インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 色々あって書けなかったのでお久しぶりです。

 ちなみに今話は、現在活動報告にて休載宣言と共に挙げているアンケート三種の意見に沿って書いています。大体こんな感じで書き溜めを行う予定。

 今話の視点は前半キリト、後半レイン。前話でキーアイテムを手に入れたので、早速エリアボスが居る塔のマッピングに踏み出たお話です。

 文字数は一万六千。

 ではどうぞ。




第九十八章 ~謎の鬼ごっこ~

 

 

 ダークミミック他、《フラグメント・ホロウ・ミッション》の討伐対象だった巨大なミミックの奇襲があったものの、それらを退けた俺達は狙い通り遺跡塔へ入る為の重要アイテム【竜王の宝玉】を入手する事出来た。

 あのミッションは種別的に復活タイプのようなのでタイミングが重なっただけだったが、地味に心臓に悪かった。ミミック系の攻撃力とクリティカルダメージ量は半端では無いので、リー姉の知恵と助言を受けて風を纏う防御膜を修得していたから良かったものの、そうでなければアレだけでクリティカルを貰っていて、最悪一撃死していたと思う。

 何気に《索敵》や《発見》といったスカウト系のスキル値が高くて良かったとある意味痛烈に感じた瞬間でもある。

 何せそれらが低ければ扉を開けていたのは、今いるメンバーの中で時点でスキル値が高いフィリアだった可能性があるからだ。最前線近くの階層をソロで戦い、またレインと共にとは言え未踏未開の高レベルエリアを生き抜いた実力を以てしても、流石にシステムに沿ったステータス差は如何ともし難い部分。俺よりHPが少なく、また防御力やダメージカット率も低いであろう彼女では間違いなく即死だ。

 無論、フィリアに限った話では無い。というか8~9割の確率で俺も即死すると思うので現状プレイヤー全体に言える事だろう。ダメージカット率が高い俺と、《神聖剣》のパッシブスキルで防御系に特化しているヒースクリフで難を逃れる可能性を持つだけ凄まじい事である。

 ――――それはともかく。

 【虚光を灯す首飾り】と同様にキーアイテム扱いの、恐らくは竜の王の証であろう品を手にした俺達は、時間もまだあったので即座にエリアボスの竜が頂点に居る塔へと突撃を仕掛けた。

 ユウキとリー姉は最前線攻略の事で明日には《アインクラッド》へ戻らなければならないし、レインとフィリアもそろそろ《ホロウ・エリア》で入手した素材などでストレージが危うく、また俺とユイ姉以外の全員の武器の耐久値もやや心許無いため、強行はせずマッピング程度で済ませるつもりだった。手持ちの砥石だと武器の耐久最大値の減耗をどうしても抑えられないので、あまり強行軍は行えないのだ。

 ぶっちゃけ時間は惜しい。

 ユウキに諭された事から焦り過ぎないよう自制はしているものの、最初から最後まで俺抜きの階層ボス攻略とか前例が無い事なので結構不安を覚えている。俺以外の主力は欠けていないし、人の事は言えないが突出する傾向にあったキバオウが居なくなったので連携面の障害はあまり無いと言えるが、問題はそれ以外。把握し切れていないが装備のバグやスキル値低下ないし消失、加えて七十六層以上に入ってから確認された明確なアルゴリズム変化など、不安要素を上げ出せばキリが無いに等しい。

 ヒースクリフやディアベル、アスナ達を信用していない訳じゃない。俺を受け容れてくれている人だけでなく、一緒にボス攻略レイドで戦っていた人達の実力だって疑ってない、敵意や殺意は向けられていたものの戦場を共にしたのだからそれくらいの信頼は寄せている。

 

 信用し、信頼を寄せている相手だからこそ、不安を覚えるのである。

 

 なので俺はモルテ達にリズとシリカが人質にされたと知った時の焦り程では無いものの、《ホロウ・エリア》から一刻も早く出る為に、あまり時間を無駄にしたくないと基本的に考えている。

 リー姉から知恵を貰う形で《ⅩⅢ》の能力行使の幅を広げようと考えたのも、少しでも戦闘に掛ける時間を短くしたかったからだ。無論自分の戦力を上げる事で生存率やカバー範囲を広げる意味もあった。

 ――――だが、そんな俺にもどうにも出来ない障害が立ちはだかった。

 遺跡塔へ突入してから二時間ほどしか経っていないが、かなり頭を回していたせいか若干頭痛すら覚えている。演算処理能力や並列思考能力は高い方である自負を持っている俺が頭痛を覚えているのはそれだけ集中していたという事である。

 俺が疲労していない万全な状態で戦闘関連のみの事で頭痛を引き起こす場合は、最前線迷宮区のマッピングを食事睡眠無しの三日徹夜でするか、闘技場《個人戦》レベルの死闘を《ⅩⅢ》無しの二刀だけで突破するか、あるいは《ⅩⅢ》の武器や能力を五十以上同時に且つ個別に操作するかのどれかに絞られる。勿論疲労がある場合はより低い条件で頭痛を覚える。

 勿論この中で一番辛いのは闘技場だ。今でも思うが、アレを突破出来たのは奇跡に等しい、みんなの応援が無かったら《片翼の堕天使》にやられていたのは間違いない事である。特にリー姉とユイ姉の声援が決定打だったと思う。

 そんな闘技場も《ⅩⅢ》ありであれば割とどうとでもなるくらい今の俺の個人戦力は飛び抜けている。樹海のエリアボスを単独で相手取れた実績から分かるようにその気になればフロアボスすら単独で倒せるポテンシャルが今はある。流石に制空権を持つ竜や鳥などだと現段階では何とも言えないが、それは数日以内に分かる事なので焦りは無い。勿論対策も複数考えている。

