Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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前言通り連続投稿です。
少々、というか大分、纏まりが無いのはお見逃しください。
それでは9話目どうぞ。


影舞う夜

近代的な発展を遂げ、高層ビル群が建ち並んでいた冬木市東部、新都。

 かつて様々な商店や流行りの品々で溢れ、老若男女問わずに様々な人で賑わった光景は、既に見る影もない。

ビルは崩れ落ち、今や燃え盛る炎と大気を舞う煤で覆われた、無残な姿となっている。

 

「とんだ無駄足だったわね・・・・・・」

 

げんなり、といった様子でそう溢したのはオルガマリーさんだ。

現在の町の状態と、かつてこの街で行われた儀式に関連性があるのでは、と考えた彼女はその関係地へと赴くことを決断した。

しかし別段不審なものは存在せず、こうして冬木大橋へと戻っている。

今まで溜まっていた鬱憤と自身の選択ミスによって彼女の苛立ちは最高潮に達している。

それはもう、突けば破裂しそうなほどに。

 

「気を落とさないでください所長。ここは無関係な箇所を潰せたと前向きに考えましょう」

「・・・・・・気持ちは嬉しいけど、一言余計よ」

「あ。す、すみません」

 

それで肩を落としたのはマシュだ。

気落ちするオルガマリーさんをマシュなりに励まそうとしたのだが、人付き合いが上手い方ではない彼女では、負のオーラ全開のオルガマリーさんを立ち直らせることはできなかったようだ。

あえなく撃沈したマシュはその空気に当てられたのか、落ち込み始める。

「そんなに気を落とすなよ、マシュ。多分、今は誰が声をかけても同じだよ」

気落ちするマシュを見て、思わず励ます。

今のオルガマリーさんを突くのはマズイ、ということを本能で理解したため静観していたのだが、流石に自分以外の二人が落ち込んでいては居心地が悪いし、かなり落ち込んでいるマシュを放っておくのは個人的にもマスターとしても見過ごせなかった。

 

「・・・・・・先輩。でも、わたしは・・・・・・」

「でもじゃない。そりゃ確かに力及ばずだったけど、マシュなりにオルガマリーさんを励まそうとしたんだろう? ならそれが間違いなはずがない。きっとオルガマリーさんもそこはわかってる」

「そう、なんでしょうか?」

「ああ、そうだよ。だから、そんなに落ち込むな」

「・・・・・・はい。ありがとうございます、先輩」

 

・・・・・・とりあえず、元気になったみたいだな。

 

こういうことは苦手だろうから、成功するか心配だったが、なんとか上手くいったようだ。

良かった良かった、なんて頷いていると、ふと凄まじい悪寒を背に感じた。

で、後ろを振り返ってみると--

 

「ちょっと、そこの二人。主従の仲を深めるのはいいけど、もうちょっと控えめになさい。うっかり呪いでも飛ばしそうになるわ」

 

--般若がいた。

 

いやまぁ、オルガマリーさんなのだが、その顔はとてもイヤなものであった。

それは一言で言えば、とても"イイ笑顔"だ。

こんな時でもなければ写真にでも納めたいぐらいだ。

でも俺は絶対にしない。何故ならすごく怖いから。

ついでに言うと、彼女は手をピストルの形を模しており、指先になんか黒い球状の魔力が集まってたりする。

 

「ど、どうしたんですか、オルガマリーさん、てか、な、なんですかソレは・・・・・?」

流石に、呪いという言葉と指先に出現したあからさまに危険な雰囲気の黒球に、反応せざるを得ない。

というより、さっきから体が震えて止まらない。

 何故だかあの黒い球体にとてつもなく嫌な予感を感じる。アレを見た日には碌なことにならないと魂が訴えてくる。

そんな様子に気付いているのかいないのか、オルガマリーさんはさっきと変わらぬ表情でソレが何なのかを教えてくれた。

 

「これはね、ガンドっていう呪いの一種よ」

「ガンド? それって北欧の地味な呪いじゃ・・・・・・」

「ええ、確かに。でも、フィンの一撃というのもあってね。それなら人間の体を壊すくらい訳ないのよ?」

「死にますよっ!?」

--とんでもねぇ代物であった。

オルガマリーさんは相変わらず、フフフ、なんて不気味に笑いながらアレを向けている。

撃つ気か。ソレを撃つ気かなのか。

ただでさえ頭がヤられているのに、この上、更に体もどうになりそうなモノをぶち込むつもりなのか。

 

「安心なさい。私のはそこまで物騒じゃないから」

「そ、そうなんですか・・・・・?」

「ええーー精々、軽く肉が削げて二、三日の間、高熱と幻覚で苦しむくらいだから」

「充分物騒ですよ・・・・・!?」

 

どっちみち危険なことに変わりは無い。

まずい。体が更に震えてきた。

何なんだ。一体アレに何があるっているんだ。

 

・・・・・・とにかく、アレを消してもらわないと。

 

だがどうする?

目からはとうに光が消え、いまにも破裂しそうな風船さながらの彼女をどうやって宥める?

下手な選択をすれば、即DEAD ENDだ。

慎重に行動しなくては。

何かいい案はないかと--オルガマリーさんの威圧から逃れる意味合いもあって--周囲へ視線を巡らし、そこで一筋の希望を見つける。

 

・・・・・・マシュならなんとかできるのでは?

