あんハピ♪ 目指すは7組脱出! (トフリ)
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1話 入学式、今日から高校生

あんハピの二次創作小説を書かせていただきます。
ちなみに、リアルタイムであんハピを視聴せず放送終了後にたまたま見てとてもはまり、すぐさま全巻揃えました。




「よし忘れ物はないなって、もうこんな時間かよ!」

 

カバンの中を確認しながらふと時計を確認すると思っていた以上の時間が流れていることに気づき急いで玄関に向かおうとするが、その前に身だしなみを整える為に鏡のある洗面台へと足を運ぶ。

だが、そこにはヒゲを剃っている父親の姿があった。

 

「父さん、変わって、急いでいるんだよ!」

 

「ん、幸太?、ああそうか今日が入学式だったな」

 

息子の格好を見てすぐに察した父は鏡から離れる。

 

「ありがとう!」

 

すぐさま鏡の正面に立ち髪と服を整えていく。

寝癖が酷く直すのにいつもより時間がかかりそうだ。

 

「なあ・・・幸太」

 

「大丈夫だって、心配性だな父さんは」

 

身だしなみを整えるのに集中していた為、横に目をやり、意識を半分だけ向けて答える。

 

「・・ああそうか、気を付けていって来い」

 

きっと父さんが言いたいのは俺の『体質』のことなんだろう。

天之御船に入るって決めた時から毎日のように言われてきたことだ。

 

「よし、これで完了!」

 

髪を整え終わり玄関に向かう。

 

「事故にあわないようにゆっくり行けよ」

 

「分かってるって、行ってきまーす!」

 

中学時代と全く同じ朝の問答を行い、玄関から出て近くにある自転車に乗りペダルを踏んで漕ぎ出す。

もちろん、事故には合わないよう周りにをよく見ながら少しずつペダルに力を込め速度をどんどん上げていく。

ついに、今日はあの有名な天之御船学園の入学式だ。

天之御船は勉学やスポーツなどの置いて優秀な成績を上げている学生を集め、さらにその才能を伸ばすということを目的とした教育機関だ。

様々な著名人がこの学園から輩出され、卒業後も輝かしい功績を上げている人が多い。

そして、自分も今日から天之御船の生徒となる。

 

自分は父親の影響から小さい頃から野球が大好きで小学生時代はリトルリーグ、中学時代はシニアリーグに入り、数多くの大会に出場し、多くの結果を残してきた。

もちろん、自分だけの力ではなくチームメイトの力もあったが、自身も強豪チームに在籍し練習を重ねて実力を身につけてきたという自負はある。

 

自分の父親もかつてはここに通っており、現在はプロ野球選手として活躍している。

だから自分も天之御船学園に入学し野球部に入ることが夢だった、だからこそ、合格を聞いた時は人生で一番と言っても過言ではないほとんど嬉しかった。

夢は叶った、だからこそ新しい夢を見つけた。

 

天之御船の野球部に入り甲子園へ出場、いや優勝を目指すと。

 

 

 

自転車を漕いで行き、遠くに見覚えのある橋が見えてきた。

入学試験の時にこの橋を渡ったことが記憶に残っている。

 

「あの橋が見えたってことはもうすぐだな」

 

だんだんと橋へと近づき、全体が見えてきたその時に橋の柵の外側に人が立っているのが目に入ってきた。

 

「あの制服は・・・俺と同じ天之御船の女子生徒?」

 

まさか川に何か落としものでもしたのか?

自転車を止めその女子生徒に声をかけようとする。

と、その時に橋のヘリに犬を抱きかかえた女の子が引っかかっていることに気がついた。

 

「あ! お願いあなたも手伝って、私だけじゃ引き上げられない」

 

「ああ、分かった!」

 

状況を理解しすぐざま自分も橋の柵を越え、下で引っかかっている女の子に手を伸ばそうとした。

その時、女の子が引っかかっているヘリの鉄骨部分、よくみると誰が見ても明らかなほど変色していた。

 

「ヒバリちゃん、しっかり、受け止めてね!」

 

女の子はそう言って犬を放り投げた瞬間、変色した部分が折れ落下していく。

同時に犬が俺たちの頭上を越えていきそのまま落下してくる。

反射的に犬を受け止めようと犬に視線を向け落ちてくる場所に手を伸ばした。

しかし、隣にいた女子生徒も同じように犬を受け止めようとしていた。

その結果、

 

「きゃっ!」「うわっ!」

 

お互いとも同時に犬を捕まえることに成功した。

ただし、とっさのことだった為に二人とも相手が同じ行動をする可能性を予測できずに抱き合うような形で倒れこんでしまった。

 

「いってて・・・あ、大丈夫?」

 

自分が押し倒してしまった状態となっており、下になっている女子生徒に声をかける。

倒れこんだ拍子に頭でも打っていれば大変だ。

 

「ん?」

 

ふと左手に柔らかい感触があることに気づく明らかに橋の一部分の感触ではない。

犬の感触かと思ったが犬はとっくにどこかに行ってしまっている。

じゃあこれは…ッ!?

 

手に目を向けるとそこには女子生徒の胸をしっかりつかんでいるの自分の左手が目に飛び込んできた。

 

そして、その女子生徒が目を覚まし視線がぶつかる。

 

「うっうわわわ!」

 

とっさに手を離し急いで離れる。

両手を上げて、まるで降参するかの様な姿勢をとる。

 

「あっ、あなた、わ、私の胸を・・・さっ触って・・」

 

女子生徒は胸の辺りをを両手で隠す。

その表情は熱でもあるかの様に紅潮し怒りをあらわにしている。

 

「ちっ違う! い、今のは偶然で!」

 

すぐさま必死に弁明するが説得力はまるで無く、ただ言い訳をすることしか出来ない。

 

(ああ、またやってしまった・・・)

 

「あ、そんなことより!」

 

女子生徒は俺から目を外し、川を眺める。

はっとなって、確かに今はそれどころではないもっと優先すべきことがある。

つられて俺も視線を川に向けるがあの女の子の姿はどこにも見えない。

最悪の場合を想像し、背筋が冷たくなった。

女子生徒が橋の柵を越えて河川敷へ向かって走り出す。

俺も急いで同じ場所へと走り出した。

 

「どっ、どこに、・・・まさか死っ ・・・」

 

河川敷にたどり着いたがそこでも姿は見えない。

 

「もしかして、流されたんじゃ・・・」

 

そう考えついた途端、女の子が川の中から突然浮かび上がってきた。

慌てて川に飛び込み女の子を救い出す。

幸いにも助け出した後、女の子は自分で制服を絞って水を出していて意識ははっきりしている様だった。

 

「本当に大丈夫?、怪我は?」

 

「うん、川の深い所だったからどこも打ってないし平気だよ」

 

「良かった・・」

 

よく見るとこの女の子も女子生徒と同じ制服を着ている。

 

「もしかして君も天之御船学園の生徒?」

 

「うん、私今日が入学式なんだ」

 

ニコニコと可愛らしい笑顔で答える。

 

今日が入学式ってことは俺と同じ一年生か、とても同い年には見えないな。

男女の差を考えてもその女の子は平均より小柄で、ランドセルを背負っていても違和感がなさそうだった。

 

その時どこからか、さっきまで女の子が抱えていた犬が近寄ってきてくる。

 

「あ!、わんこも無事良かった」

 

女の子はそう言って犬に手を伸ばそうとする。

しかし、その犬はがぶりと女の子の手に噛み付き、そのまま走り去ってしまった。

 

「だ、大丈夫かよ」

 

犬相手だから仕方ないとはいえ助けた相手に噛まれるとか…なんて不運な。

 

「あはは、びっくりさせちゃったかな?」

 

それでも女の子は特に気にした様子も無く傷口を眺めている。

 

女子生徒がポケットからハンカチを取り出し、女の子の手に巻きつけた。

 

「ありがとう、ひばりちゃん」

 

「犬は無事でも、あなたは大丈夫じゃないでしょ、川に落ちた上に犬に噛まれて」

 

そのまま、二人の話を聞いていると、どうやら橋から落ちそうになっていた犬を女の子が助けようとして、あそこに引っかかり、ひばりと呼ばれた女子生徒が助けようとしていたことが分かった。

 

「あなた、入学初日から不運だったわね・・」

 

それに関しては俺も全く同意見だった。

 

「ううん、私はとっても幸運だったよ」

 

あんな踏んだり蹴ったりな目にあったにもかかわらず、陰りのない笑顔を見せる。

 

すごくポジティブだなこの子、俺も見習いたいくらいだ。

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 

 

遠くから鐘の音が聞こえてくる。

 

「これってもしかして予鈴の音じゃないのか?」

 

だとしたらもう時間がない。

 

「二人とも、急がないと遅刻するぞ!」

 

慌てて、橋の上においたままになっている自転車に向かって走り出す。

 

「うん、ひばりちゃん急がなきゃ!」

 

「あ、待って、靴とカバンを橋の上に起きっぱなしなんだから」

 

「じゃ、じゃあ、良かったら俺の自転車使ってよ、俺は走って行けるから」

 

お互い橋に向かいながら、さっき偶然に胸を触ってしまった申し訳なさからか、ふと、そんな言葉が出た。

そう言うとひばりと呼ばれた女子生徒はちらりとこちらを見やると

 

「結構よ、走っていくから!」

 

と、はっきりと断ってきた。

表情から明らかに警戒されていることが伝わりきまずさを覚える。

 

まあ、あんなことしてしまったらしょうがないか・・

 

 

 

 

 

 

 

自転車に乗って急いで学校に向かい入学式の会場に間に合った。

その数分後、本当にギリギリであの女子生徒と女の子が会場に姿を見せて、川に落ちた女の子は制服ではなく、体操服に着替えていた。

そして、今は入学式恒例の理事長の長くてありがたい話を聞いている最中だ。

なお、入学式の席順は先着順なのか、2人は俺の隣に座っている。

2人は対照的に女子生徒は疲れた顔で女の子はニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

「入学式に遅刻しなくて良かったねひばりちゃん」

 

「ええ、そうね・・・」

 

クラスは全部で7組あり俺たち3人ともが7組に配属されていた。

確率的には3人が同じクラスになる確率は約2%くらいだから結構すごい偶然かもしれない。

 

その時、視界の隅に教師に支えながら歩いているメガネを掛けた女子生徒がいるのに気がついた。

 

「こほっ、こほっ、こんな大切な日に遅刻した上、入学式早々先生の手を煩わせてしまうなんて・・・私」

 

と、言い終わった途端床に倒れこんでしまい、そのまま運ばれていく、おそらく行き先は保健室だろう。

教師に「久米川さん」と呼ばれていたのでそれが名前だろう。

 

体調が悪いのに無理やり出ようとしたんだろうか?

 

まあ、その後は特に何も無く入学式は終了し、教室に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

偶然だが、席は3人とも近くで俺の前に女子生徒が座り、その右隣の女の子が座っている。

 

「そういえば、あなたの名前まだ聞いてなかったわね」

 

席に着くなりひばりと呼ばれている女子生徒が隣の女の子にそう尋ねる。

てっきり友人同士かと思っていたがどうやら今日が初対面だったらしい。

 

「あ、そだねっ、私っ花小泉杏っていいます! 中学時代は杏って呼ばれることが多かったよ、よろしくね! 」

 

「・・よろしく、はなこ」

 

2人の話を聞いていると、どうやら女の子は苗字からとったあだ名をつけられていたみたいだがそれを気に入った様子だった。

 

「・・・」

 

ふいに、ひばりと呼ばれている女子生徒が振り向きこっちに顔を向けてくる。

 

「う・・」

 

不機嫌さが表情から読み取れて、非常に気まずくなる。

遅刻しかけた際のとたばたでうやむやになっていたが、俺は橋の上で起きた件は未だに片付けてはいない。

ここは誠心誠意謝るのが筋だろう。

 

「さっきのことならもう気にしてないわ」

 

「え?」

 

謝罪の言葉を口に出すより先に、女子生徒が先に口を開いていた。

 

「偶然だったんでしょ、犬を受け止めようとして」

 

「・・・ああ、本当にごめん、俺が悪かった・・」

 

そう言って、頭を下げる。

 

「もういいわよ、あれは事故だったんだから」

 

どうやら、彼女は俺を許してくれてるようで、表情からも不機嫌さが消えていることが理解できた。

 

「さっきのことって?」

 

その時、花小泉さんが口を挟んでくる。

 

「なっ、何でもないわ! そっ、それよりあなたはなんて名前なの!?」

 

「お、俺は、葵坂幸太(あおいざかこうた)、友達からは幸太って呼ばれてる」

 

俺にとっても彼女にとってもわざわざ人に聞かせるような話ではないのでとっさに俺の自己紹介でごまかすことにする。

 

「そうなんだ、じゃあよろしくね葵くん!」

 

「え、葵くん?」

 

「うん! 私が花小泉ではなこ! ひばりちゃんは苗字の雲雀丘から!、なら葵坂なら葵くん! これであだ名がおそろいだねっ!」

 

なるほど、苗字からそれぞれ取って、それぞれ、はなこ、ひばり、あおいか。

しかし、あだ名がおそろいって・・女の子同士ならいいかもしれないけど、高校生の男女同士だとちょっと恥ずかしいな・・

そういえば、『ひばり』ってのは本名じゃなくてあだ名だったんだな。

 

「私の名前は雲雀丘瑠璃(ひばりがおかるり)よ、ひばりは、はなこが勝手につけたあだ名」

 

「うん、せっかく友達になれたんだからこうしようよっ、葵くんならお花の名前でかわいいからっ!」

 

この子の中ではもう俺たちは友達になってるのか…

うーん、はなこさんはそう言ってニコニコと笑っているけど、実際呼ばれるとやっぱり恥ずかしい。

まあでも、変なあだ名付けられるより、苗字からってすぐ分かるし別にいいかもな。

 

「ああ、分かった、じゃあそれでいいや、よろしく、はなこさん、ひばりさん」

 

「うん、じゃあよろしくねっ、葵くん!」

 

「よろしく、葵くん」

 

出会い方が衝撃的だったとはいえ、いきなり女子の友達が2人もできるのはちょっと予想外だったな・・

中学は男子校に通ってたし、女子とこんなに会話するなんて何年ぶりだろうか?

それ以前に、家族や一握りの親戚以外じゃ女の人と関わろうとしてこなかったんだから赤の他人の女子と会話したのは本当にひさしぶりだ。

まあ、男子校に通っていたのも女の人と関わってこなかったのも俺の『あの』体質が理由なんだし、これからは共学に通うんだから気をつけていかないとな。

気をつけてどうにかなる問題というわけでもないんだけれど・・

 

「この学園って勉強も運動も専門的に伸ばしてくれるんだって!」

 

「ああ、そうらしいな」

 

「私家から一番近いから受けて見たんだけど、試験に通った時、いろんな人からびっくりされちゃったよ」

 

「私もそんなものよ、特に優れた才能なんて思いつかないし、どうして受かったのか?」

 

「俺は受かった時は別にそこまで驚かれなかったな、多分スポーツ面の方で合格できたんだと思うけど」

 

少し自慢っぽくなってしまうかもしれないが、昔から多くの大会で結果を残してきたのは少なからず事実だし、

それに、この2人だってここに合格してるんだから別にこれ位は大丈夫だろう。

 

「じゃあ、何か好きなものはない?」

 

「すっ、好きなもの!?、趣味なら少し料理とか・・」

 

「私は動物が大好きなんだ! 何でか分からないけどいろんな動物が私のところへやってくるんだ! さっきもほら、助けたわんこが」

 

いや、あれ噛まれてただけじゃん・・

 

「クス・・」

 

その時、俺の二つ前の席、ひばりさんの前の席の女子生徒が振り向いて微笑んできた。

よく見るとその女子は入学式の途中で現れてすぐに倒れてしまった生徒だった。

 

「あ、ごめんなさいお二人の会話がとても楽しくてつい・・こんな得体の知れない女が会話を盗み聞きした、なんてさぞ気分を害されたでしょうね」

 

いや、そんなこと程度でそんな風に思わないよ、どんだけ、ネガティブなんだよこの人…

 

「あんた確か、入学式の時に倒れてたけど大丈夫なのか?」

 

「ええ、体調はもうすっかり良くなりました、しかし・・・入学式という大事な時に私のという醜い人間の記憶を植え付けさせてしまうなんて・・なんとお詫びしていいか・・」

 

「いや、だから別にそんなこと思ってないから・・・」

 

俺と同じようにひばりさんも過剰すぎる自己嫌悪を見せられすっかり引いてしまっている。

少なくとも俺からしてみれば美人だと思うけどなあ・・

というか、ひばりさんも美人だと思うし、はなこさんは美人というよりは、かわいいって感じの人だし。

まあ、わざわざそれを皆に言う必要もないけど。

 

「私は久米川牡丹(くめがわぼたん)と申します。名前負けする病弱でクズな人間ですがどうぞよろしくお願いしますね」

 

そう言って久米川さんはまずひばりさんと握手を交わし、次にはなこさんと握手を交わす。

 

 

 

ビキッ

 

 

 

教室中に突如嫌な音が響く。

その音はほとんどの生徒にも聞こえたようで教室中が静まり返る。

 

「ビキ・・・?」

 

「何今の音・・?」

 

「・お・・・お気になさらないでください、よくあることです、きっと指の骨に少々ヒビが入った程度で…大したことありませんから」

 

「いや、大したことあるだろ、それ!」

 

ヒビ!?、骨にヒビッ!?、握手だけでッ!?、おかしいだろ!?

しかも口ぶりからすると、こんなことは日常茶飯事みたいな・・

 

「いや、本当によくあることですから少しのことで良く骨が折れてしまったり…はなこさんは悪くないですから、お気になさらないでください・・残念ですがHR後に早退します」

 

どうやら、本当に日常茶飯事らしい・・・

正直このクラスって変な人が多いんじゃ・・

まあ、俺も人のことは言えないかもしれないが・・・一体このクラスって・・・

 

「はーい、みんな揃ってますか? 先生が来ましたよー!」

 

その時、教室のドアが開き1人の教師が入ってくる。

この人がおそらく7組の担任なんだろう。

先生は教団の前に立ち、生徒が全員席に座り終わるとすぐさま話し出す。

 

「このクラスの担任の小平です、この学園は入学式でも説明したように生徒の才能を伸ばしてたくさんの偉人輩出しています1組から3組は勉学を、4組から6組はスポーツのスペシャリストを目指してもらいます」

 

え、思わず言い間違いかと疑ったが小平先生は顔色を少しも変えることなくはなかった。

じゃあ、7組って・・・?

 

「先生、そんな学科に分けられるなんて受験前は聞いていません」

 

ひばりさんが手を上げて小平先生にそう尋ねる。

 

「あら、あなたは雲雀丘瑠璃さん」

 

「はい、それにこのクラスは7組ですけど、私達は何をするんですか?」

 

おそらくこのクラスの全員が気になっていることであることを質問する。

無論俺もその1人だった。

 

「いい質問です、あなた方には」

 

そう言って先生はチョークを横に持ち黒板に大きな文字を描いていく。

書き終わるとそこには・・・・

 

「全員幸せになってもらいます!」

 

そこには大きく『幸福』の二文字が描かれていた。




用語解説

リトルリーグ・・主に小学生が入る野球チームの総称

シニアリーグ・・主に中学生が入る野球チームの総称


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2話 幸福クラス?

幸せ・・?

クラスの全員が間違いなく戸惑っているのが空気で伝わってくる。

 

「戸惑うのも無理はありませんね、でも理解する時間はこれからたくさんありますから、ズバリいっちゃいましょう。 ここにいる全員は『不幸』です」

 

その途端、先ほど以上の戸惑い、いや衝撃がクラス中に走る。

不幸・・一体どういうことだ?

生徒の動揺など全く構うことなく小平先生は話を続ける。

 

「この世の中には多大なる幸運を持って生まれる者あらば、皆さんは大なり小なり不幸を背負い、せっかくの才能を発揮できない不幸側の人間なんですよ」

 

話が終わった途端、まるで蜘蛛の巣を突いたように、一気にクラス中が騒がしくなる。

まるで訳がわからない、いきなりそんなことを言われても・・まあ思い当たる節が全くないといえば嘘になるけど・・・

 

「せっかくですけど、私人に言われるほど不幸じゃありませんから!」

 

その時、ヒバリさんがいきなり立ち上がり小平先生に向かってはっきりと宣言する。

 

「学園は受験前にしっかりとした極秘調査を行います、あなたは本当に何にも心当たりがないとでも・・?」

 

先生は淡々とそう説明する。

ひばりさんはそう言い返され、たじろいでしまう。

俺も同じことを言われたらきっと同じ反応をしてしまうだろう。

 

「安心してください、そんな皆さんを一つのクラスに集めているのも不幸を克服し幸福を掴んでもらうためですから」

 

教室中がさらに一段と騒がしくなりいよいよ収拾がつかなくなってくる。

当たり前だが誰も彼も、全く今の説明を受け入れられないようでほぼ全員が不幸をを否定している。

例外は、俺の前の席にいる2人で、はなこさんと久米川さんはのんきに笑顔で、みんなで幸せになれると能天気なことを話している。

 

「そこで、7組では通常の特別幸福授業の他に毎日軽い測定を行おうと考えて・・

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

つい、堪えきれなくなり俺は先程のひヒバリさんのように立ち上がって言い放つ。

途端に、クラス中の注目を集めてしまうが今更止まることはできなかった。

 

「あら、あなたは葵坂幸太さん」

 

「お、俺はスポーツ推薦で試験受けました、不合格だったんですか!?」

 

正直言えば、自分が経済的ならばともかくとして自分の体質から考えれば不幸だと言われれば否定はできない。

だが、スポーツ推薦を受け、筆記はともかく、実技に関しては受験生の中でもトップクラスの記録を出していた。

事前に発表されていた合格基準を確実に超えてたはずで、それなのにもかかわらず、こんなわけの分からないクラスに入れられていることがまるで理解できなかった。

 

「いいえ、あなたは実技試験の合格基準を十分満たしていましたよ」

 

「だ、だったらどうして4組や6組じゃないんですか!?」

 

「はい、残念ながらあなたは・・

 

 

少し時間をおいて先生は・・

 

 

受験前の調査の際に不幸だと判断されてこのクラスに配属されました」

 

そう、あっさりと言い放つ。

 

「そんな・・」

 

そんな理由でこのクラスに配属されたのかを思うと、目の前が真っ暗になってしまいそうだった。

しかし、この学校に入るためにずっと努力してきたというのにそんな理由では到底受け入れることはできなかった。

 

「で、でも合格していたなら俺はこの7組より4組か、5組か、6組の方がいいです! 今からでも変えてください!」

 

「それはできません、一度決まったことですし、それに同じ合格でも勉学クラスやスポーツクラスよりここ幸福クラスの配属が優先されるんです」

 

「そ、そんな理不尽な、そんなこと入学前に一度だって・・!」

 

次第に、他の何人かの俺と同様に納得してない生徒達も次々に騒ぎ出す。

 

 

「そうだ、大体なんだよ幸福クラスって!」

 

「天之御船に入学できてうれしかったのに、わけ分かんねーよ!」

 

バキン!

 

 

 

先生は持っていたおそらく金属製の棒をくの字状に曲げた。

その瞬間、教室中が全くの無音となる。

 

「いいから、さっさとだまれよガキども、そんなんだからロクな運持ってねーんだろうが」

 

今までとは違うどすの利いた声で脅さ・・黙らさせられる。

 

今の・・金属の棒を・・いやいやあんな細身の先生が・・ありえないだろ・・きっと木製・・?

 

先生はその棒をポイと棄て去り、明らかに金属音が耳に届く。

間違いなくあれは金属製だということを理解する。

 

「今朝、皆さんの机の中に数字を書いた紙を入れて置いておきました、今日はそうですね、数が少ないほどラッキーとしましょうか」

 

未だに納得できてないが、これ以上言っても無意味そうなのでとりあえず、机の中に手を入れると先生の話ど通り紙があった。

開いて見ると、そこには(4)が書かれていた。

4番といえば野球の打順で例えれば、通常一番の強打者が置かれるポジションだ。

普段なら別になんとも思わなかったが、少しだけ気が滅入っている今の自分にとっては、1番を取る以上に嬉しく思えた。

ちなみに、はなこさんは40番(0部分のインクがこすれていたせいで49ばんに見えていた為、ただでさえいちばん多い数なのに恐ろしく不吉な番号になってしまっていた・・)ひばりさんは28番、久米川さんは35番だった。

 

その後小平先生からある宿題を出される。

それは、手書きのハートが書かれた卵(賞味期限切れ)を持って帰り、明日のHRまで割らずの持っておくことだそうで、無論机の中に置いて帰るのは禁止だそうだ。

そして、今日は授業は無くそのまま放課後となる。

残念ながら部活の練習もないらしく、名門校とはいえ入学式は休みなんだろう。

 

「なあ、葵坂・・」

 

帰りの準備をしていると数人の男子に子をかけられた。

まあ、大体聞かれることは予想している。

 

「お前の親父ってもしかして、メジャーにいた葵坂選手じゃねえのか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

否定してもどうせすぐバレるのでいつもの様に正直に答える。

 

「マジで!?」

 

「本当かよ!?」

 

俺と同じ様に帰る準備をしていた急にクラスメイト達も騒がしくなる。

かつてはこの学園に通い、春と夏の甲子園の連覇を達成した投手で、複数の球団からドラフト1位指名を受けプロ野球選手となり、そして10年前にメジャー挑戦し現在は日本に戻って今でも現役として活躍しているのが俺の父親の葵坂翔太(あおいざかしょうた)だ。

息子の俺としても超が付くほどの有名人なのは理解している。

その後も囲まれて色々聞かれたりしたが用事があると言って、足早に教室を去る。

本当は何も用事などないがこれ以上女子の近くにいて、俺の『体質』によって何か起きてしまうとも限らない。

今の話を聞いて女子も何人かが集まってきているので、これ以上この場に留まることはできなかった。

 

「おーい、葵くん!」

 

教室を出ると、はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんが立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「みんなで一緒に帰ろうと思って、待ってたんだ」

 

「私は・・はなこが皆んなで帰りたいって言ったから」

 

「私は皆さんと色々とお話ししたいので、よかったら4人で帰りませんか? 」

 

「このあと用事があるんけど、途中までだったら大丈夫だよ」

 

ずっと女子を避けるわけにもいかないし、すでに友人となったみんなと少しはなしをしたいと思っていたので、一緒に帰ることを決めた。

それに、教室で大勢と近距離で話続けるより一緒に帰る位なら気を付けていれば大丈夫だろうし、ある程度距離を保って歩くことを心がけておくつもりだった。

 

「やった、みんなで帰れるね!」

 

 

 

 

 

 

みんなで、上履きから革靴に履き替え外に出る。

今朝は乗ってきた自転車には乗らず押しながら進み続ける。

 

「ぼたんちゃん、手は大丈夫?」

 

「ええ、いつものことですから、保健室で応急処置を自分でしましたから」

 

「いや、慣れてるとはいえとはいえ応急処置できるって結構すごいと思うけど」

 

皮肉抜きにそう思う。

 

「医者の娘ですから、自分の怪我しか手当できない役立たずな女ですよ、1人救命病棟とお呼びください」

 

本人は本気で言っているんだろうが、事情を知らない人から見ればきっと自虐ネタに見えるだろう。

当然、事情を知っている俺としては笑えないが、これがたまたま怪我をした友人などが言っていたら即座に突っ込んでいるところだった。

 

「それにしても、葵くんってあのプロ野球の葵坂選手の息子なのね」

 

どうやら、あの騒ぎは廊下にいた3人にも聞こえていたらしい。

 

「ああ、そうだよ」

 

「私、野球のことはあまり詳しくないんだけど、CMやニュースで見たことあるわ」

 

「私もCMで見たことあるよ、有名人なんだね」

 

「あおいさんも野球をなさっているんですか?」

 

「うん、だからここの野球部に入ろうと思っていたんだけど…」

 

しかし、蓋を開けてみれば『幸福クラス』という何をするかもわからないクラスへと配属させらされていた。

事前に教えて貰えば、他の高校に行くことも出来たのだろうがさすがに今更無理だろう。

 

「・・スポーツ推薦で入ったから間違いなくスポーツクラスに配属でレベルの高い練習ができると思ってたのに・・でも今更他の高校には行けないし、だいたい何だよ幸福クラスって?」

 

今日会ったばかりのクラスメイトに愚痴を言っても無意味どころかかっこ悪いが我慢できず出してしまう。

 

「それは困りましたね、私に何かできれば良いのですが…確かどのクラスでも部活は自由なんですよね」

 

「そうね、そこで頑張ってみればいいんじゃない? 上手くいけば顧問の先生がクラスを変えるよう言ってもらえるかもしれないし」

 

「私はせっかく友達になれたんだから別のクラスに行っちゃうとさみしいな」

 

みんながそれぞれアドバイスをくれる。

まあ、牡丹さんとヒバリさんの言う通りだ(はなこさんはアドバイスではなく単なる願望だったが)部活は自由なんだからまず入部して頑張ってみてから考えて遅くはないかもしれない。

小平先生がクラスを決めてるわけでは無いのだろうし、部活で結果を出せばその可能性もあるかもしれない、多分・・

そんなことを話しながら校門を出た先の正面の曲がり角にぶつかる。

 

「ぼたんちゃん、あおいくん、おうちどっち?」

 

「あちらです」

 

「俺もこっちだよ」

 

「うわー一緒だね、ヒバリちゃんは?」

 

「私もだけど」

 

「じゃあ、みんなで帰れるねしゅっぱーつ!」

 

はなこさんが歩き出したその時、急にひばりさんが立ち止まりある1点を見つめる。

視線をって見ると、そこには直売所と書かれた看板があった。

 

「ごめんなさい、寄るとこがあるの忘れてたわ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「残念ですが、仕方ないですね」

 

「そうだな、じゃあまた明日」

 

「ごめんね、また明日」

 

そのままヒバリさんはカバンを抱きしめながら走り去って行った。

卵が割れるのが心配なんだろうか?

そのまま、俺たちは適当に話をしながら3人で歩き続けた。

 

 

 

 

途中で、たくさんの桜の木が満開で咲いている一本道を歩いていた。

俺たち以外誰もいなかったがちょっとした桜の名所のようで休日は花見をしている人がいるかもしれない。

何の気のなしに宿題でもらった卵を取り出し、じっくりと眺めてみるが、やはりハートが書いてあること以外は何の変哲も無いごく普通の卵だ。

 

「これを明日の朝のHRまで割らずに持ってればいいんだよな?」

 

「ええ、気をつけて持っておかないといけませんね」

 

「ヒバリちゃんと卵について話したかったなあ…」

 

「まあ、お互いに割らないように大事にしておかないとな」

 

そう言って卵をカバンに直す。

 

「にゃあ」

 

猫が桜の木の間から姿を現した。

 

「にゃんこだ!おいでー」

 

猫の姿を見つけるなり、すぐさまはなこさんは猫に向かって手を伸ばす。

今朝、我が身を川に落としてまで犬を助けていたことから相当な動物好きなんだろう。

しかし、猫は突然、いわゆる猫パンチをはなこさんに食らわしてしまう。

 

「は、はなこさん! 大丈夫!?」

 

慌てて牡丹さんと駆け寄るがはなこさんは今朝助けた犬に噛まれた時のように相変わらず笑顔のままだった。

もしかしたら、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。

もしそうなら、大の動物好きなのに動物からこんな仕打ちを受けているのであれば何て不憫な子なんだろう・・

そして、猫はそのまま走り去ってしまった。

 

「あ、待ってにゃんこー」

 

逃げた猫をはなこさんが追いかける。

 

「はなこさん待ってくださいー」

 

「もう、ほっとけって!」

 

俺と牡丹さんも一緒になって走って追いかける。

 

 

 

 

「にゃーん、にゃーん!」

 

3人で追いかけているとあの猫が何故か田んぼの中のカカシの上で立ち往生、いや座り往生していのを見つけた。

しかしどうやってあそこまで行ったんだろう?

 

「にゃんこが、今助けるからね!」

 

はなこさんはあそれを見つけると迷うことなく、靴と靴下を脱ぎ捨て田んぼの中へ足を踏み入れる。

かなり水分を含んでいるようで膝まで沈んでしまう。

 

「はなこさん、私もお手伝いを・・」

 

「牡丹さんっ危ない!」

 

大した距離では無かったが体力を消耗していたようでかなりフラついておりとっさに支えなければ倒れこんでいるところだった。

牡丹さんをしっかり支えていたため、倒れかけた時に本人が落としたカバンまでは捕まえることはできなかった。

カバンの中から卵だけが飛び出て割れてしまう。

 

「ああ、割れちまった・・」

 

その時、はなこさんが助けようとした猫がピョンと跳ねてはなこさんを踏み台にしてっさらに跳ねて俺と牡丹さんがいる所まで田んぼに落ちることなく戻ってくる。

しかも、今割れた牡丹さんの卵を美味しそうにペロペロ舐めている。

 

「美味しい?」

 

固まってるはなこさんが猫に向かって言う。

 

猫はニャーンと返事をするかのように大きく鳴き声を上げた。

 

 

 

 

 

その後は、抜け出せなくなったはなこさんを助け出す為に俺も靴と靴下を脱いで田んぼに入った。

その最中で用事を終えたらしいヒバリさんが俺たちに気づき、今は牡丹さんの介錯をしていた。

俺が2人と一緒に下校していなければいなければ、ヒバリさんがはなこさんを助け出していたかもしれない。

 

「いたーほんとたすかったよ、ここで牡丹ちゃんと一晩過ごすことになるかもしれなかったし」

 

「うん、とりあえず足を洗おうか、どっかで洗わないと靴も履けないし」

 

都合よく、近くに綺麗な小川があった為そこで泥を洗い、。足をしっかりタオルで拭いて靴を履いた。

 

「あなた達、あんなところで一体何してたのよ」

 

ヒバリさんに簡単に事情を説明する。

それを聞くと、ヒバリさんは大きくため息をついた。

 

「はなこ、あなた後先考えて行動したほうがいいと思うわ、葵くんがいなかったずっとあのままだったし、私だってこの道を通らなかったかもしれないし、それこそ本当に夜まで動けなかったかもしれないのよ」

 

「うん、でもみんな助かったし、終わり良ければすべて良しだよ、私ってやっぱりついてるなあ、本当にありがとう、あおいくん、ヒバリちゃん」

 

目の前ではっきりと感謝の言葉を言われると少しだけ照れくさかった。

 

「何言っているの、助けたのはあおいくんだし、私は牡丹の面倒を見ていただけでしょ」

 

「でも、俺がいなけりゃヒバリさんが助けてたと思うよ、そりゃ必ずこの道を通るとは限らないけどさ」

 

会ってまだ1日も経っていないが、きっとヒバリさんならそうするだろうと何となくよそうできた。

 

「うん、私もそう思うよ」

 

「べっ、別に、あんな場面を見つけたら誰だって・・」

 

「あっ、ごめんヒバリちゃん!」

 

はなこさんが突然大声をあげ、手に巻いてあるハンカチを見て顔を青くしている。

 

「借りているハンカチちょっと泥ついちゃってる、汚さないようにに気をつけていたのに…」

 

はなこさんの言う通り真っ白なハンカチが少し泥で付いてしまっていた。

でも、確かそのハンカチってもう…

 

「…ばかね、どうせ中は血が付いているだろうし、ついたのは猫の泥じゃないかしら?」

 

「あ、そっかー」

 

今朝怪我したところを巻いていたんだからそりゃ血が付いてるだろう。

そう言われてもはなこさんはしょんぼりしている。

 

「ごめんねヒバリちゃん、真っ白で綺麗なハンカチなのに・・もともとより3倍白くして返すから」

 

ひヒバリさんははなこさんの言葉を聞くと優しく微んだ。

 

「もういいわよ、ハンカチくらい」

 

「ヒバリちゃん!」

 

突然はなこさんがひばりさんに抱きつく。

 

「ひぇっ!?」

 

「怒った顔もすっごくかわいいよー♡」

 

「ばか、何言ってるのよこんな時に・・・」

 

ヒバリさんに支えられながら歩いていた牡丹さんもそのやり取りを聞いてひばりさんに抱きつく。

 

「親切な上に可愛らしくて、猫の手助けも出来ず卵も割ってしまった私とは月と虫ケラです」

 

ヒバリさんはふたりに抱きつかれて顔を赤くしている。

自分も今のヒバリさんの笑顔は可愛いと思ったが恥ずかしいので口にはしない。

もし3人が男だったら自分も加わっていただろうが、女の子達なのでそのまま眺めているだけにしておくことにした。

 

「そっそうよ卵!、今の騒動で私の卵も割れちゃってるんじゃないかしら」

 

ヒバリさんがカバンから卵を取り出そうとした時、何か四角いものがカバンからこぼれ落ちるのが見えた。

 

「ヒバリちゃん、カバンから何か落ちたよ?」

 

俺が拾おうとするより早くはなこさんが手を伸ばす。

 

「だめっ!!、それはっ!」

 

慌ててヒバリさんが先に拾おうと手を伸ばすが風が吹き、その四角いものが飛ばされて俺の横を通り抜けようとしたので片手でキャッチする。

そして、はなこさんが前をよく見ず俺がキャッチしたそれを追いかけてきて突っ込んでていた、小柄な女の子だったので難なく受け止める。

俺がいなければはなこさんは後ろにある木に頭からぶつかっていたかもしれない。

 

「はなこ、何で飛び出したの?」

 

「だってこれはヒバリちゃんの大切なものなんでしょう?、泥に落ちたら大変だと思って」

 

「ふう・・はなこさん、ちゃんと前見てないと危ないよ、俺がいなかったら木にぶつかってたかもしれないんだから」

 

「うん、でもあおいくんが受け止めてくれたから大丈夫だよ」

 

「・・はは、そうだね」

 

俺は苦笑して持っているものをヒバリさんに渡そうとした。

その時、それが四角いものが何なのかを理解し、つい手が止まってしまう。

はなこさんと牡丹さんもそれを覗き込んでくる。

それはごく普通のパスケースだったがそれにはある物の写真が入っていた。

 

「ヒバリさん・・この写真って」

 

「・・私の大切な人の写真よ」

 

ヒバリさんは何とも言えない気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「その人に会うためだけに、1人で工事現場に通ったりして・・小中学生のころはよくそのことでばかにされたり、からかわれたりもしたわ」

 

ヒバリさんの言葉にどう返したらいいかわからず口ごもる。

 

「あなた達もおかしいと思うでしょう?」

 

「好きな人に会いに行ったり、写真をパスケースに入れるなんてロマンチックですわ」

 

牡丹さんは今までと何も変わらず普通に答える。

 

「え!? そ、そうじゃなくて普通に考えて変でしょう! ただの工事現場の『看板』に!」

 

そう、そこにはあの一般的にいうオジギビトの写真があった、もちろん人間ではなく二次元の絵の。

 

「いつも知られた途端に周囲に言いふらされて__

 

ああ、だからこれを落とした時にあんなに必死で拾おうとしていたんだ・・

その気持ちは自分にも似た経験があったのでその気持ちは強く理解できた。

 

「友達の好きな人を言いふらしたりなんかしたりしないよ」

 

はなこさんははっきりとそう言い切る。

 

「・・・俺もちょっとびっくりしたけど、言わないよ、本人が嫌がってるならなおさらね」

 

それにヒバリさんは今朝の事故のことを偶然だと信じてくれた、だからこの人を傷つけるようなことはしたくなかった。

 

「・・でも」

 

「それよりヒバリちゃん」

 

はなこさんがヒバリさんの後ろにへ指をさす。

 

 

「えっ?、あ」

 

いつの間にかヒバリさんの卵が落ちて割れていた。

 

 

 

 

 

 

次の日

 

「おはよう、ヒバリさん」

 

「おっおはよう」

 

昨日のことをまだ引きずってるようで

まあ、確かに本人からしてみればいくら俺たちが言わないと言っててもそれですぐに気にしないようにできることではないかもしれない。

 

「そういえば、あおいくんは卵どうだった?」

 

「え!? ああその・・登校中に割れちゃった」

 

「あら、そうなの・・残念ね、こんなこと簡単だと思ってたのに・・」

 

「俺も気をつけてたんだけどね、幸福クラスか・・」

 

周りから聞こえてくる声も例外なく全員が卵を割ってしまったことを話している。

もしかしたらクラスの大半、いや全員が卵を割っているかもしれない。

不幸な生徒ばかり集めた幸福クラスという肩書きは伊達じゃないのかもしれない。

少しして、牡丹さんとはなこさんも登校してくる。

 

「はなこさんは割れなかったんですか、すごいです!」

 

「えっ!?」

 

「まじでっ!?」

 

はなこさんには失礼だが心の中で勝手に割れているだろうと思っていた為かなり驚いた。

 

そして、朝のHRの時小平先生から全員が卵を割ってしまったことを告げられるが、はなこさん1人だけ割っていないことを手を上げ伝える。

その瞬間、先生を含めた全員から驚きの声が上がり、はなこさんのまわりに生徒が集まってくる。

先に知っていたため驚かなかったが、予想通りはなこさん以外の生徒が卵を割ってしまったようだった。

もしかしたら、このクラスの中ではなこさんが1番幸運ってことなのか?

 

「ん?」

 

卵が何も衝撃を与えてないのに突然ヒビが入っていく。

そして・・・

 

卵の中から黄色いものが飛び出し、はなこさんの頭の上に乗った。

 

「ピヨ」

 

出てきたのはひよこだった。

本人は割ってないのに結局割れてしまった。

はなこさんに目を向けるとまだ驚いているのか固まっている。

 

「かわいい!!」

 

だが、本人は動物好きなだけにかなり嬉しそうだった。

これって不幸なんだろうか?、それとも幸運?

俺には分からなかったが、はなこさんがとても幸せなのは分かるので幸運なんだろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談

 

なぜ葵坂が卵を割ったのかというと、登校中に真っ白な布が顔に飛んできてそれが女性物の下着だということに気づいて驚いてしまい、うっかり転倒した際に割ってしまったのが原因であり、ちなみに今年に入ってから外を歩いている時に女性物の下着が飛んできたのはまだ7回(本人にとっては少ない回数)だけだった。

そして、小学校時代に友人と登下校中に同じことがあり、そのことを友人に言いふらされ、いつの間にか下着を盗んでいたと噂が歪み、それがまだ幼かった心に大きなダメージを与えることになった。

 



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3話 二者面談と身体測定

今回は少しオリジナル多めです。
オリジナル展開って難しい・・そのオリジナル部分をかなり加筆修正したのでちょっとわかりにくくなっているかもしれないです。
次回は今月中には上げる予定です。



第3話

 

二者面談と身体測定

 

今日は担任の小平先生と生徒の一対一の二者面談の日。

順番は男子と女子が交互に行われ、俺が男子の最後だ。

 

「失礼します」

 

教室に入り、小平先生との二者面談が始まった。

念のため、椅子を引いて先生からは距離を取って座る。

先生が何も言わないことから調査でとっくに『体質』のことを知られているんだろう。

 

聞かれる内容は中学時代のこと、得意な科目、趣味、特技などで思っていたほど変わったことなどで聞かれない。

 

「中学時代は男子校で、シニアリーグに入っていました、得意な科目は、そうですね・・国語です」

 

一応国語は平均点超えてる・・他はともかく。

 

「趣味は野球です、特技は制球力・・ボールのコントロールです」

 

「・・・野球以外の趣味や特技はありますか?」

 

「・・え?」

 

野球以外で・・ええと・・・・・・

 

「・・・・あ、筋トレとかよくしますし、本を読むのも好きです」

 

「はい、分かりました」

 

「あの、先生、聞きたいことがあるんですが?」

 

「何ですか?」

 

意を決して聴きたかった『あの事』を尋ねる。

先生は特に反応することなく手持ちの紙に書き込んでいく。

 

「俺、やっぱりスポーツクラスに行きたいんです」

 

先生は俺の言葉に反応することなく黙って耳を傾けている。

 

「もし、不幸じゃないと認められれば、スポーツクラスへの異動って出来ますか?」

 

「ええ、可能です・・ですが・・今まで幸福クラスの生徒が別のクラスに異動したケースはありませんよ」

 

先生は淡々と事実を言い放つ。

すでに知っていた事でもあるがはっきり真正面から言われると結構こたえる。

 

「はい、分かりました、ありがとうございます」

 

それでも、先生の口からはっきりとクラスを変えてもらうことができることを確認できて安堵した。

そのまま、二者面談は終わり、教室を出る。

結局、野球に関係ない趣味や特技をあげることができなかった。

次は体力テストと身体測定があるが、更衣室だけは間違えないように気をつけないといけない。

 

「あおいくん、終わった?」

 

教室の外で自分の番を待っているはなこさんとひばりさんと牡丹さんがいる。

ヒバリさん達はすでに体操着に着替えていた。

二者面談が始まる前に4人で身体測定に行こうと約束している。

 

「終わったよ、はなこさん」

 

「うん、じゃあ行ってくね、ヒバリちゃん、ぼたんちゃん、あおいくん、待っててね」

 

そのままはなこさんは教室の中へ入っていった。

 

「あおいさんはどんなことを聞かれましたか?」

 

「中学時代のこととか、得意な科目とか、特技や趣味とか聞かれたよ」

 

「男子でも聞かれることは同じみたいね」

 

「じゃあ、俺も着替えてくるよ、男子の更衣室って向こうだよね?」

 

記憶では間違いなく向こうだったが、聞いておかないと不安で仕方なかった。

小学校時代、間違えて女子が着替えている所に入ってしまい、しばらく笑い話となっていた。

当時はまだ低学年だったから良かったもののそれが高学年の時だったら笑い話では済まなかったかもしれない。

 

「向こうであってるわよ」

 

「分かった、ありがとう着替えてくる」

 

更衣室の前までくると窓からこっそりと覗き、脱いで置かれている制服から男子の更衣室だと分かり、やっと安心して部屋に入り、手早く体操着に着替え更衣室を出ると、ほぼ同時にはなこさんが教室から出てくるのが見えた。

これでクラス全員の二者面談が終わったようだ。

はなこさんも俺と同じことを聞かれたようで、やはり全員男女関係なく聞かれることは同じらしい。

 

「・・ねえ、ヒバリちゃん、ワニってほんとうに美味しい?」

 

「なんの話?」

 

ヒバリさんが何か突飛なことを聞かれている。

父親がまだメジャーリーグにいた父親に会いに行った時アメリカで食べたことがあるが牛や豚とも違う食感で美味しかった記憶がある。

そのことを伝えると、はなこさんはなんとも言えない表情を浮かべた。

言わなきゃ良かったかもしれない。

 

 

 

 

 

体育館へ向かっている最中、ヒバリさんと牡丹さんは身長や体重が気になっていることや、あの工事現場の看板に好意を持つようになったきっかけの話を話している。

後半は突っ込みどころがあったが、女子の体重の話や恋話は男子にとっては関わりにくい話題なので口を挟むことなく進んでいく。

 

ん?

 

何か変な音が聞こえて立ち止まる。

その音は進行方向の廊下から聞こえてきて、ヒバリさんもすぐに気づいたようでその方向に目を向けると、その先には『何か』がいた。

その『何か』が近づいてきて、その変な音もますます大きくなり不気味さを増す。

 

「反対側の道から行くわよ! あんなのに関わると碌なことにならないわ」

 

ヒバリさんの提案を受け入れ、走り出そうとしたその瞬間何かが走り出し俺たちの頭上を飛び越えて着地した。

やっとそこでその何かの正体を掴む。

 

「ごめんごめん、盛り上げようと思ったけど、驚かせたみたいだね」

 

それは・・・・兎だった。

だが、それは1番近いものに当てはめればの話であり、兎と言ってもぬいぐるみみたいなデフォルメされた姿で二足歩行をしており、タキシード?を着て、しかも日本語を流暢に話している。

どう見ても、生き物ではない。

UFOキャッチャーの景品の中に紛れていても違和感はなさそうだ。

 

「何なんだあれ?」

 

「僕はチモシーこの学園で作られたロボットさ、幸福クラスの案内役さ」

 

はなこさんが「チモシー!」と叫んで抱きつこうとするがさらりと避けてしまう。

どうやらはなこさんチモシーのことを気に入ってしまったらしく何回もは抱きつこうとしていたが、ことごとく避けられてしまい、涙目になっていた。

 

「僕の頭はデリケートなんだ、撫でようなんて10億年早いね、君たちが遅いから迎えに来たんだ、さあ体育館へレッツゴー!」

 

 

 

 

 

 

 

体育館に着いて早速体力測定に取り掛かる。

測定の順番はなく全部終わった時点で終了するようだ。

まずは比較的人数の少ない立位体前屈の測定を始める。

2回測って良い方を記録とするらしい。

最初ははなこさんが測る。

 

「よーし、行きまーすっえいっ」

 

記録は8.75123cm

 

「・・やけに細かいな」

 

「ここにある機械はみんな最新の測定器なんだ、ピコmまで測定できるよ」

 

チモシーがやたら得意げに説明する。

ピコmって誤差レベルだろ・・身長だって1日で数ミリ位は増減するんだし、無駄な技術を使ってるな。

はなこさんの測定が終わり、次は牡丹さんの番だった。

 

「・・いきます」

 

牡丹さんは体を曲げてゆっくりと前に倒して・・いかなかった。

 

「え?」

 

記録は-41.02814cm

測定器に届いてすらいないし・・体硬すぎだろいくら何でも・・

 

「がんばって、ぼたんちゃん!」

 

「一度体を元に戻して、もう一回やってみたら?」

 

牡丹さんは体を元に戻しもう一度測ったが記録は変わらなかった。

 

「万が一測定器に届かなくてもちゃんと図れるのさ!」

 

「どういう原理だよ、超音波でも出してそれで測ってるのか?」

 

立位対前屈を終えて、他の項目もどんどん進めていく。

俺は殆どの項目でトップの記録を出し、特に握力測定とハンドボール投げでは2位から大きく差が開いていた。

担当していた先生はとても驚いていて、どうやらスポーツクラス基準でもトップクラスの記録を出したみたいで、何故幸福クラスにいるのかを不思議に思われた。

ちなみに、牡丹さんはハンドボール投げでは脱臼し、立ち幅跳びで捻挫するなど体力テストでボロボロになっていた。

ともかく、体力テストを終えて次に身体測定に移る。

聴力検査や視力検査があり自分は特に問題なく終えたが、聴力検査の際はまだ音を出してないのにもかかわらずはなこさんがつけていたスピーカーから何故か女性の声がが聞こえるという怪奇現象が起こり、視力検査の際は牡丹さんはメガネがなければでは1番上も見えないらしく相当視力が低いようだった。

他の項目を終えて最後に身長と体重を測って終了となる。

 

「この機械は自動で体重と身長を同時に測れるんだ、一石二鳥でしょ!」

 

「それ結構前からあるぞ」

 

とにかく、自分1人が先に測ると中学時代と比べて身長は少し伸び、その分体重も増えていた。

次にヒバリさんとはなこさんと牡丹さんの3人が順番で測り、ヒバリさんは問題なく終える。

しかし、はなこさんが測ろうとすると何故か身長測るために降りてきたバーの部分が暴走し頭にベシベシと連続で叩き始める。

 

「うわー縮んじゃう、チモシーになっちゃうー!」

 

「うーんさすがにそれじゃ測れないね」

 

「いやいや、余計なこと言ってる暇あるなら機械止めろ!」

 

はなこさんが測り終わると最後に牡丹さんが測ろうとするが、さっきように計測器が暴走したら骨折しても不思議はない、他の人ならいざ知らず握手で骨折する人なら否定はできない。

だからと言って計測しないわけにもいかないので、見守っておく。

計測器が動き出しし、バーがゆっくりと降りていく・・

頭にバーが当たった瞬間、牡丹さんは貧血でも起こしたかのように倒れかけ、真正面から抱き合う形で支えて転倒だけは避けられた。

 

ムニュ

 

「・・おおっ!」

 

胸の辺りに柔らかい感触が押し付けられつい声にならない声が出る。

それが何なのかはすぐに理解できた。

この前の入学式での帰り道の時も同じようなことはあったが、今回はあの時とは違い真正面から抱きしめており、しかもお互いが体操着なので感触がダイレクトに伝わってくる。

今までの経験でも最大級のボリュームで、その上柔らかくものすごく柔らかい。

体を密着させたままが動かなくなってしまい、数秒後にはっとなって体を離した。

 

「すみません、私みたいな役立たずの足手まといの為にお手を煩わせてしまうなんて」

 

牡丹さんは申し訳なさからかいつものようにネガティブオーラを出しているが逆にこっちが申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「い、いやそのき、気にしてないから大丈夫だよ、あははハハ、そ、それにしてもどうして倒れそうになってたの?」

 

「それが、今年もまた体重が増えてました・・」

 

「ああ・・そうなんだ」

 

つまり体重が増えていたショックで倒れてしまったらしい。

 

「そうなの? 全然太ってるように見えな」

 

はなこさんが急に固まった、まるで彫刻のように動かなくなり、牡丹さんのある1点を見続けている。

視線の先には体操着が伸びてしまいそうなほどその部分を押し上げている豊かな胸があった。

そう、先ほど自分がしっかり感触を味わってしまった所だ。

しかも、本人は無自覚だろうが牡丹さんがうつむいている為に余計に強調されてしまっていて、ついジッと見つめてしまいそうになり慌てて目をそらす。

今度ははなこさんはヒバリさんの方に視線を向けていて、どこを見ているかは確認するまでもなかった。

自分の胸に手を持って行き、ポンポンと触ると目に涙を浮かべる。

 

「どっ、どうしたのよ!?」

 

ヒバリさんは涙の意味がわからず困惑している。

涙の理由は分かっていたが女の子相手にそんなこと言えるわけもなく、聞いてないふりをしてやり過ごす。

はなこさんの視線を思い出したのかヒバリさんは牡丹さんの胸に視線を向け涙の理由を理解したように見えた。

 

「・・ぼたんあなたが年々体重だけ増えて行ってる理由わかったような気がするわ」

 

 

最後の項目を終え、身体測定は終わり昼休みになる。

 

「大丈夫、牡丹?」

 

牡丹さんは体力を使い果たしてしまったようで今はヒバリさんに支えられながら更衣室に4人で向かっている。

 

「お昼ご飯食べられそう?」

 

「ええ何とか、どんな事態になっても食事はしっかりとるべし、家訓なんです、もはや私など牛に近いのかもしれませんね・・ウフフ」

 

自覚はないのだろうが、嫌味にも捉えられそうな言い方だ。

 

「・・まあ、確かに疲れていてもご飯は食べといたほうがいいな」

 

「ともかく、私は牡丹を更衣室まで連れて行くから、悪いけどあおいくんは校舎裏の自動販売機で飲み物を買ってきてもらえない?」

 

「ああいいけど」

 

「ありがとう、私は紅茶何でもいいわ、この袋に4人分買える位は小銭が入ってるとおもうから、牡丹とはなこは何がいい?」

 

「わ、私は野菜ジュースをお願いします・・」

 

「分かった、はなこさんは何がいい?」

 

「・・じゃあ、私も一緒に行く、そこで決めるから」

 

「そう、じゃあ2人で買ってくる」

 

俺とはなこさんは校舎裏の自動販売機へ向かった。

 

 

 

 

 

「さて、どれにするかな?」

 

自動販売機の前で少し考えむ。

学校の自動販売機だけあって、良く見かけるようなポピュラーなものしか置いてない。

 

「じゃあ、これにするか」

 

結局、普段からよく飲んでいるスポーツドリンクのボタンを押す。

落ちてきたペットボトルを手に取ると心地よい冷たさが手のひらに伝わってくる。

これで自分とヒバリさんと牡丹さんの紅茶と野菜ジュースを購入を終えた。

 

「はなこさんは決まった?」

 

「・・」

 

まだ悩んでいるのか、珍しく真剣な眼差しで自動販売機を見つめている。

たかだかジュースを買うだけの行為なのにかなり緊張しているみたいだ。

「・・決まったよ」

 

そのままゆっくりと前に進みオレンジジュースのボタンに指先を載せる・・

 

「えい!」

 

ボタンを押し、落ちてきたペットボトルを取り出す。

 

「・・カレー牛乳?」

 

はなこさんが持っているのはどう見てもオレンジジュースではなかった。

 

「うう・・やっぱりダメだった」

 

はなこさんが押したのは間違いなくオレンジジュースではカレー牛乳ではなかった、それ以前にそんな変な商品は自動販売機の中にも置いてない。

 

「あおいくんは全部当たったから、今度はうまくいくかと思ったけどダメだった」

 

「え、今度は?」

 

「うん、自動販売機っていつも何が出てくるかわからないじゃない、だからここで買ってもいいのかなあって」

 

牛乳カレーを眺めながら落ち込んでいる

 

「いや、自動販売機って普通は・・」

 

普通は選んだ商品しか出てこないと言おうとしたが思いとどまる。

言ったら言ったではなこさんをより落ち込ませてしまいそうだったから

 

「うう、私お金持ってないしこれでいいや」

 

「待って、俺が代わりに買ってみるよ」

 

はなこさんは肩を落としてとぼとぼ帰ろうとしたがそれを止める。

 

自動販売機に小銭を入れてオレンジジュースのボタンを押す。

落ちてきたペットボトルを見てみるとオレンジジュースで間違いなかった。

それをはなこさんに渡す。

 

「わあ、オレンジジュースだ!」

 

はなこさんは嬉しそうにオレンジジュースを受け取る。

 

「あおいくんって自動販売機ジュースを買うのが得意なんだねっ!」

 

「え、まあ、あはは、得意かもね」

 

自動販売機でジュースを買うのが不得意な人っているのかと思ったが、目の前に該当する少女がいたので苦笑してしまう。

それにしても、なぜ牛乳カレーがオレンジジュースのところに入っていたのだろう、業者の人が間違えて入れたのだろうか?

