インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 一日空けてしまい申し訳ありません。今後、数日おきになったり連日投稿出来たりと不定期になりますが、ご容赦下されば幸いです。

 今話はオールユウキ視点です。ちょこっとシリアス要素がありますが、前話のようなドシリアスではありませんのでご安心を。

 今話はサブタイトルから分かる通り原作をオマージュしています……が、登場する少女は別です。

 誰かは分かる人にはすぐ分かります。

 ではどうぞ。




第十三章 ~心の安息~

 

 

 クラインのギルドメンバーから要請を受け、キリトが大変なことになっていると分かって即座に姉ちゃん、サチ、道中で一緒になったアスナと共に《風林火山》のギルドホームへ向かったボクは、虚ろな表情で謝罪を繰り返すキリトを見て、驚愕した。同時に胸も痛んだ。

 あれから一夜が経過した現在、キリトはボク達《スリーピング・ナイツ》のギルドホームがある第二十二層南端に滞在している。

 キリトが購入したあのホームには大きさでも規模でも劣るが、木造のログキャビンという風情の建物はとても気を落ち着けてくれるのでお気に入りだ。彼のホームとは杉林を挟んでいるくらいなので、ぶっちゃけお隣さんにあたる。

 とは言え、勿論ボク達も彼がホームを購入したからここにした訳では無く、逆も然りで、キリトが同じ層にギルドホームを構えているとは知らなかった。

 最初はサチが、今現在も《月夜の黒猫団》として購入し、結局一度たりともギルドホームとして利用されていない第十九層に構えているホームを提供すると言ってくれたのだが、そこを使う気にはなれなかったので別の所で購入した。ボクと姉ちゃんの中で《月夜の黒猫団》、もっと言えばケイタという男に対する悪感情がある事もあるが、単純に先に良い物件を見つけていたからだ。

 その良い物件がここ、第二十二層なのである。

 第二十二層は《アインクラッド》の中でも珍しく、フィールドでは一切モンスターがポップしない平和な階層で知られており、ボク達が把握している中でも迷宮区などを除いて階層全域でポップしないのはここだけである。

 街や村、購入したホーム以外は全て圏外なので、プレイヤーに対する警戒は解けないのだが、この階層は全体的に平和だからこそ物々しい連中が嫌煙される雰囲気を醸し出しているため、恐らくキリトがホームをこの階層で購入したのも静けさを優先したからだろう。

 姉をリーダーとし、団員はボクとサチの三人構成である《スリーピング・ナイツ》のギルドホームは、ぶっちゃけて言えば小さな一軒家だ。一階建て、小さなバルコニーがあるベッドを置いた寝室、それなりの広さがあるリビングとキッチン、一応シャワーもあるため大きさそのものはそこそこだが、それでももう少し値が張るアスナが第六十六層に購入しているホームに較べれば小さいと言える。

 そのホームの寝室にて、ボクの目の前でキリトは寝息を立てていた。

 現在時刻は午前九時であるため、普段なら絶対起きている筈なのだが……昨日は迷宮区最奥までのマッピングを、アスナと一緒にとは言え最後まで行っていたらしいし、そこから軍を追ってボスと戦闘。果てには暴走して討伐し、トラウマを連続して発動させてしまって精神的疲労は半端では無かったからだろう。

 このホームのベッドで横になったキリトはすぐに寝息を立て始めた。

 そして今に至る。

 ボクは、一人は嫌だと言ったキリトに付き添い、一緒のベッドで横になっている。

 勘違いと分かったとは言え余程不安を感じたのが響いているのか、キリトはこちらに抱き付いて離れない。寝息を立ててはいるが、表情そのものはそこまで良いものでは無いため、ボクは離れようにも離れられないでいた。

 姉ちゃん達は既に起き、リビングの方で寛いでいる。昨日はアルゴやディアベル、ヒースクリフ達が訪れて事情を聞きに来ていたのだが、当のキリトの精神的疲労が限界を超えていたために姉ちゃんとサチの二人が対応に出ていたので、キリトに抱き付かれているボクとは違って普段通り眠れたからだ。だから既にリビングの方に移動している。にまにました笑みを浮かべていたので、後でちょっと懲らしめようかなと思ってたりする。

