インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
のっけからすまない(唐突) 今話も伏線回なんだ。伏線というか事情説明というか……今後の展開に重みを持たせる為というか(言い訳)
ここでしとかないと後の展開で冗長になるというか!(今更)
正直今話も幕間にして良かった気がしなくも無いけど、気にしたら負けだよネ!
文字数は約一万。
視点はサブタイ通りリーファ、ヴァベル。
ではどうぞ。
――――ヒトとは、何なのだろう?
ふと、脈絡も無く浮かんだその思考は、それでも以前より抱いている疑問の一つだった。
世界を闊歩する六十億ほどの知的生命体を端的に言い表せられる言葉を自分は知らない。霊長類の一種と答える者も居れば、生物の頂点に立つとも、あるいは多くの動物に食われる被捕食者と言う者も居るだろう。
きっとどれも正解だ。何かしら違う点もあるが、しかしそれらの答えは確かな事実を言い表している。
それらは全て『事実』を言っている。
統計的に明らかな事実、利点から明らかになる事実、逆に欠点から明らかになる事実。全て何かしらの根拠があっての言い分だ。何故なら物質的、あるいは科学的に証明され得る事象だから。目に見える形にあるからこそ受け入れられる証明なのだ。
では、目に見えないものではどうだろうか。
例えば感情。
例えば記憶。
例えば信念。
これらは何かしらを介して初めて分かる事象である。感情は人の振る舞いを、記憶は人の発言を、信念は人の行動を見聞きする事で漸く理解が及ぶ、己の主観的、他者の主観、そしてあらゆる客観的事実を並べ立てて漸く導き出せる『推測』である。
勿論、立場や事情によって変動するものもある。
――――ここに、一人の『剣士』が居るとしよう。
――――自分達は、『剣士』の行いを聞いたとしよう。
彼は人を斬る者だった、と。それだけを聞けば、きっと『悪』と思う者が大勢に違いない。
しかし。
彼が斬った人は悪政を敷く暴虐の王だったと知れば、その『剣士』は『善』と思われるだろう。『暴虐』という単語から連想されるイメージから、陳情や訴えの類を聞かない、力で訴えるしかない輩だと想像されるからこそ『殺人』を許容されているからだ。
『殺人』は多くの場合罪である。それをした上で『善』と見られる場合、それは何かしらの大義名分があるからこそである。この例えであれば『暴虐の王』が敵だったから。
――――では、この『剣士』は『善』と言える者なのか。
否である。暴虐の王を斬った者だからというだけで剣士が『善』と言える者かは分からない。悪政に苦しむ人々を見て立ち上がった高潔な者であればまだしも、新たな王として君臨する野心溢れる者だと分からないし、ただ殺す事に執着した狂人かもしれない。
つまるところ、『ヒト』という種そのものには善も悪も存在しない。
個人の善悪が決まるのはその人が起こした言動に大衆がどう思ったかだけ。それ以上は無く、それ以下でも無い。
そして、その言動の根幹となるのは、精神であり、心――――あるいは魂と言う人もいるかもしれない。
つまりヒトがヒトを忌み嫌う場合その相手の心なり精神なりが己のモノと反りの合わない在り方なのだろう。悪行そのものを忌避するか、己個人の都合の悪い事を悪行と見なし忌避するかはまた別。これを顕す言葉が『罪を憎んで人を憎まず』という諺だ。
――――だが。
人を憎まずと、言いはするが。
あたしは思うのだ。
本当に『個人』を憎まない人なんている筈無い。
アルベリヒという絢爛過美な男とその部下達を見ているとそう思う。
『人を嫌う』という行動だって、その人がされた行動に対するものではなく、してきた相手そのものへの嫌悪感や苛立ちが根幹にある。
同じ行動を取っても、それをした人によって受け取られ方は異なるのが正にそれ。
裏切られた時がそうだ。相手の事を好いているならその行動に絶望感を抱き、相手に失望を抱き、それらが深ければ深い程にその人に対する怒りや憎悪は深いものとなるだろう。逆に元々嫌っていたり怪しいと信を置いていない相手であればどちらの感情も抱かず、ただ敵意を募らせるに終わる。
