インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ※これが投下された午前零時ジャストから数分の間、修正前の話となっていました。ラストがやや変わっておりますのでご注意ください(尚この注意書きは暫くしたら削除します)

 今話はオールユウキ視点。浮遊遺跡の探索を描写しております、戦闘もあるヨ!

 ちなみに現在の探索メンバーはキリト、ユイ、ルクス、ユウキ、リーファ、サチ、レイン、フィリアの合計八名です。

 文字数は約二万。

 ではどうぞ。




第九十七章 ~欲深を喰らうモノ~

 

 

 黒い指貫手袋に包まれた手が、浅黒い石造りの扉に当てられる。それに呼応するように設定されている扉はシステムに従って重い響きと共に左右に開いた。

 扉を開けた黒尽くめの少年が、剣を構えながら部屋の内部を見渡し――――

 

「……また、か」

 

 真剣な顔ではあるが非常に面倒臭そうな声音でそう言い捨てる。

 扉からは通路が数メートルあり、その先に一辺十数メートルほどの構造の小部屋が存在している。その小部屋の中央には高さおよそ五メートルには及ぶ全身甲冑姿の大剣型騎士が仁王立ちし、その周囲に三メートルほどの盾持ち骸骨剣士が三体ほど居た。

 次の小部屋へ移動する度にこの手合いが相手となるので、いい加減ウンザリしてきているのだ。

 かく言う自分も、一緒に居る面々も、最初はレベリングや良い連携相手として捉えていたが、回数が重なって来ると流石に嫌気が出て来たようで誰もが面倒臭そうな表情を浮かべている。

 普通であれば、黒尽くめの少年――――【黒の剣士】キリトが幾度も戦う程度で気が滅入る事は無いだろう。デスゲーム開始からこれまでソロで延々と、敢えてポッピングトラップも踏んで戦い続けて来た彼の集中力は伊達では無い。

 しかし現在いる場所の探索を開始してからの二時間、部屋を移動する度に毎回同じ敵と戦う羽目になっている。しかも一本道で必ず通らなければならず、また倒さなければ先に進む為の扉も開かない。避けたくても避けられないのだ。

 更に悪い事に、部屋を移動した直後、倒した筈の敵が前の部屋ですぐ復活している事も確認している。帰り道で転移結晶を使わないのであれば、行きで戦った回数分だけ帰り道でも戦う必要があるという事だ。

 ここに辿り着くまで三桁に至りそうな程の骸骨達をガッシャンガッシャンと砕いて来て、その三分の一程の数の大剣型騎士の膝を折って来た。

 それをもう一回繰り返すというのは、危険であっても攻略の安全性を確保出来る為にポッピングトラップを踏む事より生産性が低いのである。それを考えて余計気が滅入っているのだと思う。

 

「こうも連続すると流石にいやになってくるねー……」

 

 うへぇ、と騎士と骸骨剣士達を見て肩を落とす。

 基本戦う事、強さを磨く事に余念がないと自負している自分でも、短時間の内に同じ敵を何度も相手にするとなれば嫌気の一つも差す。馴れが来て戦いがスムーズになるという点から別に悪い事ばかりでは無いが、気分的にもうちょっと変化というものが欲しくなる。

 しかし、どれだけ嫌だと思っても倒さなければ前に進めず、後ろにも帰れない。

 どちらにせよ、扉を開けた時点で敵がこちらをターゲットしているので、抗わなければ死ぬからだ。

 

「来るぞ、取り巻きは任せる!」

 

 何度も扉を開けてすぐターゲットを向けられた経験があるからか、気付けばキリトは既に臨戦態勢となっていた。

 そんな彼の手には紅で彩られた白銀の両手剣が握られている。ユイちゃんとフィリアと共に《グランド・ホロウミッション》を初めてクリアした際に入手したという、あの剣だ。新たに手に入れた武器の使い勝手、刀身の長さや重さによる振るい方のクセを覚える為に、余裕がある今の内に使おうと考えた彼はそれを使っていた。

 その剣を彼は上段に構え、橙色の光の帯を刃に灯した直後、地を蹴って空中へと身を躍らせた。ほぼ同時に巨大な騎士型Mobも同じ構えを取り、同じ光を放ちながら突進を開始。

 片方は空中ではあったが、全く同じ軌道の刃が衝突する。

 そして派手な青色の甲冑騎士の方が筋力値パラメータで劣っていたらしく、完全に刃を弾き返され、たたらを踏んだ。

 その間に三体の骸骨剣士が、技後硬直で自然落下しているキリトへ襲い掛かろうとする――――が、それぞれに向けて紫色の光の矢が幾つも放たれ、足を止める事になる。

 

「皆さん、今です!」

 

 それはユイちゃんが持つ三つ目の召喚型武具《ⅩⅢ》にあるエネルギーボウガンの矢だ。

 AIとして人間より遥かに高い演算処理能力を持つ彼女は、動揺さえ無ければポテンシャルはキリトを遥かに凌ぐ。義弟の信頼に応えようと彼女自身がやる気を見せており、役割も明確に降られている以上思考速度も短くて済むためか、対応は的確ながら非常に速かった。

 

「お、ぉおッ!」

 

 その援護が入ると同時に技後硬直から解放されたキリトが、裂帛の声を上げながら騎士目掛けて真っ直ぐ斬り掛かる。

 ボク達もそれに続くように声を上げながら走り、怯んでいる骸骨剣士達へと襲い掛かる。

 小部屋に移動する度に毎回湧く敵は面倒ではあるが、逆にそれぞれの部屋で独立しているため、どれだけ声を張り上げても周囲からMobが寄って来ないという利点がある。なので自分達も結構お構いなしで声を張り上げていた。

 数瞬で彼我の距離をゼロへ縮めた後、眼前の骸骨目掛けて剣を振るう。蒼い閃きと共に放った四つの斬閃は、最後の剣戟の後に周囲へ四角形の光をパッと散らした。

 

「せ、ぁあっ!」

 

 通常ならそこで硬直を課されるが、スキルが終了してから硬直に入るまでのコンマ一秒以下のラグの間に構えを完成させ、即座に左拳による《体術》スキルを発動させる。初歩中の初歩ながら使い勝手が抜群の《閃打》は、骸骨剣士の骨盤を強かに打つ。

 骸骨系は打撃攻撃に弱いためかレベル差が結構あるのにグンとゲージが減り、残り7割となった。

 《ホリゾンタル・スクエア》と《閃打》の連繋を受けていながら3割しか減っていないのは、やはり《ホロウ・エリア》産のMob故か。《アインクラッド》のMobに較べて平均2倍のHP量があるため、《アインクラッド》換算で6割は減らせる事になる。レベル差を考えればかなりのダメージと言える方だろう。

 

「リーファ!」

 

