インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
急ぎ足で執筆したため前話に比べると淡泊ですが、今後へのパワーを溜めてると思って!(言い訳)
視点はPoH、????。後者は超短いです。
文字数は約一万七千。
ではどうぞ。
タタタ、と連続で地を蹴り、黒が駆ける。
「シィッ!」
距離を詰めた途端、一際強く地を蹴って加速した黒は、こちらの首筋目掛けて黒剣を振るう。
「WoW! おっかねェなァ、思わず膝がブルっちまいそうだ……ぜッ!」
その軌道を短剣のかち上げで逸らす。それなりの衝撃が刃を、柄を、手を伝うが、しかし防げない程でも無く、狙い過たず首筋を切っ先が掠るに終わった。
返す刃で短剣を振り下ろす。
脳天を縦に割らんとする一撃は、キリトが持つ二刀目が横合いから振るわれた事で逸らされる。
互いに攻撃を捌いた事で生まれる空白。
それを埋めんと左膝蹴りを繰り出すが、キリトも然るもので、右膝蹴りを繰り出して来た。互いの膝頭が衝突し、放射状に衝撃が拡散する。
互いの慣性がぶつかり合った影響で動きが止まる瞬間短剣を左斜めに振り上げるが、キリトは左の剣を手放し、空になった手で右手首を掴んできた。
地面に足が着くと同時、今度は左拳で殴ろうとするも、こちらは黒剣の丸い柄先で止められる。
変則的ではあるが、格闘技の掴み合いのような体勢で戦いは硬直した。
「ぐっ、こんの……ッ!」
中々俺を殺せない事に苛立って来ているのか、険しい顔をしたキリトは力尽くで押しのけようと躍起になる。
だが、俺の体は後退しない。俺が出す力と鬩ぎ合い、相殺し合っている。つまりステータス面では伯仲している。
哀しいかな、この世界のレベルやステータスというのは厳正なのだ。
リアルだと体格で勝るが身体能力で劣る俺だが、この世界の身体能力はステータスを基にしているから拮抗出来る。
レベル175に至った俺をして互角までしか追い込めない時点でコイツがどんだけ《アインクラッド》でレベリングに勤しんでいたかは推して知るべし。そう簡単に圧倒出来ないとは思っていたが、まさかこれで互角とは思わなかった。
流石だ、と胸中で幾度目とも知れない賞賛の声を上げる。
勿論それを知る由も無いキリトは殺意を向け続けてくるが……
「オイオイ……力尽くで俺をどうにかしようってのが無駄だってのは分かってるだろ。もうちっとCoolに殺り合おうぜ?」
あまりにパワースタイルなその戦い方に思わず苦言を呈す。
向けて来る殺意が純粋なのは良いが、焦燥故か、俺を短時間で倒そうと一撃の攻撃力が高い方法ばかり取っている。却ってそれが長引かせている原因なのだが、気付いているのかいないのかキリトはそれを続行したままだ。《暗殺剣》の中でもパワー寄りのスキルを見せた事も一因かもしれない。
だが、どれだけ攻撃力が高い一撃だろうと、当たらなければどうって事無い。
敏捷値があまりに低いと相手の移動速度に追い付けなくなる恐れはあるが、レベルが高くなればそれも埋められるからと、俺はこちらに来るより前から筋力値へ多めにボーナスポイントを振っている。接近戦ではMobだろうとプレイヤーだろうと技術が攻撃を当てる際にものを言うと分かっていたからだ。
現実の技術をそのまま流用する事は難しい。
だが、それはあくまで《敵を仕留める》という意味であって、《攻撃を当てる》という一点に絞って言えばその限りでは無い。むしろ現実で鍛え上げた技術は攻撃を当てる際に一番役立っていると言える。
だから冷静にならなければ俺に攻撃なんぞ当てられない。
キリトはそれを理解している筈なのだが、怒りで頭に血が上っているのか技術を駆使した攻撃をあまりしてこない。不意を突く一撃は思い出したかのような頻度でしてくるが、あまりに散発的な上に分かりやす過ぎる。
――――妙だな……コイツと殺り合うとなれば、まずマトモな勝負にならないと思ってたんだが。
モルテ達から聞いた話によれば、キリトは自分の意思によって無数の武器を虚空に出現させ、絨毯爆撃もかくやとばかりに降らせる事が出来るらしい。
俺が注目したのは、虚空から出現させるという点。
もし俺が使うとすれば、棒立ちになっているヤツの頭上から武器を落とすか、距離を詰めて来るヤツの眼前に出現させるかで串刺しにする。貫通属性を持つものが多い槍で貫いてやればジワジワとHPを削る訳だから余計効果的だろう。体の芯を貫かれればマトモに身動き取れなくなるから尚更だ。
その効果的な使い方を、使っていない俺が思いつくのだ。
曲がりなりにも似た思考を展開できるコイツが分かっていないとはとても思えない。
最初に斬り結んだ時は様子見か、あるいは確実に狙えるまで温存しようとしているのかと思ったが、おっ始めてから数分経つ今になってもしてこない理由としては違う気もする。