そうだとしても、当たらないのが普通というレベルでそんな嫌な偶然を引き続けてるとしたら不運なんてもんじゃない。

はなこさんだけは何としてでも早く幸運を掴み取って欲しいと心から思った。

 

「まあ、全員分買えたしさっさと帰ろうか」

 

「うん、早く着替えないと」

 

教室に向かおうとしたその時、はなこさんが付けている緑色の髪飾りが突然プチンと外れて地面に落ちる。

 

「あれ? 外れちゃった」

 

はなこさんが髪飾りを拾おうとしたが、突然地面がガタガタと音を立てて揺れ始めた。

 

「うわっ、地震か!?」

 

対して強い揺れではないが、はなこさんはバランスを崩しかけていたので倒れないようにとっさに支える。

 

「うわわわっ、揺れてるよっ!」

 

やがて、すぐに揺れが小さくなっていき、

時間にしてみれば十秒も揺れてはいなかった。

 

「ふう止まった・・うわっ!」

 

はなこさんを突き飛ばして『倒れてきた自動販売機』を受け止める。

 

「うおおおおおおおっ!?」

 

重い重い! とにかく重い! ただひたすらに重い!

今までに感じたこともないような凄まじい圧力が全身にかかり、体が悲鳴をあげる。

少しでも反応が遅れていれば支えきれずに押しつぶされていただろうが、とてもそれを喜べるような状況ではない。

見たところ斜め45度ほどに傾いているようで押し返すどころではなく、現状維持がやっとだった。

 

「は、はなこさん・・だ、誰か呼んできて・・!」

 

一緒に押してもらい、押し返すことも考えたが無理そうだと考え付き、取り敢えず人を呼んできてもらうことにする。

 

「わ、分かった!」

 

すぐさまはなこさんは走り出っていく。

会話している間にも段々手の感覚がなくなっていき力が入らなくなっているような感覚を覚え、背筋が冷たくなってくる。

これを支えきれなくなったら・・潰されて・・

とにかく今は支え続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

その後は、はなこさんがすぐにスポーツクラスである4組の男子生徒達を連れてきてくれたのでことなきを得た。

ただ、そのとき助けてくれた4組の生徒は俺とはなこさんが幸福クラスだと気付くと「幸福クラス」はやっぱり不幸なんだなと大笑いされてしまった。

はなこさんは特に気にしなかったみたいだが、俺は

 

「そんな事があったんですか」

 

「それで、大丈夫だったの?」

 

昼休みの教室でひばりさんが尋ねてくる。

 

「ああ、なんとかね・・」

 

その後に教室に戻りヒバリさんと牡丹さんに簡単に事情を説明する。

自動販売機が倒れてきて危うく死にかけたこと、はなこさんが自動販売機から全く別の商品が出てきたこと。(はなこさんが自動販売機から飲み物を買うときは買うまで何が出てくるかわからないと勘違いしていることもひばりさんと牡丹さんだけに聞こえるようにこっそり伝えている)

あの出来事で肉体的にはかなりしんどいが死にそうになったのに特に怪我もしなかったので無事だと言えば無事だ。

しかし、精神的には決して小さくないダメージを受けていた。

自分が入りたかったスポーツクラスに入れず、よりにもよってそいつらから笑われるのはかなり堪えた。

 

・・だが、先生が言うには実例は無いものの不幸ではないと認められればスポーツクラスへの移動も可能だと断言していた。

なら、今の俺にはそれを目指して頑張るしか道は無い、この学園に入るのが小さい頃からの夢なのだからこんな事で諦めたくはない。

 

俺は不幸を返上して必ず幸福になってやる!

 

そう、心の中で叫ぶのだった。

 

 

 

 

しかし、その日の放課後の部活初日に行われる実力を測るテストでは倒れてきた自動販売機を支えていた疲労の影響で狙った場所に全くボールを投げられず、キャッチボールすらまともにできなかったため、その結果3軍行きが決まる事はまだ知らなかった。

 

 

 




主人公は野球部員ですが練習や試合の場面を書く予定は今の所ありませんし、はなこ達と野球することもありません。
あんハピの原作は熱血スポーツ物ではなく、日常系ギャグ漫画であり二次創作なのでそう決めています。まあ、アニメの2話では体験入部の描写はありましたがあれはアニオリ
ですし、今の予定では会話やダイジェストで少し触れる程度で行くつもりです。


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4話 初めての幸福実技 前編

10月中に更新する予定でしたが遅れてしまい申し訳ありません。
次は1月10頃に更新する予定です。



第3話

 

健康診断の数日後

 

今日はいつもより早い時間で家を出ているのでいつもより時間に余裕がある。

それでも普段より急いで学校へ向かっていた。

もちろん、事故には合わないように周囲に気を配りながら移動している。

 

「今日から幸福実技が始まるから絶対に遅刻しないようにって小平先生から言われていたからな・・」

 

少なくとも今日だけは絶対に遅刻するわけにはいかない。

遅刻したらどうなるか・・考えるだけでも恐ろしかった。

 

「ん、あれは?」

 

道を進んでいると天之御船学園の制服を着た赤髪の女子生徒の姿が目に入る。

よく見ると、その女子生徒は俺と同じ幸福クラスの生徒で、クラス内で見かけた記憶がある。

地図を持って辺りを見回しながら右往左往しており、しかもその最中に一時停止の標識に顔をぶつけた。

かなり痛そうで、実際その子も顔を抑えてうずくまっている。

こっちも急いでいたが放ってはおけず声をかけてみる。

 

「あの・・」

 

「ん? お前は!」

 

声をかけると、その女子生徒はこっちに鋭い視線を向けてくる。

 

「ええと、君って俺と同じ幸福クラスだよね?」

 

「ああ、知っているぞ、お前葵坂幸太だろう!」

 

やたら、強い口調で名前をフルネームで呼ばれる。

父親が有名人ということもあるが、入学初日に先生の前で直談判したこともありクラス全員俺の名前が知られていた。

しかし、目の前の女の子とは全く面識がなく鋭い視線を向けられる理由が全く心当たりがない。

 

「ああそうだけど、もしかして君道に迷ってる?」

 

「な、何を言っている響は別に道に迷ってなどいない!」

 

女子生徒は顔を赤くして大声で怒鳴ってくる。

少なくとも、恥ずかしさからではなく怒りから赤くなっていることは容易に理解できた。

 

「え、じゃあ何で地図なんて持ってるの?」

 

「こ、これはただ現在地を確認するために広げていただけだ!」

 

いや、どうみてもさっきの様子で迷っていないと言うのは無理がある。

 

「ふん、もう行くぞ、もう時間があまりないんだ、お前に構ってる時間はブホ!」

 

前をよく見ないで歩き出していたため、まともに電信柱に正面衝突する

もしかしたらわざとじゃないかと思うほど見事にぶつかった。

しかも、1分前にも同じように道路標識にぶつかっていた為なおさらそう見える。

 

「だ、大丈夫?」

 

「へ、平気だ、もう行くからな!」

 

女子生徒はそのままT字路を学校とは逆方向に進んでった。

 

「い、行っちゃたよ・・」

 

あまりにも迷いなく逆方向に進んで行ったので間違いを指摘できずつい見送ってしまった。

追いかけてでも正しい道を伝えようと思い、慌てて自転車をこぎ出そうとしたが視界の隅に妙なものが映って足が止まる。

 

「な、何だあれ!?」

 

視線の先には天之御船の女子生徒・・と正確に数え切れないほどの犬猫がいた。

正しくは女子生徒にその犬猫がまとわりつき、中には顔に張り付いているものまであいた。

そのせいで顔はうまく見れず、所々に視認できる制服から何とか同じ学園の生徒だと言うことが理解できる状態だった。

その女子生徒は自分のすぐ近くまでやってくると顔に張り付いている猫を外し、「この辺りで道に迷っている女の子は見かけなかった?」と尋ねてきた。

 

明らかにとんでもない状況に見えるが本人は至って冷静でまるでこっちが無駄に大騒ぎしているかのような錯覚も覚える程だ

 

「あ、ああそれなら・・あっちに行くのを見たよ」

 

「ありがとう、それじゃ」

 

その女子生徒は現状を気にすることなく犬猫にまとわりつかれたままゆっくりと俺が教えた方向へ進んで行った。

 

「なんだったんだ一体・・?」

 

朝からとんでもないものを見てしまった・・

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、あおいさん?」

 

「な、何とかね・・」

 

自分の机の上に顔を載せて息を荒げて、作り笑いをする余裕もないほど疲れ切っていたが何とか小平先生とほぼ同時に教室にたどり着き遅刻は免れた。

時間にはまだ余裕があったはずなのだが、途中で自転車のタイヤがパンクしてしまい

近くに置いておこうかと考えたが生憎その付近の土地勘がなく、更に盗まれてしまうことも考え止むを得ず抱えたまま登校し遅刻はせずに済んだが疲労困憊になっていた。

 

「まあこれもいい運動になったと思えば・・」

 

「そ、そう、ポジティブね・・」

 

そんな話をしながら俺は誰も座ってない2つの机と椅子に目を向ける。

今朝登校中に出会った2人のクラスメートはまだ来ていない様でどうやら遅刻しているみたいだ。

 

「はいみなさん注目してください」

 

小平先生の一言でクラスの全員が雑談を止めて黒板に視線を向ける。

 

「はい本日から7組の特別カリキュラム、幸福実技を行います、最初の実技はみなさんで楽しいすごろくをしますよ」

 

すごろくだって・・?

先生がそう言うと教室の中がざわざわと騒がしくなる。

俺自身も幸福実技がどんなものか考えていたのだがさすがにすごろくとは予想できずあっけに取られていた。

 

「わぁ〜面白そうだね」

 

「すごろくでしたら大事故や大怪我の心配はないですからね」

 

「爆発もないよね」

 

「いや、日常生活の中でどれもそうそう起こらないから、というか起こってたまるか」

 

例外ははなこさんと牡丹さんの2人でいつもの様にのんびりとした話をしている。

まあ2人の日常を考えてみればそう考えるのも別におかしくないのだろうけど。

 

「では早速7組専用課外授業施設へ行きましょう」

 

え・・わざわざすごろくの為に移動するのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

教室を出て体育館に移動する。

前に身体測定を行った時と見た限りでは特に変わりはなかった。

 

体育館を使ってすごろくをするんだろうか?

 

「はい、みなさん大怪我したくなければ中央から離れて下さい」

 

さらりととんでもないことを言われ慌てて中央付近にいた生徒はその場から離れた。

それを確認すると先生が壁のパネルを開きボタンを押すと突然床が音を立てて動き出した。

床が開きゆっくりと開いて行き、その中から大きな何かが見えて来た。

 

「これってもしかしてエレベーター・・?」

 

少なくともデパートにある様なエレベーターではなくそれよりも大きく、一度に100人は乗れそうなほどのサイズがあった。

 

「はい、施設はこの下です」

 

「遅くなりましたー」

 

突然聞き覚えのある声が聞こえてその方向に目を向けると今朝登校中に出会ったクラスメートの女子生徒の姿があった。

何故か、というか今朝と変わらずに背の高い方の女子の顔面に猫が張り付いている。

しかも、今朝の猫とは別の猫の様だった。

 

「遅刻ですよ、萩生響さん、江古田蓮さん」

 

「うぉ、何だこれは!?」

 

萩生と呼ばれた女子生徒が体育館の中央に出ているエレベーターを見て驚く。

エレベーターが出てくる過程を見ても驚いたのに何の前置きもなくこれを見たらそりゃ驚くだろう。

 

「エレベーターだろ」

 

江古田と呼ばれた女子生徒は特に驚いた様子はなく淡々と顔に張り付いている猫を外して足元に置いた。

それでもその猫は甘える様に足元に引っ付いて離れないが江古田さんは全く気にしていない様だ。

ふと、萩生さんこっちをみてキッと目つきが鋭くなる。

自分に対しての視線だと思い気まずくなって目をそらしたが隣にいるヒバリさんも俺と同じ様に萩生さんの視線に気づき少し驚いている様子だ。

多分だが、俺とヒバリさんに向けられたものなのかもしれない。

 

「ではみなさん、移動しますよ」

 

先生の声でクラスメートが移動し始めたので取り敢えず俺達もそれに続いてエレベーターに乗った。

萩生さんと江古田さんも含めたクラス全員が乗り終わりエレベーターが動き出す。

 

「下にまいりまーす!」

 

エレベーターが動き出すと同時にはなこさんがうれしそうにそう呟いた。

 

「なんだかロボットアニメのワンシーンみたいだな」

 

「何処行くんだろうね?」

 

「す、すいません私ちょっとエレベータ酔いで・・」

 

「ちょっと大丈夫!?」

 

途中で牡丹さんが酔ってしまい倒れ込んでしまったがエレベーター酔いの対処法など分からない。

その間もだんだんとエレベーターが動き続けいつの間にか深度300mを超えていた。

 

「地下帝国!?」

 

「秘密基地かよ!」

 

そして400mに達しついに目的の場所にたどり着き、ゆっくりとエレベーターの扉が開き俺達4人が最初に降りる。

ほとんど何も見えない真っ暗な空間だったが突如明かりがつきそこには巨大な施設のようなものがあるのが目に入った。

 

「ウェールカムトゥーザー・・」

 

なにやら聞き覚えのある声が聞こえて目を向けると数日前に身体測定ででてきたあのうさぎ?(チモシー)がいた。

 

「チモシータウンッ!」

 

「うわあー遊園地みたい!」

 

「まあ・・」

 

「なんなのここ・・」

 

「もう学校ってレベルじゃないぞこれ・・」

 

俺たち以外の全員の7組の生徒の殆どが驚きを見せている。

 

「等身大のすごろくです」

 

小平先生が全員の前に出てそう伝えてくる。

 

 

「等身大?」

 

ヒバリさんが戸惑った様子でそう呟いた。

確かに目の前の施設はかなり大きい、もしかしたら学校の運動場位はあるかもしれない。

 

「運を鍛えるにすごろくはぴったりなんですよ」

 

「そうなんだ!」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

あっさり納得するはなこさんにヒバリさんが突っ込む、俺も同意見だ、そもそも運を鍛えるなんて可能なんだろうか?

 

「やっぱりこんなゲームが授業なんておかしいですよ」

 

「では、てっとりばやくロシアンルーレットで運試ししましょうか・・?」

 

いつの間にか先生が見せつけるように拳銃(モデルガンだよな・・?)を手に持って恐ろしいことを冷静に宣言する。

 

(こ、怖い・・)

 

自分を含む全てのクラスメートが入学初日を思い出したようで全員が前持って合わせていたかのように首を横に振って否定した。

 

「みなさん、2、3人で1組のグループを作ってください」

 

俺たち4人はお互い顔を見合わせる。

順当に考えれば2人と2人に分かれて2組になる所だろう。

しかし、俺は・・

 

「俺は男子と組むからヒバリさん達は3人で組みなよ」

 

今までの人生の中で自分の友人関係というのは野球繋がりの相手ばかりだったが7組には野球部に入った生徒はいない上にまだ日が浅いこともあって未だに男子の友人と呼べるような相手はまだ少なかった。

だが、高校生にもなって女子ばかりと一緒にいると変な噂になってしまいそうなのでこの場は男子と組むことに決めた。

 

「え、でも2人と2人に別れれば大丈夫だよ?」

 

「うん、そうだけどさ・・俺は今日は男子と組もうと思うんだ」

 

「私は別にあおいさんと組んでも構いませんが」

 

「ありがとう牡丹さん、でも別の機会によろしく頼むよ」

 

「念のために言っておきますが幸福実技の結果は成績表にはばっちりきっぱり反映しますからね、真剣にやるように」

 

鬼だこの人・・

 

「幸福の成績って何だろうね?」

 

「大吉、中吉、末吉、凶、大凶の5段階評価でしょうか?」

 

「まあ少なくとも早くゴールした方が評価はよくなるんだろうね」

 

「クックック」

 

どこからかいかにも特撮番組に出てくる悪役のような含んだ笑い声、それも聞き覚えのある女子の声が聞こえてくる。

そこに視線を向けると今朝道に迷っていた赤髪の女子生徒が仁王立ちしていた。

 

「だったらこのゲーム勝つのは響だ! 響はこの学校の頂点に立ち学校王になる存在、誰が相手でも負けはしなウゴァ!」

 

言葉の途中で女子生徒の後ろにいたに長身の女子生徒が頭にいきなり肘鉄を食らわせて失神させた。

しかも、倒れこむ前に素早く脇に抱え込み「進めてください、先生」と極めて冷静に話す。

よく見ると、その2人は今朝遅刻してきた女子生徒だった。

 

「ウフ、変わったお2人ですね」

 

「そうね」

 

「ああ、悪い成績は取りたくないし俺たちも・・」

 

はなこさんと牡丹さんの顔を見てつい言葉が詰まる。

ヒバリさんも同様のようで表情が固まっていた。

本人達の前ではとても言えないが正直この2人とチームを組むのは不安を感じずにはいられなかった。

正直なところ、2人とチームになっているヒバリさんのことが心配になったが、一度別のチームに入ると言っておきながら、それをやめると言って一旦完成したチームを解散させてまで入れてもらうのは気がひける。

 

「よろしい、では始めましょうか」

 

先生の一言でまだチームを作れていないクラスメート達が騒ぎ出す。

俺もその中の一人だ。

 

「じゃあ俺は行くからお互い頑張ろうか」

 

「うん、じゃあねー!」

 

「はい、お気をつけて」

 

「ええ、じゃあまた後で」

 

そのままはなこさん達と別れてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

「まいったな・・」

 

よく考えれば予想できたことなのだが当てにしていた2人はもう1人のクラスメートと3人でチームを作っていたので断られてしまい途方に暮れていた。

他に親しいと言えるクラスメートもいないのでそのままもたついてる間にもどんどん周りはチームを組み終わりいつまにかもう自分以外はチームを組み終わっているようだ。

このままチームを組めないと最悪その時点で最下位になっていまいかねないのでとにかく、どこか2人組のチームをところに入れてもらうことにしよう。

 

「あら、葵坂さん、まだチームを組めてないんですか?」

 

未だに1人でウロウロしているところを小平先生に見つかってしまった。

 

「・・はい、まだどこにも」

 

この先生のことだからそれを理由にもしかしたら最下位にされてしまうかもしれない。

そう考えると緊張が走る。

 

「そうですねえ・・そうだ、萩生さんと江古田さんのチームに入れてもらいましょう」

 

「何ー!」

 

その言葉を聞いて萩生さんが

 

「そうだね、3人とも今日遅刻したし遅刻仲間ということで」

 

チモシーが先生の意図を察したようでウンウンと頷いている。

 

「いや、俺は遅刻はしてないです・・」

 

俺は遅刻ではなくギリギリ間に合っていたはずだが先生はきっぱり無視している。

 

「構いませんか?、萩生さん、江古田さん」

 

「ふざけるな! なぜ響と蓮のチームにこんな余計な輩を入れねばならぬのだ!」

 

萩生さんが俺にビシッと指を指して抗議してくる。

余計な輩て・・酷い。

 

「構いません」

 

「れ、蓮! 何を言ってるのだせっかくふたりきりホゴォ」

 

江古田さんが萩生さんの頭に手刀を叩き込み黙らせた。

今回は手加減したのか先程のように失神はしてないが頭を抱えてうずくまっている。

江古田さんは俺の前まで来ると手を差し出して握手を求めてくる。

 

「江古田蓮、よろしく」

 

「あ、ああ俺は葵坂幸太、よろしく」

 

とりあえず、江古田さんと握手を交わす。

こうやって目の前で見ると同世代の女子と比べるとかなりの長身だ、先生と同じ位はあるかもしれない。

そういえば、女の子と握手するなんていつ以来だろう?

少なくとも中学校以降にそんな記憶はないし、そもそも握手なんてあまりするようなことでもない。

おそらくこれが初めてだろう。

そう考えると少しだけ恥ずかしくなってくる。

 

「やめろー!」

 

その時萩生さんが俺と江古田さんの間に割ってきて握手を離させる。

 

「言っておくが響は貴様のことを仲間だと思わんからな! いいか、蓮と響に近づくな、話しかけゴフッ」

 

3度目の一撃が萩生さんの頭部に叩きつけられる。

その後初の幸福実技であるすごろくが始まった。

しかし、わざわざみんなと別のチームになろうとしたのにまた女子だけのチームに入ることになってしまった。

 

 

 

 

 

俺と萩生さんと江古田さんのチームの前にはなこさん達のチームがサイコロを投げて1を出し、進むと一回休みのマスだった。

次は俺たちの番でとりあえずは1以外を出したほうがいいだろう。

一回休みより酷いペナルティのマスがなければだが・・

その際に萩生さんがはなこさん達に煽るように絡み、まるで小学生男子みたいな発言だったが、はなこさんらしく特に気にすることはなく逆にかっこいいと本気で思っているみたいだ。

江古田さんははなこさん達全員に握手し(この時牡丹さんの手から鈍い音が聞こえた)俺の時の同じように萩生さんが割って入りこれまた同じでサイコロを頭にぶつけられる。

江古田さんがサイコロを投げると6が出とりあえず一回休みは回避することが出来た。

 

「6が出たぞさすが蓮だ! 行くぞ、栄光への第一歩だ!」

 

そう言って萩生さんは180度違う逆方向へ走り出し、姿が見えなくなる。

 

「え、いやそっちは逆・・」

 

そのまま唖然としているとすぐに戻って来る。

 

「ちょっと道を間違えただけだ」

 

「方向音痴さんなんですね」

 

「・・そのようね」

 

牡丹さんはニコニコとヒバリさんはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「ま、まあ道を間違えるのは誰にだってあるよね」

 

完全に真逆方向に自信満々に進んでいたが萩生さんを刺激したくなかったのでそこは突っ込まないでおく。

 

「私が連れて言ったほうが早いだろ」

 

江古田さんが萩生さんの手を取って進み出し、俺もそれに続いて行く。

 

6にたどり着くと、ラッパ音と共に先生とチモシーが現れ「最初に6を出したチームにはスペシャルチャンス、マス目のお題をクリアすれば一気にゴールだよ!」とのことだ。

 

「ほ、本当かっ!?」

 

確かにこれはチャンスだ、絶対にクリアしたい!

 

「お題はジャカジャカジャーン! 3人とも好きな人の名前を高らかに宣言するること!」

 

「こんなお題もあるのかよっ、しかも、周りに聞かれるような状態で宣言!?」

 

「特にいません」

 

「蓮っ!?」

 

江古田さんが淡々というと隣にいた萩生さんがガクッとうなだれる。

これまでの反応から察するに萩生さんは江古田さんのことが好きなんだろうか?

 

「さて、葵坂くんと萩生さんはどうですか?」

 

余計な詮索はやめて、ここは正直に答えておく。

 

「お、俺はいません、そんな人」

 

この学校のことだしこんなことはとっくに調べているのだろう。

でも、これは俺や江古田さんとは違って好きな人が実際いる人にとってはとても答えられるような質問じゃない。

萩生さんの方へ目を向けると明らかに動揺し赤面して口ごもっている。

 

「ひ、響は・・好きな人なんて・・いるわけないっ!」

 

「ウフ」

 

先生が手に持っていたボタンを押した瞬間、足元の地面が開く。

 

「うわああああああああっ!!」

 

「はぎゃあああああああっ!?」

 

俺たちはそのまま真っ逆さまに暗闇の中に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話 初めての幸福実技 後編

「はあ、はあ・・」

 

落ちた先は水中で結構深さもあり怪我することはなかったが、水中にワニの姿を見つけた為に全員必死になって泳ぎ、なんとかあがって今に至る。

よく見ると、一応ワニは口を縛っているようで少なくとも食われる心配はなさそうだったが水中にいる時はそれどころではなく着衣したまま死に物狂いで泳ぐハメになった。

しかも、水中というより沼に近くてかなり泳ぎづらくかなり体力を削られた。

体力のない生徒ならここで動けなくなっていたかもしれない。

 

「お、思わぬ大冒険だったぞ・・」

 

「ワニとか沼とか・・」

 

「うん、これでかなり時間をロスしちゃっただろうし急がないと・・」

 

「だが、ここから響たちの大逆転が始まるのだ!」

 

萩生さんが勢いよくサイコロを振ると1が出る。

 

「いちぃ!」

 

萩生さんが素っ頓狂な悲鳴を上げてがくんと落ち込む。

 

「い、いや気にすることないよ、とりあえず進まなきゃ」

 

俺に反論する元気もないようで萩生さんは江古田さんに手を引かれて俺たちは元の場所に戻り1マスだけ進む。

すると、再びチモシーが現れ「本日2組目のコスプレルーレットだよ」と告げてくる。

 

「コスプレルーレットだと!」

 

確かコスプレって漫画やアニメのキャラクターみたいな格好をすることだよな?

出てきたルーレットにはそういったキャラクターではなく様々な動物の絵が描かれていて、ウサギや虎に馬、イカなどもある。

さっきのお題のようにクリア特典などはないのだろうが少なくとも穴に落ちたり一回休みにはならないはずだが何とも言えない嫌な予感を覚える。

 

「さあっ、これはチーム全員参加だよ、最初は誰かな?」

 

「よしっ、ならば響からだ!」

 

萩生さんは

 

「来いっバニー!」

 

勢いよくボタンを押しルーレットの光の移動が段々と遅くなりやがて・・熊に止まる。

 

「はい、君は熊にけってーい!」

 

地面が開き床が開きそこから熊の着ぐるみ、しかもやたらとモフモフして巨大なぬいぐるみと間違えてしまいそうなほどのボリュームがある。

 

「な、なんだと、響はうさぎを狙ったのに、や、やり直しだこんなの!」

 

「ダメだよー、どうしても嫌だってなら失格にするよー?」

 

「うっ、お、おのれー」

 

萩生さんは渋々といった様子でその熊の着ぐるみに着替え始める。

後ろ姿だけならば巨大なぬいぐるみと見間違えてしまいそうだ。

 

「なっ、なぜ響がこんな格好を・・屈辱だ・・」

 

「次は誰が行くのー?」

 

「・・・・」

 

江古田さんが黙って前に歩み出て少しもためらうことなくボタンを押す。

 

「はい、君はトラだよー」

 

再び床が開きトラの衣装が・・

 

「あれ?」

 

出てきたのはさっきの熊の衣装とはまるで異なり全身タイツのようなものが出てきた。

よく見ると猫耳、いや虎耳みたいなものも一緒においてある。

 

「何で熊とは全然違うんだ?」

 

「さあねー僕にもわからないや」

 

分からねえのかよ・・

 

江古田さんは何も言わずに衣装に淡々と着替えた。

タイツが体に密着しボディラインがしっかり見えて体の凹凸が強調されている。

江古田さんは中性的な美人だがこうしてみると意外と女性的なスタイルなのがはっきりと分かった。

 

「・・?」

 

ついじっと見ていると江古田さんから不思議そうな目で見られ、慌てて視線を逸らした。

幸いにも萩生さんには気づかれなかったようで誤魔化すようにルーレットを回しに行く。

 

「はいじゃあ君が最後だよ、ルーレットスタート!」

 

ついに自分の番になったがなかなか踏ん切りがつかない。

しかし、序盤で痛いタイムロスをしている以上これ以上モタモタしている場合じゃない。

 

変な衣装が出ませんように・・

 

意を決してボタンを強く押す。

ルーレットが止まったのは・・馬の絵だった。

床が開いてきてそこには馬のマスクだけが出てくる。

マスクといっても、萩生さんと江古田さんのようにデフォルメされたものではなくたまにネット上で被っている人を見かけるようなリアルに造られているものだ。

 

「また変なのがきたな・・」

 

これを被った自分を想像すると情けなさで乾いた笑いが出そうになる。

とはいえ萩生さんの熊の着ぐるみよりはまだマシかもしれない。

 

「ふっ、なんだその変なマスクは、全く滑稽だな」

 

相変わらず萩生さんは俺に対して辛辣だった。

仲の良い友人だけのチームに突然見知らぬ男が入ってきたからなんだろうが別に俺のせいではないので困る。

それにクマの着ぐるみを着た今の萩生さんに言われたくはなかった。

ともかく、目の前の馬のマスクを持ってゆっくりとそれをかぶった。

思ったほど窮屈ではなく特に匂いもしない、少し視界が狭いがすごろくが終わるまで我慢すればいいだけだ。

再びサイコロを投げて次のマスに進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チーム全員で合計100回腕立て伏せ』

 

コスプレルーレットの次に止まったマスで出されたお題はそういうものだった。

 

「3分以内に終わらせれば6進む・・か」

 

「よしっ一気に進む大チャンスだ、早速始め・・あれ?」

 

萩生さんは前のめりになって腕立て伏せを始めようとしたがクマの着ぐるみのせいで手が届かなかった。

 

「くっ、くそっ、このおっ!」

 

じたばたと手足を動かすが無駄な抵抗で、その姿はかなり面白く我慢できずに吹き出してしまった。

 

「・・ぷっ」

 

「き、貴様っ、今笑っただろう!」

 

萩生さんに聞かれてしまい、顔を赤くして怒鳴ってくる。

 

「ご、ごめん、でも面白くて、あははははっ」

 

「こ、このおー!」

 

「響、うるさいよ、さっさと始めるよ」

 

江古田さんがいまにも飛びかからんばかりの萩生さんをなだめてくれたのでやっと彼女は落ち着く。

 

「ごめんごめん、萩生さん、江古田さん、お詫びにここは俺1人でやるから」

 

 

 

「・・いいの?」

 

「分かっているのか? 1人で100回も、しかも3分以内に終わらせるんだろう、出来るのか?」

 

「まあ一応鍛えてるから、多分大丈夫だよ」

 

それにちょうど良い筋トレになりそうだし。

 

「じゃあいくよー、よーいスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜえ・・ぜえ・・」

 

腕立て伏せ100回はなんてことなくクリアすることができた。

しかし、その後に腹筋100回、スクワット100回、懸垂30回等、制限時間内のクリア特典による移動後のマスのお題が似たようなものになっていたので疲労が取れないまま連続で続けてかなり体力を消耗してしまっていた。

どうやら、筋トレマスをクリアすると自動的に似たようなお題のマスに止まるようになっているみたいで頑張ってクリアするとノーリスクで進める代わりに体力をあっという間に消耗していく仕組みになっている。

制限時間内にクリアできなくともペナルティはないが何も考えず張り切ってクリアしていった結果がこれだ。

しかも、本来は3人で分担でやることになっていたのだが俺がついつい安請け合いしてしまったので全部1人でやる羽目になってしまった。

それでも何とか最後の懸垂を終えて次のマスに進む。

 

「よし、終わったなじゃあ次に行くぞ!」

 

萩生さんは相変わらず俺のことなど微塵も気にかけることなく進んで行く。

正直もう限界なので、次に同じようなマスが来たら大人しく手伝ってもらうことにしよう。

 

「・・大丈夫?」

 

「あ、ありがとう、江古田さん」

 

萩生さんはともかく、江古田さんは気にかけてくるのが有難い。

 

「次は私と響でやるから、葵坂くんは休んでて」

 

「ああ、じゃあよろしく」

 

「蓮、何をやっている、早く行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は特に妙なマスに止まることもなく今までと比べれば順調に進んでいった。

しかし、もう大半の生徒がすでにゴールしているので残っているのは一握りのチームだけだろう。

 

「ん、あれは?」

 

道を進んで行くと、前方にはなこさん達の姿が見えてくる。

しかもよく見ると3人とも動物のコスプレをしている。

はなこさんはうさ耳だけ、牡丹さんはイカの格好、ヒバリさんはバニーガールの格好をしていた。

 

「くっくっく、ようやく捉えたぞ、予め言っておくが響の仮の姿には決して触れるな」

 

それだといわゆる『フリ』だと勘違いされるよ萩生さん。

 

「くまさんにお馬さんだーかわいいー」

 

「だ、だから触れるなと・・」

 

「トラさんもとっても素敵です」

 

「・・ありがとう」

 

「ひ、ひばりさんその格好・・」

 

ヒバリさんはいわゆるバニーガールの格好をしていて、うさ耳こそしていないが足は網タイツ、上半身はしっかり胸元が見えていて、お尻の所には丸い綿毛が付いている。

テレビや漫画はともかく生で見るのは初めてので顔見知りである友人の女の子がこんな色気のある格好をしていて視線を向けずにはいられなかった。

 

「み、見ないでっ!」

 

視線を向けているとヒバリさんは顔を赤くして胸元を隠す。

ヒバリさんからしてみれば恥ずかしい格好を友人の男子に見られているのだから当然の反応だろう。

 

「ご、ごめん!」

 

慌てて視線をそらしたが、進路の方向に3人がいる為自然と正面を向くことになり同時にヒバリさんの姿も視界内に入る。

 

「そ、そっちもコスプレルーレットのマスに止まったんだね、だからそんな格好を」

 

話をそらすためにはなこさんと牡丹さんに話を振る。

 

「うん、このうさ耳、ひばりちゃんに貰ったんだ」

 

「あおいさんの馬のマスクもとてもお似合いです」

 

「あ、ありがとう・・」

 

こんな変なマスクに似合ってるも似合ってないもあるかは分からないがし似合っていると言われても複雑だが、話をそらすことには成功した。

 

「ふっ、どうやら無限ループエリアにはまったようだな、哀れな奴らだ」

 

「心配してくれるの? 優しいな響ちゃん!」

 

「誰がお前達の心配などするか! いいか、見ていろこれで逆転だ!」

 

萩生さんはサイコロを放り投げゆっくり落ちて4が出る。

 

「どうだ、響の辞書に敗北の文字はない!」

 

「その辞書、欠陥品じゃないのか?」

 

「じゃ、じゃあ悪いけど先に行かせてもらうね」

 

俺たちが道を進むとはなこさんも小走りで横を追い抜いて通り抜けざまに話しかけてくる。

 

「響ちゃーん、クマさん可愛いね」

 

「呼ぶなって言ってるだろう!」

 

「あ! そっちは・・」

 

萩生さんは怒ってそのまま道を曲がってはなこさんの後を追いかける。

 

「先生、萩生さんが物凄く道を間違えたんでこっちへ・・」

 

「無理です♡」

 

ですよねー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮ーどうして響の行く道を止めなかったのだ!?」

 

「いや、妙に彼女達に絡むから一緒にいたいのかと思って」

 

「響が一緒にいたいのは蓮だけだ!」

 

ピンポンパンポーン

 

萩生さんが誤って無限ループエリアに入り込んだことに気づき自分を止めなかった江古田さんを問い詰めていたところ、突然、大きなチャイムの音が聞こえ先生とチモシーがゴンドラに乗って現れる。

 

「業務連絡だよー」

 

「もうあなた達以外のチームはゴールしましたよ」

 

まじか・・確かにもうかなりの時間が立っている頃だ。

 

「みんなすごろく上手なんだね」

 

「そういう問題じゃないと思うわよ」

 

「というか、俺たちが時間を掛けすぎてるんだよ」

 

「このままでは2時間目が終わってしまいます、すごろくで最下位を決めるのは難しいようですね、対抗戦に移りましょう」

 

「「「「「「対抗戦!?」」」」」」

 

ここにいる6人全員が同じ疑問の声を上げる。

 

先生が指を鳴らして

以前の経験からとっさにその場をジャンプして離れたが穴は開かなった。

じゃあ何がこれから起こるんだ・・?

 

「大丈夫、怖くはありませんから、さあ参りましょう最後のステージへと・・」

 

突然、壁が開きUFOキャッチーのようなアームが出てきてこっちへ向かってくる。

その数はここにいる人数と同じちょうど6本だ。

 

「う、うわわっ!」

 

逃げようとしたが、あっさり捕まってまるで景品のように移動することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

無抵抗で連れてこれらた先は暗くてどんな場所なのか分からなかった。

アームが静かに開き落ち着いて着地し衝撃を和らげる。

続いて江古田さん、ヒバリさん、はなこさんが落ちてくる。

 

「あー楽しかったー」

 

はなこさんは今の状況でもしっかり楽しんでいて少し羨ましい。

 

「あたりめっ!」

 

そして、牡丹さんもアームから離されてうまく着地できずに地面に叩きつけられる。

怪我はないようだがすっかり怯えてしまっている。

 

「私あのアームがいつ壊れたり折れたり砕けたするんじゃないかと恐ろしくて寿命が40年は縮まってゲッソリです・・」

 

「持ってかれすぎでしょ!」

 

「デ◯ノートの死神の目じゃないんだから・・」

 

まあ牡丹さんの性格を考えればそう言うのも妥当に思えてしまう。

そういえばまだ萩生さんが来ていない。

その時最後のアームと萩生さんがその場に姿を現した。

 

「プッ」

 

「まあ」

 

「かわいい!」

 

その姿を見た途端、江古田さんを除く全員が噴き出した。

 

「笑うなー! そこー!」

 

萩生さんは着ぐるみの尻尾の部分を掴まれていた。

当然逆立ちしているように頭が下になっていてさらには本人が悔し涙を浮かべながらジタバタ動いているのだからなんとも可笑しかった。

 

でもそんなに激しく動いてたら落ちるんじゃ・・?

 

「響、そんなに暴れたら」

 

ガタンっ!

 

「うああっ!?」

 

予想通りアームが外れ萩生さんはそのまま落ちていく。

とっさに真下へ駆け出すが間にあいそうない。

しかし、俺がたどり着く前に既に江古田さんが移動していた為に萩生さんは床に叩きつけられることはなかった。

 

「ほら、だから言ったのに」

 

「れ、蓮・・プギュ!」

 

「ごめん、やっぱり重かった」

 

不意に江古田さんが萩生さんから手を離して床に落とす。

 

「ダイエットする」

 

「頑張れ」

 

「いや、別に体重が重いわけじゃないって、普通の女の子の力じゃ同じ歳の人間の体重なんて重くて当たり前だから」

 

フォローするが萩生さんの耳には届いていない。

突然照明が付き、視界が一気に広がる。

そこはかなり広い場所でしかも周りにはマラソンのコースが俺たちを覆うように360度敷かれていた。

 

「ようこそ、クラス1不幸な生徒を決めるステージへ!」

 

「あなた達にはチモシーから出される3つの運試しゲームに挑戦してもらい、その合計で勝敗を決めます、なお、あらかじめ言っておきますが最下位のチームにはスペシャルな宿題が待ってます」

 

「では始めましょうか、始めの競技は・・」

 

「もぐもぐパン食い競争ー!」

 

壁の扉が開きそこから10体近く小さなチモシー達が現れ、あっという間にコース上にパン食い競争の用意を終える。

チモシーが言うにはチモシータウンのスタッフらしい。

 

「ちょっと待ってください、先生」

 

「何ですか、葵坂さん?」

 

「パン食い競争ってことは全員でこのコースを走って順位を決めるんですよね?」

 

「はい、そうですが」

 

「これだと、男子で運動部所属の俺がいるこっちのチームが有利すぎるんじゃないですか? この競技は運より身体能力の方が間違いなく勝敗を左右とすると思うんです」

 

萩生さんと江古田さんの身体能力は知らないが今までの立ち振る舞いを見ていると2人とも運動神経は良さそうだし、少々傲慢かもしれないが勝負は見えていると言っても過言ではないのだろうか?

申し訳ないが、むこうのチームの牡丹さんは最後まで走り抜けるかすら疑わしい。

 

「言いたいことはわかりました、しかし勝負はやってみなければわかりません

もしかしたら葵坂さんが転んで怪我したり、思っていた以上ヒバリさん達が早く走るかもしれない、それも『運』なんです。 それにあなたは幸運になって体育クラスに行くのでしょう?」

 

「そ、それは・・」

 

確かに、俺は入学初日にそれを目標にしている、ここで最下位になれば一層遠のくかもしれない。

それに先生の言う通りで絶対に勝てるとは限らないのも事実だ。

3人に目を向けて様子を伺うとはなこさんと牡丹さんはよく分かっていないようだったがヒバリさんは緊張した面持ちでこちらを見ている。

勝手も負けても恨みってなしではないが少なくとも手加減して負けるわけにもいかない。

はなこさんとヒバリさんと牡丹さんには申し訳ないが、目標のためにも最下位だけは絶対に避けなければならない。

 

「分かりました、すいません時間を取らせて」

 

「いえ、今のは少しかっこよかったですよ、そのマスクがなければですが」

 

褒められたと思ったら直後にけなされる。

忘れかけていた今の自分の姿を思い出し少し悲しくなった。

 

「では早速始めましょう」

 

その後、全員で一列に並んでスタートを待つ。

 

「よーい、スタート!」

 

全速力で走り一気に最高速まであげて1番に躍り出る。

その勢いのままジャンプしパンを咥えてゴールに向かう。

ちなみに、アンパンだった、おいしい、できればこしあんの方が良かったけど。

 

「ちなみにひとつだけわさび入りのパンが混ざってるよ」

 

先生の声が聞こえたと同時に後方から人が倒れる音が聞こえたがそれが一体誰が倒れたのか振り返るまでもなかった。

俺はそのまま1位でゴールし2位は江古田さん、3位はヒバリさん、4位は萩生さんとなり俺たちのチームに1点が入りひとまずリードを得た。

ちなみに、牡丹さんはパンを咥えたさいに歯が砕けたために、はなこさんと牡丹さんの2人は棄権となった。

 

 

 

 

 

 

「2つ目のゲームはチョコスティックゲーム!」

 

チモシーの説明によると制限時間内にチョコスティックを両端から食べ始め最終的により短くした方の勝ちらしく、また折れたらその時点で負けで、用意されたスティックのうち短い方と長い方の2つがあるようだ。

あ、これワン◯ン物語で見たことあるな、あれはスパゲッティだったけど。

ヒバリさんと萩生さんが引き、俺たちは長い方を引いた。

早速、ヒバリさんとはなこさんが始めようとしているが、ヒバリさんが躊躇っているのでなかなか始まらない。

 

「じゃあここは私と響でやるから」

 

「あ、うん、よろしく」

 

ここは男の俺とやるよりも同性で友人同士の2人の方でやる方が成功率が高いのは考えるまでもないだろうし、特に反対しない。

まあ、それ以前に俺がやると悲惨なこと(主に女性側にとって)が起きかねないこともあるのだが。

江古田さんは萩生さんが持っているスティックを持って咥えてそのまま萩生さんの口元に近づける。

 

「れ、蓮」

 

「集中して」

 

江古田さんは萩生さんを抱き寄せスティックを咥えさせるとそのままゆっくりと食べて進んでいく。

会ってまだ数時間だが知り合いの女の子がゲームとはいえ口を近づけていく光景に思わず見入ってしまう・・

 

パキッ

 

だが、途中でスティックが真っ二つに折れてしまった。

 

「ごめん、勢いつけすぎて折れた」

 

萩生さんはそのまま両手をついて嗚咽するように声をあげて嘆く。

 

「うああああっ、れ、蓮の、蓮の馬鹿あ、うあああっ」

 

「どした?」

 

「た、多分勝負に負けたからだよ、きっと」

 

絶対違うと思うが正直に江古田さんに伝えるわけにもいかないのでとっさにそうごまかしておく。

一方のはなこさん達を見てみるとはなこさんがうっかりチョコスティックを飲み込んでしまい、結果的に引き分けとなった。

これで一勝一引き分けで次で負けない限り俺たちのチームの勝利となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・クイズですか?」

 

「うん、もう2時間目終わっちゃうから問題はひとつだけだよー」

 

「ここで、雲雀丘さん達が勝っても同点ですからお約束でポイント10倍にします」

 

「ありがたい提案ですけど、そっちはそれで良いの?」

 

「ふん、全くもって構わん、だいたいそっちが不甲斐なさすぎるのだ」

 

「なんで怒られてるのかしら・・?」

 

「まあ、不甲斐ないというよりこっちの運が良かっただけだから、勝負はまだわからないよ」

 

とにかく、この勝負は絶対に勝たなければならない。

 

「では皆さん、この箱に注目してください」

 

「この箱の中にはどちらかのチームに有利な問題が入っています、これが最後の運試しです」

 

なるほど、この競技でも運が重要視されるということか。

さて、こっちに有利な問題が出ますように・・・・

 

「あら、ついてませんね、雲雀丘さん、問題です、あなたの『好きで好きでたまらない人』の名前を大声で叫んでください」

 

この問題は・・!

とっさにヒバリさんの方に目を向けると明らかに動揺している。

 

「さっき萩生さん達が答えられなかった以上、なんだかんだで雲雀丘さん達にはラッキー問題かもしれませんね」

 

いや、事情を知ってる側にとっては最悪の問題だこれは・・

ヒバリさんの好きな人といえば、あの看板なのだから。

 

「・・・・・・・・」

 

ヒバリさんは押し黙ったまま静かに考え込んでいて、その表情は葛藤しているのが手に取るように見てわかる。

ここで言えばヒバリさんは誰にも言いたくない秘密を言うことになってしまう。

言わなければヒバリさんは秘密を知られず、俺たちは勝つには勝つが、一体どうすればいい。

ヒバリさんは覚悟を決めたかのように手を伸ばす。

味方ならともかく今は敵チームの俺にできることって・・そうだ!

 

「先生! 好きな人を言うのは誰でも良いんですか?」

 

特に考えは無かったがそんな適当な質問をしてみる。

確証はないが別に誰がやるとは決めてないはずだ。

 

「はい、誰でも構いませんよ」

 

「はい、私、イリオモテヤマネコが大好きです!」

 

・・・・・・・・・・・・

 

「人だって言ってるだろこの野郎」

 

「最下位は雲雀丘チーム!」

 

「あれ?」

 

「まあ」

 

勝った・・か・・

 

はなこさんが介入してきてうやむやになったが一応は目的は達成できたようだ。

何の根拠もない憶測に過ぎないがヒバリさんの好きな『人』は人ではないので言っても不正解なんじゃないかと思うのだが。

隣を見てみると、大きなクマもとい萩生さんが「ワースト2位・・」とかなり落ち込んでいるのが目に入った。

なんとなく予想できていたが最下位とは言え一応ワースト『1位』を狙っていたことが何とも萩生さんらしい。

こうして、最初の幸福実技は終わった。



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6話 ナゾナゾな罰ゲーム 前編

運営からコメントを募集するようなタグは規約違反だと警告されたので急いでヒロイン募集のコメントを消しました。
投稿する前に一度確認するべきでした。

ちなみに、あんハピ7巻が2月10日に発売されます。
今から待ち遠しいですね。

次回の更新は2月15日ほどになると思います。




「今日は5時限目で終わったていうのに、なんなのこの疲労感は」

 

幸福実技が終わり、全ての授業を終えた後も、今日は部活は休みなのでまっすぐ帰ろうとしたがヒバリさんに誘われて俺のとはなこさんとヒバリさんと牡丹さんの4人で喫茶店に来ていた。

今は全員ケーキセットを注文して来るのを待っている。

 

「すごろくで、最後まで残ってしまいましたからね」

 

「というか最下位だけどね・・」

 

「肉体的にも精神的にも消耗するようなことばかりだったからね、すごろく」

 

ヒバリさんに関しては縄跳びのお題の際はなこさんがロープに絡まったり、牡丹さんが怪我してできなくなって結局1人で回数分飛ぶことになったと聞いている。

それ以外にも、色々あったらしいのでそりゃ疲れて当然だろう。

俺自身も殆ど面識のない女子の2人とチームを組んで最下位から2番目になりいろんな意味で疲れてしまっていた。

まあ、調子に乗って安請け合いした自業自得による疲労が大きいのだが。

 

「本当に申し訳ありません、全くお役に立てず、あ、でもイカごときがみなさんのお役に__」

 

牡丹さんの自虐はいつものことだが疲労も相まってかいつも以上に激しい気がする。

しかも、イカが気に入ったのか自分の1人称にイカを使っている。

 

「いや、牡丹さんのおかげで科学クイズをクリアできたって聞いたよ、役に立ってるって」

 

3人で話しているとはなこさんがいちごオレ持って歩いてくる。

 

「いちごーおれー、いとごーおれーおまたせー早速今日の宿題を」

 

その時路地からリードをつけた犬が現れてはなこさんに背中から体当たりを食らわした。

不意に衝撃を受けたはなこさんはバランスを崩しなんとか踏みとどまったが持っていたいちごオレは地面に落下し中身は全て飛び出してしまった。

 

「ごめんなさい!」

 

飼い主らしき女性が路地からやって来てはなこさんに謝罪し、そのまま犬を追いかけて走り去ってしまった。

はなこさんは落としてしまったいちごオレを見つめながら「いちごおれ・・」と力なく呟いていてショックを受けているのが伝わってくる。

 

「はなこ、大丈夫? 本当についてないわね」

 

「どうぞ」

 

牡丹さんがポケットからティッシュを取り出しはなこさんに手渡す。

 

「ありがとう」

 

ティッシュを受け取るとはなこさんはたちまち笑顔に戻った。

店員さんとこぼれ落ちたいちごオレの片付けを終えるとみんなで席に戻った。

 

「・・・・ねえ、はなこ、あおいくん」

 

「なあに、ひばりちゃん」

 

「何?」

 

「2人とも、幸福実技の最後、庇ってくれたんでしょう。 私のこと、あ、ありがとね」

 

「え?」

 

俺はヒバリさんがあの『好きな人の名前を叫ぶ』という課題の時口を出したことだと察したが、はなこさんは何のことか分からないという表情を浮かべている。

1呼吸分程はなこさんとヒバリさんは見つめ合っていたがヒバリさんは顔を紅潮させ軽く混乱してしまっているみたいだ。

 

「違うのなら忘れて!」

 

「何が? 何が?」

 

「いいの、例の宿題の話をしに来たんでしょう! 早く始めるわよ」

 

恥ずかしさから必死で誤魔化しているヒバリさんの様子がおかしくて少しだけ笑ってしまう。

俺と同じように牡丹さんもおかしくて小さく笑っているのに気づき目が合い、2人して静かに笑った。

宿題についてヒバリさんから聞くと職員室で小平先生に3人ともそれぞれ異なるラッキーアイテムを週明けに提出するように言われたとのことだ。

それもラッキーアイテムを持ってくるのではなく写真を撮ってくればよくて、しかも、その宿題とは先生の信頼できる占い師から聞いたらしい。

 

「変わった宿題だね、写真で撮ってくればいいなんて」

 

それぞれどういう写真なのか聞くと、

牡丹さんは『友達との素敵な思い出』の写真。

はなこさんは「『暁の門に咲く幸福の花』の写真。

ヒバリさんは『自分のとびきりの笑顔』の写真。

と全員バラバラだった。

 

「見事に難易度に差があるなあ」

 

一応先生が言うには全てこの街で見つけられるものとのことだが、牡丹さんとヒバリさんの宿題はともかくはなこさんの宿題だけ見当もつかない。

花に詳しいわけではないが、小さい頃からこの町に住んでいるがそんな名前の花など聞いたことがなく、牡丹さんとヒバリさんも同様みたいだ。

 

「ヒバリさんの写真、私にできることならなんでも協力します!」

 

「私も!」

 

「よかったら俺が取ろうか?」

 

「1人で取れるって!」

 

「そんなことおっしゃらず、明日はお休みですし、みんなで集まりませんか?」

 

牡丹さんが話を聴きながら、さっきから気になっている、俺たちがここに来た直後にすぐやって来た謎の2人組に目だけ動かして俺だけひっそりと眺める。

俺たちがここに来た直後にやって来て他にも空いているテーブルはあるのにわざわざ隣の席に座ってきて、2人ともサングラスと帽子をしているが、見覚えのある特徴的な髪型と天野御船の制服を着ている姿から萩生さんと江古田さんだとすぐに分かった。

2人、というより萩生さんが俺たちの隣の席に座り分かりやすい視線を向けていて、新聞紙に穴を開けて片目だけで俺たちを監視していたが怪しすぎてバレバレだったが話に夢中になっている3人は気づいていなかった。

特に思い当たることはないが江古田さんはともかく萩生さんは俺とヒバリさんにすごろくの時もしてやたら絡んで来ていたことがあった。

どうしようか考えて思い切って声をかけることにする。

 

「萩生さんと江古田さんはそこで何してるの?」

 

「な、何故わかった!」

 

声をかけるてみると萩生さんはかなり驚いたが、江古田さんは冷静で普通に会釈を返してくる。

 

「だって、明らかに怪しかったから」

 

「響ちゃんと蓮ちゃん!」

 

「まあ、お二人もいらっしゃったんですか」

 

「どうしてあなた達がここに?」

 

「そ、それはひ、響達は喉が乾いてここで休んでいただけだ」

 

わざわざ下校中に休むために帽子を被りサングラスをかけ、更には新聞史の穴から覗き見るように監視していて、その言い訳はかなり無理がある。

 

「そうなんだ、響ちゃん達も一緒にお話しない?」

 

「だ、誰がお前達と一緒になど」

 

「いいよ」

 

「蓮!」

 

「響、行くよ」

 

江古田さんに手を引かれ萩生さんはともかく渋々といった様子でこっちのテーブルに移動してくる。

こうして萩生さんと江古田さんを含めた6人でテーブルを囲んで話をすることなになった。

俺1人だけ男子なのでちょっとだけ肩身がせまい。

 

「ところでお前達の宿題とは何なのだ?」

 

近距離なので聞こえていたはずなのだが

ヒバリさんが簡単に説明し2人に『暁の門に咲く花』について尋ねる。

 

「暁の門に咲く花・・聞いたことがないな」

 

「そう、江古田さんはどう?」

 

「ごめん、私も聞いたことがない」

 

「蓮ちゃんも知らないんだ」

 

それから話は今日の幸福実技のすごろくへ移った。

はなこさんが綱を引いたら動物が落ちて来てどの道はずれだったこと、牡丹さんが科学クイズで難しい問題を簡単に正解したこと、俺たちのチームが落ちた先にはワニがいて死ぬかと思ったこと、俺も自分が調子に乗って腕立て伏せ、腹筋、スクワットなどを安請け合いしたせいで苦労したことを話し、それぞれのコスプレの話などに移る。

 

「ヒバリちゃんのうさぎさんも凄くかわいかったね」

 

「も、もうその話はいいでしょ!」

 

すごろくの最後の方で行なった対抗戦では観戦していた7組の男子生徒の視線を集めていたし当人からすれば一刻も早く忘れたい記憶なんだろう。

7組の生徒、特に男子(俺も含めて)にとってはいろんな意味で忘れられない記憶になったが。

 

「でもヒバリさんは本当にお似合いでしたよ、私が変わっても良かったのですが、私が着たらどんなにおぞましいことか、みなさんの目を潰さないためには・・」

 

「まあ・・それは・・ある意味」

 

グラマラスな牡丹さんがバニースーツ姿を想像すると男子には違う意味で目に毒になりそうなのでその言葉ある意味正しいかもしれないと思う。

 

「確かに雲雀丘にはあの無様な姿はお似合いだったな」

 

「でも、響もバニースーツを着たがってたじゃないか」

 

「れ、蓮、何を言う! そんなことは」

 

「でも、ルーレットを止める時、『来いっバニー』って」

 

「き、気のせいだ! 気のせい、決して蓮がうさぎ好きだからなどではないからな!」

 

「ぷっあはははは」

 

萩生さんが誤魔化しているんだが、認めているか解らない言い方に吹き出してしまう。

それ以外にも、身体測定や部活見学の話、入学初日の課題としてもらった卵がどうして割れたことなど話は多岐に渡った。

一応、同じ苦労を経験し、ある程度会話した仲なので結構会話が弾み、それ以外にも幸福クラスの話やこの前の身体測定の話などの話をして盛り上がる。

萩生さんもやたら俺とヒバリさんに絡んでは来るが悪い人ではないのだろう。

もしかしたらはなこさん達とはいい友達になれるかもしれない。

 

「あれ、そういえばケーキ来ないね」

 

確認してみると注文していたケーキセットは連絡ミスで伝わっておらず、さらに間の悪いことにケーキはもう売り切れてしまっていたので食べることはできなかった。

仕方がないのでここでお開きすることになった。

 

「明日はお休みですし、みんなで集まりませんか? 」

 

「さんせーい!」

 

「分かったわ」

 

「あおいくんと響ちゃんも・・あ、そうか、みんなは宿題は無いんだっけ」

 

はなこさんの言う通り俺と萩生さんと江古田さんは幸福実技のサイコロで最下位ではないので宿題は出ていない。

友達の手伝いもしたいがラッキーアイテムという位なので自分たちだけの力で探さないと見つけても効果がなさそうだし、それに特別な課題なので手伝ったら意味がないような気がするのであえて言わないことにした。

 

「そうですね・・全員で一緒に出かけたかったのですが残念です」

 

「まあ、また今度の機会があったらよろしく」

 

「じゃあ明日の13時に学校の近くの公園で集合ね」

 

「はい、待ち遠しいですね」

 

「みんなでいっぱい遊ぼうね」

 

「目的はあくまで宿題だろ、じゃあまた明後日学校で」

 

「じゃあね、響ちゃん、蓮ちゃん」

 

「響ちゃんなどど馴れ馴れしいぞ、花小泉杏!」

 

「さよなら、花小泉さん」

 

家の方角が俺だけ違ったのでみんなと別れて1人で家に帰る。

はなこさん達の宿題を聞いた俺はあることを考えていた。

 

「帰ったら早速調べてみるかな・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

ジャージに着替えて休日の習慣であるジョギングをしていて天気は快晴、風も吹かず、気温もちょうどいいので気持ちよく汗を流すことができている。

そんな中、俺は昨日、自宅で調べたことを思い返していた。

今までのようにただ幸福実技を受けて行くだけでは幸運はつかめないのではないかと考えて昨日の夜に自分なりに開運について調べてみた。

俺は幸運をつかみ取ろうとは考えていたが、その具体的な方法については全く算段を立てていなかった。

それに、意識しすぎているだけかもしれないが最近不運なことが立て続けに自分に起こっているような気さえする。

だったらこの際、学校から与えられる幸福実技だけに頼り切らずに、自分で色々やってみるべきだろう。

だが、だからと言ってどうしたらいいかは検討もつかず、昨日の夜にやったのはインターネットで幸運について調べたりはしたが、結局見つかったのは、パワーストーンや幸せになる壺に怪しい宗教サイト、挙げ句の果てにはアダルトサイトの広告まで出て来て消す方法を調べる羽目になったりと結局具体的な方法は見つからなかった。

まあ、そんな方法があるならとっくに有名になってるだろうし、試しにパワーストーンを買ってみるのもいいかもしれない。

そういえば、朝見たTV番組の占いコーナーでは俺の誕生月は最下位だったがラッキーアイテムとして『珍しい花』を見つけると今日1日は幸せになれるとあった。

しかし、花の知識など全くないので珍しい花が咲いてるような場所など全く分からない。

まあ毎日やっている占いの一つの結果にこだわる必要はないのだが。

 

「ん、あれははなこさん?」

 

正面に少し離れていても分かる小柄な体格と、特徴的な四つ葉の髪飾りをつけたはなこさんの横顔が目に入った。

時間的にヒバリさんと牡丹さんとの約束の公園に向かうところなんだろう。

 

「おーい、はなこさん!」

 

「あ、あおいくん!」

 

声をかけるとはなこさんもこっちを向いて手を降ってきて答えてくれる。

よくみるとはなこさんがいる所は川のすぐ真横で嫌な予感がした。

そして、こっちに歩き出そうとしたその時

 

「あれっ?」

 

はなこさんは足を滑らせて川に落ちていった。

大きな水しぶきが上がって

 

「はなこさーん!」

 

急いで川岸に駆け寄って辺りを見渡したがはなこさんの姿は見えず、無我夢中で川に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りはなこ、あらその人は?」

 

「始めまして、天乃御船学園7組の葵坂幸太です」

 

川に飛び込んだ直後、浮かんで来たはなこさんを助け出し、すぐ近くに梯子を見つけて這い上がった。

当然ながら全身ずぶ濡れになっていたので着替えを借りる為にはなこさんの家にやって来た。

 

「あら、あなたがあの葵坂くんね、杏の友達のごめんなさい、うちの娘が迷惑をかけて」

 

え、娘・・?

