リリカルガーデン (青桜)
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第一話

 始まりは……そう、こんな肌寒さとハッキリしない意識の中、それでも感じた己とその身の回りへの違和感だった。

 

 

「貴方は選ばれたのです」

 

 ――選ばれたって、何に選ばれたんだ。

 

「赤、白、そしてわが創造主たる黒。三者が選びし者たちに力を与え、僅かな可能性を期待して見守りし魂の、その中の一つです。

 ――ああ、何をどうしろといった指示は無く、新たな生をどう生きるかは自由です。

 ただ、『貴方自らの責任で選択して行動すべし』ということだけを心に留めておくことが力を与えし方々から提示された決まりです。

 上位存在からの横槍なんてモノもありません。あるがまま生きた上で育まれた結果が全てです。別段、殺し争い合う必要もありません。

 まあ、そういった要素がまったく期待されてない訳でもないのですけれど……。

 ともかく、これから先、よろしくお願いします」

 

 ――えっと、おおよそは理解できたけど、俺は納得したわけじゃないぞ。そもそも死んだ覚えも、神っぽい何かに会った覚えもない訳なのだが。……今からやり直して普通に生まれ変われたりはできないのか?

 

「貴方が力を受け入れ、私としっかり結びつけば、三度目の生としてそれを行うのは可能です。

 ……しかし、一つ申し上げておくならば、過去は決して消せません。貴方が今、自らの存在を拒絶しても選ばれた事実が無くなりはしませんし、過去に戻ろうとしてもそれは過去をなぞった今を歩いているということを認識すべきだと私は愚考いたします。

 ――さて、そろそろ答えを聞かせていただきたいものです。

 貴方は私を受け入れても、受け入れずとも、あるいは今は保留しても問題は無いです。

 決めた答えが何であれ、私は貴方の判断を尊重いたしますから――」

 

 

 

 

「起きてください、マスター」

 

 耳元に凛とした声が響く。

 白いベッドの中がもぞもぞと動きだし、中からまだあどけなさが抜けきれていない顔立ちをした黒目黒髪の男が起き上がった。

 

(……懐かしい夢だな。しかしあれからもう八年半近くも経つのか)

 

 そう昔を思い返す彼、ヒサト・クラフトは前世の記憶を保持する、いわゆる転生者である。

 念の為に断っておくが前世の彼の名はこのような和洋折衷では無かった。――最も、読み方が分からないようなもっと変な名前であった可能性も否定できないのでもあるが。

 だが、ヒサトの前世における名前については語られることはおそらく無いだろうし、ヒサト本人も既にこれまでの今生における生活の中で気持ちを切り替えているということは予め述べておこう。

 

「うん、……おはようメシア」

 

 そう言って彼はベッドの傍にたたずんでいる、自らの相棒といっても過言ではない、今の人生が始まってすぐからの付き合いである濃緑の髪の少女――いや、彼女の30cm程の身長を鑑みればむしろ妖精というのが適切か――メシアへと、つい今しがた見た夢について考えながら顔を向ける。

 ――彼女についてはこれまでの間ずっと己の傍らにいると言うのに、未だに自分自身のことも含めて分からないことが多い。ヒサトはそう感じた。

 大抵の問い掛けには素直に答えてくれはするのだ。しかし、彼の持つ力の秘密や初めて会った時にうっかり口を滑らせたと思しき、複数人を転生させた本当の理由、『育まれた結果が全て』とはどういうことかについては申し訳なさそうな表情はしつつも、なぜかこれまで決して語ろうとしなかったのである。

 自分と彼女についてヒサトがこの八年半ほどで分かったこと。それはメシア曰く、ヒサトの魔導師としての才能は――もちろん努力しだいでもあるが――最高ランクに到達することが可能な水準であるということ。

 実際、ヒサトはこれまで魔法に対して楽しみながらもひたむきに打ちこんで学び実践し、そしてその分だけ、いや、それ以上に目に見えて上達しているのでは無いかと思えるくらいグングンとその才能を伸ばしてきた。

 今現在も魔導師としての力だけでなく、その他様々な知識を学べば学ぶだけ自らの糧と出来ている実感を彼は得ている。

 次に、転生した者に与えられた力は大体二つであるということ。

 詳しくはやはり教えられないそうだが、メシア曰く、メシア自身がヒサトに与えられた力の一つであり、ヒサトが知っている魔法であれば、ヒサトの知識と認識を元にしたおおよその形で再現して使用できるように手助けをしてくれるそうだ。

 後、もう一つの力は彼女の存在が影響して、本来のものとは一部変質しているらしいこと。

 そして彼女はヒサトの魂の片割れであり、いわば守護霊的な存在である。――曰く『似たようなことは出来ない訳では無いがユニゾンデバイスじゃありませんよ』とのことだ。

 その他にもヒサト自身が気付いたこと、彼女に教えられたことはあるのだが、それについては今はまだ頭の片隅に留めておく程度で良いだろう。

 しかしヒサトにとって自身の秘める力の把握は今現在さしたる困難に陥ってはいないとはいえ、当然ながら重要ではあるし、後々知らなくて後悔する事態になるのは困る。

 そこで、久方ぶりに昔の夢を見て気にもなったし、あまり期待はできないだろうと踏まえつつもヒサトは今生で常に傍らにいる存在に改めて問う。

 

「なあ、メシア。そろそろもっと詳しく力のこととかを教えてくれてもいいんじゃないか」

 

 ヒサトは何時にも無く真剣な眼差しでメシアの小さな灰色の瞳を見つめ、今日こそはという決意を込めて彼女へ問いただす。

 メシアは一瞬キョトンとした表情をしたが、自らのマスターの言わんとすることを察して、少し物憂げにしつつ言葉を選ぶように話し始めた。

 

「話すべきことは既におおよそ話しました、……というのでは納得していただけないのでしょうね。

 初めてマスターと話した時のことはおぼえていますか?

 あの時、私は『何をどうしろといった指示は無く、新たな生をどう生きるかは自由です』と申し上げたと思います。

 ……今更マスターの力について全てを説明するというのは少々憚られるので、勘弁していただきたいのですが。そうですね、マスターの力について少しだけお教えしますと、ピンチに陥り万策尽き、今のままではもうどうしようもないと思った時、つまり力に“飢える”ことでマスターは自らの力に真に覚醒し、その力の全貌を理解することができますよ。それはもう、まるで物語の主人公のように。……あ、でも実際は力に目覚める前に死んじゃうことも十分あり得ますので、くれぐれも無茶してはいけませんよ。

 そういう訳ですからマスターはあまり心配しすぎること無く、己が心に従って生きてください」

 

 そう言って、メシアは茶化すようにくすりと笑った。

……何ともメタな言葉だな、とヒサトは思いつつも、肝心なことははぐらかして場の空気を変えようとする彼女の意図を理解し、微笑みを向けて『そうか、わかった』と返事をした。

 結局のところほぼ収穫なしである訳だが、ヒサトはまあ今はそれでいいかと思った。

 現状に不満がある訳でもないし、あまり強大な力があっても碌なことにならない可能性が高いだろうことは自身のこれまでを振り返っても確かだ。

 今でさえ力に溺れ気味なのに、安易に更なる力が手に入ると道を完全に踏み外すことは請け合いである。

 そう考えながら、水色の寝巻きから背が伸びてきた為に最近新しいサイズに新調した時空管理局員の制服に手早く着替えた。

 メシアは敢えて誤魔化されてくれた主の配慮に感謝しつつ、ライトグリーンの粒子となってヒサトの中へ一つになって融け込んでいった。

 

 

 管理局員の制服を纏ったヒサトは自室から出て、朝食をとりに食堂へと向かった。

 食堂に着くとヒサトはベーコンチーズトーストとサラダ、オレンジジュースをトレイに乗せ、もはや幼馴染といても過言では無い友人の一人を食堂の片隅に見つけるとサッと近づいて声をかけた。

 

「やあハルト、おはようさん」

 

 そう挨拶したヒサトはハルトと呼んだ金髪の、傍から見ても端正な顔つきのその友人の隣へと座った。

 

「あ、ヒサトおはよう。ショウは見かけなかったかい」

「いや、今日はまだ見かけて無いな。もう先に朝食を食いに来ていると思っていたんだが」

 

 彼の名前は、リオハルト・リクスナー。もう一人のショウという友人も含めてヒサトと同じ転生者である。

 彼ら三人は八年前にとある次元世界の遺跡の奥で、冷凍装置と思われるカプセルの中で眠るように存在していたのを発見された。

 目覚めて保護された後、特別保護施設に預けられて、そこで改めて三人はお互いのことなどについて話し合ったのである。

 ちなみに三人共前世の記憶はあるが、転生の際に神などのいわゆる上位存在と対面したといった覚えは無く、メシアが居なければ自分たちが何者かの介在によって転生したということはおそらく分からなかっただろう。

 言うまでもないだろうが、前世と今生の間の記憶が無い以上、今ヒサトたちが持っているらしい力は彼らがどれこれこんなのが欲しいと要望した訳では無く、彼らを転生させた存在が選んだものということになるだろう。

 そのあたりについて以前メシアに尋ねたところ、『他のお二方は分かりませんが、わが創造主は与える力を先に決め、その力をある程度創造主の意図したコンセプトで運用しうるであろう魂を選定したとのことです』といった答えが返ってきた。

 

 三人は施設で一年弱ほど過ごした後、管理局員になることを望んで士官学校の門をたたき見事入学を果たし、およそ三年間を魔導師としてのあれこれについてみっちり学んで、三人揃って優秀な成績で卒業した。

 それから後は本局1256航空武装隊への配属となり、そして今に至る訳となる。

 

「ところでヒサト、昨日戦技教導隊へと転属したうちのロギュシェ第五分隊副隊長の後任は誰になると思うかい」

「うーん、第一分隊のオーベル三等空尉がこっちに来て、新しく転属してくるらしい人が代わりに第一分隊に入るんじゃないかなと俺は思うけど」

「ふーむ、僕は件の転属してくる人が副分隊長になる説もあり得ると思うなあ。実際のところはまだ本当か分からないけど、AAランク以上の優秀な魔導師が来るらしいって噂だしね」

「噂が本当なら、それも有り得るか。しかし、最近は聞くことはないが、『アルハザードの捨て子』だとか陰口言われてた俺たちみたいな異端者にも親身になってくれてる良いお兄さんだから、栄転は祝福すべきだけど、やっぱり少し寂しいな」

「うん、確かに……ね。でも助け合うのは大事だけど、いつまでも他人に甘えてられないってのも事実だし、今まで以上に頑張っていこうよ」

 

 二人が今、話しているのは彼らが所属する分隊、本局1256航空隊第五分隊の次の副隊長についてである。

 本局1256航空隊は部隊長以下、現在八分隊に分かれており、各分隊にはそれぞれ隊長及び副隊長の下に二人ないし三人の隊員が存在する形となっているのである。

 入局したてのヒサトたちの良き兄貴分として、指導だけでなく仕事での細やかなフォローもしてくれたロギュシェ二等空尉には本当に色々とお世話になったものだとヒサトは改めて思う。

 

「おはよう、お二人さん。話が盛り上がっているようじゃないか」

 

 お世話になった上司との良き日々な時に思いを馳せ、ヒサトとハルトの二人が朝食をゆっくり食べながら話していると、茶髪に濃緑の目をした少年、――もう一人の友人たるショウ・レザンスカが話しかけてきた。

 

「やあおはようショウ」

「おはよう、ショウ。今日はちょっと遅めだね。もしかして件の調査に何か進展が有ったのかい」

「いや、残念だが転属してくる人物はおそらくランクはAAAってこと以外は私にも未だに分かってないな。昨日は私のつたない手腕なりに頑張って調べはしたのだけれどね。まあそのせいで今日は少し寝坊したってだけだよ」

 

 そう言ってショウは肩をすくめ、二人の向かいの席へ腰を下ろした。

 

「まあ、ハルトが言っているように魔導師ランクAAAの優秀な人材なのであろうことはほぼ確実だから、いきなり第五分隊の副分隊長になる可能性も十分にあるだろうな。尤も、私としてはヒサトが副分隊長になってくれると嬉しいんだけどね」

 

 そう述べたショウに対して、ヒサトはそれはどうなのかといった顔をして答えた。

 

「なあ、俺たちはまだ扱いとしては十一歳なんだぞ。いくら時空管理局が年少者の雇用に寛容で、魔法至上主義の傾向が強いと言っても、今の俺が分隊の副隊長にしてもらえる見込みは正直薄いと思うけれどもなあ」

「オイオイオイ、君は仮にも既に准空尉じゃないか。しかも魔導師ランク空戦SS+ときてる。

 さらに言わせてもらえば、士官になる為に部隊指揮や上級キャリア等についての勉強もしているんだろ? 私が管理局の部隊長ならばそんな将来有望な人材を少し若いくらいで平隊員として遊ばせておくことはしないし、実際のところうちの部隊長は君のことを殊更気にかけてる節があると私は見ているけどね」

「それに関しては昔どっかの誰かにおだてられて調子に乗ってしまった記憶があるけどなぁ。

 いやそもそも俺が上昇志向が有って指揮官になる為の勉強も行っているとしてもだ、いくら管理局が魔法至上主義であったとしても……だ、入局四年でしかも年齢的にまだ子どもと言っていい自分がもう准尉官とかちょっと怖いんだけど」

「フッ、……これは君だけでなく私とハルトにも言えることだが、あの若さで士官学校に入学できたというミラクルな奇跡を達成した時点である程度は覚悟しておくべきだったろうがね。

 それに当時の君はノリノリで喜んでいたし、その誰かが言ったことはあながち間違いじゃ無かったと思うがね。

 ハルトが管理局に入ることに前向きであったのがそもそものきっかけなのかもしれないが、士官学校に入ろうと初めに言いだしたのは君だったはずじゃないかい?

 私はただ君の熱意を応援しただけだよ」

 

 往生際の悪いヒサトに対してショウは勝ち誇ったような余裕の表情でミルクたっぷりのコーヒーを飲みながらそう言った。

 ヒサトは旗色が悪いことを悟り、ハルトにちらりと目線で救援を求めた。

 

「まあ……うん、僕もヒサトのことを応援してるよ」

「うむ、時空管理局の明るい未来は君の手に掛かっているぞ」

 

 ……何ということだろう、友を越えて最早兄弟だと思っていた二人にこんな形で裏切られることになるなんてヒサトは思っていなかった!

 ヒサトは別に偉くなって責任ある立場になったりするのが嫌という訳ではないが、正直なところこれほどの早さで昇進するとも思っていなかったのである。

 そもそも出世したい理由にしても、望んだわけでもない特殊な生まれゆえに人から奇異の目で見られるのは居心地が悪いし、ジッとしていても環境が良くなる見込みが薄いことが分かっている為、どうせならば皆とまでは言わないが、他人に認められたいという一種の自己顕示欲が根っこの部分にあっただけで、少なくとも決意した当時は時空管理局を良くする為とかそんなことをヒサトは全く考えてなかったのである。

 もちろん今の職場である管理局についてそれなりに思うところがあるのは今も昔も変わらないが、ヒサト自身は大局を変えてやるという意思はそれほど持ち合わせていないのである。

 

(いつまでも子ども気分じゃいられないのは仕方ないけど、後一年程は自分のペースでゆっくり学び、実力を高めつつ、気楽な立場でいられると思いたいんだけどな……)

 

 ヒサトはそう願いながら残りの朝食をパクパクと食べた。

 

 

 

 朝食を済ませ、訓練に行こうと歩いていたヒサトを気難しそうな顔をした男性、1256航空武装隊の副部隊長アラム・ペシコフ三等空佐が呼びとめた。

 

「クラフト准空尉、レイファラ部隊長殿がお呼びだ。至急、執務室へと行きたまえ」

 

 そう言うと副部隊長はヒサトが『了解しました』と言うのを確認するそぶりも見せずにどこかへ去って行った。

 

(別にわざわざ呼び出されるような問題を起こした覚えは無いし……まあこのタイミングだとおそらくはそういう話なのだろうな)

 

 ヒサトはフッと溜息を漏らしながら訓練場から部隊長のいる執務室へと目的地を変更した。

 

 執務室に辿り着いたヒサトは深呼吸をした後、緊張した面持ちでコンコンと軽く扉をノックする。

 

「入っていいぞ」

 

 中からそう、女性の声が聞こえてきた。

 ヒサトは促す声に従い、扉を開けて中へと入った。

 

「失礼します。ヒサト・クラフト准空尉であります。部隊長殿がお呼びと伺い、参りました」

 

 部屋の中に入ると正面奥に見える机を挟んで向こうのゆったりとした椅子に橙色の短髪の人物が座っているのが目に入る。

 その人物こそが本局1256航空隊の部隊長にして魔導師ランク空戦AAA+を誇る橙髪碧眼の麗人ことマーガレット・レイファラ一等空佐である。

 部隊長へと敬礼をした際、ヒサトは部屋の片隅に見慣れない少女が立っているのに気が付いた。

 ちらりと見る限りではおそらくヒサトと同年代に見え、管理局員の制服を身に纏っていることから、おそらく局員なのだろう。

 少女の髪は栗色のセミショートであり、その目は澄んだ天色(あまいろ)の青をしている。

 ヒサトはその少女が何者なのか気になりつつも当初の目的を思いだし、慌てて部隊長の方へと向き直った。

 

「うん、わざわざ呼びたててすまないね、ヒサト・クラフト准空尉。……若くして優秀な君なら呼ばれた時点で何となくは察しがついていると思うのだけれど、君に幾つか伝えるべきことがあって呼ばせてもらったわけだよ」

 

 部隊長は凛とした雰囲気で微笑みつつ、まずはそう切り出した。

 

「君がいる第五分隊の副隊長だったロギュシェ二等空尉が昨日付で第一戦技教導隊へと転属したのは知っているだろうが、その後任としてヒサト君、君を任命する。」

「……了解しました」

 

 このタイミングで呼ばれた要件がこれであろうことは、特に何も叱責を受けるようなことをした覚えが無い以上、ヒサトも既に分かっていたことだ。

 だが、前世の記憶について吹聴してない以上は、まだあまり責任を負わないでもいい立場の子どもとして扱われても良いんじゃないかという甘えの気持ちが今までは心のどこかに存在していた。

 しかし、もう子どもという意識からは脱却し、これからは自分のみでなく他人のことにも責任を持たなくてはならない立場になるということをヒサトは改めて自覚せざるを得なかった。

 自らの能力に対して自信と不安の両方を抱きながらも、ヒサトは今生において一つ大人の階段を上る決心を固め、部隊長へと了承の返事をした。

 

「大丈夫だ、君は君自身が思う以上に優秀で大きくなれる存在だよ。年の若さを気にしているのならば、それも心配ないぞ。君はとてもできる男だし、頼りになる優れた仲間もいる。私も今後しばらくの間は君が一人前の指揮官になれるようにこれまで以上に面倒を見てあげるよ」

 

 部隊長はヒサトの心中の不安を察したのだろうか、そう言って励ました。

 ――やだこの部隊長、本当に下手な男よりもずっとイケメンだよ。ヒサトは凛々しくも風格があるこの女部隊長へ常々から感じていた尊敬とカッコイイ印象がより一層深まった。

 

(本当にどうしてこうもウチの部隊長はカッコイイのだろうか)

 

 ヒサトが内心、部隊長のカッコよさに見惚れているのを知ってか知らずなのか、部隊長は意識を変えるようにコホンと咳払いをして言葉を続けた。

 

「さて、話の続きに戻り、次の要件に移らせてもらうぞ。君が副隊長になるというのは今言った通りだが、今はまだここだけの話になるが実を言うとだ、第五分隊の隊長であるカラント一等空尉も今月いっぱいで現場から退いて、後方勤務に就く予定なのだよ。

 だから来月からは君が本局1256航空隊第五分隊の隊長となる予定だ。その点も留意しておいてもらいたい」

 

 ――えっ、何ですかそれ。聞いて無いッスよ。

 辛うじて言葉には出さなかったが、部隊長が続けて言った話にヒサトは面食らった。

 

(いやいや、えっ……それって来月から俺が隊長ってことですよね)

 

 レイファラ部隊長は始めからそう言っている訳なのだが、あまりに急な展開にヒサトの頭の中は混乱しており、理解が追いついていないようであった。

 

「急な話であることは私も重々承知しているさ。だが先ほども言ったが、私も君が一端の指揮官になるまではできるだけフォローをするつもりだし、君は良い友人兼チームメイトに恵まれている。

 そして何よりも君自身も私の期待にすぐに答えられるだろう実力があるということを私は確信しているんだよ。

 大丈夫だ、ヒサト・クラフト君。確かに謙遜は美徳かもしれないが、君はもっと自分を誇っても良いと思うよ」

 

 ヒサトのあまりの混乱ぶりを見かねた部隊長は多少大仰な言葉でそう元気づける。

 部隊長の紺碧色の瞳が自分に自信と勇気を与えてくれているようにヒサトは感じた。

 正直なところ、未だヒサトの心の内は不安な気持ちが大きい。だが、ここまで期待されておいて情けない消極的な返答をするのも憚られる。

 それに、自分のことを高く評価してくれている人の期待に答えたい、どこまで自分にできるのか自ら可能性を知りたいという気持ちも少なからず存在するのだ。

 ヒサトは意を決し、己を奮い立たせた。

 

「私、ヒサト・クラフト准空尉。その話、しかと承りました」

 

 己の決意を示すように、ヒサトはビシッと敬礼する。その様子を部隊長、それと謎の少女が微笑ましい表情で見つめていた。

 

「うん、やる気になってもらえて助かるよ。ま、そういうことだから本日新暦64年9月5日付で君は三等空尉に昇格の後、本局1256航空隊第五分隊副隊長に任命するね」

「……はい、拝命いたします」

 

 部隊長が何でも無いかのようにサラリと言ったいきなりのサプライズ昇進の話にも、流石にもうヒサトは驚くことはなかった。

 ――有る意味やけっぱちになっていたとも言える。

 部下の腹の括りように満足したのか、部隊長は『頼りにしているぞ』とでも言いたげな眼差しでヒサトをひとしきり見つめた後、さも今気付いたかのように少女の方へと視線を移した。

 ヒサトもようやくこの少女について説明をしてくれるのかとの期待を胸に部隊長につられるようにして、少女の方へと顔を向けた。

 

「さてと、待たせたなフェンリッヒ一士」

「いえ、そんなことはありませんよ。なかなか有意義なモノも見れましたので」

 

 そう言って、少女はさも意味ありげにヒサトの方を見る。

 ヒサトは初対面の女の子に少し恥ずかしい所を見られたことにバツの悪い思いをしつつも、そもそもの原因たる部隊長に『早く話を進めてください』と目で訴えた。

 

「――先ほどから彼女のことは気にはなってはいただろうが、改めて言わせてもらうと、彼女は副隊長、そして隊長が抜けることになる第五分隊の新しい隊員となる存在だ。

 君にとっては仲の良い友人たる二人を除けば初めての部下になる。――頑張るんだぞ」

「ハッ、了解です」

 

 部隊長の言葉に対してヒサトはそう答えつつ、新たな分隊のメンバーであり、気心知れた友以外で初めての明確な部下となるその少女へと改めて目を向ける。

 少女の感情の起伏が薄そうな顔からその内心を窺うことは、今日初めて会ったばかりのヒサトには困難であった。

 だが、その美しくも理知的な顔の奥に宿る青い瞳からは力強い意思が内に存在しているだろうことは彼にも感じ取れた。

 

「では一士、自己紹介を頼む」

 

 そう部隊長が促すと、少女はヒサトへ礼儀正しく挨拶をした。

 

 

「シュテル・フェンリッヒと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 



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第二話

 

「シュテル・フェンリッヒと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

「……さっき名乗っていたから知ってると思うけど改めて名乗らせて貰うと、ヒサト・クラフトだ。よろしくお願いするよ」

 

 そうして二人はお互い自己紹介をし合う。

 二人の初対面の感触がまずまずの印象の良さであったことに満足したのか、部隊長は微笑ましい様子でうなずいていた。

 ――しかし“シュテル”か……何か聞いた覚えがあるな。ヒサトはシュテルを見つめながら、ふと頭に湧いた疑問について考えた。シュテル……ダークナイト・シュテルってのがリュー○イトにいたよな、確か。

 いやそうじゃない。この世界に関する前世の知識の中にも何か引っかかるものがあったはずだ。

 ……ショウの方がずっとこの世界について詳しいし、おそらく何か知っているはずだろうから、後でショウに聞いてみればいいか。

 そうヒサトは新しい仲間となる少女の名前に僅かな引っかかりを覚えたが、詳しいことを知っているだろう友人がいることを思い出し、生じた疑問を先送りにした。

 

「可愛い子が仲間になって嬉しいのは分かるが、あまりじろじろ見るのは失礼とは思わないかな、ヒサト君」

 

 コホンと咳払いをしつつ、部隊長はそう述べた。

 そう言われて気付いたのか、ヒサトは居心地が悪いのか、はたまた恥ずかしがっているのか何とも判断のつかない表情をしているシュテルから慌てて目を横へと逸らした。

 

「まあ、あまり焦らないことだ。ヒサト・クラフト三等空尉、この後は彼女を他のメンバーへ紹介と、ついでに君の昇進と副隊長就任の報告もしにいくと良い。ああ、それと訓練終わりの後でいいから私のところに来るようにリオハルト曹長に伝えておいてくれ。……私からの話は以上だ」

 

 二人はレイファラ部隊長がいる執務室から退室し、ヒサトが少し前を歩く形で他のメンバーがいるであろう訓練場を目指す。

 

「……つい先ほどは申し訳なかったね、初対面の女の子をじろじろ見るなんて」

「いえ、別に怒っていませんよ。けど……」

 

 振り返ってそう謝罪をしたヒサトに対して、怒っていないとは言いつつもシュテルは何故か言い淀んだ。

 

「けど、何……かな」

「じろじろ見て評価するのではなくて、きちんとお話をし合ってお互いを知り合いたい。そう思っただけです」

 

 そうヒサトに言ったシュテルは、ヒサトの気のせいでなければ僅かに微笑んでいるように見えた。

 ――そんな言い方はずるくないか。

 照れているだろう自分の顔を誤魔化そうと取り繕う努力をしつつ、ヒサトはそう思った。

 

「ああ、うん。その通りだね。第一印象で決め付けるのではなくて、話し合わなきゃ分からないことはたくさんあるよね」

「ええ、そうです。……クラフト三等空尉は魔導師ランク空戦SS+とお聞きしましたが本当ですか」

「事実だよ。最も、ハルト……同じ分隊のリオハルト空曹長には模擬戦で負け越してるけどね。

 まあ、その人物の今のランクと実力が必ずしも等号で結ばれるとは限らないってことだ。

 ……別に俺がランクだけ高い見掛け倒しだというわけじゃないからね、分かっているだろうけど、そこは勘違いしないでくれ」

 

 シュテルの質問に対して、ヒサトは少しバツの悪そうな表情で言い訳をする。

尤も、この話をハルトが聞けば、『そんなの昔の話で、ここのところ君に勝てた覚えが無い』と否定をしただろうが。

ヒサトも自分で言ったが、別に彼がただ単に魔力が高いだけの戦闘経験やセンスが無くて弱いやつということは決して無い。若くて未熟というのは彼の年齢を鑑みるとあり得なくは無いのだが、それはハルトにしても条件は同じであり、むしろヒサトの方が必死に修練を積んでいる時間が多い。

