転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
とりあえず、小鳥遊は”英雄宮”にお泊まりすることはない。
キレナイカ王国では”英雄の従者”、いや”英雄の目”や”鷹の目を持つ男(名前つながりか?)”として実は有名な小鳥遊君は、王宮本殿にゲストルームが常時キープされている。
勿論、メイドから夜のお相手までこなせる大艦巨砲主義の小鳥遊好みの胸部と臀部のグラマラス・バルジ徳盛りなアラビアン美女付きで。
※画像はイメージです。
小鳥遊自身は、「火遊びルームサービス」程度にしか考えてないようだが……実はガッツリとサヌーシー教団に囲い込まれていたりする。
更に言えば、既に”子持”なのだが、知らぬは本人ばかりなり。
女の「避妊しているから大丈夫」を鵜吞みにしてしまうとは、意外とうっかり者の小鳥遊君である。
なぜ、伝えないのかって?
絶対に逃げられない(国外逃亡できない)状況で告知するつもりなのだろう。きっと。
多分、
予想だが、下総&小鳥遊コンビを国際取引の商材にしやがった黒幕は、ほぼ間違いなく”武者小路実共”だろう。
それはさておき……兵四郎が寝室に戻ると、
「「「お待ちしておりました。兄様♪ 私たちもようやく待望の
(シモヘイにとって)帰宅するたびに発生するお馴染みのイベントである。
ちなみに本人たちは”ようやく”とか”待望”言っているが、世間一般的には決して「来るのが遅い」方ではないと思う。
「それはおめでとう」
「「「ありがとうございます♡ ねぇ、兄様……」」」
優しく微笑む優しい兄貴分に、新規実装の嫁たちは満面の笑みで頬を赤らめつつ、
「「「私達とも赤ちゃんつくろ?」」」
”くぱぁ♡”
(今日は九人か……)
まあ、つまりはそういうことだ。
まだ夜の帳が降りたばかりだというのに実に元気なことである。
ちなみにナーディア的には「そろそろまた孕んでも支障がない頃合い」ではあるのだが、今宵は正妻の器と寛容を魅せることにしたようだ。
☆☆☆
シモヘイを擁護する気は無いが、少しだけ彼女達が置かれた『シビアな現実』を伝えておきたいと思う。
まず前提として、一般論になるが特にこの時代、今よりもイスラム世界における女性の地位とはぶっちゃけとても低い。
イスラム原理主義ほどではないとしても、サヌーシー教団のようなイスラム神秘主義でも程度の差こそあれ本質的には変わらない。
皆さんは”ハーレム(ハレム、ハリーム)”という文化風習、いや”
あれは好みの女性を集めて侍らせるような単純なものではないのだ。
ハーレムがある風土、アラブ世界はイスラム教が台頭する古代より戦乱の絶えない土地柄で灼熱の砂漠をはじめとする乾燥地も多く、自然環境も厳しい。
イスラム教が出現してからは十字軍遠征に代表されるように更なる戦乱が幾たびもあった。
だが、彼らが命を賭して守る信仰、コーランは女性の立場を制限しており……夫や父親を戦などで失った妻や娘が生きていくのは酷く難しいのだ。
結論から言えば、時の有力者(王族を含む)が亡くなった配下の妻や娘を保護し、面倒を見る為に便宜上生み出されたシステムこそが、ハーレムの一側面だった。
有力者には大抵の場合、同じく有力者(時には王族)から娶った正妻がおり、ハレムとは本来は「正妻が管理するプライベート空間で、主以外は男子禁制の女の園」という物だったらしいのだ。
そこに女たちを保護したという訳だ。
そして、現代と呼べる時代に入るまで続いた死産率や新生児死亡率、乳幼児死亡率の高さが重なってくる。
洋の東西を問わず、医学や化学が目覚ましい発展を見せる時代まで、子供というのはとても死に易かったのだ。
例えば日本の七五三祝いは、そう言う部分(その年齢になるまで神様に連れていかれやすい=その年齢まで生存できる子が少なかった故の生存祝い)に起因して始まったと言われている。
だから、後継者を巡るお家騒動の原因になりかねないことが分かっていても、上流階級ほど多産や大家族が奨励された。
死ぬ数が多いなら、分母を増やすしかないと。
そして、有力者の子を身籠ることで、夫や父を喪った妻や娘は「有力者の子の母」という新たな立ち位置を得ることができる。
これを大義名分に保護を受け続ける事ができるのだ。
例え有力者がこの世から居なくなったとしても、「有力者の子の母」という地位は残るのだ。
