インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話は原作《心の温度》編、つまりはリズベットとのお話です。シリカの時と違って割と原作に近い流れになります。
ちなみに今回はオールリズベット視点です、何故か彼女のお話になるとリズ視点オンリーになってしまうんですよね(笑)
ではどうぞ。
アインクラッド第四十八層主街区《リンダース》。
そこがあたし、リズベットの拠点としている街の名前だ。転移門があるから人通りもあり、比較的和やかな街としてアインクラッドの中でも人気ランキングでトップを飾っている。
そんな街に、あたしはデスゲーム開始から一年と少し経った冬の一月に、一つの店舗を構えた。
【リズベット武具店】。今や中層から攻略組プレイヤーまで幅広く親しまれている店で、アインクラッド唯一のフリー(ギルドに所属していない)マスタースミスとして有名になっている。実は第一層の頃から攻略組メンバーの、ある意味での専属鍛冶屋だったりするのは誇らしいことだ。そのため顔馴染みとして贔屓にしてくれている顧客もかなりいる。
「ありがと、リズ」
白と紅を基調にした騎士服に、純白のブレストプレート、栗色の長髪と瞳を持ったアインクラッド美人ランキングトップ5にランクインしている目の前で笑う少女、《血盟騎士団》副団長アスナも、その顧客の一人だ。彼女が第一層で声を掛けてくれたお陰で今があると言っても良い。
回転砥石での砥ぎを終えた銀鏡仕上げの細剣ランベントライトを鮮烈な真紅の鞘に収めながらアスナは言い、あたしに百コル金貨を一枚指で弾いてきた。それを指先でぱしっと取る。
「どういたしまして、アスナ。それにしてもあんたの細剣、【継承】だっけ? 魂を受け継いでいくとか、結構面倒な事してきた訳だけど、それに見合うだけの名剣になったわよね」
取得したインゴットそのままの状態から剣を鍛えるのと、わざわざ剣をインゴットに戻してから鍛えるのでは、やはり前者の方が手間は掛からないし能力も比較的高い傾向にあるため、アスナのように第一層のウィンドワスプから低確率ドロップする細剣ウィンドフルーレをインゴットに戻し、それから改めて《鍛冶》スキルの値に見合った性能の剣に戻すなんてするプレイヤーは殆どいない。
あたしが知る限りではアスナ、ユウキ、ラン、サチ、シリカ、アルゴ、クライン、エギル、ディアベルだけだ。少し前まではヒースクリフもしていた。何でも全員共通の知り合いで、わざわざそんな事をするプレイヤーがいるらしい。そして今や唯一無二の相棒にまで昇華されており、そのプレイヤーをずっと支えている相棒なのだとか。
しかし第一層ボス戦で人を護る時に、そのプレイヤーがデスゲーム初日から使っていた相棒は砕け散ってしまったのだとか。予備として同じ性能の剣を使いだしたらしいが、それまでの勢いは暫く見せなかったと話を聞いた。単純に愛着の問題ではないのかと思ったのだけど、その気持ちが皆には分かるらしかった。
アスナが腰に収めたランベントライトを見つつ、明るく微笑んだ。
「まぁね。この子には、私がこの世界で戦い始めて、初めて見惚れた愛剣の魂が宿ってるから…………それに、いつも最前線で私を支えてくれたから。もう私の半身、魂そのものって言っても良いくらいよ」
「言われてみれば本当ねぇ……――――ねぇ、何時も思ってたんだけど、その【継承】を教えたのって誰なのよ?」
「うーん…………私の口からは言えないかな……下手に口に出来ないの」
困った顔でごめんね、と言ってくるアスナ。いつもは親友だからと他のプレイヤーには話さない事も話してくれるけど、この話だけには他の顧客と同様に口を固く噤む。
「確かエギルも似たような事言ってたわねぇ」
「似たような事?」
そうよ、とクリスマスイヴに見た、あの顔色の悪い黒尽くめの子を思い出しながら話す。
「クリスマスイブの日にね、エギルに怒鳴って店から出て行った黒尽くめの子がいたのよ。注意しなさいよって言ったんだけど、エギルは叱ったら壊れちまうって言ってたの。そういえば結局あの子、あれから一度も見てないわね……」
「知り合い、なの?」
「全然、見たことも無いわよ。ていうか、あんな黒尽くめで顔色が悪くて、しかも明らかに十歳くらいの小さい子を見て忘れるもんですか」
そう言うと、アスナはあ~……と苦笑した。
「え、何その反応。知り合いなの?」
「そうだねぇ…………まぁ、フレンド登録してるし……」
「何よ、歯切れが悪いわね?」
「うーん……まぁ、色々と事情がある子でね。アルゴさんもかなり気に掛けてる子なの」
困り顔で苦笑しながら溜息を吐くアスナ。
「あの鼠のアルゴが気に掛ける? お気に入りとかじゃなくて? どんだけ凄い子なのよ」
「あの子は凄いっていうより…………まぁ、リズ自身が知った方がいいね。ここ、紹介しとくよ。丁度マスタースミス探してたみたいだったし」
