インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 サブタイトルから分かる通り、今話は第七十四層でのお話です。攻略と書いていますがそれは最後ら辺だけですね。

 基本的に今回は平穏ですが、シリアスもあります。

 ではどうぞ。初のオールラン視点となります。



第十章 ~第七十四層攻略~

 

 デスゲーム開始から早一年半が経った。キリト君筆頭に破竹の勢いで攻略が進み、現最前線は七十四層となっている。思えば時が過ぎるのは速いものだな、と感慨深い。

 デスゲーム開始宣言があったあの日、私は双子の妹にあたるユウキと共に、天高く私達を見下ろしていた茅場晶彦操る赤ローブを呆然と見上げ、そしてそれが去ったと同時に恐慌に達した。ユウキはすぐに我に返って私を宿屋に連れ込み、これからの事について話し始めた。

 幸いと言って良いのか、私達が出発しようとした翌日の朝に、ベータテスターから情報を得て広めようとしていたクラインさんに出会い、彼と暫く行動を共にしてレクチャーを受けた。そしてそれから二人組で行動を開始した。

 そして、キリト君に出会った。彼と会ったのはボス攻略対策会議の時で、話してはいないし顔も見ていなかったけど、妹や私以上の小柄な体躯に女の子かなとも思っていたりもした。

 それが、なんと九歳の男の子で、しかもクラインさんにベータと正式版の情報を与え、ソロで先へ進んだ子だとは思わなかった。ベータでも最強の剣士だというのも。

 私とユウキは十三歳だったから、彼よりも四つ上という事になる。

 けれど、その幼い彼の戦いたるや、正に鬼神の如し。

 圧倒的に年下にも拘らず大人と遜色ない覇気を持ち、最終的にはボスとの一騎打ち紛いの戦いを繰り広げ、薄氷の上を渡って勝負を制した。彼はアインクラッドにいるプレイヤーに、希望を齎す剣士だった。

 その彼が、ベータテスターという事を隠していたと、そして織斑一夏だったと知られたときの周囲の反応は、酷すぎた。彼が決死の覚悟で情報を集めて拡散し、ボスの取り巻きも殆ど相手してくれたお陰で私達は勝利を掴んだも同然なのに、恩を仇で返すような事をするなんて信じられなかった。

 そして、齢九歳の子供がベータテスターとビギナーの確執を抑えるために、織斑一夏にまつわる悪評・悪感情を利用して全ての憎悪を引きつけ、ストレスの捌け口となるなんて信じられなかった。それを許す悪罵を投げる者達に、殺意にも似た感情――――いや、殺意そのものすら浮かんだ。彼らは幼い彼が全てを背負う事に何ら罪悪感を覚えていなかったのだ。それがどれほど大人でも辛い事かを考えず、まだ親が恋しい年の子に全てを背負わせ、平然と悪罵を投げた。

 それからというもの、キリト君はソロを貫いた。ただの一度もパーティーを組まず、タッグや野良パーティーすらも組もうとせずにソロで戦い続けた。攻略組に顔を出して悪罵を投げられても、平然と挑発で神経を逆撫でしたりしていた。全ては、周囲の人間へ悪意が向かないようにする為に。

 サチさんが私とユウキ二人だけのギルド《スリーピング・ナイツ》に入団してから暫く、彼は病んだ様に顔色を悪くしていった。それは、ともすれば何かの拍子に自殺に走るのではないか……そんな、縁起でもない事を考えてしまうほどに。

 実際にそれはクリスマスイベントの蘇生アイテムの話が出た時点で現実となりかかった。彼はサチさんが元々入っていた、高校生の幼馴染で作っていたギルド《月夜の黒猫団》の全滅に間接的な関わりを持っていて、それをずっと悔やんでいたのだ。自分さえしっかりしていれば、いっそ関わらなければ、と。

 サチさんの話を聞く限り、彼らが全滅したのはむしろ自業自得としか言えなかった。キリト君の忠告をあまり重視せず、二十七層の情報収集も怠って進んだ。キリト君が駆けつけなかったらサチさんまで死んでいただろうし、ケイタというリーダーに至っては全てキリト君のせいにして自殺したのだ。キリト君はやる事はキチンとやって、忠告もちゃんとしていた。従わなかった彼らが悪いのだ。

 サチさんには悪いが、私やユウキ、勿論他にも事情を聞いたアスナさんやクラインさん、ヒースクリフさん達も同じ結論を出した。サチさんは少し悲しげだったけど、攻略組としての思考が備わってきていたのか肯定した。