 そう考えながら、すぐに前衛交替の合図を送る。ほぼ同時に他の組からも同じように相方の名を呼ぶ声が聞こえて来た。

 現在、この【浮遊遺跡バステアゲート】を探索しているのはキリト、ユイちゃん、ルクス、リーファ、サチ、レイン、フィリア、そして自分の合計八人。

 この内、キリトは装備の性能とスキルの効果を発揮する為にソロなので、残り七人でパーティーを組んでいる事になる。ユイちゃんは厳密にはNPCだが、戦闘可能型故にパーティーへと加入している。

 その七人を、今は更に幾つかのペアで分けていた。理由は勿論骸骨剣士三体を分担して相手する為だ。

 レインとフィリアは長い間ペアを組んでいた経験を活かす為に固定。

 自分は今後の攻略の事を考えてリーファとペアを組んでいる。リアルでも剣の道を志している彼女の太刀筋は、仮令片手直剣と長刀という振るい方に差があるとしても参考になる。

 ルクスは戦闘経験の少なさ故に、サチは援護攻撃でルクスを援護をする為に、そしてユイちゃんは万が一を危惧して二人と組んでいる。基本はルクスとサチの二人がペアだが、場合によっては彼女も入るという事だ。

 ちなみに、ユイちゃんはAIらしく学習能力が極めて高いため、キリトの戦闘を見る度にドンドン動きが洗練されていったせいで最早初心者とは決して言えない域に達しており、彼女が数日前まで戦いを知らなかった者と聞いてどれだけの人が信じるか分からない程である。現に先手を打つように彼の援護に回れたのがその証拠。

 たった六日。まだ一週間も経っていないのに、その域だ。AIとは言え彼女は元々戦闘向きでは無いのにそれなのだから軽く嫉妬を覚えていたりする。

 

 ――――そして、それを上回る人物が己の相方。

 

 相方である金髪緑衣の妖精が躍り出る。言葉としての応えは無い、ただその行動と振るわれる刃こそが応じる証だった。

 一息の内に三度は刃が振るわれる。システムが動かすAI如きに防げる道理は無く、初撃を防ぐ為に盾を翳そうとした時には、既に剣戟が叩き込まれた後。世界の補助を受けていない故に威力こそ大したものでは無いが、それでも攻撃は攻撃だ、明確に骸骨剣士の体力は削られた。

 体力を削られた敵はAIを積んではいるが、仲間の一人の少女/女性のような高性能なものでは無い故にアルゴリズムを変える程度の知性しか許されていない。

 そういった存在にも、ある程度の『驚き』に近い反応が見られはする。

 しかしそこに恐怖というものは無いし、被弾する事への苦しみも存在しない。

 

『ふぐるるぅッ!』

 

 故に敵である骸骨剣士は、己にダメージを与えた者の中で直近に居る存在へとヘイトを向ける。

 それを示すように唸りを上げ、右手に握る血錆びが浮いた直剣を振り上げた。

 

「――――ふん」

 

 しかし血錆びの直剣は空を切る。

 当然だ。知性が無い故に駆け引きなど高等なレベルではこなせない存在なのだ、反撃として剣を振るって来る事を予想した上で攻撃後に距離を取らなかった彼女の意図を読める筈も無い。

 妖精は軽やかな足捌きで紙一重で剣を躱していた。自然、巨人と言える骸骨剣士は、明確な隙を晒す。

 

「は、ぁッ!」

 

 それを狙っていた彼女は瞬時に構えを取り、手に持つ翡翠の長刀に光を灯す。

 宿した光は明るい翠の色。

 放たれた斬閃は計八つ。薙ぎに近い袈裟掛けに始まり、逆袈裟、左斬り上げ、逆袈裟、袈裟、逆袈裟、逆風、空中からの唐竹割りを神速を以て連続して放つ、キリトが編み出し、義姉へ継承された八連撃の我流剣技。光を放っている故に扱いはOSSである。

 闘技場での死闘を見た者であれば、この技が如何なるものを参考にして編み出されたかは一目瞭然。身の丈を遥かに超える長刀を振るっていた片翼の堕天使が振るっていた技だ。

 名は妖精が付けた。元々彼の少年がコレを編み出したのも、両手持ちではシステムの恩恵を得られず苦心している義姉の実力を発揮出来るようにするためだったため、名付けるのは彼女に一任していた。

 その結果、八連撃の名は《八刀一閃》と付けられている。

 この技は《刀》などの両手武器でこそ最大限のダメージを叩き出せるもの。少なくとも元となった技は両手で刀を振るうものであり、作成する目的も両手持ちで放てる技を造る事だった故に、妖精が継承した技もまた両手で剣を握った時に発動するものとなっている。軌道こそ《片手剣》の《ホリゾンタル・スクエア》等に近いが、両手で握る故にそれら既存のソードスキルと構えが被らず、発動時に困る事が無いらしい。

 本来であれば、《片手剣》を始めとした片手武器では、両手武器のスキルは扱えない。

 

 しかしOSSは基本的にシステムの既存概念に縛られない故に、その制約は無意味だった。

 

 例えば、《二刀流》を得ているキリトは右手と左手それぞれに片手武器を装備する事をシステムに認められているが、その他が同じ事をするとシステムの恩恵を得られなくなる。ソードスキルを放てなくなるのだ。

 対してOSSは、《片手剣》や《二刀流》といったシステムスキルの枠組から外れた、別カテゴリに分類される類のもの。OSSを放つ為に必要なのはあくまで『構え』と『武器』であり、そこに両手持ちの武器か否かまでは関係無い。

 OSSに於ける分類は、極論『両手汎用』か『片手汎用』か――――つまり前者であれば《両手剣》は勿論片手武器であろうと柄を両手で持てば放てるし、後者も《両手剣》であっても片手持ちであれば同じように放てるという事になる。依存するのは装備のカテゴリでは無くスキルの性質という訳だ。

 だから《片手剣》の《ホリゾンタル・スクエア》を《両手剣》で放てるようにOSSで作るという荒業も、そのまた逆も、原理的に可能なのである。

 そして《八刀一閃》は彼女の特性を勘案した結果、『両手汎用』に落ち着いている。これを放つなら、両手武器だろうと片手武器だろうと、とにかく『柄を両手で持ち特定の構えを取る』事が条件だ。

 故にSAOでは片手剣使いとなっている妖精リーファも遺憾なく己の実力を発揮出来ていた。

 それが嬉しいようで、現在いる区画の探索を始めてから数時間の内に通った小部屋の数だけ八連撃技を見ている。本人は至って冷静に、いっそ冷徹とも思える様で敵を斬り伏せているが、その実内心では大喜びなのだろう。彼女の心情が手に取るように分かる。

