Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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気が付けば早いもので、新しい年がやってきました。皆様はいかがお過ごしでしょう? 私はリアルの方もこなしながらfgoアニメに見入ったりHF公開を心待ちにしてたりApoアニメ化に歓喜したりバレンタインの十連一発でXオルタがニ騎来たことに狂喜乱舞したりと、概ね良い生活でした。唯一の心残りは、拙作の更新速度が過去最低だったことですかね。ほんと待ってくれている方々には申し訳ないです
大筋は割と早い段階で完成していたんですが、場面の描写や転換、キャラの会話などに思いの外手こずってしまい、今日までだらだら引きずってしまいました。暫くはリアルも落ち着いたものになると思うので、次はもう少し早く投稿できると思います。ですので何卒ご容赦を。
それでは、10話目どうぞ


示される道標

 それは、いつの記憶だったか。

 

「子供の頃、僕は正義の味方になりたかった」

 

「なんだよ、それ。"なりたかったって"。諦めたのかよ?」

 

「うん。残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

 

「なんだ。それならしょうがないな」

 

「うん。本当に、しょうがない・・・・・・」

 

「なら、俺が代わりになってやるよ」

 

「爺さんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ」

 

「任せろって。爺さんの夢は----」

 

 

 

 果たして。

 

 

 

 その言葉を告げたのは、果たして、誰だっただろうか--。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 微睡んでいた意識が覚醒する。

 動きを緩めていた脳が回転し始める。

 

・・・・・・ここは・・・・・・・・・・・・。

 

 眼に映るのは黒煙の立ち込める空、ではない。

 古い日本家屋のような木造の天井だ。

 俺自身も何故か布団に寝かされている。

 

「なんでこんな所に・・・・・・」

 

 体を起こしながら疑問が溢れる。気を失う前のことはよく憶えている。

 打ち倒した二体の影と、不意打ちを仕掛けてきたもう一体の影。

 そして、それを貫いた赫と担い手たる青。

 

「あれ・・・・・・?」

 

 そこまで考えて、違和感に気づく。

 

「傷が、治ってる・・・・・・」

 

 影との戦いでボロ雑巾のようになった体が元に戻っている。

 それだけではない。

 体を蝕んでいた毒も消え去っている。

 

・・・・・いったいだれが・・・・・。

 

 胸の内で新たな疑問が生まれたその時、

 

「目が覚めたみたいね」

 

 後ろから聞こえた、聞き覚えのある声。

 さっきとは逆だな、なんて的外れなことを考えながら、声の主に振り向く。

 

「おはようございます、オルガマリーさん」

「ええ、おはよう。体の調子はどう? 」

「少し気怠さを感じるけど、どこも問題は無いです」

「それなら良かった。治療してるところは見ていたから分かっていたけど、一応ね」

 

・・・・・・ん?

 

 彼女の言葉に少しばかりの違和感を抱く。

 彼女の言は、まるで彼女以外の人物が治療したかのように聞こえる。

 

「これ、オルガマリーさんがやったんじゃ無いんですか?」

「いいえ、違うわ。治癒に特化した魔術師ならともかく、あれほどの傷を完全に直すことは私にはできないわ」

 

 こちらに近づきながら、そっちは専門外だしね、と続けるオルガマリーさん。

 彼女でもないとすれば、あとはマシュしかいないのだが、彼女に治療の心得があるとは聞いていない。

 

「おう。目が覚めたみたいだな、坊主」

「っ・・・・・・!?」

 

 再び背後から聞こえた声。

 しかし、今回のそれは彼にとって聞き覚えのないものだ。

 

「あんたはーー」

 

 振り向いた先には二人の人物。

 一人は彼のサーヴァントであるマシュ。

 そして、その傍に立つのは、あの影を貫いた群青の騎士だった。

 

「良かった、意識が戻られたんですね、先輩・・・・・・!」

 

 そう、心から安堵したように言い、駆け寄ってくるマシュ。

 その姿を見て、こちらもまた心からの安堵が溢れる。

 本当ならお互いの無事を喜び合いたいところだが、それは後回しにする。

 現在最も優先すべきは状況の把握だ。

 

「すまない、マシュ。色々とあるだろうけど、あれからどうなったのか教えてくれないか?」

「あ・・・・・・すみません。そちらを先に説明するべきでした。えっと、どこから話しましょうか・・・・・」

「それは私から話すからあなたは休んでなさい。さっきのダメージ、まだ残ってるんでしょう?」

 

 状況を説明しようとしたマシュを遮って、オルガマリーさんが代わりを申し出てきた。

 

「まず彼のことだけど、敵ではないから安心しなさい」

 

 騎士の姿を見てからずっと気を張っていたのを気取られたのか。

 彼女はそんなことを言った。

 俺としては何が何やら分からないので無防備な姿を晒したくはないのだが、彼女が言うのならひとまずは安全なのだろう。

 

「それじゃ始めるわよ。二度は言わないからしっかり聞きなさい」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 戦いを終えた後。

 オルガマリーとマシュが辿り着いた先で見た光景は、彼女達の予想とは異なるものだった。

 

「ん? もう着いたか。意外に早かったな」

 

 まるで、友人か何かのような調子で声をかける男。

 傷つき倒れ伏す少年の側、禍々しい魔力を放つ紅槍を持った青い騎士が立っていた。

 

「・・・・・・っ!?」

 

 その姿を見咎めた瞬間、マシュは動かぬ体に鞭を入れ眼前の脅威を退けようとした。だが--

 

・・・・・迂闊に動いたら先輩が・・・・・っ!

 

 この状況。

 もし男がその気になれば少年など容易く殺せるだろう。

 有り体に言って、少年は人質に取られているのだ。

 

「そう怖い顔しなさんな。折角の美人が台無しになるぞ」

 

 先ほどと変わらぬ軽い雰囲気で話しかけてくるが、こっちは気が気でない。

 安易な行動は少年の命を危ぶめる。

 いや、それ以前に、目の前にいるこの男はーー

 

「悪いけど、仲間を人質に取るような輩と軽々しく口をきく気は無いわ」

 

 動けないマシュの代わりに、オルガマリーが毅然とした態度で男に返す。

 相手は少年をすぐに殺さずに人質とした。

 それはつまり、男にとって必要な何かが自分達にはあるということ。

 そうでなければ、わざわざ少年を生かしている理由が無い。

 上手くいけば無傷でこの場を切り抜けられる。

 そして、それは自身に掛かっている。

 それを理解するからこそ、オルガマリーは今にも逃げ出しそうな衝動を抑えつけて相対する。

 自らを奮い立たせ、さあ、どう出る、と相手の言葉を待ち、

 

「あん・・・・・・?」

 

 何故か、男は怪訝そうな声を上げた。

 

「いや、なんでそうなーーあー、いや。そうか、そりゃそう見えるわな」

 