 そしてイブの日。目的の蘇生アイテムが過去の人を――――ケイタさん達を生き返らせられる品ではないと知ったあの子は、絶望した。あの時、サチさんに蘇生アイテムを渡す時の彼の顔と瞳は、今でも私達の間で脳裏にこびりついて離れない事の一つだ。人間とはこんな顔をしてしまうのかと思わせるほど、何も無い虚無の表情だった。絶望すら生温い、最早虚無だった。

 三々五々に散った私達は、突如転移門がファンファーレと光に包まれたと知るや否や、急いで五十層へ転移しようとした。それをサチさんが懇願して押し留め、私がキリトを抑えると言って転移していった。私達は、それを見送るに留めた。

 翌日、キリト君は私達を集め、そして憑き物が落ちたかのような穏やかな表情で今まで心配と迷惑を掛けてきたことに土下座で謝罪した。最初は、あわや心残りが無いようにかと焦ったけれど、彼はどこか吹っ切れた様子で違う、と否定した。サチさんが、彼の事を怨んでおらず、自分を赦しても良いと伝えてくれたからだと、泣き笑いの顔で言っていたのは鮮明に残っている。

 

 

 

『俺は、黒猫団の皆を死なせてしまった事を、決して忘れない。一生この罪と向き合って生きていく』

 

 

 

 キリト君は、その覚悟を宣言した。たった十歳になったばかりに子がするには、とても重過ぎる覚悟だと思った。

 けれど彼は既にそれを固く決意してしまっていたから、私達は特に何も言わなかった。

 キリト君は、眩しかった。ただただ、尊い輝きを持って存在していた。アインクラッドのプレイヤーの悪意を一身に集めて、なお折れずに前へと進み、皆の希望の架け橋となっていた。そんな事、子供一人に背負わせて良いものではないのに、キリト君以外には誰も出来ないからと許してしまっていた。

 だから私達は、彼を支えようと決意した。誰がどう彼を拒絶し、否定しようとも、その彼を私達は支えるのだと、高らかに宣言できないけれど、密やかに決意した。

 怒涛の勢いで攻略をソロで進める彼の後を、私達が地ならしして、皆を通れるようにしていく。彼が立ち止まれば、背中を押せるように。

 

 

 

 デスゲーム開始から一年六ヶ月。生存者七千人。

 それが、アインクラッドの現状だ。

 

 

 

 *

 

 七十四層迷宮区。暗く奥が闇に包まれた回廊は、しかし白の床によって鮮明に道を映す矛盾を持っていた。現実世界には有り得ないことも、ここ仮想世界なら普通にやってしまう。

 それを平然と『普通』と言えるようになったのは、果たして私達の感覚が麻痺したのかどうかはわからない。

 けれど、これだけは絶対に言える。戦いに於いて、命を粗末にすることは決してしてはならないと。

 

「はぁッ!」

 

 すぱぱぱんっ、と私の細剣エルトゥリーネンの峰が三連撃の突きを描き、レベル78《エルダー・リザードマン》の緑の鱗に突き立った。トカゲの命を示すHPバーがぐぐっと減りを見せる。

 

『グルァッ!』

 

 お返しとばかりに曲刀が振られるも、それは横合いから飛び出た細身の黒い片手剣ルナティークを振るうユウキによって軌道を逸らされ、私のすぐ横を過ぎて空振るに終わる。

 

「ふっ……――――てりゃあああああ!」

 

 軽い一呼吸を置いた後、スピード先行タイプの筈の私以上の突きが十一回放たれた。右上から左下に五発、左上から右下五発、そして交差を描く一点に強烈な溜めを伴った一発が入る。

 ソードスキル――――では勿論ない。圧倒的ステータスと敏捷値によってソードスキルと遜色が無くなっている、彼女自身のオリジナル技、ただの通常技の連撃だ。

 しかしこの世界のダメージ算出には『武器攻撃力×筋力値×被ダメージ防御力×攻撃ヒット部位×攻撃スピード』と、割と簡単な算出方式が取られているらしい。つまりソードスキルの威力が高いのは、一時的に攻撃スピードが強化されているからであって、スピードさえ遜色無くなればソードスキルと同様の運用が可能なのだ。

