インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話は外部編。アンケートを反映しました。
視点はSAOアリシゼーション編から比嘉タケル(茅場、須郷と同じ研究室出身)、束、菊岡。
文字数は約一万一千。
ではどうぞ。
デスク脇に寄せていたカップを取り、中身を口に含む。すっかり冷たくなってしまったドギツい苦みで舌を刺激した。思わず顔を顰めるが、同時に眠気も少し飛んだから結果オーライと考え……
「……いや、やっぱマズい」
うぇ、と顔を顰め、えげつない後味の悪さのそれを更に遠ざける。
口直し代わりに飴玉を求め、引き出しを開ける。だが中身は空。どうやら長い缶詰生活をしている内に使い切ってしまっていたようだ。かなりの数入れていたようだが、そういえば仕事しながら口にしていた事を思い出す。特に夜は何時も口に入れていたから消費量が馬鹿にならなかった。
これは補充しなければ保ちそうにない。
……素直に冷めた
「仕方ない。菊さん、ちょっとコンビニ行って来ていいッスか?」
菊さん、というのは自分が勝手に付けた渾名。上司にあたるのでどうかと思うが、ちょっと
呼ばれた
確か彼は今、政府に提出する一週毎の定期報告書を認めていた筈だ。全然成果を出せないから毎度顔を出すのが辛いとボヤいている事を水色の少女から愚痴られた事もある。そんなものを週初めに当たる現時点から手掛けるなんてよっぽどだ。
普段ならとうとうストレスで壊れたかと思う所だが、昨日今日の状況を鑑みれば、それも当然だろう。定期報告書は一週毎に求められるが、すぐさま出したのでもいい。むしろ進展があればすぐ出すよう言われているもの。政府の方も進展が無いと思って書類の形式上やっているだけ。それで嫌味を言って来るのだから、あの二人は運が無いと見える。
まぁ、お偉い役職の人達の前に立たなくて良い身分としては、関係の無い話だ。
「比嘉君、何を買って来るんだい?」
「飴玉と保存の利くメシっすかね。多分今日から数日は修羅場っしょ」
何時もなら面倒だと集団で出前を頼むのだが、もう深夜に差し掛かろうとしているし、飴玉の補充は自力でしなければならないから、コンビニに行くのが最適解。対策室があるビルから出て徒歩数分のところにあるから息抜きにも丁度良い。
「ああ……そういえば比嘉君、結構飴玉舐めるよね。甘党なのかい?」
「いや、別にそんな訳じゃないッスよ。ただずっと起きてるのに都合が良いから舐めてるだけッス」
眠気が来た時、人はコーヒーに含まれるカフェインを摂取し、意識を覚醒させる。だがカフェインは無自覚に依存症を引き起こす知られていない依存物質。海外でもエナジードリンクを一日に二本飲んで病院に運ばれるというニュースがチラホラある。日本製のは含有量に制限があるから二本飲んだところで害はないが、長期服用すると体を壊す。
なので自分は、正直コーヒーはあまり好きでは無い。飲むとしてもパンを食べる時くらいなもの。
コーヒーの代わりに糖分で頭を動かそうとするから飴玉をよく舐めるだけだ。
「そうか……」
……なんで甘党じゃないと分かった途端シュンと肩を落としたのか。
ゲテモノが好きだったり、菓子類が好きだったり、この人の好みがよく分からない。本人曰く悟らせないようにしている訳では無いらしいが、実際のとこどうなんだろうか。
「で、行っていいんスか?」
「ん、ああすまない。いいよ。ただ帰ってきたら僕のところに来てくれるかな」
「了解ッス」
許可を貰ったので、お気に入りのヘッドフォンと携帯端末、財布を手に街へ繰り出す。
「あー、涼しいッスねぇ……」
夏に入り、日中は暑く感じて来たこの頃だが、夜は風が吹いてる事もあって案外過ごしやすい。もう少し日が進めば冷房を動かす排熱によるヒートアイランド現象により地獄と化すだろう。引き籠りでは無いが、インドア派な身としては夏の日差しは避けたいところだ。
昔から夏なんて滅べばいいのに、と思っていた。
