インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話の視点は前半キリト、後半ストレア。

 文字数は約一万一千。ちょっと少なめ。前話で詰め込んだ反動だと思って下さい。

 ではどうぞ。




第百四章 ~《Strea》~

 

 

「……NPC料理店の割に、結構マトモだな」

 

 モグモグと、数種類の具材違いのパンとクリームシチュー、付け合わせのサラダをそれぞれ食べて口にした感想に、ストレアはにんまりと笑う。

 

「へへー。でしょー? 偶々見つけたてね、お気に入りなんだー」

 

 《アークソフィア》に限らず主街区では基本的な店が立ち並ぶ場所に必ず大通りが通っているが、だからと言って裏通りに店が全く無い訳では無い。むしろ隠れた店として何かしらのメリットを齎す場合が多い。

 よくあるのは、表通りより僅かに性能が良いとか、値段が安いとか。

 今回は出される料理の味の質がとても良いというパターンらしかった。

 

「しかし、よくこの短期間で見つけ出したな。それなりに忙しくもあった筈なのに」

「ん? もしかしてアタシの生活について知りたいの?」

「いや、ただ純粋に疑問を覚えただけだ。興味はない」

「あらら、振られちゃった」

 

 残念、と肩を竦めるストレア。言葉とは裏腹におどけたような笑みを浮かべている様子から、心からそう思ってはいない事が見て取れる。

 そんな女性の頭上に表示されている見慣れた文字へ視線を移す。

 

 ――――《Strea》、ねぇ……

 

 フレンド登録をしているから見えるその五つのローマ字。それが俺をこの店へと案内した張本人の名前。

 

 ――――どれだけ記憶を漁ってもやっぱり思い当たらない。

 

 この《アインクラッド》は広大だが、生きているプレイヤー人数は一万人に満たない。それぞれが不信感を潜在的に抱いているとは言え狭いコミュニティ故に、何かしらの面で優れている者はすぐ有名になる性質がある。情報屋がそれをゴシップとして取り上げるなど娯楽に飢えている点も拍車を掛けている。

 それが女性ともなれば尚の事。容姿とスタイルは列記されていて当然だし、ギルドに所属しているならギルドマークとその名前が載る事もある。事実アスナやユウキ達はそうだった。

 無論、ゴシップとして扱う以上は相応のネームバリューというものが必要だ。所謂知名度というやつである。

 アスナやユウキ達は目立つ上に攻略組として戦う数少ない女性プレイヤーだったから衆目を集めた。

 仮にクラインやエギルのような男性だったとすれば、多少は噂になるかもしれないが、それでも限度がある。少なくともユウキ達のような騒ぎにはならない。事実ヒースクリフやディアベルに人気が出た時とは雲泥の差である。

 これから分かるように、『女性』というステータスはかなりの効力を持っている。

 つまり最前線で戦える力量を持っているとなれば、必然的に前線近くの階層で有名になっている筈なのだ。そうでなければおかしい。アルゴを始めとした情報屋は、あまり人に知られていないプレイヤーすらも把握している事がある程なのだ。ストレアほどの人物を知らない筈が無い。

 それに、と胸中で続けながら、視線をストレアの腰に吊るされた剣へと向ける。

 ストレアの使用武器は両手剣。

 《片手剣》スキルを鍛えている間に発現する事があるコモンエクストラスキルの一つを要する武器だが、《両手剣》スキルを新規取得するよりは《片手剣》を使い続けた方が戦力としては安定するので、取らない人も少なくない。現にユウキやサチはそうしている。だからストレアは数少ないパワーアタッカーになり得る存在となる。

 そんな武器を扱う者が誰にも知られていないなどおかしい話なのだ。

 

 ――――アルゴやシンカーと頻繁にやり取りをしている俺に覚えがないというのも……

 

 俺に覚えがないという事は、ストレアはリー姉やシノンのように最初期ログイン組では無いという事を意味する。

 数が限られているとは言え、一万人ものプレイヤー名全てを諳んじられる訳では流石に無い。

 しかしプレイヤー名を見て、《生命の碑》にあったかどうかくらいは分かる。以前裏で横行した『ヤリ姦PK』を危惧してサチや知り合いの女性プレイヤー周辺を嗅ぎ回り、アルゴや《アインクラッド解放軍》から情報を回してもらってオレンジ狩りをしていた時期に、粗方プレイヤーネームを把握している。