 

 ――――そして。

 

 その俺ですら時間短縮出来ない事態に、現在直面していた。

 

「分かってはいたけど、ちょっとこれは予想外だったな……」

 

 ゲンナリしながらマップを眺めて呟く。

 予想の範囲内であった事は、二時間ほど掛けても探索済みの階層をあまり上げられていない事。

 マッピングされた範囲はそこまで広いものでは無い。《アインクラッド》の迷宮区塔とほぼ同程度の半径らしい事を考えれば妥当と言えるもの、狭くはないが広くもないくらいである。三日で迷宮区二十階層全体の八割を埋めるのが日常であった俺からすれば、むしろ二時間で数層進めただけでもかなりのスピードである。だからボス部屋に到着しない事は勿論、あまり進めていないのは想定内。

 この短時間で『数層進めた』理由は、その進み方や探索の仕方が通常のダンジョンや迷宮区と異なる仕様だったため。

 同時にこれが予想外だった事でもある。

 通常のダンジョンは基本壁に挟まれた通路を進んでいけばいいだけなので、極論道なりに進めばいい。壁伝いに進んでいけば効率は最悪だが大抵は階段に辿り着ける。

 ただし壁伝いだとマップの端ばかりグルグル回り続け、中央の部屋に行けないパターンがあるため、俺はマッピングデータを見ながら全体を満遍なく見て回るようにしている。俺もベータテスト時代はその方法で探索していたのだがその欠点に気付かず数時間グルグルしていた事があって以降はやめた。

 ちなみに壁伝いがマッピングに向かない事と、マッピングのコツを教えてくれたのはアルゴだった。出会った当時はゲームプレイヤーとしてのフィーリングも無かったので基礎情報から色々と教わったものである。勿論自分もネットで情報収集をしてはいた。

 そんな基礎が通用しない遺跡塔は、小部屋間の移動を通路では無く、転移陣を使って行うようだった。

 しかも転移で移動した先の部屋にある新たな陣は右と左の二つ分。正解なら次の小部屋へ進めるが、間違えばその階の入り口に戻される。一階層の広さが迷宮区のそれに匹敵する遺跡塔にある小部屋の数は二十を軽く超えている。

 加えて各小部屋には倒す必要はないものの広さに反した数――大体十体前後――のレベル110前後のモンスターもうろついている。転移でやり直した場合、倒していたとしてもそれらは毎回復活している。小部屋自体は狭いので戦闘はほぼ免れないと言ってもいい。

 モンスターの種類はスケルトン系。スケルトン系はソードスキルを使う人型故に攻撃力や戦闘難易度は高めだが、レベルは高過ぎないし、防御力そのものは基本的に低いため、ほぼリー姉やユウキの独壇場と言える。地味にサチも槍の刺突や薙ぎ払いだけでなく石突の打撃で優位に戦えていたりする。取り敢えず俺の戦闘参加度が少なめなのは有難い話である。

 ……なのだが、それはそれで問題でもある。

 まず一つ目の問題。

 この遺跡塔、第一階層であれば敢えて間違った陣を踏めば塔の入り口へ戻れるし、第二階層へ上がる場合も階段だったので二階層でもすぐ戻れるのに変わりないが、それ以上が問題だった。

 

 第三階層へ上がる為の手段がそれ以降は転移陣になっていたのだ、しかも下へ降りる為の転移陣は無い。

 

 つまり戻れない。

 

 加えて言うと、この塔、多分塔全体が結晶無効化空間である。治癒結晶などを使おうとしてもこれまでの階層全てが無反応だったので現状転移結晶による緊急脱出は出来そうにない。無論窓などある筈がないので、俺が風の力で編み出した飛行術で脱出など出来る筈もない。塔の見た目的に結構穴が開いているように見えたのだが、どうやら外殻だけだったようだ。

 その事に第三階層に進んですぐ気付いたのだが最早後の祭りなので、マッピングだけの探索は既にガチ攻略へと目的が切り替わっている。

 第二の問題に上がった事が、各小部屋に入る度に毎回復活する敵の相手をするメンバーの武器の耐久値。《鍛冶》スキルを極めているとは言え、本来砥ぎに回転砥石以外を使うのは応急処置的なその場凌ぎのもの、そう何度も使える手段とは言えない。

 リー姉の都牟刈ノ太刀は空恐ろしい程の耐久値があるし、ユウキが振るう魔剣エリュシオンも同様。サチが持つ魔槍ゲイ・ボルグもおなじ。

 レインとルクスの二人は同じ武器を使い続ける事に拘りは薄いらしく、《ホロウ・エリア》で採れた金属から鍛え上げた片手剣をそれぞれ使っている。少なくとも以前持っていた剣より耐久値の面ではまだかなり余裕がある。

 つまり一番危ないのがフィリアという事。《短剣》だから仕方ない。

 まぁ、此処にはSAOで数少ない生産系スキルの完全習得者が二人――俺とレイン――いるので、武器をインゴットへ鋳直した後、再度同カテゴリの武器へ鍛え直す事も出来なくはない。武器のパワーやスピードといったタイプは鋳直しでも引き継がれるので運用の仕方に大きな差は無い、俺が名付けた【継承】は選択の一つとして一考の余地があると言える。特に耐久最大値が基本少な目の短剣を使っているフィリアはこの選択を考えておくべきではある。

