葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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オルデン卿は祝いたい

■グラナト卿にきいてみて


 

北側諸国 グラナト領

 

「いいだろう、これで当面はこちらでの手続きは終了だ」

 

バサッと紙束を机の上に置きながら、この地の当主であるグラナト卿は眼前にいる赤い髪の青年に伝えた。

緊張気味な面持ちだった青年は、胸に手を当てて安堵の息を漏らした。

 

「国への上申周りは我々でやっておこう。細かいサインが必要な場合はお前の家に使いを向かわせよう。

 ご苦労だったな、シュタルク」

「いえ、こちらこそ何から何まで有り難うございます、伯爵」

 

オレオールへの旅を終えたフリーレン一行が戦士の村と呼ばれた場所の跡地に根を下ろし、常々周りをヤキモキさせてきたシュタルクとフェルンの関係性にもようやく終止符が撃たれて1年と少しばかり。

 

フリーレン達に恩義のある貴族たちの計らいにより魔族に滅ぼされてから空白になっていたクレ地方の戦士の村周辺一帯の所有権を正当な後継者であるシュタルクに返上する形で決着させた。つまり、シュタルクとフェルンは事実上領主夫妻という立場になる。

 

「最初は、何も知らずわからずでどうなることかと思ったが案外なんとかなるものだな」

「伯爵や周りのみなさんの協力のおかげですよ」

 

もちろん、つい先日までいきなり旅暮らしをしていた二人にいきなり領主を頼んだというのは酷な話であるため、後見人には発起者一人であるグラナト伯爵が立つこととなった。

これには、中央諸国のクレ地方からの現実的な距離や人物の信頼性などを加味したフリーレンからの指定による所が大きいのだが。

 

「フェルンの調子はどうだ?」

「当人は元気なんですけど……慣れない状況でみんなてんてこまいですよ」

 

そんなこんなでクレ地方の代表として、手続きや領地運営の勉強とか諸々でグラナト領にちょくちょく来ていたシュタルクだったが、この度、彼の妻であるフェルンの状態の変化もあってしばらくは直接訪問が難しくなったのだ。

 

深刻な事態というより、とてもおめでたい話ではあるのだが、なにせ当のシュタルクがソワソワしており身が入らない様子だったし、実際そばにいさせたほうがいいだろうというグラナト伯爵の判断の下、状態が落ち着くまでの間は直接訪問を控えて必要な手続きはグラナト領から使いを向かわせることになった。

 

「しかしまぁ、いつかの小僧が今や土地を持ち人の親か、時間の経過もさることながら

 人は変わらないようで、変わっていくものだな。若いということはそれだけで財産だ」

「そんな老人のようなことを言う歳でもないでしょう、伯爵も」

「違いない」

 

初めて出会ったあの日、手を震わせながらも魔族から自身の命を救った赤い青年は、様々な試練を乗り越えて遂に彼は人の親になろうというのだ。

陰ながら応援していたグラナト伯爵としては感慨もひとしおである。

 

しかし、かつての勇者一行ほどではないにしろ、様々な面で名を上げてしまった二人のその状態はあまり他言が出来る訳ではない。

なにせ、妻であるフェルンがほぼ身動きができない状態となるのだ。彼女達を害する意志のあるものがこの世界には少なからず存在する。

特に、人の間で出回る話を魔族が知れば事である。

 

かといって、周囲をガチガチの護衛を付けては目立って本末転倒だ。

そもそも、隣に葬送のフリーレンと大陸屈指の戦士とされるシュタルクが張り付きでガードしている上に、どうやら魔法協会の生きる魔導書ゼーリエ謹製の防護結界まで張られている家に兵を並べるのはあまりに意味がない。

 

結局のところ、いくつか緊急手段は講じつつも情報は最小限に留めて置くことで決着した。

 

とまあ、ごく一部の人間だけが知ることとなったこの事態。

新たな命の誕生を心待ちにする裏で、当事者達の預かり知らぬ所で実はちょっとした騒ぎが繰り広げられることとなる。

事の発端はグラナト卿からかけられた言葉から始まる。

 

「そう言えば、シュタルク。今日はオルデン卿が来ている。

 この件とは別件での訪問だがせっかくだし挨拶していってはどうだ?」

 

なるほど、オルデン卿が来ているのかと。

クレ地方の村の立ち上げや、フェルンとの結婚の際や様々な面でオルデン家には世話にはなっている。機会があるのであれば挨拶をしておくのが筋であろう。

 

「わかりました。お世話になっている面も多々あるので、声をかけてから帰ろうと思います。

 オルデン卿はどちらにお泊まりでしょうか?」

「殊勝な言い方をする様になったじゃないか」

「ははは……まあ、鍛えられましたからね」

「待っていろ、すぐ連絡をつける」

 

貴族然とはいかないが、大人としての最低限の礼儀を身に付けていることに満足したグラナト伯爵は、仕事で訪問しているオルデン卿へと連絡を付けてくれた。

そんな訳で、シュタルクはいつかの式の来賓以来久々にオルデン卿へ面会する事となったのだった。

 

