葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。10歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。9歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの一人娘。9歳。魔法協会屈指の両親を持つ少女。生真面目な性格だが、それ故に思い悩みやすい。誕生日が近いが我儘で困らせたくはないと欲しいぬいぐるみを父に言えずにいる。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。10歳。自由奔放な性格であり、身近に自分に合わせられる子が居ない特異性に退屈さと言う名の孤独を感じている少女。シュタアルの偏った能力に興味を持つ。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。8歳。姉のへリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋でちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。
魔法都市と巡り合わせの輪舞曲 前編 〜Spiral Waltz of Oisaast〜【幕間1】
■魔法都市の手紙
中央諸国 クレ地方
元は戦士の村があったこの場所には、魔法の結界で隠蔽された小さな隠れ里と街道沿いにはちょっとした交易街が存在する。
この場所はかつてフリーレンと共に旅をしたシュタルクとフェルンが統治する地であり、そして……
「……手紙……いや、招待状か?なんだろ?」
外ハネした青紫の髪と三白眼の瞳を持つ彼の名はシュタアル。フェルンとシュタルクの間に生まれた長男の青年。
彼は家族あてに手紙が届く領主館から戻ってきて自分宛ての物を確認した。
「魔法協会からだ……なんで俺に?」
その中にあった一通の手紙は魔法協会から届いた手紙。どうにも心当たりがなくて首を傾げる。
魔法協会はオイサーストに本部を置き、魔法使い達を統括する組織である。
彼の母のフェルンはそこに所属する最高位の魔法使いの一人であり、一応、シュタアルも名ばかりの魔法使いとして登録はしている。
協会出資の学舎に入るために必要だったのだ。
ちなみに、数年前妹と一緒に受けた5級試験はあえなく落ちた。
鼻歌交じりに歴代最高スコアを塗り替えていく妹を尻目に、様々な実技項目で規定値を下回った為だ。
『魔物を狩るとか……そういう結果だけ見てくれるやつならなぁ……』とぼやいても仕方ない。
そういう何でもありで条件を満たせば合格というのは1,2級の試験になる。受験資格すらない。
ちなみにそのあと妹のティアフォートは母と同じ年齢で3級試験に合格した。
母の出した最高成績をちょっと塗り替えて……
フリーレンは笑っていたが、母のフェルンがしばらく微妙な顔をしていたのは忘れられない。
とまあ、結局のところ、自分は魔法使いとしては野良もいいところなのでこんな手紙もらう理由がわからない。
「まあいいか……」と思いながら手紙をとりあえず居間のテーブルに置いたまま、今日の仕事の手伝いに向かう。
その後、これが母であるフェルンの目に止まり家族全体を巻き込む騒動になるとも知らず……
とにかく道具の製作やメンテナンス代金を稼がなければならない。身内とは言え延々と建て替え続けてもらっているので全く払い終わらない。
その後は、ルーエ姉さんのところにお見舞いだ。何かお土産に甘いものを買っていこう。
そんな最中、出かける前にふと思い出した。
「そう言えば、オイサーストって……結構前にもいろいろあったな……」
そう、これは今からほんの7年程前に遡り、10歳の頃の彼がとある少女たちに出会う物語だ。
■生誕の日と不器用な父娘
北側諸国 魔法都市オイサースト
人の賑わう商店街、子供向けの商品を扱うぬいぐるみ屋のディスプレイ。
そこには翼の生えた大きなくまを模した様なぬいぐるみ。傍目に何の動物だかわからない。
茶色い毛並みと蒼い頭の髪、無愛想なその表情。巨大なその体躯も相まっているためそのぬいぐるみはディスプレイから居なくなることがない。
時々、見るたびにポーズや位置が変わっているのは店主さんが手入れをしているということだろうか。
誰もが欲しがらないそのぬいぐるみを見つめるのはブロンドの髪の美しい小さな少女。
彼女は学舎の行き帰りでこのぬいぐるみを見るのが好きだった。
「はあ……」
何度も見て確認した値札。相応の大きさのぬいぐるみは10歳にも満たない少女が買える値段ではない。
救いはこのぬいぐるみがいつまでたっても売り切れないことだろうか?
不意に……覚えのある……世界で一番安心する華のような香りがした。
「お母さん!」
「どうしたの?」
「学舎からの帰りです。今から家に帰ります」
オイサーストの魔法使いの中でも特に目立つ美しいブロンドの髪がたなびく長身の魔法使い。
一級魔法使いメトーデ。彼女はすっと少女の隣にやってきて頭を撫でる。
「いつもこのぬいぐるみを見てますね。気に入ったのかしら?」
できるだけ、魔力検知を駆使して周りに人がいないかは気を付けていたつもりだったのに母には当たり前の様に気づかれていた。
優しい母にねだればもしかしたら……あるいは……とは思うのだが、少女はそういうことを要求するのが苦手だ。
「いえ……」
―― 父と母は立派な魔法使いだ。一級魔法使いでありとても大切な仕事をしている。子どものような我儘で困らせてはいけない。
「そう……」
言葉もなく隣に立つ母メトーデは「そう言えば」と何かを思い出したように言った。
「もうすぐ、あなたのお誕生日ですね」
「はい」
「欲しいものはありますか?お父さんが何をあげれば良いだろうと思案していましたよ」
「…… 新しい魔導書が……ほしいです。前にいただいたものはだいたい読み終わったので」
その言葉を聞いたメトーデはきょとんとした顔で娘を見つめてきた。
少し困り顔で、微笑みながらため息をついたメトーデは「あなたは偉いのね」と少女の頭を撫でた。
「でも、もう少し素直になってくれないとお父さんが可哀想だわ」
「……どういう意味ですか」
「お父さんは、いつもあなたのことを見て悩んでいるわ。お誕生日が近いのだもの。
だからあなたの言葉で伝えてあげて」
「……」
彼女の父ゲナウは厳格な魔法使いだ。母メトーデとともに北部高原に湧き出る魔物や魔族を撃退する役割を持っている。
そして少女の優秀な成績を収めた時に喜んでくれる人。父に喜んでもらうならいい子で、利口でいなくては。
「さて」と言いながらメトーデはパンと手を叩く。
「お夕飯の材料を買って帰ります。何が食べたいかお話しながら一緒に行きませんか?」
そう言いながら手を差し伸べてくる母メトーデ。
「はい、お母さん」
少女はその手を握って隣を歩き始めた。
「じゃあ、行きましょうエイル」
誉れ高きオイサーストの一級魔法使いの両親の間に生まれたブロンドの髪の可憐な少女、エイルはゆっくりと母の後について行くのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
その夜。娘は寝入ってしまった時間帯。
メトーデの話を聞いたゲナウは頭を抱えていた。
「どうしてそうなる……」
「さぁ……、どうしてでしょうね。推察するに帰宅してすぐに娘を抱き上げて頬ずりするような事ができるならきっと、素直に話してくれると思いますよ」
「……」
そう言われたゲナウは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そんなことをしたいか……? したいに決まっている。かわいい愛娘だ。甘やかしたい気持ちに何も嘘偽りもない。
だが、そういうことをするのはどうも苦手なのも自分だ。優し気な笑顔を作るのが苦手だ。子供に向かって優し気に話しかけるのも上手くやれない。
結局お硬い父親像というものが先行してしまっている。
そんな自分の期待に応じようと娘は懸命に頑張っている。一生懸命に褒めてやりたいがそうするほどにお互い頑なになってしまう。
「……。今度一級魔法使いの招集がかかります。フェルンさんにも声がかかるでしょうし、そうなるとシュタルクさんやお子さんも来られるでしょうから……
上手くやるコツを彼に聞いてみてはどうですか?」
そう言ってメトーデは苦笑する。
そう、魔法協会のトップであり、魔法の師でもあるゼーリエは一級魔法使いの一部の招集を命じた。
自分含め、既婚者と子連れの増えたその場は家族連れで来て良いことになっている。
通達のある謁見の場が子連れでOKという訳ではないが、ゼーリエが次代の魔法使いを見てみたいというのもあるらしい。子供達に会ってみたいと言っている。
