インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 前回のアンケートが1と4の接戦でどうしようと首を捻り、決めました。この80層パーティーをして、99層ボス戦では外部視点にしようと。両方取るパターン(ドヤ)

 今話はオールリーファ視点。地の文の呼び方がアレですが、リーファ視点です。

 文字数は約一万七千。

 ではどうぞ。

 ――プレイヤーがキャラクターサブイベントを一気に見るのって、きっとこんな感じ。




第百三十八章 ~八十層記念パーティー騒動~

 

 

 アルベリヒ(須郷伸之)を捕えてからおよそ半月が過ぎ、八月に入った。

 あれから大きな事件や騒動も無く、攻略も八十一層まで進み至って順調。上層になるにつれてフィールドが狭くなる影響で探索に必要な時間が少ない事、以前アルベリヒに囚われた面子のステータスがカンストしたためレベリングに掛ける時間を削れた事が攻略速度の向上に関係している。レインやシノンといった新たなメンバーが加わった事も一因だろう。怪我の功名である。

 気を抜けない事に変わりはないが、これまでのように重く捉えなければ全滅するリスクが極めて下がった事は僥倖と言える。

 加えて、《攻略組》の幹部しか知らない事だが、リアルに居る《SAO事件対策チーム》と連絡を取り合えるようになり、各階層のボスの情報をかつて《アーガス》に務めていた職員から流してもらえるため、情報収集やボス戦が遥かに楽になった事も嬉しい限りだ。テキストファイルでのみだが送受信可能なデータなら何でもいいのか、最近はボスデータを動画でも送ってくれるため、予備動作の予習が出来る。お蔭で七十六層からこれまでのボス戦での死者はゼロ。レベルで考えればそれも当然かもしれないが。危ない場面が激減したのはストレスが減った事にもなり、モチベーションも上がりやすいから総合的に助かっている。

 【白の剣士(アキト)】の策謀により慢性的な戦力不足が深刻化したのも今は過去の事。《アインクラッド》を見舞った前代未聞のバグも改善され、現在の賑わいはこれまでで一番と言える。

 気になるのはリアルとの連絡はキリトしか取れない事だった。

 キリト曰く、《ホロウ・エリア》のコンソールで作り出した具象化エリアは【カーディナル・システム】の保つプロテクト適用外で、そこに入った一人だから自分にしか連絡は来ないのではないか。しっかりモニタリングを出来た時が内在闘争だからリーファ達は適用されないのではないか、らしい。後日リアル側と示し合わせて具象化エリアに数人入ってみたが、モニタリングは出来なかったようなので、結局は謎である。

 ともあれ、彼はGM権限の不死属性を貫通する謎特性を有しているプレイヤーだから何か特別なのだろうと結論付け、その話は終わりになった。どのみちキリトは《攻略組》の中心人物だから他の人が連絡を取れるようになってもあまり関係ない。

 そして現在。

 

 《攻略組》は、八十層クリアパーティーの準備に動いていた。

 

 *

 

「八十層攻略――」

「――記念パーティー?」

 

 八十層ボスを討伐した翌日の朝、《攻略組》幹部にとっては習慣となった朝議が終わった後、ディアベルが提案したものが攻略記念パーティーだった。最近になって参入した身なので知らなかったが、どうやら最前線攻略のメンバーは十層区切りで記念パーティーを開くのが通例となっているようだ。

 ちなみにこの場(エギルの宿)にキリトとスレイブは既に居ない。前者はリアル側との連絡に、後者は今日しようと思っているクエストをこなしに動いた後だった。彼らは自分達と違いメッセージで残るようには言われていなかったらしい。代わりに朝早くからリズベット、シリカ、レイン、フィリア、アルゴが集まっていた。

 

「最近色々あっただろう? 《街開き》でボス戦の翌日は休みになってるけど、やっぱりストレスは溜まってるだろうし、何時もより盛大にやろうと思ってるんだ」

「へぇ……そんなものもあるのね。キリトから聞いてたイメージだとそんな余裕無さそうだったから意外だわ」

 

 感心したようにシノンが言う。実際自分も攻略のペースや全体の雰囲気から、ゲーム側のイベントを除いてそういう事はしない方なのだと思っていた。

 するとディアベルを初めとした古参組が微妙な顔をする。

 

「あー……それはむしろ、キリト君だからというか……」

「……どういう事ですか?」

「キリトってさ、つい最近まで凄く酷く言われてたでしょ? だから、ね……」

「……ああ、なるほど……」

「そういう事ね……納得したわ」

 

 ユウキが微妙な顔で補足した事で、自分もシノンと同時に察した。徹底的に一夏を嫌っていたキバオウ、今はそうでもないリンドを初めとした面子が意図的に外していたか、いちいち関わり合いになりたくないからキリト自身が避けたのか、知らされなかったかのどれかなのだろう。

 そういえばイベントで《攻略組》が動く時、ユウキ達は彼が心配だからと別行動を取っていたとか以前聞いた覚えがある。

 どうやら攻略記念パーティーにも参加していなかったようだ。

 

「でも最近は受け入れられてるから、今回のパーティーには彼らを呼ぼうと思ってる」

「……ならさっきの朝議で言えば良かったんじゃないの?」

「サプライズなのと……こういう催し事はあんまり好きじゃないみたいだし、逃げられるかもしれないから」

「下手に伝えたら料理の準備側に回りそうだしねー」

 

 凄く納得した。確かにあの子なら逃げるか準備側に回る。(あつら)えたように《料理》スキルを取ってるし、数少ない完全習得者でもあるから回される理由としては十分過ぎる。

 《攻略組》で《料理》スキルを完全習得したのはキリト、スレイブ、アスナ、ユウキ、ラン、サチの六人。今回楽しませたいのはキリトとスレイブだから、結果的に四人になる。対して参加する人数は五十人を超える。たった四人で回すのはかなりの苦労がある訳で、四人とも親しい中だから二人が手伝おうとする光景が容易に想像出来た。

