インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 ――――サブタイトルでネタバレしていくスタイル(クソ)



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 以前二つあった第百四十章を組み合わせたものとなります。若干視点の順番も変わってたり。

 視点は第三者、直葉、楯無、クロエ。

 文字数は約三万。

 ではどうぞ。




第百四十章 ~たった一人取り残されて(孤独の剣士)されど彼の者、孤独に非ず(孤高に至る)

 

 

 

 

 駆ける。

 

 駆ける

 

 ――駆ける。

 

 年端もいかぬ小柄な少年は魔剣と聖剣を手に死線を潜る。幾重と重なり、何重と押し寄せる死線の数々、その全てを駆け抜ける。

 

「――っ」

 

 声が漏れた。

 金音(かなおと)しか立たぬ無窮の空間にそれは上がるが、無作為の音で掻き消される。それは足音、それは金属が擦れる音、それは抜剣の音――――死へと誘う(きざはし)を上る音。少年の命を潰さんと迫る波濤そのもの。

 戦い始めて幾程経ったか。

 少年(キリト)にはもう分からない。視界端に時計はある、昼夜が空間にはある――だがそれらは既に意味を為していない。僅かな意識のずれが命取り。一瞬一瞬が常に生死を分かつ大勝負。今の時など些末事。

 これは、現実()へ還る為の最後の関門。

 

 ――最初の試練、城の王を打倒した。

 

 ――第一の試練其の一、獣の王を撃破した。

 

 ――第一の試練其の二、森の王を打破した。

 

 ――第一の試練其の三、炎の山を踏破した。

 

 ――第一の試練其の四、氷の山を踏破した。

 

 ――第一の試練其の五、剣の帝を弑逆した。

 

 ――第一の試練其の六、九武神を殲滅した。

 

 ――第二の試練、千の迷宮を制覇した。

 

 そして、第三の試練(これ)が最後の大関門。

 この死闘を制せば求める場所(みんなの下)へと還る事が出来る。それだけを希望に剣を手に駆け続けていた。止まる事は知らない。知っていても止まる事を自ら許さない。

 何故止まらない。

 そう問われれば、少年の答えは一つだけ。

 

 ――――還りたい場所に還る為だ(これが俺の選んだ道だから)

 

 迫る絶望を前だろうと剣士の答えは一つだけ。それだけが己の生きる目的。戦う行為はそのための手段に過ぎない、戦わなければ生きられないから剣を取っただけの事。

 仮令己の生()()望んだなら戦う必要が無かったとしても。

 その先に、少年が望む場所は存在しない。

 戦いたいからではない。ただ生きたいからでもない――――()()()()()()へ、還りたいだけ。

 誰よりも純粋な想い一つで戦っているだけの事。()()()()()希望は潰えない。

 

「――――」

 

 僅かな休息。頭に走る鈍い痛みを無視し、剣士は再び立ち上がる。

 休まる時がほんの数秒あれば長い方。

 精神は疲弊、体も重い、感じる心も固まった。

 迫る敵。見渡す限りが人、人、人。人に埋め尽くされた光景ばかり。斬った数は千では利かない、万でも足りない、あとどれだけ残っているのかも分からない。終わりの見えない死闘だった。

 ――剣士の正気はとうの昔に消え失せた。

 それでも選んだ道から外れない。

 仮令挫けそうでも。

 いくら阻まれようと。

 どれだけ苦しかろうと。

 どれほど死に瀕しようと。

 希望を抱く剣士に諦めは存在しない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 

 

 

 ――It fills Swordman with DETERMINATION(剣士はケツイに満たされた)

 

 

 

 ***

 

 ――Sword Art Online(ソードアート・オンライン)

 

 世界を混乱に陥れた悪魔のデスゲームは、多くの代償を払いつつも(多くの仲間に託され)戦い抜いた一人の少年により、2024年11月7日を以て幕を閉じた。

 生死を賭した仮想世界から生還出来た人数――9786人。

 ログイン数一万から引いた214名がゲームクリアして以降に判明した最終的な()()()()()

 

 桐ヶ谷直葉(あたし)がそれを聞かされた時、まさか、と嫌な想像をした。

 

 最初期に報道された死亡者数から()()だけ増えている。

 逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは自分が生還した事からも明らかだった。ラストバトル(あの戦い)であたしが死んだ事は紛れもない事実。

 ラストバトル時点で生きていた者達も含めて、SAOプレイヤーは生還した。

 

 では、増えた一人は一体誰だ?

 

 

 

 ――――あの世界が終わる前日の夜、あの少年は自分にだけ語った事がある。

 

 

 

 ――この世界をクリアした時、『生還するプレイヤー』は誰か分からない。

 

 ――ラストボスのLAを取った者だけ、クリア時点で生存している者だけ、それとも全損者も含めて全員生還するのか。あるいは諸共全滅か。それすらも曖昧にされている。

 

 ――現実的に考えれば、生存者だけという可能性が最も高い。

 

 ――だが最悪の可能性は無数に存在する。

 

 ――仮想世界は常に等価交換で成り立っている。リスクを背負うから強くなれる、金を払うから物資を買える。

 

 ――なら、命は? 『命』を救うなら、何を代価にすればいい?

 

 ――……もし。

 

 ――もしも、このデスゲームが遥か以前から仕組まれたものであり(ⅩⅢがあるように)、狙いが俺だとすれば……

 

 

 

 ――――その先を、彼は決して言わなかった。

 

 

 

 ラストバトルを終えた後、本当に自分は現実へと還る事が出来るのか。確証を得ていない事に気付いた少年はただ華奢な体を震わせ怯えていた。

 あの時の会話が脳裏に浮かんだあたしは、囚われた自分の面倒を見てくれていた看護師に頼み込み、対策チームのリーダーと接触。

 そして知った。

 

 ――キリト(和人)は、デスゲームが終わっても未帰還者のままだったのだ。

 

 *

 

 ――無心で軽めの竹刀を振ること約三百。

 漸く回復した体を壊さない程度のノルマをこなしたので一息入れる事にした。温まった体にはじんわりと汗がにじんでいて、その部分は冬特有のからっ風が肌を撫でる度に一際冷たく感じる。

 縁側に置いていたタオルで汗を拭きつつ、ペットボトルを手に取り、水を飲む。喉を通り胃に到達した清水はきん、とその水温を主張した。

 ――ひゅう、と穏やかな風が吹いた。

 

「――……さむ」

 

 2025年2月。

 デスゲームから解放されてから早くも三ヵ月が経った。

 SAOプレイヤーが生還してから現実で待っていたのは、過酷なリハビリの日々だった。

 一部を除いて二年の寝たきりを強いられた肉体はやせ衰え、筋肉と骨は萎縮し、己の体を支える事すら困難。食事を飲み込む筋力、呼吸筋、臓物の繊維すら衰えているから回復は遅かった。筋力を付けるには運動が必要だ。だが運動するだけの筋力が無く、骨も脆く、タンパク質を摂取しようにも咀嚼、嚥下の筋力は足りず、胃の消化機能すらマトモに働かない。

 必然的にベッドの上で関節を動かさず、姿勢を維持するタイプの筋力訓練を行う事になった。低下した筋力の向上に有効とされるこの訓練は地道かつ長期的に行う必要があり、また性別、年齢によって成果も異なる。

 今も病院でリハビリに励む生還者達は少なくなかった。

 途中で巻き込まれた面々は寝たきりの期間が短く年齢的に成長期というのもあって相応の回復速度を見せ、三ヵ月が経つ今、既に三人とも退院している。

 

 とは言え、若いからこそ喪ったものもある。

 

 あたし達は三人揃って受験生だった。半年近くデスゲームに囚われていた身で勉強など追い付く筈も無く、また余裕で出席日数が足りていないので留年はほぼ確定的。

 一応政府もその辺は対応してくれている。SAOに自分の意思で入った訳では無いため情状酌量の余地ありとされたのだ。

 回復が最速だったあの男(神童)はリハビリの合間に勉強して巷で有名な藍越学園への受験資格をもぎ取ったという。藍越学園は必要な学力は極めて平均的だが卒業後の職の斡旋に関しては随一とされているせいか競争率は非常に高いのだが、そこを突破した点は流石と思わざるを得ない。対策チームもそこは驚いていた。

 朝田詩乃(シノン)は平均的な学力、何か資格を取っている訳でも、志望する受験候補も無い為、政府が新たに開設する学校への編入を決めたと聞いた。

 国立学校に当たるそれは中学高校大学を擁立する一貫校として新たに開設される場所で、SAOに囚われて二年を喪った学生達に対する所謂セーフティネットの役割を担っている。SAOプレイヤーの六割強が学生と言われているので必要不可欠な施設だ。特に所属年数に限りがある高校、大学などの学生にとっては正に救いだろう。

 

 ――当然だが、政府は慈悲の心だけでそれを開設した訳では無い。

 

 その学校は社会復帰を支援するセーフティーネットであると同時、SAO生還者達を纏めて監視する収容施設の役割も同時に持っているからだ。

 およそ半年前から可能になった内部プレイヤー(キリト)との交信を除いて、現実側が知り得る情報はプレイヤーのログのみ。どこに誰が居たか、レベルはどれくらいかまでで、何をしているかは不明だ。当然キリトが渡せる情報にも限りがあるためオレンジやレッド常習犯についての把握にもムラが出る。最も彼らを把握している少年も未だ帰還していないのではお手上げだった。

 そこで出たのが先の学校。

 SAO生還者は十把一絡げに《異常者》と世間からは思われている。異常な環境に身を置いたせいで精神に変容を来していると語る過激派世論者の言葉が浸透していたのだ。それを表すように一部の帰還者が犯罪を犯す事もあり、否定出来ない見解になっていた。そんな者達を元の学校も受け容れたくはないだろうし、事実拒否した学校、あるいは在校生の保護者が訴えて転校を余儀なくされた場合もある。ゲームクリアが間近で生還の希望が見え始めた頃に訴えが多くなったと聞いた。

 その解決案を出したのは対策チームで、主導は例のリーダーである眼鏡の役人。

 役人はかなり幅広く顔が利く様で、都市部にあった廃校――元中高一貫校――の後者を再利用する形で新たな学校を設立。更には食堂などを共用にする事で規模は小さめだが大学をも併設した。