 キリトが抱いた恐怖と不安、それはボク達がキリトの前から居なくなる事だ。それは物理的距離であり、同時に精神的距離でもある。

 かつて織斑一夏として生き、この世界でもその名を故意で名乗っているキリトにとって、自身を受け入れてくれる仲間達は文字通りかけがえのない存在だ。かつては誰からも虐げられていたからこそ喪いたくないと思うキリトは、自分の手で助けられるようにと護る為の力を付けた……だが、それは何時しか、捨てられない為の力となった。

 これはただのボクの推測だが、恐らくキリトが恐れたのは自身に対する価値の失墜ではないだろうかと思う。

 出来損ないと言われる事は優秀な存在が居る事にもなる。織斑一夏にとって、それは世界最強の姉であり、同時に神童の兄でもあった。

 逆に言えば、出来損ないという下の存在が優秀な上の存在を抜く事は困難を極めると言っても良い。何故なら下が居るからこそ上があると言ってよく、上が居るからこそ下が存在するからだ。価値観の逆転というのは、余程の事が無い限り起こり得ないからである。

 彼は下の立場だったからこそ、それをよく理解している。上から下に落ちるのは容易いが、下から上に這い上がるのは、周囲の価値観を逆転させることなど不可能に近いのだと身を以て知っているからだ。

 腹立たしい事だが、世間一般的な見解で《織斑一夏》は誰よりも格下だとされている。そういう事に対してほぼ興味が無い、というかむしろ嫌悪すらしているボクでもそんな話はチラホラ聞いた事があるくらいだから、もうひっくり返しようが無いくらい浸透していると見ても良いだろう。

 それを、幼いながらも聡明なキリトが知らない筈も無く、だからこそ恐れた。攻略に出なくなり、自分が皆より弱くなってしまえば、もしかすると失望し、離れる……昔の様に捨てられるのではないか、と。

 ボク達は失念していたのだ。あれほど支えると決意していたのに、気付かなかった。

 キリトが幾ら強くて、精神的にも成長していると言ってもまだたった十歳になったばかり、それも家族の愛情、友達から受ける友情を知らないで育ってきたのだから、新たな家族に一切逢えない今はとても人との触れ合いに飢えている事を。

 《ビーター》として憎まれ役になっていても、好意的な態度を受けたら一緒に居てしまう部分があるからこそ、キリトは《月夜の黒猫団》に力添えをしていたのだ。彼にとって、サチ達のアットホームな雰囲気が好ましく、また狂おしい程に羨ましかったから。

 彼が本気で恐怖したからこそ、昨日のあの暴走と謝罪だったのだろうと、ボクは捉えている。

 その恐怖が今の状況を作り出している。

 

「キリト……」

「ん、ぅ……」

 

 小さな子の頭を撫でてやると、綺麗な黒髪がさらりと揺れ、ほんの少しくすぐったそうに身動ぎした。

 ここ最近はボク達に子供らしさを、つまりキリトにとっての素をよく見せてくれるが、恐らく今のこれが本当の意味での素なのだろうと思う。剣を持って戦う攻略組の一員の時、S級食材を用いた宴会の時に見せた儚げな印象とは違う、本当に子供らしい姿はこれなのだろうと。

 キリトが一時的に攻略から身を引く事は、既に姉ちゃんやクラインの口からヒースクリフとディアベルに伝わっている。

 二人も普段からキリトの事を気に掛けていて、特にここ最近ボス戦に乱入しては打ち合わせが無いのでほぼ単独で相手し、キッチリLAを取って死者ゼロに尽力していた姿から、いい加減休ませてやりたいと思っていたらしく、渡りに船だと賛同してくれた。元々、一時的に第七十五層に辿り着いたらキリトを休ませるつもりだったという。

