Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

16 / 24
お待たせしました。
今回からやっとオルレアン編突入です。
それに伴い、章分けを始めました。
各章にせっかくタイトルがあるんですから、やっぱり書きませんとね。
今回は導入部なので短めですが、色々とカルデアの様子とかを考えながら読んで頂ければ嬉しいです。
それでは15話目、お楽しみください。


邪竜百年戦争 オルレアン
百年戦争の地で


その女にとって、ソレこそが全てだった。

肺腑を焼く熱も木霊する怨嗟の声も、湧き上がる衝動を絶やさぬ為の糧に過ぎない。

--お前が成すべきはソレだ。ソレだ。ソレだ。ソレだけだ。

 

燃えている。

何もかもが燃えている。

女が歩いた場所。女が駆け抜けた場所。

そして--女自身さえも燃えていた。

その焔だけが女の記憶。

平穏など最初から存在しない。

安寧などとうの昔に捨て去った。

他の在り方を知らず、他の望みを持たず。

故にこそ、"ソレ"だけが女を構成する要素に他ならず--

--もし神がおわしめすならば、私には必ずや天罰が下るでしょう。

 

 

 

 

 

 

レフ・ライノールが人類史の焼却を宣言してから--通常の時間軸で--四日経った。

この四日間はカルデアに残った人々にとって、まさに嵐のようなものであった。

カルデアのスタッフ達の仕事は、爆発による破損箇所の補修やシステムの復旧作業に加え、各部門の可能な限りの再結成、各種設備の修理など。

本来なら数十から百数人で月を跨いで行う作業を、たったの二十人近くの人員で行ったのだ。

どう考えても過重労働だ。

もし日本で裁判でも起こそうものなら、一切の弁明もなく敗北するであろうオーバーワークぶりである。

その理不尽な仕事量に苦痛を感じながらも一切の不満もなくこなしてみせるのは、現状だけでなく、彼らのその性格故であろう。

とはいえ、彼らに着々と疲労と心労がたまっている事実に変わりはない。

それらを解決するのは、いくつかある娯楽施設や医療部門の人間なのだが、その二つともが万全ではない。

娯楽施設は先の爆発で使用できず、設備の重要性からしてー復旧はまだまだ先である。

医療部門もDr.ロマンを含めた男性スタッフ一人と女性スタッフ二人の合計三人だけで、とても全員のケアが間に合うはずもなく、彼らの心身も当然のように擦り減っているのが現状である。

傍目に見ればいつ崩壊してもおかしくないこの状況。

これを曲がりなりにも支えているのは、医療部門の尽力に加え、もう一つ理由があった。

 

「8番の日替わり朝食と15番のモーニングセット、完成しました! 配膳お願いします! それからフレンチトーストがもう直ぐ焼きあがるので準備をお願いします!」

 

朝七時、カルデアの食堂に少年の声が響く。

その手は忙しなく動いており、もう分身でもしているのではないかと疑ってしまうほどの速度である。

その少年が誰かと言えば、当然のごとく衛宮士郎である。

で、その彼が何をしているかといえば--

 

「士郎君! 3番でコーンのスープセットと21番が日替わり朝食だ!」

「了解、直ぐに取り掛かります! それから5番と7番も出来たのでそちらもお願いします!」

「任された!」

 

