菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
「そういや俺、どんだけ寝てたんだ?」
まさか一週間も寝ていた、何てべたな事は無いだろう。
窓の外は既に明るいし、半日くらいだろうか。数時間くらいかもしれない。だとすると、この館とあの貧民街は割と近いことになるだろう。エルザがまだうろついているかもしれないし、出来れば無防備にうろつきたくねぇよなぁ。あ、そうだ、此処で雇ってもらえねぇかな。それならエミリアとも一緒に居られるし、金銭問題も解決できる。
此処の家主が承知するかは分からないが。変人らしいし、なんか凄い芸でも見せれば雇ってもらえねぇかなぁ。
「一日ぐらいは寝ていたわ。竜車に揺られてもぐーすかとね」
「ぐーすか、って今日日聞かねぇな!? と、それはさておき。一日か。案外長かったというか、短いって言うか」
いや、まだ近所の奥さんの井戸端会議で聞けたりするか?
しかし一日か……最長で三日間ぶっ続けで寝たこともあるし、まだ短い方だな。いや、あれは昏睡っていうのか?
「で、これからはどうなるんだ? 起きたらとっととでてけー、とか言われたりしてる?」
仮にも他人の家なのだ。しかも、俺は得体の知れない不審者。そういう対応をされても不思議ではないのだ、が。
何か、エミリアを見てるとそんな器の小っちゃい事、言えなそうだよなぁ。
これが人徳ってやつなのだろうか。
「そんなわけないじゃない。スバル? は私の命の恩人よ。例え身分も出身も不明の不審者でも、恩を返さずに追い出すような真似はできないわ」
「……ええ子やわぁ」
「ん? どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない。気にしないでくれ」
思わず似非関西弁が零れてしまったが、そうなってしまうぐらいには純粋な綺麗事に呆気を取られた。
「受けた恩はキチンと返す」。当たり前のことだが、これができない奴は意外と多い。現代日本じゃあ、小さな恩は見て見ぬふりしてスルーしたり、或いは仇で返すような奴がごろごろしてるからなぁ。
それはもう稀な、希少種といってもいい善良さの塊であるエミリアを見ていると自分がいかに醜いかを自覚してしまう。つまりエミリアは天使なんだろう。そう思うと純白の羽が見えてこないでもない。
目を細め、軽い嫉妬と共に苦笑いを浮かべてエミリアを見つめる。
疑問符を浮かべるきょとんとした顔は、美少女はどんな表情でも可愛く見えるということを分からせてくれた。
「それで、俺はどれくらい此処に居られるんだ?」
滞在期間が短ければそれをネタに軽く虐めて、長ければそれをネタに揶揄おうと考えながら言った。我ながら性格が悪いな。でも美少女の困り顔とか見たくないか?
俺は見たい。
「少なくとも、恩を返せるまではいて貰わなくっちゃあ、困るわ。あ、いや……私が決められることじゃないのだけれど、出来る限り頑張って掛け合ってみるから」
むふん、とガッツポーズまでする勢いでそう迫ってくる。
その純粋な瞳を見て、本気でこちらに恩を返そうとしているだけなのだと悟り、先程までの思考を恥じる。
「うーん、何だろう。眩しすぎて揶揄えんわ、これ」
結果、俺の一人負け。
そもそもが独り相撲なわけだが、それで負けを認められるだけ自分も大人なんだと思い込む。
傍から見たら勝手に負けて、勝手に自分を慰めているバカなんだろう。そう思うと落ち込んでくるが、「エミリアと一緒にいる」という事実が、その程度の事など気にも留めなくなるぐらいに気分を高揚させ続けてくれる。
慣れない揶揄いをしようかと思ったのも、この高揚した気分のせいだろうか、等と責任転嫁染みた言い訳を思い浮かべ、苦笑と共に掻き消す。
「さっきから百面相して、どうしたの? スバル」
「あいや、自分の小っちゃさに呆れたんだよ」
