Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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どうも、なんでさです。
今回は割とゆっくりしていたので早めに仕上げました。
というよりは興が乗ったと言うべきでしょうか。
だってやっとCCCコラボが始まるんですから、是非もないネ。
ついでに言えば、この話が特にやりたかったものでもあるので、気合が入りました。
自分なりの全力全開で仕上げましたので、お楽しみいただければ幸いです。
それでは、11話目どうぞ。


理想の果て

 休息を終え屋敷を離れた衛宮達は、目的地たる円蔵山の林道を歩いていた。

 

「ねえランサー。本当にこの先に大聖杯なんて物が存在するの?」

 

 その最中、オルガマリーはふとそんなことを聞いた。

 

「何だ、今になって俺が信用できなくなったか?」

「いえ、今更あなたが嘘をついているとは思っていないわ。それでも、やっぱりにわかに信じ難いのよ」

 

 無理もない。

 このような何処にでもある街に、"魔法"にも匹敵する魔術品があると言われれば、疑いたくもなるだろう。

 

「気持ちはわからんでもないが、事実は事実だ。あれこれ考えても、どうしようもねーだろ」

「それはそうだけどーーえ・・・・・?」

 

 更に言い募ろうとするオルガマリー、しかしその言葉が続くことはない。

 視線の先、今まで話していたランサーの手に、あの赤い槍が握られておりーー

 

「動くなよ、お嬢ちゃん」

 

 一閃。

 紅は視認させる間もなく彼女に迫りーーオルガマリーの側面より迫る大木を両断した。

 

「あ・・・・・え?」

 

 事態を理解できぬオルガマリーが惚けた声を出す。

 

「オルガマリーさんっ!」

 

 後ろにいた衛宮とマシュも、走り寄ってくる。

 それで漸く理解したのか、動きを再開させる。

 

「何で、こんなものが・・・・・」

「アーチャーのやつだ。地下空洞に向かう連中を仕留めるために仕掛けたんだろうよ」

 

 オルガマリーの呟きに答えたランサーは呆れとも苛立ちとも取れぬ表情を浮かべている。

 

「全部潰したはずなんだが、また作りやがったのか」

 

 ご苦労なこった、と呟いたランサーは徐ろにしゃがみ込み、手のひらほどの石を拾い上げた。

 

「ランサー、何をする気なんだ?」

「この先もいちいち罠に対処するのも面倒だろう? だからあらかじめ場所を調べておくんだよ」

 

 衛宮の問いにそう答えたランサーは、その手に持つ石に"何か"を刻み込んだ。

 瞬間、石はまるで命を得たかのように、林道を滑りはじめた。

 

「これは・・・・・」

「探索のルーン、そいつの応用だ」

「これがルーン・・・・・」

「本来なら人を探したりするもんだが・・・・・まあそれはいいか。ほれ、三人ともついてきな」

 

 そう言った後に先頭に立って歩き出すランサー。

 衛宮達も今は言うことを聞くべきと判断し、その背についていく。

 そうして、どれほど歩いただろうか。

 一行は一切罠にかからず、巨大な洞窟の入り口に立っていた。

 

「ここが地下空洞の入り口だ。大聖杯はこの奥に安置されてる。中はちぃとばかり入り組んでる、はぐれないようにな」

 

 そして、彼らは踏み込んでいく。

 洞窟内部はランサーの言う通り入り組んでおり、ちょっとした迷路だ。

 先導者がいなければ少しばかり迷うことになるだろう。

 

「ここは天然の洞窟・・・・・のように見えますが、これも冬木の街に元からあったものなのでしょうか?」

「でしょうね。これは半分天然、半分人口よ。おそらくは魔術師が長い年月をかけて広げた地下工房」

「察しがいいな。あんたの言う通り、ここは大聖杯を隠し効率よく動かすための場所だ。この奥にある大聖杯という魔法陣を起点に、この街を聖杯を降ろすのに適した土地に変えていく。こいつを考えたやつは魔術師の中でもとびきりぶっ飛んだやつなんだろうよ」

 

 ランサーの声は呆れを含んだものだが、同時に惜しみない賞賛の念が込められている。

 

「そうでしょうね。こんなもの普通は思いつかないし、思い付いたとしても実行しない。というより不可能よ。一つの一族が一丸になっても実現できる規模じゃないわ」

 

 オルガマリーもランサーの言葉に同意する。

 彼らの言う通り、この儀式は本来なら実現不可能なものだ。

 大聖杯という術式を築き上げ、聖杯戦争というシステムを構築し、それを守る土地を用意する。

 それら全てを揃えるのは、たかだか魔術師の一族では到底叶えられる話ではない。

 

ーーならば、何故。この儀式は成立しているのか。

 

「だからこそ、三つの一族が結託したのだ。一つが器を、一つがシステムを、一つが土地を。たとえ一家では不可能でも、三家も集まればありえない話ではない」

 

 唐突に、声が響く。

 衛宮達が弾けるように、声の方向を見る。

 洞窟の奥へと続く道。 そこに一人の男が立っている。

 浅黒い肌に、色の抜け落ちたかのような白髪。

 その瞳もまるで鋼のよう。

 鍛えられた肉体は、衛宮の身に着けているボディアーマーと瓜二つのもので守られている。

 

「弓兵<アーチャー>のサーヴァント・・・・・!」

 

 オルガマリーの叫びに反応し、マシュと衛宮が戦闘態勢を整える。

 だが、男の方は興味が無いのか取るに足りないと断じたのか、さしたる反応を見せない。

 その中で、旧知の仲であるかのようにランサーが男に声を掛ける。

 

「よう、アーチャー。相変わらずセイバーを守ってるようだな」

「また君か、ランサー。君も存外しつこいな。つい先日追い返されたばかりだろう」

「しつこさに関しちゃテメーにだけは言われたくねーな。あんな罠<モノ>まで用意して、相変わらずマメなことだな」

「なに、君に破壊された後、門番やら偵察やらをしている合間に作ったもので、褒められた出来ではないよ。尤も、作動したのは初めの一つだけで、他は全て躱されてしまったがね」

