Fate/Grand Order 正義の味方の物語 作:なんでさ
・・・・・すみません、冗談です。
10月が思いの外忙しく、想定よりも進まなかったんです。(実は某バトルロワイヤルシューターにもハマってたなんて言えない)
気がつけば年末で1.5部も完結し、今年も新たなサンタさんが。大晦日には再度のfgoとひむてん(こっちの方が楽しみ)がアニメ化。来年も型月尽くしで幸せ。けれど筆は進まない。
頑張ってもう一話ぐらい更新したかったのですが、恐らくはこれが今年最後の投稿となります。お待ち頂いてる方々には、本当に申し訳ない。こんな亀更新ですが、どうかこれからもお付き合いいただきたいです。
物語に大きな進展はありませんが、18話目もどうぞお楽しみください。
現在、時刻は午後五時頃。
日が傾き、夕日が辺りを染める時間である。
改めてジャンヌと仲間になった俺達は、このジュラの森でとある作業を行っている。
ズバリ、夕食の準備である。
人間誰しも、しっかりと食事を摂らなければ完璧なコンディションを維持できないものだ。
食事や睡眠をとらずとも行動はできるが、やっぱりあるに越したことはない。
ただ一人、ジャンヌだけは正規のサーヴァントなので食事は必要ないのだが。
そこはそれ、美味い食事というものは少なからず士気を上昇させる。
また、微小ながらも魔力の回復に繋がるので全くの無駄というわけではない。
「先輩。焚き火に使う薪は、これぐらいでいいですか?」
「ん。そうだな、
「了解です、先輩。・・・・・あの、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん? どうした、何か気になることでも?」
「えっと、先輩は今何をしているのかな、と」
俺の手元に視線を向けながら、興味深げに聞いてくる。
ああ、そういうことか。
「今は血抜きの最中だよ。店で売られている肉はちゃんと処理されてるけど、こいつは今獲ったばかりだからな。しっかり下処理しておかないと嫌な臭みが残ってあまり美味しくないんだ」
質問に答えながら、手元にある獲物を見やる。
そこにあるのは、先ほど狩った猪だ。
カルデアから支給されている食料もあるにはあるが、あまり数も多くないし余れば戻った時に使えるので、出来る限り食料は現地調達にしている。
丁度いいことに、この森には猪をはじめとする獣や食せる山菜が多数存在していたので、主食を除くほとんどの食材を調達できた。
特に山菜類の収穫はすごかった。
フランスの春頃に顔を出し始める高級食材のモリーユをはじめとするきのこ類、この時期にしか手に入らず緑色のつくしのようなアスパラソバージュという野菜など。
まさに山菜の宝庫と言えるだろう。
「なるほど、血抜きですね。私も知識としては知っていますがこうして実際に見るのは初めてです」
「そりゃ動物の血抜きを見たことのある人間なんてそういないよ。というより、あんまり見たがらないと思うぞ。普通、動物の死骸を好んで見る人間はいないからな。マシュも、さっきは驚いてたろ?」
「それは・・・・・はい。なにぶん初めての経験でしたので。申し訳ありません・・・・・」
「なんでマシュが謝るんだ。それが普通の反応だよ」
さっきまで生きていた生命から多量の血が流れる光景など、あまり気分のいいものではない。
ましてやマシュのような人間なら尚更だ。
「いえ。わたしも今まで何かを食べて生きてきたのに、こうやって脅えたりするのは失礼かと思ったんです」
「そっか・・・・・」
やっぱり、この子は純粋だ。
普通ならあの光景を見て思うのは嫌悪の類だけだが、彼女はその感情を抱いた自らを恥じた。
誰もが目を逸らし、意識したくない事をしっかりと受け止める。
それが出来る人間は、そうそういないだろう。
「それなら、せめて美味しく頂かないとな。俺達には謝ることもできないし、こうしないと生きていけない。ならせめて、奪った命を有意義なものにするべきだ」
「・・・・・そうですね。こうした経験をして自分達が多くのモノの上に生きているのだと、初めて実感できた気がします。日本の食事の挨拶も、きっとそういう意味なんですね」
噛み締めるように、彼女は想いを馳せた。
命の重みと尊さ、それを胸に抱くように。
「・・・・・さて。こっちももうすぐ終わるから、マシュも薪を集めてきてくれるか?」
「あ、はい!細かな枝を二、三十本ぐらいですね。すぐに集めてきます」
集めてきた木材を置き、小走りで再び森の中に戻っていくマシュ。
さっきのことは別にして、こういった経験をしたことがないのか、心なしか楽しそうだ。
「・・・・・・・・・・」
マシュ・キリエライトという少女が一体どのような過去を経てきたのか。
それは俺の知るところではない。
無論、カルデアなんて施設にいたのだ、少なくとも一般的に言う
それ以外の詳しいことは分からないし、簡単に聞いていいことでもない。
もしそれを知るというのなら、それは彼女が自ら話してくれる時だけだ。
そんな事を考えながら、ふと、思った。
--いつか、俺のことを話す時も来るのだろうか。
「シロウ。汲んできた水はここに置いておきましょうか?」
「っ!・・・・・と、ジャンヌか。悪い、ぼうっとしてた。ああ、そこに置いといてくれると助かる」
「分かりました」
頭を振り、余分な思考を頭の隅に追いやる。
そうだ、今はそんなことを考えても仕方ないし、深い考え事をしながら刃物を扱っていては怪我をする恐れがある。まったく。一体どうしたというのだ、俺は。
