戦国†恋姫~水野の荒武者~ (玄猫)
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本編
1話 新たなる外史のはじまり


はじめまして!
最近、恋姫夢想か戦国恋姫の小説を書こうと思い立った玄斗と申します!

戦国恋姫はXもプレイしておりますのでそちらの物語に沿って進みます。
(基本はそこまで違いはありませんが……)


主人公はあらすじにある通り『水野勝成』となります。
歴史好きなら知ってる方もいると思いますが、楽しんでいただけると幸いです!


 作られた外史―――。

 それは、新しい物語の始まり。

 外史の紡ぎ手である『新田剣丞』によって終端を迎えた物語にもまた、外史が存在する。

 

 これは、数多ある外史の中のひとつの可能性。

 

 

 水野藤十郎勝成(みずのとうじゅうろうかつなり)

 この外史は、彼によって大きく変動していくこととなる。

 

 

 

「……嫌な雨だな……」

 

 急に雨を降らせた天を睨み付ける少年。年の頃は元服したばかりといったところだろうか。燃えるような紅の髪を首の後ろで一つに纏めている。長さは腰くらいまであり、鋭い目付きも相まってその姿は獣のようにも見える。

 頭髪と同じく身に纏う衣服も紅を基調に揃えられている。右の肩に漆黒の肩当を、同じく具足も漆黒に金の縁がつけられており、周囲を慌しく走り回っている男たちとは立場が違うのだろうと感じられる。

 

「ったく。こんな場所で休憩を挟むとか……今川の殿さんは馬鹿か?」

 

 己の軍勢の大将でもある『今川義元』のことを堂々と馬鹿にしているのが耳に入ったのだろうか、近くを通りかかった男がぎょっとした顔をする。それはそうだろう、その言葉が大将やその側近たちに聞こえでもすればその場で叩き切られてしまうだろう。

 そんな言葉を口にしながらも少年は堂々としていた。

 

「はぁ、こんな戦に参加するくらいなら綾那(あやな)と死合でもしてたほうがよっぽどいいじゃねぇか……。相手は織田の……ん、なら楽しめそうか?」

 

 何度戦ってみても死合ってみても(誤字ではない)、傷一つ付けられない相手のことを思い浮かべた後に今から戦うであろう相手のことを思い出す。

 尾張の大うつけ『織田信長』は本来の意味でのうつけではない。少なくとも、彼はそう評価していた。もしかすると、あの()なら何かしらやらかしてくれるのではないか、と。

 

「ま、考えても仕方ないか。おとなしく素振りでも…っ!?」

 

 それは、戦場で培ってきた勘ではなく本能的なものだったのだろう。今川の本陣、それも恐らくはど真ん中にあたる場所に何かを感じ取ったのだ。少年はニヤリと口元をゆがめると側に置いていた刀を手に取り駆け出す。その姿に何事か、と周囲の足軽たちが見るが既にその姿は見えず。

 

 同時に名乗りが響き渡る。

 

 東海一の弓取り、今川殿、討ち取ったり、と。

 

 

「しっかし、勘って当たるもんだな」

 

 風のように駆けながら少年は呟く。慌てる足軽には目もくれずに駆けていた彼の視界に見慣れた二人が現れる。

 

「後退して殿様と合流するわよ!」

「むーっ、分かったです……」

 

 長い黒髪を頭の高い部分から流している少女と、鹿の角のような頭巾をかぶった少女。

 

「おう、綾那、歌夜!お前らは撤退するのか!」

「あ、藤十郎なのです!」

「藤十郎さん!殿様と合流して……」

「歌夜!悪いが俺はちょーっと合流が遅れるって姫さんに伝えておいてくれ!」

 

 ニッと笑顔を浮かべると黒髪の少女・歌夜に手でヨロシク、といった合図をしてそのまま走り去る。

 

「あーっ!!歌夜!藤十郎がいったのです!」

「あ、綾那!一旦引かなきゃダメって言ってるでしょ!?」

「う~、でもでも!……藤十郎が帰ってきたら殴ってやるです」

 

 なんとか友人を止めることができた歌夜はほっとため息をつくと、私も一発くらい殴ってもいいかなとこっそりと呟いた。

 

 

「あそこかっ!!」

 

 小高い丘の先。そこに立つ馬印は五つ木瓜(いつつもっこう)、つまりは織田信長の旗印である。

 

「恨みはないが……っ!?」

 

 刀を抜き放ち、丘を一気に駆け上がろうとした藤十郎は突如襲い来る強大な殺気に動きを止める。咄嗟に後ろに跳躍すると、先ほどまで彼が立っていた場所の地面は大きく抉り取られたようになっている。

 

「ちぃっ……はずしたか」

 

 藤十郎の前に現れたのは衣服というよりは最早布切れといったほうが正しいのでは?と思うほどの薄着に羽織を肩からかけただけの女性。藤十郎の記憶にはないが、その存在感が誰なのかを思い出させる。

 

「織田で気をつけろ、って言われていたのが鬼柴田(おにしばた)米五郎左(こめごろうざ)、そして……攻めの三左(せめのさんざ)か!!」

 

 攻めの三左。森可成(もりよしなり)は戦狂いと評判の森一家のまとめ役……というよりは率先して率いる側。織田家中においてもずば抜けた戦闘力を誇り、会えばどのような手を使ってでも逃げろ。もしくは諦めろ。そんな冗談みたいな噂が流れるほどの存在だ。

 

「ほぅ、そういう孺子(こぞう)は……水野んとこの悪童(わるがき)か」

 

 自分のことを知っている理由が少し気になりもしたが、それ以上に相手が攻めの三左と気づいて警戒を強める。周囲にいる兵が織田家の兵なのか、今川の兵なのかは分からないが誰も近づけず息を呑んでその光景を見守る。

 睨み合う可成と藤十郎。視線が絡み合い、一瞬一秒が数分のように感じる。

 

「いい眼だ、孺子。一撃で死ぬなよ?」

 

 ニヤリと可成は笑うと、藤十郎に向けていた槍が文字通り消える(・・・)。少なくとも周囲で見ていた者たちには消えたようにしか見えなかった。だが、藤十郎には違ったようだ。

 首を軽く傾けその槍を避ける。当たるか当たらないかの絶妙な回避から一気に接近し刀を振るう。

 

「いい腕だ!!」

「……嘘だろ、おい」

 

 刀を素手で掴み取られた藤十郎が軽く頬を引きつらせる。

 

「だがな、ワシを試すとは……赦せん!!」

 

 背筋を走る悪寒に藤十郎が刀から手を離したその瞬間だった。

 

 

 今までに聞いたことのない不思議な音。空から降り注ぐ激しい光。それは瞬時に収まったが。

 

「ちっ……逃げ足の速い孺子だ」

 

 つい先ほどまでいた藤十郎は既に可成の前から姿を消していた。

 

 

「危ない危ない。あれは間違いなくやられるところだったな」

 

 丘に向かっていたときと同じように逆方向に走りながら藤十郎が苦笑いを浮かべる。拳を握り締めていたアレは間違いなく。

 

「この年で拳骨なんて喰らってたまるかって」

 

 そう、命をかけた戦いの中で可成はまさかの拳骨という手段に出ようとしたのだ。

 

「……ってか、手抜いてるのもばれてたし、とはいえあの攻撃についてこれるとはなぁ……あと、安い刀でよかった」

 

 手を抜いていた、というより厳密には本気を出せないといったほうが正しいのだが、藤十郎はそう呟く。

 

「ま、後のことはまた今度考えるとしてまずは姫さんに合流か」

 

 先ほどまでとは違ったざわつきを感じるが、それには気も留めずに藤十郎は自らの主……松平元康の元に向かうのであった。ただし、何故か目的地とは違う方向へ。

 

 

「それで、藤十郎は帰ってくるのが遅れた、と?」

「……はい、すんません」

 

 本人としては真に遺憾ではあるのだが、現在元康の前で正座させられていた。元康の隣にはなにやらご立腹の様子の綾那と歌夜、そしてもう一人の女性がいた。

 

「全く!相変わらず水野の者は猪侍ばかりで扱い辛いこと限りないですなぁ」

「……別にお前に使われてるつもりはないぞ、悠季(ゆうき)

「悠季、少し静かに。あと藤十郎はこちらをしっかり見なさい」

「……いや、だからな姫さん」

 

 藤十郎が向き直るとじっと見つめる紫色の瞳が。その眼にうっ、と言葉を詰まらせる。

 

「私のことは葵と呼ぶように何度も言っているでしょう?」

「いや、姫さんは姫さんだし……」

 

 はぁ、とため息をつく葵は軽く頭を押さえる。

 

「……どうせ聞かないでしょうけど、葵と呼ぶように。それと、藤十郎は帰ってくるのが少し遅れたと言っていたけれど、戦から一月も経っているの。何も音沙汰がなければ心配するのは当たり前でしょう」

「……それは色々と事情がありまして」

「はて、その事情は我々に、葵様にも伝えられないことなのですか!まるで謀反を企んでいるようですなぁ!」

「はいはい、悠季のその妄想力は凄いと思うぞ」

 

 また軽く言い合いを始める藤十郎と悠季に葵は何度目かのため息をつく。内心では藤十郎が帰ってきて安心しているのだが、主としてそういった姿を素直に見せることを葵はしてはいけないと自身を律していた。

 

「むー……」

「どうしたの、綾那?」

「悠季の奴、藤十郎と遊んで楽しそうなのがです」

「「遊んでない!!」」

「ほら!ずるいのですー!」

 

 綺麗に声が重なった二人は互いに睨み合い黙り込む。

 

「……藤十郎。周囲の者たちの目もあります。これだけ遅れて何も罰さない訳にはいきません。一時の間、戦場に出ることを禁じます。私の屋敷でおとなしくしているように」

「はぁ、仕方ないか……ん?」

「葵様っ!?このような狼のような野良犬のような男という汚らわしい生き物を葵様のお側に置くというのですか!?」

「いや、悠季それ言いすぎだろ」

 

 あたふたと動揺しながら悠季が葵を止めようとするが、全く聞く耳を持たない。

 

「藤十郎は一人にするとすぐにフラリと何処かに旅に出る癖があるのは知っているでしょう。それなら私が直接見ておくほうがいいという判断です。藤十郎のことは幼い頃から知っているから大丈夫よ、悠季」

「ですがっ!……ふむ、そういうことならば仕方ありませんね」

 

 突然意見を変えた悠季を訝しげに見る藤十郎、綾那、歌夜の三人。こういった反応をするときは大体よからぬことを思いついたときがほとんどだからだ。

 

「藤十郎への処分はこれで終わりとします。……藤十郎、いいわね?」

 

 松平家の主として、というよりは幼い頃から知っている『葵』としての言葉に藤十郎は言葉もなく頷くしかないのであった。




史実では水野勝成は戦国後期の人物です。
だから信長の野望ではステータス低いんですよね(ぉぃ

ただ、色々と面白い逸話などもある人物でもありますので
興味のわいた方は調べてみると楽しめるかも知れません!

拙い文章ではありますが、楽しんでいただけるようにがんばっていきます♪


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2話 葵と藤十郎の同居?生活

ひっそりと書き始めましたが、お気に入り登録してくださった方々ありがとうございます!

これを励みに頑張って更新していきます!


 葵からの命令は直ぐに実行された。藤十郎は一度帰ろうとしていたのだが、悠季が断固として譲らず綾那に引き摺るように葵の屋形へと連れて行かれることになった。

 

「綾那ちょっと待て!!お前なんで槍構えてやがる!」

「え?久々に帰ってきたから死合うです!」

 

 さも当たり前といった反応で槍を構える綾那。

 

「ちっ……でも俺の『槍』も『太刀』もない以上、綾那と本気の死合いは……」

「藤十郎さん、これですか?」

 

 微笑みながら持ち手の部分が朱色に染まった槍を差し出す歌夜。

 

「……か、歌夜。もしかして怒っていたりするか?」

「何か私が怒るようなことを藤十郎さんはやったのですか?そうじゃなければ勘違いだと思います」

 

 明らかに怒っている。正直原因は分からないが、とりあえずこういうときに逆らってもいいことはない。ため息をつきながら槍を手に取る。

 二度、三度振った後に綾那と向かい合う。

 

「ふぅ……待たせたな。やっぱりコレじゃないとしっくりこないな」

「藤十郎も殺る気になったですね!ふっふっふっ、藤十郎も立派な三河武士なのです!」

 

 嬉しそうに笑いながら自分の身の丈の数倍はある巨大な槍を振り回す綾那。

 その手に持つ槍は天下にその名が轟くことになる『蜻蛉切』。そして小柄な少女でありながら、彼女の名は既に三河だけでなく戦った各大名家に広まっている。

 本多綾那忠勝。後に武田信玄が徳川に過ぎたる物の一つとして挙げるほどの猛将であり、生涯戦場で傷を負うことがなかったと言われているその人である。

 

「三河とか尾張とか……まぁ間くらいなんだがな、俺の生まれって」

「でも殿さんと一緒に育ったですから、三河者です!」

「そんなもんか?……それはそうと、もう始めていいんだよな?」

 

 藤十郎自身と手に持つ朱槍から殺気が迸る。綾那の身体からも同じように闘気が溢れる。

 

「半刻だ。それ以上は抑えが利かなくなる」

「仕方ないですからそれでいいです。歌夜、頼むのです!」

「はいはい。……それでは、はじめっ!」

 

 

「やれやれ、折角葵さまのお屋敷に来たと言うのにあの猪たちときたら!」

「ふふ、そうね。でも綾那も歌夜も藤十郎が居なくて落ち着かない様子だったし……今だけは大目に見てあげましょう」

「寛大なお心に悠季は感激しておりますっ!!」

「はいはい。……それで、田楽狭間の噂はどうなっているの?」

 

 楽しそうに槍を交し合う二人(勿論、本物の武器を使っている以上、命を落とす可能性すらあるのだが)を微笑ましく見ていた葵が悠季に表情を引き締め問いかける。

 

「はっ、その件に関しては草が詳しい情報を収集しているところですが……田楽狭間に降り立ったという天人は、実在している可能性が高いとのことです」

「そう……。なら久遠姉様の元にいるというのは信憑性が高いのね」

 

 顎に手を当て考え込む葵。

 

「もしかすると、藤十郎殿の帰参が遅れた理由の一つがそれにあるのでは、と考えております」

「……藤十郎が?」

 

 考え事を中断して悠季の言葉に驚く。

 

「はい。あの男の足であれば、城まで一月もかかるとは思えませぬ。で、あれば……」

「勘の鋭い藤十郎ならば、天人と何かしらの交流を持った可能性がある、と?」

「そこまでは申しませぬが……ただ、もう一つ不可思議な情報がありまして」

 

 

「ったー!綾那、相変わらずの腕だな」

 

 結局、半刻では互いに勝敗を決することは出来ず、そのまま綺麗に整えられた地面に倒れこむ。

 

「そう簡単にはやられてやらないのです。でも、藤十郎も強くなってるですね。槍だけでそこまで腕を上げるとは思ってもみなかったです」

「はは、そりゃそうさ。何も遊びで色々な場所に行ったわけじゃないさ」

「……そうやって藤十郎さんが勝手にふらりと旅に出ると葵さまの機嫌が悪くなるの、分かっておられますか?」

 

 地面に転がる藤十郎と綾那に手拭いを渡しながら歌夜が問いかける。

 

「む?何で姫さんが機嫌を損ねる?」

「……はぁ。藤十郎さんはそういう方だということを忘れてました」

 

 本気で首を傾げる藤十郎に軽く頭を振りながら諦めたような表情を浮かべる歌夜。

 

「藤十郎、綾那。二人とも腕を上げましたね」

「あっ!葵さま、綾那今日も負けなかったですよ!」

「勝ってもないけどな」

「む~!でもでも、藤十郎は傷だらけで綾那は傷一つついてないです!」

「うぐ……確かに」

「ふっふっふー!藤十郎はまだまだなのです!」

「ふふ、綾那。これからも精進して三河の為に尽くしてね。……藤十郎」

 

 少しふて腐れたような態度をしていた藤十郎に葵が声をかける。

 

「なんだ、姫さん」

「……コホン、夕餉の後で話があります。私の部屋に来るように」

 

 

 葵から指定された時刻、場所。それは本来であれば異性を呼ぶ場所ではない。しかも今日は女中が居ないらしく(悠季がなにやらしていた)、居たところで変わらないだろうが藤十郎は堂々と葵の寝所へと向かっていた。

 

「う~む……何かやらかしたか?そんなの思い当たる節……困った、どれか分からん」

 

 独り言を言いながら既に寝所の前についてしまった藤十郎の気配を感じた葵は。

 

「藤十郎、入りなさい」

 

 襖を開けて入った寝所は既に布団も敷いてあるが、机に向かい何かしらを書き記しているところだった。

 

「悪い、待たせたか?」

「いえ、私が呼んだのですから気にしないでいいわ」

 

 そっと筆を置く葵を眺める藤十郎。既に湯浴みは済ませているのだろう、仄かに肌は薄紅に染まっており真白な襦袢に肩から羽織のような物をかけているだけで正直男性の目の前に出ていい姿ではないだろう。

 

「?どうしたの、藤十郎?」

「っと、いやなんでもない」

 

 まさか一瞬見蕩れていたというわけにもいかず、言葉を濁す藤十郎。

 

「ならいいのだけれど。それで藤十郎、正直に答えて欲しいの。貴方が姿を消していた一月について」

 

 やはり来たか、と藤十郎は思う。何れは直接聞きに来るだろうと。恐らくは事実確認に近い何かなのだろうが、正直に言ってしまえば眉唾だと思われてしまうような内容だ。

 

「……まぁ、後ろめたいことがあるわけじゃない。いや、少しなくもない気がしなくもないが、それはいいとして。……田楽狭間に降り立った天人、新田……某とかいう奴が現れたのとほぼ同時期になるのか。ちょうど俺がここに向かっていた最中のことだ」

 

 

 初めは、獣か何かかと思った。だが近づくにつれ、それの異常な姿に気がつく。まるで人のような形をしていながら、巨大な牙を持ち見るからに人を圧倒するであろう膂力を感じさせる身体つき。

 

「何だ、アレ」

 

 藤十郎の勘は危険を伝えてくる。咄嗟に気配を絶ち、木の陰に隠れる。

 

「一、二、三……何匹いやがんだよ」

 

 統率のとれた動きではないが、既に十数匹に上るだろうか。ここから数里も行けば小さな山村もある。そこに紛れ込めば……待っているのはただの殺戮だろう。

 

「ってことはアレを潰さないとやばいってことだな。何か分からん以上……先手必勝か!」

 

 木陰から飛び出し、腰の得物を抜こうとする。……が、掴もうとした手にいつもの感触はない。

 

「……あ、俺の得物。森の奴に盗られたんだった」

 

 厳密に言えば自分で手放して逃げたのだが、現状ではそれどころではないだろう。既に謎の獣はその全てが藤十郎を視界に収めていたのだから。

 

「何か武器になるもんは……っと!」

「グルルルルッ……!」

 

 恐ろしいまでの瞬発力でこちらへ駆け寄ってきた一匹のナニかを咄嗟に殴り飛ばす。

 

「こいつら……古来から伝わる鬼、って奴か?まさかとは思うが……」

 

 吹っ飛んだ鬼は身体を霧のようにして消滅する。

 

「しかも形を残さないって……調べることもできねぇってか」

 

 残りの鬼はジリジリと藤十郎の包囲網を狭めている。数匹なら殴り殺すのも難しくないだろうが、素手で全部と戦っていては不測の事態に陥る可能性もある。

 

「と、なれば」

 

 チラッと自分が走ってきた方向を見る。あちらにずっと向かえば何れ着くのは織田の治める地。三河の地よりはマシと思ったのか藤十郎がとった行動は。

 

「逃げの一手、ってな!」

 

 包囲網の一角を力ずくで突破し、つかず離れずで人里から遠ざけることだった。

 

 

「……」

 

 あまりの内容に唖然とした葵の表情に笑いそうになるが、笑ってしまっては何を言われるか分からない。藤十郎は軽口を叩こうとしたのをぐっと抑える。

 

「それで、藤十郎。まさかとは思うけれど、そのまま放置してきた……ということは」

「ないない。適当な村で太刀貰って全部根切りにしておいた。で、その代金として畑仕事とか手伝ったら帰ってくるのが遅れたんだよ」

「はぁ……全く。それで怪我は大丈夫なの?」

「かすり傷だけさ。むしろ綾那と一戦交えるほうが圧倒的に危ない。間違いなく」

 

 笑いながら言う藤十郎の腕をちらっと見ると、そこには真新しい傷も少なくない。

 

「藤十郎、腕を出しなさい」

「え?」

 

 言葉の意味を理解する前に小さな箱を取り出した葵に腕をとられる。そのまま箱に入った薬を取り出し、傷口に塗る。

 

「っ、ひ、姫さん、痛い痛い」

「少し我慢しなさい。鬼といった存在と戦うときや、綾那と仕合をしてるときにもそんなことを言わないでしょう」

「そりゃ戦いは……だから痛いって!」

 

 薬が染みるのが嫌なのか顔を顰める藤十郎を軽く諌めながら葵は手際よく処置を進める。葵の表情が少し嬉しそうに、楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 

 葵と藤十郎の夜はこうして更けていく。

 

 

 次の日に、何故か悠季や歌夜から冷たい目で見られ本気で首を傾げる藤十郎の姿があったという。




藤十郎くんは鈍感(主役級)。

剣丞アンチではないですが、若干剣丞ハーレムが崩される恐れがあります。
とりあえずは三河勢は……。


ちなみにですが、藤十郎の朱槍は元は明智光秀が使っていた槍であるといわれています。
源平の時代に三条宗近が作ったとされ、その頃から多くの者の返り血を浴びている……
その伝説から血吸いの槍と言われていたのですが、源平の時代には槍は存在しません(ぉぃ

とはいえ、この作品ではその設定を使いますのであしからず。


誤字脱字報告や感想などもお待ちしております♪


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3話 いざ、尾張!

日々更新を目指しております!
仕事の関係で今回は少し短めになります……。


 数ヶ月の間、葵の屋敷に住むことになった藤十郎。蟄居というわけでも閉門というわけでもなく、実際のところはかなり自由な生活を送っていたのだが、ある日葵と悠季に呼び出されることになった。

 

 

「……俺が織田に行く?」

「えぇ。久遠姉さま……織田家と松平家は同盟を結ぶことになったわ。三河の地はまだまだ内政に力を入れなくてはいけない状況だから私たち全員で行くわけにはいかない」

「と、なれば。ある程度家格があり、武に秀でた者が出向くのが礼儀である、ってところか」

 

 藤十郎は血筋としては水野家だが、実のところ葵とは従兄弟にあたる。そういう意味でも適任ということで選ばれたのだろう。

 

「ふむ……まぁ、城作ったりするなら嫌いじゃないが書簡を纏めたりするよりは幾分か楽しそうではあるな」

「……頼めるかしら?」

「あぁ。最近は姫さんの屋敷に篭ってばかりで身体が鈍りそうだったからな。ちょうどいい」

「ふふ、まったく。あれだけ綾那と遊んでいながらよくそんなことが言えるわね」

 

 葵が呆れたように笑う。

 

「それで藤十郎殿。織田殿のところへ行った後、調べて欲しいことがあるのです。天人・新田剣丞。勿論、ご存知ですよね?」

 

 悠季の言葉に藤十郎は頷く。

 

「田楽狭間に降り立った阿弥陀如来の化身……だか何だかの胡散臭い奴だろ。綾那が嬉しそうに言っていたな」

「そう。その御仁が一体どのような者なのか。そしてどのような思考、理想で織田殿と共に行動しているのか。それを確りと調べて頂きたく……」

「断る」

 

 悠季の言葉を斬るように拒絶の言葉を吐く。一瞬悠季の目付きが鋭くなり、言葉を続ける。

 

「思うのですが、断る理由を聞いても?」

「人に言われずとも、己が眼で見、耳で聞いて人は判断する。阿弥陀如来の化身って言うのは胡散臭いと思うが、絶対似ないとはいいきれないだろう。ならば……」

 

 悠季の目を正面から見据え。

 

「俺の……姫さんの理想の邪魔になるようなら、織田もろとも俺が斬り捨てる。傀儡に成り下がっているようなら悉くを打ち砕く。それなら構わんだろ?」

「……ふむ。ならば何故私の言葉を止めたので?」

「なんとなく」

 

 藤十郎の言葉に葵も悠季も固まる。

 

「なんとなくだけど、言われたままにするのが気に入らん。そう感じたから言った。反省はしていない」

「少しは見直しかけた私の気持ちをお返しくださいますか、藤十郎殿?」

 

 軽く頬を引きつらせながら悠季が言う。

 

「はっはっはっ!一度口から出たものを返せとは女子の言っていい言葉ではないな!姫さん、そういうことなら今から行ってくる!綾那と歌夜に話は頼んだ!直接言うと煩そうだ」

「ちょ、ちょっと藤十郎!?……もう行ったわね」

「あの男はまるで嵐のようですね……葵様、早馬を出します」

「えぇ、お願い。……藤十郎にも文を書くわ。くれぐれも久遠姉さまに失礼のないように……って」

 

 恐らく無理だろう、と思いながら悠季は静かに頭を下げる。あの男が尾張につくよりも先に文を送るには草を使うしかないだろう、と考えながら。

 

 

「ほぉ、ここが清洲……織田の本拠地か」

 

 藤十郎は周囲を歩く人たちを見る。その表情は輝いており、この地はそれだけ潤っていると判断できた。

 

「ふむふむ。米の相場やらもそこまで大きな差はない、か。後は……」

 

 勢いで岡崎城から飛び出してきたが、城に直接向かってそのまま入る……なんて出来るわけがないだろう。名乗れば通れる可能性もあるが、時間がかかり確実かどうかは微妙。侵入も不可能ではないだろうが、危険ばかりでいいことは一切ない。

 

「……もうちょっと考えて動くんだった」

「藤十郎様」

 

 突如、人気のない場所から名前を呼ばれる。ちらと視線を向けると、そこには松平の草が立っていた。

 

「ん、どうした。小波の使いか?」

 

 顔見知りの草……現代で言うならば忍者である小波のことを思い浮かべる。食事を誘っても「私は草ですので」の一言でドロンと雲隠れ。何度か任務で一緒に行動したこともあるが、なかなか打ち解けることが出来なかった。

 あるとき、藤十郎が忍術に興味を持って小波の里に忍術修行に行ったことがあり、そのときから少しばかり距離が近づいたということもあった。

 

「いえ、頭領は別の任務についております。何かご連絡がありますか?」

「いやいや、大丈夫だから。それで何か用だよな?」

「はっ。殿よりの文をお渡しするようにと本多様よりのご命令です」

「本多……悠季のほうか」

 

 文は二通。一つは藤十郎宛、もう一つは松平の家紋印が押された親書のような物だろう。

 

「どれどれ……」

 

 文を読んで固まる藤十郎。そっと文を畳むと着物の内側にそっと入れる。

 

「あー、何だ。戻って悠季に伝えて欲しいことがあるんだが」

「はい?」

「……姫さんの好きなもんを買って渡しておいてくださいお願いします、って」




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4話 信長との面合わせ

少しずつですがお気に入りが増えてます♪
頑張ります!


 ―――織田久遠信長は大うつけである。

 誰が言い始めたのかは分からないが、多くの口からそう言われそれが当たり前のように思っているものが多数存在している。

 

「……真実は己の眼で見、己の耳で聞かなければ分からん、か」

 

 普段の藤十郎を知っている者が見れば驚くだろう、まだ誰も来ていない大広間で凛とした姿勢で城の主を待つ姿は、立派に使者としての体を成している。

 

「……誰もおらん振りをして部屋の前や周囲になかなかいい気配を感じるな」

 

 こちらを威嚇するような気を放っている者もいくつか感じるが、織田と松平の関係を考えれば分からなくもないだろう。

 そう一人で考えていると、部屋の襖をあけ藤十郎よりは幾分か暗い赤の髪を持つ女性が入ってくる。

 チラと目が合えば一瞬でその相手が只者ではないことが分かる。

 

「ほぅ……織田久遠信長様のお入りである!頭を……」

「よい、壬月(みつき)。葵の使者……それも水野勝成だと聞く。それならばそのようなことは必要ない」

「ですが殿……」

「おけい。今は問答をしているときではない……待たせたな、水野の」

 

 頭を下げたままの藤十郎を見て、一瞬驚くが何をしているのかが分かりにやりと笑う。

 

「頭をあげよ。お前のことは葵からも聞いているし、文にも書いてあった。そのように演じる必要はないぞ」

「……はっ。……アンタが織田久遠信長殿、か」

 

 突然の口調の変化に次は壬月が驚きに目を見開く。次の瞬間腰の得物に手を伸ばしかけるがそれを久遠が手で制する。

 

「殿っ!」

「我が良いといったのだ。それで、一応自己紹介をしてもらいたいのだが」

「俺は水野藤十郎勝成。姫さん……松平葵元康の命で織田殿に力を貸すように言われてきた。何をすればいい?」

「ふふ、葵の言うように面白い男だ。そう思わんか、壬月?」

「思いませぬ。まったく、殿は相変わらず変な男を好む気質のようで」

 

 変な男。恐らくはそれが例の天人だろう。

 

「それはそうと、水野の」

「藤十郎だ。通称で構わない」

「ふむ、ならば藤十郎。おまえは織田の客将として協力してもらうこととする。城のことはそこにいる壬月や手の空いている者にしてもらえ。近々戦になる、存分に働いてもらうぞ」

「はっ!……久遠殿、どれくらいの期間になるかは分からんがよろしく頼む」

 

 

 藤十郎が壬月と共に部屋を離れて少し経った頃、久遠が入ってきたのとは逆方向の襖が開き、一人の男が入ってきた。

 

「久遠、言われたとおり見てたけど……」

「剣丞、お前はどう見る?」

 

 新田剣丞。巷では天人と呼ばれ、久遠の夫として行動している男だ。腰には不思議な気を放つ刀を差し、どちらかというと柔らかな雰囲気を持っていた。

 

「そうだなぁ。少なくとも悪い人って感じはしなかったかな?ただ、自分の思い通りに行かないことは無理やりにでも突破しようとしそうかな」

「ふむ、剣丞と同じか」

「うわ、ひどい!俺はそこまで自分勝手にやってないと思うけど……後は、元康さん……だっけ?それって女の子だよね?」

「葵のことか?勿論女だが……まさか剣丞……!?」

「違う違う!たぶんだけど、元康さんと勝成さんは何か深い絆で結ばれてるのかなーって思っただけだよ」

 

 一瞬目が据わった久遠の勘違いに気づき、大急ぎで訂正する。

 

「……確かに、葵の文の内容からしてもそういった感じは受け取れた。少なくとも一家臣に対して以上の想いはあるようだが……」

 

 ふむ、と頤に手を当てる久遠。

 

「どちらにせよ、初対面での人となりには問題なさそうだな。剣丞、顔を見せるかどうかの判断は任せる」

「いいの?」

「うむ。剣丞がやりたいようにするのがいいだろう。場合によっては剣丞隊を手伝ってもらう可能性も出てくるだろう」

 

 全ては藤十郎の腕や織田家中での評価によって変わってくるが……あの葵があそこまで気にかける存在だ。恐らくは期待以上の結果をあげてくれるだろう。

 

「三若にもいい刺激を与えてくれるだろうし……桐琴が言っていた若武者も藤十郎のようだし、な」

 

 

「客将、ねぇ」

 

 正直に言って逆に何をしたらいいのか分からない。基本的には何もせずとも必要なときに声をかける、という意味なのだろうが訓練をするにしろ相手がいるのといないのとでは大きく差が出る。

 

「さすがに尾張の弱兵には三河と同じ仕合は出来んだろうしなぁ」

 

 先ほどまで城や、滞在する屋敷の案内をしてくれた壬月……柴田壬月勝家であればいい腕試しになるかもしれないが、そう暇ではないだろうし腕試しどころですまなくなる可能性は高い。

 

「……何かを忘れている気がする」

 

 つい最近、何かとんでもない相手と戦った気がする。それは、確か織田に関係していた……。

 

「あ」

 

 ポン、と肩に手を置かれて振り向いた藤十郎は、忘れてはいけないことを忘れていたと悟る。……後の祭りなのだが。




ここまで読んでいただきありがとうございます!

次回は皆大好き○一家の登場です!(ぉぃ


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5話 森と鬼と銭と

遅くなりました!5話になります!

今回も楽しんでいただければ幸いです!


「おい、孺子!鬼狩りに行くぞ!!」

 

 織田家の客将として藤十郎が来てから既に一月ほどの日数が流れた。町を一人で歩いていたときに背後から肩を掴んだ存在……森桐琴可成と再会、再戦や死合を通して互いをある程度認め合う関係を構築していた。

 

「だから、孺子じゃなくて藤十郎だって言ってるだろ、桐琴さん」

 

 藤十郎にしては珍しく、さん付けで呼んでいるのは彼の中で敬称をつけるに値すると感じているからだろう。それが純粋な戦闘力に対してなのか、年配者としてなのかは分からないが。

 

「はっ!そういうことはワシを倒してから言えと言っているだろう!漢として認めたときに呼んでやる!」

 

 まだまだ桐琴には子供扱いをされる藤十郎。この掛け合いも一度や二度ではないため、最早恒例行事のようになっていたりする。

 

「はいはい。それはそうと、鬼狩りってまた巣でも見つけたのか?」

「応、ウチの若い衆が見つけてな。クソガキが先に行って待ってるから早く準備しろ」

 

 クソガキというのは桐琴の娘、森小夜叉長可のことだ。時期森家頭領らしく……というよりは、この親にしてこの子ありを地で行く活発な子だ。

 

「小夜叉、我慢できるのか……?」

「ならクソガキが先走る前に行けばいいだけのことよ。むしろ殺していたらワシが殺してやる」

 

 場所を聞いたところ比較的すぐに着く場所だった。日帰りも出来る距離のようだからそこまでの準備もない。尾張に来る際に葵から渡された脇差を腰に差し、愛槍を背に負う。

 

「ちょうど手入れも終わったところだし、いくとするか」

「うむ、昼酒にも飽きたところだ。ちょうどいい!」

「……それっていつもどおりじゃねぇか」

 

 

「おせぇぞ、母!藤十郎!」

 

 到着するなり不満をぶつけてくるのは、小夜叉。今にも飛び出しそうなところを森衆に抑えられていたらしい。

 

「悪いな。急すぎて遅れた」

「ったく、次からは気をつけろよな!」

「で、クソガキ。鬼の様子は?」

 

 鬼がいるのだろうか、見張っていた洞窟からは確かに怪しげな気が漏れ出ている。

 

「見たとこ、20匹ってところか?一匹でけぇ鬼もいるみてぇだけどよくわかんねぇ」

「ふむ……藤十郎!」

「はいはい。……」

 

 藤十郎が地面に耳をつける。周囲の森衆も桐琴も小夜叉も静かに藤十郎を見つめる。

 

「……小夜叉の予想通り20ってとこだな。大きさも通常程度っぽいな」

「ふん、つまらん。ワシが10、クソガキと孺子で10で十分か」

「あ、ずりぃぞ母!オレと藤十郎が分けたら7匹くらいしか殺せねぇじゃねぇか!」

「おい、待て小夜叉!何で俺がお前より少ないんだよ」

 

 小夜叉の言い放った鬼の数が不満であると声を上げる藤十郎。普通ならばこの会話を聞いた者は絶句するだろうが、森衆に限ってそのようなことはない。むしろ何か納得したようにうんうんと頷いている。

 

「あ!?テメェがオレより弱いからに決まってんだろ!」

「なら鬼より前にお前を狩ってやろうか?」

「望むところだよ!!」

 

 小夜叉と藤十郎が顔と顔を寄せ合い、互いの得物を構えかけたときに二人の頭上から拳が振り下ろされる。

 

「「~~っ!?」」

「阿呆!敵の前で乳繰り合うやつがあるか」

「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇっ!!何でオレが藤十郎と……!」

「っと、小夜叉。遊びはここまでみたいだ」

 

 藤十郎が突然真剣な顔で洞窟のほうを指差す。そこには鬼が一匹、二匹と外へと歩み出しているところであった。腹を減らしているのだろうか、しきりにうなり声を上げながらゆっくりと歩き出る。

 

「早いもの勝ちで構わないよな」

「応、仕方あるまい」

「応よ!藤十郎、負けたら飯奢れよ!」

 

 小夜叉の言葉と同時に三人は草むらから飛び出す。

 

 余談ではあるが、その日の飯は小夜叉と藤十郎が仲良く支払うことになったという。

 

 

「此度の働き、大儀であった」

 

 最終的に半年の間、客将として織田家に仕えた藤十郎であったがそのほとんどを森家の面々と過ごすことになった。手の空いたときに三若と手合わせをしたり、美濃の偵察に向かったりと暇をすることはなかった。

 最も久遠より評価を受けたのはやはり森家と共に行った鬼狩りであった。

 

「藤十郎のおかげで多くの民が救われた。感謝しておるぞ」

「そんなに言われるほどのことじゃない。俺がやらずとも桐琴さんと小夜叉なら余裕で狩って回っただろう」

「それも一理あるが、あの気難しいことで有名な二人があそこまで懐いたのはお前くらいのものだ。それは誇っていいと思うぞ」

 

 久遠が言うように、森家というのは変わり者の多い織田家中においても特に異質な存在であった。イライラしているという理不尽な理由で殺される……そういわれるほどまでに変わっていた。

 

「藤十郎の働きで救われた者がいるのも事実。直接救った者からも礼の文を預かっているぞ」

 

 そういって久遠が差し出した文を見ると、子供が書いたのだろうお世辞にも綺麗とはいえない字で書いてある。

 

「町までいって商人に書き方を教わったそうだ。……藤十郎、褒美を取らせる。何が欲しい?」

「特にはない、な」

 

 即答する藤十郎を見てニヤリと笑う久遠。

 

「そういうと思っておったぞ。……結菜!!」

「はい」

 

 返事と共に部屋に入ってきたのは久遠の嫁……蝮の娘か。一度だけ久遠の屋敷で食事をする機会があり、そのときに会ったので一応の面識はある。

 

「こちらを」

 

 藤十郎に静かに差し出したのは一振りの太刀。そして、旗だ。太刀の鍔の部分に永楽通宝の紋が刻まれていた。

 

「我が作らせた左文字だ。これは我からの礼と、桐琴からも頼まれたのでな。藤十郎の業に耐えられる太刀を作ってくれんか、とな。それとその旗だが……」

 

 結菜が畳んであった旗を広げる。そこに記されている旗印は永楽通宝の裏……裏永楽と呼ばれるものだ。永楽通宝の旗印は久遠の使っているものであり、それと同じものの使用を許されたということになる。

 

「葵の部下である藤十郎に旗印を与えるのはどうかとも思ったのだが、此度の働きに報いるにはこれくらいしか思い浮かばんのだ。すまんな」

「……いや、こんなものを貰えるとは……こちらこそ礼を言わせて欲しい」

「うむ……それとだな。……剣丞とは会ったか?」

 

 一瞬の間をおいて久遠が藤十郎に尋ねる。

 

「いや、結局会うことはなかったな」

「会ってみたいか?」

「その問いの回答であれば、会ってみたいというのが正しいとは思うが……『天』が今は会うときではないと判断したのであればそれに従うさ。人は会うべきときに会うべき場所で会うと、そう思うのでな」

「……デアルカ。すまんな、変な質問をして。……織田での奉公、大儀であった。葵にもよろしく伝えてくれ」

 

 

「おう、孺子。三河に帰るのか」

「藤十郎、まだどっちが上か決まってないのに逃げんのかよ!」

 

 城を出てきた藤十郎を待っていたのは森の親子だった。

 

「元々、半年という約束だったらしい。松平に対する悪い印象を少しでもよくするための使者ということだったそうだ。小夜叉もすまんな、決着までいられなくて」

 

 ポンと小夜叉の頭に手を置きながら藤十郎が言う。

 

「はっはっはっ!それは完璧に人選を誤っておるな!ワシなら孺子は送らんな」

「ちょ、テメェ藤十郎!ガキ扱いすんじゃねぇよ!!」

「俺もそう思うけどな。桐琴さん、小夜叉。短い間だが世話になった」

 

 そういって頭を下げる藤十郎の肩をバンバンと叩く桐琴。

 

「殊勝な態度は似合わんな、孺子。またいつでも遊びに来い!昼酒をしておるか、鬼退治をしておるからな。何かあれば各務に聞けば分かろう」

「……藤十郎、ぜってーにオレ以外に負けんなよ」

「……で、出来る限りはな」

 

 藤十郎が知っている限り最強の武将が松平にいることは伏せて答える。

 

「ま、次に会うのが敵か味方かも分からんがな!このような世だ、どちらにせよ達者でな、孺子」

「次に会うまでに孺子から藤十郎に成長するさ」

「ふふ、ぬかせ」

「藤十郎、邪魔な奴がいたらオレが殺しにいってやるから直ぐに言えよな!」

「俺は子供か。ま、小夜叉なら心配ないだろうが達者でな」

 

 小夜叉に手を差し出すと、ニッと笑って力強く握り合う。

 

「またな!」

「応!」

 

 

「……行ったか。剣丞!」

 

 藤十郎が去ってから、初めてここに来たときと同様に剣丞が反対側から入ってくる。

 

「剣丞に聞きたい。どうして会わなかった?」

「ん~、会わなかったというよりは会えなかったが正しい、かな?」

 

 そう、会えなかったのだ。剣丞も積極的に……というほどではないにしろ、藤十郎を探したことがある。だが、会えなかった。

 

「きっと、勝成さんの言ってた通り今は会うときじゃなかったってことかもね」

「ふふふ、剣丞の人誑しも男相手では通用せんのか?」

「どういう意味だよ、それ」

 

 

―――

 

 鬼。それは古来より伝わる人に仇なす者。元は人だったとも、神の失敗作だとも言われているが真実は誰も知ることはない。そう、鬼と「なる」ことが出来るということを知っている者もほとんど存在しない。

 

「新たなる外史を開いてみれば、あの荒加賀が裔(あらかががすえ)以外にも外史の住人の中になにやらおかしな気を持つ者がおるようだ。ふふふ……歴史とは面白いものだ」

 

 無数の鳥居が続く、この世界にあるとは思えない地にて一人の男が嗤う。

 

「今度こそ……今度こそ朕の宿願を……」

 

 嗤う男の周囲に集まる黒い影。それは怨嗟の声か、歓喜の叫びか。

 正常な意識を持つ者であれば、その声だけで気を保つことが出来ないであろう中心で狂ったように男は嗤い続ける。

 

 外史の扉は開かれ、再び世界は急速に物語を進める。それを求める者の手によって。

 

―――

 

 

「ようやくついたか。久々、だな」

 

 半年という期間は決して短くはないが、長くもない。戦に一度向かえばどれだけ帰ることが出来ないかもわからないからだ。

 久々に見た三河は以前と変わらずしっかりと統治されていると感じた。

 

「この様子なら大きな問題は起こらなかった……」

「藤十郎ーっ!!」

 

 遠くから鹿の角の頭巾をかぶった少女が走ってくる。綾那だ。だが、あの速度は敵軍に突撃するときに近いものを感じる。

 

「藤十郎、藤十郎!!大変なのです!!」

 

 そういいながら飛びついてくる。綾那の突進を勢いを殺しながら受け止める。

 

「綾那、久しいがどうした、そんなに焦って」

「大変なのですよ!殿さんが!」

 

 綾那の言葉に藤十郎も真剣な目をする。抱きとめた綾那を降ろし、肩に手を置く。

 

「落ち着け、綾那。焦っていてはしっかりとした説明も出来んぞ。落ち着いてしっかりと……」

「藤十郎!!」

 

 綾那と綾那の言葉に意識を取られ、後ろから近づく気配に気づいていなかった。だが、懐かしい主の声に振り向いた藤十郎の胸に次は軽い衝撃が来る。

 

「藤十郎、会いたかったわ!」

 

 ……間違いなく葵だ。目をキラキラと輝かせながら藤十郎の胸に飛び込んだ葵を見る藤十郎は明らかに動揺していた。

 

「ひ、姫さん、とりあえず落ち着いて……」

「姫さん?藤十郎、葵は葵よ?」

 

 何かがおかしい。不思議そうに藤十郎を見上げる葵をどうしたらいいのか分からず狼狽する。

 

「殿っ!」

「葵様っ!……って遅かったですか」

 

 追いかけていたのだろうか、歌夜と悠季も駆け寄ってくる。

 

「ちょうど良かった。一体何が起こっている?」

「これはこれは、藤十郎殿におきましてはお早いお帰りで……」

「悠季、あまり遊んでいる場合ではない。正直現状を早く教えてくれると助かるんだが」

 

 抱きついたままの葵を引き剥がすわけにもいかず、両方の手は宙を彷徨っている。

 

「おや、これは気づかずに失礼しました。葵様、一度お屋敷のほうに帰りましょう。藤十郎殿もお屋敷に一緒に帰られます故」

「藤十郎も帰るのね!なら行くわ!」

 

 ……明らかにおかしい。だが、悠季の態度を見るに大事にはなっていない、ということだろうか。

 ……恐らく、最も大事になっていたのは藤十郎の心の臓だったのかもしれない。




頂いた感想にお答えして?文字数を増量しております。
更新は少し遅れますがご容赦ください。

時代はずれますが、実際に勝成は信長から左文字と裏永楽、感謝状を貰ったとされています。

それはそうと、葵がどうしたかは次回をお楽しみに!
戦闘回はもう少ししたら始まります!


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6話 松平家御家騒動!?

前半はラブコメ回です(ぉぃ


「……それで、姫さんはどうなってるんだ」

「うー、葵さまずるいのです……」

「こら綾那、静かにしてなさい」

「えへへ」

 

 真剣な顔で悠季に尋ねる藤十郎。藤十郎のほうを羨ましそうに見ている綾那。綾那をたしなめつつもチラチラと藤十郎のほうを見る歌夜。そして、何故か藤十郎の膝の上に座っている葵。

 

「……はて、藤十郎殿。なにやら楽しそうに見えますが?」

「……お前の目は節穴か」

「冗談はさておき……話は一月ほど前に遡るのですが……」

 

 

 その日、葵は悠季と幾人かの護衛を連れ町の視察へと出ていたそうだ。賑やかな町に満足気であった葵は、一人の占い師に占いをしてもらったという。

 

「ほうほう……お嬢さんからは天下を治めるに相応しい資質を感じるぞい」

「流石は葵さま!このような怪しい占い師にもその輝かしい未来が見えるほどとはっ!!」

「こら、悠季。失礼でしょう?」

「ほっほっほっ、構いませぬぞ。この老いぼれから贈ることが出来る言葉は……修身斉家治国平天下(しゅうしんせいかちこくへいてんか)。お嬢さんは身を修めておるようじゃから、次は家庭を整えることじゃな」

 

 葵は占い師の言葉に首を傾げる。この家庭を整えるというのは、家中を……ということではなさそうだ。

 

「よき旦那様を得られれば、天下を治めることも出来ようて」

「っ!」

 

 占い師の言いたいことを理解した葵は頬を染める。

 

「葵さまに下賎な男などという生き物は必要ありませぬぞ!」

「悠季!……お婆さん、ありがとう。私なりに出来ることをやってみます」

「ほっほっほっ、なればこれを帰ってから見てみなされ」

 

 そういって、一つの巻物を葵に手渡す。

 

「お嬢さんにとっての転機を引き起こす巻物じゃ。それを信じるも信じぬもお嬢さん次第じゃが」

「ありがとう。悠季、謝礼を」

「はっ」

 

 

「その話と、今のこの状況。どう繋がる?」

「葵さまが、屋敷にお帰りになられてからその巻物を読まれたようで……そしたら」

 

 藤十郎の膝の上で満足そうな笑顔の葵を見て。

 

「……どうやら、幼少期の精神状態に戻ってしまったようなのです」

「……は?」

 

 

 この状況になったときは非常に大変だったらしい。他国から来る使者には、急病ということで悠季が緊急で対応し、かといってこの状況の葵を放置しておくわけにも行かない。家中でも信頼の置ける者や葵の身の回りの世話をしている女中に緘口令を敷き、何かを知っている可能性のある占い師も探したそうだが影も形もなく。

 

「今に至るというわけか」

「大変だったのですよ。藤十郎は、藤十郎はーと、葵さまは何故か藤十郎殿をずっと探しておられて……藤十郎殿、葵さまが幼い頃に何を仕出かしたので?」

「……言いがかりはよせ」

「藤十郎、葵さまと楽しそうなのです。綾那も混ざりたいですー!」

「綾那!……藤十郎さん、綾那がそろそろ暴れそうなのでお先に失礼しますね。ほら綾那、行くわよ」

 

 まだなにやら納得いかない様子だった綾那は歌夜に引きずられるように葵の屋敷から出て行く。

 

「詳しい話や、これからについてはまた明日聞くことにします。……く・れ・ぐ・れ・も!葵さまをお願いします、藤十郎殿?」

「あぁ。……とはいえ、どうすればいいんだ」

 

 

「……はぁ」

 

 悠季が帰った後も大変だった。食事まではよかったのだが、葵が藤十郎と風呂に入ると聞かなかったのだ。なんとか女中たちが宥めすかして風呂に入れたのが一刻ほど前。その間に藤十郎も湯浴みを済ませたのだが。

 

「藤十郎、一緒に寝よ?」

 

 白い襦袢を身に纏っただけの葵が藤十郎の部屋へ枕を持参して来たのだ。この時間になると、女中たちも自らの家に帰っており二人しかいない。

 

「姫さん、さすがにそれは……」

「この間は一緒に寝てくれたのに?それに姫さんって何?」

 

 記憶も昔に戻っていると言っていたことを忘れていた。それに昔は呼び方が違ったということを。

 

「……あー、その……葵。今日は一人で……」

 

 そこまで言って、寂しそうな葵の顔に言葉を詰まらせる。そういえば、昔は人一倍寂しがりやなところがあり、母が屋敷にいることが少なかった二人は一緒に寝ることが多かったことを思い出す。

 

「……分かった。おいで、葵」

 

 覚悟を決めて布団へと葵を招き入れる。

 

「えへへ」

 

 普段の葵からは想像もつかない、蕩けるような笑顔で布団の中にもぐりこんでくる。精神が子供と言っても、身体は今の葵のままだ。意識するなというほうが無理だろう。

 

 

「ねぇ、藤十郎?」

「何だ?」

「あのね、葵が大きくなって、松平の家を大きくしたら……」

 

 言葉を少し待っていたが、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。

 

「……ふふ、家を大きくしたら、か」

 

 

『ねぇ、藤十郎?葵が大きくなって、松平の家を大きくしたら……ずっと一緒に居てくれる?』

『勿論!葵は俺が守るよ!』

 

 

 葵が覚えているかは分からない約束。幼い頃の約束が果たせるほどに力を付けられたとは思わないが、それでもこの約束は藤十郎の力となった。

 

 

「……天下、か」

 

 時折、藤十郎や歌夜、綾那のいないところで葵と悠季が話をしているのは知っている。これからの世、必要なのは武士ではない。それならばそれでいいと藤十郎は考えていた。葵が平穏に暮らしていける場所があるのならば、いっそ国を離れ流浪の身になるのも悪くはないと。そう思ったからこそ、一人で各地を旅したり今回のように織田へ行ったりもした。

 

「天下の邪魔になるものは……武田、上杉……そして織田。いや、それ以上に鬼か」

 

 甲斐の虎、武田信玄や越後の龍、上杉謙信だけでなく、織田信長もまた藤十郎の中では天下の障害として認識されていた。勿論、全てが敵とは限らないが敵に回ると厄介という意味では近隣では脅威と成り得るだろう。

 特に、今回直接会うことはなかったが天人、新田剣丞という存在。もしかすると鬼以上に厄介なのはこの男かもしれない。

 

「場合によっては……全て斬る。相手が仏であろうと、鬼であろうと」

 

 すぅすぅと寝息を立てる葵の頭をやさしく撫でる。藤十郎もその後、静かに目を閉じ、意識を闇へと沈めていった。

 

 

 

 葵は混乱していた。それはそうだろう、朝起きて目を開けると目の前に眠った藤十郎の顔があったのだ。枕は二つあるし、着衣に乱れがあるわけでもないが状況がまったく飲み込めない。必死に記憶をたどるが、ここ最近のことがまるで夢のようにぼんやりとしか思い出せない。

 

「い、一体何が……!?」

 

 恐らくは人生で最も動揺している瞬間だろう、冷静であれば起きて布団から出ればいいのだが、それすらも判断できずに混乱しながらも布団から一歩もでない。

 

「ん……おはよう、姫さん……」

「と、藤十郎?あの、私どうして……」

「……え?」

 

 

「……皆には本当に迷惑をかけたわね」

 

 まだ少々頬は赤いが、落ち着いて家臣たちに謝罪をする葵。

 

「いえいえ、我ら葵さまの為ならば火の中水の中……」

「葵さま、もう大丈夫なのです?」

「えぇ、綾那も心配かけたわね」

 

 一人ひとりに声をかける葵。最後に藤十郎の番が来ると頬を再度染めてうつむいてしまう。

 

「おやおや?藤十郎殿、昨晩は葵さまに一体何をしたのです?」

「言いがかりだ。何をしてないし、疑られることなぞ何もしていない。なぁ、姫さん?」

「そ、そうです。悠季、私は大丈夫だから。……こほん、それはそうと、藤十郎。織田へ行って、見たと存在について話してくれますね?」

 

 葵が言いたいのは鬼のことだろう。前に藤十郎が葵にだけ話をしたときは悠季にも伝えなかったらしく、家中では葵と藤十郎だけが鬼の存在について認知している状況だ。今回の尾張行きで藤十郎が何かしら鬼に対しての知識をつけたと確信しての発言だろう。

 

「はっ。……まずこれは、冗談のような話に聞こえるかもしれないが全て事実だ。……」

 

 

 藤十郎の話を聞いた者の反応は大きく分けて二つだ。鬼の情報を聞き、恐怖を覚える者。逆に猛っている者。流石は三河者というべきだろうか、圧倒的に後者のほうが多い。故に危険でもある。

 

「鬼は一匹であれば、そこまでの危険性はない……とは言い切れないが、複数人……もしくは武に自信を持つ武士であれば倒すことも難しくない。だが……危険なのはそれが複数居る場合だ」

 

 藤十郎の言葉に場にいる全員が静まり返る。

 

「実際に俺が見、同時に戦った最大数は30ほどだが、正直連携らしき連携はしていなかった。それこそ野生の動物程度の知能かもしれない。だが……一匹、おかしな鬼を見た。その鬼はまるでほかの鬼に指示を出しているかのように吠え、それに従うように動く鬼が居た」

 

 再度、場がざわつく。それはそうだろう。ただでさえ未知の存在である鬼が知能を持っているというのは脅威でしかない。

 

「もし、鬼が徒党を組んできたならば……数匹で一つの村は簡単に滅びるだろうな」

「ふむ……藤十郎殿、少し疑問があるのですが、どうして鬼は今のところ尾張の周辺に多く存在しているのでしょう?」

「……正直、分からん。が、少しずつではあるが鬼の現れる範囲や方角が増えているようだ」

 

 尾張では既に夜に外を出歩くことを禁ずるほどに鬼の出没する割合が上がっていたらしい。森一家と藤十郎によって尾張の中心部周辺の鬼は殲滅されたが、人々に恐怖の種を植えたのは間違いないだろう。

 

「いずれは三河にも現れる、と?」

「現れぬならそれに越したことはないが、現れぬと断言できるほど余裕のある状況には感じられなかった」

 

 いくら三河とはいえ、武士以外の者にとっては鬼は脅威でしかないだろう。民の疲弊は国の疲弊。松平は国力を落とすのは間違いない。

 

「早急に対策を立てなければならないわね……悠季、織田殿へ文を。鬼に対する対策、状況次第では互いに協力し合えるようにしなくてはならないわ」

「そう簡単にいきましょうか?松平と織田は先代に何度も戦をした関係。溝は狭くありませんが?」

「そうね、でも民を苦しめるわけにはいかないわ。それに藤十郎が織田に客将として行ってくれていたことが利となるわ。久遠姉様が裏永楽を授けるほどに藤十郎のことを評価してくれているのであれば、前向きに考えてくれるはずよ」

 

 そう言うと、藤十郎の腰に差してある太刀に目を向ける。久遠が礼に贈った左文字だ。

 

「ただ、今は織田も斉藤と事を交える寸前と聞きます。すぐには難しいやも知れませぬなぁ」

「えぇ、ですが織田殿であればすぐにでも終わらせ、新たな動きを見せるでしょう。そうなれば、鬼の討伐に動く可能性も視野に入れておいても悪くないわ。……三河武士は強くとも、国としては小国。斉藤を下した織田殿と早い段階で協力体制を整えておけば、その後に何かあったとしても有利に立ち回っていける」

「流石は葵さま!深いお考えがあったとは……私は感動しております!」

「何はともあれ、まずは自国の護りを固めることが必要ね。今川がどのように動いてくるかも分からないし……」

 

 思案する葵。恐らくは鬼に対する対策と、今川に対する備えの両方を考えているのだろう。

 

「……そうね、まずは一向宗の一揆を抑えることから始めましょう」

「なら、その鎮圧は俺が行こう」

 

 藤十郎が言うと場が少しざわつく。面々の中ではまだまだ若いがその実力は認められている為、まさか藤十郎が自ら出陣すると言うとは思わなかったのだろう。……藤十郎が出陣しない戦いのほうが少ないのだが。

 

「あ!藤十郎ずるいです!綾那も行きたいのです!」

「あ、綾那!すみません、葵さま……」

 

 自分もと立候補する綾那とそれを止めようとする歌夜。二人を見て葵はふふっと笑う。

 

「いいのよ、歌夜。……それでは、藤十郎の補佐に綾那と歌夜をつけます。一揆を平定してきなさい」

 

 こうして、松平の三河平定への勢いは加速していく。




ここまで読んでいただきありがとうございました!

水野勝成は多くの主君に仕えています。
有名どころでは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、黒田長政、加藤清正、立花宗茂……。
このうち、秀吉からの褒美を放棄して逃げ出したので秀吉からは刺客を放たれたりしています。

この作品の勝成は葵と……なので、主君が代わることはなさそうですね!


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7話 松平の未来

遅くなりました!
これからも遅くても一週間に一度は更新できるように頑張ります!


「ふむ……墨俣の一夜城…ね」

 

 葵からの文、それと悠季からの伝達を受け取った藤十郎が呟く。

 

「はい。私も実際に見たわけではありませんが、斉藤側の話を聞くに事実のようです」

 

 藤十郎にそう告げたのは松平の忍の一人、服部正成。通称は小波といい、伊賀の忍を親に持つ少女だ。本人も草としての訓練を受け、葵や悠季からの命を受けてどのような任務であっても完遂している。

 

「話だけでは分からんが……悠季は何と言っていた?」

「いかにも怪しい天人らしい話だ、と。いくつかの可能性を仰っていましたが……」

「可能性か。……川を利用するとしても一夜でできるわけはないしなぁ」

 

 人や物の搬送には使えるだろうが、一夜で城を……となると話は変わってくる。

 

「正信さまも同じことを仰ってました。流石は藤十郎さま」

「小波、俺のことは呼び捨てで構わんと言っているだろう?」

「いえっ!そんな恐れ多いことは……」

 

 必死で拒否の姿勢をとる小波に藤十郎は苦笑いを浮かべながら考えを続ける。新田剣丞がどのような手段を用いて一夜で城を築いたのか。もしそれが敵に回った際に使われるのであれば、非常に厄介なことこの上ない。墨俣という土地故か、それとも新田剣丞だからこそなのか。

 

「藤十郎さま?」

「あぁ、すまんな。それで小波、お前はどう見る?」

「どう見るとは……新田剣丞、田楽狭間に降り立った天人について、ですか?」

 

 藤十郎が首肯するのを見て、小波は少し考える。

 

「お会いしたことがないのでなんとも言えませんが、もし本当に天から来たのであれば敵に回すことは避けたい、葵さまも正信さまもそうお考えになられるかと。正信さまはどのような行動に出られるか正直予想できませんが」

「いや、いつもと変わらんだろうな。しかし墨俣に城を築いたとなると、一気に織田に軍配が上がる可能性が高まったな。一向衆の討伐ももうすぐ終わる」

「藤十郎ー!あれ、小波もいるのです」

 

 綾那が藤十郎の元に駆け寄ってくる。

 

「綾那さま、お久しぶりです」

「なのです!それでそれで、藤十郎!もうすぐ全部終わるのですよ!」

「あぁ、お疲れ様。歌夜は前線で指揮を執ってるのか。……まぁ、何はともあれ小波」

「はっ」

「近いうちに大きな戦、動きがあるかもしれん。伊賀衆を動かす可能性も考えられるから準備は進めておいてくれ。それと……」

 

 予感と確信。その二つを感じ、藤十郎は小波に一つの頼みをするのだった。

 

 

 それから幾らかの月日が流れた。三河も平定され、鬼への対策を講じ……そして、一つの決定を葵が家中へ伝えることになる。

 

「織田との同盟が本格的に結ばれ、上洛へ動く……ね」

 

 今朝方、尾張からの使者が訪れ今は葵に面通しをしているところだという。使者として訪れたのは、元斉藤家の家臣にして『今孔明』といわれるほどの智謀を誇る竹中重治。聞いた話によると剣丞に惚れ込んで間接的に織田に仕えているらしいが……。

 

「益々もって新田剣丞という存在が分からなくなってきたな……」

 

 怪しい出自でありながら、独自の部隊を持ち有能な人間を引き抜くだけの魅力を持つ存在だというのだろうか。智を誇る者であれば、そういった輩には注意したとしても惚れ込む可能性は低いだろう。

 

「今孔明という噂のほうが誤りか?……いや、実際の指揮を伝聞で聞いたことがあるが、あの鬼柴田ですら認める智謀……誤りとは考えにくい。う~む」

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら城を歩く。すれ違う武将たちが不思議そうな顔をしているが完全に無視である。

 

「まぁ、本格的に同盟、そして出陣となれば自ずと会うことになるだろう。その前に重治どのに聞いてみるというのも手かもしれんな」

 

 

「お話は伺っております。水野勝成どの」

 

 前髪で目元が若干隠れた少女……彼女が竹中重治、通称は詩乃。新田剣丞が率いる部隊の知恵として活躍しているという。

 

「松平が誇る武の一角と聞き及んでおります」

 

 丁寧な言葉で告げてくる詩乃の言葉には特に感情を感じられない。

 

「重治殿ほどまでに目立つものでもないかと。ご存知のようだが、一応挨拶させてもらう。水野勝成、通称藤十郎だ」

「私は竹中重治、通称は詩乃と申します」

 

 互いに腹を探りながら会話を続ける。

 

 

「……それでは、藤十郎どのもあの文献に関しては間違いがあるとお考えで?」

「うむ。やはりあの部分が……」

 

 意気投合していた。腹の探り合いはいつの間にやらただの雑談のようになっていることに二人は気づいていない。

 

「ふふ、ここまで語り合ったのは久々な気がします」

「織田には……ふむ、俺が会った限りでは確かにそういった話ができそうな相手は思い浮かばんな」

 

 藤十郎が織田で深く関わった相手が森家しかないのだから当たり前といえば当たり前だが、それを抜きにしても将には武闘派が多いのも事実だ。

 

「剣丞さまはそういったことにもお詳しいのですが、語り合うほどではありませんし」

「ほう、噂の天人か。書にも通ずるところがあるとは……流石というかなんと言うか。織田にいる間に会うことがなかったのが残念だ」

「そういえば、森家のお二人から言伝を受けておりますよ」

 

 

「三左どのは早く合流して鬼退治に行くぞ、孺子……と。子供夜叉からは早く遊びに来いと」

 

 詩乃との会話を終えた後、藤十郎は森の二人からの言伝を思い返す。

 

「変わらんな、あの二人は」

 

 きっと再会しても変わらぬ態度で接してくるだろう。仮に戦場であっても嬉々として槍を振るう姿が思い浮かぶ。

 

「あいつらともまた会うことになるんだろうな」

「あら、藤十郎。何かいいことでもあった?」

 

 前から歩いてきた葵が声をかけてくる。

 

「あぁ、姫さんか。織田と合流するんだろ?」

「また姫と……はぁ、久遠姉さまと合流して鬼を叩く。私たちが鬼のことを知っている前提で話は進んでいるわ。今後どうして行くかの流れを悠季と今から話をするから、藤十郎も来て」

 

 

「おや、藤十郎どの。先ほどまで織田の使者どのと楽しく歓談されていたと記憶しているのですが?」

「相変わらずよく聞こえる耳を持ってるな、悠季」

「……藤十郎、どういうことかしら?」

 

 一緒に来たはずの葵が突然怒ったような反応をして藤十郎は固まる。反して悠季はニヤリと笑う。

 

「ひ、姫さん?」

「竹中どのとどのような話で盛り上がったのか、先に説明してくれるかしら?」

「お、おい。悠季なんとか言ってくれ。なんで姫さんが怒ってる?」

「私にはまったく分かりませぬなぁ?使者どのとどのような会話を楽しんだのかしっかりと説明していただければいいと私は思いますが」

 

 

「こほん、少し取り乱しました」

「……何かすみません」

 

 気迫に負けてすべて説明した後、悠季だけが楽しそうに笑っていたが本題に入る。

 

「織田との同盟、その後の動きについて、でしたね」

「えぇ。藤十郎、悠季はどう考えてるか聞かせて欲しいの」

 

 葵の言葉に藤十郎と悠季が視線を交わす。

 

「……私が考えますには、葵さまが目指す天下を創るために行動を始める好機かと」

「私の考える天下……」

「以前から仰っている日の本を守り、導くということです」

 

 悠季が言葉を切る。葵は静かに頷くと言葉を引き継ぐ。

 

「そうね。藤十郎も知っているわよね?」

「あぁ。現状での日の本を守る……というのは、鬼のことか?」

「えぇ。日の本から鬼を根絶しなければ、天下泰平は訪れないわ」

 

 確かにそうだろう。今までであれば、人同士の争いだったが鬼という不確定要素に近い敵が出てきた以上、まずはそちらを殲滅しなければ天下どころの騒ぎではないだろう。

 

「まずは久遠姉さま……織田との同盟、そして公方さまと合流。その後に朝倉を攻める予定よ」

「朝倉、ね」

 

 藤十郎は記憶をたどり危険な武将を考える。確か真柄とか言う猛将がいたはずだが……。

 

「姫さん、重要なのは『引き際』だ。何処まで織田と組み、どのくらい松平の被害を減らせるか、だ」

「藤十郎どのの言うことも一理ありますね。我らの兵を疲弊させないことが一番の収穫と考えることもできます故」

「戦で手を抜くというの?」

「まさか。姫さんに忠誠を誓う三河武士が戦で本気を出さないなんてありえんだろう」

 

 きっぱりと言い切る藤十郎の言葉に頷き同意する悠季。

 

「そうですねぇ。むしろ、葵さまには織田の壁として使われないように交渉をしていただく必要もあるかもしれませぬ」

 

 藤十郎の知る久遠であれば、そういったことはしないだろうが家臣全員のことを知っているわけではない。戦であれば被害を減らそうとするのは常識であるから、可能性がないとは言い切れないだろう。

 

「今のところの方針は被害を最小限に抑える……か」

「ふむ、そうなると藤十郎どのには本気を出していただかなければいけませぬなぁ」

 

 悠季の言葉に、藤十郎は頷く。

 

「……それは私が判断するわ。いい、藤十郎。私が指示するまでは御家流は使わないように」

「善処する」

 

 藤十郎の御家流を知る者は少ない。本当の意味で知っているのは葵、悠季くらいのものだろうか。

 

「それと、竹中どのが美濃へ帰る際に私たちも美濃へ向かうのだけれど……先行して合流する人員を決めないといけないわ」

「私としましては、綾那と歌夜を向かわせようと考えているのですが」

「……悪くはない気がするが、俺も行こうか」

「おやおや、藤十郎どのはそんなに今孔明がお気に入りで?」

「藤十郎……?」

「ち、違う違う。……新田剣丞を見極めるために早く会ってみたい」

 

 その言葉に葵も悠季も目を細める。恐らくは二人とも調べてはいるが気になっていたのだろう。

 

「それに、綾那がえらく興味津々でな。阿弥陀如来の化身だとかなんとかで……綾那が懐く可能性がある」

「藤十郎どのは意外と独占欲が強いようですなぁ」

 

 そう言う意味じゃない、と藤十郎は言うが悠季は取り合わない。

 

「……それじゃあ、藤十郎もお願いしていい?」

「あぁ。任せておけ」

 

 この後、藤十郎と綾那、歌夜が詩乃と共に三河を立つことになる。

 

 

 新田剣丞と水野藤十郎。

 二人の出会いは、もう目の前まで着ている。




感想やアドバイスなどありがとうございます!
拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです!

もうすぐ原作の剣丞と松平勢の合流地点です。
オリジナル展開も増えていきますのでよろしくお願いします!


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8話 天人と鬼の巣と新たな鬼

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「藤十郎藤十郎!もうすぐ阿弥陀さまのお使いに会えるのですよ!」

「あー、はいはい。とりあえず綾那は落ち着け」

 

 馬上からこの言葉を綾那が言うのは何度目だろうか。よっぽど楽しみなのだろうが、歌夜も流石に苦笑いである。

 

「綾那、私たちは殿の名代として行くのだからちゃんとしなくては駄目よ?」

「分かってるです!ふっふっふー!ちゃんとやってやるです!」

「藤十郎どの、いつも貴方たちはこのような雰囲気なのですか?」

 

 詩乃の問いかけに苦笑いで答える藤十郎。綾那と藤十郎に関して言えばいつもこんな感じだ。

 

「安心しろ、戦になれば綾那ほどの強者はそうそうおらん……ん?」

 

 藤十郎が馬上から遠方を見る。

 

「どうかしましたか、藤十郎さん?」

「ふむ、一里半ほど先から馬がこちらに駆けてくるのが見えるな」

「ほんとなのです。でもあの速度は……突撃してきてるです?」

「っ!?私が先行してお止めしてきます!」

 

 詩乃が馬を走らせ、前へと進んでいく。

 

「……嫌な予感がするな。皆、武器はすぐに抜けるように準備しておけ!!」

「「応!!」」

 

 

 あと半里ほどまで来た頃だろうか、藤十郎はこちらに向かってくる馬上の人間の姿を捉える。

 

「あれは……小夜叉と……桐琴さんか。ってことは……綾那!!」

「藤十郎、どうしたのです?」

「手合わせだ。織田からの手荒い歓迎だと思え」

「分かったのです!!殺ってやるですっ!!」

 

 

「ひゃっはーっ!!」

 

 馬上から飛び降りながら襲い掛かってくる小夜叉に、槍の一振りで綾那が応える。馬でそのまま突撃してくる桐琴に藤十郎が同等の速度で正面からぶつかっていく。

 

「おう、久しいな孺子!!少しはいい漢になったか!!」

「桐琴さんも久々なのに言葉より先に槍が出るとは……相変わらずじゃないか!!」

 

 互いの槍が交差するたびに周囲に火花が散る。同じように少し離れたところで綾那と小夜叉の攻防も激しさを増していた。身の丈を遥かに超える槍を旋風させながら小夜叉の攻撃を軽々と打ち払いながらなにやら話している。

 

「ほぅ、あの小娘なかなかやりおるわ」

「よそ見してる場合じゃない……ぜ!!」

 

 藤十郎が馬の頭を一撫ですると、グンと速度が上がる。

 

「っ!?」

 

 槍と槍が交差し、桐琴がはじめて押し負け身体が少しぐらつく。波が返すように瞬時に馬を反転させて槍を突き出してきた藤十郎の一撃を身体を捻ることで桐琴が避ける。

 

「んはっ!孺子、ワシらとおったときはやはり本気ではなかったようだな!」

「事情があるんだよ、事情が!」

 

 再度、馬を撫でると藤十郎はひらりと馬上より降り立つ。あわせるように桐琴も馬から降りると槍を振るう。

 

「かかって来い、孺子!」

「かかってきな、チビ!」

 

 桐琴と小夜叉の言葉に藤十郎と綾那が槍を構えなおしたその瞬間だった。

 

「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁーーーーー!!」

 

 そんな言葉と共に間に飛び込んできた少年。

 

「ほぅ……」

 

 藤十郎が桐琴と戦っていたとき以上に鋭い目で見る。特に何と言って特徴らしき特徴はない。顔立ちは整っているが、武者という雰囲気はなく異質な感じがするのは彼が腰に差している太刀くらいのものだろうか。身体も鍛えているようだが、だからと言って三河の兵以上のものとは思えない。

 

「そこまでにしてくれるかな、松平の人たち」

 

 

 若干拗ねたような表情の森一家と苦笑いでそれを宥めている少年。彼が新田剣丞。田楽狭間に舞い降りた天人にして阿弥陀如来の化身……そして松平へ来ていた詩乃の上司であり、あの久遠の夫……。

 

「えっと……水野さん、でしたっけ?そちらの代表の人だよね?」

「あぁ。水野勝成。通称は藤十郎だ、年も近そうだし藤十郎で構わん」

「そう?じゃあ藤十郎さん、知ってるかもしれないけど俺は新田剣丞。剣丞隊の隊長で久遠の夫をやらせてもらってる」

 

 剣丞の挨拶に藤十郎は一瞬きょとんとした顔を浮かべ、その後に笑う。

 

「はっはっはっ!夫をやらせてもらっているとは面白い表現だな。流石はあの久遠殿が選んだ男ということか」

 

 笑われた剣丞は意味が良く分からなかったのか、先ほどの藤十郎と同じような表情になっている。

 

「それで、先ほどの二人の突撃は一体なんだったのだ?三河の気性を考えた上でわざとやった……ということか?」

「いや……二人の場合はただ喧嘩を吹っかけただけだと思う」

 

 正直に言う剣丞の評価を藤十郎は上げる。

 

「ふむ、まぁ三河は気性の荒い土地だ。あれくらい血気盛んなほうが打ち解けるのは早いだろう。特に問題にする気はないから気にするな」

「正直、ありがたい。あ、俺のことは剣丞でいいから」

「ならば剣丞。まずは先行して来ている三河衆を紹介させてもらう」

 

 

 一通り紹介が済んだ辺りで詩乃が合流する。目をキラキラと輝かせている綾那を見てため息をつく。

 

「はぁ、剣丞さま。相変わらずの蕩しっぷりで……」

「いやいや!?俺は何もしてないって!!」

 

 二人の掛け合いを聞くに綾那のように憧れのようなものを抱いている女子が多いのだろうか。

 

「藤十郎!綾那、剣丞さまとお話しちゃったのですよ~!えへへ~」

 

 嬉しそうな綾那の頭を軽く撫で、もう一度剣丞に視線を向ける。正直、警戒していたのだがそれほど危険は感じない。不思議と親しみやすい感じを受けるが……。

 

「それで剣丞。お前はどうしてこんなところに居る?本来なら美濃にいるんじゃなかったのか?」

「あー、それは……」

 

 

「鬼の巣、ね」

「うん。あ、藤十郎は鬼と戦ったことあるんだよね?」

「あぁ。桐琴さんと小夜叉と一緒に狩りに行ってたからな」

「あ、そういえば、ここに藤十郎たちがいるってことは松平家中は、久遠の上洛に……」

「勿論、手を貸そう。駿府屋形から独立した俺たちにとって、久遠どのは大切な同盟相手だからな」

 

 藤十郎の言葉に感謝の言葉を伝える剣丞。藤十郎の隣の綾那はなにやらそわそわし始める。

 

「どうした、綾那?」

「藤十郎、綾那も鬼退治してみたいです!」

 

 まるで子供が遊びに行きたい!といった軽い感じで鬼退治を所望する綾那。

 

「剣丞さま、三人で鬼の巣に討ち入りなど……そのようなこと認められるとお思いですか?」

「え、でもほとんど森のお二人が倒すし」

「そう言う意味ではなくてですね……」

 

 くどくどと説教を始める詩乃を横目に、藤十郎はどうしたものかと考える。自分が相手をしてきた鬼の強さを考えるに、綾那や少し離れたところでこちらを伺っている歌夜、そして恐らくはついてきているであろう小波であれば万が一にも遅れをとることはないだろう。今後、鬼と対峙する際にも少しは役に立つだろう。

 

 

 その後、鬼の巣へと移動した一同は予想と違う光景に驚くことになる。

 

「……なんだ、あの鬼共」

 

 藤十郎の言葉に、桐琴と小夜叉、そして剣丞は眉を顰める。

 

「あれは……具足?それに刀を持ってる?」

 

 剣丞の呟きの通り、入り口付近をフラフラしていた鬼の姿はまるで足軽のそれであった。まだ日が昇っているからだろうか、動きに精彩は見られないが鬼を初めて見る松平衆からは若干の動揺が見て取れる。

 

「おい、孺子。数は?」

「……五十、ってとこか」

「おいおい、物見は三十っていってたじゃねぇか。全然違げーじゃん」

「はっ!数が増えれば獲物が増える。ワシとしては嬉しい限りだ!」

 

 そんな会話をしている森一家の隣で藤十郎は考える。鬼が具足や刀を持つ、その事実がこれからどのような影響を与えていくのか。だが、藤十郎の知る鬼の生態とは大きくかけ離れた今の状況では判断に難しい。

 

「……今は、まず倒してみてから考えるか。今後の動きにも関わるぞ、これは」

 

 藤十郎の呟きを聞いたものは誰も居なかった。

 

 

 場所は変わって長久手の村。鬼を退治した一行(森一家は二、三日鬼を乱獲してくると旅立った)は、情報交換と一時の休息のために宿に入り一息ついていた。

 

「ふぅ……さて、綾那、歌夜。お前達から見て鬼はどうだった?」

「綾那は少し物足りなかったのです。藤十郎と死合ってるほうが楽しいのです」

「綾那、藤十郎さんが聞きたいのはそういうことじゃないと思うわよ。……藤十郎さんから聞いていた鬼とは少し様子が違う、そう感じました」

 

 歌夜の言葉に藤十郎は頷く。

 

「その通りだ。俺の知る鬼は刀や具足は持たず、野性の獣のような存在だった。正直、刀を持っていることを警戒もしたがまるで素人の太刀筋だった。だが、あれはあれで危険だ。もし鬼の膂力で剣術を極めたら……並の人では文字通り太刀打ち出来んだろう」

「そんな奴がいるですか!」

「どうだろうな、今はまだ見ていない……としか言えん。俺が知らぬだけで既にそういった存在がいる、という可能性も否定は出来ない」

 

 藤十郎の言葉に歌夜は思案する。

 

「鬼が知識をつけている?」

「……どうだろうな。今日潰した鬼の巣の中には知能がありそうな奴は居なかった。だが……たとえばだが、俺が鬼になったとしたら……綾那、どう思う」

「藤十郎は鬼だったのですか!?なら綾那が倒すのです!あー……でもでも、藤十郎の腕前で膂力が高くなるとちょっと苦戦するかもしれないです」

 

 ちょっと苦戦、という言葉に藤十郎は苦笑いするが軽く頷くと言葉を続ける。

 

「その通りだろうな。人から鬼になる……って言うのは例えとして言われることだが、もし鬼が人に近づいているとしたら……いつかは知能を持つだろう」

 

 鬼の国などが出来てしまえば最早それは脅威以外の何物でもない。

 

「今回見た鬼はもしかするとそういった類の先駆けかもしれん。姫さんと合流したらすぐに伝え対策を立てる」

「はい」

「分かったです!……藤十郎、お腹すいたです!」

 

 普段であれば既に夕餉を済ませている時間だ。普段から慣れているとはいえ、初めての鬼退治の後だ、少々疲れもあるのだろう。

 

「そういえば、剣丞が手配するって言っていたが……というか、お前たちは俺と同じ部屋でいいのか?」

「え、違う部屋にする意味あるです?」

 

 綾那が心底不思議そうな顔で藤十郎にたずねる。

 

「まぁ、お前たちがいいのなら俺は構わんが」

「ふふ、私も綾那も、藤十郎さんなら大丈夫です」

 

 歌夜の優しい笑顔に、そうか、とだけ返す。

 

「どうやら飯も運ばれてきたようだし……とりあえずは腹ごしらえだな」

「腹ごしらえって……藤十郎さん、まだ何かするつもりなんですか?……ま、まさか……」

「ご飯食べたら腹ごなしに死合うのですよ、藤十郎!」

「あぁ、今日の鬼は手ごたえがなかったからな」

「……はぁ、そんなことだと思いました」

 

 歌夜が何故か少し残念そうな態度でため息をつく。

 

 

 こうして、長久手での夜は更けていく……。




剣丞ハーレムの一角は崩しますが、私は決してアンチ剣丞ではありません!
この小説でも剣丞は剣丞なりの活躍の場が出てくる予定です。
……とはいえ、松平、そして藤十郎以上の活躍はそうそう出来ませんが。

この作品では、原作よりも鬼の強さが強化される部分が多々あります。
ご注意ください!

