菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

15 / 78
第二章:魔獣蔓延森林・メイザース領
目覚め


 ここは暗い。此処は昏い。

 縋りつくような重い闇と、粘りつく水底のような息苦しさが混じって、息もできずに喘ぐ。けれどそれは不快ではなく、どこか心の奥底で温かいものを感じる。

 黒一色。視覚が失われたのかと思わんばかりの無色の世界。だけどそれでいい。此処に視覚は要らないのだから。

 見ればきっと、戻れなくなってしまうから。

 

 ここは暖かい。此処は温かい。

 胎内に居るかのようなぬくもりが体を包んで、焼き焦げるような思いに心が塗れる。

 それはとても優しかった。それはとても醜かった。それは、とても辛そうだった。

 そんな()()に、俺は。

 

 そして、彼方で誰かの声が聞こえ――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――――目が覚めた。

 

 「……」

 

 体が寝汗でびっしょりとなり、湿った服がへばりついて不快感を漂わせる。自分の部屋の臭いが漂い、しかしそこに嗅いだ事の無い匂いが混じるのを感じる。

 着ている服の肌触りも、普段の化学製品性のそれと全く違う。なんか、こう、自然100%って感じがする。前に妹分が来ていた私服が、こんな感じだっただろうか。

 

 「ん、んん……」

 

 瞼の裏まで差し込む光に、穏やかな惰眠を邪魔される不快を味わう。

 寝返りをうってその眩しさから逃れ、そういえば昨日はカーテンを開けたのだろうか? という疑問がよぎる。

 そもそも日中ですらカーテンを開けない自分が、こんな朝を迎えるだろうか?

 ならば部屋の光? ゲーム中に寝落ちでもしたのだっけか?

 ああ、なんか凄く怠いし、きっとそうなんだろう。

 そう結論付け、思考は再び眠りの沼に落ちていく。

 

 今日の授業はなんだっけ?

 いや、長期休み中だっけ?

 三学期は始まったんじゃなかっただろうか? 今年のバレンタインは何個貰えるのだろうか。もう貰った気もする。いや、あれは去年の事か。

 そこまで考えて思い出した。

 

 ああそうだ、引き籠ってんだった。

 

 どろどろと、沼の底で臓腑を腐らせるように微睡む。

 自身がなぜ引き籠ったのか、その原因を思い出して憂鬱な気分に浸る。

 いっそこの現実から逃げて寝てしまいたい。眠りすぎた故の眠気が、それを優しく許してくれる。

 

 でも、何故か起きなければいけない気がする。

 

 だから起きよう。どうせ、起きていても寝ていても変わらないんだから。

 そうして目を開き、世界は黒一面のそれから忌々しい黒と多彩な色の溢れるセピアの自室のそれへと――――――

 

 ――――――映らない。

 

 目にまず飛び込んできたのは白。シーツの白や、漆喰の壁の色。

 それから木製の家具や、鉄で補強された寝台が認識できた。

 視線の先には見覚えのない木の扉。そして、ベットの頭には古めかしい蝋燭立てが置いてある。

 蝋燭立てには既に蝋燭が立てられ、半ばまで溶けていた。

 黒の線がそこらじゅうを覆い、陰気さを増やしている。心なしか、いつもよりくっきりと、濃く、明瞭に見えている。

 

 見覚えのない部屋に居ることに混乱を覚えた俺は、すぐさま昨日までの記憶を掘り返す。まさかとは思うが、記憶の彼方の奥底に残されたある部屋を思わせるこの部屋は、俺にとってはとんでもない空想を掻き立てる。それは不愉快なもので、だから否定材料を探す為に記憶の糸を辿る。

 

 昨日……そう、ああ、なんだったっけ?

 鈍い頭を回して思考を走らせる。一番印象に深いのは、月だ。月の銀色。

 

 ……思い出した。

 直前まで思い描いていた空想の方がまだ現実味のあるという突飛な事態に、俺は陥ったのだ。

 異世界転移。或いは、異世界召喚。第二魔法と言われても納得できるような、魔術でも再現できないような異常。

 実際に口にしたら、笑い飛ばされるか精神病院をお勧めされる超常現象。

 ここが地球であればどこぞの凄腕の魔術師に転移の魔術で呼び出されたとも考えられたが、そこまでして俺を呼びたがる様な奴がいるわけもなし。まずありえない妄想だろう。

 変なでっかい爬虫類が馬車を引いて、明らかに人間には見えない、動物の因子に肉体を浸食されているにしか見えない人達が出回り、秘匿されるべき魔術が大っぴらに使われている、そんな変な世界。