■オルデン卿は見ている


 

非常に綺麗に整えられた来賓用の施設の執務室前。

断頭台のアウラと戦った時はあまり気にしていなかったが、グラナト領はどこを見ても洗練されている。

資金的な豊かさだけではない。ここに仕えている誰しもが領主を敬愛しており、その感謝を品格という形で返しているからこそ維持できているのだろう。

 

数年前は「豪華な建物でお貴族様すげぇなー」ぐらいしか感じなかったシュタルクだが、今ならこういう物がある理由も必要とする理由もある程度理解できる。

 

この先にいる人物もそうだ。

要塞都市フォーリヒという守りの要の筆頭であり、北側諸国3大騎士の一角という重責とはいかなるものなのかはシュタルクには想像だに出来ないが、初めて出会った時のような軽口が聞ける気は今はしない。

 

強さとは腕力ではないのだ。戦士として強いだけでは、家でシュタルクの帰りを待つフェルンやいずれ生まれてくる子供たちを守れない。フリーレンは……まぁ、そういう意味ではなんとかなるかもしれないけど……フリーレンのためにフェルンが目指すものをシュタルクは支えたい。それを守るためにはやはり強くならねばならない。

 

グラナト卿やオルデン卿とはシュタルクの知る自分の師とは違った意味で強い人物達である。今のシュタルクには到底真似ができない領域で生きる人物たち。きっと学べることはあるはずだ。

 

震える右手を握りしめてから、ドアをノックする。

 

「オルデン卿、来訪していると聞きご挨拶に伺いました。シュタルクです」

「……どうぞ」

 

と、ドアを開けて中へ案内してくれたのはお付きの執事のガーベルだ。

 

「ご無沙汰しております、オルデン卿」

 

招かれるままに部屋に入りオルデン卿に挨拶をする。

 

「ああ。久しいな、シュタルク」

「はい、卿も壮健なご様子で何よりです」

 

シュタルクの様子に小さくため息をつくオルデン卿。

その様子を見てシュタルクは「何かまずったか?」と背中で汗をかく。

 

「お前の立場もわかるが、最初の挨拶を以降、あまり堅苦しい空気を出してくれるな……」

「えっと。あーーー」

 

シュタルクにとってオルデン卿という人物の立ち位置は微妙である。

故郷にいた両親も兄も失ったシュタルクにとって、おそらく血縁的には現存する人の中で最も近縁の人物であるのはたしかにそうかも知れない。

 

おそらく、古くをたどれば同じ家に行き着く。

とはいえ、オルデン家はある程度歴史ある一族なのでそれもかなり昔の話。親戚と言うにはずいぶん遠いのだ。

という訳で叔父さんとか言うのもちょっと違う。もちろん父親というわけでもない。今のシュタルクの父と言える人物はアイゼンだ。

 

とはいえ、それなりに親身にしてくれる人物だ。いつかのフォーリヒでの日々でオルデン家の内情にも関わってしまった以上、赤の他人とは言えない。感謝と尊敬は山よりも高く積み上がっているが感情ではなかなかに難しい。

 

「まあ、いい。いや、以前見た時とはずいぶんと見違えたことは確かだ。

 男子、三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだ」

 

まぁ、3日というか結構経ったしなぁ……とシュタルクは心の中で頬を掻く。

 

「フェルンとフリーレンはどうした、同行していないのか?

 フェルンも領主としての修学は必要だろう」

 

「フェルンは……」

 

『良いかい、シュタルク。今のフェルンの状態はなかなかに難しい。

 極単純に言ってしまえば、大陸内でも屈指の魔法の使い手がいま魔法を使えない。

 この意味、わかるよね?』

 

(わかってるよフリーレン……しかし、オルデン卿ってどうしたら良いんだ?)

 

秘密を他言するような人物ではないとは思う。しかしそんな事でどんどん例外を作っては本末転倒だ。

 

「……いま、フェルンは少し体調を崩していて、その、家で休んでもらっています」

 

立場故にグラナト伯爵には伝えたものの、オルデン卿には秘密にする後ろ暗さに申し訳無さを感じつつ、とりあえずはごまかすことをシュタルクは選択した。

 

ただ、シュタルクは1つミスを犯していることに気づいていない。真っ直ぐな彼は嘘が下手であり、本人はごまかせたつもりでも焦りは露骨に顔にでていた。

それは彼の欠点ではあるが、周りの者が彼を愛してやまない愛嬌であるのも確かなのだが……彼が自分の武器を自覚するのはもう少し先の話になる。

 

シュタルクのその微妙な反応をみて「そうか……」とつぶやいたオルデン卿は顔色1つ変えなかったが隻眼の瞳の奥にはどこか喜んでいる様な色が見えた。

 

(理由はわからない、わからないけどご機嫌らしい……?)

