インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 テスト期間という事もあってちょっと本腰を入れていてね、投稿は少なくなった……申し訳ない。

 尚、FGO孤高の剣士の事を言ってはいけない(戒め)

 文字数は約一万二千。明日(もう今日)がテストのピークなので、あんまり書き溜められなかった。先週は楽かったんですがね。

 今話の視点は前半アスナ、後半クライン(久し振り! でもあんまり話さないヨ)

 ではどうぞ。




第九十五章 ~対決:黒の騎士~

 

 

 ――――やっぱり、何かおかしいな、この人達……

 

 『スレイブ』という黒尽くめのプレイヤーの名前を知って湧き起こった嫌悪感をどうにか押し殺した私は、一旦意識を切り替えて、《ティターニア》というギルドの者達の異常性に思考を回す。

 この短い間にリーダーの男の武装と細剣使いとしての矛盾という異常を認めているが、他にも幾つか異質さを認めている。

 最前線攻略の参加試験にあたって名前、レベル、メイン武装、役割に関して伝える事は、何らおかしい事では無い。知らなければ判断基準も作れないし、レイドに組み込み時に困った事になるからだ。

 それらパーソナルデータをこちらに促される事なく自主的に伝えた事が引っ掛かるのだ。

 普通は僅かなりとも躊躇する。実際今までの試験で自主的に伝える者は少なく、促せば言う事が殆どだった。

 自分達の能力に対し余程の自信と余裕があるのであればまた別だ。大規模なギルドを率いているという事情があれば、ああ、団長みたいな感じか、と納得もする。私も緊張はするが見た目の上では何ともないと感じさせる振る舞いを心掛けているから、それと同じで経験を積んでいるのだなと判断出来る。

 だが、《ティターニア》の所属人数の総数は知らないが、小耳に挟んだ事も無い時点で数は少ないと思う。

 リーファちゃん達のようにいきなり来たのであればまた変わるのだが、それは多分無いなと、男達の姿を見て思う。

 男達の耳は尖っていない。

 シノのんも尖っていないが、その分彼女はリアルを重視した容姿となっている。聞けば殆どリアルの姿と変わらないらしい。ユウキ達の話も統合すると、どうやら《メディキュボイド》は治療目的の使用なので現実感を持ってもらう事を意識してアバターは基本リアルの容姿になるようだ。

 対するリーファちゃんは《アミュスフィア》で、しかもALOデータのまま来てしまったのでリアル重視では全く無い。本人の話ではリアルは長年の武道経験からもう少し骨太で、髪も黒くもう少し短いという。つまり作り物な訳だ。

 そこに来て男達の容姿は、リーダーは金髪で、他も黒や茶色も居るが赤が居る。しかも顔の造形は東洋風だったり西欧風だったりとてんでバラバラ。

 シノのんとリーファちゃんのどちらに近いかと問われれば、恐らく誰もが後者と答えるくらいには現実感が薄い様相を呈していた。あるいは私達よりも華美な武装がそう思わせているのかもしれない。

 この七人の中で最も馴染んでいるとすれば『スレイブ』という黒尽くめのプレイヤーだと思うくらい他の六人には違和感を覚える。

 無論、『スレイブ』とて例外では無いが、彼らよりはまだマシだった。

 

 ――――多分、黒、だからだろうなぁ……

 

 試験を受けに来た七人の内、日本人と言える髪の色――すなわち黒や茶など――はそのプレイヤーだけである。加えて装備も甲冑こそ纏っているが黒一色という地味なもの。

 絢爛華美な装いの男達と並んでいるとマシに思えるのも当然である。

 

「……はい、皆さんの事については把握しました」

 

 幾つかの所感と多大な疑念を抱きながらも、今の間は私は司会進行役に徹する為にそれらを押し殺す必要があった。それでも僅かながら固く事務的な口調になってしまったが、こればかりは見逃して欲しいと思う。

 七人の先頭には金髪に白を基調とした甲冑を纏う男アルベリヒが立っている。その仲間は殆どがアルベリヒの後ろで横に並んでいた。

 そして『スレイブ』という名前らしいプレイヤーは、彼らよりも更に一歩下がった位置で待機している。

 勝手な妄想ではあるが、何となく『スレイブ』というプレイヤーを蔑ろにしているように感じ、同時にキリト君が蔑ろにされているように思えてしまって、胸の奥がざわついた。そう錯覚してしまうくらい『スレイブ』というプレイヤーは、あの少年に近い雰囲気を持っていた。