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9話 月影の出会い、馬上の語らい

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「剣丞、風呂へ行くぞ!」

 

 夕餉を終え、しばらく経ったあとに剣丞の部屋の襖を開ける。どうやら詩乃と歓談中だったようで、少し驚いた様子だった。

 

「藤十郎、いきなりだね……いいけどさ。じゃあ詩乃、俺は藤十郎と風呂にいってくるよ」

「はい。いってらっしゃいませ」

 

 

「う……藤十郎、ちょっとトイレ……」

「ん、といれ……?」

「あ、厠のこと」

 

 一瞬聞いたこともない言葉に首を傾げたが、厠と聞いて理解する。しかしといれ、とは……砥入?……ふぅむ。

 

「早くいけ。俺はその辺りにいるから声をかけろ」

「ごめん、行って来る」

 

 そういって剣丞は小走りで厠へ向かう。我慢していたのだろうか。

 

「しかし……今日は雲も厚く、月が見えんな」

 

 この状況で鬼が襲ってきたら……などと想像してしまうのも、昼間に見た鬼のせいか。周囲には梟の鳴き声と……微かに草の揺れる音。チラと草むらへと視線を向けると、ふと棒切れのようなものが目に入る。

 

「うん?……あれは……」

 

 視線を棒の先へと向ける小柄な人影、薄らと布のようなものも見えることから人が倒れていると判断する。藤十郎がゆっくりと、しかし軽く警戒をしながら近づいていく。

 

「っ!!」

 

 瞬間、恐ろしい速度で飛び掛ってくる小柄な影は、微かに二つの瞳と視線が交差する。

 

「ほぅ……!」

 

 昼に会った鬼よりは遥かに格上であろう、強烈な気迫とその素早い動きのまま、棒切れのようなものを抜き放つ(・・・・)。迫る白刃を身体の位置をずらし避け、腰の太刀を抜こうとする。そのとき、偶然か必然か。雲の切れ間から月光が注ぎ込む。

 

「うにゅぅ……」

 

 気の抜ける声と、藤十郎の身体に倒れこむのは桃色の髪の少女。

 

「おなか……すいたの……」

 

 カランと音を立てて落ちた太刀。少女の崩れ落ちそうな身体を藤十郎は太刀から手を離し、慌てて抱える。

 

「……厄介事の気配がするな……」

「おーい、藤十郎ー!」

 

 厠から出てきた剣丞が探す声が聞こえてくる。藤十郎は軽く応えながら少女を抱え剣丞の元へと歩いていった。

 

 

「……というわけなんだ」

「……何が、というわけなのかは分かりませんが……剣丞さま、藤十郎どの。普通であれば風呂へいくと言って人を拾ってくるなどありませぬ」

「それは俺もそう思う」

「ちょ、藤十郎が拾ったんでしょ!?」

 

 つい詩乃の言葉に同意した藤十郎に慌てて剣丞が突っ込みを入れる。

 

「しかし、俺の部屋には俺を含めて既に三人。剣丞の部屋ならば剣丞と詩乃どの。この少女を含めてもちょうど良かろう」

「……はぁ、何がちょうどいいのかはわかりませぬが、織田の客人としてお誘いしている以上は私たちで預かるのは間違いではありませんね」

 

 詩乃が軽く頭を振りながら言うことに藤十郎は頷く。

 

「藤十郎ー!宿の人が一回この部屋に来るようにって言ってきたですー……って、誰です、この子?」

「知らん。さっき拾った」

「……藤十郎さん?人は拾うものではありませんが……」

 

 先ほどの詩乃と同じような会話になる歌夜に軽く手を振って少女を見る。

 

「う~む。どこかで見たことがあるような気がするんだが」

「そういわれて見ると私もどこかで……綾那は?」

「うーん……あるようなないようなないような……」

「ないんだね」

 

 剣丞が苦笑いをしながら少女の頭をなでる。そうか、あれが詩乃どのの言う蕩しの本領か。

 

「うにゅぅ……」

「そういえば、腹が減ったと言っていた気がする。歌夜、宿の者に言って何か作ってもらってきてくれるか?」

「はい」

 

 

 少しして、歌夜が食事を持ってきてくれたところで少女が薄らと目を開ける。

 

「ふぁ……いいにおい……」

「お、目を覚ましたか」

 

 目を開けた少女は目前にある膳から目が離せなくなっていた。

 

「腹が減っているんだろう?俺に襲い掛かってきた後、そう呟いていた気がしたから準備させたが……減ってないのか?」

「……すいてるの」

「なら食べるといいよ。君のために準備してもらったお膳だから」

 

 剣丞が藤十郎の言葉を継いで伝える。

 

「いただきますっ!!」

 

 よほど腹が減っていたのだろうか、凄い勢いで食べ始める。

 

「ふむ……やはりどこかで見た気がするんだが」

 

 思案する藤十郎。その前で剣丞となにやらやり取りがあったのか、突然丁寧な食事の食べ方に変化する。

 

「どこか、良家の出のようですね」

「あぁ。あの食べ方は確か御所やらに出入りする侍の作法だろう」

「綾那、あんなに綺麗な食べ方できないのです」

「代わりに全部綺麗に食べるからな、綾那は」

 

 松平勢が話をしている間に、再び剣丞がなにやら語りかけると嬉しそうに膳を書き込み始める。

 

「うぅ~、見てたら綾那、お腹すいてきたです……歌夜ー!」

「奇遇だな、俺もだ。歌夜ー!」

「はいはい。藤十郎さんも綾那の分のご飯も貰ってきます。……貴女もどうですか?」

「いいの?」

 

 優しく歌夜が頷くとパァッと花が開くような笑顔で椀を差し出す。

 

「……藤十郎も食べるんだ」

「ん?見てたら腹が減らんか?」

「むしろお腹いっぱいになりそうなんだけど」

 

 

「ごちそうさまなの」

「ごちそうさまなのです!」

「ごちそうさん」

 

 食べ終わってそのまま綾那がごろりとその場に転がる。

 

「綾那、お行儀悪いわよ」

「いいのです、剣丞さまがさっき礼儀作法で文句言う人はいないって言ってたです」

「程度を考えてよ……」

 

 藤十郎としては、会話をしながらもしっかりと剣丞たちの話を聞いていたことに感心していたりする。

 

「さて、お腹いっぱいになったところで……ちょっとお話をさせてもらっていいかな?」

「お話?」

 

 どう切り出すか考えていたところで、剣丞が少女に問いかける。藤十郎は、口を開くのをやめ、様子を見守ることにする。

 

「うん。まずは名前を聞かせて欲しいんだけど……」

 

 その言葉に少女が固まり、口を閉ざす。

 

「名前が分からないと、君のことをなんて呼んでいいのか分かんないだろ?」

「えっと……鞠なの」

 

 明らかに間があったことに気づき、歌夜をちらりと見ると軽く頷く。

 

「じゃあ鞠ちゃんでいいのかな?」

「鞠でいいの」

「それじゃ、鞠。通称じゃない、お名前は?」

「っ!」

 

 黙りこくる鞠。

 

「ふむ、警戒しているわけではないようだな」

「はい、どちらかというと躊躇っている……そんな感じですか?」

 

 互いに聞こえるかどうかの声で歌夜と話す藤十郎。

 

「鞠、誰かに言ってはならぬといわれているんだな?」

 

 会話に割ってはいる藤十郎。鞠はそわそわしながら視線を藤十郎に向ける。出会ったときの視線とはまったく違うソレであったが、少しの沈黙の後、こくりと小さく頷く。

 

「そうか、ならば仕方ないな」

「そうだね」

 

 藤十郎と剣丞の二人がうんうんと頷く。歌夜と詩乃が若干唖然としているのは無視する。

 

「……いいの?」

「約束なら仕方あるまい」

「鞠が約束を守ってるなら、それを破らせるわけにはいかないよ」

「ありがと……なの」

「そうだ、鞠が名乗ってくれたんだから、次はこっちの番だね。俺の名前は新田剣丞。剣丞でいいよ」

 

 

「……しかし、驚いた」

「何が?」

 

 場所は変わって風呂。男二人水入らずで入っている。とはいえ、先ほど入れなかったから時間が変わっただけなのだが。

 

「まさか、あの鞠が今川彦五郎氏真だとはな。流石に忘れていた自分を叱責せねばならんところだ」

「はは、仕方ないだろ。まさかこんな場所にいるとは思わないだろうし」

 

 言ってしまえば以前の主君にあたる今川家の現当主だ。元々、藤十郎にとっては主君とは思っていなかったから、尚のこと記憶から抜け落ちていたのだろう。

 

「姫さんに怒られるな、こりゃ」

「姫さんって……元康さんだよね?」

「そうだ。松平元康。俺たち三河者が従う唯一の相手だ」

「はは、でも昔は水野の家は織田についたり松平についたりで大変だったらしいね」

「詳しいな」

 

 久遠から聞いたよ、という剣丞の言葉を聞きながらもう一つの情報を頭の中で整理する。今は既に葵の元へ小波が向かって、この情報を伝えているはずだ。

 

 駿府屋形が落ちた。武田……晴信ではなく信虎によって少しずつ家中を掌握され、気がついたときには既に手遅れ。鞠を慕う家臣たちの手によって逃げ落ちた……これが今回の鞠との出会いのきっかけである。

 

「それに、文は松平でなく織田にというのがまた、なぁ?」

「お、俺に言われても」

 

 剣丞が苦笑いで返すが、文を書いたのが泰能だというのが藤十郎にとっては答えだと考えていた。今川を支えた支柱でもある雪斎や、泰能が松平を頼れと言うとは正直考えづらかった。

 

「ま、深くは聞かんよ。大体の内容は予想もつく。家中の者が見れば同盟がご破算になる可能性すらあるからな」

「こ、怖いこというなよ」

 

 冗談ですまないのが三河武士だ。藤十郎はともかく、ほかの三河武士の元康への忠誠は異常だ。

 

「それに、客人としたのであれば、俺たちと立場は同じということになる。あと数日もすれば姫さんたちとも合流する。面白くなりそうだな」

「……それ、ほんとに面白いことなのか……?」

 

 

 それから、数日後。葵たちとの合流を果たし織田へと向かうことになった。

 

「して、藤十郎どの。剣丞どのとは如何なる存在でしたかな?」

「うむ、一言で言うなら分からん。だが、面白い存在ではあるな」

「ほうほう、藤十郎どのにしては高評価、といったところですか。……将来的に松平の敵となる可能性やいかに?」

 

 少し鋭い視線を向ける悠季に無言で返す。

 

「……分からん、としか言えんな。出来ることなら仲間にしておきたいと思わせるだけの何かはある。まぁ、天の知識なのか何なのか。俺たちの考え付かないことをやってのけるだけの技量もある」

「……厄介ですなぁ。草でも放って暗殺したほうがよろしいのでは?」

「今は待て。正直に言って、俺はあいつのことを気に入っている」

 

 藤十郎の言葉に側で聞いていた悠季は目を丸くする。

 

「おやおや、藤十郎どのまで蕩されたので?」

「どうなのだろうな。だが、もし奴と俺たちの道が違え相対することになれば」

 

 言葉を切った藤十郎であったが、その様子を見て悠季が満足気に頷く。

 

「ならば、今は様子を見るとしましょう。葵さまにもそのように伝えておきますれば」

「あぁ、頼む。日の沈む頃には美濃に着くそうだ。……大戦が始まるな」

「おやおや、三河の鬼は早くも血が滾っているようですなぁ」

 

 くすくすと楽しそうに笑う悠季に、うなずきを返す。

 

「これからの世がどうなるかは分からんが、今、この瞬間に俺たち武辺者が出来るのは槍働きだ。なればこそ、この戦こそ死地にも相応しいだろう」

「……ほかの武者はともかく、藤十郎どのには葵さまを支えていただかなければ困るのですが」

「ん、何か言ったか悠季」

「いえいえ、朴念仁の相手は疲れると思っておりましただけです故」

 

 はぁ、と軽くため息をついて前方で馬を走らせている葵を見る悠季。彼女の目に映る未来はどのようなものなのだろうか、藤十郎は少しそんなことを考えていた。




もうすぐ……もうすぐ激戦が始まります!(ぉぃ
藤十郎の御家流も含め、物語の最後までプロットは完成しております。

感想であったハーレム?入りなどは閑話などでフラグ回収しますのでお楽しみに♪

ご意見ご要望、感想などお気軽にお願いします!


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10話 鬼の脅威、己の刀

いつも感想、評価、お気に入りありがとうございます♪

10/24 誤字修正


 月の光が差し込む宿の一角。藤十郎は一人静かに杯を傾けていた。

 

「……うむ、やはり月見酒はいい」

 

 言葉では満足気なのだが、表情は若干浮かない。

 

「……しかし、あの女は何者だ」

 

 美濃につき、織田の歓迎を受けたときに居た一人の女性。以前に織田を訪れたときには恐らくいなかったその女性を見たとき、藤十郎は今までに感じたことのない感覚に襲われた。

 

「ルイス・エーリカ・フロイス、か」

 

 異国から来た明智の血族……という話だが、剣丞の存在と同じくらい胡散臭いものを感じていた。言葉も完璧であり、葵の歓待役として話をしている場に同席したが典雅にも通じ剣丞から聞く話だと本人の武、部隊を率いての戦いなども目を見張る物があるという。

 

「完璧すぎるからか?いや、あのときに感じた感覚は違うな。……やはり考えるのは俺の肌に合わんな」

 

 ふぅ、とため息をつくと杯に残っていた酒を一息で飲み干す。これから数日のち、上洛。そして公方と合流後に浅井と共に朝倉を叩く。それが流れらしい。

 

「朝倉が鬼に、ねぇ」

 

 隠していたわけではないようだが、朝倉は既に鬼のあふれかえった土地になっているという。武将がどうなったのかは分からないらしいが、鬼が具足をつけていたり朝倉の家紋の入った旗を持っていたという話もある。既に小波たちを派遣しているそうだが、あまり深追いしないように伝えていると悠季からは聞いた。

 

「人が鬼となるか、鬼が人となるか。分からんが作為的なものを感じるな」

 

 鬼が現れた背景に何があるのかは分からないが、恐らくは誰かしら糸を引くものがいる。そんな予感を抱かずには居られない状況だ。

 

「……少し鬼を調べなければいかんか」

 

 美濃や尾張の周辺には理由は分からないが鬼が多い。森一家が狩り回っているとはいえ、すべてに手が届いているとは言い辛いだろう。ならば鬼の巣を回ることで何かを知ることができるかもしれない、藤十郎はそう考えた。

 

「朝駆けついでに探すか」

 

 ちょうど良く徳利の中の酒もなくなったところで、藤十郎は片づけをはじめる。

 

 日が昇る頃には宿から藤十郎の姿は消えていた。

 

 

 鬼は人を喰らう。鬼が人の具足をつけていた。藤十郎の知る鬼はそういった存在だ。だからこそ、その光景を見たときには驚愕した。鬼を殲滅し、巣の奥へと足を踏み入れた藤十郎の前に現れたのは、一人の女性。既に瞳に光はなく、息絶えた後のようだが、周囲の状況を見るに鬼に陵辱された……そう判断するに至る。何ゆえに鬼がこういった行為に及んだのかは分からないが、可能性は一つ思い浮かぶ。

 

「まさか……人と子を為す……?」

 

 そうだとすれば、朝倉の状況は更に危険なものではないかと考える。何処からともなく現れる鬼、人に生ませることのできる鬼。数が膨大なものになるのは間違いないだろう。数とは、それだけで暴力だ。圧倒的な武も無限の兵数で攻め続ければ何時かは敗北するであろう。ただでさえ底の見えない鬼の数が更に不透明になる。

 

「いや、考えすぎか……っ!?」

 

 ゾワリと背筋を走る悪寒。咄嗟に太刀を抜き放ち振り返りながら目の前の影を斬り捨てる。いや、斬り捨てたはずだった。確かにあった感触は、まるで太刀同士がぶつかり合ったような衝撃。そして振りぬくことができずに影の片手で止められる。

 子供と変わらない体格だろうか。今までの鬼と比べると小柄なのだが、藤十郎の勘が危険を告げる。

 

「場所を移さねば槍が振るえんか!」

 

 太刀を強く押し返してくる子鬼の膂力に驚きながら藤十郎も又、力をこめていく。

 

「む!」

 

 ミシリと太刀から音がする。よく見ると皹が入り始めていた。

 

「まだ新しい太刀なのだが……!」

 

 これ以上は危険と太刀を手放し背後に飛びのく。入り口との道を子鬼に塞がれる形となってしまい、軽く舌打ちをする。

 

「……ん?」

 

 周囲を確認していた藤十郎の目に入ってきたのは、鬼が集めていたのだろうか多くの武具が散らばっている場所。その中にある一振りの刀に状況を忘れて意識を奪われていた。まるで藤十郎を呼んでいるかのような気配を放つその刀に鬼の存在を忘れて手を伸ばす。かちゃりと音を立て、刀の柄を握る。愛用の槍を初めて手にしたときを思い出すこの感覚。まるで己の為にこの刀は生まれてきたのではないかと思わせるその感覚に身を任せて抜き放つ。

 普通の鞘であればそのまま切ってしまいそうなその刃は反りがなく、棟は真の棟だろうか。特徴だけ見ればまるで短刀のようだが、その長さは間違いなく刀。

 

「グゥゥゥゥ……!」

 

 見惚れるように刀を見ていた藤十郎の耳に唸り声が聞こえる。そういえば、と状況を思い出し振り返れば子鬼は明らかにこちらを警戒して攻めあぐねているようであった。

 

「まさか……この刀を恐れている?」

「ガアアアア!!!」

 

 子鬼が飛び掛り、藤十郎がそれを受けるはずだったが鬼と藤十郎の双方が予想していなかった事態が起こる。刃に触れた鬼の爪がすぱっと綺麗に切り落とされる。

 

「ほぅ!これは……!」

 

 好機と見て、すぐさま攻勢に移る藤十郎。子鬼は逃げようと踵を返すが。

 

「させん!!」

 

 藤十郎の刀が振るわれるほうが早かった。背後から胴を真っ二つに切り捨てる。

 

「鬼を斬るために生まれた刀……といわれても納得がいくな、これは」

 

 目の前で消えていく子鬼の死体を眺めながらそう呟く。今この場所でこの刀に出会ったのは運命か、それとも必然か。鬼の存在と同じく一抹の違和感を感じながら外を見る。既に日は高いところまできているようだった。

 

 

「ふふふ、やはりあの武者にも舞台に上がってもらうのは正解のようだな」

 

 越前の地。かつてはそう呼ばれていた大地には既に普通の人はいない。鬼が闊歩し、多くの物資を一箇所に集めているようであった。

 

「しかし……あの刀には神器としての役目はない筈。荒加賀が裔とは違う役所かと思ったのだが」

 

 頤に手を当て、一瞬考える素振りを見せるがすぐに眼下に広がる鬼の群れを見る。

 

「ふふふ、朕の力が漲っていくのが分かるぞ!もうすぐ、もうすぐ朕の宿願を果たす時。真なる時代の幕開けが来る……!」

 

 男が嗤い、合わせて鬼達が咆哮をあげる。鬼達の中の幾匹かは、まるで敬うかのように礼をしていた。

 

 

「それでは、その刀が?」

「あぁ。造りからして、相州伝……だな」

 

 宿に帰ってくるなり、悠季の小言を貰い綾那からは置いていったことで文句を言われ、歌夜からは「気にしてません」とニコニコしながら言われ……。葵にはじっと見つめられて謝罪をした後、国産の鬼……あの子鬼とそこで手に入れた刀について話していた。勿論、この場には葵の知である悠季も居る。

 

「ほうほう、ということは……」

「「正宗」」

 

 藤十郎と悠季の声が重なる。互いに確認程度のことだったのだろうが、軽く頷きあう。

 

「……となると、どうして鬼の巣にそのような刀があったのか……」

「しかも、藤十郎どのの話を聞く限り愛用している熊手の朱槍と同じくらい手に馴染む、と。いやはや、運命の出会いのようですなぁ」

 

 考え込む葵と、茶化すように言う悠季であるが藤十郎自身にも答えは出せない。

 

「どちらにしても、この刀は今後のことを考えると姫さんに持ってもらうのがいいと思うんだが」

「……いえ、それは藤十郎が持っていて」

 

 藤十郎の提案を即座に葵は断る。

 

「まだ一度しか使っていないがこれほどの名刀はそう出会えん。もし本当に鬼に対して強い力を持っていたとしたら、姫さんの安全を確保できるという意味でも重要だと思うんだが」

「刀は振るってこそ意味のあるもの。だから、私よりも藤十郎が持っているほうが意味のあるものだと思うわ。それに……私のことは藤十郎が守ってくれる。そうでしょう?」

 

 葵の言葉に藤十郎は少し驚きながらも力強く頷く。

 

「おやおや、まるで夫婦のような掛け合いで……見ているこちらが恥ずかしくなりますなぁ」

「ゆ、悠季!そう言うことではないから!」

 

 頬を朱に染めながら慌てて否定する葵。悠季はなにやら嬉しそうにチラと藤十郎を見る。

 

「こほん、藤十郎。そういうことだから、その刀は貴方のものよ」

 

 葵の言葉に頷き刀を佩く。

 

「……うん、やっぱり藤十郎にぴったりね」

 

 そういってニコリと微笑む葵に目を奪われる藤十郎であった。

 

 

「……藤十郎どの、帰ってきた草の情報によると既に朝倉……越前の地に人が住める場所は存在しない。それほどの状況とのこと」

 

 葵の部屋を辞してから少し。まるで偶然追いついたかのように横に並んだ悠季が呟くように話しかける。

 

「……となると。やはり主戦場になるのは越前か?」

「恐らく。京がどうなっているのかは知りませぬが、数の暴力で何とかなるかと。公方さまと合流予定ということは」

「三好、松永あたりと一悶着あるか」

「……藤十郎どの。何かあればまず葵さまのことを第一にお願いしたく」

 

 真剣な表情で悠季が言う。

 

「現状、葵さまが本当の意味で信頼されているのは悔しいですが藤十郎どのです故、もし藤十郎どのがいなくなってしまうと……」

「似合わんぞ、悠季」

 

 そういってコツンと額を軽く小突く。

 

「前にも言ったが、俺は姫さんを守る。それに悠季、お前も姫さんにとって大切な友でもあると俺は思っているぞ。だからお前も簡単には死なせてやらん」

 

 一瞬、きょとんとした顔をした悠季は。

 

「な、なかなかに大胆な告白ですが残念ながら某の心は既に葵さまのモノ。藤十郎どのの入る場所はありませぬぞ」

 

 少し頬を染めてそのようなことを言う。

 

「はは、それは残念だ。……むしろ悠季、姫さんを頼むぞ。恐らくだが俺や綾那は先陣をきる。場合によっては剣丞たちと合流せねばならん状況も考えられる。久遠どのがどのように京までの道の露払いを命じるか分からんからなんとも言えんが、最悪の場合」

「我々と藤十郎どのたちが別れる可能性がある、と?」

「あぁ。俺や綾那、後は血気盛んな若い衆を前に回せ。何があろうと姫さんに鬼が迫る状況を回避できるように後方にも常に気を配るよう忍衆にも伝えておくんだ」

「御意に。……あとどれほどのんびり出来るかわかりませぬが、いつか落ち着いたときには杯でも交わしたいものですな」

 

 悠季からの酒の誘いに驚いた表情を浮かべた藤十郎だったが、笑顔を浮かべ。

 

「そうだな。それは姫さんの天下が叶った後か……いや、この戦から無事に三河へ戻ったときにでも、な」

「えぇ。楽しみにしておりますぞ」

 

 

 その次の日、久遠から出陣の命が下る。

 

 

 織田久遠信長率いる本隊と、森、明智、松平、そして剣丞隊の連合で観音寺……六角を攻める。

 大戦の始まりだった。




史実ではずーっと先に藤十郎が手に入れるはずの刀です。
日向正宗と呼ばれる刀で実在するものは短刀ですが、本作では刀として扱ってます。

ちなみにですが、太刀と刀は微妙に使い分けておりますので脱字ではありません!
間違えて書いてる部分があったらごめんなさい!

戦いが始まる始まる詐欺になってますが、もうすぐです。
御家流も今か今かと待ち構えているはずです(ぉぃ


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11話 三河の鬼

遅くなりました!

そろそろ一度閑話をはさむか悩んでおります……。


「観音寺城。攻めるに難く、守るに易い山城……だったか?」

「はい。恐らく相手方は篭城で来るでしょうから、少々時間がかかってしまうかもしれませんね」

 

 馬を走らせながら、歌夜と藤十郎が言葉を交わす。

 

「でもでも、きっと剣丞さまが何とかしてくださるです!」

「ふふ、綾那は本当に剣丞さまのことが好きね」

「だって阿弥陀さまのおつかいですよ!きっとこう……ずばーっ!で、だだーん!って感じで終わらせてくれるです!」

「……剣丞は武勇のほうはいまいちだぞ?」

 

 いまいちというのも三河……ひいては藤十郎目線であって、一角の武将として考えれば十分に腕前はあったりするのだが。

 

「そうですけど、きっと凄い力で殺ってくれるです!」

 

 綾那の中での剣丞が本当に神の技を使える存在になっている気がする。

 

「そうだといいな。……っと」

 

 前方から一人の兵が藤十郎に向かってくる。

 

「勝成さま、殿より織田どのの元へ向かうので同行するようにと」

 

 

 葵と悠季と共に織田の陣中へ入る。

 

「おや、軍議でもされておりましたか?」

「そうでもない。……で?」

「松平衆一同、久遠さまに御指図を頂きたく……」

 

 葵の言葉に久遠が一瞬考える。

 

「葵、藤十郎。観音寺城をどう攻める?」

「そうですね……お許しを頂けるなら……藤十郎」

「はっ。……観音寺城の配置からすれば攻め口は北と南の二箇所。南側は平坦な地形故に主攻はそちら側に展開するのが良策かと。……代わりに曲輪よりの総攻撃を一身に受けることになる」

 

 そこで一度言葉を切り周囲を見るとその場に居た剣丞や詩乃、葵も頷いているのを確認できる。

 

「北側は安土山そのものが自然の土塁となっていることから易々と突破はできない」

「やっぱり正攻法では難しいかぁ。なら裏技しかないなー」

 

 剣丞の言葉に悠季がいち早く反応する。

 

「流石は天上人であらせられる剣丞さま!その策、是非とも拝聴させて頂きたいものですなぁ!」

「んー……やだ」

「なんですとーっ!?」

 

 キャーキャーと喚いている悠季の言葉を聞きながら剣丞の言っている策を考える。裏技……つまりは通常であれば思い浮かばない、実行しないであろう行動を取るということだろう。墨俣の一夜城然り、美濃攻めの際にも活躍したと聞いているからもしかすると城攻めにおいては一流の腕を持っているのかもしれない。

 

「ところで、兵は強いの?」

「尾張兵よりは強い。元々、近江は強兵の宝庫であるからな」

「弱点はないの?」

「当主である六角義賢の人望がないこと、後は……火力が少ないこと、でしょうか」

「……あ、なるほど。だから剣丞隊の鉄砲を増強してくれたのか」

 

 頷き会話を続けるのを無視して悠季と視線を交わす。剣丞隊と共に戦うことになるのは初めてだからこそ、そういった情報、練度などは貴重な情報になるのだ。

 

 

「……ごめんなさい、藤十郎。勝手にこのようなこと決めてしまって」

「ん、別に構わんさ。それに……情報を仕入れる好機、だろう。なぁ悠季?」

「その通りでございます、葵さま!……草の一人など特に問題はありますまい」

 

 あの後、城へ侵入するといった話の中で鞠……今川氏真がついていくということに葵が猛反対し、もし連れて行くのであれば松平の者を連れて行けと言い藤十郎とも親交の深い小波を剣丞隊に送ることになったのだ。

 

「小波であれば上手くやれるだろう。……まぁ、一抹の不安がなくもないんだが」

「ふむ、そのあたりはまた伺うとして……葵さま、松平衆、戦の準備は万全に整ってございますぞ」

「えぇ」

 

 三人に加え、こちらに綾那と歌夜も向かっておりそれを見た葵が頷き、すっと息を吸い込む。

 

「三河の強者どもよ!その実力を天下にとくと知らしめよ!!」

「寄せるですー!!」

 

 綾那を先頭に突撃していく様子を珍しく後方から見ている藤十郎。

 

「ふむ……あの程度なら御家流で十分か。……姫さん、やるぞ」

「えぇ。……藤十郎、くれぐれも無理はしないで」

「応」

 

 

 矢や鉄砲の弾が飛び交う戦場を槍を片手に悠々と歩いていく藤十郎。戦場のちょうど中央辺りだろうか、その場所に来ると槍でドンと地面を叩きつける。

 

「……目、あるものは見よ!!耳あるものは聞けっ!!俺は水野勝成。人呼んで鬼の勝成……三河の鬼とは俺のことよ!!」

 

 鉄砲の音も剣戟も、そのすべてを打ち消すほどの声が周囲に響き渡る。

 

「我が槍、我が武。恐れぬもののみ前へ出よ!弓引く者も砲撃つ者も、死を覚悟せよ!!覚悟なき者は……失せよ!!」

 

 その声に、六角側の兵が動揺しているのが分かる。

 

「失せぬのならば敵とみなす!行くぞ……水野家御家流……!!」

「三河衆、一旦引くですよー!」

「直線上から下がってください!」

 

 綾那と歌夜の声で人が波のように分かれる。

 

鬼哭槍攘(きこくそうじょう)!」

 

 藤十郎の身体から気が爆発的に放たれる。それは藤十郎と槍を二周りほど大きくしたような形で身に纏われる。まるで槍を手にした鬼のような気を纏った藤十郎はそのまま地面を蹴ると、槍を突き出した状態で恐ろしい速度を保ち駆ける。

 

「あ、あ奴を射殺せっ!!」

 

 敵の将だろうか、足軽たちに命じて矢や鉄砲の嵐が藤十郎一人に目掛けて放たれる。

 

「あんなへっぴり腰の連中に藤十郎はやられないです」

「ふふ、そうね。……綾那もうずうずしてるでしょ?」

「勿論です!綾那と死合うとき絶対にアレ使ってくれないですから、一回でいいから殺り合いたいです!」

 

 飛来する矢や弾がまるで藤十郎を避けるように周囲に散らばる。

 

 

「す、凄いな、藤十郎」

「うむ。我も初めて見たが……あれが三河の鬼、か」

「とんでもないですね。敵方でなくて安心しました」

「敵、か」

 

 剣丞が少し考え込む様子を詩乃は不思議そうに眺める。

 

「……うん、今は味方なんだ。折角できた友人を疑うのはやめよう。……詩乃、俺たちもいってくる。藤十郎たちが作ってくれたこの時間を無駄にはできないからね」

「はっ、御武運を」

 

 

「いやはや、水野の御家流は相変わらずですなぁ」

「そうね。……とはいえ、あまり多用できないのでしょう?」

「日に一回、と言っていたと記憶しておりますが。時間としても四半刻の更に半分程度……十分に強力ですな」

 

 戦況を一瞬で返すだけの力はあるが、それだけに反動として使用後に身体中を激痛が走るらしい。

 

「確か、藤十郎の母上も使われていたわよね」

「えぇ。水野の家の者は全員が使ったはずかと。あそこまで強力なのは藤十郎どのと忠重どのくらいですな。……まぁ、藤十郎どのが水野家で最も武勇に優れている、といわれるのは『もうひとつ』の力のほうでしょうが」

「……ダメよ。あの力は使わせられない。悠季も知っているでしょう?」

 

 葵の真剣な目に悠季は静かに頷く。

 

「アレを使うような状況にはならないよう、私たちは手を尽くしましょう。悠季、京へ送った間者の情報を纏めておいて」

「御意に」

 

 

「……いてぇな、相変わらず」

 

 戦場から少し下がり、藤十郎は激痛を耐えていた。

 

「藤十郎さん、お疲れ様です。気休めかもしれませんが、塗れた手拭いを持ってきました」

 

 歌夜が藤十郎に手拭を差し出す。受け取ろうと手を伸ばすが、つった様な形で表情をゆがめる。

 

「ありがたいが、すまん。ちょっと動けん」

「それでは、私が代わりに拭かせて貰いますね」

 

 藤十郎の具足を慣れた手つきで取り外し、背中に手拭を当てる。

 

「いつもすまんな」

「いえいえ。綾那よりは手がかかりませんから」

 

 綾那が聞けば頬を膨らませるであろう軽口を叩きながら歌夜は優しく藤十郎の身体を拭いていく。身体全体が燃えるように熱くなっているため、定期的に側にある水桶の水で手拭を冷やしなおしていく。

 

「しかし、懐かしいな。戦場の中でこのようにしてもらうのは」

「ふふ、普段であれば相手は既にいなくなっていますからね。……綾那やほかの松平衆、織田どのの手前少し加減したので?」

「最後が正解だな。あまりやりすぎて変な警戒心を生んでも堪らんからな」

 

 十分、警戒されるだけの戦果ですよ、といいながら歌夜が前面に回る。

 

「……綾那もそうですけど、藤十郎さんもあまり怪我をなさらないですよね」

「ん、綾那は異常だろう。あいつはきっと怪我したら死んでしまうんじゃないかと思えるほどだからな」

「藤十郎さん、あまり無茶はしないでくださいね」

「どうした、突然」

「……藤十郎さんがいるから、私や綾那は殿の側に居られると……そう思っているんです。葵さまの目指す未来に、私たち武者の居場所は……」

 

 歌夜が言葉を止める。

 

「俺が居なくとも、新しい時代は来る。……まぁ、俺も簡単に死んでやるつもりはないさ。悠季と杯を交わす約束もあるしな」

「悠季と……?ふふ、流石は藤十郎さんですね。……私や綾那のことを忘れては嫌ですよ?」

「?忘れんよ。毎日のように顔を合わせているだろう」

「ふふ、今はそれで我慢します」

 

 少し楽しそうに歌夜が笑うのを藤十郎は不思議そうに眺めていた。

 

 

 戦は織田、松平の連合の圧勝。決まり手は森家の寄せと剣丞隊の本丸急襲だった。

 

「しかし……二条城に剣丞たちが先に行くとは……それほど緊迫した状況なのか?」

「えぇ。松永の言葉を信じるなら、三好も鬼に堕ちた可能性が高いわ」

「ということは、以前から言っていた鬼が人となるか……は、人が鬼となるが正しかったか」

 

 そうなるとやはり恐れるべきなのは。

 

「猛将と呼ばれる者が鬼となった場合にどうなるか、だな」

 

 

 

 ……人が鬼となる。その事実以上に衝撃的な出来事が起こった。二条の解放は少々大変ではあった(剣丞的には)のだろうが、その後、久遠と公方……足利義輝からの言葉であった。

 

「我が夫、新田剣丞を久遠どのと公方の夫だけでなく、鬼との戦いを決意した者たちすべての良人とする、か」

 

 その言葉を聞いた瞬間、何故か分からないが刀を抜き剣丞を斬り捨ててしまいそうな衝動に駆られた。

 

「……蕩し御免状ね。面白いことを考えたことだ」

 

 剣丞を旗印として、日の本を一つにする……そういう策なのだろう。

 

「今後も見据えた面白い策だな。剣丞と婚姻を結んだ者たちが日の本を治めていくことになる、か」

「あ、藤十郎」

 

 そこへ剣丞が通りがかり、藤十郎へと声をかける。

 

「……剣丞か」

「どうしたの、何か考え事?」

「まぁな」

「……」

 

 一時の沈黙。その後、藤十郎は突然立ち上がり近くにあった木刀を剣丞に投げ渡す。

 

「え?」

「立ち合え、剣丞」

 

 

「はぁはぁ……と、藤十郎、どうしたんだよ」

「……分からん。分からんがお前を打ちのめしたくて堪らんのだ。殺しはせんから安心しろ」

「安心できないよ!?何度か本気で来てるだろ!?」

「だが生きてる。大丈夫だ!」

 

 どれほどの時間が経っただろうか。剣丞は息を切らしながら藤十郎の攻撃を文字通り必死で受けていた。

 

「……分からん。何でこんなに胸がざわめく?」

「……藤十郎……。元康さんのこと、かな?」

 

 その言葉に木刀を振るおうとしていた手が止まる。

 

「……何のことだ」

「分かる、って俺が言っちゃダメなんだろうけど、きっと藤十郎がどうしてそんなことになっているのかは分かるよ」

 

 藤十郎の目をしっかりと見ながら剣丞が言う。

 

「元康さんが俺と結婚するかもしれない、って思って……」

「今後を見据えるなら、姫さんはお前と結婚するだろうな。するならば早くせねば意味はなくなる」

 

 葵の血筋であれば、恐らくは本妻として……今であれば三番目の本妻として結婚することになるだろう。剣丞本人はどう考えているか分からないが、この順番は今後の世界においてとても大きな意味を持つことになるだろう。

 

「……俺は家臣として、これからの時代において姫さんが少しでもいい立場にあることを望む。それはおかしいことか?」

「どうだろ。俺は誰かの家臣じゃないし、俺のいた世界ではそんな考え方なかったから。……でも、本当に大切なのは藤十郎の気持ち、それと元康さんの気持ちじゃないかな?」

「俺の気持ちは」

「違う。それは家臣としての、水野勝成としての気持ち。俺が言っているのは松平の家臣じゃなく、藤十郎としての本心だよ。きっと、今のイライラは二つの気持ちに相反するものがあるからだと思う。……これ以上は俺の口から伝えるべきことじゃないかな」

 

 

 剣丞と別れた後、藤十郎は再び考えていた。

 

「……意味が分からん。俺の気持ちが相反するものがある……?」

 

 見上げた空に浮かぶ満月を見ながら、藤十郎は呟く。

 

「……気持ち、か」




本来、三河の鬼は井伊直政だと思いますが、藤十郎にいただきました。
というのも、鬼日向になるにはもう少し進まないといけなかったので……。


水野家御家流、鬼哭槍攘(きこくそうじょう)。
自らの肉体と武器を莫大な気で纏い、矢などをものともせず突撃していく技です。
一定時間スーパーアーマー+攻撃力アップみたいな感じです(ぉぃ

今回は歌夜と少しだけイチャイチャ?しましたがいかがでしたか?
もうすぐ金ヶ崎。原作でも盛り上がる場所が近づいております。

感想や誤字報告などもお待ちしております♪


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12話 金ヶ崎の退き口

お休みだったので連日更新です!


「上洛し、足利公方との合流も果たした!次は越前を鬼の支配から解き放つ!各々、存分に手柄を立てよ!」

 

 久遠の号令と共に小谷へと進む一行。浅井との合流予定の場所よりも手前で陣を張り、軍議が行われた。今回は葵と悠季、歌夜が参加ということで藤十郎は一人、ふらりと陣を抜け出していた。

 

「簡単に聞いた情報だと、二条も越前も知能のある鬼が現れた、か。やはり武将が鬼となれば知を持つ可能性が高いな」

 

 森を駆けながら一人呟く。浅井から送り込んだ間者は誰一人として帰ってくることはなかったと聞く。ならば、知能のある鬼がほかの鬼を統率していると考えるのは間違いないだろう。

 

「鬼が軍略を使うことができる。……厄介なことこの上ないな」

 

 鬼が進軍してきていた、と聞き周囲に潜んでいる鬼はいないか探してみているが影も形もない。

 

「……やはりか。ここまで鬼がいないとなると……越前、もしくはそこへ向かう城に集結していると考えるしかないか」

 

 

「天人どのはいかがでしたか、葵さま?」

「……底が見えないお人ね。自らの非を認め、それを正そうとする。上に立つものとしての風格はありそうに感じたわ」

「ほぅ……ただの人蕩しではなかったということですな」

 

 悠季がふむふむと頷きながら葵を見る。

 

「……して、葵さま。これからどうされるおつもりで?」

「……分からないわ。私自身、このまま剣丞さまを中心とする大連合に加わっていることが正しいのかどうか……」

「葵さまは葵さまのしたいようにされるのが正解だと思いますれば。私や……藤十郎どのをはじめ、三河者は全て付き従う所存ですぞ」

「そういえば、似たようなことを剣丞さまにも言われたわ」

「ほぅ?」

「『藤十郎もそうだけど、まずは松平元康としてではなく葵として……一個人としての想いを大事にするべきじゃないかな』、と」

 

 悠季が少し眉をひそめる。

 

「……(ふむ、葵さまと藤十郎どのの関係を見越した上での発言ととるべきか、はたまた松平が抜けたところで痛くも痒くもないと暗に言っているのか……前者だとしても後者だとしても厄介なことこの上ないですな)」

「悠季?」

「少し考え事をしておりました。葵さま、天上人の考えは某には分かりませぬが、仰っていることは一理あると思いますぞ。今後のこと、この戦が終わった後にでも藤十郎どのと話してみるのが良いかと」

「……そうね、そうするわ」

 

 

「俺たちは手筒山攻略、のはずだったのだが」

「ふむ、これは呆れてものも言えませぬな」

 

 珍しく後方から見ているだけの藤十郎と普段は葵の側についている悠季が言葉を交わす。

 

「薄い反撃に、抵抗のない城門。怪しいを通り越しているんだが」

「どうやら、早くも少しずつ鬼が搦手門よりどこかへ落ち延びている様子。草を放っておりますが……はてさて」

「普通に考えれば一乗谷で決戦か。悠季、策としてはどう思う?」

「上策……とは言い辛いですなぁ。こちらの様子を見るに、恐らくは織田方も同じような状況と考えられますれば……守り易い城を捨ててまでの決戦に意味がありましょうか」

 

 ……やはり、何者かの掌の上か……はたまた俺たちは盤上の駒か。そんな不吉な予感を抱いたまま、藤十郎たちはほぼ無血で城を落とす。

 そして、そのままの勢いで一乗谷へと向かうのであった。

 

 

 翌日。

 

「先陣に森一家、次が俺たち松平。江北、鬼柴田に米五郎左。まだ若いが芽吹きつつある三若、ね。剣丞隊は?」

「ふむ、現在は最後尾でなにやらぴりぴりとした空気を放っているようですな。何を考えておられるのやら」

「……あり得るとすれば後方からの襲撃か?撤退した鬼が一乗谷に入った形跡はないんだよな?」

「草の話によれば。……ふむ、そう考えると何やら胡散臭いですなぁ」

「藤十郎さん、部隊の準備は整いましたよ」

 

 歌夜の言葉に軽く手を振る。

 

「……悠季、姫さんを頼むぞ」

「任されましょう。とはいえ、某の腕前では瞬殺されるでしょうから早めに助けに来て欲しいものですなぁ」

「ぬかせ」

 

 陣太鼓の響く音と共に全軍が前進を始める。

 

「始まるな。……」

 

 少しはなれたところから視線を感じ見ると、葵がじっと藤十郎を見ていた。視線が交差し、藤十郎が静かに頷く。

 

「……行ってくる。葵」

 

 その声は誰にも聞こえることはなかった。

 

 

「殺ってやるですーっ!!」

 

 綾那の元気な(?)掛け声と同時に振るわれた槍で数匹の鬼が吹き飛ぶ。

 

「もう、綾那!先走りすぎよ!」

「歌夜、綾那の兵は任せるです!」

「怪我だけはしないようにね?」

「分かってるですー!!」

 

 話をしながらも二人とも次々と鬼を切り捨てていく。

 

「歌夜、俺も綾那と共に先に行く。ウチの衆も頼む」

「ちょ、ちょっと!?藤十郎さんもですか!?」

「お前ら!歌夜の言う事しっかり聞けよ!」

「「へい、兄貴!!」」

「半分くらいお前らのほうが年上だろうが!!……歌夜、場合によっては少し下がる準備をしておけ」

「!……何かある、と?」

「分からん。分からんが……胸騒ぎが収まらん」

 

 鬼の数も多いが、やはり違和感はぬぐえず、次々と鬼を撫で斬りにしていく。

 

「じゃ、頼む」

 

 綾那と同じ方向へ加速して走り去っていく藤十郎を見送り、歌夜は部隊への指揮をとる。

 

「……(二人とも、御武運を)」

 

 

「綾那!あわせろ!!」

「任せるですっ!!」

 

 藤十郎と綾那が背中合わせで立ち、同時に槍を旋風させる。二人を中心に小規模ながら竜巻が起こり、鬼を切り刻む。

 

「へっへー!藤十郎と一緒に戦うのもやっぱり楽しいです!」

「そりゃどうも。綾那、まだいけるか?」

「当たり前です!」

 

 そのときだった。今まで何故気付かなかったのか、藤十郎は歯噛みをする。

 

「そういうことかよ……!!」

 

 地面から突如として鬼が湧き出てくる。

 

「土遁かっ!!」

 

 飛び出てきた鬼を切り捨てながら遥か後方に置いてきた葵たちを見るが、既に鬼が山のように現れたこの状況下ではまったく見通せない。

 

「ちっ……綾那とも一瞬ではぐれたな」

 

 つい先ほどまで近くに居たはずの綾那ともはぐれ……。そして、再び来る悪寒。

 

「マジかよ」

「ガアアアアアア!!」

 

 何時ぞやに洞穴で戦った、あの子鬼が十数匹という数で現れたのだった。

 

 

「これが、藤十郎さんの言っていた予感なのね」

 

 地面から鬼が湧き出るという事態に一瞬浮き足立った三河衆だったが、歌夜の指揮により何とか持ち直すことには成功していた。だが、湧き出た数が数だ。見渡す限りの鬼。この状況は正直厳しいものがあるだろう。

 

「藤十郎さんや綾那と合流……ううん、ここは葵さまと合流するべきね」

 

 葵の居る場所はここから更に離れたところになる。まずはこの窮地を脱することが先決と歌夜は頭を働かせるのだった。

 

 

「わわ!突然沢山鬼が出てきたのです!」

 

 慌てながらも鬼の攻撃をヒラリヒラリと避けながら次々と斬り捨てる。

 

「藤十郎が何処かへ行ってしまったし、葵さまか剣丞さまと合流しないと……」

 

 鬼を片手間のように葬りながら、飛び上がり旗を探す。

 

「あったです!少し遠いですけど……吶喊ですー!!」

 

 突撃する綾那を止められる鬼は……いた。

 

「む!」

「ガアアア!!」

 

 藤十郎の言うところの子鬼である。

 

 

「はぁはぁ……」

 

 藤十郎の目の前に斬り捨てられた数匹の子鬼は既に消滅した。だが、それでも目の前にはそれと同じだけの子鬼、そしてそれを遥かに上回る鬼が控えていた。

 

「あの時の感覚は間違いじゃなかったみたいだが……やばいな、これは」

 

 一匹でも通常の鬼を上回る能力を誇っていたのだ。

 

「かっかっかっ!誰ぞ強き武士の気配を感じて来て見れば……斯様に弱そうな若造とは」

 

 カラカラと嗤い声を上げながら現れたのは一匹の鬼。元々の姿は知らないが、ほかの鬼とは一回りは大きさが違う。ほかの鬼が道を開けるようにした中心から現れたその鬼は、立派な具足をつけており腰に刀を佩いていた。

 

「……何だ、今俺は忙しいんだが」

「かっかっかっ!ならば我が多忙な楔から解き放ってくれようぞ!」

 

 刀を抜き放ち、藤十郎に切りかかる鬼の一撃を同じく刀で受ける。

 

「っ!名を名乗れ、爺」

「これはこれは。我が名は真柄直隆。若造の名は?」

「俺は水野勝成。三河の鬼とは……俺のことだっ!!」

 

 力を込め、刀を押し返す。瞬時に距離を置くと、御家流を使う。

 

「水野家御家流・鬼哭槍攘!!」

 

 その纏った気を含めてようやく真柄と同じくらいだろうか。互いの刀が一度二度と交差する。

 

「面白い、面白いぞ若造!!」

「お前、何で鬼になった!」

「人という器から解き放たれたといってもらおうか!鬼は良いぞ。人の限界を超え、自らの力を奮えるのが之ほどまでに楽しいことだとは思わなんだぞ!」

 

 真柄の言葉に眉をひそめる。

 

「そんなことで鬼になったのか?」

「人の殻を破れぬ者には言われたくはないな。勝成といったか。貴様は敗れるのだ、己が主君を守れずに、我らに蹂躙されていくのを死後見届けるがいい!」

 

 その言葉を放った次の瞬間、真柄の背筋にザワリと何かが走る。

 

「俺の主君に手、出すつもりか?」

 

 雰囲気の変わった藤十郎から距離をとり、真柄が手を上げると周囲の子鬼が襲い掛かる。

 

「そうだ。貴様は我らに勝つことなど……」

 

 子鬼が襲い掛かり、真柄の頭には藤十郎が討たれる姿が思い浮かんでいたことだろう。だが、そうはいかなかった。

 

「……『見ていて』正解だったな」

 

 子鬼の攻撃をまるで動きを読んでいたかのように紙一重で全て避け、すれ違い際に正宗で斬り捨てる。

 

「時間がない。お前はここで……」

「な、何をした、貴様!?」

「消えろ、真柄直隆!……五臓六腑を……!」

「な、何故鬼となった我が……!!」

「ぶちまけろっ!!!」

 

 爆音と共に周囲の鬼ごと真柄を文字通り消し飛ばす。煙が晴れた先には藤十郎が一人立っていた。

 

「……鬼になったから負けるんだよ。人修羅と鬼とじゃ話が違う」

 

 刀を一度振り、鞘へと収める。

 

「名乗りすら上げる価値なくなんだよ。武士じゃないお前じゃ、な」

 

 

 御家流の反動で肉体が悲鳴をあげる中、鬼を切り倒しながら葵が居るであろう方向へと足を進める藤十郎。

 

「ちっ、やっぱりアレは反動でかいな」

 

 ツーッと鼻から流れた血を拭い、鬼を切り捨てていく。

 

「しっかりと姫さんを逃がしてくれたか、歌夜、悠季」

 

 戦場の真ん中辺りで見かけたときにはこの辺りに居たはずの葵たちの姿は既にない。藤十郎は満足気に頷くと、周囲に鬼が居なくなっているのを確認して木陰に座る。

 

「姫さんに怒られるな、勝手に使っちまった」

 

 子鬼の数、中級か上級の鬼、通常の鬼の数……それらを考えれば仕方がなかったとはいえ、御家流以上に反動の大きな藤十郎の『御留流』は基本的に使用を禁止されているものだった。

 

「頭に血がのぼってしまったな、いかんいかん」

 

 軽く頭を振る藤十郎だったが、強烈な眠気が襲ってくる。

 

「……やばいな、集中力が切れたか」

 

 こんな場所で寝ては確実に殺される。そう分かっていながらも眠気はなかなか払えない。が、立ち上がろうにも足に力が入らない。

 

「ふむ、戦場で寝てしまい死ぬ、か。笑い話にもならん気がしなくもないが……」

 

 逆らえぬものは仕方ない。動けるかは分からないが刀を手に藤十郎は目を閉じる。

 

 

 既に日は落ち、藤十郎の刀が淡い光を放っていた。




藤十郎は水野家御家流と藤十郎しか使えない御留流の二つを持っています。
なんとなく概要が見えているかも知れませんが、しっかりと出てくるのはもう少し先になります。

物語としては中盤に差し掛かったくらいになります。
もうしばらくお楽しみいただければ幸いです!


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閑話1 一発屋の看板娘

お気に入りやアクセス有難うございます!

UA5000記念?に書いた閑話となります!

※ 10/26の時点で12話を上げておりますので、更新頻度が高いです。
  読まれていない方は一話前の話もどうぞ!


 話は藤十郎が織田へと出向いていた頃へと遡る。

 

「この辺りか。三若の言っていた一発屋とか言う店があるのは」

 

 賑わっている尾張の町の中でも特に人通りの多い一角にその店はあった。

 

「まいどー!あれ、初めてみる顔だね、いらっしゃーい」

 

 元気な声と共に顔を出した少女は愛想良く藤十郎へと声をかけた。

 

「すぐに注文に行くからちょっと待っててね~!は~い、お待ち!」

 

 次々と注文をする客を捌く姿を見て藤十郎は感心する。

 

「……あれほど同時に注文を受けて間違えないものなんだな」

「あはは、慣れだよ慣れ。それでお客さん誰かの紹介?」

「あぁ、織田の三若から薦められてな」

「三若……あぁ、若菜たちかい。ってことはお侍さん?」

「三河から久遠……織田殿に助力に来た水野勝成という。気軽に藤十郎と呼んでくれ」

「助かるよ。正直堅苦しい話し方は苦手でさ」

 

 笑いながら言う少女の態度に腹を立てるものが居るのだろうか。

 

「私はきよ。よろしくね、藤十郎」

 

 少しだけ会話をし、届けられた料理を口に運ぶ。

 

「……美味い!!」

 

 三河の料理が最も口にあっている藤十郎であっても、この料理が一流であることは分かった。正直、そこまで食にこだわりがあるわけではないが、三若が薦めたのも頷けるというものだ。

 

「口に合ったようでよかったよ。気に入ってくれたらまた来てくれると嬉しいな」

「あぁ、是非来させてもらうよ」

 

 あっという間に平らげた藤十郎は、満足気に一発屋を後にした。

 

 

 それから幾らかの日が流れ。

 

「町からそう離れていないところに鬼の巣がいくつか出たか」

「おうよ。流石に早く潰さんと被害が広がる」

「それにオレの獲物も横取りされちまうからなー」

 

 小夜叉は自分の狩る相手が減るのがおきに召さないらしいが、状況としてはあまり芳しくない。町の付近まで鬼が来る、ということは今まで以上に夜の町は危険になるということだ。

 

「それで、だ。孺子、貴様一人で鬼共を蹴散らせるよな?」

「まぁ、余程の数出なければ。まさか」

「応。今回はワシとガキ、孺子が各個撃破したほうがはやそうでな。遊びすぎて殿に怒られても堪らんからな」

「ってわけで、藤十郎にも特別に獲物を分けてやんよ」

 

 

「で、俺が一番小さい巣ね。まぁ構わんのだが」

 

 森の若い衆が数人着いてきているが、ほとんど道案内をするために来てもらったようなものだ。

 

「じゃ、いってくるから警戒は怠るなよ」

「へい、兄貴」

「……いや、俺はお前たちの兄貴じゃないからな」

 

 苦笑いを浮かべながら鬼の巣へと歩を進める藤十郎だったが、咄嗟に木陰に隠れる。鬼と共に人の声が聞こえてきたからだ。

 

「この声……まさか?」

 

 

 普段であれば、日の落ちた時間に外へと出ることはなかっただろうが、この日は違った。一発屋の仕事が少し遅くなってしまい、外とはいっても店の裏手にその日に出たごみを纏めている程度だった。しかし、運が悪かったのか。突如現れた鬼に攫われ、気が付けば洞窟のような場所へと連れて行かれていた。

 

「や、やめてよ!何する気!?」

 

 鬼に対して言葉が通じるとは思えないが、今この瞬間のきよに取れる術はそれ以外にはなかった。周囲に散らばる骨は獣のものだけではなく、明らかに人のものもある。それが自分のこれから辿るであろう未来かと思えばそれも仕方ないことだろう。

 

「グルルル……」

 

 噂では聞いていた鬼に、まさか自身が襲われることになるとは夢にも思っていなかったきよは恐怖に身を震わせる。

 

「っ!」

 

 ゆっくりと近づいてくる鬼に手元にあった木の枝を投げつけるが、まったく効果はなく少しずつ距離がつめられる。じりじりと尻餅をついた状態のきよが下がっていくと、手に少し大きめの石が当たる。それを鬼に投げつけ、洞窟の入り口へと駆ける。

 

 背後から聞こえる鬼の声に身を竦ませながらも入り口から飛び出す。ドン、と何かにぶつかり、最悪の事態を想像し身を震わせる。

 

「遅くなったな。安心しろ」

 

 鬼かもしれない、と思っていたきよの耳に届いたのは最近よく店に来てくれる織田の客将。一見無愛想に見えながらも時折見せる微笑みは優しく、いい友人として付き合っていけそうだと思っていた。

 優しく背中を片手で抱きとめ、もう片方の手で太刀を持ち鬼を敬遠する。

 

「ガアアアア!!」

 

 鬼の咆哮と共にビクリと身体を震わせるきよを優しく抱き上げ、一気に距離を置く。

 

「お前ら、少しこの子を見ておいてくれ」

「へい!兄貴も気をつけて!」

「すぐ終わらせてくる」

 

 

 きよが戦いらしい戦いを見たのはこれが初めてであったが、それでも藤十郎の強さはしっかりと分かった。鬼の攻撃を受け、流し、槍の一振りで沈めていく。

 

「凄い……」

「へぇ、兄貴はうちの頭やお嬢と対等に渡り合えるお人でさぁ」

 

 強面の森一家の男が笑いながら言う。

 

「藤十郎……さんはいつも?」

「へぇ。頭たちと近くにできた鬼の巣を狩りまわってまさぁ」

「待たせたな。……きよ、大丈夫か?」

 

 鬼を殲滅した藤十郎がきよに声をかける。

 

「う、うん。あの、藤十郎……」

「ちょっと待ってな。おい、一応ほかに討ちもらしがないか確認を頼む」

「へい!」

 

 藤十郎に言われた森一家の衆が洞窟の中や周囲の確認に向かう。

 

「大丈夫か?」

「だいぶ落ち着いたよ。ありがとう、藤十郎」

「気にするな、っていうのは難しいだろうから、素直に受けておくよ」

 

 きよの心を落ち着けるためにわざと軽い感じで言っていることが分かる。だからだろうか、藤十郎の優しさが強く感じられた。

 

「それで、どうして夜に外に出た?」

 

 

 きよの説明を聞いて藤十郎は声を上げて笑う。

 

「ちょ、ちょっと!そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」

「すまんすまん。正直、そんなに運が悪いとは思わなかったものでな」

 

 少しむくれたきよの頭を軽く叩く。

 

「まぁ、これからは気をつけることだ。……いつも俺が駆けつけることができるとは限らんからな」

「……うん」

「兄貴ー!周辺の確認も大丈夫でさぁ!」

「分かった。俺ときよは先に戻るから桐琴さんと小夜叉に伝えておいてくれるか?」

「へい!……へへ、ごゆっくり!」

「?すぐに帰るが……よく分からん奴だ」

 

 首を傾げる藤十郎と、頬を染めたきよを見てニヤニヤしながら立ち去る森一家。

 

「まぁいいか。……立てるか?」

「……まだ無理っぽい。あはは、私も駄目だね」

「そんなことはないさ、っと」

 

 ひょい、と藤十郎がきよを抱え上げる。

 

「うわわ!?ちょ、ちょっと藤十郎!?」

「ん?いや、歩けないなら仕方ないだろう?」

「だ、だからってこの運び方は……!!」

 

 

 結局、背負われることで話をつけた二人は、虫の声しか聞こえない闇夜を歩いていた。

 

「そんなに恥ずかしいことじゃないさ。俺だって初めての戦のときは……」

「戦のときは?」

「……先陣きって首級を挙げていたな」

「……それ、私の腰が抜けたのはやっぱり恥ずかしいことってことじゃない?」

「む、むぅ」

 

 少し困った様子の藤十郎がおかしく、きよが笑う。

 

「やっと笑ったな。まぁ、あんなことがあったばかりだ。そう簡単に笑顔は出ないかもしれんが、笑え。戦場でも、それがこういった場でも。笑えばきっと福が来る。鬼は俺たちが必ず駆逐するから、安心して笑ってろ」

「……う、うん」

 

 突然真面目な話をし始めて驚いたが、頷く。

 

「ま。どうしても礼がしたいっていうのなら……」

「なら?」

「……明日の飯、大盛りにしてくれると嬉しいかもな」

 

 雲間から覗いた月明かりが、笑う二人を照らしていた。




UAやお気に入りなどの節目で閑話を書こうと思っています!

物語の進み方次第では違う場所で書くこともあるかもしれませんが。
ご要望などが多そうなら活動報告で要望欄みたいなものを作ろうかなと思っております。

それでは、感想、誤字報告などもお待ちしております♪


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13話 失うものと拾うもの

今回は物語の都合、短めになっております。

賛否両論ある展開かとは思いますがお楽しみいただければ幸いです!


「……っ!しまった、本気で寝てしまったか」

 

 はっと目を覚ました藤十郎は、周囲の様子を伺う。人の気配も鬼の気配もなく、目の前にある刀が不思議な光を放っているだけだった。

 

「まさか、俺を守ってくれていたのか?」

 

 答えるはずのない刀が、まるで言葉に反応したかのように淡く輝きを返す。

 

「ありがとう。おかげで体力も精神力も回復できた」

 

 礼を言いながら刀を腰に佩く。

 

「さて、これからどうしたものか……」

 

 遠目に見えた感じでは、久遠は無事に落ち延びたようだが森や松平、剣丞隊は若干北のほうへと流れていたように感じた。

 

「ならば、姫さんと合流するのが先決、か」

 

 一目散に三河を目指すという選択肢もあったが、今の藤十郎には何故か加賀のほうへと進むことが正解のように感じた。

 

「悩んだときは直感に従うのが最も正解に近い、はずだ」

 

 

「雨、か」

 

 田楽狭間の戦いのときと同じく降り始めた雨。不思議と藤十郎の胸はざわつく。

 

「この辺りの鬼は殲滅されたのか……?やけに数が少ない」

 

 統率が取れているからこそだろうか、森の中を駆けているというのに見つけた鬼は数匹しかおらず、それが又違和感を感じさせる。

 森を抜け、平地へと差し掛かった辺りで遠方から爆音がとどろく。

 

「この音は……?」

 

 

 藤十郎は、自身の目に映った光景を疑う。藤十郎が出会ってきた武者の中でも、一、二を争う猛将。たった一人で槍を振るう女武者が、鬼の一撃を受け血を流し。折れた槍を、刀を捨て、拳を振るう。腕に噛み付く鬼を鷲掴みにし投げ捨て。鬼の振るう一撃で吹き飛ばされながらも決して地面に膝をつくことはない。

 

 森可成。

 

 藤十郎が武者として認める数少ない相手が、今目の前で散ろうとする瞬間であった。

 

 

「さらばだ、友どもよ……」

 

 自らの最期を覚悟した桐琴は、血塗れになりながらも満足気な微笑みを浮かべる。既に鬼の一撃を避ける力さえ残っていない。崩れ落ちそうな身体を最期の瞬間が訪れるまで、膝をつかぬことが桐琴にできる最後の武士としての誇りでもあった。そのとき、微かに聞こえる咆哮は、鬼ではなく人のもの。しかし、その響きは間違いなく鬼と呼ぶに相応しい、敵を圧倒する声だった。

 

 

「させるかぁっ!!!」

 

 今まさに桐琴に向かって太刀を振り下ろそうとしていた鬼に向かって愛槍を投げ貫く。周囲にいる鬼は千を超えるだろうか。その目が全て藤十郎へと向けられる。

 

「悪いな、鬼共。それは俺のだ」

 

 スラリと刀を抜き放つ。先ほどまで以上に強い光を放つ正宗は、まるで鬼の血を吸わせろと言っているかのようにギラリと輝く。

 

「こんなところで……お前らのような獣に殺されていい人じゃねぇんだよっ!!」

 

 ドン、という音と共に藤十郎が桐琴へ向けて一直線に駆け出す。頭に血ののぼった状況でも桐琴の現状が正直危険なことはすぐに分かった。

 

「時間もない、鬼の数も無数。なら!」

 

 道を塞ぐ鬼を一閃の元に切り伏せて地面に刺さっていた槍を取る。既に意識はないのだろうか、桐琴を背に負うと御家流を発動する。

 

「邪魔立てするなぁっ!!」

 

 自らの身体にも襲い来る鬼をものともせず背に負った桐琴を庇いながら藤十郎は駆ける。

 

 ……終わりのない、鬼との撤退戦を藤十郎は一人で行うことになる。

 

 

「……っ!?」

 

 身体を襲う激痛と、恐ろしいほどの渇き。桐琴は人生の中でも味わったことのない感覚の中で目を覚ます。目の前にはパチパチと音を立てる焚き木、場所は洞穴だろうか、周囲はごつごつとした岩に囲まれているが上を見上げれば満月が目に入る。

 

「ワシは……生きておるのか?」

「今、その状態が生きているって言っていいならな」

 

 そんな言葉を放った相手を見る。

 

「孺子……」

「悪いな、死に場所を奪ってしまった」

「そんなことはどうでもいい。何故貴様がそんな手傷を負っておる!」

 

 桐琴の目に飛び込んできた藤十郎の姿は、普段の彼からは想像もつかないものだった。桐琴ほどではないにしろ、目に見えるほどの怪我を負い既に具足はなく立つのが限界といった様子に見えた。

 

「鬼が朝夜問わずに攻めてくるんでな。抑えるのに必死だったんだよ」

「そんなことを聞いているわけでは……ぐっ!!」

 

 起き上がろうと地面に腕をつくが、激痛で立ち上がることができない。

 

「全身、骨という骨がボロボロだ。鬼の毒はある程度は吸い出したが……」

 

 藤十郎が指を差すのは左の腕。いや、左の腕があったであろう場所だ。

 

「……ワシの腕は、もう駄目だったか」

「あぁ。この場所まで逃げ切るのに時間がかかりすぎた。一息つける段階になったときには……」

「孺子、何故あの場でワシを殺さんかった?ワシを見捨てれば貴様の主の下まですぐであったろうに」

「桐琴さん……いや、桐琴をあの場で見殺せば俺が俺で居られなくなる」

「ワシが此処で自害すると言ってもか?」

「あぁ。自害なんてさせるか。これだけの手傷を負ったんだ。しっかりと働いて返してもらう」

 

 藤十郎と睨み合う桐琴。

 

「傲慢だな」

「傲慢で結構だ。俺はずっと俺のやりたいことをやりたいようにしてきた。戦場も、政治の場も……お前の生き死にも、俺が納得いかないから介入した」

「納得だと?」

「あぁ。武士としての戦いの中なら何も言わない。流れ矢に当たって死ぬかもしれん。名もない足軽の槍につかれて死ぬやもしれん。でもな……人でない、人を捨てたモノに俺が認めた相手が殺されるのだけは我慢ならん……っと」

 

 ふらりと槍を杖のように藤十郎が立ち上がる。

 

「どうやら客人……人じゃないか。きたみたいだから相手してくる。水やらはその辺りにあるから好きにしろ。……絶対に死ぬなよ」

 

 洞窟から立ち去る藤十郎を見送った後、桐琴はゆっくりと起き上がる。

 

「ちっ……孺子の分際で……よき武者振りよな」

 

 くくっ、と笑う。

 

「一度は捨てたこの命。孺子の……藤十郎の為に使うのもまた一興、か」

 

 

 それから、幾らかの月日が流れ。

 

「本当にいいんだな、桐琴?」

「武士に二言はないわ」

 

 互いの傷が癒えるのにかなりの月日を要したが、ついに洞穴より出立できる日がやってきた。

 

「ワシの命は藤十郎、お前に預ける。ワシの主として好きに使えい」

「最初からそのつもりだ。……本当にいいんだな?」

「くどい!」

「……親子で殺り合うことになるかもしれんぞ?」

「はっ!その程度のこと、戦国の世なれば有り触れたことだろうて!」

「かつての主に槍を向けることになってもか?」

「それもまた、戦国の倣い。森可成としてではなく、藤十郎の槍として貫こうぞ」

 

 真剣な顔で見つめ合う二人。藤十郎がため息をつき笑う。

 

「俺から言ったこととはいえ適わんな。……ならば桐琴、共に歩こうか」

「応よ。三河の鬼の生き様、最期まで見届けてやるわ!」

 

 

「しかし、藤十郎。お前のその刀、孺子の持つ刀の親戚か何かか?」

「ん?剣丞も正宗を持ってるのか?」

「ふむ、孺子の刀は鬼を引き寄せる力を持つ、とか何とか言っていたはずだが」

「なら、俺のとは逆だな。俺のは鬼が避けるからな……そうだった。桐琴」

 

 藤十郎が背に掛けていた愛槍を桐琴に渡す。

 

「一時しのぎかもしれんが俺の槍を使え。形も違うから使いづらいかもしれないが……」

「ほぅ、しっかりと見たのは初めてだがなかなか良い槍ではないか」

「俺の愛槍、熊毛の朱槍。通称『血吸いの槍』だ」

「いい名ではないか!」

 

 かなりの重さがある槍を片手で振り回す。

 

「うむ、借り受けるぞ藤十郎」

「あぁ。それじゃ、向かうぞ」

 

 

「三河の地へ」




小説を書いたら絶対にやりたかった桐琴さん生存ルートです。
ですが、これから桐琴さんはちょっとした変装?をして松平に入ることとなります。

そして、此処からが本番……オリジナル路線がどんどん本格化していきます!

感想や誤字報告などお気軽にどうぞ!


活動報告を作成してます!
閑話などのご要望などありましたらお気軽に書き込んでください♪


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14話 葵の選択、藤十郎の選択

いつも感想有難うございます!
励みになっております!

今回も少し短めですが、丁度いい区切りだからです。
次回からまた文字数が増えますのでご安心(?)を!


「藤十郎っ!!」

 

 葵の周囲には悠季しかいないからだろうか、感情を隠すことなく藤十郎に抱きつく。

 

「心配かけたな……葵」

「……久々に名前を呼んでくれたわね」

「色々思うところがあってな。人前では簡便してくれると助かる」

「……して、藤十郎どの。感動の再会の中真に申しわけないのですが……何者ですかな、この者は」

 

 悠季が少し頬を引きつらせながら藤十郎の背後に立っている鬼の面をつけた女を指さす。

 

「あぁ……諸事情でこれから俺の槍となってくれる……」

「桐琴だ。ほかの名はいらぬ」

「桐琴……?まさか、森の……」

「桐琴だ。ワシは藤十郎の言葉しか聞かぬ。そこのワカメ娘も覚えておけ」

「なんですとー!?」

 

 軽く説明をする藤十郎。内容を聞き終わり葵が静かに頷く。

 

「……分かりました。それなら藤十郎、彼女は貴方が責任持って使いなさい」

「あぁ」

「ほう、松平の小娘は分かっておるな」

「裏切りの危険はないので?」

「はっ!ワシを舐めてもらっては困る。藤十郎の敵でなければ裏切らぬ」

「ならば安心ということですな」

 

 悠季がうんうんと頷く。

 

「……藤十郎、これからの私たちの動きを説明するわ。悠季」

「はっ。まず……これからの我らの動きですが、織田……いえ、新田剣丞中心の同盟に……我らは参加しないことを決めました」

「ほぉ……」

 

 桐琴がなにやら納得した様子で頷く。

 

「それで大丈夫なのか?……これからのことを考えれば……」

「はぁ、それを藤十郎どのがいいますか。まったく葵さまが家中の者を説得するのにどれだけ苦労を……」

「ちょ、ちょっと悠季!今それはいいから!」

 

 葵が慌てて止める。

 

「こほん。とはいえ、実際に事を起こすのは鬼の大規模討伐が終わった後のことよ。そして、そのときが来る事を見越して一つの手を打っているわ」

「それは?」

「……それには今の状況を知ってもらう必要があるわね」

 

 

「はっはっはっ!あの孺子、やはり傑物だったか!!」

「まさか、長尾、武田の両家まで蕩しやがったのか」

 

 笑う桐琴と、呆れたように頬を引きつらせる藤十郎。

 

「つまりは、織田と『敵対』すれば、長尾、武田の両家とも同時に戦う……全方向が敵ということになりますな」

「だから、手を打ったの。……関東の覇者、北条と手を組むわ」

「……北条は甲相駿三国同盟を結んでいたり、確か長尾には血族がいなかったか?」

「それなら、問題ありますまい。北条もまた、新田剣丞を中心とした同盟には加わらぬ、と。自らの地盤を更に固めていくようですな」

「先を見越しているということだな。……その件は後にするとして、まだ何かあるのか?」

 

 悠季が力強く頷く。

 

「こちらが本題、といったところですな。……これは某よりも葵さまから」

「えぇ。……これより、私は松平元康改め……徳川家康を名乗ります」

「それに伴い、葵さまは従五位下・三河守を叙任。名実共に三河の支配者となられたということです!」

「それは……今川と、本当の意味での決別と覚悟、だな」

「……えぇ。綾那と歌夜、小波には今は剣丞さまと一緒に居て貰っています。直接ではなくとも、松平の……いいえ、徳川の武を天下に知らしめる為に」

「それも今後の方針というわけだな。……それで、鬼は動くのか?」

 

 

 夜。藤十郎は約束を果たすべく悠季と杯を交わしていた。

 

「鬼の本拠は京、そして首魁はエーリカ。ふむ、あのとき感じた違和感はこれか。だが……駿府屋形までもが鬼の居城となっているとはな」

「違和感、とは?」

「あのエーリカという女と初めて会ったときだ。遥か格上……小さい頃に酒井の婆さんに扱かれたときを思い出したよ。人じゃない、というか明らかに俺じゃ勝てんよ」

 

 杯が空になったのを見て悠季が酌をする。

 

「……藤十郎どのでも勝てぬと?」

「う~む。なんとも言えんな。刀が通じるのであれば負ける気はないが……鬼を操る相手とは戦いたくないのも事実だ。それが無尽蔵に増やしていけるものなのであればな」

「厄介ですなぁ。まぁ、まずは目の前の駿府屋形でございましょうが」

 

 駿府屋形を落とし、今現在鬼の首魁と見られているのが武田信虎。甲斐武田の先代にあたる人物だ。烈火の如き気性で武者としては恐ろしいほどの腕であったというが。

 

「鬼になった武者、ね。俺や綾那、桐琴であれば狩れるだろうな」

「ほほぅ。気になっていたのですが、桐琴どのはどれほどの腕前で?」

「御家流、御留流を抜きにすれば俺と同等かそれ以上。綾那よりは下かも知れんが」

「従妹どのは頭はアレですが、武者振りは認めております故。藤十郎どの以外の言うことを聞かないというのは厄介ですが、これからの戦いでは頼りになりそうですな」

「あぁ。それは保障する」

 

 言葉を交わしながら、藤十郎が返杯する。

 

「……いやはや、藤十郎どのの合流が遅れたときはどうしたものかと思いましたぞ。しかも今回はかなりの長期間でしたからな」

「それはすまん。俺も桐琴も動けるようになるまでにかなりの時間がかかったからな」

「剣丞どのの元で武を振るえと言ってもあの綾那が聞き分けず、説得するのに苦労したのですぞ」

「……そうか」

 

 未だに自身の無事を伝えることができていない綾那、歌夜、小波。彼女たちともまもなく合流することになる。

 

「心配ですかな?」

「そうだな。……剣丞に蕩されてなければいいが」

「へ……?はっはっはっ!藤十郎どのは面白いことを仰りますなぁ!ご自身のことを棚に上げて!」

「?」

「……本気で分かっておられぬ様子。藤十郎どの、一つだけ某から忠告がありますぞ」

「何だ?」

「此度の葵さまの決断。徳川家康として家中を纏めることも、剣丞どのを中心とした連合からの事実上の脱退……まぁこちらは予定ですが。この両方が、たった一人の為に行われている、ということです。藤十郎どの、悠季からの頼みです。葵さまのこと、どうかお頼み申します」

 

 真剣な顔で酒を置き、丁寧に正座での礼をする悠季。

 

「……あぁ、何があろうと俺は葵を守ると誓う。その為の準備もしてきた」

 

 胸元から一枚の書状を出すと、悠季へと差し出す。

 

「……!これは……」

「母上に今日お会いして書いてもらった。俺が頼んだら笑っていたよ」

「……忠重どのが」

「家なぞいつでも譲ってやった。お前の覚悟があるかを試していただけだ、とさ」

「家督を勝成に譲る、ですか。あの忠重どのがとは正直思えないのですが」

「母上に言われたよ。覚悟が出来たのなら、早く幼馴染の一人くらい娶れと」

「それはそれは……聞く者が聞けば謀反人扱いされてしまいますぞ」

「俺の具足、母上が作ってくれていたものに少し手を加えた。水野の家紋と……もう一つ。明日見せる」

 

 

 次の日、二人の『鬼』が家臣団を引き連れて葵の前に姿を現す。

 

 片方は漆黒の鎧に身を包み、背には真紅の外套。外套の紋は織田から授かりし永楽を逆にした裏永楽。面頬はまるで鬼か般若の口元を模したかのような形をしている。腰に佩いた正宗と、背に負った朱槍。現水野家棟梁となった水野勝成である。

 もう一人は今までと大差ない服装に見えるが、背には同じく裏永楽。新たな槍には水野の家紋。失った腕を隠すことなく堂々と歩いてくる彼女こそ桐琴。いまや名を捨て家を捨てた無頼人である。

 

「待たせたな」

「え、えぇ。藤十郎、気合が入っているわね」

「あぁ。葵の覚悟、しかと受け取った。だから、俺も今一度、此処で誓おう!」

 

 後ろに付き従っていた水野家の家臣が葵の旗印である葵の御紋、そして厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)の文字。

 

「葵が目指す天下は争いのない平和な世だ、そう言っていたな」

「えぇ、そうよ。それこそが私の目指す……目指す天下」

「何れは俺たち武辺者がいらぬ世が来るだろう。だが、それの何が悪い!自らが愛する民が、自らが愛する相手が幸せな世。それこそが葵の、徳川家康の目指す世だというのならば、俺はその天下を手にする為に槍を振るおう!」

 

 藤十郎が膝を突くのと同時に桐琴も、家臣団も膝を突く。

 

「水野家棟梁、水野勝成が、藤十郎が。我が魂の全てを捧げ、家康公の覇道を成し遂げると此処に誓う!!槍が折れれば太刀を振るい、太刀が折れれば拳を振るおう!万難を排して道を作ろう!」

 

 立ち上がり、静かに葵の目の前へと歩を進める。

 

「……葵、俺はお前と共に生き、未来が見たい。葵が夢を見、その生涯を賭けて創り上げる明日を」

「藤十郎……」

「葵、全てが終わった後……俺と祝言を挙げてくれ」

 

 

 ……次の瞬間、場が歓声に包まれた。




サプライズプロポーズの先駆け(ぉぃ

と、いうわけで葵さまが松平元康から徳川家康へと進化しました!
藤十郎が演説キャラみたいになっている気がする今日この頃です。
作中で北条の名前だけ出てきましたが、戦国†恋姫Xで追加されたキャラです!
タグ追加したほうがいいかな……?

史実の流れなど一切無視した形になっていきますので、お嫌いな方はご注意を!

UA6000、お気に入り100突破記念(?)で閑話を書きます。
ご希望などありましたらお気軽に活動報告にどうぞ♪


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15話 駿府への道

沢山の感想やお気に入り有難う御座います!