「ふん。そうまでして、一体何からセイバーを守ってるか知らんが、ここらで決着つけようや。永遠に進まないゲームなんざ退屈だろう? どうあれ駒を進ませんとな」

「その口ぶりでは事のあらましは理解済みか。にもかかわらず自分の欲求に熱中する・・・・・相も変わらず戦狂いだな」

 

 二人のやり取りは、とても敵同士に見えるようなものでは無い。

 交わされる軽口も、見知った仲であるかのよう。

 

ーーだが、それは表面上の話。

 

 互いに、一瞬でも隙を見せれば首を取るという意識が窺える。

 ランサーの後ろで話を聞いているだけのはずのオルガマリーとマシュは、二人が放つ殺気だけで押しつぶされそうになっている。

 もしどちらかと正面から相対すれば、とてもまともではいられないだろう。

 

ーーだがその中で。

 

 ただ一人、他の何も気にせず息を荒げる人物がいる。

 言うまでもなく衛宮だ。

 アーチャーと呼ばれる男を視認した瞬間、彼の様子が変化した。

 それをオルガマリーとマシュも認識しているが、アーチャーに気を向けているため思うように動けない。

 

「おま、えはーー」

 

 張り詰めた空気の中、少年が苦しみながら声を上げた。

 男は思うところがあったのか、そんな姿の少年に呆れながら顔を向けーー

 

「この"オレ"を見てもまだ何も思い出せんとはな。よほど暗示が効いているのか、それともお前が彼女の予想以上に強情だったのか」

「いったい、なにを、言ってーー」

「ーー瑣末なことだよ。大した意味は無い」

 

 それに。

 

「どうあれ、貴様のすることには変わりはあるまい。なあーー」

 

ーー正義の味方、と。侮蔑と憧憬と共に少年を呼んだ。

 

 それは、驚くほど衛宮の中に浸透していく。

 たった一つの言霊で、謎の不快感も迷いも吹っ切れた。

 

「ちょっと待ちなさい。あなた、彼のことを知っているの?」

 

 二人の会話を理解できず、端から聞いているだけだったオルガマリーが疑問を漏らす。

 それは当たり前のことだった。

 アーチャーの衛宮に対する態度は他人のそれでは無い。

 並べられる言葉の羅列。言霊に込められた感情。

 その全てが、確信と共に放たれる。

 相手を深く理解していなければ不可能なことだ。

 

・・・・・さっきの様子からして、ほぼ間違いないはず。

 

 苦しむ衛宮の姿を見て、確信はさらに強まる。

 それは記憶が戻る兆し。

 封じられた記憶と封じた術式が鬩ぎ合うが故の現象。

 あと少し。

 ほんの僅かで少年は元に戻る。

 故に、この場でこの男から情報を聞き出さねば。

 その思いは、しかし弓兵に届くことはなかった。

 

「さてな。これ以上私から語るべきことは無いよ」

 

 出会った時と変わらぬ、皮肉げな声。

 それに、やはりそううまくはいかないかと歯噛みし。

 

「これ以上知りたいのなら、彼女に直接聞くことだな」

 

 その言葉に疑問を覚える。

 アーチャーは確かに彼女と言った。

 それはつまり、この先に待ち受ける人物のことでーー

 

「・・・・・なんのつもりだ、アーチャー?」

「私もどうかと思うが、彼女直々のご指名でね。そこの三人は通すように言われている」

 

 そう言った男は道を開け、ランサーの後ろにいる衛宮達を見やる。

 先ほどまで男が放っていた殺気は、今は鳴りを潜めている。

 おそらく、ろくに身動き取れずにいたオルガマリーとマシュが動けるようにするためだろう。

 

「・・・・・どうしますか、所長?」

「どうって、そんなの決まってるでしょ。今はこっちが有利なんだから、わざわざその利を捨てる必要は無いわ。ここは一気にあの男を倒してーー」

「ーー駄目だ。ここはランサーに任せる」

 

 マシュの問いかけに、即座に返答したオルガマリー。

 だが、衛宮はそれに待ったをかける。

 

「ちょ、なにを言ってるのよっ!?多少強引でもここは強行突破すべきでしょう!?」

「それは無理だ。ここで俺たちが一斉に掛かったら、あいつは真っ先に俺たちを殺す」

 

 それは、予想ではなく確信。

 衛宮は、この見たことも無い男が何を考え何をするのかが手に取るように分かる。

 澄み渡った思考は、自然と最善の一手を選択する。

 

「ほう。腑抜けている割にはよく分かっているな」

 

 一層皮肉げな言葉に、衛宮は何故か感じる苛立ちを抑えながら、ランサーを見る。

 

「いいんだよな、ランサー」

「・・・・・ま、構わねえか。俺もこいつとはケリをつけときたかったしな」

「そうか・・・・・それじゃ俺たちは進ませてもらう」

「おう。お前らが手こずるようなら、直ぐにこいつを倒して追いついてやるから、安心して行ってこい」

「そいつは心強い。ならこちらも、精々奮闘するよ」

 

 そう言うが早いか、衛宮は洞窟の奥へと進む。

 オルガマリーとマシュも戸惑いながらも、ついて行く。

 あとに残ったのは、二騎のサーヴァントのみ。

 

「んじゃ、始めるとしようか、アーチャー?」

 

 言葉と同時。

 ランサーが紅の長槍を構える。

 

「相も変わらず短気なことだ。君は急がば回れという諺を知っているかね?」

「あん?何だそりゃ」

「焦りは身を滅ぼすということだ。逸るのも結構だが、足元をすくわれても知らんぞ?」

「ーーは、ご忠告どうも」

 