 

「うん、川に落ちたところを助けてもらったんだ」

 

「あ、いえ、気にしないで下さい」

 

娘って・・はなこさんの母親なのか、花子さんに聞いてみると名前は花小泉桜というらしい。

はなこさんの姉と言っても信じられるほど見た目が若かくて、女子大生、いや女子高生と言われても十分通じる位だ。

 

「だからお母さん、お父さんの着替えを貸して欲しいな」

 

「分かったわ、あおいくん、こっちへどうぞ」

 

「あ、はい」

 

そのまま家に入り脱衣所に案内される。

 

「今から服を持ってくるからその間に脱いだものそこの洗濯カゴに入れて、洗っておくから」

 

「ありがとうございます」

 

濡れたジャージを脱ぎ、パンツ以外の下着も脱いでタオルで水滴が残らないよう体をしっかり拭いていく。

脱いだものを洗濯カゴに入れようとした時にある物が目に映り体が固まった。

 

「これって・・もしかして」

 

洗濯カゴにははなこさんの着ていた私服が何枚も入れてあり、それと一緒に白い布が何枚もある。

ということはこれは・・はなこさんの下着で・・そしてこれはパン・・

 

トントン

 

脱衣所の扉がノックされ飛び上がりそうなほど驚いた。

 

「は、はい、何ですか!?」

 

「着替えを持って来たわ、開けてもいいかしら?」

 

とりあえず、持っている服を洗濯カゴに突っ込んで視界内に下着が映らないようにしておく。

 

「は、はい、どうぞ!」

 

できる限り平静を装って声を出したつもりだったがかなりうわずった声が出る。

返事をしてすぐ、はなこさんの母親が脱衣所の扉を開けて入ってくる。

 

「はい、これに着替えて・・あら大丈夫、顔が赤いわよ、熱があるんじゃないの?」

 

「い、いえいえ、大丈夫です、本当に!」

 

下着を見ただけなのだが正直にそんなことを言っても自分が恥ずかしい思いをするだけなので黙っておく。

 

「あらそう、はいじゃあこれを着て」

 

はなこさんの父親の服一式を手渡され着替えてみるとほとんど違和感なく着ることができた。

 

「サイズはあってる?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「それにしても、しばらく見ない間に大きくなったわね」

 

「え、どういうことですか?」

 

「葵坂くんは覚えてないと思うけど昔会ったことがあるのよ、私あなたのお母さんと友達だから」

 

「ああ、そうなんですか」

 

昔のことなので記憶に無いけど会ったことがあるらしい、そういえば俺の母さんも天の御船学園の生徒でそこで父さんと出会ったと聞いたことがある。

クラスは聞いたことがないが・・きっと俺と同じ7組なんだろうな。

母さんは父さんと違って高校時代のことは全然話そうとしないからすっかり忘れ去っていた。

帰ったら幸福クラスのことについて聞いてみることにしよう。

 

「じゃあ向こうの部屋で休んでて」

 

着替えが終えて、はなこさんと変わる形で脱衣所を出る。

はなこさんの母親からリビングで休むように言われた通り、休憩しているとお茶を貰ったので有り難く飲ませてもらう。

元々ジョギング中で喉が乾いていたこともあって凄く美味しい。

それにしてもこの部屋、いや玄関や脱衣所にもやたらクッションが敷いてあることが少し気になったが理由までは分からない。

 

「ッ!? ゴホッ、ゴホッ!」

 

何となく反対側を見てみると大きな窓があって見覚えのある服と白い布が何セットも干してあるのが目に映りお茶を吹き出してしまう。

 

「一体どうしたの? あらあら、ごめんなさい、変なもの見せちゃって・・キャア!」

 

はなこさんの母親は慌ててカーテンを閉めに向かおうとした時、途中で転倒してしまったが、クッションが敷いてあったため頭を打つことだけは避けられた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ええ、大丈夫よ、慣れてるから」

 

「・・ああ、なるほど・・」

 

何故この家にこんなに多くのクッションが敷いてあるのか今理解した。

おそらく、はなこさんと母親である桜さんが主な理由なんだろう。

 

「着替え終わったよー」

 

桜さんがカーテンを閉めてすぐ、着替えを終えたはなこさんも部屋に現れる。

今はなこさんが着ている服は川に落ちる前と家の外に干してある物と全く同じ物のようだ。

 

「同じ服何枚も持ってるんだね」

 

「この子とってもドジだから何枚も用意しているの」

 

「えへへ」

 

「そんなに落ちたんだ・・」

 

「ところで、杏時間は大丈夫? 約束の時間は13時でしょう」

 

確かに時計を確認してみると既に12時をとっくに過ぎていてまた同じようなことがあれば間に合わないかもしれない。

 

「そうだね、これでも9回位落ちてるし次家に戻ったら間に合わないかも・・」

 

9回!? 落ちすぎだろ・・道理であんなにたくさん同じ服が干してある訳だ。

 

「あの、すいません、もしよかったら・・

 

 

 

 



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7話 ナゾナゾな罰ゲーム 後編

ついに、7巻が発売されました!
早速、読んでみましたがやはり面白いですね。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、体育祭が始まり色々新しい情報が出てきて続きが今から待ち遠しいです。
今回は少し投稿が遅れました、申し訳ありません。
次は3月5日頃に投稿します。


はなこさんの家で着替えを終えた後、先ほど川に落ちたのを含めて9回も(マンホールや堀に)落ちていたことを聞いて公園まで送ることに決めた。

公園にたどり着き、時計を確認してみるとまだ12時40分前で約束の時間よりかなり早く着くことができた。

 

「あおいくんが送ってくれたおかげで時間前に来れたよ、ありがとう」

 

途中で軽く3回は落ちそうになったり、上から水が落ちて来たりしたのでその度に俺が何とかして防いだり手を引っ張ることで何とかはなこさんが濡れるのは防ぐことができていた。

 

「別にいいよ、また川に落ちられたら俺が助けた意味なくなっちゃうからね」

 

それは本音だったし、俺自身も一緒に『暁の門に咲く花』を探してみようと考えていたことも理由だ。

ただ友達の宿題の手伝いをするというならお互いにとってあまり良くないのだろうが自分も同じ目的なら手伝っても問題はないかと思う。

まあ、勝手に手伝うことを決めるわけにはいかないのでまずはヒバリさんと牡丹さんに話をしてからだ。

断られたらその時はおとなしく帰ることにすればいい。

3人の約束の時間までまだ30分近くはあるのでベンチにでも座ってはなこさんと話でもしていようかなと思ったその時。

 

「ん?」

 

ふいに近くの茂みから何やら視線を感じた。

注意して様子を見ていると微かに揺れているのが分かる。

しかもあたりに視線を向けると、どういう訳か近くの電線に鳥が何羽も集まっているみたいだ。

 

「どうしたの?」

 

「誰かがあそこにいるみたいなんだよ」

 

気のせいではなく、間違いなく誰かがあそこに潜んでいる。

少なくともヒバリさんと牡丹さんではない。

2人ならわざわざあんな所に隠れる必要はない、となるとあそこにいるのが誰なのかは大体察しがつく。

 

「萩生さん、江古田さんそこで何してるの?」

 

「ふん、よく分かったな、褒めてやろう」

 

声をかけると2つの人影が現れる。

予想通りそこには萩生さんと江古田さんが潜んでいた。

昨日に引き続き、同じように帽子とサングラスをつけているが昨日と違い、2人とも私服姿だ。

 

「響ちゃんと連ちゃん!」

 

「何でそんな所にいるんだ?」

 

「そ、それはだな・・」

 

「ねえねえ、2人で遊んでたの?」

 

はなこさんがそう言うと目の錯覚かもしれないが、一瞬響さんの口元がニヤリと笑ったように見えた。

 

「いや、そういう訳じゃ・・」

 

「その通りだ、分かったらさっさとあっちへ行け」

 

江古田さんの言葉を遮り萩生さんがはっきり言い切る。

どうしてそんな所に2人でいたのか、なぜ昨日と同じサングラスをつけているのか等、突っ込みどころはたくさんあるのだが。

 

「そっかせっかくみんなで遊べるかと思ったんだけどなあ」

 

それでもはなこさんはまるで疑うことなくそれを信じた。

 

「お前達と? お断りだ!」

 

「分かった、でも俺達も、ああいや、はなこさんも約束で待ち合わせているんだ、それはそうと萩生さんと江古田さんはここで何をしているんだ?」

 

「そ、それは・・そうだ! 響達はここで・・」

 

萩生さんは口ごもり押し黙ってしまう。

その時どこからともなく野良猫が姿を見せる。

 

「ニャンニャン!」

 

はなこさんが嬉しそうに猫に近寄って手を伸ばしたが、猫は完全に無視すると江古田さんに向かって飛びついた。

見た目から判断するとおそらく野良猫のようだが。その猫はまるで何年も飼っている愛猫のように甘えて鳴いている。

はなこさんに視線を向けると落ち込んでいる・・というよりはなんだか影を落としていた。

猫にまるっきり無視されたのが応えているようで、『愛の反対は無関心』という格言もあるようにいつもの様に攻撃すらされないのはむしろ辛いのかもしれない。

 

「くっ、貴様メス猫だな!」

 

「・・メス猫?」

 

なぜ今の行動だけでメス猫だと判断できるんだろうか。

 

「ええい、蓮にくっつくんじゃないっ! 散れ散れ〜!」

 

萩生さんが江古田さんに張り付いている猫を無理やり引き剥がし、地面に置くと猫は名残惜しそうに去って行った。

 

「こんにちわ、はなこさん」

 

「牡丹ちゃん!」

 

聞き覚えのある声が聞こえて目を向けると牡丹さんの姿があった。

他の3人に漏れず牡丹さんも私服で白いコートを着ており、見ただけで高級感が伝わってくる物で、女性物の衣服の知識は全くと言っていいほど持っていないが多分何かのブランド品ではないかと思った。

 

「あら、あおいさんに・・萩生さんに江古田さんですか?」

 

「こんにちわ」

 

「ば、ばれたー! に、逃げるぞ!」

 

江古田さんは至って冷静に答えたが、萩生さんは江古田さんの手を引いてそのまま走り去ってしまった。

 

「でーとしてたのかな?」

 

「違うと思う・・」

 

女の子同士だからではなく、2人とも明らかに様子も格好も変だった。

昨日と同じ様にはなこさん達のことを監視しようとしていたんだろう。

 

「あら、あおいくん、どうしてここに?」

 

「ヒバリちゃん!」

 

牡丹さんに続いてヒバリさんもやって来る。

 

「こんにちわ、ヒバリさん」

 

「はなこと牡丹はともかく、どうしてここに?」

 

「ああ、実はね・・

 

ジョギングの途中で花子さんに会ったこと、はなこさんが川に落ちたので助けたこと、はなこさんの家で服を借り、ついでにここに送ってきたこと、そして自分の今日の占いで『珍しい花』がラッキーアイテムで俺も一緒に探したいということを伝える。

 

だからさ、もしよかったらだけど『暁の門に咲く幸福の花』を俺も一緒に探してもいいかな?」

 

「私はいいけど・・はなこと牡丹はどう?」

 

「いいよ」

 

「私も構いません」

 

「分かった、じゃあよろし・・あれ?」

 

見覚えのある2つの人影・・萩生さんと江古田さんが公園内に入って来るのが目に入る。

 

「どうやら、撒いたようだな・・ん!?」

 

急ブレーキをかけ萩生さんが立ち止まる。

 

「貴様らっ一体どうやって!? さては忍びか!」

 

「いや俺たちは一歩たりとも動いてないんだけど・・」

 

「響きのアレで元に戻って来たんだろ」

 

「ああ、なるほどね」

 

ようするに例の方向音痴のせいで出来るだけ離れようとしたところ逆に同じ場所に戻って来たということか。

ある意味才能と言っていいかもしれない、役に立つことはないだろうけど。

 

「どうしてあんたがここに!?」

 

ヒバリさんが萩生さんの姿を見て驚いている。

 

「そ、それは蓮と遊んでいたら偶々、そこの男と女がいて」

 

昨日に引き続き『偶然にも』同じメンバーが揃うというのはいったいどれくらいの確率になるのだろうか?

どう考えても嘘だと思うが、無駄にそんな考えが浮かんで来る。

 

「そ、そうなの・・偶然ね」

 

ヒバリさんは明らかに信じめてない様子で、2人とも訝しんでいるみたいだが、はなこさんと牡丹さんは昨日と同じで全く疑うことなく信じて込んでいる。

まあ、今更2人が疑い出したならそれはそれで熱があるんじゃないかと心配になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

公園を出る前に話し合い、最初ははなこさんの課題である『暁の門に咲く幸福の花』を探すことに決まった。

ヒバリさんの課題はやろうと思えばいつでも終わらせられる物だし、牡丹さんの課題も途中で取ることが出来そうな物なので、1番難しい、というより聞いたこともないものを探す以上、はなこさんの課題を優先するのは当然の判断だろう。

 

「花子の課題を優先するとして、まずは情報収集するとして花屋で聞いた方がいいんじゃないかしら?」

 

ヒバリさんの提案でまずは花屋で聞いて回ることが決まった。

餅は餅屋と言うし花屋で聞けば珍しい花のことも分かるかも知れない。

 

「じゃあまずはここの花屋に行きませんか?」

 

牡丹さんが地図を確認して1番近い花屋の場所を指で示す。

 

「ああ、そこでいいと思うよ」

 

「私もそこでいいよ」

 

こうして俺とはなこさん、ヒバリさん、牡丹さんの4人でその場所に向かい始める。

天気は相変わらず晴天で気温も丁度よく、その上休日ということもあって俺たち以外にも多くの人が街中を歩いている。

途中で何人もの同い年位人々とすれ違い、おそらく半分以上は7組まであるマンモス校の天之御船の生徒のはずだ。

 

「ねえねえヒバリちゃん、その服可愛いね」

 

花屋を目指して歩いているとはなこさんがヒバリさんに声をかけた。

 

「そ、そう? 普段着ている服なんだけど・・」

 

「洋服も素敵ですし、ヒバリさんによくにお似合いですよ」

 

「確かに、よく似合ってると思うな」

 

お世辞でもなんでもなく正直な感想だった。

デザイン自体は特別変わったものではなく、他の人間が着れば少し地味な印象を持つかもしれないがヒバリさんだとそんな印象は全然感じずむしろ本人の魅力を引き出してるような気さえする。

 

「あ、ありがとう、そう言うはなこもその服似合ってるわよ」

 

はなこさんの服もとてもよく似合っていると思う、サイズはともかく、ヒバリさんと牡丹さんが同じ服を着た姿を想像してみたが正直似合わない気がする。

本人には言えないがはなこさんが子供みたいな体格だから似合うんだろう。

 

「ありがとうヒバリちゃん、この服お気に入りで1番多く持ってるんだ」

 

「え、1番多く・・?」

 

「うん、私出かけると川に落ちたりマンホールに落ちちゃうから同じ服何枚も持ってるんだ」

 

「そういえば、さっき川に落ちた時もこれで8回位家に戻ってるって言ってたね、服も落ちる前と同じ物だし」

 

「よくそれで間に合ったわね・・」

 

「うん、だから私、朝の8時に家を出たんだ、いつも時間掛かっちゃうから、今日はあおいくんが送ってくれたおかけで間に合えたよ」

 

「まあ自慢じゃないけど歩いているだけではなこさんが上から水が落ちて来て濡れそうになったり、落ちそうになったりと色々あったな」

 

「うふふ、やっぱりあおいさんは優しいですね」

 

「そ、そうかな・・」

 

そう言われると恥ずかしくもあるが何より嬉しい。

さっき見たときはコートの高級感ばかり目に入ったが、モデルのようにスタイルも良く高身長の牡丹さんにはとてもよく似合ってる。

 

「牡丹さんもその服すごく似合ってるよ、まるでモデルさんみたい」

 

「そんな、私がモデルだなんて恐れ多いです・・それに恥ずかしながら私まだ自分で服を買ったことがなくて・・」

 

「俺も似たようなもんだよ、母さんと服買いに行っても母さんが何枚か持って来てその中から気に入ったのを選んでるだけだったから」

 

そんな風に他愛もない話をしていると、一軒目の花屋にたどり着き、『暁の門に咲く幸福の花』について聞いてみるが聞いたことがないらしく何も情報は得られなかった。

そこからは次々に町の花屋を巡ってみるが、それでも最初に訪れた花屋と同じように大した情報は得られなかった。

巡る合間に小腹が空いてみんなでいかやきを買ったり、3軒目で牡丹さんが倒れかけたり、ヒバリさんが例の看板を見つけて見惚れてしまったり、はなこさんが野良猫を見つけて触ろうとして引っ掻かれたりするなどいろんなことが起き、俺自身も中学時代の同じ野球チームだった友人と出会って、天之御船での野球部でのことを聞かれて、正直に体育クラスではなく、変なクラスに入れられてなど言えるわけもなく適当にごまかして別れた。

それでも、友達と宿題のためとはいえこうやってみんなで歩き回るのは思ってた以上に楽しかった。

 

5件目の花屋で聞いた所、花に詳しい「梅お婆さん」という人がいるらしくその人に聞いてみると良いと言われた。

聞くところによると、この近くの公園で日向ぼっこをしているらしい。

他に手がかりも無いので、その人に会ってみることに決まった。

その公園にやって来て、中でそれらしき人物を探していると公園のベンチに1人で杖をついて座っている高齢の女性を見つけた。

 

「あの人じゃないかな?」

 

見ただけじゃ判断できないが、結構頑固そうなお婆さんに見える。

声をかけてみると期待した通りこの人が梅お婆さんらしい。

 

「『暁の門に咲く幸福の花』・・」

 

「ご存知ではないですか?」

 

「見当はつく」

 

牡丹さんがそう尋ねると、そのお婆さんはあっさり肯定する。

 

「教えてもらっても?」

 

「嫌じゃ」

 

しかし、ヒバリさんが聞いてみると断られてしまった。

 

「え、ど、どうしてですか?」

 

「最近花を粗末に扱うものが多くてなあ・・」

 

どうやら俺たちがその珍しい花をぬすんだりきずつけたりすると思っているらしい。

 

「私たちはそんなこと、ただ写真に収めるだけです!」

 

「お婆さん、わたしお花大好きですからそんなことしません」

 

「本当です、だから教えてください、お願いします」

 

ヒバリさんとはなこさんと俺の3人で梅お婆さんはそっぽを向いてしまい、聞く耳持たない様子で相手をしてもらえない。

気難しい人だとは聞いていたがここまでとは流石に想定していなかった。

この分だと教えてもらえる可能性はかなり低いだろう。

かといって初対面の人物に何を言ったらいいのか、どうしたら良いのかなど分かるわけがない。

どうしたら良いか考えているその時、何羽かの鳥が俺たちの後ろにある茂みに飛び込んでいった。

 

「うわあっ、またか、散れ〜!」

 

鳥が大きな音を立てて茂みから出て行くと同時に、茂みの中にいた萩生さんと江古田さんが飛び出て来る。

 

「あっ、響ちゃんと蓮ちゃんだ!」

 

「まあ、またお会いしましたね」

 

「・・・・・・」

 

はなこさんと牡丹さんは偶然また会ったと少しも疑うことなくそう思っているが、俺たちが花屋を巡っている時ずっと萩生さんと江古田さんの2人は尾行してきていた。

2人して帽子にサングラスをかけているという目立つ格好をしている上に時折動物が2人に向かって突進し江古田さんにじゃれつき、萩生さんに追い払われることを繰り返していたため気づかない方が難しいほどだった。

俺とヒバリさんは待ち合わせの公園を出た時から尾行には気づいていたが、はなこさんと牡丹さんはまるで気づくことはなかった。

まあ、邪魔して来るわけでもないのでヒバリさんと話して無視することにしていた。

 

「なんじゃ、なんじゃ、騒々しい、私はもう行って良いかね」

 

梅お婆さんが今の騒ぎがきっかけで煩わしくなったのかこの場を立ちろうとする。

 

「あっ、ま、待ってください!」

 

「おっと」

 

婆さんが持っていた杖を落とし、拾おうとしたがそれより先に江古田さんがその杖を拾って手渡す。

 

「どうぞ」

 

「・・!??」

 

江古田さんの顔を見た途端、お婆さんが銅像のように固まり、こころなしか顔が紅潮し恋に落ちた蚊のように見えた。

その時、さっき追い払った鳥が戻ってきて江古田さんの頭に1羽と肩2羽止まった。

それを見たお婆さんはお婆さんは手を合わせて「天使様ー!」と敬虔な信者が降臨した神様に会ったように拝んでかしこまっている。

 

「ど、どうなってるんだ?」

 

「様子がおかしいわね・・」

 

「ええ、何かに操られているかのような」

 

「くっ、またか」

 

「また・・何か心当たりでも?」

 

「蓮は子供の頃から特異体質なのだ、一言で言うなら・・」

 

「この方と友人ということなら仕方ない、特別に教えてやろう、幸福の花の場所を」

 

萩生さんが説明しようとしたその時、お婆さんがこちらを振り向いて強い口調ではっきりと言い出す。

何が何だか分からないが、ともかくこれで目的の『暁の門に咲く幸福の花』の情報を手に入れることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅お婆さんの話によると天之御船学園近くの川を渡った西側の小高い丘にある植物園に『幸福の花』にあるらしい。

そのまま全員で言われた通りの道を進み、花に囲まれた階段をゆっくりと登って行く。

 

「お婆さんのいう通り花は沢山ありそうだけど、形までは教えてくれなかったからまだ骨が折れそうね」

 

「私も折れそうです・・」

 

「いや、そこは折れる前に言ってよ、休んでいいからさ!」

 

俺とヒバリさんとはなこさんは特に問題なく丘を登って行くが牡丹さんにはかなりきついようで顔面蒼白になりながら段々と距離が開いていく。

このままだと倒れるのが先が骨が折れる(物理的に)のが先が時間の問題だ。

本当に危なくなれば俺が背負って登ることも考えているが、背負う際に身体測定の時に感じた牡丹さんの豊かな双丘が背中に押し付けられるの想像すると、自分からは言い出しづらい。

牡丹さんは下心など微塵も考えないのだろうが、むしろどさくさに紛れて役得を味わうようで申し訳ない気分になってしまう。

 

「ねえ、そういえば2人は写真まだ撮ってないんだよね?」

 

「そうよ、はなこの写真を先に撮るつもりだから」

 

「じゃあ、だから私の手伝いをしてくれたの・・ありがとう!」

 

「きゃあ!」

 

カシャ

 

はなこさんがヒバリさんに抱きつき、その瞬間を牡丹さんが写真に収めた。

 

「な、何してるの・・?」

 

「ヒバリさんのとびきりの笑顔のシャッターチャンスだと思いまして・・」

 

言葉の途中で牡丹さんが倒れかかったので慌てて支える。

 

「確かに今のはいい笑顔だったけど、驚きが強いから今の写真じゃ不合格になると思うよ?」

 

「うーん、それもそうだね・・」

 

「だから、私のは気にしなくていいってば!」

 

俺とはなこさんが勝手に納得しているとヒバリさんが顔を赤くして言ってくる。

きっとはなこさんが抱きついてまで感謝してきたことで照れているんだろう。

 

「私も撮りたい!・・あれ?」

 

はなこさんがカメラを取り出してシャッターを押すが何の反応も起きない。

 

「川に何回も落ちたんだからね、まず使えないよ」

 

「なら壊れて当然だ!」

 

「あ、そっか」

 

「写真撮れたら後でデータ渡してあげるわよ、ところで・・なんで6人行動になってるの?」

 

ヒバリさんの視線の先には萩生さんと江古田さんがいて、2人ともサングラスと帽子を外している。

もはや尾行してくることすら隠すことなく堂々とついてきており、はたからみれば完全に友達のグループだと思われるだろう。

 

「行く道が同じだけだ! この響がお前たちなどど遊びたいわけがない!」

 

萩生さんは強い口調ではっきり断言したが、その顔には汗が流れているのが見える。

開き直ったのかまるで隠れるそぶりをしないが、それでもついてきていることだけは断じて認めようとしない姿勢は呆れを通り越して感心しそうになる程だ。

この辺りには身を隠せそうな物陰とかないので仕方ないこともあるのだろうけど。

 

「・・そう」

 

ヒバリさんはそれ以上追求することなく向きを変えて登り始める。

俺を含めた残りの5人もそれに続く。

少ししてから登るスピードを上げてヒバリさんに並んで声をかける。

 

「ねえ、あの2人どう考えてもついてきているよね、昨日のカフェもそうだったし」

 

「そうね、この前からやけに突っかかってけど、私何かしたかしら?」

 

「多分、俺がいるからだと思うんだよ、昨日の幸福実技の前からなんか目の敵にされてるみたいだし」

 

「そうなの?」

 

幸福実技の朝、通学路であった時、萩生さんの名前は知らなかったが彼女はわざわざフルネームで俺を呼んでいたことがあった。

全く記憶にないが、知らないうちに萩生さんに恨まれるようなことをしているかもしれない。

何しろ、俺の体質を考えればそうであっても不思議じゃない、悲しいことではあるのだが。

この際いい機会なので思い切って聞いてみることにしよう。

 

「ねえ、萩生さん」

 

「何だ?」

 

足を進めながら首だけを動かして後ろを向き萩生さんの方を向く。

 

「前から聞きたかったんだけど、俺、萩生さんにやたら意識されてる気がするんだけど、何か俺怒らせるようなことしたかな?」

 

「ふっ、そうだな・・貴様にはないだろうな、だが響にはあるのだ!」

 

どうやら本当に何か恨まれるようなことをしているみたいだ。

 

「ええと・・それって何?」

 

「それは、貴様がクラスで1番注目されているからだ!」

 

「・・・・え?」

 

「クラスの奴らはお前の話の話ばかりしているのだ、クラスの連中だけではない

他のクラスの奴らもだ! 父親がここの卒業生でプロ野球選手だとしてもこの響を差し置いて目立っているなど我慢ならん!」

 

流石にそんな理由で今まで尾けられたり、意識されているとは微塵も思わなかった。

まあ確かに同級生から注目を浴びている自覚はあったが、半分以上は俺の父親のことと何故そんな奴が幸福クラスにいるのかなど、野球部の中にはもしかしたら大金を積んで裏口入学したんじゃないと・・とにかくあまりいい噂はされていないのが現状だった。

一応、体力測定の結果が伝っていて能力はあるとは思われているみたいだが野球部でも未だに球拾いや雑用しかやらせてもらえずむしろ嘲笑の対象になっている方が正しい・・かなしいことだけど。

それはともかく、俺にそんなことを言われても困るとしか言えない。

 

「どんな分野だろうとこの萩生響の先を行くものが存在するなど許せん! 葵坂幸太! いい機会だからここではっきり言っておく、今日ここで宣戦布告だ!」

 

萩生さんはそう言って俺に向けて勢いよく人差し指を伸ばしてくる。

 

「・・ああうん、そう分かったよ」

 

首の向きを戻すと、小さくため息を吐いた。

宣戦布告とかされてもどう対処していいのやら、しかも相手が女子だからどうすればいいのかまるで分からない。

男子でも同じなんだろうが、小学校以来殆ど女子とは関わろうとはしてこなかった上ああいう気の強い女子は人生の中で会ったこともなかった。

 

「変な因縁持たれて災難だったわね」

 

隣からヒバリさんが小さく声をかけてくる。

 

「ああ、でもこれで何でやたら意識されてるのか分かったことは収穫だよ、だかといってどうすればいいのやら・・」

 

「でも、何か私も萩生さんに意識されてるような気がするのよね・・」

 

確かにヒバリさんの言う通り、幸福実技の時も萩生さんはヒバリさんに対しても辛辣な様子だった。

しかし、ヒバリさんは人に恨まれるような人ではないので俺と同じで多分筋違いな恨みを持たれてるんだろう。

 

「あっ見えたよ!」

 

はなこさんの声を聞いて視線を上げると階段の終わりと大きな門がそこにあった。

間も無く、階段を上り終わり目的の場所に足を踏み入れる。

 

「おおすごいな・・」

 

階段を上り終わるとそこには大きな花畑が広がっていた。

多くの種類の花が咲き、風が吹くと花びらが舞い上がって幻想的な風景が視界に映し出される。

 

「いろんなお花いっぱい咲いてるねえー!」

 

はなこさんがその場でくるくると円を描くように回っている。

目を回さないんだろうか?

 

「このお花は?」

 

回るのをやめた、はなこさんが見ているのは黄色い花だがさっぱり分からない。

 

「タンポポかな?」

 

「・・どう見てもそれカタバミよ」

 

当てずっぽうに言ってみたがやはり違った。

強引についてきておいて情けないが花の知識なんてかけらも持ち合わせていない俺には幸福の花探しは役には立たないかもしれない。

 

「へー詳しいねえ、幸福の花ってやっぱり幸せっぽい形してるのかな? 四葉のクローバーとか?」

 

「それは葉っぱでしょう」

 

「そもそも、幸せっぽい形ってどんな形なんだろうか?」

 

「形で考えても分からないと思うわよ・・花言葉でいえば鈴蘭が近い気がするけど、そんな簡単なわけないし・・」

 

「す、すいませーん・・」

 

弱々しい声が聞こえて3人とも振り向くと地面に倒れ込んだ牡丹さんの姿があった。

そういえばしばらく、萩生さんと話したり花を見るのに夢中で牡丹の様子を確認していなかった。

 

「骨は無事ですが寿命をだいぶ縮めてしまいまして・・少し休憩を・・」

 

「す、すぐに休んで!」

 

「と、とりあえずどっか」

 

すぐさま牡丹さんを背負って近くの屋根のついたベンチに横にする。

普段の貧弱さから考えると誰の力を借りずにここまで登ってきただけでも奇跡と言っても過言ではないかもしれない。

しかし、この様子じゃ牡丹さんは戦力外なので3人で探すことになった。

ヒバリさんが時計を確認すると、現在約16時だった、閉園は18時だからあと2時間程しかなく、見たこともない物を初めて訪れた場所で探す時間としてはあまりにも短い。

とにかく、3人で辺りを見て回ることにした。

手分けして探した方が効率がいいかもしれないが、ヒバリさん以外は花の知識が無いので結局はこうするしかない。

たくさんのきれいな花はいくらでもあったが幸福の花は見つからない。

俺たちが探している様を萩生さんと江古田さんが手伝うも邪魔をするでもなくただ監視するかのような目を向けてくるだけだった。

途中で蜂に刺されそうになって大騒ぎすることもあったが全員刺されることはなく無事だった。

しかし、なんの進展もないまま時間だけが過ぎていき、幸福の花は見つからないまま夕暮れ時を迎える。

時間は17時過ぎで残り時間は1時間を切っていた。

とりあえず、1度牡丹さんの元に戻り何の成果もなかったことを伝える。

 

「元気になった?」

 

「おかげさまで、すっかり日がくれてしまいましたね・・」

 

「まだ半分も探してないし、このままじゃ厳しいね・・」

 

花畑は想像以上に広く、1時間かけても探せなかった面積の方がまだ多かった。

 

「そうね、ちょっとまずいかも・・」

 

「そうだね・・もうこんなに空が赤く・・ん? まてよ・・?」

 

「どうしたのあおいくん?」

 

突然考え込み始めた俺に向かってはなこさんが尋ねてくるが考え込んでまだ答えられない。

 

「夕暮れ時・・暁・・もしかして今の時間帯が関係してるんじゃないかな?」

 

『暁』の門に咲く幸福の花、暁って要するに夕方のことだから今なら見つかるかもしれない。

 

「すみません、暁というのは明け方という意味なのですが・・」

 

牡丹さんの一言で空気が一瞬固まった。

そうか、暁って夕方じゃなくて朝が開けた時のことをいうんだな。

 

「あ、ああ、ソーなんだ、カンチガいしてたよ、ごめんみんな」

 

できる限り平静に言ったつもりだが、自分でもはっきり自覚できるほど棒読みにしかならなかった。

 

「ご、ごめんなさい! こんな穀潰しな私が余計なことを言ったために場の空気を乱すという身の程知らずな行為のせいで気分を害されてしまうなんて!」

 

「ぼ、牡丹のせいじゃないわよ! 大丈夫だから」

 

「あ、みんなあれ見て!」

 

俺は相変わらずで牡丹さんが取り乱しヒバリさんはそんな牡丹さんを落ち着かせようとしている時に、突然はなこさんが丘の頂上に向けて指差す。

そこに視線を向けると、入口とは違う形の門があり、その門の上に太陽が重なって幻想的な光景が広がっていた。

 

「もしかしてあれが・・」

 

驚きのあまり、思わず声が出てきていた。

 

「・・暁の門」

 

「きっとそうだよ!じゃあ幸せの花はあのすぐ近くに!」

 

「そうね、行きましょう!」

 

俺たちは急いでその門へ向かって走り出した。

 

「も、もっとゆっくり・・」

 

牡丹さんを置いていかない位には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門に向かっていると、大きな壁に行く手を遮られる。

手前に設置されていた看板の説明書きを見ると巨大な迷路らしい。

 

「フラワーメイズと書いてありますね、人気のデートスポットみたいです」

 

「で、デートスポットか・・」

 

友人とはいえ、女の子と一緒にそんなところを通るのは少し気恥ずかしい。

しかし、他に門への道はない、例えあったとしても見つけるまでに時間が足りない

時計を確認すると残り時間はあと30分強だ。

 

「ここを抜ければあの門?」

 

「そうみたいですね」

 

「よしっ、行こう!」

 

はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんはデートスポットというフレーズに少しも反応せず進んでいき、俺も一緒に迷路に入った。

俺がそのフレーズを変に意識しすぎていたのかもしれない。

 

「蓮、我々も行くぞ!」

 

萩生さんと江古田さんも俺たちに続いて迷路に入ってくる。

方向音痴と迷路は相性が最悪だろうとひろかに思った。

 

 

「綺麗」

 

「幻想的ですね」

 

「ほんと、すごく綺麗だね」

 

迷路の壁や天井は草花で作られていて、とても美しく危うく目を奪われてしまい残り時間が間もないことを忘れてしまいそうだった。

 

「はぐれないように注意してね」

 

「はーい」

 

ふと、後方に目を向けると萩生さんと江古田さんがいて、俺たちの後をついてきている。

 

「ひ、響は蓮とロマンティックな場所を歩きたいと思っただけだ! あ、あっちへ行ってみよう」

 

萩生さんは尾行していることを誤魔化す為に江古田さんの手を引いて、俺たちはまっすぐ通った分かれ道を曲がって進んでいく。

 

「あの2人絶対迷うな」

 

「そうね」

 

「そうなりますね」

 

はなこさん以外の全員がそう思っただろう。

 

「まあいいわ、先を急ぎましょう」

 

ヒバリさんの一言で止まっていた足を再び動かし始める。

 

「うーん・・」

 

「はなこさん、どうしたの?」

 

はなこさんは萩生さんの進んだ道を見て何やら考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

はなこさんが「やっぱりみんなで歩きたい」と言ったので俺とはなこさんの2人で萩生さんと江古田さんを探しに行くことになった。

時間は残り少ないがはなこさんがそれでも一緒に行きたいと言うので特に俺たちも反対することはしなかった。

ヒバリさんと牡丹さんは先に出口に向かってもらい、そこで待ち合わせることを決めて二手に別れる。

萩生さん達が進んで道をたどって行くが小さいとはいえ迷路なので油断しているとこっちが迷うことになるので慎重に進んでいくと、間もなく萩生さんの後ろ姿が見えた。

やたらその場を右往左往しており、その上江古田さんの姿はない。

おそらくは道に迷っているんだろう。

 

「おーい、響ちゃーん!」

 

「な、お前達! 何故ここにいる!」

 

はなこさんが声をかけると萩生さんは驚いてこっち振り向いた。

 

「やっぱりみんなで一緒に歩きたいなって思って探してたんだ、響ちゃんも一緒に行こう」

 

「そ、そうだな・・」

 

普段の萩生さんであればはなこさんだかならともかく俺と一緒にいくなんてすぐに断っていたんだろうが、江古田さんとはぐれて困り果てているところなので無下にはできず考え込む。

それでも、じゃあ一緒に行こう」とは言えないのは何とも萩生さんらしい。

 

「実は、俺たちじゃ出口まで迷わず行く自信がないんだよ、だから一緒に来てもらえないかな?」

 

こう言えば、萩生さんのプライドを傷つけずに一緒に行くことができる。 

 

「そ、そうだな、そんなに言うなら響が一緒に行ってやろうではないか」

 

「うん、じゃあみんなで行こう!」

 

俺の読み通り萩生さんは話に乗って来て、3人で出口に向かって足を進めることになった。

 

「そういえば江古田さんは? 姿が見えないけど」

 

「いつの間にかはぐれてしまったのだ、まあ蓮は迷ったりしないだろうから出口に行けば合流できるだろう」

 

正しくは、萩生さんがはぐれたんだと思ったが心の中だけの留めておく。

それから大して時間もかからずに出口にたどり着き、そこにはヒバリさんと牡丹さん

の姿があった。

 

「あ、来ました!」

 

「ごめんね、また待たせちゃって」

 

「別にいいわよ、バラバラに行動するのも変だしね」

 

「後は江古田さんだけか・・」

 

「やあ」

 

俺がそう言うと、後ろの通路から江古田さんが姿を見せた。

 

「蓮、どこに行ってたのだー!」

 

「これで全員集合か・・あはっ」

 

そう言って、いつの間にか誰が言い出すでもなく自然に同じチームとして行動しているのに気づいて吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

迷路の出口を抜けるとそこには見渡す限りの広大な花畑・・流石にそんなに広くはないが少し前まで幸福の花を探していた花畑と同じほどの広さがあった。

しかしそれでも、色とりどりの花が咲き乱れ、残り時間のことも忘れてしまいそうな程、非常に幻想的な光景に目を奪われてしまう。

 

「これはまた美しいですね・・」

 

「ここまで来たんだから、絶対に幸福の花を見つけるわよ」

 

「うん!」

 

「よし、探すか!」

 

今度は牡丹さんも含めた4人で探し始める。

とはいえ、人数は増えたものの、残り時間が圧倒的に足りない。

野球なら試合は9回裏2アウトからという言葉があるがこっちは時間制限がある。

探す範囲も門の近くに絞っているがそれでもとてもじゃないが調べきれないだろう。

見つからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

「うーんこれかな?」

 

「違うんじゃない」

 

「これじゃないかな?」

 

ピンポンパンポーン

 

「間も無く、閉園時間です。 本日は御船植物園にお越しいただきありがとうございました」

 

閉園を伝える放送が流れて来て、

 

「あらまあ・・」

 

「もうちょっとだったのに」

 

「見つからなかったか・・御船植物園?」

 

どこかで聞いたことあるような・・?

しかし、どこで聞いたかは思い出せない。

 

「だめか・・」

 

「くっくっくっ無様だな」

 

萩生さんが落ち込んでいる俺達に向かってやた勝ち誇った声をかけてくる。

 

「お前たちが罰ゲームの宿題をしていることは最初から分かっていた、万が一ラッキーアイテムを手に入れそうになったら邪魔するつもりだったが、響が手を下すまでもなかったな」

 

「まあ」

 

「そういう魂胆だったの」

 

「道理でついて来ていたわけだ」

 

本来ならば怒る所なんだろうがわざわざ正面きって言われて逆に感心してしまった。

 

「怒らないのか!?」

 

「呆れてはいるけどね」

 

「んなっ!」

 

「今日はヒバリちゃんと牡丹ちゃんだけじゃなくて、響ちゃんと蓮ちゃんと一緒に遊べたから楽しい1日だったよ」

 

はなこさんはそう言って満面の笑みを萩生さんに向ける。

それは皮肉でも負け惜しみでもなく心の底からの笑顔だった。

 

「っカメラを貸せ」

 

「どうぞ」

 

牡丹さんはあっさりと萩生さんにカメラを渡した。

何の写真を撮るつもりなんだろうか?

 

「お前らの間抜け面を響の写真に収めてやる、ほら全員そっちに集まれ」

 

言われるがまま門の前に俺達4人で並ぶと萩生さんはシャッターを押した。

 

「どうせなら、タイマーで6人で撮ればよかったのに」

 

「う、うるさい! もう響たちは帰るからな、行くぞ蓮」

 

「・・ああ」

 

萩生さんは俺にカメラを押し付けるように返すとそそくさと自分たちだけ行ってしまった。

 

「また写真を撮る機会はいくらでもあると思いますよ、クラスメートですから」

 

「そうだねっ!」

 

「はは、えっと・・あ、これは・・」

 

何となく今撮ったばかりの写真を確認すると何故萩生さんが写真を撮ったのか理解した。

萩生さんの撮った写真には俺たち4人の後ろに『幸福の花』がしっかり写っていた。

そして、牡丹さんの友達との素敵な思い出、ヒバリさんの笑顔がこの1枚の写真に収まっている。

これなら、きっと3人は合格できるだろうけど、それはみんなには言わないでおこう。

俺自身も最後には珍しい『幸福の花』を見つけることができて、これで俺も幸せに・・いやもうとっくに今日という1日はとても楽しい思い出が作れた幸せな1日だと心の底から思えた。



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8話 迷子たちの登校風景

予定日より10日も遅れて申し訳ありません。
今回は少しだけ原作からタイトルを変えました。
次回は4月末頃に投稿する予定です。
私事ですが色々立て込んでいるので遅れます、気長にお待ち下さい。



あんハピ 6話

 

朝の通学路

 

「ここどこだ・・?」

 

今現在、俺は完璧に迷ってしまっている。

幸福実技があった日に自転車が壊れてしまったため、急遽徒歩で登校することになり普段よりかなり早い時間に家を出たが、途中で何の気なしにいつもは通らない道を進んで見たらあっけなく迷ってしまった。

迷ったたことに気づいた時もすぐ知ってる道に出られるだろうと高をくくっていたがむしろどんどん道が分からなくなっていく。

携帯で地図を確認しようとしたが充電を忘れてしまったので現在地すら確認できない。

 

「近くにコンビニとかあれば、何か買ってから道を聞けるんだけど」

 

やがて見覚えのある道に出たと思ったが、それは迷った後ついさっき通った道だったことに気づきため息がこぼれる。

 

「はあ、まいったな・・」

 

通学路で迷った自分が情けなく、これじゃ萩生さんを笑えない。

 

「ん? あれは」

 

道を曲がった先に今考えていた萩生さんがいた。

この前のように辺りを右往左往していて俺と同じように道に迷っているみたいだ。

ただのクラスメートとはいえ知ってる顔に出会って少しだけ安堵する。

 

「ん、お前は!」

 

声をかけるより先に気づいてきて声をかけてくる。

 

「おはよう、萩生さん」

 

とりあえず、自分が今迷っていることを伝える。

 

「お前も迷っているのか、響も不運なことにほんの少しだけ迷っているところだ」

 

「じゃあよかったら、一緒に行かない?」

 

「貴様と? まあいいだろう、ただしこれは貸しにしとくぞ」

 

萩生さんは想像よりはるかにあっさりと同行を認めてくれた。

貸しという形にされたとはいえ、少し驚いてしまった。

今、俺たちは肩を並べて、それでもある程度は距離を開けて歩いている。

かっこ悪いが迷っているのが1人ではなくなったので心に余裕ができた。

 

「ねえ、萩生さん、ちょっと聞いていいかな」

 

「何だ?」

 

「どうして、俺と一緒にのか気になってさ」

 

「どうしてかって? お前に貸しをしてやれるじゃないか、響はお前に宣戦布告をしているんだぞ、そんな奴が響に頼みごとをしてくるなど」

 

いつものようにドヤ顔で自身満々に宣言してくる。

ついこの前、『幸福の花』を探している時に宣戦布告をされたことがある。

しかし、まさかその場のノリで言ったわけではなく本気で言っていたのか・・

確かに俺だって理由はどうあれ争っている相手から頼みごとをされれば聞いてやろうかという気にもなる。

 

「ああ、そうなんだ・・でも俺は別に萩生さんと争いたくないよ」

 

「何?」

 

萩生さんは立ち止まってこっちに鋭い目を向けてくる。

怒ってはいないようだが、今の発言は気に障ったらしい。

 

「だってさ、俺が目立っているのは俺がなろうと思ったわけじゃないし、目立っていることが嬉しいと思ってもいないんだよ」

 

プロ野球選手の息子ということもあり、注目されることは沢山あり幼い頃は別に何とも思わなかったが成長するにつれて嬉しく思うようになった。

しかし段々と恥ずかしさを覚え、いつしかプレッシャーになっていた。

本音を言えば今でも注目されることは全く嫌いというわけではなく、プレッシャーが辛いというわけでもないが今となっては注目されても殆ど受け流すことにしている。

そんなわけで、俺が目立っているから自分が1番目立たないのが気に食わないと言われても

 

「う、うるさい! 貴様にはなくとも、響にはあるのだ!」

 

「それにさ、萩生さんってその・・」

 

「今度はなんだ!?」

 

「その・・女の子じゃん」

 

そう言うと、萩生さんの動きが一瞬だけ止まり表情がわずかに赤く染まる。

いや、勝負の項目がはっきりしているならともかく「目立ちさ」のような抽象的なことをどう競い合っていいか分からない上に、男尊女卑ではないが、女の子相手に勝負を挑まれても一体どうすればさっぱりだった。

 

「そ、それがどうした、響が女だから勝負しないと言うのか!勝負に男も女もあるか! 」

 

萩生さんはそう言い捨てて、そっぽを向き早歩きで進み出す。

 

「あ、ま、待ってよ!」

 

慌てて後をついていき、その後何度も話しかけるが今のセリフで完全に怒らせてしまったらしく、何をどう言っても返事はこなかった。

会話を諦めて歩き続けて気がつけば、学校の近くに道に出ていた。

これで少なくとも学校に遅刻することはないだろう。

ふと、視線を奥の方に向けるとT時路の先にヒバリさんが歩いているのが見えた。

手に何かを持っていてそれに集中していたためか俺たちに気づかない。

記憶が正しければ今ヒバリさんが行く方向は学園のある方向ではないはずだ。

人のことは言えないがこんなに早くどこに行くんだろうか?

 

「奴は・・敵を討つには敵を知れだ」

 

「あっ、萩生さん」

 

萩生さんはヒバリさんの姿を見つけると何も言わずに後をつけ出し、突然のことで自分も取り敢えず萩生さんに続いて後を追って行く。

間も無くヒバリさんはある場所で立ち止まる。

 

「ここは・・そういうことか」

 

遠くから眺めているとヒバリさんは好意を抱いているらしい例の工事現場によく置いてある看板に熱い眼差しを向けていた。

多分、わざわざ早起きし、遠回りしてここにやって来たんだろう。

 

「貴様、そこで何をしている」

 

「ひゃわあっ!?」

 

萩生さんがヒバリさんに声をかけると飛び上がらんばかりに驚いてこっちに振り向く。

 

「あ、え、萩生さん、それにあおいくん?」

 

「お、おはようヒバリさん」

 

ヒバリさんの知られたくない秘密に関わることで、萩生さんのことを止めるべきだったが、別に止めるような悪いことをしているわけでもないので、どうするべきか分からない。

そうこう思案している間に、萩生さんが看板のある方まで足を進める。

 

「何をコソコソと誰かいるのか?」

 

「だ、誰もいないわよ!」

 

ヒバリさんがちょうど看板の前に通せんぼする形で視線を防いだ。

それでも、萩生さんが左から覗き込もうとするのを今度はヒバリさんがわずかに移動して再び防ぐ。

 

「誰もいないのだろう!」

 

「そ、そうよ!」

 

何を見ていたのか確認しようとする萩生さん、そしてそれを何が何でも防ごうとするヒバリさん。

お互い攻防を繰り返し、段々と動きが激しくなっていく。

女子相手に強引に止めるわけにもいかず、それを見ていることしかできない。

 

「なんなのだ貴様は! 何も無いならなぜ隠すー!」

 

「べ、別に理由なんて・・」

 

やがて一瞬の隙を見逃さず萩生さんがヒバリさんの横をすり抜けた。

 

「しまった!」

 

萩生さんはそのまま看板のすぐ近くまで進み辺りを確認する。

 

「何だ、本当に誰もいないではないか」

 

「ち、近いわよ!」

 

「は、何がだ?」

 

看板を眺めていたとは微塵も思わない萩生さんは不思議そうな顔でヒバリさんを見つめる。

仮に俺が萩生さんの立場だとしても絶対に同じように気づかないはずだ。

まあ、要するにとにかく俺もヒバリさんも秘密が知られることについては全くの杞憂だったんだろう。

 

「な、何でもないわ」

 

「おかしな奴だな」

 

「あおいくんと萩生さんこそどうしてしてこんな早い時間に? まだ6時半よ」

 

「俺はまあ自転車が壊れたから早起きしたんだけど、ちょっといつもと違う道進んでみたら迷ってちゃってさ、途中で萩生さんと会ったんだよ」

 

「響はいつもこの時間に登校しているぞ」

 

「そ、そうなの?」

 

「蓮がいつもギリギリまで寝ているのが悪いのだ、1人で登校するなら3時間以上は必要だからな」

 

「3時間!? え、何で・・」

 

俺はすでにそのことは聞いていたので特に反応しないが、聞いたときはヒバリさんと同じように少し驚かされた。

そして、幸福実技の時、幸福の花を探している時の萩生さんの迷いっぷりを思い出すとあっさり納得できた。

おそらく今のヒバリさんも同じように考えているところだろう。

 

「そっか、ごめんなさい」

 

「気を使うな! 全く子供の頃から方向音痴などと不名誉な方が気をつけられているがそこまで重症ではない」

 

萩生さんらしく方向音痴だとは意地でも認めようとはしないようだ。

 

「何で江古田さんと一緒に登校しないんだ?」

 

一緒に登校すれば余計な苦労をすることなく学校に来ることができるのに何故わざわざ別々に登校するのだろうか?

 

「何を言う、そんなことをしたら方向音痴だと認めてしまうようなものではないか! 幼馴染としては一緒に登校したいところだが、1人で迷わず行けるということを証明しなければ蓮と登校などできん!」

 

「ああ、なるほどね」

 

意地っ張りもここまで来るとむしろ感心してしまう。

 

「あ、そうだこの前のお礼言わなきゃね」

 

「ん?」

 

「罰ゲームの宿題、幸福の花のこと分かってたんでしょ、ありがとう萩生さん」

 

萩生さんはそれを聞くと急に表情が少しだけ赤くなり、そっぽを向く。

 

「れ、礼を言うならば響ではなく蓮にすべきだ、あの老婆に植物園の場所を教えてもらえたのは蓮のおかげだったはず」

 

「あの時、急にお婆さんの態度が変わったのってやっぱり理由が」

 

そう言われてみれば、確かに江古田さんの姿を見たお婆さんの様子はおかしかった。

記憶が正しければ手を合わせて「天使様!」とか言っていたのを覚えている。

 

「もちろん、蓮は・・蓮はその異常に女性にモテてしまうのだ・・」

 

萩生さんの言葉を聞いてついほんの少し首を傾げてしまう。

 

「ってことはあのお婆さんは江古田さんに惹かれて話してくれたってことか?」

 

「まあ、確かに中性的でかっこいい感じだものね」

 

「そんな生易しい話ではない!」

 

「見たはずだ、人間はもちろん犬、猫、鳥、牛、トラ、うさぎ、メスに分類される生物はなぜか全て蓮に魅了される! 蓮の幼馴染かつ親友の響きが長年見てきた実体験だ!」

 

萩生さんがこちらに詰め寄らんばかりの勢いで強く言い切った。

 

「・・はあ」

 

「・・そう・・なんだ」

 

俺とヒバリさんはその勢いについ頷いてしまった。

 

「蓮の魅力は種族を超える、さすがは響の惚れ、いや友達だ!」

 

過去の記憶を思い描くと萩生さんの言う通り

幸福の花を探している最中、度々江古田さんに向かって動物が群がっていたがそういうわけだったのか。

 

「・・7組みんなの妙な体質を見ていたら・・無いとは言えないのよね」

 

「そうだね・・俺も人のこと言えないしな・・悲しいけど」

 

自分の人生を振り返ると常識では説明できない妙なことが起きていたのは事実だ。

ここにいる俺達以外にも親や友人の顔や体質を思い浮かべるとそういうことを聞いても納得してしまう。

 

「ただ、その体質故苦労することも多いのでな・・貴様は惚れるんじゃ無いぞ、くれぐれも」

 

「だ、大丈夫よ、あたしはもう・・」

 

「もう? 」

 

「な、何でもないわ!」

 

ヒバリさんは手を振って今の言葉を取り消そうとするが萩生さんは興味津々とった様子で聞いてくる。

 

「ほう・・何だ、既にもう好いている者がおるというのか? 」

 

「ち、違っ!」

 

「誰だ、クラスの男か?」

 

「あなたこそ誰か身近にいるんじゃなの!?」

 

「んなっ!? み、身近にだと・・!」

 

「そうよ、同じ7組の男子とかに」

 

 

 

「ひ、響はそのような者など・・そ、そうだ葵坂! お前はどうなんだ、誰かそういう者はいないのか!?」

 

「え、俺!」

 

「そうだ、誰か好いている女子などいないのか!?」

 

恋話などしたことがないのでこれまで口を挟まず、というより口を挟めず2人の話を聞き流すだけだったが突然飛び火する形で話がこっちに飛んでくる。

しかも、友人とクラスメート相手とはいえ異性相手にはかなり話し辛いを聞かれてかなり困惑してしまう。

 

「お、俺もいないよ、好きな女の子なんて・・!」

 

ここは正直に答えておく。

クラスはおろか、他のクラスはもちろん、今までの人生の中で好きになった女の子はいなかった。

 

「じゃあこの話はお互いにやめに・・」

 

その時、ヒバリさんが急に立ち止まり向こうの道を見つめ始め、自分もつられて視線の先に目を向けるがそこには特に何も見当たらなかった。

 

「っど、どうした?」

 

「今、向こうの道にはなこの姿が見えたような・・」

 

「はなこさんが?」

 

俺が見ない間に向こうの道を通り過ぎて視界から消えたんだろうか?