 

そんな期待を込めて彼女へと視線を向ける。

果たしてこちらの意図を察してくれたのか、彼女はオルガマリーさんへと歩み寄っていって、

 

「所長、先輩を恫喝するのはその辺りで。それに、先輩が倒れてしまっては今後の行動に支障が出てしまいます」

「・・・・・・あなたがそう言うのなら止めるとするわ。彼の怯えた顔で多少はも気も晴れたし」

 

てっきり爆発するのかと思ったが、思いの外、あっさりと気を沈めてくれた。

目には光が戻り、あの物騒な黒球も消えている。

代わりと言ってはなんだが、彼女の顔は先ほどとはまた別の笑顔になっている。

こう、嗜虐的というか、チェシャ猫笑いとでも言うべきか。

とにかくイヤな表情だ。

まぁ、とりあえず死に目を見るというようなことは起きないのでよしとする。

どうやら、選択としては間違ってなかったようだ--ようなのだが、マシュに声をかけられた時のオルガマリーさんの顔が翳りを帯びていたように見えたのは気のせいだろうか。

 

「所長の怒りも治まったようなので、これからどうするか指示願えますか? とりあえず、橋の近くまで戻ってきましたが・・・・・・」

「正直に言うと、それらしい案は無いのだけれどね。こっちには何もなかったのだから、今度はあっちを探すべきでしょうね。と言っても、今度は正真正銘手掛かり無しだから手当たり次第確認するしか無いわね」

「なるほど。虱潰しという訳ですね」

「そういうこと。でも、ずっと探索するわけにもいかないから、ひとまずさっきの霊脈地へ向かいます。今度はちゃんとした拠点として使えるようにしましょう」

 

オルガマリーさんがこれからの方針をすらすらと答えていく。

この状況でよくもそこまで頭が回るものだと感心してしまう。

・・・・・・ほんと、落ち着いていれば頼りになる人だな。

 

彼女が若年ながらもカルデアなんて所の所長をやれていることに納得する。

彼女がいれば、これからの行動に支障は出ないだろう。

とにかく、今は俺も話し合いに参加すべきだろう。

その考えを実行すべく、彼女たちの方に歩み寄ろうとして。

ーーぞくり、と背筋に冷たいモノが走った。

 

「っ・・・・・・!?」

 

全身が栗立ち、総毛立つ感覚。

背中を流れる汗が倍になり、その性質が冷たいものへと変わっていく。

この感覚を俺は知っている。

ここに来てから、幾度となく感じてきた。

最初に感じたのは、初めてあの骸骨を見た時。

こちらを認識した奴らは全て同じモノを放ってきて--

 

「っ・・・・・・!」

 

周囲に視線を巡らす。

何処かにコレを--殺気を放ってる張本人がいる。

それも骸骨どものような生易しいものではない。

まるで鋭利な刃物の如く研ぎ澄まされたモノだ。

・・・・・・いったいどこに・・・・・・。

 

放たれる殺気は感じ取れるのに、その出所が分からない。

 瓦礫の散乱するこの廃墟の中では、視界は遮られる。

周囲の炎が発する熱もこちらの感覚を鈍らせている。

・・・・・・これは、かなりまずいな。

 

敵はこちらを認識しているのに、こっちはその姿すら掴めていない。

これでは格好の獲物だ。

更に悪いことに、オルガマリーさんとマシュはコレに気付いていない。話に集中しているのか、この手の感覚に鈍いのか。

どちらにせよ、狙われやすいのは彼女達だ。

早急に発見しなくては。

意識を敵の発見だけに集中させる。

両の瞳は更に遠くを見渡し。

 

--白銀が、放たれた。

 

「っ・・・・・・!?」

 

突然の出来事に一瞬反応が遅れた。

飛来するソレは視認すら難しい速度でこちらへと向かってくる。

俺は放たれた閃光に備えようとして--向かう先が俺ではないと気づく。

「しまーー」

 

見誤った己を叱責する暇も無い。

全力で腕を伸ばす。

 

・・・・・・間に合えっ!

 

伸ばす先。

迫りくる存在に気付かず話し続けるオルガマリーさんがいて--

 

「----え?」

 

直後、白銀が彼女の視界を覆う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が・・・・・・?」

 

突然、自身へと飛来してきたナニカに腰を抜かした彼女はそう言うのがやっとだった。

自身に何が起きたのか。

頭が追いつかない。

ただ、一つだけ分かるのは--あの瞬間、死んでいたかもしれないということだけ。

今更ながらに、その事実に恐怖する。

体が思うように動かず、喉が震えて声が出ない。

ここにきてから二度目の感覚。

初めて感じたのはあの骸骨に襲われた時。

あの時も彼女は死を受け入れるしかなかった。

それでも、彼女が生きているのは--

 

「大丈夫ですか、オルガマリーさん・・・・・・!?」

二刀を構える姿に衰えは無く。

襲い来る死と同じように。

赤い背中は、変わらず彼女を救い出した。

 

 

 

 

 

・・・・・・なんとか間に合ったか。

 

咄嗟に黒剣を生み出し、その刃に飛来したモノを搦めることで、なんとか防げた。

恐らく、素手では間に合わなかっただろう。

飛来したモノの正体は鎖の付いた白銀の短剣。

見ようによっては杭にも見えるだろう。

 

「ち、ちょっと、何よ、それ・・・・・・っ!?」

 

ようやく現状を理解したのか、オルガマリーさんが見て声を上げる。

視線を逸らすとマシュも気付いたようで、戦闘態勢を整えている。

「退がっていて下さい。今までと違って、オルガマリーさんを守る余裕は無い。マシュも、オルガマリーさんのことを頼む」

 

