インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話もオールキリト視点。

 アンケートで更識邸での生活を希望されてたんですが……うん、正直全然ですね!

 そんな今話は文字数約九千。

 ではどうぞ。




第二章 ~依頼と思惑~

 

 

「――定期報告は中に入れてる紙に書いたアドレスによろしく、それじゃあ」

 

 そう言い終えた男は車の窓を閉め、運転手に発進させるよう指示した。黒塗りの乗用車が遠く去っていくのを何とはなしに見送る。

 車の姿が見えなくなってから俺は右手に持っていたモノへと視線を落とす。右手には厚み一センチを超える画用紙サイズの茶封筒が挟まれていた。中身は一枚の用紙を除き全て七色・アルシャービン博士が執筆した『仮想ネットワーク社会』に関連する研究論文だ。

 これを全て読破し、七色博士が何を考え、何を目的に動いているかを予想した上で動くというのが、菊岡に依頼された内容の必須条件だった。菊岡も出来る限りの話をしてくれたが、何せ研究内容は他人に知られないよう詳細が伏せられている。正直雲を掴むようだと苦心している様だった。

 幸い七色博士は去年の夏頃にアメリカのマサチューセッツ工科大学を飛び級で卒業したばかりのため、論文の数そのものは少ない。だから読破に掛かる時間も少ないだろう。

 とは言え、材料が少ないと本質や根幹の理解に至るのは難しい。そういう意味では論文の数が少ないのはやや難点と言える。

 

「というか小学生にこういうのを普通読ませるか?」

 

 自分としても十一歳の子供にそぐわない部分があると自覚しているが、流石に世界有数の大学を卒業した才女の論文を読破して、その上で思考を読んで動けとはかなり無茶ぶりが過ぎると思う。それだけ高く評価してくれているという事なのだろうが求められるラインが高過ぎる。

 依頼を受ける際にも念を押しておいたし、あくまで自分は菊岡が動かせる駒の一つだから全権を任される事は無いと思うが……

 

「個人的に、もう少しくらいは気楽なALOライフを送りたかったんだがなぁ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた後、後ろへ振り返る。

 

 ――視線の先には大きな洋館が佇んでいた。

 

 *

 

 ――七色・アルシャービン。

 

 菊岡から依頼された監視対象であるその人物は、ロシア人の父親、日本人の母親から生まれたハーフであり、そして世界的に注目され始めた稀代の天才と言われている。彼女は世界的に有名なマサチューセッツ工科大学に弱冠十歳で入学し、翌年の十一歳で主席卒業するという異様な秀才ぶりが話題を呼ぶだけでなく、一世を風靡しているVR技術への関心が高い事も相俟って話題性があったためだ。

 《ナーヴギア》が発売されてからおよそ三年、VRMMORPG初のタイトルSAOが発売されてから二年が経過した現在、VRに関する研究を専攻とする者はかなり限られている。

 第一人者は言わずと知れた茅場晶彦だ。

 SAOに於ける罪が明確に冤罪と判断された現在、茅場は新ALOを運営している《ユーミル》に身を寄せる形で、現在も仮想世界の行く末を見守っている。その企業を取り仕切る存在である束博士とは親交があったというからそのツテだろう。《ユーミル》やALO存続について一枚噛んでいる自分も流石に茅場晶彦の処遇に関しては未知数なところが多かったため一切絡んでいない。まぁ、収まるところに収まったと言ったところか。しかし冤罪と証明されたとは言え、チーム内が黒幕だった事には変わりなく、今後彼が起業者や研究者として返り咲く事はほぼ無いだろうと言われている。それでも技術者としては一流だから雇われているのだ。

 茅場がSAOに囚われている間に後を継ぐ形では須郷伸之が台頭していた。四月に入った現在に至ってもまだ裁判は続いているのでその処遇は今もハッキリと決まっていないが、ともあれ社会的に抹殺された今、二度と表舞台に返り咲く事は無いだろう。

 ――しかし『裏』の組織の手引きで逃亡される事を考えると個人的には抹消しておきたいが、国家が絡んでいる以上無理は出来ない。

 ともあれ、その二人が失脚した今、新たなVR技術専攻の研究者が七色博士という訳である。他にもそこそこ研究者が居るというが、流石に相手が悪い。ネームバリューという部分で圧倒的に負けているせいで殆ど話題に上らない。