 

とりあえず、ごまかせたか……?と、なんとなーく思ったシュタルクは胸を撫でおろす。

その後は、最近の復興の状況や最近起きた出来事など当たり障りのない話で時間を過ごした。

 

後にガーベル曰く

「ここ数年来、旦那様にしては珍しく浮足立つほどに浮かれておられた様子でした」

と語っていた。

 

■次代より赤子


 

北側諸国 要塞都市フォーリヒ

 

「父上、父上!」

 

先だってグラナト領から戻ってきてからのしばらく父の行動が妙だと家臣の者たちから聞きつけたのは、次期オルデン卿として修練と勉学と領主補佐に追われる日々のムートである。

 

「ガーベル、父上は何方におられるか?」

「旦那さまであれば、いまは自室におられます」

「わかった。ありがとうガーベル」

 

聞いたところによると、フォーリヒ内の子供用品店を突然練り歩き始め、商品の良し悪しは何で決まるのかなどを店主に質問し始めたらしい。

あまりの真剣な表情に屋敷内では「ムート様にはお相手がおりもう既に!?」「オルデン卿に隠し子が」という2つの噂が飛び交っている。

 

冗談ではない。何もしてない!

 

甘酸っぱい青春とは無縁な状態で、お年頃としては本当にいいお年頃なので色々考えはするが立場上は下手なことは出来ない。

一応、実兄であるヴィルトの訃報が公になった後、許嫁候補となった人物はいるにはいるのだが、元々の相手はヴィルトだったため立ち位置は微妙だ。

最悪、先方の気持ち的にも断ってもらったほうがお互いのためにいいのでは?とさえ思ったりもしている。

 

かといって、今更父が不貞を働いたとは思えない。完全にそういう人物ではないのだ。

もし自分の身に何かあって、一族に将来的な問題が生じた時にようやく検討を始めるぐらいの堅物だ。

 

「父上、入りますよ」

 

荒っぽいノックもそこそこに父の自室に入る。後で小言を言われるだろうが構っていられない。

突入した部屋で待っていたのは先端に変わった形の蓋の付いた瓶と白い布地を並べて真剣な目で吟味している父の姿だった。

 

「ムートか、どうした?」

「それはこっちのセリフです父上。なぜそんな赤子用の商品の吟味を真剣にやっているのですか」

 

直近、オルデン家や関係者に子供が生まれるという話は聞いたことがない。

当然自分も身に覚えがないし自分の知る限り父にそんな素振りもない。

 

「うむ」

 

オルデン卿は恭しく立ち上がり、ムートに向き直る。

 

「もう何年も前になるが、ヴィルトの代役で社交界にたってくれた男を覚えているか」

「シュタルク様ですね。流石に知っています」

 

そもそも、フリーレン一行のことを北側諸国の3大騎士であるオルデン家の人間が知らないはずもない。

ここ最近、グラナト領やその他の貴族たちでも支援をしているのは聞き及んでいる。

しかし、自分も社交界があった時期はあまり挨拶も交わした記憶もなく、あまり面識はない。

ガーベル曰く、兄のヴィルトに引けを取らない人格者だと聞いているが。

 

「ん……? まさか」

「シュタルクに子供が生まれた……かもしれん」

「なぜちょっと未確定なのですか」

「話せば長くなるが……」

 

どうやら話によると、先日のグラナト領で当人と面会したらしい。

父からカマをかけた……というほどのことはしていないが、先方が勝手に地雷につまずいた。と言った具合だろうか。

兄も嘘はつけない人だったが、妙なところまで似ている。

 

「ふーむ、父上の早とちりの可能性もありますが……

 伝えられていない事は何か理由があることだと思うので、そっとしておくのが良いのではありませんか」

「そう思うか……」

「私はそう思いますが」

 

とりあえず、補佐役としては当主には落ち着いてほしいためなだめる方向で説得を試みる。

 

「しかし、ムート考えてもみろ。

 戦士の村は我々の古き故郷であり、オルデン家の血筋の源流だ。我が一族が3大騎士に召された理由の一つでもあると言っていい。

 その村はかつて魔族の襲撃で壊滅し、残された一族の跡継ぎは今となってはシュタルクしかいない。あいつは天涯孤独の身だ。

 また、妻となったフェルンも南部の戦争で親家族を失った身だ。

 二人共、フリーレンやアイゼン殿のような親代わりとなる人物はいるとしても、多面的に見れば縁者となるものの支援は心もとなかろう。

 かつて彼らの力を借り、また魔族の脅威からも救われ、そして今や唯一の血縁関係者とも言える我々が何も手を差し伸べないのは騎士道精神に反するのではないか?」

 

普段割と口数少ないのに、めっちゃ饒舌に語るじゃん父上……

ムートは頭痛のする頭を右手の指先で押さえる。

 

「……つまり、ストレートに相談されなかったのが淋しいので、贈り物をしてそれとなくアピールしたいとおっしゃるのですか?」

 

世話焼きの親戚の叔父さんか!と思いつつツッコミをいれる。

 

「ムート……」

「はい」

「もう少し、言動はオブラートに包め……恥ずかしいだろう」

「これ以上何に包めばいいのですか」

 

ボケているようで、割と素で言っている様子なので始末に終えない。

 

「それはそれとして、そんな個人的な事情に資金を回すのは……

 一応、フォーリヒ周辺地域の住民達の税金でもあるんですよ」

「その件か、問題ない。いつも私の私財を崩している」

「それ父上の老後の蓄えですよね?」

 

功績を考えれば比較的余裕ある方なんだろうけど何してんだこの人。

 

「ところで、ムート。どれがいいと思う?」

「まぁ、父上がいいのなら良いんですけど……

 そうですね。哺乳瓶は子供が口にするものですし、シュタルク様やフェルン様がどの様に育てるのかわかりません。

 となると、たくさんあって損はないこのおしめ……って、なんですかこれ?