 贈り物としては風情に欠けるし、物騒故に些かどうかとは思うが、その実戦力の増強はそのまま生存率に直結する。

 つまり彼の少年は、義姉を想う気持ちを技として形にしたという事。

 その想いを理解出来ない程、彼女は愚物では無い。だから喜々として――――喜々とし過ぎて、却って冷静に見えてしまっている。感情を表に出すまいと必死に押し隠しているのだ。

 微笑ましいと思う。

 だが結果が『蹂躙』なのだからその実全く笑えない。彼女は本当に生まれる時代を間違っていると思う、物騒過ぎである。

 そして今必要なのがその『物騒な力』なのだから尚更笑えない。

 そんな所感を抱きつつ、妖精のカバーをするべく剣を手に駆け出した。

 

 *

 

 更に幾つか小部屋を通過した後、ボク達は扉を開けた先に下へ降りる為の階段を発見した。

 【浮遊遺跡バステアゲート】はその名の通り巨大な浮遊大地の上に遺跡が屹立している地形だが、遺跡とは何も二体の巨竜が居るであろう塔しか無い訳ではない。自分達が今探索している場所はSAOに於いてはやや珍しい地下へ潜っていくタイプの遺跡なのである。

 SAOの舞台である《アインクラッド》は、その構造上どうしても横か上にしか広がらないタイプのダンジョンばかり。

 しかし《ホロウ・エリア》ではその制限が無いため、樹海では神殿という事もあって普通の建造物の内部を探索していたが、今回は地下へ潜るタイプのダンジョンがあったという訳だ。この浮遊遺跡群はともかくとして、樹海から見た限り天高く伸びる建造物は見えなかったので多分他も似たようなものだろう。

 

「この先に手掛かりがあれば良いな……」

 

 見つけた階段を見て、今は甲冑と籠手を纏っているので騎士に近い装いの彼がそう呟く。

 ――――そも、エリアボスの竜が居る場所が明確なのに、何故別の遺跡に潜っているのか。

 その理由としてはキリトとルクスのオレンジカラーを解消する為のクエストを探す為、またクエスト受注時の事を考えればマッピングデータがあった方が良いという考え、またキリトが新たに編み出した《ⅩⅢ》での戦闘方法の練度をより高めるためなど様々なものがあるが、どれ一つとして『地下遺跡探索』の理由にはなり得ていない。

 地下遺跡を探索している理由は単純に、エリアボスが待ち構えている塔に立ち入れなかったから。

 あの二体の巨竜による強制戦闘イベントが終わった後、当然ボク達は塔に入ろうとしたのだ。

 しかし浮遊大地から浮遊遺跡へ移る為の橋には見慣れた紋様の進行不能オブジェクトが設置されていた。それを解くには、自分の右手あるいはキリトの左手に刻まれた紋様では無く、【竜王の証】と呼ばれるアイテムが必要だとシステムメッセージで知った。それを探す為にボク達は洞穴や遺跡を巡っている。

 恐らくだがボスが居る最上階へ入る為には【虚光を灯す首飾り】が必須だ。樹海ではそうだったから今回もそうだとは思う。紋様と首飾りがあって初めてあの紅い石が嵌った扉は開く。

 しかし樹海をクリアする事を前提とされているのであれば、それ以降のエリア探索に於いては紋様と首飾りが揃っている以上、必然的にエリアボスの許へ直行出来てしまう理屈になる。

 ユイちゃんやヒースクリフさん曰く《ホロウ・エリア》はアップデートの為のデータ試験エリアだという話だから無いとは思うが、此処もまた攻略エリアの一つと考えれば、攻略が手早く進み過ぎるのは運営としてあまり好ましい事態では無い。様々な仕掛けを施されていて尚早いのであればまだしも、最初のダンジョンで手に入れた宝箱や扉の鍵で序盤から終盤に於ける全てのダンジョンの鍵付き扉を開けられるというのは流石にダメだろう。極論道中のMobを無視してボス部屋へ直行すれば良い話になってしまう。

 意図はどうあれ、《アインクラッド》のデータの試験エリアであれば、多分グランド・クエストに準えた攻略手順も実装されているとは思う。

 だからここを統括する【カーディナル・システム】は、攻略する者が居なくても、攻略される事を前提としたエリア構成をしている。樹海のクリアに必須なのは紋様と首飾りだけだが、今後はそれに各エリア毎の仕掛けを解く必要があるに違いない。浮遊遺跡群の攻略では、それが【竜王の証】というものだったという事。樹海攻略時に於ける首飾りという訳だ。

 小部屋に入る度に毎回ほぼ同一の敵と戦い続けなければならないという非常に面倒な遺跡であっても、攻略に必須のアイテムがある可能性が一ミクロンでもある限り、自分達に『諦める』なんて選択は許されていないのである。面倒なのに進んでいるのはそれが理由だ。

 ――――ちなみにだが、紋様を持つ者には、持たない者には無い幾つかの特権がある。

 ホロウ・ミッションに挑戦可能になったり、ミッションを達成する度に貰えるポイントを消費して《ホロウ・エリア》で試作されたアイテムを手に入れる事の他には、《ホロウ・エリア》の全体マップを最初から持っている事が挙げられる。

 このマップは、あくまでエリア毎の名称だけなのでマッピングされている訳では無い。

 ここはキリトや自分がフィリアのマッピングデータを貰っていた事からも分かる事。自分の脚で探索して初めて詳細な地理の情報を得られるという訳だ。

 普通であればエリア毎の名称――例えばダンジョンや街の名前など――は、そのエリアへ実際に足を踏み入れるまでは分からないようになっている。厳密には『プレイヤー』という端末にデータが送られないので知り得ないと言った方が正しい。足を踏み入れる事で、そのエリアの最低限の情報を『プレイヤー』という端末は得られるという訳だ。

 しかし紋様を持つ者は、足を踏み入れていないエリアの名称を《ホロウ・エリア》の全体マップから知り得る。

 これはかなりのアドバンテージだ。詳細な地理が分からないなら無意味、なんて意見はマッピングの苦しさを知らない者の発言である。

 SAOに於ける街の名前やダンジョンの名前はあまり参考にならない事もあるが、なる場合だってしっかりある。《迷いの森》だと初めから知っていれば警戒くらいはする事と理屈は同じだ。

 重要なキーアイテムがある場所に当たりを付ける場合にも何気にエリア名は参考になる。いや、むしろこの場合が最も有用な情報源となるだろう。

 だからこそ、その特権を持つ自分とキリトは、それぞれで【竜王の証】がありそうなエリア名を探し、当たりを付けた。

 一つは洞穴の先に広がる天空回廊。こちらにはエリア名の一つに『竜の闘技場』や『竜の順回路』など、とかく竜に纏わる名称のエリアが多かったが故の予想だ。残念ながら無限に採掘出来る鉱脈を除いて何も無かった。

