攻殻機動隊 -北端の亡霊-   作:変わり種

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第7話

「少佐、大丈夫かっ!少佐!」

 

目が覚めると、彼女は9課のダイブ装置の上で横たわっていた。あれから何時間が経ったのだろう。目の前にはイシカワと赤服の鑑識たちが何人も集まっていて、モニターを見ながら手元のキーボードを操作していた。どうやら、彼らが寸前のところで助けてくれたらしい。しかし、まだ体を焼き尽くされたあの感覚の影響が残っているのか、全身に痺れが残りうまく動かせない。

 

「ウイルスはどうなった?サーバーは?」

 

それでも、言語系には特に問題はないようで、発語機能にも差支えはなかった。少佐はまっさきに、イシカワにそう訊いた。

 

「例のサーバーはシステムを完全に掌握され、踏み台にされた。少佐が起きる4時間前のことだ。それで、接続していたガイア・アーツの本社サーバーを通じて、他のゲームサーバーにも一気に汚染が拡大。米帝の訓練システム、それに機密関連のデータを保管していたサーバーも攻撃され、大量の情報が漏れたらしい。うちも接続していた隔離サーバーがお釈迦になった」

 

「ガイア側の対応は?」

 

「問題のゲームに限らず、提供している全てのサービスを無期限に停止した。ログインサーバーまで汚染された上、ウイルスがOS自体に浸透していてシステムを再構築しないと再開できないそうだ。米帝軍の訓練システムも同様だ」

 

事態はかなりまずいことになっていた。ゲームサービスならともかく、米帝軍のバーチャル訓練システム自体も攻撃を受けたとなれば、下手をすれば戦争行為ともとられかねない。特に、もしも自分たちが首謀者だと誤認された場合、9課解散どころの話では済まされないだろう。その時は日米同盟すらも危うくなりかねないのだ。

 

とりあえずそれを防ぐためにも、現状で向こうがどこまで攻撃者について突き止められているのか。それがもっとも気掛かりだった。

 

「それで、ここからが厄介な話なんだが、米帝側は攻撃元を中国だと断定した」

 

「何?感染元のサーバーは日本よね。それがどうして?」

 

イシカワからの報告に、さすがの少佐も驚きを隠せなかった。事の成り行きがあまりにも予想外であったのだ。

 

「同じ時間帯に受けていた攻撃が、中国側によるものだと分かったからだ。ログを見れば今回のウイルス感染の攻撃元は日本のサーバーなのは明らかだが、米帝はそのサーバーも中国側にハッキングされていたと踏んでいる。それに、何故だかは分からんが、盗まれたデータの最終送信先が中国国内になっていたのが一番大きい」

 

最悪の事態だった。いまの米中は衝突状態にないとはいえ、至るところに火種を抱えている関係でもある。そこに今回のハッキング事件と来れば、どのような結果になるのは目に見えていた。それこそ、第4次非核大戦に次ぐ第5次大戦が勃発する可能性も否定はできない。

 

「米帝側は既に駐米中国大使呼び出して厳重抗議。また、来週予定されていた外相会談も急きょ中止が決まった。もちろん中国側は関与を完全に否定しているが、同時間帯のハッキングに何かしら関わっていたのは事実らしく、かなり苦しい立場にあるようだ」

 

この結果を考えると、ウイルスを開発した犯人たちは、この事態になることを狙って攻撃していたことになる。一般市民を狙ったテロを起こすことは、最初から主目的ではなかったのだ。まだ全貌はつかめないものの、あのジェイムスン型が言ったことも考えると、今後の作戦の支障になる自分たち公安を潰すとともに、米帝と中国の緊張を高めさせる二面作戦を敢行していたのだろう。

 

だが、なぜ米中を対立させたいのか。その理由が明らかでない。あの偽装空間の中で見せられた出来事を考えると、彼らのやろうとしていることはこの国への復讐のはずだった。それなのに、国外問題にも手を出しているということは、それもまた目的に関係しているからに他ならないはずだ。

 

「少佐、ダイブしている中で何を見たんだ?」

 

「それも含めて、ブリーフィングで話すわ。すぐに全員を集めて」

 

「分かった…」

 

体の痺れもようやく収まり、少佐はゆっくりと起き上がる。まだ頭がぼんやりと冴えない。感覚値のオーバーフローに相当当てられてしまったらしい。感覚神経が焼き切れる前にリミットを掛けたものの、それでもこのザマだった。無防備な状態であれを受けてしまえば、確実にショック死していたかもしれない。

 

