Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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約7ヶ月ぶりの更新・・・・・。遅い、あまりに遅すぎる。最低更新速度ぶっちぎりだよ。
違うんです。決してエタってたわけじゃ無いんです。ちょっとトラブルが起きまして、8割ぐらい出来てた最新話のデータがいきなりぶっ飛んで、バックアップも取れていないという惨事が起きまして。そのタイミングで第二部だったりapoイベだったり帝都イベだったりと、色々やってきて。大晦日に突然発表された衛宮さん家の今日のご飯もチェックしなきゃだし、と。そんなこんなしてる内に、「あ、そういえばここの部分補足したいなー」とか「もうちょっとカルデアの描写したいなー」とか色々浮かび出しまして。データが消えたのをいいことに急遽予定変更。オルレアン無視して幕間の続きやっちゃった。それが、こんなに長引いて、 本当に申し訳ない。オルレアンまだーとお待ちいただいてる方は、もう少しだけ待ってください(必死
今度こそ、今度こそは早くに更新しますんで!

それでは、遅ればせながら『戦う者達』どうぞお楽しみください。


戦う者達 後編

カルデアが有するキャスターのサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチは自身の工房でコーヒーの準備をしていた。

いくつかの仕事を終え暫くは問題ないとのことで、久し振りに自身の研究に没頭するつもりであった。

コーヒーはその供として淹れはじめたのだが--どうやら、彼女が一息つけるのはまだ先のようだ。

 

「砂糖とミルクは入れるかい?」

「あ、はい。--それでは、ミルクをお願いします」

「りょーかい。少し待っててね」

 

工房にいるのダ・ヴィンチだけではなかった。

部屋の主が自作したらしいアンティーク調のイスに腰掛ける少女

かつてはマスター候補であり、現在はデミ・サーヴァントとなったマシュ・キリエライトだ。

彼女はどこか緊張の面差しでコーヒーの準備をするダ・ヴィンチを見やる。

 

「お待たせ。どうぞ」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 

まだ湯気の立つカップを受け取り、そっと口をつける。

コーヒー特有の香ばしい香りが鼻腔を通り抜ける。

正直に言えば、マシュはコーヒーという飲み物があまり得意ではない。

香りだけならば好ましいものがあるが、味がどうしても好きになれなかった。こうしてミルクなりシロップなりを加えれば飲めるのだが、ブラックとなるとあまり多くは飲めない。

今は亡きオルガマリーが仕事の合間に嗜んでいるのを見ては、何が良いのだろうか、と困惑していた。

とはいえ、好意で出された物を残すわけにもいかない。

幸いにして、存外多めに入れられたミルクのお陰で苦もなく飲み干せた。

 

「お味の方は如何かな?」

そんなことを知ってか知らずか。

ダ・ヴィンチは感想を求めてきた。

 

「えっと。美味しい、と思います」

若干動揺しながら、感想を述べる。

本当は美味しいとは感じてはいないのだが、それを直接口にするのは憚られた。

それに、この飲料が自分にあっていないだけで、分かる人が飲めば美味しいのだろう、とも考えていた。

対してダ・ヴィンチはマシュの返しにからかうような笑みを見せ、

 

「いや、失礼。少し意地悪だったね。君がどう感じているのかなんて、顔を見てれば分かるよ」

 

少しも悪びれもせず、あっけらかんとのたまった。

見透かされたとわかった少女は、慌てて自分の顔に手を当てる。

 

「あの、そんなに分かりやすかったですか・・・・・?」

「少なくとも、ある程度人付き合いの出来る人間なら間違いなく気づくぐらいには、ね」

「・・・・・・・・・・」

思わず顔が赤くなる。

人に自分の考えを読まれたという羞恥に加え、無用の気遣いまで気取られたとあっては、とても相手を正視できない。

そんなマシュをからかってダ・ヴィンチは満足したのか、ごめんごめん、と笑う。

 

「私としてはちょっとしたイタズラのつもりだったんだけど、存外効きすぎたみたいだね。どうか許してほしい」

「い、いえ。もう大丈夫ですので、お気になさらず」

今度こそちゃんとしたダ・ヴィンチの謝罪に、マシュがようやく落ち着きを取り戻した。

尤も、まだ多少の気恥ずかしさはあるのだが。

 

「うん。それなら良かった。どうも、ここに来てから緊張しっぱなしだったから少し解してあげようと思ってね。ガチガチに固まったままじゃ、話すことも話せないからね」

 

片目を瞑りながら、笑みを浮かべるダヴィンチ。

しかし、その奥ではマシュへと問いを投げかけていた。

今回、この工房にマシュが訪れたのは、ダ・ヴィンチに呼ばれてのことではない。

この場所へはマシュが彼女に相談を持ちかけるべく訪れたのだ。

 

「君が私を訪ねてくるなんて、そうそうない事だ。私としても快く君の悩みを聞いてあげたい。多分内容は--件の少年、衛宮士郎について、だろ?」

「・・・・・その通りです」

 

マシュはまだ一度も、ここへ訪れた理由を言っていない。

にもかかわらず、彼女はマシュが抱える不安の種を見事に見抜いてきた。

これに関しては、先ほどのように顔を出すようなこともなかったが--自他共に認める天才、レオナルド・ダ・ヴィンチにかかればこの程度の読心は容易い事のようだ。

 

「彼とのことで何を悩んでいるのか。おおよその察しはつくけど、一応、君の言葉で聞かせてもらいたい。君は、何を悩んでいるんだい」

 

その心情をある程度理解して、その上で敢えて問いを投げかける。

問われたマシュは一瞬の逡巡を見せて、わずかに瞑目してからやがてゆっくりと話し始めた。

 

「わたしにも上手く言葉にはできないのですが--ただ、分からないんです。彼とどう付き合えば良いのか」

 

微かに俯きながら、マシュはその胸の内を吐露した。

付き合い方が分からない。

悩みとしてはありきたりで--これから共に戦っていく者として何より優先すべき問題だろう。

マスターとサーヴァント。

双方の信頼が不可欠な関係において、相手を理解する事は絶対条件だ。

けれど、その理解を深めるための近づき方--付き合い方が掴めない、とマシュは言う。

 

「彼との付き合いは決して長いものではありませんし、当然、完全な理解には到底及びません。けど、彼の人となりはそれとなくわかった気がしています。でも--」

 

どうしても、心に引っかかるものがある。

思い出すのは、冬木の戦い。

大聖杯を前に、漆黒に彩られた騎士を見た彼は、わたしの知らないカオをしていて--

 

「--つまり君は、どちらが本当の彼か分からない、と。そう言いたいんだね?」

「・・・・・はい」

 

衛宮士郎が向ける他者への優しさ。それは間違いなく真実だ。

普段から無愛想な顔をしているくせに、困っている人を見れば手助けせずにはいられない。

そんな彼の人となりは、既にほとんどのスタッフにとって既知のものだ。

しかし、冬木で見せた姿が偽りだとも断言できない。

一体どちらが真実なのか。

マシュにはその判断がどうしてもつかなかった。

 

「ダ・ヴィンチちゃんは、どちらが本当の彼だと思いますか?」

 

どこか縋るように、マシュはダ・ヴィンチを見つめる。

果たしてその瞳に何を思ったか、ダ・ヴィンチはわずかに目を閉じ、

 

「--それは、少し難しいね」

「難しい、ですか・・・・・?」

 

困ったような言葉に、マシュは驚きを隠せなかった。

 

--レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

ルネサンス期にその名を馳せ、芸術だけでなく数多の分野に精通する万能の人。

今なお多くの人々に認められる大天才。

その彼女が、分からないと。

たかが一人の少年のことが把握できないと、そう言うのか。

 

「確かに、君が抱える疑問を言葉にするのは簡単だ。これは単に二面性の話。どんな人間も持ち得る別側面だ。君の言う優しさも厳しさも、きっと、彼を構成する要素でしかない」

 

人の心とは複雑なもの。どんな人間にも別側面がある。

誰よりも優しく、人を信じていたからこそ--信用を裏切られた人間が他者を拒絶するような、そんな事例がいくつもある。

それは人として生きていく上で、否応無しに理解するであろう性質。

だから、どちらが真実であるか、という問いは無意味なのだ。

双方があって、彼という人間が存在するのだから。

しかし。

ならば何故、マシュはその性を失念していたのか--

 