 アーチャーの言葉をどう受け取ったのか。

 ランサーがにやりと笑みを見せた。

 その表情には、友好的な性質は欠片も見出せず。

 

「だが生憎と、寄り道ばかりの人生だったんでな。こちとら急がずにはーー」

 

 ますます深まる体勢。

 その貌に獰猛なまでの笑みを貼り付けーー

 

「ーーいられねぇんだよッ!!」

 

 開戦の狼煙はランサーの咆哮によって。

 両者はともに弾け飛び。

 

ーー蒼と黒が、衝突する。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 視界が開ける。

 閉塞的な道が途絶え、広大な空洞へとたどり着いた。

 

「これが大聖杯・・・・・超抜級の魔術炉心じゃない・・・・・なんで極東の島国にこんなものがあるのよ・・・・・」

『資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない、人造人間<ホムンクルス>だけで構成された一族のようですが、あのアーチャーの話によると、他にもあと二つの一族が関わってるようですが』

 

 オルガマリーさんとドクター・ロマンが言葉を交わすが、それも直ぐに止まった。

 空洞の奥。

 大聖杯が安置されている崖の上で、漆黒の騎士が、こちらを俯瞰している。

 

「・・・・・なんて魔力量・・・・・あれがセイバーのサーヴァント・・・・・」

『こちらでも確認した。何か変質してるようだけど、あれは間違いくセイバーのサーヴァントだ』

 

 こちらのやり取りに騎士は動じない。

 ただ無表情にこちらを見下している。

 そのときーー

 

「ーーーーーーーー」

 

 ほんの一瞬。

 不動の騎士の唇が何かを呟き、同時にーー

 

・・・・・俺を、見たのか・・・・・?

 

 気のせいではない。

 あの騎士は間違いなく俺を見ている。

 なんで俺なのか。

 それは分からない、ただ、どうしてもその瞳から目を反らすことができなかった。

 けれど、そんな状況は唐突に終わりを告げる。

 崖から跳躍した騎士が俺たちと同じ視線に立ち、その手に握る漆黒の西洋剣を向ける。

 放たれる殺気は、その黒い姿には似つかぬほどに澄んだものだ。

 言葉は無く、ただ、来いと。その瞳が語っている。

 

「先輩・・・・・」

「ーー行くぞ、マシュ。これが最後だ」

「はい。必ず勝ちましょう、マスター!」

 

 互いの獲物を構えて騎士へと突貫する。

 対する騎士は受けの構え。

 自ら踏み込まず、こちらを迎撃する。

 

「はぁーー!」

 

 気迫を上げ、黒の陽剣を振るう。

 黒の騎士は迫る一刀を、漆黒の剣で当然のように弾き返した。

 

「っ・・・・・!」

 

 なんて膂力。

 先刻相対した影が子供に思えるほどの力。

 まさか、ただの一合で崩されるとは。

 

「ーーーー」

 

 騎士は無言のまま、決定的な隙を晒したこちらを斬り裂こうとする。

 衝撃で次手に繋げることのできない自分では、決して防げない一撃。

 それを前に焦ることは無い。

 俺は決して、一人で戦っているわけではないのだ。

 

「させませんッ・・・・・!」

 

 俺と騎士の間に割り込んだマシュが、真正面から迎撃する。

 デミ・サーヴァントたる彼女は、騎士の剣圧に一切押されること無く互角に張り合っている。

 その隙に体勢を整え、騎士の側面へ回りこむ。

 そのまま無防備な体に、刃を振り下ろし。

 

「ーーーーっ!」

 

 想像以上の速度を以ってマシュを弾き飛ばした敵に迎撃された。

 今度は真正面から受け止めず、受け流す。

 攻撃を受け流された敵は無防備だ。

 そこへ左手に持った陰剣で斬りかかる。

 しかし騎士の首を狙った一撃は、敵が上体を反らしたことで回避された。

 だがそれでいい。

 俺が騎士と打ち合っている間に復帰したマシュが、騎士へと大盾を振るう。

 あの速度と質量では躱せまい。

 

「なっ・・・・・!?」

 

 そんな俺たちの思考は、騎士がバク宙の要領で跳んだことにより容易く打ち砕かれた。

 

「・・・・・っ!?躱せ、マシュ・・・・・っ!」

 

 自分の中で鳴らされた警鐘に従い、全力で叫ぶ。

 だかマシュが反応するよりなお早く、騎士から魔力が放出された。

 指向性を持って放たれたそれは、空中で騎士にひねりを加えーー

 

「ーーーーッ!!」

 

 回転の勢いと重力の恩恵も加えた騎士は鉄槌の如き一撃を、マシュへと叩き込んだ。

 

「あぅーーーーっ!」

「マシュ・・・・・!?」

 

 苦悶の声を上げながら吹き飛ばされたマシュの元に駆けつけようとしてーーそれすら黒の騎士は許さなかった。

 

「づーーーーっ!」

 

 一瞬で踏み込んで騎士に斬り上げられ、防ぎはしたものの、宙へと飛ばされる。

 そのまま、ちょうどマシュの横あたりの地面に叩きつけられた。

 

「が・・・・・っ!?」

 

 肺から空気が溢れる。

 同時に衝撃によって揺さぶられたことにより、僅かに視界がふらつく。

 マシュも、ダメージからか先ほどの活力は減衰している。

 そんな俺たちを前に、騎士はやはり無表情だ。

 

「くそ・・・・・っ!」

 

 悪態を吐き、再び攻めかかるも、騎士は当然のように返してくる。

 剣と盾、線と面、上下左右。

 二人同時に、威力も角度も性質も何もかも違う攻勢を仕掛ける。

 何度も倒したと確信しーー結果は騎士の生存であり、さらに苛烈な反撃だった。

 

「しまっ・・・・・」

 

 再び隙を晒した俺に、騎士の刃が迫る。

 マシュは間に合わない。

 これは止められない。

 容易く予想される未来に体が僅かに硬直し。

 