今回来るのはシュタルクとフェルン、ユーベルとラント、そして自分達だ。
「一考の余地はあるのかもな」
ゲナウは溜息をつきながら言葉を漏らした
■強かな少女は変化を求める
帝国領 帝都近郊の小さな町
「退屈ね、ヴィダル」
「姉さんは最近そればっかりだね」
「しょうがないじゃない。私たちの学舎はここから遠いし、何もすることがないんだもの」
姉弟と思われる二人は小さな町の広場に座り込んでいる。
両親の仕事が流動的なので移動が多い。ここ最近は父の住んでいた町に長期間滞在している。
現在は帝国内にある隣町の学舎に週に3日ほど通っている。そこに行けばある程度の教養と魔法が学べるからだ。
帝都内の施設が使えればそれが良いのだろうがそれはなかなか立場上難しい。
故に少し大きめの街の学舎に通うことになった。
幼い頃から教育が受けられるというのがそこそこ特殊ではあるのだが。
そんな中、少女は思う。「皆つまらない」と。型に嵌った普通の生活、普通の魔法。
勉強が嫌いなわけでは無い。知識は力となる。だがやはり、楽しむことが大事。
時々母親につけてもらう実戦訓練のほうがスリリングで好きなぐらいだ。
✧ ✧ ✧ ✧
退屈を訴える姉は少年から見ては……愛すべき姉ではあるのだが、とにかく難物だ。
まず、感覚で魔法を使う。深層意識に深く突き刺さる概念ほど精度が上がる。
そして何より母と同じく好戦的……?だ。 とにかく実地で試さないと気がすまないタイプ。
知識と理論を重んじる父と自分とはタイプが違う。
とにかく分かるのは……姉についてこれる相手があまりいないということ。
そうなると自分も割りを食って振り回されるので……可能であれば姉の相手ができる無駄に体が丈夫で、凶悪……もとい、お茶目ないたずらも全力で受けてくれる変人……いや、心根の優しい人物が現れてほしいものだ。
「今の父さんは母さんと姉さんでホント大変だろうな」
「パパが?なんで?」
「ヘリヤ姉さん……そういうところだよ」
ヘリヤと呼ばれた少女は弟のヴィダルの言葉に「だと思った」と言いながら、目を細めて笑った。
✧ ✧ ✧ ✧
「ユーベル」
「どうしたの、あ・な・た?」
協会からの招集の書状を片手に妻の名を呼びかけたのは一級魔法使いのラント。
そして、その様子を見て愉快げに笑うのはなんやかんやで彼の傍らに居座り続けていつの間にか夫婦の間柄となってしまった同じく一級魔法使いのユーベル。
「……」
子供達が出かけて暇だったのか、唐突に思いついた新婚ごっこなるものを始めた妻を無視してラントは説明を続ける。
「魔法協会から連絡だ。至急通達事項があるから集まれって。手紙のやり取りではなく直接伝える話ってことだ」
「無視しないでよ」
ユーベルは隙のない動作でラントの背後に移動して、背中から腕を回しながらしがみついてラントの頬をつつく。
「しばらく滞在してもいいらしい。協会側で滞在用の住居も準備してくれるようだ。ご丁寧なことだな」
「あんまり、私のこと無視すると色んな事しちゃうかも」
ラントは頬にキスをしようとしてきたユーベルの顔を右手で押し返す。
「さっきから会話成り立ってる?」
「聞いてるよ、オイサーストに行くんでしょ?準備しなくちゃ」
「そう言いながら、上着脱がそうとするのやめてくれる?」
「いけず」
ラントとユーベルは現在帝国の動向の監視も兼ねてかつてラントの住んでいた村に腰を落ち着けている。
ここには祖母達の墓もあり、長期で滞在するならとラントが希望したというのもある。
監視対象にもしている帝国の影響もあり、大陸北側にしてはさほど脅威と言える魔物がウロウロすることもなく至って平和でのどかな町だ。
強いて言うなら妻や娘が一番危険だ。
ラントにとってこの町は快適であり、ユーベルはラントの隣から離れる気がないので二人はいいのだが……
子供達にとっては退屈な日々だというのは流石にわかる。
特に姉のヘリヤは歳の近い対等な相手の不在に不満を募らせている。
「ヘリヤにとっても、いい刺激になると良いんだけどな」
「そんなこと言って、あの娘が急にいい人見つけてきたら一番焦るのはあなたじゃない?」
「まだ10歳にならない娘に何言ってんだ君は」
「そう?存外わからないものよ」
そういう話をしているわけじゃないところに妙な話をぶっこんできた妻にへきえきしながらラントはため息をついた。
「根拠は?」
「さぁ……女の勘?」
「そういう、理論も論拠もない話、昔から嫌いだって言ったでしょ」
手紙から視線を外さずにそうぼやく夫の姿を見てユーベルは
「ずっとそういう事言いながら私をお嫁さんにしてくれた所が大好きだから、リアクション期待してるね」
と言って笑った
■中央諸国の彼の地より
中央諸国クレ地方
「なんで俺なの?どう考えても適任じゃなくない?」
小さな不満を漏らしたのは青紫の外ハネした髪と三白眼の少年。
協会からの一級魔法使い招集令で呼ばれた母から突然ついてくるようにと言われてのコメントがこれだ。
「病み上がりの妹にそんな遠出をさせるの、シュタアル?」
そして、そんな少年の疑問の声に答えたのは彼の母親であるフェルン。
少年の名は祖父アイゼンから名をもらった「
シュタルクとフェルンの間に生まれた第1子であり、魔法の天才として生まれた妹と
ちょっとした異能を持って生まれたもう一人の妹のお兄ちゃんとして日々頑張っている少年である。
「いや、そこは判ってるけど……じゃあ俺もお留守番で良くない?」
「ゼーリエ様のご希望です。一度顔を見せに来いと」
「俺の? なんで?」
全く心当たりがないシュタアルは首を傾げる。
「ゼーリエはああ見えてシュタアルが生まれる前からずっと気にかけてたからね」
シュタアルの疑問に返したのはフェルンの師である伝説の魔法使いのエルフのフリーレン。
魔法の才能で言えば我が家では妹が圧倒的だ。シュタアルでは逆立ちしても勝てない。
母と同じく膨大な魔力量と出力、幼い頃から魔法と慣れ親しんだ制御能力。
子供の身でありながら、既に大人顔負けの魔力を持っている。来年から母から本格的に教わる事になっているが……
既にフリーレンから、基礎的なことや生存力を高めるための魔法を教わっている。
それに比べて自分は……魔力出力が低すぎて発動しない魔法が多いし大抵のものは威力が足りない。
父譲りの身体能力の高さはあったので……そこは現在も努力している最中だ。
結局魔法は使えるが、魔法使いとは到底言えない妙な存在となってしまった。
要するにゼーリエが自分を気に掛ける理由が全くわからない。
「まあ、ティアフォートとエリシアの面倒と領地の管理は私とライニでなんとかするから安心して行っておいで」
「ということです」
という、母のフェルンとフリーレンを前に「うーん」という表情をしているとシュタアルの肩を叩いた存在。父のシュタルクが声をかけてきた。
「お前はまだ良いさ……一応魔法使えるんだから……
俺とか、なんでその場に呼ばれるのか全然わからないんだから」
「父さんも行くの?」
「一応ね……体裁としてはエアフォルクとルーエの件とかの報告でね」
エアフォルクとルーエはそれぞれ現在シュタルクとフェルンの教え子の兄妹だ。
ゼーリエから依頼された任務の末にシュタルクとフェルンが保護してその庇護下に置いた。
任務の内容はシュタアルも詳しい話を知らない。触れて欲しくなさそうにも見える。
わかるのは……その時に父と母が見せた表情が今のシュタアルを突き動かす原動力ともなっていることだ。
あんな顔を二度としてほしくはない。そう思って頑張っている。
―― とは思っているのだけど……
「シュタルク様は私の指名です。私の権限で夫兼専属前衛として同行が認められないなら行きませんと伝えています」
「だってさ……つらい……」
ションボリしたシュタルクの頭をフェルンが抱き寄せて「よしよし」と頭を撫で始めた。
「父さん、時にはもう少し母さんに抗う勇気を持って……
母さんは常に正しい事を言っているとは限らない」
満足気に父を撫でる母を見てそんなことを考えていると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「兄様!! 行ってはなりません……ゲホッ、ゴホッ」
「ティア姉さま、駄目ですぅ……」
乱入してきたのは妹二人。先日まで風邪で寝込んでいた妹のティアフォートと幼いながらもまだちょっと病み上がりでつらそうな姉の面倒を見たり、寒くないように添い寝をしていたエリシア。
「いや、しんどいなら寝てろよ」
「駄目です。兄様、行ってはなりません。なにかこう……感じるのです。
良くないことが起きると……兄様が遠方の地で立てなくてもいい人生のフラグをガッツリと立ててくる予感めいた確信の様なアレがっ!」
「ごめん、俺にはお前の言っている言葉の意味がわからない」
母は何やら父をよしよしするのに夢中な様子で口を挟むつもりはなさそうだ。
まあ、こんだけ元気なら逆に安心する……のだろうか?
