インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 不吉(バレバレ)な展開が入った前話。今話もまた不吉(伏線)バリバリ入れていきます。キリの良いところで区切って投稿していくので一話の文字数が一万前後になりますが、ご了承ください。

 その分投稿回数を増やすつもりなので(増やせるかは忙しさ次第ですが)

 今話の視点は前半キリト、後半アルゴ。

 文字数は約一万。

 ではどうぞ。


 ※今話の投稿時間は単純にミスっただけです。日付の部分の設定を忘れてたんや……( = =) トオイメ眼




第百十二章 ~悪意の種~

 

 

 ケイリの下で一通りの素材や食材を買い揃えた後、彼女に別れを告げた俺は、輜重部隊染みた荷車を購入した一角馬と黒馬に引かせ、アルゴと共に七十七層の街へと移動した。

 馬車はその大きさから転移門からはみ出ていたので転移出来るかと危ぶんだものの、その辺はシステム的に所有者となっている事もあってか、俺の転移に合わせて二頭の馬と馬車も一緒に転移した。多分転移対象である俺が御者台に乗っていたのが原因だろう。

 蒼い光が晴れた視界には、人気のない夜の街が広がっていた。

 チョロチョロと、やや遠くから噴水の水が流れる音すら聞こえる程に、街は静寂に包まれている。時間は午後十時を過ぎた頃なので静かになるのはやや早い気もするが、場所取りに為に人気が無いのだと思えば納得はいく。

 

「オー、やっぱり視点が変わると新鮮ダナ」

 

 ――――アルゴはというと、俺の隣に座っていた。

 最初は荷台の方に載って、後ろから話しかけて来るようにすればと提案したのだが、アルゴはそれを拒否して御者台に座っている。御者台はあまりスペースを取った設計にしていないので肩や腕が触れ合う程に近いのだが、それでもいいからと言って。馬を引いたり乗ったりした事はあるが、馬車の御者台なんて初めてだから経験したいからだとか。

 まぁ、この世界で初めてのプレイヤー所有の馬車だろうし、ダークエルフの拠点で見た馬車より幾分か視点も高いから、新鮮さは確かに味わえる。

 ただその分、《索敵》スキルはしっかり育てておかないと、襲撃を見逃してしまいかねないのであるが。

 

「……それで、キー坊はこれから迷宮区に戻るんだよナ?」

 

 転移門広場の隅に馬車を停めたところで、隣に座っていたアルゴが問い掛けて来た。

 それに俺は頷く。

 

「そのつもりだよ。皆を待たせてるし、俺も早く向こうに戻って休みたいから」

「そうカ……」

 

 横目にアルゴの顔を見れば、長い付き合いの情報屋はやや俯き気味に表情を暗くしていた。

 

「え……何でそんな顔をしてるんだ。俺、別に居なくなる訳じゃないのに」

 

 流石に暗い表情をされているとは予想外だった。

 色々と心配や迷惑を掛けて来た身だから不安にさせているかもとは予想していたが、ここまで暗い表情をされると、何だか凄く悪い事をしてしまった気分になる。さっきの会話は勿論、合流してからここに来るまでの会話でアルゴを傷付けるような言動は一切していないと思うのだが……

 

「……だっテ。今まで一緒に情報収集してた時は、一晩一緒に行動するのが普通だったじゃないカ」

「まぁ、そうならざるを得なかったし」

 

 大体俺が攻略から戻って来るのが夜なので、徹夜覚悟で情報収集に走り回るのが常だった。よって必然的に一晩一緒に居る事になっていた。それくらいでボスの情報を集め終える事が出来ていた速度を褒めるべきか、執念に自分自身引くべきかはやや迷うところである。

 勿論その収集速度も、予めアルゴが当たりを付けていてくれたからこそである。

 その意味を含めて首肯すると、何故かアルゴはジト目、且つムクレ顔で睨んできた。

 何故だ。

 

「……えーっと……?」

「……相変わらず、察しが悪いなキー坊ハ」

「何で俺は貶されてるんだ」

 

