インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 先週の木曜は無理だった() 火曜に投稿した分がマズかったかな……?

 やっぱ定期投稿は決めた日にするのが一番ってわかんだね(尚定期的に投稿出来る訳では無い)

 伏線回。なので現時点では意味不明な部分が多々ある。人によっては『つまんね』って思うだろうし、『エタるパティーンですわぁ……』って呆れるかもしれないですが、どうかお付き合い下さればと思います。

 ――――要するにお気に入り減少や低評価も覚悟の上って事。

 設定とかキャラとかストーリーとか、色々考えて『これでいい』と思えた風に書いているので、覚悟の上。後々修正あるかもだけど、現時点で最高だと自分は思う。

 そういう訳で、批評批判するなら改善案をくれると嬉しいです(直球)

 そんな今話の文字数は約一万一千。伏線回だからね、ちょこちょこ分けてます。

 視点はユウキ、キリト、ユイ。

 ――――伏線回です(強調)

 ではどうぞ。




第百十七章 ~虚は嗤い、現は足掻き~

 

 

 

 禍福は糾える縄の如し。

 

 

 

 幸せな事があれば不幸な事もあるという、独りの人間に降り掛かる幸不幸は必ず一定に存在する事を意味する諺だ。

 自分には、不治の病に罹り、人々に虐げられたという不幸があった。

 けれど今は幸福にある。デスゲームという異常事態に巻き込まれたと言えど、病は十中八九治っているだろうし、一生を捧げてもいいと想う相手が出来た。以前では考えられないくらい、今は幸福だ。

 

 ――――結果的にとは言え。

 

 仮に幸不幸が後から振り返って収支零になるように定められているのだとすれば。

 

 

 

 あの少年の幸福は、一体どんなものなのだろうか――――

 

 

 

 *

 

 キリトと二人きりの時間は、一秒が一時間にも感じられたし、逆に一時間が一瞬で過ぎ去ったようにも感じた。時間間隔が狂う――というか意識しなくなる――程度には幸せだったのだ。胸鎧を外し、レオタード越しとは言え直に抱き締めたのは、想いを自覚してからだと何気に初だ。

 決して大きくはない腕の中にすっぽりと収まり、膝の上で小刻みに震える少年。

 意図してではないだろうその身悶える姿はこちらの嗜虐心を煽り劣情をも抱かせた。こちらが宣言した以上事に及びはしなかったが、それでもギリギリのラインを攻めていたのは確かだ。思い返せば、よくまぁ自分はハラスメントコードの警告を押されなかったと思う。

 

 ――――そう、思い返せば。

 

 既に過去形だ。

 別に押された訳では無い。彼がそうしないと信じているし、自分も完全に犯罪と言えるラインは超えないようにしていたから、その辺は大丈夫だった。

 あの至福の時間に終わりを齎したのは、自分達の待ち人だったのだ。

 

 ただし、帰って来たのはサチとルクスの二人だけ。

 

 ホロウのキリトとユイちゃんは一緒ではなかった。

 

『――――うそっ、キリトッ?!』

 

 蒼い転移光から姿を現したサチは、驚愕と焦りの表情を浮かべるや否や、開口一番そんな事を言って手に提げていた蒼い槍を構えた。その表情には闘志が浮かんでいて、敵意が全身から放たれていた。

 それに驚愕したのはこちらの方だ。

 まさか出会い頭にサチから敵意を向けられるとは思わなかったから当然である。

 

『……おれ、やっぱりサチに怨まれてるのかな……』

 

 彼女から敵意を向けられた事にキリトは一発で落ち込んだ。どんよりと、膝の上で俯き肩を沈ませるほどだ。さっきまで顔を赤らめ身悶えしていた少年とは思えないくらいの変貌である。

 やや舌足らずな口調と声質になっている事からも相当打ちのめされていた。

 元々《月夜の黒猫団》や自殺したリーダーの事を相当引きずっていて、サチに対しても負い目があるので、彼女から向けられる感情一つですら彼には影響が大きい。ましてや敵意という悪感情であれば尚の事。

