インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 そしてお久しぶりです、黒ヶ谷です。

 年末年始投稿してなかったのは、ネット環境(Wi-Fi)が無い実家に帰省していたためです……!

 今話の文字数は約一万。

 視点はオールユイ。

 文字数が少なくなったのは、ほら、キリト(本気)対《ティターニア》&ホロウ勢のカードでも勝敗が見えてるせいで、これ以上展開を広げられなかったため。それもこれも実力雑魚なアルベリヒ達が悪いんや……!

 尚、ホロウ達の実力は本物と同等の模様()

 味方が混じる乱戦でないならキリトの独壇場だからね、仕方ないネ。

 ではどうぞ。



 ――――キリトがややおかしいテンションですが怒りの沸点が天元突破してるせいでおかしくなってるのだと解釈して下さい。





第百二十四章 ~フィンブルヴェト~

 

 思考が白熱する。造られた心と創った心に怒りが渦巻く。

 己と等しい存在となった愛し子の唐突な終わりを見て湧き上がった怒りは底無しと思える程に深いものだった。常日頃から冷静さを失わないよう心掛けていたが、それも無意味な程の勢い。身を焦がす錯覚を覚えるほどの熱量が胸中に生じていた。

 怒りのままに駆け、華美な装いの男へと距離を詰めた後、細剣を振るう。

 青の軌跡を描く斬撃は、しかし紫の障壁に阻まれる。どれだけ押し込もうと決して剣尖はそれ以上進まない。この男にだけ与えられている権限――――ゲームマスター権限により付与された【不死属性】が、こちらの剣戟を阻んでいた。

 そして、世界が《神》と認めた者を傷付けようとした者への制裁が発動する。

 剣尖が突き立つ障壁から放射状に衝撃が放たれたのだ。それはこちらの総身を叩く。

 ビリビリと、痛みのない痺れが全身を襲う。

 

 ――――だが、決して退かない。

 

 退く訳にはいかない、という訳では無かった。むしろ身の安全を図るには退くのが一番だ。それは頭で理解していた。

 だが、私は退かなかった。

 それは愛する者を殺された怒り故。

 スレイブは確かに愛する少年本人とは言えない。仮令過去が同一であろうと、それで同じと見ては、どちらの『彼』にも失礼に当たる。故にこの怒りは異性愛のそれでは無い。

 この怒りは、家族愛によるものだ。

 彼がオリジナルであろうとAIであろうと、過去が同一であるならば、彼らは等しく自分の義弟と言える。彼らは素性を明かしていなかったが、間違いなく《キリト》の現身。こちらを拒絶していたならともかく、スレイブは私を求めていた――――故に私は、彼を義弟として受け入れていた。

 義弟を殺された怒りが私に後退を選択させなかったのだ。

 

「う、ぁああッ!」

 

 衝動に従って前進し、剣を振るう。翅のように軽く感じる鋼の刃で貫かんとするが、それらは全て障壁によって阻まれる。

 その度にシステムの制裁が総身を襲う。

 細剣を取り落としそうになるが、全力で抗い、攻撃を続行する。

 

「クッ……! AIのクセに、僕に歯向かうな!」

 

 苛立ちで表情を歪めた男が言って手を払う。衝撃で硬直していたため躱せず、払う手によって細剣を弾かれてしまった私は、次は黒と白一組の片刃片手直剣を取り出した。右手に黒、左手に白の剣を握り、男を見据え、斬り掛かろうと右腕を振りかぶる。

 流石に分かりやすかったのか、一歩後退された事で、空振りに終わった。

 

「しつこいんだよッ!」

 

 カンストステータスでバックステップしながら、アルベリヒは左手を振ってシステムメニューを喚び出す。

 その行為の意味する事にすぐ思い至った。あの男はこの部屋にいるプレイヤーに一斉に麻痺毒を発生させ、無力化するつもりだ。その範囲が厳密に部屋の中なのか、あるいはそれ以上の迷宮区ワンフロアなのかまでは分からない。だが、最悪オリジナルの義弟すらも纏めて無力化される可能性はある。

 

「さ、せない……ッ!!!」

 

