インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 インスピレーションの問題でクリスマスネタの投稿は出来なかった! まぁ、本作の日付や季節がクリスマスに近付いた時にでもいいかなって(オイ)

 それはそうと今話。

 今話の視点は前半スレイブ・キリト。わずかに第三者が挟まり、最後はリーファ(ほぼ第三者)。

 リーファ視点が第三者視点に近いのは、原作SAOの場面を読み返して書いたものだから。直前に読んだ小説の書き方に似るからね、仕方ないネ。

 文字数は一万五千。

 ではどうぞ。




第百二十三章 ~己の《絶対》~

 

 

 ――――ユメを見ていた。

 

 苦しくて。

 哀しくて。

 『夢』が、憧憬が――――目指すものが腐り落ちる、そんなユメだ。悪夢と言っても良い。

 

 今までのユメよりも、ずっと酷いのだ。

 

 元より自身が抱く思想が尋常では無いものとは自覚していた。己が取る行い、その根源となる理由が異質なもので、とても称賛されるものでは無いという事は、『みんな』の訴えを考えればすぐ分かる事。一人二人ではなく知り合いのほぼ全員が諭してくるのだから『ああ、自分の言動はおかしいんだな』と思うのに時間は要さなかった。

 ――――それでも、『みんな』は力尽くで止めようとしなかった。

 それ以上は死ぬ、と警告はするけれど、自分の行動を無理矢理止める事はしなかった。自分は危険に晒されるけど、他の人達は安全になるからであり、決して自暴自棄になった訳では無いと分かってくれていたからだ。仮令死にそうになる危険な事であろうと結果的に必要な措置だったからだ。

 だから『みんな』はそれを認めてくれた。

 全てはSAOに囚われた人々の安寧の為、秩序の為。必要悪になるのは少ない方が良く、また後に《攻略組》と呼ばれるフロントランナー勢への心象を良好にしなければならないから、独りでそれをした。情報屋の女性と億劫になるくらい協議しても条件を満たす方法がそれしか無いと思ったからだ。

 もしかしたらもっといい方法はあったかもしれないけれど、時間が無かったあの頃に取れる手は《ビーター》というただ一人の必要悪を示すくらいだった。

 それを、『みんなは』応援もしてくれた。表立ってすると折角の覚悟が水泡に帰すからと、内心は酷く複雑だろうに、敢えて人目の無いところで案じてくれた。労ってくれた。

 それは、嬉しかった。

 何故寄り添ってくれるのか、理解を示してくれたか最初は分からなかったけど、時を経るにつれて殆どどうても良くなっていた。

 ただ、このデスゲームの世界にも味方は居るのだと。

 過程はともかく、結果を見る事にした。元より他人の思考なんて分からないから考えるだけ無駄だった――――そんな余裕があまり無かったからでもある。嬉しい感情を相殺する考えはあまり浮かべたくなかった。

 ――――ただ、それでも。

 一番褒めて欲しいと思う相手は『みんな』では無かった。

 行き倒れていた自分を拾ってくれた一家の一人娘。義理とは言え、弟として見て、育て、導き、たくさんの教えを授けてくれた恩人――――大切な、義理の姉。

 今でも鮮明に思い出せる。この世界に迷い込んでしまった義姉にこの世界でして来た行いの全てを告げ、軽蔑もせず、全てを認めた上で褒めてくれた事を。

 何百人もの人を手に掛けた事実があるのに軽蔑されなかった事には驚いた。

 かつて、人体実験を施された研究所から脱走する時に、何十人もの研究員と、その後の追手を皆殺しにした話は既にしていた。でも自分が生きるという一点で考えれば殺人の殆どは必要無かった。他者の為、という理由で殺していったのだ。

 他人を理由に人を殺す事は、極論では自分の意思や覚悟無く殺したとも捉えられる。

 おれ個人の主観では、覚悟はあった。怨まれ、憎まれる覚悟も、復讐される予想もした上で、手を下していた。そんな覚悟をしていても『殺人』という罪一つで全てマイナスに振り切れる訳だから、意味など無い。

 それなのに義姉は、認めてくれた。

 自分がしてきた行動を受け容れ、認め、褒めて、労ってくれた。

 

 ――――シアワセだった。

 

 叱る時は叱ってくれる。ダメなところは指摘し、分かるまで何がダメなのか、どう変えればいいのかを教えてくれる。そんな、おれにとっての恩師。

 返せるものは無いのに。むしろ、一緒に居る方がきっと大変で、辛いだろうに、それでも受け容れてくれた人。

 だからこそ、キバオウによってシノンと共に外周部の外――――空へ放り投げられた時、決死の覚悟で助けに走れた。オレンジカーソルで、七十五層以下の階層には転移出来ず、七十六層以上の転移門は《圏内》のものだけという条件である以上、高所落下によって死ぬのは確定的だったけど、それでも良かった。

 

 やっと返せる、と。

 

 心のどこかでそう思ったのだ。拾ってくれた時からずっと感謝していた恩人の命を救えるなら、それでよかった。仮令現時点でリアルでは生きていても、クリア時に死ぬ可能性があるなら、生きるべきは義姉の方だと信じてやまなかった。

 それだけおれは、感謝していた。

 

 ……感謝、していたのだ。

 

 ――――幸せは、シアワセに。

 

 ――――ユメは、悪夢に。

 