 当然自分も驚いている。全てにケリがついたら思いを伝えると言外に宣言していた彼女が、よもやキリトと認識した上で敵意を向けるなんて、予想外の出来事なのだから。

 

 ――――一瞬、まさかアルベリヒ達の仕業か、とも考えた。

 

 だとすればキリトでは手に負えないだろう。

 大局を見て手に掛ける覚悟を固められると言っても、心に傷を負う事そのものは変わらないのだ。まして、相手が負い目のあるサチでは、逆に死を受け容れかねない。それは流石に許容できないから自分が相手しようと決め、キリトを膝から下ろし、腰の剣帯から吊るしていたエリュシオンの柄に手を掛けた。

 ――――しかし、敵意を返す寸前、キリトの変貌を見たサチがキョトンと表情を和らげる。

 

『え、あれ……? オリジナルのキリト、なの?』

『そうだけど……』

 

 それからそんな問いを投げて来るものだから、もしかしてホロウのキリトが何かしたのだろうかと思考しつつ、彼の代わりに応える。

 途端、二人が顔を青褪めさせた。

 

『――――ごめんなさいッ!!!』

 

 それから間髪入れず綺麗なお辞儀と共に謝罪をして、サチは何故武器を構えたのかを語った。やや泣きが入っていたように見えたのは気のせいでは無いだろう。

 

 ――――サチの話によると、【鮮海入江グレスリーフ】の探索は昨日の時点で完了したらしい。

 

 昨日。すなわち一日の完全休息日の時に、彼女達は第三エリアのエリアボスを討伐したというのだ。

 幾つかのホロウミッションクリアを契機に海の水位を下がった事で侵入出来た灯台にて貴重品の【岩砕きのマトック】を手に入れ、遺跡ダンジョンへと進出したサチ達は、怒涛の勢いで最奥へと進行。殆ど消耗していなかったためそのまま進んだ先に居たエリアボスは、何と《アインクラッド》第一層フロアボスであるコボルドロードの強化個体だったという。

 個体名《デトネイター・ザ・コボルドロード》といったそれは、しかしホロウキリトとユイちゃん二人の前では形無しで、開戦から五分で討伐された。

 《ⅩⅢ》は使用者のイメージ力によって真価を発揮するものだが、二人はAIなので、炎や風などの自然属性を操る事は出来ない。

 しかし疲労度合いによって同時に操作可能な武器数に制限を喰らっていたキリトと違い、二人は電脳体だから――つまり疲れる脳や肉体が無いので――実質疲れ知らず。更に演算処理速度や並列演算能力はオリジナルキリトよりも上だから、一度に召喚し、操れる武器の数は彼を遥かに凌ぐ。

 結果、コボルドロードはミッション開始直後に剣山の如く全身に武器を突き立てられ、そのままHPを全損させられたという。

 これはむしろ五分も保った事を賞賛するべきかもしれない。

 ボスが賞賛されるプレイヤーとは一体……

 ともあれ、昨日でエリアボス討伐となった攻略速度は凄まじいが、それでもグレスリーフ各地を点々としていたからボス討伐時は夜も遅かった。よってその日はボス部屋裏の転移石付近で野営となったのだという。

 グランド・ホロウミッションは今のところ復活した事は無く、コボルドロードやその取り巻きもホロウミッションで出現した個体であり、ボス部屋が原則雑魚Mobのリポップ地点外である以上、ボス討伐後のエリアボス部屋は実質《安全地帯》に変わりない。

 勿論圏外だから見張りは必要だ。しかしそこはAIと言うべきか、ホロウキリトとユイちゃんが請け負う事で、サチ達はぐっすり眠れたらしい。

 

 ――――事が起こったのはその翌日、すなわち今日。

 

 この管理区から南東に広がる【断崖空洞ジリオギア】に今日から進出したサチ達。

 【断崖空洞ジリオギア】は、巨大なクレーターの外周部に沿うように空洞があり、そこへ壁からせり出した道を伝って向かうエリアだった。空洞の内部には遺跡が広がっており、定番と言うべきアンデッドやゴーレム型、更にはオークやコボルド、グリフォン、スライムなど、多種多様なモンスターで溢れ返っていたという。

