菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
ほのぼのしていけ?
朝の日差しは悪辣だ。少なくとも、寝ているものの顔を直撃するそれは。
眩しさを感じ、薄目を開こうとするところで踏み止まったのは英断だったのだろう。下手したらあのまま目が焼かれ、どこぞの大佐の如く転げ回ることになっていた。
ま、それは仮定の話なのだが。
「あれ? スバル、朝早いのね」
「まぁ、昨日たんまり昼寝したからなぁ……」
朝早く起きて、することもないのでベットの上で瞑想し始めていた俺は、エミリアの鈴を転がしたような声で現実に戻ってくる。
瞑想というが、実際のところ、やっていたのは自己分析だ。
魔術による簡易解析、そして心理学に裏打ちされた行動分析、自身の情動を列挙し、前後の繫がりから原因を逆算し、そして現在の異常を探る。
……とまぁ、言っていることは大層だが、やっていることはセルフ反省会のようなものだ。
あれがいけなかった。多分こうだからああなった。こうしないためにはもっとこうするべきだ。
昨晩気付いたことに関しても考えようとはしたが……いやはや、人の心は本当に複雑だ。
何故、村の人々を虐殺したか。しかもあんなに楽しく。満たされるように。
どんなに視点を変えても、思考を変化しても、そこがいまだに引っ掛かり続ける。
何故、今まで被ってきた仮面が被れないのか。
どんなに意識を逸らしても、他の事に没頭しようとしても、それは
本当に俺は俺なのか? 自分すら定かではない感覚は、自身の正気を疑わせる。外界全てが遠くなる感覚は、まるで狂人になったかのように非現実的だ。
そんな俺は、思索に耽っていた。最終的にやっていたのは、「自分とは何なのか」という青臭い自問自答だった。
最早、今までの過去が全て他人事に見える。自殺した際に今までの自分まで死んだような、或いは、今さっき生まれたばかりの様な。
世界五分前仮説。
その単語が脳をよぎり、更に体の感覚が遠くなっていく。
そんな俺を呼び止めたのが、エミリアだった。
俺を起こしにでも来たのだろうか。そんなものはあのメイド姉妹にでも任せて置けばいいのに、本当に律儀だ。きっと、犬を拾ったら最後まで世話をするタイプだろ犬に成りたい。
……はっ、違う違う。
お
先程まで感じていた、どん詰まりの自問自答から生まれた空々しい寒さは、エミリアを見て生まれた息の詰まるような熱に塗り潰される。
ああ、これは何なのだろうか。
胸が高鳴らない。代わりに、何かをしてあげたいという思いがある。
憧れの気持ちは無い。代わりに、慈しむ気持ちがあった。
鼓動が早まり、息が詰まりそうだ。だが、これは恋のそれではないと、ありありと実感する。
高揚感。何か走り出したい。兎に角体を動かしたい。
人がいなければ今にも叫びだすようなこの感情を、俺は何と呼べばいいのだろうか。
今にも駆け出したい、走りだそう、腕を振るって手に力を込めて全身で疲れたい。
今までないほどに世界がきれいだと感じる。エミリアがいるだけで、世界に色彩が生まれる。
ああ、好きだ。好きなんだ。
だけれど、同時に殺したい。殺してしまいたいのだ。その白魚のような肌に舌を這わせ、口付けする様に食い千切りたい。青痣が浮かぶほど強くその首を絞めて、魚の腸を取り出すようにその白磁を掻き抉りたい。赤々と生々しく、淫靡にも思える傷口から露出する小さく愛らしい頸椎を一息に、圧し折りたい。
殺意に好意。織り合わさる異質な二色の
俺は、この感情を何と呼べばいいのだろうか。
「……? どうしたの? スバル」
「いや、何でもないよ。エミリアたん」
俺は首を振って思考を止めた。
笑顔を返し、ベットから降り、窓に背を向けて歩き出した。
もう、眩しさは感じない。
朝だ。紛れもない朝だ。
立ち上るスープの湯気、狐色に焼けているトースト。バターやマーガリンは無いようだが、それでもうまいと確信できる焼き目の良さ。
ハムエッグ……で、良いのだろうか。ベーコンが俺の知る豚のものかは分からない。それは、何故かベーコンが足肉のように丸いからだ。しかし、俺の知る限りこれほど足が太い家畜はそうそういない。ちゃんと円形に脂肪があるし、多分足肉の燻製のスライスだろうが……何の肉だ? これ……
まさか街で見たあのトカゲみたいなやつじゃねーだろうな。日本でも馬食うし、トカゲも割と旨いらしいからなぁ。
……考えないことにしよう。そうしよう。
卵は……そういえば、そろそろ鮮度が怖いので一気に使うって言ってたなぁ……と、前週でレムが言っていた裏事情を思い出す。
ちらりとレムの方に目が行く。即座に目が合い、小首をかしげられた。
姉の方はロズワールと何やら話をしている。お、下がった。食事か。
