インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 最近実習地の先生達との面談対策やテストで忙しくて、執筆出来なかったので遅れました。実は今週、来週がテスト期間なんだ(白目)

 なので今週と来週の投稿は無いか、あっても一回二回と思って下さい。

 今話は前半4分の3はシノン、後半4分の1はアスナ視点。ちょっとだけ浮遊城側も進むんじゃ(亀仙人並み感)

 文字数は約2万。待たせた分ちょっと増量したゾ!

 ではどうぞ。




第九十四章 ~攻略の進展~

 

 

 ――――深みのある澄んだ音色が耳朶を打つ。

 

 奏でられるは洋楽、奏でるは木管のコード。

 森林の奥の涼やかさ、壮大さを表現した旋律に誘われて、私の意識は浮上した。

 

「ぁふ……」

 

 体を覆っていた掛け布団から這い出て、一つ欠伸をし、ベッドから降りる。

 それから視界端で光るアイコンをタップし、音色を止める。独りでに奏でられ始めた洋楽は昨夜自分がセットしたアラームのもの。自分にだけ聞こえる設定のそれは、午前八時に奏でるようにしておいた。

 現実であればまたうだうだとベッドに潜り込むかもだが、生憎と今の私にそんな事をしていられる程の余裕は無い。体全体をほぐすように体操をして無理矢理睡魔を押し殺し、手早く身支度を整える。

 あまりお洒落や化粧に興味を持たない性格なので結構速いという自負はあるが、それでもやはりSAOでの装備着装の速さの方が勝る。

 現実であれば数分は掛かるであろう作業も十秒あれば完了するように、一つの作業に掛かる時間が短ければ短いほど現状は好ましい。

 私には、《攻略組》に属する他の皆に較べて、圧倒的に時間が足りていないのだから。

 私は最前線攻略プレイヤーの期待の新星という事で《アークソフィア》でそれなりに有名になっている。やはり短剣二刀流による近接戦闘と知られている中で唯一の弓使いという遠距離攻撃手段の持ち主だからだろう。

 利くところによると、過去の経歴はほぼ不明な事から人とあまり交流を持っていないという憶測が立ち、結果ソロで強くなったと見られているらしい。それが更に期待に拍車を掛けているという。

 実際はキリトに指南を受けたから戦えているだけだしレベルだって上げ方はほぼインキチに近い、少なくとも本来の『反則的』という意味でのチーターの誹りは免れないと言えよう。

 要するに私は、システム的な強さは持っていても、私個人の戦闘能力は高くない。

 いや、より正確に言うなら、私は自分が持つ『力』を万全に振るえていない。戦力的に《攻略組》古参メンバーに近いとは言え私には経験が圧倒的に不足しているのだ。私が今持つ力は、キリトやアスナ達のような時間を掛けて磨き上げたものでは無い故に。だから分かる人にはすぐ分かってしまうに違いない。

 パーティー戦やレイド戦は『今までソロだったから』という隠れ蓑が功を奏しているので経験不足の部分はやり過ごせているし、またアスナ達がその建前を使って丁寧に教えてくれるから何とかなっているが、それも何時まで続くか分からない。咄嗟の判断が適切なのは経験を積んだ者のみ。私にはまだ出来ない気がする。

 

 ――――まぁ、弱音を吐いても仕方ないのだけどね……

 

 それも承知の上で私は《攻略組》へ参入し、双剣と弓の使い手としての自身を明かしたのだ。今更うだうだ悩んでいても意味が無い。

 経験が足りなければ積めばいい。

 それしか無いのだが。

 

「その為には今日も攻略を頑張らないと……」

 

 キリトが居ない上に神童アキトの身勝手な行動と七十六層到達時のシステム障害のせいで、戦力的にもシステム的にも大きな弱体化を強いられた《攻略組》は、未だ盤石の態勢を整えられていない。

 幹部の面々は既に立て直している。と言うより、キリトの生存を知ってから一発で立ち直ったと言うべきか。

 彼らは最も苦しい目に遭いながらも頑張り続けたキリトへ理解を示し、その支えとならんとしていた者達だ。そして一度崩れ掛けた秩序をギリギリのところで保てるよう彼がお膳立てしたのだからここで止まってはいられないと自分達で立ち直ろうとした者達だ、この程度でへこたれるほど軟では無かった。

 しかし他の面々は違う。

 ――――これはユウキ達にも、勿論私にも言える事なのだが。

 キリトの必死さや鬼気迫る勢いに較べると、どうしても他の誰もが見劣りする。

 彼女達はかなり真剣に攻略の事を考えている。それは分かる。

 だがそれは、どこか『キリトが頑張っているから』という理由が大きいような気がしていた。『強さを得たい』と思って攻略に出られる力を欲した私のように、彼女達は攻略そのものを目的としていない節がどこかしらあるように思えるのだ。

 加えて、キリトに悪感情を抱き、攻略よりも彼を殺める事を目的として動いていた攻略メンバーは、半ば惰性のまま動いていると言っても良いと思う。

 要するに必死さがキリトに較べて欠けている。

 様々な不運が重なったからでもあるが、彼らは士気を上げようとしない。むしろ現状に立ち向かおうという気概も薄れている。

 リーダーであるディアベルやヒースクリフ達の指示を聞こうとはしているし、クラインやラン達が動いているからと後を追う様に活動しているが、している事と言えばそれだけだ。私が参加していた《攻略組》の要とも言えるディアベル達のパーティーより先に進んでいた者は誰も居ない。

 物理的な戦力の低下、システム的な弱体化に加え、最前線の情報が乏しい事も指揮の低迷を招いている要因らしい。なまじこれまであの手この手でも死亡しなかった《ビーター》/【黒の剣士】がほぼ確実に死んだ事から、最初期の頃のような死の恐怖を思い出してしまったのだという。

 誰もが死の恐怖を克服出来る訳ではない。いや、むしろしている人の方が少数派だろう。

 今まで戦ってきている間に、彼らは『死の恐怖を克服できた』と錯覚していた訳だ。だが、憎々しく思っていながらも死なない象徴でもあった少年が居なくなり、また多くの仲間を喪った事で、嫌でも忘れていた『死の恐怖』に直面してしまった。

 皮肉にも、彼らは殺意と憎悪を向けていた怨敵に、『生の希望』を見ていたという事。それを喪ったから恐怖に直面したのだ。

 故に、攻略速度はほぼ停滞している。勿論それには最前線にて最速で情報を集めていた少年の欠員が関係している。

 これを打破するにはディアベルやヒースクリフといった幹部組が最前線を進み、ボス部屋まで辿り着く必要がある。

 アスナ曰く、過去最低とすら言える士気の状態で、更にキリトのリカバリーや情報収集も無しに挑戦するボス戦はこれが初。だからかなり無謀な賭けだという。せめて神童アキトが率いた手勢が第二レイドを壊滅させていなければまだマシだっただろうとも言っていた。

 尚、キリトは一度しっかり休むべきだったので、《ホロウ・エリア》に居る事はむしろ喜ばしい事らしい。状況的に諸手を上げて喜べないものの、心情としては心の底から安堵しているという。

 分かってはいたがあの少年は人数こそ少ないもののとても愛されているようである。

 

 ――――そういえば、今頃リーファ達はどうしているのかしら……?