それは正直助かる話だ。あたしは店舗を構えるのに三百万コルもする水車小屋を買ったのだけど、その時にアスナを介して借金をしたのだ。その返済がまだあるから、顧客が増えるのは万々歳ではある。
「それは助かるわね。正直返済額が巨額だから、ちょっと悩んでたのよ」
「まぁ、彼からは別に良いって言われてたんだけどね……お金の事にはしっかりした関係を持たないとってお説教したの」
「……待った。え? 彼? 数百万コルという大金を、一人が払ったの?」
「うん」
「……ど、どうしよう。あたし、土下座しに行った方がいいのかしら、これ」
今までお礼の一言も伝えずに暮らしてきたから、一応返済はしてるけど土下座で謝罪をしたほうが良いのかと本気で思案する。アスナはそれを見て、苦笑していた。
「リズ、彼は謝罪よりも、もっと欲しがってる言葉があると思う」
「……もっと欲しい言葉? それって……」
「それは、リズ自身が見つけないとね」
苦笑のまま店から出て行ったアスナ。あたしはその日、その言葉について、そしてアスナ達が知るプレイヤーについて考えて一日を終えた。
*
アスナが話していたプレイヤーが来たのは、アスナが来た次の日の昼だった。最も客が少ない時間帯に、あたしは工房に引っ込んでインゴットを槌で打っていた。丁度一つの武器を精錬し終えた時に、来店の鈴が鳴ったのが聞こえた。
あたしは作成した武器をホームストレージに納めてから店舗に併設されている(というより、ほぼ地下にある)工房から出て、お客を歓迎した。
「ようこそ! リズベット武具店へ!」
店はがらんとしていたけど、数多の種類の武器を並べたショーケースや立て掛けている長物の武器を試す眇めつ見ている、黒尽くめの小さな子供がいた。あたしの胸ほども身長が無く、ここまで幼い子供もいるんだなと思った。
その子供があたしに気づき、こちらを見て小さく微笑む。綺麗な笑顔だな、と思えた。肩にはシリカと同じ使い魔がいた。
「えっと、あなたがリズベットさん?」
「はい、そうですよ。当店にどのようなものをお求めで?」
「えっと……二つ有るんだけど、一つは後で。ちょっと時間が掛かるから。それで、もう一つはオーダーメイドを頼みたいんだ」
「オーダーメイド、ですか」
失礼ながらも、子供なのだからお金は大丈夫かなと思って子供の全身を見た。子供は古ぼけた黒コートにシャツとズボン、指貫手袋と鋲付きブーツ、武器は背中に吊った身の丈に迫っている黒の剣一本。最低限の金属防具すら一つも無かった。
この子はアスナの知り合いじゃないなと思って、念のためと忠告する事にした。
「あの、最近金属の相場が上がっておりまして、オーダーメイドだと高価になるんですけど……」
「予算ならかなり余裕があるから、最高品質のが欲しい」
「と、言われても……具体的な目標値を示してもらわないと……」
「ああ、そうか。えっと……この剣と同等か以上くらいのが欲しい」
そう言ってゴト、と黒い剣を鞘ごとカウンターに載せる子供。あたしはそれを持ち上げようとして――――出来なかった。
「重……?!」
驚いて剣をタップして詳細なプロパティを見ると、愕然とした。
固有名は【エリュシデータ】、製作者の名前は無し。つまりこれはモンスタードロップ、魔剣と巷では呼ばれるものだ。しかも重量が半端ではない。あたしはマスターメイサーとして片手棍を振るうのに筋力値を優先的に上げている。生産職だからレベルも最前線攻略組に劣ってレベルは60手前だ。それでもかなりの筋力値を上げているのだ、筋力値だけならそれなりのものだと自負していた。
けれど、目の前の子供はそんなあたしでも全く動かせない魔剣を、軽々と持って背負って動いていた。あたしが背負えば地面に這い蹲る形で全く動けないだろう事は容易く想像できる。
「あんた、何者なの……?」
「ん……? あれ、アスナから聞いてるんじゃ……?」
この子がアスナやエギル達が話していた……と思い至った時、そういえばイブの日にエギルの店から涙目且つ悪い顔色で出てきた子だと思い出した。明るくて血色も良くなっているから、全く分からなかった。あの後何があったのだろうか。というか、フェザーリドラをテイム出来たの……とも思った。
目の前の子供は明るい無邪気な笑みから――――不敵で挑発するかのような笑みへと表情を変えた。
「俺の名前はキリト。ビーター・【黒の剣士】と呼ばれてる織斑家の出来損ない、織斑一夏だよ」
ビーター・【黒の剣士】キリト。
名前くらいは聞いたことがある。というより、逆に知らないプレイヤーの方がいないだろう。なにせその悪名と悪評判はアインクラッド随一なのだから。先日に崩壊したらしい《笑う棺桶》の首領PoH以上に悪名高く、そして《笑う棺桶》三十二名中、PoHや幹部含めた二十一名を殺害したと大々的に新聞に載っていた最強最悪のプレイヤーとされている。
