インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話の視点は????、ユウキ。
文字数は約一万三千。三千文字程度が????のものです。
ではどうぞ。
2025年4月末。
アメリカから《七色・アルシャービン》が来日した翌日、ALOは新エリア追加を含めた大幅なアップデートが行われ、新エリアの拠点一つと攻略対象の四つ、合わせて五つの浮遊大陸が空に現れた。
新たなエリアの名は【
神々が住まう伝説の浮島大陸と銘打たれたそこには、攻略目的の猛者だけでなく、観光目的のプレイヤーがこぞって集まっている。VR技術の先行きが怪しくなっている中で【歌姫】の存在とALOでのアイドル活動の相乗効果を狙ったようなタイミングで行われた大規模アップデートだ。ALO本土へのダンジョン追加では無く、丸ごと四つも攻略エリアが追加されたとなれば、VRMMOにぞっこんなプレイヤー達が来ない筈がない。
ふと、視線を下に向ける。
大通りでは種々様々な種族のプレイヤーが分け隔てなく共存していた。特定の種族領ではない中立域で疎らに見られた光景は、ともすればALOの世界の中心である央都アルンのそれを遥かに上回っているだろう。今だけは自種族領に属する者も脱領した者も関係無い。彼らは皆、今は等しく未知への好奇心に踊るプレイヤーなのだから。
――何も知らず、安穏と生きる事が出来ている者達だ。
仮想世界を『遊びの場』としか認識していない。情熱を傾け続ける者もいるかもしれないが――それでも、命を賭けているかは怪しいところ。
彼らの語る覚悟は、その実、比喩でしかない。
『人の為』と言う者で文字通り
「――であるからして、我ら《
しかし侮ってはならない。個々の質は劣っていようと、彼らは『偶像』を基軸にした群体であるからして、数の力を行使出来る。自分達が認めた人間の為と免罪符を得た彼らは容赦なく己が道を邁進するだろう。
人の想いとは、斯くも恐ろしいものなのだ。
「我らは崇高な使命を以て活動する! 故に《三刃騎士団》への入団は、入団試験に合格し、且つセブンの歌やテーマについての基本的知識を備えた者に限られる!」
知ってか知らずか、彼らはその質をも上げようと苦心する。それは偏に『歌姫のため』。少しでも目的の成就を、少しでもより良い結果を得られるよう、彼らは日夜努力する。
――その努力は認めよう。
だが、邪魔だ。
「最初から
自覚出来る程に冷たい眼で一ヵ所に群がる男達を見下ろしながら、傍らに座る者へと語り掛ける。
「今は監視に留める。相手の出方、思惑、目的の何もかもが手探りの中で、敵対行為は致命的だ」
そう答えるのは、この世界でも変わらず黒尽くめのプレイヤー。
【黒の剣士】キリト。
あのデスゲームで最初期の死者以外を生還させた本物の
彼とセブンの間には何の関係も無く、故に彼がその依頼を受ける必要性は無い。アイドルとして多くの人気を得ている者に盾突くような事をすれば彼の生存が危ぶまれるからだ。
しかし……それを分かっていながら、彼はその依頼を引き受けた。
その心中は分からない。同い年の少女に興味があったのか、鍛えられた勘が疼いたのか、あるいは――仲間の安寧を護る為の保険故か。
――この子の事だ、きっと全てなのだろう……
ふぅ、と息を吐く。
見て見ぬふりをして遊ぶ事も出来たというのに、それを自ら
彼
彼にとって己が生きる事は二の次だ。彼が求める未来は己一人生きている世界ではない。そう考えれば、この行動は理に適ったものになる。
「……貴方は、本当に損な性分ですね」
言外に、もっと自分を優先すればいいのに、と不満をぶつける。
この言葉に、彼は苦笑を浮かべた。
「俺を救う為だけに時を越えてるんだ、
言われて気付く。彼の為だけに己を賭したのだ、確かに自分も同じだった。
嫌な気分では無い。むしろ、愛しい人との共通点がまた見えたから、嬉しく思う。