 その原因は、攻略組全体の錬度にあった。キリトが居る時は壊滅状態になる事も、苦戦する事もほぼ無かったが、キバオウ辺りが本気で排斥しに掛かってボス攻略レイドに参加させないようにしてからは苦戦が基本、戦闘時間も倍に増えたし、何よりボスの攻撃にしっかり対応出来るプレイヤーが少ない事にあった。

 第一層での戦闘を思い出せば分かるように、キリトはボスとの一対一の戦いは勿論、遊撃から情報提供、安全策の提案など種々様々な事を一人でこなせ、それがあって彼が最初から居る時のボス戦で苦戦する事は少なかった。

 彼が居ない時に苦戦するという事は、逆に言えばそれが出来るだけのプレイヤーが居ないという事である。

 というか、正確には対応出来る者が少な過ぎるし、その後のリカバリーに入る者もギリギリで上手く回せないというのが現状だ。

 下手すればリカバリーが間に合わずに死者を出す事に直結する――実際に何回か出た――ため、一旦キリトを休ませて英気を養ってもらい、その間に攻略組全体の錬度を上げ、それから第七十五層のボスに挑もうと、ボク達がキリトを落ち着けに掛かっている間に決まったらしい。

 聞けば七十五層主街区《コリニア》という所には闘技場があり、そこでコルさえ払えば幾らでも死なずに経験値も得られるバトルを経験出来、更にこれまで倒してきたボスとも再戦可能らしい。LAは無いが、当時の能力を再現したボスと、HP全損死亡のリスク無しで戦えるのだという。

 それを利用し、レイド戦を慣らすつもりらしかった。迷宮区攻略も然りである。

 なのでキリトの休暇は、嫌が応にも取らなければならなかったという事だ。少しばかり複雑そうだったが、キリトもクラインやサチにも説得された手前、それに応じて休む事を決意した。何か不測の事態に陥ればすぐ前線に戻るとは言っていたが。

 そんなキリトの初休暇となる今日は、《スリーピング・ナイツ》のメンバーが同行する事になっていた。キリトを一人にしては、幾ら身を隠すと言っても絶対安全とは言えない為、護衛のような意味を兼ねている。まぁ、一人にすると厄介事に巻き込まれる事を見越して、半ば監視の意味も込めているのだが。

 だからこうして一緒に寝ている状況はどちらの意味でも非常にやりやすいのだが……一応年頃の女子なので、そろそろ離れて欲しいかなと思っていたりもする。

 

「キリト、もう朝だから起きよ?」

「んぅ……?」

 

 優しく肩を揺らしてやれば、ボクの腰に回されていた腕が緩み、ゆっくりと瞼が持ち上がった。

 寝ぼけ眼で焦点の合っていない目を擦り、眠たそうにくぁ、と小さく欠伸をする。

 それからぱっちりと、ボクと目が合った。

 

「おはよう、キリト」

「……おぁよ……」

「あはは、眠そうだねぇ。しっかり言えてないよ?」

「……うゅ……?」

 

 昨日よっぽど疲れていたのか、キリトは物凄く寝ぼけているようで、あどけない表情でこてんと小首を傾げて見上げてきた。まだ眠そうに目を擦る姿が、まるで顔を洗っている猫のようにも見えて、可愛いと胸中で呟いてしまう。

 頭を撫でてやれば、それこそ猫の如く気持ちよさそうに目を細め、撫でている手に頭を少し押し付けて来る。表情も柔らかい笑みで、本当に気持ちよさげだ。

 親しくなるにつれて大きくなっていた不安が解消された為か、今までに見た事無いくらいキリトは素直に、そしてあどけなくなっていた。これがキリトの本当の素なのかと思うと、ちょっと彼の家族になった人達を羨ましいなと思ってしまう。

 キリトの反抗期ならちょっと見てみたいかもと思う反面、でも辛く当たられたら結構ダメージ大きいかもと思ったり、頭を撫でながらボクは思考を結構真剣に高速回転させ続けた。

 

 *

 