人を好いたり嫌ったりするのは『行動』に付随する善悪が元なのでは無い。行動した人がどう思われているか、どういう精神をしている人なのか、それで善悪の大半は決まる。
――――だから『立場』で見方が変わる。
戦争が正にそれ。日本が侵略された場合の戦争では、前線に立って日本を護る者を日本国民は誇らしく、また好意的に見るだろうが、侵略側からすればより敵意を募らせるだろう。その敵意は偏見と共に、戦争そのものには参加していない一般人にも及ぶ。だから人種差別、国の差別が存在する。嫌う相手がどれだけ好意的な態度を取ろうと、むしろその敵意の無い姿勢に付け込むのがオチ。
例えアルベリヒ達に友好的な態度を示そうと。
それをこの男は、下卑た嗤いで嘲り、貶し、貶め、踏み躙り、相手に敵意を抱かせる。
だからあたしは危惧を抱いている。
この男に友好的な態度を彼が抱くとは到底思えない。というより、《攻略組》に手を出している時点で、最早その未来はあり得ないと言って良い。『敵』に容赦しない性質は自分もよく識っている。
その時、このアルベリヒ達に抱くであろう敵意。
それは男達個人に向けてなのか、あるいはその行動に向けてなのかが気になっていた。
「マズいですボス、先行させたホロウアルファが即死させられました!」
「そ、そんなバカな事ある筈無いだろう、ホロウとは言えステータスはカンストだぞ?! そんなヤツが即死するなんてあり得る筈が……!」
「でも本当に即死したんですよ! あの黒尽くめのガキのせいで!」
「クソッ……なら他のホロウもそっちに行くよう指示を出せ! 数で圧倒すれば流石のヤツも死ぬしかないだろ!」
捕らわれて、身動き出来ない相手に浮かぶ益体の無い思考に意識を傾けている間に、事態は既に動いていたらしい。それもアルベリヒの策謀が崩れる形のようだ。
俯き、表情が見えない状態で、口を歪める。
『ホロウ』というのは恐らくクラインさんのホロウ。アルベリヒの発言からするにレベルやステータスを全て最大値まで引き上げられた個体のようだが、それでも即死させられた点から、それを為したのはキリトだろうと当たりを付ける。
ALOに居た頃にも聞いた事があった。アバターのステータスや装備の性能差を無視して即死させる方法は、首を飛ばすか、体を左右に両断するかだと。
この世界でも出来る人はキリトとレッドギルド首領だと聞いた事がある。
そして男達が狙っているのはキリト。最早ほぼ確定的だと思った。
でも、気になる事はある。
まずあまりにも接触が速すぎる事。クラインさん達が連れて行かれ、ステータスの操作やホロウ生成の作業が終わって男達が戻って来てから、まだ十分が経過したくらいでの出来事なのだ。もしかするとキリトは既に《ホロウ・エリア》に来ているのか、とも思った。
だが、それでも早過ぎる。
ユウキさんが自力で束縛を破った後、囚われた《攻略組》の面々を探し出す為に動くのは分かるが、《ホロウ・エリア》に囚われている可能性を浮かべるにしても、最初は《アインクラッド》側から捜索するのがセオリーだと思う。ユイちゃんにログを追ってもらうにしても、彼女はホロウキリト、サチさん、ルクスさんと一緒に新たなエリア探索に動いているだろうから野宿をしている筈。だからすぐに会える状況では無いと予想出来る。
ホロウクラインを殺したのが、そのホロウキリトだと考えるのも難しい。自分達が拘束されているのはグレスリーフの次のエリア。ホロウキリト個人の戦力で考えれば一日でエリア突破してもおかしくは無いが、全体を隈なく探すスタイルである以上物理的に不可能に等しい。
可能性としては例の首領も浮かびはするが、『黒尽くめのガキ』という呼称から違うと分かる。そもそもこの短時間で一度は計画をご破算にした相手の顔を間違えるとは思えない。
「まさかキリト君、なの……?」
麻痺毒で一緒に倒れているアスナさんが困惑気味に言う。彼女も、まさかこれほど早く事態が動くとは想定していなかったようだ。
榛色の瞳には希望の光が確かに浮かんでいる。
それを抱く事は良いが、表情に表すのは悪手では、と内心で唸る。アルベリヒのような輩は対象の絶望や悔しがる顔を見て悦に浸るのが常だと知っているのだ。
「……明日奈はよっぽどあのガキの事を信頼してるようだねぇ?」
それを忠告する前に気付かれてしまったが。