 だからこそ解せない。

 ストレアはリー姉のような妖精アバターでは無い。

 ではシノンと同じ境遇なのかとも考えたが、ユウキ、ラン、シノンの三人に共通している《メディキュボイド》というハードは、シノンの話によれば現状世界に三基しか存在していないというから、それも無い。

 ALO以外のゲームから来たという線も無くは無いが限りなく可能性としては低い方だろう。SAOとALOのアバターやアイテムデータに互換性があるのは、SAOのデータ基盤をコピーしたものをALOが使っているからと考えられている。逆説的にALO以外のデータは使えない事になる訳だ。PCの旧OSと新規OSに見られるような互換性があるなら話は別だが、完全にデータのフォーマットから違うのだからあり得ないだろう。

 ストレアの素性は本当に謎に包まれている。

 

 ――――……まさか、な。

 

 最初出会って、名前を聞いた時から怪しんではいた。覚えのない名前に、情報屋も存在を知らない謎の女性プレイヤー。怪しさ満点だ。

 同時に、同じ共通点を持つ存在を、俺は知っている。

 ユイ姉だ。

 ユイ姉の名前《Yui》は《生命の碑》に刻まれていない名の一つ。

 つまりストレアは人間では無くMHCPの一人なのではないか、と俺は推察している訳だ。ユイ姉とほぼ同じ情報量しか存在せず、また姿を現した時期が同一であった事を鑑みれば、あながち馬鹿な話と笑い飛ばせない。笑えないから困る。

 気になるのは、矛盾を許さない筈の【カーディナル・システム】が何故ストレアの存在を見逃しているのか。MHCPの一人であるユイ姉の存在が露見した以上、芋づる式にログで辿れるストレアも発見され、消去されてもおかしくない。

 

 ――――アバターデータがプレイヤーのものだからか……?

 

 ストレアが仮にMHCPであった場合、ユイ姉との相違点はアバターデータが挙げられる。ユイ姉は当時未実装データだったからカーソルが存在しなかったのに対し、ストレアはプレイヤーとしての判定を受けてグリーンカーソルがあてがわれているのだ。

 俺が自分の推測に自信を持ち、断定する事が出来ないでいるのも、事実を知っている訳では無い事以上にその点が引っ掛かっているから。

 一体何があってストレアはプレイヤー判定を受けているのだろうか。

 ……まぁ、そもそもこの思考は、『ストレアはMHCP』という事を前提にしているから、そこが違うと全て違う話になる訳だが。そうなると別ゲームから乱入して来た事になるからそれはそれで面倒な話である。

 でも別ゲームからの乱入は無いと思う。俺が【黒の剣士】という二つ名を付けられる契機となった第二十五層での激戦、それについて言及したレインに対し、ストレアは『ダンジョンに篭もっていた』と答えたからだ。前提としてSAOに最初から居たと言っているも同然なのである。

 無論、嘘を吐いている可能性は否めない訳だから、全面的にその発言を信用する訳にもいかない。

 

 ――――自分の素性を明かさず、危険な最前線にまでついて来て、一体何が目的だ……?

 

 以前からそこが気になっていた。

 最初はすわ誅殺隊の関係者かと警戒したが、俺に接する態度を鑑みるとそうでは無いようだし。かと言って本当に偶然出会ったと言うには、地下迷宮や最前線にまで来て力を貸した事実が違和感を覚えさせる。

 何か目的があるのだろう。それは間違いない。

 問題は何を目的としているのか。

 俺のホームに居候する事になったのも、リー姉、シノンと違い、ストレアに関しては親しくない関係だから言い触らされる恐れがあると言って、監視の意味も込めて近くに置いた。その過程で敵に渡ってはマズい情報も幾らか知られている。

 それでもストレアの行動は変わらない。

 ハッキリ言って不気味だ。何を考えているか、何を目的にしているのか分からない存在が、自分の周囲に何時の間にか溶け込んでいる事が。

 

「――――ところで、ストレアは以前何をしていたんだ?」

 

 だからいい加減この疑問を晴らしておくべきだろう。

 様子見の期間は終わった。俺の眼で見て、ストレアと接して感じた所感、印象、理由が揃ったのだ。その上で質問をして、答えを得なければならない。ボス戦を二度も経ている時点でむしろ遅すぎたくらいである。