「問題はね、マシュ。君がまだ幼すぎる事なんだ。言ってみれば君は、生まれたての赤ん坊だ。産まれてから人に触れたことも、人に触れられたことも、極端に少ない」

「それは・・・・・」

 

ダ・ヴィンチの言葉に、マシュの表情が曇る。

幼すぎる、と彼女は言う。

マシュ・キリエライトには経験が足りず、人間というものを真に理解していないと。

おかしな話だ。

マシュの年齢は最低でも十代後半に達している。

良くも悪くも物事をある程度理解できる年齢だ。

当然、人間の美徳も醜悪さも理解していて然るべき時間を重ねている。

人の身から外れた者や衛宮士郎のような特例でもなければ、外見年齢と経験が噛み合わぬことなどありえない--逆を言えば、マシュ・キリエライトはその特例に当てはまるということであり--

 

「ああ、勘違いはしないでくれ。別に君を攻めてるわけじゃない。これは、誰が悪いという話ではないからね。強いて言うなら、“君を産んだ者達”のせいではあるんだが--」

「いいえ。それは違います。そもそも、彼らがいなければ私はここに存在していません。ダ・ヴィンチちゃんの言っていることは、間違っています」

 

ダ・ヴィンチが言いかけた言葉、それをマシュは全力で遮った。

この大人しい少女にしては珍しく、強く意思のこもった否定だった。

確かに、彼女にとっても他者を貶める発言は容認し難いものがあるが、その“程度で”相手の言を拒絶するようなマシュではない。

まずは相手の真意を探り、発言の意図を理解しようと言葉を重ねるだろう。

しかし今回ばかりは違った。

微かとはいえ、ダ・ヴィンチの言わんとしたことに半ば本気で怒りを覚えすらしたのだ。

そこにどれほどの激情があったのか、普段の彼女を知る者であれば語るまでもないだろう。

少なくとも、彼女にとって先の発言が絶対に容認できぬものであったのは確かだろう。

 

--その意味が明かされるのは、まだ先の事だ。

 

「無論、承知しているとも。誰も悪くない、分かってるさ。だから強いて言えばと--分かった分かった、私が悪かったよ。だからそんな顔をしないでくれ。君を傷つけたりしたら、私がロマンにどやされる」

 

なおも言葉を重ねようとしたダ・ヴィンチだったが、マシュの貌を見た瞬間、両手を上げて降参の意を示した。

基本的にふざけたような性格をしている彼女がこうも容易く引き下がるのは、これまた先のマシュ同様に珍しい--尤も、現在のマシュを見ればほとんどの人間は同じ行動を取るだろうが。

 

「こほん。話を戻すけど、要は時間が足りていないんだよ、何にしてもね。これは今日明日で解決できる事じゃない」

「そう、ですか・・・・・」

 

色々と論理立てては見たが、結局はそれが結論なのだ。

他者との関係を深めるにあたり、それ相応の時間が求められるのはごく自然な事。

どのように近づき、何のために共にあろうとするのか。

それを探ることもまた、人付き合いというものである。

 

「ただ、せっかく頼ってくれた君に何の助言も伝えない、というのは気が引けるの。ここはひとつ、ちょっとしたアドバイスをしよう」

 

如何な天才とはいえ、出会って間もない二人の距離を縮めることも、相互理解させることもできない。

それはやはり、マシュ・キリエライトという一人の人間がこれから時間をかけて見出していかなければならないことだ。

だから、彼女にできることは一つだけ。

先行きの見えない道に躊躇する少女の背中を押してやることだけだ。

 

「これから彼と話す時、遠慮はしないことだね」

 

本当に相手を理解したいのなら。

相手の心に少しでも近づきたいと願うのなら--それは、決して欠かすことのできない一歩だ。

 

 

 

 

 

 

「遠慮をしない、ですか・・・・・?」

「付け加えれば、手加減もしないこと。君は君の願うままに彼と言葉をかわせばいい」

「・・・・・ですが、それは」

 

ダ・ヴィンチちゃんの助言に、わたしは思わず顔をしかめる。

彼女の言わんとすることは、なんとなく分かる。

記憶が戻ってからの先輩は必要以上に他者との関わりを持とうとしない。

カルデアに対する信頼が低いのかそれとも他の理由があるのか。

理由は解らない。

けれど、事実として彼がわたしたちと距離を置こうとしていることだけは窺えた。

 

・・・・・本音を言えば、わたしはそれが嫌だった。

誰とも近づかないように立ち回る彼は、気付いたら陽炎のように消えてしまいそうで。

それをどうにかするためにも、ダ・ヴィンチちゃんに助言を求めた。

・・・・・けど、だからと言って。

 

ダ・ヴィンチちゃんの言う通り何の遠慮もせず、先輩の意思を無視して、ずけずけと彼の心に踏み込んでしまうのは、間違っているのではないか。

 

「気持ちは分からなくは無いけどね。でもはっきり言わせてもらうと、この問題に対して君の懸念は間違いなく邪魔なものだ」

「・・・・・邪魔と言われましても」

 

困ってしまう。

相手が望まないなら過度には交流を持たない。それは、普通のことではないのか。

少なくとも、私はそのように学んできた。

 

「それは間違いじゃないし、君の相手を慮った上で適切な距離を測るというスタンスは人間性という観点で言えば美徳だ。しかし、君がいま直面する問題を考えれば、それは障害でしかない」

「そう、なんでしょうか・・・・・」

 

分からない。

こんな経験は今まで一度も無かった。

相手の意思を無視してでも通したい願望など抱いたこともない。それを実現したいと考えてこともなかった。

どっちつかずだ。

先輩に迷惑をかけたくないと考えているのに、どうしようもなく我儘な思いがある。

どうすることが正解なのか、まるで分からない。

 

--けれど、同時に。

 

ダ・ヴィンチちゃんの言葉は確かに間違っていない。

わたしは、相手を傷つけたくなくて、相手の意思を尊重すべきだと考えたけれど。

もし本当に、彼を知りたいのなら。誰とも触れ合おうとしない彼に少しでも寄り添いたいのなら--それと同じくらい踏み込まないといけない。

もしかしたら、彼には迷惑かもしれないけど。

わたしはそれでも、この想いを諦めたくない。それなら--

 

「--分かりました。上手くいくかは分かりませんが、出来る限り善処します」

 

結局、何が正しいのかはわからない。

何もかも未熟な私にはいつだってわからないことだらけだ。

けれど、今はそれでいい。

未熟者は未熟者なりに、今できる最善を尽くす。

それがいつか、目指した場所に手を届かせると信じて。

 

「ふむ。どうやら踏ん切りがついたようだね」

「はい。お時間を取らせてすみませんでした」

「なに。これも仕事のうちだ。また困ったことがあればいつでも来てくれ」

「その時は、是非お願いします」

 

相談に乗ってもらった上にまた彼女を頼るのは少々負い目を感じたが、この問題はどうあっても私個人の力では解決できないので、ここは素直に好意に甘えておく。

その代わりと言っては何だが彼女の実験や研究などは出来る限り手伝おう、と心に決める。大した返礼にはならないけど、わたしに出来ることといえばそれぐらいだから。

 

「それでは、失礼します」

「ああ。幸運を祈っているよ」

 

最後に励ましを受けて、ダ・ヴィンチちゃんの工房を去る。

向かう先は食堂。

以前から考えていた“案”を実行する。

通信を開き、つい先日新しく追加された先輩の連絡先に繋げる。

 

「先輩、今お時間よろしいでしょうか?」

 

 

これが少しでも彼と近づくための一歩になると信じて。

まだ不安はあるけれど、この願いを果たすためにも、少しずつ前進していこう。

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだい、レオナルド」

「ははは。いきなりやってきたと思ったら随分な言い草じゃないか、このお客さん。知り合いじゃなきゃ即締め出してたね」

 

ダ・ヴィンチは辟易した様子で二人目の来訪者に応対した。

彼女の目の前にいるのは医療部門のトップにして現カルデアの指揮代理--即ちロマ二・アーキマンだった。

彼は何の前触れもなくダ・ヴィンチの工房に現れた。

まだマシュが立ち去ってから五分と経っておらず、その上何の脈絡も無しに非難の声をかけられたとあっては、彼女も不愉快というものだろう。

 

「大体、お前まだ仕事があるんじゃなかったのか」

「そうだよ。だから早く戻らなきゃいけない」

 