同時に、アインクラッド攻略の最たる要、ともアスナ達攻略組でも相当な実力者は語っている。彼がいなくなれば、きっと攻略組は成り立たないだろうと。あのヒースクリフでさえ同じことを言っていた。
本当にそれだけの実力者なのか、この子供が? と訝しげに思った。それを読み取ったのか、キリトという少年は先ほどまでの爛漫な笑みを消し、変わりに挑発的なそれを浮かべながら口を開いた。
「んー……ちょっと意外だ。こう、出て行けっていう展開が来るかと予想してたんだけど」
「いやいやいやいや?! そんな対応する店は閉店した方が良いでしょ?! お店としてどうなのよ!」
「俺の生まれ故郷では普通にされたけど」
「……」
平然と返されて返答に困った。いや本当、そんな店は潰れてしまえと思う。お客舐めてんのか。
リドラが慰めるようにキリトの頬をぺろぺろ舐める。
(あ、なるほど…………この子、確かに先入観あったらダメだわ)
目を見て、ふと気付いた。確かに全体的な表情を見れば挑発っぽいが…………これは、子供がするのと同じ、相手を見る行為だ。ここで一度失敗すると、恐らくこの子はずっとこの態度を取り続けるのだろう。つまりアスナ達は無意識か意識してか、この確認を突破したのだ。
それならあたしは普通にしてやろうじゃない、と決めてにやっと笑う。
「残念だけど、あたしのお店にこれほどの剣は作れてないわ」
「……そっか」
しゅん……と見るだけで落ち込むキリトとリドラ。見ていて癒されるのはきっとあたしだけではない、それ以上の罪悪感があるが。
「一応片手剣の最高傑作は、これなんだけどね」
そう言ってカウンターから仄かに火焔を纏っているかのような、薄赤い刀身を持つ細身の片手剣を渡した。それをキリトは左手に持ち、リドラを肩から離して何度かひゅんひゅんと振るう。時にはクルクルと指で回したりして、具合を確かめている。回すのはどうなんだ回すのは。
それにしても…………
(ふぅん……本当に様になってるわね)
軽やかに風を切る音を奏でながら剣を振るうキリトは、容姿も相俟ってか妖精のようにも見えた。
暫く剣を振るっていた彼だったけど、どうやらお気に召さなかったようだ。綺麗で小ぶりな顔に少しだけ不満げな表情を浮かべた、唇を尖らせていた。
「良い剣なのは確かだけど、俺にはちょっと軽いかな?」
「むしろエリュシデータが重過ぎるのよ」
「それには同感」
くすっと苦笑した顔は、彼の素の表情らしかった。一切の険が無く、柔らかい、子供のあどけなさと女性にも見える妖艶さが混同しているものだったのだ。一瞬後には元に戻ってしまったが。
それにしても、ある程度予想していたことだけれど、あたしの片手剣最高品質のものがお気に召さないとなると、あたしが仕入れているインゴットではこれ以上は作れないという事だから、この子の要望にも応えられないという事になる。けれどそれは、曲がりなりにも攻略組きっての有名人アスナの剣をずっと面倒見てきて、攻略組御用達になってるリズベット武具店を経営する者として少々プライドが許さない。
だからあたしは、一応の提案をしてみた。
「五十五層南のドラゴン?」
「そ。そこの山に出現するドラゴンがインゴットを落とすっていう話なの。未だに見つかってないし、五十五層ってことは第二クォーター以上だから見込みは有るんじゃないかと思うの。でもまだ発見例が無くて、もしかしたらマスタースミスが必要なんじゃないかっていう話なのよ」
そう言いながらカウンターに乗って毛繕いしているリドラを見る。ナンと言うらしいこの子は、テイム例がシリカとキリトの二人しかいない。
最初は規定年齢以下の女の子だけかと思われたが、ビーター・キリトもテイムしたので更にテイム可能な説が嵐を呼んでいるとされている。
「あー、成る程。確かに戦闘できるマスタースミスなんて希少だから、未だに未検証なのも頷けるな……リズベットさんはどんな武器を?」
「片手棍。これでもマスターメイサーよ!」
「片手棍……――――テツオ……」
ふと、キリトが泣きかけの子供のような表情で俯き、けれど一瞬で元に戻った。
「レベルって60以上ある?」
「ちょっと超えたくらいね」
生産職も生産スキルを使って物を完成させると多少の経験値が入り、あたしの場合はどちらかと言えばそれでレベルが高くなったタイプだ。
「ドラゴンってレイドボスタイプ? それともノーマルエネミー?」
「うーん……パーティー狩りではあるらしいけど、レイドまでは必要ないらしいわ、確か」
「だったら俺一人でも戦力は大丈夫、か。オレンジプレイヤーも暫くは沈静化するだろうし…………俺に突っかかってくる人も減ったし……」
ふっと淋しそうに苦笑した。そして店内を振り仰ぐ。
「それじゃあ二つ目の用事を済ませよう。リズベットさん、片手剣以外の武器、俺のを全部インゴットに鋳直して、鍛えてくれないかな」
「……は? するのは構わないけど、なんでそんな事を……?」