 文脈で察しろと言いたげなセリフをぶつけられ、やや困惑してしまう。流石に与えられた情報量が少なすぎると思うのだが。

 でもアルゴは、情報屋を営み続けて来たくらいだから、その辺の塩梅は上手い方だ。

 つまりアルゴの真意をさっきの会話だけで導き出す事が可能なのだろう。

 

「……離れたくない、とか?」

 

 自分の立場に置き換えて考えて、多分そうなんじゃないかなぁと予想しつつ口にすると、コクリとアルゴは頷いた。どうやら当たりらしい。

 ……今までそんな事をアルゴから言われた事が無いだけに、内心ちょっと混乱気味である。

 何時もの飄々とした雰囲気が無いだけで随分と印象が変わる。

 

「んー……」

 

 どうするべきか腕を組んで思案する。

 早く戻らなければ、と自分を案じていると思うリー姉達を安心させようとする義務感がある。同時に今のアルゴの頼みを無下にするのも憚られる、という酷く個人的な心情もある。

 多分どっちを取っても正解ではある。

 ただ、アルゴを蔑ろにするか否かという違いがあるだけで。

 

 ――――少しお節介かもしれないけれど、君の為を思って言っておくよ。キリト、君はもう少し、ゆとりを持って過ごしても良いと思うよ?

 

 そこで、ふと脳裏を過る言葉があった。

 それは先ほど別れたケイリの言葉。より正確に言うなら、店舗を交換条件に《ベンダー・カーペット》を譲ってもらった際に言われた言葉だ。

 

『君が何に追われているのか。私にそれは分からないけれど、きっととても大切な事なんだと思う……でもね、そればかりを見るあまり他を蔑ろにしてしまっては、君は何時か後悔するよ、必ずね』

『それは、どういう……?』

『最適解ばかり選んでいても最良の結果にはなり得ないという事だよ。日本ではこういう事を『急がば回れ』と言うのでしょう? その格言に準えて、キリトはもう少し寄り道をしても構わないんじゃないかな。君が目指すゴールは逃げたりしないんだ。もっと潤いとゆとりを求める事が君には必要だと、私は思うな』

 

 にこりと、未だ改装していない店舗の前で言うケイリには、不思議と説得力のようなものを感じられ、その時俺は反論出来なかった。するつもりも起きなかった。

 それはつまり、言外にそれを認めている自分がいるという事。

 現状に当て嵌めれば、攻略にばかり集中しても良い事は無いという事なのだろう。

 

 ――――……そうだな……偶には、寄り道しても良いかな……

 

 心配しているであろうリー姉達には後で謝るしかないくらい後ろめたいが、アルゴに多大な心労を掛けていたのも事実。それを癒し、労う為にも、彼女が珍しく口にした事を叶えるのもいいかもしれない。少なくとも俺が損をしたり被害を被ったりする訳ではないのだから。

 誰に見られている訳でも無い、二人きりの時間を過ごすのも――――アルゴとなら良いと思える。

 

「……そうだな。あまり長い時間は無理だけど、もう少しだけなら……」

「――――ほんとカッ?!」

 

 俺が言うのに覆いかぶせるようにくぁっと眼を見開きながら詰め寄り、問い質してくるアルゴ。

 表情はやや切羽詰まっているが、隠し切れないくらいの確かな喜びがその顔からは見て取れる。目なんてキラキラと喜びに溢れんばかりの活力に満ちていた。

 その勢いに押され、こくこくと素早く首を縦に振れば、彼女はにんまりと頬を綻ばせる。

 

 そして両腕をこちらの体に回し、抱き着いて来た。

 

「ふむぐ……っ!」

「ムフフー♪ キー坊が攻略そっちのけにしてまで許してくれるなんて、オネーサン嬉しいゾ!」

 

 いきなりの事に意表を突かれるが、よっぽど嬉しいのだなと苦笑の心境で流す事にした。ここまで素直に喜ばれると文句なんて言うに言えない。

 だから頬に押し付けられる革製の胸鎧が地味に痛い事も言うまい。

 そのまま抱き締められる事暫くして、漸く俺は抱擁から解放された。

 