「そう? 気にしなくていいと思うわ。スバルはそれでもいい人なんだから」
「そうか?」
「そうよ。だって、あの時咄嗟に庇ってくれたじゃない」
「……あれはー、その。何と言うか、そう、脊髄反射というか、好意というか」
別に人が良いから庇ったわけではないんだけれどなぁ……、何て言う言葉は吐き出せず、曖昧なまま喉元で掻き消えてしまった。
てゆうかちっさいのは否定しないのね。
「にしても随分前とは違う格好だな。こういう方が好きなのか?」
今のエミリアの格好は黒い系統が目立つ細身に似合ったデザインの格好だ。記憶を失う前のフードもなく、機能性だけでなく装飾性も追求したような華やかなもの。下を向いた花弁のようなスカートは膝丈よりやや短く艶やかだが、その白い素肌は腿の上まで届くニーソックスが隠している。
……ニーソックスの起源、ショースは確かに地球でも中世には既にあった。しかし、女性が着用するようになったのは19世紀からだったはずだ。産業革命が起こっていないけれど文明は栄えているのか、それとも俺以外の転移者が伝えたのか。後者なら帰還の方法を見つける可能性も無くは無い、ことになるだろう。一先ずは彼らを探すべきか。
そんなことを、熱心に絶対領域について語る友人Aの顔と共に思い浮かべながら思う。きっと、これを伝達した奴は
ともあれ、今日は黒をイメージされた服で、大人っぽい感じが漂っている。そして、エミリアの童顔と白銀の髪によって予想外のシナジーを生み出していた。背も低く、子供のような印象を受けるエミリアが、しかし大人ぶる子供のような印象を持たせずに服を着こなす点、そうなる様に選んだ者は良いセンスをしているだろう。今度じっくりとワイシャツ、いや、男服の可能性について語り合ってみたいものだ。
「あー、あんまり服のことには触れないで。私も不本意なの。……なにをしてたかって言われると、これから朝の日課に出るところだったんだけど」
エミリアが選んだわけではなかったのか。
「朝の日課?」
「ええ……屋敷の庭を借りて、少し精霊とお話を。それが私にとって、誓約のひとつでもあるから」
「ふぅーん。暇だし見ててもいいか?」
魔術師として、いやそれに限らなくとも男として、興味がそそられまくる単語だ。
精霊との対話。うん、かっこいい!
さりげない提案を装いつつも、内心では断られた場合の覗き方について熟考を始めていた。目を逸らさず、下げようとする頭を留めて体幹をまっすぐに。胸の真ん中、体の内側から皮膚を撫でられるような、疼きにも似たくすぐったさが息を荒く乱してくれる。
「構わないわ。でも、邪魔はしないこと。具体的に言うなら、大声とか出したりしないことね」
「了解。で、庭ってどんくらい大きいの? 何か貴族の庭って軽く家が二軒は収まるイメージなんだけど」
「割と広いわよ」
「そりゃよかった。隅で何かしてる分には問題は無いよな」
「まあ、私の集中を乱さない程度なら」
絨毯の敷かれた廊下を行く。窓の外の深緑は森だろう。きっと、外では都会のとは比べるべくもない、新鮮な空気が吸えるのだろう。
刺すように冷たく、しかし清水の様に澄み切った空気を想像しながらエミリアの隣を並んで歩く。
「そういや、俺ってあんたの事なんて言えばいいんだ?」
「別に何でも構わないわよ?」
「そうか?」
「そうよ。あ、でも悪い呼び方はやめてね」
「大丈夫大丈夫。んー」
単にエミリア、っていうのも味気が無い。もう少し親密さを表せるような呼び方は無いものか。
えっちゃん? 何か剣士殺してそうな名前だな。
エミー? どこかしっくりこない。
パックの言ってたように、リア呼び? 他人の呼び方を真似るのは、何処か気が引けるなぁ。
エミリアちゃん? んー。あともう一押しってところか。
……。
「エミリア、
「えっ」
エミリアたん。
うん、なんかいいな。必要以上になれなれしい感じが良い。
そして、何故か凄くしっくりとくる。例えるならジグゾーの最後の一ピースを嵌めたような、心地よい達成感に満ちていた。