俺の正面にロズワールが来るように全員が座る。そして、起源の良く分らん祈りを囁いている。目立たないように、手早く「主よ、汝の恵みに感謝します」的なことを適当に呟いてお茶を濁す。
何故「木よ~」なんてのを唱えないのかというと……まあ、なんとなくだ。宗教は深入りするとやばいというのは、俺の実体験……らしい。
まあ、何処までが安全ラインかわからないから、念には念を入れているだけなんだけれども。
……黄泉竈食ひを警戒すんなら、もうとっくにやばいラインは踏み越えてる気がしないでもない。
朝食が終わる。すると、庭に行こうとした俺をロズワールが呼び止めた。
「ああ、スバルン。ちょぉっと、いいかい?」
「ん? どないしたん、ロズっち」
上座に座るロズワールの元まで手招かれる。
「うぅーん、大したことでもなぁんだがねぇ、スバルン、『風呂』って知ってる?」
知ってる、と言い返そうとして咄嗟に堪えた。
こうも気安く接しているが、この男は一応貴族だ。そして、前週で国民の出入りを管理してるとかなんとか聞いた覚えがある。
今週は伝えられなかったが、それは俺がスパイである可能性を考慮して、あえて言っていない場合がありうる。つまり、絆されたふりをしてこっちの有りもしない腹を探ろうとしているのだ。
無論、こういう思考もありもしない真相を突き詰めているだけなのかもしれないが。
まあ、だが、それでも。
今の俺は一応客人で、しかしそれ以前に出自不明職業不定な不審者である。そんなものが不審な行動をとるのは、ある意味で自然だ。しかし余計に不信感を煽るだろう。レムが何故俺を殺そうとしたのか、魔女教徒とは何なのか。少なくとも、今の俺はそうであるということを疑われている。
エミリアもそうだろう。普通に考えて、あのタイミングで都合よく出会うなんてありえない。出会いがしらから警戒していたのかもしれない。もしかしたら、あの夜に襲撃を掛けるレムの控えだったのかもしれない。
「信じてたのに」という言葉が脳裏に焼き付いていた。
信じていた、とは疑う余地があったという事だろう。そして、それは俺が魔女教徒である可能性を知っていたということ。
魔女教徒とは何なのだろうか。前週の反応を総合すれば、亜人撲滅団体か何かにしか思えないが……多分、だいぶ過激なのだろう。
更に言えば、俺が魔女教徒に間違えられる理由もあるわけだ。臭いとレムは表現していたが、それは一体どんな感覚なのだろうか。そも、亜人とは何なのだろう。人なのか、魔なのか。魔であれば、俺が亜人撲滅団体であるのもあながち否定できないが……
俺は、レムやエミリアたちを魔とは見做したくない。でも、血がそう言うんだ。
……頭が痛い。
「んん? どぉうしたんだい? スバルン」
「いやぁ、まさか『風呂』なんて言葉を又聞くとは思わなくってなぁ……うん知ってるぜ? 昔食ったことあるうまいよな」
訝しむロズワールを、適当言って誤魔化す。
風呂は食べ物ではないことは明らかだし、それ以前に民衆に風呂の概念が浸透しているのかもしれない。しかし、中世のイメージからすると、風呂は民衆では架空の存在として扱われていそうな感じだ。
「ふぅん?」
なんか未だに疑いの目を向けられているが、俺が常識知らずという認識は既に染みついているようで、すぐにその眼には納得の色が浮かんだ。
「じゃあ、ちょっと入ってみるかい? お風呂」
「……風呂って、入るもんなの?」
朝風呂とはご立派なことで、と思いつつ。
俺は何故か風呂に入ることになった。
何故だ。
かぽーん、とでも聞こえてきそうな湯舟。頭にタオルを乗せ、採光窓を見上げる。
そういえば中世ヨーロッパは風聞程風呂は幻想視されてなく、庶民の間でも流行っていたらしい。街中の公衆浴場なんかが交流の場として使われていたらしく、特に朝風呂が一般的だったのだそうだ。
何か富豪が寄付とかしていたらしく、貧しくても一か月に一回は入浴をできたらしい。公衆浴場の事だが。
身分を問わない娯楽の場として認知されていたらしく、その起源は彼のローマらしい。正に「全ての道はローマに通ずる」といったところか。日本とヨーロッパは海で断絶してるけど。
昔は色々と今のものと違ったらしく、サウナが一般的だとか、売春が流行っていたとか、不衛生だとか。なんか色々と、その、不純だったらしい。
垢塗れの水を、悪徳の溜まりと見立てて呪術の触媒に用いることもあるのだが……当然のことながら、今の日本でそんなものはそうそう手に入らないし、魔術基盤もそんなものに適応してはいない。試したことは無いが、素人のお百度参りより粗末な結果にしかならないだろう。ヨーロッパに行けばもう少しましになるのだろうか。知らんけど。
「いーぃ湯だねぇ」
「……そうだな。お風呂って、こんなんなんだな」