「チッ!」
そう思考を回していると、舌打ちしたキリトは右手の黒剣を光に散らした。予想していなかった俺は左拳を思いきり振るってしまい、隙を晒す。
その俺の顎を、キリトの右拳が殴り上げた。
「ごァ……!」
瞬間的に視界を揺さぶられた俺は、高い筋力値による拳の一撃で体が浮くのを知覚した。
聴覚は甲高く響く音を捉えている。
天井を乱舞する光の色は蒼。
――――《片手剣》で蒼色のソードスキル……あー、判別は、無理だな。
これが血を思わせる紅だったら外燃機関めいた爆音で分かるし、緑色なら《スネークバイト》か《ソニックリープ》と判断出来るが、蒼色となると数が多い。バーチカル系、ホリゾンタル系の他に、突進の《レイジスパイク》、奥義たる《ノヴァ・アセンション》まで種類が豊富なのだ。
しかもキリトは《高位テストプレイヤー権限》を有している。OSSについても把握しているだろうから、一つか二つくらいは作っている筈だ。他人と同一だからこそ見破れるソードスキルだったのに、オンリーワンのものが使えるとなれば脅威の一言に尽きる。俺が知らない《片手剣》、あるいは《二刀流》のOSSを使えるとしても不思議じゃない。
俺が作れたのだ。なら、コイツが作れたとしてもおかしくない。
――――とは言え。
「ここで諦めるなんてよォ……」
脚を振り上げる事で《体術》スキルの《弦月》を発動させ、空中で体勢を立て直し、地上で剣を構えるヤツを見下ろす。
ここで立て直す事を予想していなかったらしく、キリトは瞠目していた。
「俺らしく、無ェよなァッ!」
その隙に、空中で構えを取り――――肉厚の刃が深紅の光を迸らせる。
その構えと色を見て、己が知らないスキルと判断したのだろうキリトは、咄嗟に取っていた構えを解いた。ソードスキルは放つ前であれば構えを解いても技後硬直を強いられないから良い判断である。
そのまま流れるようにキリトは右の剣を肩に担ぐ。途端、剣から紅白い光が迸った。
構えは《ヴォーパル・ストライク》のそれに近いが、アレは切っ先を敵に向けた状態の構え。目の前で取っている構えとは違う。
――――なるほど、OSSにはOSSってか……!
その判断は間違いではない。俺が放とうとしているのは、キリトが判断したように《短剣》には無い構えのもの、つまりはOSSなのだ。まぁ、《暗殺剣》を知らないキリトからすれば、コレが《暗殺剣》のものなのか、それともOSSのものかは分からないだろうが。
しかし、間違いではないからと言って、正解でもない。
相手が放つOSSは、自分が知らないもの。つまり軌道が分からない未知の技。俺達レベルのステータスでソードスキルを放てば、プレイヤー相手には確殺と言って良い高威力を誇る。
OSSをOSSで相殺するというのは、ベターではある。
だが生き残る事を前提とするなら悪手に入る。連撃数が互いにどれくらいか分からないからだ。
――――とは言え、互いの条件はイーヴン!
俺のOSSをアイツが知らないように、俺もまたアイツのOSSを知らない。互いの未知の技をぶつけ合うというのは中々胸が躍るというもの。
――――さァ、俺とお前ェの手札、どっちが強いか勝負と行こうぜ!
ニィ、と喜悦に口を歪ませる。
今か今かと、ここぞというタイミングを落下しながら測る。
キリトも連撃数の関係で同時、あるいは後の先で放とうとしているのか、炯々と双眸をギラつかせながら剣光をより強いものにする。
意識が加速する。
思考が飛翔する。
落下する自分の体、その速度すら緩やかになる。
――――コレだ、と。
叫歓が胸中に巻き起こる。極限まで研ぎ澄まされた思考、集中力を要する戦闘は、とくに久しい。SAOに入ってからは初めてだ。
この高揚感。
これこそが、俺が求める殺し合いを作り上げる、不可欠の要素。
「――――It’s show timeッ!!!」
悦びが胸を満たす中、革のブーツが地面に着いた瞬間、落下の慣性を無視して体と腕が前へと動かされる。その違和感を押し殺して、俺は規定した動きを再生するように腕を振るった。
「お、ォおッ!!!」
ほぼ同時に、キリトも剣を振るい始める。
左右に薙ぐ短剣と、交差するように斜めに振り下ろされる剣がぶつかり、相殺。
切り返して斜めに振り上げられるが、衝突するように振り下ろした短剣と衝突し、互いの軌道が逸れる。
ここまでで三撃。
OSSは既存ソードスキルと同一の動きを登録出来ない。基本的な攻撃の型は単発技として登録されている以上、どうしても連撃技になるOSS同士の衝突は、連撃数がものをいう。どれだけ威力があろうと連撃数の多い方が勝つのだ。
俺が作れたOSSの片割れ《ブラッディ・バイト》の連撃数は六。
キリトも六連撃であれば引き分け。それより多ければ俺の負け。
――――さァ、お前ェの力を見せてみろ……!!!