――私も貴方も、狂ってる。
自分よりも他者の命をより大切だと考えるその
『今回』の彼は受け容れてくれた――彼は、己の歪を理解し、受け容れていたから。
私も彼も狂っていて、けれどどちらも歯止めがあるから踏み止まれている。私は彼が、彼は彼女らが、最後の楔。破綻した思想を留めてくれる楔がこの世界には存在した。
彼は
そして、彼は
それ故に、彼は狂いながらも正気を喪わない。ただ常人には理解されないだろう決意を秘めて生きている。破綻している思想は寸でのところで押さえられ、破綻し切らず、不発弾のように地の底に埋まっている。
彼も私も、互いの楔を護る為ならどれだけでも手を穢せる。
何故ならば。
――ヒトは、一度得た物を喪いたくない生き物だから。
「――そろそろ皆と待ち合わせの時間だ。行って来る。《三刃騎士団》の監視は任せた」
「ええ……貴方も、どうか気を付けて」
「うん」
故に、今日も明日も明後日も、延々と私達は狂い過ごす。
――たった二人の|秘め事は、この上なく甘かった。
***
カフェテリアに据え置かれた木製のチェアに腰掛けながら、ぱたぱたと脚を振る。現在進行形で暇を持て余していた。
「キリト、遅いねー」
そう言えば、隣に座る双子の姉が苦笑を浮かべた。
「この場合は私達の方が早過ぎたのよ」
「人でごった返してたせいですぐ此処に来たからね……」
姉の言葉にそう返す。アプデ直後という事もあり、人でごった返していた街中を散策する気は起きず、誰もかれもが早々に集合場所にしていたカフェテリアに集まっていた。アプデ終了から三十分後を集合時間に設定していたからそれくらいは待ちぼうけを喰らった事になる。
まぁ、この事で彼を責められる筈がないのだが。
――空都ライン。
それはこの新エリア【スヴァルト・アールヴヘイム】に存在する拠点の名称。浮遊大陸丸々一つ分が全て街という巨大な拠点だ。
その広さを利用して闘技場や領主会談で使われる施設など種々様々な公共施設が存在する。
自分達が集まったカフェテリアは、大通りに面した宿《
サチを含めた《月夜の黒猫団》やレインは居ないが、彼女らもアカウント自体は造っている。ただ残念ながら家の事情によりログインしていないだけの事。ゲーマーとしてアップデート直後のログインが出来ない事を大層悔しがっていた。
此処に居ない
ヒースクリフこと茅場晶彦もALOアカウントを作っているため普段は軽く素材収集などを一緒にするが、運営側の人間である事からスヴァルトエリアの攻略には不参加を表明しており、ここには居ない。攻略は競争になるからフェアではないというのが彼の主張。
ディアベルやシンカー、リンドといった他の幹部組は社会人としての復帰で忙しく、それどころでは無いという。むしろゲームが出来る時間を工面出来ているクライン達の方が少数派だ。
そういう事情があって、此処に集まれたメンバーは殆どが未成年になっていた。
「んー♪ カフェのデザートおいしー! このタルトとか絶品だよ!」
「ストレア、公共の場で声を上げるのは他の方の迷惑です。せめてボリュームを落として下さい」
「はーい」
「返事は短く」
「はい、姉さん」
「よろしい」
スプーン片手にびしっと敬礼をする薄紫の女性に、黒コートを羽織った女性が頷く。
「ところで……キリカも、何か食べますか?」
「んと、レア姉と同じタルトがいい」
「おっ、お義姉ちゃんのチョイスとは分かってるねぇ。これはホントに美味しいよ。アタシの一押しだね!」
「む、それは期待出来そう」
「ふふ……キリカ、こっちの紅茶も中々ですよ。一緒に頼みますか?」
「ん、頼む」
「分かりました……すいません――」
――例外になるSAO生まれのAI三人組は、SAOが終わった後も消滅する事なく健在だ。
ストレアもMHCPだった事はSAOクリア前に知らされていた。だから彼女もAIであると幹部組は知っている。