二人に告げてに告げて、再び敵を見据える。

マシュはやはり納得いかない様子だが、構っている暇は無い。

遥か彼方。

常人には視認できないほどの場所にソレはいた。

まるで影のような存在。

暗い靄がかかり、その全容は把握できない。かろうじて人型ということと地に届く長髪ということが分かる。

ソレが発する気配は、今までの骸骨とは比べ物にならないほど強大だ。

絡まった鎖にかけられる力も凄まじく、一瞬でも気を抜けば一気に持っていかれる。

現状、相対するのは危険だと瞬時に理解する。

だが、だからこそ逃せない。

 

・・・・・この異常の張本人か、その近くにいる者か。

 

 敵がどういった存在かは依然として不明なままだ。

 しかし、これまでの骸とは一線を画すこの影が、尋常な存在であるはずがない。

 街をこんな風にしたナニかと関係があると考えるのが自然だろう。

 

・・・・・・何としてもここで捕らえる。

 

 ここでヤツの正体なりを暴くことが出来れば、この地における調査の最大の収穫となるだろう。

 あるいは、異変を解決する糸口を見つけられるかもしれない。

故に、必ず捕らえてみせる、心を固める。

 敵の怪力に負けぬように全身に込める力を更に強める。

ギリギリ、という金属の擦れ合う音が響く。

その時。

 

「っ・・・・・・!?」

 

今まで拮抗していたはずが、一気に引き込まれる。

その力は今までの比では無い。

 

・・・・・・あれですら全力じゃなかった・・・・・・っ!?

 

その事実に驚く間も無く。

 

--身体はは、宙を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩・・・・・・っ!?」

 

マシュ・キリエライトは目の前で起きたあまりの出来事に声を上げることしかできなかった。

少し前まで拮抗していた両者の力比べは、彼女のマスターが宙へ引き上げられたことによって終わりを告げた。

それは如何程の怪力か。

上から引き上げるならまだしも、同じ地に立ちながら上空へと引き上げ、そのまま自身の元へ引き寄せるなど常軌を逸している。

恐らくはデミ・サーヴァントと化したマシュでも難しいだろう。

ならばこそ、そんなことができる存在は一つしかおらず--

 

「今すぐ追いなさい、マシュっ!」

「所長・・・・・・っ!?」

 

どうすべきかと悩んでいたところへオルガマリーの言葉が届く。

 

「今ここで彼を失うわけにはいかないわ! それに、ここにきて初めての手掛かりらしき存在よ。絶対に捕まえなさいっ!」

「っ・・・・・・ですがっ!」

 

オルガマリーの判断は現状で最善の選択だ。

貴重な戦力でありマシュのマスターでもある少年をみすみす死なせるわけにはいかない。

調査という観点からもあの敵は絶対に確保すべきだろう。

そんなことはマシュも分かっている。

彼女の指示が最も現状に適していると理解している。

それでも彼女の指示に従うことを躊躇ったのは--

 

「こんなところに所長一人を置いていけませんっ!」

確かに、オルガマリーの判断はカルデア所長として正しい。

だが、戦える人間がエミヤとマシュの二人だけであり、両方共がオルガマリーの側から離れては、彼女を守れる人物がいない。

もし、今ここで大量の骸骨が現れればどうなるか。

考えるまでもなく、オルガマリーは無残に殺されるだろう。

多少の自衛能力を有していても、彼女の本分は飽くまで研究者であり、戦いは専門外だ。

現状の指揮官でありカルデア所長の彼女を失うのは痛手以外の何物でもない。

故にこそ、マシュは彼女の指示に肯首できないでいる。だが--

 

「じゃあどうするっていうの!? このまま彼を見殺しにするつもり!? もし彼が死ねば戦力が減るだけじゃない、デミ・サーヴァントとしてのあなたの力も失われるのよっ!?」

「そう、ですが・・・・・・っ」

 

デミ・サーヴァントという性質上、活動するのにマスターからの魔力供給は必要無い。

その肉体がサーヴァントのものでも、大元になるのはマシュ自身の身体だ。。

活動のための魔力は彼女自身で賄う事は出来る。

だが、これが現界ということになると話は別だ。

擬似的な存在であり肉体は生きた人間の物だとしても、その在り方は飽くまでサーヴァント。

マスターを失ったサーヴァントが現界を保てないように、依り代たる衛宮が命を落とせばその力も失われる。

そうなれば、この調査における最大戦力を失うことになる。

それは調査の失敗を意味する。

カルデアからの支援がほとんど行えない今、オルガマリーだけで調査の続行は不可能だ。

「そうなったら何もかもお終いよっ! だったら、多少危険な賭けでもやるしか--」

『聞こえますか、所長・・・・・・!?』

「ロマニ・・・・・・!?」

 

今、最後の一押しを伝えようとしてところで、Dr.ロマンから突然の通信が入った。

 

「何の用かは知らないけど、今はそっちに構っている暇はないのっ! 後にしなさいっ!」

『駄目です! いま聞いてください! そっちに"サーヴァントに似た反応"が向かってます!』

「そんなことは分かってるわよ! だから彼が離れていってるんでしょう!? しっかりモニターしなさい!」

「違います、そっちの方じゃなくて--マシュ、上だ・・・・・・っ!」

「っ・・・・・・!?」

 

ロマニの言葉と上空から感じた膨大な魔力に反応し、即座に盾を掲げる。

その直後--

 

「くぅ・・・・・ッ!」

 