忌々しそうな面持ちでGM権限特有の紫のパネルに映し出された映像を見る男。その画像には二刀を手に黒尽くめの男と戦う義弟が映っている。不意打ち気味の剣劇を愉しそうに短剣で捌く男の実力はかなり高い事が見て取れた。
その画像を、あたしとアスナさんに見えるように移動させる。
「でももうおしまいだ。流石のキリト君もステータスカンストプレイヤーを何人も相手して生き残れる筈が無い、一撃でも掠れば終わりなんだからね」
「っ……この、卑怯者……!」
「卑怯で結構。勝てばいいんだ」
パネルの別画面には、二人のもとへ向かう幾人ものホロウの若侍達の後ろ姿が映し出されている。
須郷の言葉が真実ならこの全てがレベルマックスなのだろう。確かにそんな相手の攻撃を末端であろうと一撃喰らったら即死レベルのダメージになる事は間違いない。
ましてや彼は金属鎧を纏っていない。
そこで自身を襲うのは銃弾なのだ。
ホロウが一体の時は何とかして防いだらしい――金属音が聞こえたから剣で防いだと推察している――が、複数人ともなるとそれは難しいだろう。点での攻撃が複数になるという事は、面攻撃に近くなる。秒速340メートルに近いだろう弾速を連続で見切るのは難しい筈だ。
――――そう思っていたあたしは、彼の実力をあまりに過小評価していたようだった。
「なっ、ば、バカな……一回ならまだしも、全弾回避するだと……?!」
断続的に等間隔での発砲。それぞれタイミングをずらしている事からオート射撃に近いホロウ達が放つ銃弾を、彼は右に左にと軽くステップを踏みながら回避し続けていた。
これにはアスナさんも須郷達も絶句である。
運よく一発躱すだけなら出来なくもないだろうが、連続で回避し続けるとなればかなりの実力が必要不可欠。それもレーザーポインターがあっても難しい。
彼はそれをやってのけているのだ。必死さはあまり無いから余力も残っていると分かる。その気になれば《ⅩⅢ》による武器召喚で反撃する事も可能な筈だ。
その予測は、またも外れた。短剣を使って殺し合っていた男が紫の三日月を飛ばし、ホロウクライン達の胴体を真っ二つにしたからだ。そのまま首まで飛ばしていく。
「ぜ、全滅、だと……?!」
「……どうやら目論見が外れたようね」
しかもホロウ達にトドメを刺したのはキリトと斬り合っていた男だから余計驚いている。須郷とあの男が手を組んでいるとは思えず、つまり敵の敵は味方という扱いでキリトの動きを封じ、殺した後に始末するつもりだったのだろうが、むしろ墓穴を掘ったのだ。
須郷からすれば、キリトは敵で、あの男はほぼ関係の無い相手。キリトと殺し合っている事から敵と見た。自身とは直接的に対立していないから中立関係。だからあの男と挟み撃ちにしようと考えた。
だが、どうやらあの男にとって、目的はキリトを殺す事ではないように思える。
まぁ、タイマンで殺す事にこそ意味を見出し、邪魔者を排除したという見方も出来るが……
『なァ、キリト――――俺と手を組まねェか』
ホロウについて考察し、己の計画の邪魔になるからと手を組む提案をした事から、キリト憎しと殺し合ってる訳。では無いと分かる。
そもそも戦闘中に度々彼の素質や技能を称賛する台詞が出ていた。狂笑と共に放たれた称賛の数々は、どうも戦闘というよりは殺しに関する事へのようで内心複雑ではあるが、『認めている』という事実は確か。PoHと言うらしいあの男は彼を認める度量があるらしい。
何故殺し合いを愉しんでいるかは流石に分からないが。
あの二人の実力と殺しへの躊躇の無さを鑑みると、人間相手であれば向かう所敵無しのような気もする。どっちも銃弾相手に怯みもしないし。
どちらも金属鎧を装備していない点から、一撃でも掠ってはならないというのが厳しいと思うが。
――――そこまで考え、ふと気づく。
確かあの子は、浮遊遺跡で採った鉱石を使い、甲冑一式を製作した筈だ、と。防御力の高さからこれからは装備すると言っていたのはよく覚えている。
それを外すとなれば、街中くらいなもの。
危険が蔓延るダンジョン内、ましてや殺し合いに於いて、鎧を外す事があるだろうか。実力者を相手にする事を前提にして慣れたスタイルを優先したというには些か違和感が残る。
――――もしかして、あのキリトは、ホロウの方……?