溜息交じりに話すロマニにダ・ヴィンチは訝しげな目を向けた。

彼女の言うように、彼は多忙にすぎる身だ。

本来の医師としての仕事に加え、カルデアスの観測、復旧作業の指示、各セクションの再編成及び統括、その他諸々の作業を一手に引き受けている。

そのためほとんどの時間、彼は管制室に詰めっきりになるか、機材のメンテナンスに尽力している。

当然、こんな風にダ・ヴィンチの工房を訪れる暇など無く--だからこそダ・ヴィンチは彼の行動に疑問を抱かざるをえなかった。

 

「それで。ホントに何の用事? この忙しい時にわざわざ訪ねてくるぐらいだ。それなりに重要な話なんだろ」

 

実際、確認するまでもないだろう。

このタイミングでの来訪というのもあるが、何より彼がダ・ヴィンチのことをレオナルドと呼ぶ時は、決まって真剣な話をする時なのだ。

 

「要件は一つ。マシュと士郎君のことだよ」

「はぁ?」

 

重々しく吐き出された言葉に、ダ・ヴィンチ訳がわからないとばかりに声をあげる。

カルデアの施設なりシステムなりに何らかの以上でも発生したのかと思いきや、出てきたのは全く関係のない二人の人物だ。疑問に思うのは当然だろう。

確かに、両者共に気にかけるべき事柄はある。

それは例えば、衛宮士郎の素性であったり、デミ・サーヴァント化したマシュの身体機能の変化であったり。

だがそれらは、現状は必要ないものとして先延ばしにしていたり、或いはすでに解決しているものばかりだ。

間違っても、山積みになった他の問題を放り出してわざわざ話すことではない。

そんなことは彼とて理解している。

だからこそ余計に分からない。

質問内容がではなく、それを投げかけたロマ二の意図が全く掴めないのだ。

疑念の目を向けられた当の本人は、険しい顔つきを崩さずに話を続ける。

 

「さっきマシュの相談に乗ってたろ」

「おいちょっと待て。なんでお前がそのことを知って・・・・・ああ、シバを使ったのか。覗き見とはイイ趣味してるじゃないか」

「そのことについては悪いと思ってる。けど、マシュが何やら深刻な顔をして君の工房に行くものだから、心配になってね」

「ふーん。心配、ね。--まぁその事はいいや。確かにお前の言う通り私はお悩み相談やっていたさ。けど、別にまずい事は言ってないし、変なことを教え込んでもない。それで一体何が問題なんだよ」

 

問題はないはずだ。

今回、ダ・ヴィンチは本当に心の底からの善意でマシュからの相談を受けた。

彼女の悩みも真摯に受け止め、出来うる限りの答えを返した。

ここでロマニに非難される謂れはないし、そもそも二人の様子を見ていたのなら、何ら問題はないと把握しているはずだ。

彼女には何の落ち度もなかった--だからもし、本当に問題があったとすれば。

それは相談に乗ったことではなく、受けた悩みの内容の方だろう。

 

「何で、士郎君との付き合い方に関してアドバイスなんてしたんだ」

 

ロマニの指摘は、余人からすれば理解しがたいものだろう。

彼を知る者からしても、この発言は彼の普段のイメージと合致しないはずだ。

自分の知己である少女が知り合った人物との親睦を深めるため、何か良い方法はないかと尋ねてくれば、おおよその人間は親身になって応えてくれるはずだ。

ロマニを知る者は、彼が意図的に他者に厳しく接しコミュニケーションを妨げるような行動を取る訳がないと考えている。

しかし、一人だけ。

ダ・ヴィンチだけは、彼が何を言わんとしているのか、正しく理解した。

 

「つまり、マシュが彼と仲良くなるのには反対だと?」

「・・・・・君も分かっているだろ、レオナルド。彼は--異常だよ」

 

予感があった。

決して拭うことのできない違和感があった。

ロマニもダ・ヴィンチも、衛宮士郎について決して多くを知るわけではない。

彼の生い立ち、彼の人生、彼の思想。何もかもが未知のままだ。

本来なら、衛宮士郎がいかなる人間か判断することなどできず--それでもなお、ロマニが衛宮士郎を異常と断ずるのは。

 

--思い起こすは、冬木の戦い。

 

レイシフトを始めて用いた初の実践、ファースト・オーダー。

彼の舞台に、彼は巻き込まれる形で登壇した。

本来、被害者たる彼があの事態に対し何らかのアクションを取る必要はない。当事者であったとはいえ、彼にとっては関係のない事柄なのだから。

安全な場所を確保して、ただ救助を待っていればよかった。

マシュのようなデミ・サーヴァントでも、オルガマリーのような魔術師でもない。

彼女らには立場があった。知識があった。力があった。

彼に戦う必要は無い。解決の手立ては無い。才能なんてものは欠片も無い。

それどころか、記憶<ジブン>すら無い。

そんな彼が戦うべき理由が、どこにあるのか。

本来、彼がすべきは失われた記憶を取り戻し、あの地獄から生還することだった。それ以外の事象は、度外視すれば良かったのだ。

それなのに--

 

--こんなことをする奴がいて、マシュやオルガマリーさんがそれを止めようとしている。それを放っておくことなんてできない。

 

「僕にこんなことを言う資格がないって事はわかってる。それでも、彼をマシュに関わらせる事は--できない」

 

それがロマニの結論だった。

衛宮士郎との繋がりは、いつかきっと、マシュ・キリエライトに不幸をもたらし、二度と取り返しのつかない結末を招くだろう、と。

 

「----」

 

冬木の戦いをモニターしていたスタッフは、その特異性に気付いてはいないだろう。

そもそも、あの時はそんなことを思いつく余裕もなかった。

だが、あの緊急事態において、ロマニとダ・ヴィンチだけは気付いていた。

失った記憶も自らの安全も度外視し、ただ人々を救うためだけに行動しようとする彼が、まともであるはずがないと。

それが彼らの共通認識。

ある意味正反対とも言える両者の考えは、奇しくも同じ結論に達していた--だが。

 

・・・・・なるほど。こいつはそっちを選んだのか。

 

一つだけ両者の間で食い違う部分があった。

ロマニは衛宮士郎は異常であるが故に、マシュを深く関わらせてはいけないと考えたが。

彼とはどこまでも相反するダ・ヴィンチは。

 

「悪いけど、私はその意見には反対だな」

「・・・・・と、いうと?」

「言葉通りの意味だよ。あの子が自分の意思で決めたことなら、彼女の好きにさせればいいさ。私たちが口を挟む必要もないだろ」

「それは・・・・・」

 

なにもかもマシュ本人に委ねる。

いかなる選択、出会いを経ようと、それは彼女だけのモノであり余人が立ち入って良い道理はない。

ましてや、彼女の持つ関係を一方的に断ち切る権利などあるはずがない。

ロマニ・アーキマンの言は単なる横暴だ、とダ・ヴィンチは断じる。

否定のしようがない正論だ。

ロマニの言葉がどんな感情から出たものであろうと、マシュ個人の判断を彼が縛り付ける事は許されない。

それは彼も理解しているのか。ダ・ヴィンチの言を受け、ロマニは押し黙ったままだ。

彼とて、不本意ではある。

これまで滅多に感情を見せずその起伏も少なかったマシュが、自分から進んで誰かに関わろうとしているのだ。

彼の主治医としても、ロマニ・アーキマンという一人の人間としても応援したい。

だが、その結果マシュが傷付いてしまうのは見過ごせない。

だからこそロマニは葛藤する。

マシュが初めて興味を持った、衛宮士郎という異常にどう向き合えば良いのか。

 

--もしも。

 

もしも、彼女のマスターが衛宮士郎とは全く違う、それでいて魔術師ですらない“普通”の誰かだったなら。

そんな、無意味なIFを考えてしまう。

 

「そう悲観的になるなよ。案外上手くいって、お前の杞憂に終わるかもしれないだろ?」

 

難しい顔で思案し続けるロマニを見かねたのか、或いは本気でそう思っているのか、ダ・ヴィンチはそんなことを宣った。

今しがた別のことで悩んでいた頭が、今度は別の意味で痛くなってきた。

ロマニは、ため息を一つ付き、

 

「楽観的すぎる。そんな都合の良い結末になる訳ないだろ」

 