 日は流れ、織田、浅井と今回の中心となる鞠との合流の日がついに来る。遠方に見える織田木瓜と三つ盛亀甲、足利二つ引が、大中黒一つ引を守るかのように旗が風に靡いていた。

 

「あれに加えて武田と長尾、か。錚々たる顔触れだな」

「……正直、笑い事では御座いませぬからなぁ。どちらも一騎当千の武者揃い、智将も揃っておりますれば……。はて、そういえば桐琴どのは?」

「流石に知り合いが多すぎるからな。今は母上と新しい服を作るとかいって意気投合していた」

「……確かに忠重どのと桐琴どのならば仲良く慣れそうな気がしますな」

 

 近づいてくる軍勢の中から飛び出す影が二つ。藤十郎からすればとても見慣れた相手でもあった。

 

「藤十郎ーっ!!」

 

 鬼に当たればそれだけで消滅させてしまうほどの勢いで藤十郎へと突進してくる綾那を、いつものように勢いを殺して抱きとめる。

 

「久しいな、綾那」

「う~!心配したですよ!綾那は大丈夫だって思ってたですけど、心配したのです!」

「あぁ、本当にすまん。……綾那は元気そうで何よりだ」

 

 優しく頭を撫でると嬉しそうに綾那ははにかむ。

 

「えっへっへ~!ちゃんと葵さまとの約束どおり、剣丞さまをしっかり守ったです!」

 

 まるで褒めて褒めてと尻尾を振る犬のような綾那をあやしながら、視線を歌夜へと向ける。

 

「歌夜も、心配かけたな」

「……本当に心配しました。今度の今度こそ……でも」

 

 藤十郎は身体を寄せてくる歌夜の頭も綾那と同じように撫でる。

 

「あぁ。これからは離れる気はないさ。時期を見てまた呼び戻すことになるだろう。覚悟はしておけ」

「はい。綾那にはそのときに上手く伝えますね」

 

 今はゴロゴロとまるで猫のように藤十郎に甘えている綾那を見て微笑む歌夜。

 

「しかし、綾那。会わん間に甘えん坊になったのか?」

「なっ!そんなことはないです!ないですけど……藤十郎はいや、です?」

「嫌ならその場で言っているさ。心配かけたのは事実だから好きにしていいが」

「ならなら!後で死合うです!」

「……やっぱり最後はそこに行き着くのね」

 

 

「……久しいな、剣丞」

「藤十郎!無事だったんだな!」

 

 出迎えに来た藤十郎を見て嬉しそうに剣丞が笑いかける。

 

「あぁ。色々と危ないところではあったけどな。お前も見ない間に嫁を増やして……天下をも誑してしまうつもりか?」

「ちょ!藤十郎までそういうこと言うの!?」

 

 剣丞の言葉ににやりと笑う藤十郎。

 

「半分は冗談だ。……今回は、徳川家からの歓待役を仰せつかった水野家棟梁水野勝成として此処に来た」

「徳川……そっか、葵は改名したんだっけ?」

「あぁ。それに俺も……藤十郎としての心に従ってみることにした」

 

 まっすぐに剣丞を見る。

 

「礼を言う。これからどうなっていくかは分からんが、お前には本当に感謝している」

「……そっか。うん、それが藤十郎の選んだ道ならそれでいいと思う。でも、今は」

「あぁ。駿府屋形を取り返すのは共同戦線だ。……剣丞、互いの道が違えようと」

「うん、俺たちは友達だ」

 

 

「葵、敵方の様子はどうだ?」

「はい、今は駿府屋形へと集結しているようです。……それと」

「書状で読んだぞ。改名したそうだな」

「これからは徳川家康を名乗ります。久遠姉さま……」

「デアルカ。我も自分のやりたいようにやってきた。葵も好きにしろ」

 

 久遠の言葉に少しだけ驚いた様子を見せた葵。

 

「……久遠姉さま、我ら徳川は鬼の討伐には与力しますが同盟には加わらないことを決めました」

「……そうか。それが葵の選択なのであれば、我は構わん。日の本の為に動いているのであればな」

「……はい。それにしても、久遠姉さまは変わりましたね。やはり剣丞さまのお力ですか?」

「ななな、何を言っている!我は……そうだな、我は変わっているのかもしれん。それは葵、お前もではないか?」

 

 久遠が葵を見ながら言う。

 

「以前に比べ、本心からのやわらかい表情が出ている。以前のお前は何を考えているか分からんところがあったが……今はしっかり伝わってくるぞ」

「それは褒められているのでしょうか?ふふ、そうですね。私も……変わりましたから」

 

 

「久遠」

「剣丞か。どうであった?」

「うん、藤十郎は元気そうだったよ。……それと、やっぱり」

「あぁ、我も葵と直接話をしてな。確信した」

「「織田と徳川の戦が起こる」」

 

 剣丞と久遠の言葉が重なり、二人はうなずき合う。

 

「……よいのか、剣丞。藤十郎はお前の友なのだろう?」

「うん、正直戦いたくはない。でも、俺は俺の大事な嫁さんたちや仲間たちを守りたい。一対一じゃ絶対勝ち目ないだろうけど、それでも皆で力を合わせれば大丈夫」

 

 剣丞の言葉に久遠が頷く。

 

「ならばいい。だが、今は目の前の敵が優先だ。……しかし、本当に良いのか?本多や榊原などは剣丞隊にとっても大きな戦力であろう?」

「仕方ないよ。二人とも直接話をして、主家に戻りたいって言ったんだ。寂しい気持ちはあるけど、それが二人の選択だからね。小波はまだ悩んでるみたいだから、焦らずに考えていいって伝えてるよ」

「小波か……。あの御家流は強力であるから、正直手放したくはないが……この件は剣丞に任せる」

 

 

「葵」

「藤十郎!……どうだった?」

「剣丞は元気そうだったな。だが、流石というかなんと言うか。もう俺たちの考えを見抜いているようだったな」

「そう……。久遠姉さまもそうだったわ」

「駿府屋形を取り返した後で」

「恐らくは京付近で決戦になるわね。京に鬼の首魁が現れるかもしれないと剣丞さまが言っていると話していたわ」

 

 京付近の地形を思い浮かべながら眉を顰める。

 

「……相手方に公方もいることを考えると正直不利だな」

「えぇ。今その辺りは悠季が中心に内裏などに手を回しているわ。……それと、藤十郎。駿府屋形を落としてそのまま北条へ使者として行ってもらいたいの」

「ほう?俺でいいのか?」

「私たちが剣丞さまを中心とした連合よりも手を組むに値する相手かどうかを証明しろと言っているの。それに対応できるのは藤十郎、貴方よ」

 

 

「北条ねぇ。正直、気は進まんが」

 

 同盟を確実なものとするためには行かないという選択は取れない。京には葵たちが向かい、北条には藤十郎と桐琴の二人だけで行くという。

 

「織田との戦には間に合えばいいんだが……」

「おい、藤十郎!」

 

 背後から聞こえた桐琴の声に振り返ると、一瞬固まる。

 

「……なんだその禍々しい服」

「はっはっはっ!忠重どのと共に作らせたのだ!どうだ、似合っておろう!」

 

 凶悪な胸元はそのままだが、以前の服と比べると黒が増えている。

 

「お主の服に色を合わせてきたわ。それとな、ほれ」

 

 桐琴が左腕を見せる。そこには肩まで包む漆黒の籠手があり、指先も動いている。

 

「な、何だそれは」

「鉄砲と同じく西洋の絡繰らしい。忠重どのは呪われておるが、ワシなら使えるだろと言っておった。しかしなかなかどうして、しっくり来るものでな!」

「……母上、何をしているんだ……」

 

 軽く頭を押さえる藤十郎。あの母にしてこの子あり、なのだが。

 

「まぁいい。具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ」

「応よ。それで藤十郎よ。此度の戦、織田方と共になってしまうと不味い気がするのだが良いのか?」

「その辺りは考えている。……おい」

 

 藤十郎の声に現れたのは桐琴と似た体格の家臣たち。男は藤十郎と同じような服装で、女は桐琴に似た服装を着ていた。全員に共通して言えるのは、鬼の面をつけていることだ。

 

「血気盛んな若い衆だ。ここにいる二十五……桐琴を加えて二十六騎を俺の側近とする」

「ほう……項籍か為朝だとすれば数が足りんのう」

「気付くの早いな。俺の部隊ではないが、綾那と歌夜を此処に含めて二十八騎とし決戦のときに先陣を切る立場とする。これは葵からも許可を貰っている」

 

 駿府屋形での決戦時にも先陣を切る予定になっているという言葉に桐琴がにやりと笑う。

 

「分かっておるな、藤十郎。やはり戦は一番槍こそ花よ!」

 

 

 駿府屋形への侵攻は詩乃と京で剣丞隊に入った雫の両兵衛によって順調に行われていた。そしてまもなく駿府屋形が見えてくるであろう頃にそれは起こる。

 

「何だ、あの旗……武田か?」

 

 先駆けしていた藤十郎の目に、黒地に白餅の旗が突撃していくのが見える。

 

「……親を狩る、か。身内の恥は身内で晴らす。そう言うことか?」

「で、あろうな。どうする、藤十郎?」

「決まってるだろう。……突撃だ」

 

 

「あの名乗り……武田信繁……典厩か」

「景気の良い発破ではないか!……だが」

 

 藤十郎と桐琴を先頭に次々と鬼を切り捨てながら突き進む藤十郎たちは、同時に違和感を感じていた。

 

「この鬼ども、本気で殺しに来てはいないな」

「うむ。あの小娘を誘い出す罠……もしくは孺子に関わる何かしらやもしれんな」

「そして、敵の旗と交錯……不味いな、恐らくあれは」

 

 

「くっ……!薫、逃げるでやがる!」

「駄目!夕霧ちゃんを置いて逃げるなんて出来ない!」

 

 一際大きな鬼……武田信虎であったそれに追い込まれている二人を取り囲む鬼の輪が少しずつ狭められていた。薫が応戦するが、多勢に無勢。既に勝敗は決したかに見えた。そのときに一陣の風が、いや嵐が吹き荒れる。

 

「ヒャッハーッ!!クソ鬼どもは皆殺しじゃぁっ!!」

 

 金色の夜叉と。

 

「信虎だな。鬼に堕ちた外道に過ぎん貴様には勿体無いが我が槍馳走仕る!」

 

 紅の修羅が、部下をおいて敵陣に飛び込んできたのだった。

 

 

「オラァッ!この程度か、クソ鬼ども!!」

 

 地面から次々と鬼を呼び出す信虎であったが、沸く鬼を次々と切り捨てていく。鬼の攻撃を左手の籠手で受け、そのまま地面に叩きつけ潰す。

 

「はっ!相手にならんぞ、もっとワシを楽しませる鬼はおらんのか!!」

 

 一方的な殺戮であった。

 

「す、凄いでやがります……」

「あの旗……松平、ううん、徳川の?」

「確か水野家の旗と記憶してやがります。あれが……三河の鬼でやがりますか」

 

 桐琴とは違う場所で鬼に囲まれながら信虎と大立ち回りをしている藤十郎を見る。

 

 

「ぐっ……!人の身を捨てられぬ愚かな存在でありながら、我に逆らうか!」

「人の身の限界すらしらん貴様に言われる道理はない!」

 

 既に藤十郎の部下たちも合流し、周囲の鬼から武田を守る動きをしている。水野家の中でも特に血気盛んで腕の立つ一団に鬼は少しずつ押されている。

 藤十郎の槍の一振りで信虎が吹き飛ぶ。

 

「何だ貴様はっ!?人の身でありながら、どうしてそれほどの強さを見につけているのだっ!」

「人だ鬼だと煩い奴だ。俺は、ただ強くなる為に槍を振るい続けているだけだ。鬼になれば強くなれる?そんなのは馬鹿の考えることだろう。それにな」

 

 ニヤリ、と笑う藤十郎。背後から来る猛烈な気配を受けながら。

 

「ただ純粋な武であれば、俺に勝てないんじゃ」

 

 藤十郎の横を通り過ぎて突撃していく影。

 

「綾那には……本多忠勝には勝てんよ」

「とりゃーです!!」

 

 

「助かったよ、藤十郎」

「遅かったな」

「……藤十郎たちが早すぎるんだろ。それはそうと、凄いね藤十郎の部隊」

 

 周囲に居る藤十郎の部下を見て苦笑いを浮かべる。

 

「うちの腕自慢な若い衆だ。徳川の戦の先陣を切らせてもらう」

 

 ちらと桐琴を探すが上手く隠れているのか立ち去ったのか。既に周囲にはいないようだった。

 

 

「と、藤十郎!本陣を鬼が急襲している!!」

「っ!?」

 

 言葉を聞くと同時に藤十郎は馬に跨り駆ける。

 

「ちっ、油断していたか!?本陣には今は葵と……鞠がいる。松平衆がいるとはいえ、長くは持たんかも知れんぞ!」

 

 そんな藤十郎の目に入ったのは、木々を飛び移りながら飛ぶ赤い大猿。そして、その肩には意識を失っているのだろうか葵を抱えていた。

 

「な……葵ーっ!!」

 

 森に藤十郎の声が響き渡った。




二十八騎。
中国では西楚の覇王、項籍が。
日本では鎮西八郎、源為朝が。
共に二十八騎を率いたとされています。
興味のある方は調べてみてくださいね!

駿府屋形が終わったら閑話をはさもうと思ってます。
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16話 駿府屋形と鬼の調伏

お仕事が忙しくなる前に……早く更新できるうちにガンガンいきます!
お気に入りや感想などいつもありがとうございます♪


 葵が大猿の鬼……白川の手で攫われて、藤十郎は周りの静止を振り切り一人……桐琴もいるので二人で馬を走らせていた。

 

「鬼の居城へ二人で討ち入りとは……面白い話だが、藤十郎。少し落ち着かんか」

「俺は落ち着いて……」

「嘘だ。今のお前からは焦りしか感じ取れん。ワシを舐めるなよ」

 

 桐琴の言葉に藤十郎は言葉を飲み込む。

 

「……藤十郎にとって徳川の殿がどういう存在かは、ある程度分かっておるつもりだ。だからこそ、お前が怪我を負って助けに来てみろ。徳川の殿がどのように感じるかも分かろう?」

「……すまん」

「分かればいい。我が主になったとはいえ、まだまだ甘いところは抜けんか」

 

 笑いながら桐琴が言う。

 

「後続を待ったほうがいいか?」

「ふむ、恐らくだが誰かが門に張り付き、孺子が侵入といった策を取るはず。中の様子が分かるようならいいが……まずは徳川の殿の無事を確認できねばなんとも言えんな」

「……いや、俺と桐琴ならいける、と言いたいが綾那をつれてくるべきだったか」

「本多のガキか」

「あぁ。綾那は大音声(だいおんじょう)って技……なのか、まぁ名乗りを上げると人やら鬼やらが集まってくるので、な」

「ふむ、そんな便利な技があるのならワシも欲しいものだが」

 

 駿府屋形が目に入る。禍々しい気を放つその建物のどこかに葵が居る。

 

「……桐琴、俺に命を預けろ」

「ふん、前にも言ったであろう。ワシは藤十郎の槍となる、と。そんなものとうの昔に預けておるわ!」

 

 

 駿府屋形の門の前。藤十郎が馬から降り、地面に立つ。

 

「桐琴。俺には御家流と御留流、二つの技がある」

 

 槍を回しながら言う藤十郎。

 

「一つが水野家の御家流、鬼哭槍攘。肉体に反動があるからあまり多用は出来ない技だ。そして、もう一つが」

 

 槍を止め、鬼の気配漂う門をにらみつける。

 

「俺しか使えない御留流。家中でこれを知っているのは葵と悠季、あとは母上のみ。名も無きこれは精神力と魂を削って使う。多用できるものと出来ないものがあるのも特徴か」

 

 藤十郎の身体から膨大な気が放たれる。

 

「条件は一つ。『俺が知っている』こと。本家を超えることは簡単ではないが……血統、出自を無視して使えるこれは強力無比だ」

「おい、藤十郎。まさかお前の御留流は……!?」

「そう」

 

 槍を手にしているにも関わらず、気の形は明らかに巨大な斧のようになっている。

 

「人の『御家流』を我が物とする。『五臓六腑をぶちまけろ』」

 

 

 門と共に多くの鬼を一撃で葬り、屋形内へと侵入をしていた。

 

「丁度、織田の軍勢が門に張り付いたようだな。こちら側が手薄になってきておる。それよりも大丈夫なのか?魂や精神を削る技を使ったのだろう?」

「大丈夫だ。威力を抑えれば数発はいける。本家の威力を出してしまえば話は変わってくるが」

 

 藤十郎は自身が見たことのある壬月の五臓六腑を思い浮かべる。藤十郎との仕合の中で使ったのは恐らく七割程度だろうか。あれを使えば一発で息切れしてしまうだろう。

 

「ふむ、ならば良い。藤十郎、先にいけ」

 

 突然、鬼の面を取り出した桐琴が藤十郎に言う。

 

「桐琴?」

「ここはワシが食い止める。もし織田方の連中と出くわしたらワシは先に撤退するぞ」

「分かった。……また後でな」

「うむ」

 

 

「さて、門に張り付いておるのはガキか。……ふ、立派な武者になったようだな」

 

 面の中でニヤリと笑う桐琴。そして、すぅと大きく息を吸い込む。

 

「クソ鬼どもぉっ!ワシが相手だっ!掛かってこいやぁーっ!!」

 

 桐琴の声が屋形の中に響き渡り、鬼たちが次々と桐琴を目掛けて襲い掛かる。一匹の鬼と多数の鬼の衝突が起こった。

 

 

「桐琴の奴、まるで綾那の大音声だな。……頼んだぞ」

 

 虱潰しに襖を開け、中を確認して回る。壁や部屋の中は惨憺たる状況で、人骨や生々しい血の跡などがそのままにされていた。悪臭が漂うこんな屋敷に葵が居ること自体が藤十郎には堪らなく不愉快であった。そんな藤十郎の目の前に、襖が開け放たれた一つの部屋に差し掛かる。

 

「っ!?葵!!」

 

 ぼんやりと部屋の中で立ち尽くしている葵を見て部屋に飛び込んだ藤十郎を目掛け、天井から攻撃が繰り出される。すんでのところで回避した藤十郎が、葵と降り立った白川との間に立つ。

 

「来いよ、クソ猿。今の俺は虫の居所が悪いんだ」

 

 強烈な殺気に当てられてか、白川はジリジリと下がっていく。

 

「キキッ!!」

 

 鳴き声をあげて風の如く部屋から逃げ出す白川。チラと一瞥して葵と向き直る。意識があるのかないのか。ぼーっとした表情で虚空を見つめている。

 

「葵……」

 

 葵の身体に藤十郎が触れた瞬間、禍々しい気が藤十郎の中に流れ込んでくる。

 

「っ!?……はぁはぁ……」

 

 咄嗟に葵の身体から手を離し、距離をとる。葵の様子に変化はないが、今の感覚はなんだったのか。

 

「まるで……人でない何かになったかのような……」

 

 ふらっと倒れる葵を咄嗟に抱えるが、先ほどと同じ衝撃はなかった。葵の身体を優しく寝かし、傷を確認する。

 

「外傷はなし。だが状況が分からんな……これは悠季の専門か」

 

 そう思い、一度立ち上がろうとする。そんな藤十郎の袖口を葵は掴んでいた。

 

「葵?」

 

 気がついたのかと視線を向けるが、やはり葵は気を失ったままであった。そのとき、バタバタと人の足音が聞こえてくる。

 

「って、藤十郎!?」

「応。……すまんな、先走ってしまった」

「いや、無事ならよかった。先に行ったって聞いたときはどうしようかと思ったけど」

 

 部屋に飛び込んできたのは剣丞と観音寺から仲間に加わったという梅、そして。

 

「藤十郎さん……葵さまは?」

「今は気を失っているようだが……まずは悠季に見て貰うのがいいだろう」

 

 ふわりと葵を抱えあげながら藤十郎が言う。

 

「……分かりました。剣丞さま?」

「あぁ。藤十郎は葵をお願い。道は俺たちが切り開くよ」

 

 

「そういえば、鬼の数が少なかったんだけど……」

「恐らくは俺たちが裏を破壊して入ったからだな」

「……藤十郎、無茶しすぎでしょ」

「ハニーには言われたくないと思いますけど」

 

 苦笑いしながらいう剣丞に、更に梅が苦笑いで答える。

 

「って、もう一人は?」

「あぁ、途中で別れた。さっき綾那の大音声が聞こえたから恐らくは先に脱出している」

「そっか、ならよかった」

 

 屋敷から飛び出した藤十郎たちの前には信虎と向かい合う綾那の姿が見えた。

 

「綾那っ!無事っ!?」

「綾那は全然元気なのです。って、藤十郎!また綾那置いていったです!」

「す、すまん」

「むー……まぁいいのです。この件は後でじっくり聞くですから……藤十郎と剣丞さまたちはさっさと逃げるです」

 

 綾那の言葉に驚く剣丞。

 

「綾那一人で信虎さんの相手は……」

「任せるぞ、綾那」

 

 剣丞の言葉を切るように藤十郎が言う。

 

「ほう、貴様はあのときの……。どうだ、今ならば二人まとめて相手をしてやってもいいぞ?」

「俺と綾那でか?やめておけ。……相手にならん」

「そうなのです。綾那だけでも余裕ですし、藤十郎でも勝てるです」

 

 若干、藤十郎を馬鹿にしているようにも聞こえる言葉ではあるが、綾那の言葉に信虎が怒りを現す。

 

「その狸娘。我が直々に喰ろうてやるところを見せてやってもよかったのだがな」

 

 その言葉と同時に藤十郎、綾那、歌夜から猛烈な殺気が放たれる。特に藤十郎からの殺気は異常で、門の外で待機していた小夜叉などが反応するほどであったという。

 

「……危うく口車に乗るところだったが……綾那」

「任せるです」

 

 最後に綾那の背中をチラと見て藤十郎たちはその場を離れる。

 

 

 少し後に屋形から名乗りが聞こえた。

 『徳川家が一番槍!本多綾那忠勝が、鬼の大将・信虎を討ち取ったのですーっ!』と。

 

 

「……ふむ、これは。葵さまは鬼に落とされようとしておりますな」

「鬼に、か」

 

 悠季の言葉に静かに頷きながら藤十郎は呟く。

 

「おや、あまり驚かないので?」

「いや、驚いてはいるが葵に触れたときになにやら禍々しい気が流れ込んできたのでな」

「!?藤十郎どのも少し見せてもらいますぞ」

 

 悠季が真剣な表情で藤十郎を確認していく。

 

「……大丈夫そうですな。それで、葵さまを抱えてこられましたがその後異常は?」

「特には。……何とかなるのか?」

「そうですなぁ。確実であろう手が一つ、不確実ではありますがもう一つ。といったところでしょう」

「確実な手と不確実な手、か。二つを提案するということはそれなりの理由があるのだろう?」

「えぇ。……新田剣丞どのに託すか、藤十郎どのに託すか。この二択です」

 

 

 駿府屋形を落とし、ついに鞠がその中へと足を踏み入れた。その夜には、近くの屋敷を借り受けていた。そして藤十郎は。

 

「と、藤十郎!頭を上げてくれ!」

「……頼む、剣丞」

 

 土下座をして頭を下げ続ける藤十郎と、困ったようにあたふたとしている剣丞。

 

「えっと……葵を助けるために俺の刀が使いたい、ってこと?」

「あぁ。無礼は承知している。本来なら剣丞自身に頼むべきだということも重々承知している。だが、葵だけは俺が助けたい。いや、俺が助けなければならない!」

 

 頭を上げない藤十郎を見て、苦笑いでため息をつく剣丞。

 

「藤十郎、友達が困っているときに力を貸すのは当たり前だろ?」

「剣丞……」

 

 頭を下げた藤十郎の側にかちゃりと刀を置く。

 

「俺にとっては唯一の持ち物に近いものだからちゃんと返してくれよ?」

「勿論だ!……剣丞、俺もこの刀を一旦預けておく。代わりにならないのは分かっているが、これくらいせねば俺の気が済まん」

 

 そういって自らの刀、正宗を剣丞の前に置く。そして、槍を。

 

「え、槍も置いていくの?」

「あぁ。剣丞が自分の武を俺に差し出したんだ。俺も前にそれだけのものを渡さねばいかんだろう?」

「いいのに。……でも、分かった。しっかり預かっておくよ」

 

 

「ほぅ、剣丞どのはかしてくれましたか」

「あぁ。……で、どうすればいい?」

「その刀で、葵さまを斬っていただきたいのです」

 

 

 悠季の言葉、考えが正しければ……確りと意識をし、鬼という存在だけを斬ることが出来れば葵は救える。そう言っていたが……。

 

「鬼だけを斬る……?そんなことが出来るのか……?」

 

 今は、悠季の力で一時的に鬼化の進行を抑えているだけであるから、あまり時間をかけると葵の魂に負担がかかってしまう。つまり時間はあまりないということだ。静かに眠っている葵に刀をむける。剣丞の刀は鬼に反応し光るというが、確かに葵に向けた刃は光を放っていた。藤十郎は、恐る恐るその刃を葵の腕に当てる。

 

「……」

 

 恐らく、藤十郎の人生の中で最も緊張している瞬間であろう。初陣のときですらこれほどに動揺したことはないだろう。葵に向けた刃を静かに押し込む。

 

「ううっ……!」

 

 葵の呻き声と、刀を差した場所から漏れる黒い靄。靄は刀に吸い込まれるように消え、刃を抜いたその部分には傷一つついていなかった。

 

「悠季、いるか?」

「おりますぞ」

「お前の予想通りだ。……鬼の因子だけ斬ることが出来そうだ」

「ならば、お任せしますぞ。何かあれば某は此処におります故」

 

 葵の身体中に慎重に、だが素早く刀を差す。その度にあがる葵の呻き声を顔を顰めながら聞く。

 

「もう少しだ、頑張ってくれ葵」

 

 反射的にであろうか、藤十郎が葵に覆いかぶさるような形でついていた左腕に葵の手を弱弱しく掴む。着ていた服ははだけ、ほとんど用を成していない状態になっているが藤十郎は葵の心臓に刃を当て、突き立てる。声にならない葵の叫びと共に、一際大きな靄があがり刀に吸い込まれる。

 藤十郎も過度の緊張状態にあったのだろう、はぁはぁと荒い息をしながら刀を抜く。葵に向けられた刃は既に光をなくし、完全に鬼の呪縛から解き放たれたことを証明していた。それを確認し、葵へと視線を向けると静かに目を開ける姿が確認できた。

 

「葵!」

「……とうじゅうろう……?」

 

 まだ意識が混濁しているのだろうか、いつもに比べると舌足らずな感じではあるが、藤十郎を葵が呼ぶ。

 

「あぁ、そうだ。大丈夫か、身体におかしな……っ!?」

 

 藤十郎の言葉は最後まで続くことはない。何故なら藤十郎の唇に、重なるもう一つの唇によって言葉を奪われたから。

 

「っ……!」

 

 どれほどの時間、そうしていたのかは分からない。一瞬か、はたまた一刻か。頭の芯まで痺れるような感覚を藤十郎は受けていた。

 

「葵何を……」

 

 そこから先は言葉はない。再び葵によって言葉を奪われた藤十郎。

 

 

 駿府での夜は更けていく……。




藤十郎と葵はどうなったのでしょう?(すっとぼけ
R-15なので此処までですね!

駿府編はここで終わりますので、次回から閑話を挟み藤十郎は北条へと向かいます。
閑話の一つはご希望であった『斉藤飛騨』の物語がプロットに組み込みましたので書かせていただきます。
もう一つが今回の話の後日談、あと一つくらいかな~と思ってますのでまだまだ希望ありましたらお気軽にどうぞ♪


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閑話2 飛騨、己を知り人を知る

今回の主役は斉藤飛騨です!
原作では序盤に出てきてすぐに居なくなるので記憶にない方は是非原作を再度プレイしてみてください!


 時は遡り、藤十郎と桐琴が三河へと帰る前の話である。

 

「だいぶ身体が動くようになったみたいだな」

「応よ。ワシは腕以外は完治したわ」

 

 笑いながら言う桐琴に苦笑いを返す藤十郎。

 

「今日は少し遠くまでいって鬼の巣探すか」

「ふむ、それもいいかも知れんな。追われてばかりでは面白くないからな」

 

 そんな理由で決めていいのだろうか、と感じなくもないが藤十郎にも異論はない為、鬼の巣探しをすることになった。

 

 

「……ん?」

 

 森を分け入っている時に藤十郎の目に何やら布切れのようなものが目に入る。

 

「桐琴、少し待ってくれ。何か人がいるみたいだ、生きているかは分からんが」

「ほう、こんなものよう見つけたな」

 

 槍で容赦なく周囲の茂みを払いながら桐琴が言う。払われた茂みから出てきたのは、ボロボロになった服に身を包んだ少女であった。

 

「ふむ、息は……あるようだな。かなり危険な状態のようだが」

「鬼の巣ではなく小娘を拾うとは。まるで孺子のようだな」

「いや、剣丞とは違うだろ」

 

 そんなことを言いながら外傷なども確認していく。大きな目立つ傷はないが、少し痩せこけているか。

 

「服からするといいところの人間かと思ったんだが……」

「そうか?ワシには頭の悪そうなガキにしか見えんが」

 

 そういいながら少女が握り締めている小太刀を見る。そこには家紋が記されていた。

 

「この家紋……下り藤、ってことは」

「ほぅ、斉藤の関係者か?」

 

 織田と戦となり、敗北した斉藤の将かはたまた娘か。その関係者であることはほぼ間違いないだろう。

 

「……厄介事になるか?」

「どうだろうな。邪魔であれば山の中で放置すればいい」

「鬼か、お前は」

 

 とはいえ、見つけてしまった以上放置するわけにはいかないだろう。一旦、鬼の巣探しをあきらめ、少女を抱え洞窟へと戻っていった。

 

 

「……うっ……?」

 

 少女……斉藤飛騨が目を覚ましたとき、目の前にいたのは見るからに歴戦の武者であろう男であった。静かに目を閉じていることから、恐らくは寝ているのだろうと判断できた。

 

「(ここは……)」

 

 今の状況が分からない以上、下手に声を上げて男を起こしてしまうのは不味い、と飛騨は判断し周囲を見渡す。ゴツゴツとした岩肌の洞窟の中、ということ以外には何も分からない。男の後ろに何かの動物の干し肉のようなものがあり、近くには澄んだ水の入った桶があった。ゴクリと唾を飲み込む。

 

「ん……」

 

 男が動く気配を感じ、慌てて目を閉じて寝た振りをする。

 

「まだ目覚まさないか。桐琴もまだ帰らず、か」

 

 鬼を狩りにいけなかったことで欲求不満気味だった桐琴は、鬼から奪った武具を持って山を散歩してくると出て行った。

 

「……ふむ、寝たふりはやめて起きないか?」

「!?」

 

 藤十郎の言葉に身を固くする飛騨。相手が山賊か何かであれば、この先に待っている未来は最悪のものだろう。

 

「腹は減ってないか?あまり食ってなかったなら一気に食うと危険だから先にこっちだけどな」

 

 藤十郎がことり、と木を彫ってつくった椀におかゆを入れて飛騨の前に置く。今までにこのようなものをおいしそうだと思ったことがない飛騨も、我慢できずに飛び起きおかゆを口に入れる。

 

「っ!っ!」

「落ち着いて食え。一気に食うと身体に悪いぞ」

 

 桐琴は当たり前のように起きて即肉を食ったが、普通はそんなことをすると身体を壊す。藤十郎はおかゆを必死に食べる飛騨をじっと見ていた。

 

 

「さて、ある程度腹も膨れたか?」

「う、うん」

 

 かつての飛騨を知っている者が見れば驚くほどにおとなしい姿。勿論藤十郎がそんなことを知るわけもないから自然に受け止める。

 

「まずは自己紹介といくか。俺は松平家中、水野勝成。通称は藤十郎だ」

「松平……!?ということは織田の……っ!」

 

 飛騨は藤十郎の言葉を聞き、小太刀を構えようとするが何処にも見当たらない。

 

「これか?」

 

 藤十郎が手に取った小太刀をぶらぶらと振る。

 

「か、返せっ!」

「まずは自己紹介だといっただろう。お前は誰だ」

「わ、私は……斉藤、飛騨」

「飛騨、ね。ほら」

 

 小太刀を投げて返す。

 

「さて、それでは飛騨。斉藤の家臣かと思うが、何故お前はこんな場所に居る?あぁ、それとお前が小太刀で俺に襲い掛かるとしても、自害しようとするにしても、俺の刀で斬るほうが早い。安心しろ」

「な、何を安心しろと……!?」

「今、お前の生殺与奪の権利は俺にあるってことだ。……もう一度聞く。どうしてお前はここに居た?」

 

 

 ぽつぽつと話始める飛騨。織田との戦の中で少しの手勢と共に逃げ出したこと。一時は複数で潜伏や逃走を繰り返していたが、ある日、鬼と出会い手勢のほとんどが死に残った者も逃げてしまい一人になってしまったこと。それから文字通り必死で鬼から逃げ、隠れ……。

 

「……そこで倒れた、ということか」

「あぁ」

「しかし……愚かだな、お前」

 

 藤十郎からの言葉に身体を震わせる。

 

「戦の場から逃げ、部下からも逃げられ……お前の人となり、知らんが少なくともどのようなことをやっていたのか想像はできるな」

「だ、黙って聞いていればっ!」

「事実だろう。主君を守るでもなく、ただ遁走する。そんな者に人はついていかん。少なくとも人の上に立つ存在ではない」

 

 断言する藤十郎に返す言葉が浮かばず飛騨は瞳に涙を浮かべながらも口を閉ざす。

 

「……が、今のお前がどうなのかは分からん。俺も一時期飯も食えない生活をしたことがあってな」

 

 

 藤十郎が今よりもまだ若い頃(今でも若いのだが)。諸国放浪をしているときに、一人の武士が町娘に手を出しているところを結果として斬り捨てたことがあった。だが、相手がなかなかに立場が高かったようで、藤十郎に対して刺客を放ったのだ。ことを大きくし過ぎると葵に迷惑がかかる。そう思った藤十郎の取った策が。

 

「虚無僧に扮して、その国に数ヶ月滞在したんだ」

「こ、虚無僧?」

 

 

 しかし、路銀がつき食もままならない状況。そんなときに近くにあった旅籠の女将が一杯の飯を施してくれた。

 

「……俺も、正直それまで部下だなんだという奴らの言葉の意味なんてまったく理解できなかった。する気もなかったし、俺の主が言っている民を守るという言葉も、人事のように感じていた。でも、旅籠の女将から貰った飯を食べたときに気付くことが出来た。あぁ、姫さん……俺の主が言っている平和な世界っていうのは、民を大切にするということはこういうことなのかと思ったよ」

「……」

「だから、飛騨。人は変わるんだよ。どのような切欠なのかは分からんし、今の話を聞いてお前が変わるかどうかも分からん。お前がどう思おうと、なんと言おうと美濃は既に織田のもので、斉藤家は滅びた。結果は変わらんかもしれないが、お前が逃げたことで滅びたんだ」

 

 藤十郎の言葉に、飛騨自身も気付かないうちにぽろぽろと涙をこぼす。無意識に嗚咽をあげていることも気付かないほどに飛騨は動揺していた。

 

「わ、私が、私がもっと……」

「……色々な国がある。色々な主がいる。色々な家臣がいる。……いいか、飛騨。俺たち松平……三河の武士は、主を決して裏切らないし戦から逃げることもしない。それが、俺たちの誇りだからだ」

「ほ、誇り……」

「お前も、しっかりと誇りを持て。仮に織田につかまり処刑されるとしても最期の瞬間まで武士であれ。室町に名を連ねる武士であるならば、なおのことだ」

 

 

 勝成の言葉で泣き疲れたのだろうか、再び飛騨が眠ってしまった。

 

「藤十郎、青臭い説教をしたものだな」

「やっぱり聞いてたのか。……で、実際に斉藤落とした桐琴はこの子知ってるのか?」

「いや、これっぽっちも記憶にないな。孺子が詩乃を攫いに行ったときに襲ってきたと言っていた記憶がある程度だな」

「詩乃どのと因縁があるのか。……こいつはどうするべきだ?」

「知らん。前にも言ったがワシは藤十郎の槍となり動くだけだからな。お前が決めたのならば、ワシは従うだけだ」

 

 

 次の日。

 

「勝成どの、此度は助けて頂きどれ程感謝しても足りませぬ」

 

 丁寧な礼をする飛騨に少し驚く藤十郎。桐琴は何やらニヤニヤしているが。

 

「面をあげていい。そこまでかしこまってもらうことを俺はやった記憶はないぞ」

「いえ!勝成どの……いえ、勝成さまのおかげで私自身がどれ程までに己の力ではなく、他人の力に驕っていたかを知りました。……今ならば、半兵衛が言っていたこと、少しは理解できます。……最早、後の祭り、ですが」

 

 少し寂しそうに見えるのは、やはり主家には思い入れがあったのだろうか。

 

「……飛騨」

「はっ!」

「藤十郎だ」

「は?」

「俺の通称だ。俺は水野勝成。通称は藤十郎。通称で構わん」

 

 次は飛騨が驚き嬉しそうな笑顔で頷く。

 

「はっ!!藤十郎さまっ!!」

「さ、さま付けは必要ない……」

「そんなことは御座いませぬ!……藤十郎さま、命を救っていただき、これまでの私を諌めてくださった上にこのような願いを申し上げるのは真に心苦しいのですが……」

「……聞こう」

「わ、私を藤十郎さまの部下の、末席でも構いませぬ!是非とも私を部下に加えてくださいませっ!雑用でも何でもやります!ですから……!」

「……っ!はっはっはっ!!孺子といい藤十郎といい、最近の若い奴は蕩しが多いのぉ!」

 

 我慢できないといった具合に桐琴が笑う……いや爆笑する。

 

「桐琴、笑い事じゃない。……いいのか、お前は名家の出なんだろう?」

「構いません!今までの私は捨て、新たな私として出発したいのです!」

「……だが、駄目だな」

 

 藤十郎の言葉に飛騨が愕然とする。

 

「ですよね。いえ、分かっておりました。私如きが藤十郎さまと馬を並べるなど……」

「あぁ。俺の家臣は全員が猛将だ。飛騨程度では下手をすれば初陣で討ち死だ。……これを持って松平を訪ねろ」

 

 差し出したのは、藤十郎が持っていた懐刀。それには水野家の家紋が入っていた。

 

「これを持って松平へ行き、悠季……本多正信を頼れ。うちではまだ(・・)使ってやれんが、正信なら上手くお前を使ってくれるだろう」

「藤十郎さま……っ!」

 

 昨日とは違う涙を浮かべた飛騨。

 

「ここから松平への道はそう簡単ではない。まずはお前を近くの村まで送ろう。そこから松平までは自分の足と自分の力で行くんだ。それまでに野たれ死ぬ可能性もあるが、それも……」

「はいっ!!私の覚悟と行動、ということですな!」

「あぁ。……飛騨、いつか俺の元で働いても構わぬと正信が認めたときにそれは返してもらう。そのときまで預けるぞ」

「っ!!はっ、斉藤飛騨の身命に賭けて必ずっ!」

 

 

「……変わったな、あいつ」

「ふむ、藤十郎の言葉が響いたのか、それとも既に心が壊れかけておったのか。どちらにせよ、よい暇潰しが出来そうだな」

「あまりいじめてやるなよ?」

 

 近くの村に飛騨を預け、藤十郎たちは再び洞窟へ戻る。

 

 

 本多正信の懐刀として学をつけ、三河の武士たちに徹底的に武を叩き込まれ。

 

 

 水野勝成の御側衆に一人の少女が加わるのは、そう遠くない話だったという。




白くなりすぎた(反省

飛騨は名わき役?だと思います!
見た目かわいいんですけどねw


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閑話3 徳川家の蕩らしの君

少し遅くなりましたが閑話3です。


「おや、鬼の調伏は終わりましたかな?」

 

 口元を隠しながら、しかし確実にニヤニヤしながら悠季が藤十郎にたずねる。

 

「……う、うむ。真面目な話、鬼の反応はなくなった。後で悠季も確認してくれ」

「分かり申した。それで、葵さまはいかがでしたかな?」

「っ!し、失礼する」

 

 逃げるように立ち去る藤十郎を、呆れたように、だが微笑ましいものを見るように悠季は見送る。

 

「戦場では鬼神の如く立ち回る藤十郎どのも睦言には慣れておらぬということですか。まぁ、そういうところも良いところなのでしょうが」

 

 ふふ、と笑いながら葵の部屋へと足を運ぶ。しっかりと『片付け』ているようだが、すぅすぅと寝息を立てる葵は若干肌が火照っているようになっているのは気のせいではないだろう。

 

「……ふむ、確かに魂の穢れはなくなっておりますなぁ。それにしても……」

 

 少し微笑んでいるようにも見える葵の寝顔を優しい笑顔を浮かべ撫でる悠季。

 

「幸せそうなお顔で。……今はごゆっくりとお休みくださいませ。京へと向かえば……」

 

 

「ん……」

 

 朝日が部屋に差し込み、その光で葵は目を覚ます。いつもとは違う半分まどろんだ状態で、周囲を見渡す。

 

「……っ!!」

 

 それと同時に、昨晩のことを思い出し顔を真っ赤に染める。

 

「葵さま、お目覚めですか?」

「ゆ、悠季っ!?ちょ、ちょっと待って!」

 

 慌てて自分の服を確認する。問題がないと分かるとこほんと一つ咳をして。

 

「いいわ」

「失礼いたします。……おはようございます、葵さま」

「おはよう、悠季」

「昨晩はお楽しみだったようで」

「っ!?」

 

 悠季の言葉に、何とか一度は立て直した表情は真っ赤に戻る。

 

「ゆ、悠季?ま、まさか」

「えぇ。全て悠季は聞いておりました」

「っ~~~~~!!」

 

 恥ずかしさのあまり何もいえなくなってしまう葵。そんな葵に優しい視線を向ける悠季。

 

「……葵さま、よかったですね」

「悠季……。えぇ」

 

 自分のことをずっと見ていてくれた悠季のことだ。きっと葵の気持ちを知っており、それを陰から応援していたのだろう。そう思い素直に頷く。

 

「とはいえ、御機嫌はいかがです?葵さまは鬼に魂を侵されておりましたのを、藤十郎どのが調伏したばかりです。身体に違和感などは?」

「特にはないわ。むしろ少し身体の調子がいいくらい」

「それはそれは。……嬉しそうですな」

「そ、そんなことは……もう!悠季!」

「ははは、申し訳ございません」

 

 そんな話の中、葵は側に藤十郎がいないことに気付く。

 

「藤十郎は?」

「藤十郎どのは昨晩私が問いかけたら逃げていきました。……今頃、剣丞どのに刀を返しに行っている頃でしょう」

 

 

「藤十郎!葵はどうだった?」

「あぁ。おかげで無事に鬼は祓えた。感謝しても感謝しきれないな」

「困ったときはお互い様だよ。……うん、確かに刀は受け取ったよ。ひよ、ころ、お願い」

「はい、お頭!」

 

 剣丞の声に、二人の少女が藤十郎の刀と槍を持ってくる。

 

「俺も確かに受け取った。……剣丞、何か俺に出来る限りで礼がしたい」

「いいって。……でも、う~ん、そうだなぁ」

 

 うむむ、と悩み始める剣丞。ひよところの二人は苦笑いだ。

 

「……そうだ。藤十郎ひとつだけ」

「何だ」

「葵を大事にしてあげて。それが俺からのお願い」

「……ふっ、お前に言われるまでもないさ。剣丞も嫁たちを大事にな」

「当たり前だよ。……ふふ」

「ははは!」

 

 

「主様、アレが言っておった水野の荒武者か?」

「一葉、興味ある?」

「うむ。かなりの腕前だと聞いておるからな。一度戦ってみたいものじゃ」

 

 明らかにうずうずしている一葉に剣丞は首を振る。

 

「駄目だよ、一葉。……俺が知っている中で綾那と同じくらい強いから」

「ほう、余よりも強いと?」

「どうだろう?藤十郎も本気を見たことないからなぁ。でも何かそんな感じがするんだ」

「ふむ、主様がそういうのであればそうなのだろうな。だが、そうなるとさらに戦ってみたいぞ」

「あはは」

 

 

「葵……」

 

 剣丞に刀を返して藤十郎は葵が逗留している屋敷へと足を運んでいた。ちょうどそのとき、葵と悠季が外へと出てきたところだった。

 

「藤十郎……」

 

 葵が頬を染め、少しうつむく。二人の間を気まずい空気が流れかけるが。

 

「おやおや、藤十郎どのではありませぬか。昨晩は藤十郎どののおかげで無事、葵さまは元気になられましたぞ」

「悠季。……葵、身体は大丈夫か?」

「えぇ。藤十郎のおかげよ、本当にありがとう」

 

 ニコッと微笑む葵に一瞬見とれる。

 

「それはそうと。藤十郎どの、出発は我々が出立するのと同時でよろしいですな?」

「ん、葵の無事が分かったからすぐにでも行くかと思ったんだが……」

 

 はぁ、と明らかに聞こえるように悠季がため息をつく。

 

「やれやれ。藤十郎どの、老婆心で少しばかり小言を言わせていただきますが」

 

 

「……と、いうことです。分かりましたな?」

「う、うむ。すまない」

 

 悠季からの説教を受け、藤十郎が珍しく素直に謝罪する。そして、葵と向き合い。

 

「あ~、葵。今日、俺に時間を空けてくれないか?」

「……勿論よ」

 

 初々しい空気を流す二人を見て、悠季は満足気にうなずく。

 

「さて、ではお邪魔な某は従妹どのを止めにいくとしますかな。葵さま、ごゆるりと」

 

 

 二人で馬を駆り、駿府の近くにあった丘の上へと登る。日は既に昇っており、鬼の支配から開放され少しずつ人が集まってきているようだった。

 

「……ふふ、藤十郎と二人で朝駆けは久々ね」

「そうだな。いつ以来だ?」

 

 記憶をたどるが、かなり昔まで戻らなければいけないだろう。葵は松平の当主となる以前は人質として離れていた時期もあった。

 

「本当に。一緒に行ったときのことは覚えているけれど」

 

 まだ夏に入る前の丘に吹く風は心地よく、靡く髪を葵が軽く押さえる。

 

「藤十郎、あの、ね。昨晩のこと……」

「葵、俺は何も後悔していない。正直、少し驚いたところはあったが……でも、俺が選んだことだ。むしろ葵は……」

「私だって、後悔してないわ!……少し、そういう雰囲気とかに憧れたりしたことはあったけれど」

 

 昨晩のことを思い出し、二人とも苦笑いで顔を見合わせる。

 

「そうだな。……葵、北条に行った後はおそらく織田との決戦が待っている。そうなると……もしかすると、俺たちが共に過ごせるのは最後になるかもしれない」

 

 戦国の世だ。藤十郎も葵も、常にそういった覚悟はしている。だが、命がけか、もしくは生き残ってもその後どのような形になるかも分からない。

 

「……えぇ。負けるつもりはないわ。久遠姉さまが……織田信長が天下を平定するための障害になるのであれば、私が倒すわ」

「あぁ。そのときは、葵」

 

 言葉を切り、真正面から真剣な顔で見つめる。

 

「俺や綾那、歌夜に死ねと。そう命じろ」

……えぇ、分かっているわ。……でも、藤十郎。貴方たちに死ねと命じるときは、私も一緒よ」

「ならば、なおのこと負けるわけにはいかんな」

 

 二人で笑いあう。

 

「……織田の柴田、丹羽、小夜叉。足利の公方に藤孝。長尾に武田は猛将揃い。普通であれば気がおかしくなったのかと問われるな」

「そうね。相手が強大なのは間違いないわ。それでも……」

「徳川には天下無双であろう綾那がいる。俺もいる。それに桐琴だって。俺たちは負けんよ」

 

 藤十郎の言葉に視線を丘から見える景色に向ける。

 

「……ねぇ、藤十郎。もし私が、一緒に二人だけで逃げようって言ったらどうする?」

 

 

 

「逃げるさ。それが葵の心からの願いなら」

 

 

 

 即答する藤十郎。

 

「……まぁ、後から悠季や綾那たちが追いかけてくるだろうけどな。それに、葵が逃げないのは俺が知っている」

「……そうね。藤十郎……」

 

 見詰め合う二人は、自然と近づき唇が重なる。

 

「……葵、すべてが終わったら俺と祝言を挙げてくれ」

「えぇ、喜んで。藤十郎であれば、家中から反対もきっと上がらないわ」

 

 

「藤十郎ーっ!!葵さまと婚約したって本当です!?」

「あぁ、本当だ。家中の賛同が得られるかは分からないが」

「大丈夫です!藤十郎なら安心して葵さまを任せられるです!……でもでも、なら綾那も立候補していいです?」

「……は?」

 

 綾那の言葉を理解できず、藤十郎は首をかしげる。

 

「葵さまが正室なら、綾那は側室でもいいから藤十郎と一緒にいたいです!」

「あ、綾那……」

 

 勿論、藤十郎は綾那のことを嫌いなわけではない。むしろ好きな部類の相手ではある。だが、突然の告白に躊躇うのはまだ葵と結ばれたばかりだからか。

 

「葵さまが天下をとったら、藤十郎も天下人になるですよね?」

「……そうなる、のか?」

「おそらくは」

 

 藤十郎の疑問に歌夜が答える。いつものようにニコニコしているが、少し頬を染めているようだ。

 

「そうなれば、私も貰ってくださいね?」

「……え?」

 

 歌夜の言葉に再度固まる藤十郎。

 

「うふふ、綾那だけじゃないんですよ、藤十郎さんに好意を持っているのは。藤十郎さんは私のこと、お嫌いですか?」

「そんなことはない。だが、急に言われて少し戸惑っているだけだ」

「藤十郎、たくさん娶るのは英傑の務めだってお母さんいってたです」

 

 藤十郎の記憶にある綾那の母なら確かにそんなことをいいそうな気がする。

 

「藤十郎さんが、葵さまのことをずっと想っていたことは私も綾那も知ってました。だから、藤十郎さんが想いを遂げるまでは……と私も綾那も我慢してたんですよ?」

「あ、ありがとう……でいいのか?」

「勿論です。……藤十郎さんはこれから小田原に行くんですよね?」

「綾那も一緒に行きたいですけど……行きたいですけど……」

「綾那、葵を頼むぞ」

 

 綾那の葛藤する姿を見て、藤十郎が伝える。

 

「京で待っているのは鬼の首魁だ。……俺が小田原から京に向かうまでにどうなるか全く分からん。その間、葵を守れるのはお前たちだ。頼むぞ」

「……任せるですっ!絶対に葵さまは綾那が守るです!」

「はい、我が旗に誓って」

 

 二人の言葉に藤十郎はうなずく。

 

「……俺もなんとか早めにいけるようにするが……間に合わない可能性が高いだろう。だからこそ、頼むぞ」

 

 

「はっはっはっ!!孺子も孺子だが、藤十郎も藤十郎ではないか!徳川の小娘に鹿のガキ、その連れまで蕩らしおったか!」

「笑い事じゃない。どうすればいいか分からんのだ」

「ほぅ、それはお前が思ったとおりに行動すればいいと思うぞ。ふふふ、ならばワシも混ぜて貰わねばな」

「……は?」

 

 桐琴の言葉に耳を疑う。

 

「ワシも藤十郎のことを気に入っておる。ならば子がほしいというのはおかしなことではあるまい?」

「……いや、さすがにおかしいだろ」

「クソガキにまた弟か妹を作ってやるのも一興だろう」

「一興というより一驚だな」

「ふふふ、藤十郎は徳川家の蕩らしの君だな」

「……簡便してくれ」

 

 藤十郎のため息交じりの言葉に笑い声を上げる桐琴なのであった。

 

 

「それで、今晩はどうするのだ?」

「……葵のところに行ってくる」

 

 藤十郎は藤十郎で、この状況を嫌がってはいないようだが。




綾那や歌夜との物語も閑話で書く予定です。

ですが、次回は本編を進めると思います。


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17話 小田原へ

物語もオリジナル展開へ……。
お楽しみください!


 小田原を治める北条家は北条早雲から始まる大名家である。現当主である北条氏康は武においては武田、長尾、佐竹などと戦を繰り返し無敗。鎧に受けた傷はすべて前方。

 

「ほぅ、ワシはそこまで知らんかったが意外と面白そうな相手ではないか」

「面白そう、か。桐琴らしい感想だが、今から会う相手としてはかなり厄介だと思うがな」

 

 ちらと周囲を見る。木々の辺りから感じる視線。しっかりと隠密しているのかもしれないが、それは藤十郎や野生の勘が強い桐琴のような相手には効果がないこともある。

 

「誰か見ておるな」

「これが風魔だな。……ふむ。だが『服部』には勝てんな」

 

 藤十郎が何かを思いついたように半蔵という単語を大声で言う。周囲がザワリと反応し、殺気が藤十郎と桐琴を襲う。

 

「ほう、面白い。藤十郎、試すつもりか?」

「向こうが乗ってくれば、な。おそらくだが北条の武……地黄八幡とやり合うか、くらいしか俺の力を確認させる方法が思い浮かばないからな。まぁ普通なら乗らないだろうが……」

 

 膨らんだ殺気の塊が藤十郎に突撃してくる。

 

「はっ!ふざけんなし!服部より姫野のほうが強いし!」

「はははっ!普通じゃなかったようだな!」

 

 うれしそうに笑う桐琴が言う。

 

「じゃ、ほかの雑魚は任せるぞ」

「おう、藤十郎。一応殺さんように努力する」

「……頼むぞ。同盟相手会った瞬間に破棄とか話にならんぞ」

「ちっ!早く殺すし!」

「しかし、お頭」

「早く殺る!たかが二人程度、盗賊にでも襲われたと……」

 

 そこまで言った忍の少女の横を吹き飛んだ部下が通り過ぎる。

 

「はっ!この程度か、風魔の忍は!」

「……殺してないんだな?」

 

 藤十郎がやれやれと首を振りながら少女の前に立つ。

 

「お前が頭って呼ばれてたな。風魔……小太郎だったか?」

「ふふん、姫野の名前も天下に轟いているから知ってるのね」

 

 以前に小波から風魔小太郎については聞いていたから知っているだけだ。とはいえ、風魔の某としか覚えてなかったので、後から悠季に詳しく調べてもらったのだが。

 

「俺は水野勝成。挨拶代わりだ」

 

 槍を構え、そのまま動きを止める。姫野と名乗る少女が怪訝な顔を浮かべる。

 

「は?何やって……っ!?」

 

 槍の穂先がぶれたように見えた瞬間、姫野の背筋を悪寒が走る。忍として生きてきた中でも感じたことがないほどの危険信号で咄嗟にその場から飛びのく。

 

「正解だ」

 

 藤十郎の声と共に、姫野の頭があった先の木に穴が開いていた。

 

「ちょ、な、何よそれ!?」

「はははっ!!藤十郎、ワシには殺すなと言っておきながらお前が殺そうとしてどうする」

「殺す気はない。小波のことを敵対視するならこの程度は避けてもらわんとな。……聞いた話だと、小波が世話になったらしいからな」

「っ!あんたたち、早く殺って……」

 

 反応のない部下にまさかと視線を桐琴のほうへと向ける。そこには既に地に伏した部下たちがいた。

 

「ざっと三十程度か。準備運動にすらならんかったわ」

「やりすぎだ。……で、だ」

 

 槍の穂先がすっと姫野に向けられる。

 

「なんだったか。……あぁ、『盗賊にでも殺られた』と今から行く小田原で伝えておけばいいか?」

 

 姫野の身体がびくりと動く。同時に三方向から藤十郎に向けて忍が攻撃を仕掛ける。訓練に訓練を重ね、身につけた完璧なまでの三位一体の攻撃を槍を持つ手を片手にし、もう片方の手で刀を抜き放ち一刀のもとに武器を弾く。ドン、と何かが衝突したような音と共に三人の忍は吹き飛んだ。

 

「ワシを忘れてもらっては困るぞ、風魔よ」

「ってわけだ。どうする?小太郎さんよ」

 

 

「何なのよあいつらは!!」

「お頭、あれが三河の鬼……松平の、徳川で相手にしてはならぬと言われている双璧のひとり、水野勝成どのです」

「水野……って、あんなのが!?」

 

 初陣で首級を十五も取ったとか、鬼の軍勢に一人で大立ち回りをしたとか……噂は所詮噂だと思っていた姫野にとっては、まさか本当にそんなことが可能な人間がいるとは思っていなかったのだろう。

 

「水野、勝成……!きーっ!絶対姫野の前に跪かせてやるしっ!!」

 

 

「よい暇つぶしにはなったわ」

「……それはよかった」

「で、どうだ。北条は役に立ちそうか?」

「どうだろうな。風魔忍軍の強さはおおよそ分かった。……まぁ、今回来た連中とは違う腕利きもいるだろうが……軒猿なんかは抑えられるんじゃないか?」

 

 姫野たちに襲われながらも相手の力量を測っていた二人は確認しあう。

 

「ふむ、後は実際に地黄八幡や当主がどうか、と言ったところか」

「あぁ。煮ても焼いても食えない奴というのが周辺諸国からの声だからな。町で聞いたところでは善政は敷いているようだから、統治者としては評価できるだろう」

 

 単純に数十万の軍勢と衝突する可能性があるのが徳川の現状だ。鬼との戦いで疲弊した後だとしても、数というのはいるだけで脅威だ。

 

「地黄八幡は本人の武もさることながら、部隊の運用や指揮も高い評価を得ている将と聞く。楽しみではあるな」

「はははっ!小田原を出て京へ向かえばそのまま決戦かもしれないというのに余裕だな、藤十郎よ」

「今は目の前の敵をどう対処するか、だ。交渉事になる可能性が高いが、正直俺はそこまで交渉に強いとは思えない。だから、圧倒的な武を見せ付けておくのは必要かと思っているだけだ」

 

 言葉を交わす二人の前に巨大な城が見えてくる。

 

「ほう!噂には聞いていたが……」

「あぁ。あれを崩すとなると……どれほどの軍勢が必要か。天下の名城というのも頷ける。……やっとついたか。小田原に」

 

 

「これはこれは。『駿府』よりよくぞ来られました。私は本日、お二人をお迎えするように主君北条氏康より命じられました北条綱成と申します。通称は朧。これから同盟となる徳川の水野勝成どのには是非通称でお呼びいただきたい」

「ご丁寧に。ご存知のようだが、俺は徳川家康の名代で参った水野勝成。通称は藤十郎だ。此度は名高い地黄八幡どの直々のお出迎え、感謝する。そちらが通称ならばこちらもそれで構わない。よろしく頼む、朧どの」

「こちらこそお願いします、藤十郎どの」

「ワシは藤十郎の槍だ。名は桐琴」

「……桐琴どの、ですね。よろしくお願いします」

「応よ」

 

 

 入り口で簡単な挨拶の後、広い部屋を割り当てられる。

 

「桐琴、お前から見てどうだった?」

「なんとも言えんな。ただ、一騎打ちなどならばワシや藤十郎のほうが上だろうな」

 

 藤十郎も同じ意見だったのか頷く。

 

「だが、戦術や戦略というのは、時に圧倒的な戦力になる。特に数と数のぶつかる戦ではな」

「しかし、この部屋は忍がついておらんな」

「俺や桐琴相手じゃ意味がないから引き下げたか。それともそんな必要すらないと思われているのか」

「はっ!いい意味か、悪い意味か分からんところだな」

「まぁ、あの風魔の頭領が帰ってくれば何かしらしてきそうだが……たいしたことはないな」

 

 そこまで話した時点で藤十郎がチラと背後の襖を見る。

 

「で、そこで盗み聞きしているのは誰だ?」

「っ!!」

 

 襖の向こう側から息をのむ声が聞こえる。その後、ひそひそと話す声。

 

「どどど、どうしよう、三日月ちゃん、暁月ちゃん!ばれちゃってるよ!」

「お、お、落ち着け姉ちゃん!まだ慌てる時間じゃない!」

「……十六夜姉さまも三日月姉さんも落ち着いてください。ばれているのでしたら、堂々と出るほうがいいと思います」

「……聞こえてないと思っているのか?」

「……たぶん。悪意は感じないから付き合おう」

 

 呆れ顔の桐琴と苦笑いの藤十郎が話す。

 

「し、失礼します!」

 

 そういって入ってきたのは三人の少女。どことなく朧と似た雰囲気があるような気がする。

 

「えっと、あのぉ~……」

 

 恐る恐るといった感じで藤十郎と桐琴をちらちらと見る少女。

 

「何だ、小娘」

 

 桐琴の言葉に少女がビクリと反応する。

 

「おおっと!姉ちゃんいじめるつもりなら三日月が相手になるぞ!」

 

 桐琴の放つ気にも動じずに二人を庇うように三日月と名乗る少女が前に立つ。

 

「桐琴、驚かせるな。……それで、お前らは?」

「申し遅れました。私は北条氏規、通称は暁月。北条家当主北条氏康の五女です」

 

 ペコリと頭を下げた一番年下に見える少女が名乗る。

 

「……ふ、俺は水野勝成。通称は藤十郎だ。藤十郎と呼んでくれて構わん」

 

 既に桐琴の興味は失せたらしく槍の手入れをしていた。

 

「こいつは桐琴。俺の相棒だ」

「あ、あの!私は北条氏政って言います!!通称は十六夜。十六夜って呼んでください!」

「三日月は北条氏照、通称三日月だ!よろしくな、兄ちゃん!」

「兄ちゃん……。まぁいいか、それでどうして聞き耳を立てていたんだ?」

「えっと、その!」

「北条と同盟を結ぶ徳川がどのような人を送り込んでくるのか。それが気になったから、私たちで判断しよう、と……十六夜姉さまが」

「わ、私!?」

 

 まるで漫才のような掛け合いをする三人を綾那を見ているときと同じような気持ちで見る。

 

「で、どうだった?」

「わ、私はいいと思います!」

「あれ、姉ちゃんって兄ちゃんみたいな男が好み?」

「……いえ、三日月姉さん。それ意味が違うかと……」

「ちちち、違うよ!?お姉ちゃん、そんなこと言ってないよ!?」

「っ!ははは!!藤十郎はやはり孺子と同じ蕩らしの技術でも持っておるのか!」

 

 藤十郎の肩をバンバンと叩き笑う桐琴。

 

「痛いって。……じゃ、せっかくここまで来たんだ。少し話でもするか?」

「「「え?」」」

 

 

 少しの会話の後、三人が立ち去った。

 

「ふむ、藤十郎。今の小娘たちの評価は?」

「難しいな。十六夜は理想に揺れる……そうだな、剣丞と似たところがある気がするな。……もし、あの子が現実と理想の両方を知り、それを併せ呑むことができれば」

「化ける、か」

「三日月は恐らく北条の武を背負っていく人材、と言ったところか。暁月は時が経てば智謀で天下に名を轟かせるだろうな」

「ほう、高評価だな」

「あぁ。……だが、俺たちが求めるのは即戦力だ。だから、もっとも俺たちが重視しなくてはいけないのは」

 

 藤十郎が、城の上のほうを睨むように見る。

 

「北条家当主、北条氏康。相模の鬼姫だ」

 

 

「それで、朧から見て徳川の二人はどうだったの?」

 

 城の、藤十郎たちがいる場所を見下ろしながら朧に問いかける女性。彼女こそ、十六夜たちの母でもあり藤十郎たちの会話にも出てきた相模の鬼姫、北条氏康。

 

「はい。流石は三河の鬼といったところでしょうか。連れてきている護衛が一人と言うのは驚きましたが、あの二人であれば納得と言ったところです」

「へぇ。朧にしては高評価ね。それで、姫野は?」

「……藤十郎どのに軽くあしらわれたことで少し荒れているようですが……部下が宥めているようです」

「あの子、それがなければ優秀なんだけどねぇ。さて、明日になれば私も会って見定めるわ」

 

 すっと目を細める。

 

「徳川と手を組むべきか、それとも……」

 

 口角をあげ。

 

「織田と手を組むか、ね」




事情があり、数回に分けて書いた為、変なところがあったらすみません!

お気に入りや感想いつもありがとうございます!
励みになっております!


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18話 北条との同盟

今回も話の区切りで短くなっております!
長いものをお好みの方は申し訳ございません!


 翌日、藤十郎と桐琴が通された部屋は小田原城の中でも最も高いところにあった。

 

「ほう!絶景だな!」

「確かに。……会う相手に自分たちの力を見せ付けるのには適した場所だな」

 

 遥か遠くまで見渡せる部屋は、相手と自分たちの差を知らしめるには丁度いいだろう。

 

「お待たせしたわね」

 

 部屋の上座へと朧を連れて入ってきた女性を見て、藤十郎と桐琴が平伏する。ちらと視線が合った女性こそが北条氏康なのだろう。

 

「そこまでかしこまる必要はないわ。同盟を組む相手なのだから」

「……は」

「水野勝成。通称は藤十郎。水野家の家督を譲り受け現在は水野家当主もつとめている。徳川家康と非公式とはいえ、婚約関係にある。本多忠勝と並び、徳川の二本槍として武を振るっている……で、あってるかしら?」

 

 ニコリと微笑みながら、暗に『すべて知っているぞ』と伝えてくる氏康に藤十郎は眉をひそめ、微笑みを返す。

 

「流石は関東の覇者とも言われている氏康どのですな。……北条氏康。通称は朔夜。北条家の当主にして、六人の娘の母。智を振るっている印象が強く……いや、印象付けているから隠れているが、実のところ武も誇れるだけの力を持っている。向疵しかないとは恐れ入る」

 

 藤十郎の言葉にほんの一瞬だけ目を細めるが、そのまま笑顔になる。微笑み合い、互いに沈黙を保つ。

 

「うふふ、お姉さんも少しあなたのこと、見くびっていたみたいね。勝成どの」

「藤十郎で構わない」

「なら、私も朔夜で構わないわ。朧も娘たちもあなたのことを気に入ってるみたいだし、ね~?」

 

 そういって朧へと視線を向ける朔夜。

 

「そ、そんなことは!」

 

 慌てて否定する朧。

 

「ふふ、それで藤十郎ちゃんは北条を、小田原を見てどう思った?」

「どう、とは?」

「言葉のとおりよ~?どう思ったか、正直に言ってみて?」

 

 軽い言い方ではあるが、異論を許さない朔夜の言葉に息を吐き藤十郎が口を開く。

 

「……現当主の朔夜どのが国政に携わっている限り、北条家は安泰だろう。周囲からの侵略があったとしても、地黄八幡……朧の力である程度は跳ね返すことができる。相手が鬼だったとしても、まぁ金ヶ崎のようにはならんだろう。風魔も……まぁ不安なところもあるが、十分に外敵を排するだけの力はある。だが……」

 

 藤十郎が一度言葉を切る。言うかどうかを少し躊躇った後に、朔夜の言葉に従うように。

 

「後継者はどうだろうな。三人ともいい子たちだとは思うが、北条家の跡取りとして考えると些か不安が残る。十六夜が順当に行けば当主だろうが……恐らくは反発が多いんじゃないか?話をしていた感じでは、五女の暁月が家中では当主に押されるだろう。……ただ、仮に俺が後継者を選べと言われれば十六夜に何かしらの方法で経験をつませるだろうな」

「へぇ、ただの荒武者じゃなかったのね。さっきの問答といい、なかなかに人を見る目はあるみたいね~」

「そうでもないさ。ただ自分で見たものを信じているだけだ」

「そう。それなら聞いてみたいことがあったのよね。ねぇ、藤十郎ちゃん」

 

 挑発するような笑顔を浮かべて。

 

「連合の中心……新田剣丞ちゃんはどんな人かしら?」

「……そうだな。一言で言えば、底が見えない男だ。人を惹きつける魅力を持っているし、あらゆる事柄に精通とまでは言わんが何でもできるように感じたな」

「へぇ、噂通りなのね」

「あぁ。織田、将軍家、武田、長尾、浅井……そういった家の中心人物たちを身内にしていることで可能になっているところも多いがな」

「そこまで理解してるならお姉さんが次にする質問は予想できてるわよね~?」

「……どちらと組するのが、北条の今後につながるかだな」

 

 頷く朔夜。

 

「……徳川だ」

「その心は?」

「俺たちが、剣丞たちを下すからだ」

「……っ!あはは!意外と自信家なのね、藤十郎ちゃん」

「俺たちにはそれしかない。それに……俺と綾那、歌夜で相手の主力は抑えられる」

「へぇ、綾那ちゃんっていうのは本多忠勝どのよね?どれくらい強いのかしら?」

「通常でも俺以上。綾那に傷をつけられる存在はいないだろうな」

「それじゃ、次の質問ね」

 

 

「……ふぅ、久々に長~く話をしたわね」

「お疲れ様です、姉上。それで……どうされますか?」

「う~ん、難しいところねぇ。個人的には藤十郎ちゃんのことは気にいったんだけど。やっぱり徳川だけだと確定するには弱いわよねぇ。朧はどう?」

「そう、ですね。私も個人的な意見ですが、藤十郎どのには好感を持てますが……徳川が勝てるのでしょうか?」

 

 藤十郎と桐琴が部屋を去った後に朔夜と朧は言葉を交わす。

 

「藤十郎ちゃんの反応を見る限り、どうやら勝てる見込みがないわけではなさそうね。ただ、それを確実にするために私たちの力を欲しがっている。そう考えるのが普通かな?」

「しかし、そんな手が……姉上であれば何か思いつきますか?」

「そうねぇ。藤十郎ちゃんや本多忠勝、榊原康政の御家流が凄いものだったらわからなうわね。その辺りの情報は?」

「藤十郎どのは戦場で文字通り鬼のような気を纏って城門を一人で破った、などといった話は聞いておりますが……そのほかは分かりません」

 

 う~ん、と唸りながら外を見る朔夜。

 

「一番正しい選択は何か。……今はまだ選ばないというのが正しいんでしょうけど」

「何れは織田か徳川か。どちらかを選ばねばならないと?」

「そうね。恐らくは織田が強いでしょう。何よりも大義名分があちらには生まれる。下手をすれば私たちも含めて将軍家に逆らう謀反人よ」

「姉上は確信できなければ動くつもりはないですよね?」

「勿論。……でも、この現状は北条にとっても好機よ」

 

 そういって、藤十郎と桐琴が泊まっている屋敷を見る。今はまだ日が昇っているから町を歩いているのだろうか。

 

「……藤十郎ちゃんにこの書状を届けて頂戴」

 

 

「で。藤十郎、どうなのだ?」

「……どうだろう。可能性としては……相手が剣丞である、という点も加味して三人の娘と兵を貸し与えてくれる、くらいだろうか?」

「ふむ、まぁ単純に数が増えるのはありがたい話なのかもしれんが……それでいいのか?」

 

 いいか悪いかで言えばいいのだろう。勿論、理想では逆に朔夜たちを動かしたいところなのだが。

 

「及第点だろう。元々北条は関東から動くつもりはない。今回も場合によっては織田についたかも知れなかったのを徳川と組む方向で考えてくれるというんだ。それだけでも前進だろう」

「しかし、役に立つのか。あの小娘たちが」

「……なるようにするしかないだろう。それに……十六夜には、幼いころの葵を思わせる何かがある。まぁ、これは勘だが」

「はっはっはっ!藤十郎の勘なら信じてもいいかも知れんな!それで、今から何をする?」

「そうだなぁ。小田原巡って……酒でも飲むか」

 

 藤十郎の提案に二もなく賛同した桐琴。二人は昼間から酒を飲みに行くことになった。

 

 

 夜、宿泊先の屋敷に戻ったところで朧とあった。

 

「藤十郎どの!お待ちしておりました」

「朧どの?まさか待っていてくれたのか?」

「はい、姉上……御本城様からの書状をお預かりしてます」

 

 受け取った書状をその場で開ける。それを見て桐琴と視線を交わし頷く。

 

「この話、お受けする」

「……分かりました。それでは、明日の朝に三人をお連れします。藤十郎どの、我ら四人と風魔衆。手足としてお使いください」

「朧どの。こちらこそ宜しく頼む。長い付き合いになることを願っている」

 

 硬く手を握り合う二人。

 次の日、藤十郎たちは北条の兵を引き連れ城を後にする。

 そこには水野の旗、地黄八幡の旗に加え钁湯無冷所(かくとうれいしょなし)の旗が揺らめいていた。

 

 

「ふふ、藤十郎ちゃんなら娘たちを成長させることが出来ると信じてるわよ。……さ、私は久々に戦かしらねぇ。ふふ、腕が鳴るわ~!」

 

 隠居は少し先ね、と一人つぶやくと残った少しの兵とどこかへ出陣する朔夜。

 

 

 織田と徳川の決戦まで、あと数日のところまで来ていた。




この後は決戦になりますので、再び閑話をはさみます。

北条の五人や桐琴との閑話、ご要望などあれば他のキャラについても書こうかと思ってますので、お気軽に活動報告などでお願いします!

感想、評価などもお待ちしております♪


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閑話4 地黄八幡と桐琴と藤十郎

今回から閑話をはさみます。
楽しんでいただければ幸いです!


 北条家当主である朔夜との駆け引きによって北条を仲間に引き込んだ藤十郎たちは京へと歩を進めていた。とはいえ、多くの兵を連れている為速度は決して速くはない。その時間を利用して北条家の面々と信頼を深めていた。

 

「はっ!」

 

 鋭い呼気とともに放たれる一撃を刀で滑らせるように受け流す藤十郎。返す刃で朧を袈裟切りする素振りを見せると、朧は身体をわずかにずらしそれを避ける。互いに距離をとり、一合二合と刀を交わす。打ち合いが十を数えた頃だろうか、朧の体勢がわずかに崩れる。その隙を藤十郎が見逃すわけもなく、首元に刀が突きつけられていた。

 

「……参りました」

「ありがとう。いい仕合だった」

 

 そういって地面に膝をついていた朧に藤十郎は手を差し出す。

 

「いえ、ですが流石ですね。藤十郎どのと一対一では勝てそうにありません」

「そんなことはない。朧どのの太刀筋は綺麗だから戦っていて分かりやすいところがあるからかも知れん。野生的な剣には弱いかもしれないな」

「……勉強になります。やはり三河武士は強いのですね」

「綾那……忠勝はもっと強いぞ。あれはもう武の化身といっても過言ではないだろうな」

「藤十郎どのにそこまで言わせるとは……ふふ、私も是非手合わせ願いたいものです」

 

 綾那の単純な武は別格だ。それを補佐する歌夜の力があってこそではあるが、戦場において圧倒的な戦果をあげ続けているのは綾那自身だ。

 

「忠勝どのの強さの秘訣などはあるのでしょうか?」

「そうだな……俺もそうだが、綾那は『ただ勝つ』ことを宿命付けられている」

「ただ勝つ、ですか。では藤十郎どのも?」

「あぁ。俺は『常に勝つなり』と母上に言われた」

「つまりは、徳川が誇る二本槍は常勝の槍だったのですね」

 

 納得したように頷く朧。

 

「そうなるべく、俺も綾那も修練を繰り返してきた。だから俺たちは鬼なぞには負けんし、言ったとおり織田にも勝つ」

「……微力ながら、私も協力します藤十郎どの」

「ありがとう、朧どの。心強い」

 

 藤十郎が笑顔を浮かべ、朧が少し顔を見つめてくる。

 

「……どうした?」

「い、いえっ!」

 

 

 時は前日にさかのぼる。

 

「う~ん。朧、藤十郎ちゃんのこと、嫌いじゃないわよね?」

「は?はい。先ほども言いましたが、好ましい武者振りだと思いますが……」

「そう。なら、京に着くまでの間で取り入りなさいな」

 

 朔夜の言葉が理解できず、朧が固まる。

 

「あ、姉上、今なんと?」

「だ・か・ら。朧が藤十郎ちゃんと夫婦になれるように頑張ってね、ってことよ」

「え、え~っ!?」

「これから、徳川が天下を取ったとき。そのときに私たち北条が優位に立っていくためには徳川と強い繋がりが必要よ。だから、そこで重要になってくるのが藤十郎ちゃんよ」

 

 朔夜が言うことは分かる。だが、まさか自分にそのようなことを言ってくるとは思いもよらなかった朧は動揺を隠せない。

 

「松平……徳川家康との婚姻がほぼ確定している藤十郎ちゃんは、何れは日の本を治めることになるかもしれないわ。そうなったらいつかは北条との同盟を破棄して攻め込んでくる可能性がある。もしくは北条の領を減らされるとかね。なら、はじめから内部で発言権のある立場に人を送り込んでおくのは普通じゃない?」

「で、ですが、私のような無骨者では……」

「あら、朧は魅力的だと思うけどな~?私の言葉が信じられないのなら、藤十郎ちゃんに直接聞いて見なさいな」

 

 

「藤十郎どの……わ、私に、女性として魅力は……ありますか?」

 

 恐る恐るたずねて来る朧に首を傾げながらも。

 

「あぁ。朧どのは魅力的な女性だと思うぞ?武士としても勿論立派だと思うが」

 

 即答する藤十郎に驚いた様子の朧。

 

「人としても自らを律し、家族を大切に思う心を持っている。そういったところは我ら三河武士の多くが大事にしている。当たり前かもしれないが、その当たり前をしっかりと出来ることはすばらしいことなんだ」

「藤十郎どの……」

 

 感動したかのように藤十郎を見る朧。そこへ桐琴がニヤニヤしながら現れる。

 

「ほう、また蕩らしておるのか藤十郎」

「……人聞きの悪い」

「はっはっはっ!事実であろうて。それで、北条の。藤十郎の槍であるワシともやらんか?」

 

 桐琴の言葉にピクリと反応する朧。

 

「……私ではまだまだ太刀打ち出来ないかもしれませんが、同盟として藤十郎どのと馬を並べる身。背を任せてもらえるだけの腕前は持ちたく思っていますので、胸を借りるつもりで行きます」

「おう、こい!」

 

 

 結果としては、桐琴の圧勝であった。森家の槍は野生の槍。型のないその自由な戦いに翻弄され、終始桐琴が優勢で終わった。

 

「はぁはぁ……」

「北条の。その程度の腕では藤十郎の黒備二十八騎(くろぞなえにじゅうはっき)には入れぬぞ」

「待て桐琴。何だその黒備って言うのは」

「ん?出立前に狐の女が言っておったぞ。全員が黒に染めたものを身に着けているから黒備ですなぁ、と」

「……悠季か」

 

 特に名前に対して異論があるわけではないが、自分が知らなかったのが腑に落ちない。

 

「……それほどまでに徳川の黒備とは強いのですか」

「あぁ。ワシや鹿のガキや優等生が中核だ。そう簡単に藤十郎までは到達できぬほどにはな」

「……そうですか。それならば私たち北条としても良い目標が出来ました。我らもまた、色備えを任されている身です。武田の赤備えにも負けぬ自信はありましたが、まだまだ私の知る世界は狭かったということですね」

 

 素直に言う朧に桐琴は少し驚いた様子だったが、突然笑い出す。

 

「気に入った!朧といったな。改めてワシは桐琴だ!気軽に呼べぃ!」

「はい、桐琴どの。京に着くまでの間、よろしければご教授願えますか?」

「うむ!といいたいところだが、ワシは人に教えるのは苦手でな。藤十郎に教えてもらい、腕をあげたらワシと死合え!」

「はい!」

「……桐琴、同盟相手だからな?」

 

 桐琴のしあえ、という言葉に危険な意味合いを感じて釘を刺す藤十郎。分かっておるわ!という桐琴の言葉に一抹の不安が拭えないのだった。

 

 

 その日の夜。

 

「ん、朧どの?」

「あぁ、藤十郎どのですか」

 

 宿の庭で一人酒を傾けていた藤十郎の前に現れたのは風呂あがりだろうか、頬や見えている首筋などがほのかに紅に染まっている。

 

「ふふ、お一人で月見酒ですか?」

「あぁ。……良かったら朧どのもどうだ?」

「それでは、頂きます」

 

 ふわりと藤十郎の隣に腰を下ろして藤十郎が差し出す杯を受け取る。

 

「ふぅ……おいしいですね」

「あぁ。この辺りの地酒らしいが、なかなかにうまい」

「本当ですね。普段あまりお酒は飲まないのですが……いつもよりおいしく感じるのは、やはり……」

「どうした?」

「い、いえっ!」

 

 慌ててなんでもないと言いながらぐいっと一息に酒を飲み干す。

 

「藤十郎どのは、女性に慣れているのですね……」

「そんなことはないと思うのだが。いまいち女心という奴は分からんしな。……とはいえ、葵と婚約して以来不思議と色々な女性と関わりが出来ている気はするが……」

「……藤十郎どの。もし、もし私が藤十郎どのの側室でも構わないから娶って欲しいといったらどうします……?」

 

 酒が回ったのだろうか、普通であればするつもりのなかった質問を朧の口からこぼれる。

 

「……そうだな。政治的な面で見れば徳川としても、北条としても互いに利益のある繋がりにはなるだろうな。……まぁ、個人的にも拒否する理由は思い浮かばないが、もう少し互いを知り合ってからでも遅くないのではないかと思うがな。俺もいつかは跡取りを作らねばならんだろうから、その相手が魅力的でなおかつ家格もあれば文句はないだろう」

 

 冗談を交えた感じで藤十郎が言う。

 

「……藤十郎どのは噂の新田どのと同じ蕩らしの才能をお持ちなのですね」

「な!?ちょっと待て。何で俺が剣丞と同じなんだ!?」

「桐琴どのが仰っていることがよーく分かりました。家康どのも気が気でないでしょうね」

「待て待て。何で葵まで出てくる!?」

「ふふ、教えてあげません。ただ……」

 

 手を伸ばした藤十郎から逃げるようにとん、と立ち上がりくるりと振り返る。

 

「女は、やはり自分のことを好意を持つ相手に見て欲しい、出来ることならば自分ひとりを、と思ってしまう生き物なんですよ。……まぁ、自分が好きになる人が他の人にとっても魅力的に映ってしまうのは仕方ないとも思うんですけど」

「……朧どの?」

「藤十郎どの。戦が終わって、もし藤十郎どののお側にまだ空きがあるのなら……」

 

 

 一人になった藤十郎は杯に注がれた酒に映る月を見ていた。

 

「……酒が回っていたのだろうが……朧どのの言葉は……」

 

 北条側の、朔夜の策か?と疑ってしまうが、現段階で手を打つには早すぎる気もする。出会って数日も経っていない相手にあそこまで好意を向けるだろうか?

