インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

100 / 446


 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はオールサチ視点。また、《ホロウ・エリア》第二のエリアへ踏み入ったお話。戦闘もあるヨ!

 文字数は約一万六千。

 ではどうぞ。




第九十一章 ~襲い来る空の覇者~

 

 

 《ホロウ・エリア》の真実を、【ホロウ・エリア管理区】のNPCスタッフとして召喚されたユイちゃんより知らされた翌日。

 紅の魔槍を新たな武器とした私は、キリトとナンちゃん、ユイちゃん、ユウキ、リーファ、ルクスさん、レインさん、フィリアさんの七人一匹と一緒に新たなエリアへ進んでいた。

 キリトは装備の性能を万全に発揮する為にソロだが、彼には使い魔のナンちゃんによるサポートとユイちゃんによる情報的及び戦力的なサポートがある。特にユイちゃんの索敵範囲は一部のGM権限すらも利用した反則的な広さを誇るため重宝していた。

 

「……分かってはいたけど、風が強いな、新しいエリアは」

 

 新エリアを進む途中、ばたばたと髪と黒い外套をはためかせている少年が、風で目を眇めて言った。

 現在私達が居るエリアの名称は【浮遊遺跡バステアゲート】。

 【深緑樹海セルベンティス】の西方にあった通行不能オブジェクトをキリトが持っていた【虚光を灯す首飾り】を以て解除して行けるようになった、天空へ浮かんだ浮遊遺跡群だ。風が強いのは天空にあるからなのである。

 今は巨大な塔としての機能を維持していると思しき浮遊大陸へ到達する為に、大陸間に掛けられた金属質な橋を渡っている途中。見た目では車で通るのが普通な巨大な架け橋を自分の脚で走っているような印象である。

 

「空に浮かんでる以上はねぇ。今が冬じゃなくて本当に良かったよ、冬だったら雪山なんて目じゃない寒さだったと思うし」

「加えて仮想世界なのも助かったよね。リアルだったら間違いなく体力ゴリゴリ削れてるよ」

 

 男子が先頭を行く彼しかいないからかびゅうびゅうと強く吹き荒ぶ風で煽られるスカートを気にしなくなったレインさんが、続けてフィリアさんが苦笑しながら言った。

 橋を渡り始めてかれこれ三十分は既に経っているのだが、未だに着く気配は無い。

 登山に於いて風は予想以上に体力を奪うものらしく、風の強弱でも登山の成否を決める程に重要な要素らしい。リアルでこの強い風の中の登山は半ば自殺行為だとは橋を渡り始めた頃に言っていた。

 それを考えれば仮想世界は極論気力が持てば動けるので彼女が言うように良かったと言えるかもしれない。

 

「この世界でも飛べたら楽なんだけどなぁ……」

 

 ALOで空を飛ぶ事に魅力を見出したリーファさんがボヤキを洩らす。実際飛んだ方が速いから、その気持ちは分からなくもない。

 しかしそれを実際に試そうとして断念した人が既に居たりする。

 

「俺のは無理だったしなぁ……」

 

 それがキリトだ。

 彼は《ⅩⅢ》の初期登録武器の一つ、六本一対の槍が持つ《風》の力を使って空を飛べるようになったのだ。それはISで空を飛んだ時の経験やイメージを活かしての事なので複数人は練習が必要らしいが。

 最初は彼もこの長い橋を徒歩で渡るのは嫌がり、空を飛んで楽をしようとした。

 しかしながら、環境が悪いと言わざるを得なかった。強い風によっては発生した乱気流がまるでバリアーのように空中遺跡群に展開されており、《風》を用いて飛ぶ彼の方法では滞空すらままならなかったのである。これでは目的地まで飛ぶ事も夢のまた夢。

 しかも橋の下は果てのない雲海が広がるばかり。どう考えても落下したら即死である。つまりは《アインクラッド》の第一層外周部から落ちるのと何ら変わりない。

 空を飛んで、浮遊遺跡群の転移石を解放出来るのなら止めなかったが、浮遊すらままならないのであれば話は別だったため、主に義姉の二人が中心となって彼を宥めた。

 幸い彼も無茶をしようとは思っていなかったようで素直にこちらの意見を聞き入れてくれたため、こうして徒歩で行く事になっている。

 尚、ユイちゃんをネックレスに入れたキリトが単独で走れば速いのでは、という意見も出たが、こちらは行方が知れないケイタや何処に潜んでいるか不明な《笑う棺桶》、行動の意図や目的が分からないPoHを警戒して却下となった。勿論その意見を口にしたのはキリトである。

 

 ――――意識してかは分からないけど、気にしてるよね……これは……

 

 魔槍の重みを背中に感じながら、先頭を直走る少年の言動を思い返す。

 《ホロウ・エリア》の探索をするにあたって、ケイタと鉢合わせする事は半ば避けられない運命と言っても良い。だから私は最前線の攻略では無く、ボス攻略までの間は出来るだけこちらに居る事に決めた。長期的に見てキリトの復帰が攻略に貢献する事になる――――と、そう自分や皆を納得させて。

 勿論、それは本音であっても、同時に建前でもある事は分かっている。

 私は《月夜の黒猫団》の一件をずっと引き摺っているキリトを支え、復讐心に衝き動かされているらしいケイタから護りたいだけ。あの一件に巻き込んでしまった少年への罪滅ぼしであると同時にケジメでもあると思っているからこの決断をした。