 男は疑問を上げたと思えば、今度は一人で勝手に納得しだす。

 正直に言って、訳がわからない。

 

「・・・・・ちょっと。何を納得したのか知らないけど、さっさとそっちの要求を言いなさいよ」

「いや、要求といえば要求なんだがなーーあんたら誤解してんぞ」

「誤解・・・・・・?」

「俺は別にあんた達と敵対するつもりはないし、坊主を人質に取ってるわけでもない」

 

 そう言った男は、その直後に手に持つ槍を消した。

 

「ほら。見ての通り、何もしねぇよ」

 

 自身が敵では無いというアピールなのか、空になった手をひらひらと振っている。

 敵では無い、という言葉が真実であれば好都合だが、まだ信用するべきではない。

 これだけでは、まだ足りない。

 

「武器を仕舞ったくらいで信用できると思う?そもそも、その気になればすぐに取り出せるんでしょう。油断して近づいた瞬間に串刺しっていうこともありうる」

 

 それに、と続けるオルガマリー。

 

「何より、あなたの足元で傷だらけで倒れている彼が動かぬ証拠だと思うけど?」

 

 男を信用できない決定的な事実。

 少年が無事に返されない限り、男の言を鵜呑みにすることはできない。

 

「まぁ、道理だわな」

 

 そう言った男は徐にしゃがみこんで少年へと手を伸ばした。

 少年に危害を加えるつもりかと思ったが、そういう訳でも無い。

 

「・・・・・何をしてるのよ」

「いやなに。あんたらの警戒を解くためのちょっとしたサービスって奴だ」

 

 言うが早いか、男の指が空中でナニカを刻み込んだ。

 ソレが淡い光となり少年を包み込んで--

 

「なっ----!?」

 

 オルガマリーから驚愕の声が漏れる。

 原因は少年の体。

 先ほどまで深く刻まれていた傷。

 それが一瞬で消え去っていたのだ。

 いったい何が起きたのか。

 優秀な魔術師である彼女は、瞬時に理解した。

 ルーンと呼ばれる、文字を刻むことによって効果を発揮する魔術。

 それを用いて少年の傷を治癒したのだ。

 それだけであれば驚くことは無い、既知のものだ。彼女自身ルーンを使用でき、何度か他のルーン魔術の使い手にも会ったことがある。

 

ーーその全てが、男の足元にも及ばない。

 

 発揮する効果。

 内包する神秘。

 あらゆる全てが彼女の知るものを凌駕している。

 故にこそ、彼女は理解する。

 アレは、未知のものであると。

 

・・・・・古代ーーいえ、それすら新しい。もっと旧い、恐らくは神代のもの。

 

 まだ物理法則が存在せず、神秘が日常であった頃。

 世界がまだ神々によって治められていた時代。

 彼の時代における魔術とは、現代のソレと比べて文字通り次元が違う。

 魔術自体の格は疎か、魔力の収集すら現代の人間には再現不可能なのだ。

 男の用いた魔術は、まさしく神代のそれに相当する。

 

「体表の傷と折れた脚。それからさっき受けた毒の方も治しておいたぜ。体力の方は暫く寝てりゃ戻るだろうよ」

「ちょっと待って。色々と突っ込みたいことはあるけど、毒ってなんのこと・・・・・?」

「アサシンだよ。この坊主がキャスターとライダーを倒して気が抜けてるとこを狙いやがった。流石に陰に潜むのは達者で、俺も直前まで気づかなかった。おかげでこっちの考えが台無しにされるとこだった」

 

 まぁでも、と男は間を入れ、

 

「あんたらが来てくれたおかげで、その心配も無くなった。まぁ、ちょっとばかし問題があったがーーもうそれも無いだろ?」

 

 男は最初と変わらぬ、気軽な態度でそう言った。

 

「・・・・そうね。あなたに対する疑問が完全になくなった訳じゃ無いけど、敵ではないということは分かりましたーーそれで、敵でないのならあなたの目的は何なの?」

「なに。難しいことじゃない。ただ、あんたらと手を組みたい。要は共闘だな」

「共闘・・・・・?」

「ああ。少しばかり面倒なことになっているんだがーーその前に、この坊主を休ませんとな」

 

 そう言った男は、少年を肩に担いだ。

 

「あんたらは、どっかに拠点でもあるか?」

「一応、橋の向こう側にあるけど・・・・・・」

「そんじゃ、そこに向かうとするか」

「ち、ちょっと待ちなさいよ!?」

 

 少年を担ぎ、今にも走り出しそうな男を、オルガマリーがなんとか呼び止める。

 

「んだよ。いきなりでけぇ声出して」

「あなたね・・・・・・まだこっちは、あなたの要求を呑むのかも決めてないのよ? そう簡単に拠点に連れて行ける訳ないでしょ」

「じゃあどうすんだよ。坊主をいつまでもこのままにしとくわけにもいかねぇだろ」

 

 その通りだ。

 男の言葉に間違いは無い。

 少年を休ませ、早急にこの異常事態の原因を解明しなくてはいけない。

 目の前の男は、それらを解消するための鍵となるだろう。 或いは。男の持つ情報次第では、その全てを同時に解決できるかもしれない。

 オルガマリーも、それが最善だと理解している。

 しかしそれは同時に、全てが終わる可能性も孕んでいる。

 先ほどの男の言葉に間違いは無い、というのは、男が真実を話していることが前提だ。

 仮に男が敵で、嘘を吐いていたらどうだろうか。

 議論の余地もなく、彼女たちは全滅する。

 研究が本分のオルガマリーにも、そのことは理解できる。

 正確な数値でこそ測れないが、目の前の男は少なくとも、全快のマシュとエミヤが二人ががりで挑んでも倒すのは困難だろう。

 故にこそ、そのような人物を迂闊に自分達の拠点に案内するわけにはいかない。

 

「所長」

 

 短く一言。

 今まで沈黙を保っていたマシュが声を上げた。

 

「・・・・・・何かしら? 見ての通り忙しいのだけれど」

 

 今は目の前の問題に対処するので精一杯だ。 少しばかりの余裕も無い。

 マシュのことを気にかけてることも出来ない。

 そんなことは彼女も理解しているはずだ。

 それでも言葉を投げかけてきたのはーー

 

「はい。そのことで、一つ提案があります」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「それでマシュが探索途中で見つけたこの家に俺を連れてきたのか」

「そういうこと。理解が早くて助かるわ」

 

 話を聞き終えた衛宮は、事態を一通り理解する。

 彼らが今いるのは、冬木市西側の深山町にある日本家屋だ。

 マシュが探索中に見つけたそれはかなりの大きさで、謂わゆる武家屋敷というものだ。

 屋敷はその大きさ故か、この火災の中にあってもほとんど原型を留めている。

 屋敷の中もあまり荒れておらず、到着後すぐに使用できた。

 唯一サークル設置可能な霊脈が通っていないのが欠点だが、仮の拠点としては申し分ない。

 休息と交渉の二つを行う必要があった彼女達にとって、この屋敷が残っていたのはまさに僥倖だったと言えるだろう。

 