 シルク製? 正気ですか?」

 

ムートも呆れが一周して父への扱いが雑になってきたが、それに構うこと無く

顎に手を当て思案するポーズで考え込むオルデン卿。

 

「肌触りが良いだろうと思ってな。作ってみた」

「はぁぁぁ。もう良いです、それを送りましょう。

 なんかいっぱいあるし。妙なことにならないよう書状は私が付けますので父上は妙なことをしないよう」

 

ビシッと父に指を指して指示をしつつ、部屋の外に出ようとドアに向かう。

今の心情を表す的確な言葉は、そう、頭痛が痛い……というやつだ。

そんな拍子。

 

「ムート」

 

と、父から声をかけられたため「なんですか?」と嘆息気味に答える。

 

「ありがとう。いつの間にか、いつもお前に助けられているな。本当に感謝している」

 

なぜ、こんなタイミングで?

とも思ったが、普段から優しさのわかりづらい父らしい。

苦笑いをしたムートは「どういたしまして」と言いながらひらひらと手を振りながら、部屋の外へと出る。

 

なんだかんだと、父は優しい人だ。少々表情が固く、行動が極端でわかりにくいが……

 

「さて、シュタルク様達にも、わかっていただければ良いのですが……」

 

ここから遠くの彼の地にいる、同じ血筋の最後の生き残りであり、敬愛していた兄に生き写しの青年。

彼には義父と仰ぐ人がおり、オルデン家当主の父とは親子になることはないだろう。

ただ、それでも、想う気持ちは伝わるべきだとムートは思う。

 

■クレ地方夫婦の事情


 

中央諸国 クレ地方

 

戦士の村の跡地に建てた自宅前

 

「オルデン卿からのお祝いの品……?」

 

届けられた荷物を前にしたシュタルクはそんな疑問の声を上げていた。

注文していた物資といっしょに届いた大げさではない程度に少し上品なしつらえの木箱。

フォーリヒから届いたオルデン卿からの届け物ということだが、いわゆるお祝いの品とも言える様な装飾である。

 

「もしかしてフェルンのことオルデン卿にも話したの、シュタルク?」

「いや、そんな事は……」

 

若干冷や汗をかきながら答えるシュタルク。

先日のグラナト領でのやり取りをよくよく思い出しながら「そんな事はたしかにやってないよなぁ」と頭を捻る。

そんな沈黙を破ってきたのは、少しいつもより余裕目の服を着た身重のフェルン。

 

「とりあえず、中身を見てみませんか?」

「そうだね」

 

といいながらフリーレンは杖を木箱に向けて蓋近辺の釘を魔法で外す。

 

「……シュタルク、斧は駄目だよ中の荷物に傷が入る」

「いや、流石にぶっ壊すつもりじゃなくて、刃の先端を入れて蓋を開けようとしただけで……

 フェルンまでそんな目で見なくてもいいだろぉ」

 

斧を構えていたシュタルクに冷ややかな目を向けていたフェルンは「冗談ですよ」と笑顔に戻る。

 

「中に入っているのは……シルクのタオル?でしょうか……輪っか状……?? 」

 

布地を手に取り疑問符を飛ばすフェルンを眺めていると木箱の中に挟まっていた書状を見つけたシュタルクはそれを抜き取り中身をあらためる。

 

「なるほど……、フェルンこれ、おむつだ」

というシュタルクの言葉に現物を確認しているフェルンは眉を寄せる。

「はぁ……、シルクですよこれ?」

「なんか、フォーリヒの貴族向けの商品……の試供品なんだとか……貴族すげぇな」

 

カバー用の品も1セット入っていることに気づいたフェルンは「なるほど……」と漏らす。

どうやらこのシルク製のやたら高級そうな一式は本気でおむつセットのようだ。

大きな街や貴族の人々は高級生地をおむつに使うものなのか?とフェルンも首を傾げつつ気付いた点を口にする。

 

「これ、十中八九気づかれてますよね……」

「ゔっ……」

 

顎に人差し指を当て考え込むポーズをするフェルンのつぶやきに、胸に手を当てて呻くシュタルク。

 

「まったく、オルデン卿なら別にいいとは思うけど、気をつけてよシュタルク」

「やっぱり俺かなぁ」

「私とフェルンはずっと家にいるからね」

「ですよねぇ……」

 

