学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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誤字訂正いただいた方、ありがとうございました。
推敲苦手マンなので大変ありがたいです。




7:進路相談

 

 

ひとつの役割を果たした心の軽さで、男は自室のあるトレーナー寮へ向かい歩いていく。

 

 工房から徒歩十分程度の場所にあるトレーナー寮は学園の裏門付近に存在する。

 鉄筋コンクリート造りの3階建て、外構の設備類がいくらか省略されている小規模なマンションといった趣だ。

 家族持ちには学園から少し離れた場所にファミリータイプのものがあるので、名称こそトレーナー寮だが、職種や業務によって職住近接が望ましい施設の整備担当なども学園の許可があれば入居できる。さながら独身寮のような扱いであった。

 

 それなりに入れ替わりの激しい職場であるので、特に近所づきあいもなく、また住人同士の生活サイクルも違うことから、並みの住宅よりはよほどの防音性を備え、入居者向けの駐車場も完備されているトレーナー寮の住み心地は、男にとってなかなか良いものだった。

 

 学園敷地内でも照明の少ないトレーナー寮の入り口付近が見えてくると、そこに人影が見えた。

 

 いや、なにか違う。

 男が少し目を凝らすと、ばさりと揺れる尻尾の影が見えた。

 

 こんな時間にウマ娘がトレーナー寮の周りにいることは珍しい。

 彼女たちは学園正門から道を挟んで反対側にあるウマ娘専用の寮で基本的に暮らしており、門限もある。 自主トレのついでにトレーナーに用があるとしても、この時間帯にはまずいるはずがないのだ。

 

 だんだんと近づくと、うっすらと寮の入り口の照明に照らされたウマ娘のシルエットがはっきりと像を結ぶ。

 

 ウマ娘もこちらを見つめている。

 

「なんだ、ルナか」

 

 そこに居たのはトレセン学園の生徒会長かつ現役ウマ娘の生ける伝説、シンボリルドルフであった。

 

「なんだとは、ひどい出迎えもあったものだね、せ・ん・せ・い?」

 

 私服姿でメガネ姿のルナと呼ばれた少女は、年相応の少し悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 

 

  

「今日の昼、トラックに来ていただろう?ちょっと懐かしくなってね。久しぶりにせんせいの鉄分を補給したくなったんだ」

 

 とりあえず人目もあるので、男はルナを部屋にあげる。

 

「なんだ、気付いてたのか」

 

「せんせいの匂いはわかるよ。煙と鉄の匂いがする」

 

「そりゃ面目ない…配慮が足らなかった」

 

 一昨日ぶりにリビングの照明を点ける。

 

「…相変わらず殺風景な部屋だな…」

 

 男の部屋には一応の簡易なリビングセットのほか、特になにもない。

 独身者には十分な1LDKの部屋は、少し広めのリビングと、続きの部屋に寝室がある。

 

「まぁ、寝て起きるだけの部屋だからな。これでも俺にはもったいないくらいだ。飯はもう食ったのか?茶ぐらい出してやるよ」

 

「ありがとう、せんせい」

 

「なんだよさっきからその、せんせいっていうのは…」

 

 

 

 

 

 現役ウマ娘で、伝説と化したシンボリルドルフ。

 すべてのウマ娘の幸福に暮らせる時代を目指して、己が規範であろうとする皇帝。

  

 だが彼女にもプライベートはある。

 男との時間はそのひとつだ。

 

 

 関係は彼女の幼少時代に遡る。

 

 男と彼女は、師匠格の老公とルドルフの生家の関係があり、男が老公についていた時代からの付き合いがあった。

 

 ある日、ルドルフの両親が彼女を伴い師匠を訪ねてきたときに、手持無沙汰な彼女を連れ出して相手をしてやったことがあった。

 使用済みの蹄鉄を輪投げのように投げて点数を競う遊びだったと思う。

 

 はじめてやったときは男が圧勝。

 

 その時の彼女の悔しがり方は尋常なものではなく、今にして思えばウマ娘の競争本能、また勝負師に必須の負けず嫌いを持っていたのだと思う。

 

 それからというもの、彼女はその遊びを好むようになり、男は時々、彼女の挑戦を受けたりもして、会えば遊んだり話したり。男は元気なウマ娘の彼女を子供として可愛がっていた。

 

 

 

 

 

「皇帝をもてなすには質素に過ぎる部屋で、申し訳ないな。ついでに飲み物もこのくらいしかないが…」

 

 そういって男はストックの缶コーヒーを手渡す。

 

「急に来たのにすまないな。ありがとう」

 

 ソファに行儀よく座った彼女を見ながら、男はダイニングの椅子に座る。

 

「ここに来るのも久しぶりだな。どうだ、忙しいのも少しは落ち着いたのか?」

 

「あぁ、おかげさまでね。生徒会もエアグルーヴたちが頑張ってくれている」

 

 リラックスした顔で微笑む彼女。

 

 あぁ、あのころから変わっていない部分もあるんだな。

 

 男は皇帝と呼ばれる彼女の、柔らかな笑顔に安堵した。

 

「それならよかった。その笑顔は昔のまんまだ」

 

 

 

 

 

 幼少期のルナとの日々は断続的に数年間続いた。

 

 その後、男は老公からの推薦を受け、学園に就職。

 

 それ以降は会うこともなかったのだが、男が数年の悪戦苦闘を経て学園生活に慣れたころ、今度は彼女がシンボリルドルフという名前で学園に入学してきたのだった。

 

 彼女が入学してきた頃にはすでに、男は装蹄師として教壇に立っていたから、彼女の授業も行った。

 

 しかし男は、ルナに気づかなかった。

 

 彼女は数年の間に大きく成長を遂げ、見目麗しく堂々たる体躯の、レースを闘うウマ娘に変化していたのだった。

 

