことになっているのだろう。

 体のあちこちが痛い。また無意識に無理な姿勢で剣を振ったりしていたのだろう。

 

「……ヤマトもリタちゃんも、私等に似てるからなぁ……絶対助けるって気負い過ぎたんでしょうね」

 

 自分が落ち着いていれば落ち着いていられるほど、獣の自分から無理に人間の自分を取り戻すことが出来る。どうやら彼女は、ヤマトとリタの危機に自分でも気付かない程、焦っていたらしい。

 そこまで焦っていた彼女を人間に引き戻してきた声。

 

「結局私も恋する乙女って訳ねー……もう乙女って歳でもないか」

 

 頭の中に蘇った言葉。それを掛けてくれた人物は……

 

「あーあ。ロックスに会いたいなぁ……」

 

 彼女の、愛する人物だった。

 唯一、アマネの獣宿し『餓狼』を見たことがある人間であり……唯一、そんな彼女を「人間」として見る人間である。

 

 リタがアマネに似ていたから。そしてヤマトがロックスにどこか似ていたから。アマネは獣の自分から戻れなかった。しかし、人間に引き戻してくれたのも、ロックスの言葉のお陰である。

 

「ホンット、恋ってムカつくわね」

 

 結局、彼女はロックスに振り回されていただけだったのかもしれない。

 

 それでも、彼女はロックスに対する愛情を切ることなど出来ないのだ。

 だから、彼女はいつだって、「恋はムカつく」と豪語する。

 

 自分を振り回すくせに、それを楽しんでいるのだから。ムカついて仕方が無いのだ。

 

「……帰ろ」

 

 痛む体に顔を顰めつつ、ゆっくり立ち上がり、ダラダラと歩き始めるアマネであった。

 

 空は、快晴である。

 

 太陽は、血塗れの女ハンターを強く照らしていた。

 

 






この人強すぎひん?()

感想、評価等、宜しくお願いします。


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生きててよかった


日間ランキングに載りました。
本当にありがとうございます。

本編をどうぞ。

 


 ヤマトが目を覚ますと、竜車の上だった。

 リタを襲う凶針を目にして、そこから自然と体が動いて……その先の記憶が混濁している。。

 

「痛っつ」

 

 体を起こそうとすると脇腹に痛みを感じた。そこを見るとぐるぐる巻に包帯が巻かれており、包帯には軽く血が滲んでいる。これは……リタを守るために負った傷だろう。あの凶針からリタを守るために負った、その傷だろう。

 飛竜刀『翠』を振るリタ、天空から舞い降りたアマネ。その辺りの記憶はあるが、誰が包帯を巻いてくれたのか、全く記憶に無い。恐らく気絶していたのだろう。

 痛みに耐えつつ、体を起こす。そこで初めてヤマトは、自分がリタと同じ竜車に乗っていたことを知った。

 

「やっと起きた」

 

 体を起こしたヤマトを見て、嬉しそうに微笑むリタ。その笑顔に反して服はボロボロで、顔も恐ろしく疲れて見えた。

 

「ネコさん達が手当してくれてたのよ」

 

「……あー、アイルーか」

 

 アイルーの技術や文明は、人間を超えている部分も幾つか見受けられる。ネコタクシーで運ばれるハンターは、大概の場合が大怪我を負っているので、ネコタクシーを引くアイルー達は、独自の応急手当術を持っているらしい。

 

「動いても平気?」

 

 心配そうにリタが尋ねる。ヤマトは少し体を捻ったり腕を回したり、と様々な動きを試した後、痛みに耐えかねて首を横に振った。

 

「……まぁ、その怪我じゃそうだよね」

 

 はぁ、と一つ溜息を付いたリタは……いきなりヤマトの頬に平手打ちをぶちかました。所謂、ビンタである。

 不意打ち。まさにその一言。今迄ヤマトはリタの不意打ちを何度も食らってきたが、ビンタの不意打ちは初めてだった。

 

「バカっ!ヤマトのバカ!」

 

 ジンジンと痛む頬。リタは目に涙を浮かべていた。

 

「どうして生きることを諦めた私なんかを助けて死にかけてんのよ!もしそれであんたが死んでたら……死んでたら……バカぁ」

 

 堰を切ったようにボロボロと泣き出すリタ。ヤマトは何も言わず、リタの次の言葉を待っていた。最後まで聞かないと、行けない気がした。

 竜車がガタゴトと揺れる。

 

「もう二度と……失いたくないの。失うくらいなら……私が死ぬ方がよっぽどいいの」

 

「…………」

 

 それはあの日植え付けられた恐怖に対する、リタの逃避。「三人」だったのが、「二人」になったこと。「一人」になる位なら、これ以上大切なモノを失うなら、代わりに私が消える、という逃避。

 ヤマトはリタのこの上なく「弱い」部分を初めて見た気がした。だからこそ、今は言葉を紡がないと行けない気がした。

 

「俺だって同じだ、リタ。これ以上失いたくないから、俺はお前の代わりになろうとしたんだ」

 

 その逃避は、恐らく残された方を絶望へ叩き落とすであろう、最悪の逃避であることを、どちらも理解していた。しかし、そんな絶望であっても、「生きていれば」希望に変わるかもしれない。だから互いに、自らを殺し相手を生かそうとしているのだ。

 

 それを意味するヤマトの言葉。それを聞いた途端、リタはヤマトの傷もお構いなく抱きついた。そして、彼の逞しい胸に顔を埋めて、ただただ泣いた。

 

「バーカ!バカ、ヤマトのバーカ……うぇ、うぇぁぁぁん、バカぁ……」

 

 竜車はガタゴトと揺れる。

 

 ヤマトはふと、リオレイアの火球からシルバを守る為に武器を捨てて飛び込んだディンのことを思い出した。

 あの時、ヤマトはディンを殴った。

 今、ヤマトはリタに殴られた。

 理由は殆ど同じようなものだ。

 

「……でも、二人共生きてた」

 

 ヤマトはそう、呟いた。あの時、ディンも同じようなことを口にしていた気がする。

 そしてそれは結果論でしかない。ヤマトも、リタも、アマネの助けが無ければ無理をして二人共死んでいただろう。

 しかし、それでも生きていた。

 

 それだけで、いい気がしていた。

 

「……リタ、痛え」

 

「うるさぁい……バァカ……やっぱりあんたに助けられるのは恥よぉ……」

 

 泣きじゃくりながら、肩をぽかぽかと殴りつけるリタ。ヤマトはもう痛いと言わずに、ただリタのされるがままになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、集会所に着くまでリタはヤマトに抱きついて泣いていた。そう長くない時間ではあったが、傷の痛みとリタの涙に耐えていると、恐ろしく長いように感じられた。

 

「リタ、着いたぞ」

 

 そういえばアマネはどうしているのだろうか。先に戻っているのか、まだナルガクルガと死闘を繰り広げているのか。ヤマトは少し不安になった。

 リタも流石にずっと抱きついたままは申し訳ないと思ったのか、真っ赤になった目と鼻を擦って竜車から降りた。

 ヤマトも傷口に響かないように注意しながら竜車を降りる。そのまま二人で集会所の中へと入る。

 

 集会所の中はいつものように騒がしくなく、少し落ち着いていた。ヤマトとリタが入って来るなり、更に場が静まり返る。

 ギルドマスターが、ヤマトの事を正面から見据える。その目はいつものような酔っ払いでは無かった。

 

「……無事かい?」

 

「……ああ」

 

 その言葉を聞いて、ギルドマスターの顔はいつもの呑んべぇに戻った。

 

「なら、何も言うことはないねェ。これからは無茶はしなさんな」

 

「……悪い、じいさん」

 

「あら、私には謝らないのね」

 

 ふと聞こえてきた声。集会浴場の入り口に目をやると、そこには全く怪我などの様子が見受けられないアマネが立っていた。

 

「あなたの応急手当の時間がかかりそうだったからね、先に戻ってたのよ。……まあ、リタちゃん的には正解だったみたいね」

 

 涙でぐしゃぐしゃになったリタの顔を見てウインクするアマネ。リタは赤かった顔を更に赤くしていた。

 

「あう……えと、助けてくれてありがとうございます」

 

「気にしないの。生きててよかった」

 

 生きててよかった。その言葉はリタにひどく刺さる言葉となった。

 その時、ヤマトが片膝を付いて倒れかけた。リタはそれに驚き、肩を貸して立たせてあげる。

 

 人間の命は思っているより短い。そして弱い。

 しかし、生きるためになら何よりも強くなれるのだろう。

 あんなにカッコ良く戦った二人が、吹けば倒れる程ボロボロなのだ。それ程に二人共意味は違えど、「生きよう」、「生かそう」としたのだろう。

 

「あなた達、そこまで相手の為に命張れる奴なんか早々いないんだからね、互いを大切にしなさいよ?じゃ、私温泉入るから」

 

 ひらひらと手を振って暖簾の中へ消えていくアマネ。その光景を見届けると、少しずつ集会所に活気が戻り、少しずつ騒がしくなり始めた。

 

 そして。

 

「なんッでアンタがここにいるのよ!!」

 

 温泉から、そんなアマネの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 信じられない。

 

 私一人だと思ってたから、湯浴みセットも適当にしか付けていない。具体的に言うと胸があんまり隠せてない。

 

 でもそんな事よりも、何よりも、どうしてここにコイツが居るのか。それが全く理解出来なかった。

 

 金髪の髪、耳に付けられた派手なピアス。背中しか見えていないけど、それだけでそれが誰なのか、私が間違えるはずもない。

 

 なんで。

 

 なんで……

 

「なんッでアンタがここにいるのよ!!」

 

 気が付いたら全力で走っていた。湯浴みセットがはだけていくが、そんなこと気にしていられない。

 

 今日はなんて日だ。ヤマトが無茶して、リタちゃんも無茶して、私は久々に制御出来なくて……

 

「ロックス!!」

 

 大好きな……ロックスに会えた。

 

 ロックスは振り向き、綺麗な赤い目を私に見せてくれる。久々に、本当に久々にその優しい顔を私に見せてくれた。よく見ると、彼の隣には盆が浮いていた。盆の上には私とロックスが大好きなお酒が置いてあった。

 

「よ、久しぶり」

 

「久しぶりじゃないわよ!アンタ全っ然連絡くれないんだから本当に今度は死んだかと思ったわよバカ!」

 

 二年くらい連絡が取れなかった。「ちょっとヤバい仕事が入った」とだけ手紙が届いて、それ以来音信不通。マジで死んだものかと思ってた。ホンットにこのバカは……人をどれだけ心配させたら気が済むのかしら。

 

 そっか、ロックス生きてたんだ。

 

 生きててよかった。

 

「悪いな、ちょっと世界中転々としてて。……酒、飲むか?」

 

「飲むに決まってんでしょ!バカ!」

 

「おう注いでやるよ、飲め飲め。……お前すんげえエロい格好してるな、襲っていい?」

 

「アンタのせいよバカ!襲ってみなさい、ホントに殺すわよ」

 

 あー……涙出てきた。

 

 私も今日まで生きててよかった。

 

 






前書きでも言いましたが日間ランキングに載りました、本当に皆さんのおかげでございます……ありがとうございます。

ロックスに関しては「死んでるんじゃないか」という予想も頂いてました。ごめんなさい、生きていました。

感想、評価等宜しくお願いします。


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狩りを終えて③ 前編


実は先日、この作品が一周年を迎えまして。

一年も経ったのにヤマトとリタの関係は発展しませんでした。

……本編をどうぞ。

 


 ドンドルマの実力派ハンター。

 

 曰く、彼はどんな狩人とチームを組んでもその実力を最大限発揮し、チームメイトから常に信頼を置かれるらしい。

 曰く、彼は一人で上位相当のモンスターに立ち向かい、当然のように帰ってくるらしい。

 どんな状況であってもその状況に合った最大限の仕事をするハンター。彼と共に狩猟を行ったハンターは、口を揃えて「あんなに戦いやすかった狩猟は初めてだ」と言うらしい。

 

 まるで魔術を使って戦いを有利に進めているのでは、と囁かれる彼には「魔術師」という異名が付けられた。

 それがアマネの彼氏、ロックスである。

 

 二年前、唐突に姿を消してから目撃情報が消えた彼を誰もが死んだと思っていた。当時の月刊「狩りに生きる」では、「魔術師、まさかの死亡か!?」という見出しにまでなった程である。

 そんな死んだと思われていたロックスが、ユクモ村の温泉に浸かっていたのだ。アマネが叫ぶのも無理はなかった。

 ちなみに、そんなアマネの叫びを聞いた酒場の狩人達は、何故か温泉に様子を見に行くことが出来ないでいた。

 入ったら、アマネに殺される気がしていた。

 

「……やっぱいいもんだな、ここの温泉」

 

 そんな外の様子や世間も知らずに幸せそうな顔で酒を飲みながら温泉に浸かるロックス。

 隣で涙を拭きながら酒を注ぐアマネの顔は少し不機嫌そうだ。

 

「いいもんだなじゃないわよ、アンタ本当に全く連絡くれないんだから……」

 

「悪かったって。しゃーねーだろ、新大陸の調査だぜ?手紙を送りたくても送れなかったんだよ」

 

 ロックスは各ハンターズギルドに十二名までしか設置できない超実力者ハンター、「ギルドナイト」である。ギルドナイトの仕事は狩猟だけに留まらない。防衛戦の指揮、違法ハンターの取締、そして未知のフィールドの開拓等。今回ロックスは、新たな大陸の狩場の調査に出向いていたらしい。

 基本的にギルドナイトの仕事は家族であってもその内容を明かすことは許されていない。だから、アマネにも「ヤバイ仕事が入った」としか言えなかったのだ。

 

「ま、良かったよ。流石に二年ほったらかしてると他の男に寝取られてるかもなーとか思ってたし」

 

「アンタにだけは言われたくないわよ。……新大陸で浮気してないでしょうね、アンタ」

 

「あー、酒場のエリザベートは可愛かったな。宿の女将は見た目はちょっと地味だったけど結構激しかった。あと同業者のフローナは上品でなぁ……」

 

 次々と女の名前がロックスの口から飛び出してくる。中には明らかに夜を共にしたと思われる発言も含まれていた。

 ロックスはかなりの女たらしであり、色情魔なのだ。

 

「本当に死ねば良かったのにね、アンタ」

 

 毎度毎度仕事で何処かへ行っては、何人もの女を誑かして帰ってくる。最早いつもの事なのだが、その度にアマネはロックスに殺意を覚えるのだ。

 ロックスは悪びれる様子も無く酒を注ぎ、一気に呷る。ぼーっと空を見つめながら、不意に小さく笑った。

 

「何よ」

 

「いや、お前よりいい女は居なかったな、って」

 

 ふと、ロックスの脇腹が見えた。そこにはまだ新しい、鋭利な爪で引き裂かれたかのような傷痕が残っていた。

 

「……当たり前でしょ。アンタみたいな禄に連絡も寄越さないヤリチンをいつまでも好きでいる女なんか私しか居ないわよ」

 

 ロックスに背中を向けてアマネがぶっきらぼうに呟く。爪の傷痕を見たからか、お前よりいい女は居なかった、と言われたからか。

 

「しばらくユクモ村に滞在するつもりなんだが……俺の部屋、まだ残ってたりする?」

 

「残ってないわね」

 

「だよなー、普通俺が死んだって思うもんな。……しゃーねぇ、またどっか部屋借りるしかねえか」

 

 ロックスが酒を注ごうとする。しかし、もう徳利の中身は空だった。

 

「ありゃ、無くなってたか」

 

 少し残念そうに徳利を盆に戻すロックス。するとその徳利を手早くアマネが取って急に立ち上がり、何を考えたかロックスに思い切り投げ付けた。

 ゴン!という音が鳴り響き、ロックスの頭に命中する。徳利はそのまま温泉の中へダイブして、ロックスの頭も痛みで一瞬温泉の中へダイブした。

 

「っぶはぁ!いってぇな!お前いきなり何すんだよ!」

 

 はだけたユアミセットを直すのを忘れていたアマネは、勢いよく立ち上がったことも相まって完全に全裸になっていた。そんな全裸で仁王立ちして、急に思い切り笑いだす。

 

「ふふっ、あはははは!!あー、スッキリした!……おかえり、ロックス」

 

 まだアマネは、ロックスに帰ってきたことへの感謝の挨拶をすることを忘れていたのだ。しかし、ここまで浮気話を聞かされていたのに普通に「おかえり」と言うのが少しムカついたのか、照れ隠しも含めて攻撃してからその言葉を口にしたのだ。

 

 そんなアマネの心情を解らない程、ロックスは馬鹿ではない。たんこぶが出来そうな頭を抑えながら、全裸の彼女を真剣な表情で見つめ、優しそうに笑った。

 

「ははっ、お前らしいわ。……おう、ただいま、アマネ」

 

「酒、おかわりあるわよ」

 

 もう他に湯浴み客は来ないと見越してユアミセットを着直さずに、元々アマネが一人で飲む予定だった酒を盆に置く。そして、もう一度ロックスの隣で湯船に浸かり始めた。

 

「いやタオル巻けよ」

 

「アンタには見られまくってるからいいの。ほら、注いであげる」

 

 ロックスの徳利に酒を注ぎ始めるアマネ。ロックスもそう言われては特に無理矢理ユアミセットを着直させる理由も無い為、そのまま注がれた酒を飲み始めた。

 

 その時である。

 

「おいアマネ、さっきすげえ声したけど何かあったの……か……?」

 

「どしたのヤマト、そんな固まっちゃって……ってぇえ!?アマネさん!?」

 

 ヤマトとリタが温泉に入ってきたのである。

 二人の目には脱ぎ捨てられた女性用ユアミセットと、金髪の男に酒を注ぐアマネの姿が映っている。あの叫び声からは全く想像も付かない、その光景。疲れきっていたヤマトは思考を放棄して、その場に固まってしまい、リタはあれやこれやと思考を巡らせ、頭から煙を出した。

 

「あちゃー……人来た」

 

「だからタオル巻けよって言ったのに」

 

 対するアマネとロックスは特に驚いた様子も無く、イタズラがバレた子供のような仕草をしていた。ちなみにユアミセットを着けずに温泉に入るのはルール違反である。

 

「あー……えっと、えっと!……ヤマトは見ちゃダメ!」

 

「うぐぅぉぉ!!リタ、お前……それいうならせめて上半身を攻撃しろ」

 

 思考がショートしたリタは、何を思ったのかヤマトの股間を思い切り蹴り上げた。久々の不意打ちにヤマトは反応出来ず、その場に蹲るしか出来なくなる。

 

「え?えっと、アマネさん?えーっと……どういうあれですか!?」

 

 あたふたして何も無い所でお手玉をするように手を動かすリタ。それを見てアマネは少し申し訳ない気持ちになってきた。後ろで悶えているヤマトがより一層罪悪感を引き立てる。

 

「あー、ごめんリタちゃん。この人私の彼氏。全裸なのはまあ、事故があって……」

 

「かっ彼氏さん!?生きてたんですか!?」

 

 頭の中に入ってくる情報が多過ぎて温泉に浸かっていないのに体中が真っ赤になるリタ。そこでやっとヤマトが起き上がり、呻きつつもなんとか立ち上がった。

 

「てか、なんで貴方達当然のように二人で入ってくるのよ、夫婦?」

 

 説明するのも面倒になってきたアマネがユアミセットを着直しながらボソリと呟く。しかし残念ながら、頭がパンクしているリタと股間の痛みがパンクしているヤマトの耳には届かなかった。

 

「……ごめん、ロックス。チェンジ」

 

「いやそこで俺に振られても困るんだが」

 

 力尽きたように両手をあげるアマネ。ロックスはその光景を楽しみつつも、なるべく傍観者のポジションを崩さずにいた。

 

「俺が居ない間もそれなりに楽しんでたみたいだな、良かったじゃねえか」

 

「私が居ない間に他の女と寝てた奴に言われたくないけどね。まあそれなりには」

 

 そこでロックスは湯船から上がり、ひたひたと歩き始めた。脇腹の傷を、なるべく見せないように腕で隠しながら。

 

「んじゃ、俺のぼせたし上がるわ。お前らもハンターなら俺と仕事する機会あるかもな、宜しく。俺はロックス、お嬢ちゃんみたいな可愛い子との仕事なら大歓迎だぜ」

 

 そのまま暖簾をくぐって帰るのかと思いきや、リタの手を取って優しい表情で甘い言葉を並べるロックス。既に容量を超えているリタの頭では状況を整理することすらできそうに無かった。

 

「ダメよリタちゃん、そいつのペースに乗っちゃ。次会った時にはベッドに連れ込まれるわよ」

 

「え?え?」

 

「冗談だよ、悪いなお嬢ちゃん。じゃ、また」

 

 ひらひらと手を振りながら次こそ暖簾をくぐったロックス。ヤマトとリタは呆然とその背中を見るしか無かった。

 

「ごめんね、あんなんだけどいい奴だから。私も上がるわ、二人でごゆっくり」

 

 そしてアマネも暖簾をくぐって温泉を出る。残されたのは呆然とした二人だけとなった。

 

「……」

 

「……入るか」

 

「……うん」

 

 謎の気まずさを感じた二人だった。






前書きでも書きましたが一周年を迎えました。
二回ほど日間ランキングにも載りまして、少しは皆様に愛される作品になってきたのかな、と感じつつ。

二年目も宜しくお願いします。

感想、評価等も宜しくお願いします!


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狩りを終えて③ 後編


かなり短くなりました……申し訳ないです。

これ、前と繋げても良かったかも……

本編をどうぞ。
 


 温泉で男女が二人きり。

 それだけで何か意識してしまうのは当然の事なのだろう。

 疲れを癒す為に温泉に入って帰ろう、ついでにアマネが何故叫んだかも解る、と持ちかけたのはリタの方からだった。昔はよく二人でお風呂に入っていたのだから、何も考えずにそう誘ってしまった。

 

 しかし、よくよく考えてみれば想い人と二人で温泉など、普通に考えたら恥ずかしさで死ぬレベルの行事である。リタは自分の失敗を大きく恥じた。

 それにヤマトの身体は当然ながら昔より随分逞しくなっている。綺麗に割れた腹筋、細身の女性の太股程もあるかと思われる腕。しかし、それと同時に身体中に刻まれた幾つもの小さな傷跡が痛々しかった。そして、脇腹に新たに刻まれた、大きな傷。それは……リタを守る為に負った傷だ。それを見るのも辛かった。

 お陰でリタは湯船に顎まで浸かり、ヤマトの体を一切見ずに無言で顔を赤くさせながら疲れを癒していた。いや、癒されているのだろうか。

 

 一方のヤマトもえも言われぬ気まずさを全身で感じていた。まずリタが誘ってきたのにも関わらず、リタが全くこちらを向く気配が無い。二人で温泉に浸かっているのに、言葉も交わさない、顔すら合わせてくれない。

 

「……おいリタ」

 

「………」

 

 話し掛けても無視である。

 

「……せめて俺の股間を殴ったことについて一言くらいよこせ」

 

「…………ごめん」

 

 未だにじんじんと痛むヤマトの股間。それは紛れもなくリタが悪いのだ。

 

「……おい、どうしたんだほんとお前。こんなの昔と変わらないだろ。お前が俺の股間を殴る蹴るだって……」

 

「……変わってるよ。ヤマトの体つきも、私の体つきも……昔から色んなものが変わった」

 

 ヤマトとリタは小さな頃から一緒にお風呂に入っていた。当時は幼く、ただ無邪気に笑いながら裸で取っ組み合いすらしていた。二人共ヤンチャ盛りだったからだろうか、一緒にお風呂に入る時にはいつもどちらかが怪我をしていた。

 

「怪我だって昔とは変わってる。私は傷ついていないのに……ヤマトばかり傷が増えていくの。今日も……」

 

 いつの間にかリタの中にあった想い人との混浴に対する羞恥心は消えていた。代わりにその心の中には……

 

「私ね、なんでハンターになりたかったと思う?……ヤマトだけ傷が増えていくのが……変わるのが、嫌だったからなんだよ」

 

 その心の中には、様々な感情が渦巻いていた。

 

「どんどんヤマトの体に傷が刻み込まれて、いつか、いつか、お姉ちゃんみたいに居なくなっちゃうんじゃないかって……そう思って、せめて横に私が居れば、もしかしたら居なくならないかもって思って、ハンターになりたかったの」

 

 それは、リタの中で最も怖いもの。

 かつて帰って来なかった、二人の「姉」。

 いつか、ヤマトも「姉」のように帰ってこないのではないかという、恐怖。

 待つ方は辛い。リタにとっては本当に辛いのだ。

 幾ら笑顔で送り出しても、怖いのだ。

 

「でも、今日あのモンスターと戦って解った。私は、ハンターにはなれない」

 

 ナルガクルガとの戦い。何が何でもヤマトと二人で帰ることを考えて戦ったリタ。

 しかし。

 

「どうしてもお姉ちゃんの事を思い出すの。ああ、お姉ちゃんが帰って来れなかったんだ、私が帰れるわけが無い。ここで死んじゃうんだ、って。簡単に生きることを手放してしまう。死んだら、お姉ちゃんに会えるかも、なんてことまで考えてた」

 

 何処かで、諦めていた。

 死ぬことを受け入れていた。

 

「そんな私すら庇って、余計怪我しちゃって……」

 

 温泉に雫が落ちる。一粒、二粒、ぽとり、ぴとり。

 温泉が波を作り、ヤマトの傷口を慰める。

 

「昔から変わってるんだよ。三人が、二人になってるんだもん」

 

 二人には、もう一人幼馴染がいた。

 二人より歳上で、正に「姉」のような存在が。

 かつて新米ハンターだった、もう一人の幼馴染。

 彼女は渓流で大型モンスターの標的にされた迷子の少女……リタを助け、その後渓流にて死亡が確認された。

 

 リタはその時の幼馴染の「大丈夫だから!」と言った時の、笑顔を忘れたことは無い。

 恐怖に震え、顔を引き攣らせながらも、必死にリタを安心させようと笑っていた彼女の表情を忘れはしない。

 

 あの時の彼女の死は、リタにとって大きな傷を残した。

 

「私、死ぬ程死ぬことが怖いの。ハンターになってヤマトを助けたかったけど、そうしなかったのは……私が死にたくなかったから。私が居なくてもヤマトなら帰って来てくれるはず、ヤマトなら、ヤマトなら……私は、あなたの強さに縋っていただけ。ただ自分の弱さを、ヤマトに押し付けていただけ。……前言ったよね?「あんたに守られるなんて恥だ」って。そんな事ない。ずっと、私はヤマトに守られていたんだよ。いや、守らせていたんだよ。……こんな自己中で、弱い私が。その方が恥だよね」

 

 紅葉が一枚、ひらひらと落ちてきた。風を受けて、ゆっくりと、ゆっくりとリタの目の前に落ちていく。

 守られるものが無い葉なんて、風が吹けば簡単に落ちる。

 

「リタ。……俺はお前に助けられた」

 

「でも、そのせいで傷が!」

 

「ちげえよ。……まあ、聞いてくれ」

 

 顔を付き合わせて話が出来ない。昔は簡単に出来ていたはずなのに。

 代わりにヤマトは、背中をリタの背中にくっ付けた。思わずリタはびくっ!と肩を震わせる。

 

「俺も姉ちゃんの事は忘れられない。もしかしたら、俺も姉ちゃんみたいにモンスターに殺されるかも、と考えなかったわけじゃない」

 

 ヤマトは目の前で「姉」が戦地に赴く瞬間を見たわけでは無かったが、リタの悲しみ方、もうそこに「姉」が居ないこと、そしてまた「家族」を失った事に対して恐ろしい喪失感を覚えた。もう「家族」を失うなんて、二度とそんな思いはしたくない、そう考えてハンターを志し始めたのにも関わらず、その矢先に「姉」が死んだのだ。その恐怖心は彼の心にも残っている。

 

「俺は二度と同じ思いをしたくない。それと同時に、俺が帰って来ない、それが原因で誰かに同じ思いをして欲しくないんだ。……リタ、お前が待ってくれてる。お前を、一人残して死ぬわけにはいかないんだ。変わってしまったものを、これ以上変わらなくするために」

 

 傷だらけの背中が、ひどく暖かかった。温泉でも暖められない、冷えたリタの心すら暖めるような。

 

「俺はお前に助けられてるよ。いつも、いつでも。だから俺はお前を守る。二度と友達を……家族を、失わない為に。絶対に守ってみせる。姉ちゃんみたいに」

 

 そう言うと、ヤマトは背中を離し、ゆっくりと移動する。リタの、顔が見える位置に。

 リタの顔はもう不安は消えていた。代わりに、ほんのり紅潮した頬が戻って来ていた。

 しかし、今はヤマトの顔をしっかりと見つめていた。正面から、真っ直ぐと。

 

 変わらないものが、一つ戻って来た。

 

「ヤマト」

 

「どうした?」

 

 

 

 

 

 

「……大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

「……知ってるさ。お前が、友達想いなのは。姉ちゃんだって」

 

 

 

「…………うん、そうだね」

 

「上がるか」

 

 ざぱぁ、と勢い良く立ち上がるヤマト。

 

 リタの思いは、まだ彼に届かない。

 

「……痛ってぇ!」

 

 足を滑らせ、軽く転んでしまったヤマト。まだ体が満足に動かないのだろうか。それを見て、リタは少し笑ってしまった。

 

 いつか、ちゃんと伝えるんだ。

 

 ヤマトならいつだって、帰って来てくれるから。

 

 ライクじゃなくてラブだって、伝える日は。

 

 きっと、また来るから。






今回で第三章は終わりでございます。

次回はまた四章に入る前に、少しだけ番外編を挟もうかと考えております。

今後ともお付き合いくださいませ。

感想、評価等も宜しくお願いします!


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番外編 如何にして……
如何にして彼女は……



お久しぶりです。

前回、第三章まで終わりまして、今回と次回はまた少し番外の短編を書きたいと思いまして。

アマネとロックスのお話を、ほんの少しだけ。

それではどうぞ。

 


「ねえアマネ」

 

「何よ」

 

 ユクモ村、ハンター集会所。例え昼間の時間であっても狩人で賑わう集会所の酒場の奥で、二人の女性ハンターが酒を呑みながら話をしていた。

 しかし、アマネと呼ばれた女性は少し不機嫌である。

 

「どーやったらあんなイイ男に好かれるわけ?教えなさいよ」

 

「ミナって、あーゆーのが好きなの?勘弁してよ、あんなナンパ男」

 

「えー?確かに軽そうだけど超イケメンじゃない!?」

 

 ミナと呼ばれた女性は少し前のめりになりながらアマネを見つめる。青いショートの髪が眩しい。

 

 二人が話しているのは、ドンドルマからやって来た恐ろしい程の実力派ハンター、ロックスの事だ。魔術師とまで言われる彼は無類の女好きで、ユクモ村に滞在して既に一週間、彼が女を口説いていないシーンを見たことがない。

 しかし、その中でもアマネだけは特に毎回口説かれるのだ。

 

「じゃあ代わってよ、ミナ。私もう疲れた」

 

「代われるなら代わるわよ!……一回位誘いに乗ってみたら?」

 

「嫌よあんな男。隣を歩きたくもない」

 

 そう言いながら酒を思い切り呷り、ぐいっと飲み干す。追加の酒を注文しようとちょうど手の空いていたコノハに声をかけようとした時、机の上に酒の入ったジョッキが二つ、ゴンと置かれた。

 

「よ、美人だね。席が空いてないんだ、相席いいかい?」

 

「……アンタの目は節穴かしら。ちょうどあそこが空いてるじゃない?ほら、あそこ」

 

 噂をすればなんとやら。酒を持って現れたのは件の魔術師、ロックスだった。目が眩むような金髪に大きめのピアス。それの存在感に負けない程の整った顔立ち。にこやかに笑うその表情は、間違いなく数多の女性が心を撃ち抜かれることだろう。しかし、アマネの表情は更に面倒そうになっていた。

 

「ハハッ、酒は一人で飲むより美人と飲む方がいいだろ?つまりそういうことだよ」

 

「酒は嫌いな奴と飲むと不味くなるのよねー、つまりそういうことよ」

 

 軽口を皮肉で返すアマネをさらりと無視してアマネ達の座っている席の空いている場所に腰掛けるロックス。それを見てアマネは一際大きな溜め息を、ミナは恍惚の溜め息をついた。

 

「あーヤダヤダ、酒が不味い」

 

「アマネェ、あんた酒奢って貰っといてその言い方はないじゃないのぉ」

 

「キャピキャピしないで、気持ち悪いから」

 

「両手に花ってのはこういう事を言うんだろうな」

 

「もう、花だなんてロックスさんったらぁ♪」

 

 ミナが受け入れ体制バッチリになってしまった為、余計に追い出し辛くなってしまったアマネ。更に酒を渡された手前、酒好きの名の元にこの酒だけは飲み干さねばなるまいという謎の根性まで混じってしまい、結局ロックスと同じ席で酒を飲むことになってしまう。

 

「どうかな、アマネさん?このまま食事でも」

 

「結構よ。私はアンタみたいに下半身に正直に生きてないの」

 

「アマネは寧ろもう少し下半身に正直にならなきゃダメよぉ」

 

「うっさいわね!……ミナ、あんたまさかとは思うけど……」

 

 アマネが目を細めてじーっとミナを見つめる。その視線を見てミナは体を少し小さくし、頬を赤らめた。そしてちらりとロックスの方を見る。具体的には、下半身を。

 

「……すっごい、良かった……」

 

「……私帰るわ」

 

 友人のベッドの上での話など聞きたくない。ましてや、その相手が自分の嫌っている相手なら。これ以上酒を飲んでも不味くなるだけだと確信し、硬貨を何枚か置いて席を立った。

 特に仕事をする気にもなれなかった為、そのまま家に帰って飲み直そうか、と考えていた矢先。

 

「すまん、アマネ。ちっといいかぃ?」

 

 ギルドマスターに話し掛けられた。特に急いで家に帰る用も当然ながら無いので、足を止める。

 

「渓流にジンオウガが出たのを見た、って観測隊から連絡があってな。それも相当気が立ってるらしぃ。今日の夜、まぢゅつしのヤツとミナと三人で狩猟依頼を出したいんだが……構わんかぃ?」

 

 雷狼竜、ジンオウガ。時たま渓流に現れるモンスターで、牙竜種に属する。雷光虫と共生し、雷を操る非常に厄介なモンスターだ。気が立っている、というのならなるべく早くに、安全に狩猟せねばなるまい。

 ロックスは当然ながら、アマネもミナも相当な実力者だ。二人共ジンオウガの狩猟経験もあり、これ以上無い安全なメンバーだろう。

 強いて言うなら、問題はアマネがロックスを嫌っている、という点のみだ。しかし、人や自然の命に関わる仕事をしている彼女が、そのような事で仕事をいちゃもんを付けるはずもない。

 

「ええ、大丈夫よ。……ちょっと家で休んどくわ」

 

 仕事をする気にもなれなかったが、渓流の状態が危険なのだ、やる気の問題ではない。精神を狩猟前の気分にシフトさせ、酒場を出るアマネ。

 

「すまんなぁ、チミにはよく迷惑をかける」

 

「気にしてないわよ。……じゃあ、また後で」

 

 よくよく考えてみれば、噂の魔術師の狩猟を生で見られるチャンスではないか。そう考えると、アマネの心はほんの少しだけ踊った。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、美人。光栄だねぇ、あんたと一緒に狩りに行けるなんて」

 

 レウスSシリーズを身に纏い、ライトボウガン「神ヶ島」を背負ったロックス。彼がガンナーであることを、アマネとミナは初めて知った。

 アマネはレイアシリーズにツインフレイム、ミナはベリオシリーズを身に纏い、スラッシュアックス「ヒドゥンアックス」を担いでいた。

 

「それもあんた、レイアシリーズだったのか。これは運命を感じていいんじゃないか?」

 

「呪いを感じるわね」

 

「まあまあ!ほら、行くわよ」

 

 先陣切って竜車に乗り込むミナ。終始笑顔を貫くロックスを放って、アマネも乗り込む。最後にロックスが乗り込み、竜車は発進した。

 

「……どうしたの」

 

 竜車が発進すると同時に、ロックスの表情が曇る。そんな表情をしたことが無かった彼を見て、思わずアマネは声をかけてしまった。

 

「おや、俺を心配してるのか?優しいねぇ」

 

「殺すわよ」

 

「……いや、空気が少し、重いと思って」

 

 そう言うロックスの表情は少し真剣である。

 

「……アンタが居ることに私がイラついてるからじゃないの?」

 

「辛辣だなぁ……」

 

 ミナが呆れたように溜息をつく。

 

 

 

「……だったらいいんだが……」

 

 

 

 そう呟くロックスの声は、風に紛れて二人の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渓流、エリア5。

 

 観測隊がジンオウガを見た、というのがそこであったことから、三人はまずそこを探し、見つからなかったら三手に分かれ、見つけたらペイントボールで位置を知らせる、という手筈にするつもりだった。

 

 竜車から降り、まずは三人でエリア5へ向かう。普段ならハチミツの香りが漂う、平和なエリアなのだが……

 

「居たわ」

 

 最初に発見したのはミナだった。姿勢を低くし、なるべく見つからないようにして指で居場所を示す。

 そこには雷光虫から雷を集め、超帯電状態となったジンオウガが鎮座していた。

 しかし、三人のハンターはそれを最初「ジンオウガ」だと認識出来なかった。

 

「ねえ、あれ本当にジンオウガ?」

 

「知らないわよ、あんたが「居たわ」って言ったんでしょ」

 

「……通常個体じゃないのか?」

 

「……何はともあれ、今回の狩猟目的はアイツみたいね」

 

 三人は得物を構え、狩猟態勢に入る。

 

「行くぞ」

 

 一斉に、飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったなぁ……強すぎる」

 

「何冷静にそんな事言ってんのよ!ホントに死ぬわよ!?」

 

 渓流に現れたジンオウガ。その強さは明らかに「異常」だった。

 外見が少し違った時点で気付くべきだったのかもしれない。通常のジンオウガよりも長く、左右非対称な角。黄金に輝く鱗。異常なまでの帯電量。

 

 見た目に恥じない強さ。エリア5での狩猟は熾烈を究めていた。

 既に、ミナが意識を失いかけている。アマネも体中が軋むように痛み、頬は擦り傷だらけだ。ロックスも怪我こそ少ないものの、表情に焦りが見えている。

 

 対するジンオウガは……平然とした顔で暴れ回っているのだ。

 

「噂に聞く「金雷公」ってのがコイツか……!予想以上に強えな」

 

「グォォォォォ!!」

 

 本日何度目かの放電。三人共、ほぼ地面を這うようにそれを躱す。攻撃する隙が全くできない。

 

「ふざけんじゃないわよっ!」

 

 無理矢理にでもチャンスを作ろうと突貫し、斧モードのヒドゥンアックスを振り下ろすミナ。前足にヒットしたそれは……いとも簡単に弾き返された。ぎょろりと、ジンオウガがミナを睨む。

 

「ミナッ!」

 

「チィっ!」

 