 

「ではこれより、最前線攻略組への参加試験を行います。既に伝えられているとは思いますがもう一度説明します」

 

 そこはかとなく黒い感情が胸中に芽生えるが、それを深呼吸と共に一旦仕舞い込んだ私は、再び事務的な口調で口を開く。

 既に団員の方から伝えてもらってはいるが、一応これは段取りというものなのでもう一度同じ説明をしていく。第一試験はデュエルで個人の戦闘能力を、第二試験はパーティー戦闘に於ける協調性や連繋能力を見る事も伝達した。

 それらの内容の中には、勿論デュエル相手をそちらが希望する事も出来る事も含んでいる。

 

「なるほど、こちらの希望を聞いて頂けるとは懐が深いですね。【閃光】の名で呼ばれるアスナさんの人気も分かるというものです」

「……そうですか」

 

 最後に付け加えた伝達事項を聞いて、アルベリヒが笑みを浮かべながら賛辞を述べて来た。

 しかしその賛辞を受けて私が覚えた感情は、喜びでは無く、不快感だった。

 自慢では無いが、私は称賛の言葉というものはSAOに入る前も入った後も、種々様々な事で幾度となく耳にして来ている。

 ――――しかし、褒められる内容は流石に差異があるがそれは置いておくとして、SAOを契機とした前後に於いて、私が向けられた賛辞の声の意味するところは大きく異なっていた。

 SAO以前であれば社交辞令だったり、あるいは無礼にならない程度の慇懃さや皮肉だったりなどが大半だった。私の生家がそういう集まりに行かなければならないところなのでこれが多いのは必然だった。

 SAOで戦い始めてからそれらを耳にしていない訳では無いが、本心から言っていると分かる称賛はリアルの頃よりも圧倒的に多いと言える。

 そのようにどちらの意味でも『称賛』を経験したからこそ、私は他者の称賛や言葉の真意、そして相手の心情や思惑を推し測る事が出来るようになっていた。元々家の事情でそういう事に敏感ではあったが、正の感情と負の感情の双方に触れたからこそより鋭敏な感覚を得たのだ。

 だから分かった。アルベリヒが口にした称賛は、少なくとも本心からのものでは無いと。どこか別の何かに意識を向けていると。

 その意識、意図は分からないが、少なくとも視線に不快なものを覚えたので、多分いやらしい目で見る事に意識を傾けていたのだろうと推察する。

 酷く不本意ではあるが、そういう目で見られる事は幾度となくあったからすぐ気付けるようになってしまっていた。

 

 ――――これから試験だというのに、不真面目な人なのね……

 

 その印象と共に、私はアルベリヒに対する評価を一段階下げる。

 どれだけ能力が高く己の能力に自信を抱いていようと、テストや試験というものには常に全力で、真剣に、真摯にあるべきだと思う。それが相手に時間を割いてもらっている内容のものであれば猶更である。

 テストや試験というのは相手への心象でも決まる事がある。面接試験などが正にそれ。どれだけ頑張っていようと、点数が高かろうと、不真面目だったり不快な気持ちにさせる事が多い人なら誰だって即座に切り捨てるだろう。

 『平均的な能力だが人当たりの良い人』と、『非常に有能だがとても礼儀知らずの人』なら、採用される人は前者に決まっている。

 事を円滑に問題を起こさず進める為にも組織に属する者として社会性、コミュニケーション能力というのは必要不可欠だ。

 

 ――――まぁ、いざやるとなったら真剣になる人なのかもしれないから、まだ決め付けるには早過ぎるかな。

 

 アルベリヒへの評価を下げた私は、しかしそれだけで不合格にするつもりは無かった。重要なのは実力であり、次点で人柄や態度である。それを逆転させてはならない。

 《攻略組》は人格者なだけでは決してやっていけない。

 やる気があり、能力も最前線に耐えられる程度あり、態度や協調性も常識的な範疇にある事が参加の最低ライン。どれか一つが欠けていてはいけないし、それを補う様に何かに特化していても協調性を乱すだけ。