実に彼女らしい、そして彼女らしからぬ無責任な言葉だ。

万能の天才たる彼女であれば、概ねの出来事は上手く回るのだろう。

ある程度の地位や名声なら、彼女ほどの人物であれば容易に築けるのだろう。

だが、先述したように彼女は“天才”だ。

己と他者との差異を彼女は過たず理解しており、世の道理というものを弁えている。

だからこそ、発言者たる彼女が一番理解しているはずだ。

何もかも上手くいく。それが、決して叶うことのない夢物語なのだと--

 

「ふふん。相変わらずこういう所は発想が貧相だな」

 

故に、そんな当然を当たり前のように受け入れきっている凡才<ロマニ>を、天才<ダ・ヴィンチ>はごく自然に笑い飛ばした。

 

「え・・・・・?」

「お前は何もかも都合良くいかないって言うけどさ、そんな保障がいったいどこにある」

 

未来は不確定だ。当人の選択、周囲の環境次第でいくらでも変化する。

より良い結果に行き着くこともあれば、最悪の終末を迎える可能性だってある。

過不足なく、満遍のない人生を過ごすこともあるだろう。

何もかも都合良くいかないというのなら、それこそ、都合の良い幻想だ。

多くの人は先行きの見えない道を怯えながら、それでも手探りで進んでいく。

より良い未来にたどり着こうと、必死に生きている。

未来は悲惨だと、決して変えることはできないと、そんな風に断言できる人間は存在しない。

仮令、そんなことができる人間がいるとすれば、それは--

 

「可能性の話、だろ。言い出したらキリがない。それに。そんな最良の未来を手に入れるのがどれだけ困難なのか、わかりきっているだろ」

 

未来は不確定だ。当人の選択、周囲の環境次第でいくらでも変化する。

しかし、だからこそ。

可能性というものが無限の存在であるが故に、用意されている道筋も無数だ。

その中で、自身が望む未来だけを取捨選択することは、実質不可能だ。

ならば、その道筋を少しでも限定するために、不安要素を排そうとする彼の考えは間違いではない。

 

「まったく。やっぱりお前とは話が合わないな」

「当たり前だろ。君は誰もが認める天才で、僕はただの凡人だ。見ているものなんて、それこそ天と地の差がある」

 

結局、彼らはどこまで行っても相容ることはない

持って生まれた才も。目指してきたモノも。見ている世界も。

彼らの間には決して埋めようのない溝がある。

それはどうやっても解決できないもので--それを承知で、彼らは同じ場所に立っている。

 

「分かった。僕も暫くは様子を見るよ。まだ、士郎君の全てを把握したわけじゃないしね」

 

ダ・ヴィンチから視線を切り一つ息を吐いた彼は、先ほどまでの言をひとまず取り下げた。

 

「おや。さっきまであんなに反対していたのに。どういう風の吹き回しだい?」

「僕としても不本意ではあるからね。彼らが上手く付き合ってくれるのなら、それに越したことはない」

 

険の取れた、穏やかな表情で彼は言った。

考えが変わったわけではない。

衛宮士郎の異常性は良くも悪くもマシュ・キリエライトに大きな影響を及ぼす。

それが良い方向に向かうことはないだろう。

けれど、今だけは。

何も起こらず彼らが笑いあえるささやかな未来、そんなささやかな幸いを夢見ることは自由だろう。

 

--たとえそれが、儚い幻想なのだとしても、今くらいは。

 

「そろそろ行くよ。貴重な時間を潰してしまって悪かったね」

「あんまり悪いと思ってなさそうな謝罪をどうも有難う。別に気にする必要はないよ。今からでも十分に楽しめる」

「・・・・・まあ、時間さえ守ってくれれば好きにしてくれて構わないか」

 

きっと碌な物を作らないんだろうなぁ、と一種の確信を得ながら、しかし今は放置しても問題ないだろうと判断し、ロマニは若干現実逃避気味にダ・ヴィンチの工房を後にした。

 

「やれやれ。こういう所も鈍いんだよなぁ、あいつ。あんなのを見せておいて、この私が気づかないとでも思ったのか」

 

今度こそ誰もいなくなった自身の工房で、淹れなおしたコーヒーを啜りながら、ダ・ヴィンチは苦笑した。

初めから違和感があったのだ。

衛宮士郎がいくら異常に映ったとはいえ、行動が早すぎるし過剰だった。

重要な事柄に関しては慎重を期する彼らしからぬ態度に、ダ・ヴィンチは疑問を抱いていた。

それが何なのか初めは分からなかったが、彼が見せたさっきの表情で、おおよそ理解できた。

 

「言い出しっぺは・・・・・まあ、間違いなく“彼”の方か。ロマニのやつも半々だったみたいだし、決めたのは本人だろう。・・・・・ほんと、どっちも不器用なんだから」

 

あからさまな溜息をついて、ここにはいない“二人”の人物に呆れを表す。

色々な意味で忙しくなりそうだ、と胸の内で独りごち、先ほどの発言通りダ・ヴィンチは自身の研究に没頭していった。

 

 

 

 

 

「------」

 

抑えきれない緊張を抱えながら、見慣れた通路を歩く。

わたしは自身のマスターである衛宮士郎に一つの()()を持ちかけた。

聞き届けてもらえるとは、思っていなかった。

これは彼にとってただ迷惑なモノだ。聞き遂げる義務も、引き受ける責任もない。

だから、目覚めてからも多忙な彼は、当然のように断ると予測していた。

それでも彼に話したのは単純に諦めきれなかったから。

何もしないよりはよっぽど良いだろうと考えての行動だった。

それが幸いしたのか、結果は予想を裏切り彼はわたしの言葉に頷いてくれた・・・・・いや、正確には詳しい話を聞くと言ったのだ。

一度、二人で話をしてそれから決めよう、と。

ただ返答をする際に、彼の声色が僅かに沈んだのが気になった。

それが五分ほど前の話。

わたしは件の話をするために食堂へと向かっている。

指定された時間は通信を終えてから十分後だが、

 

「五分前行動は基本中の基本、ですよね」

 

少し早いかもしれないが、自分から話を持ちかけた以上、まさか遅れるわけにもいかない。

だから決して間違った行動ではないだろう、と心の中で頷く。

ついでだから、彼が来る前に話のお伴として厨房にお茶を用意してもらおう。

そんな他愛のないことを考えていると、目的地の食堂に着いた。

厨房の奥ではスタッフの方々がまだ終わりきっていない食器洗いなどをしている。

そう忙しそうには見えないが、お仕事中に声をかけるのも迷惑だろうと思い、そのまま適当な席へと座ろうとする。

 

「・・・・・あれ?」

 

そこで、微かな違和感を覚えた。

厨房の奥、ほとんどのスタッフが後片付けをする中、一人だけコンロの前に立ち異なる作業を行う人物が一人。

白い制服に、似合わぬはずのエプロンを見事に着こなす後ろ姿はここ最近お馴染みになりだした人物で--って。

 

「何してるんですか先輩!?」

「ん?」

 

声をかけられたことで初めてこちらに気づいたのか。

振り向きつつ不思議そうな顔をするのは、たった今わたしが考えていた、件の少年であった。

 

「もう来たのか、マシュ。まだ約束の時間より早いぞ」

「あ。いえ。話を持ちかけたわたしが遅れてはいけないと思って。先輩こそ、かなりお早いご到着だと思うのですが・・・・・」

「少し長い話になりそうだったからさ、先にお茶でも淹れようかと思って」

 

厨房越しに話す彼の後ろには、なるほど、確かに湯が沸かされていて近くにはポットや紅茶の茶葉が用意されている。

流石、カルデアに来て一日足らずで食堂の総料理長に抜擢されたマスター。

下準備に抜かりがない--いや、感心している場合ではなくて。

 

「すみません。お時間を割いて頂いた上に、お茶の用意までしてもらって」

「ん。まあ、用事があるといえばあるけど、マシュの話を聞くぐらいの時間はあるから気にしないでくれ。お茶も俺が勝手に用意しただけだしな」

 

答えながらも、彼は着々と準備を進めていく。

その手際は、料理などに疎いわたしでもわかるほど洗練されたモノだった。

 

「これで完成っと。うん、上出来だ」

「あら。もう終わったの?」

 

そんな時、完成した紅茶の出来に満足する彼に声をかける女性が一人。

 

「すみません、オルコットさん。仕事を抜けたうえに片付けの最中に邪魔しちゃって」

 

