さいきょーの主夫 (樽薫る)
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第1章【幻想入りから一年経って】
第1話『妖精と妖怪と人間と』


 ―――朝。

 

 ここは人間と、“表の世界”で忘れられたものたち、妖怪、妖精などが共存する楽園『幻想郷』。

 その幻想郷にて人々が群れて暮らす人里、そしてそこから離れた山の麓にある霧の湖。さらにそこから少し離れた森の中に小さな一軒家が建っていた。

 森の中の一軒家から、良い香りが漂う。

 

 一軒家の中、台所で料理をしている男が一人。

 手際よく皿を用意して料理を乗せると、皿を持って居間へと向かう。とは言うものの表の世界で言う1Kの家では持っていくというほどの距離でも無いのだが……。

 

「ふう……」

 

 居間のちゃぶ台に料理を置くと息を吐く男は、満足気に笑みを浮かべると台所に戻って二つの茶碗に米を盛る。

 そうしていると、居間に敷いてある布団から誰かが起き上がった。

 それは年端もいかぬ水色の髪の少女。

 

「チルノさんおはよう」

「んう……おはよ」

 

 チルノと呼ばれた少女が男の声に返事を返す。

 男は茶碗を持ってチルノの寝ている布団から少し離れた場所にあるちゃぶ台へと乗せた。

 朝食が並べられるとチルノが布団から立ち上がり背中を伸ばしながら洗面所の方へと向かう。

 

 少しして、欠伸をしながら洗面所から出てくるチルノは服装が変わり、青いワンピースを着て青いリボンをつけている。

 

「さ、食べますか」

「うん、いただきます!」

「はい、召し上がれ」

 

 男がそう言うと、チルノは太陽のように眩しい笑顔を浮かべて食事を始めた。

 それを見て男は満足気に頷く。

 

「やっぱりリョウのご飯はさいきょーね!」

「チルノさんいっつもそれですね」

 

 ハハハと爽やかに笑う男。

 この家に住んでいるこの二人。

 一人は氷の妖精、氷精チルノ。もう一人は人間、リョウ。

 かたや幻想郷に住んでいた妖精、そしてもう一方は外からやってきた外来人と呼ばれる者。

 

 二人がこうして一緒に住むまでには色々とあったがそれはまたの機会に語れば良いだろう。

 ともかく、二人がこうして同居していて幻想郷は今日も平和、という事実こそが大切なのだ。

 

「チルノさぁん!」

 

 ご飯を食べ終えて洗い物を終えた。そんな時に女の声と共に扉が勢い良く叩かれる。

 リョウが先程までの笑みを止めて顔をしかめつつ、扉を開いた。

 生温い外気が家のなかに入ってくると、今度はチルノも顔をしかめる。

 

 そして扉の先には、黒い翼をもった少女がいた。

 

「どうも!」

「酷くやらしい射命丸文じゃないですか」

「清く正しい射命丸ですよ」

 

 ニコニコして相対する射命丸文と呼ばれた少女とリョウの二人。

 

「え、汚名丸?」

「射命丸ですよ。このチルノさんにつきまとう羽虫さん」

 

 瞬間、二人の額に血管がビキビキと浮かび上がる。

 一歩後ろに下がるリョウ、一歩踏み出して家に入る文。そこでチルノが文の存在に気づいて箸を持った手を軽くあげた。

 

「あやだ、いらっしゃい」

「お邪魔しますチルノさん! 今日も可愛らしい!」

 

 リョウと相対する時とは正反対に心からの笑顔を浮かべる文。

 台所でなにか始めるリョウの横を通って文はチルノの元へと加速。

 すさまじいスピードでチルノの隣へと座った。

 

「チルノさんチルノさん! 今日も可愛いですね! 大事なのでもう一度言いました!」

「ありがと、あやもね」

「くぅ~! これはオッケーという」

 

 ダンッ、という音と共に文の前に湯飲みが置かれる。

 置いたのはニコニコと笑顔を浮かべているリョウであり、置かれた文も笑顔を浮かべてリョウに視線を向けた。

 

「粗茶ですがこのロリコンクソ烏」

「あなたにだけは言われたくありませんよロリコンクソ召使い!」

 

 二人が止まる。そしてクワッと目を見開くリョウ。

 

「……誰がロリコンだ誰が!」

「あなた以外いないでしょうがこの性異常者!」

「テメェにだけは言われたかねぇんだよロリコンドマゾ記者! ぶち転がすぞ!」

「表に出なさい決着つけますよ!」

「おう良いぜ!」

 

 リョウがそう言うと文はほどよくぬるいお茶を一気に飲んで立ち上がる。

 

「行きますよ!」

「洗い物するからちょっと待てや!」

「先に待ってます! 辞世の句でも用意しておくんですね!」

 

 怒声を上げながら家を出ていく文。

 リョウは文が使っていた『射命丸』と書かれた湯飲みを洗うと、家の鍵を締めてチルノの正面に座った。

 別段驚くでもないチルノはこんな感じの光景を見慣れている故だろう。

 

「ふう……」

「リョウ、良いの?」

「良いんだチルノさん、あんなロリコンと一緒にいたらこっちまでロリコンになってしまう」

「でも魔理沙がリョウはロリコンだって」

「あの白黒、今度絞める」

 

 目を細めて呟くと同時に、家の扉が叩かれる。

 誰かなんて考える必要もない。

 チルノとリョウはゆっくりお茶を飲む。

 

「ええい、騙しましたね!」

「うるせえ!」

「あんまりです! 私を倒せないからってぇ!」

「烏天狗に勝てるか! 常識的に考えて!」

「あんまりだぁぁぁ!」

 

「リョウ、開けてあげれば?」

「……はぁ、チルノさんがそう言うなら」

 

 そう答えるとリョウが扉を開ける。

 プンスコ怒っている文の文句を適当に聞き流しつつ、リョウは再びお茶を淹れ始めた。

 台所で言い争う二人の声を聞いてチルノは笑う。

 

「ホント、仲良いのよね」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

 チルノの声が聞こえたのか二人からの抗議が家のなかにひびく。

 それがおかしかったのか、今度はチルノが楽しそうに笑う声が家に響いた。

 なんら変わり無い、いつもの風景。

 

 




あとがき

一応言っておくと、ロリコンじゃない
オリ主も作者も


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第2話『人里と茶屋と巫女と』

 チルノとリョウは時計を見て出掛ける準備を始める。

 文もすぐに外に追い出して、リョウが鍵を掛けた。

 

 目的地はチルノもリョウも同じ、人里。

 追い出したということは外にはもちろん文もいるわけで、共に歩く。

 

「チルノさんは今日も寺子屋ですか?」

「うん、リョウに宿題手伝ってもらったしけーねの頭突きもないよ!」

「あの半妖、私のチルノさんになにを……許さん!」

「チルノさんは誰のものでもねぇだろうがクソ烏!」

「あなたのでもないでしょうがクソロリコン!」

「いまスゲェブーメラン投げたからなお前!」

 

 再び言い争いを始める二人を見て、チルノはため息をつきつつ歩みを続ける。肩から斜めにカバンを掛けたチルノが進めば、文とリョウの二人も“言い争いを続けつつ”チルノと共に歩を進めていく。

 ちなみにチルノは未だにロリコンの意味を知らない。

 

「ねえ二人とも、ロリコンってなに?」

 

 チルノの素朴な質問に、止まる二人。

 ここで本当の意味を教えて許されるのだろうかという葛藤が同時に芽生え、それと共になんとかしようと引っ張り出した答えは―――1つ。

 

「と、とっても世話好きって意味ですよチルノさん」

「そうそう、そんな感じの意味合いです!」

 

 リョウが言うやいなや、すかさずフォローに回る文。

 利害の一致というやつだ。

 そしてここでリョウにとっての誤算が生まれた。

 

「リョウは文に悪口言ってたのに文はリョウのこと褒めるんだ」

「あっ」

 

 チルノの言葉にリョウは顔をしかめて文の方を見た。両腕を上げて勝ち誇ったような笑みを浮かべる文を見て、リョウが敗北感に駆られる。

 すこしばかり考えるような表情を浮かべるチルノが手のひらを拳でポン、と叩いてひらめいたという表情を浮かべた。

 

「文はメスブタなのね!」

「!!?」

「くぅ~~キクッ!!」

 

 驚愕に表情を歪めるリョウとは別に恍惚の表情を浮かべる文。

 しかし少しして文もリョウと同じ考えに至った。

 

 一体誰がそんな言葉を教えたのか、だ。

 

「酷いことされて喜ぶやつにはそう言えって魔理沙に教えてもらったのよさ!」

「殴りましょう」

「どの関節極めるかな」

 

 二人はそれぞれ『魔理沙』と呼ばれる者への処罰を決めて頷く。

 そういうところを見ていれば仲良く見えないでもない。

 そんな二人は首を傾げながら歩き出すチルノの後を追うように歩き出すのだった。

 

 

 

 しばらくして、人里へとたどり着くとチルノと文とリョウの三人は人々からされる挨拶を返しつつ目的地へとたどり着いた。

 そこはチルノの通う寺子屋であり、リョウの目的地その先にあるので前まではいつも一緒だ。

 そして寺子屋の前には一人の女性が立っていた。ちなみに胸は豊満で青い服を着て胸は豊満である。

 

「おはよう、チルノ」

「おはよ、けーね」

「チルノさん、先生をつけるべきです」

「せんせー!」

 

 リョウからの指摘を受けてそのまま続けて言うチルノに苦笑しつつ、けーねこと上白沢慧音は頷いた。

 笑顔を浮かべてリョウと文に手を振り寺子屋へと入っていくチルノ。

 

「そんじゃよろしくお願いします慧音先生」

「ええ、そちらもすっかり馴染んだようでなによりです」

 

 笑みを浮かべて頷く慧音にリョウも頷く。

 リョウが来てから、この人里でちょっとした事件もあったし慧音も心配はしていたのだが、それもすっかり杞憂であったと思わされるほど、外来人の彼はここに適応していた。

 チルノを追って中に入ろうとする文の首根っこをリョウ掴んでおく。

 顔をしかめた文がそこでふと、リョウの方を見た。

 

「今日は大妖精さんは一緒じゃないんですか?」

「大ちゃん、今日は早く行くって言ってたからな」

 

 その返答に頷く文。

 

「それでは慧音さん、俺も行きますんで」

「はい、ではまた夕方に」

 

 爽やかな笑顔を向ける慧音に手を振りつつ、リョウは文を引っ張って寺子屋から離れていく。

 その間も文が名残惜しそうに寺子屋に手を伸ばしていたが離すわけにもいかない。

 

「ロリコンを寺子屋に解き放つわけには……」

「失礼ですね! 私は確かにロリコンのドマゾですがチルノさんにだけですよ!」

「なお近づけたくない!」

 

 そんなことを良いながら、リョウが一件の茶屋の前に着く。

 いや、茶屋というよりそこは表の世界で言う喫茶店に近いだろう。

 そんな茶屋の前で、リョウは文を離す。

 

「ここまでか……」

「私も仕事があるので残念です」

 

 チルノを隠し撮りよりも仕事優先なところは誉めてやりたいとリョウは少しばかり考える。まあすぐに『無いな』と数度頷くのだが……。

 翼を広げる文。

 

「それではリョウ」

「おう、またな文」

 

 お互いがお互いを呼び捨てにして、別れる。

 文は仕事である新聞のネタ探し、リョウの方はその茶屋で仕事。

 洋風な扉に鍵を差し込んで開くと、カランカランと音が鳴る。

 小気味良い音の余韻を聞きながら、リョウは静かに扉を締めた。

 

「さて、今日もお仕事頑張るか」

 

 茶屋『レインメーカー』の一日が今日も始まる。

 

 

 

 それからしばらくして、時刻は昼過ぎ。

 ご飯時ともなると客足もずいぶん増えて忙しくもなるのだが、ピークも去って一区切り。

 客足も減ってゆったりとできる時間になると、リョウはレインメーカーで働く少女の方を見る。

 

「妹紅さん、ここまでで良いよ」

「そう?」

 

 リョウが呼んだ藤原妹紅が振り替えった。

 白いポニーテールを揺らし、白いシャツに黒いベストとパンツを纏う少女は可愛らしさはもちろんだがどことなくカッコ良さもある。この店に彼女を求めて男性客も女性客も来るのだからリョウにとってはありがたい話だ。

 

「ええ、もうピークも過ぎましたから夕方まで客も少なくなるだろうし」

「そっか、そんじゃ“店長”お疲れさん」

「はい、お疲れさま」

 

 そう応えると、妹紅は裏の方へと下がる。

 すると、妹紅と入れ替わるように誰かが入ってきた。

 そちらを見るリョウは既に見る前から誰が来たか予想はついているという表情をしている。

 

「いらっしゃい霊夢さん」

「ん、リョウさんおはよ」

 

 入ってきたのは博麗霊夢。

 人里から少し離れた場所にある博麗神社の巫女であり、この幻想郷と表の世界の垣根である博麗大結界を代々守護する者。それと同時に魑魅魍魎が跋扈するこの幻想郷のバランスを保ち、異変を解決するということを生業にしている。

 リョウも彼女の世話になったことがあったのだが……。

 

「霊夢さん、ツケが溜まってるよ」

「わ、わかってるわよ。ほら、今日は返しに来たのと……なにか食べさせて」

「ツケで?」

「……まあそうなるけど」

「プラスマイナスゼロね、霊夢」

 

 ケラケラと笑いながら表れる妹紅に苦笑するリョウ。

 今の妹紅は先程と違い白いシャツに赤いもんぺ、サスペンダーをしている。これが妹紅の私服であった。

 霊夢はバツの悪そうな表情を浮かべながらリョウの向かいのカウンター席へと座って頬杖をつく。

 

「そんじゃ店長、また明日」

「また明日ー」

 

 妹紅が出ていくと、リョウが霊夢にコーヒーを出した。

 

「サービス、あんまり期待されても困るけど」

「ありがとうリョウさん!」

 

 パアッ、と表情を明るくする霊夢を見てやるせない気分になるリョウ。

 

「とりあえずいつものランチセットで」

「こっちはツケですからね?」

「わかってるわよ!」

 

 そう良いながら満面の笑みを浮かべる霊夢。

 リョウは苦笑しながらも包丁で具材を切って、パンに挟むと皿へと乗せてカウンター越しに霊夢へと渡した。

 

「いただきます!」

 

 晴れ晴れとした表情の霊夢を見ていると普段からその表情で居れば参拝客とお賽銭も増えるのにと言いたい気持ちも出てくるのだが……そんな霊夢はむしろ異変だ。

 両手でサンドイッチを持って食べる霊夢を見て、リョウは口元を綻ばせる。

 

「そうしてると年頃の女の子ですね霊夢さん」

「なっ、なによ、人がご飯食べてるとこ見るなんてリョウさん悪趣味ね」

「ははは、すみません」

 

 少しばかり顔を赤くして抗議する霊夢に素直に謝ったリョウ。

 サンドイッチを半分ほど食べてから霊夢がそれを皿に置く。口元についたソースを親指で拭ってからリョウを見て言う。

 

「文は一緒じゃないの?」

「当たり前でしょ、仕事中だろうし」

「いつも一緒にいる気がするからね、そうも思うわよ」

「ここらで仕事してるなら来るかもしれないけど、たぶん夕方までは来ないはずですよ」

「へぇ~あんたら仲良いわね」

「ははっ、ご冗談を」

 

 そう言って笑うリョウを、霊夢は怪訝な顔をして見る。

 チルノのことで良く言い争いをしているのは見かけるし聞くのだが、どうにも本気で喧嘩しているところを見た覚えはない。

 

「ま、私には関係ないことか」

 

 妖精と妖怪と人間という、奇妙な関係はすっかり幻想郷に馴染んでいるのだ。

 博麗の巫女も賢者ですらもそこに関与することではないだろう。

 仲良きことは良きことだ。

 

「霊夢さん、烏天狗の唐揚げってどう思います?」

「やめときなさい」

「ですよね、変態がうつっても嫌ですし」

「あんたら仲良いのよね!?」

「やだなあ、悪いですよ」

 

 仲良きことは良いことだが……これは微妙だなと、霊夢は苦笑した。




あとがき

二話目!
ということで慧音と霊夢登場です
こんな感じで序盤はオリ主(夫)と原作キャラクターたちとの関係を描いてく感じになるっす

過去についてもいずれ語ることに

そんじゃ次回もお楽しみにー


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第3話『寺子屋と先生と頭突きと』

 時は過ぎて夕刻。

 リョウは自分の茶屋こと『レインメーカー』の扉を閉めて鍵をかける。

 昼過ぎにやってきた霊夢も一時間もしない内に帰り、リョウはたまに来る客と軽く話すぐらいであまり忙しくもなく……そのままこの時間になって店を閉めたというわけだ。

 

 外に出ると、上から誰かが降りてくる。

 リョウはなんの疑問も顔に出すことなく、手に持ったカバンの中からラップに包まれたサンドイッチを出した。

 それを、降りきるのと同時に受けとるのは射命丸文。

 

「ありがとう」

「100円」

「今度払いますんで」

 

 文の言葉に頷いて歩き出すリョウ。そんなリョウの横を歩いて着いていく文。

 隣でサンドイッチを食べながら歩く文と共に向かった場所は寺子屋だ。

 前に着くと同時に戸が開かれて、中から誰かが出てくる。

 

「ああ、リョウさん」

「こんにちは慧音先生、今日もありがとうございます」

「いえいえ、こちらも毎日できるわけではありませんから……」

 

 寺子屋は本来は人間の子供たちのために開いているものだ。

 故に、チルノのような妖精等の人外に寺子屋を開けるのは休日のみになる。

 

「慧音先生も休みたいでしょうに」

「私はあの子達がものを覚えていくのが楽しいんですよ、特にチルノが妖精なのにテストで良い点を取ると跳ねたくなりますよ」

「私もチルノさんが良い罵倒をくれると跳ねたくなります!」

「黙ってろ駄天狗」

 

 クスリと笑って言う慧音の言葉に笑みを浮かべて、文に罵声を浴びせた。

 そうしている二人を見て慧音が微笑むが、ハッとした表情になる。

 不思議そうな文をよそに、慧音はリョウの方を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「申し訳ない……『妖精なのに』なんて」

「ああいえ、慧音先生が悪い意味で言っているとは思ってませんよ」

「なら良いんですがその、リョウさんはその手の言葉に良い思い出が無いでしょうから……」

 

 確かにその通りではあるのだが、リョウは『気にしていない』と胸の前で手を振る。

 だがそれでも、幻想郷に来てからのリョウの身に起きた出来事の終始を知る者の一人としてはリョウにその類いの言葉は禁句だと思った。

 だが、リョウは苦笑しつつ頷くのみ。

 

「良いですよ謝罪なんて」

「そうですよ、リョウなんかに」

「このクソ烏唐揚げにすんぞ」

「この私を捉えられるならどうぞ?」

 

 ビキビキと、二人が額に血管を浮かび上がらせ笑顔で向き合う。

 笑っているが笑っていない。そんな二人を見て慧音が笑いだす。

 

「ハハハ、二人は本当に仲が良い」

「どこがですか……そういえばチルノさんたちは?」

「教室で話し込んでいましたがすぐに来ると思います。ミスティアに関してはあれで屋台で飲食店をやっているのが驚きですが」

「ミスティアは漢字と数字には強いでしょう」

「それ以外がからっきしですが……」

 

 そう言って肩をすくめる二人の元に、誰かが走ってくる。

 そんなミスティアよりダメなのがその走ってきて、そのまま跳んでリョウへと飛び込んだ少女だ。

 金髪と赤いリボンがリョウの鼻先で揺れる。

 

「ルーミア」

「リョウ、おはよう」

 

 ニパァッ、とか効果音が付き添うな笑顔を浮かべる金髪の少女ことルーミアに、笑顔を向けるリョウ。

 文は少しばかり悩むような表情をしてから、首を横に振る。そしてそんな文をジト目で見る慧音。

 そう言えばと、ルーミアがリョウの腕の中から退く。

 

「リョウと文と慧音はロリコンだって?」

「え?」

 

 そんなルーミアの言葉に、文とリョウがハッとする。それとほぼ同時に文の腕を掴むリョウ。

 顔をしかめる文に首を横に振りつつ慧音の方を見ると、唖然としていてそれ以上の反応は無い。

 

「私が教えてあげたのよさ」

 

 そう言って現れる氷の妖精チルノ。

 得意気にドヤ顔を疲労しながら現れるとビシッとリョウと文を指差した。

 片目を閉じてウインクをするように言う。

 

「世話好きな人をそう言うって二人に教えてもらったのよ」

 

 フフン、と胸を張って言うチルノに文が『かわいい』と言葉を溢す。

 そっと近づいた慧音が、まず文の頭を掴む。

 慧音の表情は前髪に隠れて見えない。

 仕方ないとは思う。今回のことは、慧音の名誉にも関わることだ。故に―――。

 

「お、お待ちになって!」

「なんだ?」

「わ、私たちは良かれと」

「子供に嘘を教えるな! しかも色々あぶない!」

 

 そう言うと同時に、慧音の頭が振るわれる。

 頭と頭がぶつかった鈍い音がして、頭突きを受けた文が倒れると『ひっ』と声がした。明らかにルーミアのものだ。

 ロックオンされたことを理解して、リョウが慧音の方を見た。

 

「慧音、なんで文とリョウを頭突きするのよ!?」

 

 チルノに、リョウが首を横に振る。

 その表情は穏やかで……。

 

「チルノさん、ロリコンのことは、その……嘘なんで、言いふらしちゃあダメだ。ダメなんだ」

「えっ、なんで?」

「あれは、その……」

「な、なんでそんな嘘を!?」

「チルノさんは、知らなくて良いことなんだよ」

 

 その言葉にさらに追及しようとして、チルノは止まる。

 リョウの悲しげな表情を見て、だ。

 頷いてフッ、と笑みを浮かべたリョウが慧音の方を見た。

 

「別れはすんだか」

「はい」

「待って慧音!」

 

 瞬間、頭が振るわれ、その一撃がリョウの頭部に直撃した。

 倒れるリョウ、チルノがリョウへと駆け寄る。

 ロリコンなんて言葉を覚えさせてはいけないという、二人なりにチルノを思っての行動だったのだ……たぶん。

 

「リョウー!」

 

 叫ぶチルノ、その後ろで悲しげな表情をしている慧音。その後ろでよくわからないという表情をしているルーミア。

 そして寺子屋から出てきた、緑髪をサイドポニーにした胸が豊満な妖精こと大妖精と夜雀のミスティア・ローレライ、さらに大妖精よりも深い緑色の髪を持ったショートカットの“少年のような少女”リグル・ナイトバグ。

 困惑するような表情を浮かべる三人だが、リグルが口を開いた。

 

「なにこれ」

 

 その言葉にハッとした慧音が顔を真っ赤にして頭を押さえる。

 

「なぜ私はこんな三文芝居をぉ!?」

 

 倒れてるリョウと文。

 二人の目は開かれており、額は赤くなっている。

 お腹あたりで顔を埋めているチルノを見つつ、リョウは呟く。

 

「痛みは本物だけどな」

「超痛いんですけど……てかチルノさんにくっつかれてるの羨ましいんですけど」

「うるせえロリコ……バカ烏」

「ストレートですねこの軟弱もやし」

 

 小声で悪口を言い合いつつも、二人が同時に起き上がる。

 そんな二人を見て、チルノが固まった。

 首をかしげる文とリョウ。

 

「あやとリョウが蘇ったぁ!?」

「本気で死んだと思ったんですか!?」

「はははっ、俺はまだ死にませんよ」

「早く死んでください」

「あ?」

「あ?」

 

 驚愕するチルノ、突っ込む文、笑うリョウ。そしてキレる文とリョウ。

 これもまた日常の1ページ。異変でもなんでもない日常。

 キレていたもすぐにいつも通りに戻るリョウが額を撫でる。

 

「にしても痛い、痛すぎる……」

「人間のリョウさんには手加減しましたけどね」

「え?」

 




あとがき

プロローグが終わらない不具合
とりあえず過去については小出しにしてく感じで

次回もよろしくです!


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第4話『ロリコンと超人と魔法使いと』

気付けば二年経っていてこわい
色々落ち着いたんでちゃんとやれそうです


 一通りのばか騒ぎのようなものが終わって、チルノとリョウと文、そして大妖精は森の中を歩いていた。

 ルーミア、ミスティア、リグルとも別れて少し、もうすぐ家というところで、ふと大妖精がリョウの方を見る。

 

「ん、どうした大ちゃん」

「リョウさんって敬語だったり普通にタメ口だったりしますけど、それで結構印象変わりますよね」

「そうか?」

 

 そんな話をしていると、チルノが浮遊して後ろ向きに飛びながらリョウを指差す。

 

「それはあたいも思ってたけど、リョウってちょっとおかしな口調よね。バラバラな感じでさ」

「……敬語なら文も使ってますし、というよりチルノさんは家主ですし尊敬もしてますし」

「でもたまにタメ口が混ざるじゃない?」

 

 チルノの言葉にリョウはすこしばかり項垂れる。

 言いたいこともわかるし伝わってはいるのだが現状ではなんとも言えない。リョウとて理解していることでもあるのだ。

 歩きながらもチルノの方へと視線を向ける。

 

「チルノさんは、どういう口調が良い?」

「別になんでも良いけど……半年前に初めて会った時からずっとそうだったし」

「なら今まで通りこれで」

 

 そう言って笑みを浮かべるリョウに、チルノも子供っぽい笑顔で答えるとそのチルノの隣にいた大妖精も微笑ましそうに笑顔を浮かべる。

 なんな中、リョウの隣にいた文が悪そうな笑みを浮かべて言う。

 

「キャラ作りの真っ最中なんですよきっと」

「お前は……余計なことを言うな」

「否定はしないんですねー」

 

 バツの悪そうな表情を浮かべてリョウがため息を吐くと、大妖精が苦笑を浮かべた。

 大妖精が初めて出会ったときのことを思い出せば確かに口調が変わっているのは明らかだ。

 

「キャラ作り? リョウがなんでまた?」

「色々あるんですよ。半年続けてても慣れませんけど」

「まぁチンピラみたいな口調でしたからねー」

 

 そんな文の言葉にチルノが『チンピラ……?』と興味を示した。

 

「おい余計なこと言うなマスコミ」

「余計なこと言うのがマスコミですからね!」

「そんなんだからマスゴミなんて言われんだろ!」

 

 そこでふと、文が止まった。

 目を細めてから、キョロキョロ辺りを見回すようにする。

 不思議そうな表情で……。

 

「お前しかおらんわ!」

「あやや、この清く正しい射命丸がマスゴミ? ハハハ、またまたご冗談を」

「くっ、殴りてぇこのクソ烏!」

 

 大妖精は内心『そんなんだからチンピラと言われるんじゃ』とも思ったが言わぬが花だろうと黙っておくこととした。

 しかしそんな二人を見慣れた大妖精もチルノも笑いながら共に歩く。

 そうして歩いていると、ふと大妖精がなにかに気づく。

 

「あ、そう言えば明日は寺子屋お休みだけどチルノちゃんは予定ある?」

「んーない!」

 

 ニコッと太陽のような笑顔で笑うチルノ。

 そんなチルノに大妖精がなにか言う前に文がスマホの連写もビックリな速度でカメラのシャッターを引きながら言う。

 

「あややチルノさん、この射命丸とデートでも」

「おい哨戒天狗さん呼んでくるぞコラ」

 

 山の方で狼がくしゃみした。

 

「触んなきゃセーフ! セーフですから!」

「お前絶対触るだろ!」

「いやリョウ、そりゃ触らなきゃ据え膳に失礼ってもんで」

「殺すぞ!」

 

 額に血管を浮かび上がらせながら言うリョウに、頭に欠陥を抱えているのではないかという台詞を言った烏天狗の汚名丸もとい射命丸文は小首をかしげた。

 そして彼は額どころか手の甲にも血管を浮かび上がらせる。

 

「ま、まぁまぁリョウさん」

「止めないでくれ大ちゃん! こいつだけは許せない!」

「ねぇ大ちゃん、据え膳ってなに?」

 

 理性と良識のあった大妖精は『可愛く無防備なチルノちゃんのことだよ』とは返せなかった。

 無論、保身のためである。

 無難な答えを探そうとする大妖精だが、その長考がまた現状を変えていく。

 

 大体、射命丸文の仕業である。

 

「この射命丸文、チルノさんルート一直線!」

「いつも頭のネジ飛んでると思ってたけど今日さらに抜けたか!」

 

 さらにネジが抜けていたとしたら無論、今日の上白沢慧音の仕業だ。頭突き怖い。

 しかしながら一番の恐怖は文がシラフで言っているということだろう。モチのロンでリョウと大妖精は承知している。

 文は自らの胸(豊満)に手を当てて高らかに宣言。

 

「私はチルノさんルート、ならチルノさんは私ルート一直線です!!」

「大ちゃん! こいつは殺そう!」

「私もそう思います!」

 

 大ちゃんはいつも通りだった。

 そして臨戦態勢に入った三人を見て伝統の『弾幕ごっこ』かとチルノも戦闘態勢に入ろうかというその時……。

 

「おーおー今日もロリコン共が騒いでら」

 

 そんな台詞と共に降りてくる金髪白黒普通の魔法使い。

 乗っていた箒を降りてケラケラと笑いながら四人を見ている。

 その悪名高き魔法使いの名は……。

 

「魔理沙!」

 

 霧雨魔理沙。

 チルノが眩しいまでの笑顔を浮かべてその友人の登場を喜ぶが、件の射命丸文(ロリコン)とリョウは違った。

 文が最高レベルの妖怪である烏天狗持ち前の身体能力で魔理沙の後方に回り込んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 焦るような声を出す魔理沙。

 だが文には魔理沙をどうにかしてやろうという明確な理由がある。そしてそれは彼も然り。

 ザッ、と文とは対になるように立つリョウ。

 二人が腕を振り上げる。

 

「マグネットパワープラス!」

「マグネットパワーマイナス!」

 

 そんなものは無いが叫ぶ文とリョウ。なにかが彼女たちのテンションを狂わせていた。

 しかしチルノは目を輝かせながらその光景を見ている。

 大妖精が驚愕の表情を浮かべる。

 

「まさかあれは!」

「なにこれ!?」

 

 焦る魔理沙をよそに二人が走り出す。

 そして二人が魔理沙を挟み込むようにラリアットをかける。つまりは……そういうことだ。

 

「クロスボンバー!!」

 

 文とリョウの合体技(ツープラトン)により、魔理沙は声にならぬ声を出して倒れた。

 二人は顔を会わせて頷くと無言でハイタッチ。

 謎の息の良さを見せつけた……ただし身内に。

 

「ま、魔理沙さぁん!?」

「文とリョウったらさいきょーね!」

 

 やりきった表情の二人。今日のもろもろの恨みを晴らした。

 さすがに(チルノ関係のことを除きさえすれば)まともで良識ある大妖精は魔理沙を心配するも、次の瞬間には魔理沙がガバッと起き上がる。

 

「死ぬかと思った!」

「あやや、チルノさんの前でそんなことしませんよ」

「いて良かったチルノ!」

 

 おそらく冗談ではあるはずだ。

 

「てかなんで文とリョウに技かけられたんだ!?」

「おや魔理沙、覚えがないと?」

「うん!」

 

 勢いよく首を縦に振る魔理沙に笑顔を浮かべる文。

 

「次は間接技(サブミッション)がお望みらしいですよリョウ」

「しかたないなぁ魔理沙」

「まてまてまて! なんでなんで!?」

 

 すでに半泣きになっている魔理沙を相手に容赦しない1000歳越えの大妖怪と20過ぎの男。

 端から見たら明らかにヤバめな図。

 ことの発端と経緯をしっている大妖精がそっと魔理沙に近寄って耳打ちをする。

 黙って待っている文とリョウ。

 

「……ということです」

「……あーなんていうか、そのだな」

 

 ニコニコ笑う文とリョウ。

 逆に怖いそんな二人を見て魔理沙は顔を反らす。

 

「貸し1つですね」

「あんな技かけといてまだ足りないのか!?」

「まぁまた異変とかあったら協力してもらうだけですよ」

 

 文の言葉にろくでもないお願いをされるパターンしか浮かばない。

 正直ここで適当に口約束だけしてしまえば良いのだが……。

 

「ちなみにここで負けを認めないと慧音先生の頭突きがセットで飛んできかねないよ」

「……くっそぉ、わかったよこのチルコンどもめ!!」

 

 さすがに慧音の頭突きはこわい魔理沙は仕方ないと頷く。

 そんな言葉に文とリョウが揃って不敵な笑みを浮かべる。

 

「チルコンですか、私たちには誉め言葉です!」

「……いや俺を一緒にすんなよ」

「え?」

「え?」

 

 そんなやりとりをする二人を前にガクッと肩を落とす魔理沙は、今度チルノに余計なことを吹き込むときは色々警戒しようと誓う。

 そして大妖精はそんな二人と一緒にされたくないなと思いながら、自分に抱きついてリョウと文が勝ったと喜ぶチルノの感触を楽しむのだった。

 

 

 




あとがき

よし、これからはちゃんと更新してくのでよろしくです

1話3000字ぐらいでちょこちょこやってきたいとこ


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第5話『平和と素敵と刺激と』

 悪い普通の魔法使いへの過剰な攻撃と執拗な口撃で結果的に後々への布石を打った射命丸文(ロリコン)とリョウ。

 金髪の子かわいそう。ただし自業自得の部分もあるが……。

 拗ねたように帰ろうとした魔理沙にリョウが『レインメーカーのクーポン』を渡す。それなりの人気店のそれなりのクーポンを渡せばそれなりに機嫌は良くなる。

 

「おっし、まあ一回ぐらいの貸しだしいいか!」

「魔理沙一気に元気になったね」

「まぁ慧音の頭突き回避しつつこれも渡されたんじゃな、結果的に得……ではないけど採算はとれたんだよ」

「魔理沙のくせに難しいこと言うのよさ」

「言ってたか?」

 

 首をかしげる魔理沙はチルノにとってどこが難しかったのかまるでわからない。

 昔なら『妖精はバカだからな』で済んだものの、リョウと出会ってからチルノは確かに大人になったと言うか大人しくなったというか、子供っぽいところがなくなったとか言うわけでもないのだが、つまり賢くはなってはいるのでチルノがどこがわからないのか気にもなった。

 というより少しバカにされたのも気になる気がする。

 

「チルノさん、採算って利益とかと意味は変わんないですよ」

「おーなるほど」

「そこか、よくわかるな……てか利益はわかんのか」

 

 そんな魔理沙の言葉にリョウはニコニコ笑いながら頷く。

 伊達に喫茶店こと茶屋のオーナーと一緒にいないということだろう。

 ともあれリョウにドヤ顔されたところでまるで自慢にもなってないだろうと思った魔理沙だったが、自分以外には効果があったらしい。

 

「くっ、私だってそのぐらいチルノさんのことはわかってましたよ!」

「いや別に俺だって自慢したいわけじゃないしな?」

「得意気な顔しといてなんですかこのロリコン!」

「お前自重してたのにまたそれ言ってんじゃねぇよ!」

 

 また二人の不毛な言い争いが始まったと肩をすくめる魔理沙。

 第三者から見たらどっちもどっち、双方歪んだ性癖の持ち主には見える。

 無論、二人をよく知っていればリョウの方が安心感はあるが……。

 

「てかあたしもそろそろ行かなきゃな」

「弾幕ごっこしてかないの?」

「これでも魔理沙さんは忙しいんだぜ? 今度相手してやるよ」

「んっ」

 

 チルノの頭を軽く撫でる魔理沙。

 大妖精が側で微笑ましそうに微笑んでいるのを見て逆に魔理沙が照れ臭くなり、早く行こうと箒にまたがった。

 リョウと文の二人の言い争いもいつの間にやら終わっていたらしい。

 

「そんじゃな、リョウもたまには弾幕ごっこ付き合ってくれよー」

「考えとくよ」

 

 そう応えると満足なのか魔理沙は飛んで行く。

 後頭部を掻くリョウを、隣の文がニヤニヤと笑いながら見る。

 そんな文の顔に手を当てて離すと再び歩くのを再開していくリョウ。それに合わせて歩いていくチルノたち。

 そこで大妖精が思い出したかのように手をぽんと叩く。

 

「そう言えば、明日の予定の話してましたよね」

 

 そして戦いの火蓋が切られる。

 

「私とチルノさんのデートの話!」

「都合良いように改編してんじゃないよ!」

「私とチルノちゃんのデートですよ!」

「大ちゃんももうちょっと冷静になってくれ!」

「デートってリョウと出掛けてるときに結構言われるわよね」

 

 文と大妖精と顔を合わせないように前方だけ見るリョウ。

 今、顔を合わせて余計なことを言われると変なことになると確信がある。

 どこぞの吸血鬼よろしく運命がわからなくったってわかることだ。

 しかして動揺からか、余計なことを言ってしまう。

 

「明日は店、定休日なんでどっか出掛けます?」

「あややや!? なに自分はデートに誘ってるんですか!?」

「これはリョウさんでも許されませんよ!?」

「いや待て待て! みんなでな!」

 

 ついつい不用意な発言をしてしまったため、上手くリカバリーしようとさらに余計なことを言った気がする。

 しかしまぁ、リョウとしてもこれはこれで良いと納得することとした。

 あとは二人の同意だが……。

 

「さすがリョウ、信じてましたよ」

「みんなでお出かけ楽しみだねチルノちゃん!」

 

 不覚にも手が出そうになった。主に文に。

 犬猿というかなんというか、ちなみに周囲からは同族嫌悪という認識だ。

 もちろんペドフィリア的な意味で。

 

「ねぇリョウ! どこいくの!?」

「……文」

「んー、明日は守矢神社に取材に行く予定なんですよねー」

「ってことですチルノさん」

「諏訪子たちのとこだね!」

 

 まあなにはともあれチルノが楽しそうなので良いかと、リョウはフッと笑みを溢した。

 もう家も近く、大妖精も同じく近いがここで別れる。

 

「それじゃあまた明日っ!」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべる大妖精に同じく笑顔で大きく手を振るチルノ。

 リョウと文も笑みを浮かべて軽く手を振る。

 やはりそうして見ると、チルノより幾分か大人に見えるのは落ち着いた雰囲気か……。

 

「良いおっぱいですね」

「節操なしか、自分の揉んどけ駄烏」

「自分の揉んだって仕方ないでしょ、それともここで一人シろとかいうセクハラ!?」

「待てやめろバカ!」

 

 全力で止めるリョウ。

 一応二人の話を聞いているチルノだが小首をかしげるのみだ。

 わちゃわちゃ話をしながら家ノ前までやってくる。

 

「それじゃーね文!」

「はい、また明日!」

 

 忙しない様子で家の中に入るチルノを見て文とリョウが頬を綻ばせた。

 リョウも家へと入ろうとするも……。

 

「ああリョウ、明日は少しばかり遅れると思います」

「なんでまた?」

「会議、天魔様までいるからさすがにさぼるわけにも、ね?」

 

 妖怪の山、天狗たちの首領こと『天魔』がいるとあれば文のような上位の烏天狗が出ないわけにもいかないのだろうけれど……。

 訝しげな表情で、リョウは文と目を会わせる。

 文の言いたいことは理解できるし、また文もリョウの言いたいことはわかった。

 

「また他の天狗の嫌みを聞かされるわけか」

「ホント、しんどい」

 

 深いため息をつく文にリョウはさすがに同情もする。喧嘩が多い二人だが別に嫌いあっているわけでもないのだからそれぐらいはあるのだろう。

 特に天狗の社会は役職や上下関係がしっかりとされた組織的な縦社会。

 それに天狗という種はその伝説や伝承から種としてのプライドが高い者も多いらしい。

 

「どーでも良いと思うんだけど」

「違いない……と人間の俺は思うけどな」

 

 その天狗たちの中でも指折りの実力者である烏天狗の射命丸文。

 そんな彼女が普段から、よくわからない“外から来た人間”や“知能や程度の低い妖精”と共にいればあらぬ噂は立つし嫌味も言われる。

 

「ま、辛抱だな」

「わかってても、嫌味がチルノさんを侮辱するようなものだと正直、手が出そうに」

「……俺の悪口とかあんの?」

「ある、なんなら私も言ってる」

「うぉい!?」

 

 そんなリョウの反応にケラケラ笑う文が、バサッとその黒翼を広げた。

 なんだかんだと言っても信念はどこか似たような所があり、同じような理由でチルノに惹かれたことには変わりない。

 結果、惹かれ方に差異はあるが一年も共にいたのだ。

 

「それではまた明日!」

「気ぃつけてなー」

 

 そんな言葉に文は頷いて返すと空へと飛び立つ。

 すっかり日も落ちた空の闇に同化しつつも、その夜空の黒よりも黒い翼はしっかりと目視できた。

 フッ、と笑みを溢すとリョウは家の中に入る。

 

「ただいま」

「おかえり! リョウ!」

 

 ただの数分しか違わず、家ノ前まで一緒にいたのに家に入った途端、チルノは嬉しそうに言ってリョウに抱きつく。

 その頭をそっと撫でるとくすぐったそうに目を細めるチルノを見て、さらに頬が緩む感覚を覚えた。

 玄関から靴を脱いで上がると、二つのコップにお茶を淹れる。

 

「さて、ご飯にしますか……些か疲れた」

「いっつも文と楽しそうだもんね」

「どこがですか」

 

 さすがに顔をしかめるリョウだが、他人から見ればやはりそんなものだ某の猫とネズミのように仲良く喧嘩している。たまにやりすぎなように見えるがそれでもあのノリだし、なにより……。

 

「チルノさんは、楽しいですか?」

「ん? ……うん!」

 

 ニコッと笑みを浮かべる彼女を見てリョウはしかめた顔に再び笑みを宿す。

 なにはともあれ、幻想郷は今日も平常運転。

 

 神社の紅白巫女は貧乏に嘆き、森の白黒魔法使いは研究に没頭し、紅い館のメイドは居眠り門番を仕置き、冥界で半人半霊は稽古に精一杯、山の神社では風祝が飯を作る。

 

 そんなありとあらゆるとこでの一日が今日も過ぎ行く、毎日がどこか違って、それでも同じ様で……。

 楽園の素敵な住人たちはそれぞれの平和と問題を抱えつつ生きる。

 

 季節は3月、まだ少しばかりの肌寒さを感じさせつつも玄関先に咲いたフリージアの花が季節の変わりを感じさせていく。

 

 

 

 そして、平和で素敵で刺激的な一日が今日も終わっていくのである。

 

 

 

 

 




あとがき

2年越しにようやくプロローグが終った
このままどんどん更新してきたいとこ

あともっとギャグとか挟んでいきたいとこ


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第2章【そして、いつもの幻想郷】
第6話『恋仲と犬猿』


 忘れ去られた者たちの楽園、幻想郷。

 

 朝、というには遅い時間。時刻にして10時。

 人里離れた霧の湖方面にある一軒家から勢い良く出てくる氷の妖精チルノ。

 遅れて出てくるのは緑髪のサイドポニーを揺らす自然たちの具現、大妖精。

 

「ん、少し肌寒いね」

「そお?」

「チルノちゃんは強いなぁ」

「さいきょーだからね!」

 

 3月の残寒に少しばかり身を震わす大妖精と反対に、チルノは元気に笑う。

 そして最後に家から出てくるのは人間、リョウ。

 

「まだ長袖は必要か……」

「チルノちゃんといつも一緒にいるのに寒さに苦手って言うのも、なんだかおかしいですね」

「チルノさんが冷気のコントロールを身につけてから数ヶ月ですからね、ひんやりするのに変わりないけど」

 

 笑って言うリョウがそっとチルノに近寄ってその頭をそっと撫でる。

 

「さすがに暖かくはなりたくないのよさ」

「そうなれなんて言いませんよ、ねえ?」

「ん、そうだよチルノちゃん」

 

 そして大妖精はチルノの手をとった。たしかに冷たいが、その程度だ。

 かつては凍傷になりかねないというレベルだと思うとずいぶん触りやすくなった。

 

「……あのクソ烏が触ってきたら冷気全開で良いですからね」

「?」

 

 訳がわからないのかチルノは小首をかしげる。

 そして大妖精は『またチンピラ出ちゃってる』と思いつつ口の悪さがチルノにうつらなければ良いけど、と少し心配にもなった。

 チルノの害にならないと信用しているから大妖精もチルノを任せてはいるのだが……。

 

「さて、とりあえず妖怪の山に行くか、索道ですぐ着きますし」

「文さんは遅れてくるんでしたっけ?」

「らしいよ、縦社会は大変ですね」

 

 ハッと笑うリョウが肩掛けカバンの位置を調整して歩き出す。

 その前を手を繋ぎながら歩くチルノと大妖精。

 親子のようにすら見えるその姿もまた、見慣れられた光景である。

 

 

 

 しばらくして、妖怪の山の索道近くまで歩いてきた三人。

 そんな三人の目の前に見知った顔を見つけた。

 文とは仲がよろしくない相手というのは周知の事実でもあり、結果リョウとは息が合う。

 

「椛、お疲れ様」

「リョウさんですか、それにチルノさんと大妖精さんも」

 

 微笑を浮かべるのは白狼天狗の犬走椛。

 リョウは以前、色々と世話になったことがあり出会えば世間話やらなんやら、故あってデート紛いのことまでした結果、どこぞこパパラッチのネタになったりと気苦労が絶えない。

 チルノと大妖精が笑顔で挨拶をする。

 

「おはようございます椛さん」

「おはよーもみもみー」

「おはようございます、チルノさんもみもみは勘弁を」

「もみー!」

「それならまあ」

 

 哨戒天狗は神経を使う仕事でもある。それは内から外から上から下からと……。

 故に純粋な二人を見て心癒されると、リョウが羨ましくもなる。

 

「これから……文さんのところですか?」

「いや、守矢神社に」

「なら索道ですか」

 

 その言葉に頷いて、リョウはチラリと道の先を見る。

 すでにそわそわしているチルノと困ったようにリョウの方を見る大妖精。

 早くしなければ催促を受けるだろうと笑って椛に別れを告げる。

 

「それじゃまた」

「はい、また行きますね」

 

 喫茶店ことレインメーカーに、ということだろう。

 頻繁にリョウの家に用もなく来るような相手は文と大妖精ぐらいのもので、たまに来るとしてもチルノの友達。

 残念ながらリョウに浮いた話など録に無いのも事実。

 

「ま、欲しいとも思ってないけど……」

 

 そう呟いてからなんだか寂しいやつの言い訳臭いなと、苦笑を浮かべる。

 だが、今はチルノたちと過ごす日々にそれほどの変化が必要でないと思っているのも確かだ。

 今必要なのは、平和と穏やかな日常。

 

 

 

 そんなリョウたちが楽しそうに道中を歩いている間、未だ合流できる目処もなにもたたぬまま、文は会議室にいた。

 定例会議とは名ばかりの老人会のようなものにぶちこまれた哀れな烏天狗こと射命丸文は張り付けたような笑顔を浮かべていた。

 あーだこーだどうせ決まらないし、決める気もないような話題ばかり、それが終われば大概現状の幻想郷の愚痴。

 さらにそれが終われば今時の天狗たちはどーだこーだ。

 

(しんどい、早くチルノさんに会いたい……)

「……めい……し……」

(まあ取材場所に遊びに行ってくれるおかげですぐに会えますけど、その点リョウは多少気遣いしたくれたんでしょうし)

「射命丸!」

「っ!?」

 

 突然の大声に意識が引き戻された。

 呼んでいたのは妖怪の山の天狗たちの幹部の一人。

 天魔ほどではないにしろ、そして直属でもないものの偉いということには変わりない人物。

 少しばかり意識を離しすぎたと顔をしかめつつ謝罪する。

 

「申し訳ありません」

「まったく、射命丸お前はここ一年どこかおかしいぞ、妖精なんてものやらよくわからん外来人と過ごしているとか聞くではないか」

 

 面倒なことになったと外面にはださぬまま思う文。

 チルノの悪口が出たら手が出る自信がある。と思いつつも社会の歯車気質が染み込んでいて理性が働くのだろうけれど……。

 リョウの悪口はまだ良い。余裕で耐えれる。

 

(さあ、なにを言ってきますか!)