 それならば何故ヒサトがハルトに模擬戦で、あくまでこれまでの通算とはいえ、負け越しているのか。

 そこには相性の問題も確かにあった。事実、ハルトとの戦いにおいてヒサトは自分の長所を生かしづらい戦いを強いられることが多かった。

 いや、底知れない程の高い魔力量と優秀な相棒たる存在による情報処理能力の高さや自身の才と努力。それらを背景とした優れた防御力と高機動の両立や高威力のミッドチルダ式魔法、特に射撃戦を得意とするオールラウンダーと言ってもよいヒサトであれば、本来多少優れた程度の相手ならばハルトの十八番たる近接戦闘なんぞさせる前に勝負を付けられるのだ。

 ならばどうしてハルトに勝てなかったのか。それはハルトの能力がある意味反則じみたものであるというのが大きな理由だろう。

 ハルトが有する力は『風を操る力』と『高い治癒・再生能力を持つ、やや対魔法性能に優れた結界っぽいもの』の二つである。

 ハルトの能力について知った時、ショウとヒサトは二人とも『なんかどこぞのセイバーっぽくない? 』と思い、実際ハルトにもそう感想を述べたところ、彼曰く『風をコントロールできる精度と範囲が段違いに大きいし、そもそも聖剣とか出せないよ。まあ、僕が所持するデバイスは剣、それも両手剣のバスタード・ソードみたいな形状だからあながち違うともいいきれないかな』とのことである。

 ちなみにショウとハルトの二人は、自分の力がどういったものなのかメシアに教えてもらわないと把握できていないヒサトと違って、何となく自らの力を理解しているらしい。

 それはともかくとして、ハルトの力は嵐を巻き起こすことなど朝飯前なのをはじめ、広範囲の探知、ステルスなんでもござれの能力に加えて、なんかよくわからないけど並大抵の魔法攻撃ではダメージを与えられないし、物理攻撃にもそれなりに耐性をもつ。そして本人が疲れているところを全く見たことないという、欠点が見当たらないものである。

 さきにハルトは近接戦闘が得意と述べたが、実際は遠近両方ともえげつない実力を発揮できる訳であり、近接戦闘が得意と言うのはあくまで手に持った得物の関係上といった部分が大きいのも確かである。

 

「まあ、自分達の実力のほどはお互いこれから確かめあっていけば良いと思うよ」

 

 少々考え込んでしまっていた自分の頭を切り替えてヒサトはシュテルにそう付け加えて言った。

 彼のその言い分も尤もだと思ったシュテルはハルトという人物への興味を芽生えさせつつ、話題を切り替えることにした。

 

「……他の方、特にランクSS+の貴方をして強いと言わしめるリオハルト空曹長のことも気になりますがそれについてはこれから知ることにしまして、今はクラフト三等空尉本人のことをお聞きさせてもらいたいです。で、クラフト空尉のご出身はどちらですか」

「出身か。えっと、士官学校出身だよ。……えーと、出身地ってことなら、一応アルハザードということになってるよ」

 

 正直なところ、出身地に関しては発見された場所でいいんじゃないかとヒサトは常々思っているのだが、どうもそういうことになっているようなので仕方ない。

 ヒサトの言葉に怪訝な表情になっているシュテルに対して補足説明の必要性を感じ、慌てて彼は言葉を続けた。

 

「実際そうなのかはわからないけどね。まあ、単にとある遺跡の奥でカプセルの中で眠っていたのを発見、保護されたって背景があるだけだよ。……いや、そんな地雷を踏んだって顔することはないよ。別にそんな気にするほどのことじゃないよ。ちょっと変わった生まれってだけで、ぶっちゃけた話、陰口とか叩かれなければ困ることも無いしな」

 

 ヒサトは、あからさまに拙いことを聞いてしまったという思いが出た顔になっているシュテルに対し、なんでも無いような感じでそう言った。

 実際、ヒサトは自分の現在の境遇について、さほど悲観した気持ちは抱いていない。自らを庇護してくれる存在たる両親が不在というのは確かに残念であるし、ふと寂しくなってしまう時ももちろんあった。しかしながら仮にもヒサトは前世の記憶を持つ転生者であり、普通ならば精神的に不安定になっても仕方ない両親の不在という状況でも平静でいられるのである。

 もっとも、せっかく転生してもう一度子どもになったんだから、子どもらしくはしゃいだり、親に甘えたりしたかったなと残念に思う気持ちも存在していたわけでもあるが。

 

「で、君の生まれとか諸々も聞かせてほしいな」

 

 ヒサトは気まずくなりそうな空気を払拭するために、にこりと笑顔を作りながらシュテルへと話を振った。

 

「私はミッドチルダの生まれです。家族は父と姉が一人います。管理局員だった母は私が幼いころに亡くなったと聞いてます。ちなみに父と姉は二人で家の花屋を切り盛りしています」

「ふむ、そうなのか。君の家族がどんな人なのか興味あるな」

「父は優しくて頼りになる人です。姉も抜けたところがありますが面倒見の良い、自慢の姉です」

 

 そう誇らしげに自分の家族について語る彼女をヒサトは少し羨ましげな表情で眺める。

 ――家族。それはヒサトの今生において、目覚めて此の方未だ存在しないもの。いや、ある意味ではショウとハルトは兄弟のような存在と言っても良いかもしれないが、あの二人は幼馴染の悪友という方がやはりしっくりくるだろう。

 ならば、メシアはどうだろうか。彼女は確かにヒサト自身にとって最も身近で、いつも傍にいる存在だ。家族と言っても差し障りは無いように思える。

 だがしかし、ヒサトがメシアに対して信頼や親愛の情を抱いていたとしても、彼女がヒサトに対して家族としての情を持っているのかは甚だ疑問なのである。

 メシアはあくまでヒサトの相棒たる存在であり、親兄弟のように無償の愛情を注いでくれると盲信するには拙い関係であるし、彼女はヒサトに対して色々と隠し事があり過ぎる。あるいはむしろ“そういう存在”であるのかもしれない。だが、それでもヒサトはメシアのことを頼れる存在と認識している。家族の間に隠し事があってはならないとか、そんなふざけた妄言をヒサトはするつもりは無いが、やはり現状を踏まえて考えるとヒサトとメシアはパートナーという関係なのだろう。

 

(そういえば、せっかくだから先にメシアを紹介しておいてもいいかな)

 

 家族についての話題で何とか家族に含められる存在は自らの周りにいないか考え、自らのパートナーならば実際のところはそう言って良いか少し怪しいが、対外的にそう言うのは問題ないだろうとヒサトは思い、他のメンバーと共に紹介する予定を繰り上げて、自らの相棒を呼びだした。

 

「なら俺も頼れる相棒を紹介させてもらおう。こいつの名前はメシア。ちょっと人見知りする奴だが俺ともどもよろしく頼むよ」

 

 シュテルはヒサトの左肩後方付近にいきなり現れた緑髪の小人に驚いて目を見開く。

 そんな彼女にメシアは悪戯が成功したことが嬉しいようにも見える笑顔をして、シュテルに

『よろしく』と挨拶した。

 

「えーっと、もしかしてユニゾンデバイスなのですか」

 

 いまだ驚いたような表情を残しながらも興味を含ませた調子でシュテルは、面白いものを見れたという顔をしたヒサトへ、そう疑問を投げかけた。

 

「いや、彼女はユニゾンデバイスじゃないよ。扱いとしては俺のレアスキルだ。まあ、珍しさではユニゾンデバイスと同じようなものだけどね。しかし――」

 

 その質問に対してヒサトも始めはこれまでそう聞かれた何時ものように返事をするが、今回はそれに続けて言葉をかける。

 

「しかし、ユニゾンデバイスなんてもの、まず拝めないのに良く知っているな」

「いえ、私も知識でしか知りませんよ。……メシアさんのことをデバイス扱いしてしまって申し訳ありません」

 

 そう言って、シュテルは目を細めどこか困ったような、申し訳ないような表情をして頭を下げた。

 そんな彼女に慌ててヒサトとメシアは自分たちは何も気にしていないことを告げ、むしろこちらが気を遣わせてすまなかった、と逆に謝罪した。

 

 そうこう話しているうちにハルト達のいる修練場まで二人(あの後メシアは引っ込んだ)は辿り着き、ヒサト達が来たのにいち早く気付いたハルトから声をかけられる。

 

「ヒサト、部隊長に呼ばれたってカラント隊長から聞いたけど。……後ろの女の子は誰なのかな」

「ああ、今紹介するよ――」

 

 尤も気になるだろう質問をしたハルトと、なぜか彼女を驚いた表情のまま何も言わずにプルプルと小刻みに震えながら凝視しているショウに対してシュテルのことを紹介しようとしたヒサトの言葉に割り込んで言葉が発せられた。

 

「先に部隊長から君に聞かされたであろう、例の件への返答を私にも報告してもらいたいな」

 

 ヒサトの発言に被せるようにして発せられた陰気な声色の主は、ヒサト達が所属する第五分隊の隊長、エリンケ・カラント一等空尉であった。

 カラント隊長は戦術眼に優れ、指示も的確という点では良き上官だ。……ネチネチと小言がうるさいのに目をつぶれば、であるが。

 ショウに言わせれば、やつは嫌味で人を見下してる、アイツの言うことは間違っていないがその態度が気に食わない、そんな感じのとにかく面倒くさい上司扱いである。

 ヒサトやハルトの二人もその小言の多さやそのねちっこさに疲弊することはある。しかし、ヒサトは戦術等の学ぶべき所は心に留めるようにしておき、ネチネチと長いだけの小言は蛙の面に水の如く適当に受け流すようにしているし、真面目がうりのハルトは言ってることは間違いでは無いのだからといつも真剣に聞いている。

 その為、内心どうなのかはともかく、大抵の場合はショウを諫めたり、愚痴の聞き手に回ることが多い。

 そんな優秀だが少し残念な隊長のカラント隊長の方へとヒサトは向き直り、敬礼と共に報告する。

 

「はい、副隊長指名の件と来月からの話、両方とも承知いたしました」

「結構。尻の青いガキの貴様が一端の指揮官としてやっていけるよう、これからの一月は今まで以上に厳しく指導させてもらう。貴様は言われたことをその日中にきちんと理解して実践できるようにしろ。これは指揮官としての義務だ。分かったな」

「イエス、サー」

 

 隊長のありがたくも厳しいお言葉に対して、ヒサトは即座に了承の返答をする。

 無茶振りとも言える言葉であるが、指揮官とは部下の命を預かる立場であり、その責任は重大である。これから先はそんな立場となる以上、その場その場の適切な判断を下すことは正に指揮官の

義務であり、最大限の努力を持ってこなさなければならないのだ。

 尤も、先ほどレイファラ部隊長に言われたように、一人で抱え込む必要は無く、頼れる友や優れた上司も存在しているし、ミスは仲間で補い合うこともできる。

 だがしかし、何時までも人にフォローしてもらう訳にもいかないだろうし、やはり一番良いのは自らがきちんと適切な判断を下して指示することであるのは言うまでもないことだろう。

 その意味では隊長の言葉も無茶では無いし正しいものであろう。

 

「返事だけはいつも一人前だな。まあ、精々励むようにしろ」

 

 そう言いながらカラント隊長はフンッと鼻を鳴らした。

 

〈おい、もしかしなくてもカラント隊長が今月いっぱいでいなくなるのか。そしてお前が後任というわけでオーケーだよな。マジだよな……。ヨッシャー! キタコレ。後、うしろのシュテるんについて詳しく〉

〈そうだがおちつけよ、ショウ。彼女については俺も聞きたいことが有るんだが、その様子だと知ってるんだよな〉

 

 秘匿の念話でショウからそんなハイテンションな調子で聞かれたヒサトは、常日頃の様子と違う彼をなだめながら、こちらからも聞きたかったシュテルのことについて何かしらの情報を有していることを確信し、ちょっとした違和感が解消できることにホッとする。

 なお、ショウの変なテンションについては今まで彼との付き合いの内での動言を鑑みると、おそらくこちらが彼の地の性格なのではないかというのがハルトとヒサトの共通見解である。

 

「まあ、何だ。そういうことになったからショウとハルトの二人はこれからもよろしく頼むよ。ああそれに加えてついさっき昇進させられたから」

「えっ、そうなんだ。おめでとうヒサト」

「おめでとう。それより早く彼女を説明して貰えないか」

 

 ヒサトの報告に対して、二人は祝いの言葉をかけた。……ショウはそれよりもヒサトと共に来た少女のことが気になって仕方がないようだが。

 ヒサトはそんな友の様子に内心では多少呆れつつも期待に答え、新たなメンバーを紹介しようと彼女の方へと目を向ける。

 

「それじゃあ紹介しよう。昨日、ロギュシェ副隊長が戦技教導隊へと転属され、カラント隊長も今月いっぱいで前線を退き、後方勤務に移られる。そのため人員が足りなくなる第五分隊へと新しい隊員が加わることになった訳だ。彼女が新しい隊員となるシュテル・フェンリッヒ一等空士だ」

「只今ご紹介にあずかりましたシュテル・フェンリッヒです。魔導師ランクは空戦AAA+で、歳は今年で11歳になります。どうかよろしくお願いします」

 

 そう言って彼女は初めてヒサトに挨拶した時と同じように、ぺこりと軽くおじぎをした。

 

「僕はリオハルト・リクスナー。空戦AAランクの空曹長です。こちらこそよろしく」

 

 ハルトはニコリと爽やかなイケメンスマイルを浮かべながらスッと手を出し彼女へ握手を求める。

 シュテルもそれに答えてハルトに右手を差し出して『よろしくお願いします』と言いながら握手を交わした。

 そんな二人の様子を何の気なしに見ていたヒサトであるが、ショウの様子が何やらおかしいことに気付き、声をかけようとしたまさにその時――

 

「エッ、マジでシュテるんですか。マジなの。ヤッター」

 

 ……おもむろにショウは奇声をあげだした。そんな彼にハルトとシュテルはポカンと呆気にとられた様子になり、カラント隊長は怪訝な顔をしつつも、我関せずな態度で見守るばかりであった。

 ヒサトもいきなりのことに呆然としていたが、このまま放っておくべきじゃないと我に返り、おかしくなったショウの頭をペシンとはたいた。

 

〈オイ、いきなり変な声出すなよ。見てみろ、完全に引かれてるじゃねーか〉

 

 念話でそう言ってヒサトが目線を向けたその先では、シュテルが怪訝な顔をしている。

 いくらこれが地の性格なのであろうが、もうちょっと自重ができるタチであるはずなのになぁ、とヒサトはあまりのショウのタガの外れっぷりを訝しみながらも、このまま彼に対する第一印象が悪いままではこの先良くないだろうと考え、シュテルへとフォローをする。

 

「すまない、彼の持病の発作が起きてしまったようだ。普段は理知的で頼れるやつなんだ。こんなのでもいい友、いやいい仲間だから今さっきのことは無かったことにしてくれるとありがたい」

 

 フォローはともかく、心の病を捏造したり(ある意味発作的なものであろうことは違い無いだろうが)、こんなやつと友達に思われたくないと、友から仲間へと距離を離した関係に言い替えるあたり、何気にヒサトも酷い気がするわけだが、そこに追及をする人物はこの場にいなかった。

 彼女はまだ多少ショウに対して不快に思いつつもヒサトに免じて何も言わないことにした。

 そんなこんなで互いの紹介とヒサトの報告を終え、シュテルを新たに加えた第五分隊での朝の鍛練を始めることになった。

 普段通りならば軽く体を動かした後、基礎練習を行うというのが朝練の内容である。しかし実際のところはその後にヒサトがロギュシェ副隊長、時にはカラント隊長に頼んで、指揮官としての勉強や魔力運用について教えてもらう、いわゆる居残り訓練のようなものをしてもらっていた。

 それに真面目なハルトが加わり、二人がやってるなら自分も付き合うかとショウも参加するようになり、いつしか本来はヒサトが隊長たちの時間を割いてもらってやってた居残りの訓練も含めて通常の訓練となっていた。

 だが、今日は新しく来たメンバーであるシュテルとヒサト達のお互いがどの程度の実力なのかを知るために模擬戦をしよう、とハルトが言い出し、それにシュテルやショウも乗り気になった為、なし崩しに模擬戦をする運びとなった。

 ――ちなみに隊長は普段の口煩さとは打って変わり、黙ってヒサト達を見守るばかりであった。

 ヒサトも別にお互いの実力を知ることに異存は無いので特に反対する気はなかった。

 

「それで模擬戦をするのはいいとして、どういった形でやるんだ」

「……クラフト空尉、私と一対一で本気の勝負をしてもらえませんか」

 

 模擬戦をするということに場の空気が決まったのを見て、ヒサトはルールはどうするのかをメンバーに聞くと、シュテルがヒサトとの一騎打ちを希望してきた。

 ヒサトとしてもシュテルと自分たちは今日が初対面なのだから二対二のコンビ戦は出来ないだろうし、先ほど彼女と話したことを考えるとハルトか自分を指名するだろうことはまあ、予想の範疇であった。故に――

 

「よし、やろう」

 

 ヒサトは彼女の提案を快諾した。

 部隊の模擬戦用の修練所へと移動した後、二人はお互いに自分の力への自信、そして相手の力への興味をたぎらせた目つきを隠すこともなく、ヒサトは悠然と、シュテルはグッと内に闘志を漲らせて互いにデバイスを構える。

 

「開始!! 」

 

 ――ハルトの声と共に二人による模擬戦の火蓋が今、切って落とされる。

 



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第三話

 

 

 開始の合図と共にヒサトは挨拶代わりに誘導制御型の射撃魔法を放ちつつ、斜め後ろ上空へと飛び上がっていく。

 対するシュテルはヒサトの放った9発のライトグリーンの誘導弾へと迎撃の魔力弾を撃ち、ヒサトへと迫るように突撃しようとした。

 

「パイロシューター、ファイア! 」

 

 彼女の杖より放たれた炎弾とヒサトの魔法弾がぶつかり合い、互いに相殺し合って爆発する。

 シュテルは爆風をものともせずに突っ切り、彼へと一直線に迫る。

 

「セイリオスシューター、シュート」

 

 ヒサトは追い迫るシュテルへと再度誘導弾を放つ。だがその魔力弾は先ほどの丸い玉とは違って、矢じりのようなフォルムで、先ほどより弾速が増している。さらに個数も2個増え、計11個である。

 速度を増した薄緑色の弾はまさに矢のような速さでありながらその軌道は捉え辛い。

シュテルは迎撃するのは困難だと瞬時に判断を下し、防御魔法によるバリアを張って周りを覆う。

 

 ――クッ。

 着弾したシューターの負荷に彼女は思わず呻きをこぼした。

 魔力の防壁にぶち当たった弾は彼女の予想以上に威力があり、ノーダメージではあったものの、明らかに彼女は隙を生んでしまう。

 ヒサトはシュテルが防御を選択するのを見て取るやいなや、足を止めて魔法の構築へ移る。

 彼の周囲には次々と多数の魔力スフィアが展開された。

――放出。薄緑色のスフィアが目にも止まらぬ速さで前方へと放射線状に飛ぶ。

 

(散弾による面射撃? いや、違う)

 

 高速で放たれた魔力スフィアは周囲に適度に散らばったか後、ピタリとその場に制止した。

 

 ――これは拙いです。

 シュテルは自らの周囲を囲むようにしてスフィアが散らばっているのを確認するや、自らが苦境に立たされているのを悟り、苦悶の表情を浮かべる。

 

(とは言え、結局のところ当初の作戦通りに接近してショートレンジの戦いに持ち込む。この状況の打開策はそれしか――)

 

「ライトニングディザスター」

 

 乾坤一擲、加速してショートレンジへと持ち込もうとしたシュテルの出鼻を挫くようにして、ヒサトの無慈悲な攻撃が放たれる。

 辺りに漂うスフィアが彼の掛け声と共にシュテルへと四方八方から空を引き裂く閃光のような速さで突っ込み、彼女のプロテクションを滅多打ちにする。

 全てが終わった時、シュテルには飛ぶ力さえ残っておらず、一瞬フラッとよろめいた後、気を失うようにして墜落する。

 慌ててヒサトはシュテルへと浮遊の魔法を掛け、怪我が無いかを確認した。

 

「そこまで。勝者、ヒサト・クラフト」

「おい、ヒサト。お前大人げないぞ! 何、初っ端から本気でガンガン攻めてる訳?

 そこは空気読んで彼女にも見せ場を与えてあげるべきだろうが」

「エッ、いや初見の相手に対してそんな余裕無いし、彼女も本気でやろうって言ってたよね」

「だーかーら! 彼女にも本気を出せる機会を与えてやれと言ってるんだよ、バカめが」

「あー、上手く流れが運んじゃったからつい……」

「何がつい……、だよ。お前そんなのでこの先彼女と上手くやっていけるのか」

 

 ほとんど一方的な展開ですぐに勝負をつけてしまったヒサトに対して、ショウは非難するような目つきで駄目だしをする。

 

 ――まったく、見たかったのはシュテるんの戦い方であって、ヒサトが圧勝するところなんてどうでもいいんだ。しかし、ジャケットは局員のものなのはともかくとして、デバイスと魔力光、あと炎熱の変換資質持ちであるのは自分の知識と照らし合わせてもだいたい一致している。

 けど彼女、アクセルフィンは展開してなかったな……。

 そもそもファミリーネームも『スタークス』では無いし、今は新暦64年でまだ高町なのはも闇の書事件には関わっていないはずだ。というより、そもそも彼女はさっきの自己紹介で歳は11歳だと言っていたな。

 ……まあ、年齢なんて自分たちが現在11歳ということになってるが、実際は8年半程しかこの世界で生きていないという例があるのを考えれば、あまり当てにならないかもしれんよな。

 まあ、これは転生者が関わることによる何らかの改変が起きたという可能性が濃厚だろうか。

 ……いったいこの世界の地球では今、一体どうなってるのだか気になるな。

 ショウは内心でそんなことを考え、この世界がどうなっているのか不透明なことに歯噛みする。

 

〈……それはそうとヒサト、君はここに来るまで彼女と話をしていたようだけど、何か彼女の情報について知らないか。

例えば家族構成だとか、生まれたところだとか、些細なことであってもいいから私に教えてもらえないか? 〉

 

 些細なことでも情報が必要だ。そう感じたショウは自分たちと会う前に彼女と会い、何かしらの話をしながら歩いて来ていたであろうヒサトに念話で尋ねた。

 

〈話と言っても互いの出身とか、メシアを紹介しただけだよ。……出身はミッドチルダで姉が一人いて、今実家は花屋をやってるらしいよ〉

 

 彼女の母親が元管理局員で、既に亡くなっているということは流石にペラペラと喋るべきではないと考え、ヒサトは伝えなかった。

 

〈……そうか。情報提供に感謝する〉

〈いやいや、こちらこそ彼女についてショウ、君には色々と聞きたいことがあるしね。初対面での彼女に対する君の様子から察するに知ってるんだよね、彼女について〉

〈まあな。君も彼女のデバイスを見て、何となくは察してるだろ? ……詳しい話は後でしよう〉

〈フム。そうだな、その時ハルトと一緒に色々聞かせてもらうことにするよ〉

 

 念話での秘密のやり取りはそれで打ち切り、ヒサトは消耗の激しいシュテルに背中を貸し、魔法で補助しながら彼女を背負った。

 どうやら大した怪我はしていないようであり、ヒサトはホッと胸をなで下ろす。

 

「お手数をお掛けします」

 

 シュテルはこころなしか申し訳なさそうにぽつりとそうこぼした。

 

「いや、そもそも俺の責任だしな。ホントに大丈夫か」

「少し休めば問題無いかと思います。……今度は負けませんから」

「……ああ。俺も本気の勝負なら負けるつもりは無いから」

 

 短く、ある意味ヒサトが一方的に圧倒しただけの勝負であったが、それでも二人は互いについての一端を知ることが出来た戦いだったと言っても良いだろう。

 シュテルはヒサトの実力の一片を。ヒサトはシュテルの持つ炎熱変換という資質、そして彼女が持つどこかで見たような形状のデバイスにより、初めて自己紹介し合った際に感じた既知感の訳がある程度理解が出来た。

 今の戦いでお互いが知ることの出来たことは、当然ながら僅かでしかないだろう。

 だが、実際に矛を交えることでしか分かり得ないものもあるのだと、ヒサトは今生において理解をした。それは今生における友たる二人、――特にショウと戦う時、顕著に感じたものだとヒサトは思い返す。

 

 

 

 隊長やショウたちのところまで戻ってきたヒサトは背よりシュテルを下ろして、椅子へと座るように勧めた。彼女は再び感謝の言葉を述べつつ、素直にその言葉に従う。

 

「さて、俺と彼女の一戦は終わったわけだが、今の模擬戦での反省会を先にする? それともハルトとショウの模擬戦でも彼女に見てもらうかい」

 

 ヒサトはシュテルからショウたち二人の方へと顔を向けて聞く。

 

「おい、私とハルトの戦いはルール次第で結果が見えているものだろうが」

「そこはもう分かってるだろうと思うけど、初っ端からショウが能力使うのは禁止だ。ハルトにも本気を出せる見せ場を与えてあげるべきだよ。そうだよな、ショウ君」

 

 ショウの言葉に対して、ヒサトはイイ笑顔でそう述べた。

 

 ――すまなかったから、勘弁してもらいたい。

 ショウは今回ばかりは逃げ道が思いつかず、内心では既に涙目であった。

 

「ヒ、ヒサト。別に無制限ルールでの模擬戦でいいよ。むしろ、強打入ったら決着の方が僕としても助かるというか……」

 

 ヒサトの意趣返しに泣きが入ったショウに対してハルトが助けに入り、そう提案する。

 ちなみにこの場合の無制限ルールとは、互いに何でも有り、つまり両者とも能力の制限なしのこと。強打決着は各自の持つ決め技、つまり必殺技を相手に当てた方が勝ちというルールである。 正直これは模擬戦のレベルを逸脱しているように思われるが、ハルトは近頃までは『撃墜って、味方がやられることだよね』という意識的に撃墜されようとしないと撃墜しない、と言っている方も良くわからない、とにかくオートプロテクション&オートリジェネーション仕様の撃墜知らずであった為、当てれば勝ちというルールの勝負以外の本気仕様の模擬戦ではショウ以外からはほぼ不敗という戦績を誇っていたのだ。

 尤も、ここ最近はヒサトにも負けが込んでいるし、そもそもほぼ訓練することが与えられた仕事だった、入局してすぐの頃とは違い、現在は部隊の任務に他の分隊と共に駆り出される。だから疲れを残し過ぎるような戦いは現在、相応の時間的余裕が確保できない限りやらないのである。

 もちろん若くて、まだまだ伸び盛りの彼らは日々現状の状態を維持するだけの訓練量では無く、己の実力を高める為に切磋琢磨をし合うし、時にはそれぞれ思い思いの修練を積んでもいる。

 

 まあだが、彼ら三人に関しては、互いに全力でぶつかり合うことで成長する段階はもう過ぎたというのも確かなのだ。

 三人とも現状も成長は続いているのではあるが、互いのスペックや手札はほぼ把握し合っており、互いを強力な仮想敵として戦うことの刺激も少なくなっているため、定期的な互いの成長を確かめる以外では別段本気でやり合う意義も薄くなりつつあるのだ。

 だがしかし、魔力等のスペックが人並み外れて高い以外は自己の能力が把握できておらず、他の二人に比べて特徴が無いことに、無意識ではあるがコンプレックスだったヒサトの暗中模索の努力に刺激を受け、引きずられるかのようにして他の二人も修練に打ち込み、結果として、現状に留まることなく三人は実力を高め合っている。

 