 

 そこで何よりも綺麗なものを見つけて、一目惚れしたんだったか。

 思考が纏まり、バラバラになった記憶が一直線に繋がる。

 全部を思い出して、ようやく現状の予測が立った。

 恐らく、ここはあの場に居た誰かの屋敷か何かなのだろう。

 本命がラインハルト。時点でエミリア。大穴で、ロム爺とかいう大爺さん。

 騎士ならこれくらいの家を持ってても不思議じゃないし、エミリアにはどこか超然とした雰囲気があった。貴族なのかもしれない。

 根っこが平民の自分としては、それは少しとっつきにくいと思えるものだが、何、仲良くなれば気に成らなくなる。腹の傷が無いのは気にかかるが……何、なんか彼女たちの言う「魔法」でも使ったのだろう。

 ジャージを捲り、傷口の有ったところを見て見る。染み一つない白い肌が広がっていた。長く陽の光を浴びていないせいか、若干不健康そうに見えた。

 

 兎に角、自分の部屋でないことだけは確定なのだ。ならばいつまでもベットを占領しているべきではない。そう判断して、上半身を起こす。掛けられた布団を除けて、下半身も外気に晒す。

 寝汗に塗れた服が外気に当たり、程よい冷たさを感じる。振り返った先の窓から差し込む日光で暖を取りたくなるが、よもおしている方を先に済ませよう。即ちトイレだ。そんなに急ぐものではないが、他人の家のトイレだ。どこにあるかわからないし、広い屋敷とかだったら迷うかもしれない。それで着いた頃には漏らすとか情けなすぎる。

 ベットの脇に揃えられていたスリッパ――――――なんてものは無く、普通に自分のスニーカーが置かれていた。ていうか脱がしてくれたのか。中世の貴族って靴履いたまま寝ているイメージがあったんだけど。いや、それはどこか別の外国だっけか?

 そんなとりとめの無いことを考えつつ、靴を履く。その際に病人服のような簡素な服が視界に入り、服も脱がされていたことに気づく。せめて下着だけはと思ったが、感じる肌触りから真実を確かめるのは諦めた。せめて脱がしたのが男であることを祈る。いや、それも十分に嫌だが。でも女子に情けない所を見せるよりかはましだ。

 枕元の燭台のそばに置いてあった貴重品、財布や携帯などをビニール袋に放り込み、手に提げて持っていく。

 

 すたすたと扉の前まで進み、取っ手を押して開けようとする。

 ……内開きらしい。手前に引いて、廊下に出た。広々としていて、百メートル走ぐらいなら出来そうなほどに長い。車は通れるか? 流石に無理だろ……

 まあ、多少誇張はしたがそれでも十分に広かった。確実に一メートル以上ある横幅に、五十メートルはありそうな広い廊下。曲がり角もあるところを見る限り、冗談では無く百メートル走もできそうだ。

 その廊下にずらっと並ぶ扉と、反対側に並ぶ窓。建設上の都合なのか、ガラス製であり、鉄の骨格に強度を強化されたそれは、無色でありながらステンドグラスのような輝きを床に落とす。

 その隙間に並んだ絵画は写実的で、かつ幻想的であった。ドラゴンなどが鮮明に描かれているあたり、流石異世界というべきか、それとも画家を褒めるべきか。

 

 立ち止まっても仕方ないので、向かって右の方に進む。扉は忘れずに閉める。

 バタンと閉められた音を背後に、屋敷の人間か、或いはトイレを探して歩く。もし文明レベルが中世なら、水汲み式には期待しない方が良い。一階にあるか、それとも外だったりするのだろうか。

 それから数分程進み続けて、違和感に気づく。()()()()()()()()のだ。

 気づけば先程出てきた部屋の前まで戻ってきている。折り返してきたのではなく、扉から見て左側から。

 近づいている筈なのに、何処にも進んでいない。脳に掛かる霧のような違和感が晴れ、何かの魔術的な罠に嵌ってしまっていることに気づいた。

 

 気づいてしまえば容易い。気に食わないことだが、魔術の起点を見極めて、この目で壊してしまえばいいのだ。もとよりそれ以外の対抗手段など無いのだが。

 

 さて、この罠はどんな意図に基づいているのだろうか?

 悪戯? 監禁? それとも悪意に溢れる怪異達が詰め込まれていたりするのか?