 紫のウィンドウを視認してから間髪入れず、私は全力で踏み込み、アルベリヒとの距離を再びゼロへと詰める。

 幾らカンストステータスでバックステップしようが、働く慣性はダッシュの方が上だ。追い付ける事は確信していた。

 問題は、どう足掻いてもウィンドウ操作を止められない事。

 これが《圏内》で、アルベリヒがただのプレイヤーであれば止められた。《圏内》により付与される【不死属性】、もとい圏内コードによる障壁は、攻撃側の攻撃力値や威力に比例してノックバック等が被攻撃側に発生するという仕組みになっているためだ。だがGM権限により障壁を発生させているアルベリヒの場合、攻撃側に衝撃が発生する仕組みになっており、被攻撃側には一切デメリットが発生しない。

 だからどう足掻いても私では止められない。

 いや、カンストステータスである以上、私でなくとも止められない。一応《圏外》なのでダメージが発生しないレベルであればアルベリヒのアバターに接触可能ではあると思うが、あの男のステータスに勝てる者は、この世界にはユウキさんだけ。彼女は今この場に居ないからどうしようがない。

 だが仮令止められないとしても、だからと言って諦める理由にはなり得ない。

 腕を止められない。操作の妨害が出来ない。だから諦める――――そんな利口な事が出来るなら、そもそも怒りで先走ったりなどしていない。

 ――――愚かだと、人は言うだろう。

 それを否定はしない。仮令その行動が愚かだと、意味のない行動だと理解していても、それでも私は、スレイブやホロウキリト――――義弟が殺されたなら、殺した者への怒りを抑え込みはしない。

 

 

 *

 

 ――――後で思い返せば。

 

 私は、この時点で恐らく諦めを抱いていた。

 GM権限の絶対性を、自分は管理区のスタッフNPCとして、それ以前にMHCPとして一部持っているからこそ、プレイヤーよりも遥かに理解を持っている。だからこそ諦めがあったのだと思う。誰も叶わない――――どう足掻こうが、もう終わりなのだ、と。

 だからあの衝動的な行動を躊躇わなかったのだ、と。

 その思考が、行動が、間違いだったとは思わない。

 

 ただ、そう……――――見誤っていたのだ、私は。

 

 義弟の価値を認める者は、人にも、AIにも居る。

 

 で、あるならば。

 

 統計的データに基づいて優れた者へユニークスキルを与えるシステムそのものが彼を認めていたとしてもおかしくない事を、私は見過ごしていた。

 

 *

 

 止められないだろう、という予想を抱きながらも斬り掛かった私は、その刃が障壁によって阻まれるのと同期するように全身から力が抜け、床に身を横たえる事になった。HPゲージを見れば麻痺毒の黄色に明滅しており、アイコンも付与されている。

 後方からは馬の嘶きと共に床に倒れる幾つかの音も聴こえて来た。

 把握している限りGM権限による麻痺毒付与も、実際はゲームに存在する状態異常を強制的に引き出すもののため効果時間が存在する筈だ。

 最低レベルで数分、最高レベルで三十分。どのみち数分もあれば殺されるのは間違いないので最早レベルは関係無いのだが。

 視線を上に向ければ、嘲笑と共に見下ろしてくる男の視線と衝突した。

 

「ふん、漸く静かにな――――」

 

 ドゴッ、と。

 鼻で嗤ってから喋り始めた男は、いきなり横から飛んできた何かに吹っ飛ばされた。その後を視線で追えば視界に映る男の緑のゲージの端が僅かに白くなっているのに気付く。

 男の胴体には極太のランスが突き刺さっていた。

 馬上槍と言える形状のそれは《長槍》に分類されており、刺突に特化している反面、斬撃攻撃が出来ない。振り回した時の攻撃属性は打撃になっているため刺突に強い敵が現れた時には心強いのだが、種類が少ない点から使い手が少ないものだ。そもそも《長槍》の使い手が少ないというのもある。

