Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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蹂躙する竜の群れ 後編

「うぉおおおおおッ!!」

 

一人の兵士の咆哮とともに、二体の骸骨兵がその頭を砕かれた。

ここ、ヴォークルールの砦へ向かう敵兵を確認してから数分、先に出撃した四人の兵士達は既に敵先遣隊との交戦に入っていた。

「この化け物どもが。潰しても潰しても湧いてきやがる!」

 

ロングソードで敵を串刺しにしながら悪態を吐く。

彼の眼の前には、骨、骨、骨、骨の大軍だ。

大した力こそ無いものの、数の暴力というのは単純にして最大の脅威だ。

一体ではさしたる影響はなくとも、二十、三十と集まれば形を持った白色の壁になる。

一度呑み込まれてしまえば、生還は叶わない。

 

「おいお前ら、何が何でも止めろ! 隊長殿が脱出するまで、一体たりとも通すな!」

 

分隊を指揮する兵士--クロードの声に、応!、と帰ってくる。

・・・・・このぶんなら、まだ保つか。

士気は充分。

疲労こそあるものの、その辺りは気合でなんとかなる。

少なくとも、隊長達が脱出するまでの時間は稼げるだろう。

そう考えていた彼の視界に、一つの光景が映り込んだ。

 

「っ・・・・・!」

 

迫り来る無数の白。

相対したものを悉く吞み込み、斬り刻む大波。

物見からおおよその数は聞いていたものの、こうして同じ大地に立って見ると、その圧は比べ物にならない。

あの大軍からすれば、自分達は波に攫われる砂のようなものだろうか。

 

「くそっ、 なにを弱気な!」

 

頭を振り、嫌なイメージを振り払う。

ただでさえ数で負けているというのに、気持でも負けてどうする。

緩んだ精神を叱責する。

ここで倒れるわけにはいかないと、四肢に力を込める。

だが、その僅かな思考の間を、敵は見逃さなかった。

 

「クロード、右だ!」

「・・・・・!?」

 

その手に握る剣を頭蓋めがけて振り下ろす骸骨兵。

瞬時に肉体を翻し、頭上で刃を構える。

 

「ぐ、お・・・・・っ!」

 

防御は簡単に崩された。

速度を重視して込める力が足りなかった。

辛うじて刃は逸らしたが、これ以上は続かない。

剣を持った骨の後ろから、槍を構えた別の骨が突撃してくる。

・・・・・ここまでかよ・・・・・っ!

 

何もできない無念さに唇を噛む。

許された刹那に、せめて大恩あるあの人だけは生き残って欲しいと願い--

--目の前で、骸の頭がが砕け散った。

 

「な、ぁ--っ!?」

 

突然の事態におかしな声を上げる。

だが事態は止まらない。

槍持ちが停止した直後、後ろにいた剣持ちもその胴体が撃ち抜かれた。

理解が追いつかない。

突然骨が吹き飛んだことがあり得ないのなら、それを一瞬で成した何者かの力量は理解の外にある。

 

「怪我はありませんか?」

 

クロードに目の前から声がかかってきた。

それで初めて、その場に人がいたのだと気がついた。

血のように紅い外套を纏った少年。

ただの一瞬で二体の骸骨を屠った者こそが、目の前の少年だった。

 

「あ、あんたは・・・・・?」

「あなた達の隊長と協力関係にある者です。それより、また襲われる前に早く立ってください」

少年--衛宮士郎が、手を差し伸べる。

クロードはその手を取りながら、混乱する頭をなんとか整理しようとする。

少年の正体、力量、目的、この人物の登場による戦場の変化。

乱雑に複数の突然が起こり、思考がうまく纏まらない。

そもそも、自分達の隊長と協力関係にあるとはどういうことなのか。

いくつもの疑問が頭の中を駆け巡る。

クロードは混乱する考え、安定しない精神で問いかけようとし--その直前に、口に出す言葉を変える。

 