「退がりなさいッ!」

 

 後方からの声と同時に、目前に魔力で構成された壁が展開される。

 騎士の剣は当然のように壁を一瞬で叩き割った。

 だが、その一瞬でこちらも後方へと跳ぶ。

 

「助かりました、オルガマリーさん」

「お礼はいいわよ。そんなことより、どうなの?」

 

 オルガマリーさんの問いに、僅かに思考する。

 正直に言えば、かなりまずい。

 速度も重さも、何もかも差がありすぎる。

 こちらが一撃を加えれば、向こうは簡単に二撃を与えてくる。

 マシュの消耗も激しい。

 俺と違いサーヴァントである彼女は、あの騎士とも打ち合えるが、それが仇になったようだ。

 更に悪いことに、こちらが全力なのに対し、向こうはまだ半分ほどの力も出していない。

 こちらを圧倒できるのに、攻め込んで来ないのがいい証拠だ。

 

「・・・・・」

 

 何が最善手か思考する。

 この騎士を相手に、有用な手はないか。

 そう考えながら脳裏に浮かぶのは、撤退の二文字。

 現状、この騎士を倒せる確率はゼロに等しい。

 このまま戦い続ければ、こちらが潰れるのが先だろう。

 オルガマリーさんをの方を見ると、彼女も同じことを考えてるようだ。

 こちらの目的は飽くまで調査。

 街が焼け落ちた原因さえ分かれば、目的はほぼ達していると言っていい。

 今回は敵勢力及びその能力も測れたのだ、成果は十二分だ。

 あとはこの情報をカルデアに持ち帰り、態勢を整えた上で、この事態を収束させる。

 この惨状を放置するのは心苦しいが、ここで全滅しては元も子もない。

 ならばこそ、自分たちがすることは決まっていてーー

 

「ーー■■■」

「ーーーーっ!?」

 

 突然に。

 相対してから初めて、騎士が言葉を発した。

 それが、誰かの名前なのだと理解してーー

 

「この私を前にして、余所見をする余裕があるのですか」

「ーーーー」

 

 思考が、停止する。

 一言。

 決して長くはない、僅かな言葉を聞いただけ。

 たったそれだけのことで、■■■■という存在の全てが揺さぶられた。

 

ーー余所見をする余裕があるのか。

 

 その答えを、この身は確かに理解している。

 他の誰かならいざ知らず、■■■■だけはそれを間違えることはない。

 彼女を前にして逃げる暇など、一分たりともありはしない。

 

・・・・・ならば。取るべき行動など決まっている

 

「確かに、そいつは悪かった」

 

 意図せず、口角が釣り上がる。

 彼女の言葉を受けて、撓んだ精神が再び鍛えあげられ、思考は少女を打倒する術を導き出す。

 撃鉄を叩き下ろし、陰陽の双剣を握り締める。

 断崖の前で、抑えきれない熱が溢れ出す。

 

「今度こそだ」

 

 誓いを口にする。

 かつて抱いた理想。

 今も追い続ける星。それをーー

 

「今度こそ、乗り越えさせてもらう・・・・・ッ!!」

 

ーー少年の言葉に、少女が微笑んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 少女と、少年が構える。

 並の人間ではそこにいるだけで卒倒しかねない緊張感を孕ませながら、両者が睨み合う。

 そうしてーー

 

「ーーーーっ!!」

「ーーーーッ!!」

 

 示し合わせたかのように、両者が弾け飛んだ。

 20mの距離を一足で詰めた少女はその剣を、同じく踏み込んだ少年に横薙ぎに振るう。

 鉄塊すら破砕する一撃を、少年は己が身を屈めることで回避した。

 

「おぉーーッ!!」

 

 裂帛の気合いを上げ、衛宮は無防備な少女の胴へと陽剣を振るう。

 横薙ぎに振るわれた少女の剣は、下方からの攻撃に対応できない。

 斬り上げられた陰剣は確かに少女の胴を捉え、

 

「ーーーーっ!」

「ーーーーッ!」

 

 間に合わないはずの剣で防がれる。

 斬り上げに対し側面より叩きつけられた衛宮は衝撃に体を流される。

 無論、そのような隙を少女が見逃すはずはない。

 一息の間も無く、疾風の如き突きが放たれる。

 だが、衛宮も既に次の行動に移している。

 流される体を、左足を軸に転身。

 突きを回避すると同時に、勢いそのままに敵の後頭部を狙う。

 それを、少女は振り向きざまに放った一振りで、容易く防いだ。

 

「は、はは、はははは・・・・・!」

 

 少年が笑いを上げる。

 堪えきれないとばかりに口角を釣り上げる。

 

「ーーーーッ!」

「ーーーーッ!」

 

 少女が振るう剣。

 重さも速度も決して並べぬ領域。

 一瞬でも見誤れば、死に直結する攻防。

 

ーーその全てが、少年には見えている。

 

 太刀筋、足運び、重心の移動、選びうる戦術から少女の精神まで。

 思考は数十手先の展開まで予測し、本来成り立たないはずの剣戟を成立させている。

 

・・・・・これだ。これだけを求めてきたーーッ!

 

 ずっと。ずっと追いかけてきた。

 ただの一度も忘れることなく、胸に抱き続けた輝き。

 

「ーーーーッ!」

 

 情報が渦巻く。

 失っていたはずの記憶が、次々に色を取り戻す。

 

『初めに言っておくとね、僕は魔法使いなのだ』

 

『ーー問おう。貴方が、私のマスターか』

 

 流転する世界。映りゆく風景。

 過去から未来へ向けて、かけられたフィルムを写す映写機の様に、無数の情報がとめどなく流れていく。

 今では遠い記憶となってしまったモノ達。

 多くのモノを失って、多くのモノを得てきた。

 その過程で何を想い続けてきたか、思い返すまでもない。

 ここまでの道行き、こうなるまでの選択ーーその全てが、彼女へと至るために。

 

・・・・・そうだ、それだけでいい、他にはなにもーー

 

 要らない。

 そう思いかけて、すぐさま否定する。

 忘れるな。

 今この場で戦うのは、街を救い背後の二人を守るためだ。

 たとえ敵が彼女であろうとーー彼女だからこそ、忘れてはいけない理想<モノ>がある。

 だからーー

 

「■■■■ーーーーーーーー!!!!」

 

 瞬間、確かに彼は、その名を呼んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その変化に誰よりも早く気づいたのは、マシュだった。

 

・・・・・先輩ーー?