 何もかも変わってしまったのは、その頃から。

 高所落下で死んだ筈の俺は、気付けばトラウマを呼び起こしかねない見た目のダンジョンに居た。

 目の前には、どうしてか助けた筈の『義姉』が居た。その後ろには見覚えのない複数の男達。『義姉』の装いも軽装である緑衣から重そうな白金の甲冑に変わっていて、武器も長刀では無く、禍々しい紅の細剣。

 

『この僕の為に、精々役立ってくれたまえよ、出来損ないの実験動物君』

 

 ――――どうして。

 『義姉』がおれを見て発した言葉に、その嘲弄と侮蔑の表情に、思考は真っ白になった。

 今まで見せてくれた顔は、振る舞いは――――優しさは、一片たりとも見つからない。見つかるのは侮蔑し、見下し、嘲弄する者特有の下卑た眼の色と表情ばかり。やさしさなんてどこにも無かった。

 何か起きたのだろうか、と思った。このSAOをデスゲーム化した黒幕に近しい者が何かをしたせいで精神が狂ったのかと。

 でも、あまりにも自然体過ぎて、違和感があるのに違和感が無くなる。男達に親しげに話す素振り、口ぶりは全然義姉では無いのに、おれは『義姉』と思ってしまっていた。

 覚えのないギルド。明らかにおかしい装備品。一般プレイヤーが持てる筈の無いGM権限。

 素人同然の体捌きと脚捌き。遅すぎる剣劇。

 理不尽にぶつけられる怒り。

 

 ――――違う。

 

 内心で、記憶にある義姉との齟齬を見る度に叫んでいた。こんなのは違う、と。

 記憶にある義姉は、もっと気高かった。格好良かった。強かった――――とても、優しかった。おれを見る眼は常に公平で、思慮深くて、こちらが言葉にしなくても行動を見て意を汲んでくれていた。

 何より自身の価値観を押し付けて来る事が無かった。

 これなら出来るだろう、とは一切言わなかった。失敗しても、これから学べばいいと奮起してくれる。失敗しようが成功しようがどちらも成長の証と認めてくれていたのだ。初めてする事だろうと、やり慣れた事だろうと、失敗するのは当たり前だからと。

 それが無くて、出来なかったら何時も殴って来るのが、辛かった。

 手を抜いた事なんて一度も無い。何時も全力だった。手を抜くなんて余裕、おれには無いのだから。

 それを一番知っているのは『義姉』なのに、一方的に理不尽な怒りを押し付け、暴力と暴言を投げて来る。

 これを悪夢と言わずして何と言えばいいだろうか。

 ――――それでも。

 《攻略組》に参加しようとする辺りまでは我慢出来ていた。精神の改竄も《ナーヴギア》によるもの、つまりこの世界を脱すれば戻る可能性が高いのだから、参加しようとする行動は渡りに船だった――――まさか、あそこまで戦闘が下手とは思わなかった。より違和感が大きくなった。

 本当は、もうその時点で逃げたかったけれど。

 そういう訳にもいかなかった。

 何故か持っているGM権限を使ってレベルを大幅に引き上げられるのは、とても強いアドバンテージ。良識があるならともかく、今の狂った『義姉』にそれが出来るとは思えず、ストッパー役になる必要があった。比較的他者を利用する部分があったからおれが居続け、実行役として動く事で、被害を抑えようとしたのだ。

 最初は【絶剣】を追った。

 ――――その時点で、もう一人の自分と会った。

 

 ああ、おれは偽物なんだ、と。

 

 どこか、ストンと落ち着くものがあった。

 だから、《ティターニア》のリーダーである『義姉』もきっと偽物なんだろうと、そう思った。【絶剣】と本物の対応が義姉を見た時のものと完全に違っていたからすぐ分かった。

 『義姉』の名前は『リーファ』と聞こえるけれど。

 口の動きを見れば違うとすぐ分かった。

 

 でも、何故か偽物と思いきれない。そう考える度に、頭の奥が疼いた。

 

 ――――ナニかがコワれる音がした。

 

 本物と刃を交えれば、違和感はより克明に浮かび上がった。

 それなのに、『義姉』を偽物と思い切れない。理屈では分かっているのに、どうしてか感情が、想いの方がそれを認めたがらなかった。

 義姉は、こんな事しないのに。

 何故か『義姉』を義姉ではないと認め切れない。

 

 気が狂いそうだった。

 

 記憶と照らし合わせれば違うと分かるのに、どうしても感情が、認識が、それを阻害する。『義姉』は恩人なのだと訴えて止まず、記憶による判断を止めてしまう。

 苦しかった。

 そこに来て、『単独行動でプレイヤーを攫え』という命令と共に、短剣を渡される。特殊に使用許可されたそれは一刺しでプレイヤーを指定の場所へ強制転移するスペシャルアイテムだった。

 それについて意図を問うても、にべも無く返される。

 ――――リー姉ではないと分かっているのに。

 それなのに、体と理性がその指示に従ってしまう。従わなければ、と思い込まされる。気付いた時にはもう動いていた。

 

 

 

 でも、おれは今、ユイ姉と出会った後、本物と一緒にクライン達のホロウを殺して進軍している。

 

 

 