 そしてもう一つが、今居る地下遺跡の最奥に存在する『隠れ潜んだ宝物庫』。

 もう名前からして隠す気が無いとすら感じる場所である。曲がりなりにも竜達の王の証なのだ、宝物庫の最奥に安置されていたとしても違和感は全く無い。

 ちなみに前者がキリト、後者が自分の予想である。

 尚、此処も外れだったら虱潰しに当たるしかないという状況なので、割と切実にあって欲しいと誰もが思っている。

 どちらにせよカルマクエストを発見する為に全体を回る必要があるとは考えてはいけない。

 

「宝物庫、ね……トレジャーハンターのわたしとしてはあんまりお近付きになりたくない場所だなぁ。ダンジョンだからミミックが居そう」

「SAOにもミミックって居るんですね……」

 

 トレジャーハンターとして宝箱に触れる機会が多いフィリアにとっても嫌な思い出があるようで、うへぇ、という表情で所感を洩らした。

 リーファの口振りから察するにどうやらALOにもミミックは居るようだ。

 欲深な者達を餌として襲う邪悪な存在が居るのは古今東西どんなゲームでも同じらしい。

 

「リー姉の口振りからするにALOにもミミックって居るんですね」

「居るよ。と言ってもそこまで出現頻度は高くないかなー……ああ、でも《罠解除》や《発見》、《索敵》のどのスキルにも引っ掛からないから厄介な存在だよ。即死魔法使って来るし」

「うわっ、それはえげつないねー……」

 

 リーファの口から語られたALOのミミックのエグさにレインが応じた。彼女はどうやら結構なゲーマーのようで、RPGの金字塔に出て来るモンスターみたい、とコメントしていた。

 自分はあまり知らないのだが、どうやら過去のゲームだとミミック系は即死魔法を使う恐ろしい存在らしい。聞けば街中でも普通に現れるという……それは確かに恐ろしいと思った。

 

「SAOだとどんな存在なんですか?」

 

 警戒しつつ階段を下りる傍ら、リーファが疑問を発した。

 それにフィリアとレインが応じる。

 

「魔法的要素の殆どを排されたSAOだから流石に即死魔法は使わないよ。でも倒すのに凄く時間が掛かるの」

「HP量が多いのか、防御値やダメージカット率が高いかは分からないけどね。地味にHPの自然回復もあるからこっちの与ダメージ量が少なすぎると絶対倒せない。あと一撃の攻撃力も異常に高い」

「「あと何より見た目がキモい」」

「は、はぁ……」

 

 直接戦闘の恐ろしさの後の声を揃えての二人の強調にリーファは呆気に取られていた。

 SAOのミミックは、宝箱の蓋と本体に牙が生えており、赤くヌメヌメした粘液を垂らしながら舌を出していて、箱の中から甲虫の脚に近い節足が左右四本ずつ出ている虫っぽい見た目である。カサカサと虫のような動きで地を駆け回り、追い付いた獲物には怖気を覚える牙を持つ口でガブリと噛み付く攻撃方法だ。

 また確定でダメージ毒か麻痺毒を掛けるブレス攻撃もある。ブレスの色が緑色なら前者、黄色なら後者だ。

 更に擬態状態の宝箱の大きさは本物と相違ないが、正体を現した途端三周りほど大きくなるため、大人一人くらいであれば余裕ですっぽり取り込まれる巨体なのも特徴の一つ。キリトくらいであれば四、五人程度はペロリと食べてしまえる大きさだ。

 実際噛み付かれた後、舌で絡め取られて箱の中へ囚われ、そのまま死亡したプレイヤーの話もある。取り込まれれば強制的にダメージ毒と麻痺毒に掛かってしまうから抵抗も出来ないらしい。そういう意味でもあらゆるプレイヤーから恐怖と絶望の対象として見られている。

 と言っても、ミミックが登場するのは第二十六層以上からなのだが。

 ちなみにALOのミミックもほぼ同じらしい。

 

「リーファはALOで遭遇した事無いの?」

 

 ALOのミミックの話を聞いて、何となく浮かんだ疑問を彼女に投げる。

 フィリア達が『キモい』と口を揃えて言っていたが、彼女はそれに呆気に取られていたから、同じ見た目という話だけど会った事は無いのだろうかと思ったのだ。アレは実際遭遇しないと分からないキモさだから。

 

「いえ、何回かありますよ。確かにキモいですよね、アレ」

「……その割にはリーファちゃん、全然そう思ってないように見えるけど」

「モンスター相手に可愛いとか気持ち悪いとかは抱かない方なので……ミミックの見た目に生理的嫌悪感はあるのでそういう意味では『キモい』とは思いますけど、個人的には正直どうでも良いです。変に感情を抱くと剣が鈍りますしね。敵なら斬る、それだけで十分でしょう」

「「「「「え、えぇ……?」」」」」

 

 リーファの暴露に自分、ルクス、サチ、フィリア、レインの五人が揃って困惑の声を洩らす。

 ユイちゃんは苦笑を浮かべており、キリトは一瞬だけ肩を震わせていた。どちらも『この人らしいなぁ』と思っているのだろう。

 全く以て血の繋がりは無い上に付き合いの長さで言えばこの場だと自分が最長なのに、この三人、相互理解が深過ぎである。

 あとリーファは本当に生まれる時代を間違っている。

 

「……ああ、一応言っておきますけど、人を相手にする場合もそうという訳じゃないですからね?」

 

 その思考を読まれたか、苦笑を浮かべながらリーファはそう注釈を付け加える。

 

「流石のあたしもそこまで達観してません。嫌いだろうと好きだろうと『敵』になったら斬るというだけですからね」

「いやリーファそれメッチャ達観してるから」

 

 一瞬でも『マトモか』と期待した自分の予想を斜め上に突っ切る彼女には最早呆れ笑いしか浮かばない。

 多分『好悪の感情はキチンと持ちますよ』と言いたいのだろうけど全然フォローになってない。幾ら何でもドライ過ぎである。

 そりゃまぁ、ALOは実際に死ぬ危険性が無い訳だし、日常的にPKのやり合いが横行しているからそうなるのかもしれない。でもリーファの場合、素でそう考えてそうなのがタチ悪いと思う。

 自分だって対戦相手が嫌いな相手であってもそれが必要な事ならデュエルはする。実際《攻略組》への参加試験はそうしてきた。

 でも相手が好きな人の時と較べれば、その対応は雲泥の差だったと思う。

 それすら無く、敵対した者は斬るだけと断言出来るリーファはかなりオカシイ。

 

 ――――一体彼女の過去に何があったのだろうか……

 