 ――――と、キリト君が言っていたのを思い出しながら、ユウキ渾身のオリジナル技《マザーズ・ロザリオ》が決まるのを冷静に見ていた。

 しかしどれだけ威力が高かろうとやはり通常技、ノックバックは基本的に発生しないのは今回も例に漏れずで、ユウキはその軽い肢体をトカゲの剣によって斬り裂かれる――――寸前で、流石の反応速度でその剣をパリィし、軌道を再び逸らした。この超反応には毎度毎度舌を巻く思いだ。

 

「ラストッ、行くよ!」

 

 その声に私とユウキも同時に下がり、トカゲの背後に回って機を窺っていた蒼の槍使い――――サチさんが攻撃し易いようにする。

 

「貫けぇッ!」

 

 サチさんにしては珍しい――戦闘中は割と普通にしているが――裂帛の気合を発しながら、蒼い槍ムーンライト・クリスタルを両手持ちで抱えてトカゲに突進を仕掛けた。目指すはがら空きの背中。

 ドガシュッと中々にバイオレンスな音が鳴り響くと同時、これまたバイオレンスな感じでトカゲに穴を開けつつサチさんがこちらへ突き抜けた。度重なる追撃に、トカゲは蒼い結晶片へと爆散した。

 リザルトパネルが私達の前に出現し、三人でいえーいとハイタッチをする。これはユウキが新たに入ってきて間もなかった頃の固いサチさん用に、親睦を深めるのを目的に提案した事だ。前のギルドでは普通にしていたらしいし、私達も良いかなと思って採用し、今もしている。

 

「サチも凄く上手くなったよね、チャージグライド」

 

 ユウキがサチさんの先ほどの突進攻撃を褒めた。チャージグライドというのは、キリト君がサチさん用に新たに名付けた技で、本来はキリト君の持ち技の一つだ。元の名前はパンカーグライドと言うらしい。槍の重みを利用した加速をつけて一瞬で突進攻撃を放つものだと聞いている。

 サチさんはそれが出来ないが、しかし十分に助走さえあればかなりの威力を叩き出すことから、チャージと名付けられたのだとか。また、チャージには『突進』の意味もあるらしく、キリト君のそれが貫通ならサチさんのそれは突進っぽいかららしい。

 なるほど、と思ったのも記憶に新しい。何せ彼女、この技を習得してからまだ四日目なのだ。本当にサチさんは成長が早いと思う。

 

「うん、二人がサポートしてくれるからね。私一人じゃ無理だよ」

「あのねサチ、一人で出来ちゃうのはキリトだけだから。むしろコレが普通だから」

「そうですね。キリト君を引き合いにしちゃダメですよ。あとユウキ、それ聞いたら彼、涙目になるわよ?」

「キリトの場合、むしろ誇らしげにしそうだけどね」

 

 言われて考えて、確かに誇らしげにしそうな光景が簡単に浮かんだ。それでも涙目上目遣いで睨んでくる光景も浮かぶ。どっちもありそうな話なため、結論は出なかった。

 良い時間だし帰ろうと話し、私達は帰り道をマップで見つつ歩いた。途中、一体もモンスターに遭遇しなかった。

 ぴちゅぴちゅと仮想の鳥が鳴き声を上げる緑の森のどこかで、ぴぎぃっ?! という小動物の鳴き声がした。思わず細剣に手を掛けて三人で臨戦態勢に入っていると――――茂みでがさっと誰かが立った。

 その誰かは、黒い剣を背中に吊って黒い髪を腰ほどまで伸ばした、黒尽くめの子供だった。肩には和毛に包まれた蒼い小竜が止まっている。こんな危険な最前線に蒼い小竜を従えた黒尽くめの子供など、アインクラッド広しと言えど一人しかいない。

 アインクラッド最年少であり最強のソロプレイヤー、【黒の剣士】キリト君だ。従えている蒼い小竜はナンちゃん。とても賢く御主人想いな可愛い子である。

 キリト君はメインメニューを繰って何かをしていると、やおらよしっとガッツポーズを取った。何か良いことでもあったのだろうか。

 

「キリト、何か良いことでもあったの?」

「ン? あ、ユウキ、ラン、サチ。何時からそこに?」

「つい今しがたです。それで、キリト君は何を?」

 

 首を傾げると、途端にキリト君は誇らしげで嬉しげな顔をした。

 

「ふっふっふ……聞いてお驚け! ラグー・ラビットの肉を手に入れたんだ!」

「きゅるー!」

「「「…………ラグー・ラビットの肉って、あのS級食材の?!」」」

「うん! 今さっきピックで倒したんだ! というわけで、今日は俺のフレンドで呼べる人を呼んで宴会だ!」

 