 

 自分への小言を覚悟していると、幹部が口を開く。

 そしてその口から放たれる言葉は―――。

 

「射命丸、貴様まさかその外来人の男にたぶらかされてたりはしまいな?」

「……」

「齢1000を越える烏天狗に限ってそんなことは無いとは思いたいが恋仲に見えるという報告も……ん?」

 

 返事はない。

 射命丸文は眉一つも動かさぬまま固まっている。恐らく思考もなにもかも停止して、ついでに呼吸も止まっていた。

 ショックが大きすぎたのか口を半開きにしたまま。

 

「聞いているのか射命丸! おい射命丸!」

 

 それでもなにも言わず固まっている。

 

「おい! おいって! ちょっとー……え、これ大丈夫?」

 

 さすがの幹部も焦った。

 天魔は黙して座すのみ。

 他の天狗は文に近寄って突っついてみたりする、

 

 ―――そのまま会議は終了した。

 

 射命丸文は見覚えのある川の前でサボっている死神と遭遇したところで目を覚ましたらしい。

 

 

 

 そして一方、リョウたちは守矢神社へとやってきていた。

 神頼みなど元々するほど信心深い人間でも無かったが、この幻想郷に来てまで『神は居ない』とも言えないので一応気を使って賽銭を投げ入れる。

 チルノと大妖精もリョウに渡された硬貨を投げ入れて手を合わせた。

 

「ふぅ、一仕事終えた気分だ」

「まだ1日は始まったばかりよ、リョウ!」

「わかってますよ」

 

 元気なチルノにそう言って笑って応えると、リョウは背を伸ばす。

 なにはともあれ、文を待たなければならないのだが、彼女は一時彼岸に出張中である。

 いっそ暇潰しに“弾幕ごっこ”でもするかと考えていると、足音が聞こえてきた。

 

「おや、妖精がこんなとこにいるとは珍しい」

「あ、諏訪子!」

 

 そこにいたのはこの神社に君臨する“二柱の神”の一柱である洩矢諏訪子。

 土着神でありかつて祟り神と呼ばれた八百万の神々の一。

 すでに“祟りとして恐怖された者”とはまた違ったものとなっているがそこは割愛、特に考えることでもないだろうとリョウは考察をやめた。

 

「チルノぉ、カエルいじめてないだろうね」

「ふふん、いつまでもそんな子供の遊びにきょーじるあたいじゃないのよさ!」

「けろ、ならよし」

 

 そう言って頷く諏訪子がチルノの頭を軽く撫でる。

 相変わらず友好関係が広いなと感慨深い思いをするリョウであったが、チルノの子供らしい部分がそうさせるのだろうと納得した。諏訪子にチルノが抱きつくのもまだ納得した。

 恐らく納得していないのは隣にいる大妖精だけだ。

 

「……大ちゃん、顔こわい」

「え、やだなぁリョウさん、そんなわけないじゃないですか!」

 

 ニコニコしながら目が笑っていないので、これ以上突っ込むのはやめておいた。命は惜しい。

 

「さて……」

 

 チルノと諏訪子が話しているのを横目に近くのベンチに座るリョウ、そして大妖精。

 少しばかり不服そうにしているが、先ほどの怖い顔とは違い純粋に拗ねてるように見えて、そんな可愛らしい大妖精の珍しい表情に頬を綻ばしてそっと頭を撫でる。

 

「なんだかんだで一番の親友は大ちゃんでしょ?」

「親友じゃなくてヌチャりたいんです私は」

 

 前言撤回だ可愛らしさなどない。

 純粋は純粋だが、純粋な悪だった。目指すはスーパーサイヤ人かと遠くを見ながら思うリョウ。

 そんな遠くを見ていたリョウの視界に現れるのはまた別の少女。

 

「あ、リョウさんじゃないですか」

「早苗さんと神奈子さん」

 

 ベンチに座る二人の前に現れた新たな二人、正確には一人と一柱。

 緑色の巫女と、青い髪の神。

 守矢神社の風祝と外向きの守矢神社の祭神。

 

「リョウさんがここに来るなんて珍しいですね」

「故ありまして、話は行ってないかな?」

「話……ああ、射命丸の取材を受ける予定な」

 

 なるほど、と言いながら手をポンと叩く神奈子。

 早苗の方はチルノと諏訪子の方を見て微笑ましいという風に笑うと、リョウの方を向き直す。

 

「相変わらず一緒にいますね」

「まあチルノさんと俺のことは知ってるでしょ、ほぼみんなさ」

「それもですけど文さんとのことですよ」

「ハァ?」

 

 突拍子もない言葉に素っ頓狂な表情を浮かべていつもと違う返事の仕方をする。

 逆に驚く早苗と神奈子だが、すぐに二人同時に笑う。

 リョウはハッと表情を変えると苦笑いを浮かべながら出そうになる汚い言葉を整えつつ話す。

 

「ま、まぁチルノさんと一緒にいれば多少はね?」

「いや、チルノちゃんいなくても一緒にいるじゃないですか」

「大ちゃん!?」

「良いじゃないですか! チルノちゃんは私に任せてお二人で!」

「大ちゃんさん!!」

 

 楽しそうな大妖精に反してどんどん焦ったように汗を流すリョウ。

 大妖精の言いたいことを悟ったのか早苗と神奈子は苦笑を浮かべた。

 しかし、リョウと文のお互いの思っている関係と、周囲から見た二人はまた別。

 

「勝った! やったよチルノちゃん!」

「勝ってねぇよ! 戦ってすらねぇよ!」

 

 早苗は大妖精がなんだか文に似てきたかなとも思ったが大妖精が自決(死なないが)を図りかねないので言うのをやめた。

 まあ大妖精がいつも通り、それは置いておくとしてもリョウと文の関係性は周りから見ると人によって変わってくる。

 

「犬猿の仲、には見えませんけどね」

「え、そう?」

 

 早苗の言葉にリョウが反応した。

 大妖精は未だに勝利(してない)の余韻に浸っている。

 

「んー友達? いやもっと仲良しにも」

「いや、あたしには恋人に見えなくも」

「ハハハご冗談を」

「凄い汗……」

 

 動揺があからさまに出ているので少しばかり心配になってきた面々。

 大妖精から見た二人は確かにそういう感じでもないのもわかるが、心底嫌いではないのとわかっている。

 故に中途半端だなとは感じていた。

 

「あっ、でも」

「な、なんだい早苗さん?」

(口調ブレてる……)

「雛さんがお二人、恋人かと思ってたって」

 

 そう思う人もいる。大妖精も知っている。

 そういう噂がないわけでもない。

 むしろ有力説。

 色々と名前が知れてる二人がしょっちゅう一緒にいたらそうもなるだろう。

 

 そして大妖精は、隣を見る。

 

「あれ、リョウさん?」

「……」

「どうしたんですか?」

「あ、こいつ息してないよ」

「ふぇ!?」

「リョウさん!?」

 

 そして―――リョウは見覚えのある川で見覚えのある死神に『今度はあんたか』とか言われたとかなんとか。

 

 

 




あとがき

ギャグパートだから細かいとこは気にしないでね!
新章突入、異変とかも起きたり
シリアスもちょくちょく挟みながらやってきます


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第7話『ファンボーイと親心』

 少しばかり遠くに行って死神と雑談していたリョウがハッと帰ってくる。

 ホッとした表情を見せる大妖精と早苗の二人、そして神奈子はケラケラ笑っていた。

 リョウは額に流れる汗を拭う。

 

「ふぅ、ビビらせやがって」

(ナッパ……)

「リョウさん戻ってます」

 

 

 ふとリョウがチルノと諏訪子の方を確認すると、いつの間にやらチルノの服が汚れていた。

 諏訪子も少しばかり服が汚れている気がする。

 そんな二人が近付いてくるも……。

 

「むぅー」

「ハハハ、さすがにね」

「チルノさんなにを……あっ」

 

 察した。

 

「“弾幕ごっこ”ですか、結果は……」

「聞くまでもないでしょ、さすがに負けないよ」

「あたいのさいきょーへの道がぁ」

 

 前までのチルノを知っていれば驚きそうなものだ。

 無鉄砲に『あたいさいきょー』とは言わずに『さいきょーを目指している』という彼女に、ただし相変わらず猪突猛進ではあるが……。

 

「でもかなり強くなってるよ、一応私に当ててるし……」

「リョウに色々教えてもらってるからね!」

「力はチルノさんのが強いですけどね」

「おつむの差かね」

「むっ、バカじゃないよ!」

 

 自分で自覚はあるのか反応する。とは言え“おつむ”の方も前と比べるとだいぶ変わった。

 リョウから言わせればもともとしっかり丁寧に色々なことを説いてくれる相手がいなかっただけで、教えれば吸収・学習するのだ。

 妖精でも大妖精のように大人びている者だっているのだからそれもそうだ。

 

 などと考えていると、バサッと音がして黒い羽が落ちてきた。

 

「お待たせしました!」

「よーやく来たか射命丸」

「あやや、すみません八坂さん」

 

 軽く謝罪して地に足をつける文に、誰かが抱きつく。

 無論チルノである。

 

「あやー!」

「あややや、不覚にもこの射命丸文……下品なんですが、その」

「やめろお前!」

「あーヘヴン状態、すーはーすー……つめたぁっ!?」

「リョウにこうすると良いって聞いたから」

 

 冷気全開にしたチルノに驚く文と、驚く文に驚く面々。

 そして気を遣ってすぐに冷気を弱めるチルノ。

 文がリョウを睨む。

 

「この過保護」

「いや過ではない」

 

 ごもっともな言葉に頷く大妖精。

 文はそっと抱きついていたチルノをおろしてその姿に気づき、軽くチルノの服を叩いて埃を落とした。

 

「チルノさんなにを……あっ」

 

 察した。

 

「さっき見た」

「同じくです」

 

 諏訪子の言葉に頷く早苗。

 苦笑する神奈子をよそに、文は首をかしげつつリョウの方を見た。

 そこにいるリョウはというとなんとも言えない表情で、それを見た文はなんとなく察する。

 

「にしてもチルノさんも頑張りますね。どこかのインドア派にも是非見習ってほしい」

「パチュリーさんのことか」

「いやあなたでしょ」

「異変になったら本気出す」

「知ってますけどね」

 

 淡々としつつも、どこか楽しそうでもある二人の会話にクスリと笑みを溢す大妖精と早苗。

 とりあえず取材の準備を、と文がメモを取り出したところで、早苗が口を開く。

 

「そう言えば相変わらずのいつもの四人ですね」

「確かに、早苗の言う通り」

「あはは、文さんたちと一緒にしないでくださいよ」

「大妖精さん軽く毒吐きますね」

(それ俺も入ってる?)

 

 文たち、なので恐らく入っている。

 

「にしても前回の異変じゃ大活躍だったらしいじゃないかあたしらは解決に乗り出さなかったけど相変わらず霊夢と魔理沙はいたんだろう?」

「まぁ、てかレミリアさんたちもいましたし」

「けろ、よくその面子の中で活躍できたね」

「あたいたち四人ならさいきょーなのよさ! 大ちゃんとリョウのアレもあったし!」

 

 胸を張って言うチルノを見て苦笑するリョウ。正直、確かに役にはたったがまともな戦力という意味では明らかに文とチルノがメインだ。

 精々できてサポートだが、チルノにそこまで言われて悪い気はしない。

 

「へぇ、射命丸が主力だと思ってたけどね」

「あやや、まあ伊達に鴉天狗などしてませんよ……大ちゃんもリョウも確かに強くはなってますしね」

「お前が俺を褒めるなんて珍しい」

「“あれ”には私も一度煮え湯を飲まされてますからね」

「違いない」

 

 ハッと笑うリョウが大妖精を見て軽くウインクをすると、大妖精はそれに応えてニコッと笑顔を浮かべた。

 そんな二人を見て、早苗が首を傾げる。

 諏訪子が腕を組みつつ、ふむふむと値打ちをするような視線を向けた。

 

「早苗はリョウみたいのが好みかぁ?」

「いえまったく」

「まっこう否定」

 

 さすがに傷つく。そして文は大爆笑。

 

「なんだかリョウさんが今みたいにするの珍しいなって」

「今みたい?」

「ウインクとか」

「……」

 

 言われてから無性に恥ずかしい気分になって、リョウは顔をそらした。

 そらした先に、文のニヤニヤとした顔。

 そして同時に視界に入るチルノの好奇心溢れる表情。

 

「……なんだよ」

「いえいえ、男前なことしちゃってーうりうり」

「やめれ!」

「あたいもリョウのウインクみたい!」

「やめれって!」

 

 文がからかい、チルノが天然で追い込む。

 額に手を当てて赤い顔でため息をつくリョウ、そんな彼を見て大妖精がクスリと笑顔を浮かべる。

 なんだかそんな四人を見ていて妙な安心感を覚えて神奈子は柄じゃないな、と後頭部を掻く。

 

「射命丸」

「おっと失礼しました。そうそう取材ですね! おもしろい話を聞いたのでそれについて」

 

 お仕事モードになった文を横目にリョウがカバンを下ろして背を伸ばす。

 両腕も伸ばすとパキパキと関節が音を鳴らす。

 息をつきつつ立ちあがり、さらに首をならして爪先で地面を叩いた。

 

「あれ、リョウさんやりますか?」

「まぁ暇潰しがてらありかも」

「なら私がお相手しますよ」

 

 そう言って早苗が前に出る。

 なにかと彼女と話しているのは“かつての世界”を思い出して嫌いではなく、彼女もそう思っているのか積極的に話しかけてくることが多い。

 故に彼女との弾幕ごっこもこれがはじめてではないのだが、しかし……。

 

「……いや、やめときますか」

「あれ、そうですか?」

「大体あれ、レベルが高いんですよ早苗の場合、俺はもう少し下のレベルで」

 

 その言葉に、チルノが小首を傾げた。

 

「リョウだって弱いわけじゃないじゃん」

「いや、雑魚です雑魚」

「魔理沙に勝つし」

「んー何て言うか相性と言うか初見殺しというか、なんかこう……ほら俺の弾幕ごっこって弾幕って言うかこう、肉弾っていうか」

 

 その言葉に、大妖精が苦笑する。

 リョウの弾幕ごっこを見たことがあるのであればわかるだろう。質はそれほど悪くはない。

 しかし致命的に荒々しい。

 

「ほら俺、美鈴さんとかとやるならまだね」

「よーむとかもこー?」

「そうそう、どっち相手でも死ぬかと思うけど」

「けろけろ、幻想郷じゃ霊夢たちに並んで有名な人間なのにね」

 

 けろけろ笑って言う諏訪子に顔をしかめるリョウ。

 別に有名になりたくてなったわけでもないが、それでもおかげで色々と便利な時もある。

 知名度と言うのは毒にも薬にもなりえるが幸いリョウにとっては益になっていて、文と違って『伝統のロリコンブン屋』『逮捕に最も近い天狗』だとか言われないで済んでいた。

 

「霊夢さんたちに並んでは言い過ぎでしょ」

「そうかな?」

「そうかも」

「リョウのご飯はすごいんだからもっと有名になっていいわよ!」

 

 実際、リョウの店はそれなりに有名ではある。

 人里の中にあるというのに妖怪やら妖精やら悪魔やら吸血鬼やらが現れる博霊神社擬きと化しており、一部の妖怪からは実家のような安心感とまで言われることすらあった。

 結果、ヤバい奴等がこぞって集まっていることもあるが、それはそれでおもしろい現場だと某マスコミは嬉々として語っている。

 

「熱い自分語りを心の中でもしてしまった」

「え、なんて?」

「いえいえ、チルノさんの料理はさいきょーですよと」

 

 最近、料理を手伝うチルノは日に日に腕前を上達させており、割りと手際よく作っていてこの前は一人でオムレツを作ってリョウに振る舞った。

 思い出して涙腺が熱くなる。

 

「でも、リョウの料理がやっぱりさいきょーだよ? むねがあったかくなるしっ!」

「ああどうしよう諏訪子さん、うちのチルノさんが良い子すぎて辛い」

「鬱陶しいなこいつ」

 

 私が相手してやろうかな、とか思った諏訪子だったが弾幕ごっこの最中に惚気を聞かされたら手が滑ってしまい殺ってしまいかねないのでやめた。

 そもそも、射命丸文はロリコンと自身を認めているくせにチルノにしか興味はない。同じくリョウとてそうならば……。

 

「いや、どっちかってーと親か兄妹か」

「ん、なにがです?」

「あんたとチルノ」

「どっちかって言うとファンボーイって感じですよね」

 

 そんな言葉に顔をしかめるリョウが、コホンと咳払い。

 

「ん我が救世主ぅ……」

「なにそのネットリした言葉遣いは」

「いや、様式美というかなんというか」

 

 頬を掻きつつ笑うと、すぐに表情を引き締めた。

 そんな彼を見てチルノがニパッ、と笑顔を浮かべて大妖精は心配そうに眉を潜めつつ笑う。

 下手をすればリョウがしばらくしんどそうな表情を見せるだろうが、チルノが嬉しそうならば細事に過ぎないだろう。

 まぁ良いかと、大妖精は大妖精で楽しむこととした。

 

「さ、やりますか……」

「リョウさんと弾幕ごっこも久しぶりですね!」

「四季異変前、か?」

 

 そんな言葉に頷く早苗が幣を手に構える。

 

「ま、やりましょうか」

「はい、リョウさん」

 

 まともな型等無いが構えるリョウ。

 そんな二人を遠目に見る面々、取材は終ったのか文と神奈子もその二人を見る。

 すると意外にも声を出すのは―――文だった。

 

「リョウ!」

「ん?」

「チルノさんは私に任せて安心して逝きなさい!」

「早苗倒せたら次はテメェだからなこのクソ鴉!」

 

 十中八九―――次はない。

 

 

 

 




あとがき

思ったより進まなくて困る
まだ二日目、とりあえず現状の説明が多い
隙あらば色々挟んでいきたいとこですわ


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第8話『癒しとおっぱい』

 結果として弾幕ごっこはあっさりと終わった。

 スペルカードと呼ばれるソレは三枚。

 しかしながら早苗は二枚を使ったところで弾幕ごっこは止められた。

 

「あー明日絶対筋肉痛だよ」

「リョウさんに限ってソレはないかと」

 

 先程よりもボロッとしたリョウがつぶやき、早苗は苦笑する。

 

「いやー中々に頑張ってましたよ」

「そりゃなによりで」

 

 ため息をつきつつ、文の言葉に頷く。

 そもそもただの一年前から怪異もなにも知らなかったただの人間の男が良くもまあ一年間でまともに弾幕ごっこができていると、神奈子は内心でリョウ買っていた。

 いや、神奈子だけでなく“あの異変を知っている者”であればどうあれ一目おかざるをえないという方が正しい。そしてその結末まで知っていれば……。

 

「憐れ、っていうのは違うか」

 

 苦笑する神奈子の隣の諏訪子が苦笑を浮かべた。

 

「またまた難しいこと考えてるね、良いんだよあれはあれで楽しんでるんだから」

「そういうもんかね」

「そうそう、だから私らみたいな年寄りは黙って見守っててやろうって……たまには手出すけど」

「違いない」

 

 そう言って微笑を浮かべる神奈子だったが、すぐに諏訪子の方を向く。

 妙な視線を感じて、諏訪子はそちらを、向いた。

 

「だがあたしらは年寄りじゃない、若者だ」

「いやそれは無理があ……いや、マジごめん、うん、若い若いから、ちょっ顔が怖い顔が!」

「仲良しふーふね!」

「ちょっ、やだチルノったら!」

 

 神奈子が頬を赤らめてなぜかリョウの肩を叩く。

 疲れているところに神の照れ隠し打撃、紙のような防御ではとても耐えることもできずに1メートルほどふっとんだ。

 

「リョウさーん!」

「リョウが死んだ!」

「この人でなし!」

 

 大妖精、文、早苗の順で叫ぶ。

 駆け寄るチルノが必死にリョウを揺すったがその度にリョウの体は固く冷たい石畳に押し付けられて、蛙を潰したかのような変な声が出る。

 だがチルノは必死なのだ。

 

「リョウー!」

「だ、大丈夫だから揺すらないで」

 

 リバースしそうになる朝飯を無理やり胃袋に封印して、チルノに離れてもらう。

 文が大爆笑しているのでとりあえずあとで殴ろうと誓いつつ立ち上がるが、なんだか神奈子が諏訪子相手にメス面をしだしたので空気を読んで帰ろうと思った。

 いや、正確には……。

 

「チルノさんの情操教育によろしくない」

「お前が言うのか」

「文さんが言うんですか」

 

 恐らく一番教育上よろしくない存在である文を見て言う二人に『やれやれ』と両手を上げて首を振る文に、手が出そうになる二人。

 諏訪子が神奈子に連れられて本殿へと帰っていく。

 そんな二人を見送りやるせない表情を浮かべる早苗。

 

「……早苗、生きれ」

「はい」

 

 申し訳程度の慰めの言葉をかけてリョウたちは守矢神社に背を向ける。

 あまり長居すると嬌声が聞こえてきかねない。もちろん神奈子だ。

 奴は誘い受け、リョウにはわかる。

 

「神奈子さんって絶対誘い受けですよね」

 

 石段を降りながら言う文に頭を抱える大妖精とリョウ。

 大妖精は『ダメだこいつ』的な意味で、リョウは『同じことを考えてしまった』的な意味。

 似て非なる理由。

 

「なんですかその反応!?」

「いや、こうもなりますよ」

「ねー“さそいうけ”ってなに?」

 

 チルノの疑問に顔を逸らす大妖精。

 

「えーっと文みたいな奴ですよ」

「ッ!?」

「リョウさん!?」

 

 文を指差してテキトーに答えるリョウに、思わず文はバッとそちらを向き、大妖精は驚愕にその名を強く呼ぶ。

 大妖精は突然のブレーキ故障に困惑した。

 然るべきメンテナンスを怠った故の人身事故、危険運転致死。誰が死んだか、そんなもの一人だ……。

 

「あ、文さん……」

「あっ、いや、だ、誰が誘い受けですか!?」

「ああ……誘い受けだ」

 

 無論、顔を真っ赤にしてる文だ。

 

「お前普段自分でロリコンのドマゾを自称してるだろ」

「い、いやだからって! こ、このアホがァ!」

 

 今回に限っては大妖精も全面同意だった。

 確かに文は(大妖精もだが)暴走しがちなチルコン(造語)の変態のドマゾだが自称していても言われればまるで違う。

 しかもなおかつ……。

 

「え、えっと……」

「ねー文はさそいうけなの? どまぞなの?」

「あっ、いやっそのっ」

 

 射命丸文は珍しく狼狽していた。

 いつもであれば『キくぅー!』ぐらい言っていたが一度乱されたペースは整わない。

 そしてチルノに聞かれても自分で説明できずに赤くなってよそを向く。

 まさに誘い受けらしいリアクションではあるがそんなしおらしい文、そうそう見れない。

 

「文さんが静かに……ハッ!?」

 

 奴の方を見た。

 

「ハッ……」

 

 勝ち誇った笑みをした奴を、大妖精は見逃さなかった。

 ブレーキは壊れてなどいない。

 

「と、とんだ急ブレーキですよ、リョウさん……」

(大ちゃんも結構意味わかんないこと突然言うよなぁ)

 

 心の中で大妖精を再認識するリョウ。

 

「しかしリョウさん……」

「ん?」

「天然攻めのチルノちゃんも良いけど、鬼畜攻めのチルノちゃんも良いと思います」

 

 もう、一発殴るぐらいなら許されるかなと思った。

 しかしまぁチルノになにを言われるかもわからないし大妖精もいなければ困る。主に文のコントロールに……。

 とりあえず一刻も早くこの流れを断ちきりたいと、自分で薪を焚べておきながらそんなことを考えた。

 

「飯に、しようか」

「リョウさん話は終わってないですよ!」

(終われ……! 一刻も早く……!)

 

「わーいリョウのご飯だ!」

(うちのチルノさんが良い子すぎる……ッッ!!)

 

 結局、みんなチルコンなのである。

 そして道中に見つけた小さな木陰で四人は昼食を取ることにした。

 おそらく、いや間違いなく騒がしくはなるのだろう。

 

 

 

 リョウたちが食事を取っている時間、妖怪の山から離れた場所にある博麗神社。

 その本殿の居間、3月でも未だ炬燵の呪縛から逃れられぬ我らが楽園の素敵な巫女、博麗霊夢がため息をつく。

 今日も今日とて幻想郷は平和。

 良いことではあるのだが金も賽銭もなければ予定もない堕落していく日々。

 

「リョウさんとこ休みなのよねー」

「あら、またツケが貯まるわよ?」

 

 そんな声が聞こえてそちらを見れば、そこにはこの幻想郷のトップクラスの大物。

 幻想郷を見守る者。

 “外の世界”と幻想郷を隔絶する二重結界を守る者。

 二つ名など腐るほど出てくる大妖怪。

 

 スキマ妖怪、八雲紫。

 

 彼女は霊夢の前、炬燵の上の空間にある“スキマ”から上半身を出している。

 

「紫……冬眠から目覚めるには早いんでない?」

「なぜだと思う?」

「……早く目覚めざるをえなくなった」

 

 その言葉に、扇子を口許に当てて紫は頷く。

 暇で予定は無かったがこういうのもごめんだなと、霊夢は立ち上がるが、紫はスッと手を前に出した。

 小首を傾げる霊夢。

 

「なに? 動かないの?」

「少し調べたくてね。推測通りの異変ならまだ日にちはあるし」

「起きる予定の異変ってなによ」

 

 その言葉には他の異変解決請負人たちも同意するだろう。

 異変というものは起こっているからこそ異変なのだ。

 起こる前ならば、起こす者がいるなら締め上げればいいし、異変が起こされるまで悠長に待っていて良いそれほど大したものでなければ、紫が起きてくるまでの理由が無い。

 

「そういうものよ、それに今回は異変という言葉で語るべきかも憚られるわ」

「あんたがそこまで言うってなによ」

「死人が出るかも……それどころかこの幻想郷の、消滅の可能性すらある危機」

 

 霊夢が生唾を飲む。

 その言葉の重みは最も幻想郷を愛し守ろうとする紫が言うからこその重みがあった。

 静かに座る霊夢が、紫と視線を交わらせる。

 スペルカードが通用しない。そういう意味だろう。

 

「同じ土俵でやりあえない相手、ね」

「ええ、そういうこと」

「ならあんたらならもっと楽なんじゃないの?」

 

 わかっている。霊夢とて馬鹿ではないのだから理解はしているのだ。

 その解決法があるならわざわざ霊夢のところに来る必要がない。

 

「……また来るわ。色々と調べることもあるし」

「りょーかい」

 

 飄々とした態度で答えると、座り直す。

 八雲紫は霊夢を見て頷くとスキマの中へと姿を消し、スキマも程なくして消えた。

 霊夢は自分の右手をみてから、グッと力を込めて額に当てる。

 その瞬間、スパーンと音をたてて開かれる襖。

 

「さむっ!」

「遊びに来たぜ霊夢!」

 

 白黒魔法使い魔理沙がそこに立っていた元気一杯の笑顔で言う彼女を見て、霊夢がため息をつく。

 

「たく、人がシリアスモードでいたってのに」

「霊夢がシリアスモードって……そうか」

 

 その言葉で察した魔理沙が頷くと、静かに霊夢の肩に手を置く。

 いつになく真剣な表情の魔理沙、彼女はことの重大さを理解―――。

 

「そんなに金がないのか」

 

 ―――したわけではない。

 

「違うわよっ! いや違くないんだけど!」

 

 違うわけではなかった。

 少し遠くの未来より、まずは目先のピンチ。

 尋常ではない霊夢の剣幕に魔理沙は薮蛇だったなと頬を掻きながら目をそらした。

 

 

 

 霊夢が“魔理沙から有り金全て巻き上げるか”の葛藤に陥っているそのとき、リョウたちは昼食を終えて山を降りてきていた。

 リョウの顔は既に疲れきっている。

 もちろんボケ倒す面々にだ。

 

「あー癒されたい」

「疲れちゃった? 明日お仕事だいじょーぶ?」

「ああチルノさん、大丈夫大丈夫」

「しんどかったらしっかり休まないとダメだからね!」

(癒されたわ……)

 

 ビシッと指を指すチルノを見てニコニコと頷くリョウ。

 他の者からみたら文や大妖精とそれほど変わらないチルコン。

 しかし文はそれに加えてロリコンとも呼ばれる悲しいモンスターの性。

 

「リョウの癒しといえばやはり大きなおっ」

「うおぉい射命丸ゥ!」

「あやや、私またなにかやっちゃいました?」

「殴るぞ? いいな? 殴ってからロングホーントレインだからな!」

「そんなことのために慧音先生連れてくるの!?」

 

 いつも通りの言い争いが始まるとチルノは小首を傾げる。

 大妖精はおっぱい大好きリョウさんを軽蔑の視線で眺めていた。いや、知ってはいたが眺めていた。

 ちなみに大妖精からの視線で喜べるほどリョウもレベルは高くないので……。

 

「なんでこうなる……!!」

「ちなみにリョウさんの中の癒しキャラは?」

「幽々子さん、小悪魔さん、永琳さんで」

 

 そして、沈黙……。

 

「やっぱりじゃない」

「待て待て! まだ聖さんとか」

「自分で首絞めてますリョウさん!」

「チクショー!」

 

 欲望に正直すぎる男だった。

 チルノは頭の上にクエスチョンマークを浮かべたままで、大妖精はそんなチルノを見て『純粋であれ』と願う。

 そして、そんな四人を遠くから見ていた椛は安心したように笑みを浮かべて背を向けた。

 

 今日も幻想郷は平和だと、誰もが思うこともない。

 そんな当たり前の日々を過ごすのみ、それこそがなんでもないようで重要なのである。

 

 そしてもっとも重要なのは……。

 

「あっ、そういえば私もおっぱいはそこそこ……まさかリョウ!?」

「あ、それは、ない。マジで」

「あっはい、すみません」

 

 おっぱいが大きければなんでも良いということではない、ということだ。

 

 

 

 

 




あとがき

ちょっとシリアス入ってきた
と見せかけていつも通りの三馬鹿、いや四馬鹿
ただしチルノが一番まとも

とりあえず戦闘もそのうち見せてきたいたとこです

それじゃまた


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第9話『おぜうと新聞』

 あれから数日が経った。

 今日も今日とてチルノの家は朝から騒々しい若干二名の喧騒が場を制しており、いつと通り朝食を取ってから寺子屋へと向かい、チルノと寺子屋の前まで行ってからリョウと文はそれぞれ自らの仕事へと向かう。

 

 ここは喫茶レインメーカー。

 忘れ去られた者たちの楽園、幻想郷の人里の中でも中々の異色を放つ茶屋。否、喫茶店。

 河童製のはいから感溢れるその店には今日も今日とて多種多様な種族の者たちが集まる。

 

 昼時を過ぎて落ち着いてきた頃、リョウが欠伸を噛み殺しつつ目の前のカウンター席に座る少女に視線を向けた。

 開店してから来た最初の客なのだが既に開店から5時間経った今もいる、彼女は一人でコーヒーを飲みながらなにかしているのだが……いや、なにをしているかリョウもわかってはいた。

 

「はたて、おかわりいるか?」

「いる」

「はいよ」

 

 少女、姫海棠はたては切羽詰まった表情で手元のどっからどうみてもケータイ電話な折り畳み式のカメラを見ながら紙に文字を書く。

 彼女は所謂“新聞記者”、射命丸文と同じ職業ではあるのだが文の『文々。新聞』とは別の『花果子念報』の発行者である。

 

「はぁーなによーもおー」

「どうした、そんな風にぼやいて」

「取材でネタを拾って写真まで持ってるのに、なんか上手く書けないのよぉ」

「スランプとか?」

 

 ジトッ、と睨まれたリョウは苦笑してコーヒーのお代わりを出す。

 嫌なことを言うなと言わんばかりの視線に、リョウは少し身を乗り出して新聞を見ようとするも、はたての手がその進行を止める。

 見るな、ということだろうと理解して下がった。

 

(めんどくせぇ……)

「まだ書いてる途中でしょうが!」

「自分家でやった方が」

「こっちのが落ち着くのよねー」

「そうかい」

 

 ため息のように息をつくと、比較的空いてきた時間ということもあり作っておいたサンドイッチを口に含みつつ今朝の新聞を見る。

 無論、『文々。新聞』や『花果子念報』ではなく普通の新聞。

 昔はこういうときは適当にスマホをいじったりテレビを見たりできたが今はそうはいかない。

 

「ん、おやじくさ」

「え、なんか言った?」

「なにも」

 

 客が来るまで暇だなと思いつつ、コーヒーを飲む。

 なんでもないような報道やコラムを見ていると時間の経過も早いのだ。

 

 一息ついて新聞を畳んで目の前のはたてを見ても変わらず新聞を書いている。

 先程までと違うのは表情の剣呑さがなくなっていること、だろうか……。

 

(順調そうだな)

 

 ふむ、と頷いて体を伸ばすと扉が開く。

 カランカランと音をならして開いた扉から入ってくる二つの影は見慣れた姿で、頬を綻ばしてリョウがカウンター席に手を向ける。

 満足そうに頷いた“小さな影”がもう一つの影を引き連れてはたてから一つ開けて座った。

 

「いらっしゃい」

「今日は別の天狗と一緒なのね。天狗侍らす趣味でもあるのかしら?」

「勘弁してくださいよレミリアさん、いや咲夜も笑ってないで」

 

 目の前の少女は霧の湖の中心に聳える紅魔館の主レミリア・スカーレット。そして従者十六夜咲夜。

 二人に静かに抗議しつつ、リョウはそっとコーヒーを淹れ始める。

 そして今の言葉を聞いていなかったようではたてはひたすら新聞作りに没頭していた。

 

「でも、今日はこの天狗だけ?」

「まぁこの時間はね、あと2時間もすれば閉店だし」

「早いわね」

「まぁ時期によって開店閉店時間は変えますからね。日の入り時間とかによって、そろそろ閉店時間伸ばす予定ですけど」

 

 なるほど、とレミリアが頷く。

 “街灯”などもない夜には闇が制するこの人里の理にかなった理論。

 リョウが最後の仕上げを終えて、レミリアと咲夜の前にそっとティーカップを出した。

 

「はい、レミリアさんにはウインナーコーヒーで咲夜にはブレンドのホット」

「うん、いつと通りの良い薫りね」

「まあそこまでこだわったものではないですけどね」

「このレミリア・スカーレットが誉めてるのだから誇りなさい」

 

 その言葉に、リョウは微笑を浮かべながら頷いた。

 一口飲んで息つく二人、すると最初に口を開いたのは意外にも咲夜。

 

「リョウは最近、美鈴のところには行ってる?」

「ああ、一応顔は出してるよ。師でもあるし……寝てるけど」

「ああ……そう」

 

 一瞬、怖い顔を見せた咲夜を見て『余計なこと言ったかな』とも考えるが、さして問題はないだろうとすぐにポジティブに考えて頷いた。

 たまに美鈴と咲夜の喧嘩(?)のようなものを見るが正直……。

 

「仲良いよなぁ、美鈴さんと咲夜」

「な、なんでそうなるのかしら?」

 

 汗を流す咲夜に、レミリアと顔を合わせたリョウ。

 二人で『ねえ?』という顔をしながら咲夜の方を見るが、少し赤い顔で咲夜は目をそらしてコーヒーを飲む。

 

「私と美鈴は、ほら、あれだから……」

「怒ってるようでなんだかんだじゃれてるだけで」

「お・嬢・さ・ま?」

「……悪いわねリョウ、ここは戦略的撤退よ」

「メイドに押し込められるってのもどうなんですかね」

 

 主の威厳が壊死しているレミリアに悲しげな目を向けるリョウ。

 しかし、こんな感じだからこそ“紅魔館”の主として皆に好かれるのだろうと、微笑を浮かべてそっと頷く。

 そう思うと、チルノとは少し似ているところがあるのかもしれないと、そっとコーヒーを一口。

 

「できたぁ!」

「っ!?」

 

 叫び立ち上がるはたてに、ビクッとする三人。

 原稿を立ててからトントンと整えて持ってきていたカバンに入れる興奮気味のはたて。

 ニコニコしている所を見るとそちらは文を思い出した。

 

「まぁ同じタイプだしなぁ」

「なにか言った!?」

「いいやなんでも、ほれ伝票」

 

 スッとそれを渡すとはたては札を出してタンっ、とカウンターに置く。

 受け取ったリョウが頷いてお釣を返そうとするも……。

 

「釣りはいらないわ!」

「どうも、ありがとうございました」

 

 リョウが言い終わると同時にはたては店を出ていく。

 肩をすくめてため息をつくと、咲夜は苦笑。

 レミリアはと言うと抗議するように扉を睨み付ける。

 

「可愛いもんじゃないですか、若いって感じで」

「あいつあんたよりよっぽど年上よ、何百年単位で」

「わかってないなぁ、見た目が大事なんですよレミリアさん」

「私のがよっぽど若いじゃない!」

 

 若いというよりは幼い。と言うと面倒そうなので適当に流しておくことにした。

 咲夜もそれがわかっているのか苦笑するのみである。

 レミリアの『うがー』と聞こえてきそうな威嚇をするが、それが可愛らしく見えて笑う。

 

「お嬢様がかわいいからって天狗みたくロリコンにならないでね」

「ならねぇよ」

「いや、もうロリコン?」

「ちげぇわ!」

 

 口調にバラつきが見られる辺り焦っていることは間違いない。

 クスクス笑う咲夜に顔をしかめてため息をつくと、レミリアに目を向ける。

 少しばかり拗ねた顔をしているがそういう趣味があるとは信じていないらしく安堵した。

 

「……違いますからね」

「そりゃそうよ、それでチルノと暮らしてるんだったらとっくに殺してるわ」

「こえーよ」

 

 文が殺られてないのが嘘と思いたいぐらいには彼女もまたチルノの過保護な友人の一人。

 幻想郷広しと言えどここまで妖怪やらなんやらに囲まれている妖精などそうはいないだろう。

 時々『なに考えてるかわかんねーイカれた奴』等々も集まってくるのも……。

 

「チルノさんの魅力故に仕方ないか」

「突然どうしたの?」

「なに考えてるかわかんねーイカれた野郎ですね」

 

 フッと効果音が付きそうな笑みを浮かべて言うリョウと若干引いているレミリアと咲夜。

 突然の語りとチルノ褒め、チルコンはこういうところがあると、里の有識者である稗田阿求は後に書を残した。

 

「あ、今日そっち行っても?」

「唐突ね、別に構わないけれど」

「フランは今日は?」

「寺子屋」

 

 なるほど、と頷く。

 レミリアの妹のフランドールは、時折寺子屋に行くことがあるというのは知っている。

 それほど驚くことではないものの、しばらくは一緒に行動することになりそうだと静かにはたての使っていたカップを洗う。

 

「……フランはあげないわよ?」

「そういうんじゃないって」

「じゃあ誰が?」

「小悪魔さん、とか?」

 

 その言葉に、なるほど、と頷く二人。

 嘘ではないがそういう気かと聞かれれば微妙なところだ。

 美人だし慎ましいしおっぱい大きいしで非の打ち所がない。好みである。

 だが口説くかと聞かれれば答えはノー。

 

「良いじゃない小悪魔、バックアップしてあげましょうか?」

「いや、気にしないでください」

 

 頷くリョウ。

 そもそもそんなことになろうものならその小悪魔の主人に燃やされかねないし、失敗したあと気まずいしで良いことなどそうそうない。

 それに現状、べつに恋人だとか欲しいとも思っていないのだ。

 最悪このままゆったりと死を迎えることすら怖くない。

 

「わからないわね」

「大人になればわかりますよ」

「だから貴方より大人だって」

「はいはい」

「ナデナデするな!」

 

 両手を上げて再び威嚇するレミリアを見て笑う。

 隣の咲夜もおかしそうに笑っているが、鼻から赤い液体が一滴落ちた。

 とりあえず見ないふりをして、レミリアの頭を撫で続ける。

 それはもう優しく。

 

「あ、少し癖になってきたかも」

 

 咲夜の目から光が消えたのでやめた。

 

 

 




あとがき

まぁ可もなく不可もない感じの日常でごさいました
次回もそんな感じになると思いますわー

ではまた次回に!