 キリト君は対外的な理由で協調性や態度に問題があるが、必要な時――例えばレイドが壊滅しそうになった時――などでは《ビーター》としての態度を抑え込み最優先にキバオウやリンドさんを助けていたし、場の流れで無理矢理とは言え協調性やリーダーシップを見せ、態勢を立て直す事もあった。やる気と能力は言うに及ばず。

 つまるところ、普段の態度が多少いい加減でも、必要な時にしっかりやる人であれば多目には見るのである。それくらいの度量が無ければ/余裕や自由が無ければ人は集まらないし、集まってもすぐ瓦解するのだから。

 ――――過去、何度か最前線攻略に乗り出してきた中規模ギルドが居た。

 しかし何れも、『余裕/自由の無さ』が原因で崩壊していった。

 《血盟騎士団》を始めとする中~大規模ギルドの他、《風林火山》や《スリーピング・ナイツ》のような少数精鋭ギルドに置いて行かれないようにするには、まず勢力を大きくし、同時進行でレベルや装備を鍛える必要がある。

 故にそれら新参の中規模ギルドは団員を募る訳だが、今の《攻略組》のギルド構成から、それらが軒並み失敗に終わった事は言うまでも無い。

 《血盟騎士団》も例外では無いが、募集で入って来る団員のレベルは基本的にギルドの平均と同等かやや下である事が多い。

 そういった者達を戦力にする為にギルドはまずレベリングに走るのだが、そのペース配分は非常に考えなければならない。

 新参ギルド達の場合、あまりに無茶なノルマを課す事が多かった。様子を見に赴く自分やディアベルさん、団長、果てはキバオウに至るまで、『それは無茶だ』と思うノルマが多かった。攻略組として辛い戦闘や素材集めを何時も経験している私達でさえ、それが無茶であると思ったのである。

 故に止めた。戦力が増えるのは望ましい事だが、それで無茶をされても何時か瓦解するだけ。私達が欲しているのは長期的な戦力であって、一回限りの使い捨て戦力では無い。

 そうしてレベリングを止められたギルドは、続けて『高能力のプレイヤー』を求め始める。レベリングの手間を省こうと考えたのだ。

 しかしそれも失敗に終わる。

 偏見という訳では無いが、ネットゲーマーの大半は『自由である事』を好んでおり、つまり束縛される事を基本的に厭う傾向にある。

 攻略組も全員がそういう訳では無いが、キリト君やユウキを始めとして多くはある程度の自由さを好む。探索中の行動は、配属された固定パーティーの流れに任せている。休息や作戦もだ。

 階層に於けるレベリングや武具強化素材の収集などその都度出されるノルマはあるが、それらをどういう順番でこなしていくかは各々の判断に任せている。

 レベルが足りなければ補欠に回せばいいし、武器強化が足りないならそちらに時間を割く事もまた攻略の一つ。『攻略』という最終的な目的が達せられるなら、過程はある程度は自由という事にしているのである。

 一週間の内六日で一層分の攻略を終え、七日目は休息としているのも、その自由さを尊重する為だったりする。

 ちなみにこのペースを提案したのは団長だ。キリト君や攻略組の攻略速度と体力から遅過ぎず、早過ぎずもしないペースを考えてこの『一週一層攻略』というペースが確立された。これが乱される事が起きた時、大抵キリト君と何者かの水面下での死闘が繰り広げられている。

 ――――話が逸れたが、攻略組が大枠を作ってある程度自由にするスタンスを取っているのに対し、これまでの新参ギルドは大半がガチガチのペース配分にしたせいで瓦解したのである。

 どれだけ実力が高いプレイヤーであろうと一人の人間。機械のように命令に従い続ける事は無いし、自分の時間というものは出来るだけ確保したいと思うのが普通だ。

 新参ギルド達はそれを無視し、『ゲームクリアを目指す』のではなく、『最前線攻略に参戦する』事を目的として据えてしまった。朝から晩まで攻略やレベリングに出て、休憩時間は食事と睡眠くらい。『自分達は追い付かなければならないのだから』とフロアボス攻略の翌日も休息日なのに出る始末。

 手段と目的を入れ替えてしまえば瓦解するのは目に見えている。

 それらが過去にあったからこそ、私達は教訓として出来る限り『個人』を尊重する事を決めていた。『公私を分ける』事が重要と個人は言われるが、個人を雇う組織の方もまた評価する対象の『公私』を分ける必要がある。普段軽薄で態度が悪くても、仕事という『公』の方がしっかりしているのなら多少は目をつぶらなければならないと。