 キリト君が何時に無くハイテンションで宣言し、それにユウキはおー! と乗っている。

 私とサチさんは、そのキリト君の様子を見て顔を見合わせ、そして微笑んだ。つい数ヶ月前の彼は、何時死んでもおかしくない程に精神的に追い詰められていたというのに、今はその影も無い。年相応の無邪気さも出てきている。

 キリト君はフレンドメールで何人かにメールを送った。一斉送信だから私達にもメールが来て、どんな文面か気になって開いてみた。

 

『From Kirito

 今しがたS級食材を手に入れたので、今日は俺のフレンドの人を集めて宴会を開きたいと思います。ちなみに食材はラグー・ラビットの肉です。メニューはシチューとあり合わせ。そしてドリンクは【ファンタズゴマリア】です。

 参加不参加は午後五時までにメールを送ってください。メールが無ければ不参加と考えます。また、各々好きな食材を持ってきていただいても構いません。ただし大人陣、お酒は遠慮してください』

 

 …………私思うんですけど、これって十歳の子が打つ文面じゃないでしょう。

 そう思いつつ読み終えてメールを閉じ、四人でキリト君のホームへと向かう。なんとキリト君、今までは五十層アルゲードをねぐらにしていたのに、ここ最近で大金を払って二十二層の南にホームを買ったらしい。

 最近は数ヶ月前に比べ、キリト君を殺そうという集団は鳴りを潜めている。というのもキリト君にちょっかい出すと殺されるという噂が流れたのだ。恐らく《笑う棺桶》の半分以上を全損させたから、そんな噂が流れたのだと思う。

 そのせいで一時期攻略組から事実上の追放を喰らっていたのだけど、それでも彼はボス攻略には必ずと言って良いほど乱入し――情報はフレンド、そしてアルゴさんからリークしてもらって――大暴れしてはボスのLAをキッチリ取って去っていくの繰り返しだった。

 それにキバオウやリンドは憤慨するものの、大抵は指揮系統の混乱か実力不足が原因で戦線崩壊しかかり、その時に限ってキリト君が乱入して助けていく。彼らは良いとこ取りと言って、助けてもらっている事に気付いていないのだ。まぁ、神経を逆撫でする挑発をする彼にも問題はあるのだけど。

 そして午後五時。参加者は私、ユウキ、サチさん、アスナさん、エギルさん、クラインさん、リズベットさん、シリカさん、アルゴさん、ヒースクリフさん、ディアベルさんの十一人だった。

 クラインさんの仲間は今回遠慮したらしい。凄く行きたがっていたらしいけど、キリト君が宴会を開くなんて今までに無かったから、クラインさんだけ行かせた方が良いと判断したようだった。

 

「それにしても、昔に較べてキリトも丸くなったよなぁ…………イブの時のが嘘みてぇだ」

 

 クラインさんがキリト君のホームの台所を見ながら言う。今はキリト君がそこで調理している所だ。

 S級食材は《料理》スキルコンプリートでないと失敗してしまうもので、アスナさんや私達はまだ九百に入ったばかりだから今回は手伝えなかった。あり合わせを手伝うと進言したのだけど、突然言ったのだし自分がすると言って聞かなかったため、私達が折れたのだ。

 クラインさんの言葉に、あの時のキリト君を知っているメンバーが頷くと、シリカさんが首を傾げた。彼女は私とユウキと同い年らしい。

 

「それって、アルゴさんが話してくださった……?」

「うん、そうだよシーちゃン。あの時のキー坊は自殺しかねない雰囲気でネェ……本気で冷や冷やしたもんダ」

「それで言えば第一層の時からだよ、彼の無茶は……まぁ、彼の行動を止められなかった俺にも責任はあるんだけどね」

「ディアベル君、そこは我々の責任、だろう? あんな幼い子供に我々は護られたのだ、重すぎる重圧を背負わせてな」

「そうよね……団長の言うとおりです。私達は、キリト君に重過ぎるものを背負わせて、今も過ごしている……事実攻略会議も荒れてるし」

 

 アスナさんの言葉で、確かにと私達は頷いた。

 ここ最近のキバオウは、キリト君を本気で排斥しようとしていた。リンドはまだそこまででは無いが、キバオウはキリト君の存在……というよりも、織斑一夏の存在そのものを憎悪しているようだった。