「あー…………えっと……これは、口で言うよりも見せた方が早い、かな? ただ見せるにしてもあまり人目に触れたくないんだけど……」
「工房が空いてるわよ」
「じゃあそこで見せるよ」
そう言うと、キリトはそこにしようと決めた。二人で階段を下りて工房に入ると、キリトは少し下がってと言ってきた。あたしは言われたとおりに壁際まで下がる。
キリトはストレージから黒で統一カラーリングされた武器の数々を取り出した。片手剣だけでなく、短剣、細剣、両手剣や片手棍など、種類がとても豊富だ。それらを床に突き立てると、右手にエリュシデータを持ってから、スキルを発動した。
正方形を描くように四連撃の蒼い軌跡のスキルが終了した直後、左手に持っていた細剣が黄色の光を帯びた。続けて三回の突き、下段の左右払い、斬り上げに上段の二連突きが高速で叩き込まれる。更に新たに右手に持っていた曲刀が光り――――
そんな感じであらゆる武器を左右の手にとっかえひっかえで持ち替えては交互に打ち出していた。見て分かったのは、恐ろしい事にスキルによる技後硬直が一切無いことと、スキル発動の為のポストモーションが見た感じ規定のものでないということだ。必ず課される硬直と踏まなければならない行程を省いていることに、あたしは目を見開いて驚いた。
最後に両手で片手剣を持った状態で左右同時に剣を光らせてから二刀を振るうソードスキルを放ち、黒コートをはためかせて動きを止めたキリトが武器を全て仕舞ってからこちらを困ったように見た。
「と、まぁ……見て分かったと思うけど、特殊すぎるスキルを持っててね…………それに俺って色んな人から命を狙われてるから、武器を選ばないように全てを最高品質で固めてるんだ。ちょっと物足りなくなってきたから、丁度良いし【継承】をしようかなと思ったんだよ」
「時間は掛かるし、料金もインゴットに鋳直す分も相俟って高くなるわよ?」
「大丈夫だよ。これまでの攻略で稼いできた分があるから」
疲れた笑みを浮かべながら、キリトはナンを抱き上げた。
あたしの用意も出来たので行こうという話になって、二人揃って転移門へと向かう。
途中の屋台でキリトが何回か買い食いしていて、少し分けてもらうと美味しかった。アインクラッドの料理は全体的に不味いので、屋台でも美味しいのを見つけるのはかなり難しいのだけど…………
「ねぇキリト」
「んきゅ?」
あたしの少し前を歩く小柄な少年を呼ぶと、頬袋を一杯にしてむぐむぐ食べる顔で振り向かれ、思わず笑ってしまった。ナンも一緒になって頬張っている姿が、人と使い魔なのに兄弟に見えてしまう。もしくは姉弟か。
「あははっ、あんた、そんなに急いで食べなくても良いじゃない」
「ん…………んぐっ……はぁ。良いじゃないか、俺の勝手だよ…………それで、何?」
「ああ……今更気付いたんだけど、あんたなんで似たような剣を欲しがるの?」
「さっき見せたようなのと同じ事情だけど、単純に俺が二刀流使いだからだよ」
「二刀流使い?」
それだとイレギュラー装備状態と見做されてしまってソードスキルの発動が出来ないではないか、と思った。同時に、そういえば両手に片手剣を持った状態でスキルを使ってた事を思い出す。けれど今言ったことはそのどちらとも違う事情らしかった。
どういうこと? と聞くと、キリトは歩きながら話してくれた。
「んー……例えばの話だけど。ソードスキル三連撃と通常技三連撃って、どっちが強いと思う?」
「ソードスキルに決まってるじゃない」
「確かにソードスキルは速くて鋭いから、通常技よりもダメージが出る。けど、外せば隙は大きいし技後硬直もあるからリスクは高い。実は武器の耐久値も減りやすいんだ、無理矢理強打してるようなものだから」
「あー……それは、確かに……」
言われてみれば、ダメージという観点からではソードスキルに軍配が上がるけど、技御硬直の事も含めて考えると一概にもそうとは言えない事に気付く。オーバーキルだと無駄や隙を生じるから通常攻撃が優先される事も多々あるのだ。
「通常技はどうなのかと言うと、割と臨機応変だ。ソードスキルにはソードスキルでしか返せない――――と言われてるけど、通常技でも流れに逆らわなければいなせるからそうとは限らない。加えて、速く鋭く重ければ通常技もソードスキル以上のダメージを叩き出せるし、技後硬直も無いから隙も少ない上に読まれにくい。つまり、レベルが高くなって筋力値と敏捷値が両方とも高数値になったプレイヤーは、ソードスキルだけじゃなくて通常技による連撃も視野に入れておくべきなんだ。折角のステータスをソードスキルだけのために使うのは勿体無い」
理路整然とソードスキルと通常技について説かれたあたしは、とても頓狂な顔をしていると思う。だって十歳の子供がそこまで考えてステータスを見て、装備を決めるなんてこと、彼以上の大人であるアスナ達でさえしていないことだろうから。