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもないよ。ちょっと考え事をしてただけだから」
「そうですか。でも、何か悩みがあるのなら一人で抱え込まず相談して下さい。・・・・・私には、それくらいしかお役に立てませんが、きっと気を紛らわせるぐらいは出来ると思いますので」
「いや。ジャンヌが役に立たないってのはないだろ。さっきだってあんな簡単にワイバーンを吹き飛ばして、今だってこうして手伝ってくれてるじゃないか」
はじめこそ得体が知れなかったため警戒していたが、ジャンヌがあの場にいなければアロワさんを守れなかった。この森で見つけた敵も、真っ先に気づいたのは彼女だった。
「出会ってから既に二回も助けられてるんだ。間違っても役立たずなんて言えないよ」
「それなら、いいのですが・・・・・」
「そうだよ。ほら、こっちも調理に入っていくからジャンヌは休んでいてくれ」
半ば強引に話を切り上げる。
俺が感じた彼女の性格を考慮すると、長く悩ませるのはよろしくない。
自責は重ねれば重なるほど抜け出るのが難しい。
おまけに、今回のは完全に的外れなものなのだ。そんな事、とっとと終わらせるが吉である。
「ただいま戻りました、先輩」
そんなところで、薪を集め終えたマシュが戻ってきた。
「お疲れ様、マシュ。こっちもちょうど始めようとしていたところだ」
そう言いながら懐からダ・ヴィンチ印のアイテムである布袋を取り出し、中から目当てのものを探し当てる。
一つは、中位ほどのクーラーボックス。中には調味料の類やいくつかの食料を入れてある。
もう一つは調理器具を入れた箱だ。その気になれば投影でいつでも作れるのだが、物があり持ち運びにさしたる手間がないのならわざわざ無駄な魔力は消費したくない。
「さてと。それじゃ、始めますか」
裾を捲り上げ、作業に入る。
今回作るのは猪肉ときのこの生姜焼き、猪汁、やまにんじんのおひたし、それからアスパラソバージュの天ぷら。主食はカルデアから持ってきたパンだ。
どちらかと言えば和食よりなメニューだが、存外パンにも合う。
まずは汲んできた水をろ過する。
見たところ綺麗な水で一応解析をかけたが、人体に有害なものはなく細かなゴミを取り除くだけで十分だ。その水を使って採集した食材を洗い、包丁で手早く丁寧に切り分ける。
終わったら早速調理にかかる。
先ずは猪汁からだ。
とは言っても、今回は味噌は使わない。使える材料や食べる人間のことも考えて今回はコンソメを使って洋風にしようと思う。
沸騰した湯に厚めに切った猪肉を投入、塩で下味を付け柔らかくなるまで煮込む。
その間にかき揚げとおひたしを作っておく。
かき揚げは切り分けたやまにんじんとユキワリというきのこを天ぷら粉で混ぜ合わせ、180°の油で2分ほど揚げる。
おひたしに使う分のやまにんじんだけは切り分けずそのまま茎の方から30秒間茹で、茹で終わったら水にさらしてアクを抜き、食べやすい大きさにカットする。あとは食べる時に醤油をかければ完成だ。
「あとは猪汁に生姜焼き、と」
ここまでは滞りなく済んだが、この二つに関しては完全に新たな試みである。
生姜焼きは、猪肉自体豚肉に近いためさほど苦労しないだろうけど、問題は猪汁の方だ。
ポピュラーなのは猪汁だが、猪肉や猪で出汁をとったスープというのも稀にある。
ただ、具材として猪肉を使うようなスープというのはなかなかお目にかからない。
味噌であればうまく調和できる猪のクセも、コンソメでは悪目立ちしてしまうかもしれない。
そう考えながら森を散策していた時に、とある果実を見つけた。
クレマンティンという、主に12〜1月にかけて収穫されるコルシカ原産の柑橘類で見た目も味も日本のみかんに似ている。
本来ならこの森みたいな暗い場所で栽培されるものでもなく時期も外れているんだが、何故か小振りなみかんの木が数本立っていて、その根元にこれまた小振りな果実が数個ほど転がっていた。
誰かが栽培していたのは確実だ。木の周りにもちゃんと害獣除けがあったし人の手が加えられた痕跡も見られた。
転がっていた果実も大きさからして食用には向かないと栽培主が判断して放置したんだろう。
それにしても、こんな場所で食物を育てる人物とは一体何者なのか、甚だ疑問である。
「ま、こっちはそのおかげで問題をクリアできたわけなんだが」
心の中で見知らぬ栽培主に感謝する。
先ほど鍋に投入した猪肉には、そのクレマンティンの果汁を漬け込んである。
これで柑橘類特有の爽やかな香りが猪肉の厭な匂いを緩和してくれる。あとは他の野菜や調味料と合わせて煮込めば完成だ。
そして、最後は生姜焼き。
生姜焼きで一番大事なのは仕込みだ。
生姜のすりおろし方や調味料との配合など。ここを疎かにしては美味い生姜焼きは作れない。
というわけで。
早速、生姜(カルデアから持参)をすりおろしていくわけだが、何やら視線を感じる。
ふ、と顔を上げてみればマシュが俺を見つめていた。
・・・・・すごいな、瞬きすらしてないぞ、あれ。
何か気になることがあるのか、穴が開かんばかりの凝視は少し--いや、かなり怖い。
こっちにはそんな風に見つめられる覚えが無いので首をかしげるしかない。
と。そこで気付いた。彼女の視線は俺の手元、より正確には俺が掴んでいる生姜に向けられていることを。
・・・・・あー。つまり、そういうことか?