「それで、この異常の原因は分かったんですか?」

 

 事態を把握した衛宮は、次の疑問を溢した。

 オルガマリーの話でここまでの経緯は理解できた。しかし、彼女は肝心の男の持つ情報は話さなかった。

 事態を把握した今、最も重要なのは男の持つ情報だ。

 その情報は衛宮もできるだけ早く把握しなくてはならない。

 

「そのことなんだけど、まだ私達も詳しいことは聞いてないのよ」

 

 質問してきた衛宮に答えたオルガマリーから出てきたのはそんな言葉だった。

 

「彼があなたが目覚めてから話すって言ってね。その方が手間が省けるからって」

 

 この答えで、衛宮はオルガマリーが何故男の情報を伝えなかったのか理解した。

 彼女自身知らないことを伝えられるはずもない。だがーー

 

・・・・・普通なら悪手だな、それは。

 

 どうあれ得体の知れぬ相手に気を抜いていいものではない。

 そもそも男の言葉が真実かもわからぬ以上、まず第一にことの真贋を図るべきだ。

 とはいえ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。

 何も起こらず、彼女達が無事だったことを素直に喜ぶべきだろう。

 

「オルガマリーさん。まだ話を聞いていないなら、早く聞いた方が良い」

「心配せしなくても、最初からそのつもりよ」

 

 衛宮の催促に答えると、オルガマリーは男のほうに向き直った。

 

「さて、それじゃ改めてあなたの知ってることを話してーー」

 

 くぅ〜

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

ーー何やら、可笑しな音がなった。

 

 いやまぁ、なんの音かは分かるし、音の出所も顔を赤くしてるオルガマリーを見れば一目瞭然だろう。

 三人ともが意識していなかった事だが、ここまで相当量の移動及び戦闘を行なっており、その上水以外何も口にしていない。

 腹の虫が鳴くのも無理はない

 とはいえ、他人の前で腹を鳴らすなど、彼女にとって羞恥以外のなにものでもないだろう。

 衛宮は、あえて気にしない風を装う。

 というより、下手に突いてまたあのガンドとかいうのを向けられるのは御免被る、というのが本心だが。

 

「何か、食べられるものを探してきますね」

 

 彼は 一言だけ残して隣の居間に移り、台所に入る。

 冷蔵庫の中身によっては簡単な料理ぐらい作れるだろう、と考えてのことだ。

 

「電気とガスは・・・・・通ってるな。食材はちょっと少ないけど、簡単な物ならできるか」

 

 ライフラインに関しては、町の状態からして通っていないことも考えたが、今回は運が良かったようだ。

 

「少し時間がかかるから、つなぎがいるな・・・・・お」

 

 野菜室を開くとちょうど良いことに林檎が二つ入っている。

 人数はマシュとオルガマリーとあの男の三人。

 一つは丸々全部使って、もう一つは半分程度切り分ける事にする。

 

「それじゃ、早速始めるとするか」

 

 オルガマリーが空腹で倒れる、なんてことが起きないように、彼は手早く作業に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 彼が隣の部屋に移ってから約一分。

 何かゴソゴソしていた彼が、切り分けた林檎を持ってきた。

 皿の上に皮付きと皮無しがそれぞれ半分ほど乗せられた光景は、空腹の身にはかなり効く。

 他人の前でお腹を鳴らすという大失態を犯した羞恥で頭が一杯だったが、これの前ではもうどうでもよくなった。

 とにかく今はこの空腹をおさめたい。

 彼の方はというと、そんな私の姿に苦笑しながら林檎を渡すと、そのまま隣の部屋に戻っていった。

 何をするのかと聞くと、料理をしてくる、なんて言い出した。

 最初は料理なんてできるのか、そもそも記憶が無いのに何故できるのかと思ったが、その疑問はすぐに無くなった。

 何せ林檎を食べ終え、興味を惹かれた私とマシュが行った先で見たのは、凄まじいほど手際よく調理をする彼の姿だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな事まで出来るなんてね・・・・・・」

 

 調理を始めてから暫く。

 カウンター越しにマシュと一緒にこちらを見ていたオルガマリーさんはそんなことを言った。

 なんでも、俺がどんな風に料理をするのか気になるらしい。

 まぁ男が料理をするなんて、普通に考えればあり得ないのだろう。

 別に男が料理をするのが可笑しいとは思わないが、少数派なのは否めない。

 さらに言えば、俺の記憶が無いという事も一因だろう。

 斯く言う俺も、何故こんなことができるのか分かっていない。

 記憶は無いはずのに、台所に立つとレシピが思い浮かび、身体が勝手に調理しだすのだ。

 

「料理のことはよく分からないけど、あなたちょっと手際が良すぎない?」

「私も同感です、所長。先輩の料理スキルには目を見張るものがあります。これは三つ星レストランのシェフ並と言っても過言ではありません」

「俺も何でこんな事が出来るのか疑問ですよ。あとマシュ、流石にそれは言い過ぎた」

 

 オルガマリーさんとマシュの言葉に苦笑しながら答える。

 自分でもおかしな話だとは思うが、出来てしまうのだから仕方ない。

 流石に三つ星レストランのシェフと同等とまでは思わないが。

 

「いえ、それもあるけど、そうじゃなくて」

「? 何か他にあるんですか?」

 

 はて? 料理の腕以外に何か気になる事があるのだろうか。

 

「あなた、何でそんなに他人の家のキッチンを使いこなせているのよ」

「えーー?」

 

ーー思考が、停止する

 

「調味料も調理器具も、何で淀みなく取り出せるのよ。前もって確認してたにしても、迷いがなさすぎるわ」

 

 彼女の言葉で、初めて気付く。

 そうだ。

 俺はこの家を知らないはずだ。

 どこに何が置いてあるかなど分かるはずもないし、そもそも確認などしていない。

 だというのに、まるで長年使ってきたかのように扱えていたのは何故か。

 それに、台所だけじゃない。

 最初にこの部屋に移った時、何故俺はこの部屋が居間で台所があると知っていたのか?