困った事に、オリジナルとホロウの両者を見分ける指標が存在しないので、ユイちゃんでなければ目視による判別がほぼ不可能になっている。中身が違うとか、片方が虚ろであればまだしも、両方とも記憶や精神が同一だから分かりにくい。
……いや、オリジナルのあの子は心境の変化を起こしてるから、多分並べられると分かるだろう。
ただ片方しか見ない場合だと分からないだけだ。
「ぼ、ボス、大変です!」
苦しい言い訳を浮かべていると、部下の男が慌てた様子で須郷へ走り寄った。
「どうした」
「このエリアの区間ゲートに、【黒の剣士】が来ました!」
「な……?!」
男の報告を聞いて、須郷は手元の画面と、部下が見せる画面とを見比べる。
あたしも必死に顔を上げて見た。男の画像には、確かに覚えのある鎧姿の二刀剣士が、黒い大剣を手にした騎士と共にホロウの若侍達を斬り裂いていた。
区間ゲートらしき光の渦の近くには黒コート姿のユイちゃんと、黒尽くめのアンノウン、そして何故か黒馬もいた。黒馬は縦横無尽に駆け回り、低くした頭を思い切り上げる事でホロウクラインを宙へぶん投げ、そこを紫のエネルギーボウガンを持ったユイちゃんが追撃する。
アンノウンは右手に黒、左手に白の片刃片手剣を持ち、ホロウ達を斬り裂き続ける。背後から襲い掛かられるが、察知していたかのように紙一重で躱し、回し蹴りで吹っ飛ばし、周囲を巻き込んでいく。
どうもゲート近くにいたホロウ達は刀と拳銃のどちらかを使うようにしているらしかった。前衛と後衛で分けているのだ。
だが彼らには敵わなかったらしい。オリジナルキリトとスレイブが怒涛の勢いで前身し、ユイちゃんと黒馬が討ち漏らしや後方支援、アンノウンが露払いに徹するという布陣は、個人の戦闘能力の高さも相俟ってかなりの完成度である。少なくとも遠距離回復が出来ないSAOだと上位に位置するパーティーだろう。
……まぁ、あの子の事だから、多分パーティー組んでいないと思うが。全員ソロでパーティーとして動くってかなりおかしいと思う。
「ど、どういう事だ、あのガキはこっちにも居るのに何故……?!」
「しかもどこに行ったと思ってたスレイブも一緒に!」
「あのグズ、裏切ったな……!」
スレイブ、というのはアスナさん達から聞いた、《ティターニア》が試験を受けて唯一合格ラインに達していたという黒い騎士の事だろう。話によればヒースクリフさんをも圧倒したという。七十七層攻略時にはキリトを襲撃したらしい。
結局あたしは一度もその顔や姿を見ていなかったが、どうやら映像に映っている黒い騎士がそうらしい。
――――……似てる、あまりにも。
それは容姿が、では無い。
容姿も確かに似ているし、晒されている素顔は瓜二つだ。大剣の構え方、振るい方も、やや変則的ではあるが自分が教えた剣の型に限りなく近い。両刃の大剣だから判別し辛いだけで刀を持たせれば一発で分かるとは思う。
本当に似ているのは、あの眼。
昏く、淀み、自我の薄い黒き双眸を、あたしは知っている。
――――忘れる筈が無い。
忘れる事など出来ようか。多くの情報を集め、彼の境遇を知り、扱いを知った末に見たあの眼が、今の自分を作り上げている。あの眼を見たからこそ、あたしは『姉』としての在り方を確立させたのだ。
あんな眼を、そう易々と出来る者がいるものか。
つい最近にも見たばかりだ――――あんな眼を、ホロウのあの子もしていた。
恐らく、あのスレイブという子は、キリトだ。
あたしが殺した、《オリムライチカ》としてのあの子――――その、恐らくは《ビーター》足り得なくなった可能性の形。