 あの子達は自分よりも他人を楽しませて喜びを覚えるタチだから、受けさせようとするなら秘密裏に事を運ばなければならない。

 

「――という訳で、誰かキリト君を連れ出して夜まで帰らないようにしないといけないんだけど、いい案あるかな」

 

 真面目な顔で、円卓に座った蒼髪の騎士が問う。今までかなり忸怩たる思いがあったようで絶対に彼らには手伝わせないという意思を感じた。今回こそはとディアベル達も本気らしい。

 

「クエストに連れ出すのはどうかな。丁度今日キリトを誘おうと思ってたんだよね」

 

 一番に意見を出したのはソードブレイカーを愛用している女性フィリアだった。

 

「一回失敗してる奴でさ。参加条件は特に設定されてないんだけど、やってみた感じ《索敵》、《隠蔽》、《鑑定》、《罠発見》、《罠解除》、《疾走》スキルを取ってないと辛いクエストなの」

「スニーキング系かー。確かにそういうのはキリトが得意そうな感じだよね」

 

 ユウキが同意するように言う。

 スニーキングクエストは敵に見つからないよう動いて目的を達成する玄人向けの内容が多い。分岐として敵に見つかるパターンもあるが、そういうのは苦戦するか、クリアしても報酬が低ランクになるので、大抵は見つからない方向で動く必要がある。中には見つかれば即座に失敗するものもある。

 彼女のクエスト内容を訊いた限りだと連続クエストで、時間が掛かるものだとか。

 

「盗まれたお宝を取り返してっていう内容で、別の屋敷に何回も入り込んでは『これは偽物です。だから次の怪しいところに忍び込んで下さい』って言われる奴でさー……しかも進むごとに見張りも厳しくなるから難しいんだよ。三つ目くらいで捕まって失敗になっちゃった」

「フィリアちゃんでも失敗するって相当だね……あ、だからキリト君に助っ人をお願いするんだ?」

「うん。凄腕トレジャーハンターを自負する私が認めた格上のスニークプレイヤーは、《笑う棺桶》を殲滅したキリトくらいだからね」

「本人が知っても微妙な顔しそうな認め方だね、それ……」

 

 フィリアの物言いにレインは半笑いを浮かべた。

 

「でもキー坊ならそういうクエストは半日も掛からないと思ウ」

「……そうなの?」

「実際オレッちと一緒にボスの情報収集のクエストを回っても一両日には終わる事が多いからナ。事前にどんな内容か教えてるのもあるけど、経験も多いから下手すると二、三時間で終わりかねないゾ」

「えー……」

 

 実際の経験談で語られると何も言えないのかフィリアは微妙な顔をした。成功すると確約された訳では無いが、そういうクエストを失敗するイメージが浮かびにくいのも事実。彼女だけではあまり時間稼ぎにならないかもしれない訳だ。

 こうなったら複数人で連れ回した方が良いか、とまた話し合う。

 ――数分後、キリトを連れ回す人が決まった。

 

 *

 

「――そういう訳で、キリト君にお願いしようと思ってたんですけど……」

「偶然タイミングが重なっちゃったみたいで」

「あたし達じゃ決めらんないから」

「キリトに決めてもらおうってなったの」

「……そうか」

 

 何とも言えない面持ちで頷く少年。

 今いるのは七十六層で色黒禿頭の商人エギルが経営している宿の二階でキリトが借りている部屋。普段の拠点は二十二層のホームに戻した彼も、ボス攻略翌日の朝議に出る際にはこの宿を引き続き利用するようにしていた。大体五日に一度借りているペースだ。

 そこに赴いたのは四人。発言した順でシリカ、フィリア、リズベット、そしてリーファ(あたし)だ。元々今日はクエストに誘おうと思っていた面々である。

 シリカは使い魔フェザーリドラの専用強化クエストらしき話をNPCから聞いたため、唯一同じ使い魔を持つキリトを誘いに来たという。これまで多くの使い魔の強化クエストが見つかっていたが、フェザーリドラは今回が初なので、是非一緒に達成したいというのが本人の主張だった。

 フィリアは階下で話していた通り、スニーキングクエストの助っ人として頼む為。

 リズベットは専用の鉱石、溶鉱炉の炎、金鎚を必要とする鍛冶師専用クエストを見つけたものの、迷宮区や未踏破ダンジョンにある話なので、助っ人を頼もうと考えていた。分かっているのは《レラチオン鉱石》一つだけだが、今日はそれを取りに行くつもりらしい。

 自分は街の裏路地にいたNPCから受けたクエストで、キリトと自分にぴったりなものがあったので、誘おうと思っていた。

 ……見事に被っていた。普段忙しくしているキリトをここぞとばかりに誘う考えは誰しも一緒だったらしい。

 

「ちなみにキリト、今日何か用事はあるの?」

「いや、特には無いよ。ホームに戻って調合研究でもしようかと思ってたくらいだから行ってもいいんだけど……」

 

 声を萎ませ、眉根を寄せてうーんと唸る。まあ四人に誘われたら困りもするかとあたし達は苦笑気味だ。

 窓際の籠の中で小竜がきゅぅ、と啼いた。寝惚けているようだ。

 

「個人的にはシリカとリズベットの話に乗りたいかなぁって」

「え……えっと、どうして?」

「シリカとリズのは昼までに終わると思うけど、リー姉とフィリアのは未知数だからだな。すぐ終わる方を優先すれば四人分回るのに効率が良い」

「……本音は?」

「どっちも戦力強化に繋がりそうだから今日中にしておきたい」

 

 リズベットの問いに迷わず答えた内容に、攻略脳め、と心の中で毒づきたくなった。

 断じて選ばれなかった事を不服に思っている訳では無い。気持ちは分かるが休日くらい攻略以外の観点で動けないのかと思う。攻略とか効率とか、それ以外にも目を向けてという姉心を分かって欲しい。