 だがフィリアが扱っている短剣ソードブレイカーは《短剣》のカテゴリではかなり特殊な部類に入る。《片手剣》より短めとは言え《短剣》にカテゴライズされる殆どの武器より肉厚且つ刀身が長い点だ。

 肉厚という事は見た目通り頑丈である事、すなわち耐久値が多めである事を意味する。

 刀身が長い事はそのままリーチの長さに直結している。

 この二点が《短剣》の中でも珍しい特徴であると、最前線で様々な武器を見て来た俺が判断しているという事は、《鍛冶》スキルを以て新たな《短剣》を作り出した際、基本的には薄く短い品が出来上がるという意味になる。

 闘技場を突破し、第七十五層の攻略が始まった頃のように多少の余裕がある頃であればまだしも、今はダンジョンの中だ。安全面からしても素振りの練習には適していない。本当に最悪な状況に陥ればするしかないが、新品の武器を持ってすぐ本領発揮とは普通いかない。そんな事が出来るのは多分リー姉くらいだ。

 

 ――――……リー姉って実際のところ何者なんだろうか。

 

 ふと、殆ど関係無い事に思考がズレる。

 拾われ、義弟として大切にしてもらって、色々と教えてもらった。勉強に関する知識面は勿論、普段の生活などに関して知っている身からすれば、リー姉/直姉は普通の一般人と言える出身である。少なくとも織斑家の実姉と実兄に較べれば確実に。

 でも武道の方面は、ひょっとしなくてもあの二人を超えている可能性が高い。

 そもそも俺が鍛えた都牟刈ノ太刀は、外見こそリー姉が元から持っていたジョワイユーズと酷似しているが、刃渡りや刀身の反りに関してはあまり似ていない。縮尺をやや変えた代物とは言えるが。

 都牟刈ノ太刀の長さは、ジョワイユーズは勿論、平均的な竹刀のそれを超えている。竹刀やALOの剣に馴れていた直姉/リー姉からすれば、今の剣にすぐ適応する事はかなり常識外れだ。

 武道の経験を積んでいるからこそ、調整に必要な時間は素人よりは短いだろう。

 だが積んでいるからこそ感覚の差異による失敗はあると思う。しかし現状間違いなくSAOプレイヤーで最強の技量を誇る妖精剣士は、ただの一度も失敗していない。

 『弘法筆を選ばず』という諺があるというが、現代の人間が武器の扱いに於いて『弘法』レベルの技量を誇る事はかなりおかしいと思う。

 本人から聞いた話では、武道関連は祖父の指導方針によるものだったらしいが……

 

 ――――織斑や篠ノ之も大概だけど、桐ヶ谷も結構大概な気がするなぁ、コレ……

 

 俺を拾った一家の大黒柱である桐ヶ谷峰高は、元々桐ヶ谷家の嫡子であったそうだ。直姉から聞いた祖父の実子という事である。つまり義母さんは嫁ぎに来た訳だ。

 直姉の祖父は武道と礼儀を重んじる傾向にあり、洋物を拒絶こそしないものの古い習慣を重視する思考が強かったらしく、武道を息子にも習わせようとしていたらしい。しかし義父さんはそれに反対して外国へ飛び出し、証券会社に就職し、義母さんと結婚して直姉を生んだ。職場が外国という事もあって祖父の武道勧誘の手から逃れられるためこれほど良い場所は無かっただろう。

 流石に外国にいる相手に教えられないため、直姉に教える事になり、非常に筋が良い事もあって祖父が調子に乗った結果がコレだ―ーーーと、義母さんがほろ酔いの時に笑いながら話してくれた覚えがある。

 ちなみに『コレだ』と言われた時の直姉は、やや複雑そうな顔をしていた。

 取り敢えず小学校六年や中学上がり立ての年齢で幅広く武道を教えられるのがアレなのは俺にも分かるので擁護は出来なかった。

 武道が盛んだった時代は、むしろ織斑や篠ノ之、桐ヶ谷家レベルが普通だったのだろうか。

 

「キー、疲れているなら休憩にしたらどうですか」

「ん……? あー、そうだなぁ……」

 

 攻略に関係無い事に思考が逸れていた俺は、どうやら傍目から見て疲れているように見えたらしい。疲労と頭痛のせいで集中力が落ちていたのは確かなので実際間違いでは無い。

 

「朝から動き詰めだし、いい加減少し休憩しようか……」

 

 宝玉を入手した遺跡に掛けた探索時間は行き帰りがそれぞれ約二時間の合計約四時間。遺跡を出た時点で昼を過ぎていたので、昼食を取り、午後一時過ぎから遺跡塔へ入っている。

 つまり現在時刻は午後三時ほど。

 早朝五時からリー姉と一時間知恵と助言を受けてイメージを練り、それ以降道中の戦闘でも常にイメージトレーニングを続け、実際に探索や戦闘を続けて来た。夜警もあって若干睡眠時間が少ない事も疲労しやすくなってる一因か。

 流石にそろそろ小休止を取るべきかもしれないなぁと、やや回転が鈍い頭で考える。

 丁度良い事に、現在いる小部屋にモンスターはいない。間違えた陣に入って入り口に戻されたからなのだが、入り口は《圏内》でこそないものの一応は《安全地帯》に等しい場所らしい。

 それが決定打となり、小休止を取る事をみんなに伝える。

 皆は転移陣を踏まないよう思い思いに小部屋の中で寛ぎ始めた。リポップの心配も無いから警戒心もやや薄めだ。無くなっていないのは《圏外》だからと、ケイタやPoH達が追い付く可能性がある為である。やって来た時は嫌でも転移で気付くのでそれも必要最低限に留められているようだ。