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第10話『頭とネジ』

 幻想郷は既に夕刻、空は茜色に染まり、人々も帰路につく。

 そしてレインメーカーも閉店時間となり、店の前にリョウ、レミリア、咲夜の三人。

 扉についた札を返すと鍵を閉めて、腰をトントン叩いてから伸びをした

 

「お疲れさま」

「ま、楽な方だったよ今日は、妹紅さんもすぐに帰れたし」

「そうかしら?」

 

 その言葉に頷くリョウ。

 同じく咲夜の差した日傘の下でレミリアが頷く。

 

「さて、フランとチルノを迎えに行って帰りましょうか」

 

 レミリアが無い胸を張って言うのでリョウは一瞬、悲しい目をしてからいつも通りの表情に戻して頷く。

 だが、黒い羽が目の前を落ちる。

 

「カラスと一緒に帰りましょ」

「七つの子はいないけど」

「そりゃそうだ」

 

 そう言って笑うリョウの隣に降りる鴉天狗こと射命丸文。

 レミリアと咲夜にも軽く挨拶をするがそれほど歓迎されないのはおそらく、いや十中八九あの『文々。新聞』のせいだろう。

 表の世界で言うところの週刊誌じみた記事やもろもろ、嘘は書かないが逆に嘘じゃないので困る場合もある。

 

「あやや、嫌われたものです」

「嫌いではないわよ?」

「それはなによりで」

 

 ニコニコ話す文を見てリョウが少しばかり息つく。

 いつも通りの安堵感もあるのだが、それ以上に文を見ていてハラハラする所もある。

 別に彼女が疎ましく思われてることはかまわないのだが……。

 

「今日はフランドールさんも一緒ですか」

「手ぇ出すんじゃないわよ天狗」

「私はチルノさんにのみ発情するのでお気になさらず!」

「余計ぇ気になるわ! なんなら絞め殺したい!」

 

 文の発言に思わず声を荒らげるリョウ。

 

「リョウ! 自分だけまともな人間のフリを!」

「お前と比べたら遥かにまともだわ!」

 

 レミリアと咲夜は思った。

 文と比べてまともというのは、些かまともじゃない奴の発想だなと……。

 そしてやっぱりリョウはまともな人間ではないと……。

歩きながらのその会話、咲夜が片手で頬を押さえる。

 

「リョウ、一件まともそうに見えてネジが飛んでるのよね」

「お前にも言われたくないわ! おぜうの姿見て鼻血だすようなやつ!」

「失礼ね、妹様の場合もでるわよ」

「変態だぁ!!」

 

 リョウはハッとレミリアを見るが、悟ったような表情をしていた。

 見た目だけなら齢15にも満たない少女のそんな表情を見て、リョウはやるせない気分で一杯だ。

 

 ここは忘れ去られた者たちの楽園、幻想郷。

 住んでる奴は大体ネジが飛んでおり、ネジ飛んでる奴は大体友達。

 まともな奴ほどFeel so badである。

 

「早く帰りたい」

「チルノさんとの愛の巣に私も帰りたい!」

「そんなもんはねぇ!」

「ていうかリョウさっき私のこと“おぜう”とか言わなかった?」

「文々。新聞ではそれで通りますよ」

「廃版だそんなもん!」

 

 リョウとレミリアがツッコミ倒し文と咲夜はボケ倒す。

 どちらかが倒れるまで続くノーガードの殴り合い。

 しかし終わりはすぐに訪れる、

 

「寺子屋に着いたぞ」

「いまの独り言必要あった?」

 

 リョウがホッしながらつぶやいて、息つく。

 丁度、寺子屋から出てくるチルノたち。

 もちろんルーミアやリグル、ミスティアたちも一緒で他にも三月精とよばれるいたずら三人組等もいるのだが、そこから飛び出してくる影。

 

「まったくしょうがない妹ね、ほら来なさ」

「リョウ!」

 

 飛び出してきた影がリョウへと飛び付く。

 そっと受け止めて苦笑を浮かべつつレミリアの方を見るが、固まっていた。

 やるせない感覚を覚えながらも、リョウは抱き止めた“フランドール・スカーレット”に目を会わせる。

 

「久しぶり、フラン」

「うん!」

 

 そっと下ろすと、チルノがニヤつきながらフランへ近づく。

 ハッとしてから恥ずかしそうによそをむくフランの頭を軽く一撫でして、リョウは妙な視線に気づいた。

 文がリョウを見ている。ジト目で……。

 

「なんだよ」

「いえー別にー?」

 

 おおよそ言いたいことを理解して頭を押さえる。

 とりあえず切り替えなくては出る……手が。

 冷静になりさえすればどうということはないと、頷く。

 

「ではチルノさん、どうぞ!」

「ん、こう?」

「ぬはぁ! 冷やっこい!」

 

 文がチルノを抱いていた、健全な意味で。

 そして文が興奮していた、不健全な意味で。

 そしてリョウは思った。

 

「手ぇ出そう」

「どーしたのリョウ?」

「え、ああ、なんでも」

 

 目の前に浮遊するルーミアが小首を傾げていたので軽く笑いつつ返すと、レミリアに視線を向けるリョウ。

 ギリギリと音が聞こえてきそうな悔しそうな顔でリョウを睨んでいる。

 

「手ぇ出そう」

「やめてくださいレミリアさん、死んでしまいます」

 

 さすがにこんなことで死ねない。

 

「大丈夫、死にかけるだけよ」

「どこに大丈夫な要素あんの!?」

「死にかけたらリョウを眷属にするわね!」

「フランさん!?」

 

 勝手に改造計画が立てられている。

 

「あやや、リョウが夜の眷属入りとは見てみたい気も」

「やめろ、属性が渋滞する」

「言うほど属性あります?」

「……」

 

 言われて、特徴が無いのが特徴みたいなところあるなと顔をしかめる。

 モビルスーツならジムカスタム。

 一応、なかなか名前は知られている方なのにとやるせない気分にもなった。

 

「リョウは主夫よね! あたいの!」

「そうか俺は主夫だったのか」

「ななな、なんでリョウがチルノさんの主夫!? なら私は大黒柱です!」

 

 フランは首をかしげる。

 

「ねぇお姉さま、あれって親子」

「しっ、伝えたらあの二人がショック死する運命が見えるわ」

「しかしあれですね、一見親子に見えるのに母親役が娘に発情しているという倒錯的なシチュに私興奮を隠せません」

 

 この従者どうしようかなとレミリアは一瞬マジで考えた。

 

「あ、咲夜の代わりにリョウを使えば」

「おぜうさまがリョウをチルノから心変わりさせられるとは……」

「確かに、っておいおぜうやめろ」

 

 従者に死ぬほど舐められていて、同意する妹にも悲しみが溢れる。

 確かにあのリョウをチルノからこちら側に引き込むなど無理だとわかっているのだが、レミリア自身やはり気に入りはしているのだ。

 フランのお気に入りでもあるし、なにより紅魔館の他の面々からも少なからず友好的に思われているだろう。

 

「フッ……まぁそれもチルノのおかげか」

「お姉様なんでかっこつけたの?」

「……」

 

 無性に羞恥心を覚え館どころか顔まで赤くなるレミリア・スカーレット。

 ふと、透き通った声が響く。

 

「お待たせチルノちゃん!」

 

 寺子屋から大妖精が出てきた。

 小走りでリョウたちの前にやってくる。

 ちなみにチルノはすでに文から降りていた。

 

「おー大ちゃんなにしてたの?」

「ちょっとわからないとこ聞いてたの」

 

 頷くチルノ。

 勉強のこと等は大体はリョウか文に聞けばわかるがそうでもないとなると、一つ。

 

「歴史ね!」

「うん」

「あたいったら名推理ね」

 

 素直に感心してリョウはふむ、と頷く。

 そうしていると大妖精がレミリアたちに気づく。

 

「あ、今日はレミリアさんたちも一緒なんですね」

「ええ、ていうかそうよ紅魔館に帰るのよ」

 

 思い出したように言うレミリア。

 リョウは肩をすくめて笑う。

 

「なんか余計なとこで余計な時間使っちゃいましたね」

「誰のせいよ」

「まぁここは誰のせいでもないということですかね!」

 

 文が頷きながら言ってふとリョウの方を見て目が合うが、リョウは首を傾げるが文がニヤリとするとすぐに理解して首を横に振る。

 そんな二人を見て今度は大妖精が首を傾げた。

 

「どうしたんですか?」

「いやぁ、リョウがなんで紅魔館行きたいのかなーと思いまして」

「だから邪推すんなよ」

 

 おそらくまた小悪魔のことだろうと顔をしかめる。

 

「そういうのは良いの、今の俺はチルノさんの主夫なんだから」

「んー?」

 

 意味がいまいちわかっていないチルノに微笑みかけると、チルノが満面の笑みを浮かべる。

 そしてそんな二人をみて歯軋りする文、そして羨ましそうにしている大妖精。

 いつの間にか出てきていた上白沢慧音は微笑を浮かべて頷いていた。

 

「慧音、年より臭くない?」

「も、妹紅、もっとこう言い方をだな」

 

 慧音の隣に現れる白髪の少女、藤原妹紅。

 慧音の相方と言うか、ツレというか、なんとも説明しにくい関係ではあるが“人間のような者”同士なにかしら通ずるところがあるのだろう。

 ふとリョウと妹紅の視線があい、リョウが軽く手を振り、妹紅も返す。

 リョウがパンッ、と手を叩いた。

 

「さて、そろそろ行きますか」

「あたいも行く! 久しぶりにパチェとも会いたいし!」

「何人増えても一緒だしいらっしゃい」

 

 優しげな笑みを浮かべて言うそんなレミリアにチルノが抱きつく。

 

「レミリアって優しいから好きなのよさ!」

「なっ」

 

 顔を真っ赤にするレミリア。そして修羅と化す文と大妖精。

 リョウはため息をついてまた足止めを食うなと、腕時計を見た。

 隣の咲夜に目線を向ける。

 

「ロリロリの百合百合」

 

 こいつはもうダメだ。

 

「もう一人で行っちゃおうかな」

 

 遠目をしてぼやくも、誰も聞いていない。

 妙な虚しさを感じていると、服の袖を引かれる。

 視線をそちらに向ければそこにはフランドールがおり、リョウを見上げていた。

 

「ん?」

「いこっ!」

 

 満面の笑みで言うフランに、もうロリコンでも良いかなとか一瞬思ってしまったがすぐに頭を振って考えを掻き消す。

 フランと手を繋いで歩き出すと、チルノも駆け足でついてきた。

 それにつられて他の面々も然り。

 

「なんだかお兄様ができたみたい!」

「うん、色々とこわいからそれはやめよ」

「?」

 

 背後から二つの殺意を感じ、冷や汗を流しながら言うがフランが首を傾げた。

 早く紅魔館に着きたい。

 自分も小悪魔のような従者が欲しい。

 

 しかし、こんな所にまともな者を入れたら頭がおかしくなってしまう。

 

「待てよ、なぜ俺の頭はおかしくなっていない?」

「あやや、自覚なかったんですか? 貴方頭おかしいですよ?」

 

 手が出た。

 もちろん避けられた。

 

 

 




あとがき

なかなか進まない
寺子屋の前で一話食うとは余計な自分も予想外
次回こそは紅魔館、みんな大好き小悪魔
お楽しみにー


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第11話『天使と悪魔』

 紅魔館の前へとやってきた面々。

 リョウ、文、チルノ、大妖精と館の主であるレミリア、咲夜、フラン。

 門前にはもちろん門番がいる……。

 いるにはいる……。

 

「め、美鈴(めいりん)さん……」

「リョウ、少し傘お願い」

「ああ、うん」

 

 レミリアの日傘を代わりに差すリョウ。

 

 話は代わるが吸血鬼故に陽の光へと弱さがあるので普段から日傘を差しているのだが、一応それをどうにかできる“魔法使い”はいる。

 フランドールはその魔法を使ってもらい陽の下で活動しているのだが、レミリアは優雅さが失われるとのことでしていない。

 

 そして話は戻り、美鈴の前に立つ咲夜。

 ふぅ、と息を吐くと目に鋭い光を宿すし、眠っている美鈴の前で飛び上がる。

 驚愕する面々。そして苦笑するリョウ。

 

「高い!」

「あれはまさか!」

 

 大妖精と文が声をあげる。

 そして咲夜はそのまま、美鈴の顔面に両足を打ち込んだ。

 そう―――ドロップキック!

 

「教えたのリョウでしょ」

「いや、教えた覚えはないです!」

 

 チルノの言葉に首を横に振るリョウ。

 教えた覚えはないが、“弾幕ごっこ”で使った記憶がないでもないし、そもそもあの蹴りであれば教えるとか教えないとかではない。

 普通に知っていて使っただけかもしれないが……。

 

「リョウ以外あんなのしないし」

「言葉もない」

 

 だがそこで全員が違和感を覚えた。

 綺麗に着地した咲夜、だが顔は苦々しい。

 美鈴は寝ている。しかしちゃっかり腕を前に出して……。

 

「寝ながらガードとかどうなってんですかそちらの門番」

「褒めて良いのかダメなのか……」

「さっすが美鈴!」

 

 文の言葉にレミリアが頭を抱えてフランドールが手をあげて喜ぶ。

 リョウも大妖精もなんとも言えない表情をしていた。

 咲夜は表情を変えずに直後に―――。

 

「……はっ!」

「目潰し!?」

「あれは知らんぞ俺も」

 

 だがその手も避けられ、直後にまた手を出すが全て避けられる。

 顔をしかめる面々の中、咲夜が指をパチンと鳴らすと次の瞬間には美鈴の頭にナイフが突き刺さっていた。

 

「うわぁ、手段を選ばなくなった」

「時止め?」

 

 咲夜が『時間を操る能力』を使ったということだろう。

 

「さ、行きましょう」

「美鈴さん……」

 

 弾幕ごっこの師の見慣れた哀れな姿になんとも言えない表情を浮かべてリョウは咲夜に続いて歩いていく。

 門を抜けて件の美鈴が育てていた花を見やり、そのまま館へと入る。

 趣味を疑いたくなるほどの紅色の外観と内装、妖精メイドが働いている姿を見て、いつも通りの紅魔館だと頷く。

 

 そのまま廊下を歩き、咲夜とレミリアの案内で面々は大図書館に通ずる扉の前に立つ。

 レミリアとフランと咲夜は後で合流するとだけ言って去っていく。

 軽くノックすると、扉を無遠慮に開ける。

 

「どーも」

「清く正しい射命丸とそのフィアンセのチルノさんです!」

「うるせぇよお前は」

「ねぇ大ちゃんふぃあんせってなに?」

「うーん、文さんは頭がおかしいから気にしないで」

 

 いつも通り騒がしく巨大な図書館へと入る。

 どういう原理か紅魔館に入っている巨大な図書館の主である少女は巨大なテーブルの前に腰掛けていた。

 読んでいた本を閉じるとリョウたちに視線を向ける。

 

「ん、いらっしゃい」

「どうも、パチュリーさん」

 

 紫色の髪を持つその魔女は軽く立ち上がって背を伸ばす。

 チルノと大妖精がパチュリーに近づいていき、文はキョロキョロ記事になりそうなものを探していた。

 そして、駆けてくる少女が一人。

 揺れる赤い髪、揺れる豊満なバスト、そして悪魔の翼と尻尾も同じく揺れる。

 

(俺の幻想郷はやはりここか!)

 

 不純で正直で下衆な男であった。

 そしてリョウの前までやって来る大図書館の司書こと

 

「あ、やっぱりリョウさん」

「久しぶり小悪魔さん、よくわかったな」

「ノックするのなんてリョウさんぐらいですから」

 

 それはそれでどうなんだ、とも思ったがいつもの幻想郷である。

 リョウがパチュリーの方へと向かうと小悪魔もその後を行く。

 

「で、今日は誰が何のよう?」

「俺が本を借りたくて」

「……まぁ貴方ならちゃんと綺麗に返すし」

 

 そう呟きながらそっとリョウの前に立つ。

 身長差は大きく、距離も近いのでパチュリーがグッと顔を上げて見上げる。

 さすがにリョウとしてもパチュリーのような少女に至近距離から見上げられれば照れるわけで、顔を逸らす。

 

「パチュリーさま?」

「……やっぱ首疲れるわね」

「いや今のなんだったんですか」

「なんでもない」

 

 そう言って頷くと首を揉みながら距離を取る。

 

「で、借りたい本って? 気とか霊力とかの系統のは大体貸したでしょ?」

「まぁそうなんですけど今回は妖力とか神力、神通力なんて、そのへんを」

 

 そんな言葉に頷くパチュリー。

 リョウの隣の小悪魔が小首を傾げた。

 

「でもリョウさんそこらへん使えるんですか?」

「ん、自分のもんとしては使えないが知識としては使えるよ。神様相手にしたりするんならなんかの特効になるかもしんないし」

「なるほど」

 

 ふむ、と頷く小悪魔。

 パチュリーは魔法で本の検索に入っている。

 チルノと大妖精はのんなパチュリーを見て興味深そうに目を輝かせていた。

 

「スペルカードルールに結構真剣なんですね」

「まぁここで生きるなら……それに負けっぱなしはカッコ悪いし? それは疎かバカにされるし」

 

 主に文等に、だ。

 それに三月精と呼ばれる妖精たちや博麗神社の地下に住むこれまた妖精。

 さらには魔理沙やらその他もろもろ。

 

「あれ、俺バカにされすぎじゃ……」

「私はカッコいいと思いますよ。真剣に努力する人」

 

 フフッ、と頬笑む小悪魔に天使を見た。

 

(頭のネジが飛んでる幻想郷において唯一のオアシス! 我が世の春がきてしまう!)

 

 自制しなければなにがどうなるなわからない。

 頭の中にやってきそうになるなんの罪もない春告精をコブラツイストで極めて追い出す。

 息をつき、パチュリーの方を見やった。

 

「あれで本出せるのにしまうのは小悪魔さんってのも難儀なもんですね」

「まあじゃなきゃ仕事なくなっちゃいますから」

(むしろ俺の専業主婦に来てほしい)

 

 リョウの頭はかなりきていた。手遅れ寸前である。

 思っても言わないのでまだ射命丸文よりはマシ程度。

 

「お待たせ……ってどうしたの」

「ん、なにがですか?」

「いやこう……楽しそうだったから」

「まさか」

 

 ハハハ、と笑いながら目を逸らしてよもや自分がそこまで来ていたとは隣の小悪魔に恐怖を感じる。

 これが悪魔の力かとリョウは頷くが、間違いなく違う。

 ただ恋愛の無さを拗らせているのみ。

 

「で、件の本は?」

「結構な数になったからその中でもわかりやすそうなのを数冊ね」

「助かりますよ」

 

 礼を言うとテーブルに置かれた本を軽く手に取る。

 

「頑張ってくださいねリョウさん、私で良ければお相手もしますから!」

「ありがとう、小悪魔さん……困ったら頼む」

「はいっ!」

 

 笑顔で、両手をグッと上げる小悪魔。

 そして両腕に挟まれる豊満なバストにリョウは速攻で視線を逸らす。

 直視していれば只ではすまない。

 

「リョウどーかしたの?」

「ああ、いやチルノさんなんでもないです……俺は情けない男だ」

「どしたの?」

 

 いやしかし、とリョウは冷静さを取り戻すために思考する。

 豊満なバストというだけなら大妖精もそうだし、早苗や神奈子もだ。

 大きさならば小悪魔以上の慧音や最近会った死神もいる。

 

「どうしました?」

(やはり雰囲気や性格が大事だな)

「ああいやなんでも、それじゃパチュリーさんこれ借りてきます」

 

 そう言って微笑を浮かべると、パチュリーもそっと笑みを浮かべた。

 

「どうぞ……あんたたちはなんか持ってく?」

「あたいたち?」

「ん」

 

 頷くパチュリーに、考えるチルノ。

 最近は勉強等もしている彼女だが、それでも本を読むかと聞かれれば微妙だ。

 学ぶ楽しさというのはわかってきたとは思いたいが……と、リョウは大妖精を見る。

 

「大ちゃんは?」

「私は大丈夫ですよ」

「んーそれじゃあ、パチュリーさん、氷系の魔法や術について乗ってる本あります? 図解つきの」

「そりゃあるけどなんで……ああいや、なるほどね」

 

 頷いてパチュリーがまた魔法を発動する。

 なるほど、と小悪魔が手をポンと叩く。

 頭に疑問符を浮かべるチルノを見てクスッと笑ったリョウが説明を始める。

 

「チルノさんの氷系の弾幕に役立つのが書いてあるかもしんないんですよ」

「あたい魔法少女じゃないよ?」

「いやそれはわかってますよ」

 

 苦笑するリョウは『魔法少女チルノちゃんハァハァ』している大妖精を見なかったことにしてチルノに説明を続ける。

 パチュリーはチルノにそれを見せて理解できるかは保証できないなとしながらも探す。

 

「おそらく魔法やら術が理論立てて説明されてるでしょうけどそれは特に見なくて良いです」

「いいの?」

「はい、だからこその図解つきです」

「絵だよね?」

 

 そんな疑問に頭を縦に振る。

 

「チルノさんは基本天才肌なんで理論で理解するより見て理解した方が早いんですよ。百聞は一見にしかずならぬ、百文より一見ってとこですかね」

「うわ、肉体派の癖にここぞとばかりに理論だててる」

 

 ノリノリで説明していたのに、横槍が入る。

 そこにいるのはどこにいたのやら射命丸文で、やれやれと言った表情でリョウの隣に立つ。

 気恥ずかしくなったリョウは視線をチルノの方に向ける。

 

「……ということです」

「ひゃくぶんがなんたらってのはわかんないけど大体わかった!」

「なら良かった」

 

 フッと笑みを浮かべて言うリョウ。

 聞いていたパチュリーとしては『チルノを天才肌』と言うのなんて幻想郷広しと言えどリョウと文と大妖精ぐらいのものだろうなと思う。

 いやもしかしたら親友であるレミリアもチルノを買ってるというかだいぶ好意的に思っているところがあるので言いかねない。

 

「さっすがリョウね! さんぼう! こうかつ! うみのりはく!」

「チルノさん、最後は誉めてないです」

「ぐぬぬ、チルノさんの好感度をここぞとばかりに上げている……ッ!!」

「少なからずお前みたい不純な他意はねぇよ」

 

 そう言って文に軽いデコピンをくらわす。

 

「お待たせ、この一冊で十分かしらね」

「ん、ありがとうございます」

 

 そう言って本を受けとる。

 リョウの手元には5冊の本、どれもそこそこ厚みがあるのだが小悪魔がそっと小さなバックを用意してくれた。

 そういう所だぞ! と思いながらもいつも通りの笑顔。

 

「ありがと」

「いいえ、このぐらいでよろしければ」

「このぐらいが嬉しいんだよ」

 

 そんなリョウの言葉に、小悪魔が人差し指を顎にそえる“小悪魔らしいモーション”をする。

 少しばかりトキメキかけるリョウ。ちなみに文も少しばかり揺れたそうだ。

 

「じゃあ今度お店に行ったときは一杯サービスしてくださいねっ♪」

 

 そう言ってウインクする小悪魔。

 

「もちろん」

 

 後にリョウはこの時、良く平常なふりして返事を返せたなと自分で自分を素直に感心する。

 小悪魔は『楽しみにしてますね』とだけ言うと仕事に戻るために巨大で大量の本棚の方に歩いていく。

 

「なんかあそこまではしゃいでるこあも珍しいわね」

「おやぁリョウ、案外脈ありじゃない?」

 

 ニヤニヤしながら言う文に顔をしかめるリョウ。

 大妖精も“そういうこと”に興味がある年頃なのか目をキラキラさせてリョウの方を見る。

 首を横に振ったリョウが恐る恐るパチュリーの方を見てみた。

 

「パチュリーさん、なにか誤解をされ」

「良いんじゃない?」

「うおい止めてくれ!」

 

 むしろニヤニヤしているパチュリーを見てリョウは頭を押さえる。

 これではせっかくレミリアと咲夜を止めたのに余計なことをされかねない危機。

 いや別に嫌ではない。嫌ではないのだが……。

 

「ん、リョウはこあが好きなの?」

「えー」

 

 さらにおかしなことになってきた。

 別にそういう意味ではないと思っているのだがどんどん思惑とは違う方に話が進んでいく。

 やはりそういう意味で真面目に好きで付き合っていくかと聞かれればハッキリと答えられる感じではない。

 

 そして文は手帳になにか書いているしちゃっかり咲夜とレミリアとフランも合流している。

 

 小悪魔(大天使)はいたが神はいない。

 それを身をもって実感した。

 

 

 

 その後、レミリアたちと食事を取ってから一同は紅魔館を出た。

 すっかり暗くなり闇が支配する湖から離れ、リョウたちは家へと帰ってくる。

 大妖精も一緒なのは今日は泊まるから、だそうだ。

 

「で、お前は帰るのか……意外だな」

「私は仕事があるんですよー残念極まりないですけど」

 

 家の玄関前でリョウと文が二人立っている。

 

「余計なこと書くなよ?」

「えー余計なことって言うと小悪魔さんとリョウがまさかまさかな展開とか?」

「だからそーいうんじゃないって」

 

 そう答えるも文はケラケラ笑うのみで、聞く耳持たず。

 ただし現状なにもないのが本当だ。

 あることないこと書く相手でもないのとはわかっているのでその点は信用はできる。

 

「それかリョウが妹紅さんと?」

「ねえって、変なゴシップ乗せんな」

「じゃあ紅魔館の大図書館から本が盗まれたーとか?」

 

 ニヤリとしながら言ってバッグから取り出される一冊の本。

 その本はリョウがパチュリーに借りたどれとも違う。

 手を出してそれを受け取ったリョウ。

 

「そんなんしょっちゅうだろ」

「まあ白黒魔法使いの場合だけど、それ以外なら中々ないし?」

「まあ確かに、てか盗んでないから」

 

 その言葉に文が首を傾げた。

 ニヤリと口角を上げるリョウが、そっとその本に指を這わせる。

 

「借りたんだよ」

「ハッ……死ぬまで、ですか?」

「死ぬ前には返すさ」

 

 それに“その本”が近々パチュリーに必要になるとも思えない。

 そっと本を開いて軽く目を通してから頷く。

 

「にしてもよく持ってこれたな」

「伊達に最速名乗ってませんよ」

「そりゃそうか」

 

 そう言ってハハッ、と笑った。

 文が背中の翼をバサッと広げて宙に舞うと黒い羽が落ちる。

 その一枚がふわふわ浮いてリョウの持つ本の上に。

 

「ではまた明日」

「ん、おやすみ」

 

 その言葉に文は軽く手を振って去っていく。

 息をついたリョウが家の中から聞こえてくる話し声に頬を綻ばした。

 明日は仕事が終わればどこに行くかと、背を伸ばしながら考える。

 扉を開けると、もう少し良く二人の楽しげな声が聞こえた。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい」

「おかえりっリョウ!」

 

 平和で素敵で刺激的な日々。

 そして、いつもの幻想郷の1日。

 

 

 




あとがき

連日投稿!

建たないフラグ、そしてちょっと伏線的なの撒いてここまで
次回からはとうとう異変篇スタートだから盛り上がってくるとこ、たぶん

それでは次回も見てもらえれば嬉しいっす!


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第Ⅲ章【東方祟散郷 ~ Unknown curse.】
第12話『怪異』


 あれからまた数日が経った日。

 喫茶レインメーカーは定休日でありリョウはチルノと共にとある場所にお邪魔していた。

 もちろんと言うべきか、大妖精と文も一緒である。

 

「あー眠くなる」

 

 呟いたのはリョウ。

 畳の上で未だ片付けられていないこたつに下半身を突っ込んだまま寝そべっていた。

 そして文も同じくこたつに下半身を突っ込んで転がっている。

 大妖精とチルノは同じ場所に入って隣同士でせんべいを食べていた。

 

「いやあんたらなにしにきたのよ」

 

 そう言って、家主である博麗霊夢はため息をつく。

 

 忘れ去られた者たちの楽園、幻想郷。

 そしてここはその幻想郷の中でも大事な役割を担う『博麗神社』だ。

 

 博麗神社の巫女こと霊夢はお茶をズズッと啜る。

 寝転がっていたリョウが上体を起こして首をコキコキと鳴らす。

 ボケーッとしているのは過ごしやすくなった暖かさ故なのかいつもの疲れが出ているのか……。

 

「霊夢さん」

「なにリョウさん」

「……眠い」

「いや知らないわよ」

 

 本気で寝てしまおうか迷っていると突然部屋の壁が“開いた”。

 そういうギミックが存在する忍者屋敷のようなものではない。

 リボンが端について目が沢山見える空間から現れるのは……。

 

「八雲、紫……」

 

 目を細めて呟くリョウ。

 その女性、八雲紫はリョウたちがいて少し驚いたのか、一瞬表情を変えるもすぐにもとに戻る。

 胡散臭い飄々とした態度と笑顔で、妖怪賢者八雲紫はそこに立った。

 

「紫だ! 久しぶり!」

「ええ、ごきげんようチルノ」

 

 そう言ってニコッと笑う紫に他意は感じられず、今のは純粋にチルノとの再開を喜んだのだとわかる。

 一方、リョウは訝しげな表情を浮かべていた。

 

「異変か?」

「ご察しのとおり」

 

 リョウの言葉に頷く紫。

 文も上体を起こして手帳を出すと、そういうところはしっかりしてるなとリョウは少しばかり感心した。

 霊夢の雰囲気が変わって、紫はリョウたちの方を向いたまま言う。

 

「まぁどちらにしろ各所に伝えて回らなきゃいけないし、いっか」

「私たちが聞いたらなにか不味いとか?」

「いいえ」

 

 そういうと紫がヒトガタの紙を数枚飛ばした。

 こたつの上に置かれたそれに妙な感覚を覚えたリョウは、視線を紫に戻す。

 コホン、と咳払いをして、口を開く。

 

「聞こえてるかしら?」

『もちろん聞こえてるわよ』

「この声は……」

「幽々子だー」

 

 チルノが驚いて声を上げる。

 

『あらチルノ?』

『チルノさんとリョウさんの声ですよね』

『ってことは、天狗と大妖精も?』

 

 数々の声が聞こえてくるがどれも幻想郷における大物の声であり、霊夢や文も驚愕していた。

 白玉楼の西行寺幽々子。

 太陽の畑の風見幽香。

 命蓮寺の聖白蓮。

 永遠亭の蓬莱山輝夜。

 その他もろもろと声もする。

 

「ここまでやるってのはどういうことだ?」

「言ったでしょ、異変が起こる予定があるのよ」

「予定? 大型連休じゃねぇぞ」

 

 口調が荒いリョウに苦笑する紫が、そっと扇子を畳んで畳の上に座った。

 その雰囲気に、霊夢や大妖精はおろかリョウと文もピリッとした表情を浮かべる。

 いや、リョウとてわかってはいるのだ。

 ここまでするということがどういうことか……。

 

「……“タタリ”が起こるわ」

 

 その言葉に、顔をしかめるリョウ。

 意味がわからないが、声のするヒトガタの紙からはざわついた感覚を感じとる。

 レミリアや神奈子たちの声も聞こえていたが、その中でもわからない者達もいるようだった。

 もちろんチルノや大妖精もわかっておらず、文や霊夢すらも然り。

 

「ねぇ紫、それが前言ってた異変とも言い難い異変ってやつ?」

「そう、タタリ……恐怖、最悪、災厄の具現」

『祟りで具現ってことは諏訪子様とかと同じ?』

 

 早苗の言葉に、見えていないだろうけれども首を横に振るリョウ。

 

「“祟り神”というくくりなら諏訪子さんも妖怪も吸血鬼も違うと言えば違うが、大体似たようなもんだ」

『あっ、そう言えばそうですね……』

「勤勉ねリョウ、その通りよ。ただ、だからこそ問題なのよ」

 

 紫の言葉になんとなく見えてきた。

 頭を押さえる霊夢に同調してリョウも頭を押さえたくなってくるが、まだだ。

 解決策も無しに八雲紫がこの場を設けるはずもない。

 だがまず、やるべくことは“タタリ”というものを完全に理解することが必要。

 

「理解してるみんなには申し訳ないけど、しっかり確認させてもらっても?」

『どうぞ、貴方はここにいる資格がある』

「ありがとう永琳先生」

 

 反対の言葉は出てこない。

 黙ったままの面々は口を出す必要もないと思っているのだろうし、紫も静かに頷いた。

 どちらにしろここにリョウがいて行程を省ける部分もあるのが確かだからだ。

 

「祟り神と同様なら恐怖心や畏れから具現化するんだろう?」

「ええ、具現化は間違いないけれど違う。“タタリ”という現象によって恐怖が具現化する」

「祟り神が祟りを撒き散らすんじゃなく、タタリそのものが祟り神を創る?」

「そうね。そう考えてもらって相違ないわ」

 

 それを理解した瞬間、背筋にゾッと悪寒が走る。

 文を見ても霊夢を見ても深刻そうな表情で、チルノと大妖精も雰囲気を察して静かにしていた。

 おそらく式神の向こうの“理解していなかった者”も同じ状況だろう。

 

「敵は、なんだ……」

「何度でも答えるわよ。タタリ、最悪と災厄と恐怖の具現。現象、そして―――」

 

 答えは同じ。変わることはなく絶望は一つ。

 

「―――祟り神(怪異)を創る怪異(タタリ)

 

 静まる博麗神社。

 能天気な鳥の声も聞こえず、ただ時間を消費するわけにもいかずリョウは真っ直ぐ紫を見据えた。

 危機的状況の理解はでき、あとはもう一つの確認。

 

「敵は、妖怪か?」

「然り」

「天狗か?」

「然り」

「悪魔か?」

「然り」

「吸血鬼か?」

「然り」

 

 質問の応酬に全て応える紫。

 すでに答えを出しているのではなく、ただ応えるのみ。

 

「幽香さんも、レミリアさんも、神奈子さんも、お前もか」

「然り」

 

 止まるリョウが深いため息をつく。

 その程度のリアクションに紫が少しばかり驚いた様子を見せた。

 もっと焦るかと思った、霊夢は深刻そうな表情をしている。

 

「ドッペルゲンガーみたいなもんか?」

「言い得て妙ね。本人を殺しに来るという意味では」

「本人をってことは、お前の分身はお前を狙う?」

「一定以上の力を持った怪異のみらしいけど……」

「本物に成り代わろうとするってか」

 

 つまり逆に雑魚のみを相手にすれば良い。

 リョウ自身、恐怖心を持たれてるわけがないと自覚があるし他の面々もリョウはないと確信している。

 だが力が強い妖怪、例えば幽香対幽香やレミリア対レミリアとなった場合を考えると人里付近でやらせるわけにはいかない。

 

「一部の妖怪を離れた場所に移動させれば……人里は安心か?」

「逆に一定以下の弱い怪異は弱い者を狙うそうよ。タタリを起こした者たち、とかね」

「つまり人里も安全じゃないか……いや、慧音先生はどうだ?」

 

 その言葉に反応したのはレミリアだった。

 

『なるほど、“歴史を隠す能力”か』

「それが絶対と言えるかと聞かれたら、微妙なところね」

「わかってる。慧音さんがやられたらそれまでだしな」

 

 ならばやはり慧音を守るように戦う必要ができる。

 それもタタリで分身が産み出されないような程度の力でタタリの下位妖怪の分身にやられない程度の力。

 

「まず俺、戦力になるかはわかんないが」

『妥当ですね。お願いします』

「はい」

 

 白蓮の言葉に軽く返事を返す。

 恐怖心が生む怪異と戦うならば、自分のように恐怖心を抱かれてない者がそれなりの数で戦えば互角以上の戦いができるということだ。

 そこでリョウは一つの考えに至った。

 

「妖精か」

 

 その言葉に頷く紫。

 

『けれど妖怪のタタリが出てきたとして、妖精が役に立つの? それともやられるけど出しとく?』

「輝夜さん、俺が妖精たちに肉の壁になれなんて言うと?」

『それは……悪かったわね。確かにあんたはそういうこと絶対言わないでしょうけど、なら?』

「並以上の力を持ちつつ恐れられてない、となればチルノさんと大ちゃん」

 

 そう言って二人を見ると、チルノがグッと手を突き出し、大妖精は不安そうにしながらも頷いた。

 フッと笑みを浮かべて紫を見ると、彼女もこの展開を望んでいたのか微笑を浮かべて頷く。

 あと数人、候補がいる

 

「三月精を呼ぼう、戦闘特化じゃないが使える……いや、あいつらは防衛戦より他のサポートに回すか」

「適当にあたいが話つけてくるわ」

「私も行くよチルノちゃん!」

 

 三月精のライバル(?)のチルノが言うと、大妖精も同調する。

 そちらは問題ないあの三人のサポートがあれば同等の力の敵が現れた場合でもなんとかなるだろう。

 

「それと、魔理沙を呼ぶ」

「……分身出てこない?」

「いや、恐怖を抱かれてるとかそういうのはないだろ」

 

 そんなリョウの言葉に頷く霊夢。

 異変解決組でも正直どうなるかはわからない。

 霊夢はアウト、魔理沙と早苗は恐らくセーフ、咲夜と妖夢は微妙なライン……となれば。

 

「人里、いや慧音先生の防衛に回せるのは魔理沙のみか……早苗は神奈子さんと諏訪子さんの方で、同格二体相手なら多少は戦力増強させた方が良い」

「そうね、弱すぎるのだと瞬殺されて増強にならない場合もあるけれど」

 

 紫の言葉に頷きつつ、さらに思考する。

 被害を最小限で押さえるにはどうするか、同格相手に味方を着けるならそれなりの実力者。

 顔をしかめつつ、考える。

 

 それなりに友好的な人形使いアリスはセーフかもしれない、河童は十中八九アウト。

 冥界も地獄も妖怪の山も総じてタタリによってドッペルゲンガーが出現するだろう。

 

「待て……タタリの終わる条件って?」

 

 勝利条件。

 防衛のことばかり頭に浮かんでそこが抜けていた。

 

「終わる条件らしい条件なんてないわよ」

「つまりは……」

『ドッペルゲンガーと仮称するとして、それを殲滅するまで終わらない。ただ襲ってくるものを倒し続ければ』

「勝てる可能性は充分ある」

 

 永琳の言葉にうなずいて言う。

 防戦一方でも構わない吉報のように思える反面、全て叩かなければ終わらないという凶報。

 舌打ちをしてさらに思考するが、そこでハッとする。

 

「あ、いやすみません、素人が」

『別に良いじゃない。案外的を射たことは言ってるし』

「そう、言ってもらえると助かります」

 

 仙人、茨木華扇の言葉に軽く礼を言ってリョウはさらに紫の方を見る。

 ここまでの面子を集めて、これで終わりということはないだろう。

 

「タタリが起こるのは二日後、明後日よ」

 

 その言葉に、リョウは息をつく。

 あと2日もあるならば対策は練れる。

 故にすぐに立ちあがり、チルノと目を合わせて頷いた。

 

「あたい、ルナたちのとこ行ってくる!」

 

 ルナチャイルド、三月精に協力を求めに行くのだろう。

 リョウは古参でも強い力を持っているわけでもない、しかしそれでも動く必要があった。

 状況と声などを聞いて、人里には繋がっていないこともおおよそ理解はしている。

 紫の方に目をやると、静かに頷かれた。

 

「人里にいく、お前は?」

「妖怪の山に話をつけにいくわ、紙を通してじゃ無礼とか言われて話も通らないでしょうし」

「OKだ、文は?」

「チルノさんに、と言いたいとこだけどリョウと行きましょうか……二日後は山での戦いになるだろうけど」

 

 それに頷くと、すぐに脱いでいた上着に腕を通す。

 やはりやれることは全てやっておく必要があると、異変解決の素人ながらに状況に抗う。

 紫には紫の目的があるように彼にも彼の目的がある。

 

「人里の方、任されても良いですか?」

『人里の方は君と魔理沙に任せる』

「ありがとうございます、神子さん」

 

 豊聡耳神子に礼を言って出ていくリョウ。

 それに続いて文とチルノと大妖精も出ていったのを見て霊夢も動こうとしたが、止まる。

 息をついてからゆっくりと座り直した。

 

「狙ってた?」

「ええ、彼は間違いなく動くと思ってたわ。この一年で充分理解してる」

『彼を買っているんですね』

 

 地底、旧地獄の古明地さとりの言葉にクスッと微笑を浮かべた。

 

「幻想郷は変り者ばかりだけれど、あれは最先端の変り者だから……そりゃ覚えてるし見てるし、買ってるわよ」

「ま、あんたは嫌われてるけどね」

「構いませんわ。私はそういう者でありたいんだもの、それにだからこそ」

 

 そこで止まって苦笑を浮かべた。

 

「いえ、とりあえず私は妖怪の山に行った後に地獄にでも行くわ。他の皆様も準備は怠らぬように」

 

 それだけ言うと式神すべてと自分を“スキマ”に沈めて消える。

 残された霊夢は1人、立ちあがり手をパキパキと鳴らす。

 