まるで仲間とポーカーをしている時のような駆け引きを、命のやり取りの最中に出来る事に高揚感を覚えながら、更に体を動かす。
四撃目。振り下ろした短剣を返し、巻き戻すような軌道で振り上げる。
キリトの四撃目は、それと真っ向から衝突する振り下ろしだった。
ここまでで、キリトが放ったOSSの軌道はやや角度が大きい事を除けば《ホリゾンタル・スクエア》のそれと同一。慣れ親しんた技を基本の動きに取り入れるのは悪くない。同じ動きのものは登録出来ないが、取り入れてはならないとは誰も言っていないのだから。
続く五撃目。左斜め上に振るった短剣は、縦に振り下ろされた剣と衝突し、また軌道が逸れた。
そして六撃目。
力の限り地面を蹴り、俺はシステムに動かされるままに前方へと突進。そのまま左に構えていた短剣を全力で右に大きく振り抜く。
アバターを斬り裂いた時特有の手応えと音を確かに知覚した。同時に、空気を斬り裂く剣音も。その鋭さは空打ちした時特有のものだ。
技後硬直を強いられる中、最後の六撃目がしっかり当たった事を噛み締め――――
背中を斬られた。
それも立て続けに二回。
「ン、だと……?!」
技後硬直に被弾時のノックバックを重ねられる中で、必死に思考する。
ソードスキルの技後硬直が短いから反転して攻撃して来た、とは考え難い。それにしてはあまりに速過ぎた。
考えられるとすれば、残るは三つ。
一つは俺が知らない装備のパッシブ効果、あるいはユニークスキルなどで更に技後硬直が短縮している場合。通常のパッシブだとどれだけ短くしようと技後硬直は1秒課せられるが、ユニークスキルのような例外までそれが該当するかは分からない。
二つ目は回転斬りを動作の中に含んでいた場合。俺が把握している限り、回転斬りを動作に含んだ既存の《片手剣》スキルは存在しないから、それを取り入れている可能性がある。
――――残る一つは、モルテのヤツが言ってたアレか……
《アインクラッド》でモルテを殺す際、キリトは冥途の土産と言って、《スラント》から《ヴォーパル・ストライク》へと《片手剣》ソードスキルを連続発動したらしい。要するにキリトはOSSから別のソードスキルへと連携し、背後に回った俺へと攻撃した事になる。
片手剣の中で背後に回る技はあるが、それはダッシュしながら構えを取る事で発動するものであり、断じて今の状況で放てるようなものでなかったと断言出来る。
つまり、俺が知らない未知の技へと繋げたという事。
もしそうだとすれば、作成してから数日と経たないOSS同士を連携させた事になる訳だ。
そこまで思考を終え、ノックバックから解放される瞬間を待つ。
背中を斬られてからおよそ一秒後に解放されると同時に地を蹴って距離を取り、それからキリトへと向き直る。
「クッ、はは……今のは勝ったと思ったのに、まさか背中を斬られるとは予想外だぜ。一体どうやったんだ?」
言いながら、己のHPゲージを見る。さっきまで満タンだったそれは六割ほど削られイエローになっていた。たったの二撃で六割も削られたのだ。
バックアタックによる倍率が掛かって一撃で三割。
まぁ、妥当なダメージ量だろう。プレイヤーのダメージカット率はモンスターのそれより圧倒的に低い。連撃系のソードスキルにしてはダメージが大きめな気もするが、バックアタックによるものだと考えればあり得なくも無い。
「お前に教える義理は無い」
「ククッ、そりゃ残念だ……」
にべもない冷たい返しに笑って返す。
とは言え、内心ではやや冷や汗ものだ。手に汗握る意味での冷や汗ではあるが。
連撃系の技一発で三割も削られたとなれば、より連撃数が少ない技となれば更に威力は上がるだろう。最悪あと一撃で殺られる可能性がある訳だ。
ここで死んだところでデスペナルティを受けた上でどこかに放り出されるだけ。
だからと言って殺されても良いという訳では無い。同じヤツに何度も何度も負けるのは俺のプライドが許さないのだ。
まぁ、コイツになら殺し合いの果てに負けてもいいかとは思っているが、そこはそれ。そう簡単に殺られてやるつもりなど毛頭ない。
――――さ、て……ここからどう巻き返すか……
策は無くも無いが、厄介な事にコイツの方が俺より動体視力が上らしく、攻撃しても反応されてしまうから面倒臭い。今のアイツは直情的で捌きやすくなっているから何とかなっているが……
――――そんな事を考えていたからか。
ウィーン、と。
機械的に部屋の扉が開くまで、部屋の近くまでプレイヤーが接近している事に気付かなかった。それはキリトも同じだったのか、互いに愛用の武器を構えながら扉へと向き直る。
いやこのタイミングで来るとなったらジョニー達だろ、と内心で己の動作に突っ込みを入れた――――が、それを否定する事も出来ない要素があった。
ジョニー達なら部屋の扉を開けた時点で五月蠅いくらい騒いでる筈だし、そもそもダンジョンだからシステムに守られている街の宿屋より大声が壁や扉を貫通しやすくなっているから、騒いでいたらもう少し距離があっても気付ける。なのに扉が開いた時点で静かという点が無自覚の部分で俺に警戒を促していた。
つまり想定していない何かが起ころうとしている。
そう警戒する中、自動扉の如く開く板の向こうから姿を現したのは……
「――――クライン……?」
日本の戦国武将がトレードマークにしていたという四つの菱形を纏めたマークを付けた紅いバンダナに甲冑を纏った男だった。
《風林火山》という少数精鋭のギルドと直に刃を交えた事は勿論、会話も碌にした事ないが、その噂は俺の耳にかなり届いている。《攻略組》で、《スリーピング・ナイツ》と肩を並べる少数精鋭ギルドだと。
《スリーピング・ナイツ》は最少人数であると共に個々の実力が桁違いだが、《風林火山》は連携能力がずば抜けて高いから、積極的に攻略に参加して来た今までで一人も死者を出していないという。そのリーダーの指揮力やメンバーの団結力は他の追随を許さないとまで言われていた。【絶剣】と【舞姫】の姉妹ですら連携という一点では《風林火山》に劣ると。あの姉妹は妹の方が突撃思考だからだろう。