 嫌悪感は、ある。無いと言えば嘘だ。真面目な場であろうとなかろうと不躾な視線を受けて嫌な気持ちにならない人はまずいない。

 でも、私の個人的所感は一旦外さなければならない。

 面接で試験は始まっているが、根幹は真面目に事を為す方。個人の所感はそこからプラスマイナスを付け加える為に用いるだけに過ぎない。

 

 ――――とは言え何か苦手だなぁ、この人……

 

 容姿は全く違うが、雰囲気や口調が酷く似ている為に、リアルに於ける昔からの知り合いと重ねて苦手意識を持ってしまう。

 思わず身を引いてしまいそうな意識を一度咳払いすると共に押し込む。

 

「それで、誰が誰とデュエルをしますか? 希望が無い人はこちらが武装で判断しますが」

 

 デュエルは希望や武装が分かれていれば――複数人がユウキと言ったり、片手剣使いばかりでなければ――、基本複数の組が同時にデュエルをする形式となっている。時間短縮の為だ。

 尚、男達の武装は、リーダーのアルベリヒが細剣。『スレイブ』が幾つもあるらしいので不明。他は片手剣、曲刀、短槍に盾を装備していた。

 アルベリヒと『スレイブ』がアタッカー、他がライトタンクという構成のようだ。

 ただ細剣使いのアタッカーであるアルベリヒが敏捷性を殺す重甲冑であるように、他の者達もまた重甲冑。防御力と耐久性に優れる大盾や、一撃の破壊力に優れる両手武器持ちが居れば分からなくもないが、長期的な戦闘を前提とするフォーメーションにしてはかなりチグハグだ。長期戦に小盾は不向きだし、移動力を殺す重甲冑も結果的に被ダメージが増えるのだから。

 重甲冑なら両手武器を用い、一撃のダメージ量を増やす事で戦闘時間を短くする。

 軽量武器で与ダメージ量が少なく長期戦になるなら、軽装にして回避力を上げ、HPの温存を優先する。

 それらがキリト君の、そして《攻略組》が推奨するセオリー。別にこれから外れても良いが、それなら相応の実力を見せてもらわなければならない。

 少なくとも、私かランちゃんのどちらかがアルベリヒと戦うのは、既に決定事項だ。男の眼を見る限り何となく指名されるのは分かるが。

 

「そうですねぇ……では私は、同じ細剣使いの身としてアスナさんを。【閃光】と謳われる方から学べる事は多いでしょうから」

「そうですか。分かりました」

 

 やっぱり来た、と内心うへぇとしつつ事務的に応答する。

 アルベリヒの後、他の男達にも尋ねるが、彼らは誰も指名しなかったのでこちらが武装から判断していった。

 

「あなたは誰にしますか?」

 

 七人目、つまり最後となる『スレイブ』に尋ねる。

 彼の少年に酷似した雰囲気と装いのプレイヤーだが、正直性別がどちらなのか見当つきかねていたりする。あの少年も赤の他人であれば少女と間違えそうなくらいだが、目の前にいる黒尽くめのプレイヤーも負けず劣らずである。バイザーで目元を隠しているし、露出の無い装いとは言え頬や手の肌はきめ細やかな白色だ。

 この装いと肌で男性と思うのはかなり難しい。キリト君の例が無ければ即座に『女性』と判断しているだろう。

 

「――――おれは……」

 

 一拍の間を空けて、血の気が引いた唇から音が発せられた。

 やや掠れ気味で、しかしハッキリとした声が耳朶を打つ。幼さ故の高さが残り、しかし女子では無いやや低めの印象も与える声。ソプラノには達していない音域のそれは、予想通り黒き少年そのものと思えるものだった。

 『スレイブ』の素性とアルベリヒ達への疑念を強くする。

 そんな事に気付いていないだろう『スレイブ』が口にした者は――――

 

「《血盟騎士団》団長を、指名します」

 

 《神聖剣》による堅牢な防御で知られる【紅の騎士】、ヒースクリフ団長だった。

 

 ***

 