向けられる視線、爛々とした瞳に乗る好奇の感情、彼女は料理の経験無し、となれば彼女が思っているのは--
「やってみるか?」
「え?」
「だからこれ。やりたそうに見えたんだけど、違ったか?」
「い、いえ! 違わないというかその通りなのですが・・・・・えっと。いいん、ですか?」
おそるおそる、といった様子でこちらを伺うマシュ。
そんな彼女の様子を見て、その上目遣いは反則だろ・・・・・などと下らないことを考えながら手にする生姜とおろし器を差し出す。
「どうぞ。力を入れすぎて怪我しないようにな」
「ッ・・・・・・・・・・!」
ぱぁあ、と一気に顔を明るくして、喜びを表すかのように立ち上がる。
「ありがとうございます! 不肖マシュ・キリエライト、見事ミッションを達成してみせます!」
まさにやる気一杯といった様子は背後にドドーン、という効果音でも付きそうだ。
その気概のまま、しかし慎重に二つを受け取り、生姜をすりおろしていく。
時たま、おお、という感嘆の声を上げたりむむむ、なんて唸りながら苦戦したり。
色んな表情を見せるマシュの姿は正直言って微笑ましい。
ついくすり、と笑いが漏れそうなほど。
本当に笑ってしまってはあらぬ誤解を生みそうなので、決して表には出さないが。
「先輩先輩。どうでしょうか。こんな感じで合ってますか?」
「うん、悪くない。力も入れ過ぎてないしいい具合だ。けど、生姜をする時は上下じゃなくて、円を描く様にすりおろすんだ。そうするとより滑らかに仕上がるからな」
「なるほど、円を描く様に、ですね。早速やってみます」
マシュは疑問があるとその度に質問してきて、それをすぐに吸収してさらに上手くなっていく。
まるでスポンジみたいに何でも吸収していくから、俺もなんだか楽しくなってくる。
「お二人とも、仲がよろしいのですね」
ふと、正面に座るジャンヌが、そんなことを言い出した。
「どうしたんだ、いきなり?」
「いえ。さっきまで貴方達の雰囲気が固いように感じたので、つい」
「そりゃ、あんまり気を抜ける状況じゃなかったからな。けどそんなに仲良さそうに見えたか?」「ええ。特にマシュの表情が。あまり積極的な性格ではないようですが、貴方と話している時はとても明るい顔を見せていると思います。きっと、シロウを心から信頼しているのでしょう」
「・・・・・ジャンヌ、そういうのは本人の前で言わないほうがいいと思うぞ」
「大丈夫ですよ、今は集中していて周りの音が聞こえてないみたいですから」
「そういう問題じゃないんだが・・・・・」
・・・・・というかそれを聞いてる俺も小恥ずかしいんだけど、そこは考慮しないのか。
見かけによらず大胆というかお茶目というか。
いやまあ、ある意味史実通りなんだろうけど。
「できました! 生姜のすりおろし、完成です!」
聖女の新たな一面に嘆息していると、マシュが声高らかにミッション完了の宣言をした。
完成品を掲げ感無量といった彼女は見ていて微笑ましい。
問題の生姜もうまく繊維が切れていて、生姜焼きに適したものだ。
「上出来だよ、マシュ。これなら美味い生姜焼きが作れる」
「先輩の的確なアドバイスのおかげです。私一人ではこうはいきませんでした」
そう言って苦笑しながら謙遜する。
まあ、初めての経験だったからそう思うのも仕方ない。
けどな。それは過小評価だぞ。
「そんなことはない。確かにいくつかアドバイスはしたけど、それで上手くいくかどうかはその人次第だ。話を聞いても思った通りいかないことだってある。それに、生姜をすりおろすのって想像以上に難しいぞ」
生姜は繊維質がしっかりしてるから、ある程度手先の器用さが求められる。素人が上手くすりおろせず指を切ったりする、というのはよくある話だ。
その点、マシュは無茶をせず解らないことがあれば経験者に聞いて慎重にやっていた。
料理が上手くいかない人間は、そういった確実性に欠けるか刃物の扱いがそもそも向いてなくて上手く動けない人間が多い。
「その辺りも含めて上手いんだ。マシュは手先も器用だし、練習すれば一人でも料理できるようになると思う」
「それは流石に言い過ぎだと思うのですが・・・・・けど、そうなれたら嬉しいです。あの。もしそうなったら、また教えてくれますか」
「ああ、もちろんだ。俺でよければいくらでも教えるぞ」
マシュの言葉に快諾する。
もう随分と長い間、誰かに料理を教えていない。
うまく伝えられるかは心配だが--可愛い後輩の頼みだ、なんとかしてみせよう。
「じゃあマシュも、俺が料理してるところしっかり見ておいてくれ。本格的な特訓前の予習だ」
「分かりました。決して一欠片も見逃しません」
「そんなにやる気一杯なら俺も負けるわけにはいかないな」
力強く宣言するマシュを見て、俺も気合いを入れる
残りの行程は然程多くないが、観察するぶんには十分な技術がある。
恥ずかしいところを見せないよう、全力で仕上げるとしよう。
◆
--唐突だが、衛宮士郎は料理人である。
いやまあ、実際の所は違うのだが。
彼の調理スキルは本職の料理人と言っても過言ではないほどに洗練されている。
特異点Fのとある屋敷で彼が振る舞った料理は、短い時間と簡単な材料でありながら正真正銘の貴族であるオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの舌を唸らせたほどである。
また、以前の世界では旅の途中で出会ったホテルシェフや老舗料理屋店主などと連絡先や意見の交換なんかをやっていたりする。
ここまでくると料理の修行でもしてたのかと本格的に疑いたくなるが、本人の目的は飽くまで別のものである。
さて。
そんな士郎が作った料理を、まだ食文化が未発達であった時代の人間が食べるとどうなるか。
「これが、本当にあの猪肉なのですか・・・・・!?」
ジャンヌの全身に、衝撃走る。
それはもう生前に主の声を聞いた時ほどか、というくらいの驚きである。
原因は彼女が手に持つパン料理。
一口齧られたパンの断面からは絡められたタレが食欲をそそる肉と彩りを加える野菜が挟まれている。
当然の如く、先ほど士郎が作ったものだ。
見慣れぬ調味料の類はあったもののジャンヌは士郎が料理をしているとわかっていたし、生前まだ故郷にいた時に猪の肉を食べた事もある。
豪勢な食事でこそなかったが、かつて食した美味はこうして英霊になった後でも覚えている。
だからこそ、それがどのようなものかある程度の予測はできていた。
しかし、それにもかかわらず、その料理は未知であった。
「------」
無言のまま、もう一口。
感じられる味は変わらず、
「っ----!」
否、噛み締める度にさらなる旨味を以ってジャンヌを震わせる。
柔らかな肉は臭みがなく、肉汁と未知のソースは確りとした味にもかかわらずくどさが微塵も感じられない。シャキシャキとしたきのこの食感も残っており食べていて全く飽きが来ない。