「危ない・・・・・っ!」

 

士郎がクロードを助けたすぐ後には、すでに新たな骸が差し迫っている。

同時に襲い来る五体の骨。

凶器はとうに振り上げられ、落ちる先には士郎の体がある。

だが、士郎は振り向かない。襲い来る危機を背に、僅かな焦燥も見せることはない。

余人が見れば正気を疑うだろう。

状況についていけないのならまだしも、彼は骸骨共を圧倒できる存在だ。

にもかかわらず、一切の対応をしないのなら、やはり理解ができない。

彼が骸骨共を優に超える力量を有していようと、彼の肉体強度は人間の域を出ない。

直撃を受ければ、それは確実に致命となる。

それでもなお、動きを見せないのら--それは、そもそも動く必要がないからだ。

「やぁ--ッ!」

 

骸骨達の直上より墜ちる黒色の大塊。

伴う気迫に似つかない幼さを残す声と共に、さらに相応しくない轟音が戦場を揺るがした。

音が消え去った頃には、襲ってきた骨達は衝撃でせり上がった大地の上で一つの例外もなく粉微塵に粉砕されていた。

だがその結果よりも目を引くのは、やはりそれを成した存在だろう。

発せられた声と同じように幼さを残しながらも、横を通り過ぎた者がつい、振り向いてしまいそうになる可憐な少女。

その少女の身の丈を優に越える、十字を象ったと思しき巨大な黒色の盾。

無数の骸骨兵よりよほど常識を超越した存在が、迫る大軍を前に立ち塞がった。

 

「どうだ、マシュ。いけるか?」

「はい。問題ありません、マスター」

背後で迸った衝撃を意にも介さず、振り返った士郎はマシュへと問いかけた。

返答は肯定。

デミ・サーヴァントたる彼女は、無数の敵を前に些かの躊躇も見せない。

 

「頼もしいな。けど、無理はするなよ。どうしても駄目なら、退がってくれても構わない」

「いいえ。マスターだけを残して、一人逃げることはできません。あなたが戦うのなら、私も一緒にいきます」

「そうか・・・・・なら俺も、その信頼に恥じないように戦おう」

 

なんとも律儀で頑固な答えに、士郎が苦笑する。

マシュが戦いや敵を恐れているのは、とうに知れていることだ。

しかし、それを差し置いてこの場に立つのは、偏に士郎を守るためだ。

それは単に、マスターだから、という理由ではない。

もっと別の、何か願いのようなものだ。

なぜ、士郎を守りたいと思うのか。その理由は定かではない。彼女自身、未だに答えを見つけていないのだから、士郎にその真意がわかるはずもない。

だが、竦む心を精一杯に奮い立たせてこの身を守ろうとする想い、それに応えなければ嘘だ。

「片付いた先遣隊を除けば、本隊は七、八十といったところか・・・・・正面から行っても問題はないけど、何体か抜けるな」

しばし思考した士郎は数秒ほどで考えを纏め、いまだ状況についていけない背後のクロードに声を掛けた。

 

「あなたはクロードさん、でしたよね? 少し頼みたいことがあるんですけど、構いませんか?」

「た、たのみたいことって、いったい・・・・・」

「敵の数は膨大です。早めに終わらせるためにも、あなた達にも協力してもらいたいんです」

 

士郎の考えはシンプルだ。

敵陣の中央に穴を開け、浮き足立ったところを左右から切り崩す。

いかに多数とはいえ、群体として瓦解した敵を制するのは容易だ。

 

「だが、どうやってあいつの隊列を崩すんだ? 悪いが、俺たちにはできないぞ」

「それは、彼女--マシュがやってくれます。彼女はあの程度の骸に遅れは取りませんから安心してください」

「そうは言ってもだな・・・・・」

 