このように、料理をしている。

本来ならとても似合わなさそうなエプロンを見事に着こなし、機械のごとき正確さで次々と料理を完成させていく。

それも末端の地位ではなく、レストランであればシェフの位置付けである。

何故このような状況になっているのか--という説明はさして必要ないだろう。

正義の味方を目指し、料理にも人一倍こだわりを見せる彼が、スタッフ達の状況に動かないというのはありえないだろう。

カルデアの探索を終えたその日の夕食までに食堂を預かるスタッフを説得し、その日の内に調理場に立つこととなった。

スタッフ達からの評価も高く、調理技術も元々の担当ですら唸るほどに洗練されており、士郎が調理場を牛耳るのは自明の理であった。

彼が調理場に立ってからというもの、食事の質は大幅に向上し、スタッフ達の心にも潤いを与えることとなった。

というか、あまりの美味しさに一部のスタッフ達が暴走しかけたぐらいだ。

やれ、これは俺のだ、とか。やれ、こっちの順番が先だ、とか。

これを抑えるのに多大な労力が割かれたのは言うまでもないだろう。

その材料に使われたのが、気分を落ち着かせるように工夫をされた衛宮印の食事だったのも言うに及ばず。

そんなこともあって、朝昼夕の食事は決まった時間に提供されることとなり、効率を上げるのとスタッフ達の諍いが起きないように番号札を用意したのだ。

結果として、これといったトラブルは起きなかった。

スタッフも反省したらしく、いまでは喧嘩あとの仲良しさんである。

ただ、一つだけ問題があるとすれば--

 

「士郎君! コンロの調子が悪いわ! このままだと調理の効率が落ちてしまう!」

「こちらで対処しますので他の調理をお願いします! 今の配膳が終わったらあっちにも応援を頼むので、それまで持ち堪えてください!」

「了解よ!」

 

ご覧の通り、スタッフのほぼ全員が同時に押し寄せてくるので、調理場はまさに戦場である。

トラブルを抑えるための時間指定の措置が、まさかの形で首を締めることになった。

調理場に立つ人間は三人、配膳係が二人の合計五人で他のスタッフ全員の食事を同時に提供するのは無謀に過ぎるだろう。

加えて、レフ・ライノールによる工作がこんな場所にも影響しているのか、何度かコンロなどの機械に不具合が起きるのだ。

さっさと修理をしたいのだが、先ほども言ったように修復箇所など腐るほどあるため、応急整備だけにとどめられているのが現状だ。

この状態をなんとかこなせているのは、士郎の調理速度と的確な指示、何より仕事後に士郎が作る通常より少し豪勢な賄いのお陰だろう。

これさえあればいくらでも戦える、というのは、調理担当の一人である女性の言だ。

とかく、食堂は士郎が取り仕切っており--それは、カルデアが遂行するグランド・オーダーの第一回目が行われる今日であろうと変わることはない。

 

「ふぅ。 なんとか乗り切ったか」

 

全てのスタッフが食事を終え食堂から出たのを確認して、一息つきながら時計を確認する。

時刻は7時50分。

作戦開始時間である10時まではまだ余裕がある。

食事を摂った後、休憩するなり準備をするなり、それなりの時間はあるだろう。

 

「皆さんお疲れ様でした。ある程度後片付けが終わったら席に着いてください」

 

その言葉で何人かがガッツポーズを取ったのはご愛嬌だろう。

このまま士郎が自分を含めた五人分の料理を作るのだが、今日はもう一人分だけ多い。

 

「マシュも、この忙しさの中、手伝ってくれてありがとな。初めてのことで疲れただろう、ゆっくり座って待っててくれ」

 

彼の先には、いつものパーカーを脱ぎ、代わりにウェイター用のエプロンを纏ったマシュがテーブルを拭いていた。

 

「いえ。手伝いたいと言い出したのは私の方なので。それに、今は体力もあるのでなんともありません。むしろ、初心者の私がいて、お邪魔ではなかったでしょうか?」

「そんなことはないぞ。初めてにしては結構いい動きだったし、こんな状況で手伝ってくれるならこっちは感謝しかないよ」

「そうですか。それなら良かったです」

 

そうこう話しているうちにも人数分の料理は完成していた。

下拵えはその日に使われたものを流用しているので、さほど時間はかからない。

そこに一手間を加えれば、通常よりちょっと上質な賄いの完成だ。

それを何人かが手伝いながら食卓に並べる。

 

「皆さん、今日もありがとうございました。ささやかですけど、楽しんでいただければ幸いです。--それでは頂きます」

 

士郎の音頭と共に全員で手を合わせる。

ちなみに、この日本式の食事の挨拶をするのは、士郎とここにいるスタッフぐらいのものだ。

何故こうなったかといえば、料理長である士郎に合わせようとの話が彼らの間で出たためである。

「うん、美味い! こんなに美味いと他の連中に申し訳ないぐらいだ!」

「でもあの嵐を毎日受けているんだから、これぐらいのご褒美があっても良いわよ」

 