 そんな彼女が専攻しているのが『仮想ネットワーク社会』。要は人が形成する社会に仮想世界はどのような影響を齎していくか、という部分に特化した学問だ。当然VRMMOという多人数が交流するコミュニティ形成の場が生まれた事で発生したものである。

 自分が一年間お世話になる更識家の屋敷(洋館)への道すがら、茶封筒の中からホチキス留めされた論文のタイトルだけ目を通していく。

 七色博士は大学に入学した頃から新たに生まれたその学問を専攻していたようで、在学している間に論文を二つ、卒業後――つい先週――に一つ発表していた。その中で最も分厚かったのは二番目に発表された論文。枚数を数えれば三十枚、つまり原稿用紙六十枚分もびっしりと文字を書いた事になる。

 しかもこの論文、厄介な事に全て英語だった。

 小学校を中退している状態の身には些か辛い。日本語訳のものを引っ張って来いよ、と心の中で眼鏡の役人に恨みを向けつつ、生還してから買ってもらった携帯端末の翻訳アプリを使う。

 

「『仮想ネットワークによる多人数コミュニケーションに於いて生じる特殊相対性感情同調理論とその可能性について』……要は集団的無意識の事か。そうなると社会学よりも心理学方面に近い気がするんだが……」

 

 はて、自分の調べが足りなかったのかと首を傾げる。まあ心理学は個人のものを対象にする反面、この論文は不特定多数の関係によって築かれるコミュニティ心理を追及しているようだし、そういう意味では社会学に該当するのかもしれない。

 そう結論付け、別の論文の題名にも翻訳アプリを使う。

 一つ目の論文は『現実世界と仮想世界の区分定義と意味性の主張』というものだった。VRに否定的な意見が多い当時、それに異を唱えるものとして一時期有名になったものと菊岡から教えられたものだ。大まかな内容は娯楽だけでなく医療や社会交流などの面に於ける仮想現実社会の有用性を主張している。木綿季や詩乃達が使っていた《メディキュボイド》が実例として存在するためこの論文は通過したらしい。

 そして一週間前に発表されたばかりである三つ目の論文は『仮想ネットワーク社会に於ける共産的思考が齎す利便性と効率性向上理論の実際』。なんとなく翻訳が一部間違っている気もするが、イントロダクション(概要)を見た限りでは、不特定多数の人間が一つの物事への意識を高める事で得られる能率向上と質の高さについての理論を仮想現実社会にも当て嵌めた場合、どのような効果が齎され、またその有用性の方向はどんなものかを説いたもののようだ。

 細かな部分はともあれ、意訳は大体合っているだろう。

 

「概要を見ただけでも共通点がちらほらあるな……」

 

 『仮想世界』を舞台とし、次に『不特定多数の人間』がコミュニティを形成している事が前提に存在し、あとは感情や意思、目的が一つになった場合について語られている。一つ目の論文はともかく、二つ目と三つ目はどれも該当していた。

 となれば、七色博士はこれらに関する研究を目的にしている。

 そして七色博士は最近になってALOにアメリカからログインし、音楽妖精(プーカ)のアイドル《セブン》として歌を披露して多くのファンを得ているという。同時に精鋭で構成されたギルド《シャムロック》のギルドリーダーでもある。本人の戦闘能力は低いが、親衛隊とも言うべき《シャムロック》のメンバーが恐ろしく強く、ALOの高難度クエストは軒並み制覇しているのだ。

 最近は須郷の件があって低迷しているALOにテコ入れせんとばかりに控えている大型アップデートに備え、連日高難度クエストを攻略したり、数日置きで七色博士こと【歌姫】セブンがライブをしたりと大忙しらしい。

 何で研究者がそんな事をしているのか疑問ではあったが……

 

「【歌姫】、ね――そういう事か」

 

 論文の概要と共通点を見出した事で大まかな企みを察せたため、ALOでアイドル業をしている事の謎も氷解した。

 

 ――でも、何で菊岡さんは俺に依頼を……?