 だけど、キリトは私の決断に後ろめたさを感じているらしい。

 それもある意味無理からぬ話ではある。彼の立場になって考えてみればその気持ちは凄く理解出来る。

 彼はケイタと私が争う事、私の前でケイタと争ったり手に掛けたりする事、あるいは私がケイタを手に掛ける可能性を恐れている。そうさせてはいけないと思って、そうならないよう遠ざけようとしている。

 彼はケイタと殺し合わない可能性を求めていて、私の協力が不可欠と判断した。つまり私は彼の近くに居なければならない。

 だが殺し合う事になったなら、その選択は同時に苦しみを生む事にもなる。

 彼はそれを恐れているのだ。私に対して後ろめたい/連れて行きたくない想いと殺し合いたくない/付いて来て欲しいという想いが鬩ぎ合っていて、知ってか知らずか中途半端な言動になってしまっている。

 でもそのどちらも、根底にあるのは相手を想う気持ちだ。

 ならその想いを汲んであげたいと思う。私も無事で、ケイタも無事で、殺し合う事なく済ませたいと。

 無論それはまず不可能だと理解はしている。

 ただそれでも理想は棄てず、追い求め続ける。諦めない限り可能性とは潰えないものなのだから。

 これは私が最低限するべきケジメ。キリトが諦めない限り、私が諦める訳にもいかない事。キリトがケイタとの和解を望むのであれば、私は出来る限りそれに近付けるよう努力する義務がある。

 《月夜の黒猫団》の生き残りとして。

 キリトに大恩ある身として。

 そして、彼に想いを寄せる者として。

 その想いを秘めて、私は此処に居る。何時ケイタと遭遇しても揺らぐ事の無いように。どんな感情を向けられても――――最悪、キリトを庇う行動が原因で嫌悪や憎悪を向けられても、怯む事の無いように。

 

 ――――君の事は、何が何でも護るからね。

 

 改めて決意を固くし、右手を強く握り締める。

 何時の間にか、未踏の浮遊大地まであと少しとなっていた。

 

 *

 

 鬱蒼とした森が生い茂る樹海の大陸から繋がる橋を渡ること小一時間の後、私達はとうとう雲海の遥か上に連なる浮遊遺跡群へと辿り着いた。

 空中に浮いてはいるがしっかりとした陸地に足を着けるが、少し足を踏み外せば雲海へ真っ逆さま間違いなしの現状では安心など全く出来そうにない。これは慣れるまで時間が掛かりそうだと思った。

 救いと言える事と言えば、橋を渡っている間に吹き付けて来ていたあの強風を殆ど感じない事だろうか。流石に無風とはいかないものの今は微風と言えるくらいに弱くなっている。

 

「気のせいかな。何だか風が弱くなってるような……」

 

 同じ事をユウキも考えていたようで、キリトから貸与された――彼は譲ったと言っている――黒剣エリュシオンを右手に握って警戒を続けながら所感を口にした。

 

「実際弱くなってるけど……こういう高所では突風がいきなり吹くなんて普通にある、気を抜いたら空に真っ逆さまだから一時的なものと考えておいた方が良い」

 

 キョロキョロと周囲を見回し、風の具合を確かめる私達を横目に見つつ、周囲の警戒と索敵をしているキリトがそう忠告して来た。

 詳しく訊けば、《アインクラッド》外周部にある階層間をつなぐ柱を上っている最中も最初は弱かったのに、偶に強い風がいきなり吹く事があったらしい。他にも雪山なんかでは偶に強めに風が吹いて雪を吹き飛ばす事もあったという。

 その経験則から、一時的に風の強弱が切り替わっているのだと判断しているらしい。

 

「実際常に風が強かったら攻略どころじゃないからな。だから皆、戦闘中も常に大地の端を意識しておくように。風が弱い間ならともかく強風が吹いている時は飛んで助けに行く事もままならな――――」

 

 

 

『グオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!』

 

 

 

 《ホロウ・エリア》探索組のリーダーとして注意を促すキリトの言葉は、天から聴こえて来た野太い獣の咆哮によってかき消された。

 空気を震わし、大地を鳴動させてすらいるようにも感じるその咆哮の主は、轟音にすら聞こえる力強い羽ばたきと共に天から近付いて来る。

 

「な……ドラゴン?!」

 

 一様に顔を上げた中でルクスさんがいち早く声を発した。

 空気と大地を震わす程の凄絶な咆哮を発したのは、全長何十メートルかと思う程の巨大なドラゴンだった。

 全身を包む鱗もまた浮遊城で戦って来た飛竜や大地を這う竜と違い刺々しく、一枚一枚の大きさも桁が違う。黒い目玉の中心の瞳は紅く、牙は先端がバラバラの方へ向いていながらも整然と並ぶという矛盾を孕んでいた。前脚は少し小さく、後ろ脚は巨大、しかし四肢の先から生える爪は全てが凶悪で、一枚がエギルさんのような巨漢一人分ありそうなくらい大きい。

 何よりも特徴的なのは、その尻尾の先端。尾先には体と同程度の長さの剣が生えていて、あんな威容を《アインクラッド》では一度も眼にした事が無い。あの尾先の剣だけでも二、三十メートルはあるだろう。

 樹海エリアのボスも話に聞いただけだが浮遊城と質が違うと思った。きっと正攻法で戦えば被害甚大だっただろうと。

 しかし今目の前に在る刃竜は、そんな所感では済まされない程の威圧感と威容がある。

 頭上にあるHPゲージは五本。名称は《Zordiath The Blade Dragon》とある、直訳すれば刃竜ゾーディアスらしい。

 私達が頭上に舞う刃竜の全身を認めていると、竜は大きく身を捩じらせ、尻尾の剣を引いた。

 

「まず……ッ?!」

 