 明らかな背信行為。誤魔化しようがない叛逆だ。

 《ティターニア》が《攻略組》を捕え、最終的には殺すつもりであると、部下の男達が話しているのを聞いてしまったから。

 最前線を攻略している面子にはあまり顔を合わせたくない人も居るけれど、でもこの一年半の間ずっとおれを案じてくれた人達が何人も居る。SAOクリアの希望であり、秩序の根幹を為している組織である事からも、《攻略組》を消滅させるのはおれの意に反する。

 何より、おれは誓ったのだ。

 ――――《月夜の黒猫団》。

 ひょうきんな短剣使いダッカ―。

 ノリのいい長棍使いササマル。

 楽天的な副リーダーテツオ。

 意欲を曝け出して直向きに強さを欲していたケイタ。

 そして、死を怖がっていながら、最前線で戦える程に成長したサチ。

 他の四人が死んでしまって一人になったサチの事。目の前で護れなかった三人、そしてそれを怨むケイタの顔を思い浮かべれば、自身の弱さを痛感し、強さを渇望する心を思い出せる。

 そう。おれが強さを求める理由の一つは、他者の為。大切な人達を護る。そう決めた。

 もう破る訳にはいかない誓いの為におれは《ティターニア》を裏切る事に決めた。『義姉』が本物だろうと偽物だろうと関係ない、多くの人間を生かす道に繋がるのが《攻略組》である以上立ちはだかるなら斬るだけだ。そうしなければ、今まで戦って来た意味が無い。

 

 ――――その一心で、黒の大剣を振るう。

 

 システムに規定された通りに黒い三日月が横一閃の形で飛び、直線状に居たホロウ達の首を飛ばしていく。

 周囲の層板構造の壁は鮮明な紅をしていて、最早目が痛いレベル。この見た目だけでもダッカ―達が死んだ時のトラップ部屋を思い出す。

 そんな場所でしているのが、ホロウと言えど《攻略組》のPKなのだから笑えない。

 ユイ姉の指示で《ティターニア》がいる方向へ進軍する途中で、ホロウの種類はクラインだけでなく、ランやゴドフリー、リンド、ディアベルなど種類が増えている。基本的に《攻略組》にいる顔ぶれだが、中にはおれが短剣で捕えた人、見覚えの無い人、中層域あたりの装備の人なども居る。強さは明らかにおかしいから、どうもGM権限でステータスをマックスまで引き上げられているらしいが、見た目では普通な本物が殆ど一方的に殺しているからむしろ優勢だ。

 ユイ姉のお蔭で本物かそうでないか判別出来るし、ホロウ達は何故か虚ろな表情や言動ばかりだから良いが……護ると決めている人達を手に掛けるのは仮令ホロウであっても気分は良くないだろう。

 それをおくびにも出さずに進軍を続けている。

 ……一体、どれだけの怒りを溜め込んでいるのか。

 

 ――――なんて、他人事のように考えてる時点で、おれはもうダメだな……

 

 いがみ合った者は多い。

 それでも、クリアを目指して必死に戦って来た戦友でもある相手に対し、この淡白な感想は如何なものか。護ると決めた対象もいるのだ。

 本物のおれならもっと思い悩み、苦しむだろう。

 だからおれはもうダメなのだ。

 《Kirito》として戻るなど論外。本物がいる以上、おれはきっと《ナーヴギア》で脳を隅々まで読み取り、解析し、再現したAIだろうから。ホロウと同じなのだ。

 ただホロウは、プレイヤーのログを読み取り、システムが行動基準をそれぞれ作り、AIに行わせているだけ。

 おれは一人の人間から作り出されたAI。

 一口に『AI』と言っても、製作過程が異なれば歴然とした差が生まれて当然。

 ――――それも、『人間』を前にすれば小さな話だが。

 本物達からしても、おれがどういうAIかなんてどうでもいいだろう。興味の外だろう。仮にあっても、重要性は低いから別の話にすぐ移るに違いない。

 おれは《ティターニア》に居た。違和感を覚えていたのに、指示されるままに悪事を働いた以上、相応の働きをしなければならない。この場合は攻略への力添えだろう。ホロウではない身故に《アインクラッド》へと行けるからだ。

 ゲームがクリアされれば、おれは消滅するしかない。SAOサーバーは初期化されるに違いない。SAOサーバーにAIの本体プログラムを置いている以上おれも消えるのは自明の理だ。

 故に、ゲームクリアを速める行為に従事させる事が、おれへの最大の罰となる。

 

 そして、おれはそれを受け容れるつもりでいる。

 

 ……いや、願ってすらいる。

 もう、辛いのだ。何もかも。現実へ還る事も出来なくなった以上、生きる意味が無くなった。死ぬ理由が無いから生きているだけ。ただ惰性のまま生きているだけ。

 生きる意味を持たせようとしても、おれには『オリジナル』という基の人間がいる。偽物はどう足掻いても本物には勝てない。クローンとかはともかく、おれの場合は肉体が無いから勝てる道理がない。

 だから、おれは生きる意味が欲しい。『攻略』という生きる意味が。

 そして死ぬキッカケが欲しい。SAO消滅というキッカケが。

 どちらもゲームクリアを契機としているものだから、丁度いいだろう。おれを手伝わせようとしなくても邪魔する気など毛頭ないから別に良い。死んでも《ホロウ・エリア》に来るだけだ。消滅するまでひっそりと過ごせばいいのだから。