 

「まさかとは思うけど、"ここがあなたの家"、だなんて言うんじゃないでしょうね」

「ーーそれこそ、本当にまさかですよ」

 

 オルガマリーさんの疑問に、首を横に振って答える。

 記憶喪失の人間が、たまたま異常事態に巻き込まれて、そこにたまたま自分の家があるなんて、そんな偶然があるわけがない。

 

「ほら、もうすぐてきますから座っててください。それからマシュ、これフォウの分だから持って行ってくれ」

 

 最後の仕上げに掛かりながらオルガマリーさんとマシュに告げる。

 彼女はまだ納得していないようで、こちらを睨んでいたが、渋々引き下がってくれた。

 

・・・・・ありがたいな。

 

 本来ならこちらのことなど考慮せずに、根掘り葉掘り問いただしたいだろう。

 それを抑えて、彼女は俺のことを優先してくれた。

 本人は色々理由を付けるだろうけど、それが本当は彼女の優しさなのだということは、この短い付き合いの中でも十分に感じ取れた。

 

・・・・・ほんと、感謝しないとな。

 

 出来るならすぐにでも彼女の疑問を解消してあげたいが、残念ながらそれは出来ない。

 だからせめて、俺の作った料理で満足してもらうとしよう。

 胸の中で湧く微かな懐かしさを気にしないようにしながら、俺はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

「あの工程を見てたから半ば予想できてたけど、ほんとに美味しいわね・・・・・・」

 

 オルガマリーさんが嬉しいことを言ってくれるが、何故か渋面だ。

 舌に合わなかったかとも思ったが、料理を口に運ぶ手は止まらないので、そういう訳でもないらしい。

 何か気になることでもあるのか、時々何かをつぶやいてはこちらを睨んでくるのだ。

 その度に敵意とも羨望とも分からない感情が向けられるので、困惑する他ない。

 いったい俺にどうしろというのだ、彼女は。

 言葉こそないものの、とても幸せそうに食べてくれるマシュが唯一の救いだ。

 

「それにしても、よくこんなの思いつくわね。確かみかん、だったかしら? それの果汁をフレンチトーストに使うなんて」

「アイデア自体はそんなに珍しいものじゃないですけどね。卵液にみかんの果汁を加えるだけですから、手間もあまりかかりませんし」

 

 ちょっとした説明をしながら、俺もフレンチトーストを口に運ぶ。

 

・・・・・うん。我ながら上出来だ。

 

 蜜柑の酸味が甘みを程よく中和し、くどさを抑えている。

 焼き具合もちょうど良く、外はカリカリ、中はとろりとした食感になっている。

 自分で作っておいてなんだが、これは本当に一流レストラン並みかもしれない。

 少なくとも、そこらの喫茶店などには負ける気がしない。

 そんな自画自賛をしていると、

 

「こいつは美味いな。スイーツっていうのか?甘いもんは特に好きでもないが、なかなか侮れん」

 

 騎士の男がそんなことを言った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ん? 俺の顔になんかついてるか?」

「・・・・・いや、なんでもない。気にせず食べてくれ」

 

 男は首を傾げながら、変な奴だな、なんて言って再びナイフとフォークを動かす。

 

・・・・・違和感が凄まじいな。

 

 できるだけ男の方を見ないようにしながら、そんなことを考える。

 だって仕方ない。

 全身を青一色で染める騎士甲冑を纏った筋骨隆々の男が、器用にナイフとフォークを使ってフレンチトーストを食べていれば誰だって違和感を抱く。

 

・・・・・まあ、俺も人のことは言えないけど。

 

 フォークを置き、自身を見下ろす。

 青の男に勝るとも劣らぬ、血のように赤い外套。

 その下には黒のライトアーマーを纏っている。

 どこからどう見ても怪しい。

 今が非常事態下になく、ここが町の只中であれば即刻通報されていることだろう。

 ただのコスプレか何かであればよかったのだが、ドクター・ロマン曰く最上位のマジックアイテムだというのだから洒落にならない。

 そしてそんな格好で食事を取っているのだから、俺も大概である。

 

・・・・・考えても始まらないな。

 

 再び生まれそうになった思考の渦を強制的に打ち消す。

 今すべきことはできるだけ手短に休息を取り、現状を打破すること。

 それ以外のことは度外視しろ。

 オルガマリーさんもマシュも、もう直ぐ食べ終わる。

 俺がいつまでも時間をかけていては話にならない。

 そんなことを思いながら、俺はさっきよりも早くフォークを動かしていく。

 

 

 

 

 

「ーーふぅ。美味しかったわ。確か、この国では食後にごちそうさまって言うんだったかしら?」

「そうです、所長。なんでも使われた食材とそれらを作った人、それから調理者に対してのお礼の意味合いがあるようです。あ。先輩、私もごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした。二人とも喜んでくれて何よりだ。本当なら紅茶かコーヒーでもいれたかったんだけど、生憎とそっちの方はないみたいだから、緑茶で我慢してくれ」

「こんな時にこれだけの食事が取れたんだから、そこまで高望みしないわよ。それに--」

 

 オルガマリーはそこで一旦言葉を区切り、

 

「それに、今はあなたから話を聞くのが先よ、"ランサー"」

 

 強い声と眼差しで、男に言葉を投げかけた。

 

「そんなに睨まなくても、話してやるよ」

 

 そう言った男は、僅かばかり姿勢を整え、語り始めた。

 

「さて。まずは簡単な自己紹介でもしておくか。オレはこの聖杯戦争に召喚された槍兵<ランサー>のサーヴァントだ」

「・・・・・やっぱり、この街では聖杯戦争が行われていたのね」

「ああ。あらゆる願いを叶える万能の願望器、聖杯を奪い合う七人の魔術師<マスター>と七騎の英霊<サーヴァント>による争い。そいつがここでは行われていた」

 

ーー聖杯戦争。

 

 最高位の聖遺物、聖杯を実現させるための、魔術師達による大儀式。

 参加者となる者は聖杯そのものから選ばれ、その資格たる刻印を刻まれる。

 魔術師の総数は七人。与えられるサーヴァントも七騎。

 

 そして、集った英霊に与えられるは、七つの筺<クラス>。

 

 剣の英霊<セイバー>

 

 弓の英霊<アーチャー>

 

 槍の英霊<ランサー>

 

 騎兵の英霊<ライダー>

 

 魔術師の英霊<キャスター>

 

 暗殺者の英霊<アサシン>

 

 狂戦士の英霊<バーサーカー>

 

 彼らは各々の願いを叶えるために、召喚に応じ現世に現界する。

 

「俺も戦って、マスターに勝利を捧げるために槍を振るっていたわけだが--俺たちの聖杯戦争は、いつの間にか違うモノにすり替わっていた」

「すり替わっていた・・・・・?」

「街は一夜で炎に覆われ、人間は誰一人いなくなり、残ったのはサーヴァントだけだった」

「何で、そんなことが・・・・・・」

「俺も理由はわからん。いや。俺だけじゃない。この戦いに集まった連中は殆どが原因を探り始めた」

 

 だが。

 

「そんな中で真っ先に聖杯戦争を再開したのがセイバーのやつだ。奴さん、水を得た魚みてえに暴れ出してよ。他の連中からすれば不意打ちもいいところだったろうよ。セイバーの手でライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーが倒された」

「たった一人のサーヴァントに四騎ものサーヴァントが・・・・・・」

「ああ。んで、セイバーに倒されたやつはあんたらが戦った三人よろしく、真っ黒い泥に汚染された。連中はボウフラみてえに湧いてきやがった怪物どもと一緒に何かを探し出し始めや」