 

 悔しい事にジャンケンで負けてしまったため今回は彼の義姉に譲ったのだが、何やらサチがかつて居たギルドとの因縁があるという話だから心配だ。

 まぁ、どれだけ気を揉もうと明後日にならないと私はあちらに行けないのだが。

 

「あの時、チョキを出してさえいればなぁ……」

 

 ものの見事にグーで負けてしまったあの悔しさが蘇り、思わず握り拳を作ると共に歯噛みする。

 とは言えもう済んだ事だし、何時までも引っ張っていても始まらないので、溜息を一つ吐いてから武装を整え始める。

 メニューを繰ると、昨夜ぶりに未だ慣れない二つ分の重みが後ろ腰に出現した。

 戦いの師である少年の忠告通り双剣は常に腰の後ろに佩くようにしている。

 あとユウキから聞いたが、武器を装備しているだけでも周囲への警戒や威圧の意思表示になるので、結果的に身を守る事になるのだという。多分シノンが受けた仕打ちを心配しての事だと思うよ、とは彼女の弁だ。

 その会話を思い出して、喜びが胸中を満たす。

 あの夜の記憶は未だに悪夢に見る。

 キリトの生存を知るまでの三日間は、目が覚めるまで何度も何度も繰り返し犯され辱められる夢だった。

 だがキリトの生存を知ってからはどこからともなく黒尽くめの少年が颯爽と現れ助け出してくれる結末になっている。私に背を向ける形で最後の敵を斬り捨て、屠った後、肩越しに振り返って微笑んだ彼は、二剣を携えたまま光と闇が入り混じる道を走り去っていく――――そんなユメ。

 勿論ユメの中の私は彼を追おうとするが、走り出した途端彼の背に辿り着くまでの道中で様々な敵が現れる。それはゴブリンや狼、猪だったり、コボルドだったり、時にはヒトだったり本当に種々様々だ。

 それら道を阻む敵を、私は何時の間にか両手に握った短剣で斬り捨て、遠方から攻撃してくる敵には矢を射て迎撃し、とにかく走り続ける。

 あの幼さ故に華奢で、しかしとても強い背に追い付くために。

 夢の中のキリトは、どれだけの敵が道中に現れ私を襲っても、決して助けてはくれない。助けてくれるのは犯されている時の一度だけだ。

 でも、付かず離れずの距離は保っていた。どれだけ走っても追い付けないが、どれだけ敵を倒すのに時間が掛かっても姿を見失わない。一定の距離以上開きそうになったら立ち止まって、こちらの戦闘を鋭く、けれど温かみのある眼差しで見守ってくれている。

 それはまるで、子の成長を見守る親のよう。

 無論これが私の単なる妄想である事は分かっている。

 でも夢の中のキリトの振る舞いは実際の彼とそう変わらない気もする。付かず離れず、適度な距離を保ちながら、弟子である私の成長を見守ってくれている。私が本当にピンチで心に傷を負う事があれば助けてくれるけど、私自身で撃退出来る範囲内では見守るに留め私の成長を見守ってくれていると。

 

 ――――早く明後日にならないかしらね……

 

 夢に見たキリトの姿を思い出すだけでも胸の内が温かくなって、幸せな気持ちになれる。

 だからこそ傍に居ない現状には落胆と寂しさを覚えてしまうし先のジャンケンで負けた事が非常に悔しく思える。

 でも、この気持ちもある意味で、好きな人や友達と過ごす醍醐味かもしれない。

 十歳の事件に遭遇する前からあまり人との付き合いを持たなくて、事件後では一度も『友達』という存在が出来なかったからこそ、忘れていたこの感情の揺れがとてもくすぐったく感じる。

 イライラするけど、これは心地いいイライラだ。イライラしている筈なのに不思議と心は爽快なのだからとても可笑しい。

 だから私は、もっと幸せで爽快なくすぐったい気持ちになりたくて、明後日が待ち遠しく思えていた。

 

「諸君、おはよう。時間も押している事だし早速で悪いが朝議を始めたいと思う。食べながらで良いから耳だけこちらに傾けて欲しい」

 

 ――――……いやだなぁ……

 

 その想いは、《血盟騎士団》の団長の言葉により、一層強くなる。

 その内容をある程度予測出来ているからだ。見れば円卓に座っているランやアスナなども苦虫を嚙み潰したような表情になっており、クラインを始めとした男性陣は眉根を寄せて険しい面持ちだ。ディアベルやヒースクリフだけでなく、温厚な人柄のシンカーですら同じなのだから、これから聞かされる話がどれだけ嫌なものなのかは推さずしても知れるというものである。

 

「まず初めに、攻略が大きく進んだ事は既に聞き及んでいる。此処には居ないリーファ君は接近戦で、シノン君は遠距離攻撃を用いた適切な支援を以て大きく攻略に貢献してくれたという。元々巻き込まれたに等しいのに共に戦ってくれる事も含めリーファ君とシノン君の二人には感謝の念に尽きない」

 

 それでも朝一から辛気臭くするつもりは無いようで、円卓でコーヒー風の飲み物と肉や野菜がふんだんに詰め込まれたアスナやラン特性のサンドイッチを前に、ヒースクリフはそう切り出した。

 第七十六層攻略を開始したこの階層に辿り着いてから三日後、すなわち今日から一昨昨日の事だ。その日はユウキの失踪、キリトの生存など多くの事があった。

 その日は中々攻略が進まなかったと聞く。これまでなら一体で動くのがセオリーだった敵が複数体で群れていて、それがソードスキルを使う亜人型という事実が尚更攻略を進め辛くしていたからだ。亜人型は獣や死霊系に較べてある程度の知能を備え、連繋攻撃に秀でている部分があるというから、数を揃えられると苦戦は必死なのだという。

 そういう意味では、キリトの付き添いでリーファと共に挑んだゴブリン討伐クエストは十体近く一気に現れていたから、かなりの難易度であったという事になる。その分だけ成長やアイテムドロップも早くなるから良いのだが。恐らくキリトは自身のステータス、リーファの接近戦の強さ、そして私の経験不足を鑑みて決めたのだと思う。そうでなければそんな危険な博打を打たなかったと思うから。