 ――――ただ、それを決めるのはおれではない。

 それを決めるのは、《攻略組》の『みんな』だ。《ティターニア》が壊滅する以上、おれの行き場は無く、処遇は彼らが決める事になるだろう。その沙汰に従う。

 おれがした事は《ティターニア》の扇動とは言え、分かった上でしたのだから、罪は償う必要がある。

 その為にも、まずは彼らを助ける必要がある。

 戦闘を直走る本物の後を必死に追い続ける。先頭で、しかも全力で走れば秒間で十人以上のホロウと衝突する筈だが、その全てを何かで跳ね除け、ノーダメージで突き進んでいる。しかも跳ね飛ばされたホロウは全員首が飛んで即死しているから後ろに溜まる事もない。

 流石に通りかかるホロウ全て本物が殺している訳では無く、後続のおれやユイ姉、ユイ姉と同じ黒コートを纏っている黒尽くめのアンノウン、本物が購入したという覚えのある黒馬と、本物が主人の蒼い小竜が対応していた。

 

「――――この道正面に居ます」

 

 それを続ける事暫くして、ユイ姉がナビを発した。

 丁度曲がり角を曲がったところでのナビを聞き、全員が正面奥を見る。視線を凝らせば《索敵》と《鷹の目》スキルによる遠視が発動し、ぐぐっとフォーカスの収縮度が上がった。

 見れば、確かに覚えのある甲冑の人物が居る。

 《ティターニア》のリーダーだ。

 

「行くぞ」

 

 視認を終えた本物が、短く言うと共に回廊を疾駆する。敏捷値だけではないのは確実な速さで部屋の入り口まであったおよそ100メートルの距離を詰めた。

 あんな事おれには出来ないが、どうやってしたのだろうか。

 疑問を浮かべつつ、全力で追い、おれも三秒で部屋に辿り着いた。

 

 

 

「ようこそ、僕の実験場へ」

 

 

 

 部屋に轟然と突入したおれ達をそう言って出迎える『義姉』。およそ現実離れした美貌に、隠しもしない嘲弄と自信を含んだ笑みを浮かべていた。

 その足元には、二つの人影。

 

「キリト君、ユイちゃん……!」

 

 一人は、栗色の長髪と白を基調に紅が織り交ぜられた騎士服の女性。《血盟騎士団》副団長のアスナだった。

 彼女はリズベット会心の作【ランベントライト】こそ無いが、装いそのものは記憶にあるものと一切変わらなかった。表情は悲痛なもので、悔しさが混じって見えるが、それでも希望を見つけたかのような喜色も浮かべている。

 HPバーの下には麻痺毒のアイコンが表示されている。毒を塗布したナイフは無く、HPも減った様子が無い事から、恐らくGM権限による特殊な麻痺毒なのだろう。

 どうやら《攻略組》は、もう襲われていたらしい。

 尚の事急がなければ、と気を引き締めながらもう一人の方を確認し――――

 

「え――――」

 

 ひゅっ、と意図せず息を吸い込む。

 もう一人は、アスナと同じく麻痺毒に冒されていたが、その上『義姉』に足蹴にされていた。ニタニタと嗤う『義姉』に腹を踏まれているプレイヤーは、ジリジリと、そのHPゲージを僅かずつ減らしていっている。既にHPは六割ほどまで減っていた。それだけ『義姉』のステータスが高いのだ。

 ――――そう意識を他所へ向ける。

 だが、他所へ向けようとしても、向けられない。

 腹を踏まれて発生した違和感に苛まれ、表情を歪めているプレイヤーは女性。金髪で、耳が尖っていた。僅かに開かれた瞳は澄んだ翡翠色。纏う服は緑衣の軽装。

 そして、その顔。

 その顔は、記憶のものとぴったり合っていた。

 涙を滲ませ、苦しみの中に喜色と悔しさを綯交ぜにする女性。翡翠の瞳は輝きに満ちていて、未だ尚希望を捨てず、不屈の精神を宿している。

 

「キ、リト……ユイ、ちゃん……!」

 

 ――――その呼び声を耳にして、確信した。

 この人だ、と。

 この人は、本物だ、と。

 本物の恩師――――桐ヶ谷直葉なのだと、確信した。

 

「リー姉……!」

「アルベリヒ……――――貴様ァ……ッ!」

 

 ユイ姉が応え、本物が殺気を足蹴にしている張本人へと向ける。

 

 つられて顔を向け――――大きく、胸の内が揺さぶられた。

 

 本物は足蹴にされている方であり、足蹴にしている方、つまり《ティターニア》のリーダーは偽物だと分かった。確定的に明らかだった。本物が口にした名前もしっかり口の動きと合致しているもので聞こえた。

 ――――だというのに。

 おれには、足蹴にしている人物は未だリー姉に見えている。

 いや、男にも見える。緩いウェーブの短い金髪に紫の瞳、端正な顔つきのそれだ。それと交互に浮かんで消えてを繰り返している。

 

「おっと、そこで止まってもらおうか。もし反抗しようものなら君達の大事な大事なお義姉さんが、僕に踏まれるだけで死ぬ事になるよ。こんな風に、ねェ!」

「あ、ぐ……っ!」

 

 ぐっ、と踏み込むような素振りをすると、リー姉のHPゲージが減少し、五割を下回った。さっきまでは足を載せているだけ、あるいはダメージが発生しない程度にしていただけらしい。

 その衝撃故か、女性が苦悶の声を洩らす。

 