 

「……まさかな。剣丞じゃあるまいし」

 

 頭に過ぎる自分にとっての数少ない……いや、唯一の同性の友人の顔を思い浮かべる。特に秀でた何かを持っているわけでもなく、かといって何も出来ないわけでもない。一番の才能は蕩らすことだろうが。

 

「よく分からんな。どちらにせよ、北条とは友誼を結ばねばならんのだし朧どのと親しくしておくのは悪くはないだろう。後のことは後で考えるに限るな」

 

 一気に酒を飲み干すと立ち上がる。

 

「さて、明日も早いことだ。今日は寝るとするか」

 

 

 次の日。

 

「……わ、私はなんと言うことを……!!」

 

 朧は目を覚まして頭を抱えていた。酒を飲んでの二日酔いというわけではなく、酒を飲んだ勢いで言ってしまった言葉のせいだ。

 

「~~っ!絶対に藤十郎どのに変な女と思われた……」

「お、朧姉さま?どうかなさいましたか?」

「暁月……!い、いや、大丈夫です」

 

 こほんとひとつ咳払いをして、暁月と向き合う。

 

「どうしました?」

「はい、藤十郎どのが一緒に朝食をどうかと誘ってくださったので、朧姉さまもご一緒にいかがかなと思いまして」

「……藤十郎どのが?」

 

 昨日のことが頭を過ぎる。

 

「?朧姉さまは藤十郎どののこと嫌いですか?」

「そんなことは!……い、行きます」

 

 その日の朝食は、ずっと下を向いたままで皆に首を傾げられた朧なのであった。




実は、もうひとつ新しい作品を書き始めました!
次回作として準備していたものですが、興味がありましたら読んでもらえると嬉しいです!

感想や評価などお待ちしております♪

あと、戦国恋姫の小説が少しでも活性化してくれればと更新頻度を上げています!
いっぱい書いてもらえたら嬉しいなぁ……。


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閑話5 北条の担い手

北条家三人娘との関わり中心のお話になります。


 今回の戦は徳川にとっての命運を賭けた戦いとなる。だが、それは北条にとっても同じことで、これからの時代を担っていくに相応しい後継者を育てるという目的もあって北条は同盟を決めた。

 

「うぅ、お姉ちゃん頑張れるかなぁ?」

「大丈夫だ!何かあったら三日月がぶっ飛ばしてやる!」

「暁月もついています」

 

 三人が宿で話しているのを見て、ふむ、と藤十郎が何かを考える。

 

「藤十郎、どうした?」

「あぁ、あの三人なんだが……今のままで大丈夫かと思ってな」

 

 北条家の兵の質は決して悪くはない。だが、朧が率いるときと十六夜が率いるときとでは、その力の差が歴然と現れる。訓練で数人の部隊での模擬であっても差が現れてしまうのだ。

 

「大戦の経験がないのであれば、仕方がないのかもしれんが……このままでは朧の足を引っ張ることになりかねん」

「それは困るな。ワシの獲物は増えるが、それで戦に負けては元も子もない」

「あぁ。戦が始まれば、俺も桐琴も本気で暴れることになるだろうから、恐らくはあの子たちを見ている余裕はない。三日月は年齢の割にはやるが……まぁ、尾張の弱兵なら複数相手でもいけるかもしれんが」

 

 予想通りの展開になれば、相手方には武田や長尾、浅井の強兵たちとやり合うことになる。そして何よりも恐ろしいのは。

 

「……両兵衛が厄介だと言うところか」

「ふむ……孺子に付き従っておるから間違いなく強敵になるな」

 

 基本的に何も考えずに吶喊していくことが多い桐琴ではあるが、策の優位性などは認めている。それを打ち砕くほどの武力で無視していただけだ。

 

「危険なのはそれだけではないぞ。武田には武藤に山本、長尾には宇佐美もいる。こちらの智は悠季一人だからなかなかに大変だろう」

「ん、藤十郎は策は巡らさんのか?」

「……そういうのは面倒だ。突撃して殲滅するほうが楽だろう」

「ははは!違いない!」

 

 そんな会話をしていた二人をじーっと見つめている北条の三人娘。

 

「ん、どうした。何か用があるならこっちに来ないか?」

「い、いいんですか?」

 

 十六夜が恐る恐るたずねて来る。

 

「そんなに緊張するな。同盟である以上、俺たちと十六夜たちは同等だ。聞かれて困る話でもないし、むしろ北条の兵を率いるのであれば知っておかねばならん話だろう」

「兄ちゃんは姉ちゃんが北条の跡取りだって思ってるのか?」

「そうだな。まだまだ成長中だろうが、立派な跡取りになると思うぞ?」

 

 たずねてきた三日月の頭をポンと撫でる。

 

「……十六夜姉さまを会ってそこまで経っていないのに正確に評価した人は貴方がはじめてです」

「そうか?今は立派な母の背中を追っているからそういう風に見えるのかも知れんな」

「母様の背中を追っては駄目なんですか?」

 

 不思議そうにたずねて来る十六夜に少し困った笑顔を向ける。

 

「そうだな。追うのはかまわないと思うが……いい返るなら十六夜。お前が『何になりたいか』が大切なんじゃないか?」

「何になりたいか?」

「あぁ。たとえばだが、徳川には最強と言われている本多忠勝がいる。彼女に憧れ、目指し、修行を繰り返し強くなったとしよう」

 

 藤十郎の例にうなずく三人。

 

「それじゃ、強くなったそいつは何になる?」

「何?」

「あぁ。そいつは『本多忠勝』になるのか?」

「……違います」

 

 十六夜の言葉に頷く。

 

「そうだ。そいつは本多忠勝を目指して強くなった別人だ。だから、強くなるための目標として本多忠勝を目指すのはいいだろう。だが、本質は違う。それを理解して行動していけば、きっと自ずと結果はついてくるだろう」

「私では、母様にはなれない、ってことですか?」

「冷たい言い方になるかもしれんが、そうだ。朔夜どのは確かに素晴らしい為政者だろう。だが、十六夜とは違う。違っていいんだ」

 

 三日月と同じように傍に座った十六夜の頭を撫でる。

 

「自分なりの当主になればいい。きっとしっかりとした想いがあれば、民も兵もついてくる。少なくとも、二人の妹たちはしっかりと姉を守ろうと自分に合った知識や技術を磨いている。俺に出来ることなら少しの間だが手伝ってやるから言って来い」

 

 

「藤十郎はガキが好きなのか?」

「何だ急に。まぁ、嫌いではないな。本人は怒るだろうが、綾那と遊んでいるときを思い出す」

「くくっ!鹿のガキか」

「まぁ、歌夜と一緒に小さな頃から遊んでいたからな」

「ほう、徳川の殿だけでなく二人とも幼馴染であったのか」

「あぁ。……二人とも息災だといいが」

 

 

「う~……驚いちゃった」

「あはは、姉ちゃん顔真っ赤だ!」

「藤十郎どのは新田どのと親交があると聞きました。もしかすると、蕩らしの技は移るのかも……」

 

 藤十郎たちと少し情報共有をして、分かれた後。

 

「でもでも、藤十郎さんってかっこいいよね?確か徳川の殿様と婚約してるんだっけ?」

「姉ちゃん残念だったな!」

「……まぁ、現実的に考えると優良株ではあるでしょうけど」

「あれ、暁月ちゃんは嫌い?」

「いえ、あんな兄であれば欲しいと思いますが……異性としての好きは分かりません」

 

 きゃっきゃと話し合う三人を微笑ましく見ている朧。

 

「……藤十郎どのには感謝しなくてはいけませんね。十六夜たちが少しではあるけれど成長の兆しを見せている。……やはり姉上の判断は間違えてはいなかった、というわけね」

 

 そう呟いて気がつく。

 

「……ということは、姉上が仰っていた藤十郎どのを……」

 

 一人で慌てだす朧に首を傾げながら近づく影。

 

「……朧さま?何やってるんです?」

「っ!!ひ、姫野か。どうした?」

「どうした、って。指示通り京に向けて何人か送りましたよ~って報告です。……で、あの藤十郎って奴とホントに同盟組むんですか~?」

「勿論だ。姫野は反対か?」

「反対っていうか何ていうか……あいつらって伊賀の服部の仲間だし。意趣返しとかないのかな~って」

 

 姫野の言葉にため息をつきながら首を振る。

 

「駄目だ。姉上も私もそんなことは願っていない。それに、あの方が本気になると恐らく……」

「恐らく?」

「北条の兵もろとも一人で葬られる可能性がある」

 

 朧の言葉に固まる姫野。

 

「ま、まっさか~……朧さま、冗談きついですって」

「……」

「……マジですか」

「あぁ。姉上が言っていたから間違いないだろう。もしかすると恐ろしい御留流なのかも知れんな」

「普通に戦っても化け物なのに御留流とか持ってるんですか。うわ、メンド……」

 

 敵に回したときのことを思い出したのだろうか、苦虫を噛み潰したような顔をした姫野を一瞥して。

 

「……だから、決して敵対するような行動はとらないように。これは御本城様からの命でもある」

「はぁい。仕方ないですね。それじゃ、姫はまたお三方の護衛に戻りま~す」

 

 一瞬で姿を消した姫野。朧はまだ楽しそうに話を続ける三人を見る。

 

「……この戦、徳川が勝つ可能性は大いにある。いえ、私たちが徳川につくことで確率としては跳ね上がったといって良いでしょう。後は……決戦の場所が何処になるのか」

 

 天の利、地の利、人の利。全てを併せ持たねば戦に勝利はない。

 

「藤十郎どのや桐琴どのは本能的に戦を察知している節がある。となれば、予想を聞いてみるのも手かもしれない」

 

 朧は次に会った時に聞いてみようと思いながら、三人を見守っていた。

 

 

「兄ちゃん、手合わせしてくれ!」

「あぁ、構わないが武器はどうする?」

「無手だ!」

 

 拳を握り構える三日月と、自然な姿勢で立っている藤十郎。

 

「?兄ちゃん、構えないのか?」

「あぁ。いつでもいいぞ」

 

 小柄な体格を生かしたすばやい動きで藤十郎へと接近し、三日月は拳を突き出す。その拳は藤十郎の身体に綺麗に当たったように三日月は感じたが、次の瞬間世界が反転し地面に背中から落ちていた。

 

「!?」

「どうした、三日月?」

 

 背中から落ちたにも関わらず全く痛みがなかったのは藤十郎が手加減をしたからだろうか。

 

「に、兄ちゃん今何やったんだ!?」

「今のは相手の力を利用して投げる……合気といったか、その技だ。今の三日月の技のように力を使うものを剛術、逆に相手の力も利用するものを柔術と言う」

「兄ちゃんがよくやる刀とか槍で相手の突きとかを流す奴か!」

 

 三日月の言葉に藤十郎は頷く。

 

「そのとおり。それによって生じた隙っていうのはかなりでかい。俺や桐琴であっても少なくとも一瞬の隙は達人や猛者が相手であれば手傷を負わされる可能性もある」

「う~ん、難しそうだ」

「まぁ、簡単ではないな。だが、三日月は目や勘がいい。それを生かして練習すればいつかは出来るようになるかもしれん」

「おお!なら頑張ってみる!兄ちゃん教えて教えて!」

「あまり無理をするなよ?じゃあゆっくり俺が拳を突き出すから……」

 

 二人の組み手は食事で朧が呼びにくるまで続いた。

 

 

「……それでは、こういう場合にはどうするのですか?」

「ふむ……。俺ならば此処を攻めるな。この地形であればこの二箇所……そしてこの川を含めると三箇所が戦略上での要所になるだろう」

 

 過去の戦の記録を藤十郎と暁月は二人で見ながら討論する。

 

「凄い。母様と同じです。ですが、それに加えて母様はこの場所を」

「……なるほど。流石は朔夜どのだ、知恵比べで勝てるとは思っていないが」

「ふふ、負け惜しみですか?」

「武ならば負けんというのが負け惜しみならばな。とはいえ、暁月もその年齢でよくそれだけの知略を身に着けたな」

「私は大人です。子供扱いされるのは心外です」

「あぁ、すまないな。……この間も話をしたが、織田、武田、長尾にいる知将たちを抑えねばこちらの被害は大きくなる。徳川にはこういったことに精通したものが少なくてな。恐らく暁月の力を借りることになる」

 

 藤十郎の言葉に少しだけ暁月は表情を変える。

 

「……はい、望むところです。ですが、暁月には大戦の経験はありません」

「そうだな。俺からひとつだけ教えておけることがある」

「何ですか?」

「きっと暁月の姉さん……十六夜が出来ないであろう選択を、お前が迫られるときが来るかも知れん」

「十六夜姉さまが出来ない選択……?」

 

 藤十郎が無言で頷く。

 

「人に、死ねということだ」

「……」

「戦場において、何よりも大切なのは大将が生き残ることだ。そして、それを支える参謀は場合によっては多くの犠牲を払ってでも撤退しなくてはならなくなる」

 

 藤十郎の言葉にコクリと頷く暁月。

 

「そのとき、十六夜が選択できないようであれば、お前が変わりに命じてやれ。十六夜が自ら選択し、苦しんでいるのならば助けてやれ。それが臣下として、そして家族として暁月に出来ることだ」

「……はい。覚悟は出来ています」

 

 暁月の言葉に満足そうに頷く藤十郎は頭に手を伸ばしそうになって止まる。

 

「……?どうしました?」

「あー、子供扱いするなといわれた矢先に頭を撫でようとしてしまった。すまん」

「……構いません。藤十郎……さまに撫でられるなら嫌ではありません」

「そうか?」

 

 やさしく頭を撫でる藤十郎と無言で撫でられる暁月。知らない人が見れば不思議な光景だろう。

 

「……藤十郎さま、お願いを聞いてもらえますか?」

「ん、何だ?」

「兄さまと……呼んでもいいですか?」

 

 

「くくくっ……!順調に北条を篭絡しておるな、藤十郎!!」

 

 笑いが我慢できないといった表情で桐琴が藤十郎に語りかける。

 

「……そんなつもりはないんだが。まさか暁月が兄と呼ばせてくれと言ってくるとは思わなかった」

「ははは!本当に孺子を見ているようだな!とはいえ、藤十郎よ。あの草の女は徳川につくか、織田につくか。どちらか分かったのか?」

「……いや。だが、俺は小波は小波のやりたいようにするのが正しいと思う。もし徳川についても、直接剣丞たちと戦う場所には配置しないだろう」

「ふむ、寝首をかかれるかもしれんからな」

 

 桐琴の言葉を否定はしない。藤十郎は小波のことを信じているが、家中の者がどう考えているかは分からない。

 

「……もうすぐ、か」

 

 武田や長尾、浅井であれば躊躇うこともなく戦うことも出来るだろう。戦国の世とはいえ、織田と戦うには深くかかわりすぎた。

 

「おい、藤十郎」

「ん?」

「安心せい。もし藤十郎が殺れんのなら、ワシが殺ってやるわ」

「……ふ、自分で決めた道だ。しっかりと自分でやる」

 

 そう言った藤十郎の目には、確かな覚悟が見えた。




合気道は大正以降に出来たのものなので、実際にはこの時代にはありません!ご注意を!

後一話は閑話を挟みます。本編お待ちの方はすみません!

UAが10000を超えました!ありがとうございます!
ここまで頑張れたのは皆様の感想や評価のおかげです!


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閑話6 風魔の姫、藤十郎の本気

誕生日が嬉しいものなのはいつごろまでだったか……。
また新たな20歳のループが始まりました(ぉぃ

何周目かな、これ。


「あ、兄さま。ちょうどよかったです」

「……確定なんだな。まぁ構わんが。どうした暁月?」

「はい、姫野についてなんですけど……」

 

 暁月から姫野といわれ一瞬首を傾げる。北条の関係者に姫野という知り合いがいただろうかと思い、気付く。

 

「……あぁ、風魔の頭領の女か」

「そうです。あの子に何かされたりしてませんか?優秀なんですけど、ちょっとだけ思い込みが強いといいますか……」

 

 明らかに小波を敵視していた姫野のことを思い出す。あの後、時折風魔の視線を感じはするが直接こちらへ接触してくることはなかった。三人の北条後継者の護衛をしているようだが。

 

「姫野はああいう子ですから、扱いが難しいように感じるかもしれません。でも、あの子はがつんといわれると聞いてしまう、そんな子ですから遠慮なくびしびしやってくださって構いませんよ」

「分かった。ここからの戦には彼女の力は不可欠だから何とか話をしないといけないとは思っていたからな」

「はい。悪い子ではないのでお願いします」

 

 暁月がぺこりと頭を下げると軽く走り去っていく。

 

「ふむ、なら風魔の、姫野と話をする機会を作らないとだな」

 

 

「……何か用?私忙しいんだけど」

「あぁ、すまんがこれからについて頼みたいことがあってな」

「……ふぅん。姫に頼みがあるのね?」

「そうだ。ここから先の戦いには風魔の力……姫野の力を借りなければかなりきつい戦いになる。だから」

「ふ、ふぅん。まぁ当然だし?風魔は伊賀よりも優秀だし!」

 

 何故か自慢げに姫野が腕を組みながら言う。

 

「姫野は嫌かも知れないが、伊賀と甲賀、風魔が協力しなければ織田、武田、長尾の同盟軍には勝てん。お前も剣丞たちと戦ったのであれば分かるだろう?」

「……ふん!姫はちょ~っとだけ調子が悪かっただけだし!」

「それでも負けた。だから協力して欲しい。俺たちの力と姫野の力。あわせることが出来れば、きっと勝てる」

「……へぇ、藤十郎は私の力が借りたいのね?」

「あぁ。姫野の力が必要だ」

 

 藤十郎の言葉に満足そうに頷く姫野。

 

「そ、そういうことなら仕方ないわね!私の力を貸してあげてもいいし!」

「ありがとう。期待しているぞ」

 

 微笑みかける藤十郎と、突然あわあわする姫野。最近多い反応だと不思議に思う藤十郎。

 

「宜しくしてやるし!えっと、藤十郎って呼び捨てしてるけどいいわよね?」

「あぁ。好きに呼んでくれ」

「うふふ、敵は天人に軒猿とか腕が鳴るし!」

「そうだ、姫野。友好の証って訳ではないが、一緒に食事でもどうだ?」

「へ……?」

 

 

「草と一緒に食事とか普通じゃないし」

「そうか?共に戦う仲間なんだからいいと思うんだがな。小波にも同じことを言われたな」

「……服部と一緒とか納得いかないけど、意見には同意する」

 

 二人でやってきたのは、近くにあった食堂のような場所。

 

「嫌なら悪いことをしたな」

「嫌とは言ってないし!……もぅ」

 

 ぶつぶつ言いながらもお品書きを見ながら少し楽しそうな姫野。

 

「ねぇ藤十郎。これってどんな奴?」

「ん、あぁ、これは……」

 

 あまりこういった場所へはこないらしい姫野の質問にひとつずつ答えていく。

 

「あんたら仲良いねぇ。夫婦……には見えないけど婚約者か何かかい?」

「ちょ!?こ、こんな奴とそんなわけないし!そんな勘違いするとか信じらんないし!!」

「ふふ、恥ずかしがるのも最初のうちだけさね。ゆっくりしていきな」

 

 女将さんは姫野をからかってそのまま立ち去る。姫野は既に顔が真っ赤になっている。

 

「ちょっと!藤十郎も何で笑ってるし!?」

「ははは、すまんすまん。姫野もそうやって自然体でいれば可愛らしいものだなと思ってな」

「か、かわっ!?~~っ!」

 

 

「……何故か怒ってた……のか?」

 

 一応、一緒に食事はして打ち解けたとは思う藤十郎だったが、最後に「そ、そんなんじゃないんだからね!?」みたいなことを言って走り去ってしまった姫野を呆然と見送った。

 

「……藤十郎さま」

「ん、お前は……風魔の忍か?」

「はっ、風魔の上忍でございます」

 

 そういえば、以前に藤十郎に切りかかってきた忍とは違う熟練の雰囲気を感じる。恐らくは前回は参戦していなかった風魔の忍なのだろう。

 

「藤十郎さま、頭をお頼み申します」

 

 ペコリと頭を下げる上忍。

 

「私は、頭……姫野さまを幼少の頃より見ておりますが、あのように良い感情を表に出されているのは久々に見たものです。……素直でないところもありますが……」

「大丈夫だ。誰かに言われるまでもなく、俺自身の判断で姫野とは仲良くさせてもらうよ」

「はっ!」

 

 一瞬で目の前から消える上忍。姫野はよい部下に恵まれているようだ。

 

「全体での能力はかなり高いようだな。あの子も悪い奴ではなさそうだしな」

「あ、兄ちゃん!姫野が何か顔真っ赤にしてたんだけど知ってるかー?」

「さぁ?さっきまで一緒に食事をしていたが……」

「兄ちゃんも天人みたいに奥さんいっぱいいるのか?」

「……いるわけないだろう。むしろ奥さんはいない」

「そっか。徳川の殿様は婚約者だっけ?」

 

 三日月の言葉に頷く。

 

「そうだ。戦が終わった後でしっかりと紹介できるようにしておこう」

「そういえば、徳川ってすごい草使ってるんだよな?」

「うちは伊賀と甲賀だな」

 

 伊賀も甲賀も共に日の本を代表する忍の里であり、その中でも小波……服部半蔵の知名度は高く、日の本一とされている。それ故に恐らく姫野が敵対視していたのだろう。

 

「だが、小波と姫野か……。うむ、仲良くなれそうでいいな」

 

 頭に思い浮かべるのは小夜叉と綾那の二人。性格は全く違うが、小波と姫野も似たように仲良くなれるのではないかと藤十郎は考えていた。

 

「さて……そういえば、北条の面々にも御家流はあるはず……。なんとか見ることが出来れば、な」

 

 恐らくは次の戦で、藤十郎の御留流は知れ渡ることになるだろう。噂で聞いた話では、剣豪将軍・足利義輝、越後の龍・長尾景虎、甲斐の虎・武田晴信は別格の御家流と聞く。

 

「……どれだけの相手か」

「どうした、藤十郎。まるで戦の前のワシら、森一家のような気を感じたぞ」

 

 嬉しそうに笑いながら桐琴が現れる。

 

「……そうか?そうかも知れん。俺にとって最後の大戦になるだろうからな」

「……ほぅ。藤十郎、まだワシに言っておらんことがあるのではないか?」

「そうだな。桐琴には話しておくべきかも知れんな」

 

「何故もっと早くに言わんかった?」

「聞かれなかったからな」

「……チッ。孺子といい藤十郎といい……やはり似たところがあるな」

「あいつとか?それほど似てるとは思えんが」

「そういうところが似てるんだがな。……ちょっと付き合え、ワシと死合うぞ」

 

 

「ん?あれって……藤十郎とあの怖い付き人?何で武器もって向かい合ってるし?」

 

 姫野が周囲の警戒をしているときに、視界に入ってきたのは藤十郎と桐琴が自身の武器を持ち向かい合っているところだった。

 

「構えて……っ!?」

 

 二人から放たれるのは間違いなく殺気。これは修練などといった生ぬるいものではない。本気の殺し合い(・・・・)

 

「仲違い?いや、そんな感じじゃ……こ、これが徳川にとっての修練!?気違いだし!」

 

 二人の槍が幾度となく交叉する。火花が散り、互いの攻撃を避けるたびに地形を変えてしまうほどの衝撃が周囲を包む。

 

「こ、こんな奴らと姫やりあってたの!?」

「頭」

 

 姫野の傍に現れた上忍が声をかける。

 

「な、あんたか。何?」

「……頭、しっかりとこの戦いを見届けるよう」

「何でよ」

「先代より仕えてきましたが、おそらくは頭が先代を超えるためにはこの戦いを見届ける必要があります。……全て終わった後にそれを理解するでしょう」

 

 

 藤十郎も桐琴も互いに本気であった。加減もなく、全力での戦い。

 

「良い、良いぞ!この調子ならばっ!!」

 

 桐琴の気が高まっていくのが分かる。しかも、それは戦いを始めた頃よりも間違いなく高く、研ぎ澄まされていく。と、そのとき、藤十郎は本能的に使う予定のなかった御家流を使うべく気を爆発的に増大させる。

 

「鬼哭槍攘!!」

 

 鬼の気を纏った藤十郎を見てニヤリと笑う桐琴。

 

「最後の戦に赴く前に、ワシからの手向けだっ!!」

 

 桐琴の言葉と同時に、周囲を包んでいた殺伐とした殺気が掻き消える。

 

「ゆくぞっ!!!」

 

 

 その瞬間を直接見たものは、藤十郎と桐琴を除けば姫野と上忍の二人。織田において攻めの三左と呼ばれ、鬼武蔵と呼ばれる森長可の母である桐琴の本気。

 

「森家御家流!!!」

 

 数ある戦の中でもほとんど使用したことがない御家流。

 

森羅万勝(しんらばんしょう)!!」

 

 槍を地面に突き刺すと、湧き出る光がまるで藤十郎を襲うように包み込む。

 

「ぐっ!?」

「そらそらそらっ!!」

 

 光が槍のようになり、桐琴の突きにあわせるように藤十郎を襲う。

 

「舐めるなよ」

 

 藤十郎の瞳が紫の光を放ちながら、桐琴の攻撃や光の槍を避け桐琴へと攻撃を繰り出す。

 

「!その技……奪っておったか!!」

「使い勝手がいいので、な!」

 

 グンと加速した藤十郎が分身したようになる。態勢を整えた二人は再び交叉を繰り返していく。

 

 

「はぁ、疲れた」

 

 桐琴との死合いが終わった後の風呂上り。藤十郎は一人で外で涼んでいた。

 

「あ、藤十郎……」

「姫野か。どうした」

「あんた、強かったのね。あの付き人との訓練見たわ」

「ん、覗いてたのか」

「はぁ!?の、覗いてないし!姫は偶然見えただけだし!」

 

 何故か必死で否定する姫野。

 

「はは、別に構わんさ。それで、姫野の目から見てどうだった?」

「……はいはい、凄かったって認めればいいんでしょ!」

「何で怒ってるんだよ。まぁ、同盟組む相手に認められるのは大切なことだからな。最初の出会いはあれだったが、だからこそお前に認めてもらえるのはありがたいよ」

「……ふん!」

「そういえば、風魔小太郎って名前は襲名なんだってな」

「そうよ。だから、姫は……」

 

 言葉を切る姫野に藤十郎が酒を差し出す。

 

「のめるか?」

 

 差し出された酒をぐいっと一気に飲み干す姫野。

 

「俺は忍じゃないから詳しくは知らんが、家を継ぐ、名を継ぐっていうのは大変なことだからな。俺も水野の家を継いだが、まぁ何もしていないから姫野の状況を分かる、とは言えんが。まぁただ、姫野が姫野なりに頑張っているというのは分かる。……見てる奴は見てるさ」

「藤十郎……?」

 

 ぽんと頭におかれた手。一瞬驚くが、姫野が手を押しのけることはしない。

 

「小波と色々とあるだろうが、仲良くしてやってくれ。あいつもあいつで色々と苦労してるからな」

「と、藤十郎がそこまでいうなら仕方ないから仲良くしてやってもいいわよ?姫野って優秀だし!」

「はは、そうだな。頼むぞ」

 

 

「頭、今日は機嫌よさそうですね」

 

 次の日、姫野とあった上忍はそう声をかける。鼻歌を唄いながら振り返った姫野は明らかに楽しそうである。

 

「そんなことないし!でも、藤十郎と話をして少しだけ、ほんの少しだけ見直してもいいかな、って思っただけだし」

「そうですか。それはよかった」

 

 上忍が満足そうに頷く。

 

「……あ、京で動きがあったらすぐに姫に教えるように」

「はい。それについて、ちょうどお伝えに」

 

 先ほどまでと変わり、真剣な顔に変わった上忍。その口から告げられた一言で、藤十郎たちは進軍の速度をあげることになる。

 

 

「徳川と織田の軍勢が、京付近で戦闘を開始。双方に少なくない被害が出たとのことです」




次回から本編に戻ります!
仕事が忙しく数日に分けて書いておりますのでおかしな部分などがありましたらご報告お願いします!

桐琴さんにも勝手に御家流作っちゃいました。
これは少し違いを出しながらもうひとつの作品でも使う予定です。

それでは次回、本編でおあいしましょう!


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19話 黒武者

11月15日 2回目の更新です。


 京へとついた後の徳川の動きは迅速であった。以前より根回しをしていた貴族たちとの最終調停を終え、悠季は葵を従五位下・三河守に叙任させると同時に空位であった日向守に藤十郎も叙任させることに成功する。そして、ことを起こす最終準備へと入ろうとしたそのときに、織田・徳川双方にとって予定外の出来事が起こってしまう。

 織田家、徳川家の血気盛んな若武者たちが先走り、互いに死人の出る刃傷沙汰へと発展する。これに慌てたのは織田、好機と見たのは徳川。すぐさま織田側を非難すると、朝廷へと訴える。だが、朝廷内でも将軍と剣丞を擁する織田派と多大な寄付金や根回しをしてきた徳川派に分かれ朝廷からの声明はあがらなかった。

 これに黙っていなかったのは、将軍である一葉や織田家臣団である。逆に徳川を非難する文を送りつけ互いの関係は悪化。ついに両軍は近江八幡付近で衝突する。最初は優勢にことを運んでいた織田連合軍であったが、戦の最中に小波……服部半蔵が離反。徳川へと帰参したことにより状況は変わり、一進一退の攻防を続けながらも数で勝る織田が押し戦場は少しずつ移動。

 

 そして、後の世に『関ヶ原の戦い』と呼ばれる決戦の地へと舞台は移る。

 

 

「葵さま、少しお休みくださいませ」

 

 陣幕の中へと悠季は入ると、葵へと声をかける。

 

「……いいえ、皆が戦っているときに私だけ休むことなんて出来ないわ」

「お気持ちは分かりますが……葵さま、本当に必要なときにお休みになられるのもお仕事です」

「……分かったわ。じゃあ少しお願いね」

「はっ……。さて、小波」

「はい」

 

 悠季の声に応じて目の前に現れる小波。

 

「全く、貴方は剣丞どのに蕩らされてしまったのかと思いましたが……」

「……」

「……こほん。それで、現状は?」

「は。綾那さま、歌夜さまのお二人を中心に武田、長尾の両軍を。水野さまと井伊さまの軍勢が織田本隊を抑えておりますが……」

「ふむ、流石に従妹どのとは言え、数の暴力には不利、ですか」

 

 早く見積もっても藤十郎たちが合流できるのはまだ先になるだろう。北条での動き次第では更に遅くなることも見越して戦ってはいるが……。

 

「ふむ、最悪の場合は三河まで下がることも見越さねば成らないかもしれない、と」

「……恐れながら、そうなると織田は……」

「えぇ、恐らく補充なども完璧にされてしまい、泥沼化するでしょうけど……」

「今のところ、伊賀、甲賀両部隊で軒猿を抑えておりますので相手の増援は遅くなると思われます」

「出来る限りはこの場所で抑えておかなければ」

 

 戦場の地図を確認しながら悠季は新しい指示を次々と送る。

 

「……私に出来るのはここまでです。藤十郎どの、後は頼みますぞ」

 

 

「せやー!!ですっ!」

 

 気合を入れた一撃によって十人近い兵が一気に吹き飛ばされる。

 

「綾那、一度退くわよ!」

「分かった、です!」

 

 武田の強兵とはいえ、戦場において無双とまで歌われる綾那には敵わない。だが、それでも少しずつ疲弊させることは出来る。

 

「綾那、大丈夫?」

「歌夜は心配性なのです。綾那は平気なのです!……藤十郎と約束したですから」

「そうね。……小波も帰ってきたこと、藤十郎さんにも伝えてあげないとね」

「藤十郎なら大丈夫なのです。小波が帰ってくるって信じてたです」

 

 二人は頷き合うと、撤退を開始する。いつ来るか分からない藤十郎を待つ。この戦いにはそんな意味も含まれていた。

 

 

『申し上げますっ!!』

 

 小波から少し焦った様子で口伝無量の連絡が来る。

 

「許します」

『長尾軍が消え、代わるように武田軍が総攻撃を開始したと綾那さまから!私はすぐに長尾の消息を追います!』

「分かったわ。……悠季」

「はっ」

「すぐに陣を払い本陣を移動します」

「……なるほど、奇襲の可能性ありと」

「えぇ。恐らくは戦の天才と呼ばれる長尾であればそういう手に出る可能性があるわ。すぐに……」

 

 葵の言葉が終わる前に陣の外が騒がしくなる。

 

「……遅かったわね」

「くっ、馬廻り衆は葵さまの傍に!今こそ命を捨てる場所と知りなさい!」

「はっ!!」

「一番乗りっすー!!」

 

 陣幕を破り突撃してきたのは柘榴。馬廻りと共に葵の前に悠季が立ちはだかる。

 

「あり?撤退準備してたっす?御大将の手を読んだのは凄いっすけど少し遅かったっすねぇ」

「そうね。柘榴、殺さずに生け捕りなさい」

「了解っす!そのほかはどうするっす?」

「……好きにしていいんじゃない?まぁ殺りすぎないように……!?」

 

 何かに反応するように美空と柘榴が外を見る。そこに見えたのは。

 

「地黄八幡の旗に加え钁湯無冷所の旗……!?嘘でしょ、あの女狐が徳川に味方するの!?」

「御大将!やるなら早くやらないとっす!」

「分かってるわよ!柘榴、一気に蹴散らしなさい!」

「了解っす!御家流!昇竜槍天撃!!」

 

 地面から巨大な槍が飛び出し、馬廻り衆を一掃する。

 

「くっ、葵さま、お早くお逃げを」

「無駄」

 

 背後から現れたのは松葉。手に持つ傘を葵に向け静かに佇んでいる。

 

「大人しく投降しなさい、徳川家康。そうすれば命まではとらないわ。……全く、旦那様は難しいことばかり頼んでくるんだから」

「でも、御大将そういうところも好きっすよね?」

「……惚れた弱み」

「うるさいわね!って遊んでる場合じゃなかったわ。早く捕らえなさい、そうすれば地黄八幡も撤退を……」

「投降はしません」

 

 葵が刀を抜き、美空へとむける。

 

「……へぇ、この後に及んで勝算があるとでも?」

「約束したわ。藤十郎は私の元へ現れて貴方たちを倒します。だから……!」

「あんたも好いた男がいるのね。まぁ、同情してあげなくもないけれど今は……」

 

 

 地黄八幡の接近に気付いたときとは全く違う気配。戦に明け暮れてきた美空たちだからこそ気付けた天空から降り注ぐ一本の朱槍。地面に刺さったそれは、大量の土埃を上げ一瞬葵たちを隠す。

 

「ぐっ!?」

 

 土煙の向こうから聞こえるくぐもった声、そして駆け込んでくる漆黒の風。

 

「……遅くなった。葵、悠季」

 

 晴れた土埃の中、槍を地面から抜きながら現れたのは藤十郎。

 

「お、御大将、こいつが、スケベの言っていた」

「ちっ!厄介な奴ってことね。松葉、動けるなら撤退、無理なら柘榴が手伝って!」

「了解っす!」

「了解……この借りは返す」

 

 迅速に撤退をした長尾勢に軽くため息をつく。

 

「葵……っと」

 

 胸に飛び込んできた葵をやさしく抱きとめる。

 

「藤十郎……っ!」

「葵、頑張ったな」

「……こほん。感動の再会はよろしいのですが、現状を報告して欲しいのですが?」

 

 

「勝った!勝った!この戦、勝ちました!」

 

 掛け声と共に突撃するのは地黄八幡の旗。本陣を囲んでいた長尾勢の背後を突く形で一気に囲みを食い破る。

 

「もう一度行きますよ!」

「「応!!」」

 

 朧の言葉に応え、再度突撃をかける。

 

「落ち着きなさい!すぐに陣形を整え、御大将の元へはいかせないように!」

「「はっ!」」

 

 朧の突撃に対して秋子がすぐさま対応してくる。

 

「ほう、この采配……景綱どのか。ならば、私たちが家康どのの元へと向かうと読むはず……二度、三度と突撃を繰り返します。北条の勇者たちよ、私と共に来なさい!!」

 

 

「……春日」

「はっ!」

「……嫌な予感がする。すぐに兵を徳川の本陣に向けて」

「某は構いませぬが、徳川の兵たちはどう致しますか?」

「兎々に任せる。適度なところで合流するように」

「かしこまりました。では本隊の殿は某が務めさせて頂きます」

「……頼む」

 

 頭を下げて立ち去る春日。

 

「姉上、何かあったんでやがりますか?」

「……私の勘。ただ、鬼が戦場に二人、降り立った」

「鬼、でやがりますか?」

「……そう。戦況を裏返してしまう、そんな存在」

 

 遠方を感情の読めない瞳で見つめる光璃。夕霧はそんな光璃を見ながら。

 

「姉上の仰ることで間違いはないでやがります。すぐに夕霧も陣を払う指示を出してくるでやがります」

「夕霧」

「?」

「気をつけて」

 

 

「失礼致します!」

「許す」

 

 織田本陣。水野、井伊両軍と交戦中であるが、戦況は五分……いや、若干織田が優勢である。織田は最高戦力でもある小夜叉を前面に押し出し戦闘を優位に進めていた。

 

「突如現れた黒い鎧の武者たちが側面から突撃、我が陣営に大打撃を与えております!既に竹中さまの策により拮抗状態へと持ち込んではいますが、一人突出した強さの武者がおりまして……至急援護をとのこと!」

「そうか……誰かある!」

「はっ!」

「柴田、丹羽の両名を黒武者たちへと向かわせるように指示を出せ」

「すぐに!」

 

「剣丞、どう見る」

「……間違いなく藤十郎だね。黒っていえば確か藤十郎の鎧だったはずだ。……ってことは」

「うむ、もしかすると北条が合流している可能性がある」

「……ごめん、小波を引き止められなくて」

「何故貴様が謝る。小波は主家に仕えることを選んだだけだろう。誰も悪くはない」

 

 小波は、剣丞隊から離れるとき最後に全員に対して挨拶に来ていた。本来、後のことを考えるのであれば、その時点で捕らえるか……殺してしまうのが正しいのだろうが、剣丞隊の誰もがそれをしなかった。戦場で会えば互いに敵同士。それでも、共にすごした時間が偽りだったとは思えなかったからだ。

 

「今は黒武者たちを抑えるのが先決。壬月と麦穂であれば大丈夫であろうが……」

 

 

「落ち着け!まずは陣形を整えよ!」

「は、はっ!」

「壬月さま、陣形は私が。壬月さまはあの黒い武者を!」

 

 明らかに突出した強さの黒武者は体型からすると女性か。はじめは藤十郎と思っていた壬月と麦穂にとっては少し驚きでもあった。

 

「藤十郎以外にもあんな奴がいたとは、なっ!」

 

 壬月の特攻に他の黒武者たちも気付くが、女武者からの指示なのか道をあける様に動く。

 

「?まぁ良い。いくぞ、黒武者っ!!」

「ほぅ……」

 

 一言だけ少し聞こえた声に違和感を感じながらも、鬼の面をした女武者の槍と壬月の斧がぶつかり合う。

 

「むっ!?」

 

 押し負けたのは壬月。これには驚きを隠せない。

 

「はははっ!壬月よ、鈍ったか?」

「っ!?その声、それにこの力……!何故貴様がそこにいる!?」

 

 面をはずしたその姿を見た壬月、少し離れたところから見ていた麦穂は絶句する。

 

「桐琴!!」

 

 

 各地の戦いは更に激しさを増していく。




ついに最終章へと突入です。

キャラの紹介などはほとんど省いておりますので、あまりいらっしゃらないと思いますが、知らない方はオフィシャルサイトなどで確認していただければ幸いです。

ちなみにですが、鬼との決着もまだついていない状況ですので、そちらもしっかりと補完します。

次回から各地の戦いがピックアップされていきますのでお楽しみに!

感想、誤字脱字報告などお待ちしております!


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20話 激戦

「何故だ、何故お前が生きておる!」

「はっ!知れたこと!今貴様の目に映るものが全てだ!」

 

 桐琴の槍を何とか受けた壬月が距離をとる。

 

「……孺子も小夜叉も騙していたとでも言うのか?」

「好きに思うがいい。ワシは最早、森の名を捨てた唯の桐琴。徳川の……藤十郎の槍に過ぎん!」

「壬月さま!」

 

 部隊に指示を出し終わった麦穂も合流する。刀を構え、警戒を緩めずに接近してくる。

 

「くくく……久々だな、この面々で集まるのは」

「まさか敵同士だとは思わなかったが」

「本当に。……まだ間に合います。剣丞どのも、小夜叉ちゃんも喜びますよ?」

「はっ!知らんな。……小夜叉も孺子も、立派に育ったであろう。ならばワシが教えるものはもうないということだ」

 

 桐琴の言葉に少しの驚きを見せる麦穂。

 

「これ以上の言葉は不要であろう?さぁ、権六、五郎左、かかって来い!本気のワシを抑えてみよ!」

「行くぞ麦穂!剣丞は殺すなと言っておったが、殺す気でいかねば殺られるのはこちらだ!」

「はい!」

 

 桐琴と壬月の剛撃がぶつかり合う。周囲を囲むようにしていた部隊は既に麦穂と藤十郎の部下の策によって離れた場所で戦端を開いていた。

 

 

「っ!!綾那!」

「歌夜、どうしたです?」

「藤十郎さんが……合流したって!」

 

 歌夜の言葉に綾那がぱぁっと輝く笑顔になる。

 

「やったです!流石は藤十郎、間に合ったです!」

「えぇ、そうね。それで、悠季から全軍突撃の命が出たわ」

「ふっふっふ!綾那と藤十郎、どっちが本当に強いか示すときなのです!」

「綾那、好きにやっちゃいなさい。後ろは私が」

「任せるです!武田なんて綾那一人で蹴散らしてやるです!」

 

 気が漲っている綾那の言葉に対して。

 

「そうはいかないのら!」

 

 兎々が答える。

 

「ここは兎々が通さないのら!」

「綾那!兎々さんは私が!」

「なら綾那は……光璃のところに行ってくるです!そこのけそこのけ綾那が通る、です!」

 

 恐ろしい速度で迫り来る綾那を受けようと兎々は指示を出すが、それを防ぐように歌夜が部隊を動かす。

 

「っ!歌夜、流石はやるれすね!」

「ふふ、兎々さんのお相手は私です」

「なら、兎々の本気、見せてやるれすよ!」

 

 

「撤退する最後尾、見えたですよ!」

 

 武田の旗が目指しているのは葵がいる本陣だろうか、撤退ではなく進軍だったようだ。綾那はそれに向かって突撃をかける。

 

「おっと、そうはいかぬぞ」

「むむっ!」

 

 殿を務めていた春日が綾那の突撃を受け止める。

 

「春日ですか、怪我したくなかったらそこを退くです」

「ふむ、そうはいかぬな。拙とて不死身の鬼美濃と呼ばれる身。おいそれとこの場を退くなどできぬのでな。……本多平八郎殿のお相手としては不足か?」

「馬場様!」

「お前たちはそのまま典厩さまの指揮下に入れ!この場は私で……」

「本当にいいですか?」

 

 ざわりとその場にいた兵全ての背筋が凍る。

 

「綾那は本気で押し通るですよ?春日を倒してそのまま……」

「なら、あたいも行くしかないんだぜ?」

「粉雪!?お前は先備えとして……」

「お屋形様からの命でこの武田が赤備え、山形昌景がお相手するんだぜ!春日、お屋形様が万全を期す様に、剣丞に怒られるのは嫌だけど綾那を止めるには殺す気で行けって」

「……ふふ、そうか。ならば、粉雪共に行くぞ!」

「おう!だぜ!」

「ふぅ……本多平八郎綾那忠勝、推して参るです!」

 

 

「嘘!?あいつ、追いついてきてる!?」

 

 撤退を開始していた長尾勢の背後を突くように恐ろしい速度で迫り来る黒馬。武田騎馬と同等か、それ以上を感じさせる勢いに美空は驚く。

 

「御大将!ここは柘榴に任せて先に行くっす!」

「さっきの借り、返す」

「あんたたち……」

「大丈夫っす。柘榴と松葉なら余裕っす!」

「……早く帰ってきなさいよ!」

 

 馬を走らせ去る美空を見送りながら。

 

「相変わらずの……なんだっけ」

「つんでれ?」

「そう、それっす。つんでれっすね!さて、あの鬼さんをどう止めるか……」

「……殺すしかない。スケベは怒るかもしれないけど、そうしないと止まらない」

「そうっすねぇ。まずは初撃、御家流で行くっすよ!!」

 

 馬から降り、槍を手に駆けて来る藤十郎に向けて柘榴は御家流を放とうとする。

 

「行くっすよ~!」

「「御家流・昇竜槍天撃!」」

「なっ!?」

 

 驚愕に目を見開く柘榴と松葉。二人の御家流が互いを打ち消すように発動し、藤十郎と距離をとる。

 

「いいのか、距離をとって」

 

 藤十郎の気が槍を包み、まるで斧のような形に纏う。

 

「御家流……五臓六腑を!」

「御家流・血雨舞」

「ぶちまけろぉ!!」

 

 藤十郎の一撃をかいくぐるように朱傘が藤十郎を襲う。避けても追尾するように傘は止まらない。

 

「ふん!」

「ちょ、素手で受け止めたっすよ!?化け物っすか」

「上等」

 

 受け止めた朱傘を松葉のほうへ投げて寄越す。

 

「化け物で結構だ。……」

 

 すぅ、と息を大きく吸い込んだ藤十郎。何をするかと身構える柘榴と松葉。

 

 

「聞けぇ!徳川、北条の両勇者たちよ!」

 

 

「この声……藤十郎!?一体何処から……?」

 

 その声は織田の本陣にまで届いていた。

 

「敵は強大、なれば俺は今ここで人を捨てよう!これより我ら修羅とならん!仏と会えば仏を斬り!鬼と会えば鬼を斬る!情を捨てよ!!ただ一駆けに敵将を……」

 

 まずい、と思ったのは剣丞だけではないだろう。いや、剣丞以外はどこかで確信していたのかもしれない。徳川が……藤十郎が、本気で勝つために手段を選ばないであろうということを。

 

 

「討て!!」

 

 言葉を言い終わるのと同時に、藤十郎の動きが更に加速する。

 

「柘榴!」

「止める」

 

 傘を構え、守りの姿勢を取る松葉を見ても警戒のひとつもせずに藤十郎が突撃をかける。

 

「守りが堅いのであれば」

 

 槍を地面に向かって投げつける。身構えた松葉の視界に入ったのは刀を抜き放つ藤十郎。鋭いその一撃は松葉の防御をかいくぐり、軽くない傷をつける。

 

「松葉っ!!」

 

 友がぐらりと崩れそうになるのを見て、柘榴が鬼気迫る表情で藤十郎に槍を突き出す。

 

「怒りは人を強くも弱くもする。お前は後者か」

 

 藤十郎の瞳が紫色に輝き、まるで知っているかのように柘榴の一撃を紙一重で避け、松葉と同じように斬り捨てる。ドサリと倒れる二人、藤十郎はそれを見て刀を振り鞘へと収め槍を取る。

 

「……一時は動けん。お前たちには戦後の交渉で役に立ってもらう。そして、()にもなるだろう」

「ぐ……!何を……」

「長尾が家臣、柿崎景家、並びに甘粕景持両名、この水野勝成が討ち取ったっ!!」

 

 

 その声を発した瞬間である。戦場を包み込むような怒りの気が放たれる。

 

「……さて、ここからが本番か」

 

 

「まずい……っ!久遠、俺も出る!」

「ま、待て剣丞!貴様が行ってしまうと……!」

「いや、このままじゃ藤十郎……いや、美空がやばい!」

「主様が行くのであれば、余も行くぞ。止めても無駄じゃ」

「悪い、今は一葉の力を借りてでも美空を止めないと取り返しのつかないことになる!」

 

 

「水野、勝成ぃ!!」

 

 鬼神と呼ぶに相応しい気迫と怒気を放ちながら美空が藤十郎に単騎で突撃してくる。

 

「来たな」

 

 戦国の世でも一、二を争う力を持ちながらも天下に興味を持たない。故に彼女は強いのかもしれない。人一倍責任感があり、弱き者を守る。出会いが違えば葵や藤十郎とも分かり合えたかも知れないが、最早遅い。藤十郎の名乗りを聞いて美空は冷静を欠いていた。

 

「来なさい!!私の妹たち!!」

 

 そこに顕現するは、帝釈天と四天王。毘沙門天の加護を受けし美空にしか使えない御家流。

 

「死になさい。あなただけは許さない。三昧耶曼荼羅!!」

 

 美空の御家流が完全に放たれる。そして、その瞬間こそが。

 

「俺の狙いだ。……三昧耶曼荼羅!!」

 

 美空に対して、現れるのは女性ではなく男性という違いはあるが、明らかに同種の存在。

 

「な、何よそれ!?」

「言っただろう、三昧耶曼荼羅だ、と」

 

 ぶつかり合う護法五神の力は同等。自らの御家流と同じ技を使われ動揺する美空だったが、すぐに気を取り直し自ら刀を抜き放つ。

 

「なら、私が直接あんたを殺せば済む話よ!」

「残念だが」

 

 美空が振り下ろす刀を紙一重で避け。

 

「個人の武ならば、俺のほうが上だ」

 

 槍の石突で腹部を強く打つ。どさりと倒れる美空を見た後、藤十郎が片膝をついて肩で息をする。

 

「はぁはぁ……まずいな、流石に脳が焼ききれるかと思ったぞ」

 

 つー……と鼻から流れた血を拭う。

 

「どれだけ寿命(・・)が縮んだか……こんな技を使うとは冷静ならば負けたな」

 

 遠方へと視線を向けると、そこでは長尾勢に対して幾度となく突撃を繰り返し疲弊させている地黄八幡の旗、そして、鑊湯無冷処の旗。

 そして、違う方向からも迫り来る別の旗。赤地に四つ割菱……武田菱である。

 

「アレの相手もせねばならんか。……なかなかに厄介だ」

 

 徳川の本陣からも人がこちらに向かっている。恐らくは美空たちを捕らえるべく来ているのだろう。

 

「……ふぅ、行くとするか。決着をつけに」

 

 

「ぐ……」

「どうした、権六。腕が落ちておるぞ!」

「そういう貴様は、また腕を上げたか?」

 

 片膝をついて肩で息をしている壬月。既に身体は切り傷だらけになってしまっている。それは、対する桐琴や共に戦っている麦穂もそうだ。

 

「はっ!一度は死を見たからな。……で、まだやるのか?」

「当然だ。……貴様を殿の前に行かせるわけには行かん」

「ふん……ならば」

 

 槍を構える桐琴であったが、殺気に反応し壬月たちの背後を見る。

 

「……命拾いしたな、権六、五郎左よ。ワシの相手はどうやら代わるようだな」

 

 

 駆けて来た少女は桐琴を見て固まる。桐琴も肩に槍を乗せた状態から動かない。

 

「……なんだよ、何なんだよ」

「あぁ?」

「何で、何でそこにいるんだよ!オレたちのところに帰ってこないで、何でそんな!!」

「それはワシが選んだ道だからだ。クソガキが孺子の傍にいると決めたのと同じように、ワシは藤十郎とおると決めた」

「……あぁ、そうかい分かったよ。ならもうテメェは母でも何でもねぇ……っ!!」

「小夜叉ちゃん……」

 

 顔を伏せた小夜叉に心配そうな顔をする麦穂。

 

「手、出すんじゃねぇぞ。母……いや、この敵は」

 

 

「オレの獲物だ」

「やれるもんならやってみせい、クソガキ」




あれ、連続で桐琴終わりになってしまった(ぉぃ

美空たちですが、少し噛ませ犬のようになってしまっていますが、まだ出番はあります。
お楽しみに!

今回で分かったかもしれませんが、藤十郎の御留流は精神力や集中力、ものによっては寿命や魂といったものを対価に使うことになります。
美空の御家流は集中力などだけでは賄えないほど強力なものということですね!

質問などもお受けしますので感想もお待ちしております!


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21話 桐琴と小夜叉、藤十郎と剣丞

題名で誰と誰の戦いが起こるか予想できますね(ぉぃ


「「はあああああっ!!」」

 

 桐琴と小夜叉の戦いは熾烈を極めた。互いに加減のひとつもない、突きの一つ一つが必殺の一撃。激しい攻防は拮抗していた。

 

「成長したな、クソガキ!」

「はっ!裏切ったテメェに褒められても嬉しくねぇ!!」

 

 桐琴の言葉を切って捨てる。それと同時に放たれた一撃が桐琴の左腕を掠める。

 

「ちっ、はずした……!?」

 

 小夜叉の槍は腕を掠めたが、その槍はしっかりと桐琴の漆黒の篭手から伸びる無機質な指によって掴まれていた。

 

「な、何だよ、その腕!」

「ん、あぁこれか?藤十郎に救われる前に鬼に奪われてな。代わりの絡繰だ」

 

 ぐいっと槍を引く桐琴。小夜叉の身体ごと引き寄せる形になる。近づいてきた小夜叉に対して篭手で殴りかかる。それを小夜叉は頭突きで受ける。

 

「舐めんなっ!」

 

 篭手に対して生身で頭突きをしたからか、額から血が流れる。それを無造作に拭うと再度槍を構える。

 

「いくぜぇ!!御家流」

「ふん!御家流」

 

 小夜叉の構えに対して桐琴も同じように構える。二人とも槍の穂先が激しく輝きを放つ。

 

刎頸二十七宿(ふんけいにじゅうななしゅく)!」

「森羅万勝!!」

 

 桐琴は地面に槍を突き刺し、小夜叉は光を纏った槍を桐琴に向けて繰り出す。地面が裂け、湧き出る光が小夜叉を襲う。

 

「はあああああっ!!」

 

 体中を傷だらけにしながら突撃する小夜叉。

 

「そう、言い忘れたが」

 

 小夜叉の槍が桐琴に届こうかというその瞬間。

 

「ワシの篭手は特別製でな」

 

 ガチャリという音と共に篭手から禍々しい気が放たれる。

 

「殺してきた鬼の数だけ、硬度が増すのだ」

 

 二十七人の頸を一瞬で刎ねたといわれる小夜叉の一撃を篭手で悠々と弾き、篭手から漆黒の気を放ち小夜叉に叩きつける。

 

「ぐっ!!」

 

 グラリと身体が揺れる小夜叉。右の拳で容赦なく桐琴が殴りつけ吹き飛ばす。

 

「まだまだ甘いな。言ったはずだぞ、最後まで気を抜くなとな。でなければ、クソガキもまた獲物に過ぎんわ!ふん、次は孺子だな」

 

 小夜叉に対して吐き捨てるように言った後、呟いた一言に地に伏していた小夜叉の手がピクリと反応する。

 

「……待てよ」

 

 槍を杖代わりにつき、立ち上がる小夜叉。

 

「何だ、まだ何かあるのか?」

「剣丞をどうするつもりだよ」

「知れたこと。……孺子が消えれば、連合は瓦解する。ならば」

「させるかよっ!!」

 

 天に吼えるように声を上げた小夜叉の瞳にはまだ闘志が揺らめいている。それを見て、薄っすらと口元に笑みを浮かべる。

 

「はっ!ならば、止めてみせよ!」

 

 

「壬月さま」

「あぁ。ここは小夜叉に任せる。……桐琴のことを孺子や殿に伝えねば、下手な動揺を誘ってはそこを突かれる可能性がある」

 

 小夜叉に手を貸したいところではあるが、貸せば場合によっては小夜叉がこちらへと攻撃を仕掛ける可能性すらある。

 

「……それに、桐琴があそこにいるということは、藤十郎が攻め込んでくる可能性もある。私たちでなければあやつは止められん」

「はい。……周囲の部隊を突破して殿の下へすぐに行きましょう」

 

 

「……あれ」

「あれは……剣丞さまの仰っていた水野の!?」

「一騎駆けでやがりますか!この大軍に対しては無謀にも感じるでやがりますが……!?」

「……全軍、止まる」

 

 静かな声でありながら、武田の全軍は進軍を止める。それを止めたのはたった一人の黒武者。

 

「俺は、水野家当主水野勝成!武田晴信公とお見受けする!」

「……」

「長尾景虎、柿崎景家、甘粕景持の三名は徳川が捕らえさせてもらった。抵抗をやめ、そこを通してもらえるか?」

「……それは無理。美空が捕まったのは自分の責任。光璃には関係ない」

 

 感情をつかみ辛い視線を藤十郎に向ける光璃。

 

「ほう?そうなのか。……そんな言葉で騙せるとでも思っているのか?」

「……」

「まぁ、この際感情はどうでもいい。だが、本当にここで長尾を見捨てるという選択をお前たちが取ることが出来るのか?」

「……厄介」

「それはどうも。長尾を見捨てれば俺たちを倒せる可能性は出るだろう。だが、その事実が知れ渡れば同盟は瓦解する。それはそうだろう、同盟相手を見捨てるような相手と誰が同盟を結ぶ?」

 

 光璃を守るように前に出たのは心。

 

「お屋形様、ここは私が」

「……いい。光璃が相手する」

「待つでやがります、姉上!」

「……何が狙い?」

「お前たちを止め、剣丞を討つ。それ以外に目的があると思うか?」

「……そう」

 

 手に持った軍配を藤十郎に向ける。

 

「武田光璃晴信」

 

 その言葉ににやりと笑う藤十郎。

 

「水野藤十郎勝成」

「「いざ」」

 

 

 決着はすぐであった。美空の御家流・三昧耶曼荼羅と光璃が使った御家流・風林火山。その二つを使い、武田軍に壊滅的な打撃を与えたのだ。

 

「……水野勝成。その力、使うのはやめたほうがいい」

「何故だ」

「……それは貴方が知っている筈」

 

 死屍累々といった様子の武田軍に背を向け、藤十郎は一言だけ光璃に告げる。

 

「知っている。だが、葵の明日の為だ」

「……違う。それだけじゃ……」

「……お前は知りすぎ(・・・・)だな。俺の邪魔になるようなら今、この場で始末しても俺は構わんのだが。……長尾と武田の主要な将はこれでほとんどがこちらの手中だ。余計なことは言わず大人しくしていれば葵の世でも生きてはいけるだろう」

 

 藤十郎の目が本気であると感じ、光璃が言葉を止める。

 

「……今、この瞬間に討ち取らねばならん相手は剣丞と久遠、後は公方か?葵の治める世に邪魔な者たちは全てこの戦で始末する」

「剣丞は……!」

「友だろうが、想いを違えば殺し合うしかないだろう?その覚悟が剣丞にないのなら」

 

 

「殺してやるのも友情だろう?」

 

 

「ふふふ……朕の予想とは違うが、事は進んでいる。主要な軍勢は鬼日向が捕らえ、戦闘は出来ぬ状態。荒加賀が裔を朕が抑えれば事は終わる。……さぁ、もう一芝居うってもらうとしようか。己が役割を全うせよ……明智光秀」

 

 

 剣丞は焦っていた。藤十郎と最後に別れたときに、殺し合いになってしまう可能性は覚悟していた。だが、まさか美空と速攻で戦うことになるとは。戦闘を避ける方法があるかもしれない中で、こういった事態は避けたかった。

 

「くそっ!小夜叉とも合流できないし……」

「主様、余がいるではないか。主様が求めるならば藤十郎を生け捕りにしてやるぞ」

「一葉……」

「しかし、それがしとしましては剣丞隊を置いてきたのは愚作ではないかと想うのですが」

「幽……でも、鉄砲を使ったら間違いなく殺してしまう。勿論、一葉たちとどちらかを選べといわれたら一葉たちを選ぶ。でも、出来ることなら両方助けたい」

「偽善か?それともまだ甘えが抜けんのか?どちらにせよ、話にならんな」

 

 聞こえてきたのは懐かしい友の声。だが、その声には怒気が含まれている。

 

「藤十郎!?こ、ここにいるってことはまさか……!」

「あぁ。長尾家の長尾景虎、柿崎景家、甘粕景持。武田家の武田晴信、武田信繁、内藤昌秀。この六名は……俺が討ち取った」

「……え……?」

 

 剣丞が固まる。そんな剣丞を見下すように藤十郎は続ける。

 

「そういえば、俺の御家流は見たことあるだろうが、御留流は知らんだろう?いい機会だ、教えてやろう。俺の御留流は」

 

 

「自らの手で殺した相手の御家流を奪い取るものだ」

 

 

「!主様下がれ!!」

「御家流・風林火山」

 

 藤十郎の言葉とともに現れたのは剣丞も見覚えのある御家流。光璃の、武田の当主にしか使えないはずの技だった。

 

 

「くっ……!幽よ、主様を頼むぞ!」

「……はっ」

「余の知るところの刀剣よ。余の知らぬところの秋水よ。存在しながら実在せぬ、幻の如き宝刀よ。今、その存在を星天の下に顕現せよ!!」

 

 一葉の周りに無数の刀剣が舞い上がる。

 

「足利御家流、その身に受けよ!!三千世界!!」

 

 全ての刀剣が藤十郎を目掛け、襲い掛かる。

 

「御家流・三昧耶曼荼羅」

 

 巨大な陣が足元に浮かび上がり、その刀剣のことごとくを消滅させる。

 

「ちっ……これは美空の……まさか本当にそんな御家流があるとは!」

「あ……あぁ……っ!」

 

 崩れ落ちるように膝をつく剣丞。

 

「俺が、俺の覚悟が足りなかったから……皆を……」

「剣丞どの!落ち込むのは今では御座らん!今は逃げるとき、すぐに久遠どのと合流し……」

「させると思うか?御家流・鬼哭槍攘!!」

 

 藤十郎が鬼の形をした気を纏う。

 

「剣豪将軍の技……貰うぞ」

 

 槍を頭上でくるくると回す。その速度は段々と速くなり、周囲を風が吹き荒れる。

 

「吹き飛べ」

 

 槍を横薙ぎに振るう。その速度は神速の域まで達していたが、それを一葉はかろうじて刀で受ける。だが、その力を受け止めきることは出来ずに大きく吹き飛ばされる。

 

「剣丞。この後に及んで俺を殺さぬと言うのか?目の前でこのまま公方を嬲り殺しにすれば考えを変えるか?」

「……藤十郎どの。それがしは剣丞どのから伺っていた藤十郎どのとは様子が違うようで……」

「戦場でそのようなことを言うか。貴様らがいたから剣丞は甘いままなのか。ならば貴様もここで散るか?」

「……やれやれ、まるで人の話を聞かぬ子童ですな。……っ!剣丞どの!?」

 

 刀を抜き、立ち上がる剣丞。その目からは涙が流れ落ちていた。

 

「藤十郎……っ!!」

「来い、剣丞。俺もお前も、我侭を通すのであればそれなりの対価が必要だ。お前がまだ嫁たちを守りたいと思うのであれば俺を討ってみよ!!お前が止められなければ俺はそのまま信長を討つ!!」

「藤十郎ーっ!!」

 

 剣丞が駆け出す。その動きは恐らくこれまでの剣丞の人生の中でも最高の切れがあっただろう。だが、相手は藤十郎だ。

 

「ぬるい!」

 

 槍の石突で腹部を突かれ、剣丞は一瞬崩れ落ちそうになる。それを気合で耐え、鈍くなった動きで藤十郎に切りかかる。

 

「その程度で……その程度の覚悟で戦場に出た、戦場に送り出したお前に全ての責はある!!俺たちを生け捕りにする?」

 

 槍を捨て、拳で殴りつける。地面に倒れ伏した剣丞が刀を杖に立ち上がる。

 

「葵を……徳川を……天下を舐めるなよ、孺子!!!」

 

 最後の言葉はまるで今の剣丞を、少しであっても成長させることが出来た女性の言葉に似ていた。




いつも感想などありがとう御座います!

武田が少し噛ませ犬な感じになったのは、後の展開のために必要だからです。
それと藤十郎が剣丞に対して少し嘘を言った理由は……?

後数話で物語が完結します。
もう少しお付き合いくださいませ!

ちなみに、終わった後に後日談も予定しております。
そちらも楽しみにしていただけると幸いです!


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22話 鬼日向

 剣丞へと繰り出された拳を止めたのは、細い女性の手……鬼の首魁であるとされるエーリカであった。

 

「そこまでです。既に貴方の役割は果たしています、自分の役を超えた動きは誰も望みません」

「ほう、やっと出てきたか……」

 

 拳を引き、藤十郎は地面に刺していた槍を引き抜く。

 

「貴方は剣丞どのの成長に、そして鬼という存在を定着させるために十分働きました。もう舞台から降りて……」

「降りるのは貴様だ」

 

 エーリカの背後から純粋な暴力といっても過言ではない一撃が振るわれる。

 

「……貴方も、既に役割を終えたはずですが?」

「と、桐琴……さん?」

「はっ!久しいな、孺子。相も変わらず甘いようだが」

 

 一瞬だけ剣丞を見た桐琴の視線は既にエーリカに向いている。

 

「……時は満ちました。動ける者も動けぬ者も……悉くを終焉の地へと招くことが……」

「吉野の目的か」

 

 藤十郎の言葉にエーリカが黙り込む。

 

「図星か。人を使い、鬼を使い。まるで自分が上位者であると勘違い(・・・)して余裕を見せ。己が滅びるとも知らずに、な」

 

 

 突如、藤十郎たちは寺の境内のような場所へと転移させられていた。この場に現れたのは藤十郎、剣丞、そして久遠。

 

「な、久遠!?」

「剣丞か!?我は何故このような場所に……」

「天正十年六月二日。織田信長は本能寺にて明智光秀に討たれる。これが外史ではない世界での出来事。これこそが正史。……私は所詮、物語で決められた役割を果たすだけ」

 

 ふわりと空中に浮かび上がるエーリカの元に久遠が引き寄せられ、手に持っていた剣の柄で殴り気絶させる。

 

「さぁ、終わらせましょう」

 

 

 ふっと消え去るエーリカ。

 

「……剣丞」

「と、藤十郎?」

 

 明らかに先ほどまでと雰囲気が違う藤十郎に戸惑う剣丞。

 

「ここは本能寺、であっているな?」

「う、うん。たぶんだけど、エーリカの言葉と俺の記憶(・・・・)が確かなら……そうなる」

「そうか。……お前の記憶に、俺という存在はいるか?」

「……ごめん。知らない」

「そうか。……葵は?」

「……葵は、たぶん俺たちの世界なら知らない人はいない……」

「それで十分だ。剣丞、聞こえるか?お前を呼ぶ声が。お前の力となるべく、この場所を目指している力の奔流を」

 

 藤十郎の言葉に剣丞が耳を澄ます。地鳴りのように多くの人が動く音。高らかに名乗りを上げる声。鬼の啼き声、人々の叫び。そして、剣丞を呼ぶ声。

 

「そうだ、これが戦場だ。戦になれば人は死ぬ。俺たちのような将や、大名として動く者は常にその責を負わねばならん。……次は間違えるな、剣丞」

「藤十郎……?」

「剣丞、最後に教えておこう。鬼の首魁はエーリカではなく吉野。それは知っていると思うが……奴は此処(・・)にいる」

 

 藤十郎が力強く刀を振ると、何もない虚空が裂ける。

 

「ほぅ、荒加賀が裔ではなく鬼日向が朕に牙を剥くか」

 

 裂けた虚空から見た目は男とも女とも取れる人物が顔を覗かせる。

 

「貴様が吉野の方か」

「ふふふ……ははははは!!そうだ、朕こそが王の中の王。この世界を治めることになる存在ぞ!」

「剣丞、お前は信長……久遠どのを助けにいけ。あっちはお前の仕事だ」

「藤十郎!?」

「こいつは俺が殺る。……それが俺の仕事だ」

「面白い。既に舞台の幕は降りる寸前ではあるのだが……最後に少し遊んでやろう。朕の世界へ招待しよう、鬼日向よ」

 

 裂け目の中へと帰っていく吉野。それを悠々と追う藤十郎。剣丞は刀をしっかりと握りなおし、寺の中へと駆け出す。

 

「……剣丞」

 

 藤十郎の声は剣丞に届いていないだろう。それでも藤十郎は呟く。

 

「後は頼んだぞ。……葵のことも、お前であれば悪いようにはせんだろう」

 

 寺の門を激しく叩く音。誰かが門の前まで到着したのだろう。まもなく破られるであろうその瞬間に、藤十郎は裂け目の外へと何かを投げ捨て入る。

 

 

「藤十郎っ!!!」

「藤十郎いないです!?」

「藤十郎さん!?」

 

 葵と綾那、歌夜が門を突破し本能寺の境内に突入するが、そこには鬼も人影もない。瞬間、本能寺が紅蓮の炎に包まれる。

 

「なっ……!?」

「葵さま、お下がりくださいませ」

 

 悠季が葵を庇うように前に立ち、なにやら調べる。

 

「ま、正信さま!」

 

 震える手で小波が手渡してきたのは、藤十郎の字で綴られたたった五文字の言葉。

 

『行って来る』

 

 

「ここは……」

「この世でもない、あの世でもない。人為らざるモノが生まれ墜ち、そして消えてゆく。朕の作った世界だ」

 

 何もない空間。藤十郎の前に自然体のまま佇む吉野を容赦なく槍で貫く。

 

「怖い怖い。朕の世界で、朕にその下賎な槍が届くと思うか?」

「届かぬのならば届かせるまで!」

 

 繰り返し繰り返し槍を振るうが、それが吉野を傷つけることはない。

 

「ほれ、折角であるからよいものを見せてやろう」

 

 吉野の背後に現れたのは巨大な鏡のようなもの。そこには葵たちが鬼に囲まれ、必死で戦っている姿が映っていた。

 

「明智の演じ手と違い、朕の鬼は無限に生み出すことが出来る。貴様が朕に膝を屈し、新たな世に生きるのであれば一匹程度ならば生かしてやってもよいぞ?」

「断る」

 

 再度槍を繰り出す。

 

「ふふふ……人の身で朕に触れることは出来ぬぞ?少しずつ疲弊し、傷ついていく愛するものを見ながら絶望せよ!それこそが朕の力の源になる!!」

 

 

「まだまだっ!!綾那はやれるですっ!!」

「綾那!突出しすぎよ!まずは殿をお守りすることを意識して!左翼に増援を!」

「……葵さま、一旦はこの辺りに結界を張っております」

「えぇ。怪我をした兵はここまで下げ、治療を……」

「我らの魂、家康様とともにー!!」

「勝成様の代わりにお守りするのだ!!」

「ふぅ、全く。藤十郎どのは男も女も関係なく蕩らしているようですなぁ。……葵さま、此処は援軍が来るまで耐えるのです」

「……ええ」

 

 

「ほぅ、思ったよりも耐えるではないか。貴様も、この女共も」

「成る程。此処があの世とこの世の狭間というのも理解できてきた。そして……絡繰も分かった」

「……なんだと?」

「此処では俺が諦めぬ限りは終わらぬのだろう?だから俺に絶望を与えようとする」

「……ふふふ、実に面白い。どれ、貴様の友人である荒加賀が裔も絶望する姿を……」

「いいや、必要ない。絶望するのは」

 

 吉野の腹部から刃が生える。

 

「貴様だ、吉野の方」

 

 驚愕に目を見開き、背後を振り返る吉野。そこにいるのは既に人の形をしていない人為らざるモノ。

 

「き、貴様……っ!異形に堕ちるかっ!!」

「人でなければ、貴様に届くのだろう?ならば捨てればいい。目の前で鬼に為る者を見た」

「貴様の、その呪われた技は何だ……!?」

「知らん。生まれたときより使えた。『見たものと同じ事象を引き起こす』、それが俺の御留流……。貴様も見ていたのだろう、俺を」

 

 刀を抜き、再度構える。

 

「かかっ!ならば貴様の持つその刀が神器として……」

「神器?……壇ノ浦で失われた……そういうことか、ならば簡単なことだな」

 

 刀をほうり捨てる。

 

「何だ?捨てたところで」

 

 落ちて来る刀を両の手で挟む。

 

「まさか……!?貴様も鬼に変質したのであれば、その刀は!」

「あぁ、やばいな。まるで全身を切り刻まれるような感覚だ。……だがな」

 

 ミシリと音を立てる刀。静かに一瞬、藤十郎は目を閉じると「すまぬ」と呟く。刀が光を放ち、次の瞬間砕け散る。

 

「ば、馬鹿なっ!?」

「さぁ、神器がなければ何も出来ない裸の王は何をする?人を捨て、鬼と為った俺と戦うか?それとも……南朝の時代と同じく負け犬となって逃げ堕ちるか?」

「貴様ぁっ!!」

 

 吉野が逆上し、手をかざす。

 

「朕の(おも)いが貴様如きに負けるわけがない!!」

「思い?……はははははっ!!」

「何がおかしい!!」

「想いなら負けるわけがなかろう!俺には葵がいる」

「舐めておるのか!!しかし最早貴様が人に戻ることなどできぬ!そして人の言を喋ることも。理解もされず、何も出来ず!そして人としての意識を失い愛するものを喰らう!滑稽ではないか!!」

「俺が葵を喰らう?そんなことできるわけがないさ。俺は葵に勝てた試しはない。綾那だっている。それに死ぬのは貴様だけじゃない」

 

 身体がどんどん鬼に為っていく藤十郎。

 

「俺の寿命もほとんど残っていない。だから……この空間ごと吹き飛ばしてやろう」

「なっ……!朕の子らよ!この者に絶望を……」

「絶望は俺が与える。貴様が面白い呼び名を言っていたではないか」

 

 わらわらと現れる大小無数の鬼の群れ。吉野を守るように現れたそれを一瞥し、鬼となった今では小さくなってしまった朱槍を持つ。

 

「徳川が一番槍は!水野家当主水野藤十郎勝成が承る!我が前に道はなく!我が後に道は続く!!」

 

 既に視界に映るすべてが鬼といった状況でありながら、藤十郎は怯むことなく名乗りを上げる。

 

「我が武の全ては徳川の……葵の為に!我が武の全ては友共の力!さぁ、八百万の神々も御照覧あれ!!藤十郎が最後の戦舞台、とくと見よ!!」

 

 

「鬼日向とは、俺のことだっ!!」

 

 

 圧倒的で、最早戦いとすら呼べないほどの蹂躙であった。無限に湧き出る鬼と、ありとあらゆる御家流を使い大立ち回りをする藤十郎。鬼の一撃を受けては数十数百の鬼をなぎ払い、返す拳でまた数十をなぎ払う。

 

「ば、馬鹿な……っ!?寿命も尽きたはずなのに……何故貴様は動ける!?」

「オレガ、オレデアルタメ……!」

 

 人の言葉を失っていく感覚。その中で、吉野の問いに返す。はっと気付くのは吉野。自らの目前まで接近されたことに気付かなかったのだ。元と比べれば一回りか二回りほど巨大になった藤十郎が吉野の身体をつかむ。

 

「は、はなせっ!!」

「モウ、放サヌゾ。地獄ヘ供ヲシロ!!」

 

 そのまま握りつぶすように吉野の身体が両断される。

 

「が……っ!!だ、だが、既に、鬼の種は日の本に蒔かれた!き、貴様も……!」

 

 空間が裂ける。

 

「愛する者たちを……!ころ、すがいい!!呪ってやるぞ、貴様を、この世界を!!」

 

 

 高笑いが誰もいなくなった空間に響く。

 

 

 吉野の方の野望は、ここに潰えた。




バックグラウンドでは剣丞と久遠がエーリカ解放イベント中でした(ぉぃ

まもなくこの外史は終わりを迎えます。
最後のときまで楽しんでいただければ幸いです!


