Fate/Grand Order 正義の味方の物語 作:なんでさ
目覚め
--それは地獄だった。
おそらく、大きな火事が起きたのだろう。
荒れ狂う炎が悉くを焼き尽くし、黒煙が空へ昇っていく。
地にはかつて人だったモノが無数に転がっている。
瓦礫に潰されたモノ。炎に焼かれたモノ。原型を留めているモノは殆ど無い。
あらゆる生者の存在を赦さぬ世界が広がっていた。
その中を、一人の少年が歩いている。
耳を塞ぎ、目に涙を浮かべながら一心不乱に前へ進んでいる。
ーー助けて、という声が聞こえた。
歩く。
もう助からないと分かっているから。
ーーこの子だけでも、という女の声が聞こえた。
前へ進む。
腕に抱いているモノが、もはや人の体を成していないと分かっているから。
助けを呼ぶ声を。縋り付く腕を。何もかもを振り払って。前へ進む。
もう誰も助からないのなら、今も歩ける自分はせめて彼らの代わりに生き残らなければと。
朽ち果てる無念を吐き出す死者<カレラ>を置いて、ひたすらに前へ。
当然だろう。このような地獄の中、幼い少年に何が出来るというのか。
彼にはなんの非も無い。
その行いを否定することが出来るはずはない。
少しでも長く生きようとする彼は間違いではない。
ーーそれでも確かに。この時、■■■■は罪を背負った。
闇に沈んでいた意識が徐々に浮上する。
背中には固い感触。
・・・・・どうなっている?
状況を確認しようとするも、うまく体が動かせない。
体は重く、まるで全身に鉛でも付けられたかのようだ。
意識もはっきりとせず、目を開けるのも億劫に成る。
このまま眠ってしまおうか、なんて考えが頭を過ぎった時、
--フォウ・・・・・?キュウ・・・・・キュウ? フォーウ!
不思議な鳴き声が聞こえた。
・・・・・何だ、今のは・・・・・?
今までに聞いたことのない音だ。
何かの動物だろうか、と考えていると、頬を生暖かいものが撫ぜる感覚が走った。
その感触から察するに、鳴き声の主に舐められたのか。兎に角、自分の目で確かめて見ないことには始まらない。
重い瞼に喝を入れゆっくりと持ち上げる。
目の中に光が入ってくる。鳴き声の主を探そうと視線を彷徨わせる。
その先に、白い動物ーーおそらく鳴き声の主でろううーーと右目を前髪で隠した少女がいた。
「ーーーーーー」
予想外の存在に面食らってしまう。
頭の中で思い描いていた予測と乖離した光景に、言葉が出てこない。
自分が、ひどく間抜けな顔を晒しているのが分かる。
「ーーーーーー」
どうやら、向こうも同じのようで、キョトンとした顔をしている。
すみれ色の瞳を瞬かせ、こちらをマジマジと見下ろしている。
そうして10秒ほど見つめあった後、先に復活した彼女の方から話しかけてきた。
「ーーあの。朝でも夜でもありませんから起きてください先輩」
確かに寝転がっているがその切り出し方はどうなのか・・・・・いや、可笑しいのはこちらか。
よく考えるまでもなく地面に寝転がっている方が変だ。彼女の発言も間違いではない。
彼女が手を差し伸べてくれたので、すまない、と一言断ってからその手を掴み立ち上がる。
身体を起こしながら、改めて辺りを見回す。
金属質の壁と天井。通路の感じから何らかの施設に思える。
・・・・・見覚えはない、か。
「ここは、どこだ・・・・・?」
知らない場所に、つい言葉が漏れる。
その呟きを自身への問いかけだと考えたのか。
目の前の少女は律儀に答えてくれた。
「はい。それは簡単な質問です。ここは正面ゲートから中央管制室に向かう通路です。より大雑把に言うと、カルデア正面ゲート前です」
ーーカルデア
やはり知らない名だ。
俺がその名前を頭の中で反芻している時、
「フォウ!」
「うおっ」
さっきの動物が飛びかかってきた。
全身が白い体毛に覆われ、犬とも猫とも、りすとも判別がつかないその姿は持ちうる知識の中には存在しない。
その鳴き声と同じでやはり、見たことのない生き物だ。
「何なんだ・・・・・こいつは?」
「そのリスっぽい方はフォウ。カルデア内を自由に散歩する特権生物です。私はその方に導かれお休み中の先輩を発見したんです」
少女からなんとも的外れな解説を受けている間、フォウと呼ばれた白い動物は俺の頭へ登り、その小さな四肢で髪の毛を揉みくちゃにする。
何が楽しいのか、時折鳴き声を上げては軽快なステップを踏む。
動物好きな人間が見ればなんとも羨ましい光景だろう。頭部に感じるであろう肉球の感触を想像しただけで悶えるかもしれない。
しかしながら、そんなものより頭皮に直に感じる爪の感触の方が強く、ハッキリ言って痛い。
頭頂が禿げ上がった挙句、血塗れになる前にできれば離れて欲しい。
そんな願いが通じたのか、はたまた満足したのか、謎の珍生物は軽快に頭から飛び降りて何処かへと去っていった。
「・・・・・またどこかに行ってしまいました。あの様に、特に法則性もなくカルデア内を散歩しています」
「不思議な生き物だな」
「はい。わたし以外にはあまり近づかないのですが、先輩は気に入られた様です」
珍らしいものでも見たかのように、少女はこちらを見上げる。
その情報を果たして喜んでいいのかいまいち分からないが、嫌われるよりはマシだろう、と納得する。
「ところで、少しお聞きしたいのですが・・・・・何故、通路でお休みになっていたのでしょうか?硬い床でないと眠れない性質なのですか?」
自分の中であの動物についての折り合いをつけたところで、少女は当然の疑問を投げかけてきた。
しかし、本音を言えばそれはこちらが聞きたい。そもそも、何でこんな所にいるのかも分からないのだ。
・・・・・昨日は確か・・・・・?