 その瞬間、もう片方の足にロックスの放った弾がぶつかる。そして一瞬後、その弾は爆発を起こした。爆風に煽られ、ミナは吹き飛ばされる。

 その一瞬後に、ミナがさっきまでいた所にジンオウガの前足が振り下ろされた。もしあそこで爆発が起こっていなければ……

 

「気いつけろ!コイツはマジでやばい!」

 

 そう言いながら次の弾を装填するロックス。ジンオウガはそんな彼を次のターゲットに捉えた。

 

「あんた、来るよ!」

 

「解ってる!!」

 

 恐ろしいスタミナで走り出し、ロックスに飛び掛るジンオウガ。帯電している雷で目が眩みそうになるが、しっかりその攻撃を見極め、横に大きく飛んで躱す。

 その後に追撃をかけるように襲い来る雷。それを無理矢理躱し、直ぐにジンオウガから距離を置く。しかし、立ち上がった瞬間に顔を顰めた。

 

「腰、やっちまったか……無茶したからなぁ」

 

 あまりに無理な姿勢で攻撃を躱したせいか、腰にダメージが入ったらしい。立つのも辛いのか、片膝を付いてしまった。

 

「笑えねえなぁ……こうも強いのか、二つ名モンスターってのは」

 

 見ると、ジンオウガは既に恐ろしい量の雷を帯電しているというのに、まだ雷光虫を集め、雷を溜め込もうとしていた。超帯電状態の先があるのか、とアマネは冷や汗をかく。

 

「グォァァォォォオオオ!!!」

 

 そしてその瞬間は訪れる。

 直視できない程の帯電量。

 超帯電状態を超えた状態……真帯電状態。

 近くに立つだけで体中がチクチクと痛むのではないか、という程である。

 そしてその真帯電状態に移行した瞬間。

 それは起こった。

 

「うあああああっ、アァぁあ!!」

 

 意識が朦朧としていたミナが、真帯電状態に移行した瞬間のジンオウガの放電に触れてしまったのだ。体を内側から焦がされるのではないかという程の電撃。

 ミナの意識を刈り取るには十分過ぎた。

 

「っ!?やべえ!!」

 

「ミナッ!!!」

 

 その瞬間、アマネの中で何かが「キレた」。

 

 この世は弱肉強食。

 

 弱い者が食われるようなら……私が強くなればいい。

 モンスターがヒトを食らうなら……私がモンスターを食らえばいい。

 

 目の前でミナが、ヒトが殺されかけているなら……殺される前に目の前のバケモノを殺せばいい。

 

 私自身が、バケモノになって。

 

 殺意と衝動が抑えきれない。彼女の「負」と「生」の意識がトランスし、限界的な状態から異常なまでの運動能力と強さを引き出した。ヒトとしての倫理観を、生け贄に。

 

 

 

 

 獣宿し「餓狼」。

 

 

 

 

「アァァぁぁあ、ウぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 



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如何にして彼は……



アマネ、ロックス短編後半です。

どうぞ。

 


 目の前が赤く染まる。

 

 アマネに正常な思考は残されていなかった。

 

 生き残る為の、生物としての本能か。目の前の生物を殺さないと、自分が死んでしまう。

 目の前の生物を喰らわねば、自分が飢え、喰われてしまう。

 こんな感覚は初めてだった。

 

 しかし、気持ちが良かった。

 

 何も考えなくていいのだから。ただ、「目の前にいるいきものを喰らいたい」という意識の下動くだけなのだから。

 

「おい、どうしたアマネ……うわっ!」

 

 明らかに様子がおかしくなったアマネの方を見ようとした瞬間に、ジンオウガの攻撃を受けるロックス。ミシッという音が身体中に響く。

 

「ひぁぁあ、うるぁぁぁあ!!」

 

 途端に、アマネが駆けた。いや、飛んだ。

 

 普通の人間では有り得ないような跳躍力でジンオウガへ襲いかかるアマネ。双剣を振り下ろし、ジンオウガの出鼻をくじくと壊れたくるみ割り人形のように腕を振るい始めた。その剣筋は悍ましい程に速く、震える程に鋭い。殺意が刃となり、切り刻んでいるようにも見えた。

 

「あはァ♡……ぶぁうっ!!」

 

 そして傷口に噛み付くアマネ。明らかに異常な行動を取っている姿を見てミナもロックスも目を見開いた。

 ジンオウガもまさか自分が噛み付かれるとは思っていなかったらしく、抉られる傷口に不快感を覚え、無理矢理振り払った。

 

「ふーうーん……ひっ♡」

 

 吹き飛ばされたのにも関わらず、幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、噛みちぎったジンオウガの肉を涎と共にぼとりと落とし、れろりと口の周りに付着した血を舐めとる。

 

「ちょっと……アマネ?あんたおかしいわよ!どうしたの!?」

 

 あまりに異常な彼女を見て戦慄するミナ。当然だろう、今の彼女はどう考えても「人間では無い」。ある意味、異常なまでに強いジンオウガよりも余程恐怖心を煽られるのだ。

 そんなミナの声も届いていないのか、死んだ瞳と乾いた笑みでただジンオウガだけを見つめるアマネ。翠色の鎧はいつの間にか真紅に染められていた。

 

「グォォォォォ!!」

 

「ヴぁぁぁあっはっはっは!!」

 

 互いに悍ましい叫びを上げながら突進する、二つの獣。しかしアマネの動きは言語能力や思考に反し、究極的に洗練されていた。ジンオウガの攻撃をゆらり、のらりと躱し、二本の牙で切創を次々と作り出す。

 

 ミナも、ロックスも立ち尽くすしか無かった。

 

 気の置けない友人が、壊れたように戦っている。いや、あれは暴れている、と言った方が正しいのかもしれない。普段は少し冷めており、しかし狩りの時にはその冷静さに加えて大胆な動きで先陣を切るアマネを知っているミナだからこそ、今のアマネが信じられない。

 

 そしてロックスは……異常なまでに壊れた彼女に見蕩れていた。

 

 人としての感情を置き去りにし、ただ生きる為に精神を壊す。考えようによっては狩人の「最強の姿」とも言える。ただ生きる為に、強者であるモンスターと同じ土俵に無理矢理上がる……それを無意識にやってみせたアマネに、ロックスは目を奪われ続けていた。

 

 ……そういや、なんで俺はアイツだけはしつこく口説いてるんだっけな。

 

 狩りの最中だというのに、そんなことを考えてしまうのだ。

 ロックスは見た目も相まって、それなりに尻の軽い女なら五分で落とし、その日のうちに同じベッドに入ることが出来る。

 自分でそれを解りきってしまっているから、一人の女をしっかりと愛したことは無かったのだ。

 それなのに、何故かユクモ村に来てから、どれだけ断られようと、どれだけ靡かなくとも、アマネにだけはずっとアプローチを掛けていた。

 

 何故?

 

 スタイルがとても良かったから?

 美人だったから?

 

「ロックスさん、前見て前!!」

 

「っ!?うぉっ!」

 

 前から突撃しに来ていたジンオウガに気付けなかった。すんでのところで躱すも、やはり腰が激痛を訴える。そんな自分の体に舌打ちしながら、ボウガンを構えて前脚を狙って射撃した。綺麗に命中し、ジンオウガはこちらを睨めつける。

 その瞬間、ジンオウガの「真上から」アマネの牙が振るわれた。脳天を突き抜ける痛みと驚きでジンオウガは軽く怯む。そして一度仕切り直したかったのか、こちらには目も向けずに走り出した。エリア移動だ。

 ミナは霞む視界でそれを見て、胸をなでおろした。

 

「取り敢えず私らも立て直さなきゃ!アマネ、一回落ち着い……て……?」

 

 アマネの方を見たミナは言葉を最後まで紡げなかった。

 

 彼女は全身から血を垂れ流し始めていたのだ。人間の限界を遥かに超え、モンスターと同じ土俵に立っていた彼女。その超人をも超えた動きに、体が耐え切れないのだ。

 

 更に異常なのは、全身から流血しているというのに、満面の笑み、いや、快楽に蕩けた笑みをアマネが見せている事だ。

 

「ねえ、ちょっとアマネ……?アンタ……ほんとにやばいって……!」

 

「うぁぁあぁぁっ……んんんにぃ……」

 

 その状態のまま、ゆらり、ゆらり、と首をだらんとさせながらミナに近づき始めるアマネ。友人でありながら友人で無い彼女に対し、恐怖しか感じられないミナは思わず後ずさりを始める。

 しかし、この場にいる三人の中で、最もダメージが大きいのはミナだ。足をもつれさせ、その場に尻餅を付いてしまった。そんなミナを見下ろして、真っ赤な顔で笑いかけるアマネ。そして牙を振りかぶり……

 

「あぁぁぁぁあっ!!!」

 

「いやァァァァ!!!!」

 

 躊躇無くミナに振り下ろした。ミナも完全に命の危機を感じて自然と体が動き、牙から逃れることは出来た。

 

 今、アマネが感じているのは「自分以外全ての生き物は食物」である、という感情のみだ。それは同じヒトであっても、友人であっても……その思考に変化は訪れない。何故なら、彼女は今やヒトでは無いのだから。

 

「ちょ、ちょっと!アマネ!アンタほんとにおかしいわよ!落ち着いて、ねえ!……ロックスさん、だめだ!この子マジで正気失ってる、クエストは失敗よ!まずはこの子連れて帰らないと!」

 

 そうは叫んだものの、ミナはこんな状態のアマネをどうやって連れて帰ればいいのか全く思いつかなかった。普通に連れて帰ろうものなら、ミナもロックスもアマネに食われて死ぬだけだろう。

 

 アマネは必死になっているミナから、何も動いていないロックスにターゲットを変更した。にへらにへら笑いながら、足りない何かを満たす為に歩き始める。

 

「ロックスさん!聞こえてる!?」

 

 ロックスはまだ考えていた。

 

 何故、俺はアマネをひたすらに口説いてるんだ?

 

 それは……

 

 アマネが目の前に立つ。

 血に塗れた顔。

 お世辞にも綺麗とは言えない笑顔。

 幽鬼のような、生と死の境界を綱渡りするような、そんな歩き方。

 

「あはぁ……♡うゆるぁぁ!!」

 

 そして、牙を振りかぶり……

 

 

 

 

「……おい、折角美人なんだから顔拭けよ」

 

 

 

 

 

 脇腹が熱い。どくどくと心臓が動いている感覚が、痛みと共に、熱と共に訴えかけてくる。

 

 

 何故、俺はアマネを口説きつづけていたのか。

 

 その答えは簡単だった。

 

 

 何処が良かった、という訳では無い。ただ、一目見ただけで彼女を目で追っていた。他のどんな女を抱いても、彼女のことがふと頭に浮かんでしまった。

 

 俺の初恋は、多分こいつなんだ。

 

 これが、「人を好きになる」ってことなんだ。

 

 こんな姿になって、こんな紅く染まった彼女すら魅力的に見えるのは……俺がどうしようもなくこの女のことが好きになったからなんだ。

 

 そんな奴に刺されようが……死ななきゃ安い。

 

 ロックスは、脇腹の痛みを気にせず、目の前の獣を抱き締めた。

 女を抱いて、抱き続けて来た男が、ただぎゅっと抱き締めるだけで、この上なく満足してしまったのだ。

 

「……あ……ぁあ、ロッ、クス……?」

 

 そして、アマネはそんな彼の心に動かされてか否か、獣からヒトの心を取り戻しつつあった。そして自分が双剣をロックスの脇腹に突き立てていることに気付き、叫びながらそれを抜こうとする。

 

 しかし、力強く抱き締められているアマネは、その剣すら抜く事が出来なかった。

 

「俺、今まで一度も女に言ったことが無い言葉があるんだ。……お前に言っても?」

 

「何言ってんの!?私今アンタに剣刺してんのよ!?早く、何とかしないと……何で、何で私はこんな……」

 

 

 

 

 

 

「好きだ」

 

 

 

 

 

「俺は、お前のことが。……好きだ」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、アマネの瞳から雫が落ちた。

 

 ばかじゃないの!?アンタを殺しかけた女に、今正に殺しかけてる女にそんなこと言う!?ばかじゃん、ばか、ばか、ばか……

 

 

「あたしも……好きだ……ばーか」

 

 

 

 その言葉を聞くと同時に、ロックスは手を離す。そして、無理矢理自分で剣を抜いた。幸い、ツインフレイムの性質上、傷口の上から火傷になっており、出血は大した事が無い。

 

 アマネは出血しすぎたのか、はたまた精神にも限界が来たのか、その場にどさりと倒れてしまった。ミナは驚いてアマネの方へ駆け寄る。

 

「……アマネを連れて村へ帰りな」

 

 そう言い残すと、ロックスはボウガンを担ぎ、ポーチから秘薬を取り出し、口の中へ放り込む。そして、ゆっくりと歩き始めた。その方向は、金雷公ジンオウガが向かった先。

 

「……嘘でしょ、アンタまさか……」

 

「勿論、アイツを倒す」

 

 はっきりと言い切った。

 

「アンタホントに死ぬわよ!?さっき、アマネに刺されたダメージだって……」

 

「は?刺された?……悪い、何言ってんのかわかんねえな。……まあ安心しろ、こう見えて俺は魔術師って呼ばれてんだぜ?」

 

「でも……」

 

 まだミナが反論しようとした時、ロックスが振り向いた。

 その瞳は、あまりにギラギラと輝いていた。有無を言わせぬその瞳に、ミナは何も反論出来なくなった。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

 魔術師の背中は、驚く程にただの「人間」で…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時も死んだと思ってたわ、私」

 

「ひでえ事言うなぁ、ほんとに。今まで俺が死んだことあったかよ?」

 

「飲み過ぎで死にかけてるのは何回か見たわね」

 

「それはカウントするなよ。……まぁ、今回も生きてたぜ」

 

「当たり前よ。私より先に死んだら殺してやるんだから」

 

「それこそあの時みたいに、脇腹を刺すのか?くくっ」

 

「それはカウントしないで。……ミナ、元気かな」

 

「……元気では無いことは確かだな。一応お前は経過報告を聞く権利はあるが」

 

「……まだダメなのね」

 

「ああ。ギルドナイトも回復に手を尽くしてはいるが相当精神が逝ってる。常に反狂乱状態でぶっちゃけいつ自殺するかわかったもんじゃねえな」

 

「…………」

 

「あまり背負い込むな……とは言えねえな。実際そうなる原因を作ったのはお前だ。お前が暴走してミナの奴を殺しかけたのが原因になってるからな」

 

「……俺もミナの回復には手を尽くす。お前も支え続けてやる。だから……あまり背負い込むな」

 

「……ありがと。新大陸でハッスルしてなかったら号泣してたわね、今頃」

 

「そりゃどーも」

 

「……ねえロックス。アンタ、何で私のこと好きになったの?」

 

「んあ?聞きたけりゃ聞かせてやるよ。それはな……」

 

 

 

 

 如何にして彼は……

 

 如何にして彼女は……

 

 

 

 そしてまた物語は紡がれる。







……はい。如何だったでしょうか。

重いですね。色々と。

……。

次回から第4章です!お楽しみに!!

感想、評価等、宜しくお願いします。


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第四章 天才とはいつの世も
天才が故に?




お久し振りです。

……ごめんなさい。めっちゃ投稿期間開きました。しかも今回短めです。

今回から第四章へ入ります。

それではどうぞ。


 

 

 あまりの寒さに、全てが凍てつくのではないか、という大地。

 凍土と呼ばれるこの狩場。ここでしか採れない植物や鉱物も存在し、狩人達はしばしばこんな極寒の地にすら足を踏み入れる。

 

 しかし、当然ながらそんな凍土に足を踏み入れるのは狩人だけではない。

 

「ディン、そっち行ったぞ!」

 

「解ってる!!」

 

 寧ろこの極寒の地を好んで棲息するモンスターすら存在するのだ。

 ヤマト、ディン、リーシャ、シルバ。リオレイア討伐時に結成されたこのパーティはウマが合い、その後もしばしばこのメンバーで狩猟に赴いている。四人の相性の良さもあり、チームハントでなら強力なモンスター相手でも立ち回れるようになっていたのだ。

 今回の狩猟対象は凍土を棲家にする飛竜、ベリオロス。巨大な琥珀色の牙に真っ白な鱗、スパイクのような前脚が特徴のモンスターだ。

 

 ベリオロスはディンに向かって突進するも、ディンは盾を上手く使って横へ衝撃を受け流す。勿論、正面から受け止めなかったのには理由がある。それは受け流した方向に……

 

「行けっリーシャ!!」

 

「もちろんですっ!……ぐーてん、もるげんっ!!!」

 

 それは受け流した方向に、ハンマーを構えたリーシャが待っていたからだ。思い切り振り抜かれた渾身の一撃は、ベリオロスの牙を吹き飛ばした。その牙はディンの方へと飛んでいく。

 

「あっぶねぇ!おい、行けとは言ったけどもう少しスマートにやれよ!」

 

「てへっ★……ごめんなさいディンさん!」

 

「ハンマー振り回しながらてへっとか言っても可愛くねえよ!」

 

「二人共集中して!来るよっ!」

 

 シルバが二人を狩猟の世界へ引き戻す。

 既に狩猟開始からかなり時間が経っている。常に前線でヘイトを取り続けていたヤマトの疲労も激しいが、それ以上に牙を折られたベリオロスの疲労、消耗も激しい。たまらずベリオロスは空へと飛び上がり、空中からブレスを吐こうと息を吸いこんだ。標的は、リーシャ。

 

 その瞬間である。

 

「……疾っ!」

 

 ブレスが吐き出される直前のタイミングを見計らって、シルバが矢を放った。ブレスとすれ違うように矢は飛んでいき、ベリオロスの鼻先に突き刺さる。

 ベリオロスは怯み、ターゲットをシルバに変更する。その脇で竜巻のように吹き荒れるベリオロスのブレスを、ぴょんぴょん、と飛び回るように躱すリーシャ。

 

「ブォォォォォ!!」

 

 空中から急降下し、シルバを轢殺しようとするベリオロス。しかし、シルバは動かない。何故なら……

 

「せぁぁぁっ!!」

 

 間にヤマトが飛び込み、その鋭い太刀筋でベリオロスを切り刻む事が解っていたから。更に言うなら、その太刀筋でベリオロスの急降下してくるルートが少し変わることまで解っていたから。

 だから、シルバはそこから回避をする事ではなく、弓を引き絞る方に意識を傾けていた。上向きに、大量の矢を放つ為に。

 

「流石ヤマト君……ありがとう」

 

「ばーか、礼には及ばねえよ」

 

 そして空に向かって放たれる大量の矢。やがて重力に従って落下する矢は……強撃ビンが塗りこまれ、ベリオロスに雨となって降り注いだ。

 天から矢を降らせる特殊な射法……曲射である。

 

「今だよ!ディン君、リーシャちゃん!」

 

「はいっ!」

 

「任せな!」

 

 大量の矢を受けて怯んだベリオロスの懐に飛び込む、ディンとリーシャ。先に仕掛けるのはディン。思い切りガンランスを叩きつけ、思い切り引鉄を引く。ガンランスに装填された弾が一気に放たれ、爆発。必殺のフルバーストだ。

 フルバーストを受けたベリオロスは、爆風に煽られて頭が上に流れた。その頭を思い切り殴るべく、ディンを踏み台にぴょん、と跳ぶリーシャ。振りかぶられたハンマー。

 

「あいん!」

 

 それを思い切り横に振る。

 

「つばい!」

 

 更に回転を加えてもう一撃。

 

「どらぁぁぁぁい!!!」

 

 更に更に回転を加え、脳天を砕くかのようにハンマーを振り下ろすリーシャ。その一撃は文字通りベリオロスの脳天を砕き、地面と顎がディープキスをするかの如くぶつかった。その一撃を食らっては……もう生きてはいまい。

 

「狩猟完了ですっ!」

 

「凍土の狩猟になるといつにも増してとんでもない動きするな、あいつ……」

 

 狩猟目的であるベリオロスの討伐を完了した四人。リオレイアを相手に全身全霊、正に生死を賭けて戦っていた四人は、この一月で飛竜相手に危ない場面はあったものの、確実に勝利を収められるほどに成長した。

 

「てかおい!リーシャ!飛んできた方向が俺だったから良かったものの、お前何サラッと味方に牙飛ばしてんだよ!ヤマトかシルバの方に飛んでたら盾で受け流せなかったぞ!」

 

「大丈夫ですよぉ、ディンさんの方を狙って飛ばしましたし」

 

「尚悪いわ!誰もいない所に飛ばせ!」

 

「ほら二人共帰り支度するよ!凍土から村まで帰るの時間かかるんだから!」

 

 あーだこーだ、とリーシャに文句を言うディンだが、彼もリーシャが本当に無茶な動きはしない、本当に仲間を危険な目に合わせるような行動はしない、ということは重々承知している。言わばじゃれ合いのようなものだ。

 ディン、リーシャの二人も、ベリオロスの骸にナイフを入れていたヤマトに続いてナイフを取り出す。狩猟の証となるベリオロスの鱗や牙を剥ぎ取る為だ。

 

「……悪いな、自慢の牙、折っちまって」

 

 ボソッとディンが呟く。彼は必ず狩猟したモンスターから何かを剥ぎ取る際に、心の底から感謝し、そして先程まで命のやり取りをしていた相手に弔いの言葉を送るのだ。彼が、「誇り高き狩人」でありたいが為の、自然への感謝の意である。

 最後に全員で骸の前で合掌をする。四人で行う狩猟の、決まった行動だ。

 

「……さ、帰ろうか」

 

 一行はベースキャンプへ帰るために足を運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍土ベースキャンプから竜車に乗り、ユクモ村に到着したのはもう夜更け過ぎだった。

 昼間の賑わいはフッと消え、静かな夜道を提灯が照らす。時たま見える紅色はひらひらと舞っている紅葉だろうか。狩りに疲れた四人を、藍色と紅色が静かに迎え入れてくれた。

 

「……そういや、始めてリーシャと狩りに行った時もこんな時間に帰ってきたな」

 

 ふと、思い出したようにヤマトが呟く。現在ヤマトが愛用している防具、フロギィシリーズ。その防具を揃えるために初めてドスフロギィと戦ったあの時が、ヤマトとリーシャの出会いとなった狩猟なのだ。

 

「あれ?そうでしたっけ?あんまりよく覚えてません」

 

「……まあお前すっげえ眠そうにしてたしな」

 

 きょとんとした顔をするリーシャを見て軽く溜息を付くヤマト。この四人で狩猟を始めてから薄々気付いたことがあるのだが、リーシャはかなり、変わっている。天才は変人が多い、とは言うが、リーシャはその典型だろう。

 シルバは兎も角、ヤマトとディンも相当な天才であるのだが、リーシャは二人を遥かに超える才能を持っている。これもまた四人で狩猟を始めてから気付いたことだ。

 

 しかし、だからこそ心配な事がある。

 

 彼女はその少し変わったキャラクターと恵まれた見た目で様々なハンターから好かれている。

 

 だが、その才能を羨み、妬み、知らず知らずのうちに敵を作ってしまうことだって大いに有り得るのだ。事実、リオレイア討伐まではシルバはリーシャの才能が羨ましくて仕方が無かった。

 アマネ程、経験も豊富で最強級の実力があれば話は別なのだが、まだリーシャはルーキーの枠を出ない。

 

 今が、最も危険な時期なのだ。

 

「……まぁ、杞憂だといいんだけど」

 

 少し心配するシルバ。

 少し前なら、こんな事は考えなかっただろう。

 

「さぁ!報告行きましょ、皆さん!」

 

 当の本人は天真爛漫な笑顔で階段をぴょんぴょんと駆け上がる。それに付いていくディンとヤマト。シルバも苦笑しつつ、その後を追った。






如何だったでしょうか?

今回メインに据えられるのは……まあ読めばわかりますよね。リーシャです。

感想、評価等、宜しくお願いします。


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旅芸人



モンハンワールドのベータテストがありましたね。

私はPS4を持っていないので出来ませんでしたが……面白そうだよなぁ……お金が……

本編をどうぞ。


 


 ベリオロスの狩猟報告も終わり、四人でそのまま酒場で遅めの夕食を取る。勿論、ディンを除く三人は酒も注文した。

 

「リーシャちゃんがいつも頼んでるお酒、美味しいの?今度頼んでみようかな」

 

「美味しいですよ!私からしたらビールをぐびぐび飲めるヤマトさんがわかりません」

 

「そうか?でもリーシャのは酒というか柑橘ジュースというか……まあ美味そうだけど」

 

「俺からしたら酒をぐびぐび飲めるお前らがわからねえ」

 

 もうかなり遅い時間である為、ミクやコノハも既に上がっており、夜時間のウエイトレスが酒場内を元気に行ったり来たりしている。夜であっても酒場は忙しい。いや、酒場は夜の方が忙しい。

 

「お疲れ様です!飲み物お持ちしましたよ」

 

 ウエイトレスがトレイに四種類の飲み物を乗せ、シルバ達の席に現れる。四人の狩猟も夜遅くに帰ってくる事が少し増えたので、このウエイトレスとも顔馴染みだ。

 

「それじゃ、」

 

「「「乾杯っ!!」」」

 

 ジョッキをカァン、と突き出して一気にぐいっと酒(一名は水)を呷る。四人の狩猟後のお約束だ。

 

「っぷぁぁ!……そういえばヤマト君も割と珍しいよね。今どき達人ビール飲む人ってあんまりいないよ?」

 

「オッサンみたいな声出すなよ……昔は高かったらしいな、達人ビール」

 

「うん、すっごい高級なビールって扱いだったけど……いつの間にか安値で売られてたね」

 

「へえ、そうなのか。俺は安い時代しか知らないな」

 

「確か高級品扱いだったのって数年前だろ?俺もヤマトもまだガキだよ」

 

「シルバさんはいつでもポピ酒ですよね」

 

「安くて美味しい。ついでに酔える。最高でしょ?」

 

「お前ホント酒場だとオッサンくさいよな」

 

「はいお待たせしましたー、丸鶏の唐揚げです!」

 

 次第に運ばれてくる、注文した料理。四人は一度話を止め、黙々と料理を口に運び始めた。理由は至極単純、空腹であることもあるが……モタモタしているとすぐに無くなるのだ。

 ハンターは常に弱肉強食の中で生きている。食べる速度が遅い者は速いものに淘汰されるのが世の常である。

 

「あっ、最後の一つ!」

 

「ごめんね、唐揚げだけは譲れないんだ」

 

 そして、丸鶏の唐揚げを食べる速度だけはシルバが異常に速い。彼の大好物らしい。

 

「お待たせしました、焼きベルナス……って速っ!もう唐揚げ食べたんですか!?」

 

 次の料理を運びにやってきたウエイトレスすら驚くその食事速度。四人で戦争のように貪っていたのだ、無理はないだろう。

 

「そういえばお昼に来たあの人も食べるの早かったなぁ……」

 

 ふと呟くウエイトレス。彼女はこの酒場で働き始めて相当長い為、ユクモ村を拠点に活動しているハンターや商人の顔は大体覚えている。そんな彼女が「あの人」と呼ぶということは、今日の昼にこの酒場にユクモ村の外から誰か来た、ということだ。

 それについて気になったディンが自然に質問をする。

 

「あの人って?」

 

「あぁ、そっか。昨日の昼から狩りに出てましたもんね、皆さん。今日、旅芸人さんがユクモ村にやってきたんですよ」

 

「旅芸人?」

 

「はい。確かお名前は……パノンさん、だったかな?何日かはこの村に滞在するそうです。もしかしたら明日、会えるかもしれませんね」

 

 旅芸人。その名の通り、世界中を旅しては芸を見せ、その芸で金を稼いでまた旅をする者のことだ。世界中を旅する、ということはそれだけ様々なモンスターに出会う可能性が高い、ということもあり、ある意味ハンターより危険な仕事である。その為、旅芸人を生業とする者など殆どいないのだが。

 

「へえ、珍しいね。旅芸人か……」

 

 シルバが呟く。

 何かしらの大道芸や、舞台を観たことがある、という者はそう少なくない。特に大道芸は庶民でも楽しめるものであるし、シルバも観たことは数度ある。

 しかし、このユクモ村にはそういった芸事を観る、という機会が殆ど無いのだ。ヤマト、リーシャはそういったものを観たことが無かった。

 

 つまりどうなるか。

 

「面白そうだな」

 

「観たいですっ!」

 

「なあ、それってどんなだった!?」

 

 異常なまでに興味を示すのだ。珍しくヤマトの目すらキラキラと輝いている。ディンも観たことが無かったのか、二人と同じような反応を示した。

 

「えーっと……なんというか、凄かったですよ?明日はここで色々見せてくれるそうですので、良かったらいらしたらどうですか?飲み物安くしますよ」

 

「勿論行きますっ!」

 

「俺も行くぞ」

 

「シルバ、お前も来るよな!」

 

「あはは……まぁ面白そうだし」

 

 観たことがあるからと言って、観に行きたくない訳ではない。こうして明日の予定は噂の旅芸人、パノンを観に行くことが決定した。

 

 旅芸人パノンの話に気を取られていた三人は、しれっと焼きベルナスをシルバに食べられていた事に気付くまでに更に数秒を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日。ユクモ村ハンター集会所に向かう前。

 

 ヤマトは少しだけ寄り道をしていた。

 向かった先は居住区、リタの家である。

 

「リター!居るかー?」

 

 リタの家に寄った理由は至極単純。旅芸人パノンを一緒に観に行く為である。

 普段、ヤマトが家の前からリタを呼ぶと、リタは二階の窓からひょこりと顔を覗かせるのだが……今日は顔を覗かせなかった。

 はて?と首を傾げるヤマト。出掛けているのだろうか?はたまた畑の方にでも行っているのか?もしくは奥の道場で稽古をしているのか?

 思考を巡らせていると正面の扉がガラリ、と音を立てて開いた。そこにいたのはリタの母であり、ヤマトの格闘術の師匠……ハルコだ。

 

「あらぁ、ヤマト!久しぶり、元気してた?あ、リタ?ちょっと待っててね、道場から呼んでくるわ」

 

 リタと同じ、赤い髪の毛はかなり短めに整えられており、とてもではないが年頃の娘がいる母の年齢には見えない若さ。それであってこの忙しないマシンガントーク。昔から一つも変わらないハルコに対し、ヤマトは挨拶をする隙も無かった。

 昔からヤマトとリタはこの家の奥の道場で格闘術をハルコに仕込まれ育ってきた。若そうな見た目に矢継ぎ早に飛んでくる話の嵐に、彼女はとても快活で優しそうなイメージを持たれがちなのだが、彼女の格闘術の腕前は異常だった。過去何度もヤマトとリタは二人がかりでハルコにかかり稽古を仕掛けたが、一度たりとも攻撃を当てたことがない。そんな時でも、ハルコは笑顔で全ての攻撃を捌き切るのだ。

 

「ごめん、ヤマト!どうしたの?珍しいね」

 

 今なら一撃位は入れられるのだろうか、と考えていた所にリタがやってきた。先程まで稽古をしていた事が良くわかる、動きやすそうなシャツにズボン。額にはうっすらと汗が浮かんでおり、その汗を拭くためだろうか、綺麗なタオルを首から掛けていた。

 

「まだ稽古、続けてるんだな」

 

「え?……えへへ、いつかお母さんに一発位は入れたいからね」

 

「同感だ」

 

 同じことを考えていたらしい。二人で目を見合わせて、クスリと笑った。

 

「で、どうしたの?」

 

「ああ、昨日からユクモ村に旅芸人がやってきたって聞いてな。今日集会所で芸をやるらしいんだが、一緒に見に行かないか?」

 

「行くっ!」

 

 ヤマトの誘いに目を輝かせて応えたリタ。飛ぶように自分の部屋へと向かい、用意を始める。それと入れ替わるかのようにハルコが再度顔を出した。

 

「あら、出掛けるの?旅芸人なんて面白そうじゃない!楽しんでおいで」

 

「良かったらハルコさんもどうですか?」

 

「私、今日は道場に居なきゃいけないのよねぇ。またの機会にするわ」

 

「お待たせっ!準備出来たよ!」

 

 凄まじい速度で準備を終わらせたリタ。リタもヤマト同様、旅芸人に限らずそういった芸事を観たことが無い。余程今からの出来事が魅力的に感じられるのだろう。

 魅力的なのは、旅芸人だけでは無いのだが。

 

「そしたら行ってらっしゃい!」

 

「うん、行ってくるね!」

 

 二人で集会所の方へ向かって歩き出す。すると、後ろからハルコの声が追いかけてきた。

 

「私に一撃入れたいなら、あと十年は修行しなさいな!」

 

 思わず肩を震わせた二人。その話をした時には、ハルコは近くに居なかった筈なのだが。

 

「……聞こえてたのかな?」

 

「嘘だろ?」

 

「私さ、たまに思うんだよね。お母さん、人間やめてる気がするの」

 

「……ノーコメントだ」

 

「リタァ!聞こえてるよっ!!」

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 

「……成程、確かにやめてるな」

 

「ヤマトも久々に稽古つけてやろうかしら!?」

 

「すみませんっ!!」

 

 ヤマトとリタがハルコを超えられるには、まだまだ時間が必要らしい。






一応この作品の中で最強のキャラクターはハルコです。

ハルコです。(大事なことなので二回言いました)


感想、評価等、宜しくお願いします。


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謂わば魔法、種明かしは阿呆



旅芸人パノンの名前は某国民的ロールプレイングゲームのリスペクトです。やったことある方なら一瞬でピンと来たと思います。

本編をどうぞ。


 

 

「お、いたいた!おいヤマトこっちだこっち!」

 

 ユクモ村集会浴場。旅芸人パノンが芸を見せる、ということで普段は狩人しか集まらない集会浴場に、今日は村中から様々な人が集まって来ていた。中に入った瞬間に人の海を見て呆然としていたヤマトとリタを、その人の海の中からディンが声をかける。

 

「ハンター達は基本的にいつもの所で観てるぜ!リタ位なら小さいし大丈夫だ、二人共こっち来いよ!」

 

「いやどうやって行けばいいのか解らん!まずディン、お前の顔が見えてない!」

 

「え、マジで?ここだよここ、おーい!」

 

 突如、人の海の奥からヒラヒラと振られる手が見える。かなり人混みの中の前方にいるらしい。ヤマト一人なら人混みを掻き分けてそこまで行くことは不可能ではないだろうが……。リタも一緒に、となると少し厳しいのかもしれない。

 ヤマトはちらりと隣のリタを見た。同い年の彼女だが、背はそこまで高くなく、体型もすらりとしている。ヤマトは一つの考えに落ち着いた。

 

「ディン!聞こえてるか?」

 

「おー、聞こえてるぜ!どうしたー?」

 

「今からそっちにリタ投げるから受け止めてくれ」

 

「え!?待って私きいてないんだけど!?」

 

「よしきた!ばっちり受け止めてやる」

 

「ちょっとまってちょっとまってってうわぁっ!?」

 

 投げられる本人の許可等知ったことではなく、脳筋のハンター二人で会話が進む。そしていつの間にかリタはヤマトに抱えられ、足が地面から離れていた。想い人に抱かれている、と言えば聞こえはいいが、今からその想い人にぶん投げられると考えればロマンもへったくれも無いものである。

 

「ヤマト!?考え直そ、怖いから!まじで考え直そ!?」

 

「安心しろ、ディンなら受け止めてくれる」

 

「いやそういう事じゃないから!バカ!バカ……ちょっとまって本気!?」

 

 お姫様抱っこの形でリタを抱き直し、振り子のように勢いを付け始めるヤマト。リタはせめてもの抵抗に足をバタバタさせるが、それ程度では無駄な抵抗であることは火を見るより明らかだ。せめて向こう側の良心的な人が止めてくれたら……等と淡い期待を抱くが、唯一の良心になりそうなシルバの「まあ、ヤマト君なら届くでしょ」という呟きが聞こえ、泣きたい気持ちに駆られる。

 

「いくぞ、いち、にの……さんっ!!」

 

「いやぁぁぁぁっ!?」

 

 凄まじい勢いで人の頭の上を飛ばされるリタ。小柄とは言えこれ程の勢いで人を投げることが出来るヤマトの筋力にも驚きだが、そんなことを考えていられる神経はリタには残されていない。

 ふと下を見ると、いつも通りモンスターの皮や鱗を使った防具に身を包むハンター達がリタを見上げているのが見えた。漏れなく全員、愉快そうな表情で。

 少しばかり、リタがハンターという人種が嫌いになった瞬間である。

 

「ディン君お願いだから受け止めてぇぇぇ!!!」

 

 地面が近付いてくる。綺麗な放物線を描いたリタはそのまま……綺麗にディンの両腕の中に収まった。ディンは腰と膝をうまく使い、落下の衝撃をうまく地面に逃がす。

 

「ナイスキャッチ」

 

「流石ですよディンさん!」

 

 半泣きになっているリタを余所に、うまく受け止めたディンを褒めるシルバとリーシャ。そもそも人がぶん投げられること自体、ハンターの常識なのだろうか。一人だけ叫び散らしていたリタがおかしくなりそうである。

 ディンがリタを下ろした時と同じくして、ヤマトも人混みを掻き分けてハンター達の集まり場に到着した。リタを投げた彼も平然とした顔をしている。やはりハンターの常識は一般人には解らない。

 

「一瞬天井にぶつけたかと思ったぜ」

 

「うん、かなり高く飛んでたよ」

 

「俺じゃなかったら受け止めてないぜ?あれ」

 

「そもそも私なら投げられなくても飛び越えられますけどね!」

 

「アンタ達と一緒にしないで!!」

 

 やはりハンターの常識は一般人には解らない。

 

「まあいいじゃんか、特等席だぜ?」

 

「少なくともヤマトは絶対に許さないからね」

 

 お姫様抱っこをされたのに胸が一つもときめかない事等、普通あってはならない。そんなあってはならないことを現実にしたヤマトの罪は重かった。

 しかしながら、確かにハンター達が座っている席は特等席だった。机や椅子をどかして出来た特設スペースを正面から見ることが出来る。なんでも、そのスペースを作るのにハンター達が手伝いをしたらしく、駄賃代わりにマスターがこの特等席を用意したらしい。

 

 何も手伝っていない、ましてやハンターですらないリタがここに居ていいのか、と他の人やハンターに申し訳ない気持ちになったが、他のハンターにその旨を伝えると、

 

「何言ってんだ、嬢ちゃんがあのナルガクルガと戦ったって話は聞いたぜ?流石ヤマトの嫁だ、めちゃくちゃすげえじゃねえか!!」

 

 と言われ、何故その話が広まっているのか、そして嫁と言われたことへの恥ずかしさで頭がパンクし、ハンター達の特等席で見ることに決めた。

 

「てか、いつ始まるんだよ?」

 

「さあな、さっきマスターがもうすぐ!とは言ってたが……」

 

 集会所はいつもの様に騒がしいが、ただの馬鹿騒ぎ、というよりは何か期待している、ガヤガヤというよりはザワザワ、といった具合の騒がしさだ。いつもの様でいつも通りでは無い、少し不思議な感覚にヤマトも旅芸人に期待を寄せ始める。

 