 ――――こうして見ると、アルゴは本来、ユウキみたいに純粋な性格なのかもな……

 

 ワクワクを隠せていない姿を見て、そう思う。

 割と感情表現が素直な部分もあるが、普段の飄々とした態度で隠れているから分かり辛くて、そう思う機会はあまり無かった。しかし今の様子は楽しみな事がある時のユウキの姿とダブって見える。

 つまり普段のアルゴは情報屋としての仮面を被り、それを演じていたという事になる。丁度《ビーター》や【黒の剣士】という役割を担い、それを演じ、振る舞っていた俺のように。

 今のアルゴは何ら取り繕ってない素の状態。多分アルゴが素を見せてもいいと認めてくれているから、普段の態度とは違う姿を自分は見れている。よくよく思い出せば、他に人が居るところと二人きりの時とで態度が微妙に違っていた気がした。まず一人称が違うし。

 そう考えると、嬉しくて頬が綻んでしまう。自分の事をそこまで認め受け容れてくれる人が居る事実は、仮令それが何人になろうと喜びを覚える事に変わりは無いだろう。特に自分の過去を知っているのにその上で認めてくれているという点が最高である。

 

 ――――月光が街を照らす。

 

 何か特別な事をする訳ではなく、談笑に花を咲かせる訳でもなく、月明りに照らされた夜の街を二人揃って眺めるだけ。特別な事は何も無い。ただ本当に、一緒にいる事を目的とした穏やかな時間。

 会話は無い。偶に、街から視線を外し、隣の相手に向ける時があるが、それくらいだ。

 

「ん……」

 

 ふと、手に暖かさを感じる。

 手に視線を向ければ、俺のより大きくて、けれど女性らしい細さも併せ持っている暖かい手が、重ねられていた。彼女に視線を向けると、やや赤い顔でそっぽを向かれる。

 特に跳ね除ける理由もないから、そのままにして夜景へ視線を戻した。

 

 ――――あったかい。

 

 重ねてきた手に、僅かに力が込められて。

 

「――――アル姉」

 

 重ねられた手に、僅かに力が入れられた。

 

 ***

 

 実時間では然して長くない触れ合いは、それでも確かに幸せを感じさせてくれていた。

 元々この少年は目的とした事以外に対して酷く淡泊で、淡々と物事を進めようとするきらいがある。別に機械的という訳では無い。ただ、目的に繋がらない事に価値を見出せず、疑問を覚えてしまう方なのだ。

 そんな少年が、客観的には時間の浪費と言える事に付き合ってくれている事が嬉しかった。

 今まで攻略の情報収集で一緒にいてばかりだったのに、わざわざ自分の為に時間を割いてくれるようになった事が嬉しかった。クリスマスの時はこちらからアプローチを掛けていたのが嘘のようだ。誘ったのが自分である事には変わりないにしても大きな進展である。

 少しずつだが、それでも着実に、この少年は子供らしさを取り戻してきている。

 その一因は、やはりあの義理の姉。

 このデスゲームが始まって以来初となる『義姉』。金髪の妖精と黒髪の少女のみが許された彼の内側にいる無二の関係は、彼の心理に刻まれたヒエラルキーを抜きにしても絶大な影響を及ぼしている。

 純粋に、無邪気に、躊躇なく甘えられるかけがえの無い存在。

 きっと、それが彼にとっての『姉』。ただ年上だからではない、彼自身が全てを預け、甘える事が出来る相手を『姉』と認めているのだろう。

 故に、世間一般と異なり『異性愛』と『姉弟愛』が両立するものとなっている。彼にとって『姉』とは甘えられる存在であり、そこに血の繋がりなど無いからだ。

 実の姉は、彼を見捨てた――――実情はともかく事実として見捨てた事になる。

 法律上、義理の姉弟が結婚する事は場合によっては出来る。再婚した両親が籍を入れていなければ可能なのだ。そういう意味ではリーファはかなり危ないライン上に居る訳だが、彼女はきっと、先を見据えた上でその感情を認めている。彼女は恐らく、名前を変えたとは言え、それ以外に殆ど変化が無い彼は近い将来周囲の人間にその素性がバレる事を想定している。彼女達の『義姉弟』という関係が外的要因によって壊されるという未来を予期している。