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23話 決着

「鬼の勢いが……弱くなった?」

 

 鬼の軍勢と対峙して部隊指揮をとっていた歌夜が感じたことだ。明らかに鬼が湧き出る速度は低下している。

 

「綾那、もう一押しよ!」

「分かったです!!」

 

 身体に闘気を漲らせ、綾那が周囲の鬼を殲滅していく。

 

「今が好機です!徳川が精鋭たちよ、鬼たちを全て駆逐するのです!」

「「おおーっ!!」」

 

 機を見るに敏な葵の言葉に徳川勢は勢いづき、疲労を感じさせない突撃を鬼に繰り返す。

 

「私も……」

「小波は待ちなさい」

「正信さま?」

「……こほん、貴女の技は徳川にとっても切り札になるもの。今はまだ使いどころではないということです」

 

 悠季の言葉に驚いた様子の小波であったが、素直に頷き葵の背後を守るように立つ。それと同時に背後の門が開き、鬼が更に増える……かに見えた。

 

「さぁ、突撃せよ!北条の精鋭たちよ!我が地黄八幡の旗とともに!」

 

「地黄八幡……北条綱成どのですな」

「援軍……!これで押し返せる……!」

「葵!!」

 

 その声は、藤十郎ではなくつい先ほどまでは敵として戦っていた相手……剣丞の声だった。

 

「剣丞どの……」

「おや、自ら討たれに来たのですかな?」

「本多の。今はそういった冗談を言っている場合ではないだろう。……葵、互いに色々と言いたい事もあろうが、今は民が先決だ」

「久遠……姉さま……。そうですね」

 

 鉄砲の音が少しずつ近づいてきている。恐らくは織田か、剣丞隊も近くまで来ているのだろう。少しの安心感、そして。それを破るように現れる漆黒の鬼。明らかに周囲の鬼が恐れて距離を置いている。漆黒の鬼が一歩歩くたびに道が開く。その鬼を目にした者は恐怖か、身を震わせてしまう。

 

「あの鬼は……まずいですね」

 

 悠季が顔を引き攣らせながら呟く。

 

「ここは綾那がお相手するです!!」

 

 漆黒の鬼と対峙するのは綾那。東国無双の武者である。すぅと息を吸い込むと身体中に闘気を漲らせる。

 

「行くですっ!!」

 

 地面を蹴り、一気に漆黒の鬼との距離を詰め槍を突き出す。通常の鬼ならばこの一撃で終わりであろうそれを漆黒の鬼は己の腕で受け止める。

 

「綾那の一撃を腕で!?」

 

 驚いたのは歌夜だ。幼い頃からずっと一緒に居て、綾那の強さは誰よりも知っている。だが、あんなに軽々と綾那の一撃を初見で受けたのはそう居ない。

 

「次はそっちの番です!!」

 

 声は出さないが、綾那の言葉に反応するように漆黒の鬼が腕を振るう。すると身体を纏う黒い気が槍の形になって綾那に襲い掛かる。一本、二本と避けるが、その数は十を超える。

 

「それなら、全部叩き落すです!」

 

 気合の一撃で飛来する黒い気の槍は全て掻き消える。にらみ合う二人を鬼たちも見守るように停止している。

 

 

 半刻ほどの攻防。流石の綾那も疲れが見え始めるが、漆黒の鬼にはそれがない。そして。

 

「まるで、綾那の攻撃を知っているかのような動き……?」

 

 違和感。歌夜、そして戦っている綾那はそれを強く感じていた。

 

「下がれ本多の小娘。それはワシが相手する」

 

 愛槍を肩に担いだ桐琴が姿を現す。

 

「あれ、お母さんです?」

「おう、地獄の底から帰って来たぞ。……詳しくは後でな。その鬼はワシがやる」

 

 瞳に炎を燃やした桐琴が有無を言わせず綾那を押しのけ鬼と対峙する。

 

「……」

「……」

 

 言葉もなく、じっと互いを見合う。

 

「行くぞ……」

 

 槍を構える桐琴。失った左腕の篭手がカチャリと音を立てる。漆黒の鬼が手をかざすと、その手には巨大な漆黒の槍が現れる。所々に紅が混ざったそれはまるで獲物を求めるかのように脈動していた。

 

「はああああっ!!」

 

 桐琴の声とともに鬼と桐琴がぶつかり合う。その一撃で互いの身体に無数の傷がつく。

 

「鬼に傷を!?」

「まだまだぁっ!!」

 

 捨て身の攻撃を繰り出す桐琴と、漆黒の鬼が幾度となく交差する。桐琴の攻撃にあわせているかのような鬼の技は少しずつではあるが桐琴を押し始める。

 

「ちっ!流石にやりおる!!」

 

 

「……え……?」

 

 小さく葵が何かに気付いたように顔を上げる。

 

「声が、聞こえる?」

 

 漆黒の鬼を見つめる。一歩、また一歩と鬼に向けて歩を進める葵。

 

「葵さま!?」

 

 悠季が、小波が葵を止めようとするが、それを振り切り鬼に向かっていく。

 

「……」

 

 桐琴が槍を下ろす。そして静かに目を閉じる。

 

「ふん、行け。気づく前に片付けるつもりだったのだがな」

 

 

 鬼の目の前に立つ葵。恐怖を形にしたようなその姿であるが、何故か恐怖は感じなかった。

 

「……藤十郎?」

「……」

 

 何も言わない漆黒の鬼。だが、その手にあった槍は既に消えゆっくりと葵に手を伸ばす。まるで躊躇うかのように、だが壊れ物を扱うかのように優しくそっと葵の頬に触れる。その手を葵は自分の手で触れる。

 

「やっぱり、藤十郎なのね」

 

 瞳に涙をためながらも優しく微笑む葵。

 

「そんな姿になるまで戦って……そこまでして私を……いいえ、私が夢見る日の本を守ってくれたのね」

 

 鬼がチラと剣丞を見る。

 

「……藤十郎……えぇ、分かったわ」

 

 すっと鬼から身を離した葵が剣丞を振り返り。

 

「剣丞どの。藤十郎と……葵からの願いを聞き届けていただけませんか?」

 

 

「その刀で、藤十郎を殺してください」

 

 

 心臓の音が大きく聞こえる。極度の緊張状態なのだろう、それは分かる。だって、俺は……今から友を殺さなくてはならないから。

 

「……」

 

 まるで、そのときを待っているかのように微動だにしない鬼……藤十郎。

 

「藤十郎」

 

 藤十郎と交わした言葉を思い出す。人の死を担う、ということ。幾度となく言われた覚悟を決めろという言葉。

 

「……今度こそ、間違わない」

 

 抜いた刀を構える。……これで、二度目。自らの意志で相手の命をしっかりと奪わなくてはならないのは。だが、エーリカのときは久遠がともに背負ってくれた。

 

「今度は、俺が!!」

 

 刀を大上段に構える。鬼に対しては圧倒的な力を持つ剣丞の刀。……鬼という存在そのものを消し去るといっても過言ではないだろうそれを震えそうになる気持ちを押さえつけて。

 

「藤十郎……待ってるからな!」

 

 藤十郎が微かに頷いたように見える。それを見た剣丞は刀を振り下ろす。

 

 

 光の粒子となって消え去る藤十郎。気がつくと周囲の鬼は消えていた。

 

「……ありがとうございます、剣丞どの。心より礼を申し上げます」

「葵……」

「……剣丞よ、我らは壬月たちと合流し鬼の殲滅に向かうぞ」

「葵さま、我らも先に行っております」

 

 全員がその場から立ち去る。本来であれば護衛の一人も残さずに去ることなどありえないだろうが、今はそうすることが正しいと全員が感じていた。

 

「……藤十郎」

 

 誰も居なくなった境内。ポツリと葵の言葉が、そして雫が落ちる。

 

「藤十郎っ」

 

 一度堰を切って流れ始めた涙は止まることはなく。

 

「私は……私は貴方が居れば、それで良かった!あの時に、私が一緒に逃げることを選んでいれば!!」

 

 自分の選択が間違っていたのかと思う。だが、それをしてしまうと藤十郎の行動を否定することになってしまう。ポツポツと空からも水滴が零れ落ちる。葵の涙を隠すように、まるで天が泣いているかのように。

 

 

 この日、織田と徳川は和議を結び関ヶ原の戦いと呼ばれる戦は本能寺にて終結する。

 

 

 人々の心に、大きな傷を残して。




次回、最終話。


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最終話 水野の荒武者

 あの日から、どれだけの時間が経っただろう。私が愛する人を、藤十郎を失ってから……。

 

「葵さま、氏康どのが遊び……もとい、何かお話があると来られてますよ」

「朔夜どのが?悠季、お通しなさい」

 

 定期連絡と称して時折、葵の元を訪れるようになったのは北条家の面々。朔夜は戦の間に本当の戦いを経験した十六夜に家督を譲り、自身は隠居することとした。勿論、家中からは多くの反対意見も上がったがそれらを悉く無視して独行したというのだから驚きだ。

 

「葵ちゃんお久しぶりね~」

「お久しぶりです、朔夜どの」

 

 ニコニコしながら手を振る朔夜に丁寧にお辞儀で返す葵。

 

「はい、これ十六夜からの定期連絡の文よ~。そ・れ・と、相模の地酒よ。今日の夜は満月だから一緒に酒盛りでもしましょうか」

「ふふ、お付き合いします」

 

 

 ……あの戦の後は大変だった。すぐに織田……剣丞どの、久遠姉さまと和議を結び戦の後処理に入ることになった。忙しい日々は続き、私や悠季は日々内政や各国とのやり取りで。綾那や歌夜、小波は各地に現れるようになった鬼の討伐にと、息をつく間もなく……そして、藤十郎の葬儀を行うこともなく日々は過ぎていった。

 藤十郎の母である忠重どのは「私の愚息が、そう簡単に死ぬ訳がない。葵ちゃん……こほん、葵さまを置いて死んだなら私が地獄まで迎えに行くわ。というか私が殺す」と言って、断固として藤十郎の葬儀を水野家として執り行うことはなかった。

 

「……ふぅ、やっぱり月夜のお酒はおいしいわねぇ。葵ちゃんもいるからかしら?」

「ふふ、そんな……。でも、本当に綺麗な月……」

 

 月光が庭を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。同じ女性である私から見ても、朔夜は美しく妖艶に映る。……きっと、ここにもう一人いたならば私も心の底から楽しめたのだろう、と思う。

 

「……やっぱり、まだ整理はつかない?」

「……」

 

 朔夜どのの言葉に私は何も返さない。違う、返せないのだ。きっと、徳川家当主として、何れは誰かと……とは思うのだけれど、やはりどうしても拒絶反応が出てしまう。それを知ってか、悠季も何も言ってこない。

 

「……朔夜どのは……」

「ん?」

「朔夜どのは、馬鹿な女だと思いますか?当主としての責務であるとは分かってはいるのです。でも……」

「葵ちゃんは馬鹿じゃないわよ?」

 

 私の言葉を切るように断言する朔夜どの。顔を上げて朔夜どのを見ると、月を切なそうに見る彼女の姿が目に映る。

 

「……私は主人を亡くしてるからね~。……葵ちゃんを馬鹿だというのなら、私が成敗してあげるわ」

 

 冗談めかして言う朔夜にふっと笑みが零れる。

 

「家中の誰も葵ちゃんに対してそういった進言をするのかしら?」

「……いえ」

「それならいいんじゃない?最後は徳川の御家としての判断になるだろうし、葵ちゃんはその家長なのだから好きにすれば」

「……いいんでしょうか、私の我侭で……」

「いいに決まってるわ。だって……藤十郎ちゃんが本当に死んだのかどうかは分からないのでしょう?」

 

 

 ……きっかけは、いくつかあった。ひとつは剣丞どののところにいた異人……反逆者であるはずの明智どのが別の存在として、この世界にいたということ。事情は分からないけれど、今は南光坊天海を名乗り鬼や世界について話をしてくれた。

 

 

 外史。ひとつの可能性の世界。久遠姉さまが天下を取る世界があれば、久遠姉さまが討たれその仇をひよどの……秀吉が討つ世界がある。そして、私が天下を取る世界も。

 

 また彼女は「全ての事柄には可能性があり、勿論吉野に全てを奪われてしまう世界も可能性としては存在している」と、そうも言った。藤十郎が漆黒の鬼となって、剣丞どのの刀で人に返らなかったことにも何らかの理由があるだろうと。

 

 

 翌日、朔夜どのが娘たちが心配だからと相模へ帰還するのとほぼ同時に剣丞どの、久遠姉さま、公方さまが徳川を訪れる。

 

「葵、息災か?」

「はい、久遠姉さま」

 

 戦の後、織田との和議の際に再び同盟を結び互いに東西を分け統治することを決めた。もし、織田が道を間違えれば徳川が、徳川が道を間違えば織田が互いを抑えることが出来るように。そのためには互いにまだ仲間へと引き込まなくてはならない相手が大勢いる。日の本を導くため、鬼を駆逐するため。勿論、徳川のほうに長尾や武田、今川がいることなど、問題は山積みではあるが今のところ大きな問題は生じていない。

 

 久遠姉さまが来られたとき、よく藤十郎の話をする。

 

「それで、藤十郎は久遠姉さまのことを評価していたのです」

「ふむ、あやつからそんな感じは受けなかったが……あれほどの男に認められるのは悪くないな」

「ふふ、そんなことを言っては剣丞どのが拗ねてしまいますよ?」

「え!?そんなことないよ!藤十郎がいい男なのは俺も知ってるし!」

 

 そんなことを慌てて言う剣丞どの。恐らく、戦の後大きく成長したのは彼。自らが藤十郎を倒したことが理由なのか、その後に藤十郎の部屋で見つかった剣丞どの宛の文を読んでなのかは分からないけれど、以前までの理想を語るだけの姿はなくなった。理想を語らないわけではないけれど、そのための手段や現実的にどれだけの被害が出てしまうかなど……個人の武ではまだまだかも知れないけれど、自分なりに出来ることを全力でやる姿勢は変わらずで。

 

「……剣丞どの、ひとつお伺いしてもいいですか?」

「ん、何かな?」

「藤十郎の文……私が聞いても大丈夫なら、何が書かれていたのかを」

「あぁ、そういえば話してなかったね。うん、いいよ」

 

 剣丞どのに藤十郎がしたためた文には、これから戦う……事後であるから戦った相手である武田、長尾勢に対する謝罪や……考え方によっては挑発としか取れないような内容。

 これに関しては長尾からは。

 

「きーっ!!何よあいつ!まるで自分が勝つって決まってるかのような書き方じゃない!!」

「いや、御大将実際に負けてるっすよ」

「……私たちもだけど」

「帰ってきたらぜーったいに倒してやるわ!!」

「……御大将、徳川家はもう同盟相手ですからね?」

 

 ということがあったり。武田では。

 

「……生意気」

「で、やがりますなぁ」

「ふむ、拙は直接戦っておりませぬが……それほどの男で?」

「綾那に負けたのを思い出したぜ!!」

「粉ちゃん、徳川家はもう同盟相手だからね?」

 

 など、宥めるのが大変だったらしい。

 

「もう一つが……」

「……それについては我から話そう」

 

 剣丞どの宛ての中に、久遠どのに対する謝罪や今後についての提案が書かれていた。その内容が、今あるこの状況……徳川と織田の同盟や戦力などの二分化、そして互いに互いを支えること。その状況を長く保つことは不可能であるから、何れは徳川と織田、互いの血を混ぜ天下を治めていくことなど……遥か未来まで見通した内容であったという。

 

「勿論、藤十郎の意見だけを我が鵜呑みにしたわけではないが……剣丞や詩乃と相談してな。日の本の英雄たる藤十郎の案だ、それを現実にしていこうと決めたのだ。……あやつが帰ってきたときに、胸を張って自慢できるような世界を作らねばならんからな」

「久遠、姉さま……」

 

 自然と溢れる涙。剣丞どのは気を遣かってか、庭の月を見上げる。そっと抱き寄せてくれる久遠姉さまの暖かさに今は身を任せ、藤十郎のことを想いながら涙を流した。

 

 

「そうえいば、まだ見せてもらっていなかったな」

「はい。剣丞どのも、よろしければ会ってやって貰えますか?きっと喜びます」

 

 翌日、二人を連れて一つの部屋へと案内する。

 

「葵さまなのです!!」

「あら、綾那。また来ていたの?」

「えへへ~!ずーっと見てても飽きないです!」

「こら、綾那!静かにしないと起きちゃうでしょ!」

 

 蕩けるような笑顔で私に声をかけてくる綾那と、声の大きさを諌める歌夜。

 

「おぉ!?剣丞さまもいるのです!」

「ご無沙汰しております、剣丞さま」

「うん、綾那も歌夜も元気そうで。……あの子が?」

「えぇ。……私と、藤十郎の子です」

 

 赤子用の小さな布団でスヤスヤと眠るわが子。剣丞どのも、久遠姉さまも優しい表情で見る。

 

「名はなんといったか……」

「藤千代なのです、久遠さま!」

「藤千代か。よい名だな」

 

 はじめは、私と同じ竹千代という幼名でという意見が多かったが悠季から「藤十郎どのの名から一文字頂いては?」といわれ、家中が同意したため藤千代となったという話もあるのだけれど。

 

「あぅ……」

 

 私たちの声が聞こえて目が覚めたのだろうか、むずがるように声を上げる。私はそっと藤千代を抱き上げると私を見て笑顔を浮かべる。まるで私が母だとしっかりと認識しているかのように。

 

「……うむ、とてもよい目をしておるな」

「久遠ってよく相手の目を見てそういうこと言うよね」

「我は自分の目には自信を持っておるからな。あ、葵、その、だな」

 

 チラチラと私と藤千代を交互に見る久遠姉さま。

 

「ふふ、優しく抱いてあげてくださいね」

 

 そっと、藤千代を久遠姉さまに渡す。

 

「おぉ……!市のときは我も子であったから知らなかったが……こんなに小さいのだな……」

「だね。これからの日の本を担っていく子供たちだ」

 

 剣丞どのが優しく頭を撫でると嬉しそうに藤千代は笑う。誰に対しても愛想のいい子ではあるけれど、あそこまで懐いた笑顔を浮かべるのは珍しい。

 

「あー!剣丞さまずるいです!藤千代の笑顔は綾那のものです!!」

「綾那!?す、すみません葵さま!」

「ふふ、別に構わないわ。綾那、よかったら私にも藤千代の笑顔は分けてもらえる?」

「わわ!葵さま、そんなつもりじゃなかったです!!」

 

 慌てふためく綾那を見て部屋の全員が笑顔になる。……藤十郎、貴方が望んでいた景色は、きっとこんなものだったのよね?

 

 

―――夢を見ていた―――

 

 それは、優しい夢だった。己は居ないが、愛する者たちや友が笑顔を浮かべている。……そう、これは俺が望んだこと。自分がその場に居ないことが寂しいことは否定しない。それでも、後悔はしていない。

 

『それが、俺の望みだったから』

 

 何度も何度も、葵を、悠季を、綾那を、歌夜を、小波を。愛する者たちを殺す世界を見た。恐らくはこれが外史という可能性の世界なのだろう。意識が混濁すると、再び別の世界を垣間見る。気が遠くなるほどの時間、一人であらゆる世界を見た。その中で剣丞やエーリカが背負っていたものの一旦を知った。

 

『少し、眠くなってきた』

 

 無限と思われるほどに繰り返される数多の世界。それを見せられるたびに自分の中の大切なものがなくなっていくような感覚を得る。はじめに名を、そして姿かたちを。そして……。

 

『俺は……誰だ』

 

 最後に失うのは、自分か。そんなことをぼんやり考えながら目を閉じる。いや、閉じているのかどうかすら分からない。きっとこのまま意識とともに消えていくのだろう。それもまた、運命か……。

 

『本当にそれでいいのか』

 

 誰かが俺に問いかける。

 

『こんなことが俺の望んでいたことなのか』

 

 自分が望んでいるかどうかを俺に聞くな。

 

『俺はこんな結末を望んではいない』

 

 だからといって何ができるわけでもない。それにとても疲れた。

 

『今、お前は何もしていない。ただ色々なものを見ただけだ』

 

 もう何も覚えていない。自分が何者かも。何を求めていたのかも。

 

『もう一度思い出せ。お前が……俺が何を望んでいたのか』

 

 突如現れたのは折れた刀の破片のようなもの。砕けていた破片が全て集まり強い光を放つ。まるで自分の意思で浮かび上がっているかのように俺の目の前で刀は止まる。

 

約束(・・)は守れ……藤十郎』

 

 

「ここは……?」

 

 白黒のような世界。一体此処は何処だというのか。

 

『ねぇ、藤十郎?』

 

 幼子の声がする。何処か懐かしく、何故か胸が締め付けられる感覚に陥ってしまうその声を聞いて、無意識に声のほうへと進んでいく。

 

『なに?葵ちゃん』

 

 もう一つの幼子の声は男だろうか?こちらも何故か耳に馴染む。それに、初めて見る場所のはずなのに迷うことなく進むことが出来る。まるで身体が覚えているかのように。

 

『いつか、私は天下を平定するわ。あのね、だから』

『うん!なら僕が葵ちゃんを守るよ!ずっと、葵ちゃんが死ぬときが僕の死ぬときだ!』

 

 声の聞こえる部屋へとたどり着く。そこにいたのは。

 

『……うん!約束だからね?絶対に……』

 

『絶対に、二人はずっと一緒に……』

 

 

 ……幼い頃の、俺と葵。

 

 

 世界に色が戻る。それとともに全てを思い出す。

 

「そうか、俺は……死んだのか」

『死んでいるわけではない』

 

 世界が再び何もない空間へと戻り、目の前にある刀が話しかけてくる。

 

「まさか、正宗……か」

『如何にも。俺は正宗であり藤十郎、お前自身でもある』

「俺自身……」

『最早時間はない。単刀直入に聞く、お前はまだ生きていく覚悟はあるか』

 

 正宗の問いに力強く頷く。

 

「あぁ。まだ、約束を果たしていない。俺が死ぬときではない」

『そうだ。……だが、その為には対価を払わねばならない』

 

 対価。それはそうだろう、俺には寿命も残っていないからだ。

 

「対価、か」

『そうだ。お前が現世に戻ることは可能だ。だが、それは人の領域を超えていくしかなくなる。……お前が見てきた可能性の世界。他の世界は全て消えてなくなる。そして、お前が行き着く世界がどの外史になるのかも分からない』

 

 自分という存在を否定する代わりに生き返る。ただし、無数に存在する外史の中で、どの世界に行き着くのかは分からない。正宗はそういうのか。

 

「……」

『そして、選択の時間も残されていない。俺の力も、お前の魂も最早限界だ』

 

 途方に暮れるほどの数の外史。その中から正解を……葵のいる世界を引けるかどうかは分からない。分の悪い賭けになる可能性が高いだろう。

 

「……それでも、俺は葵の元へ……皆の元へ帰る」

『……そうか。ならば何も言うまい。藤十郎よ、願わくばお前の行き着く外史に幸多からんことを』

 

 強く明滅する刀。藤十郎は身体がその光に溶けていくように感じる。そして、次の瞬間藤十郎はこの空間から消え去っていた。

 

『行ったか。北郷一刀より始まりし外史。新田剣丞へと外史の鍵は移り変わり、その中で生まれた新たな外史の可能性。……これだから世界は面白い。さぁ……俺の役目はもう終わりだが。藤十郎だけでなく、全ての外史が幸せであることを願い続けよう』

 

 刀がボロボロと崩れ落ちていく。光の粒子となった刀。

 

 後の世に、その刀の存在が語られることはない。何故ならば、その刀は自らの全てを捨てて主を守ったからだ。存在が消えるのは藤十郎ではなく、とある外史において藤十郎の愛刀として生れ落ちた正宗であった。

 

 

 

 その日は、何故か胸騒ぎがしていつもより早く目を覚ました。

 

「まだ、日が昇る前ね」

 

 そっと隣を見るとすやすやと眠っている藤千代の姿がある。起こしてしまわないように静かに布団から出ると、部屋を後にする。部屋の傍に控えていた女中に藤千代を託すと、私は無意識に屋敷に居るときに藤十郎がいた部屋へと足を運ぶ。その部屋を目指して歩いているとき、いつもより藤十郎のことを強く思い出していた。幼い頃の約束、私に祝言を挙げようと言ってくれたこと。まるで昨日のことのように思い出す。

 

「ふふ、私も諦めが悪いわね」

 

 きっと藤十郎は生きている。そして、きっと。襖を開けて藤十郎の部屋へと入ろうとして、床に落ちていた視線を上げる。

 

 

「……すまん、遅くなった」

 

 ずっと、聞きたかった声。でも、きっと聞くことは出来ないだろうという覚悟をしていたその声を聞いた瞬間、何が起こったのか理解することが出来なかった。

 

「あ……」

 

 私は、藤十郎が帰ってきたら言ってやろうと思っていたことなど全てが吹き飛んでしまう。私に出来たのは唯一つの行動。

 

「おっと」

 

 飛びつくように胸元に飛び込んだ私を優しく受け止める藤十郎。そっと背中に回した手も私を包み込んでくれる。この匂い、この鼓動。あぁ、本当に藤十郎なんだと安心させてくれる。

 

「藤十郎っ……!」

「あぁ」

 

 これまでに流した涙とは違う。嬉しくて、ただひたすらに嬉しくて。流れる涙は藤十郎の胸元をぬらす。痛いほどに強く抱きしめる藤十郎もまた、腕が震えている。

 

「葵……!」

 

 私が顔を上げることを拒むかのように強く抱きしめる藤十郎。どれだけの時間、二人でそうしていたのだろう。藤十郎の腕の力が緩み私は顔を上げる。そこにあるのは優しい瞳をした、一人の荒武者。私は静かに瞳を閉じ、そっと背伸びをする。

 

 触れ合う唇の感触。

 

 互いを求め合うかのように、私たちは接吻を続けた。

 

「藤十郎……」

「葵……」

 

 私は、ずっと言いたかった言葉をやっと口にすることが出来る。藤十郎がいなくなってから、ずっと言いたかった言葉を。万感の想いを込めて。

 

「藤十郎、おかえりなさい」

「!……あぁ、ただいま、葵。もう、放さないぞ」

 

 

 此処に、一つの外史は終わりを迎える。

 これは唯ひたすらに愛する者のために戦い続けた一人の武者の物語である。

 

 

 その後の彼らがどうなったのか、それはまたいつかの機会に語るとしよう。




無事(?)最終回を迎えることが出来ました!
これも、ずっと応援してくださった皆様のおかげです!

この後は後日談になります!
徳川勢、桐琴や閑話で主役となった子たちの話しなども書いていきますので、
もう少しだけ藤十郎の物語は続きます!

甘々になると思いますので、苦手な方は頑張ってみてください(ぉぃ

それでは、長いようで短い間でしたが藤十郎の物語にお付き合いいただきまして、
本当にありがとう御座いました!!



※何かアクセス増えたな~と思ってランキングを開いたら日間29位になってました!?本当にありがとう御座います!


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後日談編
導入部 1話 葵の憂鬱


我慢できずに早速後日談です(ぉぃ


 藤十郎が戻って早いことに一月ほどの時が流れた。あの日、藤十郎が戻ってきてから幾度となく愛を語り合ってはいるのだが。

 

「はぁ……」

 

 執務の最中、ため息を吐く葵。もう幾度目か分からないそれに流石の悠季も苦笑いである。

 

「葵さま、どうされたのですか。藤十郎どのが居なかった間でもそれほどまでにため息をつかれることはなかったと記憶しておりますが」

「悠季……。ごめんなさい」

 

 素直に謝罪する葵に更に驚く。

 

「いえいえ!某のことはお気になさらず。……某で相談に乗れるのであればお話を伺いますが?」

 

 悠季の言葉に葵は一瞬悩む素振りを見せるが、決断はすぐであった。

 

「……そうね。あの、ね悠季。藤十郎のことなんだけど」

 

 

「まさか、葵さまの悩みが藤十郎どのとは……」

 

 話をしてすっきりしたのか、葵はその後の執務には影響を与えずに無事終えたのだが悠季としては葵の話に考えさせられる部分もあった。

 

「ふむ、仕方がないこととはいえ……葵さまも乙女であった、ということですなぁ」

 

 

「……藤十郎が戻ってきてから、何度も私のことを愛していると言ってくれるのだけれど……いつも藤十郎の回りには綾那や歌夜、小波……それに北条からもよく来てるじゃない?……私一人が独占するのがこれからの世を考えればよくないことは分かっているの。でも……」

 

 ……つまりは葵としては、徳川の世を考えれば血の繋がりや後継ぎは多いに越したことはないと考えているが、藤十郎が他の女と話しているのを見るとモヤモヤするということか。

 

「ふむ、それに関しては某では解決に導くことは出来ませぬが……ただ、夜は必ず葵さまの元に帰られる藤十郎どのですから、もし何かあるときには仰ると思いますが?」

「……そうね、そうよね」

「それに、正室……といっていいのでしょうか。藤十郎どのの第一婦人は葵さまです。お世継ぎの藤千代さまもお生まれになられていることですから……もっと甘えてみてもよいかもしれませぬな」

 

 とはいえ、葵の藤十郎へのべったりぶりには胸焼けしてしまうほどのものがある。心酔している悠季としては甚だ不愉快である瞬間もあるが……悠季個人としても、藤十郎は異性として数少ない認めている相手、いや唯一と言っても過言ではない以上完全に否定することは出来ない。

 

 

「藤十郎どのも罪作りな男に成長なされましたなぁ。……そろそろ奥向きについても考えていかねば。……ふぅ、織田どのに詳しく伺いに行く必要がありますな」

 

 また仕事が増えますな、と独り言を呟きながら悠季は自室へと向かっていった。

 

 

「葵、ただいま戻ったぞ」

「藤十郎!」

 

 本格的に葵の屋敷に住むことになった藤十郎が帰ってくると、葵は先に屋敷に居たときには必ず抱きついてくる。それを優しく抱きとめる藤十郎。この構図は屋敷の女中たちの中では最早日常茶飯事になっており、微笑ましく見ていることが多い。

 

「うむ。……どうかしたのか?」

 

 見上げた葵の表情を見て、藤十郎がたずねて来る。葵としては、昼の話を表情に出しているつもりはなかったため、驚きと小さな変化にも気付いてくれる藤十郎への愛しさが際限なく沸いてくるような気持ちになる。

 

「……いえ、何でもないわ。それよりも、今日は私が食事を作ったのよ。……まぁ、皆の力を借りてだけれど」

「おぉ!葵の作ってくれたものならば何でもおいしく食べられるぞ!」

 

 実は、以前に一度自力で作ろうとしたことがある。だが、生まれてはじめての料理など、結果は目に見えている。ほとんど墨のようになった魚、それなのに生に近い部分もあるものや、煮物という名の半生野菜の汁付けのようなものなど……。残飯といえば残飯に失礼なものを藤十郎は残すことなく全て平らげたのだ。その日の夜は、葵にとって違った意味でも忘れられないものとなったのは仕方のないことだろう。

 

「ふふ、でも今回は皆の力も借りたからちゃんとおいしく出来ているわ」

 

 そう言って藤十郎の手を引き部屋へと入っていく葵を見て、女中たちが嬉しそうに微笑みながら見ている。中には、少し年配の……それこそ葵と藤十郎が幼い頃から仕えている者もいることを考えれば、仕方のないことだろう。

 

「よかったわ。葵さまがお幸せそうで」

 

 年配の女中が呟く。

 

「本当に。でも、私たち女中にも藤十郎さまはお優しいから、葵さまは気が気じゃないんじゃないかしら?」

「そうよねぇ。重い荷物とか運んでたらそっと手伝ってくれるし」

「……あんたたち、藤十郎さまに何させてんだい」

 

 若い女中たちの言葉に年配の女中はため息をつく。

 

「……とはいえ、あの二人は本当に命を懸けた大恋愛をしたようなものだからね。きっと幸せになってくれるさ」

 

 

「うまい!」

 

 葵の作った食事を食べた藤十郎の第一声はそれであった。

 

「ふふ、前のときも同じことを言ったわよね、藤十郎は」

「いや、今回のものは凄いぞ!ほら、葵も食べてみろ」

 

 そう言って、箸で煮物をつまみ葵の口元へと差し出す。葵は口を開けそれを食べる。

 

「……本当、おいしいわ」

「だろう?……もぐもぐ」

 

 うまいうまいと言いながら次々に口の中へと消えていく食事に葵は知らず知らずに幸せな気持ちになる。

 

「……これが、結菜の言っていた気持ちなのね」

「ん?何か言ったか?」

「いえ、何も」

 

 藤十郎と祝言の式を挙げた際に会った……剣丞と久遠の妻である女性……結菜と意気投合し、食事の準備についてや夫の扱い方、妻としての心構えなど……そういった類のことを話し合う仲になっていた。その繋がりで公方の妹でもある双葉とも交流が生まれるといった好循環が生まれていたりもする。

 

「妻は夫の胃袋を握ること。……ふふ、流石は結菜ね」

 

 なにやら呟きながらも楽しそうな笑顔を浮かべていることから特に問題があるわけではないと判断した藤十郎は、葵の作った食事に舌鼓を打つことを続けた。

 

 

「ねぇ、藤十郎?」

 

 共に食事と湯浴みを済ませた後、一緒の布団に入って少しして葵が藤十郎に声をかける。

 

「どうした?」

 

 優しく葵の頭を撫でている藤十郎。布団に入った後、よく優しく撫でてくれるこの瞬間で一日の疲れが取れる、というのは葵が結菜に対してだけこっそりと話したことだったりする。

 

「藤十郎は、綾那や歌夜のこと好き?」

「ん、そうだなぁ。あいつらも幼馴染のようなものだからな。勿論好きだが……」

「……そう。なら私は私がするべきことをしなくちゃね」

「ん??」

 

 よく分からんといった顔を浮かべる藤十郎に小さく噴出してしまう葵であったが、そっと藤十郎に身体を寄せる。

 

「藤十郎、前から久遠姉さまや一葉さまと話し合っていたことがあるの。……協力してくれる?」

「勿論だ。俺に出来ることなら、いや出来ぬことなら出来るようになってでも協力する」

「ふふ、ありがとう。藤十郎……大好きよ」

 

 

 それから更に一月の月日が流れた。そして、場所は変わって二条城。

 

「ここが二条の城か」

「あら、藤十郎も来た事あったわよね?」

「あー……あの時は周囲の鬼を狩っていたからな。ほとんど記憶にない」

「やれやれ、あの頃の藤十郎どのはどちらが鬼なのか分からぬほどでしたからなぁ」

「腐れワレメは藤十郎に対して失礼なのです!」

「こら、綾那。そういうことばかり言わないの」

「小波」

「はっ!……って、うわぁ!?」

 

 しゅっ、と目の前に現れた小波の腕を取り自分の馬に乗せる。

 

「ととと、藤十郎さまっ!?」

「別に呼び捨てでも構わんと言っておろうに。お前はすぐに自分を卑下して隠れるからな。今日は二条の城につくまでは俺と馬の上で大人しくしておれ」

「おおお、お許しください!?」

 

 動揺のあまり顔を真っ赤にして何を言っているのかも分からなくなる小波に全員が苦笑いを浮かべる。とはいえ、同じことを自分がされたら……と考え真っ赤になっている歌夜が居たりするのだが。

 

「葵、構わんよな?」

「えぇ。小波もたまには藤十郎に甘えなさい。普段は貴女のおかげで三河で暴れる鬼はすぐに鎮圧できているし、他国の情報も細かに手に入れることが出来ている。その褒美よ」

「褒美などと……ふぁ?!」

 

 頭を藤十郎が撫でると、次は小さくなってまるでぷしゅーっと頭から煙でも出ているかのような反応の小波を藤十郎が面白がっているのは見ているものであればすぐに分かる。

 

「藤十郎、小波ばっかりずるいのです……」

「そうね。……後で二人でお願いにいこっか」

 

 なにやら綾那と歌夜が話し合っているが、藤十郎たちにはその声は届かない。そんなにぎやかな一行の前に二条の門と、その前で待っている人影が目に入る。

 

 

「藤十郎!!……久しぶり!」

「おう、剣丞。文以外では俺が帰ってきて以来か。……いい顔立ちになったではないか」

 

 馬から下りた藤十郎と剣丞が硬く手を握り合う。そして藤十郎が剣丞に近づくと力強く抱擁する。

 

「うわっ!藤十郎!?」

「俺が居ない間、約束を果たしてくれてありがとう。この礼はどうしても直接言っておきたかった」

「……当たり前だろ。友達、いや、親友からの願いを聞き届けないほど俺は落ちぶれてないよ」

 

 男同士で熱い友情を確認し合っているとき。

 

「久遠姉さま、ご無沙汰しております」

「うむ、葵も息災で何よりだ。……全く、あいつらは何をやっておるのか」

「ふふ、いいではありませぬか。これからの時代を本当の意味で担っていくのは……二人なのですから」

「……そうだな」

「とはいえじゃ。なにやらモヤモヤするようなワクワクするような感覚があるのだが……幽、これは何だ?」

「……それがしにはなんともいえませぬ。双葉さまにはあまりお見せしたくない光景ではありますが……」

 

 久遠は葵と、同じく出迎えに出てきていた二条の主である一葉と幽。藤十郎と嬉しそうに笑顔を浮かべている剣丞を見て微笑ましく見ている。

 

「久しいな、藤十郎よ。こう面と向かって話をするのは、清洲に来ていた頃以来か?」

「お久しぶりです、久遠どの。色々とありましたが、ご健勝そうで何よりです」

「うむ。……今日は各勢力の面々が揃っておる。何かあるまでは一時、此処で親睦を深めてくれ。……色々と、な」

 

 なにやら意味深な言い方をする久遠に首を傾げながらも藤十郎は頷く。

 

 

 ……この後に、藤十郎は久遠の言葉の意味を理解することになる。




まずは後日談の導入部になります!
よくよく考えてみると、葵は既に子を産んでいることになるんですよね……。

対して剣丞にはまだ子はいない設定……。

藤十郎、恐ろしい子!


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導入部 2話 もう一つの御免状

「あーっ!御大将、居たっすよ!」

 

 藤十郎を指差しながら叫ぶのは柘榴。

 

「ん?……確か長尾の……柿崎だったか?」

「柘榴っていうっす。別に柘榴でいいっすよ、って御大将~!」

「聞こえてるわよ!……久しぶりね、藤十郎」

「おぉ、長尾の。戦のときはすまなかったな」

 

 藤十郎がそういうと、頬をぴくぴくとさせながら藤十郎を指差す。

 

「美空よ。通称でいいわ!戦のことは別にいいわよ、私よりアンタのほうが強かったってだけのことでしょ。……それよりも、何よあの文!!」

「あの文?……あぁ」

「何で戦う前に書いたはずの文の時点で会ったこともない私に勝つ前提の内容なのよ!」

「いやぁ、あれはびっくりしたっすねぇ。読んでいるときの御大将の顔、忘れられないっす」

 

 あはは~と笑いながら言う柘榴を軽く睨む美空は視線を藤十郎に戻す。

 

「とにかく!負けたままでは済ませないから覚悟しておきなさい!」

「柘榴もっす!綾那ちんにも伝えておいて欲しいっす!」

「あ、あぁ。わかった」

「ふん!」

 

 戦よりも文のほうで怒っている様子の美空と笑顔で手を振る柘榴を見送る。

 

「……何なんだ、あれ」

「……美空は変な子。いつもあんな感じ」

「うぉっ!?た、武田の」

「光璃」

「あー……武田の」

「光璃」

「……」

「……」

 

 相変わらず何を考えているか読めない視線を藤十郎に向ける光璃。

 

「光璃、でいいのか?」

 

 藤十郎の問いにコクリと頷く。

 

「無事で、よかった」

「……あぁ。お陰様でな」

「……そう」

 

 それだけ言うとスタスタと立ち去っていく。

 

「……ふむ、美空も光璃も十分におかしな奴だな」

「……お前も十分変な奴だと思いやがりますが?」

 

 そういって歩いてきたのは先ほどの光璃の妹。

 

「あー典厩どのだったか?」

「で、やがります。姉上と同じく通称の夕霧でお願いしやがります」

「あぁ、宜しく頼む夕霧。それで、どうして俺が変わっているんだ?」

「……まぁ、基本的に自分が変だと自覚するのは難しいでやがりますからなぁ。とはいえ、姉上が気に入った相手と聞いたでやがりますが……」

 

 すっと悪戯っ子のような目になる夕霧。

 

「兄上と何処か似た雰囲気、姉上が気に入るわけでやがります」

「俺が剣丞と?……う~む……」

「ま、すぐに分かるでやがりますよ。それじゃ夕霧は行くでやがります。武田の家中には藤十郎と戦ってみたいと言う者がたくさんいるでやがりますから相手を頼むでやがります」

 

 

 その後、案内された場所は本来であれば公方が座るであろう場所に剣丞、久遠、一葉、葵が座っており、普段であればそちら側に座っているであろう美空や光璃も上座ではあるが下に座っていた。よく見てみれば、北条の面々の顔もある。

 

「藤十郎、こちらへ」

「あ、あぁ」

 

 葵の夫となった以上、そちらに座ることに違和感は感じないが藤十郎に向けられる視線は様々だ。敵意のようなものはあまり感じないが、獲物を見るような視線もあることに若干の違和感を感じる。

 

 藤十郎が、葵の隣に座ったことで場の全員が揃ったのだろうか、久遠が口を開く。

 

「皆の者、よく集まってくれた!此度は今後の同盟の形、動きについての話をしようと思う。そしてその前に……」

 

 久遠が視線を藤十郎へと移す。間の全員の視線が藤十郎に集まる。

 

「先だっての戦の際に、吉野を討った藤十郎……水野勝成が無事帰還した。それに伴い、葵と祝言を挙げたのは周知のことと思う。そして」

 

 そこまで久遠が言って、視線を一葉に移す。

 

「余らは考えた。これからの時代を担っていく者を、そして余の夫たる剣丞と同じく英雄の器を持つものを一つの家で独占してしまうことの危険性を」

 

 一葉の言葉に驚いたのは藤十郎だ。場のほかの面々が驚いた様子がないのは、ある程度内容を知っていたからだろうか。

 

「……この場にて一つの宣言をします」

 

 葵が口を開く。

 

「剣丞どのと同じく、藤十郎を徳川を中心とした同盟の要とすること。そして……望むのであれば、日の本を共に平定していく仲間として全ての者の夫と出来ると」

 

 一葉が一つの書簡を取り出す。

 

「内裏より賜った『御免状』が此処にある。これを、久遠、足利公方である余一葉。そして」

「徳川家康として、此処に宣言します。……日の本を想う気持ちがあれば、身分の上下なく藤十郎を夫と出来ることを」

 

 静まる場。そして、一番目に口を開いたのは。

 

「……は?」

 

 唖然とした様子の藤十郎であった。

 

 

「お疲れ、藤十郎」

「剣丞か」

 

 話が終わり、葵と話がしたかったのだが女性陣で話があるということで先に藤十郎と剣丞の二人が部屋を後にした。

 

「……まさか、俺がお前と同じことになるとはな」

「あはは、俺は聞いてたから知ってたけどね」

「知ってたなら教えろ」

「口止めされちゃってね。……でも、藤十郎なら皆を幸せにしてくれるって思うから大丈夫」

 

 うんうん、と頷く剣丞に苦笑いの藤十郎。

 

「……葵が決めたことだ。それなら俺は応えるだけだがな」

「藤十郎ならそういうと思ってたよ。……俺も久遠から言われたとき、似たようなことを言ったよ。久遠は皆を愛してやれって言ってた」

「ふぅ……とはいえ、そんなに俺が好かれるとは思っていないが」

「……本気で言ってる?」

「ん?あぁ、綾那や歌夜は好きだと言っていたが……」

「はぁ、こりゃ皆大変だ」

 

 

「藤十郎!」

 

 話が終わったのだろうか、葵が駆け寄ってくる。

 

「葵……」

「ごめんなさい。貴方に相談なくこんなことを決めてしまって……」

「いや、構わんよ。……これからの時代に必要だと葵が判断したんだろう?それなら俺は全力で協力するだけだ」

「藤十郎……」

「葵……」

「……こほん!藤十郎どの、葵さまからお聞きしたと思いますがそういうことですので、各家の面々と仲良くお願いいたしますぞ」

 

 悠季がニヤニヤしながら言う。

 

「……分かった。悠季もな」

「なっ!」

「ふふ、そうね。悠季とも仲良くして頂戴」

「あ、葵さままで!」

「まぁ、何をしたらいいのかは分からないが色々とやってみるさ」

 

 

「藤十郎ーっ!!」

 

 いつものように突撃してくる綾那を抱きとめる。

 

「おっと。綾那、どうした?」

「藤十郎と綾那、結婚できるですか!」

「む……」

 

 目を輝かせながらたずねて来る綾那。

 

「そうだな……確かに綾那であれば問題なく出来る……な」

「ふふ、なら私もですね」

 

 ニコニコとしながら歌夜も声をかけてくる。

 

「前にもいいましたが、私も綾那もずっと待ってたんですよ?それに今回は葵さまからの許可も直接頂いてきてます。……ふふ、覚悟してくださいね?」

「う、うむ」

「でも、綾那。今はとりあえず藤十郎さんを放してあげて。他の人たちともお話しないといけないから」

「う~……分かったのです」

 

 渋々といった感じではあるが綾那は藤十郎から離れる。

 

「そういうわけですので、藤十郎さん。私と綾那は藤十郎さんの妻になるためにもう一度後で行きますので……ちゃんと受け止めてくださいね?」

 

 

「……ふぅ。綾那と歌夜は二回目か。流石にしっかり受け止めてやらないとな」

 

 流石に此処まで直球で来られたら藤十郎も理解せざるを得ない。二人は藤十郎のことをずっと想っていてくれたのだろう。

 

「あら~?藤十郎ちゃんじゃない」

「おぉ、朔夜どの」

「藤十郎ちゃん、何か面白いことになってるわね~」

「はは、面白いかどうかは分からんが……まぁ、頑張ってみるしかないな」

「そうねぇ。たぶんだけど、うちの娘たちとかもお世話になるから宜しく頼むわね。あと、お姉さんもお願いしていいかしら?資格はあるわよね?」

「……は?」

 

 

「全く、朔夜どのは相変わらず冗談か本気か分からんな」

 

 朔夜がなんと言おうが、最後に大切なのは本人の意思だと藤十郎は思っているので、この期に及んでまだそんなことはないだろうと思っているのは経験が浅いからだろうか。

 

「あ、藤十郎っす」

「久しぶり、第二のスケベ」

「久しぶり……って、何だ第二のスケベって」

「スケベが剣丞。第二のスケベが藤十郎」

「まぁ、仕方ないっすよねぇ。あんな宣言されたっすから。それより、藤十郎勝負っす!」

「松葉も負けたままでは終われない」

 

 そういって槍と傘を取り出す柘榴と松葉。

 

「ふむ、まぁいいだろう。こっちのほうが……分かりやすい!」

 

 

「うわー!また負けたっすー!!」

「不覚……」

「っていうか、御家流盗むのずるいっす!」

「俺の技だから仕方ないだろう」

「御大将が使いすぎると危険って言ってたっすけど」

「何故かは分からんが帰ってきてから一日に使える回数が制限されはしたが反動は疲れるだけになったな」

「……反則」

「何とか破る手段を御大将と考えるっす!!あ、あと」

 

 柘榴が思い出したように。

 

「各家中からスケべさんと結婚してない人の中で藤十郎と結婚したい人を募ってるみたいっすよ。柘榴たちも宜しくするっす」

「宜しく。第二のスケベ」

「ちょ、ちょっと待て!そっちのほうが重要な話じゃないのか!?」

「松葉、藤十郎はこういうのが苦手みたいっすね」

「次のとき使ってみる」

 

 言いたいことを言って二人は立ち去る。後には呆然とした藤十郎が一人残っていた。

 

 

「で、だ。今各家で剣丞に蕩らされていない者はいるのか?」

「ウチは……まぁ、慕ってはいるけど結婚までは行ってない者もいる……はずよ」

「武田も同じ。……兄のように慕っている子が多い」

「ふむ、織田は……そうだな、桐琴を家中の者と捉えてよいかにもよるが恐らくは桐琴が藤十郎を好いておろうことは間違いないだろうな」

「……徳川家中は……」

「分かっておる。恐らく全員であろう?……もし剣丞と出会っていなければ、ここにいた全員が蕩らされた可能性もあるな」

 

 冗談交じりで久遠が言うが全員が否定しない。

 

「……藤十郎にとってはこれからが大変であるな。……葵も遠慮せずに藤十郎に甘えていくのだぞ?お前が無理をしては意味がないからな」

「久遠姉さま……はい」

「よく言うわね。自分が素直に甘えられていないくせに」

「……珍しく美空が正しいことを言った」

 

 

 此処に、剣丞と藤十郎を中心とした同盟が完全に発足することになる。




剣丞ハーレムの一端は崩します(いまさら

無印時代に関係を持っていなさそうな子たちや北条編まで発展してなさそうな子を中心に
藤十郎のヒロインに格上げします!
それと、閑話に登場したサブキャラも再登場しますのでお楽しみに!


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1話 贈り物を求めて 【綾那&歌夜】

 これは、まだ綾那が槍を持ち始めた頃の話である。幼くして無双の片鱗を見せていた綾那は、既に向かうところ敵なしであった。その頃から共に育っていた歌夜を除けば、彼女のことを諌めるだけの力を持つものはあまりいなかった。

 

 

「歌夜~!今日も遊びにいくですよ~!」

「ちょっと待ってね。今用兵術の勉強中だから」

「う~、そんなの必要ないです!綾那がぜ~んぶ倒すですから!」

「ふふ、綾那は強いものね。……でも、もし綾那が勝てない相手が出てきたら?」

 

 歌夜の言葉に不貞腐れる綾那。

 

「そんなのいないです!だって、綾那負けたことないです!」

「もう、綾那ったら……」

 

 困ったような歌夜を見て、仕方なく傍に腰を下ろす綾那。とりあえずは勉強が終わるまで待つことにしたようだ。

 

「歌夜は真面目なのです。そんなのなくたって……」

「でも、水野の跡取りの……勝成どのだったかしら。その人も今は戦術などの勉強をしてるそうよ?」

「勝成?……あ、聞いたことあるです。なんかすっごく強いって話ですけど、綾那ほどじゃないです!」

「ふふ、綾那らしいわね。……ねぇ、綾那。その勝成どのと戦ってみたい?」

 

 

 その頃の藤十郎は、綾那と同じく負けしらずでありながら戦いに関する全てのことに興味を持っていた。

 

「藤十郎」

「何でしょう、母上」

「貴方、戦うの好きよね?」

「……はぁ。嫌いではありませんが……それは必要な……」

「必要よ。今後の松平にとって、あの子の成長は必要不可欠。だからね、藤十郎」

 

 

「あの子に敗北を与えなさい。どんな手を使ってでも」

 

 

「お前が本多忠勝か」

「そうです!通称は綾那って言うです。強かったら宜しくしてやるです!」

「そうか。僕は水野勝成。藤十郎だ、もし君が勝つことが出来たら宜しくしてやるよ」

 

 藤十郎の言葉に驚いた様子の綾那は次の瞬間敵意をむき出しにする。

 

「よく言ったです。なら……一瞬で片付けてやるです!!」

 

 槍を構えた両者。立ち会いは藤十郎の母・忠重と歌夜。歌夜と忠重は初対面であったが、歌夜の印象は優しい母親……といった感じであるが、何か底の見えない強さがあるように感じた。

 

「ふふ、これからの松平を担う力、見せてもらうわ。……では、両者共に今回の勝利条件を」

 

 一つ。相手を意識不明、もしくは武器から手を放させること。敗北を認めさせることを勝利条件とする。

 一つ。敗北を認めた後や抵抗が出来ない状態での追い討ちの禁止。

 

「分かったです!!」

「分かった」

「それでは、はじめっ!」

 

 二人の槍が交差する。その瞬間的な威力、一撃一撃に込められた膂力。そのどれをとってもこの年頃の少年少女が撃てる技ではない。

 

「「!」」

 

 綾那も藤十郎も、驚きに目を開く。それはそうだろう。自分よりも遥かに年齢が上であっても負けたことのなかった二人だ。同じ年頃にそんな相手がいるとは思いもよらなかったのだ。

 

「やるですね!!」

「そっちこそ!」

 

 互いに笑いながら槍を交わす。

 

「凄い……綾那と対等に戦えるなんて……」

「ふふ。歌夜ちゃんって言ったかしら?二人が対等に見える?」

「は、はい。違うのですか?」

 

 二人の攻防を見ながら忠重が微笑む。

 

「違うわ。確かに綾那ちゃんは強いわ。でも、それは決まりごとのない世界での話。これは立ち合いである以上決まりがある。……なら」

 

 

「藤十郎には勝てないわ。一対一の戦いの限られた条件の中で最善の一手を見つけることに関しては、あの子に敵うものは居ないわ。松平……いいえ、この日の本の中でも、ね」

 

 

「確かに強いです!強いですけどっ!!」

 

 綾那が槍を構えなおす。

 

「綾那のほうが、ずーっと強いです!!」

「それは、どうかな?」

 

 確かに綾那は強い。最早おかしいと言ってもいいほどの強さだ。だが、その強さはまだ荒削りであり、子供らしい考えの至らなさもある。

 藤十郎が、槍をまるで棒のように振り回す。その動きは綾那が今までに見たことのないものだった。

 

「わっ!?な、なんなのです!?」

「あの動き……」

「ふふ、藤十郎の槍、綾那ちゃんのと比べると少し短いでしょ?あの子、実は槍と同じくらい刀や薙刀といった武器も得意なのよ。あれが天賦の才なんでしょうね。一度見たら覚えちゃうんだもの」

「で、でも!綾那は負けないですよ!」

 

 綾那の胴を狙って放たれた石突での一撃を避け、槍を突き出そうとする。だが、突いてきたはずの藤十郎の槍は初めからそれを狙っていたかのように槍の穂先を叩くように石突部が跳ね上げられ、綾那の槍を下から叩く。

 

「甘いですっ!!」

 

 跳ね上げられた槍から手を離し(・・・・)落ちてきた槍を手元を見ずに掴み、藤十郎の喉元に槍を突きつける。

 

「そこまで!」

「ふっふっふっ~!綾那の勝ちです!」

「いや。僕の勝ちだ」

「そうねぇ。今回は藤十郎の勝ちね」

「えーっ!?何でです!?」

「だって……綾那ちゃん、槍から手、放しちゃったでしょ?」

 

 

「むーっ!!ずるいです!!」

「なんと言おうと僕の勝ちだよ。……だから」

 

 すっと手を差し出す藤十郎。

 

「本当に強かったよ、綾那。きっと、決まりがなければ綾那の勝ちだった」

「……えへへ~!まぁ、藤十郎も強かったです!まさか綾那とあんなに戦えるとは思ってなかったです!」

「ふふ、あの二人は大丈夫そうね。……歌夜ちゃん」

「は、はい」

 

 膝を曲げ、歌夜の視線に合わせる忠重。

 

「これからの戦であの二人は別格の戦果を上げていくはずよ。でも、歌夜ちゃんは二人を援護する立場で居てあげてね。勿論、歌夜ちゃんも武功を上げていくでしょうけど、あの二人には支えになる人が必要よ」

「勝成どのは……私よりも頭もいいですし……」

「あぁ、あの子は駄目よ。頭はいいけど、それよりも身体を動かしちゃうから。綾那ちゃんと対して変わらないわ。だ・か・ら、歌夜ちゃんも藤十郎のことお願いね?」

「はいっ!」

「……あ~もう可愛い!歌夜ちゃんも綾那ちゃんも、私の娘にしたいわぁ!大きくなって藤十郎がいい男になったらお嫁に来なさい!」

「え、えぇっ!?」

 

 

「……なんてことがあったの、綾那は覚えてないわよね」

「歌夜~?何か言ったです~?」

「何でもないわ。それよりも綾那、藤十郎さんに何を上げるか決まったの?」

「まだです!……藤十郎何上げたら喜ぶです?お母さんは綾那を上げるーっていえば喜ぶって言ってたですけど」

「お、お母さんって忠重さま?……もう、あの方は……」

 

 でも……と何かを考えてクネクネする歌夜を不思議そうに見ていた綾那だったが、視線を目の前にあった店の商品へと戻す。

 

「う~……綾那、こういうの苦手なのです……」

「……はっ。こほん、綾那。こういうときは、剣丞さまに相談するのもいいかもしれないわ。同じ男性だし……仲もいいし」

「歌夜さすがなのです!早速いくのです!!」

 

 

「え、藤十郎に何を上げたらいいかって?……う~ん、何を上げても喜ぶと思うけどなぁ。俺だったら何貰っても嬉しいし」

「うぅ……剣丞さま役に立たないです……」

「ちょっと綾那!?す、すみません、剣丞さま」

「あはは、いいよ。ん~、でも藤十郎が欲しいものかぁ……よし、それじゃ知ってそうな人に聞きに行こうか」

 

 

「それで、私のところに?」

「うん。葵なら知ってるだろうって思って」

「あわわ!け、剣丞さま!葵さまに直接聞くなんて聞いてないです!」

「うん、言ってないからね」

 

 何故か慌てている綾那に笑顔を向ける剣丞と葵。歌夜もなにやら申し訳なさそうな表情だ。

 

「綾那も歌夜も、私に遠慮しなくていいのよ?」

「葵さま……ですが……」

「ふふ、私は十分に藤十郎に甘えているわ。だから次は貴女たちも自分の想いを遂げるべきよ。……私と同じように、小さな頃から藤十郎のこと、好きだったのよね?」

「わわ!?葵さまは凄いのです!綾那、歌夜以外に言ったことなかったですのに!」

「……葵さま……ありがとう御座います!」

「はは、それで本題なんだけど藤十郎が欲しいものって分かる?二人がいつものお礼に何かを上げたいってことみたいなんだけど」

 

 剣丞の質問に葵が少し考える。

 

「……そうね。最近、腰が寂しいって言ってた気がするわ。何かあった気がするけど、刀を持ち歩いていた記憶はないし……と。少し値が張ってもいいなら刀とか喜ぶんじゃないかしら」

「刀、ですか。歌夜、刀詳しいです?」

「う~ん……普通程度には……」

「それなら、一葉に聞いてみよう。一葉なら詳しいし、何かいい店とか知ってるかもしれない」

「公方さまです?……剣丞さまってやっぱり凄い人ですね」

「綾那、いまさらよ」

 

 

「ほう、それで余に聞きに来たというわけか」

「そうなんだ。一葉なら詳しいよね?」

「うむ。刀剣に関してであれば余に敵うものはそうそう居ないはず。……というよりは、倉庫に入れてある刀のどれかを持っていけばよいのではないか?」

「ちょ、何を仰いますかこの暴れん坊公方様は!」

「幽さん、お値段はそちらの言い値で構いませんので見せていただけませんか?」

「それがしに止める理由はありませぬなぁ。一本でも百本でも、お好きなだけご覧くださいませ」

「……幽よ。流石の余もそれは引くぞ」

 

 

「うわぁ!凄いです!!」

「ほんとだ。俺も初めて入るけどこれは凄い」

「ふふふ、古今東西の名刀が此処に集められておるからな。余の自慢の品々であるぞ」

「本当に凄い……名のある刀ばかり」

 

 歌夜が置かれた刀を一つ一つ見て回る。

 

「あ、歌夜!!この刀、藤十郎に似合いそうです!」

「どれ、何を選んだ?……ほぅ、この刀は……正宗であるな」

「正宗……というとあの?」

「うむ。余が知る中でも間違いなく上位の名刀であるな。……刀に詳しくないといいながらこれを一目で選ぶとは流石は本多忠勝といったところか」

 

 刀を手に取り、それを歌夜に差し出す。

 

「金はいらん……といいたいところではあるが、それでは余が幽に怒られてしまうのでな。後日金額は伝える。……それでよいか?」

「はいです!」

「はい。ありがとうございます、一葉さま」

 

 

「藤十郎ーっ!!」

 

 いつもどおり、綾那が藤十郎に突進する。

 

「どうした、綾那。今日はいつにも増して勢いが強いが」

 

 そう言いながらも全く動揺した様子も、よろけることもないのはさすがである。

 

「藤十郎!綾那と歌夜から話があるです!」

「そうなんです。それで……今晩一緒に食事はいかがですか?」

「食事、か。葵に」

「葵さまからは許可いただいております。……駄目、ですか?」

 

 上目遣いでたずねて来る歌夜に、苦笑いを浮かべながらも頷く藤十郎。

 

「分かった。それならば問題ない」

 

 こうして、藤十郎は歌夜の屋敷に行くことになる。




今回から番外編のある意味本編スタートです!
タイトルの隣の【】の中がメインとなるヒロインです!

と、いうわけで。
まずは、綾那と歌夜からです!


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2話 貴方に全てを捧ぐ夜【綾那&歌夜】

数日父が遊びに来ていて書けませんでした!
遅くなりましたー!


 歌夜の屋敷で歌夜の手作り料理に舌鼓を打った藤十郎と綾那。

 

「おいしかったのです!」

「あら、綾那今日は横にならないの?」

「あ、綾那だっていつもやってるわけじゃないです!!」

「ふふ、でもいつもよりお淑やかじゃない」

「う~!歌夜意地悪です!!藤十郎、歌夜がいじめるのです!!」

「はは、歌夜そのくらいにしてやれ。しかし、うまかったぞ。いつの間にこんなに腕をあげた?」

「ふふ、剣丞さまのところには腕利きの料理人が沢山いますから」

 

 そう言われて剣丞隊の面々を藤十郎は思い出す。なるほど、確かに料理の得意な人間が数人思い浮かぶ。

 

「元から上手かったが、そういうことか。良い師にめぐり合ったのだな」

 

 うんうんと納得したように頷く藤十郎にクスクスと笑う歌夜。綾那の視線は二人の間を行き来した後。

 

「あ、綾那も片付け手伝うのです!!」

 

 綾那が皿を持ち歌夜と一緒に片付けを始める。歌夜がニコニコと綾那と歩いていく。

 

「俺も」

「藤十郎さんはゆっくりしていてください。男子厨房に入るべからず、ですよ」

 

 歌夜から言われ、上げかけた腰を下ろす。差し出されたお茶をすする。

 

「……うまい」

 

 

 歌夜に勧められるままに風呂につかる藤十郎。

 

「ふぅ、いい湯だ」

 

 藤十郎の好みの温度にしっかりと合わせられた湯を満喫する。そのとき、風呂の外から賑やかな声が聞こえる。

 

「藤十郎ー!」

「し、失礼します」

「……は?」

 

 カラカラと戸が開く音がして手拭いで身体を隠しただけの二人が入ってくる。

 

「藤十郎、背中流してあげるのです!」

「あ、あぁ。……歌夜、どういうことだ?」

「そ、それは……藤十郎さんに日頃の感謝を……と思い、忠重さまに伺ったら風呂に一緒に入れば喜ぶ、と……」

「母上ーっ!!」

 

 珍しい藤十郎の叫び声が風呂に響く。

 

 

「くしゅん!」

「ん、忠重どの、風邪か?」

「う~ん……そんなことはないと思うんだけど……それよりも桐琴、これからどうするの?」

「はっはっはっ!適当に鬼でも狩るか……忠重どのと酒でも酌み交わし続けるか」

「ふふふ、気ままねぇ」

 

 

「……」

「……」

「?どしたのです、二人とも?」

 

 三人で入るには流石に狭い湯船の中。藤十郎の足の間に入るように座った綾那と、藤十郎から見て向かい側に小さくなっている歌夜。どこかぎこちない空気が流れているのは仕方が無いことだろう。

 

「流石に狭いな」

「そう、ですね」

 

 藤十郎と歌夜、綾那の全員の頬が赤いのは風呂が理由か、それとも気恥ずかしさからか。綾那だけは楽しそうに藤十郎の顔を見上げたり、歌夜の顔を見たりしているのだが。

 

「二人が俺に日頃の感謝を伝えたくて風呂に入ってきて背中を流してくれた……というのは理解したが……歌夜、他に方法はなかったのか?」

「そ、それは……喜んでいただけなかったということですか?」

 

 少し寂しそうに歌夜がたずねると藤十郎は困った顔で首を振る。

 

「それはない。ないが、俺も男だ、そのように無防備にされれば……な」

「?何の話です~?」

「綾那は気にせんでいい」

 

 頭をぽんぽんと撫でる。

 

「歌夜も……」

「藤十郎さん、今夜は泊まってくださいね?」

「む」

「葵さまには許可を貰ってますから」

 

 有無を言わせぬ雰囲気で歌夜が言う。藤十郎は気おされるように素直に頷くのだった。

 

 

「藤十郎さん、実は贈り物があるんです」

 

 歌夜がそういうと、綾那が愛槍である蜻蛉切から一振りの刀を取り出す。どうやって出したのかという質問はしてはいけないらしい。既に藤十郎にとってはその不思議な光景も見慣れたものなのだが。

 

「藤十郎、これなのです!」

 

 綾那が差し出した刀を受け取る藤十郎。手に取った瞬間、何か懐かしいような、それでいて寂しい感覚を受ける。

 

「……これは」

「正宗なのです!綾那と歌夜からの藤十郎への贈り物なのです!」

「藤十郎さん、本当にいつもありがとうございます」

 

 二人の言葉を聞き、もう一度刀に目を向ける。その刀のことを自分が知っているという不思議な感覚。気がつくと、綾那と歌夜の二人を抱き寄せていた。

 

「と、藤十郎!?」

「藤十郎さん!?」

「……ありがとう、二人とも」

「藤十郎くすぐったいです」

「ふふ、そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったです」

「あ、藤十郎。刀に名前つけるです!」

「名前、か」

 

 綾那の言葉に一瞬考える藤十郎であったが、すぐに顔をあげ。

 

「……日向。日向の正宗」

「日向……藤十郎さんの官職からですか。ふふ、いいと思います」

「鬼日向の日向正宗ですか、いいと思うのです!綾那の蜻蛉切と仲良くなれるです!」

「……あぁ。だが、急にどうして?」

 

 藤十郎の言葉に綾那と歌夜が息を飲む。二人が視線を交わし、しばしの沈黙が部屋を包む。藤十郎は静かに二人が口を開くのを待つ。

 

「藤十郎さん、私と綾那からお願いがあります」

 

 歌夜がその場で三つ指をついて頭を下げる。

 

「私と綾那を藤十郎さんのお傍に置いてください」

 

 歌夜の言葉に綾那も一緒に頭を下げる。

 

「それは……」

「藤十郎と結婚したいです!」

 

 いつものように元気な綾那の声であるが、その中に確かに真剣な色を感じた藤十郎は居住まいを正す。

 

「……そうか」

「藤十郎さんはお嫌ですか?少しでもいいんです。私たちを……」

「駄目だ」

 

 藤十郎の言葉に固まる綾那と歌夜。だが、藤十郎の表情は至って真剣だった。

 

「……少しなどでは綾那にも歌夜にも申し訳が立たない。葵からも、剣丞からも色々と聞いた。……だから綾那、歌夜」

 

 逆に藤十郎が頭を下げる。

 

「俺は、気の利いたことが出来る男じゃない。だが、お前たちを幸せに出来るように全力を尽くすことは出来る。だから……俺の嫁になってくれ」

「……」

「……」

 

 再び沈黙が場を包む。

 

「藤十郎!」

 

 はじめに動いたのは綾那。藤十郎に飛びつく。

 

「綾那、藤十郎のお嫁さんになれるですか?」

「あぁ。なれるんじゃなく、なってくれるか?」

「勿論なのです!藤十郎、大好きなのです!」

「歌夜」

 

 綾那を抱きとめている腕と反対の手を歌夜に向けて差し出す。

 

「藤十郎さん……っ!」

 

 歌夜は瞳に涙を湛え、藤十郎に抱きつく。

 

「ずっと……ずっとこのときを願っていたんです」

「そうか……すまんな、気付いてやれなくて」

「いいんです。藤十郎さんには葵さまがいらっしゃったのは知っていましたから」

「えへへ、歌夜も一緒なのです」

「藤十郎さん……お慕いしております」

 

 ……静かに夜は更けていく。

 

 

 

「……はっ!今何かを感じたわ」

「ん、どうしたのだ」

 

 周囲に散らばる酒の数は異常なまでに増えているが、まだまだといった様子の桐琴と忠重。

 

「今の感覚……私に娘が出来るわね!葵ちゃん以外の!」

「ほぅ、ということは、あの小娘やりおったか」

 

 くいっと酒を飲み干すとにやりと桐琴が笑う。

 

「あら、桐琴ったら綾那ちゃんや歌夜ちゃんのことも知ってたのね」

「あぁ。藤十郎とよく一緒におったからな。後はガキが鹿のガキと仲が良くてな」

「小夜叉ちゃん……だったかしら?可愛らしい子だったわね」

「忠重どのはそんなに娘が欲しかったのか?」

「う~ん……藤十郎はいい子だけど……女の子の可愛らしい服とか着せられないじゃない」

「……クククッ!着せてみたら面白いのではないか?」

「……やってみようかしら」

 

 

 朝。歌夜は目を覚ますと目の前には藤十郎の顔。昨晩のことを思い出し少し頬が緩む。今眠っているこの男が、戦場では鬼と呼ばれるほどの力を振るっているとは思えなかった。いや、ある意味鬼のようではあったのだが。

 

「……藤十郎さん」

 

 普段、綾那に藤十郎がしているように優しく頭を撫でる。

 

「ふふ、よく寝てる」

 

 歌夜はそっと布団から出る。少し乱れていた服を整えると部屋を出る。

 

「さ、今日の朝御飯は何にするかしら……。剣丞さまが豆腐の味噌汁がおいしいって言っていたような……」

 

 

 綾那は一人で槍を構えて目を閉じていた。静かに流れる時間に身を任せ、鋭く息を吐き出す。流れるような槍捌きで、目にした者を魅了する舞のようなその動きは今までの綾那の動きよりも遥かに鋭いものだった。

 

「ふぅー……」

 

 自分でも満足のいく動きだったのだろう。息をつくと満面の笑みを浮かべる。

 

「いつよりいい感じだったのです!……ふっふっふ~!藤十郎のおかげなのです!」

 

 今なら何にも負けない!と綾那は頭の中で考える。元々戦で傷をつけられたこともないほど、個人の武では負けなしなのだが。

 

「あ、でもこれからは戦よりも勉強をしなさいって葵さまも言ってたです……。綾那、勉強は苦手ですのに……」

 

 むむむ、と一人で唸り始める綾那。

 

「……やっぱり歌夜や藤十郎に任せるのです!」

 

 

「あれ、藤十郎?」

「……おぉ、剣丞か」

 

 剣丞が見つけたとき、藤十郎はなにやら黄昏ていた。

 

「どうしたの、そんなにぼーっとして」

「……いや、剣丞は凄いと思ってな」

 

 一瞬首を傾げた剣丞であったが、何か得心がいったという感じで頷く。

 

「あぁ!……綾那と歌夜の気持ちに応えてあげたんだね」

「……まぁ、な。だが剣丞はアレだけ多くの嫁の全員の相手をしているのだろう?……好いてくれるのは嬉しいが、なかなかに大変だと思ってな」

「はは。……俺の場合は嫁さんたちが凄い頑張って我慢してくれてるから……必ずしも俺が凄いわけじゃないよ」

 

 藤十郎の隣に腰を下ろしながら剣丞が言う。

 

「……ま、藤十郎は藤十郎らしく皆を愛してあげたらいいんじゃないかな?きっと、みんなそれを望んでると思うよ」

「俺らしく、か。……剣丞を見習って頑張ってみるとするか」

「それ、褒めてるよね?」

 

 藤十郎と剣丞の二人の笑い声は、晴れた空へと吸い込まれていった。




もっと甘々にするべきかなぁ……。


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3話 看板娘の旅路【きよ】

少し短めです!


「そ、それって本当なのっ!?」

 

 剣丞をはじめとした織田の若手組の行き着け食堂でもある一発屋。そこで、ここまで興奮した様子の看板娘を見たものがこれまでにいただろうか。

 

「う、うん。ボクも宣言のとき聞いてたし間違いないよ。な、二人とも?」

「うんうん。犬子も聞いたから間違いないよ!」

「そだねー。剣丞くん二号だよねぇ……ってあぁ、きよちゃん藤十郎くんと知り合いだったねー」

 

 話は少しさかのぼる。いつものように食堂にやってきた三若の注文をとって品を持っていったときに話していた話題。「藤十郎が蕩らし御免状を貰った。しかも立場を問わないらしい」という話だ。これは、普通の民であるきよが知り得る方法の無い情報だった。

 

「そ、そうなの。……へぇ、藤十郎が、ねぇ」

 

 複雑そうな表情を浮かべるきよを不思議そうに見る三若。

 

「……あれ~?もしかして」

 

 雛が何かに気付いたようにニヤニヤしはじめる。

 

「ち、違うからね!?」

「ん~?ねぇねぇ雛ちゃん、何の話?」

「あー!今日は皆大盛りにしてあげちゃおうかな!」

「!!き、きよちゃん!犬子、いっぱい食べていいの!?」

「いいよ~!今日は私に任せておいて!」

 

 ……犬子は滅茶苦茶な量の食事を食べるのだが、雛の口を封じるために苦肉の策を選ぶ。一日の仕事が終わった後に、きよが疲れ果てた顔でため息をついたのは仕方が無いことだろう。

 

 

 それから数日、悩んでいる様子のきよ。一発屋の店主である父は元々言葉少ない男であったが、見かねたのかそれとも娘の気持ちを知っているからなのか……一言だけきよに告げる。

 

「……行ってこい」

「お父さん……」

 

 一瞬驚いた顔を浮かべたきよであったが、父の言葉の意味を理解し頷く。着替え、旅の支度を整えたきよに差し出されたのは庶民であるきよにとっては大金といっても過言ではない金額だった。

 

「ちょ、ちょっとお父さん!?」

「……藤十郎に頼むと伝えてくれ」

 

 それだけ言うと、朝の仕込みをはじめる。そんな父を涙の浮かんだ目で見つめるきよ。

 

「……帰ってくるからね。お父さん、行って来ます」

 

 

 少しは平和になったとはいえ、戦国の時代……女性の一人旅は危険なものだ。特に鬼という存在がいる以上はなおのことだ。

 

「う~ん……やっぱり和奏たちに護衛お願いしたほうがよかったのかなぁ」

 

 尾張と美濃などの比較的近距離での旅は経験があったが、京に向かうというのは実はきよにとって初めての経験であった。心配した和奏が事細かに宿の場所などを記した紙をくれたのには正直驚いた。

 

「えっと……和奏の説明だと、この辺りは危険だから早く抜けるように、と。危険って……も、もしかして」

 

 鬼に襲われたときのことを思い出し、顔を青くする。だが、それを思い出せばもう一つ思い出す……藤十郎のこと。逆に思い出してしまうとドキドキと鼓動が早くなるのを感じる。

 

「い、いけないいけない。ここは早く……」

 

 ガサガサ。独り言を言っていたきよの背後の草むらを掻き分け、数人の男が現れる。

 

「……女」

「傷つけんなよ。値が落ちるし遊ぶにしても、な」

「ヒヒ、上物だゼ」

 

 身の丈ほどある巨大な斧を持った大男、長い槍を持ったリーダー格らしき男、短刀を両手に持ったチビと剣丞が見れば「うわぁ、如何にもな奴らだ」と思ってしまうほどの三人ではあるが、一般人であるきよにとってみれば恐怖の対象でしかない。……しかも、鬼以上に身近であるが故に、である。

 

「に、逃げ」

「……逃がさない」

 

 斧を片手にきよの前に立ちはだかる。こういったことに慣れているのである三人は既にきよを取り囲むように立っていた。

 

「う……」

 

 目の前に立つ大男の圧力に後ずさるが、それをリーダー格の男が背後から羽交い絞めにする。

 

「おぉ、上物じゃねぇか」

 

 男の手がまるで物色するかのようにきよの身体をまさぐる。恐怖と嫌悪で身体が縮こまるような感覚に陥る。

 

「こりゃいい玩具……」

 

 男の言葉がそこで止まる。それは、羽交い絞めされている……戦場などに出たこともないきよですら感じるほどの恐ろしい殺気。それを直接向けられた三人の男たちは一斉に同じ方向を見る。そこに立っているのは一人の男。漆黒の鎧に真紅の外套。顔には鬼の面をつけている如何にも怪しい男だった。

 

「な、何だテメェ!」

 

 威嚇するように怒鳴る男の言葉に答えるように真紅の槍をぶんと一度振る。

 

「ちっ、テメェら、やっちま……」

 

 生温い風。男はそう感じたが、そんな優しいものではなかった。ドンという音と共にチビの男が吹き飛び背後の木にぶつかり動かなくなる。気がつくと羽交い絞めにしていた男の腕の中にきよはおらず、少し離れたところに鬼の面の男が抱きかかえていた。

 

「ど、どうや……!?ぎゃあああ!お、俺の腕がぁ!?」

 

 男の腕だけを切り落とし、きよを助けたのだ。きよは目を閉じ、しがみついているので状況は見えない。

 

「外道が。消えろ」

 

 

 これが、ものの一分に満たない時間の出来事である。

 

「もう大丈夫だぞ、目を開けて」

 

 男の優しい声。聞き覚えがあるというよりは、これから会いに行こうと思っていた相手の声に内心ドキドキしながら目を開ける。そこにある顔は鬼の面。

 

「……あ、すまん。忘れていた」

 

 面をはずすとやはりきよの予想した顔……藤十郎がそこにいた。

 

 

「また、助けて貰っちゃったね」

「はは、そうなるな。しかし間に合ってよかった」

「ど、どうして来たの?もしかして私に……」

「あぁ、そうだ」

 

 藤十郎の言葉にきよが固まる。

 

「三若からの伝言を小波が持ってきてくれてな。きよが京に一人で向かってるから誰か迎えを頼みたいってな。何故か小波が俺に言ってきてくれたから迎えに来て見たら……ってところだ」

「和奏たちが……」

 

 心の中で和奏たちに感謝しつつ、藤十郎をチラ見する。先ほどから所謂お姫様だっこの状態で運ばれているきよは恥ずかしさで下ろしてもらいたい気持ちと、このままで居たいという真逆の感情に揺れ動く。

 

「まだ立つのが難しいようならこのまま少し進むか?それとも休むか?」

「は、早く京に着きたいし進んでもらえると嬉しいかなー、なんて」

「そうか。なら行くか」

 

 あっさりときよの願いを受け入れた藤十郎に抱かれたまま、きよは京へと向かうことになる。……内心はいつまでも京に着くな、というものであったが。

 

 

「しかし、久々だな。前にあったのは……俺が尾張を離れる頃だからかなり経つな。そんなに回数も会ったわけじゃないからよく覚えていたな」

「あはは、そりゃそうだよ。私の仕事柄、ね」

 

 厳密に言えば仕事柄ではないのだが、素直に言うのはやはり恥ずかしいのだろう。ごまかすようにそんなことを言う。

 

「流石だな。で、京に用事というのは聞いたが偶然だな。俺も今、京にいるんだ」

「へ、へぇ!そうなんだ!」

 

 知ってます、ときよは思うが素直になれない。

 

「二条の傍であれば先ほどのようなことはないだろうが……まぁ、一人で行くなんて危険は犯すんじゃないぞ」

「うん……分かったよ」

 

 あのような目にあえば流石に拒否することは出来ない。

 

「それでどうする?京が初めてってことなら、俺が案内してもいいが」

「ぜ、是非お願いしたいなっ!」

 

 食い気味な勢いできよがいうのに少し驚くが、藤十郎はクスリと一つ笑い頷く。

 

「分かった。じゃあ京についたら色々な場所に案内しよう」

 

 思いがけず藤十郎と町を歩けることに感謝しつつ、藤十郎によって運ばれるきよ。……結果として、半刻ほど藤十郎に抱きかかえられた後も藤十郎の馬に二人で乗ったりとある意味気の休まるところがないきよであった。




次はきよちゃんのお話です!

基本的には2話ずつは書く予定です。
ですが、予定ですので、伸びたり伸びたりはあると思います!