 すると、酒場の灯りが少し、暗くなった。その小さな変化に集まった人々は目ざとく気付き、ザワザワとした騒ぎが消え、静まり返る。舞い踊る嵐の、前兆のように酒場は静まり返った。

 

 すると。

 

「……え?そんなに静かになります!?逆にこれ、やりづらいなぁ……皆さん、もっと騒いでいいんですよー!?」

 

 普段、ハンター達が竜車に乗り込む為に使用する、集会所から外に出る扉が開かれ、夜鳥の羽を使った宵闇の衣装に身を包んだ青年がずっこけながら入ってきた。

 彼こそが、世界を旅する芸人、パノンである。

 

 あれ程騒がしく期待していたのに、余りにも締まらない登場の仕方に戸惑った観客は、笑っていいのか笑ってはいけないのか、とても微妙な空気となる。

 

「あー……これはいけないなぁ……つかみは最悪だよ……よし。どうも!旅芸人のパノンと申します。まずは挨拶代わりにこんなものを……」

 

 頭を掻きながらも、優雅なお辞儀をしたパノンは特設スペースへと移動し、端に添えられた机の上に置かれている酒瓶を手に取り、それを宙へと放り投げる。それをもう片方の手で受け止めると共に、空いた手でもう一つ酒瓶を手に取る。そして放り投げる。そして今度は酒瓶が宙を舞っている間に三つ目の酒瓶を手に取り……放り投げる。そしてその三つの酒瓶を投げては受け止め、投げては受け止める。その酒瓶を受け止め損ね、酒瓶を割って中身をぶちまけることは無い。

 

 唐突に始まった芸。一見ただ酒瓶を投げているだけだが、一度も落とさずにキャッチし続けるには相応の集中力と技術がいる。微妙だった空気は次第に暖まり、観客達はいつの間にか拍手や喝采を送り始めていた。

 

「ほっ、よっ……良かった……いい感じになってきましたね、ではこんなのは如何でしょう!?」

 

 そう言うとパノンは一つの酒瓶を高々と放り投げ、片足をあげる。両手には一つずつ酒瓶を持っている為、また酒瓶を投げなければ酒瓶は地に落ちてしまうだろう。しかし、パノンは酒瓶を投げない。

 やがて……酒瓶は重力に従い落下していく。そしてその先は……

 

「ほいっと」

 

 その先は、上げられた足の先だった。足で器用に酒瓶を受け止め、更には足で再度酒瓶を放り投げたではないか。そしてその足で投げられた酒瓶は……最初に酒瓶が置かれていた机の上に元の形で戻ってしまった。

 

「すっげえ!!」

 

「うわ、かっこいい」

 

「かっこいいですっ!」

 

 正に曲芸。そのまま酒瓶を全て机に置き、一つの酒瓶を開ける。

 

「これ、意外と難しいんですよ、あー疲れた、ちょっとお酒でも飲んで休憩…………あ、これ中身水じゃん」

 

 ラベルを見る限りかなり強い酒をがぶがぶと飲むパノンの姿を見て驚きや歓喜の声を上げた客を嘲笑うかのような、中身は水だった発言。会場を軽い笑いが包み、パノンはもう一度その瓶の中身を口に含む。するとパノンは急に顔を顰め、もがき始めた。

 

「んあ?」

 

「え、どうしたの?」

 

「なんかやばそうじゃね?」

 

 もがき始めたパノンはポケットから爆薬を取り出す。それを見て観客達は大きくどよめいた。

 そして爆薬を放り投げ……パァン、という小さな爆発が起きる。それと同時に口に含んでいた水を吹き出すパノン。

 

 しかしそこで吹き出されたものは水ではなく……まるで火竜リオレウスのような、煌々と輝く炎だった。

 爆薬の小さな爆発と共に、天に向かって炎を吐き出したパノンの姿は可笑しくも美しく……苦しんでいたことも演技だと解った観客は再度喝采を送る。

 

「ゲホッ!ゲホゲホッ……水じゃなくて火竜に変身する魔法の薬だったみたいですね。そういえば火竜リオレウスと言えば飛竜種に属しておりまして、何故飛竜種と言うかと言えばそりゃもちろん空を飛ぶからなんですよ、ちょうど……こんな風に」

 

 そう言って指をパチンと鳴らせば、パノンの宵闇の衣装の隙間から綺麗な蝶が数匹、ひらひらとステージ上を飛び回る。その美しさに観客は見惚れ、うっとりとした声をあげる。

 やがて一匹の蝶がステージ上を離れ、狩人達の特等席に近づき……リーシャの指の上に止まった。

 

「わぁ、可愛い……」

 

「おや?その蝶は麗しい狩人さんを止まり木に選んだみたいですね、丁度いい。狩人さん、お手をお借りしても宜しいですか?」

 

 パノンはそんな蝶とリーシャに近づき、まるで騎士が姫に服従を誓うかのように跪き、蝶が止まっているリーシャの手を取る。蝶はそれでも、リーシャから離れようとしなかった。

 

「え?私ですか!?」

 

「いいんじゃない?こんなのなかなか出来ない体験だよ」

 

 隣で観ていたシルバが微笑む。ディンやリタは少し羨ましそうな表情すらしている。

 

「え、やりますやります!面白そう!」

 

「ありがとう、麗しい狩人さん。ではまず感謝の印にこれを」

 

 そう言うとパノンは何も無い所から花を取り出し、リーシャに渡す。彼はまるで魔法を使っているかのように無から有を生み出している。勿論、全て仕掛けはあるのだろうが。

 

「さて、では皆さん。この麗しい狩人さんと共に本日の目玉をお見せしましょう!見逃さないように瞬きはしないで、出来れば心の眼も開いてご覧下さい」

 

 素敵な魔法は、まだ終わらない。

 

 そう言ってパノンが取り出したのは、小さなナイフと、大小様々なボール。

 






大道芸やマジック、観ている分にはすっごく楽しいですが、裏の努力や苦悩を考えると一気に魔法の世界から現実に引き戻されますね……

感想、評価等、宜しくお願いします。


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孤独な天才、少女には冤罪


誰かマジで私にPS4買ってくれないかな、ワールドやりたくて仕方ないんだけど

それでは本編をどうぞ。

 


 

 

「すげえなリーシャ……どうやったんだ?」

 

「やっぱあいつ感覚おかしいわ」

 

 集会所に造られた特設ステージの上で、たった今全てのパフォーマンスを終えたパノンと、最後のパフォーマンスの手伝いをすることとなったリーシャ。二人は、割れんばかりの拍手喝采を浴びていた。

 パノンは跪いてリーシャの手を取り、まるで貴族のように客席へと先導する。

 

「君、すごいね……後で少しお話させていただいても?」

 

「へ?あ、はい!喜んで!」

 

「ありがとう。友人の皆様も是非」

 

 狩人達の特等席にリーシャを帰し、大仰なお辞儀をした後、迅竜のように素早くトリッキーな動きでステージへ戻り、赤甲獣よりも体を回転させながらステージの中央に君臨したパノン。動きは洗練されており、舞のようにも感じられた。

 

「さて、皆様。本日は私の芸を観て頂きありがとうございました!……もう少し、このユクモ村には留まります、また、皆様のお目にかかれたなら……それは幸せなことでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない、お待たせしたかな」

 

 先程、「後でお話する」ことを約束したリーシャと、その友人達であるヤマト達。特設ステージを片付けるのを手伝い、パノンが出てくるのを待っていたのだが。

 

「……お前、誰?」

 

 声をかけてきた相手は、ヤマト達が「見たこともない」顔をしていた。全員が「パノンがやっと来た」、と信じたのだが、先程まで舞台上でパフォーマンスを披露していたパノンとは別人にしか見えない。有り体に言えば、顔が薄かった。

 

「さっきまでそこで色々やってただろう?パノンだよ」

 

「「「え?」」」

 

 どう見ても別人にしか見えない。素っ頓狂であまりにも失礼な声をヤマト、ディン、リタの三人があげてしまうほどには驚いた。

 

「……成程、化粧ですか」

 

 シルバも一瞬、目が点になるほど驚いてはいたが、すぐにそんなに顔が変わっている理由を察した。

 舞台化粧というものは、普通の化粧よりも顔を濃く見せようと作られる。人の前に立ち、何か芸をする、というのは謂わば自己顕示の象徴である。その際、自らの顔を強く印象付けたいが為に、舞台化粧は濃く作られてきたのだ。

 

「え、化粧ってそんなに顔変わるもんなの?私もやってみたい」

 

「やらなくていい」

 

 リタの無邪気な興味と、何かを感じ取ったのかすぐさま止めるヤマト。しかし、リタが興味を抱くのもおかしくないほどに、パノンの化粧は凄まじいレベルで顔を変えていた。

 

「化粧っていうのは仮面を作るようなものだからね……凄いでしょう?あれ、僕が自分で化粧したんだよ」

 

 自慢げに言うパノン。確かに、旅芸人という仕事上、化粧や荷物の運搬等、雑用から何から何まで全てを一人でやっているのだろう。

 ヤマトはなんとなく、魔法の裏側を見た気がした。

 

「さて……皆、今日は僕のパフォーマンスを観に来てくれてありがとう。改めてお礼を言うよ」

 

 改めてお辞儀と共に礼を言うパノン。そのお辞儀をする姿は確かに先程まで輝かしい衣装に身を包んでいた旅芸人そのものだった。そしてそのまま椅子にゆったりと座る。

 

「君達とお話がしたかった理由は他でもない……君達、ハンターだろう?この辺りのモンスターの話を聞かせてくれないか」

 

 パノンは至って真剣な表情で聞いていた。

 何故、そんなことを聞きたいのかはヤマト達には解らない。が、確かにその事を聞くならハンター達に聞くことが最も手早いだろう。

 

「……一応、理由を聞かせてもらっても?」

 

 シルバの表情も真剣になっていた。

 その質問の意図が読めないからだ。旅芸人がこの辺りのモンスターのことを聞いて何になるのか、全く意味がわからない。場合によっては……犯罪に関わるかもしれないのだ。

 

「ハハッ、やっぱりどこのハンターも同じ反応をするんだね。ギルドナイト……だったかな?それがとても怖いと見える……僕も怖いけど」

 

「答えてください」

 

「大丈夫だよ、そんな物騒な理由がある訳じゃないから。……旅芸人って、どうして旅芸人と呼ばれているか、解るかい?」

 

 声色に真剣味が増すシルバと、逆にまるで舞台上でこれから見せる芸の説明をしているかのようなパノン。

 

「どうしてって……旅をするから、じゃないんですか?」

 

 リーシャが不思議そうな表情で答える。

 

「そう、「旅」をするから「旅芸人」。僕も世界中を巡っているんだけどね、何度も死にかけた。見たこともないモンスターに追いかけ回されたり、道に迷って飢えてしまったり、足を踏み外して奈落に落ちそうになったり……恐ろしいでしょう?でも、商人のように護衛のハンターも付けづらい。何故って?きな臭いでしょ?」

 

 次々と声色を変えて、まるで物語を朗読しているかのように語るパノン。その臨場感は、狩人達を本当に未知のモンスターに襲われている、空腹が耐えられなくなるような感覚に陥らせた。

 

「この世界で「旅をする」っていうのはそれだけで命懸けなのさ。だからこの村を出るまでにこの辺りのモンスターのことを知っておきたい。……というか、実際この村に辿り着く前にも知らないモンスターに襲われたんだけどね」

 

「……理には、かなってますね」

 

 パノンの「理由」は驚く程に普遍的で、理にかなっていた。しかし、だからこそシルバは何か勘ぐってしまう。そう、彼の言葉を借りるのであれば、パノンは「きな臭い」のだ。

 情報を渡していいのだろうか。シルバは思考を巡らせる。情報が欲しい理由が先程語られた内容なら、寧ろ丁寧に教えてもいい位だ。だが、もし先程語られた内容が理由でないのであれば、簡単に教えるわけにはいかない。密猟等で生態系を乱されでもしたら、ユクモ村が破滅する可能性だってあるのだから。

 

 どうする?もう少し、探りを入れた方が……シルバがそう考えた時。

 

「いいですよ、私達の知ってる限りでいいなら!」

 

 リーシャがそう言ってしまった。

 

「ちょ……リーシャちゃん!?」

 

「お前……」

 

 ヤマトもディンも、「シルバが考えているなら自分達は何も言わない方がいい」と考えて黙っていたのだが、リーシャは何食わぬ顔で平然と交渉を成立させてしまった。これにはヤマトもディンもシルバも驚きの表情と苦い顔を混ぜたような顔をせざるを得ない。リタはそもそもハンターではない為、何故ここで駆け引きのようなものが行われているのかがそもそも理解出来ていない。

 

「大丈夫ですよ、シルバさん。この人「本当の事しか」言ってないですもん」

 

 そう言うリーシャの表情は満面の笑みだ。

 恐らく理由を聞いても帰ってくる答えは「なんとなく、です」だろう。しかし、彼女は天才だからだろうか、そういった勘は恐ろしく当たる。

 

「ただ、本当の事を「全て」言ってない……ですよね?そこまで言って欲しいなー、って私は思うんですけど」

 

「……ちなみに、そう思う理由は?」

 

「なんとなく、です」

 

「…………」

 

 パノンの雰囲気が変わる。先程まで舞台の上でパフォーマンスをしていた時と同じ、輝かしいオーラに満ち溢れていた。

 

「流石だね!君は一目見た時から何か感じていたが……確かに僕は「本当の事しか」言っていない。だけどそれが理由の全てではないよ。……なに、物騒な理由では無いんだがね」

 

 そう言うとパノンは思い切り口から息を吐いた。

 

「これ、覚えているかな?こうやってさっきは炎を吐いてみせたよね。まるで火竜リオレウスのように……。仕掛けは教えられないが、僕はこうやって色々なモンスターの特技や動きから芸を考えるのが好きなんだ。迅竜ナルガクルガのように素早く舞台を飛び回りたい、彩鳥クルペッコのように声マネが出来たらな、じゃああのフルフルのような特徴的な声はどうすれば出せるだろう?……面白いでしょう?少なくとも「僕は」面白い。まあ、そのせいで何度も死にかけたけどね。それでも色々と面白い芸を自分のモノに出来たさ……魔法のタネ明かしをしているみたいで、この理由を話すのは好きじゃないけどね、兎の天才少女ちゃんに免じて話してあげるよ」

 

 ハンターのように、戦う力は持っていない。

 だから、モンスターと出会い、襲われたなら、本当に命があるか解らない。

 それでも、「面白い」と感じるその精神。

 

 旅芸人パノンは嬉しそうに、恥ずかしそうに、そして楽しませるようにそう語ったが。

 

 死を隣に感じたとしても、自らの芸の新たな可能性に興奮する彼は紛れもなく「異常」だった。

 

「とんだ魔法のタネ明かしだよ……狂ってる」

 

「旅芸人って、そこまでするの……?」

 

「……まあ、天才の考えというものは、得てして他人に理解はされないものなのさ。だから、孤独になる。そして新たな可能性を求め、「孤独」は「唯一」になる……この辺りのモンスターの情報、頂けるかな?」

 

 ヤマト達は、あの魔法にかけられた世界を作る為に、パノンが血の滲むような努力をしてきたであろう、と考えていた。

 しかし実際はどうだっただろうか。血どころか、狂気が滲んでいたではないか。

 だが、理由が「そこ」にあるなら情報を渡すことは何ら問題は無い。その点に関して言えば、良かったのかもしれない。

 

 それでも、ヤマト、ディン、シルバの三人は彼に情報を渡す気にはなれなかった。

 

 しかし、リーシャは笑顔で情報を渡そうとする。

 やはり、彼女も「天才」であり、狂っているのだろうか。

 

「いいですよ、この辺りの……渓流に出るモンスターの情報。私達が知っている限りでいいなら教えます!……あ、そうだ」

 

 そこでリーシャが何か思い出したかのように呟いた。

 

「天才は「孤独」って言ってたけど、それ、間違ってますよ?ヤマト君も、ディン君も。シルバさんだって皆「天才」ですけど、皆「孤独」じゃないです。勿論、私も孤独じゃないですよ!」

 

 パノンは面食らったようにリーシャを見る。

 

 天才とはなんだろうか。

 

 パノンは紛れも無い、芸の天才である。様々なモンスターの特技を、人間の知恵と自らの努力や工夫で再現出来る旅芸人は彼くらいしかいない。

 そのパノンから見た、素直な感想を述べるとするなら。

 

 本当の天才と言えるのはリーシャだけだろう。

 

 では、彼女は「孤独」だろうか?

 

 否……そうは見えない。

 

 羨ましい?……解らない。

 

「そうだね……失礼、撤回するよ」

 

「ですよ!……あ、今度お姉ちゃんにも芸、見せてあげてください!寝たきりだから今日、来れてないんです」

 

「……天才少女に免じて、特別に行ってあげるよ」

 

「やったっ!!」

 

 二人の天才は、瞳の奥に鏡を見ている。

 

 少なくとも、パノンはそんな気がしていた。

 






前回の最後にリーシャを呼んでパノンがどんな芸をしたのか。
それは皆さんの想像にお任せしましょう。古今東西、様々な大道芸、手品。皆さんのお気に入りの芸を、二人にやってもらいましょう。

……え?大道芸なんか観たことない?それは勿体無いですねぇ……日常の傍に非日常がやって来ますよ( ̄▽ ̄)


感想、評価等、宜しくお願いします。


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独りぼっちじゃない

 ヤマト達が旅芸人パノンの芸を見た次の日。

 ヤマトは温泉に浸かって疲れを癒していた。特に仕事に行く予定も無かった為、早朝の稽古を済ませてからその汗を流しに来たのだ。

 

 一人、温泉に浸かりながら考える。

 

 昨日の、パノンの天才論。天才とは孤独である、という彼の持論。

 恐らく、彼と同じ事を彼以外の旅芸人がやろうとしても、モンスターに喰われて死ぬのがオチだろう。そう考えれば、確かに彼は孤独なのかもしれない。

 

 ヤマトは身近にいる「天才」を思い浮かべる。

 ……彼女は果たして、孤独なのだろうか?

 天空剣と呼ばれる女性ハンター、アマネもまた孤独なのだろうか?いや、彼女にはロックスという彼氏がいる。まあ、ロックスも往々にして天才なのだが。

 そもそも天才とはどのような存在を指すのだろうか?

 

「あれ?ヤマト君」

 

 ふと、声を掛けられた。

 

「……シルバ。奇遇だな」

 

「そうだね。……少し、お邪魔しても?」

 

 声の主はシルバだった。ヤマトは問に対して頷きで返し、シルバが隣に座る。ちゃぷん、と湯が揺れ、ヤマトの肩を温かく揺らした。

 

「今日はパノンさん、何処で芸をしているんだろうね」

 

「村の何処かであることは間違いないんだろうが……ちょっと俺は今日は会いたくねえな」

 

「僕もかな。凄い人だけど……不気味だよ」

 

 結局あの後、リーシャがパノンにユクモ村近辺で見かけるモンスター達の情報を渡した。ガーグァ、ファンゴ、アオアシラ、クルペッコ、ドスジャギィ、リオレイア、ナルガクルガ……パノンはそんな様々な自然の強者達の情報を聞いては目を輝かせていた。「会ってみたいなぁ、面白い芸のネタになりそうだ」、と。

 その瞳は恐ろしい程に無邪気だった。もし本当に出会ってしまったなら、死ぬ可能性だってあるのに。

 

「なんか、あいつ……自分が芸を磨く為なら命すら投げそうだよな」

 

「実際、今まで何度も投げてるだろうね……昨日の話聞いてるとどうしてまだ生きてるのか不思議なくらいだよ」

 

 シルバはいつか、初めてホロロホルルと遭遇した時のことを思い出す。ハンターであるシルバですら、見たこともないモンスターと遭遇してしまったあの時、何も考えずに全力で走った。ただただ逃げた。「戦う」という意識も、「観察する」という意識もありはしなかった。しかし、それが「普通」なのだ。命の危機を感じた時、人はただ生きようとする。それが普通なのだ。

 

「リーシャちゃんも、似たような節はあるけどね」

 

「言われてみればそうだな……」

 

 ヤマト、ディン、リーシャ、シルバの四人で狩猟をする場合、リーシャは常に最前線でハンマーを振るう。相手となるモンスターが怒り狂っていようが、疲れていようが、常に一番前で攻撃を掻い潜っては奇妙な掛け声と共に勢い良く殴りつけるのだ。

 ヤマトも基本的には最前線で猛攻をいなしつつ的確に攻撃を当てる役なのだが、それでもモンスターが怒り狂っている時は一度回避に徹したりと動く。リーシャはそれをしないのだ。なのに、狩猟が終わってしまえば一番怪我が少ないのはリーシャだったりする。

 

「……天才は孤独、か。凡人が天才と同じことをしようとすると、きっとダメになっちゃうんだろうね。身体か、心が」

 

「まあ、アマネとかリーシャみたいな狩猟出来る奴は確かにそういないだろうな」

 

 君もだけどね、と言いたくなったシルバだが、その言葉を飲み込んだ。そう言ってしまうと、自分の凡才さを際立たせてしまう気がして。

 

「先にあがるぜ」

 

「ん。またね、ヤマト君」

 

 ヤマトは湯船から立ち上がり、肩をぐるりと回してから暖簾の方へと向かった。その背中にひらひらと手を振って見送るシルバ。その背中は大きく、綺麗な筋肉がしっかりと付いていた。

 

「……天才、か」

 

 あの時、リーシャは「シルバだって」天才だと言った。

 誰もが認める天才少女リーシャと、武術の心得を応用してナルガクルガと一人で互角に戦ったと言われるヤマト。そして誇り高き狩人になる為にどんな時でも味方を守るディン。三人の天才と共に狩りをしていれば嫌でもわかる。

 

 自分はああはなれない。

 

 天才が孤独なのではない。

 少数派が孤独なのだ。

 

 このパーティの中では、凡人の方が少数派だった。それだけの話だ。

 

 それでも、リーシャが自分のことを「天才」だと言ってくれたことは素直に嬉しくて。だけど何を思ってそう言ったのかが解らなくて。

 

「……ダメだなぁ」

 

 一人で悩んでしまう。

 独りになりたくないから、一人で悩むのだ。

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

「けほっ、けほっ」

 

 布団の上でか細い咳が繰り返される。

 リーシャの姉、エイシャによるものだ。

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

 

「だーいじょうぶだって。明日にはお父さんから薬も届くし」

 

 不安そうな表情でエイシャを見るリーシャ。そんな彼女を不安にさせないように、いつもと変わらない声色のエイシャ。

 彼女の薬は郵便屋によって両親から送られてくる。その薬さえ飲めば、咳は取り敢えず治まり楽になるのだ。明日届くことも解っているため、本当にエイシャの言う通り彼女は大丈夫なのだ。

 

「あ、そうだ!今ね、この村に旅芸人が来てるんだ」

 

「へぇ、それは面白そうだね。アンタは観に行ったのかい?」

 

「うん!その時にね、お姉ちゃんにも芸を見せてあげてほしいってお願いしたの!明日、きっと来てくれるって!」

 

「本当!?……ありがとね、リーシャ」

 

 エイシャはリーシャの瞳を見る。彼女はエイシャを悲しませまいと元気に振る舞い、そしてエイシャの為に危険な狩りへ赴き、命を懸けて戦うのだろう。

 妹が何処か遠い所に行ってしまうのではないか。

 何故かそう感じずにはいられない。

 

 そんな不安を、一瞬考えてしまったその瞬間。

 

「……うぉえっ」

 

「お姉ちゃんっ!?」

 

 エイシャの視界が反転した。いや、反転したように思えた。

 起こしていた上半身を支えられず、そのままフラリと倒れる。呼吸が上手くできない。咳が止まらない。

 

「ゲホッ、かっ……ゴホッ!」

 

「お姉ちゃん!落ち着いて!?落ち着いて息がしやすい姿勢を作って!楽な姿勢でもいいよ!」

 

 リーシャの声が遠い。本当に彼女は遠い所に行ってしまったのでは無いだろうか?

 朧気に聞こえる声に従うように、少しでも楽になれるように体を横向けに倒し、身体中の悪いもの全てを吐き出すかのように咳き込み続ける。経験上、こういう場合は咳を止めようとするより、出せるだけ咳を出しておいた方が楽になる。

 何か暖かいものが背中をさする。恐らくリーシャの手だろう。しばらく咳き込み続けると、ようやく呼吸がしやすくなり、咳も止まった。

 

「ぜぇ……ひゅー……」

 

「大丈夫、お姉ちゃん?」

 

「大丈夫大丈夫。……じゃないかもね。明日になったら薬来るし今日だけの我慢だよ」

 

 息を整えながら、無理に微笑むエイシャ。リーシャはそんな痛々しく弱々しい彼女を見て何とも言えない気持ちとなる。

 しかし、実際に今日我慢すれば、明日には薬が届く。そうなれば症状も和らぐことだろう。ある意味ではタイミングが良いとも考えられる。

 

 エイシャがまた、軽く咳き込む。そんな時。

 

「おい、エイシャ!大変だ、お前の親父からの荷物を載せた行商隊、明日に来れそうにない!!」

 

「え?」

 

「どうしてっ!?」

 

 家のドアをノックもせずに開けた男性は、村の交易等を取り仕切っている者だ。薬が両親から送られてくる際には、彼に予め連絡が入る。そして薬の到着予定日を前もって教えてくれるのだが。

 何故か、今回に限って行商隊がユクモ村に到着出来ない。それはつまり、エイシャが病の苦しみに耐える必要日が増えたということだ。彼女の病は重い。薬の無い生活が数日続けば、意識を保つことすら出来なくなるだろう。つまり、文字通り「死活問題」だ。

 

「どうして届かないんですか!?」

 

「厄介な事に……渓流近辺にジンオウガが居るらしい!そいつを何とかしない限り、薬が届かな━━おいリーシャ!?お前どこ行くんだ!?」

 

 リーシャは家を飛び出し、脇目も振らず走り出した。

 行先は決まっている。集会所だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「マネージャーさんっ!渓流の近くでジンオウガが出たって━━」

 

「んん?リーシャか。ちょうどその事で話そうとしてたところじゃよ」

 

 リーシャが鬼気迫る表情で集会所に到着した時には、集会所は普段より静まっており、ハンター達はマネージャーに注目していた。

 

「……渓流近辺で雷狼竜、ジンオウガが目撃された。そのせいで明日この村に到着する筈の行商隊が足止めを食らっているんだが……うぃ、このジンオウガは早急に対応するべきだと思ってる。誰か狩猟を頼みたいんだが……」

 

「私が行きますっ!」

 

 真っ先に手を挙げたのはリーシャだった。マネージャーもそんなリーシャをまじまじと見つめる。何かに取り憑かれたかのような、そんな表情。

 白兎少女ではない。白兎獣そのものが乗り移っているようにさえ思える。

 

「リーシャ。チミ一人では手に負えない相手だ……誰か付き添いはいないか?」

 

「じゃあ、僕が行きます」

 

 続いて手を挙げたのはパノンのような夜鳥の衣では無く、「鎧」としての夜鳥の衣に身を包んだ銀髪の青年。紛れもない、シルバだ。その表情は固く決心したような強さと、リーシャを安心させる優しさに満ちていた。

 

「シルバさん!」

 

「というか、いつものメンバーで行きます。ヤマト君と、ディン君は僕から話すよ。……マネージャー、それでいいですか?」

 

「んん……アマネもロックスも仕事で居ないし、チミ達四人なら問題はねえだろう。死ぬナよ……コノハ!正式にクエスト手続きしろぃ」

 

「ありがとうございます」

 

 シルバは頭を下げてから、リーシャの方へ歩いて来る。そして肩に手をポン、と置き、リオレイア戦の前にもよく見せていた、くしゃっとした笑顔を見せた。

 

「事情はよく知らないけど、安心して。君は「独り」じゃないから」

 

 天才とは孤独である。パノンのその一言は、何故かずっとシルバにのしかかっていた。だからこそ、リーシャを「独り」にしてはいけない。

 

 天才とは孤独である。何故か、その一言がリーシャによぎった。ジンオウガを早く倒さなくては、姉の命が危ない。リーシャが「独り」になってしまう。だから「一人」で戦うつもりだった。

 だが、「一人」じゃなくなった。「二人」になった。いや、恐らく「四人」だ。「一人」でも「独り」でもない。

 

「……ふぇ、うぇぇん」

 

 気が付けば、リーシャは泣いていた。

 白兎獣そのものが乗り移っているように思えた彼女が、ただの少女になった瞬間だった。シルバはそんなリーシャを見て、少し驚いたものの、無言で頭を撫でる。そして、ヤマトとディンを探しに向かった。どちらも恐らく今日は自宅にいるだろう。






頭を撫でるとかこいつイケメンか?


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狂気には凶器を

 ディンの家は集会所からかなり近い場所に位置している。その為、シルバとリーシャはまずは先にディンの家に向かい、ディンに経緯を話した。当然ながらディンはクエスト参加を二つ返事で了承した。

 

「安心しな、リーシャ。お前も俺と同じ、誇り高きハンターだ。きっと神様って奴がいるなら、姉ちゃんを護ってくれてる」

 

 そう言うディンの表情は明るく、誇り高き狩人はニヤリと笑って見せた。リーシャも無言で笑い、また出そうになる涙を引っ込める。

 普段はパーティのムードメーカーであるはずのリーシャが、涙まで浮かべている姿を見ることなど無かった。だからこそ、ディンが笑ってムードを作る。

 

「あとはヤマト君だね。多分、家だろうけど……」

 

「急ごうぜ」

 

 三人は居住区に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマトの家は居住区の割と奥に位置している為、居住区に入ってからもまだ少し距離がある。本人曰く「その方が家賃が安い」らしいが、このように急を要する場合はその安い家賃を恨みたくなるものだ。

 居住区に入り、ヤマトの家の方向を確認する。唯でさえ距離があるのに、道を間違えて更に時間を食いたくは無いのだが……

 

「シルバさん、ディンさん」

 

 リーシャがふと、二人を呼び止めた。

 

「どうした?」

 

「……ヤマトさん、あそこに居る可能性、ありません?」

 

 リーシャがそう言って指をさす。その先にあるのは……大きな道場。リタの家だ。今日は来客が居るのか、遠目に見ても窓や仕切りから慌ただしそうな雰囲気が見える。もしかしたら……ヤマトもそこに居るかもしれない。

 シルバは一瞬逡巡した。ここでリタの家に寄らずにヤマトの家に行き、ヤマトが居なかった場合は……大きな時間のロスとなる。今、リタの家に寄っていく程度ならさしたロスにはならない。寄っておいた方が確実だろう。

 

「有り得るね。……見ていこうか」

 

「よしきた!」

 

 真っ先に走り出すディン。

 

「リタァ!ヤマトいるかー!?」

 

「えらい原始的だね……」

 

 そして大型モンスターの咆哮もあわやという程の声で叫ぶディン。近所迷惑で怒られやしないか、とシルバは肝を冷やした。

 しかしその声が届いてか届かずか、ガラリと戸が開き、きょとんとした顔をしたリタがひょこりと顔を出す。

 

「あれ?ディン君。どうしたの?ヤマト?いるよ?」

 

 そして当然のようにヤマトが居る宣言をぶちかます。リーシャの勘は見事に当たった訳だ。

 

「呼んでこようか?」

 

「呼ばなくてもあれだけデカい声で叫ばれたら気付く」

 

 リタの背後から耳を抑えながら、ヤマトも顔を出す。何を当然のようにリタの家に上がり込んでいるのかは疑問に残るが、確かにヤマトはそこに居た。

 

「ヤマト君、話があるんだ」

 

 すぐにディンの後ろから着いてきたシルバが話を切り出す。その真剣な表情を見てヤマトも、リタも真剣な表情へと切り替わった。

 

「解った、聞かせてくれ」

 

 

 〜〜〜

 

 

「……成程。緊急クエストに、リーシャの姉の薬か」

 

「お姉ちゃんの」

 

 ヤマトとリタは話を聞くと同時にひどく悲しそうな表情をした。はるか昔に失った、姉のような存在だった彼女を思い出しているのだろう。

 

「勿論俺も参加させて貰う。……大丈夫、リーシャの姉ちゃんは死にやしないさ」

 

 そして覚悟を決めたような表情で頷くヤマト。リタもそんなヤマトに倣って表情に覚悟を表す。

 

「それにしてもジンオウガか……俺達も戦ったことのないモンスターだな」

 

「情報はあるけど、どうやって戦おうか……?」

 

 

 

「ジンオウガ?もしかして僕がこの村に来る前に襲われたモンスターのことかな?」

 

 

 

 突如、リタとヤマトの背後から声が聞こえた。聞き覚えのある声。更に言うなら、「昨日聞いた声」。

 舞台上で魔法のような奇術を見せ、舞台から降りた途端阿呆のような言葉を記述した旅芸人、パノンだ。何故か彼はリタの家に上がり込んでいた。

 

「え、パノンさんどうしてここに?」

 

「あー、今日の舞台がこの道場なんだよ。ほら、ここ広いから」

 

 パノンは化粧を半分程度終わらせた顔で笑う。まだ白粉程度しか塗っていないのだろうか、顔が白く少し不気味に感じた。

 ヤマトが朝、温泉で「今日は会いたくない」と言っていたことをシルバは思い出し、心の中で苦笑する。

 そんなシルバの苦笑を知ってか知らずか、パノンは一人で目を閉じて頷きながら語り始めた。

 

「あの碧色の体、何処からともなく聞こえてくる雷の音……いやぁ、怖かったけどあの雷のプロセスさえ解れば登場シーンがもっと盛り上がるかもなぁ……照明を切ってもらって、出てくる時にバチン、ドーン!みたいな……うん、絶対に面白い」

 

 そして一人でフフフ、と不気味に笑うパノン。目を閉じているながらも、その表情は狂気的な程に歓喜の表情に満ちていた。

 

「場所は渓流地帯かい?今すぐ行かなくては」

 

「はぁ!?お前何言ってんだ!?死ぬぞ!」

 

「君こそ何を言っているんだい?目の前に芸のネタがあるのに「死ぬかもしれない」からってそれを求めないのかい?」

 

 パノンの表情は笑顔のままだ。

 

「申し訳ありませんがジンオウガの狩猟が完了するまで渓流地帯へ足を踏み入れることが出来ません。……それが、僕達の仕事です」

 

「まだ被害が出ていないんだろう?そんな早々に動物の命を奪わなくたっていいだろう?そんな早々に……僕のインスピレーションを殺さなくたっていいだろう?」

 

 パノンの表情は笑顔のままだ。

 そして対照的にリーシャの表情が曇っていく。

 

「……おい旅芸人、お前さっきのシルバとリーシャの話聞いてたか?リーシャの姉ちゃんの命もかかってんだよ」

 

「神様の加護がお姉さんを護ってくれているんじゃ無かったの?」

 

「アンタねぇ!!頭おかしいんじゃないの!?」

 

 パノンの表情は笑顔のままだ。

 リタの叫び声を聞いてリタの母親、ハルコすら顔を覗かせる。

 

「アンタ達、揃いも揃って何してるのよ?」

 

「……悪い、ハルコさん。ちょっと今は関わらないでくれないか」

 

「あら、ヤマト。門下生の分際で私を仲間はずれにするなんて大した度胸じゃないの……私の耳がいいこと、忘れてない?話は全部聞こえてたわよ」

 

 少し自慢げに言うハルコ。じゃあ何故何しているの、と質問したのか。というかどんな耳をしていれば全ての会話を聞き取れるのか、と誰もが場違いな疑問を持った瞬間。

 

「こういう頭イってる天才は何言ってもダメよ……今回はパノンさん、アンタが間違ってる。だから……」

 

「え?僕が悪い━━がっ!?」

 

 突如、パノンが呻いた。

 初めて、パノンの笑顔が崩れた。

 代わりに、ハルコの顔に能面のような笑顔が貼り付いた。

 

「ちょっと黙ってなさい」

 

 シルバの耳元を、凄まじい暴風が通り抜ける。次の瞬間には、パノンが腹を抑えて膝を付いていた。

 

 その場にいる誰もが、今の状況を理解出来ていなかった。

 ハルコが文字通り「目にも留まらぬ速度」で拳を放ったのだ。

 

「……五分間はまともに喋れないわ。意識はあるけど。あとついでにおまけ」

 

 スパァン、という音が聞こえる。音が聞こえただけで、何が起こったかはやはり「目に見えなかった」。そしてやはり次の瞬間にはパノンがのたうち回っていた。

 

「ツボ付いたり関節に衝撃与えて三十分は手足を禄に使えなくしといたわ。意識が飛ばない程度に手加減はしてるから安心なさい。……さっさと行きなさい、ヤマト」

 

「……うす」

 

 ヤマトとリタは幼い頃からハルコのデタラメな強さを目にしていたからまだ耐性は付いていたが、シルバ、ディン、更にはリーシャまで目の前の光景が信じられなかった。迅竜より素早く、轟竜より激しく、夜鳥より静かで、古龍のように強い。

 

「……なあ、シルバ。俺、ヤマトの強さの根源を見た気がした」

 

「はは、奇遇だね……僕も」

 

 ディンとシルバは乾いた笑みしか浮かべることが出来なかった。

 

 

「……あの、パノンさん。明日……お姉ちゃんに芸、見せてあげてくださいね。きっと、きっと、パノンさんの魔法なら、お姉ちゃんも元気になってくれると思うんです」

 

 リーシャはまるで瀕死の羽虫のようにのたうち回っているパノンに声をかける。

 パノンは声を出せないながらも、手足が禄に動かせないながらも……必死に笑顔を作り、ガッツポーズを見せた。

 

 先程の狂った発言を聞いて、彼を信じられるとは思えない。

 本当に、素直に芸を見せてくれるかは解らない。

 

 しかし、リーシャにはなんとなく解っていた。

 

 彼が、次の日、エイシャに芸を見せてくれるであろうことを。

 何故か?と聞かれたら恐らくリーシャはこう言うだろう。

 

「多分、そんな気がするんです」

 

 何故なら、彼は心の底から「芸人」であるから。

 心の底から芸を求められる時こそ、最も歓びを感じる時である筈だから。

 芸を探求するのは、芸を求められるからこそ。

 

 彼が、芸の「天才」なのだから。






ハルコさんが強すぎやしないかって?
……ははっ

TOXのソニアさんみたいになってますね。元ネタはそこです。

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狼は奔る前に満月に吼える

 異国の地には、満月の夜に「狼男」なる者が現れ、暗闇に紛れて無垢なる女性を喰らう、というおとぎ話があるらしい。

 

 ヤマト達が狩猟へ向かう準備を整え、竜車に乗り込み渓流地帯に辿り着いた時には既に辺りは暗闇に包まれ、空には満月が浮かび上がっていた。「雷狼竜」と呼ばれるモンスターと相見える夜が満月とは、まるでおとぎ話ではないか。緊迫した空気の中、ディンはそんなことを考えていた。

 

「……だけど、うちの無垢な女の子は食わせねえぜ」

 

「何言ってんだお前」

 