 もしかしたら彼は、織斑千冬によって齎されたと言っても良い女尊男卑で酷い仕打ちを受けた被害者なのかもしれない。

 かといって、逆恨みであの子を苦しめて良いわけではないけれど。

 何度かキバオウはキリト君とデュエルを、第一層攻略会議の時のように繰り返している。その度に負けては怒鳴り散らし、ヒースクリフさんによって抑えられているのだけれど、その傲慢さは止まる所を知らない。それでも彼が攻略組にいられるのは、ひとえにキリト君の裏の弁護のお陰だ。

 キリト君は、確かにキバオウの事を苦手としている。けれど嫌いではないと言った。それはたとえ感情的で直情的であったとしても、キバオウは人を率いて戦う気概があるからだ、と。

 確かにキバオウは軍の一部をディアベルさんと共に率いている、ある意味でのサブリーダーだ。軍は攻略と情報支援の二分化の体制を取っていて、ディアベルさんとキバオウは前者、シンカーさんとユリエールさんという男女を後者のリーダー、サブリーダーに据えているらしい。ちなみにギルドリーダーはディアベルさん、サブリーダーがシンカーさんだ。

 現在の攻略組は《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《風林火山》、《アインクラッド解放軍》、そして私が入っている《スリーピング・ナイツ》と、数少ないソロプレイヤーとで成り立っている。ソロプレイヤーは一応キリト君以外にも少ないながらいるのだ。その殆どは他のギルドと親しい関係を結んでおり、キリト君とは冷戦状態と言っても良いが。

 それでもキリト君はソロプレイヤーの代表剣士として、攻略組で意見する立場を取っている。それは大手ギルドに意見できるほどの実績が、他のソロプレイヤーには無いからだ。自然、意見も軽く取られてしまうことが多いし、何より威圧感で何も言えないことが多い。だからキリト君は自身をスケープゴートにして、意見を言っているのだ。

 それでよく実感しているのだろう。キバオウは確かに傲慢だが、しかし攻略自体には真摯ではあると。キリト君を排斥する事による影響を全く考えられていないが、しかしそれ以外には割と真面目な方ではあるのだ。ディアベルさんもその点については肯定していた。

 

 

 

『責任ある立場で人を率いる心がある人は、その責任から逃げているソロプレイヤーの俺よりも強い。仲間を見捨てて先へと進んだ俺よりも、立派なんだ』

 

 

 

 自嘲の笑みを浮かべながら、キリト君はこの言葉を口にしたことがあった。見捨てた仲間とは、紛れも無くクラインさんだった。

 私達はそれを一様に否定したが、しかしキリト君は納得しなかった。そもそも戦えるほどの覚悟があるなら、希望となる覚悟があるなら、初めから人を率いるかギルドを作ればよかったのだと。それは周囲の人間によって出来なかったけど、とも付け加えていた。

 彼は更に言っていた。俺がソロプレイヤーの意見を言う立場を取っているのは、その出来なかった事を少しでもしたいからしているのだ。だからキバオウの事を完全に嫌いになりきれない、と疲れた笑みを浮かべていた。

 その話を皆ですると、それを初めて聞く攻略組でないシリカちゃんとリズベットさんが目を見開いて驚き、次いで呆れ笑いで溜息を吐いた。

 

「はぁ……キリト君、本当に子供っぽくないですよ。あたしじゃ、そこまで考えが行きませんし、絶対に途中で投げ出してます」

「本当よねぇ……キリトに剣を鍛えてから三ヶ月経つけど、やっぱキリトは無茶してるんだねぇ…………」

 

 ほんの少ししか関わっていないはずの二人でさえ、その言葉を出した。どうやらキリト君は、二人にもそう思わせるだけの何かをしたらしい。

 

「まぁ、あいつは昔からあんな感じだしなぁ。俺とアスナが初めて見た時なんか、トラップ踏んで死に掛けてたぜ」

「そういえばありましたね、そんな事……そういえば、あの時から既にキリト君って死にたがってたのよね……」

「ええ?! それって、本当なんですかアスナさん?!」

 

 驚いて聞いてしまった。確かにそれが普通なのだけど、それでも少し信じがたかったのだ。

 アスナさんはこくりと頷いて、虚空を見た。

 

「私がクラインさん達と回転扉で離れちゃって、隣のエリアに行っちゃった時に偶然会った時なんだけどね…………彼、『もういい加減、楽になって良いかな…………』って力無く呟いて、敵の目の前で座り込んだのよ。HPバーを一割切った状態で…………その二日後にボス攻略でのビーター宣言。それからもソロで突っ走り続けたの」