 ……そういう思考と動き方だったから生き残れたと思うと、強く言えないのだけど。

 

「で、どうする?」

「あたし達はキリトに委ねたから、あなたの意見に従うわよ」

「じゃあシリカ、リズベット、リー姉、フィリアの順で」

 

 順番も決まったので、あたし達は早速クエストへと出かけた。

 移動して、七十九層。

 迷宮区へと向かう途中にある深い森を端へと逸れた先の方に()()はいた。ばっさばっさと翼をはためかせる巨体。水色の和毛。二股に分かれた尾。紅の瞳。

 キリトとシリカ、二人がテイムした使い魔を巨大化した竜がそこにいた。

 

「でっ……!」

「かぁ……!」

「可愛くないわねコイツ!」

「小さいからこそ可愛く見えるって事ですね……」

 

 順にフィリア、シリカ、リズベット、自分の言葉である。キリトくらい小柄だと一口で丸呑み出来るくらい巨大だから可愛くなんてまったくない。敵意を向けて来るせいで愛嬌を感じられないというのもある。

 ――そんな巨大な竜も、後方から飛来した水の螺旋剣により一撃で斃れる。

 竜の後ろには黒く輝く歪な結晶体。シリカがNPCから聞いた話だと、アレを食べた小竜は強力な力を得るという。そのNPCはあまりの巨大な竜に驚いて逃げたという話だった。話の流れ的に囮で引き付けてから結晶を奪い、逃げるというものだと思うけど、ステータスが異常に高くなっているキリトは真っ向から潰してしまったのだ。

 四人揃って微妙な視線を向けると、黒鋼の弓を下げた少年はびくりと肩を震わせた。

 

「な、なんだ……?」

「いや……あんた、かなり脳筋思考になったわね……」

 

 ちなみにPKすると対象の累計経験値の一割を得るため、レベルカンストのホロウを何十体と斬り捨てたキリトも捕まった面子と同レベルになっている。《ⅩⅢ》を十全に扱える事も含め正に鬼に金棒だ。

 

「えー……だって敵だろ、アレ。どう見てもテイム出来そうにないし……」

 

 まぁ、彼が言う事も間違いでは無いし、倒せるならわざわざ面倒な囮作戦を使う必要も無いのだが。なんだろう。こう、釈然としないものがある。

 ――というよりこんなにサクサク言ってたら時間稼ぎも何も無いじゃない!

 そう思っている事を知る由も無い少年は、門番的な巨竜が居なくなったお蔭で悠々と黒い結晶を採取し、ナンとピナに手渡しで食べさせる。すると二匹の体が輝いた。すかさずステータスを確認した二人によれば、新たなブレスを使えるようになったらしい。習得したブレスは《パワーブレス》、敵を確定ノックバック、確率スタンさせるダメージ系のブレスだった。隙を作るという点で強力なアシストになるだろう。

 またナンはステータスが底上げされていた。使い魔のステータスは主のものと同一という聞いたが、流石に個体の上限が設定されているらしく、ナンはキリトのそれより遥かに低い。ピナはまだ同等のようだからレベル一〇〇を境に上限が来るのだろう。

 今回の強化で上限値が解放された事で多少強くなったらしかった。まぁ、カンストレベルのキリトに、使い魔のアシストが必須になる状況があるとは考え難いが……

 

「シリカのクエストはこれで終わりだな。次はリズの……七十八層か。行こう」

 

 確認したい事は終えたのか、そう言って踵を返すキリト。

 その後ろを付いて行きながら、ひそひそと四人で声を潜めて話す。

 

「ど、どうしましょう……?! まだ動いて三十分ちょっとですよ、ここまで短時間で終わるなんて流石に思っていませんでした……!」

「ちょっと……いや、かなり甘く見てたわ。アルゴが言ってたのってこういう事なのね……」

「これ、応援呼んだ方が良くない……? 七十八層って確かリーファのクエストもあるでしょ……?」

「う、うーん……クラインさん辺りに引き回してもらいます……?」

 

 キリトもあの若侍にはかなり心を許しているし、ショップ巡りや《街開き》の観光に引き回されるくらいは許容するだろう。ただ恐ろしく物欲が無いから殆ど意味を為さなそうなのが何とも……

 そう話し合うも良い案は浮かばない。

 あまり露骨にしてるせいで途中キリトに怪しく思われるのも良くなく、相談もそこまで頻繁に行えないまま、次の目的地である七十八層へと来てしまった。この階層ではリズベットが求める《レラチオン鉱石》とあたしが求める《太陽のペンダント》が手に入る。迷宮区へ行く途中にある森の中にペンダントがあり、森の迷宮区とは違う方向に繋がる道を進んだ先に鉱石があるという話だ。

 なので一先ず森を目指し、歩く。馬車を使わないのは万が一荷車が壊れると困るから。あと目立つからだ。しかし歩きとは言えマッピングしているので迷う事は無く、ギミックやトラップは既に解除しているし、上層故の狭さですぐ森に辿り着く。

 しかも森に移ってすぐのところで《太陽のペンダント》が自発的に光り、手に入る始末。

 

「簡単に見つかるのは普段は楽で良いけど、今ばかりは恨むわよ……」

 

 ぼそりと洩らす。時間稼ぎの為にクエストに付き合ってもらっているのに、こうまで順調に事が進んでしまうと逆に困る。

 クエストの進みが速い事を逆に嘆くプレイヤーなんて、きっと今の自分達くらいなものだ。

 

「リー姉、何か言ったか?」

 

 口に出してしまったからか、キリトに勘付かれてしまった。幸いにもしっかりと聞いた訳では無いようだが。彼の後ろにいる三人が物凄く焦った顔をしている。

 

「見つけるのが楽なのはいいなって言ったの」

 

 咄嗟に誤魔化すと、彼は納得したようで、感慨深そうに頷いた。

 