 俺は次の小部屋へ進むための転移陣に近い場所に座り込み、ゆっくりと思考を回し始めた。

 ――――転移陣の仕様に慣れた今は、マッピングデータにどの小部屋の転移陣同士が繋がっているかを記号で分かるようにしているのだが、これは完全に人海戦術に等しいので結構時間が掛かる。しかも適当に進んでも間違えれば逆戻りなので一階層進むにも結構手間が掛かる。

 この二時間で踏破した階層は六つ。つまり現在層は七階層。

 多分だが頂上へ辿り着くこれの三倍の階層は最低限踏破する必要があると思う。外から見た感じ塔の高さは優に百メートルを超えていて、中の一層の天井の高さはおよそ五メートルなので、単純計算で二十四階層はあるからだ。床の厚みを足してもそれくらいはあるだろう。厳密な塔の高さは分からないのでもっとある可能性は十分存在する。

 俺一人なら道中のモンスターを素通りしても良いのだが、仲間がいる以上それは出来ない。

 尚、一度提案しようはとしたのだが、口に出そうとした瞬間威圧だけで黙らされた。リー姉とユイ姉とユウキの三人だけだったが凄く怖かった。背筋に氷水を突っ込まれたような寒気が走った。あとレイン達の『何言おうとしてるんだ』と言いたげな眼が地味に辛かった。

 心配してくれていると考えればむしろ嬉しい事ではある。

 でもやっぱり辛いものは辛いし、怖いものは怖い。リー姉だけはもう怒らせたくない。

 ……あの雰囲気だとユウキとユイ姉の二人の激怒ぶりも大差ないかなぁと思っていたりする。アキトに対してキレた時の姿を見ているとユウキは間違いないだろう。

 

 ――――そういえば、あの時キレたのって……

 

 ふと気になったのが、ユウキがアキトに対しキレた事。記憶が正しければ俺が剣で貫かれ、頭を撫でられた時だった筈だ。

 そのタイミングと、深夜に受け取った告白から考えれば、何故キレたかの理由も自ずと分かる。

 それだけ想ってもらえているという事だろう。

 自意識過剰でな、と普段なら結論付けるが、異性として想われている事が確定しているのでその結論は出ない。流石に自惚れはしないが、そう想ってもらっている事は確実なのだから嬉しいし誇らしくも思う。

 家族以外から心配されたり、好感的な感情を向けられるのは、とても経験が少ない。だから素直に嬉しい。

 リー姉にも同じ告白をされた点に関しては頭を抱えざるを得ないのだが、どちらからも返答はもっと先でと言ってもらえているからまだ悩むだけで良いし、二人の口ぶりからなんとなく他の人を選ぶ可能性を考えている事が分かるので、俺が真剣に考えた上での決断であれば責められはしないと思う。二人はその辺りの分別が付いている方だとは俺も信用している。

 だから最低限、俺は筋を通し、不義理を働かないようにしなければならない。あまり心配を掛けないように、掛けるにしても安心してもらえるように配慮する事は当然だ。

 とは言え……

 

「もう少しペースを上げるべきか……?」

 

 ユウキとリーファは《アインクラッド》側の最前線攻略メンバーの幹部だ。情報収集とその統合、また打ち合わせなども含め、明日の夜にはあちらへ戻っておく必要がある。レイン達もここはほぼ同様。

 ここを攻略しないと出られない以上、ペースを上げる事は最終的には取らざるを得ない手段になる。

 

「そうなると今度は武器がなぁ……」

 

 かと言って下手にペースを上げると、今度は先ほど考えた武器の耐久値の問題になる。

 幸い俺とユイ姉のを貸せばいいし、小部屋に湧くモンスターを倒した後、部屋を移動さえしなければリポップはしないようなので休憩場所はほぼ何時でも確保出来る事になるが、これまでの数倍の階層が残っていると考えられる以上あまり皆を疲弊させられない。敵にはモンスターだけでなくPoHを始めとしたプレイヤーも居るのだから。

 また、右か左どちらかが正解とは言え、流石に数十もの小部屋にある転移陣全ての正解を引く――確率は2の何十乗分の1――なんて確率を引き当てるなど不可能に等しい。間違える度に再戦するのだし、転移陣の正解数が多いほど間違えた時には戦闘回数も増えていく。

 頭が痛い話だ。もう既に痛いが。

 

 ――――今までのように一人であればこんな悩みも無いのだけど……

 

 そこまで考え、一度思考を止める。

 人に理解してもらい、受け容れられる事を心の底では求め、喜んでいるというのに、流石にこれは贅沢というか傲慢な考えだ。『隣の芝生は青く見える』と言うが、流石に俺の場合は舌の根が乾くのが早過ぎると言った方が適切である。

 効率を考えれば俺一人の方が良い。効率は実際重要だし、重視すべき事、優先するべき事態と状況だってある。

 でも今は最優先すべき事ではない。重要ではあるが、まだ安全性を取った方がマシだ。

 

 思考を入れ替える意味も込め、一度三々五々に休憩時間を過ごす皆に視線を巡らせる。

 

「――――なんだけど、どうかな」

「うーん……ユウキさんは我流で完成させてますからね。あまり手を加えると崩れますし、長期的ならともかく、短期を前提に手を出すとなると却って逆効果になると思います。そもそもあたしのは『試合』を前提にしているもの、ユウキさんは『戦闘』を前提にしているものなので求められる内容も違ってますし……あたしの戦い方は、システムに照らすとかなり無駄がありますから」

「そっか……」

 