「だいたい!体調の悪い妹をおいて遠方に出ようという兄の風上にも置けない行為!
許せるわけがありません」
「その風上におけるかどうかのジャッジって妹がするもんなの?
いや、風邪を引いた理由もお前が川遊びしようって言い始めたからじゃん。あと一緒に遊んだエリシア元気だし」
「新しい、可愛い下着が手に入ったので、見てもらうにはそれが一番早いかと!」
「お前は本当に何を口走っているの?」
そんな妹の剣幕に押されていると……突然ティアフォートの意識がシャットダウンしてカクリと気を失ったかのような状態となった。
そのまま倒れ込んでこなかったのは後ろで支える誰かの腕があったからだ。
「失礼しました。寝室から抜け出したと思ったら、こんなところに乗り込んでいたのですね」
という言葉と共にティアフォートを抱きかかえたのは、昔から家の家事手伝いをしてくれているライニさん。
メイドが必要な屋敷に住んでいるわけではないのだが、常々忙しくしているシュタルクとフェルンに代わりに家事を手伝ってくれている。
また、シュタアルの戦闘基礎訓練の先生でもある。オルデン家の屋敷にいた頃は……凄かったらしい。
なんか今すごく不自然な形で意識を失ったが大丈夫だろうか?
「ライニさん呼んできましたぁ」と、彼女の後からひょっこり出てきたのはエリシア。
どうやら、ティアフォートが暴走している最中に呼んできたらしい。
そのままライニに抱えられる形でティアフォートは寝室へと帰って行った。
「さて、シュタアル。行くのかい?、行かないのかい?」
フリーレンにそう言われたシュタアルは再度「うーん」と唸る。
「シュタアル、あなたの目指す先にあるものに向き合うなら……多くのものを見ておく必要はあると思いますよ」
「まあ、場違いだと感じるなら俺も一緒にいてやるから、なっ!」
と言うのはいつの間にか父を膝枕している母フェルンと、膝枕されながら笑顔で声をかけてくる父シュタルク。
せめて普通の姿勢で言ってほしいと思いながらも……
「わかったよ。行くよ」
少年はやれやれと頭をかきながら答えた。
■交錯する地、オイサーストへ
北側諸国 魔法都市オイサースト
「転移ゲートの起動……ですか」
「そう、お母さんはクレ地方の、お父さんは帝国領近くのゲートに繋がるゲートの起動をしに行くの。
エイルはどうする?」
「………」
転移ゲートは一級魔法使いがゼーリエ承認の下で起動する。
つまり今回遠方から来る人のホストを両親がやるということだ。
「お留守番してても良いのだけど、せっかくだし見学するのも良いと思うわ。
クレ地方のゲートからはフェルンさんたちが、帝国領側からはユーベルさんとラントさんが来ます」
どうしようか。
ここでお留守番をするのが良いこととは思えない。
しかし、父とユーベル、ラントの揃う空間に母のメトーデ無しというのは些か敷居が高い。
それに、フェルン一級魔法使いの姿は何度かオイサースト内でも見たことはある。
物静かで綺麗な女性だ。
「お母さんと一緒にクレ地方側のゲートに行きます」
「わかりました。じゃあ準備して待ってて」
そう言われてエイルは着替えてきますと自室へ向かった。
「残念でしたね」
その様子をそわそわして……は傍目には見えないが、長年の相方として何となくわかってしまう。
後ろで見ていたゲナウは娘が部屋を出てから露骨に肩を落としていた。
「何がだ……」
ゲナウの様子にメトーデは苦笑しながら答える。
「お父さんの格好いいところ見せそびれたことです」
「………」
顔には「ほっとけ」と書いてあるが口にしないのはゲナウらしい。
「あの子の性格からすると、フェルンさん側を選ぶとは思いましたけど……私達の分担はこれでよかったのですか?」
「ああ、構わない」
今更交代して欲しいとも言えないのだろう。
その点に関してはメトーデも深く問い詰めない事にした。
「仕事は仕事だ、ゼーリエ様からの指示に逆らう必要もない」
「わかりました」
要するに、私情を挟むのはポリシーに反するということだ。
ゲナウらしいとメトーデは頷いた。
「それに、ゼーリエ様からの話は楽観視出来る事ではない。少なくとも私が浮足立っているのは……良くはないだろう」
「ふふ、そうですね」
ゲナウは帝国近郊の関所とつながるゲートのある部屋に向かって行った。
相変わらず、真面目な夫の姿勢にメトーデは微笑む。
そういう人間がいないと事態はうまく回らないだろうという彼の気遣いだ。
しかし……
「もう少し、肩の力を抜いて、向き合ってもいいと思いますよ」
✧ ✧ ✧ ✧
帝国領 国境関所の街道
「ねえ、ママ」
「なにー?」
「歩いて行くの?」
そんな娘の素朴な疑問に人差し指を口元に指して悩むポーズをするユーベルはニヤリとして娘の方を向いた。
「ねえ、ヘリヤ。関所の向こうにある山道、最近兵士崩れの山賊が幅を効かせ始めたんだって。知ってる?」
「そうなんだ。それはすごく楽しみだね」
そんな、会話を後ろでなんとも言えない顔で聞いていた少年とその父親であるラント。
「父さん、止めて。下手すると本当に行く」
「……」
息子の忠告は、あながち間違いでも無い。
ユーベルも流石に子供の目の前でレイルザイデンで人をぶった斬る事はしないが……厄介事には首を突っ込みたがる難儀な性格は直らない。
とはいえ、何やかんやと過保護な彼女は娘や息子に何かあった場合に何をするか判らない。
そして、娘のヘリヤはユーベルが良しとするなら嬉々としてその場に向かう子だ。
「阿呆なこと言ってないで、協会指定のポイントから転移するよ」
「「えー」」
「凶悪なわがまま言わないの」
娘と……何故かユーベルまでつまらなさそうな顔をする。
お前はこの後の段取り知ってるだろうと睨むと目を逸らした。
「ねえパパ」
やけに隙のない動作で隣までやって来た娘が腕に手を回して引っ張ってくる。
「オイサーストってさ、帝国の中央に負けないぐらい強い魔法使い居るのよね」
満面の笑みと言うより、不敵な笑いでそう聞いてくるヘリヤにラントは眼鏡の位置を直しながら「ああ」と答える。
娘が突然、魔法をぶっ放さないか心配だ……
「楽しみ」
そう一言を言うとまた母の元へと向かっていった。
退屈な日々を送らせてしまっているのは重々承知だが……
しかし、こうも反応されると父親として悲しいものがある。
とまあ、それはさておき。
「ヴィダル」
「何?」
「お父さんが、あの子のこと見てやれないときは見てて貰ってもいい?」
何の気なしにそう聞いてみると
「僕は一応弟って立場なんで、姉さんの世話をするのおかしくない?」
「なれたもんでしょ」
「まあ、そうだけど……」
はしゃぐ姉の姿を見た弟のヴィダルは
「考えておくよ」
とだけ小さく答えた。
✧ ✧ ✧ ✧
中央諸国 クレ地方 魔法協会設立の初等部学舎前
荷物を持ったまま学舎前に来た理由もいまいちわからないが、一抹の不安を覚えたシュタアルは、母に問いかける。
「オイサーストってめっちゃ遠いよね。山も超えるし……馬車とか用意している気配もないけど……徒歩で行くの?」
「そうですね、ですがシュタアルとお父さんは全力で駆け抜けたらすぐに着くでしょう」
視線も合わさず事も無げにいうのは母のフェルン。
「「え?」」
シュタアルと似たような表情で聞き返したのは父シュタルク。
フェルンがあまりにも真顔で言うのでどこまで冗談かわからないのだ。
真面目にそんなことを言い出す妻に震える手をかざしながらシュタルクはフェルンに確認する。
「あの、フェルンさん……あり得ない距離を走ることになるんだけど……本気で言ってます?」
「はい、冗談ですよ。今のは笑う所です」
「せめて楽しそうに言って……」
胸をなでおろしながらもしょんぼりとした表情を返した父にシュタアルは耳打ちする。
(こういう時の母さんの笑いのツボわかんないよ、父さん……)
(ふふっ、判らないだろう……)
長年連れ添った父であれば判るのかと思ったがシュタルクから帰ってきた回答は
(……俺も判んない)
(判んないのかよッ!)