それぞれ談笑しながら食事を楽しむ。

それも、いつも以上に。

その理由は一つ。

これから死地へと赴く少年と少女が少しでも気を楽に行けるようにと、彼らなりの心遣いだ。

そんな風にできるだけ楽しんで食事を味わった彼らだが、楽しい時間はすぐに終わってしまうのが世の常だ。

程なくして、皿の上は空になった。

それを見てから、士郎が皆に声をかける。

 

「皆さん、今日から暫く俺が抜けるのでさらに大変になると思いますが、どうか頑張ってください。俺たちも全力で戦ってきます。--それでは、ご馳走様でした」

 

始まりと同じように、全員で手を合わせる。

それぞれ席を立ち、流れていった時間を惜しみながら各々の使命へと向かう。

 

 

 

 

つい数日前から着るようになった白い制服を脱ぎ、自身の象徴とも言える外套を纏う。

それから、とある布袋を手に取る。

これはダ・ヴィンチちゃん特製の袋で、彼女--以前男性として接した際に女性だ、と念押しされた--が言うには内部の空間をいじっているようで、懐に収まるサイズでありながら、多くのものを持ち運べるとのことだ。

第二魔法の応用とまではいかないが、かなりの量が収納可能らしい。

 

「----」

ふと。

いつかの日常を思い出した。

場所は遠坂の家だったか。

あの時も似たような箱があった気がする。

確か、第二魔法を応用した宝箱、だったか?

細かいところまでは思い出せないが、面倒ごとであったことは違いない。

 

「若返った影響か。まさか、こんな形で昔のことを思い出せるなんてな」

 

随分と懐かしい、と微かに蘇った記憶に困惑と歓喜が合わさる。

今の状態は決して、彼にとって都合のいいものではない。

肉体の急激な変化は、彼の戦闘能力に悪影響を及ぼしている。

身長が縮んだことによるリーチの縮小や純粋な筋力の減少だけでなく、重心の位置から筋肉の動かし方、さらには体のバランスまで。

若返ったことによる不利益は決して見逃せるものではなかった。

それでも、こんな風に昔のことを思い返せるのが嬉しい誤算であることは間違いなく--

 

「はっ、何を馬鹿なことを。今さら、郷愁に浸れるような生き方はしてないだろうに」

頭に浮かんだ情景を自嘲とともに振り払う。

より多くを救う為にと、数えきれぬ程のモノを切り捨ててきた自分が、擦り減ったはずの記憶の一片を思い出すなど、皮肉にもほどがあるだろう。

 

「・・・・・今は、そんなことを考えている時ではなかったな」

 

横道に逸れた意識を戻し、用意した"ブツ"をアタッシュケースごと袋に仕舞っていく。

これがどれだけ役に立つかはわからないが、可能な限りの備えはしておくべきだろう。

 

「じきに作戦開始時間だな。そろそろ出るか」

もう一度、抜かりがないかを確認してから部屋を出る。

特徴的なデザインの通路は、ずいぶん整備されている。

破損箇所もおおよそ修理されており、瓦礫なども撤去されている。

通行や作業がやりやすいようにと、Dr.ロマンの配慮だ。

その通路を歩き、管制室へ向かう。

もうこの道もある程度馴染んできたので、ほどなくして管制室へ到着した。

既にDr.ロマンをはじめ、スタッフも揃っており、先に来ていたらしいマシュもその装いをサーヴァントとしてのものへと変じさせている。

どうやら、ここに来たのは俺が最後らしい。

 

「わるい、ドクター。遅れたみたいだ」

 

少々準備に時間をかけ過ぎたようで、自身のミスを謝罪する。

 

「いや、時間ぴったりだよ。僕らは単に他にやることがあったから先に来ていたんだよ」

「ああ、そういうことか」

 

Dr.ロマンの言葉に納得する。

部屋を出た時間からして、遅れることはないだろうと思っていたのだ。

とはいえ、時間ぴったりというのは頂けない。

こういうのは5分前には到着しておくべきなのだ。

そう考えると、やはり自分は遅れたことになる。

もう少し考えて行動すべきだろう。

 