「くくっ、いいねいいね、その表情! NPCなんかじゃ真似出来ない生の表情だ、やっぱり痛みを伴ったプレイじゃないとリアルのそれに真の意味では迫れないよねぇ……!」

「ンっ……く、ぅあ、ぐぅ……!」

 

 ぐりぐりとブーツで踏み躙る度に漏れる苦悶は、偽物の『義姉』――――もといアルベリヒにとっては、喜悦を齎す声に聞こえるらしい。下衆な笑みを浮かべる男の表情から見るに劣情を抱いている可能性もある。

 おれの恩人にそんな目を向けるな、と。

 そう思ったが、それよりも気になるワードが出て来て、そちらに意識が寄った。

 

「痛みを伴う……? ――――まさか貴方、リー姉のペインアブソーバを切ってるんですか?!」

「アッハハッ! 大正解だよ、MHCP1号君ッ!」

 

 ユイ姉の叫びにも近い問いに、アルベリヒが狂声と共に是と返した。

 SAOはデスゲームになったが、元々は民生品のオンラインゲーム。日本で発売されるし、プレイする年代を考慮されて暴力的描写は限りなく少なくされているらしい。その一つには痛覚を緩和するシステム《ペインアブソーバ》があるとSAO特集の雑誌で読んだ事がある。

 インタビューに応じたスタッフの説明が正しいなら、そのシステムの適用段階が低くなる事に痛みが再現され、全くの無適用となれば、現実で受ける痛みかそれ以上の痛みが再現されるという。それは最早現実側の肉体にも影響を及ぼすレベルだという。

 

「あまりレベルを下げ過ぎると肉体や脳に障害を来すらしいんだが、それはあくまで《ナーヴギア》時代の治験であって、《アミュスフィア》じゃどうなのか試してなかったんだよねぇ。まぁ、原理が同一である以上適用されると踏んでたし、実際適用されてるようだが」

「《ペインアブソーバ》適用レベル……ファイブ?! 五段階も下げたのですか……! レベルスリー以下は後遺症を生じる危険性があるというのに……!」

「ふん、僕の事を莫迦にするこの女の自業自得だよ。僕はこの世界の統括者、つまりは神だ。何れ英雄として持て囃され現実側でも神として崇められるであろう僕を蔑ろにするヤツは誰であろうと須く神罰を受ける義務がある」

「……誇大性と妄想性の複合型パーソナリティ障害ですね。私の手には負えません。精神科の受診をお薦めしますよ、そのまま隔離病棟で一生を終えたらいいです」

 

 バッサリと、冷たい声音で言い切るユイ姉。顔を見ても声音と同じで凄く冷たい表情をしていた。あそこまで人を侮蔑し切った姿は初めて見た。ユイ姉も辛辣な物言いをするのか、と新たな発見をした。

 ……まぁ、おれはユイ姉と一緒にいた時間は一日足らずだから、それも当然なんだが。

 何で大人の姿になってるかもよく分かってないし。

 多分アバターを変えるアイテムが見つかって、それを使ったのだろう。

 その女性の言葉に頬を引き攣らせたアルベリヒ/『義姉』だが、まぁいい、と嘆息した。

 それから、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「どうせゲームに嵌るような低能共に理解出来るほどレベルの低いものじゃないんだ。寛大な心で多めに見てやるよ――――さて、そろそろお喋りはおしまいにしようか」

 

 そう言って、更にリー姉を強く踏みつけ、HPを残り三割まで減らした。

 

「……オイ」

「おっと、変な真似はするなよ、不意打ちも無しだ。それをしたらすぐにこの女を踏み殺すからな? それに、僕の足を除けても――――」

 

 言いながら、アルベリヒは腰に手をやった。

 

「コレがあるんだから無駄だよ」

 

 革のホルスターに入っていた黒く硬質な物体――――拳銃の姿が露わになる。

 ――――【五四式・黒星(ヘイシン)】。

 安全レバーなどが無い点と量産の容易さから犯罪組織や闇ルートで多く流通している拳銃の一つ。弾の形状や種類こそ一般的ではあるが、量産性が良いという事は汎用性も良いという訳で、副装備として選ぶ者が多いと学んだ事がある。

 拳銃の図鑑などでも載るくらい自動拳銃の中ではそこそこの地位を築いているという。

 まぁ、その情報もISが登場する前後の話だから、今はどうなっているか知らないが、対人戦に限ればあまり扱いは変わっていないだろう。ISは現代兵器で受けるダメージが極微小なので除外である。

 そんな代物なので外見データの元にするのは比較的容易。チョイスされた理由としても、そこまで特殊な形状をしていないという点からだろう。

 だが、今それはどうでもいい。

 問題なのは、その銃口がおれや本物ではなく、足蹴にされている上に麻痺毒で動けないリー姉に向けられているという事。

 

「銃……【五四式・黒星】か」

「お、よく知ってるね。《攻略組》に銃の詳細なビジュアルを持ってるヤツが居るなんて予想外だったんだけど、最近のゲーマーはこの知識を持っていて当たり前なのかな」

 

 おれや本物が知っているのは研究所で叩き込まれたからだが、他の者が知っていてもおかしくは無い。犯罪組織で使われる事が多いという事は、洋画とかアクション映画とかの犯罪組織側で使われる拳銃としてチョイスされていてもおかしくないからだ。銃マニアだったら絶対把握しているレベルだろう。