SAOが終わった後、三人は彼の《ナーヴギア》から茅場晶彦が私的に持つPCメモリーへと移り、彼の技術を以て一プレイヤーとしてALOに降り立っている。VRMMOが無ければ逢えないと思っていた三人に間を置く事無くALOで再会出来たのは喜ばしい事だ。
一番変化が大きいとすればスレイブと言われていた少年だろう。彼は《
キリカの種族は
ユイも影妖精スプリガンを選択している。キリカは完全に接近戦寄りであるのに対し、彼女は魔法を駆使した支援寄りのスタイルを確立している。支援タイプだからと甘く見て距離を詰めれば即座に片手剣や細剣による剣劇が襲う上に、距離感を惑わす幻惑魔法を上手く挟むので、PK相手としては最悪に近い手合いだろう。
ストレアは
――そしてこの三人、なんとプレイヤーであると同時にナビゲーションピクシーでもあった。
ナビゲーションピクシーとは、ALOサービス開始初期の頃に先行予約特典として配布された存在で、文字通りシステム的な事への質問や疑問には、攻略に関係しない程度であれば応えてくれる存在――すなわち、限定的なGM権限持ちの存在なのである。
当然そんな事をしたのは茅場晶彦。理由は彼曰く、『親心』だそうだ。参加上限があるクエストでもピクシーになれば同行出来る点から採用したらしい。
どう考えてもキリト及びキリカの為にしたものである。
キリカの場合、オリジナルと並んでいると混乱を招きかねないという配慮もあるだろう。あまりピクシーになりたがらない彼が小妖精になった時は『愛らしい』の一言に尽きる。
ともあれそういう経緯でALOに再誕した三人は、MHCPや人間のコピーという重い生い立ちを吹き飛ばすかのように、日々妖精郷での生活を謳歌している。
何だかんだ一番この日々を楽しんでいるのはこの三人かもしれない。
――でも、そこに
そもそも彼は基本的にALOでは別行動を取っている。リズベットが経営する鍛冶屋に顔を出したり、リーファが央都に所有している個人ホームに部屋を借りたりなど、機会があれば顔を合わせるのだが、彼は基本的に単独行動を取っていた。
曰く、自分のペースでゆったりやりたい、と。
素材収集で一緒に行く事もあるが、SAOの時に較べると確かに彼の戦闘ペースは緩やかだった。いっそキリカの方が気合が入っているくらいキリトは気が抜けていた。
……余裕、と言うのだろうか。
ALOには対人経験を積む為、また仮想世界でしか会えない面々と会う為にログインしている筈だが、そのどちらも避けているように思えてしまって違和感があった。それは馴染みのメンバー全員が思っている事。しかし自分達が知らないところでキッチリとPK集団を返り討ちにしていたり、ちょくちょく武器や防具が新調されていたり、しっかりプレイそのものはしている。ユイ達と顔を合わせる機会が明らかに少ない事は気になっているが、触らぬ神に祟りなし、誰もおいそれと触れようとはしない。彼の立場は今非常に不安定だから暫くそっとしておこうという配慮だ。
幸いと言っていいのか、ユイ達はキリカの
この日々を見て、改めて思う――――彼は、気付けば自分達の中心にいるんだなぁ、と。
彼自身が意図していようとそうでなかろうと関係無い。気付けば彼の足取りや背中を探して――
「――あっ」
往来を見ながら思考を回していたら、人の間を縫うようにカフェを目指して進む黒尽くめのプレイヤーが視界に入った。グリーンカーソルの下にはフレンド登録によって表示されるプレイヤー名が白いフォントで表示されている。
――《Kirito》、とあった。
プレイヤーの平均身長を遥かに下回るところに表示されるそれを間違える筈が無く、カフェテリアに辿り着いたプレイヤーは予想違わずキリトだった。
「……時間には間に合ってるけど、俺が最後か」
ややばつが悪そうな顔で彼は言った。
「気にしなくていいよ。アプデ直後の人だかりに嫌気が差して、ボク達はすぐ此処に来ただけだから」