 俺の考え過ぎならそれで良い。

 仮にMHCPだったとしても、それならそれで構わない。

 ストレアが敵では無い事は自分がよく知っている。今更ストレアが人間で無かったとしても気にしない。

 仮に『敵』だったなら俺の目が節穴だったというだけの話。素直にその演技力を賞賛し、そして容赦なく片を付けよう。

 

「ふぇ?」

 

 こちらの何の脈絡のない質問に、ストレアは虚を突かれたように気の抜けた声を上げ、顔を向けて来る。その表情はどこにも演技の影が見えないもの。

 

「いきなりだね。どしたの?」

「いや……前々から気になってはいたんだ。ストレアという両手剣使いの女性プレイヤーの話は聞いた事無かったから。参戦するにしても、そういうプレイヤーが居るという噂くらいは皆から教えられてもおかしくないし」

「あー、キリトって《攻略組》の柱だもんねぇ」

 

 参戦する可能性がある者が居れば、その話は情報屋のアルゴや各ギルドの幹部組から送られてくるから、俺が知らないなんて事態はまずないと言っても良い。というか最前線攻略をしているメンバー全員がそう言える。

 その流れが出来ていたにも関わらず、それを破ってストレアは単独で台頭した。

 これがどれだけ異質な事かは、ずっと攻略組に身を置いていた身からすればよく分かる。実際それで《ティターニア》というギルドは怪しまれているのだ。

 獅子身中の虫なのかどうか、流石にもうハッキリさせておきたかった。

 それは自分の身を守るため、仲間の事を想っての行動でもあるし、ストレアにあらぬ嫌疑を掛けたくないという心情からでもある。何だかんだ言って自分も心を許しているのだ。そうでなければ地下迷宮への同伴は勿論、居候すらさせていない。

 

「で?」

「あー…………うーん……まぁ、何時かは訊かれると覚悟してたよ。思ったより遅かったけど」

 

 珍しく歯切れの悪い様子で言ったストレアは、一度息を突いた後、意を決した顔に表情を改めた。

 

「分かんない」

「……はい?」

「だから、分かんないの。キリト達と会う前に何処で何をしてたか」

「……」

 

 マジか、と思わず顔を顰める。状態としてはどうやら以前のシノンに近いようだ。

 だが、違和感がある。

 

「その割には以前のシノンに較べてSAOのシステムに順応していたようだが。それ関連で困惑している場面はおろか誰かに聞いている姿も俺は見た覚えも聴いた覚えも無いぞ」

 

 シノンの場合はSAO自体が初めてだったからこその困惑だった。記憶喪失になれば、仮に最初期から居たとしてもストレアも同じようになっていてもおかしくない。

 

「あー……えっとぉ、その……」

 

 俺の指摘にタジタジとなるストレア。明らかに何かを隠そうとしている。

 これまでなら何か話せない事情があるのだろうと身を引いていた。俺にもそれはある、人には一つや二つくらい、余人に話せない事があってもおかしくない。

 だが今回はそうもいかない。

 突いて欲しくない部分だから誤魔化す、ならまだ分かる。あからさまでも話題を変えようとしたなら俺も引き下がりはした。

 しかし自分の過去について嘘を吐いてまで隠そうとするのはいただけない。それでは何か後ろ暗い事を隠していると言っているも同然で、こちらとしては不信感を抱かざるを得ないのだ。

 ――――ふと、俺ってよく信頼と信用を貰えてるな、と遠い眼になったのは内緒だ。

 そんな自分自身にも適用される事に気付いた心境を押し殺し、ストレアへと意識を戻す。どこか浮世離れした感のある薄紫の髪を持つ女性は表情を引き攣らせ、焦りを見せていた。

 あと一押しが当たっていれば、何もかも自白してくれそうな慌てようだ。

 ふむ、と沈思を挟む。

 

 

 

「――――MHCP」

 

 

 

「ッ?!」

 

 ボソッと口にした単語に、しかしストレアは目を剥く程の驚愕を見せた。

 何も関係無ければ訝しむだけで終わるだろうにこの反応。

 

「その反応を見るに、どうやら当たっているようだな」

「……」

 

 察した、と言わんばかりの俺の言葉に、ストレアは肯定も否定も口にしない。ただ驚きのまま固まり続けている。

 その沈黙、驚愕こそが答えなので、別に構わない。

 