「それで、今通常技のほうが有用って言ったけど、勿論デメリットもある。例を挙げるとノックバックが無いとか」
「ああ……重い技になると、敵が動けなくなるアレね」
「そう。でもノックバックって、実はどんなソードスキルでも発生するものなんだ、そうじゃないと技後硬直で動けない敵に即座に反撃出来てしまうからねその技後硬直はやっぱりレベルが上がるごとに、もっと言えば敏捷値が高くなるにつれて短くなる。つまりソードスキルの隙が短く、そして剣速は速くなるから、どちらがいいとは一概にも言えない……けど、それはアインクラッドの常識に当て嵌めればの話だ」
「常識?」
「さっきリズベットさんが言った、イレギュラー装備状態だよ。つまり片手剣は片手一本で持ちなさいっていう常識で、今は話したんだ。確かに、ソードスキルの発動に関しては一本限定だ。でも、通常技は限定されてない。スキルを取ってないとしても低いながらもダメージはちゃんと入るから、別に二本持っても通常技をするにあたってのデメリットはソードスキルが使えないこと以外は殆ど無い。つまり、一刀の通常技でどうしても腕の返しとか呼吸で出来てしまう隙を、もう一本の剣で埋める――――隙が無い一刀以上の連撃を叩き出せる。そしてそれは、実はモンスターだけじゃなくて対人戦にも有効なんだ。何せアインクラッドの常識では原則的に二刀流は出来ないから経験の積みようが無い。つまり二刀流を可能状態にして習得することは、俺自身の命を護る事に等しいんだ」
長い説明を、一度も詰まる事無くキリトは言い切った。ここまで理論的なプレイヤーって他にいるのだろうか。というか、十歳にしてこの思考はどうなのだろう。元々ゲーマーなのだろうかとも思った。
子供の脳って侮れないからなぁ……と思いながら、二人揃って転移門に立ち、五十五層グランザム――――《血盟騎士団》こと、KoBのギルド本部がある階層へと転移した。転移先は鋼鉄の街が並んでいた。
「……行こう。ここ、嫌いなんだ」
明らかに口数が少なくなったキリトは、声を低くしながらそう言った。あたしもこの街は温かみに欠けると思っているので、アスナには悪いが好きではない。一も二も無く頷いて転移門広場から移動する――――
「あ、リズ――――ッ!」
「え? ――――ぐはっ?!」
横合いからどーんと女の子に体当たりされた。いたたた……と顔を見ると、そこにはユウキ、ラン、サチの《スリーピング・ナイツ》がいた。そういえばこのギルド、構成員ってこの三人なのよね。ギルドとしてどうなのよ、その人数。
あたしに笑顔で乗っかってるユウキをどかしつつ立ち上がり、ユウキはぴょんぴょん跳ねながら言葉を続ける。
「リズが珍しいね! この街に来るなんて!」
「あ、あたしはあっちの子と用事があって来たのよ」
「あっちの子? ……!」
キリト、と言おうとしたらしいユウキの口を、キリトが力ずくで手を当てて押さえ込んだ。かなり目は真剣で、ちょっと怖いくらいだ。
「事情は後で話すから、さっさと移動させて」
「……! …………!」
こくこくと慌てて頷くのを見るや否や、キリトはあたしを置いて、何故か北へと駆け出し――――
「見つけたぞ! ビーターだ!」
そんな怒鳴り声が広場に響いた。何だ何だと思って顔を向けると、明らかに剣呑な気配を出した中層プレイヤーや聖竜連合の連中がいた。
「今日こそあの出来損ないを殺すぞ! 逃がすな!」
「「「「「おお!」」」」」
どたどたどたどたっ、とあたし達の横を通り過ぎてキリトを追った。
「…………何、あれ」
「毎度毎度ご苦労様ですよね。ダメージを与えた傍からバトルヒーリングで高速回復するから、キリト君に勝てるはず無いのに」
「いや、そーじゃなくて! あれは何なのよ!」
「あれは《キリト誅殺隊》。要はキリトをPKするためだけに作られた組織の、中層で活動してる人達だよ」
サチが哀しげに溜息を吐きながら言った。
「麻痺毒で動けなくした後、ダメージ毒と出血、四肢の欠損を課して第一層の外周部テラスから落として殺そうとしてる人達。何回も死に掛けた、って言ってた。何回かは実際にテラスから落とされて、麻痺が回復して転移結晶を出すのが遅れてたら死んでたって言ってたよ」
「そんな…………キリトって、接してみれば分かるけど、全然悪い子じゃないわよ」
「リズ、それはボク達みたいに先入観無く接する人だけにしか分からないんだ。他の皆はキリトを、織斑家の出来損ないって見てるんだよ。キリトをキリトそのもので見てないんだ…………残念ながら、攻略組にもそういう人は沢山いるよ。それでも第一層の頃に較べればまだマシだけど」
「そのキリト君からメールです。『奴らを撒いてから南の山へ行くって、リズベットさんに伝言よろしく』だそうですよ」
ランが教えてくれた。それにしてもキリト……あんた、この事があるなら、先に言いなさいよ…………!