海に行ったり、スイカを食べたりしている時は夏万歳と手首をぐるりと回していたが。
人間なんて大体そんなものである。
そんなどうでも良い事を考えながら音楽を聴きつつコンビニに入り、籠を取る。目ぼしい飴やガム、飲み物、カップ麺などを入れていき、夜食と明日の朝食分に売れ残ったお握りや弁当を入れ、レジに行く。
間延びした店員の声通りに金を出し、袋に入れてもらった商品を手に、すぐさま出る。そのまま歩いて対策室のドア前まで戻って来たところでほっと一息。
――今回も出くわさなかったようッスね……
警戒していたのは女尊男卑風潮の人間。男性が買い物しているのを見るや否や、まるで当然のように自分が買いたい品を籠に入れ、金を払わそうとする連中だ。女尊男卑だからと誰もがそうという訳では無いが、大抵のイメージはそれである。
実際その被害に遭った事が何度かある。幸いその風潮は下火になって久しく、騒いだところで警官や裁判官はマトモな判断をしてくれるようになったので捕まる事態にはならなかったが、やはり警戒はする。
毎回毎回それがイヤだから出たくないのだ。
「絶対世の中の引き籠りを助長してるッス……」
少なくともあんな風潮、百害あって一利なしに違いない。
その原因となったISは少し別。人によってはアレを悪魔の産物と言い《ナーヴギア》と同列に扱っていて、実際風潮によって一家離散や破滅した人もいるから間違いでは無いが、男の身としてはやはりロボには一定の夢がある。だから否定し切れない部分もあったりなかったり。
篠ノ之博士もなんで女性にしか扱えない欠陥を残して発表したのか。普段の仕事ぶりを見ても、完璧を目指す姿勢はブレてないからよく分からない。
……まぁ、女の思う事なんて、自分にはよく分からないッスけど。
「――あら、比嘉君じゃない」
――ふと、覚えのある声が聞こえた。
対策室のある部屋はビルの中ほどにあり、階段は上下に続いている。声は上の階から聞こえて来た。
踵の低いヒールを鳴らしながら降りて来たのは一人の女性。黒髪を短く切り揃え、程良く崩した白衣を纏う彼女は、自分もよく知る人物だった。
「凛子さんッスか。久し振りッスね」
彼女は元々《アーガス》に勤めていた。恋人である茅場の補佐をしていたが、《SAO事件》を契機に解雇され、現在は日本政府お抱えの技術者として働いている。近々どこかの大学に講師として赴任する事も視野に入れていると聞いたが、それも三週間は前の事。
彼女の仕事はブラックボックスであるSAOサーバーの解析。
それと最近になって、未帰還者に追加されたプレイヤー関連で、ALOサーバーの解析も行っている。むしろ前の仕事は進展が無いから後の方が捗っていると聞いた。
「下に降りてくるなんて珍しいッスね。どしたんスか?」
「ん、ちょっと気分転換よ。比嘉君こそどうしたの……って、聞く必要ないか」
ふふ、と手に提げるレジ袋を見て笑う。長い付き合いの彼女はコンビニのレジ袋を提げた自分が何を買ったのかすぐ察したのだ。
「わ、やっぱり飴がいっぱいある。前から思ってたけど比嘉君って甘党だったりする?」
「それさっき菊さんからも言われましたよ。僕ってそんなに甘党に見えるんスかね」
「うーん、この量の飴を一週間で食べ尽してたら、ねぇ……血糖値とか大丈夫なの」
「一応HbA1cは正常値ッス」
「女としては羨ましい限りねー」
頬に手を当て、ほぅ、と溜息を吐く女性。甘いものやカロリー制限をして体型と体重を維持しようとする女性の努力が垣間見えた。
……そういえば更識さんも似たような感じになってたな、と思い出す。
男としては太らなければそこまで気にならないからダイエットやカロリー制限は不思議な考え方だ。運動をする仕事ではないからだろう。
「そうだ。比嘉君、時間あるなら一緒にコーヒー飲まない?」
ふと、突然そんなお誘いが掛かる。正直心惹かれるものはあるが……
「あー……お誘いは有難いッスけど、ちょっと菊さんに呼ばれてて……」