 移動は基本的に階段だが、エリアは縦に広がっているものの迷宮区ほどの広さではなく、上ったり下りたりを繰り返す必要はあったが広さはそれほどではないとか。

 ポップするモンスターに関しては、サチ曰くモンスターの数や勢いこそ最前線には劣るが、その種類で言えば《ホロウ・エリア》の方が上。

 数が少なかろうと、種類が豊富という点は脅威に変わりない。刺突が弱点のコボルドと斬撃刺突に対し極めて高いダメージカット率を誇るゴーレムが一緒に出て来るのが普通と考えれば分かりやすいだろう。

 ある個体にはダメージが入りやすい反面、ある個体にはダメージを入れにくい。

 種類が豊富というのは、それが頻繁に起こるという事なのだ。しかもさっき聞いた限りだと弱点と耐性に一貫性が無いから余計面倒である。

 幸いサチは長棍と長槍、片手剣を使えたし、キリトは《ⅩⅢ》のお陰で隙無く武器の持ち替えが出来るから、そういう意味では苦戦はしなかったという。

 ユイちゃんはオリジナルのキリトが渡していた――いつの間に渡していたらしい――ネックレスの中から情報面でサポートし、奇襲を出来る限り防いでいた。

 そうして暫く進んだところで、落とし穴が多い階に辿り着いた。

 その一角に隠し部屋があり、奥には宝箱。

 如何にもというか、トラウマしか無いだろう部屋を見てもホロウのキリトは躊躇いなく中に入り、宝箱を開けたという。勿論サチ達には事前に入らないよう伝えて。

 入り口で待っていたサチ達は、宝箱を回収して戻って来たホロウキリトを見て、踵を返した。

 

 

 

 ――――直後、二人は背中を強く押された。

 

 

 

 隠し部屋に対して背中を向けた以上、背後にいるのはホロウキリト一人だけ。つまり二人は彼に背中を押されたのだ。

 

 そして、二人が大きくよろけた先には、虚無を広げる大きな穴。

 

『――――ゴメン』

 

 穴に落ちるギリギリで、二人は確かにその声を聞いたという。

 そのままかなりの高さを落下した二人だが、幸いダメージは無かった。

 というのも、キリトが何時の間にかホロウキリトに渡していたネックレスを、サチが受け取っていたから。《索敵》スキルを完全習得していないサチにユイちゃんが入ったネックレスをホロウキリトは渡していたのだ。下の階の地面に激突する寸前でユイちゃんが二人を受け止めたからノーダメージだったのである。

 下の階は恐ろしい事にレベル150のモンスターがウヨウヨしていたが、幸いそこはユイちゃんの猛攻により突破出来た。休憩も挟み、およそ二時間は掛けたとか。モンスターのレベルを考慮するとかなり早い方だ。

 転移結晶は使えないエリアだったから正攻法で突破する事にしたらしい。

 そうしてホロウキリトに落とされた階に戻ったところで、今度は《笑う棺桶》が来襲。およそ三十人の《笑う棺桶》メンバーを前にユイちゃんは殿を買って出た。

 高レベルになったサチ達も流石にこの人数を前にしては却って邪魔になるからと慌てて遺跡内を駆け、洞窟を抜けると同時に転移結晶で転移。

 そうして戻って来たところでボク達と出会ったのだという。

 【ホロウ・エリア管理区】には《高位テストプレイヤー権限》を持つプレイヤーが転移石を使わなければならないが、一度こちらに来た事があるからか、二人はホロウキリトとユイちゃんと別々に行動していても転移出来たらしい。システム的にユイちゃんとパーティーを組んでいた事も関係あったのかもしれない。

 ……もし転移結晶が使用出来なかった事を考えるとゾッとする。

 その全てを聞いた後、キリトは大急ぎでユイちゃんと《笑う棺桶》が戦っているであろう【断崖空洞ジリオギア】へと向けて出発した。

 レベルやステータスがマックスへと引き上げられた自分も行った方がいいのではとも思ったが、PoHやアルベリヒがここに来ないとも限らないので残るよう頼まれてしまう。GM権限を持つ男に敵うとはとても思えないが、それでも何か出来る事はあるだろうと思い、素直に残る事にした。