 結果的に認められる関係になる事を、恐らく分かっている。だからそれを抱いた訳では勿論ないだろうが。

 

 ――――だから、『姉』と呼ばれるのは、間違いなく最上級の信頼の証。

 

 あの二人だけが許されていた尊称を付けられた上での名前呼びを聞いて、今自分がどんな表情をしているのか分からない。分からないが、多分物凄くにやけているのだろう、と察しはついた。

 照れ隠しのためにそっぽを向いていて正解だったと内心で思う。

 今の顔を見られたら恥ずかしくて悶え死んでしまいたくなるだろうから――――そんな姿を見せてもいいと思えている事に対する羞恥で、更に加速するのは間違いないから。

 

 

 

『誰かっ、誰か助けてっ!!!』

 

 

 

 ――――だからって、この時間が早く過ぎれば良いなんて微塵も思っていなかったのだガ。

 

 どうしてこういう時に限って厄介事が起きるのか。

 取り敢えず、今度ユウキに会った時は以前のお詫びの意味も込めて、一回分は情報料を格安にしておこうと思った。

 

「しかもキー坊ってば、相変わらず異常事態への行動が迅速だナ……」

 

 隣に生まれた空間を恨めしく見る。助けを呼ぶ声が響いた瞬間、まるでばね仕掛けのような勢いで御者台を蹴り、《ⅩⅢ》の力を使って宙を奔っていった。

 その怒涛の勢いに付いて行けず、結果自分は置いてきぼりにされてしまったという訳だ。

 そりゃまぁ、助けを呼ぶ声を無視して居続けるのもどうかと思うけど、置いていくのもどうかと思う、とやや理不尽気味な思考をしつつ、自分も彼が飛び去った方向へと歩を進めた。マップに彼の位置情報が表示されているので迷う心配はない。

 

 ――――しばらく進むと、激しい剣音が耳朶を打ち始める。

 

 建物と建物の間にある小道を進んだ先から聞こえ始めた異音に、どういう状況だと疑問を覚えながら足を速めた。《圏内》である以上、剣音が響くとなればデュエルか圏内戦闘のどちらかだが、多分状況的に後者なのだろうと当たりは付く。助けを求める声を発させた輩が素直にデュエル申請を受けるとは思えないからだ。

 であれば、恐らく問答無用でどちらかが斬り掛かったのだろう。

 取り押さえる為に【黒の剣士】が手を出したのか、それとも相手が強引に押し通そうとして応戦しているか。

 彼が実力行使に動くケースはそれなりだが、相手がレッドプレイヤーやオレンジギルドでもない限り基本的には穏便に――少なくとも表面上は――事を運ぼうとするから、多分応戦しているのだろうと予想する。

 そう思考している内に、戦いの現場に到着した。

 

「ハ……? え、キー坊が、二人ダトッ?!」

 

 そして瞠目する。

 最近になって頭角を現した新進気鋭の怪しいギルド《ティターニア》には、キー坊と瓜二つの容姿をした黒い騎士が在籍していると聞いていたし、実際自分も目にした事はある。ただしどの時もバイザーと甲冑を纏った格好で、一目で彼とは判別出来ていた。

 

 だが、目の前で刃を交える二人は、完全に瓜二つ。

 

 背格好だけでは無い。振るう黒剣エリュシデータから纏う外套、バイザーの下に隠されていた素顔までもが完全同一。

 アキトの件があるから、相手もエリュシデータを持っている事にはあまり驚かない。レプリカ品という可能性は十分存在する。

 瞠目すべきはその容姿。バイザーなどで隠されている時から酷似していると思っていたが、素顔まで同一となると話は違う。

 SAOは《ナーヴギア》起動時のキャリブレーションで体格を再現し、ヘッドギア型の特徴から顔をスキャンして再現している訳だから、この世界で同じ見た目という事はリアルでも同じ見た目という事になる。作ったアバターの顔とは現実感という意味で差が生じているのだ。