 正直何を目的で動いているのか読めないからあまり信用したくないのだが、それでもあの役人には感謝しなければならないだろう。

 あの男性はとても親身にしてくれている。特に義弟に関する質問にはすぐさま答えるくらい積極的な態度を見せる。いっそ何か企んでいるのではと思うくらい怪しいし――失礼な話だが――あの笑みは胡散臭く思うけれど、それでも腕と地位は確かだ。人間性や思惑はまだ測り兼ねているが、その手腕と行動力は素直に称賛する。

 あの役人――菊岡誠二郎という男は、《SAO事件》に於ける現実側の最大功労者と言えるだろう。病院の手配は勿論、それ以降の対応は非常に迅速だった。

 ――あまりの速さに裏を勘ぐってしまうのは、義弟の影響か、生来の人間不信故か。

 ともあれ菊岡誠二郎は今も躍起になって義弟の面倒を見てくれている。

 

 ――()()の《SAO事件》は終わった。

 

 ――けれどまだサーバーは稼働している。一度止まり掛けたそれは再度起動し、同時に映像は途切れてしまった。

 

 ――彼にとっての《SAO事件》はまだ終わっていないんだよ。

 

 ――彼は今も、あの世界(デスゲーム)で戦い続けている。

 

 あの役人はそう言っていた。

 一応ALOとのバイパスを確認してみたが、彼のログは未だSAOサーバー内にあるらしく、ALOに迷い込んでいる訳では無いらしい。

 SAOボス戦の映像があまりに大きな反響を呼び義弟の素性も明らかになった今は、セキュリティや安全面の問題もあり、最初に入院していた東京都文京区御茶ノ水にある病院から自衛隊も厄介になる軍関連の病院に転院している。なんと《アミュスフィア》の構造上実家から動かせない自分の面倒を見てくれた安岐ナツキ(看護師)も元はそこからの派遣だったようで、その辺の移動や受け入れは非常にスムーズだった。

 少し調べたが、彼が移った病院は元々戦時下に於ける野戦病院が起こりで、務めている看護師は全員陸海空いずれかの自衛隊員――つまり、軍部の階級を持っているという。

 それを知って菊岡誠二郎に対する懐疑が更に深まったのは当然だろう。

 須郷伸之を捕える警察との連携。

 新たに囚われたプレイヤーの保護、更には未帰還者の転院先に自衛隊関連の病院を選ぶという行動。

 本来、警察と自衛隊は水と油の関係であり、その間を取り持つなんてまず不可能だ。しかし菊岡は実際にそれを為してみせた。更には自衛隊所属であろう看護師を個人の家、次に未帰還者の世話をするよう()()した。

 これらの事からあの男は役人であると同時、自衛隊の階級をも持っていると予想出来る。後者の階級は看護師よりも上。全体から見てもかなり高い方にあるだろう。

 ……正直な話、この時点で菊岡誠二郎に対する信用は無い。

 信頼はする。少なくとも『悪』を為すべく動いている訳では無い事がよく分かる言動だった。

 だが――個人として見るなら、あの男は恐らく『()』だ。何か良からぬ事を企んでいる。その鍵として義弟を定めている事も何となく分かる。そうでなければそこまで大仰に動かない。

 ――対策チームには、篠ノ之束博士も居た。

 あの女性は絶対にあの少年を裏切らない。彼に仇名す者から護る為に全力を尽くすだろう。だから人嫌い且つ政府嫌いな女性はあそこに身を寄せていた。

 

 普通彼女に後を任せる方が自然だ。

 

 女尊男卑風潮は日本を中心に広まっている。だが、織斑一夏を迫害する見解のオフが世界的に広まっていて、役人である男性は絶対それを把握している。把握しているからこそ自衛隊が駐在する病院への転院を行った。

 その行動は『織斑一夏の擁護』と取られてもおかしくない。それを分からないほど浅い思考は持っていない筈だ。

 つまりあの男は、あの少年に何らかの価値を見出した。

 

 

 

 そして利用する為に裏で動いている。

 

 

 

「――――」

 

 口から出そうになった悪態を深呼吸する事で飲み込む。代わりに、何時の間にか中身が空になったペットボトルを片手で握り潰す。

 ……今、自分はどんな顔をしているだろうか。

 分からないけど、この世界(現実)でしていい顔でない事だけは理解出来た。

 

 *

 

 モヤモヤした気分を汗と共にシャワーで洗い流し、寒くないようしっかり着込んでリビングに入る。

 

「あ、おはよう直葉!」

「おはようございます」

 

 ドアを開けて中に入ると共に掛けられる声。元気なものと落ち浮いたもの、二つの挨拶はソファに座る少女達のものだった。

 元気な挨拶をした主は紺野木綿季。

 落ち着いた挨拶の主は紺野藍子。

 あの世界で【絶剣】と【舞姫】と呼ばれ、一部からは畏怖すらされていた女性プレイヤーきっての剣士達だった。

 

 ――彼女達は現在、お互いを除いて天蓋孤独の身にある。

 

 これは後から聞いた話だ。

 彼女達は生まれる際、母親の出血が酷く、輸血を受けながら帝王切開で出産になった。二人は元気な子供として生まれたのだが――不幸な事に、母が受けた輸血製剤はHIVウィルスに汚染されたものだった。出産時という間一髪で母子感染した二人と母親。父親も容態が落ち着いた頃に頑張ったようで、体調の変容に気付いた頃には見事に一家全員が感染していた。

 今の時代、HIVウィルスを根絶する技術は既に確立されている。すなわち骨髄移植だ。

 だが被験者となる四人――子供は双子なので実質三つ――の型に適合するもの、更にはHIVウィルスへの耐性型ともなると酷く条件は絞られ、投薬で症状を抑えながら生きて来た。

 しかし彼女らが小学四年生の頃、どこからか情報が洩れ、HIVウィルス保持を理由に迫害。よって一家は引っ越しを余儀なくされた。

 それを契機に木綿季と藍子の免疫力は一気に低下し、遂に後天性免疫不全症候群(AIDS)を発症。抑え込むための薬もより重いものになり、苦しい中でも闘病を続けた。

 ――そして、SAOの発売日が近付く中で、希望も生まれた。

 二人の型に適合する耐性型骨髄が骨髄バンクに登録されたのを見つけたのだ。適合する骨髄と言っても、やはり他者のものである以上拒絶反応というものは必ず起こる。それも造血や免疫細胞を産生する骨髄移植ともなれば死亡リスクは跳ね上がる。それでも二人は手術を受ける事を決断。《メディキュボイド》の利用経緯は痛覚シャットダウン機能を併用した臨床試験を医師が提案し、二人が受諾したためらしい。

 SAOサービス開始時と同時に手術は始まった。その後デスゲームに囚われたが、日々戦う中でも苦しい瞬間が減っていく事から手術は成功と二人は判断。より一層クリアを目指して攻略に励み、《攻略組》に加わる猛者となる。

 

 ――だが、現実に還った二人の両親は既に他界していた。

 

 双子は学校で迫害を受けた事を契機にAIDSを発症した。

 なら必死に生を掴み取ろうとしていた娘達がデスゲームに囚われた両親も発症する事は自明の理。二人の両親も頑張ったようだが……クリアからほぼ一年前のクリスマスの日、二人は娘達の無事を祈りながら息を引き取ったという。

 そうして親を失った二人は未だ未成年であり、しかも義務教育すら途中の少女。当然バイトで何とかしようにも難しい。孤児院も満十五歳となった二人は受け入れられない。SAO生還者という部分もそれに拍車を掛ける。特に二人はボス戦で前線に出て戦っていた事で世間に知られている事が難点だった。

 

 このまま路頭に、あるいは水商売にでも走りそうな二人を救ったのは――篠ノ之博士だった。

 

 本来人嫌いな彼女にとって、何ら接点のない彼女らを助ける理由も義理も一切ない。しかし場所こそ桐ヶ谷家とは言え、生活費諸々を援助事を申し出た彼女にとって、それは意味のある行動だったようだ。

 当然彼女らも見ず知らず――というより、最早恐縮しかない相手からの援助を最初は断っていたのだが。

 

 

 

 ――彼の事を想っているなら、むしろこれも(束さんを)利用してくれると嬉しいなって。

 

 ――言っとくけどお前達を思って言ってる訳じゃないよ?

 

 ――お前達の不幸は彼の不幸、お前達の幸福は彼の幸福……要するに、お前達が彼にとって必要だから束さんも援助しようって事。

 

 ――束さんは和君が幸せになるから嬉しい、お前達は真っ当な生活が出来るから嬉しい、つまりWin-Winって訳。

 

 ――ま、どーしても水商売がしたいとか、彼と縁を切りたいなら止めやしないよ? ただ、お前達の()()はそれまでだったって事が証明されるだけだし、害虫が居なくなるなら束さんも嬉しい限りだからさ。

 

 ――で、お前達はどっちを選ぶの(敵になるつもり)

 

 

 

 彼女は、二人を挑発した。二人が抱く想いを正確に把握した上で()()()()()()()()提案をしたのだ。

 ――言い方はともかく、それらは決して間違いでは無い。

 仮に水商売など人に言えない稼業をしていれば二人は自主的に和人に逢おうとしなくなる。それはむしろ彼を想っているからこその行動で――だが、二人を『大切』と認めた彼にとっては、訳も分からず拒絶されているようにしか思えない。彼女らが援助を断れば、どちらにとっても不幸な未来しかない。

 だが援助を受けさえすれば、一時の恥を掻くだけで真っ当な生活と幸せな関係が約束される。それは二人は勿論、彼も、そして天災を名乗る彼女もが求める未来。

 言外に言っているのだ。自分達を護ろうと逃げるのは、彼を傷付ける敵対行為なのだ。彼と共に居る事を望むならその程度で逃げるな――想いを抱く者だから分かる叱咤を、彼女は飛ばしていた。

 それだけ二人を認めている事でもある。二人が居れば彼の幸せは約束されると確信しているから援助し、引き留める決断を彼女は下した。

 横暴にも見えるだろう。

 けれど、その態度の裏には、確かに一人の少年への思慕の念が……

 

「――――直葉!」

 