「確かになぁ。落とし物を探す系でこうも簡単に見つかるのは珍しい、というより初めてな気が……待てよ。もしかしてこのクエスト、まだ続いてるんじゃ……」

「え?」

「さっきのはともかく、こんな上層の探し物系のクエストで簡単に終わるのはちょっと不自然な気がする。クエスト欄、更新されてない?」

 

 謂われて確認すると、クエストで求められる次の行動は『対となる《月のペンダント》を探そう』とある。

 ……ただし、82層にあるらしい。

 

「更新、されてるけど……対のペンダントは八十二層にあるみたい」

「次の階層か……なら次のボス戦が終わったら一緒に行こう」

「そ、そうね」

 

 にこりと一緒に行く約束をされて、少しどぎまぎしながら頷く。ぎこちなさはあっただろうが彼はスルーして迷宮区とは違う方へ歩き出した。

 向かう先には鉱石があるとされる場所だ。

 

「……一時間くらいで二人分終わっちゃいましたね」

「今回は二人のモノが悪かったと思いましょう……あたしも、似たような感じがするけど」

 

 肩を落としながら、半ば諦めの境地でリズベットが言う。今回は物を探す系が多かったし確かに選択が悪かったかもしれない。特定の素材を集める内容の方が時間を稼げただろう。

 それを表すように、三十分ほど歩いた先にいた中ボスを瞬殺し、リズベットが掘り出し物で手に入れた秘伝書にあった一つ《レラチオン鉱石》が入手できてしまった。

 これで四人の内、三人分のクエストが終わった事になる。

 ……彼に話をしてから一時間半ほどで三つも終わってしまった。

 

「ね、ねぇ、キリト? あんた、何時もこれくらいのペースでクエストやってんの?」

「ん? んー……まぁ、虐殺(スローター)系とか、素材収集系以外はこれくらいかな。フィリアが言ってたたらい回し的なものだと数時間掛ける事もあるよ」

「は、速いね、キリト君」

「そもそも虐殺系ならともかく探し物系のクエスト一つに長時間掛けるゲームは流行らないんじゃないか?」

 

 至極ご尤もである。

 あとこちらの思惑を見透かしたような物言いはやめて欲しい、心臓に悪い――そんな事を言える筈も無く、あたし達は無言のまま街へと戻る事になった。

 

「……どうしましょう」

「ふぇぇ……このペースだと午前中に終わっちゃいそうだよ……! わたしのクエスト、午後じゃないと進められないんだけど……!」

 

 若干泣きの入ったフィリアが言う。一応この階層に来た時点で皆にメッセージを送っておいたけど、この分だとかなり怪しい。

 ……というか普通に無理なのでは。

 

「今回ばかりは相手が悪かったですね……」

 

 クエスト的にも、プレイヤー的にも。

 

 

 

「ああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 ――その時、突然ベビーピンクの髪色をした女鍛冶師が大声を上げた。

 いきなりの事で驚く。先を進んでいた少年も大きく肩を跳ねさせ、ばっと勢いよく振り返った。彼の両手には聖剣と魔剣が握られていて万全の態勢だ。

 

「な、なんだリズ?! 敵か?! 何処だ?!」

「違うわよ! 今日中に仕入れておかないといけない鉱石があるのを今思い出したの!」

 

 やや鬼気迫る表情で言う彼女に、呆気に取られる少年。あたし達も何のことかさっぱり分からず唖然とする。

 

「……それって、店の方のか?」

「そうなのよ! オーダーメイドの注文で必要な鉱石があった事をすっかり忘れてたの!」

「そ、そういう事か……いきなり大声を上げるから何事かと思ったよ……」

 

 げんなりした様子で言うキリト。杞憂で済んだのは良い事だが、あまりにもいきなりだったから精神的に疲れたらしい。突然あんな大声を真後ろで上げられれば誰だってそうなる。

 

「で、何の鉱石が必要なんだ?」

「ちょっと待って……」

 

 メニューを呼び出し、メモしているらしいテキストを呼び出す。何が書かれているかは見えないそれを見たリズベットが鉱石の名前を読み上げていった。

 

「……確か【浮遊遺跡バステアゲート】のだな」

「そうそう、キリトが使ってる鎧に必要な鉱石。それを使ったものが欲しいってディアベル達に依頼されてたのよ」

 

 てっきり時間を稼ぐ為なのかと思ったけど、どうも本当に必要らしい。

 

「それなら俺が持ってるぞ。宿のボックスに余剰分を詰め込んでる」

「あ……そう、なんだ」

「ああ。後で譲ろう、五十個もあれば足りるだろ?」

「え、ええ、十分よ」

 

 ……顔を見るに、どうやら時間稼ぎの為に言ったようだ。一瞬だが顔が引き攣った。迫真の演技も真っ向から対応されて形無しだ。

 

「――あっ! そういえばあたしも思い出した事がありました!」

 

 そこで、思い出したようにシリカが声を上げた。びくっと彼女の小竜が体を震わせる。

 

「今度はシリカか……流れで考えて、大方ポーション類の素材だろ」

「あ、うん、それもあるんだけど……その、短剣と防具の強化素材も集めたいなって……」

「あー……その防具、随分前に俺が譲った物のままだもんな……」

「えへへ……凄く高性能だから、変える必要が無くて」

 

 シリカが纏っている銀の胸鎧と紅の装い一式は彼が過去譲ったものらしい。ピナの蘇生の為に装備の性能でレベルマージンを誤魔化したと聞いたから、その時のものなのだろう。そう考えると随分長持ちしている。

 というか、階層的に性能はもう追い付かないんじゃないだろうか。

 

「でも防具の強化試行回数も限界があるし、【シルバースレッドアーマー】と較べると最前線の防具を買った方が結果的に言いと思うけど」

「え?! あ、うん……そう、かな? ……そうかも」

 