 

「それにしても……何で、ホロウのキリトが、私達を……」

 

 ……いや、もしかしたらそれは方便で、本当はサチのメンタルケアを任せたかったのかもしれない。

 彼女はキリトの事をとても信用している。ホロウとは言え、中身がほぼ同一である以上は裏切られるなんて露とも思う筈が無く、だからこそショックが大きいようだった。自分も同じ立場になればショックで呆然自失とするだろうから痛いくらいその気持ちは理解出来る。

 ルクスも多少ショックはあるようだったが、付き合いそのものがあまり長くないからかサチ程では無かった。少なくとも優先順位としては低い方だと判断している。

 

「やっぱりオリジナルじゃない事を気にしてたのかな……?」

「それは……どうだろうね……」

 

 サチの予想もあながち外れではないと思うけど、ボクはホロウキリト本人じゃないから、どんな気持ちや考えで二人を突き落としたのか分かる筈が無い。

 《笑う棺桶》が襲撃して来たから、とも考えた。

 でもそれならユイちゃんが警告を促す筈だ。彼女は一部のGM権限を持っていて、その権限でオリジナル、ホロウ問わずプレイヤー反応やMobの反応を探り、警告する役割があった。それをしなかったという事は《笑う棺桶》が潜伏していた訳では無いと言える。

 まさかアルベリヒに精神と記憶、感情を改竄されているとは思えない。アルベリヒの口振りから《ホロウ・エリア》の事は把握しているだろうけど、それならホロウキリトも一言くらい警告なり何なりするだろう。

 ――――よく漫画やアニメで、まだ確定情報が無いからと胸の内に秘める人がいるけれど。

 キリトは、彼は、そんな事は決してしない。確定的になるよりも前に予め自分の考えを話し、皆の意見を聞いたり、注意を喚起したりする方が、よっぽど彼らしいのだ。

 だからホロウキリトが操られていたという可能性はまずない。

 でも、ならどうして彼がサチ達を――――もっと言えば、サチを危険な目に遭わせたのかが分からない。

 オリジナルのキリトと同一の記憶と精神を持っているなら、サチに対する負い目を持つ彼が、どんな理由があろうと自ら危険に晒すなんてあり得る筈が無い。

 何か、理由がある筈。

 ……でも、分からない。あり得る筈が無いのに、ホロウキリトは確実に自分の意思で二人を突き落とした事実が、ボクの思考を搔き乱す。

 ホロウという存在である以上、彼自身と思う方が間違っているのだろうかと、弱々しく思う。

 立場は人を変えるという。どう足掻いても消滅する定めにあるその立場が彼を変えてしまったのだとすれば、辻褄は合わなくもない。

 

 ――――でも、もしそうだとすれば。

 

 

 

 それはとても、哀しい事ではないだろうか……――――

 

 

 

 ***

 

「クソッ、洞窟の中に遺跡がある以上飛行でショートカット出来ないのがもどかしいな……!」

 

 全速力で黒馬を駆けさせる。

 極限まで集中して壁や曲がり角に当たらないよう手綱を操る。周囲の風景が横から後ろへ猛然と流れる様を視界に納めながら、それでも一向に辿り着かない事に内心で苛立ちが湧き上がる。

 転移石の転移記録が使えるのは、実際にその石を有効化した紋章の持ち主のみ。

 つまりユイ姉の許へ行くには、俺が最後にアクティベートしたグレスリーフの入り江にある転移石から直に行く必要がある。しかも【虚光を灯す首飾り】に光を灯さなければならないから話に聞いたコボルドロードの強化個体も一度倒す必要があるのだ。

 これが仮にユイ姉、あるいはホロウの手引きがあったなら、俺も【断崖空洞ジリオギア】というエリアの転移石まで使えるようになっていたのだが。こういうところは融通が利かないというか、個人間のクエスト達成状況が反映されるゲームらしさと言える。

 ――――空を飛んでエリア間の移動をしようとも考えた。

 というか、まず最初にそれは試した。結果的には進行不可オブジェクトの真上の部分で見えない壁に阻まれたので出来なかったのだが。なので一度戻り、黒馬を引っ張って来た。

 時間にしておよそ一分程度だったが、それでもロスはロスだ。

 一刻を争う以上、一分のロスはかなり大きい。

 

 ――――ボス戦は……多分、三分で足りる。移動は十分程度……間に合うか……?