 

 次に出て来る疑問。

 おそらくあの男もこの論文には一通り目を通しているだろう。そうでなくともリアルタイムで研究者の台頭を見て来たのだ、わざわざ俺にこんな依頼をしてくるくらいだから把握はしていると見て良い。そんな男がこの繋がりを見逃すとは思い難い。

 であれば、むしろ逆――勘付いた上でVRMMOプレイヤーに依頼せざるを得ない何かがあるのか。

 チッ、と舌を打つ。

 

「キナくさいのはもう勘弁なんだが、そうも言ってられないか……」

 

 【歌姫】が何を企み、最終目的としているかを完全に理解した訳では無い。

 だが最悪な可能性は念頭に置いた方がいいだろう。少なくとも【歌姫】の計画にみんなが巻き込まれないよう立ち回り、その上で計画が成就しないようにしなければならない。

 《シャムロック》の動きからして恐らく次の大型アップデートが山場だ。丁度その頃に七色博士本人がアメリカから遠路遥々来日する上、ALOサーバーは日本にある。あの束博士を出し抜けるとはまったく思えないが、何かしらシステムに干渉するならサーバーに近い方が影響力は高まる。

 面倒な事だ、と嘆息する。

 ALOにはリー姉やユイ姉といった護りたい人達がこぞってログインする。自分一人であればそこそこ取り組み、適当なところで放り出す事も可能だが、どうもそうはいかない状況らしい。

 

「まったく……――()()な役目はいつも俺だ」

 

 溜め込んだものを吐き出すようにゆっくりと呟き、天を仰ぐ。

 春の空は、憎たらしいほど快晴だった――――

 

 *

 

 当主の女性に持たされた鍵を使って正面玄関を開け、中に入る。

 玄関ホールは吹き抜け状になっている。正面には大きな階段があり、途中から左右に分かれて二階へと続いている。それを交互に繰り返す事で三階、四階へと昇って行く造りだ。食卓やキッチン、浴場などは一階、寝室や客間などは二階より上、当主などの部屋は三階以上にある。

 ちなみに一階の廊下を進んだ先には和風の別棟があり、そこは座敷になっている。更識の本家と分家が集まる会合などで使われると聞いた。

 

「――あ、きりきりだ。おかえり~」

 

 玄関の扉を閉めたところで掛けられる声。

 振り向けば、食堂の扉から顔を出す女性が一人。間延びしたはその人物が出したもので、彼女もこの屋敷に住まう住人の一人だ。更識の本家に代々使える召使いの血筋『布仏(のほとけ)』の次女、名を布仏(のほとけ)本音(ほんね)と言う。今年で中学三年生らしい。

 彼女は更識家の現当主《更識楯無》の実妹の召使いである。同時に今はここの生活に不慣れな自分のサポートをする一人として、何かと気に掛けてくれている。

 昼前にも関わらず家に彼女が居るのは、今日始業式だったウチと違い、当主の実妹と本音が通う女子校は明日が始業式だからだ。

 

「……音を立てないようにしてたのによく分かったな」

「何となく、そんな感じがしたので~」

 

 間延びした語調とおっとりとした顔つきに騙されそうになるが、たとえ気配や音を限界まで抑えてもしっかり気付く異常に鋭い感覚の持ち主である。この辺は流石対暗部用暗部に仕える家系だと思う。

 

「それよりも、挨拶は~?」

 

 感心していると、むぅ、と頬を膨らませながら抗議の眼で見られる。目の前まで来られてるから少し驚いた。

 ……考え事をしていたとは言え、距離を詰められた事に気付くのが遅れた。

 

「きりきり、挨拶は~?」

「……ただいま」

「はい、よく出来ました~」

 

 やや気圧されながらも挨拶を返せば、ムクれていたのが嘘のように()()()と微笑み、頭を撫でて来る。本音は長袖の袖先を余らせるクセがあるので頭に感じる感触は布のそれだった。

 ここに住み始めて一ヵ月近く、未だに本音のペースを奪えた事が無いから若干悔しい。身近にここまでおっとりとした人が居なかったせいだろう。

 

「――ほえ? きりきり、手に持ってるのはなに~? 朝は持ってなかったような~……」

 

 ふと、本音の視線が俺の顔から、俺が右手に持っていた茶封筒へと向けられる。朝見送られた時は持っていなかったものだから気にもなるだろう。

 

「ん……ああ、これか。例の役人から渡されたモノだよ」

「……ああ、あの眼鏡の~…………――きりきり、どんな依頼を受けたの? アブない依頼だと怒られるんじゃないの?」

 

 本音の言葉がいきなり間延びしなくなった。

 何故、と首を傾げつつも疑問に答えるべく口を開く。

 

「……何とも言えない。危ないかどうかの調査も入ってるから今はまだ分からないな」

 

 そもそも七色博士が何か企んでいるかすら憶測の域を出ていないのだ。菊岡や俺は悪い計画を前提に考えているが、一切被害が出ない場合だってある。何ならアイドル業での一体感を研究テーマにしている可能性もある訳で、その場合は取り越し苦労に終わる訳だ。