と脱力しそうな所をすんでで耐えつつ小声で話していると
フェルンは振り返らず「聞こえてますよ」と返してきた。
そんな雑談を交わしつつも、フェルンが開けたのは魔法協会出資で立ち上げた学舎の中の施錠された部屋。
「ここって、何のための部屋なの?いつも鍵しまってるし。魔法でも構造の透過できないって」
自分はそんな魔法使えないけどと付け加えたシュタアルがフェルンに質問する。
「転送の魔法を知っていますか?」
「あー、今研究中っていう魔法の……」
シュタアルの反応に「そうです」と答えたフェルンはそのまま説明を続ける。
「実際の基礎理論はフリーレン様が考えて、ゼーリエ様の指示で一般でも利用可能な形に洗練している最中です。
今は関係者内で試験的に利用している段階ですね」
フェルンが部屋の奥にある装置のカバーを魔法で退かすと現れたのは大きな魔法陣の描かれた装置。
「ここと、オイサーストの協会をつなぐ専用のものを魔法陣として置いています」
「え?……これ使うだけで一瞬でオイサーストに到着するの?」
「起きる現象だけで言えばその通りですが、非常に高度な魔法であるため転送元と先で相応の魔力を消費します」
中央諸国の真ん中あたりに位置する今の位置からオイサーストは一気に行けるのなら本当に革命的な魔法だ
当然相応の魔力が必要だろうと話を聞いただけでも予想はできるが……
「それってどのくらい?」
「ゼーリエ様が魔力供給した上で相互に一級魔法使いクラスの人間が制御しないと使えません」
「……」
それはもうほぼ使い物にならない。利用コストが高すぎる。
「とまあ、そう言った理由で自由に使うことができません。
今回はゼーリエ様にお願いし、クレ地方のこの学舎とオイサーストの協会を繋いでもらいました」
「なるほど……」
何にしても、訳わからない距離を走らされるのは御免こうむるのでありがたい。
「……父さんは何も言わないんだね」
とさっきから黙っているシュタルクに問いかけると
「そりゃ、一応知ってからな」と事も無さげにシュタルクは返す。
自分だけ知らなかったのかと言う気持ちになり、憮然とした表情をしていると頭の上に2つの手が乗って何も言わず撫でてきた。
「子供扱いしないでよ……」
「シュタアルは幾つになっても私達の子供ですもの」
微笑むフェルンにシュタアルは「そういうこと言ってるんじゃ無いよ」とその手を掴んでなでなでから抜け出そうとする。
「もうわかったから、早く行こう」
このままなでなでの攻防を続けていたところで最終的に母親からハグされて完封されるだけである。
シュタアルの身体能力がどうあれ相手は大陸有数の魔法使いであり、10歳になりたての少年が勝てるわけもない。
ヒョイっと母の手を回避したシュタアルは光り始めた魔法陣の中に飛び込んだ。
■遭遇は光の先の柔らかな感触
魔法陣に飛び込んだシュタアルの視界は一瞬ホワイトアウトした。
おそらくこれが転移中ということなのだろう。
しかし、あまりに不用意に飛び込みすぎた。
一瞬浮遊したような感覚を覚えたと思ったらすぐに通常の空間に出た感じがして、ガクッと体重がかかりバランスを崩す。
出る時もはいったときと同じ姿勢のままなのだ。
「うわっ」
入り込んだ時の勢いを残したまま放り出されるように魔法陣の外に飛び出た。
転移前の部屋が比較的暗い空間だったが、転移先の部屋が妙に明るい部屋だった。
一瞬その視界に映ったのはブロンド色をした艶やかな髪の――
「ああ、ごめっ!!」
「きゃっ?!」
ーー可憐な少女
っと思った瞬間額に鈍い痛みが響いた。
おそらく額でぶつかってしまった
「いつつつ……」
額に手を当て状況を把握しようとした瞬間、後ろから声が掛かった。
「あらあら、急に飛び出たら転送準備してる所にぶつかりますよ」
「す、すいません」
謝罪をしつつ、立ち上がるために地面に手を着こうとした瞬間
ーーふにっ
と、なにかふんわりとした柔らかな感触……そう、まるで女の子の柔肌を滑らかな布越しに掴んでいるかのような……
ーー『シュタアル、君は男の子だから女の子には優しくしないと』
ーー『たとえ騎士の身分でなくとも、いついかなる時も誉れある戦士の血族に相応しき紳士として振る舞いくださいませシュタアル様。その精神はきっと貴方を良い方向へと導きます』
ーー『シュタアル様、口にした言葉は意味を為します。私であれば構いませんが、安易に口にしていけない言葉もあるのです。はい私であれば構いませんが』
その一瞬、身内の女性陣になんか色々言われてるよなぁと何故か思い出した。
何だったっけ……そう、総じて言えば「女の子に優しくしろ」ってことだ。
で、何かがまずい。とても良くない気がする。背中に冷ややかな汗が流れた気がした。
とにかく、視界がチカチカしてあやふやな中、何かまずいものを触ってしまった!と慌ててシュタアルは手を離した。
「あ……あ……あ……!
ッッ〜〜!!」
正面から声にもならない声が聞こえつつも、
ようやく光に慣れて周りの様子が見えてきた瞬間
ーースパァン
という軽快な音と共に頬を引っ叩かれる感覚が走った。
「ふべっ」
予想外な衝撃と共にシュタアルはそのまま横倒しになってしまう。
結構痛い……
そのまま、その場から立ち去る様な足音と共にシュタアルに見えたのは羽の様に純白色のローブと輝くブロンドの髪の揺れる後ろ姿。あと一瞬なぜか視界に写ったクマか猫っぽいマークのなにか。
「大丈夫ですか?」
呆気に取られている中、隣から声のかかる方を見たら……
先程視界に映った少女と同じ髪色をした大人の女性。
「うわっ!?
ご、ごご、ごめんなさい!!」
シュタアルの慌てふためく様子を見て、ちょっと驚いた表情を見せてからその女性は口元に手を当ててくすくすと笑い出した。
「こんにちは、あなたがシュタアルくんですね」
「あ、はい……」
母やその教え子のルーエ、フリーレン等々が頭によぎるが身内にはいないタイプのめちゃくちゃ美人の女性。呆気にとられていると
「お久しぶりです。メトーデ様」
聞き慣れた母の声が背後から響いた。
「ええ、お久しぶりです。フェルンさん」
メトーデと呼ばれたブロンドの髪の女性は母に向かって華やぐように笑う。
(メトーデ様……メトーデ様……? どこかで聞いた事ある様な……?)