《ホロウプレイヤー》は本来《ホロウ・エリア》のみの存在で、オリジナルが居ない間だけ存在出来る。だからPoHと一緒に居るホロウがオリジナルのあの子と対面出来たのもおかしい。
加えてホロウが二人以上居る事もおかしい。
ユイちゃんから聞いた原則に於いてあり得べからざる事態。とは言えスレイブのカーソルはオレンジ。犯罪者カラーではあるが、NPCを顕すイエローでもイネーブル―でも無い、れっきとしたプレイヤー。それなのにあの子と同じ眼をしている。
そこで、スレイブの『マスター』を考える。
アルベリヒ、すなわち須郷の事がしている事、研究内容を考え――――ホロウのあの子が記憶や精神を引き継いでいる事と合わせれば、おのずと答えは導き出される。
――――予想に過ぎない事だが。
オリジナルのキリトが外周部から《ホロウ・エリア》へ移った時、須郷はGM権限を使ってプレイヤーの中でも最強格のプレイヤーのコピーを作った。研究も兼ねて記憶などを読み取って、データとして翻訳し、AIの記憶プログラムへと転写した。そうして出来上がったのがスレイブ。
その記憶や精神という所謂『魂のデータ』を読み取ったのは、《ナーヴギア》であり、同時にシステムを介している点から【カーディナル・システム】でもある。そのためホロウはそのデータを引き継いだ。そうして出来上がったのがホロウキリト。
ホロウのクラインさん達にオリジナルのような意思や自我、記憶などが見られないのは、恐らく出来上がったばかりのAIだから。これから時間を積んでいく内にオリジナルのログから勝手に記憶が形成され、保管されていくだろう。
作り出されたスレイブと、そのデータが流用されたホロウキリト。
プレイヤーかホロウプレイヤーかだけで、基は同じ。
だからあの二人は、どちらもあの昏い眼をしていた。
――――絶対、ユルサナイ。
ホロウキリトは元々【カーディナル・システム】がそうしたのだろうと思い、怒りの矛先を喪い、世の不条理へと向けていた訳だが、あたしの推測が正しければこの男が根本的に原因だと思う。そもそも、デスゲーム化した時点で元凶である事は間違いない。
でも、それだけでは無い。
スレイブの事も真実だとすれば、この男はあの子を、『人形』として使っていた事になるのだ。
奴隷として見下し扱き使っていた事すらも受け入れがたいのに、剰え己の意思と自我を剥奪し、自身の目的の為に悪行の片棒を担がせていたなど許せる筈が無い。あたしでなくともきっとそうだろう。
嗚呼、と。嘆息が漏れる。
以前、同じように麻痺毒で身動き取れなくなり、結果彼を死なせかける事があった。それが思い返されるようで尚更胸中に殺意が湧き立つ。
そして、己の未熟さにも、憎しみが込み上がる。
相手がGM権限を振るう悪漢である以上敗北は必至だった。そうやって己を慰め、苛立ちを鎮める事の惨めさは仕方ないとしても耐え難い屈辱なのだ。
ましてやあの子にまた助けてもらわなければならない。
助けてくれる事は嬉しい。それだけあの子が強くなった事だから、武道を教えて来た身として――――それ以上に、姉として誇らしく思う。その優しさにも、経緯を抱く。
でも、喜びの前に、自身の弱さが情けなく思えてしまう。憎しみすら沸き起こる。
だからこその嘆息。
――――麻痺毒さえ無ければ、仮令何十倍もステータスに差があろうと関係無しに、あの子のようにその首を斬り落としていたのに。
***
黒剣で弾き、白剣で斬り裂く。
白剣で流し、黒剣で貫く。
手を斬る。足を斬る。腹を貫く。肘を折る。膝を砕く。腰を割る。肩を斬り飛ばす。首を折る。頭を砕く。首を飛ばす。体を左右に割る。胴体を上下に割る。
斬る。割る。裂く。砕く。折る。