「そうなのか」
「うん。ちなみにキリトはどの辺を見て回ってたの?」
「武具店や闘技場を初めとしたNPC商店の位置取りを上から見てた」
アプデから三十分、どこを見て回っていたのか聞いたら妙な答えが返って来た。
――この空都ラインは、ALO本土の街と違って《圏内》では飛行出来ない設定になっている。
それ以外にも色々と本土と異なる設定があるが、立場や所属によって関係無いものもあるから全てを網羅している人はほぼ居ないだろう。その中でも全プレイヤーに該当するスヴァルトルールの一つが『街中での飛行禁止』だった。
つまり上から見る事は普通出来ない筈なのだが、どうやっていたのかと純粋に疑問を覚え、問い掛ける。
すると彼は、壁を蹴って上った、と答えた。
「空都の建造物は本土のそれと違って間取りに余裕が無いから、その気になれば
「えぇー……」
あっけらかんと答えた彼にボクは呻き声しか上げられなかった。
ALO本土に居たのであれば、まあ出来なくはないだろう。自分も余裕で出来ると断言する。
――しかしそれは、あくまで本土に居た場合に限る。
およそアプデ直後のスヴァルトエリアでは至難の業と言わざるを得ない。
何故なら、スヴァルトルールはステータス面でも存在しているからだ。
種族熟練度、というものがある。SAOで言うところのレベルに該当するそれの最大値は1000。同じ種族であり且つステータスポイントを振っていないなら全ステータスは必ず同じ伸びをする。それにパワーやスピードなどの差異を作るものが種族熟練度が一定以上になった際に入手するステータスポイント。SAOでは筋力値と敏捷値にのみ振ればよかったそれは、ALOに於いては多岐に渡って細かな調整を施せるようになっており、正に千差万別のプレイヤー育成が出来る。
合計九つのパラメータはそれぞれが交互に作用しており――例えば体力が育てばHP最大値の次に筋力、耐久が向上するなど――ポイントが一つ違うだけでパラメータは大なり小なり変わって来る。単体では同値でも他との兼ね合いで総合的に違う事も普通にある。
つまり総合的な能力は、
スヴァルトルールに於いては、
更には強化に強化を重ねた自慢の装備の性能も制限される。
これでは今まで頑張って自己強化に励んだ古参組が割を食う事になるが、その辺もしっかりサポートされていた。
ALO本土で種族熟練度が500あったプレイヤーはスヴァルトエリアに来ると新規組と同じく1になる。しかしこちらでのレベルアップ速度は新規組より速く設定されており、更に浮島大陸の攻略が進む――エリアボスを倒す――などのフラグを立てる事で、装備の制限も徐々に解除されていく。
装備の制限はレア度と装備の平均値に合わせて行われているという。レア度はシステム的には十段階に分けられており、アプデ直後の現在の性能はランク一で、攻撃力や防御力は勿論、装備重量もそれに準じたものになっている。ただし耐久値は元のランクのまま、装備に付与されている属性値や特殊効果、バフなどもそのまま。
つまり完全初心者の新規組より、古参組はレベルは上がりやすく、耐久値の関係で武器防具の新調を必要とする機会も少ない事になる。スヴァルトエリアでのレベルが本土以上になってからは本土でレベルアップしてもそのままスヴァルトでも引き継がれる設定になっているようなので、古参組の認識は『力を取り戻す』の方が適切かもしれない。
これらは大規模アップデートや【歌姫】セブンによる集客効果による新規組がALOに馴染みやすいようにと配慮して導入されたものだとヒースクリフは語っていた。
――長くなったが、以上のスヴァルトルールを前提にしてキリトの発言を考慮すると。
キリトはレベル1の状態で、高い敏捷値を要する壁走りと三角跳びのアクションをやってのけた、と言った事になるのだ。