ふと、昔の母との会話が頭をよぎる。
――『母さんは大陸で最強の魔法使いってフリーレンが言ってたよ』
――『そのフリーレン様が私よりずっとお強い魔法使いです。謙遜なさっているのです。それに、お母さんがまだ勝てるイメージのわかない魔法使いは何人もいます』
――『そんなすごい人いるんだ!どんな人?』
思い出した……そうだ……一級魔法使いのメトーデ様……母が名前を上げた複数名の怪物たちの中で、ゼーリエ様とフリーレンの次に名前が出てきた人……
(あの母さんが勝てる気がしないという、正真正銘の強い魔法使い……)
「??」
優しげな笑顔で小首をかしげている女性がそうだという。
「たんこぶ痛みますか? 治しておきましょうか」
「い、いえ、大丈夫です!!」
不意に伸びてきた手から逃げようと後ずさる……が
「あら、ごめんなさい、もう直しちゃいました」
頬に手を当てて苦笑いしているころにはもう治療が終わっていたらしい。
早い……
「それにしても、あの子があんなに感情を表にするなんて珍しいですね」
あの子とはどの子、と言うまでもないだろう……とは言え……
「あの……さっきの娘って……」
という質問を言い切る前に
「シュタアル……」
背後から冷たい声が掛かる。
幼い頃から聞き慣れた怒気のこもった声。
「はい……」
「何をしたか……理解していますね?」
「多分……」
「どうするべきかは判っていますか」
「はい、後で誠心誠意謝ってまいります……」
「ただ無意味にごめんなさいというだけでは駄目ですよ」
という母の言葉に「ねえ、なんで俺の方見て言うの?」というのは父のシュタルク。
「口にした言葉は魔法でなくとも意味と力を成します。あなたは一言一句それを大切にしなさい」
「はい……」
言いたい事が細かくはわからないが……父シュタルクの「ゴメン」の効果は言うたびに薄くなってるというのは子供心にもなんとなくわかった気がした。
✧ ✧ ✧ ✧
そんなフェルン達の一家の様子を見ていたメトーデは「ふふっ」と笑った。
「どうかしましたか、メトーデ様」
「いえ、堂に入った教育の様子に感銘を受けておりました。
男の子が一人いるだけでこんなにも賑やかなのですね……私ももう少し頑張ろうかしら?」
何に頑張るのかについては流石に子供のシュタアルの前で聞くのもアレなのでとりあえずコメントは控えたフェルン。
「賑やか……ではあるかもしれませんね」
「母さん?」
「いえ、シュタアルはお兄ちゃんとして頑張ってくれていると思いますよ」
「ねえ、目を見て言って。妹たちの面倒に関しては俺頑張ってるよね?」
さて、と話を切り上げるようにパンとメトーデが手を叩いた。
「ユーベルさん達は帝国領からゲートポイントまで移動があるため、少し時間がかかります。
係員の者が宿泊施設へと案内しますので、一度部屋に向かってください。
ゼーリエ様の謁見と一級魔法使いの会議は明日になります」
そしてその場は解散になった。
……と思ったのだが
「……あの子にはちゃんと私からフォローしておきますね。シュタアル君。仲良くしてあげてくださいね」
「はい、……お……ねがいします」
この人、なぜだろう……なんか怖い。
と、父を見たら口笛でも吹きたそうな表情で明後日の方向を向いた。あんたも怖いんかい。
■その夜はそれぞれに思う
その夜。メトーデはエイルの部屋を訪れた。
食後にミルクティーを持ってきたという理由でパジャマ姿で入る。
メトーデからするとエイルが感情的に怒っていたのがたまらなく珍しかったのだ。
「エイル……どうしたの?あなたがこんなに過剰に怒るなんて」
「……」
答えてくれないのでとりあえず楔を打ってみる。
「あの子に胸を触られたからかしら?」
「――ッッ!!」
その言葉を聞いたエイルはぷっくりと膨れてぷいっと明後日の方向を向いてしまった。
これは大変珍しい。この子はへそを曲げるなんてことは滅多にない。
「違います!!」
「そう、じゃあ、頭突きの反撃ということでいいのかしら?
だったら頬を叩いた分でお相子だから明日仲直りなさい。すごく落ち込んでいて可哀想だったわ」
エイルとしてもそう詰められると渋々「はい……」と答えざるを得ない。
もちろん、叩いた理由は言わずもがなという感じである。
とは言え、翌日笑顔で話せるかと言われるとそんな訳ない。
しかし母の理詰めに白旗を上げざるを得なくなったエイルは、まずは打開策を聞いてみることにした。
「どうすれば……叩いたこと、謝れると思いますか?」
「歩み寄ってみなさい……相手の身になって考えてみたら少し分かると思うわ」
「はい……」
出来るかどうかはわからないが、エイルは実践してみるつもりだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「ふかふかー」
「姉さん……はしたない。パンツ見えるよ」
協会から案内された宿泊施設に通されたラントとユーベルは、部屋に荷物を置くとそそくさと何処かへ出かけた。
『でえと、かな~? オイサーストは美味しい酒場いっぱいあるから』
と母は言っていたが、おそらく違うだろう。
「どうかした?」
という父が聞いてきた。分身体……もしくは本体……どちらだろう?
移動の多い一家なのであまり気には止めないが、新しい場所についたら基本的に父と母が夜ふらっと消えて、分身体か本体の父だけが残る。
いつも一家のフォーメーション。
「父さん、街の様子はどう?」
「概ね、問題はないね。ユーベルがなんか変な感じがするって言って聞かないから、もう少し調べるけど」
「そうなんだ」
拠点を構えたら危険要素がないかを必ず調べる。
オイサーストは魔法協会のお膝元にある街。なのに、危険性を感じるのは慎重すぎだと思うが……案外馬鹿にならないのは母の勘だ。
「母さんは何を察知したんだか……
姉さんどう思う?」
「んー? ホテル来るまでに、ちょっと妙な感じはしたから……それかも~」
「……なんで黙ってたのさ」
呆れた表情でヴィダルはヘリヤを見ると彼女は
「そのほうが面白そうじゃない」
と笑っていた。
「「……」」
そんな姉の直感に父のラントはコメントをしなかった。裏で母に感想を聞いたのだろう。
その回答は推して知るべし、だ。
✧ ✧ ✧ ✧
「お母様……聞いて下さい」
正座で座るシュタアルの正面には椅子に座る母のフェルン。
とりあえず、目は笑ってない。が、声の気配などから怒り度合いは10点中の4点ぐらいだろうとシュタアルは推察する。
まだ挽回は可能だ。
「聞きましょう」
「……結論から言えば、見つけられませんでした」
「つまり謝罪は出来てないと」
あ、1点上がった……
「はい……。いや、一生懸命探したんですけど、協会内で迷子になったら良くないと思いまして」
「………」
「集合時間になったので戻ってまいりました。メトーデ様には失礼をしてしまったことを謝罪しています」
「……」
流石にいたたまれなくなったのかシュタルクが口を挟んできた。
「フェルン、流石にもういいだろ?
せっかく遠出したんだし、ずっと怒ってたらシュタアルも可哀想だ。
事故だった部分もあるし、当人は反省してるみたいだから、謝るのは明日でもいい」
そう言うとフェルンははあ、とため息をついた。
やった!開放される!と思って顔を上げたらキッと睨まれたのでもう一度反省ポーズに戻る。
「シュタアル。女の子というのはあなたの想像の3倍は繊細なのです。
学舎でも、いるでしょう?」
「うん……」
なんか、いつもティアフォートが割って入るからあんまり話したことないけど……
「触れるな、会話をするなと言いません。でも相手の気持ちをよく考えなさい」
「ねえ、いつもこういう話のときに俺をチラ見するのやめてください……」というのは父のシュタルク。
「はい……明日きっちり謝ってきます」
体の何処かに触れたみたいでごめんなさいって言えばいいのだろうか……?