その他の料理も素晴らしく、それぞれ個性を発揮している。それでいて全体の調和は取れており、味に違和感が生じない。
これだけの美味を、ジャンヌは知らない。
彼女が若くして亡くなったから、というわけではない。
仮に彼女がその生を全うしていたとしても、当時のフランスで士郎が作ったもの以上の料理は食せなかったはずだ。
それは現代の調理技術や調味料の発展を考えれば当然のことではあるが、15世紀に生きたジャンヌにとっては料理という概念そのものを覆された気分だ。
数百年単位のジェネレーションギャップである。
「どうかな。一応、食べやすいように工夫したつもりなんだけど」
呆然としたジャンヌを見て心配になったのか、士郎が控えめに様子を伺う。
ジャンヌも無用な心配をかけてはいけないと、なんとか声を絞り出す。
「ええ、はい。とても美味しいです。これほど美味しい料理を私は今まで食べたことがありません」
「そう言ってくれると俺も作った甲斐がある。それなりに料理の心得はあるけど、初対面の人の好みまではわからないから舌に合うか心配だったんだ」
士郎としては食べる人間にできるだけ馴染んだ味を作りたいというのが心情だ。
どれだけ美味い食事であろうと当人に合わない、馴染まない、そもそも好みではないものを作っては全くの無駄である。
「確かに初めて食べる味ではありました。でも、本当に美味しいんです。これならいくらでも食べられますよ」
「そうなんです。先輩の作ったお料理は大変美味で、食べる手が止まらないんです」
「そんなに大したものじゃないと思うんだけどな。けど、二人とも気に入ってくれてるのなら俺も嬉しいよ。まだ余ってるからいくらでもお代わりしてくれ」
「それでは早速お願いしてもいいでしょうか?」
「あ。わたしもお願いします」
ジャンヌに便乗するようにマシュも皿を差し出してきた。
元来、彼女の食は細い方らしいのだが、こうしてお代わりを要求してくるという事は、俺の料理を存外気に入ってくれてるのだろう。作り手としては嬉しい限りだ。
「了解。すぐに用意するよ」
そう言うと同時、フライパンから生姜焼きを皿に移す。
さっきはパンに挟んだから今度はそのままで。
「はい、どうぞ。まだ熱いから気をつけてな」
「それほど熱いものは苦手ではないので平気ですよ」
「わたしもこの体になってからは大抵の刺激に強くなったので大丈夫です」
くすり、と笑いをこぼし皿を受け取る。
マシュはパンに挟む具材を天ぷらに変えて食べている。
ジャンヌの方は今度は、パンを猪汁に浸して食べるようだ。
どうやらそちらも気に入ったのか、頰を押さえながら恍惚の表情を浮かべている。
「こちらの揚げ物も大変美味しいです。・・・・・それにしても、先輩はどこでこれだけのお料理スキルを獲得したのでしょうか?」
「いきなりの質問だな」
「それ、私も気になってました。時代が変わったとはいえ、シロウの技術はとても卓越したものでした。正直、女性としては何かに負けた気分です」
二人揃って興味津々といった様子で士郎に迫る。
いかにサーヴァントといえど二人とも女性であり、マシュに至っては本質は飽くまで人間。
この手の話題にはそれ相応に関心があるのだ。
「どこでって言われてもな。昔からそういう習慣があったってだけで、特別な事はしてないよ」
「習慣、ですか?」
「ああ。俺のオヤジは家事の類がてんで駄目でさ。仕方ないから代わりに俺がやってたんだ」
士郎自身、こうして口にしている今でももう少しまともに出来なかったのかと呆れてしまうほどの不器用さであった。
なにせほとんど無い荷物を片すのに何故か散らかすような人物だ、手際の悪さは語るまでもないだろう。
「・・・・・あの、それではお母様はどうなのでしょうか?」
士郎の言葉を聞き、マシュが控えめにそんな当たり前の質問を投げかけた。
一般家庭において母親が主体となって家事を行う、という事は多くの国に共通するだろう。
マシュ・キリエライトという少女には“全く関係の無い”慣例だとしても、事実としてそれが大多数なのだと彼女は知っている。
無論、例外はある。
父親の役割が家事であるという家庭はごまんと存在するし、両親が離れて暮らしているのであれば、自然と役割は偏る。
では、衛宮士郎の家庭はどうであったのか。
これは彼の言葉に対する疑問であると同時に、ほとんど知らない彼の過去がほんの少しでも知れたら、というマシュのささやかな好奇心でもある。
だからこそ彼女は、次ぐ士郎の言葉に自身の行動を--後悔した。
「いや、母親はいないよ。ついでに言うと本来の父親もいない」
「え--?」
「随分前に火事があってさ。元の家族はその時に、な。さっき言ったオヤジっていうのは俺を引き取ってくれた養父のことなんだ」
一瞬、彼が何を言っているのか、理解〈ワカラ〉なかった。
言葉の意味が伝わらなかった訳ではない。
彼が話した内容が、マシュにとって余りにも遠い世界のものだったから馴染まなかっただけ。
「すみ、ません。不躾な質問をしてしまいました・・・・・」
全身から血の気が引くのを感じながら、なんとか言葉を絞り出した。
マシュには人にとって家族というものの比重がどれだけの割合を占めるのか、根本的に理解できない。
故に、家族を失ったという事実を士郎がどのように感じているのか、それはマシュの想像に任せるしかない。
けれど、失いたくないモノを失うという恐怖は、彼女にも僅かながらに覚えがあった。
未だ記憶に新しい、冬木の地での戦い。
彼の地にて彼女が失ったもの、失いかけたもの。
その時に得た感情は、彼女の人生において最も恐ろしかった出来事で--ならばこそ、士郎がそれ以上の痛みを抱えている事は想像に難くない。
であれば、先ほどの言葉が士郎の“傷”をどれだけ抉ったか、それもまた同様に想像できた。
「・・・・・いや。俺の方こそ、変な事を話しちまった」
マシュの反応を見て、士郎も今のは失言だったと気づいた。
あんな話を聞けばマシュがどんな反応をするかなど、初めから分かりきっている。
他愛のない会話の最中で彼女を傷つけるというのは、愚行としか言いようがない。
士郎は、この話をするべきではなかった・・・・・いや。実際にするつもりは無かった。士郎は初め、適当に濁して流すつもりだったのだ。話の内容に関わらず、自身の過去に関しては極力話さない様にしていた。
にも拘らず、何故あんな事を口走ったのか、士郎自身にも分からなかった。
・・・・・気が抜け過ぎだぞ、俺。
心中で自身を叱責する。
一度固めた心算を場の空気や流れで容易く変容させるなど、精進が足りていない証拠だ。
肉体が若返った反動、ではない。
あまりにも突飛な現状に自分自身、気付かない内に少なくない負荷を受けていたのだろう。
ままならないものだな、と士郎が心の中で溜息を漏らしながら、つい、と視線を上に上げる。
眼に映るのは自身の無神経な発言により沈み込んだ食事風景が。