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4話 身分を越えて貴方と【きよ】

「それで、藤十郎と町の散策を楽しんだ……と。ふむ、きよ」

「……お願いだから何も言わないで……」

 

 剣丞隊の面々……口をはじめに口を開いたのは詩乃であったが、話をしながらきよが机に突っ伏す。

 

「あはは……まぁ、でも気持ちは分からなくもない……かな?」

「だね。お頭はあぁだから私とひよもすぐに話が出来たけど……藤十郎さんの雰囲気を考えると……」

 

 ひよ子と転子が苦笑いできよの気持ちを分かるという。

 

「ですが、それでは意味がないのではありませんか?藤十郎さんのことを好きなら好きと……もしくはハニーとお呼びしなくては!」

「いえ、それは梅さんだけでは……」

 

 梅が力強く言い、それに雫が突っ込みを入れる。剣丞隊のいつもの雰囲気に落ち込んでいたきよも少し元気が出たようだ。

 

「ふぅ、でもこれじゃ駄目なんだよね。……折角京まで出てきたのに」

「きよちゃん、藤十郎のことが好きなの?」

「鞠ちゃん……うん、そうなんだ」

 

 鞠の問いに、自分の気持ちを確認するようにきよは頷きながら答える。

 

「う~!なんかこういうのいいよね、ころちゃん!」

「ひよ、気持ちは分かるけど……こうなったら剣丞隊をあげて……」

「……ということは、恋敵……まぁ敵ではないでしょうが、相手は家康……葵さまということですね」

 

 葵と藤十郎の大恋愛と言ってもいい関係を知っている面々はあー……と考え込む。

 

「それと、綾那と歌夜もですか。強敵ですね」

 

 軽く頭を抑えて言う詩乃。

 

「ちょ、ちょっと詩乃。何でそんなに追い込むようなことばかり……」

「雫、まずは敵を知り己を知ることが兵法の基本ではありませんか。この中で藤十郎どのに詳しいのは私……であれば策を考えるのが軍師の使命です」

 

 キリッと音が聞こえてきそうな詩乃の様子に鞠が目を輝かせる。

 

「詩乃、凄いの!」

「雫、藤十郎どのの性格から策を立てます。手伝ってくれますね?」

「は、はい詩乃!」

 

 

「……無念です」

「すみません……」

 

 詩乃の知る藤十郎では、きよを受け入れる想像が出来なかった。剣丞隊の中では関わりがあった方とは言え、なかなか会っていないのも事実。

 

「……あ、それなら小波ちゃんとか詳しいんじゃないかな!」

「ひよ、それはまずいって!小波ちゃんも……」

「お呼びですか?」

 

 ひよ子の言葉に反応したのか、どこからともなく現れる小波。

 

「ひゃあ!小波ちゃん、えっと、あのね……藤十郎さんのことを聞きたいんだけど……」

「は、はい」

 

 理由が分からずに少し首を傾げながらも小波が口を開く。

 

「えっと、何が知りたいのか分からないので私の知る限りのことを……見た目についてはお分かりと思いますのが身長は六尺ほどと。食べ物に嫌いなものはないと聞いてます。あ、梅干などの漬物や味噌汁などを好まれてますね。それと……」

 

 口を開けば次々と出てくる言葉に剣丞隊ときよはポカンとする。それを語る小波はどこか楽しそうにも見える。

 

「……といったところでしょうか。……あ、あれ、皆さん?」

「小波、ありがとうございます。……きよ」

「うん、とりあえず強敵が増えたことはわかった」

 

 

「それで、俺のところに来たの?」

「お願い、剣丞しか頼る相手がいないの!!」

 

 手を合わせて頭を下げるきよに苦笑いの剣丞。

 

「あはは、頭を上げなよ。……きよちゃんが本気で藤十郎のことが好きなんだっていうのは分かったから」

「!じゃ、じゃあ!」

「うん、俺に出来る協力はさせてもらうよ。……とはいえ、まさか綾那や歌夜に続いて藤十郎関係で人が来るとは思っても見なかったよ」

「え……じゃあ、あの二人が藤十郎とその、夫婦になったのは……」

「いやいや、俺は結果何もしてないよ。頑張ったのは二人だからね。でも、きよちゃんが藤十郎を……う~ん……」

 

 剣丞が考えながら唸る。

 

「……将を射るならまずは馬から、か。よし、きよちゃん行こう」

「行こうって……どこに?」

「それは、未来の嫁さん仲間に会いにだよ」

 

 

「そうですか。貴女も藤十郎のことが好きなのね」

「は、はいっ!!」

 

 連れて行かれたのは綾那や歌夜と同じく葵の面前であった。……とはいえ、御目見得身分である綾那たちとは違い、本来であれば傍に寄ることすら許されないほどの身分の差がある相手だけに流石のきよもガチガチになっている。

 

「ふふ、そんなに緊張しないでもいいわ。藤十郎の嫁となれば同じ立場なんだから」

「い、いえっ!そんな……」

「きよ、だったわね。一つ私から出来る助言があるとすれば……素直になることね。藤十郎は、きっと貴女の好意には気付いていないわ」

「……だよなぁ。藤十郎って自分に対する好意に鈍感すぎるからなぁ」

「……そこも藤十郎のいいところです」

 

 葵が珍しく自信有り気に言う。

 

「こほん、きよ。藤十郎は嫌いな相手は徹底して近づけないので、貴女を抱えて京まで連れてきたということは少なくとも好意的に見ているということです。安心してください」

 

 

「おぉ、きよか。まさか葵と会ったのか?」

「う、うん。それで、今日は帰れそうにないから代わりにご飯でも作ってあげてってお願いされて……」

「ふむ、そうか。一発屋は父上だったか?あの味は忘れられないほどにいいものだからな。きよの食事にも興味があるぞ」

「う、そんな作る前から緊張させないでくれる?」

 

 少しお洒落な服からいつもの一発屋の服へと着替えたきよが笑いながら言う。

 

「ふふ、しかしその格好……一発屋を思い出すな。また行きたいものだ」

「そ、それなら……私が作ってあげよっか?」

「それもいいかも知れんな。だがきよの父上に怒られてしまうな。看板娘をとるな!って」

 

 藤十郎はきよがどことなく緊張しているのを感じ取ったのか、冗談を言って和ませる。そんな気遣いにきよは内心で感謝しつつ、ご飯の準備をする。

 

 

「これは……」

「ど、どうかな?お父さんに習ってるからマシじゃないかなぁって思うだけど」

「マシどころか、一発屋の味だ!ふふ、懐かしい」

「……よかった……」

 

 ほっと胸を撫で下ろしているきよをよそ目に藤十郎はもくもくと料理を食べ続ける。

 

 

 食後、茶を飲みながら歓談していた二人であったが、きよが覚悟を決めて言葉をつむぐ。

 

「ねぇ、藤十郎」

「ん?」

「二回も助けられちゃったね」

「二回?……あぁ、鬼のときと昨日か」

 

 きよは頷く。それと思い出すのは恐怖と守ってくれた藤十郎に対する感謝と初めて感じた感情。

 

「……本当にありがとう、藤十郎。藤十郎がいなかったら私は……」

「気にするな。……というのも無理な話だろうな。代わりにこんなにうまい飯を食わせてくれたんだ。十分だよ」

「……藤十郎、私……藤十郎のこと好きになったみたい」

 

 激しく鳴り響いて聞こえる鼓動。このまま死んでしまうのではないかと思うほどの緊張と、言ってしまったという恥ずかしさから藤十郎の顔を見ることが出来ない。向かい側に座っている藤十郎が口を開く。

 

「そうか。ありがとう、でいいのかは分からんが……」

「い、いいよ!私が勝手に好きになっただけだから」

「だが、きよがしっかりと伝えてくれたのに俺がそれに対して返事をしないのは失礼だろう。……正直に言って、俺はお前のことが嫌いではない。いや、むしろ好きの部類には入るだろう。だが、俺には葵がいて綾那や歌夜も俺のことを愛してくれるといっている。……そんな優しさに甘えているような俺でも、お前は好きだと言ってくれるのか?」

 

 藤十郎の問いに即座に頷くきよ。

 

「実は、ね。京にきたのは藤十郎に会いたくて、なんだ。和奏たち……三若が、藤十郎が蕩らし御免状を貰ったって、しかも身分に関係なく藤十郎と結婚できる可能性がある、って聞いて……お父さんも餞別としてお金と藤十郎に頼む、って言伝だけ頼んで見送ってくれてさ」

「……いい父を持ったな。……葵とも会ったってことは、これも」

「……うん、ちょっとだけ背中を押してあげる、って言ってくれて。藤十郎は私だけが独占していい男じゃないわ、って」

「葵……」

 

 少し苦笑いで藤十郎が笑う。

 

「そうか。そういうことなら、俺は答えなくてはいけないな。……きよ、これからどういった立場になるかも分からないが……俺と一緒に居てくれるか?」

「は、はいっ!……って、私なんかに出来ることがあるかどうか……」

「あるさ。俺や綾那、歌夜なんかは戦場にも出る。その間、家を守ったりする存在っていうのも必要だ。……まぁ、まずは第一に一発屋を考えてくれて構わないが」

「藤十郎……」

 

 そっときよが藤十郎に近づくと唇を重ねる。

 

「きよ、いいんだな?」

「……うん」

 

 部屋に灯った火が映す二人の影が重なっていき……。

 

 

「あ、きよなの!」

 

 次の日、鞠がきよを見つけパタパタと駆け寄ってくる。

 

「きよ、何かご機嫌なの?」

「うふふ、そう見える?」

「うん!すっごく楽しそう!鞠もなんだか楽しくなってくるの」

 

 花が咲いたような笑顔を浮かべる鞠の頭を撫でるきよ。その顔は緩みっぱなしである。

 

「きよちゃ~ん……って、結果聞かなくても分かっちゃった」

「あはは……意外と分かりやすいんだね」

 

 ひよ子や転子も気になっていたのだろう、会ってたずねようと思っていた二人であったが今のきよを見れば結果は一目瞭然だった。

 

「やれやれ……これで藤十郎どのが蕩らした相手は……四人、ですか」

「小波さんもですから、五人が正しいかもしれませんね」

 

 詩乃と雫が話し合う。

 

「うんうん、よかった」

 

 剣丞も、藤十郎なら大丈夫とは言っていながらも心配だったのだろう。満足そうに頷いている。

 

「そういえば詩乃ちゃん、藤十郎さんの結婚ってどういう形になってるの?お頭と同じ?」

「同じ形をとると聞いていますが。今は正室は葵さまお一人で、側室として綾那と歌夜。きよは……愛妾でしょうか」

「本来なら伽役でもおかしくないですが……藤十郎どのがそんな選択をするとは思えませんからね」

 

 

 きよは、一発屋の看板娘を続けながらも藤十郎の嫁となる。

 

 

 一発屋が、藤十郎が移動するたびに店舗数を増やしていき後の世に大きく名を残していくことになるのは、必然だったのかもしれない。




再来年くらいにまた戦国恋姫の続編?みたいなのが出るかもしれないとかなんとか。
そこできよちゃんヒロイン格上げないかなぁ?と思って書いてました。

さぁ、次は誰かな?


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5話 甲賀 対 風魔【小波&姫野】

「いい加減に決着つけてやるし!」

「……?」

 

 きーっ!と怒りを露にする姫野と、そんな姫野を不思議そうな顔で見る小波。……既に日常の光景になりつつあるそんな二人の戦いの切欠の中心にあるのは何故か藤十郎であった。

 

「あの、藤十郎さま。この人は誰ですか?」

「……あー……小波。いい加減に覚えてやれ。こいつは風魔忍軍の長・風魔小太郎。通称は姫野だ」

「……?」

 

 藤十郎に聞いても小波の不思議そうな顔は変わらない。

 

「ちょっと藤十郎!何よコイツ!!何で姫野のことを覚えられないのよ!!」

「……俺に聞かれても困る。それで、今回は何でじゃれ合っているんだ」

「じゃれてないし!……私はただ、いい茶屋があったから藤十郎もどうかと思って……って!勘違いしないでよ!?偶然!たまたま誘ってあげてもいいかなって思っただけだし!!」

「そうか。ありがとう、でいいのか?」

「はぁっ!?か、勘違いするなし!」

 

 顔を真っ赤にしながら支離滅裂なことを言っている姫野。それを見た小波が。

 

「……なら藤十郎さまに近づく必要はないですよね。他国の忍は離れてもらえますか?」

「ホントに生意気っ!!」

 

 また振り出しに戻った感じに藤十郎が軽く頭を振る。

 

「……なら、二人とも一緒に来い」

「「えっ?」」

 

 

「あ、あの!草の私が藤十郎さまとご一緒になんて……」

「いい加減に諦めろ。これは命令だ」

「そ、そんなっ!」

「ふん!藤十郎と一緒にお茶すら出来ない奴に姫野が負けたなんて……」

「?……戦ったことあります?」

「はいはい。二人とも大人しくしろ」

 

 また言い合い(ほとんど一方的に姫野が騒いでいるのだが)が始まりそうになり、藤十郎が二人の腕を取る。

 

「早く行くぞ。……で、姫野、場所はどこだ?」

「えっ!?あ、こ、こっちよ!」

 

 藤十郎に腕を掴まれたことで明らかに動揺している姫野が指差すほうへと藤十郎が二人の手をとり歩き始める。

 

「と、藤十郎さまっ!?」

「ん?……あぁ、子供扱いみたいで嫌か」

 

 そういって手を離そうとする藤十郎。

 

「「いやじゃありません!(ないし!)」」

 

 逆に手を強く握られ一瞬藤十郎が驚く。

 

「ふむ。ならば行くとするか」

 

 手をつないだ状態で堂々と歩き始める藤十郎。周囲の視線など全く気にしていないようだが、小波と姫野はそうもいかない。藤十郎と手を繋いでいるというだけでかなりの緊張状態にあるのだ。

 

「ほぉ、あの茶屋か」

「そ、そうよ。っていうか、いつまで手繋いでるし!」

「……いや、姫野が掴んでいるんだが」

 

 慌てて手を振りほどいた姫野はふん!と鼻を鳴らすと顔を背ける。

 

「ん?……どうした小波?」

 

 藤十郎と繋いだ手をじっと見つめている小波に声をかける。

 

「っ!し、失礼しまし……」

 

 手を離し逃げ去りそうになる小波をすんでのところで腕を掴み引き寄せる。

 

「ふぁ!?」

 

 ふわりと藤十郎の胸元に寄り添うような形になる。そのままの格好で硬直した小波を見てわなわなと震え始める姫野。

 

「逃がさんぞ。食事は無理だとしても、茶屋で休むくらいなら一緒してもいいだろう?」

「ちょ、ちょ、ちょっと!?藤十郎、何で服部半蔵を抱きしめてるし!」

「少し勢いがつきすぎたな。まぁ、これくらいせんと小波は逃げてしまうからな」

 

 

 藤十郎に手を引かれるままに茶屋につく小波。姫野は少し不貞腐れながらもついてきた形になっていた。何故か注文をしようとしない二人に代わって藤十郎が適当に注文を済ませる。出てきたお茶と茶菓子に手をつけた藤十郎が感嘆の声を上げる。

 

「美味い!」

「ふん!北条家の方々も使われる場所だから当たり前だし!」

「小波、食わんのか」

「い、いえ。私は……」

 

 チラチラと藤十郎を見ながらも何故か口にしようとしない小波に自分の食べていた茶菓子を一口の大きさにすると小波に差し出す。

 

「ほら、美味いぞ?」

「あ……」

 

 藤十郎と茶菓子の間で視線を激しく行き来させる。藤十郎の箸が少しずつ小波の口元へと近づいてい来る。

 

「ほら」

 

 少し間口の隙間にねじ込むように入れられる。

 

「……おいしい」

「だろう?……さ、自分の分を食べろ」

 

 何事も無かったかのように『同じ箸で』食べ始める藤十郎に小波はこれ以上ないほどに顔が真っ赤になっている。

 

「……」

 

 それを面白くなさそうに見ているのは勿論姫野だ。チラチラと藤十郎と小波を見て、箸をポロリと地面に落とす。

 

「あー、落ちちゃった」

「新しい箸を……」

 

 藤十郎が店員を呼んでしまいそうになるのを姫野が止める。

 

「食べさせるし」

「は??」

「あ、後少しだから食べさせるし!!」

「……いや、結構あると思うんだが?」

 

 そう言いながらも姫野の茶菓子をつまむと。

 

「ほら、口あけろ」

 

 まるで親鳥が雛に餌を与えるかのように姫野に食べさせる藤十郎。……次は小波が少し寂しそうな表情になっていることに気付く。

 

「小波もいるか?」

「……と、藤十郎さま。わ、わ」

「藤十郎!食べるし!」

 

 藤十郎の箸を奪い取った姫野が自分の茶菓子を口に押し込む。

 

「むぐ!?……美味いが、何故無理やり食わせる」

「藤十郎さまっ!!」

 

 次は小波が同じように口に押し込むように食べさせてくる。

 

「……お前ら……」

 

 箸が足りないことに気付いた店員が気を遣って持ってきた新しい箸を受け取ると。

 

「覚悟しておけよ?」

 

 

 結果、三人は何故か互いにお菓子を食べさせあうような状況になっていた。……小波と姫野の間では勿論そんなことはないのだが。

 

「で、どうだ。小波は姫野のことを覚えることが出来たか?」

「……はい。おそらく」

「ふん!姫野のこと忘れるとかありえないし」

 

 とはいえ。二人の……甲賀や伊賀、風魔の関係というのは意外と根が深いものがある。それは簡単に解決するものではないだろうし何処かで何かしらを考えなければと藤十郎は考えていた。

 

「……一度、戦ってみるしかない、か?」

 

 完全に脳筋の考え方だが、ある意味では最も簡単な解決策でもある。藤十郎は直接見てはいないが、小波と姫野は戦ったことがあるらしい。部下を使ったりしたとは聞いたが、それでも小波とやり合うことが出来る程度には腕もあるという。

 

「ならば」

 

 

「私と……」

「姫野が?」

「うむ。ただの忍法合戦や戦いなど面白くないだろう。ならば血を流さずに……そうだな、互いの主に課題を出してもらい、それを二人がやってみる……というのはどうだ?」

 

 藤十郎の提案に二人が一瞬考える。

 

「……私は構いません。どのような戦いであっても、姫野に負けることはありません」

「はぁ!?それは姫の言葉だしっ!受けてたってやるわ、小波!」

 

 いつの間にか服部半蔵ではなく通称で呼んでいる姫野であったが、そのことには気付いていないようだ。

 

「ふふ、なら……二人の主から俺が聞いてこよう。二人は待っていてくれ」

 

 

「あれ?藤十郎ちゃん?」

「お、まさか葵と一緒にいるとは思わなかった」

 

 藤十郎がまずは葵に聞いてみようと葵が逗留している屋敷に行くと、そこには何故か朔夜もいた。

 

「あら?私に何か用があったのかしら?」

「あぁ。葵と朔夜に、な。実は……」

 

 

「小波と姫野の関係改善……そうね、これから北条と手を組んで動いていく中では必要不可欠ね」

「そうねぇ。姫野も小波ちゃんも優秀だから協力し合ってくれるとすっごい助かるわね。……ま、判断するのは私じゃないけど」

「だが、あの子たちにこの判断はまだ荷が重いだろうし、考え方によっては遊びみたいなものだ。……で、二人からの提案を聞きたい」

 

 葵と朔夜が顔を合わせ、少し話を始める。話はすぐにまとまったらしく、葵が藤十郎に向き直る。

 

「決まったわ。私たちで別々のものでも良かったのだけれど……今回は一緒にしてもらうわ」

「二人も女の子。だから」

 

 

「「料理、対決!?」」

「あぁ。葵と朔夜の二人が一緒に決めた内容だ。異論は無いだろう?……で、だ。流石に今すぐには難しいだろうから、一月の期間を設けてその間に修行をしろ、と。勿論、それまでに誰に協力を仰ごうと自由だ。判定は俺と葵、朔夜が、褒美も葵と朔夜が準備してくれるそうだ。貰えるものは二人から聞いてくれ」

「へぇ、御本城様も決めたんなら姫野はそれでいいわ」

「私も異論ありません」

 

 二人が同意したことで藤十郎が頷く。

 

「……それじゃ、一月後を楽しみにしているぞ」

 

 

「ふふ、それにしても葵ちゃん優しいわね」

「……いえ、そんなことはありません。私にとっても利点があることですから」

「そんなこと言っちゃって。小波ちゃんの為でしょ?」

「……あの子は、徳川の未来の為にも必要な子ですから。こんな風に考えることが出来るようになったもの藤十郎のおかげですけど」

「あら、自慢かしら?うらやましいわね。お姉さんも狙っちゃっていいかしら?」

「……藤十郎と朔夜さんがいいのであれば」

 

 一瞬、朔夜の胸元に葵の視線が向いたのは気のせいだろう。

 

 

 小波と姫野の二人が、あくる日に褒美について話を聞きに行きやる気を漲らせることになるのを藤十郎は知らない。




褒美って何でしょう(すっとぼけ

最近、仕事が忙しく少しペースが落ちてます……。


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6話前編 小波の花嫁修業!?【小波】

6話は二つに分割しますので文字数が少なめです。

さらに主人公のはずなのに藤十郎の出番は……。


「こ、ころ殿!お願いします、私に料理を教えてくださいっ!!」

 

 凄い勢いで土下座をする小波に唖然とする剣丞隊の面々であったが、はっと気を取り直し慌てて小波を立ち上がらせる。

 

「ちょっと小波ちゃん落ち着いて!?料理を教えるのは構わないけど……どうしたの、急に?」

「は、はい……実は……」

 

 

「へぇ、風魔と仲直りをさせる為に藤十郎が考えたんだ」

 

 感心したように頷くのは剣丞だ。いつの間にやら話を聞いていたらしい。

 

「け、剣丞さま!」

「それで、ころに料理を習いに来た、と。うん、いい手じゃないかな?後は結菜のご飯も絶品だからお願いしておくよ」

「結菜殿まで巻き込んでしまうなど恐れ多い!?」

「あはは、気にしなくていいよ。皆も手伝ってあげてね。俺は鍋くらいしか出来ないし」

「お頭の鍋も絶品ですよぉ~!」

 

 そういってひよ子が褒めてくるのを優しく頭を撫でる。

 

「……剣丞さまの作ってくださるご飯のおいしさはさておき」

「……そういえば、詩乃ちゃん昔連日作ってもらってたよね」

 

 じと目で転子が呟く。

 

「……ころさん、そのことについて詳しく……」

「今は小波の協力をすることが先決です。さぁ雫、共に頑張りましょう」

「……逃げましたわね」

「あはは……」

 

 

「まずは、小波ちゃんがどれくらいの料理が出来るか確認しないと教えるにも教えられないから……料理はしたことある?」

「はい。簡単な忍者食なら」

「に、忍者食って……あれは料理……う~ん……」

「藤十郎どのや剣丞さまのような蕩らしであれば美味いと言って食べてくれそうですが」

「詩乃、言いますね……まぁ、分からなくもないですが」

「で、ですが、刃物の扱いは苦手ではありません!」

 

 そういって苦無を取り出す小波に苦笑いを浮かべる転子。

 

「何だろう、間違えてないけど間違えてる……」

「ふっふっふっ……こうなれば私が人肌脱ぐしかありませんわね!」

「「えっ」」

 

 

「さぁ、小波さん!料理に最も大切なものはなんだと思いますか!」

「え、えっと……知識……いえ、経験ですか?」

「違いますっ!いいですか、最も大事なものはっ!!」

 

 ばっと手を広げる梅。

 

「愛っ!!ですわ!」

「あ、愛……っ!?」

 

 梅の言葉に顔を真っ赤にする小波。

 

「愛さえあればどんな障害も!運命も超えていけるんですわ!!」

「す、すごい!」

「……ねぇ、ころちゃん。小波ちゃんが梅ちゃんに影響受けちゃいそうなんだけど」

「……奇遇だね、ひよ。私もそう思ってたところなんだ」

「さぁっ!小波さんも一緒にハニーへの愛を!!」

「……はぁ。梅さんに任せたのは間違いでしたね。次は……」

「鞠がいくのーっ!」

 

 

「えっとね、小波ちゃん!鞠、一つだけ得意な料理があるの!」

「そ、そうなのですか!流石は鞠様」

「えへへ~!剣丞もおいしいって褒めてくれるの!」

「……なんでだろう、ころちゃん。そこはかとなく不安が……」

「あはは……」

 

 そういって鞠が取り出したのは炊き立てのご飯。近くに水の張った小さな桶が準備されている。

 

「もしかして……」

「もしかしなくてもおにぎり、ですね」

 

 雫が冷静に状況を伝える。鞠は真剣におにぎりを小さな手で作る。

 

「えっとね、剣丞が言ってたの。びしょうじょ?が握ったおにぎりは最高だーっ!って。だからね、きっと小波ちゃんのおにぎり、藤十郎は喜んでくれるの!」

「うぅ……違うって言いたいけど、鞠ちゃんは悪くないし……」

「お頭……変なことを鞠ちゃんに教えて……」

 

 頭を抱えるひよ子と転子。……ちなみにであるが、剣丞は本心からそう思っているから全く嘘をいってはいないのだが。

 

「で、ですが、私は鞠さまのように可愛くないですし……」

「ううん!小波ちゃんは可愛いの!」

 

 両手をぐっと握り締めて力強く言う鞠にうんうんと頷く剣丞隊の面々。

 

「小波ちゃんはまず自信を持つの!そしたらきっと藤十郎も答えてくれるって思うの!」

「凄い……!鞠ちゃんのほうが梅ちゃんより頼りになってる!」

「あはは、普段からそうだよね」

「ちょ、ちょっと!?ひよさんにころさん、ちょっとひどすぎじゃありませんこと!?」

「まぁ、梅なのに牡丹ですからね」

「あはは……」

 

 きゃいきゃいと後ろでは騒いでいる中、真剣におにぎりを作る小波。

 

 ……その後も的確(?)な指導が続けられ……。

 

 

「それで、私のところに来た、と」

「うん。結菜なら適任だって思って」

「よ、宜しくお願いしますっ!!」

「宜しくね、小波。で、剣丞。私は何の料理を教えればいいのよ?」

「そうだなぁ。結菜のご飯はどれもおいしいけど……あ、そうだ!豆腐の味噌汁とか!」

「ホント剣丞はすきなのね。でも、味噌汁だけじゃ料理って呼べないでしょ?」

「う~ん……結菜的には?」

「そうねぇ。煮物なんかの下ごしらえをしっかりとすれば後は煮込んだりするのが基本の料理とか?」

 

 首を傾げながら考える結菜。

 

「確かにおいしい煮物っていいよなぁ」

「でしょ?なら私は煮物の下ごしらえから教えていくわね。食材の適切な大きさとか、煮込む時間とか。覚えることはいっぱいあるから、剣丞は食材買ってきてね」

「あ、それでしたら私が……」

「いいのいいの。どうせ剣丞は何もしないんだから」

「うわ、結菜ひどいな!……否定できないけど」

「じゃ、買ってきて」

 

 そういって剣丞を追い払った結菜は小波に向き合う。

 

「さ、じゃあ教えながら……その間に藤十郎のこと、色々と教えてくれるかしら?」

「は、はいっ!」

 

 

「成る程ね。分け隔てなく接してくれたのが嬉しかったのね」

「はい。草として生きてきた私にあのように接してくださったのは、藤十郎さまがはじめてでした。それに、何度も食事にも誘ってくださって」

「それで、一緒に食べたりしたの?」

「……初めは逃げていたんですが……藤十郎さまは私を見つけては命令と言って食事を共にしてくださったので」

 

 懐かしそうに、嬉しそうに呟く小波を優しく微笑んで見る結菜。

 

「……うん。そんな男なら小波を任せても大丈夫そうね。それじゃ、小波の料理がないと駄目だーって思わせるくらいの料理を作りましょう!」

「はいっ!」

 

 

 ……それからあっという間に月日は流れ。

 

 決戦の日。




美少女のおにぎりは付加価値が大きい(確信


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6話後編 姫様、はじめて料理をする【姫野】

師走は忙しいですね……。

頑張って一週間更新はやっていきます!


「って!何で姫が料理なんてしなくちゃいけないし!?」

 

 小波との戦い?が決まって少し後。冷静になった姫野は部下の前で叫ぶ。

 

「……ま、まぁ、頭。決まったことは仕方ありません。御本城様……いえ、今は元ですが。決まったことは我々では覆すことが出来ないですから、どうするかを……」

「そ、そんなことは分かってるし!」

「それで頭。私は頭が料理しているところを見たことが無かったのですが、承諾したということは得意ということで?で、あれば風魔で最高の食材を集め……」

「……わよ」

「はい?」

 

 ぼそぼそと何かを言う姫野に聞き取れなかった上忍は聞き返す。

 

「だからっ!!姫は料理なんてしたことないって言ってるし!!」

「……はい!?」

 

 

 ……姫野から食材をとってくるように命令された上忍は一人ため息をついていた。

 

「はぁ、食材を集めてくるのはいいのだが……頭は大丈夫だろうか……。うぅむ、あの方が誰かに師事するところなど想像できない。むぅ、先代が居られれば良かったのだが……。というか、何を作るのかも言っていないからあらゆる食材を網羅せねば……これは風魔の総力あげての戦いだな」

 

 そういって上忍は部下たちを呼ぶ。……風魔忍軍始まって以来の大仕事が始まる。……食材集めではあるが。

 

 

「料理なんて、簡単だし!こんなこともあろうかと街で買ってきた指南書があるし」

 

 取り出したのは一冊の本。表紙には『嫁入り前の女子必見!彼の胃袋を掴む百八の神技集!』と書かれた一見すると胡散臭いものだった。

 

「ふふふ、この本で料理を作って藤十郎を唸らせてやるし!……そうと決まれば」

 

 パラリと本をめくって真剣に読んでいく……。

 

 

「頭、食材の準備が……頭?」

「……」

 

 無言でパラパラと本をめくっていく姫野を見て、上忍が固まる。

 

「ま、まずい。まさかこれは……!」

 

 パタン、と本を閉じるとすっと立ち上がる。

 

「……」

「か、頭?」

「料理は……」

 

 ボソリと呟く姫野。

 

「料理はっ!!愛だしっ!!」

 

 握り拳を振り上げ力強く謎の宣言をする姫野を唖然と見る風魔忍軍。

 

「と、止めろ」

「は?」

「頭を止めろ!!大惨事が……!場合によっては同盟が崩れるぞっ!!」

「料理はー!!」

 

 よく見ると、姫野の目はまるでグルグルと回るような渦巻きのようなものが見える。

 

「愛だー!」

「止めろ!!」

 

 

 はっと気がつく姫野。周囲を見ると死屍累々の風魔忍軍。

 

「……何やってんのよアンタたち」

「……頭が元に戻ってよかったで……す」

 

 ガクリと倒れる上忍を見て訝しげに首を傾げる。だが、周囲を見てみると見渡す限り……とまでにはいかないが、山菜や鮮魚、色々な肉など多種多様な食材が積み上げられていた。

 

「よく分からないけど……まぁ、仕事はしたみたいだから許してやるし」

 

 ……以前にも姫野が本を読んで似たような状況を作ったことがある。普通に読んでいるだけならば大丈夫なのだが、物語などを今回のように没入して読んだ後にその本で読んだことを体現してしまうのだ。……想像上の忍者の戦いを描いた物語を読んだ後の惨事を収めるのに先代やその先代……姫野の祖母まで出ての決戦のようになったのは上忍にとってはいい……いや、最悪の思い出だ。そんな姫野が料理本?を読み少し方向性が違うとはいえ没入したのだ。地面に倒れ伏した上忍もそれを思って少し安心していたのだが。

 

「……って!!この本全然料理の作り方とか書いてないし!!」

 

 そういって本を地面に叩きつける姫野。姫野の読んだ本には著者の名前なども記されておらず、冷静になってみれば怪しさ満点のものだった。内容も料理というよりは想いを重視したものだ。

 

「他には何か……ん、料理の本あるじゃん」

 

 

「はい、作ってみたから食べてみるし」

「……へっ?」

 

 姫野が近くに居た(・・・・・)忍者に声をかける。その手には見た目は普通の煮物があった。

 

「い、いいんですか?」

「いいから、早く食べてみる!」

 

 そういって口の中に箸で押し込むように煮物を押し込む。周囲にいたほかの忍者は羨ましそうにそれを見守る。

 

「どう?」

「……っ!?!?!?」

 

 顔を、目を白黒とさせながら喉元を押さえて崩れ落ちる忍者。

 

「あー、やっぱ失敗か。まぁ、何か変な奴入れちゃったし。さて、次は」

 

 姫野の視線が他の忍者たちに向く。全員顔を背けるが。

 

「はい、アンタ」

 

 一瞬で目の前まで現れた姫野に驚愕する二人目の犠牲者。

 

「ほら、た・べ・て!」

 

 悲鳴を上げて次々と倒れ伏していく風魔忍軍。

 

「う~ん、意外と成功しないもんねぇ。……あ、最後だ」

「……」

 

 対する姫野の料理(?)も残りは一つ。その姫野の目はまっすぐに上忍を見ている。

 

「……」

「……」

 

 無言で見合う二人であったが、無言で上忍はその料理を口に自らはこぶ。

 

「こ、これは……っ!?」

 

 目を見開いた上忍は驚愕し、叫ぶように語りだす。

 

「……一つ一つの食材をしっかりと煮込んでいるが形を崩さない程度にとどめている。しかし、しっかりと味がしみ込むまで煮込んでいることによって味もしっかりと……こ、これは……う、うまい!!」

「ふっふ~ん!どうよ!」

「頭、料理できるようになったんですね!うぅ……これで先代に……」

「……大丈夫そうでよかったし」

「頭、これは何の煮付けなんです?あまり食べたことのない感じだったのですが……」

 

 ふいと視線をそらす姫野。

 

「頭?」

「……あー、姫、用事思い出したから行くわ。後よろしく~」

 

 不自然に立ち去る姫野に首を傾げる上忍であったが、異変はすぐに訪れた。

 

「!?な、ど、毒も通じない私の身体に異変、だと……!?」

 

 体中が激痛に襲われた上忍も地面にうずくまる。

 

「ぐっ……藤十郎どの……御武運……を」

 

 

 力なく倒れた上忍。ここで風魔忍軍は壊滅的な打撃を(身内から)受けるが……翌日から姫野の命によって再び食材集めに奔走することになる。




姫野に変な属性がついてしまった!


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番外編 戦国時代のクリスマス

メリークリスマスイブ!
クリスマスもお仕事ですが何か?

短編のオマケ程度に読んで下さい♪


「ほぅ、クリスマスという行事があるのか」

「うん。俺の時代……いや、天の国……でいいのかな?そこではこの季節に行うんだ」

「ふむ、面白そうだな。それで、一体クリスマスとは何を祝うんだ?」

「えっと……イエスっていう海外の神様の聖誕祭だったかな?」

「大々的な誕生会といったところか。……葵の誕生日も大々的に祝うべきか?」

 

 藤十郎が真剣な顔で悩むのを見て剣丞は苦笑いを浮かべる。……藤十郎であれば本気でやってしまいそうだな、とぼんやりと考える。これを切欠にこの世界では新しい祝日のようなものが出来ていくのだが……それはまた別の話である。

 

「自分の好きな相手に贈り物を渡したり、子供たちにこっそりと送ったりするのか」

「うん。俺も小さいときには楽しみにしてたなぁ」

「それでその、惨太とかいうのは」

「いや、藤十郎なんか変な漢字で考えてない?」

「色々と聞いてみたが面白そうだな。よし、剣丞!俺と二人でサンタクロースをやるぞ!!」

「……え?」

 

 

「おう、綾那!メリークリスマス!」

「わわ!?不審者ですっ!?……って、藤十郎と剣丞さまです?」

 

 一瞬槍を構えて向けられた剣丞は硬直したが、藤十郎は全く動じていない。二人の服装は現代でのサンタクロースの服装にとても類似している。……ファーの部分が獣の毛をそのままに使われていて剣丞が驚いたということはあったが。

 

「綾那、今年はいい子にしていたようだな」

「む!藤十郎、綾那は子供じゃないですよ!」

「ほう、ならばプレゼントはいらんか」

「ぷれぜんと?」

「綾那への贈り物だよ。藤十郎が色々と考えて準備したみたいなんだけど」

 

 剣丞の言葉に目をきらきらと輝かせる綾那。

 

「ふぅ、綾那のために準備したんだが……いらんか。ならば誰か別の奴にあげるとするか」

「ま、待つです、藤十郎!綾那、いい子にしてたですから!!」

「だが、子ども扱いしてはいかんのだろう?」

「う~!!綾那は藤十郎のお嫁さんだから大人なのです……でもでもぷれぜんとは欲しいのです……」

「ほら、藤十郎もいじめないで」

「ははは、すまんな。ほれ綾那メリークリスマスだ」

「あけていいです!?」

「おう」

 

 袋に包まれた箱の中に入っていたのは紅葉を模した髪飾り。綾那が普段つけているものに似ているものだった。

 

「綾那の髪飾り、別のものも考えたんだが……今のものが一番似合っていると思ったからな。一応京の有名な職人に作らせたものだから出来はいいと……うぉ!」

 

 藤十郎の言葉を全て聞くよりも前に綾那が藤十郎の胸に飛び込む。

 

「どうした綾那」

「……」

 

 顔をうずめたままで何も言わない綾那に少し困った様子の藤十郎。その手は優しく頭を撫でているのを見て剣丞は再び苦笑いだ。

 

「嬉しいんだよ、綾那は」

「そうなのか?……ならばいいが」

 

 

 少しの間、藤十郎と綾那がいちゃついた後、藤十郎はどこか楽しそうに剣丞はため息をつきながら次の場所へと向かった。

 

「あら、藤十郎さんと剣丞さま?」

「歌夜、メリークリスマスだ」

「え、めり……?」

 

 首を傾げる歌夜に藤十郎はプレゼントの箱を差し出す。

 

「あー……藤十郎、皆にクリスマスの説明してないから伝わらないって。歌夜に贈り物ってことだよ」

「贈り物……あけていいですか?」

「勿論だ」

 

 歌夜へのプレゼントは髪を纏める手絡(てがら)だ。剣丞はリボンと呼んでいたが藤十郎が手絡と呼んでいるのを聞いて覚えておこうと呟いていたものである。

 

「うわぁ、これは……」

「歌夜に似合いそうだと思ってな。普段は赤だが、このような柄物も似合うかと思ってつい買ってしまった」

「藤十郎さん……!」

 

 手絡を胸に抱きしめ、潤んだ目で藤十郎を見つめる歌夜。藤十郎はそんな歌夜に微笑みかけている。

 

「……胸焼けしそうだ」

 

 自分たちの世界に入っている二人には剣丞の呟きは聞こえていない。剣丞も自分が同じように見られているとは知らないのだが。

 

 

「お、いたいた。桐琴」

「ん、藤十郎か。何か用でもあるのか?」

 

 相変わらず昼から酒を呑んでいる桐琴に藤十郎がどこからとも無く取り出したのは明らかに長物……槍だった。

 

「ちょ、藤十郎それどこから出した!?」

「ん、普通にだが」

 

 驚く剣丞を流して取り出した槍を桐琴に渡す。

 

「メリークリスマスだ、桐琴」

「応よ。……で、何だそのくりすますとか言うのは」

「なんだ、誰かの誕生日らしい」

「……よく分からんぞ。……しかしこれは……」

 

 藤十郎から受け取った槍を見て目を見開く。樋に優美な倶梨伽羅龍の浮彫があり、見るものの目を奪う。かなりの長さがあるが、それを軽く振るった桐琴は驚く。まるで手足のように違和感なく振るえるのだ。

 

「ほぉ、これは……何か名の在る槍か?」

「うむ。名を……『日本号』という」

「いっ!?」

 

 驚いた声を上げたのは剣丞だ。剣丞は出自の特殊さもあり、名刀や名槍などを頭に入れているが、藤十郎の口から出てきた言葉は間違いなく有名極まりないものだった。

 

「ちなみにだが、三位の位を持ってるらしいぞ。面白いよな槍なのに」

「本物だ……」

 

 なにやら剣丞の驚きが増したようにも見えるが藤十郎は華麗に流す。

 

「……気に入ったぞ。ワシの槍に相応しい!」

「ははは、気に入ってもらえたようでなにより、だ!」

 

 突然突きを放った桐琴の槍を避ける藤十郎。それによって剣丞の顔の横を槍が通り過ぎて硬直したのだが二人の気は高まっていく。

 

「良い槍を貰ったのだ、突き合え藤十郎!!」

「久々だな。いいだろう!」

「ちょっと!?桐琴さんも藤十郎もおかしく……あ、この二人ならおかしくないか」

 

 現実逃避をする剣丞を他所に二人は試し突き(?)をはじめるのだった。




明日も更新予定です!

とはいえ後日談とも別のオマケですのであしからず!
明日はなんと……飛騨、きよも登場します!


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7話 二人の忍の行方【小波&姫野】

こちらの作品では非常にお久しぶりです!
少し違和感などあるかもしれませんがご了承ください!


 向かい合う二人の状態は対極的であった。姫野はいつものようにふん、と鼻を鳴らしながら藤十郎から目を背けている。小波はモジモジとしながらもチラチラと藤十郎を見る。そんな小波の両手は料理の練習をしていたからだろうか、包帯が部分部分に巻かれていて少々痛々しく見える。

 

「小波、大丈夫か?」

「は、はいっ!この程度何でもありません!」

 

 藤十郎が小波にたずねると小波はあわてて答える。両手をぐっと握り締めて大丈夫だと強調している。

 

「ちょ、ちょっと藤十郎!?始まる前から贔屓するとかなんだし!?」

「む、そんなつもりはなかったんだが……そう感じたのならすまんな」

 

 ぽんぽんと頭をたたく藤十郎を睨みながらも頬を染めている。藤十郎以外には丸分かりな反応である。

 

「うふふ、楽しそうねぇ。ただそろそろ始めてもいいかしら?」

 

 朔夜が言うとはっとしたように姫野が藤十郎から離れる。藤十郎も二人の傍を離れ葵と朔夜の元へと向かう。そこには何故か剣丞も居る。

 

「む、剣丞?何でそこにいる?」

「あはは……俺もここに来てくれって朔夜さんに言われただけだから」

 

 内容については詳しく知っている剣丞であるが、剣丞隊の面々と共に小波に協力していた面もある。内心は小波を応援したくもあるのだが、ここに呼ばれた以上そうはいかないと自分を律しているようだ。

 

「朔夜、どうして剣丞を?」

「うふふ、だってそっちのほうが面白そうじゃない?」

「……そうか?」

 

 首を傾げながら葵を見る藤十郎。葵は少し困ったように微笑んでいる。

 

「まぁ、俺はかまわんが。それで、まだ褒美について俺は聞いてないんだが」

「まぁまぁ、藤十郎ちゃん。それは終わってのお楽しみってことで」

「う~む……剣丞」

「ノーコメントで」

「相変わらずよく分からん言葉を使うな。俺は何も準備しないでよかったのか?」

「あー……なんだろう、準備いるというかいらなさそうと言うか……まぁ、今はいいんじゃない?」

 

 苦笑いの剣丞に怪訝な顔をしながら藤十郎が周囲をちらと見る。

 

「……ふむ。まぁいいか」

 

 何に対してなのかは分からないが藤十郎がつぶやく。

 

「それじゃ、はじめましょうか」

 

 朔夜の言葉に小波と姫野の二人は息をのむ。

 

「小波と姫野の料理対決をはじめます」

 

 葵の言葉で二人の対決の火蓋が切って落とされた。

 

 

「へぇ、姫野ったら気合入ってるわね」

 

 朔夜が姫野の動きを見て感心したようにつぶやく。

 

「下手したら任務より真剣なんじゃないかしら」

「ふふ、姫野も乙女だった、ってことですね」

 

 葵と朔夜が楽しそうに話す。

 

「小波もなかなかいい手際じゃないか」

「すごい頑張ってたからね。……男冥利に尽きるね、藤十郎」

「そんなに二人が欲しがる褒美か。一体何なのか俺たちも楽しみになるな」

「……藤十郎って葵以外の女の子に興味あるんだよね?」

「失礼な奴だな。俺も男だからあるに決まっているだろう」

「……だよね。じゃないと綾那や歌夜やきよちゃんを嫁には貰わないか」

「……間違いではないが、何か言い方に棘がないか?」

「藤十郎が悪いわ」

 

 葵に言われて口をつぐむ藤十郎。既に尻に敷かれているように見えて剣丞が声を殺して笑う。

 

 

 そんな他愛のない会話をしている間にも二人の料理は進んでいく。明らかに見た感じでの手際は姫野のほうがよく見える。小波は一つ一つの作業をゆっくり丁寧にやっている。そんな光景を少し離れたところから見ている二つの集団があった。

 

「頭……踏ん張りどころですよ」

 

 上忍はそうつぶやきながら姫野を見る。周囲にはほかにも風魔の忍が控えている。

 

「頭は勝てるんでしょうか」

「……勝ってもらわねば困る。直接伊賀と決着をつける機会に恵まれない以上、これが代理戦のようなものだ」

「……忍の勝負が料理とは……」

「言うな。私もそう思うが……それが御本城さまのご意思だ。仕方なかろう。……我らがあれだけ実験……いや、試食させられたのだ。藤十郎どのにも満足していただけるに違いない」

「……頭、変な自己流を入れようとしますからねぇ……」

 

 

「はわわ、ころちゃん!小波ちゃん大丈夫かな!?」

「お、落ち着いてひよ!私たちが作ってるわけじゃないんだから!」

「……ひよもころも落ち着いてください。一緒にいる私たちも緊張してしまいます」

「ホントよ。それにしても剣丞まで審査員として呼ばれるなんて不思議ねぇ」

 

 本人たち的には隠れて見ているひよ子、転子、詩乃、そして結菜の四人。

 

「いいえ、結菜さま。葵さまと氏康どのの狙いさえ考えれば自然と答えは出ますよ」

「狙い?……あ、もしかして」

「えぇ。素直になれないお二人に主君からの応援といったところでしょう」

 

 詩乃が言う。

 

「えぇ!?じゃあ葵さまも朔夜さまも小波ちゃんと姫野ちゃんを応援してるってこと?」

「だね。あれ、でもお頭が居たら出来ることって……」

「恐らくですが……票を二つに割り、二人とも勝利として共に藤十郎どのの嫁になる、といった形をとるのでしょう」

「剣丞に負けず劣らずの蕩らしっぷりね、藤十郎って」

「剣丞さまとは違う形ですが、間違いではありませんね」

「詩乃ちゃん、辛辣だね」

 

 

 二人の料理が終わり、藤十郎たちがその料理を口に運ぶ時間がやってきた。二人の料理は方向性も違う。姫野の料理は本職の職人が作るそれのように綺麗な出来上がりとなっている。実際に食事を口に運んだ藤十郎たちも驚きに目を見開いたほどだ。

 対して小波の料理は家庭的な煮物。時間がそこまでかけることが出来なかったが、十分な仕上がりとなっていた。

 小波と姫野も互いの料理を食べて互いに驚いた顔をしている。

 

「……それじゃ、決まったかしら?」

 

 食事を食べて葵が口を開く。全員が頷くのを確認すると葵がまず勝者を決める。

 

「私は小波の料理を推します。姫野の料理の出来は素晴らしかったわ。でも、小波の家庭的な雰囲気の料理には暖かさを感じた。だから私は小波の料理がよかったわ」

「葵さま……!」

 

 葵の言葉に小波が感動する。

 

「そうねぇ。私も小波ちゃんの料理はおいしかったと思うわ。でも、やっぱり姫野の料理のほうが出来は良かったかしら?……よく短期間でこんなに頑張ったわねぇ、姫野」

「こ、これは伊賀に風魔が勝つためだし!」

 

 この場に及んでも正直になれない姫野である。

 

「それじゃ、藤十郎と剣丞どの。二人は同時にお願いできますか?」

「うん。俺は決まったよ」

「……うむ、俺もかまわん」

「じゃ、藤十郎。せーので行くよ。せーの!」

 

 

「……少し予想外だったけど結果としては上々、かしらねぇ」

「そうですね。……今度等十郎にはしっかりといっておきます」

「ふふ、あの場であんな選択が出来るのは剣丞ちゃんと藤十郎ちゃんくらいのものだから、それもいいところなのかもしれないわね」

 

 剣丞と藤十郎が同時に出した答え。それはどっちもうまかった、である。しかも示し合わせたように二人ともまったく同じ答えだった。その言葉を聴いたときには場にいた全員が固まっていた。

 

「おぉ、剣丞もやはりそうか」

「うん。二人ともおいしかったから俺には答えが出なかったよ」

「俺もだ」

「ちょ、ちょっと待つし!?確かに服部のもおいしかったのは認めるけど……引き分けってどういうことだし!?」

「そ、そうです!藤十郎さまも剣丞さまもふざけてないでしっかりと答えてください!」

「う、うん?だから二人ともおいしかったんだけど……」

「あ、あぁ。小波も姫野もそんなに怒らずとも……」

「「怒ってません!(ないし!)」」

 

 綺麗に重なった二人の声に剣丞と藤十郎が後ずさる。

 

「え、えっと。少し予定とは違うけど、藤十郎。二人への褒美は貴方よ」

「……俺、が褒美?……む、まさか」

 

 

 夜。

 

「……」

「……」

「……あー、二人ともそんなに睨み合うな。傍に居る俺が困る」

「べ、別に睨んでないし!」

「そ、そうです!緊張してるだけで……」

 

 姫野と小波が同時に否定の言葉を放つ。

 

「緊張しておるのか?」

「は、はいっ……わ、私のようなものが……」

「小波。何度も言っておるが、お前は立派な女子だ。そのように自分を卑下するものではない」

「藤十郎さま……」

 

 二人の世界が出来上がりそうになっているのを姫野が焦って間に入ってとめる。

 

「ちょ、ちょっと待つし!何で服部とだけいい雰囲気出して姫のこと無視するし!?」

「そんなつもりはなかったんだが。姫野、お前にも聞いておきたい。お前も俺の嫁になりたいのか?」

「っ!わ、悪い!?どうせ姫は素直じゃないし!」

「そんなつもりで言ったわけではなかったんだが。すまんな」

 

 やさしく頭をなでる藤十郎に、少しふて腐れたように、だがどこか嬉しそうに擦り寄っていく姫野。

 

「あ……」

「小波」

 

 藤十郎がぽんと自分の隣をたたく。おずおずと小波も藤十郎へとしなだれかかる。

 

「……特別」

 

 姫野が小波を見ながら言う。

 

「え?」

「特別に認めてやるし!まぁ、姫の料理には敵わなかったけど?でも服部のもそんなに悪くはなかったかな……って思う」

「……小波です」

 

 姫野が言い訳をするようにいっている言葉の後に小波がつぶやくように言う。

 

「服部正成、通称は小波。小波で、構いません。風魔の」

「……ふん!じゃあ姫も姫野でいいし!」

 

 そんな二人を藤十郎がやさしく見る。

 

「……ふ、素直じゃないな。二人とも」

「あ、アンタに言われたくないし!」

「と、藤十郎さま!お戯れを!」

 

 二人をぐいっと抱き寄せる藤十郎。夜はゆっくりと更けていく。

 

 

「はぁっ!?姫のほうが藤十郎に愛されてるし!」

「ふ……姫野は好きに言っていればいいと思います」

「調子のんなし!?」

 

 どうしてこうなった、と頭を押さえる葵。朝からこんな様子の二人である。

 

「あらあら。でも二人とも」

 

 困った風な笑顔で朔夜が二人に声をかける。

 

「藤十郎ちゃんが一番愛しているのは葵ちゃんだと思うわよ?」

 

 そんな、確信を秘めた言葉に二人は黙り込むのであった。




リハビリ込みの更新になりますのでお許しを!
まだこちらの作品も続きはありますのでお楽しみに!


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8話 人としての成長【飛騨】

非常に間が開いておりますが失踪はしませんのでご安心ください!!


 一心不乱。彼女の人生においてそのような行動をとったことがあっただろうか。三河の朝は早い。だが、それ以上に誰よりも早く動き始めている存在がいた。

 

「ふっ!ふっ!」

 

 一振り一振りを確かめるように刀を振るう。これまでは生まれついての才能なのか、大して鍛えずともそのあたりの雑兵に負けることはなかった。だが、三河に来てからは全くの逆に誰よりも鍛え、誰よりも自らを磨いているつもりだった。だが。

 

 

「ふにゃーっ!!ですっ!!」

 

 気の抜けるような掛け声と共に振るわれる槍によって吹き飛ばされる飛騨。相対しているのは綾那。泣く子も黙る忠勝である。

 

「むー、藤十郎が言うから相手してるですけど全然面白くないのです」

「こら綾那!飛騨どのも藤十郎さんの側近見習いになったんですから」

「くっ……はぁはぁ……」

 

 圧倒的なまでの力の差を見せ付けられながらも以前のように逃げる姿勢は見せなくなった飛騨を少なくとも評価はしている。

 

「ですが、まだまだ体力も自力も不足しています。もう少しがんばってくださいね」

「は、はい……」

 

 息も切れ切れになりながら飛騨が答える。

 

「不完全燃焼です……あ!藤十郎!」

 

 藤十郎を見つけた綾那の言葉に飛騨が姿勢を正す。咄嗟に髪を整えていたのを歌夜がクスリと笑ってみていたのは誰も気づいていない。

 

「ん、おぉ、綾那か」

 

 いつものように突撃してきた綾那を軽く受け止めそのまま地面に下ろす。

 

「ん、飛騨か。綾那に稽古をつけてもらっていたのか?」

「は、はいっ!」

「その様子だと流石に綾那の相手はきついか。……こいつは強いからな」

「えっへん!綾那は藤十郎より強いです!」

「……そろそろ東国無双の名を俺が受け取ろうか?」

「やれるものならやってみるです!」

 

 そのままなし崩し的に始まる藤十郎と綾那の一騎打ち。互いに加減をしているのかしていないのか判断が難しい威力で振るわれるその技を飛騨は真剣な表情で見つめる。

 

「どうです、少しは見えるようになりましたか?」

「は、はい。……少しですけど」

「それにしても、飛騨どのは変わりましたね。剣丞さまや詩乃さんから伺っていた頃と比べてですが」

「……あの頃の私は何も知りませんでしたから。命の重さも、部下の、仲間の、主君の大切さも」

 

 唇をかみ締める飛騨の心中は分からないが、それでも今の彼女ならば藤十郎の側においても問題はないだろうと歌夜は考える。そして、目の前で繰り広げられる激戦をどうとめたものか、と悩むのであった。

 

 

「……あの飛騨が、ですか?」

「うむ。詩乃とは因縁のある相手なのだろう?」

 

 藤十郎の側近となる飛騨のことを剣丞隊の中では最も仲のいい詩乃に藤十郎は話していた。

 

「……どうしてそれを私に?」

「織田と徳川が共に行動する際にまた会う可能性もあるだろう?そのときに下手に騒ぎになっても困るからな」

「……私は別にもうどうでもいい相手ですから。死んでいると思っていたくらいです」

 

 そっけない詩乃の言葉に苦笑いを浮かべる藤十郎。

 

「近いうちにある合同演習には飛騨も出る。織田側でお前もいるだろうから……前もって一応な」

「一応感謝しておきます」

 

 

「飛騨」

 

 藤十郎が率いる部隊の色である黒い武装に身を包んだ飛騨に藤十郎が声をかける。

 

「と、藤十郎さまっ!?」

「そのままでいい。……今日は織田との合同演習だが、どうだ。正直、私怨はあるか」

「……全くない、とはいえませんが今は徳川の、藤十郎さまの部下です。……腹を召せと仰るのであれば迷わずそうします」

 

 覚悟をにじませたその飛騨の言葉に藤十郎がポンと頭を軽く撫でる。

 

「そんなことにはならんさ。もしそんなことをしようとすれば織田と徳川の戦になるからな」

「藤十郎さま……」

「俺の部隊としては初陣だろう。……安心しろ、お前は俺が守ってやる」

 

 

「……」

「ど、どうされました、葵さま?」

 

 突然、怒気を孕んだ気を放った葵に恐る恐る尋ねる悠季。

 

「何か今一瞬不快な感じがして」

「ふ、不快ですか?……また藤十郎どのが何か?」

「どうかしら」

 

 

「……何か背筋が凍るような感覚があったが……まぁいい。飛騨、演習終わりで詩乃に会いにいくぞ」

「っ!」

「何を言われても大丈夫なように覚悟だけはしておけ」

「は、はいっ!」

「その前に演習での槍働きも期待しているぞ」

 

 

 演習、という言葉が通じない相手というのは存在している。その代表が。

 

「母ぁっ!!いい加減に地獄に落ちやがれっ!!」

「はっ!そんなへなちょこ槍でワシを地獄へ落とせると思うか!?そっちこそ死ね、糞ガキ!!」

 

 森の親子である。会話だけ聞いていれば宿怨の相手のようだが立派な親子である。

 

「剣丞、最近鍛えているらしいじゃないか。相手しろ」

「ちょ!?ま、待って待って!!流石に藤十郎の相手は……っ!」

 

 追われる兎に追う狼。

 

「ふぇぇ!?ころちゃああん!剣丞さまが殺されちゃうー!!」

「ちょ、藤十郎さんの相手してるの!?梅ちゃんとエーリカさんを抑えに向かわせて!私たちは扇状に陣取って剣丞さまの回収をできるように!」

「余も戦いたいぞ!」

「公方さまは本陣でおとなしくして置いてください。剣丞どのがお帰りになられたら行ってきていいですので」

「真かっ!?約束だぞ!?」

 

 

 激戦(一部)を繰り広げている場所以外はいい具合に拮抗した状況になっていた。かかれ柴田と地黄八幡の突撃。米五郎左の差配に合わせるように臨機応変に動く悠季の徳川軍。剣丞隊へと出向している小波と北条の姫野の諜報戦。結果としては決着はつかなかったものの、いまだ織田、徳川のどちらとも友誼を交わしていない諸侯にとっても両軍の強さを見せ付ける結果となった。

 

 

「……」

「……」

 

 しんと静まり返った部屋の中。いるのは剣丞、藤十郎、詩乃、そして飛騨だ。互いに何も口にはしないが、明らかに双方共に緊張しているのが分かる。

 

「……ふむ、話が進まんな」

「いや、藤十郎、それ無茶振りだろ」

「飛騨」

 

 藤十郎が飛騨の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「自覚があるのであればどちらから口を開くべきか分かるな?」

「っ!……は、はい」

 

 膝の上に置かれた手をぎゅっと握りながら飛騨口を開く。

 

「た、竹中どのっ!」

「……はい」

「斉藤家に仕えていた頃の無礼……謝罪させていただきます!!」

 

 膝の上においていた手を畳につけ、土下座をする飛騨。

 

「……」

「この程度のことで許して貰えるとは思っていない……腹を召せというのであれば!」

「詩乃。もし、お前が本当に望むのならここで飛騨は腹をきらせる。遠慮はいらんぞ」

 

 藤十郎の言葉に剣丞が何か言いかけるが、藤十郎が視線で制する。一時の沈黙が場を包む。はぁ、と詩乃が息をこぼす。

 

「これではまるで私が悪者のようではありませんか。……別にもう気にしてはいませんよ。……貴女が変わったというのは既に聞き及んでいますし」

「詩乃……」

 

 詩乃の言葉に少し嬉しそうに剣丞が微笑む。

 

「だ、そうだ。飛騨、頭を上げろ」

「は、はい」

 

 顔を上げた飛騨の瞳には涙がたまっていた。それは悔恨の涙か、恐怖からきたものなのかは分からないが、藤十郎は微笑む。

 

「竹中どの。ひとつ……ひとつ伺いたい」

「……なんですか」

「もし、今の私が……斉藤家に仕えていたとすれば……斉藤家は」

「……どちらにしても織田に屈していたことでしょう。貴女たちがいたことで滅亡が早まったことは間違いありませんが」

「……そう、か」

 

 静かに目を伏せる飛騨にちらと視線を向ける詩乃。

 

「……本当に、変わったのですね」

「……え?」

「あの頃の貴女であればそのような表情は浮かべなかったでしょう。……それに、あの場で、織田との戦で討ち死していたでしょうから」

 

 冷たいともとれる詩乃の言葉をしっかりと受け止める飛騨に藤十郎は内心で感心していた。

 

「……そういう意味では、あのとき貴女が逃げてくれたのはよかったのかも知れませんね。変わった貴女と再会できたのですから」

「竹中どの……」

「……詩乃です。私の真名を貴女に預けます」

「あ……」

「剣丞さま、いきましょう」

「う、うん」

 

 飛騨が口を開くよりも先に詩乃たちが部屋から立ち去っていく。

 

「……どうだ、飛騨。人は変われるだろう?」

「……っ、はいっ……!」

 

 耐えられず毀れ落ちる涙を隠すように優しく藤十郎が抱きしめる。部屋から聞こえる嗚咽は夕方の空へと吸い込まれていった。

 

 

 後日。飛騨は藤十郎の遣いとして織田の下へと来ていた。

 

「ほぅ、貴様がまさか遣いとして送られるほどに成長するとは思わなんだぞ」

「はっ、お恥ずかしい限りでございます。……こちらが主からの文にございます」

「……うむ、確かに受け取った。大儀であった」

 

 遣いとしての任務を終え、飛騨が帰ろうとしたとき詩乃とすれ違った。

 

「「あ……」」

 

 互いに言葉に詰まったように固まる。

 

「……お元気そうですね」

「あ、あぁ。竹……詩乃のほうも息災、のようで安心した」

 

 ギクシャクとした空気が流れながらも二人は軽い世間話のようなものをする。

 

「……それでは私はこれで」

 

 詩乃が立ち去ろうとしたとき、あわてたように飛騨が引き止める。

 

「し、詩乃!……あの、だな」

「何です?」

「……私の真名も、詩乃に預けたい。難しいとは思うが、できれば……友として……」

「……」

 

 再び訪れる沈黙。

 

「……かまいませんよ。今の貴女であれば、断る理由はありませんから」

「!!……ありがとう。……詩乃、私の真名は……」

 

 

「藤十郎、ここまで読んでたの?」

「ん、まぁな。飛騨は成長したよ。ならば自分の力でこうなるだろう程度にはな」

「……っていうか、もしかしてそのためだけに使者に飛騨さん送ったの?」

「あぁ。別に俺が持ってくればいいだけのことだからな」

「……まぁ、ここにいるしね。って、また葵に怒られるんじゃない?」

「……急用を思い出した。またな、剣丞」

 

 恐ろしいほどの速度で走り出した藤十郎を苦笑いで見送った剣丞は詩乃と飛騨を見る。

 

 二人の顔に浮かんでいる笑顔は心の底からのもので、幸せそうなものだった。




めちゃくちゃきれいな飛騨になってしまった。
キャラかわいいですからね(ぉぃ

真名を出さなかったのはあまり原作の雰囲気を壊したくなかったからです。
候補は一応考えてはいるんですけどね……。


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9話 葵との新婚旅行~導入編~【葵】

※タイトルの変更を行っております。
 二人旅 ⇒ 新婚旅行

ある意味、超久々のメインヒロイン回です!
あと、文章はかなり短めの甘めになっております。


「……うん、これでよし、と」

 

 城ではなく屋敷で葵は調理場にいた。自分で作った料理の味見をして藤十郎の好みどおりの味付けになったと満足した声だ。

 

「後は藤十郎が帰ってくるだけなんだけれど……」

 

 今日はいろいろな場所へ状況を確認に向かっていた藤十郎が戻る予定の日だ。なので仕事は速い段階で終わらせ、すでに明日から二人でゆっくりとできるようにと悠季と長い間計画していたのだ。……藤十郎が予定通りに行動してくれたら、の話ではあるのだが。つけていたエプロン(剣丞が流行らせた)を外すとすやすやと眠っている藤千代の元へと足を運ぶ。

 

「ふふ、今日もよく寝てるわね」

 

 誰に似たのか、藤千代はよく寝、よく泣き、よく食べる。食べるという表現が正しいかどうかはわからないが。乳母として控えてくれている女中もいるが、基本的には葵自身が自らの乳を与えるようにしている。優しく藤千代を眺めていると薄っすらと目を開けた藤千代が花の咲いたような笑顔を浮かべる。

 

「あー!」

「あら、起こしちゃった?ごめんね」

 

 すっと抱き上げると藤千代も小さな手で葵にしがみつこうとする。

 

「もうすぐ藤十郎も帰ってくるわ。楽しみね」

「あうー」

 

 葵の言葉に答えるように差し出された指を握る藤千代。

 

「……でも、本当にちゃんと藤十郎は帰ってくるのかしら」

 

 

「……うーむ、遅くなってしまった」

 

 日も沈み、明らかに人々が寝静まってしまった時間。予定より遅くなってしまったのにも理由はあるのだが、藤十郎は困っていた。

 

「報告はまぁ、いいとして城に泊まるべきか屋敷に帰るべきか……葵にも藤千代にも会いたいが……時間がなぁ」

 

 一人つぶやきながらうろうろと屋敷側と城側とを行ったりきたりする。……明らかに挙動不審である。

 

「……よし、決めた。帰ろう。葵も藤千代もさすがに寝ているだろうから怒られるのも明日でいいだろう」

 

 

「……おかえりなさい、藤十郎」

「た、ただいま、葵。……えっとだな、その」

「……」

「その……す……」

「食事はまだ取ってないわよね?すぐに温め直すから座って待っていて」

 

 それだけ言うと葵は立ち去る。唖然とした藤十郎がその場に残されていた。

 

 

「うまい!」

「ふふ、よかったわ。今日は帰ってこないかもしれないと思っていたところだったから」

「それはすまんかった。途中で鬼の巣を見つけてな。殲滅してきた」

「……藤十郎、今更かもしれないし貴方を本当の意味で止めることはできないと思うけど、あまり無茶はやめて」

「あー!」

 

 隣の部屋から藤千代の声が聞こえる。

 

「お、起きていたのか!」

「違うわ。藤十郎が帰ったから起きたのよ」

 

 襖を開けるとハイハイの要領で藤十郎のほうへと近づくとまるで飛びつくようにきた藤千代を満面の笑顔で抱き上げる。

 

「元気にしていたか、藤千代」

「あい!」

「おい、葵!今俺の言葉に返事したぞ!」

「ふふ、はいはい」

「この子は天才かもしれんな。悠季や詩乃に勉学を教えてもらえるように……」

「そのあたりはしっかりと私がしますから藤十郎は気にしないで」

「む、しかしだな」

 

 ペシペシと藤十郎をたたく藤千代。

 

「ほら、藤千代も私の言うとおりにしなさいって」

「む、むぅ」

「あう~」

「ふふ、でも本当に藤千代は藤十郎のことを好きね」

「父だからな!」

「……いずれは一番の好敵手かもしれないわね」

「ん、何か言ったか?」

「いいえ。それよりもおかわりは?」

「勿論もらう」

 

 

「すぅ……」

「やっと寝静まったな」

「藤十郎が帰ってきてうれしかったのよ。……藤十郎、お風呂に入るわよね?」

「あぁ。葵もまだか?」

「久々に帰ってきた夫の背を流すのは妻の務めだって悠季が言っていたわ」

「……そ、そうか。なら……」

 

 夫婦水入らず、といっていいのだろうか。女中もいないため、そっと藤千代も風呂の近くまでつれてきてはいるがゆっくりと二人で湯船につかる。

 

「……」

「……」

 

 周囲を包む沈黙も心地のよいもので、藤十郎はあぁ、帰ってきたんだなという感覚を覚える。

 

「なぁ、葵」

「何?」

「愛しているぞ」

「……どうしたの、急に」

 

 ちゃぷんと湯を揺らして藤十郎が葵を抱きしめる。風呂の中ということもあり裸なのだが、抱きしめられた葵は優しく藤十郎を抱き返す。

 

「なんとなくだ」

「そう」

 

 緩やかな時間は静かに流れいく。

 

 

「二人旅か。初めてじゃないか?」

「そうね。普通なら互いに立場で言えば護衛が必要だもの」

「俺が護衛を兼ねてるってわけだな」

「ふふ、守られる対象が護衛っていうのもおかしな話ね」

 

 二人でひとつの馬に乗っての旅。路銀はかなりの量あったりするが悠季が指定した場所をめぐって帰ってくる……仕事であるという体を取っているため各国をめぐることになる。

 

「でも、藤千代と離れるのは寂しいわね」

「気持ちはわかるが……藤千代だけでなく俺の相手もしてもらわないと、な?」

「藤十郎ったら」

 

 馬上でいちゃつきながら(本人たちにその感覚はなかったりするのだが)目指す先は浅井長政のもと。先の戦いでは結果あまりかかわることがなかったが今回の旅の目的地の一つ目である。

 

「長政どのとお市どのの仲の良さは天下に轟くほどであるからな。負けぬようにせねば」

「藤十郎、あまり暴れちゃ駄目よ?」

「わかっている」

 

 ゆっくりと馬を進めながら藤十郎と葵は進む。二人の旅は始まったばかりだ。




一旦各国巡りに入ります。
ゲームの後日談のような雰囲気にもつながるかと思いますのでお楽しみに!


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10話 葵との新婚旅行~浅井編その壱~【葵】

前回の話のタイトル変更で新婚旅行になりました。
ヒロイン表記はなくてもいいかなーとも思いましたが、一応書いてます。

後、少し短めにして更新頻度を上げようと思いますのでご了承ください!


「藤十郎、今向かっているのは江北かしら?」

「あぁ。はじめに浅井の二人……当主の長政どのとその奥方の市どのに会うように、と悠季からの文に書いてある」

 

 葵には見せていない悠季から直接渡された文には「いい加減に落ち着いて葵さまと新婚旅行にいってくるように。ちなみに新婚旅行というのは剣丞どのからの意見であり……」と、説教と助言がつらつらと書かれていた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 二人で一頭の馬に乗っているため葵は時折、少し背後を見上げるように藤十郎へと顔を向ける。そのたびに葵を抱きしめたい衝動に駆られるのを必死に抑えているのは誰にも分からないだろう。内心を隠すように優しく馬の黒い毛を優しくなでる。

 

「白石、疲れたらすぐに言えよ。時間には余裕があるのだからな」

 

 そう言う藤十郎の言葉に答えるように軽く嘶く白石。

 

「本当に白石は藤十郎に懐いているわね」

「ふふ、白石が最も好きなのは葵だ。その次くらいに俺のことを好いてくれていれば嬉しいがな」

「それなら、私と藤十郎を乗せている白石は今幸せってことかしら?」

 

 尋ねるように葵も優しく撫でると嬉しそうに再び嘶く。

 

「そのようだな。ならば白石、少し走るか?」

 

 

「……まさかここまで走るとは思わなかった」

「予定よりも早くついてしまったわね」

 

 藤十郎の言葉に喜んだ白石が疾走したおかげで予定よりも早くに浅井の本城である小谷城に到着していた。すると、門の前にまるで二人を待つかのように立つ人影が。

 

「お、お待ちしておりました!徳川家康殿と水野勝成殿とお見受けしますっ!!」

 

 何故かガチガチに緊張している少女。……とはいえ、面識がないわけではないから若干おかしな状態なのだが。

 

「まぁ、間違いではないが。そちらは久しいな、長政どの」

「そそそ、そんな!まさか勝成殿に名前を覚えられているなんて……」

「はいはい、まこっちゃんそこまで!このままじゃ藤十郎さんたち、ずーっとここに居ることになっちゃうよ。……元気そうだね、葵ちゃんも藤十郎さんも」

「えぇ。お市さんもお元気そうで」

 

 白石からひらりと飛び降りた藤十郎が葵の手を取り優しくおろす。

 

「藤十郎さん、変わったねぇ。私の知ってる頃の藤十郎さんだったらそんなに気の利いたこと出来なかったよ」

「ちょ、市!なんて失礼なこと言ってるの!?」

「ははは、かまわんさ。俺と葵はらぶらぶ……とやららしいからな。かまわんだろう?」

「うん!市は今の藤十郎さんのほうがいいって思うな!って、こんなところで話し込むために着たんじゃなかった。ようこそ、小谷へっ!」

「あぁっ!?市、それ僕の台詞~!!」

 

 

 軽い自己紹介(実は二回目)と真名を交し合っていつものように(?)藤十郎と市の仕合という流れとなった。

 

「あぁ、もう市ったら。……すみません、葵さま」

「いえ、構いませんよ。きっと藤十郎ならこうなるだろうと思っていましたから。眞琴どのは良いのですか?藤十郎は強いですよ?」

「市も言っても聞かないですし……ここのところ相手がいなくて暇そうでしたし」

「あら、藤十郎は暇つぶしの相手ですか?」

「あぁっ!?そ、そんなつもりじゃ!」

 

 クスクスと笑う葵とあわてる眞琴の前で戦いが始まる。藤十郎は槍や刀を近くに置き無手で武具を着けた市の相手をする。

 

「藤十郎さまって素手でも戦えるんですね。ああ見えて市は柴田どのと一騎打ちが出来るほどの腕前なんですけど」

「藤十郎が本気になればいまや日の本広しと言えど藤十郎に勝てる相手は数人しかいないでしょう」

「その内の一人が平八郎どの、ですよね?……徳川家は凄いですね」

「江北も兵の質であれば我ら三河にも負けるとも劣らないですよ」

 

 

「てやぁっ!!」

 

 繰り出される鋭い拳の一撃を紙一重でひらりと避けた藤十郎が躊躇なく膝で市を蹴り上げる。突き出した手を逆の手で膝に触れ、市はその勢いのまま宙へと舞い上がる。追撃に出ようとした藤十郎は拳を握り締めたまま、一歩下がる。

 

「流石藤十郎さんだね。今動いてたら勝てたかも知れなかったのに」

「ふっ、そう簡単にやられては楽しくなかろう?」

「うん!胸を借りるつもりで……本気でいくよーっ!!」

 

 疾風。そう例えるのが最も正しいと感じさせる速度で市は藤十郎との距離をつめる。流石にこの速度は予想していなかったのか、一瞬藤十郎が目を見開く。

 

「ふっ!」

 

 鋭い呼気と共に繰り出された拳は藤十郎の腹部に触れるかと思われた。

 

「甘い」

 

 手首を掴んだ藤十郎はそのまま市をグイと自身のほうへと引き寄せる。引き上げるように引っ張られた市の脇はがら空きになる。そこへと容赦なく繰り出される肘打ち。そのまま吹き飛んだ市は地面を滑るように壁へとぶつかりそうになる。……が、それも計算のうちだったのだろう。両手に高まる気が集まっていき、それを見た藤十郎がニヤリと笑う。

 

「来い」

「御家流っ!!」

 

 市の手に握られた愛と染の篭手が光り輝く。

 

「愛染挽歌っ!!」

「もらうぞ、その技」

 

 藤十郎の両腕が漆黒の気に包まれ鬼のような手が現れる。

 

「御家流・愛染挽歌」

 

 二人の拳が交差する。衝撃の余波で周囲に甚大な被害を与えるほどの爆発。その中心には市を抱かかえた藤十郎が立っていた。

 

 

「すっごく強いよ、藤十郎さん!久々に本気で戦えて楽しかった!」

「はっはっはっ、満足してもらえたようで何よりだ」

「……」

「もう、藤十郎ったら」

 

 眞琴の予想をはるかに超えた戦いだったのだろう、ぽかんとした表情からなかなか元に戻らない。

 

「ん、眞琴はどうしたんだ」

「まこっちゃん?」

「ちょ、ちょ、ちょっと市大丈夫なの!?」

「うん、ぴんぴんしてるよ」

「互いにある程度は加減していたからな」

「……でも、藤十郎。また御留流つかったわね?」

「……あ、葵、あれはだな」

「言い訳は聞きません。お市さん、すみませんが部屋をお貸しいただけますか?」

「あ、うん。二人のための部屋、ちゃーんと準備したから安心して!あと、葵ちゃん、私のことはちゃんでいいって!」

「あ、葵。出来ればこの場のほうが……」

「部屋に戻ってしっかり聞くわ。覚悟しておくように」

「……はい」

「……なんでだろう、憧れていた藤十郎どのにどこか親近感が沸くような……」

 

 

 夕餉は共に取ることになる。この場には上も下もないということで四人で四角く座して食事を取っていた。

 

「これが噂の鮒寿司か」

「不思議なにおいね。……久遠姉さまは人の食べ物じゃないって言ってたけど」

「お姉ちゃんは本当に嫌いだからねぇ。あ、二人とも無理そうだったら別の料理準備するから言ってね」

「……うむ、うまい!」

「私も平気だから気にしないで大丈夫よ」

 

 そんな感じで食事は続き、会話も弾む。

 

「二人の仲の良さは三河でも有名だぞ」

「えぇ、そうなんですかっ!?」

「あはは、嬉しいねまこっちゃん!」

「う、うん。でも少し恥ずかしくない?」

「全然っ!」

「ふふっ、市ちゃんらしい反応ね」

「で、でも、お二人のことも有名ですよ。天下に最も近き織田と徳川の頂点に君臨するお方ですから。それに藤十郎殿も徳川四天王に数えられていますし。東国無双の本多忠勝、知勇兼備の将榊原康政、戦国の謀狐こと本多正信、そして漆黒の鬼日向水野勝成」

「……やめてくれ、その呼ばれ方をすると背筋がかゆくなる」

「いいじゃない、私は好きよ?」

「……」

 

 葵の言葉に目を瞑り茶を啜る藤十郎を見て笑う一同。

 

「それに、お姉ちゃんからの文には葵ちゃんが羨ましいって書いてあったよ?」

「そうなんですか?」

「うん、お兄ちゃんはフラフラして全然我の元に帰ってこん!って」

「ははは、剣丞は相変わらずだな」

「藤十郎も人のことは言えないわよ」

 

 

「風呂も、布団もひとつ。それが小谷式、か」

「ふふ、まだ結ばれる前の久遠姉さまと剣丞どのもこの流れでとっても苦労したって言っていたわ」

「ふむ、今でこそ平気……平気だが、どちらも気が休まらんかっただろうな」

「そうね。私は今でも少しドキドキするわ」

「……そうか」

 

 そっと寄り添ってくる葵の肩を抱く藤十郎。自然と顔と顔が近づき接吻を交わす。月だけが部屋の中を薄らと照らす中、静かに布団へと倒れこんだ二人。雲がそんな二人を隠すように月を朧にしていた。




だだ甘でした(ぉぃ

白石は実際に史実でも家康の愛馬として有名です。
黒い毛なのに白石……不思議ですよねぇ。

戦国時代の名馬はたくさんいますが、恋姫世界ではきっと小夜叉の百段が最強の馬なんでしょうね(ぉぃ


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11話 葵との新婚旅行~浅井編その弐~【葵】

※タイトルの~~の間を書き忘れてましたので追記しております。

コメントでご意見?がありましたので少しだけ反映しております。


 いつもよりは少し遅い目覚めだろうか。隣で眠る葵よりも先に目が覚めてしまった藤十郎は、ゆっくりと身体を起こそうとする。が、腕に葵がしっかりと抱きついており、無理やり引き剥がすわけにもいかなさそうだ。葵の寝相はかなりいいのだが、肌蹴た柔らかな胸元が藤十郎の腕に直接触れており、あまりいい状況とはいえない。いや、ある意味ではいい状況なのだが。

 

「ともあれ、俺のせいなのだがな」

 

 昨晩のことを思い出し、苦笑いを浮かべる藤十郎。葵には少し無理をさせたかもしれない。

 

「……たまには良いか」

 

 再び静かにまどろみへと身を任せる藤十郎は人生においても数えるほどしか経験のない二度寝をすることにした。

 

 

「おっはよー!葵ちゃん藤十郎お兄ちゃん!」

「おはよう、市ちゃん」

「おう。おはよう。……で、何だそのお兄ちゃんって」

「お兄ちゃんはお姉ちゃんのお婿さんでしょ?だから葵ちゃんのお婿さんだから藤十郎お兄ちゃん!……いや?」

「いやではないが。まぁ、いいか。慣れてなくて驚いたが」

「えへへ、あ、お湯の準備できてるよっ!それと……」

 

 コホンと一つ咳払いをした市に首をかしげる藤十郎と葵に満面の笑みで市が言い放つ。

 

「昨晩は、お楽しみでしたねっ!」

 

 

「絶対に殴ってやる」

「ふふ、藤十郎落ちついて」

 

 葵に身体を洗ってもらいながら藤十郎が呟く。先ほどの市の言葉はどうやら剣丞が教えたものらしい。

 

「なぜか分からんが馬鹿にされた気がしてな」

「そう?市ちゃんが言ってるから私はそんなに感じなかったけど」

「市に言わせて自分は許してもらおうとしている感じが許せん。やっぱり殴る」

「本当に仲が良いわね」

「俺が唯一友と認めた男だからな」

「ホント、似た者同士ね」

「む、それは聞き捨てならんぞ?俺はあ奴のように蕩らし回ってはおらん!」

「……綾那」

「……」

「歌夜、きよ、小波、姫野。まだ数人怪しい子もいるけれど?」

「……む、むぅ」

 

 困ったような顔で何かを考える藤十郎。否定しようとしているがいい手が思い浮かばないといったところだろう。それを分かっているからこそ葵はくすくすと笑う。

 

「勿論、私は藤十郎のほうがいい男だと思うから、綾那たちの選択は仕方がないと思っているわ。……綾那と歌夜は、ね」

「あ、葵?少し力が強くなってきている気がするが」

「気のせいです」

 

 

 朝餉の後、なにやら妻は妻同士で話があるということで葵は市と何処かへ行ってしまった。故に今、藤十郎は眞琴と二人なのだが。

 