降り注ぐ紫電の雨。

デミ・サーヴァントであるマシュを以ってしても膝を屈しそうになるほどの強力な攻撃。

『遅かったか・・・・・・っ!』

「今度は何よ・・・・・・!?」

 

悲鳴にも等しい、声を上げつつ上空を見上げるオルガマリー。

その先には--

 

「あれって、まさか--」

 

暗い靄のかかった影のような存在。

ソレは蝶の翅のようなものを広げており、そこに無数の魔力が集っている。

発する気配は今までの骸骨とは比べ物にならず--

 

「魔術師<キャスター>のサーヴァント・・・・・・っ!?」

 

叫びに応える者はおらず。

光線じみた魔力弾が嵐となって、再び彼女たちを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空へと上げられ、敵の元へと強引に引き寄せられたエミヤは、宙を舞いながらも敵を見据えていた。

・・・・・・あれで刺し殺すつもりか。

 

見据える先、敵はこちらの短剣と繋がったもう一つの短剣を構えている。

このままでは敵の思惑通り、串刺しにされて終わりだ。

なんとか脱出しなくてはいけないのだが、猛烈な勢いで引かれている現状ではそれも難しい。

もしここで手を離せば支えを失い、遠心力で吹き飛び、そこらの瓦礫に激突するか、地面に墜落してお陀仏だ。

そもそも、この状態では力を抜くことすらできない。

つまりは完全な詰みだ。

 

--尤も、手がないわけでは無い。

 

俺が持つこの力の性質ならば現状から脱出するとともに、反撃を行うことも可能だろう。

故に、重要なのはタイミングだ。

俺と奴が重なる点で行わなければいけない。

少しでもズレれば、奴が手を下すまでもなく俺は死ぬだろう。

 

・・・・・・焦るな、今は待て。

 

逸る心臓を抑えながら、自身に言い聞かせる。

 

--敵がさっきよりもはっきり見え出した。

 

まだ早い。

--敵が腰を沈め出す。

 

まだ早い。

 

--弛んでいた鎖が直線になった。

 

・・・・・・今だっ・・・・・・!

 

予想地点に到達して即座に剣を破棄。

 この手に生み出されたものは全て、俺自身の意志でいつでも消すことができる。

獲物を失った鎖は一足早く敵の元へと向かっていく。

--敵の気配が、驚愕に揺れる。

 

影は予想もしない事態に思考を一瞬停止させる。

そこを衝く。

理想的な点で成功させた俺は新たに白剣を持ち弾丸の如き速度で奴の元へと飛翔する。

奴に引き込まれた勢い、だけではない。

剣を破棄する直前、全力で腕を引き寄せ勢いをつけ、更には重力の恩恵をも利用した突貫。

直撃すれば何者をも打ち倒す。

「ぉおおおおおおおおッ!」

 

雄叫びを上げ、剣を振りかぶる。

敵の力量はこちらを遥かに超えている。

故にこそ、この一撃で決める。

圧倒的な衝撃を伴って、必殺の一撃が振り下ろされる。

 

 

 

 

「や、ろ・・・・・っ!!」

 

悪態を吐きながら前を見据える。

睨みつける先、さっきと変わらぬ姿で影が佇んでいた。

必殺だった。必滅だった。

この一刀で終わらせると。

故にこその必死だった。

「あの距離で、躱すかよ・・・・・・っ!」

 

あの一秒にも満たない瞬間。

こちらの行動に対し反応が遅れたにも拘らず、敵はその驚異的な速度で容易く回避したのだ。

 

・・・・・・まずいな・・・・・・。

 

現状に歯噛みする。

俺が奴に対し勝利できると判断したのは、あの一撃が決まることを前提としていた。

直撃ならば即死。そうでなくても深手を負わせることができる。

本来なら捕縛したいのだが、この敵が相手ではそれは不可能に等しい。

故にこそ確実に仕留めるための一撃だったのだ。

 

・・・・・・まさか、素で躱すとはな。

 

常識はずれにも程があるだろう。

何の技術も策も無く、ただ人間離れした身体能力だけで対応するなど。

どういう体をしていればあんな挙動ができるというのか。

 

・・・・・・なんにせよ、手を打たないと。

 

現状、あの敵との戦闘は自殺行為だ。 かといって、逃亡も得策ではない。

俺と奴との速度差は明らかだ。

離れようとしても簡単に距離を詰められる。

仮に速度差がなくても、奴の投擲なら容易くこちらの頭蓋を砕いてくる。

どちらにせよ、背を向けるのは命取りだ。

ならばどうすべきか。

 

・・・・・・考えるまでもないか。

僅かばかりの逡巡も無く、その結論に至る己に苦笑する。

そうだ、迷う余地など無い。

俺が死のうが逃げようが、壁の無くなった奴はすぐに彼女達の元へ向かう。

ならばこそ俺に、■■■■■に逃げ道など無い。

故に、今ここでこの敵を打倒するのみ。

固められた決意を表すように、両手に二刀一対の刃が現れる。

「--来い」

 

自身より遥かに高い身体能力を有する敵を相手に自ら踏み込む愚は犯さない。

現状で俺が奴に勝利できるのは攻勢に出た敵の隙を衝いたカウンターのみ。

幸いなことに双剣とはその手の戦いに滅法強い。

だからこそ、あとは俺次第だ。

影もまた、こちらの敵意に反応して刃を構える。

距離はおよそ10m。奴ならば5秒とかからず詰められる距離だ。

鼓動が早まる。

数瞬後に襲い来る存在に恐怖が無いといえば嘘だ。

しかし、彼女達を守るためにも、この戦いは退けない。

そうして--

 