そんなヤツが一人でどうしたのだと内心首を傾げる。
しかも奇妙な事にソイツは刀を手にしていなかった。腰に差してこそいるが、ダンジョンにいるというのに武装していなかったのだ。
――――そうして武装を見る中で、ふと違和感を抱く。
武装してはいないが、右手に何かを握っている。黒く、角ばっているものだ。その硬質さ、紅い光を反射する光沢には、覚えがある。
アレは……
「――――見つけた」
若侍が手にしている黒い物体へ思考を回していた中、それをぶった切るように放たれる無機質な男の声。男の顔はキリトへ向けられている事からアイツを探していたらしい。
それにしては何かヘンだ、と思考した時。
パァン――――と、乾いた音が部屋に響いた。
それは発砲音。男が手にしていた黒い物体――――拳銃から発せられた銃撃の音。
男の右腕はキリトへと向けられ、その銃口もアイツの頭に狙いを定めていた。普段のアイツならいざ知らず、ここにどうしているのかと疑問を抱いていたであろう状態で不意打ちに銃撃されて、回避できるとは思えない。
「オイ無事か……?!」
咄嗟に、視線を男からキリトへと向け。
「敵の心配してる場合か……!」
そう怒鳴り返された。
アイツは黒剣の鍔部分で放たれた銃弾を受け止めていた。後ろへずり下がっていたのが止まると共に、鍔部分で受け止められていた弾が床に落ち、硬質な音を短く響かせる。
「そりゃ悪かったな……で、アレについてお前ェは何か知らねェのか?」
「知る訳無いだろ、遠距離武器に拳銃があるなんて初めて知ったぞ!」
「そうかい。ならアイツがお前ェを狙う理由は?」
「むしろこっちが訊きたい!」
激しながらの答えに、だろうなァ、と思う。
俺が把握している限りじゃ、《風林火山》のクラインと言えばキリト寄りの面子だった筈なのだ。それがまさか会って早々俺よりキリトを殺しに掛かるとは予想外もいいところ。
そもそもSAOは中世ファンタジーの色が強い。剣が彩る世界と謳っていた作品に、現代兵器の代表である銃火器を導入するとは思えない。
――――となれば、コレは組織の協力者がした事か……
俺が依頼でSAOにログインする際にとある組織から訊いた話によれば、このSAOをデスゲーム化させたヤツは茅場では無く、製作チームの別の人間らしい。ソイツが黒幕で、デスゲーム化させ、何やら人体実験をしようとしているというのは一年半前に訊いた。
恐らくこれがそうなのだろう。
だが、それでも妙な事が幾つかある。
仮に《ホロウ・エリア》で拳銃が手に入ると過程して、それならどうして全エリアを制覇した俺がそれを手に入れられるクエストを知らないか。
そして何故、クラインが《ホロウ・エリア》に居るのか。
攻略組のメインメンバーであるアイツはまだ最前線に居てもおかしくないし、そもそもこの時間なら寝袋に入るなり宿屋で休むなりしているだろう。加えて《アインクラッド》から《ホロウ・エリア》に来る理由が無い。
あの女共がコイツに復讐しようと企てた線はまずない。アイツらの性格だと対話で理由を訊こうと動く筈。少なくとも出会い頭に殺そうとするほど血気盛んな連中とは記憶していない。
――――これが【絶剣】の娘なら、話は違うんだがな……
記憶している限り、キリトの次にヤバいのはあの紫紺の娘。こっちを殺す事も厭わない覚悟を宿した殺気と迷いのない剣筋は中々の素質を感じさせた。
だからクラインがキリトを殺しに掛かるというのはどうしても違和感がある。
「クライン、何で俺を殺そうとする……?!」
「……」
「くそっ、問答無用か……!」
赤い若侍が拳銃を無感情で撃ち続け、キリトは弾道を予測して素早い足捌きを以て回避し続けるという、俺が居る側と反対側で繰り広げられる一方的な応酬。
それを眺める中で、ふと気付く。
銃を撃ち続けている男の眼に、生気が無い。
あの眼を、俺は幾度も見て来た。絶望したヤツよりも更に生気の薄い眼――――アレは、真の《ホロウプレイヤー》の眼そのものだ。
何故拳銃を持っているかは知らないが。
少なくとも、アレはクラインのホロウである事は間違いない。
「――――キリト、ソイツはクラインのホロウみたいだぜ!」
本来、アイツとは殺し合う間柄だから教えてやる義理など無いが。
血肉湧き踊る愉しい殺し合いを無理矢理中断させられた借りがあるから、教えてやる事にした。どのみちアイツなら何れ気付くだろうと思っての事でもある。
万が一ここで死ぬなんてつまらない展開を目にしたくない。
それを察してるかは分からないが、アイツは俺の言葉を聞いて注意深くクラインの様子を探り始めた。そしてすぐに俺が言わんとする事を察したようで険しい顔になる。
「……ッ!」
声にならない叫びが耳朶を打つ。
言語化不可能な怒声と共に地を蹴ったアイツは、己を狙った銃弾を紙一重で回避し、剣に蒼の光を纏わせた。そのまま隙だらけなホロウクラインを袈裟掛けに斬り――――
「――――ッ!!!」
再度、叫び混じりに真上に斬り上げる。
体を縦に割られたホロウクラインは言葉も発さず、そのまま結晶片へと砕け散った。
若侍の影だった欠片を見送る黒尽くめの剣士を、俺は離れたところからじっと見る。
俺にはその剣士の背中しか見えていない。今どんな顔をしているのかは分からない、顔が分からないから当然だ。あれだこれだと予想は出来るが、その内心を正確に測る事など今は出来ないだろう。
自分がコイツの心情や思惑を想定出来ていたのも、こいつが取る行動を幾つも列挙した上での事であり、その場ですぐ分かる訳では無い。コイツと自分は確かに似ている部分が多い近しい存在ではあるが――――流石に生まれや育ち、経歴というものがあまりに違い過ぎている。
コイツの憎悪、絶望を、俺は一端とは言え感じ取っている。
だが、全てでは無い。
恐らくだが。