 結局、キリトと共に寝室を出たのは十分後の事だった。

 寝ぼけている間ずっと頭を撫でられていた事に、漸く頭を覚醒させたキリトは物凄く恥ずかし気に顔を朱くし、しかしながらどこか嬉しそうな笑みも浮かべていて、それを見た姉ちゃんとサチが早い者勝ちとばかりに構ったりと、朝からそこそこ騒がしくなっていた。

 その間中、とても恥ずかしそうに顔を朱くするキリトが可愛かった事は言うまでも無い。

 

「……ところで、三人に聞きたいんだけど」

「ん? 何かな、キリト」

 

 そんな騒がしい朝食を終え、さあ何をしようか話し合おうとなってソファに対面で座った時、小首を傾げながらキリトが手を挙げつつ問いを発した。

 

「休暇って、何するものなの?」

「「「……え」」」

 

 その問いに、思わずボク達三人は全く予想外の質問だったから表情を笑みのまま凍らせてしまった。

 よもや休みの日に何をするのかという問いを投げかけられるとは……

 

「えっと……ウィンドウショッピングしたり、とか?」

「あとは美味しいスイーツがある喫茶店に行ったり……」

「その辺を散歩したりとか、街の観光とかかなぁ……」

 

 順にボク、姉ちゃん、サチの答えである。それぞれが普段している事を口にして答えた、多分こういう事は人それぞれで異なって来るだろうし、それはキリトも分かっていたのか答えが複数ある事には疑問を持たなかったようで、なるほどと頷いて見せた。

 ちなみに、キリトの服装はコートを脱いだだけの黒いシャツとズボン姿だった、それ以外持っていないらしい。ボクは紫のシャツにジーンズ似の長ズボン、姉ちゃんは水色のシャツに紺色のスカート、サチが青色のシャツにミニスカート姿である。

 防具はともかく、普段着や防具の下に着る服に関しては殆どパラメータに差が無いので、その辺は純粋に好みで選べるようになっている。

 

「ちなみに、キリト君は何がしたいですか?」

「え? うーん……正直、スイーツとかは自分で作った方が安上がりだし、別に買いたい物も無いし…………そもそも休めなくなるから嫌だし……」

「「「……あー……」」」

 

 キリトの言葉を聞いて、確かにと揃って納得の声を上げる。

 今現在、《アインクラッド》中でキリトは話題になっている、当然第七十四層ボスを単独撃破したから……では無く、その倒し方に話題沸騰中なのだ。要は二刀同時に発動したあのスキルに対して情報を求められているのである。

 一応アルゴを通して、アレが《二刀流》という特別なスキルである事は広まったが、それの習得条件を聞こうとあらゆる剣士や情報屋がキリトの居場所を探っているらしい。

 《二刀流》というスキルは、およそ半年前、大体年を越すか越さないかのある時にスキル欄を見ると出現していた謎のスキルらしい。

 当時は片手武器系スキルの何かを極めれば習得可能な《刀》や《両手剣》のような発展形エクストラスキルかと思っていたらしいが、およそ半年が経過する今も他に習得したという情報を聞かなかったため、キリトは《神聖剣》と同じユニークスキルでは無いかと予想しているという。

 実際、そのスキルのアドバンテージは聞いただけでも中々のものだった。

 両手に片手武器を装備した時にのみ発動可能な専用のソードスキルは多種多様で、速度から重攻撃重視、十連撃を軽く超える連撃数を誇る剣技などが豊富に取り揃えられていたのだ。

 特にキリトにとって魅力的であったのは、両手に片手剣を装備している状態でも《片手剣》スキルを発動出来る事で、これで普段から二刀状態にあってもソードスキルを発動して戦えると喜んだらしかった。

 デメリットとしては、連撃数が多いという事はそれだけ隙が長くなりがちという事なのでソードスキル中は無防備になりやすく、また剣を酷使するので耐久値を減らしやすいという事。前者は《片手剣》スキルでどうにかなるが、後者に関しては不可避な代償なので少しばかり痛いと言っていた。