「そ、そうだったんですか…………いや、ちょっと信じがたいですね、それ……」

「うむ……実際、その話を聞いた時は私も耳を疑ったよ。しかし考えてみれば当然ではある。特に彼の年の頃ならば尚更に……我々が支えなければな……」

 

 コクリと頷くと同時、キリト君の声が響いてきた。たちまちアスナさん、私、ユウキ、サチさんで料理を次々運んでいく。

 キリト君が腕によりを掛けて作った料理の数々は、美味という言葉では済ませられないほど舌を唸らせてきた。というかS級食材を使っていない料理でさえラグー・ラビットの肉入りシチューと同じくらい美味しいのだから、もう彼にとって高ランク食材は意味を成さないんじゃないだろうか。

 最初は宴会だからと騒ぐつもりだったらしいクラインさんも、食べ始めてから目を剥いて無言でガツガツ食べている。ヒースクリフさんはクラインさんほどがっついてはないけど、それでも結構な速度で食べていた。

 

「はー……キリトの料理って、やっぱりちゃんと料理した方も美味しいんだねぇ……」

 

 リズベットさんがその言葉を口にしたことで、皆が視線を集中させた。私達は彼の料理を今日初めて食べるのだ。

 

「リズさん、もしかしてキリト君の料理を食べた事があるんですか?」

「え? 逆に聞くけど、あんた達は無いの?」

「そもそも私達とキリト君、殆ど別行動だし……今日みたいなお誘いは初めてなのよ、リズ。だから正直、メールが来た時は本気で何があったのって思ったわ」

「だね。まさかキリト君から食事のお誘い、しかも手料理ともなるとね…………ギルドリーダーの部屋でメールを読んだときは、誰もいないのを良いことに絶叫してしまったよ」

「ディアベルさん…………まぁ、私も正直、キリト君が宴会を開く事にはかなり驚いてますけどね。特に、クリスマス時期のキリト君を見ていますし」

「そ、その話は、もう勘弁してください……」

 

 キリト君が苦笑して俯き、私達も苦笑して会話を止める事にして食事を再開した。

 そして完食。正直途轍もない量があったけど、キリト君の料理の腕ですんなり入ってしまった。誰もが幸せそうに頬を緩めている。

 

「ご、ご馳走様でした」

「はい、お粗末様です。ていうか皆、すごい食べっぷりだったね……」

「いやいや、お前ぇの料理の腕が良すぎるんだって。何でラグー・ラビッドシチューとあり合わせの料理が同じくれぇ旨ぇんだ?」

「さ、さぁ…………正直、昔からやってたからとだけ……」

 

 がちゃがちゃと食器を片付けていくキリト君。

 そういえば今思ったのだけど、キリト君が買った家は物凄く大きいのではないだろうか。一人で淋しくないのかな…………

 

「あの、キリト君。この家、キリト君が一人で住むには、少し大きすぎないですか?」

「ん? んー…………そういえばそうだなぁ……でも、何でだろ……家を買おうかと思った時、ふとここが思い浮かんだんだ。何で来た事も無いとこを思い浮かべたのかわからないけど、此処しかないって…………あと、凄く懐かしい、っていう気分になるんだよ、ここ」

「懐かしい……ですか?」

「うん。何でだろ…………?」

 

 首をカクン、と傾げながら食器を片付け終えたキリト君は、人数分の紅茶を淹れて帰って来た。紅茶も手が込んでいるのかとても美味しい。

 

「ふぅ…………それにしても、何だか不思議……」

「? アスナ、何が不思議なの?」

「生まれた時からこの世界で生きてきたみたいな、そんな感じみたいに…………それに最近、向こうの世界の事を思い出せない事があるの」

 

 アスナさんの言葉に、私達は頷いた。ただキリト君とヒースクリフさんは頷かなかった。

 

「俺はそんな事は無いかな……やっぱりさ、異質だから、この世界は。やっぱり帰りたいって思うよ……俺の新しい家族も心配してるだろうから。新しい俺の誕生日にデスゲームに囚われて死ぬなんて、とんでもない家族不孝者だし。それに……」

 

 ふと、キリト君は窓の外を見た。窓からは煌々と輝く蒼い満月が見えた。

 

「多分だけど、タイムリミットが迫ってる」

「タイム、リミット…………?」

「俺達の、現実の肉体の限界」

「「「「「…………!」」」」」

 