 地肌を晒す練兵場で【紅の騎士】と黒の騎士とが相対する。

 試験官として指名された茅場晶彦こと《血盟騎士団》ヒースクリフは、広く知れ渡る紅の甲冑を纏い、細長い十字剣を納めた重厚な十字盾を左手に持ち、自然体で佇んでいる。

 男は右手を振ってシステムメニューを呼び出し、幾らか操作する。

 すると黒の騎士の眼前にメニューが表示された。デュエルの申請だ。初撃か半減かはその都度決められ、二人の話し合いで《半減決着》となった。

 

「準備は良いかね?」

 

 ヒースクリフの問い掛けに、黒の騎士は無言で首肯する。

 キバオウが居たら何か言いそうな態度だが、それが相手を莫迦にしたものではなく、むしろ相手を尊敬し、緊張に身を固めて無言になっていると思えるものでもあった。それだけ黒の騎士から感じられる雰囲気は真剣そのものだ。

 黒の騎士は色々と使うという話だったが、どうやらヘヴィタンクを相手にする事から両手剣にしたらしい。

 両手で握られた剣は使い手の背丈の三分の二を占める長大さを見せていた。その剣は、このデスゲームが始まった頃からのフレンドの少年が愛用する剣のように、柄先から切っ先までが黒く染め上げられている。

 違いがあるとすれば、刀身の腹に深紅色の幾何学的な紋様が入っている事と、数秒ごとに、まるで呼吸しているかの如く明滅を繰り返している点。リズベットが鍛え、キリトが購入し、今はユウキが借りて使っていると聞いた黒剣エリュシオンよりもよっぽど魔剣らしい様相だ。

 ただ、見てくれはどうあれ、甲冑を着込み幅広な長剣――俗に言うブロードソード――を正眼に構える様は、ヒースクリフとはまた違った方向性の騎士の姿である。

 雰囲気は確かにキリトに似ているが、どうやらスタイルはかなり違うらしい。

 そんな相手の首肯を見て、ヒースクリフがシステムパネルをタップする。途端両者の中央の空間にデュエルの対戦相手を知らせるパネルが表示され、その下に開始までの猶予時間が表示される。

 刻一刻と、無味乾燥な電子音が練兵場に響く。

 普段複数人の試験なら時間短縮のために他の面子もデュエルを開始しているのだが、《攻略組》の顔とも言える男とのデュエルに誰もが興味津々なようで、全員が二人を遠巻きに囲って見守る。ヒースクリフから見て右側が《攻略組》で、左側が《ティターニア》と、丁度正反対の位置にそれぞれ陣取っていた。

 開始まで残り30秒を切った時、漸くヒースクリフが盾から剣を抜いて構える。盾を持つ左半身を前に出し、何時でも反撃出来るよう右手の剣を構えるスタイルは、あの男の本気の構えだ。

 男の表情はやや硬い。やっぱりヒースクリフも、スレイブの雰囲気がよく知る少年に酷似し過ぎていると思っているのだろう。

 

「スレイブ」

 

 残り時間20秒を切った時、唐突に反対側に居る絢爛華美な男アルベリヒが声を発した。

 それまで剣を正眼に構え集中していた黒の騎士は、ヒースクリフから視線を切り、僅かに顔を向ける。

 

「お前は《ティターニア》の一番手なんだ。それに相応しい戦いぶりを見せるように」

「――――マスターの御心のままに」

 

 一瞬の、集中していなければ分からないくらいほんの僅かな間を空けてスレイブは応じた。

 アルベリヒはそれで満足したのか、腕を組んで頷き、口を閉じる。

 

「『マスター』って、ンな……」

 

 スレイブの応じ方は耳にした事が無くて、俺は思わず唸る。

 ゲーム的に考えれば『マスター』という単語は別におかしくない。ギルドを率いる者は、俺達は基本『団長』や『リーダー』と呼称しているが、システム的には『ギルドマスター』とされている。つまりそれに値する呼称とも考えられる訳だ。

 事実アルベリヒはギルド《ティターニア》を率いるリーダー。システム上、あの男はギルドマスターに当たる訳で、ああいう呼ばれ方は特段おかしい訳では無い。

 無い、のだが……やはり黒の騎士の名前のせいか、正直そういう意味では取れない。

 しかも『御心のままに』なんてセリフを実際に耳にする事になるとも思っていなかった。アスナやユウキといった知り合いの女性剣士にはファンが多いし、実際アスナ目当てで《血盟騎士団》に加入する者も少なからずいるが、そいつらでさえそんな酔っている風なセリフは吐かない。『頑張ります』とか、子供が親に報告するような傍から生暖かく見守れる程度だ。