現実に較べたら出来る事の範囲は広いとは言え、それでもステータス面で弱体化している状態でそんな事をするのだから、呻くなという方が無理である。
「相変わらずというか、何というか……そこはかとなく安心するボクがいるよ。キリトはどこの世界でも
「……褒めてるのか、それ?」
「君らしさを貫けてる点については褒めてるよ」
ただそれ以上にやってる事に呆れてるけど、それは口にしない。多分目で伝わっているから言う必要が無かった。
*
「――さて、キリトも来た事だしちょっとした会議をしようか」
待ち人である少年が合流して飲み物を手にしたのを見て、リーダーっぷりが板についている
お題は――――
「ンでだ、まず何から手を付ける?」
大規模アップデートで追加された新エリアで最初に何から手を付けるか、だった。何せ装備の補正値はともかくステータスは初期値だからいきなり攻略に踏み出す事など出来る筈も無い。
そのお題に、最初に言葉を発したのはリーファだった。
「まずはサブクエストをするのが良いんじゃないですかね。現在解放されてるところのMob討伐や採集系、《料理》スキルなどのクエストもあるようですから小手調べには丁度良いかと」
「料理クエストかぁ。新エリアの食材を使って新しい料理に挑戦してみたいから、私はそれにしようかなぁ」
すかさず料理の腕向上に余念がないアスナが立候補する。
尚、スヴァルトルールにより戦闘系スキルは装備と同じ一割刻みで制限が解放されていくが、《鍛冶》や《料理》などの生産系スキルは制限を喰らっていない。この辺も古参組が有利なところと言える。
……単純に生産系スキルの熟練度上げは地獄という側面もあるからか。
茅場晶彦がプレイヤーの声を聞き入れて反映する有情な運営で良かったと思う。この辺の調整はSAOの頃から上手かった。
――ちなみに、ALOに参戦したSAO勢は、殆どがSAOアカウントのデータを引き継いでいる。
これはALOのデータフォーマットがSAOとほぼ同一で、更に茅場が本気で取り組んだお蔭だ。
そして集まっている面子で
曰く、命を賭ける時には復活させるかもしれない、との事。スペック的に《アミュスフィア》では死者が出ないとされている事から言外に『コンバートする気はない』と言っていた。
そんな彼の容姿だが、なんとSAOの頃とほぼ同一である。ランダムで作られる筈の体はアバター作成時に写真を使った事でリアル寄りになっていた。彼のリアルは白髪金瞳と完全に変わってしまったが、それを知らない人からすればボス戦の動画に映っていた【黒の剣士】そのもの。
髪や瞳の色が黒になっているのは、選んだ種族による基本色の影響がある。影妖精の名の通りスプリガンは黒色を種族特有の色としているのだ。
そういう訳でコンバートしたかどうかに関係無く見分けが付けにくいキリカは、リーファとお揃いのように髪を一つにアップで括り、違いを見せるようにした。お蔭で後ろからは分かるようになった。
尚、武器を構えない街中だと前からでは判別のしようが無いままなのはご愛敬。
――閑話休題。
「――それじゃあボク達は戦闘系のクエストをこなそうか」
話し合った結果、探検班と食糧調達班とも言うべき目的の違いにより、集まったメンバーは二手に分かれる事になった。
探検班にはボクとラン、リーファ、シノン、フィリア、エギル、キリト、ユイ。
ALOに於けるパーティー最大人数はSAOと同じく7人なので、ユイはピクシーとして補助に回る事になった。移動中の今は義弟の肩にちょこんと座っている彼女の
――視界左側に映るパーティーメンバーに少年の名前があるのを見て、ふと気付いた事があった。
「そういえばさ、キリトってパーティー組むの初めてじゃない?」
「……言われてみれば、そうだな」
思い出したように彼は頷く。