 それにいち早く気付いたキリトが両手に握っていた二本の剣を消して体を覆い隠す程の大きな蒼の盾を取り出し、その裏面に付いている二つの取っ手を握り、駆け出した。私達を守るように刃竜の前に出ると同時に、大きな蒼盾を地面に突き立てる。

 その一瞬後、刃竜が空気を震わす咆哮と共に空中で旋回し、横に尻尾の大剣を薙いだ。

 刃竜の尾の剣はキリトが地面に突き立てるように構えた大盾により阻まれ、けたたましい轟音と共に弾かれる。その音の中には氷が砕け散るような音が混ざっている気がした。

 

「キー!」

「キリトッ!」

 

 刃竜の攻撃で発生した豪風から顔を腕で庇っている最中、ユイちゃんとリーファさんの声が耳朶を打った。反射的に腕をどければ、前方で盾を構えていた筈のキリトが居ない。

 では何処にと思って首を巡らせると、ユイちゃん達が背後を見ている事に気が付いた。

 嫌な予感を覚えながら背後を見れば、キリトは空中へ吹っ飛ばされていた。それだけでなく空中大地の端から出てしまっていて、そのまま自由落下を始めれば高所落下による死亡は免れない位置に居た。

 両手で持っていた大盾は弾き飛ばされたのか、少し離れた空中でクルクルと氷の欠片を散らしながら吹っ飛んでいた。

 

 ――――体重が全然足りなかったんだ……!

 

 空中に吹っ飛ばされた彼の姿と盾を見て、すぐにそうなった理由を察した。単純に彼の体重が足りなかったから踏ん張り切れなかったのだ。

 それでも攻撃を防ぎ切れたのは流石と言える。それが出来たのは、恐らくあの大盾の下端に氷を発生させ、防御力と固定力を上げていたのだ。目を凝らせば盾の表面には分厚い氷が見えるし、彼のHPは一切目減りしていない。

 そこまでしたのに吹っ飛ばされた辺り、《ホロウ・エリア》の敵は《アインクラッド》とは一味も二味も違うと思った。樹海エリアのボスは一方的だったというが、それも上手く作戦に嵌ったかららしいし、嵌まらない限りはここまで圧倒的な力を見せ付けるらしい。

 などと、暢気に考える暇など無い筈だ、本来なら。事実リーファさん達は大いに焦り、彼が居る空中と大地の端の位置関係的に絶対不可能であるのにキリトを助けようとしている。

 それなのに彼が落下死する思考が浮かばないのは、条件が揃っている事を分かっているから。だからこそ確信めいた予感を抱いていた。

 強い風は吹いていない。

 彼に極度の疲労は今は無い。

 飛ばなければならないのは彼一人。

 

 ――――復帰出来る条件が整っている以上、彼が決して諦めないと嫌というくらい知っているのだから……

 

「――――落ちてたまるかぁぁぁぁああああああああッ!!!」

 

 空中に放り出された彼は、駆け出そうとしていた義姉達を押し留める程の圧力を伴った怒号と共に、宙で踏ん張った。

 私の予感通り、彼はそのまま落下死に甘んじる事は無かった。

 無責任な信頼だとは思うが、けれど許して欲しいと思う。どの道あの場合、彼自身に打開する手が無ければどうしようもなかったのだから。

 

 ――――だから、彼以外にはどうしようもない事でない限りは、私も頑張らないと……!

 

 彼への信頼と信用を、想いや言葉だけでなく行動で示す為に、私は背中に背負ったままの紅槍をやっと手に取った。

 キリトの復帰を眼を見開いて喜ぶ皆とは真逆の刃竜の方へと向き直り、同時に槍を肩に担ぐ。同時、システムが初動の構えを認識し、元々紅い槍が尚更深い紅色の光を纏った。

 

「は……ぁぁぁぁああああああああああッ!!!」

 

 乾坤一擲。

 私は刃竜が二撃目を放つ為の初動を見せたと同時に、槍を全力で投擲した。私の手を離れた紅槍は深紅の帯を引きながら宙を引き裂くように飛翔する。

 このSAOは内臓を再現されていないが、それでも生体に於ける急所や弱点などは精密に再現されている。それはリアルには存在しない竜種であろうと例外ではない。

 生き物である限り、必ず脳がある頭と心臓がある胸は弱点だ。

 その経験則に倣った一撃は、この眼で定めていた刃竜の胴体へと衝撃波を伴って深く突き刺さった。

 

『ゴアアアアアアアアアアッ?!』

 

 途端苦しげな絶叫を上げる刃竜。頭上に表示されている五本ものHPゲージは、その一本目が七割も削れていた。

 常々思っている事だが、やっぱり《ゲイ・ボルグ》のダメージは反則的である。

 そう考えていると、空中で仮想の痛みにもがく刃竜の胸に突き刺さった槍が、紅の粒子を散らして消えた。すると直後、空いていた右手に重みが生じる。

 右手に視線を移せば先ほどまで刃竜の胸に刺さっていた槍が手の中に収まっていた。彼からどういう風に戻って来るか話には聞いていたが、実際体験してみると非常に新鮮だ。今までは《ゲイ・ボルグ》を放ってメインの槍を手放した後、サブの槍を手にユウキと前線で戦いつつ回収する事が殆どだったのだ。

 ちなみに稀にダンジョンの中を《強奪》という所有権を即座に移行するスキルを持ったMob《――・スナッチャー》という存在が居るが、それがポップする階層では絶対に《ゲイ・ボルグ》を使わないようにしていた。理由は勿論、回収が困難だからである。なのでキリトとアルゴさんによって発刊される攻略本は《強奪》スキルを持つMobの有無を確認する事も含めて非常に助かっていた。