「……」

「……」

 

 場を支配しているのは重い沈黙。藤十郎自身、別にそこまで沈黙が嫌いというわけではないが、なぜか今の状況は少し居心地が悪い。

 

「ふむ、敬称はいらんということだったから眞琴」

「は、はいっ!」

「お前、何でそんなに緊張している?」

「そ、それは……藤十郎……さんは日の本を救ってくださった英雄ですし、そんな偉大な方とご一緒していると思うと……」

 

 眞琴がモジモジしながら言うのを聞いてきょとんとした顔になる藤十郎。次の瞬間、破願して笑い出す。

 

「はっはっはっ!俺が英雄?それは買いかぶりすぎだ」

「そんなこと!」

「眞琴、俺はな。俺は自分のやりたいことをやりたいようにやっただけだ。自分自身に嘘をつかず、ただひたすらと、な。……たとえばだが、市が鬼の群れの真ん中で助けを求めていたとしよう。眞琴、お前はどうする?」

「そんなの助けに行くに決まっています!」

「だろう?俺がやったのはそういうことだ。俺は葵の天下取りを手伝いたいと思った。日の本に蔓延しつつあった鬼を駆逐したいと思った。だから戦い、打ち勝った。ただそれだけのことさ」

「……」

 

 ……何故か藤十郎の予定とは違い、さらにきらきらとした目で眞琴が見ている気がする。

 

「僕も……藤十郎さんのようになれるでしょうか?」

「どうだろうな。だが、まぁ俺のようになる必要なはいんじゃないか?俺は毎日のように葵に怒られっぱなしだぞ」

「あはは、僕も市によく怒られます」

「ならば、目指すまでも無く俺たちは似た者同士かもしれんな」

 

 そう言うと眞琴の肩を叩く。

 

「……それで、話は変わるが越前はどうなった。俺のいない間に大きく状況が変わったとだけ聞いていたが」

「はい。鬼のほとんどは駆逐し、今は少しずつ人が住める土地に戻していっている最中……といったところです。……鬼に荒らされた土地は、土地そのものがまるで腐ったかのような瘴気に纏われていて……それを払えるものと土地を開拓するもの、そしてまだ隠れている鬼を倒す者とかなりの時間はかかりそうです」

 

 眞琴の言葉を聴いてため息をつく。

 

「まだ時間は必要か。人が住めるようにするためならば徳川も力を貸すことを惜しまん。葵も知っているだろうが、一応俺からも伝えておく」

「ありがとうございます」

「しかし……確かお前も剣丞に蕩らされた一人だったな?」

「たらっ!?……お兄様は確かに僕たちの夫でもありますが……」

「はっはっはっ!やはり剣丞は蕩らしの君だな。葵には俺も同類だといわれたがやはりそんなことはないな!」

「……そうかなぁ。お兄様に似てると思うけど」

「ん、何か言ったか?」

「い、いえ何も!」

「まこっちゃーん!藤十郎お兄ちゃーん!」

 

 門のほうから葵と市が歩いてくる。市は楽しそうに満面の笑みで手を振っている。

 

「市、おかえり。楽しめた?」

「うん、勿論!」

「おかえり、葵。楽しかったか?」

「えぇ。あんなお店、初めていったわ」

「葵ちゃん、お仕事忙しくて普段城から出られないだろうから、色々なお店見て回ったの!まこっちゃんもお兄ちゃんと仲良くなれた?」

「うん。……で、いいですよね?」

「あぁ。少しは分かり合えただろう。憧れているといわれたときは驚いたが」

「と、藤十郎さん!?」

「あー、まこっちゃんって公方様にも憧れてたし双葉様にもあこがれてたもんねぇ。有名人に弱いタイプだーってお兄ちゃんが言ってたよ」

「たいぷ、という言葉は分からんがなんとなく眞琴がどういう性格なのか分かった気がするな」

「と、藤十郎さんまで!」

 

 

「もう行っちゃうの?」

「うむ。まぁ、なんだかんだで一週間ほど滞在させてもらった。堪能させてもらったよ」

「そっか。またいつか遊びに着てね!」

「ふふ、次は市ちゃんたちが私たちのところに来てくれたら嬉しいわ」

「うん!そのときはまこっちゃんと一緒に、ね!」

「ちゃんと小谷式の部屋割りにしておくさ」

「ふふ、藤十郎兄様ったら」

「……結局まこっちゃんも兄様呼びになったんだねぇ」

「……ごめんね、市ちゃん」

「ううん!私も藤十郎お兄ちゃんのことは好きだしいいよ!それに旦那様はまこっちゃんとお兄ちゃんだし」

「……よし、話は尽きんが行くとするか」

「えぇ。それじゃ、二人とも」

「またお会いしましょう!」

「またねー!二人ともー!」

 

 小谷を離れ次なる地を目指す。次は最大の同盟国である剣丞率いる織田の安土である。

 

「今は剣丞たちも安土にいるらしいな」

「えぇ。久遠姉さまとも直接お会いできるわ」

「それは楽しみだな」

 

 再び白石に二人で乗り、ゆっくりと安土を目指して進んでいった。




私も葵ちゃんといちゃいちゃしたいです(ぉぃ


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12話 葵との新婚旅行~織田編その壱~【葵】

なにやらオマケ予定の後日談が本編を超える計算になってきています。
いいのかなぁ(今更


 安土の地に久遠が築いた城、安土城。これまでには見られなかった多くの建築技術や趣向が施された城で、恐らくはこれから先の城の手本になっていくのではないかといわれている名城の一つに数えられている。白石に揺られながらのんびりとその地を目指す藤十郎一行は、遠目に見える城を見て感嘆の声を上げていた。

 

「凄いわ……」

「うむ。石垣の高さは噂には聞いていたがあれ程とはな。まぁ御家流で一撃で粉砕してしまえば……」

「藤十郎」

「すまぬ」

 

 すぐさま、城攻めを考えてしまうのは武士故なのか、それともただ単に藤十郎が戦馬鹿なのか。答えは全員が口を揃えて片方を言いそうではあるが。

 

「聞くところによると居住する天主、と聞く」

「天守閣だとあまり住むのには適していないのだけれど……流石は久遠姉さまといったところかしら」

「だな。剣丞もいることだ、あの珍妙な知識の中にいいものがあったのやも知れんしな」

 

 ゆっくりとだが、確実に近づいてくる城を見ながら他愛も無い話をする二人。

 

 

 そして、あっという間に城門にたどり着いたわけだが。

 

「誰だ、名を名乗れ!」

 

 笠を深く被った兵の一人に止められる。葵が口を開こうとするのを制するとひらりと馬から降り、当たり前のように兵の頭を殴る。

 

「いてっ!?も、問答無用で殴らなくてもいいだろ!?」

「五月蝿い。餓鬼のような悪戯をする貴様が悪い。……久しいな、剣丞」

 

 兵が深く被っていた笠を取ると下から出てきたのは天下御免の大蕩らしと呼ばれている新田剣丞の顔が出てきたのだった。……藤十郎も同じように民草に思われているのは知らないらしいが。

 

「剣丞どの!?藤十郎、殴ることはないでしょう」

「餓鬼の悪戯には拳骨と相場が決まっている」

「ははは、まぁ悪戯したことは間違いじゃないからいいんだけどさ。いらっしゃい、藤十郎、葵」

「剣丞どのもお元気そうで」

 

 葵を優しく馬から下ろす姿をニヤニヤしながら見ている剣丞。それに気付いた藤十郎が拳を振り上げるより早く。

 

「さ、じゃあ案内するよ。面白い造りだからエーリカとか凄い喜んでたよ」

「逃げたな」

 

 

「城の中に寺院があるのか?……ふむ、変わっているな」

「えぇ。しかも形上、この道を通って城まで行かなくては行けなさそうね」

「正解。百々橋口側から行くなら絶対にここは通ることになるよ」

「こういった普通では思い付かんことが出来るのは久遠どのの強さだな」

「藤十郎は久遠姉さまのこと、結構評価しているわよね」

「あ、それ俺も思ってた」

「む、正しく評価しているだけのつもりだが。俺は言葉を交わし、世の雀たちが囀るようなうつけものには見えんかったからな。遥か未来を見据えた……そう、葵と同じような印象のほうが強かった」

 

 藤十郎の言葉を聞いて笑う剣丞。

 

「あはは、ないない。久遠が未来を見据えた行動をしていたのは間違いないけど、葵とは違うよ」

「おい、剣丞。俺の嫁を馬鹿にしているのならば相手になるぞ」

「……ふふ、藤十郎ったら」

「ち、違うって!だからその刀しまってー!!」

 

 

「おぉ!葵に藤十郎!すまんな、我も出迎えに行きたかったのだが」

「いえ、剣丞どの自らご案内して頂けただけでも光栄です」

「久しいな、久遠どの」

「うむ、どうだ、面白い城だろう?皆の意見を取り入れ造り上げた城だ。道中剣丞が何か失礼をしてなければいいが」

「ちょ、久遠、それひどくない?」

「そうだな、途中で久遠どのの悪口を言っていたくらいか?」

「ほぉ、剣丞。後でそのことは詳しく聞かせてもらうぞ?」

「藤十郎!?」

「ふふ、本当に仲がよろしいですね」

「そういう貴様こそ、夫婦仲については市から聞いておるぞ?」

 

 そういって、文らしきものをぴらぴらと振る。

 

「……まさか早馬でも出したのか?」

「うむ、二人が到着するよりも先に事前に知らせるためのものだったのだが、市から色々と聞いておるぞ。なにやら二人から兄と慕われたそうだな」

「え、そうなの?藤十郎って本当にすぐ蕩らすよな」

「「「お前が言うな」」」

 

 三人の声が重なった。

 

 

 その日は歓迎の宴が剣丞隊の面々や、重臣たちも集まって盛大に執り行われた。

 

「おう、久しいな藤十郎」

「ご無沙汰しております、藤十郎どの」

「壬月に麦穂か。戦場以外で会うのは本当に久しいな」

「……同盟を結んで安心したぞ。貴様が攻めてくると聞いて私と麦穂がどれ程気を揉んだか」

「敵には回したくない相手と心底感じさせられましたからね」

 

 関ヶ原での戦いのときのことを言っているのだろう。全てを食い破るような勢いの藤十郎の無双振りは今となっては語り部の唄のようにもなっているという。

 

「一部ではいい子にしていなければ鬼日向が出るぞ、とまで言われているそうだ」

「おい、俺は化け物の類か」

「……ふふ、あながち間違いでもない気がしますが」

 

 麦穂が苦笑いで呟く。

 

「それはそうと……あ奴は元気にしておるのか」

「桐琴か?あぁ、元気にしているぞ。最近は母上と昼間から酒を呑んでいるか、二人で鬼探しにぶらりと数日居なくなったりしている」

「……全く変わっていませんね」

「あ奴らしいといえばらしいか。たまには織田にも顔を出せと言っておいてくれ。……小夜叉も表には出さんが少しは寂しがっているようだからな」

「伝えておこう」

 

 

 二人が去った後も挨拶に来る重臣たちと言葉を交わす藤十郎。離れたところでは葵も同じように対応しているようだった。

 

「楽しんでる?」

「まぁ、な。……お前はこんなところにいていいのか?田楽狭間の天人どの?」

「うわ、めっちゃ懐かしい上に凄い他人行儀な言い方!」

 

 そんなことを言いながら酒を酌み交わす。

 

「で、だ。剣丞」

「ん?」

「子はまだか?」

「ぶっ!!」

 

 ちょうど飲んでいた酒を噴出す剣丞。

 

「何を驚く」

「いや、突然言われたら驚くだろっ!?……ま、まだだけど」

「お前、嫁何人だ」

「えっと……」

「いや、まぁそれはいいんだが。そろそろ跡継ぎを作っておけ。北は北条、武田、上杉中心に恐らく抑えも攻めもいけるだろう。だが、これからお前たちは南下だろう」

「だね。剣丞隊は近々毛利攻めだね」

「西国には綾那と並び称される西国無双も居ると聞く。詳しくは知らんがお前もいつ死ぬか分からん」

「……」

 

 黙りこむ剣丞。確かにこれまでのようにはいかない大国、強国揃いだ。

 

「だからこそ、早く久遠どのに種を仕込んでやれ」

「ぶっ!!」

 

 再び噴出す剣丞。

 

「ひょ、表現が生生しいって!」

「だが、やってないわけではあるまい?」

「……ま、まぁそうだけど」

「一緒に居られる時間は限られている。ならばその時間を大切にしろ。俺が言うまでもないがな」

「藤十郎……」

「まぁ、何が言いたいかというと」

 

 がっと肩組むと。

 

「我が子は可愛いぞ」

 

 にやりと笑って藤十郎はそういった。

 

 

「久遠姉さまと二人で、というのも久々ですね」

「だな。基本的には誰か供が居るか評定などが多いからな」

 

 宴の席を辞して二人で個室に入りゆったりと酒を交わしていた。

 

「……」

「ふふ、昔の葵からは考えられないような顔をするようになったな」

「そ、そうですか?」

「あぁ。今、藤十郎のことを考えておっただろう?」

 

 そういわれて顔が朱に染まるのが分かる。それは酒が回ったからではないだろう。

 

「私は……変わったんですね」

「うむ。間違いなくいい方向に、な」

 

 笑うとくいっと杯を傾ける。

 

「久遠姉さまはお子はまだなのですか?」

「っ!」

 

 噴出しそうになるのを寸でのところでとどまる。

 

「あ、葵、貴様……」

「ふふ、してやりました」

「我を挑発するとは成長したな」

「鍛えられましたから。……ですが、今後のことを考えると……」

「……」

 

 南征は波乱に満ち溢れているだろう。剣丞と藤十郎を中心とした同盟は確かに強大であり、圧倒的な軍事力も持っている。

 

「四国の覇者は藤十郎が抑えると言っています。ですが、南征への合流はかなりの遅れが出ると悠季は予想しています」

「……うむ。詩乃や雫も同じ意見のようであったな」

「出られるのでしょう?剣丞さまは」

「あぁ。恐らく止めても無駄だろう」

「そういう意味では藤十郎と同じですね。……お互いに厄介な殿方に惚れてしまいましたね」

「だな。……だが、いい男だ」

 

 久遠の言葉に葵は目を丸くする。

 

「久遠姉さまの口からそんな言葉が聞けるとは葵は思っても見ませんでした」

「ぬかせ。……しかし、子、か」

「はい。藤千代が生まれ、次の世代というものを本当に身近に感じることが出来るようになりました。……同盟の長として、徳川の頭領として、そして母として。天下泰平を早く見たい、そう思えるのです」

「……デアルカ。藤千代は息災か?」

「えぇ。次に久遠姉さまにお会いするのはいつになるかは分かりませんが、何れは挨拶にも参ります」

「楽しみにしておるぞ。……しかし、子か」

「嫁の方々は……」

「まだ誰も孕んでおらぬな」

「向後のことを考えれば久遠姉さまが一番に子を為していただきたいというのが個人的な意見です」

「それは、政治的な意味でか?」

「いえ、同じ女として、です。私も一足先に子を為しましたが、綾那や歌夜に先を越されていたら……」

「……むぅ、確かになにやらもやっとするな」

「ふふ、でしたら久遠姉さまのほうから剣丞どのにお願いしてみては?」

「願い?」

「子を、と」

 

 次は久遠が顔を真っ赤にする番であった。




剣丞種無し説(ぉぃ

少し生々しい話になってたかな?

ちなみにですが

西国無双は立花宗茂。
四国の覇者は長宗我部元親。

個人的に宗茂よりも道雪のほうが有名な気が雷切持ってるし。

はっ!九州まで書いてしまうと立花誾千代まで書きたくなってしまう!
大変だー!(ぉぃ

あ、この作品はフィクションです。実在の人物、団体などとは違いますので時代は入り乱れております(今更


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13話 葵との新婚旅行~織田編その弐~【葵】

 次の朝。

 

「……む、あのまま寝てしまったか」

 

 隣でスヤスヤと眠っている剣丞と周囲の惨状を見て藤十郎が呟く。彼らの周囲以外は片付いていることから気を利かせて二人の周囲だけそのままにしておいたのだろう。

 

「剣丞、おきろ」

「うーん……詩乃、あと五分……」

 

 そういって腕を引っ張ろうとする剣丞に苦笑いを浮かべながら藤十郎は迷わず拳を振り下ろす。

 

 

「いってぇっ!?な、何っ!?」

「おう、起きたか」

「って、藤十郎?……あ、あのまま寝ちゃったか」

「みたいだ。……貴様、朝はいつもあんな感じなのか?」

「あんなって?」

「えぇ、いつもあのような感じですよ」

 

 背後から聞こえてきたのは詩乃の声。

 

「詩乃、おはよう」

「おお、詩乃か。昨日は話す間がなかったからな。元気にしておったか?」

「はい、藤十郎どのもご健勝そうで何よりです。……お世継ぎもお生まれになられたと。直接お祝いを申し上げておりませんでしたね。おめでとうございます」

「ありがとう。……しかし剣丞はいつもこのような感じなのか」

「えぇ。毎日毎日、私やひよやころが起こして差し上げますが……」

「え?え?俺何かした?」

「……自覚無しか」

「末恐ろしい方でございますよ」

 

 そんな会話をしながら、今日は藤十郎は剣丞隊へとお邪魔することとした。葵は仕事をしていないと落ち着かないらしく、久遠の手伝いをするといっていた。

 

 

「お頭ぁ~!おはようございますぅ~!って、藤十郎さんっ!?」

「おう、ひよ子、だったか。久しいな」

「藤十郎なのーっ!」

 

 そういって飛びついてきた鞠を優しく抱きとめる。

 

「鞠どの、久方ぶりですな。また一段と立派になられて」

「うん!藤十郎、鞠は鞠でいいの」

「はっはっはっ!鞠どのは今川のお屋形様でしょう。それと、剣丞の嫁になられたのでしょう?俺に抱きつかれたりしては剣丞がやきもちを焼きますよ」

 

 頭を優しく撫でながら言う藤十郎。

 

「……なんか、以前にお見かけしたときとはだいぶ雰囲気が違いますね」

 

 転子が剣丞に耳打ちする。

 

「まぁ、戦場であったりが多かったからね。でも、なんていうか……」

「……鞠ちゃんと並んでると、その、なんというか……」

「親子みたい、ですわね」

 

 剣丞が言いよどみ、ひよ子も同じく戸惑っている間に梅が全員の感想をはっきりという。

 

「剣丞ぇ~」

 

 鞠がとたとたと剣丞の元へと走ってくる。

 

「ん、どうした?」

「藤十郎に抱きついてごめんなさいなの。鞠、剣丞のお嫁さんなのに」

「あはは、いいよいいよ。藤十郎ってお兄ちゃんみたいな感じなんだろ?」

「そうなの!泰能と同じでとっても頼りになるの!」

「藤十郎、もしかしてたまに今川の手伝いとかしてるの?」

「ん、あぁ。葵が凄く気にかけておるからな。あの辺りは朝倉と同じく鬼が棲みやすい土地になってまっているようだから俺が出張って時折、な。ついでに家中の仕事も少しばかり」

「ころちゃんころちゃん、藤十郎さんって森一家とは違ったんだね」

「ちょ、ひよ!?聞こえたら怒られるよ!?」

「聞こえておるぞ。……森と一緒、か。言いえて妙かもしれんな、なぁ詩乃?」

「どうでしょう。森一家よりは常識が通じると思いきや、戦場では森一家よりも手がつけられず、ですが書や茶などにも精通している、と幽どのからもお伺いしております」

「茶の湯や書などは武家の嗜みだろうて。そのくらい森一家にも……」

「出来る、と?」

「……むぅ」

 

 詩乃の言葉に思い浮かべた桐琴や小夜叉には正直できそうな想像が思い浮かばず唸る。

 

「ははっ。まぁ、今日は藤十郎が剣丞隊の仕事の手伝いと鍛錬をしてくれるそうだから皆、がんばろう」

「……ちょ、ちょっとお頭?今なんていいました?」

 

 ガクガクと震えながらひよ子が剣丞に聞き返す。

 

「え、藤十郎が一緒に仕事の手伝いとかしてくれるって」

「いや、お頭その次ですっ!!」

 

 転子も同じように少し震えながら訊ねてくる。

 

「鍛錬してくれる……はっ!?」

「「「剣丞さまぁっ!?」」」

「ふっふっふっ、覚悟しておれよ、本気で扱いてやろう」

 

 

「あ、あのぉ、出来れば少し手を抜いてもらえたり……」

「ならん。鍛錬の意味がなかろう。代わりといっては何だが、全員で構わんぞ」

 

 愛槍を肩にポンポンとしながら藤十郎が言う。

 

「け、剣丞さま、私と雫がここにいると巻き込まれて死んでしまいますが」

「ま、まさか、藤十郎もそこまで……あ、だめだ」

 

 剣丞が藤十郎を見ると見る見るうちに気が跳ね上がっていくのが分かる。それはまるで壬月が御家流を撃つときと同じ化け物というにふさわしいものだった。

 

「おーほっほっ!ハニーには指一本触れさせませんわ!」

「鞠も行くのっ!」

「……なぜでしょう、梅さんがとても頼もしく見えます」

「詩乃、流石にそれは……」

「雫は違うのですか?」

「……」

 

 黙りこむ雫から視線を藤十郎に戻す。……正直見ているだけでも震え上がるほどの闘気を漲らせた藤十郎。対するこちらは剣丞隊全員。そう、一般の兵も含めた全員だ。

 

「あのぉ、御家流で全員一撃で吹き飛ばされるとか無いですよね?」

「……本気出されたらあり得る」

「お頭ぁっ!?」

「さ、準備も整ったようだな。はじめるとしようか。水野家御家流」

 

 ……鍛錬は十分ほどで終わったという。

 

 

「その程度では南征の際に苦労するな」

「な、何だよあの御家流……!?」

「ん、昔使っていた奴が鬼になったあとに変わってなぁ」

「藤十郎強すぎなの……」

 

 うにゅうとでも効果音がなりそうな雰囲気で鞠が呟く。

 

「それで全員生きてるってのも驚きだよ」

「峰打ちだからな」

「槍に峰打ちがあるかどうか、疑問ではありますが……もう今は考えが纏まりません」

「同じく、です」

 

 軍師組が息も絶え絶えに言う。

 

「主戦場に出ることは無かろうともう少し体力をつけたほうが良いな。強行軍に何処まで耐え切れるか今のままでは分からん」

「返す言葉もありません」

「ひよ子、転子の二人は部隊運用は問題なかろう。ただ状況によっては『命を賭ける』場所の見極めを出来るように、な」

「「は、はいっ!!」」

「梅は戦場の見極め、個人の武、共に高いところまで来ているな。腕はまだまだ鍛えようがあろう。自分が動けぬ状況を考え、ひよ子辺りに指示の出し方などを教えろ」

「わ、分かりましたわ」

「鞠どのは個人の武は問題ありませんな。場合によっては俺と同等ですから。俺から伝えられることはほとんどありませんな」

「分かったの!」

「剣丞、貴様には」

 

 厳しい言葉を予想していた剣丞はその予想が外れることになる。

 

「成長したな」

「……え?」

「自力も上がっている。全体を見る力も強くなっている。まぁ、腕前はまだまだ鍛えようがあろうが。……成長したな」

「藤十郎……」

「だが!」

「……えっ?」

「その程度では嫁たちは守れんぞ。今俺が本気で嫁たちに襲い掛かったとして止められるか!」

「ちょ、ちょっと待てよ!それ止めれるの日の本で何人いるんだよ!?」

「だが、嫁たちはきっとお前に守ってほしいと思うはずだが?」

 

 視線を感じ剣丞が振り向くと何故か全員期待したような目でこちらを見ている。

 

「……」

「さぁ、どうする」

「……と、藤十郎、勝負だっ!」

「うむ、それでこそ漢だっ!!」

 

 

「それで、剣丞どのをボコボコにした、と?」

「いや、葵それは違うぞ。あれは鍛錬の一種で……」

「そう言うことを言っているんじゃないわ。互いに同盟の盟主たる存在であることを理解しているのかしら?」

 

 正座して藤十郎が葵に詰問されている。傍では苦笑いを浮かべながら剣丞が久遠から塗薬を塗られているところであった。

 

「大体藤十郎は……」

「ふふ、本当に仲がいいものだ、な!」

「いてっ!久遠、もうちょっと優しく!」

「五月蝿い。男ならこれくらい耐えろ。葵、それくらいにしてやれ。剣丞にもいい薬になっただろう」

「ですが久遠姉さま……」

「我が良いといっておるのだ。ほかのものにもいい経験になっただろう」

「ま、確かにね。目で見るのと耳で聞くの。そして自分の身で経験するのじゃ全然違うからね」

「葵、久遠どのも剣丞もこういっていることだ」

「と、う、じゅ、う、ろ、う?」

「……はい」

「くくっ……あの鬼日向を立派に尻に敷いておるじゃないか」

「久遠姉さま!」

「ははっ、すまぬすまぬ。だがよい経験になっただろうというのは事実だ。兵の練度というのはどれだけ質のいい戦いを経験できるかによるからな。鉄砲以外の練度は剣丞隊はどうしても低いのも事実だ」

「……そこまで仰るのでしたら。……ただ藤十郎は、しっかりと反省しなさい」

「わ、分かった」

 

 

 その日の夜は剣丞、久遠、結菜、藤十郎、葵の五人での食事となった。

 

「久々に結菜どのの作った食事を食べるが流石だな。……ふむ、どこか葵の料理と似ている気がするが……」

「っ!」

「ふふ、その理由は秘密、よね?葵ちゃん」

「そうですね、結菜さん」

 

 首を傾げながらも食事を続ける藤十郎。結菜の元に暇を見つけては料理を習いに行ったり、逆に結菜が教えにきたりしていたことは剣丞や久遠は知っているが藤十郎は知らなかったりする。

 

「今日は二人は同じ部屋で構わんな?」

「あぁ。そうだ、勿論小谷式で構わんぞ」

「……市め、余計なことまで言いおって」

「ははは、仕方ないだろう。俺も葵と結婚したばかりの頃は悠季の仕掛けになんど困らされたことか」

「あら、でも葵ちゃんはずっと藤十郎のこと……」

「ゆ、結菜さん!?」

「バレバレだったよねぇ。藤十郎もだけど」

「む、俺が何だって?」

「いや、葵のこと好きなのバレバレだったよなって」

「隠したつもりはないが。まぁ、自分で葵のことを愛していると自覚できたのは剣丞、お前のおかげだったがな」

「え、俺?」

「ふふ、覚えておらんのなら気のせいかもな」

 

 

「昨日、どんな話をしたの?」

「剣丞とか?……早く世継ぎを作れって」

「……ふふ、藤十郎らしいわね」

「あ奴は種無しの噂が出るぞ。……そんな気はせんのだがなぁ」

「藤十郎だって、私以外はまだでしょう?」

「む、それを言われては弱いが……藤千代がいるからな」

「ふふ、本当に藤千代が好きよね、藤十郎」

「葵と藤千代、どちらかを選べといわれると困るが……そうだな、二人とも助けて俺も生き残る」

「わがままね」

 

 そういって笑う葵を抱き寄せる。

 

「悪いか?」

「ううん、藤十郎らしいわ」

 

 藤十郎の胸元に頬を摺り寄せる葵。

 

「……葵、いいか?」

「……えぇ」

 

 二人の影が静かに重なっていく。そして夜は更けていく。




この外史だと、新婚旅行を日本で初めてしたのは葵と藤十郎ってことになりますね。

ちなみに坂本竜馬が日本初の新婚旅行者だそうです。


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14話 葵との新婚旅行~織田編その参~【葵】

オマケ程度なのですっごく短いです。


「世話になったな」

「楽しかったです、多くの歓迎感謝致します、久遠姉さま」

「おけい。我も葵とこれほど深く話をする機会はなかったからな。我にとっても有意義な時間であった」

「だね。藤十郎にボコボコにされちゃったけどいい経験になったよ」

「ははは、次は俺を超えて見せろ」

「いや、さすがに無理だろ!?」

 

 笑いながら肩を叩く藤十郎に笑いながら言う剣丞。

 

「ふふ、二人とも我らにはあんな雰囲気はなかなか見せんからな。正直、羨ましくもある」

「ですね。……久遠姉さま、火急の際には直ぐに連絡を。我ら徳川は予定通り四国を攻めますが、陸路側にも大大名の毛利なども居ます。全面戦争となると……非常に厄介な相手でしょう」

「うむ。だが、我ら織田とて猛将揃いであるからな。出来得る限り被害を減らすよう進めるつもりだ。出来れば穏便に、な」

「四国は戦う気のようですから、我らも……」

「ははは、葵と久遠どのは気がつくと仕事の話ばかりしておるな」

「「あ」」

 

 藤十郎に言われ、気がついたといった様子の二人が声を合わせる。

 

「あはは、もっと久遠も肩張らずにのんびりやればいいんだよ」

「貴様はもう少ししっかりしてほしいものだがな。……しかし、小夜叉の奴。結局姿を現さんかったな」

「構わんさ。……桐琴には近いうちに顔くらい出せと伝えておこう」

「頼む。……まぁ、あ奴が素直に来るとも思えんがな」

 

 久遠がため息交じりに呟くのを聞き流すと、白石に乗る。

 

「では、またな」

「あぁ。出来れば戦場以外で、な」

 

 

 城を出て少し進んだ辺りだろうか、差し掛かった辺りで藤十郎が馬を止めて馬から下りる。

 

「藤十郎、彼女が来たの?」

「あぁ。これだけ殺気を出しているんだ、まぁ来るだろう」

「……おい、藤十郎」

 

 そういって木陰から現れたのは小夜叉だ。

 

「おぉ、久しいな小夜叉。俺が織田にいる間まるで猫のように隠れてたみたいだが?」

「てめぇ!誰が猫だ、誰が!」

「はは、元気は有り余っているようだな。で、何用だ」

「……母は、いねぇのか」

「どうした、小夜叉ともあろう者が母恋しくなってしまったか?」

「んだと!?あいつはオレが殺すんだ!勝手におっちぬなって言ってやろうと思っただけだ!」

「桐琴は殺しても死なんさ。あいつは俺が死ぬまでは死なぬと誓ったからな」

「な、ならいいんだよ!てか、テメェとの決着もまだついてないんだ!」

「ふむ、そうだなぁ。四半刻なら遊んでやってもよいぞ」

 

 ちらと視線を葵に向ける。葵は静かに頷き返す。

 

「上等だ、コラァ!」

 

 槍を振りかざし突撃してくる小夜叉。二人の槍が交差する。

 

 

「ん、これは……小夜叉が暴れておるな」

「ってことは藤十郎かな?……また仮が増えたね」

 

 城から二人で森の付近を見下ろす久遠と剣丞。最近……といっても関ヶ原での戦いから、長い間元気をなくしていた小夜叉であったがこれで少しはましになるだろう。

 

「まだまだ、小夜叉も子ということだな」

「あはは、それ小夜叉が聞いたら怒るよ?」

 

 

「はっはっはっ!まだまだ小夜叉は夜叉にはなれんな!」

「ちくしょー!テメェ、それずるいだろ!?」

「聞こえんなぁ?俺は俺の技を使ったまでだ。……さて、これ以上嫁を待たせるわけにはいかんからな。……達者でな、小夜叉。これからの剣丞を守るのは……」

「うるせぇ。言われるまでもねぇよ!オレは剣丞の弁慶だからなっ!」

「うむ。頼むぞ」

 

 

 小夜叉がふてくされながらも見送ってくれた後。

 

「藤十郎も素直じゃないわね」

「何のことだ」

「ふふ、別にいいけど」

 

 藤十郎が小夜叉をたきつけるように戦いを始めたことを言っているのだろう。桐琴を有る意味では救い、有る意味では奪った藤十郎なりの優しさなのだろうか。その後の戦いで一切の加減をしないのはらしいといえばらしいが。

 

「それで藤十郎、次は何処に行くの?」

「京に寄って一葉どのたちと会うことになっている」

「分かったわ。公方さまなのね」

「うーむ、何か嫌な予感がする」

「……奇遇ね。私もそう考えていたところよ」




小夜叉ちゃんが話しに入りきれてなかったのでオマケです。
次は公方さまです。
きっと、おとなしく公方さましてるんでしょうね(白目


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15話 葵との新婚旅行~足利編その壱~【葵&幽】

いつの間にやら本編に追いつく勢いの後日談。

ですがまだまだ行きます!


 足利将軍家。一度は没落寸前までに追い込まれていったが、剣丞との婚姻や鬼との戦いを経て再び力を取り戻しつつあった。その後ろには間違いなく久遠や葵の力があったことも窺い知れる。

 

「おぉ、これはこれは徳川のおふた方!よくぞ参られましたな!」

 

 二条館の前で待ち構えていたのは細川幽藤孝、長きに渡って将軍家を、いや一葉と双葉を支え続けた忠臣である。彼女がいなければ久遠と繋ぎを持つ前に一葉は謀殺された可能性すらあると思われている。

 

「幽どのか。ふむ、相も変わらず胡散臭いな」

「なんと!それがしほど明瞭な人間、そうはおりますまい!」

「ぬかしおる。まさか直接お前が迎えに出てくるとはな」

「藤十郎どのはまだご自身の重要性がお分かりでないので?いやはや、剣丞どのと同じですか」

「……」

「ふふ、藤十郎の負けね」

「葵どのもご健勝そうで何よりですな。お子様は?」

「元気に成長しているわ。数年したら一葉さまにご挨拶申し上げることになると思います」

「楽しみにしておりますぞ。……ささ、おふた方の立場でしたら直接お会いできますからな」

 

 

 幽の先導に従い部屋へと通される。幽はそのまま部屋に残り、小姓が茶を運んでくる。

 

「ささ、文字通り粗茶ですがお飲みくだされ。毒見が必要であればそれがしが先に」

 

 幽の言葉を待たずに藤十郎が一気に飲み干す。

 

「どうですかな?以前よりはマシになりましたが」

「陰謀の味はせんな。どうだ、以前に比べて住み易くなったか」

「そうですなぁ。獅子身中の虫は減りました故、仕事を任せられる相手は増えましたな。……ですが、不思議と私の仕事量は増えていく一方で」

「それはどういうことなのですか?」

 

 幽の言葉に葵が首を傾げる。

 

「いやはや、お恥ずかしい話なのですが公方さまは剣丞どのや藤十郎どのと同じくご自身の立場が分かっておらぬようで。二言目には『双葉が居る故余はいらぬだろう?余は剣丞の元へ行くぞ!』とばかり。愛しの君にお会いしたいのは分かりますが……」

「ほぅ、幽は余が自分の立場を理解しておらぬと?」

 

 じと目で入ってくる一葉とそれに付き従うように微笑みを浮かべて入ってくる双葉。

 

「これはこれは!聞かれてしまうとは一生の不覚!」

「ふん、聞かせようとわざと言うておったのだろう。……で、藤十郎。戦のとき以来か」

「いや、同盟の場にも居ただろう?」

「藤十郎」

「……おりましたが?」

 

 葵が一言嗜めると藤十郎が言葉を改める。

 

「よい。余は堅苦しいのは好かん」

「ですが、一葉さま」

「余がよいと言うておるのだ。余も双葉も、久遠や剣丞、そしておぬしらが居らねば此処に居らんかったであろう。……三好や松永にでも殺されておっただろう」

「お姉さま……」

「こほん。葵、一葉どのもこう言っているのだ」

「……そうね」

「と、言うわけでだ。藤十郎よ」

「ん」

「余とし合え」

 

 

「……なんだ、槍は使わんのか?」

「俺は元々あらゆる武具を使う。いい刀も持っているのだ。剣豪将軍と殺り合うのならやはり刀だろう?」

「はっ、舐めているのか、それとも余裕か?」

 

 刀をすらりと抜き放つ一葉。あわせるように藤十郎も刀を抜く。

 

「そうだな……どちらと取ってもらっても構わんが……決まりはどうする」

「必要ないだろう。全力でやるほうが楽しいだろう」

「いやいや、一葉さま、何を仰っているかご理解されておりますか?藤十郎どのはあの東国無双の綾那どのを超えるとまで言われている化け物ですぞ?」

「だから楽しいのだろう?」

「一葉さま、本当にご自身のことを……」

「幽どの、安心しろ」

「む?」

「無傷で終わらせる」

「……ほう?面白いことを言うではないか」

 

 にやりと一葉が笑う。

 

「それ程に力の差がある、ということだ」

 

 藤十郎が返す。

 

 

「いつつ……」

「もう、無理するからよ」

 

 一葉とのし合いの後、身体中ぼろぼろの藤十郎が葵から手当てを受けていた。

 

「むぅ、いけると思ったんだがなぁ。……っつ!」

「我慢しなさい。……一葉さま相手にあんな戦い方して」

「お、おい、葵。もう少し優しくだな」

「たまにはいい薬でしょ。……でも、本当に無傷で倒したわね」

「一葉どのを傷つけるわけにもいかんだろう。人の嫁だしな」

「だからって貴方が傷だらけじゃ意味がないでしょ。もう」

「失礼します」

 

 丁寧な礼の後、部屋に入ってきたのは双葉だった。

 

「藤十郎さま、先程はお姉さまと戦ってくださって本当にありがとうございます」

 

 正座で綺麗な礼をした双葉に二人が一瞬驚く。

 

「双葉さま、頭を上げてください。私としては藤十郎が変に煽ったせいでことを大きくしてしまったのではと思ったくらいです」

「そんなことはありません。お姉さまは戦のあと、ずっと旦那様に会いに行きたいのを我慢されていて……戦にも参加できず不満を溜めておられましたから」

「それは双葉どのとて同じであろうに。……夫婦は共にあるのが一番だと思うぞ。いっそのこと、剣丞を将軍にしてしまえば早い話だろうに」

「藤十郎」

「……」

「ふふ、藤十郎さまは面白いことを仰るのですね。ですが、皆が平穏に過ごせる世を作るため、皆で戦っているのです。微力ではありますが、私もそれに協力したいと思っております」

「ご立派です、双葉さま。ですが、ちゃんと甘えられるときには甘える、それも妻としての勤めですよ」

「葵さま……ふふ、はい」

「……俺はお邪魔か?」

「あら、藤十郎居たの?」

「ずっと居たんだがな」

「ふふ、お二人は本当に仲良しなのですね」

 

 

「満足ですかな、一葉さま?」

「うむ。本当に無傷で終わらせおって……余を馬鹿にしているのか、と言いたいところではあるが」

「本当に『本気』を出されていては、流石に骨が折れそうでしたな」

「寿命が縮む、とは言っておったが余の御家流も使えるそうではないか。……ふふ、しかし久々に心躍る戦いであった」

「一葉さまは藤十郎どのをなかなか気に入られておりますな」

「うむ。アレほどまでに武に秀でた武者もなかなかおるまい。戦場であったとき、確信したわ」

「ですなぁ。あれも全て剣丞どのを成長させるための一手だったようで。いやはや、恐ろしい御仁ですな」

 

 二人で茶をすすりながらそんな会話をする。

 

「で、幽はどうなのだ」

「と、申しますと?」

「幽は主様の嫁ではなかろう。誰がしか、よい相手はおらんのか?」

「むぅ、まさか一葉さまからそのようなことを聞かれる日が来るとは思ってもおりませんでした」

「気になっている相手がおるのであれば余が一言言ってやっても良いぞ?勿論、余が認めた相手で、尚且つこの場所から離れろと言わぬ奴でなければならんがな」

「……それでは唯の我侭でしょう」

「ふん、で。どうだ、誰かおらんのか?」

「そうですなぁ。と、言いましても私の周囲の男衆は誰も彼も魅力のみの字も感じませぬからなぁ」

「分からぬでもない。幕府にはおらんだろう。で、好みの男はどのような奴だ」

「考えたこともありませぬが……そうですな、せめて風雅に通じて尚且つ苦労を分かち合えるような方が良いかも知れませぬな」

「聞いておいてなんだが、全く分からぬ」

「そう仰ると思っておりましたよ」

 

 

 そんな話をしたからだろうか。普段ならそこまで意識をしないであろう相手に、試すような気持ちで接近する。

 一人月を眺めながら酒を呑む藤十郎。手元には二つの杯があるが一人で飲んでいた。

 

「おやおや、このような善き夜に一人酒とは勿体無いですぞ、藤十郎どの?」

「ん、幽どのか。一人では味気ないと思っていたところだ。どうだ、一杯」

「それでは頂きましょう」

 

 藤十郎から差し出された酒を呑む。

 

「おぉ、これはなかなかに良い酒ですな」

「だろう?京に来たときには必ずこの酒を呑むことにしている。……葵には内緒だぞ」

「ふふ、きっとばれておりますぞ。葵どのは鋭いですからなぁ」

「ははは、それでも俺が隠しておれば何も言わんよ」

「分かり合っておりますなぁ」

「それが夫婦であろう」

 

 無くなった杯の中に再び藤十郎が酒を注ぐ。

 

「……そういえば、藤十郎どのも着実に嫁を増やしていると聞き及んでおりますぞ」

「……着実にと言うのが引っかかるが増えておるのは否定せんよ」

 

 苦笑いを浮かべて藤十郎が酒を飲み干す。それを見て幽が逆に酒を注ぎ返す。

 

「少し風が出てきたな。幽どのは寒くは無いか?」

「大丈夫ですぞ。それがしは剣丞どのに柳のようだといわれておりますれば」

 

 おどけてそんな返しをした幽。月が朧になり、遠くで雷が鳴るのが聞こえる。

 

「雨が降るか?」

「さぁ、どうでしょうなぁ。ですが、折角の善き月が隠れてしまいましたなぁ」

「だな。まぁ、屋敷の中だ。降り始めれば部屋に入ればよかろう。俺の目にはしっかりと月は見えておるからな」

「ふむ。……」

 

 そんな藤十郎を見て幽がポツリと呟く。

 

「……鳴る神の 少し(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」

「どうしたのだ、急に」

「いやはや、雷の音を聞いてふと思い出しただけですれば。お気になさらず……」

「……鳴る神の 少し響みて 降らずとも ()は留まらむ 妹し留めば」

 

 幽の言葉を切るように藤十郎の口から紡がれた歌に幽は固まる。

 

「ははは、まさか幽どのに口説かれるとは思わなかったぞ」

「い、いや、それがしは」

「からかっただけだろう?だからこちらも返したまでさ。さぁ、冷え込む前に中に戻るとしよう。折角酒で火照った身体を冷やすのは勿体無い」

「ですな。そういえば葵どのは?」

「なにやら双葉どのと話がしたいとのことでな。今晩は一人で寝ろと言われたわ」

「それはそれは。どうしてもと仰るのでしたら不肖ながらお伴しますが?」

「そんなことをしては一葉どのに殺されてしまう。『余の幽に手を出したのは貴様か!』、とな。あまり男をからかい過ぎぬようにせねば、剣丞のような男に蕩らされてしまうぞ?」

 

 冗談めかして笑いながら立ち去る藤十郎。それを見送った後、幽はため息をつく。

 

「いやはや、試した私が試されたような形になってしまうとは……」

 

 藤十郎に対して呟いた歌。そして藤十郎からの返歌。万葉集に残された作者の分からない歌である。

 

「ふふ、きっとそうなのでしょうな。藤十郎どのであれば」

 

 恐らく、意味もしっかりと理解したうえで返したのだろう。

 

「ふむ、これは……一葉さまにご相談申し上げねばならぬかもしれませんなぁ」

 

 一人呟く。再び月は顔を出し、幽を照らしていた。




万葉集に残されたこの歌は有名……だと思います。
凄くちなみにですが、昔の歌では男性には「君」、女性には「妹」と呼びかけるようになっています。
興味があったら調べてみてくださいね!


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16話 京の街、歌と杯と【幽】

 翌日。昨晩の出来事を藤十郎が笑いながら葵に話していた。

 

「……それで、話は終わったの?」

「うむ。いつもしてやられてばかりだったからな。虚を突いてやったわ」

 

 そう言いながら笑う藤十郎に軽くため息をつく葵。

 

「……今日の予定は変更するわ。私は一葉さまとの話を先倒しにすることになるわ」

「ならば俺も……」

「藤十郎は京を見て回っていて。たまには貴方も休みなさい」

「むぅ……」

 

 葵に言われてはあまり強く拒否できない藤十郎であった。

 

 

「……で、それで話は終わったのか?」

「はい。いやはや、私としたことがまさか藤十郎どのにやり返されるとは思いませんでしたなぁ」

 

 笑いながら言う幽に一葉が珍しくため息をつき、双葉は口元を隠して上品にクスクスと笑う。

 

「今日の予定は全て返上せい。葵との会談を先にすることにする」

「はて、それは構いませぬが……それを葵どのに相談せずとも大丈夫なのですかな?」

「ふふ、きっと大丈夫よ、幽。それと、幽もたまにはゆっくりと休んで京でも見て回ったらどうかしら?」

「うむ。余もそう思うぞ。ゆっくりしてこい」

「……どのような風の吹き回しで?」

「気にせんでもよい。余に任せておけば安心なことは幽も知っておろう?」

「……そこはかとなく不安があるのですが」

「ふふ、私も一緒にいますから……ね、幽?」

 

 一葉と双葉にそこまで言われては強く否定は出来ない幽。全く同じような出来事が同時に起こっていたことは葵、一葉、双葉の三人には分かっていたという。

 

 

「ふーむ。しかし休め、と言われては逆に困るものだな」

「休みと言われましても……普段ならば書などを読むところなのですがなぁ……」

 

 ブツブツと呟きながら門へと向かう二つの影。互いに何をするか考えているのか、珍しく前方に不注意な状態となっていた。

 

「「む?」」

 

 ぶつかる寸前に互いに気付き立ち止まる。

 

「幽どのか」

「おやおや、藤十郎どの。まさか」

「幽どのもか」

 

 追い払われたもの同士、直ぐに状況に気付く。……厳密には気付いていないのだが。

 

「ならば共に京を見て回らんか?酒ではないが、一人よりは楽しかろう」

「そうですなぁ。それがしも、何をして良いやら悩んでおりまして」

 

 そんな言葉を交わしながら共に歩き出す二人。それを見送る影が三つあった。

 

「……一葉さま、藤十郎がすみません」

「いや、あ奴であれば余は心配しておらん。後は本人たちの問題であろう、のう双葉?」

「はい、お姉様。私も藤十郎さまであれば信用に値すると思っております。旦那様からも……実は以前に言われていたんです」

「む?それは余も知らんぞ」

「幽とは……その、夫婦にならぬのですか、と剣丞さまにお尋ねしたことがあって。そのときに『ははは、たぶん幽は俺なんかじゃなくて……そうだな、藤十郎とかのほうが合うんじゃない?』と」

「……一葉さま、あの方は一体何者なんですか?」

「……不明、だな」

 

 

「それで、藤十郎どのは一体どのような予定だったので?」

「正直何も考えておらんかったが……そうだな、藤千代への土産になるものを見繕いたいな」

「ふむ、でしたら衣類などが売っている通りを見て回りますかな?」

「だな。で、場所分かるのか?」

「ははは、流石に京を治める将軍家に仕えているのですぞ。ささ、こちらです」

 

 

「……うーむ」

「ふふふ、藤十郎どのは藤千代どのを溺愛している、というのは風の噂では聞きましたがいやはや本当だとは……」

「はっはっはっ!子はよいぞ、幽どの。……うーむ、だがこれを買うとなると葵に怒られるやもしれん……」

「……正直、意外ではありましたが」

 

 真剣に陳列された着物や小物を見ている藤十郎を微笑みながら見る幽。

 

「お子様にですか?」

 

 店員らしき女性が声を掛けてくる。

 

「あぁ。女の子なのだが……京の流行などはあるのか?」

「そうですね……髪などは、お父様とお母様、どちらに近いかにもよりますが」

 

 幽をちらっと見て言う店員。

 

「い、いやいやそれがしは……」

「そうだな、藤千代は母親似の美人だな」

「ふふ、そうですか。でしたら……」

 

 否定しようとしていた幽に気付きもせずに真剣に店員の話を聞く藤十郎。幽が苦笑いを浮かべてそれを見る。

 

 

「いやぁ、すまんな。下調べと思っていたのだが」

「いえいえ、楽しんでいただけているようで何よりですよ」

 

 店を後にした藤十郎たちは軽く茶を嗜んだ後、目的もなく街を散策していた。

 

「しかし……よくここまで復興したものだな」

「人の力とは凄いものですな」

「ん、ここは……」

「渡月橋ですな」

「と、いうと虚空蔵法輪寺か。折角ここまで来たのだ、詣っていくか」

 

 

「そういえば、剣丞どのにお伺いしたのですが」

 

 詣りが終わり、橋へと差し掛かった辺りで幽が思い出したように言う。

 

「この橋はかっぷる……所謂恋人同士で渡ると別れるといううわさがあるそうで」

「ほぅ?確か十三詣りの折には振り返ってはならぬという話は知っているが」

「藤十郎どのが葵どのと来られる際にはご注意をば」

「はっはっは!俺と葵が別れることはない。死が分かとうとも……いや、俺は何があろうと葵よりも一秒でも長く生きるからな」

「それと別れるとは別では?」

「同じことさ。俺は自分の想いが変わらなければ良いと思っているからな。もし、葵が俺と居るのが辛いのであれば離れる。が、それでも俺が葵を愛しておることは変わらぬだろう。それ以前に、橋に呪いがかっていようと、必ず俺たちは元に戻るさ。……瀬を早み 岩にせかるる 滝川(たきがは)の われても(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ、という奴だよ」

 

 藤十郎の言葉に納得したように幽が頷く。

 

「しかし、藤十郎どのがそこまで歌などにも通じているとは知りませんでしたぞ」

「悠季の相手もしているのだぞ?そのくらいは常識であろうて。まぁ、必要なければ振り返る必要もない。行くぞ、幽どの」

「はい」

「折角出逢った縁だ。俺と幽どのの縁も切れぬように振り返らぬように、な?」

「面白いことを仰る。やはり藤十郎どのも蕩らしの君でしたか」

「む、最近よく言われるのだがどういう意味だ。俺はあ奴みたいに誰でも彼でも声を掛けて回っているわけではないぞ?」

「……無自覚とは、時に罪ですぞ」

 

 そんな言葉を交わしつつ橋を渡る。

 

「特に問題はなかったな」

「ですな。まぁ分かっておりましたが。……というかそれがしと藤十郎どのは夫婦ではありませぬ故」

「ははは、確かにな。では、夫婦ではない男女が渡ればどうなるのだ?」

「さて?そのような話は聞いておりませぬな」

「逆に結ばれるのか?……ならばそれはそれで面白い話ではあるが。……そういえば」

「なんです?」

「幽どのは古今伝授の受け継いでいるとか」

「稚拙なれど一応は。興味がおありで?」

「ないといえば嘘になるな。まだ時間はある、折角此処まで来たのだ。何処かで話でもしていこうか」

「ふふ、よいですぞ」

 

 

「……で、帰ってきたと?」

「うむ。偶然ではあったが面白い時間だった」

 

 帰ってきた藤十郎から話を聞いた葵が頭を抱える。

 

「……藤十郎、貴方が昨日と今日やっていることの意味、分かっている?」

「む?……俺が何かしたか?」

「……はぁ。もういいわ。私と一葉さまたちとの間である程度話はついているから」

「何を言っておる?」

 

 

「幽、お前は馬鹿か?」

「な、何ですと!?一葉さまにそのように言われてはそれがしはなんと返してよいか……」

「お姉様、幽は自分の気持ちにしっかりと気付いていないのでは?もしくは……気付いていない振りをしているか」

 

 双葉の言葉に幽が口を閉ざす。

 

「……葵と話はつけておる。幽、好きにせい」

「と、いいますと?」

「藤十郎と結婚したいのならばせいと言っている。余にここまで言わせるな」

「……は?」

 

 一葉の言葉に驚く幽。

 

「……もしかして、幽は本当に自分の気持ちに気付いていないのかしら?」

「やれやれ、余や双葉にあれこれ言う割には未通女であるからな」

「な、なんという物言いをされるのです、一葉さま!」

「事実であろうて。全く、藤十郎も頼りがいがあるのかないのか……」

「ふふ、そう言うところも旦那様と何処か似ていると私は思いますが」

「日の本が誇る二大蕩らしであるからな。……幽、藤十郎が滞在するのは長くはない。しかと話をせい」

 

 

 昨晩と同じ場所で全く同じように一人で酒を呑む藤十郎。その傍らには同じように二つの杯が置かれていた。

 

「おやおや、連日一人酒ですかな?」

「はは、これはこれで風流であろう?幽どのが来なければ月と語っていたさ。そのための杯だ」

 

 既に注がれていたもう片方の杯を笑いながら幽に差し出す。

 

「どうだ、一献」

「……頂きまする」

 

 

 言葉もなく静かに月を見る藤十郎と幽。だが、間に流れる空気は心地よいと感じるものであった。

 

「葵から何故か怒られたよ」

「ほぅ?それはそれは。それがしも一葉さまと双葉さまに怒られましてな」

「奇遇だな」

「ですな」

 

 再び沈黙が包む。

 

「……幽どの。気持ちというのはよく分からぬと思わぬか?」

「気持ち、ですか?」

「うむ。自分の心であるのに自分の思ったようにならなかったり、予想しているのとは違う方向へと進んだり。……それこそ柳ではないか?」

「心が柳、ですか。……そうかも知れませぬな。私も自分の気持ちが分からないことがありますれば」

「皆、そうなのだろうな。だからこそそのときの気持ちを歌にする」

「……そう、ですな」

 

 言葉を切ると共に二人の間を優しく風が吹き抜ける。それと同時に幽の口から自然と歌が紡がれる。

 

「いにしへも 今もかはらぬ 世の中に こころの種を 残す言の葉」

「……ん、知らぬ歌だな。……まるで、辞世の句ではないか」

「そのように聞こえましたかな?」

「うむ。……が、俺は嫌いではないな」

「私の道はまだまだ多難ですゆえ。誰か一人にでもこの歌を聞いておいて貰わねばと」

「ははっ!俺は長生きするからな。相手は間違いではないな」

 

 笑いながら酒を飲み干した藤十郎。

 

「まぁ、その歌の必要はあるまいて。いや、伝えるべき相手に伝えろ。俺はまだまだ修羅の道を行かねば成らぬだろうからな」

「……そうですな」

「どうだ、共に怒られたもの同士。部屋でもう少し話でもしていくか?」

「……ふふ、それも良いかも知れませぬな」

 

 

「……えぇい!何をやっておるあ奴ら!余が行って……」

「ちょ、ちょっと一葉さま!?落ち着いてください!」

「お姉様!あれが藤十郎さまと幽の距離感なのではないですか?小夜叉さんと旦那様のような」

「むぅ……はっきりせん奴らだ」

「……あら、二人で部屋に……?」

「よし、ゆくぞ」

「「えっ!?」」

 

 部屋へと近づこうとする一葉を双葉と葵が止める。

 

「ちょ、ちょっと一葉さま!流石にそれはいけません!」

「そうです!お姉様は少し落ち着いてください!」

「えぇい!余の幽を傷つけるようであればたたききってくれる!」

「ちょっと一葉さま!?話し合いを忘れてません!?」

「はーなーせー!!!」

 

 

「……」

「……」

「……ふふふ」

「……申し訳ございませぬ、藤十郎どの。ウチの暴れん坊公方が」

「ははは!いいのではないか。愛されておるではないか」

「……はぁ、一葉さま。邪魔をするのか応援するのか、どちらかにしてくだされ……」

 

 苦笑いを浮かべながらも何処か嬉しそうな表情の幽を満足げに眺めながら藤十郎は酒を呑む。そして、笑いをこらえきれずに大笑いをし、そこに一葉が乱入し。

 

 京の夜は楽しく過ぎていく。




某映画で有名になっちゃった(?)ものが出てきてますがお気になさらず(ぉぃ

幽が最後に歌ったものは実際に辞世の句として残っているものです。
厳密には死んでいないのですが。

興味のある方はまた調べてみてくださいね!

戦国きっての凄腕だったりします、幽は。


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17話 葵との新婚旅行~足利編その弐~【葵&幽】

 翌日、漸くといって良いのか分からないが、藤十郎と葵は二人で京観光をして回っていた。

 

「葵、どうだ!これならば藤千代に似合うとは思わんか!」

「はいはい。でも、藤十郎はホントに南蛮物がお気に入りよね」

 

 京にも少しずつではあるが流れてくるようになった店で葵が苦笑いで藤十郎が手に取った服を見る。

 

「いやぁ、剣丞から見せられてな。葵と同じ綺麗な髪をしているのだ。似合うだろう?」

「……もぅ。そんなこと言って貴方仕事やどこかに行く度に藤千代に何か買ってくるじゃない」

「む、し、しかしだなぁ」

「駄目とは言わないけど買いすぎないこと。藤千代は何れ私たちの後を継いで日の本を守っていくのよ?」

「……う、うむ」

 

 そんな会話を交わす二人を店員の女性たちはクスクスと楽しそうに見守っている。

 

「でも、これはいいわね」

「だろう!?」

「もう。……どちらにせよお土産は買っていくつもりだったからいいわよ」

「うむ!……ん」

 

 チラッと何かを見た藤十郎が反応する。

 

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。じゃあコレを買ってくるから少し待っていてくれ」

「ええ」

 

 

「久遠姉さまから聞いてはいたけれど、美味しいわね」

「だな。俺も南蛮菓子といわれどんな珍妙なものが出るかと思ったが」

「ふふ、久遠姉さまから金平糖を頂いたときは驚いたわ」

「あぁ、アレか。俺も少し驚いたな。しかしこのかすていらとやらも美味しいな。うーむ」

「藤千代はまだ食べられないわよ?」

「さすがに分かっている。だが、綾那や歌夜、悠季辺りにも食べさせたいとは思わんか」

「……そうね。さすがに私たちのところまではあまり南蛮のものは流れてきていないから」

「そういえば、剣丞が商売を始めたといっておったな」

「あぁ、久遠姉さまが言っていた……飛脚さぁびす、とかいうやつかしら?」

「うむ。実験的に京や三河などの間を行き来しているそうではないか」

「特別な手形のようなものを交付して関所を通ることが出来るようにしているからね」

「それに頼めば運んでくれるのだろう?」

「そうね、さすがに時間がかかるんじゃないかしら」

「飛脚便のほうをお求めですか?それでしたら少し費用はかかりますが……」

 

 

「二、三日ほどで届くのね」

「夜通し走るらしいな。交代するとはいえ見上げたものだ」

「でも良かったの?藤十郎のお金なのだから私からとやかく言うつもりはないのだけど」

「ん、仕立てで頼んだことか?いいだろう。質はそこまで落ちぬとは言っていたが、新鮮な状態に越したことはあるまい」

 

 常人であれば目が飛び出るような値段の配達を頼んだ藤十郎であった。

 

「しかし、剣丞も面白いものを考える」

「そうね。私たちも負けずに発展させていかなければね」

「っと、休みなのについ仕事の話をしてしまったな」

「ふふ、そうね」

 

 そっと葵が藤十郎の手を取る。ちらと藤十郎は葵を見ると微笑み握り返す。

 

「どうした?」

「たまにはいいじゃない?」

「だな。幼い頃を思い出すな」

「そうね……」

 

 そんな二人を道行く人たちは羨ましそうに時折男も女も見ほれたように立ち止まったりとしていた。そんな中でも空気を読めないものというのはいるものだ。

 

「おう、姉ちゃん!よかったらそんな男より俺たちとあそばねぇか!」

「……」

 

 三人の男。チビ、デブ、ノッポと剣丞ならば「うわぁ……テンプレ」といったであろう三人組だ。

 

「おいおい、アニキが声かけてんのに無視すんじゃねぇよ、あぁ!?」

「……ひっ!?」

 

 はじめに声を掛けたノッポ、絡むように威嚇するチビ、そして何かに気付き震え上がるデブ。

 

「どうしたって……ん……だ」

 

 ノッポも顔を真っ青にして後ずさる。

 

「どうした、貴様ら。俺の女になにか用があるのではないのか」

 

 藤十郎が三人組をにらみ付ける。

 

「ひ、あ、アニキ!?」

「ちっ、こっちは三人居るんだ、一気に……」

 

 そこまで言ってゾクリと背筋が凍る感覚とともにまるで刀を首筋に当てられているような錯覚を覚える。

 

「今日は機嫌がいい。今立ち去れば許してやらんこともないが?」

「ず、ずらがるぞ!」

「ま、待って下さいアニキ!」

「ひぃぃぃ!!」

 

 醜態を晒しながら走り去る三人組をため息混じりに見送る藤十郎。

 

「藤十郎ったら。あそこまで威嚇することなかったでしょう?」

「……ふん。あれだけで許してやったんだからむしろ感謝されるべきだと思うがな。……ん、どうした葵?」

「なんでもないわ」

 

 手を繋ぐ形から腕を組むような形になり少し不思議そうな表情をしたが特に葵が何かを言うことはなかった。少し嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?

 

「よく分からん」

「ふふ、それでいいのよ。藤十郎は」

 

 夫婦であるから当たり前なのだが、藤十郎の口から自然と出た俺の女という言葉に葵が少なからず喜びを覚えていることに藤十郎は気付かないのであった。

 

 

 二条館へと戻り、二人の部屋へと戻る。

 

「京の復興もかなり進んだな」

「えぇ。剣丞隊の方々がとてもがんばってくれたと聞いているわ」

「ほぅ?……人というのは強いものだな」

「そうね」

 

 藤十郎が胡坐をかくと、それを見て何を思ったのか葵がそこへと座る。

 

「っと。どうした?今日はやけに甘えてくるじゃないか」

「嫌かしら?」

 

 藤十郎を見上げるように葵が顔をのぞく。藤十郎は微笑むと葵を抱きしめる。

 

「そんなことがある分けなかろう?」

「ふふ」

「……あー……入ってよいか?」

 

 珍しく困った表情を浮かべた一葉が襖を開けていた。

 

「ん、構わんぞ」

「……動じぬのだな」

 

 苦笑いのまま入って来て藤十郎たちの前へと座る。

 

「ちょ、ちょっと藤十郎!」

「何だ?」

「離しなさい。一葉さまの前で失礼でしょう」

「構わんだろう。堅苦しいのは好かんと言っておっただろう?」

「……藤十郎、貴様わざと言っておるだろう?」

「ふふふ、バレたか」

 

 葵を解放すると葵は藤十郎の隣に座り直す。

 

「葵、すまなかったな。余も主様とそういうことをしているときに入ってこられては正直気分は良くなかろう」

「い、いえ!お気になさらず」

「はっはっはっ!剣丞ならば甘えさせてもくれるだろう?」

「そうなのだ!聞いてくれ藤十郎!最近主様は余の相手をしてくれんのだ!何だ余の何が悪いというのだ!大体あ奴は……」

「……一葉さま、そのようなことを話しにきたので?」

 

 背後から声を掛けられる。双葉とともに幽も着たようだ。

 

「あ、違った。こほん、藤十郎よ」

 

 改まった様子の一葉を見て藤十郎は少し驚き居住まいを正す。

 

「余から頼みがある」

「頼み?」

「うむ。……葵とは既に話済みではるが……」

 

 そういって葵へと視線を移す一葉。双葉がすっと一葉の隣へと座り二人で頭を下げる。

 

「不束者ではあるが、幽のことを頼む」

「……は?」

「か、一葉さま!?双葉さまも頭をおあげくだされ!」

 

 藤十郎以上に驚いているのは幽だ。

 

「何故貴様が止める」

「いやいや、むしろこちらの質問です。どうして一葉さまと双葉さまがそれがしのために頭を下げるのです!」

「幽、私とお姉様にとって幽は家族も同然。その幸せを任せられる相手を見つけたのなら、私たちが頭を下げるに値するとは思わない?」

「い、いやいや、流石にそれは……」

「藤十郎、幽はこんな奴だ。自分の本音を見せぬし、口を開けばのらりくらりと避けるような奴だ」

「か、一葉さま?」

「だが」

 

 真剣な表情でまっすぐに藤十郎を見る一葉。

 

「それでも、余と双葉にとってはかけがえのない存在だ。だからこの通りだ」

 

 二人が再び頭を下げる。

 

「幽を幸せにしてやってくれ」

「……」

「……一葉さま、双葉さま……」

 

 無言でそれを見る藤十郎と言葉をなくす幽。

 

「藤十郎」

「葵」

「……」

 

 じっと葵から見つめられ藤十郎は暫しの間目を閉じる。

 

「顔をあげてくれ、一葉どの、双葉どの」

「……」

「俺は幽どののことを嫌いではないし、まぁ好ましい相手だと思っている」

「藤十郎どの!?」

「こちらこそ、よろしく頼む」

「ちょ、ちょっと待ってくだされ!それがしの意見は聞かないのです!?」

「「必要か(ですか)?」」

 

 一葉と双葉が声を重ねて言う。

 

「い、いえ。流石に必要でしょう?それに藤十郎どのもさらっと何を……」

「直接的な語らいは少ない。が、幽どのの深い知識や昨晩語ってくれた歌。俺の胸にはしっかりと刻み込まれた。どうだ、難しく考えずともいい。一葉どのたちと離れずともいい。俺とも歌を交わしていかんか」

「……藤十郎どの。よいのですかな?それがしは柳のようでございますぞ?」

「俺も風のようだといわれる。ちょうど良いのではないか」

「藤十郎は嵐のようだけどね」

「葵」

「はいはい」

「……ふふ、それがしの負け、ですなぁ。藤十郎どの、不束者ではございますがよろしくお願いいたしまする」

「ふふふ」

「葵、改めて感謝するぞ。余の宝、頼む」

「はい。ですが、藤十郎の言ったとおり一葉さま方から引き離すつもりはありません。今後の徳川の動きからしても堺や京付近を拠点とすることも増えると思います。ですから、その時には私に気兼ねなく藤十郎に甘えてください」

「あ、葵どのまで」

「ふふ、その辺りは一葉さまや双葉さまにお伺いしてくださいね」

「むぅ……」

「はっはっはっ!たまには皆にいじられるのも悪くなかろう!」

 

 一葉が嬉しそうに笑う。隣の双葉もクスクスと笑っている。

 

 昨晩に続き、楽しい夜になりそうだった。




書いてて思いましたが藤十郎は絶対に親ばかになりますね。
しかも「俺よりも強い奴にしか嫁に行かせん!」とか言いそう。

……この世界に藤十郎よりも強い男はどれだけいるのだろう(ぉぃ


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18話 葵との新婚旅行~武田編~【葵】

遅くなりました!
短めですが……。

いつものいちゃいちゃと……?


 京を離れ、藤十郎と葵は一気に離れた武田家を目指していた。

 

「しかし、かなりの距離を移動したな」

「そうね。藤十郎は疲れてない?」

「はは、俺の心配よりは白石や自分の心配をしたらどうだ?」

 

 優しく白石を撫でると嬉しそうに嘶く。

 

「白石は元気そうね。でも、武田には初めて行くわ」

「少しずつ寒くなってきている。大丈夫か?」

「ふふ、藤十郎がいるから大丈夫よ」

「ならいいが。無理はするなよ?」

 

 

 躑躅ヶ崎館。

 

「思ったよりも早い到着でやがりますな」

 

 門番に名を伝えて中から出てきたのは武田三姉妹の次女の武田信繁……夕霧であった。

 

「夕霧か。直接見えるのは」

「戦場以来……でやがりますな。あの時はしてやられましたぞ」

「はっはっはっ!何処へ行っても似たような苦言を言われるわ」

「もう、藤十郎。……此度はお招きありがとうございます、夕霧どの」

「こちらこそ感謝してやがりますぞ、葵どの。徳川からの支援のおかげでかなりこちらも助かってやがります」

 

 藤十郎とは違い、既に何度か顔を合わせていたのだろう、葵は夕霧と打ち解けた様子で言葉を交わす。

 

「まぁ、武田家で根に持っている奴はいやがらないと思いやがりますから」

 

 そう言って屋敷の中へと案内する夕霧。その先導に従い藤十郎と葵は歩を進める。

 

「む!貴様は……水野藤十郎なのら!」

 

 ずさっ!と藤十郎たちの前に飛び出てきたのは兎々である。

 

「……なのら?」

「兎々、落ち着きやがるのです」

「れ、れも典厩さま!」

「兎々」

 

 夕霧の言葉に何か言おうとした兎々を静かな声が再度制する。

 

「お、お屋形様!」

「姉上。ここまで来てやがりましたか」

「……葵、藤十郎」

 

 音もなく静かに近づいてくるのは夕霧と兎々の言葉の通り光璃であった。

 

「光璃どの、お久しぶりです」

「ん」

 

 葵の言葉に一言で返す光璃。だが、その視線は藤十郎にじっと向けられている。

 

「……」

「……」

「……だから止めた」

「む」

 

 まるで用は済んだとばかりに背を向けて歩き出す光璃。その言葉に藤十郎以外の全員が首を傾げる。

 

「どういうこと、藤十郎?」

「はは、戦のときの話だな。……否定できんのが悲しいな」

 

 

 その日の夜。

 

「水野勝成どのだな。噂は聞いておりますぞ」

「ん、お前は……」

「申し遅れました。拙は馬場信房と申す者。通称は春日ですので気軽に春日とお呼びくだされ」

「ほう、不死身の鬼美濃か!」

「おぉ、拙をご存知とは!鬼日向どのに知られておるとはいやはや」

「……もう鬼日向という名は流れているのか」

 

 歓談する藤十郎と春日。それを不満そうに見る兎々。

 

「兎々、どうしたんだぜ?」

「む~、お屋形さまを攻撃した奴なのら!なんれ春日さまはあんなに打ち解けているのら!」

「もう、兎々ちゃんもいい加減に機嫌を直したら?」

 

 唸っている兎々に声を掛けた粉雪と心。

 

「そうだぜ。あたいだってここに手出したこと許してやるんだぜ?」

「納得いかないの……ら!?」

 

 なにやら春日が藤十郎に耳打ちし、藤十郎が手に取ったのは。

 

「「あ」」

 

 粉雪と心の声が重なる。兎々がふらふらと藤十郎に近づいていく。

 

「ほれ、食うか」

「な、な、何のつもりなのら!」

「いや、好物と聞いてな。ならばどうかと思ったのだが」

 

 桃をすっと切り分けると兎々の目前で右へ左へ動かす。それにつられて兎々も右へ左へと揺れる。

 

「……」

「あ……」

 

 藤十郎が自分の口へと桃を運ぼうとすると兎々の口から寂しそうな声が漏こぼれる。それを見て藤十郎は笑いを堪えている。

 

「……こ、ここ、あいつ鬼なんだぜ」

「あ、あはは。剣丞さまも同じようなことをやってたよね」

 

 粉雪が震えながら心にしがみつく。心は苦笑いである。

 

 

「……全く、藤十郎ったら」

「……気持ち、分かる」

「姉上、それ聞いたら兎々が泣きやがりますよ」

「あはは……」

 

 そんな藤十郎を見て葵が頭を抑えながら呟く。それに答えたのは光璃、夕霧、薫だ。

 

「ですが、お三方は剣丞どのの奥方、でしたか?」

「……それは私」

「わ、私もお兄ちゃんのお嫁さんに立候補してるよ?」

「夕霧は違うでやがります。姉上たちを支えなければダメでやがりますからな」

「そう、ですか。……光璃どの?」

「……自由」

「ふふ、分かりました」

「ねぇねぇ、お姉ちゃんたちなんの話してるの?」

「……秘密」

「ふふ、秘密です」

 

 

 次の日。

 

「武田の飯はうまいな」

「全て心どのが作っているそうよ」

「ほぅ。武将でありながら料理もこなすか。……うむ、葵の飯といい勝負だな」

「あら、勝てない?」

「難しいところだな。で、葵はどう思う?」

「正直、勝てないわね。私も料理教わってみようかしら」

 

 そんな言葉を交わしながら藤十郎と葵は食事を続ける。

 

「そうだったわ。今日は私は光璃どのと話があるから」

「あぁ。ならば俺は……」

「夕霧どのが遠乗りに連れて行ってくれるそうよ」

 

 

「きやがったでやがりますな」

 

 既に馬を二頭準備していた夕霧が笑顔で声をかけてくる。

 

「おう。……いい馬だな」

 

 用意されていた馬を見て藤十郎が感心した声を上げる。

 

「分かりやがりますか?」

「勿論だ。俺だって武士の端くれだ」

「端くれ、でやがりますか?日の本を救った英雄が」

 

 笑いながら馬に跨る夕霧。藤十郎はまずは馬の正面に立つとそのままなにやら語りかける。

 

「……よし、今日は頼むぞ?」

 

 軽く微笑むと最後に鼻先を撫でる。その後、首筋や背中を撫でると嬉しそうに嘶くと、藤十郎へと身体を摺り寄せる。そして服を優しく噛むような動作をする。

 

「はは、気に入ってもらえたか?」

「まさか、そこまで懐かせやがりますか」

「この子は女の子のようだな」

「……馬も蕩らしやがりますか?」

「どういう意味だ、それ」

 

 苦笑いで馬に跨る藤十郎。

 

「遠乗りと聞いたが……少し飛ばしていいか?」

「別に構わんでやがりますよ。……武田騎馬を置いていくのは簡単じゃないでやがりますよ」

 

 

「よし、いい子だ」

 

 結構な距離を移動した後、二人は馬を休ませていた。

 

「驚いたでやがります。まさかはじめての馬であれだけの速度で走りやがるとは」

「はっはっはっ!三河者もなかなかのものだろう?」

「三河者というよりは藤十郎どのが、だと思うのでやがりますが」

 

 まさか自分以上の速度を出されると思っていなかった夕霧は素直に賞賛する。

 

「それで、かなり走ったが目的地は何処なんだ」

「今更でやがりますな。近くにある湯治場でやがります」

「ほう」

「既に貸切にしてやがりますから、ゆっくり出来やがりますよ」

「いいな」

 

 そういいながら馬の手入れをする藤十郎。

 

「藤十郎どのは馬が好きなのでやがります?」

「ん、そうだな。武田騎馬もそうだろうが、人馬一体というのか。共に駆けるのはよいものだと思う」

「しかし、初めての馬にもそこまで懐かれるのはもはや才能でやがりますな」

「いい子だぞ?入れるものなら共に風呂に入れてやりたいくらいだな」

 

 藤十郎に擦り寄る馬を見て夕霧は苦笑いを浮かべる。あそこまで懐かれてしまっては他の者が乗るときに支障が出るのではと思うほどであった。

 

「だが、そういう夕霧も馬に懐かれているじゃないか」

「当たり前でやがりますよ。この子は生まれたときから夕霧が育てたでやがりますからな」

「ほう……」

 

 藤十郎が夕霧の馬へと近づく。

 

「藤十郎どの、その子は気性が荒くて夕霧たち姉妹しか……」

 

 そこまで言った夕霧が言葉を失う。

 

「そうか、お前が戦場で夕霧を守ってきたのだな」

 

 藤十郎の言葉に答えるように馬が嘶く姿を見たからだ。

 

「はは、戦場で俺と向かい合ったときにも武田の馬は退かぬ猛者だったからな」

「当たり前でやがりますよ」

 

 そういいながら夕霧は真剣な顔で藤十郎を見る。

 

「ほぅ、しかしいい馬じゃないか」

「葵どのと乗ってきた馬、かなりの名馬だと聞いてやがりますよ?」

「白石か。あ奴もいい子だからな。葵をずっと守ってきたんだからな」

「馬を友としてみているのでやがりますね」

「それこそ当たり前だろう?」

 

 夕霧の馬が藤十郎に対して頭を下げる。

 

「お、撫でていいのか?」

「え……」

 

 撫でてもらえて満足そうに鼻を鳴らす愛馬を見て夕霧は再び言葉を失う。家中でも三人以外には触れさせもしないほどの警戒心を持った馬がはじめてあった藤十郎に対して従順な姿を見せているのだ。藤十郎に貸し出した馬はもとより人になれた馬であったのだが、夕霧の馬については全くの別物だったからだ。




作中で剣丞との絡みの少なかった?夕霧も可愛いですよね!