直接言った覚えはないんだけど、心でも読まれたのかなぁ……と頭をかくシュタルクだったが、比較的簡単な推理と顔に出やすいシュタルクの様子の合せ技である。

 

「と、とりあえず俺から書状でお礼を言いつつ……ちょっと探りを入れてみるよ」

「まあ、バレてるなら事情含めてキッチリ会話してみるのも手かもね」

「一応、初志貫徹で……」

 

なお、シュタルクから返事を出す前に既に先手は撃たれており、第2、第3段の贈り物が届くこととなる。

 

「予定日には全部揃っちゃうかもしれないね」

とは、新たに届いたベビー服を物珍しげに取り出して眺めながらフリーレンの一言だ。

 

■父親のカタチ


 

オルデン家に届いた書状は魔法で安全性を確認した後は、オルデン卿の補佐であるムートが目を通すことになっている。

 

「これは……」

 

その日届いていた手紙はクレ地方からの書状、いわゆる渦中の人物からのお礼の手紙のようだった。

書かれた内容はやや過剰に形式張っているようにも読めるが、なんとなく目上の人物に対する敬意を必死に伝えようとしている様子が見て取れて逆に親近感が湧いてくる。

 

さて、お礼の元となっているのは当然こちらから送った品に関してのことだ。

初回のシルク品以降は、元々冒険者な二人に過剰な高級品は相手が萎縮するだけだと父に口を酸っぱくして伝え、一般で市販しているものの範疇で良いもの程度にして欲しいとムートとガーベルでチェックすることにした。

もう、送ること自体はオルデン卿本人の強い希望なので止めないことにした。本人も楽しそうなのでやめるように言うのは酷だ。

 

「今後、子供に恵まれる機会があれば使わせてもらう……か」

 

手紙の内容を要約するとそういうことが書いてある。

子供が出来たことはあくまで秘密か。理由があるのか、本当にそうなのかはてさて……

グラナト卿に探りをいれるのもありなのだが、返事をもらったうえで裏で探りをいれるのも流石にバツが悪い。

 

当人たちの問題なので、あまり疑いを持った探り方をせず当人の口から伝えてもらうのが一番なのだ。

 

ムートは手紙を持ったまま、父の執務室のドアをノックした。

 

「父上、ムートです」

「入れ」

 

返事を確認してから中に入る。

 

「シュタルク様からの返信が届きましたよ」

 

と伝えると、おそらく傍目には一切変化はわからないだろうが、近親者の自分にはよく分かる。

背景に喜びの色が浮かんでいる。

 

「そうか」

「読み上げましょうか」

「いや、そろそろ休憩をするつもりだった。自分で読もう。渡してくれるか」

 

受け取ろうと手を伸ばしてくる父へと苦笑しながら手紙を父へと手渡す。

 

「……ふむ、実にあいつらしいな」

 

一通り目を通したオルデン卿は表情を変えずにそう述べる。

 

「ありがたいが気が早い、ということらしいですよ」

 

ムートからそう言われると、軽い嘆息を漏らしてからオルデン卿は椅子の背もたれに体重を預ける姿勢とをった。

 

「ムート、ヴィルトの事、どれぐらい覚えている?」

「兄上ですか? そうですね……

 優しい兄だったと、泣いていた私をいつも守ろうとする、人の笑顔の好きな人だったと記憶しています」

 

ムートの言葉を聞いたオルデン卿の顔は表情こそ変わらなかったが少し嬉しそうな、そして懐かしみと寂しさの混じったような表情に見えた。

 

「あいつもよく嘘をついた」

「嘘ですか?」

 

ムートの応答に「うむ」と答えたオルデン卿は言葉を続ける。

 

「私の誕生日を祝うために、執事やメイド達と準備をしていてたりな……

 顔に出やすい、やつだったからな。

 カマをかけると、よく惚けていた」

「つまり?」

 

オルデン卿は自嘲気味に目を瞑って笑う。

 

「……くだらないところはよく似ている」

 

父オルデン卿は威厳のある3大騎士の一角、冷徹な騎士、フォーリヒの最強の守護者。人によって評し方は様々だ。

だが、ムートからみてこの人物は、威厳のあるオルデン家の当主でもあるこの人は、少し厳しいときもあるかもしれないが……

 

――その中身はどこにでもいる、ただの子供の好きな父親だ。

 

■遠い彼の地から感謝を込めて


 

あれからしばらくはオルデン卿からの贈り物とシュタルクのお礼の返答の応酬が何度か繰り返された。

そんな間にも、シュタルクとフェルンはちょっとした大喧嘩(?)をしたり、里帰りしたり、結局顔を合わせたらその場で仲直りしたり、いつか産まれるであろう子の名前を師匠にお願いしたりとバタバタした日々を送っていたのだが……

 

そんな折、クレ地方の戦士の村の跡地に一人の人物が降り立った。

 

「着きました、ムート様」

「ありがとう。ここが……」

 

