転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
短い上にちょっと味気ないかな?
ああ、来栖任三郎……改め1942年4月1日より正式にドイツ国籍のニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ(Ninseblau von Cruz dir Sankt Petersburg)だ。
というか今更だがこの名前、長いな。
言っておくが、”
さて、あんまり記したくはないが……
俺の任命式は、てっきりヴィルヘルム通りの総統府で行われるかと思いきや、
(なんで、よりによって”ハリストス復活大聖堂”でやるかなぁ……)
宣伝省の広報チームを入れて、流石に演出過多だろうが。
あー、ちょっと意味わからんよな?
”ハリストス復活大聖堂”ってのは、ベルリンにある”
なので、掲げられているのは八端十字架。
さて、ベルリンには他に”ベルリン大聖堂”というより大きな聖堂があるが、なぜ大聖堂と呼ぶにはこじんまりとしたこっちで任命式をやるのか?と言えば……
実は、”ハリストス復活大聖堂”って名前の聖堂がもう一つ、それもより大きな建物がある。
それも、サンクトペテルブルグにだ。
そう、サンクトペテルブルグで俺が宗教的モニュメントとしての復権、正教会のサンクトペテルブルグでの復活のシンボルにしようと目論んでる四つの聖堂の一つ”血の上の救世主教会”の正式名称が”ハリストス復活大聖堂”だ。
そして、ベルリンとサンクトペテルブルグの二つの”ハリストス復活大聖堂”には、キッチリと繋がりがある。
ロシア革命での粛清から逃れ、ドイツに亡命してきたロシア正教会の聖職者たちを匿ったのが、このベルリンの”ハリストス復活大聖堂”だった。
一応、書いておくがレニングラードだった時代、どの聖堂も暴徒=ボリシェヴィキ達に略奪と破壊の限りがなされ酷い有様だった。
そして、あまつさえ「神への冒涜」この上ないことを共産主義者はやっていたのだ。
俺が復活を目指す四つの聖堂の実例を挙げていこうか?
・聖イサアク大聖堂
博物館にされていた。
・カザン大聖堂
よりによって「無神論博物館」にされていた。悪趣味が過ぎる。
・至聖三者大聖堂(トロツキー大聖堂)
倉庫に使われていた。
・ハリストス復活大聖堂(血の上の救世主教会)
野菜倉庫になっていた。「ジャガイモの上の教会」と嘲笑の対象だった。
俺はレニングラード攻略の意見を求められた時に、歴史的建造物を(市民の抵抗心を圧し折る為に)纏めて吹き飛ばしてしまえと提言したが、ドイツはレーニン像は鉄屑(いや、青銅屑? 銅屑?)に変えたが、俺の使ってる冬宮殿や四大聖堂などには手出ししなかった。(立てこもった連中には一切容赦しなかったが)
そして、その意味を実際に俺はサンクトペテルブルグに入って悟った。
これは共産主義がしでかした、「信仰の破壊」にかこつけた歴史的建造物に対する器物損壊と強盗の現場であり動かぬ証拠。
そして、後に宗教的建造物として復権させ、共産主義者に対するアンチテーゼ、そして何より「ロシアの地で信仰の復活」をアピールするシンボルにするつもりなのだと。
まっ、そう考えるとヒトラーやハイドリヒの思惑もわかってくる。
サンクトペテルブルグ総督への正式な任命にかこつけた、正教会系聖職者達との顔合わせだ。
そりゃあ入れ物だけ作っても、中身が空っぽなら意味はない。
(まあ、後にサンクトペテルブルグ四大聖堂の復活事業の開始を宣言するときに、必要な手順と考えればよいか)
***
式典その物は、宗教的な色合いは無く、何やら高位の聖職者っぽいのは参列していたが……それだけだった。
しかし、総統閣下から直々に賜ったのは、”サンクトペテルブルグ総督を示す宝杖”ってのは、マジに勘弁して欲しかった。
銀の短杖に”バルト海特別平和勲章”と同じ種類の宝石、
・空の蒼穹を示すサファイヤ:宝石言葉は「慈愛」「誠実」「徳望」
・海の碧を表すアクアマリン:宝石言葉は「沈着」「勇敢」「聡明」
・太陽の石と呼ばれるペリドット:宝石言葉は「平和」「安心」「和合」
が散りばめられ、天辺(それとも先端か?)にはラピスラズリが全面にあしらわれた
いや、そりゃあ”ミントブルー”って花は、鮮やかな青系だが……
(まさかほんとに”ミントブルーの十字架”を新たな家紋にしろって意味じゃないよな?)
ちなみにラピスラズリの宝石言葉は「成功の保証」「真実」「健康」「幸運」だ。
皮肉か? 皮肉だよな?
厳かな楽団の演奏のもと、授与された短状を掲げて、それが写真にとられ式典は凡そ終了。
スピーチしろとか言われなくて一安心だ。
だが、正教会の聖堂で、”旗を高く掲げよ”の演奏ってのはどうなんだ?
演奏されたのは、厳粛な感じの歌なしの管弦楽団アレンジバージョンだったが、今生ではわりと歌詞が違うとはいえ、結局は「共産主義者をこの世から駆逐しろ」って歌だぞ?
教会的には……神の敵だし、おkかもしれんが聞かされたこっちは何だか微妙な気分になってくる。
***
さて、”式典”としては、あるいは公的行事としては終了。
戦時下ゆえにあまりにも華々しくやるのもって考えもあるのか、何というか思ったよりシンプル&コンパクトなイベントで助かった。
「だが、サンクトペテルブルグでの正教会復活の式典は、派手にやれよ?」
とは、設えられたベンツ770Kの後部座席に共に座るハイドリヒだ。
「まあ、その辺は考えるさ。”俺の為の式典”でないのなら幾らでもな」
「お前らしい言い回しだな? その反応なら、式典自体を可能な限り簡素に圧縮した甲斐もある」
「……もしかして、気を遣ってくれたのか?」
するとハイドリヒは微かに微笑み、
「宣伝省としてはもっと派手にやりたかったらしいが、総統閣下の『戦時中であることを考慮したまえ』の鶴の一声でこうなった」
ああ、なるほど。
そういうことなら……
「最低限、それに関しては礼を言わんと」
車の行き先は同じベルリンの総統官邸……つまり、総統閣下との会談が俺を待っているという訳だ。
その後に、今度は夜会でポツダムの”サンスーシ宮殿”まで行かないとならないし、
「やれやれ。長い一日になりそうだ……」
気がつくと、俺は素直過ぎる言葉をつぶやいていた。
うん、わざわざ「ベルリンにある、正教会を借りて式典」をやるわ、「その教会はサンクトペテルブルグでフォン・クルスが復活を狙ってるものと繋がってる」わで、式典その物はシンプルでも、意味を考えると中身は結構重いというw
共産主義者も宗教的建造物に好き放題やり過ぎだけど、ドイツは方向性が違うだけでこっちも大概w
ちょっとお知らせ。
本日、いつもより投稿時間が遅かった理由でもあるんですが……遂に書き溜め分のストックが切れました。
最近、ちょっと私用が多くて、あんまり執筆時間がとれなかったのが原因です。
これまでのように連日投降が厳しくなると思いますが、どうかよろしくお願いします。