 それがいきなり飛んでくる理由など一つしか浮かばない。

 キリトだ。自分と同じく《ⅩⅢ》を持っている彼であれば、虚空から武器を召喚し、死角から攻撃するなど造作も無い。

 ――――しかし、何故。

 麻痺毒に冒されている自分には《ⅩⅢ》を操作できない。あの召喚武具は装備者が武具を操れる状態であれば使えるものである、だからスタン等の行動不能に陥っている間は扱えない。

 逆説的に今の彼は麻痺毒に陥っていない事になる。

 麻痺毒を付与する原因がMobによる確率的なものであれば分かる。彼には確率系の状態異常を全て無効化する装備がある。

 だが今の麻痺毒付与はGM権限による強制的なもの。発生確率は一〇〇パーセントで防御不能のもの。

 どうやって回避したのだ、と思考が回る。指定が部屋の中、あるいは私単体であれば分かるが、あの操作の速さからして後者は無い。であれば部屋の中限定にしたのだろうか、と思う。

 GM権限の麻痺毒を無効化出来る筈が無いから、効果範囲が部屋の中だけだったのだろうと思う事にした。

 それでも、GM権限による障壁がある男のHPを削った事には疑問が残るが。

 

「き、貴様ぁッ!」

 

 極太のランスを抜いて上体を起こしたアルベリヒは右手に持つ拳銃を持ち上げ、射撃体勢を取った。間髪入れず引き金が引かれ、たん、たん、と乾いた音が数度響く。

 ――――だが、着弾した音は響かない。

 彼が履く鋲付きブーツがあげる音は、発砲音と同期するように規則的なステップを刻んでいる。麻痺毒で動けないせいで見れないが、どうやら銃口から弾道を予測し、引き金が引かれるタイミングに合わせて左右にステップを踏んで回避しているらしい。

 

「な、何故だ、何で当たらない?! 亜音速だぞっ?!」

 

 発砲の速度が上がる。だが、それでも着弾の音は上がらず、呻きも無い。ステップの頻度が増えたという事は全て回避しているのだ。

 

 出来てもおかしくはない、と私は思った。

 

 現実側で傭兵稼業をしているPoHにより、研究所で鍛えられたという彼だ。当然銃火器を扱った訓練もしているに違いない。であれば、素人の射撃を回避するのは容易な部類に入るだろう、ましてや機関銃でないなら尚の事。

 そう理解している私の内心は複雑だった。

 彼が積み重ねた経験が活かされている事は嬉しさを覚えるが、研究所での経験や酷い実験が生き永らえる要素となり得ている事は素直に喜べない。経験は所詮経験、そう言ってしまえばそこまでだが、生き残るには捨てられる事が必須だったと言われているようで嫌なのだ。

 そんな事を言っても詮無い事なのだが。

 時を戻せる訳でも、過去を無かった事に出来る訳でもない。彼の場合、どちらもしてはならないのだから。

 

「くそっ、こうなったら……!」

 

 どれだけ連射しても見切られ回避される結果に苛立ったアルベリヒは、撃ちながら左手を振り、システムメニューを喚び出した。

 

「さっきので何故麻痺にならなかったのかは分からないが、今度はそうはいかないからな!」

 

 左手で手早くウィンドウを繰りながら男は言う。発言から、再び麻痺毒を掛け、彼を無力化しようという魂胆が透けて見えた。

 それに内心焦りを覚える。

 

「キー、マズいです……!」

 

 焦燥が口を突いて出るが、麻痺のせいで囁き程度の声量しか出なかった。徐々にアルベリヒとの距離を詰め、視界に入った彼に届いたかは定かでは無い。

 

「一度、このフロアに居る連中の状態をリセットッ!」

 

 連続でウィンドウを繰りながらの男の言葉。それを契機にしてか、HPバーの下にあった麻痺毒のアイコンが消失し、体の自由が戻る。

 

「させない――――ッ!!!」

 

 認識してすぐ、上体を起こしながら数多の武器を召喚し、男に向けて射出する。狙うは顔面。衝撃が届かなくとも顔を集中的に狙われれば行動に遅れが出るだろうと予測してそこを狙った。

 障壁に衝突して発生した光は、しかし男の手を遅らせるに至らなかった。

 

「そして再度! 全員に麻痺毒をせ――――」

 