 ただ今は何とも言えないから備える意味も込めて調査と監視を依頼されただけ。

 ……十中八九何か起きるだろうとは思っているが、それについては黙っておいた。

 

「ふぅん……――あんまり無理しないようにね~。たっちゃんから聞いてるけど、きりきりって物凄い無茶ばかりするらしいから、私心配だよ~」

 

 『たっちゃん』とは更識楯無の事である。仕えている本家筋の当主を渾名呼びするほど凄まじい胆力の持ち主なのだ、本音は。ただ幼馴染としての感覚が抜け切っていないとも言う。

 ちなみにきりきりは()ヶ谷和人の『桐』と()()トの『キリ』から取ったらしい。キリトの由来からしてそのままなので連続する必要はないと思うのだが、本音は独特の渾名を付けるようなので、訂正もそこそこで諦めた。仇名と違ってまだマトモだからこそ受け容れたのだ。

 

「どういう風に聞いているかを俺は知りたいな……」

 

 ネットで何て言われてるかは把握しているが、その全貌を知っている訳では無い。本音や楯無が俺をどう見ているかも知らなかった。

 そう言うと、本音は口元に袖を当てて笑った。

 

「ん~……沢山話してくれる適任は私の他に居ると思うな~」

 

 言いながら、本音は背後を振り返る。その先を俺も見れば――食堂に続く扉から、蒼髪紅眼の女性が一人こちらを凝視していた。

 

「あ……」

 

 気付かれた事が分かったらしく、ひょこっ、とウサギのように女性は顔をひっこめる。その様を見て本音がからからと笑った。

 

「相変わらずかんちゃんは恥ずかしがり屋だな~。もう一ヵ月も経つのに、きりきりとまだ顔を合わせられないんだもんね~」

 

 『かんちゃん』とは、更識楯無の実妹――更識簪の事。本音が使用人として仕える主であり、同時に同学年の幼馴染というかなり親密な関係性にある中学三年生だ。ちなみにこの家での生活をサポートしてくれる一人でもある。

 そんな彼女は何故か真正面から顔を合わせようとしてくれない。

 受け答えはしっかりしてくれるし、色々教えてくれる事から嫌われていない事は分かる。何だかんだで勉強やこの家の事について教えてくれたのも簪だった。本音が言うように恥ずかしがっている事も早い段階で分かったからああして逃げられてもダメージは無い。

 ――簪と本音はずっと女子校らしいし、ただ男性慣れしてないだけでは、と最初は思った。

 しかしそれだと本音が普通に対応する事に説明が付かないので、次は内気な性格なせいかとも考えた。一ヵ月の間接して分かったが、楯無に較べると簪はかなり内気な性格で、主張が少し弱い部分がある。

 ただ、『ある事』に対しては異様に熱弁を振るうのだが……

 

「そろそろ簪が抱いてるイメージ像と実際の俺は掛け離れてる事を理解して欲しいんだが……」

「かんちゃんって結構思い込み激しいからね~。SAOをクリアしたきりきりの事はヒーローって思っちゃってるんだよ~」

 

 ――『ある事』とは、ヒーローだった。

 戦隊ものや変身ものなど種類を問わず、とにかく勧善懲悪のヒーローアニメやロボットアニメを好んでいるらしい簪の琴線に、どうも放映されていたSAOボス戦は触れたらしい。しかもラスボスでの俺の戦いぶりが一番のお気に入りだとか。何でも『味方が全力で援護しながらもやられていきつつ、最後は一人で立ち向かって勝つ』という展開が王道的で、簪としては嵌りに嵌るシチュエーションだったらしい。

 これは本音から聞いた。興奮したように語り、何度もそのバトルを繰り返し見る簪は、近年稀なくらいはしゃいでいたという。

 ……最初にそれを聞いた時は酷く不愉快な気分になった。

 アニメを貶すつもりはないが、絶望的な状況に抗っての命懸けの戦いを同列に扱われるのは酷く気分が悪い。俺や皆の覚悟を馬鹿にされたように感じてしまう。

 これから非常に世話になる相手であり、純粋に好意的な感情を向けて来る相手に敵意を返すのも気が引けたから、その所感は胸の内に仕舞っておいた。本音には察されたが簪はあの様子だと気付いていない。

 