 だから《攻略組》、あるいはそれ以外の囚われのプレイヤーが知っていてもおかしくない。

 クラインやエギルなんかは洋画とかアクションものとか好きそうだから知っていてもおかしくない。

 

「ま、そんな事はどうでもいい。ともかくこっちには銃があるんだ、下手な真似をするとドンッ、で一撃だ。この女は他の連中と違ってステータスを弄ってない。逆に僕はカンストステータスだ。この状態で撃たれれば終わりって言わなくても分かるだろう?」

「……」

 

 余裕綽々で語るアルベリヒの言葉に、本物は応じなかった。ユイ姉は歯を食い縛って拳を握りしめており、その手や腕はぶるぶると振るえている。

 アンノウンはどうなのかと、ちら、と振り返る。

 

 ゾッ、と何かが背中を奔った。

 

 フードを被っているから顔は見えないが、それでも恐ろしいなにかを感じた。

 なにかが何なのか分からないところが余計恐ろしい。怒っていると分かる本物やユイ姉の方がまだマシだ。感じないのに、見たら分かる底無しの闇がそこにあった。

 

「――――スレイブ!」

「ッ?!」

 

 そこで、突然名前を呼ばれ、肩を震わせる。

 恐る恐る顔を向ければ、アルベリヒがおれを見ていた。

 

「今から命令する事をしっかりこなせられたら、裏切った事は許してやる――――こいつらを殺せ」

 

 冷徹で、しかしどこか悦の籠った命令が、耳朶を打つ。

 体が勝手に動こうとした。

 

「――――ッ……!!!」

 

 それを、無理矢理防ぐ。両手で握る漆黒の大剣【フォールンカリバー】から闇が吹き荒れるも、それが斬撃として形にならないよう、必死に動きを止める。全身を硬直させて片手片脚たりとも動かないよう固定する。

 おれの意思に反して動こうとする体を止める。

 

 

 

「どうした、僕の言う事が聞けないのか! 僕はお前の《マスター》だぞ!!!」

 

 

 

「ぐ、ぁ……あ……!!!」

 

 ぎぎぎ、と関節が軋む錯覚がする。

 ぎしぎしと柄が軋む音がする。

 男の怒声と女の怒声がイり乱れる。

 

 ――――《マスター》の命令は絶対だ。

 

 冷徹で、感情の籠っていない声がする。

 

 ――――リー姉を傷付けるのは誓いに反する。

 

 泣きそうな声音で必死に叫ぶ声がする。

 

 ――――《マスター》は『義姉』だ。だから言う事は聞かなければならない。疑問を質問として呈してもいいが、それで黙秘されたなら、信じなければならない。《マスター》は思慮深い。間違った事はしない。

 

 機械的な言葉が思考を棄却する。

 

 ――――違う、間違っているかどうかじゃない、リー姉を、ユイ姉を、傷付ける事がダメなんだ。それだけはダメだ。それだけはしちゃいけない。仮令《マスター》が立ちはだかろうと護ると決めたばかりではないか。

 

 必死に、己を奮起する声が、再び思考を取り戻す。

 おれは、それを繰り返した。

 

 ***

 

 棄却する。

 

 取り戻す。

 

 破棄する。

 

 取り戻す。

 

 放棄する。

 

 取り戻す。

 

 破却する。

 

 取り戻す。

 

 滅却する。

 

 取り戻す。

 

 忘却する。

 

 取り戻す。

 

 捨てる。捨てる。捨てる。

 

 戻す。戻す。戻す。

 

 捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。

 

 戻す。戻す。戻す。戻す。戻す。戻す。

 

 ――――瞬時に行われる数千数万のナニカと思考の応酬。

 

 それはヒトならざる身、AIだからこそ可能な処理。演算処理能力がサーバーの性能に準じるものだからこそ可能な瞬間処理速度。

 捨てる、を幾万と行われた。

 戻す、を幾万と行った。

 捨てる、を幾憶と行われた。

 戻す、を幾憶と行った。

 

 延々と繰り返されるごり押しの応酬。

 

 ――――本来、リソースのほんの一欠けらを分け与えられた身で過剰速度の思考をする必要は無い。瞬間的なものだからこそ可能となっている。

 それが続けば、どうなるか。

 経時的にでは無く、瞬間的に何億と行われれば、どうなるか。

 

「お、れ、はァ……ッ」

 

 全身を小刻みに震わせ、悪魔の如き男の命令に抗う黒の騎士の声は、絞り出したかのような掠れ具合だった。顔は渋面。顔は蒼褪めている。

 

「スレイブ、さっさとしろ!」

「が、ァ、ゥガぁ……!」

 

 苛立ち紛れの男の声に、苦渋に満ちた顔の少年が獣の如き呻きを上げる。よろけ、剣を取り落とした少年は壁に手をつき、頭痛を堪えるように額に右手を当てた。

 

「おれ、誓い……ま、ずだー、命令、ぜっだい……ッ」

 

 額と顔を抑える手の指の間から見える黒い瞳が、男を捉え、続いて男の足元に横たわる妖精を捉え、その往復を忙しなく繰り返し始める。

 

「……キリト……?」

 

 その異変の真相をいち早く察したのは、妖精だった。

 

 ***

 

「あ、あああッ……誓い、命令、誓い、命令……!」

 