クロードはこの局面で思い悩む。

単純に作戦の成否も不安の種だが、士郎達を信用してもいいものか、と考えているのだ。

見ず知らずの人間にいきなり、自分達の協力者だと言われれば、疑るのも無理からぬことだ。

しかし、現状はそのような思考を許すほど穏やかなものではない。

 

「あなたの懸念はもっともです。けど、ここで協力しないと敵は必ず砦に押し入ります。そうなれば負傷兵達はおろか、アロワさんも危険に晒されます」

 

敵の姿はもはや目と鼻の先。

接敵まで二十秒とかからない。

クロードは、今すぐに決断しなくてはならない。

 

「・・・・・分かった。あんた達を信じよう」

「ありがとうございます。それじゃ、そちらは左翼を。俺が右から攻め込みます」

 

短く言葉を交わした士郎は、マシュへと顔を向けた。

 

「マシュ。敵中央への強行突破だが、いけるな?」

「はい、マスター」

 

マシュの返答は変わらない。

燻る恐怖を彼方へと置き去りにし、敵陣へと突撃の構えを取っている。

迫る骸骨兵の勢いは止まらず、衝突まであと十秒ほどだ。

 

「五秒後に動くぞ。出鼻を挫く」

 

言葉を発するとともに、カウントを刻む。

 

--残り三。

 

緊張に、誰かが喉を鳴らした。

 

--残り一。

クロード達が、固めた決意を示すように構える。

 

--残り零。

 

「行きます--ッ!」

 

宣言すると同時に、マシュが駆け出した。

デミ・サーヴァントの走力を存分に生かした彼女は、踏み込むと同時に音速の壁を超えて突貫する。

30m程の距離を瞬く間に詰めたマシュは、その手に握る大盾を横薙ぎに振るった。

意表を突かれた骸共に対応する暇はなく、一瞬で十体以上の骸骨が木っ端の如く吹き飛んだ。

その結果を横目に確認しながら、敵陣の只中で盾の少女がなおも突き進む。

骸骨兵は味方が吹き飛ばされたことも気にせず、マシュを追い始めた。

ただの人間であれば、この時点で逃げ出したかもしれない。

だが、彼らは通常の生命に非ず。

魔術、或いは聖杯の膨大な魔力により生み出された、意思なき自動人形である。

目に映るもの全てを殲滅せよという、刻み込まれた単純な命令<コマンド>をこなすだけの兵士。

敵方との戦力差など考慮しなければ、そもそもそのような機能は持ち合わせていない。

だが、その単純にして不変の在り方が致命となった。

最大の脅威を目にした骸達は、それこそを第一の標的とみなす。

他の存在を無視し、骸達の行動はマシュを仕留めることに固定される。

だが、サーヴァント相手では性能に差がありすぎるため、その姿を視認することもできない。

骸骨達は捉えられない標的に右往左往するだけだ。

しかし、戦場においてその停滞は格好の的となる。

 

「疾--ッ!」

 

突如として、惑う骸骨達の頭が複数砕け散った。

その正体は言うに及ばず、赤い外套を纏った衛宮士郎である。

当初の作戦通りマシュによって作られた混乱に乗じて、右翼より攻めかかったのだ。

新たに出現した敵にいまだ気づかないままの骸骨兵を、立て続けに潰していく。

そして骸骨兵が気づいた頃には、すでに士郎の手によって十数体の骸が倒されていた。

目を見張るのはその戦闘法だ。

彼は剣や槍といった武器を持つのではなく、己が拳だけでこの大軍と戦っている。

もし骸骨達に知性があれば驚愕に全身を震わせただろう。

或いは馬鹿なヤツだ、と嘲笑ったか。

何れにせよ、何十と群がる敵を前に徒手で挑むなど愚者の誹りを免れることはできず--そんな常識を超えて駆け抜ける赤の影こそが現実だ。

四方より襲いくる刃を、その腹を叩くことでいなし、時に繰り出される刺突を誘導し同士討ちさせる。

振るわれる白刃に一切の恐れを見せず、頭蓋を砕き、胴を吹き飛ばし、肘を撃ち抜く。

輝くような流麗さはないものの、機械の如き精密さで次々と敵を屠っていく。

 