「リョウさんも変なのに気に入られるわね」

 

 そう呟くと動き出す。

 伝えなくてはならない友人たちがいるのだ。

 人里はリョウに任せられるからこそ、そういう動きができる部分があるのだが、だからこその心配もある。

 今さらそんなことを考えても仕方ないのだが、と霊夢は思考を切り替え準備を始めた。

 

 

 

 一方、リョウたちは神社の前で固まっていた。

 とりあえずチルノと大妖精は魔法の森に向かい、三月精に協力を求めなくてはならない。

 肉体的な死がない妖精と言えど、痛い思いをして死ぬのはまた違ってくる。

 だからこそしっかりと協力を頼む必要があった。

 

「それじゃ頼みますチルノさん」

「任せてよ! リョウと文も頑張ってね!」

 

 これから危険な戦いが迫っていても、そこ笑顔に曇りは一切無い。

 

「チルノさんの応援があればなんでもやります! 調教しほうだいですよ!」

「お前の口縫ってやろうか!」

「調教って……文、犬とか馬になっちゃうよ?」

「ち、チルノさんに犬と言われるとかもう死んでも良い!」

「良かったな良い機会だぞ」

「えっと、それじゃあ行きますね」

 

 大妖精がそう言うと、チルノが大妖精の二の腕あたりに手を添えると少しばかり気になったのかピクッと反応して、文は羨ましそうにしている。

 その大妖精が額に片手の人差し指と中指を当てて目を瞑る。頭に浮かべるのは魔法の森。

 

「それじゃあお願いします」

「またね!」

 

 そう言うと二人が消えた。

 大妖精の瞬間移動の能力による移動。

 残されたリョウと文の二人が、動き出す。

 

「さて、行くぞ、ついでに作戦会議だ」

「戦場が違うのに?」

「だからこそだよ、八雲紫が俺を利用してこういう風に仕向けたなら俺もこの状況を上手く使っておきたい」

「そういうことですか」

 

 その言葉に頷いたリョウ。

 文も少しばかり楽しそうにしていて、リョウの意図は理解しているようだった。

 口角を上げたリョウが掌を前に出してから、握りしめる。

 

「タイミングは悪くない」

「まぁ確かに……」

「さて、行くか」

 

 そう言うと両手を出す。

 

「運べと」

「飛べないからな」

「……はいはい」

 

 不服そうな顔をしながら翼を翻して飛ぶ文が上からリョウの手を取る。

 そのまま飛んではかなり腕に負担がかかるので風の力も使ってふわっとリョウを浮かせつつ飛ぶ。

 

「このまま直接人里に?」

「ああ、俺はな……ただ文に頼みたいことがある」

「チルノさんのためになるならなんでもどうぞ」

「そりゃなにより」

 

 そう言って笑うリョウに、文は苦笑をこぼした。

 言いなりになるのは癪ではあるのだが、彼の提案に乗らないわけにもいかないし、乗った方が間違いないとも理解している。

 飛びながらそんなことを考えていて、ふと思い出したかのように文は言う。

 

「……チルノさんに犬って呼ばれたの羨ましい?」

「んなわけあるか、この色ボケ鴉」

 

 深いため息をつくリョウの視線の先には、人里が見えていた。

 

 

 




あとがき

初(?)のシリアスパート
最終決戦みたいな異変のようなもの
色んなキャラに台詞あげたかったけど無理でした

とりあえず次回はこの続きからで少しばかり色々見えてくる、はず
それでは次回もよろしくです


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第13話『協力者』

 人里に着いたリョウが文と別れてまずやったことは里の権限者らを集めることだった。

 何人かに声をかけてそこから里の集会所に先に入り座っている。

 徐々に人里の中でも一定の権限を持つリーダー各が集まり始めた。

 

 こういう時に、喫茶店をやっていてなおかつ人当たりしていた甲斐があるというものでほとんどの人間が友好的に挨拶をしてくるし集まってもくれる。

 そうしていると、関わりが深い者たちも現れた。

 そしてその中の1人の少女に声をかける。

 

「ああ、ちょっといいか小鈴」

「リョウさん、どうしたんですか一体……なんでかこんな偉い人ばっかの場所に私を呼んで」

 

 ツインテールの少女、本居小鈴に声をかけた。

 パタパタと小走り混じりで近より隣に座る小鈴に、そっと顔を近づける。

 男とそこまで接近することに慣れてないのか顔を赤くしながらリョウの言葉を待つ小鈴。

 

「お前、八雲紫になにか頼まれたか?」

「えっああ、はい、妖魔本について聞かれて……ある本について探して読んでくれと」

「……タタリか」

「え、なんでそれを」

「後で話す」

 

 その言葉に小首を傾げた後にハッとした表情を浮かべた。

 みるみる内に彼女の顔が青くなるので軽く背中を叩き微笑を浮かべながら頷くと少しばかり顔色も良くなる。

 状況がわかっていればこうもなるだろう。

 

「揃いましたか?」

 

 そんな声が響いた。

 発言したのは人里の賢者“稗田阿求”であり、隣には慧音が立っていた。

 阿求が話を始めると一同すぐに沈黙し、集会所には静寂が訪れる。

 

「えーこれで全員ですね。ではリョウさん、緊急事態ということで召集をかけましたが理由を」

 

 その言葉に立ち上がるリョウ。

 注目が集まり少しばかり気にもなるがそう言っていられる場合でもない。

 

「急なことでしたが集まってくれてありがとうございます。まず召集をかけた理由ですが……明後日、異変が発生する予定です」

 

 その言葉に、集会所がざわつく。

 もちろん訝しげな表情を浮かべている阿求と慧音。

 

「予定?」

「オーケー言いたいことはわかる。歯医者や接骨院じゃあないんだからってことなら、もうそんな感じの流れはやった」

 

 手を出してそう言うと、阿求が首を傾げてリョウの言葉を待っているがその前にリョウは咳払いして頷く。

 場の雰囲気がピリピリし過ぎていても困る。

 どちらにしろピリピリはするだろうけれど、話やすさが欲しい。

 

「そもそも今回の異変は起こされたものというより、曰く“現象や災害”の類いとのことです」

「災害って……台風や大雪みたいな?」

「まぁそういうことらしく、八雲紫曰く“タタリ”」

 

 その言葉に誰もが正確に“祟り”を想像したが、それとこれは似て非なるものだ。

 だが、すぐに理解するのは稗田阿求、数千年を輪廻転生した者。そして『一度見たものを忘れない』という能力を持つ者。

 そんな阿求が顔を青くして頭を押さえる。

 

「阿求さんはわかるか」

「ええ、そうですかそういうことですか……対策は?」

 

 その言葉は既に知っているリョウに向けられたもの。

 八雲紫から聞かされているということは、対策済みなのだろうという大凡の予想をつけてのものだ。

 それも当然、リョウが無策でここに“一般人”を含めたものを呼ぶはずがない。

 策も無しに事実だけ伝えればパニックもいいとこだ。

 

「対策というか作戦はあるから、とりあえずタタリについての説明をしておこうか」

「では、それは私から」

 

 そう言うと、阿求が説明を始めた。

 話を終えるまで座ることにしたリョウだが、服の裾を引かれる感覚を覚えて振り替える。

 引っ張っていたのは小鈴。

 

「どうした?」

「た、対策があるっていうのは本当ですか?」

「阿求さんが言ってただろ、対策もなしに集めたりはしないさ」

 

 なまじ詳細を理解しているからこその恐怖なのだろう。

 数々の大妖怪や神が敵で、殺しに来るかもしれないのだから。

 良い意味で適当に、小鈴に慰め程度の言葉をかけながらその頭をそっと撫でると、安心したような表情を見せる。

 

「そろそろ終わるか」

 

 呟き周囲を確認するが誰もが顔を青くしていた。

 冷や汗を書いたり、口を押さえて震えていたり、中には今すぐ逃げ出したそうで一杯の者もいる。

 今までの異変とは違うい、明確にこにらを殺しに来る異変。

 

「以上がタタリについてですが、リョウさん」

「ええ、阿求さんが話されたもので相違はないですね。タタリとはそういうもの、らしいです」

 

 そう言うリョウは不敵な笑みを浮かべていた。

 対策は絶対ではない、だがここで不安そうな顔をしていればそれこそ混乱の元だ。

 

「とりあえずいつも通り、慧音さんにこの里の歴史を食ってもらって隠します」

「それで安全とはいかないでしょうね。里の人を狙うそれらが慧音さんを狙いかねない、知能があるかはわかりませんが“現象”そのものというぐらいですし」

「ああ、だから護衛に着く……」

 

 全員、“力が強い神や妖怪”では意味がない。

 相手の戦力の増強になりかねず、同等の力の相手プラス余計な敵がいればより不利である。

 それは既に全員、承知しているだろう。

 

「俺と……皆さんご存知チルノ、魔理沙、それと大妖精でいくつもりです。場合によっては増えますが」

「待て他のところも戦場になっているならこちらにそこまで戦力を割いて良いのか?」

 

 慧音の言葉にリョウは首を横に振る。

 微笑を浮かべて、人差し指を立てて言う。

 

「人里優先です。ほかのとこならまだ拮抗してるからまだ良いがこっちはどうなるかもわかりませんし、なによりチルノさんが犠牲が出るってのは許さないでしょうし……知ってるでしょ?」

「まぁ……そうだな」

 

 そう言って慧音も微笑を浮かべた。

 チルノは伊達にガキ大将をしていたわけではない。リーダー各をキープするというのは力だけでなくそれなりのカリスマが必要になり、それ故の孤独すらも耐える強い心が必要になる。

 孤独な者ほどそれを理解できるからこそ、慧音は頷いた。

 

「とりあえずその戦力で向かってくるタタリ全てさばきます」

「その戦力で、本当に可能なんでしょうか?」

「よそにも一応、戦力はありますからね……早く片付いたとこの者に援軍に来てもらう予定です。早い話時間が稼げれば良い」

 

 阿求が頷いて、ホッとしたような表情を浮かべた。

 他の面々も同じくと言った表情で、リョウの方を見ているのだが、不安そうな者もいないでもない。

 だが、こればかりは口で言って安心させる以外の方法はないのだ。

 

「とりあえず明日また集まってもらいます」

「もっと詳しいことはそこで、と?」

「ええ、まぁ年密な計画を立ててここにいるわけだし、人里を守るということでそれなりに一致してる。安心しておいてください」

 

 そう言って、リョウは笑顔を作り言った。

 別段パニックが起こることもなく終わり、慧音が話を閉めてそれぞれ出ていく。

 仕事が途中だった者は小走りで出るし、そうでない者も早く伝えなくてはと出ていった。

 

 小鈴もリョウに手を降って去っていき残されるのはリョウ、慧音、阿求の三人。

 そんな三人も少し雑談を交えつつ集会所から出てその前で止まる。

 

「お、きたか」

「射命丸?」

 

 集会所の前には文が立っていたが一人ではない。

 慧音は文のことを言ったがその隣には不服そうに腕組みしてたっている少女。

 リョウが笑みを浮かべて頷く。

 

「来たか、はたて」

 

 腕組みしていた少女、姫海棠はたてがリョウの前まで近づく。

 身長差は約20センチぐらいだろう。

 そんな下からの強い視線に苦笑する。

 

「来たか、はたて……じゃないわよぉ! なんで私だけ連れてこられたの!?」

「俺のプランにお前は必要不可欠なんだよ」

「なにそれ」

 

 訝しげな表情をするはたてに、リョウは少しばかり申し訳なさそうな顔をしていた。

 それを見てはたても少しばかり表情を和らげる。

 

「頼むよ、人里の方にはお前が必要だ」

「なっ、なによ! てか私だって烏天狗なんだからぁ」

「コピーぐらいでてくる、だろ?」

 

 はたての言葉に続けて言うリョウ。

 飄々とした表情で言う彼に、はたては目を細めた。

 

「私の実力、舐めてんの?」

「そういうわけじゃないさ、ただ……敵でお前が出てくるより、お前を連れた方が間違いなく利口だと思ったんだよ」

「買い被りすぎじゃなくて?」

 

 そんなはたての言葉にリョウは頭を振って、慧音と阿求はそれを見守っている。

 文は腕を組んで少しばかり眉をひそめていた。

 

「鴉天狗だろ、もうちょっと自信もて……てか俺は搦め手が好きなんだよ」

「搦め手って、あの戦闘スタイルで?」

「それは関係ないだろ」

 

 そう言って後頭部を掻くリョウに、慧音と阿求が笑って歩き出す。

 

「それではリョウさんまた明日」

「え、ああ、また明日、慧音先生も」

 

 去っていく二人、残されるのはリョウと文とはたての三人。

 溜め息をついたリョウが軽く髪をかきあげた。

 雰囲気が変わる感覚を覚えるはたて。

 

「とりあえず頼むわ」

「なんか急に雑になったわね」

 

 そんな言葉にリョウはバツの悪そうな表情を見せた。

 

「今回に限っては文も出せないからな。こいつが敵で出たら地獄に行っても見れないようなおもしろ殺戮ショーが始まるからな」

「まあ、片手間に殺されるわよね……あ、でもあんた」

「デモもストもないさ、一対一でさえないんだ。だからお前に頼る」

 

 なんとなく彼の作戦に自分が必要なのは理解してはきたのだが、なんだかつっかえる。

 文がその場にいて、静かにこちらを見ているというのも気にかかった。

 

「なんか腑に落ちないのよねぇ」

「えーと……じゃあ愛故に」

「すっごい雑な愛!」

「おもしろそうな素材発見!」

「お前変なこと書いたらぶっ殺すかんな!」

 

 そんな言葉に文がケラケラ笑って返す。

 どことなくいつもの雰囲気になり、はたては何の気なしにホッとしてしまい、そんな自分を自分で疑問に思う。

 だがどことなく、リョウを信用する気にはなった。

 そもそも本気で彼をそこまで疑っていたわけでもないのだが……。

 

「わかった。とりあえずあんたの言う通りにする」

「サンキューはたて」

「おお、はたてがリョウの愛に応えた」

「変な言い方するんじゃないわよ!」

 

 少しばかり気恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じる。

 行きつけのカフェのマスター、友人に過ぎないリョウだしそういう感覚で見たことなど一度もないのだが、そう言われると変な感覚を抱く、が……。

 

「……いやないか」

「なんだよ?」

「ないない」

 

 そう言って笑うはたてに小首を傾げるリョウ。

 文は理解しているのかケラケラ笑っていた。

 少しばかりほのぼのした雰囲気の中、ふと気配がしてリョウのすぐ横に二人の妖精が現れる。

 額に指を当てて瞬間移動で戻ってきた大妖精、それとチルノ。

 

「ああ、おかえり大ちゃ」

「チルノさん!」

 

 幻想郷最速が最速で、公衆の面前でチルノを押し倒して馬乗りになる。

 無言の大妖精と呆れたような表情のはたて。

 チルノは突然のことに目をパチパチさせたあと、首を傾げる。

 

「チルノさんおかえりなさい! あなたのカキタレ(死語)射命丸文です!」

「死ね!」

 

 背後から射命丸の首に腕を回してゴキッとなるまで捻る。

 ぐったりした文を放ってリョウはチルノを立たせた。

 未だに状況が理解できてないのか首を傾げるチルノ。

 

「この万年発情クソ鴉が!」

「ねーリョウ、なにがどーなってるの?」

「気にしないでチルノさん」

「そうだよチルノちゃん、あんな天狗放っておこ?」

 

 なんだか文が悪いことをしたのだろうとは思うチルノはとりあえず頷いておく。

 

「あややや、痛い、ひどい」

 

 そう言って首をゴキッと戻して立ち上がる文に誰も驚かないあたり慣れがあるのだろう。

 はたても呆れたようなに溜め息をついて四人に近づく。

 文がチルノに抱きつこうとしているのを片手で頭を押さえて止めているリョウ。

 

「とりあえずルナたちはオッケーだって!」

「意外とはやかったですね」

「大ちゃんが説得した」

「大ちゃんなんて言った?」

「協力しなきゃリョウさんがキレてお嫁にいけなくするって」

「大ちゃんさん!!?」

 

 驚愕するリョウ。

 爆笑する文。

 着いていけないはたて。

 

「まぁそれは良いじゃないですか、協力は決まりましたよ」

「良くないけど」

「やーいロリコン犯罪者!」

「お前には言われたかねぇんだよ!」

 

 くわっと表情を変えて言うが文はどこふく風。

 

「とりあえず次行くぞ次」

「次ってまだ協力者いるの?」

「ああ、いるさ」

 

 そう言って笑うリョウがトントンと自分の頭をつつく。

 理解した文が『なるほど』と手を叩き大妖精が苦笑を浮かべた。

 

「バカを集める」

 

 その言葉に頷いたはたて。

 歩き出すリョウに着いていく面々。

 

 二日後、近づく決戦でできることは全てする。

 リョウの目的は一つ、人里を守るなんてそのついでにすぎない。

 文も妖怪の山なんてどうでも良い。

 大妖精だって同じだ。

 

 “彼女(チルノ)”の“望み(異変解決)”を叶えるのみ。

 

 

 

「そういえば幻想郷バカまみれだけど」

「違いない」

「あやや、言われてますよリョウ」

「お前もだよ」

 

 

 




あとがき

結構シリアスになってしまった
とりあえず安易にフラグを建てないようにしつつ
もうしばらくしたらなんか短編みたいの書いてキャラ毎に焦点当てたりしたいっす

そんじゃ次回もお楽しみにー


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第14話『闘争』

 あの日、“タタリ”が起こるとされてから2日が経った。

 つまりタタリ発生の当日、八雲紫に“タタリ”の発生時間まで割り出され、リョウたちはそこに立っている。

 

 所謂、草木も眠る丑三つ刻。

 現代風に言うならば、おおよそ午前一時。

 そんな深夜に人里の門前に立っているのはリョウ、チルノ、大妖精、慧音、魔理沙、はたて。

 昼間に十分眠ったお陰か、チルノはハッキリと意識を覚醒させて腕を組んで待つ。

 

 腕を組んだチルノの両隣にリョウと大妖精、リョウの背後にはたて。

 後ろにいた慧音が静かに息をつくと、背後の人里が“隠される”。

 魔理沙がそんな面々を集めて苦笑した。

 

「チルノぉその並びだとなんか強そうに見えるな」

 

 そんな言葉に、チルノとリョウと大妖精が同時に口を開く。

 

「なに言ってんの魔理沙、あたいはさいきょーよ!」

「なに言ってんだ魔理沙、チルノさんはさいきょーだ」

「なに言ってるんですか、チルノちゃんはさいきょーです!」

 

 三人の言葉に驚いたような表情を見せる魔理沙と、呆れたようなはたて、慧音は苦笑しつつ前方を見据える。

 次の瞬間、背筋にピリッとした感覚を覚えて魔理沙は慧音が見ている方を見て帽子をスッと押さえた。

 はたては翼を広げ、大妖精はその手にクナイを持つ。

 

「くるらしいよ、チルノさん」

「どっからでもかかってきなさい!」

 

 リョウが地面に落ちている石ころを軽く蹴りあげてパシッと手に持つ。

 チルノが体から冷気を溢れ出させ、周囲の風が揺れる。

 

「近づく奴から氷漬けにしてやるわ!」

 

 そして眼前に―――“タタリ”が起きた。

 

 最初からそこに在ったかのように存在する妖魔。

 見覚えのありそうな狼のような奴やコウモリ、蜘蛛やらヒトガタのナニカ。

 全て共通して―――暗い。

 50はくだらないその数を見て、チルノがニッと笑う。

 

「さぁ―――異変解決、開始よッ!!」

 

 その瞬間、動き出す。

 

 瞬間、リョウが握っていた小石を力一杯に投擲。

 鋭く尖ったそれが赤い輝きを宿しながら真っ直ぐ一体の頭を貫いた。

 暗い血液を撒き散らすタタリで産み出された“分身体”。

 

「“弾丸ごっこ”だ」

「遅れんなよチルノ!」

「魔理沙こそね! はたて、けーね先生をよろしくね!」

「やれるだけやるわ!」

 

 そう叫ぶはたてが慧音の隣に立つ。

 別に慧音は弱くはない、だが“最高の実力”ではない慧音にガード役は必要だ。

 慧音(人里)目掛けて走ってくる分身体の前に立つリョウ。

 

「……しっかり頼むわよリョウ!」

「わかってる!」

 

 その手に纏うは紅の気。

 分身体が慧音に走るように、正面から走るリョウはその腕を横に伸ばして走り、振るう。

 ただし拳を叩き込むでもない、それは―――。

 

「ぶっ潰す!」

 

 ―――ラリアット。

 

 分身体の体が地面に叩きつけられる。

 ぐったりとしたその体を、同じく紅い気を纏った脚で蹴り飛ばすと、眼前の数体の敵に両手を向けた。

 それと同時に放たれるのは数十もの“霊力”の弾丸で、それらに被弾した分身体たちが止まる。

 

「ここらでお遊びはいい加減にしろってところを見せてやる」

「その台詞は死ぬわよイキリチンピラ!」

 

 はたての言葉に青筋を浮かべながら振り返った。

 瞬間、リョウを襲おうと狼のような分身体が迫るが、リョウが振り返ると同時に蹴り飛ばす。

 倒れていた狼が起き上がろうとしたその時、上から落ちてきた大妖精がその狼の頭部にクナイを突き刺す。

 

「さすが大ちゃん」

「私、アイツのああいうとこが怖いのよね」

 

 はたての言葉に頷くリョウ。

 顔を上げた鋭い目をした大妖精が、横から近づく蜘蛛型の分身体にクナイを投げつけ、その活動を停止させた。

 すぐに新しいクナイを両手に持ち、大妖精が地上を走る。

 

「うわ、空にもわんさか出てきやがった。魔理沙に頼むか」

「私のドッペルゲンガーはいないみたいねぇ」

「出る前にさっさとこいつら潰す!」

 

 そう言うと、リョウも敵の軍勢に走っていく。

 分身体は誰の分身がいつ出るのかランダムらしいと、紫には聞いた。故に速攻をかける。

 はたてと慧音も上空から近づく敵に手を向けた。

 

 

 一方、チルノは敵に囲まれた状態。

 だがその顔は不敵な笑みを浮かべており冷気が足元を凍らす。

 放たれる分身体たちの“弾幕”だが、チルノが腕を振るえば、凍る弾幕。

 そしてチルノが両手を広げ必殺技(スペルカード)を使う。

 スペルカードルールに縛られない戦いはスペルカードの枚数や宣言すら存在しないが、それでも必殺技は必殺技。

 違うことと言えば、受ける側の難易度ぐらいだ。

 

 ―――凍符「パーフェクトフリーズ」

 

 そしてお返しとばかりにチルノから放たれる弾幕に被弾していく分身体。

 

「みんな大火傷ね!」

 

 上空から見える地上のチルノの戦いに箒にまたがって飛ぶ魔理沙が笑みを浮かべた。

 その青い少女の周囲の綺羅びやかな氷細工。

 だが、見惚れたままでいられるほど優しい戦場ではない。

 

「やるなぁチルノのやつ、あたしも負けてらんない、かな!」

 

 右手にミニ八卦炉と呼ばれるモノを持つ。

 それを眼前の“敵勢”に向けて、ニッと笑みを浮かべた。

 初っ端から手加減なし。

 魔理沙の性格を表す一直線な技。

 

「マスタァァ……スパァァァクッッ!!」

 

 ―――恋符「マスタースパーク」

 

 放たれる極太のレーザーが敵を撃ち落とす。

 だがまだ敵はいるしむしろ増えてる気すらしていた。

 否、実際に増えているのだろう。

 

「厄介だぜ、まぁ援軍が来るまで持ちこたえられりゃ良いだろうけど……!」

 

 加速した魔理沙が弾幕を散らしながら、空を駆ける。

 

 

 地上のリョウが放たれる弾幕を避けながら素早く人型の敵に走った。

 

 ただの人間にしては強い部類に入るだろう彼の戦闘スタイルは主軸が肉弾戦である。

 弾幕の数はそれほどでもないし、レーザーだって十数秒の溜めが必要で、しかも一発づつ放つのが精一杯。

 故に“気と霊力”というものを学び自力でここまでやれるようにはなったが、所詮は“その程度”という域を出ない。

 

 それでも、効率良く敵を“潰す”方法に関しては頭が良く回り、容赦無用の戦いであればその戦闘力は“弾幕ごっこ”の時とは一線を画する。

 

「ッ!」

 

 人型の分身体が鋭い爪のついた手をリョウの顔に向けて振るうが、軽く体勢を低くして避けつつ加速をつけて跳んだリョウが、両足を揃えてその顔面に蹴りを叩き込む。

 

「ラァッ!」

 

 ―――ドロップキック。

 

 両足がその顔面にぶつかった瞬間、軽い爆発のようなものを起こして吹き飛ぶ分身体。

 蹴りが入った瞬間、脚部に弾丸を生成し爆破する情け容赦なしの一撃。

 ドロップキックによりそのまま地面に落ちつつも、慣れているのがわかるぐらいに綺麗に受け身を取ったリョウは、即座に腕のバネを使って素早く起きあがる。

 波状攻撃の様に次に次にと迫る別の人型分身体に対し、リョウは視線を向けた。

 

「当たるかよッ!」

 

 相手が弾幕を放ちつつ接近してくるがそれらを回避し、気を纏った拳で捌く。

 そして近距離(クロスレンジ)にまで接近した分身体の振るわれる拳を回避し、後ろに回り込むと素早くその胴体に両手を回した。

 リョウが敵をホールドしたまま後ろに体を反らすと、分身体は勢い良く宙に浮く。

 

「シャオラァッ!」

 

 ―――投符「投げっぱなしジャーマン」

 

 その勢いのまま、掴んでいた両手を離すと分身体は真っ直ぐに飛んでいき、別の分身体にぶつかる。

 そして投げ飛ばされたその腹部には、紅い気の弾丸。

 分身体が驚愕の表情を浮かべた瞬間、その気弾が拡散し数十の弾幕となって周囲に撒き散らされた。

 

「やっぱ人型はやりやすいな」

「ちょっとリョウ! あんたまだ全然倒してないじゃない!」

「弾幕は火力だぜー!」

「うるせー!」

 

 離れた場所から飛んでくるヤジに文句を返してから、溜め息をつきつつ、リョウは次の敵に視線を向ける。

 とりあえず弾幕を展開して敵の動きを妨害しつつ走ると、分身体をラリアットで倒してその頭に気弾を撃ち込む。

 

「仕方ないッ!」

 

 後ろに何度か跳ねて敵と距離を取る。

 両足を開き地を踏み締めると、両手を球を掴むように合わせて脇の方へと持ってきた。

 その姿を見て、チルノは上空へと飛び上がり、同じく意図を理解した大妖精はすぐにリョウの“射線上”から回避。

 そして上空の魔理沙が苦笑を浮かべる。

 

「例のレーザー系か……!」

 

 そう、チャージに十数秒がかかるのは魔理沙も知っていた。

 所謂レーザー系はその他の弾丸と要領がまた変わってくるものであり、習得している者といない者がいるのも事実でリョウは元々弾幕ルールについては“才能が無い側”の人間である。

 だがそれでも彼はそれを一撃とは言え、戦場で十数秒隙を晒すとは言え、撃てた。

 

 離れた場所から慧音が分身体の一体を頭突きで倒し、はたては素早く弾幕を形成し敵を牽制。

 慧音がリョウの方を見る。

 

「……弾幕ごっこはイメージだ」

「え?」

「あれに関しては、少しばかり罪悪感もあるんだ」

 

 いかに密度の濃い弾幕を作るか、なおかつ“避けられる”弾幕を作るか、そして美しい弾幕か……。

 花火の如く美しく、色鮮やか、華麗に優雅に、そんな弾幕を用いて荒事を“ルールに則って”収める。

 それが“スペルカードルール”だ。

 

 

 

 ―――妖怪の山。

 色鮮やかな弾幕が飛び交い、数百数千の天狗の分身体とオリジナルが戦う。

 その中でも一部の者しか捉えられぬような速度で加速し、弾幕を拡散しあう二つの影。

 それがぶつかり、距離を取る。

 

「ハァッ……あやや、さすが私、ですね」

 

 射命丸文の視線の先には射命丸文……その分身体。

 暗い色をした自分を前に苦笑して肩をすくめ、余裕そうな表情を浮かべつつも内心では少しばかり状況の不利さを理解する。

 気づいたこととしては、相手に疲労が見られないということだ。

 

「休憩、でもないですかッ!」

 

 放たれる弾幕を回避していく文。

 文は余裕を保ったふりをしつつもそれなりに疲労が溜まっている。

 分身体も同じように隠している可能性がないでもないが、それにしては文のスピードが少しばかり落ちてきたのに対し向こうは変わらない。

 

「厄介な……」

 

 瞬間、背後からの視線に気付き振り向くと同時に、迫る刃を羽団扇で受け止める。

 振るわれた剣を羽団扇が受け止め、唾競り合う。

 普通の羽団扇ならばそのままサックリだ。

 

「っ!」

「チェストォ!」

 

 目の前の剣を持っていた“犬走椛”が後方へと跳び、文の前に“犬走椛”が立つ。

 先に攻撃してきたのは分身体だろう。

 椛に背を向ける文が自らの分身体に視線を戻す。

 

「今のが分身体ですよね?」

「さて、どうだか……」

「まぁ驚きませんけど」

 

 とは言うものの、お互い犬猿の仲と言えどこの状況は理解ているだろう。

 それに椛とて文の強さを丸々コピーしたモノを相手にするのは厳しいものがあると自覚はしている。

 

「ハッ!」 

 

 文が羽団扇を振るい色とりどりの弾幕を形成し、椛の分身体も自身の分身体も牽制しつつ息を整える時間を稼ぐ。

 椛もさらに波状攻撃的に弾幕を形成した。

 意外にも、椛が口を開く。

 

「綺麗なものだ、貴女の弾幕は」

「私を褒めるなんて珍しい」

「噛みつくな」

「あややこりゃ失敬」

 

 文が再び羽団扇を振るった。

 

「しかし、弾幕はイメージと実力ですから」

「自分はイメージ力と実力が十分と?」

「噛みつかない」

 

 そう返して苦笑。

 

「イメージ力があれば実力がなくてもそれなりの弾幕が作れる。また実力があればイメージ力がなくてもそれなりの弾幕がつくれる」

「双方が揃えば“最強”と、そういうことでしょう」

 

 自慢話を聞いているようで顔をしかめる椛は、自分が発した単語で青い少女を連想した。

 背後の女の“最も大切”な少女。

 文はそのまま話を続ける。

 

「いえ、早い話が弾幕……ひいてはスペルカードなんかは“私たち”や“この現象(タタリ)”なんかと似たようなものでしょ」

「……そういう意味では、な」

「だからこそ“純粋な力(最強)のみ”をイメージして作られたスペルカードは、美しさも華やかさもない技。しかし、それでもそのメッセージ性だけは、確かに理解できる」

「今日はやけに詩人臭いな」

 

 椛の皮肉を聞いているのかいないのか、聞いていても届いていないのか、文はそのまま話を続ける。

 思い浮かべるのは一つの無骨なスペルカードと使用者たる男。

 まともな弾幕も作れるはずなのに、絢爛華麗なイメージはできるはずなのに彼が生んだ高火力(レーザー系)スペルカードは、武骨なものだった。

 

「それでも、アイツらしいとか、思っちゃったんですよ」

「……ああ、そういうことか」

 

 しかし、レーザーというものを自分が出すイメージをしろと言われたとき一体どういう風なイメージをするだろう。

 文は既に初めて撃ったときのことなど覚えていないし、もしかしたらイメージなんて対してせずともできたかもしれない。

 彼は気を扱うことだって霊力を扱うことだって割りと無難に覚えたが、それだけはかなりの苦戦を強いられていた。

 曰く『俺からレーザーが出るイメージなんかできねぇ』だった、そこである半妖は言った。

 

 ならば、誰かが撃っている姿を想像しろと……。

 

 そして、そのスペルカードは“破壊光線(純粋な力)”を成立させた。

 作法(ルール)無視の無骨で力のみのスペルカード。

 なまじそのイメージで完成されたせいでそのスペルカードは彼自身が好きな“頭を使う(搦め手)”作戦では使う機会を大幅に失い、レーザーはその撃ち方以外で撃てないだろう。

 

 だがそれでも彼の“嫌い(得意)”なガチンコ勝負で使う姿は似合っているし、なによりも……。

 

綺麗(カッコイイ)とか思っちゃったんですよ。そのスペルカード」

 

 そう言いながら、自分自身の分身体に三本のレーザーを放つ。

 風を纏い、木の葉と黒い羽が舞い散る美しい光線。

 さらにその間を加速し文は自らの分身体に蹴りを叩き込む。

 

 

 

 ―――そして、リョウたちの戦場。

 

 眼前の敵をしっかりと睨み付けながら必殺技(スペルカード)を発動する。 

 イメージするはただ一つの“照射(レーザー)であり必殺技(ビーム)であり”気の波。

 

 射線は空いた、避けようとももう遅いし、幻想郷広しとて今さら間に合う奴なんてそうはいない。

 合わせた両手の中に輝く紅い光。

 球を持つように合わせた両手の指の隙間から溢れ出る輝き。

 そしてその両手が、突き出される。

 

 ―――闘符「懐古の気功波」

 

「波アァァッ!!」

 

 紅い光と共に、破壊の閃光が放たれた。

 

 その一撃は妖魔を呑み込み伸びていく。

 その一撃は地を削る。

 その一撃はただの一撃で十分だった。

 

「っ……ハァッ、はあっ……」

 

 閃光が消えると、リョウは手を下ろして肩で息をする。

 射線上の敵は消え失せたが、まだ全滅には遠い。

 ここでの消耗は押さえたかったが速攻で決めるにはここで使うのが正解だ。

 

「たくっ……」

 

 軽く髪をかきあげつつ、前方を見据える。

 放った一撃は魔理沙の“全力の必殺技(マスタースパーク)”にすら匹敵することだろう。

 しかして、リョウと魔理沙の違いは放って仕留められなかった後のリカバリーだ。

 

「相棒いなきゃマジで無理だな、これっ……」

 

 目の前には凍りついた狼。

 それが上から降ってきた少女の蹴りで粉々に砕け散る。

 キラキラと星のように輝くダイヤモンドダスト。

 

「だからあたいがいるのよさ」

「さすが、チルノさん」

 

 前に立つその姿はまさに“さいきょー”だった。

 少なからず彼等(リョウたち)にとっては彼女こそが“さいきょー”なのだ。

 だから遠く、だから離されないように着いていき、隣に立てるように……。

 

「シャァッ! まだまだいきましょうチルノさん!」

「あたいに任せなさい! 無敵のパーフェクトフリーズでキラキラにしてやるわ!」

 

 なんかメイクアップしそうだな、と思うが言わずにリョウは再び拳を構えた。

 

 

 ―――戦いはまだ終わらない。

 

 




あとがき

本文がここ一番で無骨になってしまった
カッコ良く見えてたら良いな
それと必殺技は思いっきりアレ

戦闘はそこまで長引かないと思います
そんじゃまた次回


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第15話『大戦』

 ―――忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 戦闘は各所で起こっていた。

 それもそのはず、幻想郷に妖魔がいない場所などなく、人里とてまた然り。

 故に、どこもが戦場、あらゆる場所が命をかけた殺戮ショー。

 対等の敵との戦闘という命懸けのギャンブル。

 

 死を恐れる自分と死を恐れぬ自分。

 疲労する自分と疲労も知らぬ自分。

 

 弱いものたちは怯えながら隠れ異変解決(夜明け)を待つ。

 強き者たちは自らを消し去るため、また自らを証明するため戦う。

 どちらでもない者は自らのするべきこともわからない。

 

 そして強者であろうと弱者であろうと普通であろうと、やるべきを理解した者だけが、本当の意味でこの現象と戦う。

 自分の友のためや、自らを“殺し”守るべき者を守るため、この現象は心を殺すタタリ。

 

 だが、それでも折れず戦う者たちが確かにいるからこそ、まだ幻想郷は生きている。

 

 

 

 ―――妖怪の山、地上。

 

 多数の河童たちが兵器を使い戦う。

 タタリの分身体たちにはない武装を駆使して、確実に襲いかかってくる分身体を消す。

 銃撃を行っていた河童たち、調子に乗って前線に出る河童たちの銃が突然、弾詰まりを起こした。

 

 混乱する河童たちがすぐに気づく。

 厄が溢れ出ている。

 

「厄神様か!」

 

 後方にいた河童の一人である『河城にとり』が叫ぶ。

 敵の中でも先頭きって接近してくるのは緑色の髪、赤い服の厄を纏ろう者。

 

「なら、私が」

「っ!」

 

 現れるのは厄神様のオリジナルこと鍵山雛。

 その雛が自身の分身体を掴んで、そのまま押し込んで森の中へと消えていく。

 河城にとりは素早く近場の“トランシーバー”を手に取った。

 

「鍵山雛確認! あと山中で出てない強力なドッペルゲンガーは!?」

『守矢神社の二柱と秋姉妹は確認済み、天魔様や射命丸も……恐らくこれで全部かと!』

 

 それを聞くと同時ににとりは側にあるスイッチを叩くように押す。

 弾幕の数々が襲いかかるも、にとりも持っている銃で応戦。

 そして、にとりたちの背後から轟音と共に上空に向かって放たれたのは真っ赤な照明弾。

 

「リョウ、これで良いのかいっ……」

 

 そう言いながら転がるようにバリケードの裏に隠れる。

 肩で息をしながら上空を見上げるが、色とりどりの弾幕が飛び交っていた。

 

「あんたの作戦信用してないわけじゃないけどっ……」

 

 悪態をつきながら、バリケードから頭を出して銃撃。

 

「奢ってもらうからなぁっ!」

 

 そんな叫びが妖怪の山に響く。

 

 

 

 ―――紅魔館。

 

 門から飛び出る。いや、吹き飛ばされる影。

 

 吹き飛ぶのは暗い色をした紅美鈴。

 吹き飛ばしたのは通常通りの紅美鈴。

 二人とも流血しており、勝負はどっこいどっこいと言ったところなのだろう。

 

 上空ではレミリア、フランドールの二人が己の影と戦っている。

 咲夜とパチュリーは少し離れた森の中のはずだ。

 

 次の瞬間、上から落ちてきたのは装飾された紅の槍で、それは彼女の主人のものに間違いない。

 門前に突き刺さるそれを見て顔をしかめつつ前を見るが、周囲にナイフが展開された。

 

「咲夜さんッ!?」

 

 地面を勢い良く叩くと空気が揺れ、周囲のナイフが弾き飛ばされる。

 だがその隙に接近してくる美鈴分身体が美鈴に蹴りを打ち込んだ。

 両腕でガードしながらも、吹き飛ぶ。

 

「美鈴!」

 

 主の声が聞こえ意図を理解し、両足を着いて門前で止まった。

 真横に刺さっている主人の槍、グングニルを手に取ると回転させて構える。

 迫る自分を槍を振るって吹き飛ばす。

 

「……私が倒れちゃ家族にも弟子にも示しがつきませんからね!」

 

 口元を伝う血を拭って、美鈴は立ち上がる自らの影を睨み付ける。

 自分たちだけが守れても仕方がないのだ。

 一刻も早く終わらせ、助けなければならぬ弟子がいる。

 

 

 

 ―――迷いの竹林。

 

 人里から少し離れた場所にある竹林の中を炎が舞う。

 放たれた炎を別の炎が呑み込む。

 竹を蹴って加速した“影”が、勢い良く着地、スライディングしながら後ろに振り返り手から火を放つ。

 

「いい加減ッ!」

 

 藤原妹紅は悪態をつきながら火を放った方から現れる自身の影を見てため息をつく。

 体の半分が焼失しているように見えるが、やはりそこは妹紅と同じく問題なさそうだった。

 息をついて走りだす妹紅に合わせて、分身体も走りだす。

 

「てか、ちゃんと死ぬんでしょうねこいつッ!」

 

 足を振るうが、それを回避した分身体が火の宿った拳で妹紅の胸を貫く。

 だが妹紅の体が炎へと変わり、そのまま分身体を取り込む。

 燃やされる分身体だが、そこと妹紅の分身体。

 

「クッ!!」

 

 炎が妹紅と分身体に戻るが、既にお互いの腕を合わせて組み合っている状態だ。

 妹紅は素早く頭を突き出して頭突きを見舞うと少しはダメージが入ったのか、手の力が緩んだので距離を取りつつ額を押さえる。

 訝しげな表情を浮かべながら眼前の敵を睨む。

 

「痛ぅ~、慧音なら頭突きで一撃だったのに」

 

 そう言う妹紅。

 目の前の不老不死(蓬莱人)を殺すことができるかは、わからないものの、目の前のそれを放置していい理由にはならないだろう。

 故に、疲労は隠せなくても戦う。

 

「どっちが先に死ねるかの勝負か……おもしろい!」

 

 その背中に炎の翼を展開する。

 

「殺してあげるわ!」

 

 そして、蓬莱人が翔ぶ。

 人里には大事な人間たちがいるのだ。

 

 

 

 ―――輝針城、外部。

 

 空にそびえる鉄の城。

 別にスーパーロボットは関係ないのだがそう形容するのが一番正しくあるだろう。

 それにスーパーロボットなど出てきてはどこぞの風祝が真っ先に飛んでくるので作る予定もだす予定もない。

 楽園の素敵な巫女から言わせれば欠陥住宅と名高い、空から反対向きにそびえ立つその城の周囲には弾幕が飛び交っていた。

 

 そしてその中に“空飛ぶ石”に乗る少女が二人。

 青い髪を振り乱し、片手に持った“ビームサーベルの様なもの”で向かってくる弾幕を切り裂きつつ、脇にいる同じく青髪の少女に笑みを浮かべる。

 余裕そうなその表情、だが確かに厄介ではある……敵は己自身だ。

 

「たく、以外とメンドくさいわね」

「て、天人様……すみません、わたしも一緒に」

「いやいや、むしろ放置してたら大変でしょうよ」

 

 天人、比那名居天子が笑って答えると貧乏神こと依神紫苑は不安そうな表情で敵を見た。

 天子と同じく要石と呼ばれる石に乗って飛んでいる分身体と、反対側に挟み込むようにして紫苑の分身体が存在している。

 

 ちなみにもう一人、少名針妙丸という少女がいたのだが“不慮の事故”により分身体と頭をぶつけ合い落ちていった。

 死んではいないだろうが、戦線復帰は無理だろう。

 

 要石同士がベーゴマの如くぶつかりあい、天子が自らの影と剣『緋想の剣』を唾競り合わせる。

 そんな天子の背後で紫苑が背後に弾幕をバラ撒き自身の幻影を妨害するも、着々と接近してきていた。

 それを確認した天子が目の前の自分に蹴りを入れる。

 

「掴まってなさい紫苑っ!」

「えっ、は、はいっ!?」

 

 ふらつく分身体を前に緋想の剣を逆手で持つとそのまま自身の要石に突き刺し、紫苑を引き寄せる。

 それと共にまさにベーゴマの様に回転する要石が、接触していた分身体の要石を吹き飛ばした。

 