そういえば、タチコマはどうなったのだろうか。相手側の攻撃もかなりの威力だった。タチコマに限ってAIを焼かれたという事はないだろうが、もしかするとかなり深刻なダメージを受け、活動できない状態になっているかもしれない。

 

《あ、少佐!ご無事でしたか~!》

 

電脳内に響くタチコマの声。そんな心配も全くの杞憂だったようだ。視界の中をエージェント・タチコマが元気そうに動き回っている様子に、少佐もひとまず安心する。

 

《あの敵の攻撃もなかなかでしたよね。あーあ、あのまま意味消失したらどうなっていたんだろうな~》

 

《なに呑気なこと言ってるの。それより、この後はブリーフィングだ。電通をしっかり繋いでおいて聞き逃すな》

 

《了解しました~》

 

軽くタチコマを叱った彼女は、ダイブルームを出た。まるで蜘蛛の糸のように複雑に絡まり合う複数の出来事。キナ臭い事にもなりつつあるが、何としてでも大事になる前に犯罪の芽は自分たちで潰し、被害を未然に防がなくてはならない。自分たちには少しの余裕もないのだった。

 

 

 

 

 

「で、偽装空間の中で少佐は俺らに襲われ、殺されかけたと…」

 

「そうね。現実ではないと分かってたけど、気分のいいものではなかったわ」

 

9課のブリーフィングルームの中では、メンバー全員が集まって今後の方針についての会議を開いていた。その場にはもちろん課長も同席しており、さらにタチコマも電通を通じて保有する9体全てに会議の内容が転送されるようになっている。同じ9課で働く以上、情報は全員が共有していなければ意味がないのだ。

 

「ま、そんなに気にすることはないぜ。少佐に喧嘩売ったらどうなるかなんて、分かり切ってるからな」

 

バトーの放ったその言葉につられて、他のメンバーたちも軽く笑みを浮かべる。しかし、当の本人は厳しい面持ちのまま。不穏な雰囲気を感じたのか、皆はすぐに笑いをかみ殺し平静を装った。バトーに至っては少佐の視線を感じて青ざめている有様である。そんな中、軽く咳払いをしつつ課長が口を開く。

 

「それで、少佐がそこで会った疑似人格、彼についての情報は得られたのか?」

 

「現段階では何も。サーバーの中身は完全に意味消失していて、それらしき疑似人格のデータは発見できませんでした。まあ、うちで取っていたログの一部が残っているので、復元できないか確かめてみますよ」

 

イシカワがそう報告する。彼女がダイブする前、起こった出来事を正確に記録するため、身代わり防壁と同時に記録用のコンピュータも経由させていたのが功を奏した形となった。もっとも、攻撃を受けたときに身代わり防壁ともどもそのコンピュータも焼き切られてしまったため、記録媒体を取り出して解析することにはなるが。

 

「それにしても、復讐ねぇ…。よほど恨みがあるんだろうが、今更何ができるんだか…」

 

「そうかしら。少なくとも、私は考えなしに彼が行動を起こしたとは思えないわ。むしろ、機が熟すのを待っていたと考えるべきね」

 

「なぜそんなことが言えるんだ?」

 

「連中、最初からこうなることを狙っていたのよ。米中の対立、捜査のかく乱。もしかすると、他にもこのウイルス感染で狙っていたことがあるかもしれないわ」

 

何気なく言ったバトーに、少佐は反論する。米中対立については単なる偶然と見る目もあるが、それではなぜ連中が中国国内を最終送信先に選んだのかの説明がつかない。それに、あの時間帯に図ったかのように起こった中国側によるハッキング。もしかすると、それすらも事前に情報を掴んだ上での犯行だったと考えられるのだ。

 

そして、それほど周到に計画された作戦を完遂するということは、相手にもかなり頭の切れる者がいるのだろう。また、あの偽装空間で疑似人格が語っていた出来事。それも踏まえると、犯人像は自然と絞り込めてくる。

 

「課長、おそらく相手は…」

 

「元諜報員か。確かに、その可能性は高いな」

 

彼も薄々、予想はできていたのだろう。相手が様々な特殊訓練を受けた諜報員だとすれば、これだけのことを起こしても不思議ではない。しかし、戦中に工作活動に従事していた者は、その多くがいまも関係する軍の機関に所属しているはずだった。

 

現在の法律上、機密流出の恐れがあることから、軍などを離れた後は機密に関する記憶の一切は国に返納すると規定されているのだ。だが、記憶の一部を欠けた状態で自分が自分でいられる保証はなく、その上、海外への渡航制限など行動にも大きな制約がつく。そのため、わざわざ中途で退職する者はそう多くなかった。