 部屋の隅の方ではリー姉とユウキが何やら話し合っていた。断片的に聞こえて来る内容から察するにユウキが戦闘、特に剣術関連の事で意見を求めており、それを断られているようだ。

 ユイ姉とルクス、サチも興味はあるのか、会話に参加こそしていないものの二人の近くで話を聞く態勢を取っている。

 ナンも何故かユイ姉の肩に留まっていた、最近地味にマスターとして認められていない気がしている。

 ナンについてはともかく、リー姉の指導は確かに効果が高いと思うが、それはSAOの剣技を修得する前に習っていた俺に限っての事。生きるため、戦うために我流で剣を磨き、腕を鍛えて来たユウキが下手に指導を受けても逆効果になる可能性は確かに高いだろう。長期的に見ればいいとは思うが、このSAOに居る間に限った短期的な話や今強くなるのであれば不向きではある。

 それに関してはユウキも察していたらしく、やや肩を落としているものの気落ちはそこまでしていないようだった。

 高レベルの自分と伍する実力があるのにまだ上を目指すのかぁ、と遠い眼になる。未だ勝負が着いていない以上何れは再びデュエルをする可能性が高いが、武道の経験が無くセンスだけでここまで強くなったユウキが戦闘な技術を身に着けた場合、どれほどの剣腕を持つようになるのかちょっと想像出来ない。

 まぁ、仮想世界で経験を積む事――ブリュンヒルデを超える為の下地を築く事――がVRMMOをプレイする理由の一つであるため、むしろ強い剣士が多くなるのは歓迎すべき事ではある。

 そう自分を納得させた後、次に目を向けたのはレインとフィリアの二人だ。

 

「んー……いい加減武器の耐久最大値が心許無いかなぁ。回転砥石があったら良かったんだけどね」

「レインの鍛冶道具は殆ど教会に置いてるから仕方ないって。わたしが技術的な創意工夫をすればまだ何とかなるし、最終手段として鋳直しと鍛え直しをすればいい話だから気にしなくていいよ」

「うん、ありがとう、フィリアちゃん」

 

 こちらの二人は、どうやら俺が気掛かりな武器の耐久値に関して話し合っているようだ。

 実際フィリアのソードブレイカーを始め武器は鍛え直し/【継承】をすれば済む話ではある。使い慣れていない武器で、自分よりも格上の敵数体を相手しなければならない状況ではあまり取りたくない手段なのだが。

 というか、レインの鍛冶道具は基本第一層の教会に置いているのか。それを届けに最前線に教会のメンバーが来ているなんて事が無い事を祈る。特にそれらしい話は聞かないので多分大丈夫だとは思うが。

 あと第二十二層を始めとした釣りスポットを巡っている釣りギルドのニシダさん達も。こちらは大人勢ばかりだし、俺とシノン以外は顔も知らないので、来ていてもすぐには分からない。

 

 それにしても、思えば随分と親しい人が増えたな、と感慨を抱く。

 

 同時に、望外の事である、とも。

 

 ベータテストをしていた頃は勿論、《ビーター》になる決断を下した時では予想していなかった状態だ。こちらの意図に殆ど勘付いているアルゴはともかく最悪クラインにも拒絶されると思っていたのに、今では両手両足の指で足りないくらい《キリト》を受け容れてくれる人が居る。

 幸いと言って良いのか、VRMMORPGというネットゲームの世界とは言え、俺はほぼ身バレしているも同然の状態で人と交流を持っている。俺の素性を殆ど知られているのだ。

 その上で受け入れられている。

 それはとても、嬉しい事だ。道を踏み外し掛けてリー姉に諫められはしたものの、SAOを生きて来た《キリト》は《織斑一夏》だろうが《桐ヶ谷和人》だろうが、どちらもリアルの自分の等身大。《キリト》を認められたという事はそっくりそのまま自分自身を認められた事に等しい。この世界で認められる事は、今だけでなくかつての名前としての自分も認められたに等しいのだ。

 世の中まだ捨てたものじゃない、と胸中で独語する。

 ……まぁ、どれだけこの世界で強くなり、認められたところで、それを現実に流用/適応させられなければ無意味に等しいのだが。何せ出来なければ将来的に多くの人を超えられず、未来を開けず、生きられないという事なのだから。どれだけ良い事があっても結果が死なら意味はない。過程を重視していても、先に続かない結果であれば。

 本当に死にたくないと、誰にも聞こえない程度で洩らす。

 

 

 

 ――――直後、唐突に背後から黒い光が発生した。

 

 

 

 ***

 

 小休止を取って多少の時間が過ぎた時、唐突に部屋の一角で黒い靄が立ち上った。丁度キリト君の背後に位置する場所で発生した靄は縦の楕円を描いている。

 その闇の中から、以前見た覚えのある人影が姿を現した。

 黒フードと銀のチェーンが特徴的な黒コートを纏っていて、しかも頭上には本来表示されるカーソルとHPゲージも無いという特異な特徴まで合致している。こちらでユウキちゃん達と合流した後に遭遇し、黒い靄で姿を消した者に相違ない。

 間近で見ると、思ったより背丈が高かった事に気付く。すぐ近くに居るキリト君がとても低いので余計高く見えている。リーファちゃんよりも更に高く、ユイちゃんとほぼ同程度といったところか。

 その人物が靄から一歩踏み出すと同時、黒い皮手袋に包まれた左手を伸ばす。

 

「キリト、逃げてッ!」

 

 焦燥を露わにユウキちゃんが悲鳴混じりに叫んだ。

 ほぼ同期して彼女とリーファちゃんとは、腰に収めていた自分の愛剣と愛刀を抜き払いながら駆け出す。

 声を掛けられる時点でキリト君は既に振り返っていた。

 