「そう……なら仕方ないわね。じゃ」
断ると、そのまま階段を下りていってしまった。自販機はここから二階下の喫煙所にあるから、そこまで降りるらしい。エレベーターを使わないのは少しでも運動量を増やそうという涙ぐましい努力なのだろう。自分は面倒なので混んでいない限りエレベーターで行く派だ。
そのまま降りていく女性を見送った後、対策室に入る。買った物をデスク上に置いた後、飴玉を一つ口に入れて、上司が座るデスクへと向かう。
「菊さん、ただいま帰りましたッス。で、なんスか?」
「ああ、お帰り比嘉君。実はさっき例のテキストに返信があってね。で、君にも見て欲しいんだ」
ほら、と指し示されるディスプレイ。開かれている文書に目を通す。
タイトルは分かりやすいように『SAO内部の状況』と書かれている。状況整理のように書かれているそれは、報告書と見紛うばかりに情報が纏められていて、非常に見易い。補足のように今後の予定や思惑、推測も書かれているから把握もしやすかった。
ちょっと文量が多いが、何せ一年半分の事を綴ったものだからそれも当然か。
文書ページにしておよそ三〇……軽く三万文字は突破している事になる。自室に戻ってからこれまでの時間を考えればかなりの打鍵速度だ。
「これ、例の彼が書いたんスよね」
「そうだね。書いてると思しき場面も見たよ」
「……どんだけ中枢に食い込んでるんスか、彼。ここまで丁寧に書けるとか相当ですよ」
戦いぶりを見た時は戦力として期待されているのかと思っていたが、指揮したり、今後について主導で決めていたりしたのは伊達では無く、本当に彼らの中心となっているようだ。この短時間で綺麗に情報を纏められるのは頭の中でしっかり整理出来ている証だ。しかも書いているシーンは一人だったという。誰にも文書について話していないようなのでまず一人で纏めたのも確実。
戦慄を抱く。
ログからソロで最前線を生き抜いているのは知っていたが、流石に想定を超えていた。
「……で、コレを僕に見せて、どうしたんスか?」
「――僕の言いたい事、分かってるだろう?」
人を食ったような胡散臭い笑みを浮かべ、上司はそう言った。
言わんとする事は分かる。それを目的に自分を無理矢理スカウトしたのだって気付いていた。自分にもそれに協力する理由があるし、力を貸すのは……少し癪だが、吝かでは無いと思っている。
「菊さん、もうちょっと考えてからでも良くないッスか。彼はまだ子供。中学生にもなってなくて、しかもバックには彼女らが居る。リスクが大き過ぎますよ。探せば他に適合する人が見つかるんじゃないッスか?」
「僕もそれは分かってる。だが彼……いや、
「それはそうッスけど……」
菊岡誠二郎は総務省に務める役人としての立場があるが、同時に陸上自衛隊の二等陸佐の階級を持つ男であり、そして既に話された大プロジェクトの責任者にして牽引者だ。
そのプロジェクトは、軍事利用を目的とした人工知能の開発。
これまで多くの科学者が求め、製作してきたトップダウン型ではなく、真の人間足り得るボトムアップ型人工知能の試みを行っている。人が有する可能性を持ちながら上位権限者に逆らえないAIを作り、国防に役立てようという計画だ。水面下で秘密裏に行われているそれを担っているのがこの男。
その計画には優れた電子工学系の技術者が必要になる。その一人として選ばれたのが、彼の茅場晶彦と同じ研究室に入っていた自分だった。
――合間を見て、その研究は今も進めている。
だがどう作っても変化を許容するAIは出来上がらず、計画は難航していた。
そこに降って湧いたような少年の戦い。奇しくもスレイブとホロウというコピーAIが二人も存在し、尚且つ命令を破って自我を取り戻す変化を見せ付けられたのだ。絶対上位存在を優先し、それ以下を跳ねのけて敵と戦うAIは計画の到達目標も同然。
それを見てこの男は言っているのだ。少年のコピーを作るか、あるいはあのスレイブという少年のコピーを作れないか、と。