自身の問題に考えを巡らす前に、彼はまずこの場の空気を変えなくてはならなかった。
・・・・・本当に、ままならないな。
この憂鬱な場を一新すべく、士郎は八方手を尽くすのであった。
◆
「さて。それじゃあ早速、作戦会議を始めるぞ」
食事も終わり(ついでに雰囲気もなんとか立て直し)、小さくなった焚き火に新しく薪を加えた頃、士郎がその手にいくつかの紙を収めながら、マシュとジャンヌに向けて語りかける。
二人とも居住まいを正し、次ぐ士郎の言葉に耳を傾ける。
「まずは現状の再確認だ。異常が発生したのは二週間前。突然、サーヴァントと無数のワイバーンが出現し、この国を蹂躙していった。首魁は流の魔女--もう一人のジャンヌ・ダルクだ。彼女らはオルレアンを占拠し、そこを拠点にフランス中を今も襲っている」
確認されている敵はワイバーンや骸骨兵に留まらず、幽鬼のような槍の使い手、錫杖を振るう女怪、レイピアを用いる美麗な剣士、そして竜の魔女と彼女が騎乗する巨大なドラゴン。
「ここまでは、俺とマシュがアロワさんから収集したフランスの大まかな現状だ。けど、それ以外にも詳しい情報が欲しかった」
そう言って、手に持つ紙を広げる。
そこにはフランス語で書かれた文書。
「さっき、俺が使い魔に命じてアロワさんに伝書を送った。内容はこれからあちらとは別行動をとる事。そして現状確認されている--特にオルレアン占拠以降に起きた大小様々な異常の情報を送ってもらう事。他にもいくつかの“頼みごと”をした」
ジャンヌを仲間と認め共に行動すると決めた以上、現地の人間と彼女を直接引きあわせるのは、まだ“早い”。
故にその旨を伝え必要な情報を得るためにどうすればいいかと考えた結果、使い魔による情報交換という結論に落ち着いた。
尤も、使い魔とはいえ、それは彼本来のものではない。
士郎の使い魔は彼が自身の血と鋼で構成した、鋼の鳥なのだ。
どう見ても通常の生命には見えない。まだ魔術の話はしていないため、そちらを使うわけにはいかなかった。
よって、代替案として森の中にいた鳥に魅了〈チャーム〉の魔術をかけ使い魔の代わりとした。
「それで内容だが、こちらの読み通り気になる情報がいくつか。その中でも目を引くのが、ワイバーンを撃退した存在がいるっていうものだ」
「それは、フランス軍以外で、という事ですか?」
「ああ。俺はこれをサーヴァント、それも竜の魔女とは異なる勢力によるものだと考えている。ここにジャンヌがいる以上、他のサーヴァントが現界していてもおかしくはない筈だ」
未だ仕組みは謎だが、何らかの力によって“はぐれ”のサーヴァントが召喚されている。
その事実は戦力の低い士郎達にとって、一筋の光明だった。
「ワイバーンを退けた存在は、確認されているだけで三人いる。彼らはそれぞれ異なる街を護っているみたいだ」
「その街というのはどこなのですか?」
「ここから南に下った場所にあるリヨン、西のラ・シャリテ、それから南西にあるティエールという街だ」
「その三箇所なら私も訪れたことがあります。サーヴァントの脚力を考慮すればそう遠い場所でもありません。今からでも迎えます」
ジャンヌが自身の記憶と照らし合わせ、距離を図る。
その表情からは、微かな焦りが伺える。
この事態を直ぐさま解決できないことは、彼女も理解している。しかしだからこそ、出来る事は迅速に行いたいのだ。
しかし、まだ確認できていないことがある。
「気持ちはわかけど、少し落ち着いてくれ。まだ確認したいことがあるんだ」
「あ、と。すみません、少し逸り過ぎたようです・・・・・」
「いや、気にしないでくれ。俺達も気持ちは同じだから。これが済んだら、二人とも直ぐに行動してもらう」
「はい、分かりました」
自身を鎮めたジャンヌが頷き、続きを促す。
それを確認し、改めて士郎が言葉を放つ。
「聞きたいのはルーラーというクラスの特性だ。何故、このクラスが裁定者として据えられているのか、それが知りたい」
問われたのは、少しばかり意外なものだった。
ジャンヌも冠するルーラーの特権、発揮できないそれを聞いて何をするのか。
「・・・・・ルーラーには、他のサーヴァントとは一線を画すスキルが三つ付与されます。その内の二つがルーラーを裁定者たらしめている所以です」
「その二つっていうのは?」
「真名看破、そして神明決裁です」
--真名看破、神明決裁。
それぞれルーラークラスにのみ与えられるスキル。
真名看破はその名の通り、相対したサーヴァントの真名を読み取るスキル。
神明決裁は、各サーヴァントに二度まで令呪の行使を可能とするものだ。
令呪とは、聖杯戦争に参加するサーヴァントに対する絶対命令権。
通常はサーヴァントを使役するマスターに三画ずつ付与される。だが、裁定者たるルーラーはサーヴァントでありながらすべてのサーヴァントに行使可能な二画の令呪を宿している。
聖杯戦争において仮に誰かが違反を起こしたとしても、すぐにその行動を縛ることができる。
必要とあれば、自害を命じることも不可能ではない。
「他にも、半径十キロ圏内に存在するサーヴァントの知覚、聖水を用いた索敵網の構築など、その任を遂行するために様々な能力が付与されます」
「そうか・・・・・なら、もう一つ質問だ。仮に、竜の魔女が本当にジャンヌ・ダルクだった場合、彼女のクラスは何になる」
「えっと、断言はできませんが、恐らくはルーラ--待ってください、それってつまり」
再度投げかけられた問い、その意味を理解したジャンヌが驚愕に声を上げる。
敵がジャンヌと同じ裁定者のクラスである、それは即ち--
「相手も、その“特権”を有している可能性が高い」
「・・・・・!」
それは、考えてもみないことだった。
竜の魔女の正体と行動にばかり目が行き、その能力についてなどまるで考慮していなかった。
「ドクター。仮に龍の魔女がルーラーだったとして、その特権はどの範囲まで行使できると思う?」
『・・・・・飽くまでカルデアにあるデーダに基づいた仮説だけど。ルーラーというクラスが聖杯戦争の裁定者であるのなら、その特権が及ぶのも聖杯戦争の中だけのはずだよ』
「ジャンヌ、ドクターの意見をどう思う?」
「私も彼と同意見です--ですが、サーヴァントの知覚に関しては、もしかしたら健在かもしれません」
「ということは、最低でもこちらの位置は特定される可能性があるということか」
士郎たちのいる場所と竜の魔女が拠点とするオルレアンの間にはかなりの距離がある。
今すぐに発見されるというわけではないが、少なくとも現状でサーヴァントが接近するのは得策ではない。
・・・・・難しいところだな。
士郎たちには戦力が足りず、直ぐにでも他のサーヴァントと接触する必要がある。
しかし、下手にオルレアンに近づけば、今度は準備が整わないまま竜の魔女と交戦することになる。
仮に近づかなくとも、竜の魔女は敵の首魁であるにもかかわらず、自ら率先してこのフランスを焼き尽くしている。