「さて。みんな揃ったところで、改めて作戦の確認をしようか」

 

Dr.ロマンが、全員を見渡してから言葉を発した。

 

「君たちにやってもらいたいことは二つ。一つが特異点の調査及び修正。その時代におけるターニングポイントに。現在に至るまでの決定的な事変だね。君たち二人その時代に飛び、これを調査・解明し、修正しなくてはならない。さもなければ、人類に未来は訪れない」

 

未来が訪れない。

Dr.ロマンのその言葉で、管制室の空気が僅かに固まった。

ここに集まった全員が、今更ながらにして、その事実の重みを再認識したからだ。

自分たちの方に、人類の未来がかかっている。

その重責は如何程のものか。

多くの戦いを経てきた自分ですら、体を強張らせてしまう。

たとえそれが、若返ったが故の弊害だとしても、その重みに変わりはない。

「・・・・・マシュ、大丈夫か?」

 

こそり、と隣の少女に問いかける。

彼女もまた、始まる戦いに慄いているようで、平静を保っているものの、引き攣った顔を隠しきれていない。

「は、はい。わたしは、大丈夫です」

 

とても大丈夫には思えない。

これでは、今も話を続けているDr.ロマンの声も届いていないだろう。

その様子を、無様だ、と嗤うことはしない。

むしろ、それが当たり前の反応だ。

まだ自分自身の覚悟も信念も定めていない彼女は、普通の少女だ。。

いかに力を得ようと、その事実だけは変えようがない。

本来なら彼女は守られる側の人間で--そんな彼女にすら頼らねばならないのが現状だ。

だからこそ、俺がやるべきことは決まっている。

 

「大丈夫だよ、マシュ。まだ完全でないにしろ、お前はその力をよく使えている。この数日間は決して無駄なんかじゃない」

「・・・・・いえ。私なんか、まだまだです」

 

囁く言葉は、彼女を奮い立たせるために。

身を案じてなどと、そんな人道的なものとは言わない。

これは所詮、彼女を有用な駒として扱うための整備に過ぎないのだと、猛り出そうとする心を捻じ伏せる。

自分もまた、世界を救うための道具なのだと切り捨てる。

 

「俺だけじゃこの戦いは勝てない。だから頼む。お前の力を貸してくれ」

「・・・・・分かりました。力不足なわたしですが、全力でお守りします」

 

その言葉で、マシュは不安を留めた。

頼む、と。

その一言だけで、彼女は揺れる心を繫ぎ止めた。

先日、彼女が持ちかけてきた"提案"を、結局俺は受け入れた。

遅かれ早かれソレが必要になると思っていたし、好都合だと思った。

その時に聞いた、覚悟も信念もない彼女が、唯一譲れぬと示した願い。

ソレを、俺は、どう思ったのだろうか。

 

--ズキリ。

 

ブレた心で、仕舞い込んだはずのナニカが漏れ出しそうになった。

ソレをなんとか閉じ込めて、Dr.ロマンの話へと意識を戻す。

 

「以上が僕たちの目的だ。何か質問はあるかい?」

「いや、大丈夫だ。レイシフト先はフランス、目的は特異点の調査と修正及び原因と思われる聖杯の確保」

「うん、その通りだよ。それじゃ、しっかりと分かっているようだし、作戦を始め--」

「ちょっと待った! 私の紹介を忘れてるぞ!」

 

一通りの確認を終え、Dr.ロマンが今まさに作戦の開始を告げようとした時、管制室に叫びが響いた。

その発生源を見やると予想通りの人物がいて、ロマンは、そういえばいたなー、とでも言いたげな顔をしている。

うん、その気持ちはなんとなく分かる。

 

「おいこのお調子者。私を差し置いて作戦開始とは、どういうつもりだ」

「どうって言っても、もう自己紹介は済ませてるだろ? だから別にいいかなって・・・・・」

「全然よくないですぅー! 主に私の気分がよくないですぅー!」

 

ロマンは目の前の人物の言い分に、子供の駄々じゃないんだから、と漏らすが、多分そっちの方がまだマシだと思うのは俺だけだろうか。

 