その憎しみを俺が全て理解出来る日は訪れないだろう。『憎い』という感情の中で表情や行動に現れるものは純度が低いからだ。勿論復讐を否定する訳では無い。憎しみによる殺人を貶めるつもりも無い。それもまた活力であり、人間の行動原理足り得るものである。
ただ《オリムライチカ》の場合、感情を顕わに暴れるのではなく、内に秘め続け、無意識の言動に現れる殺意こそが純粋な憎悪であるという事。そして無意識とは無自覚と同義であり、アイツの立場や心情、記憶、現在の人間関係に縛られも左右されもしない純粋な気持ちである事を意味している。
つまりアイツは、自身に親身になっていたあの男に、無意識ながら憎い感情を抱いていたという事で……
「――――シッ!」
――――その思考を遮る冷たい意思が首をなぞった。
すぐさま我に返って前を見れば、殺意に漲った顔の【黒の剣士】が剣を振るうところだった。
認識すると共に短剣を翳し、その一撃を防ぐ。これが出来たのは対人戦を中心にしてきた経験による条件反射でしかない。思考を挟む余地すらない危うさが迫ったのは《アインクラッド》でコイツに殺された戦い以来と言える。
「HA! あのまま呆けるか考え込むかすると思ってたが俺を殺しに来るたぁ、そのままスルーも出来たってのにどういう思考の結果だこりゃあ!」
軋みと火花を発しながら鍔迫り合う中で言語化したそれは、俺のまぎれの無い心からの疑問だった。
部屋の入り口に陣取って発砲していたホロウクラインを一刀の下に両断し、即死させた関係上、俺よりもキリトの方が入り口に近いのは必然だった。そしてコイツが俺と戦う理由は、究極的には仲間を危険に晒す要因だからだろうが、極論女共が死ぬ前に辿り着ければいいから俺達を殺す必要性はあまりない。仮令今後の脅威として排除する必要があっても、現状の優先度は低い方に入るだろう。
だからコイツが動くとするなら俺をスルーして行くだろうと踏んでいた。
そこに来てこの行動だから驚きもするし、疑問にも思う。俺を殺そうと躍起になったのが感情的になったからというにしては、何時になく冷静さを欠いていると言えよう。
コイツが事の優先度を見誤るとは思えないのだが……
「挟み撃ちは、ゴメンだ……!」
「なるほど、そういう事……かっ!」
その答えに納得を抱いた俺は、突進の勢いを往なすように横に体幹を逸らし、距離を取る。
どうやら自分とホロウのクラインを同時に相手取る事は不利だと踏んで、まず死に体の方から始末する事にしたらしい。
確かに合理的な思考ではそう考えるのも当然だ。
筋力値が互角の俺であれば、敏捷値も互角と考えるのは実際正しい。現にさっきまで戦う中でも鍔迫り合いは勿論距離を詰める速度も大体同程度だと感じている。こちらを引き離せず、他に居るだろうホロウに足を止める事となれば、挟撃は必至だ。
前後を挟まれてしまえば、どんな実力者だろうと一巻の終わりである。
この世界はSAOで、現実みたく急所に一撃もらっただけで即死する可能性はかなり低いから、リアルでの殺し合いに比べれば遥かにマシではあるが……
――――つーか、お前ェなら挟撃されても生き残れると思うんだが。
それだけ俺の事を警戒しているという事なのだろう、と。振るわれる剣を連続で弾きながら思う。
そう考えると嬉しくもある。コイツに殺しの技を教えた立場であり、この先がどうなるか愉しみだからでもあるが、《アインクラッド》で自分を殺したヤツに警戒されるだけの力を得られた事そのものが悦びと言えるのだ。警戒されているという事は、それだけ全力を出す可能性が高いという事だから。
恐らく、あの掃討戦の時点で俺もコイツも互いにユニークスキルを得ていただろう。
あの時はどっちも何らかの事情で出さなかったが、さっき互いに出し合った事から、どちらも遠慮する理由が無くなった事になる。まぁ、俺の場合、キリトの横か後ろに攻略組の連中が居ると使えなくなるのだが、そこはそれ、タイマンに持ち込める時に限定すれば良い話。
互いに全力を出せない事情が解消された以上、憂う事は無いわけだ。
そうなった今、先に殺すべきと狙われるくらい強い警戒心というものは、向けられる殺意も相俟って心地いい。
俺を殺そうと必死に追い縋って来る黒尽くめの剣士。この世界で明らかに最年少ながら、その実力は勿論、経験も超一流と言って差し支えない質を誇り、かつ越えた死線の数も非常に多い。
このデスゲームの世界は、図らずも《オリムライチカ》を磨き上げる研磨剤となっていた。
否。《オリムライチカ》に付随するあらゆる悪評すら、コイツの研磨剤。出来損ないと、能無しと言われたガキは、磨けば輝く宝石の原石だった。それを磨き上げたのが劣悪な環境。
――――そして、砕け散らなかった根幹こそが、コイツの憎悪。
クッ、と喉で鳴らす。
それは笑声だった。
同時に少年に対する賞賛だった。どこまで行っても、どんな在り方で剣を振るっても、最早その憎悪からは逃れられず。それを自覚する事も無く高みを目指す者への賞賛だった。
無知では無い、だが純粋だ。あらゆる知識を得た上で己の芯は揺らがしていない。
無垢では無い、だが愚直だ。どれだけ無駄な事か分かった上で続ける様が実直だ。
俺には無い実直さは、ともすれば羨ましい程に眩く映る。
「ハ、ハハッ!」
狂笑を上げる。
それは高揚感によるもの。最初はとても小さくて、限りなく弱者だったヤツが、今や全力を競り合わせる程まで成長し、自身を追い越す事への高揚感だ。
己を最強とは思っていない。世界には自分より強いヤツなど山ほど居るからだ。分野で分ければキリが無い。
だが、己が強者に入るとは自負していた――――そこに、ソイツは登って来たのだ。
殺しの指導期間はたった一週間。あとはデスゲームが始まるまでの一年、デスゲームに囚われてからの一年半。延べ二年半。自分が裏の世界に携わってから十分の一程度の時間で同程度にまで成長した少年との殺し合いが現実味を帯びた事に対する喜悦。