父を見たらブンブンと頭をふる。微妙に役に立たない。
ならば出たとこ勝負だ……英雄シュタルクの家庭内奥義、地に頭を付けて謝罪をそろそろ受け継ぐべきかもしれない。
「さて、明日は午前中からやることも多いですし寝ましょう」
という言葉とともに母のフェルンは腕を広げる。
「何……?」
「寝ますよ」
「俺のベッドあっちだよね?」
といって逃げようとしたら父のシュタルクがヘッドロックを掛けてきた。
「まあまあまあ、今日はエリシアがいないんだ……大人しく従ってくれ……」
「どういうこと!?」
何故か耳打ちでヒソヒソと話しかけてくる。
今年で5歳になる妹のエリシアは父と母の寝室で寝たり、妹ティアフォートと一緒に寝たりと夜は場所を転々としている。
エリシアいない夜も普通にあるじゃねーか、そのときどうしてるんだよ!?と思わなくもないがどうにかなってはいるらしい。
「お前の母さんはそういう人だ。諦めろ」
「いや意味わからんけど!」
「ぐっすり眠れるから!」
とまあ、10歳の子供が父の力に抵抗できるはずもなく両親のベッドに連れ込まれることとなった。
ふんわりとした感触に包まれたその後のことは覚えていない。よくわからないけど一瞬で眠りに落ちてしまった。
✧ ✧ ✧ ✧
翌朝。
「おはよう、エイル。よく眠れたか。今日はゼーリエ様の謁見がある」
「はい、お父さん。おはようございます」
「お前たちにも会ってくださる。朝食を取ったら、失礼のないよう準備するんだ」
「わかりました」
ゲナウの言葉に頷いたエイルは、顔を洗うために洗面所に向かった。
「おめかしをしたら、ちゃんと可愛いって言ってあげてください。年頃の女の子なのです」
後ろからメトーデが紅茶を差し出しながら言ってくる。
「……善処……しよう。いや、メトーデ、どういう風に言うのが自然だ?あの子はどうすれば笑ってくれる」
「あなたも笑えばいいと思いますよ」
「……たしかに」
そんな間抜けな会話をしていた夫のゲナウの結果がどうなったかは火を見るよりも明らかなのだが
「やはり、1人男の子が必要でしょうか……?」
協会へと出かける直前、メトーデはそんなことを言っていた。
■暗躍
オイサーストからは少し離れた森に構えた拠点。
髪を後ろで縛った背の高い男は退屈そうにその建物を見ていた。
「どこの誰だか知らないけど、結構立派なもん作ったねぇ」
「我らの魔法を持ってすれば、人の建造物の再現は容易い」
男か女かもわからない声の主が後ろから現れた。
顔を含めて全身が包帯に包まれた奇妙な姿。ただ、頭から生えた角や顔の妙な位置から覗く眼球が人ではなく魔族であることを実感させる。
千里眼のヴィゾール。今の雇い主から聞いた名前はそれ。
雇い主も人のマネごとを好む妙な魔族だが、こいつもこいつで妙な奴だ。
とにかく魔力を普段から感じさせない。弱いわけではなさそうだが……
「んで、今回は魔法使い崩れ達を各地域から集めてどうしたいんだっけ?」
各地域からチンピラ伝いで集めたのは協会から破門された魔法使い達。
経緯は様々だが、基本的に協会と反りが合わず恨みがあるようなつまらない連中。
「騒ぎを起こせ、そうしている間に目的の物を探す」
「収集は?」
「必要ない。あくまで、騒ぎを起こすだけでいい。後は連中の好きにさせろ、我々は知らん。報酬は払った。お前も今回は尻尾を見せるな」
「へいへい………。じゃあ適当に眺めてから帰りますよ。で、騒ぎってどういうのがお好み?」
ヴィゾールは何も返答を返さない。考えているのかどうかわからん不気味なやつだ。
「子供が来ているらしい」
「ほう……」
ヴィゾールの言葉を聞いた男は不敵に笑った。
✧ ✧ ✧ ✧
「ここでいいのか?」
程なくして、ローブで顔を隠した数名の男たちがその場にはやって来た。
「こんにちはー。魔法協会に言いたいことがあるろくでなしの皆さん」
そう言ったのは背の高い盗賊のような見た目の奇妙な男。両腕は包帯でぐるぐる巻きにしており、少し魔力を感じる。
「我々はですねー。慈善事業?的に貴方がたの恨みをぶつけるためのお手伝いをしておりまして……
声掛けさせていただいた通り、魔法協会に訴えをするための行動の結果から利益を得られると考えておりまして。
報酬とこの施設のご提供をさせていただいた次第です」
饒舌に語るその男は普通に言えば到底信用のおけるそれではない。
だが、社会悪に近い存在となってしまった自分たちには都合の良い存在でもある。
「胡散臭いやつだ……信用できるのか?」
と誰かが言った言葉にもその男は不気味な笑顔を崩さない。
「お前を信用はしないが、やることがやることだ……
我々は高慢な魔法使いゼーリエから大陸中の魔法を救い出す崇高な理念がある。そのための踏み台にさせてもらうぞ」
「はいはい、どうぞがんばってください。
ひとまず中で、今回我々の考えたプランをご説明します。成功するか失敗するかはあなた達次第」
「ふん……」
男の後に続いて、ローブの男たちは建物の中に入る。
部屋へと案内する途中、「よく踊ってくれそうな愚かそうな奴らだ」と小さな声で男はぼやいた。
■そして出会いは交錯する
魔法協会の建物の最奥。謁見の間。その玉座に座るのは協会の頂点である生きた魔導書のゼーリエ。
一級魔法使いレルネンが最前線を引退して、教育機関管理人となった後、護衛の側仕えは現在ゲナウが取り仕切っている。
実態としての護衛はゼンゼがやることが多いが。
「よく集まった。今日は幾つかの通達事項がある。任務ではないが、まあ調査協力のようなものだ肩肘張らずに聞いてもらおう」
エルフゆえにもう何年もその見た目は変わっていない彼女は、千年前からそうだったかのように玉座の上で膝を立てて肘をついて座っている。
「まず、フェルン一級魔法使い。
件の娘の状況を報告してくれ。取って食う意思はない。そちらの意思を尊重するのでありのままを話せ」
「わかりました……」
フェルンはそろそろ3年目となる彼女の教え子……とある魔族の呪いを抱えてしまった弟子の状況に関して語り始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
両親達が話している間、シュタアルは一人で協会内をうろちょろしていた。
受付で案内された待合の部屋で待っていても良かったのだが……
まあ、要するに空いた時間に解決できることから解決しようという試み。
「あ、あの……人を探しているんですけど」
と受付のお姉さんに話しかける。とりあえず、父と母が受付で話していた人ならなんとなく察してくれるだろう。
「あら、君はフェルン様の……迷子?」
「いや、あの待合室からここの移動で迷子は流石にないです」
と右手に見える待合室の方を見る。
「あ、ごめんなさい。確かにそうね……お利口さんですものね」
なんかわからんけど、めちゃくちゃ子供扱いされている。いや、子供だけど……
そんなに頼りなさそうかな?と思いながらも、まずは目的のことを聞いてみる
「あのえーと……人を探していて……知っていたら教えてほしいです。
僕と同じぐらいの歳で……」
あれ?名前知らないや……なんて聞けばいいんだっけ?とふと考えた。
受付のお姉さんは笑顔を崩さずうんうんと頷いている。
「多分白い綺麗なローブを着ている、ブロンド色の髪の……可愛い顔の……女の……子?」
あれ……俺何言ってるんだ?
もっといい聞き方あるよね!メトーデ様だ。メトーデ様がお母さんだって言えばきっと通じたよね!!しまった……これは失言だ。
「……メトーデ様の!!……メトーデ……様と一緒にいたりする子だと……思うんですけど」
どう考えても先の説明のせいで妙な感じになってしまった。
「あらあら~」という感じで口元を抑えてお姉さんは笑っている。
「違うんです……訂正させてください……。メトーデ様と一緒にいた女の子を探しているんです」
口にした言葉は意味を成す。何を口にすべきかは一度考えなさいとは母や、周囲の女性陣から口を酸っぱくして言われていることだが……
「ふふふ、あの子なら、ここを突き当たり右手に入ったところにある中庭に居ると思うわ。
花壇があるから、メトーデ様やゲナウ様を待っているときはそこで花を見てたりとかしているかも」
「ありがとうございます」
礼を述べてその場を去ろうとしたら「告白頑張ってね」と言われた。違う……
✧ ✧ ✧ ✧
「迷った……」
指差した方向の通路の突き当り右手に行ったよね?
どうしてだ、中庭につかない。部屋が多い。協会って広すぎない?
そんなことを思いながらも、シュタアルは中庭を目指して歩き回っているが、彼の故郷の基準ではなかなか存在しない巨大な施設である。
場所が全然わからない。
涙目になる……というほどではないが内心ちょっと焦り始めた。
時間制限はなくもない。両親の話が終わったら自分たちも謁見の間に行くことになるので、それまでに待合室に戻らなければ。
もう道が分からないけど!