 ――鋭い呼び声が、意識を引き戻した。

 何時の間にか目の前には木綿季が居た。SAOに居た頃と違いその眼は黒く、髪色も黒い彼女は、まっすぐあたしを見ていた。表情は不安と懸念。

 どうやら心配させてしまったらしい。

 

「大丈夫? 挨拶を返してくれないし、いくら呼び掛けても返事しないから心配したよ」

 

 ……そういえば挨拶を返していなかった。

 

「……ごめん。ちょっと、色々考え込んでて」

「そっか……まぁ、この三ヵ月間、現実でも色々あったからね……」

 

 軽く目を伏せて彼女は言う。彼女達も彼が未帰還である事に心を痛めている同士だ、その気持ちは痛いくらい理解出来る。

 付き合いの長さで言えば既に自分以上。常に彼の背を見せられ、どれだけ追おうと追い付けず、傍で彼の無茶を見続けて来たのだ。ともすれば自分よりもよっぽど心配しているかもしれない。

 

 彼女達は一際異例だが、生還者含めて現実側も大わらわだったのも事実。

 

 デスゲーム化を実行した須郷伸之は大企業令嬢、および百を超えるプレイヤー達の告発により、クリア直後に捕縛。現在は大量殺人罪、拉致監禁罪、人権を侵害する研究などへの余罪を追及され、裁判に掛けられている。

 その裁判には同時に茅場晶彦の冤罪証明も含まれており、衆目は現在それらに集まっていた。数ヵ月前まで黒幕と信じられていた男性の両親は、息子が犯罪者になって世間に責められた末に自殺、男性が運営していた企業も倒産しており、損害賠償という意味での額は計り知れない打撃を受けている。人の死が絡んでいる以上極刑は免れないというのが世間の意見だった。

 しかし、須郷伸之に関する裁判はそこ(罪の判決)までに留まるだろう。

 一部のSAO生還者(サバイバー)からは協力者が存在すると言われているが、その話は既に終わっている。《ⅩⅢ》やホロウの件から茅場晶彦が導き出した――とされている――予想に基づき《アーガス》に所属していたメンバーを、特に須郷と接触が多かった部署の人間を探っているらしいが、未だ協力関係にあったと思しき人物の足跡、証拠といったものが一切無いからだ。

 ……世間ではそう公表されている。

 しかし世界から逃げている天災、対策チームのリーダー、そして『更識』という特殊な家の当主をしている女性(同い年)から、あたしは特別と『裏』の情報を渡されている。天災からは厚意、後者二人からは恐らく何らかの意図があるだろう。

 厳密に言えば当たりは複数あった。しかしそのどれもが戸籍や所在地を調べても外れ――つまり、足跡が()()()()()()。『更識』の女性曰く、これは『裏』が関わるヤバい案件らしい。

 だから世間には伏せられた。知られたが最後、危険性の高い情報だから。

 じゃあ自分はいいのか、と突っ込んだが。

 

 ――だって《()()小町》を初めとしたこれまでの異名からして、あなたに関わる方がよっぽど危険なんだもの。

 

 《剣術小町》――そんな二つ名が付き始めてからの数々の行動を指摘されては黙る他無かった。

 遺憾だがどうも『裏』から警戒されるレベルでは自分も有名らしい。大部分は祖父も関係していると言われたが、それがどういう意味かは知らない。

 いったい祖父は何をしていた人なのか……最近『裏』を知って思ったが、間違いなく真っ当な仕事はしていなかったに違いない。

 ともあれ、そういう危険性のある情報なため、これを知るのは先の三人を除けば自分一人だけ。仲間の誰にも一切知らせていない。『またログインする』とか言われても困るので、『最終戦で脳に過大な負荷が掛かったせいで昏睡状態にある』と嘘を伝えられており、SAOサーバー内で彼が未だ行動している事も伏せられている。

 ……正直心苦しいが、彼女達の安全を思っての事だから許して欲しい。

 

「ほら直葉、早くご飯食べようよ。もうお腹ペコペコでさー」

「今日は私が作ったので安心して下さい」

「あー! 姉ちゃんその言い方は酷くないかな、ボクこれでも上手い方だよ! 家庭料理だって一通り作れるんだからね!」

「レパートリーは同等でしょ。それに味は私の方が上なので」

「ふ、ふーんだ。それでも洗濯はボクの方が上手いよ! 姉ちゃんが洗濯物干すとしわくちゃになっちゃうから後が大変なんだからね!」

「ぐ、それは……言うようになったわね、木綿季……」

 

 ちなみにこの姉妹、性格が逆なら家事の腕も逆なのか、藍子の方が炊事は上な反面、木綿季は洗濯の方が上である。掃除は同格。細かな作業は藍子、大きな物の移動や運搬は木綿季の方が上だった。

 尚、あたしは現在、この二人に家事を完全に追い抜かれているのであんまり立場が無い。料理も細かなものは苦手なせいで大味ぶつ切りが基本、両親からも『男料理』と言われている。剣技にはある精巧さを何故活かせないのかと言われた程だ。

 まぁ、立場なんて義弟の方が上手い事もあって最初からあって無いようなもの。

 ……とは言え流石に鍛錬にかまけ過ぎたようだが。

 ライバルが増えた以上、いい加減そっち方面の修行をするべきかもしれない。

 そう危機感を抱きつつ、食卓にテキパキと料理を並べて食べ始める。

 ――藍子の料理は、相変わらず完全敗北を喫する旨さだった。

 今度二人に師事しようか、と真剣に悩みながら、新しい家族が作った料理に舌鼓を打った。

 

 *

 

 朝食を終えた後、三人揃って我が家を出る。今日は定例となっている三日に一度の見舞いの日だった。

 

「いやー、やっぱ平日のこの時間は人が少ないね。お蔭ですいすいだよ」

 

 木綿季が外を見ながら言う。

 あたし達は電車で県を跨いで東京都内に入ってからバスを使って移動していた。目的地は東京都霞が関にある病院――すなわち自衛隊のお膝元。そこにある病院に、あの子は今も眠っている。

 出来れば今日こそ目覚めて欲しい。そんな淡い願いを抱いているが、彼がログアウトしたらすぐさま対策チームから連絡が来る手筈になっているから、まだ目覚めてないと確信している。サーバー内部が更新された瞬間モニタリングは切られているし、メッセージも送っているが反応は無いらしい。

 SAOから出た以上、もう待つしか方法が無い。

 

「――あ、アレって再来月から行く学校じゃない?」

 

 ふと、木綿季が外を見ながらそう言った。

 確かに建物の少ない場所にグラウンドを含んだ学校らしい建物があった。改装と建造を同時に行っているからまだパイプ格子とネット、クレーンだらけなので、全容はまだ見えない。でも完成すれば結構な広さにはなるだろう。

 ここにかつてあった学校は藍越学園が強豪になった影響で生徒数が減少し、経営が立ちいかなくなって畳んだと聞いている。見た目が良くても中身が伴っていなければダメという典型例だろう。

 

「そういえば直葉も行くんだよね?」

 

 くるりとこちらを見て問うてきた。それに頷けば、彼女はきゅっと眉を寄せる。

 

「でも直葉って、剣道のスポーツ推薦貰ってなかったっけ」

 

 そういえばそんな話もしていたか、と思い出す。

 でもちょっと事実と違う。

 

「それは今年の全国大会に行ったらスポーツ推薦は確実と言われていただけという話です。そもそもあたしが巻き込まれたのは7月前半、受験には流石に早いですよ」

 

 そもそもあっちから断られたし、と心の中で付け足す。

 学校は対外的な体裁を非常に気にする必要があるため、入学希望の学生に関しても一人一人吟味しなければならない。自分はSAOに巻き込まれた影響で《異常者》と一部から見られているせいで候補から外れた。

 それに普通の学校に行く気があるなら、今の学校のクラスに復帰して神童のように真っ当な学校生活を送っている。その学校からも拒否されたからこうして無職気味になっている。少し考えれば分かる事だ。義弟(和人)の素性がネットに割れて流れたから、それに巻き込まれたくなくて自分も拒否されたのだ。お蔭で現実復帰直後から義務教育を放棄された。

 まぁ、それであの子を怨むつもりは無い。

 クリア前に新たな学校設立の話を聞いた時から和人と共に入学すると決めていたのだ。その良い口実になっただけという話。

 ――噂程度で入学を拒否するところなんてこちらから願い下げである。

 剣道で束縛される時間を送るくらいなら、和人や木綿季達と鍛錬したり、ゲームしたりする方がよっぽど有意義な時間の使い方だ。

 

「ふぅん……受験って、もうちょっと後なんだ」

 

 初めて知った、と言うのを聞いて、彼女は中学一年で囚われた事を思い出す。受験とは縁遠い学年だからその辺の感覚が分からないのも仕方ない。

 

「でも木綿季、私達も受験は無いけど入学時の学力試験はあるから、しっかり勉強はしないといけないわよ? 数学と情報処理面が苦手でしょ?」

「うぐ……姉ちゃんだって文系全般苦手じゃん」

「だから図書委員とか文学部に入ってたんじゃない……」

「そのせいで体力少ないよね」

「今はあなたも同じだけどね」

 

 とても仲の良い姉妹だが、SAOでの戦闘スタイル然り、家事然り、勉学然り、双子でここまで正反対なのは珍しいのではなかろうか。

 とりあえず端から見ていてとても面白いので基本は傍観に徹している。

 

 ――仲の良い姉妹、かぁ……

 

 正直な話、ちょっと羨ましく思う。

 和人は紛れもない大切な義弟だ。だが血の繋がりはないし、幼い頃から育ってきた訳でも無いから、感覚としては本当の弟としては見れていない。だから恋慕を抱ける。

 恋慕を挟まない純粋な『思慕』により構築された兄弟姉妹の関係を自分は知らなかった。人間不信のきらいがある自分にとって本心から信じられる人……と言うより、安心してじゃれあえる相手が居なかったせいで余計羨ましく思うのかもしれない。

 思えば自分が甘えていた相手は、祖父が一番だった気がする。ISが出た影響もあって友達も激減したせいだ。祖父が亡くなってからは、ずっと鍛錬に打ち込み、他者との交流を断絶していた。せいぜい祖父の世話になった道場主のご厚意で出稽古に行った時程度。

 そんな変わらぬ日々を変えたのが和人だった。

 ……甘えてもらおうと頑張っていたが、もしかしたらあたしは、あの息の詰まる日々から逃げる為の理由にして、彼に甘えていたかもしれない。

 

 ――あの頃のあたしは、彼にはどう見えていたのかな……?

