インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 忙しいけど少しなら打てるから、投稿予定曜日の決まりを破って出来る限り投稿しようと思い至った今日この頃(不吉) 来週以降は出来ないですね(確信) 暫く曜日すら不定期なので目に付いたら見るくらいの気持ちで構えて頂ければ幸いです。

 今話は前半クライン、後半ホロウキリト。

 ホロウキリトはアンケートで票が多かったので参考に描写! アンケートは次話の視点構成の参考にするべく更新して設置するので、良ければ毎回投票していただけると物凄く助かります(毎回決めるのが大変なんだ……) プロットの都合により出来ない場合もありますが、ご了承ください。

 文字数は約八千。忙しい中で頑張ってるのでこれも多目に見て下さればと……

 ではどうぞ。




第百三十二章 ~電子の心~

 

 

 ――この集団は五十五人の集まりで構成されている。

 ソロのキリト。ホロウキリト。ヴァベル。PoH。レイン。フィリア。

 リーファ、シノン、ユウキ、ラン、ルクス、サチ、ユイのフルパーティー。

 自分が率いる《風林火山》の六人。そこにエギルが入って、フルパーティー。

 ヒースクリフとアスナがそれぞれ率いる《血盟騎士団》のフルパーティー。

 リンドが率いる《聖竜連合》の二つのフルパーティー。

 ディアベルが率いる《アインクラッド解放軍》の二つのフルパーティー。

 ボス攻略のレイドメンバーに、ホロウキリト、ユイ、ヴァベル、PoH、レイン、フィリア、ルクスを加えた人数。何時もはフルレイドに一人足りなかった集団は、今はそれを超えた規模になっていた。

 この中で《鍛冶》スキルを取っているのはキリト、ホロウキリト、レインの三人のみ。三人とも完全習得しているため、今は各員の武具の耐久値回復に奮闘していた。中には無理に回復しても最大値が大幅に減少する事からインゴットから打ち直す必要があるものもあり、それで余計時間を喰っている。

 自分が使っていた愛刀【陰雷】もその一つ。

 長らく使っていたのもあるが、純粋に脆いから耐久値が減りやすくなっていた。刀は鋭さを強みとする反面、何度か打ち合っただけで刃が潰れて来る程に脆い代物。この世界の刀は数回斬った程度ではそうならないものの性質は再現されているようで耐久値の目減りが速い部類にあったのだ。

 【陰雷】は七十七層の攻略に於いては十分強かった。ただ《ホロウ・エリア》の強さには合わなかっただけなのである。

 なので【継承】をする事を決めた。

 ――【継承】。

 それは何らかの理由で使い続けられなくなった武器をインゴットに戻して新たな武器に作り変える、あるいは武器の強化融合で素材にする事で、その魂を受け継ぐという儀式。インゴットに戻してもそれから作られるものにはランクがあるため限度があるし、強化融合自体が成功する確率も低い。そのせいでマイナーな部類に入る強化方法となる。

 だが、愛着と言うのだろうか。まったくの新品を使った時に比べると、感覚的に使いやすいと感じられ、キリトからその話を聞いた面々の多くはそれを採用している。

 その度にアスナの紹介で知り合ったリズベットに世話になっていたのだが、今は居ないため、キリトがしてくれる事になった。

 ――かぁんっ、とインゴットが叩かれる。

 武器のランクが見合わない以上インゴットから再形成したところで大幅な強化は見込めない。そういう場合は求めるラインに見合うインゴットから武器を作り、それに融合させる形で【継承】を行わせる。

 今キリトが鎚で打っているインゴットはこの《ホロウ・エリア》で採掘した代物。採取したエリアは違えど、浮遊城のものより確実に品質が上だから、それで新しく作ってくれる事になった。そして作られた武器に【陰雷】を融合させ、【継承】は完了する。