彼が頭を下げた女性--エマ・オルコットは食堂で働く料理人<シェフ>であり、現在彼が務める総料理長を数日前まで任されていた人物だ。

なんでも、マリスビリー前所長が旅先で訪れたレストランで偶然出会ったらしく、そのままスカウトされたとか。

彼が来るまで厨房を取り仕切っていただけのことはあって、料理の腕前も確かなようだ。

 

「いいわよ、別に気にしなくても。大体は片付いてもう直ぐ終わるところだったから。それに士郎君の技術も盗み見れるしね」

「盗み見るって・・・・・そういうのは本人を目の前にしていうことじゃないですよ。というより、俺なんかを見習わなくても、オルコットさんもかなりの腕前じゃないですか」

「甘いわよ、士郎君。料理は死ぬまで勉強。新しいモノ、自分以上の存在があるのなら積極的に学ぶのが私の流儀よ」

「・・・・・参ったな。そんなに気合を入れられたんじゃ、こっちも下手のモノは作れないですね」

 

力強く宣言するエマさんと苦笑する先輩。

まるで熱心な学生に質問攻めされる教師のようだ。

カルデアに在籍して日の浅い彼が他のスタッフに馴染めているのは大変喜ばしい。

ただ、少し意外でもある。

彼女が衛宮士郎を少なからず慕っているという事実に、驚きを禁じ得ない。

今でこそ良好な関係を築いているが、先輩が食堂に入ると言われた時、誰よりも早く、そして強く反対したのは彼女らしいからだ。

彼女が何に対して反発したのかは分からないが、少なくとも先輩への恨みつらみがあってもいいはずだ。

だが、彼女はそんな素振りを見せるどころか真逆とも言える対応を見せている。

いったい如何なる心境なのか、一度聞いてみたいものだ。

そんなことを考えている間に話が終わったのか、先輩がお盆に紅茶とお茶請けであろうクッキーを乗せて厨房から出てきた。

 

「悪い、待たせちまった」

「い、いえ。お願いしたのこちらですので。どうかお気になさらないでください」

「それこそ気にしなくてもいいんだけどな。まあとりあえずこれでも飲んでくれ・・・・・あと、お茶請けが差し入れの余りなのは目を瞑ってくれると助かる」

「はい。それではいただきます」

 

自分自身、ここに来るまで緊張だったり不安だったりで少々の心労を感じていたので、彼の言葉に素直に従った。

カップに注がれた紅茶を一口含む。

 

「美味しい・・・・・」

 

意図せずして言葉が漏れてしまった。

口にした途端に鼻を抜ける心地いい香りと爽やかな甘みが気分を落ち着かせてくれる。

次いでクッキーにも手を伸ばす。

こちらも信じられないくらいに美味しくて、紅茶との組み合わせも抜群だった。

 

「なんだか緊張してるみたいだったから気分が落ち着くやつを選んでみたんだけど、どうやら正解だったな」

「はい、少し気分が楽になりました」

「そう言ってくれるとこっちも入れた甲斐があるよ。あ、お代わりが欲しかったら言ってくれ」

「それでは、もう一杯だけお願いします」

「あいよ」

 

カップを受け取った彼はポットから紅茶を注ぐ。

この工程にも私が分からないだけで凄まじい技巧が凝らされているのだろう、と飲み干した紅茶の出来からそんな事を考える。

 

「それにしても、紅茶にはリラックス効果もあるのですね」

 

差し出されたカップを見て、ふと、そんなことを言った。

 

「紅茶に限らずお茶にはいろいろな効能があるんだ。さっき出したのはリラックス効果が高いものだったけど、他にも血行促進や新陳代謝の調整、他にも健康にいいものもあったりするな」

「飲むだけで健康になれるとは・・・・・お茶というものは凄いんですね」

「まあ、流石に何でもかんでもできるってわけじゃないけどな」

 

そんな益体も無い会話を数分ほど続ける。

わたしとしては、このまま話し続けていたい感情があった。

冬木から帰還してからは互いに休む間も無く、ゆっくり話せる時間などなかった。

今回はその多忙の中から強引にねじ込んだ空き時間なのだ。

だからこの機に彼とはいろいろな話をしたい、少しでも多く彼の事を知りたい、そんな考えが頭を過る。

しかし、忘れてはいけない、今回の本題はまた別のところにあるのだと。

時間も差し迫っている、そろそろ本題に映らなくてはいけない。

そんなわたしの思考が伝わったのか、相手の方から切り出してくれた。

 

「・・・・・さて。落ち着いたみたいだし早速本題に入るけど--さっきの話、あれは本気か?」

「はい。可能であれば是非お願いしたいのです」

「鍛錬、か・・・・・」

 

先輩が呟いた言葉--それこそ、わたしが彼に持ちかけた提案だ。

これから先、困難を極めるであろう戦いを前にいまのわたしでは力不足だと感じた。

宿した英霊の真名も分からず、宝具を発動することすらできない。

そんな欠陥サーヴァントが、何かの役に立つはずがない。目の前の彼を守ることすらままならない。

あの時と同じ。守られて、傷つく彼を見ていることしかできない。

それは駄目だ、それだけは絶対に避けなくてはならない。

けれど、わたしにはそれを覆す方法がない。

どうやっても、自らの脆弱性を克服することができない。それなら--

 

「他のナニカで補うしかない、と。考え自体は間違ってないんだが--可笑しな話ではあるな」「・・・・・すみません」

 

俯きながら彼の言葉に同意する。

自分自身、酷い矛盾だと思う。

守る力を手に入れるために庇護対象に修練を求めるなど、本末転倒にもほどがある。

いや、そもそも護衛者が護衛対象より弱いという時点で破綻している。

 

「一つ聞いていいか」

 

後ろ向きな思考は、目の前にいる彼によって遮られた。

完全に思考に没頭していたと気づき慌てて視線を戻す。

 

「はい。なんでしょうか」

「マシュはさ、何で戦おうと思ったんだ」

「何故、ですか・・・・・?」

 

それは、考えてもみない問いだった。

何故、戦うのか。

この先の道行きには、多くの困難が待ち受けていると知っていて。

ひょっとしたら、死んでしまうかもしれなくて。

それでも、戦いに身を投じるに足る理由。

それがあるのかといえば、勿論ある。

わたし達が戦わなければ人類の未来が取り戻せない以上、戦うという選択は当然のもので。

それ以前に、今のわたしはサーヴァント。

マスターが戦いに赴くというのなら、それに着いて行かない道理はない。

 

・・・・・けど、先輩が言っているのはそういうことじゃなくて。

 

使命でもなく。責務でもなく。助けられた恩義でもない。

わたしだけの理由。

他の誰でもない、マシュ・キリエライトの心を、彼は聞いているのだ。

 

「・・・・・」

 

だからこそ、答えに窮する。

彼の問いとは即ち、わたしの疑問でもあるからだ。

確かに、わたしは人類のためというだけでなく、彼と共に戦いたいと思っている。

けれど、それがなんでなのか、わたし自身にも解らないのだ。

自身すら自覚できない事を、言語化することは不可能だ。

わたしは確かな後押しもないままこの戦いに臨んでいる。

・・・・・それでも。

それでも、何故戦うのかと問われれば、それは--

 

「わたしにもよく解っていないんです。何で戦おうとするのか、わたしはまだ理解できていない」

「・・・・・・・・・・」

「--けど、だからこそ。わたしは、この想いの源泉を知りたいと思うんです」

 

結局、それが答えなんだろう。

あらゆる歴史が焼却され、多くの想いが無に帰し。

人類の未来が失われてなお、わたしが戦う理由はそれだけなのだ。

 

--知りたい。

 

今までだって、知りたいものは山ほどあった。

空の色や、土の香り、人々が行き交う街の様子。

知らないことだらけのわたしには常に知りたい、という欲求があった。

暇さえあればカルデアにいる色んな方の話を聞き、何度も資料室に足を運んだ。

何かを知りたいという想いはわたしにとって身近なもので、それこそ、今までの人生の半分はそこに集約されると言っても過言ではない。

けれど、彼に抱いた“ソレ”は、今までのものとはナニカが違った。

わたしにとって何かを知るということは、夢を見るようなものだ。

まだ見ぬ世界への憧憬、決して手の届かない場所に少しでも近づくための足掻き。

だからこそ、それらを叶えれらることは、きっとあり得ないだろうと考えている。

だって、もし自身が望む通りに実現できることなら、夢とは言わない。叶えられる、叶えるための努力ができるというのなら、それは願いと言うべきだ。

だから、これはどうあっても実現しない夢物語なのだと一つの諦観を抱いていて--彼の事だけは、決して諦められなかった。

何故、彼だけは諦めきれなかったのか。何が、彼と他のものを分けたのか。

到底、それらの正体を明確にする事はまだできないけれど。

この疑問を、疑問のまま終わらせたくなかった--

 