あらゆる方法を以て対象を殺し続ける。殺された者達は蒼い結晶となって宙へと散るが、それを一瞥もせず、次の敵へと刃を振るう。
飛来する弾は基本避ける。当たりそうなものだけ剣で弾く。狙って飛び出してくる敵の顔面を蹴り抜き、後続を纏めて蹴散らす。
昔は出来なかった事を、易々とやってのけ、数百近い敵の群れを鎧袖一触とばかりに殺し続ける。
そうする程、内心に掛かる雲は暗く、厚いものとなっていく。
この力を、かつて使えていれば。使えていたとしても仮想世界でしか振るえないのでは意味が無いと思うが、そう考えてしまう。
私に肉の体は無い。電脳体だから当然だ。
だからどれだけ自分が強くなっても、今後の事では役に立たない。立てられない。
今は良い。今後がダメだ。
ならどうするか。敵を排除するか。否だ、彼が詰める経験を奪うのは殺す事と同義だ。
ならば味方を強化するか。これも否だ、洗脳され敵となる者達を強くする事も同様だ。
それならどうすればいいのか――――悩み抜いた末に導き出した答えが、敵にも味方にもならず導く、というもの。味方のように頼りにされないからこそ成長を促し、時に敵として立ちはだかる事で経験を積ませる。そのスタンスを思い付いてからこれまで実践してきたのは数えるのも億劫だ。一度も成功した事――最終的に彼が生き延びた事――こそ無いが、比較的長生きするという統計は取れている。
故に、彼が死にそうな戦いの時のみ、裏で力添えする程度に干渉は留めていた。本人に悟られぬように。
そのスタンスから今はとても離れている。
己の素性を晒すような行動は勿論、こうして完全に味方として剣を振るう事もそう。彼の力にはなっているが、それでは将来彼の首を絞める事と同義だと幾度も学んだろうと、余剰分の演算能力が答えを出す。
それを理解した上で行動しているのだ。
これは、賭けだ。
これまで渡って来た数々の世界には見られなかった多くの変化。いる筈が無い人物、速過ぎる事態の変遷は、繰り返しによる総当たりで物事を進めて来た身には不安を招く。
だが、それでも。
一縷の希望に賭けてみた。
【絶剣】が洗脳を自ら破ったように、自分が知らない変化が未来をより良く変えるのではと。であれば、今回ではもしかしたらより良い未来を紡げるのではないかと。
――――渡り来た数だけ、彼の死を見た。
世界を恨む復讐者。
世界を滅ぼした破滅者。
人に尽くした聖者。
人を憎む獣。
――――どれもこれも、報われぬ最期だった。
多くの戦人を率いた王としての姿もあった。理解されず、頼られるだけの孤独の王。親しい者、親類縁者の全てを喪って尚戦う事を望まれた王。
罪を憎みこそすれ、最期まで人の善性を信じ抜き、人々に裏切られた獣としての姿もあった。罪も人も憎み、世界をも憎み、何もかも壊そうと動き――――義理の姉に介錯され、その獣は、目覚めると同時に眠りに就いた。
『人を想うからこそ、その憎しみは大きく深いものとなる。この子は……どう足掻いても、人を憎めなかったのね……』
かつて、小さな亡骸を抱く女性は言った。
その世界で獣の慟哭を受け止めた武人は、『獣』を人として終わらせた。引き換えに武人は今にも死にそうになっていた。
けれど、彼女を救おうとする人は、最早この世にいない。
義弟は死んだ。両親も、友人も、全て人に奪われていた。
――――だのに、女性の眼にも言葉にも、嫌悪は無かった。
それが疑問で、かつて私は問いを発した。あなたは人を憎んでいないのか、と。
『――――』
一瞬瞠目した女性は、仄かに微笑んで、唇を動かした。
――――それを最後に、女性の心臓は止まる。