無論、これは時代や地域差、価値観の変動などにより時折、その意義や意味を変えてゆくものではあるが……
例えば15世紀以降は女奴隷たちを1000名以上集めたハーレムなども登場するが、その奴隷になった経緯、「戦争捕虜や略奪行為、アキンジによる売却、貧困家庭からの売却によって奴隷身分となった」などを考えると別の意味が、むしろ上記のそれと近いある種のセフティーネット的な側面が見えてくる。
あるいは時代の君主を産む、まさに”大奥”のような役割も担った時代もあるらしい。
そして、これらは、近代的価値観の普及と相俟ってイスラムにおける一夫多妻制の規定と結び付けられ、性的搾取ないし女性差別の象徴、或いはイスラーム世界の後進性の実例として格好の「特定勢力によるイスラム蔑視」の材料になっている。
残念ながら現在進行形でだ。
さて、本題のシモヘイを取り巻くしょうじょたちの情事……もとい。事情に話題を戻すが、本質的には同じだ。
この”英雄宮(
確かに王族と所縁のある家やいわゆる名家の娘が多いが……いずれも次女以下、いや正確には今となっては四女や五女というのも珍しくない。
それなり以上の家同士の婚姻となれば、やはり年功序列の風習からよほどのことがない限り、どうしても長女が優遇される。
まともな縁談が来るのは次女まで、よほど大きな一族でも三女までが精々というのは割とよくある話だ。
まあ、多産の家でも娘が次女までしかいない、あるいは娘その物が居ないということもあるのだが、政略結婚とはそういうものであり、婚姻が自由恋愛とは結びつかない時代であり世界が”今”なのだ。
しかも四女や五女が生まれる頃は当主が先の見える高齢だったり、あるいは正妻の子ではないというケースも多い。
そして、そう侘しい行く末になるぐらいならば……
庇護者見つけに苦労した末に下手な結婚をさせるくらいなら、「久方振りに現れた英雄の子を産む母」になる方がよほど良いと結論付けるのは、いたってまともな判断なのだ。
これもおそらくは親心というものではないだろうか?
将来が狭まってしまう幼い娘の幸せを願う想いに噓はない。
だからこそこぞって願い出て、ナーディアとその近侍達が事情を考慮して慎重に吟味する事になった。
「受け入れる積極的な理由はあっても、拒絶する理由がない娘」を選ぶのは中々骨の折れる作業だったようだ。
下手に野心を持つ家の娘を入れて、中から引っ搔き回されたらたまったものでは無い。
そして、キレナイカ王国の英雄という看板を下ろすことができなくなった下総兵四郎、イスラムの英雄となった”ヘイシロー・シモサ”は、愛しき妻を取り巻く事情やパワーバランスが理解できるからこそ、ただ受け入れるだけだった。
幸いというべきか?
ナーディアが選んだ娘たちはいずれも愛らしく、そして自身も好ましく想い、ちゃんと愛せる娘ばかりだった。
まあ、彼がいわゆる「ハーレム系主人公」とやらの資質を持っていたのは幸いだろう。いや、それとはちょっと違うか?
愛するのも英雄なら、愛されるのもまた英雄の役目。
だから、シモヘイは今日も”望まれた姿”を全力でまっとうするのだった。
さて、もうお気づきだろう?
確かに”英雄宮”は、幼き姿の娘が集うヘイシロー・シモサのハーレムかもしれない。
しかし、人選から運営に至るまで、シモヘイにはなんの決定権もない。
このシモヘイ以外は一部例外を除き男子禁制の英雄宮の真なる主は、王家の末姫であるナーディアである。
それも当然の話で、そもそもこの宮を用意したのが、正妻の実家たる王家なのだから。
つまらないオチかもしれないが、結局はそういうことだ。
もう少し腹黒い事を言えば、確かに”英雄宮”はシモヘイに用意された
所有者はびた一文出していないシモヘイではなく王族の末姫であるナーディアであり、資産として見るならキレナイカ王室の資産だ。
見た目幼い女の子たちはシモヘイの願望や要望で集められたのではなく、人選まで含めてキレナイカ王国やサヌーシー教団の意向が反映されている。
つまり、この英雄宮にてシモヘイは「ナーディアにお願い」することはできるし、シモヘイの要望ならナーディアは何でも聞き入れそうな雰囲気はあるが……それはつまりシモヘイには何ら実権は無いという事を意味していた。
実はこの『英雄宮というハーレム』は、キレナイカ王国における”ヘイシロー・シモサの在り方”を象徴する物であった。
どういうことか?