「っ・・・・・・!」

 

こちらの予想通り一息で距離を詰めた敵は、速度を殺すことなくその刃を突き出してきた。

 

「く・・・・・・ッ!」

 

黒剣を用いてかろうじて受け流す。

それに安堵する間も無くもう一方の刃が突き出される。

先と同じように白剣で受け流す。

「つぅ・・・・・・ッ!」

 

衝撃に声を漏らす。

敵の一撃はこちらの予想通り--否。予想以上の威力で襲い来る。

受け流しているにも拘らずビリビリという痺れが指先どころか全身に広がっていく。

しかし、それに気を割いている暇は無い。

敵は受け流された端から次々に刺突を繰り返してくる。

一瞬でも気を抜けば即座に蜂の巣だ。

無視し難い痛みを無理矢理叩き出す。

「ぅおおおおおお!」

 

上下左右。縦横無尽に襲いくる刃を全力で受け流す。

真正面からでは勝機は無い。

その時が来るまでひたすらに耐える。

そうして、三十合を超えた辺りから違和感を抱く。

 

・・・・・・全く同じ、パターン・・・・・・?

 

繰り出される乱撃は不規則なようで一定の規則性がある。

事実、今まで後手に回っていた俺が先回りして防御することが可能になった。

 

・・・・・・だったら・・・・・・!

 

敵の攻撃が一定の動きであるというのなら、それを上回って一撃を入れる--!!

そうして訪れた瞬間。

横薙ぎに振るわれる強力無比な一撃。

しかし、その行動<ミライ>は既に見えている。

 

「勢ッ--!!」

「っ・・・・・・!?」

黒の刃が敵の頬を掠めた。

敵が驚愕に表情を歪める気配が伝わる。

当然だろう。今まで防ぐだけで手一杯だった相手がいきなり反撃を繰り出してきたのだから。

しかし。

その驚愕<スキ>すら命取りだ。

 

「はぁッ--!!」

「っ・・・・・・!」

 

今度は白の刃が敵の長髪の内、数本を斬り裂いた。

敵には最早、さっきのような勢いは無い。

選択する行動の悉くが初動で封じられるのだ。

段々と追い詰められた敵は遂に決定的な隙を晒した。

 

「終わりだッ!!」

回避も防御もできない敵に向け、渾身の一撃を繰り出す。

必殺を志して放たれた刃は寸分違わず敵の頭を捉え--

 

「なっ・・・・・!?」

 

されど、その一撃は、敵の命を奪うには至らなかった。

彼はその一部始終を見ていた。

回避も防御も間に合わなかったあの状態から、敵は迷わずに後方の瓦礫へ鎖を放ち、ワイヤーアクションさながらの動きで回避したのだ。

 

「相変わらず、常識外れだなっ!」

 

悪態を吐くも、それ以上の余裕は無い。

行動を読まれてると理解した敵はその身体能力と鎖を以って三次元的な戦闘へと切り替えた。

その速度はいままでの比では無い。

周囲の建物の瓦礫を蹴り、鎖の反動を以って迫る敵はそれだけで必殺の威力を誇る。

一撃でも受ければそこで終わり。掠っても瀕死だろう。

咄嗟に瓦礫の山に身を隠す。

町の惨状に負の感情しか懐かなかったが、この時ばかりは感謝する。

どこも似たような状態だから目眩しにもなる。

暫くは持ち堪えられる。

だが、それもいつまで続くか。

 

「っ・・・・・・!?」

 

それに気づいたのはただの偶然だ。

影の突撃から身を隠すために瓦礫に隠れていた時、ちょうどマシュ達の方角を向いていた。

そこで見えたのは大盾を振るいオルガマリーさんを守るマシュと、上空より無数の光線を放つ影だった。

 

・・・・・・もう一体いたのか・・・・・・っ!?

 

充分あり得る話だ。

これだけの異常事態、たった一体が起こしたとは考えづらい。

ならば、あの影と同等の存在が複数いてもおかしくはなかった。

しかし、それに気づくこともなく、迂闊にも彼女達から離れてしまった。

その結果がこれだ。

俺は敵に翻弄され、彼女達も苦戦を強いられている。

--なんて、間抜け。

 

初めにその可能性へと思い至らなかった自分を罵倒しながら思考を巡らせる。

マシュ達が相対する影は見た所、典型的な遠距離型。

上空から一歩も動かず光線を浴びせかけている。

高さで言えば、マシュなら充分に届く距離だが、反撃を加える前に撃ち落とされている。

素人目に見ても相性が悪い。

あれとの相対は空いた距離を一瞬で詰める速度か飛行能力か、もしくは同等の遠距離攻撃が必要だ。

彼女はそのどちらにも当てはまらない。

このままでは遠からず敗北するだろう。

彼女では、あの影には届かない。

 

--ならば、俺が用意すればいい。

 

思考を即座に実行へ。

己の最も深い場所へ埋没する。

 

・・・・・・これだ。

 

目当ての物はすぐに見つかった。

今の俺では完全な物は用意できないが、あの"二体"を屠ることは可能だ。

 

・・・・・・手段は用意できた。あとは方法だ。

 

チャンスは一度きり。

さっきのようにいかなる回避も防御も許してはいけない。

そのために、今一度確認する必要がある。

一度だけ深呼吸をして、影が跳ね回る中心へと躍り出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「躱しなさい、マシュッ!」

「っ・・・・・・!」

 