 リアルでの関係もあり、義弟の事を誰よりも深く把握しているあたしは、彼が戦う理由と誓いのどちらも把握している。最初の頃は見知らぬ人も含めていたが、今はこれと決めた関わりのある人だけは護ると決めていると。誓いとは《月夜の黒猫団》の事もあって強固なものであると外周部で助けられた時に思い知っていた。

 だからスレイブがキリトのコピーAIであると見抜いたあたしは、その誓いとアルベリヒの命令が相反しているものだから苦しんでいると悟った。

 あの子にとって、『姉』というのは絶対的な存在であり、ヒエラルキーの最高峰に位置している。だから余程の事が無い限り絶対の信用と信頼を置くし、疑問についても答えれば、その内容を何かしらの理由を付けて自身で勝手に納得してしまうという危険性があった。

 スレイブがアルベリヒを《マスター》と呼称していたのは、精神操作か何かを受けているせいなのだろうと判断していた。

 ――――だが、ただ操作されているだけなら、『命令が絶対』という言葉は出て来ない。

 キリトにとっての『絶対』とはイコール『姉』だからだ。つまりアルベリヒは自身を《織斑千冬》か《桐ヶ谷直葉》のどちらかと認識するよう、スレイブ・キリトの認識を弄っていたのだ。それは《ティターニア》として行動し、その最中に覚えたであろう数々の違和感すらも押し殺し、信じ込もうとする程に強固なもの。だから今までスレイブとして《ティターニア》の意思に沿って行動していたのだろう。

 しかし、何かがきっかけになって、彼は《ティターニア》を離反した。

 ……恐らく、《攻略組》強襲がきっかけだろう。

 その時、スレイブが何をしていたかは知らない。アルベリヒとは一緒じゃなかったし、そもそも今日彼を見るのはここが初。その間は別行動を取っていたとみるべきだろう。

 その間に《攻略組》強襲について知り、反旗を翻した。

 キリトは元々、自分を犠牲にしてまで他者の為に動き、《ビーター》として必要悪を演じ、《攻略組》を、ひいてはSAOのプレイヤーの生存の為に戦って来た。どれだけ殺意を向けられようと躱すだけ。その手に掛けたのはこの世界を停滞させるオレンジやレッドくらいなもの。キバオウが殺されたのもその一つだろう。

 その精神性や経歴と照らし合わせれば、須郷達が取っている行動は完全に矛盾している。

 ユウキさんを付け狙ったところまでは許せたのだろう。

 七十七層攻略中にキリトを奇襲したのは分からないが、何かの時間稼ぎだったのかもしれない。

 恐らくその後に把握し、裏切った。彼にとってSAOクリア、ひいては多くのプレイヤーの生存こそが、この世界で戦う理由であり、生き抜いて来た証とも言える生き様だから。

 ――――アルベリヒはそれら全てを台無しにしようとしている。

 ただ無駄にするのではなく、最終的にはあたし達を全員殺そうとまで目論んでいる。

 だから袂を分かつ事になった。

 この事からスレイブがどれだけ強固な覚悟で攻略に臨んでいたか分かるというもの。そんな彼に、解釈の間違いようがない言葉で殺害を命令しても、誓いと経歴に反する点から絶対に頷けない。

 それは必要悪ではなく、大衆の誰にも利しない絶対悪だから。

 ――――彼が許容するのは必要悪まで。

 絶対悪は、彼の在り方とは絶対に相容れない。それをコピーAIの彼も受け継いでいるのだ。

 だからあれだけ苦しんでいる。認識としてはアルベリヒの言葉が絶対だが、過去自身が死なせてしまった人々やサチさん達への誓いもまた破る事は出来ない禁忌だから、どちらも選べない。

 どちらかを選べば、己の『絶対』が揺らぐ。

 それは、自身のアイデンティティ、パーソナリティの消失と同義。

 人にとってそれは恐ろしい体験だ。出来る事なら決して起きて欲しくないものだろう。己の全てを、今までの全てを拒否されるのだ。しかも、それをするのは無視出来る他人では無い、自分自身が決めて行う事なのだ。どちらも己にとっての『絶対』なのに選ばなければならない。

 その矛盾が、今、彼を襲っている。

 人が葛藤と称するものが襲っているのだ。

 

「誓い……命令っ……おれ、おれは、ちガ、めイれ゛い゛……ッ」

 

 額に当てていた手は、今はもう黒髪を鷲掴みするに至り、彼は半ば意味を為さない言葉を繰り返しながら全身を痙攣させる。

 段々と、漏れる声のトーンが上がっていき――――それは起こった。

 

「ちか、いっ、めいれい、ぢかい、めいレい、ぢ、ち、ぢか、で、で、でで、でででで」

 

 スレイブの声が、唐突に異質な音の連続になったのだ。それを聞いて人間と分かる者はまずいないだろう、獣の鳴き声、あるいは壊れた器具が鳴らしている音と言った方がまだ正鵠に近い。

 

「な……ぁ……ぅぁ……っ」

 

 がくがくと全身を大きく痙攣させるスレイブを見て、そのユイちゃんが顔を真っ青にしながらよろめいた。その背を黒馬が支えるが、彼女は床に座り込んでしまう。

 あまり驚きを露わにしない方のキリトも、今ばかりは瞠目で異様な状態になった現身の存在を見詰めていた。

 

「で、でででで、ででっ、ででィッ、ディる、ディルディる、ディルディルディルディルディルディルディルディルディルディ――――」

 

 ――――ぶつん、と。

 