SAOのベータテスト時代からこれまでずっとソロを貫いていた彼はここに来て漸くパーティーを組んだ訳だが、特に意識していなかった辺り無意識の部分までパーティーの選択が除外されているらしい。これは今後もこちらから声を掛けないとソロのまま戦いに行ってしまいそうだ。
それをどう思ったのか、リーファがやや眉根を寄せる。
「キリト、あなた本当にパーティーを組むのは初めてなの?」
「NPCとは頻繁に組んでたけど、プレイヤーとは初だなぁ」
「アルゴさんとよく活動してたって聞くけどそれでも組まなかったのね……」
「俺の方から断ってたから」
疎まれ者として扱われていた頃は親しい人とは敢えて距離を取っていたし、それを考慮すると情報収集のためとは言え
不謹慎とも思うけど、少しアルゴを羨ましく思った。自分は見ていない顔や態度を沢山見てきているのだろうと思ったら羨望が留まらない。
「つーか俺としてはALOを初めて一ヵ月経って漸くパーティーを組んだ辺りに呆れを隠せないんだが。今まで素材収集でリーファやユウキ達と何回か行動してただろ、そん時はどうしてたんだ?」
「どうもなにもソロのままだったよ。俺が行けるとこはハイレベルの皆からしたら雑魚ばかりだったせいでパーティーを組むと取得経験値が少なくなるから、敢えて組まなかったんだ」
キリトは端的にエギルの問いに答えた。
だが、端的過ぎて誤謬を生じている。厳密には、ハイレベルプレイヤーだから少なくなるのではなく、一体のMobに与えるダメージ量で絶対的に劣るせいで分配される経験値が少なくなる、と言った方が正しい。レイドを前提としたボスでも無い限り経験値はラストアタックを取ったプレイヤーのパーティーに入る。つまりLAを取ったパーティーの人数が少ないほど、個人に入る経験値はより多くなる。
この辺はSAOと同じシステムだ。リーファ、シノン、ルクスのレベリングの時も、このシステムがあった影響で彼や自分は彼女達とパーティーを組まなかった。頭数が少ないほど一人当たりの経験値が増えるのでレベリングは加速度的に速まる。それと同じである。
疑似的にとは言えレベル1に戻された事が功を奏したと言えるかもしれない。
その辺の事情を理解したエギルは、そういう事か、と納得する。
――彼は敢えてそうしたんだろうけど、さ。
自分達と違い、彼は
ある程度の強さと装備を以てALOに来た自分達には、基本的に初心者ダンジョンやMob、店売り装備などの知識が欠けている自覚がある。リズやエギル、アルゴなど職業柄知っている人もいるが、彼女ら以外の知識は乏しい初心者の頃にあったALOに於ける『苦労』をしていないからだ。SAOには無かった魔法、あるいは魔法効果を有するアイテムの数々を駆使し、綿密に計画を立てて成長していく過程を省いた弊害と言える。
――それは、普通なら弊害にはなり得ない。
何故なら初心者装備や魔法、アイテムなどを上級者のボス戦で使う事はまず無く、更にハイレベルになると初心者ダンジョンへの進出は暗黙の了解でタブーとされるからだ。後進を育てるならいざ知らず、楽しくゲームプレイをするだけなら多少知識の欠如があったところで弊害にはならない。
しかし、彼は違う。
彼はALOを『遊び』とは捉えていない。デスゲームではないこの世界は彼にとっては将来を左右する経験の下積みとして最適と言って良く、こと戦闘に関しては一切の妥協を許さない。序盤でこそ学べる知識、経験はあらゆる事を学び取らなければならない彼にとって貴重なものなのだ。
あるいは、弱者だからこそ立ちはだかる苦難を得る為、と言うべきか。
ALOは種族間の抗争を主軸としたPK推奨のゲーム、種族間の争いは散発的に発生しているからPKなんて日常茶飯事に当たる。
自分達のように
では、その時に種族熟練度が低い者はどうなるか? ――いいカモと認められ執拗に追い回される。最初期のキリトは正にそれだった。なまじ顔を知られていたせいで、彼を倒せば自慢できると思ったらしいプレイヤーがこぞって押し掛けたものである。