「紫苑!」

「ふぁい!」

 

 回転しながらバラ撒かれる弾幕に、二体の分身体が被弾するもまだ倒せてはいない。

 だがそれでも時間稼ぎにはなり、回転を止めた要石の上で天子は軽く舌打ちしつつ紫苑を離し緋想の剣の光刃を消す。

 

「あのワンコが言ってた通りやっぱ影同士のコンビネーションは皆無みたいね」

「えっと……リョウですか?」

「そうそう、あのワンコ」

「ワンコってより狂犬じゃあ……」

 

 立ち上がって帽子の位置を直しつつ、軽く緋想の剣の柄を投げてから順手に持ち直した。

 目の前に存在するのは自分、そして紫苑。

 

「たく、紫苑と同じ姿ってのはやりづらいわ」

「す、すみません天人様……」

 

 接近してくる紫苑分身体を確認して、要石にて距離を取りつつ弾幕で牽制。

 隣にいる紫苑の頭を軽く撫でた天子が静かに首肯く。

 

「私は許すわ……だが緋想の剣(コイツ)が許すかな!」

 

 そう言って要石から飛び出した天子が、紫苑分身体を斬りつける

 

「浅かった!」

 

 そう言う天子の足下に要石が加速して追い付き、要石に着地した天子は再び接近してくる自身の分身体を確認。

 緋想の剣の切っ先をスッ、と向けると紫苑を自身の後ろに下がらせた。

 

「どーなろうが知ったこっちゃなかったんだけど」

「あの……天人様?」

「ワンコに頼まれて約束しちゃったし」

 

 弾幕が放たれるも、輝く緋想の剣が一振され眼前の弾幕がすべてかき消されると、天子はフッと笑みを浮かべながらさらに一振。

 大量の弾幕が撒き散らされる。

 

「美しく残酷にこの幻想郷から往ね!!」

 

 

 

 ―――人里。

 

 本来ならば人里のあった場所、そこには現在人里はなくただの戦場か広がるのみ。

 上空から青い閃光のように、チルノが一体の分身体に蹴りを打ち込むと、吹き飛んだその分身体が塵となって消える。

 そのチルノを背後から襲おうとした人狼、その足にクナイが突き刺さった。

 

「さっすが大ちゃん」

 

 笑うチルノの背後でその人狼の頭にクナイを突き立てる大妖精。

 そんな大妖精も笑顔を浮かべて、上空を見上げる。

 心配もないだろうなと思うのは魔理沙はいつも通り戦うのみ、だからだ。

 

「いっくぜ! 出し惜しみなしだ!」

 

 ―――魔符「スターダストレヴァリエ」

 

 放たれる色彩豊かな弾幕に、避けることもできずに落ちていく妖怪たち。

 倒せていても倒せていなくても構いはしないのは、下の仲間を信頼してのことなのだろう。

 

 地を走るのはリョウ。

 紅い気を纏い、さらに強く地を蹴り数メートルを跳んだ。

 彼は飛行はできない、それは彼を知っていれば当然のように皆知っているのだが、不思議なことに彼は“飛行”できないだけである。

 空中で落ちながら移動はできるし、加速もできるのにも関わらず上昇浮遊ができない。

 

「くっそマジで飛ぶ奴等とか人間かよ!」

 

 そう言いながら魔理沙に近づこうとする妖怪の足を掴み、そのまま地上に加速。

 分身体が暴れだすが、リョウは素早く体勢を組み換えていくと、妖怪の足を上にその足を掴んで足は妖怪の脇に、拘束しつつさらに加速。

 

「潰れろォッ!」

 

 ―――慓壊「グレートクラッシャー」

 

 そのまま地上に頭を叩きつけられる分身体。

 頭が潰れ血液が周囲に飛び散ると、その体を蹴り飛ばして空中の敵を落とす。

 落ちてくる敵の着地地点まで走り、地上につく前に蹴り飛ばす。

 それを見ていたはたてが顔をしかめた。

 

「悪魔みたいな戦い方するわね」

「まったくだ」

 

 げんなりする二人のもとにリョウが戻ってくる。

 見ている方向は妖怪の山の方であり、弾幕の光が見えるがその中でも一際輝く照明弾を見た。

 

「誰が悪魔超人だ」

「いやそこまで言ってない」

「今日は慧音さんとツープラトンもできないしな」

「角が生えてたら別だがか」

 

 苦笑する慧音、呆れるようなはたて、そしてリョウはピリつくような空気を感じて空を見上げ、顔をしかめる。

 黒い翼が舞い、黒い羽が落ち、現れるわ少女の影。

 わかってはいたことだが、やはり“全力の殺し合い”で鴉天狗が出てくれば思うところがあった。

 

「おいはたて、きたぞ」

「なんであたしがあたしと戦わなきゃなのよ」

 

 ため息をつきつつ、はたては前に出ようとするがリョウが手を出して前に出る。

 まったく同じ強さの天狗同士の戦いに人間が手をだす危険性。

 だが、はたては頷いて下がる。

 魔理沙とチルノと大妖精もさがってきた。

 

「あとはたて、念写を頼む」

「え?」

 

 念写の目的を話すと、はたては頷く。

 指をパキパキ鳴らしつつ、顔をしかめつつ、それでも前に出た。

 チルノや大妖精、慧音も心配そうにしているが仕方がないとリョウ自身思っているし覚悟もしている。

 大妖精の方を見ると静かに頷き会う。

 

「いいから、慧音さんは巻き込まれないようにしてください。全員間違っても手を出すなよ」

「りょーかい、雑魚はやっとくよ」

「流れ弾気を付けとけよ」

 

 そう言うと、リョウが息をつく。

 やるべきことは一つ、答えは出ていた。

 そっとチルノを見る。

 

「リョウ、勝ってね!」

「お任せあれ!」

 

 タタリに具現化されたはたてに向かって跳び上がった。

 見送られるリョウ、魔理沙とチルノが再び分身体たちの元へと飛ぶ。

 慧音も両手を構えて弾幕をいつでも張れるようにする。

 

「念写ね、やるわよ……」

 

 そう言った瞬間、リョウが斜め上から吹っ飛んでくる。

 はたてと大妖精の間を通って砂煙を上げながら落ちてはたてはゆっくりとそちらを見て、顔をしかめた。

 

「ハッ……」

 

 笑いながら立ち上がるリョウは頭から血を流しながら歩く。

 ちなみに一撃をもらったにすぎない。

 心配そうなはたてにふらつきながらサムズアップするリョウ。

 

「よ、余裕だよっ……」

「すっごい不安!」

 

 




あとがき

長いけどそろそろ佳境に入ってきました
とりあえずボス戦的なのが始まりつつ、こっからがまた大変
他のキャラクターとの交流とかも書きたいとこです

それではまたー


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第16話『降雨』

 人里であった場所で、山ほどいる妖怪たちを相手取るチルノと魔理沙。

 氷が地を走り、その先で氷の針が飛び出る。

 魔理沙が八卦炉からレーザーを放ち一掃。

 

「キリがないぜ!」

「リョウが頑張ってるんだ! あたいだって!」

 

 だが二人とも肩で息をしている。

 数時間のぶっ続けの戦闘、魔理沙もノーダメージではなく、チルノとてまた然り。

 額から流れる汗を拭い、魔理沙は後方のリョウを見る。

 

「死なないだろうなアイツ、こっちがなんとかできるもんでもないだろ?」

「うん、タイマンで頑張ってもらうしかないのよさ」

「チッ、歯痒いな」

 

 そして魔理沙は八卦炉を向けて敵へと突っ込む。

 

 リョウが両足を地につけて目の前に迫る風の刃を“拳で拡散させる”とさらに接近してくるはたての分身体の蹴りを回避、その顔面に拳を打ち込んで吹き飛ばす。

 空中で回転しながらも、体勢を整えるはたて分身体に、さらに接近しその腹部に拳を叩き込む。

 

 それを見ていたはたてが顔をしかめる。

 

「容赦ないじゃない」

「しかし勝負になってきたんだ。手を抜くわけにはいかないだろう……きっとまだ続く」

 

 違いないが、はたてとしては自分と同じ姿のものが友人である彼にしこたま殴られて鼻血やら流しながら吐血していたりする姿は快いものではない。

 どこもそうなのかもしれないが、自分じゃなくて友人がそれをやっているのが気になる。

 

「かわいそうじゃないと抜けないタイプかしらねぇ」

「ぬっ!? そ、そういうことを言うな!」

「意外に、いや初心っぽいか」

 

 そう言いながらリョウから目を逸らして、迫る妖魔を風で吹き飛ばす。

 だがまだ敵は多い。

 その時、すぐ前に現れるのは大妖精。

 

「よし帰ったわね!」

 

 そしてそんな大妖精と共にいるのは三人の妖怪。

 誰もがボロボロではあるのだが、戦うつもりのようですぐに構えた。

 

 ミスティア・ローレライ。

 リグル・ナイトバグ。

 ルーミア。

 

 チルノの友人三人組。

 先ほどリョウがはたてに念写させて戦闘終了を確認させ、さらに大妖精に連れてこさせた。

 そもそもそういう作戦ではあったのだ。

 三人のコンビネーションがそこそこなのを知っていたリョウが、さらにこの二日でそれを実践レベルにまで上げて一対一で戦うよりもさらに効率良くした。

 故に、ここ一番の速度で自身の分身体を殲滅が可能となったということだ。

 

「いくよ三人とも、チルノちゃんの援護!」

「わかってるよ。ホントもう、チルノばっかだね大ちゃん」

「今さらでしょ……あ、リョウさん戦ってる」

「わはー、相変わらず血生臭いなー」

 

 大妖精、リグル、ミスティア、ルーミアの四人が同時に動き出す。

 リグルが放った蟲が敵を貫き、また別の蟲が弾丸を放ち弾幕を形成する。

 さらにミスティアが歌を口ずさみながら弾幕を放つ。

 ルーミアは敵に接近してその喉仏を引っ掻き削る。

 

「ハッ! よーやくきたわね!」

 

 そう言って笑うチルノの隣に立つのはルーミアとリグル、背後にはミスティアと大妖精。

 それを少し離れた位置から見て、慧音は苦笑を浮かべた。

 いつもの五人、クラスのムードメーカー。

 

「さいきょー五重奏(クインテット)よ!」

 

 誰が呼んだか大妖精を除いてバカルテット。

 チルノとルーミア以外はそこまで頭が悪いわけではないし、最近はその二人だってわりと頑張ってはいるのだが印象が変わるわけでもないし、態度とかは間違いなくバカと呼ばれるだけある。

 その二人を制したり時には一緒にイタズラをしたりする故に、バカルテット。

 だがこと弾幕ごっこ(戦場)においては五人揃えば大妖怪も面倒がるレベルにもなるだろう。

 

 そしてそんな五人の保護者の様な扱いになっている一人の人間こと、リョウは鴉天狗こと姫海棠はたての分身と戦闘を続けている。

 先ほどと違い、今度は偽はたてが連続で放つ風の刃を凌ぎ続ける防戦一方状態で、全てを捌けずに切り傷を作っていく。

 

「くそっ……裏目に、ぐっ、出たなっ」

「リョウ大丈夫なの!?」

「大丈夫じゃねぇよ! 大丈夫なのが不思議なぐらいだっ!」

 

 はたての心配する言葉に応えて、風の刃を凌いでいるとリョウは一瞬の隙を見つけて走る。

 偽はたてがさらに風の刃を放つが、横にとんで回避するとさらに地を蹴り加速、その加速度は今までの比ではない。 

 

「せえやぁ!」

 

 その加速度のまま、リョウは偽はたてに接近。

 拳が放たれるもそれを回避しつつ、通り過ぎる要領で横に避けつつ、腕を横に伸ばしその首に引っ掻ける。

 今日何度目かのこの技。

 

「ラァリアットォ!」

 

 偽はたてがそのまま地に倒れるも、リョウは素早く倒れている敵に追撃をかけるべく足を振るう。

 しかし、偽はたては翼を翻し素早く回避する。

 リョウの目が光、逃さんとばかりに左腕を伸ばしてその翼を掴み引き寄せた。

 

「死ねェッ!」

 

 見ていたはたてがゾッとするような、魂のこもった言葉と迫力。

 偽はたてはそのままリョウへと引き寄せられながら風の刃を放つも、リョウは構わず翼を引いた左腕の勢いそのまま右腕を再び伸ばし偽はたての首にかける。

 

  ―――驃符『レインメーカー』

 

 首を借りとるように腕を振るって、そのまま偽はたてを地面に叩きつける。

 偽はたての後頭部から血が吹き出すと同時に、リョウの胸元から血を吹き出す。

 

「リョウ!?」

 

 叫ぶはたてが、先程の風の刃による攻撃のダメージであると理解したときには遅い。

 さらに倒れた偽はたての首に紅い輝く気弾。

 

 はたてが驚愕に顔を歪めるが、刹那―――爆散。

 

 砂煙が巻き上がり、リョウはその中に消える。

 先程の技は元々そういう近距離で弾幕を叩き込み拡散させる危険なものでもあるのだが、本来は撃った後に素早く距離を取るものだ。

 それができる余裕が彼にはない。

 

 砂煙が晴れるが地には血溜まりのみ。

 すぐに血の雨が振る。

 

「あっ、あぁっ……」

「なに情けねえ声、出してやがるっ……」

「ッ!!?」

「俺は、鉄華団だんちょ」

「余裕あるわね!?」

 

 そこにはふらつきながら立っているリョウ。

 血塗れで今にも死にそうな、そんなリョウの横に彼に手を添えて焦ったような表情をしている大妖精。

 息をついて、安堵した表情を浮かべる彼女を見て状況を理解し頷いた。

 

「ま、間に合った……」

「サンキュー、大ちゃん」

「無茶しすぎですよ」

「殺さなきゃならないとなりゃこっちも殺されそうになるだろ」

 

 そう言いながら座らないのは、座れば起き上がれないと理解しているからだろう。

 だが、はたてはもう休ませようと近づいていくが、迫る影。

 狼の妖怪の分身。

 

「なっ!」

「ッ!」

 

 はたても慧音も大妖精も反応が遅れる。

 だが、地から伸びた氷の槍が狼を貫いて消し去った。

 そこに立つのはボロボロの蒼き少女。

 

「チルノさん……」

「やだチルノちゃんほんと素敵」

「大ちゃんぇ……」

 

 顔をしかめるリョウと、苦笑する慧音。

 はたてはホッとしたように地面にしゃがみこむ。

 だが戦闘はまだ続いているようで、チルノが両手に氷の剣を生成して放つ。

 

「俺、そろそろ寝ても」

「いやお疲れ様よ、良いわよ寝ててぇ」

「そういうわけにも、また念写を」

「はいはいすぐに……て、あれ?」

 

 はたてが止まると、リョウは首を傾げて次に慧音を見るが慧音も止まっていた。

 まさか、と思い振り返って理解すると苦笑を浮かべつつ大ちゃんの頭を撫でて、チルノにてを伸ばして引き寄せる。

 驚くチルノをそのままに、さらに慧音の腕を掴んで引き寄せた。

 

「なる、ほど」

 

 つぶやく慧音に首肯くリョウ。

 視界に映る“人里”は慧音が隠したはずだが、今“暴かれている”のは慧音の力を相殺させた者がいる。

 思い浮かぶのはただ一人、“上白沢慧音”に間違いない。

 なぜなら彼女とて半分妖怪、なのだから……。

 

「大ちゃん!」

 

 すぐにハッとした表情を浮かべて、大妖精が指を額に当ててリョウ、チルノ、慧音を連れて瞬間移動で消えた。

 はたてはポカンと口を開けていたのだがすぐに頭を振って立ちあがり、振り返った。

 

 ルーミア、ミスティア、リグル、魔理沙の四人はまだ戦っている。

 はたても羽団扇を出して風を発生させた。

 

「頼んだわよ……ここで失敗しちゃ、全部おしまいなんだからっ!」

 

 背後に在る“人里”を守るように鴉天狗は吠える。

 

 




あとがき

スペルカード(殺人技)
見た目はたてだから酷いことしてる気がする
まぁまともなヒーローじゃないから多少はね?

タタリ編が終われば日常回で短いけど色んなキャラと絡ませれるはず

それではまた次回ー


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第17話『散る華』

 ―――ここは忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 誰もが愛した楽園の全てが戦場だった。

 誰もが死を感じながら、誰もが戦う。

 それは物理的だったり精神的だったり、自身と戦い恐怖と戦い、そして、守られると信じていた者たちに牙が迫る。

 

 

 

 ―――人里。

 

 上白沢慧音の力が解除された人里。

 念には念を、と集会所に人々は避難していたのだが人々はどこか安心しきっていた。

 慧音と魔理沙、それにリョウとチルノの四人がいてさらに援軍が来るとなれば並み以下の妖怪など敵にならないと……。

 

 自分達だけが絶対安全だと、そんな幻想(希望)を信じきっているのだが、現実はそうはいかない。

 ここからは蹂躙され動く肉から動かぬ肉にされ、誰かもわからないぐらいバラバラに裂かれ、潰される。

 

 集会所の壁が破壊され、現れるのは妖怪、いや正確に

は半妖。

 その分身、と言っても良い存在。

 人から最も好かれていて、恐れられている存在と思われていなかったもの、しかし妖怪という時点で具現する可能性は十分あったのだ。

 

 人々が慕っていた者と同じ姿のモノに襲われ、逃げ惑う。

 我先にと集会所から出ていくが、そこに残される者が何人かいた。

 

「ああっ」

「小鈴、あなただけでもっ……ごほっ」

「っ」

 

 稗田阿求と本居小鈴の二人がそこにいる。

 逃げようとも、出口側から振り返り迫る偽慧音にどうする術も持たない。

 二つの角を持つ妖怪が迫り、二人は目の前に迫る死を意識せざるを得ず、小鈴は怯えるように周囲を見るがなに一つ助けになりそうなものも助けてくれそうな者もいなかった。

 

 ―――だが、突如それは現れる。

 

「チルノさん!」

 

 ここ一年ですっかり聞きなれた声が聞きなれた名を呼ぶ。

 目の前に現れる四つの背中、その中の蒼き氷の羽を持つ少女が跳ぶ。

 

「スーパーアイスキック!」

 

 跳んだ勢いのまま“チルノ”が蹴りを放ち、偽慧音を集会所から吹き飛ばす。

 チルノが一瞬、振り返って阿求と小鈴の二人と視線を交わせ、微笑すると共に外に飛び出すと同じく“大妖精”も外に飛び出た。

 小鈴がすぐに視線を移動させてリョウの方に視線を動かす。

 

「り、リョウさん! 怪我がっ!?」

「情けねぇ声ネタはやったからいいな、問題ねぇ」

「も、問題ないわけっ」

「ないって、まだ死ねないし、な」

 

 血を流すリョウが笑みを浮かべた。

 

「リョウさん、どうもありが」

「あー阿求さん、お礼は後で、チルノさんに……」

「……妖精を、匹で数えるのは、やめます」

 

 その言葉を聞いて笑うとゆっくり歩き出すリョウ。

 そんなリョウを止めようとする小鈴だったが、そんな小鈴を止めるのは意外にも慧音であり、彼女は『わかっているから』とでも言いたそうに頷いてからリョウを追っていく。

 まだ死ねないと言っているにも関わらず、歩き続けるリョウは至ってシンプルに、わかりやすく矛盾していると思った。

 そういうものなのだろうか、きっとそういうものなのだろう。

 

「あの人はきっと壊れてるんです」

「え?」

「“私たち”が、壊したんです」

 

 

 

 集会所から出てくるリョウはチルノと大妖精が慧音の分身体と戦っているのを確認した。

 強力な妖怪であるはずが本人を狙っていなかった理由は慧音(半妖)というイレギュラー性によるものなのかと思い

つつ、素早く両手を前に出す。

 わざわざ弾幕を出す必要はない。

 

「ならば、デヤアァ!」

 

 突き出した両手から放たれる紅い気弾。

 次々連射されるそれらに偽慧音が気づくが遅かったようでそのまま砂煙の中に消える。

 本来なら砂埃を巻き上がらせたりするのはよろしくない戦い方ではあるのだが、今回ばかりは構わない。

 

「目的は……」

 

 瞬間、砂煙の中からリョウ相手に突っ込んでくる偽慧音。

 

「俺を狙わせることだっ!」

 

 接近か遠距離か、どちらかの攻撃をしかけられても対処する準備はしていた。

 ただ接近戦ならば反撃の準備がある。

 リョウが迫る偽慧音を前に、振りかぶることもなく足を前に思い切り突き出す。

 

 ―――闘符「黒のカリスマ」

 

 「ガッデム!」

 「!!?」

 

 リョウの、所謂『ヤクザキック』を受けて吹き飛び、地を転がりながらも偽慧音は即座に起きあがる。

 だが、それを狙って素早く接近した大妖精が真上からクナイを持って落ちていく。

 確実な直撃コース、だがその瞬間、偽慧音が地面になにかを“書く”。

 

「大ちゃん!」

「っ!?」

 

 確かに偽慧音の頭部に直撃する予定だったクナイは、偽慧音の目の前に刺さっていた。

 なぜ外したのか、大妖精も理解が追い付かないが離れて見ていたリョウは気づいてすぐに動く。

 しかし間に合うことはなく、大妖精が偽慧音の蹴りにより斜め上に吹き飛ばされ、さらに追撃の弾幕を受け爆煙の中に消える。

 

「大ちゃん!」

 

 叫びつつも、爆煙の下に行くと落ちてきた大妖精をキャッチするリョウ、だが偽慧音が思い切り口を開きリョウの方を睨んだ。

 

「まずいっ!」

「リョウ!」

「チルノさん壁を!」

 

 その言葉を発する頃にはチルノは両手を前に突き出していて、それとほぼ同時に偽慧音の口前数センチの場所から放たれる“レーザー”。

 迫るレーザーに、リョウが大妖精を庇いつつ背を向けて耐えるような姿勢になる。

 

「クソガァァッ!!」

 

 叫ぶリョウの背後に数枚の氷の壁が展開されるが、当たるまでの時間を引き伸ばせて数秒もないだろう。

 大妖精が瞬間移動を使える状況でもないのはわかる。

 だからこそ覚悟もしたのだが、攻撃は来ない。

 

「っ……慧音先生!?」

「う、ぐっ……に、人間を、守ることが、生徒を守ることがっ!」

 

 慧音が両腕を前に出してレーザーに耐えていた。

 彼女にも思うところがあるのだろうとリョウは推測するが、それは恐らく正解に近い邪推。

 彼女を恐れる者がいて、さらに“半妖状態”の自分が人々を襲い、大妖精たちを傷つける。

 それを見るというのは彼女にとって耐え難い屈辱。

 

「うああぁっっ!!」

 

 叫び―――耐える。

 

 チルノがさらに氷壁を出現させるがすぐに突破されていく。

 だがそれでも耐えきった。

 レーザーの照射が止むと、慧音はそのまま前のめりに倒れる。

 目を見開くリョウ、そして腕の中の大妖精も目を覚まし状況を理解して悔しそうな表情を浮かべ立ち上がった。

 

「ああぁっ!」

「潰すッ!!」

「行くわよリョウ! 大ちゃん!」

 

 普段からは想像もつかない咆哮をする大妖精。

 怒りを露にするリョウ。

 そして強い踏み込みと共に加速するチルノ。

 

 三人が同時に動き出す。

 チルノが二本の剣を作り出し接近、剣戟にて偽慧音と相対して、大妖精はクナイで接近する。

 だがそれでも慧音レベルの妖怪には、疲労もありそれに先程のダメージが残る大妖精、そんな二人では互角レベルで戦うことすらもキツイ。

 

「オォォォッッ!!」

 

 リョウが先程のレーザー攻撃を撃つための体勢に入る。

 両腕を脇に持ってきてチャージを開始した。

 

 そんな血生臭い戦場だが、住人たちは遠くまでは逃げれない。

 人里の周囲を襲っているであろうタタリの生み出す分身体。

 ならば内側も外側も危険度はそれほど変わるものではない

 

「きゃあっ!」

「大ちゃんっ……あたいはっ!」

 

 吹き飛ばされる大妖精が、地を転がる。

 一対一だがチルノは疲労とダメージの中、それでも偽慧音と互角の戦いを繰り広げているのは、彼女の気合い故かなにか、その力はどこからきているのか、その力をリョウと大妖精は知っていた。

 

「ぐっ、あたいは……あたいが守るんだッ!」

 

 迫る爪撃を、頭を少し下げて回避すると素早く剣を振るい、その一撃が偽慧音に傷をつくる。

 さらに次の攻撃を剣で凌ぎもう一方で斬りつけ、次々と連撃で斬り込んでいくが、決め手に欠けておりこのまま偽慧音を仕留めるよりチルノの疲労のピークの方がはやい。

 

「大ちゃん! チルノさん! “アレ”で殺るッ!」

「っ……はい!」

「ッ!」

 

 素早くリョウに接近した大妖精が、攻撃をチャージするリョウの背後に周りその背に手を添えて、自身の額に指を添えた。

 チルノが偽慧音の攻撃に隙を見つけた瞬間、素早く下がる。

 

「リョオッ!」

「ウオォォッ!」

 

 先程、大妖精の攻撃は“慧音”の能力によって当たらないように“創られた”のはわかった。

 だからこそ、それより速く隙を見て攻撃を撃てばいい。

 幻想郷最速を自称する風神とまで呼ばれる烏天狗、射命丸文ですら『煮え湯を呑まされた』と言われる技。

 リョウと大妖精の二人が揃っているからこそ発動できるその必殺にして必中の一撃。

 そして二人が、“消えた”。

 

 ―――零闘符「至高の超気功波」

 

 瞬間、慧音分身体の背後に“瞬間移動”するリョウと大妖精。

 気づこうとも遅い。

 間に合うわけもない。

 

「波アァァッッ!!」

 

 叫びと共に放たれる“赤い一撃”に飲み込まれる偽慧音。

 民家を考慮して少し上向きに放たれた一撃。

 放たれるそのレーザーは真っ直ぐに伸びて、いつの間にか赤色に染まった朝焼けの空に消えていく。

 

 レーザーが消えるがそこには―――。

 

「なっ!?」

「リョウ!」

 

 ぼろぼろの慧音の分身体は立っていた。

 角は折れて体の半分近くが“削れて”いるにも関わらず、そこに立ってリョウを殴り飛ばし共にいた大妖精も一緒に地を転がる。

 チルノが加速し止めを刺そうとするが敵の方が早い。

 

「弾幕っ!?」

 

 誰が言ったか、偽慧音は弾幕を形成し周囲に放つ。

 もう余裕がないのは確かなようで、放った弾幕は横360度にのみで、倒れているリョウと大妖精には当たらないだろう。

 しかし人間たちはそうもいかない。

 即座に回避の判断はできないだろう。

 

「うおおおぉぉぉぉぉっっ!!!!」

 

 雄叫びを上げるチルノが、両手を地に叩きつける。

 頭を下げるようにしたチルノの頭上を過ぎ行く弾幕、そこで走り込めば速攻で偽慧音に止めは刺せるが、それをすれば人間たちの被害は怪我だけでは済まないし、子供だっているのだ。

 だからここで、なにもしないわけにはいかないとチルノは咆哮しながらも、力を行使する。

 

(やるんだっ! あたいがやらなきゃ!)

 

 冷気が溢れ出て、チルノの瞳が蒼く輝いた。

 

「リョウも大ちゃんも、文だって……みんなを!」

 

 人々に弾幕が当たる……その直前、現れる氷壁。

 

「みんな守りたいっ、無理だって言われても!」

 

 混ざりっけ無しの高密度の純度100%の氷壁。

 それなりの厚さを誇りながらもガラスのように向こう側がそのまま見える透明度。

 そんな氷壁を出した妖精を、人々は見守る。

 

「あたいはバカだから、だから……全部、やってやる! やってみなきゃ、わかんないよ!!」

 

 叫び、地を蹴った。

 先程よりも速い……とはいかないが、速い。

 地を蹴り、次の一歩目で地に氷を張り加速し、慧音分身体に高速で接近していく。

 

「!!?」

「こいつが、あたいのッ!!」

 

 その勢いのまま懐に潜り込み、加速が止まると同時に、拳を握り混む。

 偽慧音はその加速度についていけずに今、チルノの方に爪を向けるが、遅い。

 

「最後の、スペルだッ!!」

 

 拳を打ち込む!

 

「!!?」

 

 瞬間、分身体の背中から氷が突き出す。

 

 ―――凍符「フルフリーズパニッシャー」

 

 その背中に突き出した氷が、華に変わる。

 見たこともないような美しい氷細工の華を中心に、分身体の体が凍りついていき―――砕ける。

 

 散る氷塊の華。

 

 そしてたっているチルノが拳を振り上げる。

 

「あたいの勝ちだこの野郎ッ!」

 

 巻き起こる歓声。

 まだタタリは終わったとも聞いていないのにまるで生き残ったと言うかのように喜ぶ人々を、一応気を失うまではいっていなかったリョウが起き上がり、聞く。

 チルノはリョウに気づいて笑みを浮かべ、リョウはジャケットを脱いで気を失っている大妖精の枕代わりにすると、ゆっくりと立ち上がってチルノに近づく。

 

「あっ……」

「チルノさんっ!?」

 

 目を瞑って倒れそうになるチルノだったが、すぐに支えられた。

 黒い翼と共に現れるのは幻想郷最速の風神。

 リョウは息をついてから安堵したように顔を合わせて笑った。

 

「サンキュー」

「いいえ……お疲れ様です。チルノさん」

 

 そう言うと射命丸文はチルノをギュッと抱き締めた。

 さらに落ちてくる黒い翼に、リョウはこの闘いの終焉を理解し心を落ち着かせてあとは文をどうやってチルノから引き離すか考えるが、まずは礼だ。

 

「ありがとなはたて……それとチルノさん、記事一面で頼むわ」

「……あんた一面にしても良いわよ?」

「断る。チルノさんの勇姿をだな」

 

 はたてとしては“ただの人間”が着いていったのも凄いとは思うのだがこれ以上なにを言っても無駄だろうと黙って笑う。

 周囲から聞こえる『チルノちゃんすげー』やら『チルノちゃんありがとう』やら『チルノちゃんマジ天使』等々聞いていればわざわざ自分が宣伝するまでもないと思うが、他ならぬ友人の頼みだ。

 

「あ、それとアイツ引きはなっ……!」

 

 ふらつくリョウが後ろによろめき、そのまま下がる。

 はたても反応できずに、手を伸ばすがその瞬間―――リョウは後頭部にフヨン、と柔らかな感触を感じた。

 理解が追い付かないが支えられているのはわかり、上を見るとそこには桜色の髪。

 

「幽々子さん?」

「せぇ~か~い」

 

 おっとり間延びした声の主は『西行寺幽々子』である。

 その豊満な胸に後頭部を支えられていることに上がりそうになる口角を精神力で押さえていると、別の手がそっと自分を支えてくれたようでなんとか起き上がれたが、その手の主は支えたままでいてくれるようだった。

 

「ありがとう妖夢」

「いえ、お疲れ様です。守りきったよう、ですね」

「あぁ……」

 

 支えてくれた『魂魄妖夢』は幽々子の従者であり、半人半霊の少女で、やはり彼女も激しい戦いに巻き込まれていたのかパッと見ただけで幾つも怪我が視界に入る。

 視線を慧音に向けると、医師である八意永琳が看てくれていた。

 

「終わった、か……」

「リョウ、お疲れ様ね」

「八雲、紫ぃ……」

 

 フッと頬を綻ばせるその女性を見るが、彼女もまた見たこともないほどにボロボロになっており、服もまた赤く染まっているところが何ヵ所も見える。

 彼女もまた同等の敵と戦っているのだから当然と言えば当然なのだろう。

 

「ありがとう、素直に感謝してるわ」

「……ああ、まあなんでも、チルノさんに」

「それはもちろん、でも貴方に言う必要があるのよ」

 

 その言葉を聞いて、軽く頷くと紫がクスクスと笑い『素直ね』と呟くので、リョウは適当に反論をしてチルノの方を見ると、チルノを抱いた文が近づいてくる。

 

「それじゃあ私は阿求の方に」

「ああ、お疲れさん」

「また後でね」

 

 そう言って阿求の方へと向かう紫を見て、幽々子もそれについていく。

 リョウは射命丸の肩を掴んで妖夢から離れるとそっと幽々子の方を指差す。

 その意図に気づくと妖夢は軽くお辞儀をしてから幽々子の方へと歩いていく。

 

「もうちょっと体重かけても平気だけど」

「わりぃ、すぐに腰を落ち着ける」

 

 そう言いながら、文の肩に腕をかける

 

「で、どーですか?」

「チルノさん、頑張ってくれたよ。おかげで、助かった」

「強く、なりましたね」

 

 微笑する文が腕の中のチルノを見てホッと息をつくと、リョウの方はそんな文を見てハッ、と笑い先程から黙っているはたてを見た。

 うとうとしているように見えるのでリョウは放っておくことにし、さらに離れた場所を見ると人々がチルノを指差して話をしているように見える。

 

「これで、妖精だからって馬鹿にするような奴が減れば、それで良いですね」

「ま、どうでもいいよ……チルノさんが幸せなら」

「……このロリコン」

「お前に言われたきゃねえよこのロリコンドマゾ鴉」

「じゃあチルコン」

「お互い様だろが」

 

 否定できずに、二人は顔を合わせて笑う。

 遠くからボロボロの霊夢と魔理沙が歩いてきており、その横には鬼やら、吸血鬼やらもいるようでリョウは少し回復したのか自分で立って軽く首を回す。

 ゴキゴキと音が鳴り、ふぅと息をつくと軽くはたての肩を叩く。

 

「えっ、あっ寝てないわよ?」

「いいから行くぞ」

「えっ行くってどこに?」

「決まってるでしょうそんなの」

 

 リョウが大妖精を抱え、文と共に歩いて行く。

 戸惑いながら歩き出すはたてに、文とリョウの二人が同時に口を開き、宣言する。

 異変の終了の合図を……。

 

 ―――宴会だ!

 

 文の腕の中で眠るチルノが、僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 




あとがき

タタリ編終了! と見せかけて宴会が終るまでが異変です
重傷者(リョウ)とかもいるけど永琳がいるから大丈夫

宴会でなんか出て欲しいキャラとかあったら言ってもらえれば出すっす
とりあえずタタリ編は次回で終了ですので次回もお楽しみにー


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第18話『宴会』

 ―――忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 外の世界とこと幻想郷とを隔離するのは二重の結界。

 その一つが博麗大結界であり、それを維持するのに必要なのが博麗神社だ。

 

 その博麗神社。

 一つの災害(異変)が終わ、そして始まる祭り、所謂『宴会』なのだが今回は規模が違う。

 境内一杯にシートが引かれ、様々な者たちがそこにはいた。

 人間、妖怪、妖精、半人、その他エトセトラ。

 

 ある意味この幻想郷の混沌っぷりの象徴とも言えるし、この幻想郷の平和を体現しているとも言える。

 

 今回の現象、便宜上異変と呼称されるそのタタリはこれまでの異変とは違い生々しい怪我などが多かったりもするのだが、アルコール消毒と言わんばかりに、浴びるように酒を飲む面々。

 とは言えやはり飲み方も違い、静かに嗜む者もいれば騒ぎながら飲む者、飲み比べをする者等もろもろ。

 

「ほれ霊夢! もっと飲め!」

「うるっさいわね萃香! 飲んでるわよ!」

 

 怪我人が多いはずだがそこは人外たち、既に回復傾向にあるようでラフプレーを受けたサッカー選手よろしく“痛いよ~”となってる者は既にいない。

 人間の面々も“医者”によってそれなりの治療を受けて既に重症者はいなかった。

 

 そんな混沌渦巻く宴会中。

 今回の異変解決の立役者……ではないが確かに被害を減らし活躍したとして、意識を取り戻したチルノはその喧騒の中心にいた。

 いつもなら側にいるリョウと大妖精、そして文は離れた場所にいる。

 

「……うう~チルノさんが遠い所にぃ~私のチルノさんがぁ」

「うるせぇよ、お前のじゃねぇし」

「リョウは良いんですか!?」

「良くないわけねぇだろうに」

 

 そう良いながらグラスを傾け琥珀色のウイスキーを喉に通す。

 右足をまっすぐ伸ばし左足は立てており、そんな伸ばされた右足の太ももを枕にして大妖精は眠っていた。

 一度は起きたものの、疲労がたまっていたのか一眠りしてしまい、今はこの膝枕というわけだがリョウとしては少しは思うところもある。

 

「大妖精さんのダイナマイトバディはどーていには刺激強いと思うんですよ」

「誰が童貞だ、犯すぞ」

「私の初めてはチルノさんって決めてるんです!」

 

 瞬間、文の頭に直撃する拳。

 

「いったぁ」

「大声で変なこと言ってんじゃないよロリコン」

「も、妹紅さぁん」

 

 そこに立っていた藤原妹紅を涙目で見あげる不平不満ありそうな射命丸文なのだが、妹紅は気にせず座るとチルノたちがいる方を見た。

 妹紅としては彼女が密かに人気者ということを知っているので微笑ましく見守りつつ手に持った一升瓶から酒を注ぐ。

 

「たく、射命丸はチルノの側に置いとくには不健全すぎんのよ」

「妹紅さんに同意です」

「先に犯すとか言ったのこいつですよ!」

「テメェが童貞だとか言い出したんだろが!」

 

 どんちゃん騒ぎと言って良い喧騒の中で言い合う二人の声は通常ならば通らないのだろうが、彼らを意識する者は多い。今回はことさら多く、その者たちにはリョウは『童貞(小僧)』ということが印象付けられただろう。

 実際にどうかなど、本人のみが知ることだが、そんな言い争いにおもしろおかしく誘われて、新たな顔もやってきた。

 

「相変わらず楽しそうね」

「幽香さん……」

 

 クスクスと笑いながらやってくる大妖怪『風見幽香』のそんな言葉に、リョウは苦い顔をしながら妹紅にフォローを頼もうと視線を向けるが、なにを言うでもなく酒を飲み進めている。

 リョウもなんと返すか考えながら酒を一口、そこで文が幽香に言い返す。

 

「この“言い争い”見てもそう言いますか?」

「ん、“良い争い”じゃない」

 

 そう言いながらリョウの横に座る幽香。

 その意図を理解して、訝しげな表情を同時に浮かべるリョウと文を見るとより一層おかしそうに笑う幽香。

 そんな様子がツボに入ったのか妹紅まで笑いだし、リョウと文が同時に溜め息を吐く。

 

「また揃った。良いじゃない、仲良くて」

「いや実際、仲良くないですし……幽香さん、からかわないでくださいよ」

「そのつもりは無いけど」

 

 そう言ってリョウの横に座る幽香はどこか疲れているようだったが、大妖怪たちがこぞって疲れた様子を見せるのはやはり“自分自身”という強大な敵を相手にしたせいだろう。

 幽香がそっと、リョウの膝の上の大妖怪の頭を撫でる。

 

「お疲れさま」

 

 そんな慈愛に満ちた表情と優しい声で言う彼女は、巷で恐れられている危険度が高い妖怪とは思えず、ドのつくサディストという話すら疑わしくなってくるものだった。

 リョウは近くにあるそんな幽香の顔を見て、ふとチルノの方に視線を動かす。

 

「チルノさんとは話しました?」

「まだよ、だって中心なんだもの話す隙もないわ」

 

 そう言う幽香はどこか拗ねているようにも見えて、リョウは少しばかり笑みを零し頷く。

 今日はチルノが主役のようなもので、鬼たちや妖怪たちもこぞってチルノを可愛がっており、チルノもまた恥ずかしそうにしながらも満更でもなさそうで、そんな微笑ましい姿にリョウは頬を綻ばしている。

 

「まあ夜は長いし、チルノさんも大ちゃんも幽香さんのこと大好きだから」

「あら、貴方はどうなの?」

「好き……って言って欲しいんですか?」

「そんなわけないじゃない」

 

 なら最初から聞くなと思いつつ文を見るとケラケラ笑っており、妹紅はそのやりとりに驚いたのか少しばかり酒をこぼしていた。

 幽香はと言うと元々目的もない質問だったせいか既に興味をなくしており、リョウはそっと息をついて酒を飲む。

 

「やっぱつまみ無いとすすまないな」

 

 そう呟くと、目の前に差し出されるのは皿。

 

「鮭とば……海、無いのに」

「海がなくても意外となんでもあるものよ、幻想郷には」

 

 そう言って目の前の女性が頬笑む。

 赤と青の二色で構成された服装で銀色の髪を揺らす件の医者。重傷であったリョウの怪我を治した八意永琳がそこに立っていた。

 彼女はそっと座ると、鮭とばの乗っていた皿を置く。

 

「お疲れ様ね、重傷者も少ないようでなによりだわ」

「永琳さんもお疲れ様です。蓬莱人のドッペルゲンガーってどうでした?」

 

 その言葉に肩をすくめる永琳を見て、リョウは小首をかしげた。

 

「中々大変だったわ、結局“蓬莱人もどき”に過ぎなかったけど」

「“不老不死”ではなかったと?」

「欠片も残さず吹き飛ばすっていう、処理だけなら貴方でもできたことよ……アレが当たればね」

 

 そんな言葉に妹紅を見るが、苦笑しているところを見ると事実なのだろうと思いつつ、思ったより力付くでなんとかなるものだなと感心しながら幽香を見る。

 彼女はどうだったのだろうかとも思うが、きっと楽しくやっていたのだろうと自分で結論を出してふと思う。

 

「俺は無理でしょうけど……チルノさんと相性は良かったかも」

 

 あくまでチルノが“処理のみをするなら”の話ではある。

 まともに戦闘となれば戦力から考えて現状のチルノが勝利する可能性はないに等しいだろう。

 そう考えると今回の異変では戦力の割り振り等は最も効率的ではあったものの……。

 

「次があるならもうちょっと上手くやれるか」

「二度とごめんだけど」

「違いないわね」

 

 リョウの言葉に顔をしかめる文と苦笑する妹紅。

 幽香はそうでもないのか、次があるなら私も色々試してみたい、だとか言う。

 永琳はそんな会話を笑って聞いているが、顔をしかめたまま文は次に肩をすくめる。

 

「やっぱ二人みたいな戦闘狂にはついてけません」

「誰が戦闘狂だ。幽香さんと一緒にすんな」

「あら、どういう意味かしら?」

「あーえっとその、ほらあれ」

 

 笑顔を浮かべる幽香の手がそっと肩に乗るので、リョウは必死こいて言い訳を考えるのだがどうにも思い浮かばない。

 そもそも幽香が戦闘狂は周知の事実ではあるのだし、幽香もそれで通っているという自覚はあるのだからこれは単にからかっているだけである。

 そっと手を下ろす幽香にホッとするリョウだが、妹紅は首をかしげた。

 

「というより店長も戦闘狂で間違いないと思うけど」

「俺はしがない喫茶店のマスターだよ」

「あれだけ戦闘技術磨いておいて?」

「永琳さんまで言いますか」

 