 やっぱり性能的にかなり劣って来ているらしい。どうにか時間を稼ごうと案を出したようだけど、これも真っ向からの正論で敗れてしまった。

 ――しかし、そこでキリトが思案顔になる。

 

「とは言え防具強化の素材集めか……それはしておくといいかもしれないな」

「それはどういう事なの?」

「武器は強化傾向や武器種で変わるけど、防具は大まかなカテゴリで強化素材が統一されてるんだ。ヒースクリフの重鎧は鉱物多めにモンスターの部位素材を少し、シリカの軽鎧は鉱物少なめで部位素材多めな傾向にあるんだよ」

 

 初めて聞く情報で、自然と鍛冶屋を営むプレイヤーに視線を向ける。彼女は神妙に頷いた。

 

「ホントよ。あんまり知られてないけどね。キリトのコートみたいな俊敏性重視の革装備は植物系の採取素材とMobの素材で作るの。革は《裁縫》、金属を扱うなら《鍛冶》。そういうカテゴリでスキルと素材の扱いは違うのよ」

 

 へぇ、と《裁縫》も《鍛冶》も取っていない三人で頷く。

 防具の修復に《鍛冶》を使う場合と《裁縫》を使う場合があったけど、どういう分け方なのかはまったく分かっていなかった。つまりシリカが今の防具を強化するつもりは無くとも、同じ軽鎧タイプを使うのだとすれば、集めても無駄では無い事になるらしい。

 

「じゃ、じゃあ午前中は素材集めにしない? わたしのクエストはどっちにしろ午後にならないと出来ないし」

「む、そうなのか」

「うん。まさかこんなに早く終わると思ってなかったから言う必要ないと思ってて……ごめんね」

「いや、それは良いけど……素材集めか……」

「……素材集め、行く?」

「うーん……収集は嵌ると()()()()()()から、フィリアのクエストをすっぽかしかねないんだよなぁ……」

 

 あたしが聞くと、彼はそう答えた。顔は行きたそうにしているのだが……

 

「ちなみに行きたいかそうでないかだと?」

「行きたい。俺もさっき思い出したけど、調合に使う素材で底を尽きそうなものが幾つかあったんだ。攻略が始まる明日までに揃えておかないと……」

 

 じゃあそうしようっ! と四人で声を揃えて賛同する。いきなり息が合った事に驚く少年。傍から見たら違和感を覚えるだろう息の合いようを客観視して全てを察さないでくれと切に願う。

 流石に違和感はあったらしく訝しげに見られたが、一先ず街に戻ろうと言われ、街へと戻る。

 

「あ、キリト!」

 

 街の入り口の門には、蒼い槍を携えた女性サチが居た。その後ろにはアスナ、ルクスもいる。

 そこでメッセージが届く。相手プレイヤー名のスペルを知っていて、且つ同じ階層内にいれば送れるインスタントメッセージのようだ。限度は一〇〇文字程度でその中に差し出したプレイヤー名も入れなければならない。不便という事もあってここ最近で使われる事はなかった。

 

『アルゴより、リーファっちへ。諸々の事は教えてもらったからサチに対応させてくれ。レベルの事が気になってるようだったからナ』

 

「……そういう事ね……」

 

 クエストで足止めするにあたってあたし達のものだと難しいから、既に次の策を考えていて、状況に合わせられるようどこかに気配を――キリトに気付かれないよう極限――まで殺して付いて来ていたのだ。そしてピンチになる度に手助け出来るよう備えていた、と。

 どうやらアルゴはあたし達四人では抑えられないと予想していたと見える。

 ……何となく、その程度と見られているように思えてしまう。

 

「キリトを探しててね。レベリングに付き合ってもらいたいの」

「ほら、私達って捕まえられてないからレベルがそのままでしょ? でも攻略ペースだとレベリングの時間は無いから上がりにくくて」

「そういう事か……でも俺じゃなくたっていいんじゃないか? クライン達が居ただろう?」

「クラインさんが、最初は暇そうでもキリの字の事だから素材集めで忙しくするんじゃないかって」

「しっかり把握されてるな……しかしレベリングと素材収集か。そうなると本格的にフィリアのクエストが……」

 

 眉根を寄せ、申し訳なさそうにフィリアへと彼は振り返る。攻略に関する事だから優先したいけど、先に受けたのもあって気後れしているらしい。

 対して、フィリアは快活に笑い、首を振った。

 

「わたしのはいいよ、趣味で受けただけだからそっちを優先して」

「そうか……じゃあまた誘ってくれ。その時は優先的に行く」

「あはは、キリトは律儀だなぁ」

 

 フィリアは笑顔でクエストの助力断念を快諾。その流れでキリトとフィリアを除く面々のレベリングと、キリトとシリカの素材収集をするべく、《アインクラッド》の階層を行ったり来たりする事になった。

 昼食は移動しながら食べられるアスナが作ったバゲットサンド。食べた後は二組にグループを分け、効率的に動いた。レベリングも素材収集もどれだけ時間があっても足りないからかあっという間に時間は過ぎて、気付けば午後六時を回る頃になっていた。

 本来の予定とは異なったが、結果オーライと言えるだろう。

 

「さて……良い時間だし、解散しようか。お疲れ様」

 

 七十六層に集まり直したところで、リーダーになって指示を出していたキリトが言った。それから転移門の方へと歩き出す。拠点としている二十二層へ帰ろうとしているのだ。

 このまま帰られては困るので呼び止めようとした時、遠くから声が聞こえて来た。

 

「おーいッ!」

「……ん?」

 

 彼も聞こえたようで、振り返る。宿がある広場から一直線に走る紫紺の少女がぴょんと軽くひとっ跳びし、階段をショートカットして転移門に立つキリトの下に辿り着いた。

 

「よかった、まだいた!」

「どうかしたのか?」

「皆が用事あるから連れて来いって!」

「用事……?」

 

 間違いなくパーティーの準備が終わったからだろう。ユウキはパーティーの料理を作る調理側だったのだが、その彼女がこうして此処に来るという行動で、事情を知るあたし達に知らせるという事もした。