シモヘイ自身の権力欲は薄く、与えられても迷惑なだけだろうが……
キレナイカ王国としても、『ナーディアや王室が担保となる権力以外は持ってほしくない』のだ。
具体例を示すと、「クーデターを起こして王国を転覆させるような権力」を与えたくはなかった。
だが、逆に権威は増大させながら持っていて欲しいと願っている。
本来、王家を凌ぐ権威となれば警戒されて然るべきものであるが、まず大前提として王室やサヌーシー教団の持つ権威と”魔弾の勇者(سحر البطل آرتشر رصاصة)”は質とベクトルが違い過ぎるというものがある。
加えて、シモヘイの正妻はその地位が揺らぐ事なきナーディア、繰り返すが王族の末姫だ。
つまり、シモヘイがこの先築くだろう『砂漠の英雄としての権威』は、そのままキレナイカ王国にスライドする、少なくともアラブ世界ではそう判断するのだ。
そして、ハーレムはその「英雄の権威付け(箔付け)の一助」として十分機能する物であり、また上記のような娘達の受け皿としても機能し、結果として国内の有力家系同士のバランサーやイコライザーとしての機能まで期待できる。
権威を上げ続ける意味はここにもある。どんな名門だって最高峰の権威となった英雄の不評を買いたくは無いだろうし、また権威が上がるほど嫁がせた娘が産んだ子(特に男の子)を自家の養子として迎え入れた時、価値は跳ね上がるというものだ。
ハーレムという夢のある響きに反して、一皮むけばなんとも漢の浪漫の無い”国家運営の為の
現実など、おいおいにしてこんなものだ。
☆☆☆
もっとも、それは”彼女”たちにも同じことで……
「ねえ、わたしたちの”お声がかり”ってまだなのかな?」
「絶対に大丈夫だよ! だって”九つ”は越えてるんだもん。きっと
「ブルーグさえ来たら、わたしたちもお兄様の赤ちゃん、作れるようになるんだよね?」
「うんっ! だからみんなで頑張って、早く産めるようになろっ♪」
「うん! 頑張る!」
そう、少女たちだってまた、切実な事情を抱えて未来や将来がかかった日々を生き抜いているのだ。
という訳で、ハーレム物(?)エピソードだというのに漢の夢も浪漫もなく、ただシビアな切実さが浮き彫りになった話でしたw
えっ? せっかく作ったボテってないランジェリー幼女イラストをアップしたかっただけだろうって?
ソンナコトナイデスヨ?(視線逸らし
まあ、真面目に言うと、ベリヤの”人形館”を掘り下げたのに、”英雄宮”の真の姿をださないのは片手間落ちかな~と思ったのと、あとベリヤとシモヘイのそれって、「妊娠した幼女がいっぱいいる」って共通項はあるのですが、本質的には別物なんですよ。
それを記して見たかったというか……
いや、ベリヤの”人形館”って権力や財力を使って、「彼自身の理想郷を己の力で築き上げた」物であり、むしろ順番が逆で「この理想郷を作るために必要だったのが権力と財力で、だからベリヤはそれらを欲して手に入れた」って側面があるんです。
だから、「ベリヤの理想を具現化した楽園」であり、人選から何からベリヤの意向が最優先、いや唯一絶対であり、まさに”人形館”においてベリヤは『
ですが、皮肉に聞こえてしまうかもしれませんが、「英雄自身になんの実権もない、妻が全てを掌握する英雄宮」こそが、語義的な意味で”本来のハーレム(ハレム)”に近いんですよね。
まあ、これは極寒のルーシ的価値観や風土とアラブ世界やイスラム世界の土壌的違いというのもあるんですが……書いてみて、やっぱりビジュアル化すると似てるだけで”似て非なるもの”あるいは”別物”なんだなぁ~と。
実は作者、いわゆる”ハーレム物”を読むともにょる事が多いので、ハーレムを掘り下げられて少し満足だったりw
次回こそは、シモヘイの新たな愛銃の話題などを……
それでは次回もまたよろしくお願いいたします。