オルガマリーの指示に反応し回避行動に移るマシュ。

その直後、膨大な魔力の砲撃が大地を焼いた。

圧倒的な光線は一切尽きることなくマシュを襲っている。

初めは敵の高度まで跳んで反撃を試みたが、何度も撃墜され、遂には反撃に出る体力も気力も無くなった。

・・・・・・どう、すれば・・・・・・。

 

最早、盾を持つ力すら抜けてきた。

足も震えを帯びている。

繰り返し上空へと跳び、その度に叩き落とされているのだ。

それも、一度や二度ではない。

いかにデミ・サーヴァントで肉体の疲労に強い耐性を持っているとはいえ、消耗しない方がおかしい。

むしろ、未だに動き続けていることが異常なのだ。

実際、マシュも既に自身の限界を見ている。

それは後ろで見守っているオルガマリーにもわかることだ。

マシュ・キリエライトは誰が見ても力尽きている。

しかし、それでも、なお倒れないのは--

 

・・・・・・頼むって、守ってくれって言われた・・・・・・っ!

 

記憶喪失の少年。

出会ってまだ一日も経っていない彼。

自分自身すら定かではないのに、燃える世界の中、それでも手を握りわたしを助けようとしてくれた人。

ここに来てからも、何度も支えてくれた少年。

ーーその彼が、頼ってくれた。

 

不完全で、臆病で、全然役に立てないわたしを頼ってくれた。

だったら、それに応えないと。

頼られたのなら、任されたのなら、やり遂げないと。

 

・・・・・・負けられない・・・・・・っ!

彼女の頭にあるのはそれだけだ。

向けられた信頼に応えるために。

助けられた恩に報いるために。

その思いが今の彼女を動かしている。

「ぅああああああああああああッ!」

 

再び放たれた光線を、やはり、限界を超えて防ぎきる。

その姿は脆い雪花のようでありながら、決して倒れることのない不屈の楯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ--ぁ--は--!」

 

荒く息を吐き、何とか呼吸を整えようと努める。

必殺の一手を確実に成功させるために自らの身を犠牲にして、最後の確認へと赴いた。

当然、その代償は大きい。

その存在自体が必殺と化した影が飛び跳ねる空間の中心へと飛び込んだのだ。

その場にいるだけで体が吹き飛ばされそうになり、掠りでもすれば剣で斬り裂かれたように肌が裂ける。

身傷のない箇所の方が珍しく、既にボロ雑巾の様な有り様を晒している。

 

・・・・・・だが、やっと見えた・・・・・・っ!

 

 致死の空間へ踏み込んだのは勝利のため。この身を危険に晒し続けたのは必殺の一手を確実なものとするため。

死地のど真ん中に飛び込んだ甲斐があった。

後は、その時が来るのを待つのみ。

ーー5。

敵の軌道がこちらの予測へと向かっていく。

影が弾ける度に無数の礫が舞う。

その様はさながら黒い砲弾だ。

ーー修正、プラス5秒。

 

さっきより溜めが長い。

この一撃で決めるつもりか、更に勢いが増す。

もはや視認することすら難しい。

故にこそ、重要なのはタイミングだ。

早くても遅くても駄目だ。 僅かでもズレればそこが死に際となる。

後の事は問題ない。

俺ならば、確実に成功させられる。

この一瞬にこそ、衛宮の真価が問われる。

ーー4。

 

意識をその一瞬だけのために集中させる。

 

ーー2。

緊張で心臓が割れそうだ。。

 

ーー1。

 

空の両手に再び陰陽の剣を呼び起こす。

・・・・・・ここだ・・・・・・ッ!

 

影の軌道が完全な直線となる。

砲弾すら超え、流星と化した影は軌跡すら燃やし尽くして全てを打ち砕く。

破滅の突貫を前に逃げることはせず、真正面から挑む。

 

「うぉおおおおおおおおッ!」

 

叫びを上げて刃を振るう。

迫り来る流星を受け流すことに全力を注ぐ。

黒星と白刃が交差する。

わずか一秒にも満たない時間。だが--

 

「っっ----!」

 

その交差で、両足の内、片方が潰れた。

本来なら大地をも割る一撃だ。

受け流すことに全霊を費やそうと、その衝撃だけで即死に至る。

この身がただの人間である以上、その摂理は覆らない。

 

--故にこそ、さらなる一手を打っている。

 

「・・・・・・っ!?」

 

影が驚愕に息を呑む。

この突貫、影は少年を砕くつもりは無かった。

少年はこちらの攻撃を全て受け流している。であれば、正面に立った少年の行動も決まりきっている。

影はそれを織り込んだ上で、突撃を仕掛けたのだ。

剣を通して衝撃を伝える。

直接、打ち砕くまでもない。交差するだけで赤の少年は絶命する。

しかし、少年の持つ剣が予想より遥かに脆かったことで、その想定は崩れ去る。

或いは、影の思惑すら想定の内だったのか、敢えて脆弱に生み出された剣は、砕けたことにより伝導部とはならず衝撃を殆ど散らした。

影の想定外の現象により、ここに摂理は覆る

 

「ーーーー」

 

影が少年の元を過ぎ去る。

音速にも等しい速度で打ち出された影は、少年が振るった剣により、上空へと飛翔していく。

「・・・・・・・・・・・・」

 

宙を飛びながらも影は態勢を整える。

少年が取った行動は驚嘆に値するものだ。

 

ーーだが、それだけ。

 

これだけ離れてしまえば少年に追撃の手立ては無い。

それどころか、体の一部を損傷した彼はその場から動くことも至難だろう。

後は適当な所で鎖を大地へと放ち、勢いを止め、再び少年の元へと跳べばいい。

この影ならば容易く行える。

故にこそ、影は己が鎖を構え--

 

--何故か、空中でその動きが止まった。

 

「っ・・・・・・!?」

 

今度こそ影の思考が停止する。

何も無いはずのこの空間で壁となる存在が在る。

その事実に馬鹿な、という思いが溢れる。

一体何が、と後ろを振り向こうとして。

彼方より、圧倒的な魔力が放たれた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・終わりではないッ!