 

「まだ全然早い時間なのになんで・・あたしちょっと確認してくるわ!」

 

「あっヒバリさん!」

 

「お、おい、待て!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりはなこだわ、何でこんな所に・・?」

 

いきなり走り出したヒバリさんに続いて3人で進むとはなこさんの姿が目に映った。

後ろから付いてくる俺たちには気づかず、何となくいつも以上に楽しそうに見える。

 

「奴の家がこちら側なのではないのか?」

 

「いや、はなこさんの家はこっちじゃないからこの道を通る必要はないはずだけど・・」

 

「あっ路地に入ったぞ!」

 

「一体何を・・」

 

隠れる必要はないが全員でこっそりと路地を覗くと、そこには何匹かの猫が集まっていてそれぞれ自由にくつろいでいた。

はなこさんの目当てはこれだったんだろう。

理由がわかると同時に、嫌な予感がして背筋が冷たくなった。

 

「えへへ〜にゃん、にゃ〜ん♡」

 

はなこさんが1番近くにいる猫に向けて手を伸ばす。

 

「今日こそは1撫でだけ・・〜〜っ!!」

 

猫に手が触れそうになったその瞬間、猫が一斉にはなこさんに飛びかかり引っ掻いたり噛み付き始める。

予想はできていたが、あまりに突然の光景に助けに入ることなくあっけに取られたまま眺めてしまう。

嬉しそうな悲鳴?をあげつつも特に抵抗することはなく一方的に攻撃され、やがて猫達はその場を去っていき、残されたのは傷だらけになったはなこさんだけだった。

 

「もー照れ屋なんだなー猫ちゃん、これがツンデレっやつだね!」

 

(いや、今のはツンデレじゃない暴力系だ・・)

 

姿は痛々しいがはなこさんは至って普段と変わりなくニコニコしている。

 

「このにゃん道に通うのも1000日目くらいになるけど・・みんな顔くらい覚えてくれたかな? だったら嬉しいなー♫ さーて学校いこーっと!」

 

俺達は声を掛けることもできずその背中を見送った。

 

「1000日目って今みたいなことを3年位続けているのか・・」

 

「・・追うぞ」

 

「えっ?」

 

「見つからないよう後をつけるんだ、行くぞっ」

 

「そ、そんな普通に声を掛ければ・・ちょっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は萩生さんに続いてはなこさんを追っていくと途中で様々な不幸な目に会っていた。

ある時は、建物のを掃除中のバケツが倒れ、上から水が落ちてきてずぶ濡れになったり、ある時は、花屋の前を歩いているとホースから水が勢いよく飛び出てずぶ濡れになり、ある時は堀の上を歩いているとそこが突然壊れ下に落ちてずぶ濡れになったりしていた。

流石に応えたのかはなこさんの後ろ姿から落ち込んでいるように見える。

 

「あいつは・・水のトラブルが本当に多いんだな・・」

 

「み、水だけじゃないけどね」

 

「さっきみたいに動物に襲われたりとかね・・」

 

はなこさんに会ってからまだ日が浅いがそれでも数え切れないほどの目に合っている。

俺やヒバリさんや牡丹さんが知らない間にもいろんな目に合っているんだろう・・

今更ながら本当に不憫な子だと実感させられる。

 

「あの、とめどなく深い不幸っぷり・・決して羨ましくないが・・たとえどの分野だろうと響より先を行くものが存在するなど・・許せんっ!」

 

「え!? あの不幸ぶりでも1番になりたいのか!!?」

 

信じがたかったが自分の聞き違いではない限り間違いなくそう聞こえた。

 

「花小泉杏!! 今日は貴様に宣戦布告を!」

 

「っておいおいっ! 幾ら何でもあれを羨ましがるのはよしなって・・!」

 

「ってどこ行くの! はなこはあっち・・」

 

萩生さんは俺達が止める間も無く、はなこさんがいない方の道へと全速力で進んで行く。

 

「ああ、くそっ俺が萩生さんを追うからヒバリさんははなこさんをお願い!」

 

そう言って返事を待たずに萩生さんの後を追って走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萩生さんは自信満々に明後日の方向にで走っていたので危うく見失ってしまいそうになり全力とまでは行かないまでも急いで追いかけ、ある程度の距離を走り続けてようやく足を止める。

 

「はあ、はあ、花小泉め・・一体どこに行った?」

 

「いや、ただ単に萩生さんが道を間違えただけだよ・・」

 

「何だ、お前も来ていたのか」

 

「まあね、はなこさんは別の道に行ったからこの辺にはいないんじゃないか?」

 

「何! 花小泉め・・この響を撒くとは意外とやるな・・」

 

これからどうしようか考えていたその時、携帯が鳴り表示を確認するとヒバリさんからの電話だった。

 

「もしもし、どうしたのヒバリさん」

 

「あおいくん、今大丈夫かしら?」

 

「ああ、大丈夫だよ、萩生さんと合流できたから」

 

「こっちもはなこと合流できたけど・・はなこが途中で片方のカバンと靴をを落としたみたいなの」

 

「え、そうなのか?」

 

「ええ、あと江古田さんと途中で会って萩生さんのことを話したらそっちに迎えに行くことになったから」

 

「ああ、分かった」

 

取り敢えず適当な場所も無いので、2人をさっき通った花屋の前で待ち合わせることに決める。

 

俺達がはなこさんの後をつけていた時は・・カバンと靴を持っていたかどうか記憶が曖昧ではっきりと思い出せない。

いろいろ衝撃的な光景を見てそっちの印象が強すぎて

確か、俺達が後をつけ始めた時はまだカバンも靴も持っていたとは思うが・・

普通ならばあり得ないような落とし方だがあのはなこさんだ、きっとあの後もいろんな目に合って落としてしまったんだろう。

 

「だから、今はなこが通った道を辿ってるところなんだけど何か見てない?」

 

「いや、見てないな・・じゃあ、俺も探してみるよ」

 

「私は牡丹が怪我してるから一緒に学園まで送って行くけどそっちは大丈夫?」

 

「ああ、分かった、はなこさんのカバンと靴を見つけたらすぐに学園に向かうよ」

 

電話を切ってから時間を確認するとまだ余裕はあった。

 

「何の電話だ?」

 

「実は・・」

 

江古田さんがこっちに向かっていること、はなこさんがカバンと靴を落としたのでそれを探すことを簡単に伝える。

 

「ふん、ドジなやつだ・・よかろう響も手伝ってやることにしよう」

 

「え、いいのか?」

 

「ああ、」

 

その後、はなこさんと江古田さんと無事に合流しカバンと靴を探し始めた。

江古田さんもヒバリさんから事情を聞いていたので二つ返事で手伝ってくれることになった。

はなこさんが通った道を辿っていき、江古田さんの声である場所でカバンと靴を発見した。

 

「あれじゃないかな?」

 

「あ、あれだよ、私のカバンと靴!」

 

そこははなこさんが大量の猫に襲われた路地であの時去って行った猫が戻って来ていてざっと確認して見てもさっきよりも数が多い。

 

「にゃんにゃんがいっぱいだー!」

 

「おい、やめろ馬鹿! 貴様には危機感がないのか!」

 

カバンと靴ではなく猫を目当てにはなこさんが向かおうとするのを萩生さんが慌てて止める。

 

「俺がカバンと靴を取ってくるからはなこさんはここで待ってて・・あれ?」

 

猫の約半数が突然俺達に向けて突進してきた。

 

「ってもしかして!?」

 

その猫の集団ははなこさんを無視して江古田さんに飛びつき甘えるような声を出してじゃれつき始める。

 

「何だ、そっちか・・驚かせおって」

 

萩生さんと同じ気持ちで密かに安堵する。

今朝萩生さんから聞かされた、江古田さんの体質でメスに分類される生き物が何故か魅了されてしまう

 

「いいなー蓮ちゃん・・」

 

はなこさんが猫にまとわり付かれている江古田さんを羨ましそうに眺める。

側からみればかなり鬱陶しそうだが、動物好きで普段からろくに触れもしない猫に囲まれている状況ははなこさんからしてみれば文句なしに羨ましいんだろう。

当の江古田さんもいつものことだからか全く動じていない。

 

「ん?」

 

ふと、視線をカバンと靴に向けると残りの猫がこっちに向かって来ていた。

今ここで江古田さんにまとわり付いている猫が全てメスだとすると残りは・・

 

「あっ、 猫ちゃんこっちだよーうわあっ!」

 

気付いた時には間に合わず、はなこさんは猫の集団に詰め寄られてあっという間に

土煙で姿が見えなくなった。

 

「は、花小泉ー!」

 

「はなこさーん!」

 

今回は前回のように傍観せずとにかく助けようと側に向かうが猫を蹴散らするのを躊躇ってしまい動きを止めてしまう。

 

「ええい、貴様ら散れー! ぐへえっ!」

 

俺とは違い萩生さんは猫を蹴散らしたが逆に反撃を受け、俺のいる方向に倒れかけてきた。

 

「は、萩生さん!」

 

咄嗟に背中から抱きしめる形で萩生さんを受け止める。

 

「痛た・・猫め、ふわっ!?」

 

「ど、どうしたの、萩生さん!?」

 

「き、貴様あっ、ど、どこに触っているのだあっ、ふああっ!?」

 

そこでようやく自分の両手が萩生さんの胸を制服の上から鷲掴みする形になっていることに気がついた。

しかも、知らず知らずの内に両手に力を込めてしまいただ触れているのではなく完全に『揉む』行為になってしまっている。

 

(はなこさんと身長はほとんど変わらないけど、ここは結構・・)

 

「あっ、ご、ごめんっ!?」

 

慌てて両手を話し密着していたお互いの体が離れた。

 

「はあっ、はあっ」

 

「え、えーと、だ、大丈夫・・?」

 

萩生さんは顔を赤くしながらも俺を睨みつけてくる。

表情は更に赤くなってきているが、赤くなる理由がさっきまでとはまるで意味が違うのは考えるまでもない。

 

「き、貴様! よくも響にあのような辱めを・・!」

 

「い、いや違うんだ・・今のは・・その」

 

「言い訳無用! 歯を食いしばれー!!」

 

「ぐへえっ!」

 

混乱しきっていたため萩生さんの怒りの一撃が顔面に飛んでくるのを俺は受けることしかできなかった。

 

「いってて・・あ、あれ、何だ!?」

 

引っ叩かれて吹っ飛んだ先で視界が喘ぎられ顔中に何やら言いようのない柔らかいもので包まれる。

 

「あ、あー! 貴様何をしているのだー!!」

 

「え、何って・・」

 

「大丈夫?」

 

「え・・江古田さん?」

 

顔を上げるとそこには江古田さんの顔があった。

自分の顔の位置から考えてるとそこは江古田さんのむね・・・

 

「うおっわうあっ!!」

 

自分でも何を言っているのかさっぱり分からない妙な声を上げてその場から全速で跳びのく。

 

「ご、ごめん!、本当にごめん!!」

 

何を言っても言い訳にしかならないが、今の俺にできることといえば謝ることしかない。

 

「き、きききき貴様あー!! い、い今蓮の胸に顔を・・・!? ひ、響だってそのようなことしたことないのに・・っ!」

 

「響、落ち着いて」

 

「これが落ち着いてやれるかー! 響だけに留まらず、蓮にまであの様なマネを・・!」

 

萩生さんはこれまで以上に怒りで表情を赤くしていて俺をすごい形相で睨みつけている。

分かりきっていたが、江古田さんはともかく萩生さんは怒り心頭でこの様子では到底許してはくれないだろう。

 

(こうなったら土下座でも・・いや、土下座する程度で許してくれるんら今すぐにでもするけど・・いやそれでも何もしないよりは・・!)

 

「ん・・何だ?」

 

「・・え?」

 

ふと気がつくと、いつの間にか萩生さんの表情から怒りが消えていた。

いや、怒りが消えたというよりもあっけにとられた様な表情で視線を俺の真後ろの方に向いていて、その視線を辿ってゆっくりと振り向く。

 

「・・鳥?」

 

どういう訳か10羽以上の鳥の集団が集まっており、じっと鳥を観察している間にもどこからか集まってきてどんどん数が増えていく。

その上、そこにいる鳥全ての視線が俺に向けているような気さえてしてくる。

急に嫌な予感を覚えて、振り向くと正面には犬や猫が集まっている。

更にはその犬猫の1匹たりとも例外なく俺に向けて唸っている。

今に至ってこの状態を説明できる推測を1つ思いついた。

さっき江古田さんの胸に顔を押し付けてしまったこと・・江古田さんの体質・・そして、ここに集まった動物達の性別がメスだと仮定すれば・・・・

その時やっと自分がどういう状況なのかはっきり理解したが、だからといってどうすることもできなかった。

 

集まっていた動物達が俺1人に向かって一斉に飛びかかってきた。

 

「うぎゃあああああああああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

俺達4人が教室の扉を開けると丁度小平先生が朝の点呼をしている最中だった。

 

「あら、葵坂さん、その姿は?」

 

俺の姿を見た途端、先生が少し驚きクラスメート全員がざわざわと騒ぎ出す。

それもそのはず、俺の全身に動物の毛や鳥の羽が大量に取り付いていて、噛まれた跡やつつかれた跡もあるのだから。

俺が逆の立場だとしても絶対驚いてしまうだろう。

 

「ちょっと、動物に襲われまして・・」

 

「そうですか、それは大変でしたね、とにかくみなさん遅刻にはしませんから席について下さい、あ、でも葵坂さんはひとまず顔を洗ってきて下さいね」

 

先生に言われて洗面所で顔をしっかり洗い、教室に戻ると既に朝のHRは終わっていてヒバリさんと牡丹さんを含めた5人で話をしていた。

 

「あ、あおいくん、はなこから聞いたけど本当に大丈夫なの? ひどい格好だったけど・・」

 

「あ、まあ、何とかね・・」

 

肉体的にも精神的にも結構ダメージを負っていたが今日1日休んでいれば問題ない。

しかし、慣れているとはいえ毎日のようにこんな目にあっているはなこさんはもしかしたら俺よりタフかもしれない。

 

「それにしても、どうしてそんな目にあったの? 普段ならはなこが・・そんな目には合わないのに」

 

ヒバリさんは一瞬だけはなこさんに目を向けるがすぐに視線をこっちに向き直る。

きっとヒバリさんが言いたいのは普段ならはなこさんが動物に襲われているのに今日はなぜか俺がそんな目にあっているから不思議に思うのも当然だ。

確証はないが多分、俺が江古田さんにうっかり不埒な真似をしてしまったせいで犬猫達を怒らせてしまったからだろう。

 

「ど、どうしてかな、俺にも分からないや」

 

正直に説明することもできず適当に誤魔化しておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一限目の授業が終わって休み時間に入ると、まだ怒っているらしい萩生さんの元を訪れて声をかける。

今は1人だけのようで江古田さんの姿はなかった。

 

「ん、何か用か?」

 

未だに怒っているようでかなり不機嫌そうな表情を向けられる。

かなり気まずいが、それでもあの時うっかり萩生さんの胸を触ってしまったことをもう一度はっきり謝っておきたかった。

 

「あの・・さっきの登校中のあのことだけど・・」

 

はっきり言わずとも萩生さんは今の言葉で理解したようでより一層表情を強張らせ、さらにほんの少しだけ赤くなる。

 

「本当にごめん、わざとじゃないなんて言っても信じてもらえないかもしれないけど・・それでも謝ることしかできないからさ・・」

 

そう俺が良い終わってから10秒ほどの時間が流れると萩生さんが口を開いた。

 

「別に・・もう響に対する痴漢行為のことでもお前にはしっかり報いを与えてやったし、蓮に対することも動物達が痛めつけてやったし・・それに蓮がもう良いと言ったのだから特別に許してやらんでもない」

 

「・・えと、その・・ありがとう」

 

許してくれたことにお礼を述べると、萩生さんはそっぽを向いてしまう。

 

「もう良いと言ってるだろう、用が済んだらさっさと行け、響は忙しいのだ」

 

「ああ、じゃあ」

 

「・・あんなところ、蓮にだって触れられたこともないのに・・」

 

自分の席に戻るとき萩生さんが何か言っていたが許して貰えたことが喜んでいる俺には上手く聞き取れなかった。

 



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9話  みんなで遠足 前編

4月中に投稿できず申し訳ありません、今回は主人公の母親が少しだけ出てきます。
今更ですが、今月中にオリジナル登場人物のプロフィールを投稿するつもりです。
次回は10日頃に投稿します。


「みなさん、明日は各自お弁当を用意して下さいね」

 

ある日、授業が終わった後のHRが始まり、小平先生が唐突に切り出した。

 

「お弁当?」

 

先生の言葉に牡丹さんが首を傾げる。

自分の記憶が正しければ明日に何か課外授業があるなど聞いてない。

 

「明日は1日幸福実技の学園外授業として近くの小山に開運オリエンテーリングに行きます」

 

「開運?」

 

「オリエンテーリング!」

 

「要するに山登り?」

 

その後、小平先生から説明の続きがあり、それは集合時間と登る山のこと、前回の幸福実技と同じように2人か3人で人組のチームとなって登ること。

また、先生が言うには特に大変な山ではなく、ただスポットを巡ることのみが目的なので変なことは『まだ』しないとのことだ。

その日の夜、他の7組の生徒達と同じように明日の開運オリエンテーリングの準備を終えていつもより少しだけ早めに寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝食を食べ終え、あとは母さんから弁当を受け取れば準備は完了だ。

 

「母さん、弁当できた?」

 

「あ、幸太、ちょっと待ってね・・今用意してるから・・」

 

台所を覗くとちょうど今母さんが電子レンジから温めたものをゆっくり慎重に取り出そうとしている所だった。

何も知らない人がこれを見れば多分驚くんだろう。

両手にゴム手袋をはめ、緊張しながらいざという時の為に素早く腕を引っ込められるように細心の注意を払いながら中から取り出し、つい俺もほっと大きく息を吐いた。

小さい頃はこれが当たり前の光景だと思ったが他の家では電子レンジから温めたものを取り出す時にこんなに怖くないと知った時は結構驚かされたもんだ。

まあ、母さんの場合は電子レンジ以外にも気をつけなければならないものは沢山あるのだが。

逆に今日俺が行くような自然溢れる山の中だとかなり安全でもあった。

 

「はい、お弁当、零さないようにね」

 

「分かってるよ」

 

受け取ったお弁当をリュックに詰めこれで持っていくものは全て揃った。

 

「今日行くのってもしかして〇〇山?」

 

「そうだよ、母さん時も同じ所だったの?」

 

「そうよ」

 

「・・そう言えばさ、何で入学前に母さんも幸福クラスの生徒だったってこと教えてくれなかったの? 色々知ってるなら聞いておきたかったのにさ」

 

いい機会だったので聞きたかったことをここで思い切って聞いてみる。

 

「・・幸福クラスに入るか分からなかったし、それにどうアドバイスしていいか分からなかったからね」

 

「まあ・・それは確かに」

 

俺が幸福クラスに入れられるかどうかは分からなかったし、実際にそうなったとしても色々アドバイスを受けたところで『不幸』の対策なんて立てようがないのだから。

 

「父さんは、今日は試合ある日だったし?」

 

「もう起きて球場に向っているわよ、今日は試合開始が早いしね、ところで学校で何かトラブルとか起きてない、友達はできてるの?」

 

「・・・・うん、大丈夫だよ」

 

「・・ふうん、ところであんた、時間は大丈夫?」

 

時計を確認して見るとそろそろ出かけないといけない時間になっていた。

 

「あ、じゃあ、行ってきます!」

 

「気をつけて行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集合場所に行くと、もう殆どの生徒が集まっていてそこにははなこさん、ヒバリさん、牡丹さん、そして萩生さんと江古田さんの姿があった。

 

「おはよう、みんな」

 

「あ、おはようあおいくん」

 

「おはよう」

 

「おはようございます、あおいさん」

 

はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんの3人は集まっている所に声をかけて合流する。

はなこさんはこの前『幸運の花』を探すときと同じうさぎのリュックを、ヒバリさんは小さなバッグを肩に掛け、牡丹さんは俺より大きなリュックを背負っていた。

 

「ねえ、あおいくんは今日のチーム分けどこに入るか決めた?」

 

前回の幸福実技の時ははなこさん達と別れて萩生さんと江古田さんのチームに入ったが今回どうするかはまだ未定だ。

 

「いや、まだ、みんなが良ければだけどさ・・今日は2人2組に分かれて俺を入れてもらえないかな?」

 

「わたしはいいよ、ヒバリちゃんと牡丹ちゃんは?」

 

「いいわよ」

 

「ええ」

 

「ありがとう、じゃあよろしく」

 

前回の幸福実技の際、実際にこの目で見ていたわけではないのだが3人とも、かなり苦労していた。

まあ、俺自身も苦労しながら結局最後まで残りワースト2位となってしまったので人のことを言える立場にはないのだが。

今日の山登りでも不幸体質のはなこさん、虚弱体質の牡丹さん、巻き込まれる形となるヒバリさんの3人だと間違いなく大変な目にあってしまうだろうし、いくら簡単な山でも3人で登れば前回の幸福実技以上の危険なことが容易に想像できる。

それなら、俺も入れてもらった方が良いかなと考えた故の判断だった。

そのこととは別に、仲のいい男子が3人のチームを組んでいたので入れそうなところがなかったことも理由ではあるのだけど。

こうして、俺と牡丹さん、はなこさんとヒバリさんの2組に別れることに決まった。

そのあとも色々話をしている内に7組の生徒全員が集まり、集合時間になると同時に先生がやって来て、生徒たちの正面に立つ。

 

「この小山にはいくつものパワースポットが点在しています」

 

「「パワースポット?」」

 

「今日はそのチェックポイントを巡り、運気を貯めてもらいます」

 

「運気ねえ・・」

 

ヒバリさんが小さく独り言を呟く。

俺も効果があるのかは分からないが、わざわざ授業の一環として行われているので効果があると信じたい。

 

「私1人で不幸なみなさんを引率するのは大変なので、今日は助っ人に・・」

 

「フッフッフッ・・とうっ!」

 

その時、上から聞き覚えのある声が聞こえてきたのかと思うとチモシーが勢いよく飛び降りてきた。

先生の言う助っ人とはこいつのことなんだろう。

チモシーは今までの姿と違い、全身を金色にコーティングしており目に悪い位で日光を反射していた。

さらには黒いサングラスを掛け、真っ黒なコートを羽織っていて人間なら間違いなく不審者として通報されるような格好だ。

 

「やあチモシーだよ、今日は金色の開運バージョンで登場なのだよ」

 

「わあ、ピカピカチモシー!」

 

「金なのにどうしてこんなに安っぽいのかしら・・?」

 

「うん、何か・・大金持ちが持て余した金を使って作った変な彫刻見てる気分だ・・」

 

チモシーはカッコつけてはいるがはなこさんと牡丹さん以外の生徒全員が引いてしまっている。

 

「3倍早いーつもりだよっ!」

 

「まあ、ビームを反射しそうではあるな」

 

「うふふ、チモシーったら無駄に動くと化けの皮が・・じゃなくて金が剥がれますよ」

 

「えへへーじゃあ早速スタートの順番をくじで決めるよっ!」

 

チモシーは大げさに体を動かして後ろからくじ引きの箱を取り出した。

 

「はーい、やるやるー!」

 

はなこさんが勢いよく手を上げて最初にくじを引き、結果はビリで出発することが決まった。

次々にクラスメートたちがくじを引いていき、俺たちの番なってくじを引くとビリ1つ手前で出発することになった。

全ての組がくじを引いて順番が決まると、1番目のチームからどんどん登り始める。

結果的ではあるが俺たち4人はほぼ同時に出発でき、最後尾なので後続から追い抜かれていくこともないのだから考えようによっては幸運かもしれない。

やがて、俺たち2組以外のビリから数えて3番目の組が残った。

その組は萩生さんと江古田さんでいざ出発しようとするときに突然、俺たちの方を振り向いた。

 

「お前たちは不幸すぎてもはやカウントしない、我々が1番最後に出発のチームだ! じゃあな」

 

そう言って萩生さんと江古田さんは進んで行く。

なんとも萩生さんらしい考えだ。

 

「予想してたとはいえやっぱり最後・・」

 

「ごめんね・・」

 

とにかく、次は俺達が出発する番になった。

 

「さあ、ビリチームとビリから2番目チーム、ボクが後ろからついて行ってみんなのことをあったか〜く見守るからね」

 

チモシーはもじもじするような動きで俺達を見つめてくる、正直ちょっときもい。

 

「なんか色々嫌な予感が・・」

 

「そうだね・・それじゃ俺たちも行こうか」

 

気にしていても仕方がないのでさっさと登ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ〜すっごいポカポカー!」

 

山を登り始めて数分後、花子さんの言う通り天気も晴天で雲が殆どなく、気温も丁度良いので絶好の登山日和と言っても過言ではない位だ。

 

「そうね」

 

「まだ梅雨入り前だしな」

 

山といってもせいぜい緩い坂道程度の傾斜で俺達はのんびりと無理せず登って行く。

 

「お、お待ち下さ〜い・・」

 

いや、1人だけ例外がいた。

後ろ振り返ると真っ青な顔をした牡丹さんが倒れてこっちに手を伸ばしている。

 

「みなさん、お待ち下さ〜い・・ガクッ」

 

「大丈夫!?」

 

「おーい、しっかりしろー!」

 

俺達3人は慌てて牡丹さんを助けに向かった。

牡丹さんを起こした後、牡丹さんのカバンを俺が持って再び登りだす。

バッグは見た目通り結構重量があっていい重りになりそうで、むしろ、これを背負ってここまで来れたことが彼女の執念の強さが伝わってくる。

牡丹さんはふらつきながらも日傘を杖代わりにしながら何とか付いて来ている。

 

「坂道は苦手なもので・・申し訳ありません、私のバッグを」

 

「いや、それはいいんだけどさ、本当に大丈夫なのか?」

 

「みなさんとの輝かしいイベントの思い出に食い込めない位なら、無理に参加して生き絶えた方がマシです・・!」

 

「うん、無理はしないでね」

 

ヒバリさんの言葉に俺も同意見だ。

 

「うわぁーかわいい!」

 

先頭を歩いているはなこさんの声が聞こえて目を向けるとそこにはまるでアリの行列のように黒猫が1列に並んで歩いていた。

 

「こんなとこも猫ちゃんいるんだね!」

 

「黒猫、しかも団体で・・」

 

「縁起悪いな・・」

 

「ああー靴紐が! なぜ急に両足とも!?」

 

牡丹さんに視線を向けると今の言葉通り屈みこんで切れた靴紐を握っている。

 

「靴紐が・・」

 

「両足が同時に・・」

 

「こんなこともあろうかと、予備の紐を、ああー愛用しているお茶碗が真っ二つに!」

 

他にも割れているものがあるらしく、「これもこれもこれも」、とバッグの中からものを取り出して、そしていつの間にかはなこさんが黒猫に襲われているが本人は至って嬉しそうに見える。

 

「不吉すぎる・・」

 

「そうだね・・」

 

その後、はなこさんを助けだし、牡丹さんを落ち着かせて再び登り始めた。

 

「はぁ、本当に開運なんてするのかしら?」

 

「わざわざこんなことさせてるんだから、きっとあると思うよ」

 

独り言かもしれないが、自分にも言い聞かせるつもりでヒバリさんに声をかける。

 

「ヒバリちゃん、ねえ分かる、雲雀の鳴き声だよ」

 

はなこさんが突然立ち止まって耳に手を当てている。

同じように耳を澄ませると、確かに鳥の鳴き声が聞こえてくた。

 

「嬉しいなぁ、こんな近くで聴けるなんて」

 

「へえ、これが雲雀の鳴き声なんだ」

 

鳥の鳴き声を意識して聴いたことは殆どなかったが、とても心地よい鳴き声だった。

 

「まあ、開運するかはさておき、せっかくなら気持ちよくいきましょう」

 

雲雀さんの言う通りで、せっかくこんな天気のいい日に友達と山登りをしているのだから今考えても仕方ないことを考えるよりも今を楽しむべきだろう。

 

「そうだな」

 

「そうですね」

 

「うん、あ、吊り橋だー!」

 

はなこさんが少し進んだ先に架けられている吊り橋を目指して走りだした。

 

「え、ちょっと!」

 

「はなこさん!」

 

「はなこ!」

 

【はなこさん×橋】 嫌な予感がして俺たちは追いかける。

俺たちが走り入り口まで辿り着くと、はなこさんは既に橋の真ん中近くまで進んでいる。

突然、というか嫌な予感が的中してはなこさんが乗っていた場所が抜け落ちたが両腕がつっかえ、辛うじて下の川に落ちてない状態だ。

 

「はなこさん!」

 

「ボクの出番だよ!」

 

いつの間にか姿が見えなくなっていたチモシーが茂みから突然現れはなこさんを助けるべく猛ダッシュしていく。

 

「あっ」

 

だが、途中で小石でつまづいてしまい、川に落ち、水しぶきを上げて消えた。

 

「チモシー!」

 

なんかもう色々大変な状況だったがとにかくはなこさんの救出を最優先し俺とヒバリさんの2人で引き上げた。

川に視線を向けると金色のチモシーが流されていくのが見えたが降りられるような場所もないので助けられそうになかった。

 

「だ、大脱出・・」

 

「間一髪でしたね」

 

「あ、あなたは橋と相性悪いんだから!」

 

「そうなの!」

 

「そういえば、初めて会った時も橋に引っかかってたな・・」

 

「ほら、手を繋いでいたら危なくないでしょ、行くわよ」

 

ヒバリさんが座り込んでいるはなこさんに手を伸ばす、状況はまるで異なるが確か2人が初めてあった時もこんな感じでだったこともふと思いだした。

 

「ヒバリちゃん・・うん!」

 

ヒバリさんの手を取ってはなこさんが立ち上がる。

 

「微笑ましい光景ですね」

 

「牡丹ちゃんはこっち!」

 

はなこさんが空いている方の右手を牡丹さんに伸ばして同じように手を繋ごうとする。

 

「え・・はい!」

 

「でしたら・・はあい、あおいさんもどうぞ」

 

「え、いや、でも・・」

 

牡丹さんが俺の方に手を伸ばしてくるが俺はその手を握ることができなかった。

 

「・・? はっ、もっ申し訳ありません、私なんかの手を握るなんてことしたらあおいさんの大事な手によくないことが起きてしまうかもしれないと心配に・・!」

 

「えっ、いやいや違うって! 俺が握ったら牡丹さんに怪我させてしまうと思ったから握れなかっただけだから!」

 

はなこさんや江古田さんと握手した時も骨にヒビが入ったのなら加減していても俺が握れば骨折しかねない。

 

「あはは、ヒバリちゃんもあおいくんも心配性だなあ」

 

「あなただからよ、でもあおいくんの心配は最もだと思うけど」

 

「こら! 手を繋いで通せんぼするな」

 

その時後ろから声をかけられて、振り向くとそこには萩生さんと江古田さんがいた。

 

「あ、響ちゃんと蓮ちゃん!」

 

「やあ」

 

俺たちより少し早く出発したはずだが、萩生さんが迷っていたせいで俺たちより遅れているんだろう。

 

「なんで私たちの後ろに?」

 

「うるさい!」

 

相変わらず方向音痴は頑として認めようとしない。

 

「ねえねえ、2人とも一緒に」

 

「断る! うおっ、何だ?」

 

突然、吊り橋が揺れて萩生さんの言葉が遮られる。

橋の入り口側を見るといつの間にか2匹の猿がいて橋を支える一本の縄をナイフで切ろうとしていた。

 

「猿!?」

 

「すごーい、お猿さんがナイフ使ってる!」

 

「まあ器用な、きっと誰かの落とし物を拾ったんでしょう」

 

「いやいや、今大事なことはそれじゃない!」

 

猿たちがチラリと俺たちの方に視線を向けたが、手を止めることなく橋の縄を切り続けている。

 

「蓮に反応しないということはメスではないようだな」

 

「ふああ・・眠い・・」

 

「言ってる場合じゃないでしょう、走るわよ!」

 

再び橋がぐらりと揺れる、このままだと本当に危ないかもしれない。

俺達は全力で橋の出口を目指して一目散に走り出す。

途中で牡丹さんが転びかけ、それを庇おうとしたが江古田さんが俺より早く受け止めていわゆるお姫様だっこの状態で走り続ける。

その姿は男の俺から見てもイケメンと言っていいほどかっこいい。

 

「あーずるいぞー!」

 

萩生さんが抗議の声をあげるが、状況が状況だけに江古田さんも無視して走り続ける。

そのまま全力疾走で橋を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい」

 

橋を渡った後、道は一本道でわざわざ別れる理由もないため6人固まって1つのチームみたいに固まって移動していた。

山を登って行くと小平先生とずぶ濡れで何故かワカメをマフラーのように引っ掛けたチモシーが出迎えてくれた。

どうやら、ここが休憩ポイントでやって来る生徒達を待ってたのだろう。

 

「あなた達で最後ですね、どこかで不運な目に見舞われていませんでしたか?」

 

「いいえ、とっても楽しかったです!」

 

はなこさんがとても楽しそうに答えるが、残りの俺達5人は間違いなくYESと答えたいと考えているだろう。

 

「響達は巻き込まれただけだ!」

 

「はぁ・・」

 

「まあ色々ありましたよ、黒猫とか、猿とか、橋とか・・」

 

「それは大変でしたね、さあ、この丘の向こうが開運第一チェックポイントですよ」

 

先生の促されて丘を登ると、一面に咲き誇った花畑が広がっていた。

 

「うわー綺麗ー!」

 

口には出さなかったが俺も同じ気持ちで、これなら先生に言われなくても開運できそうな場所に思えてくる。

 

「ここで運気を頂きつつランチにしましょう」

 

萩生さん達と別れ俺たち4人2組はレジャーシートを敷いて座り込んだ。

 

「すごい綺麗だねーこの山一度登りたかったんだ・・あれ?」

 

「あれ、どうしたのはなこさん?」

 

「お弁当が・・無い」

 

横からリュックの中を除いてみたがそこにはお弁当らしきものは影も形もない。

流石にはなこさんもこれにはかなりショックを受けたようで全身から暗いオーラが見える。

いつ落としたのかは分からないが今から戻って探すような時間はないし、見つかる可能性自体が低い。

はなこさんはゆっくりと立ち上がると近くの草むらへ足を進めていく。

 

「はなこさん、どこ行くの?」

 

「ちょっと食べられる野草を・・」

 

「やめなさい!」

 

「大丈夫、無理すれば食べられるレベルの草まではいけると思う・・」

 

「いや、止めときなって危ないから!」

 

「それは毒草! それは毒キノコ!」

 

はなこさんがいくつか草やキノコを拾ったがヒバリさんに止められて諦めたかようで膝と両手を地面に付いてうなだれる。

 

「お詳しいですね」

 

「ヒバリさんって花以外にも植物とか詳しいの?」

 

幸福の花を探していた時もヒバリさんは花についても詳しかったことがあった。

 

「両親の仕事がらみで詳しくなっちゃっただけよ、ほら、草なんて食べないで一緒に食べましょう」

 

「私のお弁当もぜひ」

 

「俺のお弁当も分けるからさ」

 

「みんな・・ありがとう」

 

はなこさんに俺とヒバリさんと牡丹さんの弁当からおかずを分けてはなこさんに渡して食べ始めることにする。

 

「「「「いっただっきまーす!」」」」

 

いざ食べ始めようとした時萩生さんと江古田さんが通りがかる。

 

「響ちゃんと蓮ちゃん!」

 

「良かったらご一緒しませんか?」

 

「なんで我々がここで食べないといけな」

 

「そうしようか」

 

萩生さんはともかく江古田さんは誘われるがまま牡丹さんの隣に座る。

 

「あ、蓮! おのれ、食べ物で蓮を釣るとは・・」

 

萩生さんも続いて江古田さんの隣に座り、さらにこの場の女子が増えて少々居たたまれなくなる。

 

萩生さんは自分のカバンから包みを取り出し江古田さんの前に差し出す。

 

「蓮、これを食べるがいい、響特製サンドイッチだ!」

 

パッと見た限りではキュウリ、タコ、レタス、納豆、バッタ?などサンドイッチとしてはツッコミ所満載の食材を使っているのが見える。

それ以外にも、見ただけでは何が何だか分からない食材も使っているらしく食欲がそそられないどころか、万が一にも美味しそうには見えない。

 

「これ・・サンドイッチか?」

 

「見れば分かるだろう、ふっふっふっ、食べたかろうがお前達には一口たりとも・・ヴッ!」

 

萩生さんが自分のサンドイッチを口に持っていき咥えた瞬間変な声をあげ顔が真っ青になり一瞬白目をむく。

どんな味だったのかまるで想像つかないが美味しかったわけではないことは表情から考えれば火を見るより明らかだ。

途端に押し黙ると、萩生さんはそそくさとサンドイッチの入ったカゴをゆっくりと自分の後ろに片付ける。

 

「さっき走ったからちょっと味がおかしくなったか・・」

 

「一緒に食べない?」

 

ヒバリさんからサンドイッチを萩生さんは受け取ろうとはせず悔しそうに黙っている。

しかし、腹の虫の音が聞こえて空腹を実感したのか

 

「ふん、あえてその手に引っかかってやろう」

 

と、そう素直じゃない様子でヒバリさんから受け取った。

 

「そういえばこれってサンドイッチ? 焼いてるみたいだけど」

 

萩生さん以外にも全員がヒバリさんからサンドイッチみたいなものを貰っていたがそれは思っていたより固く焼いてあり別物らしい。

 

「これ? フレンチトーストよ」

 

「えっ、お弁当で!」

 

「サンドにするとランチにぴったりなの」

 

「へえ、初めて聞いたよ」

 

一口食べてみると確かにこれはフレンチトーストだったが食べたことのない食感でとても美味しい。

 

「ヒバリちゃんちも牡丹ちゃんちもあおいくんちも料理上手なんだねえ」

 

「うちは母が病弱なので、栄養士でもあるお手伝いさんが作ってくれているんです」

 

「栄養士・・?」

 

言われて牡丹さんの弁当をよく見てみると確かに豪華な食材が使われているだけではなく、しっかり栄養も考えて作られているようで、特にカルシウムをよく摂るようにしているみたいだ。

 

「あおいくんのお弁当、すごい量ね」

 

「そう?」

 

自分にとってはこれが普段通りの量なので特に思わないが、ヒバリさんのお弁当と比べると軽く3倍の量はあるだろう。

 

「まあ、俺は野球してるからね、体育クラスの生徒だってこれくらいは食べてるはずだよ」

 

やはり自分と比べると、特にスポーツをしていない女の子とはお弁当の量が全然違う

ようだ。

 

「ん! こ、このエビフライ、海老の味がするよ!」

 

「え、何それ?」

 

エビフライなんだから海老の味がするのは当たり前じゃないのか?

 

「え、しないものもあるんですか?」

 

「うちのお母さん、揚げ物みんな炭にしちゃうんだ」

 

「炭って・・」

 

「・・まあうちの母さんも偶に同じようなことしちゃうから笑えないけどさ」

 

決して料理が下手なわけではないのだが、あの『体質』だと料理は難しい。

誰にも聞こえないように独り言として静かに呟いた。

 

「うん! 美味しすぎる!」

 

「かわいいし、とっても美味しいお弁当ですね」

 

「今日はちょっと作りすぎちゃったから、よかったらもっと食べて」

 

「じゃあ、俺もエビフライを貰おうかな・・うん美味しいよこれ!」

 

「このお弁当もヒバリさんが?」

 

「うん、うちは両親が仕事で海外だから料理は自分で」

 

「あれ、じゃあヒバリちゃんはお家に1人なの?」

 

「そうよ、言っとくけど別に寂しいとかは・・」

 

「いいなーお父さんとお母さんがヒバリちゃんをすごく信頼してるってことだよね!」

 

「え・・そんなこと」

 

「だってヒバリちゃん、こんなに美味しいお弁当作れるしね」

 

「うん美味しいです」

 

「うん、美味い」

 

牡丹さんだけでなく江古田さんも同意する。

 

「俺だったら一人暮らししたいって言っても間違いなく反対されるだろうな・・うちの親過保護だし」

 

「そうなの?」

 

「うん、まあ俺は料理や掃除や洗濯とか1人でまともにこなす自信ないし、絶対家の中が散らかり放題になるよ」

 

それ以前に、小学生の頃度々女子とトラブルを起こしほんの少しの間不登校になった時期があるので、過保護な理由はそれが大きいのかもしれないが。

 

「私も1人で家事とかできないからヒバリちゃんってすごいよ」

 

「私も家のものに支えられて辛うじて生きながらえている身ですから、1人暮らしなど夢のまた夢です」

 

「響なら1人暮らしなど何のことはないぞ、家事は雲雀丘にだって負けないからな」

 

「私は自分1人で家事をするのは大変だから無理かな、響も1人じゃ買い物する度に遭難するだろ」

 

「れ、蓮、あれは道中走ったせいで味が・・って寝るなー!」

 

萩生さんと江古田さんとは何度か話したかことはあるが、こうやって話をしながら昼食をとることは初めてで、4人で食べる時ともまた違う楽しみがある。

 

「それに、今日はみんなで食べてるからもーっと美味しいよね」

 

「ええ、本当に」

 

「そうだね、前回が前回だけに幸福実技だからって身構えていたけど特に何てことはなくパワースポットをめぐるだけみたいだし」

 

先生が言うには、『まだ』変なことはしないらしいので、いずれはすることになるかもしれない。

それはともかく、こういう時間も間違いなく幸せの1つなのだから、幸福実技の目的ってもしかしたらパワースポットを巡って幸運になることだけではなく、こういう時間を幸せと・・

 

「みなさーん、ここの花畑は大して強い運気がないので食べたらとっとと次に行きますよ」

 

どうやら違うようだった・・・

 

「・・・・・・あーいい天気だ、ボール投げたいなぁ」

 

 



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10話 みんなで遠足 後編

昼食後、萩生さんと江古田さんの2人と別れ、4人で手分けして後片付けをしていた。

 

「あれ、牡丹さん、はなこさんがどこに行ったか知らない?」

 

いつの間にかはなこさんの姿が見えなくなっていることに気づいた。

 

「はなこさんですか、先程お借りした食器を洗うと小川へ行かれましたが・・」

 

はなこさん+川・・嫌な予感がした。

 

「ちょっと行ってくるよ!」

 

すぐそばにある小川に向かって走り出し、はなこさんを探す。

辺りをキョロキョロと見回したがどこにもその姿はない。

 

「いない・・もしかして流されたんじゃ・・」

 

急いでヒバリさんと牡丹の所へ戻る。

もう休憩時間が終わろうとしているのかクラスのほぼ全員が小平先生の前に集まっている。

 

「ヒバリさん、牡丹さん!」

 

「あおいくん、どうしたの?」

 

「はなこさん・・戻ってない?」

 

「はなこ? いいえ戻ってないわよ」

 

「そう・・実は・・

 

小川で食器を洗うと行った後、姿が見えなくなっていることを伝えた。

 

「まさか・・」

 

ヒバリさんも牡丹さんも嫌な予感がしたみたいで誰も言うことなく、自然にはなこさんを探しに再び小川に向かい、今度は茂みの中なども注意深く探し始める。

 

「2人とも、ちょっと来て!」

 

ヒバリさんに呼ばれて向かうと、その手には、はなこさんが普段付けているクローバーの髪飾りがあった。

 

「これって・・はなこさんのだよね・・」

 

「間違い無いわ・・」

 

「もしかして・・川に落ちて流されたんじゃ・・」

 

無意識の内に考えないようにしていたが状況からその可能性が1番高い。

小川の流れは決して早く無いがはなこさんの身長だと深い所は足が届くか届かないかはあるかもしれない。

 

「どうしましょう・・私がはなこさんをしっかり引き止めていれば・・」

 

「牡丹さん・・」

 

「昔から母譲りの病弱な体で、自分のことだけ精一杯になってしまって・・開運オリエンテーリングだというのに、グズでのろまで亀で人間の失敗作のような私がついて来てしまったばっかりに・・ああ、はなこさんがどこかで不幸な目にあっているかと思うと・・!」

 

自己嫌悪と自分のせいで友人が危ない目にあっているかもしれないという罪悪感からか、いつも以上に自己否定が激しく痛々しすぎて見ていられない。

 

「まあ、何かあったって決まったわけじゃ無いでしょ」

 

「そうだよ、もしかしたらこの辺りで寝ちゃってるだけかもしれないし」

 

「でもあのはなこさんですよ」

 

「「・・・・・・・・」」

 

俺もヒバリさんも途端に言葉が詰まった。

 

「え、えっとでも・・ほらはなこって割と悪運ありそうじゃない」

 

「悪運・・?」

 

「だから、大丈夫なはずよ、ね、早く探してあげよう」

 

「うん、もう休憩時間終わってるはずだし、早く見つけて幸福オリエンテーリングに参加しなきゃ」

 

「・・その通りかもしれませんね」

 

ヒバリさんのとっさの一言で牡丹さんだけでなく俺も元気付けられたように思える。

ああ見えてはなこさんは結構タフだからきっと無事なはずだ。

 

「しかたない、どうしてもというなら探すのを手伝ってやる」

 

「いつの間に!」

 

3人とも話し込んでいたせいでいつの間にか、すぐ近くまで来ていた萩生さんと江古田さんに気づかなかった。

 

「いいのか?」

 

「巻き込まれついでだ、行くぞ蓮」

 

「とりあえず、小川の下流を探すから」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まず2人は先生にはなこさんがいなくなったことを伝えて来て、俺は下流の奥を探してみるから」

 

「分かったわ、先生に伝えたら私たちも探しに行くから」

 

ヒバリさん達と別れ辺りを見回しながら川を下っていく。

できるだけ広い範囲に目を向けているが辺り一面草が生い茂ってるため視界が悪く、徹底的に探せば軽く一日が終わってしまうだろう。

おそらくだが、はなこさんは川に落ちて流された可能性が高い、そうだとすれば草むらの中ではなく川岸のそばにいるはずだ。

ここは一旦、もっと下流に向かいながら探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も探し続けたがなかなかはな子さんの姿は見つからず、今はヒバリさんたちと合流して探していた。

 

「さっき萩生さんと江古田さんに会ったけど2人もまだ見つけられてないって」

 

「そう・・一体どこにいるのかしら?」

 

「はなこさーん!」

 

「はなこー!」

 

「おーい、はなこさーん!」

 

名前を大声で呼びながら3人で川を下っていく。

 

「あっ!あれはっ!!」

 

突然、ヒバリさんが駆け足で牡丹さんの背中に隠れる。

 

「え、ヒバリさん?」

 

「何で・・あの人がこんなところに・・」

 

俺も牡丹さんも訳が分からなかったが、ヒバリさんが視線を向けていた方向に目を向けると理由が分かった。

薄汚れてはいたが、それは例の工事現場の看板で、実も蓋もなく言えばヒバリさんの思い人が木陰に立っている。

 

「あれは、ヒバリの恋人の!」

 

「こ、こここ恋人ッ!!?」

 

ボタンさんのその言葉で看板を見つけた時から、少し赤くなっていたヒバリさんの顔がより一層赤く染まる。

 

「ち、違う違う! まだだから!」

 

「え、まだ?」

 

「まだなんだ・・」

 

「いいから早くいくわよ!」

 

恥ずかしさを誤魔化すようにヒバリさんが牡丹さんの手を取って歩き出し、俺も続いて歩き出そうとした。

 

「あっ待ってください! あの方の指示してらっしゃる矢印の辺り!」

 

牡丹さんの声で足を止めて看板に目を向けると確かに矢印の辺りに誰かの足がある。

考えるまでもなく急いでそこに駆け寄ると、そこには全身ずぶ濡れで目を回したはなこさんがいた。

 

「はなこ!」

 

「はなこさん!」

 

「はなこさん、お気を確かに!」

 

慌ててはなこさんを起こして声を掛けながら揺さぶってみるとすぐに意識を取り戻した。

 

「もう、なんであんな場所に?」

 

はなこさんに事情を聴いてみると、小川で皿を洗っていると髪飾りがなくなっていることに気付いて、周りを探していると川に落ち、捕まろうとしたが捕まれる所がなくその上石が落ちて流され続け、さらには大きな魚に襲われて、挙句の果てにはサルたちが笑顔で手を振ってきて(ここだけうれしそうに語っていた)このあたりでやっと這い上がれたとのことだった。

 

「想像以上ね・・」

 

「橋というより水に相性が悪いんじゃないのか、はなこさんって・・」

 

しかし、途中で溺れてもおかしくなかったのだから、無事?に這い上がれたのは不幸中の幸いに他ならないだろう。

 

「あ、見つかったか、まったく世話が焼けるやつだ!」

 

はなこさんを一緒に探してくれていた萩生さんたちがこの場に姿を見せた。

口ではこう言っているが、その表情から察するに2人とも花子さんが無事見つかって安どしている様子だ。

ちなみに、江古田さんの肩に3羽ほど鳥が乗っていたがそれに驚く人はこの場には誰もいなかった。

 

「ごめんね」

 

「響も迷っていたくせに」

 

「そ、それは響は迷っていたわけではなく・・ひ、響はただ・・」

 

「はい、はなこさん、気付け薬です、さあ、どうぞ」

 

「ありがとう牡丹ちゃん!」

 

「その薬、はなこさんが飲んでも大丈夫か?」

 

牡丹さんに確認してみると、本当にただの着付け薬のようで問題はないらしい。

 

ふと、視線を横に向けると、ヒバリさんがあの看板の汚れをハンカチで拭き取っていた。

 

(本当にその人のことで好きなんだな・・)

 

「それじゃあ、先生の所に行きましょう、あたし達リタイアしますって」

 

「えー大丈夫だよ体もあったまってきたし」

 

「牡丹の気付け薬でなんとかなってるだけ、また何かあったらどうするの」

 

ヒバリさんの言い方は少し厳しいが、正論だ。

無理に頑張って倒れでもしたら次は取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

「はなこさん、今日は帰ろうよ、いつかまたみんなで登ればいいからさ」

 

「そうですよ、またいつでも登れますから」

 

「ヒバリちゃん、あおいくん、牡丹ちゃん・・・・うん、分かった今日は帰ろうか」

 

俺達の説得ではなこさんも考えを改めて帰る気になったようだ。

 

「ふん、響達が一番に頂上にたどり着くのを拝めないとは・・運の無い奴らだな」

 

「じゃあ、気を付けてね」

 

ガサガサ・・・・

 

移動を始めようとしたその時、急に近くの草むらが揺れて、何かの気配を感じ俺だけでなく全員が川の向こう岸に視線を向ける。

そこには大きくて黒いものがいた。

人間の倍はある身長に、凶暴さを表すように目立っている爪と牙、剛毛で覆われた分厚く腕や脚・・・・要するに、それはクマだった。

 

「あれって・・」

 

「森のくまさん・・?」

 

「そんなかわいいもんじゃなかろう・・」

 

「おいおい、嘘だろ・・」

 

「何でこんなところにクマがいるのよ!」

 

ヒバリさんのその言葉はまさに俺たち全員の言葉でもあった。

クマは突然雄たけびを上げ、俺達は蛇に睨まれた蛙のごとく震え上がった。

いつもニコニコしているはなこさんですらさすがに今は不安な顔でヒバリさんと手を取り合い、萩生さんも思わず後ずさりしており、江古田さんも固まって動けないでいる。

自分も男としては女の子の前に立って守るべきなのだろうが、恐怖で足がすくみ気を抜けば今にもへたり込んでしまいそうだ。

相手が変質者や不良ならともかく、強い人間と弱い人間の差が無いに等しい猛獣相手では自分には荷が重すぎる。

 

「ぱたっ」

 

「牡丹さん!」

 

「牡丹、大丈夫!?」

 

幸か不幸か牡丹さんが恐怖のあまり失神したことがきっかけで足が動き、牡丹さんのもとへ駆け寄る。

意識を失くしてはいるようだが、呼吸も乱れていないので問題はなさそうだ、ただしすぐ近くにクマがいることを除けばだが。

状況は変わらず、クマが俺達を無視してどこか違う場所に移動することを期待してみたが、明らかにこっちに狙いを定めている。

 

「やあやあみんなー」

 

そこに、あの特徴的な声が聞こえくる。

 

「おまたせー花小泉さんは見つかったんだねー良かった良かった」

 

クマに気を取られて気づかなかったが、いつの間にかチモシーが俺達とクマのちょうど中間あたりで泳いでいた。

しかもロボットなのにやたら器用に泳いでいる。

 

「う、うん、ありがとう、それよりね」

 

「どう、ボク泳ぐの上手いでしょー」

 

チモシーは自分の背後にいる最強クラスの肉食獣に気づいていないようで自分の泳ぎをどや顔で披露している。

 

「チモシー後ろに」

 

「潜ったー・・と思わせてほらー立ち泳ぎだよすごい―?」

 

「いいから後ろ見て!」

 

江古田さんとヒバリさんが何とかチモシーに危険を伝えようとするが、泳ぎを自慢するのに夢中なせいで全く気付くことなく、得意げに泳ぎ続けるその姿に思わず頭に血が上ってくる。

ついに、クマが川を渡り始めてチモシーへの距離を縮めて始めた。

 

「えへへー次は犬かきー」

 

「だから、ちゃんと後ろ見ろ!」

 

「おい、馬鹿チモシー! そこから離れろ!!」

 

「なーにー脅かさないでよ・・」

 

今に至ってやっとチモシーが後ろを向くがもう手遅れだった。

クマが障害物(チモシー)を排除する為にゆっくりと手を振り上げる。

 

「あれ・・もしかして・・?」

 

チモシーはそのまま微動だにせずクマの一撃をまともに食らい、空中に放り上げられる。

 

「チモシー、鮭のごとく!」

 

はなこさんがそれを見て何やらうまいことを言った。

確かに言われてみれば今のクマは獲物の鮭を捕獲する様そのものだった。

 

「チモチモシー!」

 

チモシーが某アンパンヒーローに毎度の如く、必殺の右ストレートで倒される細菌野郎のような悲鳴を上げて川の下流方向に落下した。

クマはチモシーに興味を失ったようでそれ以上深追いせず、再び俺たちに向って進みだす。

きっと今の俺達はクマにとって鮭と同じ『獲物』なんだろう・・・・

 

 

「な、何かクマよけの道具は・・!」

 

「そんなのあるわけ・・」

 

「・・っこれだっ!」

 

無造作に牡丹さんのリュックからこぼれ落ちていた薬の瓶を手に取ると、試合でボールを投げる時と同じ感覚で腕以外だけでなく全身を使ってフルパワーで投げた。

 

「喰らえええええっ!!」

 

それは殆ど狙い通りにクマの顔面に直撃した。

だが、少しひるんだ位で効果がなくクマは平然とこっちに向かっている。

それでも、恐怖に突き動かされるまま投げ続ける。

俺に続くように、牡丹さんを除いた全員でクマに手当たり次第に物を投げつけるがすぐに投げられるようなものはなくなり、クマは俺たちの目の前にまでやって来る。

 

「くっ、くそっ!」

 

破れかぶれになった俺はすぐ近くに落ちている牡丹さんの日傘を手に取り、自分から一歩踏み出してみんなを庇ってクマの正面に立った。

ちょっとクマが攻撃してくればの瞬間にはクマの強烈な一撃が俺を襲うくらいの距離だ。

本音を言えば、怖い、クマが怖い、死ぬのが怖い、食われるのが怖い、怖くてたまらない。

だが、それでも男としてのプライドか自分で良く分からなかったがそれだけはできなかった。

クマが俺に向って手を振り上げ、俺もつられるように持っている傘を強く握りしめ、クマ目がけて振りかぶった。

 

「伏せてっ!!」

 

突然、声が聞こえて咄嗟にその場に伏せる。

その瞬間、銃声が聞こえクマの頬から血がはじけた。

呆気にとられていると、クマのうなじ辺りに大きな針のようなものが刺さり、それが2本目、3本目と増えていく。

 

「グウオオオオォ・・」

 

クマは大きく唸りながら、ふらつきゆっくりと・・

 

「あ」

 

俺に向って倒れこんで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あおいくん、大丈夫!?」

 

「しっかりして!」

 

「目を開けてください!」

 

「怪我はない」

 

「起きろ、馬鹿者!」

 

「う、ううん・・・・あ」

 

ゆっくりと目を開くと5人の顔が俺をのぞき込んでいた。

 

「気がつきましたか、葵坂さん?」

 

「あ、先生・・・・みんな・・・・?」

 

ゆっくりと頭を起こすとみんながほっと安堵の表情を浮かべる。

 

「葵坂さん、怪我はありませんか?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

体中が少し痛くて、頭がくらくらするが怪我はしていないみたいだ。

先生は肩に大きなライフルを背負っていて、さっきの銃声は先生が撃ったものだったんだろう。

視界の隅には川岸にはまだ倒れこんだままのクマがいる。

あれからほとんど時間は経ってないようだ。

 

「ふもとの動物園からクマが脱走したと無線で知ったときはもう本当に心配でしたよ」

 

「先生・・その銃は?」

 

「皆さんのような最高についてない不幸な生徒を守るためには、さまざまな資格が必要なんです」

 

「いや、資格って・・」

 

ヒバリさんが当然の疑問を尋ねるが、あまりにも実も蓋もない答えが返ってくる。

以前聞いた先生が過去に海外の特殊傭兵部隊に所属していたという噂を聞いたことがあり、いくら何でもただの噂だと思っていたが、今となっては真実に思えてくる。

 

「まさか・・ここまでとは思っていませんでしたが・・」

 

「よいしょと」

 

先生はあっさりとクマを背負った。

どう軽く見積もっても300キロは超えているであろうクマをだ。

 

「じゃあ麻酔が聞いてる間にこの子を動物園に届けてきますね」

 

「え、いや、先生・・」

 

それなのにも関わらず、先生は顔色一つ変えずいつもように笑顔を浮かべている。

明らかに人間離れした行為に俺たちはクマを見つけた時とはまた別の意味で真っ青になった。

 

「あ、そうそう他の生徒達はもう下山しましたから皆さんも早く下山してくださいね」

 

先生はそう言ってクマを背負ったまま歩み出した。

だが、すぐに足を止めるとゆっくりと振り向いて、

 

「葵坂さん、あの時花小泉さん達を庇って前に出たのはとてもかっこよかったですよ、あれはポイントをしっかり稼いじゃいましたね」

 

と言って今度は振り返らずに山を下りて行った。

俺達ももう今日のオリエンテーリングは中止になったことで下山を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山を下り始めて間もなく、夕焼けが始まって既に辺り一面は真っ赤に染まっていた。

 

「いろいろあったけど楽しかったね」

 

「そう、私はそれどころじゃなかったけど・・」

 

「うん、それに結局山のパワースポットまで登れなかったな」

 

期待していたわけではないが少し残念ではある。

まあ、動物園から脱走したとはいえクマが出た以上、開運オリエンテーリングは中止になるのは当然の措置だろう。

 

「すいません、いつも肝心な時にお役に立てなくて、やっぱり私なんて・・」

 

「何言ってるの、牡丹の薬と傘で私たち助かったんじゃない」

 

「ありがとう、牡丹ちゃん」

 

「そうだよ、あれが無かったら危なかったかもしれないし」

 

冷静に考えてみると、先生が来たタイミングだとあまり意味は無かったのかもしれないが、あれが無ければクマがひるまずに飛びかかってきた可能性もあるので

 

「みなさん・・」

 

「ピヨピヨ、ピヨピヨ」

 

鳥の鳴き声が聞こえてきて、後ろを向くとまたいつの間にか江古田さんの肩に鳥が止まっている。

 

「またメスか・・」

 

「本当にメス相手なら人間動物関係なくモテるんだな」

 

「なんだ貴様、うらやましいのか?」

 

「いや、別にそんなことは無いんだけどさ・・」

 

萩生さんがニヤッと笑って挑発してくるが冗談でも見栄でもなく本気でそう思う。

人間でも動物でも『女の子』相手なら魅了してしまい、モテまくるというのは想像するまでもなく苦労しそうだ。

それに、男の俺に置き換えてみれば、道を歩くたびに『男』にモテまくるってことだからそれは少し考えたくなかった。

 

「でも、鳥の鳴き声を聞きながら歩くのも悪くないわ」

 

「ま、まあな」

 

その時、急にはなこさんがニコニコしながらヒバリさんと俺の手を握ってくる。

 

「え、えっと、どうしたの?」

 

突然、手を握られて若干恥ずかしくなってしまう。

女の子と手を繋いだのは、幼稚園の頃以来でかなり久しぶりだった。

野球をしている俺と違って、はなこさんの手は柔らかい。

 

「またどこかに落ちたり、迷子になるといけないから!」

 

「・・そうね」

 

ヒバリさんと牡丹さんも同じように手を繋ぎ、俺の隣にいた江古田さんも俺と手を握ろうとしてきたが、割り込んできた萩生さんが俺の手を握った。

 

「蓮とお前が手を繋ぐなど響が許さん」

 

そう言って、そっぽを向いてしまう。

萩生さんにとっても俺と手を握るのは嫌みたいだが、俺と江古田さんが手を握るのはそれ以上に、いや遥かに嫌なんだろう。

江古田さんはそんな萩生さんを見てほんの少しだけ笑って手を繋いだ。

そして、6人で手を繋いだままゆっくりと歩きだす。

こんなに大人数で手を繋いだ初めてで、さらには俺以外が全員女子(しかもみんな美少女)という側から見れば羨ましい状況だ。

 

「あー、しかしまさか山の中でクマに襲われるなんて本当ヤバかったな」

 

そう考えると、何となく居たたまれなくなってしまい誤魔化すように呟く。

 

「でも、あの時あおいくんがクマさんの前に立ってくれたのはカッコよかったよ」

 

「え・・そうかな?」

 

実際あの時は無我夢中でクマに攻撃しようとしていたが、今思い返してみると完全に自殺行為だ。

先生が来るのが10秒くらい遅れていたら、俺は間違いなく良くて大怪我、最悪死んでいただろう。

それに、結果的には先生がクマを止めてくれたがそのクマに潰されて

気絶してしまうなど情けないにも程がある。

 

「はい、私は見られませんでしたが、クマの正面に立ってみなさんを護ろうとするなんて、まさに私の目標そのものです!」

 

牡丹さんは普段のおっとりした時と全然違い力強く力説している。

 

(目標・・?)