 閑話休題。

 

「サチ、ナイス!」

 

 私がこれまでの苦労を思い返して魔槍の利点を深く噛み締めていると、背後から賛辞の声が聞こえた。

 その声を発したヌシは、直後私の頭上を通り過ぎ、刃竜へと吶喊する。言わずもがな空を飛んでいるのはキリトだ。滑るように空を飛び、高度をグングン上げていく姿は容姿の美麗さも相俟って妖精に見えなくもない。

 そんな彼の右手には私が持っているものと同じ紅の魔槍がある。その一本だけでなく、彼の周囲には六本もの魔槍が彼を中心に取り囲み、近寄る外敵を睨み据える刃竜へその穂先を向けていた。

 

「もう一発、喰らえェッ!!!」

 

 そう叫んで、彼は右手に握る魔槍を肩に担ぎ、スキルを立ち上げると同時に投擲した。深紅の光芒を引いて飛翔する槍は先ほど私の槍が貫いた部分を抉るかのように狙い過たず貫き、空へと飛んでいった

 ――――空へと飛んでいったのだ。

 

「「「「「は……はぁ?!」」」」」

 

 その現象に気付いた私達は一様に驚愕の声を上げた。

 これまでの経験則から言うと、投擲物がプレイヤーやMobといった動的オブジェクトに当たっても基本的に貫通はしない。より厳密に言うなら、体を貫いて止まりはするが、貫通後にそのまま飛んでいく事は普通なかった。それが手や腕だったなら両断した事でそのまま突っ切った事はあるが、胴体に穴を開けた場合に限っては刺さったままで止まっていた。

 あくまで経験則の話ではあるが、あれだけの巨大な竜の胴体を穿つどころか貫通し、剰えそのまま空を飛んでいくなど予想外だったのだ。

 

「まだまだぁッ!」

 

 私達よりシステムや攻防の現象について造詣が深い彼もそれに気付いていた筈だが、それよりも目の前の敵を倒す事に集中しているのか頓着する様子を見せず、追撃を放った。自身の周囲に浮いている六本の魔槍が間を置かず飛翔したのだ。

 システムによるアシストこそ無いものの魔槍の性能は破格だ。

 《ホロウ・エリア》に存在するMobのレベルが120前後である以上、《アインクラッド》のMobより強い事は確実。

 それでも最前線層が第七十六層の現在の最高性能品で戦えている事からシステム上で規定されている装備の上限値が近くなっている事を予測出来る。

 恐らくだが、それは第七十六層から転移門を有する街が一つしか存在しなくなった事と関係がある。クォーターポイントを一つの節目と見ていた私達だが、運営側もそう考えていたのだ。

 撤退不能のボス戦。転移門が階層に一つしか存在しない制約。

 それは徐々に先細りになっていく浮遊城の構造を考慮した上で、本当にやり込んでいるプレイヤーしか進めないように設定されているのだ。四分の三を自力で進んで来た者はこれからも戦えて、そうでない者達を振るい落とす、謂わば試練なのだろう。

 レベルやステータス、装備も重要だが、それ以上にプレイヤー間の連繋や一人一人のプレイングスキルが重視されるようになっているのだと思う。一度に群れる数が増えている事は何故か不明だが、これもまた連繋の強化を求められているのだとすれば納得もいく。

 故に、《アインクラッド》の残り四分の一が一人一人の実力を求める以上、《ホロウ・エリア》もまた、装備やレベルといった数値面だけでなく実力を要求してくる。

 ――――そんな、装備より実力が重視され始める現状でも、魔槍の性能は群を抜いて高い。

 《ホロウ・エリア》のレベル的に、恐らく《アインクラッド》での階層に換算すれば軽く八十層から九十層レベルはあるだろうが、魔槍の適正階層は恐らくその上をいく。装備の性能が高過ぎるのだ。

 剰え振るい手が途轍もない高レベルなのだから、その威力は仮令システムアシストが無くとも絶大。

 その一撃が六回も繰り返された事で、二本目を削り切って三本目に突入していたHPゲージは、また一本消し飛ばした。残りゲージはジャスト二本。気付けばゲージの色も黄色になっている。

 刃竜の咆哮が聞こえてからここまでで十秒余りしか経過していないが、ボスモンスターらしい存在の命は既に半分以上減らされている事になる。

 

 ――――話には訊いてたし前々から分かってはいたけど、本当にキリトって、ソロの方が強いんだ……

 

 元々高かった一点突破力が《二刀流》スキルによって顕著になっただけでなく、《ⅩⅢ》という強いイメージによって臨機応変に対応出来る武具を手に入れた事で対応範囲が広くなった話は聞き知っていた。樹海エリアのボスも地面を焦土に変えて、ほぼ一方的に蹂躙していたとも。

 そう聞いていたから分かってはいたのだが、実際に見るのとではやはり印象が変わって来る。

 元々フロアボスの偵察も単独で行いその全てに於いて生還して来たくらいだ、ボスとの一騎打ちに滅法強い事はよく知っている。何しろアルゴさんが集めた情報を聞く前に偵察を行う事が殆どというのだから。