 

 気付けば常に和人の事ばかり。なんだかSAOに巻き込まれる以前に戻ったようだ……実際、彼が帰ってきてない点で言えば、状況的に同じなのが何とも言えない。

 だからこそ、あたしは同じ事を願ってばかりいる。

 

 早く還って来て、と――――

 

 *

 

 バスを降り、木綿季と藍子(ふたり)を引き連れるように病院へと入る。

 東京都霞が関に存在するここは自衛隊員も利用する施設。勿論一般市民も利用するから受付前の長椅子には大勢の人が順番待ちしている。平日の昼前のせいか高齢の方が多い印象だ。高熱というより持病関係で来たと見て良い。

 そんなところに病気を患っている風でもない若い娘が三人も来る光景は異様に映ったようで、椅子に座って会計を待っている人達の視線が集まる。

 

「おや、また会いましたね」

 

 そこで、順番待ちの男性から声が掛かった。眼鏡を掛けた壮年の男だ。

 

「あ、西田さん! こんにちは!」

「こんにちは、西田さん」

「はっは、こんにちは。木綿季さんと藍子さんも元気そうで何よりです。直葉さんもお変わりないようで安心しました」

「お久しぶりです。そう言う西田さんも前お会いした時より恰幅が良くなりましたね、以前よりずっと健康的に見えますよ」

「なに、昔から肥え易い……もとい痩せにくい体質でしてな。妻の手料理を食べていく内に戻ってきましたわ」

 

 わ、は、は、と抑えた声で笑うという器用な事をする男性は、『西田和彦』と言う。二十二層でキリトとシノンの二人があったという釣り師のニシダその人だ。

 《ソードアート・オンライン》の通信網を担う職に就いていた彼の住まいはこの近くだったようで搬送された病院が此処だった。自分との出会いはキリトが移されて暫くしてから見舞いに来た時。と言っても彼が気付いたのは朝田詩乃(シノン)と一緒に見舞いに来た時で、流れで自分があの子の義姉だと知られる事になった。

 壮年とは言え成人男性、更に本人が言ったように肥え易い体質が功を奏し、ガリガリに痩せた生還者の中でもかなり早い回復をしたらしく、一月の頭には退院したと聞いた。二ヵ月ほどのリハビリだからかなり早い。

 しかし退院した筈の男性が何故ここにと聞けば、連れの人が体調を崩したため、受診の付き添いに来たらしい。今はお手洗いで席を外しているとのことだ。

 

「それで、お三方は『彼』の見舞いですかな?」

「ええ……まぁ。あの子はまだですから」

 

 この男性は自分の目と勘で《ビーター》の在り方に疑問を抱いた人だ。身を粉にして働く真意に自力で辿り着いたため、キリトに対する不信や嫌悪が一切無い。同じ病院という事もあって彼が未帰還者である事も把握している。

 未帰還者が居る話は政府が秘匿しているため一般に知られていない。そんな中で知っている稀有な一人がこの人だ。

 

「うーむ……頼ってばかりだった私が言うのも何ですが、あまり気を落とさないように。原因が分からない以上いくら気を揉んでも仕方ありませんからな」

「分かってはいるんですが……」

「心配する気持ちは分かります……でも、彼は頑張り屋ですからな、迎える時は明るい顔の方が喜ぶでしょう。元気が無い顔を見たら落ち込んでしまいますよ」

 

 あたしの事も、そしてキリトの事も心配しているのか、会う度に気を遣ってくれる。仕事が絡んでいない時は好々爺の人にしか見えない。こういう人がVRMMOにログインしていたのだから現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 まぁ、デスゲーム自体が小説より奇なりな事態だったが。

 それから少し会話して、お花摘みに立っていた奥さんとも話した後、あたし達は階段を上って病棟へと進む。既に何度も通っているから病室は分かっている。軍部が関係しているせいで最初は怪しまれたものの三日に一度の頻度で通えば監視の為にそこらを歩いている職員にも顔パスだ。

 姉妹の会話を耳にしながら歩く事暫くして、少しの違和感を覚えた。廊下ですれ違う度に看護師があたし達の顔を見ては申し訳なさそうな面持ちをする。以前までは普通に挨拶していたのに、何故そんな顔をされるかが分からない。

 ――まさか、あの子が死んだ……?

 ふと嫌な予感を覚えるも、それはおかしいと予想を否定。あの子は正式な手続きを以て桐ヶ谷家の養子として登録されている。もし死亡したのだとすればすぐ家族関係者――つまりはウチ――へ連絡が来る筈だ。断じて織斑家の方にはいきはしない。

 

 ――――ネットで話題になっている事だが、あの子の親権は正式に桐ヶ谷家のものになっている。

 

 問題になっているのは『当時の扶養者である織斑千冬の同意なしに養子に取った事』。

 

 親権を持っている筈の織斑家の親は彼が二歳の時に蒸発している。更に彼が拾われた八歳の時、織斑秋十は十二歳、織斑千冬は十九歳だった。親権が発生するのは『満二十歳以上の男女』あるいは『結婚し子供を産んでいる十八歳以上の男性または十六歳以上の女性』という二パターン。当時で照らし合わせると前者は言うまでも無く除外。後者に関しては織斑千冬は現在に至るまで結婚していないので親権は発生し得ない。

 子供の承諾に関しては本人が賛同している。未成年だと保護者――この場合は親権がある後見人――の同意が必要だが、その親権を持つ者が居ないので無効。数年前なら織斑家の後見人に篠ノ之家の者が居たというが、政府による《重要人物保護プログラム》によって改名と離散を受けているせいで、これも無効。

 親権を持たない子供を引き取る場合、最優先されるのは本人の意思。そして彼自身が養子になる事を同意していた。

 よって市役所の方も養子引き取りの書類は正しく受理されており、日本国憲法の下で認められている事なのだ。当時から現在に至るまで親権関連の法律に改正は無かった。仮に改正されていたとしても、法律に沿って正しい手順で養子になった以上、他家の者が口を出しても意味は無い。むしろ酷い場合は民事裁判で裁かれる可能性すらある。

 曖昧な手段で養子にしていたなら民事裁判はこちらの首を絞めるだけだが、母と父はしっかりと法律に沿って、正しい手順を踏んで養子として引き取っているので、これでは裁き様が無い。日本国憲法によって国民の人権は主張され、護られている。この法律に沿った手続きに異を唱える事は国に逆らっているも同然。

 ――つまり、あの子の連絡が最優先で扶養家族に送られるのは日本国憲法に沿った義務になる。

 権利であれば、最優先である事を訴えるのは間違っている。だが家族関係は法律で護られたもの。その辺りの連絡事務は何よりも重視されなければならない。

 だから彼が死んだ予想はあり得ないものになる。同時、生還したという予想も。

 では何故申し訳なさそうな顔を向けられるのか。木綿季達も連続すると流石に気になったようで、その事について小声で話していた。聞こえて来た会話を要約すると不気味な感じを受けるらしい。

 疑問を抱きながらも大きな病棟を進むこと数分。

 

 精悍な体格のグラサンに黒スーツ姿の男が二人、義弟の病室の門番をしているのを見て、嫌な予感は確信へと変わった。

 

 映画に出て来るSPのような出で立ちの男達を自分はこの目で見た事がある、対策チームのリーダー菊岡誠二郎が病院への出入りで使う黒のリムジンで相席していた覚えがあった。その人達と同じかは知らないが恰好が同じだから間違いなく関係者だろう。

 つまり今、菊岡誠二郎本人、ないし関係者が中に居る。

 

「え、ちょ……あの人達、なに……?」

「和人君の身に何かあったのでしょうか……?」

 

 見るのは初めてらしい二人が困惑の様子で言う。自分も分からないが、何か良からぬ事が起きている感じが緊張を齎し、思考を冷静なものへシフトさせていく。

 警戒しながら病室へ近づけば、案の定SP達は腕を交差させて入り口を塞いできた。

 胡乱な目で二人を見る。

 背丈は目算で一八〇㎝ほどか。

 

「申し訳ありません、現在ここの職員以外はお通し出来ないのです」

「何でですか? あたし達、あの子の見舞いに来たんですけど」

 

 向かって右のSPに対して言外に『身分は証明できるぞ』と言うが、左に立つSPは首を横に振った。

 

「命令ですので」

「……菊岡さんのですか」

「そうです」

「あの子は未帰還者なのに何をしてるんですか。まさか見舞いの為だけにあなた達を配置する筈が無いでしょう」

「申し上げられません」

 

 頑なに拒否を伝えて来るSP達。

 ……やや強めに(殺気を込めて)二人を睨む。一瞬狼狽えたように瞠目したが、すぐ気を張って見返して来た。やはり訓練された大人には通用しないらしい。

 場所がウチの敷地内なら力尽くを敢行出来るのだが、ここは病院で無関係の一般人も入院しているし、看護師を初め職員は全て軍部や政府の関係者。ハッキリ言って菊岡のホームグラウンドと言っていい。暴れたところで不利になるのも罰せられるのも自分だ。

 ここは一度大人しく引いた方がいいだろう。

 

「じゃあ質問を変えます。何時まで待てばそちらの用事は終わりますか」

「……どういう意味でしょう」

「こっちはお金を使って、あの子の顔を見る為に来たんです。それなのにそちらの一方的な事情でダメと言われても帰る気は起きません。だからそちらの用事が終わるまで待って、それからあの子の顔を見る。そう考えるのはおかしくないと思います――――それで、何時まで待てばいいでしょうか」

 

 暗に『お前達のしてる事はおかしいんだぞ』と含めつつある意味当然と言える要求を告げる。今日中に終わらないならこちらも出方を考えるが、まずは穏便にした方がいい。幸い無職同然な()()で時間は嫌な程ある。

 ……業腹だが、あれで菊岡誠二郎は()()()()()真っ当な大人だ。まさかあの子の《ナーヴギア》を外して殺すなんて真似はしないだろう。何をしているかは知らないが危険な行いをしないならこちらも穏当に済ませるだけだ。