 

 ほんの一瞬で、隣に立つ少年の気配が変わった。

 

 湧き上がる気迫から鋭い目つきまで、何もかもが一線を画している。

 本質は変わらぬというのに、それを覆う外殻がまるで違っていた。

 

・・・・・いったいどんな意味が・・・・・。

 

 自身には理解の及ばぬ話だった。

 少年と少女の間に交わされる言葉は、彼女の知らない出来事だ。

 彼女が見たことも、関わることもなかった何処かでのお話。

 今この場で、マシュがそれを知る術はない。

 だがそれで、少年の何かが変わったのは疑いようがなかった。

 その何かに想いを馳せようとしてーー少年と少女が再び剣を構えた。

 それを見た彼女も意識を切り替え自身の盾を構えてーーそれだけだった。

 

「・・・・・っ」

 

 体が震える。

 空間を満たす少年と騎士の殺気が余りにも濃密で、呼吸すらままならない。

 だがそれだけだったなら、まだよかったかもしれない。

 構えた先ええ、彼女は世界の最奥を見る。

 

「・・・・・っ!?」

 

 衝撃に全身が轢き潰される錯覚。

 空気どころか、世界そのものが激震する。

 大気が鳴き、大地が陥没する。

 その現象が、ただ一人の少女が踏み込んだ結果に過ぎないと、誰が信じよう。

 

・・・・・これ、は・・・・・!?

 

 先ほどとは文字通り次元の違う力。

 突進する騎士は、それだけでまるで流星のよう。

 振るわれる剣は雷光にして爆撃。

 空間ごと斬り裂く刃は、あらゆるものを断絶する必滅の一撃。

 嵐のように振るわれるそれは、離れているにも拘らず、全身がバラバラに斬り裂かれそう。

 あり得ない。

 こんなもの現代にあってはならない。そんなものサーヴァントではない。

 事ここに至り、彼女は自分達の敵がどういう存在かを、初めて理解した。

 

ーー英霊である。

 

 過去に存在した英雄達が、その死後に世界に認められた果てに与えられる称号。

 才能だけでは至れず

 努力を重ねても届かず。

 己が人生を全力で生き抜き、己が運命する踏破した者だけが、ようやく手をかける領域である。

 それぞれが人類史の代表たる存在。

 中でもこの騎士はその頂点の一人。

 混迷する国を統治するために生まれ、王を選定する岩の剣を引き抜きし者。

 誉れ高き騎士の王。

 欧州に謳われる伝説が一『アーサー王伝説』のアーサー王その人である。

 ブリテンを守るために円卓の騎士を従え、蛮族の侵略を押し返した彼女は、サーヴァントとしても一級の英霊である。

 だが、ただのサーヴァントであれば、マシュにも戦えたかもしれない。

 

ーーしかし、それは違う。

 

 剣のサーヴァント・セイバー。

 そんなものは所詮、便宜上与えられた仮称に過ぎない。

 今の彼女は、そんな脆弱な存在ではない。

 大聖杯から供給される魔力は底を知れず。彼女を縛り付けていた使命も遠い彼方。

 在るのは騎士としての誇りと矜持。

 かつて戦場を駆け抜けた、伝説の騎士王アルトリア・ペンドラゴンの全てがここに在る。

 故に、今の彼女を止めるものは存在しない。

 現行の人類に、神秘の時代に生きた英雄を止める術は無い。

 騎士が人類史の代表とも言える存在なら、相対する者もまた同じ境地に至らねばならないのが道理だ。

 

ーーならば、騎士と互角に戦っている少年はなんだというのか。

 

「何をしてるの、マシュ!? 早く貴女も援護しなさい!」

 

 オルガマリーがマシュの背へと叫ぶ。

 だがそれは。

 

「駄目です、展開が早すぎてわたしでは追いきれませんっ!」

 

 叫び返す言葉は真実だ。

 デミ・サーヴァントでしかないマシュでは、英雄の領域には手が届かない。

 サーヴァントとは所詮、本来なら人の手に英霊を御するために限界まで縮小したものでしかない。

 その上、サーヴァントの力を与えられただけの彼女では、少年と少女の戦いに、何一つとして付いていけない。

 割り込んだところで二人の斬撃の嵐に斬り刻まれるか、却って少年の命を危ぶめるだけだろう。

 

・・・・・ああ、でも。

 

 だが、冷静な思考とは別のところで、一つの感情が生まれる。

 自分では役には立てないと、確かに理解している。

 けれど、そんなこととは関係なく、自身の心とこの霊器<カラダ>が同じ思いを懐く。

 

ーー邪魔をしてはいけない、と。

 

 繰り返される攻防。

 互いの命を摘み取る、殺し合いという忌むべき行為。

 本来なら、嫌悪すべきはずのもの。

 だがそれをーー綺麗だと思ってしまう。

 ひたすらに刃を交え、ただ互いだけにぬ向き合う二人を、美しいと感じている。

 だから、これは二人だけの世界。

 余人が決して立ち入る事のできない、彼らだけの物語だ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 剣戟が響き渡る。

 すでに数百を超える攻防を繰り広げた二人は、なおも加速していく。

 少女の剣は、容易く少年の刃を砕き、少年もまたその度に新たな剣を生み出す。

 異なる展開で、同じ流れを何度も繰り返している。

 だが、ここでついに一つの動きを見せる。

 

「はぁッーー!」

「ーーーーっ!」

 

 少女から放たれる強力無比な一撃。

 一際高い剣戟音が鳴り響き、受け止めた少年が吹き飛ばされる。

 

・・・・・ここだッーー!