「探し物、ですか?」

「面倒なことに、その探し物には俺も含まれているらしい。俺を仕留めん限り、聖杯戦争は終わらないからな」

「待ってください。今の説明だと、まだアーチャーが残っているのでは」

 

 ランサーの言葉に、マシュが疑問を溢す。

 先ほど、セイバーに倒されたのはランサー、アーチャー以外のサーヴァントだとランサーは言った。

 ならば、彼らが倒さなくてはならないのは、ランサーとアーチャーの二人のはずだ。

 至極真っ当な疑問に、ランサーの顔が忌々しげに歪む。

 

「問題はそこなんだよ。前にアーチャーの野郎はセイバーを倒しに行ったんだが、何をトチ狂ったか、あいつセイバーにつきやがった」

「それは、どういう・・・・・・」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。あいつらの間に何があったか知らねえが、セイバーがアーチャーを倒すことはなく、アーチャーもまともなままセイバーに味方してんだよ」

 

 面倒くさいことこの上ない、と呟くランサーの声には隠し切れぬ苛立ちが隠れている。

 そんなランサーを見ながら、オルガマリーは一つの納得を得る。

 

「なるほど。だから共闘なのね」

「そういうことだ。俺は聖杯戦争を終わらせるためにセイバーとアーチャーを倒したい。あんたらの目的は大方この事態の解決ってところだろう? なら、手を組んだ方が何かと便利ってもんだ」

「それは私たちにとっても都合がいいけど。でも、一つだけ疑問があるわ」

 

 疑問。

 オルガマリーはランサーの話に対し一つだけ引っかかりを覚えた。

 

「あなたは、セイバーとアーチャーを倒したいって言ったけど、あなたなら私たちがいなくてもできるんじゃない?」

「ほぅ。随分と高評価だな。何だ、俺に惚れでもしたか?」

「馬鹿なこと言ってないで。大体そんなつもりないでしょう。私は飽くまで客観的な事実を述べたまでよ。あなたほどの英雄なら、大抵の敵は倒せるでしょう?」

「・・・・・・真名は教えてないはずだが」

「そんなの、あなたの持つ槍とあのルーンを見れば、すぐに見当がつくわよ」

「普通はそれだけで気づかんだろう・・・・・・まぁそれはいいか。確かにあんたの言う通り、俺とサシで闘れるやつなんざそうそう見つかりゃしねぇだろうよ」

 

 それは一つの事実だ。

 槍兵の名に恥じぬ技巧、現代では決して再現できないほどの神秘を内包するルーン魔術。

 何より、世界全てを侵食せんと言わんばかりの禍々しい魔力を放つ紅の魔槍。

 それら全てを備える人物はたった一人しかおらず--ならばこそ、彼の者が勝てぬ存在などありはしない。

 それだけの力を、その英雄は有しているのだ。

 

「だったら、なんであなたは--」

「サシでなら、つっただろ。俺は前にも一度、連中と闘り合ったんだよ。そん時にアーチャーをあと一歩まで追い込んだんだが、あと一押しってところでセイバーのやつが割り込んで来やがった」

「・・・・・セイバーとアーチャーの二人を相手にしてよく生きてたわね」

「確かにアイツらを同時にを相手にするのは骨が折れるが、この身は如何なる戦いでも倒れることのなかった一人の英雄だたとえどれほど不利な状況であろうと敗けるつもりは無い。だが--」

「敗けは無くとも、勝ちも無いと、そういうことね」

「そういうことだ。だからあんたらは、俺がセイバーと戦ってる間にアーチャーを抑えててくれりゃいい。セイバーだけなら、確実にその心臓を貫ける。それが終わればそっちに行ってやるよ」

 

 その絶対的な確信のもとに放たれた彼の言葉を、オルガマリーは疑うことは無かった。

 彼女の中では、ランサーとの共闘は最早確定事項になっている。

 故に、彼女がこの場ですることは残り一つだけだ。

 

「マシュ、あなたはどう思う」

「私も彼との共闘には賛成です。敵についての情報、サーヴァントとしての経験、多様なルーン。どれを取っても味方として心強い方です」

「そう・・・・・なら、あなたはどうかしら?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちょっと、聞いてるの?」

「・・・・・ん? ああ、ちゃんと聞いてますよ。俺も共闘には賛成です。ただでさえ戦力がたりないんですから、手を組みたいというのなら、喜んで手を組めばいい」

「そう、わかったわ。それにしても、さっきはどうしたのよ? あんな風に黙り込んで」

「彼の話で少し気になることがあって、ちょっと考え込んでました。すみません、心配かけて」

「べ、別に私は心配なんか。ただこれから敵の元に向かうっていう時にぼーっとされてると困るから。それだけのことよ」

 

 そんなのオルガマリーの様子に衛宮は苦笑する。

 それが彼女の不器用な優しさだということは、彼にもすでにわかっている。

 尤もそれと同じように、下手に突っ込むと面倒なことになるということも分かっているので、何かを言うことは無い。

 今は彼女の気持ちを黙って受け取り、話を進めることに専念する。

 

「それで、どうするんですか? この事態の原因は分かりましたし、今なら戦力も充実してますけど」

「勿論、動くわよ。ここまで来たんだから、今更調査だけで終わらせないわよ。ここでこの特異点を修正すれば、不測の事態にあっても事件を解決できるという実力を示せる。戻った後の協会との交渉も多少やりやすくなるはずよ」

 

 衛宮からすれば、あまり関係の無い話ではあるが、オルガマリーにとっては今回の目的の一つがそれだ。

 故に、彼女は何が何でもこの事態の解決させるだろう。

 

「ランサー。セイバーとアーチャー、それからまだ倒されていなバーサーカーはどこにいるのかしら? バーサーカーはともかく、他の二騎聞いた感じだと同じ場所にいるように聞こえたけど」

「ああ、バーサーカーは郊外の森にずっと居座ってるよ。あれはこっちから近づかん限り問題無い。セイバーとアーチャーはずっと一カ所に留まってやがる」

「その一カ所っていうのは?」

「冬木の聖杯戦争の心臓部。円蔵山の地下空洞ーーそこで守ってやがるのさ。汚染された、大聖杯を」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 交渉を終えた彼らは二十分後に出発するとして、各々が最後の休息を取っている。

 そんな中、じっとしていられなくなったのか、それとも胸の中でくすぶり続ける違和感を解消するためか、衛宮屋敷の中を歩き回っていた。

 そんな時、一つの部屋から微かな光が漏れていることに気づいた。

 

「誰かいるのか・・・・・・?」

 

 さすがに何も無い部屋から光が漏れていれば気になるというもの。

 衛宮もその例に漏れず、そっと中を覗き込むと、

 

「あれ、オルガマリーさん?」

「え・・・・・?ああ、あなたね」

 

