菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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頑張らなくていい。
足掻かなくていい。
泣かなくてもいい。

そんな無駄は、必要ないのだから。


最善の道とは努力しない事

 「――は?」

 

 レムが倒れる。仰向けに。口元にはイチゴジャムがついてる。いや、魔獣の返り血か? はは、これじゃあまるで惨殺死体だぞ。体中血だらけだ。

 

 ――。

 

 体から熱が抜ける。何かの気配があることを、それが遠のくことから理解する。慌ててその方向に目を向けると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 形は触手の様な感じだ。先端が拳大。それ以外は女性の腕のように細い。

 更に目を凝らし、魔眼の機能を強化する。すると、その触手のようなものが腕であることが分かる。それはナニカを握っている。どす黒い血のこびり付いた、朽ち果てた肉塊を。

 保存が良いのか、それは未だに瑞々しさを保ち、それ故に腐り始めている。今にも腐汁を滴らせて溶けそうな、嫌な黒の肉だった。

 それは何なのか。考えずともわかる。心臓だ。あれは心臓だと、一瞥して理解する。

 では、誰のか?

 

 ――レムノニ、キマッテイルダロウ。

 

 「あ、ああ――」

 

 握る手に、力を籠める。

 足を踏みしめ、千切れんばかりに筋を撓め。

 

 「――あああああああっ!」

 

 駆けだした。

 

 

 

 レムの死体の上を飛ぶ。遠ざかる腕を掴むために足を強化する。

 

 加速した血流が血管が破る。知るか。

 過度に力を込めた筋肉が千切れた。構わない。

 過剰硬度の骨が神経を傷つける。痛みなんて感じない。

 

 「う、おおおぉぉぉおおおぉおおっ!」

 

 過去最高だと確信できる一瞬。その一瞬で握りしめた拳を突き出す。

 それでは線をなぞれないにも関わらず。

 

 ああ、結局。

 激情でしか動けないから、(スバル)は出来損ないなのだ。

 

 ――。

 

 拳が空を切る。

 それはもう間抜けに、呆気無くも当然に。

 その瞬間の呆けた面は、一流の道化が見れば脱帽するほどの間抜け面。

 あ、と開いたのか、それともえ、と零したのか。

 半開きの口から何を発する前に、腕は宙に消える。振り切った拳につられて下を向いた(スバル)はその先を見る事も叶わず、無様に転げた。

 

 「っ!」

 

 だが、すぐに立ち上がる。天晴。まるで英雄じゃないか。

 けれども無意味。だけれど無価値。それだから道化なのだ。

 既に腕は消えた。一度見失ったものを辿れるほど、今の(スバル)は習熟していない。

 唐突に、理不尽に、告白した女の心臓(ココロ)を奪われ、哀れ男は地に伏せる。

 

 ああ、これは何とも――

 

 

 

 ――喜劇だろう?

 

 

 

 

 

 

 「ぁ、あ……」

 

 何か言わなければいけない。そうしなければ、自分が保てなそうだと感じたから。

 けれど声が掠れている。だから呻き声さえ漏れなかった。乾いた喉に気づいてスバを飲み込もうとしたが、上手くいかなかった。口の中もカラカラで、唾が分泌されないのだ。

 

 取り返しのつかない事態が起きた。取り返せない死が起きた。もう戻らない。もう戻れない。

 

 「は」

 

 視界が滲む。これは涙だ。黒だらけの視界が歪み、何も見えなくなる。

 頬を涙が伝うことは無かった。乾いた目に吸い込まれたか、頬まで伝うほど悲しくないのか。

 ああそうか。俺は悲しんでなどいないのだ。

 

 そう思い至ると、嫌にすっきりした。感情とも思考ともつかない、脳みその複雑な所から霧が晴れたのだ。

 

 「ぷっ、ははは。なんだよ、それ」

 

 笑顔になる。苦笑した。本心から悲しんでいないことを自覚して、それが可笑しくてオカシクテ、笑う。

 だってそうだろ。好きな人が死んだのに、泣きすらしない。むしろ笑うんだ。これが可笑しくなくて、何が可笑しいんだ。

 今の気分は……そう、だいぶ年下の子供に、訳の分からない言いがかりをつけられた時のようだ。

 怒る程でもなく、むしろ微笑ましくて笑う。的外れで滑稽で、笑いが抑えられなくて微笑む。

 そんなときに似た笑いが、俺の顔に張り付いていた。

 

 「あー、もー、笑うしかねぇな。ほんと」

 

 レムの死体を撫でる。死の線はそれを命ある者ではなく、命なき物として表している。触れている肌から温もりは無く、むしろ氷のように冷たい。柔らかい肌など夢のように、その体は固くなっている。