前者であれば計画について語り、同意を得てからでなければ、プロジェクトには関わらせられない。大仰な機械を使う事になるからどうしても必要になる。流石に全貌は明かせないだろうが、そこは何とかするだろう。
スレイブというAIをコピーした場合は、人権を考えなくていいから好きに出来る。初期状態で保存し、そこから多くの命令やプログラムの改竄をしていけば、何れは目標に辿り着くだろう。
――だが、何となく頷くのが躊躇われた。
最終的に判断を下すのはこの男だ。参考にする意見として問われているだけだから、自分は素直に意見を言えば良い。
ただ役人の方は諦める気が無いようで、ディスプレイに映る少年を笑みを浮かべながら見つめている。
「まぁ、すぐに決めるつもりは無い。どちらにせよ今はどうしようもないからね。ただそうなるかもしれないとだけ言いたかっただけさ」
暗に、その時の為に心構えをしておけと。
このオッサン、中々エグい事をするものだ。確かにAIに人権は――今のところは――無い。だが人間と同じ言動と反応をする時点でこっちとしてはかなりクるものがある。
……数年後には、AIだからと顔色変えずにPCに向き合うのかもしれない。
そんな
「ふぅ……さて、んじゃやるッスかね」
要は彼が採用されるまでにAIを作ってしまえばいいのだからと、気持ちを切り替えた。
***
「ふーん……へー……ほー…………和君を利用しようなんていい度胸してんじゃん」
誰も知らない特製ラボに帰宅した私は、念のためとばら撒いていた盗聴用のマイクロマシンでキャッチ出来た内容に苛立っていた。ぴきぴきである。比嘉と呼ばれている八分刈りの小柄な男は躊躇っていたから良いとして、菊岡という眼鏡は許さない方がいいかもしれない。
何か裏でプロジェクトが動いているらしい。役人にして陸自所属でもある男が牽引しているとなれば、間違いなく日本政府も絡んでいるだろう。
思わず舌を打つ。
「あーあ……ほんと、下んない。これだから凡人は嫌いなんだよ」
後ろに倒れ、ベッドに横になる。
組織が悪いとは言わない。日本政府は嫌いだが、あれで国を回してる重要な機関だ。義務教育や情操教育の面は他国に較べて圧倒的に進んでいる。経済はそこまで良いとは言えないが、島国である事を考慮すれば先進国に数えられる程度でも中々のもの。
日本人は昔から凝り性というか、とにかく拘る事にはとことん拘るきらいがある。それが文化財として今日まで現存する建築物や特産品。科学技術や製造技術も他の先進国に較べて信用度は段違いに高い。それらは全て組織体系で管理され、画一化が進められているからだ。高性能高品質にして低コストを目指した製造技術は他にはない日本の大きな長所と言える。
――それは、素直に認める。
それらを築き上げた天才達が居た。先天的か、努力しての後天的かは問わないが、とにかく一門を開いた者が居たのは事実。その後に続いて技術と文化を受け継ぎ、今も伝えている者達が居る。
だから、そう。技術者には罪は無い。技術にも罪は無い。
罪があるのは、それらを利用する凡人達だ。
何も出来ないクセに威張り散らし、不都合があれば言い訳して責任を逃れ、求める物が無いと感情的に怒鳴る。他人を使って自分の利益にする輩。技術に込められた努力と想いを理解しようともしない愚物達。
技術を持つ人間じゃないから分からない。それはまだ許せるが、だからと言って穢していいものではない。
それが分からないから凡人なのだ。
「……ぶっ殺そうか」
寝返りを打ちながら呟く。
以前は思って口にした時点で動いていた。口にしただけで動いていないのも成長した方だ。感情的に動いた過去を省みる機会があったお蔭である。
……しかし、それは早計か。
腹の立つ男ではあるが、あの役人の行動は迅速かつ的確だ。《SAO事件》が勃発した時も桐ヶ谷直葉が目覚めなくなった時もそうだった。仮にリーダーが違っていたら、もしかしたら切り捨てられたかもしれないし、彼の素性を知った時点で殺そうとしていたかもしれない。