あたしは落ち込んだ気分のまま南へと行き、後ろをユウキ達三人も付いてきた。
「……何で来るの?」
「二人だけだともしもの時にリズが人質にされかねないし、そうなったらキリト、躊躇い無く自殺するだろうしね。護衛の意味もかねてかな」
「攻略は?」
「あ、それなら大丈夫だよ。今日は最初からお休みだったの。さっきはアスナと会ってたの」
それならとお言葉に甘える事にした。さっきのを見てしまった以上、あたし一人だと確かにキリトに対する人質にされかねないから。あの連中は本当にやろうとすればなんでもやるだろうから。
あたし達四人が街から出て南の街道に出たとき、またランにメールが入った。
「えっと…………え?」
「? どしたの姉ちゃん」
「『今、四人のほぼすぐ後ろでハイディングしてる』……」
「「「「…………え?」」」」
嘘でしょ? と後ろを見ても、やはり誰もいない。来た道があるだけだ。
と、そこで、すー……っと何者かが姿を表した。というか、黒尽くめの少年キリトなのだけど。
「……よく無事だったわね。軽く二十人はいたと思うけど」
「隠蔽スキル、コンプリート」
どやぁ、と誇らしげに言うキリト。ナンのきゅるっ! という同意のような声もまた誇らしげだ。
「まぁ単純な話、屋根を走ったんだよ。あとはハイディングさえ完璧ならまず見つからないよ。俺のハイド、アルゴも見つけられないから」
「…………システム的にどうなのよそれ?」
「さあ…………まぁ、そんな事よりも早く行こう。あまり悠長にしてられなくなった」
少し焦りを持ってあたし達四人を急かす。確かにあの様子を見るに、見つかったらイベントどころではない。
あたし達四人はさっさと雪山を行くのだけど…………
「「「「くしゅん!」」」」
まさか五十五層が風雪地帯だったなんて、予想外。風邪は引かないだろうけど、体の震えはばっちりあるから戦闘に支障が出かねない。あたしは薄手のエプロンドレス、ユウキとランは似た衣装の紫紺のクロークスカート、サチなんかミニスカシャツだもんね…………そりゃ寒いわ。
前を歩いていたキリトが仲良くくしゃみをするあたし達を呆れ顔で振り返った。
「…………四人とも、予備の服とか無いの?」
「「「「ホームになら」」」」
「つまり、今は無いんだ…………ン、はいこれ」
そう言って黒いファーコートを四つ分あたし達に投げ渡してきた。けれどキリトは黒いシャツにズボン、黒コートだけだ。寒くないのだろうか。
「私達は暖かくなるけど……キリトは大丈夫なの?」
「年がら年中この黒尽くめだし、慣れた。前は氷結洞窟で野宿したし」
うわっ、考えただけで寒っ! とばかりに四人で震える。キリトはそれからまた前へ歩き始め、あたし達もそれを追う。
漸く見つけた村で南の山のドラゴンポップのイベントを発生させる為、村長の家で話を延々と聞く羽目になった。大体二時間半くらいで、キリトだけが全てを聞いていたらしい。三十分であたし、一時間くらいでユウキ、一時間半でランとサチが撃沈し、キリトだけ起き続けたのだとか。
村長の少年期から始まり、青年期、壮年期と来てそういえば南の山に~というとんでもない苦労話だったから退屈だったのだが、キリトにとっては物珍しくて楽しかったのだとか。大体のクエストは全部楽しんでるって言っていた。
「クエストを楽しむ?」
「楽しんだほうが、報酬は嬉しい過程は楽しいで一石二鳥」
雪山に現れる《アイス・スケルトン》をあたしのメイスでがっしゃんがっしゃんと気持ちよく砕きながら、キリトと話していた。今はあたしのレベル上げも一応やっているのだ。そこまで大量には入らないけど、コルが手に入るのは正直嬉しい。
アインクラッドの構造上、必ず山の高さは百メートル無いので、三十分も歩けばすぐに山頂に辿り着いた。そこら中に蒼く澄んだ煌きを持つ水晶が並んでいて、降り注ぐ雪の光を乱反射して幻想的な光景だった。
「綺麗……!」
そう言って駆け出そうとしたあたしを、
「あ、ちょっと待って」
「ぐぇっ……!?」
「「「うわぁ……」」」
キリトは服の背中の部分を引っ張って止めてきた。唐突な事に妙な声を出してしまった。
何よと振り返ってキリトを見下ろして――――さーっと血の気が引いた。さっきまでのキリトが纏っていたぽやぽやした雰囲気でなくなり、凍てつくような鋭い眼光とであたしを見ていた。金縛りにあったように動けなくなる。
「リズベットさん。ドラゴンが出たら、そこら辺の水晶に身を隠して、絶対に身を出さないでほしい。出来ればユウキ達も」