 間違いなく死んでいる。完膚なきまでに死んでいる。どこまでも完全に終わっている。

 それは死体だ。いずれ蛆が湧き蠅が集り、肉が腐り腐臭を立て腐汁が漏れることになる、死体なのだ。

 

 でも、不思議と嫌悪感は湧かない。むしろ愛しい恋人のように、その死体を抱ける気がした。

 だから抱きしめてみた。冷たい。人の温もりも優しさもない、人形のような死体だった。

 

 「ははっ」

 

 そのことに、何故か笑いが漏れる。

 

 ああ、俺としてはこれでもいいけど……ま、どうせなら生きてた方が良いよな。

 死は覆らない。死は返せない。死は拒めない。けれど、今の俺なら何とか出来てしまう。

 死に戻り。不可逆に真っ向から反するこれは、きっと()()()の温もりも取り戻してくれるのだろう。

 

 あの頃。あの頃、ね。

 ほんの数日前なのに、随分と前のようだ。

 

 「そうと決まれば」

 

 バターナイフを取り出す。

 そして、地面に埋もれた鉄球を持ち上げようとしてよろめく。

 

 「おっと、っと。流石に持ち上がらない、か」

 

 仕方ないので、地面に座り込み、手で押さえながら作業する。

 バターナイフに殺傷力は無い。欠片もない。むしろこれでどう殺せというのかと聞きたくなるぐらいに、殺傷力が無い。

 この道具は肉より遥かに柔らかいバターを切るための道具なのだから、それは当然のことだ。

 

 「んー、ここら辺が良いかな」

 

 鉄球部分を転がし、鉄棘の根元を見る。

 そして良さそうなあたりを付けて、その状態で固定する。

 

 「よいしょっと」

 

 バターナイフを滑らせる。鉄棘の根元の、死の線をなぞる。

 すると、バターナイフはするりと鉄棘を切り取った。

 奇妙な光景だ。刃の無いバターナイフが、鉄をバターの様に切り裂いたのだから。それも、熱した刃で切るようにあっさりと。

 これを可能にするのが死の線という反則。直死の名を付けられた眼の力。

 

 カラリ。鉄棘が鉄球から転げ落ち、地面に落ちる。

 全長で10センチは無い。けれど、5センチというには長すぎる。そんな鉄製の三角錐。

 (スバル)はその根元、三角錘の底辺を右手で握り、その上に左手を被せる。

 

 「ふっ」

 

 そして勢いよく引き寄せ、その鉄棘は喉を突き刺した。

 ごぽりと血泡が漏れる。力んでいた喉が、棘を僅かに押し返したのだ。

 前も似たようなことをした。あの時はより長いものを使って、思い切りも良かったから即死できたのだろう。息のできない苦しみと痛みに呻き、更に血泡が沸き上がる。

 

 「がぽっ、ひゅ」

 

 震える手に力を込めて、更に押し込む。力が入らないので、ぐりぐりと捻じ込んでいく。

 そうしていると、固いものに当たったように進まなくなる。けれど、もうその事にも気づかないくらいに(スバル)の感覚器官は死んでいた。

 ぐりぐり、ぐりぐりと。鉄棘を押し込み、押し込み、押し込む。

 

 いつの間にか鉄棘は喉に埋め込まれていた。

 

 

 

 暗い。世界がクロイ。

 でもどうでもいい。用があるのはこの先なのだ。

 目を閉じ、語り掛ける声から耳を逸らす。

 蹲る赤子の様に丸まった顔には、不釣り合いに達観したアルカイックスマイルが浮かんでいた。

 

 そんな気が、する。

 

 

 

 「――ん、ああ。そうか」

 

 目を開けて、見慣れた部屋の天井に少し混乱する。いつの間にか両脇に揃っていた手を喉元に向けようとして、死に戻ったことを自覚する。

 

 「あ、おはよう、スバル」

 

 「おはようございます、お客さ……えーっと、スバル、くん?」

 

 「そうよ、レム」

 

 目を開けて、ベットの脇に居る人影を見る。

 そこにいるのは()()()()とレム。

 ラムはどうしたのだろう、なんて疑問はどうでも良かった。

 

 今はただ、この笑顔が愛おしい。

 

 「ははは。ああ、おはよう」

 

 うん、おはよう。

 (スバル)は清々しく笑った。

 その笑顔はどこまでも聖人的で、何処までも人間味が無かった。

 

 

 

 

 

 