 最前線で暴れ回るリーシャやヤマトの隙を、盾と砲撃で的確に潰すのがディンの役目だ。おとぎ話の世界なら、さしずめ彼は狼男から街人を守る「騎士」だろうか?……いや、「狩人」だろう。

 そんな頼もしい騎士か狩人か、ディンの盾に護られつつも悪魔を屠る槌を携えた少女……リーシャは鼻をひくつかせていた。彼女の鼻、というよりは「勘」はどの辺りにモンスターがいるのかをある程度突き止めたりもする。今もジンオウガが何処にいるのか、必死に場所を探っているのだ。

 

「どう?見つかりそう?」

 

「……なんとなく、の位置は掴めました。多分、エリア6か7にいると思います」

 

「よし、行こうか」

 

 シルバの号令で動き出す、暗闇の中の四人の狩人。

 空には満月、地には淡く輝く雷光虫達。

 ヤマト達はエリア2を経由して6へ向かうことに決めた。いつもの岩肌を静かに走り抜け、滝の流れるなだらかな河川地帯へ向かう。

 雷光虫達の数はエリア6に近づくにつれて増えているように感じた。ジンオウガは雷光虫と共生関係にある、ということは出発前に全員で確認している。つまり、ジンオウガに近付きつつある、という事だろう。目前に迫る激戦を予想し、四人の緊迫感は高まる。

 

 そしてエリア6に足を踏み入れた途端。

 辺りの雰囲気が変わった。

 

 その場にいる存在感、圧倒的な威圧感。

 碧色の鱗、鈍い金色に輝く角。その周りを飛び回る、淡い光。

 牙竜種という珍しい分類に属した、「無双の狩人」。

 

 雷狼竜、ジンオウガの姿が、そこにはあった。

 

 ジンオウガはまだこちらには気が付いていない。しかし気付かれるのも時間の問題だろう。狩人達は武器を構え……

 

「やぁぁぁぁぁあっ!!」

 

 リーシャが一人、先陣を切って飛び出した。

 

「あっ!?バカお前!」

 

「リーシャちゃん、作戦解ってる!?」

 

 リーシャの叫び声により、ジンオウガがこちらに気付く。しかしリーシャの突撃速度は予想以上に速く、ジンオウガが振り向いた所に丁度ハンマーを叩き込める位置にいた。

 

「……ッらァ!!」

 

 そしてそのまま全身を使ってハンマーを振り下ろす。完全に不意打ちとなった一撃はジンオウガの頭を捉え、そのままリーシャは地面に着地してもう一撃を加えようと得物を振りかぶる。

 しかし、無双の狩人と呼ばれる自然の強者がそれをそう簡単に許す筈が無い。先ほどの痛みに対する怒りも込めてか、全身を震わせながら前足を上げ、小柄な彼女を踏み潰そうとした。

 リーシャはすぐにその攻撃を躱す為に攻撃を中止し、転がるように踏みつけを掻い潜る。その隙にディンとヤマトが駆け出し、シルバは後ろ足に矢を放つ。

 

「リーシャちゃん!作戦通りに行くよっ!」

 

「大丈夫ですっ!!」

 

 その「大丈夫」の真意は一体何なのか。作戦を実行することに問題は無い、の意味か、実行せずとも倒せる、の意味か。前者であることを祈りながらシルバは次の弓を番える。

 作戦は至ってシンプルだ。盾を持つディンと、相手の動きさえ見切れば攻撃をいなせるヤマトがジンオウガの正面に立ち、攻撃を受け止める。リーシャがその隙を縫って打点を加え、シルバは雷光虫の集まりに気を配りつつサポートをする。それだけだが、堅実で的確と言える。何せ、四人全員がジンオウガと戦うのは初めてなのだ。

 

「ヤマト、取り敢えず下がってな!動きが見切れるまでは俺がメインで戦う!」

 

「ああ、頼む!」

 

 ヤマトとディンは作戦通り、ジンオウガを相手に正面から立ち向かう。ガンランスの銃口を角に向けて牽制しながら、ディンはヤマトを自らの身体と盾で雷狼竜の瞳から隠すように立ち塞がった。

 

「ぅあぁっ!!」

 

 そしてその脇からハンマーの一撃を再度叩き込むリーシャ。作戦は実行するつもりらしく、一撃を叩き込んだ後はすぐに後ろに引いた。シルバは内心少し安心しつつも視界の端に淡い光を確認しておくことを忘れない。

 ジンオウガの意識がリーシャに向かう直前にディンが引鉄を引き、首元を砲撃。ジンオウガはすぐに射程範囲外に逃げたハンマー使いより、目の前の男を屠るべくターゲットを絞る。

 

「ヴォァァア!!」

 

 そして唸りながら姿勢を低くして、まるで頭突きをするような最低限の動きでディンに突撃する。

 

「おらぁっ!」

 

 しかし、正面からの力勝負なら、ディンは盾を持っている為正々堂々真っ向勝負が出来る。必死に腰を落とし、足に全力を注いで踏ん張り、その突撃を受け止めた。

 そしてすぐさまディンは首を引っ込める。そこから飛び出してきたのは美しい太刀の刀身。背中越しに聞こえていた、ヤマトの踏み込む音。見ずともどうしたいかは既にわかっていた。

 突撃を受け止められた直後であるジンオウガは、突如現れた斬撃の追撃に反応できない。肩を刺した一撃に軽く呻き、体を捻ろうとした。

 

「下がるぞ!」

 

「頼む」

 

 ディンがしゃがんだままガンランスを引鉄を勢い良く引く。砲撃の衝撃を踏ん張らず、そのままジンオウガとは逆方向へ思い切り吹き飛ぶ。ジンオウガはその場で身体を大きく捻りながら飛び上がり、尻尾で辺りを薙ぎ払ったが、ディンはヤマト諸共吹き飛んだのでその範囲攻撃の範囲外へ逃れている。ヤマトもディンがそうやって無理矢理ジンオウガからの射程外へ逃がしてくれることを解っていたからこそ、ディンの後ろから太刀を伸ばしたのだ。

 

「助かった」

 

「任せとけってことだ!」

 

 これで四人は一度、ジンオウガから距離を大きく取ったことになる。幸先は悪くない。まだまだ戦闘は始まったばかりとは言え、ペースは掴んでいる。

 

 しかし、ジンオウガもただ酔狂で「無双の狩人」と呼ばれている訳では無いのだ。

 

「……っ!?皆、気を付けるんだ!」

 

 シルバが突如、声を張り上げる。そして弓を引き絞り、後ろ足に狙いをつけて勢い良く放った。

 雷光虫達が集まり始めている。帯電するつもりだ。

 

 ジンオウガは弓が刺さることを全く気にせず、雷光虫達を背中に集める。

 

「ウォォォォォン……!」

 

 まるで今から狩りを始める、と言わんばかりに満月に吠える雷狼竜。雷光虫達は活性化し、地上にもう一つの月が現れたのではないか、という程の輝きを放ち始めた。

 空気が物理的に変わる。肌を小さな針で刺すような痺れ。ジンオウガは今まで本気でもなんでも無かったのだろう。しかしだからこそ言える。「こいつを、本気にさせてはいけない」。

 

 いち早くその思考に辿り着き、そしていち早く行動に移したのはやはりリーシャだった。またもや脇から一気に接近し、力を溜め込んでいるようにも見えるジンオウガの前足に思い切りハンマーを振り下ろす。

 しかしそれでもジンオウガは帯電を止めようとはしなかった。そしてリーシャの方をチラリと見ると、殴られた前足をゆっくりとあげる。また、踏み潰そうとするつもりだ。

 

「遅いんですよ、ノロマー!」

 

 さっきと同じように転がって踏みつけを躱すリーシャ。しかし、先程とは何かが「違う」ことに気が付いた。

 

「痛った!?」

 

 確かに攻撃は躱した。だが、何故か全身を小さく鋭い痛みが襲う。

 帯電したジンオウガの前足が、地面を伝ってリーシャの全身に電気を浴びせたのだ。その痛みはさほどでも無いが、躱した筈の攻撃を受けてしまう、というものは意外と精神を揺さぶる。リーシャは一度距離を取り、ポーチから回復薬を取り出して雑に飲み干した。

 

「……おいディン。あの電撃も盾で防げるか?」

 

「やってみないとわからねえ。お前こそアレはいなせないんじゃねえのかよ?」

 

「……やってみないとわからん」

 

「つまり……俺達は全力で戦うってことだな!!」

 

 あくまでも作戦通りに。ディンが盾を構えながら再度突撃する。ジンオウガはリーシャに注意を向けているが、今回の作戦はほぼ常にディンとヤマトがターゲットになるようにしなくてはならない。

 

「ディン君!サポートするよ!」

 

「ありがてえ!」

 

 いつの間にかディンの少し後ろにいたシルバが矢を放つ。矢はジンオウガの腹に突き刺さり、リーシャからシルバへと視線を変えた。

 そしてその瞬間にガンランスを突き出す。シルバはディンの後ろにいる。ジンオウガがシルバを狩る為には、目の前の邪魔な狩人を狩らなくてはならない。槍の切っ先は前足に突き刺さり、ジンオウガはシルバからディンへと目標を変更した。

 

「ヴォォォォッ」

 

「うるるぅぁぁっ!!」

 

 ジンオウガの体当たりを、またもや盾で正面から受け止める。腕に響く衝撃とは別に痺れが伝わるが、我慢出来ないほどではない。帯電した攻撃も防ぐことは不可能では無い、という事がたった今立証された。

 ジンオウガは二度も体当たりを同じ人間に止められた事に腹を立てたのか、今度はジンオウガの方から距離を取る。ディンは焦らず、慌てて距離を詰めることはせずに盾を構えたままじりじりと前進した。

 そのディンの慎重な動きと共に、視界の端にまたもや雷光虫達が群がっているのを見てシルバが叫んだ。

 

「ディン君、一気に行ってくれ!また雷光虫が増えてる!」

 

「マジかよ!?っ、任せな!」

 

 ジンオウガが距離を取ったのは安全に帯電する為だったのだろう。ジンオウガの周りを無数の光が包み込み、背中の逆立った毛がバチバチと音を立て始める。ディンは思い切り駆け出し、ガンランスを確りと構えて喉元へ突きつけた。

 

「覚悟しろ、熱いのをぶちかましてやるぜ……!」

 

 先端から溢れ出る熱。隙こそ大きいものの飛竜のブレスに相当すると言われるガンランスの必殺技、竜撃砲。帯電する為に動きを止めている今こそチャンスだろう。

 

「うぉらぁぁっ!!」

 

「ヴォォォァァアォッッ!!」

 

 ディンが竜撃砲の引鉄を引く瞬間と、ジンオウガの帯電が終わり、一気に放電した瞬間はほぼ同時だった。

 放たれる飛竜のブレスと、放たれる牙竜の電撃。

 しかし、ブレスを放ったのは人間だ。軍配は当然ジンオウガに上がった。

 

「いっ……てぇぇぇっ!!?」

 

 全身を内側から爆発させられたのでは、というような痛みにのたうち回りたくなる。だがそれでもしっかりと足を踏みしめ、すぐに後ろに引いたのは単にディンの精神力の強さが為せるものだろう。そして竜撃砲もしっかりジンオウガに命中させた。まだ身体は痺れて思うように動けはしないが、以前のリオレイア戦のような再起不能状態にはなっていない。

 

「ヤマト、悪い!スイッチだ!」

 

「言われなくとも!」

 

 ディンが叫ぶ前からヤマトは踏み込み、太刀を構えて走り出していた。とにかくディンに気休めでもいいから回復薬を飲ませる時間を作る。

 ジンオウガの姿は先程より迫力を増していた。夥しい雷光虫が活性化し、ジンオウガにまとわりついている。その輝きがジンオウガを包み、逆立った毛を輝かせ、その巨体そのものが地上に堕ちた月のようにも見えた。

 

 超帯電状態。

 

 狩猟はまだ始まったばかりだ。






この話を推敲している時にとんでもない誤字を見つけました。
ディンが竜撃砲ではなく撃龍槍をぶちかましてました。お前何者だよ……。

感想、評価等、宜しくお願いします。


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月下雷鳴





 超帯電状態。

 

 大量の雷光虫がジンオウガの周りに集まり、活性化してジンオウガに大量の電気を送り、その電気でジンオウガも活性化している状態を指す。

 共生とも言えるこの関係。電気信号により筋肉が活性化しているジンオウガの運動能力は凄まじく、また脳神経等にも電気信号が送られているのか、疲れを感じずに激しく暴れ続けることが出来る。

 その運動能力は……巨体にも関わらず、ヤマトの太刀による斬撃を躱し続ける程だ。

 

 素直に上段から振り下ろした一撃はバックステップで。さらに踏み込んで右に薙ぎ払おうとすれば信じられない跳躍力で。突きは体を捻って躱され、硬い爪で止められる。

 

「信じらんねえ……!」

 

 電撃を受けたディンはなるべく長く休ませておきたい。しかし、これ程刀を振るっても当たらないとなると、あっという間にヤマトのスタミナが底を尽きてしまう。空振りは命中するよりも体力と精神を持っていかれるのだ。

 目まぐるしく走り回り飛び回るジンオウガ。ヤマトは攻撃が当てられないがもっとまずいのはシルバだ。弓を引き絞ってもジンオウガに的を絞れない。あれだけ動き回られると、誤ってヤマトに当ててしまう可能性も高い。シルバのサポートが実質機能していないのだ。

 

 ジンオウガが体を横に大きく捻り、尻尾で周りを薙ぎ払う。ヤマトはすぐに尻尾に沿うように太刀を滑らせて攻撃をいなし、カウンターの一撃を加えるべくそのまま太刀を突き出した。

 しかしその一撃すら空を切る。ジンオウガは尻尾で薙ぎ払う為に回転していた勢いそのままに、なんと空中へ跳んでいたのだ。月に照らされる翠の雷。地に映る暗い影が濃くなり……

 

「ヴォォァッ!」

 

「うおっ!?」

 

 そのままヤマトを踏み潰そうと着地。踏み潰されはしないものの、大きく体勢を崩してしまった。

 

「ここだっ……!」

 

 しかし逆にヤマトが体勢を崩した、ということは「彼はその場から動けない」、ということでもある。その一瞬なら誤射する心配は無い。シルバは引き絞っていた矢を一気に放った。空気中を静電気が伝っているのか、思った位置には命中しなかったが、ヘイトをシルバに集めることは問題なく出来ている。

 

「今のうちに!」

 

「悪い、助かった……!」

 

 とは言えど、シルバが一人であの運動能力を誇るジンオウガを相手に出来るものではない。逃げに徹して漸く対等になるかどうか、だろう。元々ガンナーは前線に出ない為、攻撃を躱すのは得意ではない。

 だからこそ。

 

「リーシャちゃん、今だ!」

 

「うあああああっっ!!!」

 

 だからこそ。シルバにヘイトが集まり、意識をシルバに持っていった瞬間にリーシャが不意打ちの一撃を叩き込む。瞬間的な運動能力はヤマトすら上回る彼女なら、超帯電状態のジンオウガが相手でもついていける。況してや今日のリーシャはいつになく臨戦態勢だ。作戦すら忘れていそうではあるが、爆発力は普段以上である。

 前脚で踏み潰そうとすればバックステップ。ハンマーで頭を殴りつけようとすれば頭を振ってそれを躱す。それの繰り返しだ。動きについていけるものの、ヤマトと同じく一撃を決められない。

 

「だったら……」

 

 リーシャがバックステップをした瞬間に一度ハンマーを背中に戻し、ポーチに手を突っ込む。ジンオウガの突撃はシルバが矢を放ち牽制した。

 

「これでっ!!」

 

 そう言いながらリーシャが投げたものは……ブーメランだ。狙うは目。当たれば僥倖、当たらずとも一瞬注意を引くはずだ。

 果たしてブーメランは、リーシャの読み通り目前を迫る勢いにジンオウガは反応せざるを得ない状況に陥り、一瞬、本当に一瞬リーシャから意識が逸れた。その瞬間を見逃さない。

 

「うあああーっ!! 」

 

 胸に響き渡る打撃音。民族楽器を粉々に砕いたような音が響き、ジンオウガに確かな一撃を加えた。

 ジンオウガは呻き、たじろきかける。しかし、既のところで後脚で踏ん張り、逆にそのまま胸を突き出すように突進した。攻撃直後のリーシャに躱す術は……ない。

 

「あぐっ」

 

 小柄な体は簡単に吹き飛び、木の幹に背中を打ち付けてしまう。空気が口から漏れ、うまく呼吸が出来ない。それを嘲笑うかのように木の葉が落ちる、落ちる……彼女の灯火のように。

 ジンオウガはそのままトドメを刺さんと姿勢を低くして突進の姿勢を取った。

 

「やらせるかよ!」

 

「ぅオラァっ!」

 

 姿勢を低くしているところにヤマトとディンが割って入り、ガンランスと自慢の脚で精一杯殴りつけ、頭の向きをズラす。その隙にシルバがリーシャの元へ駆け寄り、ジンオウガの前には再度二人が立ち塞がった。

 

「おいヤマト、スタミナ大丈夫か?」

 

「大丈夫なわけ無えだろ……でもやるしかないだろ!」

 

「ちげえねえ!!」

 

 雷光虫の塊を飛ばしてくるジンオウガ。恐らくそれが彼なりの「ブレス」なのだろう。あの帯電量ならたとえ飛んできているのが雷光虫だとしても、少し触れたら痺れて動けないことは間違いない。

 先ほどあの帯電量の電撃の威力は身を以て知ったディンは……それでも尚盾を構えて正面から受け止めるつもりらしい。

 

「誇り高きハンターの盾は……折れねえ!!」

 

 幾ら帯電しているとは言えども飛んできているのは雷光虫。かつて雌火竜のブレスも防いでみせたディンにとって、この攻撃を止められないはずが無かった。

 ヤマトも安全に雷光虫達を躱し、既にジンオウガに向かって踏み込んでいる。

 

「大丈夫かい?リーシャちゃん」

 

「かっは……けほっ!ぉえっほ、けほ!」

 

 二人がジンオウガの目を引いているうちにリーシャの安全を確保したシルバ。呼吸が上手く出来ていない彼女にちゃんとした効き目があるかは少し疑問だが、この状態では回復薬等も飲めないだろう。シルバは生命の粉塵を袋から取り出し、ぱらぱらと撒いた。

 吸うだけで肺から傷が治癒され、痛みが引いていく薬、生命の粉塵。パーティハントを行う際、誰か一人が持って行くことが多いこのアイテムは、「能動的に仲間を回復させられる」という点が非常に優れている。

 今のようにリーシャが回復薬をうまく飲めない状態でも、この生命の粉塵をばら撒くだけである程度体力を回復させることが出来るのだ。

 

「けほっ……助かりました、シルバさん」

 

「気にしないで。少し落ち着くまで下がっているんだ」

 

 ヤマトとディンは二人固まり、ディンの盾で攻撃を受け止めた瞬間にヤマトが踏み込み、攻撃のチャンスを伺う作戦に変更していた。ヤマトは兎も角、ディンは武装の重さも相まってジンオウガの動きについていけない。二人で分散して戦う場合、不意にディンを攻撃されると受け止めきれない可能性があった為、二人固まった方が安全に戦える、と判断したのだ。

 しかしそれでも決め手になる一撃が加えられない。また、ディンもヤマトもスタミナが限界に近づいているのに対し、ジンオウガは疲れる素振りすら見せない。

 

「右!」

 

「わかってる!」

 

 まるでのしかかってくるかのように浴びせられる体当たりは右にステップして躱す。肌がピリピリと痛む。近くにいるだけで、静電気が身体中を刺激する。それが必要以上に緊張感や神経を刺激し、いつも以上にスタミナを奪われている気さえする。

 そのまま右肩をぶつけてくるようなタックルはディンが盾で受け止める。必死の踏ん張りは地面を抉り、しかしそれでも彼等をしっかり守り切る。

 その隙に盾の陰から踏み込むヤマト。流石にこの瞬間なら一太刀位は浴びせられる筈だ。

 

「せぁぁあっ!」

 

 しかしジンオウガはそれすら反応し、すぐさまバックステップをして回避しようとするのだ。なんとか鋒が当たったものの、またもや擦り傷程度しか与えられなかった。

 

「埒があかねえ……おいディン、俺が無理矢理に隙作る、ぶっぱなせ」

 

「は?……解ったけど!おい、無理すんなよ!」

 

 ヤマトのスタミナも限界だ。一度後方に下がりたい筈だがもう一人の前衛役であるリーシャがまだ戦える状況では無い。シルバは一人で前衛を務められるハンターでは無い。

 ヤマトは全速力でジンオウガと距離を詰め、太刀を抜いて顎に突き刺すべく振り上げる。先程から超反応と驚愕の運動能力で動き続けているジンオウガにとってそれしきの攻撃は大したものでは無い。頭を振ってそれを躱し、逆に前脚で振り払うように爪で引き裂こうとした。

 ヤマトはそれを掻い潜るように躱し、ジンオウガの懐を思い切り足の裏で蹴りつける。ジンオウガには羽虫が止まった程度のダメージだが、目的はダメージでは無い。その勢いのまま後ろに大きく飛び退き、後ろにある巨大な切り株に手を掛けて勢いそのまま飛び登る。

 

 ジンオウガはその切り株諸共ヤマトを潰そうと前脚で踏み付ける。ヤマトはそれを跳んで躱し、切り株はミシミシ、メキメキと音を立てて崩れ砕けた。

 渓流地方の樹木は「ユクモの木」と言われ、その加工のしやすさと堅さによりハンターの武装にも使われる程の逸品だ。そんな樹木の切り株を踏み潰すジンオウガのパワーも恐るべきだが、だからこそ隙が生まれた。

 

 潰れた切り株から、前脚が抜けないのである。しなやかさと堅さが相まって、相当な力……潰した時と同等の力でなくては、切り株から前脚が抜けないのだ。

 そんなことを予想もしていなかったジンオウガは前脚が抜けなかったことから一瞬、バランスを崩す。無理矢理跳んで躱したヤマトも体勢を崩し、攻撃など出来るはずも無い姿勢だが、一人、そうではない狩人がいたはずだ。

 

「今だっディン!!」

 

「やっぱ無茶やってんじゃねえかバカ!だけど……」

 

 体勢を崩してしまったジンオウガの後脚を狙ってガンランスを叩きつけるディン。その表情は汗まみれながらも微かに笑っていた。

 

「流石だっ!よくやってくれたぜ!」

 

 そして引鉄を思い切り引く。ガンランスの砲撃を一気に爆破させる必殺のフルバースト。前脚は抜けず後脚に爆撃を受けたとなってはひとたまりも無い。ジンオウガはその攻撃に耐えきれず、大きく転ぶこととなった。

 その衝撃に驚いたのか、雷光虫達が逃げていく。ジンオウガの超帯電状態は活性化した雷光虫達がジンオウガの周りを漂うことによって成立する為……超帯電状態は「解除」されたのだ。

 

「よっしゃあ!」

 

「ヤマト君、ディン君!一度引いてくれ!その状態なら僕でもまだなんとかなる!」

 

「頼む、正直限界だ!」

 

 ジンオウガの背中に矢が突き立てられる。それを合図のようにヤマトとディンは後ろに下がり、シルバが前に出た。

 

「私も行けます!」

 

 リーシャがシルバより更に前に出る。まだ背中は痛むとは思うが、いつもの覇気が、いつも以上の覇気が感じ取られる。復活だ。

 

「よし、二人で時間を稼ごう。あの状態じゃないジンオウガなら、疲れも感じるはずだ」

 

「倒しちゃってもいいんですよね?」

 

「……ははっ、そうだね!」

 

 超帯電状態に入ってしまったジンオウガはシルバの手に負えない。なら、それ以外は基本的に自分が戦ってほかの三人の負担を減らす。

 それがシルバの役割だ。凡人には凡人なりの、天才を輝かせる為の戦い方がある。

 

 しかし、今日は最強級の天才少女が少し焦って勝負を急いでしまっている。当然、姉のこともある為気持ちは解るのだが、それで先程のようなダメージを受けては本末転倒だ。

 不安なのは……隣にいる天才少女だった








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独りぼっちにさせない

「おい、また雷光虫が集まってきてるぞ、気ィつけろ!」

 

 ディンの声に反応してシルバが一歩後ろに飛び退き、矢を放つ。超帯電状態ではないジンオウガなら相手出来るものの、帯電して運動能力の上がったジンオウガが相手だと分が悪い。もしもの際にターゲットにならないよう、一度後ろに退いたのだ。

 そしてシルバと入れ替わるようにディンが前に出る。

 

「リーシャ!お前も一回下がれ!」

 

「まだ大丈夫です、ご心配なく!」

 

 シルバと共に前線に出ているリーシャと代わるべくヤマトも走るが、リーシャはまだ余裕があるらしくそのままジンオウガに槌を振るおうとしていた。実際、表情にもまだ余裕があった為、本当に大丈夫なのだろう。

 

「二人共、次ジンオウガが充電を始めたら一度退いてくれ!僕が大きいのを撃つ」

 

「解った!」

 

「了解です!」

 

 勢いのある突撃を躱し、右から、左から同時に攻撃をぶつけるヤマトとリーシャ。ジンオウガに躱す術は無いため、それを鱗で受けるものの、全くの無傷という訳にもいかない。

 堪らず後ろに飛び退こうと前脚に力を入れるジンオウガ。

 

「逃がすかよ!」

 

 その動きを読んでいたディンは砲撃の勢いでジンオウガに向かって勢い良く飛び出し、盾で角を思い切り殴りつける。人間の出せる速度を超えた砲撃ターボはジンオウガの意表を突き、角を殴られたことで姿勢が崩れた。

 しかしそれでもしっかり後ろに飛び退いた辺りは流石大型の竜、と言うべきだろうか。そして同時にジンオウガの周りに雷光虫が集まり始めた。充電だ。

 

 先程のシルバの言葉通り、三人はすぐさまジンオウガから距離を取る。後方のシルバは巨大な矢を引き絞り、ジンオウガとの距離と、自分の頭上に障害物は無いか、という二点をしっかり確認していた。

 

「……夜は、当てるのが苦手だけど……止まっているなら問題ないっ!!」

 

 そう叫びながらシルバは巨大な矢を空に向けて放つ。天高く飛んだ巨大な矢は空中で破裂し……中に込められていた大量の矢がジンオウガに向かって雨のように降り注いだ。

 

 空中に矢を放ち、敵の頭上から矢の雨を降らせる「曲射」。着弾範囲が広く、チームハントでは使う場面が限られたり、真っ直ぐ敵を狙うわけでは無い為、正確に当てるには技術がいるが、当てることが出来た時のリターンは大きい。ジンオウガは充電する際、必ず動きを止めて雷光虫を集める。その瞬間なら、確実に当てることが出来るとシルバは踏んだのだ。

 

 突如上から放たれた攻撃。ジンオウガの背中は鏃で至る所に傷が付き、不意打ちに充電も中断してしまった。一撃一撃のダメージは小さいものの、大量の裂傷だ。通っていないはずがない。

 

「……さて、ディン君。お願いがあるんだ」

 

「確実に今のお前、狙われるだろうな」

 

「そういうこと。……僕を守ってくれ!」

 

「任せな!」

 

「ヴォォォォォっ!!」

 

 ジンオウガはすぐに自分の背中に傷をつけたであろう犯人を見つけ、一直線に突進してくる。その間にディンが割って入り、盾で突撃の勢いを殺した。その隙にシルバは前脚に矢を放ち、少しでも速度を奪おうとする。

 

「私をよそ見すんなぁっ!!」

 

 そして勢いが殺された所でリーシャが後ろからジンオウガに追いつき、横腹にハンマーを叩き込む。厄介だと感じたのか、ジンオウガは再度後ろに飛び退こうとするが、そこには……。

 

「そう来ると思ったぜ……!」

 

 そこにはその動きを読んでいたヤマトが待ち構え、尻尾を薙ぐ。先程から一度劣勢になると後ろに飛び退くクセを見つけたヤマトは、リーシャが走り出した時点でこの展開を予想していたのだ。ジンオウガは無理に身体を捻り、ヤマトを吹き飛ばそうとするが、その動きはいとも簡単に躱される。しかし、邪魔な人間を周りから振り払うことには成功した。

 

「やべっ、充電か!?」

 

「ヴォァァァァッッ!!!」

 

 雷光虫が集まり切り、一気に放電するジンオウガ。フラッシュバックするのは先刻の天下無双とも言える暴れっぷり。超帯電状態の再来だ。

 翠色に輝く稲妻が迸る。そして光は翠から蒼へと色を変えていき、更なる進化を遂げた。

 

「ヴォェェァァォォォォアアッ!!!」

 

 先刻の超帯電状態よりも更なる痺れ。咆哮に思わず四人の狩人は耳を塞ぎ、その場にうずくまってしまった。怒りが頂点に達したのだろう、蒼い稲妻がバチバチと音を立てる。

 

「さっきよりやばそうじゃねえか……!」

 

 真夜中の渓流だと言うのに、激しい稲光のおかげで辺りは明るい。肌をチクチクと刺すような痺れと目の中に星があるような錯覚。月が何処にあるのか解らないほどだ。

 先程より明らかに危険な雰囲気を漂わせるジンオウガ。しかしそんな強者に一切臆することなく飛び出す影があった。ハンマーを振りかぶった小柄な少女。リーシャだ。

 

「うるるぁぁぁっ!!」

 

 振り下ろされたハンマーは空を切る。ジンオウガが後ろに退いた為、当たらなかったのだ。しかし構わずリーシャはそのまま前進し、もう一度ハンマーを振り下ろした。その一撃は強靭な前脚に受け止められ、逆にジンオウガはタックルを仕掛けようとする。

 タックルは横に転がることで躱し、再度ジンオウガに張り付こうと歩を進める。肌が痺れるのもお構い無し。瞳の中には「敵」である雷狼竜しか映っていない。

 

 一刻も速く、こいつを倒さないと。

 お姉ちゃんが。

 

「ぁああああっ!!」

 

 足がもつれても無理矢理武器を振るう。相手の攻撃はほぼ感覚で躱す。武器が空を切ろうが知ったことか。さっさと倒れろ。早く死ね。私の為に、お姉ちゃんの為に早く死んでくれ。

 

「おい、リーシャ!落ち着け!」

 

 後ろから聞こえるディンの声は意味を持たない。先程まで届いていたはずの声が、届いていない。

 ヤマトがカバーに入りたいが、入れない。今入ってしまうと、ハンマーで殴られるのはジンオウガでは無くヤマトになる気がした。

 シルバが矢で援護したいが、出来ない。あそこまで動き回られると、誤射の可能性が捨てきれない。

 

 しかし、幸いながら怒りで周りが見えていないジンオウガはリーシャ以外目に入っていない様子だった。いや、不幸なことに、だろうか。

 

「くそっ……リーシャちゃん!聴こえてる!?一度退いてくれ!もう体力が……!」

 

「だぁぁぁあっ!!」

 

 シルバの声も当然のように届かなくなっている。彼女が焦っているのは解っていた。当然だ、姉の命がかかっているのだから。彼女が普段と違うこともなんとなく、解っていた。普段の狩りなら、彼女の叫び声は古今東西の挨拶や数字といった、少しふざけているようにも聴こえるが、愛嬌のある掛け声なのだ。今回の狩りでは、そのような掛け声が一切無く、羅刹のような叫び声のみなのだ。

 気付いていたのに。普段より動きが良かったから。良いから。そのまま狩りを続行してしまっている。

 このままじゃ、まずい気がする。シルバは心の何処かでそう感じていたはずだった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……うぁぁあああっ!!」

 

「ヴォォォォォォっ!」

 

 リーシャのハンマーが、ジンオウガの顎を捉えた。そのまま思い切り振り抜き、二度目の超帯電状態初のダメージを与える。思わずジンオウガも後ろに飛び退いた。当然のようにリーシャはそれを追いかける。

 

 しかし、ここで綻びが生じた。

 

「ぁうっ……!?」

 

 足が動かない。体が動かない。

 視界が反転する。

 

 あれ?

 なんで?

 急がないと。ほら、早く動いて。

 うそでしょ?

 

 体力は限界をとうに過ぎていたのだ。元々彼女は小柄な為、スタミナはそれほど多いわけでは無い。当然ながら、ヤマトやディンの方が走り回っていられる時間は長いのだ。

 そんな彼女なのに、ジンオウガが超帯電状態になる前からずっと前線で走り回り、超帯電状態になってからも一人で走り回り続けていたのだ。しかも、無理矢理に。

 

 身体が追いつかないのは当然だった。

 

「あっ!?」

 

「おい、リーシャ!!」

 

 異変に気づいた時にはもう遅い。ジンオウガは本能でリーシャの限界を悟り、彼女を押し潰そうと高く跳躍した。ヤマトもディンも、すぐさまリーシャを助けるべく踏み出すが、どう考えても間に合わない。

 

「あのバカッ……!」

 

「逃げろっリーシャッ!!」

 

 まともに立てない。

 辛うじて見える空の景色。

 そこには、真っ白な満月と蒼く輝く稲妻の塊があって。

 ゆっくり、ゆっくりと稲妻の塊が落ちてくる。

 

 

 

「あはっ、これダメです」

 

 

 

 

 地面が抉り取られるような音が鳴り響き、同時に何かが潰れるような音も聞こえる。あまりの稲光にどうなったのかが全く見えない。

 

「……嘘だろ」

 

 ディンの声が震えている。

 ヤマトの目はまだ慣れない。何があったのか、音だけで推測するしか無い。

 しかし、推測するのが怖かった。どう足掻いても、最悪のパターンを思い浮かべてしまっている自分がいる。

 

 リーシャは、先程の音で潰されてしまった、という予想をしてしまっているのだ。

 

「うァァァァァっ!!」

 

 次に聴こえたのは半狂乱になっているシルバの叫び声。そしてドスッという何かが刺さる音。

 

「ヴォァァァァッッ」

 

「あぐっ……だぁぁっ!!」

 

 そしてジンオウガの雄叫び、シルバの呻き声と叫び声。誰かが全力で走っている音も聞こえる。これはディンだろうか?

 

「ヤマト君、ディン君!一回退くよ!モドリ玉使うからっ!!」

 

 ヤマトの目が慣れ、視界が回復した頃には視界は緑色の煙に包まれており、煙を吸った所で彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「ぁうっ……!?」

 

 リーシャがよろめいた瞬間。

 まずい、と思った。

 嫌な予感が的中した、と思った。

 思ったその時にはもう走り始めていた。

 

 凡人であるはずの僕を、天才と言ってくれた。

「独り」だけ才能が足りないことを気にしていたのに、彼女は僕を認めてくれていた。

 リーシャちゃんは、「独り」で泣いていた。

 

「独りぼっちには、させない……!」

 

 急がないと。ほら、速く。

 速く!

 

「あっ!?」

 

「おい、リーシャ!」

 

 ジンオウガが飛び上がる。ヤマトとディンが踏み出すのが見えた。しかし、あの二人じゃ間に合わない。一瞬、踏み出すのが遅れてしまっている。シルバしか、間に合う可能性のある者はいないだろう。

 よりによって、どうして僕なんだろうなー。ヤマト君が僕と同じタイミングで踏み出せていたら、あのスピードでリーシャちゃんを助けられるだろうに。ディン君が僕と同じタイミングで踏み出せていたら、盾でリーシャちゃんを助けられるだろうに。

 

 あの二人みたいな、スピードも、度胸も、防御力も、才能も無い。下手したら間に合わない。間に合っても二人仲良く潰されるかも。

 

 でも。

 

 それでも。

 

「絶対独りぼっちにはさせないっ!」

 

 あと三歩。

 あと二歩。

 

「あのバカッ……!」

 

「逃げろっリーシャッ!!」

 

 あと一歩……!

 バチバチという電撃の音が聞こえる。怖くて仕方が無い。死ぬかもしれない。

 

 

「あはっ、これダメです」

 

 

「ダメじゃ……ないっ!!」

 

 シルバは思い切り、なりふり構わず飛んだ。勢いで矢筒がベルトから外れた。だけど知ったことではない。両手に重たい感覚。紛れもない、リーシャを抱えている。まだ生きている。僕はまだ生きている!