「え? どうしてよ?」
「俺とリズベットさんはマスタースミスがいればドロップするんじゃないかと推測してるけど、もしかしたら何か踏まないといけないフラグを踏んでないのかもしれない。それを確かめるとなると時間が掛かるし、一人でやった方がフラグを試しやすい。だからソロでやらせて欲しい」
「そ、それは了解したけど……身を隠すって、そんな大袈裟な――――」
「大袈裟じゃない!」
いきなり声を張り上げられた事に、あたしは続けようとした言葉を止めた。キリトは一言謝ってから、また喋り始める。
「大袈裟じゃないんだ……何か不測の事態が起こるとも限らないし、常に想定して警戒するべきなんだ。人が想像するものは全て現実となり得る。最悪な想定をしておかないと…………もう、仲間が死ぬのは嫌だ……」
「キリト……」
サチが労るような声を出し、近づこうとした――――直後にキリトが俯けていた顔を別の方向、上空へと向けた。あたし達も見れば、蒼い結晶片が収束し、形になろうとしているところだった。ドラゴンのポップ現象だ。
「そこの水晶の影に! 早く! あとリズベットさんは転移結晶を!」
そう言ってあたしに青い直方体の結晶――高価な転移結晶――を投げてきた。それを慌ててキャッチしながら、四人で結晶の影に隠れる。
「ねぇあんた達、キリトは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。キリトはアインクラッド最強の剣士なんだから。戦闘で並び立つ人はこの世界に誰もいないよ」
ユウキが自信満々の笑みを浮かべながら言う。ランも、ちょっと不安そうだけどサチも頷いた。彼女達が言うなら、きっと大丈夫なんだと思って、キリトとポップした巨大な白銀のドラゴンを見る。ナンがとても小さく見えてしまっていた。
「ナン! 高度上昇、続けて飛来!」
「きゅる!」
『グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
ナンがキリトから離れて高度を取った直後、白銀のドラゴン《クリスタライト・エルダードラゴン》がとても小柄なキリトにブレスを吐いた。真っ白なブレスはキリトへと襲い掛かり――――
キリトは黒い剣を縦に構え、続けて五指で目にも止まらない速度で回転させ始めた。薄蒼い光を纏った即席の円盾は、純白の冷気の奔流を遮る。それでも微々たるダメージは入っているようでも、それはすぐに回復してしまっていた。受けるダメージの少なさと言い自然回復の速さと量と言い、キリトは本当に戦闘に関しては最強、比肩し得る人はいないようだ。
続けてドラゴンが前足の鉤爪を構えてキリトへ突進を仕掛け、キリトはあわせるようにエリュシデータで応戦し――――
「うっそぉ……」
普通のプレイヤーよりも更に小柄なキリトが、真正面からドラゴンに力で勝って突進攻撃を跳ね返した。慌てて体勢を立て直すドラゴンを見ながら、あたしは呆然と声を発した。
ナンは攻撃の構えを取ろうとしているドラゴンへと高速で飛来し、目に鉤爪武器をぶっ刺していた。それに悲鳴を上げるドラゴンへと、跳躍で同じ高度まで達したキリトの斬撃が襲う。翼や尻尾で吹っ飛ばそうと試みているも、全てキリトのエリュシデータに踏ん張る大地が無いのに力負けしてドラゴンは手も足も出ない。
あまりに一方的過ぎる光景に、あたしは口をあんぐりと開けていた。あまりにも次元が違いすぎる戦闘に、あたしはもっと見たいという欲求に駆られ――――
ふと、唐突にあたしの目がドラゴンと合った気がした。ドラゴンは空中で弱めの攻撃を続けるキリトを無視し、あたしへと体を向ける。
「リズ! 早く戻って!」
えっ、と顔を横に向けると、明らかに水晶の影から体を出してしまっていた。大体二メートルくらい。あまりに次元が違った初めて見る戦闘に興奮して、勝手に体が前に出ていたようだった。
「リズベットさん?! 早く戻って! 早く!!!」
空中で身動きが取れないでいるキリトがこちらを向いて、焦った顔で言ってきた。けれどあたしは、あまりの偉容を持つ白銀のドラゴンに体が竦んでしまい、動けなかった。
ドラゴンは両翼をはためかせ、凄まじい暴風を放ってきた。ユウキ達があたしを連れ戻そうと体を動かして手を伸ばしてきて、あたしも伸ばしたが間一髪で届かなかった。そのまま暴風に晒されたあたしは宙を舞い――――大穴の上に出た。
「う、そ……」