それを考えれば、他のヤツに変わったせいで彼が死ぬよりも、今は生かしておく方が得策な気もする。
菊岡と比嘉が話していた内容は盗聴用マイクロマシンで補完していけば良いだろう。今は泳がしておいた方が全貌も把握しやすいし、面倒な事になりにくい。
「消すのは何時でも出来るから……今は、見逃してやるよ」
にっと笑みを作る。きっと人が見たら怯えるだろう。
「――束様、入浴の準備が出来ました」
そこで、仕事で疲れた私の為に、彼に教えてもらった家事で支えてくれる少女の声がした。どうやらお風呂に入れるようだ。
上体を起こし、ぴょんとベッドから飛び降りる。
「はいはーい! あ、クーちゃんも一緒に入る?」
「いえ、私はもう入ったので」
「えー、残念だなー」
「いいですから、早く入って下さい。今着てる服を脱いで頂かないと洗濯出来ません」
「えーん、ク―ちゃんが冷たいよー」
「嘘泣きは良いですから」
そんなやり取りをしながら服を
……彼女もここでの生活に慣れたようで。冗談を言えるくらい余裕が出来たのは良い事だ。
「うーん……クーちゃんを和君のお嫁さんにするのも、アリっちゃアリかな……?」
湯船に浸かりながらふと思う。
昔はてんでダメだった家事も、彼に教えてもらってからどんどん上達し、今では見違える腕になっている。母替わりとしては嬉しい限り。どこにお嫁に出しても恥ずかしくない子だ。
ただまぁ、彼女自身が人見知りというか、若干ズレのある子だから、付き合える人が限られるのが難点で。
一番自我の薄い時期に顔を合わせていながら意思疎通を図り、家事の先生と生徒の関係になれた彼は、彼女のお婿として有力候補だ。クロエ自身が彼に好意的なので尚の事よし。
問題は彼に懸想している少女が複数居る事と、義娘が恋心に疎い事。
「法律が変わって多重婚が認められれば良いんだけどねぇ……」
多夫多妻なんてややこしいのでなくていいから、外国のように一夫多妻か多夫一妻のような重婚を認められればいいのに。それならすぐ解決する。
女尊男卑風潮に染まった女は生まれた子が男児だったら殺したり、赤の他人である男性を貶め、その男性が自殺したりと、出生率は下がり、自殺率は上がる傾向にあって社会問題に発展しているのだ。結婚率も当然下がっている。人口が減っていき、少子高齢化がより深刻になっていく現状を打破する案として、既に国会には多重婚を認める法案が提出されている。
――提出されていなかったら、自分がすぐ動いていたのだが。
与り知らぬところで既に話し合っているから自分も首を突っ込めない。ポンと意図的に生やせはしても、その先の成長は自分にも操作出来ないのだ。
個人的に多重婚の法案が通ってくれた方が嬉しい。義理の娘の晴れ姿を見れるなんて幸せな事だ。
――あわよくば、自分も……
「――ま、束さんはやる事やってからじゃないと」
せめてISの欠陥をどうにかしてからでないと彼に顔向けできないし、世間的にも面倒な事になる。その為に彼に協力してもらってISの稼働データを取っていたのだ。
「ほんと……帰って来てよ、和君。お別れなんてやだからね……?」
何となく、寂しく思って呟きが洩れた。先入観無く憧れを向けてくれる子が居なくなって久しいから、寂しく思ってしまったらしい。
きっと昨日今日と久し振りに元気な姿を見たせいだ。
……思ったより雄々しく戦っていて、
――それに、何でISの武器がSAOにあるのかも気になる。
どうもキナ臭い。
その辺も含め、SAOを作った制作陣の経歴や過去、滞在場所などを洗っておかなければならないかもしれない。黒幕はやはり須郷伸之だったようだが……彼のIS装備があったとなれば、事はそれで終わりな筈が無い。間違いなく彼が連れていかれた研究所が絡んでいる。
彼が破壊したという研究所を未だに見つけられていないが、その関係者だと思う。