「……何時から、気付いて……?」

「確信していた訳じゃないが、可能性として浮かんだのはユイ姉が消滅した日の夜だ」

 

 消滅する間際、ユイ姉は己の出自、正体、色々あった疑問点について語ってくれた。それで露わとなったユイ姉の情報が、ストレアの謎に包まれた情報量と合致していた。

 可能性として考えるようになったきっかけはそれだ。

 

「それに、後で皆に事情を話した時、ヒースクリフとストレアの表情だけ毛色が違っていた事が気になってたんだ」

 

 ユイ姉がMHCPというAIであった事を知った時、予め話していたリー姉はともかく、ユウキ達は驚愕を露わにしていた。俺の目の前で自害したと思っていたからだ。そういう意味ではユイ姉を人間と思っていたからこその驚愕だ。

 しかしヒースクリフとストレアは違った。

 ヒースクリフの顔には理解と疑念が浮かんでいた。後にリアルが茅場晶彦であると知ってからは、MHCPの存在について知っていて、それが何故《アインクラッド》に現れたかについて疑問を覚えていたからなのだと察した。ちなみにこの表情も、ヒースクリフのリアルが茅場晶彦なのではと推察する要素の一つとなっていた。

 ストレアの場合、驚愕の色はなく、同様に理解の色が見て取れた。その詳細については全く分からなかったが、初対面がユイ姉と背負っていた状態である事から、あるいはとも予想していた。無いと否定したかったが、身の上について全く情報が無い点が否定させてくれなかった。

 

「あの時点でユイ姉の事を知っていたとすれば、つまりストレアは俺と会った時から自分の事を把握していた事になる。そう考えれば、過去《アインクラッド》に居た形跡が無いのにSAOのシステムを熟知している点についても、一応の説明はつく」

 

 あくまで全て仮定の話。ストレアがMHCPで、且つユイ姉と違ってデータ破損に至っておらず、自己を確立していた場合の話だ。

 自分自身、いやまさか、と思っていたのだが、結果的にこの違和感が当たっていた訳である。

 

「……う、わぁ……」

 

 ストレアの反応を見る限り、どうやら俺の推察は全て当たっていたようだ。

 しかし何故表情をさっきよりも引き攣らせているのか。

 

「おい、何か言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

「キリトってホントに年齢詐称とかしてないんだよね?」

「真顔で言うなぁ……!」

 

 真剣な顔でそんな事を言われるととても心が傷付いてくる。

 

「おれだって……もっと、子供らしい事をしたいんだ……」

 

 子供に人気なゲームに憧れていた面もあってSAOに嵌った結果、こうなっているのだが。俺は悪くない。デスゲームにしたやつが悪い。

 でも自分の時間や命を人の為に使っていた点を鑑みると俺が悪い。少なくとも楽しむ機会や切っ掛けくらいは平等だったし。むしろ誰よりもお金を持っている以上は物質的に楽しめた筈。

 

 つまり俺が子供らしくないのは俺自身のせい……?

 

「――――それはともかく」

「ものすっごいあからさまな話題転換だねキリト」

「うるさい、原点回帰だこれは」

 

 そう、話題をストレアの事に戻すのだから、別におかしくない。今は俺の事は良いんだから。これからも遊べない訳じゃないし。

 仮にこのままクリアしても十中八九俺はマトモに暮らせないと既に諦めている訳だが。だって《織斑一夏》の事がバレる以上どう足掻いても平穏無事の生活を送れる訳が無い。ここまで生き残れるどころか、そもそも生きたいと思うようになった事すら予想外だったから、もっと考えて動けばよかったと思わないでもなかった。

 ……取り敢えず、直姉や義母さん達に被害が無い事を祈るしかない。最早手遅れ感しかないけど。

 

「……気を取り直して。で、実際のところ、ストレアはどこまで自分の事を把握している」

「……まぁ、ここまで確信されてたら、隠すのも意味無いね----全部だよ。アタシは人格プログラムの参考年齢がユイより高かったから壊れ切らなかったんだ。《MHCP-002》、コードネーム《Strea》って言うの。番号的にはユイの妹になるのかなー」

「ふむ……妹……妹、かぁ」

 