 直後に全身を襲う、灼かれるような、全身を切り刻まれるような鋭い痛み。ジンオウガが背中から地面に落ちた瞬間に辺りに放電したのだろう。プレスは躱せどそこまでは躱せなかった。矢筒はプレスにより粉々に砕かれたのだろう、何かが潰される音がした。

 

「いっ……!?」

 

 声にならない声が出てしまう。ディンはこんな電撃を最初に受けて尚あんなに動いていたのか。全身が熱いのに冷や汗が出てしまいそうだ。

 だけど、リーシャは生きている。シルバも生きている。助けられた。「独り」にせずに済んだのだ。なら、この痛みなど安いものだ。

 しかしリーシャは気を失ってしまっている。これでは戦闘を続行することは出来ない。シルバはすぐにポーチに手を突っ込もうとした。

 

 しかし、その動きはすぐに中断する。ジンオウガの瞳が、こちらを睨み付けていたのだ。

 すぐにシルバは剥ぎ取り用のナイフを抜いた。そしてジンオウガに向かって思い切りよく突き刺す。

 

「うァァァァァっ!!」

 

 無我夢中。まさにその言葉が相応しかった。突き刺さったナイフを思い切りぐりぐりと捩じ込み、そして先刻ヤマトがやっていたように足で思い切り蹴り、ナイフを抜く。

 

「ヴォァァァァッッ」

 

「あぐっ……だぁぁっ!!」

 

 ナイフを抜いた途端、ジンオウガが不安定な姿勢で無理矢理タックルを仕掛けてくる。リーシャを抱えて同じく不安定な姿勢だったシルバはそれを諸に受け、口から空気が漏れたが、それでも尚無我夢中で、ナイフを横腹に突き立てた。そしてそのまますぐに引き抜き、軋む全身に鞭を打ってポーチから手のひらサイズの玉を取り出す。そしてすぐに全力疾走。なんとかして距離を取って、目をやられたヤマトとディンの方へ行かなくては。

 

「ヤマト君、ディン君!一回退くよ!モドリ玉使うからっ!!」

 

 言うが早いか、承認も取らずに手に持っていた玉を地面に叩きつける。途端に緑色の煙が勢いよく吹き出した。

 

 素材玉にドキドキノコを調合することによって出来る、「モドリ玉」。ドキドキノコの胞子がモンスターの目を眩ませつつ、吸った人間の帰巣本能を強く刺激し、催眠にかけられたかのように安全な場所へ移動する道具だ。狩場にて、人間が最も安全と言える場所は当然ベースキャンプ。つまりベースキャンプまで戻ることの出来るアイテムである。

 

 緑色の煙を吸った途端、シルバの意識は飛んだ。次に目覚める時は、ベースキャンプだ。



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満月会議

「ハァ……ハァ……ホンットにモドリ玉のこの感じは慣れないなぁ……」

 

 モドリ玉による一種の催眠効果も解け、ベースキャンプで大の字になって倒れたシルバ。その隣では放心状態で転がっているリーシャがいる。ヤマトとディンは未だに状況が飲み込みきれないのか、表情には疲れよりも困惑が見てとれた。

 

 確かに何かが砕ける音がした。

 リーシャの諦めた声も聞こえた。

 リーシャはもう、助からないと本気で思ってしまった。

 しかし気が付いたら、シルバがリーシャを助け、そのまま一時撤退まで気を失っていた。

 情報の整理が追い付かなくとも無理はない。

 

「ひとまず……よかった、僕もちゃんと生きてた」

 

「……私、死んじゃったと思いました」

 

 リーシャがそう呟いた瞬間に気が抜けたのか、ヤマトとディンもその場にへなへなとへたりこんでしまった。

 満月が四人を照らす。しばし、ぜえぜえはあはあという荒い息を整えようとする音のみが辺りを包んだ。

 

「……おい、ヤマト」

 

「んあ?」

 

「俺が、前に無理した時も、こんな感じだったのか?」

 

「……そうだな、こんな感じだった」

 

 前に無理した時、とはリオレイアとの狩猟のことを言っているのだろう。足をもつれさせたシルバを庇って、雌火竜の強靭な尻尾の毒牙を諸に食らい、ネコタクシーを使った時のことだ。

 確かに、その時と似ている。あの時は満月では無く太陽が出ており、今のリーシャと違いディンに意識は無かったのだが。

 

「そうか……すまんかった」

 

「なんだよ、いきなり」

 

「心配、かけさせたんだなって。今なんか自覚した」

 

「……そうかよ」

 

 疲れているため、互いに顔を見合わせない。顔を動かすことすら面倒なのだ。モドリ玉のおかげで無事にベースキャンプまでは戻ってこれたが、恐らくトランス状態になっている際に無理矢理身体を動かしていたのだろう、あちこちが軋むように痛い。

 

「……リーシャちゃん、何か言うことある?」

 

 大の字になったまま、シルバの語気が強くなる。

 

「……あぅ、ごめんなさい」

 

 転がったまま、リーシャの語気が弱くなる。否、リーシャの語気は先程より弱かったが。

 思い切りよく寝返りをうち、リーシャの方へ転がるシルバ。そしてそのままリーシャの頭にチョップを振り下ろした。

 

「あいたっ」

 

「……まあ僕も無茶はしたから。これで取り敢えず手打ちね。帰ってから説教はするけど、絶対」

 

 そう言うともう一度寝返りをうち、元の大の字の姿勢に戻る。その姿勢が一番シルバにとって楽らしい。

 

「ごめんね、いきなりモドリ玉で撤退しちゃって。リーシャちゃんも僕も限界だったから、リーダー権限で強硬策取っちゃった」

 

 語気が戻り、いつものくしゃっとした笑顔を浮かべながら謝る。全員へたりこんでいるので、その笑顔は誰にも見えてはいないのだが。それでも、恐らく彼がいつもの表情をしているであろうことは全員が解っていた。

 

「リーシャ、助けられたんだな……すまん。俺ら二人は動けもしなかった」

 

「いや、僕も勝手に動いてただけだから。おかげで矢筒が壊されちゃったよ」

 

 あれ作るのタダじゃないのに、とボヤくシルバに苦笑するディン。

 

「ったく、俺が無茶した時は全力ビンタ食らったってのに、リーシャはチョップ一発かよ……不公平じゃねえの?」

 

「あぅ、ごめんなさい……ディン君のビンタ、受けますよ」

 

「……バカ、誇り高き狩人はな、女に手をあげねえよ」

 

 そう言いつつもディンの口は少し尖っている。やはり少し不満なのだろうか。「子供かよ」というヤマトの呟きは聞こえないふりである。

 

「さて、この後どうするか、だけど……全員の体力が回復したら、再度ジンオウガに挑もうと思ってる。けど、あの雷光虫を纏った超帯電状態は予想以上の運動能力だ、しっかり考えて動きたい。という訳で今から作戦会議なんだけど……」

 

「全員バテバテで倒れ込んだり座り込んでる作戦会議か……新鮮だな」

 

「……ふふっ、ほんとですね」

 

「ははっ、いい意見は出そうにねえな」

 

「ホントだね。でも勝つ為にいい意見は出してね。……まず僕の状況なんだけど、矢筒がジンオウガに壊されてしまったから、矢が無い。矢を放てない弓使いというお荷物さんなんだ。だからさっきまでみたいに前線から注意を引く為に攻撃して、だとか曲射も一切出来ない。本当に申し訳ない」

 

 シルバの事実上戦力外通告。天才三人と比べてしまうと彼の存在は霞むが、リーシャやヤマトが集中的に狙われないよう、また大型モンスターの気を逸らしたり、小型モンスターを先に遠距離から狙撃できる彼が攻撃出来ないのはかなり大きい。特に作戦指示系統はパーティの精神的支柱だ。

 

「この状態で狩りに出ても、せいぜいジンオウガのおやつにしかならないからね。だから、皆にお願いがあるんだけど……皆の持っている、狩りを補助するアイテム。それらを全部僕に預けて欲しい。回復薬とか、そういうもの以外全部。補助アイテムで君達を援護して、確実なタイミングで相手の動きを止めたりしてみせるさ」

 

 そこでシルバが考えたのは、一切攻撃に参加せず、閃光玉や落とし穴等の道具を使うことに全神経を注ぎ、ジンオウガの邪魔、及び三人のサポートをする役目だ。

 

「勿論、作戦の指示も同じように行う。……後で、使ったアイテムは弁償するし」

 

「気にするのそこかよ」

 

「弁償代気にして使うのケチらないでくれよー?」

 

 人間が自然の強者であるモンスターと対等になるには、武器と、知恵と、そして必要不可欠なものが道具だ。その道具を一人に全て預け、戦いの行方を委ねる……それは、委ねる相手に全幅の信頼が無ければなし得ないことだろう。

 しかし、三人はシルバのその提案を素直に受け入れ、寧ろ軽口を叩けるほどであった。逆にここまですんなり受け入れられるとは思っていなかったシルバは内心少し驚き、そして苦笑する。

 

「大丈夫、今はお金にも余裕あるから。……まあ、使い過ぎたら今日の打ち上げの予算が少し減るだけだよ」

 

「それは由々しき事態だぞ……俺はまあ、酒飲めないからあんまり問題無いけど」

 

「一番困るのはヤマトさんですよねー、飲む量おかしいから」

 

「まだ終わってもないのに打ち上げのこと考えるのかよ……」

 

 そう言いつつもこの身体の疲れを吹き飛ばすためにも酒は飲みたいな、と頭をよぎるヤマト。いや、寧ろ今飲んでしまいたい程だ。

 

「この前麦酒が安いお店見つけたんだよ。今日の打ち上げはそこでやろうか……全員で」

 

「……はい。もう無茶しません。皆で頑張ります!」

 

 地面に寝転がったままで決意の表情へと変貌するリーシャ。しかし姿勢が姿勢だけにあまり説得力は無い。

 ヤマトとディンもそんなリーシャに苦笑しつつ、頭を少しずつクリアにしていく。

 

 全員で倒す。誰も死なずに。

 終わった後、今みたいに皆がへたりこんでいてもいい。「誰も」「死なずに」帰る。その為に俺達も全力を尽すだけだ。

 

「さて、細かく動きを決めておこうか。まず、ジンオウガが超帯電状態になっていない時。これは基本的にディン君を中心に立ち回って欲しい。大盾を持っているディン君なら堅実に相手の攻撃を止めつつ、その隙を見て機動力のある二人が横槍を入れられると思うんだ」

 

「ああ、任せな!普通の時ならあいつの攻撃で止められそうに無い技は無いぜ」

 

「うん。僕も万が一に備えてサポートは常に準備しておくよ。で、問題の超帯電状態になった時なんだけど……この時は逆にヤマト君とリーシャちゃんメインで立ち回って欲しい。あの状態のジンオウガの機動力は、正直盾があっても重装備で動きづらいディン君には荷が重い。二人で上手くスイッチして、機動力で仕掛けてほしいんだ」

 

「じゃあ、俺はどうしたらいい?」

 

 へたりこんだままディンが手を挙げて質問する。挙げられた手はシルバには見えていないが、声を聞いて首を少し動かし、そして自分を指さした。

 

「アイテムは基本的にジンオウガが超帯電状態の時に使っていくつもりだ。だから僕が狙われる可能性も低くない。ディン君は僕に付いて、盾で僕を守って欲しい。……ごめんね、いっつもこんな役回りで。逆に、アイテムで相手の動きを確実に止められたら、その時は竜撃砲なんかで確実な大ダメージを狙ってもらっても大丈夫」

 

「合点!俺が盾を持ってる理由は仲間を守る為だ、壁役は買ってでるぜ」

 

「ちなみに、ランスじゃなくてガンランスを持ってる理由は?」

 

「かっこいいからに決まってんだろ?」

 

「……よーくわかった」

 

 疲れが増した気がしたヤマトだった。

 

 シルバが身体を起こす。その音に反応して三人も首を動かす。

 

「あ、まだゆっくりしてていいよ。今粉塵撒くから」

 

 そう言ってポーチから生命の粉塵を取り出すシルバ。そして袋の中の粉を一気に振り撒いた。先程、リーシャの傷を癒したものと同じものだ。ベースキャンプ中に粉が舞い、それを吸うと痛みや疲れが取れていく。傷口に当たれば薬液となり傷を癒す。

 ひときしり振り撒くと、シルバはその場に座り込み、深呼吸をした。三人も粉塵を吸うべく深呼吸をする。

 

「……さて、一時間経ったら出るよ」

 

 先程までの和やかな空気は消え、英気を養う狩人達が空気を支配する。

 今の彼らには打ち上げのことも、酒のことも、格好のいい武器のことも、何も無い。

 

 寝そべっていようが、座り込んでいようが、ただ、満月の下で体力を回復する。来るべき戦いに、来るべき狩りに備え、感覚を研ぎ澄ませる。意識を加速させる。

 

 狩りに餓え、強者を屠るべく、腹を空かせる。心を空かせるのだ。満たされる為に。

 

「……次は負けねえ」

 

「次は死にません」

 

「次は守る」

 

「次は勝つんだ」



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感覚は殺意と共に

「……さて、どうやってジンオウガを見つけようか」

 

 予定通り一時間の休息を取り、体力気力共に回復させた後の事である。

 四人はまずロストしたジンオウガを捜索するところから始まった。緊急脱出のようにモドリ玉を投げてしまった為、ジンオウガにペイントボールを付けられていないのだ。

 

「簡単だぜ、シルバ。雷光虫が集まっている方に向かえばいい」

 

「理には適っているけど、どこもかしこも雷光虫だらけなんだよね、今日……」

 

 ディンの言う通り、シルバも雷光虫が向かっている方向等で居場所を突き止めたかったが、今日に限って雷光虫が異様な程に多い。いや、ジンオウガが活性化しているからこそ、雷光虫の数も同時に増えているのだろう。夜も更けた暗がりの道を照らしてくれるのは有難いが、道標にはなってくれそうにない。

 

「リーシャちゃんは、こう、血の匂いとかで解ったりしない……よね?」

 

「流石に解らないですね」

 

「だよね、犬じゃあるまいし……」

 

 リーシャの野性的な勘にも縋りたい気分である。何せシルバは武器が実質無いに等しい。いつ不意打ちのようにジンオウガが現れるか解らない状況から早く抜け出してしまいたいのだ。先に見つけてしまえば、この恐怖から逃れられる。

 武器の無い人等、モンスターにとっては羽虫に等しいのだから。

 

「……っ!来るぞ!」

 

「えっ?」

 

 ヤマトが振り返った。その方向には木々が生い茂っているのみであり、ジンオウガのような巨大な影は見えない。だが、ヤマトの表情は真剣そのものであり、得物である太刀に手を掛けている程だった。

 リーシャの野性的な勘では無い。ディンやシルバのような、自然の動きから察知している訳でも無い。

 

 ただ、己の鍛錬と修練により身につけた技術のようなもの……「殺気を読んだ」ただそれだけである。

 

 確実に巨大な気がこちらに向かって動いている。向こうも野性的な勘だろうか、恐らくこちらに気がついている。

 神経を張り巡らせるヤマト。これ程の殺気だ、血が頭に昇っているかもしれない。つまり……。

 

「超帯電状態で来るぞ!シルバ、ディン!下がれ!」

 

 ヤマトがそう叫んだ瞬間、木々が揺れた。同時にあの翠色の、碧色の雷光が視界に映る。

 

「リーシャ!横に跳べっ!」

 

「はいっ!」

 

 シルバとディンは早々に背後へ退避、ヤマトとリーシャは二人で横っ飛び。ジンオウガは木々から勢い良く飛び出し、そのままプレスで押し潰そうとした。しかし、狙った場所に人間の姿は無い。躱された、と気付いた瞬間に立ち上がり、大きく咆哮した。

 

「ウォォォアアアアッ!!」

 

「ほんとに、来た!」

 

 ヤマトの殺気による索敵は見事に決まった、と言っていいだろう。常に感覚を研ぎ澄ませて戦い続けてきたヤマトだからこそ、自らの身体を鍛え続けてきたヤマトだからこそ成し得たと言える。

 

「ヤマトさんキレッキレー!」

 

「そっち側カバーする!合わせろよっ!」

 

「はいっ!」

 

 二人が対になるようにジンオウガのプレスを躱した為、ジンオウガはどちらかしか狙いを付けられない。ジンオウガは逡巡もせずにリーシャに狙いを付け、前脚で踏み潰そうと踏み込んだ。リーシャは直ぐにバックステップでそれを躱し、ハンマーを構える。

 踏み潰しを躱されたジンオウガはならばもう一度、と今度は逆脚の左で潰そうと再度前脚を上げた。

 

「せぇー……のっ!」

 

「ぐーてんたーくっ!!」

 

 そしてその脚を勢い良く下ろす直前にリーシャがその前脚を外側に向かって殴りつける。同時にヤマトが後脚を斬り裂いた。

 ジンオウガは急な後ろの痛みと前脚を殴りつけられた反動、そして踏み潰すために「脚を上げていた」ことが仇となり……その場にズシンと倒れてしまった。

 

「ワンダウン!ディン!」

 

「待ってたぜッ!」

 

 その隙を待っていた、と言わんばかりにガンランスを振りかぶりながら突撃してくるディン。爆風に巻き込まれないようにすぐにヤマトとリーシャは退避し、それと同時にディンがガンランスを思い切りジンオウガに叩きつけ、そのまま勢い良く引鉄を引いた。フルバーストだ。

 

「俺の仕事終わりっ!引くぜ!」

 

「ああ!」

 

 一撃入れたら即守備に回る。そしてジンオウガが起きる直前にヤマトがもう一撃尻尾を斬る。これでジンオウガの意識はヤマトの方へ移ったはずだ。

 

「ヴェアアアアッ!」

 

 ジンオウガは倒れた姿勢から立ち上がるのではなく、勢い良く身体を捻って辺りを薙ぎ払うかのように回転し、その勢いを使って跳躍。そしてそのまま着地した。近くにいたヤマト、リーシャは咄嗟に後ろに飛び退いたものの、風圧とジンオウガそのものの圧に吹き飛ばされる。

 

「うぉっ……!?」

 

「けほっ」

 

 そして体勢を崩したヤマトに照準を合わせ、猛突進の姿勢を取った。

 

「ヤマト君!」

 

 そしてそのまま勢い良く突撃……をしようかという所でジンオウガの目の前を何かが横切った。鼻先を斬り裂いて、「それ」は再度目の前を通り過ぎる。

 ブーメランだ。

 

「やっぱ弓みたいに狙った所には当たらないか……!」

 

 投げたのはシルバ。普段リーシャが相手の意識を逸らしたり、弱った相手の尻尾を刈り取る為に使っている道具だ。目を狙うつもりだったが、当たったのは鼻先。それでも初めての投擲でしっかり「相手の注意を逸らす」という役割を果たせたのは流石ガンナー、と言うべきだろうか。

 

「なんで一発でそんな綺麗に投げられるんですかっ!?私最初はもうちょっと下手くそでしたよ!」

 

「いちゃもんつける暇があるなら体勢立て直せバカ!」

 

「叫ぶ暇があるならお前も防御姿勢取れバカ!来るぞ!」

 

「解ってる!……っるぅァアッ!」

 

 よく分からない愚痴を零すリーシャに怒鳴り散らすディン。しかし叫びながらもしっかりシルバの正面に立って盾を構え、ジンオウガの突進を正面から受け止めてみせた。

 

「痛ってぇぇ……けど!シルバッ!止めたぞ!」

 

「流石ディン君!作戦成功……だっ!」

 

 そしてディンの後ろから素早く顔を出したシルバは右腕を大きく振りかぶり、今度はブーメランではなくボール状のものをジンオウガの鼻先に投げつけた。先程よりも至近距離であることも相まって、今度はしっかりと狙った鼻先に命中。ボールは弾け、中のペイント液がべっとりとジンオウガの鼻を覆った。ペイント液からは独特の刺激臭が漂い、ハンターはこの臭いを頼りに見失ったモンスターを索敵する。ペイントボールだ。

 

「よしっ、普段は矢でペイントしてるから少し焦ったよ……!」

 

 そしてすぐさまシルバは後ろへ退避。ディンもバックステップでジンオウガから距離を取る。それを追いかけようとするジンオウガだが、追撃を阻むかのようにヤマトの太刀が間に割り込む。前脚であしらおうと体を動かすも、その動きをいなしたヤマトは逆に懐に潜り込む。そのヤマトに一瞬気を取られたら、リーシャの打撃がジンオウガを襲う。

 

「第二段階行くよっ!」

 

「お願いしますっ!」

 

「リーシャ、右行くぞ!」

 

 シルバの掛け声と共に、ヤマトとリーシャの二人が同じ方向へ走り出す。ジンオウガもそれを追うように走り、シルバとディンはそれとは逆方向に走り出した。

 ヤマトとリーシャが、シルバの囮になったのである。

 

「ただの囮で終わらせねえ……!」

 

「勿論ですっ!ぐっどいぶにんぐー!!!」

 

 囮役となった二人のボルテージも上がっている。ヤマトは狩りの中でいなしや鋭い太刀筋を繰り出す度に集中力を上げ、エンジンをかけていくタイプだ。そしてリーシャは押せ押せの精神で果敢に走り回り、ノリと勢いでパワーアップするタイプである。「勢いに乗せると怖い」典型的な二人。第一ラウンドの時のようにリーシャが一人だけで突っ走るような事も無い為、息切れもまだ当分は気にしなくて良い。

 

「ヤマト、リーシャ!逆サイド頼む!」

 

「解った!」

 

「りょーかいですっ!」

 

 先にリーシャが走り出し、ジンオウガが叩きつけた尻尾はヤマトがいなして軌道を変える。そしてヤマトが走り出した時、ジンオウガの視界からリーシャの姿が「消えた」。そして次第にヤマトの姿も朧気になっていく。ジンオウガ、そしてヤマトの目の前の視界は月に照らされた紺碧の空では無い。「灰色」、もしくは「白」だ。

 

 本来は飛竜の卵等の運搬や、モンスターに気付かれる前になるべく見つかりにくくする為、狩場を煙で隠し、視界を奪う道具、「けむり玉」だ。本来モンスターに認識された状態でこのけむり玉を使ったところで、視覚以外の感覚、つまり嗅覚、聴覚、触覚。そして野性が生み出した気配を察知する能力で居所にアタリを付けられてしまうのだが、先程その一つである「嗅覚」は鼻先にペイント液が付着していることで無力化している。独特の刺激臭はかなりキツく、匂いで四人を見つけ出すことは不可能だろう。

 いつの間にかジンオウガの周り一帯は煙で囲まれていた。ヤマトとリーシャが気を引いているうちに、シルバが複数個ばら撒き煙のカーテンを作り出したのだ。視覚と嗅覚を封じられたジンオウガ。残るは触覚、聴覚、そして気配や殺気で相手を察知するしか無い。対するヤマト達は、雷光虫の輝きでジンオウガの場所を視認することが出来る。無論、超帯電状態が切れてしまえば見えなくなるのだが。

 

 野性の勘、動物的センスを身につけつつあるリーシャ、そしてハルコという人外レベルの強者に闘気を磨かれ続けたヤマトは殺気や気配を完全に支配し、殺している。シルバはそもそもジンオウガと対等に戦う為の武器を持っていない、気配は殺し切れずとも殺気は最初から無い。

 となると、狙われるのは。

 

「俺だよなっ!解ってたら止められるぜっ!」

 

 大盾を持ったディンだ。ジンオウガの突撃を再度食い止めた。

 その瞬間に背後から凄まじい殺気と物音。ジンオウガの意識が背後に逸れる。

 次の瞬間には横腹をハンマーで殴られていた。一瞬の殺気はヤマトの囮。ジンオウガの反応が遅ければそのまま斬り、早ければ本命のリーシャのハンマーが綺麗に決まる。そして次の瞬間には物音も殺気も消えている。

 

「……あの二人、本当に人間かな」

 

 シルバがポツリと呟いた。特にヤマトの殺気はシルバすら一瞬震えてしまう程だ。

 ヤマトとリーシャの殺気と攻撃に気を取られたジンオウガ。視覚と嗅覚が遮断されている今だからこそ、殺気を出しては消すヤマトとリーシャの姿を追っていた。

 

 ━━だからこそ、目の前のディンはジンオウガの思考から外れてしまう。目の前にいるはずなのに、煙のカーテンで「見えていない」から。

 

「灯台下暗しっ!うぉらぁぁ!!」

 

 放たれた竜撃砲。その一撃は脅威的な威力で、脅威だった超帯電状態を無理矢理解除させた。これにより視覚的なアドバンテージは失われたが、代わりに運動能力的なディスアドバンテージも解消することに成功する。

 

「よっしゃぁ!」

 

「第三段階、準備出来てるよ!」

 

「オッケーです!隠れます!」

 

 煙のカーテンはあと一分程残りそうだ。ジンオウガは変わらず気配の察知と聴覚を頼りに索敵し、ディンを中心に突撃、攻撃を行うのだが。

 

「さっきに比べたら楽勝だぜ!?」

 

 超帯電状態の突撃も受け止めてみせたディンだ。帯電していないジンオウガの突撃を止められない筈が無い。視界アドバンテージは無いものの、ジンオウガは人間に比べて巨大な体躯を持っている。その巨体で走ろうものなら、足音は大きい。超帯電状態の運動能力では無理でも、通常状態なら耳をすませば、攻撃のタイミングは測れてしまうのだ。

 そして相変わらずヤマトが走り回りながら殺気を見え隠れさせているのも大きい。明らかにジンオウガの集中力を削いでおり、スタミナも必要以上に削っているはずだ。現に、ジンオウガの口からは涎が垂れ始めている。

 

 そして、煙のカーテンが開けた。視覚を取り戻したジンオウガの目線は、スタミナ回復の為に後ろで休息を取っていたリーシャと、武器を持たない為に後方待機していたシルバに向けられる。そして真っ直ぐに突撃し……

 

「グォォアッ!?」

 

 突撃しようとした所で、足元の感覚が消えた。謎の浮遊感。そして同時に訪れる落下感。最後に感じるのは衝撃と何かに絡め取られた束縛感。

 

 けむり玉で視界を奪った後、シルバは辺りに落とし穴の罠を仕掛けていたのだ。そして、煙が晴れると同時に引っかかるよう、ジンオウガの居場所と、自分達の居場所のちょうど真ん中に罠があるように位置を調整した。

 

「ヤマト君、ディン君!今だっ!」

 

「流石……!」

 

「任せとけ!」

 

 流れは、確実に狩人側にあった。



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鏡に映る紅い花

「ようやっとこっちに流れがきたじゃねえか」

 

 超帯電状態も切れ、明らかに疲労の色が見えるジンオウガ。こちらも様々な手を打ち手札を切ってしまったが、そのお陰で大きな有利をとることが出来た。

 

「出来ればここで決めたいね……だけどヤマト君、一旦下がってくれ。かなり動き回っていただろう」

 

「今度は私が動き回る番ですね!」

 

「わかった、頼む」

 

 ヤマトが後ろに引き、それと入れ替わるかのようにリーシャが前に出る。ディンの盾を中心に、確実にダメージを与えていく作戦だ。

 しかし、後ろに引いたからといって完全に休息体勢に入れる訳では無い。そもそも武器を持たないシルバが狙われた際のカバーは、今はヤマトの役目だ。

 

 前線の二人はどちらも一撃が大きな武器だ。相手は疲労しているとはいえ、考えなしに武器を振るえば隙をつかれて崖から足を踏み外すような事態になることは火を見るより明らかである。

 

「だからあんま突っ走んなよ、リーシャ!動きは俺が絶対止める!」

 

「解ってます!期待してますよ、ディンさん!」

 

「任せとけって!……っくぉぉらぁぁ!」

 

 本日何度目だろうか、ジンオウガの突進を正面から盾で受け止めるディン。その度に盾を持つ腕は痺れ、脚は悲鳴をあげるが、まだまだ彼の体力には余裕があった。

 

「ぶちかませっ!」

 

「待ってましたっ!」

 

 そしてそのままディンが一歩後ろに引き、出来たスペースに飛び込むようにリーシャのハンマーが振り下ろされる。顔面を揺さぶられるジンオウガ。そしてその隙にディンが再度踏み込み、ガンランスを突き出す。確実なアタックチャンス。一つ一つをものにしていけば、勝利は近付いてくるであろう。

 

 ──しかし、ジンオウガも伊達に無双の狩人狩人と呼ばれてはいない。超帯電状態にも対応され、スタミナが切れかかったところを攻め立てられた程度で事切れる命ならば、其れはジンオウガでは無いのだ。

 

「……っ!?さっきまでと雷光虫の集まり方が違う!皆、気をつけるんだ!これは──」

 

 急激にジンオウガの辺りを雷光虫が飛び回り始める。明らかなる充電の前触れ。しかし、先程の充電とは明らかに何かが違う。

 先程までの超帯電状態の輝きが碧色と形容するなら、蒼色の怒槌を身に纏おうとしているのだ。そして先程よりも全身の毛は逆立ち、先程よりもありありとした殺気が感じ取られる。

 

「──これは、怒りに達している!!」

 

 

「ヴォォォォオォォッ!!!」

 

 

 ジンオウガの渾身の咆哮に、四人は思わず耳を塞ぐ。紛れもない怒りのパワー、殺気。先程解除したはずの超帯電状態。ジンオウガの、紛れもない本気が発揮されようとしていた。

 

「信じられねえ殺気だな……ディン!俺が前に出る、一発止めてくれ!」

 

「合点!」

 

「二人共気を付けて!さっきと雰囲気が違う!」

 

 ジンオウガの凄まじい勢いのタックル。ターゲットは殺気を纏いながら此方に向かって突進してくるヤマトだ。しかしヤマトは止まらず走り続ける。ヤマトとジンオウガとの間に──

 

「俺が止めるっ!!」

 

 ディンが入ることを知っているから。

 

「ヴォォォォオッ!!」

 

「だぁぁぁああっ!!さっきより重いが……止めるったら止めるっ!!」

 

 宣言通り、ディンはジンオウガのタックルを正面から受け止めた。その表情には脂汗が見えるが、それでもしっかりと、止め切った。

 

 しかし、止め切ったその時にディンは嫌な感触を覚える。今まで幾体もの強敵と戦い、何度も危険な攻撃を受け止めてきたディンが、今までに感じたことの無いような感覚。まるで、頼りになる壁に亀裂が生じたかのような……。

 

「……嘘だろ?」

 

 そう、バキッ、という何かが割れる音。

 その音が何を意味するのか、ディンにしか解らない。しかし、嫌でも思い知らされるであろう。

 当然と言えば、当然なのかもしれない。今まで、酷使し続けてきたのだから。

 そして、或いは褒め称えるべきなのかもしれない。その身崩れても尚、主人を守り抜いたのだから。

 

「盾、壊れやがった……!」

 

「何だと!?」

 

 そう、その音の正体はディンの持つ大盾の大破。彼の最も得意とする「味方を護る」という行為が今をもって実質不可能となった証の音だ。

 勿論、だからと言ってディンの役目が終わる訳でもなく、足手まといになる事は有り得ない。しかし、護りという、「生き残る」為に最も重要なポイントにおいて大幅な戦力ダウンは否めないだろう。

 

「ディン君、下がって!策は考える!」

 

「っ……悪い!」

 

 よりにもよって、怒り心頭のジンオウガを前にして、自分のパーティとしての最大の役割の盾役を封じられるとは思ってもいなかった。その分身軽にはなるものの、それでもやはりヤマト、リーシャの二人のスピードには適わない。

 

「くっそ……愛着あったんだぞあの盾」

 

 そして何よりも、今まで共に戦ってきた戦友とも言える盾を失った屈辱と悔しさが強い。作戦会議で「俺が盾を持ってる理由はお前らを護る為だ」等と大口を叩いておきながら、このザマだ。

 

「ディン君、落ち着いて」

 

 後ろに下がると、シルバが手にブーメランを握りながらそう呟いた。

 その瞳は、ジンオウガの動きを一瞬でも見逃すまいと真剣に動きを追っている。

 

「……自分の武器を、誇りを、思い出を失う痛みは僕も解る」

 

 リーシャを助けた際に代償として失った矢筒。無我夢中だった上に、それと引き換えに仲間の命を助けられたのだから必要経費ではあると割り切ってはいる。

 

 だが。

 

 あの矢筒はシルバがハンターになったその日から、弓を手に取ったその日から、ずっと使い続けてきた歴戦の仲間だ。薄汚れても、端が欠けても、何度も修理し、磨き、初心を忘れない為にと使い続けてきた。

 思い出が無いはずが無い。

 

「……ああ、俺は落ち着いてるぜ。誇り高きハンターはどんな時も冷静だからな」

 

 その言葉を聞いて、シルバは思わず笑った。果たしてディンが冷静に戦闘を進めたことなど、今までにあっただろうか?

 しかし、その答えを聞いて安心した。彼の誇りは折れてはいない。いや、折れるはずも無かったのかもしれない。

 

「ディン君の防御サポートが無いのは正直かなり辛いけど、このメンバーで一番瞬間火力が出るのも君だ。僕が隙を作る、確実に決めてくれ」

 

「任せな。俺がランスじゃなくてガンランスを使う理由を見せてやるぜ」

 

「カッコイイから、だけじゃなかったんだね」

 

「勿論」

 

 ディンは、不敵に笑った。

 

 一方の前線は苦しかった。

 元々超帯電状態のジンオウガの動きについて行くこと自体がおかしいのだが、そんなおかしい動きをしているヤマトとリーシャのスタミナ管理はかなりシビアだ。

 リーシャはあまり問題ではない。しかし、ヤマトは本来この時間帯は少し後方で体力回復に努める筈だった。ついさっきまでも凄まじい殺気を出しては消し、そして動き回っていたのだ。集中力が切れてきてもおかしくない。

 

「ちっ、思い出すな……この感じ」

 

 脳裏に浮かぶのは、初めてチームハントを行った孤島でのロアルドロス戦。あの頃は大型モンスターとの戦闘経験も少なく、水浸しになった道着の重さに振り回されていたずらにスタミナを失い、ろくに戦うことも出来なかった。

 あの頃とは違う。戦っているモンスターも、仲間も、状況も。ロアルドロスのように甘くなく、アマネのように一人で大型モンスターを翻弄できる訳でもない。かと言って、ここでヤマトが落ちれば総崩れだ。

 

「ここが、踏ん張りどころか……!」

 

「ヤマトさん、いけますか!?」

 

 ぴょんぴょんと飛び回りながらリーシャがヤマトに声を掛ける。

 その答えは、ノーであってはならない。

 

「……当然!」

 

「十秒!十秒一人で稼ぎます!その間に集中力戻してくださいね!」

 

 リーシャは一方的にそう言い残すと、勢いよくハンマーを振り、ジンオウガの顔を無理矢理リーシャ側に向かせる。

 

 十秒。たったの十秒で、集中力を戻す。はっきり言って、無茶なお願いだ。

 

 しかし、十秒。十秒も、一人で稼ぐと彼女は言った。はっきり言って、無茶な申し出だ。

 

 なら、ヤマトも無茶をするしか無い。

 目を閉じる。太刀をゆっくりと引き、全身の血液の流れを感じる。鼓動が聴こえる。走り回って、焦っている鼓動が。

 大丈夫だ。俺はまだやれる。焦らなくていい、疲れはあるかもしれない。だが、動けないわけじゃないだろう?

 

 目を見開いた。ちょうど十秒。

 

 リーシャは本当に一人で十秒稼ぎ切った。それも、彼女は無傷だ。改めて一年先輩の彼女の規格外加減に驚いてしまう。

 

 

 ──そして、今から放つヤマトの必殺技も規格外だろう。

 

 

「……参る」

 

 凄まじい殺気を放つ。その殺気に怯んだジンオウガはヤマトの方を向き、凄まじい勢いで駆け出す。

 殺気に驚いたのはジンオウガだけでは無い。シルバ、ディン、リーシャの三人も底知れぬ殺意に一瞬、恐れ慄いた。

 

「ヴォォォォオォォッッ!!!」

 

 そして、そのままの勢いでタックルをする……と思いきや、その勢いのまま前脚を軸足に回転し、唸りをあげた尻尾でヤマトを殴りつけようとする。そのジンオウガの雄叫びは、渓流に響き渡る。

 

 

 対するヤマトは、余りに静かだった。

 

 

 

 

「──疾ッ」

 

 

 

 

 

 そして、気が付けば太刀は振り抜かれていた。

 

 そこに、ヤマトはいない。

 

 

 恐ろしい程の剣速、そしてカウンター。

 一瞬遅れて、月夜に何か大きなものが舞う。

 

 それがジンオウガの尻尾であるとは、その一瞬では誰も理解出来なかった。ただ一人、ヤマトを除いて。

 

 ヤマトもまた、無傷だ。

 

 

 

 ──月に照らされた池は、まるで空を映す鏡のように透き通っている。

 その鏡に映された巨大な尻尾と飛び散る紅い液体は、散り際の赤い牡丹のようにすら見えた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡花の構え

 

 或いは、狩人の技の深淵である──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ、今のは!?」

 

 ディンの声に、リーシャ、シルバも我に返る。

 今までもヤマトのイナシ、カウンターの精度は天才と言っても差し支えない程に凄まじかった。

 だが、今のカウンターはどう考えてもそういった域を遥かに越えている。

 

 唯一無二の必殺技と言うべきだろうか。集中力、剣速、見切り、どれをとっても真似が出来るものでは無い。

 

「……シルバ、俺瞬間火力もあいつが最強だと思えてきた」

 

「あはは……」

 

 一瞬、時が止まったかのように思えたが、ジンオウガはまだ息絶えてはいない。ヤマトはあの一撃をスイッチに集中力を戻したのか、リーシャと二人で超帯電状態に食らいついている。

 

 シルバは内心、少し焦っていた。

 ヤマトの集中力は、研ぎ澄まされれば研ぎ澄まされる程に、切れた瞬間の反動が大きい。

 リオレイア戦の時のように、戦いの最中にそうなってしまうと、危険極まりないのだ。

 更にまずいことに、ディンの盾が無い。リオレイアの時はディンが間に合って盾で受け止めたから何とかなったものの、今回はそうもいかないのだ。

 

 ……ヤマト君は確かに今はイケイケだけど、スタミナが回復した訳じゃない。休ませるなら、今のタイミングしか無い。

 

 けれど、そうした時に、誰があのジンオウガと渡り合う?リーシャちゃん一人じゃ無理だ。僕はついていけない。ディン君も盾が無ければかなり厳しいはずだ。

 

「……覚悟を決めるしか、無いか」

 

 そう呟くと、シルバはブーメランを仕舞い、代わりに閃光玉を取り出す。そして早鐘のように打ち鳴らされる心臓を落ち着けて、ディンに作戦を話し始めた。

 作戦を聞いたディンは驚いた顔をして、シルバの顔を見る。

 

「……シルバ、大丈夫なのか?」

 

「ははっ、そこで自分の心配をするんじゃなくて、僕の心配をしてくれるんだね。……ありがとう。大丈夫、約束する」

 

 そう言うシルバの額には脂汗が浮かんでいる。

 しかし、ディンはニヤリと笑った。

 

「……任せたぜ、リーダー」

 

「任されたよ」

 

 シルバも微笑み返す。そして息を吸い込み、大声で前線に作戦を伝える。

 いや、それは作戦とも言えないだろう。言うならば、只の無茶だ。

 

「ヤマト君!リーシャちゃんと「僕」の二人で一分稼ぐ!その間に体力スタミナ全部全開に出来るまでギアを上げてくれ!!」

 

「はい!?シルバさん!?」

 

「お前、前線に出るつもりか!?」

 

「一分稼いだらヤマト君はリーシャちゃんと交代!ディン君と二人でリーシャちゃんのスタミナを稼ぐ時間を稼いでくれ!!」

 

 前線二人の驚き、そして疑問を全て無視。そのままシルバは全力で駆け出した。




文字の色を変えられるって聞いた。


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誇りは金より価値がある

 前しか見ない。

 この作戦に穴があるのでは無いか?等考えない。穴しかないから。

 

 けど、ここでヤマトに無茶をさせる訳にはいかない。なら他の誰かが……シルバが、やるしかないのだ。

 

「〜〜っ!!こうなりゃヤケです!!ヤマトさん下がって!」

 

「リーシャ正気か!?」

 

「ヤマト君こそ落ち着いて!そのままじゃすぐにスタミナ切れだよっ!!」

 

 そう叫びながらシルバは手に持っていた閃光玉を投げ付けた。一瞬の後、辺りを凄まじい光が襲う。ジンオウガは不意に襲われた光量の暴力に視界を奪われ、あらぬ方向に向かって暴れ回る。

 

「っだぁぁあ、解った!一旦下がる、死ぬなよ!!」

 

「当然!」

 

 実際、スタミナが回復した訳じゃないことはヤマト自身も理解している。そしてシルバが意外と意地っ張りであることも。折れたヤマトは一度後ろへ下がり、回復薬の入った瓶を飲み干した。

 

「さて、僕は攻撃は出来ないから適度に注意を引いては逃げるだけしか出来ないけど」

 

「充分です!シルバさんに攻撃は絶対通りません」

 

 そう言うリーシャの表情は、今まで以上に真剣そのものだった。

 

「助けてもらったんです、絶対助けますからね」

 

「心強いよ!……来るよっ!」

 

 視力が戻ったジンオウガは、真っ先にリーシャの方に向かって飛び掛る。リーシャはそれをすんでのところで躱し、ハンマーを構えるも追撃の予兆を感じ、すぐに後退。一瞬前までリーシャがいた所にはジンオウガの前脚が大槌のように振り下ろされていた。攻撃の構えを取っていたら、死んでいただろう。

 ジンオウガは更に追撃をかけるべく、前脚を引いて突撃の姿勢を取る。頭をぐぐぐ、と上に上げ……

 

「ゴァッ!?」

 

 突如、ジンオウガの後頭部を小さな、しかし確かに鋭い痛みが襲った。驚いて後ろを振り返ってもそこには誰も居ない。イライラを募らせて辺りを見回す。そして目に留まったのは、ブーメランを手に持ったシルバの姿。