 手に提げたビニール袋から財布を取り出し、中のお守りを首にかける。

 一応、確かな人物に頼んで作ってもらったららしいお守りだ。効力は確実にあるだろう。渡してきた人物の過去を思ったら、むしろ呪いに満ち溢れていてもおかしくは無いけれど。それでも確かな善意の代物だ。危険ではないことは自身が保証できる。

 そして息を深く吸い、そして吐き出す。

 

 冷静になろう。

 

 まず、この結界の起点はどこか? 基にした伝承などが分かればある程度絞れるのだろうが、生憎とそれ程知識に溢れてはいないので、マイナーなものは分からないかもしれない。それでも何らかのヒントにはなるだろうと思い、壁に手をついて解析の魔術を走らせる。何も分からなかった。

 強いて言えば、この廊下一帯が訳の分からない魔力に覆われていることぐらいしかわからない。魔力は壁の中に染みているので、この目で壊そうとすれば屋敷ごと壊してしまうかもしれない。

 一気にヒントが潰えた。仕方がないので手当たり次第に行こう。

 

 「あー、確かこんな展開、テンプレなら最初の部屋の扉が正解なんだろーな」

 

 何の気もなしに自分の出てきた部屋の部屋を開ける。本棚に満ちた書庫のような部屋だった。

 部屋の中心に、床まで付きそうな金髪ドリルを左右に一つづつ巻いたロリがいた。分厚い魔術書のようなものを読む様が、妙にしっくり来ている。

 

 「……なんて、心の底から腹の立つ奴なのかしら。ベティーの『扉渡り』をこんな簡単に破るなんて、気に食わないかしら」

 

 どうやら、先程の罠に随分と自信を持っていたらしい。でもこんな分かり所に基点を置く方が悪いとだけ反論させてもらう。

 でもそれはそれとして、

 

 「うおー、すげぇ本の量だな。学校の図書室みてぇ。これ全部魔術書?」

 

 ずらりと並んだ本棚には、古良き革張りの茶色表紙の背に満ちていて、墨で、刺繍で、或いは鉄板を張り付けられて分類分けをされている。一目見るだけでも軽く百を超えるだろう数があり、そして総じて分厚かった。もしこれらを全て読もうとするならば、寝食を抜いたとて数年は掛かるだろう蔵書量。正式な魔術師ではないスバルも、これ程の「知」の主のように振舞うその少女には畏敬の念を抱かずにはいられない。

 

 ()()()()()()()()()()

 魔術師としての品性? 知るか、んなもんは。俺は、ただ誰にも、何事に対しても引けない。引いたら守りたいものを守ることができなくなるじゃないか。

 正しく魂に染み付いた在り方であり、しかし心はその想いについていけるだけのものではない。だからこそ、軽口を叩いて気を紛らわせる。これは菜月昴という人間の編み出した自己防衛術である。彼の尊敬すべき父の口調を真似たそれは、しかし当人ではない故に片鱗を残すばかりであり、尚且つ彼の父程の親密さを以て対談するなど性に合わなかったのだ。

 

 己を低く見られないようにする意味を込めた自己暗示。それが飛び出たということは、詰まる所このような「魔術ガチ勢」のような感じの書庫に気圧されたからである。

 まあ、興味が無い訳でもないのは真実。手身近な本棚から適当に一冊抜き取り、しげしげと表題を見つめる。

 

 当然の如く、読めなかった。

 

 まあ、それもそうか。なんせ異世界だし。軽い落胆と共に事実を受け入れる。

 「異世界だし」、なんとも便利な合言葉(ワード)である。これだけで大抵の理不尽や不条理は許せてしまえる。

 例えOL風の体型の女性が一振りで木製の壁を粉砕したり、腸が見える深い切り傷が痕も見えないほど綺麗に傷口を直したりするようなことも許せてしまえる。

 因みに、人、これを「思考放棄」という。

 

 それは兎も角。

 適当にパラパラ捲っていると―――当たり前だが、解読などできはしなかった―――金髪の少女が苛立った風に口を開く。

 

 「断りもなく、勝手に人の本に触れないで欲しいかしら。全く、躾がなってないわね」

 

 「いやー、悪い悪い。こんだけ本が並んでりゃあ、興味が無くても手に取ってみたくなるだろ。そんな俺の中の好奇心、分かる?」

 

 「ふん、ベティーの本が素晴らしいのは当たり前かしら。まあ、ベティーの本が凄すぎるのがいけないんだし、一度だけ許してあげるかしら。次は無いのよ」

 

 「へへー」

 

 「……本当に分かってるのかしら」

 

 ちょろいな。

 謝りつつも煽てると途端に敵意が消える。どころか、少し頬が赤くなっているようにも見える。照れているのだろうか?