 ――逆に言えば、あちらの出方次第でこちらも変える訳だが。

 その腹積もりが伝わったのか、やや困惑の様子でSP達は互いの顔を見合う。木綿季達はあたしに任せるつもりなのかさっきから無言だ。でも何となく不機嫌な感じは受ける。

 

「しょ、少々お待ち下さい」

 

 やや焦りながら向かって左の男性が言い、右の男性が携帯を取り出してどこかに掛ける。恐らく中にいる人に電話を掛けたのだろう。

 

『もしもし、菊岡だ。どうしたんだい?』

 

 電話から覚えのある男性の声が聞こえて来た。スピーカーモードでは無い筈だが、携帯の性能が良いのか割とハッキリ聞こえる。病院の内部が案外静かという事もあるのだろう。

 多分今の状況的に会話内容は訊かれない方がいいと思うのだが、その辺どうなのだろうか。

 

「あの、お話し中申し訳ありません。その……お見舞いに来られた方達が居て、何時まで待てばそちらの用事が終わるかと聞かれまして」

 

 電話を掛けている方はそれどころではないのかやや焦った素振りで用件を告げている。もしかしたらさっき睨んだ時の効果が若干あるのかもしれない、焦りを抱くとは多少なりとも脅威と見られている事だから。

 ……いや、宮仕えのSPに脅威認定されるのは、どうなのだろうか。

 取り敢えずそれは思考の彼方に放り捨てる事にした。

 

『お見舞いに……それはもしかして、桐ヶ谷君の義理のお姉さんかい?』

「はい」

『――す、ぐ……ねぇ?』

 

 ――――。

 

 思考が、止まった。

 微かに、掠れた声だったが……あの声は。

 

「――今の声、和人の……あの、菊岡さん、あたし何も連絡受けてないんですけど」

 

 抑えようとしても、抑えられなかった。沸々と胸の内に起こる感情が抑えられない。苛立ち? 怒り? ――――答えが出て来ない。

 自分でも分からない感情の赴くまま発言すると、二人のSPの顔が強張った。睨み付ければかなり強い警戒と敵意を向けられる。

 ――でも、そんなの関係無い。

 『目覚めたらすぐに伝える』と、そう言われていた。なのにそう言った当人が何故こんな大仰な事をして義弟と話している。よしんば見舞いに来たのと同時に目覚めたとしても、SPを配置する必要はない筈だ。

 しかも聞こえて来た和人の声の感じ。半年ほどとは言え寝たきりだった自分も覚醒直後はマトモな発声すら出来なかった。なのにあの子の声が掠れながらもハッキリしているとなれば、間違いなく覚醒したのは昨日今日の事では無い。三日前は寝たままだったから、早くて自分達の見舞いの後、遅くても一昨日か。あたしよりも衰弱しているからそれでも早い方だ。

 ともかくこれは、計画的な対談。それも家族である自分すらも入れさせない為に念慮したもの。

 怒る正当性は自分にある。それが分かっているからSP達も警戒以上の事はしない、客観的に見て非は自分達にあると理解しているのだろう。それが分かっているだけまだマシだ。

 

「菊岡さん、どういう事ですか。和人の声の感じ、明らかに昨日今日覚醒したものじゃないですよね」

『う……いや、それはだね……』

「――言い訳は結構。病室に居るのだから、顔を合わせて話しましょうか。何を目的にしているかも話してもらいます」

 

 SPが持っている携帯に向かって言い放った後、病室へ続くドアに近付く。SP達は職務を全うしようとするも、一瞥で押さえ込み、伸ばされた手を下ろさせる。

 ――賢い選択だ。

 邪魔されないと分かったあたしは引き戸を開け、彼が借りている個人部屋へと入った。困惑した様子ながら怒りと共に姉妹も入って来る。

 ドアを潜ってすぐ右側にはトイレ。入院者の事情が事情なので個室に付き物のバスルームは無い。左側は壁だ。短い通路を進めば清潔感を漂わせる白いカーテンが引かれている。

 その前に立ち、しゃっと音を立てて開く。

 

「や、やぁ、直葉君……」

「だから嫌だったのよー……」

 

 ベッドを挟む形で折り畳み椅子に座る一組の男女。眼鏡を掛けた男性は引き攣りながら胡散臭い笑みを浮かべ、小さく手を振っている。毛先が跳ねた蒼髪が特徴の女性は泣きそうな表情で俯いている。

 菊岡誠二郎と更識楯無だ。

 ……彼女が居るのはちょっと考えてなかった。あり得そうではあったけども。

 ともあれ彼女も何かしらの事情があって政府、あるいは菊岡個人と手を組む『裏』の人間である事は分かっている。今回は後者だろう。落ち込んでいるのはあたしと顔を合わせたくなかったらしい。

 どれだけ怖がられているのか気になった。普段自分の評判を気にしないが、どこまで脚色されているのだろうか。

 

 ――そんな思考も、ベッドを見れば吹っ飛んだ。

 

 それは喜び。三ヵ月遅れで漸く現実へと帰還した義弟が笑みを浮かべてあたし達を出迎えている。ガリガリの姿だが、それでも漂う澄んだ儚さと優しさは相変わらずだ。

 ――同時に、哀しみもあった。

 それは変化。一ヵ月程前から見られた変化が明確で、彼が酷く辛い思いをしたというのを如実に表している。

 褒める度に照れながら喜んでいた彼の黒髪。それは今、見る影もないくらい白一色に変わっている。黒髪にはあった力強さ、光沢も、今は見る影もない。萎んでいるという表現が合うくらいの弱々しさだ。

 更に、今こうして見合って気付いた変化。

 彼の瞳は黒色だった。それが、両目とも金色に変わっている。瞳の光は覚えのあるもの。けれど光彩と瞳の光の反射が変わったせいか酷くくすんで見える。鮮やかさは無いくすんだ色だ。

 受け容れた変化。予想していなかった変化。その両方が彼の経験を物語っているようで……でも、それを超えた喜びが胸を締めていて。

 今だけは、胸の内に怒りは無かった。

 あるのは喜び、そして哀しみの二つだけ。

 

「和人……」

 

 視界が滲む。じわりと涙が浮かんで、それでも彼の姿は鮮烈に映っていた。

 ――義弟は、弱々しく微笑んだ。

 こうして見る事でようやく実感出来たのか、涙腺が決壊してぼろぼろと雫が頬を伝う。立ち退いた二人と代わるように近付いて、彼の手を取る。

 痩せ細った手だ、元から小さかったそれは更に小さくなっている。

 ――けれど、温かい。

 未覚醒の間は冷たかった手。今はとても、温かい。

 

「久し振り……そして、おかえり」

「漸く、会えましたね……おかえりなさい」

 

 ベッドの左側(女性が居た方)には姉妹が並び、二人で彼の手を取っていた。

 

()()()()、すぐねぇ」

 

 ――ただいま。

 たった四つの音。なんて事はない日常的な挨拶。

 それを……どれだけの間、待ち詫びただろう。この姿で(直葉として)この世界(現実世界)での帰宅を、どれほど夢見ただろう。

 

「――ええ、()()()()()()()()()()

 

 感極まったあたしは彼を抱き締めた。痩せ細り、華奢さを増した少年は、ほんの少し力を強くしただけで折れてしまいそう。

 ――でも、生きている。

 生きて、還って来てくれた――!

 

「あぁ……! あ、ぁぁあ――っ!」

 

 涙ながらに声を上げる。意味を持たない音は喜びの声だ。

 ――人前で涙を流した事はある。

 

 でも喜びで泣いたのはこれが人生で初めての事だった。

 

 ***

 

 ――三人の少女が落ち着いた後。

 当然だが、何故SPを配置して余人が立ち入らないようにしてまで対談したのか、その内容は、そもそも覚醒した事を何故伝えて来なかったかについて、桐ヶ谷直葉は強い語調で詰問してきた。

 正直自分としてはとばっちりに近いのだが、対談に参加した当人でもあるから言い逃れは出来ない。

 黒い双眸が湛える()がそれを許さないだろう。

 

 ――――桐ヶ谷直葉。

 

 昔は知る人ぞ知るくらいには名の知れた桐ヶ谷道場の師範の孫娘。祖父の影響で剣道を初め、剣術、古武術などあらゆる武道を習い始めた稀有な少女。()()の影響もあって道場主にはならないと明言している彼女の実力は並みの大人以上。

 全国各地にある剣道の道場、あるいは剣術や槍術などの道場は、ISの登場によって現代兵器や化学兵器に関心が向き歩兵の重要性が低く見られた煽りを喰らい、その多くが看板を下ろす事になった。

 しかしいきなり看板を下ろせるものではない。中には全国大会に出場する剣道選手が運営、あるいは門下生としている場所もある訳で、そういったところは間接的に国交や経済を回す重要な立ち位置にある。だから女尊男卑風潮や歩兵の重要性下落の影響の中でも生き残ったところはそれなりにある。

 桐ヶ谷道場は生き残れず畳む事になり、門下生はIS登場直後くらいでゼロ。とは言え道場経営は半ば趣味でしていたもののようで孫娘だけになっても指南自体はしていたという。

 そして祖父が亡くなるまでの数年間、彼女は祖父の知人が経営する道場への出稽古を行っていた。剣道の他に様々な武道を齧っていた彼女は、そこで他門の流儀を学び、更に実力を上げていく。

 そうして付いた異名が《剣術小町》。

 出稽古の主目的は剣道だ。だから剣術と付けられるのはおかしい話。

 しかし事あるごとに道場主や師範代との立ち合いを行い、時には剣道以外の武道でも立ち会う事から、何時しかそう呼ばれるようになったらしい。勝敗は時を経る毎に五分。祖父が亡くなる寸前にはほぼ勝星を取るレベル。

 ――何十年と武道に己を費やした大人を、たかが十歳そこらの少女は打ち倒す。

 そしてその結果に満足する素振りも見せず、ただ己を鍛える事に執着する様から、何時しか《剣鬼》と言われるようにもなる。表向き《剣姫》と呼ばれるらしいが、それは後からカモフラージュで付いただけ。鍛える事にしか欲を見せない様は鬼のようだという。

 その素っ気無さは、あまり人に好まれるものではない。本人も受け答えはしっかりするが相手への興味関心がほぼ無いせいで反感を買ったのだろう。何回か徒党を組んだ道場の門下生に絡まれたらしい――全て返り討ちにしたようだが。

 鬼という字は、多分その辺から来ている。

 

 ――だから関わりたくなかったのよ……ッ!