新婚旅行中に馬まで蕩らす藤十郎。


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19話 家族の為、己の為【夕霧】

「ふぅ、確かにいい湯だな」

 

 夕霧から案内された湯につかり、ご満悦の藤十郎。

 

「しかし、こんなにいい湯ならば葵と来たかったな」

「すまんでやがりますなぁ。相手が夕霧で」

 

 突然岩の裏側から夕霧の声が聞こえる。

 

「おぉ、夕霧か。お前が相手をしてくれるのであれば嬉しい限りだが?」

「はは、抜かしやがりますな。あんなに素晴らしい嫁を持っておきながらまだ足りないのでやがりますか。さすがは天下に二人しかいない蕩らし人でやがるな」

「そちらこそ抜かすな。……っと言いたいところだが、なかなかに否定できんのも事実だからな」

「懐が大きくなったというか、なれたというか。それでいいでやがりますか?」

「……まぁ、葵の考えもあるからな。まぁ、いささか変わり者が多い気がするがな」

「……それは仕方がないとおもいやがりますが」

 

 苦笑いを浮かべているのが伝わってきて藤十郎も苦笑いになる。

 

「で、だ。……ふん、まだこの辺りにもいるのか」

「何がでやがります?」

「あっちの世界に行ってから鼻がよくなってな。桐琴には羨ましがられたが、少し散歩と行くか」

「……っ!」

 

 恐ろしい勢いで迫ってくる気配。

 

「鬼……でやがりますか!」

 

 ザバリと湯から上がると身体を拭くこともなく着物を羽織る。手元に得物を手繰り寄せるのと同時に大猿のような鬼が数匹飛び出してくる。

 

「人の風呂を邪魔した罪は重いぞ、ケダモノども!!」

 

 その鬼にそれ以上の速度で突撃する影。勿論、藤十郎だ。彼の手には普段の槍は握られていない。が、それをみた夕霧は驚く。その左半身が鬼のようになっていたからだ。

 

「消えろ。人を邪魔してんじゃねぇ」

 

 目の前で鬼が怯むのが見える。明らかに恐れているのだ、藤十郎を。

 

「まぁ」

 

 ぶれるように掻き消える藤十郎。

 

「にがさねぇけどな」

 

 巨大になった鬼の手で叩き潰す。ものの数秒。一呼吸の間に鬼をたたき伏せたのだ。

 

「あ、ありえない力でやがりますな……」

「ふぅー……だが、これを使うと疲れるんだ」

「……疲れるって……!?」

 

 振り返った藤十郎を見て固まる夕霧。ふわりと吹き抜けた風が藤十郎の腰に巻いていた布を飛ばしたからだ。

 

「む」

「~~~!!」

 

 言葉にならない悲鳴を上げて顔を真っ赤にする夕霧。

 

「……あー、すまん」

 

 

「全く、嫁入り前の娘になんてものを見せてやがりますか……」

「はっはっは、すまんすまん。としか言えんが」

 

 ため息をついて半ばあきらめ気味の夕霧。馬たちはなにやら嬉しそうにしているのが不思議なのだが。

 

「葵どのは一体どんな教育をしてやがりますか」

「おいおい、俺は別に葵に教育されてないぞ」

 

 

「と、いうことがありやがりまして。姉上も何とか言いやがってくだされ!」

「……そう」

「あ、あはは……」

「……藤十郎」

「な、なんだ葵」

 

 家族会議。知らない人が見たらそう言う風に見えるだろう。男が藤十郎一人で明らかに劣勢に追いやられていた。厳密には葵一人によって。

 

「しっかりと謝罪しなさい」

「いや、あれは不可抗力でな。それに一応謝罪は……」

「藤十郎」

「も、申し訳ない」

 

 頭を下げた藤十郎の頭をさらにたたきつけるような勢いで葵が押さえつける。

 

「あ、葵、ちょっと痛いんだが……」

「反省しなさい。貴方のしたことは謝罪だけですむ問題じゃないのよ」

「あ、葵ちゃん、そこまでしなくても……」

「いいえ。薫さんの優しさに甘えるわけにはいきません」

 

 そういってチラッと夕霧に視線を向けた後に光璃へと向き直る。

 

「この度は我が夫、藤十郎が失礼をしました」

「……ん」

「あ、葵。少し力を抜いてくれんか」

「……葵」

「……はぁ」

 

 葵の手が離れると藤十郎が頭を上げる。その額には赤い跡が付いていた。あの鬼との圧倒的な戦いが想像できない間抜けな姿に夕霧がつい噴き出してしまう。

 

「ふ、ふふ」

「……夕霧?」

「い、いえ、姉上すまんでやがります。ふ、ふふ……」

「……おい、人の顔を見て笑うのは失礼だろう」

「と・う・じゅ・う・ろ・う?」

「……」

 

 この場に来てから藤十郎に対してほとんど名前を呼んでいるだけで制している葵である。

 

「……夕霧、楽しい?」

「楽しい?……ふふ、そうかも知れないでやがりますね」

「……そう」

 

 

 そんな藤十郎の反省会のようなものが終わった後。

 

「……夕霧」

「姉上、どうしやがりました?」

「……したいようにしていい」

「……と、いいやがりますと?」

「ふふ、夕霧ちゃんもそろそろ身を固めたらってことじゃないかな?」

「……はっ!?」

 

 

「藤十郎」

「ん、なんだ」

 

 先ほどとは打って変わって葵に膝枕された状態で藤十郎が答える。

 

「夕霧どののことどう思う?」

「ん、そうだな……」

 

 今日のことを思い出しているのだろうか、少し思案して。

 

「己よりも家族を第一に、という風に感じるな。ある意味昔の葵のような……」

「私と似てる?」

「いや、全然。だが夕霧がいれば武田は安泰だろうと感じた」

「ふ~ん。結構高評価なのね」

 

 そんなことを言いながら優しく頭を撫でる葵。

 

「いい子だと思うぞ。まともな戦であれば戦いたくはない相手になるな」

「藤十郎より強い?」

「それはない」

「ふふ、自信満々ね。日の本で今藤十郎に勝てる人ってどれくらいいるのかしら」

「……う~む、御家流も全て込みで考えればどうだろうな、綾那……くらいしか知らんが、西国にも綾那と似たような奴がいるというしな」

「早く天下を治めないとね。この付近に出た鬼というのも気になるわ」

「うむ。駿府へ向かったときに……思い出すだけでもいやだがあのときの鬼猿に似た奴だった。まぁそういう固体だったというだけなのかもしれんが」

「難しいことは後にしましょう。……藤十郎、ここまで話したのだから何が言いたいのかは分かるわね?」

 

 葵の言葉に眉間にしわを寄せる。

 

「むぅ……」

「最後は貴方が決めることだけれど。……そうね、いやかもしれないけれど、これは徳川の為でもあるのよ」

「徳川の?」

「えぇ。打算的でいやかも知れないけど、武田、上杉、今川は徳川と共に東を治めている。これはいいわね」

「あぁ」

「でも……正直に言うと、徳川というよりは剣丞どのを中心としたつながりが強いの。だから」

「だから、徳川の側にも……か」

「恐らくだけれど、こちらからそれを理由に持ちかければ話はすぐに進むでしょう。でも」

「ふ~む。今回の旅行にはそういった意味もこめられていたのか」

「そうね。悠季には聞いていなかった?」

「あぁ。『楽しんできてくださいね、色々と』と意味深なことは言われたが」

「ふふ、でも私のことを放置しちゃだめよ?」

「当たり前だ。葵も藤千代も。俺の愛する家族だからな」

 

 

「全く、姉上たちは一体何をいいやがる……」

 

 ブツブツと独り言を言いながら夕霧は歩いていた。

 

「突然婚姻の話など……」

「おや、典厩さま。何やらお悩みですか?」

「一二三に湖衣でやがりますか」

「す、すみません!少しお声が聞こえてしまいまして……典厩さま、どなたかと……?」

 

 ため息をつきながら軽くことの経緯を話す夕霧。それを興味深そうに聞く一二三。

 

「ふむ。それで典厩さまは如何なさるおつもりで?」

「……家の為を考えれば夕霧が嫁ぐのも悪くはないでやがりますからな。後は向こうの意志次第でやがります」

「だ、だから男性は……」

「あはは、湖衣は剣丞どのと接しても男性嫌いは直らなかったねぇ。それはそうと……典厩さま、お嫌であればお断りしても大丈夫かと思われますよ?」

「そ、そうですね。お屋形様も最後は典厩さまの御意志を尊重されるかと」

「でも……ふふ、剣丞くん以来に興味沸くねぇ」

「ちょ、ちょっと一二三ちゃん!?」

 

 そんな会話をしていたときだった。

 

「ん、おお夕霧」

「と、藤十郎どの」

 

 会話の内容を聞かれてしまったかと少し珍しく動揺してしまった夕霧だったが、藤十郎の様子を見るにその心配はなさそうだった。

 

「すまんな、歓談中だったか?」

「いや、たいしたことないでやがりますよ。紹介するでやがります」

「武藤昌幸、山本晴幸……だな」

「ほぅ、私のことをご存知なのですか」

「わ、私のことも……?」

「ははは、同盟国の強者のことは知っているのは当たり前だろう。お前たちも俺のことは知っているだろう?武田の諜報部のお二人ならば」

 

 すっと目を細め一二三がニヤリと笑う。

 

「いやぁ、湖衣。私たちのことはばれてるみたいだよ」

「ひ、一二三ちゃん?」

「それで、藤十郎どの?典厩どのを口説きに参られたのですかな?」

 

 直球な質問に全員が唖然とする。

 

「違いましたか?はてさて、そういうことかと思ったのですが」

「……そうか、誰かに似ていると思ったら悠季に似ているのか」

「悠季、というと徳川の?」

「あぁ。腹黒狐だ」

「それでは私が腹黒のように聞こえるじゃないですか」

「幽とも似ているな」

「次々と女性の名前が出てきて……さすがは天下の女蕩らしといったところですかな?」

「……」

 

 苦笑いで肩をすくめる藤十郎。

 

「まぁ、その話はまた今度しよう。夕霧、少し時間いいか」

「だ、大丈夫でやがります」

 

 

「ふーん……」

「ちょっと一二三ちゃん!幾ら同盟相手だからってあの態度は怒られるよ!」

「大丈夫だって。あの程度でどうこうなることはありえないよ。……ふふ、あれは剣丞くん並な気がするねぇ。もしかすると典厩さまは……」

 

 

「なぁ、夕霧」

「なんでやがります」

「お前は家族が大事なんだろう」

「突然何をいいやがりますか。当たり前でやがる……」

「当たり前じゃないのがこの世の中だ。主君を裏切るも、親兄弟を殺すも。そんな中で家族を大事に出来るお前の心意気、俺は気に入った」

「は……?」

「互いに家の為という利害の一致、俺はお前を気に入っている。お前はどうだ?嫌われているのならば無理にとは言わんが」

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「夕霧には、選択肢はないでやがりますよ」

「ある」

「え……?」

「それがたとえ家の為だろうと、政略だろうと。最後にそれに従うか否かを決めるのは自身だ」

「……ずるいでやがりますぞ」

「知っている。互いにある意味では選択肢がないのだ。だが……馬をあれほど大事に出来る女だ。いい女に決まっている」

 

 藤十郎の言葉に夕霧が一瞬ぽかんとした顔をする。

 

「……ん、今のは決め台詞のつもりだったんだが」

「……はははっ!!夕霧を笑わせるためかと思ったでやがります」

「剣丞のようにはいかんなぁ」

「兄上はもっと自然に蕩らすでやがりますよ」

「そうか?まぁ、俺は俺らしくだ。夕霧」

「は、はい」

「……また、遠乗りしよう」

「……はいでやがります!」

「まだまだ俺たちは互いを知らん。もっと知ってからでも遅くはあるまい。で、納得してもらおう。互いの家族に、な」



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20話 興味と関心の先にあるもの【一二三&湖衣】

本編よりも後日談編が本編。
私には分かりました(ぉぃ


「大将棋……だと?」

「えぇ。うちの湖衣と是非勝負していただきたいと思いまして」

「ひ、一二三ちゃん……」

 

 ニコニコと微笑みながら言ってくる一二三と何故か慌てている湖衣。

 

「藤十郎どの、やり方はご存知ですよね?」

「勿論しってはいるが。……まぁ、よかろう」

 

 既に準備された盤の前に胡坐をかく藤十郎。

 

「で、どちらが先手で行く」

 

 

「藤十郎どのと大将棋……一二三ちゃん何を考えているの?」

「ふふ、いまや同盟となった徳川と戦で勝負を決することは出来ない。なら、簡易とは言えどれ程の軍才が藤十郎どのにあるのか、知りたくはないのかい?」

「……知りたくないといえば嘘になるけど……一二三ちゃん、絶対何か企んでるでしょ」

「企んでるなんてとんでもない。ふふ、彼の人がどれ程のものか、興味があるだけだよ」

 

 

「……」

「……」

 

 パチ、パチ、と駒を打つ音だけが響く部屋。藤十郎の表情は真剣そのものである。対する湖衣も真剣な顔で駒を進めるが、若干の焦りのようなものを感じる。

 

「……へぇ」

 

 感嘆の声を上げるのは一二三だ。正直なところ藤十郎に対して猛将としての想像は出来ていたが、まさか湖衣に対してここまでの善戦……いや、むしろ湖衣を押している現状に驚いた。

 

「……(手が進むたびに追い込まれていく……こうなれば……)」

「悪手、だな」

 

 湖衣の手にそう言うと迷いなく次の手を打つ。

 

「……」

「さぁ、どうする」

「……参りました」

 

 湖衣の言葉にふぅとため息をつく藤十郎。

 

「ふぅ、こんなに梃子摺ったのは久々だぞ。さすがは『遠くまで見通せる目』を持っているだけのことはあるな」

 

 そういってニヤリと笑う藤十郎。

 

「な……!?」

 

 驚きの表情を浮かべた湖衣と一二三。

 

「もののたとえだ。俺もまた『よく聞こえる耳』を持っている身だからな」

「なるほど。しかし御見それしました、藤十郎さま」

 

 そういったのは湖衣である。

 

「折角の機会ですので」

 

 さっと取り出したのは地図。それを藤十郎の面前で広げる。

 

「軍議の場と仮定して戦略を……」

「ほぅ……川中島か?」

 

 地図を見てその場所をすぐに把握する藤十郎。

 

「はい。今は同盟関係にありますが、我ら武田と長尾とが争っていたときの状況を再現してあります。この状況下に藤十郎どのがいたとすれば……どういう策を講じるか」

「一騎駆けが最も楽な選択なんだがな。まぁいいだろう」

 

 地図を見た藤十郎が頤に手を当てる。

 

「ふむ。相手は美空でいいのだな?」

「はい」

「(へぇ、あの湖衣が男相手に……ねぇ。ふふ、天下の蕩らし人という噂も伊達じゃないかもしれないわね)」

 

 話を続ける二人を見ながらそう一二三は考える。

 

「それで、私はこう作戦を立案したのですが」

「いかんな。相手は美空なのだろう?……あ奴ならば恐らく」

 

 駒で美空たちの軍勢を指すものを移動させる。

 

「こう、奇襲を読んだ上で攻めてくる」

「っ!」

「へぇ、まるで本当に見ていたかのような判断じゃないか」

「一度は戦場で見えた相手だ。そうなれば武田は敗走するしかあるまい。それを防ぐ手立ては……」

 

 藤十郎の言葉に真剣に耳を傾ける湖衣。

 

「そんな策が……」

「ただし、これは相手が美空であると考えた場合は、だがな。俺の知る限り他の勢力であればそれで勝ちは間違いないだろうな。……まるで啄木鳥のような策だが俺は好きだな」

「っ!そ、そんなに認めてもらえるとは思っても見ませんでした!」

「……あれ、思ったよりも藤十郎どのと仲良くなってる?」

 

 いつの間にやら対面の状態から知らないものが見れば寄り添っているような形になっている藤十郎と湖衣。流石の一二三も予想外であったらしく目を大きく見開いている。

 

「いい策に間違いはない。ただ、相手を選ばねば奇策は愚策に成り下がる。策を弄じるのならば剣と同じだ。先の先を読まねばならん」

「慧眼、御見それしました。申し遅れましたが私の通称は湖衣と申します。藤十郎さま、是非通称を」

「ははは、そこまでかしこまることもなかろう。はじめのようにどのか呼び捨てで構わんぞ、よろしく頼むぞ湖衣」

「おやおや、うちの湖衣を蕩らし込むなんて……剣丞くんにも出来なかった偉業を成し遂げるとは……」

「何故か褒められている気がせんのだが。で、お前も俺の見定めは終わったか?」

「ふふ、さすがは剣丞くんのお友達だねぇ。私は一二三って言うんだ。気軽にって言うのなら藤十郎くんって呼んでもいいかい?」

「俺をくん付けで呼ぶ奴ははじめてだが構わん。よろしく頼む、一二三」

 

 

「へぇ、それはそれは。剣丞くんから少しは聞いてたけど思ってた以上に凄い経験をしてたんだねぇ、藤十郎くんは」

「藤十郎さん……大変だったんですね……」

 

 感心する一二三と悲しそうな表情になる湖衣。

 

「今となってはいい……いや、よくはないが思い出だな。おかげで力は増した」

 

 言いながら拳を握る藤十郎。

 

「そうだな、軽くは聞いているだろう。俺の御留流」

「えぇ。見た御家流を己のものにする……剣丞くん曰くちーとな技だと」

「相変わらず不明な言葉を使う奴だ。まぁ、厳密には『自らが見た事象を再現することが出来る』といったほうが正しい。つまり」

「使っているところとその結果。両方を知って初めて使いこなせる、と?」

「湖衣は察しがいいな。そうだ、ただし使うにはかなりの精神力を使う。ものによっては寿命もな」

「先の戦いで数多くの技を見せたと剣丞くんに聞いたけど大丈夫なのかい?」

「どうだろうな。あちらの世界に行き、一度は死んだ身だ。いつまで生きられるかは誰にも分からん。……ただ、以前のような反動は少なくなっているのは事実だな」

「敵にならなくて安心できる話だねぇ、湖衣」

「うん。敵だと策の意味すらも為さなくなってしまうような相手は策を立案する側としては……ね」

 

 二人からそういわれて藤十郎が笑う。

 

「光璃どのも、それこそ美空も。たった一人で戦略を覆す力がある。一葉どのもそうだ。まだまだ知らぬ地に同じような奴もいるだろう」

 

 そういう藤十郎を見て一二三が笑う。

 

「あっはっはっ、楽しみで仕方ないって感じじゃないか!」

「そうだな、未知の知識や存在とは楽しいものだ」

「わ、分からなくもないですが……まずは安全を考えるべきです。徳川のご夫君ともあろう方がそんなことでは……」

「大丈夫だ」

 

 湖衣の言葉を切る形で藤十郎が言い放つ。

 

「俺は葵よりも後に死ぬと決めている。一分でも、一秒でもな。……まぁ一度は死に掛けたんだ。次は俺の存在に賭けても必ず守ると誓った」

 

 まっすぐな目で二人にそう言う藤十郎に一瞬見ほれる一二三と湖衣。

 

「ん、どうした?」

「い、いえっ!?」

「ふふ、蕩らしの片鱗を魅せられた、といったところかな」

 

 

「で、どうなんだい湖衣?」

「ど、どうって何のこと、一二三ちゃん?」

「いやぁ、藤十郎くんと結構いい雰囲気だったなぁと思っただけだよ」

「そ、そんなこと!……そんなこと……」

「もしかして、藤十郎くんのこと、気に入っちゃったかい?」

 

 一二三が湖衣をからかうように言うと、顔を真っ赤にして俯く湖衣。

 

「……あれ、案外外れでもなかったかい?」

「そ、そういう一二三ちゃんだって!」

 

 珍しく反撃に出た湖衣であったが。

 

「そうだね。藤十郎くんも確か望むものであれば地位に関わらず結婚できるんだよね」

「……え、ひ、一二三ちゃん!?」

「ふふ、いい機会かもしれない。湖衣、あれだったら一緒に貰ってもらうかい?」

 

 

「……そう」

 

 即断即決といった具合に一二三が湖衣を引きずるように光璃の元へと連れて行くと藤十郎のもとへ嫁ぎたいと言い出したのだ。慌てる湖衣とは対象的にいつもと変わらず飄々とした様子の一二三と、言葉を聴いてもそこまで驚かず静かに言葉を返した光璃のほうが凄いのだろうが。

 

「い、いいんですか!?」

「……自由。……でも、意外」

 

 驚く湖衣を見つめる光璃。

 

「……蕩らされた?」

「っ!!」

「少し予定外ではありましたが。……で、本当にいいのです?」

「……いい。……でも、武田の諜報部が二人というのは困る」

「あっはっはっ、きっと藤十郎くんなら分かってくれますよ、お屋形様」

「……そう願う」

 

 

「……はっ?」

「いやぁ、だからね。私と湖衣も貰ってくれないかという相談だよ、天下の蕩らし人さん」

「……藤十郎?」

 

 葵と二人でまったりしていた藤十郎の元にやってきたのは光璃と夕霧、そして一二三と湖衣であった。そして一二三の口から出てきた言葉に藤十郎が驚く。

 

「ま、待て葵。俺も状況がよく分からんのだが」

「……もう蕩らしやがりましたか。兄上のことをとやかく言える立場じゃないでやがりますな」

「……剣丞、似てる?」

「……はぁ。そろそろ奥中法度も考えなくちゃいけないかしら……」

 

 小さくため息をつきながら葵が呟く。

 

「突然ではあるが……まぁ確かに結婚については問題なかろう。……だが、どうして突然」

「そうだねぇ。私は興味がある、っていうのが一番かな?」

「わ、私は……」

 

 顔を真っ赤にして言葉に詰まる湖衣。その様子を見て葵が何故か微笑む。

 

「……藤十郎、責任はしっかり取りなさい」

「ちょ、ちょっと待て。俺が何をした!?」

「ふふふ、一二三さんに湖衣さん、ですね。湖衣さんもよかったら藤十郎の何処が気に入ったのか教えてもらえると嬉しいわ」

「あ、あの……葵さまとの、その……」

「……藤十郎、何の話をしたの?」

「何か特別なことは言っていないと思うんだが。……う~む」

「葵さまよりも、後に死ぬと誓っている……と」

 

 その言葉に次は葵が頬を染める番だった。

 

 

「もぅ、藤十郎ったら。あんなこと人様に言うなんて……」

「隠すことでもないだろう?……まぁ会話の流れで言ってしまったのも事実だが」

「……まぁ、各家との繋ぎの意味もあるから駄目とは言わないけど……」

 

 藤十郎の隣に座るとその肩に頭を乗せる。

 

「……私だって、本当は独り占めしたい気持ちはあるのよ?」

「……すまんな。だが俺は……」

「いいわ。それ以上は言わなくても分かってる。だから……」

 

 

 こうして、武田での日々も過ぎ去っていく。




最後に正妻の貫禄を見せた葵。

書いていけば書いていくほど葵のことが可愛く思えてくる。
不思議ですね!


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21話 葵との新婚旅行~長尾編~【葵】

「次は長尾、か」

「えぇ。そういえば美空どのとは久々ね」

「だな。……ふぅむ、葵。恐らく手荒い歓迎をされるような気がする」

 

 藤十郎の言葉に苦笑いを浮かべる葵。どうやら思い当たる節があるようだ。

 

「でも、藤十郎のせいでしょ?美空どのが貴方に対して攻撃的なのは」

「はっはっはっ!あれは俺のせいではないだろう」

 

 笑いながら馬を進める二人だったが、その道をふさぐように現れる影が二つ。

 

「さて、俺の仕事だな」

「藤十郎、怪我させちゃ駄目よ?」

「分かっている」

 

 馬から舞い降りた藤十郎が何処からともなく槍を取り出す。

 

「藤十郎ーっ!きたっすね!!」

「……遅い」

 

 槍を構えた柘榴と傘を構えた松葉が藤十郎を迎える。

 

「遅くはない……と思うのだがな。まぁいい、少し手合わせしたい感じか?」

「今度こそ柘榴が勝つっすよ!」

「……守りは任せる」

「ははっ、葵も待たせているんだ。あまり時間はかけんぞ」

「そう、なら……やってみなさいっ!!」

 

 突如、横から飛び出してきた美空の太刀を軽く受け流す。

 

「もう少し殺気は消したほうがいいぞ、美空」

「五月蝿いっ!」

「あぁ……もう御大将ったら……」

 

 オロオロしている秋子を遠目に見て笑う藤十郎だったが、目の前の美空たちを見て槍を構える。

 

「いいぞ、来い」

 

 ニヤリと笑うと魚十郎に襲い掛かる三人。周囲を吹き飛ばす爆音と爆風に目を瞑る葵。いくばくかの時間。響く剣戟と吹き荒れる風の中、目を閉じていると。

 

「葵、もういいぞ」

 

 やさしい藤十郎の声が聞こえる。

 

「ちっ……相変わらず化け物じみた力ね……」

「うぅ~……負けたっす」

「……強い」

「あぁ、もう。御大将、お出迎えに行くといいながらこのような……」

「五月蝿いわよ秋子!だから行き遅れるのよ!」

「い、今それは関係ありませんよねっ!?」

 

 

 明らかに不貞腐れた美空たちに先導されて春日山城へと向かう。

 

「はっはっはっ!いい加減に機嫌を直せ、美空」

「五月蝿いわよ!大体アンタ、何で私にだけそんなに馴れ馴れしいのよ!?」

「ん、構わんだろう?同盟相手だし剣丞の妻なのだろう?」

「だ・か・ら!何で私だけなのよ!?」

 

 まるでじゃれ合うように歩いていく藤十郎と美空を見て微笑んでいる葵。

 

「も、申し訳ありません、葵さま。うちの御大将が……」

「いえ、構いません。……あんなに楽しそうな藤十郎、なかなか見られないですよ」

 

 ぺこぺこと頭を下げてくる秋子に微笑んで返す葵。

 

「しっかし、御大将もなんだかんだ言いながら楽しそうっすよねぇ」

「……御大将は、ツンデレ」

「柘榴、松葉!!聞こえてるわよっ!」

 

 指を差しながら吼える美空。

 

「まぁ、落ち着け。そんなことで剣丞の妻が務まる……ふむ、務まるな」

「……喧嘩売ってるなら買うけど!?」

 

 頭をポンポンと撫でてくる藤十郎の手を弾き睨み付ける美空。そんな態度にも藤十郎は何処吹く風だ。

 

「そうカリカリするな。老けるぞ?」

「だ、誰のせいだと思ってるのよ!?」

 

 

「……一応、歓迎はしてあげるわ。葵、ようこそ春日山へ」

「おい、美空。俺を省いているのはわざとだろう?」

「当たり前でしょ!葵は歓迎してあげるって言ってるんだから満足しなさいよ!」

「まぁ、俺は構わんが」

「あーもう!!いいわよアンタも歓迎してやるわよ!!」

 

 顔を背けながらそう言う美空。

 

「ホント素直じゃないっすねぇ」

「御大将だから仕方ない」

「柘榴!松葉!」

「はっはっはっ、相変わらず仲のよい主従だな」

「あー、もう!調子が狂うわ!秋子は二人を部屋に案内しなさい!夜は宴を開くから」

「ありがとう、美空どの」

「呼び捨てでいいわよ」

「それではお二人をご案内しますね」

 

 

「ほう、美空なのにいい部屋に通してくれたな」

「もう、藤十郎。あまりからかっては駄目よ?剣丞どのの奥方なのよ?」

「分かっているさ。……だが、あ奴を見ているとどうしてもなぁ」

「……藤十郎?」

「わ、分かっている」

 

 そんな会話をしていたときだ。外が少し騒がしく……いや、騒がしい足音が向かってくる。

 

「ん?」

「どーん!!」

 

 そんな言葉と同時に部屋の襖を開けて入ってきた少女を見て葵と藤十郎は表情を緩める。既に顔見知りの相手であったからだ。

 

「おう、愛菜か」

「藤十郎さま、葵さまお久しぶりでございますぞ!どーん!」

「ははっ!相変わらず元気だな、愛菜」

「空さま一の忠臣として当然ですぞ!どーん!」

「ふふ、可愛い」

「あ、あの、お久しぶりです」

「おお、空も健在か」

「は、はい。藤十郎さまも、葵さまもお元気そうで」

 

 空は愛菜と反して丁寧な挨拶と物腰で接してくる。それに優しく微笑むと頭を撫でる。

 

「で、どうしたのだ?」

「あ、はい。ご到着されたと美空お姉さまにお伺いしたので……」

「わざわざ出向いてくれたということか。ありがとう」

「い、いえ……」

 

 藤十郎に頭を撫でられ少しくすぐったそうにする空。

 

「失礼致しますの」

 

 もう一人、小柄な少女が入ってくる。

 

「あら、空さまと愛菜さんお先に来られてたですのね」

「愛菜は空さま一の忠臣!このくらい当たり前のことでございますぞ!どやっ!」

「ふふ、名月さんも元気そうですね」

「はい、葵さま!次期後継者の空さまの支えとなれるよう日々勉強ですの!」

「長尾もお前たちがいれば安泰だな。どうだ、少し俺たちの話し相手になってもらえるか?」

「は、はい!私たちも葵さまと藤十郎さまに、色々とお伺いしたいこともありますし」

「あら、私たちが答えられることなら何でも聞いて?」

 

 

 そして夜の宴の席。

 

「……藤十郎」

「おう、どうした」

「空たちの相手をしてくれたみたいね。一応感謝しておくわ」

「俺たちも楽しませてもらったさ」

「……アンタ、なんだかんだいいながら面倒見良いわよね」

「そうか?」

「戦で負けたことも、あの後の手紙も癪には障ったけど……まぁ剣丞も認めたことだし特別に許してあげるわ」

「はは、そうか」

 

 ポンポンと頭をたたく藤十郎を睨み付ける美空。

 

「だから!アンタは何で私にはそんなに気軽なのよ!」

「何でだろうなぁ。俺にもわからん」

 

 はぁ、とため息をついて葵の元へと立ち去っていく。

 

「藤十郎ー!一緒に飲むっすかー!」

 

 どん、と背後から頭を抱きしめるように絡んでくる柘榴。

 

「柘榴か。って、おい。何で抱きしめる。胸があたっているぞ」

「当ててるんすよ-!スケベさんは喜んでたっすよ?」

「……藤十郎は嬉しくない?」

「う~む。嬉しくないといえば嘘になるかもしれんが……俺には葵がいるからな」

「はー。スケベさんとは違うんすねー」

「その割には奥さんは増えてる」

 

 松葉の的確な突っ込みに藤十郎は苦笑いを浮かべる。

 

「俺はそんなつもりはないのだがなぁ」

「スケベさんと同じようなこと言うんすね」

「……褒め言葉と受け取っておこう」

「柘榴は藤十郎のこと嫌いじゃないっすよ?」

「ははっ、俺も柘榴のこと嫌いではないさ」

「強い男は嫌いじゃない」

「松葉もか。お前らは剣丞の嫁じゃないのか?」

「違うっすよ?スケベさんのことも嫌いじゃないっすけどね」

「同じく」

「まぁ、あせることもないだろう。お前たちならば貰い手は幾らでもいるだろう」

「そんな軽く言って。もしものときは責任とってくれるっすか?」

「そんな心配は無用だろう」

 

 笑いながら二人の頭を先ほどの美空のように撫でる。

 

「む……松葉、なかなかの難敵っすよ」

「……スケベといい勝負」

 

 そんな言葉を交わしながら立ち去る二人を不思議そうに見送る藤十郎。

 

「ん、藤十郎。一人かの?」

「うさどの」

「ご無沙汰しております、水野どの」

「貞子どのも、久しいな。さっきまで柘榴たちが居たのだが何処かに行ってしまった」

「ほほっ、振られたか?」

「さぁな。しかし、いつ飲んでも越後の地酒はいいな」

「であろう?」

 

 そういった沙綾の杯が空になっているのを見た藤十郎が酒を手に取る。

 

「さすがは気が利くのぉ。蕩らしの君とは良く言ったものじゃ」

「それは俺ではなく剣丞だろう?」

「ふふ、同じことだと思いますよ?」

「あいつと一緒は困るな」

 

 笑いながら互いの杯に酒を注ぎ合う。

 

「おぉ、そうだった。ほれ、土産だ」

「む?……これは梅干か?」

「あぁ。俺の知る限り最高級の味だ。よかったら食ってみろ」

「……ふむ。確かに旨いの」

「本当に。……どうして美空さまではなく私たちに?」

「はは、あ奴に直接俺が渡しても素直に受けとらんだろう。この席で楽しんであまったらあいつにも渡してやってくれ」

「全く、気が利くのか利かんのか。分からんのぅ」

「ふふ、素直じゃないですね」

「素直じゃないのは美空の特権だろ?」

 

 

「藤十郎も結構飲んだんじゃない?」

「あぁ。流石に効くな。越後の地酒は。まぁ俺は大丈夫だが葵は大丈夫なのか?」

 

 酒を呑んで火照った葵の身体を優しく抱き寄せる藤十郎。

 

「そうね。いつもに比べると少し飲みすぎたかしら?」

「大事な身体なんだ。無理はするなよ?」

「ふふ、ありがと。でも大事なのは貴方も同じよ?」

「気をつける。……しかし、旅行に出て結構立つな。……う~む、藤千代は」

「元気よ。定期的に報告してもらってるじゃない」

「だが、気になるものは気になる。仕方あるまい?」

「ふふ、私もそうだから否定はしないけど。でも、帰ったら他の子たちもちゃんと相手してあげなさい」

「分かっている」

「でも、今は……」

 

 静かに夜は更けていく。



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22話 長尾の宿老、長尾の鬼【沙綾&貞子】

「……」

 

 シャキン、シャキン。

 

「……」

 

 シャキン、シャキン。

 

「……あー、何か用か?貞子どの?」

「い、いえっ!」

 

 何故か朝からずっと背後に気配を感じていた藤十郎はたまりかねて付いてきていた気配に声を掛ける。顔を出した貞子は若干挙動不審である。

 

「あの、いつからお気づきに?」

「いや、気付くも何もずっと刀を抜き差ししていれば分かるだろう?」

「す、すみません!癖でして……」

「ふむ……」

 

 朝から葵は美空と話があるということでまたまた一人にされた藤十郎は暇をもてあましていたりする。

 

「貞子どの。暇なら俺の相手をしてくれんか。やることがなくてなぁ」

「ふふ、水野どのほどの方が……」

「水野どの、か。実はあまり言われなれておらんでな。よかったら藤十郎と呼んでくれ」

「し、しかしっ!」

「いいじゃろう、貞子よ。それとも照れておるのか?」

 

 そう言って現れたのは沙綾だ。

 

「おぉ、うさどの。暇ならば相手をしてくれんか?」

「相変わらず面白い奴じゃな。長尾の宿老である儂をつかまえて暇とは!」

「はははっ、違ったか?もうそろそろ引退だと思ったのだが?」

「ぬかしおるわ。儂の引退は我儘姫やその娘たちが儂の手から離れるときになったら、じゃろうな」

「一体いつまで現役でいるのやら」

 

 

「たまには昼から酒というのも悪くないな」

「じゃろう?」

「うささま。またこのような場所で酒盛りなどしていては美空さまに小言を言われるのでは?」

「俺の相手をさせられた、といえばいいだろう。事実だし、小言は俺に来るだろう」

 

 酒をくっと飲み干す。

 

「ほら、貞子どのも飲め飲め!」

「と、藤十郎どの!?よいのですか、葵さまに怒られるのでは?」

 

 貞子の言葉に一瞬藤十郎が固まる。

 

「くくくっ、鬼日向と呼ばれておっても妻には敵わぬか」

「……俺は葵に勝てたためしがないからなぁ」

「よく言うわ。……ただそこまで想われて葵どのは幸せじゃの」

「うさどのにはおらんのか?」

「ほほぅ、儂にそのような質問をするか、孺子?」

 

 すっと目を細めて沙綾は藤十郎を見る。

 

「あぁ、すまんな。剣丞いわく、俺にはでりかしぃとやらがないらしくてな」

「言葉の意味は分からんが言いたいことは分かるのぉ。まぁ答えてやろう、少なくとも今はおらぬよ」

「そうなのか。少し意外だな」

「ほぉ、藤十郎には大人の魅力が分かるようじゃな」

 

 かかかっ、と笑い酒を飲み干す沙綾。

 

「で、だ。藤十郎は儂を口説いておるのか?」

「うさどのを?……はははっ、面白いことを。俺のような小童、うさどのからすればまだまだ餓鬼だろう?」

「ふむ、人のことは分かっていても自分のことはあまり分かっていない。そんな感じかの?」

 

 そういって沙綾は貞子を見る。

 

「えぇっ!?こ、ここで私、ですか、うささま!?」

「儂は意見を聞いとるだけじゃよ?」

「と、藤十郎どのは……」

 

 

「……」

「……くくくっ、相変わらずじゃな、貞子よ」

 

 唖然とする藤十郎と楽しそうに笑う沙綾。それは貞子の口から放たれた藤十郎という人物についてだった。そこまで深く関わっていたわけではないのに細かな仕草や癖などを全て言った上に、藤十郎という人物の評価が異常に高いのだ。

 

「細かな癖を見抜かれておるぞ、藤十郎?」

「むぅ、しかしその目は凄いな。戦場でも活かせるものだ」

「藤十郎、そなたはまるで剣丞と同じであるな」

「……最近、よくそう言われるんだが」

 

 腑に落ちないといった顔をした藤十郎を見て顔を真っ赤にする貞子。

 

「こ、これはあくまで私が感じた感想ですので!」

「褒められて嫌な奴はおらんだろう。そこまでの評価に足る人物かどうかは分からんが」

「藤十郎どのはご立派です!それに個人の戦果や……」

 

 またスラスラと藤十郎の挙げてきた武功を次々に言っていく。

 

「よく知っているな」

「藤十郎どののことですから!」

 

 次は自信ありげな様子で胸を張る貞子。

 

「藤十郎、気に入られたのぉ」

「そう、なのか?」

「うむ。貞子は気に入ったものを観察する癖があるからじゃ。これだけよう観察されてるということはかなりの気に入りようじゃな。いつの間に口説いたのじゃ?」

「だから口説いてはいないと……」

「あ、あの、藤十郎どの?」

「ん、何だ?」

「わ、私などではご不満ということでしょうか……」

 

 貞子の言葉を理解できずに首を傾げる。

 

「ど、どのような身分であっても藤十郎どのと結婚することは出来ると……で、でもでも、藤十郎どのが嫌ということでしたら大丈夫です。そのときは……」

 

 後半がごにょごにょと言っていてよく聞こえなかった藤十郎だが。

 

「何故そうなる。後半は聞こえなかったが貞子どのも美しい女性だと思うぞ?もっと自信をだな……」

「う、美しい……っ!」

「あー、やってしもうたのぉ」

 

 楽しそうに沙綾が笑う。ごにょごにょと何かを言っている貞子が若干恐ろしくもあるが一旦おいておくことにした。

 

「やってしまった、とはどういう意味だ」

「貞子に本気で気に入られてしまったということじゃよ。気に入った相手を観察する癖があるといったじゃろう?」

「あ、あぁ。だが、貞子どのほどの女子であれば引く手数多だろう?」

「……そうか、無意識なのじゃったな。やはり剣丞と同じ……いや、剣丞よりも性質が悪いかもしれんの。考えてもみよ、まぁ儂も貞子の見目は悪くはないと思うのじゃが……まだ生娘だということを知れば、なにやら理由がありそうとは思わんか?」

「……」

 

 まだ、何処か別の場所にいるかのようにブツブツ呟いている貞子を見てなんとなく理解する。

 

「……葵に害が及ぶようなら容赦はせんぞ?」

「大丈夫じゃろうて。……多分じゃが。害するならお前を殺して私も死ぬ、とかいうような奴じゃからな」

「……あー、まぁ葵が大丈夫ならいいか」

「ほう?自らの危険は大丈夫と?」

「自分の身は自分で守るさ。それに俺は鬼日向だぞ?そうやすやすとはやられんさ」

「その自信やよし!儂から御大将には伝えておくから安心せよ」

「伝えるとは?」

「あぁ、貞子と儂を貰ってくれるのじゃろう?」

 

 

「……古兎、今なんて言ったの?」

「じゃから、儂と貞子は藤十郎の嫁に行くぞ、と」

 

 しれっとした顔で重大なことを言う沙綾にさすがの美空も固まる。

 

「……な、な、な」

「み、美空どの?」

 

 まだ部屋で話をしていた葵も表情を引き攣らせているが震える美空を気にかける。

 

「何でアンタが藤十郎に蕩らされてんのよ!?そんな兆候なかったでしょ!?」

「いい男に惹かれるのは仕方のないことじゃ。のぉ、葵どの?」

「え、そ、そうです……ね?」

「頭痛くなってきたわ……」

 

 ため息をつきながら眉間の辺りを押さえる美空。

 

「……悪いわね、葵。多分だけどさっきまでの予定変更ね」

「ふふ、分かりました」

「む?既に何か話しておる最中じゃったか?」

「そうよ!っていうかアンタも分かってるでしょ」

「ふむ、同盟の為か?」

「そうよ。……まぁ、そう言う意味では予定通りなんだけど……」

「まさか、儂ら以外にもあの男は蕩らしておるのか」

「本人たちに自覚があるかは知らないけど、少なくとも好意は抱いてるっぽいからその辺りを葵と詰めてたのよ」

「それはそれは……すまなかったのお」

「思ってもないこと言わないで。……でも、貞子って……あいつ大丈夫なの?」

「大丈夫じゃろ。……まぁ、もしものことも考えて儂も行くことにしたのじゃからな」

「そんな軽い感じで嫁に行くとか言うのね、あんた……」

 

 

「はぁっ!!」

 

 鋭い呼気と共に刀を振る貞子。向かい合っている藤十郎は軽く身体を捻ってその一撃を避ける。その動作で流れるように刀を抜き放つ。その藤十郎の一振りを鞘を巧みに使い弾く。弾かれた刀を藤十郎が引き戻すよりも早く、貞子が次の一手を打つ。瞬時に鞘を元の位置に戻すと藤十郎の腕を掴み背負い投げの要領で投げる。

 

「いい動きだっ!」

 

 にやりと笑った藤十郎が言う。腕を放した貞子の腕を空中でそのまま藤十郎が掴むと、思い切り腕を引く。

 

「え……!?」

 

 恐ろしいほどの勢いで宙高くに投げ飛ばされる。

 

「耐えろよ」

 

 ドン、という鈍い地響きの後、貞子をめがけて藤十郎が一直線に突撃する。勿論、空中でだ。二人の刀がぶつかり、刃と刃が交差する音が周囲に響き。

 

 

「流石は藤十郎どのですね。手も足も出ませんでした」

「いや、いい戦いだった。咄嗟の判断素晴らしかったぞ」

 

 模擬戦の後、互いの評価を語り合う藤十郎と貞子。

 

「ふむ。今後の作戦にも力を貸して欲しい人員を選ばないといけない状況だったからな。お前も候補だな」

「私が、ですか!?と、藤十郎どのにそこまで想われるなんて……感激です!」

「……何故か文字が違うような気がしたが、まぁいいか」

「でも、もし裏切ったら……」

 

 その後に貞子が何かを言っていたがよく聞こえずにそのままにした。

 

 

「藤十郎、また増やしたのね?」

「……あー、そ、そうだな?」

「何で疑問系?」

 

 クスクスと笑う葵。

 

「……いいのよ。さすがにもう藤十郎も気付いてるでしょ?この旅行の目的の一つ」

「……まぁ、薄々は、な。……ただ、まさかとも思うが……他家との繋がりを持つ……それも強い、婚姻という形で」

「概ね正解ね。……ただし、無理強いはしない。政略的な側面はあるにせよ、互いに思いあってのものがいい。剣丞どのがいたという平和な世界の話を聞いて、私たちの目指す形の一つになったもの」

「剣丞の奴。……あいつらしいな」

 

 何処か嬉しそうに頬を緩める藤十郎。

 

「本当に。……でも、それが理想だってことは否定できないわ」

 

 そっと藤十郎に葵が寄り添う。

 

「だって……私たちはそうでしょう?」

「……だな」

 

 葵の肩を抱き寄せる藤十郎。葵も嬉しそうに微笑む。

 

「とはいえ、まだ私たちのような結婚は少ないわ」

「聞くところによると民草は自由に婚姻を結ぶことも少なくないそうだがな」

「えぇ。……いつか、本当に平和な世の中になれば」

「皆が望む結婚が出来るように、か」

「藤十郎、私は幸せよ。だから、他の子たちにも幸せを与えてあげて?」

「剣丞ならいざ知らず、俺にもそれが出来るか?」

「出来るわ。だって、何度も言ってるでしょ?私は幸せだもの」



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23話 越後が二天【柘榴&松葉】

今回は短くなってます。


「藤十郎ー!朝早くから精が出るっすねぇ」

「柘榴か。人のことは言えんが早いな」

「そっすか?越後は朝早いっすからね。柘榴も一緒していいっすか?」

「構わんぞ」

 

 振っていた刀を腰に差し、次は愛槍を手に取るとそれを振り始める。

 

「藤十郎は刀も使うんすね」

「あぁ、基本的に何でも使うぞ。一番の武器は肉体だと思っているがな」

「藤十郎らしいっす」

 

 笑いながら隣で同じように槍を振るう柘榴。

 

「藤十郎の槍って変わった型っすよね」

「母上の……水野の技が中心だがな。あとは御家流の修行中に覚えた技だ」

「あの反則の技っすか?」

「反則って。まぁ使い方を間違わなければ強力な技なのは認めるがな」

 

 チラチラと藤十郎を伺うようにしながら槍を振る柘榴。

 

「そんなに俺の槍が気になるか?」

「そ、そうっすね。柘榴の槍より重そうっすよね」

「多分な。ちなみにだが、桐琴はこの槍を普通に片手で扱ったぞ」

「……あー、小夜叉のお母さんっすよね?藤十郎の側近の」

 

 桐琴の姿を思い浮かべながら納得する柘榴。

 

「あの小夜叉のお母さんなら納得っすね」

「ははっ、まぁそうだな。折角だ、柘榴。軽く手合わせするか?」

「今度は負けないっすよ!」

 

 

 手合わせは予想通りの結果に終わったが、その後柘榴は藤十郎から槍の型などを教わる形になっていた。

 

「とはいえ、柘榴の槍は完成しているからなぁ」

「そんなこと言わずに教えて欲しいっす!」

「まぁ、出来る限りはな。だが、あまり自分の形を崩すのはお勧めしないぞ?」

「大丈夫っす!それくらいは分かってるっすから。……そして本当に手ごわいっすね」

「ん、何か言ったか?」

「何も言ってないっすよ~」

 

 柘榴の踏み込み、槍の突き。体裁きを見て隙を指摘していく。

 

「……そのまま止まれ」

「へ?」

 

 すっと藤十郎が近づいてくる。柘榴の腕を腰を掴み、形を調整する。

 

「……このくらいか。今の部分、ここに隙があった……って、どうした?」

 

 顔が少し赤くなっている柘榴に気付き顔を覗き込む藤十郎。さらに朱に染まったように感じるが状況をよく把握できていないようだ。

 

「な、な、何でもないっす!」

「そうか?ならいいが」

 

 そう言って離れる藤十郎にホッとしたような、何処か残念そうな表情を浮かべた柘榴。

 

「……柘榴」

「へ……ま、松葉!」

「柘榴、抜け駆けはずるい」

「ち、違うっすよ!?偶然会って一緒に鍛錬してただけっす!」

「言い訳無用。罰として藤十郎は今日松葉のもの」

「……いや、俺は別にお前らの物じゃないぞ?」

 

 

「……」

「松葉、一体これは何だ?」

 

 腕にしがみつくような形で寄り添われて困惑する藤十郎。

 

「スケベならこれで喜ぶはず」

「いや、それは剣丞のことだよな?」

「男は皆狼だって言ってた」

「……誰だそんなわけの分からんことを言っているのは……」

 

 かといって特に松葉を払うことはしない藤十郎である。

 

「……まんざらでもない?」

「嫌なわけではないからな。理由が分からんだけで。……後、柘榴は何してる?」

「うぅ~……松葉ずるいっすー!柘榴も混ぜるっすよ!」

「駄目。違反したのは柘榴のほう」

 

 唸りながら言う柘榴に速攻で拒否の言葉を投げつける松葉。

 

「お前らの言っている抜け駆けとか違反とかって一体何なんだ?」

「秘密」

「もう少ししたら分かるっすよ。……たぶん」

 

 松葉に拒否されたからか少し拗ねたような様子で言う柘榴。

 

「あー……よく分からんが柘榴を許してやってくれ。俺と鍛錬してたのは俺が誘っただけだ」

「藤十郎……」

 

 本当は柘榴から誘ったのだが、とも思ったが槍の型などは藤十郎も率先して教えていた部分もあるから完全に嘘というわけでもない。

 

「……柘榴、許す」

「やったっす!」

 

 そういって藤十郎の頭に背後から抱きつく。

 

「……なんだこれは」

「藤十郎も抱き心地いいっすね!柘榴気に入ったっすよ」

「スケベにもやってた」

「抱きつき癖か?あー……家中のほかの者が見たら勘違いするぞ?」

「いいっすよ~。柘榴はしたいようにしてるだけっすから」

「右に同じ」

「そ、そうか」

 

 葵に見られるのはちょっと、などと少し考えた藤十郎だったが。

 

「あら、藤十郎?」

「何してんのよ、柘榴、松葉」

 

 狙い済ましたように現れる葵と美空に藤十郎が固まる。

 

「あ、御大将っす。藤十郎と遊んでるっすー」

「御大将、混ざる?」

「混ざるわけないでしょ!……で、藤十郎は何で固まってるのよ」

「い、いや」

 

 全く動揺の色を見せない美空とニコニコと微笑んでいる葵。

 

「ったく。アンタたち少しは場所を選びなさいよ」

「はーいっす」

「分かった」

 

 

「……は?」

「だから、既にあの二人は藤十郎の嫁として調整していたのよ」

 

 少し遅い朝食は葵と藤十郎二人でとっていた。そのときに葵から言われた言葉だ。

 

「何であの二人なんだ」

「だって、藤十郎と仲が良かったでしょう?恐らく美空どのから既に二人には話が行ってたんじゃないかと思うんだけど」

「……それで柘榴はすぐに分かるといったのか……」

「ふふ、だからあの二人に関しては特に怒るつもりはないわ。でも、あまり増やしすぎちゃ駄目よ?」

「わ、分かっている。そんなつもりはないのだがなぁ」

「本当に剣丞どのと似たことを言うようになったわね」

「……だからそれは褒め言葉ではないだろう?」

 

 

「全く!本当にアンタは一体どんだけうちの家臣とっていくつもりなのよ」

「いや、そんなつもりはないんだがなぁ」

 

 美空に部屋に来るようにと言われ来た藤十郎はすぐさま小言を言われていた。

 

「その手腕には恐れ入るわね」

「はっはっはっ!剣丞ほどではないだろう?」

「……五月蝿いわね」

 

 剣丞に結果としては蕩らされた身であるから耳が痛い言葉だったのだろうか。

 

「で、アンタはどうするつもりなの?」

「どうするつもりとは?」

「柘榴と松葉よ。同盟相手だから別に駄目とは言わないけど、古兎と貞子も貰うんでしょ」

「そう、なっているな」

「葵からも聞いてると思うけど、アンタの気持ちも大切なのよ。アンタが嫌っていうなら別に二人を貰わなくたっていいんだから」

「……」

「ま、少なくともあの二人はアンタに貰われるつもりみたいだけど」

「むぅ」

「……葵に少しは同情するわ」

「……」

「女っていうのは本当は好きな相手を独占したいものよ」

「それは……実体験か?」

「……想像に任せるわ」

 

 視線を藤十郎からはずして茶を啜る美空。

 

「でも、剣丞もアンタも日の本を一つにするために必要な存在だってことは否定しないわ。……だからこそ葵のこと大事にしてあげなさいよ」

「ふふっ、意外と優しいのだな美空」

「別にアンタのためじゃないわよ。葵は我慢する癖があるでしょ。それが心配なだけよ」

「やはり優しいではないか。……だが、ありがとう。葵を大事に想ってくれて」

「ふん!一応同盟相手だしね」

「柘榴たちの言うように素直ではないなぁ」

「う、五月蝿いわよっ!」

 

 

「葵、よい友を持ったな」

「どうしたの、急に」

 

 その日の夜。

 

「いや、美空とも話をしたのだがな。お前のことを心配していたぞ」

「ふふ、お優しい方だから」

「剣丞曰く、つんでれとやららしいがな」

「えっと……素直じゃない、とかだったかしら」

「よく分からん」

「藤十郎もつんでれなのかしら?」

「俺は素直だぞ?」

 

 寄り添っている葵の頭を優しく撫でる。

 

「ふふ、そうかもね」

「……藤千代は元気にしているだろうか……」

「心配?」

「心配、というよりは会いたくなるな。もう結構な時間会っていないからな」

「そうね。……でも、これからの戦を考えると」

「もっと長期間で会えないことも多いだろうな。……戦がなければずっと共にいることが出来るのだがなぁ」

「早く、平和な世界を作らないとね」

「だな。……それよりも最近考えていたのだが、剣丞に藤千代を近づけていいものだろうか」

「……どうしたの、急に」

「いや、あの蕩らしに近づけて娘が蕩らされたら……俺は剣丞を殺さねばならん」

「断定なのね」

 

 クスクスと笑う葵。

 

「いやいや!あの可愛い藤千代が剣丞の嫁になりたいといった日には……」

「ふふ、大丈夫よ。あの子は私の子なんだから……きっと藤十郎のお嫁さんになるって言うわ」

「そ、そうか?」

「そうよ」

「……ならいいか。だが剣丞には要注意だな」

 

 

「ん、どうした、剣丞」

「い、いや。何か寒気が……」



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24話 葵との新婚旅行~北条編~【葵】

今回から北条と徳川合流でお送りいたします。


「北条にも向かうのか?」

「えぇ。まぁ、他の家とは違ってうちと一番近しい間柄だけどね」

「なぁ、葵。一度藤千代……いや、家に寄っていかずに良いのか?葵も家中が心配だろ?」

「……藤十郎、本音が隠せてないわよ。……ふふ、大丈夫よ。私は既に現状を聞いているし」

「……おい、葵。俺はその話を知らないんだが」

「あら、文を貰ってるって言ってなかったかしら?」

「……聞いたような、聞いてないような……まぁいいか」

 

 藤十郎は考えることを放棄するように白石を進める。

 

「あ、でも」

 

 葵が思い出したように呟く。

 

「小田原に着いたら藤十郎が喜ぶことがあるかも」

「ん?」

 

 

 天下の名城、小田原城。難攻不落と名高いその城は、戦の天才と謳われる美空率いる長尾衆をも撃退したというものだ。勿論、その難攻不落の背景に朔夜の力があったのは疑い知れぬことではあるが。

 

「あれは……」

 

 城のほうから駆けて来る者の姿に藤十郎が驚いた声を上げる。藤十郎の前に乗っている葵が微笑んだのは藤十郎から見えていないだろう。

 

「ふふ、皆もきっと藤十郎に会いたかったと思うわ。ほら、行ってあげて」

 

 葵の言葉に藤十郎が白石から飛び降りると駆けて来る相手を見る。

 

「藤十郎ーっ!!」

 

 いつものように弾丸のような速度で突撃してくる綾那を藤十郎は軽く抱きとめる。

 

「綾那、元気そうだな」

「藤十郎、藤十郎なのですよーっ!!」

 

 飛びついた綾那は嬉しそうに藤十郎の胸に顔を埋める。

 

「おいおい、どうした?いつもより甘えてくるじゃないか」

「う~、久しぶりだから仕方ないです!」

 

 そんな言葉を言いながらも藤十郎も何処か嬉しそうに頭を撫でている。くすぐったそうに目を細めながらも藤十郎にしがみついて離れない綾那を少し離れたところで白石を止めた葵が優しく見守っている。

 

「ちょっと綾那!……気持ちは分かるけど、ずるいわよ」

「じゃあ歌夜も来るですよ-」

 

 綾那の言葉に困ったような表情を浮かべながらも藤十郎をじっと見つめる歌夜。

 

「……歌夜」

 

 綾那を撫でている手と逆の手で歌夜を招きよせる。少し遠慮がちに近寄ってきた歌夜を抱き寄せる。

 

「歌夜も元気にしていたか?」

「はい。藤十郎さんが居ない間もしっかりと三河をお守りしてましたよ」

「ふふ、そうか」

 

 歌夜の頭も優しく撫でる藤十郎。綾那がはっと気付いたように顔を上げると葵を見て笑顔を浮かべる。

 

「あー!葵さまなのですよ、歌夜!」

「あ、葵さまっ!?も、申し訳……」

「いいのよ。綾那、歌夜。留守の間大義でした」

 

 優しくそう言った葵も白石から降りると藤十郎たちへと近づいてくる。

 

「あ、でもでも、綾那と歌夜が藤十郎に撫でられてたら葵さまが撫でてもらえないです」

「ふふ、大丈夫よ。私は旅行の間、藤十郎を独り占めしてたんだから。……まぁ、嫁が数人増えたけど」

「……藤十郎、また蕩らしたです?」

「……綾那までそんなことを言うのか」

「ふふっ、昔に比べると落ち着きましたが、相変わらずといったところですね」

「歌夜まで」

「そういうことよ、藤十郎。さ、皆が待っているわ」

 

 葵の言葉に藤十郎が城を見る。二人以外にも誰が来ているというのだろうか。

 

 

「あぅー!」

「藤千代!?」

 

 藤十郎が驚きの声を上げるのも仕方がない。まだ赤子の藤千代を連れて小田原まで来ているとは想像もしてなかったのだ。しかも、抱き上げているのは何故か朔夜というおまけ付きだ。

 

「……藤十郎ちゃんったら私のこと完璧に無視しちゃってる~」

「あ、朔夜か。何故お前が藤千代を抱いている?」

「……もう、いけずねぇ。ね~、藤千代ちゃん」

「あう!」

「……おい、葵。藤千代がやけに朔夜に懐いていないか?」

「初めて抱っこしたときからそうだったわ。それに藤千代は愛想がいいから」

「うふふ、伊達に葵ちゃんのお母さん先輩じゃないわよ」

 

 笑いながら、藤十郎に藤千代を渡す朔夜。藤十郎に抱かれた藤千代は嬉しそうに藤十郎の顔に手を伸ばす。

 

「おぉ、藤千代も俺に会いたかったか?そうかそうか!」

 

 満面の笑みで藤千代をあやす藤十郎。

 

「……藤十郎、藤千代が可愛くてたまらないって感じです」

「あら、綾那もいつもあんな感じよ?」

「全く、未来の日の本の統率者となるお方がそのような姿を見せるとは……いやはや、子を持つと人は変わるものですなぁ」

 

 久方ぶりに聞く嫌味な言葉に藤十郎が向きを変える。

 

「悠季も来ていたとは。後は小波もきていれば……」

「お側に」

「……おいおい。徳川の中心であるお前らが此処にいて大丈夫なのか?」

「おや、藤十郎どのは徳川が我らが居らぬだけで揺らぐとお考えで?そちらのほうが困ったものですなぁ」

「大丈夫よ、藤十郎。今回、此処に皆が居るのは忠重どのや桐琴どの、それに酒井も賛同してくれたからよ」

「……母上や酒井のばあさんもか」

 

 藤十郎の頭が上がらない相手の名前が出てきて何も言うことができなくなる。

 

「私と藤十郎だけじゃなくて、この子たちもまだ結婚したばかりでしょう?だから、ね?」

「……葵がそれでいいのなら構わん。……というか、こいつは違うだろう」

「藤十郎どのは私を嫁には貰えるの仰りますか」

「……ふむ、お前を、か?」

 

 じっと藤十郎が悠季を見る。最初は藤十郎を挑発するような態度をとっていたが、少しずつ居心地が悪そうな様子を見せる。

 

「……ふふ、まぁいいか。とにかく藤千代をつれてきてくれて助かったぞ」

「そうね、藤十郎ったらずっと藤千代のことばかり話すのよ?」

「でも、藤千代可愛いですから仕方ないと思うです!」

「お、綾那分かってるな!」

「当たり前です!」

 

 盛り上がる藤十郎と綾那を苦笑いで見る一同。

 

「さ、葵ちゃんと藤十郎ちゃんも疲れたでしょ?夜は宴の準備してるからゆっくり休んでなさいな」

 

 

「葵はこのことを言っておったのだな」

「えぇ。実は、久遠姉さまと剣丞どのの案だったりするのだけど」

「……むぅ、剣丞にしてやられたということか」

 

 胡坐をかいた藤十郎の足の上ですやすやと眠る藤千代を起こさないように小さめの声で話す。

 

「しかし、このような年から旅行とは……藤千代はたくましく育ちそうだな」

「ふふ、藤十郎の娘だしね」

「葵の娘だから可愛らしく育つだろうな、うむ」

「……本当に時々恥ずかしいことを言うわよね、藤十郎って」

 

 

 宴の席。

 

「藤十郎どの、お久しぶりです」

「おぉ、朧どのか。朔夜とは時々会っていたが久しいな」

「……藤十郎どの。姉上は呼び捨てなのに、私はどのなどと敬称をつけて……私も呼び捨てで結構です」

「む、そうか?ならば朧、と呼ばせてもらうぞ」

「はい」

 

 少し嬉しそうに微笑む朧が藤十郎の隣に腰を下ろす。

 

「お会いできずに少し寂しかったんですよ?」

「ははは、それはすまんかったな」

「もう、冗談とお考えでしょう?」

 

 そう言いながら藤十郎の空になった杯に酒を注ぐ朧。

 

「姉上や十六夜と話をしてからになりますが……藤十郎どのに時間を頂くこともあるかもしれません」

「ん、いつでも構わんぞ。どうせ仕事もないことだしな」

「ふふ、約束ですよ?……私以外にも藤十郎どのと話をしたい子も居るようですから、私はこの辺で」

「あぁ、またな」

 

 立ち去っていく朧と入れ替わるように十六夜、三日月、暁月の三人が藤十郎の元へと来る。

 

「藤十郎さん、お久しぶりです!」

「十六夜、息災のようだな。聞いているぞ、内政の才が開き始めているとな」

「藤十郎さんが言っていた通り、私は私の道を進もうと決めたから……藤十郎さんのおかげです!」

「いや、それは十六夜の力だ。誇っていいのだぞ」

 

 そう言って頭を優しく撫でる藤十郎。

 

「あー、姉ちゃんだけずるい!」

「はは、三日月も元気そうだな」

「当たり前だろー!あ、また訓練つけてくれよー!」

「あぁ、いつでもいいぞ。朝の鍛錬にでも付き合うか?」

「付き合うー!」

「藤十郎どの、お久しぶりです」

「暁月は相変わらず姉の補助を上手くこなしているようだな」

「私は十六夜姉さまのお手伝いを少ししているだけです」

「その少しというのがとても重要なのだ。自分のできることをしっかりとやる。それができれば北条は安泰だ。俺たち徳川としても嬉しい話だからな」

 

 暁月の頭も優しく撫でる藤十郎。

 

「そういえば、藤千代は抱いてあげたか?」

「えぇっ!?えっと、母さまが抱かれているのを見てました」

「何か触ったら壊れそうだったしなー」

「やはり、父母の許可なくというのは如何なものかと思いましたし」

「そんなに難しく考えずともいいのだがな……葵!」

 

 ちょうど起きた藤千代を抱いていた葵を藤十郎が呼ぶ。

 

「どうしたの、藤十郎?」

「あぁ、十六夜たちにも藤千代を抱かせてやってくれ」

「えぇっ!?」

 

 何故か動揺している十六夜に葵が微笑んで藤千代を差し出す。

 

「わ……」

 

 腕の中にすっぽりと納まった藤千代を抱き、固まったようにじっと見つめる十六夜。藤千代は嬉しそうに笑っている。

 

「可愛い……」

「だろう?はっはっはっ、自慢の娘だ」

「藤十郎ったら」

「姉ちゃん、三日月も抱っこしたいぞー!」

「焦らんでも藤千代は逃げんぞ」

 

 交代に藤千代を抱き、最後に暁月も抱く。

 

「……」

「どうだ?」

「こんなに小さいのに、力、のようなものを感じます」

「はは、それは……生命力のようなものかも知れんな。それに何よりも可愛いだろう?」

「……自慢気なのは不思議ですが、気持ちは分かります」

「こんなに赤ちゃんって可愛いならお姉ちゃんもほしいなぁ」

「三日月も!」

「ふふ、自分の子はもっと可愛く感じると思うわ」

 

 葵が三人に微笑みながら語りかける。

 

「好きな人と……」

 

 十六夜がそう呟いて藤十郎を見る。藤十郎は気付いていないが、葵はそれに気付き優しい微笑を湛えて十六夜を見る。

 

「……ふふ、藤十郎。優しくしてあげなさいね?」

「ん?」

 

 何かを確信した葵が藤十郎に言うが、藤十郎はよく理解できずに居た。

 

 

「やれやれ、あれが藤十郎どのですか」

 

 呆れたように悠季が呟きながら首を振る。

 

「葵さまから報告は受けていたとはいえ……まさかあれ程までとは……やはり剣丞どののことは藤十郎どのには何もいえませぬなぁ」

 

 ふぅ、とため息をつく悠季は何故か何処か嬉しそうでもあった。




あと2話で本編と並びますね(ぉぃ
後日談もゴールが見えてきてますが、もう暫くお付き合いください!


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25話 地黄八幡の初陣?【朧】

後日談が今回で本編の話数を超えました。
後日談こそ本編……。


「と、藤十郎どの」

 

 あくる日の昼前。朧が恐る恐るといった様子で藤十郎に声を掛ける。

 

「朧、どうかしたか?」

「あ、あの、昼餉はまだですか?」

「あぁ。ちょうど今から向かおうかと思っていたのだが。よかったら一緒に行くか?」

「そ、その……ご迷惑でなければ、私の屋敷で……いかがですか?」

 

 突然の誘いに少しだけ驚いたような藤十郎に慌てて朧は。

 

「無理にとは言いません!」

「はは、何を力んでいるのかは知らんが迷惑なわけがなかろう。むしろ、俺のほうが迷惑じゃないか?」

「そんなことは!」

「ならば邪魔させてもらおう」

「はい!」

 

 嬉しそうに微笑んだ朧に連れられて、城下にある朧の屋敷へと藤十郎は向かう。

 

「しかし、小田原はよい地だな。鬼による傷跡も残っていないし、人々はいい笑顔を浮かべている。……これもお前の妹たちの頑張りのおかげか」

「ふふ、そうですね。十六夜たちはしっかりとやれています。……姉として妹たちの力になれることが少なくなって寂しくもありますが」

 

 朧はそういいながら微笑む。

 

「ふ、気持ちは分からんでもないな。……だが、後事を託せる者が居るというのは幸せなことだろう。勿論、まだまだ朧や朔夜の力は天下に必要だから仕事は大量にあるぞ」

「藤十郎どのなりの励ましですか?……ふふ、ありがとうございます」

「励まし、というよりは事実なんだがなぁ」

 

 

 屋敷へと招かれた藤十郎は部屋で待つように言われ、茶を勧められた。

 

「ふむ……昼の支度は家の者がやるんじゃないのか」

 

 一瞬そんなことを考え一人呟くが、結婚してから葵が食事の準備をしてくれることを考えると特におかしなことでもないと気付く。

 

「しかし……」

 

 出された茶を啜りながら庭を眺める。

 

「……暇だな」

 

 そんなことを呟いた瞬間、屋敷の何処かから爆発音が聞こえてくる。

 

「敵襲、って感じじゃないな」

 

 周囲の雰囲気からそう察した藤十郎であったが、爆発に興味が湧いてくる。

 

 

「……む、むぅ。意外と難しいものですね。ですが、次は外しませんよ」

「……何してるんだ、朧」

 

 藤十郎が音の発信源である朧に声を掛ける。

 

「ひゃ……藤十郎どの!?」

 

 少し呆れたように藤十郎は言うが、手に包丁を持っている姿から考えれば間違いなく料理をしているのだろう。……あの音からは想像も出来ないが。

 

「料理、しているんだよな?」

「そ、それは……私とて、料理くらい……します」

 

 少し目を逸らしながらそう言う朧。

 

「ふむ、ならば暇だから此処で見ていていいか?」

「えっ……それは、その……見ていられるというのも、あの……」

「気が散るか?ならばおとなしく部屋で待っているが」

「せ、せっかく来ていただいたお客人に退屈などと……そのような思いをさせるのは、北条の恥」

「なら見てるとしよう」

 

 藤十郎は実は料理が出来たりする。勿論、結菜や修行済みの葵や天才的な才能を発揮した姫野ほどの腕はなく野営などの簡略的なものであればさくっと作ってしまうくらいには器用だった。本人は面倒だと肉を焼くだけで済ませることも多いが。

 そんな藤十郎が見ている中、朧はまな板の上に大根を置くと包丁を構えて真剣な表情になる。……むしろ、武術の立ち合いの際のような張り詰めた空気に藤十郎は苦笑いを浮かべる。

 

「朧」

「はい」

 

 藤十郎の言葉に答える朧は真剣そのものだ。

 

「一応確認だが、何をしようとしている?」

「……急所を読んでいます」

「ほう、急所」

「ご存知ですよね?そこを突けば、相手を一撃で死に至らしめる……」

「まぁ、知っているぞ。自分で言うのもなんだが、そのあたりの奴らよりは圧倒的に詳しい自負もある」

「ですよね。料理も武術も基本は同じ。いかに刃を入れて断ち切れるか……」

 

 間違えてはいないが、圧倒的に間違っているような気もする。朧は包丁の先を、まるで相手の動きに合わせているかのように角度を変えて一撃を打ち込む隙を探しているようだった。相手が大根でなければ、せめて生き物であればその動きはおかしくないのだろうが、今の状況で考えるとおかしい。

 

「ふむ、大筋間違ってはいないが……」

「はぁっ!」

 

 そんな藤十郎の呟きをかき消すように、裂帛の気合と共に振り下ろされる包丁。その一撃は藤十郎から見ても見事なものであった。ただし、先ほどから言っている通り相手は大根だ。激しい斬撃音の後、作業台の上にあるのは無惨な姿になった大根の姿だった。

 

「おかしい……。どう見ても、家人がしているのと違う気がします……」

「うむ、違うな」

 

 断言する藤十郎。やはり料理の心得とまでは行かなくとも普通に出来るだけあって違和感を感じたのだろうか。

 

「大体、家人はお前ほどの腕はないだろう?」

 

 的外れな意見を言う藤十郎も大概である。

 

「もう一撃っ!」

 

 

「……どうして……こうなった」

 

 うずたかく積みあがっている歪な形に変わり果てた大根の山。原因は探るまでもなく自明の理であるのだが。

 

「朧」

「はい」

「料理したことあるのか?」

「あ、あるに決まっているではありませんか!いくら藤十郎どのとは言え、言っていいことと悪いことが……」

「ふむ。……ならば、一緒に料理をせんか」

 

 そういいながら藤十郎が朧の側に歩み寄る。

 

「いえ、その……客人である藤十郎どののお手を煩わせるようなこと、させるわけには……」

「気にするな。朧と一緒に料理というのも楽しそうだしな」

「た……楽しい、ですか……?」

「あぁ。俺と朧の仲だろう。そんな気遣いは無用だ」

 

 

「……うむ、こんな感じか」

「で、出来ました……!」

 

 料理と言っても大根の味噌汁だ。……大根の形が歪だったりするのは仕方がないだろう。

 

「な、簡単だろう?」

「は、はい!」

 

 出来上がった料理……味噌汁だが、を二人で食す。

 

「どうだ」

「はい、美味しいです。とても」

 

 朧は自分が作った味噌汁を食べて驚いたように藤十郎を見ると、穏やかに顔を綻ばせる。

 

「これを私と藤十郎どのが……」

「俺は少し手伝っただけだ。これが出来たのはお前の力だ、朧」

 

 こっちの焼き物は俺が作ったがな、と笑いながら言う藤十郎を見る朧。

 

「実は……ですね、もうお察しかと思いますが、料理というものをしたのはこれが初めてで……」

「うむ」

「屋敷の者達は簡単にしていましたので、まさかこれほど難しいものだったとは……」

「初めてではな。……朧、人は生まれた瞬間から歩くことは出来ないように、自らがやったことがないことは簡単に出来るものではない。……まぁ、勿論出来ることもあるだろうが」

「藤十郎どの……」

「それで、どうして初めてなのにこんなことを?」

「そ、それは……」

 

 少し頬を染め、俯く朧。

 

「藤十郎どのに、手料理を……振舞ってみたいと思いまして。……姫野が……料理をして、藤十郎どのと結婚したと聞いて」

「……あー」

 

 確かに結果としてはそういう流れだ。何と言っていいものか、藤十郎は言いあぐねる。

 

「まぁ、概ね間違いではないな」

「……」

「……ん?姫野のように……?」

 

 何かに違和感を感じた藤十郎が朧を見る。

 

「まさか、朧。お前は俺の嫁になりたいのか?」

「っ!?」

 

 藤十郎以外にはバレバレなのだが、それでも本人に気付かれるのはやはり恥ずかしいのだろう、朧は先ほどまで以上に顔を真っ赤にする。

 

「ふむ、そうか……」

「あ、あの……お嫌、でしょうか?」

「何故そうなる?朧は好ましい女性だと思うぞ?」

 

 自然と藤十郎はそんなことを言う。これで蕩らしていないと言うのだから、剣丞と同じといわれても仕方がないだろう。

 

「そうなると……む、俺が動くよりも前に葵は動いていそうだな……朧、その話誰かにしたか?」

「……既に姉上や十六夜には報告済みです」

「と、言うことは葵も?」

「はい、既にご存知かと」

 

 またもや、外堀を埋められている感は否めないがそれは鈍感な藤十郎が悪い。ということは藤十郎も承知しているのだろう。

 

「朧、俺はどうやら鈍感らしくてな。お前が何かを思っていても、俺は気付かんかもしれん。俺もお前もいつ戦で死ぬかも分からん身だ。それに、俺にとっての一番は葵ということは一生涯変わることはない。……それでも」

「藤十郎どの。既に、私の覚悟は決まっています」

「……そうか」

 

 ふぅ、と息をついた藤十郎は朧と向かい合う。

 

「色々といったが、俺に出来る限り朧のことを愛するのを誓おう。……俺に出来るのはそれくらいだからな」

「……ふふっ……私が緊張していたのが馬鹿みたいですね」

「おい、どういう意味だそれ」

 

 微笑んだ朧が三つ指をついて綺麗なお辞儀をする。

 

「不束者ですが、末永くよろしくお願いします、藤十郎どの」

 

 

「……だが、朧」

「はい?」

「俺のことはまだどの付けなのか?お前がそうしたいのなら構わんが」

「え、えぇっと……ま、まだ少し恥ずかしいので」

「ふふ、そうか」

 

 ……そんな話をしているのは床だったりするのだが、それはまた別の話。




そういえば、三つ指って小笠原流の作法では無作法なんですよね(ぉぃ

知ってはいますが、今の常識でいえば伝わりやすいと思うのでこちらで表現してます。
武器を手に持ちません、という意志の表れとも言われてますので一概に否定も出来ませんしね!


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最終話 外史の終わり

かなり間が空きすぎました……。
というわけで読んでくださっていた方への感謝をこめて最終話を投稿します。


 ……あの戦からどれだけの月日が流れただろうか。友と駆けた戦場、全国統一のために激戦を繰り広げた。特に記憶に残っているのは四国の猛者、長宗我部との戦や北陸の佐竹や独眼竜率いる伊達だろうか。やはり一筋縄ではいかない相手が沢山いた。

 

 そんな長く続いた戦も、ついには決着を迎えた。久遠と葵を……剣丞と藤十郎を中心とした天下統一を成し遂げたのだ。鬼も最早、ほとんど姿を見なくなった。

 

「よい人生であったな」

「ふふ、何を言っているの」

 

 長らく床より起きることの出来なくなった最愛の妻……葵のそばで藤十郎が言った言葉に笑顔で葵が返す。藤十郎の顔には深い皺が刻まれており、知らない者が見ても頑固な爺に見えるだろう。その藤十郎が「俺よりも弱い奴に娘はやらん!」と公言していた……そして娘が―剣丞曰くファザコンであった―なかなか結婚することがなく最終的には後の世に大阪の陣と呼ばれる戦にまで繋がった。

 平和な世を作るために天下を統一したのに……といわれているが、規模が大きすぎるお家騒動のようなものだ。その戦は冬から夏にかけて二度大きな衝突があり、その結果として剣丞と久遠の息子との結婚へと繋がったのだから無駄なことではなかったのだろう。

 

「それにしても、今日は体調がよさそうだな」

「えぇ。久しぶりに少しなら起き上がれそう」

 

 そう言ってゆっくりと床から起き上がろうとする葵を優しく支える藤十郎。

 

「……互いに、長く生きたものだな」

「そうね」

 

 多くいた仲間や、嫁たちも一人、また一人と先に旅立っていった。勿論、二人とも沢山悲しんだ。だがそれでも共に作った平和を維持するために二人は尽力し続けた。

 天守閣……江戸幕府の権威の象徴であるその頂点へと二人は歩を進める。今は娘たちも孫たちも仕事で奔走している時間だ、こちらには来ることも無いだろう。ゆっくりとこれまでの人生を二人で笑いながら話し合う。

 

「まさか、孫の結婚にまで藤十郎が口出しするとは思ってもみなかったわ」

「……若気の至りだ」

「もうおじいちゃんだったでしょ、あなた」

 

 危うく二度目のお家騒動になろうかという状況になりかけたそのときは流石に剣丞や久遠、葵だけでなく葵のように麗しく生長を遂げた藤千代―父の名をついで藤という真名を与えられた―によって食い止められた。決定打になったのは藤の父様のこと、嫌いになりますよ?という発言だったのだが。

 

「しかし、あの剣丞があそこまで立派に成長するとは思わなかったな」

「剣丞どのは立派な殿になったわね。……結局、往生されるまで嫁を増やし続けて久遠姉さまや結菜さまは複雑そうだったけれど」

「人蕩らしだからな、あいつは」

 

 そんな剣丞も数年前に看取ることになった。彼の死は深く悲しまれたが、それ以上に神格化されるだけのことも起こった。彼が息を引き取った後、この世界に現れたときと同じように後光が差し吸い込まれるように消えたのだ。

 

「最後の最後まで面白いやつだった」

 

 藤十郎の親友でもある剣丞はどうなったのか。それは誰にも分からないが、藤十郎はきっとあるべき場所へと還ったのだろうと考えていた。もしかしたら、もう一度、藤十郎が見たような別の世界……外史を旅しているのかも知れない。どの世界であっても、剣丞は剣丞だろうと思うと少し笑ってしまう。

 

 

 二人は天守閣の頂上に作られた部屋へと到着した。

 

「……久しぶりに見たけれど、やっぱり綺麗ね」

「あぁ。……これが葵が成し遂げた天下だ」

 

 視界に広がる広大な街。そこには多くの人が住み、今日も元気に営みを続けている。戦で荒れ果てた国も街も今は存在しない。流石に全てが城下並みではないだろうが、剣丞の策によって生活水準は明らかに高くなった。病の対策や国の制度にいたるまで。

 すっと、葵の前に布団が敷かれる。それを見て葵が堪えきれないといった具合に笑う。

 

「ふふ、どこから出したのかしら」

「今日くらいは許してもらおう」

 

 横になった葵がふぅとため息をつく。

 

「大丈夫か?」

「えぇ。今日は気分がいいから」

 

 そんな葵の手を握る藤十郎。

 

「……何年一緒にいると思ってるんだ」

「……」

 

 夏から秋へと移り変わる季節の優しい風。外から差し込む光を眩しそうに目を細めながら葵は静かに空を見る。

 

「いい、人生だったわ」

「あぁ」

「藤十郎と結ばれて、沢山の仲間に恵まれて。子供や孫に囲まれて、こんなに幸せな人生きっとないわ」

「そうだな」

 

 それは俺もそうだ、と藤十郎は心の中でつぶやく。愛する者と結ばれた。それも一人や二人ではない。そして多くの子も、多くの孫も。臣下や友、好敵手にも恵まれた。

 

「少し……眠くなってきたわ」

「……そうか。ならゆっくりと眠るといい……」

「手、握っててくれる?」

「勿論だ」

 

 ふっ、と息と吐いた葵が目を閉じ、静かに口を開く。

 

「うれしやと 二度(ふたたび)さめて ひとねむり 浮世の夢は 暁の空」

 

 葵の句に静かに息を飲む藤十郎。

 

「藤十郎……」

「葵」

「ありがとう」

 

 若い頃と変わらぬ優しい笑顔で微笑んだ葵の手から力が抜ける。

 

「……あぁ、葵。また」

 

 いつか、必ず――。

 

 

「父様、お加減は如何ですか?」

「あぁ、いいな」

 

 葵が旅立ってから十数年。藤十郎は生きた。文化人として、晩年には禅の修業をし、法躰として。ここ数日、体調を崩し江戸にすむ娘の屋敷にて療養していた。

 

「そんなこといって。父様はいつも同じことを仰るのですから」

「はは、俺は鬼日向だからな」

 

 そんな話をしている藤十郎も、娘の藤も既に藤十郎がそう長くは無いだろうと思っていた。既にほかの娘たちにも早馬をおくっており、こちらに向かっている。

 

「しかし……だからといって娘たち全員を呼ばずともよかろうに」

「何を言っているんですか、父様。……私は母様が旅立たれたときも一緒にいることができなかったんですよ。父様くらいは看取らせてください」

「はは、そのはっきりとした物言いは葵に似たな」

「父様もでしょう。私は二人に似たんですよ」

 

 既に隠居したとはいえ、藤は未だに政治にかかわっている。にも関わらずここのところは藤十郎に付きっ切りだ。そばに座った藤は、藤十郎が葵にしたように優しく手を握る。

 

「……父様、私は幸せです。大好きな母様と父様の間に生まれられて。剣丞義父様や久遠義母様と、父様と同じくらい大好きな夫。そして子供たちに恵まれて」

「……そうか」

「父様……」

 

 既に瞳を潤ませた藤を見て微笑む。

 

「はは、何泣いている?まだ早かろう?」

「……父様っ!藤は……」

「なぁ、藤。俺たちは、天下を統一した。お前はそれを安定させ、さらにその子に託した。……そうして世界は紡がれていく。それが……きっと俺たちの作り上げた外史だ」

「外史……可能性の世界、でしたか」

「あぁ。……はは、楽しい人生だったぞ。誰よりも長く生きてやった」

 

 そう言って笑う藤十郎には後悔の色はまったく見えない。

 

「藤……後は任せるぞ」

「っ!……はい」

 

 葵が最後に残した言葉を思い出しながら。

 

「先に行く あとに残るも 同じこと 連れて行けぬを わかれぞと思う」

 

 

 これにて藤十郎の外史は終わりを迎える。

 

 彼は戦場を駆けた水野の荒武者として、鬼日向として、徳川を支えた四天王として。そして……。

 

 

 天下を治めた名君として語り継がれていくことだろう。




長らく続きましたがこれにて藤十郎の物語は終了となります。

お付き合いありがとうございました!


使用した辞世の句は共に徳川家康のものと言われているものです。
水野勝成の辞世の句と言われているのは

『下の情をしる事はこれ虚無僧たりし故なり』

というもので、名君と呼ばれた彼らしい言葉です。

有名にして無名な武将だと思いますが、これを機に好きになってもらえたら嬉しいと思います。是非、色々な逸話を見てみてください。


かなり間があいたため、打ち切りのような書き上げになりましたがこれまで楽しんでいただけたら幸いです。


それでは、またいつか何処かで再びお会いできることを期待してます。


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