 簡易的な携帯炉では満足なパラメータのものを作れないとは予め言われている。だが、彼は打てる手段を駆使し、リーファの長刀を鍛えたと聞いた。フロアボスのLA素材を使えとまでは言わない、こちらが用意した素材を使って打ってくれれば文句はないと、半ば無理を承知で頼み込み、打ってもらっている。

 携帯炉に熱せられた漆黒のインゴットは煌々と赤熱し、金床の上で存在を主張している。

 それを少年はこれまた黒い鎚を振るい、叩いていく。一定間隔で規則的に、かつ音の強弱すらも一定なそれは、近くを通りがかった男衆の視線を自然と集めていた。武器スキルだけでなく生産職スキルも完全習得している事に驚愕した面々だからそれも仕方ない。あるいは、ここまで真剣に鎚を振るう姿が、《ビーター》や【黒の剣士】としての姿と一致しないから気になっているのだろう。

 ――そして、時が来た。

 何百回目となる音が響いた途端、長方形の金属が一際強い輝きを放つ。武器を作る瞬間を碌に見た事が無い身としては新鮮だった。長方形から徐々に細長くなっていく様はSAO内でも有数の魔法的場面だろう。

 数秒後、金床の上には一本の刀があった。

 【陰雷】は一般的な打刀の形状をしていたが、この刀はそれよりも反りが浅く、やや刀身も細い。鋭さを突き詰めたように思える刀身をしている。黒いインゴットを使った影響か柄から切っ先まで黒一色。柄に巻かれた鮫革の紐から覗く拵えだけ深い群青色だ。

 キリトがポップした武器の詳細によれば、名前は【朔】とされている。新月――朔の日――を表現しているから黒一色なのだろう。

 

「すげぇ……こういう風に武器って作られるんだな」

「ん? NPC鍛冶屋やリズベットに頼む時に見た事無いのか?」

「序盤はドロップ品かクエスト報酬のばっか使ってたし、リズベットの時は依頼した後すぐに街の散策に言ってたからなぁ」

「ああ、そういう……」

 

 NPC鍛冶屋は《鍛冶》スキルが育っていない序盤でしか使わない。だが序盤だからこそ、クエスト報酬などで貰える武器の性能が強力で、強化以外では利用しなかった。

 リズベットを紹介された頃は攻略も軌道に乗り、一週間に一層のペース。武器を新調するのは階層が解放された翌日。だからリズベットに武器を預けている間、新たに解放された街の散策に赴くのが自分のルーチンとなっていた。

 

「さて、じゃあ次は融合強化だな。失敗する確率の方が高いが、どうする?」

 

 融合強化は通常の素材強化に比べて成功すれば大幅なパラメータアップが見込める方法。

 素材強化は鋭さや頑丈さなどの六種類から一つを選んで武器を強化していく手法で、強化試行回数制限に引っ掛かるため、限度がある。失敗すれば強化したパラメータがランダムで一つ下がるが、基礎値は変わらない。

 だが融合強化は試行回数制限はない。また成功すれば武器の基礎攻撃力や耐久値など諸々が上昇するため、総合的な強さが上がる。失敗した場合、素材狂化と違って一切強化がされないだけで下がる事はないため、デメリットは少ないと言える。まず新しい武器を新調するにあたり、古い武器を持ったまま用意する時点で苦労はかなりのものだが。

 こうして考えれば融合強化の方がローリスクハイリターンと思うだろうが――とにかく成功率が低い。《鍛冶》スキルを完全習得しているリズベットやキリトですら成功率は一割ジャスト。素材強化と違い成功率のブースト素材やアイテムの使用は出来ないから本当に運の勝負になる。

 これがマイナーな強化手段とされる所以である。

 

「ああ、構わねぇ。やってくれ」

 

 ただ、自分を始め【継承】を意図的に続けている面々は、失敗しようが構わない。武器が強化されればそれは嬉しい事だが、【継承】をしている一番の理由は強化ではない。剣士として苦楽を共にしてきた相棒の魂をずっと持っていられるからだ。