 今回のループはどうにもおかしい。

 最初はあれほど冷たかったレムが無暗に優しく、更に言えば起きた時に居るのはラムとレムであり、エミリアは俺の部屋に居なかったはずなのだ。

 まるでも何もない。俺の都合のいいように随時修正されているような変化。

 

 でも、それでいい。都合がいいなら、幸せでいられるなら。盲目でも構わない。

 だからまずは、火種を取り除こう。

 

 魔獣の主がメィリィであることは、前回分かった。

 魔獣の襲撃を防ぐ為には彼女をどうにかしないといけないだろう。では、彼女を殺せばいいのか。

 それは違う。使い魔を操る魔術にもいくつか形式はあるが、その全てにおいて術者の死によって発動する枷がある。それは暴走であったり、証拠隠滅の為の自爆であったりだ。

 たとえそうでなくとも、制御を失った魔獣の群れがどうなるかなど目に見える。あれらは本質的に人類へ害をなす存在だ。それが理解できるからこそ、俺はあいつらが無秩序に襲撃を仕掛けることを恐れる。

 俺にとってゲリラ戦というのは得意分野だ。けれど、あの数相手に、しかも襲撃前に逃げられる可能性を考えれば、村に被害が出ないことは奇跡の様な可能性に成り下がる。

 

 ではどうするのか。要するにメィリィを引き込めばいいのだ。

 そのヒントは、前週の中で出ていた。

 

 

 

 『エルザ。エルザは……そっちに着くの?』

 

 『ええ、そうよ。だからメィリィ、あなたも遠慮せずにかかってきていいわ』

 

 『……そう。じゃあ、もう何も言わないわ。貴女の腸、私が存分に楽しんであげる』

 

 

 

 記憶に残っている会話。

 これからすれば、エルザはメィリィとお互いに知り合っている。そのうえで、ある程度の親しさがあるとみていい。何故なら、メィリィがエルザを敵に回すことに些かの感情的な躊躇いを見せていたからだ。

 彼女たちの関係がどんなものかは知らない。けれど、説得材料にはなるだろう。

 

 最悪、説得が失敗しても奥の手がある。

 心を捻じ伏せればいいのだ。やったことは無いが、みたことは何度かあるし、体感したこともある。

 心を壊すのは痛みだ。つまりそういうことだ。

 

 この手は、あまり使いたくないけれども。

 

 

 

 では、次はエルザをどう見つけるのかに焦点を移そう。

 これは……もう、賭けだ。

 

 エルザが俺に、正確には俺の腸に並々ならない熱意を向けている。これは確定事項だ。

 前週に見た姿からして、一週間の間でラインハルトが彼女に負わせた傷は既に癒えて、替えの服を手に入れる程度の猶予はある。これも事実だ。

 

 此処に、仮定を重ねる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に、あのように都合の良いタイミングで出てこれた。

 勿論これは唯の仮定だ。希望的な推論だ。間違っている可能性もある。

 

 それでも構わない。

 その時は奥の手を使えばいいだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 エルザを探す方法はかなり曖昧である。それは、自分の()()に頼る為である。

 エルザは一週間の内に怪我を治した。魔術的な薬品(ポーション)やら何やらを使用した可能性も高いが、四度死地に中で彼女と接した経験からすれば、彼女は死徒に近い存在の可能性がある。

 死徒の再生能力であれば、魔術的な薬品が無かろうが傷の治癒は劇的に進む。これなら仮説に反しない。

 何より、死徒であれば()()()()()()()()()()使()()()

 

 ああ、分かってる。これは都合のいい可能性だ。夢みたいな可能性だ。

 でも、だから、だからこそ。

 俺に都合のいいこの世界なら、こうである方が当然だ。

 

 そして、その仮説の証明はすぐに為される。

 

 

 

 強化魔術の効果範囲は練度によって広がる。

 強度や性能、機能を強化することまでできれば一人前で、込められた神秘の方向性まで影響を及ぼせれば偉業である。

 そこまではできなくとも、生まれ持った性質―――いや、生まれ持ったとは言えないか―――を強化するくらいならできるし、今までもやってきた。

 俺はこの効果の強化を自分に施した。

 

 その状態で村を練り歩く。名目は散歩だ。

 村人たちにビンビンと引っかかる。集まってきた子供の中の、その一人。メィリィから少し異質な気配を感じ、自分が如何に気を抜いていたのかを痛感する。

 わらわら寄ってくる子供たちに対応し、村を練り歩く。その中で、メィリィ以外に感じた異質な気配の下へ向かう。

 やはり、か。

 ここまでくると、この世界が俺を中心に回っているのだと思ってくる。

 いや、実際そうなのだろう。そういう事なのだろう。

 