 そこには、何かの作業をしているオルガマリーがいた。

 光の出処は彼女を中心に床に描かれた魔法陣。

 彼女の手と周辺には、幾つかの大きめの石が置かれている。

 

「オルガマリーさん、こんなところで何をしてるんです?」

「ちょっとした仕込みよ。これから敵の拠点に乗り込むっていうのに、なんの装備も無いっていうのは流石に心許ないもの」

「なるほど、そういうことですか」

 

 オルガマリーの言うことはもっともだ。

 いくらランサーという強力な戦力があるとしても、この先で何が起きるのかわからない。

 今のうちに出来る限りの備えをしておくに越したことはないだろう。

 

「そういうことなら、俺はいない方がいいですね。お邪魔してすみません」

「ああ、ちょっと待ちなさい。ちょうどあなたに用があるのよ」

「俺に、ですか?」

「ええ。これをあなたに渡そうと思ってね」

 

 そう言ってオルガマリーは、先ほど床に置かれていた石の幾つかを、衛宮に手渡した。

 

「これは、石ですか・・・・・?」

「魔術の一種で、簡単に言えば石の中に魔力を貯蔵したものよ。それを摂取すればそこに込められた分の魔力を蓄えられるってわけ」

「魔力を?」

「ええ。あなたは自覚してないでしょうけど、ここまでの戦いでかなりの魔力を消費してるはずよ。本来なら、もっと時間をかけて魔力を貯めるものなんだけど、今は時間がないから。でも、あなたの魔力量を考えればそれでも十分補充可能よ」

「そうなんですか・・・・・・すみません、態々こんなことしてもらって」

「さっきも言ったでしょ。あなたは貴重な戦力なんだから、これくらいは必要経費よ」

 

 冷たく、突き放すかのような言葉だが、頬が僅かに赤くなってるのは、衛宮の気のせいではないだろう。

 

「それで、これをどうすればいいんですか?」

「簡単よ。飲み込めばいいのよ」

「これを飲み込むんですか?」

「多少抵抗があるかもしれないけど、飲んだ後は魔力になって吸収されるから身体を壊すことはないから安心なさい」

「・・・・・・いえ、少しだけ驚きましたけど、オルガマリーさんが渡してくるんだから、何も心配してませんよ」

 

 そう言った衛宮は、掌の上で転がしていた数個の石を、戸惑うことなく飲み込んだ。

 

「えっと・・・・・これでいいんですか?」

「ええ、それで問題ないわ。後は勝手に魔力が補充されるから」

 

 オルガマリーの言葉通り、衛宮は自身の体に何かが少しずつ満たされていく感覚を得ている。

 

「それにしても、魔術って本能に便利ですね」

 

 その効力からか、衛宮はそんなことを言った。

 それは彼の素直な感想だ。

 未だどれだけの種類の魔術があるのかは知らないが、少なくとも、自身が受けてきたものは正しく万能と言っていいものだ。

 刻まれた傷を一瞬で癒すことも、消費されたエネルギーを瞬時に補充することも、現行の科学では到底不可能なことだ。

 

「実際はそんなに便利なものじゃないわよ。何も無いところから何かを生み出すことはできないし、代価以上の結果を生み出すことも不可能」

 

 しかし、その奇跡を行使するはずのオルガマリーの口から出たのは否定の言葉だった。

 その言葉に少しばかり意表をつかれた衛宮は問い返すことしかできない。

 

「そうなんですか?」

「ええ。魔術の基本原則は等価交換。今の魔術だって、まず魔力を貯めておく石を用意して、そこからさらにためておく私の魔力と、それを留めておく術式があって初めて完成するのよ。おまけにこの石っていうのも、できるだけ純度の高い宝石とかじゃないと、あまり上手くいかないのよ」

 

 だから今回の場合は、 衛宮が保有する魔力の絶対値が低かかったため、不出来なものでも効果が得られたのだと、オルガマリーは言う。

 

「ついでに言うと、この魔術も私の専門じゃない。前に会ったある魔術師と色々あってね。その時に手ほどきを受けたのよ」

「へぇ。やっぱり魔術師の世界でもそういうやりとりはあるんですね」

 

 彼の中では、魔術というのは閉鎖的なイメージであったため、彼女の言葉に少なからず衝撃を受けた。

 

「まさか。そんなこと普通では絶対にありえないわよ。魔術というものは一子相伝なの。それぞれの家系にそれぞれの魔術形態が広がっている。共通してるのは基本的なものだけ。そこからは各家系が独自に発展させていくのよ」

 

 しかし、オルガマリーが発したのはまたもや否定の言葉だった。

 だが、エミヤはそこに疑問を感じた。

 彼女の言葉通りなら、何故彼女は別の家の魔術師から魔術の手ほどきなど受けたのか。

 

「言ったでしょ。基本的なものは共通だって。彼女から教わったのは確かに彼女の得意分野だけど、それ自体は彼女の一族が独自に生み出したものじゃないのよ」

 

 転換という部類に入るそれは、魔力のような形の無いものを、別の何かに定着させ、保存するというものだ。

 時間は掛かるが、完成さえすれば利便性が高く、応用の効く範囲も広い。

 しかし、それだけに極めるのは困難で、オルガマリーはそのコツを教えてもらったのだという。

 

「とにかく、これであなたの魔力も回復できたし、もう行っていいわよ。出発すればあなたにはまた動いてもらうんだから、今の内にしっかり休んでおきなさい」

「俺が動くのはいいんですけど、じっとしているとなんだか落ち着かなくて」

「気持ちはわからないでも無いけど、休める時に休まないと後々辛いわよ。まあ無理にとは言わないけど。それなら、マシュの様子でも見てきたら?」

「マシュをですか?」

 

 今その名前が出てくるとは思わなかったのか、衛宮は不思議そうに聞き返した。

 その表情に何を思ったのか、オルガマリーは呆れた顔で言葉を続ける。

 

「あの子もいきなりの出来事で色々と戸惑ってるに決まってるでしょう、あなたは仮にもマスターなんだから、ちゃんとケアしてあげなさい。これからはあの子にも頑張ってもらわないといけないんだし」

 

 なるほど、それは確かに道理だ。

 そもそも、記憶もないまま平然とこの異変に向き合っている衛宮が異常なだけで、ここまでの戦いは常人なら直面しただけで気を違える様なものばかりだった。

 これまで戦いというものを知らなかったマシュが、いつまでも平常なままでいるわけがない。

 その心には、知らず恐怖と苦しみが蓄積しているだろう。

 

「でも、俺が行って大丈夫ですか? 彼女だってゆっくりしたいだろうし、俺が行っても邪魔なだけだと思うんですけど・・・・・」

「それはないわよ。だってあの子、随分とあなたのことを慕っているみたいだから」

「俺が、ですか?」

「ええ。あなたも予想してるとは思うけど、マシュは人付き合いがあまり上手いとは言えなくてね。それも関係してか、あの子はあんまり自分の感情を表に出すことがないの。それが喜びであれ悲しみであれ、うまく表現できないのよ」