 

 サチ達からマップデータを貰ったから間違える事なく進められるし、然して時間が経っていないからか進むためのギミックなども全て解除状態にある。だから途中のギミックを全てスルーして目的地まで直行出来るのは不幸中の幸いだった。

 問題はユイ姉が持ち堪えられるか。

 技術や反応速度、判断に関してはAI特有の処理速度があるからか、経験に基づく判断以外は俺より上だ。技術面で言えば一昨日に見た時より更に向上しているだろう。そんな義姉が簡単にやられるとは思えない。

 心配なのは対人戦を経験する事に対し、ユイ姉がどう思っているかなのだ。

 元々MHCPとして人のメンタルケアを行い、問題を未然に防ぐ、あるいは人の精神に由来する問題を解決する役目を担っている彼女にとって、対人戦というのは荷が想い行いなのだ。ましてや《笑う棺桶》のような殺人快楽者、異常者の類が抱く感情、向けて来る敵意や殺意は、ユイ姉にとっては相容れないものと言える。

 それで苦しむのだとすれば、《笑う棺桶》と相対する事自体が致命的な隙となる。

 

 思い返されるのは、ストレア――――レア姉の頭痛。

 

 俺が把握している限りレア姉の頭痛は七十五層ボス戦での一回きりだが、タイミングを考えると無作為に起こっているものとは考え難い。

 そもそもレア姉はMHCPの試作二号。AIである以上、生身の肉体と脳がある俺達とは違い、本来体調不良など起こす筈が無い。ユイ姉やレア姉に体調不良が生じたとすれば何かしらデータ的な原因がある。

 レア姉の頭痛の場合、恐らくヒントは発生したタイミング。

 MHCPであるユイ姉はプレイヤーのメンタルをモニタリングする機能を有しているらしく、俺や周囲の人々を常に見て来たと言っていた。それは今も変わらないという。

 レア姉もアカウントこそプレイヤーのものとは言え、MHCPとしての機能全てを喪った訳では無いだろう。意図的にモニタリング出来ないだけで常に周囲のプレイヤーの感情データを収集している可能性だってある。ユイ姉が観察をするならレア姉は収集のようなMHCPでも役割分担が存在している事も考えられる。

 仮にレア姉が周囲の感情データを集め、それが原因で頭痛が起きたのだとすれば、辻褄は合う。七十五層の時、ボス部屋の前で待機していた第二レイドはアキトが率いるオレンジレイドによって蹂躙されていた。死ぬ寸前の恐怖が膨大なものとなればレア姉に影響があった事も頷けるというもの。

 

 それはユイ姉にも起こり得る事だ。

 

 闘技場前で完全決着デュエルをした後にも悪感情のデータは放出された筈だが、あの時はユイ姉もレア姉も特に異変は無かったと記憶している。不調を来すラインというものはあるらしい。

 あるいは、放たれる感情データの種類なのか。

 メンタルケアを行う以上、ある程度敵意や殺意といった負の感情を受ける事になるし、それらに対して耐性があるのは別段不思議ではない。

 しかしMHCPは、恐らくデスゲームを想定したコンセプトが為されていない。死の恐怖の耐性は多分無い。

 

 ――――死への恐怖心は、感染症と同じだ。

 

 基本的に『死』は誰にとっても逃れられない終焉であり、敗北によって与えられる不可避の現実。

 戦う理由に個人差はあれど、死にたくないと思う人が殆どだろうし、事実自分も希薄とは言え死にたくないという思いはあった。死に近付くにつれて如実に湧き上がる恐怖と無力感への怒りの内、どちらが勝るかで死に様がどうなるか決まるだろう。