 今まで無意識に目をそらしていた事だった。向こうの事を考えるとこちらでの死が軽くなるという暗黙の了解が出来てから、現実側の事を殆ど考えなかった。

 だからキリト君にその事を指摘されて、心臓を鷲掴みにされたような感じがした。

 

「多分だけど、この中で最も時間が残されてないのは、俺だと思う。俺は体の成長期がまだ始まりかけていたばかりだし、運動しないと肉体が成長しない。なにより、俺の体は誘拐された先で弄られてるから、その分耐えられる年数が短い筈なんだ…………多分、保ってあと半年が限度だろうね」

「そんな…………それじゃあ、もしかして……キリト君が無茶してまで攻略速度を保とうとしてたのは……」

「…………俺は、何時死んでもおかしくない……もしかしたらそれは俺の肉体の限界かもしれないし、織斑を怨んだ人間の作為的要因かもしれない…………だったら、この世界を最も誰よりも走って、生き抜く。そして他の人へと繋ぐ……そう決めたんだ……あの日、クラインと別れた後に…………」

 

 儚い。

 窓際に立って満月を仰ぎ見る彼の姿を見た印象は、その一言に尽きた。何時とも知れぬ死を受け入れて尚、人の為に生きることを覚悟する……たった九歳になったばかりの子供がする覚悟ではなかった。

 もしかしたら、アスナさんと初めて会った時に漏らしていたらしい言葉は、彼の無力感から来る呪いの言葉だったのかもしれない。

 誰もが息を飲んで見ていると、彼はこちらを見てふっと苦笑した。

 

「まぁ……本当に何時死ぬか分からないけど、少なくともHP全損で死ぬつもりは毛頭無いから」

「…………当たり前ぇだ。それで死にやがったら承知しねぇぞ。俺はなぁ、まだお前ぇに返すモン返せてねぇんだよ」

「クラインは本当に優しいなぁ…………初めて会った頃と全然変わらない」

「おうよ! 当たり前ぇだ!」

「ははっ」

 

 男同士の友情と言えるのだろうか。兄弟、もしくは親子とも取れる二人の関係に、私達は揃って穏やかな笑みを向けて見守っていた。

 

 *

 

 翌日、私、ユウキ、サチさんの何時もの面子で七十四層迷宮区を攻略していると、安全地帯に差し掛かった。

 

「あーっ、疲れたーっ!」

 

 伸びをしながらユウキが入る。確かに、もう四時間近くも戦闘含めて歩き通しだから気疲れが酷い。さっさと小休止を取りたい……

 と、思っていると、少し離れた所に先客がいた。クラインさん達《風林火山》と、キリト君、アスナさん、ナンちゃんだった。キリト君がクラインさんに捕まって遊ばれ、その反応を見て皆が笑っている光景だ。心無しナンちゃんも見て遊んでいる気がする。

 

「こんにちは、皆さん」

「あれ? ランちゃん! 偶然ね、まさかここで会うなんて」

「そうだねアスナ。ところであの二人、何やってんの?」

「親睦を深めてるんですって。要はキリト君弄り」

「いい加減に、しろぉぉぉおおおおおおおッ!」

「ぐほぉ……?!」

 

 ドゴォンッ! と説明しているアスナの後ろをクラインさんが吹っ飛んでいった。キリト君が殴り飛ばしたのだ。圧倒的ステータスここに極まれり。

 

「全く。あの日も俺の脇をくすぐって、今日も……」

「つってもお前ぇ、いつも暗ぇ顔してるからだよ。少しは俺様の気遣いに感謝しやがれ」

「それが俺で遊ぶ事じゃなかったら感謝してるよ。現にしてることは沢山ある、さっきのを除いてね」

「へっ、そうかよ」

「ああ、そうだよ」

 

 仲が良いのか悪いのか分からないけど、これは恐らく良い方なのだろうと思う。憎まれ口を叩き合って笑っているから。

 男子ってこういう感じにあっけらかんとしてるから良いわよね…………

 

「っ!」

 

 その時、唐突にばっ! とキリト君は私達が来た方向を睨んだ。私達も目を向けると、そこには鉄色の甲冑を纏った盾剣士とハルバードをそれぞれ六人ずつ装備した二列縦隊のプレイヤー十二名がこちらに歩いてきていた。鉄色の甲冑、つまりはアインクラッド解放軍の象徴だ。