「な……っ?」

 

 短く、困惑と驚愕を綯交ぜにした声を発しつつ、ほぼ反射的にか手を払った。自然、黒コートの手が弾かれる。

 ――――しかし黒コートは間髪入れず一歩踏み込み、その右の拳を少年の鳩尾へと突き込んだ。

 

「――――……ッ!!!」

 

 部屋に反響した重い響きに反し、悲鳴はおろか呻きすら上げなかったのは、彼の精一杯の矜持故か。

 だが黒コートの拳は見た目の滑らかさに反して恐ろしく重かったようで、腕に凭れ掛かるようにして脱力してしまった。凄絶な過去を持つ少年を以てしても耐えられなかったらしい。

 その少年を、黒コートは右腕で小脇に抱え上げる。

 

「待てぇッ!!!」

「その子を、返しなさい……ッ!!!」

 

 明らかに連れ去ろうとする素振りの人物の暴挙を止めるべく、やや間を置くように距離を調整しながら紫紺と翠の剣士二人が挑み掛かった。

 蒼い小竜も飛び掛かろうとしたが、流石に危険と判断したのか、即座にサチちゃんによって抱き留められていた。

 最初に斬り掛かったのは紫紺の剣士。手に持つ黒き魔剣を全力で、殺意すら放ちながら果敢に連続攻撃を仕掛けていく。瞬間的に三回、四回の斬閃を放っているのを見るに怒りでポテンシャルが上がっているように見える。加えて技量に翳りが見えないのは、流石最初期攻略メンバーの一人だ。

 続けて翠の剣士が波状攻撃を仕掛けた。黒コートの側面ないし背面から同時攻撃すら仕掛ける勢いに敵を斬殺する躊躇いなど見受けられない、愛する義弟の為なら本気で殺すつもりで斬り掛かっている。

 どちらも、自分が見た中では正にそれぞれの『最強』と言えると思う。紫紺の剣士は少年とのデュエル時以上の猛攻を見せているし、緑の剣士も同じく少年との死闘の時以上の勢いと気迫で刃を振るっている。

 ――――だが、相手はSAOトップクラスの強者すら凌いでいた。

 華奢且つ小柄とは言え人一人を担いでいながら、黒コートの人物は左手に取り出した白い片刃直剣で全撃綺麗に捌き切っていくのである。多少移動はしているが、その動きは酷く緩慢で、余裕すら見て取れる。

 二人の斬撃には突進に等しい勢いが乗っている。それをマトモに受け止めようとすれば踏ん張りが必要なので隙を晒すが、黒コートはそれらを上手く受け流すよう刃を滑らし、捌いていた。

 自然、紫紺と翠の剣士の両名は斬り掛かる度に刃があらぬ軌道を描くか、数瞬前まで敵がいた場所へ突っ込み、慌てて振り返る―ーーーそんな光景が繰り返される。

 特に翠の剣士は対人戦に於いて無類の強さを誇る認識を持っていたために、この展開に自分達は目を見開く。彼女すら半ば遊ばれているなど悪夢に等しい。彼女は圧倒的なレベル差すら対人戦に於いては覆す事を実証済みなのだ、ステータス差で押し返されている訳では無い以上実力で押されている事になる。

 

「ユウキさん、一旦下がって下さい!」

 

 今のままでは埒が明かないと判断したのか、翠の剣士は後退し、指示を出す。

 それに一瞬躊躇う表情を浮かべたものの、すぐ紫紺の剣士も距離を取り―ーーー直後、後退した翠の剣士がすぐさま距離を詰め始めた。

 

「え、リーファ?!」

「ハ……ァァァァアアアアアアアアアアッ!!!」

『――――ッ』

 

 何故、と言外に問う声に、彼女は応えない。裂帛の怒声を腹の底から出している彼女は一気呵成とばかりに長刀を振るう。

 残光が乱れ舞い、既に二人の刃がこの瞬間どこに振るわれているかも見えない速度で戦いは進行する。

 翠の剣士の実力が桁外れであった事は既に承知していたが、その猛攻を子供一人小脇に抱えつつ全撃往なせる黒コートの実力は、両手で振るわれる剣戟の嵐を片手持ちの剣で捌いている事からステータスも含めてかなり高い。

 以前刃を交えたらしいキリト君によれば、人違いでなければこの黒コートの人物は彼を圧倒する実力を有するという。そんな相手と未だ斬り結べているのは、恐らく相手にこちらを殺す素振りが無い事に起因する。

 二進数によって再現されたこの世界に於いて、理論上感情や気配なんて感覚的に曖昧な情報は伝わらない筈だが、アバターを動かすプレイヤーの心や感情は本物故に表情を見なくとも雰囲気だけで伝わる事が案外多い。そしてSAOが基本的に他者を疑ってかかる環境故に、人の悪意や敵意といったものはリアルに居た頃に較べ格段に過敏になっている。

 だからこの黒コートの人物がこちらを殺すつもりでない事は分かる。敵意に関しては微妙だが、少なくとも鋭く突き刺さる程の殺意はほぼ無いと言える。

 ここに来た理由は恐らく小脇に抱えている少年にあるのだろう。

 なら何故以前しなかったのかという疑問が浮かぶが、ひょっとしたら別人という可能性も無くはない。カーソルもHPゲージも無いバグのような動的存在がそんな沢山あるのは問題だが。

 ――――その思考を遮るように、自分のすぐ右横を凄まじい速度で翠が過ぎ去った。

 一瞬遅れ、鈍い音が響く。

 