現在ムートはガーベルの信頼できる部下を数名連れてお忍びで突貫の訪問中である。

ガーベルが来ていないのは彼が動くと父のオルデン卿にあっさりとバレるからだ。

シュタルクには事前に「父の件で話がしたい」と連絡済みでアポ無し訪問という訳ではないのだが……

 

「ようこそムート様」

 

膝をついて挨拶をしているのはいつか見た戦士シュタルクと、魔法使いフリーレンの姿。

かつて彼らがフォーリヒに滞在した期間中、直接会話をした訳ではないので、ムートにはうっすらとした記憶しかない。

しかし、あの日、遠目に見た時に兄と見間違わんばかりだったシュタルクは経過した月日に比例した姿をしていた。

 

(ヴィルト兄さんも生きていればこうなっていたのだろうか……)

 

「……ムート様?」

 

ほうけていた所を随伴の者に指摘されてシュタルクが頭を下げたままだったことに気づいた。

 

「し、失礼しました。シュタルクさん、フリーレンさん、頭を上げてください、それに様も不要です。

 今回、私は個人的な理由で来ています。ここにはフォーリヒの代表の立場は持ち合わせていませんので……」

 

顔を上げたシュタルクはフリーレンと顔を見合わせるが、フリーレンの顔には「シュタルクの好きにしたら?」と描いてありシュタルクは微妙な顔をする。

 

「えーと、じゃあムートさん……?」

「呼び捨てで結構ですよ。年下ですし、正直な所、社会的な功績で言えば私はあなたの足元にも及ばない親の立場だけを借りた小僧です」

 

流石にへりくだりすぎたのか、シュタルクは困った顔をするが、何となくその姿は、我儘で泣きわめいていた自分をあやそうとする兄の姿を思い出して苦笑する。

 

「じゃあ……ムート……?」

「はい、その様にお願いします」

 

と、握手の手を出したムートに慌てて手を握るシュタルク。

こうして手を握ると本当に兄に似ている人だと感じる一方で、似ているがそれでも別人なのだと実感する。

何もかもが同一という訳ではなく、そしてその僅かな違いが確実にこの人はヴィルトではなくシュタルクなのだと感じさせた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「普通の居間で申し訳ないけど……」

 

立ち話という訳に行かず、通されたのはシュタルクたちの家の居間に当たる部屋。

なお、部下には申し訳ないが、別の場所で待ってもらおう……としたら陽気なドワーフたちに連れて行かれてしまった。

悪い人たちではないから大丈夫とのことだが……

 

「シュタルクさん、先ほどお伝えした通り私は個人的に来ているので貴賓扱い不要です」

「そう言って頂け……言ってくれると助かる」

 

シュタルクはちょっと敬語モードと普段口調モードの切り替えに苦戦している。

代わりにフリーレンが声をかけてきた。

 

「今回の訪問はオルデン卿の件で話があるってことだったけど」

「はい、そのことですが……ちなみに、フェルンさんはいらっしゃらないのですか」

「あー……、妻は、体調が優れず失礼かとは思ったけど、寝室で……」

 

ちょっと目が泳いでいる。まあ、そうなってしまうか。

フェルンが不在であることを了承して話を続ける。

 

「用向きは、他でもない父から送られている品々に関する話です」

「はい……」

「当たり前ですが、無意味に送ってるわけではなく父なりの確信を持っての事です」

「……」

 

正面を見るとシュタルクの顔には汗が滲んでいる。本当に嘘がつけない人なのだろう。

沈黙を破ったのは、小さくため息をついたフリーレンだった。

 

「シュタルク、ここまで来てくれたんだ、おそらく信頼も置けそうだし変にごまかすより素直に事情を話したほうが楽だ。

 フェルン、偽装を解くよ」

 

フリーレンの言葉と共に、なにもない空間から「はい」という返事と共に一人の女性が現れる。

なるほど、あの日シュタルクとダンスを踊った人物に相違ない。そして――ひと目見て彼女の状況を察する。

フェルンはそのままシュタルクの隣に移動して席に座る。フェルンが座るのを自然と補助するシュタルク様子を見るとこの二人が確かに夫婦となっているのだと感じさせる。

 

「ムート、今迄ごまかしていてすまない。一応事情を聞いてくれるか?」

 

フェルンからムートに向き直ったシュタルクはゆっくりと事情の説明をしてくれた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なるほど、事情は承知しました。それは致し方ない話だと理解します」

 

というムートの様子にシュタルクは胸をなでおろした。

 

「いちいち例外を作っていては際限がなくなるため、直近で必要となる人以外は秘密にするという方針もそのとおりでしょう。もっとも……」

 

思い出し笑いをした様に、ムートはわずかに笑う。

 

「父には通用しなかったようですが」

「うぐっ……」

 

己の不得にシュタルクがうめいていると、片隅のキッチンカウンターの席で愛用のティーカップをソーサーに置いたフリーレンが口を開いた。

 