 

 

 

 

 

告げられた決意を、衛宮士郎は真っ向から受け止める。

 

「--知りたい、か」

「はい」

 

その言葉は、決して強いものとは言えなかった。

込められた想いも、叶えようとする熱意も、間違いなく本物だ。

先に言ったように、彼女はソレを貪欲なまでに求めている。

しかし、士郎は見抜いていた。

絶対に譲れないと告げられた言葉。

そこに混ざる、マシュ・キリエライトの迷いに、彼は気付いていた。

ダ・ヴィンチに相談を持ちかけ、士郎と話して、それでもなお彼女は考えている--本当にいいのか、と。

人類の未来がかかった戦いに、そんな不謹慎な感情を抱いたまま参戦していいのか。

自らの自己満足に、他人を巻き込んでいいのか。

それらの不安と不信は、常に彼女につきまとっている。

生き残った彼らは、その肩に余りに重いものを乗せている。

人理修復。星の行く末を決める戦い。

途方もない、されど揺るぎようのない夢物語<ゲンジツ>。

カルデアに残された人々が挑むべきは即ち、そういうものだ。

彼らは一切合切をかなぐり捨て、如何なる犠牲も容認しこの戦いに勝利しなくてはならない。

そこに私欲を挟む余地など存在しなければ、そのような“余分”を持てるほどの余暇を、彼らは持ち合わせていないのだから。

 

だというのに、彼女は求めている。望んでしまっている。

知りたい、などと。

焼却されてしまった人々がもはや思うことすらできなくなった願いのために戦うなど、果たして許される事なのか。

その思考があるからこそ、彼女の言葉には揺らぎがある。

 

・・・・・いや、逆か。

 

切望しながら迷いを抱いたのではなく。

どうしようもない迷いを抑え、それを求める。

本来なら、それを口に出すことすら、彼女には耐え難い苦悩があったはずだ。

この状況、断崖に立つかのようなこの現状で、我欲を通すことがいかに許されざる悪徳か、彼女は正しく認識している。

それでも、彼女は求めたのだ。

人理の重みに比べれば余りにもちっぽけで矮小な、自己満足。

たとえ、想うことすら憚られるような願望であったとしても、それだけは--

 

「最初に言っておくと、俺には才能がない。純粋な打ち合いで競うなら、マシュに宿る英霊以下だ。だから、教えられる事なんてほとんど無い。それでも、構わないか?」

「はい。それでも、お願いします」

「--分かった。ドクターには俺の方から話しておく。準備とスケジュールが決まり次第、マシュに連絡するよ」

「ッ----!」

 

ぱぁあ、と一気に顔を明るくさせ椅子から勢いよく立ち上がるマシュ。

 

「ありがとうございます、先輩!」

 

深々とお礼をした後、行きたい場所があると言って、すぐさま食堂を飛び出していった。

二、三会話をしていくものかと思われたが、よほど興奮していたのだろう。

置き去りにされた士郎が、しばし呆然と口を開けていた。

とはいえ、それもほんのわずかな時間。

一度了承した以上、要望にはしっかりと答えなくてはならないし、それを理由に他の事を御座なりにする気もない。

加えて、いつ作戦が開始されるか分からないこの状況で、どれだけの時間が取れるかも分からない。

再起動した脳内で、これからのスケジュールや訓練内容を調整して行き、

 

「--若いって、いいわねぇ」

「・・・・・唐突に出てきての第一声がそれですか、オルコットさん」

 

背後霊のごとく現れた副料理長殿に、思考の中断を余儀なくされた。

後ろに立つ彼女は、どこか遠い目でマシュが立ち去った後を見つめており、その視線の先に若かりし頃の姿でも見ている老人のようだった。

 

・・・・・っていうか、貴女も十分若いですよね? オルコットさん。

 

「気分の話。昔ならともかく、今はあんな風に全力全開ってわけにはいかないわよ」

「ついさっき料理は死ぬまで勉強、なんて言ってた人の言葉とは思えないですね」

「さて、なんのことだったかしら? 学び甲斐のある新人が現れたおかげで、他の事を頭に留めておく余裕は無いのよねー 」

 

都合の悪いことは忘れさせてもらった、とでも言わんばかりの白々さだ。まったくもって質が悪い。

こちらはまだ記憶の欠損があるっていうのに、そのふざけ方はいかがなものか。

もっとも、さして気にしているわけでもないので、苦笑しながら流しておこう。

 

「ところで、俺に何か用ですか?」

「そうそう、忘れるところだった。私たちもひと段落して今から休憩に入るんだけど、あなたはどうする? もし暇なら色々と聞きたいんだけど・・・・・」

「すみません。今日はまだやりたいことがあるので」

「それは残念。でもまあ、仕方ないか。じゃあ、また今度時間があればお話ししましょ」

「ええ、その時はまた」

 

じゃあねー、と手を振りながら去っていくエマ。

士郎自身、出来るだけお願いや頼みは聞いてあげたいが、今は優先すべきことがある。

 

「やり方は・・・・・これで合ってるか」

 

右手をたどたどしく振るい、通信を開く。

先日登録したばかりの連絡先一覧を開き、目当ての人物へと繋げる。

数秒で通信は繋がり、ふわりとした栗色の髪が画面に映り込む。

 

『士郎君? 君から連絡をするなんて珍しい、というか初めてだね。もうそれには慣れたかい?』

「ああ。なんとか連絡をできるぐらいにはな。ところで、ドクターは今時間あるか?」

『今から休憩に入るところだから大丈夫だけど、何かあったのかい?』

 

なんとなしに紡がれた言葉に、少しばかり驚く。

世界が焼却されて以来、彼が休む姿を士郎はほとんど見た事がない。

周りのスタッフが何度か注意しても、一向に休息を取ろうとしない。

士郎もそんな様子を知っており、何人かのスタッフに少しでも疲労の取れる食事を提供してくれ、と懇願されたのだ。

だから、珍しく休みを取ろうとする彼に一体どんな心境の変化だ、と聞こうとして--ロマニ背後にいる、般若の如き表情を浮かべる副司令官殿を見て何となく察した。

 

・・・・・遂に、雷が落ちたか。

 

彼のワーカーホリックぶりは目に余るものがあった。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたのだろう。

お陰で彼と話す事ができるので、心の中で彼女に感謝を告げておく。

 

「相談というか、少し話したい事があるんだ」

『分かった。どこで話そうか』

「そう深刻な話でもないから、落ち着いて話せるならどこでもいいよ」

『それなら管制室近くにある休憩室に来てくれ。そこで先に待ってるから』

「了解。五分ぐらいでそっちに行くよ」

『うん、それじゃあまた後で』

 

通信が切れるのを確認し、この場を片す。

指定場所は管制室近くの休憩室。食堂(ここ)からそう時間はかからない。

しっかりと後片付けをするぐらいの時間はある。

こればかりは性分だな、と頷きながら士郎は作業をこなしていった。

 

 

 

 

 

 

「武器庫に入れないか、だって?」

「ああ。出来れば今日中にでも入りたいんだけど、駄目か?」

 

休憩所の一室で、唐突な士郎の要望にドクター・ロマンは首を傾げた。

たまたま近くにいたスタッフが聞こえてきた物騒な言葉に飲んでいたドリンクを吹き出し、共に談笑していたスタッフの制服に吹きかけるという惨状が繰り広げられていたが、まあ気にする必要はないだろう。

 

「一応聞きたいんだけど何で武器庫なんかに・・・・・というか何で知ってるの?」

「いや、普通に地図に載ってたから。それに、何故っていうなら魔術師の研究機関に何であんなものがあるんだよ」

 