 

 

 

 

「そういうことを言う割には、君は入学したての私に気づかなかったじゃないか」

 

 彼女は拗ねたように表情を曇らせた。

 

「そりゃあその…悪かったよ」

 

 この話題になると男は分が悪い。

 どう言い訳してもあまりいい流れにはならないから、早々に撤退するしかない。

 

「まぁいいさ。あの頃があったから、今もこうして昔のように気楽に話すこともできる」

 

 表情を戻した彼女は、一息入れて、言った。

 

「実はそろそろ次の道を考えようと思っているんだ」

 

 

 

 後進も育ち、URAもますます人気を高めている。

 エンターテイメント性の向上においても、絶対的なレース運びにおいても、彼女は現在の隆盛の立役者だ。

 同時に生徒会の運営統治能力にも絶大な信頼を置かれ、大きな自治権を持って生徒たちを導いている。

 

 そしてレースで闘い続けるウマ娘としての彼女のキャリアは、今やもう終盤と言える頃に差し掛かっていた。

 

 理事長からも次の道としてURA運営委員への委嘱や、その上部団体である日本中央ウマ娘レース会の理事への就任など、さまざまな道を打診されているという。

 彼女のレース界での洋々とした前途は、すでに約束されていた。

 

 

 

「理事長も私の処遇を色々考えてくれている。未だもう少しレースをしていたいとは思っているから、今すぐに、というわけではないが…」

 

 そういうと彼女は少し口ごもった。

 

「私は、すべてのウマ娘の幸福に暮らせる時代を目指しているんだ。レースの世界に居続けることがその目標に近づくことになるのか、悩んでいる」

 

 レースという興行の世界。

 それはこの学園に入学した生徒たちの、およそ世界のすべてといっていい。

 彼女はその世界と地続きである運営側へ進むことは、後に続く者たちへの世界を広げることにはつながらないのではないか、そう言った。

 

「そりゃあ確かに、ルナほどの知名度と能力があればもっと選択肢はあるだろうな…」

 

 男は継ぐ言葉を探して、思いついたことを言い出すべきか、逡巡した。 

 そして、言った。

 

「君をルナと呼べる俺からすれば、もっと別の道もあってもいい気がするけどな」 

 

「というと?」

 

 男は話した。

 

 彼女の目標は理解できるし、力を持ったものの崇高な使命であるとも思う。

 ここまで培ったシンボリルドルフの力を、社会に役立てられればなによりウマ娘たちの力になるだろう。

 しかし、彼女自身の幸せ、という視点ではどうだろうか。

 社会的な役割を果たし栄達の道を歩むだけでは、得られないこともあるのではないだろうか。

 

 抽象的にしか表現できない男は多少の歯がゆさを覚えながら、なんとか話をまとめた。

 

「私自身の、幸せ…か…」

 

 彼女にとってはあまり考えたことのない視点なのか、思案顔だ。

 

「正直、俺は一般人だからよくわかんないけどな」

 

 思いついたことを言っただけだ、と男は放り出した。

 

「いや。君はいつも私に新鮮なものを与えてくれる。私ひとりでは得られない知見だよ。さすがはせんせいだ」

 

「だからなんだよその先生ってのは」

 

「今日、スタンドでサイレンススズカと話していただろう?蹄鉄の先生、と呼ばれて」

 

 確かに彼女は男のことをそう呼んだ。

 

 まさかスタンドとトラックの距離で、ささやくようなサイレンススズカの声が聞こえていたとはさすがに思えない。

 誰か人づてに話を聞いたのだろうか。

 

「私にとっても君は、兄のようでもあり、先生のようなものさ」

 

「まぁ近所のにいちゃんみたいなものだったな、確かに」

 

「その兄さんは、自分自身の幸せについてはどう考えているんだ?」

 

 そう言われて、はたと考える。

 

「…あんまり考えたことないなぁ…」

 

 だけど、と男は続けた。

 大きな野望こそないけれど、レースで走るウマ娘たちを見るのは好きだ。それは勝ち負けではなく、一生懸命走る姿に、感じるところがあるんだ。

 修業時代に折れてしまいそうなときも、大観衆の声援を受けて走る彼女たちに何度も救われた。

 そして今、間接的とはいえ彼女たちに関わり、時として起こるドラマを構成する一要素となっている。

 

「ルナの成したことに較べれば、ささやかかもしれないけど、自分の今に満足しているよ。もちろん、仕事にはいつも全力を尽くすし、悲しいドラマの一要素になるつもりはないけど」

 

 ほう、と彼女はため息をついた。

 

「…なんだか君の話を聞くと、自分がとんでもなく強欲な人間に思えてくるよ」

 

 そんなことはない、と男はかぶりを振る。

 

「ルナはそれだけのコトを成し遂げた力があるんだ。それ相応の夢を追う力もあるよ」

 

 そういうと、男は皇帝の中に見える少女の面影を懐かしく感じながら、頭を撫でてやった。

 

「さあ、近所のにいちゃんの進路相談は今日は店じまいだ。門限も近いんだから帰りなさい。送ってやるから」

 

 ルナと呼ばれた皇帝は、不承不承といった面持ちながらも立ち上がり、男と部屋をあとにした。

 

 寮の敷地へ入る直前、彼女はひとことぼそりとつぶやいた。

 

「…また、相談してもいいだろうか?」

 

 男は少し、影を感じる彼女の表情に驚きながらも

 

「何をいまさら。俺で良ければ遠慮なんてするなよ」

 

 そう返す。

 彼女の顔に、少し血色が戻った気がした。

  

「ありがとう」

 

 ルナは、シンボリルドルフとなって寮に戻っていった。

 

 

 





難産でした。

行き当たりばったりで書いてるからいけないんですけど。
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