 ふと、その思考が浮かんだ。

 キリトが自己犠牲的な思想を持っていて、自分や双子の姉が人を受け容れないスタンスを持っているように、人の思考や言動は過去に大きく左右される。つまりリーファのこの達観し過ぎた観点も彼女の過去によるところが大きいと考えて良い。

 本当に彼女は過去何があったのだろうと気になった。こんな達観の仕方をする人は、それなりに人との関係は持ってきている自分でも初めて見る。

 それだけ稀有な過去があるという事なのだろう。

 しかし、それにしてもプライバシーを考えて踏み込まないようにしているとは言え、あまり人に深入りしないようにしてきた自分としては珍しい事に、キリトの他にも他者の過去が気になっているらしい。

 それだけ彼女が不思議なのか。

 あるいは……

 

 ――――それだけボクが心を開いている、という事なのかな。

 

 関心が無ければそんな思考は浮かばないし、己が受け容れたくないと思う人間は遠ざけようとするのが人の基本行動。逆説的に自分はそれだけ彼女を認め、受け容れているという事になる。

 きっと、良い傾向だろう。

 SAOは異常な状況にあるし、決して人を簡単に信用してはならない世界だ。そもそもからしてリアルの情報をお互い隠しながらの付き合いだから当然の事。

 でも、リアルの名前は分からないが、容姿に関しては基本的にリアルと同様のもの。

 それが人との関係を持ちやすくしている。黒幕は死の恐怖を実感させやすくするためにしたのだろうけど、却って人間関係を円滑にした。事実人間不信気味の自分や双子の姉が、虐げられる少年が、信頼する人を得ている。黒幕はきっとこうなるとは思っていなかったに違いない。

 そう考えると、色々な面からちょっとだけ気分が良くなる。

 あまり表に出してはいないが、SAOをデスゲームに変えた黒幕には最初期の頃から腹に据えかねるモノがあるのだ。よくも双子の姉を泣かせてくれたな、という黒い感情が。

 だからこそ黒幕の思惑から外れていそうな事に気付くと気分が良くなる。

 くつくつと、喉の奥で嗤ってしまう。

 

「――――ストップ」

 

 そうしていると、先頭を進んでいたキリトが止まり、声を掛けて来た。瞬間的にピンと緊張の糸が張られる。

 自分も喉の奥で嗤うのはやめ、気持ちを切り替える。

 彼の視線は、煌めく結晶の光に照らされた複雑な形の部屋がを徘徊する存在へ向けられていた。

 見た目としては、木の部分が黒色、縁取りが紅の、禍々しい色をした宝箱だ。カサカサと音を立ててうろつくそれは赤黒い節足を小刻みに動かしている。箱と蓋の口には血色の牙がズラリと並び、中から垂らされる舌は怖気と吐き気を催させる濁った黄緑色。

 頭上に浮かぶカーソルの色は赤黒、すなわちダーククリムゾンーーーーよりも更に黒い、全きオキシスブラック。つまり自分では絶対勝てない強さを誇るという事だ。二本あるHPゲージを一撃で二ドットも減らせれば良い方だろう。

 名称は《Dark mimic》。ダークミミック、と言うらしい。

 レベルは脅威の150。

 大きさとしては本物の宝箱と同程度なので、子供一人か二人くらいでギリギリといった程度。しかしそのレベルが、決して見た目と同じ強さでは無い事を表している。むしろ強さを凝縮した故に元のミミックより小さくなったと見た方が良いだろう。

 更に悪い事に、数十メートル規模の部屋の中にはダークミミックが何体もうろついていた。部屋の一部を見渡すだけでも八体は居る。

 

「レベルは150前後ばかり……しかもミミックの強化版が八体か。《索敵》だと奥の部屋には二桁単位で反応があるんだよな……」

 

 《索敵》スキルはメニューから使用して反応をマップで拾うパターンがあるが、もう一つの仕様として、熟練度が950を超えると気配が分かるようになるというパッシブスキルがある。

 以前疑問に思ってキリトと話した事があるが、その時は空間把握を司る脳の神経野に、システムが得た情報を《ナーヴギア》が信号として送り、『あの辺に居る』という認識を生じさせているのでは、という予測を聞いた。ユイちゃんが肯定していたので実際その通りのロジックらしい。

 なので高熟練度の《索敵》スキル持ちは、基本常にパッシブスキルによって周囲の空間の気配を察知している事になる。その取捨選択はプレイヤーの脳が行っているので、人によっては分からない人もいるというが、空間把握能力に長けて脳神経細胞が発達している人は非常に鋭いという。

 キリトはまだ未成熟だが、この世界で生き抜くにあたって非常に脳を働かせた影響でかなり鋭いようだ。

 もしかしたらアルゴのハイディングを必ず見抜いて来たのは、その辺が関係しているのかもしれない。

 閑話休題。

 メニューを出す事無く数を把握したキリトの表情は非常に硬い。何せ敵は確定で状態異常を発生させる、しかも数が居る上にミミックの上位個体。

 これで警戒しない方がよっぽどおかしい。

 《ホロウ・エリア》のモンスターのレベルは、《アインクラッド》の基準を遥かに上回るもの。レベル150のダークミミックがレベル175のキリトを超えている可能性は非常に高いのである。

 普通ならここは一も二も無く撤退を提案する。

 しかし……

 

「……どうしますか、キー。此処にある可能性を考えると……」

 

 そう、《ホロウ・エリア》探索の鍵となるモノがあるかもしれない以上、撤退はまず選べない手段だ。戦略的撤退は良いだろうが、此処を避けて通る意味での撤退は取ってはならないのである。

 それが分かっていて、その上で判断を仰ぐ大人の姿を取っている義姉の問いに、彼は溜息を吐きながら頭を振り、行くしか無いだろう、と応えた。

 

「厄介なのは状態異常、そして初見の敵である事だ。百歩譲って後者は良いにしても状態異常がな……」

 

 誰にとって同じだが、誰よりも『情報』を必要とするキリトにとって、初見の敵というのは困難極まりない戦いとなる。ミミックでの経験を活かせるとは言え上位個体ともなれば更なるスキルを持っていてもおかしくない。

 その上確定の状態異常はプレイヤーにとって鬼門、それも麻痺毒があるとなれば鬼門の中の鬼門とすら言える。

 更に、キリトは言った。ミミックの上位個体なのだ、凶悪極まりない事に全ての攻撃に麻痺毒が付与されている可能性だって無くはない、と。

 そうなれば最早詰み。助けに行こうにも、八体以上を相手にノーダメージで回復させ、撤退するなど誰にも不可能である。むしろシステム的に絶大な戦闘能力を持つキリトが無理なら他の誰もが不可能だろう。

 勿論レベル的に倒すのが無理である事を考えればリーファもだ。ダークミミックの脅威はシステム的に依存するもの。あくまで技量が飛び抜け、他は自分と同程度である以上、彼女もアレらを相手するのは不可能である。