 

もちろん、現役の諜報員が犯行に及んでいる可能性はないわけではない。だが、それよりは既に一線から退いたOBによる犯行という線が濃厚だった。それも、正規に退職したのではなく、任務中に失踪するなど非正規の方法で退職した者に限られる。先の通り、正規の退職では職務に関する記憶は返納されるため、犯行の動機自体が消滅してしまうからだ。

 

「分かった。その線では、わしの方でも関係先に当たってみよう」

 

「了解。情報は限られると思うけど、私の方でも軍のデータベースを洗って該当しそうな人間がいないか調べてみるわ。イシカワは例のログの解析をそのまま続けろ」

 

指示を出す少佐。そこへ、バトーが声を上げた。

 

「ウイルスの方はどうするんだ?軽く調べた結果ですら、あのサーバーだけでも感染の疑いのあるものは100人は超えるんだぜ?」

 

確かに、それも手をこまねいてはいられない問題だった。バトーの言った通り、ウイルス感染者は今回発症して危険行為を起こした容疑者以外にも、多数存在している可能性が濃厚なのだ。そうなると、いつまた発症による被害が出るか分からない。そのため、その発症因子の特定と無力化するためのワクチンの作成も、被害抑止の観点で極めて重要と言えるだろう。

 

「そうね。それについてはパズとボーマで発症因子の特定、およびワクチンの組み上げにあたれ。ほかのメンバーは私とともに、軍のデータベース等を照合して、首謀者の突き止めだ」

 

口々に「了解」と答えたメンバーたちは、各々の持ち場に戻っていく。そんな中、課長が小さく声を掛けて少佐を呼び止めた。そしてもう一人、サイトーも呼び止める。

 

「すまんな、少し残ってくれ」

 

「私とサイトーだけ、ということは、何か極秘の任務かしら」

 

察しの良い彼女に、課長は軽く頷いた。しかも、やや深刻な面持ちをしているあたり、よほど重要性の高い危険な任務なのだろう。

 

「つい2時間前、道警の公安から連絡があった。『自然の民』は覚えているな?」

 

「ええ。網走と北見にまたがる山中に本部を構える宗教法人。まあ、俗にいうカルト宗教ね。不穏な兆候があると、確かこの前の会議でロシアの公安から連絡を受けたわ」

 

「そのことなんだが、昨日潜入していた道警公安部の捜査官が定期連絡のために村外で他の捜査官と接触した際、電脳からウイルスの反応が出たそうだ」

 

「つまり、潜入がバレていたと?」

 

少佐は真剣な顔でそう訊いた。道警による潜入捜査ではこれまでに有用な情報は得られていない。だが、潜入捜査官がウイルスに感染していたとなれば話は違った。犯罪につながる重要な証拠が隠されている可能性が高いうえ、ウイルス感染自体がそもそも違法行為となる。道警としてはガサ入れを掛ける法的根拠ができるはずだが、うちに話が来るあたり何かあったに違いない。

 

「道警はすぐに抜き打ちの立ち入り検査を掛けたそうだが、何も出なかったらしい。問題はその後だが、捜査官が感染していたウイルスを検査機関で調べたところ、例のゲームサーバーでばら撒かれていたものと一致する特徴があったそうだ」

 

それを聞いた少佐は驚きを隠せなかった。意外なところで、今回の事件のつながりが見えてきたからだ。

 

「だが、あくまでも似ているというだけで、詳しいことは分からない。ゲームサーバーで撒かれていたウイルスのサンプルがない以上、ソースコードを比較することは困難だからな。だが、発症したときの挙動は、例のそれと同じだったそうだ。あいにく、ウイルス自体はその数時間後に自己消滅して解析不能になったが…」

 

「なるほど。それで、道警から要請が?」

 

「そうだ。捜査官にまんまとウイルスを仕掛けられた上、抜き打ち検査で何も出なかったときた。理由を付けて再検査しても、おそらく出る結果は同じだろうし、これ以上向こうも捜査官を危険に晒したくはないのだろう」

 

つまり、自分たちでは手に負えなくなったということだ。まあ、無理もない事ではある。この国が法治国家である以上、正当な理由や証拠がなければ踏み込むことすらできないのだから。しかし、明らかに怪しい臭いがする以上、道警としては多少の面子は捨ててでも事件解決を優先したということらしい。その辺は評価できるところだった。

 