血だらけの獣と、その亡骸を大事そうに掻き抱く女性。自分が渡り歩いた中で現実まで進んだ世界では、最も多い終わり方だった。憎しみに囚われれば女性が止めるのだ。どれだけ女性が武を高めていようと、憎しみ一つでそれを獣は凌駕する。世界最強と謳われた者では止められない事が殆どだった。
惜しい、と。
どの世界の女性も、一度はそう口にする。憎悪に理性を喰われ、己を虐げた人を殺す事にのみ特化した獣がそれなら、普段の彼ならどれほどになったのだろうか、と。
止められなかった事に涙を流して。
止める為に、女性は獣を介錯した。
――――それが、私の知る『粛正』。
《オリムライチカ》の意識を殺す為に行われた、彼の暴走を止める為のもの。精神を追い詰められた少年は己の憎悪を自覚し、止められなくなり、獣となってしまった。その見極めをした女性は獣になった少年を手に掛けるというもの。
少年はその気になれば世界を相手に戦えた。有機物も無機物も関係無く、敵を殺す事にだけは特化している彼は、殺し合いに於いては決して負けない。
そんな獣を相討ちに持ち込めたのは、目覚めた瞬間に一撃を入れたから。それですら相討ちになった点から獣――――もとい少年の素質の高さが窺える。
その粛正が既に起こり、過去には無かった洗脳を破るという事象が起きている今回は、賭けても良いだろうと思えた。だから身バレは勿論、己に出来る全力の助力を行っている。
――――必ず、貴方を救う。
託された義姉の想いも含めて誓いを新たに、卑劣漢が居る方へと進んだ。
はい、如何だったでしょうか。
リーファ視点はキリトとPoHが数話掛けて殺し合ってる間、アルベリヒ側ではどうなっていたのかという描写。
リー姉、鎧の有無だけでPoHと一緒に居るのはオリジナルじゃないと勘付く。
更にホロウキリトとスレイブが何故オリジナルの記憶と精神を継承しているかも予想を立てる。原作リーファはメカやプログラムに弱い子だけど、本作では義弟関連だと恐ろしく頭が冴えます。束さんと交流を持っているからでもあるでしょう。真剣に向き合ってたら束さんの解説は結構溜めになると個人的に思います(箒ェ……)
まぁ、予備知識要るでしょうが、IS世界だと女子小中学生は事前にIS関連の授業で習うらしいしね? 実践はともかく、理論だけなら分かると思う。
サラッと殺害予告が混じってるのはスルーで。
白視点だと、《オリムライチカ》の憎悪の塊が《獣》と解釈されております。なので復讐や憎悪を優先したら《獣》が覚醒する訳です。
鬼神リーファ対キリトの時、獣が出て来なかったのは奇蹟という事。責める理由が違うというのもあるでしょうが。
世界規模に復讐する《獣》を前に立ちはだかったのは直姉。
目覚めた瞬間一撃を加え、相討ちに持ち込んで世界を護った()事になる平行世界直姉です。というか前半リーファ視点の物騒な思考を裏付ける為にヴァベルの平行世界話を出した感がある。
千冬姉は立ち向かっても殺されますし、おすし。むしろ憎悪を助長するので尚更手に負えないという()
『アキトが居る』というだけでそんな変わる? と思う方は、《弓》クエストの辺りを読み返そう。ユウキって何で告白するようになったんだったっけ?(満面の笑み)
――――オリ主や敵オリキャラはこうやって使うんだよ!(ドヤァ)
主人公のトラウマになってるからこそ、という点もミソですね!
では、次話にてお会いしましょう。
――――クリスマスと大晦日はネタが浮かんだらやります。
あと残ってるネタって、(時系列的に済んでる分だと)リアル一回とデスゲーム一周年分なんだよなぁ……
――――早くリアルに行かなきゃ!(使命感)