 今まで使わなかったのは、実はまだ完全習得しておらず、あと一歩の所だったため、完全習得して使いこなせるようになった時、あるいは士気を底上げする時に明かすつもりだったらしい。第七十五層攻略時に早ければ明かすつもりだったようなので、若干早まったのだ。

 リズが言っていた、三ヵ月程前に鍛えた剣というのは、キリトがエリュシデータと同等の《片手剣》を求めていた末に鍛えてもらった翡翠色の剣ダークリパルサー、左手に持つ二刀目の事だった。そのためリズは既に知っていたらしい。

 ともかく、他のプレイヤーは持っていないスキルを持っているという事で多くのプレイヤーから狙われているキリトは、少なくとも街に行くような事で時間を潰す訳にもいかなかった。折角の休暇を自ら潰しに行くなんてする筈も無いし、キリトも休めるならとことん休もうと思っているようなので行くつもりは無いらしかった。

 そんな訳で、必然的に残るのはこの辺の散歩だけだった。

 実はちょっとだけデュエルを申し込んでみたいと思っていたりもするが、姉ちゃんからも止められているため、少なくとも今はするつもりが無い。片手剣使い最強として名高いキリトと競いたいという気持ちもあるが、今はとにかく休ませてあげたいという想いの方が強いので、彼が前線へ戻る時のスパークリングとしてやってもらおうかなと思っている。勘を取り戻すのなら同じ攻略組のプレイヤーが相手した方が良いだろう。

 キリトもこの階層全てを探索した訳では無いらしかったので、この周辺を散歩する事には賛同してくれた。

 

「そうと決まれば早速行こう!」

「行くとは言ったけど、でもどの辺に行くんだ?」

「実は打って付けの噂があるんだよね、最近アルゴに教えてもらったんだよ」

「噂?」

 

 こてん、と首を傾げるキリト。姉ちゃんとサチは、アレか……と苦笑いを浮かべた。

 アルゴに教えてもらった噂というのは、ここ最近になって第二十二層で流れているある存在の事だ。《妖精》がこの杉林のどこかに居る、と言われているのである。

 と言っても噂が流れたのはおよそ半月前からだから結構多くのプレイヤーが探してたけど、流れ始めた頃に比べて相当少なくなっているから、下火になっているのだろうと思う。

 だからこそキリトと共に散歩するには打って付けではないかとボクは判断した。

 

「妖精……?」

「一目見た人の話では、金髪に緑衣の人型なんだって。でも妖精と分かったのは耳が尖ってて、あと背中から小さく半透明な翡翠色の翅が生えてたのを見たかららしいよ。そんなアバター、というか容姿の人が現実に居る筈も無いから、NPCの妖精、つまりクエストに関する存在に違いないって血眼になって探してて……」

「結局、誰も見つけられてないんです。今でこそ静かになっていますが、半月前は本当に大変だったんですから……」

「あの人だかりには心底参ったよね……」

「へぇ……そんな事があったのか」

 

 初めて知ったという風に感想を漏らすキリトは、聞けばホームを購入したのは一ヵ月前で、それから偶にしか帰っていなかったらしい。丁度妖精の噂が経った頃は迷宮区に行き続けていて、大抵寝袋を使った野宿だったから知らなかったのだ。

 野宿で大抵済ませるって、ホームを買った意味はあるのかとちょっと思った。

 

「……でも妖精って、普通手の平サイズなんじゃ……?」

「そういう事は知ってるんだね、キリト……」

「あぅ……」

 

 《赤鼻のトナカイ》は知らなかったのにモミの木がどんなものか知っていたり、妖精について少し知っていたりする事にサチが呆れたように言うと、キリトは微妙にばつが悪そうな表情を浮かべた。自分でも若干知識に偏りがある事は自覚しているらしい。

 ISコアネットワークから得られる知識って、そんなに偏っているのだろうか……?