怪しい人物をピックアップして、徹底的に過去を洗って、情報を揃えておかなければ。そいつらに復讐するかどうかは本人と話し合って決める。ただ対策を練っておくくらいは良いだろう。
明日も忙しそうだと伸びをして、深くお湯に浸かった。
*
――――翌日の夕方、七十七層ボスと戦う映像がリアルタイムで報道され、世界が震撼した。
世界が今後、彼をどう見て接していくのか。
それは、この天災を以てしても、分からない。
「はぁ……これだから、凡人は嫌いなんだ」
これから一層忙しくなりそうだと嘆息し、私はまた
***
――思い切った事をするものだ。
一番に思った事はそれだった。漸くSAO内の状況が判明し、一人だけだがプレイヤーと文書のやり取りが可能になった報告をした後、政府官僚はその内容を世間に発表する事を即座に決定した。
流石に世間体を考え伏せられた内容――やり取りが出来たプレイヤーの名前など――もあったが、最低限《SAO事件》の黒幕や須郷が何を目的に動いたのかは報道された。茅場晶彦は嵌められただけである事も世間に知れ渡っている。
文書だけなら信じられなかっただろうが、須郷が悪事を働いているシーンやボス攻略戦の映像も添えられては、流石に反論出来なかったようですぐに信じられた。
現在あらゆるニュース番組はその話題で持ち切りだ。数日に一回のペースで編集された動画が報道された日にはネットはその話で持ち切りになる。
自分は仮想課の室長をしているが、忙しさと生来ゲーム自体は興味を持ってこなかったため、VRMMOプレイヤーとしての観点は無い。だからネットサーフィンをして反応を見ていると存外面白く思う事もある。
SAOのコピーサーバーで運営されているALOは開発責任者の男が犯罪者であると知られ、運営停止まで追い詰められ、その運営権利をとある新興企業が買い取ったという速報を見た。《ユーミル》という聞いた事が無い企業だから詳しくは不明。ともあれ今は《レクト》から引き継いで、《ユーミル》が運営しているため、ALOは今も続いている。
一気にVRMMOが廃れる可能性はあったが、それは裏切られる事となる。
VRMMOプレイヤー達の中には予想より神経の図太い者が多かったのだ。何より《アミュスフィア》の安全性に信頼があったからだろう。一般市民はアレを設計した者が須郷伸之である事を知らないが、日本政府含めた数多の技術者が太鼓判を押したから信用しているらしく、今もVR技術は隆盛を誇っている。
まるで誰かが、VR技術を廃れさせないよう動いているような。そんな風にも思える動きだ。
「やー、相変わらず凄いッスねー」
ふと、そう声を掛けられる。スポーツドリンク片手に比嘉タケルはディスプレイに映る動画――第八十層のボス戦を観戦していた。
動画は丁度ボスを倒し、彼らを湛えるように金文字が出現したところだ。あと数秒でこれも終わる。
「菊さん知ってるッスか? あの少年のリアルに気付いた連中が居るんですよ」
「ああ……」
彼が言っている事は自分も覚えがあった。初回の七十七層ボス戦の映像では気付かなかったらしいが、何回でも見返せるようになった頃から、徐々にその話がネットに上がっているのだ。
SAOでの生死を賭したボス戦の他にホットな話題と言えばそれだろう。
『【速報】《織斑一夏》は生きていた?!』というタイトルで増えていくスレッドを昨夜見た覚えがある。自分が呼んだ時は彼がそうか否かの議論だった。スマホで見てみれば、昨夜見た時より十二枚ほどスレッドが更新されていた。
……どれだけ暇な人が多いのだろう。
「それで、それがどうかしたかい」
「興味深いのが、その話で対立が起こってるんですよ。端的に言えば炎上ッスね」
素直に興味が湧いた。
織斑一夏。世界から《出来損ない》と言われていた哀れな少年。彼のリアルがバレるのも時間の問題と思っていたが、まさか彼を擁護するような発言が見られるようになるとは思わなかった。
「興味が湧いて過去ログを見てったんですけど、ありゃかなり酷いッスね」