 

 同い年だし、血の繋がりは抜きにして自分にも妹が居るから、無事だった事に感極まる気持ちは痛いくらい理解出来る。だから親近感も湧く。

 けど彼女の経歴があまりにも飛び抜けている。なんだ、鬼って。

 しかも義弟が関わると結構人間らしい彼女は今、苛烈さを全面に出している。怒りと共に殺気も飛ばしてくるのは意図しているのだろうか。

 自分も武術はそれなりに修めている。お互い武器が無いから有利不利は無いが、気迫の時点で負けている。自分には彼女に敵意を抱いたり戦ったりするメリットが無いのだ。必要性が無いから気迫で圧されるのも当然だった。

 出来る事なら《SAO事件》が解決した今、早々に関係を切りたいところ。

 しかし依頼人の菊岡誠二郎が呼んでいたから断れない。宮仕えの下っ端の哀しい現実である。

 

「す、直葉君、少し待って欲しい。順を追って説明するから……その怒気を鎮めてくれないかな? 正直寒気が止まらないんだ」

「なら早く話して下さい。そうすればあたしも抑えますよ……納得出来るマトモな理由であれば、ですが」

 

 すぅ、と双眸を鋭くする。向けられる殺気が洗練された気がした。酷い事をした訳では無いのに何故か罪が背筋を這い上がる錯覚を覚える。

 ――これが、彼女の認識なんでしょうね……

 分かっていた事だが、彼女は自分も菊岡も信じていない。仕事の関係では信頼していたのだろう。だが人柄や立場が絡む方では信用していないのだ。

 そして今、唯一信頼していた取引でも履行されていない。

 ……彼女が怒る訳だ。

 

「まず、だね。人が入らないようにしていたのは、ひいては彼の為でもあるんだよ」

「……この子の為、と言ったら何でも許されると思ってませんか」

「そのつもりはない」

「……それで、何を話してたんです?」

「彼の今後についてだ」

 

 彼女達三人は、少年に事実確認をしつつ男性役人の弁明を聞いていく。

 ――彼の今後、というのは文字通りの意味。

 現在世間は放映されたボス戦の映像、そしてSAO生還者達の発言により、『キリト=織斑一夏』という認識が成立している。更に彼が住んでいた地域の誰かが『桐ヶ谷和人』のプロフィールと写真を挙げた事によって同一人物であると見られている。つまり彼のリアルは特定されていると言っても良い。

 それは彼の生活が今後脅かされるという事に他ならない。

 当然一緒に住んでいる家族にも被害は及ぶだろう。彼自身だけでなく、義理の姉直葉、彼の両親の職を失うよう誰かが働きかけてもおかしくない。

 実際直葉の学校に関しては誰かが手を回したようで復学できないようにされている。幸い政府が設立したSAO生還者学校に編入出来るので問題にはなっていないが、これが就職にまで及べば流石に事だ。

 その片鱗が見られる以上、何かしら対策を取る必要がある。

 

 ――そこで案を出したのは、篠ノ之束博士だった。

 

 ゲームクリア以前はキリトとの文書交信の担当だった彼女は、現実に戻ってからの事で幾度も相談を受けていた。彼も自分の立場や環境の事をかなり懸念していたらしい。

 彼女曰く、やはり彼の胸の部分に埋め込まれた宝珠はISコアで間違いない。取り除けば死は間違いないので一生そのまま。

 そんなモノを持つ彼は、生きる為にあらゆる手段を講じている。その一つが『人々を見返す』というもの。彼が虐げられているのは実兄と実姉に比較分野で劣っているから。だから同じ分野で対等の条件で対峙し、勝利する事で平穏を勝ち取るというものだとか。

 ……正直それで世界の見方が変わるとは思えない。

 それは彼も分かっているようで、でも何も行動しないよりはマシという考えから動いているという。

 実兄と対峙する分野は不明。だが実姉とは既に決まっている――ISだ、と彼は言ったそうだ。

 織斑千冬は《ブリュンヒルデ(戦乙女)》の二つ名を与えられている世界大会二連覇の操縦士。確かに彼女と言えばISと返される知名度と立場だ。彼女より勝っているという評価を受けるなら確実と言える。というよりそれ以外無いとも言える。

 条件は彼女が現役で使っている第一世代IS【暮桜(くれざくら)】。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である《零落白夜》を刃が相手の機体に接触する一瞬だけ展開し、己のシールドエネルギーの消耗を最小限にしつつ最大の攻撃力を発揮する戦法を取る事で、これまで無敗を貫いている。

 ISと言えば織斑千冬。そう考えられるくらい絶対強者の存在だ。

 そんな人物と比較されるのであれば、真っ向から勝負し、打ち勝つ事で己の評判を覆せる。迫害の大概は『出来損ないだから』というもの。大衆が見下している人物だからしてもいい、というモラルハードルの低下が原因。

 ならモラルハードルを上げてしまえば良い、という考えらしい。

 学力、学業に関しては今後次第だから何とも言えないが、IS操縦者として対峙する事は最早決定事項だと言う。

 ……SAO内部にISの武器があったから、という理由もあるようだが。

 多分どちらも本命なのだろう。

 男性がISを動かせるという事実も良いファクターになる、との事。その特別性も確かに有用だ。少なくとも動かせない男性よりは優れていると言える。

 

 ――そんな話し合いを幾度も繰り返す内に、骨子となる計画が出来上がった。

 

 そう遠くない内にIS学園に入学する事が共通見解となったキリトと束博士は、なら何時入学するかで話し合い、ゲームクリアから速くて一年、遅くて四年後にする事になったという。四年後なのは彼が高校を受験する歳になるからだ。

 速くて一年というのは、体の回復や勉強の事で最低一年取らないとマズいという彼の意見らしい。こちらとしてはむしろ一年で取り戻せるのかと思う。

 

 そういう訳で、IS学園の教師である実姉の知らない所で実弟が入学する事が決まった後。

 

 では現実のどこで過ごすか、という話になった。

 

「篠ノ之博士と彼は博士のラボで過ごそうかと考えていたそうだ」

「……あたし、それは聞いてなかったんだけど」

「束博士から口止めされてて……自分から言うって」

「博士ぇ……」

 

 多分彼だと反対意見を押し切れないと思ったからなんだろうなぁ、と朧気に察する。彼女達も察したのか苦笑気味だ。

 

「――そこで、僕が待ったを掛けたんだよ」

「――――」

 

 男性の言葉に、やや緊張を弛緩させた少女が再度鋭さを取り戻す。このオンオフの切り替えは中々出来ないものなのだがどうやって鍛えたのだろう。

 

「僕も彼がISを扱えるとは把握済みだ。恐らくだが、彼がIS学園に入ってからも政府側の交渉役は僕になるだろう。そしてここからなんだが……日本政府の意見としては、彼に雲隠れされると困るんだそうだ」

 

 ぴし、と彼女の額に一瞬血管が浮かんだ。相当キているらしい。

 

「キリト君……いや、桐ヶ谷和人君は、曲がりなりにもSAOをクリアへと導いた立役者だ。須郷伸之氏の捕縛シーン、数々のボス戦での指揮、あるいはリカバリー、そして最後の戦いでの事を含めて、政府もその意見になった」

「……つまり、この子を()()したいと?」

「そうらしい」

 

 彼女は怒りを孕んだ鋭い目つきで男性を睨む。ぎり、と歯を食いしばっている。

 彼女の立場で考えれば怒りを燃え上がらせるのも仕方ない事だ。日本政府は第二回《モンド・グロッソ》の時、出来損ないだからと切り捨て、自国の栄誉を優先した。以降も《織斑一夏》の風評やプライバシーに関しては一切規制や取り締まりが無い。

 そんな扱いをしてきたのに何を今更、と考えているだろう。

 そして彼女も政府の考えは読めているらしい。彼が政府に囚われたが最後、人に話せないような何かをされるのだと。出来損ないと言われた少年があそこまで活躍したのだ、織斑の血縁を考えてクローン作製なり人体実験なりするのは目に見えている。その過程でISコアが発覚すれば解剖やホルマリン漬けになってもおかしくない。

 

「だからあなたは、この子の説得に来たと」

「――半分正しい」

 

 その答えに、彼女達は訝しげな顔をした。

 まぁ、当然だろう。誰だってその考えになる。

 ――でも、私の存在を忘れられたら困る。

 

「ここからは私が補足するわね。そっちの二人は初めまして、来年IS学園に入学する更識楯無です」

「……紺野木綿季です」

「紺野藍子です。お見知りおきを」

 

 サラリと冷たい眼差しをしながら返してくる。どう見ても友好的な態度では無い。挨拶はいいからさっさと話せ、という目がグサグサ突き刺さる。

 前途は多難だ。

 

「まずウチ……更識家の事から話さないといけないわ。一応言っておくけど他言無用だからね?」

 

 手に持つISの待機形態である扇子をぱんっ、と開く。『部外秘』と書かれたそれを見て三人の顔が一層歪んだ。あれは『胡散臭い』と思っている顔だ。

 一定の距離感を保つ為に取り入れたものだから、狙いは上々。

 ――和人君には通じなかったけどね……

 自分もまだまだだと省みながら、何故自分が此処にいるかも含めて話した。

 

 ――更識。

 

 それは遥か昔から日ノ本を動かして来た幕府に使える暗部。正確には敵対暗部へのカウンター組織(対暗部用暗部)で、今の日本政府の手足となって動き続けている一族。

 

「長い歴史の中で本家分家と増えて来たけど、自分は本家筋。更には当主。『楯無』という名前は更識家の現当主にのみ許される継名(つぎな)なの」

 

 主な仕事は諜報。あとは要人の警護、表向きはSPなどがするからこちらは裏側担当だ。SP達は分かりやすい抑止力、裏側は実働隊という役回りが多い。

 そんなウチが今回回された依頼――

 

「それが彼、桐ヶ谷和人君の護衛なの。ちなみに依頼人はこっちの胡散臭いお役人さんよ?」

 