✧ ✧ ✧ ✧
中庭の一角、ここには父と母が用意してくれた彼女用の花壇がある。
協会に足を運び、花に水をあげるのが日課の一つだ。
心を落ち着けるのにも向いている。
まずは先日のことだ。されたことは確かに腹立たしいが……対応は良くなかった。
あのあと、母がフォローをしてくれたというのも理解をしている。
ちゃんと仲直りしなさいという以上に咎めてこない母の顔もある。ちゃんとしなくては……
でもどうすればいい。されたことはすごく恥ずかしかったし、知らない男の子は怖い。
「お父さん、みたいに真面目な人なら……」
と、考えてふと手が止まる。
『立派な父と母のように、ちゃんとしなくては』そう思うようになってからなんとなく父とうまく行かない。
何かが噛み合わない。
期待を裏切らせたくなくて言いたいことが上手く言えない。
今朝も何かがたどたどしくなってしまった。
本当は――、もっと――
そんなふうに考えていると、中庭に設置してある鐘が鳴り響いた。
一定時間毎に鳴る仕組みになっていて、休憩や業務開始の目安となっている時報だ。
「――そろそろ、戻らないと」
両親達の話が終わった後、自分たちもゼーリエ様に会うのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「ッ!!」
戻る途中で思わず通路の影に隠れてしまったのは、目の前に現れた見覚えのある青紫の髪の少年が見えたから。
「中庭……どこ……?」
そんな風に呟いている様子からどうやら施設内で迷ってしまっている様子に見える。
「誰かに助けを求めるかなぁ……、大きな施設の中で迷子になるなんて……、田舎者の子供みたいで恥ずかしいッッ!」
「……」
彼の住んでいる所の詳細は知らないが……子供なのは間違いないだろ!と小さく内心で突っ込みながらも様子を見てみる。
とても困っているようだ。
「……情けない顔」
先日ぶつかったとき、少し目付きがきつくて怖い印象を受けたのだがそういう感じでもないらしい。
『歩み寄ってみなさい……相手の身になって考えてみたら少し分かると思うわ』
母の言葉が胸をよぎった。胸の前で拳を作り少女は深呼吸をした。
✧ ✧ ✧ ✧
「姉さん……勝手に出歩くなって父さんが」
「んー。だって時間まで暇じゃない」
姉のいつもの悪癖。一箇所にじっとしない。興味が湧くとすぐに追いかける。
姉曰く、「変な魔力をしているやつを見つけた」ということだ。
要領を得ない。
「間に合わなくなったらどうするんだよ」
「ヴィダルの魔法で壁を透過したら近道できるじゃない」
「他人も一緒にやるのすごく疲れるから嫌だよ」
と答えても「お姉ちゃんは他人じゃないから大丈夫よね」と止まる素振りすら見せない。
「そういう問題じゃ……」
と訴えようとしたとき、ヘリヤの目つきが変わった。
「―― 見ぃつけたぁ」
好奇心と獲物を見つけた狩猟動物を足した様な感じの……いわゆるいつもの癖。こうなると多分止まらない。
ヴィダルはこの後をどう収拾したものかとため息を付きながら姉の影の中に魔法で沈み込んだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「あの……」
辺りをキョロキョロしていた所に声をかけられてシュタアルは振り向く。
「あっ!!」
その顔を見た時に思わず声を上げてしまった。探していたブロンド色の髪の女の子!
「中庭なら……あっち」
と指差す先は先程までさまよい歩いた通路。近かったんだな……と思いつつ……
「あ……違う!中庭を探しているわけじゃなくて、その……」
『君のことを探していたんだ』と口走りそうになって止まった。この言葉は大丈夫か?
少女の顔をみると、明らかにちょっと引いている。怖がらせてしまったのだろうか。
いや、そもそも押し倒し犯だもんなぁ、女の子からすると怖いよなぁ……
と、熟考をしていると、先方も不思議に思ったのか怪訝な顔をしている。
「あ、中庭の用事はもう、大丈夫になって……できれば受付前の待合室の行き方教えてほしいな」
紳士的な笑顔を……そう意識すると余計引きつるのだが精一杯の優しげな笑顔を浮かべたつもりになってシュタアルは答えた。
✧ ✧ ✧ ✧
なんか不自然な笑い方をする少年の言い分からすると迷子なのは間違いないらしい。
中庭に行く用事が今さっき消えたという話に訝しみながらも、彼女は頷いた。
「うん……待合室はあっち。今から私もいくから……」
そうと答えると、彼は意外そうに目を丸くしてから
「そうなの!?」
と今度は、年相応に嬉しそうな顔を見せた……案外怖い人ではないのかもしれない。
「案内する……から、ついてきて」
と言うと、彼は「待って」と言ってから隣に来ると此方を見て
いたずらっぽい笑顔で「ありがとう」と言ってきた。
■あなたは常軌を逸してる
謝罪をしなければ……初日の事はどう考えても自分が失礼を働いた。
不用意に飛び出した結果、額をぶつけて押し倒したうえで、体の何処か……なんか柔らかい所を触ってしまった。
「あのさ……」
「……」
言葉もなく自分を案内してくれる彼女は、あんな事があったにも関わらず道に迷った自分を助けてくれるという。
とても親切な子なのだ。そんな子が引っ叩く程に怒ったのはよほどのことだったのだろう。
「ゲートを出たあとのこと。ずっと謝りたくて……」
「……そう」
「あの時は本当にごめんなさい。あんなことするつもりじゃなかったんだ」
「……」
その後無言のまま廊下を進んでいく。
聞いてくれてるのかなぁ……? と思いながらも、彼女の表情は変わらない。
怒っているわけではなさそうだ。
「私も……」
「うん?」
「私も、あの時は……」
ブロンドの髪の少女は少し顔を赤くしつつもなにか言いつつある瞬間
「――ねえ」
横から、差し込むような声が聞こえた。
✧ ✧ ✧ ✧
―― 構えろっ!!
瞬間、心のなかに危機を告げる声が聞こえた。
人も魔物も野生動物も獲物を狙う瞬間に何らかの命に作用する想いのようなものをぶつけて来る。
これを一般にいう殺気というものだというのを知ったのはいつだっただろうか。
ぶつけられると背筋に冷たいものが走る。
今まさに走ったのはそれ。協会の施設内だというのに、命を脅かす何かはあるとは思えないのに体は自然と動いた。
隣りにいた少女を庇うように前に出て、殺気のする方向から遮るように少女を後ろに左手で抑えて立ちふさがり……
「下がって!! 俺の後ろから前に出ないで!」
対象を捉えたらそのまま ――
「あはっ――!」
しかし、捉えた先にいたのは、自分と同じ歳程度の少し不敵な笑みの女の子……
―― 女の子……結構可愛い……
―― 下手に動かなくて良かった……
―― 庇った手に当たる感触が昨日と似てる……?
―― ていうか誰?
集中すると、思考は加速するが単純なことしか考えられない。
我に返った瞬間とても嫌な予感がした。
「大胆だねー」
眼の前の少女がそう言いながら此方に歩いてくる。
庇うように後ろに向けた左手の掌にはどことなく柔らかい感触……
「―― ッッ!!」
声ならぬ声が聞こえた。
ゆっくりと後ろを向いた瞬間に感じたのは昨日と同じ頬に感じる衝撃だった。
「ふべっ!!」
スナップが聞いたムチのような一撃は、結構痛いし、魔力でも乗せているのか妙な威力がある。
そのまま反転して顔が逆方向に向かって、殺気を飛ばしてきたと思しき少女の体に顔からぶつかった
「あんっ」
そのまま抱きとめられた。
「―― また……あなたは!! わざとやっていませんか!!」
「ちがっ!!ごめっ!!」
後ろを振り向きながら、弁明を試みようとするが……その瞬間、ガシッと顔を掴まれた。
嫌な感じはしないのだが挑発的な笑みの少女の顔が……真正面に、超至近距離で視界に映る。
この至近距離でも可愛いと思ってしまうのは、おそらく全体的に魅力的だからなのだろう……とどうでもいいことを考えてしまう。
危うく「可愛い」とか口走る前に言葉を飲み込んだ……これでいいよね、母さん!
「私にはー? 乙女の胸元に顔を埋めて何も感想ないの?」
「か……感想っ!?」
「そう、感想」
「えっと……ちょっとやわらか、いや違う!!」
「最低です!!」
顔を掴まれたままなので振り向けないが、ものすごい批判の声が上がっている。
とりあえず、このままではまずいと顔を掴んでいた手を引き剥がし、全身のバネを使ってバックステップをとる。
そう、一歩踏み込めば切り込めるような程よい間合い。
この距離をつかむことは戦士として、非常に大事なことだと、戦い方を教えてくれるライニさんは言っていた。
―― 今こそ……父から受け継ぐ時なのだろう。どんなに情けなくとも……切り抜けるべき危機を適切に乗り越えるべきなのだ。
両手を地面につき体を低く構える。
「「 ッ!?」」
そのまま額を――
地面に叩きつける様に擦り付け!
「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
心の奥底からの叫びを二人の少女にぶつけるのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「ぷっ……」
「??」
静寂を打ち砕いたのは、殺気を飛ばしてきた少女の笑い声。
「あは、あはあははははは!」
その声はとどまることを知らずお腹を抑えて笑い続けている。
「あの……ねえ……君……、そもそも何事」
「あー、おかしい。だって私は声かけただけだよ」
「ぐっ!!」
確かにそうだ。背筋に凍るような感覚が走ったのは自分の勝手だ。何もされてない。
殺気を飛ばした罪なんてものはこの世界にない。
上級の戦士の間ではなんかあるかもしれないけど……ここは魔法使いの組織で……そんな物騒な気配……
―― まるで胴から真っ二つにされるかもしれない――
そんなものを飛ばしてくる人間はいないのだ。まあ、事象だけなら魔法で出来る人はいるだろうけど。
魔法使いのそれと、戦士たちのそれは全く異なるものだ。
「でも驚いた。反応する人いるなんて」
「何を言って……」
不敵に笑う少女はとても楽しそうだ。
少し気だるげなのに挑発的な瞳だが、その奥底にあるのはまるで宝物を見つけたような好奇を寄せる視線。
「あなた、おかしいわ。常軌を逸している」
「はい……?」
背後の少女を振り返ってみるとふるふると顔を振った。「全然わかりません」という感じだろうか?