道中、偶然出くわす可能性も否定できない。
故に必要なのは速度と効率。
より素早く戦力を結集させ、竜の魔女を討ち、聖杯を確保する。
衛宮士郎は、その最短ルートを寸分違わず選ばなくてはならない。
思考を巡らせ、あらゆる可能性を想定する。
そうして、辿り着いた答え、それは、
「マシュ、ジャンヌ。これから二手に分かれて各サーヴァントに接触する」
別れることによる、捜索の効率化だった。
「・・・・・分かりました。私もそれが最善だと思います」
ジャンヌが士郎の考えに賛同を示す。
生前、いくつかの戦争を経験した彼女は、この状況下における最良の策が士郎のそれであると認識している。
士郎達とジャンヌが別れることによって、フランス救済へ一歩でも早くたどり着くのなら、それこそが正しい選択だ。
「ですが、それでは敵と遭遇した時、ジャンヌさんがあまりにも危険では」
しかし、その正答に異を唱える少女が一人。
マシュは、ジャンヌと行動を分けた時に起きうるリスクを危惧している。
敵と偶発的に接触してしまった時、生存の可能性が著しく低下する。
士郎とマシュは、問題ない。
ツーマンセルという特性上、多人数の敵との交戦は可能だ。
彼らの実力も高い。士郎は言わずもがな、マシュも士郎が
仮に敵サーヴァントと遭遇しても、いくらでも対処できる。
だが、ジャンヌにはそれができない。
単独行動というだけでなく、現在の彼女はサーヴァントとして不完全であり、そもそもが戦士ではない。
ルーラークラス故に高いステータスを有しているが、彼女自身の戦闘スキルは決して高いものではない。
通常のクラスであれば良くて二流、悪くて三流のサーヴァントだ。
そんな彼女を一人で行動させるのは得策ではない。
『僕もその案には反対だ。敵サーヴァントにはセイバーとランサークラスがいるかもしれないんだろう? 直接戦闘になった時、彼女だけでは危険過ぎる』
カルデアにいるロマンも司令官として、士郎の提案に苦言を呈す。
現状で戦力が足りていないことは確かだが、その為にさらに戦力を失う可能性は避けるべきだと彼は考える。
現状、一行の意見は二つに分かれている。
早さを執るか、安全を執るか。
どちらにも旨味があり、同じぐらい毒がある。
どちらを選択して行動するか。
この場での多数決が同数ならば、ロマン以外のオペレーターなどの意見も問うか、或いは議論を重ねるか。
いずれにせよ、容易く答えは出ないだろ。
その場にいる誰もがそう考えていた。
--ただ一人を、除いて。
「いや。どちらでもない。一人で行動するのは、俺だ」
夜の森に、淡々とした言葉が響いた。
驚きに誰もが目を向ける中、士郎は新たに語り始めており、
「俺がラ・シャリテに向かっている間、二人はこの森の霊脈〈レイライン〉を辿って霊地〈レイポイント〉を確保。その後、リヨンに向かってくれ」
只々静かに、決定した方針をつらつらと述べていく。
それが余りにも無謀な話だったから、士郎の言葉を聞いていたマシュは思わず声を上げていた。
「ま、待ってください! それでは一人で行動する事のリスクは変わっていません! それに先輩を一人にするなんて--」
『マシュの言う通りだ。マスターだけで行動する事は、カルデアの司令としても容認できない』
マシュの言葉をドクター・ロマンが引き継ぐ。
それは単純に士郎個人を心配しているだけでなく、唯一活動できるマスターを失うことを危惧してのことだった。
現状、冷凍保存中のマスターが回復する見立てはない。
ここで士郎が死ぬのは、そのまま人理焼却の完遂を意味する。
故に、ドクター・ロマンはカルデアの司令として、その方針を容認する事はできなかった。
「シロウ。先程、私に焦るなと言ったのはあなたです。なのに、そのあなたがそのような無謀な行動に出てどうするのですか」
ジャンヌが諭すように、士郎に言葉をかける。
そう、ジャンヌやマシュのようなサーヴァントならともかく、魔術師であるマスターが単身、サーヴァントの捜索に赴くなど無謀極まる。
仮にサーヴァントの一騎とでも遭遇してしまえば、そのマスターの命運は決まったも同然だ。
魔術師に、サーヴァントに対抗する術はない--通常であれば、だが。
「君達の憂いも分かるが今は一刻の猶予もない。それにこの場で最も戦闘に適しているのは私だ。仮にサーヴァントと相対しても、そう易々と殺されたりはせんよ」
「・・・・・確かに、魔術師でありながらあなたの力には目を見張るものがあります。ですが、それを加味したとしてもサーヴァントと戦うなど、無謀を通り越して死にに行くようなものです」
「ふむ。まあ、君の前で見せたのはその程度だから、信じられないのは無理もないが・・・・・では証人に証言してもらうとしよう。マシュ、ドクター・ロマン」
ジャンヌの反論に僅かに考える素振りを見せた士郎は、マシュとドクター・ロマンへと声を発し、
「私にはサーヴァントと交戦しても御し得るだけの力がある、これに間違いがあるかね?」
「それ、は・・・・・っ」
『・・・・・』
士郎の問いにマシュが言葉を詰まらせ、ドクター・ロマンは無言を通した。
その反応で、士郎の言葉に間違いは無いと裏付けるには十分であり、
「ご覧の通りだ。私であれば敵サーヴァントと遭遇しても何ら問題は無い」
「・・・・・いえ。仮にそうだったとしても、マスターであるあなたが一人で行動する意味は--」
「意味はあるとも。決定打に欠きサーヴァントとしての能力を十全に発揮できぬ君を一人で行動させるわけにはいかない。詳細は省くが私にはその手の手札がある。加えて姿隠しの道具もだ。敵から隠れるのであれば、知覚される可能性があるサーヴァントといるのは、寧ろ危険と言っていい。単独であれば、やりようはいくらでもある」
士郎が貯蔵する、無数の武具宝具。その中には身を隠すのに最適なものも存在する。
単に逃亡するだけなら、士郎は確実に逃げ切るだろう。
「それはつまり、サーヴァントである私や彼女がいては邪魔だと。そういう事ですか」
「そうまでは言わんよ。ただ、先ほども言ったように残された時間は少ない。より効率の高い手段があるのであればそちらを選びたい、というのは当然の思考だろう?」
何か間違っているか、と三人に視線で語りかける。
ああ、確かに間違っていない、間違いなはずがない。
士郎の言葉はどこまでも正確で最良だ。
守りにのみ特化したジャンヌとマシュでは、単独の行動に向かない。
そもそも、ジャンヌはフランスのほとんどの人間に竜の魔女として認識されている。
そんな彼女が単独で動くことなど出来るはずもない。
対して士郎は、話術に長け高い戦闘能力を有しあらゆる状況に対応できる術を有している。
しばらくすればアロワからの証明書も手に入る。
この場で士郎以上に単独行動に適している人物は存在しない。
故に、彼の言葉に異を唱えられる者は誰一人として存在せず、
・・・・・でも、仮にそうだったとしても・・・・・っ!