 そんな厄介な事態が判明して、ユウキが失踪した事もあって早めに攻略を切り上げた翌日、すなわち一昨日もまた攻略を進めた。

 一昨昨日の午前中にキリトにも予想出来ない速度のレベリングをして攻略に参加出来るようになったので、その日の午後と、私だけは昨日も攻略に赴いた。

 やや過保護気味な待遇でリーファと私の守備を付けられていたが、それが却って功を奏し、私はキリトの指導で鍛えた射撃の腕を存分に振るう事が出来ていた。味方が前に出過ぎていなければ誤射の心配は無く、敵が遠くに居ると早めに分かれば距離を詰められる前に一方的に攻撃出来たからだ。

 無論、相手も高レベルモンスター。複数体居る以上どう足掻いても一、二体の接近は許してしまう。

 それでもある程度はHPを削っていたから、フルの状態で接敵するよりよっぽど楽だとクラインやエギルは言っていた。何より数が三体から二体に減るだけでも随分と楽になると言って快活に笑い、褒めてくれた。

 その時私は、キリトなら、と言って彼我の実力差を痛感しやや落ち込んでいたのだが、それでもしっかり役に立てていると言われれば嬉しくもなる。実力差への悔しさは解消されていないが、それでも以前のように焦る事無く攻略に専念出来たと思う。

 今私が求められている事は、強くなる事では無く、今ある強さを十全に発揮して仲間の援護に徹する事。

 そう弁えていたから無茶をせずに済んだのだ。

 ……リーファの無双ぶりを見て、較べるのも馬鹿らしくなった、という面もあるが。

 彼女はSAO最強に位置するであろうキリトを無傷で完封してみせた実力を遺憾無く発揮し、何とクライン達が一パーティーで別のリザードマンを相手している間、単騎でやや低レベルのリザードマンの剣士相手に持ち堪えて見せたのだ。単騎である事、また彼女自身があまり把握出来ていないソードスキルを警戒してか、時間稼ぎに徹していた。

 剣を振られれば側面を叩いて軌道を逸らし、突進されれば横に移動して蹴り倒し、盾で殴り掛かられれば一瞬後退して即座に剣で突き、頭突きをされれば剣の柄で顎を打ち上げる。

 全ての攻撃に間髪入れず対処し、ほぼゼロ距離でリザードマンと拮抗しているのを見れば対抗する意欲も削がれるというもの。

 アレはキリトとやり合っている際にも見せていた動きなので、私にとってすればそれで二度目となった。キリトとしても無手同士ならともかく剣を持っての戦闘は初めてだったと思うからあの時は同じく初見だっただろう。それなのに更なる上を目指す辺り、彼は意欲の塊だと思う。

 私の場合、求める《強さ》が違うから意欲を削がれたのだと思う。

 

「まずシノン君に礼を言わせてもらう、ありがとう。そしてこれからも共に戦って欲しい」

 

 同じ時期に《攻略組》へ参加した剣士の事を考え胡乱な気持ちになっていると、ヒースクリフが頭を下げた。

 その態度に一瞬虚を突かれたが、すぐに態度を取り繕う。

 

「勿論よ。むしろ私からお願いしたいくらい、この忙しい時期なのに新人である私の面倒を見る手間は結構大変だと思うから」

 

 キリトやユウキ、アスナといった《攻略組》の幹部達から話を聞いていて、しかも最強のプレイヤーから付きっ切りで指導を受けていたから、本当の新人よりはまだマシではあったと思う。

 でも私は別の意味で苦労を掛けたと思う。

 何せユニークスキル《弓術》という遠距離攻撃主体のスキルを主軸とした戦闘スタイルだ。双剣を使った近距離戦も出来なくはないが、攻略の時は不測の事態を危惧して基本距離を取っていたからあまり使っていない。

 つまり私と一緒に攻略していたメンバーは、常に距離を取り、敵を近づけてはならない味方を擁し、平時とは違う形で緊張を強いられていたという事になる。

 

「それは違うよ、シノのんは全然手間が掛からない方だもん」

「……そう、かしら」

 

 アスナの否定に若干首を傾げる。

 私はある程度攻略の仕方を聞いていたが、それでも現場の流れというものがあるし、アスナ達には彼女達なりの攻略の流れがあるだろう。そこに私という異物が混じったのだから普段に較べてかなり疲れると思ったのだが、どうやら違うらしい。

 本当だろうかとやや心配になって他のメンバーに目を向ければ、誰もがアスナに同意するように首肯する。

 

「実際、お前さんはよくやってるさ。俺の目から見ても既にベテランと言っても良いと思うぜ。初めてのヤツは大体緊張でガチガチになってて戦闘もスムーズに行かねぇからな……一応聞くが、シノンは何か別のVRMMOをやっていた訳じゃないんだよな?」

「ええ、SAOが初めてよ。私は読書ばかりしていた方だから」

 

 エギルの問いに是と返す。

 誹謗中傷で友人など一人も居なかった中学では時間があれば常に図書室に居て、そこの蔵書を殆ど読み尽くすくらいには読書家だった。本の虫とも言えるだろう。

 それで何時しか『図書室の主』などを呼ばれていた。言い得て妙だと思う。実際は友達と遊ぶ機会も無く一人で図書室に入り浸っている人物という盛大な皮肉が込められたものだろうが、他人に付けられた呼び名の中ではそれなりに気に入っている方だったりした。

 

「にしちゃあシノンは矢鱈とセンスが良いんだよなぁ……やっぱキリトの教え方が上手かったって事か。アイツのお陰で俺達も随分と強くなれたしなー」

 

 私が強くなった経緯について知っているクラインが、感慨深そうに腕を組んで言った。

 よく読み込むようにという言葉と共にアルゴの攻略本を渡された私も、その本に載っていた戦闘指南の基本、応用を読んだが、とても分かり易かった。武器の特徴や解説、属性、敵の特徴や攻撃属性と敵の相性なども網羅されている程だ。

 判明しているソードスキルの情報なども完全版として纏められていた。彼は新たなスキルを取得する度にアルゴにその情報を渡し、完全習得する事で完全版の発行をするようにしていたというのだ。初心者向けの入門書のようなものもあり、それでメインやサブの武器選びに助かったプレイヤーも数多いと聞く。実際ランやシリカなどもそれを参考にしていたという。

 私も現在進行形でお世話になっている戦闘やスキルの指南書を殆どキリトが単独で纏めたというのだから、誰かにものを教える事は彼の天職と言えるに違いない。

 気になるのは、アルゴが修正する必要も無かったくらいの語学力と漢字知識をどうやって育てたのか。読書家である身としては非常にその点が気になるところだった。

 そう思考していると、感慨深く思いを馳せていたクラインが少年のような明るい笑みを浮かべた。

 

「ま、何はともあれシノンは今でも十分強いって事だ。遠距離から一方的に攻撃出来るだけじゃなく敵を一体倒せて他の数体にもダメージを与えられるなんて、常識的に考えて破格の戦果だかんな。それにシノンの力のお陰で迷宮区手前まで行けたし」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 クラインが言った通り、攻略は迷宮区前まで進んでいた。