 

 少年はいま無防備だ。

 剣圧に圧され、体勢の崩れた彼に、少女を止める術は無い。

 勝利の確信とともに少女が踏み込む。

 少年はそれに対し、双剣を投げつける。

 ただの投擲であれ、彼が放ったそれは戦車の主砲にすら匹敵する。

 たとえ重厚な鎧であっても、容易く断ち斬るだけの威力を有している

 

・・・・・そんなものではッーー!

 

 僅かの間に、当然のように薙ぎ払う。

 弾かれた二刀は少女の後方へと吹き飛んでいく。

 如何に協力とはいえ、苦し紛れに放たれた刃は、足止めにもなりはしない。

 少女の脚を止めることすらできない一瞬。

 

ーーだが、一瞬。それだけあれば、少年が動くには十分過ぎるーーッ!

 

 少女は見た。

 飛び込む先、少年が漆黒の槍を振り上げていることを。

 

「っーー!? 罠かーーっ!」

 

 後方へ退がるタイミング、真実追い詰められたかのような表情。

 緻密に巡らされた策に感嘆の念を覚える間もない。

 忘れてはならなかった。

 少年の戦いとは、相手が勝利を確信したその瞬間にこそ、勝機を見出すものだということをーーッ!

 

「串刺<カズィクル>ーー」

 

 発動まで0.1秒。

 制動をかけ全力で停止する。

 そのまま己が直感に従いーー

 

「城塞<ベィ>ーーッ!!」

 

ーー真名が解放される。

 

 大地より無数の杭が現出する。

 ワラキア公国のヴラド三世の異名と同じ名を冠した宝具。

 かつて二万のオスマントルコ兵を串刺に並べ、侵略者を撤退させた悪魔の如き戦術。

 その伝承が再現される。

 展開される杭は無数。

 放たれれば決して逃れ得ない原野。

 それをーー少女は宙へと舞うことで回避した。

 

・・・・・危なかった。

 

 彼女は、あの槍を知らなかった。

 それがどのようなもので、どう扱われるかなど知りもしなかった。

 だが彼女の未来予測じみた直感は、自身に迫る危機に対し選び得る最高の対処をする。

 大地を埋め尽くす粛清の杭も、空中にまでは及ばない。

 結果として、彼女の行動は最善のものだった。

 そう、最善。

 

ーー故に。

 

 その必ず選ぶであろう最善の行動を、少年が読み間違えるはずもなくーー

 

「ーー工程完了<ロールアウト>。全投影待機<バレットクリア>」

「ーーーーっ!?」

 

 少女の周囲に、無数の剣が展開される。

 球状に配置されたその数は、優に五十を超える。

 その全てが、一つの概念を内包している。

 少女の中に宿る竜の因子を滅するものーー即ち、竜殺し。

 一つでも受ければ死へと至るそれらが、剣の檻と化して少女を狙っている。

 

「ーー停止解凍<フリーズアウト>、全投影連続層写<ソードバレルフルオープン>ッーー!!」

 

 赤の号令一閃。

 全ての剣が、少女を串刺にせんと放たれる。

 迫り来る刃。

 翼を持たない人間には避けることすら叶わない。

 宙で身動きできぬまま、少女は刺し貫かれる他ない。

 

ーーされど。それを踏み越えてこその、剣の英霊・・・・・!

 

「ぉおーーーーッ!」

 

 瞬間、少女から膨大な魔力が噴出する。

 それはロケットのように少女を押し出し、擬似的に少女を飛行させる。

 吹き飛んだ少女は、迫る剣群の一部だけに穴を開け脱出した。標的を失った剣は虚空を斬り裂くに終わる。

 それを背に、少女がさらに加速する。

 向かう先には少年。

 彼女は回避すると同時に、さらなる攻勢へと転じている。

 既に、少年では防ぎようのない威力に到達している。

 その様はさながら小型の黒い隕石だ。

 膨大な魔力を纏った彼女は己が剣を振りかぶり、そしてーー

 

「ーー投影装填<トリガー・オフ>」

「ーーーーっ!」

 

 少年の右手に、巨大な斧剣が生まれる。

 少年の身の丈を優に超えるそれは、とある戦争にて一人の英雄が、雪の少女を守るために振るったものだ。

 それを握るということは、彼の者の武技を再現することに他ならずーー

 

・・・・・初めからこれをーーっ!

 

 視認した瞬間、真意を知る。

 先の槍も剣も、ただの布石に過ぎなかった。

 杭を回避し、剣群を突破し、その上でこうなることを予測していたのだ。

 

ーーあらゆる要素が、戦いの終わりを示唆している。

 

 展開の全てを予想し己が敗北に合わせ必殺を用意した少年と。

 必殺を志したが故の加速が仇となった少女。

 このまま方向転換できず、少女は少年の持つ斧剣へと飛び込む。

 少女が自身の宝具を解放せぬ限り、あの神速は超えられない。

 そしてこの状況。

 そのような余裕は少女にありはしない。

 

・・・・・だが、たとえそうであろうとーーッ!

 

 少女が加速に加速を重ねる。

 その先に自身の敗北が待ち受けていると理解しながら突貫する。

 当然だ。

 どのような窮地にあれ、最期まで立ち向かってきたのが彼女だ。

 そうでなければ、こんな場所に彼女は立ってはいない。

 それは、少年も理解していることだった。

 どれだけの布石を揃えようと、彼女は必ず向かってくると。

 故にこそ、自身もまた全力で迎え撃つのみーーッ!