「具体的には?」
「んー……擁護側は大体VRMMOっぽい感じで、プレイスタイルとか、指揮とかで反論してたんスけど、アンチ側は見た感じブリュンヒルデ教信者って感じでしたね。そっちは昔とあんま変わらないッス」
「へぇ……」
ブリュンヒルデ教というのは隠語で、要は織斑千冬氏を崇拝する発言をする者達の事。ほぼ女性で占められるだろうそれは、ブリュンヒルデを崇拝し、持ち上げる代わりに、織斑一夏を貶める者達の事を指し示している。
ちなみに単純に強さに憧れた者は『かぶれ』や『モグリ』などと貶されているらしい。
これまで織斑一夏の事を擁護する者は居なかったが、しかしISに対し男性は社会的に見て否定的な意見を多く持っているため、織斑千冬氏を良く思っていない者も多数存在する。《モンド・グロッソ》優勝で政府の財政難が改善されて好景気になったのは喜ばれているが、それ以外が問題なのだ。
その状況が、どうやら変わってきたようだ。
VRMMOという性差関係無くプレイできるものがあるからだろう。始まりは皆同じそれで強くなる過程を経験しているから、擁護側はそう言っているのだと思う。
……恐らく、彼の人格や人間性については、スレッドのどこにも擁護的な発言は無いだろう。
擁護側もアンチ側も、語っているのは能力ばかり。本人に会った事が無いのだから人格など知りようも無い。
「キリト君も大変だな」
「菊さん、すっごい他人事ッスね……」
「僕は彼じゃないからね」
「……まぁ、実際彼には同情しか無いッスよ。今はいいけど将来就職で困るんじゃないですかね。世界から後ろ指差される人間を雇う企業なんてよっぽどの零落企業くらいでしょう」
能力はあるのに勿体ないッス、と彼は頭を振る。
……遠回しに彼は、少年を引き入れたらヤバいぞと言って来てるのだろうか。世間話に
考え過ぎ、だろうか……?
「そうだな……成人するまでに悪評を払拭出来たら、彼の勝ち。そうでなかったら彼の負けだ」
大人になってから信用や評価を上げるなんて至難の業。それなら甘く見られやすい子供の間の方が、まだ希望はある。
プロジェクトの事もあるが、個人的にも彼の頑張りは報われて欲しいと思う。
はい、如何だったでしょうか。
比嘉は茅場、菊岡に劣るものの、群を抜いて優れた技術者としてSAOアリシゼーション編に登場するキャラクター。『~ッス』という口調は原作幾ら読んでも規則性が無かったのでくどくなり過ぎない程度に入れてます。割と彼はアリシゼーション編の菊岡側でもマシな感性を持ってます。協力してる時点でアレだけど、国防プロジェクトに参加したのも『友人がイラク戦争に徴兵されて死んだから人が死ぬくらいならAI作ってやる』という理由。AI擁護派からすれば外道だけど、人間優先で考えれば結構マトモです。
あとノリがちょいちょい軽いんで凄く一般人感あって好き(笑)
神代凛子は原作でも茅場の恋人の女性。原作では茅場の一度だけ見たカーナビ履歴の長野県山荘から潜伏先を見つけ、その後クリアされるまで体の面倒を見ていた彼女は、本作では普通に政府お抱えの技術者に。大学云々は……アリシゼーション編に合わせて、ね?(SAO終わると無職なので)
束さんと菊岡さんはブラックな方面に寄ってるキャラクターなので、リアルのブラック面を少し。
まぁ、束さんはラブコメ波動を放ったけどな!(爆) 取り敢えず菊岡さん逃げて、超逃げて状態。ただしキリトが話を受け容れた場合は全力で支援する模様。
あと義娘クロエ・クロニクルのお婿さんとして和人を狙っている模様。
菊岡さんの視点は、アルベリヒ、《月夜の黒猫団》、ホロウの戦いが終わって一、二週間ほど時間が経過しております(数日に一層+七十七~八十層ボス戦終了) 少しくらいいいよね!
――如何だったでしょうか。
アンケートで求められている内容を提供できているか心配ですが、クリアを目指して執筆しますので、どうか長い目でお付き合い下さい。
では、次話にてお会いしましょう。