・・・・・予想以上に早いな。

 

骸骨の群れを打ち倒しながら、士郎の胸は驚きで染まっていた。

鷹の目とも称される士郎の眼は戦場の只中にありながら、上空より俯瞰するかのように全体の動きを把握していた。

マシュの戦果は言うに及ばず。

すでにクロード達も攻勢に出ており、疲労が蓄積されているとは思えない見事な動きと連携で骸を倒していく。

驚くべきは、その練度の高さ。

ほとんどの兵士が農民の出であったこの時代のフランス軍において、多勢に対しあれほどうまく立ち回れる兵士はほんの一握りだろう。

予想外の戦力によって、戦況はますます士郎達へと傾く。

瞬く間に数を減らしていく骸骨兵は、既に三割近くまで減少していた。

一分もすれば敵は全滅するだろう。

趨勢は決したも同然、油断さえしなければ敗北はありえない。

 

「----っ!?」

そう考える士郎だったが、視界の端にありえざる存在を捉えた。

ソレは、この戦場より離れた上空からこの場所を目指して飛行していた。

深緑の甲殻に身を覆い、腕と一体化したような二枚一対の翼を羽ばたかせる。

口内に鋭い牙を備えた頭部は爬虫類を連想させる。

その姿は、数多の伝説に姿をあらわす生物の一つに相違なく--

 

「マシュ、ここを頼む!」

「え!? マ、マスター、いったいどこへ!?」

 

一言だけ残して砦へと駆け出す士郎。

唐突な行動に虚を突かれたマシュだが、士郎はそれに応じることなく砦へとひた走る。

「なんでいきなり・・・・・」

『マシュ! 君達に大型の生物が向かっている、かなりの速度だ!』

「ドクター、今はかまっている暇は--大型の生物・・・・・?」

 

Dr.ロマンからの通信。

マシュがその内容を理解する前に--巨大な風切り音が彼女の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

「俄かに信じがたい話だったが、まさか本当に竜種が存在するとはな」

 

ヴォークルール砦の最も高所に位置する場所に登り、飛翔する脅威を見据える。

「ワイバーン。亜種とはいえ竜種であることには変わりない。たったの数日で、フランス軍のほとんどを壊滅させたのも頷ける。アロワさん達はよくも渡り合ったものだ」

 

視線を下に移せば、どうやらマシュ達も気づいたようだ。

だが、僅かだが骸骨兵も残存している。

あれらを仕留め切らねばワイバーン達に気を割くことはできない。

同時に、彼らが骸骨兵を仕留め切るより、ワイバーンの牙が届く方が早い。

デミ・サーヴァントであるマシュならば対応は可能だろうが、ただの人間でしかないクロード達には些か荷が重すぎる。

ならばこそ、アレを止めるのは自分しかいない。

「同調、開始<トレース・オン>」

 

慣れ親しんだ言霊を紡ぎ、砦から拝借してきた弓矢に強化の魔術を施す。

ただの弓矢はたちまち強度を増し、なんとかワイバーンを撃ち落とせる性能へと押しあがった。

「----」

 

弓を構え標的に狙いを定める。

視界に映るワイバーンは十五体。

この場に到達する前に狙撃する。

 

「ふッ--!」

 

一息のうちに四射放つ。

音速とはいかずとも、高速で撃ち出された矢は寸分違わず敵を穿った。

・・・・・残り、十二体。

 