「ホント、心底楽しませてくれるなァ! 【黒の剣士】ィッ!!!」
だからこそ、世界の無知を嗤う。
コイツは核だ。とんでもない爆弾だ。水面下で繰り広げられる国交弁舌も、軍事介入も、ISも、VRも、闇組織も、何もかもひっくるめてぶっ壊す可能性を持った禁断の果実だ。
『禁断』は、排除しても意味がない。人間が生きているからこそ生まれたものが『禁断』だからだ。
世界は選択を誤った。人類は道を踏み誤った。
コイツの扱いで正しかったのは『排他』ではない、『融和』だ。どれだけ闇に葬り去ろうと、闇に生きるヤツがそれを拾い上げる以上はどう足掻いても消し様がない。
なら表でヘタに動かせない立場やらなにやらで縛ってしまえばよかったのだ。底知れない憎しみを抱いているにも関わらず、それでも他人の為に動こうとするヤツにはそれが一番の枷だと、昔から相場が決まっている。ここ一番という時に爆発を止めるのは『人』なのだ。
もうコイツは手遅れだと、そう自分は確信している。
どれだけ取り繕おうと誤魔化せないモノが根底にある。それを起爆させるのが『人』であり、『世界』。その二つがコイツの敵である以上は爆発の未来は消え去らない。
――――だが、不発はあり得る。
万に一つ以下の可能性で、不発になり得る可能性は存在する。
『人』も『世界』も起爆剤になり得ないレベルまでコイツが成長し、尚且つ手榴弾の安全ピンの如く楔となり得るヤツが居れば、あるいは。
――――だとすれば、どんな風になるのだろうか。
憎しみに駆られ衝動のままに暴れ回る化け物になる姿は知っている。
だが、憎しみを制御し、近しいヤツらの為に動く人間として生きる姿は知らない。その道を選んだコイツは、一体どれほどの意志力と覚悟、そして剣力を持つのか、最早想像が出来ない。
だが、だからこそ、どうなるか予想するのが愉しくて堪らない。
一合、また一合と刃を交える度に鋭くなる剣筋、速くなる剣戟は、コイツに底も天井も無いのだと教えてくれる。何にでもなれるからこその際限なき広がりが俺の心を満たしてくれる。
「「「「「見つけた」」」」」
そうして、愉しい限りの殺し合いをしていく最中、耳朶を打った異口同音の声。声量も声質も無感情さすらも同一のそれは――――
「んな……ッ?!」
「クラインが、何人も……?!」
声がした方を向けば、こちらに銃口を突き付ける何人もの若侍達の姿が視界に入る。その視線全てが鍔迫り合っていた【黒の剣士】に向けられている。
どうもホロウのクラインは全部コイツを目標としているらしい。
俺の事など眼中に無いようだ。
「――――俺達の愉しい殺し合いをまた邪魔するなんざ良い度胸してンじゃねェか、クソコピー共がァッ!!!」
ステップを駆使して立て続けに放たれる銃弾を回避する【黒の剣士】を横目に、そう怒鳴りながら紫のオーラを立ち上らせた短剣を横薙ぎに振るう。紫の三日月は避ける素振りが無いホロウ共を一撃で上下に両断した。
だがかなりステータスが高いのかそれで死ぬ様子は全く無い。
そもそも《暗殺剣》の威力はPK人数が多ければ多いほど高くなる傾向にある。また愛用の短剣【友切包丁】もPK人数に比例して攻撃力が高くなる性質を持つ。その両方が合わさる事により、一撃の威力はかなりのものだ。正直この二つが揃っていたから《ホロウ・エリア》のエリアボスも倒せたくらいである。
そこに《暗殺剣》のソードスキルを重ねて当てたというのに、削れたHPは揃って二割。
幾ら何でもコイツらタフ過ぎる。
しかも攻撃されたのに狙いは変わらずキリトのまま。四肢の内、拳銃を握る手は残ってるからか、ずっと無言で撃ち続けている。リアルに居たら恐怖の絵面だろう。今も中々な絵面ではあるが。
「なら、首を落としてやるよ!」
プレイヤーだろうがMobだろうが首を落とせば即死は必至。矢鱈とタフなホロウをアイツが一撃で殺せたのは体を左右に断ち斬る一撃だったから。どちらも変な所でリアル重視らしいSAOの数少ない即死技だ。
まぁ、敵は当然動くから、いざやろうとしても上手く出来ない事の方が多いのだが。
とは言え今は上半身部分だけで地面に落ちている状態で、更にずっとキリトを撃ち続けているから、変に動かない分狙いやすい。
また紫の三日月を飛ばせば、横一列に並んでいたホロウ共の首は纏めて跳ね飛んだ。
……正直、人形のような無表情の首、しかも同じ顔のヤツを幾つも見るのは気分が悪い。熱い殺し合いだけでなく人殺しそのものも好きな俺ですらゲンナリ来るのはよっぽどだ。
基となったヤツと親しかったアイツの心中は穏やかではあるまい。
そう思考しつつ、身構えながらアイツが居る方へと向き直る。さっきはこの隙を突く形で攻撃してきたから、それを警戒しての事だ。
「OH……?」
だが、意外な事にキリトは斬り掛かる素振りを見せていなかった。というかその視線は俺に向けられてすらいない。
呆然自失でもしているのか、と思ったが、表情は死んでないからどうもそうでは無いらしい。難しい顔をして黙り込んでいるから何か考えていると見た方が良いだろう。ホロウ共に興味を持たれていなかった事は正直どうでも良いが、コイツにすら外されるとちょっとクるものがある。
とは言え今はそう言ってる場合でも無い。
俺が把握している限りでは、だが。
ホロウは《アインクラッド》に居るプレイヤーの影。あっちで死んだヤツはこっちに来て、ホロウの意識は消滅する。そして同じホロウは同時に存在していない。
これらの事から《ホロウプレイヤー》は原則一体しか存在しないと言えるだろう。
仮令オリジナルが入っていても、《ホロウ・エリア》にいるホロウアバターという意味では一体だ。だからあの若侍が死んでこっちに来たとしても、ホロウが存在する事はあり得ないし、こっちに居ないのであっても一体しか存在する事は許されない。
今みたいに何体も同時に存在する事はあり得ないのだ。
――――オイオイ、一体何が起きてるってんだ……?