「分かった分かった。それじゃ、早く済ませちゃって」

「むぅ。なんだか釈然としないが、まぁいいか」

 

幾つか言葉を交わして、ロマンが折れたのか、投げやり気味に答える。

こちらとしてもその気持ちは分かるし、早く済ませて欲しいものだ。

 

「それじゃ、改めて自己紹介といこう。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネサンス期に誉れの高い、万能の発明家さ! これからはおもに物資支援の提供、開発、英霊契約の更新等で君たちをバックアップするから」

 

それだけを言って、ダ・ヴィンチちゃんは去っていった。

まさに嵐のような行動だった。

 

「・・・・・本当に自己紹介だけして立ち去ったな、カレ。話の腰は折られたが本題に戻ろう」

どこかげんなりした様子で、Dr.ロマンが話を戻した。

 

「休む暇もなくて申し訳ないけど、ボクらには時間がない。さっそくレイシフトの準備をするが、いいかい?」

 

気を引き締めたDr.ロマンが、改めて覚悟を問う。

こちらも一つ息を吐き、その言葉に答える。

 

「もちろん。今すぐにでも」

「私も、問題ありません」

 

俺に続き、マシュもしっかりと答える。

そんな俺たちに、Dr.ロマンは頷いた。

 

「今回は士郎くん用の霊子筐体<コフィン>も用意してある。レイシフトは安全、かつ迅速に行えるはずだ」

 

Dr.ロマンが真剣な眼差しで告げてくる。

前回は偶然に偶然が重なってレイシフトが成功したが、今回は正式な手段で入り込むので、失敗を恐れる必要はない。

彼の言葉もあるので、その安全性は確実だろう。

 

「君達が特異点に飛んだ後、カルデアは通信しかできない。何度も言うように、向こうに着いたらまずはサークルの設置を行うこと。それから、その時代に対応してからやるべきことをやること、いいね?」

「了解、ドクター」

 

再度の念押しに頷いてから、コフィンに入る。

コフィンの中は必要最低限のスペースしかないが、存外に窮屈には感じられなかった。

しばらくして、無機質な機械の中にアナウンスが流れる。

 

「アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。レイシフト開始まで あと3、2、1・・・・・」

 

冬木へと飛ぶ前にも聞いた内容で、アナウンスが耳に届く。

それを聞きながら、目を瞑り訪れる瞬間を待つ。

 

「全行程 完了<クリア>。グランドオーダー 実証を 開始 します」

 

そうして、最後のアナウンスが流れて--

 

--あの時と同じように、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

士郎とマシュが視界を取り戻した時、辺りは一面の草原だった。

「ドクターの言う通り、問題は無いな。マシュ、そっちは問題ないか?」

「はい。心身ともに異常はありません。前回のように先輩と離れることもありませんでした」

 

お互いの無事を確認しあう。

双方ともに欠落は無く、目立った不調はないようだ。

「フォーウ! フォーウ、フォーウ!」

「うおっ」

「え・・・・・?」

 

突然の鳴き声に士郎が仰け反り、マシュが惚けた声を上げた。

いったいどこに潜んでいたのか、謎の白いモフモフ生物こと、フォウがマシュのそばにいた。

 

「フォウさん!? また付いてきてしまったのですか!?」

「フォーウ・・・・・ンキュ、キャーウ・・・・・」

 

マシュの言葉に、何か意味ありげな鳴き声を上げるフォウ。

そばで見ている士郎は、訝しげな眼で、どこか人間臭い不思議生物を見つめる。

今まで様々な地を巡ってきた士郎だが、フォウのような生き物は見たことがなかった。

通常の動物界は当然、幻想種の類にも、あのような生物は見受けられなかった。

尤も、幻想種という存在自体が通常の生命の枠組みから外れており、現代においては人前に現れることすら稀なため、単に士郎が知らないだけということも考えられる。

そう考えれば、わざわざその正体を考える必要性は皆無と言っていい--いいのだが。

 

・・・・・どこかで見た気がするんだよな。

 