「ねぇちょっと、今なんて言ったの?」
「え? エミリアたんだけど?」
「その……たんって、なに?」
「たんは、たんはー、うん。そうだな」
どう説明すればいいのか。
「ちゃん付けと似たようなもので、そこに畏敬とか尊敬とか崇拝とかの意が籠った感じのものだな。知らないのか?」
「うん。そう、そんな呼び方があったのね」
「そうだぞ。別にいいよな?」
「うーん。まあ、それでいいわ」
「よっしゃ」
満たされた達成感のまま、力の抜けた顔が堪えていた笑みを解放した。これでもかといわんばかりに顔の筋力を使った笑顔は、自分でもわかるほど明確に吊り上がっていた。
何故か無垢な子供にイケナイことを教えているような気分になったが、きっと気のせいだ。
ガッツポーズを決めるスバルを不思議そうに見つめるエミリアは、完全に「たん」付けが普通の事だと思い込んでしまった。
庭。というよりは庭園、小さな原っぱといった方が良いような、広く整った箱庭に出た。
家二軒程度じゃない。軽く見ても五、六ぐらいは菜月家が収まりそうな広大さ。そして、決して嫌味にならない程度に咲き誇る花と、細部に渡るまで丁寧な手入れの施された庭園は、派手さこそは無いものの十二分に貴族の風格を湛えていた。現代日本で再現するなら幾らかかるのか。素人見でも、軽く八桁を超えるだろうことは想像に難くなかった。
スバルはやがて、かかるだろう金額の試算に頭が眩み、ただ「貴族ってスゲーや!」とのみ思考を染めた。
日本の歩道脇に良くある膝丈の低木樹が、坊主刈りのようにきれいに丸められて垣を築き、芝生の青々とした草は、進むごとに清涼感のある足音を奏でる。風が庭に波を作り出し、中心にある大きな一本の高木を揺らした。
「おー、すげぇ庭だな。何て言うか、手入れが良い」
「そうでしょ? 丁度昨日、レムが手入れしてくれたばっかりなのよ」
「まじで! あのメイドがやったの!? 意外とやるんだな、あのメイド」
むふー、と自慢げなエミリア。スバルはあの双子メイドの妹の方が単なる毒舌でないことに意外さを感じた。
見る限りでも丁寧に刈り揃えられた芝生は均等だし、花の配置や木の刈り方には細かな職人気質を感じた。メイドに見えて庭師なのか、それともメイドもこなす庭師なのか。そこが考えどころだ。
そういえば、とスバルは此処に来るまで全く人影を見なかったことを思い出す。まさか客人に見苦しくないよう、他の使用人は陰で仕事をしているのだろうか。なんか格好良いな。
「じゃあ、私はここで精霊と話してるから邪魔しないでね。聞きたいことがあったら小声で。分かった?」
「ああ、分かったよ」
そう言ってエミリアは庭の中心にある木の下に座り込んだ。暫く見ていると、木陰で涼む彼女の下に幾らか光の粒が纏わりついた。
初めはエミリアの銀髪が反射した光かと思われたそれは、しかし何処か魔術的な違和感を纏っていた。スバルの中にある言葉では説明できかねたが、明らかに自然現象ではないことだけは理解した。
その光の粒に害意が無いことは見取れ、警戒を一段下げる。やがて強く輝いてきた光の粒は色とりどりに輝き出した。
赤、青、黄、緑、LEDのような白光に黒い影のようなものまで。鮮やかな彩色を従えて、エミリアはスバルの目前に佇む。
スバルはその瞬間、まるでエミリアの居る木の下が世界の中心であるかのような、そんな錯覚を覚えた。
当然、錯覚は錯覚である。見惚れていたスバルは自身の感情を理解し、あの「精霊」という存在に対する畏れから仮説を立てた。
即ち、「自然の具現」。或いは、自然という形で扱われるエーテル体。使い魔のようでいて、もう少し漠然とした「力」そのもの。
どうにもあやふやな仮説であり、一切の理論が介在する余地のない妄想であるが、基より魔術は人の空想に根差す神秘を扱う術。この程度の認識の方が合っていると、そうスバルは認識していた。