「オルデン家の次期当主はしっかりしているね。シュタルクはムートからも学べることは多そうだ」

「フリーレン様、シュタルク様は目に見えて分かる程度に嘘が下手なぐらいが愛嬌があるので、あまりそういうのはちょっと……」

女性陣2人の言い様にシュタルクは表情を崩して抗議の声を上げる。

「2人とも酷くない!」

 

「もっと頑張るから許してよぉ……」とぼやいてメソつくシュタルクの頭をよしよしと撫でるフェルン、その姿を苦笑しながら見つめて紅茶を飲むフリーレン。

憎まれ口も、泣き言も、賑やかで温かな日常に溶けていく風景。

それを間近で見たムートが思い出すのはうっすらとした記憶の彼方、兄と母も生きていた日々。

 

――父に厳しく言われ、母に泣きつく兄とそれを眺めていた自分。

――少しだけバツの悪そうな父と、自分を抱いたまま、膝の上の兄の頭をなでてなだめる笑顔の母。

――今はもう、何処にもない。それたしかにあったはずの家族の情景。

 

「ふふっ、はははっ……」

「ムート……?」

 

シュタルクは突然笑い出したムートを不思議そうな顔で見つめる。

 

「いえ、失礼しました……。なるほど。父が貴方がたに拘る理由がわかった気がします」

「どういう意味?」

 

シュタルクには相変わらず納得がいってない様子だったが、それでも良いと思った。

 

もう何処にもなくなったと諦めたものが――

たとえ、形も魂も何もかもが違ったとしても、それでもかつて失い乞い続けた情景がまた違った形で生まれるのであれば……

それは、領地のため全てを擲って闘い続けた騎士たる父にとって、たしかに1つの救いであったのだろう。

 

「この件は私の胸に留めおくことを約束します。

 シュタルクさん、フェルンさん、それではもう一つの本題の話です」

「ああ」

 

ムートは姿勢を改めてシュタルクに向き直る。

 

「父を……、受け入れてやっては頂けませんか? なにも、養子になれという話ではありません。

 ただ、あまり苦手に思っていただきたくないのです」

 

その言葉に、シュタルクとフェルンは一度顔を見合わせてからムートに向き直る。

 

「どういう事だ?」

 

シュタルクの疑問の声にムートは説明を続ける。

 

「あのような人です。

 今までずっと冒険者をしていたお二人からすると、堅物で融通の効かない人物がまた妙なことをし始めた……様に見えるかもしれません」

 

実子のムートから見ても、実際そうなのだがそれはそれで置いておく。

 

「今回の件も、本当にお二人を心配されているのです。

 立場ゆえに軽々しく関わることはかないませんが、出来ることで協力したいという想いからです。

 戦士アイゼン様のいるシュタルク様にとって父は微妙な存在だと思います。しかし――」

 

ムートの熱弁を、シュタルクは手を差し出して制止する。

 

「わかってるよ。わかってるんだムート」

「シュタルクさん……」

「俺の態度が不信に思わせていたら本当にすまない。きっと俺が人の厚意に甘えるのが下手なせいだな……」

 

ムートの『そうなんですか?』という視線を感じたフェルンはちょっと苦笑いをして肯定する。

ちなみに、シュタルクがフェルンに甘えるようになったのはフェルンの日頃の涙ぐましい努力の成果なのだがムートはそれを知らない。

 

「オルデン卿には社交会のあと、一度養子にならないか誘われていて断ってるんだ」

「そうなのですか?」

 

これは聞かされていなかった。そうか、そういう事情がと思ったら、フェルンとフリーレンも目を丸くしていた。

 

「だからちゃんとするべきかなって。そうするのがオルデン卿への恩の返し方だろうと思ってさ」

「そうだったのですか……」

「もし、オルデン卿が思い悩んでいるんだったら、旅の中で関わった事や今こうして助けてくれていることにずっと感謝しているって、うまく言えなくて申し訳ないって伝えてくれるか?」

 

ムートは目を閉じながら、シュタルクの言葉を反芻する。

もしかすると自分の早とちりとか余計なお世話だったのかもしれない。

それでも、父にはもっと報いがあっていいのではと願ったのも事実だ。

 

「わかりました。伝えておきます」

「ああ、頼む」

 

ムートは拳を強く握りながら言葉を続ける。

 

「ただ……いつか、落ち着いてからで構いません。

 いつか生まれてくる子を父にも抱かせてあげてくれますか?