妙なところで、引っ掛かりを覚える。
昨日は何をしていたか思い出せない--いや、前提が違う。
何も・・・・・思い出せ・・・・・ない・・・・・?
「・・・・・えっと」
名前。
自分の名前はーーーー駄目だ、思い出せない。
考えれば考えるほど、頭の中に靄がかかったようになる。
「先輩?どうかしましたか・・・・・?」
ずっと考え込んでいたためか、目の前の少女が訪ねてきた。
どう答えるべきか思案していると、
「ああ、ここにいたのかマシュ。だめだぞ、断りもなしに移動するのはよくないとーーおっと、どうやら先客がいたようだね」
誰かがやってきた。
ただ、この混乱する頭では、それを確認する余裕もない。
誰かと誰かの話し声が、ひどく粗雑なノイズに聞こえる。
「それにしても見ない顔だね。マシュ、彼は?」
「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでした。改めまして、私はマシュ=キリエライト。こちらはーー」
「レフ=ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ。君の名は?」
「・・・・・ない」
「うん?」
「分からないんだ・・・・・」
「なに・・・・・?」
男・・・・・レフが訝しげに聞き返す。
「自分の名前、自分が誰なのか、何一つ思い出せない」
「なっ・・・・・!」
予想もしなかった答えに、少女はは声を上げ、男も驚きに動きを鈍らせる。
「・・・・・それは、本当なのか?」
かけられた問いに対し、首を縦に振って答えた。
「レフ教授、これは一体・・・・・」
困惑した表情で少女がレフに尋ねる。
「・・・・・おそらく、彼は入館時に霊子ダイブを用いたシミュレートを行い、その時にエラーないしバグが発生し彼の記憶視野に影響を及ぼしたんだろう」
彼らが何やら話しているが、混乱した頭ではうまく理解できない。
分かるのは、今の俺には自分を構成する大事な要素がかけ落ちているという事実だけでーー
「あの、本当に何も覚えていないんですかーー?」
言われて、もう一度記憶に検索をかける。
自身が何者なのか、必死に記憶を漁ろうとする。
それでも、やはり霞みがかったように何も浮かんでこない。
それでもなんとか手がかりを見つけ出そうとしてーー僅かにノイズが走った。
「・・・・・っ!?」
脳に鋭い痛みが走り、過去を思い出そうとする行為そのものを拒絶しているように感じt。
ただ、その一瞬。ノイズの中に浮かんだモノがあった。
一つは、燃え盛る地獄の如き風景と一人の男。
一つは、月光が差し込む土蔵の中、こちらを見下ろす一人の少女。
最後にーー
「衛、宮・・・・・」
「えみや・・・・・?誰かの名前でしょうか?」
疑問を呈する少女に、答えを示す術はない。
本当にただ浮かんできただけで、さっきの映像とその名前が何を意味するのか、何もわからない。
--しかしーー
--あれこそが自身の全ての様な気がしてーー
「先輩・・・・・?」
「ーーいや、大丈夫だ。さっきの質問だけど、多分あれが俺の名前なんだと思う」
応じる言葉に、澱みはない。
ひどく曖昧な記憶で、何一つ判然としなかった言葉の羅列でしかなかったーーなのに、確信があった。
理由はわからない。後押しする理論など、一つもありはしない。
それでもーーその名ほど、自身を表すのに相応しいものはないと断言できた。
「その名が誰のものかはわからないが、今は唯一の手掛かりだ。取り敢えず、マシュは彼を医務室へ連れていってくれ。私は所長にこの事を伝えてくる」
「わかりました。先輩、私に付いてきてください」
「ああ、わかった」
男の指示に従って扇動する少女に、大人しく着いて行く。
これからどうなるかはわからない。しかし、今は何より医者にかかる事が最優先だろう。
垣間見えた三つの記憶を思い返しながら、少女に習って歩を進めた。
書いていて思ったのですが、他の作品を書いてる皆さん凄いですね。かなり難しいです。よくあんなにうまく纏めるな、と感心しました。もう少しうまくできる様に精進します。