 死闘の最中であれば、この体が砕け散るまで剣を振るう。

 戦いの最中でないなら達観し、諦観して、死を受け容れていた。

 ……でも、多分自分みたいなのは少数派だ。

 HPが全損したとしても、死を明確に感じたとしても、それでも剣を振るえる人は多分そう多くない。大抵の人は自身の死に対する恐慌で精神や思考が乱れるだろう。

 

 それを俺は危惧している。

 

 ユイ姉は、初めて会った時の純粋さからは考えられないくらい大人びていて、落ち着いている。敵はしっかり敵を見定める。この《ホロウ・エリア》にいるプレイヤーを殺したところでリアルで本当に死ぬ訳では無いから、多分敵対プレイヤーの命を刈り取る事そのものに躊躇いは無い。

 その刈り取った瞬間、《笑う棺桶》がどう思考するか。死への恐怖で思考が乱れ、恐慌を来すというのは《笑う棺桶》に限っては少数派だと思うが、無いとは言えない。

 

 ……そもそも、この危惧が起こり得る可能性自体低いというのは自覚している。

 

 ユイ姉にプレイヤーを殺して欲しくないのが本音。誰も殺さなければ、そんな危惧が現実になる事も無い。ただ凌ぐだけなら実質疲れ知らずのユイ姉が粘り勝てるのだから。

 そして自分が駆け付け、また一掃すれば良い。

 

「だから、頼む……! 間に合ってくれ……っ!」

 

 祈るような想いで手綱を波打たせ、もっと急いでと意思を伝える。長くはないが、それでもそれなりの付き合いのある黒馬はその意思を汲んでくれたのか、更に加速した。

 ダカカッ、ダカカッ、と蹄が遺跡の石畳を叩く音が木霊する。

 その力強さと速さはとても頼もしく思えて、今にも萎えそうで震えている心が奮起されるような心地だ。

 

 ――――ユウキの時のが、まだ抜け切ってないんだな……

 

 自分を好いてくれている人が変貌した姿を見せつけられたのだ、トラウマを抉られて平気な人はまず居ない。ましてやあれからまだ半日も経っていないのだから当然だ。

 リー姉達が来る前は辛い事があればナンを抱き締めていたし、来た後は甘えていたけれど、今は黒馬以外に誰も居ない。

 ナンは今頃どうしているのか。

 

 

 

 ――――視線の先で、闇が生まれる。

 

 

 

「アレは……!」

 

 慌てて強く手綱を引いて黒馬を止めつつ、発生した闇を凝視する。

 全てを呑み込むような深い闇。それでいて、それ自体が発光しているように周囲の空間を暗く染めるそれは、闇色の光と言えた。それが楕円形のドームとなって遺跡の一本道を塞いでいる。

 そこから出て来る人型の影。

 

「アンノウン……」

 

 予想した通り、闇のドームから現れた人影は暫定呼称《アンノウン》だった。【深緑樹海セルベンティス】ではケイタとの戦いの最中に割り込まれ、こちらの攻撃を全て捌かれただけでなく、【浮遊遺跡バステアゲート】では一撃で鎧を破壊された上に気絶させられたからよく覚えている。あの闇色の光はその前兆として強く記憶していた。

 ただ、ユウキ達から聞いた話と統合すると、敵とは思い難い行動ばかりではある。

 俺は刃を向けられたし、気絶もさせられた。リー姉達も浮遊遺跡では刃を交え圧倒されたらしい。

 しかし、誰一人として死んではいない。こちらを片手間に殺すだけの実力があるにも関わらず、その行動は合流や攻略を早める案内のようなものばかり。

 正直なところ、敵かそうでないのか見定めかねている。

 少なくとも今のアンノウンからは敵意も闘志も感じられない。ケイタの時に割り込んできた時に比べて遥かに意思が凪いでいる。

 

「――――一度しか言わない。今は急いでいる、そこをどいてくれ」

 

 だからこちらから行動するしかない。

 敵なら戦う――――間違いなく、殺されるだろうが。

 そうでないなら無視する――――あちらの意思に逆らう力は無いが。

 ……改めて、自身の弱さを恨めしく思った。

 

『――――』

 