 ――ヒサトの意識しない悩みの要因はむしろ節操無く色々と手を出しているせいとも言えたのだが、きちんとした成果を比較的短期間で出し、自らの血肉にしているあたり万能なのが特徴であると言えるだろう。

 実際、コンプレックスが顕在化しなかったのは、己の努力がそのまま結果として出せる並はずれた自身のスペックの高さは十分優れた才能だというのを理解していたことや、そもそも魔法が使えること、特に空を飛べるのが彼にはとても楽しいことであった為、これまで己の境遇に不満を抱くこともなかったのが要因である。

 むしろこれほど恵まれた環境で、無意識とはいえ劣等感を抱く時点でヒサトの心の奥底には自分が優れてないといけないという傲慢さや己の持っていないモノへの執着といったどす黒いものがはびこっているだろうことは、想像に難くないのかもしれない。

 実際、本人も表面的な振る舞いはともかく、自身の内面が人間として良いものではないことを自覚しているつもりのようだ。

 

 それはともかくとして、ハルトの提案にショウはまるで神を見るかのような表情で感激した。

 それはすなわちハルトの実力がショウにとって自らの能力無しに張り合うのが難しいほどであるのと共に、ショウの能力が使うだけで勝敗を決し得るものということでもある。

 ――勝ち急がないで、適度に手心を加え合いながら戦えばいいという意見はそもそもこの場の意図にそぐわないものとして却下である。シュテルと三人が互いの実力を見せ、把握し合うことでこれからの任務におけるチームプレイを円滑に行えるようにするというのが、言い出しっぺのハルトが意図した今回の模擬戦における目的であり、この場の皆が理解していることである。

 まあ、ヒサトとシュテルの戦いの結果を見ても分かるだろうが、一度の模擬戦で互いの力の全てを把握し合うのは無理であろう。けれども手を抜いてぐだぐだとやればいいってものでも無い。

 例え瞬く間の戦いであったとしても、その実力のほどを垣間見ること自体が互いの実力を知る上で重要な情報となりうるのだ。

 

「まあ、ハルトがそれでいいならその条件で戦えばいいさ。ショウ、あまり酷いことはするなよ」

「今更そんなことは言われなくとも分かっているよ。

……それじゃあハルト、お互いお手柔らかに」

 

 ヒサトは既に結果が見えている戦いだと理解しつつも、ショウへと釘を刺しておく。

 ハルトとショウの二人はフィールドへと飛び立ち、向かい合う。

 ハルトは自身の刃の先から握りまで緑一色で金の意匠が凝らされた両刃のバスタード・ソード型のアームドデバイス、『ローレル』を右の腰辺りで右斜め外側に剣先を向け、構える。

 対するショウは自身の所持する二つのデバイスのうち、局から支給されたストレージデバイスの方を出した。

 

ちなみにヒサトのデバイスに関しては、現状は局から支給されたストレージデバイスのみである。まあ、そうは言っても、今のデバイスは支給品といえどもそれなりに質の高いものをまわしてもらっているし、優れた魔導師であるヒサトに専用の特注品デバイスを作成するという案件も既に決定済みであり、現在作成中とのことだ。

 

「クラフト三尉。……ショウさんと言いましたか、あの人は何か凄い技能を持っているのですか」

 

 そういえばあいつ、彼女にきちんと自己紹介してなかったな。ヒサトは奴が変な声を上げた所為で紹介できて無かったことを思い出し、説明する。

 

「あいつのフルネームはショウ・レザンスカ。現在、空戦Aランクで階級はハルトと同じ空曹長だ。ショウの力については……まあ、実際に戦いを見た後に説明するよ」

 

 そう言って言葉を濁したヒサトは試合を始めるべくフィールドの方へと向き直り、『始め』と合図の言葉を発した。

 

 

 ――シュテルにとってその勝負の決着は一瞬だった。

 『始め』と共にハルトがショウへと斬りかかろうと動いたその瞬間に、二人はその場から消え、何故か地面でショウがハルトの首を裸絞めした状態になっていた。

 

「よし、模擬戦終了だ」

 

 ヒサトは何でも無いように、そう判断を下した。

 シュテルは何が何だかわからないといった表情で、彼に説明を催促した。

 

「まあ結論から言えば、時間停止能力を保有しているんだよ、ショウは」

 

 ヒサトはショウの力について相も変わらず何でも無いように述べた。

 

「……そんなこと実際にできるんですか」

「理屈についてはどうも『時間の隙間に割り込む』感じで発動しているらしいけど、それ以上詳しいことは俺もあまり知らないなぁ。あ、でも今回の模擬戦の過程を説明するとだな、ショウがハルトを引き下ろしてそのまま絞めたって展開だったな」

「それがいつものパターンなんですか」

「いや、そんなことないよ。ショウの十八番のトドメは上空より勢いを付けての蹴りだし」

「そうなんですか。……えっ、じゃあどうして今の戦いで蹴りを使ってないことが分かるんですか。……ああ、地面の様子を見てですね」

「いやいや、そうじゃなくて、単に時間が停止している間も俺は見てたからだよ」

 

 ――そんなことできる訳無いでしょう。彼女は最初はそう思った。

だが、目の前にいる人物は今日初めて会ったばかりだがそんなくだらない嘘はつかないタチだろうと考え、その言葉を信じることにした。

 

「ああ、いきなりそう言われても、『ハイそうですか』とは返せないことは理解しているし、俺もきちんと説明や証明はできない。けど嘘や自慢で言った訳じゃないこと。そして隊のメンバーになったんだから、お互いの能力とかできることはなるべく知っておいて貰いたいと思って言った訳だ。ま、一応頭の片隅に留めておいてくれ」

 

 ヒサトが止まった時間を感知でき、動けさえするのは事実だ。尤も、その理由は分からないし、メシアもそれについても、頑なに答えてくれなかった。

 もしかすれば、自分にも時間に干渉できる力があるのかもしれないとヒサトは思ったわけなのだが、結局その訳は今でも分からずじまいのままである。

 

 そうこう話しているうちにショウとハルトが戻ってきた。

 

「ショウ、さっきは人に偉そうな講釈たれたのにいきなりあれって酷くないか。

もうちょっと我慢できないのか。男なのに早すぎるのは情けないと思わないの」

 

 ヒサトはそう言って、先ほどとは逆にショウに対して駄目だしをした。

 実際ハルトは剣を構えただけで、シュテルにはアームドデバイスを使う人という情報しか分からなかっただろう。

 ……もう一戦やらせた方がいいか? むしろハルトが勝つまでやらせても誰も文句言わないんじゃないかな。

 ヒサトはそう考え、彼女の方を見て聞く。

 

「もう一回二人にやらせる? 」

「いやいや、止めてほしいな。ハルトとまともにやり合えば、私がボロボロになるからね。

 ここは君とハルトが戦えばいいと思う訳だが、どうかな」

 

 シュテルへの提案にショウがそう言って割り込んだ。

 確かに自分とハルトの戦いならば、大方は見ごたえのあるものになるだろう。とヒサトは思う。

 だがそれに対して待ったをかける人物がいた。

 

「朝っぱらから長々と模擬戦ばかりやってる時間はあるのかな。

 模擬戦で荒らした訓練場を修復するのははたして誰になるのだろうかねぇ」

 

 先ほどまでずっと黙るままであった、カラント隊長である。

 隊長は露骨にわざとらしく、ヒサトにそう問いかけた。

 

「あ、えーと……。自分であります」

「ほうほう、君は訓練をしつつ修復もできる訳か。いやいや、優秀なことだ」

 

 決まりが悪くなって、一瞬言葉に詰まりながらも答えたヒサトに対し、隊長は追撃を加えた。

 

 ――時間の心配してるなら、そうとだけ言えばいいだろうが。わざわざ遠回しに皮肉るのはやめてもらえませんかね、隊長殿。

 ヒサトは内心でそうごちる。

 今更のことだが、この隊長殿はなぜ任務中は無駄口をたたかないのに、日常ではこうも皮肉めいた迂遠な言い回しをするのだろうかと彼は不思議に思う。

 

(趣味、とかだったら嫌だな。……うん、あまり考えないでおくべきだ)

 

 後一月の付き合いになるのであろうこの分隊長について、普段なぜこうも厭味が多いのかを知ったとしても、おそらく自分自身がこの人の評価を上げることにはならないだろうとヒサトは考えて、唯々無表情を取り繕うようにして返答する。

 

「ハッ、申し訳ありません。確かに時間がおしておりますので、そろそろ通常訓練に移行すべきでした」

 

 その後も隊長の説教は続き、実際は短くあったが、聞く方の精神は長い時間を浪費したように感じられたありがたいお言葉を頂いたのだが、それは記憶のかなたに吹き飛ばすことにする。

 

 

 朝の決められた訓練メニューをヒサトたちがこなした後、ハルトはヒサトより部隊長が君を呼んでいるとの旨を伝えられて、レイファラ部隊長のところへと行った。

 カラント隊長も何やら所用があるようで、ヒサトに対して『本日の午後、私のところに顔を出すように』と言い残し、何処かへとそそくさ立ち去っていった。

 

「ショウ、すまないがフェンリッヒ一士にここの事を色々と案内してあげてくれないか。

 俺はちょっくら日課の飛行訓練をしてから戻るからね。

 それと一士。今日の昼飯、俺らと一緒に食べようぜ。席取りについてはショウ、君が一士と駄弁るついでにやっておいてくれると助かるよ」

 

 そう二人に言って、ヒサトはまだ時間があるのを確かめると、訓練場のフィールドへと飛び立ち、日課である飛行訓練を始めた。

 

 

「……凄い動きですね、クラフト三尉は」

 

 ヒサトは二回転ひねりを入れたり、上昇下降をジグザグに繰り返したり、高速でどう見てもおかしな曲がり方をしているとしか思えない角度のターンをしながら飛んだり、あるいは後ろ向きに飛んだりとしている。

 

「ああ、あの物理法則を無視してるとしか思えん高速からのターンは未だに見てて慣れんよ。聞くところによると、あれはほぼ転移魔法の応用による位置変換を行っているとかなんとか。

 ……例えそんなのが出来ても、それだけで出来る訳が無いけどな、あれは。

 で、見ててわかるとは思うがあいつのあのでたらめに飛ぶ日課はレクリエーションというかモチベーション維持というか。まあ、気分転換に遊んでるんだよ、アレ」

 

 そう言うショウに対して、シュテルは尚も感心した様子で規則性なく気ままに飛んでいるヒサトを眺めている。

 ――ショウの言ったようにヒサトのこの日課はいわば遊びだ。前世と違って見える、この世界において彼が見ることが出来る違った景色の最たるもの、それは自由に空を飛ぶことだ。

 こうして思いつくまま好き勝手に空を飛ぶことは彼にとって、庇護してくれる存在の不在で心の奥底に得もいえぬ孤独感を抱える自分の不安を誤魔化したり、逆に全てから解き放たれて自由だと感じられる至福の時である。

 自他共に、その内飽きるだろうと思っていたこの日課は今も変わらずに行われているのであった。

 

 

 そうして彼らを取り巻く環境がまた一つ動いていった日の、午前の時は過ぎてゆく。

 

 



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第四話

 

 

「とまあ、前世の知識に基づく『シュテル』という人物の情報はこんなところだ」

 

 シュテルが本局1256航空武装隊へと転属をして来たその夜、ハルト達三人はヒサトの部屋に集まり、――これまでも定期的に度々集まっていたのだが――ゴロゴロと駄弁りながらとりとめのない話をしていた。

 その中でも一番の話題は、やはり本日より仲間に加わったシュテルのことであった。

 ショウより『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』と呼ばれるキャラクターについての説明を受けたヒサトとハルトの二人はそれぞれ思い思いの反応をした。

 ――ちなみに三人の、前世の知識と照らし合わせて、おそらくこの世界の原典、あるいはモチーフとなるであろう物語、『魔法少女リリカルなのは』について三人が有している知識量は、ヒサトは『StrikerS』まで大まかに。ハルトは、主人公が魔法でビーム砲撃して活躍する話ということ。ショウは二人に説明をすることが出来るほどかなり詳しく知っている。

 

 だがしかしだ。これまでのショウの言動を鑑みると、ヒサトとハルトはどうにも彼が只のアニメ好きとは思えない。勿論、彼がリリカルなのはのファンであろうことは否定しないが、二人が抱くショウの前世への疑問、――いや興味と言った方が良いだろうもの。それはショウが以前、ヒサトに対して、組手に付き合ってほしいと申し出てきた時のことだ。ヒサトはそれに了承し、武術的心得は多少知識として持っているだけのヒサトはショウより学ぶつもりで始めた。

 しかしヒサトが掴みかかろうとしたその刹那、ショウはあっという間にヒサトの腕を捻りあげ、地面へと組み伏せた。

 その時見せたショウの、まるで機械のごとき冷徹な顔は、ヒサトに今も印象深く残っている。

 他にもこれまでショウはその言動の端々に前世がとても普通ではないと二人に感じさせるものを含ませることが有った。

 前世のことについては本人が進んで語ること以外はお互い追及し合うことは無い三人であったが、ショウのおそらく特異でないかとおぼしき前世について、ヒサトとハルトは一度遠回しに本人に訪ねたことがあった。その時ショウは前世が一般的なものでなかったことは否定しなかったが、その中身について語ろうとはしなかったし、二人もそれ以上は聞かなかった。

 

 ともかく、ショウはこの世界の知識にとても詳しいことやおそらく地の性格だと二人が思ってる愉快な性格とは反対に、前の人生はどの程度かは分からないがヒサト達より死と硝煙の香りが近いものであったのだと思われる。あるいは彼の内には、ヒサトの内よりもさらに冷たい、敵を捻じ伏せる機械装置のような一面も存在する可能性が有るのかもしれない。

 

「えーっと、結局のところ彼女は何者になるのかな」

「……そんなの私が知りたいさ」

 

 ハルトの質問に対し、ショウは肩をすくめながらそう返した。

 ショウの説明だと、紫天の書なるモノのシステム構築体ということらしいが、今日一日だけとはいえ互いに色々と話を交わした中にそれっぽいことを匂わせたり、嘘をついている気配は感じられなかったというのは三人共にほぼ一致した見解だ。

 

「少なくとも俺が見聞きしてデータ照会した範囲では、彼女の経歴は虚偽で無い筈だぞ」

「ふむ、では未来から来た説も苦しいな。で、実際これはどういう事なのか我々に説明が欲しいものだね、メシア君」

 

 そう言ってショウは、ヒサトの内にいるメシアへと問いかける。

 ヒサトの体より湧き出るライトグリーンの粒子が緑の長髪の30cmほどの小さな妖精を形作り、三人の前に現れる。

 

「そのご質問にお答えしますと、私の知る限りの情報では、彼女は極々一般的なこの世界に生きる人物でございます」

「そう判断するに足りる情報ソースを教えて貰いたいものだね。こう言っては悪いが、彼女はあまりに私が知る登場人物に酷似しすぎている。我々の影響であると説明づけて貰う方が余程すっきりするのだが、そこのところはどうなんだね。流石にこれは神の介在を疑わざるをえない事態なのだが、出来れば君の上に存在する創造主とやらの回答が欲しいものだね」

 

 ショウは『お前の言葉じゃいまいち信憑性が無い、もっと上の奴を出せ』と要求した。

 ヒサトもそうしたショウのいつも以上にメシアに不審を見せる有様を感じ取り、彼女に対して、詳しい説明を願うような目でジッと見つめた。

 

「……フム。マスター、魔力の方を拝借させていただいてもよろしいでしょうか。此度の件については確かに何らかの釈明を頂いた方がよろしいと私も判断しました」

 

 彼女も流石に現状の説明では問題が多いと思ったのか、あるいは自らのマスターの珍しく懇願する様子に折れたのか、自らの生みの親たる創造主に伺いを立てるという提案をした。

 

「勿論いいけど、それは問題ないのか。介入は無し的な決まりのうえで」

 

 提案には了承しつつも、それを疑問に思ったヒサトは彼女に聞く。

 

「ええ、マスター達が直接言葉を交わされるのは、我が創造主や他のお二方の指示や意図が受けることに繋がる恐れがあります故、問題です。しかし私が魔法によって何らかの情報をこの世界の外部にアクセスして探し、そこから情報を得る形ならばおそらくは問題無いかと。

 もし、仮にそれも駄目だと創造主を含むお三方が判断したならば、その時は申し訳ないですが諦めてください」

「君が代弁するのでは、結局それが嘘で無いかどうかは分からない訳だが」

「勘違いなされては困りますが、あくまで私にとって重要なのはマスターが納得なされるかどうかです。そもそも私は言うべきでないことを言わなかったり、黙秘を貫くことはあれども、明確な虚偽を申した事は生まれて此の方、今も昔も一度たりともありません。嘘をお疑いになること自体ナンセンスです」

「君に裏切りは無いと? 」

「……何をもって裏切りと判断なされるのかは分かりかねますが、都合の悪いことを隠しているという意味ならば、申し訳無いですが背信はしていますね」

 

 メシアはショウの追及に対して涼しい顔でそう答えた。

 何やら怪しい空気になり始めた場に、ハルトは落ち着かない様子でショウとメシアへ交互に目線を彷徨わせた後、ヒサトの方へと助けを求めた。

 

「ショウ、先ずはとにかく神の見解とやらを聞こう。その情報の真偽とかはその後であっても、いくらでも話し合える」

 

 そう言ってヒサトはいつになくメシアへと凄みを利かせた猜疑の目を向けるショウをたしなめた。

 彼はヒサトの言葉を聞くと、目を閉じながらゆっくりと座ったままで体をそらし、気持ちを落ち着けるかのように伸びをした。

 

「ま、確かに君の言う通りだね。聞いてから判断しても遅くはない」

 

 ショウはちらりとメシアを一瞥した後、そのまま何も言わずに口を閉じた。

 

「では、始めます」

 

 ――マスターの知識、及び我が保有せしデータと能力より検索。

 ――該当技術をピックアップ。

 ――『外』へのアクセス手段の構築。

 ――アクセス。

 

 ――返答を受信しました。状況を終了します。

 

 

「お返事、頂きました。伝えさせていただきます。『このたびの疑問に対する特例としての返答。彼女、シュテル・フェンリッヒに関しては通常では世界に一人しか存在し得ないだろう、並行世界における同一存在が、世界をまたぐことなく二重に存在しうるといった、極めて稀な事態である。尚、この件に関しては我々の意図は全く介在しておらず、彼女はこの世界において、君らの知る存在に対する並行世界的な同一存在、つまり“IF”的にオリジナルな存在であると断言する。また、君らの知識として知る“シュテル”との関係に対しても“ほぼ等しい”ものとしての処理であるからして、未来について現状は確定していないが、彼女に関して同一存在が二人存在することでの統合・修正処置をすることは、少なくとも我々には無いし、その他介在もしない』とのことです」

「つまりまとめると? 」

「同一世界に極めて近しい“オリジナル”と“IFオリジナル”が同時に存在する。

 上位存在は介在していないが、極めて珍しい事態である。……そんなところです」

 

 ――ショウの言う『シュテル』とはこの世界においては彼女を指す筈だが、同時に彼の言う『マテリアルとしてのシュテル』も存在し得る可能性があるってことか?

 ヒサトはそう解釈した。

 

「でも、彼女がオリジナルとして扱われるならば、そもそもショウの言うマテリアルの方の彼女はこの世界においては存在が危ういんじゃないか」

「まあ、それこそ超越的存在概念については我が創造主でもその一端は知り、繰ることは出来ようとも全貌を理解し得るには足らない訳ですしね。まあ、この場合の『介在しない』という意味合いは、生まれないのを分かっていてほっとくというのではなくて、生まれる可能性について消去しないと解釈して問題無いと愚考いたします」

 

 自分なりの解釈の上での疑問をヒサトはメシアにぶつけると、彼女は自らの見解を優しく語る。

 

「……難しい事は考えないでいいと思うよ。どの道、彼女は彼女だし、小難しい事を言っててもしょうがないさ」

 

 どうにも難しく考え過ぎる友人たちに対して、ハルトは困ったような顔で言った。

 

「まあ、一応納得のいく説明は貰ったという事にしておこうか」

 

 ショウは内心はどうかは不明だが、メシアの言葉を受け入れるそぶりをとる。

 

「うん、彼女に関しては大丈夫と信じていいんだよねメシア」

「イエス、マスター。ショウさまがご説明なされた事と貴方が見聞きした彼女、どちらも間違いではないです」

 

 ヒサトも特に不都合はない事を自らの相棒に念押しのように尋ね、納得した。

 

 

 

「そう言えばヒサト。君のデバイスはまだ出来ていないのかい」

 

 ハルトはそう尋ねた。

 

「……もしかして、私が余計な口を挟んだせいで開発が難航しているのなら、あの時はすまない事をしたと思っている」

「いや、別にショウが謝るような事はないさ。あのアイデアは確かに良いものだと自分も思ったし、実際先を見据えれば必要だろうしね。……何よりロマンがあって素敵だよ、あの発想は。

 別段急ぐ必要もないし、まあ技術部と顔を繋いでおくつもりでのんびりと開発に付き合うつもりさ」

「そう言ってもらえると助かるが、実際のところ、開発状況はどうなってるんだ。根幹部分だけ先にロールアウトしてもらう訳にはいかないのかい」

「うーん、ものがものだからねぇ。……詳しい事は説明できないが、その件に関して管理局の技術部は俺らの予想していた以上に本腰を入れて取り組んでくれているみたいだよ。具体的にいつ、とは言えないが現在も試行錯誤を繰り返しているから、意外と早くお目見えできると思うよ」

 

 ――良かった。そうショウは思った。自分が余計な嘴を挟んだせいで優秀な才能を持つ友人のデバイス開発計画そのものがお流れになったり、ヘンテコなものが出来上がったりしたら申し訳ない。

 ――優秀。ショウから見てもヒサト、そしてハルトは実際優秀だ。ドライというか、自分本位的な言動を、自分やハルトの前ではさもそれが自分の本質と語る事が多いし、事実としてそれは的を得たものなのかもしれない。ここで言う『的を得ている』とは彼個人ではなく、人間というものは突き詰めれば誰もが自分本位だという事だ。そもそもショウからしてみれば、人は誰しも結局は自分の価値観というものを信奉している。表面上はさも他者の言う事が真理のように語る奴もいるが、それにしたって『他人の言葉を信じる自分の価値観』であろう。

 そうした事を踏まえれば、とりたててヒサトの人としての本質は他者とそう違いは無いとショウは思う。

 尤も、そのような斜に構えた偽悪的物言いは世間からさも害悪のように白い目で見られるだろうし、彼自身も前世は思春期の子供のようにそれを周りに吹聴して回る事は無い、世間というものを弁えた年齢だったのだろう、襟元開いた限られた者にしかそんな態度を現わす事は無いし、彼自身の口からも『こんな事を言うのは君たちだけだ』と言われた事がある。

 ヒサト、そしてハルトもそうだが、彼らが優秀と言う事について『神から授かった力のおかげ、それが無ければただの凡人』というものもいるだろう。ショウ自身も以前、そうした問いを投げかけた事があるが、その時ヒサトは『自分の手足をもぎ取られる心配をする人はまずいない。そうした神から力を授かった癖に云々というのはそれを傍若無人に使う輩へのやっかみであって、これこれ何とかを成し遂げるために力を授けるという契約を交わしたならともかく、自分の持ってるものをどう使おうが自己責任の勝手だろう。そもそもずるとかチートだというけど、才能なんてものは大抵そんなものだ。どこぞの天災とかロールバッハも言ってただろ、“世界は平等ではない”と。俺が言いたいのはそんなところだ』と、いつになく饒舌に語ってくれた。

 まあ、それ事態が『選ばれた者故の傲慢』ではあるのだろうが、彼の言葉に関してショウもケチをつける必要性は感じなかったので、素直に感心したものである。

 

 ……話がずれたが、ハルトとヒサトの二人は、傍から見ても、今の人生にとても真剣に向き合っているように思えるし、それが結果にも結びついている。

 彼らのそうした何かに打ち込む様子はショウの目には眩しく映るのだ。

 まあ、それは決して前世の自分の境遇だけが不遇であったという事でもないだろうが。

 特にヒサトはこれまでの言動を踏まえると、おそらく前世で何かしら心に傷を負う事態があっただろうことは想像に難くない。尤も、それはショウ自身にも当てはまる事でもあるし、真面目で純真に見えるハルトにしても、心に何か抱えるものがあるように思われる。ここで重要なのは不幸の度合いではなく、皆それぞれ何かしらを抱えているという事なのだ。

 ハルトに関しても、ヒサトは彼がいわゆる『良い子病』であることを示唆したし、実際ハルトはもっと自分を誇っても良い筈なのに、いつもどこか不安げである点から見ても、可能性としては高い事をショウは理解していた。本人にそれを指摘すべきかどうかもヒサトはその時、ショウに相談してきたのだが、正直なところ普段は偉そうな事を言っていても、思った以上に根が深いであろうハルトの心の問題にはすぐさま対処できる自信は無い為、ヒサトに対してもフォローはするが、焦ったところで結果は保障できない、とその時は言ったのである。

 現在、ハルトに関しては、余程の事で無い限り彼を肯定し、彼の在りのままを認めるという了解が二人の間で交わされている。これは抜本的解決にはならない訳であるが、だからといって彼の心に踏み込むのも現状、二人には躊躇われた。ヒサトが二人の前だけで心の内の闇を吐露するのも、或いはそれとなくハルトに対し自分のありのままをさらけ出すことを促すという意図が、もしかするとあるのではないかとショウは思う時がある。

 

 

「ショウ? 今も言ったが、君が気にする事は何もないさ。むしろ、その知識と先を見据えた慧眼には感謝している。俺なんか今が良ければそれでいいとすら思ってたのに。……本当にあの案についてわざわざ手間暇かけて資料を作ってくれたり、分かりやすく説明してくれて助かった」

「あ、ああ。……言いだしっぺが働かないのはよろしくないしね。あの案を気に入って自分のデバイスに組み込むように提言してもらえて、此方こそありがたかったよ」

 

 何か思い耽るようなショウにヒサトはまだ気にしているのかと考え、念を押して自分もあの件に肯定的である事を述べた。

 

「しかし、僕たちも短い間で随分と偉くなったものだよね」

「そうだな、前世の記憶持ちの転生者で、いくら特別な力があるといっても、入局四年半ほどで三等空尉の分隊指揮官になるなんて思ってもなかったな」

「その点だけは、色々と勉強を見てくれていた妖精君にも感謝していいだろうな」

 

 三人は、これまでの二度目の人生を振り返って心から思う、濃い日々であったと。

 これでまだこの先、次元世界を揺るがす出来事が待ち受けているのかと思うと、三人は人生というものの重い価値に改めて気付かされた。

 尤も、この世界における一連の騒動、いわゆる『原作』に関われるかというと、その見込みは薄いだろうなと、この世界に関する知識を一応持ち合わせているヒサトとショウの二人は考えている。

 未来に起こり得るだろう事柄の知識にしても、現状、明確に益に出来そうな見込みがあるのは、JS事件に関する情報のみであり、それに関しても扱いを間違えれば、火傷では済まない事態を引き起こす。まあ、地球に生まれなかった以上は素直に管理局員ライフをエンジョイしようぜ、という事で話は終わっている。

 

 ――それにヒサトは現状にホッとしているところがある。

 運良く未来に起こるだろう事を知っているのに、その知識を生かせないだろうことは残念だし、両親がいないというのは二度目の人生とはいえ、いやむしろ二度目の人生だからこそ辛いものがあった。けれども、もし地球に、海鳴市に生まれていたとしても、ヒサトは多分精神的に辛かったのではないかと思う。勿論、ヒサトやショウ、そしてハルトも男の子である。可愛い女の子に好かれたいだとか、デートしたいといった、ごく普通に下心を持つ男だ。