 この世界で苦楽を共にした相棒は、剣士としての己の証そのもの。それは自分の自信となる。剣士として歩んできた足跡が詰まった武器は己の確かな力の象徴となる。

 だから強化の成否は問わない。大事なのは、新たな武器に愛着ある相棒の魂が込められる事だから。

 ――データに宿るものなんてない、と人は言うだろう。

 非効率的だと言われるのは分かる。非常識だとか、夢想家と言われても否定は出来ない。

 だが心の拠り所になるものを一つでも多く持ちたいと思う事は人間誰しも同じだと思う。そこに何も無かったとしても、意味を込めて名を付け、己の一部とするのが人間だ。思い入れとはそういうものだ。

 仮令喋らなくたって、一緒に戦って来た剣は相棒なのだ。

 ――黒刀の上に、熱せられた陰雷が重ねられる。

 現実的に考えれば絶対あり得ない強化方法だが、この世界はそれを許容している為に行われる融合強化。鎚を振るえばもう後戻りは出来ない。

 ――鎚が、振り下ろされた。

 かぁんっ、と。また音が鳴り響いた。

 

 ***

 

 ――金属を叩く音が響く。

 かぁんっ、と高い響きは闇夜の森に染み渡った。

 俺達は【妖森異界アレバスト】のエリアボスと既に二回の遭遇戦をこなしていた。エリアの入り口付近で一回、薄暗いせいで視界の悪い場所で一回。次はエリア最奥にある《女王の寝所》で最後の戦闘が発生する。今度こそ六本ある体力を削り切るのだ。

 そう意気込みはすれど、現実はそうもいかない。二度の遭遇戦や道中のMobとの戦闘で各々の武具は疲弊していた。

 装備の耐久値管理も上位プレイヤーともなれば出来て当然だが、酸を使われた時の減り具合はその時々によって変化するから、把握するには幾度か攻撃を受けてその都度減りを確認しなければならない。何時もならしているが、生憎そんな時間は無いから、戦闘時間を短縮すべく押し切るのが最善の手段となる。結果的に被弾回数を減らせばいいからだ。

 

 ――また、リー姉はやってるのか……

 

 ふと、視界の端で長刀の素振りを繰り返している妖精を見やる。

 既に《女王の寝所》に入ってこそいるが、ここはMobの自然ポップが無く、またボスも遠目に見えはするが一定範囲内に入らない限りホロウ・ミッションが発生しない仕様により戦闘も発生し得ない。その疑似的安全地帯な特性を活かして各員が思い思いに休み、戦闘準備を整える中で、リーファだけは素振りを続けていた。

 彼女はアルベリヒに捕まったものの、ユウキ達のようにステータスを弄られていないから、まだレベル一〇〇に達していない。だから遭遇戦でのMobの相手をしても押し切られると思っていたが――彼女の実力は、ステータスによる不利すらも覆す域に達しているようだった。

 

 ――それが出来たのは、キリトのお陰よ。

 

 移動中にそれを褒めたのだが、彼女は苦笑し、自身が持つ長刀【都牟刈ノ太刀】の事を語った。頸を正確に斬り落とす技量は確かに自分のものだが、それを為せるだけのパラメータの底上げをしてくれているのは刀のお陰。それを鍛えたのは義弟キリト。わざわざ貴重なLA素材を使ってまで製作してくれたから戦えるのだ――そう、彼女は語った。

 変に謙遜はせず、しかし最大の要因は装備のお陰と語るリーファは、どこか悔しがっているように見えた。

 アルベリヒ達に囚われ、ステータスを弄られた事により強くなった俺達への嫉妬――では、無い。装備に頼らざるを得ない己の現状に悔しさを覚えているようだった。

 薄暗い紫の森に閃く翡翠の弧月。決まった剣の型を繰り返しているだけだろうが、傍から見れば、それは妖精が舞っているようにも見えた。

 剣舞、と言うのだろうか。

 舞台で見るものに比べれば華やかさはない。実戦を追い求め、無駄をそぎ落とし、突き詰めたそれに誇張は無く、ただ敵を斬る為だけに特化している技だ。

 俺達がシステムにより後押しされ近付く域の剣技を、今、彼女は振るっていた。

 紛い物とは言え、達人の技を体感しているからこそ分かる。アレは決して一朝一夕で出来るものではない、何十年と掛けてようやく手が届くレベルのもの。それを中学生の少女が振るうなんてどんな鍛練をしてきたのか。