大地へと墜ちた三体を一瞥し、新たに矢を番える。

ワイバーン達は今ので脅威を認識したのか本能からか、回避行動らしきものを取っている。

だが、それは無駄なことだ。

士郎が弓兵の構えを取った以上、彼の矢から逃れうる存在など然う然う居ない。

まして、理性なき獣ごとき、仕留められぬはずがない。

士郎はワイバーン達の動きなど気にも留ず、矢を射る

弓を構え、矢を掴み、番え、射るという一連の動作を澱みなく息つく間もなく完了させる。

秒間約五射。

機関銃のごとき勢いで放たれた矢は、ワイバーン達の急所を悉く貫き失墜させる。

ほとんどのワイバーンが死に絶え、残った数体も至る所に矢が刺さり虫の息だ。

ワイバーンが全滅する以上、この場における脅威は取り除かれる。

残った敵は雑兵以下の骸骨兵が僅かに残るだけ。

それは下にいるマシュ達で事足りる。

間も無く、こちらの勝利は確定される。

 

--そう、ワイバーンが全滅していれば、の話だが。

 

「----っ!?」

 

士郎の聴覚が複数の音を捉えた。

音の正体は羽ばたき。

翼を有する生命のみが放つ音。

それはとても鳥類などの規模ではなく、もっと大きな音だ。

そして、その羽ばたきの音源は--

 

「上か--っ!」

 

己が聴力に従い天上を見上げる。

その先で新たな敵を視認しようとして。

 

「・・・・・・・・・・っ!」

それは叶わなかった。

なんてことはない、今が日中で太陽を覆い隠す雲がないなら、それは自然極まりないことだ。

新たに現れたワイバーン達は太陽を背に急降下している。

つまり、それを見上げる士郎は太陽の光に当てられ一時視界を奪われたということだ。

とはいえ、それも僅かな時間だ。

すぐさま眼球に強化を施し視界を確保する。

だが--その刹那があれば、彼らが襲いかかるには十分すぎる。

 

「----っ!」

悪態を吐く間もない。

上空より降下してきたワイバーン達は秒とかからず士郎を素通りし、最も狙いやすい兵士へと襲いかからんとする。

一瞬遅れて士郎が矢を射る。

狙いは問題ない。

放たれた矢は間違いなくワイバーンを仕留める。

されど、僅かに届かない。

降下してきたワイバーンは七体。

対して、士郎が一秒間に放てる矢は、借り受けた弓矢の性能を考慮して五射が限界だ。

二発足りない。

次弾を構える頃には、ワイバーンはその牙を突き立てている。

「させません--ッ!」

停止の意思とともに、マシュが一体のワイバーンを仕留める。

強力無比な一撃は、ただの一振りでワイバーンを絶命させた。

だが、それでももう一頭。

一頭残れば、兵士の一人や二人は道連れにできる。

「■■■■■■■■--!」

 

竜の咆哮が戦場に響いた。

知性などないだろうに、ワイバーンはその爬虫類染みた瞳を残忍な歓びに染め、未だ状況を計れずに呆然とする兵士に牙を剥いた。

「逃げろ--っ!!」

士郎が叫ぶが、もう遅い。

ワイバーンは大口を開けて兵士を喰い殺さんとし--

 

--肉を断つ歪な音が、戦場に染み渡った。

 

 

 

 

血液が噴出し、肉が飛び散る。

ぐちゃり、という音を聞けば、一つの生命が死<オワリ>に向かうのだと容易に想像できる。

今回もそれは同じことだ。

音源たる存在は、今まさに地に還らんとしている。

そうして。

どすん、という音とともに--ワイバーンがその巨体を横たわらせた。

 

「まったく、間一髪だったな。ほら、立てるか?」

「ぁ。たい、ちょう」

 

その手に握る剣に付着した血を振り払い、倒れ込んだ兵士に手を差し伸べるのはこの砦の臨時指揮官であるアロワだ。

差し伸べられた兵士は状況が理解できていないのか生死の境を一度に経験したからか、答える声は震えを帯びていた。

「すごい・・・・・」

 