 実際のところはどうだか分からないが、きっと高町なのはは可愛くて一目で好きになるような女の子なのだろう。……そう言えばシュテル・フェンリッヒ一士は高町なのはにほぼそっくりな容姿だった。うん、すごく美人だよな。

 まあ、実際に今の自分も彼女に対する憧れの気持ちはある。しかしだ、もしも自分が海鳴市で生き、彼女に出会い、好きになったとしても、おそらくそれはすなわち、他の転生者との醜い争いの引き金であっただろう。別にそれは彼女が悪い訳じゃない。昔から男は、美しい女性をとり合って戦いをする馬鹿であるのは変わることがないと分かりきっている。そもそも転生者という事だけで互いに疑い、機が有れば排除しようとする話など事欠かない有様である。もしそんな事になれば、きっと自分は今以上に高慢で己の闇に蝕まれ他者を顧みないやつになっているか、或いは自分以上に強い輩に息の根を止められている事だろう。

 勿論、そんなある意味救いようのない馬鹿らしい人生ではなく、ショウやハルトのような素晴らしい友人に恵まれた生活や、平凡だが両親からの確かな愛情のある温もりがある暮らしが出来るやもしれない。だが、ヒサトは急に暴力を得た人間というものに楽観視をしないし、自分自身、身を持って力で他者を捻じ伏せれる事の悦喜を知っている。

 人の善性に対しての淡い憧れも確かにあるし、人は他者に思いやりを持てる。だが、人というものは自己の許容を越えた不利益、あるいは些細な利益を理由にして、どこまでも利己的で残酷になれる事も知っている。

 そんなヒサトが、ショウとハルトを友として信じれるのは傍から見れば不思議に思う事かもしれない。勿論、初めは打算や欺瞞によって成り立った関係だった事もあながち否定はできない。だが、ヒサトは二人に対して早い段階から打ち解け、あまり褒められたものじゃない心の内をさらけ出した。そこにはおそらくメシアの存在やハルトの抱える問題をヒサトがどうも気にしてしまったせいがあるのだろう。ショウにしては何となく馬の合うタイプだった訳なのだが、ハルトに関しては、そのどこか痛々しい無理をした感じが前世での自分の子どもの頃にダブって見えてほっとけなかったのだとヒサトは解釈していた。だが、実際のところはハルトならばヒサトを拒まないという思いも有ったのだろうとも今にしてみれば考えられるわけであるが。

 メシアにしては、もう根拠も無く、何となく信じていいと思えるだけである。

 先ほどのようにショウは彼女を度々疑う態度を取るし、ヒサト自身もショウの態度が間違っているとは思っていない。けれども彼女は前に彼女自身が言っていたように『ヒサトの魂の片割れ』であり、その内を現わさないところや、逆に忌憚のない言い方をする、ある意味ヒサト自身をよく表す存在だとヒサト自身が感じているのだ。秘密主義なのも、その内容はともかく、理由はおおよその推測は立っているし、それはほぼ間違いないと確信もしている。

 それが神の故意の差配によるものだとしても、自らの掛け替えのない友と頼れる相棒に巡り合えた事に大変感謝しているし、大事にしたいと願っている。

 故に、今の危険と隣り合わせで組織というものに半ば束縛されている、おおよそ前世においては子どもらしくは無い日々にも、親の愛情というものは全く無かったこれまでの生活にもあまり不満は無かったし、むしろ最近は、愛は無くとも確かな友情が存在するという事や、そこに各々の思惑はあれども他者に認められている自分が存在している事に、確かな誇りと充足感を感じている自分がいることをヒサトは自覚しているし、そんな自分を大切にしてみようという心が芽生え始めてもいた。

 

 ハルトは思う。ヒサトとショウの二人は、きっと世間の荒波にもまれ、傷つきながらも生きたのだろうと。弱い自分を隠し、他人から悪く見られないよう、目立たないよう、傷つけられないように無理をして偽りの仮面をかぶる自分とは違い、二人は傷ついた状態から立ち上がろうと、今現在も苦しみもがいているのだろう。

 間違いなく、自分というものを見失っているハルトの内面に二人は気付き、その上で見守ってくれているだろう事に、ハルトも気が付いている。お互いの前世について、あまり深くはこれまで聞き合わなかったが、少なくとも前世の年齢はハルトが一番年下で、子供だという事を二人は分かっているだろう。それを分かっていながらも二人は自分の事を只、友人として、自分たちが大人ぶることもなく対等な立場と認めて接してくれている。そのことにハルトはとてもありがたく感じている。

 ――いつか、少なくとも二人の前ではありのままの自分をさらけ出せる様になりたい。

 そうハルトは願う。

 

 

 三人はそれぞれが己を振り返り、誰からとなくお互いの今後の健闘と、絶えぬ友誼を願ってコブシを突き出して合わせあう。そして、ヒサト、ショウ、ハルトの三人は用意してあったコップへと改めてオレンジジュースを注ぎ、乾杯をした。

 

「これからの平穏を願い」

「これからの繁栄を願い」

「これからの健康を願い」

 

『乾杯』

 

 

 また一日は終わる。

 彼らの運命は既に刻一刻と動き始めており、静かな平穏のその有様を変えていく。

 



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第五話

 

 

――新暦65年、2月某日 とある自然世界にて

 

 

〈マザースウィフトよりハミングバード51へ、目標の内、魔導師三名がそっち方面へと逃走中〉

「こちらハミングバード51。今こちらでも飛行する反応を三つ捕捉。迎撃します」

 

 本日、本局1256航空隊は、とある自然世界に潜伏する次元犯罪者集団の補縛の為に出動しており、ヒサト・クラフト“二等空尉”を隊長とし、リオハルト・リクスナー“准空尉”が副隊長を務める1256航空隊第五分隊は現在、目下一面が緑の木々で覆われた地域をサーチして、目標となる次元犯罪者たちの捜索を行っていた。

 その途中、他の分隊が目標勢力を発見し、交戦へと移った。

 その際に、ヒサト達第五分隊ほか三個分隊は予備戦力扱い並びに未発見の存在等の取り逃しをしない為に、周囲の捜索を継続せよとの指示を部隊長より受け、交戦域南方での広域サーチを行っていた。

 魔導師ランクSSS――そう、ヒサトは先日、晴れて魔導師ランク空戦SSSを取得したのだ――やランクAAA+を緒戦に投入しない事をいぶかしむ人もいるだろうが、少人数で広域をカバーした哨戒をしつつ、いざという時、取り逃した者たちを少ない人数で迎撃し、撃墜あるいは応援が来るまで食い止められる隊を周囲の外側に配置しておくというのは、とりたておかしいものでは無いとヒサトは思っている。

 むしろ万全を期すからこそ、広域サーチができるヒサトとハルトのいる第五分隊は周辺警戒を割り振られたのだと思ったし、今こちらの方へと接近する存在は自分たちより数の少ない三人だが、最悪の場合、自分たちの倍のお客さんがやってくることも有り得ることだ。

 まあ、1256航空隊は本局直属の精鋭部隊であるし、投入した部隊が返り討ちにあって全滅したならともかく、尻に帆を掛けて逃げる輩が固まっているならば、その際はすぐ後ろから追跡している隊がいるだろうし、実質は問題無いと思われる。

 

「ハルトの遠距離バインドから俺が各目標へと砲撃。その後は俺とハルトがなるべく相手を分断するようにして一人ずつ対応。残った一人をショウがシュテルをサポートする形で仕留めろ。皆了解したか?」

 

 ヒサトの指示に、各々は短く頷き了承の意を示した。

 ハルトはほぼ不可視の拘束魔法術式の構築に取りかかった。

 

「ハルト」

「了解」

 

 ハルトはヒサトの指示で、気付くか気付かないかの刹那の距離に来た目標へ拘束術式を展開。

 目標の足が止まったのを確認するやいなや、ヒサトは自らの前方に三つのミッド式魔法陣を展開し、それぞれに自らの魔力を集束させて砲撃魔法を放つ。

 魔法陣より放たれた、三本の緑色の柱が目標周囲を切り裂き、突き抜ける。

 

「よし、行くぞ。ゴーゴー!」

「……いや、今ので目標、三つとも落ちた件について」

 

 ヒサトの勇ましい掛け声に対して、ショウが呆れた顔でツッコむ。

 確かに三つの人の形のようなものが森へと落下しているのが確認できた。

 

「あー、……警戒は怠らずに接近し、確保だ」

 

 あまりに手応えが無さ過ぎたというか、あっさりし過ぎていた為、拍子抜けしつつもヒサトはそう指示を出した。

 鎧袖一触。敵のランクは分からないが、本隊から上手く逃げられる程度の飛行魔法を行使できる点から、負けはしないだろうがてこずる可能性も考慮していたヒサトは、三者ともに命中、撃墜という結果に対して、むしろ内心で幻影などの罠への疑いを強めたぐらいだ。

 上のお偉いさんからしてみれば、有象無象の違法魔導師ごときはお前一人で蹴散らしてもらえないと困ると言うかもしれないが、ヒサトが今、重点をおいているのは指揮官技能の習熟なのだ。

 正直なところ、分隊隊長という指揮官に任命された際、『組織において、人はその無能レベルまで昇進する』という、いわゆるピーターの法則について頭によぎる事があったのだが、これまでの管理局において、無能な指揮官というものにはとんと心当たりは無い。――StSのことは何も見て無いし、管理局のトップが諸悪の根源だなんて海のリハクでも見抜けないだろうから仕方ない。

 まあ、単にヒサトは指揮官という立場に未だ慣れてないということだけである。

 

〈目標三名を補縛。今からそちらに転送します〉

〈了解。引き続き周辺警戒を頼む〉

 

 確保した犯罪者たちを転移魔法で本部へと転送したヒサトたちは、再び周囲の哨戒へと移る。

 青い空の中、今日も彼らは飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

「ヒサト。明日の休日、何か予定ある? 」

 

 3月も既に後半、世の少年少女達は終業式を終えて、新学期へ向けての期待や準備に追われているだろうこの頃、そんな春先の昼下がりに、ハルトは何やら用があるのか、翌日の休みの予定をヒサトに尋ねた。

 

「ん? 午前中は技術部に足を運ぶつもりだし、午後は夕方からレイファラ部隊長に付き合って食事に行く予定があるけど」

「……そっか、映画のチケットを貰ったから一緒にどうかな、と思ってさ」

「ふむ。俺が言うのも何なんだが、友達付き合いも確かに大事だけど、そういうのは出来れば女の子を誘ってあげようぜ」

 

 ヒサトはそう言って、少し呆れたように見える表情をして、友人をからかった。

 

「あー、いや、結構枚数が有ってさ。それにほら、知り合いの女の子なんてさ、僕にはあまりいないし」

「ふーん。まあ、君なら今にもそのうち女にモテるようになるだろうけどね。で、映画なんだけど、昼前後ならば、俺も付き合えるには付き合えるけど」

「なら、そうしよう」

 

 ハルトはヒサトの提案に、ホッとした、嬉しそうな表情で頷く。

 

「他の皆はもう誘ったのか」

「いや、ヒサトが最初だよ」

「……そこは最初にシュテルでも誘ってあげようぜ」

「ねえ、ヒサト。枚数が多いって言ったじゃないか」

 

(別に一回で使い切れる訳でも無かろうし、友達同士で見に行くのと、女の子とデートに行くという二回見に行く方法もあるんだぞ)

 

 やけに女の子とのデートを推すヒサトに、ハルトは抗議するように怒ったが、それに対してヒサトは、別に二回行っても良かろう、と内心でツッコむ。

 まあ、自分の事を差し置いてあれこれと焚きつけるのも無粋かもな、と思い直したヒサトは心中に湧いた事については実際に口に出す事はせず、只、シュテルとショウも誘ってはどうかとだけ提案した。

 

「うん。そうするよ。じゃあ、明日の十時半に映画館前に集合ってことでお願い」

「わかったよ。……遅れそうなら連絡する」

 

 ハルトは集合時間を言い、そのまま走り去って行った。

 その様子をヒサトは微笑ましげにじっと見送り、彼が見えなくなると踵を返し、どこかへ去った。

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 ヒサトは技術部にて、形の上ではほぼ完成と言っても良い、自身のデバイスの試運転及び調整を行っていた。

 

「クラフト君、君のデバイスの調子はどうだい?」

「ええ、とても良いです。……これほど早くできるとは、正直思っていませんでしたよ」

 

 ヒサトは技術部の研究者の問い掛けに、満足そうに答える。

 周囲には何やらごちゃごちゃした装置やら何やらが散乱していた。

 

「フフッ、そうか。こちらとしてはモノがモノとはいえ、一年以上も開発につき合わせてしまって心苦しく思ってたのだがね。でも、手間暇かけて開発した分、それは我々も自信を持って送り出せるシロモノになったと思うよ。草案となるアイデアを出した君の友人にも、『面白いものをありがとう』と伝えておいてくれるかな」

「ええ、了解しました」

「それじゃあ、今日のデータを元にして最終調整に移るよ。実戦データの収集もしなきゃならないから、開発への協力はまだ続けてもらうだろうけど、一応の完成品は来月末には君の手元に届けられるように頑張るから期待しておいてね」

 

 ヒサトのデバイスの開発担当責任者なのであろう、無精ヒゲが生えてはいるが、顔つきからしてみればまだ若い見た目のその研究者はいよいよ大詰めを迎えてきたこの開発計画を思い返しているのだろうか、何やら感慨深そうな表情で、そうヒサトに言った。

 ヒサトはその研究者ほか忙しなく動いている職員に一言挨拶をした後、ハルトとの待ち合わせ場所に、そそくさと早足で向かった。

 

 

 待ち合わせ場所には既に、ハルトとショウ、そしてシュテルの三人がそろっていた。

 時間はまだ待ち合わせ予定の十分ほど前なのだが、結果として待たせてしまったことをヒサトは三人に詫びた。

 

「別に我々も今来たところだし、問題無いがね」

 

 ショウはそう言った。

 

「皆揃った訳ですし、そろそろ入りましょう」

「そうだね、そうしよう」

 

 シュテルの言葉にハルトが同意し、四人は他の客に混じり映画館へと入って行く。

 中へと入り、通路側からシュテル、ハルト、ヒサト、ショウの順に座る。

 

 

「しかし、あれだな。この世界の質量兵器への忌避というか、魔法至上主義的な考え方の強さには、いささか疲弊するね」

 

 映画が始まってしばらくしてから、ショウはポツリとそうこぼした。

 

「……そうかな? 非殺傷設定というモノだけ見ても、それがいかに有用なのかを考えれば、俺は魔法の偉大さに対して異議を唱える事は無いがな」

 

 ショウのこぼした独りごとに、ヒサトはその手に持ったキャラメルコーンを貪りながら反応した。

 

「ヒサトなら、現状の魔法至上主義的風潮の問題点はそういう事で無いのは分かっているだろう。問題なのは、魔導師というものがほぼ完全に個人の生まれ持った資質によってほぼ戦力としての優劣が決定付けられる故に、本来組織としての利点である筈の戦力的な頭数の優位性をほぼ生かせていないというか、現に今現在も慢性的な人材不足に陥っている訳だ。それを解決するには、やはり何らかのツールによる全体的な戦力の底上げが必要になると私は考えるのだが」

「うん、そりゃそうだよね。もう少し個人資質によらない、誰でも扱えうる武装について、模索してもいいんじゃないかとは思うよ。……まあ、ある意味“アルカンシェル”がそれに当たるんだろうけど。……何にせよ、結局は使う人間のモラルの問題なんだけどな」

 

 ショウとヒサトの二人は周りに聞こえぬよう、小声でこそこそと話し合う。

 ハルトとシュテルは画面上で繰り広げられる白熱のバトルシーンに釘付けであった。

 

「……とにかくだヒサト。君が出世して、時空管理局を変えてくれる事を今から期待しているよ」

「そんなこと言われてもなぁ。そういった改革とか刷新みたいな皆を引っ張って行くってものは俺のキャラじゃ無いし。ショウ、君が頑張るという選択肢は無いのかな」

「そう言うなよ。君が突っ走って、私が助力をする方がずっと効率が良いのは分かってるだろう? そもそもだ、必ずしも出世することが何かしらの目的を達する為の手段に限定される訳では無い。出世するのが目的で、高い地位に就いた後で、側近からの献策やら人気取りのための手段だとかでそうした案をぶち上げるのも政治家に良くあることだ」

「その言い方だと俺はすごく俗物っぽいんだが……。大体だ、管理局で出世する事はあくまで安定した生活を確保する手段の一つであって、他の生き方も色々と算段があるってのは君も分かっているよな」

 

 ショウの身も蓋もない言い方に対して、ヒサトは目を細めて、咎めるように抗議した。

 

「分かっているよ。只、こうして誰かのサポートをしたがるのは何分、前世からの私の性分ゆえ、そのあたりは分かっておいてもらいたい」

 

 ショウはそう言って肩をすくめると、『この話については今日はここまで』とでも言うように、映画を見ることに集中し出し、ヒサトもそれに倣って映画の方へ意識を向けた。

 

 

 

 映画が終わった後、四人は少し遅めの昼食を取り、そのままのんびり他愛のない話をしてたりした。

 ヒサトは予定があるので、名残惜しい気持ちはあったが途中で三人と別れ、部隊長の待つ場所へと行く。

 

 

 

「すみません、お待たせしましたか」

 

 ヒサトそう言って部隊長が運転する、四ドアセダンの青い車の助手席に乗り込んだ。

 

「いやいや、むしろこんなに早く君が来るとは思っていなかったよ。休日なのに付き合わせてしまって、ほんと悪いね」

 

 レイファラ部隊長はそう言って車を出す。

 ヒサトは紺のスーツに身を固め、何時にも増してキリッとした雰囲気の部隊長へ顔を向ける。

 

「いえ、部隊長に日頃して頂いてる諸事の心遣いを鑑みれば、たいしたことではありません」

「フッ、そうか。そう言ってもらえると幾分か心が軽くなるな。それと……、この後は肩肘張ったものになるだろうが、今はプライベートだ。“部隊長”だとか堅苦しい言い方では無く“メグ”とでも気安く呼んでもらって構わないよ」

「ハハハ、性分ですからご勘弁を。ところで本日はどこまで?」

「ああ、正直近い場所だからわざわざ車を引っ張り出す事も無かったんだがな。ドライブデートってのもいいものだとは思わないか」

 

 部隊長は視線を前に向けつつも、冗談めかした感じで軽く微笑みながらそう言った。

 

「……レイファラ部隊長なら別に俺みたいな子どもにツバつけなくても、イイ男とデート出来るんじゃないですか」

「フフフ、残念だがそういった運はこれまで無かった、いや仕事にかまけてた所為かもしれんが、とにかくそんな事は今まで無かったさ。……君は好きになった子には、勇気を出して思いを伝えるようにしたまえよ」

 

 部隊長は軽く肩をすくめる。その姿はどことなく達観した雰囲気にヒサトには思えた。

 

 

「さっ、着いたよ」

 

 どう見てもお高そうな店の駐車場に部隊長は車を止めると、そう言ってドアを開け、外に出るようにヒサトを促した。

 

(わざわざ部屋に戻って着替えておいて良かったよ)

 

 ヒサトは内心で独りごちた。以前もショウやハルトと一緒に部隊長に連れられて、このような所に来た事があるのだが、こうした趣深いというか、上品な所はどうにも今の自分には場違いだろうとヒサトは思うのだ。

 別にヒサトは貧乏性だとか庶民派を気取る訳では無い。傍からどう思われていたかは分からないが、それなりの教養を両親から施してもらっていたと、ヒサト自身は前世でも感じていたはずだ。

 ……前世の両親については散々慈しみ育ててもらったはずなのに、もう、思い出そうとしてもそれが本当に両親なのか分からない程、記憶が曖昧になってきている。

 ――嫌な事はずっと忘れない癖に、幸せは何でも無いように忘れてる。そう思うと、ヒサトは少し憂鬱な気分になった。

 

「おいおい、こういったところに来るのは初めてじゃ無いだろう。人を待たせているかもしれないのだから、早く入るぞ」

 

 部隊長の言葉にハッとし、ヒサトは彼女の後に続いて入店をした。

 

「どうもお待たせしました中将」

「問題無いぞ。……そちらの少年が、君が自慢していた例の逸材かね」

 

 『中将』と呼ばれた人物の問い掛けに、レイファラ部隊長はニコリと微笑みながら頷く。

 今、部隊長とヒサトの前にいる深緑の短い癖毛の、初老になろうかというその男性は本局運用部の部長、エルッカ・リーカネン中将である。

 部隊長より事前に聞いたところによると、リーカネン中将は某陸の中将と同じ、非魔導師系のたたき上げタイプな人間のようだ。只、気さくな人柄とのことでもあるので、内心がどうかはともかくとして、面倒な事は聞かれないだろうとヒサトは思っている。

 

「ヒサト・クラフト二等空尉であります。この度は、中将閣下にお会い出来て光栄です」

「そうか。ま、堅苦しい事は抜きだ。せっかくだし、色々と話そうではないか」

「ハッ、よろしくお願いします」

 

 そうして『仕事は大変じゃないか』とか『趣味は何か』など、比較的当たり障りのない話をしながら食事を共にした。

 

「ヒサト君、時間も遅くなってきているし、君はそろそろ戻るといい。宿舎のポートに転移の許可は取ってあるから、確認の上で使ってくれたまえ」

「はい、ありがとうございます部隊長。では、リーカネン運用部長、レイファラ部隊長、私はこれで失礼します」

 

 ヒサトは二人にそう言って、その場を去る。

 後には中将と部隊長だけが残った。

 

「ふむ、私が見た限りでは、それなりに礼儀正しい若者だな。だが、いざという時に彼を御することは君にできるのかね」

 

 ヒサトが去った後、リーカネン中将はレイファラ部隊長にポツリと尋ねた。

 

「……そうですね、彼はドライで気難しい一面を持ってますし、お世辞にも組織に絶対の忠誠を誓うタイプでは無いと、本人もこぼした事があります」

「そうか。他に問題は?」

「友人の影響なのか質量兵器をそれなりに許容する風な考えだったり、上昇志向が強いようですね。後、部隊ごとに保有できる魔力ランクの制限や出力リミッター措置について懐疑的な思想を持っていますね。とりわけリミッター措置については否定的な考えのようです」

 

 部隊長はそう言って意味ありげに、くすりと笑った。

 

「つまり、根本的には面倒で、扱い辛い人物なのかね、彼は」

「いえ、そんなことも無いです。彼は自分本位な気質に見えても、その実、根っこの部分は信頼に対して誠実な対応をする人柄ですよ。何だかんだで指揮官としての努力や勉強をしたり、部下の面倒をきちんと見ようとしている辺り、彼の責任感の強さは明確です。思想に関しても、彼自身は別段強く主張する訳じゃ無く、個人的見解の域は出ない程度のようですしね。まあ、押し付け過ぎない程度に期待をかければ、良い答えを返してくれる男ですよ、彼は」

 

 いぶかしむ中将に対し、部隊長は優しいまなざしで、自信ありげにそう答える。

 部隊長の碧色の目は、ただ店内の静かな光を希望のように映していた。

 

 

 

 

 

「やれやれ、今日も一日、いつものように変わり映えの無い日々が続きます、てかね」

「いきなりどうしたの、ショウ? 」

 

 三月も終わりに近づいたその日、ショウが唐突にそう言った。

 

「いや、下らん話だがな。ほら、もうすぐアレだろ」

「アレ? ああ、確かに世の中はもうすぐ新学期だよね。もしかして、新しい部隊員が来たりする情報でもあるの」

 

 ハルトのその言葉に、ショウはもどかしそうな表情で溜息をついた。

 

「シュテル、今年は他に何かあったっけ」

「いえ、私も知りませんが」

 

 ハルトは何かしら忘れてる事があるのかと思いシュテルに尋ねたが、彼女も特に思い当たる節は見当たらないようで、ショウの様子に首をかしげた。

 

〈いや、単にもうすぐ『リリカルなのは』が始まるんだな、と思っただけだから〉

〈ああ、そうなのか。ごめんごめん。僕そう言うのは疎くて〉

〈いやいや、こっちこそ思わせぶりな事を言ってすまなかったよ〉

 

 ショウはハルトに対して念話で話かけ、説明をした。

 そこにヒサトが何やら複雑そうな表情をしながらやって来た。

 

「あー、皆。任務が入ったから全員集合だって」

 

 そう言うヒサトの様子はどうにもいつもの覇気が無い。

 何か懸念事項があるのかと思い、ハルトは尋ねる。

 

「どうしたの。任務に何か心配ごとでもあるのかい」

「いや、まだ詳しい事は俺も部隊長から聞かされた訳じゃないんだが、任務自体は前にもあった、古代遺物管理部に随伴する武装隊の役割だ。多少任務時間が長くなるだろうけど、それ以外は多分普通だろう」

「じゃあ、何を懸念しているのか単刀直入に話したまえ」

 

 どうにも要領を得ないヒサトの言い回しに、ショウは率直に聞いた。

 それに対してヒサトは、一呼吸置いてから言葉を発した。

 

 

「出動先、第97管理外世界らしいよ」

 

 



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第六話

 

 

「それで、一体全体どうなっているのか分かるか? ヒサト」

 

 次元航行艦の片隅にヒサト、ハルト、ショウの三人は集まって、ひそひそと話し合っていた。

 

「……現状分かっているのは、俺らの任務は古代遺物管理部の一課に随伴する武装隊として、第一級捜索指定ロストロギア『闇の書』の回収に当たるということ。こうして管理局が動くきっかけとなったのは、何者かからの匿名による情報提供があったという事だな」

 

 ショウの問い掛けに対して、ヒサトは部隊長より受けた説明を復唱するようにして答えた。

 その表情は相変わらず考え込むように複雑であった。

 

「そもそも誰なのかな、その匿名の通報者は」

「転生者だろうな。それよりも私としては匿名なんて胡散臭い情報源に対して、端から中隊規模の人員をアルカンシェルを搭載した艦と共に派遣する本腰の入れように驚くよ」

 

 ハルトの率直な疑問に対して、ショウが自分の意見を述べた。

 気合の入れように関しては、それだけ闇の書に対して時空管理局が危険視しているのだとヒサトは考えているが、それでも確かに匿名の情報提供者の素性について気になる。

 もしかすると、件の人物は管理局関係者の身内なのかもしれないと彼は思った。

 

「まあ、十中八九は地球在住の転生者さんの一人が情報提供者だろ。この時期に闇の書が管理局に発覚する要因なんてグレアムおじさんがドジやらかすか、転生者等のイレギュラーによるものしか、今ある情報では考えが付かない。その他の“もしも”については憶測にしかならんから、考えても仕方ない」

 

 ヒサトはハァ……、と深いため息をつきながら、そう己の考えを述べた。

 

「それに加えて、わざわざジュエルシードが地球に落ちるだろう、この時期を見計らったかのように情報を流したわけだ。少なくとも管理局のことを知っていることから、この世界について何も知らん輩という線も無いな。通報者は明らかに管理局を一連のジュエルシードに関する騒動に初めのころから巻き込む算段と思われる。闇の書はそのための餌だと俺は考えるのだけれど、二人はどう思うかい」

 

 ヒサトの問い掛けに、ショウとハルトは思案顔になる。

 少し経ち、ハルトが尋ねるようにして、口を開いた。

 