 

 ――――見た目からして気に喰わねェとは思ったが、そんなセリフを言わせるとなると、余計気に喰わないヤツっぺェな……

 

 刻一刻と時間が減るに連れて緊迫感が増す二人の向こうに居る男達に対し、そう印象を抱く。

 さっきのセリフで微妙そうな面持ちならまだしも、アルベリヒ達はスレイブの返事に満足そうにしていた。つまりそういうセリフを奴が望んでいるという事だ。自分を持ち上げる奴が大好きなのか、あるいはそうさせていないと気が済まないのか。

 どちらにせよ、見た目の華美さも相俟ってあまり好きにはなれないタイプである。

 キバオウとリンドもあまり好ましいとは思わなかったが、攻略という仕事に関しては真面目だったからまだ良かった。ぶつかる事は多かったがそれだけ俺も真剣に考えていたという事だ。

 しかし、リアルで務めていた会社が中規模な貿易企業なのでコミュニケーションが多く、あまり相手の選り好みをしないよう心掛けている俺ですら、第一印象からアルベリヒは好きになれない。

 まぁ、あちらも自分の事を良く思わない輩に、好かれたいとは思っていないだろう。

 

 ――――などと思考している間に、デュエル開始の合図である電子音が鳴り響いた。

 

 同時、黒の騎士が駆け出す。地面を抉る程の踏み込みを見せた後、強烈な力で地を蹴り、砲弾の如くヒースクリフへと突貫を仕掛けた。

 

「は、ぁ……ッ!」

 

 空中に身を躍らせながら突進するスレイブは、グルリと空中で左回りに回転し、その勢いを以て魔剣を振るう。寸前で掲げられた十字盾の中心に吸い込まれるように魔剣は叩き付けられた。

 《神聖剣》のパッシブスキルにより、盾の中央に叩き込まれた一撃はダメージもノックバックも無効化される。

 空中から剣を叩き付けたスレイブは、反動でまだ着地していないため隙だらけ。

 その隙を突こうと、ヒースクリフは盾を引きながら、右手に握る長剣を袈裟掛けに振るう。

 ――――だが、空中に居るスレイブは、右脚に橙色の光を灯しバク転を行った。

 

「ぬ……ッ?!」

 

 バク転による蹴りはヒースクリフの右腕に直撃し、上に弾かれた。余波を受けてか男はたたらを踏んで僅かに後退する。

 その間にスレイブも着地し、数メートルほど距離を開けた。

 スレイブはノーダメージ。

 対するヒースクリフは、右腕に《体術》スキルの《弦月》を受けた事もあって、僅かにHPが減っている。あと少しで9割を割るという程度だ。

 ほんの僅かなので大したダメージでは無い。

 だが、どちらも攻撃し合って片方がノーダメージという結果は、見えない形であるがかなりの差と言える。特にスレイブは空中で身動き取れない状態で《弦月》を放ち、相手の攻撃を阻害すると同時にダメージを与えるという方法だった。これだけでもかなりの手練れという事になる。

 というか俺の所感としては、あんな重そうな甲冑を着ているのによくあんな身軽そうに動けるな、という事だった。甲冑を着ていたら跳躍力や三次元的な動作はかなり制限されるというのにスレイブはそれを感じさせない程の身軽さだ。

 

「彼、かなりの手練れみたいだ」

 

 スレイブの動きとデュエルの戦況を考察していると、左隣に立つディアベルが小さく声を掛けて来た。

 

「あそこまで《体術》と剣技を使いこなせるプレイヤーは《攻略組》にもそう居ない」

「たった一合と一撃だけとは言え、あんな対応を見たらな……」

 

 ディアベルの言葉に、更に左に立つエギルも同意見とばかりに言った。

 

「あんま対人戦をしねェからってのもあるだろうがな……」

 

 俺もまた同意見である。

 SAOの中でも《笑う棺桶》やオレンジと同じくらい、試験のデュエルを経て対人戦を経験している俺達の中で《体術》を使いこなしていると言えば、キリト、アルゴ、ユウキの三人程度である。前二人は《籠手》という、《体術》必須の超近接打撃武器を装備していたからでもある。

 だから武器を扱う技術と《体術》を上手く組み合わせるプレイヤーは相当のやり手という認識が俺達の間にはあった。

 

