嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
私、一之瀬帆波には手間のかかる子供のようなクラスメイトがいる。
そんなクラスメイトの――彼は、単刀直入に言えば、変人であった。
入学初日に、10万ポイントという学生にとっては莫大な資金を与えられたあの日。
他のクラスメイトの皆は、カフェだったり、レストランだったり、食堂に、洋服屋さん、カラオケに、自動販売機までと……普通はこれらのものに多少なりとポイントを使った。
そして、クラスポイントシステムが発表された後も、ちょっとは財布の紐を絞めたが、それでもポイントは娯楽で少しは使っていた。
しかし、彼は違った。
その男子生徒は入学早々、この学校の敷地内で買える無料品のありとあらゆるものを収集し始め、かつ食事は無料の山菜定食だけに縛るという、セルフ苦行を行なっていたのだ。
もちろん私はクラスの中心として、リーダー的な役割を担うことに自分から進んでなったので、そんな彼のことを気にかけていた。
だからこそ覚悟を決め、クラスから半ば孤立している彼に、私は声をかけたのであった。
「ねっ、君。ちょっと時間あるかな?」
つまるところ私がするのはカウンセリングである。
この学校で何か困ったことはないか、友人の話はあるか、中学はどうだったか、そして本題のどうしてポイントを使わなかったのか。
これらを彼に問いかけた。
「へえ、山菜定食って意外と美味しいんだ! 今度機会があったら私も頼んでみるね」
「ふむそうなんだ……友人は他クラスにはいる、と……」
「ほほ〜う。幼馴染で、中学からの知り合いがいるんだにゃ?」
とまあこんな感じで、私は彼との距離を近づけていったのである。
だが少し気になる発言があった。
「ポイントは……何かあったときのため?」
彼はすぐには何も言わなかった。
ただ、少し視線をそらして無言で私の質問を受け止めている様子だった。
あまり深く聞きすぎるのは良くないかもしれない――そう思いながらも、やはり私は彼の言動に興味を引かれていた。
彼は決してお金に困っているようには見えないし、むしろ余裕があるように感じる。
なのに、どうしてそこまで倹約するのか。
私には理解できないが、彼には彼なりの考えがあるのだろう。
「まあ、君らしいと言えば君らしいけどね」
と、少し笑ってみせたが、彼は表情一つ変えなかった。
そう、彼はどこか感情が表に出ないところがある。
人付き合いも淡白で、自分の世界に閉じこもっているような印象を受ける。
それでも、私がこうして彼に興味を持つのは、彼の持つ謎めいた雰囲気のせいだろうか。
でも、きっとこのままでは彼はクラスの中で浮いたままだ――。
私は少し考え込んでから、明るく切り替えるように言った。
「まあ、それでも私は気にしてるから、何かあればいつでも相談してね!」
互いにメールを交換し合い、彼の連絡先欄が二つほどしかないことに驚きを覚えつつも、今日の初接触はそれで終わることになった。
その日の夜。
さっそく私が『今はなにしてるの〜』と彼に送ったところ、直ぐに返信がきた。
――料理をしている。とのその簡素な文面、それは私に興味を持たせた。
今時の男子高校生が自炊するとは少し珍しいだろう。
「ええと……『よければ写真送ってね☆』と」
私は可愛げなスタンプと共に、そう送信する。
すると早速、彼から画像つきの写真が返ってきた。
その写真をよく見てみると、そこにははなんと。
「ええ……これじゃあ料理というより、何かのエサだよ……」
キャベツとニンジンを炒めて、それを皿にもっただけという、調味料さえないような、超ヘルシーズボラ飯の姿があった。
「うーむ、『味付けはしないの?』と、これでいいか。……この子、大丈夫かなぁ」
私が疑問を送ると、それに対する答えが返ってきた。
――調味料はポイントを使うから、買えないんだ。
「ええ……? 調味料くらい、買えばいいのになあ」
「そうだ、『塩とか買わないの?』にしよう」
――買わない、今ポイント貯めてるんだ。と返ってくる。
やっぱり変人だ。
この子はどこか普通じゃないと思う。
でも、彼なりに理由があるのだろうと考えると、無理強いはできない。
しかし、どうも彼は私の悩みの種となっている。
クラスリーダーとして、そして一人の女子として。
今の彼の質素・倹約を通り越えた、食事生活は看過できるものではなかった。
「よし、決めた。『じゃあそれくらいなら私が買ってあげるよ! どう?』これでヨシ」
ピロン、と音がなり彼からの返信が来たことを確信する。
そこには、――ありがとう、それは助かる。との言葉が添えられていた。
「はあ〜、良かった〜」
私はその返答に謎の安心感を覚えつつ、彼に『明日の放課後に一緒にお店めぐりしようね』と約束を取り付け、携帯を閉じるのであった。
翌日。
「はい、これがお塩で、醤油とみりんに砂糖にお酢! 他には何かある?」