「僕はあくまでヒサトやショウから聞いたこと以外は分からないけど――」

 

 ハルトはそう前置きした。ヒサトはそれで構わないという風に頷いて、続きを促す。

 

「今回みたいに、知っている先の未来を崩すことのメリットというか、早期に時空管理局を介在させることの利点ってどれぐらいあるの」

 

 ハルトの質問に対して、まずヒサトが答えた。

 

「今回のケースにおける管理局の早期介入によるメリットは、やはり一番は地球が滅びる可能性の減少が挙げられるかな。闇の書にしても、ジュエルシードにしても下手すれば世界を丸ごと滅ぼし得るものだ。闇の書なんか、まさにその最たるものだしな」

 

 その言葉にショウは“確かに”と言いたげに相槌をうつ。

 ハルトもそれに納得したように頷いた。

 

「地球に転生者が複数いるという前提ではあるが、他としては、混沌とした事態に対して、外部勢力による収拾を望んでの事とも考えられるな。……そんなケースは正直言って私は御免だし、そうだとすれば更なる混沌を引き起こす未来しか想像できんがね」

 

 続いてショウがそう意見を述べた。

 ――そんな所に突っ込むのは俺も御免だ。ヒサトはショウの言に対して、心の中で思った。

 

「まあ、向こうの様子が判明しない以上、大まかに言えるメリットはそんなところだろうな。

 ほぼ確実な平和を得られるのは確かに魅力的ではあるが、『原作』を知る身としてはリスクを避けすぎてリターンが少なくなる可能性についてどう思っているのかが心配だがな。――己の安全に勝るもの無し、ってものだろうかね。それなら理解できるが」

 

 そう言って、またヒサトはため息をついた。彼の顔は先よりずっと変わらなかった憂鬱そうな表情から苦笑いした表情へと変わった。尤も、どちらも微妙な表情であるのは変わらない訳だが。

 

「……デメリットにも言及すべきなのかな。俺が考え付く限りでは、第一に高町なのはが魔法に関わらない可能性。魔法の存在を知る事だけならば、彼女の才能を考えればそれほど難しくはないだろうが、この先において関わり続けるだろう保障は確約できんよな。レイジングハートをユーノから託されなかったり、うちの上司たちが彼女の協力を断ったりする可能性は十分に考えられる。別に彼女は魔法に関わらなくても不幸になる事は無いだろうと俺は思っているし、俺らの知る未来における彼女の身体的酷使などを考えると、必ずしも魔法と関わり続ける事が彼女の幸せなのかについては一考の余地がありそうだしね。まあ、俺たちみたいなイレギュラー要素を加味しても、高い魔法素養を持つ彼女が管理局に入ってくれないと後々困ったことになりそうだけどねぇ」

 

 そう言ってヒサトは続けてこれから先、起こり得るデメリットについて語り出した。

 彼の語る事はあり得なくもない、とショウも思い、やや困ったような思案顔になる。

 

「――で、第二に八神はやてがどうなるのか。……現状一番心配なのが彼女についてだ。下手すれば冷凍して虚数空間にポイというのもあり得ないとも言いきれないしな。……メシア」

 

 ヒサトはさらに続けて自らの考える第二の問題点について述べる途中で、メシアを呼ぶ。

 彼の呼びかけに、緑の長髪の妖精が現れ出た。

 

「はい、マスター。ご用件は何でしょうか」

「率直に聞く。闇の書こと夜天の書が抱える諸問題を君は解消できるかい」

 

 メシアに対して、ヒサトは尋ねる。問いかける形でありながら、彼の目は有無を言わせぬがごとき真剣な眼差しであった。

 

「出来るとお思いですか?」

「出来ると確信しているから聞いたんだ。はぐらかすからには気が進まないと見えるけど、申し訳無いがその時は頼まれてもらいたい」

 

 メシアの質問に質問で返す言葉に、ヒサトは珍しく彼女に対して我を通す。

 何だかんだでいつもこれまで彼女の事情を慮ってくれていたヒサトのそのような様子にメシアは驚く事は無かったが、何やら思案した後、言葉を発した。

 

「分かりました。全てはマスターのご随意のままに……。ただ、先に申し上げておきますが、私が対処することにもリスクはあります」

「具体的には?」

「対処の際、闇の書にアクセスする必要性がある為、何かしらの悪影響を向こうから受ける危険性があります。最悪の場合、私は自己消滅機能を構築して発動する必要があるかもしれません。その場合、私は勿論のこととして夜天の書も巻き込んで消滅すると考えられます。尤も、端から夜天の書を消滅させるつもりであれば、それ以上のリスクは無いですし、私も書の主も安全ですが」

 

 ――まあ、確かにそうだろうな。

 ヒサトはメシアの言葉にそう納得をする。彼女の懸念は確かに考えられるものだ。

 ヒサトはメシアを信じている。彼女なら上手くやってくれると信じている。彼女の力量を疑っていない。希望的観測を持っている。

 だが、そんなヒサトにメシアは投げかけた。――自分ならば上手くやれる、やってくれると? 自らをご都合主義存在足り得るものだと思っているのか、と。

 

 ――是である。ヒサトはメシアの事を信頼している。ショウからはそのあまりの盲信ぶりに洗脳を示唆された事もあるが、別にそんな事はないとヒサトは思っている。

 彼女が色々と隠し事をしているというのはこれまでも述べてきた事だ。だがヒサトはそんな彼女に対して、信用されていないともどかしく思う事はあれども、彼女が裏切る事は無いと心の中で結論付けている。

 そこに証拠なんてものは無い。只、ヒサトとメシアが魂の奥底で繋がっているからとしか言いようがないのだ。

 メシアはヒサトを裏切らないし、ヒサトもメシアを裏切る訳にはいかない。二人はそういう関係なのだ。今回の件にしても、決して無茶振りでは無く、純然たる彼女の能力を考えての判断である。

 

「出来る範囲のことをしてくれればそれでいいよ。欲をかいて十全の結果にこだわりはしないし、そもそも俺らの考えてる前提条件が通じない事も有り得る。今は対処法があるのが分かっているだけでも心強い」

 

 ヒサトはそう言ってメシアに不敵な笑みを浮かべる。その後、また彼の表情は考え込むようなものに戻ったのだが、それは心なしか落ち着いた感じに見えた。

 

「他にも多々あるが、大まかにはそんなところかな。レイジングハートの強化フラグも心配か」

「いや、それよりもフェイト・テスタロッサの事に言及すべきだろうが。もしかして君、彼女の事嫌いなのかね」

 

 ヒサトが話をまとめ出したところに、ショウがそうつっこんだ。

 

「いや、別にそんな事は無いよ。俺も彼女の事は好きだよ。うん、フェイト・テスタロッサについてか。高町なのはとの関係やハラオウン家との関わり方がどうなるかが分からなくなりそうなのは心配だね。プレシア・テスタロッサについても考えるべきなのだろうが、それは今はおいておこう。まあ、フェイトについては余程の事が無い限り、管理局に入る事になるだろうね。けど、もしもなのはやハラオウン家との関わりが無いという事になれば、彼女の人生は俺たちの知るものよりビターなものになる可能性はありそうだな。

 ……まあ、必ずしも彼女の心の拠り所が高町なのはやハラオウン家である必要は無い訳だが、その他イレギュラーについてを現状で語るのは止めておくべきだろうし、とりあえず彼女について俺の考えられる事は以上になるかな」

 

 ヒサトはそう締めくくる。

 

「つまり、彼女は問題ないと?」

「むしろ、他に考えられる問題が多すぎるだけさ」

 

 そうだ。そもそもあちらがどうなっているのか分からんのが問題なのだ。そもそもこうした推論をすべきなのはこの世界に詳しいショウであって、俺がさも物知り顔でペラペラと持論を述べるのは柄じゃ無いはずなのに……。ヒサトは今更ながらそう思った。

 

「俺の考えは細々した部分を省いて粗方話したぞ。二人も何か意見を述べてくれよ」

 

 自分ばかりは不公平だと、ヒサトは二人に対して意見を求めた。

 

「では、意見というかメシア君への質問になるのだが、むこうに転生者はどれ位いるのか教えてもらいたいのだが」

 

 ショウはメシアに対して問いかける。何時ものごとく、彼女に問うその目は険しいものであった。

 

「最低数で九人ですね」

 

 メシアはさらりと答えた。

 あまりに呆気なく答えたものだから、常のように答えないと思っていたショウもおもわず口が半開きになってしまった。しかし、すぐに我に返ると続けて尋ねる。

 

「この根拠や内訳などは?」

「我が創造主が選びし者の数がマスターと貴方たちを合わせた三人プラス一人の計四人であり、それが三者の内で一番少ない数だからです。ちなみに残りの一人と他の二方が選んだ者たちは全てが海鳴市及びその周囲に生まれ落ちているはずです」

 

 メシアは質問に対してまたもやさらりと答えた。

 ――以前、同じことを聞いた時は誤魔化したのに、である。

 

「前に聞いた時はその質問には答えてくれなかったのにどうして今は答えてくれるんだ」

 

 湧き出た疑問をヒサトは素直にぶつける。

 彼女は珍しくバツの悪そうな顔をして自らのマスターの疑問に答えた。

 

「それは、えっと……、何と言いますか、ええ、つまりは想定外という事になりますかね。

 信じていただけるかは分かりませんが、我が創造主の予定では、マスター達がこの時期にこうして地球へ行く事はほぼ無いはずと言いますか、あちらで起こり得る諸事の争いから遠ざけておいて各々の意思の自由に任せてのびのびと成長させるのが黒き創造主陣営の基本方策だったのです。

 故にマスター達には私からも情報を与えないようにといった指示があった訳なのですが、この度の事態を受けて、流石に情報の出し渋りは良くないと判断した次第といいますか、もしもの場合の指示として言い含められたものであります」

 

 メシアはアハハと乾いた笑いをこぼした。

 

「じゃあ、俺の能力について詳しく」

「それについて詳しくお答えはできません。ただ、既に何となく分かっているとは思われますが、マスターの力は単一能力の付与では無く、何かしらの元になるモチーフが存在する、いわゆる人物スペックの付与であるとは申し上げておきます」

 

 ヒサトの質問に対して、詳しい事は相変わらず濁しつつもそう答えた。

 

「それは有りな……有りなのか。で、俺自身が自分の力を把握していない件はどうなの」

「有りです。一応お一人様一つだけという制限は存在するらしいですが、上位存在たるお三方にとってそのあたりはどうでも良いみたいですよ。別段、競っている訳でもありませんし。

 マスターがご自分の力を把握なさっていないのは仕様です。既に大方原因を察していると思われますが、その辺は今後も私を信じて頂きたいです」

 

 続けざまの質問に対しても、彼女にとってどうでもいいような裏事情を聞けた以外はそれほど益にならない言葉で誤魔化されるばかりである。

 結局のところ、ヒサトの力について語りたくは無い様子だった。

 

 

 その後もヒサト達はこれ幸いとばかりにこれまでの疑問をメシアへとぶつけ、彼女から向こうの様子を推察できる情報を得ようと躍起になるのだった。

 

 



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第七話

 

 

「地球か……。何もかも、皆懐かしい」

「そうか? まあ、確かに日本語とか見ると、何だか胸がキュッとなったが」

 

 おもむろに放たれたショウの言葉に対して、ヒサトは少しずれた返答をした。

 

「いや、そういう反応をされると困るのだが。もしかして元ネタ分からないのかね」

「……知っているよ。沖田艦長の言葉だろ。けど今はそう言った一部の人にしか分からんようなネタは慎もうよ。今は仕事中なんだから」

 

 乗りが悪いなぁ、と言いたげな表情のショウに、ピシャリとヒサトは言い放つ。

 現在ヒサト達、本局1256航空隊第五分隊の面々は第97管理外世界“地球”へと到着し、その際に志願して現地の捜索要員へと加わっているのである。

 現地に降り立ったヒサト達四人は管理局員服の上に各々の持つ薄手の上着を羽織った出で立ちで海鳴市を捜索している。

 いくら上着で隠しているとはいえ、この制服で地球を練り歩く事にショウは難色を示したのであるが、ヒサトが『じゃあ、持ってきている私服着れば?』と聞くと、たちまち言葉に詰まってしまったのである。

 ヒサトはむしろそこでショウが言葉に詰まった事に対して驚いた。こちらに来た際、こうして外を歩くだろうことはほぼ分かっていたはずなのに私服を準備してきてないとは、彼にしては珍しい事もあるものだな、とも思ったものである。

 

「さて、早速だが闇の書の捜索を始めようじゃないか」

 

 昼を少し過ぎた時間、道の往来でヒサトはそう宣言した。尤も、ショウやハルトはやたらと懐かしそうに周囲を見回しており、きちんとヒサトの話を聞いているのはシュテルだけであったが。

 

〈ショウ。ショウ。八神はやての家ってどの辺か知っているか〉

 

 ヒサトはコホンと咳払いをしつつ、念話でショウに尋ねた。

 

〈あー、うーんと……。確か中丘町という説が有力だった気がするが〉

〈そうか、ありがとう。よし、ショウの記憶を信じてその辺りを重点的にサーチしよう。ハルト、ショウの記憶が確かなら中丘町に八神家はあるそうだ。君の広範囲サーチでその辺りの魔力反応を調べてくれ〉

 

 ショウから情報を聞き出したヒサトはハルトに広域サーチを頼んだ。ヒサトも広域サーチは出来るのではあるが、ハルトの能力を使ったサーチの方が隠匿性に優れており、他人に気取られる可能性は幾分か少ない。

 複数の転生者が跋扈しているであろうこの地で、下手に魔力反応を察知されるのは宜しくないとヒサトは判断して、ハルトに任せたのである。

 管理局の制服を着ている時点で目立つのを避けられるとはヒサト自身も思わないのではあるが、迅速かつ静かな行動を心がけることで、もしかしたら何事も無くこの任務を終えられるかもしれないといった微かな希望も心中に存在しているのであった。

 

 

 

「あの辺りから魔力反応があるね」

 

 ハルトが他の三人へとそう伝える。あの後、中丘町がどこにあるのか調べた一行はその周囲へと赴き、ハルトによるサーチを行ったのである。

 ヒサト達はハルトが示す方へと足を進め、遂に目的地へと辿り着いた。

 

「ここなのかね。……猫は見当たらんな」

 

 猫とはもちろんグレアム提督の使い魔の二人の事であるが、ショウが言及するまでヒサトはその存在を失念、というより慮外にしていた。

 実際、今の段階で猫姉妹がここに居ようが居まいが、最早大局に影響する事は無いだろうと彼は思っている。

 

「バリアフリー構造の家。魔力反応を検知。パッと見た感じではここかな。表札を確認しよう」

 

 ヒサトがサッと周りを探り、ここだろうという確信を伝える。

 表札を確認すると“八神”とある。

 

「よし、ビンゴだ。部隊長に連絡を入れよう」

 

 ここが八神家であるのを確認したヒサトは捜索本部たる次元航行艦に待機しているレイファラ部隊長へと報告をする。

 

「こちら、ヒサト・クラフト二等空尉。目標とおぼしき反応を確認。接触を図るべきと思うのですが、指示を願う。繰り返す……」

〈こちらマーガレット・レイファラ一等空佐。君たちの位置は確認した。よろしい、責任は全て私が持とう。説得や交戦ほかどのような判断を下そうが君に一任する。応援の戦力についてはおよそ十四分ほどで周囲に完全展開する見込みだ。それを念頭に入れて事態に当たりたまえ〉

 

 ヒサトの報告を受けて、レイファラ部隊長は現場判断の責任を自分が持つとヒサトに伝えた。

 古代遺物管理部一課の指揮官に断りは入れたのだろうかとか、自分に簡単に丸投げしてよかったのかだろうかとヒサトは少々心配になったのだが、今それを考えても仕方ないだろうと思い直し、ショウ、ハルト、シュテルの三人に目配せした後、意を決したように八神家のインターフォンを押す。

 

 ピンポーンと高めの音が鳴る。ヒサトはとても緊張した面持ちで、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

 

『はーい、どちらさんですか』

 

 少し間が空いた後、玄関のスピーカーより独特のイントネーションをした声が聞こえてきた。

 ハァッと息を吸い込んだ後、ヒサトはその声に答えた。

 

「あ、すみません。こちら時空管理局のヒサトと申します。八神はやてさんは御在宅でしょうか」

 

 ……いきなり『時空管理局』とか、傍から聞いているとすごく電波である。しかも挙動不審な様子が若干声にも出ている。

 

『えっと……、八神はやては私です』

 

 八神はやてもどことなく戸惑い気味な雰囲気なのが口調の端々から現れていた。

 

「あ、そうですか。それで要件なのですが、お宅に第一級捜索指定ロストロギア“闇の書”があるとの通報がありまして――」

 

 傍から見ても完全に電波ゆんゆんだ。いくら嘘をつくのは良くないとの判断であっても、いきなり訳の分からん単語で捲し立てるのは拙いのではなかろうかと傍で聞いてる三人は思った。

 ショウは『これは110番も視野に入れるべき』と、どこか公僕を隠れてやり過ごせる場所が無かったかの検討に入り始めた。

 

『え、えーと、お話長くなるんでしたら、中でお茶でもお出ししましょうか』

 

 何と言う事だろう、あんな訳の分からん説明を真剣に取り合ってくれて、家の中に入れてまでくれるとは。さすが八神はやてちゃんマジ光の女神(てんし)。ショウはそう思わずにはいられなかった。

 ……もしかすると家の前で訳の分からない事を言っている輩を近所の人に見られたくなかったという可能性も無くは無いが、ショウは前者であると思いたいし確信したかった。

 ヒサトが振り向いて、『やったぜ』と喜びの表情を伝えてきたのだが、その表情がドヤ顔に見えて少し癪に障り、ショウは苦笑した。

 

『玄関入ってすぐ右がリビングですから、そこで待っといてください』

「ではお言葉に甘えまして、お邪魔させてもらいます」

 

 そうしてヒサトは中へと歩んでいった。ハルト達も慌ててヒサトの後に続いてゆく。

 

「お邪魔します」

 

 玄関から入る際、ヒサトは改めて言葉を掛ける。言われたように入ってすぐのドアを開け、中を覗くとリビングで、テーブルにL字型のソファが置いてあった。左の方はダイニングルーム、キッチンへと続いており、キッチンでは車椅子に乗ったセミショートの茶髪の少女――八神はやてがどうやらヤカンで湯を沸かしているようだ。

 

「あ、どうかちょっと待っていてくださいね。今お茶入れますから」

 

 はやてはヒサト達に気付いたのか、そう声を掛けた。

 

「突然お邪魔して申し訳無い。えーと、他にお手伝いさんとかは……」

「いえ、生活費とかの面倒を見て下さってる人はいますが、この(ウチ)は私の一人暮らしです」

 

 ヒサトは八神はやてが守護騎士が現れるまで一人で暮らしていたという事は知識としては知っていた。しかし、実際にこの広さの家に少女の独り暮らしというのは意外と心にくるものがあった。

 

〈一人で暮らしてるとさ。八神家に住んでいる転生者がいなくて助かったな〉

 

 ショウからヒサトにそう念話があったが、ヒサトは何とも言えない気持ちになった。

 確かに余計な面倒が無いのは良かったと言えるだろう。されど、オリ主を拾うことに定評のあるはやてちゃんと言われるほど、二次創作で不審者をホイホイ住まわせちゃう彼女ではあるが、その気持ちが今、何となく分かった気がするのだ。

 正直、ヒサトはショウたち身近な関係の人物に対しては自分はドライで冷たい人物な言動をして来たし、実際、自分の根っこの部分は自分本位で不人情な輩だと思っていたのに、車椅子の少女が一人でヤカンに湯を沸かす光景にショックを受けるとは、自分自身も戸惑っている。

 ……まあ、冷静に考えれば、だからなんだという話だが。自分が他人の事を内心でどう思おうが、そんなの実際どう接するかに比べれば些細なことだ、今は目の前の事に取り組もう。ヒサトはそうして気持ちを切り替えた。

 

 ヒサト達四人は少しの間ぼんやりとはやてがお茶を入れるのを眺めていた。初めにハルトが『手伝いましょうか』と申し出たがやんわりと断られた為、お茶を彼女がこちらへと持ってくる段になってシュテルが半ば無理やり運ぶのを手伝うまで、手持無沙汰であった。

 

「さて、落ち着いたところで話に移ろうか」

 

 はやてがこちらへと来た後、そうヒサトが切り出す。

 

「えーと、お兄さん達は……時空管理局やっけ? そこから来て闇の書とかいうのを探してはるってことでしたっけ」

「その通り。改めて名乗らせてもらうと、俺は時空管理局本局1256航空隊第五分隊隊長ヒサト・クラフト二等空尉だ。ほかの三人も第五分隊のメンバーで、君から見て左から順に紹介すると、シュテル、ショウ、副隊長のハルトだ」

 

 はやての質問にヒサトはそう言って自分たちの詳しい素性を名乗る。

 ほか三人も思い思いに挨拶をする。

 

「でだ、俺達はその闇の書の存在をとある筋より報告を受けて捜索に来た訳なんだが……」

「えーと、……まぁ何となくその闇の書っぽいものに心当たりは有りますけど」

 

 ヒサトの言葉を受けてはやては席を外す。そしておそらく自分の部屋なのであろう奥の部屋へと向かい、手に一冊の本を携えて戻ってきた。

 それはまさしく目的のものである闇の書こと夜天の書であった。

 ヒサト達は『それです』と示すようにコクンと頷く。そして八神はやてへと諸々の説明を始めるのだった。

 

 

 

 

「それで、この子はどーなるんですか?」

 

 管理局の事や闇の書もとい夜天の書についてのあらましを聞いたはやてはヒサトへと尋ねた。

 

「幸いと言っていいのかは分からないけど、一応それなりに円満な解決法に成り得るすべを俺の相棒が持っているから、彼女に協力してほしいんだが大丈夫かな」

 

 そう言ってヒサトは自らの内よりメシアを呼び出す。急に現れた薄緑の光と妖精のように小さな少女にはやては目を見開いて驚く。

 

「ああ、こいつも紹介すべきだったな。こいつは俺の相棒の――」

「メシアと申します。よろしく」

 

 メシアはニッコリと微笑んで自己紹介をした。

 

「じゃあメシア、頼む。それとハルト、部隊長に連絡入れておいてくれ」

「わかったよ」

「了解しました。――はやてさんどうかご協力の方よろしくお願いします」

 

 ヒサトの言葉を受けて、ハルトはレイファラ部隊長へと念話による連絡を取る。

 どうやら当初の予定通りに事を運べそうだと、ヒサトはひそかにホッと息をついた。

 一方、メシアは、はやてと闇の書の元へと近付き、彼女と共に闇の書に触れる。

 ――その瞬間、白と薄緑の光が彼女達の持つ書を中心に発せられる。白き光は書を中心に仄かに輝き、緑の光ははやてを包むようにいくつもの魔法陣となって展開される。そこにメシアの姿は見られなかった。……どうやら闇の書へと潜ったようである。

 

(頼んだぞ、メシア)

 

 ヒサト、そして他の三人も緑色の長髪の少女が成功を導く事を祈る。

 

 

 

 

「あれからもう四十五分ほど経ってる訳だが、まだ問題解決には至って無いのかヒサト」

 

 ショウがしびれを切らしたのか、ヒサトにそう尋ねる。

 

「うーん、最悪のケースを想定してか、彼女の方からリンクは現状ほぼ切られているからな。そもそも俺と彼女は一つになっているのがベストかつデフォルトみたいだし、分かれて活動するのは本来とは逆に通常状態では無いってことらしいよ」

「つまり、君も何も分からないと」

「そうだな。けど取り立てて異常は見られないし、今のところ問題無いだろう」

 

 ヒサトはグッと体をほぐすように伸びをしながらそう答えた。

 あの後、十分置きぐらいに部隊長へと入れつつ、メシアが書の異常を解決しているのを見守っていた訳だが、流石に直すにしても長すぎるとヒサトも思っている。八神はやても動かないし、魔法陣が放つ薄緑色の光の明滅だけが、あの周りの時が歩んでいるのを示してくれているのだ。

 シュテルも気が抜けたようにぼんやりと魔法陣を眺めているし、ハルトもリビングとダイニングルームの辺りを時折うろうろし出していた。

 

 そうして第五分隊の面々の緊張感が抜け始めていたその時、周りに展開していた魔法陣が消え、メシアが書の中より出てきた。

 

「報告を頼む」

 

 ヒサトはメシアへと近寄り、簡潔に聞いた。

 

「イエス、マスター。まず守護騎士プログラムを簡易ロックを掛け隔離。その後、防衛プログラムの消去に取りかかり、これを消去。管理人格たる管制融合騎に関しては書の主たる八神はやてと共に接触を行ないはしましたが、その機能に触れるのはリスクが高いと判断いたしました故に、不介在とさせていただきました」

 

 メシアはつらつらと報告を述べる。ヒサトは彼女の言葉を聞きつつも横目でちらりとはやての方を見る。何やらぼんやりと闇の――いや夜天の書を眺めているようだった。

 

「うん、とりあえず最悪の事態は防げたと見て良いな。ありがとうメシア、君のおかげで助かったよ」

 

 ヒサトはまずそう言ってメシアを労った。そしてその後に続けて彼女に尋ねる。

 

「それはそうと、思ったよりも時間が掛かったんだな」

 

 メシアはその問いに対し申し訳なさそうにしつつも、はにかむような表情で答える。

 

「すみません、管制融合騎の方――リインフォースさんや八神はやてさんとの会話が思いのほか弾みまして……。あ、そうです、リインさんとはお友達になりました」

 

 ――そうか、それは良かったが、君は今しがた過剰な接触はリスクが高いと言ってたような…… メシアの言葉にヒサトは内心そう思ったが、コミュニケーションを取る分には特に問題は無いのだろうと思い直し、『それは良かったな』以外、何も言わなかった。

 

(しかし、よくよく考えてみるとメシアにはこれまで友人は存在していなかったよな)

 

 ふとヒサトはそう思う。自分にはショウやハルトといった友がいたが、メシアはあまり積極的に他人と関わり合いを持つ事は無かった。自分以外で一番彼女と話した事があるのはショウだろうが、正直言って、互いが互いを友人だとは思っていないだろうし、ヒサトから見てもそう言った間柄では無いと思うのだ。

 そもそも先ほどヒサト自身が言ったように、ヒサトとメシアは一心同体であるのが常であり、彼女はヒサトの意思と関係無しに出てきたりする事はあれど、飲食をしたり、ましてやヒサトから離れてどこぞへ行ったりなどした事はヒサトが知る限りこれまで一度たりとも無かった。

 そうした意味合いでは、彼女の自主性というものは知識の出し渋り以外で今まで発揮される事が無く、ヒサトもそうした点に関心を払っていなかったのである。

 だからこそ、彼女が友人を作ったという事に驚くと共に、彼女が持つ人間的な一面を見られたという事をヒサトは嬉しく感じるのだった。

 

「ま、話していた内容も是非聞きたいところだが、今はとにかく待機しているレイファラ部隊長を含めた他の皆に交渉結果を報告すべきだな」

 

 そう言ってヒサトは部隊長へと念話による通信を行った。

 

 

 

 ――彼らが知るこの世界、そして何より彼ら自身の運命の歯車は確かに変わり始めていた。

 



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第八話

 

〈そうか、了解した。諸君らの働きに感謝する。で、すまないのだがその書の現在の保有者である八神はやてをこちらに連れて来て欲しいんだ。直接話もしたいし、諸々の検査や、調査やらもきちんと行わなければならないからね。もちろん任意だ……と言いたいところだが、何とか言いくるめて絶対にこちらに来る事に同意させるように。ヒサト二尉、頼んだぞ〉