とりあえず、正面の少女に向き直る。
「あなた、あの一瞬で考えたでしょ。
その子を助けるために庇って、一度体勢を整えた後に、攻撃を仕掛けてくるかもしれない者を――
要するに私に向かって、組み伏せて制圧するところまで……そのイメージをあの瞬間組み立てて……合図さえあれば実行した」
「そんな……物騒なこと……考えてないよ」
「嘘……。あなたは考えた。それが出来ると考えている。あなたの目はそう言っている」
何だこの子……まずいぞ。なにかとても良くない流れだ。
「……」
後ろの子が汚物を見るような目で見ている気がする。怖くて振り向けない。
「そしてあなたは、組み伏せた私の体をまさぐりこう言うつもりだった。『暴れるなよ。お前、ここが気持ちいいん――」
「まてぇぇぇぇぇ!」
とても名誉毀損な事が起きそうになったのでとりあえずシュタアルは心の限り叫んだ。
■少年の名前は
「ねえねえねえ、後でさぁ一緒に――」
と、腕を引く少女に引っ張られながら
「違うよ……違うんだ……」
肩を落としながらブツブツと言っている少年の姿を正面に捉えつつ待合室へと向かう。
少年の腕を引っ張る少女は協会の中で何度か見たことがある気がする。
こちらを見ていたので軽く会釈を返したらつまらなさそうに別の方向を向いてしまった。
理由はわからない。それ以来会話すらしたことがない。
そのことはいい……一度先程の出来事をエイルなりに冷静に分析してみる。
起きた事態はよくわからない。自分から見ると体の一部を思い切り触られたとしか思えないが。
――『下がって!! 俺の後ろから前に出ないで!』
――『その子を助けるために庇って、一度体勢を整えた後に、攻撃を仕掛けてくるかもしれない者を――』
その後の会話からすると……彼はなにかから助けようとしてくれたのだろう。
体を触られてた勢いで有耶無耶になってはしまったのだが……
危うかったのなら……逃げることも出来たかもしれないのに、どうして……?
彼の見せてくれた背中は……絶対に守るという覚悟が見えたその後姿は ――
―― 少し、お父さんに似ている気もする……
父ゲナウ――厳格で真摯で、時に不器用だけれど、何があっても必ず彼女を守ってくれる存在。
そんな父と、この見知らぬ少年が重なって見えた瞬間、感情がざわついた。
『歩み寄ってみなさい……相手の身になって考えてみたら少し分かると思うわ』
母の言葉を思い出して、エイルは深呼吸する。
自分が見たものは何か。感じたものは何か。真意は正しく見極めるべきなのだ……
✧ ✧ ✧ ✧
「……」
気まずい……待合室の空気は地獄となった。
殺気を飛ばしてきた女の子はものすごく嬉しそうに隣に座っている。
ここに来る途中、腕を掴んできて「後で外でいっぱい死合おうね!!」とか言ってきている。
いったい何に誘われているの?
「え、嫌なんだけど」と言ったら「えー、なんで?」とほっぺたを膨らませていた姿は不覚にも可愛いと思ってしまったのだが……
故郷でお世話になっている母の弟子であるルーエ姉さんの顔が脳裏をよぎり、ギリギリ口にせずに押しとどまった。
それでもご機嫌そうにしているのでそれはさておこう……
ブロンドの髪の少女は、あれから口を利いてくれない。顔を向けるとプイッと横を向いてしまう。
「エッチです……」「不謹慎です……」という独り言をちょいちょい口にしていた。
父さん…… あの奥義駄目だよ。全然効かないよ。絶対普段母さんの心に響いていないって……
そもそも何だよ、叩き落とした竜が痛みに耐えて地に伏せる姿をヒントに編み出したって!
そもそもこの奥義を出したくなる状況そのものが敗北を意味しているのでは……?
――『私も、あの時は……』
あの一瞬、少女が言いかけていた言葉の続きは気になった。
仲直り……出来るかもしれなかったんだよなと少年は悔やむ。
とはいえ、その話も一度隅に置こう。
待合室についた瞬間にこちらを射殺すように睨んでくる少し年下の少年。
ちょっと隣の娘と雰囲気似ているけど
君は誰?!
一体何が君をそんなに怒らせているの?すごく怖い!
誰でもいい!この状況を破壊して!!
という風に思った瞬間扉が開いて知らない人が入ってきた。
「ゼーリエが呼んでるよ。全員集まってね」
「ママ!」
そう言った少女は、連絡に来た女性に飛びついた。え……母…親?
「いい子にしてた?」
その人は女の子と似たような不敵……で、どこか蠱惑的な笑みを浮かべる。
母や、メトーデ様と方向性の異なる……客観的にも美しい人物で……
「なんかいいことあったみたいね。ここ最近の中では一番良い顔してる。原因は――」
その女性は、シュタアルの方を見て、目を細めて笑う。
「 ―― 君かぁ…… 」
その背後から、もう一人の男の人が入ってきた。
不思議と気配が薄い感じがする……居るのが分かるのに存在を魔力的に検知しづらい。
「ユーベル。何しているの?ゼーリエが待っている」
その人が口にした名前は聞いたことがある。一級魔法使いユーベル。
魔法協会所属のなかでは武闘派で知られる敵対するべきではない魔法使い……
「なるほど、フェルンのところの子って君?ふーん……」
「……はい」
完全にターゲットロックされた感じを受けてシュタアルは縮こまった。
相対しただけで分かる。めちゃくちゃ強い。隙がない。間違いなく先程の少女の親だ。
怖い。何なのこの魔境……という表情でいると……手を差し出された。
「一級魔法使いのユーベル。よろしくね。娘と仲良くしてあげて、引っ越しが多くて友達がそんなに多くないの」
どんなに怖くても、差し出された手と挨拶に無反応だなんて失礼は出来ない。何なら父と母の沽券にも関わるだろう。
勇気を出してその手を握り、目を見て挨拶をする。
「はい……クレ地方のシュタアルです……遠いので、いつでも会える訳じゃなくていいなら」
…… これで、Let's 死合おう!という女の子と仲良くせざるを得ない状況の溝が埋まった。退くことは許されない。
なお、ユーベルに向かって少年が自分の名前を口にしたとき、二人の少女は顔をあげて反応した。
というのも全員全く自己紹介をしていないためだ。
「……クレ地方のシュタアル」
「ふーん。シュタアルかぁ……」
そんな二人をよそにシュタアルは妹の言葉を思い出していた。
『遠方の地で立てなくてもいい人生のフラグをガッツリと立ててくる予感めいた確信の様なアレ』
何なの、あいつ預言者なの? と心のなかでツッコミつつ。
解決すべき問題を早く解決して我が家に帰りたい。
少年は窓の外の風景を見ながらそんなことを考えていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「仲直り、出来ました?」
「ひえっ!!」
謁見の間に移動の途中。
気配も感じさせず、背後から、耳元で囁くように声をかけられた。
「……メトーデ様っ!? いえ、あの……ちょっとトラブルが続いて……」
ブロンドの少女がこちらの様子をじっと見つめている気配もしたので向き直るとやっぱり顔を背けられた。
いくらなんでももう少し仲良くしたい……道案内をしようと買って出てくれたときは、素直に嬉しかったのだ。
「あらあら、現状いま一歩という感じのようですね。
後でなだめておきますから、もう少し頑張ってみてください。これでも期待してるんですよ」
一体何に?とは言わないほうがいい気がした。
怒らせると世界一怖いのは母のフェルンだという認識を持っていたが、これは少しアップデートせねばならない。
―― 魔法使いのお母さんたちはだいたい怖い
「あと、様はいりませんよ。何ならお義母さんと言ってくれてもいいですよ」
「……母から本気で怒られるからやめてください」
終始笑顔なのに、真意が全くわからなくて本当に怖い。
この人達の頂点に立つ、生きた魔導書ゼーリエ……会って大丈夫なのだろうか。
そんな懸念を抱きながら、謁見の間の扉は開いた。
~ 魔法都市と巡り合わせの輪舞曲 前編 fin & To be continued ~