 ユイちゃんの確認からアルベリヒ達が最近SAOに入って来たプレイヤーであると判断していた。つまり彼らの容姿は、システムによって作られたランダムアバターなのだ。だから金髪碧眼など容姿端麗な、およそ日本人ではあり得ない顔の造形になっているし、仮令髪や瞳の色が日本風でも違和感がある。

 

 だが、目の前の二人は違う。

 

 どちらも日本人らしい顔の彫りをしている。違和感なんてある筈が無い、片方は正真正銘リアルそのものなのだから。

 そしてその顔と同一であるという事は、キー坊では無い方の顔もシステムによって作られたアバターではないと言えるだろう。何故なら、キー坊の体は年齢に比して非常に小柄且つ華奢だからだ。そもそもVRゲームの適正年齢が十三歳以上であるため、ランダムアバターで作られるものも、基本的にはアカウント設定に入れた年齢の平均身長に準えられる。現実と仮想の身長差が激しいと運動時に弊害が生じるという観点から、キャリブレーション時の体格を基に誤差が小さくなるよう調整されるという点もある。

 つまり片方は、どんな方法を以てかキー坊の容姿を完璧にアバターに被せているニセモノと言える。

 ……その筈なのだが。

 

 ――――おかしい、あのキー坊と完全に同じスタイルで互角なんて、あり得る筈が無い。

 

 片手剣で応酬を続ける二人の戦闘スタイルは、盾無しの剣士特有のスピードアタッカーのもの。その典型例はユウキと言えるだろう。回避と弾き防御を適度に交え、時に距離を取って戦うスタイルだ。

 キー坊の場合、彼は回避と弾き防御も交えるが、基本的には特攻である。攻撃こそが防御と言わんばかりの勢いで攻め続け、相手に反撃を許さず、そのまま押し切るのが特徴。そうでなくとも、その超高レベルの敏捷性を以て相手の背後を取るなどして、とにかく距離を開けない。

 彼のような戦い方をする剣士はそうは居ない。ヒースクリフの旦那はそういう戦い方だが、彼はそもそも大盾による防御から反撃を叩き込むカウンタータイプなので、距離を開ければ不利になるスタイルだから厳密には違う。

 盾無し片手剣使いで一切距離を開けず特攻し続ける者など、少なくとも自分は彼以外には知らなかった。

 スレイブの可能性は否定出来ないが、あの黒騎士は午前中に彼と斬り結んだ事でオレンジになっているという。七十七層でカルマ回復クエストがあるかは知らないが、数時間でクリア出来るほど甘い試練ではないから、多分除外だ。

 《圏内》でハラスメント防止コードやアンチクリミナルコードが働かなかったというアルベリヒが、何か特別な権限でも有していない限りは、という注釈は必要だが。

 【絶剣】と恐れられるユウキに対して明確なセクハラを行い、剰え悪びれもしなかったという行動から、その可能性が無いと言い切れないのが怪しいと思える一因である。

 

「アンタ、大丈夫カ?」

「え、ええ……」

 

 一体何なのか状況に理解が追い付かないが、少なくとも離れた位置でへたり込んでいる女性プレイヤーが助けを呼ぶ声の主であるとはあたりが付いたので、彼女に近付く。

 女性プレイヤーは激しき斬り結ぶ少年達を呆然と眺めていた。

 

「何があったんダ?」

「……リーダーが、消えたのよ。先に接触して来た【黒の剣士】が短剣を突き刺したら、粒子が散るみたいなエフェクトで……」

「ナニ……?」

 

 詳しく話を聞くと、外食の帰り道でこの小道を通っていたところ、いきなり接触して来た【黒の剣士】――ニセモノの方――が無言で短剣を突き立てて来たのだという。

 すると《圏内》コードが発動する事無くスルリと刃はリーダーの腹に刺さり、その瞬間転移とは異なる蒼い粒子が散るようなエフェクトと共にリーダーの姿が消えた。呆然としている内に二人、三人と消されていき、慌てて逃げながら助けを呼んだ。