しかし、マシュだけは、どうしても納得できなかった。
今度こそ戦い抜くと、守ってみせると決めたのだ。
なのに、士郎の側から離れてしまう、これでは何もできない。
〈〈また〉〉士郎を守れないかもしれない。
そんな恐怖がマシュの全身を、蛇の如く這いずり回る。
彼の言葉を認めてはならない。彼の意見に頷いてはならない。
この危惧を杞憂で終わらせるためにも、ここで何としてでも彼を止める。
その想いを実現すべくマシュは口を開こうとして、
『--確かに。士郎君の言う通り、それが現状での最善手だ』
「ドクター!?」
予想もしない場所から、士郎への思わぬ援護があった。
「・・・・・意外だな。貴方は最後まで止めると思っていたんだが」
『そうしたいのは山々だけどね。けど、君はどうあっても行くんだろ? なら、これ以上は時間の無駄だよ。幸い、カルデアから君のことはモニターできるからバックアップは可能だ』
飽くまで冷静に語るロマン。
普段のゆるふわな雰囲気から忘れがちだが、これが彼だ。
隣にいる人間が思わず和んでしまいそうな空気を漂わせながら、必要とあればどれだけ冷徹な判断でも下せる。
数日前、カルデアが爆破された時、爆発の中心部である管制室にいた多くのスタッフを、もはや助からぬものと早々に見切って、最も優先すべき作業へと向かった。
自身の感情と使命を秤にかけ、その上で必要な選択を行う。
彼はその立場だけでカルデア司令を任されたのではなく、真実相応しいと認められた上で現在の役目を担っているのだ・・・・・ただ。
本音を言えば、彼もこのような手段は取りたくないのだ。
どれだけ士郎の言葉が正しくとも、それが危険な選択であることには変わりない。
マシュや士郎が驚いたように、本来ならば彼は士郎の無茶を止める存在だ。
しかし、それがカルデアにとって、延いては人類にとって悪手であることも理解している。
そして何よりも--これが士郎との契約だからだ。
士郎が人理を取り戻すと誓ったあの日、ロマ二・アーキマンはその道程を全力で支えると誓約した。
故に、彼は自身の感情を殺し、全霊を以って士郎を後押しする。
『マシュ。君もそれでいいかい?』
「・・・・・」
最後の確認としてロマンがマシュへと目を移す。
しかし、マシュは答えるどころか、その可憐な顔を俯かせている。
当然だ、彼女は納得していない。その頭では何とか士郎を止められないとずっと考えている。
それなのに味方だと思っていたロマニまで士郎の肩を持ったとなればこうもなろう。
しかし、ずっと黙りこくっているわけにもいかない。
このままでは話が進まず、言葉を口にしなければ何もできなしない。
けれどいい言葉が、案が思い浮かばない。
士郎のそばにいるための一手が、どうしても考えつかない。
いっそ熱でも出てしまいそうなほど、彼女は頭を回転させ--
「--マシュ」
自身を呼ぶその声に、一気に頭が冷えていった。
「先輩・・・・・?」
「みんなの心配も分かってる。本当は、一緒に行動した方が良いのかもしれない。けど--嫌なんだ。俺が手を伸ばさなかったせいで誰かが傷つくのは。俺は一人でも多くの人々を守りたい。だから--」
頼む、と。
そう、マシュに向けて語りかける士郎は、どこまでも真っ直ぐな瞳で--
・・・・・ああ、なんて綺麗な眼。
何故、自分が彼を守りたかったのかを、再び認識させられた。
そうだ。
マシュ・キリエライトは、このあり方に救われた。マシュ・キリエライトは、このあり方の根源を知りたいと思った。
それこそが、衛宮士郎とマシュ・キリエライトの始まり。
ならばこそ、それを阻むことなど--出来るはずがなかった。
「--分かりました。先輩の指示に従います・・・・・ですが、一つだけお願いします。もし危なくなったら、わたしを呼んでください。その令呪を、使ってください」
何かを堪えるように、士郎の右手の甲へと視線を向けながらマシュが告げる。
デミ・サーヴァントたるマシュとの契約の折に現れた紋様。
盾を象ったと思しきそれはサーヴァントに対する命令権。即ち--令呪。
冬木における聖杯戦争のデータからカルデアが独自に研究・開発したそれは、本来のモノと少し趣が違う。
冬木の聖杯戦争における令呪とは、絶対遵守の言霊。
サーヴァントに自害すら行わせる強制力は、まさに絶対命令権。
対してカルデアの令呪は、それほどの強制力を有していない。
彼の地にて生み出されたモノに比べれば、出来ることは限られている。
しかし、それが膨大な魔力を湛えた大魔術であることには変わりない。
サーヴァントのブーストだけでなく、一瞬であれば魔法に等しき奇跡すら実現できるだろう。
僅かな距離であれば、空間転移も行使可能だ。
しかし、それだけの奇跡は、易々と行えるものではない。
マスターに付与される令呪は三画。特異点で使い切ってしまえば、それで終わり。
カルデアに戻ったとしても、簡単に再付与出来るものではない。一画再構築するのに、一ヶ月以上の時を要する。
その令呪を、彼女は使えと言う。
敵を倒すのではなく、ただ彼女を呼ぶ為だけにその奇跡を行使してくれと願う。
「--出来るだけ、善処はする」
「約束は、できないのですね・・・・・」
士郎はマシュの切なる願いに、確約はしなかった。
それは、半ば予想出来たことだ。
決死である。
何が起きようとも、何を失おうとも、必ず世界を救うと決めたのだ。
その事だけに、彼の専心は向けられている。
故に、あらゆる可能性を考慮して使命を成さんとする彼が、切り札を簡単に切るはずがない。
先ほどの言葉ですら、可能な限り譲歩したのだろう。
使用する可能性がある、というだけで彼に言える限界なのだ。
「構いません。先輩が令呪を使わないのでしたら、わたしが自ら駆けつけます。この力は--そのために託されたんですから」
「マシュ・・・・・」
強く意思が込められた声。