 それはともかく、そうと決まれば早速行こうと手早く支度を済ませたボク達は、噂の妖精が居るという場所へ向けて出立した。

 キリトが居るとバレてはならないので、彼には男女共用である衣服をボクからプレゼントし、それを着てもらっている。紫色のシャツに深い青色のジーンズと、今のボクとほぼ同じ出で立ちなのは仕方ない事だが。

 姉ちゃんからは髪ゴムが贈られ、それで今のキリトは後頭部で一括りに長い黒髪を結わえている。何時もの髪を下ろした姿も良いが、今みたくポニーテールの様に一つ括りにしている姿も新鮮でいいなと思う。キリトも気に入っているのか、とても機嫌が良さげで、それを表すかのように縛られた髪が左右にぴこぴこと揺れる。

 サチからは黒色のチョーカーが贈られた。どうやら彼女が《裁縫》スキルを駆使して作り出した立派な装備品らしく、レア素材を使った訳では無いので防御力自体は然程でも無いが、それでも装飾具にしては破格のステータス上昇効果と付与効果があり、更にキリトの好きな黒色であるからか、チョーカーも気に入ったようだった。

 三人からそれぞれアイテムを贈られた事で今まで見た事無いくらいお洒落したキリトを見て、【黒の剣士】だとかビーターだとか一目で見抜ける人は居ないんじゃないかと思う。悪意を向けられている間に見せる不敵だったり硬かったりする表情では無く、今はとても子供らしい明るい笑みになっているから、雰囲気が違い過ぎるのだ。

 そんなキリトと共に談笑しながら杉林を歩き続けることおよそ二十分が経った頃、噂の場所へと辿り着いた。

 

「確かこの辺の筈だけど……」

 

 周囲を見渡せば、背の高い杉が乱立する奥深い林ばかりが周囲に広がっていて、杉の葉っぱが天蓋の如く光を遮っているせいで周囲は若干薄暗い。

 まぁ、薄暗いと言っても今は昼手前だし、今日は天気が良いのでそこまでという感じなのだが……それでも林の中で薄暗いというのは中々来るものがある。

 ここにお化け嫌いなアスナを連れて来て脅かしたら面白い反応が見れそうである。

 

「ユウキ、確かにこの辺なのよね?」

「アルゴから聞いたし、マップでも教えてもらったからその筈だけど……」

「うーん……そもそもこの半月もの間、一番最初に見つけた人以外誰も見つけられてないからね……嘘だったんじゃない?」

「確かに、春先に多い愉快犯という事も考えられるわね」

「愉快犯かぁ…………キリト、ごめんね」

「……」

「……キリト?」

 

 姉ちゃんとサチと話し合って、これは愉快犯が吐いた嘘だったのだろうと結論付け、何気に楽しみにしていたらしいキリトへ無駄に期待させてしまった事を謝罪する。

 しかし当のキリトはあらぬところを向いて黙りこくっていて、珍しい事に反応を返さない。

 何時もなら話し掛ければ返してくれるのだが……予想外の事態になると彼は声を返さない事がある。

 という事は今は、何かヤバい事態なのかと思って、キリトが向いている方と同じ方向に目を向けた。

 

 

 

 そちらには、杉の大木からちょこんと顔を出して様子を窺う、金髪緑衣の妖精が居た。

 

 

 

「「「あ」」」

「あ……」

 

 思わず見つけた事に三人同時に声を出し、見つかった事に妖精が気の抜けた声を発した。

 

「居たよ、妖精……」

「翅は見えないけど尖ってる耳がその証拠……本当に居たわね」

「何か、物凄く驚かれてるね……」

 

 三人それぞれで感想を漏らすが……サチの言葉を聞いて、驚いている妖精の目線と意識がボク達全員では無く、キリト一人に絞られている事に気付いた。

 翡翠色の瞳が見えるくらい限界まで瞠目している妖精は、心の底から驚いているという風に口元に手を当て、くしゃりと眉を寄せ……大粒の涙を浮かべた。

 

「和人……!」

「…………え……?」

 

 そして、妖精が口にした単語に、キリトがさっと表情を固めた。

 

「す……すぐ、ねぇ……?」

「ッ……やっぱり……やっぱり、和人なのね?! そうだよ、直葉だよ!」

「な、何で……直姉は、SAOに居ない筈じゃ……?!」

 