 いちいち声に出しているのはボイスコマンドで設定しているのか、それとも操作手順を口に出しているだけなのか、あるいは集中力を高める為か、飛来する武器の衝突音や光が襲う中でも変わらず操作を続けるアルベリヒ。

 もう間に合わないと、そう思った時。

 

 一本の長大な槍が、男を縦に貫いた。

 

「ガァ……?!」

 

 どこからともなく出現し、男の頭部から股下まで一直線に穿った槍は、徐々に空中へと浮き上がって男を宙吊りにする。口から穂先が生えたようになっている男は言葉を発せない状態になっていた。

 ならばと思ったか、男はシステムウィンドウの高さを合わせ、操作しようとする。

 

「させるかよ」

 

 何時にない重圧を伴った声が聞こえた途端、男の左手が氷に包まれる。

 青白い霜は手から徐々に波及していき、肘、肩をも凍てつかせ、数秒の間に頭部を残して全身を凍てつかせるに至った。関節部を覆う氷は一際分厚い。

 凍り付いた状態では関節を動かす事は敵わない。上半身はおろか、体幹をも凍らされた以上、アルベリヒはどう足掻いてもメニューを操作する事が出来ない。槍が喉元を貫いているため発声もままならない以上はGM権限もマトモに行使出来ないだろう。

 

「ング、がァ……ッ!」

 

 一本の槍に貫かれ、空中で凍り付かされた男に近付く少年。彼を見下ろす男の眼つきは忌々しげに歪んでいる。体を動かそうとしているのか霜がハラハラと舞い散っていた。

 その様を近くで見上げる少年。

 横顔は嫌悪と苛立ちに満ちていた。

 

「……フン」

 

 苛立ち紛れに鼻を鳴らした彼は踵を返し、こちらに近付いて来た。彼はすぐ傍まで来ると腰のポーチから黄色の結晶体――解痺結晶――を取り出し、麻痺を解除しようとしてくれる。

 しかしコマンドを口にしても、結晶が砕け散る事も、麻痺毒が解除される事も無かった。

 

「……」

「恐らく、GM権限によるものだからかと……長くても三〇分で解除されると思います」

「なるほど」

 

 それはある程度予想出来ていたのか、軽く頷くだけの彼は、特に動じる事なく私の腕を掴んで引っ張り始めた。

 

「……何をしてるんです?」

「担ぐ」

「え? ちょ、まっ、ひゃ……?!」

 

 酷く端的な答えに呆気に取られた直後、彼は肩を貸すような体勢で私を立たせた。麻痺毒で利き手と頭部以外に力が入らないため彼に全体重を預けるしかない私は羞恥で顔が熱くなるのを自覚する。

 抗議を含めた視線を向けるが、義弟は意に介してないとばかりに無反応のまま私を運ぶ。

 運んだ先には同じ様に麻痺毒で倒れている黒馬と、麻痺毒判定はあるが生気のないスレイブがいた。ヴァベルは麻痺毒に掛かっていなかったらしく近場に佇んでいる。

 

「ヴァベルも麻痺にならなかったのか」

 

 どうやら彼も把握していなかったらしく、やや意外そうに言った。ヴァベルは小さく頷きながら床に転がったままのスレイブを抱き上げる。

 カクン、とスレイブの首が重力に従って曲がる。

 

「……ッ」

 

 その様を見て、口の端を噛む。

 アルベリヒが認識改竄を施していた事により、己が《絶対》と定めた事象の板挟みに遭い、自我崩壊を起こしてしまった少年の姿。それは決して他人事では無いのだ。アレは自分にも当然起こり得る事である。

 MHCPとしての使命。

 義姉としての想い。

 己の存在意義は前者に重きを置かれているが、自分自身の意思としては後者を蔑ろにすることは出来ない。

 

 ――――何時か私もああなるのだろう。

 