彼らのやり取りを見ながら、マシュは無意識の内に感嘆の声を上げていた。

それは、一瞬の出来事であった、

士郎の狙撃を掻い潜り、急降下してきたワイバーン、それを砦から飛び出てきたアロワが阻止したのだ。

字面だけならば随分と容易く思えるだろう。

だが、実際には口で言えるほど簡単なことではない。

速度も重量も違う標的、それも他人を狙う存在を横から一分の誤りもなく、ただの一振りで阻止するなど、並みの技量ではない。

おまけにワイバーンの甲殻が硬く、それに覆われていない面を狙って斬り裂く必要があるのだが、それすらも成し遂げて見せた。

到底人間業とは思えない。

だが、実際に彼はただの人間だ。

魔術師のように身体強化をできるわけでもなければ、サーヴァントのような超常の存在ではない。

膂力も速度も人間の域を出ず、とても急降下してきたワイバーンに合わせられるはずがない。

だが、事実として、彼はその不可能をやってのけた。

愚直に磨き上げられた生え抜きの技術。

マシュにとっては、まだ見ぬ一つの境地だった。

 

「なるほど。これが理由か」

士郎は構えていた矢を下ろし、呟くと同時に理解した。

アロワ達が初めてワイバーンと戦った時、真っ当な意味で互角であったとは考えていなかった。

おそらく、防戦に徹してなんとか戦線を維持していたのだろう、と。

違った。

一閃で高速移動する竜の首を斬り裂く技量、危機に対する迅速かつ正確な判断、命を張ってでも彼を守ろうとする部下たちの信望。

彼らは真実、ワイバーン達と互角だったのだ。

亀のように甲羅に収まり身を守るのではなく、前に出て果敢に攻め立てる。

或いはサーヴァントさえ出てこなければ--彼らは勝利を収めたのかもしれない。

「この時代のフランス軍も侮れないな」

一つ感嘆の言葉を漏らして砦から降りる。

20m近くの高所から跳躍する光景は一般人からすれば自殺行為だが、今更この程度で驚く人間はここにはいない。

危なげなく着地し、アロワ達に駆け寄る。

 

「すみません。俺が見誤ったばっかりに、あなたの部下を危険にさらしてしまった」

「いや。君達がいなければ、最初の骸骨共にも負けていた。それに。多分だけど、私が出ずとも君は止められただろう?」

「彼が無傷では済みません。あの状況で一歩遅れていたのは確かですから」

 

士郎が自身のミスを謝るのだが、アロワは一向に受け取らない。

士郎としては、戦いを任されたのに彼の部下を危険に晒したことが許せないのだが、アロワは結果的に助かったのだからそらで構わないと言う。

士郎もそれで引くわけもなく、襲われた本人に謝罪した。

だが、その人物も生きているから構わないと言い、おまけに士郎達のおかげで戦いが楽になったと感謝してくる。

士郎も本人にそう言われては納得するしかなく、渋々引き下がった。

その後、マシュやクロード達もこちらに集まりそれぞれの無事を確認し合った。

 

「うちの部下が幾つか擦り傷を負ったぐらいで、全員無事みたいだな」

「はい。私と先輩は問題ありません」

「はは。こんな子供達が傷一つ受けずにいるのに、うちの部下は情けないな。どれ。明日から鍛え直してやろう」

「いや。この二人と一緒にしないでください。見た目こそ子供ですけど、実力はそれに合ってませんよ。いったい誰なんですか?隊長の協力者とは言ってましたが」

「そのあたりの説明も今からする。ひとまず砦に戻るぞ。それから、これからの話もだ」

 