 

「……むぅ」

 

 作戦思案に耽っていたキリトは、眉を寄せ、唇を尖らせた。

 

「まだ慣れ切ってないけど、仕方ない、か……ユイ姉」

 

 何かを決心したらしい彼は、黒尽くめの義理の姉へと顔を向けた。

 

「もしもの時はボウガンでフォローを頼んだ」

「えっと……それは、構わないのですが。戦うにしても一体どうするつもりなのですか?」

 

 流石に戦い方が分からないとどう援護すれば良いか分からないから、ユイちゃんはそう問い掛ける。

 キリトは考え付いた作戦を手早く語った。

 内容は簡単。彼の強固なイメージを以て部屋の中を焦土に変えて強化されているであろうHPリジェネを実質無効化しつつ、距離を取ったまま弓矢や武器召喚、属性攻撃で一方的に攻撃するというもの。当然近付かれるだろうが、そこは突風や打撃武器でぶっとばすという。

 分かっていた事だがキリトとユイちゃん以外に出番は無い作戦だった。

 思うところはあったが事実なので否定出来ないし、それに代わる案も浮かばなかったので、結局は彼が考え出した案で決定。

 そして実行に移される。

 自分達は変わらず階段にて待機し、唯一ユイちゃんだけが彼の背後に寄り添う。彼はそのまま部屋へ一歩だけ足を踏み入れた。

 直後、部屋は焦土と化す。白い輝きに満たされていた部屋は赤の炎で照らされる。

 部屋の中に居た全てのダークミミックは等しくダメージを受け始め、システム的にそれを起こした少年へと一斉に群がるべく動き出す。その動きと速さは黒い害虫を超える速さだった。一秒にしておよそ十メートルは詰められる速度。予想の数倍の速さに、戦う訳でもない自分も一瞬身を凍らせた。

 彼のフォローを担う女性も、反射的に身を硬直させながらも両手に握るボウガンの引き金を引こうとする。

 しかしながら、赤黒い箱のモンスターは一体たりとも少年へ近付けない。彼の力によって発生した突風が正反対の壁までモンスター達を吹っ飛ばしたからだ。

 そこに襲い掛かる様々な輝きの弾。彼の周囲に出現した幾らかの剣の切っ先から炎の紅、氷の蒼、水の青、風の無色、土の茶色、雷の黄色が放たれ、部屋の中を乱舞し、度重なる突風で身動きが取れないダークミミックへと叩き込まれていく。

 炎と水が衝突して水蒸気を発する。

 炎と風が混ざって爆炎を齎す。

 水と雷が交わって盛大な感電を発生させる。

 氷と風がぶつかって巨大な氷弾は細かな氷飛礫となる。

 水と氷が合わさって対象を凍結させ、固定する。

 そして、大岩に等しい大質量の土が醜い化け物を押し潰した。

 それでトドメ。一分と経たずに、部屋の中に居た合計十二体のダークミミックは全て倒された。

 

「ん……ふ、ぅ……」

 

 敵が居ない事を確認した彼は、安堵の息を吐く。同時に周囲に浮かんでいた武器達が消えていく。

 張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。

 ふぅ、と誰もが息を吐く。

 そんな中、彼に寄り添っていた女性が、少年の頭を撫でた。ぴくりと少年は肩を震わせる。

 

「お疲れ様です、キー。結構な猛攻でしたが、疲労は大丈夫ですか?」

「ん……多少疲れはしたけど、何とか。横や後ろを気にしなくてよかったからまだマシかな……」

「そうですか」

 

 少年の問いに、ユイちゃんは安堵と共に息を吐いた。

 実際、属性が異なる力を六つも同時に行使し、更に地面の焦土化とその維持、近付かせない為の突風を考えれば八つの思考を並行して同時に行っていた事になる。感電はともかく、凍結で固定したりなどは彼のイメージによるものと考えられるから実際は二桁に上るかもしれない。

 それだけのマルチタスクをしていれば頭が疲れるのは当然。

 疲労したにしても倒れる程では無い事に安堵を抱いたのだろう。正直にそれを伝えるようになった素直さに、かもしれないが。

 弛緩した空気の中でくりくりと頭を撫でられていた少年は、やや間を空けてから女性の手から逃れるように歩き始めた。あっ、と女性が小さく声を上げる。

 

「早く、宝物庫に入ろう。流石にリポップされると手に負えない。中にいる二十体近くの敵も全部同じように一掃する」

 

 早口でそう言った彼は、その足で宝物庫へ続く扉へと進む。黒髪から除く耳がやや赤みを帯びているので照れているらしい。

 可愛いなぁと胸中で独語し、彼の後を追う。

 彼はこちらが追い付くのを扉の前で待っていた。一応戦法的に彼一人で事足りるのであまり待つ必要は無かったりするのだが、一人で突っ込む事をしない辺りは協調性がある。

 既にこちらを横目で確認した彼の顔や耳からは、既に羞恥から来る赤みが引いていた。この切り替えの早さは流石に脱帽ものである。仮想世界のアバターは感情を隠せないという特徴を持つ故に、彼は本当にこの数秒の間に羞恥という気持ちを切り替えているという事なのだ。

 そう感心していると、彼の左手に漆黒の洋弓が握られる。反対の手には水色の細剣が現れた。細剣の柄先を洋弓の弦に掛け、矢の如く番え始める。

 遠距離攻撃は点での攻撃故に、数や敏捷性がある敵に対して効果は薄い傾向にある。

 しかしそれを、彼は水の細剣を使う事で補う術を見出していた。既に細剣の切っ先には螺旋を描く水の渦が出来上がっており、次第に刀身全体を覆っていく。矢に見立てられた細剣が放たれれば、水は傘の如く展開し、面制圧力を持つ強力な剣弾として飛翔するのだ。

 

「準備は出来てるよ、キリト」

 

 戦法的に自分達は必要無い。

 しかし万が一の可能性を危惧し、誰もが武器を構えている。やや彼から距離を取っているのは長物を扱うサチと援護に集中しているユイちゃんくらいで、他は扉へと距離を詰めていた。

 仮令圧倒的なレベル差があろうとも、彼さえ無事なら逆転の目は潰えない。

 逆に言えば彼を守らなければこちらは全滅するという事。不測の事態に備えて彼を守る布陣を取るのは、至極当然な流れだった。

 こちらを見るキリトの目は、やや複雑そうな色がある。彼にとって自分達は『護るべき大切な存在』という認識故に危険に晒したくない思いがあるのだ。なまじダークミミック達の能力が極めて高い故にその思いもより深いものとなっているだろう。

 だが彼はその不満を口にせず、小さく首肯するに留まる。

 彼の事が心配だからという想いもあるが、合理性を鑑みての判断でもあるが故に跳ね除けられないと彼も理解している故に。彼の思考は彼の価値観と感情論によるもので、合理性とは無縁のもの故に。