 

 報告の返答として返って来たレイファラ部隊長のありがたいお言葉を受け、ヒサトは夜天の書を持ってこちらを見ているはやての方へと向き、見つめ返すようにして話しかけた。

 

「今、上司に報告をしたんだけど、是非、君と直接話をしたいんだって。現状出来る事はしたし、既に問題は半分以上解決したようなものなんだけど、やっぱりきちんと問題が無いか軽くは検査する必要はあるんだ。そういう訳だから、俺達と一緒に付いて来て欲しいんだけど……大丈夫?」

「はい、かめへんですよ。私も是非ヒサトさん達や部隊長さんと、もっとお話ししたいなぁと思ってましたから」

 

 窺うかのように尋ねるヒサトに対して、はやては気負うことなく笑顔で了承した。

 彼女のその春の木漏れ日のような優しくも眩しい笑顔を見て、ヒサトはホッと顔を綻ばせた。

 

「そうか……。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。じゃあ、転移魔法で向こうまで行くから、心の準備をしてくれよ」

「えっ、そんな事も出来るんですか、ヒサトさん達は」

 

 ヒサトの言葉にはやては驚いて目を見開くと共に、感嘆の声を上げた。ヒサトはそれを見て得意げな表情になった。

 彼の自慢げな様子を見たショウは口元に笑みを浮かべて、何やら微笑ましげな目でそのまま眺めていた。シュテルとハルトの二人も任務がひと段落ついてホッとしたのか、はたまたショウのようにヒサトの様子に思うところがあるのかは分からないが、嬉しそうな表情であった。

 

 

〈部隊長、今からそちらに八神はやてを連れていきます〉

〈うん、こちらはいつでも良いぞ〉

 

 次元航行艦にいる部隊長に同意が得られた旨をヒサトが伝えた後、はやてやショウ達はヒサトが展開した転移魔法の陣へ、ヒサトを中心に集まった。

 はやてを含めた四人が自分の周りに集合した事を確認したヒサトは転移魔法を発動させる。

 薄緑の光が一瞬眩しく光って消えた、その後の八神家のリビングには、空になった湯呑みが四つテーブルにある以外、誰もいなくなっていた。

 

 

「うわぁー、すごいなぁ。私、パッてテレポートしたり、こんないかにもSFチックでハイテクな場所を生で見るんは初めてやわぁ。ヒサトさん達って魔法使いってゆーより、むしろ宇宙人っぽいんやなぁ」

 

 部隊長達が居る艦内へと転移し、次元航行艦の内部を一目見てからのはやての第一声はそのような感想だった。

 

「まあ、それはそれで間違いでは無いよ。俺達の使う魔法は、どっちかと言うとデジタルでサイエンスな代物だしね」

 

 ヒサトはその感想に困ったような笑みを浮かべつつも、同意を示した。実際、ヒサト自身も自分達や管理局の存在は、なんちゃってSFかつ似非ファンタジーじみたものであると思っているのだ。

 別にそれが悪いとは今も昔もヒサトは思っていないのだが、この世界に対する見方が、どうにも昔読んだ物語でよく問題として描かれていた魔法社会の悪面である実力主義や血統主義、それと未来SF社会モノの小説で描かれる現代と比較した際の倫理観の欠如、具体的には人体改造やクローン実験などの、ファンタジーとSF両方の悪い点に目がいってしまうという事が多々ある。

 つまり両方のいいところを取ろうとした結果、いい所だけでなく悪い所も付いてきたという訳だ。

 ……まあ、当たり前の話かもしれないが。

 

 ヒサト自身はこの世界の魔法について、プログラムやテンプレートなどの科学的な単語で表現されてはいるが、根っこの部分は個人の才能がモノを言うファンタジー要素の強いものだと認識しているし、ショウやハルトにこの話をした際も、二人はその点に関しては概ね同意をしてくれた。

 

 尤もショウから言わせると、現在は魔法から科学への過渡期のようなものであり、そう遠くない未来にはSF的な面が強くなる、詰まる所は倫理感のボーダーが低下することによる身体の義体化や誰にでも扱える兵器などの後天的な力の添付に寛容になるだろう。むしろならないと世界的な発展が既に頭打ちになりつつあるこの状況を打破できないだろうとのことである。

 

 正直、ヒサトとしては新暦75年以降に起きる、違法兵器の魔力無効という開発思想の主流化とそれに対抗するための兵器色の強まった武装端末の興隆というものをショウより聞かされもしたが、どうにも現状を見るとピンとこないのだ。

 確かにショウの言うように魔法の先天的資質に頼る面が大きい現状のあり方はかなり限界に近いものであるし、質量兵器に関しても拳銃などの個人所有の範囲内に収まるようなものであれば、許可さえ取れば持てる程度には寛容なのである。それに違法な存在と言われる戦闘機人などにしても、作る事を咎める風潮はあれど、何だかんだで存在そのものを忌避されてるような描写は薄かった。

 だが、結局のところ将来的に管理局の魔法至上主義的傾向がそうそう変化するようにヒサトは思わないし、魔導兵器の興隆は歓迎すれども、後天的才能添付技術の容認などの倫理観の低下は絶対にあってはならないと感じている。

 なぜならばこの世界のバランスはかなり危ういものがあるからだ。ロストロギアなんてやばいシロモノで世界が意外と簡単に滅びちゃうこともあるし、高ランク魔導師の使う魔法にしても、非殺傷設定というものが世の中に存在すれども殺ろうとすればできないわけじゃあない。そんなのそうそう無い、希少存在とは言えども個人の持つには大きすぎる力であり、それなのにどうにかなっているのは、何だかんだでこの世界の人々の大半が一線を越えないだけの高い倫理観を持っているからだとヒサトは思っている。

 ……最高議会とかスカリエッティだとか、諸々の違法な研究とかに今は敢えて言及しない。

 今重要なのは、この世界において個人による戦略級の虐殺事件が起きていないという事だ。

 現状、寡聞にしてそのような話をヒサトは聞いたことが無い。そのような事件があったとしても、それを隠ぺい出来るとはヒサトには思えない。故に、少なくとも自分よりこの世界の大半の人々は良識を有しているとヒサトは信じているし、時空管理局はそうした良識有る人々で構成されていると思いたい。――繰り返すが最高議会は忘れろ。彼らも昔は良い人だった……はずだ。

 ともかく、ヒサトは必ずしも平和という訳では無いが、自分の知る前世よりも良識の有る人が多いであろうこの世界の在りようには好感を抱きつつある。だから例え人材不足であったとしても、その解決方法を身体の義体化やクローン技術などに求めるような、そんな冷たい社会になってほしくはないと願っているのだ。

 

 ――それにだ、神様が力と才能をお与えになっているのは、こんな他人を思いやれる子みたいなのばかりだ。……自分みたいな碌でもないやつに過ぎたる力を与えるようなのもいるけど。

 ヒサトははやてを見つめながらそんな事を考えていた。

 

「あのー、じーっと私を見つめてどうしたんですか」

 

 口元に笑みを浮かべながらじっと自分を見つめているヒサトに対して、はやてはキョトンとした様子で尋ねた。

 

「もしかして、一目惚れというやつかね」

 

 いつの間にか現れたレイファラ部隊長が茶化すようにしてヒサトに言った。

 ……何を言っているんだ、この人は。ヒサトは一瞬呆気にとられたが、気を持ち直して慌ててそれを否定しようとした。

 しかし、その言葉をヒサトが発する前に、遮るようにして言葉がかけられた。

 

「私の事は遊びだったんですね」

 

 その言葉の主はシュテルだった。

――いや、君も悪ノリをするのはやめてくれよ。ヒサトはあからさまにわざとらしく“私は傷ついています”とでも言いたげな表情の演技をしている彼女に抗議するような目線を向ける。

 

「いや、君とはそれなりに打ち解けた間柄なのは否定しないけど、あくまで上司部下ではあってもだな、……そもそも二人っきりでデートをしたことも無いし、現状そういった男女の関係といった事実は無いだろうが」

 

 ヒサトはそう言って反論する。周りの人間は皆、その様子をニヤニヤと見ているばかりであった。

 

「ヒサト、君が惚れっぽいのは仕方が無いかもしれないが、女性に対しては真摯であるべきだぞ」

 

 ――ショウ、お前もか。自分に対して事実無根のレッテルを重ね張りしようとしてきたショウに、ヒサトはギロリと刺すような抗議の目線をシュテルの方より移した。

 こういう事は普通、ハルトが担当するポジションだと思うんだが。ヒサトは悪ノリしている周囲に憤懣遣る方無いような表情で抗議の意を示しながら、そんな事を考えた。

 実際、ハルトはヒサトやショウに比べ、今は背丈がやや低めではあるが、その整った顔付き、澄んだ青い瞳、短めに切り揃えられた黄金のように輝く金髪、そして真っ直ぐな性格、どれをとっても間違いなく女性にモテる男としての資質を備えているのだ。

 世の中に対して斜に構えたような胡散臭く、かつ濁った目をしているヒサトとショウなんぞとは比べるまでも無い。ショウにしても、ヒサトからすれば彼の濃緑の瞳は理知的でミステリアスな印象を相手に与えられると思うのだ。

 別に色恋に興味が無いだとか、自分は誰かを好きになったり、あるいはなってもらったりする資格が無いだとか、そんなあからさまに気取った事をヒサトは言ったりはしない。むしろ、相手の善意だとかにつけ込むのは、昔の自分のある意味で本分みたいなものだったのだ。

そもそも今の状況にしても、むきになって抗議せずに、何でも無いかのようにしれっとしているべきだった。そうヒサトは思った。

 とはいえ、今更後悔しても過去をどうこうできる訳では無いので、ヒサトは気持ちを切り替えると、ムスッとした顔からいつもの、やや冷めたさまにも見える表情へと戻った。

 そして、場の空気を変えようとコホンと一つ咳をしつつも、ヒサトがチラリとはやての方に目線だけを向けて盗み見ると、彼女はニコニコと楽しそうに笑っていた。

 そんなはやてや相変わらず愉快そうな顔をしているシュテル達から部隊長へとヒサトは目を向け、口を開いた。

 

「戯れはこれまでにして、それよりもさっさと本来の用事に移りましょうよ。時間も決して無限というわけじゃないのですから」

 

 ヒサトはそう言って部隊長を急かした。レイファラ部隊長は仕方のない奴だとも言いたげにヒサトへ苦笑をしつつ肩をすくめたが、これ以上ヒサトを苛めるのも酷だし、確かに彼のいう事も尤もだと思い、はやての方へと顔を向けた。

 

「さて、挨拶が遅れたね。私はそこのヒサト君達の直接の上司である、マーガレット・レイファラ一等空佐だ。ヒサト二尉、彼女に我々時空管理局の説明はどの程度したのかね」

「時空管理局が次元世界の治安や文化を管理・維持し、質量兵器やロストロギアの規制とそれらや魔法を用いた犯罪の取り締まり、そして災害の防止などを行なっている治安維持機関であること。それと、管理局の理念とそのあらましを軽く触れた程度ですかね」

 

 部隊長は先ず自らの素性を紹介しつつ、ヒサトに対して管理局の事を彼女にどれほど話したのかを確認する。

ヒサトは部隊長のその問いに対して、淡々とした表情で答えた。

 

「ふむ、これから君には諸事の検査を受けて貰う訳なのだが、その前に君の持つ闇の書、いや、ヒサト君達からの報告によれば本当は夜天の書だったかね。まあともかくそちらの方の説明はしてもらったかい」

「部隊長、そちらも説明をしましたし、むしろ現状では彼女自身とメシアの方が詳しいかと思われます」

 

 レイファラ部隊長がはやてに対してした問いに、ヒサトは割り込むようにしてそう答える。

 当のはやてもヒサトの言に対して同意するように頷き、それを見た部隊長も納得し、『よし』と一言つぶやきながら微笑んだ。そしてその後、夜天の書を持ったはやてを伴い、部隊長はヒサト達の前より去っていった。

 別にそのまま部隊長の後に付いて行っても良かったかもしれないとヒサトは思った。しかしながら、ヒサトは報告を優先した為にまだ詳しくは尋ねてはいなかったが、メシアには是非とも聞いておくべきことがあったので、一端ハルト達に休息の指示を出した後、あまり人目につかない場所へと移動してからメシアへと言葉を掛けた。

 

「さて、メシア。先ほども言ったけど、君のおかげで少なくとも八神はやては救われただろう。俺のわがままを聞いてくれてありがとう」

 

 ヒサトは自らの相棒に改めて感謝の言葉で以って労った。

 ショウあたりも、メシアに詳しい説明を聞きたがるとヒサトは思っていたのだが、実際の彼は『少し休む』と言って、ヒサトに詳細を聞くのを一任するかのようにしてそのまま去っていった。

ハルトとシュテルの二人も休むのか、あるいは八神はやての様子でも見に行くのかは分からないが、ヒサトとは分かれて、どこかへと行った。

 

「恐縮です。……それで、闇の書にアクセスした際の詳細について報告しますと――」

 

 メシアはヒサトの労いにニコリと嬉しそうに微笑みつつも謙遜をし、彼が求めているであろう、詳しい報告へと移った。

 

「防衛プログラムの消去までは特に語るべき事はありません。とても容易に終わりました」

 

 メシアはそう言うと、灰色の瞳をさも得意げに輝かせた。

 ……言うほど楽とは思わないのだが、まあ、言うべき事が無いのであればそれで問題無かろうと思い、ヒサトは相槌をうつに留めると、続きを促した。

 

「次に八神はやてを介して、管制融合騎たるリインフォースに接触を図った訳ですが――」

「ちょっと待て、それはつまり書を起動させた訳だろ。それなら……いや、そういえば何やら小細工をしたんだったよな」

「はい、マスターの思われた通りです。守護騎士プログラムは現在、簡易ではありますがブロックを掛けてあります。一応、防衛プログラムを弄る際にバグが移ったり、誤って消したりしないようにする為の処置ではありましたが、今いっぺんに起動すると色々と面倒でもありますしね。そんな訳で先に管制融合騎だけ起こさせてもらいました」

 

 いきなり話を遮ったかと思うと、すぐに一人で納得してしまったヒサトに対し、メシアは彼の考えを肯定するようにして、丁寧に説明を続けた。

 

「君の優秀さには本当に目を見開くばかりだな。ああそうだ、忘れないうちに先に聞いておきたいんだが、……確かマテリアルだったか、それ云々に関しての現状はどうなっているんだ?」

「その件に関しましては、申し訳ありませんがサルベージ等は出来ておりません。何分、検索に引っ掛かりにくい代物ですから……」

 

 そう言ってメシアは申し訳無さそうな表情になった。

 

「いや、問題無いよ。そもそも件の代物はリインフォースが生存した際に発生する諸問題だろ? 現状、気にしたってしょうが無いさ」

 

 ヒサトはそう言って手をヒラヒラと振り、彼女に対し気にしていないとの意思表示をした。

 実際、ヒサトとしては夜天の書が正常になればそれで万々歳であり、別に闇の書の断片やらマテリアルに関しては、情報提供をしてくれたショウには悪いのだがあくまでオマケみたいなものであって、あまり執着心は持っていない。尤も、シュテル以外の面々のキャラクターの濃さをヒサトが実際に見て知れば、その考え方は間違いなく覆るであろう。

 だが、百聞は一見に如かずとはまさにこの事であり、ショウから概要を聞いたに過ぎないヒサトには、それらは只のややこしいイレギュラー要素といった認識しか無いのであった。

 

「それよりもさ、八神はやてやリインとどんな話をしたのか是非聞かせて貰いたいな―」

 

 ヒサトは興味津々という気持ちを隠すことなく、メシアへとズイッと顔を寄せて話をせがんだ。

 対するメシアも、先の友達が出来た事を嬉しそうに語った時のようにはにかんだ表情になりながらその時の事を饒舌に語るのであった。

 



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第九話

 

 

「――それでですよ、彼女は――で――なんです」

 

 あの後メシアはヒサトに先のリインとはやてを交えてした話をいつもの必要以上に話す事が少ない彼女と違って、委細漏らさないかのように絶えることなく喋り続けた。

 嬉しそうな顔で矢継ぎ早に話すメシアに、ヒサトはやや押され気味になりつつも、珍しく饒舌な彼女の様子に微笑ましいものを感じているのであった。

 

 そうこうしているうちに、ヒサトがこの場所まで来た方向から、誰かがやって来る気配がした。

 

「ああ、そこに居たのか」

 

 気配の正体は、はやてを伴ったレイファラ部隊長のものであった。どうやら彼女らはヒサトを探していたようで、二人はヒサトの方へとやって来ると、互いにチラリと目配せし合ってどう切り出すか相談しているようだった。

 

「どうかしましたか」

 

 ヒサトは首を傾げながら率直に尋ねた。……切り出しづらい要件なんて嫌な予感しかしないからあまり進んで聞きたくは無いんだけどな。ヒサトは内心ではそう身構えつつも二人の言葉を待った。

 

「ああ、どうも彼女が君に頼みがあるみたいでな、それで探していたんだよ」

「頼み……ですか?」

 

 部隊長の言葉に対して、ヒサトは二人を交互に見ながら再度首を傾げる。

 

「ああ、実はだな――」

 

 それだけを思わせぶりに言うと、部隊長は続きを言うようにはやてを促した。

 はやては何やら言いにくそうにモジモジとしていたが、意を決したようにして口を開いた。

 

「えーっと、私空を飛んでみたいなーって思ってるんやけど」

「ふむふむ、それで俺に飛び方を教えて貰いたいと」

 

 それは別にわざわざ俺に頼まなくていいんじゃないかと思いつつも、ヒサトは取りあえず相槌をうつ。……尤も、人に教えるのは得意ではないし、あまり彼女とべたべたするのは正直、気が引けた。なので、やんわりと断ろうと考えていたのだが――

 

「いや、それも頼みたいが、今日のところは君が彼女を抱えて飛んで貰いたいんだよ」

 

 部隊長の口から発せられたのは、彼の予想を斜め上にいく要求だった。

 始めヒサトは何を言われたのか理解するのを頭が拒んで、心身共にピシリと石になったように固まってしまった。しかしすぐさま持ち直すと、笑えないような表情を急いで取り繕い、部隊長を鋭く見抜くと口を開いた。

 

「そういうことならば、もっとがっしりした体格を持つ人に頼みましょうよ」

 

 ヒサトは穏やかな表情を作ろうと努力した。しかし、その目だけは笑っていない事は余程に鈍い人物でも分かっただろう。

 この場にショウあたりが居合わせれば、そこまで嫌がる事は無いだろう、と呆れてツッコんだろうが、あいにくこの場にはヒサトと部隊長とはやての三人しか居なかった。

 

「ヒサト君、君は分かっていないなぁ。こちらの深窓のご令嬢は君をご指名なんだよ。つまり、君を信頼しての事なんだ、そこを理解したまえ」

 

 ……いや、信頼も何も、そもそも俺は彼女と今日、初対面なんですが。それに信頼云々にしてもハルトの方が明らかに勝っていると思う訳だが、その辺りについてレイファラ部隊長はどうお思いなんですかねぇ。というより、この人は身近にいる女性と俺をくっ付けるように上から密命でも帯びているのか? ヒサトはゲンナリした気持ちでそう思った。

 当然ながら部隊長はそんな命令は誰からも受けていないし、ヒサトに女の世話をするような意図は、今のところは存在しない。尤も、ヒサトと八神はやてを親密にさせておきたいといった意図は少なからずあるようだが。

 ヒサトもヒサトで、過剰反応が過ぎる点があるのではないかと思われるところがある。普段の彼であれば何でも無いかのように、しれっとした態度でそつなくこういった事に対応するものなのだが、少々八神はやてという存在に対して意識し過ぎているようである。

 そんな威嚇するような雰囲気を漂わせたヒサトの様子に部隊長は静かに苦笑した後、スッとはやての耳元に顔を寄せると、何やらゴニョゴニョと言った。

 その言葉を受けたはやては何やら納得したしぐさをした後フフフと笑うと、ヒサトの方へ近づいてきた。

 

「ヒサトさん、お願い」

 

 はやては祈るように手を合わせ、上目遣いでヒサトに頼み込んだ。露骨に典型的かつ必殺の威力を有する女の武器であった。

 

 ――上目遣いをするのは反則だと思う訳だがなぁ。

 いくら可愛いしぐさをして頼まれたとしても、あくまで強情に突っぱねて拒否するという選択肢をとれなくも無かったのだが、考えた末にヒサトは、今回ばかりは古くからの男女間における交戦規定に基づいて白旗を上げることにした。

 

「そこまでされたら仕方ない。でもやっぱり恥ずかしいし、緊急時以外は人を抱えて飛ぶのはこれっきりにさせて貰いますよ」

 

 ヒサトはそう言って、『ハァー』とため息をつく。ヒサトが折れたのを見て取ると、女二人はしてやったりとでも言いたげに互いにフフフと笑い合った。

 

 その後、気が変わらないうちにさっさと要求を叶えて貰おうとヒサトをトレーニングルームまで急かすと共に、途中で逃げ出さないようにヒサトにはやての車椅子を押す役目を任命するという抜け目の無さを彼女達は発揮したのであった。

 道中、ルンルン気分で鼻歌まで歌ったはやてとは対照的に、ヒサトは何度もため息をもらし、諦め顔であった。

 

 

 

「そう言えば、検査はどうだったんですか」

 

 いつまでもムスッと黙っているのも良くないとヒサトは思い、部隊長に尋ねた。

 

「ん? ああ、この子の体調は今後、快癒に向かうだろうことは確かだよ。ただ、夜天の書に関してはまだ何とも言えんな。その辺りは君の方が良く分かっているだろうと思うが、守護騎士どももまだ出ていないし、管制人格の方の問題も解決していないんだろう? 古代遺物管理部の連中が先ほどおっかなびっくりとは調べていた訳だが、君の報告以上の芳しい成果は今現在のところ見られていないよ」

 

 部隊長はそう言って、ヒサトを何か含む事があるような目線で見た。ヒサトはそれに気付いてはいたが、藪をつついて蛇を出すのは面倒だと思い、あえて気付かないふりをした。

 後々になって、ここで部隊長を問い詰めなかった事を少し後悔する破目になるのだが、そんな事は今のヒサトには、まだ悪い予感をおぼろげに想像する程度でしかなかった。

 

 そんなこんなでヒサト達三人は目的地である時空航行艦内より続く、トレーニングルームへと辿り着く。

 ヒサトは室内に他の利用者が居なかった事に内心安堵した。利用者が居ればそれを言い訳にしてその場を逃れられた可能性も想定したが、この部隊長の場合はむしろそいつらを追い出してしまう可能性の方が高かった。その場合、女の子を抱えて飛行するという恥ずかしい場面を他人に見られる事になり得るのだ。そんな事態になったらヒサトは何もかも投げ出して一目散に逃げ出す自信があった。いや、今もすぐにでも逃げ出したい気分だが。

 そんな気恥かしさを押し殺しながら、さっさと飛んで終わらせようと思いながらヒサトははやてへと近付いた。

 デバイスは起動しなかった。軽く飛行するだけなら無くてもヒサトは大丈夫であるし、どのみち両手が塞がる訳だから、デバイスは持てないのだ。

 

「……それじゃあ、失礼するよ」

 

 一言断ってからヒサトは少し屈んでからスッとはやてに手を伸ばした。

 はやてもここに来てやっと恥ずかしくなったのか一瞬躊躇うような素振りを見せたが、すぐに意を決したのか頭から縋りつく形でヒサトに身を預けた。

 ヒサトははやての背中に手を回し、もう片方の手もヒザの下に差し入れてグッと彼女を持ち上げ、彼女も両腕をヒサトの首の後ろへと回して掴まる。

 はやてはどちらかといえば小柄な方とはいえ、ヒサトぐらいの年齢の人物が持ち上げ続けるには少々不安がありそうなものだが、しかしながらヒサトは羞恥心で居心地悪そうにはすれども、とりたてて彼女の重さを苦にした様子は無い。

 だが、密着したことで彼女の女の子が持つ特有の香りがヒサトの鼻腔をくすぐり、その心の奥底を溶かすように甘美な匂いに、ヒサトは柄にも無くどぎまぎしてしまうのであった。

 はやての方もどうやら男性に抱きかかえられるというこのシチュエーションに羞恥心を刺激させられたのか、ほんのり顔が赤くなっているようにヒサトには思えた。

 

「それじゃあ、恥ずかしいし、ささっと飛んでしまうけれど大丈夫? 一応、絶対に離さない事は確約をするけど、やっぱり怖いから止めたいとかだったら言うように。すぐに下ろすから」

 

 いざ飛ぶという時の前に、ヒサトははやての目を覗きこむようにしてそう尋ねた。

 彼の問い掛けに、はやては『わかった』と言ってコクコクと素直に頷き、了承の意を示した。

 そんな彼女にヒサトは満足げな顔をして頷き返すと、タンッと地を蹴って空中へと飛び上がる。

 ヒサトは勢いそのままに一気に上昇した後、ピタリとその場で静止をした。そして急な上昇に驚いてギュッと掴まる力を強めたはやてをチラリと見て何も言わずにニヤリと笑うと、くるりと弧を描くようにして縦に一回転した。

 はやては思わず『ひゃわぁ』と声を上げてしまった。それを聞いたヒサトは再びニヤリと笑うのだった。

 

(アカン、この人意外といじめっ子や)

 

 はやてはその時、これから自分に待ち受けるだろう苦難を想像すると怖さ半分、期待半分という心持ちになった。もう下ろしてくださいと素直に言えばそれまでなのだが、この程度で泣きを入れるのは悔しいという気持ちの方が勝り、『絶対負けへん』と心の中で闘志を燃やした。

 だがしかし、そうしたはやてに肩透かしを食わせるかのごとく、それからのヒサトは始めのような急な動きや回転はせずに、ふよふよと浮遊するかのごとく、ゆったりした飛行を行った。

 先の事はタチの悪いちょっとしたイタズラだったんだろうか、とはやてが油断しかけたその時、彼は先ほど見せたサディスティックな笑みを浮かべながらはやてに言った。

 

「……じゃあ、そろそろ本気出そうと思うんだけど、大丈夫?」

 

(……上げて落としにかかるんですか、そーですか)

 

 ――正直ここで止めておくべきかもしれない。ふと一瞬、はやてはそう思った。だが女も度胸、何でも来い、とはやては自らを奮い立たせ、再び闘志を燃やす。

 

「ええですよ、ここまで来たらどんなことでもドーンと来いやで」

「その心意気や良し。……じゃあ、しっかりと掴まっていてね」

 

 はやてが出したゴーサインを受けて、ヒサトはいつもの日課ほどハチャメチャでは流石に無いが、与えられた空間内を縦横無尽に飛び回り始めた。

 ――それからの事はあまりはやての記憶には無い。必死に彼にしがみついていた感触は今も手に残ってはいるが、終わってみれば、あれは一瞬の出来事だったと言われても納得してしまうだろう。『キャー』とか『ヒャッハー』といった、思い返してみれば女の子としてどうなのかと思われる声を出してたような気もするが、とにかく楽しかった。

 

 終わってみれば、始めの気恥かしさはどこへ行ったのやら、ヒサトとはやての二人は互いに笑顔で見つめ合っていた。

 

「いやぁ、楽しかったー。ヒサトさん、またお願いしてもええですか」

「おいおい、さっき今回だけだと言ったじゃないか。……まあ、前向きに検討だけはしておこう」

 