 第七十六層は草原を進んだ先にリザードマンの巣窟である洞窟があり、そこを抜けると昆虫が住み着く渓谷に辿り着く。その渓谷を上った先に迷宮区前の空中回廊があり、そして迷宮区塔の入り口があるというフィールド構成になっていた。

 ユウキが失踪した日はリザードマンの巣窟の入り口付近で撤退を余儀なくされていた。

 リーファと私が居た時は力試しという意味も込めて同じ入り口付近で戦っていたが、予想以上に戦えるという事で奥に進む事になった。反対意見が無かったのはリーファの強さが技術面に於いてキリト以上という実績を知っていたからだと思う。

 そのまま洞窟を進み、途中分かれ道へと行き着く。その片方は何かの封印で塞がれていた。もう一方の道の奥には複数の取り巻きを率いて祭事をしていた《リザードマン・モナーク》という直径三メートルほどの両手斧使いの巨大なリザードマンが居て、全滅させる事で封じられていた道は進めるようになった。

 そのまま進んで渓谷の入り口に辿り着いたところで、一昨日の攻略は終了。

 昨日の攻略はリザードマンの群れをほぼ流れ作業で倒しながら洞窟を突破し、渓谷をうろついていた大人ほどもある蜂や明らかに人より大きい蜘蛛などを倒して進んだ。

 渓谷を上り切ると、空中回廊の入り口前の広場へと辿り着く。回廊の先に迷宮区塔の入り口があるという事だ。

 その入り口を塞ぐようにフィールドボスらしき巨大蜘蛛も居たが、それらもディアベルやヒースクリフが率いるパーティーが攻撃を防ぎ、側面からランやクラインが、遠距離から私が常に援護射撃をし続けた事で、補給に帰る事も無くアッサリと討伐に成功する。所用時間は約二十分、フィールドボス戦にしては破格の短時間討伐だという。

 ちなみに、その巨大蜘蛛を討伐すると、街のNPCがボスの情報を話してくれるようになったそうな。時に壁画やお使いクエストをこなさなければならないパターンもあるようだが、フィールドボスを倒すと情報を貰えるというのもまたよくあるパターンだと聞いた。

 巨大蜘蛛を討伐して昼休憩を挟んだ後、私達は空中回廊へと進軍する。

 回廊は横幅が最大六人、武器を振るスペースを考えると二人が限度の幅だったので、一パーティー毎に進む事になった。私はヒースクリフ率いるパーティーで最初に進んだ。

 回廊には矢鱈弱い赤や青や緑色のスライムの他にリザードマンがうろついていたが、洞窟とほぼ同じ横幅である反面ポップ数に制限を喰らっているのか多くても二体だったため、ほぼ呆気なく勝負は付いた。

 迷宮区手前まで約一時間弱進んだところで、弱いスライムを生み出していた大本のネームドモンスター《Fat slime》という黒緑色の大きなスライムと遭遇する。

 一パーティー限定の遭遇戦だったが、リザードマンを相手する時よりも数で劣っていたので、これもまたフィールドボスの巨大蜘蛛と同じ戦法で倒せた。巨大蜘蛛よりステータスが低かったもののこちらも攻撃役が少なかった戦闘時間はほぼ同等だったと思う。

 そのまま迷宮区へと進軍し、一階層のマッピングをしてから、その日の攻略は終えた。

 ヒースクリフの正体を知る者しかレイドに参加していなかったので、どういう敵がポップするかはすぐに分かる。後はトラップや奇襲に気を付けるだけという状態だ。

 無論、デスゲーム化をしたのが他の何者かである以上、ヒースクリフも知らない事があるには違いないので警戒を怠れないのだが。

 ともあれその開発者の話によれば、第七十六層の迷宮区の階層はそこまで無いのだという。記憶が正しければ四階か五階層がボス部屋らしい。これまでであれば二十階層も上らなければならなかった事を考えれば一気に時間短縮となるので嬉しい事だろう。攻略を急がなければならない現状を鑑みれば尚の事。

 

 ――――では、私や皆が朝議を始める前、何故顔を顰めていたのか。

 

 ヒースクリフがまだそこについて触れないのも、朝食をしている間にしているのに私やクラインの会話を妨げようとしないのも、本当は話す事が嫌な話題だから。

 いや、その言い方は適切では無い。

 

「リーファ君への礼は一昨日しているから、この話はこれで終わりとする。今日の攻略もまた皆で頑張ろう……――――それで、その攻略についてだが、皆に一つ知らせがある」

 

 既に知っているかもしれないが、と何とも言えない表情で前置きして、ヒースクリフはその『知らせ』を語った。 

 それは『《攻略組》への参加希望者』という内容。

 戦力を増やしたい現状からすれば喜び噎ぶべき事である。実際、額面だけを読めば、そう嫌な話題という訳では無いのだ。

 第七十五層にて『オレンジの軍勢』によってボス攻略が可能なメンバーの約半数を殺されたという話は、もう既に広まってしまっている。アルゴのように何人かの第二レイドの生き残りが広めてしまったからだ。どれだけ第一レイドが広まるのを防ごうとしても無駄なのである。

 【白の剣士】が率いたという事実が広まっているかは分からないが、第二レイドはあの男の素性について知り得ていないので聞いていないだろうし、第一レイドもそれを広めようとはしないだろう。

 それだけ《オリムラ》の名は畏怖と恐怖として知れ渡っているという事。

 女尊男卑主義の者からすれば尊崇と畏怖を抱かせ。

 それ以外の者達からすれば、触らぬ神に祟りなしと言うように疫病神のようになっている。《オリムラ》を悪く言う事で下の弟のように悪く言われる事を恐れているのだ。下の弟を平然と悪し様に言えるのは、その《オリムラ》が看過している――恐らく上の姉は知らない――事だからだろうが。

 ともあれ、既に攻略メンバーが少なくなっている事実が広まっている以上、攻略ギルドに属しているプレイヤー達は慢性的に戦力を求める。少しでも安心感を抱きたいからだ。

 幸い、各ギルドの顔と言える二つ名持ちは全員生きている。

 【黒の剣士】は死亡が確定と言われている。システム的な論を信じる者は《黒鉄宮》の名前に横線が引かれていない事から生存を信じており、感情論の方は死亡を信じ込んでいるが、どちらにせよ《ビーター》という悪が死んだ事に対しての所感はほぼ同様というものだった。

 《ビーター》/【黒の剣士】が死んでも、【絶剣】や【紅の騎士】が生きているからと、そう恐怖を抑え込んでいるのだ。あれだけ殺そうとしても死ななかった者が死んだかもしれない話に対する恐怖を。先行きの見えないシステム障害の多い現状の世界への恐怖を。