 

「あ、いやでも結局はクマを仕留めてくれたのは先生で、俺には何もできなかったし、それにクマに潰されて失神とかカッコ悪いだけだし・・」

 

「でも、あの時は本当に怖かったから、あおいくんが前に立ってくれたのは本当にカッコよかったわ」

 

「まあ・・少しだけは認めてやるかな」

 

「うん、カッコよかった」

 

「そ、そう・・・・うん、ありがとうみんな」

 

みんなから同時に褒められて、恥ずかしさと嬉しさでみんなの顔を見れなくなって俯いてしまう。

 

「じゃあ、行っくよー!」

 

はなこさんがそう言って急に駆け出し、それに引っ張られる形で俺達も走ることになった。

 

「うわっ、ちょっとはなこさん!」

 

急に引っ張られ俺以外の全員も驚いて色々言っているのが聞こえる。

しかし、決して嫌そうではなく全員が笑顔で楽しそうに見える。

今日は先生の言っていたパワースポットまで行けなかったが、またいつか機会があればまた登ってみよう・・家族と・・もしくはみんなとで登りたいと密かに思った。

 



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11話 はなこのお見舞い 前編

幸福実技の開運オリエンテーリングが終わって約1週間程が経ち、梅雨の時期に入っていた。

 

「今日も雨か・・さすがに滅入るわね」

 

「最近雨ばかりですもんね」

 

「梅雨だからね、天気予報でもしばらく雨の日ばっかりで部活でも屋内練習しかできなくて参ったよ」

 

「ところで、はなこさんは・・?」

 

みんなではなこさんの席に目を向けるがそこに姿はなく空席になっている。

もうそろそろ朝のHRが始まる時間だが遅刻しているみたいだ。

 

「どうしたのかしら?」

 

ヒバリさんがそう言った直後にチャイムがなり、担任の小平先生が教室にやって来る。

 

「みなさん、おはようございます」

 

「「「おはようございまーす」」」

 

「ええと・・花小泉さんはまだですか、珍しいですね」

 

先生の言う通り、入学してからまだ日が浅いがはなこさんが遅刻したのはこれが初めのはずで確かに珍しい。

 

「さて、本日皆さんのお出しする新たな幸福実技は『願いを叶えるです』みなさん叶えたい願いはありますか?」

 

「願い?」

 

そう聞かれれば考えるまでもなく、体育クラスに移動することだ。

他にも将来の夢や、やりたいことはあるが現在の第一目標としてそれは揺るがない。

 

「そもそも願いというのは・・

 

その時、教室の扉が開いてはなこさんが姿を見せた。

 

「ハア、ハア、おはようございます!」

 

よく見ると、全身がずぶ濡れで顔も赤く熱が出ているように見える。

まるで登校途中で川に落ちたように・・いやきっと川に落ちたんだろう。

断言はできないが9割方そんな気がする。

 

「まあ花小泉さん、いったいどうしましたか、すごい格好ですが?」

 

「えへへ。すいません、あの朝家を出たらものすごい猫が降って来て、傘がにゃーっと逃げて、そしたら川に落ちたら雨がバサバサっと飛んで・・それから・・」

 

途中から意味が分からなくなっていたが、予想通り川に落ちてずぶ濡れになったのは間違いなさそうだ。

 

「なるほど正直訳がわかりませんが、色々大変だったのは分かりました、タオルは持っていますか?」

 

「はい!」

 

はなこさんがそう言ってリュックのを開けると大量の水と水を吸取れるだけ吸い取って膨らんでいるタオルが出てくる。

川に落ちたのだから当然といえば当然なのだが、タオルもとっくに使い物にならない状態になっていたようだ。

 

「うわあビシャビシャだ、あれれ、おかしいな・・」

 

「先生、私タオル持っています」

 

そんな様子を見かねてヒバリさんが手を挙げた。

 

「では体を拭いて下さいね、先生はその間に課題に必要なものを配ります」

 

はなこさんの体を拭くためと代えの制服を着るためにヒバリさんと牡丹さんの3人は教室を離れ保健室に向かった。

男子である俺は着替えを手伝うわけにもいかず、教室を出ていく背中を見守るだけに留めておく。

先生が課題の説明とそれに必要な短冊を配り終わった頃3人が戻ってくる。

 

「ふう・・・」

 

「大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫! ありがとう」

 

はなこさんはそう言うがその顔は明らかに普段より赤く火照っていることが見て取れる。

 

「えへへ・・なんだか、体がふわふわする」

 

「はなこさん、いつもの髪飾りはどうされたんですか?」

 

「あ、そう言えば」

 

牡丹さんが言うまで気がつかなかったがいつも付けているクローバーの髪飾りが見当たらない。

 

「それが来る途中で外れちゃったんだ、止めるところが壊れたみたいで・・」

 

はなこさんが出した手の上にいつもの髪飾りが置いてあり、確かに止めるところが壊れているのが一目瞭然だった。

 

「ん・・何だ?」

 

急に何やら部屋が軋むような音が聞こえて来る。

ヒバリさんと牡丹さんも音に気づいたようであたりを見回すが音の発生源らしき所は見つからない。

その時、突然天井からまるで巨大なドラム缶一杯に溜まった水をひっくり返したかと思うような量が一気に降り注ぎ、その水がピンポイントにはなこさんに直撃するのを見入ってしまう。

時間にしてみれば精々3秒も無かったが、はなこさんが少し前のように全身ずぶ濡れになるのには十分だった。

そして、はなこさんは目を回して教室にできたばかりの水たまりに倒れ込む。

 

「はなこさん!」

 

「はなこ、大丈夫!」

 

「はなこさん!」

 

俺達は慌ててはなこさんに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「願いを叶えろだなんて、本当に無茶苦茶な課題ね、しかももうすぐ七夕だからってこんな物まで・・」

 

ヒバリさんの手には先生からクラスの全員に配られた短冊がある。

 

「そうですね、私など願い事することすらおこがましいのに」

 

「まあこの前の課題と比べれば簡単だよね、願い事を書けばいいだけなんだから」

 

初の幸福実技の日に最下位となった際に出された課題は3人ともそれぞれ異なるものであったがそれと比べても非常に簡単だ。

まだ書いてはいないが、俺の願いは当然体育クラスに移ることで決まっている。

 

「大体、願いなんてそう簡単に叶うわけ・・」

 

「それにしても、いつも元気なはなこさんが早退なんて少し心配ですね」

 

「普段から危ない目に合ってるけど早退したことは一度も無かったし、あ、それって、はなこさんの短冊だよね」

 

ヒバリさんの手には短冊が2枚あり、1枚は自分、もう1枚ははなこさんの分があぅつた。

 

「そうよ、こっちもあるし・・」

 

ヒバリさんがカバンから包んだハンカチを取り出す。

その中にはあの騒ぎではなこさんが持って帰るのを忘れていた髪飾りがあった。

 

「短冊と一緒にはなこに届けてあげましょうか」

 

「ええ、お見舞いに行きましょう、何かはなこさんが喜びそうなものを持って!」

 

「そうだな、うん、じゃあ3人で行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を出た俺達ははなこさんの家の途中にある商店街ではなこさんのお土産を探すことにした。

何がいいか3人で話し合っていたがなかなか決まらずに今は通りがかったペットショップの犬を眺めていた。

 

「さすがに犬や猫はお土産に持っていけないわね」

 

「ペットのレンタルってのもあるけど、返さなきゃいけない物をお土産にする訳にもいかないしな」

 

はなこさんならそれでも喜んでくれるのだろうが、そのペットに襲われる姿が容易に想像できて

 

「ええ、はなこさんどんなものが嬉しいのでしょうか?」

 

「はなこが喜んでる時って・・」

 

ヒバリさんの言葉で記憶を辿ってみると大抵の場面ではなこさんは笑っていた。

きっとはなこさんならどんな物でも喜んでくれるのだろうが、それはそれで何をお土産にしようか悩んでしまう。

母さんは夕食の献立のリクエストで「何でもいいは困る」とよく言っていたが今ならその気持ちがよく分かった

 

「行けー侵略だー!」

「進め、進めー!」

 

その時、黄色い雨合羽を着た2人組の小学生が俺たちのすぐ側を走り去って行った。

侵略だとか言っていたので、何かのアニメの影響を受けているのかもしれない。

 

「いつもだわ」

 

「いつも笑ってますもんね」

 

「うん、いつもだな」

 

「とりあえず自分が貰ったら嬉しいものでも探しましょうか」

 

「ええ」

 

「そうしよっか」

 

俺達は近くのスーパーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーに入ると、それぞれ別れて自分が貰ったら嬉しいものを探し始めた

 

とはいえ、相手が男子ならともかく女の子相手に自分が貰ったら嬉しいものをあげてもしょうがない。

結局何も選べず諦めて、ヒバリさんと牡丹さんに合流することにした。

 

「これなんてどうです?」

 

牡丹さんが選んでいたのは『大蛇パワー』と書かれている栄養ドリンク?だった。

 

「ヤマタノオロチ・・」

 

「効果はありそうだどさ・・」

 

少なくともお土産にとしては間違ってる気がする。

 

「確かに自分が嬉しいものとは言ったけど・・」

 

「お嫌いでしょうか・・?」

 

「多分はなこさんはあまり喜ばないと思うよ」

 

「じゃあこれは自分用で・・」

 

牡丹さんは買い物カートにどんどん栄養ドリンクを積みあげていきまるで大安売り

の商品の積み方のようにちょっとしたタワー状になっていた。

ざっと数えても100本以上はあるだろう。

 

「3日は持ちそうですね」

 

「3日・・」

 

「用量用法を余裕で無視・・」

 

逆に身体を壊すんじゃないかと思ったが、牡丹さんの体質から考えればこれくらいは普通なのかもしれない。

しかし、これだけ積むと重量もかなりあるだろうし牡丹さんにはきついかもしれない。

 

「牡丹さん、良かったらカート押すの変わろうか?」

 

「え、でもご迷惑じゃ・・」

 

「大丈夫だよこれくらい、」

 

「じゃあ・・お願いします」

 

牡丹さんからカートを受け取りゆっくり推し進めて行くが、思っていた通り結構重い。

これだと俺はともかく牡丹さんにはすごい負担になっていたんだろう

 

「ありがとうございます、あおいさん、やっぱりあおいさんは優しいですね」

 

「い、いや別にそんなことは・・」

 

隣を歩く牡丹さんから眩しいくらいの笑顔で褒められると嬉しいが恥ずかしい。

 

「他に何か・・あっ」

 

3人でスーパー内を物色してくとヒバリさんが立ち止まりあるものを見つめる。

それはとても可愛らしいパジャマ・・いやネグリジェというものだろう。

ヒバリさんはそれを手に取りうっとりとした目でそれを眺める。

誰が見ても一目で気に入ったことが手に取るように分かった。

 

「はっ! あ、ああえっと・・」

 

ヒバリさんはふと我に返ったように狼狽えると俺たちの方に向き直り

 

「わ、私には似合わないけどはなこなら!」

 

と、言い訳するかのように

 

「いえいえ、ヒバリさんにもきっとお似合いですよ」

 

「うん、」

 

ヒバリさんがそのネグリジェを着ている姿を想像してみたがものすごく似合っている。

 

 

「そ、そんなこと・・」

 

「それに比べて・・私が着たら可愛いリボンやレースが一転世にもおぞましい奇怪なものに・・」

 

「いやいや、ならないならないって!」

 

牡丹さんがそのネグリジェを着ている姿を想像するとグラマラスな体つきなだけあってかなり色っぽく、考えるだけでちょっと落ち着かなくなってくる。

それはともかく、きっとはなこさんにも似合うと思ったが、サイズが分からないので結局見送ることになったが、迷んだ末にヒバリさんは自分用にそのネグリジェを買うことにした。

その他にも色々みて回ったが決まらずに店を出ることになった。

 

「結局見つからなかったわね・・」

 

「うん、どうしようかお土産・・」

 

「ありがとうございましたー」

 

ふと声が聞こえた方向に視線を向けるとそこにはジュースの専門店があった。

 

「あれがいいんじゃないかな?」

 

あれなら疲れていても無理なく美味しく飲めるだろう。

ついでに俺たちも自分の飲みたいものを選ぶことにした。

 

「蓬莱人参山かけミルクで」

 

「美味しいの・・?」

 

「というか、なんだそのジュース?」

 

ジュース自体は美味しかったが変なメニューもある謎の店だった。

 

「よし、お土産も決まったし急ぎましょう」

 

「ええ」

 

「ああ、確かこのアーケードを抜けた先がはなこさんの家・・」

 

3人ともアーケードを抜ける直前、誰ともなく立ち止まる。

 

「雨こんなに強かったっけ?」

 

「いや、雨だけじゃなくて・・何か様子が変な気が・・」

 

なんと言えばいいのか、嫌な雰囲気があたり一帯に漂っていてまるでここからホラー映画の世界のようだ。

意を決して進んでいくが、途中に居たやけに禍々しいカラスの存在のせいで一層不気味さは増していく。

しかも、はなこさんの家に近づくごとにだんだんと強くなっているような気さえしててくる。

それでも、俺達はあえて考えないようにして間も無くはなこさんの家の前にたどり着いた。

 

「はなこの家、ここよね・・」

 

「うん、ここであってるはずなんだけど・・」

 

表札を見るまでもなく一度ここに着たことがあるのでここで間違いない。

しかし、天気や時間帯が異なるとはいえ以前に来た時はこんな禍々しい雰囲気じゃなかったはずだ。

 

「なぜだか・・家の周りにとてつもない負のオーラを感じるわ・・」

 

もし、この家に来たことがなく誰かからいわくつきの灰屋だと言われたら一も二もなく信じ込んでしまうだろう。

作り込まれたお化け屋敷が裸足で逃げ出しそうなほど不気味で、今にも怨霊や悪霊が出て来てたとしてもおかしくない。

だが、ここまで引き返すわけにもいかないので覚悟を決めて、一度来たことのある俺が先導しインターホンを押した。

 

「はいはーい、あら、あおいくん一体どうしたの?」

 

「こんにちは、今日ははなこさんのお見舞いに来ました」

 

「あら、わざわざどうもありがとう、そちらの方は?」

 

「あ、はい、天之御船学園1年7組の雲雀丘瑠璃です」

 

「私は久米川牡丹と申します」

 

俺とはなこさんの母親のさくらさんと自己紹介をすることなくあっさり会話していたのをあっけにとられて眺めていた2人も慌てて自己紹介をする。

 

「あの、今日早退したはなこさ・・すみません、ちょっと!」

 

ヒバリさんは突然言葉が詰まったようで急いで俺と牡丹さんを近くに引き寄せる。

その瞬間、ヒバリさんから女の子特有の、まあ石鹸の匂いなのだろうがいい香りがして思わずドキッとしてしまう。

 

「はなこの本当の名前なんだったかしら?」

 

「え、は、はなこさんの名前・・?」

 

匂いに気を取られてしまったが、質問の意味は理解できる。

いつも、《はなこ》とあだ名で呼んでいる為なんだったか思い出せない。

 

「杏のお友達のヒバリさんと牡丹さんね」

 

桜さん本人は何の意図もなかったのだろうが、偶然にも助け舟を出されて内心ホッとする。

よく考えてみれば、俺がここで『はなこさん』と呼んでいるのでわざわざ本当の名前を言う必要もなかったのかもしれないが後の祭りだった。

 

「は、はい」

 

「3人の名前、最近よくあの子の話に出てくるんですよ」

 

「あの、杏さんのお姉さんですか?」

 

「お姉様・・!」

 

牡丹さんのその言葉を聞いた途端、桜さんの動きが止まり言われた「お姉様」という言葉を復唱し、そしてすぐさま3足分のスリッパを用意し旅館の女将さんのように三つ指をついて正座した。

 

「私、杏の母でございます、こんな所で立ち話もなんですからどうぞ中へ・・」

 

その表情から察するに、姉と間違えられたことが恥ずかしくもあるが嬉しくもあるらしい。

女の人にとっては若く見られることは嬉しいことなのは理解しているが、これだけ幼・・若い見た目なら普段から頻繁に間違えられてても不思議じゃなさそうなのだがひっとしたら初めてのことだったのかもしれない。

 

「杏ー、杏起きてるーお友達がいらっしゃったわよー」

 

「いえ、杏さんにこれを渡していただければ・・」

 

「あーヒバリちゃんに牡丹ちゃんにあおいくん! みんな来てくれたんだうわっ!」

 

はなこさんは階段から足を踏み外しそのまま大きなクッションに頭からツッコんだ。

 

「あらあら」

 

「だ、大丈夫はなこさん!?」

 

とっさのことで助けられなかったが幸いにも、いやこういう時のためにおいてあるクッションの陰で無事みたいだ。

 

「どうしてこんなところにクッションが・・?」

 

「この子ったら昔っからおっちょこちょいでよく転んだりするものですから危ない所には対策をしてあるんですよ」

 

はなこさんはゆっくりと体を起こしてくるが、やはりクッションのお陰で怪我はないようだ。

 

「杏、大丈夫全く誰に似てこんな・・きゃあ!」

 

「うわっと!」

 

桜さんが足元にあった別のクッションを踏んでバランスを崩し、丁度はなこさんの前でかがんでいた俺の後頭部に頭がぶつかって、突然のことで俺も踏みとどまれずはなこさんに頭をぶつけてしまう。

結果、はなこさん←俺←桜さんといった形で倒れこむこととなった。

 

 

「遺伝だわ・・」

 

「遺伝ですね・・」

 

「みたいだね・・(親子サンドイッチ・・)」

 

普段から妙な目にあってはいるが不可抗力とはいえ母親とその娘に挟まれる形になったことは初めてなので、つい変なことを考えてしまったがこのことは墓場まで持っていくことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしー!」

 

はなこさんは早速お土産の苺ジュースを飲んでおり、口にあったみたいだ。

自分だけで選んだわけではないが喜んでもらうのは素直に嬉しい。

 

「ごめんね、騒がせちゃって」

 

「ううん、来てくれてすっごく嬉しいよ!」

 

「思ったよりお元気そうで良かったです」

 

「もう熱も下がったし、朝はびっくりさせてごめんね」

 

「いや、あれははなこさんのせいじゃないよ、教室にいるときに天井から水が落ちてきてずぶ濡れになるなんて普通あり得ないから」

 

まあ、今までの経験上あのクラスじゃそこまで驚くようなことでもないかもしれないのだが。

そのとき部屋の扉が軽くノックされ、桜さんが姿を見せる。

その手には4つのティーカップとティーポットがあった。

 

「お茶でもいかが?」

 

ありがたく頂いてお茶を飲むと、雨の中歩いて来たこともあって冷えた体に温かいお茶が染み渡っていく気がして

 

「その制服を見ていると、私のお友達が来ている気がしちゃう」

 

ふと、桜さんがヒバリさんと牡丹さんの方を見て

 

「あのね、お母さんも天之御船学園の生徒だったの」

 

「そうなんですか?」

 

「もしかしてクラスは・・?」

 

「7組よ」

 

とっくに知っていた俺は特に驚かなかったが、2人は驚くというより納得した表情を見せている。

普段からよく見ているはなこさんの不運さと、さっき見たばかりの母親のドジっぷりを見たら何となく分かってしまうのかもしれない。

 

「私たち一緒なんだよね」

 

「うん、ラッキー7!」

 

(ラッキーじゃないよ)

 

仮に自分の母親が言っていたら絶対思うだけではなく口にしていただろう。

 

「私、この前まで知らなかったんだけどあおいくんのお母さんと私のお母さん、天之御船学園で親友だったんだって」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなんですか?」

 

その言葉にヒバリさんとと牡丹さんが同時にこっちに顔を向けてくる。

 

「ああ、俺もこの前聞いてさ・・母さんあんまり天之御船の卒業生だと思われたくないらしくて、卒業生だってことも入学してから聞いたんだよね」

 

母さん曰く、天之御船学園の卒業生というだけで父さんのようにすごい実績があるように思われるのが耐えられないらしい。

入学式初日に父さんが何か言いたげな様子だった記憶があるが今思えば、俺も母さんと同じように幸福クラスになることも予想していたんだろう。

 

「同じ7組で、あの学校に行ってから初めてできた友達だったの、今でもたまに2人でお買い物に行ったりするわ」

 

「そうなんですか」

 

自分の母親と友人、特に女の子の母親が知り合いというのは少しばかり気恥ずかしい感じだ。

 

「ところでこの子、皆さんにご迷惑をおかけしてるんじゃないかしら?」

 

桜さんが急に心配そうな表情で俺たちに向かって尋ねてくる。

 

「え、迷惑って・・」

 

「この子、とってもドジだから・・」

 

「えへへー」

 

「いえ、そんなこと」

 

「あ、そうそうドジって言えばね・・」

 

桜さんはそう言って立ち上がると部屋の中の棚に向かい、棚を開けてその中から3冊ほどの分厚い本を取り出すとこっちに戻ってくる。

 

「きゃあっ!?」

 

その途中で転倒してしまい、持っていた分厚い本が空を舞い、桜さんも床に頭をぶつけそうになったがクッションのおかげで怪我はなかった。

桜さんが持ってきた物ははなこさんのアルバムだった。

 

「まあ・・」

 

「これは・・」

 

「アルバムですよね・・」

 

アルバムにははなこさんがまだ赤ん坊の頃の写真もあり、生まれてからの成長の様子の数々が写されていた。

 

しかし、見ていくうちに気になったのは入園式、入学式の写真だった。

両方とも噛まれた後、そして何匹もの犬や猫が一緒に写っている。

 

「写真を取ろうとすると動物が襲ってきてたのよね」

 

「うんうん」

 

「でも、入園式も入学式も無事に参加出来て良かったわ」

 

「うん!」

 

「そ、そうですね」

 

動物に襲われた時点で無事とは言い難い気がしたが、はなこさんも桜さんも自虐でもなんでもなく本気で話しているので黙っておくことにした。

ヒバリさんも牡丹さんも

 

「あら、ごめんなさいね、お茶を持ってきただけのつもりが」

 

桜さんはそう言って部屋の扉まで行くと

 

「じゃあごゆっくりね」

 

と言って出て言った。

 

「はなこのお母さん、はなこに似てるわね」

 

「本当に楽しいお母様ですね」

 

「何というか、見た目若いよね、姉だって言われても十分通じそうだし」

 

「えへへー」

 

「それにしても、あおいくんのお母さんと花子のお母さんが知り合いだったなんて・・すごい偶然ね」

 

「うん、俺も初めはびっくりしたよ」

 

あの母さんと桜さんは仲が良かったってことはきっと俺に言わなかっただけで間違いなく色んな災難な目にあっていたんだろう。

母さんのあの体質と桜さんのドジっぷりを見ていれば自ずと想像できる。

 

「それにしても・・やっぱりはなこさん髪型が違うと雰囲気が変わりますね」

 

「そ、そうかな」

 

「え、髪型?」

 

牡丹さんがそう言ってまじまじとはなこさんの髪を眺めてみると確かにいつもとは微妙に違うことに気づいた。

 

「いつもは横髪の長いところを結んでお団子にしてるんだよ」

 

「へえ、いつもはそうやってたんだ」

 

大して髪の長くない大半の男にとっては無縁な話だ。

 

「そういうヘアアレンジもあるのね」

 

「ヒバリさん、興味がおありなんですか?」

 

「べ、別に可愛い髪型に興味があるってわけじゃ・・それに私、可愛いものは似合わないし・・」

 

ヒバリさんはそう言って顔を赤らめる、その表情はつい見とれてしまいそうになるほど可愛かった。

個人的には、ヒバリさんならきっと可愛い髪型だって似合いそうだがそれを口に出すのは少し恥ずかしい。

突然、はなこさんと牡丹さんはそれぞれ視線を向け合い、お互いに頷きあい手をワキワキと動かして、

 

「そんなの、やって見なくちゃわからないよ!」

 

と言って2人でヒバリさんの飛びかかるように抱きついた。

ヒバリさんの髪を2人が手慣れた様子で弄っていくのをつい呆然と眺めているとすぐにそれは終わった。

そこにはさっきまでとは違う髪型になったヒバリさんの姿があった。

いつもはシンプルなストレートの髪型だが、今は普段のはなこさんと同じで頭の後ろにお団子がありまるでファッション雑誌に出ていても全くと言っていいほど美しく、正直言ってすごく似合っている。

 

「ヒバリさん、とっても可愛らしいです! サラサラの黒髪が美して・・生まれつき色も薄くて天パの私からすると月とドブネズミです」

 

「天パも可愛いよ、牡丹ちゃん!」

 

「天パがいいと言ってくださる方々は、天パではない方ばかりなんですよ・・」

 

「いや、そりゃ天パの人が言ったら自慢になるから言わないだけじゃ・・」

 

誰に対してか自分でもよく分からないが、擁護するつもりで言っていたが声が小さかったせいか牡丹さんには聞こえなかったようでスルーされる。

 

「あ、でも牡丹の緩めの三つ編み似合ってるしいいと思うわよ」

 

「でも、下ろしたところも見たいなあ」

 

はなこさんとヒバリさんは2人して向き合うと不意にいたずらを考えついたような笑みを浮かべる。

 

「え、何ですか・・?」

 

牡丹さんはそんな2人に戸惑ったように一歩後ずさる。

2人はさっきと同じように牡丹さんに抱きついて三つ編みをほどいていく。

 

「だ、だめです! 私なんてそんな・・」

 

すぐに2人が牡丹さんの髪をほどき終わるとそこには、勢い余ってメガネが外れてしまった牡丹さんの姿があった。

メガネを外したその姿はまさに美人のお嬢様そのもので(実際事実だが)目が離せなくなってしまう。

 

「い、いけません! 私髪を解いたら自分で結べませんし、メガネがないと何も見えなきゃあ!」

 

と急に牡丹さんは慌てて足元を手探りながら四つん這いになって辺りをうろうろし始め、その最中に壁に頭をぶつけてしまう。

 

「ぼ、牡丹さん、メガネこっちだよ!」

 

見ていられなくなり足元にあったメガネを拾って牡丹さんに呼びかける。

 

「え、ど、どこですか!?」

 

牡丹さんは声だけを頼りに俺の方に向かってきて、俺のすぐ後ろには壁もあり避けることもできず正面から牡丹さんを抱きとめる。

以前と同じ柔らかな双丘が密着しその感触が薄い夏服越しにしっかり伝わってくる。

 

(や、やっぱり柔らかい・・!)

 

体力測定の時も同じようなことがあり、こういう経験は何度もあるが牡丹さんほどの大きさ持ち主はいなかった。

 

「あ、ごめんなさい、私またご迷惑をおかけして!」

 

こんな綺麗な人から抱きつかれ、さらには見上げられるように見つめられると今までにないくらい興奮してしまう。

心臓が全力疾走した後と遜色ないほど激しく動き呼吸することすら苦しい位だ。

 

「あ、いや、だ、大丈夫、はいメガネ!」

 

動揺しているのを誤魔化すように牡丹さんにメガネを渡す。

 

「はなこさんこそ、もっと違う髪型を・・」

 

「牡丹ちゃん・・?」

 

牡丹さんの言葉がきっかけで、この場にいる俺以外の3人がまるでファッションショーのようにそれぞれいろんな髪型を試し始めた。

はなこさんは髪をツインテールのように結んだり、ヒバリさんは普段の牡丹さんのように三つ編みにし、牡丹さんはさっきのヒバリさんのように髪をまとめてポニーテールにしている。

生まれてから寝癖以外は殆ど髪形を気にしたことのない俺には到底入り込めない世界を作っていたし、もとより入り込む気などなかった。

でも、こうしてみるとはなこさんはもうすっかり元気になっているように見える。

もう熱も下がったようなのでこのまま今日一日安静にしていれば明日には登校できるだろう。

 

「あ、そうだ、あおいくんも髪型を変えてみない?」

 

「え、いや俺は別に・・髪短いし、いじったことないからいいよ」

 

はなこさんから急にそう言われて戸惑ってしまう。

 

「それなら、今日いい機会だしやってみようよ」

 

「そうですね、やってみましょう」

 

そんなこんなではなこさんと牡丹さんに髪をいじられることになった。

とはいっても、やはり男子としてはごく普通の長さの髪だと女の子みたいに大胆なアレンジはできないが、それでも2人は色々試している。

それに、こんなに2人が近くにいるため体が密着とまではいかないまでも時折、体の一部が当たりそうになるのでちょっと落ち着かない。

しかもヒバリさんは既にいつもの髪形に戻して1人休んで、こっちを眺めている。

それを意識したとたん、心の中まで読まれているよな気さえしてしまい、羞恥心で動けなくなってしまった。

間もなく、はなこさんと牡丹さんは髪をいじり終わる。

 

「こんなのどうかな?」

 

「お似合いですよ、あおいさん」

 

「そ、そうかな?」

 

俺の髪型はちょっといつもと違う感じで少しだけ新鮮に思えた。

その後も、3人で色々な話をして過ごし、そうして少しずつ時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと時計を見るといつの間にか既に午後6時を回っていた。

 

「やだ、もうこんな時間!」

 

「あら、本当ですね」

 

「じゃあそろそろ帰ろうか」

 

思っていた以上に長居をしてしまって、俺達は急いで帰り支度を始める。

 

「ごめんなさい、すぐ帰るつもりだったのに」

 

「ううん、みんなとお喋りしたらすっかり元気になったよ」

 

「そうだ、これ」

 

そう言って、ヒバリさんはハンカチに包んでいたはなこさんの髪飾りを取り出しはなこさんに渡した。

 

「ありがとう、これお母さんにもらった大事なものなんだ!」

 

「じゃあそろそろ行くわね」

 

「うん、また明日ね、ヒバリちゃん、牡丹ちゃん、あおいくん」

 

「ああ、じゃあねまた明日学校で、バイバイ」

 

そうして、俺達は、はなこさんの部屋を出た後、桜さんに見送られ家を出た。

家を出た瞬間、雷が落ち思わず体がビクッとなってしまう。

いや、今感じたのは決して雷だけじゃなくもっと何か危険なモノを感じた。

帰る前に何となく、全員でもう1度家を見上げる。

 

「なんか今ゾクッてしたわ」

 

「この禍々しい雰囲気は一体・・」

 

「本当に何ていうか・・ここだけ別の世界みたいだ・・」

 

俺は何とも言えない違和感を覚えながらも、ヒバリさんと牡丹さんと別れそのまま帰路に就いた。



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11話 はなこのお見舞い 後編

翌日

 

次の日になってもはなこさんは休みだった。

天気も相変わらずの雨で部活での練習もままならず気が滅入ってしまう。

 

「今日も休みだなんて、昨日早く帰るべきだったわね」

 

「ええ、それにひきかえ私など昨夜からか関節痛と午前2時から始まった偏頭痛に襲われていましたのに、朝になったらさっぱり体調を取り戻し、こうしてのこのこ学校に来てしまいました」

 

「いやいや、学校に来れたのはいいことだって、治るのが早いってのも凄いと思うし」

 

「ええ、でもまたこうして学校に来て皆さんや保健室の先生のご厄介になると思うと申し訳なくてこの雨のように消えて無くなってしまいたい気持ちに・・」

 

「だから気にしなくていいって・・」

 

今更ではあるが、牡丹さんは体自体は弱くても体の回復力がすごく高い。

それでも、貧弱すぎてお釣りが来るどころか逆に赤字になっているが。

ふと、何気なく窓から景色を眺めると土砂降りとは行かないまでも強い雨が降り続いているのが見える。

 

「雨・・全然止まないね」

 

分かり切ったことではあるが、そんな独り言を小さく呟く。

 

「今度はお腹が・・」

 

「ええっ!」

 

「ちょっと大丈夫か!?」

 

牡丹さんに保健室に行くことを勧めたが、これくらいなら直ぐに治ると言ってそのまま授業が始まり、終わることには本当に治っていた。

牡丹さん曰く、この位で保健室に行っていたら授業など受けていられないらしい。

その後、昼休みに入り、はなこさんを除いた3人で集まって昼食を食べる。

いつもなら、4人で適当に雑談しながら食べるが今日は全員口数が少なくあまり会話をしないまま食べ終わる。

 

「奴がいないと静かだな」

 

そこに萩生さんと江古田さんがやって来る。

確かに、周りからしてみればいつも場を明るくしてくれるはなこさんがいない分、会話が少なかっただけでなく、普段と比べると静かに感じたんだろう。

 

「花小泉さん、今日も休みなんだね」

 

「はい、熱があるようでして」

 

「ああ、昨日お見舞いに行った時は体調が良くなっているように見えたんだけどね」

 

「たしか昨日、雨で濡れてたね」

 

「雨か・・」

 

雨の勢いは少し弱まっているように見えるが、まだまだ止みそうにない。

 

「昨日、はなこんちの周り、異様に雨が降ってたわね」

 

「空も真っ暗でしたし・・」

 

「何て言うか説明しづらいけど、はなこさんの家の周辺だけ空気がおかしかったて言うか・・」

 

あの雰囲気は自分で体験して見ないと分からないかもしれない。

 

「せめて・・雨だけでも止んでくれたら・・」

 

「」

 

江古田さんが牡丹さんの机の上に出していたポケットティッシュを手に取り、

 

「これいい?」

 

と尋ねると、牡丹さんは快く了承した。

江古田さんはテイッシュを何枚か取り出すと、何かを作り始める。

それを全員で静かに眺めているとすぐに何を作ろうとしているか気づく。

 

「それはもしかして・・」

 

「てるてる坊主?」

 

形が出来上がると今度は、マジックペンを持ちてるてる坊主に表情を書き始める。

 

「出来た」

 

そこにはモロに熟睡しているてるてる坊主が完成していた。

思わずズッコケそうになる。

 

「って寝てたらダメだろ!」

 

「そう?」

 

「確かにあんまり雨は止まなそうですね」

 

「江古田さんらしいけどさ・・そこは普通に起きてようよ」

 

「全く、蓮に任せるとこれだから・・」

 

キーンコーンカーンコーン・・

 

「ランチタイムは終了ですよ」

 

昼休みが終わったことを知らせるチャイムが鳴ると同時に小平先生が教室の扉を開けて入ってくる。

そう言われて気づいたが、教室にいる生徒は俺達しかいなかった。

 

「あ、次の授業・・」

 

「音楽か!」

 

「やべっ急がないと!」

 

「早く音楽室に向ってくださいね」

 

急いで音楽の教科書や筆記用具を用意して5人で音楽室に向って走り出す。

いきなり走り出したせいか途中で牡丹さんが転びかけて、俺が背負って何とか5人ともギリギリ間に合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になり、傘をさして殆どの生徒が下校する中、萩生さんと江古田さんを含めた俺とヒバリさんと牡丹さんの5人は教室に残って、てるてる坊主を作ることにした。

 

「よし、じゃあ始めるか!」

 

そう言うと、萩生さんは大きな箱を机の上に置き、その箱を開けると何やら色々な道具が入っていた。

 

「それは・・?」

 

「響の工作セット、幼稚園の頃から使ってるやつ」

 

「へえ、物持ちがいいんだな、俺は幼稚園の頃の道具何て卒園までに一部を失くしちゃってたよ」

 

「芸術の神はいつ降りてくるか分からんからな、こうして常に持っているのだ!」

 

「それでは私も・・」

 

牡丹さんは入学式の日に使った物と同じ救急セットを机の上に用意する。

 

「何っ!?」

 

「私の治療セットです」

 

「まあいつも持ち歩いているものね」

 

「まさかそれでてるてる坊主を?」

 

「はい、使い慣れている包帯ならきっといい物ができそうな気がしまして」

 

どうやら萩生さんは牡丹さんに対抗意識を燃やしだし、そのせいかその瞳にも炎が灯っているような錯覚さえ見えてしまうになる。

 

「私は・・」

 

ヒバリさんはポケットから綺麗な布を取り出す。

 

「それって、ヒバリさんのお弁当を入れる大切な・・」

 

「うん、まあね」

 

「それ使ってもいいの?」

 

「ええ、後で戻せばまた使えるから」

 

「ふん、なんか普通だな」

 

「当たり前でしょう」

 

ヒバリさんは少しムッとした様子で萩生さんに答えた。

お互いに仲が悪いというわけではないようだが、萩生さんがよく突っかかっているので

 

「じゃあ俺も、これを使おうかな」

 

そう言って、バッグの中から野球の硬式ボールを取り出す。

 

「あおいくん、それって野球のボールでしょ、使って大丈夫なの?」

 

「うん、これは部活で使うものじゃなくて、私物だから使っても大丈夫だよ」

 

「しかし、それをどうやって使うつもりだ?」

 

「まあこうやって頭の部分にしてみようかなと思って、ちょっと頭でっかちになっちゃうけどね」

 

上手い使い方が思いつかないのでとりあえずこうしてみる。

そうして、皆で手分けしてそれぞれてるてる坊主を作り始めた。

ちなみに、江古田さんもさっき作った寝ているてるてる坊主とは違う、別のてるてる坊主を作っている。

作り始めてからちょっと時間が立って、ふと萩生さんの方に視線だけ向けると

 

「ふふふ・・邪悪な雨よ、この大いなる力の前にひれ伏すがいい・・!」

 

と、まさに中二病ようなことを言って禍々しいオーラを発していた。

その姿に、つい萩生さんの手元から火花が散っているような厳格さえ見てえてしまいそうになる。

何を作っているのか知らない人が見ればきっと危ない代物を作っていると勘違いされてしまうだろう。

今度は牡丹さんの様子を横目で伺うと、牡丹さんも牡丹さんで目に怪しい光を感じさせながら一心不乱にてるてる坊主を作っている。。

 

「うふふふ・・・・この包帯は別注でお願いしたんです、傷に優しく体の動きにフィットしますよー」

 

言っていることは別におかしなことではないが、それでてるてる坊主を作っても全く意味がないはずだ。

思った通り、直ぐに横にいるヒバリさんにそれをツッコまれた。

 

「良かったら、これを見本に・・」

 

「なるかー!」

 

江古田さんが昼休み中に作ったてるてる坊主を取り出すが、今度は萩生さんがツッコまれる。

 

「あ、ありがとう、でも結構出来上がっているから遠慮しとくよ」

 

形は基本的な物だから見本にはなりそうではあるが、

 

「ねえねえ、なにしてるのー?」

 

その時、天井からチモシーが飛び降りてくる。

 

「ああ、お前か」

 

まともに反応したのは萩生さん位で、全員がてるてる坊主を作りを即座に再開する。

 

「花小泉さんがいないと、僕に対するリアクションが薄いね・・」

 

「普段は、はなこさんに触らそうになると避けるくせに、こう言う反応だと寂しがるんだな」

 

「触られるのは嫌だけど、これはこれで複雑だよ・・確か花小泉さんは今日も休みなんだね」

 

「そのはなこが来れたらいいと思って」

 

「みんなでてるてる坊主作りを作ってるんです」

 

「そっかそっかー、チモッと、僕にできることがあるなら言ってよー何でもやる・・よ」

 

「あ、馬鹿お前!」

 

机に上に飛び乗ってきたチモシーが禁句を発する。

言わんこっちゃなく、途端に江古田さんがチモシーに向ける視線が怪しくなる。

 

「何?」

 

「うん」

 

江古田さんはチモシーの疑問に答えることはなく、大きな布を取り出した。

 

「え、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、全員がてるてる坊主を作り終わった。

 

「できたぞー!」

 

初めに萩生さんが自信満々といった様子で取り出したのはまるでシーサーのようなお面をかぶったてるてる坊主?だった。

 

「それ、てるてる坊主・・?」

 

「どこからどう見てみてもてるてる坊主だろ、この崇高な佇まいお前達には分からんか」

 

(どこがどう見たらてるてる坊主なんだ・・?)

 

思わずそう言いたくなったが、余計な軋轢は産みたくなかったし、第1萩生さんの美的センスを考えればまだ見れる方だと考えることにした。

 

「私もできました」

 

牡丹さんが取り出したのは、RPGに出てくるようなミイラのようで萩生さんとはまた違った不気味さを発している。

 

「ふん、断然響の方がいいな」

 

「どっちもどっち・・」

 

「いい勝負かもね・・」

 

少なくとも俺には勝ち負けは決められなかった。

 

「私のはこれよ」

 

ヒバリさんが取り出したのは、一目見ただけではなこさんをイメージして作ったとわかるてるてる坊主だった。

 

「はなこてるてる坊主よ」

 

「ニコニコ笑って本当にはなこさんそっくりですね」

 

「これ見たらはなこさんきっと喜ぶよ」

 

「だが、奴の名前付けるとは・・をますます雨が止まなそうではないか」

 

萩生さんの鋭い指摘にヒバリさんはハッと固まった。

確かにかわいいてるてる坊主だが、そう言われると否定はできなかった。

 

「蓮はどうだ?」

 

「できた」

 

江古田さんが作ったのは、チモシーに無地の布を着せただけのかなりシンプルなてるてる坊主だった。

他の3人と比べると明らかに製作時間が短いのは一目瞭然で、これも昼休みに作った寝ているてるてる坊主とは違った方向で江古田さんらしいかもしれない。

 

「・・これで朝まで」

 

「マジか」

 

「マジ」

 

「うーん、何でもやるって言っちゃったしなー」

 

「できる君ならできる」

 

「うん、分かった」

 

結局チモシーは江古田さんに押されるようにてるてる坊主として吊るされることが決まった。

 

「・・お前本当にいいのか?」

 

「約束は約束だしねー」

 

「そうか、まあ、頑張れ」

 

ロボットとはいえ半日吊るされるのは少し哀れに感じたが本人、いや本ロボットが言っている以上俺が出る幕はないだろう。

 

 

「あおいさんはどんなてるてる坊主をお作りになったんですか?」

 

「俺のはこれだよ」

 

取り出したのは、4人が作ったものよりはシンプルなてるてる坊主だが、

頭の部分に愛用のボールを使っているのでちょっと頭は大きめで、その分全体的に大きめに作ったが、それでも、萩生さんのてるてる坊主よりサイズは小さい。

背中には背番号代わりにとして花小泉からとって87と書き、他には残った材料を使って紙でできたバットを腰にくっ付けている。

少しばかり、自分の趣味を入れすぎているかと思ったが、萩生さんや牡丹さんの方を見ればその心配は皆無だろう。

 

「昔はよくてるてる坊主作ってたからね、野球の試合がある日に雨の予報だと毎回作ってたから」

 

効果があったかは分からないが、試合の日に晴れるとすごくうれしかったのは覚えている。

成長するにつれ段々作らなくなっていったので、久しぶりに作ったが思っていたよりもうまくできた気がする。

 

「よし、じゃあ付けようか」

 

教室の窓にそれぞれ作ったてるてる坊主を付け終わると下校した。

その日の夜、筋トレとしてダンベルを上げながら窓から未だに雨が続いている夜空を眺めていた。

天気予報だと明日もまだ降り続くようで期待はできなさそうだ。

それでも、明日は晴れるようにと願ってベッド入り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、何と天気予報とは打って変わって雲が殆どない晴天で、いつもよりかなり早く家を出た。

登校途中で、ヒバリさんと牡丹さんと合流し教室に一番乗りでたどり着き、まずはチモシーとてるてる坊主を下ろして何となく外を眺めていた。

もしかしたら、はなこさんが登校してくるんじゃないかと期待していているが、口には出さないでおいた。

 

「よし、今日は一番乗りだぞ!」

 

「おはようございます」

 

萩生さんと江古田さんが登校してきたが、2人も普段は遅刻ギリギリが多いのでかなり早い。

 

「ぐっ、一番乗りじゃないのか?」

 

「ずいぶん早いのね」

 

「てるてる坊主が気になるって響きが早く来たがって」

 

「言うな蓮!」

 

「うふっ、無事に晴れてよかったですね」

 

「・・カツ丼追加で、あと天丼、牛丼、うどん、それから・・・・」

 

「どんだけ食うんだよお前は、第一ロボットじゃないのかよ」

 

チモシーが食べ物の夢、しかも寝言から察するに丼もの限定で胸焼けしそうなラインナップだ。

 

「お疲れさま」

 

そんなチモシーの頭を江古田さんは優しくなででいる。

誰ともなしに、それぞれ自分が作ったてるてる坊主を手に取る。

 

「はなこ、来るかしら?」

 

「来ますよ」

 

「来るに決まっている!」

 

「うん」

 

「きっと来るよ、晴れたんだから」

 

皆で空を眺めながら祈るようにてるてる坊主を持つ手に力をいれる。

天気はこんなに晴れたんだから、はなこさんだってきっと良くなって学校に来るはずだ。

だってこのてるてる坊主に込めた願いは晴れることだけじゃない・・・・だからきっと・・

 

「あれ?」

 

声が聞こえて、一斉に振り向くとそこにははなこさんの姿があった。

 

「おはよーみんな早いねー」

 

「はなこ!」

 

「熱下がったんですね」

 

「うん、もうすっかり元気だよ」

 

「はなこさんも今日は早いね」

 

「えへへ、外もすっごいいい天気だからうれしくって早く来ちゃったんだ」

 

「くっくっくっ、当然の結果だ!」

 

「響ちゃん、それ何?」

 

はなこさんが萩生さんの作ったてるてる坊主を見て?マークを浮かべている。

まさかこれがてるてる坊主だとは夢にも思わないだろう。

 

「ふっふっふ、雨が止んだのグヘェ!」

 

言葉の途中で後頭部に江古田さんが手刀を食らわせて黙らせた。

 

「ちょ、何をするのだ蓮・・」

 

「響、うるさい」

 

すごろくの時もそうだったが、江古田さんは萩生さんに対しては容赦がない。

 

「は、はなこ、その髪型」

 

「そう、お母さんが直してくれみたい」

 

「あ、本当だ、髪飾りも治ってるね」

 

ヒバリさんが言ったことで、髪型だけでく壊れてしまっていた髪飾り元通りになっていることに気がつく。

 

「やっぱりはなこさんはいつもの髪形にその髪飾りが似合ってるかもしれませんね」

 

「えへへーあれヒバリちゃん、そのてるてる坊主・・かわいいね!」

 

「ありがとう」

 

「実はこれ、はなこさんがモデルなんだよ」

 

俺が言う必要はなかったかもしれないが、はなこさんには知っておいてほしかったので言うことにした。

 

「え、本当、ヒバリちゃん!」

 

「ええ、そうよ」

 

「えへへーうれしいな、それにしてもみんなでてるてる坊主作ったんだね」

 

「雨が止んだらはなこさんが来てくれるかなって思ってみんなで作ったんだ、萩生さん達も一緒に作ったんだよ」

 

「え、そうなの、響ちゃん、蓮ちゃん!」

 

「まあね」

 

「響は蓮が作ると言うのでついでに作っただけで、お前の為に作ったんじゃないぞ」

 

「おはようございます」

 

「もう体調は大丈夫ですか、花小泉さん?」

 

「はい」

 

「それはよかったですね、ところでみなさん課題はできましたか?」

 

「「「「「課題・・?」」」」」

 

先生の言葉に俺達は首をかしげる。

そういえば、何か大事なことを忘れているような・・・・?

 

「幸福実技の願い事は今日までですよ」

 

「あ・・!」

 

すっかり忘れていたが課題があってしかも期限が今日まで、さらにその課題は全く終わっていないことをその時思いだし、目の前が真っ暗になった。

他の4人も忘れていてらしく顔は見てないがきっと俺と同じようになっているのが分かる。

 

「し、しまったー・・」

 

俺はつい力が抜け、膝と手をついてその場に崩れ落ちてしまった。

これでまた一歩体育クラスへの移動が遠ざかると思うと、それだけで憂鬱だった。

 

「どうしました?」

 

「課題・・忘れてました」

 

「あら、そうですか?」

 

「え・・?」

 

「短冊はあくまでおまけ、願いを叶えると言うのが課題ですよ、どんなに小さな願いでも、ただかなうことを待っていては何も変わりません、願いが叶うように一歩前に踏み出す、それがいつか自分を幸福に導くカギになるはず、でしたらそれはすでにあなた方の手元にあるのではないですか?」

 

「じゃ、じゃあ先生・・課題は合格ってことですか?」

 

「はい、合格です」

 

「・・や、やったー!!」

 

嬉しさのあまり、まるで試合に勝った瞬間のようにガッツポーズを決める。

 

「あらあら、うれしそうですね、葵坂さん」

 

「はい、凄く嬉しいです!」

 

ハッとなってヒバリさん達のほうを見てみると全員が口元を抑えるなりして笑いを堪えている。

さすがに恥ずかしくなって咳をして誤魔化す。

 

「うふふ、花小泉さんはどうですか?」

 

「私も! 書いてきましたー!」

 

「ではみなさん、外に行きましょうか」

 

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

俺達のてるてる坊主とはなこさんに短冊を取り付けるため全員で校庭に出る。

前日に先生とチモシーで植えておいたらしい。

皆で協力しながら笹に取り付けていき(その最中にはなこさんが短冊を風で飛ばされたり、牡丹さんが貧血で倒れかけたり、江古田さんに動物が集まってきたりして中断を挟みながら)何とか授業が始まる前に終わらせることができた。

こうして、つけ終わった笹をいざじっくり見てみると、ヒバリさんの作ったはなこてるてる坊主はともかく、他の呪いの人形、ミイラ男、うさぎ(まだ寝ているチモシー)、俺の作った頭でっかちといった統一感のカケラもないてるてる坊主が取り付けられているのは中々にシュールだった。

てるてる坊主のこと以外にもはなこさんの短冊に書かれた願い事をよく見てみると「いれごミルクおいしかった」と書かれていてちょっと笑ってしまった。

本当はここに自分の短冊を付ける予定だったのだが、完全に忘れていたのでここに付けられない。。

でも、またはなこさんが元気になって学校に来てくれたことだけで今は十分だった。

 

 

 

 

 

 

 



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12話 戦う期末試験 前編

誤って途中の文章を5日に投稿してしまいました。
今まで気づかずそのままにしていて申し訳ありません。
今のところ、投稿を始めてから一年以内に(9月30日までに)アニメ化された分を書きたいと考えています。
その為、頑張ってペースを上げて投稿します。
次は30日頃に投稿予定です。


キーンコーンカーンコーン

 

長かった梅雨も終わり、今日は期末試験の最終日だ。

最後の科目である苦手な英語の試験もやっと終わって机の上に突っ伏した。

 

「ヒバリちゃん、どうだった?」

 

「まずまずかしら、はなこは?」

 

「解答欄全部埋められたよ!」

 

「そう・・あおいくんはどう?」

 

「赤点は回避してると思う・・多分、体育クラスなら体育のテストもあるらしいからそこならいい結果出せるんだけどなあ・・」

 

体を動かす方なら大抵のことはこなせるが、頭を動かす方はどうにも苦手で不得意な教科だとたまに赤点を取ってしまう。

 

「そ、そう・・お疲れさま」

 

「皆さん、少しよろしいでしょうか?」

 

その時、隣に座っている牡丹さんが俺たちに声を掛けてくる。

 

「何?」

 

「少々気の早い話なのですが・・」

 

「皆さんお疲れさまでした」

 

「後で大丈夫です」

 

「これにて期末試験の基本科目は終了です」

 

(え、基本科目・・?)