 この合理性を発生させている遠因はこちらの能力不足なので、やや罪悪感はあるのだが。

 視線で準備が整った事を確認し合った後、キリトは正面の扉に近付き、弓を持つ左手の甲を軽く扉に押し当てた。石造りの扉が重い響きと共に左右へと開いていく。

 扉が開き切り、内装を見渡す。

 一辺三十メートルはありそうな大広間の構造の部屋には、先ほど殲滅されたものと同レベルのダークミミックが何十体も徘徊していた。タチの悪い事に、宝物庫である部屋の中には規則的に幾つもの宝箱が並べられていたが――――その九割方は、茶色や青、赤ではなく、赤黒色、すなわちダークミミックが擬態したものだった。

 ミミックが擬態している間はいかなるスキルによる判別が出来ない。

 つまり先ほどの二十体以上という彼の発言は擬態中のものを含んでいない。宝箱の数は総数で五十個を超えているため、相手しなければならない敵は六十体を超えるという事になる。

 思わず、顔を顰める一同。

 

 その時、幾つもの事が立て続けに起こった。

 

 まず最初にホロウ・ミッション発生のメニューが表示された。さっきまで何も無かったのにいきなり発生したという事はつまり、発生と消滅のスパンが切り替わり、今この瞬間にミッションが発生したという事だ。

 二つ目は、巨大な敵が現れた事。

 名称は《King Mimic》とあるためか大きさは通常の比では無く、現実の大型バスやトラック以上の巨体を誇るほど。

 造形も通常の箱から虫の節足が生えた気持ち悪いモノでなく、箱の下半分から百足のように長い背骨が伸び、両手に当たる部分に二分割したナックルのような蓋を持っているというホラーチックな姿だ。ミミックとオリジンリーパー、スケルトンなどの骸骨系が混じった亜種といった印象である。

 更にそれは空中に浮いていた。ホラー要素故か、どうやらレイスが持つ浮遊能力も持っているらしい。

 一瞬視線を向けたパネルには、【巨大なる宝箱の守り手】とあった。故に巨体なのだろう。

 問題は、その巨大ミミックが、扉を開けてすぐ目の前に出現したという事で――――

 

「往けッ!」

 

 しかし、即座にそれは解決した。キリトが弓に番えていた水を纏う剣弾をキングミミックが出現してからほぼノータイムで放ったためだ。

 刀身を覆うまでに至っていた水は、射られた途端傘の如く展開された。眼前にいたキングミミックには細剣の切っ先が突き刺さり、面制圧力に優れる水の傘は横やキングミミックの下から群がろうとしていたダークミミック達を巻き込み、部屋の奥まで吹っ飛ばす。

 巻き込めたダークミミックは近場に居たものだけで、離れた位置にいた十数体はそのままキリトへ群がろうとする。

 これを見てユイちゃんがガシャリと機械的な音を立てつつエネルギーボウガンを向けた。

 直後ダークミミックを襲ったのは、しかし青白い三日月。自身へ群がろうと押し寄せる敵を見たキリトが大刀を取り出して両手で持ち、《ソニックスラッシュ》のスキルを立ち上げ、横薙ぎに振るう事で広範囲をカバーするように斬撃を飛ばしたのである。

 キリトの立ち位置は部屋の入り口付近。背後には味方である自分達が居るので余程の事が無い限り真横や後ろには敵はおらず、前方に味方は居ない為、彼は攻撃範囲が広いスキルであろうと遠慮なく選択する事が出来る。

 この飛ぶ斬撃によって群がろうとした約七割が、奥の壁に叩き付けられたキングミミック達の二の舞になる。

 残った三割はキリトから見て斜め横や横に居たため、先の二撃の被害を受けていない。

 

「ユイ姉、左を押さえて」

「はい!」

 

 この状況を受け、彼は己を援護するべく備えていた義理の姉に協力を要請し、右を向く。

 要請された義姉はやや嬉しそうに頬を綻ばせ、両手に持つ武器を白と黒の片刃剣に持ち替えながら左を向き、背中合わせで迎撃態勢を取った。

 頼ってもらえている事を羨ましく感じていると、キリトは洋弓の代わりに――剣弾として放たれた水の細剣も同時に消えて――右手には禍々しい曲剣《エンゼルイーター》が握られる。

 それを持った彼は曲剣を右薙ぎに振るった。すると剣閃に沿うように朱色の炎が切っ先から放たれ、前方に居た数体のダークミミックを纏めて攻撃。HPを一律で2、3割削っていった。

 曲刀系のユニークスキル《暗黒剣》に似た技があったなと思い出す。地下迷宮を探索している間、空恐ろしい数のモンスターを纏めて相手し、押し返す為に使用されたのを何度も見ていたのだ。確か《オニキスフレア》という技だった。

 彼は第七十六層に到達した時に《二刀流》、《薄明剣》、《狂月剣》、《手裏剣術》、《射撃術》以外の五つを喪っているので、本来の技は放てない。

 しかし《ⅩⅢ》の装備特性と《炎》の属性を以て再現は可能だ。

 

 ――――まさか、そこまでの練度になってるなんてね……

 

 義理の姉から魔法の話を教わり、イメージの足掛かりを得たという事もあるだろうが、それでもその話を聞いたのは今朝の事。幾らか練習と実験を繰り返していたとは言え半日すら経過していない。

 一度スキルを修得し、何度も使用していたからこそ、仮令『炎を放つ』という現実的にあり得ない攻撃だろうが容易に出来る。彼にとってすれば『技の想像/創造』では無く『再現』というイメージするにあたって格段に難易度が下がったものだから。

 戦う者は誰しも彼我の戦力を鑑みるためにイメージトレーニングをするものなので一度使っていた技であれば再現程度は容易い話である。《剣技連繋》の存在と理屈を知ってから挑戦するのと知らずに挑戦するのとで天と地ほどの差の難易度がある事と理屈は同じだ。

 それでも、戦闘中明確なイメージを即座に練る、など容易く行える事では無い。特に瞬間的な判断を迫られ馴れている者はほぼ反射的に行動する事の方が多い。

 反射故に、思考を介さない。思考を介さない故にイメージも発生しない。

 唐突なミッションの発生とモンスターの出現に虚を突かれたにも関わらず、彼はしっかりとイメージを利用した攻撃をして見せた。

 動揺が無かった。そういう事だろう。

 

 ――――悔しい、なぁ……

 

 部屋の右側に居た数体のダークミミック達を数秒足らずで殲滅し終え、左側の数体を義理の姉に任せた後、キングミミックと十数体のダークミミックを相手取っている彼の背を見た自分は胸中に寂寥感を沸き立たせた。