 妖怪たちに比べると強い弱いは置いておいて、それでもなおリョウは戦闘好きだと思う幻想郷の住人はなにかと多い。

 大体にして幻想入りから一月でそれなりに戦う技能を叩き込んでスペルカードルールで戦いだすような輩だ。

 

「そのつもりは無いんだけどなぁ」

「ま、自分で思っていても、よ」

 

 そう良いながら幽香がそっとお猪口に口付けて飲む。

 

「たまに鬼とかからもやらないかって言われてるしね」

「店長すごいわね」

 

 文が余計なことを言うと、鮭とばを囓っていたリョウは顔をしかめて文を指差す。

 

「やらねぇよ、こいつはネタになるからやれとか言うけどさすがに死ぬ」

「じゃあ大怪我したとき用に私が見ていてあげましょうか?」

「永琳さん!?」

「おーお膳立ては整いましたね! 萃香さん勇儀さん!」

「ばかッ! 呼ぶなッ……鬼ッ!!」

 

 そんな鬼気迫る表情のリョウを見て、ケラケラ笑う文に拳を振るいたい気持ちになるも膝上の大妖怪を落とすわけにもいかず我慢ぜざるを得ない。

 遠くの鬼が文の声に気づいたのか目が合うので、リョウはなんでもないと言わんばかりに首を振ると、小首を傾げて元の話し相手と会話を再開。

 

「ふぅ、ビビらせやがって」

「ちっ」

「舌打ちすんな! お前が鬼か!」

 

 そんなやりとりをしていると、リョウの膝の上の大妖精がもぞもぞと動くので、五月蝿くしすぎたかとリョウはバツの悪い表情を浮かべる。

 すると、幽香がそっと移動して大妖精の頭を持ち上げつつリョウをどかして自身が代わりに座った。

 

「ん、良いんですか?」

「チルノの方、行ってあげなさい」

「……それじゃお言葉に甘えて?」

 

 そう言って立ちあがり、リョウが背を伸ばしつつ手に持った酒を飲み干す。

 チルノの方へと向かおうとするが、服の裾が引かれてそちらを見れば幽香。

 

「ん?」

「今度は貴方も来なさい。チルノたちと一緒に」

 

 そんな誘いの言葉に、リョウは軽く笑みを浮かべた。

 

「はい」

「……私も殺りあってみたいわ」

「やだよ!」

 

 思わず強めに答える。

 

「あら冷たいのね」

「鬼ぐらい怖い!」

「あたしらがなんだってぇ?」

「関係ねぇ座ってろ!」

 

 立ち上がりそうな鬼たちを座らせて、リョウは新しい酒を注いでから溜め息をつく。

 

「……そのうち」

「約束よ?」

 

 クスリと笑みを浮かべる幽香に少しばかりくらっとくるも、ただの酔いだろうと心の中で納得させつつその場を離れてチルノたちの方へと向かう。

 当然のように文も一緒なのだが、突如目の前に現れる二人を見て立ち止まった。

 

「八雲紫に、藍……」

 

 八雲紫とこの従者、式神の八雲藍。

 訝しげな表情を浮かべる藍に苦笑で返して、リョウは隣で少しばかり目を鋭くする文の肩に手を置いてなだめると、紫の方に視線を向ける。

 

「さっきぶりだけど、人気者ね」

「チルノさんか?」

「貴方も、よ」

 

 そう言って柔らかに笑む彼女に、リョウは後頭部を掻きながら視線を逸らして文の方を見た。

 仕事柄、こういう時“人気者になりにくい”傾向にある文を見ていると、自分はそこそこ話しかけられる方かもしれないが、それでも引っ張りだこの霊夢たちを見ているとやはりそういう感じでもないように思える。

 もう一度紫の方に視線を向けるが、彼女はチルノに視線を向けていた。

 

「……本当に、チルノは凄いわね」

「今更ですか? 貴女は知ってるでしょう。知ってて“あんなこと”をしたっ……!」

「文ァ」

 

 ドスの効いたリョウの声に止まる文は、バツが悪い表情でそっぽを向いてリョウの背を軽く押す。

 珍しくそんな文を見るので、リョウの方もさっさと切り上げようと紫の方に視線を向けると、彼女も意図を理解したのか頷く。

 

「チルノに抱きついてよしよししてあげたい気分だけど、鴉や狂犬が怖いからやめときましょうか」

「鴉はともかく狂犬って俺じゃないよな? 椛さん?」

「どう考えても貴方でしょうに」

 

 今日はじめて聞いた藍の言葉に苦い顔をして、リョウは文に押されて歩き出す。

 すれ違う間際に、紫がリョウを見てなにかを言おうとするが、すぐにやめて別方向へと足を進める。

 

 歩く紫が、リョウが元々いた場所に移動して座った。

 幽香と永琳と紫、大妖怪三人が揃い踏みで、妹紅が場違いな感覚を覚えるも、特に退くこともなく酒を飲む。

 紫が、鬼に囲まれている数少ないお気に入り(霊夢)を見やるも、すぐに視線を目の前の面々に向けて笑みを浮かべた。

 永琳が紫と藍にお猪口を渡して、妹紅が雑に注ぐ。

 

「あら、そんな感じでリョウの店で働けてるの?」

「仕事は仕事だよ……今度来ればいい」

「機会があれば、ね」

 

 そう言って苦笑する紫に、幽香は軽く笑いながら乾杯をする。

 続いて妹紅と永琳も紫、藍と乾杯。

 全員がお猪口に口をつけてから、最初に口を開いたのは意外にも幽香だった。

 

「今度一緒に行ってあげましょうか?」

 

 そんな幽香の言葉に、紫は苦笑を浮かべる。

 

「……いいわよ、子供じゃないんだから」

「あらそう、藍は?」

「私は、その……嫌いでは、ないんだが」

 

 言い淀む藍に今度は永琳が苦笑。

 たった一年の間の、色々な事情に翻弄される数千年を生きる大妖怪たちが思い浮かべる“モノ”は満場一致。

 

 ―――人と鴉、そして氷の結晶。

 

 苦々しい表情を浮かべる妹紅の肩を、永琳が軽く叩く。

 

「弾幕ごっこでもして気分晴らせば?」

「冗談、荒事は当分うんざりだ」

 

 永琳がチルノの方にいる蓬莱山輝夜を指差すが、一時は日課とすらなっていた仇敵との戦いでさえも億劫になる気分で、そんな妹紅を見て幽香が笑う。

 先ほどまでの表情が一転、紫もおかしそうに笑い藍も安堵した表情を見せた。

 

 

 

 一方、リョウと文はチルノの元へとやって来たのだが……。

 

「あっ、リョウに文!」

「あらお二人とも、お元気そうでなによりです」

 

 前にいるチルノは“聖白蓮”の膝の上に座っており、後頭部をその豊満な胸に預けていた。

 無言のリョウと文に、聖は微笑を浮かべて軽く手を振る。

 さらに西行寺幽々子もその場にはいて、チルノの頬をぷにぷにと押してくすぐったそうにするチルノとじゃれていた。

 聖の隣にいた寅丸星が、いつまでも無言の二人に首を傾げる。

 二人の(豊満ボディの)美女に可愛がられるチルノを見て、リョウは顔を押さえて上空を見上げた。

 

「俺はチルノさんになりたい」

「究極の愛ですね」

 

 星はゴミを見るような目で二人を見た。

 

 

 




あとがき

思ったより長くなって宴会2話になりそう
そしてシリアスが続けられない
まぁ徐々に色々わかってくるはず

それでは次回お楽しみにー


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第19話『終息』

 あれから改めて、リョウと文は座って酒を飲んでいた。

 チルノは聖白蓮の膝から既に降りており、幽々子もチルノを弄るのはやめたようで、魂魄妖夢に酒を注いでもらいつつ団子を食べている。

 そんな幽々子を横目で見つつ、リョウは“湖で上がったエイ”のエイヒレを齧り、飲む。

 

「よく団子で酒が飲めますね」

「んー?」

 

 幽々子が団子を頬張りながら首をかしげる。

 

「くっ、かわいい」

「ありがとぉ」

 

 自身の言葉にニコッと笑う幽々子にリョウはついつい、押し倒しちゃっても良いぐらい好感度溜まったかな? とも思ったが従者が刀を抜きかねないので思い留まる。

 息をついて落ち着くと、聖と目が合う。

 

「ど、どうしました?」

 

 なんだが邪な気を感じたとか言われては事実故に否定もしにくい。

 そもそもリョウはそういう方向に関して人畜無害と思われがちではあるのだが、普通に性欲もあるしおっぱいが好きだ。

 ちなみに性癖は一般的だと―――本人は自負。

 

「一人で天狗に勝ったと聞きました」

「ああ、そっち」

「そっち?」

「いやなんでも!」

 

 危うく自分からボロを出すところだったが、どうにかなった。

 聖の隣の星はなんとなく察しているのかジト目でリョウを見ていたが、とりあえずセーフと判断して一つ咳払いをするリョウ。

 

「能力も“発動してた”んで正直まっとうな死合いとは言えないっすけど」

「その能力を含めての貴方でしょう?」

「そう、ですかね」

「ええ、それに立派なことを成し遂げました」

 

 笑顔を向けてくる聖に眩しさを感じて目を反らすのは先ほどまで邪な想像をしていたせい、だけではないだろう。

 話を変えようと、リョウは再び咳払いをするのだが、先に口を開くのは聖の方だった。

 

「リョウさん、今度お手合わせ……どうですか?」

「……へ?」

「マジですか鬼とかち合うってのもおもしろそうだったけどやりましょうよリョウ」

「おい」

 

 楽しそうに笑う文を睨んでから聖の方に目を向けるが、決して他意はない純粋な眼を向けられている。

 チルノは楽しみと言わんばかり、星は口を半開きにして驚いているし、幽々子と妖夢も興味ありげ。

 そして聖に再び目線を向けて感じるのは純粋さ。まぁ確かに純粋は純粋なのだが……。

 

(純粋な格闘家……)

「どうしました?」

「ああいや、なんで俺なんて?」

「んー、自分を過小に評価しすぎるのもよくはありませんよ?」

「そのつもりは、ないんですけど」

 

 聖白蓮はリョウと同じく本気の戦いは“ガチ”なタイプである。

 スペルカードルール自体に適応して、その強さもかなりのものだが本気は別で、実際にはリョウが同じタイプと言うには“烏滸がましい”ほどに強い。

 鬼たちも聖も、なぜ自分なんかとやりあいたがるかわからなかった。

 

「ねぇリョウ!」

「え、チルノさん?」

「あたいは知ってるよ! リョウは凄いって!」

 

 満面の、そんな笑みを見せられて、リョウとてさすがにこれ以上は遠慮し続けることもできない。

 そもそもリョウとて仕合自体が嫌いなわけでもなく、聖のような強者相手ならば気持ちが昂らないでもないのだ。

 聖の方を向いて頷くと、嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それじゃあその、今度?」

「はい、盛大にやりましょう」

「文々。新聞も一面に乗せますよ!」

「ちなみになんて書く?」

「もちろん無様に死ぬ人間と」

「死ぬかっ!」

「事実しか書かない射命丸です!」

「なおたち悪いわ!」

 

 リョウと文が取っ組み合いを始めそうな勢いで睨み合うので、妖夢が止めようか悩んでいるとそこに新たに一人加わってくる者がいる。

 緑色のチャイナ服を身に纏った“格闘のプロ”がそこに座った。

 

「あ、美鈴さん」

「お疲れ様ですリョウ」

 

 紅魔館の“本気を出さない門番”が笑みを浮かべる。

 

「お師匠登場かぁ」

「いやぁ射命丸さん、私そんな立派なもんじゃありませんって」

 

 ケラケラ笑う門番の“右腕は無くなっていた”のだが、“どうせ生えるので”周囲はそれほど心配する様子はないようである。

 ちなみに先ほどまで咲夜に『あーん』で食べ物をもらっていたのだが、魔理沙にしこたまからかわれて咲夜はその行為を放棄し今では上空で弾幕ごっこ。

 

「美鈴さんも見に来てくださいよ」

「ん、聖さんとリョウの一騎討ち?」

「聞いてたんですか」

「一応ね」

 

 そう言って左手に持ったお猪口から紹興酒を飲む美鈴。

 

「まあ良い機会ですよ。聖さんは私とまた違ったスタイルですからね」

「おー美鈴が言うんだからちょー強いよ!」

「ありがとうございますチルノちゃん」

 

 笑う聖にチルノも笑顔を浮かべた。

 幽々子が少し考える様子を見せて妖夢を見るが、妖夢は『あなたもやる?』という意図を理解し、勢い良く首を左右に振って拒否をアピールする。

 リョウの戦闘スタイルを知っていると相当な実力差がない限り好き好んでやりたいなど思うわけもないし、どうせ主のことだから弾幕なしとか言い出しかねない。

 

「絶対に嫌ですよ、リョウとなんて」

「あらあら、ですってリョウ」

「え、なんで俺は告白もしてないのにふられたの?」

「リョウ、元気出して!」

「だからチルノさん違うって……爆笑すんな文ァ!」

 

 笑い転がる文に怒鳴るリョウ、それを見て笑う周囲の者たちなんていう構図もすっかり見慣れた幻想郷。

 そうしていると、突如背中にドカッと衝撃を感じて振り替える。

 そこには黒い帽子に青い髪。

 面倒そうに視線を反らして美鈴の方を見るが、美鈴はすでに聖たちと話をしている。

 

「なんだよ天子ぃ」

「なんだとはご挨拶ね!」

 

 比那名居天子はドヤ顔でそこに立っており、その後ろには貧乏神こと依神紫苑が浮遊している。

 本来ならば近づく相手と自分を不運にする能力があるもののどうやら天子には効かないらしく最近は常に一緒にいるそうで、ちなみに姉の依神女苑は命蓮寺にいるそうだ。

 

「ワンコとの約束は守ったわよ!」

「約束……ああ、大切な奴は守れって言ったな」

「……えっ、いやまぁ、そうだけど」

「天人さまぁ!」

 

 リョウの言葉に満面の笑みを浮かべる紫苑と、顔を真っ赤にして眼を反らす天子。

 そして座ったままそんな天子を見上げるリョウの肩に文が顎を乗せ、二人の顔は隣同士だが、そんな至近距離でも意識しないのが二人である。

 まったくいつも通りという風に、文が口を開く。

 

「ねえリョウ」

「なんだ」

「天子と紫苑でてんしおん……百合って素晴らしい」

「なに言ってのテメェ」

「百合って良いもんだと思えました」

「そもそもお前ガチレズじゃん」

 

 顔をくっつくまでに近づけつつ、天子と紫苑を見ている二人は真顔。

 

「お馬鹿、レズと百合は違うんですよ。ただ目の前のが百合ということだけはわかります」

 

 わからん、と思うリョウだったが言うと話が長そうなのでやめておいた。

 

「きっと百合はこう、あれなんですよ……友情寄りっていうか解釈次第って言うか」

「お前が気持ち悪いってことだけはわかる」

「心火を燃やして百合応援します」

「燃やしちゃったら百合炎上するな」

 

 結局、口を出そうと出すまいと文の話は続く、そしてリョウはツッコミを我慢できるほどできた人間ではないのである。

 勝手にリョウの手からグラスを取って飲む文。

 

「あ、私百合を肴に酒飲めるタイプです」

「瞬間最大風速吹いてるぞ、悪い意味で」

「いやぁ、まぁ愛してるのはチルノさんオンリーなんですけど」

「真隣の女が百合談義とか俺の人生どこで間違ったかなぁ」

 

 遠いところをみながら呟く。

 

「おいリョウ!」

「ん、にとりさん……」

 

 赤い顔でテンション高めに話しかけてくるのは河童こと河城にとり。

 先ほどまで誰と飲んでいたのかへべれけであり、面倒そうな気配を感じどう逃げようかと思うも状況は最悪。

 真隣のガチレズ、前門の百合、後門の格闘家。

 

「よいしょっと」

(隣に座られてしまったぜ……)

 

 文とは逆方向の隣に座るにとり。

 つまりは逃げ場なし。

 

「でさーあの照明弾って意味あったのかい?」

「まぁあったよ、タイミングを見計らうには……おかげで状況を動かせ」

「飲んでる?」

「話の最中にそれ聞くか? しかも自分からふっといて」

 

 リョウは顔をしかめて酔っぱらい(にとり)の方を見るがケラケラ笑うのみでまともな反応は帰ってこず、そっとチルノの方を見れば相変わらず聖と幽々子と美鈴と共にいるのだが、さらにそこにパチュリーと小悪魔が投入されていた。

 ますます羨ましくなる。

 

「おーい聞いてるのかよ盟友ぅー」

「おっぱい当たるからやめて」

 

 にとりが自身より高いリョウの肩に腕を回して寄りかかっていると、酔いが回ってきたのかそのまま口に出してしまったリョウ。

 顔をしかめつつにとりの方に視線を向ける。

 

「ん~お姉さんのおっぱいが気になるかぁ、男の子だね~」

「男の子ってかちゃんと男っすよ。二十歳越えてりゃそら」

「全然子供じゃん!」

 

 ゲラゲラ笑うにとりに、それは妖怪にとってはそうだろうと思いつつ、リョウはグラスを傾けて酒を飲む。

 

「てか文はなにやってんの?」

「あややにとりさん、この清く正しい射命丸、百合の良さに目覚めまして! てんしおんを肴に酒を嗜んでます!」

「いつもの文だ」

 

 共通認識というやつである。

 

「ところでリョウ、照明弾と手間賃の分、今度奢ってくれるんでしょ?」

「わかってるよ。店来たときはサービスする」

「おー!」

 

 そう言うとにとりは感嘆の声を上げてニコニコしながらリョウにさらに体重をかけるので、リョウの腕にのしかかる心地良い感触。

 ついつい好きになりそうなので、話を変えようと思ったが目の前の天子が座ってリョウのことを見ていた。

 

「……わかってる、奢るよ」

「やった! あんたの作る御飯おいしいのよね!」

「お褒めに預かり光栄ですよ天人様」

「紫苑の分もね?」

「二人まとめて構わないよ」

 

 その言葉に嬉しそうに笑う紫苑。

 そんな紫苑を見て笑みを浮かべる天子が、そっと顔をリョウに近づけて小声で言う。

 

「ありがとね、紫苑もあんたのケーキとか気に入ってるから」

「そりゃなにより」

 

 ふっと笑って軽く天子の頭を帽子の上から撫でると、満足げに笑みを浮かべてすぐ立ち上がる天子。

 

「今度やりあいましょ、またね!」

「期待してるねー」

 

 去っていく二人を見送ると、リョウはグラスを傾けにとりの方に話を戻そうとするが、反対方向から視線を感じる。

 そちらに視線だけ向けると、そこには文。

 唇すら触れ合いそうな距離、その距離で文はリョウを“睨んでいた”。

 

「……なんだよ」

「百合の間に入るとは、死刑ですよガイア」

「誰がガイアだ」

 

 片手で文の顔を押し退けると、隣で既に“眠っている”にとりをそっと横にしてから立ちあがり、背を伸ばしてグラスに新たにウイスキーを入れる。

 それに気づいたチルノも立ち上がった。

 

「少し涼んでくるけど、チルノさんも来る?」

「うんっ! あたいがいれば最高に涼めるでしょ!」

 

 違いない、と笑うと聖たちに軽く会釈して歩き出すリョウに着いていくチルノ。

 そしてそんなチルノに着いていく文。

 三人を見送って、面々は笑みを浮かべつつ酒を飲む。

 

 リョウたちは、未だけたたましい境内から離れて霊夢の住居の方へと移動し縁側に座る。

 リョウ、チルノ、文の三人で夜空の月を見上げつつ酒を飲む。

 そこで最初に口を開くのは、文だった。

 

「なんでわざわざ離れたんです?」

「なんとなく」

「かっこつけたと」

「なんでそうなる」

「リョウはなにもしなくてもかっこいいよ!」

「うちのチルノさんが良い子すぎる」

 

 呟き、酒を飲む。

 チルノも弱い酒をチビチビと飲んでおり、文は強めの酒をリョウと似たようなペースで飲み進めており、縁側に三人で雑談しつつ、落ち着いてゆっくりと過ごす。

 そんななんでもないような中、チルノがグラスの中を飲み終えて横になる。

 

「えへへっ今回、あたい大活躍だったわね!」

「ほんとさすがチルノさんです!」

 

 チルノの言葉に同意して笑みを浮かべる文。

 

「これもリョウのおかげだね」

「俺はなんもしてないですよ。チルノさんが頑張ったから」

「リョウも頑張ったよ。あたい、みんなに褒められたけどリョウだって褒められたでしょ?」

「……まぁ」

 

 気恥ずかしくなり、顔をそらす。

 

「みんな知ってるよ、リョウが頑張ったって……だからみんなリョウが大好きだよ」

「そう、ですか……?」

「うん!」

 

 ニコッ、と笑うチルノに自身を過小評価しがちと言われたリョウは、素直に彼女の言葉を信じてみようと頷いて笑った。

 風が吹いて、彼の黒い髪が揺れる。

 

「文ぁ」

「ん、どうしましたチルノさん」

「文もがんばったね、えらいよ」

 

 そんな言葉に、息を飲む文。

 少しの沈黙の後にチルノの方を見ずに文は口を開く。

 

「結婚しましょう」

「なに言ってんのテメェ」

「別にリョウは関係ないんだから黙ってて」

「大いにあるわ」

 

 そう言ってリョウは普段ならば『誰と誰が結婚するの?』とか聞きそうなチルノが無言なのに気付き、文と同時にチルノを見る。

 静かな意味を理解し、二人して笑う。

 

「チルノさん、そっちの座敷に運ぶわ……」

 

 そう言って縁側から足を投げ出して眠るチルノを抱き上げると座敷に移動させ寝かせると、近くにあった“霊夢の昼寝用のタオルケット”をチルノにかけた。

 文の方に戻ると、文が先程のチルノと同じように横になっていたのだが、目が合う。

 

「私も眠いから連れてって」

「ほう……」

 

 手を出す文の片手を掴んで―――引き摺る。

 

「痛い痛い痛い羽折れる!」

「折れろ、いっそ」

「ひどいっ」

 

 手を離すと、文はのそのそと這ってチルノの隣に移動するのでリョウはグラス片手に、文とは反対のチルノの隣に座る。

 文が思いの外すぐに眠るが、酔いつぶれて博麗神社に泊まる者は少なくないので別に構わないだろうと、リョウは納得して頷くとチルノの頬を撫でた。

 

「……ありがとな、チルノ」

 

 グラスを傾けて琥珀色のウイスキーを流し込み、リョウは息をついた。

 

 

 

 宴会が落ち着き、神社の主こと博麗霊夢は酔っぱらいそこらで寝ている連中を起きている連中に適当に押し付け、持ち帰ってもらい、持って帰ってもらってない連中を適当に運ぶ。

 そこでいつの間にやら消えていたリョウたちが気になる。

 

「……あっちか」

 

 自宅の方へと歩いていき、靴が置いてある所を見て縁側へ上がり襖を開けると思わず笑みが零れる。

 酔い潰れているのかと思ったが、安らかに眠る三人がそこにはいた。

 チルノを真ん中にリョウと文も、三人で一枚のタオルケットを使って眠っており、その姿は微笑ましいと表現する他なく、柄にもなくそんなことで笑いつつ掛け布団を押し入れから出して三人にかける。

 

「おやすみ」

 

 そう言って“親子のようにも兄妹のようにも見える”三人に微笑みかけそっと立ち去ろうとするも、縁側に立つ女性を見て苦笑を浮かべ襖も閉めずに去っていく。

 そして残された女性こと八雲紫は、三人を見て笑みを浮かべ頷くと、そっと襖を閉じた。

 

 

 ―――おやすみなさい。

 

 

 こうして、“タタリ異変”は終了を迎えた。

 

 




あとがき

これにてタタリ編終了!
急ぎすぎて雑になってなきゃ良いけども(メソラシ

なんとかここまで漕ぎ着けたんで次回からは日常編
伏線ばらまきつつ、ギャグパートとか入れつつ
チルノさん伝説はまだ終わらない

それでは次からもお楽しみにー


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第4章【再び、いつもの幻想郷】
第20話『ラブコメと喫茶店』


 ―――忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 

 幻想郷中を巻き込んだあの大事件、タタリ異変から一週間が経った。

 いつもなら異変の一つや二つ、そこまで引きずらない幻想郷の住人たちが未だに話題にするのだからよっぽどな事件だったことが伺える。

 

 さらに翌日や翌々日にバラ撒かれた新聞に“氷精大活躍!”と書かれているのだからさらに興味は尽きない。

 そもそも“件の妖精”は割りと異変解決の立役者をしたりしているのだが、今回は人々の目の前だったというのが中々印象的だったのだろう。

 

 結果、氷精チルノの保護者たる人間(リョウ)喫茶店(レインメーカー)は中々な恩恵を得たりもした。

 元々、魑魅魍魎が跋扈する人気のカフェではあったのだが、チルノちゃんファンというものが増えたおかげでさらに客が増えることとなり、リョウと妹紅の二人はここ数日は忙しなくしていた。

 バイトを一人増やそうか悩んだほどだ。

 

 しかして、大体一週間もすればそれなりに皆、理解はする。

 基本的に“レインメーカーにチルノはいない”ということを、そして少し余裕があった今日のピークを切り抜けて、リョウはコーヒーを飲む。

 ホールスタッフをしていた妹紅も上がってカウンター席に座りコーヒーを飲んでいる。

 

「店長って呼ぶのもすっかり慣れたなぁ」

「人間は慣れの生き物だからね」

「人間ねぇ」

「ほぼ人間でしょ」

 

 そんなリョウの言葉に素直に笑みを浮かべる妹紅。

 

「そういえば、最近チルノどう?」

「どうもなにも、お菓子とかもらってくることが多いみたいですよ。もうみんな可愛くて仕方ないみたいで猫可愛がりだし」

「店長と文に時代が追い付いたか」

「……俺、そんな猫可愛がりしてる?」

 

 頷く妹紅に、リョウは顔をしかめながら笑いつつコーヒーを飲んでそっと手元にある本に目を向けた。

 そのやけに分厚い本を、そっと下の棚に入れるとリョウは誰かが入ってくることに気づく。

 カラン、と音が鳴って開かれた扉の前にいたのは、気怠げな表情を浮かべた一人の少女。

 

「いらっしゃい小町」

「ん、いらっしゃったよ」

 

 欠伸をしながら、赤いツインテールを揺らして妹紅の隣に座る小野塚小町は、手に持っていた大鎌をバランスに気を遣いながら立て掛ける。

 

「鎌ぐらい置いてくりゃ良いのに」

「あたいの死神としてのアイデンティティーってもんがね」

「あったんだそんなの」

「ってことで映姫様には黙ってて」

 

 つまりはそういうことだ。怒られるようなことをしている。

 

「仕事サボってる」

「個性死んでるなぁ」

「うっさいコーヒーだコーヒー」

「かしこまりました」

 

 すねるようにそういう小町に笑みを浮かべて、リョウは素早くコーヒーを出す準備に取り掛かった。

 最初こそ軽い雑談をしていた妹紅と小町だが、少しするとなにかを見つけたようで、小町は近くにあったそれに手を伸ばす。

 

「へぇ、死神が新聞なんて読むんだ」

 

 そんな妹紅の言葉にうなずきながら、手に持った新聞を開いた。

 

「そこにあったからね……てかなにこれ、チルノじゃん」

「参加したでしょタタリ異変」

「ん~したけどあたいは地獄だったしなぁ、宴会は参加したけど……里でこんなことになってるとは」

 

 感慨深そうにつぶやく小町の前に、コーヒーが差し出される。

 その新聞を置いていた店の主に視線をやりつつ、コーヒーを一口飲んでうなずく小町。

 前来た時と変わらぬ味、それで十分である。

 

「小町さん、空前のチルノさんブームですよ」

「時代がリョウと射命丸に追いついたか」

「同じこと言う!」

「ほらな?」

 

 妹紅がケラケラ笑い、リョウが頭を抱え、小町は小首をかしげた。

 

「にしても、チルノブームって……いたずら妖精だったのにねぇ」

「店長の子育ての結果だね」

「子育てって、チルノさんはそういうんじゃないから」

 

 その言葉には、どこか重みと深みがある。

 見ていた小町が、驚いた表情をうかべた。

 

「……え、なにその感じは?」

「え、なにが?」

「う~ん……距離がエグい、距離感が」

「いつも通りの店長でしょ、チルノに憧れてるっていうの?」

「妹紅さん」

 

 突如、名前を呼ばれて妹紅はリョウの方を見る。

 やけに深刻そうな表情で、うなずく彼が口を開く。

 

「憧れは理解から最も遠い感情だよ……」

「……で、誰の受け売り?」

「漫画」

 

 その言葉に、妹紅と小町、そしてリョウが同時に吹き出した。

 

「あはははっ、なにそれかっこいい!」

「あたいも使いてー!」

「やっぱ師匠は間違ってなかったんだな……!」

 

 ここ一番で妙にツボに入ったのか小町と妹紅がテーブルを叩きながら笑うので、妙にしてやった感を出すリョウ。

 ついでに、そんな三人をよそに……カウンター席にははたてがいた。

 記事とにらめっこしていたのだが、ようやく顔を上げて息をつく。

 

「ふぃ~」

「ん、終わったか?」

「うん、やっぱここが一番調子いい……って死神いるじゃない。お迎え?」

「いやまだ死ぬつもりないから!」

 

 そんな言葉にツボに入りっぱなしの小町がさらに笑う。

 

「それじゃあたしのお迎え?」

「いや妹紅さんが言うと重いんですけど!」

「誰が蓬莱人連れてけんだよっ!」

 

 小町が呼吸困難になっていた。

 

「ひぃっ! しぬっ! 死神に死神きちゃうっ……!」

 

 自分で言ってさらに笑っている。

 

「ここまで笑ってると逆にこっちが引くなぁ」

「店長に同意」

「待って私置いてきっぱなし?」

 

 そう言って首をかしげるはたてに笑いかけると、そっと追加のコーヒーを差し出す。

 チルノを記事にしてもらっている礼もかねたサービスなのだが、それを理解してかはたては『ありがと』とだけ言って差し出されたコーヒーを飲む。

 ようやく落ち着いたのか、小町がはたての方を向く

 

「ふぅ、ふぅ、ていうか、はたてっていつもここいるねぇ」

「なに、店長のこと好きなの?」

「モテる男は困るなぁ」

 

 そんなノリに合わせて、リョウは笑ってそう言いはたての方を向くのだが……無言。

 固まるリョウ、ついでに妹紅もあれ? と小首を傾げて、小町が少しばかり目を輝かせていた。

 

 

「……っ! 何言ってんの!? なぁんで私がこいつ!?」

「すっげぇツンデレのテンプレ! はじめてみた!」

「おい小町さんそれ以上余計なこと言うな!」

 

 真っ赤になって立ち上がるはたてに、テンションが上がる小町、そして場が乱れるので一旦落ち着かせるためにリョウが小町を止めようとするが、素が出て焦る。

 はたては最初に頼んだランチ代を叩きつけるようにカウンターに置くとダッシュで店を出ていく。

 沈黙のリョウ、楽しそうな小町、困惑する妹紅。

 

「え、店長……そういう感じ?」

「いやはたての場合、相手が誰でもこの感じで出てくと思うぞ……数千年単位の初心だし」

「そうかなぁ……」

「そうだよ」

 

 そう言ったリョウだが、突如扉が開き―――はたてが戻ってきた。

 

「わわわ、忘れ物よ!」

 

 真っ赤な顔のまま、元座っていた席に近寄り忘れ物だった“カバンと記事一式”を持つ。

 そのままギコギコ音が鳴りそうなほどのぎこちなさで歩いて、扉を開いて外に行くのだが、顔だけを中にのぞかせた。

 

「ま、また明日……」

 

 そう言うと今度こそ扉が閉められて、扉につけられたベルの音だけが店内に響く。

 息をついて頭を抱えるリョウ。

 

「よかったぁ、余計な奴が見てなくて……」

「はたてといい感じなる? まさかのはたてと!?」

「なんで小町さんテンション上がってんっすか、そんな恋愛脳だっけ?」

「いやぁ~良いじゃん良いじゃん!」

 

 なぜか嬉しそうに、腕を組んでうなずいている。

 

「そういう感じじゃないって……てか、俺も」

「店長はもうちょっと胸大きい方が好みだよね」

「そうそう……って妹紅さん!?」

 

 突如とした爆弾の投擲に妹紅がボンバーマンに見えてきた。

 

「って射命丸が」

「あのクソガラス……」

「へぇ~そうなんだぁ、へぇ~?」

 

 相も変わらず清く正しい射命丸に殺意を燃やすリョウを前に、にやにやしながら小町が胸の下で組んでいた腕を軽く持ち上げる。

 もれなく豊満な胸が揺れるのでもれなくリョウの視線は釘づけであった。

 

「めっちゃ見るじゃん」

「そんなことされて見ない男がいるか!?」

「ロリコン」

「良かった俺ロリコンじゃねぇ!」

 

 良いのか悪いのかわからないが、おそらく色々考えた結果ロリコンではないほうが良いだろう。

 

「フッ、話は聞かせてもらいました」

「あ、射命丸じゃん」

 

 射命丸文が、バックヤードから繋がる通路の入り口で腕を組んで壁にもたれ立っている。

 

「わざわざ裏口から入ってきたのかコイツ」

「テメェこのクソガラス焼き鳥にしてやらぁ!」

「店長チンピラ出ちゃってる!」

 

 妹紅の言葉に、咳払い。

 今更そんなことしても幻想郷の大抵の人間は、リョウは口が悪くなるということぐらい知っているのだが……。

 先に口を開くのは、文だった。

 

「……はたてとラブコメするんですか?」

「結構前から聞いてんなァ!?」

 

 あちゃーと顔を覆う妹紅。やはりそう簡単に人は変われないのである。

 

「ラブコメするんですね!? すると言いなさい! そして同棲して私とチルノさんの愛の巣から出てきなさい!」

「そんなもんはねぇよ!」

「はたてをその気にさせなくては!」

「その気ねぇってわかってんなら放っとけ色ボケガラス!」

 

 二人のいつもの喧嘩が始まったので、妹紅はそっとコーヒーを飲む。

 言い合いをBGMに静かに息をついてうなずく。

 

「え、なにその落着きよう」

「なんか店長としょっちゅういるから、落ち着くのよね。この感じ」

「ついてけない距離感だね」

 

 そう言って小町もコーヒーを一口。

 

「いいじゃないですかはたて! 私よりもおっぱいないけど! リョウの好みはもっと巨乳だけど!」

 

 自らの胸を持ち上げつつ言う文に、リョウは憤慨した。

 

「余計なこと言うんじゃねぇよ変態!」

「ともかく早く私にチルノさんと同棲する環境を! そのためにリョウははたてとこのままラブコメ!」

「一生ねぇよ!」

「フッ、話は聞かせてもらいました」

「大ちゃん!?」

 

 いつの間にか扉を開いて、大妖精が立っていた。しかも文の登場時と同じポーズだ。

 最近、大妖精が文に似てきた気がする。言えば自害するので誰も言わないが……。

 

「ラブコメするんですか? はたてさんと?」

(めっちゃロリコンドマゾガラスと同じこと言うじゃん……)

 

 それでも決して口にしてはいけないのだ。

 

「じゃあ私はチルノちゃんとラブコメします!」

「大ちゃんさん!?」

 

 大妖精は暴走状態だった。よくあることである。

 しかしてリョウには大妖精の暴走を止める実力はないので、妹紅と小町の方を見るが二人して視線をそらしてくれやがったので、リョウは毒を持って毒を制するために文を見た。

 

「大妖精さん、やはり私の最大の敵はあなたですかっ」

「前までの私とは違いますよ……」

 

 不敵に笑う大妖精と、顔をしかめる文。

 まぁ弾幕勝負であれはどう考えても大妖精に勝ち目はないのだが、ゴールがチルノであれば話も変わるだろう。

 突如ラブコメしたいと言ってた奴らがバトルものの雰囲気を出し始めたので、少しばかり楽しそうにする小町。

 

「表でやれ」

 

 珍しく大妖精と文の弾幕勝負が見れるのかと、少しばかり心が躍っているリョウ―――だったのだが、それは突如中止となる。

 扉が開かれ、ベルの音が店内に響く。

 そちらに視線を向ければ、意外な人物。

 

「こんにちはリョウさん」

「ミスティア、いらっしゃい」

 

 入ってきたのはミスティア・ローレライ。

 それに次いで、ルーミア、リグル、チルノも入ってくる。

 

「チルノさん! 珍しいですねこんなところに!」

「こんなところで悪かったな止まれ変質者!」

 

 今にも飛んでいきそうな文の翼をあらかじめつかんでおくリョウ。

 まぁ本気を出されればもれなく吹っ飛ぶのはリョウなのだが、こうしておけば文の方も自制が効くのである。本気でつかんでいないと今にも飛びかかりそうな力ではあるが……。

 しかしまぁ、チルノが来ることは大妖精がここに現れた時点で察しはしていた。

 

「遊びに行くって言ってませんでした?」

「んー終わったー」

 

 そう言いながらテーブル席の椅子に腰かけるルーミアと、その隣にリグル。

 リグルはリョウが文の翼を掴んでいることからなんとなく状況を理解し苦笑、さらに大妖精の目がギラギラしているのでなんらかのチルノ談義があったと理解する。

 ちなみにルーミアは小首をかしげていた。

 

「ジュース出すからチルノさんとミスティアも座ってください」

「んー」

「ありがとうリョウさん」

 

 座ろうとするチルノとミスティアだったのだが刹那、タイミング悪くリョウが文の翼から手を放してしまい、文が勢いよく天井にぶつかり、ミスティアの前に落ちる。

 驚いたミスティアが後ろにのけぞり、そのまま背中から倒れそうになるも―――。

 

「っ!!?」

 

 全員が動こうとするも、真っ先に動いたのは超近距離にいた―――チルノだった。

 

 咄嗟のことに飛べないミスティアの手を掴んで、もう片手をその背に回す。

 ミスティアの身体は床とほぼ垂直、チルノが手を離せばそのまま後頭部を床に打ち付けるところだったが、結果としてはその背中と腕を掴んだチルノがミスティアを支えるという、ダンスのフィニッシュかのような体勢になっている。

 超至近距離にある凛々しい表情のチルノ。

 

「大丈夫、ミスチー?」

「~~~ッ!!?」

 

 瞬時に、真っ赤になるミスティアの顔。

 そして倒れていた文が腕をチルノに伸ばして叫ぶ。

 

「ばかなぁぁぁ!」

「イムホテップみたいになってんな」

「誰だいそれ」

「気にしないで」

 

 そっと、チルノがミスティアを起き上がらせて軽くその身体を見てうなずく。

 

「怪我無くて、よかったのよさ」

「はぅっ……う、ぅんっ」

 

 真っ赤な顔のままうなずくミスティア。

 妙に優しく笑うチルノに動機がおさえられないというように、胸に手を当てつつそのまま椅子に座るが、隣に座るのはチルノである。

 赤い顔のまま、チルノから視線を外してミスティアはそわそわとしだす。

 

「これはあれだなぁ……」

「店長、どうするの?」

「どうするもこうするもなぁ、さすがチルノさんだ」

「あ、こいつもダメらしい」

「知ってた」

 

 なぜだか自慢げにうなずくリョウに、諦めたような表情を浮かべる妹紅。

 彼は文や大妖精とはまた違った目線の持ち主であるからそういう意味での心配はないのだが、妙にチルノを敬愛しているのでそこが気になるところではある。

 まぁ妹紅も小町もその理由を知ってはいるので、おかしいとも思わないのだが……。

 

「そういえば大ちゃんいいの?」

「どうしようリョウさん……私、この歳にして友達が同じ人を好きになるとかいうラブコメ展開」

 

 ラブコメできて良かったね! そもそも何千歳よ大ちゃん。とは思っても言わない。

 リョウは自身を良識ある大人である―――と自負している。

 

「まぁなにはともあれ……はい、ジュース」

 

 とりあえず五つ、(暫定)子供たちに飲み物を出した。

 大妖精もチルノの隣に座るが、異様に近い気がする。いやいつも通りかもしれないと思いつつも、やはりミスティアの影響かと深く考えつつ、リョウはカウンターへと戻る。

 道中なにかを踏んだ。

 

「ぐえっ」

「ん、なにか踏んだか?」

「烏天狗だよ」

 

 小町の言葉に、少し考える表情を浮かべながらカウンターの方へと戻りコーヒーを一口飲む。

 

「ならいいや」

「こ、このクソもやしぃ……」

「なんだ負け犬」

 

 声にならない声を上げて呻く射命丸文。

 

「ほんとリョウさんと射命丸さんって仲良しですね」

 

 文は笑って言うリグルへと近づいて、その肩にポンと手を置く。

 

「リグルさん……殺虫剤、おごりましょうか?」

「この人こわい! こわいこの人!」

 

 涙目になるリグルを見かねたリョウが文にグラスを放り投げるが、当然のようにそれをキャッチする。

 

「黙って座れ負け犬」

「烏です!」

「そっちなんだ……」

 

 苦笑するミスティアは、先ほどよりは冷静さを取り戻したようだった。

 何かを考えるかのような表情のチルノ、そしてそんなチルノを惚けた顔でながめる大妖精。

 

「文、負け犬なの?」

「はうっ! チルノさん、感じてしまいます」

「座れってんだろ負け犬ドマゾガラス!」

「うるせーんですよ脳筋クソもやし!」

 

 罵声飛び交うその店内で、妹紅は安心するような表情でコーヒーをすすった。

 そしてそんな妹紅を見て小町は苦々しい表情を浮かべる。

 

「……あんたも結構異常だよね」

「え゛っ!」

 

 




あとがき


気づけば数年
まぁこっからはね。頑張るよ!

応援よろしくお願いしまーす!