 

折れた足、粒子となった剣を気にも止めず、エミヤは最後の行動へと移る。

 

「投影開始<トレース・オン>--!」

 

左手に黒の洋弓を生み出す。

これより番えるはただの矢に非ず。

あの影供をただ一撃の元に撃ち抜く、必殺の剣を用意する。

「投影重装<トレース・フラクタル>」

 

イメージが現実と化していく。

 光が粒子となって集い、形を成していく。

幻想はここに現実なり、確かな実体を帯びはじめる。

 

「づっ----!」

 

体が軋みを上げる。

これより生み出す剣は、今までの物とは格が違う。

通常ならまだしも、記憶の無い現状では完璧な創造はおろか、生み出すことすら不可能だ。

故にこそ、本来存在する工程を全て踏み倒し、その剣の記録を無理矢理に引き剥がす。

かつてそのようにしたという記録だけを元に、剣を生み出す。

 

「----ぅぶっ」

 

びちゃ、と地面に血が落ちる。

あまりの暴挙に肉体が拒絶反応を起こす。

生存本能に従い今すぐソレをやめろと騒ぎ立てる。

その全てを力づくで捩じ伏せる。

 

ーー かくして、剣はこの世に現れた。

 

螺旋状に捻れた刀身を持つ剣は、圧倒的な存在感を放っている。

だが、それのなんと不出来なことか。

創造理念は無く、基本骨子も曖昧。かつて培った年月はすっかり抜け落ちている。

これでは本来の半分の能力も発揮しないだろう。

ーーだが、それで充分。

 

不完全な状態ですら、この剣は必殺たり得る。

黒弓に剣を番える。

視線の先には上空でぶつかった二つの影。

どちらも予想外の事態に、完全に動きを止めている。

イメージは問題無い。

動きもしない的を、外しはしない。

「--征け」

 

螺旋剣が放たれる。

打ち出された矢は一瞬で音の壁を破り。

 

--二つの影を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ--はっ--ぁ--?」

 

マシュ・キリエライトは荒い息を吐きながら疑問の声を零していた。

つい一秒ほど前まで間断なく降り注いでいた光線が止んだのだ。

何が起きたのか、と視線を空へと向け状況を確認する。

 

「----」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

空に舞うのは恐ろしい敵ではなく、敵が纏っていた靄のような塵だけ。

影の姿は消え去っていた。

「マシュ・・・・・・っ!」

「ぁ----所、長」

 

駆け寄ってくる彼女に弱々しい声を漏らすが、それで糸が切れたように体が倒れる。

体力も気力も無くなった体を無理矢理動かしていたが、今度こそ限界が訪れた。

支えのない体は地面に吸い込まれるように倒れていき、

 

「まったく、無茶し過ぎよ。でも、サーヴァントを相手によく持ち堪えたわ」

直前でオルガマリーが抱きとめた。

 

「所長。お怪我は、ありま、せんか・・・・・・?」

「それはこっちのセリフよ。何回死にかけたのよ。見てるこっちが倒れそうだったわ。盾持ちとはいえ、アレを相手によくも無傷で済んだわね」

 

あんまりといえばあんまりな言葉だが、これがオルガマリーなりの優しさだと知るマシュは苦笑しているだけで何も言わない。

というよりも、疲労で喋ることも億劫だ。

流石に気絶するのはよろしくないので何とか意識を保っているが、今は少しでも動きたくないというのが本音だ。

だが、そうも言ってられないだろう。

 

「所長。早く、先輩のところへ、向かいましょう」

最初に現れた敵も彼女が相対した影と同じ存在だ。

如何に彼が戦い慣れてるとはいえ、ただの人間がアレと戦うのは自殺行為に等しい。

一刻も早く救援に向かうべきだ。

だが。

 

「この状態で何を言ってるんだか。今のあなたが行っても何もできないわよ」

「ですがーー」

「安心なさい。向こうも終わってるから。常識外れなことに勝ったのは彼よ」

 

・・・・・え・・・・・?

今、彼女は何といったのか。

彼が、勝った?

相性差があるとはいえ、デミ・サーヴァントである自分ですら防戦に徹するのがやっとだった影と同等の存在に、ただの人間が勝利した・・・・・?