「く、うぅ……ッ!」

 

 慌てて背後を見れば、壁に左手を突き、右手に握る剣を杖代わりに体を支える妖精の姿があった。

 瞳を爛々とさせている彼女の闘志に一切曇りは無い。

 しかし彼女の体は端々に数十もの小さいか浅い斬り傷が浮かんでおり、HPは恐ろしい事に既に二割弱を残すのみ。完全な危険域の赤色である。

 更に恐ろしいのは、五割以上を一撃で減らしたからかスタンに陥っている事。強打スキルや壁に激突した弊害という可能性もあるが、どれにせよ対人戦で無類の強さを発揮する彼女をここまで追い詰めるのだから並大抵の強さでは無い。

 黒コートの目的や意図を推察している間に戦況が変わっていたらしい。しかも対人戦に於いてほぼ最強格の剣士が、完全に加減された相手に圧倒された結果だ。

 この状況を一気に覆せる鬼札を持つ少年が完全に無力化されている以上、ほぼどうしようも無いと言える。

 

「や、あああああああああっ!」

「ユイちゃん?!」

 

 そんな中、果敢にも黒コートへ挑み掛かる同一衣装の女性。黒と白の片刃直剣を両手に提げた彼女は恐れを跳ね除けるように声を上げながら斬り掛かった。

 既に上級プレイヤーに片脚を突っ込んでいると評価を受けている彼女は、とても使い始めて数日とは思えない流麗さと滑らかさで双剣を振るう。

 

『――――』

「そ、んな……ッ!」

 

 ――――だが、その連撃は全て、剣一本で対応される。

 速さで言えば翠の剣士より遅いため対処しやすいのだろう。加えて技量の面でも彼女ほどでは無い故か、黒コートに剣を弾かれている。往なすのではない、弾かれているのだ。黒コートが彼女の剣戟を真っ向から受け、それを的確に返しているのである。

 彼女は決して弱くない。もうこの世界に於いては強者の部類に入る。

 ただ、相手が悪かっただけ。隔絶とした経験の差が、今の彼女と黒コートの戦いを導き出している。

 これでは義姉弟喧嘩の時と同じである。

 

「が、あ……?!」

 

 ――――そう考えている内に、今度は左横を黒尽くめの女性剣士ユイちゃんが過ぎ去った。

 一拍遅れて鈍い音が再度響き、それから更に数拍遅れて離れたところから金属音が響く。彼女は双剣で防御しようとしたが、それを強烈な真上への斬り上げ/逆風により防御ごと弾かれ、吹っ飛ばされたのである。双剣もそれぞれ別々に部屋の隅へ弾かれている。

 

「強過ぎます……! ステータスもですが、技量が高過ぎますよ……!」

「まだ弓があって、それ以外にも武器を持ってる可能性があるとか、本気で勘弁して欲しいわね。しかも加減されてこれって、全くシャレにならないわよ……!」

 

 弾かれた双剣を手許へ呼び戻しながらヨロヨロと立ち上がる女性。

 その隣には、グラン・ポーションを呑んで回復を済ませた妖精が悔しさを表情に浮かべながら、長刀を正眼に構えている。

 黒コートの人物はこちらの出方を探っているのか、小脇に抱えた少年を落とさないよう抱え直しつつ、左手に持つ剣を正眼に構え、半身で立っていた。襲いに来る様子はないが、しかし防御の構えは取っているため抗戦の意志はハッキリと感じ取れる。少年を解放するつもりは毛頭無いらしい。

 

 

 

 そんな脅威の存在と言える黒コートは、寸前の抗戦の意志が嘘であったかのように踵を返した。

 

 

 

「「「「「――――ハァッ?!」」」」」

 

 一同、これには呆気に取られる。その間に少年を抱えた黒コートは次の小部屋へ続く転移陣に入った。

 

「逃がすか……ッ!」

 

 最初に我に返ったのはリーファちゃんだった。流石と言える敏捷性で疾駆する姿を見て、自分や残りの面子も我に返り、慌てて彼女の後を追う。

 道を間違えれば戻って来るのだから誰か残っていた方が良いのではと次の小部屋に着いた時に気付いたが、この塔で逸れると本気で洒落にならない事態に陥るのでどちらにせよ実行には移さなかっただろう。

 

「――――えっ」

 

 この階層の二つ目の小部屋に着いた時、わたしは困惑した。先に来ていたリーファちゃんもやや同じで、ユウキちゃん達などわたしと同程度の困惑を抱いている。

 何せ少年を抱えた黒コートは、何故か転移陣の前でこちらを見て止まっていたからだ。

 かと思えば、すぐさま転移陣へ乗って行ってしまう。

 

「……誘ってるのかな」

 

 眉根を寄せながらユウキちゃんが疑問を呈す。深紅の瞳は黒い激情で満ちているが、不可解な行動で冷静さを取り戻したのか理知的な色もある。

 

「罠があるのかもしれないね。わたし達より先に来ていて、正解の道を知ってるなら可能だよ」

「だとしても、罠ごと潰すだけです」

 

 これまで多くのトラップを見て来たフィリアちゃんの言葉を、義弟を攫われ内心穏やかでは無い妖精が切り捨てた。

 

「トラップの有無は私に任せて下さい。解除は出来ませんが、判断なら絶対です」

 

 特殊な権限を持つNPCとしての性能をフル活用する宣言までしたユイちゃんは、両手に持つ双剣の柄を手が真っ白になる程に強く握り込んでいた。ミシミシと軋む音すら聞こえる。