 その間にも消されていき、最後の一人になったところで、もう一人の【黒の剣士】が乱入。寸でのところで短剣を弾き飛ばし、女性を救出。

 後から来た【黒の剣士】が誰何すると、相手は無言で黒剣をどこからともなく取り出して斬り掛かったのだという。

 後は自分が見ての通りの事態という事らしい。

 

 ――――今の話から、少なくとも相手も《ⅩⅢ》を持ってる事は分かっタ。

 

 件の闘技場をクリアしたという話は寡聞にして聞かないから、多分【白の剣士】と同じような手段で入手したものなのだろう。勿論目の前で見せられた事からキー坊もそれは察しが付いている筈だ。

 とは言えそれ以外は謎に包まれている。その素性は勿論、正体も。

 彼のホロウでは無いだろう。

 でも、彼のコピーとしか思えないくらい、二人の剣腕は拮抗している。剣腕だけでなく戦いの運び方からスタイルまで。余程彼の事を研究していたとしても、寸分違わぬ反応速度を見せているのは異常だ。

 

 ――――彼の剣が見えている訳ではない。

 

 自分の反応速度はそこまで高くない。敏捷極振りによる超速自体は馴れているが、自分が出す速力と彼の速力とではそもそもの次元と基準が違う。移動はともかく攻撃速度は遥か以前から剣のブレすら視認が難しくなっている。

 でも、分かるのだ。この一年半、恐らく彼と過ごした時間が最も長い自分は、何となく彼が次に取る行動を読める。

 

 だから、相手の動きも分かってしまう。

 

 故に根本的な部分まで【黒の剣士】と同じであると理解してしまえる。

 彼ほど壮絶な過去と自殺紛いの戦い方に至る経緯を持つ者はいないだろうに、事実として存在している事を、理解させられる。

 

 ――――嫌悪感が湧き上がる。

 

 それは、大切に想う少年の全てを、彼ほどの苦労もしないで得ている者に対する嫌悪。

 ホロウのキリトは、この世界のシステムが作り出したもので、ホロウ自身に非は無い。記憶や精神すらもオリジナルと同様となれば本質的には彼本人とも言える。だから嫌悪は無い。ただ哀しいと思う。

 だが、ホロウではないだろう目の前のニセモノには、その嫌悪が湧き上がった。オリジナルの何者かは意図的にその姿を取っていると言えるからだ。

 剰え、その姿で悪行を働くという許し難い事までしている。

 絶対に正体を暴いてやると心に固く誓う。

 

「ぜ……ぁああっ!!!」

 

 ――――一瞬のタメを挟み、【黒の剣士】が黒剣を横薙ぎに振るった。

 

 対抗するように、【黒の剣士】が剣を縦に翳し、剣身の腹に手を添えて防御する。ガギャァッ、と耳を劈く響きを立てて防御した側は大きく後退した。

 そこで攻防が一旦止まる。間合いが開いた事による仕切り直しだ。

 

 ――――対峙する二人の【黒の剣士】には、よくよく見れば違いがあった。

 

 片方は漆黒の籠手、胸鎧、ブーツに身を包んでいるが、もう片方は黒革のコートだけで金属防具を一切装備していないのである。

 数日前までであれば、彼は金属防具を一切装備していなかった。しかし《ホロウ・エリア》から無限に採取出来た鉱石を使って自作した防具を、システム的にではなく徒手的に纏う事で防御力の底上げを図った事を訊いているから、本物は鎧を纏った側であると知っている。さっきまで一緒に居たからすぐに分かった。

 恐らく彼に扮しているニセモノは、何かしらの目的があって【黒の剣士】の名を失墜させようとしていたのだろう。あるいは最近になって評価が上がり始めた彼に扮する事で他者に接触しやすくして、その隙にどこかへ連れ去ろうとしていたのか。