 それでも、これまでの彼は第七十四層ボス戦や闘技場の時みたく、ボスを蹂躙するなんて事は無かった。一進一退、薄氷の上を歩くが如き危うさで勝利を掴んでいた。

 それが今や圧倒的優位と分かる戦いぶりだ。

 今の彼は魔槍を周囲に浮かべ、更に大刀と斧剣、二枚の戦輪をそれぞれ左右に浮かし、空中を滑るように縦横無尽に飛び回っている。種々様々な武器の攻撃を受けて徐々に追い詰められている刃竜も高度を上げて噛み付きや引っ掻き、尻尾の剣で叩き落そうとするが、なまじ彼の体が小さい上に機動性に優れるせいで一撃も当たっていない。それどころか攻撃の隙を突いて幾度となく反撃の武器を飛ばす余裕すら見せる程だ。

 私の記憶にある彼の戦いぶりと一変してしまっていて苦笑を禁じ得なかった。記憶にある彼はとにかくソードスキルを繋ぎに繋げてノックバックの継続を強いて反撃の隙を与える事無く削り切る姿なのだが、今の彼はむしろ反撃を許し、その隙を突くというスタイルになっている。

 ソードスキルをほぼ使っていないのは、下手に使うと地面に足を着けていない事で踏ん張れず、制御が難しいからだと思うが。空中でスキル発動は幾度か見た事あるが、その何れも再現された重力による自然落下を制御してのもの。自分の意志で空を飛びながらスキルを放つ事はこれまでの経験を活かしても至難の業なのだろう。

 ソードスキルを魔槍の投擲以外で使っていないという相違点こそあれ、《ⅩⅢ》を入手してからこれまで見て来た戦いぶり――実質第七十五層ボスとの戦闘――は味方が居たから制限していただけなんだと思い知らされた。

 

 ――――悔しい、なぁ……

 

 制限していた事は仕方ないと思う。誰だって背後から迫る武器を躱すなんて出来ないし、仮に自分が武器を放つ彼の立場になったとすれば味方のいない状況を同じように選択するだろうから。味方に誤爆した時など目も当てられないし考えるだけで恐ろしい。

 だから《ⅩⅢ》を万全に使う為に《空中》という彼にしか辿り着けない場所で戦う事は、理解出来た。

 事実今の私は、彼を魔槍が追尾してしまわないかと不安になって投擲攻撃をしていない。

 ユイちゃんとキリトからそれぞれ話を聞いて《必中》バフの原理を理解したから彼に焦点を合わせなければ良い話なのだが、さっきから縦横無尽に飛び回る彼が視界に入って来るため狙いを刃竜へ定められないでいる。彼に対し安否や寂寥感、悔しさを覚えているから視界に入るとどうしても意識をそちらに傾けてしまう事が原因だ。

 戦闘中に雑念に囚われる事が悪手であるとは理解しているが、ボスとソロで戦っているという事実を気にしてしまっているからどうしても集中が削がれてしまっていた。

 同じ《ⅩⅢ》の所持者故にユイちゃんはエネルギーボウガンを使って援護出来る筈だが彼女も攻撃を躊躇っていた。両手に出して狙いを定めてはいるのだが、彼女もまた同じ迷いを持っているせいで引き金を引けないようだ。

 彼が一人で戦う選択はある意味正しいし、援護出来る私やユイちゃんが攻撃をしないのも、自分の中にある迷い故のものだから彼を責める事は出来ない。

 とは言え、彼が一人で戦う事に納得は出来ていない。

 いや、したくないと言った方が正確かもしれない。ここで納得してしまったら、『彼が全力を出す為だから』と辛い戦闘を彼一人に任せる事を常習化させてしまいそうだから。

 とは言え物理的に引き離されている現状ではどうしようも無い事だ。

 しかし、まだ遠距離攻撃手段がある私はマシかもしれないと、近くで空を見上げ歯噛みしているリーファさんやユウキを見て思う。

 技術で勝負するタイプである純粋な剣士である二人はユイちゃんや投げても戻って来る性質がある槍を持つ私と違い遠距離攻撃を一つも持っていない。つまりキリトが危なくなった時、咄嗟の援護を行えない身なのだ。武器を投げたところで、システムアシストが無い以上は然して効果は無いだろう。刃竜に届かない可能性も否めないし、動かれて外してしまう可能性もある。

 それ以前に自身のメイン武器を手放す事の方がよっぽどダメな行動だ。特にリーファさんの長刀は彼自身が鍛え上げ、ユウキの剣はキリトから一時的に貸与された超一流の剣。どちらも容易に手放す訳にはいかない理由がある。彼女達自身がそれを許さないだろう。

 無論、必要に迫られれば躊躇なく行動に起こすに違いない。

 

「これで終わらせる……ッ!」

 

 総量から見れば一撃一撃で減る量は微々たるものだが圧倒的な手数によって時間当たりに減る量が途轍もないせいで、刃竜は戦闘開始から一分も経たない内に最後のゲージも残すところ五割になっていた。

 その刃竜を見て、キリトがトドメの一撃を加えるべく右手に持っていた魔槍を逆手に持ち直し、肩に担いだ。途端深紅の光が槍を覆う。

 《必中》の性質を信じ、不可避の一撃をトドメに選択したのだ。

 植物の蔓の如き膨らみが幾筋も走る紅の長柄を持つ手に力が籠められ、体が大きく弓なりに反る。引き絞られた魔槍の光が一層深くなった。

 

「ゲイ……ッ!」

 

 一際強く魔槍が引かれ、しかし大きく反っている体は逆に前へと曲げられ始めている。槍を全力で投擲する為の構えが整っていた。

 

「ボル――――」

 

 

 

『ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

 

 しかし、その槍が放たれる寸前、目の前に居る刃竜からではない別の所から咆哮が轟いた。同時に風を引き裂く豪風が吹き荒び、空中で槍を投げる構えに終始していた少年の体勢が大きく崩れる。