 ほんの僅かな、一つの出来事。

 ただそれだけの事だけど、でもたったそれだけですら、既に差を見せつけられた気分だ。強くなりたいと純粋な欲求に従って、姉やキリト、自分の身を守るべく付けた力ですら届かない事を思い知らされ、そういう意味でも悔しく思う。

 そして、そんな彼と共に戦えるユイちゃんを、妬ましく思う。ずっとずっと頑張って来た自分を差し置いて背を預けられた事が、その立ち位置を心の底から目標の一つとして掲げている身としては心の底から妬ましい。

 

「……ッ」

 

 自分が努力不足であった事は認める。

 だって彼女が持つステータスは、基を正せば大好きな少年のものであり、その彼は全て真っ当な手段で手に入れたからだ。環境は全て自分と同じだった。ベータテスターとしての経験と知識があったから最初の頃は対等と言えなかっただろうが、それも第十五層に至ってからは無くなった。

 自分も彼と同じように戦って来ていれば、今頃彼の隣に居られたのである。

 その場合双子の姉を見捨てなければならなかったに違いないから、その点を踏まえれば決して後悔はしていない。

 だが。

 

 ――――『女』の顔で喜色を見せられると、嫉妬心が、ね。

 

 彼のステータスは真っ当な手段で手に入ったもの故に純粋に尊敬の念を抱くが、彼女のそれはNPCとしての特権をフル活用して持ったもの、彼女自身が経験を積んで得たものでは無い。

 自分はキリトの心を案じ、支える《姉》としてのユイちゃんを高く評価し、仲間の一人として受け入れている。そこに下種な勘繰りは勿論、負の感情は一つも無い。

 戦力としては頼りにしているし、経験不足な面も解消されてきているから尚更頼りがいがあると感じてもいる―ーーーでも、出自が出自故に、常に嫉妬心は付き物だ。

 その彼女がボクにとっては歯が立たない強敵を全滅させてから少年の助力へ向かう姿を、無力な己の身に歯痒さと共に見守った。

 圧倒的強者である欲深な人間を喰らうモンスター達は、それから三分の後に、たった二人の力だけで全滅させられた。

 

 *

 

「――――胡坐を掻くのはやめないと、ね……」

 

 キングミミックが爆散した事で舞い散る欠片を見上げながら、誰にも聞かれないくらいの小ささで呟く。

 今まで女性最強の剣士と、絶対無敵の剣【絶剣】と、真のSAO最強の剣士と引き分けたからと言って『自分は強いのだ』と言っていたが、それはいい加減にするべきかもしれない。

 キリトには敵わないと言っていたが、逆に言えば『キリト以外には勝てる』と言っているも同然だった。ヒースクリフさんに勝つのはまず難しいとアシュレイさんと話した事はあるが、『勝てない』『敵わない』とまでは言わなかった。つまりはそういう事なのだ。増長していたという事である。

 思い返せば、自分は強さを求めてはいるものの、ただ『強くなりたいから』という理由だった。『人の心に自分を残したい』という願いはもう半ば叶っているも同然だし、姉も強くなったからか、半ばただの欲求へと成り果てていたのだ。

 そこにかつてのような真剣さは無い。

 勿論キリトやリーファのような求道者としての真剣さなど皆無だ。二人が毎朝しているという組手や鍛練に参加していない事が、その証左。

 ――――だが。

 もうそれはやめだ。キリトの支えになると、彼に生きて欲しいと願い行動するなら、相応の覚悟と最低限の責務くらいは果たすべきだ。

 姉を護る為、仲間を護る為、自分を守る為という理由の一つとして『キリトを支え助ける為』と加えるなら、今よりももっと強くならなければならない。

 ただの一度も敗北を許されない彼を助けるなら、今程度の強さでは全然ダメだ。リーファには技量で負け、キリトとユイちゃんにはステータスで負け、生産職としての助力も出来ない自分は彼の助けになり得ない。

 今更生産職のスキルを鍛えるなんて遅きに失する。

 であれば、せめて役に立てるのは戦闘だ。そのためにはもっと自分を強化する為に動く必要がある。

 ――――そう、何をすれば今より強くなれるか、ボクは黒尽くめの姉弟の二人を見ながら思案した。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 リーファにOSS継承という強化。技名は勿論あの方、攻撃軌道は『ディシディア FF NT』というアーケードがコンシューマーになったゲームのものです。分からない人は動画を見ればオケ。

 今回探索している地下遺跡は、原典ゲームでも実際に存在する場所です、加えて言うと塔に入る為に求められるモノがあるという点も同じ(その解釈はオリジナル) 

 ミミックが山ほど居る宝物庫も原典ゲームに実在しています。原典だとレベルは120くらいなので、今話ではかなり盛っておりますが。

 そして突如発生したホロウ・ミッションも、原典ゲームに実在します。

 原典に於いて、ホロウ・ミッションは時間経過に応じて発生と消滅を一定のスパンで繰り返しているので、探索しているエリアにいきなり出現する事もあれば消滅する事もありました。

 今話で扉を開けた瞬間ホロウ・ミッションが始まったのも、スパンが来て出現したから。

 つまり単純に『間が悪かった』だけ。

 これに唯一対処したキリトと、直接頼られたユイちゃんの姿に、ユウキは心底己の無力さを嘆く事に。助ける支えると言っておきつつ現状ほぼお荷物状態だからネ、仕方ないネ。精神的安定になってると言っても直接キリトの命を守れる状態でない以上ユウキは己の無力を嘆き続ける。

 という事で、強化フラグが成立ダゼ!(ちょっと展開速いとは自覚してる)

 地味にユイちゃんに嫉妬している辺りは、ホラ、想いを自覚して告白してるから……

 ちなみにミミックは、ゲームだと凄く素早い攻撃をしてきます、マジで速い。

 ついでに言うとキングミミックの姿は、ドラクエ8の『キングミミック』や『パンドラボックス』と同じです。

 あと私はゲームで同じ状況同じタイミングでこのミッションに遭遇しました。レベルが107の時に、120オーバーのダークミミック達と130程の巨大なミミックに襲われれば死ぬのは確定です。その絶望感を再現したくてぶっ込んだ(嗤)



 ちょっと話は変わって、本作の今後についてです。

 今後忙しくなるため、お気に入り登録減少を覚悟で、今月末で再び休載する決断をしました。これから一年間を掛け実習や勉強漬けの毎日なので、休載明けは未定です。その間ずっと書き溜めをしようと考えています。

 それでも良ければ、非常に長らくお待たせする事になりますが、どうかお待ち下さればと思います。

 休載に関する詳細は活動報告を参照下さい。

 今月の間にあと一、二回は投稿したいと考えています。話数の切りと内容の半端さが気になるので。

 では、次話にてお会いしましょう。


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