 その反応から、これらの蔵書にある程度の思い入れがあることが分かった。大事な人から引き継いだのか、苦労して搔き集めたのか。何れにせよ、これらを誇りに思っていることは間違いではないだろう。重要な情報だ。

 

 重要な情報? いや、何を言ってるんだ。個人の趣味嗜好にどれだけの価値があるんだ?

 頭の片隅に浮かぶ思考を振り払いつつ、目の前の少女に向き直る。勿論手元の本は仕舞ってから。

 

 「ところで言い忘れてたな。俺の名前は菜月スバル。気づいたら知らない所で割と陰険な罠にかけられて混乱中の高校生! いやー、マジループとかないよな。まったく、RPG初心者の手抜きステージかホラゲの舞台ぐらいしかねーぞ。あ、いや、カードキャプターなさくらさんは似たようなもんに遭遇してたか。なら古良きリスペクトって感じか?」

 

 自分ぐらいしか理解できないだろう情報を多く含ませ、心理的に優位に立つ。実に小物臭い戦法で、しかし割と使い易くリスクも少ないので重宝する技術だ。スバルはこの為に小学生が魔法のカードを回収したり、ラスボスと戦うアニメを再放送で見てドハマりした。なんかどっかに似たような内容のアニメがありそうだなぁ。具体的には三人ぐらいの少女が割と煩いステッキとか使って、割と危険な敵と戦ったりするアニメ。アレも三期あった筈……

 

 「な、何いってるかしら。訳の分からないことを喋らないで欲しいのだわ」

 

 目論見は成功。「相手の話題についていけない」という事による不安がどれほど地味に心を侵食するのかは、体感した者でないとわからないだろう。急に目をうろうろさせた少女。おまわりさーん。此処に少女を口で虐める男子高校生がいまーす。

 因みにこれは陽キャと余裕のないものには効かなかっったりする。つまり抜群に効いたこの子は……いや、よそう。

 

 「それで、あんたは? ベティー、ってことは、頭文字はBか?B、Be(べー)。ベアトリーチェ、とか? いや、これじゃあビーチェか」

 

 「……勝手に人の名前を変えないで欲しいのだわ。ベティーの名前はベアトリス。この『禁書庫』の番人かしら」

 

 その割には管理ガバガバじゃねぇか今日来たばかりの俺に入り込まれてんだけれどそれでいいのか番人。という思いをぐっ、と飲みこむ。

 まあ、此処が魔術師の工房のような物なら、今まさに首元に刃を突き付けられているに等しい状況なのだが、その可能性は意図して考慮しないようにする。

 

 何はともあれ、会話の主導権はこっちが握った、と見ていいだろう。

 なら次はどうするべきか……

 

 全くこの先の事を考えていなかった頭を回して、現状で取るべき判断を探すスバル。

 尚、そこまで緊張せずともあちらには元から敵対の意思は無い。小賢しい思考は全くの無意味であった。

 

 スバルの思考は今日も元気に頓珍漢な方に空回りを続ける。




【昏い闇】
決して普通の魔術師如きの入れる場ではなく、招かれざる者が踏み入れれば発狂間違いなしのトンデモ空間。
此処に居る「彼女」とは、ほぼオリキャラである。名前だけは原作でも出てたが、それ以外は全てオリジナル。
因みにかわいい。

『引き籠ってんだった』
あくまで個人の認識である。

【魔術】
「魔術回路」と呼ばれる霊的な器官を行使して神秘を操る術。科学で再現できる現象のみしかできないが、種も仕掛けも無い手品として宴会芸で人気でそう。
実際にやったら協会とかからぶち殺される。
過去に遡る歴史学者であり、人の進歩によって薄れていく神秘を扱う神秘学者達の固有の能力。魔術基盤という、土地固有の信仰に基づいた魔術のみが正式な効果を扱える。総じて「 」という場所を目指すための手段として、日夜狂気的な研究を続ける。度を過ぎると協会とかが成果を奪いに来るので上手く隠蔽しないとダメ。
魔術を「 」を目指すために使わない者もいるが、彼らは「魔術使い」と呼ばれて蔑まれる。但し魔術が下手というとそうでもない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。