 ――――浮遊遺跡群と呼称しているように、新エリアは数々の小島や大きな島がてんでバラバラに浮かんでいる構成となっている。

 私達が新エリアに入ってから最初に足を踏み入れた大地は、恐らく最大規模を誇る浮島大陸と言える。その大地には、これもまた新エリアで最大規模であろう巨大な塔が屹立していた。青黒い石材によって建造されたと思しき塔こそが、樹海エリアでの大神殿と同じエリアボスが居る場所だと察しが付いた。

 この最大の浮島の周囲に浮かぶ小島にも遺跡はあるが、どれもこれも基盤からして崩れているのが見て取れる程の荒れ様で、中に入れるとは到底思えないものばかりだった。そもそもその浮島に渡る物理的手段に欠ける以上、どう考えても目的地では無いのだが。

 そして、キリトが追い詰めている刃竜のものでは無い咆哮は、この【浮遊遺跡バステアゲート】の象徴とも言える塔の頂上から響いて来ていた。

 無論それに気付けたのもキリトが吹っ飛ばされた方向から逆算したからだ。彼は塔から離れるように吹き飛ばされ落下していたから、そちらだろうと当たりを付けられたのである。

 キリトが地面に墜落する寸前で体勢を立て直したのを横目で確認した後、私は魔槍を肩に担ぎながら塔の頂上へ視線を向けた。

 そこには姿形が非常に似通った、もう一体の刃竜が滞空していた。丁度こちらを睨み据えるように双翼をはためかせ滞空している。

 目を凝らせば《索敵》による遠視効果ボーナスが働き、最も見たい位置へ視界がズームした。遠目でぼやけていたものもフォーカシングされてハッキリと見えるようになる。

 視界に映し出された刃竜の名称は《Leideen The Blade Dragon》。

 直訳すれば、刃竜レイディーン。HPゲージはゾーディアスと同じ五本だった。

 ほぼ瓜二つと言える姿をしているが、よく見れば色が微妙に異なっている。ゾーディアスが翠が混じった銀であるのに対し、新たに現れた二体目の刃竜レイディーンは蒼が混じった銀だ。

 そして、こちらも定冠詞の《The》が付いている。第七十四層の時のような小文字では無く大文字の定冠詞という事は、ゾーディアスもレイディーンもどちらも本命ボス級という証だ。

 尚、エリアボスであると断定していないのは、ユウキが経験したというリーパー亜種の例があるからである。新エリアの象徴とも言うべき巨大な塔の頂上にレイディーンが居る時点でほぼ決定しているようなものではあるが、決め付けは危険だ。

 

「チィ……ッ! ミッションの背景に番がどうとかあったりするのか、ボスが複数なのは馴れたがまさかどっちも同格だなんてちょっと予想外だぞ?!」

 

 ――――なるほど、二体居る理由を彼はそう考えたのか。

 確かにクエストの概要で獣の番がどうとか出た場合、登場するモンスターは必ず二体になる。しかもどちらがオスでメスかは分からないものの一応判別付けられるよう色分けまでされていた。

 今回の色違いも、そういう風に彼は捉えたようだ。

 ボスが複数なのには『馴れた』と言う事も、中ボスや大ボスといった強さに差が無い事への驚きを『ちょっと』で済ませる辺りも含め、彼らしいと言えばらしい気がした。

 と言うか、だ。『ミッションの背景』と彼は言ったが、そもそも私達はフラグメントないしグランド・ミッションの開始メッセージを欠片たりとも見ていないのだが。彼だけに見えるとしてもそれは文面だけでメッセージウィンドウは他者にも見える設定の筈だから見逃したという事は無い筈である。

 《ホロウ・エリア》で起こる大概のシステム的事態はイコールミッションなのだと、彼の中で方程式が作られたのだろうか。

 そう思考している間に、塔の天頂を眺める私の視界の端に翠がかった銀の刃竜ゾーディアスが映る。どうやら高度を上げ、番と思しき蒼がかった銀の刃竜レイディーンの許へと向かっているらしい。

 このままでは逃げられてしまう。

 二匹の刃竜がエリアボスであるか否かは横に置くとして、ボス級が二体も居て、その片割れを仕留められるのであれば、それを逃す手は無い。

 

「させない……ッ!」

「させるか……ッ!」

 

 その結論にキリトも同時に至ったようで、私と彼は右手に握る強化回数だけ異なる同種の魔槍を、全く同時に投げ放った。

 深紅の輝きを纏った槍は塔の天頂へ向かって飛ぶゾーディアスを貫かんと真っ直ぐ飛翔し、ものの二秒で追い付いた――――が、同時に放たれた二本の魔槍が竜を穿つ事は無かった。紅の穂先が胴体に突き刺さるその寸前で紫色のパネルが阻んだからだ。

 システム的不死属性を与えられていたのである。

 ついさっきまでSAO最強とも言える少年が一方的に蹂躙していたにも拘わらず、ここに来て不死属性が付与されたとなれば……

 

「さっきのは、イベント戦だった……?」

 

 討伐クエストの場合、最後の一戦を除いて体力を一定量減らす度に場所を変えて仕切り直し、同じ敵と戦うといった展開も稀にある。

 確かに浮遊大陸という些か制限されたフィールドに較べれば塔の頂上の足場の方が狭そうではある。塔をエリア最大のダンジョンと睨んでいる事も運営が意図したものだとすれば、あそこを決戦の地に設定するのも分からなくはない。

 恐らく今回のはそういう類のものだったのだ。演出の他にも、多分エリアボスはあの塔の頂上なのだと分からせるのと、空中を飛んでいるという強敵攻略の足掛かりを持たせる意図があったのだと思う。