 はやての再度のお願いに、ヒサトは呆れたような顔をしつつも、強くは否定しなかった。

 彼のその様子に、これは頼み方によっては次がありそうやな、と確信したはやては心の中でグッとガッツポーズをした。

 

 

 

「えーっと、何しているんだいヒサト」

 

 さて、人が来ないうちにさっさとこの娘を降ろそうかと思っていた矢先に、突如として後ろよりそう声を掛けられる。

 声を掛けられた方へとヒサトが顔を向けると、そこにはハルトがいた。

 

「おいハルト、何でお前がここにいるんだ」

 

 突如として現れた目撃者に、ヒサトは内心では心臓が早鐘を打ちながらも、それをおくびにも出さずにそう問いかけた。

 

「えっ、えーっと、その、あれだよ、君がどこにも見当たらないから探していたんだよ」

 

 実際はレイファラ部隊長がここに呼びつけたのだが、本人より念話による口止めが行われた結果、その事実は闇へと葬られる運びとなった。

 ――とにかくこれ以上他のやつにこんな所を見られる訳にはいかない。そう考えたヒサトはそそくさと急ぎ、はやてを降ろそうとした。しかし、いざ降ろすという段になっても、はやてはガシッとヒサトの首の後ろに回した手を掴んだまま離さなかった。……いやむしろ、よりきつくしがみついたのだった。

 

「またこうやって抱き上げて飛んでくれると確約……してもらえます?」

 

 ……くそっ、こいつめ、やりおるわ。 ヒサトは自分がはめられた事に気がつくと共に、この年にして未来における狸の片鱗を見せたはやてに対して、内心嫌そうにそうつぶやいた。

 実際、この事態はかなりピンチである。

 

「……前向きに検討すると言っただろうが」

「そんな玉虫色の回答やなくて、確固とした約束が欲しいんやけど」

 

 はやてはニッコリと微笑みながらも、その目だけは獲物に食らいついた獣の如き鋭さであった。少なくともヒサトにはそう思えた。

 

「わかったわかった、約束するよ。でもこういった本位でない事を強いるのはもう勘弁してほしいな」

 

 ヒサトは回答を引き延ばしても、事態が悪化する事はあれども好転はしないだろうと悟って渋々ではあるが了承をした。

 ――いくら彼女が気立てのいい美少女だと分かっていたからといっても、首やら懐を無防備に晒したのは油断しすぎだったか……。つーか改めて思うが、女は強かで怖いよな、ホントに。

 ヒサトは心の中でひっそりとため息をつきながらそう思った。

 

「いやー、ありがとう。ヒサトさん大好き」

 

 ……こんな美少女に『大好き』とか言われたら、もっと喜ぶべきかもしれないのだが、もちろんヒサトはそんな事は無かった。

 そもそも思い出してほしい、ヒサトとはやてはまだ今日、初めて出会ってから半日も経っていないということを。そして彼には女性を口説く手管は多少はあれども、彼女に対してそれを使った覚えは無い。むしろ適度に距離を置こうとしたぐらいだ。

 それなのに彼女の言葉を額面通りに受け取って、自分は彼女の好感度を稼いだなんて思うほど、ヒサトは呑気な頭はしていない。

 故にはやてが言った『大好き』との言葉の頭には、チョロい男で、とか、言う事聞いてくれて、などの意味が、例え彼女が実際はそうは思っていなくとも、省略されているも同然なのだ。

 だからといってこれしきの事で歳下の、それも十に満たない少女に対して本気で腹を立てるのは狭量が過ぎる事は、ヒサトとて心得ている。それに、そもそも今回の事を裏で糸引いていたのはレイファラ部隊長なのだ。故にヒサトが憤るならば、一番の対象は部隊長であって、はやてに対しては笑って許すべきだろう。――調子に乗らないように釘は刺しておくべきだとヒサトは思っているが。

 

 

「レイファラ部隊長、……自分、いつでも出せるように辞表は書いてあるんですよ」

 

 別にこの程度で管理局に嫌気がさしたりはしないが、あまり舐めた真似や無茶振りをされるようになるのも業腹だと、ヒサトは軽く忠告する意味合いで時空管理局を辞める事をチラつかせた。

 

「辛くなったとしても、そんなものを出さなくてもいいように私が取り計らうから、その時はきちんと相談したまえ」

 

 それに対して部隊長は若干苦笑したように見える顔をしながらも、いけしゃあしゃあとそう言ってのけた。

 うまくかわされた形になったヒサトは別に怒る様子も無いが、それでもフッと様々な思いを込めたごちゃ混ぜの笑みを浮かべると、とりあえずはやてを彼女の車椅子へと優しく降ろした。

 そしてつかつかとハルトの方へと歩んで行くと、ポンと彼の肩に軽く手を置いて言った。

 

「俺が彼女を抱えていた事がショウやシュテルの口から面白おかしく聞かれることになったら……わかるよね?」

「アッ……、ウン」

 

 ハルトは何故ヒサトがはやてを抱えていたのかは分からないが、それを他の人に吹聴するな、という事は理解して、水飲み鳥のようにコクコクと何度も頷いた。

 

「ああ、それとだヒサト二尉」

 

 ハルトに口止めを行っているヒサトに、横から部隊長が声を掛けた。

 その声に、まだ何かあるのかと若干訝しげな顔をしつつヒサトは部隊長の方へ首を向けた。

 

「しばらく君達、第五分隊には彼女の家に寝泊まりする役割を与えるからよろしくね」

 

 ――何故そんな事をしなくてはならないのかは愚問だ。まだ安全とは断定できない夜天の書とその持ち主を見ていなくてはならないからだ。

 しかし何故自分達が、という疑問はある。彼女と歳が近いからと部隊長は言うのかもしれないが、まず思い出すべきだ、自分達は航空隊、武装隊なのだ。そも、そうしたロストロギアの監視については、それって古代遺物管理部の領分ではなかろうかと思う訳だが。

 只でさえ自分は独断専行じみた形で当初の目的となるものを所持する人物の元に赴き、目的物を弄って正常に戻すという手柄の独占行為をやらかしたのだ。この上、対象の監督任務も自分達がするというのではますます良いとこ取りになる。それで他の局員から不満が噴出したりはしないのだろうか。

 それとも闇の書なんぞ怖くて近寄れるかとでも思っているのか。……まあ、それは無い。ヒサトはそう独りごちた。

 古代遺物管理部の人についてはよくわからんが、レイファラ部隊長が取り纏める本局1256航空隊の面々にそんな惰弱な精神を持つ局員はいない、……自分以外には。

 いくら一人で考えても答えは出そうにないとヒサトは結論を出し、その辺りについて率直に部隊長に尋ねた。

 

「部隊長、自分達ばかりが良いとこ取りをして、不満に思う方はいないのですか」

 

 ヒサトのその問いに、部隊長はニンマリと人の悪い笑みをして答える。

 

「そんなの君が心配する事じゃあ無いよ。ま、そうした他人への気配りが出来る事はえらいね」

「茶化すのは止めて貰いたい。それに心配するなと部隊長は言われますが、あまり手柄を独り占めすると心無い人からのやっかみが心配ですよ。……只でさえ俺は面倒な身の上なんですから」

 

子供扱いにしてはぐらかそうとする部隊長に、ヒサトはため息をつきながら愚痴をこぼした。

 ――フフッ、良く言うものだ。以前に散々陰口をたたかれていた時は、他人事のようにどこ吹く風だったくせに。レイファラ部隊長は内心そう思う一方で、確かにもう、からかいでもこの少年を子供扱いするのは止める時期かもな、とも考えた。

 ちなみにどうでもいい話だが、その時陰口を言っていたやつらの一人は後日、僻地の定置観測隊へと飛ばされていった。他に加わっていた人物も居心地が悪い状況になったのか、皆それから半年以内に転属やら退職を申し出てどこぞへと去っていった。

その話を知った際のヒサト達は『イヤァ、誰ガヤッタンダロウナー』とすっとぼけた感想をもらし、互いに見合って苦笑したものだった。

 

 

「そうか、ならばその心配を少しは晴らしてあげようか。……と言っても別に私は何もするつもりは無いよ。只、うちの隊の連中は君もわかっているだろうが良い子ばかりだし、心配せずとも他にすべき事などをやらせている。君の分隊にその役目を振り分けたのは、それが適当だと私が判断したからであって、依怙贔屓や厄介事の押し付けじゃあない。古代遺物管理部の連中に関しても問題無いよ。表向きの手柄はあちらに譲っておいてやればいいことであるし、むしろアチラに貸しを作れて、私としては嬉しいくらいだよ。あ、手柄を譲るとは言ったが、ちゃんと君の事は私の手腕を駆使して、ねじ込こむようにしてでも昇進させて貰えるように取り計らうからその点は安心しておいてくれ」

 

 部隊長はヒサトに対し、自信に充ち溢れたようなとてもイイ顔でそう宣言すると共に、彼にこっそりと念話を送った。

 

〈それにだ、名声よりも重要なのは人の和、つまり人脈だ。頼れる友人を多く作っておくのは大切な事だよ。ある意味、いざという時に頼れる友人の数が真の名声であると私は思うのだが、君は孤高のヤリ手魔導師の肩書の方が惹かれるタチかな?〉

 

 ……ああ、なるほど。まあ、この人ならそうだろうとはうすうす感づいてはいたが、だから彼女と親密になるように部隊長は謀を巡らせた訳なのか。ヒサトは部隊長の思惑について確信を得て、心の中だけで苦笑した。

 

〈いえ、そんな事はないですが。後、むしろこちらが心配してるのは彼女を我々が抱き込もうとしてるのが露骨過ぎてあちらと摩擦を起こさないかといった事なのですけれど。表向きの手柄で納得してくれますかね、あちらは〉

〈そこを上手く納得させるのが、本当に上手い大人の話し合いのやり方さ。それに言っては悪いが、実際にまんまと手柄を立てたのはこちらだ。欲張って全部自分達のものにするのには分が悪い事はあちらも理解してるさ〉

 

 ――不健全なやり取りだな。ヒサトはそう自嘲した。『管理局がこんな腐った組織だなんて……。これじゃ、俺……次元世界を守りたくなくなっちまうよ』とでもうそぶきたくなるくらい、傍から聞くと不健全なやり取りだ。

 次元世界の平和を守る、時空管理局に所属する局員だって普通の人間だ。いつぞやヒサトは比較的良心的な人間の集まりだと言ったような気もするが、全員が真面目で正義感に溢れる人物という訳じゃない。それはヒサトという人物自体が時空管理局の一員ではあるが、決して善人では無い事を考えれば、我ながら説得力があるものだとヒサトは皮肉ながらにも思うのだ。

 まあ、融通のきいた、話の分かる上司を持てて幸せだと思うし、今はこんな話をしているが、この人は汚職などには手を染めていない(はずの)、常にやるべき事をそつなくこなす頼れる部隊長だ。

 それにもしも仮に他の、例えば融通の利かない堅物の人物が上司だとしても、ヒサトはおそらくその上司にテキトーに調子を合わせて、大人しく黙々と仕事をするだろう。だが、それでもやはりその上司と何らかの摩擦を起こしそうではある。

 尤も、レイファラ部隊長にしても、ある意味面倒な上司に違いないのは確かな訳だが。

 

 

「大方の疑問は氷解した訳ですが、一応肝心な点を聞いていませんでしたね」

「と、言うと?」

 

 腹黒い話で若干滅入った気を入れ替えて、ヒサトは聞いておくべき事を尋ねようとした。

 部隊長は首をかしげるそぶりを見せて続きを促した。

 

「肝心の八神はやて本人からの了承は取っているんですか? ……まあ、部隊長の事ですし、もうすでに了承を取り付けていると思いますが、そこのところどうなっているのか彼女に聞きたいですね」

 

 そう言ってヒサトははやての方を見た。まあ、正直なところ彼女の答えだとか、これからの自分達の辿るだろう運命はもう既にヒサトにも分かりきっているのだが、自分の予想を裏切る展開が来てほしいとの一縷の望みをかけた問いだった。

 対するはやては彼からの目線を受けると、満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「それはもう既に全然問題あらへんって、この部隊長さんには伝えてますよ。だからヒサトさん、これからよろしゅーな」

 



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第十話

 

 

「どーぞ自分のウチやと思って、ゆっくりしてってな。部屋は一人分足らんけど、二階の三部屋をつこうてもらってください」

「ええ、ありがとうございます」

 

 はやての申し出に対してシュテルが感謝の意を示した。

 

 あの後、ヒサトたち第五分隊の面々は全員招集をかけられ、その時に改めて八神はやてを保護監督するようレイファラ部隊長より指令を受け、再びヒサト達四人は八神家の中に足を踏み入れた。

 ショウはこの家の内部構造を把握するためなのか、しきりに周囲をチラチラと眺めていたが、そんな人の家の中をキョロキョロと見るような失礼とも取れる行いをヒサトは咎めることなく、何やら面倒そうな雰囲気を僅かに滲ませながら玄関を上がった。

 

 ……まあ、ヒサトが不機嫌そうなのも致し方無し、とショウは心中苦笑しつつ思う。

別に彼は原作に関わるのが嫌だとか、そういった主義なのでは無い。ヒサトとて己が利になるのなら、決まっているだろう未来を変えるとしても横槍を加えたりだとかして女の子の前でカッコつけるのもやぶさかでは無く、奔放な振る舞いにもそれなりに魅力は感じるそうだ。

只、自分以外にも同じような条件の人物、つまり複数の転生者がいると分かっているならば話は違ってくる。人数やその人柄も考慮すべきだが、わざわざ出る杭が叩かれるのが分かりきった状況で目立つ行為をするのはリスクとリターンのつり合いが取れていないだろう、というのが彼の弁だ。

 ショウも地球へと行く途中で語られたその言い分には、概ね同意するところであった。

ヒサトの言うように面倒な輩に目を付けられるのが分かっていて眩い輝きに近付くのはあまり頭の良い行動では無い。だが、逆に露骨に輝きを避けるのもそれはそれで不自然で目立ってしまう振る舞いだと彼は思うのだ。ヒサトもそれは頭では理解していると思うのだが、実際にそういった事態に陥ると、そうした理屈よりも感情が先走ってしまうのだろう。

 

 ……まあ、事態は既にその段階は超えてしまっている訳なのも確かだ。“八神はやて”という光の傍で己が身を晒し続けなければならないという事態にこの先の展開への不安が募り、それが彼にとって予想以上のストレスになっている訳だ。只、指揮官たる彼がそうした感情を表に出してしまうのはよろしくないだろう。

 ショウは不機嫌そうな雰囲気を滲ませるヒサトに声を掛けようと、彼に近寄る。

 

「ヒサト、部屋割は君とシュテルが一部屋ずつで最後の一部屋が僕とショウで相部屋って事でいいかな?」

「……ああ、そのへんは君の好きにすればいいと思うよ」

 

 ハルトの提案にヒサトは関心が無いかのように、テキトーな返事を返していた。ショウはそんなヒサトの肩をポンと叩き、彼の耳元に囁いた。

 

「不安なのは分かるが、指揮官がそれを表に出すのはあまり良くないぞ。悪い展開を想定するのもいけなくはないが、君一人では無く、私やハルト、シュテルや部隊長以下1256航空隊の面々もいるんだ。ここまで来たら悠然と構えていよう」

 

 ショウにそう諭されたヒサトはハッとする。そして彼はバツが悪そうに玄関の観葉植物に目を逸らした後、着ている服をピンと伸ばして居住まいを正しながら気持ちを切り替えると、逸らしてた目をショウへと向け直した。

 

「……そうだな、君の言うとおりだ。俺は一人じゃない。頼れる仲間がいて、そして俺はその頼れる仲間に指示する、指揮官の立場だ。そんな俺が不安な顔してたら良くないよな」

 

 そう言ってヒサトはまだ硬い表情が抜けきっているとは言えないが、先ほどに比べると柔らかい表情でショウに答えた。

 

「ありがとう、ショウ。……いやはや、君には要所要所でいつも助けられてるな」

「いえいえ、どういたしまして。ま、私も好きでやってるところが多分にある。……面倒事を君にやらせようとしている立場上でも、これくらいはするべきだしね」

 

 ヒサトからの感謝の言葉に、ショウは肩をすくめて、『どうってことない』と言外に含ませるようにして答えた。

 

 

 

 

「ここの二部屋の手前が僕とショウ、奥側がシュテルでいいかな? ヒサトはあっち側にある奥の部屋でお願いしていい?」

 

 八神家の二階へと上がり、はやてに言われた部屋の検討を付けたハルトが他の三人に尋ねる。

 

「まあ、妥当な判断だろう」

「気を遣わせてすみませんね」

 

 ショウとシュテルはハルトの差配に異議を挟むことなく了承した。ヒサトもとりたてて口を出すようなことも無かったので、『了解』と一言同意の言葉を口にした後、ハルトによって割り振られた、階段上って真っ直ぐ突き当たりの部屋へと足を進めた。

 扉を開けて部屋の中に入ると、日当たりのよさそうな大よそ8畳程度の部屋の奥にベッドとタンスが一つずつと、扉の傍に本棚があるだけの質素な様子だった。尤もそんなのは、彼女の両親が亡くなってからこれまでこの家に住んでいたのがはやてだけなのだから当然と言えば当然であるのだが。

 ヒサトは入ってすぐ脇の本棚に指をツーっとはしらせて、うっすら僅かに埃が付いたのを確認すると、ポツリとつぶやいた。

 

「思ったよりは綺麗だけど、やっぱり一度きちんと掃除はしなくちゃいかんか」

 

 さしあったってすべきことを見いだしたヒサトは部屋の奥にある小窓らしきものが気になって、つかつかとそこまで歩んで行くと、小窓の外の景色がどうなっているのか首を突っ込んで確認した。

 ……どうやら下の部屋への吹き抜けになっているらしい。彼が下を覗くとベッドが置いてあるのが確認できた。

 ――ああ、この下が八神はやての部屋なのか。……そうなると部隊長への定期報告をこの部屋でするのは少々拙いのかな? 報告には彼女に聞かれると差し障りがあるかもしれない内容が含まれる可能性もあり得る訳だしな……。

 部屋を変えて貰うべきかとヒサトは思案して、他の三人へ打診に向かおうかとした矢先、彼の携帯端末に通信が入った。

 

『――やあ、ヒサト君』

 

 通信はレイファラ部隊長からだった。ヒサトはサッと自分の周りに結界を展開して、外部からの音を遮断した後に返答する。

 

「レイファラ部隊長、何かあったんですか?」

『いやいや、たいした事では無いけど、実は先ほど一つ伝え忘れていたことがあったのを思い出したから連絡したんだよ』

「……なんでしょうか?」

 

 面倒事じゃ無ければいいな、とヒサトは失礼にもそう思いつつ部隊長に尋ねた。

 

『そちらでの滞在における活動資金っていうか、先方への家賃だとか食費などを含めたそっちの現地通貨についての受け渡しについてなんだが、今日中に手配して、明日渡すからそのつもりでよろしく頼むという話だ。で、今そこに八神はやて嬢はいるかい?』 

「……下の階に降りればいると思いますが」

 

 そう言ってヒサトは床の方へ目を向ける。

 

『そうか、なら後で君から彼女に伝えておいてくれ。“君達の滞在中の諸事の生活費は全額、経費あるいは君達の給与より差し引いて負担する”とね』

「えっ、……わ、わかりました」

 

 部隊長の『給与より差し引いて』という言葉にヒサトは一瞬ギョッとした表情で驚いたが、少し考えれば別に給料なんぞこれまであまり手を付けた事も無いし、いざという時の貯蓄もあるのを思い出すと、気を持ち直して返答した。

 

『よし、話はそれだけだ。すまんな、言い忘れてしまっていて』

「いえ、問題無いかと思われます」

『そうか、では君にとってこれまでとは少々毛色の違うかもしれんが、よろしく頼んだぞ』

 

 部隊長はそう言うと通信を切った。

 ……まあ、報告の際は今みたいに結界でも張ればいいか。出鼻を挫かれる形となったヒサトは、さっきのようにあれこれと難しく考え過ぎるのはよそうと思い直し、とりあえず掃除から始めるかと、意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 滞在中に寝泊まりする部屋の掃除やら、急に増えた居候に振る舞う為の食事の買い出しなどで時間は慌ただしく過ぎ、日もとっぷり落ちた八神家。そんな滞在初日の夕食は、鶏肉と春野菜がふんだんに入った鍋であった。

 

「改めてまして、よーこそ八神家へ」

 

 食事の準備も終わり、さて皆で頂こうという前にはやてがそう切り出した。

 

「こうしてみんなで食卓を囲んでご飯を食べられる事を私は嬉しく思うてます。皆もこの家を自分のウチやー思って、遠慮せんとゆっくりしていってください」

 

 彼女は傍から見ても嬉しそうな顔で言った。ヒサト達四人も思い思いに頷いたり、同意の言葉をはやてへと掛けた。

 鍋からは熱く、食欲をそそる香りを含んだ湯気が立ち上っていた。

 

「それじゃあ、話はこれぐらいにしといて、食べましょか」

 

 はやてのその言葉を受けて、各々は鍋へと手を伸ばした。箸を端から易々と使いこなすヒサト、ショウ、ハルトの三人に、一人だけ箸の使い方に慣れていないシュテルがジトっと睨んで問いかける。

 

「……どうして三人はそうも易々と、このハシとやらを使いこなしているのですか」

 

 彼女のその問いに対して、ヒサトが何でも無いように不敵な顔で答える。

 

「理屈じゃ上手く言えないが、頭に刷り込まれてるからじゃないかな?」

 

 ヒサトのその回答に、シュテルは『ずるい』と思ったのか、それとも悪い事を聞いてしまったと感じたのかはヒサトからは判らないが、何とも言えないような微妙な表情になった。

 はやては彼の回答の意味が解りそうで今一つ理解できていないのか、何か言いたげにヒサトの方をチラリと見ていた。

 そんなはやての様子に気付いたヒサト達三人は互いに顔を見合わせ、念話で互いの了承を得た後、ショウが口火を切りだした。

 

「私とヒサトとハルトの三人は少し変わった出生でね、とある世界にあった遺跡の奥よりカプセルに入った状態で発見されたのさ。私達は目覚めた時から、その年代の子どもには不相応な知識量と大人びた所作、そして何より珍しくて強力な力を各々その身に宿していた。そんな私達三人を畏怖してなのか、ふざけてなのかは判らないが“アルハザードの捨て子”と呼ぶ者もいる。まあ、そんな感じの背景が私達にはある訳だ」

 

 はやてが疑問に感じているであろう事、――ショウ自身を含めた三人を知る上での前提となる、自分達のルーツをショウは語った。

 

 それを聞いたはやてと、そもそもの発端となる事を聞いてしまったシュテルは少々バツが悪そうな顔になった。

 

 そんな事態にも関わらず、ヒサトは白米をガツガツとかきこんで咀嚼していた。

 ――ふっくらしていて、舌触りも良い。うん、旨いご飯だ。

 別にこれまで食べた白米が美味しくないという訳でも無いはずだが、前世の故郷たる日本で再び食べる事が出来たという思い出、いや、思いこみ故の補正で特別なものにヒサトは感じた。

 そんな呑気に食事に没頭している彼に、ショウは横目で視線を向けながら念話を送った。

 

〈ヒサト、君は第五分隊の隊長だろ。呑気に飯食ってないでこの空気をどうにかしてくれないかね〉

〈ん? ショウならこのぐらいの状況、何とか出来ると思っていたから呑気に飯食ってたんだがな。……ヤレヤレ、駄目だろうがショウ。女の子にこんな顔させちゃあ〉

〈おいおい、ある意味この状況は君が蒔いた種だろう。それにそもそも今更そんなことを言うのならば、先ほどの確認の際に反対しておきたまえよ〉

〈ハハハ、解ってるさ。ちょっとからかっただけだ〉

 

 ショウから『何とかしろ』と念話を送られたヒサトは、そうしたやり取りをした後、口を開いた。

 

「えーと、気持ちは分からなくも無いけど、そういった目で見られる方が傷つくよ。……ま、この話はここらへんで止めにしてご飯食べようよ」

 

 ヒサトのその言葉を受けたはやて達は『あっ……』と先にも増してバツが悪そうな表情になったが、彼の言うようにこれ以上悪い空気を引きずるのは良くないと思い、止まっていた手を動かし始める。

 

 

 

〈ヒサト、ヒサト。そんな言い方はどうかと思うよ〉

 

 ヒサトが再び美味な食事に没頭しようとした矢先に、今度はハルトが念話でそうヒサトを咎めてきた。それに対してヒサトはさも何でも無いようにしれっとした顔のまま返答をした。

 

〈こういうのを上手く収めるには、喧嘩両成敗的な感じで手打ちにしておくのが良いんだよ〉

〈……そうなのかなぁ〉

 

 彼の言い分にハルトは納得がいかないのか首をかしげた。対するヒサトは場の空気を良くするためなのか、はたまた自分には関係ないとでも思っているのか、ニコニコとした表情で美味しそうに食事を続けているであった。

 

 ――他人の傷を思いやれる心は大切だが、気を使われるのもそれはそれでその気遣う視線が心の傷に突き刺さって痛くなってしまうものだな。……まあ、少なくとも俺はそういうのはもう、どうでもいいんだけどね。

ヒサトは内心でそうつぶやいた。

 

 

 少々気まずい場面もあったがすぐに持ち直し、その後八神家での初めての夕食は楽しく過ぎていった。

 その後、少し家の周囲を散策したり、風呂で一日の疲れを癒したりしてヒサトは過ごした。

そして夜も更け、子どもは寝るような頃にヒサトは一人屋根の上に登り、ボーっと空を見ながら物思いにふけているのだった。

 ――改めて今の自分の状況を振り返ると、なんとまあ、大変な境遇になったものである。戸籍上の年齢はもうすぐ十二になろうとしているが、実際は目覚めて九年。そう、まだ十年にも満たないのだ。なのに次元世界を股に掛ける組織で、二尉の分隊長やっているなんて、昔の自分から見れば何とも冗談みたいな話である。尤も、歳云々に関しては前世持ちのなんちゃって十二歳で、この世界における出自も特殊な部類の自分を一般的な子どもと同じように考えらえるかは微妙だと思うし、管理世界は個人の自主性を重んじる風潮が強いというか、実力主義的な面があるのも確かだ。

 

 ――そもそも、どの道力を発揮するならば周囲からある程度浮くのは仕方ないと端から割り切っていた訳だしな。……いや、元は逆か。特異な出生に周囲から浮くのが避けられないから、むしろ進んで力を得て、それで一部でも良いから認められるようになろうと躍起になったんだっけか。

……まあ、何にせよ当時の俺達三人には時空管理局に入る道を選ぶのがベストだったと思う。もし、あのまま保護施設でぐーたら過ごしていたら、そのうち研究施設にでもさらわれて体を弄繰り回される危険もあった。よしんばうまくそれを回避できても、結局のところ自分はいずれ自らの内にある力に依存し始めただろう。

そう考えれば犯罪者になる芽を摘む意味合いでも管理局に入った事はそれほど間違いではなかったと思う。……トップがアレである事を考えると、今後においても絶対安全とは言いきれないが。

 

 

 

「星を見ておいでですか、マスター」

 

 そんな事をぼんやりとヒサトが頭の中で考えていると、メシアが話しかけてきた。

 

「あー、星っていうか、ボーっと空を眺めていたんだがな。……まあ、星もいい」

 

 ――いつも、何事にも動じずにじっと同じ場所で瞬き続け、俺達を見守ってくれている。ふとそんな言葉がヒサトの頭をよぎった。

 そして、いつも空を飛んでいるのに、久しく自分はソラを見ていなかったとヒサトは気がついた。別に特段空を見るのが趣味であった訳じゃ無いが、こうした輝きを見ずにこれまで過ごしていたことに、自分の余裕の無さを突き付けられたようで、彼は少し苦々しく思った。

 

 ……ジュエルシード、落ちて来て欲しくないな。

 

 

 とある少女が魔法に出会うきっかけだとしても。

 アレがここに落ちてくるのは必然にして定められた運命だとしても――

 

 ヒサトは今この時は、何事も無く平穏な未来が訪れる事を願うのだった。

 

 

「……そろそろ、俺達も寝よう」

「イエス、マスター」

 

 屋根の上から降り、天窓より二階へとヒサトは戻った。

 

 

 

「ヒサトさん」

 

 さて、本日の報告も部隊長に送った事だし、寝ようかと思っていたヒサトに下の部屋より声が掛かった。

 

「何? どうかしたのか」

 

 ヒサトは下の階にいるはやてに対して、声だけで返事をした。気にする必要は無いかもしれないが、あまり人を見降ろすのは良い気がしないというか、彼女に対し何となく気恥かしい気持ちがあったからだ。

 

「えっと、ちょっとヒサトさんとお話したいなーと思うて。良かったら降りて来てくれませんか?」

「……もう十時を過ぎるころ、寝不足は良くないと思うけどな。まあ、良いけどね」

 

 はやての頼みに始めは少し渋ったヒサトだが、最終的に了承の言葉を発すると、小窓より身を乗り出して、魔法で下にゆっくりと降りた。

 

「お邪魔させてもらうよ。で、どんな話をしたいのかな」

 

 水色の寝巻き(部隊長から指令を受けた後、最低限の着替えなどは隊の宿舎まで転移して持ってきた)を纏ったヒサトは、部屋のベッドに転がっているはやてにそう言葉を掛けた。

 

「あー、今日会ったばっかりの人にこんなこと聞いたら怒られそうやけど……」

 

 そう言って言葉を濁した彼女に、ヒサトは黙ったまま続きを待つ。

 ――まあ、このタイミングで聞かれるような事は二三の候補に心当たりが絞られるだろうが。そう思いながら。

 

「ヒサトさんは、その、両親が居ない事を辛く思ったりしますか」

 

 ……確かに今日会ったばかりの人間に対してはつっこみ過ぎた問い掛けだろう。……その情報を初対面の人間にさらっと話す方も話す方だろうが。

 

「フム、確かに今日会ったばかりの人に聞くにしては少々つっこんだ質問だけど、そうだな――」

 

 少し頭の中を整理して、ヒサトは言葉を続ける。

 

「勿論、と言っていいかは判らないが、色々と辛く思う事はあるさ」

 

 そう言いながら、ヒサトはある想像をした。

 ――もし、今自分の持っている力を一切合財捨てれば前世の自分に戻れるとするならば、自分はどちらを選ぶか?