「それにかんちゃんとしては、きりきりに親近感を抱いてるんだと思うな~。ほら、かんちゃんのお姉ちゃんって、たっちゃんだから~」

 

 織斑(ウチ)もそうだが、この家と姉妹関係もかなり面倒なもののようだ。対暗部用暗部の現当主、そして次代の日本代表最有力候補が実姉なのだ、周囲もここぞとばかりに比較するだろう。簪も日本代表候補生の一人だから余計辛いだろう。

 そこに来て近い境遇の俺がSAOクリアを成し遂げた事で、ヒーローと重ねて見ているとすれば……

 

 ――自己投影か、没入感による精神的依存か……

 

 前者であれば俺が戦う様を自分がしているように重ねる事で劣等感を解消しようと、後者であれば自分の事を救う存在として見ているという捉え方になる。

 あの様子だとどちらかまだ分からないが……

 

「……面倒そうだ」

 

 自分や皆の事で手一杯の俺は、護る必要が無い相手()の事まで気に掛ける余裕は現状無い。生活や勉強面で助けてもらってる恩があるから見捨てるつもりは無いが正義のヒーローとして見られるのは困る。どちらかと言えば俺はヒール(悪役)の方が適している、結果的にヒーローになるとしても目的の為なら手段を選ばないからだ。

 そういう意味で『面倒そう』と言ったが、本音は楯無の事を思ったのか、たはは、と苦笑した。

 

「まぁ、かんちゃんはきりきりのファンだし、ちょっとは乗ってあげてくれると私も嬉しいかな~って……かんちゃん、少し前までずっと思い詰めてたから~」

 

 ふと、ずっとにこにこしていた本音の表情が寂しげな笑みになる。

 

 ――更識姉妹の仲は、ハッキリ言って険悪の一言に尽きる。

 

 勿論俺と秋十のような殺し合う仲では無いらしい――そこは本音と楯無の傍付きが全力で否定していた――が、それでもかなり深い確執があるらしく、以降マトモな会話は交わされていないらしい。事務的なやり取りくらいしか無いくらい姉妹仲は冷え込んでいるという。

 とは言え、楯無の方は実妹大好きな感を拗らせていて、余計面倒な事になっているようだが。

 二人の仲が拗れているのはおよそ三年ほど前に先代当主だった姉妹の父親が亡くなり、対暗部用暗部の当主に就任した楯無本人が、簪に放った言葉に端を発する。

 曰く――『貴女はそのまま何も出来ない無能でいなさいな』。

 

 簪絶許(ガチギレ)である。

 

 これは簪の怒りが正当だった。簪、本音、そして楯無とその傍付きの四人から聞いた話だが、非の打ち所がないくらい楯無が悪い。

 俺でも言われたらそりゃあキレる。一昔前だったら凹んで自殺までしていただろう。何せ周囲を見返す事は無自覚な頃も俺の戦う理由となっていたのだ、その全否定なのだから直葉やユイ姉に言われた日には間違いなく自害していた。

 それまでは良好だった姉妹仲を考えれば、むしろ簪はよく保っている方と言いたい。環境が環境だから余計そう思う。

 

「俺もそうだが、楯無と簪の姉妹も相当不器用だな」

「あはは~……」

 

 この一ヵ月を共に過ごしてきて、あの二人の仲の悪さ――と言うより簪の怒りや意固地なところはよく見て来た。簪は三年経つ今も相当気にしているという事だ。

 それだけ姉に対する劣等感を、姉本人から刺激され、努力すら無駄と言われた事が腹立たしかったのだろう。

 ――腹立たしいという事は、つまりそれと同等の想いを楯無に抱いている事。

 以前までならともかく、今の俺は織斑千冬に直接比較や貶されていないからか怒りはまったく抱いていない。好きの反対は無関心と聞くが正にそれだ。織斑千冬を下すつもりで計画を進めているので死なれると困るが、逆に言えば()()程度でしかない。

 簪はその逆。殺意や憎しみというよりは、認められない事への怒りや苛立ち、不満というもので意固地になっていて、接触を避けているのと見える。

 まだ、俺と違って決定的に戻れない訳では無い。

 元々簪の事が大好きな楯無は、危険な暗部に関わらせないようにと敢えて不仲を装うように距離を置く事で、簪が人質に取られるリスクを極限まで下げる手段を取った。不仲という点で人質としての有用性を下げる為だ。これは楯無とそのお付き両方から聞いたから間違いない。