思わず顔を顰める。策謀を張り巡らせ、暗躍するのは得意中の得意だが、その役柄上、自分の知らないところで知らないヤツが何かしてるってのは心底気に喰わない。キリトの場合は素性が知れてた上に自分と対抗する形の暗躍だったから燃えたのだが……
それにどうもキナ臭い。
ホロウ共が自律的に動き、キリトを狙っていた以上、SAOのシステムがバグったせいで複数存在するという線はかなり薄いと言える。その場合だとアイツだけを狙うという点がおかしくなるからだ。俺を狙わない時点で誰かがそう命令してる可能性が高い。
アイツは確かに多くの人間に怨まれているが。
ホロウ共を量産し、動かすようなシステム権限を持つようなヤツが居た記憶は全く無い。
俺が《ホロウ・エリア》に来て以降の因縁が原因という可能性も無きにしも非ずだが……
――――それにコイツの様子から察するに、どうも心当たりがあるみてェなんだよなァ……
難しい表情で何やら思考しているらしいキリトは、最早俺の事はおろか、あの女共の事すら眼中から外れている感がある。仲間を守る為なら何だってする傾向にあるアイツが、仲間の事を無視しているのだ。
そんな事をするとなれば、この事態が相当ヤバイ部類に入り、且つ何かしら心当たりがあるという事なのだろう。
一体だけ来たホロウを殺した時と、複数のホロウが死んだ時との差で、アイツには何かが見えたのだ。
それは恐らくシステム権限絡み。それもキリトをピンポイントで殺しに来ている点から、恐らくSAOをデスゲームへと変える算段を最初に立てたとかいう男が関わっていると見た。
その男に協力した組織はあまり関係無いだろう。あの組織の目的からするに、こんな事はするとは思えない。
「――――オイ、キリト」
「……何だ」
「お前ェ、ホロウが同時に何体も居た事に心当たりあるんじゃねェのか?」
単刀直入に質問するが、返答は無い。だがその鋭い眼光は雄弁に答えを語っている。
言葉を貰わなくてもその眼を見れば自ずと分かった。どうやらあるらしい。
「……まぁ、な。だがお前には関係ないだろ」
「いや、そうでもないぜ」
「……?」
その返しは予想していなかったのか、険しい面持ちのまま首を傾げた。
実際関係はあるのだ。コイツがここで死んだならアップデートは予定通り行われるし、生きたなら止めなきゃならなくなるが――――そんな事よりもシステム権限を持つヤツが暴れてる事態は俺にとっても大問題である。
「さっきのホロウ共を仕向けた『心当たり』はシステム権限を使ってンじゃねェか? そうでもなけりゃホロウが同時に複数存在する事に説明がつかねェからな」
「……」
何故俺にも関係あるのか、それを語り出すと、警戒した面持ちではあるが視線で先を促して来た。
問答無用で殺すつもりも無くなる程の事態のようだ。仮にそこまでの危険度でないなら、この時点でバッサリ吐き捨てるか、あるいは会話を断ち切るように攻撃してくる彼のどちらかを取る。そのどちらもしない時点で心なしか切羽詰まった状況だと推測する。
外れてくれてばいいんだが、こういう時の俺のカンは嫌なくらい当たる。
「俺としちゃお前ェをここで殺せば目論見達成ってなる訳なンだが……そんなヤツを野放しにしてると、俺の計画もパァになりかねねェって訳だ」
そこで、キリトの顔に理解と納得の色が浮かぶ。
「なるほど。ここでシステム権限持ちのヤツが《アインクラッド》に逃げた時の事を考えてるのか」
「That’s right!」
ぱちん、と指を鳴らして賞賛を贈る。
言い当てられたように俺はそれを警戒していた。《ホロウ・エリア》に居るだろう事は現時点で予想がつくが、だからと言って《アインクラッド》に戻れないとは限らない。
いや、むしろシステム権限なんて反則権限を使うヤツだ、仮令一度殺したところでそれを無効化して舞い戻るなんて反則技を使う事も可能だろうし躊躇しないだろう。その場合、その事情に精通したヤツが一人ずつ居る必要がある。
勿論、殺しを躊躇なく行える事も含めて。
《ホロウ・エリア》は広大だが、ジョニー達を上手く使えば見つける事は不可能ではないと踏んでいる。そういう反則ヤロウは大抵目立ちたがりか警戒心が薄いヤツと相場が決まっているからだ。
……というか非戦争国の人間で考えれば【黒の剣士】や【絶剣】の警戒心の高さの方がおかしい訳なんだが。
「事ここに至っちゃお前ェも分かってンだろ? ――――だからお前ェは足を止めた。穿って考えりゃ、お前ェの中では女共よりもそのシステム権限持ちのヤツの方が優先順位が高いって事だ。それをするだけの危険度がホロウを複数揃えたヤツにあるとお前ェは理解している。そうだろ?」