そして、その全てを彼は返り討ちにした。どれだけハイレベル、且つどれだけ強力な上級装備をしていようと、その全てを捌いてみせた。
キリトは言う、弱者には弱者なりの戦い方があると。
しかし彼の戦いを見た身としては言わせてほしい――技術の面では、あなたは既に強者なのだと。
技術面では義姉を超える逸材など居ない。では他に何がと考えた結果、彼は敢えて弱者になる事で経験を積んでいる。圧倒的なステータス差、それは現実で言うところの身体能力差に該当する。誰よりも幼く、体の成長が未熟な彼は、敢えてこの世界でも条件を近づける事でより純度の高い質的経験を得ようとしているのだ。
限りのある装備とアイテム、ソードスキル、魔法といった制約の中で、PKを生業とするプレイヤー達をどうやって返り討ちにするか――その試行錯誤だけでも、彼にとっては値千金の価値になる。
対人での戦闘経験と一口に言ってもただ数をこなせばいいだけでは無いという、見本となる在り方と言えるだろう。
しかし、一つだけ物申したい。
「そんな事言ってるけど、君がパーティーを組もうとしなかったのは人に手伝ってもらって上がったレベルは下げない主義だからでしょ」
ジト目で見ると、さっと彼は視線を逸らした。
――デスペナルティ、というものがある。
モンスターにやられた場合は微量、プレイヤーキルされた場合は多少ながら、種族熟練度とスキル値は低下する。それがデスペナルティだ。
そしてキリトはあろう事か万人が避けて通るだろうデスペナルティを自ら敢行する人物である。レベルダウンというデメリットを、彼は
パーティーを組まない方針なのは、パーティーを組んだ方がデスペナ回数を少なく出来たとしても、人に手伝ってもらったレベリングは出来るだけ無駄にしたくない方針だかららしい。良心の呵責というヤツだ。
そして彼はPK返しでレベルが上がった分はデスペナルティの大きい闇系統の自爆魔法で躊躇なく下げていく。
ここでミソなのは、自爆魔法で下がるのは種族熟練度だけである事。莫大な経験値を爆発力に還元しているからと説明されているせいかスキル熟練度は下がらないらしい。彼も育てるのに時間を要するスキルの再育成は嫌らしく、何が何でも対人戦では勝利をもぎ取り、それから自爆魔法でレベルのみ下げる作業を繰り返している。
どれだけ弱者としての経験積みに本気なのか、この徹底したレベルとスキル管理の方法からも分かるというもの。自爆魔法でレベルだけ下がる話を知った彼が取り憑かれたように闇魔法のスキル強化に励み、習得後は躊躇なく自爆していくあまりの覚悟のキマリっぷりに、常識外れの感があるリーファも顔を引き攣らせていた。
たった一ヵ月。更にはあまり熱心とは言えない普段の姿勢に反し、《闇魔法》スキルだけ熟練度800以上というのはかなり異様である。それもこれも全ては経験値だけ奪う自爆魔法のため。お蔭で
ちなみに初心者ダンジョンアタックや素材収集をまめにしていれば、種族熟練度は最低400までは成長する。500を越えれば一人前レベルで、ここで漸く山越えで中立域に辿り着けるくらい。800以上は熱心な高難易度ダンジョン攻略常連組でなければまず居ないという。
これらの事から熟練度200未満の彼は相当な弱者である事がよく分かる。そのクセ500以上700未満のPK集団を一人で返り討ちにしているので、レベル詐欺と言われているらしい。
「おいおい、レベルを下げるって……まさかデスペナルティを自分から喰らいにいってんのか?」
「しかもレベルだけ下げるよう《闇魔法》の自爆魔法を習得してるからね、キリトは」
「闇の自爆魔法って、聞いた話じゃ普通のデスペナよりも代償が大きいっていうアレか?! そんなモンを習得してんのかよ!」
リアルの仕事の関係で顔を合わせる程度だったエギルはこの話を初めて聞く様で、驚愕を露わに少年を見る。顔には『信じられねぇ』と異様なものを見たような表情が浮かんでいた。