 

「是、射殺す百頭<ナインライブズ・ブレイドワークス>」

 

 強大な水蛇<ヒュドラ>の九つ首を一瞬で斬り飛ばした神速の九連撃。

 ギリシャ神話に謳われる大英雄の御業が漆黒の剣と衝突しーー

 

「なーー!?」

「ーーーー!」

 

 予想に反し、斧剣はあっさりと砕かれた。

 驚きは少年のもの。

 必殺の筈の一手が、容易く破られた事実に思考が追いつかない。

 だが、その刹那。思考が停止した、僅かな瞬間。

 それを彼女の前で晒すことは致命的であり。

 

「ーーーーッ!」

 

 振り払った勢いを利用し、宙で少女の体が回転。

 

「おぉーーッ!」

 

 高速の蹴りが、無防備な少年へと打ち込まれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 視界が明滅する。

 壁際まで飛ばされたおかげで、全身打撲したかのようだ。

 

・・・・・まだ、まともな方か・・・・・。

 

 立ち上がりながら、思い直す。

 先ほどの一撃。

 本来なら、上半身が消し飛んでいたはずだ。

 それを抑えられたのは、斧剣によって威力が相殺されていたためだろう。

 お陰で全箇所への強化が間に合った。

 彼女の方もあれで限界だったようで追撃は無い。

 

・・・・・しかし、なぜ破壊された・・・・・?

 

 あの斧剣の強度なら、彼女の一撃にも耐えられるはずだった。

 一度の迎撃と八つの攻撃。

 初撃を受け止められた彼女に、残りを回避する手立ては無い。

 それでこの戦いは終わるはずだったのだがーー

 

・・・・・思考と記憶の差異、か・・・・・。

 

 現状、それが最も確率が高い。

 おおよその記憶は取り戻したが、やはり完全修復には至らないようだ。

 彼女との戦いで戦闘技法は取り戻したが、設計図には穴が空いているのかもしれない。

 不完全な剣製で、本来の戦い方など望むべくもない。

 なまじ記憶が戻ったが故の弊害だった。

 

・・・・・追い詰められたな。

 

 手を握り、開く。

 彼女の蹴りを腕を交差して塞いだが、かなりのダメージだ。折れてはいないようだが、罅が入っていることは間違いない。

 剣は持てるが、振るえるのは精々三度か四度が限界だろう。

 あちらと交差すれば、回数は更に減る。

 

・・・・・問題無い。それだけあれば十分だ。

 

 この程度の予想外は想定内だ。

 あそこから不利になることも、可能性の一つだったのだ。

 故に、まだもう一つの手が残っている。

 いける。

 その一手を以って、今度こそ終わらせられる。

 

・・・・・しかし、俺も大概だな。

 

 勝利への道筋を立てながら苦笑する。

 彼女を超えることは、常に夢見ていた。

 何度も何度も何度も、数え切れないほど彼女との戦いをイメージした。

 そこには彼女を打倒できるだけの幾つかの攻略法がありーー結局、行き着いたのは"これ"だった。

 未熟だとは思わない。

 だって、仕方がない。

 ずっと追い続けてきたのだ。

 何年経とうと、どこに行こうと、いつも目指してきた。

 だからもし、彼女を超えるというのなら、それは自ら生み出した必殺で成し遂げたい。

 

「ーーーー」

 

 空の両手に双剣を用意し、脳内にも残りの設計図を待機させる。

 こちらの決意を感じたのか、少女も己が剣を構え、こちらを待ち受けている。

 

「ーーーーいくぞ」

 

 告げると同時に、万感の想いを込めて、双剣を投擲する。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 迫る双剣を見て、少女は僅かに落胆した。

 

・・・・・やはり、"それ"なのですね。

 

 半ば予想はできていた。

 自身を超えるために、必ず使ってくると。

 当たり前だ。

 "ソレ"は、そのために生み出されたのだから。

 贋作でしかなかった彼が、彼女を超えるために創造した、数少ない真作。

 これまでの戦いにおいても、多くを救ってきた必殺。

 

ーー鶴翼三連。

 

 干将・莫耶という双剣が待つ互いが引き合う性質と、彼の特異な魔術を組合わせた奥の手。

 第一撃にて投擲した双剣を弾かせ、続く第二撃と最初の双剣を引き合わせることによる奇襲。

 それらを布石にし、術者自身と二対の刃による剣の包囲網。

 完成すれば何人たりとも逃れることはかなわない。

 だが、それは決して、彼女に届くことはない。

 何故なら、彼女は既にそれを知っているから。

 夢の中で彼の道行きを見ていた彼女は、当然のように彼が生み出したモノを知っている。

 

・・・・・残念です・・・・・。

 

 思い、弾く。

 本来なら、彼女は負けていたのかもしれない。

 初見であれば、確実に敵を仕留めるであろう技。

 だが知られてしまえば、対応は容易い。

 そして、それを知っている以上は全力で迎え撃つのが、彼女の礼節だ。

 故にこそ、彼女の勝利が揺らぐはずもなくーー

 

ーー後方より、思いがけない奇襲が迫ってきた。

 

「ーーーーっ!?」

 

 一瞬、思考が停止する。

 突然の現象に、剣を振るう腕が鈍る。

 

「くっ・・・・・!」

 

 苦悶の声を上げ、なんとか弾く。

 ソレを見ながら彼女の胸に一つの言葉が溢れるーー有り得ない、と。

 その驚愕は、後方からの奇襲に対するものではない。

 むしろそれは自然だ。

 彼が生み出した"ソレ"は、元よりそういうものだ。

 彼女は後方からの奇襲が来ると、初めから承知していた知っていた。

 故に、問題はタイミング。

 先の双剣が弾かれてこの瞬間まで、彼女の想定よりあまりに早すぎた。

 

・・・・・このタイミングで攻撃が来るはずはーーいや、まさか。

 

 思い至った瞬間、視界を巡らす。

 そこでーー

 

・・・・・やはり無いーーっ!