 と、同時にリーシャの攻撃態勢が整った。

 

「ごちそうさまですっ!」

 

 次は鈍い痛みがジンオウガを襲う。シルバはブーメランの戻ってくる軌道を読み、ジンオウガの不意を付き、尚且つ振り返ることが明確な相手の隙となる場所へ攻撃したのだ。その隙を付けないリーシャではない。

 

「なんでそんなにブーメラン上手いんですかっ!?」

 

「唯一リーシャちゃんに勝てるスキルかもね……!」

 

 意外な部分で才能を発掘したシルバ。しかし今の流れでジンオウガは確実にシルバに狙いを定めた。凄まじい勢いでシルバに突撃を仕掛ける。

 遠くで見ていた時よりも、体感速度、迫力、死の誘惑、全てが桁違いだ。だが、今の流れでこちら側に来ることは予想していた。予想外のことには弱いが、予想さえ立てていれば、その対応は不可能じゃない。

 全力で横に飛び、ジンオウガの突撃を躱すシルバ。元々ガンナーの装備は近接距離で戦う剣士達の装備に比べて身を守る部分が少ない分、少し軽めになっている。横っ飛び等で勢いよく距離を稼ぐのは、シルバも苦手では無い。

 そのままジンオウガは身体を捻り、体勢を崩したシルバを尻尾で薙ぎ払おうとした。思い切り横に飛んだ直後のシルバにそれを躱す術は無い。

 しかし、ジンオウガは大きなミスを犯していた。否、大きな事実を忘れていた、と言うべきだろうか。

 

 自分の尻尾は、斬り落とされて短くなっているのである。

 

 短い尻尾はシルバを捉えること無く空を舞う。シルバは一瞬肝を冷やしながら全身に受ける風圧と若干の痺れに負けないように立ち上がる。

 

「ヤマト君のアレが無かったら死んでたね、今の……」

 

 そう言いながらシルバは飛んだ拍子に密かに掴んでおいた石ころを投擲。ジンオウガの鼻先にぶつかったそれは、ジンオウガのイライラを更に募らせる。

 その瞬間に、再度リーシャのハンマーが振り抜かれた。

 

「シルバさん、注意引きすぎです!死にますよ!?」

 

「守ってくれるんだろう?」

 

「限度がありますっ!」

 

 つい先刻前にその限度を超えた結果死にかけたリーシャに言われてしまうと立つ瀬が無い。リーシャは更にもう一撃を脇腹に叩き込み、ジンオウガの注意をリーシャ側に向けた。

 

「ヴォォォォンッ」

 

 ジンオウガは怒りが頂点に達したのか、月夜に向かって雄叫びをあげた。そして雷光虫達が至る所へ飛んでいき、辺り一帯に擬似的な小さな落雷を発生させる。当たれば火傷、痺れは免れないだろうが、数が多い。

 

「うわっ」

 

「熱っ!」

 

「なんだありゃ!?」

 

「あんなの近付けねえ……!」

 

 バチン、バチン!と地面に雷が落ちる度に高い音を立てながら、ジンオウガのボルテージは上がっていく。

 

「シルバさん、やばい気がしますっ!離れてくださいっ!!」

 

「そうは言っても、雷が邪魔で下手に動けない……!」

 

 リーシャの背筋には何か嫌な予感が付き纏っていた。すぐさま持ち前のスピードで雷を見切りつつ駆け回り、ジンオウガの傍を離れる。

 

「じゃあ、いち、にの、さん!で思いっきり後ろにジャンプしてくださいっ!いきますよ……いち!にの!」

 

「えっ!?」

 

「さーんっ!!!!」

 

「ヴォォォォァァァッ!!!」

 

 シルバがジャンプした瞬間と、リーシャがシルバに向かってハンマーを振り抜いた瞬間と、ジンオウガが雄叫びをあげて辺り一帯を電撃で焼き尽くした瞬間は、同じだった。

 リーシャは足先を火傷したが、シルバは勢い良く吹き飛ばされたおかげで電撃によるダメージは無い。

 

「ディンさん、受け止めてっ!」

 

「はっ!?……うぉっ!?」

 

「……ナイスキャッチ」

 

 突如名指しで呼ばれたディンは、吹き飛ばされたシルバが自分の方へ吹き飛んでくる姿を見て驚いたものの、すぐさま体勢を作ってなんとか受け止めることに成功した。隣でヤマトが少し引いているが、怪我が無いのだから些細な問題である。

 

「ジンオウガ、まだあんな技を隠し持っていたとはな……」

 

「リーシャちゃんもまだあんな技を隠し持っていたとはね……びっくりしたぁ」

 

 ハンマーで吹き飛ばされたシルバだが、後ろに跳んでいたことと、殴ることを目的にせずにリーシャがハンマーを振っていたことから、痛みは殆ど無かった。これもある種の才能によってなせる技だろう。

 

「ヤマトさん、もういけますか!?」

 

「……ああ、任せてくれ」

 

「了解ですっ!十秒だけ一人でお願いしていいですか!?回復薬飲んだらすぐ向かいますっ!」

 

 リーシャも今までかなり走り回っている。ここでリーシャとヤマトがスイッチ、シルバは無事仕事を果たしたので本来通りの裏方だ。

 

「いや、リーシャ!一分くらい休んでていいぞ!シルバを頼む」

 

「へっ?」

 

 抱えていたシルバを下ろし、ヤマトの隣に立つディン。

 

「今度は、俺が前に出るからな」

 

「……念の為もう一回聞くが、お前本当に大丈夫なのか?」

 

「お前だって盾が無いのに大丈夫だろ?」

 

「すっげえ不安なんだが……」

 

 ジンオウガはこちらに向かって走ってきている。

 

「お前のイナシあるだろ?あれを俺流に改造するだけだ」

 

「はぁ?……来るぞ!」

 

「おう!」

 

 ヤマトは横に踏み込み、ディンはガンランスの銃口をジンオウガに向ける。普段なら盾で突撃を受け止め、砲撃を確実に当てるのがセオリーだ。しかしその盾が無い以上、突撃を受け止める術は無い。

 ディンはジンオウガが飛び掛ってくる直前にトリガーを引き、砲撃を行った。同時に踏ん張っていた足を「右足だけ」解き、一瞬後に左足の踏ん張りも解く。

 力の抜けた右足は空を舞い、左足を軸に身体が勢い良く回転する。そしてそのまま左足の力も抜ける為、直角に凄まじい勢いでディンは吹き飛んだ。同時に、砲撃はしっかりジンオウガの鼻先を掠めている。

 

「どーだ!」

 

「阿呆かお前」

 

 イナシでも、何でもなかった。唯、少しだけ身軽になったが故の、無理矢理ガンランス高機動、とでも言うべきだろうか。綺麗に直角に飛び、突撃を躱すスキルは素晴らしいものだが、一歩間違えたら突撃を受ける上に、軸足を痛める可能性も高い。所謂「無茶」というやつである。

 

 ジンオウガはターゲットをディンに定める。前脚を大きく上げ、踏み潰そうと勢い良く頭に向かって振り下ろした。

 ディンはそれを躱そうとする素振りすら見せず……姿勢を低くして槍を足裏に突き立て、柄の部分を地面に突き立てる。そして、凄まじい力でジンオウガの足裏を支え始めた。

 

「ぬぐぐぐぐぐぐ……!」

 

「おい馬鹿!?何張り合ってる!?」

 

 そう、今ディンが仕掛けているのは、純粋な力比べである。ディンが力比べに負けてしまえば、そのまま潰される。ディンが勝てば、あわよくばジンオウガを転ばせることも出来る。全力で、ディンは全力でジンオウガの迫り来る脚を押した。

 

「チャンスだっ、ヤマト……!」

 

「このっ……馬鹿っ!阿呆!」

 

 普通に考えて、唯の純粋な力比べで人間がモンスターに適う筈が無い。しかし、ディンは数秒足止めするだけでよかったのだ。何故なら、ヤマトという仲間がその隙に絶好の攻撃を繰り出してくれるであろうから。

 ヤマトは太刀でジンオウガの首元を斬り裂き、その隙にディンは前脚を押し返す。

 

「おまけっ!」

 

 そのついでに再度トリガーを引き、足裏に爆撃を放った。そしてそのままクイックリロード。そして両足を地面から離して再度砲撃。ディンは瞬く間にジンオウガの射程から逃げた。

 ジンオウガは一連の流れを持ってしても尚ディンからターゲットを変えない。追い掛けるように駆け出そうと走り出す。

 

 その瞬間に現れる、剥き出しの殺意。生命の本能がヤマトに反応せざるを得ない。一瞬、意識が逸れてしまえば高機動ガンランサーと化したディンに追い縋ることは不可能だ。

 

「この戦法、斬れ味がアホみたいに落ちるから斬ったり突いたりは出来ねえから!そこんとこ宜しくな!」

 

「死なないならそれでいい!」

 

 休憩を挟んでも集中力は途切れていなかったらしく、綺麗に一撃を加えるところまでは出来ずとも、超帯電状態の、尚且つ怒り状態のジンオウガを相手に俊敏さと反応速度で負けていないヤマト。ジンオウガが飛び掛かればすぐさま横にイナシをかけ、大きく跳べば後ろに飛び退く。そして隙を見ては太刀を振るい、小さな切創を増やしていく。

 しかし、的確な一撃を見舞うことが出来ない。あと一歩、という所で攻めきることが出来ない。実質一人で戦っているから、隙を見出しにくいのだ。

 

「ディンッ!」

 

「任せろっ!」

 

 だから、的確な一撃は自分ではなく、ディンに任せる。前脚による攻撃を外側にいなし、身体を入れ替えるようにディンがそこに割り込む。そしてその前脚に叩き込まれるフルバースト。そのダメージは確かに反映されているだろう。

 

 ──しかし、ジンオウガは怯む素振りすら見せずにそのまま二人を薙ぎ払った。

 

「なっ……!?」

 

「痛ってぇ!」

 

 まるで痛みなど感じていないかのような一撃。二人は鈍い痛みと痺れを全身に感じつつ、追撃の手をなんとか躱す。

 

「体力底無しかよ……!」

 

「もう、結構ぶっぱなしてると思うんだけどなぁ!?」

 

 そしてジンオウガは、吹き飛ばされた二人から目を逸らし、インターバルを取っているリーシャと武器を持たないシルバの方を向いた。

 

「!?」

 

「やっべぇ……!」

 

 そしてジンオウガが突撃を始める。シルバは急な展開に驚き反応が遅れ、リーシャもハンマーを構えるが対応策が見付からない。一人なら躱すことも出来るが、シルバも共に逃がす方法が無い。

 

「しまっ──」

 

 

 

「そうはさせねえぇぇぇ!!!」

 

 

 

 突如、二人とジンオウガの間に人影が割り込んだ。

 砲撃で勢い良く自らを飛ばしたディンだ。

 

「盾は無ぇけどっ……止めるっ!!」

 

 そう言い放ったディンはガンランスを自らの背後に突き刺し、それを支えに両足を踏ん張り始めた。彼は、盾が無くとも、盾が無いのに……ジンオウガの突撃を真正面から受け止めるつもりなのだ。

 

 ジンオウガの巨体が、ディンという一人の人間に突き刺さる。ディンは両手を広げてジンオウガの首元を掴み、突撃の勢いに負けまいと全身を震わせた。背中にガンランスの堅く、強い誇りを受けて。

 

「ぬぉあっ!?ゲホッ、ぐぅぅぅ……」

 

「ディンさん!?」

 

「無茶だ……!」

 

 ミシミシ、という全身が軋む音が聞こえる。実際、ディンの全身は悲鳴を上げている。骨が折れていてもおかしくない。全身を電撃の痛みが襲っているだろう。しかし、勢いは止めた。あとは、純粋な力比べ。人間が適う筈も無い、力比べである。

 

 三人は、一歩も動けなかった。今動けば、今攻撃すれば、確実なダメージを与えられる。ディンが身体を賭け金代わりにして生み出した絶好のチャンスだ。けれど、動くことは許されなかった。

 ディンは身体だけではなく、狩人として、自分自身としての誇りを賭けてこの力比べを挑んでいる。彼の誇りが、他の三人を縛り付けてしまったのだ。

 

 当の本人は、何も考えていなかった。否、何も考えられなかった。

 勝てる見込みの無い力比べ。全身を襲う焼けるような痛みと、鈍くのしかかるような痛み。一瞬でも自分の誇りを疑えば、その途端に全身の骨は砕かれ、誇りは散る事となるだろう。

 

 そもそもどうしてこんな事をしているんだ、俺は?

 ジンオウガ相手に力比べなんて、人間が勝てるはずないだろ。

 でもしょうがないじゃねえか、身体が勝手に動いたんだから。

 

 狩人の、俺の誇りに懸けて。盾が在ろうが無かろうが、護れる場所にいる仲間を護れねえのは嫌なんだよ。

 

 その誇りを掲げたまま死ねるならそれで結構。誇り高き狩人だからな、俺は。

 

 

 

 

 

 

 ──目的があるなら、達成するまで死ぬかもしれない無茶なんてしちゃダメです──

 

 

 

 

 

 

 

「ディンさんっ!誇りの為に死ぬとか考えてません!?もしそうだとしたら……私、ディンさんのこと殺しますよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 いつだったか、居酒屋でリーシャに言われた、「やっぱり、ディンさんはダメです」の一言。

 

 あー、そうだったな。俺の目的は誇り高き狩人になって母親を見返すことだ。誇り高き狩人になることがゴールじゃなかった。

 

 

 此処で死んでいられねえ。

 

 

 

「ぐぅぅぅ……ぅぉぉおおおらぁぁぁっ!!!」

 

「ヴォォッ!?」

 

 

 

 

 

 

 ディンの誇りが、ディンの本能が。

 或いは、狩人の本能が、彼の身体を鋼鉄、竜の鱗、それらよりも堅牢な何かへと変化させた。

 

 無論、それは物理的にそうなった訳では無い。それは一種の催眠、或いは自己陶酔の域になる。しかしそれでもその堅牢な誇りは、自己陶酔は、自らの秘めたる力を最大限発揮するには充分過ぎた。

 ディンはジンオウガを押し返し、全力で鼻先を殴りつける。そしてガンランスを抜き、斬れ味の無くなった刃で更にもう一撃鼻先を殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後に、その鋼よりも堅い意思と誇りは狩人達に受け継がれ、新たな狩人の境地を開く……

 

 

 その名は、金剛身

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





狩技に関してはかなり自己解釈が含まれます。あと、ゲームと違う点が多々ありますが、この世界ではそんな感じなのです(?)


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狩人の矜恃

「っだらっしゃぁぁあ!!見たか火事場の馬鹿力ァ!!」

 

「馬鹿力というよりただの馬鹿だろう……」

 

 決して小さなモンスターとは言えない大きさのジンオウガの突撃を真正面から受け止め、力比べに打ち勝った。ディンは笑いながらガンランスを仕舞いつつ後ろへ下がったが、全身を襲う痛みは相当のものだろう。

 精神と誇りが、彼の身体を金剛の如き堅牢さに仕立て上げた。集中と戦いのテンションから最高級の斬れ味を生み出すヤマトとはベクトルが違うものの、間違いなく彼の必殺技と言えるだろう。

 

 問題は、見ていた周りの三人の肝が冷えたことである。

 

「リーシャ、スイッチだ!」

 

「言われなくてもですっ!」

 

「君は一回下がって休みつつ頭も冷やしてくれ!」

 

 心無しかリーシャの語気が荒く、シルバの声にも棘が見える。助けて貰ったことは感謝するしかないのだが、あれ程危険な綱を渡って欲しかった訳ではなかった。

 しかし、今のディンの働きが狩人側に流れを引き寄せたことも事実である。だからこそ、この流れで確実に倒し切る。ディンのダメージは、決して小さくは無いのだから。

 

「ヤマトさん、私が動き回ります!」

 

「任せたっ!」

 

 そして前線は最も動ける二人が担当。ここで決め切るつもりで、ヤマトは集中力をさらに研ぎ澄ませた。

 リーシャが動くのであれば、ヤマトの仕事は確実な一手を決めること。気配を殺し、敵を殺すその瞬間を見定める。

 

 完全に気配と殺気を支配したヤマトは一瞬でジンオウガの警戒を薄め、ジンオウガはリーシャに釘付けとなる。そのリーシャは脅威の慣れの速さでジンオウガの超帯電状態のスピードに対応出来ている。現時点で最もジンオウガに対して「戦える」二人だ。

 踏み潰そうと放ってくる前脚は無理せずに横に跳んで躱す。タックルは後ろに退く。身体を捻って辺りを薙ぎ払おうとする動きは直前の動きを見て直ぐに離れる。先程ヤマトが尻尾の先を切り落とした為、尻尾を絡めた攻撃は幾分か躱しやすくなっている。

 

「もう、これ以上長引かせません……!」

 

 リーシャの瞳に炎が宿る。先刻はその想いが先走り、致命的なピンチを招くこととなったが、今は心と身体がしっかりと共鳴している。ヤマト、ディンの二人が見せた狩人の技の真髄。そんなものを見せられて、一年先輩の天才少女が、またミスをするわけにはいかないのだ。

 

 ジンオウガの突撃は落ち着いて横っ飛びに躱す。そしてその横腹に一撃を加えようと……

 

「……っ!」

 

 加えようとしたが、ジンオウガが腰を捻ろうとしていることに気がつき、直ぐに後ろへ跳ぶ。数瞬後、ジンオウガは勢い良く飛び上がり、尻尾で辺りを薙ぎ払った。着地と共に辺りに活性化した雷光虫を撒き散らし、狩人側の進撃を阻む。

 その雷光虫達をいとも容易く躱したリーシャは、今度こそジンオウガの横腹を狙いに飛び掛かる。ジンオウガはそれに気がつき迎え撃とうとリーシャを正面に見据えるが、

 

「忘れるんじゃねえぞ?」

 

 不意に現れる殺気の渦。ジンオウガから少し距離を置いていたヤマトから放たれた剥き出しの殺意に意識を逸らされた。

 

「ほっぷ!」

 

 その隙に繰り出される大槌の一撃。それは確実にジンオウガの首元を捉える。

 そのまま懐に潜り込み、二撃目を振りかぶるリーシャ。しかしジンオウガは一撃目を受けた時点で殺気を放っていたものの距離があるヤマトを意識から切り離し、リーシャに確実に狙いを定めた。そして頭を振りかぶり、角で彼女の頭を砕こうと……

 

「させないっ!」

 

 ジンオウガの目が、凄まじい程の熱量で満たされた。

 目を的確に狙った投擲。放たれたのはブーメラン、投げたのはシルバである。

 ジンオウガの片目は潰され、少なからず痛みに怯んでしまう。その隙が、リーシャに対応する手を一手、遅らせる。

 

「すてっぷっ!!」

 

 二撃目は頭に。先程の一撃目、そして二撃目、おまけに目を潰したブーメランの投擲。決して小さくはないダメージ量だ。たとえ相手がかの轟竜だったとしても、これらを一気に喰らってしまっては怯み、その場に立ち尽くすしか出来ないであろう。

 

 ──しかし、無双の狩人は恐れることに疲れ、痛みを感じていない。

 

「ヴォァァァアアッ!!!」

 

 そして、攻撃が終わったばかりのリーシャ目掛けて、形振り構わずに身体をぶつけて推し潰そうとした。

 

「っ!?リーシャ逃げろっ!!」

 

「やべえ、間に合わねえっ!!」

 

 

 

 遠くに聴こえる二人の後輩の声。彼等二人の必殺技とも言える絶技……謂わば狩技。

 狩人の真髄とも言える絶技を後輩達に見せられて、先輩である私が手本を見せられなくてどうする?

 

 彼女の瞳に宿っている意志は消えない。力強く、目の前のジンオウガを正面から見据えていた。

 その視界は片目を潰されたジンオウガとは逆に、自分でも驚く程に良好だった。そう、まるで世界の全てが、狩人が戦う為に必要な、生きる為に必要な情報が全て見えているかのような。全てがスローに見えているような。

 

 

 

 ──ああ、そういえば「もうダメだ」って思った時も、こんな感じにスローだったな。

 

 

 

 あの時は諦めていた。

 今は違う。

 

 どのように身体を動かせばいいのか、手に取るように解る。ジンオウガの全身が私に迫ってくる。簡単だ、身体を捻って、勢い良く地面を蹴ればいいんだ。そう、「今日はその動きを何度も見ている」。それを、躱す為に使えばいい。そのまま、大槌を振るえばいい。

 

 

 

「……じゃぁぁぁぁんぷっ!!!」

 

 

 ──狩人の生存本能。生きる為に躱し、狩る為の牙を研ぐ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対回避【臨戦】

 

 生き延びることこそ、狩人の真髄である──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマト達は、何が起きたのか理解できなかった。

 リーシャが凄まじい叫び声と共に、まるでジンオウガをすり抜けるかのように飛び抜けたのだ。驚くことに、彼女は無傷であの巨体のプレスを躱してしまった。

 

 彼女の真髄とも言える必殺技。それを引き出したのはヤマトのような集中力の限界値であり、ディンのような誇りでもある。彼女の先輩としての意地と矜恃、そして狩りの中で洗練される動きと対応力が生み出した絶対的な回避、そして次の一撃に繋げる為の牙。

 推し潰そうとした人間が瞬く間に消えてしまったジンオウガは、その手応えの無さに一瞬戸惑い、推し潰そうとしていた人間を探す。

 しかし、探し始めた頃にはもう遅いのだ。

 

「おまけっ!!」

 

 突如、背中に後ろ脚に鈍い衝撃が走る。絶対回避で飛び抜けたリーシャが、そのままの勢いにハンマーを振り抜いたのだ。そしてそのまま安全レンジへと退避。その代わりに……

 

「ヤマトさんっ!」

 

「よくわかんねえが……任された!」

 

 その代わりに、ヤマトが凄まじい勢いで踏み込み、もう片方の後ろ脚をスラリと斬り裂く。そして放たれる殺気。ジンオウガは意識を切り替え、ヤマトを正面に捉えようとした。

 だが、ジンオウガが痛みのした方へ顔を向けても、そこに人間の姿は無かった。殺気もそちら側からしていたはずなのに、「見えない」のだ。

 

「シルバ、いい仕事してくれたぜ……!」

 

 ジンオウガの首元が斬り裂かれる。その一撃はジンオウガの「死角」から現れた。

 ヤマトは脚に一撃を見舞った後、ジンオウガがこちらを向くことを予想してシルバが潰した方の目でしか見えない位置に滑り込んだのだ。ジンオウガは数十秒前まで見えていた景色に囚われ、「見えていない」部分を「見誤った」。

 

 すぐに切り替えたジンオウガはヤマトを押し返そうと、前脚を突き出す。ヤマトは落ち着いてその前脚をいなし、後ろへステップを踏んだ。

 

「なら僕も……おまけっ!!」

 

 そしてヤマトの背後から風を切り裂いてブーメランが飛んでいく。ブーメランはジンオウガの鼻先を掠め……そのまま弧を描かずに何処へと飛んで行った。

 

「ブーメランがっ!」

 

 シルバは思わず悲痛に叫ぶ。当然予備のブーメランもあるにはあるのだが、返ってこないブーメランは少し悲壮感が漂うのである。

 そしてジンオウガはブーメランを投げていた投擲手に狙いを定める。シルバがヘイトを引きすぎてしまった。シルバは武器も持たず、ディンのようにジンオウガを押し止めることも出来ない。そして今は、一人だ。

 

 しかし、ジンオウガはすぐに違和感を感じた。……おかしい。何かがおかしい。

 先程押し潰し損ねた、大槌の人間。今、暴れている太刀の人間。そして、苛つく投擲手。

 

 ──あと一人。槍使いは、何処だ──

 

 

「ここだぁっ!!」

 

 

 突如意識の外から受ける、何かが爆裂したかのような痛み。そこでは、ジンオウガが違和感を感じた正体であるディンがフルバーストを放っていた。

 

 シルバはヘイトを引きすぎたのでは無い。「敢えて、ヘイトを引いた」のだ。直前にディンは大きな一撃を決めるために動き出し、その動きを悟られない為にブーメランを投げる。……何処かへ飛んで行ったのは計算外だったが、これで大ダメージを与えるに至った。

 

「リーシャっ!」

 

「おまけのおまけですっ!!」

 

 そこに間髪を入れずハンマーを振り抜くリーシャ。その一撃はあの時、リオレイアを死へ至らせた止めの一撃を想起させる威力であった。

 

 それでも、ジンオウガは止まらない。倒れない。

 

「ヴォァァァアアッ!!」

 

 天に向かって、月に向かって吼えるジンオウガ。そして辺りに撒き散らされる雷光虫、其れはまるで落雷。先刻リーシャとシルバを苦しめた、ジンオウガの奥の手だ。

 

「まだそんな力が残ってんのかよ……!」

 

「やばいぞ、ヤマト!退けねえ!」

 

 ヤマトとディン、そしてリーシャの三人が飛び交う落雷に囚われてしまい、離れることすら出来なくなってしまった。小さな落雷達に当たる程動きが鈍くは無いが、三人は既に知っている。……この小さな落雷の直後に、凄まじい放電が待ち受けていることに。

 

「三人共、なんとかして離れてくれっ!」

 

 シルバがそう叫びながら予備のブーメランを投げる。それは首元を切り裂くものの、ジンオウガの意識を逸らすには至らない。

 

「ヤマト、俺に掴まれ!」

 

「何する気だ!?」

 

「砲撃ダッシュで無理やり切り抜ける!」

 

 そう言いながらディンがガンランスの砲弾をリロードする。ヤマトもジンオウガの放電の範囲から逃れることは出来ずとも、なんとかディンの傍までは行けそうだ。逡巡の暇も無く走り出す。

 

 

 そんな中、リーシャはただ一人、ハンマーを納めてその場に棒立ちになり、そしてただ真っ直ぐ、ジンオウガを見据えていた。

 

 

「知ってますよ、私。……いや、解ってます」

 

 恐らく、今回の狩りで一番前線に立っていた。

 その狩りの中で、この無双の狩人というモンスターの動きに対応し続け、一度は殺されかけ、そして自らの新たな境地を開き。

 

 この狩りの中で、彼女は相対する強敵の、ジンオウガの限界値を完全に理解し切った。

 

 だからこそ解る。

 

 ジンオウガが、一際高く吼えようと、そして最大の咆哮と共に最大の放電を……

 

 

 

 

 

「……もう、限界なんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 天高く、頭を月に伸ばしたその姿のまま、雷狼竜の時が止まった。耳を割くような咆哮も、身を焼き、全身を食い荒らすような痛みを伴う放電も、そして溢れ出る生の存在感すらも、狩人達には襲い掛かることは無かった。

 電気信号が、限界を越えていたジンオウガの身体を、無理に動かしていた。溢れ出る雷光虫の力が、ジンオウガに自らの限界値を見誤らせた。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。天を睨んでいた双眸が閉じられ、空を割こうとしていた頭も地に堕ちる。霧散する碧の輝き。力を失った雷光虫達が、一斉に弾けて逃げていったのだ。輝きを失った雷狼竜の姿は、まさにたった今、命が尽きたことを示すようで。

 

 ──例えば、リーシャが絶対回避でプレスを躱し、そして返しの一撃を見舞った時。雷狼竜の限界は、訪れていたのかもしれない。

 それを越えて尚、雷狼竜が戦い続けたのは、単純な電気信号による限界値の突破。無論其れだけである。

 

 しかし、無双の狩人と呼ばれる雷狼竜である。或いは、目の前の四人の狩人が真髄とも言える狩技に辿り着き、新たな世界を踏み出した。ジンオウガ自身も、自らの新たな境地に挑戦したかったのかもしれない──

 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

「なんだ?」

 

「終わった……の?」

 

 狩人達は、雷狼竜の最大の必殺技に身構えていたというのに、その一撃が訪れず、代わりに戦いの終わりが訪れたことに拍子抜けしてしまった。無論、あのまま最大の必殺技を受けてしまえば無傷とはいかなかっただろう、来ないに越したことは無いのだが。

 

 

 唯一人、天才少女はその終わりを受け入れ、そして微笑んでいた。

 

 

 

「……はい、終わりです」






最期は呆気なく。

感想とかよろしくお願いします〜


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狩りを終えて④ 「おかえり」

期間空いて申し訳ないです。毎回言ってる気がする。


 月下雷鳴、渓流での死闘。限界を越えて尚暴れ続けたジンオウガを狩猟した四人もまた、限界を超えた力で狩りをしていた。ある者は武具を失い、ある者は一度生を手放し……何か一つでもピースをかけ違えていたなら、間違いなく死者が出ていただろう。

 それほどまでに苛烈な戦いを繰り広げた四人は、帰りの竜車に揺られながら、文字通り死んだように眠っていた。渓流に向かう時には最も険しい表情で、焦りすら見せていたリーシャの寝顔が、最も安らかで無邪気なものだった。

 

 何はともあれ、雷狼竜は狩猟され、彼女の姉の生命を繋ぎ止める薬は無事にユクモ村へ届けられるのだ。

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

「着いたよ、皆。ほら起きて」

 

 竜車がユクモ村に到着し、揺れが収まったことで目を覚ましたシルバが三人を起こす。いつの間にやら空の一部が赤く染まり、直に朝が訪れることを教えていた。三人はもぞもぞと動きながら目を覚まし、しょぼくれた瞳で帰ってきた村を見る。

 見慣れた門、見慣れた景色。無事帰ってきた証だ。

 

「リーシャちゃんはお姉さんのこと、気になるだろう?報告は僕が済ませるから行っておいで。報酬金の分配は各々疲れを取ってから、夜にでも」

 

「そうします……シルバさん、ありがとうございます」

 

「じゃあ、一旦ここで解散かな。また夜に集会所で」

 

 その言葉と共に、リーシャは真っ直ぐ姉の待つ家へと向かう。シルバは宣言通りクエスト達成の報告を、ディンは壊れた武具の跡継ぎを探したいのか、加工屋の方へ歩いていった。恐らく、この時間には加工屋も寝ているだろうが。

 あれ程激しい狩りをしていたのがつい数時間前とは思えない程に、静かな解散、そして静かな時間。疲れのあまり眠っていた頭がまだ働いていないのか、ヤマトは呆然とそこに立っていることしか出来なかった。ぼんやりと、「夜に集会所」という約束の言葉が脳を渦巻く。

 何故か、喪失感がヤマトを襲った。狩人の真髄に辿り着き、絶技を繰り出せた瞬間の快感を、もう少し味わっていたかった。「死」という概念が怖くて仕方が無かった筈なのに、それと隣合わせにいた時間は満たされていた。

 

 本来は、それで満たされていてはいけないはずなのに。

 

「……帰るか」

 

 ぼんやりした頭が喪った何かを求める前に、帰って休もう。恐らくそれが、今の彼に一番必要なものだった。

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 見慣れた居住区。歩いているうちに、段々空が明るくなっていく。満月はいつの間にか姿を隠し、代わりに太陽が新たな時間を光を与えにやってくる。

 狩りに出向いていない日は、この時間に目を覚まし、自らを磨く為に外へ出て修行用の木刀で素振りを始めているのだろう。そして稀に幼馴染がフラフラと眠い目をこすりながらやってきて、「毎日元気だねぇ」とニヤニヤ笑いながら野菜を届けに来て──

 

 

「ふんっ!せいっ!でやぁっ!」

 

 

 昔から聞き慣れた、少女の気迫の篭もった声が聞こえた。家が近付いてくる程に、その声は大きくなる。そう、きっと彼女は、俺を冷やかしに来る時はこの辺りから俺の声が聞こえてきて、そして……

 家が見えてくる頃には、木刀を鋭く振り下ろす幼馴染の姿が見えてくる。きっと、彼女からは短い髪の先から汗が垂れる俺の姿が。

 今の俺からは、赤い、長い髪を揺らしながら汗を拭く彼女の姿が。

 

 いつもとは、逆の立場だ。違うことがあるとすれば、野菜があるか、無いかの差だろう。近付いていくと、掛け声と共に木刀が風を切る音も聞こえてきた。彼女は一度、迅竜ナルガクルガを相手にハンターの使う太刀を持って大立ち回りを演じたのだ、軽めの木刀であればいとも簡単に振り抜けるだろう。

 

 ──毎日元気だねえ。

 

 その台詞は、きっとヤマトには似合わない。だから、代わりの言葉を探す。

 

「……木刀、貸した覚えはないんだが」

 

 何故か、零れた言葉は意地の悪い冗談だった。

 そのヤマトの意地悪で、ようやっとリタは彼に気付く。どうやら真剣に素振りをしていたらしい。

 リタは、疲れ切っていて、尚且つ体中に戦いの痕の残ったヤマトを見て、思わず吹き出すように笑った。

 

「今日は、元気じゃなさそうだね?」

 

「死にかけたからな。疲れきってんだよ。……お前は元気そうだな」

 

「あははー……そうでもないんだけどね、素振りしてたら楽しくなっちゃった」

 

 木刀を肩に担ぎ、ニシシと歯を見せて笑うリタ。そんな彼女につられて、思わずヤマトも笑ってしまった。

 

 ──そういえば、今まで狩りから帰ってきたヤマトに、ちゃんと「おかえりなさい」を言ったことが無かったかもしれない。

 初めてヤマトがチームハントに挑んだ時。その時に「おかえり」は言ったが、第一声は「ヤマトのバカ!」だった気がする。

 

 ふと、気付いてしまったリタは木刀を投げ捨てて頭を抱えたくなってしまった。

 私のバカ!なんで今までちゃんとそれを言えてないのよ!?