 普段自分達がするような技の確認でも連携の復習でも無い事は分かる。生きる為に必要だからしているそれは、つい最近まで現代に生きていた少女には不要なものの筈だ。

 だが、必要としているから、僅かな時間を惜しんで剣を振るう。

 ――拾われた時から、そうだった。

 武道を習う前から、彼女は時間が空けば道場に篭もって鍛練をしていた。剣道部員故に竹刀を持っている時もあるが、木刀を振るう時もあるし、木製の槍や長刀、小太刀なども扱っていた。師事してからは体術も。

 義姉は言った。祖父から習ったのだ、と。

 でも祖父はもう居ない、なのにどうしてそこまで打ち込めるのか、と。かつて純粋に疑問を抱いた俺はそう問いかけた。すると義姉は優しく微笑み、頭を撫でた。

 

 ――護りたいものが、出来たから。

 

 護りたいもの。

 海岸での会話から、彼女は自分の事も大切に想ってくれていて、義弟として認めている節はあった。それは純粋に嬉しくて。

 ――でも、だからこそ、辛かった。

 現実は辛い。酷く、醜く、『悪』が多く蔓延っていて、それを規制出来ていない歪な世界だ。

 ――でも、良い所もあった。

 拾ってくれた家族がそう。リーファは――直姉は、AIという偽物にすら愛情を注ごうとしてくれた。仮令本物でなくたって同じように接そうとしてくれた。

 それを拒絶したのは自分だ。愛を受け取っても、報う事が出来ないから。所詮自分はAI。電子に生きる仮初の命。記憶と精神を受け継いで本物同然と言っても肉体が無い。現実を一緒に生きる事が出来ないのでは生きていても意味がない。別の『俺』を見せられて辛いだけだ。

 自分が生きたいのは、仮初の世界では無い。現実世界でこそ生きたい。その為に戦ってきた。だから希望を持った。絶望もした。

 でも今は何もない。何もかも喪った。

 ……いや、AIとしてゼロから生まれたのだから、持っていなかったのか。

 

 ――この感じは、なんだろう……?

 

 胸中に去来するモノ。喉の奥が詰まったような、胸の苦しさ。

 ――まるで、心があるような……

 でもデータの集合体になった自分は、きっと思考パターンに応じて体の反応が発生するようになっている。そもそも『心』なんてデータ化する事は出来ない。その人の根幹や思考、感情、記憶、認識、意識が移されていれば、あたかも心があるように見える。

 しかし、そう言ってしまうと、ユイの事を否定してしまう。かつて俺が『俺』だった頃、消えそうな義姉に心があると言った事を。

 ――データに『心』があるなんて非科学的だ。

 でも、そう言い切れないものが、あって……

 

「――ホロウ?」

 

 ――いきなり声を掛けられ、肩が跳ねた。

 声がした方を向けば、たった今思考に上がっていた人物――黒尽くめの女性ユイがこちらを覗き見ているのが視界に入る。不安そうに、案じているような表情。

 

「……なんだ?」

「その、あたなの感情が流れて来たものですから……顔も険しかったですし……どうか、しましたか?」

 

 MHCPである彼女はそこに居るだけで周辺のプレイヤーの感情を大まかに読み取り、状態を把握出来る能力を持つと聞いている。だから『俺』のモニタリングをしている時に心情すらも把握していた訳だ。