 妹、と言われて考える。

 元のユイ姉の姿だと逆転姉妹のようにしか見えない、少なくとも初見では分からないだろうが、《メタモルポーション》を使って大人の姿に変わっている状態であれば確かにイメージとしては合っている。

 落ち着いた物腰の姉に、天真爛漫な妹。そんな関係がユイ姉とストレアにはピッタリだろう。

 ……何となく覚えのある関係性だな。具体的にはかれこれ一年半くらい見て来たトンデモ才能な姉妹が浮かぶ。

 

「……ん。待った。もしかしてユイ姉、ストレアの事に気付いていたり……?」

「何でそう思ったの?」

「や、ユイ姉は今システム側に立ってる訳だし、他のMHCPの名前を知っていてもおかしくないと思って。そうでないとストレアがユイ姉の正体に気付いていた事に説明がつかないし」

 

 多分ユイ姉も自身の他にMHCPが居る事は把握している筈だ。

 将来的に一万以上のプレイヤーがログインすると考えられていたSAOの精神関連に起因する人的問題に対処する存在としてMHCPは作られた。ログインプレイヤーと同数とは限らないだろうが、それでも頻度・規模はかなりのものだろう。それを一人で捌ける筈が無いから他にも居るだろうと俺は予想していた。

 

「あー、なるほどね。うん、実際ユイは知ってるよ」

 

 俺の予想を、あっけらかんとした様子で肯定するストレア。

 何時話したのか訊けば、どうやら俺と俺のホロウのカルマ回復クエストをした日の休憩時にユイ姉から接触されて、その時に話したという。俺とホロウは二人で協力して料理し、ルクスは一人でソードスキルの練習をしていた時だったから、誰も把握していない。

 確かにその時であれば二人の話に誰も耳をそばだてようとしていなかっただろう。そもそも盗み聞きしようとも考えていなかった。

 しかしユイ姉、知っていたなら教えてくれても良かっただろうに……

 

「あ、ユイを責めないであげてね。アタシが口止めをお願いしてたんだ」

「口止め? ……そういえば、何故隠そうとしていたかは訊いていなかったな。それと関係あるのか」

「まぁ、ね。ちなみにアタシがプレイヤーアカウントを使っているのもそれが関係してるの」

「……つまり話せないと」

 

 じっと目を見れば、ストレアは申し訳なさそうに沈痛の表情を浮かべ、頭を下げて来た。

 

「ごめん、キリト……まだ、話す訳にはいかないの」

「まだ、か……」

 

 まだ。つまり相応しい時が来れば、ストレアは話す気があるという事。

 何時になるか分からないし、出来る限り不利益を齎す内容については把握しておきたいのだが……

 

 ――――ここらが潮時だな。

 

 あまり深入りし過ぎてもマズい。下手な事を知ってしまえば、それが自分の首を絞めるというのは経験がある。

 話す訳にいかないと言うのであれば、相応のリスクがあるという事を意味する。

 こちらを慮って話さないのであれば是非も無い。

 

 ――――『慮って』、か……

 

 自然と思考に浮かんだ単語に心の中で苦笑する。

 自覚していた以上に、俺はストレアを信用していたらしい。MHCPの一人、つまりユイ姉と同種の存在で、尚且つそれを知った上でユイ姉が何も言ってこなかったからだろう。危険と判断していれば何かしらの方法で俺に教えてくれていた筈だから。

 そう考えると、ストレア自身を信じているのかは分からない。

 ユイ姉が信じたから俺も信じたと考えた方が正しいか。

 

 ――――でも、少なくとも俺自身は、ストレアに対して好意的な感情を抱いている。ユウキやアスナ達に対するものと同じ、友好的な関係を望む感情が。

 

「――――わかった。これ以上は訊かない」

「……いいの?」

 

 俺の言葉を聞いて、信じられないと言わんばかりの眼でストレアは見て来る。もっと厳しく詰問してくるものだと考えていたのだろう。

 最初は俺もそのつもりだった。

 けど、気が変わった。

 

「ユイ姉はストレアの真実を知った上で俺に何も言ってこなかった。つまりユイ姉はストレアを信じた。言い方はアレだけど、ユイ姉が信じるに値すると判断した以上、俺もそれに倣う」

 

 それに――――

 

 

 

「ユイ姉の妹なら、それは同時にリー姉の妹であり、俺の姉でもある事になる――――姉を信じない訳が無いだろう?」

 