 

 ……今の生活は面倒やら危険はあるが充実したものだし、自分はこの世界に対する愛着を持ちつつもある。対する前世は、これもまた幸せだった。何故死んだのか覚えて無かったり、昔つまらん事で躓いてそのまま駄々をこね続けたような俺ではあるが、それ以外は間違いなく悔いの無い、幸せな人生だと胸を張って言える。今を捨ててやり直せるならば、それはそれで良いかもしれない。……温かくて優しい父さん母さんや、両親や俺に反発していたけど根はまっすぐな妹に、もう一度会いたいな。そう考えると、急に薄れかけていた前世の家族への未練が心の奥より泉のように湧いてきて、前世の家族にもう会えない事が、昔と同じように悲しくなった。

 だが、そんな事を気取られないように、ヒサトは強がるようにフッと不敵な笑みを浮かべ、続けて答える。

 

「だけど、総じて俺のこれまでの人生は幸せだったね。親は居ないけど、友は居るし、あくまで俺が力を持っているからとは言え、何だかんだで面倒見てくれた人とか、チヤホヤしてくれるやつは居たからね。何でもって訳にはいかないけど恵まれてる方だと思うよ、俺」

 

 ヒサトはそう言い切る。

 もしも、なんて考えてもどうしようもない。今を生きる、それが自分の道なのである。

 

「……そうか。ありがとうヒサトさん、変な事聞いたのに答えてくれて」

「いや、特に問題無い。……ま、しかしさっきも言ったが、そろそろ寝た方がいい。話はここらで切り上げよう」

 

 はやては何かを得心したようにして、ヒサトに礼を言う。

 ヒサトは彼女が納得したのを見ると、そう言って自分の部屋へと戻った。

 

「お休みなさい」

「うん、お休み」

 

 

 

(今日は色々と有った)

 

 ヒサトはベッドにポフリと倒れ込むと今日一日を思い返すと、自分の身の回りの環境が大きく動き出している事を自覚せざるを得なかった。そしてそれはこれからが本番である事も。

 

 八神はやてが思った以上にすごく可愛い子だったなーとか、地球の転生者にメンドクサイやつが居ませんようにとか、ユーノと会うの楽しみだな、仲良くなれたらいいなとか、そんな事を目を閉じて考えているうちに、ヒサトの意識は眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 ――歓喜、焦燥、諦観、欲望、その他様々な感情がこの地に渦巻く中、願いを叶える宝石と魔法少女の物語が今まさに始まりを告げようとしていた。

 



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第十一話

 

 

『――発信源はこの辺りです。魔力の残滓も僅かに確認できます』

 

 ガサガサと雑木林の藪をかきわけて捜索をするヒサトの頭の中に、彼の相棒の声が響く。

 

 4月初頭、ヒサトは昨晩に夢うつつの中で受信した念話による救援、――ユーノの声を聞き、彼を探しに来たのだ。とはいっても、別段ヒサトは積極的に未来を変えようなどと思って行動に出た訳でも無い。

 ……まあ高町なのはが将来的に辿るやもしれない道を考えると、少々彼女を魔法に関わらせることについて是非はある訳だが。

 

(撃墜とか、体を酷使するだとか、そういうのが無ければ何の憂いも無く、嬉々として管理局に歓迎できるんだがなー)

 

 ヒサトは脳内でそう呟いた。

 尤も、別に彼女は現状でいえば所詮他人であるし、自分が人の人生にあれこれちょっかい掛けていられるほどヒサトは立派な人間では無く、お節介でも無い。

 そもそもここの高町なのはが自分のイメージ通りの人物であるかすらも定かではないのだ。

 八神はやては現状ではさほどヒサトが思い描いていたイメージから逸脱した人物では無いと見受けられるが、高町なのはに関しては彼が思い抱くイメージとずれている可能性は十分にあり得る。

 なんせここにはヒサト達三人以外の転生者達が複数人数いるのだ。ニコポ、ナデポや公園イベントなどを経て、カッコいい少年に熱を上げて色ボケしていたりする可能性もあるし、そうでなくともあの年にしては大人びていたり、妙だったりする考えの人物の影響を受けて彼女自身の考え方にも何らかの変化があってもおかしくはない。

 本人に知られると怒られそうな考えもあったが、ともかく実際会ったことも無い人物が管理局に入ってくれるかどうかなんて考えても仕方ないし、そもそもここの転生者達が皆紳士的だったりする可能性だってあり得るのだ。

 

 まあ、どちらにしても今のヒサトはここの転生者達や高町なのはに進んで会いたいとも思っていない訳だが。

 

 

「しかし、魔力反応があるのに発見できないって事は、既に目を覚ましてどこかに移動したのか?」

 

 魔力の残滓があるのにユーノ本人が見当たらない事にヒサトは首をひねった。

 ――まさか、アンチユーノの輩、あるいは逆にユーノが大好きな転生者に既に連れ去られた後なのだろうか。

 ヒサトは今までその可能性を考慮していなかった事に軽くため息をついた。尤も、ヒサトは彼に好感こそ抱いているが、今こうして捜索をしているのはあくまでショウから頼まれたからであるのと、時空管理局に籍を置く者としての義務感故のものである。

 見つかったならば保護すれば良し、見つからなくても特にヒサトは現状における彼女らを取り巻く未来を積極的に変えたいとも思っていない、――いや、既に八神はやてに関してなど色々と取り返しのつかない変化が起きている以上、“原作”なんてものはヒサトの中では登場人物のプロフィールなどの、最低限度の知識以外には無頓着なものとなりつつある。

 まあ、その最低限度の知識さえ疑ってかかるべきものとなるやもしれない訳だが。

 

 とにかく現状のヒサトの方針は基本的に上の指示に従うこと、他は高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処、つまりその都度行き当たりばったりにやっていくという考えだ。

 仮にも指揮官がそれでいいのかとも思うだろうが、どの道現状では手探りで進んでいくしかないのだ。下手にうろちょろと蜂の巣の周りを探って相手を刺激するのも馬鹿らしいし、一応ここが管理外世界である事も忘れてはいけない。

 あくまでヒサト達の任務は夜天の書及びその主が安全な存在かどうかを観察する事、そしておそらく今後それに加えてジュエルシードを回収する事なのだから、あまり面倒な相手とドンパチやらかすのは勘弁したい。

 ヒサトは自分より弱くて下種な犯罪者を叩き落とすのはそれなりに楽しいと思うが、別に戦うのが好きなバトルジャンキーではないのだ。

 たやすい勝利で十分。達成感や充足感はなるべく仕事以外に求めるべきものだとヒサトは一応、心得ている。

 

 ――とにかく目的の人物が見当たらない以上はここに長居すると他人に見つかると怪しまれるだろう。

 ヒサトはそう考え、魔力の残滓が残る場所に背を向けて立ち去ろうとする。

 彼が捜索が空ぶったことをショウに伝えるべく、念話を飛ばそうかと思ったまさにその時、丁度タイミングを計ったかのようにショウの方から念話が来た。

 

〈こちらショウ・レザンスカ。動物病院で三人娘及びフェレット君を確認したぞ〉

〈えっ……、おいおい、今は平日の昼前だぞ。なんで彼女達がそこにいるんだよ。今頃は授業なり将来の夢を語り合ったりしているはずだろ?〉

 

 ショウからの報告に、ヒサトは戸惑いを隠せなかった。

 

〈……さあな。まだ四月初めだから学校は休みとかそんなんじゃないのかな。――とにかく、変なのに目を付けられる前にとっととお互い一度撤退して、もう一度今後について話し合いが必要だと思うのだが〉

〈……だな。まあ、こうなったらもうこのまま流れに任せるというか、局員として上の指示に従ってこれまで通りにやるのみだろうがな。取りあえずこちらからは捜索の結果、魔力残滓を発見した事を上に上げておくから、今後については部隊長に下駄を預けよう〉

〈了解した〉

 

 

「……ふう」

 

 ヒサトはため息をついた。ショウの言った推測は、なるほど納得できない事も無い。だが、それでも何となく世界を取り巻く定めとやらに嘲笑われたような気がして癪だった。

 ――たとえそんなものが無いと理解していても。

 朝一でここへと駆け付ければ、ユーノをヒサト達で確保できたかもしれないが、今更そんな事を言っても仕方ないし、そもそも先にも言ったようにヒサト自身は自ら進んで積極的に動くような理由があまり無い。

 自らが知るのとは展開が異なり、ユーノが死にそうな状況にでも陥ったりしたのならば夜中でも飛び起きて彼を助けに行ったかもしれないが、そんな展開がなかった以上はヒサトも空気を読むというか、頼まれでもしない限りは余計な事に進んで首をつっこむ気は起きなかったのだ。

 

「戻ってお昼ごはんにでもするか」

 

 ――ジュエルシードも早めに探した方がいいかな。どうせ部隊長から探すように命令が来るだろうし。……高町なのはの魔法少女としての経験値が少なくなるが、どのみち自分達管理局があれこれと出張る事になる訳だしそんなの既に詮無いことかもな。

 ヒサトはそんなことを考えながら滞在先へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第二、並びに第五分隊は反応があった地点に向かってくれ』

 

 その夜、ヒサト達四人はレイファラ部隊長からそのような通信を受け、二階にある各々の部屋より静かに、それでいて素早く外へと走り出した。

 ヒサトは指令を受けてすぐ、起きているかどうかは判らなかったが下の階にいるはやてへと、『ちょっと仕事で出るよ』と声をかけてから部屋を飛び出した。

 数日前にまとめ買いしたうちの一着の私服の上に、捜索初日に着ていた薄手のコートなどを羽織ったヒサト達四人は駆け足で目標地点まで向かう。

 

 

 

「おい、もう契約し始めてるぞ」

 

 ショウがぼそりとこぼした言葉をヒサトは拾った。

 八神家を出た彼らの進行方向には、桜色の光柱が立ち上っていた。

 

「仕方ない、緊急事態故にあそこまで転移(とぶ)ぞ」

 

 ヒサトはそう言うやいなや魔法陣を自らの周囲に展開し、四人まとめて転移する。

 

 

 

 

 

 

「ウソ、何なのこれ?」

 

 栗色のツインテールの髪型をした少女、高町なのはは自らに起こった出来事にそんな戸惑いの声をあげた。

 喋るフェレットからの救援を求める声に従い、家を内緒で抜け出して彼(?)のいる動物病院まで駆けていった。そこで見たのは毛むくじゃらの化け物とそれに狙われていた彼だった。

 そんな彼を助けて逃げ、彼からの頼みを受けて彼が持っていた赤い宝石と契約を交わした結果、杖と白を基調とした衣装を自分は身につけることになったのだ。

 

「えーと、これどうすればいいの!?」

 

 急な展開への戸惑いと、化け物への恐れで彼女はそんな問い掛けの言葉を発した。

 自らを睨みつける毛むくじゃらの迫力に気圧されて一歩後ずさると、後ろは壁でありこれ以上は下がれない。そんな、一体どうすればいいのか分からないなのはへと化け物が襲いかかろうとしたその時――

 

 薄緑の閃光が化け物へと撃ちこまれた。それと同時に結界らしきものが展開され、彼女達や化け物は周囲と切り離された環境に置かれる。

 なのはが閃光が飛んできた方向を見ると、剣を持った少年と杖を持った少年の二人が走って来ていた。

 そんな突然の展開に、突然の介入者。立て続けに起こる急展開に高町なのははおろおろするしかなかった。そんな彼女と化け物の間に二人の少年、ハルトとヒサトはなのはを背にし、割り込むようにして毛むくじゃらの化け物へと立ちふさがった。

 

「時空管理局の者です。……大丈夫ですか?」

 

 ハルトはチラリとなのはの方を振り向いて尋ねた。

 ハルトの問い掛けに、なのはは少しの間ポカンとしたままだったが、ハッとすると頷いた。

 ヒサトは彼女への対応をハルトや自分達二人よりわずかに遅れた速度で走ってきたショウとシュテルに任せ、化け物へと再び接近しながら自らのデバイスを振りかぶった。

 

『Strike impact』

 

 無機質な音声がヒサトの手に持ったデバイスより発せられる。そのまま化け物へと杖状のデバイスを叩きつけると対象は弾け飛び、後には化け物を構成していた核である、青い宝石が地面へと転がり落ちた。

 

 

 

 

「救助の念話を送ったのは君かい?」

 

 ハルトはどう見てもデバイスである杖を持った少女、なのはへとそう問いかけた。

 

「いえ、えっと……」

 

 ハルトの問い掛けに、なのはは再び戸惑った様子で目を彷徨わせて、おそらく自分より事態に詳しいだろう彼を探した。

 

「――いえ、助けを求めたのは僕です。……彼女はその僕の念話に答えてくれた優しいこの世界の住人で、管理世界の事は知らないはずです。だから彼女は何も悪くありません」

 

 なのはの後ろよりユーノが出て来て、ハルトへとそう話す。ハルトはそうなのかと納得したように頷くとユーノへと近付く。

 

「どうやら怪我をされている様子ですね。すみません、来るのが遅れて。今、治療魔法を掛けます」

 

 ハルトはそう言いながら屈み、両手をユーノを包み込むようにしてかざして治療魔法をかける。 白銀の魔力光がユーノを包み、彼の傷を癒してゆく。

 

 さて、他の第五分隊の面々はというと、ヒサトは後よりいつの間にか来ていた第二分隊のメンバーに、ジュエルシードの傍で現状少ないがこれまでのいきさつの報告とこれからの事について意見を交わしているようである。

 シュテルは自分に色々と似ている少女、高町なのはに興味をひかれたのか、じーっと彼女と見つめあっていた。

 ショウはそんな彼らを微笑ましく思いつつも、しきりに周囲を気にするようにして油断なく構えている。

 

 

「さて、私は本局1256航空部隊の第五分隊長、ヒサト・クラフト二等空尉です。今回の件について出来る限りの詳しいお話を聞かせて貰ってよろしいでしょうか?」

 

 ジュエルシードの対処を第二分隊の方々に預けて、なのはやユーノ達のところまで来たヒサトは屈みこんでユーノに尋ねた。

 ユーノはそれを受けて、自分の素性とヒサトが知識として知るのと同じようないきさつをざっくばらんで簡単にではあるが、なのはとヒサト達に語ってくれた。

 

「……なるほど、了解しました。正式には上司の判断を仰いでからとなりますが、ジュエルシードの回収は我々がなんとかします」

 

 ユーノの説明を受け、ヒサトはそう言いきった。

 

「……あの、つかぬ事を尋ねますが、どうしてこんなに早く来てもらえたのですか?」

「――守秘義務等も有ります故に今この場では詳しく語れませんが、別のロストロギアがらみでとだけ申しておきます」

 

 ユーノの質問に、ヒサトはそう答えた。彼のその説明にユーノは『そうですか』とだけ一言もらす。

 

「で、シュテルそっくりのこっちの子はどうするの、ヒサト」

 

 ハルトがなのはの方を向きながら尋ねる。

 急展開の連続に所在なさげにしていたなのはは、自分に注目が集まり出した事に気が付くと窺うようにしてヒサト達を見た。

 

「ああ、えーっと、この度はご協力に感謝します」

 

 ヒサトはどう対応すべきか少し迷ったが、取りあえずはお礼を言うべきだろうと思い、ビシッとした敬礼と共に感謝の意を彼女に伝えた。

 

「あ、いえ、私はただオロオロしてただけで、なんにもしてないですから……」

 

 なのはは弱々しい声色でおずおずとヒサト達にそう告げた。

 ヒサトは内心、彼女がジュエルシードを封印するまで遠巻きに見ているべきだったかなと思わなくもなかったが、自分はそう呑気に仕事サボって観戦していられる身分では無いと自らに言い聞かせた。悲しいけど組織の歯車として生きているのだから、ある程度はきちんと働かなくてはならないのである。

 

「いや、勇敢に化け物に立ち向かっていたし、何よりそこの彼を助けたのは君じゃないか。そうですよね?」

 

 内心で謝りつつヒサトはそう言って、『彼女の活躍を褒めてやれ』との意を含んだ視線をユーノへと向けた。

 

「う、うん。僕がこうしていられるのは君が助けてくれたおかげだよ。ありがとう、えっと――」

「……そう言えば、君の名前、聞いてなかったな。よければ勇敢で思いやりのある君の名を俺達に教えてくれないか?」

 

 ヒサトやショウなどは彼女の名前を知っているのだが、こういった自己紹介の手順はきちんと踏んでおいた方が色んな意味で面倒が無くて良いのでしっかりとしておく。

 

「あ、はい。私は高町なのは、小学三年生です」

「なのはが名前だね。さっき言ってたのを聞いたかもしれないが俺はヒサト・クラフト。そしてこいつらが――」

 

 ――そうして他の第五分隊三人の紹介も順々にしていった。特に互いにそっくりなシュテルに関して彼女の食い付きは良く、しきり親しくなりたそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「あっ、そろそろ帰らないと不味いかも……」

 

 似ているゆえに親近感が湧いたのか、主にシュテルに対してしきりに話し掛けていたなのはは思いだしたようにそう言った。

 

「ん、そうだね。家族も心配しているかもしれないし、もう家に帰った方がいいね」

 

 ハルトがそう相槌をうつ。

 そうは言ったが、彼女は早く帰らないといけないのが分かっていつつも、何やら名残惜しげな様子でヒサト達をチラチラと見ていた。

 彼女のそうしたあからさまなしぐさを眺めて、ヒサトは少し考えた後に口を開いた。

 

「また明日にでもこっちから念話で話しかけるから、その時にでも少しお話しをしよう」

 

 ヒサトのその言葉に、なのはの顔は嬉しそうにぱぁっと明るくなった。

 

〈……いいのかい? そんなこと言って〉

 

 ショウが念話でヒサトに問いかけてきた。

 ヒサトは一瞬だけ苦々しい顔をしたが、すぐに元の表情に戻して返事をする。

 

〈どのみち彼女はよっぽど強く言わない限り、“もう首突っ込んじゃ駄目”と言ったところで聞き分けてくれると思うか?〉

〈強く言い含めて、レイジングハートも没収……というかユーノに返させれば、多少不満は残るだろうが聞き分けてくれると思うがな。まあ、別に今の君の言葉は彼女に協力を要請したという訳でもないし、彼女も今日は頑張ったんだから、自分の住む所で起きた事件について知る権利はあるだろう。それに、これからの彼女についても――〉

〈最終的な判断は部隊長に仰ぐしかない、だろ?〉

 

 ショウの厳しい指摘にヒサトは内心で再び苦笑しつつも、どのみち自分は報告をするだけで、判断は部隊長が下す事なのだと考えて意識を現状の仕事へと切り替えた。

 

 その後、なのはは明日お話聞かせてくださいねと念を押したのち、走って帰っていった。

 ちなみにユーノはヒサト達と共に残っているのだが、レイジングハートは彼女が所持したままである。別にヒサトとしては明日も話す機会がある訳だし、一応ユーノが所有権を持っているはずのデバイスを持ったまま彼女が帰っていった事はあえてスルーしたのだが、それよりもユーノを連れていかなかった事で、彼が可愛がられて夜中に勝手に出歩いた件がうやむやにならずにこってり絞られやしないかは心配であった。……まあ、愛情豊かな家族ゆえに、そうこっぴどくは叱られないとは思うのだが。

 

 

 

 

 さて、ひとまず今夜の騒動はけりがついたし、撤収して早く報告書をまとめなくてはいけないなとヒサトが頭の片隅で考えていると、新たに声を掛けてくる人物が現れた。

 

「おい、なんで管理局がいるんだよ」

 

声がする方へとヒサトが面倒くさそうに向くと、髪は黒だがおそらく目の色は紫がかったような色合いの少年が不遜な態度で立っていた。

 

 好戦的な雰囲気を纏う少年に、シュテルなどはいつでも戦闘態勢に構えられるように気を張る。

 

 ――どうしてこのタイミングで来るのかねぇ。

 結界を張ってから先ほどまでで、おおよそ三つほどの気配は感じていたが、もう既に割り込むべきタイミングは逸している為、この場は様子見を決め込んでこちらに気付かれる前に全員立ち去ろうとするとヒサトは思っていたのだが、その予測をこの少年は裏切ってくれた。

他二つの気配もこの少年とヒサト達の推移を見守るためなのか、依然立ち去る気配は無い。

 

(いや、動いたか)

 

 何かに気付いたヒサト――いや、正確に言うと始めに気付いたメシアは魔法を展開する。

 展開された魔法は抵抗魔法、それも身体に作用するタイプの洗脳への抵抗魔法である。

 

〈マスター、解析結果としては、この術は音声を媒体としてこちらの脳へと作用するタイプのようです〉

〈君が早めに察知してくれて助かったよ。いつもながら流石だ〉

 

 ヒサトはいつもの如く、小粋で気を利かせる相棒たる存在にそんな賛辞を送った。

 

 

「やれやれ、そこの彼はともかくとして、どうして時空管理局が……おっといけない」

 

 相手の術の影響を阻害する魔法を第五分隊及び第二分隊の周囲へと密かに展開し終えたヒサトは、非常に悔しそうな表情で棒立ちしている少年から、新たに声を掛けてきた者の方へとチラリと目線を動かした。

 新たな介入者は茶色みがかった髪の毛で、開いているのか分からないぐらいの糸目をした、ひょろりと背が高めの少年だった。

 その少年はつかつかとこちらへと歩いてくる。

 彼の右手には神楽鈴が握られており、もう片方の手にも一冊の赤い表紙の書物を持っていた。

 彼も突っ立ったまま動けずにいる少年と同じで、おそらくは転生者なのだろうとヒサトはあたりをつけた。

 

『アハハハハ、セーフだよ主さま。ぜーんぜん問題ナシ』

 

 彼が左手に抱える書からキャピキャピした感じの女の声が上がった。

 

(……いや、アウトだぞ。完全にアウトだからな)

 

 ヒサトはその声の主、――赤い魔導書型デバイスへと心の中でつっこんだ。

 しかし、現段階で自分達管理局員が地球にいるなんていうイレギュラーに動揺しているのかもしれないが、口滑らせ過ぎじゃあないのか。

 ヒサトは続けてそう内心つっこみを入れた。

 後から来た糸目の彼も『喋るなよ』とでも言いたげに自らの片手に持った赤い書に目を落とす。

 

「あー、取りあえずそこの馬鹿の代わりに謝罪させていただきます。迷惑掛けてすみませんでした」

 

 そう言って糸目の彼はヒサト達に対して頭を下げた。

 謝罪されたヒサト達は正直どう反応したら良いのか途方に暮れ、取りあえずのところは彼の謝罪に対して曖昧に頷いた。

 

「おい、純彦。テメ―こそ俺に謝ってとっとと失せろよ」

 

 棒立ちになっている少年の方が、糸目の彼にそう吐き捨てるようにしてかみついた。

 どうやら糸目の彼は『スミヒコ』という名前らしい。

 

「ハァ……。君もよくよくそんな口が叩けるものだね。口はともかくとして、今まであまりやんちゃしてなかったから対応は後回しにしていたけれど、もっと早めに力の差を思い知らせておくべきだったかな、槇成歳光くん」

 

 純彦はため息をつくと、出来の悪い子どもをなだめるような声色で『マキナリトシミツ』とよんだ少年に語りかけた。

 

 

〈……俺達はどうすべきなんだろうかね〉

 

 一触即発の雰囲気を漂わせる少年達を脇にして、ヒサトはこの場にいる面々に問いかけた。

 

〈彼らに話を聞くべきなんじゃないか?〉

 

 ショウが投げやりな調子で答えた。

 ……彼の言い分が尤もなはずなのだが、ヒサトは今回ばかりはその言葉に素直に応じることは出来そうになかった。

 

 

 

「チッ、今日のところは邪魔なやつらもいることだし、勘弁しておいてやるよ」

 

 そうしているうちに歳光とよばれた紫目の少年はいかにも捨て台詞のような言葉を吐いて立ち去っていった。

 その様子を純彦は『それでいい』とでも言いたげに口を釣りあげながら、黙って見送る。

 

『一昨日きやがれ、蛆虫野郎が』

 

 ……彼の持つ魔導書型デバイスはとても口汚かったが。

 

 

「ひ、引きとめて話を聞かなくても良かったの?」

 

 歳光という少年が立ち去るのを純彦同様、黙って見逃したヒサトやショウ達にハルトが遠慮がちにそう尋ねた。

 

「パッと見たところ彼はあまり話の通じる人物じゃあ無さそうだったしね。話ならばそっちの彼とすればいいさ。――そうだろ?」

 

 ヒサトはそう言って、純彦へと視線を向けた。

 

「さて、どうやら君は知っていると見たけど、改めて言わせてもらうとしよう。――私達、時空管理局の者ですが、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか?」

 



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