 

 それは、衛宮にとって本当に意外な事実だった。

 確かに彼も、マシュが人付き合いを苦手としている節があると感じている。

 だがマシュに出会ってからというもの、衛宮は彼女の多くの顔を見てきたのだ。

 驚きに目を丸くする顔を見た。

 襲い来る恐怖に瞳を揺らす顔を見た。

 他者を気遣い心配する顔を見た。

 自らの失敗に落胆する顔を見た。

 絶望に挫けそうになりそれでも諦めなかった顔を見た。

 他者の無事に心から安堵する顔を見た。

 口にした料理に目を輝かせる顔を見た。

 起伏の差はあれど、彼女は実に多く感情を見せてきた。

 だからこそ、それを一番近くで見てきた衛宮には、オルガマリーの言葉が信じられなかった。

 

「だからあなたは特別なのよ。私はもちろん、ロマニにだってあんな顔は見せたことないでしょうね。あなたのどこがそんなに気に入ったのか知らないけど、信頼されてるんだから、あなたもそれに答えてあげなさい」

「・・・・・わかりました。それじゃマシュのところに行ってきます」

 

 そう言ったエミヤはオルガマリーに背を向け、

 ここまで言われては、衛宮も彼女の提案に頷かざるを得ない。

 そもそも、マシュが心労を溜め込んでいるかもしれないと気づいた時点で、彼はマシュの元を訪れるつもりだった。

 そして、彼はドアノブに手をかけたところで振り返り、

 

「でも、オルガマリーさんも無理はしないでください。あなただってこんなことが起きて、大分疲れてるはずです」

「・・・・・私のことは別に構わないわよ。あなたたちと違って、私は指示を出しているだけなんだから。ほら、さっさと行ってきなさい」

 

 オルガマリーの言葉を聞き遂げ、彼は今度こそ部屋を離れた。

 

「・・・・・まったく。自分のことは全然気にかけないくせに、他人のことになるとやけにうるさいんだから」

 

 残ったオルガマリーは、一人ごちる。

 記憶もないのに、どこまでも他者を気にかけるお人好しな少年に、呆れ混じりにため息を吐く。

 しかし、そこに含まれるのは決して、それだけではなく--

 

「・・・・・・まあ、嫌いではないけどね」

 

 浮かぶ笑顔は僅かに。

 彼女は、再び作業を進める。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 衛宮がオルガマリーと別れてから暫く屋敷を歩き回っていたところ、彼は中庭に建つ土蔵の扉が開いているのを見つけた。

 

「こんなところでどうしたんだ、マシュ」

「あ、先輩」

 

 案の定、土蔵の中にはマシュがいたので話しかける。

 そこでマシュもエミヤに気づき、彼に振り向く。

 

「もう休んでなくていいのか?」

「はい。もう十分に体は休められました。それに、じっとしているとなんだか落ち着かなくて」

「奇遇だな、俺も同じだよ。じっと休んでいるだけってのは性に合わなくてさ」

 

 当たり障りのない言葉を選んで、彼女の調子を伺う。

 見たところ特に問題はなく、肉体的には快調に思える。

 散策に出ている理由が全く同じだったのには、少しばかり面食らったが。

 

「先輩も同じ理由だったnですか?」

「ああ。そのせいで、さっきオルガマリーさんに怒られたよ。休める時にしっかりと休んでおけってな」

「それは--確かに、所長らしいですね」

 

 先ほどのオルガマリーさんとのやりとりを簡単に伝えると、マシュはいかにも納得した様に頷きを入れた。

 俺なんかよりよっぽど付き合いがあるのだから当然だが、上手く言い表せないが、今の言葉には、他のものよりも温かみを感じた。

 オルガマリーさんの方もマシュに対して、何処かよそよそしい態度をたまに見せるが、それでいて彼女への気遣いは忘れない。

 関係だけ見ればただの上司と部下でしかないのだが、存外二人の仲は近しいものなのかもしれない。

 

「俺もそう思うよ。まだ会ってから少ししか経ってないけど、彼女が良い人だってことはわかる」

「いえ。所長はどちらかというと悪人ですよ。気に入らないスタッフは平気で首を切ります」

「あー・・・・・・確かにそんな雰囲気も無くわないな」

「はい。・・・・・あ、でも、どうでなんしょう。性格が悪い人を悪人と言って良いのでしょうか?」

「まあ、そこは個人の判断によるんじゃないかな」

 

 そこでお互いに交わす言葉が尽きたのか、会話が途切れる。

 なんとはなしに土蔵の中を眺める。

 外のことなど、一切関係ないかのように静まりかえった場所。

 ところどころに埃がたまり、置かれている物も古ぼけている。

 それだけだ。

 それ以外には何も無い。無い、はずなのに。

 

・・・・・足りない。

 

 感じる違和感。

 何が足りないのか。どこが足りないのか。

 明確な答えがあるわけではない。

 ただ漠然と、しかし確実に--

 

「先輩、少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 その言葉で、我に帰る。

 声を掛けた張本人は、しばらく返事のしないエミヤを不思議そうに見つめている。

 

「・・・・・ああ、悪い。いいぞ、なんでも話してくれ」

「わたしは先輩の指示のもと、これまでサーヴァントとして十分な試運転を行いました。先ほどの影との戦闘を経て、さらなる経験を積みました。ですが・・・・・」

 

 マシュはそこで一度口を止めた。

 その先を伝えることを臆したのか、きつく結んだ唇が微かに震えている。

 

「・・・・・ですが、私は未だに宝具が使えません。それを武装として振るえても、その真価を引き出せないのです」

 

 そう告げた彼女の顔は悲痛に歪んでおり、伏せられた瞳からは隠し切れない自責がありありと浮かんでいた。

 

 

 

 過去・現在・未来。

 どの時代においても、英雄や偉人といった存在を語るのに、本人だけでは成立しえない。

 戦場で常に共に在った武具、或いは戦友。時代を進めた新たな開発、或いは発見。

 それぞれ異なるものの、必ずその者を象徴する何かが存在する。

 それらは英霊たちにとっての必殺--即ち宝具という形で現界する。

 宝具とはただの強力な道具ではない。

 それ自体が各英霊の象徴であり、半身なのだ。

 その宝具を扱えなというのなら、それは間違いなくサーヴァントとして欠陥だろう。

 

・・・・・私が、しっかりしていれば・・・・・。

 

 思い返すのは、目の前の少年が襲われた瞬間。

 少年に励まされ、名も知らぬ英霊に生かされた少女は、せめて与えられた力で報いようと決意し--結局、離れていく少年を目にしながら手を伸ばすことができなかった。

 残された彼女にできたことは、少年からの命令<オーダー>をただ頑なに守り通すことだけ。

 だが、サーヴァントとして致命的な欠陥を抱く彼女には、それを全うすることすら覚束ない。

 死の淵に立たされた彼女を救ったのは、またしても赤の少年だった。

 その事実が、少女の心をさらに責め立てる。

 