「――――次はこちらから行こう」

 

 そう話していると、バイザーで目を隠されていては駆け引きは無駄と悟ったのか、ヒースクリフが宣言すると共に駆け出した。

 スレイブはそれで更に身構える。

 重厚な装いの騎士は筋力値に傾いたヘヴィタンクなので、そこまで走る速度は速くない。しかし十字盾が大きいので正面から見れば威圧感はたっぷりである。小柄な黒の騎士からすれば余計大きく見えている事だろう。

 およそ十メートルの距離を走って詰めたヒースクリフは、距離がゼロになる寸前、僅かに盾を後ろへ引いた。

 スレイブはそれに気付く様子も無く、剣を正眼に構え警戒したまま、ヒースクリフの左側に回ろうとする。盾があるから視界が利き辛いので敵に盾持ちが居れば基本盾側に避けるのがセオリーとなっているからこその対応。

 普通であれば、その対応は極めて正しい。

 だが《神聖剣》を相手に、それは悪手だ。アレは剣だけでなく、本来なら攻撃判定が無い盾にも判定を与えるという、疑似的な二刀流状態にするパッシブスキルも持つからだ。

 その特性を活かすべく、横へ回ろうとした黒の騎士目掛けて、ヒースクリフは突進の勢いも加え十字盾の下端を全力で突き込んだ。寸前で気付いた事、また剣を眼前に構えていた事が幸いし、スレイブは剣の腹で十字盾の刺突を防ぐ。

 しかしヒースクリフの体重、筋力値、突進速度が合わさった刺突を止め切れず、スレイブは僅かに空中に浮きながら吹っ飛ぶ。

 やや距離を開けて地面に足を着けたスレイブは、すぐに態勢を整え、相対する騎士へ目を向ける。

 ヒースクリフは息を整える間を与えず押し潰さんとばかりに距離をほぼ詰め切っていた。右手に握る十字剣が振り上げられる。

 

「お、ぉおッ!」

 

 応じるように、右半身を後ろにし、剣を下げ気味に構えたスレイブが気迫の籠った声を発する。

 同時に刃が赤い輝きを発し、真上に振り上げられ、続けて大上段から振り下ろされる。

 放たれたのは、《両手剣》スキルにある重攻撃二連撃スキル《メテオ・フォール》。

 剣速こそ他よりやや劣るとは言え、一撃の威力で言えばかなりのものな上にガードの上からでも削りダメージが多いという特徴を持つ。敵が使って来るとガードを破られる危険性もあるので厄介極まりないが、味方が使うと心強いにも程があるスキルである。

 ちなみに攻撃属性は斬撃と打撃なので、《両手剣》という斬撃属性武器でありながら地味にゴーレム系にも通用するという希少なソードスキルでもあったりする。そういう意味でも重宝されているスキルだ。

 その重攻撃により十字剣は真上に弾かれる。

 ヒースクリフが即座に十字盾を翳すと同時、赤い輝きを放つ長剣が再度叩き付けられた。急いでいたために盾の中心で防げなかったようで、削りダメージが入った。HPが8割程まで減少する。

 

「ぬぐっ……しまった……!」

「はあああああああああッ!」

 

 ノックバックを受けて動けなくなった事に毒づくヒースクリフ。

 その隙を逃さないとばかりに黒の騎士は追撃を加える。斬撃を二度ほど受けたところでノックバックから立ち直った鉄壁の騎士も、流石にゼロ距離で迫られると盾が視界を狭めているせいで思う様に立ち回れないようで、かなり苦戦していた。

 黒の騎士スレイブは未だノーダメージでありながら、ヒースクリフの体力は既に六割を切ろうとしていた。

 

「団長が押されてるなんて……!」

「我々も初めて見ますぞ……?! あの剣士、尋常でない腕を持っているようですな!」

 

 自分達が所属するギルドの団長が押されている姿に、アスナとゴドフリーがそれぞれ言葉を洩らす。

 《神聖剣》のスキル、そしてSAOの製作者という知識面、他者よりもフルダイブの経験を多く持つというアドバンテージを最大限に活かして強者として君臨するヒースクリフは、決してそれだけに頼る人物では無い。この一年半を命懸けで戦って来た猛者だ。だから決して弱くない。むしろ他者には無いアドバンテージから、対人戦でも対モンスター戦でも非常に優位と言える。