 

 

「な――――」

 

 目を瞠り、凝視してくる義理の姉。

 訝しみ、疑念を露わにしたその視線を、俺はしっかり受け止めた。その上でじっと見返す。幾千の言葉を募るより、こうして態度に示す方が何万倍にも勝る答えになると知っている。

 直姉は、そうして救ってくれた。

 ユイ姉は、自らの消滅を代償に助けてくれた。

 二人の義姉には敵わないけど、でも態度で信用を示し、信用を勝ち取る事は、誰にだって出来る事。

 正直に在れば良い。

 誠実に在れば良い。

 真摯に在れば良い。

 難しい事では無い。言葉を重ねるよりも遥かに重いそれは、決して簡単では無いけれど、でも技術や経験なんて必要ない事だから。

 

 ――――ああ、それと。

 

 俺が信用している事を示す『証』があれば、尚良い。『姉』という立場には尚更『証』が必要だ。

 オリムライチカ/キリガヤカズトにとって、『姉』という存在は特別だから。

 それに相応しい特別な呼び方がないと。

 

「ストレアも姉だから……レア姉、うん、レア姉はどうかな」

「れあ、ねぇ……? それって……」

「俺が考えたストレアの呼び方。リー姉、ユイ姉に続く三人目の義理の姉に贈る、俺だけが呼んでいい呼び方」

 

 《織斑千冬》の事は、兄と共に『冬姉』と呼んでいた。だから俺だけの呼び方では無い。だって弟は二人だったから。

 でもリー姉とユイ姉、そしてストレア改めレア姉は、俺だけの義理の姉。俺だけが弟だ。

 

 ――――名前の後に『姉』を付ける事は、俺が贈る、俺なりの最大級の信用の『証』だ。

 

 ***

 

 キリトから『レア姉』という呼び方/最大級の信用を贈られた後、七十六層の観光はそこそこにして彼と別れた。キリトは七十七層の街の観光に向かった。

 アタシはと言えば、挨拶もそこそこに自分に宛がわれた部屋に入り、ベッドに身を投げ出している。身を横たえ、胸に手を当てて蹲っている様を見れば、すわ心臓発作かと人は思うかもしれない。

 実際、胸が痛いのは事実だ。

 

「――――罪悪感で死ねる」

 

 それはキリトの態度に対する罪悪感故の痛みなのだが。

 きっと今のアタシの顔色は、かつてない程に青く、死にかけのものになっている事だろう。

 自分やユイを作った存在であるヒースクリフ/茅場晶彦とは、実は七十五層でパーティーで連携試験をする際に、既に話を付けていた。

 アタシに【紅の騎士】が付いたのは、攻略のついでと言われていたが、アタシの名前と正体を知っていたあちらが問い詰める為の口実というのが真実である。いや、勿論攻略をしていたのも事実なのだが。

 その上で誰にも話さない事を決めて、それからは自然に接していた。一応定義上ではあの男性は父親にあたるのだろうが、アタシの意識としては、どちらかと言えば叔父さんという感覚である。だから接し方に違和感はない筈だった。あちらもその方が気楽だと言っていた。結婚していないのに娘がいる点については特に困惑していなかった。

 しかしまさか、アタシとユイの情報量と出現タイミングが合致していたからというだけで、あそこまで推理してみせるとは……

 アタシの正体に推測だけで勘付くなんてユイが言っていたようにキリトは確かに異質だ。

 

「……つまりアタシと二人で出かける事に頷いた時点で、確信し、信用していたのか……」

 

 居候していた間に多少は警戒を解かれていたとは思う。

 でも一緒に居る間は常に一定の距離を保っていた。それは心理的だけでなく物理的にもで、何があってもアタシが持つ両手剣の間合いより外に居たくらいだ。流石に地下迷宮や迷宮区などでは無理だったが、最低限一歩以上の間合いは保たれていた。

 しかし二人になる時点で心を許しているも同然。それはつまり、己の推測を絶対的に信じ、こちらへの警戒を解いていたという事。

 何が『確信していた訳じゃない』だ、完璧に行動に現れているじゃないか。道理で素直に来るし、連れ回されてくれるし、素を見せていた訳だ。その割には口調は仮面のそれだったが、多分それは断定出来るまでの『つなぎ』だったのだろう。