 一先ず何も知らない体で宿の方へと足を向ける。

 後ろに居る彼も、ユウキと話しながら宿に来るようだった。小柄なので歩幅で差が付く筈が、ユウキが急かすように背中を押しているから途中で並び、追い抜かれてしまった。ナンはぱたぱたと空中を飛んで事無きを得ている。

 

「ちょ、ユウキ速いって!」

「急いでって言われたんだもん! ほら速く!」

 

 とんとん、と更に背中を押すユウキ。前のめりになりそうになりつつ足を速める事で態勢を整え、宿へと近付いて行く。遅れないようあたし達も歩を速めた。

 そして宿の前まで来て、ユウキは彼の手を引っ張って中に入る。その後をすぐ追った。

 ――ぱん、ぱぱん、と乾いた破裂音と共に、紙吹雪が少年に降りかかる。

 

「……へ?」

 

 状況を上手く飲み込めないキリトはポカンと呆けた顔を晒し、首を傾げた。

 

「……なんだこれ」

 

 宿の食事処に置かれた円卓には所狭しと数多くの料理が並んでおり、晩餐会もかくやの様相だ。内装はそのままだが使っている食器が普段のものに較べて豪華仕様。更に料理も色鮮やかながら美しさを引き立てる盛り付け方をされていて、作り手のセンスの良さが滲み出ている。

 途中から《料理》完全習得者のアスナとサチが抜けたので、最後の方はユウキとランの双子姉妹が仕上げたのだろう。

 

「いやー、良かった良かった。気付いてなかったみてぇだな!」

「気付いて……? ――!」

 

 奥から歩いて来るクラインの言葉に勘付いたか、キリトが振り返り、あたし達を見て来る。その眼は驚きの他に訝しむそれがあり、大体察したようだった。

 苦笑を浮かべると、やっぱり、唇を尖らせてそっぽを向く。

 

「なるほど……俺が逃げ出さないために、敢えて外に連れ出す事で準備にすら関わらせなくしたのか」

「今の一瞬でそこまで察したのかよ?! かーっ、こりゃ次はマジで難しそうだな!」

「次って……九十層のも手伝わせないつもりなのか」

「いっつも攻略ン時にゃ世話になってっからな! こういう時くらいは素直に祝われる側になりやがれ!」

 

 にっと、悪戯が成功した悪ガキのようなノリでクラインが笑った。それを見て文句を言っていたキリトははぁ、と溜息を吐く。

 男性を見返す顔には、苦笑が浮かんだ。

 

「あーもう、完璧にしてやられたよ。まさかリー姉達もサチ達もグルだったとは」

「あー……その、ごめんね? クエストは本当だったんだけど……」

「レベリングも本当だったんだよ? ただ、その……キリトにはゆっくり、何もしないで楽しんで欲しいって思って」

 

 あたしとサチとで謝意を込めながら言い訳すると、彼はもう、と顔を朱くした。

 

「えへへ……ごめんなさい」

「ごめんね」

「あたしも騙すようにしてごめん。でもクエストはホント有り難かったわ、ありがとうね、キリト」

「……そう言われたら、怒るに怒れないよ……まったく、もう」

 

 口元をもよもよさせながら、頬を朱く染め、笑う。怒りたくても笑ってしまうから怒りが霧散しているらしい。元々激怒する程では無いからというのもあるだろう。

 皆、彼に気付かせないよう仕組んだのも、元を正せば感謝していたからなのだから。

 

「ほれキリト! さっさと席に座れって、今日はお前ェが主役なんだぜ! 主役が居ねぇと始まらねぇだろ!」

「え、ええっ?!」

 

 クラインが小さな手を引っ張り、席に連れて行く。その席は元からキリトが座っていたところだが、料理の配置を見るとそこが上座に設定されている事が分かる。階層攻略のMVPという事で攻略記念パーティーは、キリトに感謝するパーティーでもあった訳だ。

 ……だから彼を徹底的に近づけさせないようにしたのか。それは初めて知る。クラインを見たらにっとしてやったりな笑みを返された。

 ……同じように笑みを浮かべ、礼を返す。伝わったようで頷いていた。

 こういう事に長けた社会人だったのだろう。いい女性をお嫁さんに貰って、幸せになって欲しいと思う。

 ――そうして席に座ろうとしたら、ユウキに両脇から抱えられてしまった。

 

「え?」

「リーファはそこじゃないでしょ。こっちー」

 

 あたふたしていたら、ぽすん、とキリトの左隣に座らせられた。反対側を見ればサチがキリトの右隣に座っているらしい。

 ……色々あった訳だし、その意味も込めてこの椅子の座り方か。

 自分はキリトと義姉弟関係で一番身近だ。サチは《月夜の黒猫団》の一件が解決して以降、碌に話す機会が無かったから、今回を機に積極的になれと暗に指示していると見て良い。

 ――彼女は義弟の事を真剣に考え、想い、接してきてくれた人。恋のライバルとしてとても相応しい人格と心の持ち主だ。相手に取って不足は無い。

 その思いで女性を見れば、彼女からも――珍しい事に――不敵な笑みを以て返される。挑戦状を叩き返された錯覚を覚えそうになる。

 

「……俺の頭の上でばちばち視線をぶつけないでくれるかな……」

 

 全員が席に揃うまでしていたら、文句を言われてしまった。非は自分達にあるのでサチと揃ってやめて、正面を向く。

 全員が席について揃ったのを確認した後、紅の若侍がコップを持って立ち上がった。

 

「――んじゃ、全員集まったようなんで始めさせて頂きます。幹事は《風林火山》のギルドリーダー、《アインクラッド》の熱い侍で知られてるこの俺! クラインが務めさせて頂きます!」

 

 コップをマイク代わりに言い切って、疎らに拍手が上がる。ぱちぱち、とキリトがしていたのであたしもした。

 ……却って空しく感じたのは気のせいだと思いたい。

 