アロワが部下を見回しながら告げる。

彼の胸中は、反撃の意思で燃え上がっている。

この状況を大きな危機もなく乗り切った。

協力者となった二人はドラゴンを木っ端のごとく蹴ちらす力を有している。

この事実はいよいよもって、彼に確信を抱かせた。

即ち、この二人はアレに対抗しうる存在であると。

それが分かれば、今までの苦難も乗り越えられる。

かつて逃げることしかできず何もかも諦めていた男は、しかして新たな希望を見出した。

翳りはなく、勝利への気概だけが彼の心を埋めている。

そして、彼の部下もその変化に首を傾げながらも、久しく感じなかった胸の内から湧き上がる熱を認識していた。

これより始まるは陰鬱とした過去への懺悔ではなく、掴みたい未来を手に入れるための戦いである。

道は定まり、目的は示された。

出会った光は間違いなく信用でき、もはや迷う必要などない。

彼らは未来だけを見据えて前へ進む。

 

--だから、気づかなかった。

 

これまで過去ばかりが糸を引いていた分、今度は前だけを見ていたから。

その小さな動きに気づかなかった。

ぴちゃり、という何かが滴る音が鳴った。

兵士の一人がそれに気付き振り返り--全身が凍りついた。

ぽたぽたと溢れる赤い液体。

その源たる存在は今にも死に絶えそうなのに、人間と隔絶したその瞳に睨まれればあらゆる行動を停止せざるを得ない。

 

「■■■■■■■!」

 

咆哮。

今度こそ全員が振り返り、そして驚愕。

ありえない、おかしい、こんな事あってはならない。

否定と否認が湧き上がる。

だって、断ち切ったのだ。

一切の加減なく、一分も過たず。

確実に、徹底的に、完膚なきまでにその首を切り裂いた。

ならば、目の前の光景は何だ?

殺したはずのドラゴンが立ち上がり、あまつさえこちらに突進してくるのは。

首を斬られたなら、死するのが通常の生命ではないか。

そう、普通であれば死んでいる。

人間はもとより、獅子や闘牛のような強靭な動物も、首を裂かれては絶命する。

だから、アロワが取った行動は疑いようもなく正解で--一つだけ理解が足りなかった。

通常の生命なら首を絶たれては死ぬ。

では、ワイバーンは通常の生命だろうか?

否だ。

仮にも竜種、その生命力は通常の生命の域をはるかに超越している。

なんの神秘も概念も纏わず業物でもない剣に斬りつけられた程度で死ぬほど、ワイバーンは脆弱な存在ではない。

アロワの唯一の誤りは、ワイバーンを通常の生物と同じように捉えた事だ。

故に、この先の結末もまた、わかりきった事だ。

部下は動けず、士郎とマシュも間に合わず、剣を鞘に収めたアロワは迫る死を止める術がない。

竜種をただの動物と同列に扱った不遜な人間に、ワイバーンの牙が罰として突き立てられる--

 

 

 

 

唐突に、剥き出しにされた牙がその肉体ごと吹き飛ばされた。

誰もがその光景に驚き--ワイバーンがいた場所に立つ一人の少女は、さらに理解の外にあった。

後に残された、一人の少女。

三つ編みにされた長い髪は、春の陽光を思わせる暖かさと金の生糸のごとき輝きを湛えていた。

紫水晶<アメジスト>の瞳は息を呑むほど美しく、それ以上の清らかさを内包している。

そして、そんな彼女が纏うのは白銀の甲冑。

その手に握られる先ほどワイバーンを吹き飛ばしたであろう旗は、神秘を知らぬアロワ達ですら感じ取れるほどの神聖さだった。

幻想的でひどく現実味のない美しさだ、と士郎は思った。

隣にいるマシュの様な儚さ故の美しさでもなく、咲き誇る大輪のごとき華々しさなど欠片も無い。

ただあまりにも神秘的なその姿は、まるでこの世のものではないかのようで、一時我を忘れさせる。

だが、そんな士郎の意識は、絞り出されたかのようなアロワの声で引き戻された。

 

「--そんな。何故、何故ここにいるのだ、聖女ジャンヌよ--っ!!」


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