そのまま自由落下を始め掛け、ファーコートのフードをナンが加えてギリギリで自由落下を遅めていた。けれど持ち上げるには至らない。ナンの体が小さいのもあるけど、あたしのストレージはメイサーとしての重装備が結構あるから、プレイヤーとしての重量で考えても結構重いのだ。
「ナイス、ナン!」
大穴の端から瞬速で飛んできたキリトがあたしの腰を抱き、そのまま反対の穴の端へと向かう。ギリギリでキリトは着地できた。
慌ててあたしが足を下ろすと、がこっと崩れてバランスを崩す。
「えっ……?!」
今度は背中から穴へと落ちていき、キリトとナンの顔が遠くなり始めた。
「リズベットさん!!!」
キリトが絶叫し、右手の剣はそのままに瞬速で穴へと落ちてきた。あたしに軽々と追いついて腰を再び抱き、すぐそこの壁へと逆手に持ち直したエリュシデータをガシュンッと突き立てる。
ギャガガガガガガガガガガッ! と火花と共に岩を引き裂きながら進む嫌な音が立て続けに響き、がくん、と落下に制動が掛かるも止まるには至らない。
「頼む、止まって……ッ! ――――止まってくれッ!!!」
キリトの必死の声が耳に届いた。それが更に絶望的な状況なんだと理解を加速させる。
ふと違和感を覚えて首を回せば、穴底がすぐそこまで迫っていた。
「くっ……こうなったらせめて……ッ!」
そこで、ぐるん、とキリトと上下が逆になり、続けてキリトがあたしを上へと投げ飛ばした。多少落下速度が落ちただけだったけど、そのあたしのファーコートのフードを再びナンが咥えた事で、落下は着地できるくらいにまで遅くなる。
キリトは、落下速度をそのままに底へと激突、降り積もった積雪を巻き上げて盛大な粉塵を作った。
「き、キリト?!」
ナンに下ろしてもらって急いでキリトが落下した所へ走り寄ると、彼はHPバーに二、三画素分くらいだけ残してぐったりと倒れていた。エリュシデータは壁面に突き立ったまま。上下の位置を変えたときに手を離したようだ。
キリトはゆっくりと目を開け、最初にきょろきょろと顔を動かしてあたしを捉えた。次に自分のHPバーを確認するためだろう、目だけを左上へと動かす。
そして再び頭を地面へと落とした。
「……はは…………生きてたよ」
ぐったりと言うキリト。声音には喜びが余り感じられない気がしたけど、安易に触れられない何かを感じた。
「あー、とりあえずポーションでも飲んどこうか……ホント、悪運が強いのか地獄に嫌われてるのか……」
緑色の苦いレモンジュース味のそれを飲み干し、疲れた口調で言うキリト。あたしは十分にHPが回復したのを確認してから口を開いた。
「その……さっきは、ありがと……」
「ん? ああ……別に良いよ。リズベットさんが無事だったんだから」
「いや、でもあんた、今死に掛けたのよ?!」
そんな簡単に流されても良い問題じゃないでしょ! と言おうとすると、キリトの続く言葉で硬直する事になった。
「――――だから?」
「…………は?」
「俺は確かに死に掛けたけど、それはリズベットさんも一緒に激突したら助からないって判断したから。俺が生き残れるかは正直、無理だなって思ってたけど……もしの話を俺はしない。リズベットさんは無傷、俺は瀕死だけど生きてた。それで十分…………十分だよ……」
透明感のある淡い笑みを浮かべて言うキリトに、あたしは絶句していた。ここまでシビアに命の勘定と状況判断をして人を生かそうとするなんて、もう尋常じゃないとかを超えて異常の範疇だ。どういう人生を送れば、こんな考え方になると言うのだ。
「きゅるぅ…………?」
「ん……ごめん、ナン……ナンと過ごし始めてから、少しは変わったと思ったんだけど……やっぱダメみたいだ」
「きゅぅ……」
「くすぐったいよ…………」
ぺろぺろと頬を舐めるナンに、力無く笑みを浮かべるキリト。その姿は、あたしが見てきた誰よりも儚く、弱い子供に映って見えた。
はい、如何だったでしょうか。
実は今話の文字数、初期の約二倍である一万五千文字に到達しようとしている程の量になっております。区切りのいいところで切ろうとしたらこうなった。
そして今話でシリカとアルゴの対話で出て来た存在、キリト誅殺隊が出てきました。単純に言えばアンチキリト隊ですね、ガチで殺そうとしているグリーンなのでオレンジやレッドよりも質が悪い設定です。
さて、予定調和で穴底に落ちてしまった二人ですが……原作通りの流れとは言え、ちょっと違う部分もありますので、楽しみにしていて下さい。既にリズが色々と心を開いておりますが。
では、次話にてお会いしましょう。