本来、魔術師と科学は正反対に位置する。

一部の例外を除き、殆どの魔術師は現行科学の産物を唾棄すべきものとし、頼ることもなければ、認めることもない。

双方は共に対立し、その関係は決して交わらない水と油。或いは手の届かぬ鏡面存在。

魔術師は過去に、科学は未来向かって疾走する、とはある女魔術師の言葉だ。

同じ場所を目指しながらも、二つの道はあまりに隔絶しており、それらが交差することは決してない。

それが、真っ当な魔術師と科学の関係。

だが、

 

「はじめは礼装なりの保管庫かと思ってたけど、まさか本当に武器庫だったとは。魔術師の工房で自動小銃やらが保管されてるとは夢にも思わなかった」

 

まさに驚天動地、青天の霹靂だ。

このことを知ったときの衝撃たるや、彼の騎士王がジャンクフードをモッキュモッキュと頬張っていることと同義、と言えばお分かりだろうか。

 

「どう考えても魔術師には必要ないものだろう。アニムスフィアみたいな家柄なら尚更だ」

 

魔術協会、その総本山たる時計塔を束ねる十二の君主<ロード>。

そのロード達も一枚岩ではなく、主に三つの派閥に分かれる。

即ち、貴族主義派閥・民主主義派閥・中立派閥の三派閥であり、アニムスフィアは貴族主義に属している。

彼らは何よりも血統を重んじ、いかに才能があろうと歴史浅き者は歯牙にも掛けない。

いかにも魔術師らしい魔術師であり、そんな彼らが科学を用いるなど自らを貶す行為に他ならない。

もしそんな事実が露見しようものなら、ロードの面汚しという誹りは免れないだろう。

ロマニもその考えに頷く。

本来、アレは魔術師が持っていいものではない、と。だが、

 

カルデア(ここ)は例外だよ。創立したのは先代所長のマリスビリーだけど、その承認は国連によるものだからね。色々と条件があって、あそこもその一つさ」

 

カルデアは魔術師所有の研究所であると同時に、国連所属の特務機関でもある。

その立場上、様々な分野において一定の基準がある。

武器庫もその一つで、特殊にすぎるこの研究所は規模こそ小さくとも軍事施設並みの装備が整っている。

 

「国連承認といっても、設立当初はいろんな方面に目の上のたんこぶ扱いされてね。何度か諜報員だったり工作員だったりが送り込まれるなんて事もあったんだ」

「それはまた、難儀な話だな」

 

なんとも物騒なことを軽く言ってのけるものである。

とても笑って流せるものではないだろう。

とはいえ、武器庫があった理由はこれで分かった。

小さくない疑問も解消できたし、そろそろ話を戻すとしよう。

 

「話が逸れたけど、武器庫に入りたい理由は戦力強化の為だ。これから先、冬木以上の戦いが待ち受けているとすれば、それ相応の武力がいる。いくらか武器を持っていければ、何かの足しにはなるだろう」

「--話は分かったけど、あれが本当に必要なのかい? 君なら自前の剣を使った方が早いんじゃないか?」

「そこは魔力量の問題だな。確かに俺は剣に近いものなら大抵は用意できる。実際、そっちが本領ではある。けど、俺の生成できる魔力量はお世辞にも多いとはいえない。極力、魔力を用いず効率よく戦う手段が欲しいんだ」

 

その点でいえば、銃というのは実に優秀な武器だ。

弾さえ大量に用意すれば様々な局面に対応できる。

弾丸や銃本体に少しばかり()()すれば、魔獣や霊体にも通用する。

流石にサーヴァント相手では分が悪いが、冬木で見かけた骸骨兵のような下級の使い魔程度なら容易く屠れる。

 

「けど、持ち運びはどうする? レイシフトではあまり多くの物を持ち運べないよ」

「その辺りはダ・ヴィンチちゃんに頼んである。まだ詳しくは聞いてないけど、明日までにはなんとかしてくれるそうだ」

「なるほど、それなら問題ないかな。分かった。武器庫への入室と火器の取り扱いを許可するよ。詳しいことは責任者と決めてくれ」

 

ロマニはそう言ってから後ろを振り返り、休憩中だった一人のスタッフを呼び出した。

「ちらちら話は聞こえてましたから大体察しはつきますけど、一応聞いておきます。いったい何の用ですか? ドクター。」

「多分考えてる通りだよ。君には士郎君の手伝いをして欲しいんだ、ランディ」

 

ランディと呼ばれた男性スタッフ。

見てみると、その人物は先ほど話し相手吹き出した飲み物をにぶち撒けられるいう惨状を被った張本人だった。

彼の奥、先ほど座っていただろうベンチにはシミのついた制服が置かれている。

どうやら、被害はそれなりの規模のようだ。

 

「士郎君、紹介するよ。彼はランディ。武器庫の管理をやってもらってる」

「ランディ・スミスだ。こうやって話すのは初めてだな」

「改めまして衛宮士郎です。前に自己紹介した時は軽い顔合わせだけでしたからね」

 

差し出された手を握りながら言葉を返す。

年の頃は二十代前半、名前と肌の白さからしてアメリカ人だろうか。

逞しい腕をしており、銃整備だけでなく、本人も銃器の扱いに慣れているように感じる。

 

「それじゃあランディ、彼の案内は頼んだよ」

「はいはい、任されました・・・・・と言いたいとこですけど、まだあそこに人は入れられませんよ。先の爆発で標的にはされなかったみたいですけど、何と言っても繊細な場所だ。完全に安全だって確認できるまで、俺以外を入れる気はありませんよ」

「ああ・・・・・確かにまだ危ないもんね」

 

レフ・ライノールによって仕掛けられた爆弾の影響は設置箇所だけでなく館内の各所に及んだ。

直接的な被害に留まらず、爆発による衝撃もまた問題であった。

武器庫もその被害を被った一つであり、火薬等の危険物が大量に保管されているため、迂闊な行動はできないのだ。

 

「となると、武器の持ち出しは無理かぁ」

「いえ、それだけなら俺が入れば済むんで構いませんよ。人を入れないのは念のためであって、概ね整備はしてますから」

「あれ、そうなの?」

「火がおさまってすぐに確認しましたからね。ひどい散らかりようでしたけど、幸運にも火薬に引火するような事にはなってなかったです」

「そっか。じゃあ、あとは君に任せるよ。士郎君もそれでいいかい?」

「ああ。俺もそれで構わない」

「それじゃあ、また後で」

 

士郎が頷くのを確認して、ロマニは仕事へ戻っていった。

残された二人はそのまま武器庫へ向かう--のではなく、そのまま休憩室でいくつか確認をするようだ。

 

「さて。銃が欲しいってことだけど、どんなものをご所望なんだ?」

「用途に分けて三挺ほど。弾倉量の多い機関銃、単発式で高火力なもの、それから大型の狙撃銃を用意してもらいたい」

「具体的には?」

「一つ目はできるだけ取り回しのいい・・・・・そう、例えばキャリコM950みたいな大容量マシンピストルみたいなのが好ましい。二つ目は大口径のリボルバータイプを。最後は対物クラスがあればいい」

「それはまた、なんとも・・・・・」

 

淀みなく答える士郎に若干引き攣った笑みを浮かべるランディ。

要求が思いの外明確で物騒な内容であったためだ。

取り回しの良さを重視ししつつ高い継戦能力を求めてくる辺り、かなり腕に覚えがあるとランディは判断した。おまけに、どう考えても装甲車なんかを想定しているとしか思えない対物狙撃銃。

とても齢十八ほどの少年が扱う代物ではないだろう。

 

・・・・・まあしかし、それが必要なほど切迫した状況ってことだよなぁ。

 

あらゆる生命が焼却され、物言わぬ星と化した地球。

このカルデアだけが通常の時間軸から抜け出し、滅びの炎を免れている。

それ以外、かつてあった世界は特異点Fのような光景が広がっている。

世界の滅亡。

 

・・・・・やっぱり、実感わかないよなぁ。

 