 

「……でもアタシ、キリトに信用してもらえるような事、殆どしてない筈なんだけど……」

 

 引っ掛かるのはそこ。

 本当にアタシはキリトに信用してもらえる事はしていない。確かに地下迷宮では活躍出来たが、それを差し引いて余りあるくらい初のフロアボス戦で足を引っ張ってしかいない。最前線攻略のメンバーとしては活躍したけど、でも他の人もしている以上、特別信用される訳では無い。むしろその場合では信頼が正しいと思う。

 つまりフロアボス戦で役に立てなかったアタシは、素性の不明瞭さと相俟って信頼と信用の両方が欠けていた事になる。

 それなのに信用を向けられたのは……

 

「アタシが、『姉』だから……?」

 

 ユイの妹にあたるから、自動的にキリトは分の義理の姉になると考えたのだろうか。確かに構図としては間違ってはいない。『義理』という事なので双方の同意が必要な点は一旦度外視する。アタシとしても別に拒むつもりは無いのだし。

 でも、普通『姉』というだけで最大級の信用を向けるだろうか。

 

「……キリトの『(病み)』の深さを垣間見た気がする」

 

 ----姉を信用しない訳が無いだろう?

 

 この言葉がどれだけ危険で、常識外れな事か、多分キリトは分かっていない。無意識の部分にまで『姉』という立場に盲目的になる刷り込みがあるのだろう。

 リーファ達の話から察するに、キリトはまだ織斑千冬という実の姉に対する好意的な感情を捨て切れていないようだし。それは実の兄アキトという男とのやり取りからも分かる事。《ブリュンヒルデ》を追い求めているのだから尊敬しているのは間違いない。

 

 ――――まさか、『姉』というだけで何でも信じる訳じゃ、ないよね……?

 

 まさかとは思いたい――――が、現に殆ど秘密を話していないアタシにすら最大級の信用を示した事からも、否定し難い可能性である。アタシの事について何も言わなかったユイへの信用も好意的に考え、小動もしない程、『姉』という存在が精神的支柱である事は間違いない。

 『姉』という存在に対する盲信。

 

 それはきっと、リーファ達への信頼と言うよりは、むしろ実の姉に抱く願望だ。

 

 姉を疑ってはならない。姉を信じなければならない。そんな強迫観念に囚われているのではないかと思う。

 それでもキリトが自分の意思を保っているのは、偏にリーファとユイの二人が、義弟の意思を尊重している点にあるのだろう。そうでなければ今頃は二人の事を盲目的に信じる『人形』になっていたに違いない。それだけ彼は『姉』という存在を。無自覚に盲信している。

 ……幾度か彼自身の意思を尊重させる物言いをしていた辺り、多分リーファはそこに気付き、問題視していると思う。そこがまだ救いか。

 

「信用してもらえる事そのものは嬉しいけど……あの病的なまでの信用を受け止めるのは、ちょっとキツい……」

 

 何というか、凄く重い。

 傍から見ていてリーファやユイとのやり取りは凄く重いと思えていたが、いざ信用される立場になってみれば予想以上に重かった。

 アタシ、キリトの義理の姉として、やっていけるんだろうか……?

 

「――――まぁ、この世界がクリアされたら、どのみちアタシは消えるんだけどさ」

 

 それは決まっている事だ。《Strea》を構成する人格データの保管場所はSAOサーバー、事件が解決したら即座に完全初期化で一斉デリートされるのは確定的だから消滅は確定事項と言っても良い。予定ではある、だが避け得ない事態なのは間違いない。

 ユイとてそれは例外では無い。

 だからキリトと触れ合えば触れ合うほど、後になれば痛みになる。それが分からない姉ではない筈。双方にとっての痛みだが、結果的には義弟のみが被り、引きずる痛みなのだ。

 

「それとも、分かった上で触れ合ってるのかな……きっとそうなんだろうな……」

 

 あの溺愛ぶりを見れば、多分そうだ。

 まぁ、気持ちは分からないでもない。愛称で呼んできた時のキリトの顔は、とても幸せそうに蕩けていたから。あれも多分無自覚だ。『姉』の事になると、キリトは途端にポンコツになるから。素を曝け出すとも言う。

 

 ――――だからこそ、罪悪感で胸が一杯になって、苦しくなる。

 