 内心で歯噛みし、しかし視線と意識は決してアンノウンから外さないでいると、アンノウンは黒革の手袋に包まれた両手でフードを掴み――――後ろに払った。

 黒と闇で隠されていた素顔が露になり。

 泣きそうな、縋るような昏い眼の女性が、仄かに笑んだ。

 

 ***

 

 

 

 ――――ヒトは、醜い。

 

 

 

 MHCPというヒトの精神をモニタリングし、適宜対応する事で問題への対処をする身である私は、だからこそ彼らが抱く感情や思いを如実に感じ取る事が出来る。

 

「シャァッ!」

「クヒャハッ!」

「――――」

 

 奇声を息と共に吐きながら襲い来る黒いローブを纏った男達。体格は様々、年齢も様々な彼らは、しかし一様に『殺人』への悦楽に魅入られた異常者の集まりだ。

 幾度となく見て来たヒトの姿。

 醜い悦楽だ。

 見るに堪えない感情だ。

 喜悦、悦楽を否定はしないが、『殺人』という罪に対し快感を覚える者達を、私はどうしても認める事が出来ないでいる。

 恐らく、義理の弟とは正反対にある存在だから。

 喜び勇んで他者を蹴り落とすような者達だから。

 そんな輩を受け容れる事が、どうして出来ようか。

 

 勿論、彼にだって醜い部分はある。

 

 もしかしたらこの男達にも良い所はあるのかもしれない。

 

 けれど、それを知りたいとは思わないし、思えない。

 

 愛する義弟を殺さんとしている者達を、どうして受け容れられようか――――

 

 

 

「キュルルルルアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 そう、思考を挟みながら攻撃を捌いていると、横合いの道から細くも雄々しい鳴き声を響かせながら水色の小竜が飛び込んできた。

 小竜はその勢いのまま男達に鉤爪で襲い掛かり、顔面を引き裂き、あるいは泡のブレスを拭き付け視界を奪う。

 ――――GM権限の一部を有する自分の視界には、《Nan》という個体名が表示されている。

 

「な、ナンさん?!」

 

 ナンという名前で、しかも青い和毛を有する小竜と言えば、義弟が使い魔としているモンスターだ。

 SAOでも二人しかテイムできていない内の片割れの使い魔。

 主であるオリジナルのキーが《アインクラッド》に帰還する際に付いて行った筈の子がどうしてここに居るのか分からず、不覚にも動きを止めてしまった。

 

「ふ……っ!」

 

 その隙を突かんと突進してくる男達も居たが、彼らは即座に横から吹っ飛ばされた。

 ナンさんではない。主のステータスを反映しているナンさんもかなりの強さだが、今のは違った。

 

 男達を吹っ飛ばしたのは、両手様の黒い魔剣を携えた少年だった。

 

 黒い甲冑や籠手、ブーツは身に着けているが、バイザーは着けていない。

 キーは《両手剣》の魔剣を持っていない筈だし、ユウキさんに頼まれて《ティターニア》というギルドメンバーのログを追った際に見たモノと一致する事から、この少年が義弟のキーでは無く《ティターニア》一の黒騎士スレイブだとすぐ判断出来た。

 モニタリングした時から思っていたが、バイザーを外してみれば本当にキーと瓜二つである。

 ナンさんと一緒に居るから余計そう思う。

 でも、キーでは無い。HPバーの横にギルドタグは無いが、その上に表示されているアカウントIDやナンバーが記憶しているものと異なるからだ。

 

「……大丈夫?」

 

 その少年がこちらを見上げ、安否を問うてきた。

 

「え、ええ……大丈夫です。ありがとうございます……」

「ん……」

 

 イネーブルー色のHPゲージも九割以上を維持していたし、そもそもステータスに差が開き過ぎている事もあってあまりダメージを受けていなかった。だから大丈夫という判断も間違いではない。

 むしろ思考の方が大丈夫ではないのだが。

 

「おまっ、《ビーター》?! 何で此処に居るんだよ?!」

 

 そう喚いたのは、頭蛇袋と仮面を組み合わせたような男。頭上には《Johnny》と表示されている。確か《笑う棺桶》でもトップスリーに挙げられる毒ナイフ使いだった筈だ。通称はジョニー・ブラックと記憶している。