 それはオリジナルとホロウの彼らのどちらを取るか、という議題があるから。どちらも自分にとっては義弟であり、どちらも大切な存在だからこそ、選べない。

 でも、選ばなければならない。

 分かれ目はMHCPとしての使命を優先するか、否か。優先するならオリジナルを、しないならホロウを選ぶ事になるだろう。義姉としての想いは両方に共通して存在するのだ。

 出来る事なら、どちらにも生き残って欲しい。

 ……それが決して不可能である事は理解している。それでも願うだけならタダだ。この願いは捨てたくない。

 ――――そう思考していると、ガシャガシャと騒がしい足音が耳朶を打つ。

 

「《ティターニア》のメンバーが……!」

 

 彼に担がれ、一緒に馬のお腹を枕にするように寝かせられたアスナさんが言った。視線の先では《ティターニア》のギルドタグが付いた男数人と《攻略組》のホロウ達が部屋に入って来る様が広がっていた。

 

「ぼ、ボス?! なんでそんな……!」

「んがががァッ!!!」

「お、おい、さっさと殺るぞ! お前ら、さっさと行け!」

 

 串刺しにされた上に氷漬けで束縛されている自分達のボスの惨状を見て、やや慌てる男達は、率いているホロウ達に指示を出した。

 命令されたホロウ達はうつろな表情と眼で武器を構える。

 そのホロウの面子には復讐の槍使いと神童もいた。槍使いケイタに関しては、こちらでうろついているところを捕獲されたのだと思う。

 神童に関しては《アミュスフィア》を使っている関係上大丈夫なのか微妙なところだが、リー姉に行う前の試験台にされたのだと考えれば違和感はなかった。《アミュスフィア》でも改竄が可能だと分かれば彼女も容赦なく行われていたのは想像に難くない。

 

「絶対逃がさん……!」

 

 因縁ある者も含んだホロウ達の半分が拳銃を、もう半分が得意の武器を構えるのを見た彼はそう言って、水の細剣アクアリウムを右手に取り出し横に寝かせながら翳した。すると彼の眼前にドーム状の渦巻く水が出現する。渦巻く水はホロウ達が撃つ弾丸を絡めとり、無力化していく障壁となって、私達を守ってくれたのだ。

 それと同時に、《ティターニア》メンバーの最後の一人が入ったのを境に、その扉は無数の武器が幾重にも重なって形作った壁により塞がれる。逃がさない、という固い意思が見て取れた。

 更に、刀身からは水が溢れ床を濡らす。床に落ちた水は決して私達の方には近寄らず、ホロウや《ティターニア》メンバーへと一直線に広がっていく。

 ホロウ達は足元が濡れようとお構いなしに銃を撃ち続け、あるいは愛用の武器を手に走り続ける。

 駆け寄ろうとするホロウ達は、虚空から襲い来る武器の雨に押されて中々前進出来ないでいた。カンストステータスのためHP量と防御力が膨大で殆どダメージになっていないが被弾時の衝撃やノックバックはあるためだ。

 更に《長槍》や《短槍》に多い貫通属性――刺さっている間は一定間隔でダメージが発生する属性――の武器ばかり刺さっているため、一つ一つは大したこと無くても総合して無視できないダメージ量になっていた。貫通属性のダメージは割合ダメージ、そのためどれだけHP量や防御力が膨大だろうと関係無いという、ほぼPKに特化した仕様を彼は突いているのだ。

 ホロウはAIプレイヤー。AIと一口に言っても、その行動はプレイヤーのログを参照にしたものであるため、HPが減れば回復や回避行動を優先する。余裕があった時は前進していた彼らも数秒につき二割ほども削れるとなれば行動を変えざるを得ず、結果的に前進する事が出来なくなっていた。

 恐ろしいのは、彼はホロウを殺すつもりで攻撃を放っている事。

 殺害を前提にした攻撃は一切の情け容赦がないものであり、どれだけ後退しようと、彼は執拗にホロウ達を殲滅すべく数多の武器を虚空より飛来させる。耐久値も彼の体力と結びついて実質無限なため、地面に落下したものは障害物として彼らの行動を制限する。そのせいで余計前進は阻まれていた。

 そして唯一有効打となり得る遠距離攻撃は拳銃とホロウシノンの《弓術》だが、どれだけ攻撃しようと水の障壁がそれらを阻む。

 

「ん……? おい、何だこれ……水?」

 