 まさかAIの俺すらも読み取れるとは、と思ったが、それも当然かと思い直す。

 人間は哲学や心といった非科学的なものを話題にあげるが、生物学的に脳波や脳の器質的な損傷があれば精神に異常を来す。精神とはすなわち心。脳波を読み取ってプレイヤーの感情を把握しているのだとすれば、全てが科学的に動いているAIの活性化プログラム――AIにとっての脳波――から把握する事も可能なのだろう。

 

「……なんでもない」

 

 全てをぶちまけたい欲求はあった。

 だが、そうしたところで意味は無い。俺と彼女は立場が違う。俺は『俺』では無く、彼女は『俺』の義姉という別人だ。ぶつけられたところで解決策を提示する事など出来ない。ただ困らせ、関係に溝が出来るだけに終わる。

 ――仮に肉体を用意されたとして。

 それでも俺は、きっと言わなかっただろう。

 《オリムライチカ》はただ一人。

 《キリガヤカズト》はただ一人。

 違う名前だが、同じ人物である故に、『俺』達は決して同時に存在出来ない。俺が生きるなら『俺』を殺す必要がある――殺さなければならない。俺が、『俺』になる為には。

 

「……キー」

「――その呼び方は、やめてくれ」

 

 義姉だけが呼ぶ名前。

 それが今は、どうしようもなく腹立たしくて、疎ましくて、望んでもいない言葉が口から出た。愕然とする姉の顔が目に映るが、一度口に出てしまって止められなかった。

 ――それほど自分の意思が弱くなっているのだと、自身に嫌悪感を抱いた。

 

「それは俺じゃない。もう、『俺』じゃないんだ……さっきみたいにホロウと呼んでくれ」

「……AIにさせられた事を気にしてるんですか……?」

「当たり前だ。AIとしてゼロから生まれ変わった俺は初めから何も無かったと言えるけど、主観としては喪ったも同然なんだ……!」

 

 ぎり、と音が鳴った。気付かない内に歯を食い縛っていたらしい。それほど今の自分は激情を覚えているという事か、と何故か客観的に事故を観察する余裕があった。

 ――気持ち悪い。

 感情は昂っているというのに、冷静に事故を観察するというこの異質な感覚が酷く不愉快に感じる。それが、まるで『お前は人間じゃない』と突き付けているように思えて、尚更嫌気が増す。悪循環だ。

 

「――もう、この話は終わりにしよう。不毛だ」

「でも……」

「時間の無駄だ。もう、意味は無い」

 

 一刻も早くこの思考を止めたくて、触れようとする義姉を言葉で牽制する。何か言いたげな様子だがそれを無理矢理無視し、隣に並べられてる鎧をまた手に取――ろうとして、手が空振る。

 ……会話しながらも作業の手は止まっていなかったようで、気付けば分担で振られていた分の作業を終えてしまっていた。しかもまったく集中出来ていなかったのに仕上がりは何時もと同レベルというのはスキルのお陰か、はたまた体に染み付いた慣れのせいか。どちらにせよ、AIになってから上がった処理能力の限界を見せつけられているようで、ぼんやりと薄紫の光を跳ね返す剣や鎧の数々が忌々しく見えてしまった。

 顔を顰め、一先ず作業が終わった事を待っている者達に伝え、自分の武具を取ってもらうよう促す。背中に視線を感じたが無視して広場を離れた。

 五十メートルほど離れたからか、仮拠点を設営している場所の喧騒が遠いものになった。

 ――敵の居ない、少し開けた広場。

 そこから空を見上げれば、薄紫の葉を付ける樹木の向こうに月を見た。真ん丸の月だ。遠くにあり、森の灯で薄れているが、それでもその輝きは確かなものとしてこの眼に映っている。

 

「嗚呼――――憎い」

 