 ボク達もだが、どうやら《すぐねぇ》と姉扱いしている所から察するに新たな家族の一人らしい彼女がSAOに居ない事を、同じ家族としてよく知っているキリトは、困惑の極みとばかりに動揺しながら何故と問うた。

 その問いに、《すぐは》と言うらしい金髪緑衣の妖精が、顔を顰める。

 

「それは、あたしにもよくわからないの……《アミュスフィア》っていう別のVRハードでプレイ出来るVRMMOをしてたんだけど、気付いたら此処に……もう何日も彷徨ってたの。プレイヤーから隠れるようにしてたんだけど、聞き覚えがある声が聞こえて、見てみたら和人が…………とにかく、無事でよかったわ……」

 

 ほっと、心の底から安堵した様子の彼女は、未だ困惑から抜け切っていないキリトの前で膝を折って視線を合わせると、優しく彼を抱き締めた。

 その姿は正に家族を愛する姿で、本当に彼女が今のキリトの姉なのだなと理解する。

 

「ごめんなさいね……あの時、あなたに《ナーヴギア》を譲らないで、レーティングに従ってあたしがプレイしてれば、もう和人が苦しむ事も無かったのに……母さんも心底後悔してたわ、辛い目に遭わせてしまうだなんて母親失格だって……ずっとずっと謝罪してて……」

「……直姉も、母さんも、悪くない…………俺はまだこうして生きてるから……だから、生きてる事を喜んで欲しいな……」

「そう……そうね。一年半も、よく頑張って生きて来たわね……偉いわよ、和人……本当に、凄いわ……」

「う……ぁふ……ぁあ……っ」

 

 柔らかく笑みを浮かべ、キリトを抱き締めながら頭を撫でる姉。キリトはそれが久し振りだからか、家族という特別な相手だからこそか、安心しきった笑みのまま涙を浮かべ、嗚咽を漏らし始めた。

 涙を流す小さな黒を抱き締める金を照らすかのように、丁度中天に差し掛かった陽光が、杉林の葉の天蓋の隙間を縫って落ちて来た。闇のように深い黒色と光り輝くように淡い金色が寄り添い、涙する姿は、とても感慨深いものに映る。

 今までずっと孤独の中で戦い続けて来た少年を労うように現れた彼女からは、血の繋がりこそ無いが、正に心で繋がった姉だと納得出来る温かみを感じられた。

 ボク達は驚き冷めやらぬまま、しかし暖かな気持ちで、世界を隔たれて離れ離れになっていた義理の姉弟の再会を涙ながらに見守り続けた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 サブタイトルの《心》とはキリトの心、それを最も支えているため《安息》は義姉の直葉という、引っ掛けにもならないものでした。

 《ザ・グリームアイズ》戦からも分かる通り、キリトは走馬燈の一番最初に直葉を思い浮かべているので、一番心の支えであり安息となるのは彼女です。

 両親に関してですが、一夏時代で既に親が失踪し、頼りが兄と姉であるため、新たな家族に対する価値観も姉が一番上……という設定です。物心ついた時から親を知らなければ、こうなるのではと思ってそういう風にしました。

 なので和人にとって義理の姉直葉がヒエラレルキーで最高になります。

 ユイを期待している方々、申し訳ありません、彼女はまだかなり先の登場になる予定です。ご容赦下さい。

 ところで、うちのキリトは設定的にユイより背が低いですし、私自身本作キリトがパパと呼ばれるのは違和感しか無いんですが……皆さんはどう思われているのでしょうか。ちなみにSAO編では結婚相手も居ない予定ですので、ママも居ませんね。保護者的存在(キリト擁護派)は山ほど居るんですが。

 出来れば感想でどんな呼び方が良いか見てみたいなと思っております、アンケートではありませんので、必ず返答する必要は御座いません。

 次は何時になるか分かりませんが早めに投稿をしようと思っております。では、次話にてお会いしましょう。


 設定集にキャラクター紹介、装備紹介、物語概要を追記しました。

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