 彼女の表情も平時からは想像もつかないくらい無表情だ。

 普段の彼女は穏やか且つ柔らかい故に『無表情』と一口に言っても可愛らしさと怜悧さを併せ持った魅力的なものであるのに対し、今は黒い感情と激情に満ちている故、酷く剣呑だ。人によっては冷酷、酷薄な表情とすら言うかもしれない。

 まだ『能面』の如き無表情でないだけマシかもしれないが。

 尚、リーファちゃんの今の表情は、正に能面のそれである。

 

 ――――この二人を見たら、キリト君、最悪泣くんじゃないかなぁ……

 

 確実にあの少年には怒りを抱いていないだろうが、それでも普段の穏やかさや優しい表情を多く見ているだけに、怖がる可能性はかなり高い。

 まぁ、まず二人に再会する為にも早く追い駆けなければならないのだが。

 

「私が先行します。フィリアさんは罠解除の為に次に来て下さい」

 

 流石にこれ以上は話し合っても無駄だと判断したらしく、焦燥を滲ませながら言ったユイちゃんが駆け出す。その後をフィリアちゃんが追い、その後ろにわたし達が付いて行く。

 ――――奇妙な事は、それからも続いた。

 わたし達が次の部屋に入った時、必ず『正しい転移陣』の前で黒コートは待っていたのだ。

 しかも部屋に入る度にリポップする筈のモンスターは全部片付けられている状態だった。すぐ倒したのか部屋の中で結晶が散っている光景はよくあったが、あまりの速さに舌を巻く。速度から考えて全てのモンスターをほぼ一撃で倒している事になる。しかも罠は無い。

 それ程の実力があるのに、わたし達を振り切ろうとも殺そうともしない辺りが不可解で、不気味だった。最初は怒り心頭だったリーファちゃん達も時が経つに連れて別の意味で表情を険しくし、足取りもやや慎重さを取り戻す。

 もう階層を幾つも跨いだが、未だこの終わらない鬼ごっこは続いている。軽く三十分は経過しているのにあちらのスタンスも未だ変わらずだ。

 

「――――……まさか、最奥に案内している……?」

 

 ふと、リーファちゃんがそう洩らした。

 その言葉を聞いて、サチちゃんがそういえば、と声を上げた。

 

「追い駆け始めてからまだ一回も入り口に戻ってないね」

「言われてみれば、確かに」

 

 サチちゃんに続けてユウキちゃんが言った。他も気付いたようなので、勘違いという訳では無いらしい。

 そう会話している間にも転移で追い駆け続け――――数回転移した後、鬼ごっこは終わった。目の前に赤い石がはめ込まれた黒い大扉、すなわちエリアボスが待ち構える場所へ通ずる扉が現れ、黒コートが足を止めたからである。

 わたし達が転移してくるのを認めた黒コートは、それから丁寧に少年を床へ下ろした。

 

「……何のつもり?」

『――――』

 

 それまで決して手放さなかった、目的不明な少年の拉致。その目的が分からないまま解放されたため却って怪しく映ってしまった。

 リーファちゃんはだから問い質す。

 無論、相手は答えない。

 返答の代わりに足元から黒い靄が立ち上り―ーーー数瞬後、その場所には少年が床で寝ているだけ。

 謎の黒コートの人物など影も形も無くなっていた。

 

 







 ----エリアボスが居る遺跡塔のマッピングに踏み出た(ガチ攻略しないとは言ってない) 尚、やや不可抗力に近い。



・今話のダイジェスト(おふざけ)

黒剣「探索が進んだのは良いけど、遺跡塔は思った以上に厄介だ。色々と問題で悩むなら今までみたいに一人の方が良いなぁ……――――」(思考筒抜け)

魔女(このままだといけない、仲間は重要だと分からせる為に仲間が必要な状況に陥れなきゃ(使命感))

黒剣「――――いや、それはダメだ。やっぱり皆と一緒が良い」(転移中故魔女は聞いてない)

絶剣「危ない、逃げて!」

魔女(無言の腹パン)

黒剣「(白目)」

魔女(あ、ここで少し猛威振るっておけば強化に役立つかな。やっちゃえ!)

絶剣&妖精&電姉「」

魔女(よし、あとは迷宮の正解の道を教えれば、探索もスムーズになる筈!)



 魔女が張り切った結果がコレ、ユイ達は完全にとばっちりである(尚魔女の思考が真実かは定かでは無い)

 キリト達では魔女には敵わないんや。

 ちなみに通常《王》が気絶しても問題無い、ピンチになると出て来る白も現在行動不能。理由は魔女の根源とキリトの治療、VR技術の構成と理論。

 脳がお休み中では、別人格でも同じ『脳』で動く白も動きを封じられるのだ(無慈悲)

 あれ、これ、魔女や電姉が強引な手に出たらキリト喰わ……義姉って最強だな(遠い眼)

 そういえば今気付いたけど(唐突な話題転換)、地味に本作キリトって剣での勝負の割に腹パンされる回数が多い気がしなくもない。SAO編から数えても確か今ユウキ、リーファ、魔女で通算三回。剣の世界で《体術》は割とマイナーなのに。

 ヒロイン枠キャラに腹パンされる主人公って、これも一夏である事の宿業なのか……?(照れ隠しや凶器持ちでなかったり戦闘中で真面目な分まだマシか)

 尚、直葉との鍛練も含めるともっと多い模様(白目)

 手取り足取りじゃなく、一度喰らわせて覚え込ませる方針だからね、仕方ないね(合掌)


 日程が空けば、あと一話くらいは投稿出来るかな……?

 では、次話にてお会いしましょう。


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