「うおっほん……苦節一年半、いや、最早約二年。思い返せばおよそ二年前、俺はこの世界で一流の剣士になろうと――」

「はーい、そんな事はいいから早く始めちゃいましょうよ! 料理が冷めちゃうでしょー!」

 

 何か感慨深げに昔語りをしようとした途端、リズベットが遮った。勢いに乗ろうとしていた男性ががくりと肩を落とす。

 

「おいおい、俺とキリトが初めて会った時の事を語ってやろうとしたのに、触りにも入らない内に止めるってひどくねェか?!」

「そういうのは追々食べながらやってくのが盛り上がるんでしょ! おっ始める前から話してたらネタ切れになるわよ!」

「甘く見んな! キリトとの話はそれこそ百や二百じゃキリがねェくらいしこたま溜めてんだかんな! ――とは言え、折角の料理が冷めちまうのも勿体ねェ話だ。コレを作ったユウキ、ラン、サチ、アスナ、ユイちゃんの頑張りにまずは拍手!」

 

 そこで屋内に居る面々が一斉に拍手する。そうか、あの子も《料理》スキルはコピーで取っていたっけ、と思い出す。彼女を見ればにこりと嬉しそうに微笑まれた。

 

「んで食材集めに回った他の面子に拍手!」

「はいはーい! アタシも頑張ったんだからね!」

「おうよ、ストレアも頑張ってたぜ! 一部誰が獲って来たか不明なモンスターの肉もあったが、レア肉もたんまり! S級にA級もあるし、B級だろうと超一流の料理人が作ってくれたから旨ェ事間違いなしだ! ひょっとすっと次のパーティーまで口に出来ねェかもしれねェな!」

 

 そこで男性陣から爆笑の声。作り手が悉く女性という事もあって、男性陣も必死にならざるを得ないからその発破の為に言ったのだろうか。

 ともかく食べ始める前から、場は少しずつ盛り上がり始めている。

 

「そして最後、やっぱコイツを忘れちゃいけねェだろ――――キリト!」

 

 突然全員から注目を浴びる事になるなんて考えてなかったのか、肩を大きく震わせた。

 

「お前ェが頑張ってくれたから俺達は今こうして此処にいる。ボス攻略の時と言い、アルベリヒの時と言い、お前ェには頼りっぱなしだ……これは俺達のせめてもの感謝の気持ちだ。目一杯楽しんでくれ」

「――――」

 

 戦慄、だろうか。瞠目し、言葉を喪っている彼は、若侍と視線を交わしていた。このパーティーが彼の為にある――そして、かつて己を殺そうとしてきた者が居る前で堂々と宣言するなんて思っていなかったのだ。

 不意打ちだ。

 彼の口元が、震えている。

 

「じゃあ、第八十層突破記念に――――乾杯ッ!!!」

「「「「「乾杯ッ!!!」」」」」

 

 コップやグラスを持ち上げ、復唱する。その間も彼の顔は俯けられていて……きらりと、光る雫が落ちたようにも見えた。

 

 *

 

 宴が進み、料理も控えていた分も含めて粗方片付いて来た頃。

 

「おう! 度胸のあるヤツはコイツに挑んでみな!」

 

 食べ切った皿を片付けて生まれたスペースに、店主のエギルが両手に乗せた大皿を、ドンと置く。その上には円形の焼き物――――熱々のピザがあった。

 

「これって……ピザ、ですよね?」

「おう。まぁ、《アインクラッド》風に言えばピザ風のベイクドパンなんだが、味は保証するぜ」

「へぇ、美味そうじゃねぇか!」

 

 ログインした日も午後五時半にピザを頼んでいた侍が嬉しそうに手を伸ばす。

 

「おっと、ちょっと待ってくれ」

 

 店主エギルはその手を掴み、待ったを掛けた。

 

「ああ? 何でだよ」

「おいおい、さっき言ったろ? 度胸のあるヤツはって……コイツはな、ピザを使ったロシアンルーレットなんだよ」

「ロシアンルーレット……まさかお前ェ、この中のどれかに激辛を混ぜたとかじゃねェだろうな?!」

「そのまさか、だ。一枚十切れのピザの中に、一つだけ激辛を混ぜた。二つ分あるから激辛は二つだ。さぁ、誰が挑戦してくれる?!」

 

 にっこにっこと意外と愛嬌を感じる笑みで物凄い事を言ってのける店主。男は何時までも男の子だと言うが、この悪戯めいた事をする点に於いては正しいと思う。

 

「……ちなみに、物凄い量の香辛料を入れてたわよ。私が知る限り辛い系はドバドバ入れてたわ」

「何でその時に止めなかったんですか……」

「……だって、楽しそうだったんだもん」

「アスナ……いやまぁ、確かに楽しそうだけど。美味しそうなピザを食べるのに何で恐怖心を覚えないといけないのよ」

 

 シノンが呆れたように言う。彼女も食べたくは思っているようで、けれど激辛は嫌だからと躊躇している側のようだ。

 

「んー……でもまぁ、当たらないなら美味いんだろ?」

「おうよ、味は保証するぜ。そこはアスナとランも太鼓判を押してくれてる」

「ほーん……じゃあよ、宴会という事で、『激辛に当たったヤツは誰かに何でも好きな事をしてもらえる』っていう権利を与えるのはどうだ?」

「お、ロシアンルーレットらしくなったな。ほらほら、参加者はどいつだ? 誰でもいいぜ?」

 

 クラインが口にした内容で、エギルが挑発めいた笑みを浮かべて周囲を見る。

 怖いもの見たさもあり、少ししてメンバーが揃った。キリト、スレイブ、リーファ(自分)、ユイ、ストレア、ユウキ、ラン、アスナ、シノン、シリカ、リズベット、フィリア、サチ、クライン、ヒースクリフ、ディアベル、リンド、シンカー……

 