・・・・・何もできなかった・・・・・。

 

 生かされたのは何の為か。与えられた力は何を成す為だったか。

 考えるまでもない。

 生き残ったのは"彼"との約束を守る為に。 宿った力は少年を守る為に。

 そんなこと、初めから理解している。

 理解した上で、果たせなかった。

 それは彼女にとって、容認できる事実ではなく--どうすることも出来ない現実だった。

 いくら思い悩み自らを責めようと、これ以上の進展は現段階では望めないと、彼女は理解している。

 だから、少年には正直に伝えようと思ったのだ。

 言ってしまえば、少年に失望されるだろうとは思う。

 しかし出会って間もない自分を支えてくれた少年に隠し事はしたくないと、そう思ったのた。

 

 

 

 

 目の前の少女の告白を聞き、今の自分がひどく冷静でないことを、頭のどこかで理解している

 彼女が自分を責める必要は無い。そこには自分が当て嵌められるべきだと。

 ここに来てからというもの、俺が何度勝手な行動をしたか。

 その度にフォローしてくれたのは彼女ではなかったか。

 先の影との戦いも、彼女たちから離れなければ、ああも窮地に立たされることはなかっただろう。

 本来なら、彼女たちの協力者でありマシュのマスターである俺は、何より慎重に動くべきなのだ。

 それなのに一人で先走り、二人を危険にさらした。それは到底許されるべきではなく、謝罪すら意味をなさない。

 本当なら、罵倒されて然るべきなのだ。

 だというのに少女は責めるどころか、まるで自分が悪いとでもいうかのように、その顔を俯かせる。

 

「・・・・・・・・っ」

 

 頭が沸騰しかける。

 守ると誓った彼女たちを危険にさらした挙句、目の前の少女に筋違いの自責をさせる自分を殴りつけたくなる。

 その衝動を、固く拳を握り締めることで、何とか抑え込む。

 そうだ。

 そんなことに意味は無い。自傷によって解決することは何も無い。

 今すべきは、彼女が背負う必要のない重荷を少しでも取り除くことだろう。

 

「そんなこと、マシュが悪いわけじゃないだろ。英霊との契約だって突然なことだったんだ、不具合が起きたって不思議じゃない」

「ですが、わたしはーー」

「それに、マスターはサーヴァントのステータスを見ることができるんだろ?でも俺にはそれが出来ない。もし俺が優秀な魔術師だったなら、きっと真名も宝具もわかったはずだ。だからマシュが宝具を使えないっていうのなら、それは俺の責任だ」

「そ、そんな!? これは私が未熟なだけで、決して先輩が悪いわけではありません!!」

 

 さっきまでの意気銷沈ぶりが嘘のようなマシュの勢いに、思わずたじろぐ。

 この少女は、自分のことは責めても、あまり他人を罵倒することがないのだろう。

 しかし、これは俺にとっても退けぬことだ。

 

「そう思ってくれるのは有り難いけど、俺がへっぽこなのは事実だから。オルガマリーさんにも同じことを言われたしな」

 

 オルガマリー曰く、俺には"真っ当な"魔術師としての才能は無いらしい。

 もしかしたら、ちょっとした才能があるかもしれないと期待して、見事に空振りだったことに落ち込んだのは、彼だけの秘密だったりする。

 

「だからマシュが宝具のことで気負うことはない」

「・・・・・ですが、先程の戦いでもわたしは敵を倒せませんでした」

 

 俺が自身に責があると言い張るのと同じように、マシュもなかなか引き下がらない。

 そんな彼女に、強情だな、なんて溢しながら最後の言葉を重ねる。

 

「ーーなあマシュ、俺が影と戦い始める前になんて言ったか覚えてるか?」

「もちろん覚えていますが・・・・・あ」

 

 覚えていると言いかけたマシュが、小さく声を上げる。

 彼女も俺が言わんとすることを気付いたのだろう。

 

「覚えててくれたみたいだな。そう、俺はマシュにオルガマリーさんを頼むって言ったんだ。マシュはそれをしっかり果たしてくれただろ?」

 

 そうなのだ。

 俺は彼女に、飽くまでオルガマリーさんの護衛だけを頼んだ。

 それ以外のことなど、指示していないしするつもりもなかった。

 そしてマシュは、その命令<オーダー>を見事に果たしてみせた。

 たとえ敵を打倒できず、宝具を扱えずとも、最後までマスターからの指示を守り抜いた彼女に、ただ一つの間違いも無く。

 俺からすれば、誰であれ誇れる自慢のサーヴァントなのだ。

 

「だから、この話はここで終わりだ。宝具のこともこれから使えるようにしていけばいい。もちろん俺も全力で支えるから」

 

 そう告げる俺はいま、柔らかな表情を浮かべられているだろうか。

 鏡も無いので確認することはできない。

 ただ、マシュは少しだけ肩の荷が降りたように、気を緩め。

 

「ありがとうございます、先輩。でも今度こそは--」

 

 戦い抜いてみせると、強く決意を告げた。

 

「・・・・もうすぐ時間だな、そろそろオルガマリーさんの所に行こうか」

「わかりました、先輩」

 

 きっと、もう心配はない。

 彼女が全てに納得できたわけではないだろうけど、それでも今の状況を受け入れ、多少なりとも自分を認めてやることは出来たはずだ。

 彼女の心の好転に安心を得て、揃って歩き出す。

 共に戦い抜くと、新たに決意を固めた彼女と並んで土蔵から出ていき--

 

--瞬間、光が視界を覆った。

 

 夜の暗闇に包まれた土蔵の中。

 見上げた先には、金砂のごとき髪を月の光に濡らす少女がいて--

 

「先輩、どうかされましたか・・・・・?」

「ーーいや、なんでもない」

 

 できるだけ、平静を装って答える。

 写り込んだ景色を、今は必要ないと判断し、何より抱き続ければと思いながら、頭の片隅に追いやった。

 

「--■■■■」

 

 その名を呟いたことに、少年が気づくことはなかった。




今回の話で何が難しかったかって、最後の方の士郎とマシュの遣り取りが難敵でした。本当は単に士郎に土蔵に行かせてフラッシュバックさせたかっただけだったんですが、いつの間にかあんな感じになってました。特にマシュの心理描写が難しく、冬木のマテとかアニメ見たりと、一番時間がかかりました。それでもこれがベストだったのかどうか不安が残ります。もし違和感を感じるという方は、感想などで伝えていただけると有り難いです。
あと、これは暫く本編に関係ないんですが、士郎の武装案の一つが公式で先に出てしまいました。具体的には言えませんが、塩ステーキのサーヴァントの宝具的なものとだけ言っておきます。一応オリジナル要素で通したかったのですが、残念です。

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