 アインクラッド解放軍は最近きな臭い話があり、何でもキバオウが暴走を始めたとかなんとかディアベルさんが昨日言っていた。キリト君とアルゴさんはああ……という風に知っていた。何でもボス攻略を軍だけでしようとか、キリト君を本気で排斥しようとか主張して、それに賛同しているプレイヤーが多いらしい。一人だけでLAボーナスを取って美味しい思いをしていると言って。

 そんな話もあるため、私達は軍に、主にキバオウに良い印象は持っていない。キリト君は単純に誰かが索敵スキルに引っ掛かったことで警戒しただけのようだけど。

 リーダーらしい赤い勲章みたいなのをつけた、他の人よりも少し豪華な人が「休め!」と行ってメンバーを休ませた。肩で荒く息をして疲れている様子を見るに、最前線は慣れていないメンバーらしい。

 男がこちらにやって来た。私達は揃って並び、中央をキリト君が立った。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。このメンバーのリーダーは?」

 

 じっとキリト君を見てしまい、はぁ……と彼は溜息を吐いた。

 

「ソロ、キリト」

「うむ。君はこの先もマッピングをしているのか?」

「ボス部屋前までの迷宮区全部は一通り。帰ってから情報屋に流すつもりだけど」

「そうか。済まないが、一足先に我々に譲ってもらえないかな」

 

 その問いに、キリト君の目がすぅ……と眇められた。微かに彼から覇気を感じ始める。それが怒鳴ろうとしていた(マッピングの苦労は並大抵ではないため)クラインさんとアスナさんを押し留めていた。

 

「…………何故、と聞いても?」

「アインクラッド解放軍はその名の通り、プレイヤー全員の生還を目的に掲げている。なればこそ、一刻も早く進まねばならんのだ」

「ボス攻略会議が明日に開かれる予定だけど、それを待てないの?」

「明日に開かれると言っても、実際の討伐はその二日後が通例だ。しかし早くクリアするのに越した事は無い。故に急がねばならんのだ。巧遅は拙速に如かずと言うだろう」

「急がば回れという諺もあるけど」

「我々は諸君等一般プレイヤーのために戦っているのだ、その協力のためにマッピングデータを提供するのは当然の義務である」

 

 何ですかその暴論、と思った。一般プレイヤーって、攻略組の中でも最強と名高いキリト君はそうは言えないでしょう。というか攻略組は一般じゃないですし。

 そう言いたかったのだけど、クラインさんとアスナさんも何か言おうとしてキリト君が手を上げて止め、それで私も言えなかった。彼は溜息を一つ吐いて、遥かに自身よりも背が高い男性を見上げる。

 

「まぁ、さっき言ったように帰ったら情報屋に渡すつもりだったから構わない…………でも、一つだけ約束して欲しい」

「何だ?」

「……絶対に、死なないで」

 

 短く集約されたキリト君の願いに、しかしコーバッツは無感情に「わかった」とだけ言って頷いた。そしてキリト君からマップデータを貰って、感謝の篭ってない声音で礼を言ってくる。そのまま疲れている様子の仲間を率いて去ってしまった。

 

「おいキリト、渡して良かったのかよ?」

「……………………早まったかも」

 

 がくっ、と全員がずっこけた。

 

「いやいやいやいや……お前ぇ、何でそう思うんなら渡したんだよっ?」

「う、うーん……何でだろう。何か、しなきゃいけない、って思っちゃって……」

 

 首を捻りながら追い駆けるべく歩を進めるキリト君に、私達もしょうがないなぁといった心境で追いかけた。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ランはアスナと口調が似ているのですが、偶に口調を砕けさせるのがアスナなのに対し、ランは常に丁寧口調なのが見分けるポイントです。アスナは語尾を『だよね』、ランは『ですよね』という風になっています。あとは『だけど』と『ですが』だったり。

 これで見分けるようにしてください、何かしら分かる要素は入れるので。

 冒頭の戦闘シーンは原作一巻冒頭を少しオマージュしています。OSSならぬ独自技として、《マザーズ・ロザリオ》が登場しました。

 また、サチの《チャージグライド》やキリトの《パンカーグライド》と呼ばれる技は、《ゴッドイーター2》に登場するブラッドアーツとよばれる技を拝借しております。

 こんな風にちょいちょい他作品の技が入って来るので、ご了承下さい。元ネタは何だろうかと考えるのも面白いと思います。

 さて、原作知っている方なら次話も予想が付くでしょうが……そこも原作と差を付けるつもりなので、楽しみにしていて下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。

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