そう言うと、キリトの険しい顔に更に厳めしさがプラスされた。まるで『当たっているけどお前に言われたくない』と言わんばかりの表情だ。
「……それで、だとして結局何を言いたいんだ」
「オイオイ、ここまで言えば自ずと分かンだろ。お前ェも浮かんでいる筈だぜ?」
更に顔の険しさが増していく。どうも俺は本気で嫌われているらしい。まぁ、そうなるよう仕向けた節もあるんだが。
「なァ、キリト――――俺と手を組まねェか」
そう、これまでと異なる誘い方をした。
***
――――デスゲーム開始から三ヵ月が過ぎた頃の事。
『なぁ、どうしてクラインは俺に良く接してくれるんだ?』
ある少年が、とある青年に問いを発した。虐げられる事を諦観と共に良しとし、それを仕向けていた少年にとって素朴な疑問だった。
『クライン』と呼ばれた青年は、その問いを笑い飛ばす。
『ダチと一緒に居る事に理由なんて必要ねェだろ?』
ダチと、短い単語に込められた意味を察した少年は、それでもやはり分からないという表情を浮かべた。
『俺と一緒に居ても楽しくないだろ』
自身の周りには悪評が付いて回る。そう仕向けているからでもあり、勝手に悪意や憎悪が醸造されていくからでもあった。
己を傷付ける事に忌避感を持たない連中に目を付けられたら終わりなのだと、少年は諭すように語る。
少年も自身を『友』と認めてくれている青年の気持ちは嬉しかった。だが、だからこそ、己を慮る心優しい青年を巻き込みたくないと心を痛めていた。
本当は一緒に居たい。そう感情で叫ぶ傍ら、理性はそれを押し留めていた。一緒に居たら巻き込んでしまう、と。
また裏切られるに違いない、と。
過去、親しい人々に揃って悪意をぶつけられた事がある少年は、心の奥底では『友』という関係を羨み、同時に妬み、そして恐れていた。
それは己を真に慮る他者――家族は除く――は全て敵へと回ったから。
それでも求めるのは幼さ故に。
それらを恐れるのも幼さ故に。
求める欲求と恐れる感情の葛藤は、常に少年の心に根付いていた。仮令肩を並べた戦友であろうとも変わりはしない。人を殺した事が知れれば裏切られるに違いないと、そう思い込んでいた。
それを知らない青年は、やや冷たく対応する少年の頭を強めに撫でた。
『楽しいかどうかよりも、『一緒に居たい』って思えるかが重要なんじゃねェかと俺は思うぜ。俺はキリトとなら一緒に居たいって思う。じゃねェとンなとこまで追いかけて来ねェよ』
言いながら、青年が周囲を見渡す。
二人が居る場所は街の外。闇夜に沈み、活発的になっている魔物が蔓延る森の中。人気の無さは勿論、そもそもそこに身を隠す者が居ようなど誰も思わない環境だった。
二人がそこに身を隠している理由は街に居る人々に少年が襲われたから。《誅殺隊》と名乗った者達に追い回され、命からがら逃げ切った先に、場所を予測したクラインが居て、ほとぼとりが冷めるまで身を隠す事になっただけの事。
それは少年が招いた事態である。
だが、青年は憤りを感じていた。あまりにも無責任で、あまりにも人道から外れた行いだろう、と。たった一人の子供を百人単位で殺しに掛かる事が当然などと思いたくなかったが故の感情だった。
その憤りは少年も理解している。青年の人柄をある程度把握するだけの付き合いがあるからこそ、二人きりになった今、素を晒していた。嫌われ者の仮面を剥いでいた。
『お前ェはどうなんだ? ……俺と一緒に居たくないって、そう思ってるのか?』
青年の真剣な問いに、少年は目を眇め、頭を振った。
理性では頷けと言っているが――――人恋しさを誤魔化せるほど、少年もまだ老練していなかった。
この人なら大丈夫なのでは、と。
そう傾くのも当然で。
だから少年は、希望を掛けた。
『……クライン』
『ん?』
『クラインは……ずっと、おれの”ともだち”で、居てくれる?』
虚空を見上げながら、震える声での子供の問いに、青年は大きく頷いた。
『俺ァよく馬鹿だとか考えなしだとか仲間から言われるけどよ、これでも『人を見る眼』だけは確かって自負してンだぜ? ……お前ェがその気でいてくれンなら、俺とお前ェはずっとダチだぜ』
朗らかにニカリと陽気に笑って、青年はまた少年の頭を強く撫でた。
――――PoHと殺し合わせる為だけというお話。
キリトと『全力で』殺し合える事からテンションストップ高なお人です。ホントコイツはクレイジーだぜ(笑)
では、次話にてお会いしましょう。