 肉体があって、現実に還れる者達が眩しく見えて、憎くて憎くて堪らない。疎ましい。妬ましい。憎ましい。今すぐ剣を手に暴れ回りたい衝動に駆られる。

 それはダメだ、と理性が叫ぶ。今までの全てが無駄になると言う。

 それは無意味だ、となにかが叫ぶ。『今まで』すらも奪われた俺が従う必要は無いだろうと言う。

 ――もう、うんざりだ。

 『俺』と邂逅してから幾度目とも知れぬこの思考。近くに居る生きた“人間”の事が疎ましく、妬ましく、憎く思い、それを抑え込む事ももう疲れた。

 もう良いだろう、と何かが囁く。十分頑張ったんだと。もう頑張る必要は無いと。従う必要は無いと。

 ――――遠くから俺を呼ぶ声が聴こえる。

 瞬間。ふとした拍子に、エリュシデータが握られた。柄も刃も漆黒に染められたそれはこれまで俺を支えてきてくれたもので――それすらも、ホロウとして形作られた偽物だ。

 エリュシデータは、『俺』をキリトたらしめる証でもあった。

 それが偽物と言われて――

 

「――クソが」

 

 投げ捨てる。

 がらん、と音を立てて剣が躍動し、木の幹に衝突して止まった。これまでこんな粗雑な扱い方をした事はない。それだけ胸中が千々に乱れている。

 何に対しての悪態なのか。

 何に苛立ちを抱いているのか。

 論理的思考のAIにはあり得ないことに、何故か分からなかった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 希望されていた描写が出来ていたかちょっと心配です。何せ最多の選択肢ですらキリト、ホロウキリト、スレイブで分かれますからね……もっと選択肢が多ければ、細かく設置できたんですが。活動報告でアンケートするよりは目に触れやすいかなと思っての行動なのでご了承ください。

 感想欄では希望や要望を書くのはダメなので、個人的なメッセージで希望を送って下されば考慮致します。

 さて、今話。クラインの主武装である和装、すなわち刀や具足は鋭く、軽い反面、とても耐久値が減少しやすい設定です。実際に本当はすぐ刃が欠けたり潰れたりします。西洋の金属甲冑に比べるとやや頑丈さで劣ります(あっちは重いぶん頑丈というイメージ) なので今話でクラインの刀も新調。

 【朔】はその名の通り、朔の日(新月)で使われる漢字です。犬夜叉を知っている方なら見た事がある字だと思います。新月を表しているためか、原典ゲームで登場した時も描写通り黒一色でした。【陰雷】よりも反りも浅く、細く、鋭いです。そしてクラインに武器を与えなかった場合の最終形態武器でもあります。なので採用しました(つまり設定的に九十層後半に通用するため《ホロウ・エリア》でも通用する)

 義姉に刀をあげて強化したなら、これを機に兄貴分のクラインの武器も新調したらいいかなって。状況的に丁度良いし。ステータスで考えると必要あるのかと思わないでもないですが。

 ホロウキリトに関しては、主観的にAIになってしまった事で喪われたものが大きく、多すぎて、また《オリムライチカ》の生きる目的が達成できない事に絶望し、延々と思考がループしております。なまじ自分が求める場所に別の『自分』がいるせいで余計辛い。

 大切にしているエリュシデータ(剣士としての象徴)を粗雑に扱うのも、ニセモノとしてコピーされた自分や武器に宿るものはない、と自己を卑下している描写です。

 ――正直、そう思考している時点で『心』はあると思うんですがね……

 意志。思考。想い。怒り。悲しみ。記憶。これら全てに『心』という感じがあるように、それらをしている時点でホロウキリトにも『心』はあると私は思ってます。『キリト』がユイに対して幾度か言った『心はあると思う』という言葉は、それを本能的に理解しているからこその言葉。ホロウキリトも本能的に分かっていて理屈で理解していないため認められず、否定的になり、癇癪を起こしているのです。

 ホロウキリトの場合、『心がある』=『人間である』という考えあので、AIである自分に心は無いと思い込もうおしているだけであって。

 ホロウキリトがどうなるかは、今後ですね……

 では、次話にてお会いしましょう。

 次話で希望する視点のアンケートもよろしくお願いします!


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