 どちらにせよ、何を目的にしているのかは捕まえれば分かる事。

 ニセモノと闘うのは自分ではないから他力本願ではあるが、その分だけ情報関連は任せろと意気込む。

 

 ――――だから、ニセモノが踵を返し、一目散に夜闇へと駆け出したのは予想外だった。

 

「ナァッ?! 逃げタ?!」

 

 思わず声を上げて驚く。

 でも、よくよく考えれば、その行動は理に適っていると言えた。人目が少ない夜闇に紛れての奇襲に失敗したなら増援が来る前に速やかに撤退するのが定石。剰え自分と互角のプレイヤーが立ちはだかるのであれば、撤退一択だろう。

 納得出来た訳では無いし、個人的にキー坊のニセモノが悪さをしているのは許せないのだが、自分が追っても返り討ちは必定だから抑える事にした。

 

 *

 

 その後、自分は襲われていた女性プレイヤーかの保護と、更に詳しい話を聞く為に七十六層の《攻略組》拠点へと移動し、キー坊は購入した馬車を全力で走らせて迷宮区へと向かった。

 この状況で彼が最前線へ向かったのは、万が一《攻略組》の方にもニセモノが出た場合の事を考えての事。

 自分が街に残ったのは、ニセモノに勝てないから付いて行っても邪魔なだけというのもあるが、情報屋としての信頼を使い、悪行をしている【黒の剣士】はニセモノという情報を流す為。本物の【黒の剣士】は今朝、【紅の騎士】達と共に攻略遠征に出ている事も含めて流す為だ。

 その為にパブリックスペースを、何時ニセモノに襲われるかやや戦々恐々としつつも点々と回り、情報を確実に流していく。

 多くの情報屋がメッセージで送って来る情報の編纂、裏取りも並行して行っていくと、気付けば時刻は朝。

 時間が流れるのが最近速く感じるなと、情報屋に近しいシンカーと一緒にコーヒー風の飲み物を口にしながら話していると、【黒の剣士】が帰って来たという報告を受ける。

 一体何があったのだろうと疑問に思うも、すぐに拠点へ戻って来るだろうと待つこと暫く。

 

 ――――自分達が出迎えたのは、【黒の剣士】と【絶剣】と謳われる少女の二人だけ。

 

 《攻略組》もまた、ニセモノがした誘拐行為に晒されていたのだ。

 

 浮遊城に潜む悪意が、いよいよ脅威として顕在化しようとしていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 怒涛のアルゴ視点でのプッシュ。と言うより、ここ最近リーファ、ユウキ、シノン、ストレアと続いて矢鱈とキリトへのプッシュがあるのは、総括するとキリトの『姉』という立場に対する視点を明確に描写する為。

 ストレア視点でありましたが、キリトは『姉』という立場の者には無条件且つ盲目的な信頼を寄せております。やや狂気的な側面もありますが、これはユウキ達からすると、最上級の待遇に他なりません。

 ――――ぶっちゃけ『姉』判定を受けていないキャラは本心の部分ではキリトに警戒されていたりします。

 本作最高峰と言えるイチャコラをしてるユウキですら無意識の部分で忌避されており、本能的な部分でユウキもそこは理解しているため、ちょくちょく『最上級の信頼の証である姉呼びされたい』と思っているという裏話。

 つまり、アルゴは気付かない内に嫉妬していたユウキ達よりも近付いていたという事なのだ(愉悦)

 プレイヤーが短剣ブスリで囚われるのは原典ゲームでもあるイベントです。若干時期が前後していたり複数のサブイベント内容が混ざっていたりしますが、キニシテハイケナイヨ。バトルの部分はオリジナル要素がありますです。

 以上、女性視点の総括と今話の補足でした。

 最後に帰って来れたユウキと神隠しに遭った《攻略組》に関しては、次話以降に描写します。

 一応言っておきますが誰も死んでません。『原作死亡キャラ生存』のタグは伊達じゃない(なお敵は……)

 読者(メタ)視点だとバレバレな展開ではありますが、どうか気長且つ寛容にお付き合い下さればと思います。

 では、次話にてお会いしましょう。


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