 ぽん、と隣に立つスーツの役人に言えば、胡散臭いって……と若干傷付いたように言う。でも実際笑い方が胡散臭いから訂正はしない。

 時折意図的にしている感じもするから訂正する必要性も感じない。

 

「護衛、ね……捕縛じゃなくてですか?」

「そっちは日本政府の依頼ねぇ。でも生憎こっちも依頼は選んでるから。勿論彼が無作為に人殺しをする危険性があるなら念のため受けてたけど……彼の戦いを見た感じ、そんな気はしないのよね。明確に憎しみを理解した上で復讐を二の次にしてるところがポイント高いわ」

 

 分かっていない不発弾の状態なら万が一に備え、大義名分を得るべく依頼を受けていた。でも彼は自覚した上で別の道を選ぶ努力をしている。それを見届けた身としては必要ないと判断した。

 彼女もそれは分かってくれたようで不機嫌さは増さなかった。

 

「あと、さっきも言ったけど私は来年からIS学園に入学するの、日本代表候補生としてね」

 

 これがISよ、と言いながら扇子を見せる。

 

「……ただの扇子じゃないの?」

「専用機として貸与されるISは常に操縦者が携帯する必要があってね、基本的に装飾品に変化するのよ。私の待機形態は扇子だっただけね」

「つまり他にも色々あるのですか?」

「そうねぇ。私が知る限りはブレスレット、ネックレス、イヤーカフス、髪紐、根付、お守り……とにかく装飾品の分類で色々あるわよ。それで何が言いたいかと言うと、要するに学園では私が支援出来るわ」

 

 質問に答えると、でも、と()()が反駁してくる。

 

「あなたの言い方だと、あなたが二年生になる時にこの子がIS学園に入学する事になる。でもそれまで最低でも一年ある。それにこの子が三年に上がった時にあなたは卒業する。その空白はどうするんですか」

 

 されると思っていた質問をしてきたので、扇子をぱんっ、と開く。そこには『心配無用』と書かれている。

 

「そこもばっちしよ。私には一つ下の妹とお付きの子が居てね、お付きは違うけど妹は日本代表候補生なの。そして二人ともIS学園への入学がほぼ確定してる。ウチは政府の息が掛かった暗部の家だから警備も万全。つまり彼が入学するまでの一年間はほぼ安全、入学してからの三年間も妹の支援があるわ」

「ちなみにこの案は篠ノ之博士からも了解を得ているよ。あとは和人君の意見次第だ」

 

 そう伝えると、殺意を孕んだ眼が一転、呆れの目になった。

 

「……それをウチの家族に一切伝えてないのは問題でしょう……――ん?」

 

 不満を訴える最中、ベッドで寝て休んでいた少年が義姉の袖を引っ張る。弱々しくてもすぐ気付いたようで彼女は振り向いた。

 

「黙ってって言ったの、俺だから……」

「……そうなの? でも、なんで?」

「反対されるから……一緒に住みたいけどそれだとお互い良くないし。だから顔合わせはVRにして、暮らすのは別にした方がいいと思って、全部決まるまで黙ってってお願いした」

「――待って。和人、あなたまさか、VRMMOはまだするつもりなの?」

「うん……だめ?」

「ダメじゃないけど……嫌じゃ、ないの……?」

 

 ……その質問は、純粋に彼を想ってのものなのだろう。

 彼は三ヵ月間、SAO内部で一人取り残された。世界にたった一人だ。その孤独感、寂寥感、そしてSAOでの出来事で仮想世界への拒否感を露わにしてもおかしくない。事実SAO生還者の中でも一部の人間は絶大な拒否感を抱いているという。

 普通に考えて拒否感を露わにするのが正しいと思う。トラウマでなくとも忌避感はある筈だ。

 ――しかし彼は、驚く事に微笑みを浮かべる。

 

「流石に前線攻略はもうこりごりだよ……でも料理とか、裁縫とか、現実だと手間の掛かる事にローコストで挑戦出来るから。ユイ姉達に会えるのはあの世界だけだし……」

 

 それに、と虚空を見上げ。

 

「現実だと積めない対人戦闘の経験を積めるから」

「――――」

 

 ――剣鬼と言われた少女は言葉を喪っていた。

 どれだけ彼の覚悟は、決意は固いのだろう。デスゲームというトラウマ間違いなしの境遇にあり、多くの過酷な経験をしていながら、それでも己の目的の為に手段を選ばないなんてどれだけ強い気持ちが必要なのか。

 その覚悟に闇はある。

 だがそれ以上に生と平穏を求める想い(強い光)がある。

 

 ――強い子ね……本当に、強い……

 

 たった十一の子供だ。だのにここまでの強い意志を持つに至るまで、どれだけ過酷な境遇にあればいいのだろうか。私が知るのは断片に過ぎない。彼ではないから分からない。

 ただ、そう……憧憬だろうか。

 素直に凄いと、そう思えた。

 だからこそ欲しいと思えたのだ。『裏』に必須の全てを持っている。人間としても、彼は欲しい。

 

 そうして、少年に諭される形で三人の少女は感情を呑む形で、彼が決めた事に従う事にしたのだった。

 

 ***

 

 暗闇の中に星が光る。無数の星が煌めいて、暗い道を仄かに照らす。

 僅かな明かりだけが頼りの中、独りの少年が剣を手に進んでいる。誰もいない孤独な空間――けれど何故か、その背中は記憶にあるそれよりも、遥かに大きく見える。

 ――ソードアート・オンライン。

 一万人の命が囚われた魔のデスゲーム。ゲームクリアとなって多くの人命が解放された今、クロエ・クロニクル()はあの少年の記録映像を観る事が日課となっていた。

 

「クーちゃん、また見てるの?」

 

 ――ふと、自分を娘と見る女性の声が耳朶を打つ。

 遺伝子強化個体(アドヴァンズド)という試験管から生み出された人工生命である私は完成体になれなかった。生みの科学者達()からは『失敗作』というレッテルを張られ、何れ廃棄処分される運命にあった。

 それを変えたのが彼女――篠ノ之束。

 私は彼女を『束様』と呼ぶ。娘扱いしてくる奇特な女性は母と呼ばれたいようだが、親について知り得ない私はどうしてもそう呼べなかった。

 

 正直な所、『恩人』という評価も怪しい部分がある。

 

 遺伝子強化個体である自分は戦いの為だけに産み落とされた生命。その目的を果たせないから失敗作と言われ、廃棄される予定にあった。それを願ってはいなかったが、同時に拒否する権利も持っていない身だ。救われても素直に感謝を抱くのは難しかった。

 だが、彼女はそれすら飲み込んだ上で私を拾って下さった。

 基本的な衣食住を提供し、社会の常識を学び、昔は習わなかった勉学を授けた。習得に手古摺ったが他の人に較べれば遥かに早く上出来な部類にあったようで、頻りに彼女は私を褒めた。

 生来褒められた事が無かった自分は、それに居心地の悪さを覚える。

 今は……昔よりは、人間的な成長を果たしたと思う。

 最も成長を促してくれたのは、彼女では無い――――私が見ていた画面に映る少年だ。

 

 桐ヶ谷和人。旧名、織斑一夏。

 

 世界から『出来損ない』の烙印を押された少年。至って平凡でありながら、非凡を押し付けられた(望まれた)不遇の子。

 彼は私とよく似ている。非凡を求められ、しかし応えられず打ち捨てられた一つの命。

 違うのは、私は諦め死を受け容れていたが、彼は死を拒絶して足掻いている事。他にも挙げればキリが無い。それは彼がとても人らしく成長しているという表れだった。

 

 ――素敵だ。

 

 きっとその表現が一番適した所感。苦しい生を必死に足掻く姿は私には無い行動と選択の連続。その一幕を観て感じる事が私の好むもの。

 

「相変わらずぞっこんだねぇ……ね、ね、和君のどんなところが好きなの?」

 

 近くに来た主が茶化すように言って来た。

 好き……好ましいところ……

 

「……諦めないところ、でしょうか」

 

 足掻く姿。頑張る姿。必死に生き抜こうと努力する様……彼の多くを好ましいと思うけど、要約すればそういう事になると思う。

 足掻かせたい訳では無くて、眩しく思える。

 

「デスゲーム最後の戦いも私だったら諦めます」

 

 それは計算上の話。たった一人でボスに勝てる筈がない、というMMORPGに於ける常識を前提にした演算。どれだけ足掻いたところで失敗は付きもの。その一度の失敗で死ぬとなれば、足掻く事すらしなくなる。何故ならそれは、無駄だから。

 無駄だからしない。無駄でないならする。

 私はそういう風に生み出(設計)されている。

 それはとても人間らしくないと自分でも思う。一縷の希望、可能性というものを鼻から否定した機械的な生き方だ。だからこそ、出来損ないと言われた限りなく凡才の彼が、どれだけ高い壁にぶつかろうと努力を諦めない様が印象に残って、眩しく映る。

 不愉快に思った事はある。

 けれどそれはすぐ『不思議』という疑問に映り……今では『彼らしい』と思うようにもなっている。

 彼はきっと人間らしさの極致。彼を見て学んでいけば、失敗作の自分も完成へと近づけるような気がしていた。

 

「ふーん……ほぅほぅ」

 

 真面目に返すと、真横で主がニヤニヤ顔で頷く。

 ……何故か無性にイラッとした。

 

「何ですか、束様」

「いやぁ、クーちゃんも同じところを見るとは、さっすが束さんの娘だなぁと」

「……ん? あの、その言い方だと束様も……?」

 

 そう問えば、うさ耳バンドを付けた女性がにこりと笑った。

 

「そりゃあね! 何を隠そう、束さんが和君の事で一番認めてるのはそこだから! いやぁ、クーちゃんも見る眼がありますなぁ」

 

 にまにまと喜色悪い笑みで嬉しそうに言う主。おまけに矢鱈テンションも高い。

 ……時折こういう状態になるのだが、その時に言っている内容の意味が追い付かない時がある。天才だからこそ分かるというものなのだろうか。

 確か和人が来た時もなる事があるが、その時は彼が的確に対応していた。

 あれはただ慣れているだけ?