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第21話『チルコンと婚活』

 忘れられた者たちの楽園、幻想郷―――3月も末。そろそろ衣替えを考える季節である。

 

 

 

「その綺麗な顔ぶっとばしますよ脳筋腰巾着ゥ!」

「羽全部むしってやらぁ音速クソガラス!」

 

 朝―――霧の湖から少し離れた場所にある一軒家から、相も変わらず男と女の声が響いた。

 

 近場を通る妖怪やら妖精は一瞬ビクッと震えるものの、すぐに誰と誰かを理解して苦笑しながら通り過ぎていく。

 そしてそんな一軒家から、出てくるのは家主である少女―――チルノである。

 

「やれやれ、相変わらず仲良いわね」

 

 わかっているように肩を竦めるものの、あの二人が聞けば即座に否定するだろう。

 

「今日はどーしよーかしら」

 

 呟きながら歩き出すチルノ。

 今日は寺子屋も遊ぶ予定もなく、まだあのタタリ異変から1月も経っていない現状では人里に行けば誰かしらが構ってくるだろうけれどわざわざ行ってもやることもなかった。

 こんなことならもうちょっと家にいても良かったがそろそろ二人とも仕事の時間だ。

 

「ん~」

「あ、チルノちゃーん」

「大ちゃん!」

 

 走ってきたのは親友、大妖精。

 軽く手を上げ応えて立ち止まると、大妖精が隣に立つ。

 

「今日もかっこいいねチルノちゃん!」

「知ってる。あたいったらまたさいきょーに近づいたわね」

 

 不敵に笑うチルノに、大妖精が瞳の中にハートすら浮かべる。なんなら見る人が見ればハートが出ている錯覚さえ覚えるレベルにベタ惚れだった。

 チルノ相手にここまで倒錯的な恋愛感なのは大妖精と射命丸文ぐらいのものなのだが、一緒にすると大妖精は血涙を流しながら舌を噛み切ることだろう。

 

 夜雀ことミスティア・ローレライも数日前からチルノに対し態度が変わったとかなんとか聞くが、ここまでではないがそれは劣っているとかそういう話ではない。

 純粋に理性と常識力が勝っていると言うだけの話ではある。

 ごく一般的に大妖精はまとも、ほか四人はバカと言われるチルノチームだが頭のネジが外れてる度でいえばチルノ関係を含めるとぶっちぎりで大妖精。

 有識者であるツインテールの烏天狗はそう言っていた。

 

「今日はどうするの?」

「ん~なにも考えてないのよさ」

 

 肩をすくめて、空を見上げる。

 

「……昨日は幽香のところ行ったし」

「ふっとばされてたね、リョウさん」

 

 哀愁漂う表情で遠くを見る大妖精。

 

「一昨日は白蓮でしょー」

「ふっとばされてたね、リョウさん」

 

 ツゥ、と涙を流す大妖精。

 

「そんじゃ今日は、紅魔館、諏訪子のとこ……さとりのとこでもいいのよさ」

「チルノちゃんはお友達多いからねー」

「一番は大ちゃんだよ?」

「ちるのちゃぁん、しゅきぃ……」

 

 まったく予想だにしない角度からの内角抉る魔球に大妖精がもだえて足をプルプルさせる。

 それにしたってチルノの最近の気遣いは異常なのだが、大妖精にも射命丸文にとってもそれは加点以外のなんでもないので構わないのであった。

 なんだか大妖精が蕩けた顔をしているので、熱かな? とか思いながらチルノは冷気を持った手でその額に触れる。

 

「はひゃぁっ! チルノちゃんの温度ォ!?」

 

 ここまでぶっ壊れた大妖精は珍しいのでチルノは本気で心配になってきた。

 

「大ちゃん、帰って寝る?」

「そそそそ、そんな大胆なっ!?」

 

 むっつり大妖精。ここ一番の幸せを享受して求婚まで考えだしたが、もう足腰ガクガクでどうにもならない。

 故に―――そんな隙でチャンスを逃す。

 

「チルノちゃぁ~ん」

「あ、ミスチー!」

「!!!?」

 

 絶望―――まぁ求婚したところでチルノがその意味をしっかりと理解するかどうかで言えばNO。絶対にありえないのである。

 そもそも求婚したぐらいで許可されるならば、ひどくやらしい射命丸文は100回は婚姻成功している。

 なにはともあれミスティアが合流し、チルノは行先を相談する相手が一人増えて喜んでいた。

 

「どこ行こっか、ミスチー行きたいとこある?」

「うーん……」

 

 とりあえず今の候補を伝える。

 紅魔館、守矢神社、旧地獄、輝針城その他もろもろエトセトラと言ったところだ。

 妖精と妖怪が気軽に行っていい場所ではないような気もするが、チルノと一緒なら大丈夫という安心感もあるので別にどこでも構わないなー、なんてミスティアは考えてチルノの方を見る。

 顎に手を当てて考えている姿を見て、ミスティアは脳内がそんな凛々しい顔をしたチルノのことで一杯になるのを感じた。

 

(あ~かっこいぃチルノちゃん! しゅきしゅきしゅきしゅぎ!)

 

 思考はだいぶやられているが、口にしないだけとても偉い。理性が働いている。

 ちなみに射命丸文に言わせれば、こういう場合はチルノちゃん成分が分泌されているらしい。それを聞いた例の男はとても文字にするのが億劫になるような罵詈雑言で返したそうだ。しかしてそれが正しいだろう。

 

「とりあえず……霊夢のとこでも行くわよ!」

「全然候補に挙がってなかったけどね!」

「チルノちゃん唯我独尊! しゅきぃ!」

 

 結局、チルノの提案ならばなんでも構わないのだった。

 大妖精もミスティアもチルノといられればなんでもいいのだから、そういうところは文やリョウだって一緒である。

 そして、そんなチルノ狂いと化した二人を連れてこられる博麗霊夢の苦労は察し余りあるだろう。

 

 

 

 数時間が経ち、チルノとチルコン(造語)二名が博麗神社で霊夢の頭を悩ませている頃、幻想郷唯一にして独尊な喫茶店レインメーカーはピークを終えてリョウは一息ついていた。

 寺子屋が休みということもあり慧音が待っているので旦那こと妹紅は今日は素早く帰宅。

 実際に旦那と言ったらもれなく真っ赤になった妹紅が真っ赤な炎を出しそうになって滅茶苦茶に焦ったのだが、結果そうはならなかったのでなにはともあれ命拾いした。

 

「さてと、どうすっかなぁ……」

「閉店まで4時間ぐらいあるしね」

「だなぁ……」

 

 ただ一人の客、姫海堂はたてが記事をまとめつつそう言ったのでリョウは軽く相槌を打って、紅魔館の図書館で“正式に借りた”本を開く。

 前のあれから翌日はぎこちない感じで接してきたはたてだったが、少しすればいつも通りだった。

 文が期待していたような展開にはならない。なるはずがない。

 

「……なんか悲しくなってきた」

「どしたの?」

「なんでもねぇ……」

 

 そう言って、パチュリーから借りた本に目を通そうとした瞬間―――扉が開く。

 

「いらっしゃー……お、珍しい」

「あらぁ~暇そうね~」

「すみませんっ! ゆ、幽々子さま……」

 

 入ってきたのは西行寺幽々子と魂魄妖夢の二人。

 

「まぁピーク過ぎて実際暇ですよ。どうぞお好きな席に」

「それじゃぁ……」

 

 カウンター席に座る幽々子と妖夢の二人。

 同じくカウンター席に座っているものの、はたては入って奥の方であるからにリョウの前に座る幽々子と妖夢とは二席ほど離れている。

 まぁその二人とはたてが話している姿もピンとこないのだが……。

 

「今日はどうします?」

「じゃあリョウ……の、おすすめで」

「あ、私はカフェモカを」

「かしこまりました」

 

 フッと笑みを浮かべてうなずいたリョウがコーヒーを淹れにかかる―――と言っても手慣れてすっかり待ち時間の方が長くなっている。

 なにか軽食でも用意しようかと思考した瞬間、幽々子と目が合う。

 

「なんか食べる?」

「あら~さすがねぇ~それじゃあ」

「幽々子さま、食べ過ぎないでくださいね?」

「わかってるわよ」

「ほんとにわかってます?」

 

 そんな会話に苦笑するリョウは、幽々子が幻想郷でも有名な“大食い”だということを理解しているからである。

 ちなみに、次点で“茨木華扇”だろう。仙人とは思えない暴飲暴食っぷりであった。

 ということで、幽々子の注文を聞いてサンドイッチの用意を開始。

 

「あ、そういえばリョウ……幽香や白蓮と勝負したって聞いたけどぉ」

「う゛っ」

「聞かれたくなさそうな顔してるわね」

 

 はたての指摘に、その通りだという風にうなずきながら切ったパンにレタスを乗せる。

 

「ボロボロでしたよ。そもそもなんで俺が……」

「どぉせチルノに乗せられちゃったんでしょぉ」

「ぐっ!」

「図星ですかリョウ」

 

 図星も図星、そもそもチルノのお願いでもなければあのレベルの化け物を相手にするわけがないし、負けることが確定しているようなものなので、霊夢や魔理沙、早苗や咲夜のように“特別”でなければ戦おうなどとも思わないことだろう。

 “特別”に多少のコンプレックスがある魔理沙相手に直接は口が裂けても言えないのだが……。

 

「二回連続吹っ飛ばされましたよ……手加減してくれましたけど」

 

 でなければ原型をとどめていないだろう。

 もれなくオーバーキル。滅びのバーストストリーム。

 

「まぁ死んじゃったらその時は私が生き返らせて従者にでもしようかしら」

「俺従者にされがちなんっすけど」

「執事としては良さげなのよねぇ……まぁリョウが死んだらその前に吸血鬼が眷属にしにくるかしら? それともキョンシーとしてよみがえらされる? まぁ本格的に死んだあと魂さえ残ってればどうにでもなるけど~」

「妖夢、ご主人様めっちゃ怖いこと言ってるけど」

「すみません、いてくれると助かると思いました」

「すっごい死を望まれてる。いや死なせてくれないまであるけど」

 

 死者蘇生で過労死待ったなし。

 

「おもしろそうだし花果子念報で誰が死後のリョウを取るか予測立ててみる?」

「素直に死なせろ! なんだこの願望!」

 

 こんな悲しいことはない。

 

「それじゃあ氷で永久保存に単勝かしらぁ」

「死に方ダービー!?」

「やっぱ切り刻まれた後に幽霊っていうのにも」

「惨殺!?」

 

 しかもこれまでに上がっていない例を出される始末。

 

「ってことで妖夢?」

「私にやれと!?」

「殺人教唆で逮捕! お巡りさん呼んで!」

 

 そんなものは無い。

 

「というより、リョウさんとはいやですって!」

「なぜか傷つくやつ!」

 

 前もやった件である。

 

「や~い振られた~」

「うぜぇ」

「リョウとの弾幕勝負、痛そうなんですよ……」

「いや弾幕は痛いだろ」

 

 それもそうだ。ノーペイン弾幕勝負など存在するわけがない。

 

「でもリョウのはこう……関節極めてきたりするじゃないですか?」

 

 関節技(サブミッション)を使うなど弾幕勝負において論外極まりない。

 

「まぁそりゃそうだ。パワーがないもんで」

「例の“能力”使えば?」

「無理無理、逆に俺もしんどい。妖夢もしんどい」

「いやほんと無理です。そういうのは鬼相手にお願いします」

「だからさすがに死ぬって」

 

 そう言って顔をしかめるリョウに、なにか思いついた表情を浮かべる幽々子。

 十中八九ろくなことではないと、察する妖夢とリョウ。

 

「それじゃぁ……妖夢に勝ったらぁ、妖夢をあげる♪」

「ファッ!?」

「はえ~」

 

 驚愕し目を見開き幽々子の方を向く妖夢。もはや脳が理解をこばみ空をみつめるリョウ。はたてはあいた口がふさがらない。

 三者三様のリアクションに楽しそうに笑う幽々子だが、楽しいのは幽々子だけである。

 全員が、同時に意識を戻す。

 

「幽々子さん、勝手に妖夢を」

「幽々子さま! なにを言ってるんですか!?」

 

 初心故に顔を真っ赤にして抗議する妖夢。

 リョウとしても、妖夢は些か少女すぎてそういう感情を抱いたこともないのでさすがに抵抗があった。

 いやそもそもだ―――。

 

「りりり、リョウとなんて私っ、何人敵に回すと思ってるんですか!!?」

「そんなことある?」

「ありますから! リョウも少しは考えてもの言ってください!」

 

 こんな説教ある? とも思ったがあるので黙っていることとした。

 比較的まともな妖夢がそういうのだから、きっと自分の理解しがたいことが起こっているのは間違いないのだろうけれど、フラグを建てた覚えはない。

 故に―――。

 

「……もしかして俺、モテてるわけではない?」

「なに自惚れてんのチンピラ」

「誰がチンピラだよォ、オレはまっとうな社会人だろぉが!」

「そういうとこよ」

 

 ただ単純に、このおもしろい男を欲しいという陣営が多いだけの話である。彼には酷な話ではあるが決してモテてるだとかフラグが建ち放題だとかそんなわけもない。

 ここまで幻想郷の美女美少女と絡んでいてこのザマである。

 無様(笑)と笑う烏天狗が彼の頭の中にいたので、とりあえずパロスペシャルをかました。

 

「じゃあ……私は?」

「幽々子しゃまぁ!!?」

「ちょ、マジ!!?」

 

 妖夢が錯乱し、はたては立ち上がる。ちなみにリョウは固まった。

 幽々子は相変わらずニコニコとしながらなんでもないように言うので、それがまた本気かどうかまるでわからなくなり妖夢は焦る。

 幻想郷が一週間、いや一ヶ月はややこしくなる予感。

 ハッとしたはたてが幽々子の豊満な胸を見てから、リョウを見る。

 

「……む、むぅ」

「悩んでんじゃないわよ! 胸!? 乳!? おっぱい!? 巨乳がいいの!? 巨乳が!!」

「うぅ~ん」

「図星みたいな顔すんじゃないわよ!!?」

 

 抗議するはたてに、リョウは困ったような表情を浮かべる。

 彼がするにしては珍しい表情ではあるのだが理由が理由である。

 

「どうするかなぁ……」

「ボソッとつぶやくな本気っぽい! 巨乳ならなんでもいいの!? 私だって言うてあるわよ!?」

「姫海堂さんなんで張り合ってるんですか」

「ちがっ、ちょっとは意識してもよくない!? 結構イケてると思うの私!」

「いや、いまそれどころじゃ……」

「あらぁ~リョウったらぁ~」

「幽々子さま満更でもない顔しないでください!?」

 

 もはやカオス、入ってきた客がいるとすれば即座に扉をしめて出ていくことだろう。

 楽しそうな幽々子、難しい顔をするリョウ、なぜかキレるはたて、オロオロしている妖夢。

 そして―――。

 

「フッ、話は聞かせてもらいましたよ……またラブコメですね?」

「射命丸!?」

 

 裏口から現れた射命丸文。

 オロオロしていた妖夢だったがその表情は絶望に変わる。

 間違いなくカオスである。カオスフォームでカオスMAX。

 

「リョウ、結婚です! 白玉楼で快楽におぼれた生活をしていてください! そして私もチルノさんと愛の巣で快楽におぼれた性活をします! 無知なチルノさんにでガン攻めされたい!」

「やっぱねぇわ! こいつがいる限り!」

「あらぁ、射命丸に負けちゃったぁ」

 

 そういうことではない―――いや、やはりそういうことなのだろう。

 

「リョウの好みの巨乳ですよ!? こんな機会もうないんですよ!?」

「あるかもしれねぇだろ!?」

 

 文は泣いた。可哀想にフラグなんて存在しないんだよ―――リョウが妄想して創作したお伽噺なんだよ。

 

「モノローグ風に語るんじゃねぇよ! ワンチャンねぇの!?」

「……ワンチャンはあるかも」

「お、おう……期待するわ」

「調子乗るんじゃないわよチンピラ!」

「なんではたてこんな怒ってんだよ!?」

 

 もうなにがなんだかわからない。妖夢は天井を見上げて光を失った目で涙を流した。

 幻想郷広しといえどここまでの状況がどうやって作り出されるのかまるで理解しがたいし、幽々子は楽しそうにそのノリに乗るし……。

 

「誰か来ませんかぁ……」

 

 結局―――30分ほど経ってチルノが来るまで誰もこなかった。

 

 ただしチルノが来た時点で、さらに場は荒れた……。

 

 




あとがき

カオスでした。勝手にカオスになるとよ
もうしばらく日常回、でまた異変編って感じになる予定ー

てかキャラ多すぎて誰出すか悩むなぁって感じで
ちなみにリョウの弾幕ごっこは割愛、近々誰かとやるかもだけど

それでは今後とも応援お願いしますーぅ


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第22話『大根役者と永遠亭』

 ―――朝、リョウは洗い物と洗濯を終えて一息ついていた。

 

 テーブルを囲むのはチルノ、文、大妖精、リョウといういつもの四人。

 おそらく一番まともなのはチルノ、と他人には言われかねない地獄。

 並の者が参加しようものなら一瞬で廃人と化す―――と、魂魄妖夢が先日言っていた。

 

「チルノさん、この漢字読めます?」

「んー“射命丸文”でしょ、文はあたいをバカにしすぎなのよさ! 文の名前ぐらい読めるわよ?」

 

 むぅ、とふくれっ面になるチルノ。

 文は呼吸が荒くなり、笑顔のまま鼻血を流すのは大妖精。

 そんな二人に引きながら、なにかが起こる前に止めなきゃなーとか思っているリョウなのだが、起こってからでは遅いのだ。

 

「それじゃこれは?」

「メスブタ射命丸文」

「ッ~~~!!」

「うぉいクソガラス! 残飯漁ってろゴラァ!!」

「ッ! せっかくの余韻台無しにしないでください脳内ピンクもやし!」

「クソみてぇな余韻に浸ってんじゃねぇボケェ! てかお前にピンク言われたかねぇわ!」

 

 射命丸文をぶっ殺すか一瞬本気で悩んだ大妖精でもあったが、結果的にそちらよりも、今日のリョウはチンピラ度が高いなぁ。という感想の方に思考がもっていかれる。

 なにはともあれ、いつも通りなので安心感。

 小首をかしげているチルノを見て、大妖精はその無知っぷりが良い。と頷く。

 

「でもイケメンチルノちゃんにエスコートされるのも捨てがたいなぁ」

「大ちゃんさん!? この子はもうだめだ!」

 

 文と取っ組み合っているリョウが叫ぶが、大妖精は妄想に耽っていてまるで聞いていない。

 実に、いつも通りである。

 

 

 

 チルノたちがいつも通りの朝を迎えていた頃、妖怪賢者こと八雲紫が自らの屋敷の縁側に腰掛けて茶を飲んでいた。

 外の世界との境界上にあるという、そこには彼女の式神である八雲藍も共に在る。

 

「紫さま、お早いですね」

「そうね……夢見が悪かったものだから」

 

 そう言ってため息をついた紫を察してか、藍は眉を顰めつつどこからか出した饅頭を取り出した。

 

「ありがとう、さて……行こうかしら」

「どちらに?」

「少しね……そのあとはどうしようかしら、適当に過ごすわ」

「私も」

「一人で良いわよ。ちょっとした用だから」

 

 そういうと、饅頭を一口で食べて開いた“スキマ”に消えていく。

 そこが閉じると、藍はため息をついて紫が使っていた湯呑を持ち、台所へと向かい歩きだす。

 

「優しすぎるんじゃないですか……紫さま」

 

 深く心配するような声で言うと、頭の中に浮かぶ人間の顔を頭を振って消す。

 今日は自らの式神、橙に会いに行こうと強く頷いた。

 

 ―――いつだって誰だって、大事な者といるのが一番なのだ。

 

 

 

 そして、チルノ邸は―――落ち着いていた。

 同時に茶を飲む四人が、湯呑を置くと同時にほうっと息を吐く。

 喫茶レインメーカーの方は、本日は定休日であるのだが……予定を思い出す。

 

「永遠亭行かないとか」

「かぐやのとこ?」

「ん、チルノさんも行きます?」

「いく!」

 

 チルノが元気にそういうと、リョウが頷く。

 すっかりチルノファンというのは存在するもので、いまだに人里を通ると気さくに話しかけられたりする。

 少し早めに出るのが良いだろう。それに店に寄って手土産を持っていかなければならない。

 

「そういえば、大ちゃんと文は?」

「あ、私も行きます。チルノちゃんと輝夜さんを一緒にしとくわけにはいかないんで!」

「いや輝夜さんは別に」

「しとくわけにはいかないんで!」

「あ、はい」

 

 圧に負けてとりあえず頷いておく。

 

「で、お前は?」

「今日はやめときます」

 

 意外、と眼を見開くリョウに、文が苦笑で返した。

 

「……チルノさんのお布団で寝てます!」

「出てけ!」

 

 そう言いながら、リョウは四つの湯呑を持って台所へと向かう。

 チルノも同じく台所へと向かい、なにか話をしているがこのあとの予定などだろう。大妖精は着いていくだけなので良いか、とリョウとチルノを微笑ましく見ている。

 そこでふと、文も同じような視線を向けているのに気付いた。

 

「なにか大事な用ですか?」

「お墓参りです」

「お墓参り?」

「リョウの」

「ちょ! 文さん!?」

「おー良い顔しますねー」

 

 驚愕する大妖精に、文がケラケラと笑ってシャッターを切る。

 それまた驚いた大妖精が、文をジト目でにらむのだがいかんせんふくれっ面が可愛らしいので威圧感も何もあったものではないだろう。

 ともかくだ……。

 

「それじゃあ今日のうちに私はチルノちゃんと大人の階段登らせていただきますねっ!」

 

 ニッコリと太陽のような笑顔を浮かべる大妖精。

 文が即座にチルノに駆け寄ってなにか捲し立てるように喋りだす。

 

 ―――ちなみに、その騒ぎもリョウが文にコブラツイストをかけたところで終わった。

 

 

 

 その後、文と別れてチルノ、大妖精、リョウの三人は人里へ。

 住人達から声をかけられたり偶々遭遇した稗田阿求と本居小鈴と出会って立ち話してしまったりで、予定より遅くにレインメーカーへと辿りついた。

 冷蔵庫から、箱を取り出して紙袋に入れる。

 

「お土産?」

「そ、昨日のうちに作っといた奴……世話になってるからね。異変のたびに」

「リョウさんいっつも大けがしてるから……」

 

 苦笑して言う大妖精に、リョウも苦々しく笑う。

 実力が見合っていないという自覚もあるのだが“能力故”に足止めやらなにやら便利なのだ。まぁその結果がリョウは重傷、戦線復帰不可となるのだが……。

 まぁなにはともあれ、永遠亭の八意永琳には大変世話になっているのだから土産の一つぐらい持っていかなければならない。

 

「いきますよチルノさん」

「うん!」

 

 扉を開いて外に出るリョウと、大妖精の手を引いて外に行くチルノ。

 誰もいなくなった店の中に開かれるスキマから、頭だけを出すのは八雲紫。

 

「……タイミング悪いわねぇ」

 

 せっかくコーヒー飲みに来たのに、とつぶやいてそっと椅子に座る。

 周囲を見渡して、静かに息を吐いた。

 

「……面影あるわね。この店も」

 

 そうつぶやいて軽く目を瞑る。

 テーブルに頭を預けると、“赤くなった左頬”にひんやりとしたテーブルの冷たさが心地よく広がった。

 眠気すら感じ始めてすぐに起き上がると、そんなところチルノやリョウにみられるわけにもいかないと、欠伸を噛み殺しつつ背を伸ばす。

 

「霊夢のとこでも行こうかしら」

 

 そうつぶやき再びスキマを開く。

 

「まったく射命丸、おもいきり引っ叩いてくれちゃって……」

 

 ため息をついて、左頬を撫でながら店から消えた。

 

 

 

 再び、数分の時を経てリョウたちは永遠亭に続く、迷いの竹林の入り口へとやってくる。

 基本的には妹紅や“因幡てゐ”がいなければ永遠亭にたどり着くのは非常に困難であるので、前もって八意永琳には向かうということを伝えてはいて迎えを出すとは言っていたのだが……。

 そこには、ブレザーにミニスカート、ウサギの耳を持つ紫色の長い髪の少女。

 赤い瞳を持つ少女は、リョウたちの方を見てふっと微笑む。

 

「こんにちは、リョウさんチルノ大妖精」

「鈴仙……」

「ウドンゲじゃん」

 

 永遠亭の薬師、八意永琳の弟子こと鈴仙・優曇華院・イナバ。

 この幻想郷においてかなりまともな方であり、人間とも有効な関係を築いている。今は永遠亭から人里に薬を売りに来たのだろうと、背中にかついでいる木箱で理解した。

 本日の案内役は鈴仙のようだということがわかり、リョウは心底安心する。妹紅でもいいがてゐだとどうなっていたかわからない。

 

「行きましょうか……あれ、本日は射命丸は?」

「なんか用事あるとかで、ですね」

「リョウさんと一緒にいないなんて珍しいですね?」

「チルノさんと一緒にいないのが珍しいんですよ」

 

 そう言って苦笑を浮かべると、歩き出す鈴仙の後を追って行く。

 チルノが楽しそうに大妖精を話をしながら歩いているのと同様に、リョウはリョウで鈴仙と話をしながら歩いていた。

 周囲には、時たま“ウサギの気配”を感じる

 

「……いたずらウサギか」

「まぁてゐがいなければそこまで派手なことはしてきませんから……」

 

 苦笑する彼女に、リョウは眉をひそめた。

 つまり地味なことはするということである。

 

「そういえば今度、姫様がそちらにお邪魔したいと」

「輝夜さんが出てくるのか!?」

「え、あ、はい……」

「……初めて見る」

「まぁ滅多なことでもないと出てきませんからね……宴会とか」

 

 ふむ、と頷くリョウはならば手土産は別のものでも良かったかもしれないとも思った。

 まぁお礼は主に永琳に、なのでそこまで深く考えることもないだろうと、頷く。

 

「まぁその時は……おすすめでも食べてもらおうかな」

「リョウさんのお菓子、人気ありますもんね。人里でも……私も好きですよ」

 

 そう言って笑う鈴仙に、少しばかり心をもっていかれそうになるリョウ。

 基本的に巨乳の美少女には弱い。ウィークポイント、弱点と言っても過言ではないのだ。

 

「そういえばリョウ!」

 

 隣にやってきたチルノの方に、鈴仙とリョウは視線を向ける。

 

「春のお祭り、リョウはお店とか出すの?」

「え、あ……あ~お誘いは来てるんですけどね。今年はいいかな。チルノさんと回りたいし」

 

 そう言って笑うと、チルノが笑顔を浮かべてリョウの手を取った。

 

「うん! はじめてのお祭りだし、一緒に回ろうね!」

「……はい」

 

 微笑を浮かべてうなずくいたリョウは、チルノに握られた手をこちらからも少し強く握り返す。

 鈴仙が、リョウに手を伸ばしかけて……下ろす。

 だがその瞬間、大妖精が空いたチルノの片腕を抱きこむように腕を組んだ。

 

「私も一緒だよチルノちゃん、そしてこっそり抜け出して人気のない場所なんかで……キャー!」

「なんで抜け出すの? というかなんかあるの?」

「気にしなくていいよチルノ」

 

 苦笑してそういう鈴仙に、チルノは不思議そうな表情を浮かべながらも頷く。ナイスアシストである。

 

「大ちゃん、腕がおっぱいに挟まれて暑い」

「なにそれうらやまげふんげふん! セーフ! やめろ鈴仙、そんな眼で俺を見るなっ!」

「いやその、うん、知ってますけど……うん」

 

 切ない。大妖精とチルノに聞こえていないのが幸いであった。

 

 

 

 四人は永遠亭へと辿りつく。

 リョウはどうにか誤解―――ではないのだが、状況を元に戻すことに成功していた。 

 

 玄関の戸を開いて、鈴仙を先頭に中へと入る。中は純和風な趣あるつくりであった。

 その音に気づいてか、どこかの襖が開く音がすると、近くの部屋から女の頭だけが飛び出る。

 

「うおっ! か、輝夜さん……!」

「あっ、来たのね……えーりーんー! おきゃくー! チルノたちー!」

 

 頭だけを出した状態で廊下の先に叫ぶ永遠亭の姫こと“蓬莱山輝夜”。かつて見た絵本、カグヤ姫その人だが、姫っぽさは服装とその綺麗な長い黒髪ぐらいしかない。

 まぁそんな月の姫は複雑な理由があってのこの幻想郷にいるのだが、別段語ることでもないだろう。

 輝夜の声に呼ばれて、奥からやってくるのは八意永琳。

 

「師匠、帰りましたぁ」

「おかえりウドンゲ、それにいらっしゃいリョウとチルノと大妖精」

 

 そう言って笑みを浮かべる永琳に、リョウも笑みを浮かべて返す。

 

「どうもです」

「えーりん! 久しぶり!」

「こんにちは」

 

 しっかりと挨拶をした二人を見て、リョウは手に持った紙袋を渡した。

 

「つまらないものですけど」

「あら、わざわざありがとう」

「食べ物!? 食べ物ね!」

「輝夜?」

 

 ニコニコ笑顔を浮かべながら振り返った永琳の顔は、こちらからは見えないが圧は感じる。

 苦笑する大妖精と鈴仙、チルノは感嘆の声を上げていて、輝夜の顔は青くなった。

 

「ご、ごめん……ありがとうリョウ」

 

 弱弱しく言う輝夜を見てうなずくと、永琳は再びリョウたちの方へと向き直る。

 

「ごめんなさいねうちの姫様が……ということで、上がってもらって良いわよ」

「チルノ、大妖精、ゲームしましょー!」

「……二人とも、姫様の相手お願い」

「かぐやと遊ぶの楽しいからいいよっ!」

 

 そう言って笑顔を浮かべたチルノが、大妖精の手を引いて輝夜の部屋へと入った。

 その光景を見て、部屋から聞こえる声を聴いて、微笑ましいと笑みを浮かべる三人。

 リョウも靴を脱いで上がると、チルノと、連れられて行った大妖精の靴も揃えた。

 

「貴方も律儀ね……前から」

「前もなにも一年しかいないっすよ」

 

 そう言いながら、永琳と共に廊下を歩き出す。

 リョウの後ろから鈴仙も着いていく。

 

「そうね。まだ一年なのね……とりあえず健康診断でもする?」

「いや、別にやんないっすよ。なんか引っかかりそうで怖いし」

「そういうの気づいてあげるのも医者の仕事なのよ」

 

 笑う永琳に、リョウは苦笑で応えた。

 

「……なんか気づいてます?」

「多少はね、ていうかしょっちゅう貴方の身体見てるしそのぐらいはね」

「まぁ気が付いたらここにいるなんて、しょっちゅうですからね」

「そういうこと、隅から隅まで把握してるわよ」

 

 クスッと笑って立ち止まる永琳が、戸を空けてリョウを中へと入れる。

 困ったように笑うリョウ、その背後で鈴仙が少しばかり顔を赤くしていた。

 

「お、大人ですね……」

「そういうんじゃないから」

 

 鈴仙よりよほど年下だが、とは思ったが言わないでおく。

 幻想郷で暮らしていれば理解できることではあるのだ。

 永い時を生きるからこそ、幼くある者たち……。

 

「なにはともあれ、どうぞ」

「どうもっす」

 

 軽く頭を下げて部屋―――居間に入る。

 卓を囲むように座るリョウ、永琳。

 鈴仙は木箱を置くためにどこか別の部屋へと向かっていく。

 

「大事な話、あるんでしょ?」

「まぁ、今度はお世話かけないんで、お願いごとが一つ!」

「無条件で受けてあげたいけどね」

「えっちなことでもいいんですか!?」

「去勢するわよ」

「あ、はい、すみません」

 

 ちょっとした冗談なのに、と思いながら目をそらすも永琳はニコニコしている。

 

「なんつープレッシャー……」

「伊達に生きてないわよ。というよりそんなことどこででも言ってるんじゃないでしょうね?」

 

 ジト、とした目で見られると、頬を掻きつつ目をそらす。

 

「さすがにこんなストレートにセクハラ流してくれるの永琳さんだけなんでぇ……」

「ふふっ、許してあげる。伊達に長生きしてないし、こういう会話も新鮮で嫌いじゃないし」

「つまり……えっちなことして良いんですか?」

「メスはどこだったかしら」

「すみません」

「あと私、意外と重いわよ?」

 

 フッと笑みを浮かべてそう言う永琳に、妙な悪寒を感じた。

 気軽に手を出す相手ではないし……そもそも本気だったとして相手にされるかも怪しいし、ともかく伊達に幻想郷の勢力のトップ勢ではないだろう。

 咳払いをするリョウ。

 

「それじゃ、本題に……」

「それが正解ね。貴方には鈴仙の件の借りもあるから、なるべく無条件で受けてあげる」

「……ありがとうございます」

 

 しっかりと頭を下げてから、リョウはしっかりと永琳の目を見据える。

 

 

 

 輝夜の部屋で、幻想郷では珍しいテレビゲームをやっている。

 もちろん本気でやれば持ち主である輝夜がゴリゴリに勝つのだが、それ自体が珍しいためかチルノも大妖精も楽しそうであるし……さすがに月の姫は手加減ぐらいするのだ。

 そして今は三人で協力してゲームをプレイしているのだが……。

 

「勝った!」

「私がいるんだから当然よ」

「かぐやさすがー!」

 

 笑みを浮かべながら輝夜へと抱き着くチルノ。

 外の寒気が嫌で温かくしている部屋で、ひんやりとしたチルノの柔らかな肌が頬にあたる。

 笑顔のまま、震えそうになるも―――耐えた。

 

「えへへー」

「ふふふ、ま、任せなさいよチルノ……」

 

 そう言いながら、ハッとして輝夜は大妖精の方を見る

 普段なら“八つ裂き”にされかねないような眼で見られているところだが、大妖精は何かを考えるかのように顎に手を当てて壁を見つめていた。

 眉をひそめて、どこか寂しそうな眼をしている大妖精に、輝夜も訝しげな表情を浮かべる。

 

「かぐや?」

 

 チルノに呼ばれてそちらを見ると、彼女は不思議そうな表情をしている。

 

「……まぁいっか! チルノぉ!」

「わわっ、くすぐったいわよぉ!」

 

 そのまま両手でチルノを抱きしめて頬をチルノの頬へとすりすりとくっつける。

 ひんやりとした感覚が気持ちよくなってきて、ついついよだれが垂れてしまうが仕方のないことなのだ。

 

 ……直後、頭部にクナイが刺さった辺りで“調子に乗りすぎた”と反省するのだった。

 

 




あとがき


ちょっとシリアスな気がしないでもない今回
次回もなんとなく日常回的な何か
そろそろアクション入れても良いかなとも思わんでもないけども

ともかく、次回もお楽しみにしていただければー


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第23話『冬と平穏』

 永遠亭から自宅への帰路を行くチルノたち。

 

 帰り際に蓬莱山輝夜が『もっとチルノたちと遊ぶ~!』とかいうわがままを言って地団駄を踏んでいたが永琳が〆た。

 見事なチョークスリーパーをかけていて、輝夜が白目向いて泡を吹きだしたところでリョウがレフェリーストップをかけたが、黙ってみていた鈴仙は『もうちょっと早めにとめてあげればよかったのに』と思ったそうだ。

 

 鈴仙に迷いの竹林から人里へと送ってもらい、そこから色々お土産をもらいつつ森を抜けて家の前。

 人里でもらった棒型スナックを食べているチルノと大妖精、リョウは鍵を出そうと思うもとりあえずドアノブに手をかけてひねってみると、扉が開く。

 ただそれだけで察する。

 

「鴉か……」

「文?」

 

 靴を脱いで居間に入ると……烏天狗が横になっていた。

 気配を感じてか、眠気眼をこすりながら起き上った射命丸文は上体を起こして背と翼を伸ばす。

 

「んぅ~!」

「羽が散るんだよ」

「文だ。寝てたの?」

「おかえりなさい。てかもうそんな時間ですか!?」

 

 窓から差し込むのが夕日だということに気づき、肩を落とす。

 

「あ~しまったぁ」

「文さん、目が赤いですけど」

「あれ、花粉症ですかねぇ……目薬あります?」

「棚かどっかに、あった。それか結膜炎とか?」

 

 そう言いながら、リョウが取り出した目薬を受け取って、文は差す。

 

「あ゛~……ありがと」

「おう、気をつけろよ。ドライアイとか」

「わかってますよぉ」

 

 返された目薬を棚にしまうリョウ。

 

「そういえばどうでした。リョウがまた永琳さんのおっぱいガン見してました?」

「……」

「あーやっぱ見たんですね!」

 

 目薬で涙を流しながら、リョウの方に指を向けて嬉々として言う文。

 

「うるっせぇ見ない方が失礼だろが!」

「いや、それはない」

「ないですよリョウさん」

「……そっか、ないか」

 

 さすがに大妖精もあちらについては分が悪い。大人しくすることにしたリョウ。

 

「とりあえず、晩飯晩飯~チルノさんなに食べたいっすか?」

「肉じゃが!」

「そんな素材……あったわ」

「さすがあたいの主夫ね!」

「そういえばそんなことも言った気がしないでもない」

 

 そう言いながら苦笑すると、冷蔵庫から食材を出していった。

 居間から姦しく声が聞こえてくるが、楽しそうなチルノの声に頬をほころばせながら食材を置いていく。

 なんの因果か、幻想郷でもトップクラスで文明開化しているチルノの家。河童脅威の技術力。

 

「もはやジオン」

「え、リョウさん頻繁にテロ起こすんですか?」

「大ちゃんはその偏った知識なんとかした方がいい」

 

 そう言いながら、リョウはざるとボウルを用意していく。

 隣の大妖精が、棚を開けてそこからピーラーを取り出したので、なるほどと頷いて文とチルノの方に耳を傾けるが、楽しそうな声が聞こえてくるのでそのまま食材を渡す。

 じゃがいもを受け取り、大妖精は嬉しそうに頷く。

 

「大ちゃんはあれだな、主婦の素養があるな」

「それじゃあいつチルノちゃんと結婚しても大丈夫ですね!」

「ああ、うん、そうかも」

 

 ニコニコする大妖精の圧に負けてとりあえず了承してしまう。

 だがすぐに、大妖精はじゃがいもの皮むきを再開しつつ目を細めて微笑む。

 

「まぁチルノちゃんが気づけばなぁ……」

「チルノさんに恋愛は早いかもしれないからな」

 

 しかして、チルノが誰かを選ぶとして、そうなれば頼まれなくてもリョウは出ていくことだろう。

 彼女の幸せ以上に求めるものなどありはしない。

 そういう思考でいるのは……。

 

「俺が、チルノを……」

 

 大妖精が眉をひそめて心配そうな表情でリョウの方に視線を向ける。

 ピーラーから手を放すと、そっとリョウの服の裾を引っ張った。

 

「リョウさん」

「んぁ?」

 

 ふと、思考を引き戻される。

 

「大丈夫ですか?」

「……ごめん大ちゃん」

 

 彼女の気遣いに苦笑を浮かべつつにんじんの皮むきでもしようかと手に取ろうとした。

 その瞬間、ノックの音が聞こえる。

 小首をかしげて大妖精の方を見ると、頷くのでリョウは手を止めて扉の方へと向かう。

 

「はいはい、どなたー」

 

 軽く言いながら、ドアを開ける。

 開いたドア、前にいるのは白い女性……妖怪だ。

 柔らかな笑顔を浮かべて、静かに言葉を発す。

 

「あらリョウ、おはよう」

「……こんばんはの時間ですよ。レティさん」

 

 冬の妖怪レティ・ホワイトロックがそこには立っていた。

 その冷気か妖気かを察して、奥からチルノが駆けてくると、そのままレティの方へと跳ぶ。

 

「レティ!」

「あらチルノ、おはよう」

 

 そう言いながらチルノを受け止めるレティ。

 よほどうれしいのか満面の笑みを浮かべるチルノに、レティもふんわりとした笑みを零す。

 氷の妖精と冬の妖怪、当初はそれほど仲がいいわけではなかったそうだが、仲良くなれないわけがなかったのだろう。

 

「チルノさんだし、相性はいいだろうしなぁ」

「あ~チルノさぁんがぁ……」

 

 自らの主を取られた哀れな鴉天狗が寄りかかってくる。

 

「重ぇ」

「うら若き乙女にそういうこと言うからもてないんですよ!」

「はいはい、お前暇なら手伝え」

「チルノさんをレティさんにあげようってんですか!?」

「レティさんはそういうんじゃねぇんで」

 

 そんな言い争いをしているうちに、レティはチルノと共に奥の居間に行ったようで、楽しそうなチルノの声が聞こえてきた。

 リョウは微笑を浮かべて調理を再開しようとするが、文はともかく大妖精も絶望したような表情を浮かべている。

 まったくこのチルコンたちは、と溜息をついた。

 

「いま、お前が言うなという電波が降りてきました」

「俺の心読んだか?」

「新手の口説き文句ですか?」

「なにが悲しくてお前口説くんだよ」

 

 軽く言い合いながら調理を進めていく。

 三人並んでそうしていると、親子のように見えなくも……。

 

「あ! なんかすごい不愉快な電波飛んできました!」

「電波受信する鴉は嫌だな」

「ごもっともですね」

「二人ともひどくないですか?」

 

 文の言葉に二人して『全然そんなことない』とは思ったが、言わないという情が二人にもまだあった。

 その後も軽く軽口を交わしつつ、楽しげに調理を進めていく……。

 

 居間ではレティが座っており、その膝にチルノが座っている。

 楽しそうに語るチルノの言葉を、楽しそうに聞くレティ。

 そうしていると姉妹のようにも見える。

 

「ん~やっぱり」

「ん、どうしたのチルノ?」

「レティのふとももってやらかくて座りやすいなって!」

「褒めてないわよ」

 

 一転、眉をピクピクさせながら言うレティ。

 ふとましいだとかあたり判定が横長だとか、巫女とか魔法使いが言いたい放題言いやがる記憶が思い出される。まぁチルノはそういう意図があって言ったわけではないのだが……。

 レティもわかっているからこそ言いづらい。

 

「あたい好きだなっ」

「……もぉ」

 

 そんな風に言われては笑顔にならざるをえない。

 

「もう、お休み?」

「そうねぇ、今日が最後になるかなって遊びに来たのよ……しばらく寝てたし」

「また次の冬までだねー」

 

 どこか寂しそうな声に、そっとチルノの頭を撫でる。

 

「待ってるね。リョウと大ちゃんと文で」

「そうね。ありがとう」

「レティがいなきゃ冬が始まんないのよさ」

「というよりチルノ……なんだか変ったわね?」

 

 少しだけ驚くようなレティに、チルノは頭を傾けた。

 

「そう?」

「ええ……なんだか名残惜しいわね」

 

 レティは眉を顰めて、ぎこちなく微笑んだ。

 

 

 

 妖怪の山で、犬走椛が空を見上げて時間を確認すると近くに来た哨戒天狗と入れ替わる。

 定時ということで、椛は哨戒を終えて帰路につくために歩く。

 夜はまだ肌寒いと眉をしかめる。

 

「あら、椛じゃない」

「……はたてさん?」

「相変わらずねぇ」

 

 そう言いながらため息をつく。

 

「こんな時間にどうして?」

「いやぁ、ちょっとお墓参り行っててね」

「……そういうことですか」

 

 眉をひそめる椛に、はたては『なるほど』と手を叩く。

 

「たぶんアイツも行ってたでしょ、視てた?」

「まぁ……丁度視えてしまったというか」

 

 妖怪の山からならば犬走椛は“千里先まで見通す”という能力でほぼ全域を見渡すことも可能である。

 

「辛気臭いの苦手だから一人で行ったんだけどね」

「八雲紫と一緒でしたよ。あの人は」

「はぁっ!?」

「たまたま会っただけでしょうけど」

「……命日でもないのになんとなーく行ったのが三人、いや四人って」

 

 首をかしげる椛。

 

「四人ですか?」

「ん、レティがね」

「冬の妖怪、彼女も……いや、あの件に係われば誰もが、ですか」

「そういうこと」

 

 椛は苦虫を噛み潰したような顔で、それを見たはたては苦々しく笑う。

 できることなら思い出したくもない話である。

 

 

 

 そんな二人の会話の当事者である者たちが集うチルノ家では、食事を終えて団欒していた。

 それぞれが一緒だったりすることは多いが、五人一緒というのは珍しいのだが、それでも自然でいれるのはチルノのおかげだったか……。

 