 それでも、恐怖の根幹は消えない。

 だから人々は新たな戦力を求めた。死が身近になる場所での戦力を。

 勿論そんな人は中々現れない。結晶無効化空間なだけでも二の足を踏むというのに撤退不可になり、更には装備やスキルの弱体化、転移の不具合とシステム面で不安が大きい現状だ、現れる筈がない。

 それでも、一人でも強い人を最前線へと送り出し、生還の可能性を高めたいと、多くの攻略ギルドメンバーが動いた。人に呼び掛けたり、フレンドにメッセージを送ったり、様々な手を使って最前線への参戦を呼び掛けたのだ。

 故に人が居る場所では『最前線に来い』、『嫌だ』という争いがある。勿論最前線である《アークソフィア》でもだ。

 その度にアスナを始めとした街に常駐する攻略ギルドの幹部が仲裁に動いていた。

 

 ――――朝議の入りを悪くしている『知らせ』は、丁度その仲裁を終えた後に舞い込んで来た。

 

 攻略を終えてエギルの店へ戻って来た私達の許にアスナがその報を齎した。

 何時かの時の如く、《血盟騎士団》に最前線攻略希望の申し出があったと。

 その報に最初は普通に驚嘆し、喜んでいたのだが、申し出の者達の詳細を聞いた私の心境はとても苦いものとなり、本来なら喜ぶべき事である話を聞いた皆も非常に微妙な面持ちとなっていた。

 何故ならその申し出の者達は、ここ最近になって急激に力を付け、注目され始めたという触れ込みだったから。

 問題なのは『最近になって急激に力を付けた』という部分だが、実のところ別の事情も絡んでいる。その事情さえ無ければ、多分私達はまだ幾らかこの報を肯定的に捉えていた。

 SAOはレベル、次点で装備やスキルという順でシステム面の優位性を絶対のものとしていて、それらを強化するのも生半な事では成し遂げられない。私のパワーレベリングもキリトのような格上の仲間と《ホロウ・エリア》という異常な高レベル地帯の場所があって初めて出来る事。《アインクラッド》ではどう頑張っても急激な成長は出来ない。だからこそ【白の剣士】のおかしさが克明になったのである。

 【白の剣士】という短期間で急激な強さを得た前例を知っているだけに複雑な気持ちになるのも仕方ないと言えよう。私とリーファは既に顔見知りだったからともかく、その者達が【白の剣士】のような輩では無いとはまだ分からないのだ。

 無論それだけでは疑いを掛けるには弱すぎる。攻略ギルドが目を向けていなかっただけで、少しずつ着実に実力を付けていて、少しでも強い人は居ないかと目を光らせ始めた現状だから気付いただけかもしれないのだから。『最近急激に』という部分がそうであれば納得がいく話にもなる。

 だが、アルゴが知り合いの情報屋から情報を受け取り纏めたところ、その者達はギルドを組んでいたが、どんな情報屋もその名前を聞いた事は勿論所属プレイヤーを見た事すら無いという。

 ギルドを組む程の人数であれば自然と目に付く。どれだけ目立たない服装をしていようが、拠点としている街があり、何かしらの施設を使ってプレイヤー間のやり取りをしている以上、どうしても情報屋に知られる事は避け得ない事態だ。集団の拠点とするなら利便性を求めて転移門がある街や村を選ぶだろうから尚更人の目は避け得ない。

 それなのに情報が無いという事は、リーファや私、【白の剣士】のようにいきなり《アインクラッド》に降り立ったと見てまず間違いない。

 そもそもからして、人目に触れたくないのであればギルドは結成しない事がセオリーらしい。何故ならギルドマークという人の目に付きやすいマークがあれば、嫌でも人に知られるからだ。何も無ければ赤の他人からは外見的情報しか知られないが、マークがあると、そのマークを持っている者達と同類と知られ、集団であると知れ渡る事になる。

 《笑う棺桶》がギルドをシステム的に結成していた事も、キリトが意地でも何処かのギルドに所属しないのも、そういう理屈らしい。

 そんな不可解な点がある集団が最前線攻略への参加希望を申し出て、《血盟騎士団》のメンバーがアスナへ報告するとなれば、攻略を可能とするだけのレベルや装備を整えている事になる。

 アルゴは情報収集の合間に一度その集団を見たらしいが、実際装備はかなり上質なものだという。これまで見て来たどんな武具よりも――――ひょっとすると、装備の面で他を圧倒している《血盟騎士団》のメンバーのものより上等かもしれない、と。ゲームの装備は性能が上がる程に見た目が華美ないし深みや凄みを帯びるものだが、その集団のものは見た事無いくらい華美な武具だったらしく、そこからランクを推定したようだった。

 【白の剣士】はどうやったか知らないが、私やリーファはシステム的に見れば合法でもモラルの面で言えば決して正攻法とは言えないやり方でレベルアップを繰り返し、最前線で戦える強さを手に入れた。

 その者達がどんなレベリングをしたか、初期レベルが幾つだったかは知らないが、これらの情報だけでも警戒するに越した事はない。

 《二刀流》や《ビーター》の話を聞いて思い知ったが、ゲーマーはとても嫉妬深い。ある意味現実から乖離しているからこそ感情がより表に出やすくなっていると思う。

 【白の剣士】は確かに実力やステータス、装備の面で攻略に参加出来るレベルにあったが、その人間性が悪過ぎた。

 だから今度ももしかしたら、と私達は身構えたのである。

 

「うーん……正直言うと、シノンさんの援護射撃が強力過ぎてもう十分と思えてしまうんだよなぁ……」

 

 腕を組み、微妙な面持ちでディアベルが呟く。

 私の援護射撃が強力というのは、スキルや遠距離攻撃手段の希少性を考えると否定出来ない事ではある。

 でもそれ以上に、やはり第一層の頃から戦って来たレイドメンバーだからこその信頼関係や連繋能力の高さに、私は強さの秘訣があると思う。それを自覚してか無自覚にか分かっているからこそ新参への受け入れが微妙なのだろう。

 それを踏まえると、よく私やリーファはすんなりと受け入れられたなと思う。

 ストレアは参戦時にヒースクリフが率いるパーティーで数日掛けて連繋訓練を受けたというが、私達にそれはあまり無かった。そうする余裕が無かったからでもあるだろうが、その事情を差し引いてもかなりアッサリとしていたように思う。

 キリトに鍛えられていた、という部分が余程利いているのだろう。幹部に理解者が多い事が功を奏した形だ。あとはユウキと一緒にレベリングを行っていて、参加する時に口添えしてくれた事もあるだろう。

 ……コネの力ってこういうものなのかと思わないでも無い事実だ。

 

「そうは言っても、実際会ってもいないのに不採用と言うのは流石に体裁が悪い、実際かなりの戦力になる可能性は否定出来ないのだから。今後に備える意味も込めて受け容れる選択は視野に入れておくべきだろう」

「そんな旦那の本音ハ?」

「正直私もこの者達はあまり受け容れたくない」

 