 

嫌な予感がして頭を上げて先生へ視線を向ける。

 

「が、お昼休みを挟んで午後からは・・・・

 

先生はチョークを持って黒板に文字を書いていく。

 

7組専用特殊試験特別幸福テストを始めたいと思います!」

 

「先生、そんなの聞いてません!」

 

「当然です、抜き打ちですから」

 

すぐさまヒバリさんが手を挙げて抗議するが、先生はあっさりと答えてくる。

抜き打ちだと言われれば俺達学生は文句を言えない。

 

「体育クラスにも特殊試験あるんだし幸福クラスにもあるよなそりゃ・・」

 

普段から幸福実技なる謎の授業があるのだから幸福のテストもあると考えておくべきだったのが悔やまれる。

まあ事前に伝えられていても対策なんて何をしていいのか分からないので知っていてたとしても特に意味は無かったと思うので

 

「特殊試験っていったい何なんですか?」

 

「学期ごとに皆さんの実技幸運度と心理性幸運度を測るものです、内容は見てのお楽しみですよ、ではこれから体育館に向いましょうか」

 

俺達は体育館に向い、入学したての頃に乗ったエレベーターに乗り、あの時のように地下に移動を始めた。

 

「ここって・・すごろくの時に使った・・」

 

「わぁー久しぶりだ―」

 

「またすごろくをするのかな・・?」

 

だとすれば、今度こそ前回のように最下位になることだけは絶対に避けたい。

 

「いいえ、今回は前より下に参ります」

 

「あれよりもっと深い所もあるんですか・・」

 

とっくに分かっていたことだが、相変わらず規格外な学園だ。

先生の言葉通り、前回以上に深い所に向ってエレベーターは地下に進んでいく。

いったい今回は何をやるんだろうか?

俺達の横に萩生さんと江古田さんがいて2人で話をしている。

 

「くっくっく、いかなるテストだろうと順位がつくならこの萩生響がトップを取って見せる!」

 

「今更トップは無理だろう、昨日赤点だってへこんでたのに」

 

「しっー! しっー!」

 

2人は普段と変わりなく、いつもの調子でテストに臨むようだ。

俺も2人に負けず頑張らなくてはいけない。

 

「楽しそうですね、はなこさん」

 

牡丹さんの言う通りではなこさんは目を輝かせながらはっきりとワクワクしている。

 

「どんなテストなんだろうね、先が分からないのってわくわくするよね!」

 

「内容も扱う範囲もわからないテスト何て別の意味でドキドキよ」

 

「そうだね、でもすごろくの時みたいに事前に知ってても意味なさそうだし、知ったところでテスト以外に不安の種が増えるだけになると思うから諦めるしかないよ・・」

 

「それもそうね・・」

 

そうこう話をしていると、ついにエレベーターは地下1000mにまで達した。

 

「さらなる地下帝国!」

 

「いくらかかってんだこの学園・・?」

 

エレベータの扉がゆっくりと開き真っ暗な空間が少しずつ露わになっていく。

とにかくこれも形式はどうあれテストであり成績にもばっちり反映されるんだ、気を引き締めないと・・

腹をくくってその空間に睨みつけるように見つめる。

 

「あれ・・?」

 

エレベーターが開き終わったがそこには何も存在せずただ空間だけが広がっている。

すごろくの時のような巨大な施設は影も形もない。

 

「ここが今回のテスト会場です」

 

「何も・・ないですけど?」

 

「うふふ、これをどうぞ」

 

先生は懐からサングラスのようなものを取り出し、生徒全員に配っていく。

 

「眼鏡・・?」

 

「かっこいいねー!」

 

「これってもしかして・・VRってやつかな?」

 

「幸福テストの計測器です、それを掛けたら右側のボタンを押してください」

 

先生に言われるがまま、俺もヒバリさんは眼鏡を掛けてボタンを押した。

すると、正面にいたチモシーの姿が見えてくる。

 

「ようこそ、電脳世界へ・・!」

 

「え・・!?」

 

慌てて眼鏡をはずすと、全裸の、いや服を何も着ていないチモシーになった。

 

「いやん、眼鏡はずさないでよー!」

チモシーはまるで着替えを見られた女の子のように恥ずかしがっているが、そのウサギの姿と妙な仕草で結構うっとおしい。

そういえば、エレベーターで先生の隣にいつの間にか立っていたのを見た。

 

「立体映像ですか?」

 

「前々から思ってたけど、完全に学校の施設じゃないわ・・」

 

「本当だよ、お金いくらかかってんだろう・・」

 

12

 

「全員装着しましたね」

 

先生は全員が装着したのを確認すると壁際のスイッチをいれる。

その瞬間、視界に写っていた殺風景な空間がが少しずつ変化していき、あっという間にいわゆる視界一面にカジノが広がった。

さっきのチモシーのことがなければ、きっと驚いて同じように外していただろう。

 

「これって・・カジノ!?」

 

「あくまでバーチャル、国内有数の名門である天之御船学園に本物のカジノを作るわけには生きませんからね、それでは試しに花小泉さん、あのゲームをやってみましょう」

 

「了解でーす」

 

はなこさんは言われた通りに、先生が示したゲームに向かった。

 

「ジャンケンしよー、ボタンを押してねー!」

 

そのゲームは古いゲームセンターでたまに見かけるもので大抵10円玉かメダルを使って遊ぶゲームが置いてあった。

グーか、チョキか、パーを選ぶだけの極めてシンプルなもので完全に運で勝敗が決まる。

 

「ジャンケンゲームだー!」

 

「じゃーんけーんポン!」

 

「ポン!」

 

はなこさんが選んだのはパー、画面に表示されたのはチョキ、はなこさんの負けだ。

 

「ズコー」

 

「あ、負けました先生!」

 

「そうですか、残念ながら花小泉さんの持ち点が減ります」

 

「90点になった!」

 

はなこさんの計測装置を見てみると確かに先生の言った通り、100の数字が減って90になっている。

 

「幸福テストは減点方式なんです、皆さんの前に現れた運試しゲームを10回プレイして最後に残った数値がテストの点数になります」

 

「こ、こんな無茶苦茶なテストがどこに!」

 

「そうですよ、どうしろっていうんですか、テストが完全に運次第なんて!」

 

ある1人を除く、俺とヒバリさん以外の全員も戸惑って先生の言葉を受け入れられないでいた。

当然だ、普段の授業ならまだともかく大事なテストがこんなやり方だなんて受け入れられない。

今まで受けてきた幸福実技のことから運が絡んでくることは想定していたが、これでは完全に運次第で結果が決まってしまう。

幸福すごろくの時はある程度ではあったものの、自分達で努力して早く進むことはできたがこのテストではそれすら出来そうにない。

 

「先生、すっごい楽しいです!」

 

唯一この場で楽しそうなのは、はなこさんだけだった。

 

「そうでしょう、そうでしょう、では早速始めましょう、ルーレットにカードゲームお好きなものに挑戦してください、あくまでテストですから他の人へのアドバイスは控えるようにして下さい」

 

結局、先生に押し切られる形でテストが始まった。

納得はできなかったが、先生が「制限時間内に10回プレイしなかった生徒は自動的に0点になる」と言ってきたので止むを得ずテストに挑むことにする。

俺とはなこさん達はとりあえず別れて色々見て回ることにした。

 

その辺りを見て回ると既に1回目が終わった生徒もいて、結果によって一喜一憂しているのが見て取れる。

制限時間もあるので俺自身もそろそろどれか1つプレイしてみることに決めた。

 

「じゃあ、これやってみるかな」

 

そのスロットマシンは大抵のゲームセンターに置いてある何の変哲も無いものでルールを確認してみても何でもいいので絵柄を3つ揃えれば成功になるらしい。

目押しではなく、レバーを引いて絵柄が揃うのを願うだけなのでこれも他と同じように完全に運次第で結果が決まるようだ。

早速プレイしてみると絵柄が2つ揃ったが最後の右側の所だけ1つ分ズレてしまい失敗となった。

 

「あーちくしょう・・」

 

「ふん、全く無様だな」

 

いつの間にか萩生さんが俺の後ろに立っていて

 

 

「今から響が手本を見せてやる、そこをどけ」

 

と言って、俺を押しのけるように割り込んでくるとすぐさまスロットを回し始める。

結果、俺と同じで最後だけ絵柄が揃わなかった。

 

「この響きが負けるだと、ありえん! 何か特別なプログラムを仕組んでズルをしているのではないか、もしくはこの萩生響きを恐れてウゴェ!」

 

「響、うるさい」

 

俺が止めようとした時江古田さんが萩生さんを一撃で落として黙らせる。

 

「江古田さん、そこまでしなくてもいいんじゃ・・」

 

「響は言っても聞かないから、いつもこうしてるし」

 

「ああ、そう・・」

 

江古田さんが本気で言えば聞きそうな気がするが、多分こっちの方が楽なんだろう。

次にやるゲームを探して歩いていると

 

「さあ、キミの幸福の四つ葉を探そうっ!」

 

耳に残るような甲高い機械音声が聞こえて視線を向けると誰もやってないゲームがあり、

興味が湧いてやってみることにする。

説明を読んでみると、画面に表示された4枚のカードの内、正解を選べば成功になるようだ。

 

「それ、やってみたけどダメだったわ、オマケに機械にバカにされて正直イラっとしちゃったし、他のゲームの方がいいんじゃない?」

 

「う・・」

 

近くを通りがかったヒバリさんに言われて手が止まる。

 

「まあ、とりあえずやるだけやってみるよ、どうせどれも運次第なんだから」

 

自分の直感を信じて左上のカードを選択する。

押した瞬間、画面が

 

「チッ、せいかーい、はいはいおめでとー! でもザンネーン、君はここで運を使い果たしましたーまた今度チャレンジしてねープププのプー」

 

「俺の聞き間違いじゃ無ければ今舌打ちされたんだけど・・」

 

「私にも聞こえたわ」

 

正解したというのにひどい言われようでかなりイラついた。

ヒバリさんの言った通り別のゲームを遊べばよかったかもしれない。

その後、次のゲームを探していると丁度ルーレットをしている牡丹さんの姿があった。

様子を眺めていると、どうやら外れたようでコインを持っていかれていた。

 

「あら、残念」

 

「運試しじゃ、対策のしようがないものね」

 

「もういっそのこと、適当なゲームを連続でやってぱっぱと終わらせようかな・・」

 

「ねえねえ、みんなはどれ位やった?」

 

その時、はなこさんが

 

「俺は2回やって1勝1敗だよ」

 

「私は1回だけです」

 

「私も、はなこは?」

 

「んとね、さっきのジャンケンを6回やって・・残り30点!」

 

「そんなに、負けたの!?」

 

「というか、計算が合ってないような・・?」

 

「ああ、最初のジャンケンの負けも含まれているんですね」

 

牡丹さんの言葉で合点がいった、ということは、はなこさんは7戦7敗であと3回負ければ0点になってしまう。

やけになって、適当なゲームを8回やって終わらせようと考えていたが、今はとてもそんな気にはなれなかった。

かといって、10回ゲームをしなければ自動的に0点になってしまうのだからやらないわけにもいかない。

 

「そこの、お嬢さん方、お坊ちゃん」

 

その時、黒いコートを着てタバコを吸っているチモシーが姿を見せる。

 

「そんなあなたにオススメのゲームがあるんでゲスよ、失った得点を増やせるとっておきのね・・」

 

チモシーが言い終わった途端、今まで見えなかった部屋の奥の電気がついて『VIP』と書かれた大きな扉が現れる。

 

「やる、やるやるやるー!」

 

「待って!」

 

一も二もなく、笑顔で扉に向かい始めたはなこさんをヒバリさんが慌てて肩を掴んで止める。

 

「怪しいわよ」

 

「うん、絶対何かありそうだよ」

 

チモシーは増やせると言っただけでちゃんと説明をしていないが、何のリスクもなく点数を増やせるとは思えない。

失敗すれば一気に大量の点数を失ってしまってもおかしくはない。

 

「でも、このままですとはなこさん、本当に0点になってしまいまうのでは・・?」

 

俺とヒバリさんと牡丹さんは顔を見合わせ、頷き合い、はなこさんと一緒に行くことに決めた。

 

「私たちも参加できるのよね?」

 

「モチロン!」

 

今の説明は俺たち以外の生徒にも先生から伝えられたようで10人以上の生徒が扉の前に並んでいる。

多分、この場にいる全員が一か八かの勝負をするつもりなんだろう。

 

「オープンザ夢の扉!」

 

チモシーの日本語と英語が混ざった一声で大きな扉がゆっくりと開いていく。

開いた先は大きな空間が存在し、俺の知っている言葉で言えば古代のコロシアムのような作りになっている。

 

「ここは・・?」

 

「対戦用ゲーム、デュエルのエリアだよ」

 

「デュエル?」

 

「やりながら説明するねーまずはキャラクターメイキングだ、さあ雲雀丘瑠璃さん、ステージの上に立って!」

 

チモシーに言われた通りヒバリさんはステージの上に進んだ。

そして、すぐさま萩生さんもステージに足を踏み入れヒバリさんと相対する形となった。

 

「萩生さん・・」

 

「さあ、始めるぞ雲雀丘瑠璃、誇りをかけたデュエルをな!」

 

まだ緊張しているヒバリさん違って萩生さんはやる気十分で、その勢いに飲まれそうになる。

 

「盛り上がってるトコ悪いけど対戦の組み合わせはランダムで決まるから、萩生響さんはそこを降りてね」

 

「な、何いっ!?」

 

萩生さんはチモシーにそう言われても食い下がっていたが江古田さんに制止され仕方なく萩生さんは降りていく。

チモシーが言うには対戦相手がランダムなのは不正防止のためらしい。

 

「さあ、早速決めるよ、雲雀丘瑠璃さんの相手は・・・・江古田蓮さん!」

 

「ん、呼ばれた?」

 

「おお! 響でなかったのは残念だが、行けー蓮! あの女に正義の鉄槌を喰らわせてやるのだ!!」

 

何故か選ばれた江古田さんより萩生さんの方がテンションが高い。

江古田さんもステージに進んでヒバリさんの前に立つ。

 

「さあ2人とも、目の前に表示された四つ葉から好きなものを1つを選んでね!」

 

チモシーがそう言った瞬間、立体映像の四つ葉が浮かび上がり2人の周囲に現れる。

俺が選ぶ立場ではないがどれも色も形も同じでどれを選んだらいいのかまるで分からない、おそらくだがこれも完全にランダムで運で決まるんだろう。

 

「分かったわよ、これかしら?」

 

「じゃあ・・これで」

 

ほどなく、ヒバリさんも江古田さんもその内の一枚に手を触れる。

すると、2人の体が眩い光に包まれ姿が見えなくなり、驚いて流れを見守っているとすぐに光が消えて2人が姿を見せた。

 

「あの人を守るために!」

 

いつの間にか、ヒバリさんはまるで中世の騎士のような甲冑や翼の生えた兜、そして何よりその手に自身の身長の半分の長さがありそうな大きな剣を持っていた。

言ってしまえば、その姿はまるでゲームの世界に出てくるような美少女騎士そのものでよく似合っている。

これがもし本当にゲームの登場人物なら人気投票で断トツの1位となる位大人気になっていただろう。

江古田さんはおとぎ話に出てくるような魔女の格好をしていて、大きなとんがり帽子を被り、怪しげな杖まで持っている。

無口な江古田さんには魔女というミステリアスな格好は正にピッタリに思えた。

 

「って、きゃああっ! なにこの格好!?」

 

ヒバリさんは今の台詞を言い終わると急にハッとなって、自分の姿を確認し慌てふためいていた。

あの様子から察するにきっとあの光に包まれて何の説明もないまま気がつけばあの姿になっているんだろう。

 

「この方が楽しくてハッピーでしょー君のジョブはナイトだね、そして江古田さんのジョブはウィザードだ」

 

「ちっちゃくなってる!」

 

ヒバリさんが驚くのも無理はなく、気がつけばチモシーは小さくなって、しかもまるで妖精のような羽までついて当然の如く浮かんでいる。

 

「世界観に合わせたよ! じゃあ今から詳しく説明するからよく聞いてね」

 

チモシーの説明ではこのデュエルでは文字通り一騎打ちで、相手に勝てば30点を奪い取えるみたいで、正にハイリスクハイリターンなゲームだった。

しかも、要するに立体映像とはいえ自分の体を動かして戦わなければならないのだから

 

「戦うの!?」

 

「さあ、2人とも準備はいいかい? レディーゴー!」

 

「ちょっと待って、心の準備が全然できてないわよ!」

 

「・・ファイア」

 

未だに戸惑ったままのヒバリさんをよそに江古田さんはいきなり先制攻撃を仕掛けてくる。

 

「危ない、ヒバリさん避けて!」

 

俺がそう言い終わる前に杖から炎の渦が放たれ轟音を立てて爆裂した。

 

「きゃあああっ!?」

 

ヒバリさんは辛うじて炎を避けたものの、炎が直撃した床は人が埋まりそうなほど大きな穴が出来上がっている。

立体映像なのは理解しているが、こんなのを喰らえばすぐ近くにいる心臓の弱い友人だと失神してしまいかねないだろう。

 

「本当に出た」

 

「あらかじめ、言っておくとプログラムだから痛くもかゆくもないからね」

 

「だからって・・!」

 

「ごめんね、響みたいに1番は目指してないけど、赤点も嫌だし・・アイス」

 

「くっ、やればいいんでしょう! はああー!」

 

再び、江古田さんが仕掛けたがヒバリさんは落ち着いてそれを避け、反撃を始めた。

江古田さんに間合いを詰め剣を振るうがあっさり躱され、逆に攻撃を受けてダメージが入り、ヒバリさんの体力を示す四つ葉が1つ減ってしまった。

 

「行けー蓮、その調子だ!」

 

「ヒバリさん、頑張って!」

 

萩生さんが江古田さんを応援するのに負けじと俺も応援をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで、勝者、江古田蓮!」

 

短い時間ながらも激しい攻防の末、江古田さんがヒバリさんを破って勝利となった。

 

「雲雀丘瑠璃さんの30点が江古田蓮さんに移動します、お2人は観客席にどうぞー」

 

俺とはなこさん、牡丹さんの隣にヒバリさんと江古田さんが

 

チモシーの言った通り、視界にバーチャルで得点が30点分移動したことが表示されている。

確かに勝てば美味しいが、負ければ一気に大量の得点を失ってしまうので

 

「はあ、何であの展開で負けるの・・?」

 

「ナイスファイト、楽しかった」

 

江古田さんがヒバリさんの方に手を置いて励ますように言った。

 

「楽しんでたのね・・」

 

「まあ確かに、バーチャルであんなリアルなゲームができるんだから正直俺も楽しみかな」

 

あんなリアルなゲームを体感できるのは初めての経験でヒバリさんと江古田さんの戦いを見ている間中ずっと見入ってしまっていた位だ。

 

「これがテストじゃなければね・・負けたら成績下がっちゃうんだから楽しむどころじゃないわよ」

 

「そうだね・・」

 

とにかく、絶対に負けるわけにはいかない、ここで勝って少しでも成績を上げなければ体育クラスへの移動はさらに遠ざかってしまうのだから。

「じゃあ次の対戦カード行ってみようか、萩生響さん、江古田蓮さん、さあステージ上にどうぞ!」

 

「あのーよろしいでしょうか・・?」

 

「どしたのー?」

 

「他の皆さんならいざ知らず私のような者があのような格好で現れたら目が潰れてしまうかと・・」

 

「いやそんなことないって・・牡丹さん」

 

毎度のことで、激しくネガティブなことを言っているが誰もそんなことは危惧している者はいないだろう。

それどころか、これから牡丹さんがどんな格好で現れるのか楽しみな位だ。

 

「エントリーのキャンセルは受け付けてないよ、早くはやく―」

 

「そうですか、気が引けますが仕方ありませんね・・」

 

「久米川牡丹さん、ジョブはプリースト!」

 

「神のご加護を・・」

 

「わあっ、ふわふわ真っ白でかわい~♡」

 

「かわいい・・けど、神様が怒りそうな服装ね」

 

「・・・・・・す、すごい格好だな・・」

 

牡丹さんの姿はチモシーが言った通りでプリーストだったが今までと同じでリアルな格好ではなくよりもゲームに出てくるような格好だった。

だが、今まで見てきたものと比べても露出が激しく、胸元が大きく開き、牡丹さんの豊かな胸と谷間が遠くからでもはっきりと確認できる程で思わず目を離せなくなってしまう。

 

「ひいいいんっ、恥ずかしさと申し訳なさと自己嫌悪で消えてしまいたい気分ですぅぅ!」

 

「対戦相手はー萩生響さん、ジョブはアーチャー!」

 

牡丹さんが悶えている間に萩生さんもステージ上に姿を見せる。

ジョブがアーチャーなだけあって大きな弓矢を持っていて、さらに服の至る所にピンクのリボンが付いてあって、フリルの付いたスカートを履いているその姿は凄くかわいらしい格好だった。

普段はあまり意識することは無いが、萩生さんもはなこさんと同じくらい小柄で、顔立ちもかわいい女の子なので、今のリボンたっぷりな恰好がとてもよく似合っている。

まあ、本人の前でそんなことを言えば激怒されるのは目に見えているので思うだけに留めておくことにする。

 

「萩生さん・・」

 

「響が相手とは運がなかったな、一番にふさわしい勝利を見せつけてやる、一撃だ! それで貴様を倒してみせる!」

 

「・・ごめんなさい」

 

「・・え?」

 

牡丹さんがなぜ今謝ったのか分からず

 

「セカンドデュエルーレディーゴー!」

 

「先手必勝!」

 

デュエルが始まった途端、萩生さんがすぐさま弓を構え牡丹さんに向けて勢いよく矢を放つ。

 

「申し訳ありませーん!」

 

慌ててそれをよける牡丹さんだったが、床の穴に足をひっかけ転倒し四つ葉が一つ減ってしまう。

 

「牡丹!」

 

「今のは自滅じゃ・・」

 

「あれでもダメージはいるのか・・」

 

「ああ・・回復しなければ・・聖なる光よ・・奇跡を!」

 

牡丹さんがそう唱えると、たちまち光が牡丹さんを中心に広がっていく。

 

「くっ、プリーストだけに回復魔法か・・?」

 

「回復もできるのか・・ってあれ!?」

 

「あああああ・・・・!」

 

何故か、突然牡丹さんを包んでいた光が紫色の禍々しいオーラに変化し、その上回復するどころか逆に四つ葉が減ることとなった。

 

「なんかダメージ受けてない!?」

 

「日ごろから地べたを這いつくばり、屍同然に生き恥を晒してきた私には回復魔法は逆効果だったようです・・」

 

「アンデッド属性か!」

 

「アンデッド・・?」

 

「ゲームとかじゃ、アンデット系のモンスターは回復魔法でダメージを与えることができるものがあるんだよ」

 

「そうなのね・・でも牡丹のジョブはプリーストなのに何で・・?」

 

「さあ・・牡丹さんだから?」

 

答えになってないとは思ったが他に理由が見当たらずそう結論付けることにした。

 

「ふん、とにかく勝負あったようだな・・我が最強奥義で屠ってくれる!」

 

萩生さんが再び弓を構え牡丹さんにとどめを刺すべく矢を向ける。

 

「牡丹さん!」

 

「萩生さん・・なんとお詫びをすれば」

 

牡丹さんは何故かまた謝罪の言葉を口にする。

 

「詫びる必要はない、これで終わりだ!」

 

萩生さんから矢が放たれ、前の矢以上の衝撃がほとばしって牡丹さんのいる地点に直撃した。

その衝撃で牡丹さんの姿が見えなくなるほど煙が舞い上がった。

 

「ぼたーん!」

 

「ふっ・・なっ!?」

 

勝利を確信していた萩生さんだったが煙が晴れると牡丹さんの姿が見えないことに動揺して辺りを見回すがどこにもいない。

 

「どこへ消えた、姿を見せろ!」

 

「はい」

 

いつの間にか萩生さんの背後に移動していた牡丹さんが

萩生さんが驚いて振り返ろうとするが急に貧血でも起こしたかのように床に倒れこむ。

 

「本当に、ごめんなさい・・」

 

「蓮・・人が見てるぞ・・」

 

「寝てる・・!」

 

「どうして急に・・」

 

見間違えでなければ牡丹さんは攻撃らしい行為しなかったはずだ。

 

「睡眠魔法だね、勝者、久米川牡丹!」

 

「はあ・・」

 

勝利が決まった牡丹さんが安堵のため息をつく。

 

「へえ、それも勝ちになるんだ」

 

「見事な逆転勝利だけど一方的すぎない・・?」

 

「デュエルはジョブ同士の相性で有利不利が決まるのです、物理主体のナイトがウィザードに不利なように、精神魔法に弱いアーチャーにとってプリーストは天敵なのです」

 

今のデュエルを眺めていた先生が解説を入れてくる。

 

「有利不利ねえ・・」

 

 

先生は相性で『有利不利』が決まるとは言ったが、『勝敗』がジョブの相性だけで勝敗が決まるとは一言も言ってない。

先生は何気なく解説していたがこれは覚えておくべき情報だろう。

 

「ああ、だから久米川さん、あんなに謝ってたんだ、いつでも響を瞬殺できることが分かってたから」

 

荏子田産の今の言葉で俺もようやく理解ができた。

 

「なるほどね・・これで合点がいったよ」

 

牡丹さんの性格からして勝利を確信し、萩生さんに申し訳なくなって謝っていたのも

頷ける。

 

「ちょっとかわいそうね・・」

 

「でも、なんか幸せそうだよ」

 

「猫も見てる・・」

 

萩生さんは夢を見ているようでよく分からない寝言を言っているが、その表情は嬉しそうなのが一目瞭然だった。

まあ、起きて自分の敗北を知ればかなり落ち込むのも容易に想像できるので確かにヒバリさんの言う通りちょっとかわいそうに思えた。

だが、萩生さんに事を憐れんでばかりいられない、自分も負ければ一気に30点も失ってしまうことになる。

 

(負けるわけにはいかない、誰が相手でも俺は絶対に勝つぞ・・)

 

改めて気を引き締め、自分の名が呼ばれるのを待つことにした。



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14話 波乱の合同授業 前編

大変遅れました・・前回の投稿から約100日ぶりの投稿です。
さらに、13にあたる「戦う期末試験」の後編が中々思うように書けなかったので、やむを得ず先に完成した14話を先に投稿させていただきました。
13話についてはいずれ投稿するつもりです。
次回の投稿は30日厳守で投稿させていただきます。


「おはよう、ヒバリさん、牡丹さん」

 

学園に到着し、保健室ではな子さんが体操着に着替えてから教室に向かうと、既に2人が先に教室にいた。

ふと、黒板に目を向けると一限目は女子が「調理実習」男子が「技術工学」と書いてあるのが目に映る。

何故、はなこさんが体操着を着ている訳をヒバリさんと牡丹さんに簡単に説明する。

登校中にはなこさんが電灯に猫を助けようとして引っかかっていたこと、それを女の人が電灯を蹴ってその勢いではなこさんを川に落としてずぶ濡れになり、それで体操着に着替えたことを簡潔に伝えた。

 

「だから体操着に着替えてたんですね」

 

「はなこ、大丈夫なの?」

 

「うん、かっこいいお姉さんに助けてもらったんだよ!」

 

はなこさんが身振り手振りで嬉しそうにそのことを伝えようとしているが、当然のことながらヒバリさんは少し引いてしまっている。

 

「それって・・助けたって言うのかしら?」

 

「まあ、助けて貰えたのは有り難いんだけどさ、全く説明も無くいきなり落としたから滅茶苦茶びっくりしたよ」

 

「確かにこの時期なら風邪は引かないとは思うけど、凄いことするわねその女の人」

 

その時、牡丹さんがノートに書き込んでいるのが目に入った。

何を書いているのか気になり尋ねてみることにする。

 

「牡丹さん、何書いてるの?」

 

「これですか、これは夏休みの計画です」

 

「夏休みの・・?」

 

牡丹さんのノートには、『遊園地、植物園、水族館、海、お祭り』といった様々な行事、施設が書かれている。

そういえば、この前夏休みに皆でどこかに行こうかと話をしていた。

 

「他にご希望はありますか、夏休みのイベント?」

 

「じゃあ私、動物園に行きたい!」

 

「動物園・・?」

 

動物好きのはなこさんなら別におかしくない提案だが正直嫌な予感しかしなかった。

 

「その動物園はふれあいコーナーがあって春に生まれた小ジカとか、子ウサギとか・・あと子トラとか子ライオンとか子ワニとかがいてねっ!!」

 

「却下」

 

「ごめん無理」

 

「何でー!?」

 

「スミマセン、ちょっと同感です・・」

 

目をキラキラさせながら説明していたはなこさんだったが俺とヒバリさんにはあっさり、牡丹さんにすらやんわりと断られものの見事にショックを受ける。

子ジカと子ウサギはまだともかく、子供とはいえ獰猛な肉食獣をはなこさんが見に行くのはどう考えても危険でしかない。

 

「大体、普段から猫にだって引っかかれているのにトラを見に行くだなんて・・」

 

「うん、少なくとも直に触れに行くのは諦めた方がいいって」

 

「でしたら、ふれあいコーナーを我慢して動物を見るだけにすればいいんじゃないですか、それなら・・きっと・・」

 

はなこさんに助け舟を出した牡丹さんだったが段々言葉が小さくなっているのが明らかで、牡丹さん自身もはなこさんは動物を見るだけでも安全とは言い切れないと思ってしまったんだろう。

 

「な、夏休みのイベントといえば・・やっぱ俺は甲子園かな?」

 

話題を変えるべく、話を振ってみた。

夏休みと言えば、俺のような高校球児にとっては甲子園が最大のイベントだ。

まあ、今の俺は2軍の一選手(実力が認められて、3軍から昇格した)に過ぎないので今年、天之御船が甲子園に出場したとしても試合に出ることは夢のまた夢でしかない。

今年は大人しく観客席で部員の1人として応援に徹するほかないだろう。

 

「いいですね、甲子園、それも書いておきますね」

 

「野球かぁ、私野球の試合って見たことないんだよね、ヒバリちゃんと牡丹ちゃんは?」

 

「私は無いわ」

 

「私もありません、葵さん以外は初めてですね」

 

「ああ、でも甲子園って屋根が無いから一日でかなり日焼けするらしいから日焼け止めとか準備しておいた方がいいよ」

 

「そうですか・・なら私は頭に氷を載せてほっかむりをしてサングラスで白い日焼け止め防護服を着た方がいいですね」

 

「・・・・」

 

体の弱い牡丹さんなら最低限そのくらいの準備は必要なんだろうが、想像するまでもなく悪目立ちしそうだ。

 

「いや、牡丹、そんな恰好してたら日焼け以前に暑さで倒れちゃうんじゃなの?」

 

「それもそうですね・・私は大人しく球場の日陰にでも錆の如く張り付いておくことにします」

 

牡丹さんがいつものようにネガティブなオーラを発するが、炎天下の中だと5分も持たなさそうな牡丹さんだとそれがいいんじゃないかと思ってしまう。

 

「あ、そういえばヒバリさんは行きたい場所ってどこかある?」

 

「私は・・・・海に行けなかった時はせめてプールに入りたいわ」

 

「いいね、プール!」

 

「プールか・・」

 

俺も泳ぐのは嫌いじゃないので、夏には1度位は海かプールのどちらかは行ってみたい。

 

「でも、学生の本文は勉強なんだから遊んでばっかりじゃダメでしょ」

 

「うっ、そりゃ確かに・・」

 

体育以外の成績は決して良くない自分にとっては耳が痛い話だ。

仮に、将来無事にプロ野球選手になれたとしても勉強もできた方がいいに決まっている。

 

「あ、そうだね・・じゃあ誰かのお家で宿題しようよ!」

 

「わあ、お泊り会も素敵ですね!」

 

「何だ、何の話をしている?」

 

「やあ」

 

そこに萩生さんと江古田さんがやって来る。

 

「響ちゃんと蓮ちゃん、どうしたの?」

 

「貴様たちがやけに楽しそうに騒いでいるのが耳に触ったのだ」

 

萩生さんはいかにも[仕方なくだぞ]という感じで言ってはいるが、きっと何だかんだで俺達が楽しそうに話しているのが気になってつい話しかけてしまったみたいだ。

 

「実は夏休みにどこに行こうか話し合っていたんです」

 

牡丹さんが代表する形で答える。

 

「何だ、そんなことか」

 

「萩生さん達は夏休みって予定はあるの?」

 

「無論あるぞ、この響に抜かりはない、まずは蓮と共に」

 

ヒバリさんの問いに萩生さんは胸を張って鼻を鳴らしながら得意げに答える。

 

「私は出かけずに家で寝ていたい、夏は暑いし」

 

「そんなっ、蓮っ!?」

 

「あーでも動物園なら行ってもいいかな?」

 

牡丹さんのノートに視線を向け、はなこさんが提案した『動物園』を見て頷きながら呟く。

 

「ほんとっ、じゃあ一緒に行こう!」

 

「うん、行こうか」

 

「れ、蓮がそう言うのなら響も行くぞ、響は動物など」

 

「ところで、動物園ってどこの動物園?」

 

「こないだ登った山の近くにあるんだけどそこにはふれあいコーナーっていうのがあって・・・・・・

 

はなこさんが再び目をキラキラさせてそのことを2人に説明する。

 

「貴様、死ぬ気か・・?」

 

「え、そんなことないけど何で?」

 

「何でと聞かれても・・」

 

萩生さんもはっきりと「確実に襲われるから危険」だと言えないようだ。

ふと気づいたが江古田さんがそのふれあいコーナーに行くとはなこさんとは別の意味で大変なことになる可能性がある。

体質から考えてその場の動物の半分が江古田さんに向って来ることになるのだから小動物や鳥ならばうっとおしいで済むのだろうが、子供だけとはいえ肉食獣に纏わりつかれればさすがに命が危ないかもしれない。

 

「そういえば、一限目って7組だけじゃなく、勉学クラスと体育クラスと合同なんだよね」

 

「ああ、確かそういうことらしいな女子が調理実習で男子が技術工学だとか」

 

「じゃあ、あおい君だけ別になっちゃうんだね」

 

「うん、まあそうなるね」

 

「あの・・実は私全然料理の実体験が無いものでご迷惑をおかけするのではないかと心配で・・」

 

「大丈夫だよ牡丹ちゃん、平気平気、私もだから!」

 

「いや、それ平気じゃないって・・」

 

そういう俺自身も料理はほとんどしない、しても本当に簡単な手伝い位で人のことを言えない立場なのだが。

 

「そういえば、ヒバリさんにお聞きしたかったのですが『おたま』と呼ばれる器具は一体どのようなもの何でしょう、『たま』という位ですし材料を入れる丸い物なんでしょうか?」

 

「そんなレベルなの!?」

 

ヒバリさんの勢いのあるツッコミに激しく同意だった。

その位の料理器具ならさすがの俺も一応は知っているだけに不安がより一層深まる。

 

「もしかしたらひっかけかもしれないよ牡丹ちゃん、丸い形じゃなくて卵焼きとかをひっくり返すときとかに使うものかもしれないし!」

 

「いやそれも違うって! はあ、『おたま』ってのは味噌汁とかをすくって器に移す時に使うもので、簡単に言えば少し曲がった大きなスプーンみたいな形してるんだよ・・」

 

おそらくはなこさん、ヒバリさん、、牡丹さんの3人は同じチームになるのだろうが、この様子だと実質料理はヒバリさん1人で担当することになりそうだ。

ヒバリさんの料理の腕は確かだが、はなこさんと牡丹さんの場合料理の経験以前に何が起きても不思議じゃない。

今までなら心配で放っておけなかったということもあり大抵は同じチーム入っていたが、男女別れての授業ではそういうわけにもいかない。

調理実習ではヒバリさんはきっと今まで以上に苦労することになるだろう。

 

「今日はあたしが料理をするから、2人は手伝いをお願いするわ・・」

 

「やった、ヒバリちゃんがいれば百人力だね!」

 

「よろしくお願いします、ヒバリさん」

 

「くっくっくっ、雲雀ケ丘瑠璃、あの山登りでは不覚にも引き分けだったが今回はあの時のように行かんぞ、覚悟しておけ!」

 

「え・・引き分けってもしかしてあの料理のことか?」

 

「当然だ、調理実習では響の全力で完膚なきまでの圧倒的勝利を収めてくれる!」

 

あの時は、見た目からしてまずそうなサンドイッチを作ってきていたが、この様子だと別に料理の腕を磨いてきたわけでもないんだろう。

しかも、萩生さんが一口食べただけで引っ込めてしまったので勝負すら成立していなかったはずだ。

 

「・・私も雲雀ケ丘さんのチームに入れてもらおうかな」

 

「蓮、何故だー!!」

 

流石に面倒くさがりの江古田さんも萩生さんの作った料理を食べるのは嫌そうなのは間違いないらしい。

そろそろ時間になったのではなこさん達と別れてそれぞれの教室に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、ようやく終わった・・」

 

合同授業の技術工学が終わり、同じ班の男子と別れて調理室に向っていた。

他のクラスはほぼ問題なく進めていったが、7組だけは上手く行かず火花が散ったり、機械が触ってもいないのに動き出すなどのトラブルが多発し殆どの班が及第点を得られないまま終了となった。

不幸中の幸いか、7組は怪我人までは出なかったものの1人の例外なく疲れ果て、授業が終わった喜びの欠片もないまま昼休みとなった。

早く一休みしようとも考えたがヒバリさん達の様子が気になり少しだけ覗いてみることにした。

調理室を覗いてみると、女子達も既に授業は終了したようで生徒は少数しか残っていなかったが、そこに残っている生徒の殆どが7組の生徒ではなこさん、ヒバリさん、牡丹さんと萩生さん、江古田さんも残って後片付けをしている最中だった。

どういう訳か料理の上に緑色の液体がぶちまけられている状況から察するに男子と同様に上手く行かなかったみたいだ。

 

「みんな、お疲れ」

 

声を掛けようか迷ったが、このまま自分だけ先に教室に戻ってもすることがないので声を掛けてみる。

 

「あ、あおい君、男子もおわったの?」

 

丁度一番近くにいたヒバリさんが反応して答えてくる。

 

「まあね、ちょっと色々あったけど何とかね、ええと・・女子はどんな感じだったの?」

 

「こっちもいろいろ大変で、失敗しちゃったわ」

 

聞くまでもなかったようで、やはり男子だけでなく女子の方も散々だったようで、はなこさん、牡丹さんを除けば残っているクラスメートは一様に暗い顔をしている。

 

「あ、あおいくん、男の子の方も終わったの?」

 

はなこさんと牡丹さんの2人も俺に気付いて駆け寄って来る。

 

「終わったよ、はな子さん達はどうだった?」

 

「すっごく楽しかったよ! 途中で火が出でびっくりしたけど、友達と料理するなんて初めてだったし!」

 

「私は足を引っ張ってばかりでしたがヒバリさんのご尽力で最後まで参加できたので感謝してもしきれません」

 

「そ、それはよかったね」

 

「でも、私が野菜ジュースをカレーにこぼしたせいで鷺ノ宮先生に評価してもらえなかった・・」

 

「え、ヒバリさん・・」

 

ヒバリさんは牡丹さんとはなこさんとは対照的に落ち込んで暗い顔をしていた。

確かに自分のミスで料理を台無しにしてしまったなのならそんな表情になるのも無理ないだろう。

 

「そんなことないよ、ヒバリちゃんがいなかったら料理も最後まで作れなかったんだよ!」

 

「それに、このカレーもとても美味しくできていて本当にヒバリさんは料理がお上手なんですね」

 

「・・・・ありがとう、今度は気を付けるわ」

 

2人の言葉にヒバリさんは笑みを浮かべるが完全には吹っ切れてないのが何となく見て取れる。

でも、2人が気にするなと言っている以上、俺が今口を挟んでも仕方ないので何も言わないことに決める。

ともかく、俺のせいで中断してしまった後片付けの手伝いをすることにした。

 

「あ、そういえばあおい君、聞いて聞いて! 今朝助けてくれたあのお姉さん、この学校の先生で調理実習の担当だったんだよ」

 

「え、マジで!」

 

「うん、私もびっくりしちゃった」

 

「普段は勉学クラスを担当しているようですよ」

 

「へえ、身体能力もあんなにすごかったのに頭もいいんだ・・」

 

この名門、天之御船の教師でしかも『勉学』クラスを受け持っているということは教師の中でも超一流の頭脳を持っている証拠だが、今朝のあのキックを見る限りでも体育クラスの担当できそうな程身体能力が高いのは正直かなり驚きだった。

4人で協力して片付けを終えると皆が作ったカレーを少しだけ食べさせてもらったがとても美味しくできていた。

ヒバリさんの言った通り野菜ジュースが混ざってしまったせいで味が少し変わっていたみたいだがそれでもしっかり作られているのがはっきり伝わってくる一品で、もし、失敗が無ければきっと満点だって取れていたかもしれないとすら思う程だった。

余談だが、同じ調理室にいた萩生さんと江古田さんの作ったおにぎりも食べてみたが一口食べた瞬間反射的に吐き出しそうになってしまった。

その理由はおにぎりには具材としてスイカが入っていた上に塩の代わりに砂糖が入っているというおぞましい代物だと言うことが判明した。

あの萩生さんが作ったモノを不用心に口に含んだ自分が悪いので何とも言えなかったが、江古田さんに鷺ノ宮先生から―300点というとんでもない点数を付けられたことを教えられ、実際に食した後なら十二分に理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後 ホームルームも終わり下校の準備を進めていると教室に鷺ノ宮先生が現れ少し話があるとのことで職員室に呼び出しを食らった。

特に思い当たるようなことは無かったが、それでももしかしたら、叱責でも食らうのかもしれないと緊張しながら職員室に足を踏み入れ、そのまま先生の机の前で話を始めた。

 

「鷺ノ宮だ、突然呼び出してすまなかったな」

 

「いえ、それにしてもここの先生だったんですね」

 

「まあな、早速本題に入らせてもらう、葵坂、お前は幸福クラスについてどう思っている?」

 

「どうって・・まあ変わったクラスだなとは思っていますが」

 

「それだけか・・?」

 

「・・・・それは・・」

 

言葉に詰まり黙り込んでしまう。

その質問はとっくの昔に自分で考え答えを出していたがそれを口に出すのは気が引けた。

 

「聞き方を変えよう、お前はあのクラスは自分にとって相応しい所ではないと感じていないか?」

 

「・・・・・・」

 

「葵坂、お前について調べさせてもらった、入学後の体力テストの結果から入学前の実績もだ、はっきり言ってお前の実力ならば体育クラス内でも最上位の1組内でも十分通用する、だが不幸だからと7組に入れられたのは実に不可解だ」

 

「・・はい」

 

その言葉はいつの間にか心の奥底にため込んでいた不満をやわらげるのに何よりも効果的だった。

 

「正直に言って私は幸福クラスの存在に疑問を抱いている、特別な才能を持っているわけでもなく他のクラスのような努力も見られないあのクラスをこれ以上放置する気はない、天之御船学園を守るため7組を潰そうとも考えている」

 

「そ、それはいくら何でも!」

 

だが、あのクラスの存在まで否定されるのは流石に受け入れられない。

7組には友達や楽しい思い出もある以上、入学前ならいざ知らず、今の俺にとってかけがえのない場所を潰されるというのは到底肯定できなかった。

 

「勘違いするな、私は別に7組の生徒を追い出そうとは毛頭考えていない、代案として新しく普通科を設立し全く別のカリキュラム組み、生徒の成績次第では勉学クラスの3組、もしくは体育クラスの6組への移動も考えている」

 

「そ、そうなんですか、すいません」

 

「気にするな、だがもし仮にそうなった場合私はお前の体育クラス、それも1組の移動を強く主張するつもりだ、それだけは忘れないでもらいたい、この天之御船においてお前のいるべき場所は7組ではないのだから」

 

「・・はい、分かりました、失礼します」

 

先生の一連の発言に頭が混乱し、うまく答えられないまま職員室を出て皆で一緒に帰ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、そのにゃんこがね・・」

 

「はい」

 

「首怪我してたからね、こうやって膝から」

 

はなこさんが普段通り大好きな動物のことをニコニコしながら話し、それを聞きながら帰路を歩んでいくが先ほどの鷺ノ宮先生の話が一向に頭から離れず、完全に上の空だった。

あの先生の話は自分にとって願ってやまないことで、もし本当にあの先生の言う通りに幸福クラスが無くなれば確証はないものの俺は体育クラスに移動が叶うことになる。

他のクラスメートも先生が言った通りに新しく設立される普通科に入ることになれば、きっと今まで受けてきた変な授業も無くなるんだろう。

第一、先生の言葉は確かに一から十まで正論であの時は返す言葉が無かった。

でも・・本当にそれでいいのだろうか?

俺も含めた7組の生徒は不幸を見出されたとは言われたが、だからこそ天之御船学園に入学できたという事実は揺るぎようがない。

それに、入学式後の小平先生の言葉の中に『不幸のせいでせっかくの才能を発揮できない人もいる』というものもあったのを覚えている。

あの言葉は解釈を変えてみると俺達7組の生徒は不幸を克服さえすれば、自分でも気付かなかった才能を発揮できるようになるということではないだろうか・・?

もちろん、あの発言が本当のことなのかは分からないし、あの幸福実技を受けていけば不幸を克服できる確証もない。

 

「ねーねーあおいくんってば!」

 

「え、うわっ、な、何!?」

 

考えるのに集中しすぎたせいで、いつの間にかはなこさんが目の前にまで近づいて声を掛けてきていることに気がつかず、かなり驚いてしまった。

 

「実はね、さっきヒバリちゃんと話をして今日ヒバリちゃんちでお泊りすることにしたんだ」

 

「え、何でまた?」

 

「この前、ヒバリちゃんちに遊びに行きたいって言ってたし、それに今日行ってみたいって思ったからだよ」

 

「即断即決だね・・でもそれがどうしたの?」

 

「だから、あおい君も来れないかなと思って」

 

「え、いやいや俺は!」

 

恋人ならばともかく、単なる友人でしかない俺が女の子の家に、ましてやヒバリさんの話では一人暮らしで両親もいない家に泊まるなんて絶対に無理だ。

 

「か、勘違いしないで! 泊まるのははなこと牡丹だけよ、でも折角だからあおい君も一緒に来てもらおうかなと思って、ほらだって一人だけ仲間はずれってのは何だか嫌な感じだしね」

 

ヒバリさんが慌てて俺の盛大な勘違いを訂正してくる。

 

「あ、ああそういうこと! ごめんごめん、大丈夫、今日は何も予定ないから俺も遊びに行こうかな」

 

「ほんとっ!? じゃあまだ今日はもうちょっとみんなでいられるね!」

 

「そうですね、私も急いで帰って両親に許可を頂いてきます!」

 

「牡丹・・はしゃぐのもいいけど、転ばないようにね」

 

俺達はそれぞれの家路に分かれ、帰宅してすぐに両親に「今日は友達の家で遊んでくるから夜遅くなる」と伝え、

準備を手早く済ませると、すぐに家を出てヒバリさんから聞いた住所へ向かいだす。

ただ、心配を掛けたくなかったのでその友達が女の子であることは黙っていることにした。

ふと、自分が人生史上初めて女の子の家に行くことになることに気がついたが、自分の例の体質もあり小・中共には殆ど女の子と関わることはなかったので迷いが生じる。

この期に及んで、行くことにためらいを覚えたがこんなことで立ち止まっていては不幸をいつまで経っても克服できないと考え覚悟を決め、再び足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐという所で行き倒れている牡丹さんとそれを見つめているはなこさんを発見し、急いで担いでヒバリさんの家に運び込んだ。

 

「・・も、申し訳ありません皆さん、浮かれて歩いたせいか立ちくらみが・・」

 

「無事ならもう気にしなくてもいいって」

 

「牡丹、お薬飲むんでしょうから水置いておくわね」

 

「ありがとうございます、よろしければお2人とも気分がとっても良くなるお薬や身体にすごく力がみなぎるお薬はいかがですか?」

 

「気持ちだけ頂いておくわ・・」

 

「俺も遠慮しておくよ・・」

 

断定はできないが、使っているのがばれたら試合に出られなくなるような成分が含まれている気がしたので断っておく。

 

「では、この通常の3倍の速さで動けるようになるお薬はいかがですか?」

 

「いいってば・・」

 

「やめておく・・何か怖いから」

 

「あ、そういえば私お土産持って来たんだ!」

 

そう言って、はなこさんはカバンから大きな箱を取り出した。

 

「そんな、気を使わなくてもよかったのに」

 

「はいっ、サラダ油とオリーブオイル!」

 

はなこさんが持ってきたのはまるでお中元みたいなお土産だった、まあ確実に使う物だから貰った側も困ることは無い物なので丁度いいかもしれない。

 

「・・ありがとう」

 

「それにしても・・ヒバリちゃんち、すっごくかわいいねー♬」

 

ヒバリさんはそれを聞いた途端、急に表情が赤くなる。

 

「ほんと、小物使いも愛らしくて素敵ですよね♡」

 

確かにそう言われると、この家には多くの小物が使われていてその一つ一つがいかにも女の子が好きそうな可愛らしいデザインの物ばかりだった。

 

「お、親がインテリアに昔から無頓着な人達だから・・そう、あたしが子供のころから選んできた物ばかりで、だからちょっと幼すぎちゃって・・!!」

 

真っ赤になって狼狽えながらヒバリさんは説明してくるが、あの様子だと半分くらいは本当、残りは嘘でヒバリさんが子供の頃から選んできたものもあるのだろうが、今でもこういう小物を選んでいるんだろう。

それに1人暮らしともなれば、自分の好きなもので部屋中に置くのは普通のことに思える。

 

「ヒバリちゃんの思い出が全部に詰まってるんだ!」

 

「ピンクがお好きだったんですね♡」

 

「あーほんとだ、ピンク色のクッションとか多いね」

 

「え、ええ昔小学生の頃はね」

 

少なくともピンクが好きなのは間違いなさそうだ。

その後も、この家のことや普段は1人で何をしているのかなど主にヒバリさんのことを中心に色々話をしていく。

これが、男子だけの集まりならゲームなり漫画を読んだり共通の趣味で盛り上がったりするのだろうが、これでは普段教室で話をしているのと何も変わらない。

それでも、こうやってただ皆で過ごすのは性別の関係なく落ち着ける。

時間が立って日が落ちてきたころ、ヒバリさん達は一緒に風呂に入ることなり3人で脱衣所に向かった。

当然、俺はここで1人皆が戻ってくるのをテレビを見ながらじっと待つことになる。

3人が入浴に向かう時も信頼されているのか、それとも男子として意識されていないのかは分からないが一言「覗くな」と釘も刺されることも無かったのは複雑な気持ちだった。

覗くつもりなど欠片もないが、本音を言うと興味がないかと聞かれればそんなことはない。

特に変わった嗜好もない男子高校生として見て3人共かわいい女の子で、それぞれ誰かと一緒に過ごす時も楽しく思える。

だが、今のところは3人も含め誰か特定の相手の好意は抱いたことが無く、それ以前に自分の体質を直す方が先決だろう。

やがて、風呂上がりのはなこさん、ヒバリさん、牡丹さんは普段の見慣れた制服や以前見かけた私服とは違う無防備な寝間着に少しだけ心臓の鼓動が早くなる。

 

「どうしたの、あおい君?」

 

「あ、何でもない、ちょっとぼーっとしてただけ」

 

呆けている俺をはなこさんは不思議そうな目を向けていてはっとなって誤魔化す。

 

「はなことあおい君は何か飲む?」

 

「カフェオレ! 牛乳たっぷりで」

 

「はなこさん牛乳お好きですもんね」

 

「学校でもよく飲んでるねそういえば」

 

「うん、ねえねえ牡丹ちゃん、牛乳たくさん飲んだら身長が伸びたり、胸がおっきくなったりするのかな・・?」

 

「どうでしょうね? 私はおなかを壊してしまうのであまり飲まないのですが」

 

「え、そうなんだ!」

 

話の内容だけに声には出さなかったが、俺も今の言葉には少しだけ驚いた、牛乳をたくさん飲んだからと言って背がよく伸びたりするとは限らないことは知っていたが、牛乳をよく飲んでいるはなこさんは辺り成長せず、逆に殆ど飲まない牡丹さんは色々成長していてお互いにそれが悩みになっているのは何とも皮肉だろう。

牡丹さんの話は続き、「コーヒーをよく飲む女性は飲まない女性に比べて胸のサイズが17%小さくなる」というトリビアを披露したがそれでもはなこさんはコーヒーは好きということで飲むことにしていた。

これからもコーヒーは飲み続けるのか分からないが、しばらくはコーヒーを飲むたびにこのことを思い出して落ち込む様子が見てとれた。

そんな調子で皆と話をしているといつの間にかすでに外は暗くなり、帰るべき時間になっていて帰ることにする。

 

「そろそろ帰ろうかな、もう遅いし」

 

「あ、ちょっと待ってあおい君」

 

「どうしたの?」

 

「帰られる前にお話ししたいことがあるんです」

 

「話・・?」

 

「実は今日あおい君も誘ったのは、はなこと牡丹があおい君も誘ってほしいって言ってきたからなの」

 

「そうだったんだ・・」

 

「べ、別にあおい君を呼ばないつもりじゃなかったのよ、ただ男の子を家に入れるのって初めてだったから自分からは言い出しにくくて・・」

 

「だ、大丈夫だよ、俺も女の子の家に来たのは初めてだから・・」

 

「今日、鷺ノ宮先生に呼ばれた後から落ち込んでいるような感じだったからあおい君も一緒に来てほしいなって思ったの」

 

「え・・・・それは・・」

 

正直言って2人が元気がないことに気づいているとは夢にも思わずかなり驚かされた。

帰る時は上の空だったとは思うが、それでもずっとではなかったし、2人の様子もいつもと変わらなかったので全く気が付けなかった。

 

「もしかして、先生に怒られたの?」

 

「何か悩みがあるんでしたら私たちで良ければお話しいただけませんか?」

 

「力になれるか分からないけど話をするだけでも気持ちが楽になるかもしれないわよ」

 

はなこさんも牡丹さんもヒバリさんもじっと俺の目を見つめてきて返事を求めてくる。

 

「別に悩みってわけじゃないんだけど・・ごめん、まだ言えないことなんだ」

 

正直に言ってしまいたかったが、鷺ノ宮先生にこの件は黙っていて欲しいと言われたので説明はできない。

7組の生徒には大事な話だが決まってもいないのに騒ぎ立てれば学校全体に迷惑がかかることにもなる。

 

「そうなんだ、でももし何かあったら私達に相談してね」

 

「そうですよ、普段は私の方がご迷惑をかけてばかりなんですから」

 

「わ、私も!」

 

「私もあおい君に助けられること多いから」

 

「ありがとう、もう少ししたら話せるかもしれないから待ってて欲しいな」

 

「じゃあ、そろそろ寝室に行きましょうか」

 

「あ、まだ待って、ヒバリちゃんにも話したいことがあるの」

 

「え?」

 

「今日の調理実習が終わってから気が沈んでらっしゃるようでしたから」

 

「あ、あれは――」

 

どうやら2人は俺のことだけでなくヒバリさんが落ち込んでいることもしっかり

俺自身もあの時以来ヒバリさんが気が沈んでいるのが伝わっていたが結局何もできていない。

 