 

 先の攻防で彼女に弾かれ、地面に突き刺さっていた二振り。

 陰陽の双剣が、その場から無くなっている。

 それはつまり、先の奇襲がそれを用いたものということでありーー

 

・・・・・ならば、次の手は第二撃ではなく・・・・・っ!

 

 少女が事態を理解し、視線を巡らせる。

 既に全ての布石が整っているのなら、これより来たるは最後の一手。

 そうして、担い手たる少年を探して見上げた先ーー鶴翼が、空を舞っていた。

 

ーー唯名、 別天ニ納メ<セイメイ、リキュウニトドキ>

 

 少年の手にする剣は、先ほどまでの陰陽剣とは隔絶したものだ。

 黒と白の刀身は数倍ほどの長さに変化し、その外見も鳥の翼を想起させる。

 

ーー干将莫耶、オーバーエッジ

 

 正に鶴翼という名に相応しいソレが、少女へと振り翳されており、

 

「うぉおおおおおーーーーッ!!!」

 

ーー両雄、共ニ命ヲ別ツ<ワレラ、トモニテンヲイダカズ>

 

 少年の咆哮と共に、振り下ろされる。

 予想外の奇襲で動きを制限された彼女は、その場から退避することは出来ない。

 そして少女の周りを二対の双剣が囲み、退路を断つ。

 それを見た少女が侮っていた自身を叱責しーーそれとは裏腹に笑みを見せる。

 

・・・・・やはり、貴方は変わらない。

 

 どんな時も変わらず、如何なる境地においても諦めず。

 自身の命すら担保にして、目の前の理不尽に抗う。

 その在り方を、美しいと思った。

 不完全で、歪で、誰にも理解されない。

 それでも信じたモノを守り通してきた彼の姿を、何より愛おしいと感じた。

 少年が少女を追い続けてきたように、少女もまた少年の姿を尊いものだと思ってきた。

 

・・・・・ならばこそ、全力で応えましょうーー!

 

 少女が剣を構えると同時に、彼女から風が吹き荒れる。

 突風と呼ぶべくも無いソレは、攻撃のためのものでは無い。

 吹き上がった風は、四方より襲いかかる四刀へと向かう。

 風により軌道をずらされた剣は、少女の鎧を掠っていくだけに終わる。

 これで憂いは無くなった。

 あとはーー

 

「はぁああああッーー!!」

「おぉおおおおッーー!!」

 

 少年を迎え撃つのみッーー!

 

 激突する三刀。

 衝撃の余波だけで、大地が斬り裂かれーー

 

「ーーーーっ!」

 

 鶴翼が、一瞬で砕け散った。

 粒子となり消えていく剣。

 少年が着地する。

 

「ーーーー」

 

 少年の繰り出した必殺は、確かに掛け値なしの切り札だった。

 彼が放った連撃に、少女は確かにその動きを鈍らせた。

 だが、彼女が少年の必殺を知っていた事実は覆らない。

 もとより初見殺しであることに重きを置いた必殺であるが故に、たとえ少女の意表を衝いたとしても、その後の対応は明確なままだ。

 故に、この交差において少年が勝利する可能性は、初めからどこにもなかった。

 

「ーーーー」

 

 見上げる形となった少年の視線が、少女の瞳と交差する。

 刹那、少年は少女の勝利の笑みを見て。

 刹那、少女は少年の瞳を見てーー"まだ終わってない"ことに気づいた。

 

「ーーーー、ぁ」

 

 小さく漏れる声。

 少女の表情が凍りつく。

 ここに至って始めて少年の意図を察知し、剣を振る。

 

ーーだが遅い。

 

 致命的に出遅れた彼女に、少年を止める事はかなわず。

 無防備な少女の胸へと、歪な短剣が突き刺さる。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

ーーそれは、判りきった結末だった。

 

 宝具による行動の限定。

 さらには剣の檻を用いた誘導。

 これ以上無い状態で放った攻撃を凌いだ彼女を超えるには、これしか無いと選んだ必殺。

 元より初見殺しという性質を持つソレに、更に彼女の意識外の攻撃も加え磐石なものとした。

 

ーーそれすらも、彼女は打ち崩して見せた。

 

 分かっていたことだ。

 彼女なら、必ず突破してくるだろうと。

 どれだけの月日が経とうと、所詮、自分程度では彼女の輝きには太刀打ちできない。

 彼女と戦う以上、"自身の勝利"はないのだと

 そんなことは、ずっとずっと前から分かっていた。

 

ーー故に、この手には最後の一手が用意されている。

 

 生み出すは歪な短剣。

 あらゆる契約を破却する、裏切りと否定の対魔術宝具。

 ソレを、無防備な彼女へと突き刺した。

 

・・・・・これで、大丈夫だ。

 

 ■■■■■■■から解放された彼女なら、きっと力を貸してくれる。

 汚染された大聖杯の破壊など、彼女の力を以ってすれば容易い。

 

・・・・・そろそろ、限界か。

 

 薄れゆく意識の中、自身から噴出する血を見て、冷静に分析する。

 これは当然の代償。

 膠着した状態から無理に決着をつけに行ったのだ。

 当然、向こうも黙っていない。

 俺が無茶を通したのなら、彼女も同じことをするに決まっている。

 

ーー故に、それは、判りきった結末だった。

 

 びちゃり、と音を立てて倒れ込む。

 彼女の剣で肩口から胸まで斬り裂かれたことによる出血。

 流れ出た自分の血に染まりながら、俺の意識は闇に沈んでいった。




というわけで11話・理想の果てでした。
これで冬木編も残り1・2話になりました。
後は次編への繋ぎのようなものなので、ゲームとあまり変わりなく、文字数も減ると思います。
今はこの先の展開と、何より殺人貴を出すかで迷ってたりします。
もし彼のことや、他にも意見がございましたら感想にまでご寄せください。

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