衛宮士郎の知識に、フォウのような生物のは存在しない。

だが、何故かは分からないが、その姿だけは、僅かに引っかかるものがあるのだ。

それはとても朧げで、少なくとも真っ当に直視したことはないだろう。

人間は意識して見ない限り、視界の隅に映ったものをハッキリと記憶することはできない。

たとえば、映画のシーンなどを思い返した時、主要な登場人物は思い出せても背後の景色やエキストラまでは覚えていないということは多々あるだろう。

しかし、とりわけ印象の強かった場面などでは、そういった雑然とした視界情報も微かに思い出せることがある。

士郎の得た感覚はそれに近い。

何か、とても大事なことがあって、そのほんの刹那に見たのかもしれない。

士郎もそう考えるからこそ思い出そうのしているだが、こういう場合、何かしらの切っ掛けがないと思い出すのは難しく、喉に引っかかった魚の小骨のごとく微妙な違和感を拭えないのだ。

 

・・・・・まあ、特に危険があるわけでもないし、後回しでもいいだろう。

 

しばらく記憶を漁ったところで、そう結論付けた士郎は早々に思考を中断し、マシュに声をかける。

 

「どうやって付いて来たかとかはひとまず置いて、フォウは大丈夫なのか?」

「あ、はい。見たところ異常はありません。わたしたちのどちらかに固定されているので、わたし達が帰還すれば自動的に帰還できます」

「そうか。じゃあこっちで何かない限り、問題は無いんだな」

 

不思議な生物ではあるが、士郎にとっても今は同じカルデアに住まう仲間のようなものだ。

自分達についてきたことによる危険が無いと分かり、少しだけ安心する。

 

「ドクター、こちらは衛宮士郎。通信に問題はないか?」

『ああ、大丈夫だ。感度は良好とは言えないけど、キミ達を確認することはできる』

 

士郎は一度カルデアとの通信を開き、向こうとの連絡がしっかりと通っていることを確認する。

特異点の理論上での理解は得たが、実際にその場に立った時、すべて想定通りとは限らない。

比較的安全な場所でも通信ができない可能性もある。

なるべく余裕がある段階で確認をしておくべきだ、という士郎の思考は正しい。

ひとまず通信は問題なく繋がると分かったので、今度は自分達のいる時代を確認する。

 

「マシュ、ここの年代は分かるか?」

「はい、少しお待ちください・・・・・時間軸の座標を確認しました。1431年です」

「1431年ってことは、百年戦争の真っ只中。それも、ちょうど休戦協定が結ばれた辺りだな」

 

19世紀初期のフランスで用いられるようになった百年戦争という言葉は、主に1337年に始まったフランスとイングランドによる百年以上続いた戦争を示す。

世界的にも有名な百年戦争だが、終始戦闘が続いたわけではない。

いかな大国であろうと、人員も物資も有限だ。

百年以上の長きに渡って、常に戦い続けることはできない。

必ず、どこかに間を挟まなくてはならない。

それが国家間で結ばれる休戦協定であり、その時期の一つが彼らのいる1431年に該当する。

加えて、戦場でもそのような傾向が見られ、捕虜などを身代金によって解放するなどは日常茶飯事だったようだ。

「もう一つ言えば、救国の聖女と名高いジャンヌ・ダルクが処刑されたのもこの年でしたね」

「ああ。そういえば彼女が死んだのもこの年だったな。となると、この特異点の原因は百年戦争に関することか、或いは彼女の死にまつわることかもしれないな」

 

マシュの言葉に士郎が頷き、一つの予測を立てる。

可能性としては非常に高いだろう。

百年戦争の趨勢の変化。ジャンヌ・ダルクの生死。

そのどちらも、人類史に多大な影響を及ぼしうる。

「いや。下手な先入観は持たないほうがいいな。とにかく、霊地<レイポイント>を探そう。そこでこれからの方針を決め--」

 

決めよう、そう言いかけた士郎の口が不自然に途切れる。

まるで、突然予想もしない出来事に直面して、閉口せざるをえないといった感じだ。

 

「どうかしましたか、先輩?」

 

不思議に思ったマシュが士郎に声をかける。

声をかけられた当人は一切の反応を示さない。

冬木やDr.ロマンとの交渉でも見せた、険しい表情のまま一点だけを見つめている。

 

・・・・・上に、何か・・・・・?