その気持ちは痛いくらい分かるので、クエストの目的地へ行く間、特にフォローはしなかった。
はい、如何だったでしょうか。
――ゲームクリア以降では初となるヴァベル視点でした。
最初のAI視点枠はユイでもストレアでも
ちなみにヴァベルの渾名は『ベル姉』。この世界のユイ姉は既に居るので、区別する為に『ベル姉』とキリトは呼んでいます。義姉に弱冠(?)依存気味なキリトは全幅の信用を寄せる相手に『姉』と付けると、かつてアルゴ視点で語られました。つまりキリトはヴァベルを全力で信用しているんですね。
キリトしか知らず、キリトしか呼ばない呼び名に、ヴァベルお義姉ちゃんは内心心がぴょんぴょんです。
ぴょんぴょんしてる割に思考が物騒ですが元からの仕様なんで問題ないですね()
《三刃騎士団》という表記は、《ロスト・ソング》で度々入る章のタイトルから。ゲームだとギルドの呼び方はカタカナ表記になっているのでこの辺はオリジナルに近い。
そしてユウキ視点で語られる設定の数々。
原点と違うのはユイがプレイヤーとしても参加できる点。原典・ゲームだとナビゲーションピクシーオンリーなのでここはオリジナルですね。尚、ヴァベルの種族は不明です。
スレイブはキリカへ改名。名前が女の子らしくなり、重圧から解放されて色々と謳歌しているせいか、描写してると女の子にしか思えなかったのはここだけの話だ() ピクシーの時は女性陣から可愛がられる(物理)せいで若干トラウマ。
正直設定を纏めて解放するように書くのはメタいというか、没入感が薄れると自分で思ったんですが、最初に書いとかないと『何で新エリア最初の大陸で苦戦してんの?』とか『ユウキ達が弱いのに違和感がある』となりかねないので、苦渋の末に描写。違和感と矛盾なら前者を取った方がまだマシです。
ちなみに原点ゲーム《ロスト・ソング》だと、スヴァルト実装はキリト達がALOをプレイし始めてから数か月後の事(キリトのモノローグより) その間に彼らは高難度クエストの攻略などで有名になっていたそうです(スメラギ談)
それでもゲーム開始後は
街中で飛行出来ない事を含め、つまりスヴァルトにはALO本土にはない独自のルールが存在しているのだな、と考えたら浮かんできたこの設定の数々。
原作小説だと装備のランクは数字による等級ではなく、パラメータから古代級、サーバー唯一の伝説級という判定のようですが、この辺はゲームを参考にちょこちょこ改変。ゲーム開始直後のキリト達はランク1の装備をしていますが、ムービーだと後半になってもほぼ同じ装備のままである事から、攻略が進むにつれて能力が解放されていく仕様だと辻褄が合うな、と。
――どっかの白兎が持つ短剣みたいですね(笑)
この仕様なら武器の新調、防具の変化が無いなどの説明も付くだろうと思って採用しました。古参組の優遇にも丁度良いし攻略に於ける難易度も均一に出来るから説明しやすいというか、SAOやホロリアと違い、ALO系は防具変更がほぼ無いから独自設定を入れておかないと気になるというか(爆)
個人的にキャラの装備イメージがアニメなどで固まっているから崩したくなかった(正直)
そして敢えて低レベルで在り続けるキリト。この主人公《ビーター》といいデスペナ率先といいホントに茨の道を自ら突き進むよね……(そうさせている作者)
個人的に『低レベルで在り続ける為にデスペナを敢えて喰らう』辺りが気に入ってます(外道)
闇魔法の自爆は原作・アニメ双方で漢を見せたレコンの奥の手。通常より遥かに重いデスペナを負うものの、その威力は何百体の騎士Mobを消し去る程に大規模且つ大火力。コレをレベルダウンの為だけに運用するプレイヤーは後にも先にも拙作主人公だけだろう……
ちなみに自爆魔法でのデスペナが『経験値だけ』というのはオリジナルです。都合よく改変させて頂きました()
では、次話にてお会いしましょう。