 

「……どうした?お前急にすげえ変な顔になってるぞ」

 

 笑いながらそんな思考に陥り、笑顔と苦悩と怒りが入り交じったなんとも形容し難い表情となっていたリタを見て、ヤマトは若干呆然とする。

 

 ──今日こそ、ちゃんと言わなきゃ。

 

 

「ヤマト!」

 

 

「んあ?」

 

 

 ただ、一言。当たり前の挨拶。ただ、改まって言うと、少し恥ずかしい気もして。

 

 然れど、言わなくてはならないのだ。共に戦う仲間は居れど、彼を待ち、迎える者は多くないのだから。

 

 

 だから、笑顔で。満面の笑顔で言う。

 

 

 

  「おかえり」

 

 

 

 朝日が昇り、彼女の赤毛を黄金色に染め上げた。

 

 太陽の輝きも相まって、彼女の笑顔はとても華やかに見えた。

 

 疲れきっている。だけど、今の体力で最大級の笑顔で返す。

 

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 

 ──ああ、久しぶりに見るな。ヤマトのそんな笑顔。

 

 やめてよ、また好きになるじゃん。

 

 

 

 思いがけず、幼馴染の笑顔を互いに見た二人は、声を上げて笑う。そして朝日の眩しさに目がやられてしまう前にヤマトが目を逸らし、リタが先にヤマトの家へ入った。

 

 眩しくて、ヤマトには途中からよく見えていなかった。思わぬ彼の笑顔を見て、頬を赤らめながら笑っていた彼女の表情が。

 ある意味、リタは太陽に感謝するべきだったかもしれない。そして、ヤマトの目が慣れる前に、家の中へ逃げ込んだのだ。

 

「疲れてるんでしょ!ご飯作ってあげる!」

 

 家の中からリタが叫ぶ。その張り上げた声が、彼女の照れ隠しであることは、恐らくヤマトは知らない。

 

「悪いな、世話になる」

 

 そう言いながらヤマトも家の中へ入る。太刀を壁に掛け、どかりと椅子に座った。

 

「あー……しばらく立てねえ」

 

「お疲れ様。しばらく立たなくていいよ」

 

 スコン、スコンと包丁が野菜を切る音が響く。規則的に聴こえるその音が心地よくて、ヤマトはだらしなく机に突っ伏した。

 

「寝ないでよ?折角私がご飯作ってあげてるんだから」

 

「起きてる」

 

「寝たら刺すからね」

 

「正気じゃねえ……」

 

 元より寝るつもりは無かったが、その一言で背筋が一瞬冷えた。

 

「そういや、あの旅芸人は大丈夫だったのか?ハルコさんにしごかれて……」

 

「あー、大丈夫だったよ。夜には動けるようになってた」

 

「そりゃよかった」

 

「で、何故かそのまま私の家の道場に泊っていった」

 

「……そりゃ、災難だったな」

 

「あはは……でもね、一つ芸を教えてもらったんだ」

 

「芸を?お前が?」

 

「うん。大昔、戦争があった時代にね。戦地へ向かう家族や友達が、無事に帰ってきますようにってお願いする歌。それと、踊り」

 

「へぇ。今度聴かせてくれよ」

 

「だーめ。まだ下手くそだし、ヤマトが狩りに行った時に歌うものだもん」

 

 いつの世も待ち人は辛いものであるらしく、パノンがその歌を教えてくれた時、彼女はその歌詞に痛々しいほど共感を覚えた。かつて失った二人の「姉」のことを一瞬思い出し……そしてジンオウガと死闘を繰り広げているであろう彼のことを想い。

 

「……それで、パノンさんと仲良くお話していたら「夜なのにうるさい!!」ってお母さんに怒られて、家から追い出された」

 

「……そりゃ、災難だったな……」

 

 その風景が明確に想像出来てしまうヤマト。ハルコならやりかねないのである。

 

「しかもね、パノンさんは追い出されないんだよ!?ズルくない!?「あの人は手負いだから許してあげるの」って言ってたけどさ!手負いにしたのお母さんじゃん!?」

 

「まじで災難だったな……てか何処で寝たんだよお前」

 

「え?ここだけど」

 

「……」

 

 当然のように勝手に自宅を使われていたのだった。あまりにも淡々と言われてしまい、疲れも相まって反論する気すら起きない。

 

「でもヤマトのベッド寝心地悪いからなー。ぬいぐるみ一個しかないし。だからこんな朝早くから起きてたんだよね」

 

「人の家に勝手に入って俺のベッドに文句言うとはどういう了見だお前は」

 

 流石に突っ込まざるを得なかった。

 リタ以外にそんな真似をする友人はいないが、リタ以外にこのような真似をされたら縁を切るレベルである。

 

「……はい、できた。たくさんめしあがれ」

 

「今お前有耶無耶にしただろ」

 

 見計らったようなタイミングでリタ特製の朝食が出来上がり、話の流れをぶった切られる。しかし反論意欲は食欲に勝つことは出来ず、突っ伏していた体を起こし、さらに盛り付けられた野菜たっぷりの朝食にがっついた。

 

「あっ、こら!いただきますくらい言いなさい!」

 

「あ、悪い」

 

 

 

 いつの間にか、ヤマトの心の中にあった喪失感は消え去っていた。

 

 狩りの中にしかない、あの刹那の感覚は、確かにヤマトの中の何かを満たしていた。

 

 しかしそれと同じように、ここにしかない幼馴染との時間も、ヤマトの中の何かを満たしているのだ。




しかも若干短くて申し訳ないです。


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狩りを終えて④ 「さよなら」

短いです。
第4章ラスト。よろしくお願いします。


「ただいま、お姉ちゃん」

 

 狩りを終えて、身体は疲れ切っている。

 それでも、リーシャが家に帰る時は、必ず笑顔だった。たとえ死を間近に感じ、無双の狩人を相手にした帰りであろうと、今日も同じ笑顔で帰るのだ。

 

 姉であるエイシャを、何があっても心配させない為に。

 

 エイシャはすぅと寝息を立てて眠っていた。その寝顔はリーシャとよく似ていてとても無邪気だ。あまり苦しそうな表情をしていないところを見ると、今は少し安定しているらしい。

 そんな姉の表情を見て少し安心したリーシャは、張っていた肩の力を抜き、静かに姉のベッドの傍に座る。本当はこのまま眠ってしまいたいが、今日はエイシャの為に旅芸人パノンが芸を見せに来る。客人が来るのに、リーシャが爆睡しているわけにはいかないだろう。

 それでも、少しだけ。少しだけ、姉がゆっくり休んでいる間だけ。大丈夫、少し遅れるもののちゃんと薬も届くのだから……。

 

 

  「……リーシャ?帰ってたの?」

 

 

「……お姉ちゃん、起きたの?」

 

 

 突如、声を掛けられた。エイシャが目覚めたらしい。眠気は急に吹き飛び、ムクリと立ち上がってエイシャの顔を見た。顔色は悪くは無いが、体調が良いわけではなさそうだ。

 

「おかえり。聞いたよ、あんたが私の薬の為にジンオウガを倒しに行ったんだって?」

 

「うん、そうだよ」

 

「……ありがとね。でも、あんまり危ないことばっかりしちゃダメだからね?」

 

「……うん、解ってる」

 

 脳裏に浮かぶのは、絶望的な状況に立たされ、一度生きることを諦めたあの瞬間。今回の狩りは、間違いなくリーシャの狩人人生の中で最も危険だった。

 そして、そのことを、恐らく姉は気付いている。

 

「……ごめんね、リーシャ」

 

 エイシャは布団の上で、目を伏せながらそう言った。

 

「……私を心配させない為に、私に何とか生きていて欲しいが為に、あんたが命かけて、無理してるんだもんね。お姉ちゃん失格だよ」

 

「そんなことないっ!」

 

 リーシャは姉の言葉をかき消すように叫んだ。

 

「私ね、最初は、最初はお姉ちゃんの為にハンターになって、お姉ちゃんの為に狩りに行ってたよ?けどね、今は違うんだ。勿論お姉ちゃんの為でもあるけど、ハンターとして生きるのが楽しいんだよ。シルバさん、ヤマトさん、ディンさん……仲間が、友達が出来たし、皆といる時間はすごく楽しい。だから、だから」

 

 疲れで頭が回らない。自分でも何を言っているのか解らない。何故か、じんわりと涙が込み上げてきた。

 

「そんなこと、言わないで?お姉ちゃんはお姉ちゃんだから」

 

 疲れで頭が回らない。どうして、あの時私は命を手放しそうになったのだろうか。こんなにも、大切な仲間と家族がいたのに、どうして私は先に逝こうとしたのだろう。だめだ、今考えることが出来ない。

 

「……そうだね、ごめん。悪かった」

 

 エイシャは、リーシャの泣き顔を数年ぶりに見た気がした。リーシャは、エイシャの前で泣こうとしないのだ。彼女なりに、エイシャに気を遣わせまいと振る舞っているのだろう。

 こう言えば、「そんなことないよ」とリーシャは否定するだろう。だが、彼女の生を少なからず縛り付けてしまっているのはエイシャだ。少なくとも、彼女はそう思っていた。

 

 だからこそ、彼女が涙目で「ハンターとして生きるのが楽しい」と言ったことが、エイシャは涙が込み上げてくるほどに嬉しいことだった。

 

「……でも、あんたはもう少し自分のことを考えてもいいんだよ。あたしに縛られないで……恋とかさ」

 

 涙を浮かべていることを悟られたくなかったエイシャは咄嗟に茶化し、したり顔でリーシャに問いかけた。とは言えど、エイシャ自身も実際気にはなっていることなのである。姉のことを気にかけすぎているからなのか、リーシャ自身が子どもっぽく見えてしまうからなのか、或いは彼女がエイシャに話していないだけなのか、彼女の色恋事情の匂いがしないのである。

 そんな姉の俗っぽい問いに対し、リーシャはきょとんとした顔をした。

 

「ほぇ?えっと……恋愛?」

 

「そうだよ、恋愛。あんただって子どもじゃないんだからさ、好きな人の一人や二人くらいいるでしょ?お姉ちゃんに教えなさいよ」

 

 先程までの雰囲気はどこへやら、エイシャの表情は非常に悪戯っぽいものとなっていた。

 何故かリーシャが思い出したのは、リオレイアと狩猟した後の居酒屋での打ち上げだった。あの時、リーシャは今のエイシャと同じような質問をシルバにした記憶がある。そしてその時のシルバの答えは「叶わぬ恋だけど」という前置きがついた、想い人の存在の告白。

 

 少し、胸が痛くなった。

 その感情は、今までのリーシャの知っているものではなかった。

 

 思えば、今回のジンオウガの狩猟に向かうと決めた時。真っ先に自分について行くと手を挙げてくれたのは誰だっただろうか。子どものように泣きじゃくっていた私の頭を撫でてくれたのは誰だっただろうか。

 思えば、彼女自身が生きることを手放そうとした時に、その命を繋ぎ止めるために命を懸けて飛び込んできてくれたのは誰だっただろうか。

 

 銀色の彼のどこか儚げな笑顔が、脳裏に強く浮かぶ。その笑顔は、彼女には絶対に出来ない笑顔だ。何故そう思うのかは解らないが、何故かリーシャには最初からそう感じていた。

 その笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなくなった。自分には無いもの、欲しいもの。天才と呼ばれる彼女では、永遠に手にすることが出来ないもの。

 

 そっか。

 

 

 好きな人ってこういう人のことか。

 

 

 

「……うん、あのね」

 

 

 リーシャは自分の中に芽生えた知らない感情に、否、芽生えていたことに気付けなかっただけの感情に、頬を赤らめながら姉に話をしようとした。

 

 その時に思い返される言葉。

 

 

 

 

 ──うん、素敵な人だよ。……いつか、話してあげる──

 

 

 

 

 

 シルバの中にある恋は、きっとまだ終わっていないのだ。

 その恋の先は、私じゃない。

 

 胸が痛い。

 

 そっか、人を好きになるって難しくて、辛いことなんだ。

 見つけた感情は確かにリーシャのものだ。しかし、その感情はきっと彼には届かない。

 行き場を失うくらいなら、外に出す必要なんかないじゃないか。私が、私の中で完結させてしまえばそれでいいじゃないか。

 

 今まで「天才」と呼ばれ続けた狩人の少女は、「凡人」の心を射止めることすら出来ない。

 自身を天才と考えたことは無かった。彼を凡人と考えたことも無かった。ただ、今この一瞬だけは、「特別」な彼の中で、私が「特別」じゃないことに悲しみを覚えてしまった。

 

 儚い笑顔は、きっと私は手に入れられない。

 

 

 

 ──だから、いつも通りの、天真爛漫な笑顔で姉に言葉の続きを紡ぎ出した。

 

 

 

「いない!ヤマトさんもディンさんも、かっこいいけど仲間だもん!」

 

 

 

 そう言ったリーシャの顔は紅かった。少しの間が空いたその時に、頬だけでなく、瞳まで。雫は落ちていないが、姉には何か感じ取られるものがあった。

 しかし、それを感じたからと言って、彼女に伝えるべきではないのだ。だから、天真爛漫な笑顔に騙されたふりをして、「そっか」と残念そうに笑う他ない。

 

「ちゃんと、彼氏出来たら教えろよ?私のお眼鏡にかなわなかったら認めないからね」

 

「えー!お姉ちゃんだって彼氏いないくせにー!」

 

「そりゃあ、私は病気だからしょうがないじゃん……ケホッ」

 

「お姉ちゃん大丈夫!?」

 

「大丈夫大丈夫……あんたが元気に帰ってきたことが一番の薬だよ」

 

 今はきっと、まだその感情の出番じゃなかっただけ。

 いつかまた、恋が出来た時は、願わくば両想いでありますように。

 

 

 

 

 さよなら、私の初恋。

 

 

 またね、私の素敵な感情。





次回から第5章に入ります。

今回は番外編挟みません!すぐ第5章です!


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第五章 誇り高き狩人
ペンダントに誓う


 ジンオウガの狩猟から数日後。

 ディンに連れられ、朝早くからヤマトは加工屋へと足を運んでいた。日課である早朝の修行を終え、朝食をもぞもぞと食べている最中に唐突に現れ、「いいから早く来いよ」と急かされて来た為、あまり乗り気では無い。昇り始めた太陽がやけに眩しく、清々しいはずの空が無性にムカついた。

 

「おいディン、こんな朝早くから何があるって言うんだよ?」

 

「いいから待ってろって!」

 

 先程からずっとこの調子だ。普段からこの時間には起きている為眠いというような感情は無いが、ここまで何も知らされずに朝早くから連れ出されたら友人であれど多少の不可解な感情は抱くものである。尚、呼び出した本人であるはずのディンは加工屋の主人と共に奥へ引っ込んでしまっており、ヤマトからすれば声だけが聞こえる状態である。

 流石にそろそろ声を荒らげて呼んだ意図を問いただそうとしたその時、ディンが奥から勢いよく現れた。

 

「じゃーん!!」

 

 ──その姿は、今まで観ていた彼とは少し違った。具体的に言うなら、防具が一新されていたのだ。

 見覚えのある碧色に、所々あしらわれた勇猛な白い毛。差し色に使用されている赤が、その防具の高貴さを際立たせている。紛れもない、以前四人で戦った雷狼竜ジンオウガの素材を使った防具──ジンオウシリーズをディンは装備していた。

 

「……おお」

 

「おおってなんだよ!もっとびっくりしろよな!お前が最初だぞ、俺のこの新しい防具見るの」

 

「いや、かっこいいのはかっこいいんだが……」

 

「だが?」

 

「……ちょっと、悔しい」

 

 全身を覆う碧の鎧はお世辞を抜きにして見ても格好のいいものであり、あの恐ろしく強かったジンオウガの素材を使っている以上、その性能も折り紙付きであることは容易に推察できる。その防具一式は実際ディンには似合っていたのだが、それが逆に少しヤマトには悔しかった。格好いいものを先に取られた、という心は、男子共通なのである。

 

「……まあ、俺にはその防具は合わねえからな。スピードが命だし、その防具重そうだし」

 

「まあ、軽くは無いな」

 

「だろ?……だから、やっぱりお前がそれを着てる方がいい。うん、似合ってるぜ、ディン」

 

 半ば自分に言い聞かせるように呟くヤマト。そんなヤマトに向かって、ディンは何かを放り投げた。

 

「あとこれ!お前にやるよ」

 

 投げられたそれを空中でキャッチする。手にしたそれをよく見ると、それは──小さなペンダントだった。

 

「……なんだこれ?」

 

「ペンダント。よく見てみろよ」

 

 言われた通り、ヤマトはペンダントを凝視する。そして、とあることに気がついた──意匠が施されている、三つの石のようなアクセサリ。

 

「これ、もしかして」

 

「お、気がついたか?」

 

 石のような三つのアクセサリは、どこか見覚えがあった。一つは狗竜と呼ばれるジャギィ種の鱗のような色。一つは陸の女王と呼ばれしリオレイアの鱗のような模様。そして一つは今ディンが身に付けている防具と同じ、碧色。

 

「初めてお前と狩猟した時のドスジャギィ、初めて四人で狩猟したリオレイア、そして今回のジンオウガ。その時の鱗を加工してもらったんだ、俺とお前の絆の証にな」

 

 どこか遠い場所では、絆石っていう石を通して絆を確かめ合うこともあるらしいぜ、と続けながらディンは自慢げに鼻を鳴らした。ペンダントが風に揺れて、鱗の石同士がカランと音を立てる。

 

「お前、これを渡す為に最初に俺に見せたのか?」

 

「へへっ、まあな」

 

「……ありがとな。大事にするよ」

 

 ヤマトは少し照れくさそうに笑いながら、その場でペンダントを首から提げた。珠のように何か付けているだけで効果を発揮するようなものではないが、少しだけ強くなれた気がした。

 

「でも、なんで急にお前がこんなもの作ろうと思ったんだ?そういう柄じゃないだろ」

 

「お前俺の事なんだと思ってるんだよ……誇り高き狩人は友達に感謝のしるしを渡すもんなんだよ」

 

 ドンと胸を叩きながら胸を張るディン。しかしすぐにおちゃらけた雰囲気は消え、ほんの一瞬、真剣な空気が二人の間を包んだ。

 

 

 

「……俺さ、もうすぐベルナ村に帰るんだ」

 

 

 

「……今、なんて?」

 

 

 

 時が、一瞬だけ止まった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「元々俺は龍歴院のハンターで、このユクモ村近辺の生態調査の為にこっちに送られてきたんだ」

 

 場所は変わり、ディンの住まい。そう遠くないうちに、空き家となるであろう場所である。

 

「ユクモ村近辺は基本的にジンオウガ以外に危険なモンスターはほぼいない、そのジンオウガも滅多に顔を出さない。そういうこともあって、新人の俺でも問題無い、レベルアップにも繋がるから行ってこい〜!って感じで送られてきてな。まあ、だから勿論いずれはベルナ村に帰ることは決まってたんだけど……」

 

「まあ、俺もそれは解っていたとはいえ……結構、急なんだな」

 

「ああ。本当はもっとここに滞在している予定だったんだけどな。色々と事情が変わった」

 

「事情って?」

 

「アマネさんが見たっていう未確認のモンスターの存在と、リオレイアやナルガクルガ、ジンオウガみたいな強力なモンスターが立て続けに渓流に出現したって事実だ」

 

 ヤマトの脳裏に過ぎる、傷だらけになって帰ってきたアマネの姿。思えばあれがアマネとの邂逅だった気がする。そしてリオレイア、ナルガクルガ、ジンオウガ……全て、ヤマトも相見えてきた強敵達だ。

 

「早い話が、新人の俺が太刀打ち出来るような状況じゃなくなっている可能性が高いって話だ。勿論、俺も報告書でチームハントでジンオウガを狩猟した、ってことは送ってるが、ここから先の生態調査は上位相当のハンターでないと厳しいんじゃないか、って話らしい」

 

「上位ハンター……アマネや、ロックスさんレベルってことか」

 

「ああ。特にロックスさんは龍歴院の方にも顔が利くらしく、暫くはロックスさんが俺の代わりに危険な生態調査を続けてくれるらしい。俺は龍歴院のあるベルナ村に一旦帰って、そっちの方でまた龍歴院ハンターとして動いてほしい、ってことだ」

 

 確かに、ディンは凡そ新人ハンターとは思えない程の実力を身に付けている。だが、それでもあくまで「新人とは思えないレベル」でしか無いのだ。危険だと思われる生態調査に一人で出向くことが出来るほどの、つまりは上位ハンター相当の実力を持っているかと言われれば、残念ながら首を横に振る他無いだろう。無理もない、上位ハンター等、全世界のハンターの中でもトップクラス、ひと握りの存在でしかないのだから。

 そして、その龍歴院の判断におそらく間違いはない。

 

「……寂しくなるな」

 

「なんだよ、そう思ってくれるのか?それこそお前、ヤマトらしくないじゃねえか」

 

「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ……?」

 

 にしし、と快活に笑うディン。

 

「本当はまだあまり言っちゃダメなんだけどな?龍歴院の上の人達もまさかチームハントとは言え、飛竜種やジンオウガを倒せるほどに俺がレベルアップしたとは思ってなかったらしくてな……ベルナ村に帰ったら、今後の上位ハンター選考も視野に入れて龍歴院のトップハンター達のチームに入れさせてもらえるらしい。将来有望株だから、色々学べってさ」

 

「本当か!?」

 

「ああ、本当さ。俺はなるぜ、誇り高き上位ハンターに」

 

「……すげえじゃねえか、ディン。俺も負けてられないな、これは」

 

 上位ハンター、という名前そのものにヤマトはあまり興味が無かった。だが、アマネのその強さをその目で見て、あの強さが上位ハンターか、と衝撃を受けて。そして、目の前にいる友が、ライバルとも言える友が、将来的にそれを見据えて戦うことになっている。

 

「……俺も目指すぜ、上位ハンター」

 

 気が付けば、ヤマトはそう口にしていた。

 こいつには負けたくない。

 こいつがベルナ村に帰ったとしても、お互いに上位ハンターとなれば、何処かまた大きな世界の小さな狩場で、出会うことがあるかもしれない。背中を合わせることがあるかもしれない。

 

 アマネに追いつく為に。

 ディンと肩を並べる為に。

 

「このペンダントに誓うよ」

 

 初めて、「負けたくないから強くなりたい」と思った。

 

「……それで、いつ帰るんだよ?まさか明日なんて言わないよな?」

 

「そんなに早くねえよ、ただ一月以内には迎えの飛行船が来ると思う」

 

「そうか……リーシャやシルバにはもう言ったのか?」

 

「まだだ。このジンオウシリーズだって見せてないんだぜ?……てかあいつら、最近二人でいること多いと思わねえ?」

 

「そうか?……まあ、言われてみればジンオウガを狩猟してから距離は近くなったとは思うが」

 

「だよな、だよな!……出来てたりして」

 

「まさか」

 

「ははっ、まさかな!……俺さ、リーシャにもシルバにも会えて良かったと思うし、四人でチームが組めて良かったなって思うんだけどさ。やっぱり、一番最初にこの村で仲良くなれたのが、ヤマトで良かったなって思うよ」

 

「どうしたんだよ、急に」

 

「だってさ、俺達同い年じゃん?ハンターになった年齢も一緒でさ、実力も同じくらいだったわけじゃん」

 

「ガンランスと太刀じゃ実力を測るのは難しいだろ」

 

「まあまあ。だからさ、俺はやっぱりお前に置いて行かれたくなかったんだよ。お前、朝早くからめちゃくちゃ修行とかするじゃん?すげえかっこいいなって思ったし、同時に焦ったりもした。ある意味、お前って俺の思う「誇り高き狩人」だったからさ。……だから、俺も強くなろうと頑張ったんだぜ。ヤマト、お前がいたから俺は強くなれたんだ」

 

「……今日はとことんどうした?そんなこと言うなんて、柄じゃないだろ」

 

「お前こそ。どうしたよ、柄じゃないような顔しやがって……ぐずっ」

 

「うるせえな、鬼の目にも涙っていうだろ」

 

 二人の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。ヤマトにとっても、ディンにとっても。初めて、同年代で同性の同業者の友だったのだ。

 

「……今日、泊まっていけよ。まだ昼どころか朝だけどさ。今日は二人で飲もうぜ」

 

「お前飲めないんじゃないのかよ」

 

「うるせえ。飲むんだよ、今日は」

 

 集会所でも酒は飲める。たとえ、狩りの前でなくとも、或いは狩りを終えた後でも。

 

 しかし、今日は二人だけで飲みたいのだ。



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雄は現実より理想に死す

「……で、私のとこにきたわけね」

 

 ユクモ村居住区、とある実力派上位ハンターアマネ宅。ヤマトが彼女の家に自ら出向いたのはこの日が初めてだった。

 ディンの帰村を聞いた二日後。当然、ヤマトは何の意味も無くアマネの家を訪れた訳ではない。

 

「俺の知ってるトップハンターと言えばあんたしかいないからな。……正直、無茶な頼みだとは解ってる」

 

「ホント、無茶な頼みだと思うわよ?そもそも私と貴方じゃ狩猟スタイルも違うし、武器だって違う。それなのに……鍛えてくれだなんて」

 

「……頼む。いや、お願いします」

 

 ヤマトはハンターになってから今まで、戦い方やアイテムの調合、地図の読み方等の狩猟においてのイロハは殆ど全て独学で学び、覚えて生きてきた。それでも充分に戦えてきたし、生きることが出来ていたのだ。否、これからもそれで生きていくことは不可能ではないだろう。

 だというのに、ヤマトはアマネに狩猟においてのイロハを「今」改めて教わろうとしていた。そう思わせるに至った原因は他でもない……ディンだ。

 

 ディンはベルナ村に帰った暁には、龍歴院のトップチームに入り、上位ハンターを見据えた狩猟や調査に参加するらしい。当然ながら龍歴院のトップチームにはアマネや彼女の彼氏であるロックスのような上位ハンターも所属しているだろう。そのような環境にいれば、誇り高きハンターを目指すディンは間違い無くそう遠くない未来に上位ハンターとなるだろう。

 

 ヤマトはそれが──とても誇らしい反面、とても悔しい気がした。

 

 初めて出来た同い年のハンター仲間。リーシャやシルバも含めて、「いつものチーム」となったメンバーの中でも、特に仲が良かった。いつでもピンチには大盾を構え、仲間の窮地を救ってきた……或いは親友。或いはライバル。

 

「負けたくねえんだ」

 

 それが、ヤマトの本心だった。

 そして、ディンが上位ハンター含むトップチームと狩猟チームを組み、経験を積むならば。ヤマトもそれに負けない為に、アマネに教えを乞えばいい。そう結論付けたのである。

 

 今までぼんやりと浮かんでいた目標が、明確になったのだ。今、ヤマトはディンに負けまいと上位ハンターを目指そうとしている。

 

「……正直、貴方なら私が何も見なくても何れ上位ハンターになれると思うわよ?……ちょっと認めるのが悔しいけど、貴方は紛れもない天才だと思うわ」

 

 それはディン君もだけど──と、アマネは内心で付け足した。

 

「……それでも、頼む」

 

「と言ってもなぁ……大分前に武器使って組み手したじゃない。あの時私本気でやったのに負けかけたのよ?今更私が教えることなんて無いわよ」

 

「あの時はアマネは病み上がりだっただろ」

 

「……貴方、元々武術習ってる師範いるでしょ。その人にまた戦い方を習い直せばいいんじゃない?」

 

「俺が習ってたのは対人武術だ。モンスター相手に応用できる技術もあるが……今俺が求めてるのはそれじゃない」

 

 ヤマトの意思は揺るがない。

 

「はぁ……解ってる?貴方ねぇ、自分のランクアップを急ぐっていうことは死の危険を強くするってことと同義よ?……こんな言い方はホントはダメだけど、貴方は若い上に金の卵。みすみす早死にさせるような真似、私が出来るわけないじゃない」

 

「……ああ、解ってる。死線なら俺だって何度も潜って──」

 

 

 

「その言い方が解ってないって言ってんの」

 

 

 

 アマネの語気が、急激に強まった。

 ヤマトの知る限り、アマネがここまで真剣な声色を使うのは初めてである。ロアルドロスを前にしてすら、飄々と言うべきか、余裕感があった彼女の表情は、一切の綻びは無く、真剣そのものだった。

 

「上位ハンターになれば凶暴化した個体の狩猟、環境が不安定でベースキャンプ迄すら送って貰えない、当然のように支給品が届いていない、情報が少ないモンスターの狩猟、二体以上の大型モンスターの同時狩猟……実力が伴っていても、何もミスをしなくても死ぬ可能性が生まれる馬鹿みたいなクエストを受けることになる。当然戦闘能力は勿論、状況判断能力、狩場やモンスター、動植物の知識に危機察知能力や戦術を練るための地頭やセンスといったあらゆる能力が必要とされるわ。それは貴方のような天才でも一朝一夕に身に付く能力ばかりじゃないの。私が教えたら確かにある程度その能力は身に付くかもしれないけど、それはあくまでも付け焼き刃。完全に身につかないうちに貴方が無茶をしたらその時点で即死よ。幾つか死線を潜ってきたのは私も知ってるけど、言わせてもらうと圧倒的に経験不足。その状態で上位ハンターになりたい、私に鍛えてくれって頼むなんて……あまり言いたくないけど、身の程を知るべきね」

 

 アマネは、自分でも驚く程に冷たい口調で、そしてすらすらとヤマトに「現実」と呼べる残酷な言葉を紡いでいた。

 或いは──それは過去の自分への言葉なのかもしれない。ロックスと出会ったあの時。友と呼べるハンターが、金雷公に殺されたあの時。大事なものを喪ったあの時の自分への言葉。

 

 ヤマトの成長は目覚しかった。その成長速度はユクモ村の全ハンターが驚くものである。だからこそ、彼にブレーキを掛けさせる役割は必ず必要となる。それが今のアマネだ。

 

「……ごめん、言い過ぎた。けど貴方がそんなに急ぐ必要は無いわよ、寧ろ成長速度おかしいくらいよ?その調子で狩猟を続けていれば嫌でもスキルは身につくし、上位ハンターへの声はかかるわ」

 

「……いや、いい。俺だって無茶な頼みだとは解ってたから。──だけど、それを聞いたとしても俺は折れたくない」

 

 ──アマネの現実そのものとも言える言葉を聞いて尚……ヤマトの意思は揺るがなかった。否、寧ろその瞳に映る覚悟はより固まっているようにすら見える。

 

「……あんたねぇ、話聞いてた?」

 

「ああ」

 

「……もしかしなくても死ぬわよ?」

 

「……ああ」

 

 アマネは軽く恐怖すら怯えた。死への恐怖が無いようには一切見えない。自分が間違っていない!という自惚れや驕りも見えない。それなのに、どうしてこんなにも盲目的に、そしてあまりにも真っ直ぐ見ることが出来るのだろうか?今その為なら、死ぬ程に怖い「死」という恐怖すら恐れない、そう言えてしまいそうな表情が出来るのだろうか?

 

「……ごめん、やっぱり私は貴方を鍛えることは出来ないわ」

 

 その顔に、その瞳に心を動かされそうになってしまったが、寸前で理性が押し止めた。感情に流されてはいけない。彼はまだここで死に急いではいけないのだから──

 

 

 

「じゃあ、俺が鍛えてやるよ」

 

 

 

 ──闘争心を煽られた雄に理性など存在しない。何故なら俺達は雄に産まれてしまったのだから──

 

 いつの間にか、入口の扉にもたれかかっている影が一つ増えていた。

 嗚呼、彼のこの飄々とした声に何度アマネが頭を抱えたことだろう。その回数と同じだけ、夜に濡らされているのだが。

 当然ながら、今は頭を抱えるターンだった。

 

「…………ロックス、あんたもしかして話聞いてた?」

 

 新たに増えた影、そして唐突に割り込んできた声。その主はアマネと同じ上位ハンター、ロックスだった。

 

「聞いてた。大体このヤマトって奴がちょっと生意気でカッコイイこと言ってお前がブチギレる辺りから」

 

「……だったら普通今ここでこの子を鍛えちゃダメって解るわよね?」

 

「あー、そうだなー。普通は諦めさせるのが筋だ。俺もヤマト君の噂は聞いてるからな、尚更一旦落ち着かせるべきだな」

 

「だったら──」

 

「アマネ、一旦黙れ」

 

 芯のある声でアマネの反論を一蹴すると、ロックスは揚々とヤマトの隣まで歩み寄り、わしゃわしゃと頭を乱暴に撫でた。

 

「ディンってガキの調査を引き継ぐのは俺だ、あいつがベルナに帰ってからどういう待遇になるかは俺も知ってる。……解るぜ、俺も同じ立場ならきっと同じことをしてる。ヤマト、お前のその心は強くなる為には絶対に必要だ、忘れちゃならない」

 

「ちょっと、ロックス!」

 

「アマネ。悪いがこれは女のお前には一生賭けても解らねえもんなんだよ。死ぬのが怖くない訳じゃねえ、自分が無理言ってるのも解ってる、寧ろ自分は間違ってる。それでも、今ここでやらなくちゃいけない。ここで出来なかったら……命より大事な何かが喪われる。それが、死ぬ事よりも、何よりも怖いのさ」

 

 ロックスの言ったことが、アマネには微塵も理解が出来なかった。雄としての闘争本能、其れはあくまでも雄にしか産み出されることのないものである。雌にしか、母性が産み出されることがないように。

 

「ヤマト。俺はぶっちゃけアマネより強い。こいつより上位歴は長いし、知識なんかも絶対にこいつよりある。同時に、アマネより厳しいし遠慮も無い。……マジで死ぬ可能性もあるが、それでもいいなら俺が鍛えてやる。……どうする?」

 

 ロックスの声は飄々としていた。しかし、その表情にお遊びは一切無い。真剣そのものだ。先程、アマネが現実を見せつけたその時と全く同じである。

 

 そして同時に、ヤマトの答えもずっと変わらない。

 

「覚悟は出来てる。……宜しく御願いします」

 

「ちょっとロックス!ヤマトも!」

 

 異を申し立てたのは当然ながらアマネだ。しかしロックスは意にも介さず快活に笑い飛ばした。

 

「良い返事じゃねえか!ビシバシいくから覚悟しやがれ」

 

 そんなロックスの姿を見てアマネは諦めたように溜息を付いた。彼女には解っているのだ。この後彼が言い出す言葉を。

 

 ──どうせ、「本気でこいつを死なせたくないならお前も協力すべきだろ」とか言い出すんでしょ。こうやってこいつの好きに動かされるのが一番嫌なのよね……。

 

 それでも、ヤマトを生かす為には結局アマネも協力した方がいいに決まっている。結局、ロックスの手のひらの上で転がされるしか無いのだ。

 

「……いや、今回は私どう考えてもヤマトに転がされてるわね」




半年ぶり?……うっそだぁ……(ごめんなさい)


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得意不得意

 ボン!という小さな爆発音が、また部屋を覆い尽くした。

 

「くっそ……またかよ……」

 

 殆ど物が置いていない(引越ししたてなので当たり前である)ロックス宅にて本日度々聞こえるこの爆発音は、ヤマトが調合に失敗した音である。脇には爆発音と同じだけある燃えないゴミ。机に向かって唸るヤマトは、新たに増えた燃えないゴミを見て忌々しそうに落胆した。その光景を後ろから見ているのは、ヤマトを鍛えると明言したロックスである。

 

「くっくっく、お前本当に調合苦手なのな」

 

「普段、あまり道具を使った狩りをしないからな……」

 

「らしいな。身体能力と天性のカウンターセンスが武器だって聞いた」

 

「誰から聞いたんだよ、それ」

 

「秘密。こう見えて俺は情報網が凄いのだよ?……ほら、口じゃなくて手を動かせ。お前完成品より燃えないゴミの方が多いぞ」

 

 支給品も届かず、不安定な狩猟環境に長時間滞在することも多い上位ハンターにとって、現地でのアイテム調達手段として調合スキルは必須と言える。しかしヤマトは今まで調合を殆ど経験せずに狩猟を続けており、まともに調合出来るのは回復薬のみという体たらくであった。その為、まずは調合から修行中、という訳だ。

 

「ハチミツを入れて……ニトロダケを入れる……」

 

「すると何が出来るんでしたっけ、ヤマト君?」

 

「…………滋養薬グレート?」

 

「そんな薬聞いたこともねーよ。元気ドリンコだ、今自分が何を作ろうとしてるのかちゃんと考えながら調合しろ。苦手意識が先行し過ぎて完成形のイメージが出来ずに脳死で作るとそうなるぞ」

 

「……押忍」

 

 ロックスの視線の先にあるのは、ヤマトが生み出した燃えないゴミという名の産業廃棄物もどきの山。しっかり頭を働かせないと正確な調合は出来ない、という暗示だろう。普段使わない頭を使い、普段意識しない指先に意識を向ける。眉間に皺を寄せながら慎重にハチミツとニトロダケをくつくつと調合し……なんとか小さな爆発を起こさず黄色の液体を生み出すことに成功した。

 

「よし、成功……」

 

「まだ失敗の方が多いけどな。じゃあ問題、元気ドリンコの効能と、どのような狩猟場面で使えるか答えてみろ」

 

「あー……眠気覚ましの効果がある。だから……狩猟対象のモンスターが巣から出てくるまで夜通し見張りをする時とかに飲むと……良い……?」

 

「効能は正解。どんな場面で使えるかは……いやまあそれもあるにはあるんだが花丸をやるわけにはいかねえな」

 

 ロックスは小さく溜息を吐いた。様々な道具についての知識が些か乏しいヤマトには「自分が調合した道具はどのようなものか」を正しく覚える為、調合に成功する度にこのようにクイズを出しているのだが、如何せん頭を使うことが苦手なのか、正答率が著しく低いのだ。

 

「元気ドリンコの眠気覚ましはかなりの速効性がある。例えばそうだな……凍土に棲息する鳥竜種、バギィやドスバギィは浴びると急激に眠気を掻き立てる催眠液を吐き出すんだが、こういった相手を眠らせるタイプのモンスターの狩猟に於いて、元気ドリンコは必須とも言える。たとえ催眠液を受けて急激に眠気が己を襲っても、眠ってしまう前に元気ドリンコを飲めば一気に眠気が消えるからな」

 

「成程……確かに、元気ドリンコさえあればその催眠液は怖くなくなるな」

 

「そういうことだ。相手の武器を一つ事前に対策出来てしまう」

 

 ヤマトもバギィと相見えたことはある。ジャギィのようなすばしっこさに加え、フロギィが毒霧を吐き出すように睡眠液を吐き出す厄介な鳥竜種だ。少しでも浴びるとたちまちポポですら眠らせてしまうその睡眠液はバギィにとって非常に強力な武器である。言うなればジンオウガにとっての雷のようなものなのだ。

 

「そう言われるとこのただ美味そうなだけのドリンクが急に頼もしく見えてくるだろ?」

 

「……まあ、確かに」

 

 大自然、弱肉強食の世界において、あまりにも弱い人間という種族が生き残っている理由の切れ端。それが知恵であり、探究心であり、それらを繋ぎ、継承する力である。過去に誰かがハチミツとニトロダケを上手く調合すればこの眠気を吹き飛ばすドリンクが作れることを発見し、その調合法を確立させ、数多の狩人に伝わるよう継承した。まるで大きな一本の大木のようなその知識の流れの枝葉の先の先、青々とした若葉の先に今、ヤマトは立っているのだ。

 

 ──こんなの、誰が思いついたんだろうな。

 

 ぼんやりとそんなことを考えるヤマト。恐らく彼なら、そのような技術を発見したとしても他人に上手く伝える、継承するということは出来ないだろう。より確実に、多くの者に継承したいのであれば、例えば書物のような──

 

 

「ロックス、あたしの家にあったの持ってきたよー。どう?ヤマトは頑張ってるの?」

 

「お。悪いなアマネ、その辺に置いといてくれ」

 

 

 ヤマトが柄にも無く知識の大樹に思いを馳せようとしていた所に水を差したのは、ロックスの家に唐突に入ってきたアマネの声だった。手に抱えているのは数冊の分厚い本。その中の二冊は、ヤマトも見覚えがある。ハンターストアでも売られている調合の入門書だ。

 

「アマネ、それって」

 

「そ。あたしの持ってる調合書。ロックスがあんたを鍛えると言った以上、あたしも手伝わなきゃね」

 

「俺の家、調合書一冊も無いからな。必然的にアマネに借りるしかないわけだ」

 

 ドサリと音を立て、調合書がヤマトの隣に燦然と積み上げられる。一冊一冊が思った以上に分厚く、重量感が見て取れた為にヤマトは一瞬萎縮したが、よくよく考えてみればこの調合書達は調合のイロハや素材等を詳細に記した参考書のようなものだ。今のヤマトにとっては天よりの宝札とも言えるものであり、決して牙を剥くものではない。

 

「それがあったら時間こそかかれどまあ失敗することは無くなるだろ。狩場でもそれを持ち歩くわけにはいかねえから、あくまでも今覚える為のサポートだが……それ見ながらもっかい元気ドリンコ作ってみろ」

 

「押忍……!」

 

 先程よりは勢いのある声量で返事をするヤマト。同時に左手で調合入門書を開き、今の自分の調合に必要な頁を探すべく目次と睨めっこを始めた。

 

「……なんでロックスの家には一冊もないんだ?」

 

「あー、俺その調合書シリーズ読み込みすぎて全部暗記したから。いらねえなって思って誰かにあげた」

 

「………………この量を……?」

 

「ヤマト、いいこと教えてあげる。こいつ、あんたとはまた違ったとんでもない天才よ……」

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 カン、カンという木刀同士が打ち合う音が響く。

 

「っらぁぁ!」

 

 凄まじい勢いで振り抜かれた長い木刀。それを振るっているのは当然、ヤマトだ。振り抜かれた木刀は対象を捉えることなく空を切り、ビュン、という風を切り裂く音のみが残った。

 木刀を振るわれていた対象──アマネは空中で身体を捻り、両の手に一振ずつ持った短い木刀を回転するように振り下ろしながらヤマトに急降下する。ヤマトはその第一刃を返す刀でいなし、身体を入れ替えるように足を運んでアマネの反撃を受け流した。

 

 調合書を使っても尚、調合レッスンはヤマトにとっては長く険しい道だったらしく、調合書を読んでいるうちに頭がショート。小休憩を挟んでいると、ロックスが「お前の身体能力がみたい」と言い出し、急遽アマネとの武器を使った組み手へと発展したのだ。

 

 ヤマトとアマネは一度武器を使った組み手で対戦した経験があるが、あの時アマネは病み上がり、そしてヤマトはあの時より遥かに経験を積んでいる。ある程度手の内も明かしあっているとは言えど、戦いは熾烈を極めていた。

 

「やっ!」

 

「くっ……せぁっ!」

 

 距離を詰められたヤマトは思うように剣が振れずにアマネの攻撃をすんでの所で捌くしかない。なんとか距離を取るべくすぐさま柄の部分でアマネの刃を押し返し、一瞬出来た隙と空間に鋭く素早い一撃を狙う……が、その一撃はもう一本の木刀に阻まダメージには至らなかった。それでも距離を離すことには成功する。二人はそのまま暫し睨み合い、出方を伺うターンへと突入した。

 

「……驚いた。話には聞いてたが、マジで身体能力と格闘術は上位ハンターレベルじゃねえか……」

 

 組み手の流れを見ていて、ロックスは心底驚いていた。本当に、自分の教導など無くとも、何れは確実に上位ハンターとして名を馳せるだろうと確信させられるほどの剣のカンと身体能力だ。勿論、対人格闘と対モンスターの狩猟は勝手が違う為、この組み手だけでそう決めつけるには情報が足りていないが、多種多様な狩猟区域、多彩なモンスターを相手に経験を積むことが出来れば、間違いなく上位ハンターになることは可能だろう。……問題は、その経験を積むという行為が常に命懸けとなってしまい、ひとつの不運でその才能が泡沫のように消えてしまうことなのだが。

 

「こりゃ噂になるのも理解できるな」

 

 睨み合いの膠着を破ったのはヤマトだった。一歩、大地を揺らさんばかりの踏み込みと共に木刀を振り下ろす。アマネはその一撃を両方の木刀を重ねるように使い受け止め、一気に押し返した。そしてその勢いのまま距離を詰めようと前に踏み込み、右手を振るう。ヤマトは押し返された勢いのままに後ろに飛び退きその刃を躱し、反撃の突きを放つ……が、アマネはそれを首を振るだけで躱して更に距離を詰めた。振るわれる双刀。ヤマトは先程と同じく防戦一方となる。

 

「普通、あの距離で双剣振るわれたら……太刀だったらもう止めきれずにボコボコにされてるとこなんだが」

 