「で、どう捜査するつもりかしら。まさか…」

 

「そうだ。サイトーを潜入させる。サポート役にタチコマを1体つけてな。道警公安部からの情報では構成員の割合として、20代の青年のほかに、30~40代の退役軍人も多いそうだ。おそらくは戦争終結による軍縮で、居場所を失った兵士たちを積極的に受け入れているのだろう」

 

なるほど、と少佐は軽く納得する。確かに今の日本は退役軍人の受け皿があまりに少ないのは事実だった。それに、戦場という常に緊張を強いられる場所で過ごしてきた彼らにとって、いきなり日常生活に適応することなど容易ではない。自殺などに走る者も多い中、そうした新興宗教に救いを求める者が出てくるのは当然ともいえるだろう。

 

「それで、サイトーを潜入させ、組織を探らせるというわけね」

 

「ああ。トグサでは退役軍人には見えんし、バトーでは逆に警戒心を持たれる可能性もある。そのため、ここはサイトーが適任だと判断した」

 

「どうかしら。サイトー」

 

振り向いた少佐に、軽く俯いていた彼は顔を上げて答える。

 

「ああ、自分としては問題ない」

 

少佐の目を見つめながら、強くそう言った彼。少佐としては、一抹の不安があるのはぬぐえなかった。既に道警公安部の捜査官がウイルスに感染させられた現状を考えると、サイトーが餌食にならないとも限らないのだ。

 

「何らかの手掛かりをつかんだら、すぐに引き上げろ。深追いはするな。その時点ですぐに我々で強制捜査に乗り出す」

 

「分かった」

 

そう。手掛かりさえ見つかれば、あとは徹底的に調べ上げて証拠を押さえ、連中を押さえることも不可能ではないのだ。あくまで目的はそれにあるということを、彼女はサイトーに念入りに伝える。道東となると、救出に駆け付けるにもジェット機で2時間は掛かる。いくら9課といえども、リスクは冒せなかった。

 

「出発は明日だ。その頃には身分証一式の準備もできているだろう。くれぐれも、連中に悟られるな」

 

椅子に座っていた課長は力強くそう言った。やがて、少佐とサイトーも潜入の詳細を詰めるため、2人で部屋を後にする。しかし、扉が閉まった時、課長は思わずため息を漏らした。彼自身も、今回の潜入捜査はあまり気乗りするものではなかったのだ。

 

それでも、もし手掛かりが得られれば例のウイルスをばら撒いた犯人たちに一気に迫ることができる。有力な情報が得られていない今の状況では、それに託すしかなかった。

 

(頼んだぞ、サイトー)

 

静かに、課長は一人そうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸に打ち寄せる荒波が岩に砕け白い飛沫を上げる中、時折びゅうびゅうと音を立てて北風が吹きすさむ。同時に、夜の闇に紛れたあられの粒が地面に激しく打ち付けるが、それらに全く動じることなく数人の男たちは各々の作業についた。

 

ここは網走港からやや離れた、能取岬の根本にあたる海岸線。近くには航空自衛軍網走分屯基地があるものの、人の気配は全くなかった。唯一、近くを走る道道76号線を通る車のヘッドライトがしばしば煌めくが、ちょうど崖の陰になっているために彼らの姿は道路からは一切見えない。

 

「急げ、準備を整えた者から乗り込むんだ」

 

指示を出すのは、トラックでの輸送も担当していた古傷の男。波打ち際につけられているのは黒いゴムボートで、沖合には灯火を消した一隻の漁船が浮かんでいた。彼らは慣れた手つきで荷物を次々とボートに積み込み、乗り込んでいく。

 

荷物はいずれも長い箱型で、黒い革のケースに入っていた。一般人からすれば、楽器か何かのようにも見えるかもしれない。しかし、実際にはAK-74Mライフルとその弾倉いくつかが入っているのは言うまでもなかった。そのほかの箱にも、C4爆薬数キロとその信管。そして、拳銃や手榴弾の類が小分けして入れられている。

 

「よし、出るぞ!」

 

暴風の中、叫ぶような声で男は言った。エンジンが唸り上げ、ボートは一気に沖へと突き進む。荒れ狂うオホーツクの波がしばしばボートを大きく揺らし、突き上げるものの、彼らはロープにしっかりと掴まって振り落とされないよう踏ん張っている。手袋こそはめてはいるが、義体化していなければ手がかじかんで到底耐え切れないだろう。

 