 

「それに倒したのは向こうだけじゃないしね」

「あの、それはどういう・・・・・・」

「あら、気づいてなかったの? キャスターも彼に倒されたのよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

今度こそ言葉を失う。

 戦っていた自分がまるで気付かない一瞬の内に、ことが終わっていた。

あの影は撤退したのではなく、彼に倒されていたのだ。

 

・・・・・・あれ? でもそれって・・・・・・。

 

そこで、一つの疑問が生まれる。

彼がこちらにいた影を倒したというのなら、その彼がここにいなくては辻褄が合わない。

仮にあの弓矢を用いたとしても、あの程度で先ほどの影を撃退できるとは思えない。

 

「それは本人に聞くのが一番早いわね。私も何かが飛んできたってことしかわからないから」

 

それはまさしく稲妻のような一撃だった。

あの時。

マシュに魔力砲の雨を降らせていた敵の動きが止まったと思ったら、何故かもう一体の影がぶつかっていて、次の瞬間には飛んできたナニカに撃ち抜かれたのだ。

 

・・・・・宝具、それも高い破壊力を持った高ランクのモノ、でしょうね。

 

 そうとしか考えられないほど、過ぎ去っていったナニかは常軌を逸していた。

 容易く音を超えて、空間すら抉り取りながら突き進んでいったあの存在が、ただの魔術や概念武装であるはずがない。

 彼が常用する黒白の双剣よりなお、高位の宝具だと考えるのが、最も妥当だった。

 

「・・・・・とにかく、彼を迎えに行くのが先ね。ほら、しっかり掴まってなさい」

そう言ってオルガマリーはマシュに肩を貸した。

「・・・・・・すみ、ません」

「今回のあなたの働きに比べれば、これぐらい報酬にもならないわよ」

 

・・・・・それに、かなり軽いし。

 

しばらく食事も喉を通らなかったため体重はかなり減ったが、彼女には僅かに負けるだろう。

尤も、軽くとも人を担ぐのはかなりの力が必要なので強化の魔術を使っている。

これなら彼の所まですぐに辿り着けるだろう。

後はさっきの事とか色々と聞かないと。

そんなことを考えつつ、オルガマリーはマシュを連れて少年の元へ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

ぐらりと、体が揺れた。

今ので、本当に力を使い尽くした。

体のいたるところが斬り裂け、無事な所の方が珍しい。

片脚も折れてしまっていて立っていることすら困難だ。。

脳は電流でも流され焼け焦げたかのよう。

意識を保っていることが奇跡だろう。

それでも、彼女たちの無事な姿を確認するまでは倒れる訳にはいかない。

・・・・・・急がないと。

 

今にも地に伏せそうな体に鞭打ち、彼女たちの元へ向かおうとする。

 折れた足を引き摺り、みっともなく亀より遅い速度で歩みを進める。

 

「っ・・・・・・!」

 

がくりと、膝が揺れる。

心の方が倒れずとも、肉体が付いてこない。

 血を流し過ぎたのか、極度の疲労故か。

判然としない原因、だんだんと意識が遠のいていく意識、思考に反して体は沈んでいきーー

 

ーー頭上を何かが通り過ぎた。

 

「ーーーーえ?」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 しかし、呆っとする頭で振り向いた先で、直ぐに何が起きたのか理解する。

見覚えのない、しかし何処か覚えのある黒い影が、左手を掲げていた。

・・・・・・見誤った・・・・・・。

 

あの二体を倒して完全に油断していた。

おかげで"三体目"がいることに気づかなかった。

先ほどの攻撃も、掛け値無しの不意打ちだった。

余力を使い果たし、存在にも気付かなかった俺では回避できなかった一撃だ。

たまさか倒れ込んでいなければ、そこで終わっていただろう。

その幸運に喜んでいる余裕は無い。

影は外れたと見るや、二度目の投擲を行ってきた。

 

「っ・・・・・・!」

 

それを地面を無理やり転がることで回避する。

無数の瓦礫が更に体を傷つけるが死ぬよりはマシだ。

そのまま起き上がり、瓦礫に身を隠そうとしてーー

 

「あーーーーえ?」

 

ーー地面へと倒れこんだ。

 

体が全く動かない。

 みっともなく地面にうずくまって、身じろぎするのがやっとだ。

だが、さっきまでの消耗から来るものではない。

まるで、麻痺したかのよう。

 

「なんーーで?」

 

その疑問は、右腕の新しい傷を見てすぐに氷解する。

・・・・・・毒、か・・・・・・。

 

先の二撃目を躱しきれず腕をかすったのだが、それがまずかったようだ。

体の状態、痛みに冴える思考から判断して神経毒だろうか。

「ちく・・・・・・しょう」

 

痺れる舌先から、意図せず声が漏れる。

死ぬ訳にはいかぬというのに、どうすることもできない自分が恨めしい。

何より、俺を殺した影が彼女たちを襲う未来が恐ろしい。

もう一体の影との戦いで疲弊しているであろう二人に、この敵の相手は荷が勝ちすぎている。

間も無く二人も殺されてしまうだろう。

・・・・・・たわけ。

 

弱気になる自分に喝を入れる。

どれほど絶望的でも諦めはしないと、そうほざいたのは自分だろう。

ならば最後まで貫き通せ。

指先だけでも動くのなら、僅かでも前へ進め。

脳が働くなら、少しでも思考しろ。

 その命が尽きるまで、限界まで足掻き尽くせ。

そうだ。

たとえどれほど希望が無くとも。

守るべき誰かがいる限り、■■■■■が諦めていい道理は無いのだ。

 

「------」

されど、影はそんな想いなぞ一蹴して、少年に死を齎す。

 

 

 

 

 

 

「そいつはちと無粋ってもんだぜ、アサシンよ」

「----っ!?」

 

遠のく意識の中。

 誰かの声が聞こえる。

閉じていく視界の中、最後に見えたのは怖気がするほどの赫に貫かれた影と。

 

--赫をになう、群青の騎士だった。




読んでいて思った方もいるかもしれませんが、オルガマリーが微妙に愉快になっていくというか、なんか凛みたくなってしまう。
二人とも全然違うのに何故だろう。
違和感を感じた方がいらっしゃいましたらお申し付け下さい。
可能な限りご希望に添えるようにいたします。

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