 ロックスがそうボヤいた。そう、ヤマトは防戦一方でありながらまだまともに太刀筋を浴びていない。手数は圧倒的にアマネの方が多いのだが、ヤマトは身体を上手く使い、躱し切れない止めきれない攻撃はいなし、受け流しているのだ。ロックスですら、そんな戦い方は見たことが無かった。

 

「新たな狩りのスタイル……になるかもな。まあ、あのレベルで攻撃を受け流し続けられる奴はそういないだろうが」

 

 

「ヤマト、もう終わり!?さっきからずっと私が攻撃してるわよ!」

 

「終わりなわけねえだろ……ッ!」

 

 アマネの挑発に、ヤマトの闘争心が揺らされた。火の点った心が、集中力を高めてヤマトの動きを洗練させる──

 

 ──アマネの視点から、ヤマトの姿が唐突に「消えた」。

 そして次の瞬間訪れる、謎の浮遊感──

 

「ちょっ──」

 

 気が付けば背中は地面に着いており、その一瞬後、凄まじい風切り音が耳元を通過した。──その音が、ヤマトの振るった木刀であることに気付いたのは、更に一瞬後だった。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 ヤマトの集中力が限界に達した瞬間。

 アマネの太刀筋をいなし、次の刃が自分の顔面を狙いに来ていることが直感的に感じられる。それを躱すべく、そして相手の虚を突くべく……ヤマトは驚く程に姿勢を低くした。足首が曲がる限界まで。自らの体重を支えられるまで頭を、身体を前に、地面と近くに……。

 驚く程に低くなった姿勢。その低さはアマネの視界から消えるには十分だった。一瞬虚を突かれたアマネの足を払うように太刀を振るう。当然意識の外からの足払いに、アマネは反応できるはずも無く、いとも簡単に転ばせることに成功する。そして無防備なアマネに向かって、全速力で木刀を振り下ろす──。

 

 

「……俺の勝ちだ」

 

 

 ロックスは思わずため息をついてしまった。

 

「……こいつは、思った以上に逸材だな」



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凍土と魔術師

 

「ホットドリンク飲んだか?」

 

「ああ」

 

「自分で調合した元気ドリンコも持ったか?」

 

「ああ」

 

「よし、じゃあ狩猟開始(クエストスタート)だ」

 

 狩場、凍土にて。

 ヤマトはロックスと共に眠狗竜ドスバギィの狩猟に赴いていた。当然、これもロックスがヤマトに課した修行の一環である。

 今回ロックスがこの眠狗竜の狩猟を修行の一環として選んだのは当然理由がある。まず一つは先日調合を学んだ際にヤマトが作った元気ドリンコ。その効果をその身体で経験させることだ。二つ目に、ドスバギィは渓流には現れない、という点。ヤマトはユクモ村のハンターである為、基本的に渓流に現れたモンスターを狩猟するクエストを受注することが多い。無論、この凍土でも数回狩猟経験はあるが、渓流に比べて凍土での狩猟は圧倒的に「慣れていない」のだ。上位ハンターになれば、様々な狩場で臨機応変に狩猟をする必要がある為、敢えて渓流意外の狩場を選んだのである。

 

「ちなみにヤマト、ホットドリンクの調合に必要な素材は覚えてるか?」

 

「え?あー……とうがらしと……にが虫?」

 

「正解。ちなみに今俺達が飲んだのは調合製では無く店売りのやつ。ちょっと醤油の味がしただろ」

 

「あー……言われてみれば」

 

 バギィの索敵中であろうと、ロックスの調合クイズは止まらない。ヤマトも狩猟に置いて必要不可欠な道具の調合素材は覚え始めている。それを上手く調合出来るかどうかは、また別の話ではあるのだが。

 

 口の中にほんのり残るトウガラシの辛味とロックラック製ホットドリンク特有の醤油の風味を感じつつ、凍える大地を歩く。吹雪のような荒々しい風に視界が遮られるが、神経を研ぎ澄ませて鳥竜種の影、鳴き声を探す──

 

 

「…………見つけた」

 

「え、マジで?俺まだ見つけてないんだけど」

 

 

 ──先にバギィの群れを発見したのはヤマトだった。とは言ってもバギィの影を視認した訳でも、鳴き声を聞き取った訳でもない。遠くにある命の気配を察知したのだ。先のジンオウガとの戦いで、ヤマトの感覚は更に鋭く進化しつつある。

 

「この先、数までは正確に解らないが……間違いない。バギィだ」

 

「モンスターもびっくりな感覚神経してやがるなお前……これでも俺、ガンナーだから狩猟対象の気配察知は普通のハンターより出来るはずなんだが……」

 

 レウスSシリーズを見に纏い、ライトボウガン「神ヶ島」を背負ったロックスは遠距離からの狙撃でモンスターを狩猟する、シルバのようなガンナースタイルだ。遠方から攻撃する為、モンスターの気配を察知する能力や、視力聴力に関しては剣士ハンターよりも優れていると自負していたが、ヤマトの超感覚には敵わないらしい。

 

「まあいい、見つけたなら上出来だ。親玉のドスバギィがいるかどうかは解らんが、ドスバギィを狩猟する時に邪魔されても厄介だ。狩りに行くぞ」

 

「押忍。……ロックスさん、俺はどう動いたらいい?」

 

 ヤマトはこの狩猟で初めてロックスとチームを組む為、ロックスの狩猟スタイルが解らない。そもそもライトボウガンという武器がどのように立ち回るかすら知らないのだ。まずは自分がロックスの邪魔にならない立ち回りをする為、自分の立ち回り方をロックスに聞くのは当然と言える。

 しかし、ロックスの回答は普通のハンターであれば「当然」とは言えないものだった。

 

「あー、好きに動いていいぞ。俺は絶対誤射しねえし、多分だけどバギィだけならお前に傷一つすらつけさせねえから」

 

「……は?」

 

「だから、いつも通り動け。俺もお前がどんな立ち回り方するかは知らねえけど百パーセント合わせて援護してやる」

 

 そう言うとロックスは腰に着けている小さなポーチの留め具を外した。そしてポーチを開き、中の留め具を更に外す。するとポーチは瞬く間に腰に沿うように展開され、隠されていた八個のポケットが露となった。カラクリのようなポーチにヤマトは目を丸くする。

 

「んあ?これか?俺が開発した弾薬ポーチ。弾の種類毎に収納出来て、そのどれもが片手で取り出せる。取り出した後も片手で……ほら。元通りコンパクトに折り畳める」

 

 弾薬を数個取り出し、展開されたポケットを瞬く間に収納する。そしてライトボウガンを構え、中に弾を装填した。戦闘態勢は整った、と言わんばかりにリロードの音がガチャリと鳴る。

 

「……さあ、いつまでそうやって驚いてんだ。いくぞ」

 

「お、押忍」

 

 ロックスの「百パーセントお前に合わせる」という発言や、ビックリ箱のような弾薬ポーチに少し驚いてフリーズしていたが、すぐに脳を切り替えて感覚を研ぎ澄ませる。氷よりも冷たい空気の中で、少し汗ばんだ手で背中の太刀の柄を握り──狩人は、気配の先へ一直線に駆け出す。

 冷たい風が肌を刺す感覚に慣れ始めた頃、バギィの群れが気配だけでなく完全に視認できた。と、同時にバギィも自らを狙う殺気に気付き、ヤマトの方を見て威嚇行動を始める。

 

 そして──ヤマトの太刀が、射程範囲内に入った。

 

 

「──疾ッ」

 

 

 抜刀と同時に振り下ろされる神速の刃。最初の一撃は、何があっても逸らさない。たとえそれが小型で、すばしっこい鳥竜種であったとしても。

 振り下ろされた太刀はドスバギィの頭蓋を叩き斬り、一体を問答無用で黄泉へ送る。それと同時にヤマトを囲い込む残りのバギィの群れ。その数は凡そ八体程だろうか。ヤマトはすぐさま太刀を引き、肘を畳んで何処からの強襲であろうと最短距離で反撃、受け流しが出来る形を作る。

 いつも通り動いていい、とロックスが言うのであれば、ヤマトが取る行動はただ一つ。この数が相手なら初撃を受け流し、隙が出来たバギィから確実に一撃で葬り去るだけだ。囲い込んだ形を崩さずに縦横無尽に跳び回るバギィ一体一体の気配を、感覚を研ぎ澄ませて感じ続ければいい。そして最初の攻撃を──

 

 ──背後から感じる、「イレギュラー」の感覚。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟に振り向いたヤマトが見たのは、背後のバギィが「突撃」の姿勢ではなく、「催眠液」を口から飛ばそうとしている姿勢を取っていた瞬間である。

 ヤマトにとっての鳥竜種とは渓流に生息するジャギィのイメージが強く、「鳥竜種は囲い込んでから突撃の形を取ってくる」という先入観で動きを組み立てていた。催眠液は受け流そうが、その身に付着した時点でアウトである。ヤマトは一瞬で身体を捻ろうと足を引こうとした瞬間──

 

 

 ──睡眠液を放とうとしていたバギィが、吹き飛んだ。

 

 

 一瞬、ヤマトも、そしてバギィも何が起きたかを理解出来なかった。ヤマトが一瞬身の危険を感じたその時には、その危険は消えていた。

 

 

 

「安心しろ!お前はお前のやり方でいい!催眠液が怖いならその素振りした奴は俺が全員撃ち抜いてやる!!」

 

 

 遠くから聞こえたのは、ロックスの声。先程のバギィが吹き飛んだのは、ロックスがピンポイントで狙撃したのだ。ヤマトは先程言われた、「バギィ程度だったらお前に傷一つすら付けさせねえ」という言葉を思い出す。

 

「……押忍!!」

 

 ヤマトは再度太刀を握り直し、七体のバギィ相手に今度こそ一切の油断や先入観無く構える。一瞬で意識外から一体の同胞が狩り取られたというのに、バギィは案外気にした様子も無くヤマトを囲い込んでいる。そして今度こそ、正面のバギィがヤマト目掛けて突撃した。ヤマトは太刀の峰を使ってそれを掻い潜るように受け流し、囲いから上手く抜け出す。そして背中ががら空きとなったバギィ一体を斬り伏せようと太刀を振りかぶるが……すぐさま両脇から一体ずつバギィが飛び出してきていることに気付き、足を引いて後ろに下がる。その瞬間、パシュンという乾いた音が響き、左から飛び出してきていたバギィが絶命した。その事に気付いたヤマトはすぐさま足を入れ替え、先程引いた一歩をもう一度踏み直す。そして右から飛び出してきていたバギィの喉元を一撃で突き刺し、そのまま振り払った。これで残るは五体。後ろをがら空きにしてしまったバギィはまだ今から狙える。そう判断するや否やヤマトは一歩目から全速力で踏み込み、四つめの命を狩りに向かう。

 再度鳴らされる、パシュンという音。二体のバギィの足元が狙撃され、弾が着弾すると共に地面を覆っていた氷と雪が飛び散る。その氷と雪がバギィ二体の目眩しとなり、走り出すヤマトの迎撃を不可能にした。その甲斐ありヤマトは一瞬で背中を見せていたバギィを一刀両断。いつの間にかバギィの数は半分以下になっていた。

 

 ──その時、ヤマトの感覚が何か巨大な気配の接近を知らせる。同時に、ロックスの声が聞こえた。

 

「ヤマト、来たぞ!ドスバギィだ!」

 

 その声に振り向くと、確かに吹き荒れる風の向こうにバギィよりも数回り大きな巨躯の鳥竜種──ドスバギィの姿が視認出来た。周りには取り巻きのバギィも数体いるらしい。今しがた戦っていたバギィ達も親分の登場を察知したのか、そちらの方へ走って向かっている。

 

「ドスバギィが相手だろうと関係ねえ、お前は動きたいように動け!バギィは俺が全部処理してお前をサポートする」

 

「押忍!…………参る」

 

「グォォォァォ、ァォオッ、コッ、ゴォア!」

 

 巨大なトサカは王者の印。凍土を荒らす鳥竜種の王。近付いてくる巨体に、少しの恐怖を覚える。冷たい風が原因ではないと明らかに解る、背筋の悪寒。然れど、その感覚は忘れてはいけない。たとえ上位ハンターになろうとも、その上の高みに辿り着こうとも、この「命を懸けている」感覚だけは忘れてはいけない。その感覚が、狩人を「人」足らしめているのだから。

 

 そしてその恐怖、悪寒に打ち勝つ為に、ヤマトは一歩を踏み出すのだ。

 

 周りの取り巻きには気にせず、一直線にドスバギィへ向かう。視界の端で、数匹のバギィが爆発で吹き飛ばされるのが見えた。恐らくはライトボウガンの徹甲榴弾だろう。そのお陰でドスバギィに辿り着く前にバギィ達がヤマトに飛び掛ることは出来なかった。

 

「っらァ!」

 

 横一文字に太刀を振り抜く。バギィとは違い、その巨躯、硬い鱗は一撃で身を引き裂く迄には至らない。ドスバギィは怯むこと無く大口を開け、鋭利なキバでヤマトを噛み砕こうとするが、ヤマトはすぐさま後ろへ引き、ガチンという歯がかち合う音が凍土に響く。一直線に走っていようが、ヤマトが前のめりになる事は無い。

 少しずつ、ボルテージが上がっていく感覚を感じる。更に研ぎ澄まされていく感覚。少しずつ支配下に置く殺意のコントロール。

 強者を相手にすればする程、ヤマトの秘められたテンションは上がっていく。

 

 そのヤマトのボルテージは、少し遠くにいるはずのロックスにも伝わっていた。

 

「面白い奴だねぇ……俺もサポートしがいがあるってもんだ」

 

 そう呟きながら放たれた徹甲榴弾は、一気にバギィ達を吹き飛ばす。

 上位ハンター、ロックス。共に狩猟した経験がある者は皆口を揃えて「まるで自分が強くなったのではないかと錯覚する程に狩猟がやりやすかった」と言う程のサポート能力と狙撃能力を持ち合わせたライトボウガン使い。

 

 

 又の名を──魔術師。彼の砲口から放たれる弾丸は魔術のように、味方の動きを活かし続ける。



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弾丸は氷を貫く

 ──あまりにも、戦いやすかった。

 

 ドスバギィというモンスターは、決して楽に戦えるモンスターではない。鳥竜種特有の軽快な動きに時折挟まれる全体重を掛けたタックル、際限なく呼び寄せられる子分のバギィ達、そして睡眠液。更にはこの凍土という狩場は吹雪で視界が非常に悪く、足下は凍った大地であれ、雪が降り積もっている状態であれ、ある程度の慣れがないと碌に踏ん張ることすら出来ない狩場だ。

 ヤマトは数度この凍土でも狩猟を行っていると言えど、彼が最も出向く狩場は渓流だ。この凍土での狩猟は完全に慣れている訳でもなく、更にドスバギィは初めて相手にしている。

 

 だというのに、驚く程に自分のペースで戦うことが出来ていた。

 鳥竜種の主と戦う際、最も気をつけなくてはいけない子分達が、一切ヤマトに向かってこない──否、ヤマトに向かってくる前に全て撃ち抜かれているのだ。

 

 ライトボウガンを構えて少し後ろから黙々と射撃を続けるロックス。その射撃精度は驚くもので、文句無しの百発百中だった。ヤマトがどれだけ好きに走り回っていても、どれだけイレギュラーな動きをしても、誤射は起こさない。

 

「ゴァァァアッ」

 

 ドスバギィのタックルをいなし、返す刀で足の付け根をヒラリと斬り裂く。同時にパシュン、という音が鳴り響き──ドスバギィの顔面にボウガンの弾が命中した。二方向からの痛みにドスバギィは一瞬怯み、動きが止まる。

 

「──せぁっ!!」

 

 そこを見逃さず、ヤマトは溜めていたボルテージを解放し、怒涛の連撃を行う。袈裟斬り、横一文字、斬り上げ、最後は一息に振り下ろし──全身を捻り、滑る地面を無理矢理捉えて勢い良く回転。その遠心力でドスバギィの鱗諸共斬り払う……鬼刃大回転斬り。勢い流れのままに納刀し、すぐ様ドスバギィの反撃をステップで躱す。そのまま更にもう一歩後ろへ下がり、距離を取ってから再度抜刀。自分の中のボルテージが、殺意が、闘気が。湧き上がりつつも自分の支配下に置けていることが解る。テンションは間違いなく良い方向だ。

 

 

 

「……成程なぁ。どんどんテンションを上げていけばいくほど動きが良くなるタイプか」

 

 ライトボウガンに次の弾を装填しながらロックスはそう呟いた。

 上位ハンターであるロックスの目から見ても、ヤマトの運動能力と太刀筋の鋭さ、そして一瞬の踏み込みの勘の良さは目を見張るものがあった。純粋な身体能力だけで言えば、既に上位ハンターのそれと遜色ないようにすら見える。当然、甘い所も多々あるが、それでもやはりヤマトは所謂「天才」の部類に入るのだろう。間違いなく、あと十年以内には自分が何もせずとも、どれだけヤマトが停滞しようとも、上位ハンターの仲間入りを果たしているだろう。

 

「全く、末恐ろしい奴がいるもんだよ」

 

 照準を定め、ボウガンのトリガーを引く。狙うのはドスバギィの足下。ギリギリドスバギィには当たらない地面を撃ち、雪と氷を撒き散らす。それが一瞬ドスバギィを怯ませ──同時に一歩踏み出すヤマトをドスバギィから隠す煙幕になる。当然それはヤマトに対しての煙幕にもなり得るが、ヤマトは恐らく視覚だけで敵の姿を知覚していない。五感の先──第六感と殺気でドスバギィの形を捉えているのだろう。だからこそ、この煙幕は「ヤマトにとっては」敵から太刀筋を隠すカーテンの役割になり、邪魔にはならない。そうロックスは判断したのだ。

 

 その判断は大正解であり、踏み込むヤマトからは煙幕が張られたことすら気付くこと無く、踏み込みからの鋭い一撃をドスバギィに叩き込んだ。ドスバギィはその一太刀目が何処から襲い来るのかが見えず、諸にその一撃を食らうしかない。鱗が剥がれ、肉を裂かれる痛みを経て初めて、何処からその刃が向かってきていたのかに気付くのだ。しかしドスバギィも伊達にバギィ達を統べる主をしている訳では無い。弱肉強食の世界で強者であるモンスターが、更にその中で主として上に立つ──それは、純粋なる「強さ」の証明たり得る。ただの人間にいいように傷痕を増やされ続けるだけで終わるはずが無いのだ。

 ヤマトが返す刀で二撃目を叩き込もうとする瞬間に、ドスバギィは巨体を先程のヤマトのように捻らせ、鋭い爪で地面を無理矢理捉えて遠心力を使い、尻尾を鞭のようにしならせて振り抜いた。

 

「なっ──」

 

 攻撃の準備を即座に受け流しの姿勢に切り替え、鞭という名の重厚な一撃をやり過ごそうとするヤマトだが、如何せんドスバギィの動きがイレギュラー過ぎた。受け流しの姿勢は間に合わず、その勢いを殺し切ることは出来ず、全身に重く鈍い振動を受けながら地面を転がる。口から一気に抜けた空気を吸おうと呼吸が乱れるのも構わずにすぐ様起き上がり、衝撃が残り痺れる手足を無理矢理動かして次に備える。息を整えるのは後からでもいい。一度相手のペースになったらその時点で弱者である人間は死の階段を駆け上がることになる。先決は相手の次の一撃をなんとしても躱すことだ。

 ドスバギィは喉を鳴らしながらヤマトに向かって液体を吹きかける──それは紛れもない睡眠液。軋む全身を落ち着ける為に呼吸を整えていたなら、まず間違いなく不可避の攻撃となり、永遠の眠りに誘われていたであろう攻撃だ。ヤマトはすぐ様その場を飛び退き、降り掛かる眠狗竜最大の武器を躱す……が、流石に手足が痺れた状態で最大級のパフォーマンスを続けることは不可能だった。上がり続けるテンション、ボルテージから差し引いた身体の軋み。そのほんの少しのマイナス分が、地面に到達し、飛び散った睡眠液の一部を身体に浴びてしまう原因となってしまったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 無論、浴びた量は微量に等しい。だが、ドスバギィの睡眠液の恐ろしいところは少量であっても効果がある催眠作用の強さと、その即効性にある。この少量であっても、その成分、匂い、感覚全てがヤマトの眠気を少しずつ誘う。

 

「クソっ、思ってたより思考が……!」

 

 ある意味、ドスバギィというモンスターはヤマトと最も相性が悪い相手……と言えるかもしれない。睡眠液は少しでも浴びれば思考能力を妨げ、眠気を呼び起こし、ほかの感情、感覚を奪い始める。それは当然戦いの中で研ぎ澄まされていく剣気、殺気、闘気。これらも例外ではなく奪われていくのだ。ボルテージが上がれば上がるほど動きにキレが増していくヤマトからこの要素を奪うということは、最大のデバフと言っても過言ではない。

 必死の気力で、眠気に抗うことが精一杯だった。ドスバギィは勝ち誇ったように雄叫びを上げ、その鋭利な牙でヤマトの身体を噛み砕こうと──

 

 

 

 ──パシュン、という乾いた音。

 

 

 

 その一瞬後、ドスバギィの全身に細かい傷が大量に刻まれた。一発一発の傷は微々たるものだが……ドスバギィを怯ませ、尚且つその傷を作った相手──ロックスに意識を割かせるには充分なものであった。

 放たれたのはライトボウガンの弾の一つ、散弾。その名の通り発射されると弾が散り、広範囲を射撃することが出来るものである。面攻撃となる為、狙いを定めずとも標的に当てやすいのがポイントだが、その分味方に当てる可能性も高くなる為、チームハントではあまり好まれない弾丸である。が、ロックスはその散弾であったとしても、ヤマトに一発たりとも誤射は起こさなかった。

 

「落ち着け、ヤマト。一瞬注意を引いてやる、調合した元気ドリンコの出番だ」

 

 そう言うとロックスは引鉄を引き、弾丸を発射する。その一瞬後、ドスバギィの横腹が爆発した。徹甲榴弾だ。その火力にドスバギィは大きくよろめき、そして怒りに血走った目でロックスを睨む。

 

「ゴァアォッ、クァァ、グァァア!!」

 

 子分のバギィ達を呼ぶような叫び声をあげ、一直線にロックスに突撃するドスバギィ。その動きは怒りで先程ヤマトと戦っていた時よりも更に鋭くなっている──が、怒りで動きが文字通り一直線だった。そうなればロックスからは狙いを定める必要も無く、ただ引鉄を引くだけでいい。そうすれば……確実に次の一撃も命中させることが出来るから。

 ロックスが再度引鉄を引き、そしてそれは予定調和のようにドスバギィの顔面に命中する。放たれた弾丸は先程と同じ、徹甲榴弾。当然それは爆発を引き起こし、立派なドスバギィのトサカは無残にもへし折られてしまった。

 すぐ様ロックスは後ろにステップしながら弾薬ポーチを開き、人差し指と中指で次に使う弾丸を掴み、流れるような動作でリロードを終わらせる。同時に現れる、先程のドスバギィの叫び声で集まったバギィ達。顔面の爆発で怯んだドスバギィには一瞥もくれずにやってきたバギィ達に照準を合わせ、素早く二度引鉄を引く。次に放たれたのは先程も使った散弾。二連続で放たれた散弾は弾幕と化し、バギィ達の全身を引き裂く。群れで現れたバギィ達は固まっていた為、その散弾の餌食にならなかった例外はおらず、ドスバギィの呼んだ子分達は断末魔をあげることすら許されず、一瞬でその命を奪われた。

 

「ふぅー……次」

 

 先程ヤマトは息を整える暇すら無かったが、今のロックスは深呼吸をする余裕すら見えていた。当然、深呼吸をする余裕を全て呼吸を整える為に使う訳ではなく、小さく息を吐くとすぐ様次のリロードの為に弾薬ポーチを開き、二本の指で弾丸を取り出す。次は何のクセもない代わりに威力が高い通常弾。爆発の煙を振り払って突撃にくるドスバギィの足下を狙い一発撃ち込む。その一撃は見事狙い通り左足に命中し、バランスを一瞬崩すことに成功する。バランスさえ崩してしまえばそれでいい。そうすれば、ロックスにドスバギィの牙が、巨躯が、爪が届くことは無いと確信していた。何故なら──

 

 

 ──何故なら、元気ドリンコを飲み干して眠気を吹き飛ばしたヤマトが、ドスバギィの後ろから凄まじい速度で迫ってきているのが、見えたから。

 

 

「疾っ」

 

 

 太刀筋が氷に反射して見えるのではなかろうか、という程に美しい斬り上げ。悠々とドスバギィの鱗を貫通し、肉を斬り裂いたヤマトの一撃は、怒りでロックスしか見えていないドスバギィからすると完全に思考外からの一撃、謂わばクリティカルヒット。一瞬前にバランスを崩されていたこともあり、ドスバギィは勢い良く倒れ、陸に打ち上げられた魚のようにもがくしか出来なかった。

 

 ヤマトが睡眠液を微量ながら浴びてしまった時点で、ロックスの脳内にはこのビジョンが完全に見えていた。一旦意識を削ぐ為に散弾で攻撃、意識が削がれた瞬間に瞬間火力と衝撃の大きい徹甲榴弾。確実に狩れる、と確信していた所での横槍だ。ドスバギィは間違いなく怒りが頂点に達し、そのまま「狩れる」筈だったヤマトではなくロックスの方しか見えなくなる。そうなれば、元気ドリンコを飲んで眠気が飛んだヤマトが意識外から一撃を決めるまで適当に遊んでやればいい。その目論見は見事に当たり、一瞬ドスバギィに行きかけた流れを「ヤマトの一撃」でヤマト側にもう一度引き戻すことが出来た。

 

 ドスバギィはもがきながらも立ち上がり、痛みに耐えながらも一旦この場から逃げようと足を引きずりながらハンター二人とは別の方向へ走り始める。

 

「ヤマト、追うか?」

 

「……いや、一旦こっちも整える。向こうにも落ち着く時間を与えてしまうけど、それよりもこっちが万全になる方が大事だ……と思う」

 

「……正解。オッケー、場を整えようか」

 

 ヤマトは一旦太刀を納刀し、アイテムポーチから回復薬を取り出して一気に飲み干す。傷口が塞がる……というような魔法地味たものでは無いが、痛み止めと止血、リラックス効果がある薬だ。先程尻尾で吹き飛ばされた痛みはしばらくすればこれで止まるだろう。次に砥石を取り出し、丁寧に太刀を研ぎ始める。

 ロックスは内心、少しだけヤマトに感心していた。大概、ロックスと初めて組んだハンターは自分の戦いやすさに舞い上がり、多少の無理に気付かずモンスターを深追いし、結局痛みを伴うことが非常に多い。そこで一旦足を止め、落ち着いて次の戦いを万全で挑もうとするのは、文字通り何度か死線を潜り抜けてきた証拠だ。

 

 実際、このまますぐにドスバギィを追って戦ったとしても、無事にドスバギィを狩猟するのはそう難しい話では無いだろう。だが、それでも先程ヤマトが尻尾で吹き飛ばされた時のような「イレギュラー」は必ず起こる。そのイレギュラーのリスクを限りなく減らす為の行動というものは、上位ハンターになる為には必須条件だ。

 

「…………初めてチームハントをしたのが、アマネとだったんだけどさ。ロアルドロス相手に、俺が深追いしようとした所をアマネが止めたんだ」

 

 太刀を研ぎながら、ヤマトがふと話し始めた。

 

「今は、よく四人でチームを組んで狩猟に行くけど。リーダーが要所要所でしっかり場を整える時間を作って、作戦会議をするから……悪いな、ロックスさん。今一気に行った方が多分楽だったんだろうけど、時間をかけさせてくれ」

 

「…………ククッ、ああ勿論。まだまだ狩猟制限時間はあるぜ、確実に行けるようにしようか。なんなら作戦を考えてくれてもいいぜ?」

 

「悪い、俺は作戦を考えるのは……苦手だ」

 

「だろうな」

 

 ──つくづく恐ろしい若手だなぁ。ハンターにとって必要な天性の才能……「人に恵まれる才能」まで持ち合わせてやがる。



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凍てつく風と心臓の音

「ヤマト、準備はいいな?」

 

「勿論。いつでもいける」

 

「オーケー、いい返事だ。ここからは短期決戦で決めちまおうぜ」

 

「了解」

 

 小休止を挟んでのドスバギィとの第二ラウンド。ロックスが提案した作戦は「速攻、短期決戦」であった。

 ヤマトの狩人として最も優れている部分は間違いなく剣速の凄まじさとテンションと連動する太刀筋の鋭さにある。一度ノってしまえばモンスターの本能と遜色無い反応速度でモンスターの爪より鋭い斬撃を放つことが出来る……が、同時にその状態はそう長く続くものでは無い。ヤマトのスタミナはハンターの平均以上ではあるだろうが、特別秀でている要素では無い。

 

 ならばその強みを最大限活かすために、スタミナの使い道をほぼ全て攻撃に使ってしまい、反撃を受ける前に狩り切ってしまう。言うは易しのシンプルな作戦だ。

 勿論、ただ何も考えず攻撃をするだけではその作戦は失敗するだろう。当然ながらドスバギィも反撃をしてくるだろう。子分のバギィもまだいるかもしれない。先程のようなイレギュラーな攻撃が飛んでくるかもしれない──その要素をなるべく削ぎ落とすべく、ロックスは攻撃を仕掛けるタイミングを指定した。

 

 

 それは──食事の瞬間。

 

 

 モンスターは縄張り争いやハンターとの戦いでダメージを受けると、一度退いて捕食対象を探し、その血肉を喰らうことで傷を癒すことがある。ドスバギィは先程の戦いで大きなダメージを負っている。十中八九、一度巣に戻って眠りについて体力を回復するか、或いはポポを捕食するだろう。

 そのタイミングだけはさしものモンスターも無防備となる。食事や睡眠はそれ自体が命を繋ぐための最重要事項。ましてや傷を癒す為となればその行為に夢中となり、周りに気を遣うことは不可能だ。

 

 その無防備な瞬間に、ヤマトが渾身の一撃を叩き込む。そこから、第二ラウンドのゴングが鳴らされる。そうなるとドスバギィからしてみれば、生命を繋ぐ為の行為を中断させられ、強制的に生死をかけたリングに上げられることとなる。正常な思考能力は奪われ、最初からヤマトのペースで戦うことが出来る。更にはロックスのサポート付きだ。これならば、「スタミナのほぼ全てを攻撃に割り振る」ことも不可能ではない。

 

 

 ──そして現在、殺気を完全に消したヤマトは、ロックスの読み通りポポを捕食しようとしているドスバギィを視認した。ドスバギィは一刻も早く新鮮な生肉を口にしたいらしく、殺気の消えたヤマトなど目にすら入る様子はない。

 

 

「まだだ……あいつが貪り始めたら一気に距離を詰めろ。安心しな、イレギュラーはもう起こらない。あいつが今傷を癒して万全の体制でお前を迎え撃とうとしてるように、俺達もこの小休止で準備をしたんだ」

 

 今にも飛び出しそうなヤマトに声を掛けるロックス。相手が食事を始める前に突っ込んでしまっては気付かれてしまい、警戒のレベルは上がるだろう。それでは作戦の意味が無い。

 

 だが、意外にもヤマトの心は平静を保てていた。無論、殺気は消しつつも糸を張ったような集中はしており、いつでも飛び出せるように刀の柄に手すらかけているのだが、ロックスの声を聞かずとも今が突っ込むタイミングでは無いことは理解出来ていた。

 

 

 ──今なら、あのモンスターの息遣いすら感じることが出来る。

 

 

 痛みに耐えつつも、目の前にあるご馳走に涎が止まらない。早く、早くその沸き踊る一口目を…………!

 

 

 

 

 

 

 

 ────今だ。今突っ込んで、喉元を斬る。

 

 

 

 

 

 

「今だっ!」

 

 

 ロックスのゴーサインとほぼ同時……否、ヤマトの一歩目の方が僅かに速かっただろうか。ドスバギィがポポの腹に口を突っ込み、肉を引き裂いたその瞬間に、ヤマトは凄まじい速度で地面を蹴った。

 

「はっ、ドンピシャだよ!俺の合図いらなかったかもな」

 

 ロックスは笑いながら万が一のイレギュラーに備え、ライトボウガンに弾を装填した。だがもう直感で理解している。ヤマトが喉元を斬り裂くその瞬間まで、イレギュラーは「起こらない」。ヤマトが本能的に思い描いた狩猟チャート、そしてロックスが経験で考え描いた狩猟チャートから外れることは無い。

 

 

 ──あ、この一撃は「決まる」な。

 

 

 透き通った思考の中、ヤマトも直感的に理解した。一歩一歩、足が地面を蹴る感覚。篭手越しに感じる太刀の柄の感覚。肌を刺す冷気、体内を巡る熱い血液。眼前に迫るドスバギィはまだこちらに気が付いていない。それら全ての要素が、その身に感じる感覚が、次の一撃の必中性を証明し続ける。全ての感覚がクリアになっていく。そして次の一歩を踏み出すと同時に、背中の太刀を引き抜いて喉元向けてその刃を振り抜く──。

 

 

「──っせぇやっ!!!」

 

 

 その一撃は、驚く程簡単に決まった。否、驚く程簡単に決まるように舞台が整っていた。ポポの臓物と血で口元が汚れたドスバギィの首筋に、新たな鮮血が飛び散る。其れは紛れも無いドスバギィそのものの血液。鱗と肉を斬り裂いたその太刀筋はこの狩猟の中で最も美しく決まり、そして最も鋭い一撃となった。

 

「ゴギャグォッ!?」

 

「もう一撃……!」

 

 正しく「生命」を実感していたはずの捕食中に、正しく「死」を理解させられる攻撃を受けたドスバギィは一瞬何が起きたかすらも解らず、痛みに声をあげながらすぐそこにいるはずのハンターの姿を見失う。その時間は一秒にも満たない刹那の時間。だが、その間にもう一撃を加えることは、今のヤマトにとってはいとも容易い。

 

 振り抜いた刀をすぐに返し、足を引くと同時に刀を自分の方へ勢いよく引き戻す。刀身とドスバギィの鱗が擦れ合い、青い鱗の破片が真っ白な凍土の風に吹き飛ばされていく。新たに受けた痛みに流石のドスバギィも狩猟対象を確認したらしく、怒り狂った瞳でヤマトを睨み付けた。そしてその怒りそのままに勢いよく身体を捻り、尻尾でちゃちな人間を吹き飛ばそうと叩きつけてくる。

 ヤマトはその攻撃を読んでいた。だからこそ、先程の二撃目の流れで刀を引き戻していたのだ。そのまま刀の峰を使い尻尾の動きに逆らわず、力の流れに沿って身体を捌く──イナシだ。そのまま尻尾を掻い潜り、今のイナシで上がった集中力をそのままに太刀を振るおう──としたが、更に身体を捻ってもう一度尻尾でヤマトを吹き飛ばそうとするドスバギィの動きを視認。すぐに太刀を納刀し、後ろに跳んでそれを躱した。

 

 同時に、背後から二つの殺気を感じる。恐らくはボスの危険を察知してやってきたバギィだろう。先程まで一切バギィを気にせずに戦えていたのはひとえにロックスによる部分が大きい。本来なら鳥竜種との戦いは、この子分達との連携プレーが厄介なのだ。

 

 ──だが、それなら人間側も連携プレーで戦えばいい。先程までがそうだったのだ。

 

 

「ロックスさん!五秒ボスを足止めしてくれ!」

 

「あいよ。五分でもいいぜ」

 

 

 先程とは「逆」を選択する。ヤマトは太刀の柄に片手を添え、ロックスにドスバギィの相手を頼みながら反転する。眼前に迫るは予想通りの二匹のバギィ。この二匹を五秒で倒し、すぐさまドスバギィとの戦いに戻る。恐らく今のヤマトのテンションであれば、バギィ二匹は自分で狩った方が速い、と判断したのだ。

 

 二秒後に、バギィ二匹は同時にジャンプし、ヤマトに飛び掛るだろう。しかし翼を持たないモンスターが安易に空中に飛び出すということは、身体の制御が出来ない時間を敵に晒すということになる──。

 

 

「ゴゲァァゥッ」

 

「──っせい」

 

 

 予想通りのジャンプ、予想通りの軌道。予定通り一気に抜刀し、予定通り渾身の横一文字を振り抜く。その一太刀に与えられる結果は、二匹同時に訪れる絶命。そしてそのまま身体を捻って再度反転し、そのままヤマトに向かってくる瞬刻前まで脅威だった肉塊を躱す。ここまで五秒。ドスバギィがヤマトに向かってくる素振りは一切無かった。それどころか──この五秒でドスバギィはヤマトよりも、ロックスの方に強い殺気を放っていた。それは即ち、このたった五秒で「ヤマトよりもロックスの方が脅威である」と、このモンスターが理解させられたということである。

 

 

「おー怖。ちょっかい出しただけだぜ?俺は」

 

「ゴァァァ!」

 

「──ちょっかい出しただけの俺を見た時点で「詰んでる」よ、お前」

 

 

 ──確かに、間違いなくモンスターハンターとしての実力は、モンスターから見た「脅威」として上であるのは、ロックスである。だがしかし、これから起こる数秒の出来事に関してのみ言えば?

 そう、この五秒でドスバギィはロックスを脅威としてそちらに思考を向けた。だが、その五秒の間に。その間に、ヤマトはバギィを二頭屠り、完全フリーの状態で研ぎ澄ませた刃を今にもドスバギィの喉元に突き立てようとしているのだ。それに気付こうが気付くまいが、一瞬でもロックスの方へ意識が向いたドスバギィに、そのヤマトの一撃を躱す術など無い。

 

 

「っらぁ!!」

 

 

 振り抜かれた一閃。それはドスバギィの喉元を木綿のようにいとも容易く斬り裂き、肌を刺す程の冷気が暴れ狂う凍土の風に痛々しい肉の痕を曝すこととなった。間違いなく子分のバギィなら致命傷。だが、喉元を裂かれて尚、吼えることが出来なくなっても尚、ボスとしての矜恃か或いは強者としての矜恃か、未だ生命の糸は切れずギラついた瞳で再度ヤマトを睨みつける。

 だが……その行為は最早ハンターであるヤマトに対しては虚勢以外の何物でもなかった。既に大勢が決まった戦い。叫ぶことも出来ないなら子分を呼ぶことも許されず、負った傷も圧倒的にドスバギィの方が多い。生命の糸はまだ繋がっているかもしれないが、凍てつく風が心臓の音をかき消してしまうのも時間の問題だろう。

 

 そして……そうなったモンスターを徒に生かすことは、或いは生命を賭けて戦ったハンターとして、生命を狙われたハンターとして、不誠実であると言ってもいい。最期の瞬間まで「狩る」ことをやめないことこそが、その先に起こりうる「イレギュラー」を消し続けることにもなるのだから──。

 

 

 

 ヤマトは返す刀で、切れかかっている生命の糸を断ち切る一撃を振り抜いた。



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