 

マシュも士郎が見ている先と同じ--つまり、空を見上げる。

そこには、彼女が見てみたかった青空があり--

 

--絶対に存在するはずのない、巨大な"光輪"が浮かんでいた。

 

『二人ともどうしたんだい? そろって空を見上げて』

 

その光景を確認していないロマンの軽い声が、どこか場違いに響いた。

 

「ドクター、映像を送ります。あれは、何ですか?」

 

マシュが通信機を操作し、カルデアに映像を送る。

 

『どれどれ・・・・・これは--』

 

ソレを確認して、ロマンの声も硬くなる。

 

『光の輪・・・・・いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式? 何にせよとんでもない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズか・・・・・?』

 

それは如何なる者による魔術か。

家屋一つを吹き飛ばすものですら大魔術と称される現代において、一つの大陸に匹敵する現象を生みだすなどあり得るのか。

少なくとも、現代の魔術においてそれほどの規模の魔術は存在しない。

『ともあれ、そんな現状が1431年に起きたという記録はない。間違いなく未来消失の理由の一端だろう。アレに関してはこちらで解析しておくから、キミ達は現地の調査に専念してくれ』

 

そう言って、Dr.ロマンは通信を終了した。

彼の言う通り、士郎達のやるべきことは山ほどある。

召喚サークルの設置、周囲の探索、現地の人間との接触。

一つずつこなしていくしかないが、あまり悠長に構えてはいられない。

すぐにでも行動を起こすべきだろう。

 

「ドクターの言う通りだ、俺たちも調査に移ろう」

「了解です、先輩。まずはレイポイントの捜索ですね」

 

マシュは、先ほど士郎が言いかけた言葉を思い返す。

この広大なフランスを調べるのに拠点の一つも無ければ、話にならない。

特異点の調査に当たって、士郎の考えは理にかなっていると言っていい。

「そのつもりだったんだけど、やっぱりそれは後回しだ」

 

だが、その言葉は士郎自身が覆した。

 

「え? 後回し、ですか? わたしとしては非常に論理的な判断だと思うのですが、何か問題が?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。単にこの辺りにはそれらしい場所につながる霊脈<レイポイント>が無いみたいだから。それに--」

 

一度言葉を区切った士郎は視線をマシュから離し、草原の向こうへと目を向けた。

マシュの視界には何も映らない。

だが異常なまでの視力を有する士郎は、 一つの光景を確かに捉えていた。

 

「この世界に来て初めての人間だ。早いうちに情報収集をしておきたい」

「わたしには何も見えないのですが、先輩には見えるんですか?」

「ああ。恐らくはこの時代のフランス軍の斥候部隊だろう」

 

三つのフルール・ド・リスが描かれた盾。

あの紋章はこの時代のフランス王国の象徴だ。

まず間違いなく、現フランス軍兵士だろう。

 

「見たところ、砦から出たところのようだな・・・・・ここからなら砦に戻る前に接触できるか」

 

士郎が、自分たちと相手の速度を考えながらフランス兵との距離を目算で測る。

彼らが自分達をどう捉えるのか不明である以上、相手の陣地に乗り込むのはうまくない。

反応を確かめるにも、交渉を行うにも今が絶好の機会だ。

 

「では、第一目標は」

「彼らとの接触および現状把握だな。なるべく急いで行くぞ」

「了解です、マスター」

 

二人の主従が草原を駆ける。

全ては世界を救うために。

彼らは、真なる一歩を踏み出した。




今更なのですが、各時代の兵士たちの装備ってどんな感じなんでしょうかね。
初期の一般兵はみんな同じ格好なので、各時代の装備の特徴とかわかりづらい。
今はその辺りぼかしてありますが、そのうち色々と調べないといけませんね。
元帥ジルの周りは、オーソドックスにフルプレートの騎士にしようかなーとは思っています。
あとカルデアスタッフの名前とかまだ決まってない(泣
大まかな設定とか性格は考えてあるんですが、各国の名前つけるのマジで難しい。
誰か案をくれー!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。