「――おや、何だか楽しそうな事をしているじゃないカ」

 

 そこでアルゴが入って来て、話を聞いて面白そうという理由で参加。これで十九人になった。最後はエギルが食べるという事でジャスト二十人。

 二つの大皿に乗ったピザを一切れずつ、好き好きに取っていく。

 

「みんな一枚ずつ取ったな? 3、2、1で行くからな? ――」

 

 クラインがカウントして、同時に全員が齧り付く。

 嗅覚を刺激する焼けた野菜とチーズの絡み合った臭い。口の中に広がるのもじゅわっと熱いチーズ、野菜、肉の絡み合った味だ。普通に美味しい。

 

「あたしは違うみたいですね」

「私もだよ。良かった……」

「私もよ」

「……ちぇー、アタシも外れたー」

「こ、これって、激辛を当たりって言っていいんですかね……?」

 

 あたしに続いて、アスナ、シノン、ストレア、ユイがコメントする。確かに激辛を当たりというのは微妙な気分になる。罰ゲームでは無いから外れとも言えない。微妙な所だ。

 そうしていると、女性陣は全員外れたようで、安心したような、でもどこか残念な顔でピザの残りを食べていく。

 男性陣は――

 

「外れたようだな。普通に美味しい」

「すげぇ……この味を再現出来るなんて、エギル、お前ェ普通に《料理》スキルあんだなぁ……」

「ピザの作り方を知ってりゃマニュアル調理で出来ん事もないぞ。むしろ味が近い素材を集める方が大変だ」

「これは商品として出せるのでは……?」

 

 ヒースクリフ、クライン、エギル、シンカーがピザを片手に話していた。彼らも激辛では無かったらしい。近くにいるリンド、ディアベルらも違ったようだ。

 ……では、誰が当たった――

 

 

 

「――――ッ?!?!?!」

 

 

 

 ――突然、右隣から音にならない絶叫。

 直後、円卓に顔面をぶつけるという暴挙が起きた。ステータスが高すぎて円卓が大きくバウンドし、置いてあった皿が浮き上がる。

 ……どうやら当たった(はずれた)のはキリトのようだ。

 

「ちょ、キリト、大丈夫?!」

「――ッ?! ~~~~ッ!!!」

 

 顔を上げて口元を押さえる彼の顔は真っ赤に染まり、ボロボロと涙を流していた。

 

「ど、どれだけ辛いの……?」

 

 興味が湧いて、彼が残した分の端を少し齧る。

 

「……――――ッ?!?!?!」

 

 瞬間、ガツンッ! と強い痛みが頭を襲い、次は全身を稲妻が這うような激痛に襲われた。ごふっ、と口の中から吐き出すと口内の刺激が無くなるも、残滓痛が体を苛む。全身の痛みも和らぎはしたが消えていない。

 ……そういえば、聞いた事がある。

 

 辛さは味では無く、痛みなのだと。

 

 だからペインアブソーバレベルが五に落ちている自分はこれだけで痛くなったのだ。それを際限なく広げるゼロのままの彼が口にすれば……

 

「ちょ、キリト、落ち着いて!」

「ッ?! ――――ッ!!! ――■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!」

 

 声ならぬ咆哮(絶叫)が店に響く。ここで異常事態に気付いたようで、ユウキ達が彼を取り押さえようと動き出した。ただ痛みで理性を失っている彼は暴れ狂っており、取り押さえようと迫る者達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 

「ああ、もう――少し我慢しなさい!」

 

 見ているだけでは被害が増す一方なので、床を蹴って肉薄。反応して掴み掛って来る腕を関節を極めて動かないようにし、左手を彼の口の中に突っ込む。

 少年と少女数人の動きが止まった。

 動きが止まっている隙に指で口内を掻きまわし、ピザの食べカスを取り除く。

 すると嘘のように彼の暴走は止まった。ちなみに余りの痛みで意識を落とせなかったせいか、食べかすを取り除いた瞬間彼の意識は落ちている。

 ――自分でも全身が痛くなるくらい(から)かったからね……

 左手に掴んだままの食べかすを見る。彼の唾液で濡れていて、ぐちゃぐちゃのそれにピザの面影は無く、表面も真っ赤だ。パイ生地で上手く隠していたのだろう。《圏外》だったらダメージを負っても不思議では無いインパクトがあった。

 

 ……何か、今日は疲れたな……

 

 ふとそう思いながら、床に背中から倒れ込む。

 後で事情を話して突然暴走した事に理解を持ってもらい、残念ながら激辛ロシアンルーレットピザは廃止にする事で決定した。

 ちなみにこれを契機に義弟が嫌いなものには激辛ピザが入った。激辛単体ではまだイケるクチらしい。謎である。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 久し振りの骨休め回……休んでるのか? むしろヒロイン達は働かせてないか? と思いつつ執筆して、何か混沌としたけど、是非も無いよネ! 大体原典ゲームに沿ってるから仕方ないネ!

 ただしキャラクターイベントが起きる階層は違う。シリカは八十三層、リズベットは八十二層、リーファも八十二層だった気がする。フィリアのは《アインクラッド》周回すると転移門ですぐ発生するものだけど、今回はお流れに。

 激辛ピザロシアンルーレット……ゲームだとクラインが当たったけど、女の子にいやらしい事させようとする雰囲気マシマシで警戒されたんで、『キリト、水を頼む!』というお願いが該当されるという外れクジに。

 原点ゲーム90層パーティーだと、アスナとストレアが当たり、ストレアがキスしようとしたところでアスナが介入し……百合な展開になりました。

 今回はキリトとリーファが若干なってますね!(笑) キリトは激辛による激痛のせいでそれどころではなく、狂化してしまいましたが。自制心強いリーファですら抑えきれなくなるので、アブソーバレベルゼロのキリトでは是非も無し。

 いやー、ゲームイベントを多少出せて楽しいですわ!

 では、次話にてお会いしましょう。

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