 そしてシュタルクさんの口から、想いは受け止められていると伝えて欲しいのです。

 これは私の勝手な我儘かもしれません。でも――」

 

無理を承知で、願い乞うその訴えにシュタルクは

 

「――わかったよムート、必ずそうすると約束しよう。

 いいよなフェルン?」

 

笑顔でそう答えてから、シュタルクは隣のフェルンを覗き込む。

 

「私は私の願いを叶えるためにシュタルク様のやりたいと思った事はなんだってすると、そう決めています」

 

と、フェルンは笑顔で応え、シュタルクの手を握る。

 

「つまり、そういう事だ、ムート」

 

正面に向き直った彼はそう言って笑う。

その笑顔は、かつての兄の面影を思わせながらも、それでも確かに英雄シュタルクという個人がこの地、この場にいるのだと実感させた。

 

「ありがとう……ございます……」

 

こうして、ムートはシュタルクとの約束を胸に、フォーリヒに帰るのだった。

 

■花が芽吹く頃にまた


 

クレ地方への訪問からフォーリヒの自領に戻り数日が経つ。

ムートは今オルデン卿と共に騎士団の訓練の場にでている。

無論、ムート自身も修行中の身故に訓練に参加するのではあるが、稽古試合ともなるとオルデン卿の後ろに随伴する形となる。

 

そんな折、試合の様子を見たままオルデン卿はムートに口を開いた。

 

「クレ地方まで足を伸ばしていたようだな」

「お気づきになられていましたか……」

「予定された休暇とはいえ、流石に数日家を空けるともなるとな」

 

少し間を開けてから更に続ける。

 

「元気そうにしていたか?」

「はい。お三人共、壮健なご様子でした」

「送ったものは迷惑になっていなかったか?」

「受け取っていただいていました。シュタルク様は説明と礼がうまく言えなくて申し訳ないとも」

「そうか……」

 

そう言ってからオルデン卿は再度試合をしている者達に激を飛ばす。

 

「それだけ……ですか?」

 

そういったムートにオルデン卿は振り返りながら答える。

 

「あとは、お前の顔を見ればだいたいわかる」

「私の……顔ですか?」

「……そうだな、あの場所は、お前から見てどう見えた?それだけ教えてくれ」

 

父の話の方向性がみえず、ありのままの感想を述べてみる

 

「温かい、場所だったと思います。あれが、あの人達のあり様を示しているのだと。

 聞き及んだ多くの苦難の果てに手にしたのであれば、幸せであってほしいと、そう願えました」

 

そう答えると、オルデン卿は「ならいい」とわずかに笑ってまた前を向いた。

 

正しく伝わったのかはわからない。結局子供の事に関しては現状秘密を継続することにしている。

それでも追求して来ないということは、父なりに納得できるところはあったのかもしれない。

 

「……ムート」

 

オルデン卿はこちらを向かずに小さくつぶやいた。

 

「ありがとう……そんなお前がいるから、私は今こうしていられる」

 

不器用そうに告げられた言葉は、他でもない自分に向けられた言葉だった。

 

「どうした?」

 

ほうけていると、何も反応がなかったことに疑問を感じたオルデン卿が聞いてきた。

そんな父の姿にムートは苦笑する。

 

「いえ、ただ……そうですね……」

 

父、オルデン卿は不器用な人だ。堅物で、無愛想で、いつも真面目で厳しい人に見えてしまう。

 

「今度は一緒にいきましょう、父上」

 

ただ、それは、そうあらねば守りたいものが守れなかったからだ。いつだって父は領民の暮らしも命も壊れないように奪われないようにと必死に守っている。

 

「冬が明けて、山地の雪が溶ける頃。花が芽吹く季節にまた」

 

しかし、そんな父は、結局のところ、立場も地位も何もかもを脱ぎ去ったときに残るのはきっと

 

「彼らの笑顔を見に行きたいと、そう思います」

 

子供たちの幸せを一心に願う、何処にでもいる父親の姿だと、ムートはそう想うのだ。

 

■余談


 

なんやかんやと、その日はご機嫌な様子だった父オルデン卿がムートに声をかけてきたのは夕食後のことだった。

 

「ところで、ムート。お前の婚約の話の進捗はどうなっている?」

 

あまりの唐突なフリに飲んできた紅茶を吹き出しむせた。

 

「ゲホっ……い、いえ、父上……その件はその、まだ何も……」

「なぜだ、見た限りそう悪い話ではあるまい」

 

いやいやいやいや、その人は兄であるヴィルトとってことで話進めていた人ですからね……

と、ムートとしても言いたい所だ。一応、先方にも状況は伝えてはいるものの事情が事情で双方保留中だ。

 

「なんだ、気に入らないか……」

「いや、気に入る気に入らないというか……」

 

ふむ、と顎に手を当てて考える姿勢を取ったオルデン卿が言葉を続ける。

 

「だれか別に気に入った相手がいるのか?

 お前が気に入った者がいるなら、市政の者でも、騎士団内の者でも、メイドの中からでも構わんぞ」

 

「「ッッ!!?」」

 

この発言には、周囲に控えてきた全員がザワついた。

次の瞬間一斉に視線がムートに注がれる。理由は推して知るべしだが、何にしても……

 

(勘弁してくれ……)

 

額を抑えながら、熟考の末……

 

「わ……かりました……、先方の相手と一度会ってきます」

 

この場とその後の身の安全を考えるとそれしかない。

 

「そうか、わかった。励めよ」

 

端的に答える父は無表情だがやはり満足そうにしていた。

一体何に励むんだ、と突っ込みたい気持ちを抑えつつムートは明日からの予定を考えるのだった。

 

~ fin ~

 




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