 アルゴの問いにアッサリと手の平を返してみせた男に、さしもの彼女も苦笑を浮かべた。建前と本音を上手く使い分けてこそ上に立つ者という事なのだろう。

 何時か私もあのような大人になるのかと思うと、若干憂鬱にならなくもない。

 既にそういう部分をある程度身に着けている事実からは目を逸らしておく。

 

「ともあれ【白の剣士】の時のように入隊試験は受けてもらうから、そこで彼らを受け容れるべきか判断しよう。諸君も攻略に出るのはその後にしてくれ」

 

 憂鬱そうにそう結論を伝えられた後、手早く朝食を終えて各々試験とその後の攻略に向けて準備の為に動き始めた。

 何事も無く終われば良いのだけど、と淡い願いを抱きながら、私は食後のコーヒー風の飲み物を飲んで一息つくのだった。

 

 ***

 

 第七十六層の南方に位置する《アークソフィア》の構造は大部分が《始まりの街》に近似しているが、全部が全部似ている訳では無い。

 その一つとして《始まりの街》での《黒鉄宮》に当たる位置に西洋さながらの城が城主の権威を示すように屹立している事が挙げられる。

 また、《始まりの街》では転移門と《黒鉄宮》の位置は目と鼻の先だったが、《アークソフィア》ではそれなりに離れた位置関係だ。西洋風に言うなれば、転移門が位置する場所はいわば城下町といったところだろう。

 この城であるが、内部はともかく、城門から庭に掛けては出入り自由となっていた。城門の内側には色取り取りの花が咲く花壇の他、練兵場と思しきグラウンドに近似した場所もあり、見るだけでなく訓練をするにも打ってつけな場所だった。

 ちなみにこの場所、夜間は門が閉じられるので、寝床にしようと陣取っていても無意味だったりする。そのため初日はともかくそれ以降人通りは殆ど無い。何せ実利的な要素が無い上に寝床にもならないのだ、余裕のない人達からすればここに来る事は正に無駄骨なのである。

 だからこそ、この場所は試験に打って付けとなっていた。

 

「……ねぇ、アスナ」

「ん? どうかした?」

「私、確かに最前線で戦えるだけのレベルにはなってるけど、罷り間違っても幹部レベルでは無いんじゃ……まだ私は新参者よ? 私はむしろ来ない方が良いんじゃないの?」

 

 困ったような顔で彼女は言った。

 シノのんの言う通り、確かに彼女は《攻略組》にとってすれば新参者だ。彼女と親しい私や団長、ディアベルさんといった幹部と言える面々と親しいとは言え、一般団員達からすれば本当に新参、普通に考えて此処に来ない方が良い立場ではある。

 それは私も分かっているし、無論団長達も分かっている。それでも彼女を此処へ連れて来る事にしたのにもキチンと理由があった。

 

「むしろ新参だからこそだよ。これから試験を行う人達が合格したら、それからは一緒に最前線で命を預け合う仲間になる。これはそのための顔合わせの意味でもあるの」

 

 それに、新参の彼女はまだ連繋が拙い。

 勿論それは彼女自身が懸念しているVRMMOでの戦闘経験の少なさに起因しているが、攻略メンバーとの共闘が少ないからでもある。新参だからこその拙さだから仕方ないのだ。

 故にこれから彼女は多くの人とパーティーやレイドを組み、同じ仲間の一人として戦い、各員の特徴や役割を知らなければならない。なまじ前衛に誤爆しないよう注意を払う必要があるからそれは彼女にとって重大な課題だ。

 とは言え彼女ばかりが苦労する訳では無い。先達である私達もまた、彼女の事をよく知り、共に戦う仲間として支え合わなければならない。つまり相互理解が必要なのだ。

 だからこそ、彼女の後から入って来る人の事も、彼女は知る必要がある。

 

「ふぅん……でも、なら逆に何で幹部組しか来ないの?」

「ああ……それは色々と理由があるの」

 

 その理由の一つとしては、相手を緊張させない事が含まれる。

 テストと同じで、人に見られていると大半の人は実力を発揮出来ない、特に大一番という時はより緊張するものだ。

 それは私達にとって困るのだ。実力を発揮出来ず不合格で参戦出来ない事態が常習化してしまっては、最前線への参戦をしてくれる人達が減ってしまう。そのまま進んでしまったらどこかで限界を迎えるのは明白なのである。

 だからプレイヤーの役割を決める為の生の情報を得る必要があるメンバー、すなわち《攻略組》の幹部だけが、試験に立ち会う事になっていた。

 ちなみに攻略ギルド参加希望の場合は各ギルドが個別で行い、ボス攻略に赴けるか否かの段階で【白の剣士】や今回のような試験を行う事が常だった。《攻略組》という大枠の参加希望の場合はいきなりこの試験である。

 他の理由として、試験をしている間に他のメンバーで攻略や自己強化に励んでもらったり、どのギルドに加わるかという段階で圧力を掛けないよう防いだりなどがある。

 しかし最たる理由は、やはり上下関係の意識付けだろう。

 それは試験官を幹部組――試験者は大抵私、ランちゃん、ユウキ、クラインさん――に絞る事でこそ可能となるもの。要は試験官の強さ=幹部組の強さと意識付けさせ、各ギルドのリーダー格を上の立場の存在と思わせるのだ。《血盟騎士団》や《アインクラッド解放軍》のような大ギルドであれば無用だが、《スリーピング・ナイツ》や《風林火山》のように少人数のギルドの幹部を上の存在と意識させる為に必須の事だった。

 まぁ、ユウキやランちゃんは、そんな必要が無いくらい個人の能力が飛び抜けて高いのだが。後から聞けばハードのスペック差故の実力だったらしいが、やはり天才的なセンスが二人にはあったのだと思う。幾ら高スペックでもそれを使いこなすだけのセンスが無ければ意味が無い。

 クラインさんに関しては、個人の能力は平均よりやや高めという印象だが、真価を発揮するのは連繋能力や予想外の事態に直面した時なので、また微妙に別枠だったりする。本人もそれを自負しており、実際ギルドメンバーが団結すれば一パーティーでフロアボスを相手に拮抗する事も決して不可能では無い程だ。これまで一人も死者を出していない実績も相俟ってそれだけリーダーとして手練れなのである。

 ちなみにクラインさんは指揮官として私が密かに目標とする一人でもあったりする。

 目標に関しては伏せて、幹部組しか試験に立ち会わない理由に関して話せば、彼女は納得したようで頻りに頷いていた。

 

「なるほどね……ちなみにこれまでの試験に、キリトは立ち会ってたの?」

「キリト君はあんまりかな、『その時間が勿体ない』って言って試験よりも攻略の方を優先してたから」

「ふふ、キリトらしいと言えばらしいわね、それは」

 