 その異変に最初に気付いたのはアルベリヒの部下の一人。その時点で、床のほぼ全てが薄い水に覆われていた。ぴしゃぴしゃバチャバチャとうるさい程に水音が鳴っている。

 す、と。徐に彼が空いている左手を挙げる。

 ――――ばしゃあ! と、床を浸していた水が一斉に天井に向かって落ち、ホロウ達を一斉に濡れ鼠にした。

 ホロウ達は忠実に命令をこなし続ける中、男達は慌てふためく。だがそれも僅かな間で、HPが減った様子が無い事からすぐ落ち着きを取り戻した。

 

「な、何だよ、濡れただけか……」

「こんな事をして、一体何がしたいんだ、アイツ……?」

 

 そのまま、流れるように彼を見る男達は、彼の真意を悟ってなどいなかった。

 今のアルベリヒの状態を見れば、何故全員を濡れ鼠にしたのかすぐに分かろうものなのに。

 

「――――《ティターニア》。アンタら、ALOから来たらしいな」

 

 銃撃を、ホロウ達の前進を阻みながら黒の少年が語り掛ける。訝しそうに男達は見るが、それを無視して、彼は言葉を紡ぐ。

 

「ALOは北欧神話を基にしているんだろう? 魔法の詠唱も、古ノルド語を基にしていると聞いた。なら、《神々の黄昏》についても――――それが差し迫った前兆についても、当然知っている筈だ」

 

 一瞬、何を言い出したのだろうと思うが、【カーディナル・システム】に検索を掛けて理解する。

 《神々の黄昏》。通称ラグナロクと言われるそれは、北欧神話に於ける世界の終わりを意味する事象。神ロキが冥界の神ヘカテーやフェンリルなどをぶつけ、オーディン率いる神々と戦う神々の戦争。その激しい戦の末に世界は太陽を喪い、星々が消え、炎と煙が吹き上がる中で大地は沈没し、滅亡する。

 ――――彼が言っているのは、その前兆となる事象。

 古ノルド語で『フィンブルヴェト』。

 

 日本語では――――『大いなる冬』。

 

「――――“フィンブルヴェト”」

 

 ――――宣言は、静かだった。

 

 迸る戦意と隠されぬ殺意とが入り混じる闘気に反し、冷厳さすら感じるその発声は、それを向けられていない自分ですら怖気を覚えるほどだった。

 その怖気が具現化したように、眼前の光景も様変わりする。

 まず、風が吹いた。

 びゅぅ、と一陣の優しい風だ――――それは触れた敵対者の悉くを凍てつかせる無情の冷風だった。ずぶ濡れのホロウ達はその全てが一瞬にして凍り付く。男達はその様を愕然と見ていた、敢えて外されていたのだ。

 それから、剣が降り注いだ。

 雨霰と降り注ぐ凍りの刃に頭頂部から貫かれたホロウ達は、その圧倒的な質量と、虚空より降り注ぐ貫通属性の武器群により、次々と消滅の一途を辿る。

 

「――――魔法について聞いておいて良かったよ。《ⅩⅢ》を十全に扱うには具体的な想像が要だから」

 

 ガシャガシャと、氷の彫像となったホロウ達が立て続けに砕け散り、粉砕されていく中で、朗らかな声音で少年が言葉を発した。

 だが、この状況で本当の意味で笑っている筈もなく。

 彼の横顔は――――憤怒を突破した殺意の笑みに彩られていた。

 

「アンタ達のお陰だ。アンタ達がSAOと繋げる実験をしていたから、俺はリーファからALOの事を聞き知って、より具体的な想像を練る事が出来るようになった」

 

 皮肉だな、と。彼は哂う。

 彼の背後では冷風が吹き荒び、ホロウだった氷の破片が浮き、結晶へと変わる。結晶は更に大きな結晶体となり、更に形を変えて巨大化していく。

 その果てに出来上がったものは――――

 

「アンタ達の実験が俺に力を与えたんだ。その礼だ、受け取って――――くれるよな?」

 

 巨大な、氷の狼。

 生き物ではない為に音ならぬ咆哮を上げた氷の狼は、矮小な人間たちを睥睨し、獰猛な牙を口の端から覗かせた。

 