 つまり現段階ではどう頑張ってもゾーディアスを倒せないようになっていたのだ。

 その割にはあと一撃で倒せるというところまで追い詰めていた訳だが、そこは《ゲイ・ボルグ》の高威力が反則的なだけだったのかもしれない。他のソードスキルならあと三回分叩き込まなければ全損しなかった。

 そう理解し納得するのだが、やはり残念に思う気持ちが消える訳では無く、私は何となく憮然とした心地で右手に戻って来た魔槍の感触を確かめた。

 見ればキリトもどことなく憮然としている。塔の影に隠れた刃竜達が見えているような鋭い目つきで塔の天頂を見ているが、唇を若干尖らしているのを見ると拗ねている風にも見えてそこはかとなく可愛らしい。

 

「キリト、大丈夫? そこそこ体力減ってるけど……あたしの分のポーション飲む?」

 

 そんな彼の表情を眺めていると、近くで愛刀の柄に手を掛けていたリーファさんが小瓶を片手にキリトへ声を掛けた。小瓶に詰められた液体の色が淡い翡翠色なのでアレはグランポーションだ。

 キリトのHPゲージを見やれば、残りは六割になっていた。

 こうして見ている間も結構な速度でみるみる回復しているので、刃竜レイディーンの方向と共に放たれた風を受けた直後はもっと減っていた筈。恐らくだがその時は残り三割から四割ほどだった筈だ。

 

「いや、一分もしない内に自然と回復するから気持ちだけ貰っておく。警戒だけして欲しい」

「ん……分かった」

 

 差し出された小瓶を微笑と共にやんわりと断り、実際すぐ回復する事が分かっている義姉は口論する方が不毛だと考えたのかすぐ引き下がり、代わりに周囲の警戒を始めた。

 ユウキ達も最初は心配していたが、その必要が無いと分かってからは警戒にすぐ移っている。なまじ唐突にボス級が襲って来たのだから橋を上り切った直後より緊張感があった。

 一先ずキリトのHPが全回復する僅かな間、誰かが言う事も無く小休止を取る流れになる。

 

 ――――それにしても、たった一撃でキリトのHPを半分以上も削るだなんて……

 

 魔槍片手に警戒をしつつ、今も徐々に回復している少年のゲージを横目に見やる。

 このSAOに存在する斬・打・突・貫の四属性全てのダメージを半減させる防具を装備しているという話なのに、受けたダメージが超高威力の単発ソードスキル《ゲイ・ボルグ》に匹敵するというのは純粋に脅威的だ。

 《ゲイ・ボルグ》であれば魔槍を使わない限りただ直線に飛ぶだけなのであまり驚異的とは言えない。流石に敵Mobや敵対プレイヤーが使って来たらその威力から警戒は必要だが、メイン武器を喪うという観点から誰もがコレを忌避しているので使われる事はまず無いとすら言える。

 だが、その威力の攻撃をボスが使って来るとなれば、話は別だ。

 極端な話《ゲイ・ボルグ》の脅威度が威力に反して低めなのはメリットに対しデメリットが大き過ぎるから。魔槍の有用性が高いと判じられているのは元々の性能もあるが、《ゲイ・ボルグ》のデメリットを打ち消してしまう性質を有しているから。

 ボスが使って来るようになると、正に魔槍を以て《ゲイ・ボルグ》を放つみたいな話になるのだ。

 ボス達もソードスキルを使うし、クールタイムやスキルディレイがある。そこはプレイヤーと共通している点だ。

 問題なのが、ボス特有の攻撃。こればかりはメジャーからオーソドックス、最近はマイナーな武器のスキルにまで手を伸ばしているらしいキリトも、初見での対応が難しい。対応が難しいという事は被弾率が上がるという事を意味する。

 ここで高威力なのが問題になる。

 一撃で受けるダメージが三割や四割なら、数値としてはかなり大きいがまだ余裕がある。『二撃は耐えられる』という事は、三撃目をどうにかすれば良い。二撃という回数は案外余裕があると見て良いのだ。

 さっきキリトがゾーディアスにトドメを刺そうとした時にレイディーンが咆哮を上げて割り込んだ。そのタイミングからしてゾーディアスとレイディーンが『番』であるという可能性は案外高い。そうでなくともシステム的に専用の連繋攻撃が用意されていてもおかしくはない。タッグボスともなればこの辺はお約束だ。

 恐らくステータス的にほぼ同等だろう二体の一撃が、それぞれHPを半分以上残す程度であればまだ余裕がある。連繋攻撃は穴を埋める為のもの、片方ずつ攻撃するから割り込む時に僅かながら余裕が生まれる為だ。極端な話、ゾーディアスとレイディーンが一回ずつ行動して空でも間に合うのだから。

 しかし『一撃は耐えられる』というのは厳しいと言わざるを得ない。特にボスが一体でなく二体という複数であるとこの厳しさは指数関数的に跳ね上がると言っても良い。

 そこにSAO最強の肩書きがあるキリトですらそうなったという事実を付与すればその難易度は天井知らずと言って良い。彼より低レベルの私達は最大HPにステータスも劣っているし、装備の防御性能でも劣っている。

 刃竜の攻撃を受ければ九割九分九厘の確率で即死する。

 

 ――――今回のエリアボスもキリト一人の挑戦になるのかな……

 

 ユウキは女性最強の片手剣使いだし、リーファさんもレベルやステータス差を技量で覆せるが、それでもシステム的な数値にはやはり逆らえない。対Mob戦ではレベルや数値が最大の要になるからだ。