 それとも、彼も束様と同じ……

 ――何故か、またイラッとした。

 胸の内がもやもやするような、とにかく良くない気分になる。どうも彼と束様の事を考えるとなるようだ。

 

「――ところで束様」

「んー?」

 

 一先ず思考を切り替えた方がいいか、と思った私は、前々から抱いていた疑問を解消する事にした。

 

「何故《ユーミル》という企業を作ってまでALOの保持を?」

 

 それは、《アルヴヘイム・オンライン》の運営権を捨て値で《レクト》から買い取った事だった。これについてはただ指示された通りにしただけで具体的に何も教えられていない。

 流石に数ヵ月経ったから良いだろうと思って聞くと、彼女はああ、と思い出したように声を上げた。

 ……この反応、聞かなかったら絶対忘れ続けていたやつだ。

 

「それねぇ、和君のお願いだったんだ」

「……和人のですか?」

 

 うん、と頷く女性に詳しく聞いた内容を要約すれば、彼にとってALOは良い修行場という話らしい。

 来年から一年間、政府の保護をすり抜けつつも雲隠れされない折衷案として、対策チームにも来ていた日本代表候補の更識楯無の家に滞在。リハビリや肉体強化、鍛錬をする傍ら、対人戦の経験はVRMMOで積む事でISでの戦闘に役立てようという理屈らしい。

 確かにその案は有用だと思った。

 多彩な環境をすぐ作れるVRMMOを利用すれば剣での接近戦は勿論、銃火器でのゲリラ戦だって可能だろう。今はまだその手のタイトルは無いが今後出る可能性は非常に高い。何年も前から各国の政府は検討しているというし、何ならアメリカはその為に開発を躍起になって行っているという。

 ただ【カーディナル・システム】を初め、とかく仮想世界を動かすシステムの構築が難しく、コストも嵩むせいで中々進展は無いらしいが。

 ――その点、ALOは彼に取って非常に言い環境だ。

 まず他のタイトルには無い『飛行』。ISでの戦闘を考えている彼にとって、間違いなくALOでの飛行を交えた対人戦はIS戦闘に於いて役に立つ。

 次にALOはステータスの上昇が少なく、武器の性能に左右される事。これはISでも同じことが言える。ISはスラスターの瞬時噴射量や加速限界などで差があると言えど、大本は同じだ。世代差を抜きにすればほぼ装備による差が決定打と言える。その点は織斑千冬氏が扱う【暮桜】は第三世代機の開発が進み始めた現在に於いても第一線にある理由――すなわち単一仕様能力《零落白夜》という特殊兵装が実証している。

 また遠距離を考慮した戦いもALOは魔法を交えた戦闘が前提となっているため積めない事は無い。銃火器に較べれば遅いが、それでも積めないのと積めるでは大きな違いだ。

 つまりALOは銃火器による戦闘を除いたあらゆる状況を疑似的に体験可能な環境という事。

 

「……それを彼は、実際に見ていないのに理解し、SAOに居る時点で提案してきたのですか」

「うん。諸々の詳しい事は直ちゃんがしたみたい」

「……なるほどです」

 

 恐らく須郷伸之を捕えた後で考え、予め伝えていたのだろう。モニタリングで世間に広まってからほぼすぐだったからかなり早い段階で考えていたようだ。

 ALOの開発者が黒幕と分かる前から当たりを付けていて、捕えた後に無くならないよう先手を打ったというところか……

 

「……彼の慧眼には恐れ入るばかりですね」

「いやー、ホントにね。流石にそのお願いを見た時は驚いたよ」

 

 心の底から言うと、同じ事を思ったのか主もしみじみ頷いた。

 

「束さん的にまさかSAOクリア後にまだVRMMOをする気があったかと思ったけど……いやはや、和君ってホント手段を選ばないねぇ。今回は良い意味で」

 

 確かに良い意味で手段を選んでいない。誰かに迷惑を掛けないよう気を配りつつ、でも自分が取れる手段の中で最良のものは何が何でももぎ取っている。主に頼ってまでALOを存続させようとするのが証拠だ。

 ほぼ人に頼ろうとしないという話だったから、正直意外にも思う。

 

 ――ただ、頑張って欲しい。

 

 画面に映る彼の姿を見ると、何故か分からないがそう思った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 本作に於いて『孤独』と『孤高』は似て非なるもの。前者は理解者も味方も居ない本当に独り、後者は理解者も味方も居ながら()()で居る事を意味しています。デスゲームに取り残され『孤独』になっても味方が居る限りキリトは独りにはなり得ない。そんな意味を込めて前話と今話のサブタイトルは付けております。

 タイトルの《孤高の剣士》は、SAOで成長するキリトの在り方を意味していました。

 実際は鈴が見守ってましたが、味方が居なかった頃を考えれば大きな前進でしょう。

 ――そして今話。

 全損者も含めて生還するという映画をぶち壊すルート開拓。全損者にはケイタが居るからね、仕方ないネ。

 尚キリト大好きPoH(殺り愛)ニキも解放される模様()

 ――そんなこんなで今話。

 社会的な《SAO事件》は終わったが、キリトの《SAO事件》はまだ続行。

 代償も無しに人が救われる筈も無し。

 ――漫画プログレッシブ一巻の『勇者(ディアベル)』は言った。

 リーダーはスケープゴート(生贄)だと。

 そんな訳でキリトはまだSAOサーバー内。ただし、次話で解放します(ネタバレ) あんまり長く引っ張っても仕方ないからネ、だから直葉視点でダイジェスト。むしろ直葉の複雑で外からは分からないおどろどろしい内面を描写してます。

 SAOに取り残されたキリト視点を省いていくため、今後どこかでIS×SAO迷物の『過去語り』がぶっ込まれます、ご了承下さい(事後承諾)

 次に紺野姉妹。

 普通に考えてデスゲームに娘が囚われるとか親にとっては絶望モンである。

 原作でもSAOクリアの一年前(具体的な日付は不明)で両親死亡してるので、SAOに囚われるなんて間違いなく絶望モンな騒動により両親はAIDS発症で死亡しました(無慈悲)

 ちなみに実は原作藍子もSAOクリアの前後で死亡してます。原作木綿季は更に一年後ですね。

 ――だから、俺は悪くねぇッ!!!(親善大使感)

 ……ぶっちゃけると、束を動かす描写の為にした節もあるんですが。

 束は今も人嫌いは続行です。政府みたいな組織になるとより拍車が掛かります。それでも対策チームに入ったり紺野姉妹の援助を申し出たりしたのも、全ては和人の幸せのため。金は余りに余りまくってるから使って幸せになるなら使おうの精神。

 尚、和人が関わらない案件だと酷く冷淡になるので、割と人間のクズっぽい部分は残ってます。

 和人が関わったからマトモに見えるだけです(真人間なら『ぶっ殺す』とか考えない)

 ――そして直葉。

 直葉は《剣術小町》という異名が割と全てを物語ってる。何で剣道の出稽古に行ったのに剣()って言われてるんですかねぇ……()

 ちなみに箒は剣道小町『みたい』と原作で言われてます。

 直葉はそこから進化して剣術小町、更に別の異名が付けられているという……『裏』の家の当主やってる楯無すらヤバいと認める直葉。

 正直に言おう――――どうしてこうなった!(最初期プロットから一番魔改造された人)

 ――あ、秋十は『《異常者》に見られたくねぇ』と死ぬ気で頑張ったという事で(テキトー)

 尚、受験()()を得ただけで、まだ合格はしてません(無慈悲)

 そして何も罰せられていない事から、七十五層での事件も(表向き)不問に。実弟のお蔭ですね感謝しろ。ただし直葉以外の『裏』では何かされてるかもしれない……(不気味)

 第三者視点は、一人取り残されたキリトが何をしていたかのダイジェスト。まだ『何故』一人残る事になったかの具体的描写は避けてます。

 第一、第二、第三の試練とあるのに、第一は其の~とあるのは、それら全てをクリアする事で初めて『第一の試練』突破という括り。

 今話に於いて権力者(菊岡、楯無、束)に頼ってまで地盤固め、家族の安全確保に動き、でも将来的に目的達成を据えているという事で、これまでずっと独りで何でもしようとしてきた一夏(孤独)はおらず、人に頼るようになった和人(孤高)が還って来たんだよ……というのが総括。

 ALO存続に関しても、ね。ご都合主義だけど実際原作でも《ユーミル》をどういった人が運営してるのか分かってないので。設定の有効活用という事で(オイ)

 実際根回ししとかないとALO潰れそうな時空なんだもの……(IS見ながら)

 そしてキリトはALOに行く気満々。その為に楯無&菊岡の話は好都合だった。更識家に預けられたら、厳重な警備により安心してログイン出来ますからね。この時点でヴァベル時空ブレイクである。

 ――IS二次テンプレの更識家に預けられる達成だぜ!

 尚、一年半ほど前のアンケートだと、夏の大事件後に引き取られる予定だったんですがね(白目)

 予定は未定だってはっきり分かんだね(後悔は無い)

 直葉に関しては……何も言わん(どうしてこうなった) 取り敢えずこれまで小出しにしてた事(出稽古とか)を補足しました。

 本作に於ける直葉は《剣鬼》。ただ安心出来る相手が(女尊男卑の煽りを喰らって)居なかったから鍛錬に集中してただけ。今もあまり変わらないけど和人が鍛錬したがる方だから変わってないだけである。

 この子、義弟の事になると割とダダ甘だな……

 クロエは、何で和人と親しげなのかという事。実際クロエは原作でも『ラウラ・ボーデヴィッヒという完成体になれなかった失敗作』と自身を称しているので、似た境遇にある一夏/和人の事は気に掛けると思うんですよね。

 で、演算や計算ありきで動く軍人気質な自身と違い、可能性があるなら絶対諦めない姿に興味を引かれ、何時しか惹かれた(無自覚)と……

 束さんも似た感じで惹かれてるので、この親にしてこの娘ありです。



 ――――ともあれ、SAO編はこれで終わり。

 ちょっと終わり方がアレですが、味方によっては『俺達(キリト)の戦いはこれからだ!』的なので、まあよしとしましょう(良くない)

 次話からALO編……の予定。気が向いたら幕間で千冬視点を書かなくも無い。凄く短いでしょうけど。



 描写してる事が全てでは無いのでね、何でもかんでも疑っていきましょう。

 次話でSAO編は終了の予定。

 では、次話にてお会いしましょう。


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