「う、狼狽えるな、氷なんだから砕けば終わりだ!」

 

 部下の一人がそう奮起して拳銃を撃つ。氷狼は巨体故に全弾受けるが、そもそもHPゲージなど無い存在だから当たっても意味がない。当たった部分の氷は削れるが、彼のイメージによって埋められるため、終わりがないイタチごっこである。

 ……今更思ったが、あの拳銃に残弾の縛りはあるのだろうか。

 

「こうなったら……!」

 

 銃では埒が明かないと思ったらしい部下の一人が、足元に転がっている長棍の一つを手に取って駆け出した。どうやら砕けばいいと思ったらしい。

 ――――ここで、私はてっきり氷の狼を操って、男を凍らせ、押し潰すものと思っていた。

 だが彼はどれだけ男が近付いても狼を動かそうとしない。何故、と首を傾げている間に、男が長棍を狼の右の前脚に叩き付けた。

 ガシャン、と脚の氷が砕ける。

 カンストの筋力値で、防御力値など存在しない破壊可能オブジェクトを叩けば、砕けるのは当然だ。分からないのはそうと分かっている筈の彼がどうして狼を動かそうとしないのか。

 

「はっ、何が力だ、簡単に壊せるじゃないか……って、な?!」

 

 その疑問は、すぐ氷解した。

 両手棍で前脚を砕いた男は、しかし動こうとしなかった。否――――前脚を叩いた両手棍とその手が、まるで接合されたかのように凍り付いたからだった。

 

「ひ、ひぃっ?! て、手が、凍って?! お、お前ら、助け――――」

 

 男はそのままアッサリと氷の彫像と化した。

 両手棍と手が凍り付いてから全身に波及するまでに要した時間はおよそ三秒。たったの三秒で身動き取れなくなるまで凍て付かせたのだ、彼のイメージは。器用な事に呼吸が出来る穴は作っているのか男のHPゲージは一切減っていない。PKしたらこの場から逃げられる事になるため、決して殺さないよう調整している。

 生かさず、殺さず、無力化する。

 それを狙ってやっているのだから恐ろしい。しかも、ほぼ真似できないような手段で。

 

「何だ、来ないのか。ならこっちから行かせてもらう。アンタらやり過ぎたんだよ――――これは、そう……報復だ」

 

 最後の一言を、殺意の笑みから無へと表情を変えて言い放った彼は、上げ続けていた左手を振り下ろし、狼を前進させた。

 狼は触れる者全てを凍らせ、彫像へと変えていく。出入口に男達は逃げるものの彼が喚び出した武器が壁となって塞いでいるため、最終的には固まった状態で凍て付かされ、無力化された。

 そうしてGM権限を悪用する者達は捕らえられたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 “フィンブルヴェト”はユイの解説通りの事象です。Wikiを参照しました。ゲームの魔法名でも氷属性最上位系のヤバめなヤツな事が多いですしね。『テイルズオブシンフォニア ラタトスクの騎士』に出て来るドS女性の秘奥義がコレです。

 《ティターニア》を襲った冷風、氷の剣、最後の狼は、“フィンブルヴェト”を象徴する三つの冬の名称です。『風の冬』『剣の冬』『狼の冬』を総称して“フィンブルヴェト”だとか。

 北欧神話繋がりという事でリー姉から聞いていたと納得して頂ければ幸いです。

 ほら、原作でもリーファとシノンは北欧神話について詳しいし、ね……?

 尚、古ノルド語がどうとかについてはスルー安定。

 ……今気付いたけど、HRのDLC2で追加された雪ステージのエンブレムギミックの風、剣、狼って、コレの事だったんじゃね……?(今更)

 取り敢えず、今後キリトを敵に回したら即終了なのは目に見えてますね……(白目)

 狼作ってぶつけて、壊れても修復可能で触れれば凍り付くって対人戦最強でしょ。リー姉は何という力(知識)を与えてしまったんだ……(大歓喜)

 アルベリヒ達については今後。

 ――――漸く、漸く話を進められるんや……!!!

 では、次話にてお会いしましょう。


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