 ああして幸せそうにされると、自分が消滅する瞬間を考えて辛くなる。『姉』という存在に依存しているからこそ余計に辛くなる。こうなるのを危惧して出来るだけ距離を取っていて、信用されないようにしていたというのに。

 人の心を癒す存在としては、人の心を傷付けるような事に対し本能的な忌避感がある。

 アタシのコレは、きっとそれなのだ。そうに違いない。

 

「嗚呼……まったく、ホント嫌な役回りだよ……」

 

 一体、どんな顔をしてキリトと会えば良いのか。どう接するのが正解なのか。

 『MHCP』としての立場と『姉』としての立場の板挟みに遭って、アタシの意識は果ての無い思考の海に没した。

 

 

 

 ちなみに、アタシの素性をバラさない為の措置として、人前では引き続き『ストレア』と呼ばれる事になる。

 

 

 

 それはそれで残念に思うアタシも居たのだった。

 

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ――――キリト、美女とデートする。

 ユウキやリーファ辺りが見てたら嫉妬間違いなしですね、主にストレアへの。

 なお、会話内容はまったくもって平和的ではないというこの皮肉(白目) ある意味平和だけど、全然和やかじゃないのはキリトの人格が悪い(つまり作者が悪い)

 そんな訳で、ストレアの限定身バレ。彼女もMHCPだったんですね。

 原典ゲームだと九十層台後半で判明する事ですが、本作はユイ姉と一緒に出て来て、情報面での条件が完全同一だったのでここでバレました。今まで指摘しなかったのは、ユイ姉と違って『プレイヤー判定』がある事が引っ掛かっていたからです。それなのに居候させていたのは、半ば確信し、何だかんだ言いつつ信用していたから。

 結局今話で『プレイヤー判定』についてのロジックは明かされていませんが、不透明な部分さえも『姉だから信じる』と許容するのがキリトの矛盾・異常点。

 皆さん、自分の周囲に『経歴不詳目的不明』の『今まで聞いた事ないのに凄く強く』『重要な部分は黙秘した』人が居たら、その人の言う事を信用しますか? 己の命が懸かっているかもしれないのに。危険性を知りたいのにはぐらかされて、それでもその人を信用しますか? しかもその人との関係は半月程度。

 ――――つまりキリトの『闇/病み』とはそういう事。

 リーファが度々『人形にさせたくない』と言っているのは、この異常性を把握しているから。この子ホント義弟関連の設定が化け物化してきたな……

 実姉千冬にまだ好意的な感情があるのも、『過去自分達を養うために奔走してくれた姉だから』という事実によるもの。冷静に考えれば家族愛は冷めてもおかしくないと思う。少なくとも自分を褒めてくれず、見ていない人間に対し、ここまで好意的なのは異常に分類されるでしょう。実姉よりも姉らしい義姉が居ますし。環境的にも最悪でしたし。

 なので成り立つ『言いなりになる』=『人形になる』=『姉に嫌われたくない』=『姉の存在が己の全て』という恐怖の等式。『最強』に執着する理由・過程よりよっぽど歪。

 ……何故だろう。キリトの異常性を分かりやすくするために解説してたら、ダメ男に引っ掛かって『捨てないで』って懇願して、今の状況を甘んじて受ける依存嫁に思えたのだが。

 これ、『姉』属性を持つキャラとくっつけると、アカンやつなのでは……?(戦慄) 具体的に言うと自我なんて異性愛と家族愛でぐずぐずに溶かされそう(恍惚)

 ユウキ&シノン&ラン&サチ! 希望が見えたヨ! やったネ!

 尚、全員キリトからすれば誰もが『姉』属性持ち。年上だからね、仕方ないネ(無慈悲)

 そんな訳でキリトの自我を保たせるならしっかりと理性を制御しましょう。ただしキリト本人はその葛藤に気付かず、一度付き合い初めて二人きりになると自覚無自覚関係無しに猛烈に甘え倒してきます(愉悦) 参考はリーファやユウキと二人きりになった時。

 くっつくまでの道のりも長く、くっついた後も苦労しなければならない人。

 これ現実に居たらメッチャ敬遠されそうなタイプだな……(白目)

 安直に言うと嫌われそう(吐血) 本作が商業誌を目指したオリジナルじゃなくてホントに良かった。

 では、次話でお会いしましょう。


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