 俺もSAOで同じ手段でサチから距離を取ろうとしたから凄くよく分かる。

 ただ俺の場合、サチがユウキ達から思惑を聞いたから誤解されなかったものの、あの姉妹の場合は完璧にすれ違ってしまっている。簪の意固地もあるが、楯無が真実を言い出せていない辺りも問題だ。

 この問題は楯無から踏み込むか簪が意固地をやめて怖れと向き合うかでなければ解決しないだろう。クリスマスの日、サチから踏み込んで来てくれたようにならなければきっと解決しない。

 

「個人的には仲直りして欲しいと思うけど……こればかりはあの二人自身が決める事だ」

「ん~……やっぱり、手伝ってくれない?」

「俺は部外者だ。本人達から求められたならいざ知らず、何も言われてないのに動くと面倒な事になる。楯無も相応の理由と覚悟があってそうしたんだから踏み躙る訳にもいかないだろ、それで簪が人質に取られても俺は責任取れないんだ」

「え~……たっちゃん、結構後悔してるのに~?」

 

 それは知っている、簪が居ないところで事あるごとに相談を持ち掛けられるからいやでも知った。絶賛実姉と実兄を憎み殺意を抱いている俺に相談するかと思わないでもなかったが。

 しかし、後悔しているなら尚の事、俺は当人達で解決するべきだと思う。

 

「だったら尚のこと楯無本人が動くべきだ。俺に頼るか、自分で動くかも、楯無か簪が決断しないと根本的な解決にならない、暗部の事が関わるなら余計にだ。行動の切っ掛けを作る為に発破を掛けるくらいは良いと思うけどな」

 

 最後にそう付け足す。かく言う俺も《月夜の黒猫団》との和解に関しては発破を随分と掛けてもらった身だ、時に第三者の力が必要な時がある事は理解している。

 ただ根本的な解決にはやはり当人達が向き合う必要がある。

 

「ともあれ俺は暫く動かんよ。というか、()()を優先しないといけないんだ、動けないと言った方が正しい」

 

 右手に持つ茶封筒を振りながら言う。危険性云々はともあれ、俺には優先すべき事項が既に存在するのだ、他人の事にかまけていられる余裕は無い。

 

「う~……たっちゃんとかんちゃんの間を取り持つ身にもなってよ~……」

「楯無のヘタレを直したら万事解決な気もするが」

「それが出来たら苦労しないよ~!」

 

 うあ~! と叫びながら、本音は俺を抱き枕のように抱えて食堂に歩いて行った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 前半は菊岡の依頼と七色・アルシャービン博士について。論文のタイトルや内容はオリジナルですが、ゲームをしている方ならピンと来る方が多いでしょう。最早あからさまである。

 後半はこの一月に於ける更識邸での生活と、更識姉妹、本音との関係を描写。

 IS原作を知っている方なら分かるであろう更識姉妹の確執。

 個人的にはこの問題、いきなり部外者が割って入るのはアレではないかなと思ってます、だって楯無が簪を遠ざけた理由に『暗部』が関わっているから。近づけて人質に取られたら責任取れるかってなったら……ね?

 そんな確執を放置するのは、当人達で向き合わなければ解決にならないという和人の体験談から。もち《月夜の黒猫団》関係ですね。ダッカー達の乱入で収まったとは言え、キリトとサチが真っ向から向き合った事で解決した事なので。

 和人としても楯無と簪のどちらの心情も分かる分、余計当人達同時で理解を深める必要があると思って、一旦放置を決め込んでいます。

 ただどっちも和人とは関係良好な事もあって板挟みに遭うという() 喜べ和人、姉妹丼ダゾ?(ちがう)

 簪は原作でもヒーローが好きで、原作一夏に重ねて憧れ、好意を抱いた節があったのでそれの踏襲。ラスボスに一人ずつやられつつも希望を託され、最後まで戦い抜いたキリトは簪からすると主人公に見えるんだよっていうね……

 ――楯無がヘタレてるせいで黒い部分が伝わってないのもある()

 そして安定の癒し枠の布仏本音さん。挨拶を返さない和人に迫真の威圧である、ぽやぽやしている子だけど暗部に仕える家系なんだから、その気になったら多分強いです(本作に於いては)

 間延びした語尾としていない語尾とで真剣度合いの差を出していたらいいなぁ……(願望)

 今後も度々本音は出したいですね。尚、本音視点の地の文は間延びさせません。

 次話か次々話でALOに入りたいなぁ……!

 では、次話にてお会いしましょう。

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