かつての彼女からは考えられないほど、はっきりとした彼女の言葉。
衛宮士郎が人理の修復を己が使命と定めたように、マシュ・キリエライトは少年を守護<マモル>と誓った。
士郎が求めようと求めまいと関係ない。
この道を往くと--彼女は決めたのだから。
『話は纏まったみたいだね。それじゃあ、士郎君はラ・シャリテへ。マシュとジャンヌはリヨンへ。みんな、くれぐれも気を付けてくれ』
そう締めくくったロマンにが三人が頷き、
「それでは、先に向かいます。シロウ。ご武運を」
「先輩。どうか、ご無事で」
ジャンヌとマシュがそれぞれ言葉を残し、己が役目を果たすために深い森の中を駆けて行った。
走り去って行く二人の少女
その背中を最後まで見送る。
そうして、彼女らの姿が見えなくなったところで背後を振り返り、
「・・・・・悪い、ドクター。無茶を言っちまって」
未だ残るモニターに向かって言葉を掛けた。
『君の無茶を支えるのも、僕の役目だからね。ただし、決して無理はしないでくれ。人類を救えるのは、君しかいないんだからね』
「分かってる。何があっても生き延びるさ」
まったく難儀なものだな、と心の中で嘆息しながら、答えを返す。
これまで多くの事を経験してきたこの身にも、今回のような戦いは初めてであった。
それは、世界の滅びに対して、ではない。
規模の差はあれ、世界が滅亡するような戦いに身を投じるのはこれが初めてではない。
自らの人生を決める契機となった故郷での戦いも、何かを間違えていれば世界は滅んでいた。
故に、俺が最大と足枷とするのは、この戦いにおける自身の必要性であった。
衛宮士郎の死亡。それ即ち人類の敗北であるという絶対条件。
それが、余りにも邪魔な制約であった。
“正義の味方”たるこの身が、他者を救うために自身の命をかけることができない。
或いは、他者を犠牲にして自身が生き残らなくてはならない。
その事実を、どうしても容認することができず--それ以上に人類を救わなくてはいけないと、当然のように理解している。
・・・・・嗚呼。本当に、難儀だな。
分かっていたはずの事に、今更ながらに息を漏らす。
もう一人、自分と同じ役目をこなせる人間がいればいいのに、と。
そう思わずには、居られなかった
「ドクター。“例”のマスターはどうなっているんだ?」
「以前話した通り、まだ眠ったままだよ。“あの子”だけは比較的に傷が浅かったけど、他のマスター達と同じで、いつ目醒めさせられるかは依然として分からない」
「そうか・・・・・」
ロマンの言葉に、僅かに落胆する。
レイシフトを行う二日前、彼から爆発による傷が浅いマスターが一人いることを聞いていた。
なんでも一般人の中から選出されたマスター適正者で、爆破された当日にカルデアへと到着したらしい。
そのマスターが目覚めれば変わりを任せられるのだが・・・・・現実はそう簡単に思い通りにならないということは、嫌という程身にしみている。
結局、現状を認める他ないのだと諦める。
「分かった。もし目覚めたら、その時は伝えてくれ」
『ああ。その時は直ぐに連絡するよ・・・・・ところで。君はまだ行かないのかい?』
ふと。この場に残り続ける俺に疑問を抱いたのか、ロマンがモニターの向こうで首を傾げる。
それに、ああ、と頷き、
「まだここの片付けが残ってるからな」
『ああ・・・・・なるほど』
納得したのかしてないのか、よく分からない返事を聞き流し、急いでこの場を片していく。
さあ急ごう。残された時間は--多くないのだから。
◆
そこは“工房”であった。
魔術師が己が業を研鑚せし間。自己を守る防衛空間。
されど、そこにはそのような高尚な目的はなかった。あるのはただ、己が欲望を満たすためだけの場所。
薬品故か、或いは別の要素によるものか、異様な臭気に包まれた部屋に、その雰囲気に何ら違和感のない、不気味なローブを纏い背を丸めた長身の男がいた。
「ジル。アナタ、しくじったそうね」
「・・・・・申し訳ありません、聖処女よ。どうやらあの者の話していた異邦からの魔術師が到着したようでして--」
「言い訳は結構です。かつて元帥を名乗った者ならば、自らの失態はそれ以上の成果で覆さず何とするのです」
その異質な部屋に全身を黒い甲冑に包んだ一人の女が訪れた。
部屋の異常性すら呑み込んでしまいそうな黒い熱情を湛えた女は、侮蔑を込めた声色で男を叱咤したが、暗がりの部屋では女がどのような表情であるかまでは分からなかった。
「畏まりました。直ちに部隊を送り込みまする」
「そうすることね。余りにもグズだと、殺しますから。--ああ。それと、そろそろ“次”のサーヴァントを排除しに行きますから、そのつもりでいてください」
「なんと。もう行動なさるのですか? いささか急ぎすぎでは?」
「当然でしょう。私は一刻も早くこの国を焼き尽くす。なら、目障りな存在は早々に消し去るものでしょう?」
何が楽しいのか、女は口の端を大きく曲げ笑った。
対する男も、感心したように、女へと賛辞を送った。
「流石は我が聖処女。貴女の行いには何の間違いもありません。どうか存分にその力を振るいください」
「無論です。私はそのために、ここにいるのですから」
最後にそう言い残して、女は男の部屋を去っていく。
残虐な笑みを張り付かせたその顔は救国の聖女--即ち、ジャンヌ・ダルクそのものであった。
お読み頂いた方はお気付きでしょうが、もう一人マスターが増える可能性が浮上しました。まだ可能性の段階で決して確定したわけではありませんが、カルデアに士郎を見据える新たな視点が現れるかもしれません。
ということで、もし仮に彼/彼女を登場させた場合、どちらがいいかアンケートを取りたいと思います。もしご希望があったり、遅筆の作者にお付き合いいただける方がおりましたら、是非とも活動報告欄までにご意見をお寄せください。
それでは皆様、良い年末を。