波飛沫が何度も彼らの体に被り、加えて降り続けるあられが容赦なく打ち付けてくる。エンジンは甲高く喚き散らし、懸命に波に抗って船を推し進める。舵を取る男も、波に流されないようコースを取るのがやっとだった。それでも、永遠とも思えるような長い時間も終わり、ボートはようやく船の元へと到着した。

 

「乗り込め、ぐずぐずするな!」

 

凄まじい揺れの中でも、構わず彼はそう怒鳴る。船から投げられたロープを掴み、徐々に引き寄せた彼らは、間もなく降ろされた縄梯子をボート内に引き入れた。1人また1人と、梯子を登って船に乗り移る男たち。最後に2人ほどがボートに残り、既に移ったメンバーの協力のもと積まれていた荷物を載せ替える。

 

波にもまれながらの作業だったが、作業を終えるのには5分も掛かってはいなかった。そして、一切休むことなく、彼らは積み込んだ荷物を船の奥へと運んでいく。一方の古傷の彼は操舵手に船を進めるよう告げると同時に、懐からリモコンを取り出してトリガーを引いた。

 

響き渡る破裂音。先ほどまで乗っていたゴムボートが吹き飛んだ音だった。各部に少量ずつ仕込んだ火薬でチューブが裂け、急速に縮んでいくボート。あっという間にエンジンの自重で海に引きずり込まれ、真っ黒な波の中へと消えていく。

 

《こちらフィッシャーマン。マスは全て釣った。これよりTへ向かう》

 

操舵手は電通を通じてそう報告すると、電脳を自閉モードにして一切の通信を切った。ほかのメンバーたちも同様に通信を切る。ゆっくりと進み始めた船は、方向を変えて根室方向へと舵を切った。レーダーを見ても、近くにはあまり船はいなかった。網走港から何隻か、出港する漁船が確認できるが、それ以外に反応はない。もちろん、海保の巡視艇も見られない。

 

船出としては上々だろう。天候は酷いものの、監視の目を潜り抜けるにはちょうど良い。対岸に見える国後島の光すら見えない吹雪の中では、誰もこの船を見つけることなどできはしないのだ。

 

「いいか、よく聞け」

 

扉を開けて船内に入った彼は、先に中にいたほかのメンバーたちに向けて言った。

 

「これから我々は太平洋に抜け、東京を目指す。今のところ、全ては作戦通りに進行中だ。ただ、油断はするな。行動を起こした以上、いつ監視の目がついているかは分からない。下手な真似だけはするな。いいな」

 

引き締まった面持ちでそれを聞いたメンバーたちは、深く頷いた。そうして、休む間もなく次の作業に取り掛かる。着込んでいたウエットスーツを脱ぎ、作業着の上からさらにジャンパーを羽織ると、漁師がよく身に着けるようなビニールでできた胸付きズボンをはいて厚手のゴム手袋をはめる。

 

間もなく外に出た彼らは暗闇の中、淡々とカゴや網を出したりして偽装作業を始めていた。もちろん、物陰には先ほどの箱から出した銃器を実弾を装填した状態で隠しておく。咄嗟の時には取り回しの難しいライフルは役に立たないので、自動拳銃やサブマシンガンが中心だった。当然、それらの隠し場所はメンバー全員が完全に把握している。

 

そうして、ものの10分と経たないうちに準備は整った。元々この船自体が盗んだ漁船であるので、あらかたのカムフラージュは既にできていたのだ。作戦の遂行に当たって一時的に片づけていたものだけを戻したに過ぎない。船首には『第18朝日丸』と書かれ、甲板の上には所狭しに並ぶカゴや漁網、それに浮き球などの類。乗組員の恰好を見ても、誰も彼らがテロリストであるとは思わないだろう。

 

準備が整うと、船は灯火を付けてさらに沖へと進み、太平洋へと進路を取る。計画の第2段階はこうして静かに幕を開けたのである。

 

しかし、その様子を捉える双眼鏡に、彼らは気づくことはなかった。能取岬の灯台の根本に停めた一台のSUV。一部始終を監視していた2人組の男たちは、吹雪の海に彼らの船が消えたことを確認すると、あるところに電通を入れる。軍用規格で高度暗号化されたその通信は、驚くことに自衛軍はおろか、日本のどの公安機関のものではなかった。

 




2018/10/13 一部修正

今回、中国などが出てきましたが、一応第4次非核大戦後に各国とも国交は正常化している設定です。原作等では明示されてはいませんが、第4次非核大戦終結等から何らかの条約が結ばれているものと推測しています。疑問・意見等がありました遠慮なくコメントしてください。宜しくお願いします!
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