――いや、これ以上はもう貰いすぎだから、有り難くこれで頂戴します。
「いいって、いいって! これで君の食生活が豊かになるなら、私も嬉しいよ!」
ストアで簡単にお会計を済ませた後、私は彼をカフェに誘った。
最初は少し躊躇したようだったが、特に拒否はしなかったので、私たちは一緒にカフェへ向かうことにした。
店に着くと、静かで落ち着いた雰囲気のカフェの中、私は窓際の席を選んで彼を促す。
彼は淡々とした動作で席に座り、メニューをじっと見つめていた。
その姿はいつも通り、感情を表に出さない彼らしかった。
「好きなもの頼んでいいからね。私が奢るから!」
私は明るく言ったが、彼は少しだけ私を見てから、やはりドリンク一杯だけを選んだ。
何かを遠慮しているのだろうか? それとも、ただ本当に欲がないのか? 彼が感謝していないわけではないことは、彼の微かに揺れた目や、少し遅れて首を傾ける仕草から感じ取れた。
しばらくして、私たちのドリンクが運ばれてくる。
私はカフェラテを一口飲んでから、軽く話を切り出す。
「ねえ、今日ので確信したけど、君って本当に無駄遣いしないよね。本当はもっと、好きなもの頼んでくれてよかったのに。」
彼は少し視線を落として、言葉を探しているように見えた。
でも、やはり声には出さずに、ただゆっくりとカップを手に取って飲み始める。
その姿に少し笑ってしまいながらも、私は彼が感謝していることを感じ取っていた。
彼の静かな態度の中には、言葉にならない思いやりが隠されているのだろう。
「……それにしても、君って本当に変わってるよね。だけど、そういうところ、嫌いじゃないよ」
彼は私の言葉に少し反応したのか、顔を少しだけこちらに向けた。
それでも何も言わない。
だけど、その無言の中に確かに何かが伝わってくる気がした。
感謝の気持ちも、彼なりに持ってくれているはずだ。
「また今度、何か一緒に食べに行こうね。次はもう少し贅沢しようよ!」
私がそう提案すると、彼はわずかに頷いた。
そして私はようやく安心する。
この小さなやりとりが、次に繋がることを期待して、私は心の中で笑みを浮かべるのだ。
ξ
が、例の件があって以降。
私は彼と顔を合わせるのが気まずかった。
あんなお願いをしてくる人とは、思ってもいなかったのだから、私は彼を無視していた。
私も女子だもの、そりゃあ怒る時は怒るのだ。
もっとも、あれ以来……彼の方から声をかけてくることはないので、それはいつも通りの日常に戻っただけで、私の無視が無意味であることは百も承知であったが。
しかし、今日は彼と仲直りを……いやいや、許そうと思っていた。
私は、荷物をまとめて帰る準備をしている彼を引き留める。
放課後、教室から人がいなくなり、私たち二人だけになった頃。
ようやく私は本題に入った。
「ねぇ……君。どうして私が君を呼び止めたか心当たりはあるよね?」
彼は沈黙の中に、気まずそうな顔を浮かべている。
そして小さく謝るような祈りのポーズを取っていた。
「はぁ……まったくもう。そんなのじゃ普通は許してもらえないんだからね?」
私は彼に怒っていますとの雰囲気で、しかし呆れた表情を浮かべて、彼を見やる。
彼はいまだに申し訳なさそうにしていたが、その瞳には確固たる意志が感じられた。
「いい? もう二度と、私以外にこんなことしちゃダメなんだからね?」
うんうんと頷く彼。
その様子に、少し笑ってしまうというか、愛嬌を見つけてしまい、私は目を逸らす。
「ふふっ……まったく、君って本当に不器用だよね」
気まずそうに頷く彼の姿を見て、思わず私は笑ってしまった。
少し前までの怒りはどこへやら、その真剣で申し訳なさそうな表情に、私の気持ちはすっかり和んでいた。
彼なりに反省していることは十分伝わってきたし、これ以上追い詰める必要もない。
「……まあ、私も怒りすぎちゃったかもね。ごめんね、ちょっと感情的になっちゃった」
そう言うと、彼は驚いたように私を見た。
無言だけれど、彼の目が少し柔らかくなった気がした。
それが彼なりの感謝の表れだと、これまで彼と接してきた私にはわかった。
「でも、これでお互い水に流そう? ねっ!」
私は彼の手元に置かれた荷物を軽く指でつついて、促すように言った。
彼は少しだけ戸惑いながらも、再び小さく頷いた。
その素直な反応が、妙に可愛らしく思えて、私はつい笑みを浮かべてしまう。
「さあ、じゃあ帰ろうか。今日もお茶しない? 私が奢るよ!」
仲直りはできた。
これで、また元の彼との日常が戻ってくる……私はそう確信した。
が、しかし――。
それは儚くも崩れることになる。
突如、隣のクラスから来た、杖を持った少女が教室の扉をあける。
そして、開口一番にこう言ったのだ。
「失礼、○○さんはいらっしゃいますね? 先日、あなたが私の下着を見た件で、お話し合いをしようと思いまして」
「……え、ええっ⁉︎」
波乱は続く
―END―