「少し・・嫌気が差していただけよ、自分自身に・・」

 

「いつでもしっかりしているフリで肝心な時にいつも迷惑を掛けたり裏目に出たり、そんな自分がすごく――」

 

「ヒバリちゃん! 迷惑かけていいんだよ、だって好きだもん!」

 

言葉を遮るようにはなこさんがヒバリさんの目の前までやって来て力強く言い切った。

 

「そうですよ、ヒバリさん、いつもは私の方がご迷惑かけてばっかりなんですから」

 

「わ、私も!」

 

「ちょっとは頼って下さったり、弱音を吐いたりして下さい、頼りない相手かもしれませんが」

 

「――確かに、あなたたち2人じゃあの学園一頼りないかもね。 ね、あおい君」

 

「え!?」

 

「!?」

 

ヒバリさんから予想だにしない衝撃の一言が飛び出て俺もはなこさんも体が固まる。

 

「ふふ、冗談よ」

 

だが、すぐにヒバリさんは笑みを浮かべその言葉を取り消す。

 

「そんな恥ずかしい言葉言ってる暇があったらもう寝るわよ、明日も普通に平日なんだから!」

 

「あ、そういえば明日プールだった! 帰ったら準備しないとな」

 

明日はプール開きで当然水着も用意しなければならない。

 

「じゃあ俺帰るね、また明日」

 

「ばいばーい」

 

「忘れ物しないようね」

 

「お気をつけて」

 

ヒバリさんの家を出て何事もなく自宅にたどり着き、日課の野球の練習や明日の諸々の準備を終えて寝ることにした。

寝る前に今日起こったことを振り返ってみると、いろんなことがあってとても濃い一日だった。

合同授業の技術高額で何度もトラブルがあったこと、鷺宮先生に言われたこと、ヒバリさんの家に初めて行ったこと、はなこさんと牡丹さんに元気づけられたこと。

その中でも特に驚かされたのははなこさんと牡丹さんの2人が俺が悩んでいることを気付いていた事実にはかなり驚かされた。

はっきり言えば、2人を頼りないと心の奥底で思っていたのは否定できない。

それに、俺ははなこさんと牡丹さんを『助ける』ことは常日頃から考えていたが『助けられる』ことを考えたことは一度もなかったが、2人の言う通り俺達は『友達』同士何だから助け合うのが普通だ。

自分が『助けなければいけない』という考えは結局は自分の思い違いに過ぎないんだろう。

色々疲れはしたがそれ以上に大切なことに気付くことができた日で生涯この一日を忘れることは無いだろう。

時計を見てみると既にもういい時間なので、いい加減目をつむって寝ることにする。

明日は天之御船に入って初となるプールの授業で楽しみだった。

 



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15話 波乱の合同授業 後編

何とか間に合いました・・
誤字脱字あると思うので随時訂正していきたいと思います。
私事になりますが今回の投稿日の9月30日は私が書き始めて丁度一年目の節目を迎えます。
当初の予定ではアニメ化された分は終わらせるつもりだったんですがまだ9話目の上所々で飛ばしている話もあって申し訳ないです。
今年中にアニメ化された範囲は終わらせたいと考えています。
次回は10月15日前後に投稿予定です。



翌日、プールの授業の時間になり4人で更衣室まで移動している時だった。

 

「プールの授業も他のクラスと合同なのかしら?」

 

「そうだと思います、ほら」

 

牡丹さんが指で示した先に体育クラスの女子で同じように更衣室に向っている。

 

「ああ・・あのスカーフの刺繍ね」

 

ヒバリさんの言うように、勉学クラスはペン先、体育クラスは炎、そして俺達幸福クラスは四つ葉の刺繍となっておりこれを見るだけでどこのクラスかを判断できる。

 

「最初はクラスごとにモチーフが違うなんて知らなかったから、登下校中とか廊下で何で注目されるか分からなかったわ・・」

 

「分かるな・・俺も部室に行くと俺以外の全員体育クラスだから余計に違いを見せつけられてさ、授業の話も全然合わないんだよ・・」

 

そのせいで俺が部室に入ると露骨に今日の授業の話をやめてしまうという気の使われ方をされていて、今は慣れたものの最初の頃は余計につらかった記憶が残っている。

 

「私はこの四つ葉一番好きだなーだってかわいいもん♬」

 

「そうですね♡」

 

「かわいいのはいいんだけどね・・」

 

「かわいいとは思うけど俺は炎の方がかっこいいな」

 

更衣室にたどり着き、はなこさん達と別れ、ぱっぱと着替えてプールに向かう。

プールには体育クラスの4組と幸福クラスの7組の生徒が集まっており、おそらくはこのプールの大きさからほぼ定員の

本来ならば全体育クラスと幸福クラスの女子でプールの授業だと聞いていたが、ある事情で男女合同でプールの授業となったため、

少ししてはなこさん達もプールにやって来て、それからすぐに生徒と同じように水着姿の小平先生と鷺ノ宮先生が姿を見せる。

2人ともかなりスタイルが良く、その上豊満な胸の持ち主なだけあって水着姿ともなれば当然自分も含めた男子の殆どは視線を吸い寄せられてしまう。

 

「あれ、体育の授業の時は体育クラスの先生じゃないんですか?」

 

「ええ、ですが・・」

 

「水泳時に関しては幸福クラスがいる時は幸福クラスの担任が付き添いする必要がある、何かあってからは遅いからな」

 

「ああ確かに・・」

 

ぐうの音も出ない理由だった。

授業が始まり、準備運動をしっかり終えてプールに入りまずは全力で泳ぎ始める。

小平先生が「最初の1時間は自由行動」と言っていたが、プールとはいえせっかくの体育の授業だ。

遊ぶのもいいがトレーニングとして泳がないのは損だろう。

ある程度泳いで少し休憩しようとするとすぐ近くにはなこさん達がいた。

牡丹さんはこれから水中に入るらしく眼鏡らしきものを付けようとしている。

 

「牡丹さん、それって眼鏡?」

 

「はい、度入りの水中眼鏡で目が弱いのでこれがないとすぐ充血して何も見えなくなってしまいますから」

 

「本当に大丈夫?」

 

ヒバリさんの心配ももっともで普段の様子だけに当然と言える。

第一、このプールの授業が始まる前にもこっそり物陰に隠れてやり過ごそうとしてた位だ。

 

「ええ、少し浸かるだけでしたら、きっと・・おそらく・・たぶん・・」

 

「声が段々小さくなってるんだけど・・」

 

ともかく、しばらくは牡丹さんを注意してみておくことにしよう。

 

「じゃあさ! 牡丹ちゃん、私と勝負しよーよ!」

 

「勝負、何のでしょう?」

 

「あのね、水中に潜ってどっちが長く息止めてられるか―」

 

「「だめ!!」」

 

図らずしてヒバリさんとハモってしまったが、そんなことを気にする余裕もなく止めにかかる。

 

「・・だめ?」

 

「絶対だめ!」

 

「危ないって絶対!」

 

よりにもよってこの2人がそんなことをするのは考えるまでもなく無謀な行動だ。

 

「危険から遠ざかるばかりが幸福の道とは限りませんよ、先生がちゃんと見てますから」

 

そこに小平先生が現れてはなこさんに助け舟を送って来る。

 

「分かりました・・」

 

それでも不安は収まらなかったが先生の言うことも一理あり、ひとまず見守ることに決めた。

牡丹さんも了承したようではなこさんと並んで息止め勝負を始めようとしている。

 

「じゃあ測りますよ、せーの」

 

先生の言った瞬間、はなこさん、牡丹さんは水中に沈んで息止め勝負を始める。

そして、すぐに牡丹さんが浮かび上がる。

 

「ぼたーん!」

 

「牡丹さーん!」

 

急いで牡丹さんを助けに2人で向かう。

幸いにも、軽く揺さぶるとすぐに牡丹さんは意識を取り戻した。

 

「予測はしてたけど、しっかりして牡丹!」

 

「だ、大丈夫です・・す、すいません、やっぱり息を止めるのって難しいですね・・」

 

(1秒もなかったけど・・)

 

「永遠に止めることならできそうですけど・・」

 

「やらなくていいから!」

 

「あれ、そういえばはなこさんは・・」

 

咄嗟に水中に潜って探すと牡丹さんのように気を失っているはなこさんを発見し慌ててプールサイドに上げて助け出す。

 

「だからだめだって言ったのに・・!」

 

「だいじょうぶだよぴゅー、おぼれたんじゃなくてちょっとおみずおんじゃってぴゅー」

 

「いやいや、どう見ても大丈夫じゃないよ! そんなに水飲んで!」

 

水を飲んだせいで、はなこさんのお腹はまるで身ごもっているように大きく膨らみ、ヒバリさんが必死に押し出そうとしてはなこさんの口から水が吐き出されている。

 

「牡丹さん、調子はどう?」

 

はなこさんのことはヒバリさんと先生に任せ牡丹さんの様子を確認する。

 

「はい、なんとか・・息を止めるなんてことすらできない私なんて今すぐこのプールの藻屑となって消えてなくなってしまいです・・」

 

「ま、まあともかく・・無事でよかったよ・・今度は気を付けてのんびり泳ごうか」

 

その後は時折横目で皆の様子を確認しながら再び全力で泳ぎ始めた。

水中だと水の抵抗があるせいでかなり体力を使うがその分トレーニングにはうってつけだ。

ふと、体育クラスのいる方に視線を向けてみると1人の例外なく全員が泳ぐなりプールサイドでストレッチするなりでト鍛錬に励んでいる。

それとは逆に幸福クラス側は俺を除いた全員が各々好きなように過ごしている。

別にそれが間違っているわけではなく、将来プロの道や大学の推薦を狙っている体育クラスと単なる1つの授業として過ごしている幸福クラスの間では過ごし方が異なるのも当然と言えるだろう。

俺自身も将来はプロ野球選手、いづれはメジャーへの進むという夢の為にこのクラスの中で唯一本気で泳いでいるのだから。

 

「よく泳いでいるな、葵坂幸太」

 

「やあ」

 

「萩生さん、それに江古田さん」

 

2度目の休憩をしているとそこに萩生さんと江古田さんが声を掛けてくる。

 

こうして間近で水着姿の2人を眺めてみると、萩生さんははなこさんと同じくらい小柄だがそれでも何かスポーツでもしていたと思える引き締まった体つきで、江古田さんは牡丹さんとまではいかなくもかなりのスタイルのプロポーションの持ち主だ。

 

「ん、どうしたじっと見て?」

 

「ああ、いや何でもないよ、ただ萩生さんって中学の頃とか何か部活にでも入ってたのかなと思ってさ」

 

「よくぞ聞いてくれた、中学時代は陸上部で長距離走のエースのだったのだぞ!」

 

「へえ・・そうだったんだ」

 

普段の方向音痴ぶりを見ていると協議の途中で道を間違えてしまいそうな気をするが・・

 

「走るのは早かったけど、響途中でいつもコースを間違えてたから記録には残らなかったけどね」

 

「ち、違うぞ! あれは何者かが響を貶めようと卑怯な手を使っていたせいだ!」

 

「・・そう、それは気の毒だったね」

 

どうやら予想した通りだったらしい。

 

「それにしても、今日は響の華麗なる泳ぎで体育クラスの奴らもあっと言わせてやるつもりだったのに、初日から自習とは・・」

 

「むしろ初日だからじゃないか? それに体育クラスとじゃ勝負にならないだろ、ましてや相手は特に優秀な4組なんだし」

 

「ふふん、案ずるなこの萩生響が幸福クラスにいる限り無様な負けなど起こりえん! しかし、女子は響がいるからいいとして問題は男子だ、例え男子とはいえ響が所属する7組が無様に負けるなど我慢ならん、葵坂! いずれ体育クラスとの勝負の時が来れば死ぬ気で泳げ!」

 

「あ、ああもちろん、全力で泳ぐよ、勝負だっていうならさ!」

 

俺に声をかけてきたのは今の言葉をたきつけるつもりだったのかもしれない。

萩生さんの言うように体育クラスとでは勝負にならないのだろうが、それでも負けて当然だとあきらめて手を抜くつもりなど全く無い。

 

「・・てあれ、江古田さんは?」

 

いつの間にか江古田さんの姿が見えなくなっていてあたりを見回すがどこにも見当たらない。

 

「!? 蓮ー!」

 

萩生さんの悲鳴じみた叫びに驚いて視線の先を目で追うとそこには江古田さんが水の中に沈んでいる姿が目に入り、萩生さんと協力して引っ張り起こす。

 

「・・ごめん、水の中が気持ちよくてつい寝ちゃった・・」

 

「毎年のことではないか、水の中で位起きていろー!」

 

「これだと江古田さんもプールじゃ危険だな・・」

 

はなこさん、牡丹さんに続いて江古田さんもプールでは目を離せなくなりそうだ、いやらしい意味ではなく。

萩生さん達と別れてまた力強く泳ぎ続けていると、突然小平先生が笛を吹きプールサイドに並ぶよう呼びかけ、言われた通り生徒全員が並んだ。

 

「皆さんそろそろ水にはなれましたか? この辺で1度クラスごとにチームを組んで軽く競泳してみましょう♬」

 

「今日は自習だったんじゃ・・」

 

ヒバリさんの言うように今日は自由時間とだけ聞かされていたため、7組が少しだけざわつく。

 

「その予定だったんですけど、鷺ノ宮先生がどうしてもというので・・」

 

そう言って、小平先生は鷺ノ宮先生を見やるが、その表情はいつものように毅然としていて真意が読み取れない。

多分ではあるが、昨日先生が幸福クラスを潰すと言っていたことに無関係ではないんだろう。

 

「クラスごとにってことはクラス対抗ってことですよね?」

 

確認のため先生に尋ねてみる。

 

「はい、4組と7組の対抗競泳です」

 

「競争するの、楽しそう!」

 

「まあ先生も軽くって言ってるしそんなに真剣なものじゃ・・」

 

「いや、先生が言っただけだし、それにほら」

 

体育クラスの生徒を見てみると明らかに勝負と聞いて闘志を燃やしていてすさまじいオーラを発している。

誰がどう見ても手加減や勝つだけでいいなどとはみじんも頭にないのは聞くまでもないだろう。

 

「天之御船の体育クラスだものね・・」

 

「ああ、全員が泳ぐのが得意ってわけじゃないんだろうけど・・」

 

そう言う俺自身も不幸を見出されなければあっち側の生徒なので自慢になってしまうのでそこから先は口には出さなかった。

 

「臆するな者ども! 幸福クラスに響がいる限り、無様な敗北などありえん」

 

萩生さんが一歩前に出て幸福クラスの生徒達を鼓舞するかのように宣言する。

 

「水泳得意なの?」

 

「いや、別に・・」

 

「・・まあ萩生さんだからね、彼女らしいよ」

 

ともかくは体育クラス、しかも4組が相手とあれば勝つのは相当難しいだろう。

俺も水泳はそれほど得意と言う訳ではなく、タイマンでの勝負だとしても勝てる自信はない。

まずは男子からスタートで俺は3組目の一番手で出ることなった。

 

「準備はいいですか、行きますよ」

 

先生の笛が鳴らされた瞬間、1組目の一番手となった4組、7組の生徒が水中に飛び込んで泳ぎ出す。

しかし、すぐさま体育クラスの生徒がリードしはじめ差があっという間に開いていく。

最終的には人数遅れまで差が広がって7組の負けとなった。

特段7組が遅かったという訳ではなく4組の生徒が凄すぎた結果と言えるだろう。

 

「すごい・・・・」

 

ヒバリさんが体育クラスの泳ぎを見て驚きつつ呆然とした声を上げた。

 

「さすが体育クラスの方々ですよね、もはや私などと同じ人類とは信じられません・・」

 

「いやいや、そこまで違いを感じなくても・・」

 

体育クラスだって俺達と同じ人間には違いないのだから絶対に勝てないなどとあり得ないはずだ。

そのまま2組目も1組目以上の差をつけられ、完敗となった。

クラスメートの泳ぎを見る限りだと勝つことは最初から諦め、本気で泳いでいない様子でこれでは勝つ可能性は完全に0だろう。

次は自分の番となる3組目が行われる。

 

「では行きますよ」

 

先生が笛を吹いた瞬間、勢いよく水中に飛び込んで力の限り泳ぎ出す。

どれほど勝つ望みが薄くても俺は終わってもいない勝負を捨てる気などさらさらなかった。

競争している体育クラスと比べてリードしているか、それとも遅れているか判断する余裕もないまま次の泳者にバトンを回す。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様!」

 

「やっぱり速いわね」

 

泳ぎを終えてプールサイドで休んでいると牡丹さん、はなこさん、ヒバリさんが声を掛けてくる。

 

「ありがとう、どうだったかな俺は体育クラスと比べて遅れてなかった?」

 

「私が見た限りじゃギリギリで2番目位でゴールしてわよ」

 

「そう、惜しかったな・・」

 

既に3組目も終わり、結果的には負けていたが1組目と2組目ほどの差はついておらず、俺が泳いだ分を考慮してみても他のクラスメートが奮起して泳いでくれたのかもしれない。

負けはしたが、それでも

 

「残念だったな、葵坂」

 

「あ、響ちゃん、それに蓮ちゃん!」

 

「お疲れ様」

 

「あなたたちも見てたのね」

 

「ああ、だが1位ではなく2位とはふがいない・・この響の出番の際には輝かしい1位を手にしてくれゴハッ!」

 

「響、うるさい」

 

江古田さんが手刀の一撃を萩生さんの頭に打ち付けて黙らせた。

あのすごろくの時も同じようなことがあった。

そしてそのまま、失神した萩生さんを担いで戻っていく。

 

「どうして萩生さんはあおいくんにあんなに突っかかって来るのかしら?」

 

「俺がほら、有名人の息子とゆう理由で注目されているのが気に食わないからだって」

 

「萩生さんらしい理由ね」

 

「でもあのお2人、相変わらず仲がよろしいですね」

 

「うん、まるで私達みたい!」

 

「うふふ、そうですね」

 

その後、男子のレースを眺め続けたが全て結果は最下位に終わり、女子の番となった。

最初競泳では、はなこさんが一番手として出場するみたいだ・・嫌な予感を覚える。

 

「では行きますよ」

 

先生が笛を吹き一列に並んだ女子が一斉に飛びだすが大きな音が辺りに響く。

 

「完璧な腹打ち!」

 

「痛そう・・」

 

その音ははなこさんがプールにお腹を強かに打ち付けたせいで発した音だった。

運動神経は悪くないはずだが、持ち前の不運さゆえなのかもしれない。

残念ながら最下位でおそらくはなこさんが最初の腹打ちで出遅れたものの、それが無くとも結果は変わらなかっただろう。

続いて、牡丹さんが出場する番になったが緊張の余り失神してしまい棄権となった。

さらに、江古田さんが泳ぐ番では立ったま眠りこけてしまい、だいぶロスしてしまう。

そして、ヒバリさんが泳ぐ番となった際は特に問題なく泳いだが、それでも身体能力の差は如実に発揮されいづれも最下位の結果だった。

俺の友人でまだ泳いでいないのは萩生さんだけとなった。

 

「体育クラス、やっぱり強いな全員・・」

 

「本当ね・・忘れがちだけど天之御船ってすごい名門校で相手は体育クラスの4組が相手なんだから無理もないのかもね」

 

「でもでも、競争楽しかったよ!」

 

「私はお役に立てませんでしたが、皆さん本当に一生懸命泳がれていて尊敬しちゃいます」

 

俺達幸福クラス側は連戦連敗だが、それでも気を落とすことなく、既に泳ぎ終わった生徒もまだ泳いでいない生徒も和気あいあいと談笑して過ごしている。

一方の体育クラスは全員がストレッチを行っていて油断せず勝利に向けて最善を尽くしている。

まだ女子の競泳も終わっていないが、この分だと相手側に何かトラブルでも起きない限り勝つことはまず不可能だろう。

 

ゴロ・・ゴロゴロ・・・・

 

何やら不穏な音が聞こえて空を見上げてみると気が付かない間に空が分厚い雲に覆われ、辺りが暗くなりその上雷の音が聞こえてくる。

この様子だと時間が立てばこの一帯にも落雷するかもしれない。

 

「皆さーん! 競泳中ではありますがちょっとお天気が心配です、今日の水泳はココで中止しましょうねー」

 

思った通り、小平先生が生徒全員に呼びかけている。

一般的に落雷する確率は低いものの、プールという場所ゆえ水辺では水中に落雷すると危険だと聞いたことがある。

 

「えっ!?」

 

小平先生の言葉に萩生さんは驚きの声を上げて抗議するが先生は極めて冷静に、尚且つ落雷の危険性を一つ一つ説明し、萩生さんは言葉を詰まらせる。

しかし、それでも諦めきれないようで涙目になりながらも先生に詰め寄っていた。

これ以上見ていられず止めるために萩生さんの元へ足を進める。

 

「響は・・っこの時間中に一度位蓮に――い、いや皆の者に華麗なる泳ぎとは何たるかを!」

 

「今日は・・もういいだろ響」

 

「蓮っ・・」

 

どうやら江古田さんに自分の泳ぎを見せたかったことが理由らしいが天気がこの様子では続けるのは危険でしかない。

 

「萩生さん・・またプールの授業はあるから今日はひとまず諦めようよ、江古田さんだって帰りたがっているみたいだしさ」

 

「葵坂っ・・!」

 

様々な感情が絡み合った表情でこっちを睨み付けてくるが、その両眼には涙が浮かんでいることもあってか少しも迫力がない。

 

「響、今日はもう戻ろう」

 

「・・・・・・分かった、蓮がそう言うのなら」

 

しぶしぶと言った感じで萩生さんは引き下がり更衣室に向って歩き出す。

 

「っ!?」

 

だが、向き直って歩き出そうとしたとき足を滑らせプールに頭から落ちてしまった。

 

「は、萩生さんっ!」

 

咄嗟にプールに飛び込んで萩生さんを抱き起しすぐさまプールから引っ張り出した。

 

「萩生さん、しっかりして!」

 

意識を失っている上に呼吸もしておらず素人目でも危険な状態だ。

 

「とりあえず更衣室に運ぼうか」

 

「ああ!」

 

江古田さんの言葉で萩生さんを背負い、急いで女子更衣室へ走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、失礼しました!」

 

萩生さんを急いで更衣室へ運んだのはいいが、すぐに自分がいてはいけない場所にいることに気が付いて無我夢中でそこから逃げ出した。

 

「あーまたやってしまった・・あれ?」

 

ふと、プールの方に目を向けるとそこには何故か未だにプールに入ったままのはなこさん、ヒバリさん、牡丹さんの姿があり、そしてそのすぐ近くに鷺ノ宮先生がいた。

何やら嫌な予感がして駆け足でそこに向う。

 

「どうしたんですか!?」

 

「葵坂! 仕方がない、お前も手伝え!」

 

「せ、先生!? これは一体・・どういう」

 

「説明している時間は無い!」

 

先生はそう言って自分もプールに飛び込みはなこさんを引っ張りだす。

事情は分からないが、はなこさん達が危険な状況なのは間違いない。

自分もプールサイドからはなこさんの手を引っ張って力を込めて引き上げようとしたがそれでも助け出せなかった。

あり得ないことに4人で力を合わせて1人を引き上げようとしているのにも拘らず少しも動く気配がしない。

そうこうしていると、再び大きな稲光が空を走り、轟音が耳に響く。

明らかにさっきまでと比べて雷が近くに落ちたらしく全員に緊張が走る。

 

「くそっ、このままじゃ・・・・」

 

「もういい、お前達は早く非難しろ!」

 

「でも・・」

 

「はなこさんを置いていけません」

 

「水の中がどれだけ危険か分かっているのか!」

 

先生の言った通り、いつこのプールに落雷してもおかしくない状況なのは理解している。

 

「分かっています、でも友達を残して逃げるなんてできません!」

 

「そうです、はなこさんを置いていけません!」

 

次の瞬間、先ほど以上に激しい轟音と同時に目がくらみそうな程強い光が辺りを覆い雷が落ちる。

もしかしたら校庭に落ちたのかもしれない。

 

「校庭に落ちたようだ、やはりお前達は・・」

 

「っごめんなさい!」

 

突如牡丹さんが先生の眼鏡を外して遠くに飛ばし、そして牡丹さん自身の水中眼鏡を取り外し同じように遠くに投げ飛ばす。

 

「何を!?」

 

「皆さん水に潜ります!」

 

その場にいる牡丹さん以外の全員がその行動の意味が分からず戸惑う。

 

「時間がありません、私を信じてください!」

 

「「「分かった!」」」

 

「おい、どういう・・!」

 

「先生、ごめんなさい!」

 

友人同士の俺とはなこさん、ヒバリさんは一も二もなくその言葉を信じることができたが先生は戸惑って動てないでいた。

説得する時間などなく、やむを得ず先生を無理やり押し倒すように水中に引きずり込む。

そして、次の瞬間俺達のいるプールのちょうど真上に凄まじい稲光が走り雷が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平熱だ、葵坂、花小泉」

 

「まさか、外れたコースロープが足に絡みついてたなんて・・普通はあり得ないけどはなこだしね」

 

「道理でいくら引っ張っても動かせないわけだ、あの時は皆少しパニック状態だったから仕方ないけど」

 

最後の落雷の後、俺達は感電することも無く無事だったが念のため保健室で休んでいた。

あの落雷の直後、空は先ほどまでの天気が嘘のように雲が殆どない快晴となっている。

 

「久米川はべらぼうな高熱・・と」

 

「貧弱で役立たずのグズですいません・・」

 

「そんなことない」

 

「え?」

 

その場にいた全員が驚いた表情で鷺ノ宮先生を見た。

俺もあれほど7組の存在意義を疑っていた先生がそんなことを言うとは夢にも思わなかった。

 

「水に潜れなかったお前があの状況で的確に知識を応用し、努力による挑戦心を見せた・・評価に値する」

 

「先生・・」

 

「雲雀丘、葵坂、お前も級友を信じ良く実行した」

 

「あ・・はい!」

 

ただ少しだけ褒められただけなのに、今の言葉が7組を認められたかのような意図を感じた。

 

「・・葵坂、少し話がある・・保健室の外に来い」

 

「!?・・は、はい!」

 

だが、そんな感覚は先生の次の言葉で砕かれる。

あのプールの時、先生を無理やり水に沈めた際に勢い余って胸に顔を埋めてしまっていた。

そのことで叱責を受けるのではないかと身がすくむ。

むろんわざとではなかったが、どさくさにまぎれてした行いではないかと判断されていればどう言い訳しようが通じないだろう。

覚悟を決めて保健室から退出し先生に向きなる。

 

「葵坂、何の件で呼びだされたか分かっているか?」

 

「はい・・」

 

「先ほどお前がプールの女子更衣室に侵入したと言う話を聞いてが事実か?」

 

「え!?・・はい、そうです」

 

覚悟は決めていたが予想外の言葉を聞かされ動揺してしまう。

さっきまでの騒動で忘れかけていたがその件もあり、実際に7組、4組の女子に目撃されている。

それに関しては言い訳のしようもなもない事実だ。

 

「それは溺れた萩生を運び込むためだったがこれも本当か?」

 

「・・本当です」

 

「そうか、なら何も問題は無い」

 

「え・・いいんですか!」

 

てっきり叱責されると思っていたがあっさり許されてむしろ拍子抜けしてしまった。

 

「更衣室に侵入したのは事実だが、それは溺れたクラスメイトを助けようとしたからだ、どこにも叱責する理由は無い、この件に関しては私が処分しておく何も心配するな」

 

「で、でも先生・・あのプールの時に・・」

 

「では聞こう、あれはわざとやったのか、胸に顔をうずくめたのは?」

 

「・・わざとじゃないです」

 

「なら結構だ、お前がそんなことするような生徒ではないと信じているからな、これでも教師だ、生徒を見る目は持っている」

 

「先生・・ありがとうございます!」

 

信じて貰えたことがうれしくて大げさに頭を下げる。

 

「それに、今までに散々見てきた幸福クラスの不運、それにお前の資料を見ていれば信じないわけにはいかないからな」

 

「あ・・そうだったんですか・・あはは」

 

それを言われると乾いた笑みしかでない。

 

「・・葵坂、お前に謝らなくてはならないが幸福クラスについてはしばらく様子を見ることにした、お前の体育クラス行きも保留となった」

 

「あ・・そうなんですか・・」

 

先生から驚くような一言を聞かされすぐに理解はできなかった。

だが不思議と悲しみや怒りはあまり無く、むしろ喜びの感情の方が大きかった。

 

「思っていたより落ち着いているな、てっきり驚くかと思っていたが・・」

 

「あはは・・自分でも不思議ですね・・何だかんだできっと7組が好きなんだと思います」

 

「そうか・・戻るぞ」

 

「はい」

 

先生と2人で目の前の扉を開け小平先生と皆の前に戻る。

 

「あら話は終わりました?」

 

「ああ」

 

「何の話だったんですか?」

 

「もしかして、葵坂さんが萩生さんを助けた件ですか?」

 

小平先生が皆に俺が溺れた萩生さんを助けたこと、一先ず寝かせるために女子更衣室に入った件についても簡単に説明する。

 

「だから勘違いしたうわさが広がらないように我々が手を打っておく、クラスメートを救った行動で非難されることになるなどあってはならないからな」

 

「そうだったんですか、ご立派ですあおいさん! 私にはとても溺れた方を助けるなんてできません!」

 

「い、一番近くにいたのが俺だったからそうしただけだよ・・」

 

牡丹さんに真っすぐな目を向けられてこっちが恥ずかしくなってしまう。

 

「先生、そういえばチモシーはどうしたんですか、プールの時は姿が見えなかったけど?」

 

「チモシーですか? ここにいますよ」

 

「やあみんな!」

 

先生がカーテンを開くとそこには黒焦げになって黒うさぎのようになっているチモシーの姿があった。

 

「チモシー! どうしたのその恰好!?」

 

当然はなこさんはそんな姿のチモシーを見て驚きの声を上げる。

はなこさん以外の俺達も予想だにしないその姿に事を失う。

 

「これはチモシーが皆さんを庇って落ちてきた雷を受け止めたからなんです」

 

「つまり名誉の負傷ってわけだよ、えっへん!」

 

黒焦げながらもいつもの如く偉そうに胸を張って主張するチモシーだった。

でも今回ばかりは本当に助けられたのは間違いない。

 

「そうか、ありがとうなチモシー」

 

「チモシーありがとう!」

 

「助かったわチモシー」

 

「チモシーさんありがとうございます」

 

「えへへー照れるなー」

 

チモシーはロボットの癖に何故か顔を赤くしている。

しかし、見た限りではボロボロにはなったものの雷の直撃を受けて何事もなかったかのように動作しているこいつは俺達の思っている以上にとんでもなく高性能なんだろう。

 

「でも、あの時牡丹さんが水の中に潜るよう言ってくれたのも助かった要因の一つなんだろうね」

 

「そうね、牡丹、本当にありがとう」

 

「うん、ありがとうヒバリちゃん、牡丹ちゃヒャアアアアアアアッ!?」

 

突然はなこさんの体から正体不明のビリビリとした黄色い光があふれ出した。

 

「な、何だ!?」

 

自分の記憶の中から一番近いものを上げれば、正しく静電気が当てはまる。

とすると、これは雷の一部なのか・・?

 

「花小泉お前・・!」

 

「やはり蓄電されてましたか、いくらチモシーが身を挺して防いだといっても雷があんな近くに落ちて無事なのは不思議でしたから」

 

「すごーい! 牡丹ちゃん、指先からビリビリが出てるよほらー♬」

 

自分の体からすごい量の放電が起こっていながらはなこさんは相変わらず楽しそうだ。

俺とヒバリさん、牡丹さんは身を庇いながら会話を続ける。

 

「・・もしかして私達が助かったのははなこさんのおかげだったんでしょうか?」

 

「普通なら考えられないけど・・そう考えるしかないわね・・はなこだし」

 

「そうかもね・・いつ収まるんだろうこれ・・」

 

でも個人的には牡丹さんの知識とチモシーが庇ってくれたお陰でもあるような気もしていた。

 

ともかく天之御船で初のプールの授業も無事?終わりを迎えた。

そして、あと一週間後には天之御船に入学して初の夏休みを迎える。

 



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16話 私たちの夏休み 前編

原作の8巻が11月に発売されます、今から楽しみですね
自分はアニメではこの『10話』が一番好きなので頑張って書きました。
相変わらず稚拙な文章ですがよろしければご覧ください。


「ヒバリちゃん、あおいくん、どうだった通知表?」

 

夏休み前の終業式も終わり、教室に戻って小平先生から通知表を貰っていた。

 

「まあ、こんなものかしらね、あおいくんは?」

 

「・・いつも通りってところかな」

 

体育が5、それ以外は平均程度かやや下回っていて、中学時代と殆ど変わっていない。

 

「さあて、いよいよ明日から夏休みですがくれぐれも『林間学校』までは、皆さん体を大切にしてくださいね」

 

「林間学校まではって・・」

 

「せ、先生、林間学校て何が―」

 

「当日までのお楽しみです♬ ではこれで一学期の授業はすべて終了です」

 

先生はそう言って、俺の疑問に答えることなく教室を出て行った。

夏休みの後半に行われる林間学校について不安が募ったが、ともかく、今日から夏休みが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふっ、くるくる―!」

 

下校中、いつもの4人で夏休みの予定について話していると、急に牡丹さんが体を躍らせるように回り出した。

 

「ちょっと牡丹、そんなにはしゃいだりしたら!」

 

「ああっ!?」

 

危惧した通り、止める間もなく牡丹さんは足を滑らせて転倒した。

 

「ああ、言わんこっちゃない!」

 

「牡丹ちゃん!」

 

慌てて3人で駆け寄ると牡丹さんは目を回していた。

 

「い、いかさんが回ってます~・・」

 

「いや、回ってるのは牡丹さんの目だよ・・」

 

「大丈夫?」

 

「とりあえず、どこかに休める所は・・あ、あそこに行きましょう」

 

ヒバリさんの視線の先を目で追うとすぐ近くに公園があり、丁度横に寝かせられそうなベンチも設置してあるのが目に映った。

そこで、俺が牡丹さんを背負い公園で休んでいくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、こんなクズの分際ではしゃいでしまって・・」

 

「牡丹さん、そんなことないって」

 

牡丹さんをベンチに寝かせ、少しすると顔色もさっきよりは良くなっている。

ただ、いつもの自虐は相変わらずのようだ。

 

「明日からの夏休み・・皆さんと山に登ったり、海に行ったり、どなたかの家で勉強会をしたり、それ以外にもあんなことやこんなことをしようと・・思っていたら・・いつの間にか・・お恥ずかしい」

 

そう言うと、恥ずかしさからか牡丹さんの顔が熱があるかのように赤く染まった。

 

「まあ確かに高校生になって初めての夏休みだし、テンションも上がるよね」

 

俺の場合は野球の練習に明け暮れる予定だが、それでも一般高校生として夏休みに色々遊びに行くのも楽しみにしている。

 

「楽しかったらみんなくるくるしちゃうよ、くるくるーって!」

 

「あんまり見かけないけどね・・」

 

「どうしたの?」

 

声が聞こえて目を向けるとそこには江古田さんと少し遠くに萩生さんの姿があった。

 

「あ、蓮ちゃんだ!」

 

「ええーい! 気安く蓮ちゃんなどど!」

 

「響ちゃんも来た!」

 

「だから響ちゃんなどと・・!」

 

萩生さんは、はなこさんが自分達を下の名前で呼ぶことが気に入らないようだがあの屈託のない笑顔で呼びかけられると怒りが削がれてしまい調子が狂うようだ。

 

「何してるの?」

 

「ちょっと熱いしここで休憩を・・」

 

ミーンミーンミーン・・・・・・・・

 

しかしよくよく考えていればこんな炎天下の中、日向すら無い公園の真ん中で休憩をするなど普通は考えられない行為だった。

しかもどういう訳かここのセミの声はやたら耳に響いてくる。

そう考えた途端、一層暑さを感じ急に汗が噴き出し始める。

 

「休憩・・?」

 

「え・・ええ」

 

「でもここじゃ休憩どころじゃないね・・」

 

「よかったらこれ行く?」

 

江古田さんはそう言ってカバンの中から一枚のチケットを取り出した。

 

「あ、カラオケ!」

 

「70%引き・・?」

 

そのチケットは最近できたカラオケ屋の割引券だったが30%の部分を二重線で消して更に割り引いて手書きで70%引きとなっていた。

 

「ふん、昨日頬を赤く染めたカラオケ屋の女子店員が図々しくもこれを渡したのだ・・」

 

「そういう訳か・・」

 

萩生さんが不機嫌な口調から察するに、例の如く、同性からのモテっぷりを無意識に発揮した結果、この過剰な割引をして貰えたんだろう。

しかし、この手書きのチケットが有効となるかそれだけが不安に感じる。

 

「行きたい行きたい、カラオケ行きたーい!」

 

「折角ですし、お言葉に甘えませんか?」

 

俺達の会話を聞いていたみたいで牡丹さんが起き上がり話に加わる。

 

「そうだね・・カラオケ屋なら暑さを凌げそうだしいいと思うよ」

 

「えっ・・、ええっと・・」

 

だが、その時ヒバリさんが不安そうな声を上げ全員の視線が集まり、困ったような笑顔を浮かべる。

 

「どうしたの、ヒバリさん?」

 

「それが、その・・」

 

「ああっ、もしや下水のごとき私の歌声を聴いてしまっては耳が腐り落ちると心配なさって!」

 

「そんな訳ないでしょう!」

 

自己評価が限りなく低い牡丹さんがとんでもない勘違いをして、それを慌ててヒバリさんは否定する。

 

「外道だな貴様・・」

 

「だから思ってないってば・・ただ私そのカラオケって一度も行ったことなくて・・」

 

しかし、その言葉を聞いた萩生さんは悪意ありありの表情を浮かべていた。

何を考えているかまではわからないが、カラオケ屋について何も知らないヒバリさんに手取り足取り教えようとしている訳ではなさそうだ。

 

「仕方ないな・・ではこのカラオケの超人響自ら教えてやろう!」

 

「うわーい、行こ行こ、ほら行くよヒバリちゃん!」

 

そのまま萩生さんは江古田さんと2人でカラオケ屋に向けて歩き出し、はなこさんも少し強引にヒバリさんの手を引いて2人に付いていく。

 

「お待ちくださーい!」

 

「あ、ちょっと待っ・・」

 

置いて行かれそうになって急いで追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラオケ屋に着き、さっきの割引券も無事に使えて6人とも同じ部屋に入る。

 

「ではさっそく響の歌声を披露してやろう!」

 

萩生さんが真っ先にカラオケ屋の機械を手に取り、曲の選択を始める。

 

「ねえ、江古田さん萩生さんって歌は得意なの?」

 

「いや、別に普通」

 

水泳の授業の時のように江古田さんの反応はそっけなかったが、少なくとも料理の時のように致命的なほどの下手ではないと確信し肩を下ろした。

とりあえず、全員分の飲み物といくつかの料理を注文しておく。

 

「そういえばさ、皆はカラオケって来たことある?」

 

「私は何回か友達とか家族で来たよー」

 

「私も」

 

「俺もそんなところ、牡丹さんは?」

 

「私は初めて来ました」

 

丁度その時、注文していた飲み物と料理が届くと同時に萩生さんの選んだ曲が流れはじめ歌い始める。

料理の件もあり殆ど期待はしていなかったが、萩生さんの歌唱力はかなり高くテレビに出てもおかしくないと本気で思える程だった。

しかも、いつの間にか4曲ほど自分で選択していたみたいで1人で連続で歌い続けるつもりらしい。

 

「今のうちに俺達も曲を選んでおこうか」

 

「そうですね、じゃあヒバリさんが選んでみてください」

 

「ええ!? えっと・・どうすれば・・」

 

「ヒバリちゃん、この機械で曲を選べばいいんだよ」

 

はなこさんがヒバリさんの隣に座って簡単に操作の説明をして、ヒバリさんは少し時間を掛けながらも曲を選び終えた。

その次にはなこさんが曲を選ぶと、続いで俺が曲を選び、そして江古田さん、牡丹さんが曲を選んだ。

そこでひとまず全員が一通り曲を選び終わって再び萩生さんの歌に耳を傾ける。

 

「それにしても、本当にすごくお上手ですね」

 

「ええ、懐かしい感じのメロディーね、牡丹もカラオケは初めてなのよね?」

 

「いえ、実は先ほど言った通りカラオケボックスというお店自体は初体験なんですが・・自宅に歌える施設あるのでたまに使用しますが」

 

「し、施設?」

 

「自宅にこんなカラオケ屋みたいな歌える施設があるんだ・・」

 

自分の家も父親の職業柄、結構裕福な方だと思っていたが、以前にも聞いた話からある程度推測してみると牡丹さんの家はそれ以上に裕福な家庭らしい。

 

「はい、他にも様々な施設がございまして・・良かったら皆さんで遊びに来てください」

 

「うわーい、じゃあ明日!」

 

「ええ!? 明日!」

 

「うん、じゃあ明日」

 

「急だけどいいの、牡丹さん?」

 

自分から誘ったとはいえいきなり明日というのは都合が悪いこともあり得る。

 

「はい、大丈夫です!」

 

「まあいいけど・・」

 

「ってお前ら響の歌を聴いてないだろー!」

 

と、皆で盛り上がっていると丁度歌い終えた萩生さんが大声で怒鳴ってきた。

全員が話に夢中になって、いつの間にか誰一人歌に耳を傾けていなかったので萩生さんが起こるのも無理ないだろう。

 

「ほら、次はお前だ雲雀ケ丘瑠璃」

 

「ええ、もう!?」

 

萩生さんが戸惑ったヒバリさんにやや強引にマイクを押し付けてくる。

心の準備ができていなかったようだが、はなこさんの応援と萩生さんの激励?に意を決して歌い始める。

普段聞いている声とは少し違う、歌うことに慣れていない声音が新鮮だった。

それは聞いたことのない歌だったが、その歌を聴いていると何とも言えない安らぎと心地よさを感じ、すっと耳に流れ込んでくる。

ヒバリさんの綺麗な歌声も相まって皆が盛り上がることなく静かに流れてくる歌に耳を傾けている。

やがて、ヒバリさんが歌い終わるとその場のノリではなく純粋に歌をたたえる意味での拍手が起きた。

 

「お、お粗末様・・」

 

「ヒバリちゃん、上手だね!」

 

「何だ、普通に歌えるではないか」

 

「すごくきれいな声ですねヒバリさん」

 

「うん」

 

「カラオケ初めてって聞いてたけど、すごくうまいよ」

 

「あ、ありがとう・・私最近の曲あまり知らないから、これは昔聞いてた曲で・・」

 

「もしかしてCDで聞いてた曲とか?」

 

「ううん、母が庭いじりしながら良く歌ってたの、タイトル知らなかったけど歌詞で検索したら曲が分かって」

 

「そうなんですか、素敵でしたよヒバリさん」

 

「聞いたことなかったけど、ヒバリさんにぴったりの曲だと思ったよ」

 

歌を聴いていると、何となくヒバリさんをイメージして作られた曲だと言われても納得できそうな内容だった。

ヒバリさんの歌も終わりはなこさんの順番が来てマイクを握る。

 

「それじゃあ、次私歌うね!」

 

「頑張ってください、はなこさん!」

 

ところが、いざ歌を歌おうとマイクを口元に寄せた瞬間、甲高い音が耳に飛び込んできて皆が一斉に耳を塞ぐ。

それでも完全には防ぎきれず≪キーン≫と頭が揺さぶられているのとか錯覚しそうな不愉快な音が部屋を駆け巡る。

 

「何これ!? 耳が!」

 

「って牡丹さんしっかりして!」

 

隣にいる牡丹さんが魂が抜け出たかのように気を失い慌てて体を支える。

 

「マイクのハウリングかな・・?」

 

「しかし、奴は歌ってもいないしスピーカーからも遠いのに!」

 

「は、はなこさん、マイクのスイッチを切って!」

 

はなこさんがテーブルの上に落としたマイクを何とか拾い上げスイッチを切ったところ、すぐに音は止み全員の力が抜けソファにもたれ掛かる。

 

「やっぱりダメだったか・・」

 

「え・・はなこ、ダメってどういうこと?」

 

「今まで入ったカラオケ屋さん、私がマイク持つとキーンってなっちゃったんだよね・・」

 

どうやら、はなこさんの不幸体質はカラオケでも発揮してしまうらしい。

 

「そういえば、前家族全員でカラオケ屋に来た時も母さんは一曲も歌ってなかったな・・」

 

その時も、機械が異常を何回も起こしたので部屋を変えてもらったが、その部屋でも結局同じで、後日その店で聞いてみたがどちらの部屋の機械も故障もしていなかった。

多分、俺の母さんが歌っても今のはなこさんと同じようなことが起こるんだろう。

 

「そういえば、あおい君のお母さんも幸福クラス出身なのよね」

 

牡丹さんを挟んだ二つ隣にいるヒバリさんに尋ねられる。

 

「・・まあね、息子の俺が言うことじゃないけど変わった体質してると思う」

 

「・・・・そうなのね」

 

別に黙っていたわけではないが、いくら友達とはいえ会ったことも無い人のことを尋ねられてもないのなら言う必要もないので言わないことにした。

その後、俺は適当に好きな歌を歌い、次に牡丹さん、江古田さんが歌ってそろそろ予定時間となった。

後誰かが一曲歌えば超いい時間になりそうだ。

 

「やあ皆、お揃いで楽しそうだね-!」

 

「チモシー!」

 

「神出鬼没だなお前は・・」

 

「どうしてここに?」

 

知らない間にチモシーが部屋に入り込み、いつの間にかマイクをしっかり握っていた。

大好きなチモシーの登場にはなこさんは唯一喜んでいるが、他の俺達は面識はあるとはいえ突然の珍客に少しばかり驚かされていた。

 

「しばらくみんなとお別れだから挨拶しておこうと思って」

 

「お別れ・・?」

 

「ボク、夏休み中に壊れた所が無いか点検してもらうんだ」

 

「そういや、水泳の授業の時に雷の直撃受けてたもんな」

 

ならば当然、しっかり点検して貰った方がいいだろう。

 

「検査入院のようなものですね」

 

「あ、チモシーっとじゃあお別れに一曲!」

 

チモシーはそう言うと、テーブルに飛び乗り歌い始める。

聞いたことのない歌だったが、チモシーが歌い出した直後にラップだと言うことに気が付く。

 

「これはラップか・・」

 

ロボットとはいえ一応高性能なチモシーだけあって歌も人間とそん色なく、いや並の人間以上に以上にうまいと思える位だ。

 

「いやまあ、うまいんだけど・・何ていうか」

 

歌の途中で何度も『チモチモ』とリズムの良いフレーズが耳に流れ込み、それが妙に頭を駆け巡る。

不快ではないのだが、この歌を聴いていると何だか耳から離れなくなりそうだ。

 

「うわーい!」

 

はなこさんだけは喜んで聞いているが、残りのメンバーは俺と尾内感想を抱いているらしい。

 

「ちちち、チモチモ・・」

 

「やめろぉ!」

 

チモシーに影響されたのか、江古田さんまでが歌い出すがすぐさま萩生さんに止められる。

歌に耐えること数分、ようやくチモシーは歌い終わった。

 

「・・終わったか」

 

その時、予定時間が近づいてきたことを伝える電話が鳴る。

 

「延長で! はい、ではもう一曲スタート!」

 

だが、チモシーは勝手に電話を取り延長を伝えて再び歌い出す。

 

「しないから!?」

 

「す、すいません、延長はしませんから!」

 

慌てて電話を取り、延長を取り消して本日はこれで解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、約束通り牡丹さんの家に遊びに行くことになり、途中ではなこさん、ヒバリさんと合流し3人で向かっていた。

 

「セミさん頑張って鳴いてるね」

 

「そうだね・・この鳴き声聞いてると夏なんだなって実感するよ」

 

「ああ・・また」

 

「どうしたの?」

 

日焼けを気にして日傘を刺しているヒバリさんが不意に溜息を吐きながら悩ましげな声を上げ、隣を歩くはなこさんが心配して尋ねた。

 

「昨日のカラオケ以来、ずっと頭の中でチモシーのラップが頭の中でぐるぐる回ってて・・」

 

「ああ・・俺も昨日はずっとそうだったよ・・」

 

「ちちち、チーモチーモって歌?」

 

「止めてーまた思い出しちゃう!」

 

「俺は昨日の夜、遅くまで集中してボールの投げ込みしてたら自然に頭から離れたけど・・参考にならないか」

 

別に野球みたいなスポーツじゃなくても、何か別のことに集中すれば自然と頭から離れるかもしれないが外出している今からでは難しいだろう。

 

「そうね、はなこ何かいい方法ないかしら?」

 

「じゃあ、他の耳に残る歌でチモシーの歌を忘れちゃうとか?」

 

「それって例えば・・?」

 

「ほらCMの・・

 

はなこさんが他に頭に残る歌や音楽を上げていくがヒバリさんは逆にそっちの歌が頭が離れなくなり本末転倒になっていた。

 

「でも、やっぱりちちち、チモチモだよね!」

 

「だからぁー!?」

 

「はなこさん、ヒバリさん困ってるよ・・」

 

「あ、ごめんヒバリちゃん」

 

と、その時ヒバリさんに誰かがぶつかり、持っていた日傘が飛ばされるのを見て反射的にジャンプして取っ手を掴む。

 

「ふう、危ない危ない」

 

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 

ヒバリさんはぶつかってきた人の心配をしているが、そんなに強くぶつかったわけではなく、どちらも転んでもいないようなので怪我の心配もなさそうだ。

ぶつかってきた人を改めて見てみるとはなこさん同じ位、もしくはそれ以上に小柄な女の子で見た所、金髪の外国人のような風貌で少し挙動不審な感じだった。

 

「ご・・ごめんなさい」

 

辛うじてこの距離なら聞こえる消え入りそうな声で謝って来る。

 

「大丈夫よ、あなたも怪我はない?」

 

ヒバリさんの問いに女の子は静かに頷き、再び何度も頭を下げて足早に立ち去った。

 

「ばいばーい」

 

「何か、私の顔を見て怯えてたけど・・そんなすごい顔してた?」

 

「ううん、いつもにヒバリちゃんだったよ」

 

「そう・・じゃあ何でかしら?」

 

「もしかしたら、道に迷った旅行中の外国人だったのかもね、金髪だったし」

 

「そうね、でも一言しか聞いてないけど流暢な話し方してたわよ」

 

「それもそうだね・・」

 

言われてみれば確かにそうで、仮に推測通り道に迷っていたのだとしても日本語を話せるならどうにかなるだろう。

 

「ああ・・それもこれもチモシーのラップのせいで・・」

 

「まあまあ、チモシーに文句言っても仕方ないし早く牡丹さんの家に行こうか」

 

「そうだよ、ヒバリちゃん早く行こう!」

 

「そうね・・日焼けしちゃったら嫌だし、さっさと行きましょうか」

 

再び牡丹さんの家に向って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い空、白い雲、熱い砂浜に寄せては返す波・・ここは海だ。

 

「海だー!」

 

「すごい・・」

 

「本当に海だ・・いや本物じゃないけどさ・・」

 

ここは牡丹さんの家の敷地にある言ってしまえば室内プールならぬ、室内海水浴場といったところだろう。

それだけでなく、海にいるようなカニ、カモメといった生き物が本物の海と同じように存在している。

単純に考えても、一般的な公共プール以上に金がかかっているのは間違いないだろう。

 

「久米川の家にも驚かされたが、自宅にこんな施設まで作るとは・・侮りがたいな久米川牡丹・・!」

 

何やら勝手に萩生さんが牡丹さんに対抗心を燃やしている。

昨日カラオケで誘われた萩生さんと江古田さんもこのプール?に遊びに来ていた。

 

「まあいい、せっかく眼前に大海原が広がっていると言うのに泳がないなど愚の骨頂! さあ、行くぞ蓮・・ってああっ!」

 

萩生さんが目を離していたほんの僅かの間に辺りを飛び回っていたカモメの約半数(おそらく全てメス)が江古田さんに大挙して集まっていた。

 

「カモメカモメカモメカモメ・・カモメェ!!」

 

そんな状況を萩生さんが放っておけるわけもなく、必死にカモメを追い払おうとしているが空を飛んでいる多数のカモメを追い払うのは無理だろう。

 

「本当にびっくりだわ、まさか全部作り物だなんて・・」

 

この施設自体も大きいが、牡丹さんの家はそれ以上に大きく、その上他にも施設がいくつもあり、当然敷地は広大と言っても差し支えない程広い。

 

「海水浴に行けない体の私の為に、妹が頼み込んで作ってもらった施設なのですが、さすがに大きすぎまして・・

なので、皆さんをお招きできてよかったです」

 

「ということは実質牡丹さんの為だけに作られたんだここ・・」

 

牡丹さんの言った通り、これだけ広いのであれば利用するのは殆ど自分だけというのは彼女の性格を考慮せずとも勿体なく思うのも当然と言える。

 

「牡丹ちゃん、妹がいたんだ!」

 

「え、ええ・・お金も手間も掛かってしまう路傍の石以下の私と違って、スポーツ万能ですし明るい妹なんです」

 

「うん・・もう分かったわ」

 

「妹さんがスポーツ万能ってことはもしかしたら、来年にでも天之御船の体育クラスに入学してくるかもね」

 

「ええ、妹もそれを目標としているようできっと合格すると思います」

 

「私、妹ちゃんに会ってみたいな!」

 

「そうね、はな子の言う通り妹さんのおかげで私達もここにこれたんだから、できれば一言挨拶を・・」

 

「えっ!?」

 

「どうしたの牡丹さん?」

 

はなこさんとヒバリさんが妹に会ってみたいと言っただけなのだが、急に驚いた声を上げ、こっちまで少し驚いてしまう。

 

「いっいいえぇ、・・大丈夫です!!・・挨拶とかそういうものはっ!・・そっそれにその・・妹はちょうど部活合宿に出ていまして・・」

 

「そう? 留守なら仕方ないわね」

 

「えー牡丹ちゃんの妹ちゃん会いたかったなぁ」

 

「・・・・うふふふ・・」

 

「・・・・・・」

 

牡丹さんのそぶりから何かを隠しているような気がしたが、いつも穏やかなあの牡丹さんが親友といっても過言ではない間柄のはなこさん、ヒバリさんにまで少し必死になってまで会わせたくないというのはそれ相応の理由があるんだろう。

気になることは気になるが、ひとまず頭の片隅に置いて泳ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ、水中にもたくさん魚が泳いでいて時々本物の海で泳いでる気になってくるよ」

 

「ええ、海水じゃないだけで、底の方も海藻が植えられてて本物の海みたい」

 

「うん、ここのお水しょっぱくなくて溺れても鼻が痛くならないから大丈夫だね!」

 

「溺れた時点で時点で大丈夫じゃないと思うけど・・」

 

今は全員で海に入り、皆で話をしながらそれぞれ好きなように過ごしていた。

主に俺とヒバリさんは少し遠くの方、はなこさん、牡丹さんは浅瀬で泳ぎ、萩生さん、江古田さんは俺達とはまた別のところで泳いでいる。

流石に今日は友達の家に遊びに来たこともあり、プールの授業の時のように全力で泳いだりせず、のんびり過ごすことに決めていた。

 

「あおい君、ヒバリちゃん、見て見てカニだよ!」

 

予想通り、砂浜のほうに上がったはなこさんが捕まえたカニに指を挟まれたが、俺が駆け付けるまでもなくすぐに手を振ってカニを払い飛ばす。

 

「やっぱり、はなこさんと牡丹さんは注意してた方がいいかも・・」

 

ここが、牡丹さんの為に作られた施設だといってもあの2人が何事もなく泳ぎ続ける光景が全く想像ができない。

 

「ええ・・はなこと牡丹が泳いでいるときは気を付けましょうか」

 

再び、泳ぎながらも時折2人の様子を確認してまったり泳ぎ、潜るなり浮かぶなり好きなように過ごす。

だが、今更ながら自分が目のやり場に困ることに気付いてしまい、落ち着かなくなってしまう。

プールに入った時に全員の水着姿を目にしていたが、その時は余りによくできた作り物の海に気を取られ意識することは無かった。

ここにいる皆はそれぞれ違いは有れど全員魅力的な女の子で、彼女らが水着姿ともなれば男としてついちらちらと目を向けてしまう。

 

「おい、葵坂幸太!」

 

「っ!? は、萩生さん!!」

 

そんなこんなで、

 

「今からあそこまで競争するぞ、雲雀ケ丘瑠璃もだ」

 