 今はすっかり静かで、チルノと大妖精が眠りについてしまっているので二人を同じ布団に運ぶと、文たち三人は外に出た。

 肌寒い空気に顔をしかめるリョウ。

 そんな彼を見て、レティは苦笑を浮かべた。

 

「情けないわねぇ」

「上着着てくりゃよかった」

 

 ため息をつくリョウ。

 

「チルノさんの冷気に快楽を見出し始めてからが本番ですよ?」

「なんの本番だ変態クソガラス……」

「土方みたいに言わないでください」

「言ってねぇ」

「あははっ、相変わらずね貴方たちは」

 

 二人のやりとりにおかしそうに笑うレティ。

 そんな彼女の笑みを見てリョウも微笑を浮かべ、チラリと文の方に視線を動かせば彼女も同じように笑っていた。

 そろそろ別れの時なのは、彼女の性質上仕方がないのだ―――冬の妖怪が春や夏に出ることもなし。

 

「それじゃあ、またね」

「次くる時にはチルノさんと私のアツアツ新婚生活をご期待ください!」

「期待しないでくるわね」

「えー」

 

 不満そうな文を見て、レティは『そりゃそうでしょう』と思いつつリョウの方に視線を動かした。

 

「レティさん、その、また……?」

「ええ、またね」

 

 ただそれだけの会話を交わして、レティは背を向け去っていく。

 背中を向けたまま、レティは背後に向かって手を上げ振って―――夜の闇へと消えた。

 

 残された二人、リョウは腕を組んでため息をつき天を見上げる。

 星々の輝きは“表”で見るには地上が明るすぎた。

 そんな彼の隣の文が、軽く腕を引く。

 

「戻りますよ。寒いんで」

「お前も寒さ弱いんじゃねぇかよ」

「チルノさんの寒さ意外はノーサンキューです」

「なるほど、変態らしい言い分だ」

 

 振り返ってドアを開けるリョウ。

 

「……泊まってくか?」

「え、チルノさんの隣で寝て良いんですか!?」

「それはダメに決まってんだろ」

「大妖精さんは一緒に寝てますよ!?」

「お前と一緒にすんな!」

 

 さすがにまったく別問題である。

 

「そういえばお祭りどうするんですか?」

「店は出さないでおく予定だから、一緒に行くことにするわ」

「……チルノさんが喜びますね」

「そりゃなによりで」

 

 二人で家へと入った。

 窓から明かりが漏れる幻想郷らしくもない、森に佇む一軒家。

 

 ただ普通に生きている。それで十分だ。十分すぎる。

 

 それだけで救われる者も、確かに存在するのだ。

 

 




あとがき

今回は静かな感じでー
シリアス入れつつ、ちょっと伏線撒きつつって感じで
そろそろ弾幕ごっこぐらい入れたい思いもありつつ

では次回もお楽しみいただければー


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第24話『人形使いと魔法使い』

 ―――昼時、ピークも終えた喫茶レインメーカー。

 

 本日は妹紅も休みで、今日一日だけ臨時でバイトを雇って乗り切った。

 それほど形式ばった店でもないからして、そういうことだって容易に可能であり、客もほぼ常連なので多少のミスぐらいであればどうにでもなるのであろう。

 まぁ雇ったバイトも常連―――ツインテールをなびかせて、妹紅が着ることがなかった華やかな衣装を着ている。

 

「馬子にも衣装だな」

「人がせっかく働いてやったのに言い方!」

 

 臨時バイトこと姫海堂はたてが頬を膨らませてジト目でリョウを睨む。

 

「冗談だって、かわいいかわいい」

「かわっ!?」

 

 顔を赤くしてあたふたするはたて。実に免疫というものが存在しないなと、少しばかり心配にもなる。

 

「お前は変わらないなぁ」

「なによ、私からしたらあんただって変わってないように思うけど?」

「……そうか、そうかもな」

 

 そう言って笑うとコーヒーを飲む。

 どうせ客ももういないのだと、はたてにもコーヒーを出すとパァッと音が出そうな笑顔を浮かべてそれに口をつけた。

 リョウは椅子に座ると静かに天井を見上げてから、はたての方を向く。

 

「座っちゃうんですか」

「座ったちゃうわよ。もう客なんて変なのしかこないでしょ」

「否定しずれぇ……」

 

 たまにはまともな者だってくるが、大半が何考えてるわかんねーヤベー奴らである。しかしヤベー奴らは大体知り合いという絶妙な状況。

 いつもの端の席ではなく、前に座るはたてにそっとサンドイッチを出した。

 さらに嬉しそうな表情を浮かべるはたて。

 

「いいわね! まかない出るなら毎日働いてやってもいいわよ!」

「妹紅さんのが良い」

「なによその言い方ー」

 

 一転不満そうなはたてを見て笑みを浮かべる。

 それにしてもたまにはまともな者がこの時間に来てもいいのではないかと思わないでもないのは、つい最近に小悪魔とパチュリーや、豊聡耳神子が来たときぐらいだ。

 比較的静かなのは秦こころや純弧あたりだろうか……ヘカーティア・ラピスラズリや摩多羅隠岐奈あたりは静かに雑談をするも未だに落ち着かない。

 

「はたてはいいなぁ」

「はぁっ!? なに!? 口説いてんの!? リョウとか趣味じゃないけど!?」

「めっちゃ言うじゃん」

 

 別段ショックな表情を浮かべるでもなく、リョウはコーヒーを啜る。

 そうしていると、ドアが開いてベルが鳴った。

 素早く立ち上がるはたてを見ると、そういうところ真面目で良いな~とは思う。

 

「いらっしゃい……って魔理沙かよ」

「扱い酷くないか?」

 

 普通の魔法使いこと霧雨魔理沙がドアを開けている。

 そうするとさらに入ってくる少女が一人……。

 

「いや魔理沙だし……お、アリスさんいらっしゃい!」

「お邪魔するわね」

「あたしの時と対応違いすぎるぜ」

「普段の行いのせいじゃないの?」

「はたて……お前いっつもここいるな」

「誰が暇人よ!」

「言ってない」

 

 魔理沙と共にやってきた人形使いことアリス・マーガトロイドは金色の髪と青いスカートを揺らしつつ、リョウの前のカウンター席へと腰を下ろす。

 その隣に座った魔理沙は目の前にあるメニューに軽く目を移すが……。

 

「レイコー」

「アイスコーヒーな」

「私は、カフェモカで」

「かしこまりました」

 

 そう返事をして準備を開始する。

 

「てかなんではたてがそんなコスプレしてここいるんだ?」

「そんなって、かわいいでしょうが」

「まぁそれは否定しないけど、リョウとそういうプレイ中だったりしたか?」

「なぁっ!!?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべてそう言う魔理沙の背後に、セクハラおやじの幻影を見るリョウはため息。

 そっとアイスコーヒーを出すと、軽くその頭を小突く。

 

「あいたっ」

「アリスさんが勘違いしたら困るから、この店の評判的にも」

「あら、リョウは天狗を侍らす趣味でもあるのかと思ってたけど?」

「なぜ……ああいや、言わなくていいっす」

 

 手を前に出してそう言うと、リョウは何かを察したように黙ってカフェモカを出す。

 天狗と言われて出てくるのなんて三人しかいないし大体予想ができる。

 

「そういえばチルノと大妖精は?」

「あの二人なら今日は寺子屋ですよ。アイツも地霊殿の方行くって言ってたし」

「へぇ、まぁどうせ夕方に合流すんだろ?」

「まぁそうだけど」

 

 魔理沙の言葉に頷いて、リョウは自分のコーヒーを飲む。

 はたてもお仕事モードが終わったのか椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。

 

「今日ははたてもこっち来るだろ?」

「んー久々にリョウの家でご飯食べるのも悪くないかぁ、あんた料理の腕は確かだし」

「他が確かじゃない言い方すんなよ……ていうか俺の家じゃないけどな」

 

 そう言うリョウを見てはたてと魔理沙が顔を見合わせて笑う。

 なにか言いたいことがあるとすれば“今更俺の家じゃないとか言ってる”とかだろう。

 

「わかるからな? なに考えてるか」

「ツーカーってやつだな!」

「死んだ言葉だ」

 

 クスリと笑ったアリスが、ふと何かを思い出したという風に口を開く。

 

「リョウ、大妖精とチルノ連れて今度ウチに来てくれる?」

「へ、二人を連れて……ああ、また服仕立ててくれるんっすか?」

「そういうこと、人形の服も良いけど……」

 

 脳裏に浮かぶのはいつぞや彼女が仕立てた“浴衣”を着て喜ぶチルノと大妖精の二人。

 

「ありがとうございます」

「……いいえ、新しい浴衣も作る?」

「いや、前の奴で良いですよ。チルノさんも喜ぶでしょうし」

「そうね」

 

 そう言ってアリスは静かに笑みを零すと、隣の魔理沙は視線を落としてメニューを見ている。

 

「……なんか食い物ほしいな」

「ん、なんか食うか?」

「そうだな、またサンドイッチかぁ……サンドイッチだな!」

 

 天井を見て悩んだ結果、注文をした魔理沙を尻目に、はたてはサンドイッチの最後の一口を口に入れた。

 親指についたソースをペロッと舐めて皿をリョウに渡す。

 

「相変わらず美味しいけどね」

 

 ニッと笑顔を浮かべるはたてを見て、リョウも自然と笑顔を零した。

 

「ありがとな」

「ふふっ毎日食べたいぐらいよ」

 

 言ってから、ハッとしたはたての顔が徐々に赤くなっていき……耳まで真っ赤になった時点でよりにもよって魔理沙が口を開く。

 

「プロポーズ?」

「ち、違うから! そういう意味じゃないからっ!」

「はたて、貴方……男見る目がないわね」

「待ってアリスさん、通りざまに俺を切り付けないで」

 

 はぁ、とため息をつくアリスにはたてが詰め寄る。

 

「だからそういうんじゃないって! こんな死に急ぎ誰が好きになんのよ!?」

「死に急ぎって誰がだ」

「あんたでしょうが!? 前回も前々回もさらにその前も!」

「……そんなことないよなぁ魔理沙?」

「異変終わりに毎回永琳の世話になる奴がよく言うぜ」

 

 目をそらしてため息をつく。

 

「死に急ぐつもりはないんだけどなぁ」

「毎度心配するこっちの身にもなりなさいよぉ」

 

 睨んで恨むように言うはたてに、気まずそうに視線をそらす。

 さすがに心配をかけているという自覚はあるのだろう。何人かには説教を食らったこともあるし、永琳にはほぼ毎回小言を言われている。

 かといって異変解決にチルノが乗り出すと言っているのだから行かぬわけにはいかないのだ。

 

「んー……むしろ生きたいんだけどな」

「言葉と行動が合ってないのぜ」

 

 そうした話をしていると、扉が開いてベルが鳴る。

 

「いらっしゃいませ、幽香さん」

「幽香?」

「珍しいわね、ここで会うなんて」

 

 花の妖怪こと風見幽香がたたまれた日傘片手に入ってきた。

 おしとやかな雰囲気にリョウとしてはかなり惹かれるものがあるのだが、いかんせん本性を知っているので小悪魔の時のように思考は暴走しない。

 つい最近も吹き飛ばされたばかりだ。

 

「ふぅ、それにしても午後にこんなにお客がいるのも珍しいわね」

「はたては客じゃないっすよ。こいつバイト」

 

 座った幽香にそう言うと、少し驚いた表情を浮かべる。むしろなんだと思ったのだろう。

 はたてがジト目を幽香に向けた。

 

「妙なコスプレしてるとは思ったけど」

「コスプレじゃないわよ!?」

「なんかリョウとのそういうプレイなのかなってね?」

「なんでよ!?」

 

 ぐわーっと捲し立てるはたてを見て、幽香がおかしそうに笑う。

 笑いの絶えない店ではあるも、必ず誰かしらキレている気がする。

 

「どうしようかしら……紅茶が良いわね」

「良いの入ってますよ」

「良い心がけじゃない。貴方のそういうまめなとこは好きよ?」

 

 優しげな顔をしてそう言う幽香に、リョウは顔をしかめた。

 そうやってからかわれることが頻繁にあるので慣れてはいるが、やはり一瞬だけとはいえ心臓に悪い。

 たまには反撃してやろうかと思わないでもないので、紅茶を準備しつつ口を開く。

 

「俺も幽香さんの優しいとこ好きっすよ」

「あら、チルノに怒られそう」

「さてどうですかねぇ」

 

 実際にどうなのだろうか? まるで想像がつかない。

 リョウが出ていくことになったところで引き止めるところも放置するところもだ。同様にリョウがチルノの下を去るということも然り、誰が想像できるだろうか……。

 幽香ははたてを指さす

 

「それに横の鴉天狗は?」

「だからはたては―――

「はぁっ!? 何言ってんの!? だからこんな目つき悪い奴のどこが!?」

「俺がツッコミ入れる前に……トランキーロ、あっせんなよ」

 

 誰がわかるというのだろうかというネタをぶっこむもはたては止まらない……。

 

「なんでどいつもこいつもそんなっ! ね、ねぇリョウ!!?」

「お、おうそうだな……ていうか幽香さんあんまからかわないでやってくださいよ」

「ふふっ、ほんとおもしろいわね」

 

 楽しそうな幽香。『さすがドS』とも思ったがこれ以上言うと厄介なことになる気もする。

 

「意外と人気あるから大変じゃないか?」

「その話、前もあったけどさぁ……なんか主夫的な使い道じゃね?」

「まぁそうだな、誰かが独占するとこの店なんかも、あと気軽にいじりにいけないし」

「魔理沙って1から52だったらどの番号が好きだ?」

「え……ちなみに何の番号?」

「リョウのことだから、どうせ技の番号でしょ」

 

 アリスの言葉に頷く。

 

「52の関節技(サブミッション)のどれ極めるか、選ばせてやろうと思って」

「こえーよ!」

 

 まぁ真面目に彼がただ一人の女を選び動こうものなら、意外とどうにかなりそうな気もするなとアリスは彼の友人ながらに思わないでもなかったのは、彼のこれまでの戦い等を見ているからだろう。

 それはまともな道ではなかったが、彼を知るに十分すぎるものだっただろう。自分にとっても、他の者たちにとってもだ。

 

「……まぁそういう道を選べるほど器用じゃないわよね、貴方は」

「え、突然ディスられた?」

「アリスったらサディストねぇ」

「幽香に言われたくはないんだけど」

 

 頬杖をついて口元をニヤつかせる幽香にアリスは不満そうな顔を向ければ、それを見て笑う魔理沙。

 リョウはというと、アリスに言われた言葉に思うところがあるのかわずかに眉をひそめていた。

 そして、そんな彼を見るはたてはため息をついて背を伸ばす。

 

「りょ~う、上がるわよ?」

「ああ、ありがとな。っと給料給料」

「いいわよ。やってりゃ来るから先払い」

 

 その言葉に、リョウはフッと笑みを浮かべてうなずいた。

 はたては満足そうに頷いて笑うと、着替えのためか裏口へと消える。

 リョウがふと視線に気づくと、幽香と眼が合った。

 

「はたて、良い娘だと思うけどね」

「いやそういうんじゃないですよホント……支えてくれる大事な奴ではありますけど」

 

 彼女が去って行った方を見ながら、つぶやく。

 

「まぁそういう意味じゃ射命丸や大妖精とかと同じ?」

「ええ」

 

 軽くそう言うが、それはきっと特別な存在なのだろう。

 色恋の沙汰ではなくただ純粋に、家族とはまた違う存在。

 しかして友というには重すぎるし、恋仲というには一つ道が違う。

 

「貴方がもう少し器用ならね」

「器用な方だと思ってるんですけどね」

「本気で言ってるの?」

「ハハ、よく俺をご存じで」

「ええ……もちろん♪」

 

 良い笑顔でそう言う幽香に、困ったように笑うリョウ。しかし、その表情はどこか楽しそうでもあった。

 雰囲気が変わったことを察してか、コーヒーを飲んだ魔理沙が口を開く。

 

「まぁリョウはモテるってより一家に一台って感じだしな」

「コーヒー飲んだからそんなブラックなジョーク言っちゃうの?」

「うわ親父くさい」

 

 アリスの言葉に顔をしかめた。

 

「まって傷つく、まだ20代も前半だぞ」

「そろそろ結婚を考える時期ね、人里の人間であれば」

 

 幽香の言葉に絶望したような表情を浮かべる。

 

「つらい! これがセクハラ! 小悪魔さんがいる小悪魔さんが!」

「あんたホント小悪魔好きね。まぁパチュリーもくっつけて紅魔館にリョウを置いとくか考えてたけど」

「ちょっと待ってホントにそうなると話変わってくるから」

 

 好きだが憧れのお姉さん的な感じなのである。見た目リョウの方が上だが……。

 

「いやしかし、小悪魔さんと……え、てか俺は婿養子になるの?」

「リョウ・ノーレッジか、胸熱だな」

「パチュリーがママねぇ」

「……それはちょっと変なプレイ感強いわね」

 

 別に小悪魔が小悪魔・ノーレッジなわけでもないし、小悪魔がパチュリーの子供でもないし、だとかツッコミが山ほど出てくるがそれどころではない。

 幽香とアリスが若干引いていて、魔理沙はテーブルに突っ伏して笑い悶えている。

 

「……待ってこれ俺が損しただけの話じゃね?」

「リョウがパチュリーと赤ちゃんプレイですって!?」

「変なタイミングで出てくんじゃねぇはたてェ!」

 

 

 

 ―――喫茶レインメーカーでコントが始まった頃。

 

 どこか暗い空間、徐々に暖かくなってきた季節にも関わらずそこは冷気に満ちている。

 巨大な氷塊が、わずかに差し込む陽の光によって輝く。

 それを軽く撫でるのは“レティ・ホワイトロック”。

 

「さて……まだ寝れないわね」

 

 少しばかりクマのできた目を見開き、氷塊に背を向けて歩き出す。

 

「さて、久しぶりにやりましょうか……!」

 

 笑みを浮かべたレティは憂いを帯びた表情で何かを想う。

 

「チルノ、リョウ……さぁ、どうするのかしら?」

 

 

 

 そして始まるのだろう―――新たな異変が。

 

 

 




あとがき

箸休め回的な、とりあえず次回から新展開

はたてのフラグが建っている気がするけど気のせい気のせい
本編内で容易にフラグは建てたくないという気持ちはある
ただし自分の気持ちとは別に手が勝手に!とか言うパターンもある

では次回もお楽しみにー


PS
感想とか誤字報告とかありがとうございますー


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第Ⅴ章【東方白寵夢 ~ A paradise of distant dreams】
第25話『冬の訪れ -Lidong-』


 春の陽気が人里を温かく包む。

 村人たちにも活気が生まれ、花見もお祭りも近いこともあり雰囲気は寒い時期に比べればにぎやかだ。

 祭りの準備をしている店なども既に見かける。

 

 本日は喫茶店ことレインメーカーも定休日であり、リョウはチルノと共に街を行く。

 もちろん大妖精も一緒で、射命丸文も今日は共にいた。

 

「そろそろお祭りだね!」

「ですね」

 

 手を繋いだまま歩くリョウとチルノ、その後ろで不満そうな文。

 

「リョウは初めてだから色々教えてあげるね!」

「楽しみにしてますね」

 

 フッ、と微笑を浮かべてそう応え頷く。

 大妖精が駆けてきて、チルノの空いた手を取る。

 

「楽しみだね、みんなで回るの!」

「ん、リョウがいればあたいたちも嫌な顔されずに色々楽しめるのよさ」

「最近の悪戯妖精扱いじゃないの見てれば普通に歓迎されると思いますよ?」

 

 事実チルノはタタリ異変の一件以来、人里では大人気であった。

 リョウは知らないが“昔と比べれば”ずいぶんと大人になったと周りは言うだろうけれど、それはきっとどこぞの守銭奴巫女やガサツな魔法使いのおかげだろう。

 文はうんうん、と頷いてリョウの横から顔を出す。

 

「でも私のチルノさんがみんなのものになるのはちょっと……」

「元々テメェのでもないから安心しておくんなまし」

「ろくでもないですよ人里! チルノさん、一緒におうち帰りましょう! 私の家に!」

「お前ろくなこと言わねぇな」

 

 げっそりした様子でリョウは文を睨む。

 

「チルノさんのためなら河童に頼んで0度にできるエアコン作ってもらいます!」

「お前はペンギンか」

「文ってバカでしょ」

「!!?」

 

 さすがにショックを受けたかと思ったが、文はニヤついている。

 それを見て顔をしかめるリョウ。

 

「本当に気持ち悪いよ」

「ふふふ、チルノさんにこんなこと言われるの私だけですよ?」

「魔理沙にも言うよ?」

「ちょっと魔理沙さんとケリつけてきます」

「勝負の舞台にも立ってない奴まきこむな」

 

 さすがに魔理沙だろうと同情する。

 そうしていると、前方から歩いてくる―――少女が一人。

 目が合うと、その少女は上品にほほ笑む。

 

「阿求さん」

「リョウさん、おはようございます」

「あっきゅんおはよー」

「チルノさんも、大妖精さんと射命丸さんも、おはようございます」

 

 稗田阿求がそう言い、軽く頭を下げた。

 

「おはよう、今日は……小鈴のとこか?」

「はい、それから茶屋でも行こうかと」

 

 雑談でも始まるかと思い文は退屈そうに前髪をいじる。

 稗田阿求は口が堅いし格式高い家の者なので、そこまで面白い話は滅多に期待できない。

 それにリョウとの話となれば余計に、だろう。

 彼女自身も自覚は無いと思うが気の使い方が他の者とわけが違う。

 

「真面目すぎるんですよねぇ……」

 

 いつの間にかチルノから離れて横にきた大妖精。

 

「他のみんなが不真面目すぎると思うんですけど」

「……八雲紫とか?」

「文さん、紫さんのこと……っ!」

 

 ふと、大妖精の表情が変わる。それに文が目を細めると、前のリョウの雰囲気が変わるのに気づく。

 いやそれより先に変わったのはチルノのように感じた。

 そして少し遅れて人里全体の空気が変わる。

 

「これは……」

 

 リョウがつぶやくと、チルノが頷く。

 

「冬の、匂い……」

 

 そして寒気、上空には雲、嗅覚すらも……。

 

「冬だな……」

「冬、ですね」

「冬とは」

 

 周囲の人々も違和感を感じはじめたのか、ざわつく。

 その雰囲気を肌で感じて、リョウは妖怪の山の方へと視線を動かした。

 そちらは……。

 

「赤いな……」

「紅葉?」

「秋ですねぇ」

 

 ならばどこかでは当然、夏もあるのだろうか?

 しかして、文の表情はうつむいていて読めないし、リョウはただでさえ悪い目つきがさらに悪くなっている。

 大妖精は青ざめた表情で、チルノは悩むような顔。

 

「……また、季節関係の異変ですか?」

「歴史的にも多いタイプの異変ですね。その本質は違っても」

 

 阿求がそう言って、寒気に少し震えた。

 周囲の村人が集まってきて、阿求に説明を求めようとする。

 

「落ち着いてください。とりあえず防寒対策を……」

「阿求殿!」

 

 走ってくるのは―――上白沢慧音。

 

「慧音さん……」

「けーね! 冬がきた!」

 

 その言葉に、慧音の表情が青ざめる。

 なにか“嫌な記憶”でもあるかのようなその様子に、リョウが頷く。

 季節が崩れる。幻想郷の異変ではそれほど珍しいことではないが、早く解決しなければ死活問題になるのも事実だ。

 歴史を隠す力を使おうとも、所詮は隠すだけで隔離された空間に移動させるわけではない。今の状態では無意味。

 

「……まずいな、早く」

「あたいが行くよ。たぶん……これなら“相手”がどこにいるかわかるから」

「チルノ……」

 

 みんなの前で、ハッキリとそう言う。

 自らの胸に手を当てて、強い瞳で慧音を見つめた。

 悩むような表情の慧音。

 

「チルノにとって、冬の方が生きやすいだろう?」

 

 どういうつもりで言ったのかはわからない。

 もしかしたら彼女は“黒幕”を理解して、わかっているからこそ言っているのかもしれない。

 だがそれでもチルノは笑顔を浮かべて慧音たちに背を向ける。

 

「……冷気、も意識しなくっても出さなくできるようになったけど……やっぱあたい、冷たいから」

「チルノさん……」

 

 その背を、阿求が複雑な表情で見つめた。

 

「夏の方がみんなと遊べるし、あたい夏って嫌いじゃないよ」

「私は一年中チルノさんと」

「文さん」

「だ、大妖精さんこわぃ……」

 

 慧音や村人たちに背を向けたまま、氷の翼を展開するチルノ。

 

「それに、あたいは夏でも冬でも―――さいきょーになる妖精なのよさ!」

 

 そんなもの、屁でもないという風に宣言してみせる。

 リョウも大妖精も文も、わずかな笑みを浮かべた。

 

 こうなれば、やることは一つ―――異変解決だ。

 

 

 

 飛んでいるチルノ、大妖精、文―――そして文の腕に掴まっているリョウ。

 上昇できず、頑張ってもゆるやかに下降する程度までしかできないリョウはそうしなければいけないのである。

 そうしていると、リョウは真上にある文の顔を見上げ、口を開く。

 

「おい文」

「どしましたリョウ」

「お前、妖怪の山行った方が良さげだ」

 

 そう言ったリョウに、文とてわかっているのだという目を向ける。

 視界に映る妖怪の山は緑でも白でもなく、紅く染まっていた……紅葉。秋の装い。

 

「良い景色、感動的です、一句詠みます?」

「めっちゃ季語散らばりそうだな」

「才能なし!」

「まだ詠んでねぇよ」

 

 そう言いながら、文から手を離すと彼女も手を離した。

 察した大妖精が手を伸ばすのでその手を取って、今度は大妖精に下降を防いでもらう。

 ちなみに、リョウは下降速度は好きにできる。極力下降を遅くしているので重さはそれほどない。

 

「終わったらすぐに駆けつけますからねチルノさん!」

「文がピンチの時はあたいが駆けつけるよ」

「はうぁっ!? す、素敵すぎますぅ、私一生チルノさんについていきますぅっ!」

「え? あ、うん、そういうことね。完全に理解したのよさ」

「っしゃぁ! 行ってきます!」

 

 昔のアニメみたいに駆けるポーズをとった直後に風を残して消える。

 ちなみにチルノはいまいち理解していないが、文がなんか嬉しそうなのでまぁ良いかと思考を放棄した。たぶん舎弟というか子分として一生ついていくということだろうと数度頷く。

 呆れた表情のリョウと大妖精を尻目に、チルノは気配のする方を向きなおした。

 

「いくよ、リョウ! 大ちゃん!」

「やりましょう、チルノさん……!」

「私だって、頑張るよ!」

 

 

 

 そして、人里に雪が降り出した頃。

 博麗神社は―――猛暑に襲われていた。

 

「あっつぅ~、なんなのよぉ」

 

 汗をかきながら、縁側に座っている霊夢が悪態をつく。

 そしてその隣に座っている魔理沙も、また然り。

 

「なんかさぁ、わりかし最近こんなことなかったかぁ?」

「……あった!」

 

 思い起こすのは摩多羅隠岐奈が起こした“四季異変”だ。

 つまりは異変、しかもご丁寧に自分にここまでの実害をもたらしやがった。これは博麗の巫女たる自分への挑戦、つまりは動かざるをえない。

 勢いよく立ち上がった霊夢。同時に魔理沙も立ち上がる。

 

「いくわよ、ここだけ春、または秋ならともかく夏なんてっ」

「こんな短期間で四季ころころいじりやがってぇ! 今度はどこのどいつだ!」

 

 二人して神社の境内へとたどり着くと、鳥居をくぐるためにそちらを向いて―――止まる。

 

「一面に、花……」

 

 魔理沙がつぶやき、視線の先に日傘を見る。

 フリルのついた日傘、揺れるチェックのスカート、そして振り返る―――大妖怪。

 長い付き合いだ。見間違うはずもない。

 

「春も秋も冬もどこかに行っちゃってるんじゃぁ……夏になるしかないわよね? お花がよく育つわ」

「幽香ぁ、何勝手に人の神社に花畑作ってくれてんのよ。参拝客来るならまだしも」

「おい霊夢」

 

 だがしかし、これはこれで新名所扱いになりそうでもあるのだが、霊夢の“異変解決”は他のなによりも優先される。

 いつも通り、戦闘態勢を取るのはこの後の展開が読めているからだろう。

 日傘をたたんだ幽香が、その口を三日月のようにゆがめ、赤い瞳で二人を射抜く。

 

 花の妖怪こと風見幽香が、両手を広げた。

 

「さぁ、久しぶりに……遊びましょうか?」

 

 

 




あとがき

ちょっと短めだけどもー

異変が再び開始!
ばら撒いた伏線を回収したりしなかったり、そしてさらにばら撒いたり
まぁどこか違和感があればそれが正解な異変

それでは次回もお楽しみいただければー


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第26話『願望 -egoist-』

 ―――忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 暦上の季節は春。

 人里は冬、妖怪の山は秋、博麗神社は夏、旧地獄にこそ真に春が訪れていた。

 

 

 

「めっちゃ寒ぃ!」

 

 さいきょーの妖精ことチルノと、そのお供二名。リョウと大妖精。

 文が去ってからは、空を飛ぶ大妖精に手を貸してもらい落下を防ぎつつ“チルノの探知”を頼りに目的地へと飛んでいる。

 目的地へと近づいている証拠なのか、雪が降り始めて、その先の大地は既に白く染まっていた。

 

「ふぃ~大ちゃんは大丈夫か?」

「はい、私はわりと……」

「すげぇな」

「リョウ、家よって着替えてくる?」

 

 チルノからの提案に、首を横に振った。

 

「どーせ動いたら熱くなるんで」

「……そういえばそうだね。リョウったらすぐ脱ぐし」

 

 そんなチルノの言葉に、苦笑する大妖精。

 

「ま、まぁ間違ってないけど……」

「その言い方よくないっすよ」

「ん?」

 

 いまいちわかっていないようで、小首をかしげるチルノ。

 まぁ実際にリョウは厚着をしようと、薄着だろうと戦闘がはじまれば上着は脱ぐ。

 

「なおした方がいいか?」

「癖なんで別にいいんじゃないですか?」

「そういうもんかね」

「そーよ、ちょっとかっこいいし!」

「チルノさんがそう言うなら」

 

 基本的にチルノの慣性は信じる方針である。

 

「ん、着くわよ」

 

 辿りついたのは―――霧の湖だ。

 陸にしっかりと着地する大妖精とリョウ。

 湖は、半分ほどが凍結しているようであり、周囲を見渡しても他の生物が見当たらない。

 

「っと、サンキュー大ちゃん」

「いえ、それより」

「ああ……」

 

 二人の前に降りるチルノ。そしてその視線の先。

 

 凍った湖の上、幻想的な雰囲気の中―――レティ・ホワイトロックがその上に立っていた。

 

「レティ……」

「チルノ……」

 

 チルノたちから見て横を向いて立っているレティは、チルノに気づくと流し目でそちらを見る。

 しんしんと降る雪、憂いを帯びたその表情、リョウは思わず見惚れそうになるが……即座に両頬を叩いて頭を振った。

 彼女こそが……。

 

「く~ろ~ま~く~……なんちゃって」

 

 クスリ、と笑うレティ。

 

「なんで……どうして?」

「どうしてってチルノ、私まだ貴女と、貴女達といたいというだけよ?」

 

 さびしそうに笑う彼女のそれは、きっと本心なのだろう。

 それを聞いたチルノと大妖精は顔を複雑そうにしかめて、リョウはただ無表情で見つめるのみだ……。

 レティが両手を開き、凍結した湖の上でクルッと回ると寂しさを含んだ笑みから一転、ニコリと笑った。

 

「だからね、考えたわけ……ここら辺がずっと冬ならいいなって」

「“ここらへん”、ですか?」

「そう、それで妖怪の山はずっと秋、迷いの竹林の方はずっと春、そしたらそれぞれ棲み分けできるでしょ?」

 

 しかして、明らかな穴があるようにも思えると、大妖精は眉を顰める。

 

「それだけ、ですか? 本当に……湖だって!」

「じゃあ半分だけ冬にしましょうか?」

 

 呆気なくそう答え、レティはその手に落ちた雪を見て笑う。

 

「レティ、人里の人困ってるよ。祭りだってある!」

「一緒に行きたいと、思わない? 一週間もすれば慣れてくれるでしょ」

「ッ! でもっ、だとしても!」

 

 狼狽えるチルノの背後、リョウはなにを言うでもなく立っていた。

 ただレティの方を見て、レティもその視線に気づいてリョウの方に視線を向けるが、すぐにチルノへと視線を戻すのは、狼狽えながらも、チルノが次の言葉を紡ぐために口を開くからだろう。

 それをどこか温かく見守ってしまうのも、彼女が今回の異変を起こした理由か……。

 

「それでも、里のみんなを放っておけないよ」

「でも前まで、妖精を見下して貴女を疎ましく思っていた者たちよ?」

 

 レティの瞳が鋭くなり、拳を握りしめる。冬の妖怪の内に熱いなにかを感じ、リョウもまた瞳を細めた。

 

「きっとなにかあったら、貴女を真っ先に見捨てるに決まってるわ!」」

「そんなの、なってみないとわからないよ!」

「わかるわよ! 私には、だからこそ!」

「でもっ!」

 

 強い瞳で、チルノはレティを見つめ、はっきりと口にする。

 

「それでもあたいは今、里の人たちを守りたいって思うんだ!」

 

 その両手を振るうと、氷の塊がチルノの手から伸び―――砕ける。

 そして、手には二本の氷剣。

 

 レティは、右手で左の二の腕をギュッと掴み、困ったように笑った。

 どういう感情なのか、チルノも大妖精も読みかねる。

 

「大人になったと思ったのに、やっぱりバカね貴女」

「レティ……」

「それじゃ、私も我を通させていただくわ……!」

 

 強い瞳で手を振るうレティの背後から、白き波―――吹雪。

 それがすさまじい速度で押し寄せてくる。

 ハッとして、リョウは素早く大妖精をチルノの方へと押しやった。

 即座にその意図を理解して、チルノは右腕で大妖精を抱きかかえ、リョウに向かって強く頷く。

 

「えっリョウさん!?」

「頼みますチルノさん!」

「ええ、任せなさい!」

 

 大妖精がリョウに手を伸ばすが、吹雪が到達しホワイトアウト。

 猛吹雪に覆われそれぞれの姿を見失ってしまうチルノ、大妖精、リョウの三人。

 

 視界は真っ白の吹雪で覆われて、今わかるのは自分が大妖精を抱きかかえているということのみで、レティが遠ざかっているということ。

 歯痒そうな表情を浮かべながらも、横を見れば大妖精が震えているようだった。

 力いっぱいに、息を吸い込む。

 

「レティぃぃぃ!」

 

 強い瞳と声で、左手に握った氷剣を逆手持ちすると雪が積もりだした大地に突き刺す。

 

「大ちゃん、掴まってて!」

「う、うん!」

「もしいるなら、避けてよねリョウ!」

 

 そう言いながら大妖精を離すと、大妖精はすぐにチルノの腰に両手で掴まる。

 空いた右手を空に振るえば、その右手の剣がさらに氷を纏いチルノの身の丈ほどまで大きくなったところで割れる。

 中から現れるのは氷の大剣、それを両手で持つと、勢いよく振るった。

 

「デヤァァァッ!」

 

 大剣が振るわれると、その剣圧により吹雪が晴れた。その時。

 

「大ちゃんッ!」

「きゃっ!?」

 

 剣から手を離し、大妖精を抱えると後ろに跳ぶ。

 

 ―――白銀の煌めき。一筋の閃光。すなわち斬撃。

 

 それが、さきほどまでいた場所を切り裂き地に亀裂を奔らせた。

 チルノが着地と同時に指を鳴らすと、置いてきた大剣と剣の二本が爆発するように散る。

 鋭く尖った氷が弾けると、斬撃を放った者が後ろへと跳び、チルノたちとの間に距離を取った。

 

「大ちゃん、大丈夫!?」

 

 着地したチルノが大妖精のことを見る。

 

「ち、チルノちゃんこそ怪我は!?」

「あたいは大丈夫、ちょっとスカート切れたけど」

 

 そう言って笑うチルノのスカートを、目をひん剥いてみる大妖精。

 まるでスリットのように横に切れ目ができてしまっている。

 あまり見ることのないチルノの生足に、大妖精が眼を見開く。

 

「エッッッ」

「え?」

「あ、ちがっ……ど、ど変態はどこだこらぁ!」

 

 可愛らしい声で威厳も威圧感も迫力もなく言い放つ、顔を赤くした大妖精。

 チルノとしてはリョウの悪いところが伝染ったかな、と感じ少しばかり困った表情を浮かべる。

 

「残念ながら、ここから先は通さないようにとお達しです」

 

 そんな大妖精曰く“ど変態”の声。

 表情を引き締めると、チルノは襲撃者の方へと視線を向けた。

 

「みょん!」

「はぁ、どうしてこうなってしまったのか……」

「よ、妖夢さん!?」

 

 魂魄妖夢。

 冥界、白玉楼の庭師であり、主こと西行寺幽々子の警護……というより召使い。

 その両手で、長刀『楼観剣』を持ち、立っている。

 

「リョウは……」

「ううん、周りにいないよ」

 

 すでに吹雪は晴れているが、しかしリョウは見当たらないし雪はいまだに降りやまない。

 それもそうだろう。今は……否。此処(・・)は真冬なのだから。

 

「みょん、マジ?」

「ええ……半分不本意ですが、本気です」

 

 真面目な彼女にしては珍しいなと思うが、幽々子の願いであればそれもまた自明の理。

 故に、引くことはないということもまた然り。

 となればと、チルノはその手に氷の剣を再び創り出す。

 

「大ちゃん、一緒に戦って?」

「もちろん!」

「あたいだけじゃまだ、きっと……みょんに勝てないから」

 

 妖夢は相対する氷精を見て複雑な表情を浮かべた。

 かつての彼女ならばそう言っただろうか? 根拠のない自信は彼女の持ち味ではあった。

 しかして、今は違う。

 

「成長、ですか……」

 

 幻想郷の怪異たちには縁遠い話ではあるのだが、それは確かな成長なのだろう。

 あの無鉄砲さを気に入っていた魔理沙などはどう思っているのか、などと物思いにふける。

 さりとて、成長とは常になにかを捨て何かを得るものなのだ。それに……。

 

「一番大事なとこは、変わってないでしょうし……」

 

 息を吐き、ただの一刀を両手で持ち切っ先をチルノに向ける。

 

「推して参る……!」

「難しい言葉はわかんないよ、みょん!」

 

 二人が同時に、地を蹴り跳び出す。

 

 

 

 少し時間は遡り吹雪に巻き込まれた時、リョウは大妖精を押してチルノの方へ。

 二人で頷き合い、白き暴風に巻き込まれ視界が真っ白に染まる。

 奇襲を警戒して素早く両手足に“気”を集中させて戦闘態勢に入るも―――腹部に衝撃。

 

「がっ!?」

 

 そのまま吹き飛んだリョウだが、途中で体勢を整える。

 真っ白な空間から弾きだされ、雪が降り積もる森の中、背後に巨木が迫るのに気付いて両足をそちらに向けて、木に対して横向きに着地。

 木がミシィ、と音を立てるので素早く足に力を入れて跳んで着地。背後で木から雪がドサッと落ちる音が聞こえた。

 

「いて」

 

 腹部を軽く撫でて、息をつく。

 

「……なんでお前なんだよ」

 

 シャツのネクタイを緩めて、訝しげな表情で雪の上に立つ少女を見やる。

 目付きを鋭く尖らせて、“敵”を直視。

 その足の紅が濃く、力強く輝いていく。

 

「咲夜ぁ……」

 

 人呼んで、完璧で瀟洒な手品師、十六夜咲夜。

 視線の先に立つ少女は、その手にナイフを一本持ち、軽く投げ空中で回転させ、手に納める。

 静かに呼吸をすると白い息が吐き出された。

 

「……マフラーするぐらいならミニスカートやめたらどうだ?」

「あら、せっかくのサービスを無下にするなんて」

「俺のためだとは思わなかった」

「レミリア様のためだけど、従者のミニスカートに欲情する主様なんて困るわぁ」

「そんな光景見たいことねぇけどな変態従者」

 

 そう言いながら、肩を回せばゴリゴリと音が鳴る。

 

「あらずいぶん凝ってるのね、私が揉んであげましょうか?」

「結構だ、手加減知らずのゴリラメイド」

「……じゃあ小悪魔がご所望?」

「そりゃ嬉しいけど“間違い”が怖いんで」

 

 ついでにパチュリーも怖い、と苦笑して一歩踏み出す。

 

「なんでレティさんについたんだよ、紅魔館だって被害こうむってるんだろ……お前の個人的な協力だとしてもレミリアさんが黙認するたぁな」

「レミリア様も察してるのよ。異変の顛末なんて“いつもそう”でしょ?」

「まぁ違いない。不変だな」

 

 そう言いながら、遠くから聞こえる音に顔をしかめる。

 

「で、結局なんでレティさんの側に?」

「日給が紅魔館よりよかったのよ。有給も取ったらおいしいのなんの」

「お前金に困ってないだろ」

 

 ついでに、俺と違って。と付け加えておく。

 

「それと、私個人的にやりあいたかったのよね」

 

 ナイフで手遊びをしつつ、笑う。

 

「アナタと、ね」

「そりゃ魅力的だな、色気の欠片もねぇ物騒なお誘いじゃなきゃぁ」

 

 わざとらしく肩を竦めると、咲夜はクスリと笑った。

 

「このあともあるし能力も使えないでしょ? 手加減してあげましょうか……」

「いいや、女に気ぃ使わせるもんでもねぇだろ」

 

 八重歯を出して楽しそうに笑う。

 

「本気で動いて楽しませてやらぁ」

「時代錯誤な発想ね。それにこのあとレティとするかもしれないのに、いいの?」

「結構だ。ここで負ける方がナンセンスだろ。リードされるのも嫌いじゃないが……こと今回に至っては、俺にさせてほしいね」

 

 咲夜がナイフを一本、リョウに向かって投擲。

 

「まぁ主役として負けるわけにいかわないわよね?」

 

 ナイフを気を纏う手で掴むと、雪の上に放り投げた。

 楽しそうに笑みを浮かべる。口を開いて八重歯を出し獣のように深く真っ白な息を吐く。

 

「そう、野蛮で粗悪で凶暴で、そんな貴方だからこそやりがいがあるのよ」

 

 独り言のように、咲夜は呟いたが、声は聞こえていない。

 その紺碧の双眸を輝かせながら、彼は力強い声で吠える。

 

「いつだって、オレの主役はただ一人―――チルノだ!」

 

 

 




あとがき

今回は戦闘までの前フリ
原作主人公組が敵というパターンでございました

リョウの本性というか内面というか、そこらもまた後々に判明していく予定
ちょっと下品な気がするのは主人公のせい、だいたいコイツが悪い
久々の戦闘、頑張るぞい

それでは次回もお楽しみいただければー


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