俺は死んだ目で適当こいた。
ロズワールは気にしていない様子で、その地味に筋肉質な腕を風呂の縁に投げ出した。
筋肉質なのは腕だけではない。その胸筋も、腹筋も、腿もその下も、ずいぶんと引き締まっている。正直敗北感がある。
ラムがついてこようとしていたが、まさかあの二人は毎回一緒に入っているのだろうか。垢すりの為、とかじゃあ、無いんだろうなぁ……
良いなぁ……
羨ましげな視線をロズワールに向けていると、ふと気のいい笑顔を浮かべて振り向いてきた。
「どぉうしたんだい?」
「いやー、見事な筋肉だなーって思ってよ」
「ふふん、文官も筋肉がいるからねぇ。そういうスバルンも、いーぃ体じゃあないの」
「まー、これまでも鍛えてきたからな」
返答から力が抜けているのを自覚する。やっぱり風呂は良い。落ち着く。
「ふぅー」
口から息が漏れ、水面から出ていた肩の部分までもが沈み込む。ともすれば溺れるのではないかというほど力を抜いた
風呂は良い文明。軍神もローマ人も平たい顔族も、みんなそう言ってる。
「ああ、スバルン。今夜、時間はあるかい?」
それは、風呂上がりの事だった。
「ん? まあ、することもねぇし、暇っちゃあ暇だぞ?」
「そうかい、なら、良かったら何だが――」
言葉が途切れる。その様に、俺は死刑執行を告げる裁判長の姿を幻視する。
いつもこうだ。平穏は唐突に終わり、安寧はいつの間にか砕ける。
……ああ、いいぜ。来いよ。
そっちから来るなら、仕方ねぇよな?
バラして明かして殺してやる。
その一切合切、人の理の中に押し込めてやるからさぁ。
さぁ! 言ってみやがれ!
「――レムに、文字を教わってみないかい?」
特に、安寧を脅かすものは無かった。
「……うん、お願いします」
出鼻を挫かれたような、何処か居心地の悪さがあった俺は、そそくさと着替えを終えて自室に戻った。
「……文字。文字、かぁ」
そういえば自分がこの世界の文字を読めないの、完全に忘れてたな。
菜月昴という男は、外国語が苦手というわけではなかった。むしろ、総本山を英国に置く魔術師と大いに関わりがある以上、日常生活レベルで英語を修めていた。
その他にも、一時講師をしてもらった男の指導により、ある程度ラテン語文献の解読や、特に日本の古書などの解読ができる程度には外国語に精通していた。
特に、というのも何なのだが、日本の古書のミミズがのたくった様な字は、彼の先生ですら解読困難な、正に異国語と言って差し支えない日本語である。本当に、良く解読できるようになっものだ。
早い話、言語習得には慣れているである。
話は変わるが、実は昴、一時は民俗学者辺りを仕事にして生きようかと考えたことがある。
だがしかし、袖を擦りあったどころでは済まない縁をとある大学の民俗学の教授と結んだとき、色々と騒動には見舞われたのだが、昴はそこで民俗学への道を諦めた。
――こんなキャラが濃い奴がごろごろしている世界、行きたくねぇ!
要するに、そういうことである。
昴の体質上、フィールドワークをすればほぼ確実に怪異に巻き込まれるといった理由もあるのだろうが……特に強い理由は、それであった。
その経験が血肉となり、個性豊かすぎるクラスメイトへの適応に繋がるだが、それはどうでもいいことだろう。
件の教授は、近所の三姉妹に世話を焼かれなければ餓死するような人物だった。
これ以上はもうお察しだろう。
スバルはロズワールにそれを重ねたのである。
まあ、閑話は休題としよう。
今は
ああそうだ。言語習得は得意だ。半ば暗号染みたギャル文字も、簡単に習得できる程度には慣れている。
だが、だからと言って……
「また、覚えんのかぁ……」
……別に、得意だからと言って好きなわけではないのである。
「まさか異世界に来てまで勉強かぁー」
「はぁ。やだなぁ……」
ぽすん、とベットに倒れて真っ白な漆喰の天井を仰ぐ。
その口元は、本人も気付かぬくらい微かに、微笑んでいた。
【風呂】
日本人なら大好き。それは偏見である。
だが、嫌いな者はそうそういないだろう?
平たい顔族の国へのワープゾーンとなることがある。原理? んなこたぁーどーでもいいんだよ。
つまりはローマッ!
追記:【謎肉ベーコン】
実は少し酸味がある。
猪の肉に似ている。
【民俗学者】
型月世界は(一部の例外を除き)、能力が高いほど生活能力が低くなっていく傾向があります。
或いは変人性が高くなっていきます。
又、民俗学を研究すれば必然的に怪異に遭遇しやすくなります。
その結果がこの惨状となります。
【三姉妹】
もう出ないと思う。
元ネタはとあるミステリーに出てくる三つ子。I My Me。
「教授」の世話役。
『微笑んでいた』
微笑みは、嬉しいから浮かぶんだ。