 彼が過去言ったセリフを彼女は苦笑しながらそう評した。確かに彼の事を少しでも知っていれば『彼らしい』と思うセリフである。

 まぁ、実際試験に立ち会う時間が勿体無いからと自主的に攻略の方へ赴くようになった団員も居たので、彼の所感は彼だけのものでは無かったりする。ゴドフリーさんやクラディールがそうだった。クラディールは単純に面倒臭く感じてああ言っていただけなのかもしれないが。

 そう談笑している内に準備を済ませに動いていたクラインさんを筆頭に、団長やディアベルさん、エギルさん、アルゴさんにユウキ達も集まり始めた。

 時刻を見れば試験時間の9時半まであと十数分といったところだった。確か朝議が8時過ぎだったので、思いの外準備に時間を掛けていたようだ。

 時間が迫っていると認識した私は改めて試験内容を振り返る。

 《攻略組》への参加第一試験であるこのデュエルは参加志望プレイヤーの個々の戦闘能力を見るものとなっている。続く第二試験ではパーティーを組み、連繋能力と協調性を見る。

 このように試験内容とその意図は決まっている。

 しかしデュエルの相手とパーティーを組むメンバーに関しては、実は決まっていない。【白の剣士】の時のように希望があればそのプレイヤーを、無ければ試験者の武装やスタイルを鑑みてこちらが決定するシステムだからだ。

 パーティーを決めるにあたっては攻略ギルド三つのどれかから選ばれるようになっている。キバオウが居た頃は大抵《血盟騎士団》が請け負っていたのだが、あの男が居なくなってから幹部組の全体的な雰囲気が多少軽くなった様にも感じる為、《アインクラッド解放軍》や《聖竜連合》にも任せられるかもと最近思っている。

 《血盟騎士団》ばかり請け負っていると負担は過大なものになるが、それでも彼らに頼まなかったのは、キリト君を疎ましく思う者でない限りは染まって欲しくないと思っていたから。《聖竜連合》は反ビーター派、キバオウは反織斑一夏派だったためだ。

 ともあれキバオウが居なくなってからはその縛りをあまり気にしなくて良くなったと思うので、以前よりは仕事量が減ったと言えるだろう。

 そんな思惑が裏で絡んでいた試験に於ける私の役目は基本的に司会進行役。相手が細剣使いであるならそこに試験役も加わる予定だ。ランちゃんとどちらがするかはその都度相談する事になっている。

 

 ――――と言っても、多分試験官はしないんだろうなぁ……

 

 そう思って内心で嘆息する。

 これまでの経験上、最前線参加志望の人達は大抵盾持ち片手武器ないし両手斧や長槍といった両手武器だった。曲刀使いの人も居なくはなかったが、細剣使いは一人として居ない。

 単純に最前線で細剣を使うのは難しいからだ。

 《細剣》カテゴリの武器は軽量化による速度を得るため、基本的に刀身は細身となっている。ランベントライトの刀身は《細剣》の中でもかなり分厚い方だ。

 そんな細身の刀身で敵の攻撃を受け止めると、一気に耐久値を削ってしまう事になる。最悪一発で折れる可能性すらある。

 しかし細剣使いは姿勢制御と攻撃スピードの兼ね合いの為に殆どの場合盾は用いない。

 つまり装備の耐久値と自身のHPを温存するには敵の攻撃は回避するしか無い訳だ。

 また、《細剣》を使うのに適したステータスタイプはスピード型なのだが、《細剣》を使うくらいなら《短剣》を選ぶ人も少なくない。何故なら武器の長所がほぼ同じでありながら、耐久値の削れ方がまだ少ないからだ。

 とは言えその短剣使いも、メインで使っているのはつい最近加入したシノのんだけ。こちらは単純にリーチが短く、ボスを相手に超接近戦を挑む事が恐怖でしかないせいである。

 また、細剣とは基本的に刺突武器である。私が使うレイピア型は刃が付いているので斬撃にも対応しているが、ザザが使っていたような刃が無く先細りしたエストック型のように攻撃の基本は刺突となる。ソードスキルも刺突攻撃が殆どで、偶に斬撃も混ざるといった程度。つまり点での攻撃なので敵に攻撃を回避されやすい。

 そういった事情から《攻略組》で細剣使いは私とランちゃんだけ、短剣使いは――基本距離を取って戦い、短剣は距離を離すまでの時間稼ぎという使い方なので厳密に言うと比較対象として些か微妙なラインだが――シノのんだけとなっていた。

 これらの事から最前線攻略志望者がまさか《細剣》を使う筈はないと経験則及び理屈から思っていたので、私は自分が試験官をしないと予想していた。

 

 その予想はすぐさま裏切られる事になる。

 

 試験官である幹部組が全員集まってから数分と経たない内に約七人の集団がほぼ人気の無い城門内へ顔を見せた。

 その先頭を歩く白を基調に金色で飾った煌びやかな甲冑を纏った男の腰には、細剣が佩かれていたのだ。刀身は細身の鞘に包まれて見えないが、片手分の長さの柄と片手剣程の長さとなれば《細剣》しかあり得ない。

 片手直剣であればギリギリ両手で持てる長さがある上に鞘の幅はもっと広い。ユウキの剣は《細剣》と見紛うばかりの細さだが、それでも《細剣》と並べれば一目瞭然の厚みと幅を持つ。それを一年半以上ずっと見て来たのだから見間違える筈も無かった。

 つまりあの男性は、最前線で細剣を使って戦えるだけの実力を持っている事になる。スキルの成長には気が遠くなる程の時間を掛けて同じ武器を使わなければならないのだから、ここ最近《細剣》に持ち替えたという線は薄い。時間を掛けて真っ当にレベリングをしたのだとすればそれは心強い味方となる。

 ――――が、しかしその思考は、男の装いが否定する。

 細剣使いはヒット&アウェイを基本としたスピード型の戦士。キリト君のようなパワー型のアタッカーを《ヘヴィウォリアー》と言うなら、私やユウキのようなアタッカーは《ライトウォリアー》と言える。団長やエギルさんのようなパワー型のタンクは《ヘヴィタンク》、ディアベルさんやリンドさんのようなバランス型は《ライトタンク》と言えるだろう。

 そういった所謂《ビルド》には、それぞれに適した装備というものがあり、同様に適したステータスタイプというものが存在する。

 キリト君はパワー型にしてスピードタイプのアタッカーだが、彼は超高レベルによる高ステータスで可能としているスタイル故に除外だ。

 例として挙げるなら、私やユウキのようなスピード寄りのアタッカーは、概して一撃の攻撃力は低めになる。与ダメージは攻撃速度によるダメージ倍率で誤魔化し、被ダメージはスピードを活かした回避で総量を減らして対処していた。

 速度こそ細剣使いを始めとしたスピードアタッカーの生命線。攻撃は勿論、回避という命を守る行動の為にも、速度は絶対殺せない。後衛で指揮を執る事が多い私はともかく、前線に出る事が多いユウキやランちゃんが胸鎧だけという軽装な理由は速度を活かす為なのだ。