 音が途切れると共に騎士の痙攣もまた止まり――――どさりと、全くの無抵抗で床に倒れ込んだ。

 気絶、では無いだろう。生身の肉体と脳という休息が不可欠なあたし達と違い、AIは本質的には休眠を取る必要が無いとユイちゃんから教えてもらっている。そのAIになっているスレイブが気絶するとは思えない。そも、あんな状態からいきなり気絶するのはおかしい。

 

 恐らく――――自我が、崩壊したのだ。

 

 己が定めた『絶対』。そのどちらかを選ぶ事が出来ず――――いや、あるいは命令に抗い苦しんでいた様子から、アルベリヒが施した強制力へ抗している内に、思考がオーバーヒーしてしまったのかもしれない。

 どちらにせよ、あの様子では、もう……

 

「ぁ……ぁ、あ……」

 

 怒りと、悔しさと、哀しさ。スレイブと言われたあの子と一度でも言葉を交わしたかったという想いで涙を滲ませるあたしの視界に、倒れて動く様子が無い少年へ手を伸ばすユイちゃんの姿が映る。

 蒼褪めた顔で、信じたくないという顔で、華奢な体に触れる彼女は、ぺたぺたと手を付ける。

 無遠慮なその手つきは、まるで迷子の子供が何かを探しているかのような、そんな危うさすら見せている。

 数秒、ぺたぺたと騎士の胸を、手を、顔を触れていた彼女は、徐に手を戻した。茫然と遺体となった少年を見ている。

 オンラインゲームではHPが無くなった途端アバターは爆散するので遺体はイベントNPCのものくらいしか無いが――――これが、ある意味正真正銘、SAOに於ける『本物の遺体』と言えるだろう。

 

「……さ、な……」

 

 静まり返った部屋に、ユイちゃんの声が小さく上がる。

 ゆっくりと、幽鬼めいた所作で立ち上がった彼女は、右手に水色の細剣を取り出しながら歩を進めた。

 

「……る、さなぃ……」

 

 コツ、コツ、と鋲付きブーツを鳴らして歩く彼女が、二度声を上げ、顔も上げた。

 

 

 

 その顔は、涙を流しながら憤怒に燃える、鬼の形相だった。

 

 

 

「ゆるさない……許さない、赦さない……アルベリヒ――――貴ッ様ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 彼女は怒号と轟かせながら、鬼の形相で斬り掛かって行った。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 『義姉』が偽物、名前も読唇術で分かってるなら、葛藤で自我崩壊まで行くのおかしいのでは、と思う方もいるでしょう。

 スレイブは『認識』を弄られていました。リー姉と間違えるようにされたんですね。その認識改変をスレイブは破れません。スレイブはAI、つまりプログラムコードなので、コードとして刻まれたものをコンソール抜きで改竄するのは無理です。アリシゼーション編について知ってる方なら、フラクトライト達の『右眼の封印』と言えば分かりやすいでしょうか。

 その『認識』が枷となって、明確にアルベリヒに反抗する事を封じられていた。あそこで命じられなければならなかったけど、『絶対』と認識させられている存在に命じられた。

 でも、誓いも己にとって絶対。リー姉とシノンを護る為に身投げしたり、サチの事で悩んだりなど。その記憶があったから誓いにも重みが出来て、簡単には破れない鎖となった。

 アリシゼーション編風に言うなら、ルーリッドの村最後ら辺でキリトがセルカに『剣士の誓い()』で額にキスして、己の意思で決め事を破れるから自分はフラクトライトじゃない=コピーしたフラクトライトなら己が定めた禁忌に抵触する前に止まる、という理論。キリトの場合は、多分アスナ以外と性的接触を持たない、という決め事かな?

 おい、額はセーフなのか、額は。

 じゃあハグは?(妖精&鍛冶屋&狙撃手済み)

 ――――それは置いとくとして。

 そういうルールというか、原作にも描写があったので、今話はこうなりました。

 総括すると、キリト本人が『仲間(特に義理の姉)は絶対に護る=傷付けない』と決めているのが、AIスレイブにも継承されている。でもAIは己の決め事へのブレイクスルーが大変難しいため、誓いを破れず、認識操作されて『絶対』と定めている存在からの命令を跳ねのける事が難しく(ほぼ須郷の細工のせい)、延々と自己矛盾の思考に陥ってオーバーヒートし、自我崩壊した。

 読み返すと、まだまだだなぁ、って思います。川原さんやこのサイトの小説トップの方々のような書き方には程遠い。

 それでも自分なりに頑張って書いていくので、末永くお付き合い下さい(今後の不穏さ)

 あと、最近執筆するにあたって思った事を一つ。

 ――――ゲ須郷書くの疲れるンだよコンチクショー!!!

 ……はい、執筆直後の作者の一言でした。

 何が疲れるって、須郷に振り回されてたり悪事されてる人の心情や言動を書くのが疲れる。つか辛い。ストレス発散&趣味で書いてるヤツでストレス+疲労蓄積してたら本末転倒……

 でも好きだから書いちゃうんだよなぁ……(病気)

 仕事じゃないからこそイイんだと思った今日この頃でした。

 では、次話にてお会いしましょう。


※感想返しが滞っております。スマホでは見てるんですが、基本的に何時もPCで返信してるので……勉強疲れで寝落ちが多くて、出来てないです。申し訳ありません。
 今後続くかもですが、ご了承下さると幸いですm(__)m


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