 今回のエリアボス戦で援護出来るのも精々ユイちゃんくらいだろう。彼女はキリトのステータスとスキルをコピーしているらしいし、武装も彼にかなり近い。エネルギーボウガンと武器の召喚で援護は万全だ。

 シノンさんはレベル的に危険と言える。遠距離攻撃手段を持つと同時に近距離でも双剣使いとして頭角を現している彼女は、現在士気が低迷気味な《攻略組》に対して良い劇薬となっているから離れ辛い事情もあるし。

 私は《ゲイ・ボルグ》で援護が出来るが、逆に言えばそれだけだ。突風なんて見えない攻撃を躱したり、あんな途轍もない威力の攻撃を防御したところでその上から削り切られるのがオチだろう。そうでなくとも塔の外周から落とされそうだ。

 残りのメンバーに至っては全員、SAOプレイヤーの定めとして近距離攻撃しか持っていないので力になれない。何人かは《投擲》スキルを持っているが十分なダメージは稼げないから却って足手纏いになるだろう。

 考えれば考えるほど、キリトがどれだけボスに対して幅拾いメタ的存在なのか思い知らされる。ホント一人で広範囲をカバーし過ぎじゃないだろうか。

 

 ――――その要因となっているのが《ⅩⅢ》な訳だけど……

 

 よくよく考えればあんな奇天烈な武器は他にないと思う。

 彼の話では彼の胸に埋め込まれたISコアに積載されていた武装で、他に知っているのは篠ノ之博士くらい。それなのにSAOで正式な形でプログラムされた武装である事は非常に不可解だ。

 

 ――――もしかして、この《ホロウ・エリア》のコンセプトって《ⅩⅢ》が前提だったりする……?

 

 遠距離攻撃手段を持っていなければ手痛い反撃を喰らわせていただろう影に潜む獣、そして空を縦横無尽に飛ぶ巨大な二匹の刃竜。

 そのどちらにも対応出来るのは、《ⅩⅢ》を持っているキリトやユイちゃん、シノンさんくらい。レベルを考えればキリトとユイちゃんが適任で、空を飛ぶ事も含めればキリトだけだ。そもそもユイちゃんは戦闘を考えられていない存在だし。

 ユイちゃんの事はイレギュラーとして除外するにしても、《ⅩⅢ》を持った者が此処を攻略する事になっていたのだろうかと思った。

 

 ――――だとしたら、デスゲーム化をした黒幕はこの世界を監視して……?

 

 本来プレイヤーが来る事は出来ないエリアなのに《ⅩⅢ》を持っている者が攻略する役目を担っていたのだとすれば、それが誰かを把握し、《ホロウ・エリア》へ転移させる必要がある。

 仮にそうだとすると、なら何故ユウキ、ルクスさん、フィリアさん、レインさんがこちらに転移させられたかが不明なのだが。

 それに《アインクラッド》で死亡判定を受けた者をこちらに来させている意図も分からない。

 

「――――全回復した。ありがとう、皆。行こう」

 

 周囲への警戒も疎らに浮かんだ疑念に耽っていると、小休止の流れを作った少年の声が耳朶を打った。

 その声を契機に、気を引き締めなきゃ、と疑念を一旦隅に押しやり、私は気持ちを切り替えて魔槍を握り締めた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 魔槍でもスキルでも《ゲイ・ボルグ》が大活躍。参考となった槍ニキも浮かばれますネ!

 尚、本作に於ける『魔槍が当たらない』人は、ケイタです。

 キリトへの初撃? そこはホラ、原典たるF/snでもセイバーに一撃掠らせてたし、それと同じという事で(必中は出来ても必殺の呪いが入ってない)

 ……そういえば、結局あの魔槍の呼び方って《ゲイ・ボルク》なのか、それとも《ゲイ・ボルグ》なのか。FGOの宝具名は後者なんですが、アニメの槍ニキのセリフだとどっちもあるし、召喚直後のアルトリアは前者、UBWの教会前でエミヤは後者で発音してるんですよね。相性も刺しボルグや投げボルグといった感じで『グ』で発音してますし……

 今のところ刺す方がク、投げる方がグ、という認識なんですが、どうなんでしょう。

 詳しい方、このにわかマスターに御教授下さい!

 そして今話で【浮遊遺跡バステアゲート】のエリアボスまで倒されると思った方も居るでしょう。それも考えたんですが、流石にそれだとショートカットし過ぎになりますし。それにキリト達が《ホロウ・エリア》を探索してるのって、原典ゲームだと忘れられがちだけど《ホロウ・エリア》から脱出する為にカルマクエスト探してるからですから。

 この時点だと原典ゲームでは襲って来ないんですが、一度姿を見せ威嚇してから塔の頂上へと飛び行くイベントが挟まります。今回はそれです。

 戦闘が入ったのは仕様。ボスが一度襲ってきて、ある程度応戦して仕切り直す展開はお約束です(倒されかけないとは言ってない)

 ちなみに、原典ゲームだとエリアボスは刃竜ゾーディアス一体。

 刃竜レイディーンは、本来四つ目のエリアの高難度ミッションのハイネームドモンスター。ぶっちゃけエリアボスより強い個体。推奨レベルが確か170前後だった筈。つまり今のキリトとほぼ互角、だからHPが七割も削れたのだ(結界魔宝石無しだとオーバーキル)

 本作ではゾーディアスと同等(レイディーン弱体化とは言ってない)としています(愉悦)

 ボスを同時に二体も相手取るなんて闘技場以来ですね……懐かしい……( = =) トオイメ

 では、次話にてお会いしましょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。