顔に出すことはなく、内心で軽い溜息を吐く。

状況を楽観視しているわけではない。事実を理解していたいわけではない。

カルデアにいる者なら、少なからずその覚悟をしてきた。

だが、しかし。その覚悟を持っていてなお、世界の滅びは遠い出来事なのだ、と。今更のように理解する。

言葉では理解していても、その未来を確かに訪れるであろう現実として信じることはできなかったのだ。

そしてそれはランディだけに留まらず。

生存するスタッフの中に、どれほどそのことを信じられる人間がいるか。

少なくとも、彼はまだそんな人物に出会ったことがない。

例外があるとすれば、目の前の人物とマシュの実際に体感した人間、それからドクターとダ・ヴィンチちゃんくらいのものだろう。

或いは、魔術師であれば何かしら感じ取るものがあったのだろうが、生憎と彼は魔術回路など持ち合わせていないし、魔術なんてものはこれっぽっちも理解できない。

彼は単なる技師<エンジニア>であり、それ以外の事は不得手もいい所だ。

何かできるとすれば多少は銃の扱いに慣れていることだが、それもサーヴァントなどという化け物では通用しないし、そもそもレイシフト適性はない。

 

・・・・・結局、俺に出来ることなんざこいつらのサポートぐらいか。

 

なんとなしに、目の前の少年を見据える。

自分とそう変わらない年の少年に世界の命運がかかっていると考えると、複雑な気分になる。

確かに目の前の彼は魔術師でありサーヴァントなんて連中と同等に戦えるだけの化け物だが、子供であることには変わりない。

大人として、彼らに頼らざるを得ないこの状況が、ひどく情けなく感じた。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

気がつくと、心配そうな目で己を見やる少年の姿が目に移った。

どうにも、深く考え込み過ぎたようだ。

いらぬ気遣いをさせぬように、とランディは努めて平静を保って意識を戻した。

 

「・・・・・いや。なんでもない。--それで銃のことだが、リボルバーと対物ライフルはすぐにでも用意できる。けど、一つ目に関しちゃ、うちの武器庫には保管されてねえな」

「まあ、流石にありませんか」

 

キャレコM950は、お世辞にも優秀な武器とは言えない。

取り回しはいいものの50、100発もの弾丸を込める多連装弾倉は重量を増加させ、銃自体が独特な機構を有しており弾詰まり(ジャム)が起こりやすいなど、信頼性に難があった。

当然、軍の装備として用いることなどできず、それ以上に扱いやすく優秀な武器は山ほどある。

ハンドガン並みの取り回しの良さと大容量弾倉を両立させる銃は多くないが、そもそも個人が携帯する範囲の銃器に大袈裟な弾倉量は必要ない。

コレクターか趣味人か。保有するのはその二者ぐらいだろう。

士郎の要求は、とてもではないが叶えられるものではなかった。

 

「ただまあ、キャリコは無理だが、似たような銃なら用意できるかもしれねぇ」

「え?」

 

だから、なんて事のないように放たれた言葉に、士郎は意表を突かれた。

 

「確かに、ここの保管庫にはそんなピーキーな銃はない。けど、似た物を作る事ならできる」

「作るって、簡単に言いますね」

 

実銃の作成など、容易く行えるものではない。

製造の為の設備や工房はもとより、設計図や素材も必要となってくる。

素材ならば保管庫のものを分解・流用できるのだろうが、設備や設計図はどうするのか。

 

「それなら問題ねえよ。元々、整備のためにそれなりの設備は整ってる。設計図も問題ない。ほら、ここって娯楽が少ないだろ? レクリエーションルームはあるが、ずっと同じじゃ飽きるしな。暇潰しに趣味全開で描いたもんが部屋に眠ってるんだ」

 

確かに、それならば可能だろう。

今日いきなり始めるのではなく、以前から備えがあったというなら、彼の発言にも頷ける。

元々、銃の整備を行っていたのだから、技術に関しても問題あるまい。

 

「けど、よくそんなことができますね」

 

いかに銃の扱いに長けて、構造を把握していようと、それが製造技術と=で結ばれるとは限らない。

例えそれがコストも汎用性も度外視した、趣味全開の産物だろうと、実際に使用できるものとして提供できるだけの物を設計するのは容易ではないはずだ。

 

「どこでそんな技術を?」

「あー、なんだ。家柄っつうか、親父が銃工<ガンスミス>なんだよ。子供の頃から仕事を見ていたら影響されてな。いつの間にか、そっち方面の知識も付けちまった。子は親を見て育つとは、よく言ったもんだよ」

「親子二代で銃を扱う仕事をしているってことですか」

「まあ、そういうことだ。・・・・・そんなことより、どうなんだ。そっちさえ良ければ俺が用意しといてやるぞ」

 

話を切り決断を急くランディは、どこか不機嫌なようだった。

もっとも、それは士郎に向けられたものではなく、別のどこかに向けられているようで。

まるで、思い出したくない過去を想起したかのようだった。

それを感じ取ってか。士郎もそれ以上は深入りせず、話を本題にもどした。

 

 

「分かりました。そっちはスミスさんにお願いします」

「おう、任された。・・・・・それと、どうにも堅苦しいな、お前さん。俺のことはランディって呼んでくれ。敬語もなしだ」

 

士郎の言葉に応じた後、ランディは唐突にそんなことを言ってきた。

士郎としては意表を突かれたもので、困惑の表情を浮かべた。

 

「なんでいきなりそんなことを。それに俺の方が年下なんですから、そう気安くは・・・・・」

「年下っつってもたいして変わらないだろ。俺としてはそんなふうに堅苦しくされるより、気楽に付き合える方がいい。まあ、お前が嫌なら無理強いはしないけど」

「・・・・・いや、そういうことなら構わない。俺もこっちの方がやりやすいから」

 

力を抜き表情を柔らかくする。

彼がそれを望むのなら、わざわざ無碍にすることもない。

それに士郎自身、彼の申し出はありがたかった。

本来の衛宮士郎という人間は、無愛想ではあっても堅物ではない。性に合わない事を続けることを苦とは思わないが、違和感があるのも確かだ。

だから、友人のように振る舞おうとするランディの言葉は、願ってもない好意だった。

 

「そうか。なら、改めてよろしく、士郎」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ランディ」

 

これで二度目の握手、されど個人の結びつきはより強固のものになった。

ランディはこれからの仕事を、先にも増して全力で仕上げようとするだろう。

彼は未だに世界の滅びを信じきれないし、できることもそう多くはない。結局は、事態が収束するか、それとも滅びが確定するかを待つしかない。

けれど、だからこそ決意する。前に出て戦う彼らを、全霊で支えようと。

守られるしかない弱者なら、せめて彼らを支える脚だけは崩すまい、と。

それがランディ・スミスという人間が誓った想い。

人類を守るためではなく、この場で結んだ友誼を確かなものとするために、彼は彼の戦いを始める。

 

--これより二日後、第一の特異点へのレイシフトが敢行される。

 

ほんの僅かな時間では、士郎も、マシュも、ロマニも、ランディも。

カルデアの誰であっても、充分な準備など望むべくもない。

それでも、彼らは全力で戦い続けた。

それは確かに救いへの道を作り。やがて、最後の戦いに至らせるだろう。

 




そろそろ色んな人に愛想尽かされてそう、と怯える今日この頃(ガクガクブルブル
ほんと、あまりにも遅すぎて1部完結する頃には閲覧数一桁になってそう。というか、1部完結までどれだけ時間がかかるのか。
未来視なんてできないんでどうなるか全く分かりませんが、何はともあれオルレアン完結させます。

ちなみに、更新までにうちのカルデアに色々といらっしゃいました。
以下、召喚した方達。

三蔵ちゃん
ガウェイン(円卓の借金取りとも
アヴィ先生(ゴーレム万能すぎやしませんかねぇ
アナスタシア(この皇女様、マイルーム性能高すぎ。てか、異聞の彼女はお姉ちゃんムーブしてたけど、こっちは妹ムーブしてる
ジーク君(本編から時間が経ってか、めっちゃ可愛い
ケイローンP(ついこの間成人したとは思えない渋イケボ
アキレウス(やったねアタランテさん、念願の韋駄天馬鹿が来たよ!
ラーマ(沢城さん、ご出産おめでとうございます。御身体を大切に育児に励んでください
水着清姫(一年越しに、しかも呼符で。キヨヒー可愛いよキヨヒー
坂本龍馬(加瀬さんと堀江さんのベストマッチっぷりよ。二人とも可愛すぎ。


7ヶ月も空けばそれなりの方がいらっしゃるもんですね。
ただ、帝都ピックアップは掠りもしなかったよ。
50連で結構引いたのに以蔵さんすら来なかった。てか、星3ぐらい恒常にしてよ。えげつない商法取りやがって!
とりあえず、魔神さんも以蔵さんも来年の復刻を待て、しかして希望せよ(某巌窟王風





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