「……ん?」
ここまで考え、スバルは己の思考に一抹の違和感を感じる。
だが幾ら頭を捻っても、その正体に辿り着けなかった。なら一旦隅に置いておこう。
丁度よさそうな、館から見付けることのできない生垣の影に胡坐をかき、常にやっていた鍛錬を開始する。
何時もは夜にやっていたので、瞼を閉じても感じる明るさに少々の違和感を抱くが、努めて無視する。
やがて、いつもと同じような水面の心に落ち着き、雑念を排した状態で開始する。
古き懐かしい、リボルバータイプの拳銃を思い浮かべる。ひんやりと冷たい
込められているのは一発の
「――――――
撃鉄は勢いよく信管を叩き、銃身を抜けて
瞬間。体は燃えるように熱を抱える。焚火すら生温い、まるで鍛えられた鉄を差し込まれたような痛み。しかし、不思議とその痛みに対する忌避感は持てない。
体内に神秘を操る回路が生成され、異物を感じた肉体が不快を訴える。脳が分泌する危険信号を捻じ伏せ、理性で回路に生命力を流し込む。
体中に流れる魔力を制御し、次の工程へ。
已然と意識は体内に向け、しかし目的は別。
骨の細かな罅、筋繊維の一本一本まで意識を傾け、内臓と血管を思い描く。
「
鍵となる言葉は変わらず、込められた概念のみが形を変える。指向性の定まった魔力が血管を伝い、体内を掻き乱して情報を集める。莫大な情報量と酔いのような不快感に頭を痛めつつも、体の隅々に異常か無いかを精査する。
結果、ナシ。問題など無く、家を出る前にタンスにぶつけた小指の罅まで治っていた。
改めて「魔法」とやらの力に驚き、しかし自身の言う魔法とは別物であることを再確認する。
続いて体内に魔力を流し、脳に刻んだ身体強化術式を起動する。その状態で細かく手足を動かし、調子を確かめ、細かい所の無駄を切り詰める。常より丁寧に、刀を研ぐように繊細に。腕を錆びさせないためというより、寧ろより滑らかに、より強く発揮できるように。それは間違いなく、先のエルザ戦の影響があった。
慣れない負荷に調息が乱れ、集中が切れたところで切り上げることを決めた。
術式を慎重に分解し、丁寧に破棄する。回路内を精査し、負荷の蓄積度合いを確認する。
それらを終えて、漸く魔術回路を閉じる。
「
日課の魔術の鍛錬を終えたスバルは目を開き。
「――――――おわぁ!!」
「きゃっ!」
目の前にいた
「もう、いきなり驚かさないで、スバル」
「いやそれこっちのセリフ……まあ、いいか。で、エミリアたんは何してたの? 確か精霊と対話? してたんだよな?」
「ええ、で、それが終わってスバルを呼ぼうとしたら反応しなくて、こんなところで寝てたから何してるのかなーって。凄い汗かいてたし、苦しそうだったわ。悪夢でも見てたの?」
「寝てたって……」
自身の鍛錬を睡眠と同列に扱われ、流石に苦笑が浮かんだ。
さて、これからどうするのか。魔術は秘匿されるものだが、此処でも同じようにすればいいのか。その場合、何と言ってエミリアを誤魔化すのか。
取り合えず、スバルは立ち上がった。
「まあ、そんなことより館に入ろうぜ!」
そして逃げた。
【友人A】
本編に全く関係しない昴の友人。
実はもともといじめられっ子で、昴にいじめっ子から助けてもらった過去がある。
因みに虐められていた理由は「教室で堂々といじめっ子の彼女の履いていたニーソについて熱く語った」ため。虐められても仕方ないと思うのは私だけだろうか。
尚、彼の友人たちもとばっちりで虐められていた。それでも友情が瓦解しなかったのは素晴らしいものだろう。
――――――彼らもまた、変態であることに目を瞑れば。
【たん付け】
この日、神をも畏れぬ
【家を出る前にタンスにぶつけた小指の罅】
暗く、足元が見難い室内での悲劇。痛いよね。
『スバルは己の思考に一抹の違和感を感じる』
考えるべきは空想の基盤。人々の無理解から成り立つ神秘について。
魔術は、人の理解の隙間に存在する術である。