 そんな男をノーダメージで圧倒するには、針の穴に糸を通す精密さが必要不可欠。実際全てを知る相手に対し先手を打つとなればそれどころではない筈だ。

 

 ――――キリト、じゃねェんだよな……

 

 そんな莫迦げた事が出来るのは、恐らくキリトくらいなものだと思っていた。それでも《二刀流》があってこそ。一刀でも負けはしないだろうがノーダメージは流石に無理だと俺は思っている。

 あの努力の鬼のような少年ですら一刀では不可能と思える事を、目の前の黒の騎士はやれている。

 正体がキリトであるなら納得だが、そうでないなら不思議でしかない。

 命懸けで戦って来たプレイヤーの腕を完全に圧倒する奴なんて、そうそう居る筈が……

 

「……」

 

 リアルに居て、ステータス的にも絶対勝てないのに、《ⅩⅢ》まで使われていながら一撃たりとも掠らずキリトを完封した武道の鬼が、そういえば一人居たな、と思わず遠い目になった。

 あの武道の鬼のように過去そちらにのめり込んでいるのだとすればおかしくないのかも、と微妙な心境で俺はデュエルを見守るのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 『《メディキュボイド》はアバターをリアル重視にする』という部分は、原作アニメの木綿季がオープンスペースのアバターを肉体が衰える前のリアルのものにしていた事、また本作に於いてユウキはSAOに馴れるまで機械に馴れていなかった事(独自設定)から、この設定にしました。

 ALOの容姿は原作設定でランダムアバター。ここは現状本作でも変わってません、なのでリーファの容姿もランダムです。

 SAOの容姿は、リアルの容姿に置き換えられる前は自分で設定可能なようなので、特に弄らなかった=手鏡イベントを経てもあまり変わらなかった=《メディキュボイド》はアバターの容姿をリアル重視にする、という流れで考えております。

 勝手ではありますが、それで受け容れて下されば幸いです。

 ――――ちなみに、凄く今更ですが、ユウキのリアルの容姿は原作ALOです。

 ……ラン? アスナ似で、SAOⅡ最終回でチラッと出ただけだから、ちょっと小柄なミニアスナってくらいしか考えてないです(汗)

 次にスレイブこと黒の騎士の武器は《両手剣》を選択しました。

 参考元のFGOのオルトリアのモルガンカリバーも、本人は片手で使ってるけど本当はアレ両手剣なのでそれに合わせてみました。青王の方はキチンと両手で振ってるし。同系の王剣クラレントも分類を《両手剣》にしましたからね。

 もっと言うと、本作って《片手剣》スキルばかりでそれ以外あんまり出してないなぁって……折角SAOのゲームに沢山あるんだから、出さないと勿体無いよネ! というのもあって、両手剣にしました(笑)

 キリトが片手剣一刀や二刀の手数重視。

 白が大刀をメインに《ⅩⅢ》も使った力押しや搦め手重視(両手剣スキルをほぼ使わない)

 獣が全ての武器で完全力押し。

 ならスレイブは完全に両手剣スキルを含めた技巧&力押しキャラにしようかなって。やっぱスタイル一つにも特徴を付けないとネ!

 尚、スレイブのせいで完全にストレアのキャラ特徴(SAOキャラ唯一の両手剣使い)が喰われた事は、内緒だ(アルベリヒ許すまじ)

 今後《短剣》や《長槍》、《神聖剣》、《刀》のスキルをちょくちょく出していきたい(願い)

 ――――ちなみにですが。

 アルベリヒが言っているようにスレイブがデュエルの一番手です。つまりアルベリヒ達は、《攻略組》から『手練れ』と言われたスレイブの後に試験を行うという事。

 どんな醜態を晒させようか(愉悦) あんまりあからさまだと、普通に考えて大人がそんな……ってなるから、匙加減が難しいですね。酷いとただのアンチに成り下がりますし(原作からして須郷アンチと言ってはいけない)

 そしてスレイブは加入させるか、それともアルベリヒ達と纏めて追い出すか……迷うなぁ(嗤) 獅子身中の虫を取り込むか、繋がりも絶つか。

 あ、察されているとは思いますが、アルベリヒ達は原典ゲーム沿いの影響で加入しない事は決まってるので、悪しからず。

 では、次話にてお会いしましょう。


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