もしかしたら、自分、もしくは江古田さんへの視線に気づかれてしまったのではないかと勘違いしていたが、ただ俺とヒバリさんと競争するために来ただけだった。

 

「あ、俺はいいけどヒバリさんはどうする?」

 

「いいわよ、他にすることないし、ほらそれに・・」

 

ヒバリさんが目線で死した先を見やると今ははなこさんと牡丹さんは楽しそうに会話している。

これならこの3人で競争するのも問題は無いだろう。

 

「よし、じゃあ始めるぞ、言っておくが響が女だからと言って手加減はするな!」

 

「あ、ああ分かったよ・・」

 

競争を始めるために3人で、ある程度距離を離して横に並ぶ。

そして、スタート同時に一斉にゴールに向かって泳ぎ出した。

萩生さんが言ったからではなく、性分として勝負事である以上、例え女の子相手でも手を抜くつもりなど毛頭なく最初から全速力で泳ぎ続け2人とはどんどん差が開いていく。

息継ぎの合間の一瞬に後方へ目を向けてみたが後ろの2人はココから見た限りでは差が無く、

 

「っゴール・・と」

 

そのまま油断せずゴール地点にたどり着き、これで俺が一着だ。

 

「2人はどうかな・・てああっ!?」

 

後方の2人の様子を確認しようとして振り返ってみると、どういう訳か2人が途中で溺れている。

とにかく、無我夢中になって助けに向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒバリちゃん、響ちゃん、大丈夫?」

 

「ええもう平気、迷惑をかけたわね」

 

「まあ、大事が無くて良かったよ」

 

流石に俺1人で2人を助け出すのは難しかったが、江古田さんも一緒になって助けてくれて事なきを得ることができた。

2人に聞いたみた所、お互いに勝負に夢中だったせいで、溺れてしまったようだ。

 

「ひ、響は蓮に助けられたのであって、貴様に助けられたわけではないぞ、勘違いするな!」

 

「あ、うんうん、分かってるって」

 

萩生さんも気が付いた直後は熱があったのか少し顔が赤くなっていたが、今はすっかり元の顔色に戻っていて、これなら心配なさそうだ。

その後、全員とも差はあれど泳ぎ疲れていたこともあって何となく皆で集まって今後の話をしていた。

 

「あの、そういえばご存知ですか、もうすぐ天之御船学園の校舎で夏祭りが開かれるんです」

 

「夏祭りが学校で? 珍しいね」

 

牡丹さんが言うには、毎年行われているらしくその日は生徒や教師だけでなく、部外者も学校に入れるとのことだ。

 

「わーい、皆で行こう、夏祭り!」

 

「そうね、行きましょうか」

 

「うん、行こう」

 

「れ、蓮が行きたいと言うなら、仕方ないな響も行くぞ!」

 

「じゃあ俺も行くよ、楽しみだね」

 

夏祭りと言えば夏休みの一大イベントだ、迷うことなく行くことを決めた。

まあ、天之御船学園でこの場にいる友人以外では休日に一緒に遊ぶような仲の知り合いがいないので考える必要が無いことも大きいのだが。

 

「あの・・よろしければスイカ割りをしませんか?」

 

牡丹さんの提案でスイカ割りが始まった。

いつの間にか、砂浜に大きなスイカが用意してあり牡丹さんのが言うにはメイドの人から聞いて持ってきてもらうよう頼んでいたらしい。

そういえば、この家に来た時もメイドの人が出迎えに来て少し驚かされた。

まあ、これだけの屋敷なら使用人がいてもおかしくないだろう。

スイカ割りでは少しだけハプニングが起きて皆で大騒ぎしたが、それでも終わってみればいい思い出になった。

夏祭りは8月にあり、一か月近く先の予定だが今から楽しみで待ち遠しい。

 



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17話 「私たちの夏休み 後編」

今年最後の投稿になります、前回の投稿より約2か月半遅れてしまい申し訳ありません。
アニメの12話分の投稿は1月中に行う予定です。
それが終われば原作のエピソードやオリジナルの話も書いていきたいと思います。
では17話、どうぞご覧ください。



牡丹さんの家のプールに来た日から約一か月が経ち、すでに夏休み中盤を迎えていた。

そして待ちに待ったお祭りの日がやって来る。

俺は母親からはなこさんを迎えに行くように言われ、今ははなこさんと2人で待ち合わせ場所の校門前に向っているところだった。

 

「お待たせ―」

 

「皆、お待たせ」

 

時間に余裕を持って出たこともあり、待ち合わせの時間に十分間に合って校門にたどり着いた。

待ち合わせ場所には既に俺達以外の全員が集合していた。

はなこさんを含めた女性陣は皆浴衣を着ていてとてもよく似合っている。

 

「あおい君にはなこ、一緒だったのね」

 

「今日は母さんからはなこさんと一緒に行くように言われたからからね」

 

「うん、だから1回しか川に落ちなかったんだ」

 

「やはり落ちたのか・・」

 

「うん、俺が付いていながら・・面目ない」

 

注意はしていたが、それでも途中であらゆるトラブルが起きて1度だけ川に落ちるのを防げなかった。

 

「そんなことないよ、あおい君がいなかったらもっと落ちていたかもしれないし!」

 

「・・そう? それなら良かった」

 

「じゃあ、はぐれたらここに集合ね」

 

「うん、ここなら分かりやすいしここでいいんじゃないかな」

 

「そうですね、さっそくお店巡りをしましょうか!」

 

「いつの間にイカを!」

 

「あ、ほんとだ・・」

 

萩生さんの驚いた声で気が付いたが、いつの間にか江古田さんが手に焼きイカを持って黙々と食べているのが目に入った。

多分、小腹がすいたからこっそり買いに行ったんだろう。

とりあえず、俺達は一通り屋台を見て回りながら最初に何を食べるか考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆で屋台を見て回っていると、途中でリンゴ飴の屋台を見つけて全員で買うことに決めた。

お金を払って一人一個ずつ手に持っていざ食べようとしたその瞬間、はなこさんが持っているリンゴ飴の割りばし部分が折れて地面に落ちていく。

 

「おおっと!」

 

だが、何とか反射的に地面に落ちる寸前に片手でキャッチすることができた。

 

「ナイスキャッチ」

 

江古田さんが無表情ながらも少しだけ笑って称賛してくれる。

 

「ありがとう、あおい君!」

 

「ああ、だけど・・どうしようか?」

 

反射的にキャッチしたはいいが、再び割りばしにくっ付けるのは無理そうだし、見た目が悪いが手で持って食べるしかない。

やむを得ず、はなこさんはそのリンゴ飴は諦めて、他の食べ物を探すことにした。

 

次にヒバリさんが輪投げをすることになった。

理由は聞かなかったが、おそらく景品の一つにヒバリさんが好意を抱いている例の看板によく似た人形がありそれを手にする為だろう。

輪投げの輪を受け取ってヒバリさんが真剣な表情で輪投げに挑もうとする様子を俺達は固唾をのんで見守る。

意を決して輪を投げると、うまく狙っていた景品にすっぽりと入って無事に獲得することができた。

手に入れた景品を嬉しそうに眺めるヒバリさん、羽生さんと江古田さんは不思議そうな顔を向けていたが事情を知らなければそうなるだろう。

 

「そういえば、みんなは18日の林間学校に行くの?」

 

屋台を見て回っている途中でふと気になって尋ねてみる。

 

「私はいくよ、ヒバリちゃんと牡丹ちゃんは?」

 

「特に予定もないし、一応行くわ」

 

「私も皆さんと思い出を作るためにこの命が尽きようとも行ってみせます!」

 

「いや、そこまでしなくても・・じゃあ萩生さんと江古田さんは?」

 

「ひ、響はそんな林間学校のような子供じみた行事など微塵も興味は無いが蓮が行くつもりなのなら・・」

 

「私はメンドいから家で寝てようかな・・」

 

「なっ何を言うのだ蓮、せっかくの響との友情を深めるまたとないチャンスなのだぞ・・!」

 

「冗談だって、行くから」

 

「そうか・・やっぱり皆行く予定なんだ・・」

 

「あおい君は来ないの?」

 

「いや、まだ迷っているところ・・実は鷺ノ宮先生の計らいで丁度同じ日程で行われる体育クラスの合宿があるからそっちに行けるかもしれないんだって・・まだ決まっては無いけどね」

 

「そう・・でも行けるのなら絶対そっちに行った方がいいんじゃない?」

 

「体育クラスに行くことは、あおいさんの目標ですからね」

 

「そうだよね、まだ分からないけど決まったら絶対行くよ」

 

その後、わたあめを皆で食べようとする度、はなこさんだけ割りばし部分が折れて地面に落ちてしまい食べることができずに流石にはなこさんも少し落ち込んでいた。

続いてチョコバナナを食べようとしたときも同じように割りばしのところが折れて落ちようとしたが、はなこさんも予想していてとっさにチョコバナナに飛びついたが、そのせいで屋台にぶつかりそうになって慌てて抱きとめて防ぐことができた。

 

「あおい君、ありがとう、また助けてもらっちゃったね」

 

「別に気にしなくていいよ・・うんほんとに・・」

 

抱きとめた瞬間片手に小ぶりながらもしっかり片手で胸に触れてしまい、少し気まずかった。

 

そして今度は金魚すくいをやることにして、俺が一番手となって金魚をすくおうとしたがあえなく失敗した。

次に江古田さんと萩生さんもやることにしたが、例の体質のせいでほぼ半分の金魚が江古田さんに群がり、ある意味入れ食いみたいな状況となる。

 

「散れ、散れー!」

 

そして、そんな状況を萩生さんが放っておくわけもなく手に持ったポイを振って追い払って結局3人共金魚を取れずに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後もお祭りの中を歩いて、今は、はなこさんと2人で何故か俺が食べる分しかタコが入っていないタコ焼きを食べていた。

 

 

「あれ、ヒバリちゃん達は?」

 

「まさか・・はぐれたのか?」

 

「本当だ、いつの間に・・」

 

屋台を見ながら歩き回るうちに、ヒバリさん、牡丹さん、江古田さんとはぐれたようで、ここには俺とはなこさん、萩生さんの3人しかいない。

 

「待ち合わせの場所に行ってみようか」

 

「うん、萩生さんもそれでいい?」

 

「あ、そうだな・・」

 

3人全員で待ち合わせ場所の校門前にやってくる。

その場で少し待っていたが、中々ヒバリさん達が姿を見せず、時間が立つにつれ段々と辺りが暗くなっていく。

ここには俺たち以外誰もいない上、さっきまでたくさんの人通りがあったお祭りの中にいたせいか、何となく薄気味悪い感覚を覚えていた。

もし1人だけでこの場で待っていたら、間違いなく怖いのを耐えながら待つ羽目になっていただろう。

 

「どうしたというのだあいつらは、響たちはちゃんと言いつけを守ってここで待っているというのに・・」

 

萩生さんがしびれを切らしたようで、若干不機嫌にそう呟く。

 

「まあまあ、もしかしたら道が混んでいて中々こっちに来れないのかもしれないし、もう少ししたらきっと来るよ」

 

「どうだかな・・雲雀ケ丘達が蓮に迷惑をかけてなければいいが・・」

 

「ん?」

 

ふとその時、はなこさんが校舎の方に目を向けて、つられるように俺も同じ方向に視線を向けると、校舎の中を見覚えのある人影?が走り去っていくのが見えた。

 

「あれは・・」

 

「あ、今の・・チモシー!」

 

「って、はなこさん!」

 

影をチモシーだと認識した瞬間、思った通りはなこさんが脇目も振らずその後をついて校舎走り出す。

 

「ちょ、待て! はぐれるではないかー!」

 

俺と萩生さんは慌ててはなこさんを追いかけて校舎に向った。

 

「おーい、はなこさん、ちょっと待って!」

 

「待てと言うのにー!」

 

やっとはなこさんの姿を見つけると、そこには教室の中を覗き込みながらチモシーを探している最中だった。

 

「チモシー、あれ?」

 

「はなこさん、きっとそろそろヒバリさん達も校門に来てるかもしれないよ」

 

「そうだな、あいつのことは放っておけばいいではないか、さっさと正門へ戻るぞ」

 

「あ、見つけた、あおい君、響ちゃん、こっち!」

 

どうやら今のはなこさんはチモシーしか眼中になく、これでは説得して連れ戻すのは無理なようだ。

とりあえず、チモシーと会って満足すればきっと一緒に校門に戻ってくれるだろう。

 

「おのれ人の話を・・」

 

ヒュオォォォ・・・・

 

とその時、萩生さんの言葉を遮るように何やら生暖かい風がその場を通り抜け、どっと冷や汗が噴き出て急に悪寒が走った。

隣にいる萩生さんも同じ気持ちだったようで、その表情からは怒りが抜け、少しだけ青ざめている。

 

「ひ、1人にするなー!」

 

「ま、待って萩生さんっ!」

 

俺もこんな所で1人にされるのは2人に置いてきぼりにされるのは勘弁だったので見失わないうちに後を追った。

 

「へえー夜の学校てこんななんだね、初めて入ったよ」

 

「そ、そうだね・・小学生の頃からこんな想像してたけど、別になんてことないな・・うん」

 

本当は怖くて早く出ていきたかったが女の子の目の前で男のプライドがある以上、口が裂けても言い出すことはできず何とか平静を装う。

 

「うう・・そうだな、よしじゃあ帰ろう、すぐ帰ろう」

 

萩生さんも俺と同じように怖いのを我慢しているようだが、少しばかり身をかがめて隠れるように歩いている様子から明らかにやせ我慢している。

 

(チモシー早く見つけて帰ろう・・)

 

 

ガシャン

 

 

その時、校舎のどこからか何やらガラスが割れるような音が耳に届き、俺と萩生さんは固まった。

 

「うっ、うわあああああっ!!」

 

そして、次の瞬間萩生さんが一目散に走りだす。

 

「って、どこに行くの萩生さん!?」

 

慌てて声を掛けたが聞こえていないのか構うことなく姿が遠ざかっていく。

 

「は、はなこさん、追いかけるよ!」

 

「うん、待って響ちゃん!」

 

こんなくらい校舎の中、しかも方向音痴の萩生さんを放っておくわけにはいかずはなこさんと2人で後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、2人とも・・どこ?」

 

萩生さんを追いかけた結果、何故かいつの間に1人だけになってしまい校舎の中を2人を探しながらさまよっていた。

 

「ちくしょう・・早く合流しないと2人が心配だな・・それに俺も怖いし・・」

 

最後の方だけ小声になりながらも辺りの教室を覗き込んで探していたその時。

 

「きゃああああああっ!!」

 

「うわっ、って今の声はヒバリさん!?」

 

聞き覚えのある叫び声が近くの部屋から聞こえて、一も二もなくその部屋に向い、静かに覗き込むと、思った通り部屋の中にヒバリさん、牡丹さん、江古田さんの3人がいた。

安堵して中の皆に声を掛ける。

 

「皆、大丈夫?」

 

「あら、あおいさん」

 

すぐに牡丹さんが

話をしてみると、ヒバリさん達も待ち合わせ場所の校門で待っていたらしいが、一向に来ないため校舎内を探していたらしい。

さっきの悲鳴は懐中電灯をつけた時に、いきなり正面に人体模型を見てしまってつい絶叫したとのことだった。

 

「確かにこんな夜中に人体模型を目の当りしたら誰だって怖いよね・・」

 

「しかし、これは一体・・?」

 

「学園祭の小道具とかかな?」

 

「単なる不用品を置いているだけじゃないかな?」

 

「それより、あおい君、はなこ達とは一緒じゃないの?」

 

「いや、ちょっとはぐれちゃってさ・・俺も今探している所なんだ」

 

「そう・・もしかしたらはなこ達もあっちで待って―」

 

「ぎゃあああああああああっ!?」

 

「うわっ! て今のって・・」

 

「響の声だ、行こう」

 

そう言って江古田さんは1人でスタスタと歩き出し、俺達も声のした方向へ進んでいく。

思っていたより近くの部屋から話し声が聞こえて4人で覗いてみると、やはりはなこさんと萩生さんの2人が話をしている最中だった。

 

「あ、ヒバリちゃん、牡丹ちゃん、あおい君!」

 

「はなこ、ここにいたのね」

 

「はなこさん、ご無事で何よりです」

 

「れ、蓮! 響を置いて今の今までどこにいたのだ!」

 

「いや、響が迷ってはぐれたんだろ」

 

「まあ、これで合流できたね・・それにしてもここ何の部屋なんだろう・・?」

 

部屋の中を見渡してみると奥には何体も人形が、他にも多くの写真が飾っているのが目に入ってくる。

 

「校長先生のお人形さんみたいだよ」

 

「校長先生の?」

 

はなこさんの言う通りで、改めて人形をよく眺めてみると下の名前が書いてあり、どうやらこれは初代校長の人形で、飾ってある写真の方も全員歴代校長の写真みたいだ。

 

「こんなの夜中にいきなり見つけたら絶対怖いわよ・・」

 

つい先ほど似たような経験をしたヒバリさんが気味が悪そうな顔で人形を眺めていた。

 

「そう? みんなちょっとだけ笑ってて可愛いよね」

 

「そ、そうか? 何が可愛いか響には分らんが・・」

 

「えー可愛いよ」

 

「可愛い?」

 

女の子はいろんな物をかわいいということは知っていたが、流石にこれを可愛いと言うのははなこさんだけだろう。

 

チチチ、チモチモチモチモ・・・・・・

 

「あれ?」

 

その時、誰かが歌っている声がほんの一瞬だけ耳に流れ込んできてくる。

 

「な、何だ今の声は!」

 

「どっかで聴いたことがあるような気がするんだけど・・どこだったかな?」

 

「何かこう、懐かしいような心がざわざわするような・・」

 

しかし、その声は非常に小さく、聞こえたのは俺とヒバリさんと萩生さんだけらしく、他の3人は聞こえていないようだった。

 

「え、何も聴こえなかったけど?」

 

「いいや、聞こえた絶対に聞こえた!」

 

「あ、もしかして校長先生たちがお喋りしたのかな!」

 

「そ、そういうこと言うな、頼むから止めてくれえっ!」

 

「そ、そうだよ、校長先生がこんな夜中に歌ってるわけないよ!」

 

以外にもはなこさんが大好きなチモシーを探しているとはいえ、この状況でも物怖じせず逆にそんな怖いことをはっきり言うことが驚きだった。

そして反対に、俺と萩生さんは恐怖を感じていて、冷静さを失いそうだった。

 

チチチ、チモチモチモチモ・・・・・・・

 

と再びさっき聴こえた歌が流れてきて今度は全員が歌を耳にする。

 

「この歌声、怖い上に何だかもやもやしてくるわ・・!」

 

「言われてみると俺も何だか無性に気に障るような気がしてきたよ、この歌ってもしかして・・」

 

「鎧っていえば・・

 

突然、江古田さんが怪談を語り始め歌の正体を思い出しそうになっていたが立ち消えてしまう。

 

嬉しそうに数えるんだって・・」

 

「止めてー! ていうかそれ、元ネタ違うから!」

 

確かによく聞いてみると江古田さんの怪談は何かおかしかったが、こんな時でもそれをはっきりとツッコむのは律儀なヒバリさんらしかった。

 

「あ、私もこんな話を聞いたことが・・」

 

「ぼ、牡丹さんも!? も、もういいって!」

 

「戦国時代、戦に敗れ・・

 

江古田さんに影響されたようで、牡丹さんまで怪談を語りはじめ、怖さの限界に達しそうだった。

 

もももすももももものうち・・もものうち、ももものうちも・・ちもちも・・ちチ、チモチモ」

 

「もう、止めてー!」

 

「はっ、分かった、この歌って!」

 

「まさか!」

 

どうやら、ヒバリさんも歌の正体に気付いたようではっとなってお互いに顔を見合わせる。

どうして今まで気が付かなかったのか、自分でも不思議で夢に出てくる程脳裏に焼き付いていた曲を今はっきりと思い出す。

 

「これチモシーのラップだ、チモシー!」

 

と、その時はなこさんもチモシーのラップだと言うことに気が付いて音源に向って走り出す。

 

「待って、はなこさん、俺も行くよ!」

 

俺だけでなく、全員がはなこさんを追って走り出す。

歌の正体がはっきりしたのでもう怖くはなく、逆にあの歌に怖がっていたのかと思うと情けなくなってくるが、それでもチモシーが歌っている姿をしっかり目にしておきたかった。

それに、はなこさんを一人にしておくと色々危ないのでどの道追いかけないわけにはいかない。

6人全員で走り続けチモシーの歌が流れている部屋の前のたどり着いた。

 

「ここだ! やっぱりこの歌って」

 

「チモシーよね・・」

 

「全くチモシーの野郎・・こんな夜中に人騒がせな、一言文句言ってやらないと」

 

「よし、行くわよ」

 

ヒバリさんが意を決して勢いよく扉を開いた。

そこには・・

 

「え・・・・」

 

バラバラに分解されたチモシーの姿があった。

 

「「「うわあーっ!!」」」

 

つい、かっこ悪い悲鳴を上げてしまったが幸いにも俺以外にもヒバリさんと萩生さんも同じような悲鳴を上げたので目立たずに済んだ。

 

「何で! 何でバラバラなのにチモシーの声が!?」

 

「何ででしょう・・?」

 

「み、皆落ち着いて! ち、チモシーはロボットなんだからバラバラでも歌ってもおかしくないよ、きっとそうなんだよ!!」

 

「あ、ああそれもそうだな、全く驚かせおって・・!」

 

本音を言えば俺もバラバラのチモシーを見たときは心底驚いてしまったが、よくよく考えてみれば機械のチモシーがバラバラでもおかしくない。

そういえば、夏休み初日にも点検を受けるとか言っていたので丁度点検中なんだろう。

 

「あよっこいしょ・・」

 

「え・・?」

 

とその時、チモシーの下半身がむくりと起き上がった。

一瞬見間違いかと思ったが間違いなく下半身だけが動き出している。

 

「「「「うわああああっ!?」」」」

 

全員が悲鳴を上げて一目散にそこから逃げ出したが、チモシーは下半身だけにも拘らず軽快に追いかけてきて本気で恐怖を覚える。

 

「うわあーっこっちくんなー!?」

 

「いやあーっ!」

 

「悪霊退散っ! 悪霊退散っ!?」

 

「追いかけてくるよっ!」

 

俺とヒバリさん萩生さんは軽くパニックになりながら必死に足を動かしているが、相変わらずはなこさんはチモシーのこととなると本当に楽しそうで、今だけはそれが少し羨ましい。

 

「ま、待ってください・・ああっ!?」

 

「牡丹さんっ!?」

 

遅れながらも必死に付いて来ていた牡丹さんが何かに躓いて転倒しそうになったが、瞬時に隣にいた江古田さんがつり橋の時のように抱き起し、おんぶをして助ける。

 

「ああっ、ずるいぞ、響だって!」

 

「今はそんなことどうだっていいだろ、とにかくあれを撒かないと・・怖いし!」

 

今も後ろを振り返るとチモシーの足部分だけが滅茶苦茶な走り方で追いかけ、。しかもよく聞いてみると、下半身だけのくせして「足!足!足!」と狂ったように叫んでいる。

ロボットだから下半身だけでしゃべってもおかしくはないが、それでも言葉にできない恐ろしさを感じていた。

 

「うっ、うわああっ!」

 

萩生さんもそんなチモシーの姿を見てさらに走るスピードを上げた。

 

「ああっ、もうっ、チモシー! いい加減にしやがれ―!!」

 

恐怖がピークに達してやけくそになりながらポケットから取り出した野球のボールをチモシーに向けて渾身の力で投げつけた。

 

「ぐふっ!?」

 

「うおっ!」

 

狙っていたわけではないが投げたボールがチモシーの股間部分に直撃し、チモシーが急所を打ったような声を上げて倒れ込み、こっちまで痛くなってしまいそうだった。

倒れ込んだチモシーにゆっくり近づいて様子を確認してみると完全に動きは無く静止している。

何はともあれ、チモシーを止めることに成功した。

 

「チモシー、大丈夫?」

 

はなこさんがチモシーを心配しているが、できればそのまましばらく寝ていて欲しい。

 

「はあ・・ったく突然追いかけてきやがって・・点検中に暴走したのか?」

 

「全く人騒がせな・・」

 

「もういいわ、さっさとお祭りに戻りましょう、そろそろ花火が始ま——」

 

「今のは・・痛かった・・」

 

「チモシー!」

 

「え・・!?」

 

やたらぐぐもったチモシーの声とはなこさんが嬉しそうな声が聞こえて、嫌な予感がしながらゆっくり振り返ると

そこには下半身だけのチモシーが起き上がっていた。

冷や汗がどっと噴き出してくる。

 

「痛かったよおおおおおおおっ!」

 

「ってまたかよおおおおおおっ!?」

 

結局、再び逃げることになった。

俺達は無我夢中でそばにあった階段を上って逃げ続ける。

 

「バラバラと言えば聞いた話だけど・・」

 

階段を上る途中、江古田さんがまた怪談らしき話を語り始め、すぐさま萩生さんが耳を塞ぐ。

俺もつい耳を塞ぎそうになったものの男として女の子の前でそんな真似はできなかった。

 

「10年ほど前、とある国の羊飼いの男が・・」

 

「えっ、何? 何?」

 

「毎晩1人で鍋を食べていて・・」

 

「鍋ということは冬でしょうか・・」

 

「今そんな話しないで!」

 

ヒバリさんが的確なツッコミを入れるが話に夢中なのか、話をする江古田さんも、それを聞くはなこさんと牡丹さんも聞こえてはいないようだった。

 

「ある日、鍋の肉を全部食べてしまったことに気付いて・・」

 

「きっと食いしん坊だったんだね」

 

「江古田さん! 話の途中で悪いけど今その話する必要あるの!?」

 

「・・特には」

 

と、江古田さんに文句を言った後、江古田さんの横を走る萩生さんが疲れているのが見て取れた。

明らかに目がぐるぐるしていて今にも転んでしまいそうだ。

 

「蓮・・響もおんぶ・・」

 

そう思った瞬間、萩生さんが足を滑らせ転倒しそうになり咄嗟に背中で受け止めおんぶする形となって再び階段を駆け上がる。

後ろを振り返ってはいないが、雰囲気でチモシーが追いかけてきているのを感じる。

 

「っ、皆、屋上だよ!」

 

階段の踊り場を曲がり、上を見上げると次の階段ではなく屋上の入り口が目に入る。

以前聞いたことがあるが、この学園では屋上が自由解放されているそうなので関係者であればだれでも入れるようになっている。

屋上に入ればもう逃げ場はないことは百も承知だが他に逃げ場はないので俺達は一心不乱に屋上に向って走り続ける。

 

「もう、歌止めてー!!」

 

ヒバリさんがそう叫んだと同時に俺達は屋上の扉を勢いよく開けて転がり込むように駆け込んだ。

そして、俺は開けた扉を開けた時以上の勢いで叩きつけるように閉める。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・疲れた・・」

 

この位で疲れる程やわな鍛え方はしてないがあんなものに追いかけられて精神的な疲労が大きかった。

 

「何だったのあれ・・」

 

「バラバラなのにラップなど歌いおって・・」

 

「やめましょう、もう考えたくないわ・・」

 

「でも、楽しかったよね!」

 

はなこさんが一点の曇りもなく満面の笑みで言い切る。

 

「ええ、いい思い出になりますね」

 

「うん」

 

牡丹さんも江古田さんもはなこさん言葉に頷く。

 

「そ、そうかなぁ?」

「ってそんなことあるか!」

 

俺と萩生さんの言葉が重なり、未だにおんぶしたままだということを思い出す。

 

「って貴様はいつまで響にくっついている、早く離れんか!」

 

「い、いやこれは萩生さんが転びそうになったから・・

 

その時、屋上に大きな音が響き、明るい光が暗い夜を照らした。

視線を屋上の外へ向けると大きな花火が打ち上げられていた。

 

「花火が始まったか・・」

 

「綺麗ですね・・」

 

次々と色とりどりの花火が上がっていき、暗い夜を様々な色で染めては消えていく。

 

「今の花火、四つ葉の形してなかった?」

 

「うん、見えたよ!」

 

「変わった花火ね」

 

「でも、幸福クラスの私達にぴったりですね」

 

それからも、花火が上がっていき俺達は何も言わずただ眺め続けた。

 

「・・夏休みって楽しいね!」

 

「うん、そうだね・・」

 

天之御船学園に入る前から目標としていた甲子園には結局いけなかったが、それでもこういう友達との夏休みのかけがえのない物なんだろう。

夜空に上がっては消えていく花火を眺めながら俺は今だけ体育クラスのことや

 

 



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あんハピ 18話 嵐の林間学校 前編

2018年初めての投稿です。
今月中に11話分は投稿したかったのですが諸事情により遅れてしまいました、申し訳ありません。
これからできる限り投稿頻度を上げて投稿していきたい所存です。

話は変わりますが、あんハピのBDBOXの予約が始まり早速予約しました。
当時はお金が無かったため買えなかったので、BOX化を首を長くして待ってました。
今から待ち遠しいです。



お祭りの日から数日後、林間学校の日がやって来た。

 

現在、バスに揺られて約2時間が経ち出発前に聞いていた予定時間を迎えてもうそろそろ目的地に着く頃だろう。

俺は一番後ろの右奥の席に座っており隣から牡丹さん、はなこさん、ヒバリさんの順で座っていた。

ちなみに、前の席には萩生さんと江古田さんが隣り合って座っている。

 

「はい、みなさん間もなく宿泊所に到着ですよ」

 

「わー楽しみだね!」

 

「本当に・・」

 

「うん、そうだね・・」

 

楽しみなのは否定しないが同時に不安で仕方がなかった。

このバスに乗る前にもはなこさんが穴に落ちたり、牡丹さんが荷物の重みで倒れてしまっていたので2人がこれからの2日間を無事に過ごせるとは到底思えず中々落ち着かない。

俺の反対側に座っているヒバリさんもそのことを考えているのか、何となく浮かない表情をしている。

 

「あっ、先生、チモシーは来てないんですか?」

 

「あの子はメンテナンスが間に合わなくて・・」

 

「チモシーか・・」

 

一学期が終わり、夏休みとなって皆でカラオケに行った際、突然現れてその時に点検があるのでしばらく会えなくなると言っていた。

また、夏祭りの日に校舎内で下半身だけのチモシーに追いかけまわされ、軽いトラウマになりかけたのではなこさんには悪いが俺には好都合だ。

確証はないが、あの日にあんな行動をしたために余計な点検が必要になって間に合わなくなったのかもしれない。

 

「そうなんだ・・」

 

「でも、終わり次第合流できると思います、それまでの助っ人は・・」

 

先生が指をパチッと鳴らすと、何処からかバスの中の生徒と同じくらいの人数?が現れた。

しかも、何故か1羽だけはなこさんの頭の上に乗っかっている。

はなこさんだから喜ぶのだろうが、もし自分なら絶対に怒りを覚える場面だ。

 

「ミニチモシー達にお願いすることにしました」

 

「確かすごろくの時にいた・・」

 

「今までどこにいたんだこいつら・・」

 

「ミニチモちゃん、久しぶり!」

 

はなこさんがそう言って頭に乗っているミニチモシーを撫でようとしたが、素早くジャンプして見事な着地を決めた。

その後もチモシーの頭を撫でようしてみたが今度は何羽ものチモシーに頭の上に乗られて動けなくなっていた。

 

「そういえば、はなこさんチモシーさんを撫でられたことありませんでしたね」

 

「ミニチモシーでもダメなんだ・・」

 

「止めなくていい・・かな?」

 

はなこさんは重そうにしているが、触れることは叶わずともこんなに多くのチモシーに纏わりつかれ、むしろ気持ちよさそうな口ぶりで止めていいのか判断に迷っていた。

 

「しかし、良くできているなー」

 

萩生さんが自分から一番近くにいるミニチモシーを無造作持ち上げて、しげしげと眺める。

言われてみると忘れがちだがチモシーもこいつらもとんでもなく高性能なロボットでこれを作った人物はかなりの天才に間違いないだろう。

どうしてチモシーをあんなふざけた性格に設計したのかは見当もつかないが。

 

「結構可愛いよね」

 

「なっ、目を覚ませ、これはロボットだぞ! 大体蓮はうさぎだけでなく動物全般に甘すぎるのだ、それにもっと優しくすべき相手が近くにいるだろう、例えばもっと優しくすべき相手が近くにいるだろう・・

 

「は、萩生さん、チモシーが潰れているよ・・」

 

よくよく聞いてみると告白とも思えるような発言だったが、それよりも興奮しているせいか無意識の内に手に持ったミニチモシーを握りつぶしそうな程の力で揉みしだき、ロボットながらも顔が明らかに苦しそうに見える。

思わず声を掛けてみたが話すのに夢中で聞こえていない様子だった。

 

例えば、今隣に座っている幼馴染とか・・」

 

「んっ?」

 

一瞬ことで、しかも目の前の出来事に集中していたせいではっきりと視認できなかったが、大きな門のような物の横を通り過ぎたような気がした。

 

「って聞いているのか蓮ーっ!?」

 

「今やたらと大きな壁を横切ったような・・」

 

どうやら江古田さんも同じものを見ていたようで、後ろを気にしている。

 

「気のせいではないのか? こんな山奥に・・」

 

窓を開けて確認してみようと考えたが、ここの窓は開かない仕組みだったようでビクともせず、バスの中からでは確認することはできなかった。

 

「チモモーっ」

 

「ぐはあっ!?」

 

その直後、萩生さんが仲間の危機を感じ取ったミニチモシーからキックを食らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなくして、目的地である宿泊所に到着しバスを降り、ロビーに集まる。

すぐに、先生から説明があり林間学校の間は5人1組の班に分かれ、班ごとに泊まる部屋も同じらしい。

自分はクラスでよく話をする男子と同じ班だったのでひとまず安心できた。

当然ながら男女別で、はなこさん、ヒバリさん、牡丹さん、萩生さん、江古田さんは同じ班に割り振られていた。

 

「何ー、響がこいつらと同じ班だと!?」

 

部屋割りに納得がいかない萩生さんが早速不満を漏らしている。

 

「泊まる部屋も同じなのね」

 

「蓮ちゃんも一緒だね!」

 

「よろしくお願いします」

 

「うん」

 

「くっ、どういう選考基準なのだ・・」

 

選考基準は不明だが、はなこさん達の班を見る限り基本的に仲のいいメンバーが選ばれているのかもしれない。

 

「あおい君も一緒だったらよかったのにね」

 

「いや、はなこさん・・俺男子だからね」

 

「そもそも班の人数は5人なんだから性別関係なく一緒の班になるのは無理でしょ」

 

「あ、そうだね」

 

そんな話をしていると、先生が生徒の前に立って注目を促して話を始めた。

 

「はい皆さん、部屋に荷物を置いたら、早速幸福実技を始めます」

 

「いきなりですか!」

 

「どんな内容なのでしょう?」

 

「危険なことじゃなけりゃいいんだけど・・」

 

殆どの生徒は突然の幸福実技に緊張した面持ちになるが、唯一楽しみにしているはなこさんは例外だ。

 

「まずは小手調べのクラフトです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生の説明が終わると施設内のある部屋に誘導され、そこでクラフトを行うことになった。

テーブルの上にエプロンと小さな丸太、そして彫刻刀の一式が既に用意されていて準備はエプロンを着ることだけだった。

皆とは別の班である以上隣同士のテーブルだったため、いつでも話しかけられる場所にいる。

 

「簡単な木彫りですが、怪我をしないように気を付けてくださいね」

 

「こういう工作は初めてです・・」

 

緊張のせいか、牡丹さんの手は彫り始める前からプルプルと震えており、思わずこっちまで緊張してしまいそうになる。

 

「彫刻刀なんて握るの久しぶりね」

 

「俺も小学校の頃以来だよ、俺こういうの苦手なんだよなぁ」

 

野球の試合や練習の時のように体全体を激しく動かす運動なら大得意だが、逆にこういう手を少しずつ動かすような細かい作業は昔から不得意だった。

 

「好きなもの作っていいんだよね、何にしようかなー?」

 

はなこさんは本当に楽しそうにクラフトに取り組んでいて、ちょっとだけ羨ましい。

先生から『クラフト』という言葉を聞いた時も『幸福実技』ということもあり一体何を作るのか気が気でなかった。

しかし、今のところは普通に好きなものを作るだけみたいで少しばかり拍子抜けしてしまっている。

 

「今日のクラフトは小手調べですから、皆さん好きなものを気軽に作ってくださいねー♬」

 

(今日は・・か)

 

明日に何が行われるのか気になったが、とりあえずは目の前のクラフトに集中する。

 

「じゃあ、あれにしようかな」

 

作るものを決めて早速取り掛かり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで完成だ」

 

俺の手には削り続けてすっかり丸くなった、木彫りの野球ボールが出来上がっていた。

好きなものと言えばやはり野球であり、そしていつも持ち歩いているボールが浮かんだのでこれを選び、ついさっき時間を掛けながらもやっとのことで完成を遂げた。

 

「あおい君もできたの?」

 

「まあね、ヒバリさんも完成?」

 

ヒバリさんの手には花の形となった木彫りが出来上がっていた。

 

「うん、あおい君のは野球ボール? あおい君らしいわね」

 

「そ、そうかな、あはは」

 

「ヒバリさんも葵坂さんもとってもお上手ですね♬」

 

「形が分かりやすくて簡単そうなのにしただけよ、牡丹は?」

 

「それが・・一時間かけてこの有様です」

 

牡丹さんの手にはまるで作りかけのような、ほんの一部だけ欠けた丸太があった。

そういえば、俺が木彫りを作っている間も何か骨が折れるような音や短い悲鳴が度々聞こえていた。

 

「無茶はしないでね・・」

 

「実はもう骨が・・」

 

「先生ー牡丹さんがー!!」

 

慌てて先生を呼び、牡丹さんはミニチモシー達によって担架で運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できたー!」

 

牡丹さんが運ばれて行ってから数分後、はなこさんも無事に木彫りを完成させた。

 

「これは・・」

 

自分の木彫りを作り終わった江古田さんも完成度の高さに目を引かれたようでやって来る。

 

「えへへ・・チモシーだよ」

 

「すごい、そっくりね・・」

 

「上手だね・・」

 

「本当!」

 

はなこさんの作った木彫りのチモシーはよく出来ていて、これならチモシーを知らない人でも一目見れば服を着たうさぎだと理解できるに違いない。。

これはおそらく、はなこさんが手先が器用というだけでなく大好きなチモシーを作りたいと一生懸命になって作った証でもあるんだろう。

 

その出来の良さに惹かれたのか周りのミニチモシー達もロボットながら興味津々のようでどんどん集まって来る。

 

ピシ・・

 

と、次の瞬間、何の前触れもなくチモシーの木彫りが爆ぜ、頭部だけが飛び散って反射的にその頭部をキャッチした。

 

「一体何が・・」

 

だが、訳も分からぬまま幾度もチモシーの木彫りは爆ぜ続け、もはや破片を受け止める気力すら湧かず俺達は唖然となってその様子を眺めることしかできなかった。

やがて、あっという間に原型が辛うじて認識できる程バラバラになって崩壊が止まった。

 

「チモシーが・・」

 

はなこさんは破片の一つを持ち上げ、見つめるが当然元に戻ることは無い。

 

「さあ皆さんそろそろ完成しましたかー? 出来上がったものはそれぞれ周囲の人と≪良いところ探し≫をしましょうね、この記入用紙に・・

 

もう時間のようで先生が説明しながら紙を配っているが、俺はこれからのことよりもこの林間学校が無事に終える姿を欠片も想像できず不安でしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、出来上がったものは同じ班の人と良いところ探しをしてもらいます」

 

先生が言った通り、これから同じ班のメンバーが作った木彫りの評価をすることになった。

俺の班は自分以外のメンバーがまだ作り終えておらず評価ができないため、それまで隣のはなこさん達の班の様子を眺めることにした。

 

「・・・・・・」

 

左から順にヒバリさんの作った花の形をしたかわいい木彫り、牡丹さんの作った・・穴(ほんの少しだけ削れただけの殆どそのままの丸太)、はなこさんの作った・・・・チモシー(原因は不明だがバラバラになったためやむを得ずセロテープを巻き付けで直した)があった。

 

「ふっ・・」

 

その木彫りを見て萩生さんが小さく笑う。

そういえば、まだ萩生さんと江古田さんは木彫りを出してはいない。

 

「大した出来じゃなくて悪かったわね、萩生さんのはどうなの?」

 

「ふんっ、響の崇高な芸術を見たいか、いいだろう・・これだ!」

 

「っ!?」

 

萩生さんが取り出したのは、禍々しいオーラすら見えてきそうな程奇妙な形をしていて、所々に顔や手?があって、しかも全体的にぐねぐねしていてはっきり言って非常に怖い。

 

「なんか凄い!」

 

「素敵です」

 

「テーマは愛と苦しみ、その概念を極限まで落とし込んだ傑作だ!」

 

苦しみはともかく、愛はどこにあるんだ・・?

家に置いていたら悪夢に苦しめられそうではあるけど・・

 

「残り十分で良く間に合ったね・・」

 

「怖くないの!? ねえ、あおい君は怖いわよね!?」

 

「あ、ああ、凄い怖い!」

 

怖いと思っているのはこの班の仲だけではヒバリさんだけのようだったが、どう考えてもこれは怖い、その証拠にここの班以外のクラスメートは例外なくこれを見て悪い意味で驚いている。

 

「ふっふーん」

 

萩生さんはこれ以上ないほど自慢げに胸を張ってるが、一体その自信がどこから来るのか不思議だった。

 

「蓮ちゃんは?」

 

「これ・・」

 

江古田さんが取り出したのは一見何も手を加えていないそのままの丸太でその場全員で首をかしげる。

それをくるっと反対側に返すとそこには文字が刻まれていた。

 

「おふとん・・」

 

「いいのかこれ・・?」

 

牡丹さんと違って完全に手抜きな上、殆ど違いが無い。

先生が何も言わないことから多分大丈夫なんだろうが・・

と、その時、大事なことを思い出した、自分以外の班のメンバーが作った木彫りの良い所を探さなければいけないことだ。

 

「ねえ、ヒバリさん、これのいいところを見つけられる?」

 

はなこさんの『チモシー』はともかく、殆ど素材そのままの牡丹さんと江古田さんの『穴』と『おふとん』、そして萩生さんの作った『愛と苦しみ』、これらを評価しなけばならないヒバリさんが気の毒に思えてならなかった。

 

「・・・・自信がないわ」

 

「・・・・頑張って」

 

それ以外に掛ける言葉が無く、俺は自分の班の木彫りの評価に向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木彫りの評価が終わって時間が経ち、夕食の時間となった。

言われた通りに入り口横の大広間へ足を運ぶ。

既に7組の生徒達で溢れていてたが学食などと違い班ごとに席は指定されているので待たされることなく無事に座ることができた。

 

「あ、おーいあおい君!」

 

「はなこさん、ヒバリさん、牡丹さん、また隣だね」

 

 

木彫りの製作の時と同じようにテーブルが隣同士だった。

 

「料理って自分で取りに行けばいいんだよね?」

 

隣の席には料理が置いてあるが、俺の班の席には何もない。

 

「ええ、そうみたいね」

 

「ご飯美味しそうだよね♬」

 

「うん、美味しそうだけど・・おかわり出来るといいんだけど」

 

個人的にはこの夕食はかなり少ない。

普段は軽くともこの3倍は食べているので物足りなく空腹で眠れなさそうだ。

とりあえず、自分も夕食を受け取りに行って確認すると少しならおかわりはOKとのことで、ひとまず安心し、戻ってきたところ隣のはなこさん達の班も食事を始めようとしていた。

 

「ねえ牡丹、ナイフ持てる?」

 

「包帯と一緒に手に縛っていただければ・・」

 

「そこまでしなくても・・」

 

「ああ、木彫りの時の・・」

 

牡丹さんは木彫りの製作中に手を骨折していて未だに両手に包帯を巻き付けていた。

 

「私が食べさせてあげるよ、牡丹ちゃん、あーん♪」

 

「ああ、はなこさん、こんな私の底までのお心遣いを・・」

 

感動の余り牡丹さんは泣きそうな顔になっていたが、確かに泣くまでかともかくはなこさんは友達想いのいい人なのは間違いない。

女の子と、男という違いはあるが自分なら友達とはいえクラスの面前で『あーん』をするのは恥ずかしくてできる自信は無い。

 

「はい、あーん♪」

 

「あー・・

 

バキッ!

 

牡丹さんの口にエビフライが届きそうに突如フォークが真っ二つに折れてエビフライごと落下していく。

余りに突然のことに俺も呆気にとられたまま落ちていくのを目で追うことしかできず、仮にこの場所から手を伸ばしても間に合うことは無いだろう。

だが、近くにいたミニチモシーが勢いよく現れ床に落とすことなく皿にエビフライをキャッチした。

 

「ミニチモちゃん、凄い!」

 

「確かにお手柄だな、やるじゃないか」

 

「チモモッ!」

 

その後もはなこさんは予備として用意してあった他のフォークや箸を使って牡丹さんにあーんをしようとしていたがことごとく折れ続け、壊れた残骸の山が出来上がっていた。

 

「この分だとフォークと箸が無くなりそうだな・・」

 

「そうね・・仕方ないわね、はい」

 

ヒバリさんは呆れた顔でフォークを手に取るとエビフライを刺して牡丹さんに向けた。

 

「ええっ、も、もったいないです! 日頃から迷惑のかけ通しなのにこんな・・!」

 

「早くしてよ、恥ずかしいから・・」

 

やはり恥ずかしいようでヒバリさんは少し急かすようにフォークを前に差し出す。

感極まった様子で牡丹さんはエビフライを口に含んで咀嚼する。

 

「本当にお2人は天使のような方々です・・!」

 

「大げさよ」

 

「あはは・・そろそろ俺も食べようかな」

 

つい隣のテーブルのことを気にしすぎて自分の食事が全く進んでおらず冷める前に箸を手に取って食べ始める。

 

「うん、美味しいな」

 

見た目も美味しそうだったが味も申し分なくすいすいと食事が進み、大した時間も掛からず食べ終えておかわりを貰ってくる。

 

「林間学校といえば、生徒が炊飯するものだと思っていたけど違うのね」

 

「そういえばそうだね、ちょっと残念・・」

 

「母さんから聞いたんだけど・・昔、ここの生徒だった頃、別の施設で泊まってるときに生徒で作っていたら火事が起きたらしくて・・そのせいかも・・」

 

その時は、はなこさんのお母さんの桜さんと一緒の班だったらしく、詳しくは聞いていないが何となく想像はつく。

 

「ああ・・なるほどね」

 

「うん、このクラスで炊飯はやめた方がいいな・・」

 

以前の調理実習のことを思い出すと結果は火を見るより明らかだ。

 

「皆さん、食事の片づけが終わったら入浴、就寝とします、今日は早めに休んで疲れを取ってくださいね・・・・明日の為にも」

 

「え・・」

 

小声だった為、上手く聞こえなかったが先生は最後に『明日の為にも』と付け加えていて、しかも何か含みを感じさせる言い方だった為、妙に気になった。

 

「ねえ、今の先生の言ってたことってさ・・」

 

「うわあああああっ!!」

 

隣にいた3人に話しかけようとした際、急に斜めにいた萩生さんが大声を上げる。

驚いて目を向けると、何やら萩生さんは絶望使用に表情で落ち込んでいたが、隣の江古田さんはいつも通り淡々としながら黙々と咀嚼していてどういう状況なのか訳が分からない。

そのまま入浴の時間を迎えて、聞きそびれてしまった。

まあ、また明日訊いてみればいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入浴も終わり班の部屋に入ろうとすると何故か鍵が開かず、ホテルの人を呼んでみた所、どうやら鍵が壊れているようで修理をしないと開きそうにないとのことだった。

しかも、不運なことに俺達の部屋は3階にあり、外から入るのはほぼ不可能だ。

すぐさま修理の依頼を業者に頼んだらしいが山奥のホテルということもありしばらく時間がかかると言われた。

仕方がないので、俺以外の班のメンバーは他に仲のいいクラスメートがいる班に行くことにしたが、俺はこの班以外には普段話をするような間柄の友人はいないのでロビーで待ちぼうける。

荷物も前に入った時に部屋の中に置きっぱなしにしたままなので、時間を潰すこともできず、入浴後ということもあり筋トレすることも気が引けて、ただのんびり過ごすこしていた。

そんな時に、入浴を終えたばかりはなこさん達の班の皆に声を掛けられ、事情を説明すると、じゃあそれまで自分たちの部屋に来るといいと言われ(萩生さんは渋っていたが江古田さんがいいというので)て女子の部屋に足を踏み入れる。

おそらく、男子が女子の部屋に入ってはいけないというルールは無いはずだが、それでも俺も含めて全員彼女がいない班のメンバーにこのことが知られれば、間違いなく班の部屋に戻った後、

 

「わー、おふとんだー!」

 

はなこさんは部屋に入ってすぐ敷かれていた布団に飛び乗ってゴロゴロと気持ちよさそうに転がる。

自分も小さい頃は似たようなことをしたことがあったが、この年では恥ずかしくて出来そうにない。

 

「ねえねえ枕投げする?」

 

「枕投げ、どんなゲームですか?」

 

「最後の1人になるまでこいつでしばき上げるゲームだ!」

 

「物騒な言い方しないの!」

 

「萩生さんの説明もある意味間違ってはないけどさ、枕投げってのはお互いに部屋の中で枕を投げ合うゲームだよ、別に最後の一人になるまで投げたりしないから」

 

明確に終わりがないゲームなので、最後までやろうとしたらそうなるだろうが、それ以前にヒートアップしすぎて喧嘩に発展する可能性が高い。

このメンバーなら喧嘩はしないだろうが、枕投げを始めれば約2名の怪我人が出るのは確定的なので絶対にやめた方がいい。

 

「だめよ、先生に怒られちゃう」

 

「そっか、じゃあちょっとだけ・・」

 

そう言って、はなこさんはゴロゴロと好きなように布団の上を転がり、ほんの少しだけ羨ましい。

 

「私、あんまり布団で寝たことなくて・・」

 

「そうなんですか?」

 

「普段はベットだから」

 

「そうでしたね・・」

 

「俺もいつもでベットで寝てるけど、布団でも問題なく眠れたから大丈夫だと思うよ」

 

「そうだといいんだけどね・・」

 

「と、止まらないよぉ~!?」

 

勢いをつけすぎたせいか、はなこさんが止まれなくなってる。

慌てて江古田さんと一緒に止めて、幸いにも誰も怪我をすることは無かった。

その後、皆は自分の布団を決めてそれぞれ話をしているが当然俺の布団は無いので、取り合えず窓際の椅子に座り外の景色を静かに眺める。

せっかく同じ部屋に居るのだから何か会話をすればいいのだが、皆が体操着に着替えていて、健康的な太ももがばっちり見えているこの状況では油断するとつい視線が吸い寄せられてしまいそうになり中々落ち着いて会話できそうにない。

体操着姿などは体育の授業の時、必ず目にしているはずだが俺以外女子しかいないこの狭い部屋の中ではどうしても意識がそっちに向いてしまう。

彼女たちは俺のことを心配して部屋に呼んでくれたのにそんな目で皆を見るのは申し訳なくそんなことはできるだけしたくなかった。

 

「ねえ、あおい君」

 

「え、何、はなこさん?」

 

そんなことを考えていると、突然声を掛けられ、できるだけ平静を装って返事をする。

 

「花火大会の日にね、あおい君は体育クラスの合宿に行くかもしれないって言ってたけどどうなったのかなと思って」

 

「あ、ああそのことね、体育クラスに断られていけなくなっちゃってさ・・残念だけど」

 

はなこさんの言う通り、あの日に体育クラスの合宿に行くことになるかもしれないと言っていたが、体育クラスの生徒しか行けないというルールは無いものの、過去に体育クラスの生徒以外が参加したことは無いとの理由で参加は出来なくなった。

まあ、それは建前で実際の理由は幸福クラスの生徒が合宿に参加して何かトラブルが起こっては堪らないという意見が多数出て、そういう意見を組んだ結論だったらしい。

それにもし、自分が体育クラスの生徒だったとしても、やたらと何か予想外の出来事が発生する幸福クラスの生徒が来ると聞けばきっと内心反対していたと思うので不満はなかった。

 

「そうだったの・・」

 

「残念ですね・・」

 

「そうだったのか」

 

「いや、まあしょうがないよ、元々俺は幸福クラスの一員なんだし、それに林間学校だって行ってみたかったから別に気にしてないよ、いつの日か俺だけ思い出が無いなんてちょっと降下するかもしれないし」

 

ただ、理由はそれだけでなくやはりはなこさんや牡丹さんが心配で、少なくとも今日一日は比較的何事もなく過ごせたことで一安心だった。

その会話がきっかけで俺も皆と話に加わるようになり、バスの中でのこと、今日作った木彫りのこと、明日のこと等を話して盛り上がる。

話をしていると、はなこさんが髪飾りを外そうとしていたが中々外れず見かねてヒバリさんが手伝い始める。

 

「えへへ思い出すなあ、ヒバリちゃん家にお泊りした時のこと」

 

「ああ、うふ、そうね」

 

2人の会話を聞いて少し前に俺以外の牡丹さんを含めた3人でヒバリさんの家に泊まったことがあったことを思い出す。

 

「今日もヒバリちゃんと一緒に寝れてうれしいな・・」

 

「・・あたしも嫌じゃないわ」

 

そう話している内に髪飾りを外し、ヒバリさんから受け取ったそれをはなこさんは自分の枕元に置いた。

 

「林間学校の間、髪飾りは身近なところに置いておきなさいってお母さんが」

 

「確か、大事なものだって言ってたしね」

 

多分見た目通り幸運のお守りで効果があるかは不明だがあらゆる意味で失くしてはいけない物なんだろう。

 

「さっきから聞いていればお前らお泊りなんてしたのか?」

 

「はい、響さん蓮さんも幼馴染ですから、良くお泊りなさっているのでは?」

 

「え、そ、それは・・」

 

「子供の頃はあったけど、今は全然、朝よく起こしに来るけどね」

 

「そうなんだ」

 

「仲がよろしいんですね」

 

「へえ、まあ隣同士だと逆に泊まる必要が無いんだろうね」

 

時間帯を問わなければ、お互いが家にいる限りすぐ会えるのだから。

 

「と、当然だ!」

 

「そうだっけ?」

 

「そんなこと言うな! 小さい頃はあんなに泊まっていたではないか!」

 

「何だ、何かまずかった・・?」

 

余りにもそっけない反応に萩生さんは立ち上がってまで否定しているが当の江古田さんはどこ吹く風で全くもって冷静だった。

 

トントン

 

その時、先生がふすまを開けて

 

「消灯しますよ」

 

「はーい」

 

「あら、葵坂さんはこちらにいたんですね、もう消灯の時間ですよ部屋に戻ってください」

 

「え、もうそんな時間ですか!?」

 

慌てて時計を確認してみると先生の言った通り既に消灯の時間を迎えていた。

いつも寝ている時間より早いとはいえ、あっという間に時間が過ぎてしまうような気さえする。

 

「うふ、女子の部屋に居たことは内緒にしておきますからね、安心してください」

 

「あ、は、はい、失礼します、皆お休み!」

 

先生の厚意に感謝しつつ皆に声を掛けて自分の部屋に早足で戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、俺以外の班の皆は全員戻ってきていて、今までどこにいたのかと聞かれたが適当に誤魔化し、会話もそこそこに電気を消して布団に入って目を瞑った。

 

(明日は何があるんだろうな・・)

 

林間学校の内容は事前に発表されておらず、当然不安だったものの今日は特に変わったことは無かった。

しかし、先生が食堂で最後に呟いていたことが気になり急に明日のことが心配になってくる。

不安になって別のことを考え始め、この前の花火大会のことや、今朝3人と合流した時にはなこさんが穴に落ち、牡丹さんが貧血で倒れたこと、隣の部屋のヒバリさんは布団で眠れているか等、最終的に数日前に見たホラー番組のことを思い出しまって不安を通り越し怖くなってしまう。

確かあの番組のドラマではどこかの旅館の一室で突然大きな音が壁から聞こえて、それがきっかけで怪奇現象が起こり、部屋で寝ていた男性を恐怖の渦に飲み込んでいく内容だった。

そう、丁度あのあたりの壁から音が・・・・

 

ドンッ!

 

「ひっ!?」

 

そう考えた瞬間、同じように壁から何かがぶつかったような音が聞こえ、全身から冷や汗が噴出し布団を被り耳をふさいだ。

俺1人ではないのがせめてもの救いだったが俺以外全員寝ているらしく無反応で、何か大きな音がしたというだけでは起こすこともできない。

それからしばらく布団を出ることができず、出た後も怖さは中々抜けず深夜まで眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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