 だからこそ、リーダーらしき男の装いは不可解に映る。

 絢爛豪華な見た目はともかく、細剣を扱うというのに全身を金属鎧で身を固めているのは道理に反している。革鎧であれば納得もいくというのに金属鎧を纏っている時点で違和感しかない。

 この場に居る他の皆の顔を横目で盗み見れば、誰もが違和感を覚えているようで僅かに眉根を寄せていた。

 皆の視線は、先頭を歩く男に注がれ……

 

「……キリト……?」

 

 唐突に、シノのんの掠れた小さな声が耳朶を打った。

 ギョッとして隣に立つ弓使いを見るが、彼女は私が目を向けた事に気付いた素振りも無くただ一点を見つめ続けていた。

 耳が捉えた内容が内容なのでその視線を追って私も目を向ける。

 そこには、『黒』が居た。

 背丈は彼よりも高く、ユウキより僅かに低い程度に見える。数値に表せば150センチ手前といったところか。

 装備は胴部を覆う甲冑、両手を覆う騎士風の手甲、足部や臑を守る具足で、目元は仮面のようにバイザーで覆われていた。それら全てが闇を体現するような深みのある黒。アップで一つに結わえられている長髪もまた射干玉色。

 キリト君とは異なる装いだ。彼は前開きの黒コートという軽装姿で金属防具は一つも纏わず、また装飾品の類を一つも身に着けていなかった。

 しかし、既視感はあった。

 バイザーによって目は見えないが、幽鬼めいたその歩みには覚えがある。半年前にも、そしてつい数日前にもこの眼で見た少年の姿と、目の前にいる『黒』の姿は合致する。

 背丈は違う。装備も違う。

 

 ――――だが、根底から感じるものはかつての少年と同一だった。

 

 あれは、『諦観』と『絶望』を覚えている姿だ。

 

「初めまして、《攻略組》の皆さん。私の名前はアルベリヒ、ギルド《ティターニア》のリーダーを務めています」

 

 ずっと『黒』に注意を払っていたせいで集団が目の前に来た事に気付かなかった。気付けばリーダーらしき華美な装いの男が自己紹介を始めていた。

 事前に聞いていたプレイヤー名とギルド名だが、アルゴさんに確認した通りやはり聞き覚えは無い。前者はともかく後者であれば小耳に挟んでもおかしくないが、やはり無い。

 『黒』のプレイヤーに覚える既視感と合わせ、やはり警戒しておくに越した事は無いと判断する。

 

「ここに居る七人が、現在最前線で戦えると判断した《ティターニア》の精鋭です」

 

 そう前置きして、アルベリヒが一人一人順に名前、レベル、メイン武装とパーティー内での役割、メインスキル等を告げていった。

 流石にここまで近ければ誰もが気付き、驚愕や唖然の視線が『黒』に向く。

 

「そして最後の一人は『スレイブ』と言います」

 

 その『黒』の名前は『スレイブ』と言った。レベルは95、メイン武装は主に片手剣だが色々と扱えて、メインスキルは武器によって変わるが《索敵》や《隠蔽》、《戦闘時自動回復》などは取っているという事だった。

 名前を聞いた時、思わず私は顔を顰めそうになった。指揮官としての経験が無ければ嫌悪感を顕わにしていた事だろう。

 『スレイブ』。

 それは日本語で言うところの――――奴隷、という意味なのだ。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 新参のシノンは不安でいっぱい。

 短期間で超危険な最前線に出るようになったら、経験が浅いのはそりゃあ不安になります。パワーレベリングの弊害、流石のキリトもそこまではカバー範囲外です。

 眉を八の字に寄せて、猫耳猫尻尾をへにゃって垂れさせて不安がってる猫シノンを妄想しながら書いたゼ(爆) クールキャラって何でか動物に例えると和むなぁ(*´ω`*)

 というか原典ゲームのシノンの胆力ヤバ過ぎィ(笑)

 でもセルフで安定化してる本作シノンのメンタルもヤバ過ぎィ(笑) キリトが死んだら病み確定! でも生きてたら収まる辺りまだ安心……?(手遅れ感)

 対する古参ディアベルの『もう十分な感じが』というのは、慣れた頃に出て来る慢心です。アレです、運転免許取ってすぐは注意するけど馴れた頃に事故が多いという、あの理論。

 そう考えるとシノンは免許取り立ての新米ドライバー……緊張でカチコチしてるシノンって可愛くね?(猛烈なシノン押し)

 話は変わって、思いっきり攻略幹部達から警戒されてる《ティターニア》。細剣使いなのに全身甲冑とか、髪の色はともかく顔の造形が日本人離れしてるとか、そりゃあ警戒もされます。加えて『今まで聞いた事も見た事も無い』という情報的ダメ押しがあれば【白の剣士】の剣で倍プッシュ。

 それでも試験を実施しなければならないのが《攻略組》の辛いトコ(嗤) 大人は公私の分別をしなければならないのだ……(愉悦)

 そんな大人の姿に『嫌だなぁ』と思ってるシノン。

 原典ではSAO開始時点で最年少がシリカ&ユウキの12歳(!)、リーファ&シノンが13歳、キリト14歳、アスナ&リズ15歳。アルゴ、レイン、フィリアは不明です。

 本作シノンはユウキ、シリカと同い年設定なので、何気に揃って《攻略組》年少組なんだぜ。キリトの次に幼いというネ。アルゴはもうちょい上、レインとフィリアはSAO開始時点で17歳(高校二年)なので、現在19歳。ユウキやシノン、リーファが現15歳。

 ――――かなり大人びた思考のユウキやシノンも、現時点では原作キリトより年下なんだ。

 だからこんな思考をするシノンが居ても良いと思うの(また戻った)

 アルベリヒについては(もうバレバレですが)ネタバレになるので次話以降で(そして終わる)



 ちなみに、『黒』ことスレイブの装備の参考は、Fate/の《アルトリア・オルタ》。

 現在のキリトも具足とバイザー以外は色含めて全く同じ装備だったりする。



 そして、実は私、Fate/Grand Orderの熱にやられて、それを原作にした小説を出してしまいました(犯罪系)

 本作キリトが外周部から落ちた後、《ホロウ・エリア》に転移しましたが――――超ご都合主義で、並行世界(F/GO世界)に渡って、マスターとして戦う物語の妄想が捗ってしまって。

 もっと言うと、ジャンヌ・オルタの熱で、ネ。

 タイトルは《Fate/Grand Order ~孤高の剣士~》。

 注意書きはあらすじでしてます、読んで下されば幸いです。

 無理強いはしません、読む読まないも読者の自由ですから。ただ感想や批判などでも、私の人格・作品の否定や荒らしだけは、控えて下さい……改善の仕様が無いので……切実に願います。



 では、次話にてお会いしましょう。


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