 仮説は真説に成った。

 憂うことは、もうない。

 

 

 

 辿り着いたのは村外れ。こんな場所があったことに気が付かなかったのは、何気なく散歩で通るような場所じゃないからだろう。

 あたりに人気は無い。今は昼で、でも飯時には遠い。それでも炊事の煙は上がると思うのだが……ここらはどうにも、無人の家らしい。

 何があったのだろう。首を捻るも、そんな疑問はすぐに捨てた。

 一つの廃墟の前に立ち、その扉を押し開ける。鍵は掛かっていない。朽ち錆びて、壊れている。

 

 「よぉ、エルザ」

 

 「……あら、一昨日振りね。運命の人」

 

 運命の人、ね。

 腸のルビが振られてそうだ。

 

 「随分傷が深いんだな」

 

 「あの剣聖様に手酷くやられたもの。それで……なんで、こんなところに来たの? 散歩、とかじゃあないんでしょう?」

 

 「ああ、そうだ。お前に頼みたいことがあるだけだ」

 

 「頼みたいこと?」

 

 エルザが意表を突かれたように呆ける。それもそうだろう。重傷を負わされた被害者が加害者と出会い、しかも目的が復讐ではなく依頼なのだ。

 頭がいかれている。そう思うのはおかしいことではない。

 けれどその無防備な表情に、思わず心底から愉快な気持ちを隠せない。

 あの殺人鬼が、こんな隙を見せるなんて、と。

 

 「ははっ、意外か」

 

 「ええ、この場所がバラされたのだから、売られたのだと思ったわ」

 

 バラされた?

 つまり、エルザが此処に潜伏しているのには誰かの手引きがあったという事か。

 それでいて俺に情報を売れるような人物。レム、ラム、ベアトリスに、ロズワール。そして村人。

 魔獣の襲撃の日に都合よく結界が破られていることから見て、誰がその人物かは予想がつく。信じがたいことではあるが。

 潜伏先の手引きまでしたのだから、エミリアへの殺害依頼もしたのだと考えられる。

 とすれば、矛盾が生じる。何故エミリアを殺すのかという矛盾が。

 

 ……それも、今考えることではないか。

 胡散臭いとは感じていたが、明確に裏があると実感して一層警戒が強まる。

 あいつにはなるべく心を許さないようにしよう。笑顔で毒を盛られそうだ。

 

 「……ま、俺の頼みというのは簡単だ。メィリィの説得を手伝ってもらいたいんだ」

 

 「メィリィ? 誰のことかしら」

 

 「見苦しいぞ」

 

 「……ええ、確かに彼女は仕事仲間だけれど。彼女がどうかしたの?」

 

 「一週間後にこの村を襲撃しようとしてる。それを止めたい」

 

 「そう簡単に依頼を取り下げられると思うの? 私は嫌よ。ママに虐められたくないもの」

 

 「取り下げさせるさ」

 

 茶目っ気を出したつもりかよ。虐められた程度で折れるほどやわじゃなかろうに。

 

 「それでも、嫌よ。私、安い女じゃ――」

 

 「報酬として、俺の腸を見せてやろう」

 

 「――ないのなんですって?」

 

 できないことではない。

 魔術は人の成し得ないことはできないが、人にできる事なら出来るのだ。

 場合によっては、科学より遥かに簡易に。

 

 「……いいわ。それじゃあ、説得を手伝いましょう」

 

 ちょろいな。

 

 

 

 

 

 

 その後はメィリィの下へ行き、エルザと引き合わせ、興奮する彼女に襲撃を取りやめるように勧告するだけだった。

 渋る様子は見せたモノの、俺がロズワール邸から来たということを告げれば前言を翻した。

 こうして、あっさりと魔獣襲撃は解決された。

 一週間の平和は仮初ではなくなり、一週間後も当たり前のようにこの幸せが繰り返される。

 

 

 

 苦労して救う必要はない。

 魔獣殲滅に労苦を注がなくても良かった。

 あの時流した涙は、全てが無意味となる。

 

 ――だって、こんな簡単に解決するのだから。




【アルカイックスマイル】
聖人の微笑み。仏像の笑い。
一切の邪気なく、美しい笑みの事。

彼の笑みは美しい。皆が皆、そう評するだろう。
醜いところをそぎ落とした、そんな空虚な美しさ。

それは張りぼての強がり。
壊れたふりをして心を守る、薄っぺらい思い込み。



【奥の手】
痛みは精神を壊す最も簡易な手段である。
精神的な苦痛、肉体的な苦痛。
それを受け、壊れない者は狂人である。

壊れた者も狂人である以上、区別がつかないだけであろうが。
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