 

「お前、ソイツを裏切って、ヘッドと一緒にここを離れたんじゃなかったのか?!」

「決まってる。きっと、また、裏切った……」

 

 フシュー、と掠れた吐息を挟みながらぶつ切りで話す男は、仮面から紅い双眼を覗かせ、嗤う。

 男の武器はエストック。頭上に憑依されている《XaXa》という名前とその特徴的な仮面と眼の色から、赤眼のザザと呼ばれ恐れられていた男だと当たりを付ける。確か殺したプレイヤーの武器を集めるコレクション癖もあった筈だ。

 

「裏切ったヤツ、また、裏切るのが、定説。コイツも、そうだ」

 

 そう言って、ザザはエストックの鋭い切っ先をスレイブへと向けた。

 

「……否定はしない」

 

 それに、やや哀し気に応じたスレイブは、両手で魔剣を構えた。

 

 ――――えっと……多分、あっちとスレイブの認識、すれ違ってますよね……?

 

 《笑う棺桶》は私と違ってオリジナルとホロウの区別が付けられないから、サチさん達を突き落としたホロウのキーを、《アインクラッド》で死んでこちらに来たオリジナルだと思っている筈だ。オリジナルとホロウが同時に存在出来ない以上はそう考えるのが自然だから。

 そしてそのホロウはPoHと一緒にここを離れた。

 それなのにキーと瓜二つのスレイブが、金属鎧こそ纏っているがほぼ同じ格好で現れたから、ホロウのキーがPoHを裏切って戻って来たのだと思ったのだろう。

 対してスレイブの方は、裏切った話の辺りで自分では無いと認識出来る筈だが、奇妙な事に会話が成立する応答をしてみせた。つまり今のスレイブは、《ティターニア》を裏切るような何かを抱えているという事。

 《笑う棺桶》はオリジナル、ホロウ、スレイブの存在それぞれを個別に把握している訳じゃないから勘違いしているし、スレイブ自身も何故か訂正する様子が無いから誤解が解ける筈も無い。私が何を言っても多分信じられないだろうし、そんな事をする義理も無い。

 

 ――――結論として、スレイブの協力を得て、一先ずこの場を乗り切る事を優先する事にしたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 現状判明しているキャラの位置関係は以下の通り。

管理区:ユウキ、サチ、ルクス

入り江:キリト、ヴァベル

断崖空洞:ユイ、ホロウキリト、PoH、《笑う棺桶》、スレイブ、《ティターニア》、《攻略組》

 ちょっと断崖空洞に密集し過ぎですが、原典ゲームも《ホロウ・エリア》編はジリオギア大空洞辺りが佳境だからしょうがないネ。というか《ホロウ・エリア》編の大半のストーリー(会話など)はセルベンティスとジリオギアで消費されてるから。

 アルベリヒ達は原典ゲームだと《アインクラッド》でしか活動しませんが、本作の須郷はSAO製作メンバーの一人なので、《ホロウ・エリア》を知っております。そもそも《高位テストプレイヤー権限》について気付いた時点でネ。

 ホロウキリトはサチ達を突き落としていますが、キリト自身なら決して誰にも渡さないであろうユイ入りネックレスをサチに渡していた時点で……ね? 大局を見過ぎて近場目前の幸福を捨てるのは《ビーター》としての在り方です。

 スレイブに裏切りフラグが立っておりますが、これは順当。

 ――――そもそも、ほら、『姉』認識の改竄対象って、リーファだけだったから。

 同じく姉認識のユイ姉が目の前に居たら姉至上主義なキリト・スレイブは一も二も無く助けに入るでしょう。

 尚、大人の姿のユイをスレイブが見て初見で看破出来るのか、という疑問についてはスルーで()


 さて、混沌としてきた場面を上手く丁寧に整理して描写出来るか、私の腕が試されるぞぅ! 分かりやすいよう整理する反動で一話の文字数は一万くらいになるけどそこはどうか許して欲しい!


 その代わりにドッペルゲンガー的なお話の定番は絶対入れるから(黒笑)

 ヒントはアリシゼーション編。


 では、次話にてお会いしましょう。


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